「国会議員に渡す金だったんだろ。早く言え、クズ野郎」。大阪拘置所(大阪市都島区)2階の5号取調室。大阪地検特捜部の男性検事は、机を挟んで座る広告会社元取締役、阿部徹被告(57)=大阪地裁で起訴内容を認め公判中=を怒鳴り続けていた。
阿部被告は09年2月、障害者向け郵便物の料金割引制度を悪用し、大量のダイレクトメール(DM)を発送したとして郵便法違反容疑で逮捕された。その後、同じ容疑で3回も逮捕され、拘置は112日間に及んだ。取り調べで聴かれた内容の大半は、郵便料金の不正ではなく国会議員への金銭供与疑惑だった。
障害者団体の刊行物を装って格安でDMが発送された郵便法違反事件。特捜部は背後に国会議員の関与があると見込んで捜査を進めていた。その突破口に狙いを定めたのが阿部被告だった。
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特捜部は内偵捜査の過程で、民主党衆院議員の名刺が張られた阿部被告のノートと、障害者団体「白山会」の会長(最高裁で郵便法違反の有罪確定)に数百万円渡した領収書を入手していた。「白山会会長を通じて議員に渡す金では」とにらんだ。
阿部被告は拘置中、取り調べの模様を日記につけていた。「このドブネズミ、死んだほうがましや」「15年刑務所に入っていろ」。検事はノートやファイルで机をたたき、罵声(ばせい)を浴びせた。そして「おれの得になることだけ言え」と、議員への「わいろ」を会長に託したと認めるよう迫った。阿部被告は「会長への謝礼などの金で、わいろのつもりはなかった」と否認していたが、逮捕から16日後「あの金は議員に渡ったと思う」と書かれた供述調書に署名した。
阿部被告の弁護人は「異常な取り調べだった」と、公判で調書の証拠採用に同意せず、逆に阿部被告の日記を証拠請求した。阿部被告は「国会議員の名刺があったから逮捕された。それだけでしょ」と振り返った。
09年4月に逮捕された白山会会長も、阿部被告から受け取った現金の行き先を追及された。会長の弁護人(当時)は「検事は親族の逮捕までほのめかし、議員に金を渡したと認めるよう迫った。客観的証拠は示さず、自白だけで事件を作ろうとしている」とあきれ返った。会長は最後までわいろを否定した。
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厚生労働省に捜査の矛先を変えた特捜部は、同様に厚労省職員らを強引に取り調べた。結果、村木厚子元局長(54)=大阪地裁で10日、無罪判決=が、不正な証明書交付にかかわったという供述調書が次々にでき上がった。
「国会議員や官僚の犯罪は国政の中枢をゆがめる。捜査するのは当然。特捜にはその使命がある」と話すのは、元大阪地検特捜部長。一方、元特捜検事は「東京と違い大阪は事件のネタが小ぶりで少ない。乏しい成果を補おうと無理をする傾向がある」と指摘する。
成果を求めて、事実をねじ曲げた「官僚の犯罪」が作られた。特捜部は、原点に立ち返った組織の見直しが迫られている。
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25面に「村木元局長無罪 本紙報道検証」
毎日新聞 2010年9月14日 東京朝刊