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[21768] 風が吹くまに (異世界ファンタジー物)
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/15 00:52
どうもはじめまして。 

この作品は筆者のオリジナルです。そういうのが苦手という方はご遠慮ください。

投稿するのも初めてで、なにかと至らない点もあるかもしれません。

どんどんアドヴァイスしてやってください。それとちょくちょくと更新していく予
定ではありますが、物語が一区切りしたところで加筆修正する部分もあると思われます。

楽しんでくださると幸いです。


それでは本文どぞ





どうしてこうなった?

 胸の上に感じる、ぬくもりと重さ。 無防備に眠る少女、腰の辺りまではあるだろう絹糸を思わせる銀髪。通った鼻筋に、形のよいピンク色の唇。 眉目秀麗・・・端的に言い表すとそうなる。視線を、少女からはずすと改めて周囲を見渡す。 周囲に人影は見えない。どこまで広がる大平原、小高い丘の頂上に青年と少女で二人きり。時折二人の頭上をみたこともない鳥が飛んでいく。
 

「いい天気だよなぁ・・・」


呆けたように青年がつぶやく。当然だ、まるで現実感がない。目が覚めてみれば、どことも知れない大平原のど真ん中。となりには、名前も知らない美少女がかわいらしい寝顔をみせている。 寝起きのせいだろうか、思考に霞がかかったように晴れない。曖昧な記憶を、必死になってたぐりよせる。

                          どうしてこうなった?
 
 

最後の日の記憶。それは、いつもと変わらない日だったように思う。朝、何重にもセットした目覚ましにたたき起こされる。適当に、朝食を食べて 一通りの準備をして、大学にいく。適当に講義を受けて、友達とだべる。部活で汗を流して、夜はバイトに出かける。何百と繰り返したルーチンワーク。

 特別なことなんてなにもない、格闘技をしていたお陰で少しだけ腕っ節が強いだけ。ありふれていながらもそれなりに楽しく生活していたように思う。 バイトが終わり、バイト仲間とともに帰路につく。ここまではいい、毎日繰り返してきた事だ。いまいちはっきりしない頭でも容易に思い出せる。

 問題はそれからのことだ、いつもと違う道を使って友人と二人で帰路につく。ちょっとした近道をするつもりだっただけ。   それから 俺は・・・・

 ---化け物!!
 

眩暈がした。 赤  赤  赤  視界にうつるもの全てが赤く染まっていた。 ―血。

一体なにが起こったのか、柄の悪い男たちの下卑た笑い声と後頭部への衝撃。

遠くなる意識と、友人の叫び声。こらえようのない怒り。――赤い色。

逃げた、恐ろしかった。恐怖にひきつる友人のおびえた眼差し。それを向けられた自分自身がなによりも恐ろしかった。 逃げ出した、家にはもどれない。異常な速さで、景色が流れていく。
                      

 ―特別な力。異能


 

喜べなかった、躍動する力が、風を切る冷たさが、なにより血で汚れたこの両手が・・・


 ---化け物!!
 

「うおオォあぁああー!!!」


 訳もわからず叫んだ。 まるで怪物の咆哮。そんな事を考え、涙で視界がかすんでくる。人を避け、街を避け、木々の中を疾走する。


 「止まれ・・・」
 そう、そして少女に出会った。思考を中断して、なんとはなしに少女を眺める。
 

「訳がわからん・・・・・・」


 ―夢? どちらが?先ほど回想していた突拍子もない出来事か、それとも今のこの状況が?わからない、なにもかもがあやふやで気がおかしくなりそう。 少女が目覚めてくれればなにかわかるだろうか。


 「んう・・・・・」

思いが通じたのか、少女がもぞもぞと動く。目覚めが近いのだろう、長い睫毛が震え・・・・・・そして視線が交差する。キスができそうなほどに近い距離、吸い込まれそうに碧く透き通った瞳。やっぱり、とんでもない美人だなぁ といまいち良く回らない頭で考える。


 「えっと・・・・おはよぅおふ!!」
 

反応できたのは生存本能の賜物か。いままで、青年の頭があった場所に剣が突き立っている。銃刀法違反万歳!!訳のわからないテロップが脳内を蹂躙する。
剣から少女へ視線を移す。その底冷えのする瞳で、一言。
 

「・・・・・・死ね」


「なんで!!俺なにかしました!?」
 

なぜいきなり命の危機?起きたら見知らぬ男の顔が目の前にあったら混乱するのもわかる。 だが、俺の胸の上で寝てたのは彼女の方であって!!いや・・・・もしかして殺したくなるほど気に入らない顔だった?だとしたら凹む。
「言った筈だ! 私は・・・・・」

そこで言葉を切って呆けたようにあたりを見渡す。かわいらしく首をかしげると、美しい髪がさらさらと流れる。


 「はて・・・・ここはどこかしら?」
 

そうおっしゃった。



 ・・・・・・・・・・・・


 

「要するに・・・・・キミ、いやあなたは異能を監視、場合によっては処理するために存在する組織の一員ってことでいいのかな。」
 少女の言葉は、にわかには信じられないようなことばかりだった。しかし、少女の身体能力と自身のそれを確認できてしまった以上はくだらないと切りすてることもできない。あの後、壮絶な鬼ごっこを繰り広げながら必死になって説得して、ようやく話を聞いてくれるようになったわけだが。鋭利な剣でタッチされる鬼ごっことか、なんの悪い冗談だ。


 「ええ、もっとも私達が標的とするのは人にとって害悪となる存在だけ。 一くくりに異能者といってもそのあり方は様々ですから。テレビとかで、よくある超能力者とかもカテゴリー的には異能者となるわ。」
 明かされる衝撃の事実。


「あんなの、やらせのインチキだと思ってた・・・・・・」
 最初の頃は興味を持ってよく見ていたりしたものだが、やることなすことが一々微妙でそのうち飽きてしまったんだよな。

「無論、大抵はそんな物よ。けれど、たまには本物もいる。そういった存在は広く世間に認知されていますから、わざわざ処理する必要はないの。例えば、ヴァンパイヤなど有名所でしょう。私達はそういった力を秘めた者達を監視、力に目覚め人に仇なすならばそうなる前に秘密裏に処理する。」


 

「処理って、具体的には・・・・・・?」
 話の流れからして、俺はその対象だったのだろう。気になったので尋ねてみる。
 

「大抵は殺す・・・・・・ もっとも理性を持ち、話しが通じる相手ならばその限りではないけれど。異能を狩る者も、また異能よ。とはいえ、戦闘に特化した上で、理性をかねそなえることのできる異能者などそうはいない。故に、組織は常に人手不足。使えるならば、引き込みにかかるのは、まあ当然ね。」
 組織の者が、戦いで命を落とすこともざらだしね。そう、続けた彼女の顔はかすかな悲しみを湛えていた。それも、一瞬のことではあったが。


 「でも、俺の時は問答無用で殺しにかかってきませんでした?」
 

そう俺と彼女の最初の邂逅は実にエキサイティングなものだった。

 

「あなたは、人を傷つけた。本来ならばそうなる前に私達が動くが・・・・・・ ハァ・・・・・・アレは完全に私の失態だわ。」

そうして額に手をあてながら溜息を吐く少女。
「あのような事態は組織の発足以来なかったことです、ですから私もすこし動転していたのかもしれない。」
 

そうだ・・・・・・あの時の血の色。俺が人を傷つけてしまったのは確かだ、それどころか殺してしまった可能性さえある。


 「その・・・・あの人たちはどうなったんでしょう?」
 尋ねた。絡んできたのも、手をだしてきたのもあいつらだ。それでも、ただの人間を無意識とはいえ異能の力で襲ってしまった。罪は消えない、それでも生きていてくれるならまだ救われる。そう、思って尋ねた。


 「知らないわ」
 

帰ってきた言葉はその一言。呆然とする俺に、彼女が言葉を続ける。
 

「私は、戦闘専門なの。もちろん応急処置の心得くらいはあるけど・・・・・  人を傷つけた異能者が高速で移動し始めたのだから、当然そちらを優先する。むろん、怪我人は組織の支援者にまかせてはいたけどね。その後、あなたと戦闘を始めて、気がついたら今の状況。彼らがどうなったかは、私にもわからない。でもね・・・・・・」
 

頬に暖かな感触。彼女の手がやさしくつつんでくれていた。
 「今、こうしてあなたと話して一つだけわかったことがある。すくなくとも、あなたはその力をもって誰かを故意に傷つけるような人間じゃない。人を傷つけた、もしかすると殺したかもしれない。悪くない、とは言わない。罪の意識に苛まれるな、とも言わない。だけど、足を止めてはだめ。その力は、誰かの為に生かす事ができる。転びそうになった時は、私がささえる。  ・・・・・だから、そんな泣きそうな顔をしないで。」


 

救われた気がした、今一番ほしかった言葉を言ってくれた気がした。泣くなと、彼女は言ったが今は少しだけ・・・・・・涙が溢れる。堪えようとして、さらに溢れた。

そんな、俺をなにも言わずに彼女は抱きしめてくれて、堪えきれずに声をあげて泣いた。


 ――恥ずかしい。

いい年こいて、同い年くらいの少女の胸でワンワン泣くとか、何をしているんだ俺は・・・・


ちらりと、少女の表情を伺う。 ・・・・ああ、そんな慈愛の目で見ないでくれ。
 

「ククク・・・・いやはや随分と泣き虫なのね。」


ニヤニヤと笑いながら、少女がからかってくる。黒い、黒いですよその笑顔は。なまじ、整った顔立ちのせいで妙に迫力がある。

いいネタができたなどと呟く少女、たぶんしばらく頭があがらないんだろうなと思い苦笑する。でも悪くない。


 「うん? 何を笑っているの。」
 

なんというか目ざとい。もっともやましいことでもないので構わない


 

「いや、別になんでもないけど。少し嬉しかったからさ。」

そういう訳で準一は正直に思いを口にする。これからなにかと世話になるのだろうし。少女に対しては素直でありたい。そう思ったのだ。


 「からかわれてうれしいとか・・・・・そういう性癖なのかしら?」
 

「ちゃうわ!!」

大真面目な顔して突然何をいいだすのかこの娘は。


 「そうムキにならないの、余計に疑われるわ。なに、私は少しSっ気があるから問題ないでしょう。」
 

「んな事聞いてないし、そういう問題でもない!!」


 頭が痛い・・・・  綺麗な顔してMとかSとか性癖とかいわないでほしい。お互いの理解を深めようなどとのたまっているが、そんなことまで理解しあってどうしようというのか。
 

その後、どうにかこうにか軌道修正して本題にもどる。何をするにしてもまずは現状確認をする必要がある。


 「こちらは通じないわね、何度か試してみたけど応答ないわ。」
 

少女が、手に持ったペンダントをブラブラさせながら言う。いわく、組織の人が作った特別な呪具で、念話を使ってコンタクトがとれるらしい。組織には魔法使いまがいのような人もいたらしい。


 「こっちも駄目。充電はしといた筈なんだけど・・・・・」
 

手にした携帯電話を眺める、壊れた様子はないが電源がつかず何の反応もない。


 「つまり、ここが何処か確認することは現状不可能。 ということね。」
 

おもむろに立ち上がると、少女は2歩、3歩、と歩き始める。落ち着いてみれば、どちらかというと小柄な少女だ。身長は俺の肩くらいまでしかない。そういえば、俺は彼女の名前すらまだ知らない。


 「リース」
 

よく通る透き通った声で、彼女が呟く。


 「え?」
 

「リースよ。そう呼んで。だいぶ順序を間違えた気もするけれど・・・・・。よろしく、椎名 準一。」


 振り返って、いたずらな微笑みを浮かべる彼女。風になびく、銀の髪が陽光を反射する。

――綺麗だ・・・・・    目をうばわれた。


 「どうして・・俺の名前を?」
 

「監視していた・・・・そう言ったでしょう。あんなことや、こんなことまで知っているわ。」


 「なっ・・・・・!!」
 

クスクスと笑いながら、軽やかに走り出す彼女をおいかける。一体なにをどこまで知っているのか聞きださくてはならない。

 ・・・・・・・後でそれを聞いた俺は心に深い傷を負うことになるのだが・・・・
 

「ほらほら、いそぎなさい!!まずは人さがしね。」

抱えたものの重さははかりしれない。これから先の道行きは困難に満ちたものになるかもしれない。それでも、彼女との道程がどうか希望に満ちたものであるように。


                        それが俺と、彼女の出会い。

                           二人の旅が始まる。




後書き

まずは、物語のプロローグ的なものをあげさせていただきました。

現時点ではわかりにくいですが、異世界物です。

お話はもう少し先までできていますが、とりあえずここまでです。

続きは、追って挙げていきますね。



[21768] 第1幕-1俺達は狼
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/15 01:14

照りつける太陽の日差し。どこまでも広がる広大な平原を一組の男女が歩いてゆく。


 

片や銀の髪に、透き通った蒼眼。黒を基調とした服を纏い、少し短いスカートが風に揺れてはためく。肩から羽織った黒い外套に包まれた身体は、どちらかと言えば小柄で細身だが、女の子らしい柔らかさもみてとれる。切れ長の瞳は意思の強さを感じさせ、ふみだす足には迷いがない。その数歩後ろをついて歩く男。黒い髪におなじく漆黒の瞳。どちらかといえば、優れた体格。鍛えているのだろう、無駄のない身体。さっぱりとした短髪と精悍な顔つき。平時ならばそう評することもできるだろうが、あいにくと今の彼はぐらぐらふらふらとなんとも頼りない。先ほどからちらちらと男の様子を伺っていた少女だが、いい加減に堪りかねたのだろう。男に向き直ると、腰に手を当てて一喝する。
 

「ジュン!!さっきから何をフラフラしているの。もっとシャンと歩きなさい。こんなペースだとすぐに日がくれるわ」


 目に見えてイライラしている。

鋭い視線の先には、ジュンと呼ばれた青年。彼の名前は準一だが、少女にとっては愛称で呼んだほうがしっくりくるらしいのでそう呼ばれている。 彼女の怒りはもっともではあるし、それは準一も理解はしている。

そう、理解はしているのだ。


 「・・・・・でもなリース。さすがに・・・・・もう七日だぞ。まともに口にしたのは雨くらいじゃねぇか・・・・」
 

ぶっちゃけると準一は飢えていた。

移動を始めてから、もう既に一週間が経過しようとしている。その間に口にする事ができたのは道中何度か見舞われた雨水だけ。正直いって甘くみていた。準一もリースも異能者である以上は、その身体能力や生命力は常人のそれとは比べるべくもない。自分達の足ならば一日にして相当な距離を移動することが可能であり、それだけ歩けば人、ないしはその手がかりくらいは見つかるだろうし、最悪みつからなかったとしてもこの平原を抜けさえすればなんとかなる。

というのが、二人の共通の認識だったのだ。 
 

最初の2、3日の間はよかった。図抜けた体力のお陰で飲まず食わずで活動してもなお、軽口を叩き合うだけの余裕があった。 もっとも、準一が一方的にリースにからかわれていただけではあるのだが。少なくとも互いに笑顔を見せる余裕はあったのだ。しかし、いいかげん七日目ともなると限界を感じ始める。
 

「腹・・・・減った・・・な」
 

鳴り続ける腹を押さえながら、準一は目の前の少女に声をかける。先ほどから、同じような言葉しか発していない。もはや、それ以外のことは考えられなかった。

「でしょうね・・・・・・」
 

答えるリースの声にも覇気がない。傍目には、超然としているようにみえても彼女もまいってはいるのだろう。二人とも気がついたらこの場で眠っていたのだ、最初に身につけていた物以外はなにもない。その上、これだけ広大な自然のなかに野生動物の姿がまったくないというのはどういうことか。 狩りもできず、川も湖もないために魚もとれない。昆虫類はいるにはいるが、それを食えるほど逞しくはなれない。

リースはどうか知らないが、あの容姿で虫を貪り食う姿は、あまり想像したくはないというのが本音だ。飲み水だけは、何度か降ってくれた大雨のお陰でなんとかなっているが、生物は水だけでは生きてゆけない。まったく、動かずにじっとしていれば一月くらいはもつらしいが、そういう訳にもいかないのが難点だ。
 

「ジュン、あの丘よ。あそこまでいったら一端休憩しましょう。そこからまた、周囲を探してみるわ。なにか、指針となるものがなければもたない」
 

リースが指し示したのは一際高く盛り上がった、小高い丘。確かにそこならば、広く周囲を見渡すことができるだろう。 
 

「賛成だ。このままじゃ拉致があかない。・・・・・・何かしら見つかるといいんだけど」
 

反対する理由などあるはずもない。一も二もなく頷くと、わずかばかり足を速める。とりあえずの目標ができただけでもありがたかった。これ以上はもたない。

体力的にも、精神的にも・・・・・どこまでいっても広がり続ける平原にはさすがに気が滅入ってくる。

 ほどなくして丘の頂上にたどり着くと、リースは腰をおろして周囲を見渡し始めた。彼女は恐ろしく目がいいらしい。準一も力のお陰で常人よりは目がいいらしいのだが、こんな周囲になにもない場所だといまいち実感がわかなかった。

「一キロ先の人間が立てた指の本数までわかる」とはリースの弁だ。さすがにそれは誇大広告だろうとは思うが。

僅かに遅れて準一も丘をのぼりきる、大きく息をつきリースとは背中合わせに腰を下ろした。気がゆるんだせいか、たまりにたまった疲労がいっきに押し寄せてくる。 やれやれ、これはしばらくたちあがれそうにないな、とひとりごちながら仰向けに寝転がる。食事もとらず、栄養もない状態ではたいして回復は見込めないだろうが、休める時には休んでおきたい。身体の位置を微妙にずらして、リースの様子を伺う。彼女は相変わらず背筋を伸ばして、遠くへと視線を向け続けている。
 

「どうかしたの?なにか変な所でもあるかしら?」
 無意識のうちに、じっと見続けていたのだろう、居心地の悪そうに身じろぎするとこちらを見て訊ねてくる。
 

「変な所なんてとんでもない。 相変わらずの、美人だよ」
 つい口からでてしまったのは、相変わらずの軽口。リースはそれを鼻で笑うと、軽く受け流す。
 

「否定はしないわ。 悪いけれど、今はあなたをからかってあげる余裕がないの、ごめんなさい」
 

「からかってやるって・・・・・なんで上目線なんだよ」
 そう返すと、彼女は心底意外であるというような表情で一言。
 

「・・・そうされるのが好みだと、最初に言っていなかったかしら?」
 

それを聞いた準一が、がくりと肩を落としてため息を吐く。なんだか疲れが増した気がするのは、気のせいではないだろう。主に精神的に。

旅を始める前にした会話を思い出す、他愛のない内容。あの時は、スルーしていたのだがリースの中ではそういう認識がなされてしまっているらしい。少し呆れながら、リースに言う。
 

「それは完全にお前の思い込みだし、・・・・というか本気だったのかあれは。 あの時もただからかわれていただけだと思っていたぞ。・・・・・とにかく、そういう事実は一切ない」
 きっぱりと断言しておく。 まあ、たいして意味はないだろうが、その妙な誤解くらいはといておかなくては。

それを聞いたリースの表情はすこしムスッとしたものになる。すこし強くいいすぎただろうか、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。ぷいっとそっぽを向くと先ほどのように、遠くを見つめ始める。

 「・・・・リース?」
 

「・・・・・・・・・・・・・」
 呼びかけてみても返事がない。聞こえなかったのかと思い、もう一度声をかける。返事がない。完全に無視のスタンスをとるリース。ここにきて、なぜか準一は焦りはじめていた。はたして、自分はなにかしでかしてしまったのだろうか、しかし別にあの程度の事で怒るはずもないだろうし・・・・・。女性の扱いの心得など、持ち合わせていない準一には対処方法が思い浮かばない。とりあえず謝っておけ、そう結論してリースの方を見て、ニヤニヤとこちらを伺う視線に気がついた。 が、もう遅い。
 

「なぁに、やっぱりかまって欲しいのかしら。 ん?」
 

ずいと顔を近づけて目を覗き込んでくる。吐息が鼻にかかるほどの至近距離、準一は顔が熱くなってくるのを感じた。視線が散って、まともに彼女を直視できない。
 

「どうしたの、そんなにオロオロして。なにか、言いたいことがあったのではないの?」
 

そう言ってさらに顔を近づけてくる。耐え切れなくなって、後方に飛びのいた。危ない、あんなに顔をちかづけられたら何かが色々と危ない。
 

「ッ・・・・・!! お前なぁ!」
 またからかわれた事に気づき、リースを睨みつける。顔を真っ赤にしていては、迫力もなにもあったもんじゃないのだが。
 

「ふふっ・・・・・ 本当にカワイイわね。 ジュンイチ」
 腹を押さえて盛大に笑いながらのリースの一言。
 

「・・・・お前の方が一応年下だからな・・・。」
 どこかやりきれない思いを抱えながらもそう指摘する。完全に立場が逆のように見えるが、リースは17歳。準一より三つ年下なのである。この件に関しては、あなたが年上らしくないのよと一蹴されたのだが、リースもかなり年下らしくない。
 

「まあ、お互いにまだ余裕がありそうでなによりね」
 リースが表情を改める、先ほどの騒ぎで失念していたが二人を取り巻く状況はなにも変わってはいない。
 

「・・・・それに」
 と、リースが空を見上げる。つられて準一も空を見上げる。そこはいつのまにか、分厚い雲に覆われ始めていた。
 

「一雨きそうだわ。・・・まったく、 ついてない」
 呟いたリースの言葉。それを合図としたように、頬にポツリと冷たさを感じた。

 仰向けになって空を見上げる。容赦なく雨が降りつけてくるが、雨宿りできるような場所もないのでそれはしょうがない。あの後、雨がやむまではここでじっとしていようと結論し、こうして雨に打たれ続けているのである。移動しても余計に体力をすり減らすだけであろうし、雨が視界を遮り、数十メートルも離れればお互いの姿も霞んでしまうほど。そのために下手に移動して、現状を打破する手がかりを見落としては目も当てられない。濡れた服が身体にはりつき、だんだんと体温が奪われるが、しばらくぶりに口にする水は準一にとってはありがたい、気休めにしかならないとはいえ大きく口をあけて腹を満たす。

どうやら、この雨を歓迎しない人物もいるようだが。
 

「・・・・・なにしてんだ?」
 準一の視線の先には、黒い塊がある。リースだ。
 

「・・・ほうっておいて」
 リースの返事。普段は良く通る綺麗な声が、くぐもって聞こえた。膝を抱えて丸まって小さくなり、頭からすっぽりと外套をかぶっている。そうやって雨をしのいでいるのだろう。別にそれはかまわないし、特に気にするような事ではない筈なのだが。微かな違和感を感じて目をこらす、注意してみなければ分からない、それほどに微かな異変。 細い肩が、弱弱しく震えていた。少し心配になって声をかける。
 

「おい、震えてるぞ。 大丈夫か?」
 

「っ・・・!! な なんでもない」
 感ずかれるとは思っていなかったのか、びくりと大きく震える。否定の言葉もどこか弱弱しい。いつもの、彼女からは想像できないその姿に不謹慎だとは思いながらもつい悪戯心がこみあげてくる。
 

「雨が怖いのか?」
 まずは軽く牽制してみる。
 

「馬鹿ね・・・・・。 そんな訳がないわ」
 即座に否定されるが、それはこちらも予想済みだ。本命は次、爆弾を投下する。
 

「それじゃ、寒いんだろ?雨も冷たいからな。 年上のお兄さんが抱きしめてやろうか。」
 一歩間違えればセクハラな台詞だが、リースが相手ならば許容範囲だろう。

さあ、いつでもこい、と身構える。
 

「・・・・・・・・・・・」

 無反応。身じろぎ一つしやしない。そろそろと、距離をつめながら様子を伺う。後半歩というところまで、ちかずくが、相変わらずに無反応。
 

「・・・・あの、リースさん?」
 たまらなくなって、声をかける。瞬間黒い外套が跳ね上がり視界を遮られる、ドンと胸に衝撃がはしり、そのまま足を払われ押し倒された。
 

「ぬおぅ!?」 
 突然身体の上に感じる危険な重みに、軽くパニックに陥る準一。免疫なさすぎである、いくらなんでも情けない。
 

「ふん、生意気なのよ。馬鹿」
 胸の上に、リースの顔。初めて彼女を目にした時と同じ体勢、よくよく考えるとあの状況でよく平気だったものである。 押し付けられる柔らかい感触に理性がとびかけるが、震え続ける彼女の姿を見て熱も休息に冷めてしまった。なんとなく、肩に両腕を回す。思わぬ地雷を踏んだなと思いながら、彼女の震えが収まるのを待ち続けた。
 

しばらくして、雨の勢いも収まってきた頃、リースの身体の震えも収まっていた。
 

「ん、ありがとう。もう、大丈夫」
 

そういいながらも、身体をどけようとはしない。準一にしても、むしろ落ち着くのでそれはかまわなかった。
 

「・・・・雨苦手なんだな」
 単純に寒さだけでは説明のつかない何かがある、そう感じた。
 

「・・・・・別にそういう訳じゃないけど。雨の中じっとしていると冷えるでしょう。寒いのは苦手」
 

そう答えたリースの言葉に違和感はない。ただ直感的に、はぐらかされたのだと分かった。だから、これ以上の詮索はしない事にする。あまりに近い二人の関係、その距離につい忘れてしまいそうになるが、リースと出会ってからまだたったの一週間なのだ。彼女について知っていることはあまりに少ない。そして、同様にリースも準一の事を良くは知らない。今はまだ踏み込むときではない、いずれ彼女の方からそれを聞けるのならば、それにこした事はないし。教えてくれなくとも、それならそれで別に構わなかった。
 

「・・・・ジュン」
 

ともすれば、聞き逃してしまいそうなほどに小さく、か細い呼び声。
 

「・・・なんだ?」
 

それに対して力強く答えてやる。リースは身体を僅かにおこすと、視線を合わせてくる。いまいち感情の読み取れない瞳。リースが口を開く。
 

「・・・・あなたは今、不安?」
 

それは彼女の弱音だったのだろう。今まで毅然として、未来を見据え続けていた彼女が、出会ってから初めて口にした不安。終わりの見えない、平原。刻一刻と追い詰められていく、この状況に未だ打開策は見えない。

正直に言えば準一も不安でしょうがない。リースでさえそうなのだから、準一が不安を感じないわけがない。それでも、リースが始めて見せた弱さ。これから先も、何度か見せてくれるであろうそれら全てを受け止めると、断言はできない。むしろ、準一のほうが頼ってしまうかもしれない。だからこそ、初めてのそれには全力で応えよう。
 

「大丈夫だよ。明日になったらきっとうまくいく。 人間ギリギリでなんとかなるもんだぜ。俺なんか高校時代に何度も落第しかけたけど、ちゃんと大学にも通ってたしな。いや、あん時はまじでどうしようかと思った。皆勤賞なのに、不登校なみの成績とかなにしてんだかなぁ」
 

意識して声をあげて笑う。なんとも微妙な励ましに毒気が抜かれたのだろう。リースは、はふっと呆れたように息をつくと目を閉じて準一の胸に顔をうずめる。
 

「そろそろ、日が落ちるわ。夜闇を行くのも悪くはないけれど、この際だわ。今日はここで一晩明かすとしましょう。 明日になればうまくいくらしいしね」
 

しかし、とそこで一端言葉を切るとニヤニヤと笑いながら伏せていた顔を上げる。ああ、また自分は何かしてしまったのだろうか、憂鬱になる。
 

「もう少しましな励ましはないのかしら?ギリギリでなんとかなるなどと、空腹で臨死体験なんて私はごめんだわ。」
 

「ぐぅ・・・・」
 

「それに・・・・私ね、学校って通ったことがないの。別に気にしなくてもいいわ、一通りの教育は受けてきたもの。 でもね、そのように楽しそうにお話されると、すこし妬ましくなってしまうの」

 こうなるともう準一には手も足もだせない。リースによる精神攻撃を、甘んじて受ける。下手に手をだせば、思わぬカウンターをくらいかねないからだ。いつか、一度でいいからこの少女の鼻をあかしてやる。そんなささやかな決意を胸に、目を閉じる。そのためにも、明日こそは人を見つけだそう。

 やがて、意識は闇に落ちていった。
 

「ありがとう・・・・・。 ジュンイチ。 また・・・明日」
 

少女の言葉は、少年にはとどかない。けれどそれでいい。

 明日は少しだけ、優しくしてやるのもいいかもしれない。久しぶりに満ち足りた感覚。この暖かさが消えないうちに、と瞳をとじる。明日が、よき日であるようにそっと願いを口にして。

 ・   ・   ・   ・   ・   ・
 

翌朝。
 

日の出と共に目を覚ました二人は、先日と変わらずにひたすら歩き続ける。結局目的となるものは見当たらず、今は丘から丘へと目的を定めて移動している。 状況は相変わらずだが、それでも二人の足取りは軽い。空元気でもかまわない、陰鬱としているくらいなら笑顔をふりまけ。そうすれば、福音は勝手にやってくるのである。
 

「・・・・・羊ね」

 いくつめかの丘の上から見えた白い群れ。距離が離れすぎているために準一にはそれがなにか正確には分からなかったのだが、リースがそう言うのなら間違いない。
 

「だから言っただろうが」
 

身体中に青痣をこさえた準一は、恨めしげに彼女をみやるがそんな事を気に留めるお人ではない。丘の上から、草原の緑ではない白い色。それを目にした瞬間、興奮のあまりに準一とは反対方向に目を向けていたリースの髪を、つかんで引っ張ってしまったのである。引っ張られて身体が浮き上がるほどだったのだから、その痛みは尋常ではなかっただろう。常人ならば、髪がごっそりぬけている。痣は癇癪を起こしたリースの、折檻を受けた際にできたものだ。むしろ、青痣程度で済んでよかったといえる。

やはり、常人であれば死んでいる。
 

「謝ったのだからいいでしょう。それにしても、さすがはオーガ種。丈夫なのね」
 

「オーガ?俺のことか?」
 

「ええ・・・・・・まあ、それに類するというだけで厳密には違うでしょうけどね。類似する点として、無駄に高い身体能力が挙げられるわ。その点においてはおそらく最強クラス。逆を、言えばそれだけしか能のない木偶の棒」

なるほど、随分とひどい言われようだが大体は理解した。つまる所、馬鹿力。単純な能力でよかったのか悪かったのか。炎とか水を操るなんて言われてもしっくりこないので、性にはあっているのかも。
 

「あなたの場合は、人種や地域から考えて鬼と言ったほうがなじみやすいかもね。  まあ、そういう事。丈夫な肉体と、強い身体能力。おのずと戦い方もみえてくるでしょう?」
 

リースの異能者講座を受けながら考える。基本的に異能者は高い身体能力を誇る。あとは、それぞれの始祖となる精霊や怪物達の特性が現れるらしい。リースの能力は気になるが。秘密だといって教えてもらえなかった。
 

「ん・・・・まあ今はそんなことより―」

大切な事がある。
アイコンタクト。空腹はすべての人間を悩ませる共通事項だ。通じ合えるってすばらしい。 

 

『肉だ』
 

突貫する。獣のような咆哮をあげる。というか、このときの準一は実際理性をうしなっていた。羊たちからすれば、さぞ恐ろしかっただろう。突然、彼方から目を血走らせた二足歩行生物が、ありえない速度で迫ってくるのだから。

飢えとはかくも恐ろしいものである。
 

「ちがう!!そっちじゃないわ。 あそこの太った奴!! あれにしなさい!!!」
 

いつのまにか背中にしがみついていた、リースが指示をだす。標的を確認。今、俺達はまさしく狼。
 

「クあハハはハはは!!了解した。さあ・・・・さあ さあ!!腸をぶちまけへぶ!!」
 

わき腹への激しい衝撃を感じ吹き飛ぶ。敗因は、俺達が狼であったこと。そして、羊の群れには羊飼い。迷える子羊達を守護する者。その存在をすっかり失念していた事。意識の大半を刈り取られながらもリースの無事を確認する。

なんの問題もなくしっかり回避しているようだが。   ・・・・気づいたなら教えろよ。
 

「ジュン!!早く、起きなさい!!肉が逃げる」
 

まだいいますかこの娘は・・・・・  空腹の前に現れた獲物の存在に、頭のねじが数本はじけ飛んだのかもしれない。
 

「無茶・・・・・言う・・な・・。」
 それにしても空腹で弱り、かつ不意打ちとはいえあの状態の準一を吹き飛ばすとは只者ではない。
 

「グエン!!待ちなさい。 ストップ!!」
 

俺でもない、リースでもない第三者の声。女性の声だ、まだ幼さの残るそれは準一達より2歳ほど年下だろうか。ようやく人に出会えた、そう思い少女の姿を見上げる。みたこともない民族衣装に身を包み、長い髪は後ろで無造作に束ねてある。

日焼けした肌と、快活そうな瞳。笑っていればさぞ可愛いだろう。  

ふとした、違和感。頭から生えたあれはなんだ?
 

「ヤギの角?」
 

そう、ヤギの角だ。コスプレ趣味?
 

「お馬鹿、獣人ね。異能者よ」
 

リースが耳元でささやく。
 

「えっと・・・・ 大丈夫ですか? ごめんなさいこの子が・・・・」
 前面的にこちらが悪いのでそう恐縮されるとむしろ後ろめたい。その隣に鎮座する犬のように蔑んだ目で見てくれたほうがまだいい。 

・・・・・犬? 犬でいいのだろうか。あまりに巨大すぎる。
 

「あっ、この子ですか? グエンっていいます。私の飼い犬なんですよ」
 

ほら、挨拶してなどと和やかなやりとりが行われている。グエンはこちらが気に入らないのか歯をむき出して唸るだけだが。群れを襲ってたのだから、当然といえば当然だろう。
 

「ほうほう・・・・・ こんな大きな犬は見たことがないわ。 あらあら!!モコモコでフワフワね!」
 

いや、共犯者のリースにじゃれつかれて尻尾をふっているあたりただの女好きかもしれない。もしかしたら、さきほども準一だけを故意に吹き飛ばしたのだろうか。リースはその立派な毛並みに頬ずりして、ご満悦な様子だ。 ニコニコしながら倒れた準一のもとへ歩いてくる。 そして・・・・
 

「あとで、お話があるわ」
 

いつになく真剣な声色でそう囁いた。




[21768] 第1幕-2 準一弾劾裁判。
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/15 01:29
「へぇ、それは不思議なお話ですね」
 

あの後、ユーイと名乗った少女に事情を説明。主に空腹で死にそうだということを伝えると、喜んで食事を用意してくれた。メニューはパンのようなものとミルクだけではあったが、飢えた腹の前には食事のグレードなど瑣末な問題だ。リースと二人でがっつくようにしてあっというまにたいらげてしまった。その、すさまじさはユーイの唖然とした表情をみればわかるだろう。それほどに飢えていたのだ。それと一つわかったことがある。リースの奴は意外と食い意地がはっているということだ。半分よこせと迫る準一を叩きのめして、悠々と最後のパンを飲み込んでしまった。ぽんぽん、と腹をたたきながらニヤリと口角を吊り上げて笑うリース。地に伏して、大地を叩いて悔しがる準一。 

どっちもどっちであった。
 

「こんな物しか用意できなくてごめんなさい」
 

そういって、微笑んでくれたユーイの顔が引き攣っていたのは気のせいではないだろう。それもその筈、ユーイ一人だけならば三日は持つ食料だったと後で聞いたときには土下座してあやまった。もちろん笑顔で気にしてないと言ってくれたのだが、謝る準一の隣でリースは満足気に眠りこけているのだから始末におえない。その後、しばらくして起き出してきたリースを交えて今までの経緯をユーイに話していたのだ。自分達はどこか遠い場所から来た。しかし、それは自分達の意思ではなく、気がついたら平原のど真ん中だったこと。そこからふたりで、一週間にわたり人をさがして旅をしてきたこと。そして、ようやく少女と出会えたのだ、という事を要点をまとめてユーイに伝えた。

そんな、荒唐無稽な話をすぐに信じてくれるあたり、素直でいい子なのだろう。
 

「ところで、聞きたいことがあるんだけど」
 

準一とリースが最優先で確認しておかなければならないことがあった。そもそも、そのために人を探していたのだから。
 

「ここは、なんて言う国で、地名とかわかるかな?」
 

リースの瞳が、こころなしかするどくなる。彼女もそれは、気になっていたのだろう。やれやれ、やっと帰れるかもしれないな、と準一は呑気に考えていたのだが、その思いは外れることになる。
 

「ああ、そういえばお二人にはわからないんでしたね。 ここは、ティターン王国の片隅に広がる大高原。カルトス高原です」
 

それを聞いたリースは、一人目を閉じてこくこくと、なにやらうなずいている。反して準一の頭のなかには、盛大に疑問符が渦巻いていた。
 

その後ユーイから、行き先が決まっていないのなら部族の暮らす集落まで共にこないか、と誘われたのに頷き今日はいち早く休息をとることになったのだが、準一は目が冴えて眠ることができない。羊達の群れから離れ、星空を見上げる。日本の都会の空からは考えられないような輝き。だが、それを目にしても準一の心がはれることはない。頭の中でぐるぐると渦巻く疑問。

本能的には理解していても、認めたくないという思いがあった。
 

「だぁー! くそ 訳わかんねぇ」

 

考えることを一端放置すると、どさっと草の中に倒れこむ。そこへ、ゆっくりと歩みよってくるかすかな足音。ふわりと、準一を背もたれにして腰を下ろす。見慣れた銀と黒のコントラスト、リースだ。
 

「起きてたんだな。 あいつらと一緒に寝てたんじゃないのか?」
 あいつら、とはユーイとグエンのことである。ちなみに、準一が一人でいたのには、グエンにハブにされたという要因もあるにはある。暖かい毛皮につつまれて、幸せそうにリースは眠っていたような気がするのだが。
 

「一週間ずっと一緒だったんだもの、 近くにいてくれないとなんだか落ちつかないわ。それに・・・・お話があるっていったでしょう」
 

そう言って、準一の腹を枕にして仰向けに寝転がる。それは、光栄だと苦笑しながら返す。
 

「・・・・・話って。 やっぱりユーイが言ってたことについてだよな」
 

なんとなくだがそう思った。そして、彼女の話というのは、今一番自身が知りたいことであるだろうとも。
 

「えぇ・・・・そうよ。あなたも・・・・・いい加減感づいているのでしょう? というより、気づいてなかったらさすがに呆れるわね」
 

準一の手をとっていじりながら、彼女が答える。これからの話しの内容は、二人にとって衝撃的な内容であるはずなのに、リースは妙に平然としている。

そして、そのままの表情で平然とそれを口にした。
 

「・・・・多分。・・・いえ、間違いなくこの世界は、私達がいた世界ではないわ」
 

衝撃は思ったほどはなかった。ああ、やっぱりそうだったのか、と思っただけ。ぐちゃぐちゃと悩んでいた時点で、もう半分以上認めていたのだろう。 

彼女の言葉が準一の最後の抵抗を押し流してしまった。
 

「リースは、いつから気づいていたんだ?」
 

疑問。

準一がそれに気がついたのは、ユーイという少女に出会ってからだ。頭から生えた角も、彼女が従えた巨大な犬も、考えて見れば妙だったが自分達の存在もそうであるために、準一にとっては完全に思慮の外だったのである。しかし、リースの口ぶりからは、彼女が以前からその事実に気づいていたように感じられる。
 

「最初から・・・・とはさすがに言わないけれど。 三日目くらいからね、妙だと感じたのは。 あれだけ移動しても人工物が一つもみつからないような広大な平原。私の知識の中にはなかったわ。だけど、ありえないと否定しきることもできなかった。実際に、世界を回って確認した訳ではないものね」
 

でもね、と彼女は一端そこで一呼吸おくと再び語りだす。
 

「彼女達に出会ってから、疑問は確信に変わったわ。獣人なんて、組織が見逃すはずないもの。たとえ危険がなくとも保護するわ。 それに、グエン。あんな巨大な犬は私達の世界には存在しない、私達のような異能の犬、という見方もできるけれど、ありえない場所に、ありえない人達。それだけで、異世界だと判断するには十分よ」
 

このペンダントが通じないのも、そう考えればつじつまが合うしね。そういって、胸のペンダントを眺めるリース。なんと声をかければいいのかわからない。

ここは異世界であるという事実なのだろう。それは、今まで自分達が生きて積み上げてきた多くのものが崩壊したということ。あちらでの常識が、こちらでは通用しないこともあるだろう。自分達はこの世界においては、幼子と大差がない。 

そんな、内心での葛藤を感じたのかクスリとリースが笑う。聞こえてきた声は準一の予想に反して思いのほか、明るいものだった。
 

「そんな難しく考えることはないわ。 なぜか言葉は問題なく通じるみたいだしね。たとえもとの世界に返ることができなくても、生きていくことはできるわ。 それにね、ジュン。ユーイが、部族の集落にくるようさそってくれたでしょう。それがどういう事かわかる?」
 

リースの問い。思考する、はて彼女が俺達を部族の集落に招待するのに、なにか隠された意味なんてあるのだろうか。ユーイの姿を思い浮かべる、不思議な民族衣装に、頭から生えた角。

 獣人。

そこまで考えてハッとする。リースの言わんとすることがなんとなくわかった。
 

「フフ・・・・・。 気がついた? ユーイは部族の人間なの。つまり、獣人である彼女と同じ存在、あるいは受け入れてくれている人達がいる。 この世界では、私達も力を隠して生きる必要がない。この世界では、私達は異常な存在なんかじゃないの」
 

そう言って、花が咲いたように笑うリース。もしかしたら、彼女にとって前の世界での生活は苦しいものだったのかもしれない。17の年頃の少女にとっての日常は、異能者の監視とその処理。幾度もその手を血で染めてきたのだろう。準一などとは比べられないほどに。最初の出会いで、彼女が準一にかけてくれた言葉は、その実彼女が自分自身に言い聞かせてきた言葉なのかもしれなかった。たまらなくなって、彼女を持ち上げ自分の胸の上に乗せる。いつもと同じ体勢、そこはもう彼女の定位置だった。
 

「・・・・・いきなりなにするのよ」

 子供のように扱われたのが、気にいらなかったのか、頬を膨らまして睨んでくる。普段の言動が大人びている分、その姿は年相応以上に幼くみえた。そんな彼女の事をほほえましく感じる。
 

「別に。 嫌だったか?」
 

リースは本気で嫌がっているわけではない、それはわかっていたがあえてそう尋ねてみる。彼女は、鼻を鳴らして。ボスっと顔をうずめるとくぐもった声で答えた。
 

「別に。あなたのことなんて暖かいベッドくらいにしか感じないわ。少し硬くて、寝心地は微妙ね」
 

「ハハ・・・・。 それならもっと食って太らないとな」
 

「ふん。好きにしなさい・・・・あんまり丸々太ってグエンに食べられないようにね」
 

あの巨大な牙を持った犬に、襲われる自分の姿を想像してみる。押さえつけられて、腹を食い破られる。その巨大な頭が腹につっこまれるたびに、びくびくと痙攣する身体。
 

「うげ・・・・ 猛獣に食い殺されるとか冗談じゃない。たった今、俺がもっとも恐れる殺され方ランキングの、第2位にランクインしたぞ」
 

嫌なこと考えちまった。グエン相手なら、俺の出方次第ではやられかねない。
 

「あら、失礼な事を言うのね。グエンは猛獣なんかじゃないわ。あんなに可愛いじゃない。むしろ、昼間に羊達に襲い掛かってたあなたのほうが、よっぽど猛獣らしかったわよ」
 

確かにあの時は完全に我を失っていたと思うし、後から振り返って自分自身に引いたが、リースにそれを言われるのはどうにも納得がいかない。
 

「それならお前は猛獣使いだな。嬉々として指示を飛ばしてたじゃないか」
 

そう返した準一の言葉にニコリと笑って。
 

「フフ・・・・せいぜい手を噛まれないように気をつけるわね。」
 

口の減らない娘である。
 

軽口の応酬。彼女とはこの距離が一番心地いい。笑いながら考える。残してきたものは数知れない、もとの世界にもどる方法も、あるのならば探さねばならないと思う。もどるかどうかは、また別の問題でもあるが、とりあえずは彼女とともにこの世界で生きてみよう。異能者たちの暮らす世界。どうしてここに飛ばされたのかは、わからないが、異能者だからこそここにこれたのだとも思う。

未知への、恐れと興味に胸を高鳴らせる。明日になれば、昨日までとは違った世界が開けるのだろう。

 「・・・ュン。 ・・・・ジュン。いい加減に起きなさい。ユーイが呆れているわ。」
 

瞼の上から感じる日の光と、自分を揺さぶる小さな手。意識は目覚める一歩手前まで浮上してきている。眠いのに目覚ましの音に意識を覚醒させられ、それでも覚醒しきれずに目覚ましを止めてしまうあの感覚。
 

「あと・・・・5分・・・・」
 

そういいながら、目覚ましを止めようとして手をのばして。 パシっと手首をつかまれる。
 

「・・・・そんなベタな展開を許すと思う?」
 

あ・・・まずい。そのまま、手首をねじりあげられた。
 

「イダダダダダダっ・・・・・!! ギブ! ギブ!!」
 

必死になってタップする。とまらない、ギリギリとねじる、ねじる。
 

「このっ・・・・!悔い改めなさい、セクハラ野郎。ここ数日でどうにも遠慮がなくなってきてるのよ。 少しは! 自重!! なさい!!!」
 

その言葉はそっくりそのままお返ししたい。準一の耐久力を把握してきたのか、最近の彼女のスキンシップは段々過激になってきている。
 

「それ以上は、マズイ!! 折れる、折れちゃう!!」
 

男として、いろいろ情けない悲鳴をもらしてから、やっとリースはその手を離してくれた。涙目になりながら、腰に手を当てて仁王立ちしているリースを見上げる。
 

「朝っぱらからなにしやがる!」
 

せっかくの目覚めを、だいなしにされた準一の機嫌は最悪だ。ただでさえ、低血圧で朝は弱いというのにだ。ぶちぶち、と文句をリースにぶつける。このままやられっぱなしでは終われない。そして、ついに男は気がついた。

この体勢は、スカートの中が見えるのではないか。

電光石火、絶対領域。その奥を今こそ暴かん。
 

「ぐぶ!」
 

準一の思考が振り切れた瞬間、リースの踵が顔面にめり込む。さすがはリースまさしく、鉄壁である。

無念。
 

「ほら、すっきりしたでしょう。さっさとおきなさい。お馬鹿さん」
 

絶対零度のリースの視線にさらされながら、しぶしぶと起き上がる。身体的なダメージはそれほどでもないが、ユーイの白い目がこたえる。グエンが彼女をまもるように立ちふさがっているのが、なお痛い。

あはは、乾いた笑いをあげるしかなかった。うむ、今日も実によい天気である。
 
 

昨日と同じように、簡単な朝食をとった後ユーイに導かれて歩き始めた。不思議なことに羊の群れたちは、ユーイを中心にして寄り集まるようにしてしっかりとついてくる。 グエンが、その周囲を走りまわり遅れるものたちを追いたてる。 
 

「なんか、すげぇな・・・・」

 不思議な光景に含むことのない感想を述べる。羊達をまとめるのは、もっと難しいものだと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。隣を歩くリースに疑問をぶつけてみる。
 

「そうね・・・・。 関係があるかはわからないけれど、その昔羊飼い達が狼達から群れを守るために、一匹のヤギを群れの中に紛らわせていた、と聞いた事があるわ。羊達は自分たちより強い存在を頼ってヤギの周りに集まってくる。 ユーイがヤギで、グエンが狼。そう、考えるとうまくできているわね。」
 

リースも感心したように、この光景を眺めている。実際には、グエンは牧羊犬としての、働きを果たしているだけにすぎないのだろうが、あれだけの巨体が縦横無尽に走りまわるすがたには、羊たちでなくとも圧倒されるだろう。

鼻歌まじりに歩くユーイの姿を眺める。そんな俺達の様子に気がついたのか、ニコニコと笑いながら手を振ってくるユーイ。どうやら、今朝の一件は忘れてくれたようだった。
 

「あら、どうやらあなたへの警戒も解けたみたいだし、いきましょうか。」
 

くすくすと笑いながら、リースが声をかけてくる。せっかく出会ったというのに、離れて歩いていたのは、まあ彼女のいった通りである。あの状況で、あのような行動に出てしまうのはもはや男の本能だと思うのだが、女性陣との認識には大きな隔たりがあるようだった。
 

「このペースであと半日も歩けば、湖がありますよ。」
 

傍にきた二人に、ユーイがそう教えてくれる。その言葉に、リースと顔を見合わせる。その反応を不思議に思ったのか、ユーイが尋ねてくる。
 

「あの、どうかしましたか?」
 

今まで歩いてきて湖などの存在を一度も目にする事がなかったのだ、そう事情を説明すると、得心がいったというようにぽんと手を打って教えてくれた。どうやら、この高原の特徴であるらしい。
 

「このカルトス高原は、あまりに広大な面積をほこります。 けれど、そういう水場とかの存在は高原の中央付近にしかないんです。だから、私達やほかの様々な動物達は高原の中央地帯に集中するんです。それでもなお、十分すぎるほどに広い土地がありますから。」
 

なるほど、道理でまったく野生の動物達を見かけなかったわけである。高原の中央地帯には楽園ともいえるような場所が広がっているのなら、わざわざそこから出て行く必要もない。広大な面積のお陰で、生存競争も激しくはなく、それ故に外へとでていく存在もない。高原の外は険しい断崖になっているらしく、外からやってくる物もない。リースと二人で頷きながら、ユーイの説明を聞く。
 

「ですから、私達一族は中央地帯を七つに分かれて移動しながら集落を築き生活しています。そこから、私のように何日か羊達を放牧するために、外に出て行くことがあるんですよ。」
 

説明をききながら、唇に人差し指をあててなにやら考えていたリースがポツリと口を開く。
 

「・・・・まるで箱庭ね。」
 

そう、それは準一も感じた事である。外から入ってくるものもなく、そこから出て行くものもない。その必要がない。閉塞した空間の中で全てが完結してしまっている。外の世界を見てみたいとは思わないのだろうか。一生を限られた空間に押し込められて生活するのは、準一にとっては耐え難いものであるように感じられるし、隣を歩くリースもそれは同じであろう。完結した世界、楽園。

そこでの生活は満ち足りたものであるのかもしれないが、停滞してしまっている。 

人間はかつて好奇心故に楽園を追われた。それが本来の人のあるべき姿である。それを失ってしまうのははたして良いことであるのか、準一には判断がつかなかった。

 

「・・・・おお。 これは、すごいな。」
 

先ほどのユーイの言葉の通り、しばらく歩いた先、ふたたび丘を乗り越えた二人の目下に姿を現したのは、日の光を浴びて青く輝く湖。リースは、めずらしくはしゃいだ様子で水辺までかけていくとブーツを脱ぎ捨ててぱしゃぱしゃと水と戯れ始める。しばらくはそんな彼女の様子を眺めていた準一だが。ふいに、たちあがると走りだした。ここまできたら、やるべきことはひとつだけである。

アクロバットに中空を跳ねるたびに準一の衣服が舞い落ちる。
 

「ちょっ・・・・・!!ジュン!」
 

「きゃあ!!」
 

女性陣の非難の声が上がるが、準一はきにしない。

最後の一枚をどうするか、瞬間迷うがやはり脱ぎすてる。

圧倒的な開放感。

いま、俺の背中には羽が生えている!!
 

「とう!!」
 

全力で跳躍する。目指すは湖の中央。全裸の男が宙を舞う。
 

響きわたるリースの悲鳴。過程はどうあれ、リースの女の子らしい悲鳴を聞けたことにガッツポーズ。誤解を防ぐ為に言っておくが決して、故意にやったわけではない、湧き上がる衝動に付き従った結果の副産物である。

そして、着水。
 

「・・・・・ぷはッ。 つめてぇ~。」
 

派手な水しぶきをあげて沈む準一。身をきるような冷たさを感じながら湖面へと浮き上がる。後先考えずに跳びこんでしまったが、今は夏というわけではない。この、世界に夏という概念があるのかはわからないが、世界の成り立ちが違っても四季の概念にまで差がある訳ではあるまい。

もっとも、少なくとも今は夏ではないのだろう。夏特有の強い日差しを感じることはないし、標高の高さも手伝ってか、気温もどちらかと言えば涼しい。ざばざばと泳ぎながら、リースの様子を伺う。すさまじい形相で、なにやら叫んでいる。
 

「このお馬鹿ぁ!! 泳ぐのはいいけど、もうすこし考えなさいよ!!」
 

リースが近くにいれば、折檻ものの狼藉を働いた事になるが安全圏にいる準一には関係ない。遠くから人一人殺せそうな視線を感じるが、実害がないのなら、気にする事もないだろう。せっかく、注目してくれているのだからと男のシンクロを披露してやった。

  ・   ・   ・   ・   ・   ・

 

「・・・・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・何か。 言うべきことはないかしら」
 

リースとユーイ、ついでにグエンの視線が突き刺さる。なんで、お前までと睨みつける。どうにも、あの犬は気に入らない。そんなはずはないのだが、ニヤニヤと笑っているような気がしてならない。いつか奴とは決着をつけなくてはなるまい、準一はそう心に誓うと目下最大の敵へと意識を向ける。
 

「すみませんでした」
 

足をそろえて折りたたんで据わり、両手をついて額を地にこすりつける。これぞ日本人が誇る謝罪における奥義、DOGEZAである。プライドと引き換えに、大抵のことならば許してもらえる。

 ちなみに、やられた側にすれば迷惑以外の何者でもなく、その鬱陶しさゆえに相手を許してしまうという仕組みだ。 

土下座を上回る秘奥として、HARAKIRIがある。もっとも、こちらはすでに廃れた文化であるし、死んで責任をとるのは準一のポリシーに反する。
 

「そんなんで、許してもらえるのならケーサツはいらないのよ。ジュンイチ」
 

さすがは、リース。お約束というものを分かっている。しかし、そう言われるとこちらはどうしたらよいのだろうか。

まあ、確かに悪乗りしすぎたとは思う。

新しい生活に浮かれていたようにも、思う。

でも、リースだってそれは同じはずだ。というようなことを身振り、手振りでうったえかける。ひたすらに謝り倒す作戦から、情にうったえる作戦に切り替える。
 

「露出狂と同じにしないで」
 

にべもない。だが、その発言には準一もうなずけない。
 

「あれは泳ぐ為に脱いだのであって、けっして見せ付けて興奮するためではなっ!!」
 

弁解の言葉はリースの鉄拳の前に遮られる。
 

「あなた、本当に反省してるのかしら」
 

「それは、もちろん。当然です。はい」
 

リースが、ユーイの方を顎でしゃくる。つられて、彼女に視線を向けると真っ赤になって俯いていた。

はて、なにかしでかしたのだろうか。
 

「発言がいちいち不穏当なのよ。・・・・・まあ、いいわユーイ。この、お馬鹿は有罪かしら?」
 

そう言って、ユーイの判断を仰ぐリース。願ってもない展開。彼女ならば許してくれるだろう、準一は精一杯の誠意をこめて彼女を見つめる。
 

「えっと・・・・・有罪で」
 

集落まで準一の昼飯抜きが決定した。




[21768] 第二幕-1罪と罰
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/15 01:38
旅は順調に進んでいる。
 

彼らの道行きを遮るものはなにもないのだから当然のことなのかもしれない。湖での一件以降、準一への風当たりはなぜか強くなってしまった。しかし、やはりユーイは優しかった。準一の昼飯抜きは撤回してくれたのである。それが気に入らないのだろう。基本的には準一の隣を歩いてくれていたリースだったのだが、今は準一の視線の先、ユーイとふたり。

 女の子どうしで実にもりあがっている。

時がたつほどに、野生動物の姿は増えていく。アニマルというよりモンスターと形容したほうがいいように思えるものもいたが、温厚な正確なのだろう、命を害するようなもの達ではないのは確かだった。視線を再びリースに戻すと、不機嫌そうな面持ちで腕を組み、準一の事を待っていた。いい加減、辟易しながら声をかける。

そろそろ許してくれてもよいだろうと思うのだ。
 

「・・・・まだ怒ってますか?」
 

とはいえ、そんな態度はおくびにもださない。あくまで平身低頭、リースを下手に刺激するのは得策ではない。 再び準一の隣を歩き始めるリース、長い髪をくるくると指に巻きつけながらなにやら黙考している。 蒼の瞳は閉じられいまいち感情が読み取れない。

ただ、こうして隣を歩いてくれているのなら、それほど怒っているという訳ではないのだろう。 もう一押しと、準一は謝罪を口にする。
 

「その・・・・悪かったよ。 以降は軽はずみな言動は抑えるから。」
 

相変わらずくるくると髪を巻きつけては解き、巻きつけては解きを繰り返している。

ふいに、片目を開くとその瞳が準一を捉える。ニヤリと笑って一言。
 

「場当たり的な謝罪で許してもらおうだなんて、虫が良すぎると思わないかしら?」
 

なにやらたくらんでいらっしゃる様子である。
 

「えーっと・・・・・。つまりは行動で示せと?」
 

背筋に冷たいものを感じて、準一はそう口にする。それにたいして「あら」と、なに当然なことをおっしゃいますのあなたとでも言いたげな顔をするリース。
 

「乙女の心を傷物にした罰は、受けていただかないと」
 

そういって口元に手を当てて、シナをつくり憂いを帯びた瞳を伏せるリース。隠しているのかいないのか、手から覗く唇の端が吊り上っている。だれが乙女だ、などという野暮な事は言ってはいけない。
 

「あの・・・・・。 俺にどうしろと?」
 

そう口にしたところでユーイがとことことこちらに近づいてくる。今までのやりとりを聞いていたのだろう苦笑しながら、リースに声をかける。
 

「もう半刻もすれば、つきますよ。 って、伝えといてくださいよリースさん」
 

ぐさりと心臓につきささる一言。あれからユーイはリースを介してしか、準一とコンタクトを取ろうとはしない。とはいえ、その申し訳なさそうな表情をみるにリースの入れ知恵だろうとは思うのだが。
 

「あら、そうだったわね。といってもジュンならもう見えているでしょう?」
 

「え、そうなんですか?」

 驚いたのか、ようやく直接尋ねてくるユーイ。
 

「あー まあ一応はな。 遠くにぼんやりと見える程度だけど」
 

「へー」っと感心したように地平線に目をこらすユーイ。うんうん唸っているが彼女には見えないのだろう。草原に住む人々は非常に視力が優れているらしいのだが、俺とリースの目はそれよりもいいらしい。
 

「それよりも罰ってなんですか?」
 

諦めたのか、ユーイがそう尋ねる。準一はそれが聞きたかったのだと、リースに隠れてサムズアップ。

ユーイには通じなかったが。
 

「フフ・・・。さて何かしらね」
 

そういってこちらを流し見るリース。いつか、手痛いしっぺ返しがあると覚悟しておいたほうがいいだろう。
 
 ・  ・  ・  ・  ・  ・
 

ユーイが言っていた集落。
 

準一とリースは小さなものだと勝手に想像していたのだが、遠方からも確認することができたそれは予想に反して大規模なものだった。集落のはずれにある囲いに羊達を追い込んだあと、まずは族長に挨拶をとユーイに案内されているのである。立ち並ぶテントのような住居、ユーイ達がロゴスと呼ぶそれはいつかテレビで見たモンゴルのゲルに近い。百にもとどこうかという数のそれが乱立する様には、準一だけでなくリースも圧倒されて言葉を失っていたほどであった。
 

「お?ユゥちゃん。 帰ってきたのかい。」
 

「あら、おかえりなさい。」
 

途中すれ違う人たちから、次々と声をかけられているユーイ。それら、ひとつひとつに笑顔で対応するユーイ。なるほど、部族の中においてもかなりの人気もののようだ。ちらりと、相棒の様子を伺う。
 

「・・・・? なに?」
 

訝しげに顔をしかめる、リース。ユーイの方を示しながら言ってやる。
 

「お前もあれくらいの可愛げを身に着けたほうがいいぞ」
 

「あら? 対象となるのがあなたしかいないのだから、今のままでいいのよ。本気をだした私は致死クラスだわ。」
 

いったいどれ程の男どもが、私を思うあまりに命を絶ってきたか。よよよと、泣き崩れるフリをするリース。
 

「まあ、それはいいとして・・・・」
 

「よくないわ」
 

なにやら言っているが話が進まないのでスルー。足を踏まれる痛みにはこの際耐える。視線をさまよわせる準一。当然こうなるとわかってはいたのだが、所詮小市民である準一にはこの降り注ぐ好奇の視線は居心地が悪いことこの上ない。

リースは平然としたものだが。
 

「なあ、お前この状況平気なのか?」
 

すっかり足を止めてお喋りに興じているユーイを眺めながら、気を紛らわすために話を振る。
 

「見られていることが、かしら? それなら気にならないわね。というより、もう慣れたわ。あなたも気にするだけ無駄よ、こういうのは」
 

妙な重みのあるリースの言葉。確かに街を歩けば誰もが振り返るような容姿をしているリース。そんな、ものかと頷きながら突っ立っていたのだが、そうこうしているうちにようやくユーイが帰ってきたようだ。
 

「ご ごめんなさい。 つい、お話に夢中になってしまって」
 

ぺこぺこと頭をさげまくるユーイ。気にしてないと伝えるのだが、そうなるとやはり人々の意識はこちらに向くわけで。
 

「さっきから気になってんたんだが・・・・・。 こっちの二人は誰だい?」
 

髭をはやした恰幅のいい男が、ユーイに尋ねる。年は60くらいだろうか。もういい年ではあるのだが、その腕は筋骨隆々で衰えは感じさせない。頭から生えた角はユーイのそれよりふた周りは大きい。年齢や性別に比例するのかもしれない。
 

「あっ、ラグナさん。えっと・・・・・」
 

視線でかまいませんかと尋ねてくるユーイに頷いてかえす。隠すことでもない。
 

「男の方はジュンイチさん。女の子のほうはリースさんっていいます」
 

ユーイの紹介にあわせて、軽く頭をさげる。ユーイが、外で出会った旅人だと説明すると、目を丸くして驚いていた。それは、他の村人達も同様だ。が、すぐに気のいい笑顔を浮かべるとジュンイチ達に話かけてくる。
 

「いやぁ、めずらしい。部族のもの以外の人間がここを訪れるなんていつ以来だろうな」
 

「そんなに、珍しいのですか?」
 

周囲の反応を見ていればわかるが、どれほどのものか気になったので尋ねてみる。ユーイの話からも、外からやってくる人はいないと聞いてはいたのだが、それなりに年を経た人たちでさえ、まるで初めて見たとでもいうような反応をしているのをみると、最後にここを人が訪れたのは相当前なのだろう。
 

「そうだなぁ、俺がまだこんなガキだったころに一度だけか。 それ以降はこんな辺鄙な場所にくるような物好きはいないねぇ・・・・・」
 

口ひげをもしゃもしゃといじりながら遠い目をするラグナ。その様子を黙ってみていたリースがふいに口を挟む。
 

「その旅人が、どんな人かは覚えていらっしゃいますか。 おじさま」
 

どうかしたのかとリースを見るが、とくに変わった様子もない。単純に気になったというだけだろう。ラグナはフムと頷いて考えこむが、やがて顔をあげると首を横にふった。
 

「わりぃな、嬢ちゃん。ガキの時分の頃だからなぁ」
 

本当にすまなそうに謝る。
 

「いえ、別にそんな大切なことじゃありませんから。気にしないでください」
 

「ハハッ、まあ嬢ちゃんみたいな別嬪さんには喜んで力を貸すぜ。どのくらい滞在するのかはしらねぇが。何かあったら言ってきな。 それにしても、お前さんたちは運がいいねぇ・・・・」
 

うれしそうに話すラグナ。集落の外に見えるなにやら儀式めいた台座のようなものを指し示す。準一たちがそれを認めるのを確認すると、陽気に笑いながら続ける。
 

「どうだ?結構なもんだろう。もうすぐ一年に一度の祭りが開かれる。高原に住む一族の者たちが全員集まって、盛大に行われるのさ。」
 

本当に楽しそうに話すラグナからは、その祭りがさぞ素晴らしいものであることがうかがえる。
 

「もう、後で私がお話しようと思っていたのに」
 

そう言いながらユーイが会話を引き継いで説明してくれる。
 

「ご馳走もたくさん出ますし、みんなで踊ったりしてすごく賑やかなんです。夜通しで騒ぎますから、次の日は仕事にならないんですけどね」
 

そういって苦笑するユーイも楽しみで仕方がないのだろう、すぐに顔を綻ばしている。
 

「うん。じゃあ、決まりだな。」
 

「何がかしら?」
 

「そのお祭りまでは、ここでお世話になろうか」
 

そういってリースを伺う。そういうと思った、というような表情を浮かべながら。
 

「まあ、しょうがないわね」
 

次の瞬間には、うれしそうに同意してくれた。
 
 ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
 

その後、ラグナ以外の人々にも挨拶して回る。
 

ようやく開放された頃には、集落にたどりついてから数時間が経過してしまっていた。陽気な人間が多いようですぐに受け入れられてしまったのは、うれしい誤算だろう。はげしい質問攻めを受けた二人は多少の疲れを感じながらも、ユーイに案内されてたどり着いた、集落の中央に立つロゴスの前で待たされているのである。周囲のものと比べても一回り大きなそれは、この家に住む人物がそれなりの地位にいることをうかがわせる。

このあたりの住居は、通常のものよりも大きなものが多く普段はバラバラに分かれて生活しているグループの長達が住んでいるらしい。とは言っても少し大きいというだけで、特別な趣向がある訳でもないし、衛兵がいるわけでもない。 ユーイがいなければ、違いに気づかなかったかもしれない。力のある人物は往々にして力を誇示しようとするものだが、このせまい社会の中においてはそういうわけでもないらしい。とはいえ、気軽に訪ねていいという訳ではなくこうしてユーイがお伺いを立てているのをじっと待っているのである。
 

ほどなくしてユーイが入り口からでてくる。どうやら会ってくれるらしい。
 

「族長ってどんな人だと思う?」
 

かすかに感じる緊張を紛らすために、リースに話かける。
 

「さあね、会ってみればわかるでしょう。 まあ、これだけもったいつけたのだから、それなりの人物であることを願うわ」

 遠慮のない物言いで、つかつかと先にたって歩き出す。かけらも緊張していないリースをうらやましく思いながら、気合を入れなおす。年上だというのにこのままでは立つ瀬がない。
 
 

住居の中は、日本でくらしていた準一からすれば正直言って狭かった。それでも、床にしかれた絨毯や調度品は派手ではないが上等なものであるという事が伺える。住居内の様子がそこに住まう者の人となりを顕すのなら、目の前に腰掛ける男は中々の人物なのだろう。
 

「ようこそ旅の方。この度は娘がお世話になりました」
 

そういって頭を下げる壮年の男。族長というのだから髭もじゃのお爺さんを想像していたのだが、その髪は多少白いものが混じりながらも黒々としており、穏やかに笑いながらもその瞳は鋭い光をはなっている。

中々の貫禄、無意識に体がかたくなるが、なにか聞き捨てならない台詞が聞こえた気がする。
 

「娘?」
 

この場で娘と呼ばれる立場にある人間は一人しかいない。族長の傍らに控え、にこにこしている人物。
 

「あら、ユーイは族長の娘さんだったのね」
 

リースの言葉にユーイが頷く。それならそうと最初に言ってくれればいいのにと思う。
 

「さよう。私の名はフイヤン。不肖の身ながら、この一族を束ねるものです」
 

「ご丁寧にどうも。俺・・・いや私の名前は椎名準一。ジュンイチと読んでください。そしてこちらが・・・・」
 

「リースといいます。お見知りおきを」
 

そういって優雅に頭を垂れるリース。中々様になっている。
 

「これはご丁寧に。しかし、そのように畏まる必要はありませんぞ。普段通りの話し方をしてくださって結構です。」
 

そう言って微笑んでくれるが、そうもいかないのが日本人だ。 だというのに
 

「あらそう?ですってジュン。 いい人でよかったじゃない」
 

これである、親の顔が見てみたいとはよくいったものだ。連れがそうする以上いつまでも堅苦しくする必要はないだろう、いつもの口調に戻すと単純に疑問に思った事を訪ねてみる。
 

「フイヤンさんは、随分と若いですけれど族長は普通年配の方がするものではないのですか?」

 彼は決して若すぎるわけではない。しかし、彼と比べるのならまだラグナのほうが年をとっているし、ここまでくる途中、あれが族長ではと準一が思ってしまうような白髭の老人もいた。フイヤンの貫禄が彼らに劣るとも思わないが、彼らのもつ風格も中々のものであった。そう伝えると、ユーイがその疑問に答えてくれる。
 

「ラグナさんは先代の族長です、10年前に父さんに敗れてしまいましたけれど、今でもかなりお強いですよ。」
 

今でも祭りの日になるたびに、余興として若い者の相手になっているらしい。
 

「なるほど、一族の中で最も強いものが、それを束ねる。アナクロではあるけれど、理にはかなっているのかもね」
 

リースの言葉にフイヤンが頷く。
 

「いかにも、ここで行われる祭りは祭事であると同時に族長を定めるための戦いの場でもある。現在の族長に挑戦し、勝利したものが次代の族長となる権利をえる。 私も、もう年ですからな。数年もすれば世代交代の時がくるでしょう」
 

そういって豪快に笑うフイヤンさん。そんなフイヤンさんを苦笑して眺めながら、ユーイが口を開く。
 

「もう、父さんったら尋常じゃなく強いじゃない。死ぬまで族長でもおかしくないわ。三年前に挑戦してきたムスカさんなんて、今でも父さんをみたら逃げ出しちゃうもの」
 

父さんへの挑戦者の治療、毎度大変なんだからと文句をいっている。ユーイは薬草の知識があり、怪我の治療をするのは彼女の仕事なのだという。

それを目当てに挑戦する男もいるのだという事実をユーイは知らない。
 

「剣をとって向かってくる以上は全力でやらねばなるまい? それが相手への礼儀だろう?」
 

というのが一応の建前ではあるのだが、フイヤンの本音をいうなら「うちの娘に手をだすんじゃねぇ」である。
 

「父さんは族長なんだから、若い芽を摘んだりしちゃ駄目なの。ちょっとは加減してあげないと。下手したら今年は誰も挑戦してこないかもしれないわよ」
 

「ふむ、その時は私が適当に選んで試合をしよう」
 

主に、娘に色目を使う小僧共が標的である。
 

「絶対に駄目!!」
 

父娘の間で繰り広げられる、和やかな空間を眺める。
 

「へぇ・・・・ それは面白そうね」
 

リースがなにやら不穏な呟きをしているが聞こえない、聞こえない。だがその呟きをフイヤンは聞きのがさなかった。驚いたようにリースを振り返る。ユーイも同様だ。
 

「ほう・・・・興味があるのですかな?確かに、女が族長になってはならぬという掟はありませんが」
 

そういって、リースの腰に下げられている剣に目を向ける。フイヤンの試すような視線をどうどうと受けるリース。ちょっと待て、これはよくない流れである。
 

「ふむ、よく使い込まれた良い剣ですな。身のこなしにも隙がない、なかなかの腕前であるとお見受けするが」 
 

フイヤンさんの表情がするどくなる。
 

ふふんと余裕の表情でそれを見返すリース。
 

「ハイ、ストーップ!!」

 耐え切れなくなった準一は、リースの首根っこをつかんで隅へと引きずっていく。突然の奇行にその場に居合わせた者達の表情が唖然となる。だがそんな事は知ったことではない。
 

「なにするのよ、いきなり」
 

唇を尖らせて、非難の声をあげるリース。それは、こちらの台詞だった。
 

「なにを考えてるんだお前は!? お前が強いのは分かってるけど、いきなりやって来てはい勝負しましょうってのはおかしいだろ!」
 

フイヤンもフイヤンである。一族の者でもないリースをそんな大事な戦いの場に上げていいはずがないではないか。という旨を必死になって伝えるのだが。
 

「ふむ、私が勝てば問題なかろう。それとも、私では彼女に勝てないということかね?」
 

フイヤンの瞳に闘志が宿る。ああもう、これだから血の気の多い人は。わたわたとあわてる俺の服をくいくいと引っ張るリース。正直口を開いてほしくない。少なくともこの悪魔の口からでる言葉が事態を好転させるとは準一にはとても思えない。

短いながらも密度の濃い時間を過ごしてきたのだ、こういう時のリースはなにをしでかすかわからない。それくらいのことは理解できる。
 

「誤解しているようだから言っておくけれど・・・・・・。 戦うのはあなたよ?」

 爆弾発言。凍結する空気。やはり悪魔に違いない。
 

「ふむ、君がかね?あまり使うようにはみえんが・・・・・」
 

フイヤンが訝しげな声をあげる。そうその通りである、こくこくとフイヤンの言葉に肯定の意を表す。まったくの素人という訳ではないが、命のやり取りを経験するリースとの差は歴然である。それは相手がフイヤンであっても同じだ。身体の所々にうっすらと刻まれた傷跡は、彼が歴戦の雄であることの証左。
 

「大丈夫私が保証するわ。ジュンは強い」

 頼むから黙っていてほしい。平和を愛する男、椎名準一。そのようなイベントは断固として拒否いたしたい。
 

「お前何いっ「ユーイの前で裸踊りしたって、フイヤンさんに言われたくなかったら・・・・・・わかってるわよね?」

 囁くリースの声。
 

「クスッ・・・・・。言ったでしょう?罰はうけてもらわなくてはね」






 あとがき

自らに可能な限りの速度で物語を書いていますが、後で振り返ってみると粗いと感

じる部分がありますね。

ちょくちょく修正しているせいで最初に文章を見たときから変化している部分もあ

ると思います。 ストーリーの改変はないのでご容赦ください。

 ではまた。 



[21768] 第二幕-2 宴
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/15 01:44
「だっはっはっは!! そりゃあ災難だったな坊主」
 

 ばしばしと準一の背中を叩きながら豪快に笑うラグナ。広場で焚き火を囲みながらの宴会の席、準一とリースの歓迎の席である。だというのに、主賓の一人である準一の表情は冴えない。むしろ最低といってもいいほどに沈んでいる。フイヤンとの会見の席。リースによって、無理やり祭りでのフイヤンへの挑戦を掲示され、しかもそれが受け入れられてしまったのだから無理もない。
 

あの後「もし俺が勝ってしまったらどうするんだ」と、当然リースに問いただしたのだが。

「見た感じ、あなたでは勝てないでしょうから問題ないわ」
 

 そう断言された。ボコられてきなさい、つまりそういう事らしい。さらに悪いことに宴会の席に突然フラリと現れたフイヤンが、準一からの挑戦を受けたという事を発表してしまったのである。騒然となる広場、やんややんやと持ち上げられて、もはや逃げることは敵わない状況にまで追い込まれてしまっていた。半ば自棄になりながら酒をあおる。

飲まなきゃやってらんねー状況である。周囲ではどちらが勝つかなどと賭けが行われており、こうしたところはどこの世界でも変わらないらしかった。ちなみに下馬評では互角であり、どうやらふらりと現れた旅人という未知の存在に賭ける人が結構いるらしい。

期待してくれるのはうれしいが、生憎とそれに応えることはできないだろう。全ての元凶であるリースを睨む。

「へぇ、17歳か。思ったよりも若いんだねぇ」

「酷いわ。いくつに見えていたのかしらね」

「おっとっと、こいつは失礼。大人びた話し方をするからね。もちろんそれが悪いっていうんじゃない、どちらかというと素敵だよ。」
 

 若い男がリースに声をかけている。よくもまあ、あのような歯の浮く台詞が飛び出るものだった。

というか、彼女はこの場において大変な人気っぷりである。男共は、まあ準一にも分かるくらい下心全開であるのだが、リースは気にする様子もなくにこやかに対応している。たしかに、ああして華やかに笑うリースの姿はかなり魅力的に映るのだが、彼女の本性を知っているせいかいまいちそういう目では見れない。かたや準一のほうはというと女性達が集まってくるということもなく、傍にはラグナをはじめとするおじさんばかり、べつにちやほやされたい訳ではないのだが、微妙な敗北感を感じる。

救いがあるとすればユーイが酌をしてくれているということか。

「なんだ、連れの子が気になるのかい?」
 

無意識のうちにリースの姿を目で追っていたらしい。隣で酒を飲んでいたラグナが話しかけてきた。

「そんなんじゃないです・・・・・」
 

準一からすれば、本当に無意識での行動。多少なり怨念もこもっていたかもしれないが、胸元に輝く銀のペンダントと、銀の髪。焚き火の光で輝くそれらが全体的に黒い服装に良く映えた。そのためか自然と視線が向いてしまうのである。 

だがラグナは準一の否定をただの照れ隠しと判断したのかニヤニヤと笑いながら続ける。

「そうかい?あれだけの別嬪さんだ。ともに旅してきたんだろう?浮いた話の一つや二つあってもいいと思うんだがね。」

「・・・・・ともに旅してきたからこそ、ですよ。あいつの性の悪さを知ったらラグナさんだってそんなこと言えなくなると思いますよ。毎度苦労させられる身からすればたまったもんじゃないです。」

 まあ、それでもリースの隣にいるのは楽しいとは思う。なんだかくやしいのでそんな思いは絶対に口にはしないのだが。
 

「恋は障害があるほうが熱く燃え上がるもんだろう。惜しいなぁ、俺が若いときに来てくれてたら絶対にものにしてみせたってのに」
 

その表情は冗談ではなく本当に残念そうだ、そんなラグナの様子に苦笑しながら準一は口を開く。
 

「今だって十分お若いじゃないですか、聞きましたよ去年の祭りでの武勇伝。」

 ユーイが語ってくれた去年の祭りでの余興、打ちかかってくる10人もの男達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出していたらしい。そんなラグナよりも強いというフイヤン。正直に言って逃げ出したい。向こうで酔いつぶれて、だらしなく眠る姿からはとても想像できない。

酒にはあまり強くないようだ。
 

「ハハッ、そう思うかい? おーし、おじさん少し頑張っちゃおうかな」

 そう言って腕まくりする、ラグナ。多少酔っているのだろう。しまりのない顔で笑う彼の背後に怒りをあらわに立つ女性の存在に気づかない。そしてふりおろされる拳骨。
 

「いでっ!?」
 

「私というものがありながら、なにを寝ぼけたこと言ってるんだい?」

 肝っ玉母ちゃん、そんな形容がぴったりな大柄の女性。
 

「うげっ、クーヤ。」

 クーヤと呼ばれたその人物。なんでもラグナの奥さんであるらしい。
 

「うげっ、じゃないよまったく。 リースちゃんはお客様なんだからね、あんまり失礼なこと考えるんじゃないよ。」

 ラグナを正座させるとガミガミと説教し始めるクーヤ。うむ、完全に尻にしかれているご様子。世界を越えても女性が強いということは変わらないらしい。
 

「アハハ、クーヤおばさん。ラグナさんも本気ではないでしょうから許してあげてください」

 今までずっと黙って酌をしてくれていたユーイが苦笑しながらクーヤをなだめている。少しだけ着飾って、薄く化粧を施したユーイは見違えるほどに大人っぽい。最初に姿をみせた時、思わず「お姉さんですか?」と訪ねてしまい、リースに思いっきり呆れられてしまった。

まあ、それくらい綺麗だったということである。
 

「駄目よ、ユーイ。こういうことはねはっきりと言うべきなんだよ。男ってのは甘やかすとすぐに付け上がるんだから」
 

「そうなんですか?」

 そう言ってこちらを向くユーイ。いや、そんなことを聞かれても男である身からすると返答にこまるのだが。とその瞬間、どんと背中に感じる衝撃。
 

「そうね、男ってのはそういうものよ。お尻にしいてあげるくらいでちょうどいいの」
 

「うげっ、リース」

 いつのまにやってきたのか、準一の背中に腰掛けるリース。遠くから聞こえてくる男達の残念そうな声、また後でねと手を振る彼女。それだけで、あがる歓声。そんな気もないくせに純情な男心をあまり弄ぶものではないと思う。
 

「あら、ラグナさんと同じような反応をするのね。尻にしかれてる自覚があるのかしら?」

 まったく、これだからいただけない。準一の体勢からは彼女の表情を伺うことはできないが、いつもの意地の悪いにやけ面をしているのだろう。
 

「ハハハッ。リースちゃんの尻にしかれるのなら本望ってなもんだろうさ。どうだい、いっちょ俺もしいてくれないもんかね?」

 クーヤの目があるというのに、ラグナもこりない人である。あっ、後ろでばきばき拳ならしてる。ユーイが懸命に抑えているが、そう長くは持ちそうにない。
 

「ふふ・・・ お尻は二つもありませんわ。ごめんなさいね」

 微笑みながらラグナに返答するリース、準一のことを尻にしく気は満々らしい。

物理的には既にしかれているのだが。
 

「そいつは残念だなぁ。 まっ、俺はクーヤのでかい尻で我慢するとすらぁ。あいてっ!!」

 ついに抑えきれなくなったのか、クーヤの拳骨が炸裂する。大地に伏せるラグナ。かなりいい音がしたが大丈夫なのだろうか。
 

「・・・・・ラグナさん?えっと・・・・大丈夫ですか?」

 ゆさゆさと揺さぶって問いかけるが、反応がない。
 

「気にする必要ないさ。丈夫なだけが取り柄みたいな男さね。見てなすぐに起き上がってくるから」

 言われた通りに、黙って様子を見ているとピクリと指が動き、すぐさま起き上がってくる。さすが、先代族長の肩書きは伊達ではない。
 

「いつつ・・・・。ったく 何処で間違えちまったんだろうなぁ。これでもクーヤも若けぇころは部族一可憐で美しいって評判だったんだぜ。ユーイみたいに優しい子でなぁ。並み居る男どもを蹴落として、ようやく射止めたってのに」
 

「だってのに、なんだって言うんだい?」

 クーヤさんの瞳が冷たくなっていく、この男懲りるということがないらしい。
 

「そういえば、ラグナさんたちの馴れ初めって聞いたことがないです。どうして結婚したんですか?」

 慌ててフォローにまわるユーイ。
 

ナイスな判断力。結婚した頃の気持ちを思いださせて仲直りさせようという魂胆だろうか、ぐっと親指を立ててみるのだが。 ・・・・・・通じなかった。深読みしすぎたか。
 

「お、聞きたいのかい。いいぜ、あんまり人に聞かせたことはないんだけどな。今夜は特別だ。 お前もかまわないだろう?」

 そう言って、クーヤに確認をとるラグナ。面白そうな話が聞けそうだと近くにいた若者達も集まってくる。
 

「聞かせなくても大抵の人間は知ってることさ。すくなくとも私達と同じ世代の人間ならね。あの頃のあんたは格好よかったんだがねぇ」

 そういって昔を思いだすかのように瞳をとじるクーヤ。いい思い出なのだろう、その表情は穏やかだ。
 

「ハッ それはお互い様ってな。まあいい、俺がこいつと初めて話したのはちょうどユーイくらいの頃さ。クーヤが俺の前の族長の娘だってのは、皆も知ってることだろう?綺麗な娘だとは思ってたがその頃は別に興味もなかった。思えばガキだったんだろうさ、女と一緒にいるより男とつるんでるほうが楽しかった」
 

女性との付き合いにも楽しみはあるものだが、男友達との付き合いにはそれとは違う気安さがある。準一にもラグナの当時の気持ちはなんとなくわかった。
 

「ふんふん、それで?」

 リースが続きを催促する。彼女でもこの手の話には興味があるらしい。女の子は本能レベルでこういう話が好きなのかもしれない。多少大げさな身振りを交えながらラグナが語る。
 

「祭りがやってきた。 俺は族長になるんだって息巻いて、クーヤの親父さんに挑戦したはいいんだが、ぼろぼろにやられてな。気がついたらこいつの膝の上さ」
 

その時だそうだ。治療された身体と、優しく微笑みながら膝を貸してくれるクーヤに一発で惚れたのだという。
 

「それからというものの必死になって鍛錬に明け暮れて、族長の座よりもクーヤが欲しいと何度もお願いしに言ってな。そのたんびに叩きのめされたもんだが・・・・・24になった時だ、俺はもう一度祭りでの戦いに挑んだ。これを最後にクーヤのことは諦めよう、そういう覚悟を持って臨んだ」
 

「あの頃のあんたは本当に必死だったねぇ。何度も何度も馬鹿みたいにさ」

 だがここで一つ疑問に思った事がある。そんなに好きなら普通に交際をもちかければいいのではないだろうか。話しぶりをみるに当時のクーヤもラグナのことは憎からず思っていたようであるし、なぜそこで祭りの戦いへと直結するのかがわからない。
 

「クーヤの親父さんが呆れるほどに娘を溺愛してたんだよ」

 そういうことらしい。いやなことを思いだしたのかラグナが顔をしかめる。
 

「自分よりも弱い男に娘はわたさん!!ってな。まったく参ったぜ、一族最強の男にんな事いわれたらどうしようもねぇじゃねぇか。 なぁ?」

 そう言って男達に同意を促すと、頷いたものたちがちらほらと、彼らの視線の先にはユーイの姿があった。なるほどなと準一は苦笑する。こうして話を聞く男達の中にも、彼女に思いを寄せるものがいるのだろう。フイヤンという壁は果てしなく高そうだ。
 

「・・・・・・・?」

 突然自らに向けられる視線に困惑したように首をかしげるユーイ。可愛らしい仕草だが、これでは彼らもむくわれまい。
 

「それでもこうして一緒にいて、かつ族長だったということはその最後の勝負に勝った。ということでいいのかしら」
 

「おいおい、オチを先に言っちゃいけねぇよリースちゃん。こっからが俺の最大の見せ場なんだからよ」

 結末を先に言われてしまったラグナがリースを嗜める。リースも悪いと思ったのだろう、素直に謝罪の言葉を口にしていた。
 

「ハッハッ まあリースちゃんの言う通り俺は晴れて勝負に勝って、族長の座とクーヤを手に入れたってわけだ」
 

「あの名勝負は今でも語り草よ、夜半に戦い始めて決着がつく頃には空が白み始めていたからな。ラグナの野郎とフイヤンの勝負もすごかったが、俺はあれ以上の試合を見たことがないねぇ」

 傍にいたラグナと同世代の男が合いの手をいれる。詳しく聞かせてもらったが本当に激しい戦いだったらしい。最後には互いの武器も折れて使えなくなくなり、血で真っ赤になるまで殴りあったという。
 

「兄ちゃんの勝負にも期待してるよ、俺はアンタに賭けといたからな。頑張ってくれよ」

 そう激励して帰っていくおじさん。宴もたけなわそろそろ酔ってつぶれる人間のほうが多くなってくる。どうにも酒には強いらしい準一なのだが、早いペースでとばしていたためかそろそろ酔いがまわってきていた。
 

「ところでユーイ、ジュンイチのことはどう思っているんだい?」

 ラグナが悪戯っ子のような顔をしてユーイに訊ねる。瞬間ギラリと集まる男達の視線。
 

「な なんですかいきなり」

 突然のラグナの質問にユーイが困惑している。準一も同様だ、突然なにを言い出すのか。
 

「いや、フイヤンはあの調子だからな。下手したら嫁にいきおくれるぞ」

 ユーイ、嫁、という単語が聞こえたのかうなされ始めるフイヤン。ユーイを欲しいなどという男が現れたら一刀両断にされかねない。
 

「・・・・それとこれとどんな関係があるんでしょうか?」

 ラグナを軽くにらみつける。厄介事を運んでくるのはリースだけで十分だ、加えてこの場にいる人間はほとんどが酔っている。不用意な発言をすれば、どのように歪曲されて広められるか分かったものではない、リースもそれが分かっているのか傍観を決め込んでいる。もっとも準一の意思とは正反対の思いからの行動であるのだが。その表情からは、なにか面白いことになれば良いわね、という思考が駄々漏れである。
 

「いやな、フイヤンとユーイの関係はあの頃のクーヤに似たところがあるからな、フイヤンに勝てるかも知れない男にはちゃんと唾つけとけよ。あいつは強い奴のことは尊敬するからな、自分よりも強い男になら嫁にだすのも認めるだろうさ。 まあ渋りはするだろうが」
 

「ら ラグナさん!?」

 ユーイが真っ赤になる。
 

「あの・・・・ジュンイチさんの事は嫌いではないですけど・・・・そもそも出会ったばかりですし。 そういうのは・・・」

 ちらちらとこちらを伺いながらぼそぼそと否定の言葉を口にするユーイ。気をつかってくれているのだろうが、こういう時は軽く笑いとばしてくれたほうが助かる、先ほどから感じる視線に殺気が混じり始めているのは決して気のせいではない。
 

「ハハッ 良かったじゃねえか。ユーイの奴、脈がないって訳じゃなさそうだぜ。 リースちゃんといい、ユーイといいモテル男はつらいねぇ」

 コノコノと肘でつついてくるラグナ、ユーイはともかくリースはないだろうと思うのだ。自分の名前が出されているというのに、すました顔で杯を傾けている。「私関係ないわ」とでも言わんばかりだ、頬をそめるなりなんなりしてくれればまだ可愛げもあるというのに。思えばユーイと出会う前のリースはまだ可愛げがあった。極限状態が可能とした一時の夢だったのかもしれない。
 

「ユーイとジュンイチがねぇ・・・・・・。 でもそうなったらダン坊の奴がだまってないんじゃないかい?」

 クーヤの口から、聞きなれない名がでてくる。
 

「おいクーヤ。 ユーイがいる前でその話はよせよ、ダヤンが可哀想だろう」

 小声でクーヤを制するラグナ、ユーイには聞かれてはいけないことのようだ。もっとも彼女の鈍さなら聞かれても問題なさそうではあるが。
 

「あの・・・ダヤンがどうかしたんですか?」

 うむ、問題ないようである。これだけ条件がそろって気がつけないユーイの感覚は問題ではあるが。
 

「ダヤン? どんな人なの?」

 獲物の匂いをかぎとったのかリースが口を挟んでくる。楽しめそうな事は見逃すきがないらしい。
 

「あ ハイ。私の幼馴染です。 年は私のほうが一つ上なんですけど」

 話によるとダヤンという青年は次代の族長の有力候補だという。かなりの腕前だそうなのだが、それでもまだフイヤンには届かないらしい、ユーイと幼馴染なら悪い人間ではないと思うのだが。
 

「へぇ・・・・・・」

 ちらりと視線をなげかけてくるリース。今の情報からなにが得られたというのだろうか。こういう時のリースはあまり良いことを考えない。悩んだところで対策など打てるはずもないし、なによりその思考が読めない。まあ、彼女の楽しみ=準一の苦しみという方程式は理解できてきたので、とりあえず一応の覚悟をしておく。
 

「ダヤンの奴が気になるかい?まあ今はあいつも外に出ているからな・・・・ 2、3日もすりゃ戻ってくるだろうよ」

 そういって、パンと掌を打ちあわせるとおもむろに立ち上がり表情をひきしめるラグナ。
 

「オラオラ、撤収だ。意識のある奴はない奴を連れて帰ってやれ」

 各所から不満の声があがるが、有無をいわさずに続ける。
 

「いつまでもグダグダ言うな。夜通し騒ぐのは祭りまでとっときな、明日も早いぞ。やらなきゃなんねぇ事がたんまりあるんだからな」

 それを聞いて渋々ながらも一人一人とその場を後にし始めた。現族長よりも族長らしい。ユーイもフイヤンのところへいき肩を貸してたちあがらせている。
 

「それじゃ私もこれで。父さんつれて帰ってあげないといけませんから・・・・」
 

「わかった、フイヤンさんにもよろしく頼む」
 

「えぇ、また明日ね。ユーイ」

 ぺこりと会釈してその場を後にするユーイ。その背中に呼びかける。
 

「いろいろとありがとうな。世話になった」

 もう一度微笑んで会釈を返してくれる。だんだんと離れていくその背中を見つめていると
 

「ふーん。なんだか知らないけれど、いい雰囲気じゃない?」

 おや嫉妬してくれているのかと思いリースの顔をみるが、彼女に限ってそんな筈はなかった。いつもとなんら変わらないその表情。
 

「お前、もう少し可愛げを身に着けたほうが良いぞ。絶対」
 

「あら みっともなく嫉妬して欲しかった?残念、 あなた相手にする理由がないわね」

 クスクスと笑う少女は本当に可愛くない。
 

「それは俺がお前から離れる筈がないっていう、信頼の顕れととらえていいか?」

 ちょっとした意趣返し。こんなものは彼女に通じないだろう事はわかっているがやられっぱなしは性にあわない。些細なことでも積み重なれば届くこともあるだろう。
 

「どうぞご自由に。プラスに解釈してくれる分には損しないもの」

 そう言って朗らかに笑う彼女は、やっぱり可愛げがなかった。




[21768] 第二幕-3 親と子
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/15 01:50
「くぁ・・・ あー 頭いて」

 鈍い頭の痛みを感じて準一は目を覚ます。

やはり、昨日は飲みすぎたらしい、絶賛二日酔いであった。あの後、ラグナに案内してもらい準一とリースの為に用意されたロゴスへと連れて行ってもらった。いつのまにと驚いたものだったが、もともと移動しながら使われる住居であるために、組み立てるのにもそれほどの時間はかからないそうだ。

隣へと視線を向けると羊の毛でつくったフェルトの山。

そのしたから突き出す銀色。

 寒いのは苦手だというのは本当らしく、昨夜も特別にそれらを用意してもらっていた。相手がリースとはいえ容姿だけならば美しい少女、こうして余裕ができてくると同じ屋根の下で眠るという状況には多少なりとどぎまぎしたものだが、どこか愛嬌があり滑稽なリースの姿にそんな思いはふきとんだのだった。
 

「ふう・・・・・」

 リースを起こさないように、外にでる。

まだ日ものぼりきらず薄暗い、朝の空気は冷たく、時折頬をなでていく風が二日酔いの身体には心地よい。集落のはずれへと歩いていく、数刻もすればラグナが朝食に誘いにきてくれるだろうがその前にやっておくことがあった。高原の一族の朝は早い。時折、すでに起き出して活動を始めている人達とすれちがう。一人一人に挨拶をかわしながら集落を抜け出す。

百メートルほど離れただろうか、ここいらでいいだろうと判断すると軽く準備体操を始める。
 

「・・・・まぁ 最初からあきらめるのもな」

 そう、自分自身に呟く。一週間後に控えた祭り、そしてそこで行われる予定のフイヤンとの戦い。普通に考えれば勝てるものではないが勝負に絶対はないと思いたい。勝ちたい理由がある訳ではないが、負けたい理由がある訳でもない。

勝つか負けるか、その二択であるのなら当然勝ちたいと思う。最初から負けると決め付けて挑むような腑抜けにはなりたくない、勝ってリースを驚かせる。

考えてみれば今回の件はリースの鼻をあかしてやる絶好の機会でもある、壁ははてしなく高そうだが。
 

「うし!!やるか」

 気合を入れた。ともすれば後ろ向きになりそうな気持ちを引き締める。戦いに臨む前にまず自分のことを知るべきだろう、リースが教えてくれた準一の力。異能者達の中でも並外れているという身体能力、それがどれ程のものであるのか確認しなくてはならない。 軽く腕立てから初めてみる、まったく苦にならないどころかほとんど重さを感じない。片腕で、指を減らして、というように己の限界を見極める、がまったく苦にならないどうやら準一の体重程度はまったく問題にならないようだった。

以前なら連続で百回も続ければ苦痛に感じたものだが、片腕で同じ回数をこなしてもまったく疲労を感じない。あらためて実感する以前とは違う自分の身体に多少の興奮を感じた。その後、跳躍力、ダッシュとためしてみたがどれもが準一の想像を越えるものだった。

リースに出会ってなければ勘違いしていたかもしれない、それほどの万能感。だが上には上がいる。事実女の子であるリースのほうが現状自分よりも強いし、フイヤンにしたって準一よりも強いという。
 

「ほんと、出鱈目だよなぁ」

 高原の朝焼けをしばし眺めてから、集落へと帰る。とりあえずはここまでにしよう、空腹を訴える腹を押さえながらリースのもとへと戻るのだった。


 

「リース!!それは俺がとっておいた!?」
 

「さっさと食べないのが悪いのよ」

 準一が戻ってくるとリースは既に起き出していた。どこに言っていたのかと追求されるかと思ったのだが、「おかえり」と言うだけでとくにそのことには触れてこなかった。今の準一とリースはラグナ達と同じ民族衣装に身を包んでいる。せっかくだからとクーヤが用意してくれたのである。準一達は、こちらの世界にきてからというものずっと同じ服を着ている。一応洗ったりはしていたが、それでもいい加減着替えたいというのが本音だったので、こうしてありがたく着させてもらっているのだ。

リースはあの服がお気に入りらしく、渋っていたのだが、クーヤに説き伏せられてようやく着替えてくれた。とてもよく似合っているし、少しだけいつもと様子の違うその姿に不覚にも胸が高鳴ったものだが、それも食事が始まるまでであった。
 

「お前!また!?」
 

「ふん、いい加減学習なさい。盗られたのが不満なら取り返してみせなさいな」

 食卓とは戦場である。本来和やかな家族の団欒の場である筈のそれはリースと準一の間においては当てはまらない。
 

「言ったな? 覚悟しろよお前」

 リースの挑発に乗る。ここでひきさがれば男が廃る。
 

リースが手にした皿へと手をのばす、常人ならば視認することもむずかしいそれをいとも簡単にかわしてみせるリース。ムキになって連撃、皿の上の料理にむかってファイトスタイルをとり、得意のコンビネーションで畳み掛ける。

のだが、まったくかすりもしない。
 

「くっ・・・・・・ まだまだぁ!!」
 

「いい加減諦めなさい。 無駄無駄無駄」

 かなり騒がしい。というかアホな光景である。

結果から言えば準一の惨敗であった、隙をみたリースのカウンターが準一の皿の最後の料理を掠め取り、袖を濡らして男泣きするのであった。
 

「ハッハッハ、まるで息子と娘ができたみたいだなぁ。 なあ?クーヤ」
 

「そうね・・・・・・。あの子らが生きていたらこんな光景が見られたのかもねぇ」
 

「・・・・・・何かあったんですか?」

 食事を終えて我に返り自己嫌悪。リースの頭をおさえて頭をさげさせて謝る。だが二人はまったく気にしていないと笑いながら、どこか寂しそうにそれを口にした。
 

「大したことじゃあない、高原で暮らしていりゃ狼共に襲われることなんて良くあることだったからな。ただ・・・・あん時は間が悪かった。そんだけの事だ、戻ったときには手遅れでな。ルゥの奴も・・・・・ユーイを庇って死んじまった。フイヤンはおおいに荒れてな、集落を飛び出してったかと思うと、狼共の返り血で真っ赤になって帰ってきやがった。」

 それ以来、狼達が襲ってくることはなくなったらしい。
 

「ルゥさん?」
 

「あたしの妹だよ、ユーイの母親でもある」
 

「そうだったんですか・・・・・・」

 どうりで、ユーイの母親の姿が見えなかったわけである。フイヤンの過保護っぷりもそんなことがあったというのなら理解できなくもない。本人の許可も得ずにそんな大事なことを知ってしまったことに後ろめたい気持ちになる。なんとなく気まずくて黙っていると・・・・・・
 

「馬鹿。気にしなくていいのよそんなこと」
 

「そう言うわけにもいくか、気にならないほうがおかしいだろう」
 

「本人は気にしてないと思うわよ」
 

「なんでお前にそんな事がわかるんだよ!?」
 

 どこか軽薄にも思えるリースの発言に、思わず声をあらげてしまう。
 

「・・・・・・・・私も親なんていないもの」

 胸のペンダントを押さえながら、寂しそうに目を伏せるリース。熱が一気に冷めていく。
 

「その、ごめん」

 謝罪の言葉以外思いつかない。安っぽい慰めの言葉なんて口にしてはいけないだろう。
 

「気にしてないわ、昔の事だもの。ラグナさん達も、ユーイだって悲しい出来事になんらかの折り合いをつけて生きている。あの子の笑顔をみれば分かるわ。それを他人がかってに踏み込んで、さもわかったように同情する。失礼なだけよ。」
 

リースの言葉が胸に痛い。結局20年平凡に生きてきた俺にはわからないことだったろう、それを教えてくれた事に感謝しながらも、やはり気持ちは暗くなる。俺は彼女の事などまったくわかってやれていなかったのだから。
 

「おいおい、二人ともいつまでも辛気くさい面してんじゃねぇよ! どうだ俺達に良い考えがあるんだが」
 

「あ はい。なんでしょうか?」

 本当に名案だというように笑うラグナ、そしてその隣で微笑むクーヤ。
 

「まだしばらくはここにいるんだろう? 俺達の子供にならねぇか?」

 そんな重大なことを、軽い感じで口にしてくる。
 

「えっと、いいんですか?」

 本当の親は別にいる。だが、この世界において家族と呼べるのはリースだけだった。だが目の前の二人はまだ出会って間もない、だというのに自分達の親になってくれるという。
 

「もちろんさ。ジュンイチくんとリースちゃんが子供ならなんも言うことないよ」
 

「・・・・・それは駄目ね」

 場の空気が冷たくなる。
 

「お前なにいって!?」

 慌てる準一を遮るようにリースが言葉を続けた。
 

「・・・・私はクーヤさんの娘なんでしょう。だったら、リースって呼んでくださいな」
 

「お前・・・・」

 そういって微笑むリース。皆の表情も明るくなる。
 

「あ ああ。 もちろんさ、よろしくねジュンイチ、リース」

 だがそこでふと思いついた、というようににんまりとするクーヤ。
 

「私のこと、母さんって呼んでくれないのかい?」
 

「え・・・・・・そ それは」 
 

「駄目なのかい?」

 ニコニコとプレッシャーをかけるクーヤ。おお、リースが押されている。
 

「・・・・・・お お母さん・・」

 壁際に追い詰められて、遂に観念したのか、蚊の泣くような声でそう口にするリース。真っ赤になって俯くすがたはかなり可愛いかもしれない。ラグナが興奮したようにささやいてくる。
 

「おい・・・・・なんかやばいな、あれは。こう、身体の奥がむずむずしてしょうがないんだが」
 

「でしょうね・・・。俺もです」

 視線の先には、クーヤに抱きしめられて真っ赤になっているリースのすがた。うん、なんかこうどうしようもなく湧き上がるものがある。
 

「ようやくフイヤンの奴の気持ちが理解できそうだぜ・・・・・」

 勢いよく立ち上がるとリースにむかって突撃していくラグナ。
 

「リース。俺の事は父さんって呼んでくれないのかい!?」
 

「っ・・・・・」
 

「ほらほら、高い高い~」

 脇の下に手を差し込むと、リースを持ちあげるラグナ。暴走している。

はっきりいってリースはそのようなことをされるような年齢ではないのだが、巨体のラグナがそれをすると、もともとリースは小柄なほうであることもあって、そうアンバランスにも見えないから不思議だ。じたばたと暴れるリース、ゲシゲシとラグナを蹴りつけているが異常なほどのタフさを発揮してそれに耐えている。
 

「このっ・・・・降ろしてください!」
 

「パ・パと呼んでくれるまでは放さん!」

 先ほどより難度が上昇している。困り果てたのかこちらに助けをもとめてくるリース。
 

「ちょっと・・ジュン!? 見てないで助けなさいよ!」

 泣きそうな顔でお願いしてくるリースの表情は、いつもならば落とされていたかもしれない。だが、しかしこのような美味しい状況を見逃す手はないではないか。
 

「わかってないなぁ・・・ リース」
 ちっちっちと指をふる。
 

「はあ? なにがよ?」
 

「俺達、家族になったんだろう? それ相応の呼び方があると思うんだ」
 

「ジュンイチ・・・・ まさか・・・?」
 

「お兄ちゃん、だろ?妹よ」
 

「くぅ・・・・・!」

 それを聞いたとたん、愕然とした表情を浮かべ。直後、烈火のごとく怒りだすリース。
 

「は 放しなさいラグナ。あのスカポンタン、切り刻んでやらないと気がすまないわ!!」

 暴れるリース。迫るラグナ。笑い転げるクーヤ。
 

仮初の家族。期間限定であるそれ。
 

だがこんなにも暖かく感じる。
 

「後で覚えてなさいよ!」

 そんならしくもない、三下のやられ役のような台詞を吐くリースを眺めながら準一も笑う。力に目覚めてから、初めての、心のそこからの笑顔だった。

 結局この大騒ぎは、準一達を訪ねてきたユーイが止めに入るまで続くことになるのであった。






 あとがき

 これにて第二幕は三分の二くらいでしょうか。

 本当は前の記事と一つだったんですが、長くなったのでわけました。

 それではここまで読んでくださった方々どうもありがとうございました。



[21768] 第二幕-4 兄と妹
Name: モモンガz◆a2906993 E-MAIL ID:c3b78984
Date: 2010/09/16 16:22
 「ふふ・・良かったじゃないですか」

 隣を歩くユーイに、ラグナ達との一件を話す。我がことのように喜んでくれる笑顔がまぶしい。対してリースはというと例の一件があまりにも恥ずかしかったのだろう。ずんずんと擬音が聞こえてきそうな勢いで前を歩いている。時折髪の毛の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。ちなみに準一の顔も赤い、いわずもがなリースの報復によってできたものである。両頬に咲くもみじがあざやかだ。結局準一のことを兄と呼んでくれることもなく、ラグナとクーヤへの呼称も以前のままだ。残念そうな二人には悪いが、ああも意固地になられては、もはやそれは望めないだろう。

 「でも、どうしたんだ?急に祭壇を見にいこうなんていいだして」

 今朝訪ねてきたユーイに誘われてこうしているのだが、なぜお祭りの前に祭壇に行くのかがわからない。

 「父さんのいいつけなんです。お二人は昨日いらっしゃったばかりですから、集落を案内してあげなさいって言われまして。ですけど、集落内にとくに案内するような場所もありませんから・・・・・」

 そんなこんなで、今の時期の目玉である祭りの準備を見に行こうという結論にいたったらしい。どうせ日中は暇をもてあましていたと思われるので、ユーイのお誘いは有難かった。いつまでもお客様気分でいるわけにもいかないだろう、祭りの準備というなら手伝えることもあるはずだ。

 「それにしても、そうしていると本当に一族の一員みたいですね。二人ともよくお似合いですよ」

 準一の頭からつま先まで視線を移しながらそう言ってくれる少女。

 「そうだといいんだけどな、リースがよく似合うというのはわかるけどさ」

 どちらかといえば東洋の着物に近いこの服装は、リースの容姿とはミスマッチなのではないかという懸念もあったのだが、すれ違う男たちの視線をみればそうでもないという事がわかる、身内の欲目というわけではないことに一安心である。ま 美人は何をきても似合うのかもしれない。

 「ジュンイチさんも良くお似合いですから安心してください。なんでしたらずっとここで暮らしてくださってもいいのに」

 多分本気でそう言ってくれているのだろうが、準一にはなんとも判断のしづらいところである。確かにいい場所であるしここでなら幸せになれるという確信もあるが。

 「まあ、それはリース次第かな。主体性ないと思うかもしれないけど」

 「いいえ、でもそれなら頑張ってリースさんを篭絡しないといけませんね」

 口元に手をあててクスクスと笑う少女。

 ユーイもようやくなれてきてくれたのか、こういう冗談も返せるようになってきていた。今までの笑顔はどこか硬くて緊張しているようにも見えたが、昨日の宴で完全に打ち解けることができたのかもしれない。明るい笑顔には一片の陰りもない、リースのいう通り、彼女はちゃんと乗り越えているのだろう。

 「あいつは食い意地はってるからな、そっち方面で攻めるといい」

 だから準一もそんな態度は絶対にとらない。いつもどうりであることが彼女への礼儀だろう。

 「クス・・・・そうですね。最初にお二人と出会った夜のことは忘れられそうにないです」

 「今朝だってそうだ・・・・・ たく 人の食いもんひょいひょい摘みやがって」

 敗北の記憶を思いだして、思わず顔をしかめてしまう。

 「・・・・・あなたは私からとろうとしてもとれないだけでしょう。私のことばかり悪し様に言わないでほしいわね。」

 ようやくかかってくれたか。わざわざリースに聞こえるように話していたのだ、そうでもしないと一日中口も利いてくれなかっただろう。準一をからかうのが好きな彼女なのだが、からかわれるのは我慢がならないらしい。まったく勝手な話である。

 「そもそも仕掛けてくるのはお前だろうが。譲り合う気持ちってのがないのか?」

 そういってやると、さも心外であるというような表情をするリース。なにも間違ったことはいっていないと思うのだが。

 「最初の晩に仕掛けてきたのはあなたの方でしょう?忘れたとは言わせないわ」

 思いだす。たしかにあの時はリースが先に手にしていたのを寄こせと迫ったのは事実である。だが微妙に事実を歪められている。

 「俺は半分くれって言っただけだろう。それが一番穏便に済む方法だったんじゃねぇか」

 「それで掴み掛かってくるのだから仕様がないわ。年下の女の子相手に大人気ないわね」

 肩をすくめながら、小バカにしたように言う彼女。仲直りしたいとは思うのだが、さすがにこれにはカチンと来る。

 「お前都合のいい時だけ年下ぶるのな」

 普段から年上を敬わない言動の説明をどうつけるのか。そのような身勝手な発言は承服いたしかねる。

 「年下の茶目っ気を、笑って許容できるのがいい大人って言うのよ。あなたはそれができなくて、いちいちムキになるから舐められるんだわ」

 「お子様風情が大人を語るんじゃない」

 「図体だ・け大人の方もいらっしゃるようですけれど?」

 互いににらみ合う。この少女は本当に口が減らない、戦えば大の大人をも圧倒し、口を開けば尽きることなく湧き出てくる罵言雑言の数々。死角がまったく見当たらない、いつか一人でこの少女と渡り合える日がくることをこの世界にいるかもわからない神にいのってみた。

 「ふふ・・・・・・本当に仲がいいですよね、お二人って」

 おかしそうに笑うユーイの発言に思わず顔をしかめてしまう。リースの嫌そうな表情をみてさらにむっとなる。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・仲がいいようにみえるか?」

 「ええ、もちろん。 今だって二人そろって同じような顔して・・・・・・ なんだか本当に仲の良い兄妹みたいです」

 ますますリースの表情が険悪になってくる。今のリースに妹という単語はタブーなのだが、ユーイはまったく気にもとめていないようだ。リースの表情の変化にもきずいておらず、彼女の鈍さはこういう場合にも発揮されるらしい。

 いや、良い子なのだが。

 「皆さんもそう思いますよね?」

 そう言って周囲を見渡すユーイ。いつのまにかできていた人垣。そう、すっかり失念していたがこの場にはリースとユーイ以外にも人がいるのだ、往来であれだけ騒いでいたら当然こうなる。

 「そうだなぁ、兄妹喧嘩は程々にしておけよ」

 「そうねあんまり喧嘩しちゃ駄目よ」

 勝手なことを言い始める人たち。だんだんと小さくならざるをえない準一とリース。お兄さんにもっと甘えてもいいのよ とか、挙句の果てには妹さんを僕にくださいとか、まったくノリのいい人たちである。

 「い・・・・・・一時休戦よ」

 そう言って準一の手を引いてそそくさとその場から逃げ出すリース。顔が赤い、本当に自分がからかわれるのには免疫がないようだ。人様を相手にはリースも怒るに怒れないらしく、こうして戦略的撤退を決め込むしかないようである。「お幸せにね~」などという戯言を背中に受けながら苦笑する、恥ずかしいが仲直りの切欠にはなってくれそうだった。


 「近くで見ると思ったよりもでかいな・・・・・・」

 「・・・・・・そうね、ちょっと予想外だわ。学術的な価値もかなりのものじゃないかしら」

 辿り着いた祭壇は、昨日遠目には目にしていたのだが近くによってみるとその威容はかなりのものだった。

リースも圧倒されているのか、呆けたようにそれを見上げている、喧嘩していたこともすっかり忘れてしまったようだ。それにしても、これほどの物を作るのに一体どれだけの時間がかかるのだろうか、ただ巨大なだけでなく壁面には不思議な壁画が描かれている。長いこと風雨にさらされてきたのか、所々風化してしまっておりよく分からない部分も多いのだが、どうやら一つの物語を表しているようだった。眺めているだけで昂ぶるような感覚。

前の世界だったら物凄い観光スポットになるだろうな、などと埒もないことを考えてみる。

 「驚いてくれたようでなによりです。草原と家畜以外で、私達が誇れるようなものと言ったらこれくらいしかありませんから」

 準一達の反応が満足なのだろう、そう言ってうれしそうに胸を張るユーイ。気持ちはわからないでもない、外の人間に自分達の文化を認めてもらえるというのはなかなか嬉しいものだ。

 「一体いつごろ作られた物なんだ?」

 雰囲気からして、かなりの年代ものだとは思うのだが、なんとなく詳しく知りたいと感じてユーイに訪ねてみる。これが、祭りの為に作られたものだとするならそれはすなわち、祭りの歴史の長さを物語っているだろう。

 「そうですね、詳しいことは私にも分からないんですけど・・・・・・800年以上前から祭りはつづいてるそうですから、それくらいは経ってるんじゃないでしょうか」

 「800年・・・・・・」

 だとしたらやはりかなりの物だった。

 「この祭りは族長を決めると言う以外にも意味があるのよね?それはなんなのかしら」

 祭壇の周囲を回っていろいろ調べていたリースが、戻ってきてそうたずねる。好奇心が旺盛なのか、準一が知らないようなことを多く知っているのもそうした性格のせいだろう。

決して、準一が無知という訳ではない。

 「そうですね・・・・・・祭壇にお供えして、戦いをみせることで荒ぶる魂を鎮めるのだと、確か父さんが昔教えてくれた気がします」

 「荒ぶる魂?」

 「かつて封じられた、そういうものがあるっていう御伽話みたいなものです。興味があるなら、聞いておきましょうか」

 「ええ、是非。よろしくお願いね」

 リースのお願いに、了解しましたと頷くユーイ。説明によると祭りの戦いはあの祭壇の上で行われるらしい、準一達のような存在が暴れたりして壊れたりしないのだろうか。少し不安になったのでそうリースにといかけてみたのだが。

 「調べては見たけれど、ただの石という訳ではなさそうよ。大丈夫なんじゃない」

 手のなかで石ころを弄りながら、そう言うリース。

 「・・・・・・お前。まさかそれ削り取ったわけじゃないよな?」

 血の気がさーっと引いていくのが分かる。この娘、なにをしでかしたのか理解しているのか。

 「失礼な事言わないでくれる、故意にそんなことする筈ないでしょう。・・・・・・ただちょっと触ったらポロッていっちゃっただけよ」

 しれっと、そんなことをのたまう銀髪。ああ、ユーイが硬直してしまっている。

 「結局壊したって事じゃねぇか!」

 「触っただけで崩れるなんて寿命だったのよ。それにほんの少し風化した部分が崩れただけだわ、気にしたら負けよ」

 引導を渡してさしあげたのよなどという彼女は、かなり支離滅裂だ。平静なようでいて、内心かなり動揺しているのかもしれない。

 「・・・・・・リースさん」

 笑顔だ。笑顔なのだが、どこか背筋が凍るようなそれ。

 「・・・・・・あー」

 ポンとリースの頭に手をおく。ご愁傷さまとこころの中で祈っておく。

 「はぁ・・・・・・ぬかったわ」

 盛大に溜息を吐くリースであった。

 その後、正座させられてガミガミと説教される事半刻あまり。ようやく、溜飲が下りたのか開放してくれるユーイ。大人しい子だと思っていたが、言うべきときはしっかり言えるらしい。将来クーヤのようになれる素養は十分だろう。そういえば、血はつながってるんだよななどと考えながら隣の少女を伺うと足が痺れたなどと言って、すっかりふて腐れてしまっている。正座には慣れていないようだった。

だが、ふて腐れたいのはこちらである。

 「なあ・・・・・・なんで俺までしかられてたんだ?」

 「さて可愛い妹の不始末は・・・・・・兄の責任というところかしらね」

 疲れたようにそう言うリース。自分から妹というあたり本当に疲弊しているのだろう、それほどの迫力がユーイにはあった。

 「・・・・・・お兄さんになにかいう事はないか?」

 「ないわね、ジュンイチ」

 したたかと言うか、ついには兄妹の関係まで利用しはじめるリース。これ以上手ごわくなられるといろいろとこまるのだが。

 「それじゃ、お二人とも皆さんの指示に従ってくださいね。猫の手も借りたいくらいに忙しいんですから」

 ニコニコと笑うユーイ。罰として祭りの準備を手伝うことになったわけである。まあ、もともとそのつもりであったのだからそれはかまわない。準一は男達の仕事を、リースは女達の仕事を手伝うことになった。リースは男仕事でもいいだろうと思ったのだが、「単純な腕力はそれほどでもないわ」と言ってさっさっと行ってしまった。準一に与えられた仕事は、まあ簡単に言えば観客席の組み立てである。祭壇の上で戦いがおこなわれるために、同じように高い席を設けなければ見ることができないのだ。

 「兄ちゃん力あるねぇ。さすが族長に挑戦するだけのことはあらぁな」

 材木を担いで運び一息ついていると、そう声をかけてきてくれるおじさん。

 「それだけしか能がないですからね。それにしてもこんなに沢山の材木を毎回用意しているんですか?」

 準一が運んだ材木の山を見上げる。これだけでもなかなかの量であるのだが、用意されているそれはまだまだ沢山あるのである。これだけの量を毎度用意するのはかなり大変なのではないだろうか、温暖化などというこの世界で遠く縁のなさそうな単語を頭に思い浮かべながら準一が尋ねると。

 「まさか、骨格となる部分は使いまわしだよ。当然がたがき始めたら取り替えるがね。それにしても、お客さんだってのに良く働くねぇ。連れの子、リースちゃんだったか?彼女も頑張ってくれているしね」

 そういって祭壇の傍で作業している女性陣のほうを示すおじさん。準一も気になったので様子をみてみる。

彼女達の今の仕事は衣装の作成だった。戦いとはいえ祭りの儀式の一環でもあるそれ、当然といえば当然なのか特別な衣装が用意されているらしい。狼の毛皮を所々にあしらい、牙のついた狼の頭の被り物、なかなか迫力がある。族長がそれを着て戦うそうだ。 対して準一の衣装はというと、少しは派手な意匠が凝らされてはいるが、普段着の民族衣装と対して変わらない。別にかっこいいのを期待したわけではない。が、少しがっかりではある。

まあ、そうしたところにも何らかの意味はあるのだろう。

 「リースちゃん、そこちょっとずれてるよ」

 「あら?・・・・・・本当だわ」

 リースは一生懸命なのだが、なれない針仕事なのだろう完全に足手まといのようにもみえるのだが、傍で指示している方々の表情は一様にほころんでいる。眉根に皺をよせてうんうん唸っている様子は見ていて大変微笑ましい。

あ、針ささった。

リースが手伝っているのは準一が着る予定となっている衣装なのだが、妙な悪戯をしない事をいのるのみである、つい魔がさしたとか言いそうで怖い。

 「さてあんまりのんびりしている暇はねぇぞ。まだまだ全然終わらんからな」

 そういって仕事に戻っていくおじさん。リースも頑張っているのだから、頑張らなくてなるまい。そう自分に喝をいれ仕事に戻る。 今日は良く眠れそうだった。


 日が傾き、赤く輝く陽光。あたりが暗がりに包まれ始めたころ、ようやく今日の手伝いの終了が言い渡された。

体力があろうとなかろうと、労働すれば疲れるものらしい。ユーイと別れを告げると、鉛のような身体を引きずりながらリースと二人で帰路につく。住居から漏れる光と、料理の匂い。

自分達の寝床には戻らずに、ラグナ達のもとへと向かう。食事を共にするのは、家族としては当然だろう。外に備え付けられた水桶から手を洗い、入り口をくぐる。

 「おかえり。二人とも疲れただろう」 

 投げかけられるおかえりの言葉、ほっとした気分につつまれながらただいまと返す。食事の用意はすでにできているらしく、あとはラグナの帰りを待つだけだろう。環境は違ってもどこか懐かしいそのあり方にほっと一息ついていると、ふわりと肩に感じる暖かさ。

 「すぅ・・・・・・」

 「おやおや、本当に疲れてるみたいだね」

 無防備に寝顔をさらすリースに苦笑しながら、身体をずらすとそっと起こさないように膝の上に頭をのせてやる。普段あれだけ偉そうにしていても、時折みせるこうした幼さがある。だから準一もほうっておけない気持ちになるのだが。なんとなく頭をなでてみると、さらさらと零れる髪がむず痒かったのか顔をしかめている。

 「・・・・・・本当に兄妹みたいだねぇ」

 優しい顔でこちらを見つめるクーヤ、なんとなく顔が熱くなってくるが悪い気分ではない。むずがゆいような空気の中、最後の一人の帰りをまつ。

 「あー 疲れた。帰ったぞー。・・・・・・ うん?」

 突然帰ってきたラグナの大声。唇に人指し指を当てて遮る。

 「ハハァ。なるほど」

 準一達の様子をみてにんまりと笑うと声を落としてただいまと言う。おなじく囁くようにおかえりとかえした。

 これで全員。食事の時間はもう少し後になりそうだ。




 あとがき

 ・・・・・難産でした。

 こうして書いている高原編なのですが、物語の大筋はできていてもいざ書いてみ

 ると予想外の長さになりそうで怖いです。 なにはともあれこれにて第二幕は終


 了であります。ようやく少しずつですが物語りも動き始めるでしょうか。第三幕

 からはすこしずつ戦闘描写も入り始めると思います。 きりのいいとこまで書い

 てから一気にあげるか否か迷う所です。 では次回の更新で



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