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【芸能・社会】小林桂樹さん逝く 86歳心不全 戦中派世代の中年男名演2010年9月19日 紙面から
サラリーマン喜劇やテレビドラマなどで、堅実で幅広い演技を見せた俳優の小林桂樹(こばやし・けいじゅ)さんが16日午後4時25分、心不全のため東京都港区の病院で死去した。86歳。群馬県出身。葬儀・告別式は親族のみで済ませた。後日、お別れの会を開く。 小林さんの桂樹の名は、オリンピックの勝利のシンボル月桂(げっけい)樹にちなんで命名されたといわれる。1934年、小学校卒業後、宇都宮の陸軍幼年学校を受けたが、不合格となり、県立前橋中学に進学。その後、父が病死。日本大学専門部芸術科(当時)に進んだが、学費が払えず、41年に中退した。 大学時代、新聞社などでアルバイトをし、映画評論家らと接する経験を持ったことから、平凡な勤め人を嫌って、映画界に関心を抱くようになる。中退後、日活に入社。42年、「微笑の国」の工員役でデビューした。 戦後は46年「君かと思ひて」で折原啓子の相手役を演じ、二枚目でスタート。51年、「ホープさん」(東宝)に主演。ヌーボーとした役柄がはまり、以後も「ラッキーさん」「三等重役」「一等社員」などサラリーマン喜劇で独特の味を出していく。 森繁久弥の「社長シリーズ」でも中心的存在として堅物の社長秘書などをユーモラスに演じ、悲哀をかもし出すなど、東宝の看板スターに。自分が嫌った平凡な会社人間を、結局は映画の中で演じ、人気と地位を確立する不思議な巡り合わせとなった。小林さん自身、「僕は強い個性がない。平凡だから何でも演じられたんです」と、のちに語っている。 55年に結婚。同年、今井正監督「ここに泉あり」で毎日映画コンクール助演男優賞。58年「裸の大将」で実在の天才画家・山下清を演じ、同コンクールの主演男優賞。 60年、社会派サスペンス「黒い画集・あるサラリーマンの証言」では映画賞を総ナメに。松山善三監督の感動作「名もなく貧しく美しく」(61年)では高峰秀子と夫婦愛を演じた。63年、山口瞳原作「江分利満氏の優雅な生活」でも、戦中派世代の中年男を見事に表現。「日本沈没」「連合艦隊」などのスペクタクル作品でも重厚な演技を披露した。 ドラマは、円熟した魅力を放つ「牟田刑事官事件ファイル」シリーズなどがおなじみ。出演した映画・テレビ総数は260本を超える。85年紫綬褒章、94年旭日小綬章。 ◆「社長」シリーズ、サラリーマンもので妻・恋人役を務めた女優の司葉子(76)の話 「とても誠実な人で、何でも相談できるような先輩でした。小林さんが怒ったところを一度も見たことがない。仕事には意欲的で、シリアスから喜劇まであんなに何でもこなせる俳優は珍しい。まさに職人さんの感じで、休みの方がつらいんじゃないかと思うくらい。ご冥福をお祈りします」
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