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[21754] 【習作】八年後の澱み (ポケットモンスターHGSS) 中編?
Name: とれーなー◆225bf620 ID:73ba88be
Date: 2010/09/18 05:39






 ダイヤモンドダストの煌めきが、"彼"の目に遠く映る。
 最高峰と呼ばれるに相応しい高さを秘めた山の頂は、生々しい傷跡で埋め尽くされていた。
 炎が燻り、電撃が弾け、水が留まり、草が乱れ、岩が抉れ――――その惨状とも言うべき風景の中心に、二人の人間が立っている。
 一人は無表情に、もはや戦う力を持たないポケモンを収めた赤いボールを、握り締めて。
 一人は満身創痍で、傍らに傷つきボロボロとなりながら懸命に立ち続けるメガニウムを置いて。
 ポケモンバトル、だった。
 大凡今まで彼が見たことも、聞いたことも無いほど壮絶で、華麗で、ひた向きな。
 バトルビデオで観賞したポケモンリーグ歴代チャンピオン戦でさえ、このバトルには遠く及ばない。
 頂点。
 白銀の煌めきに埋め尽くされたこの山の頂上で向き合う二人は、まさに頂点だった。
 赤い帽子を被った少年が、ぐいと帽子を目深に被り直す。
 黒髪を短く切って長さを揃え、整った顔に浮かぶ感情は薄く、その中で爛と輝く赤い瞳が印象的だった。

 Red

 初代ポケモン図鑑を完成に導き、世界中のポケモン研究の礎を築いた、まさに原点とも言うべき少年。

「おめでとう」

 風が吹きやんだ無音の空間に、静かに声が響く。

「良い勝負だった」

 その言葉に、"彼"の幼馴染の少女は僅かに頷いただけだった。
 さぞ嬉しいだろうな、と彼女の内心を想像する。
 彼女が今回だけでなく、何度もRedに挑み、今まで負け続けていたのを"彼"は知っていた。
 敗北に涙を流す彼女も"彼"の記憶にはあって、それを思うと勝利はより大きく感じられる。
 ちら、と表情を窺い、"彼"は首をかしげた。
 勝者だというのに、彼女の表情は硬く険しい。
 "彼"は、そこで初めて、漂う妙な雰囲気を感じ取った。
 それは、ただのポケモンバトルで無かったからこその違和感でもあった。

「ポケモンリーグなら、勝者は殿堂入りとして刻まれる。それで終わる。だけど、ここはそうじゃない」

 正々堂々と行われたポケモンバトルは、勝者と敗者を決めて終了する。
 敗者は勝者に、さらに上を目指して頑張れよと拍手を送る。
 勝者はその言葉を受けて、新たに生まれた目標を目指す。
 その最終点がポケモンリーグで……更に上が、この頂上だ。
 だが、ここより後、上はもう存在しない。
 今までRedが立っていた頂点に、"彼"の幼馴染が立っただけ。
 シロガネ山の頂上のように、もう上を見上げてもそこには何もない。
 ならば、目標を失った勝者に残されるのは、何だ―――?

「ここに残るのは、最強のポケモントレーナーだけだ」

 Redの声は、もはやぞっとするような冷たさを秘めているように感じられた。

「長かった。ここに最初に来てから二年の間、数多くのトレーナーと戦った」

 誰もが知っていたのだろう。
 シロガネ山の頂上には、トレーナーとして全てを極めた頂点が存在すると。
 原点にして頂点。
 今のトレーナーが目指す全ての道は、もはや彼が歩んだ過去の道でしかない。

「その戦ったトレーナーの全員が、どうしようもなく弱かった」

 戦いを幾度くぐり抜け、頂点である事を証明し続け、Redには何が残されたか。

「呪いだ。最強であるという呪縛だけが、ここに残り続け、俺を縛り付けた。そして今から、君を縛り続ける」

 そう、呪いだ。

「はい」

 だと言うのに、彼女はしっかりと頷いていた。
 受け入れるように。
 今や最強となったトレーナーは、パートナーであるメガニウムを従えて毅然とした立ち姿を誇っている。
 そうして、"彼"は絶望する。
 何時も隣に居たと、そう自負していた。
 小さい頃から―――今でも子供だが、それよりも更に小さい時から―――誰よりも、彼女に詳しいと思っていたのに。
 今の彼女は"彼"の知る様に気弱でもなければ、優しい笑みを浮かべてもいなかった。
 トレーナー。
 ポケモンを育成し、戦い、勝ちを得る者。
 その頂点として相応しい風格さえ、彼女は持っていた。
 もはや、"彼"の手の届く様な所に居る彼女ではなかった。

「ヒビキくん」

 びくん、と体が反射的に大きく震える。
 まるで伝説のポケモンとでも直に相対した様な、震えだった。
 そうして一人、自らをあざけるように小さく笑う。
 何を勘違いしているんだと、不意に自分が愚かに思えたのだ。
 目の前の彼女は、伝説のポケモンなんてとうに超えた存在だ!

「わたしは、帰らない」
「何を言って――――!!」
「ここに残る」

 "彼"の言葉を遮ったその宣言は、拒絶と同義だった。

「最強を、証明し続ける」

 それは、彼女の戦う者としての本能に近かった。
 誰よりも強くありたい。
 呪い云々よりももっと強い彼女のその願望が、ここに彼女を縛り付ける。

「ヒビキくん」

 モンスターボールを構えた彼女が、獰猛に笑った。
 もはやその目に、倒したRedの姿は映っていない。
 新たな挑戦者を、ただ迎えるだけ。


「 さあ たたかおうよ それとも しっぽを まいて にげかえる?」

「―――――」


























 ぴぴぴぴぴ、とポケギアから聞こえるアラーム音でヒビキは目を覚ました。
 体に纏わりつくような倦怠感が、ぼんやりとした思考に重く圧し掛かっている。
 懐かしい夢を見たせいだろうか。
 十九歳に成長した自分の体が見慣れないような、そんな違和感をふと感じたことに小さく笑う。
 アサギシティにある、各地を旅するポケモントレーナー向けの、少し高価なホテルにある一室。
 ヒビキの現在の拠点だった。
 そこそこ広い面積に、プラズマテレビと、小さな冷蔵庫、ベッド、ポケモン転送システム付きのパソコン。
 良い部屋だった。
 ベッドに備え付けられた時計を見ると、時刻は午後七時。
 夕食の時間だ。
 愛用のメッセンジャーバックを肩にかけ、三つのボールが収められたボールホルダーを腰に巻く。
 三つのボールの内一つの開閉スイッチを押すと、中から水色のポケモンが飛び出してきた。

「きゅー」

 水色の柔らかそうな身体に、ふにゃりと途中で曲がった耳、くねくねした尻尾と、その先についた空気袋。
 怪我しているのを見つけて治療した事が切っ掛けで手持ちにした、♀のマリルリ。
 元は戦う事を嫌うマリルだったが、数年前に進化した――否。
 ヒビキの勝手で戦わせ、経験を積ませ、進化させた。
 だと言うのに、マリルリは変わらぬ信頼と愛情を、ヒビキへ寄せていた。

「行こうか」

 足に抱きついてくるマリルリを促して、出口へ向かう。 
 望まぬ戦いをさせても慕ってくれるマリルリ、望まぬ戦いをしている自分。
 そして、記憶の底でくすんだまま放置されている、過去の記憶。
 その全てがヒビキには、重い。

「……連れ戻すんだ、必ず」

 八年。
 それだけの歳月をかけても、糸口さえつかめない目標を忘れないよう、口に出して呟く。
 まるで自分の心を自分で痛めつける様な、そんな気分だった。
 だが、心を痛めつけた分だけ思いを馳せる事が出来る。
 暴風にさらされたあの山の頂上、今日も戦う少女の事を痛みの分だけ思い描けるのだ。


 ―――――コトネ


 思ったその名は、ほんの少しの懐かしさと痛みを与えてくれた。
















 完結(あるいは続く)




[21754] 争いの予感/ VSレックウザ前哨戦
Name: とれーなー◆225bf620 ID:73ba88be
Date: 2010/09/18 05:37




「おや、懐かしい顔だね」

 本がうず高く積まれた机越しに、訪れた客を見てウツギはそう言った。
 ワカバタウンで生物学の徒として研究に従事して、十数年が経っただろうか。
 当初は研究だけに没頭し、人との関わりなど薄れていくのだろうなと思っていた。
 だが、ポケモンを好きな事、ポケモンを知りたいことに年齢も職業も関係はない。
 研究所は小さな子や休日を利用した大人たちといった見学者で、にぎわう様になった。
 そして自分と関わり合った子供たちが成長し、たまに研究所にこうして尋ねて来てくれるのはひそかな楽しみの一つでもある。

「お久しぶりです」

 傍らにオーダイルを連れた青年は、そう言ってぺこりと頭を下げる。
 八年前、まだ外を知らなかったワニノコをここから強奪していったのが彼だった。
 研究所を訪れた中でも、もっともポケモンと親和性が高かった三人の内の一人。
 各地で随分無茶をしたらしい。
 その様子は、当時ジョウトを縦横無尽に駆け回っていたコトネからよく聞かされたものだ。

「まあ、お茶もろくに出せないけど座ってよ。ほら、オーダイルも。……あ、そうだ! ヒノアラシを呼んでこなきゃ。おおい!」

 ちょうど手の空いていた研究員を呼びつけると、窮屈そうに身を縮めているオーダイルを示す。
 研究員も慣れた物で、うんと一つ頷くと庭へ駆けて行った。
 ひるねをよくするヒノアラシは、この時間帯、庭の花壇の近くに居る事が多い。
 甘い香りに誘われるのは、人もポケモンも一緒だ。
 鼻歌を歌いながら、ウツギは手際よく珈琲を二人分入れると、一つを青年へ差し出した。

「よいっしょ、っと……。はい、どうぞ。それで、今日はどうしてここへ?」

 研究道具の中に埋もれていた椅子を引きずり出して、テーブルも用意すれば、簡素ながらおもてなしの用意が完了する。
 機能的な汚らしさはむしろ研究所らしいが、決して居心地の良い物ではない。
 書類の山を崩すまいと固まっているオーダイルに笑いかけて、青年は有難そうに椅子に腰かけた。

「コトネに挑んできました」
「ほう」

 ウツギは珈琲を啜りながら、興味深そうな声をあげる。
 八年前、異例ともいえるジョウト・カントーの二つの地区でチャンピオンに君臨した少女、コトネ。
 初代ポケモン図鑑所持者であるRedを倒し、名実とも最強に君臨してからは、シロガネ山に籠り続けている。
 そこで自分が一番強い事を証明する為、来る日も来る日も強者を求めて登山する挑戦者と戦っているはずだった。

「どうだった?」
「負けましたよ」

 何でも無い様に告げる青年の表情を見て、ウツギは複雑そうだなあと感想を抱いた。
 やっぱり負けてしまった、と言う納得半分、負けたくなかったという悔しさ半分。
 トレーナーとしてはありふれた感情だが、シルバーの経歴を知っていれば、そう思えるようになった彼の成長を思う事が出来るだろう。
 父親との確執で、強さしか価値観を信じる事が出来なかった。
 コトネから聞かされる彼の話には、ウツギも大層同情した事を覚えている。
 今のシルバーしか知らない人物には、思いもよらない事だ。
 対戦を振り返りながら、シルバーは続ける。

「手持ちは……メガニウムと、ゲンガー、それにホウオウ。そこまでは引きずり出しましたけど、そこで力付きました」
「ホウオウ」

 伝説のポケモンだ。
 虹色に輝きながら、世界中を飛び回り、生命力を操る炎を持つ。
 神話で散々語られたポケモンだが、現代における有力な目撃証言などは無く、最近まで想像上のポケモンだった。
 だが八年前、数々の試練を乗り越えたコトネの前に姿を現し、まる一日に近い戦いの末、彼女の手持ちに下った。
 ジョウトに現存した神話。
 研究者は上から下まで大騒ぎになり、コトネと関わりの深かったウツギ研究所は暫く大忙しだった。
 彼女の協力もあり、神話で語られたホウオウの生命力を操る炎も、真実だったと言う論文を完成させることが出来、この年ウツギは最優秀研究者賞を得ている。 

「伝説のポケモンに挑めるってのは、なかなか絶望的な戦いでしたよ」
「そりゃあね。なんたってジョウトの守り神だ」

 半ば笑いを含んで言った台詞だが、シルバーは何かを考え込むように俯いた。

「守り神、ですか」
「うん? ……それがどうかしたかい」

 オーダイルが、シルバーの後ろでそわそわと落ち着きを無くして動き出した。
 あばれるのが好きなのはワニノコの頃からだが、今はどちらかと言うとトレーナーであるシルバーの不安に反応したというところだろう。
 人の機微にはわりかし疎いウツギでさえも、雰囲気が重く変わったことが分かる。
 どうやらこれが本題だろうと予想も付いた。

「これ、見てください」

 シルバーが机に広げたのは、数枚の写真だった。
 一枚目には大人と、小学生くらいの子供。恐らく親子。
 二枚目には年老いたデンリュウと、若いメリープ。
 形質が似ていることと年齢の違いから、メリープはデンリュウから出来た卵によって生まれたと推測できる。
 三枚目には――――

「なんだ、これ?」

 思わず、ウツギはそう呟いていた。
 死体。
 それはまさに、死体としか言いようが無かった。
 かさかさに干からび、体中の水分という水分が飛んだような無残な死体。
 眼球がおさまっていたであろう部分は、虚無の空洞を晒し、もはや男女の区別さえつかない。
 死体の横においてある、黄色い帽子が言いようの無いせつなさを感じさせた。

「……一枚目の写真、それ、小学生に見える方が父親で、大人に見える方がその父親の子供です」
「え?」

 言い間違えだろうか、とウツギはちらりと思った。
 しかし、言い間違いではないだろうなとも思った。

「二枚目の写真は、メリープの卵から生まれたのがデンリュウです」
「――――」

 確信する。
 シルバーが異変として伝えたいのは、この写真の事だ。
 これら写真にうつっている物は、時系列がまるで合わない。
 小学生の子供が、大人に見える人物で、若いメリープが生んだのが、年老いたデンリュウ?
 あべこべだ。
 卵か先か鶏が先かというようなややこしい話ではない。
 明らかに先であるはずの物が後で、後であるはずの物が先になっている。

「そして三枚目。そこに映ってる死体は、最初だれの物か全く判別できませんでした。でも、その死体がトレーナーカードを持っていたんです」
「トレーナーカード?」

 これです、と最後の鍵であるとばかりにシルバーはウツギにそれを見せた。
 暫く、沈黙が研究室を包む。
 ウツギは、自分の目が狂ったのかと考えた。
 また、研究者として冷静にそれを考察し、そんな馬鹿なと笑いたくなった。
 しかし結論は出た――――これは、真実では無いかもしれないが、事実の一部ではあると。

「ヒビキ……くん、なのか?」

 響。ワカバタウン出身のトレーナー。カードに示してある年齢は29歳。
 最終更新として記されている年は、今から十年後。
 貼り付けられている証明写真も年相応――――ウツギの知る19歳のヒビキが成長した姿として、違和感は欠片も無かった。

「博士」

 シルバーは言った。
 酷く疲れたような声だった。

「今度の敵は……セレビィを手に入れたらしい」




















 もがき苦しむように、それは何度も空中をのたうち回った。
 常ならば優雅さとともに羽ばたく空は、それの体を突き刺すように攻めてくる。
 今まで感じたことも無い様ないらつきと不安感に突き動かされ、何度も何度もそれは苦しみ、悶えた。
 雲に突っ込み、狂った声をあげ、無い筈の助けを求め、暴れ回った。
 永遠に感じられる時間を苦しんで過ごすと、不意にすう、と痛みが消えていく。
 混乱と狂気が嘘のように静まり返り、心は落ち着き、頭は冴え渡った。
 冷静に、極めて冷静に思考を展開し、それは考えた。

 "復讐をしなければならない"

 違和感なく頭に入り込んできた声に、それは逆らう事無く従った。
 与えられた混乱と痛み、それに見合うだけの報復はするべきだとそれ自身も判断したからである。
 天空高く舞い上がり、一般にオゾン層と言われる場所へそれは君臨した。
 ありとあらゆる生物が囚われる重力から、いかなる手段か逃れ、静かに滞空している。
 大きな咆哮をそれはあげた。
 巨大な口が開き、ずらりと並んだ牙の奥底、それは周囲から荷電粒子を収束していく。
 やがて光を発し、球となる。
 人間の大人一人ほどの大きさにまで球を大きくしてそれは満足し、巨大なそれを真っ直ぐに地表へ向けて撃ち放った。
 それにしてみれば、せいぜいが戯れ程度の事である。
 だが、超絶とも言える速度で撃ちだされた荷電粒子は、強大な威力を誇っていた。

 はかいこうせん

 全長7.0メートルに及び、超古代から生息しているポケモン―――レックウザの、恐るべき一撃であった。
 それは違わず地表に命中し、高い塔を一つ、容易く崩壊させた。
 嬉々として暫く地表を見つめていたそれは、再び咆哮をあげると、今度は自らがその場所へ向かった。
 人間たちに、破壊をもたらさなければならない。
 なぜかそれが、今の自分の全てのように、それには感じられていたのだ。




















 何が起こったのか、始まりから終わるまで、何一つ唯一つヒビキには理解できなかった。
 いつものように、淡々とバトルタワーで自らを鍛え続けていた。
 朝飯を食べ、マリルリと共にエントリーを済ませ、ひたすら戦っていた。
 そして連勝を重ね、違う地方に居るタワータイクーンと通信を介したバトルを予約し、休憩のために外に出た。
 突然だった。


 ―――――UHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!


 天空を切り裂くような絶叫(らしきもの)が聞こえたと思うと、巨大な光の帯が天空から一直線に伸びていた。
 ヒビキの目がその光を捉え、何だあれはと思った瞬間に全てが終わった。
 光の帯は、高く伸びるバトルタワーを直撃し、爆発を発生させた。
 意識はそこで、途切れた。
 意識が戻ったのは、たった今の事だった。
 体を動かそうとしても動かない。
 覚醒しきっていない視覚は、まだ自分の上にのしかかる瓦礫を見つけた。

「っが、は……。なんだ、なんなんだよこれ……」

 瓦礫の隙間、僅かに見えるバトルタワーが、崩壊している。
 外国で起きたテロのような、地獄的な光景。
 阿鼻叫喚が展開し、巻きあがった粉塵で太陽の光が遮られ、昼間にも関わらず既に夜の様な暗さだった。
 空を覆う分厚い雲は雨雲だろうか。
 鼻を雨の匂いが掠めていき、耳には遠くで鳴る雷の音が聞こえた。
 雨が近いかもしれない。

「マリルリ……頼、む」

 震える手でモンスターボールの開閉スイッチを押しこむと、光と共にマリルリが現れた。
 現れたマリルリは、何時ものように健康なトレーナーの姿を探し求めて……血だらけの姿を見て、しばし呆然とする。

「わるい……何が起こったか、俺にも分からない」

 ヒビキがそういうと、漸くマリルリは自分を取り戻したようだった。
 円らな瞳に涙をためると、きゅーきゅーと鳴き声を上げながらヒビキに縋りついてくる。
 はは、と不謹慎にもヒビキは笑ってしまった。
 死にはしないさ、と落ち着かせるようにマリルリを撫でてやって、自分を押しつぶす瓦礫を指で示す。
 涙を短い手足で必死に拭うと、マリルリは腕に力を込めて、一気に瓦礫を殴りつけた。
 ばかぢから。
 瞬間的に、ポケモンの筋力を何倍にもして打撃攻撃を加える技だ。
 ちからもちと称される特性を持つマリルリが使えば、その威力は岩を砕くには十分すぎる。
 一息にヒビキを押しつぶしていた瓦礫を砕いたマリルリは、また涙をためてヒビキに抱きついた。

「こら、心配なのは分かるけど……今は、自重してくれ」

 瓦礫の圧迫感から逃れて、だいぶ息は楽になった。
 が、自らの左腕をみてヒビキは軽い絶望を覚えた。
 恐らく砕けたガラスの破片だろう。
 見事な突き刺さり方をしている。
 噴出した血が肌について赤黒く固まり、その上をさらに傷口からあふれた血が流れていく。
 痛いが、治療をすぐに受けれる状況でないことは一目でわかる。
 周囲ではそこらかしこに苦しみ続ける被害者が他にもいて、助けてくれと声を上げても効果は薄そうだった。
 レスキューも警察も、また到着していない。
 鈍い痛みを覚えながら、ヒビキは歩み出した。
 マリルリが騒ぎたてながら、その後をついてくる。

「ポケモンセンターに戻ろう……」

 方針を口に出して呟き、崩れたバトルタワーの残骸に目をやった。
 ポケギアのカメラ機能で、写真を数枚とっておく。
 崩れたタワーは、ただの爆弾などで壊された様子ではなかった。
 明らかに人間離れした力で、強引に貫かれている。

「何だ……。だいばくはつでも使ったのか」

 マリルリを適当にあしらいながらヒビキは思案を巡らせた。
 だいばくはつを大量に使えば、タワーの崩壊を招く事は不可能ではない。
 だが、テロ対策の一環として、重要なポケモン協会施設には、特性しめりけと同じような効力を発揮する素材が使われている。
 だいばくはつをそもそも不可能にしている状況で、こんなことが起きるとは考えにくかった。
 ポケモンセンターへ続く道は、まさしく亡者の道だった。
 傷つき、血を流し疲れ果てている。
 人とポケモンの区別も無い。
 疲れに取りつかれたような風貌であるくヒビキの横を、多数の救助隊やトレーナーがバトルタワー方面へ通り過ぎていく。
 自分で歩く元気のある奴にかまっている余裕は、彼らにも無いらしい。
 まったくもって、この世の地獄と言って差し支えない状況だ。

「こりゃ、駄目か」

 漸く辿り着いたポケモンセンターは、救助活動の前線基地と化している。
 ありったけの医者と、トレーナーを掻き集めたのだろう。
 ジョーイさんとラッキーやハピナスが駆けずり回り、力量あるトレーナーが周囲の警戒に当たっている。
 医者たちは怪我の重さから優先度を判定し、次々と手当を施しているが、すぐには到底終わりそうになかった。
 ヒビキが怪我している事を告げると、ちょうど手の空いたジョーイがポケモンセンターの中から飛んでくる。

「大丈夫ですか? 指は動かせます?」

 幾つかの問診を終えた後、麻酔と止血をはじめとする幾つかの治療をして、包帯が丁寧に巻かれていく。
 治療中はジョーイを見るのが何処となく気恥ずかしかったので、隣に立っているナースキャップを被ったラッキーを眺める。
 視線が自分に向いている事に気付いたラッキーは、恥ずかしそうに鳴くと、手に持った籠から小さな卵を一つヒビキに手渡した。

「?」
「ラッキーの卵です。食べてください。栄養と、暗い気分を和らげる効果があります」

 ぱくり、と口に含むと成程、形容しがたい柔らかな味が後ろ向きな気分を和らげてくれる。

「とりあえずの処置はこれで完了です。軽い運動程度なら、大丈夫。後から、ちゃんとした治療を受けてください」

 手早くかつ綺麗に包帯を巻き終えると、ジョーイは言葉も少なく足早にポケモンセンターへ向かって行った。
 ちょこちょこと歩きながら短い手を振るラッキーに、ヒビキも手を振り返す。
 そこで、一気に疲れが現れたらしい。
 ヒビキは体に重さを感じて、その場にへたり込んだ。
 マリルリがきゅうきゅう鳴きながら、ヒビキの腕を抱きしめる。
 柔らかな体にそっと手を這わせ、疲れを忘れようと努めた。
 じくじくと包帯を赤く滲ませる血が煩わしい。
 軽く眠るか、とヒビキは考えた。
 まさかこの程度の怪我で死にはしないだろうし、応急処置のお陰で幾分楽になっている。 

「ひ、ヒビキさぁんっ!」

 ぱたぱたぱた、と忙しない足音にヒビキは顔を上げた。
 近づいてくるのは、細身の女である。
 おっとり刀で駆け付けたのか、決して活動的でないワンピースが、清楚な彼女によく似合っていた。
 ああ、とヒビキはすっかり彼女の事を失念していた事に気づく。
 世話になっている身でなんだが……そう言えば、彼女はこの地域のジムリーダーだ。
 アサギシティジムリーダー。
 鉄壁ガードの女の子、ことミカンである。
 傍らにレアコイル二匹を引き連れての登場だった。

「だ、だいじょうぶですか? お怪我は……あ、う、腕が?」
「落ち着いて。俺は大丈夫だ」

 苦笑いを浮かべて、ヒビキはミカンにぱたぱたと手を振った。
 バトルタワーにのめり込み、放っておいては食事すら抜こうとする生活をヒビキは続けている。
 それをきわどいところで止め、手作りの食事を振る舞ってくれたりするのが彼女。
 今年で二十三歳になるはずだが、 出会ったころからの柔らかい雰囲気は変わらず、世間ずれしていない優しいところが好ましい人物だった。

「それより、何があったんだ? 何処まで現状を把握できてる?」
「あ、はい。ノースちゃん、ミナミちゃん」

 ミカンが声をかけると、周囲でふわふわと浮いていたレアコイルが反応する。
 どうやらノースとミナミがニックネームらしい。
 怪我人の救出や捜索など、幾つかの指示をミカンが与えると、ふわふわと電磁浮遊してバトルタワーの方面へ向かっていく。

「今から大凡一時間前、アサギシティの灯台で光が観測されて……バトルタワーが倒壊しました」
「やっぱり空からの攻撃?」
「はい。可能性は高いみたいです。ポケモンリーグ本部にも通達後、有志による救出隊を結成、ここに向かいました」
「人為的な物か」
「今のところは何とも……。それに、空を見張るレーダー網に反応は無かった。私が居ながら……この様です」

 首を振ると、ミカンは己の無力を悔いるように俯いた。

「ミカンのせいじゃない」

 第一、ポケモンの攻撃かどうかも分かっていないのだ。
 責任の所在を追及するのは早すぎる。

「それよりも、レーダーに反応は無かったと言った?」
「ええ。攻撃直後、観測員に記録を見せてもらいましたけど、三時間にわたって反応はありませんでした」

 ドラゴンをはじめとする暴れ野生ポケモンによる人里への攻撃は、決して少なくない。
 それに備えて空中や海中を見張るレーダーは、ポケモンセンターのある街ならば何処にでもある物だ。
 もしそこにポケモンの接近などがあれば、情報はポケモンセンターへ通達され、警戒態勢が敷かれる。
 しかし事件の当時、反応は無かった。

「だとすれば、空からの攻撃じゃないのか……? それとも、レーダー外から?」
「そんな……」

 ヒビキは頭を意識して切り換えようとした。
 ここでミカンを縛り付けて、くだらない推論に花を咲かせている場合ではない。
 今も瓦礫の下に居る人間が居るかもしれないのだ。

「ミカン、俺も手伝う。怪我人を助けよう」

 心配そうなマリルリを一つ撫でると、ヒビキは立ち上がった。
 出血したせいか、立ちくらみが襲ってくるが、耐えられそうだ。

「待ってください!」

 思いのほか大きな声だった。
 ヒビキが視線を巡らせると、思わず言ってしまった、と言う様な風でミカンが固まっている。

「あ、その……ヒビキさんは、休んでるべきです。け、怪我してますし!」
「いや。大丈夫だ。動ける」

 それだけ告げると、返答を聞かずにヒビキは歩き出す。
 自分を心配してくれるのは有難かったが、それがどこか煩わしく感じられた。

「ヒビキさん!」

 とうとうミカンが声を荒げる。
 珍しいな、とヒビキは頭の片隅で思った。

「大丈夫だ。俺の怪我は腕だけだし……」

 ミカンの目をじいと見つめる。
 経験上、こうすれば彼女は頼みを断れないのは知っていた。
 うう、と短く唸ると、予想通り不承不承うなずく。

「分かりました。 でも、危ない事はやめてくださいね」
「了解。 急いでいこう。 俺もそこにいたから分かるけど、まだ怪我人は多かった」 
「はい」

 二人は連れ立って歩きだした。
 それに周囲を警戒しながらマリルリが続く。
 普段は垂れている耳もぴんと伸ばして、マリルリなりの警戒をあらわにしていた。

「きゃっ」

 バトルタワーへの道の途中、不意にミカンが小さく声を上げる。
 冷たい雨が降り始めていた。

「……視界が悪くなると拙いな」

 予想は的中した。
 ざあ、と音を根こそぎ掻き消すような雨粒がこのあたりを包んでいる。
 救出作業は難航するに違いない。
 マリルリだけがきゃっきゃっと無邪気に雨を喜んでいた。

「ミカンさん!」

 バトルタワーに着くころには、二人ともびしょ濡れだった。
 その二人を、若いトレーナーが迎える。
 どうやら有志で集まった内の一人らしい。
 現れたミカンに、彼は空を飛ぶボーマンダの姿を示した。

「俺のボーマンダです。さっきから空を警戒させてますけど、特に可笑しいところは無いみたいです」
「お疲れ様です。救助はどれくらい進んでますか?」
「まだまったくと言っていいほど……。人手が足りません。瓦礫が―――――」

 ヒビキは手持無沙汰に辺りを見回す。
 彼女のジムリーダーとしての職務には、立ち入るつもりは無かった。
 豪雨と言って良い天候の中、集まったポケモンとトレーナーは懸命に作業を続けている。

「マリルリ」

 きゅー、と鳴いたマリルリは耳をぴん、と立てると意識を集中した。
 ほどなくして、小さな腕が瓦礫の一角を指し示す。

「ばかぢから」

 勢いよく駆けて行ったマリルリが手足で瓦礫を粉砕する。
 出てきたのは、生き埋めになった人間だった。
 大声で救急隊員を呼ぶと、ヒビキは一緒になって救出を手伝う。
 マリルリの耳はすさまじく性能の良い音響レーダーだ。
 雑音だらけの水中でも、獲物の位置と正体を割り出すことが出来る。

「……なんだ?」

 ミカンと話していたトレーナーが、不意にそんな声をあげた。

「どうしたんだ?」

 ヒビキの問いかけに、答えはすぐに示された。
 雨が、止んでいる。
 天から降り注ぐ雨粒が姿を消し、また危うい曇天が広がっていた。
 通り雨―――と言う訳ではないだろう。
 事実、まだ明らかに雨雲と分かる雲が、空に分厚く圧し掛かっている。

「誰か日本晴れでも使ったか?」
「いえ……それに、晴れてませんよ」

 ミカンも不思議そうな顔だった。

「な……ミカンさん、あれ!!」

 トレーナーが顔を青くして叫んだ。
 ヒビキとミカンが、揃って顔を雲の一部へ向ける。




 ―――――UHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!




 体全てが鳥肌になった様な恐怖だった。
 山が一つ丸ごと崩れたかのような、絶叫。
 空気が震えるのが肌で感じられるほどの大音響を以て、それは現れた。
 雲の隙間、まるで蛇の様な体が覗いている。
 体色は緑、長く伸びた体は大人数人ほどの太さで、ただの蛇ではないことが分かった。
 いや……そもそも、空を飛んで大絶叫する蛇など聞いたことが無い。
 牙をむき出しにした顔は凶悪で、目には明らかな殺気が宿っている。

「あいつだ……バトルタワーを攻撃したポケモン!」

 ヒビキの確信した声に、トレーナーが恐怖の叫びをあげた。

「あれが?! あんなデカいのが、ポケモンだって?!」
「うああああ、逃げろ! 逃げろ逃げろ逃げろッ!」

 誰かの声に、恐怖に凍りついていた全ての人々が駆けだす。
 目につく限りの負傷者を連れて、ポケモンも人も一目散に逃げ出していく。
 あのデカい蛇……否、竜が強大な破壊力を秘めている事は誰の目にも明らかだった。
 ミカンもヒビキも、震える体を制御することが出来ない。

「……くそっ」

 ぶるぶると震える腕を無理やり押さえつけて、ヒビキはミカンの手を握った。

「っ」

 弾かれた様にミカンが硬直から解き放たれる。

「なにしてる、逃げるぞ!」

 そのまま手を引いて駆けだそうとし、しかしミカンは動かなかった。

「た、戦わなきゃ」
「何言ってる!? 勝てる訳が無い! 相手がどんなやつかも分からないんだぞ?!」

 返答は、混乱も含んだ絶叫だった。

「それでもです! 誰がこの街を守るんですか! 私、私なんです! 私が戦わなきゃ……」

 モンスターボールが連続して煌めく。
 現れたのはいずれも鋼鉄を誇りとするポケモンたちだった。
 巨大なハガネール、高速で浮遊するメタグロス、鎧をまとった様なエアームド。
 だがそのいずれも、あのポケモンに勝てる姿は想像できない。
 ちっ、とヒビキは舌打ちをした。
 そうだ、戦わなければならない。
 強い者から逃げていたのでは……弱者のままだからだ。

「ミカン、即席タッグだ」
「ヒビキさん」
「ああ、くそ。何でこんな目に」

 ヒビキの闘志を感じ取ったマリルリが、表情を引き締めて空を睨みつける。
 アサギシティジムリーダーに、手持ちが一匹しかいないトレーナー。
 笑えるタッグだ。

「ミカン」
「はい」
「倒す事は考えないようにしよう。あくまで時間を稼ぐ。少なくともみんなが、アサギの街まで戻れるように」
「分かりました。上等です」

 流石ジムリーダーと言ったところだろうか。
 ミカンは落ち着いた物だった。
 一層ヒビキは恥じ入りたくなる。
 だが、それも後だ。


「……さあ、行くぞッ!」


 今は、化物と戦わなくては。
 空で蠢く緑の竜が、大きく咆哮をあげた。





つづくかも













後書き

BW発売おめでとうございます。
脈絡無し山なし落ち無しな前回に感想がつくとは思ってなかったんで、嬉しかったので次話です。
文才無くてすいません。
読みにくかったと思います。
ここまで読んでくれた人に最大の感謝を。
では。


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