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岸田 徹 【岸コラ】 |
大分県の義務教育課参事が収賄の疑いで、また市立の小学校校長と県の教育庁義務教育課参事とその妻の市立小学校教頭が贈賄の疑いで逮捕された(小学校教頭はその後処分保留)。逮捕したのは大分県警。6月14日夜10時過ぎのことだった。それから時計は日付をまたぎ15日になったが、感覚として14日の夜中に県の教育委員会は緊急の記者会見を開いた。教育長が「痛恨の極み。県民に心からおわびします」(大分合同新聞)と謝罪した。
逮捕から記者会見までの流れは、周到に準備されていた感じだ。6月14日は土曜日。贈収賄は重大な事件だが、現物の授受は昨年行われたもので、容疑者はその後ずっと職場で働いている。逃亡する危険性はなかったはずで、土曜日の夜に逮捕しなくてはならない緊急性は感じられない。逮捕から数時間以内の日曜日の未明に教育長が記者会見をするというのも準備がよすぎる。県警幹部と教育長は十分打ち合わせをしてこの流れを決めたに違いない。
なぜ、土曜の夜に逮捕し、翌日の未明に記者会見を開いたかは、マスコミへのインパクトを最小限に抑えたいという気持ちがあったのだろう。県警がそこまで気を使うのは、同じ公務員である教師への配慮があったからだろうが、それとは別に、この事件が公になった経緯が大きく作用していると感じられる。
それは、オンブズマンの存在だ。この一件は、市民オンブズマンが指摘して事件になったことが、逮捕後しばらくして明らかになった。NPO法人の「おおいた市民オンブズマン」(永井敬三理事長)に昨年の2月、「県教委幹部が家族4人を教員に採用している」(産経新聞)という不正採用を告発する実名入りのメールが届いた。そこで、永井理事長が県の教育委員会に情報提供し調査を求めたのだが、1ヶ月後の回答は「不正の事実は確認できなかった」というもの。実際には、その8月に今回逮捕の贈収賄が行われていた。オンブズマンが疑っているにもかかわらず止めなかったのは、相当長い間贈収賄が常習的に行われていたからだろう。
その後、オンブズマンがどのように警察を動かしたのかの正確な情報はない。しかし、オンブズマンと県警との接点は微妙な関係で存在していた。
実は、おおいた市民オンブズマンは8年前から大分県警の捜査と旅費支出に不明朗な点があると指摘し続けている。「警察不正110番」を設置して広く情報を市民から吸収する体制も取っていた。県警の駐車場を機動隊員が使用し、駐車場使用料を隊員から取っておきながら、その収入を裏金化し懇親会費などに充てている実態を指摘し、料金の返還を県に求める監査請求を出した(2003年)。また、現職警官の告発文書の存在を明らかにし、警察官が起こした強制わいせつ事件の解決金に捜査報償費などをプールした金を充てたと県警に調査を申し入れた(2004年)。
さらに、オンブズマンが県の情報公開条例に基づいて県警に公開を求め続けている捜査費や捜査報償費、旅費支出については、2004年6月に723枚の文書が公開された。しかし、ほとんどの項目が黒塗りでまったく分からない。疑念がさらに増したかたちで、情報公開を求めるオンブズマンと県警との攻防はいまだに続いている。
官僚天国日本の官僚にとって市民オンブズマンは厄介な存在だ。反対に、納税者にとっては頼りになる存在で、オンブズマンの活躍はかつて田中角栄元首相をあげた東京地検特捜部以上のものがある。なにしろ警察の「裏金」問題では北海道を皮切りにすでに10億円以上の金額を7道府県から返還させているし、オンブズマンを一躍有名にさせた「官官接待」問題では、25都道府県から300億円以上の金額を返還させている。最近では、各地方自治体の政務調査費問題にスポットが当てられ、8億円に迫る金額を返還勧告している。
オンブズマンという制度は、イギリス、フランス、デンマークなどヨーロッパで多く取り入れられているものだ。発祥国はスウェーデンで、議会の任命で議会にかわって行政を監視している。国によっては行政府がオンブズマンを任命することもある。いずれにしてもオンブズマンは国の機関として行政機関の行為を行政府と立法府から独立して速効的に勧告したり公表したりしている。日常の監視業務ばかりではなく、独立した国の中立機関として政府が万一暴走した場合、いつでも代わりに国を代表できる体制ができているともいえる。
これに対してアメリカは連邦政府に対し会計検査院が公的資金の監査を行った伝統が飛躍的に拡大し、公的なお金は、それが市民のところに返る川下まで監査が厳しく行われる体制があらゆる公的機関で築かれている。監査はアメリカの文化ともいえる。
日本は、戦後当然のようにアメリカの制度を踏襲したので、行政監察はアメリカの監査制度が手本になっている。会計検査院はその象徴だが、総務省にも行政監察制度があり、財務省にも予算の執行を監査する制度がある。かつては有機的に厳しく監査されていたが、近年は自治体のOBが監査委員になったりして、身内意識の監査制度になってしまったという批判がある。そこで、日本でもオンブズマン制度の導入が検討された。総務庁では報告書を出し(1986年)その実施を示唆したが、国家レベルではいまだに実施されていない。恐らく、オンブズマンが天下り先になればすぐにでも実施されるのだろうが。
業を煮やした地方行政レベルではオンブズマン制度の実施をはかるところがでてきて、川崎市が「市民オンブズマン条例」を制定(1990年)すると、東京では中野区が、長崎県では諫早市が相次いで条例化した。しかし、数は少なく、今活動しているオンブズマンと呼ばれる団体は公的な資金の援助がない、まったく市民レベルで立ち上がったオンブズマンだ。恐らく世界には類のない存在だ。これらのオンブズマンは13年前に「全国市民オンブズマン連絡会議」を立ち上げ、現在は全国で85ある市民オンブズマンが連絡を取り合っている。
おおいた市民オンブズマンの永井理事長は、塾の経営者だったが、2002年3月から4年間連絡会議の代表幹事を歴任したオンブズマンのつわものだ。大分県警は、捜査費の不正支出で永井理事長の長年の追及が厳しく、同様にオンブズマンに刺された教育委員会には同類相哀れむ感情が走ったことは容易に想像できる。できれば県警は公務員の中でも尊敬を集める教師の逮捕は見送りたかったはずだ。オンブズマンの武器は「情報公開請求」と「住民訴訟」。公務員の不正にはなかなか本腰を入れない警察をしり目に、オンブズマンはこの二つの武器を使ってウェブサイトで、あるいは司法の場で市民の意思を明らかにする。
今までの世界では類を見ない新しい行政監査手法による民意の表現が芽生えているのかもしれない。しかし、これは本来いびつな世界だ。なぜなら、市民の意思は政治の場で示されるべきで、ウェブサイト上や司法の場で明かされても組織だった次なる行動を期待することができないからだ。政治は、苦しんでいる市民の生活に早く同調しないと、税金を払うより、オンブズマンに寄付をして世直しをしようとする「改革」が生まれてしまうのではないか。それとも、日本の民意は意外なところから表に出ようとしているのか。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「オンブズマン」「行政監察」「会計検査院」
NPO、審議監ら告発へ 大分教員汚職 地公法違反罪 [2008年07月28日 産経新聞 大阪夕刊 社会面]
大分・教員採用汚職 父母逮捕…苦悩の辞職 教え子30人の手紙、あふれた涙 [2008年7月26日 読売新聞 東京朝刊 2社]
県への提言議論 不祥事再発防止部会=徳島 [2008年7月26日 読売新聞 大阪朝刊 徳島]
【公教育を問う】第6部 教員採用汚職(下)教委改革 [2008年07月23日 産経新聞 東京朝刊 社会面]
知事への政調費返還請求取り下げ オンブズマン徳島=徳島 [2008年7月17日 読売新聞 大阪朝刊 徳島]
大分県教員汚職 贈賄ほう助の一件で女性教頭を不起訴 [2008年7月11日 読売新聞 東京夕刊 夕2社]
[スキャナー]大分教員汚職 疑惑底なし 採用・昇進を仲間と私物化 [2008年7月11日 読売新聞 東京朝刊 三面]
新たに市教育長逮捕 大分教員汚職 商品券受け取る[2008年07月06日 産経新聞 東京朝刊 社会面]
教員試験の採点、市民オンブズマンが結果公開を請求=大分 [2008年6月26日 読売新聞 西部朝刊 大分]
大分県教員採用汚職 「相場1人200万円」橋渡し役夫婦が提示 [2008年6月18日 読売新聞 西部朝刊 西社会]
県教委教員採用汚職「子どもにどう説明…」 続く不祥事、怒りと驚き=大分 [2008年6月16日 読売新聞 西部朝刊 大分]
小学校長、贈賄容疑で逮捕 長男・長女の教員採用巡り/大分県警 [2008年6月15日 読売新聞 西部朝刊 西一面]
贈収賄容疑で校長ら4人逮捕 [2008年06月15日 09:00 大分合同新聞 Web版]
贈収賄容疑で校長ら逮捕 [2008年06月15日 00:13 大分合同新聞 Web版]
大分県教委参事を逮捕 教員採用、小学校長から収賄容疑 [2008年6月15日 朝日新聞 朝刊 1社会]
情報公開ランク 県「交際費」ひびき35位 大分市、総合4位=大分 [2008年3月22日 読売新聞 西部朝刊 大分]
カラ出張 2審破棄 「請求遅れに正当理由」 [2008年03月18日 産経新聞 東京朝刊 社会面]
外交機密費の大半不開示に 仙台地裁判決 [2008年03月12日 産経新聞 東京朝刊 社会面]
和歌山県 26億円債権放棄へ 中小企業融資の回収困難 [2008年02月15日 産経新聞 大阪夕刊 1面]
知事交際費、ホームページで公開 近日中に県、支出先や金額など=大分 [2007年5月16日 読売新聞 西部朝刊 大分]
捜査費の調査 警官の情報を追加公開 県公安委=大分 [2007年3月31日 読売新聞 西部朝刊 二大分]
勤務中に母見舞う 佐伯市立中学の校長に文書訓告=大分 [2007年3月17日 読売新聞 西部朝刊 大分]
県警捜査費疑惑 オンブズが県公安委に再調査申し入れ=大分 [2005年6月23日 読売新聞 西部朝刊 大分]
県警が捜査費など開示 ほとんどの項目、黒塗り 「適正支出に疑念」=大分 [2004年6月5日 読売新聞 西部朝刊 大分]
「捜査費、不祥事処理に流用」 市民団体に文書 大分県警の警官名で告発 [2004年4月23日 読売新聞 西部夕刊 夕社会]
警察の不正経理疑惑 「監査要求 必要ない」県、市民オンブズに回答=大分 [2004年4月10日 読売新聞 西部朝刊 大分]
県警駐車場使用料問題 市民オンブズマンが住民監査請求=大分 [2003年3月12日 読売新聞 西部朝刊 大分]
大分県議汚職 住民監査請求へ 市民オンブズマン 補償増額分返還求め [2001年10月29日 読売新聞 西部朝刊 社会]
オンブズマンが「警察不正110番」 あす設置=大分 [2001年10月13日 読売新聞 西部朝刊 大分]
県警会計文書公開を オンブズマンが申し入れ=大分 [2000年5月16日 読売新聞 西部朝刊 大分]
市民オンブズマン 福岡でも来月結成 [1995年11月8日 読売新聞 西部朝刊 2社]
食糧費32億5000万円 削減、見直し相次ぐ 九州・山口8県と主要市まとめ [1995年10月2日 読売新聞 西部朝刊 一面]
大分県の官官接待1日で20回 93年度の予算編成時期に集中 市民団体が調査 [1995年9月28日 読売新聞 西部朝刊 2社]
1大分県が懇談費1億1150万円公開 [1995年6月24日 読売新聞 西部朝刊 2社]
参考サイト:
政務調査費 住民監査請求 返還勧告が出た事例(08/7/15現在)(全国市民オンブズマン)
オンブズマンが見た県教委汚職(今日新聞2008年7月24日)
病根を追う 全国の警察「裏金」 <下>挑戦 (北海道新聞2004年1月30日朝刊)
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