3月31日(水)

起きたらかなりひどい気分だったので、仕事をひとつキャンセルしてもらって、もう少し寝た。睡眠不足だけなら乗り越えられても、熱っぽいのがどうにもならない。お昼にのどが乾いて一度起きて、野菜ジュースをできるだけたくさん飲んで薬も飲む。1日休んでしまえたらいいけれど、そうもいかず仕事に出掛けた。
掲示板にコメントがなかなかできなくて申し訳ないけど、新しいコーチの話はしない方がいいんじゃないかなぁと思う。誰にどんな形で迷惑をかけてしまうかも分からないしね。そういうことで、どうぞよろしく m(_ _)m

3月30日(火)

ローマの空港でも少し買い物をして、残りのユーロをほとんど使い切った。そんなに鬼のように消費してしまわなくても、ユーロならまた使う機会があるだろうとは思うけれど、来シーズンにユーロがいる可能性があるとしたら、今のところエリック杯しかないんだよね。
行きに読んでた本もiPodも手元にないので、飛行機の中でロシア語の勉強を始めてみる。まず最初にアルファベットを書いてみて、そこで挫折(はやっ)。どっちから書き始めたらいいのか分からない謎の図形が‥‥‥。織田くんはロシア語を履修してるから読み書きぐらいはできるんだろうなぁ。
帰りの飛行機は子供の多いツアーが一緒で、かなりうるさかった。耳栓持ってきたらよかったって真剣に思った。関空上空は風が強く、着陸はヒヤヒヤもの。慣れた人にはどうってことないんだろうけど、私は毎回飛行機には決死の覚悟で乗らなくてはならない。バスで家に帰り、少し休んで出勤。この頃には「風邪ぎみ」ではなく「風邪」になる。

3月29日(月)

6時に起きたら真っ暗だった。いくらサマータイムとは言っても、まだ3月のこの時期ではまだ夜明け前。昨日から少し風邪ぎみで、鼻が詰まる。用意をして荷物を全部つめたら、けっこうな重さになってしまった。超過料金かからないといいな。
路線バスでポルタヌォーヴァ駅まで行き、近くのカフェでチケットを買って空港行きのバスに乗る。荷物は自分でバスの底の荷物入れに入れなくてはならない。そしてバスは満員。遅くにきたら荷物を乗せられなくて困りそう。日本の空港リムジンと違って、路線バス並の乗り心地の悪さ。そして運転が荒い。空港でティッシュペーパーをいっぱい買い、さっさと手荷物検査も通って中で買い物。行き先はそれぞれ違っても、似たような時間に出発するらしく、すごくいろんな人に会った。いつも帰りの飛行機はよく寝るけれど、今日は離陸したことも知らずにに寝てしまい、目が覚めたらだいぶ高いところを飛んでいた。ローマの天気は薄曇り。着陸するのに高度が下がってからもかなり揺れてめちゃくちゃ怖かった。

3月28日(日)

目が覚めてからもベッドの中でうだうだしていたら、お昼ご飯のお誘いの電話がかかってきた。よかった。今日も怠惰な時間を(あんまり)過ごさないで済んだ (^ ^; オフィシャルホテルの近くでちょこっとお土産など買い物をして、リンゴットのモールの中でランチ。初めてパンとチーズの匂いから解放されて、少しだけ生き返る。
今日からサマータイムなんだねぇ。なんか1時間損しちゃった気分だ。
バンクーバーオリンピックのEXもそうだったけど、滑走順が下位から順じゃない。開催国の選手は全員出演したらいいけど、世界選手権に出場していない選手の演技はいらないと思う。それなら優勝者だけでもアンコールが欲しい。
夕方になって「もう6時半なのにこんなに日が高い!」って、当たり前だ。昨日までこの時間は5時半だったんだから。晩ご飯をみんなで食べて、自分のホテルに帰った。教えてもらった近道は本当に近いけど、途中に2度も試練がある。織田くんホントにここ渡れたのか??

3月27日(土)

昨日はあまりに無為に過ごしたので、今日はともかく出掛けようと思い、別のホテルに泊まっているMYさんに電話した。誰かと約束してしまえば嫌でも外に出るしかないし、リンクのそばの川沿いの公園を歩きたいと思っていたので、誘ってみた。MYさんは通し券をもっている別のご友人と競技が終わってから約束しているというので、昼過ぎにポルタ・ヌオーヴォ駅で待ち合わせて、川沿いにゆるゆると歩いて南下した。広い広い公園では昼寝をしている人や、ただぼんやりしている人、走っている人、好きなように過ごしていた。川や建物の写真を撮ったり、アイスを買って食べたりしながら、ただぶらぶらと歩く。思ったよりもだいぶ早くリンクに到着。トイレを探していたので、「カルフールにあったかなぁ」などと言いつつそっちに向かっていたら、美姫ちゃんのママに出会った。しばらく立ち話をしていたら、「最終グループだけでも見てきたら?」と言ってご自分のチケットを下さった。ありがたくちょうだいして中に入ったら、ちょうど最終グループの6分間練習が始まったところだった。真央ちゃんは少し勢いがないように見えたけれど、FSは2位でもSPの差で逃げ切り優勝。これでシニア・ジュニアともに男女シングルのタイトルを日本が独占!

3月26日(金)

女子のチケットは買わなかった、というか女子のを一緒に買おうとするとどうしても決済ができなかったので、買えなかった。というわけで今日は1日のんびりモード。ローマまで行こうかなどというとんでもない気力はなく、散歩して、写真を撮って、買い物してホントにのんびり過ごした。「イタリア国鉄に乗りたい」と思っていたけど、それでどこに行きたいというのでもないので、リンゴット駅の広い構内で列車が行き来するのをぼ〜っと眺めたり‥‥‥。時間の問題ではなく、試合と観光はどうしても並行できないんだなぁ。

3月25日(木)

とにかくまずは高橋くん、優勝おめでとう! 4フリップはまだまだな感じだったけれど、チャンピオンにふさわしい演技だった。正直なところ、織田くんのいないFSを正気で見れるか心配だったけれど、一抹の寂しさはあったものの、目の前の演技の素晴らしさに夢中にならざるを得なかった。
日本人ならホントは表彰式を見るべきなんだろうけど、私の今日のメインイベントは織田くんの誕生日。申し訳ないけど会場を後にして、あと15分で日付が変わるという時間になってやっと花を届けられた。
なんていうか、織田くんは私たちが思うよりもずっと大人なんだと思う。確かに泣くけれど、よく見るとプロスポーツの選手だってけっこう泣いているし、私自身も織田くんよりよほど泣く。うっかりしていると置いていかれるぐらい、織田くんはすごい勢いで前に進む。私は心を鍛えて、つまらないことに一喜一憂しないようにすることぐらいしかできない。

3月24日(水)

ホテルで朝ご飯を食べて、歩いて出掛ける。SPの座席が変更になっているらしいので、チケットボックスへ。来たメールを見せて名前を言ったら、(当然だけど)別のチケットがちゃんと用意されていた。選んで買ったんだから元の席の方がもちろん好みではあるけど、もともと席の場所なんて見えれば割とどうでもいい方なのダ。
あんまり喜んで書ける結果ではなかったけれど、なかったことにはできないので簡単に書く。織田くんはジャンプがすべてシングルになり、28位。明日のフリーには進めない。ジャンプの調子は確かによくはなかった。隣のイタリア人の女の子たちがバナーを「一緒に持つ♪」って手伝ってくれた。そして演技が終わった後、背中をポンポンとたたいて慰められてしまった。

3月23日(火)

西宮北口からのバスに乗るのに電車が1本遅れてしまったので、梅田まで行って初めて新阪急ホテル前から乗った。関空快速で行こうかと思ったら、名前とは裏腹に停車駅が多すぎて時間がかかり、関空まで行くにはちっとも「快速」じゃないらしい。アリタリアのカウンターは混んでいるようだったけど、eチケットの方は空いてて1秒の待ち時間もなくチェックイン。
ローマからの乗り継ぎ便は、定刻ちょうどに出発して、20分も早くトリノに着いた。この時間ならバスに乗れるけれど、降りたところからが分からないと困るのでタクシーにした。運転手さんはけっこう年配の人で、それでも60km制限の道を140kmぐらいで飛ばす。私がイタリア語は分からないと言っているのに、通り道のあれこれを説明してくれているような感じ。全然分からないのに会話を成立させるのは大変 (^ ^; 最後はホテルの中まで荷物を運んでくれて、握手をしてニコニコと帰っていった。
いろいろやることはあるけど、明日は朝が早いのでお風呂に入ってさっさと寝た。

3月22日(月)

センバツは2日目で、すでに近畿は2校が敗退してしまった。その中で、21世紀枠で出場の和歌山の向陽高校が少ないチャンスをものにして2回戦進出。相手校の監督に何やら失礼なことを言われているようだけれど、21世紀枠=弱小チームではないのダ。監督の言葉に開星の選手がどれだけ傷つくか。
思った通り、というより予定通り、日付も替わったというのに何の用意もできていない。スーツケースが出たままになっているので、それで半分終わったようなもんだ (^ ^) さ、バナーにアイロンかけようっと。

3月21日(日)

昼間、油断して薄着で出掛けたら、夜になって恐ろしく寒いではないか。帰りに外を歩く予定はなかったのでいいけど、うっかりこんなタイミングで風邪でもひこうものなら‥‥‥。家に帰ったら晩ご飯は豚汁だった。
センバツが開幕。春夏どちらかというなら、夏の緊張感の方が好きかなぁ。春はGPS、夏は選手権みたいな感じ。どちらも大事な試合だけど、GPSは国の代表というのとは違うもんね。それはともかく、球児たちは元気に頑張っているわけだけれど、残念ながら力をまったく出せずに終わってしまう学校もある。野球の技術だけじゃなく、チカラを出すチカラが必要だね。野球に限った話ではないけれど。

3月20日(土)

台風が通り過ぎるときみたいなすごい風。時々強い雨が降る。黄砂が飛んできているらしいのに、雨とは‥‥‥。降るならもっと降ったらいいのに。風は強いけれど気温は高く、これで冬が終わるのかな。と言いつつ、まだストーブはついている (^ ^;
パ・リーグが開幕。家でなんとなくオリックス×楽天を見た。岩隈投手、あれで負け投手になってしまうとは! シーズン中そう何度も見れないすごいピッチングだったと思うのに、味方が得点できず、完投しながら敗戦投手に。金子投手も素晴らしかった。「開幕投手」という重責の中でこんな試合ができるなんて。

3月19日(金)

今日で出発前の仕事Aは一段落。いつも直前になって詰め込んでしまうので、今回は無理なことはしないように心掛けた。前泊はあるけれど、トリノの空港着が22時半だし、翌朝は早い。そして長い。ヨーロッパ行きなのに出発が午後というのは楽でいいけれど、当然到着は遅くなるのだった。
その世界選手権、プルシェンコ選手が欠場するという。寂しい。出場メンバーが、ではない。プルシェンコ選手が欠場することが寂しい。上位選手の中ではいちばん「見ていない」選手だったんだもん。精神的にも肉体的にも選手が「出場できる」ということは幸せなことだな。そして応援する選手が出場してくれるって、本当に幸せなことだな。

3月18日(木)

今日の晩ご飯はマグロ山かけ丼だった。うちではあんまり高級なマグロは食べていないと思うけれど、それほどでもないマグロが高級魚になってしまう時がくるのだろうか。私はマグロがなければ他のものを食べればいいけど、漁師さんもお寿司屋さんも困るだろうなぁ。
ロシア語会話の本を買った(←どんだけ気ィ早いねん!)。ロシア語って、文字が分からないというところからして、他の外国語とまったく違う雰囲気があるではないか。織田くんがソチを目指すというなら、私も本気で目指さねば。オリンピックじゃなくても、ロステレコム杯という可能性もあるわけだしね。
清原和博さんの「男道」文庫版が出ていたので買った。観戦の友に、宮部みゆきさんの「楽園」上下刊も買った。ホントは杉浦日向子さんの「百日紅」にしようと思っていたけど、今日行った書店にはなかった。「楽園」はちょっと話が重たそうなので、週末にもう1度紀伊国屋書店に行ってみようか。

3月17日(水)

注文していた「ベストオブトリノ」が届いた。表紙が3ツ折の地図になっているので、ハードカバーのように硬く、しかも本自体は小さくてすごく開きにくい。でも中身は「トリノだけでこれだけ書けるのか」というぐらい数々のスポットが紹介されている。いちばんありがたいのは、レストランの紹介にかなりのページが割かれていること。定休日や営業時間や予算が書いてあるので、1人でフラッと行ってもなんとかなりそう。
SPのチューナー予約をした。競技まであと1週間になったというのに、なんとなくまだリラックスしているのは、オリンピックが終わってから日が浅いからだろうなぁ。4年に1度で、今回初めてだったオリンピックでも、行く前の夜に「まだスーツケースが空っぽよぅ〜」などと言っていたのだから、今回も間違いなくそうなるだろう。スーツケース出しっ放しだしさ (^ ^;

3月16日(火)

加入しているケーブルテレビから、メンテナンスのために23日の午前0時から6時まですべての放送を休止すると放送メールが来ていた。世界選手権にかからなくてよかったなぁ。日にちを確認するまで一瞬あたふたしてしまった。録画したものしか見れないとはいえ男子FSは生放送のが欲しいし、それを楽しみにしているたくさんの人の恨みを買って大変なことになっただろう (^ ^;
今日は異様な暖かさ。いや、暑さ。うっかり上着を着て出掛けてしまい、電車を降りたときには脱水症状寸前。今晩からまた冷えるらしい。どちらかというと、今週いっぱいは寒い方がありがたいなぁ。
トラは、すごい試合というか、しょーもない試合というか、どちらも問題点を露呈し合っただけのような‥‥‥。観客は、オープン戦なのに何熱くなってるんだというぐらい盛り上がっていた。

3月15日(月)

いよいよ世界選手権まで1週間。トリノという場所に関する知識が何もないので、バンクーバーほどのワクワク感がない。それではつまらないので、「ベストオブトリノ」というオリンピック前に発売されたトリノだけのガイドブックを、今になって買った(まだ届いてないけど)。初めはローマの南西にある遺跡に行きたくて、早起きしてユーロスターに乗れば日帰りできる!などと考えていた。が、ふと思い出す。ウィスラーに行きたいと言い続けて、2週間あっても行けなかったことを。ミラノからローマまでユーロスターで4時間。中華粥を食べながら「ウチから牛タン食べに仙台まで日帰りするようなもんだね」と自分で言ってみて、そのあまりのしんどさ(想像)に挫折。次に思いついたのは、ミラノから国境を越えてスイスに行くプラン。まぁ何もかも男子の競技が終わってからだな。それより、私はイタリアの食事に耐えられるのだろうか。

3月14日(日)

日付が変わっていたし、昨日書いたら今日のネタがなくなりそうだったのでやめた。世界ジュニアで村上佳菜子ちゃんも優勝! 先に終わってしまったけど、高橋・トラン組も2位で、日本代表大活躍♪♪ シニアも続け‥‥‥とは言わない。でも、追いつかれるな、追い越されるな、オニイチャン達!
世界選手権の録画予約をした。チューナーの番組表予約は1週間前にならないとできないけれど、DVDレコーダーの空き容量があるのかが問題。男子の予約はFSを長めに見積もっても入った。女子のはSPさえ入らなかった。まぁ帰ってすぐにそう観る時間があるとは思えないし、再放送はかなりの頻度であるので、女子は新しい録画機器を買ってからでいいや。というか、男子も保存用は新しいので再放送録ろうっと。

3月13日(土)

(母が)イカナゴを煮たので、届けに行った。高槻の駅前でお昼を食べて、先生と会う予定だったけれど、思いがけずレッスンが終わるのが遅かった。予定があるので終わるのを待っているわけにはいかず、なんとお父さんが受け取りにきてくださった (^ ^;;; も、も、も、申し訳ない! そのまま次に向かうには少し時間が早かったので、スタバでお茶して大阪に戻り、仕事に行った。
借りてきたCDを取り込んでいたら、外付けのHDの容量が足りなくなってしまった。とりあえずパソコンのHDに入れておいたけど、うちにCDがあるものはデータを消してもかまわないので、もうしばらく様子を見ることにしよう。壊れてないものを買うのはかなりの順番待ちだヮ。

3月12日(金)

昨日借りたCDを返して、さらに6枚借りてきた。こういうことは気持ちが乗ったときにまとめてやるに限る。CDを探すというのはけっこうな時間がかかるもの。目的のものがあるわけじゃなく「何かないか」と探しても、数時間が徒労に終わることもある。2日で12枚のCDを借りられたのは、中身はともかく大収穫といっていいかも。
世界ジュニアで羽生くん優勝! ハーグのDe Uithof(アイトホッフ)といえば、織田くんが世界ジュニアに初出場した会場。残念ながらメインリンク周辺は直後に火事で焼けてしまった。私が初めて海外観戦に行った場所でもある。
その織田くんは、今日は本当にイタリアに出発。「非常に」いつもどおりで安心した (^ ^)‥‥‥と思ったのはきっと私だけじゃないゾ!

3月11日(木)

自分のパソコンをまだ復旧させていないので(母のもだけど)、また今日も「ない!」と慌てる。今から仕事に行かなきゃいけないのに、過去に作った請求書がない。書式は先月ウィンドウズで作ったのがあるけど、請求先が違うと単価が違う。しかも、今日の請求先は源泉徴収した上、振込手数料を引いてくるので、よけいに分かりにくい。通帳を眺めて手数料を割り出し、記憶をたどって単価を導き出す。今日はそれで何とかなったけれど、もうひとつ、これは復旧できなければ精神的ショックが計り知れないものがある。それが怖くてデータ取り出しを依頼するのを先延ばしにしているようなもの。「できません」と言われたら自分が壊れるかも。
久しぶりにTSUTAYAに行ってきた。帰国してからすぐに何度か行ってみたけれど、新しいジャンルに足を踏み込むのは時間がかかるもんだ。今日は片っ端から試聴して6枚借りた。

3月10日(水)

微妙な天気のときに滅多に傘を持って出ない私。家を出るとき、明るかったのに少しパラパラッとしただけなのに、何となく傘を持っていった。1時間後、地下鉄を降りて外に出たらアラレの土砂降りだった。その前から雨もけっこう降っていたようだけれど、今日の「荒れ模様」とはこういうことだったのか。
携帯電話の会社から利用10年目のお知らせがきた。たいした特典はない。ポイントの倍率が変わるぐらいかな。それより会社をやめて10年経ったのかぁ。そのとき番号を変えなければ15年だったのにな。ホントに感謝してるなら合算してくれたっていいと思う。
織田くんがイタリアに出発‥‥‥するはずだったのにねぇ。

3月9日(火)

そろそろイタリア‥‥‥と思って初めて気づく。織田くんがもう1週間もカナダに置き去りになってるじゃないか (^ ^;
メーカーに電話して、DVDレコーダーの修理について相談した。HDDを初期化しないでほしいけれど、それを希望するのはなかなか難しそうなので、この際新しいものを何か買って、そこに移動してから修理に出すことにした。それなら世界選手権までに買いさえすれば間に合うか。母のパソコンもメールフォームで問い合わせしておいた。それが終わったら自分のパソコンもなんとかしよう。世界選手権が終わったらテレビも欲しい。早く欲しいけど、優先順位は低いのダ。

3月8日(月)

いま現在に最優先買い替え予定は母のパソコン。修理できるかもしれないけれど、そうでなくても買い替えるつもりだったので、データだけ救済して修理はしないことにする。もともと母のを先にと思っていたのに、年明け早々に私のがダメになったので予定外に買っちゃったもんなぁ。私のデータ救済もしたいんだけど。DVDレコーダーのこともあるし‥‥‥。タグ打ちが面倒くさいよぅ。オリンピックの成績も更新できないよぅ。

3月7日(日)

1月に亡くなった祖母の50日祭。朝から雨が降ったりやんだり。タクシーを呼んで昼から出掛ける。納骨のとき、受験前だったので、甥っこがお願いを込めて鐘を撞いていた。その鐘をよく見ると「天下」と書いてあったので、心をこめて撞いておいた (^ ^;
夜から冷えてきた。このぐらい寒くなると、お風呂が本当に気持ちいい。あ〜日本に帰っててよかったぁ。

3月6日(土)

せっかく昨日はよく寝たのに、今朝はどうしちゃったんだろうってぐらい早く起きた。別に今日届く洗濯機が楽しみだったわけではない。お腹空いてたんだな、きと。母のパソコンが調子悪いというので見てみたら、確かに絶不調に陥っていた。遠からず買い替えるつもりではあったけれど、中のデータが救い出せないと困るなぁ。買い替えを視野にいれつつ修理に出すか。
などと言っているうちに、DVDレコーダーもどうやらこれ以上頑張れないらしい。バンクーバーに行く前からダビンがまったくできなくなっていたけど、帰ってきてもやっぱりできないのであった。オリンピックの録画のことは急がないにしても、今シーズン、まだ世界選手権が残っている。J SPORTSは何度も何度も再放送はしてくれるけれど。世界ジュニアも四大陸も急ぎはしないけれど。うーん、どうしよう。
届いた洗濯機は今までのより微妙に大きかったものの、何かを避けなければいけないこともなく、元の場所に収まった。蓋が二重になっているので、慣れるまで面倒な感じがする。縦型の乾燥がどこまでできるのか早く試してみたいなぁ。
姉と甥っこにお土産を取りにきてもらった。腐るものはないけど、トリノに行く前に渡しておかなきゃマヌケだもんね。オリンピックの感想を聞いて、初めて心からホッとした。

3月5日(金)

目覚ましもかけず寝ていたら、母に「しんどいの?」と言って起こされた。仕事に行く前に電器屋に行こうと言っていたので、慌てて起きる。録画の整理もまだ終わらないのに、やる時間がなくなってしまった。NHKの放送が‥‥‥だったために、編集に手間がかかってしかたがない。NHKまでが日本人選手と上位だけ見せときゃいいという考え方とは。
母とヨドバシカメラへ。結局、乾燥つきにした。明日配達してくれるという。仕事に行かないといけないので、あとは母にまかせて店を出た。今日はよく寝たので、行くのはあんまりイヤじゃない (^ ^)

3月4日(木)

何を血迷ったか朝から仕事。時差ボケよりも寝不足で眠い。空いた時間にヨドバシカメラに行った。留守中に洗濯機が壊れたらしい。動かないわけではないけれど、すごく少量しか洗えないらしい。母と一緒に買いに行く前に今日は下見。斜めドラム式はうちには大きすぎるなぁ。形は縦型として、乾燥がいるかどうか。うちの生活パターンだとあれば便利だけど。
眠気がもう限界。家に帰るのもだるいぐらい眠たい。

3月3日(水)

チェックアウトは12:00だけど昼まで寝ているわけにもいかないので、我慢して起きる。用意をして荷物を取りにきてもらい、チェックアウト。ホテルのフロントまで空港のカートを持ってきてくれて助かった。しかし空港への通路は2階なのに、どうしてこのホテルのフロントは1階にあるんだろう?
Mリンとは乗るバスが違うのでここでサヨナラ。半月のあいだ楽しかったぁ。ありがとう♪ いつもなら電車に乗り換えるところだけど、荷物が多いのと、バスがちょっとしんどくて今日はタクシーにした。家の前で車を降りると、ちょうど母が帰ってきたところだった。桃の節句でちらし寿司が作ってあったのでそれを食べ、お土産を分けて、行きたくないけど仕事に行く。

3月2日(火)

定刻より少しだけ遅れて成田に到着。ロストバゲッジかと不安になるほど荷物が出ない。周囲にほとんど人がいなくなったころ、やっと出てきた。ここから伊丹行きに乗れればいいのだけれど、悲しいことに羽田発。さらに悲しいことに関空行き。大阪まで帰っていながら、そこで1泊。この移動は想像以上にしんどかった。部屋まで荷物を運んでもらったあと、気力を振り絞ってコンビニへ。ご飯を食べながら帰国のニュースをはしごして、ベッドにばったり。

3月1日(月)

半月暮らした部屋(他人のだけど)とも今日でお別れ。最後まで洗面台に残っていたものを片付け、ゴミを捨てて、シーツを外して、すべておしまい。キッチンのカウンターに何もないのが寂しい。
みんなが一斉に帰国するので、余裕を持って選手たちは4時間前に行くという。それより便は遅いものの、心配性のJさんの進言により、あまり変わらない時間に空港に到着。実際のところ、普段の関空よりかなりガラガラで、2時間前で充分だったと思われる。膨大な時間があるので、残ったドルで少しばかり買い物。ここで初めてMYさんと遭遇。競技の間は顔を合わす機会はなかったけれど、ここで会えるとは!
荷物のチェックは列ができていたので、早めに通ることにし、多少不愉快な目に遭いつつ無事通過。中でさらに買い物をして搭乗口に行くと、そこにはお疲れの様子のマネージャーさんの姿が。帰りのAIR CANADAの機体は五輪仕様だった。