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[7277] ケティ・ド・ラ・ロッタの事も、時々思い出してあげてください(ケティに転生)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2010/03/17 18:38
この作品はケティ・ド・ラ・ロッタという、作品の流れ上、どーでもいい少女に転生してしまった人の話です。
転生前の人が男性なので、TS成分も若干含んでいますから注意してください。

私はとてもムラっ気の多い人なので、定期投稿できるかどうかはわかりませんが、よろしくお願いします。
あと、誤字脱字指摘は大歓迎ですので、ビシバシお願いします。

09/03/11
テスト投稿状態から、取り敢えず出せそうな感じになったので、テスト板よりチラシの裏へ移動

09/03/18
チラシの裏よりゼロ魔板へ移動

09/05/06
こそっとプロローグを改変

10/02/25
幕間が増えすぎたので、ナンバリング

10/02/26
ツイッター始めました
http://twitter.com/haiiro8116
語りかけてやってください、今のところ友達ゼロなんです…。

10/3/10
幕間を大幅に整理&試験的に幕間部分を本編にくっつけてみる



[7277] プロローグ
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2009/05/07 01:14
人生びっくりな事はあるものです
大学の研修旅行で行ったニューヨークで突如出現した白い化け物に掴まれ、成す術も無く口に放り込まれて咀嚼されました


人生びっくりな事は続くものです
前世の記憶があるまま転生って、『○ー』の与太話ですか?


人生びっくりな事は一気にくるものです
転生した先が『ゼロの使い魔』の舞台となっているハルケギニアだったのですから




私ですか?
今の私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
中身は元・日本人の大学生(♂)ですけれども。
名前?いいじゃないですか、そんなのどうでも。
どうせよくわからない化け物に美味しく戴かれてしまった前世なのです。



そんなことよりも今の私の身の上を。
今の私はラ・ロッタ男爵家の12女で上に姉が11人、下に弟が1人います。
全員年子なのです。
男の子がなかなか生まれなくてついムキになって頑張り過ぎたのですね、わかります。
祖父と祖母も同居でまさに大家族なのですよ。


ちなみにラ・ロッタ家は男爵家でありながら領地こそ肥沃で広大なのですが、とある理由で耕作地が狭くて分散している上に、これといった特産品があるわけでもないのです。
火メイジなので軍人を多数輩出していますが、性格が戦いに向かないのか大成した人は一人もいおりません。
まあ土地はそこそこ肥沃だったので食べるのには困りませんでしたが、交易路から離れていたので、売ってお金を得られたとしても微々たる物でした。
領主自ら領民と一緒になって、畑を耕したり野焼きをしたりしながらのんびりと暮らすという家風がある。
そんな、貴族とは名ばかりの少し裕福な平民みたいな家に私は生まれなおしました。


兎に角、私は異世界に転生してしまったのです。
生まれた直後のことはうすらぼんやりとしか記憶していませんが、2歳頃には意識がはっきりしていました。
前世のことも昨日の事のようにはっきり覚えています。
死の直前なんて、思い出したくない記憶ですが。


まず始めたのは、文字の習得です
言語は既に幼児語ながらハルケギニア語を勝手に習得できていたので、文字を覚えるのは英語を一から学ぶよりも遥かに楽でした。
お父様とお母様や姉達は『天才だ!』と喜んでいましたが、残念ながらあなたの娘は唯のチートキャラであって、別に特別優秀だってわけではないのですよ。


次に文字の習得を早める為と情報収集の為に読書を始め、こちらの情報収集を始めました。
何せ、小説内に出てくる情報が少なすぎますから。
主に読んだのは政治や地理の本ですが、政治の本は兎に角、地理は読むだけ無駄だとわかりました。
そうだね、天動説だね、大地の果ては崖で水が流れ落ちていくんだよねってやつです。
いやまあ魔法があるような異世界ですから、本当にそうかもしれませんけれども。
まあ、ハルケギニアの大まかな地理がわかっただけで良しとしましょう。
ちなみに政治や地理の本を読み漁る私を見て『天才だ!』とお父様とお母様や姉達が喜んでいますが、贔屓目に見てもキモい子供じゃあありませんか、私?


最後に魔法なのです。
ラ・ロッタ家は火メイジを多く輩出して来た家系らしく、私にも火の魔法の特性がありました。
まあ、作品内でも《燠火》とかいう二つ名があったみたいですし、火メイジだというのはわかっていましたが。


…で、練習してみるとこれが面白いのです。
何も無い所から、火が出るのですよボーって。
原理はよくわかりません『考えるな、感じるんだ』ってやつです。
ええ気にしませんとも、私はどうせバリバリの文系ですから、持ってる科学知識なんて高校生レベルのものでしかないのです。


ささやき…えいしょう…いのり…ねんじろ!
*おおっと*
ひょうてき は はいになった


ガンガン燃やすのですよー!
火の魔法はすごいのです。
使うとどんどんハイになって行きます。
標的もどんどん灰になっていきます。
どうやって燃やすか?
火の勢いを上げるにはどう集中すればよいのか?
命中率を上げるには?


面白すぎて毎日精神力が尽きてぶっ倒れるまで魔法の練習に明け暮れ続け…結果として、入学前までにトライアングルメイジになっていました。
お父様とお母様や姉弟は『天才だ!』と喜んでくれましたが、これは単なる『好きこそものの上手なれ』ってやつであって、ガノタがモビルスーツの型番まで暗記しているのと同等なのです。



…まったく、何でこんなに底抜けに暢気なんでしょうか、我がラ・ロッタ家は。
領民も私をラ・ロッタ家の宝だと褒めてくれます。
この家に生まれなければ、気持ち悪がられた可能性のほうが高い私を家族領民皆が愛してくれました。
優しい人たちなのです。




そんなこんなで家族から『天才少女』呼ばわりされていた私ですが、とうとう来るべき日が来たのです。
トリステイン魔法学院に入学する日がやってきたのですよ。
私の家は貧乏ですが、魔法学院は国内の貴族の子弟からは授業料を取らず、寮費食費もタダなので行くことができます。
実際、姉様達の二人も既に通っていますし、来年は弟のアルマンも入学する予定です。


「ではお父様、お母様、姉さまたち、そしてアルマン、行って来ます。」


学校で待っているのは、原作の登場人物たち。
ルイズやシエスタ、キュルケにタバサ、ギーシュにマリコルヌ、それから私の入学後に召喚される才人。
私が彼らの紡ぐ物語に積極的に関わっていったらどうなるのでしょうか?
今の私はそれが楽しみでなりませんでした。



[7277] 第一話 クラッシュできないフラグもあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2009/07/02 19:17
お約束というものがあります
たとえば薔薇くわえながら話すなどという、ある意味器用な事をするグラモン家の四男坊


お約束というものは連鎖するものです
たとえば私が口説かれていたり、馬で遠乗りに行こうとか


お約束というものに乗らなきゃいけないときもあります
たとえば二股かけられるというイベントの為だけに、その誘いの乗ってみる私とか




入学してから少し経ち、学院での生活にも何とか慣れました。

「おおケティ、君のクリスタルよりも澄んだその瞳に見つめられると、僕の浅ましい心までもが見透かされてしまいそうだよ。」

新入生にはめったにいないトライアングルメイジということで、周囲から一目おかれたりもしたのですが、最近ではすっかり周囲に溶け込めつつあります。

「その美しい瞳に僕を映しながら、君はいったい何を考えているのかな?」

領地にいた頃はそんな事は無かったのですが、私の容姿はそこそこ可愛い部類に入るようで、慣れてくるのと同時期に男性からいわゆる愛の告白というものをされるようになりました。
もちろん全部断りました…が、私の目の前で何やらくっさい台詞を語り続けているグラモン家の四男坊こと、ギーシュ・ド・グラモンは一味違いました。

「君が恥ずかしがって、僕の愛の囁きを断ったしまったのはわかっているよ、ケティ。」

自分というものに絶対の自信があるのでしょう。
私の「嫌です」という返答に対して、清々しいくらいポジティブな反応が返ってきている最中なのです。



ああ…何というか、めっ ちゃ う ざ い 。



そろそろ使い魔召喚の儀が行われる時期ですから、彼と遠乗りに行かないと決闘イベントが起きません。
モンモランシーの香水を受け取った事を隠す必要も無くなりますから。
決闘イベントが無いという事は、才人とギーシュが出会わずに話が進んでしまうかもしれません。




彼は後々才人の親友ポジションにつく人ですから、彼の誘いには乗らなくてはいけないのですが…。
他の貴族はわりと普通の格好しているのに、何で彼だけひらひらで薔薇くわえているのですか?
こんな恥ずかしい人に告白されたら断るでしょう、常識的に考えて。


何故私ではないケティは、こんな人に口説かれたのでしょうか?
それともハルケギニアでは、こういうのがかっこいいのでしょうか?
少なくともギーシュと同じ学年のジゼル姉さまは「あの勘違い野郎だけは絶対に駄目」と言っていましたが…。


「そうだ、君みたいな子が気に入りそうなとっておきの場所があるんだ。
 これから一緒に馬で遠乗りに行かないかい?」

「ふぅ…わかりました。
 よろしくお願いします、ミスタ・グラモン。」

嫌ですと繰り返し言いたい所ですが、イベントフラグ叩き折るわけにもいかないので、受けることにしたのです。


「愛しいケティ、僕の事はギーシュと呼んでくれたまえ。」

「ではギーシュ様、エスコートして下さいますか?」

いやしかし、薔薇くわえたままでよくもこんなにしっかりしゃべれますよね、彼。
腹話術の才能があるんじゃなかろうかと、彼を見ているとそんな事を考えてしまいます。


「…わぁ、綺麗。」

あまり期待していなかったのですが、彼が連れてきてくれたのは意外にも素敵な場所でした。
森の中にある小さな池なのですが、空の蒼と遠くの山が光で反射して映り、周りの緑と見事にマッチしています。
私の携帯があれば写真でも撮るところですが、残念ながら前世の体と一緒に怪物の腹の中でしょう。

「ギーシュ様が見つけたのですか?」

「残念ながら、見つけたのは僕ではなく友人だよ。
 でも、この風景を君もきっと気に入ってくれるだろうと考えたのは僕だけだ。」

相変わらず台詞が臭いですが、まあこの風景に免じて許してあげるのですよ。


そういえば、疑問な事がありました。

「ギーシュ様は、何故私を誘われたのですか?」

そう、ギーシュが何故私を誘ったのかという事。
私ではないケティはギーシュにアプローチをかけて遠乗りに誘ったようですが、私は一切そんな事をしていないのに、彼から声をかけてきてくれました。
それが不思議ではあったのです。

「君が、僕のことをじーっと見ていてくれたからさ。
 新入生歓迎パーティーのときからずっと、僕が近くを通りかかると、僕のことを見てくれていたよね。
 薔薇である僕としては、可憐なる蝶が僕に近づきたがっているのに近づけない状況をどうにかしたかったのさ。」

「知っていらっしゃったのですか?」

確かに私はギーシュが近づくたびに見ていました。
それは間違いありませんが、見ていたのは別に好きだからとかそういう事ではなく、単にイベントの相手だったからなだけなのですが。


…なるほど、そういう誤解があったのであれば、断ってもポジティブに解釈してしまうのも仕方の無い事かもしれないのです。
思い返してみればジゼル姉さまが言っていた台詞は…。

『あの勘違い野郎だけは絶対に駄目よ。
 それにね、あのギーシュはモンモランシーと付き合っているの。
 だから、もしもあいつがあなたに近づいてきたとしたら、二股かける気なんだと思っておきなさい。
 何度かそういうトラブル起こしている男なんだから。』

…ええと、ひょっとして私がギーシュをじっと見ていたのって周囲にもバレバレなのですか?

「…恥ずかしい。」

どうやってこの二股イベント起こそうかと彼を見ながら思い悩んでいた態度が、恋する乙女に見えたということでしょうか?



なんて事でしょう、結果オーライな感じもしますが、何という失敗。
恥ずかしいです、物凄く恥ずかし過ぎて、思わず頬を押さえて項垂れてしまいます。

「ああ恥らう君はまさしくこの森に住まう可憐な蝶、僕の心を捉えて離さない野に咲く一輪の花のようだ。
 ああもう僕は君を抱きしめずにいられない!」

ギーシュはそのまま私を包み込むように抱きしめました。

「ああああああの、ギーシュ様!?」

ええと、ここここういう場合はどうすれば?どうすればいいのでしょう?
確かに私の前世は男ですが、私の体は女性で、私の脳も女性なのです。
わかりやすく言うと、私は男の子に抱きしめられたらドキドキしてしまう女の子なのです、今は!


ただし今のドキドキは恋するドキドキというか、びっくり仰天しているドキドキですよ、その筈なのです。
どどどどどどうなっちゃうんですか私っ!?

「ああ君は暖かいし、とてもいい匂いがするよケティ。」

びっくり仰天して硬直している私をギーシュは抱きしめ続けます。
そそそそうですよね、男の子に誘われてこんなところに二人っきりになったんですから、このくらいの事態は起きて然るべきものですよね。


落ち着くのです、落ち着くのですよケティ。
こういうときは素数を数えて落ち着くのが一番なのです。
2、3、5、7、11…。
私がこの先生きのこるにはどうすれば?

「ああのあの、ギーシュ様、ちょっと苦しいです。」

「え?あ、ごめんよケティ、君があまりにも可愛らしいものだから、つい力が入り過ぎてしまった。」

何という失態、ああ何という…恥ずかしすぎて顔から火が出そうですよ。
頭もふらふらしてきました。

「ギーシュ様がいきなり抱きしめたりするから、恥ずかしくて頭がくらくらしてきました。」

「恥ずかしがる君はとても可憐だよケティ。
 もう一度君を抱きしめてもいいかい?」

神様仏様ブリミル様、私はこの先生きのこれるのでしょうか?
あ、そうだ、アレだ。
アレを忘れていました。

「ちょ、ちょっと待って下さいギーシュ様、実はお弁当を作って来たのです。」

「お弁当を僕の為に?
 嬉しいよケティ、君が作ったものならさぞかし美味しいだろう。」

学生食堂の厨房でマルトーさんに頼んで用意してもらった卵と食用油と酢でマヨネーズ作って、ハムやらベーコンやらを葉野菜と一緒に適当にパンに挟んで作ったサンドウィッチのようなものをバスケットにブチ込んで持って来ただけなのですが。
マーガリンが無かったので、パンの表面にはバターを軽く融かして塗っておきました。
マヨネーズ自作した以外は、学生時代によく作っていた弁当メニューなのですよ。
実家でも何回か作ったら、野良仕事に持って行くにはもってこいだとお父様たちに好評でした。
マルトーさんが珍しそうにしていましたが、実家秘伝のソースと郷土料理なんですと誤魔化しておきました。

弁当箱を開けてギーシュは一言。

「食器は何処かな?」

どう見ても貴族です、本当にありがとうございました。

「ええとですねギーシュ様、それは手づかみで食べる料理なのです。
 ラ・ロッタ領に伝わるサンドウィッチという郷土料理で、手づかみで、かぶりついて食べるのです。」

私はバスケットからサンドウィッチもどきを取り出して、かぶりついて見せました…が、男の頃と違って体のパーツが小さいので、ガブッではなくカプッといった感じでしたが。

「そうやって食べるのか
 珍しい料理だね、どれどれ…お、美味しい。
 何このソース、とっても美味しいよケティ。」

ふふふ、マヨネーズソースは無敵の調味料なのですよ。

「ギーシュ様、そんなに急いで食べなくても、まだありますよ?
 ワインも用意してきましたから、どうぞ。」

ワインが水よりも安い国があってたまるか、そう思っていた時期が私にもありました。
トリステインはガリアやゲルマニアから流れる川の終着点なので、井戸水以外は基本的に飲用に適しません。
その代わり、タルブなどのワインの名産地があるので、ワインの方が水よりも入手が容易いという状況が発生します。
結果、未成年もワイン飲みまくりなわけなのですよ、この国。
ちなみに私はスパークリングワインが好みですが、馬に乗って来る時に炭酸は危険なので、普通のワインにしました。



ただ、私はこの状況に酒持ってきた事を数分後に後悔する事になります。

「ケティ…僕は…僕はねぇ…君が欲しいんだ。」

ギーシュ、あなたは酒飲むと欲望が解放される人ですか、そうですか。
しかも、そんなにお酒に強くないんですね。

「ぎ、ギーシュ様、正気に戻ってください。」

ファーストキスどころか、貞操の危機なのですよ。
一難去ってまた一難ですか、どーすんですか、この状況は!?

「まずは君のその可憐な唇が欲しいなぁ、僕は。」

ギーシュの顔がどんどん迫ってくるわけですよ。
どうしましょう、一話目からこのぶっ飛んだ展開は!?

仕方が無い…こうなれば…。

「錬金!」

錬金の魔法で手につかんだバスケットを鉛に変えます。
火が専門とはいえこれくらいはできますよ、トライアングル舐めんな、なのです。

「意識を失えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「へぷろっ!?」

そのまま迫ってくるギーシュの後頭部に一撃。
ギーシュは何とか昏倒してくれました…生きていますよね?


その後意識を失ったギーシュを馬に乗せて、学院まで運び、医務室に連れて行きました。
だって、でっかいタンコブが後頭部に出来ていて痛々しかったのですもの。



ま…まあ、色々とイレギュラーは起きましたが、何とかこれで決闘フラグの下地は揃いました。
後は召喚された才人に頑張ってもらうのみですね。



[7277] 第二話 貴族の矜持はそういう所で発揮しない方が良いのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:19
爆発しました
使い魔召喚の儀の翌日、教室が吹き飛びました


爆発するのは、不満とかもありますよね?
でもやつあたりは無様だと思うのですよ


爆発した後って、すっきりしますよね
でも、まだ不発弾は残っていたりするのですよ



自業自得とはいえ、酔っ払ったギーシュに押し倒されそうになってから数週間が経ちました。
彼は酔っ払った時の事も覚えているタイプらしく、私を見ると顔を真っ赤にして走り去っていきます。
女の子に慣れていると思っていたのですが、案外初心なんですね…いや、私も気まずいのは同じなのですが。



「ケティ、ケティ?」

昨日は春の使い魔召喚の儀式があったのです。
まあ昨日がその日とは知らずとも、あれだけ爆発音が学校中に響き渡れば自ずとわかりますけれども。

「貴方、またボーっとしているわね、ケティ。」

ジゼル姉さまが、私を半目で睨んでいます。

「ケティは時々ぽやーっと考え込むのよねえ。」

三年生のエトワール姉さまが、微笑みながら私を見ています。



「…で、何の話でしたか?」

「見なさい!
 この子が私の使い魔、バグベアーのアレンよ。」

姉さまの横にバグベアーがふわふわ浮かんでいます。
これが《このロリコンどもめが!》で有名な、バックベアード様の元ネタなのですか。

「可愛いでしょ、ね?可愛いでしょ?
 このつぶらな瞳といい、もさっとしたこのふもふももさもさ感といい、最高のバグベアーをあたしは当てたのよ!」

つぶらというには目がでかすぎますし、ちょっぴり血走ってますし、全身黒すぎてどう見ても不気味なのですが…まあ、ジゼル姉さまが気に入っているようですし、これはこれで良いのでしょう。



「まあ可愛い、私も触ってもいいかしら?
 あらあら、随分毛が柔らかいのねえ。」

…エトワール姉さまは物怖じするとかそういう感覚がない人ですから、気にしたら負けです。

「ほらほら、ケティも触ってみなさいな。」

エトワール姉さまに促されて触ってみましたが。

「これは、なんというもこもこ感。」

…確かに癖になりそうな手触りです。

「私のルナも連れてきたかったのだけれども、あのコ体が大きいから。」

ルナというのはエトワール姉さまの使い魔で、ロックと呼ばれる全長20メイル近くにもなる巨大な鳥なのです。
見た目はすごく大きくてカラフルなオウムに見えます。
もちろんオウムですから言葉の真似もします。
最近よく話すのは『ルナチャンカワイイ!』ですが、どう見ても可愛いというよりは怖いのです。



「ケティが召喚するのは、どんな使い魔になるのかしらねえ?」

「このこと同じ火のトライアングルのミス・ツェルプストーはサラマンダーを呼んでいたわね。
 変り種だと、平民の男の子を召喚したミス・ヴァリエールなんてのもいるけど。」

サイトはきっちり召喚されたようですね。

「平民なんて高等な生き物をよく呼べましたね。
 ミス・ヴァリエールはすごい方なのですね。」

「へ、なんで?
 平民ならそこらへんにいくらでもいるじゃない。」

ジゼル姉さまも平民が呼ばれた事の凄さに気づきませんか…。

「言葉を話せる召喚生物なんて、そういるものではないのです。
 韻竜などの高等幻獣くらいですよ、言葉を話せるだなんて。
 つまり会話が交わせるということは、とても高い知性を持った生き物だということなのですよ。
 それを召喚できたミス・ヴァリエールは凄いのですよ。」

「なるほど、そういう考え方もあるのねえ。」

エトワール姉さまは何でも受け入れすぎな気もします。

「むむむ…あのゼロのルイズが凄いとケティに評価されてる。
 私だってまだそんなこと言われたことないのに…ずるい。」

ジゼル姉さまみたいに受け入れた上で、対抗心燃やすのもどうかと思いますが。



「おおその香水は、もしやモンモランシーのものじゃないか?」

「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のために調合している香水だぞ!」

おや、とうとう始まりましたか、二股イベント。
アップが必要かなと思い、軽く背伸びをします。


「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたという事は、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている、そうだな?」

「ち、違う!それは大いなる誤解だ!」

…あー、まあ、私と目が合いましたからね。
それは焦りますよね、うんうんわかります。
ギーシュを挟んで向かい側にはモンモランシーもいますしね。



「いいかい、彼女の名誉のために言っておくが僕は…ケ、ケティ!?」

「ギーシュ様、その香水があなたのポケットから落ちてきたと、今私は聞きましたが…事実ですか?」

顔を伏せて肩を震わせながら問い詰める、我ながら迫真の演技なのです。
恨まないでくださいね、貴方には原作どおり才人覚醒の為の礎となってもらいます。

「酷いですギーシュ様、私に森の中であんな事をしておいて、ミス・モンモランシとも付き合ってらっしゃったなんて!」

「…ギーシュ、どういうことかしら?」

…って、何でジゼル姉さまが私の肩に手を置きながら問い詰めに加わっているのでしょう?

「じ、ジゼル?」

ギーシュの声にものすごい焦りの色が…はて?

「あなた、去年も私とエトワール姉さまに二股かけようとしたんだけど、覚えているかしら?」

何…だと…?

「あらあら、ギーシュ君久しぶりねえ。」

エトワール姉さまの口調は変わらないのに、何か凄く黒いオーラを感じるのは何故なのでしょう?



「あたしにエトワール姉さま、そしてケティ。
 ラ・ロッタの女がそんなに好きかしら、ギーシュ?」

「確かにおっとりお姉さま系にお転婆系に天然系とジャンルに富んでいて良いなって気はするけど、いや違うそういうことではなく、僕は、僕はだねえ!」

本音が駄々漏れですよ、ギーシュ。
あと、天然系って私の事ですか?



「僕は何かしら、ギーシュ?」

ギーシュの背後に金髪縦ロールが迫ります。
ついに真打ち、モンモランシーが来たのですよ。

「モンモランシー!?
 違うんだ誤解なんだ誤解なんだよ大いなる誤解で誤解なんだ。
 遠乗りに行ったり酔っ払って押し倒したりしたけど未遂だったんだ誤解なんだよなあわかってくれよモンモランシー!」

どう見ても浮気です。
本当にありがとうございました。

「嘘つきいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ぶぺらば!」

ズドム!とかいう凄まじい音ともに、モンモランシーの掌底がギーシュの腹に突き刺さりました。
モンモランシーは、「く」の字に曲がったまま動かなくなったギーシュの横のテーブルにあった、ワインのビンを握ります。

「この、浮気ものおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

「ばぺらっ!」

そしてそのまま振り上げてから一気に後頭部に振り下ろし、ギーシュを地面に叩きつけました。

「ふんっ!そこの三姉妹とせいぜい御幸せにっ!」

そのまま振り返りもせずに、彼女は立ち去っていきました。
惨殺死体を残して…。



「悪は滅びたわ…。
 あたしたち何もしていないけれども。」

「私たちも帰りましょうか、姉さまたち。」

これ以上攻撃を加えたら死んでしまいそうな気もしますし。

「今後ケティに手を出したら、焚刑に処すわよ、ギーシュ君。」

なんか、エトワール姉さまが怖い事を言っていますが、聞かない事にします。



「ではギーシュ様、ごきげんよう。」

問題はアレですね、果たして彼は決闘出来るのでしょうか?



《才人視点》
「…ええと、頭大丈夫か?」

モンモランシーとか呼ばれていた金髪縦ロールに見事なコンボ決められてダウンしたギーシュとかいうやつに、恐る恐る声をかけてみる。
俺が香水渡したのが原因だから流石に気まずいというか、浮気した奴が悪いには決まっているけど、やられ方が凄惨すぎた。


「ふっ…。」

そいつは緩慢な動きで立ち上がって、汚れた顔を拭い始めた。

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味というものをまだ理解していなかったようだね。」

「そんな事より、足が生まれたての小鹿みたいにプルプル震えているけど、頭大丈夫か?」

薔薇がどうたらはどうでもいいが、あれだけの勢いでぶん殴られたら頭が心配になる。
血も出てるし。


「君が軽率にもあの瓶を拾い上げたりするからだろう。」

「いやまあ、確かにあんなになるとは思わなかったけど、それより頭大丈夫か?」

まさかなあ、あれだけの女の子を引っ掛けている男がいるとは思わなかったんだよ。
なかなかいるものじゃないだろ、常識的に考えて。


「君のせいでモンモランシーとケティだけではなく、ジゼルとエトワールの名誉にまで傷がついた。
 僕という薔薇に群がる蝶たちに恥をかかせたこの落とし前、いったいどうしてくれるのかね?」

「いやそれは、そんなしょっちゅう二股やる奴が悪いだろ。
 それよりも頭大丈夫か?」

なんか、結構出血しているんだが。


「そうだ、その平民の言うとおり!」

「お前が一番悪いというか、可愛い女の子を独り占めしようとするような奴は地獄に落ちろ。」

ですよねー…じゃなくて、友達が頭から血を出してふらついているんだから誰か助けてやれよ。

「良いかい給仕君、僕は君が香水の瓶をテーブルに置いたとき、知らない振りをしていたじゃあないか。
 話を合わせる機転ぐらい、利かしてくれたっていいだろうに。」

「ンな事知るか、俺は給仕じゃないし。
 そもそも二股なんか、こんな狭い場所でやっていたらたちどころにばれるっつーの、馬鹿かお前は?
 それはそれとして、頭大丈夫なのか?」

町から離れた生徒数百人の学校なんて、うわさが広まったらあっという間だろ、常識的に考えて。


「給仕ではない…?
 ああ君はゼロのルイズに召喚された平民か。
 平民に機転を望むのも無茶な話ではあるか…無駄な時間だったな、行きたまえ。」

「薔薇銜えながらしゃべるなんて間抜けな事している奴に、見下されるいわれはねーよ。
 気障なつもりなのかも知れないけど、傍から見てるとただの馬鹿だってことに気づけ、装飾過剰なんだよ、ボケ。
 あと、本当に頭大丈夫かお前、血がだくだく垂れてきているぞ?」

何かフラフラしているけど、本当に大丈夫かな、こいつ?


「…君は貴族への礼儀というものを知らないようだね。」

「あいにく俺の国の貴族制は半世紀以上前に廃止されたんでね、貴族への礼儀なんて知るわけねえよ。
 それよりも、頭大丈夫か、気が遠くなってきていないか?」

今思い切りよろけたんだが、早く医務室に連れて行った方が良いんじゃないだろうか?


「君のような無礼者には、貴族である僕が直々に礼儀というものを手ほどきしてあげなければ駄目だろう。」

そう言いながら、ギーシュは俺の顔に手袋を投げつけてきた。


「決闘だ!君に決闘を申し込む!」

「いやいいけど、その前に医務室行ってこいよ、な?」

決闘どころじゃねえだろ、その状況…。


「貴族の食卓を血で穢すわけにはいかない、ヴェストリの広場で待っているから、そこまで来給え。
 逃げたりしないようにな。」

「おう、わかったから、決闘でも何でも受けてやるから早く医務室行けよ。
 怖いんだよ今のその状態。
 そのヴェストリの広場で待っていてやるから、早く医務室に行ってくれ、お願いだから。」

顔真っ青なんだよ、気づけよ自分で!


「わかった、医務室には行ってやろう。
 逃げるんじゃないぞ、平民。」

今回の件でわかった事が今のところ一つある。
貴族のプライドってのは大事なんだなって事だ。
あんなぶっ倒れそうになりながらでかい態度続けるとか、マジあり得ねえと思う。
貴族だけには絶対になりたくないな。



[7277] 第三話 引き際は重要なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:10
決闘とは避け得ない男の矜持と矜持のぶつかり合いです
片方は戦意を削がれて見るからにやる気ゼロですが


決闘とは命を賭けた男同士のやり取りです
もう片方は怪我をふさいだものの、あまり動き回ったら命が尽きそうですが


決闘とはそういった男のサガが駆り立てて起こるべきものなのです
何がどう間違えたら、こんなにぐだぐだになるのですか





「待たせたな、平民!」

ヴェストリの広場でしばらく待っていると、青い顔したギーシュがやってきました。


「うお、マジで来たのかよ。
 なあ、本当にやるのか?」

はて?
才人は何があったのか、やる気ゼロです。


「さては怖気づいたのかね?」

「そんな青い顔で今にも死にそうな奴に堂々とされたら、怖気づきもするわ!
 なあ、体の調子本当に大丈夫なのか?
 何だったら延期したっていいんだぞ?
 どうせ俺暇だし。」

才人がギーシュを気遣っています…いやホント、予想外の反応です。
いったい何があったのでしょう?


「貴族とは、己の矜持にかけて引かぬ者をいうのだよ平民。
 僕は君に決闘を申し込んだのだ。
 その僕が決闘の相手である君に情けをかけられるなど、あってはならない事なのだよ。」

「そんな事言って、さっきはちゃんと医務室行ったじゃん。」

医務室行ってアレですか…実は放って行ったらまずい状態でしたか?
あそこで下手に助けようとすると、姉さま達が荒れそうなので見捨てたのですが。


「ぐっ、あ…あれは君が懇願するから行ってやったのだ。
 確かに傷をふさいで、水の秘薬を貯金全部はたいて買って造血処置施してもこんな感じだが、あの状態でも決闘は出来た!」

「そういうのは、普通無理っていうんじゃないか?
 意地張り過ぎだろ、こっちが良いって言っているんだからさ、ここは日を改めて…。」

才人のギーシュに向ける視線が生温かいのです。
決闘だというので集まったギャラリーにも、白けた空気が漂いつつあります。
でも才人が懇願したって、いったいどんな状態だったのでしょう?


「駄目だ、君は貴族である僕の矜持を傷つけたのだから、その落とし前は今日のうちに付けるのだ。」

「なあもう俺の負けって事で良いからさ、今日は止めようや。
 そんな体でこれ以上動いたら倒れるって、いやマジで。」

とうとう才人が負けでいいとか言いだしましたよ…。
あっるぇー、おっかしいですねー。
ここは怒りに燃える才人が絶対に引き下がらないって場面の筈なのですが。


「そうよギーシュ、こいつも負けで良いって言っているから、今日はそれで手打ちにしましょうよ。」

ピンクブロンドの華奢な美少女、ルイズも才人に同意なようで、ギーシュに手打ちを促しています。
横には黒髪のメイドさん、シエスタも居て、びくびくしながらもうんうんと頷いています。


「ええいうるさいうるさい!
 そんな勝利で僕の矜持が満たされるものか!
 諸君、決闘だ!」

ギーシュ、バラ型の杖を思いきり天に掲げましたけど、バランス崩してよろめきましたよね?
普通の人はその程度ではよろめく筈がありませんし、傷はふさいで造血処置はしたみたいですが、顔色が悪すぎなのです。


「ギーシュ様、大丈夫ですか?」

私の行為が原因で彼がこんな状態になったわけですし、せめて気遣わないと嫌悪感に押し潰されてしまいそうです。
火サスの事件現場みたいになっていましたからね、後頭部を鈍器で一撃って感じで。
思い返してみれば、ギーシュが何故即死しなかったのかが不思議なのです。
そこはモンモランシーの愛なのでしょうか?
随分過激な愛でしたが。


「ケティ…君は僕の裏切りを許してくれるのかい?
 ああ感激だよケティ、君の愛は山よりも高く海よりも深く僕を包み込んでくれるのだね。」

「いいえ、全く許す気はありません。
 ですが、痛々しいギーシュ様を見ていると、悲しい気持ちになってしまうのです。」

あ…落ち込んだ。
いやでも、ギーシュはモンモランシーと付き合うべきでしょう?
彼らの冒険に関わっていく気満々ではありますが、原作のカップルは原作通りくっつくべきだと思うのです。


「いや、いいんだ。
 僕を気遣ってくれる君の優しさが心に染みるよ。
 その心遣いこそが、まさしく宝石の如き輝きだよ、ケティ。」

「ギーシュ様…。」

弱っていても、臭いセリフ生成回路は正常稼働中なのですね。


「もう下がりたまえ、ケティ。
 僕には貴族として、やらねばならない事を成す義務があるのだ。」

八つ当たりはやらねばならない事でも、ましてや義務などでは決してないと思うのですよ、貴族的に考えて。
まあ、ギーシュが何がなんでも引き下がるつもりはないみたいですので、仕方がありません。
私の思惑とも合致するわけですし。
もしも彼が倒れたらモンモランシーに土下座でもなんでもして、看病してもらう事にしましょう。
なけなしのお小遣いを注ぎ込んで、水の秘薬を買ったっていいのです。


「平民、逃げずに居た事は褒めてやろうではないか。」

「俺は今すぐ帰って、飯食って屁ぇこいて寝たい気分だよ。」

駄目だこいつ、早く何とかしないと…。
ちょっと喝入れますか。


「ギーシュ様、少し待ってください。
 見たところ、この平民は貴族にとって決闘がどういうものであるのか理解していないようです。
 理解した上で決闘に挑むのではないのでは、フェアではないと思うのです。
 彼に決闘についての説明をさせてください。」

「へ?ああ…うむ、そうだね。
 説明してあげてくれると有り難いかな。」

ギーシュの同意が得られましたし、軽く締めましょう。


「では、ギーシュ様は少し下がって休んでいてください。
 貴方のお名前は?」

「平賀才人。
 そういうあんたは?」

知っていますけど初対面ですから一応名前を尋ねると、ぶっきらぼうな答えが返ってきました。


「私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します、平賀才人様。」

「才人でいいよ、あと様付けもやめてくれ。
 女の子に様付けで呼ばせる趣味はないんだ。」

日本人なのに苗字ではなく、名前を呼ばせようというのもどうかと思いますよ?
女の子に名前で呼んでもらうのが夢だったんですね、わかります。


「では、才人と呼ばせていただきます。
 私のこともケティと呼んでいただいて結構ですよ。
 では早速ですが才人、決闘というものがどういうものであるかわかりますか?」

「要するに喧嘩だろ?」

実も蓋も無い意見、ありがとうございます。


「そうですね、喧嘩も決闘もやる事は同じです。
 ただ、貴族の決闘は一味違うのですよ。
 貴族は決闘ではコレを使います。」

「…杖?」

私がスカートのポケットから取り出した杖を見て、才人が首を傾げます。


「杖は魔法の発動体で、これで魔法を行使するわけですが、貴族の決闘ではこれを奪ったり破損すれば勝ちとなります。
 杖を奪われたり壊されたりすれば、魔法を使えませんからね。
 もしくは、決闘相手が降参すれば終わりです
 ルールはこれだけ、至って単純明快です。」

「そんだけ?」

まあ、ルール説明だけではピンと来ないでしょうから、魔法も見せておきましょうか。


「それだけですが、この決闘の際にはどんな魔法を使っても良い事になっています。
 …例えば。」

私が呪文を唱えると同時に、赤い炎が渦巻いて白いまぶしい光を放つ球体と化します。


「ファイヤーボール。」

私の放ったファイヤーボールは、広場の人が居ない所に突き刺さって爆発しました。
跡には半径2メイル近い穴が開いています。


「いいい、今のどこがファイヤーボールなのよ!?
 私の失敗魔法みたいに爆発したわよ、ボカンって!」

周りがポカーンとする中、ルイズが私に反論してきます。


「いいえ、ミス・ヴァリエール。
 高速回転を加えて収束率を上げただけで、今のは間違いなくファイヤーボールですよ。
 爆発したのはファイヤーボールではなく、ファイヤーボールが突き刺さった地面が蒸発膨張して、結果として爆発に至っただけです。
 灰が降ってきているでしょう?
 それは正確には灰ではなく、蒸発した土が冷えて再び固まったものです。」

私は大規模に燃やすような派手なものを新規開発するよりも、こういう小手先アレンジした魔法の方が好きです
今回の魔法は既存のファイヤーボールを改造して、広範囲を焼き払うよりも一点集中させ、それでも収束度が足りないから回転を加えて無理矢理でも収束度を上げたものです
範囲あたりの破壊力は派手なものよりも低いですし、直進しかしないので動き回るものには非常に当たりにくいのですが、直撃すればスクウェアメイジでも蒸発させられる自信はあります


「…とまあ、こんな感じで魔法を使って戦うわけですが、ご理解いただけましたか、才人?」

「ちょちょちょっと待て、俺はこんなもんをばんばん撃ってくる相手と戦うのか!?」

緊張感が出て来たようで何よりです。
顔を青くして涙目になっていますが、これくらいで丁度良いのです。
決闘をするにあたっての緊張感が足りませんでしたからね、才人は。



「あー…えーと、僕はこんな物騒かつ器用な攻撃は無理だから、安心してくれたまえ。
 そもそも彼女はドットの僕とは違って、より威力の高い魔法を行使できるトライアングルなのだよ。
 だからといって、必要以上に安心してもらっても困るがね。
 ワルキューレよ!」

そう言うと同時にギーシュの薔薇型の杖から花びらが落ち、そこから青銅製のワルキューレが出現しました。


「それがお前の魔法かよ。」

「その通り、僕の通り名は《青銅》、青銅のギーシュ!
 青銅のワルキューレが君のお相手仕る!」

やっと緊張感を持ってくれた才人がギーシュを睨みつけると、ギーシュも高らかに名乗りを上げました。


「ハ、とっとと来やがれ、その玩具がナンボのもんだっての!」

「吠えてろ平民、格の違いを教育してやる!」

才人がギーシュに走り寄って行こうとした所で、ワルキューレが素早く動いて才人の腹にパンチを叩き込みます。

「グハッ!」

才人は体を「く」の字に折ったまま、地面に倒れ伏しました。
青銅の塊が腹に直撃したのですから、普通のパンチの比ではないでしょう。
一発で既に目が虚ろですし。


「ははは平民、もう終わりかね?
 決闘はまだ始まったばかりだと言うのに。」

「ぐ…は…ほざきやがれバカ貴族。
 こちとら油断していただけだっての!」

見ているだけで痛くなってくる光景なのです。
必要な事とはいえ、こんな事態を発生させる必要があるのかと、そう考えてしまう自分の弱い心が嫌いなのです。


「ギーシュ!もうやめてギーシュ!」

「やめるも何も、君の使い魔との決闘は始まったばかりだし、彼の心も折れていない。
 どこにやめる理由があると言うのかね?」

やめる理由があるとすれば、この行為が単なる八つ当たりでしかないということなのでしょうね。
貴族の矜持を賭けるに値しません。


「そもそも学院内での決闘は厳禁な筈よ、ギーシュ!
 この決闘はそもそも学則違反でしょう、今すぐやめなさい!」

「禁止されているのは、飽く迄も貴族同士の決闘だけだ。
 学則には貴族と平民の決闘を禁止するなどとは一文字たりとも書かれていない、ましてや彼は使い魔だよ。
 君こそ学則をきちんと読みたまえ!」

まあ平民同士が決闘しようが、それが原因で死のうが学院は気にしないって事なんでしょうが、わざわざ貴族同士と書いておいたばっかりにこんな事になってしまったわけなのです。


「そんなの、今までそういう事例が起きていなかったからでしょう!?
 屁理屈捏ねていないで、とっととやめなさい!」

「やけに彼を庇うね、君は。
 おおそうか、これは愛なのか。
 ルイズ、君は彼の事が好きなのだね?」

ルイズの顔が面白いように真っ赤に変わって行きます。
恥ずかしがっているのではなく、激怒しているのですね、あれは。


「何であんたはいつも愛だの恋だのと、盛りの付いた犬みたいな事しか考えられないの、バカじゃないの!
 自分の使い魔が他のメイジにみすみす傷つけられるのを黙って見ていられるほど、私は薄情じゃないのよ!」

「誰が傷ついているって?
 こんなバカ貴族の玩具相手に怪我なんかするかっての。
 ふざけるな、俺は全然無傷だ。」

そう言いながら、ついていた膝を地面から離し、才人は立ち上がります。


「才人!やめて、立ち上がらないで!!」

「お、やっと俺の名前を読んでくれたか。
 ちょっとまってろご主人様、こいつブッ倒したらすぐ帰るから。」

ルイズは悲痛な声を上げますが、才人はニヤリと笑うとギーシュの方に向き直りました。
…しかし、随分男らしいですね、この才人。


「てめえらムカつくんだよ、どいつもこいつも威張りくさりやがって。
 魔法は確かに凄いけど、その程度の違いが何だってんだ。
 たかだか火を杖から出すだけ、たかだか青銅で等身大の玩具作っているだけじゃねえか。」

「フン、その玩具の力を体で思い知らせてやるよ平民。」

そう言ったギーシュのワルキューレが才人の顔を殴り、腹を殴り、胸を殴り、腕を殴り折りました。
殴られるたびに起き上がり、起き上がるたびに殴り倒される才人。
酷い光景ではありますが、この惨事を引き起こした張本人の私が眼を逸らすのは許される事ではありません。


「ぐぅ…あぁ…。」

「サイト!サイト!
 サイトもうやめて、もういいのよ!」

崩れ落ちるように倒れるサイトに、堪らなくなったのかルイズが駆け寄って行きます。


「へえ、泣いてんのお前?」

「泣いているわけなんか無いでしょ、私は泣かないって決めているんだから。
 あなた凄いわ、もういいのよもうやめましょう、私あなたみたいな凄い平民見たこと無いわよ。
 もういいから十分だから、もうやめて、お願いだから。
 あなたは私の使い魔なのよ、勝手な事して死にそうになって、何やってんのよ。」

ルイズの目からは涙が今にも零れ落ちそうですが、彼女はそれを必死に堪えています。


「そのお願いは聞けないぜ、ご主人様。
 今は引けない時で、引いちゃ駄目な時なんだ。
 何よりあのバカ貴族は無駄に態度がでかすぎる。
 ああいう奴の泣きっ面を拝むのが大好きなんだよ、俺。」

「莫迦ぁっ!何で立ち上がるのよ、お願いだから倒れていてよサイト!
 ギーシュももうやめてよ、私の使い魔を殺すつもりなの、あなたは!」

ルイズはサイトを立ち上がらせまいとしますが、華奢なルイズと才人では満身創痍とはいえ、才人のほうが上回ったようです。
これから起こる奇跡の為に、私は黙って彼らを傍観し続けます。


「彼を殺す気は無いよ、ルイズ。
 だが彼がいつまでも立ち向かってくるならば、そうなるかもしれない。
 …そうだな、その状態ではまともに向かってくる事も適わないだろうから、剣を用意してあげよう。
 それでも君の使い魔が適わないなら、僕の勝ちって事で引き上げるよ。」

そう言って、ギーシュは青銅の剣を作り上げてサイトの前に放り投げました。


「いい度胸だバカ貴族、その慢心が身を滅ぼすと知りやがれ!」

そう言った才人が剣をつかんだ途端、彼の手の甲のルーンが光るのを私は確認しました。


「…あれが、ガンダールヴですか。
 なんて出鱈目な力。」

途端にギーシュのワルキューレが真っ二つになって崩れ落ちたのです。
私の目には彼がどう動いたかすら把握できませんでした。


「な…まさか本気を隠していたとでも言うのかね!?
 ワルキューレよ!」

慌てて残り6体のワルキューレを作り出し包囲しようとしますが、それも一瞬にして切り裂かれました。
さすが伝説級の使い魔ですね、無茶苦茶にも程があります。


「な…な…なんなんだね、君はいったい…。」

「俺にもよくわからないが、俺の勝ちって事だろ。
 言っただろ、慢心が身を滅ぼすってな!」

鼻先に剣先を押し付けながら、才人はギーシュに告げます。


「俺の勝ちって事でいいな?」

「ああ、君の勝ちって事でいいよ。
 僕の切り札はもう無いからね。」

観念したようにギーシュは溜息を吐きました。


「ルイズ、勝ったぜ!」

「サイトあなた剣士だったの?
 あとどさくさ紛れで呼び捨てしないで。」

ルイズにサムズアップをするサイトですが、残念ながらトリステインにはそのようなジェスチャーはありませんので、多分彼女は意味を理解していないと思います。
あ…サムズアップしたまま才人が倒れた。

「サ、サイトおおおおおぉぉぉぉっ!?
 ははは早く水メイジ、ああああありったけ水メイジ呼んで来てっ!」

大慌てで、ルイズが水メイジを呼んでいます。


「ギーシュ様、お疲れ様でした。
 お体の加減は大丈夫ですか?」

「今すぐ眠りたい気分だけれどもね、大丈夫だよ。」

魔力を使い果たしたせいか、ギーシュの顔は蒼白通り越して土気色です。
そこに豪奢な金髪縦ロールがやって来ました。


「ギーシュ。」

「やあ、我が愛しのモンモランシー。
 今の汚れた僕では、君の美しさに対抗できないよ。
 もうすぐ僕は君の輝きに塗り潰され消えてしまうだろう。
 ところで、君に振られた哀れな僕に、何か用かい?」

この期に及んでも、臭い台詞生成回路は正常稼動なのですね。
まあ、それがギーシュなのでしょう。


「残念ながら他の水メイジはミス・ヴァリエールの使い魔の治療の為に出払ってしまったから見に来てあげたのだけれども。
 ミス・ロッタがいるなら私の出番は無さそうだから、あっちに行くわね。」

「ミス・モンモランシ、待ってください。
 私は火メイジですから、ギーシュ様を消し炭には出来ても治療は出来ません。
 ですから、私に出番は無いのですよ。」

それ以上に、それではギーシュとモンモランシーの仲が戻りそうにありません。
責任とって私がギーシュの恋人になるのも変な話ですし、折角のチャンスですから邪魔者は引っ込みましょう。


「出番の無い私は、引き下がるのみなのです。
 それではミス・モンモランシ、ギーシュ様とお幸せに。」

「なっ、ちょっと待ちなさい!?」

待ったりはしないのですよ。
なんだか胸がチクチクするのも気のせいなのです。



[7277] 第四話 思わぬ失態と収穫なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:22
色気は女の最大の武器らしいです
胸なんかそこそこあれば良いのです、巨乳が何だというのですか


色気が無いのは女やめているのと一緒らしいです
あまり練習していなくて怖いので、化粧っ気も少ない私です、放って置いてください


色気は恋によって磨かれていくものらしいです
どうせ、生まれ変わってからの初恋もまだなのですよ




決闘から数日たったある日の事、才人が女子寮廊下のわら束の上で毛布に包まって寝ていました
折れた腕や全身の傷は跡形も無く治っています
流石はヴァリエール公爵家、仕送りも貰える額がうちみたいな貧乏貴族とは段違いのようですね


「楽しいですか、才人?」

「楽しそうに見えるか?」

しゃがんで、しげしげと才人の状況を眺めてみます
藁束、薄い毛布、寒い石造りの廊下、鼻水たらしている才人と、心まで寒くなりそうな状況がこれでもかというくらい満載ですね


「ふむ…楽しそうというよりは寒そうですね。
 何かの罰でしょうか?」

「ああ、実は…」

才人はルイズが自分の藁束の中に忍び込んできた夢を見て、授業中に寝言を言った事と、それをネタにルイズをからかって怒らせた事を話してくれました


「…ちょっとからかっただけじゃねーか、何も廊下に叩き出さなくても。」

「それは叩き出されて当然なのですよ、才人。
 いくら普段鬱憤が溜まっていたからといって、女の子のプライドを傷つけるのはやりすぎなのです。
 貴族平民云々の問題ではなく、そんな事をされたら、どんな女の子も傷つきます。」

才人を半眼で睨んでみたら、才人が目をそらしたので、そちらに顔を移します
目をそらしたって事は、わかっているのですよね、やりすぎたって


「才人は謝罪するべきだと思うのですよ、人として。」

「ヤダね、誰が謝るかよあんな奴に。」

口を尖らせてつーんとそっぽを向きます


「小学生ですか、貴方は…」

「誰が小学生だよ!
 …って、何でケティが小学生なんて単語を知っているんだ?」

才人が藁束の上からガバッと起き上がりました
ああ、あんまりのしょうもなさについ口が滑ってしまいました
なんというアホな失態なのででしょうか


「ああ…いや…その、ですね、何と言いましょうか…。」

「あんた日本の事を知っているのか?
 この国に小学生なんて単語はないし、あんた今間違いなく日本語で《小学生》って言っただろ!
 そういや、俺の名前の呼び方も他の連中は訛っているのに、あんただけ普通に呼んでいるよな?」

ああもう、何でこんな時だけ急に鋭くなるのですか才人
私の正体を貴方に曝す気なんか、全く無かったというのに


「答えてくれケティ、あんたいったい…ん?」

キュルケの部屋のドアが開いています
使い魔のフレイムが何時の間にやらやってきていて、才人のパーカーの袖をくいくい引っ張っていました


「ほ、ほら、ミス・ツェルプストーが才人の事を呼んでいるみたいですよ?
 呼ばれているのですから早く行かないと、ほらほら。」

「おま、ちょ、ま!」

才人を引っ張りあげて、キュルケの部屋までグイグイ押します
この後起きるアクシデントで、全部忘れてくれる事を願うのみなのです


「それでは、ご・ゆっ・く・り!なのです~。」

「待てや、こら。」

扉が閉め切れそうになったところで、扉が開いて才人の腕がニュッと突き出され、そのまま部屋の中に引きずり込まれました


「レディに何という乱暴な真似をするのですか、貴方は。」

「そんなベタな逃げ切り方で、どうにかなると思うほうがおかしいっての。」

ああっ、才人から向けられる視線が痛いのです


「ようこそ、こちらへいらっしゃい。」

「ちょ、ちょっと、レディを引き摺るとは何事ですか。
 離してください、才人、才人ってば!」

私はキュルケに促されて彼女に近づいていく才人に、ずりずりと引き摺られて行きます
このシーン、ただでさえカオスなのに、私まで加わったらどれだけカオスになるのですかっ!


「あら?貴方はジゼルの妹のケティじゃない。
 そこで何をしているのかしら?」

「見ての通り、引き摺られているのです。」

キュルケも蝋燭の明かりで、やっと私の存在に気付いてくれたようです
あとは才人がキュルケの色香に惑わされてくれさえすれば、脱走は適うのですよ


「助けてください。
 具体的に言うと、才人を誘惑して私への関心を無くしてください。
 その格好から察するに、元々そういう流れなのでしょう?」

「あ…あのねえケティ、そういう事はもう少し遠まわしに言ってくれないと、ムードが作れないわよ?」

そんな余裕は既に無いのですよ
このまま才人に捕獲されたままではまずいのです


「火の情熱を掌るツェルプストーといえば、片手に女がぶら下がっていようが、その女がムードぶち壊しな事を言おうが、狙った男は絶対に篭絡するのが伝統でしょう。
 さあさあ私のような貧相な女には構わず、好きなようになさってください。
 そのでかい胸はその為にあるものなのでしょう。」

「いくらツェルプストーが火の情熱を掌っていても、片手に女の子ぶら下げた男を口説くのは無理よ!
 そもそも火メイジの家系というなら貴方だって同じだし、貴方は別にプロポーションだって悪くないじゃない。」

物欲は果てないのですよ、キュルケ
多少恵まれていようが、より恵まれている者を羨むのは仕方が無い事なのです


「当家の火は情熱ではなく、炭焼きとか野焼きとか、そういう田舎っぽい火なのです。」

「そうね、ルイズの姉の婚約者だったパーガンディ伯爵が婚約破棄後に娶ったのは、ジョセフィーヌ・ド・ラ・ロッタとかいう人だったけど。」

あー…まあ、そういう事もつい最近ありましたね
ラ・ヴァリエール家は火メイジの家系に呪われているのでしょうか?


「へえ、ルイズに姉ちゃんがいるのか?」

才人が話に乗ってきてくれました
チャンスなので、このまま話を逸らしてルイズが殴り込んで来るまで時間を稼ぎましょう


「ええ、ミス・ヴァリエールにはエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢という姉上がいらっしゃいます。
 この方の婚約者がいきなり婚約破棄されたあと、何故か娘の数には事欠かない当家から妻を娶りたいという話が来まして、ジョセフィーヌ姉さまがパーガンティ伯爵家に嫁いでいきました。
 大事な事だからもう一度言いますが、飽く迄も婚約が破棄されてからの結婚なのです。
 フォン・ツェルプストー家のように、ラ・ヴァリエール家の恋人を代々寝取っている家系ではないのですよ。」

「失礼ね、ツェルプストーだって別に寝取りたくて寝取っているんじゃないわ。
 ヴァリエールの人間の性格が代々きつ過ぎるから、皆耐えられなくなって逃げ出すってだけよ。
 ツェルプストーの情熱は暖炉の火の如く、ヴァリエールに傷つけられた人々の心を包み込んで癒してあげたのよ。」

その割には、結構強引に奪った話も多々聞くわけですが。


「こりゃあ面白い話を聞いたな。」

「才人、こういう醜聞をミス・ヴァリエールをからかうのに使っては駄目なのですよ?
 むしろ、絶対に使わないで下さい。
 もしもこのネタを彼女をからかうのに使ったりしたら…消し炭になるのを覚悟していただきます。」

反骨心の塊なのもいいですが、才人はもう少し自重したほうが良いのです


「キュルケ…待ち合わせの時間に君がいないから来てみれば…。
 おお、そこの可愛い子も一緒に来てくれるのかい?」

いつの間にか窓際に人がぷかぷか浮いていました
不満そうな声でしたが、私を確認した途端に一転して好色な視線を向けてきます


「吹き飛びなさい。」

下品な人は嫌いです
キュルケの蝋燭の火を10本ほどの矢に加工して、ぶつけてやりました


「へぷろっ!」

「えーと、今のはペリッソン…のように見えたけど?」

軽く焦げながら、名も知らぬその人は落下していきました


「キュルケ!今日は君とその可愛いコの二人で一緒にいてくれるのかい!?」

才人は見えていないのですか、そうですか


「下品な人は嫌いだと言っています!」

「ぺぱろに!」

次の下品な人には蝋燭の火を20本ほどの矢に加工して、一気にぶつけてやると、炎上しながら落下していきました


「ええと…今のはステックスだったかしら?」

「下品な人は下品な人です。
 個体識別なんか、どーでも良いのですよ。」

次にも誰か来たら、容赦はせずにブッ放したい気分なのですよ


『キュルケ、そ…』

「消し飛ぶのです!」

蝋燭の火から炎の矢を100本ほど生成して名も知らぬ三人にぶつけると、悲鳴も上げられずに落下していきました
彼らにはには炎の壁がぶつかってきたように見えたでしょう


「ええと、一瞬だったから自信ないけど、マニカンとエイジャックスとギムリだったかしらね?」

「ミス・ツェルプストー、いったい何人とお付き合いしていらっしゃるのですかっ!」

一巻のこんな細かい所まで覚えていませんでしたが、こんなにいましたか?


「貴方も知っての通り、ツェルプストーは情熱の家系ですもの。
 アレもほんの一部よ?」

「情熱もいいですが、アレでは面倒臭くありませんか?」

私は複数の男性と付き合うとか、とてもではありませんが無理です
趣味や魔法の練習の時間も削られますし


「ツェルプストーの情熱は、求めるもの全てに等しく分け与えられるのよ。」

「理解不能なのです…。」

個人の趣味ですから置いておくとして、疲れないのでしょうか?
魔法の練習で連日倒れていた私が言う事でもありませんが


「ツェルプストォォォォォォォォォォォッ!」

「うぉ、何をするんだキュルケ!」

ドアが物凄い勢いで蹴り開けられ、ルイズが立っていました
隣を見ると、キュルケが才人を抱きしめています
おちょくる気満々ですね、わかります


「ヴァリエール、今は取り込み中よ?」

ルイズを横目で見てくすっと笑い、すぐに才人に視線を移してキスしようとしています
いやいや、私がいますから…って、キュルケが目でサインを送っています
ああ、今のうちに逃げろって事ですね


「誰に断って私の使い魔に手を出してんのよツェルプストー!」

「それではミス・ツェルプストー、ごきげんよう。」

怒りで才人とキュルケしか見えていないルイズの横を通り過ぎて、私はキュルケの部屋をあとにしました

なにやら言い争いが起きていますが、ここは一旦退散させてもらうのです







「ケティ!ケティ起きてる?」

翌朝、ドンドンというドアを叩く音で目が覚めました


「誰なのですか、虚無の曜日は一日中寝ているのが一番なのに。」

眠い目を擦りつつ、ドアを開けるとジゼル姉さまが立っていました


「王都にクックベリーパイを食べに行くわよ!」

「間に合っているのです。」

バタンとドアを閉めました


「ちょ、ちょっとケティ!いきなりドアを閉めないでよ!
 エトワール姉さまはデートに出かけてしまったし、クラスメイトも既に出かけてしまっていないのよ。
 私一人でお店でお菓子食べるとか、寂しすぎるじゃない。」

すぐさまドアを開きなおして、ジゼル姉さまが訴えてきます
姉さまの背後にいるバグベアーのアレンも血走った目で訴えてきますが、怖いから止めてください


「ジゼル姉さま、私は塩辛いものとお酒が好きなのです。
 お菓子も嫌いじゃありませんが、わざわざ馬で遠乗りしてまで食べに行きたくなるものでは無いのですよ。」

「お酒と塩辛いものが出る店で奢ってあげるからさ、ね?」

そこまでしてあの甘酸っぱいお菓子を食べたいのですか、ジゼル姉さま。
ちなみに私の味覚的嗜好は前世とあまり変わりはないのですよね
甘いものが好きではなかった前世に比べれば、割と好きな部類に入るようになったのが違いといえば違いなのです


「…まあ、そこまで言われるのであれば。
 着替えますから、その間に馬の準備をお願いできますか?」

「わかったわ、早く来てね!」

化粧っ気があまり無いとはいえ、私も女の子ですから、それなりに身支度に時間はかかるのですよ、姉さま




「お待たせしました、姉さま。」

制服は楽でいいです
適度におしゃれで、何も考えなくても良いところが
実家でも普段は皆野良着でしたし、着物は楽なほうが良いのですよ
ちなみに用意してあったのは、馬ではなく2頭だての驢馬車でした


「驢馬…。」

「驢馬しかいないって言われたのよ…。」

最初から駄目駄目な雰囲気なのは何故でしょう?





「…驢馬でも意外と早いものね。」

「エトワール姉さまがいれば、ルナに乗ってひとっ飛びなのですけれどもね。」

三時間半かかりましたが、何とか王都につきました
帰ったら夜中になりますね、これは…


「さあ、クックベリーパイ食べに行くわよ!」

「はい、姉さま。」

姉さまたちといつも行く店に入ると、キュルケとタバサがいました
テーブルには甘いものを売る店には不似合いな、包装されたでかい剣が立てかけられています


「あら、ジゼルにケティじゃない。
 こっち来ない?」

「あ、キュルケとタバサ、王都に来ていたの…と、そのでかい剣は何?」

ジゼル姉さまが二人に声をかけたあと、不思議そうに尋ねます


「ああこれ?これはダーリンの為に買ったのよ!」

「ダーリンって、特定の彼氏でも出来たの?」

ジゼル姉さまが不思議そうに尋ねます
キュルケに不特定の彼氏がいるのは、既に公然と知れ渡っているのですよね


「ヴァリエールの使い魔の大活躍見たでしょ?
 彼の大活躍に心が震えたのよ、この心の震えこそまさに恋だわ。
 そして恋の情熱に身を任せるのがツェルプストーの流儀なのよ。
 そういえばケティ、昨夜ダーリンと一緒に私の部屋に入ってきたけれども、廊下でいったい何をしていたの?」

「昨夜はご迷惑をおかけしました。
 才人はあの廊下で寝ている所をたまたま見つけただけなのですよ。
 何故廊下で寝ているのかと話を聞いたら、ミス・ヴァリエールをからかい過ぎた結果ああなったのだといったので、彼のためにも少し諌めていました。」

才人はあのどさくさで、私への疑念を忘れてくれたでしょうか?
忘れていてくれると良いのですが。


「店員さん、こちらにもクックベリーパイを二つお願いできるかしら?
 あと香草茶(ハーブティー)もお願いね。」

私達が話すのを尻目に、ジゼル姉さまは既に注文を始めてしまっています


「…なんという色気より食い気。」

私が言うのもなんですが、ジゼル姉さまは結婚できるのでしょうか?


「ケティ、なんか視線に失礼なものを感じたのだけれども。」

「気のせいですよ、あと今日はお酒と塩辛いものは諦めましょう。
 もう既に日が傾き始めていますから、もう一軒行ってから驢馬車なんかで帰ったら、明日の早朝になってしまいます。」

エトワール姉さまがいれば一時間弱で往復できる距離なので、お酒と塩辛いものはまたの機会にしましょう


「へえ、もう一軒行く予定だったの?」

「ええ、いつも行っている店ですけど…お二人は行った事は無いかと思われます。
 基本的に平民向けの店ですので。」
 
うちは貧乏ですから、あまり高い店で飲み食いできないのですよ…
貴族ですから、流石に場末の安酒場にはいけませんが


「店の名前は?」

「星降る夜の一夜亭といいます。
 お酒も料理もそこそこですが、ハシバミ草を様々な料理方で美味しくできるというちょっと変わったところが…。」

そこでクックベリーパイの6皿目を平らげたタバサが、頭を上げてこちらを見ました


「私もそこに行きたい。」

「ええと、驢馬車だと帰りが遅くなるので、今日は諦めてここで食べ終わったら帰ろうかと思っているのですが。」

そういえば、タバサはハシバミ草が大好物でしたよね
私もサラダは駄目ですが、あの店のハシバミ草料理は好きです
苦味と塩辛さのマッチがなんとも言えず…ジュル


「シルフィードに乗せてあげる。」

「あなた、本当にハシバミ草が好きよね。」

少し呆れたような口調でキュルケがタバサに話しかけています
そこまでしてハシバミ草を食べたいのですか、タバサ
驢馬車は置き去りになりますが…まあ、後で学院の使用人に話しをしておけば何とかなりますよね


「わかりました、では一緒に行きましょう。」

「ありがとう。」

タバサの感情は瞳の中に出るのですね
滅茶苦茶わかりにくいですが、目が輝いています


「いえいえ、ミス・タバサもシルフィードの件宜しくお願いします。」

でないと帰れませんからね



『かんぱーい!』

木製のジョッキに並々と注がれたビールを高らかと掲げて酒宴の開始です
テーブルにはハシバミ草の料理ばかりがぎっしりと、全部頼んだのはタバサです
彼女はビールには手をつけず、ひたすらハシバミ草の料理を口に運び続けています


「美味しいですか、ミス・タバサ。」

「ん。」

タバサはまさに一心不乱といった感じです
年上に言うのも変ですが、何というか小動物の食事みたいでとても微笑ましい風景です
ああ…なんて、なんて可愛い生き物なのでしょうか


「ミス・タバサ、ここのレシピであれば、幾つか教えてもらったものがあるのです。
 事前に仰っていただければ、学院でもいくつか作れますよ?」

「今度お願いする。」

ああ可愛い、可愛すぎます
これが萌えというものなのですね

来た時はどうなるかと思いましたが、思わぬ収穫でした
ああそれにしても、可愛い…



[7277] 第五話 人を呪わば穴二つなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/13 23:59
ドツボというものは思わぬところにあるものです
己の所業は巡り巡って最悪の時にこそ返ってくるものです

ドツボに嵌ったらもう手も足も出ません
今回の情けなさを私は一生忘れないでしょう

ドツボから脱出するには誰かの手を借りなければいけません
自分では絶対に脱出できないものなのです





「ダーリン、ダーリン、貴方の愛しいキュルケが来たわよ、ドアを開けて。」

「煩い!この万年発情期女!
 とっとと自分の部屋に帰って一人で盛ってなさい!」

ルイズの部屋の前で、キュルケがノックしていますが、案の定ドアは開きません。
キュルケたちになんとなくついてきたら、案の定ルイズの部屋の前でした。
ジゼル姉さまは私とは既に別れて帰っています。


「アンロック。」

アンロックの使用は学則で禁止されているのですが…そんな事をキュルケに言っても無駄ですか、そうですか。


「私の愛と情熱の前に、鍵など存在しないわ!
 さあダーリン、私の愛を受け取ってもらいに来たわよ。」

「いきなりアンロックとか何考えてんのよ、この万年はつじょ…うゎきゃ!」

キュルケを止めようとしたルイズでしたが、顔がキュルケの胸の谷間に埋まってしまうだけでした。


「ムー!モガモガ!」

「あらヴァリエール、何をやっているの?」

キュルケの胸の谷間でもがいているルイズをキュルケは不思議そうに眺めています。


「ぷは!私が止めているのにあんたが気にせず進んでくるから、あんたのその不愉快な塊に埋まっちゃったのよ!」

少し苦しかったようで、ルイズの顔が真っ赤になっています。


「あら災難だったわね、ヴァリエール。
 そんなことよりもダーリン、愛しい貴方にプレゼントよ!」

「なななっ、その剣は!?」

キュルケが包装を解いて取り出したのは、装飾過多な大剣です。


「これこそはゲルマニアの錬金の名手、シュペー卿が作った…。」

「…あ、これは式典儀礼用の装飾宝剣なのですね。」

ぴたっと、キュルケの動きが止まりました。


「…し、式典儀礼用の装飾宝剣?」

「はい、基本的には我々貴族が、大きな式典などで使う装飾宝杖と一緒のものなのです。
 装飾宝杖を実用する杖として使用する人が滅多に居ないように、式典の権威付けなどに使うのですから、剣としての性能は大抵二の次三の次になっているのです。
 たぶん平民中心の傭兵団などが、団の権威付けとして飾りに使うものではないでしょうか?
 そもそも、このような宝石やら金細工やら螺鈿やらがごちゃごちゃと貼り付けられた剣で戦いにおもむく人は、あまりいないと思うのですよ。」

まあメイジは剣は完全に門外漢ですから、知らなくて当たり前なのですが、キュルケには少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。


「つまり、この剣は見掛けだけ立派なガラクタだってこと?」

「いいえ、本当にシュペー卿の作であれば、剣としての実用にも耐え得るでしょう。
 ただし、実用品とするならば装飾は全部剥がした方が良いと思われるのです。」

螺鈿に使われている貝くらいならとにかく、戦闘中に金細工や宝石が剥がれ落ちていったりしたら、物凄く勿体無いのです。

 
「ぎゃははは!言うじゃねえか娘っ子、気に入ったぜ。
 その通り、剣は斬ってなんぼ、頑丈でなんぼだ。
 飾りがついたチャラチャラした剣なんかで戦えるわけがねえ。」

ルイズの部屋に立てかけてある剣が、いきなりしゃべり始めました。
あれがデルフリンガーなのですか。


「あなたはインテリジェンスソードなのですか?」

「おう、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ、よく覚えておけ!」

デルフリンガーの鍔がカチャカチャ動き、声を発します。


「デルフリンガーというのですね、今後ともよしなに。
 ちなみに装飾云々言っていましたが、喋るなんて宝石よりも無駄機能なのです。
 喋ったからといって、切れ味が上がるわけでも頑丈になるわけでもないのですよ。」

「がーん、がーん、がーん…。
 俺様の存在が、無駄…無駄…無駄…。」

アイデンティティーを否定されたデルフリンガーは、そのまま静かになりました。


「うわ、ひでえ…。」

「あなた鬼ね、ケティ…。」

何故か才人とキュルケから非難の視線が。
まあ、投げっぱなしも可哀想ですから、フォローはしておきますか。


「まあ、インテリジェンスソードは大抵色々な魔法が付与されていますから、インテリジェンスソードに与えられた機能はその取扱説明書みたいなものなのです。
 孤独な夜の話し相手にもなってくれますし、まったくの無駄かといえばそうでないような気もするのです。」

「え?この剣魔法が付与されているの?
 ひょっとしてすごい当たりを引いたのかしら!」

ルイズが目を輝かせ始めます。


「はい、おそらくは2種類以上の魔法が付与されているものと思われるのです。」

「わわ凄い!ねえデルフリンガー、あなた何か特殊な機能はあるのかしら?」

おお、ルイズの瞳がきらきらしていますね、これでキュルケの鼻っ柱をへし折ろうとしているのでしょうか?


「おう良く聞いてくれた!そうよ、その通りよ、俺の機能は無駄なんかじゃねえ!
 やいそこの娘っ子、さっきは散々な事言ってくれやがったな!
 俺はすげえんだよく聞きやがれ!俺は…俺はな…お…れ…は…?」

「おれはなに?どういう機能があるの!?」

ああルイズ、今のあなたは最高に輝いていますよ。


「すまん…忘れちまった。」

『ズコーッ!』

私以外の皆が、盛大にずっこけました。
タバサも本を読んだ体勢のまま、床に倒れています。
本読みながらもこっそり聞いていたのですね、ああなんてラブリー。


「ああああああんたね、わわわわ忘れたですって、わわ忘れたですって!
 せせ説明書の癖に、せせせ説明書の癖に忘れたですって!?
 ふふふふざけんじゃないわよこの駄剣!駄剣!駄剣!駄剣!!
 何なのよこの無駄機能!」

「ま、待て娘っ子、忘れているだけで思い出すから、何とか頑張って思い出すから蹴らないで踏んづけないで、ぎゃー!」

ルイズが物凄い形相で、デルフリンガーを何度も何度も踏みつけています。


「まあまあ、落ち着いてくださいミス・ヴァリエール。
 デルフリンガーも必死に思い出そうとするでしょうから、そのうちこの剣の機能は見つかると思われるのですよ。」

「嫌よ、せっかく機能があるのに使えないなんて、そんなの宝の持ち腐れじゃない。
 ケティだった?あんた剣に詳しいみたいだけど、何か良い考えは無いの?」

このままだと本当に壊されそうなのでルイズを止めたら、思わぬ事を聞かれてしまいました。
私の不用意な一言で才人がどちらの剣を選ぶかのイベントが無くなってしまったので、まあ渡りに船ではあるのです。


「…そうですね、この手の魔剣には結構な確率で魔法を無効化する機能が備わっているのです。
 本来こういうものはメイジ殺しが持つべきものなのですから。」

平民出身の傭兵の中には、己の技量のみでメイジに効し得る『メイジ殺し』と呼ばれる人達が居ます。
そういう人達の中にはメイジの魔法を無効化する魔法が付与された武具を身に纏っている人も少なくないそうなのです。


「それはすばらしいわ、ぜひとも試してみなくちゃ。」

「そのボロ剣がねぇ…。」

デルフリンガーを抱えて目を輝かせるルイズを、キュルケが当惑した表情で見つめています。


「部屋の中で攻撃魔法を使うのは流石に危ないですから、外で実験してみるのですよ。」

「あら、それは名案ね。」

ルイズは笑顔で満足そうに頷いたのでした。





「ほ、本当にやるのか?」

本塔に吊るされたデルフリンガーが強張った声で聞いてきます。


「もちろんやるのですよ。
 それとも、ミス・ヴァリエールに蹴り壊されたいのですか?」

「どっちも嫌ってのは駄目か?」

ちなみに私はレビテーションで浮きながら、彼(?)を紐で釣り下げている最中なのです。


「あなたはミス・ヴァリエールの所有物ですから、そもそも選択権など無いのですよ。
 彼女の決定に従い、己の運命を黙って受け入れるのみなのです。」

「な…なんてこった、こんなに己の身が動けない剣であることを呪った事はねえぜ…。」

デルフリンガーは観念したのか、落ち込んだ声でボヤいています


「始祖プリミルに祈っておいてあげます。
 死後もあなたの魂が安らかでありますよう…。」

「何それ、おれ死ぬの!?死ぬ事前提なの!?」

おお、元気になったのです。


「冗談ですよ、たぶん大丈夫です、たぶん。
 あなたはたぶん魔法無効化能力を持っていますよ、たぶん。
 持っていなかったら私かミス・ツェルプストーの炎で跡形も無く溶けますが、たぶんあなたなら大丈夫です、たぶん。」

「滅茶苦茶『たぶん』を多用していませんか?
 何でおれから目を逸らすのですか?
 ぜんっぜんおれが大丈夫だと思っていねえなコンチクショー!」

まあデルフリンガーで遊ぶのはこれくらいにしておきましょう。


「では、頑張ってくださいね。」

「何を頑張れってんだ、どう頑張れってんだ、おれはただ吊るされているだけじゃねえか!
 畜生、もしも死んだら呪ってやる、化けて出てやるからな!」

さて、デルフリンガーには早めに覚醒してもらうとしますか。


「さあ、ちゃちゃっとやってしまいましょう。
 もう夜も遅いですし、私も早く寝たいのです。
 ではミス・ツェルプストー、間違えて宝剣を買ってしまった遣る瀬無さをあの剣に思う存分ぶつけてやってください。」

「やめろー!やめてくれぇ!おれはまだ死にたくねえよぉ!」

何という処刑シーン。
彼を吊るした私は、どう見ても悪役なのですね。


「あ…アレにファイヤーボールぶつけるの?」

「ええ、ご存分にどうぞ。」

キュルケの顔が引きつっています、ぶっちゃけ青いのです。
まあ嫌ですよね、いくら剣でも生理的な拒否感は出るのですよね、あんなのに魔法ぶつけるのは。


「ミス・ロッタ、あの剣に魔法無効化能力があると仮定したのはあなたでしょう?
 あなたが試すべきだとは思わなくて?」

「ヴァリエールの宿敵たるツェルプストーこそ、あの剣に魔法を放つのにふさわしいと思ったのですが。
 まあ、そうおっしゃられるのであれば、私がやります。」

今回は普通のファイヤーボールにするのです。
アレンジしてもしょうがありませんし。


「ファイヤーボール!」

「な、大きい!」

ただし、ファイヤーボールの容量に詰め込めるだけの魔力を詰め込んだ特大ですが。


「受けるのです、これが私の全力全開なのですよ!」

「ぎゃああああぁぁぁぁ!お助けええええぇぇぇぇぇっ!」

ファイヤーボールはデルフリンガーに向かって真っ直ぐ飛んで行き、ついに直撃しました。


「たっ、助けてくれええぇぇ…え?あれ?」

デルフリンガーに当たった途端にファイヤーボールは小さくなっていき、代わりにデルフリンガーのサビサビの刀身から錆が抜け、見事な白銀の輝きを放つようになりました。


「お…おおおおおお?
 思い出したぜ、そういやあんまりにもつまらねえ事にばかり使われるから、錆びて相手にされないようにしていたんだった!
 それと俺の能力は魔法無効化じゃねえ、魔法吸収だ!」

デルフリンガーの喜びの声が響き渡ります。


「どうやら魔法を吸収して自らの力に変える魔剣のようですね。
 もう少し魔法を吸収させてやれば、もっと機能が回復するかもしれないのです。
 ミス・ツェルプストー、お願いで…ん?なんですか、ミス・ヴァリエール?」

「はい!はい!私もデルフリンガーに魔法ぶつける!」

なんか、滅茶苦茶張り切っています、ルイズ。
もう少し後に頼もうと思っていましたが、デルフリンガーも元の姿に戻りましたし、このくらいでもかまいませんか。


「そうですね、持ち主であるミス・ヴァリエールが魔力を与える方がここは良いですね。
 では、ご存分にどうぞなのです。」

「うん、存分にやるわよ。
 ファイヤーボール!」

大爆発しました、しかもデルフリンガーのいるあたりにピンポイントで。


「やった、大当たり!」

しかし、爆発の煙が消えた後、そこにデルフリンガーの姿はありませんでした。


「…ヴァリエールの魔法で吹き飛んだかしら?」

「え?嘘、そんなまさか、あの剣魔法を吸収するんでしょ?」

まあ、固定化を無効化できる虚無魔法ですから、直撃したら消し飛ぶでしょうね。


「…デルフリンガー、惜しい剣を亡くしました。」

「そ、そんなぁ…。」

ルイズはヘナヘナとへたり込みます。
私もへたり込みたい気分です…まさかルイズの魔法が直撃するなんてラッキーショットがこんな時に起きるだなんて。


「あの剣、吹き飛んじまったのか?」

「おそらくは跡形もな…」

その時、頭上から風切り音が聞こえたかと思うと、私の目の前数サントにデルフリンガーが突き刺さっていました。


「ぅきゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉ、ケティ何を!」

思わず隣に来ていた才人に思い切り抱きついてしまいました。


「勝手に殺すんじゃねえ!
 おれは不死身だ!」

「なっなっなななななななな…。」

何という所に落ちてくるのですかと言おうにも、驚愕で舌が麻痺して喋れません。


「ちょっとケティ、ダーリンから離れなさいよ。」

「こっここここここここ。」

腰が抜けて才人に抱きついていないと立っていられないのですと言おうにも、舌が麻痺して声帯が引きつった状況では無理なのです。


「うお、ケティって結構でかい?」

「さささささささささささささっ!」

才人の鼻の下が伸び始めていますが、抗議しようにも口が動かないのです。


「こらーっ!ケティ離れなさい、離れなさいってば!」

「むむむむむむむむむっ!」

無理ですミス・ヴァリエールと言おうにも、発音すらままなりません。
ルイズに制服を思いきり引っ張られますが、離れたくても離れられないのをわかってください!
ああっ、キュルケまで加わってきました。
これは罰ですか、デルフリンガーをおちょくり過ぎた罰なのですか!?



「離れな…何?」

私達の背後に巨大な人影が現れました。


「ゴーレム。
 しかも物凄く大きい。」

「いったいなに?何なのよアレ!」

こんな時にフーケのゴーレムですかっ!
腰は抜けたままですし、腕を離して才人を自由にしようかと思ったら…。


「ななななななななな!(何で離れないのですかっ!)」

腕も硬直してるうううぅぅぅぅ!?
このままじゃあ、才人ごと踏んづけられてしまいます。


「離しなさいケティ、ふざけている場合じゃないってばっ!」

「ふふふふふふふふふっ!(ふざけてなどいませんっ!)」

キュルケとルイズが私の腕を引き剥がそうとするのですが、全く動く気配すらありません。


「ルイズ、タバサ!ダーリンとケティを何とか動かすわよ…って、タバサ?」

タバサがいない…と思ったら、タバサが乗ったシルフィードが急降下してきて、私達の前に降り立ちました。


「乗って。」

「乗ってって、ダーリンとケティはどうするのよタバサ。」

私達は置き去りですか?


「大丈夫、何とかする。
 だから二人とも早く。」

ルイズとキュルケがシルフィードの背に乗った途端にシルフィードが飛び立ちました。


「ちょっと待て、俺たち置き去りかよ、おーい!
 いやまあ、こんな死に方なら幸せかもしれないけどさ。
 ケティは柔らかいなぁ…。」

「ええええええええっちなななな!」

才人、無事に帰れたら制裁です。
断じて制裁するのです!

そんなアホな事をしている間にもゴーレムはどんどん近づいてきます。


「ああここで俺の人生も終わりか…そういえば、俺のキスって、ルイズとの契約でしたのだけだよな。
 もう一度女の子とキスしたいな、そう思わないか、ケティ?」

「おおおもおおもおおおもおおおもおおもっ!」

思いません、全く、これっぽっちも、欠片も思わないのですよ!


「んー…。」

才人の唇が、唇がどんどん近づいて…急に重力から解き放たれました。


「おわぁっ!なんだこれ!」

「ししるしるししるしるふぃーど!」

い、いろんな意味で危機一髪な状況は去ったのです
。命とファーストキスの両方の危機が、危機が去りました…。


「なんて大きいゴーレムなのかしら…。
 あ、本塔が!」

「いったい何をするつもりなの!?」

ゴーレムがルイズの傷つけた跡を思いきり殴りつけると、本塔の壁が崩壊しました
本塔の中の宝物庫を破壊し、ローブ姿のフーケが破壊の杖を持ち去っていくのが見えます。




ゴーレムは学院から悠々と立ち去り、暫くすると崩れて消えました…。


「ささ才人。」

体の硬直がやっと解けて来ました。


「お、ケティ、やっと話せるようになったのか。」

「よよくも、よくもすす好き放題にやってくくれたものなのです。」

制裁です…制裁なのですよ。


「わ、私も体が硬直して貴方にめ、迷惑がかかった事は、しゃ、謝罪します。」

「いや、ホント死ぬかと思ったよな、あはははは…は?」

何を暢気に笑っていやがりますか?


「身動きが出来ない私が喋れないのを良い事に、キスまでしようとしましたね?」

「えーと、ひょっとして怒ってる?」

ようやっと気付きましたか、この唐変木。


「これで怒らなかったとしたら、私はロマリアで列聖されるでしょう。
 降りたら、制裁です。」

「ひぃ!?」

このあと彼がどうなったのか、それは想像にお任せするのですよ。



[7277] 第六話 決戦に挑むは後の勇者たちなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:26
犯罪者は何時の世もいます
人は手っ取り早く稼ぎたいという誘惑に、なかなか勝てないものなのかもしれません


犯罪者は狡猾です
ですから、細心の注意を払って、相対しなければいけません


犯罪者は捕縛され裁かれるべきです
たとえどのような複雑な事情があれども、なのです




「ミセス・シュヴルーズ、昨夜の当直は貴方だったそうですが、あの時何をしていたのですかな?」

「申し訳ありません。
 昨晩は執筆の神様が降ってきて夢中で…。」

ミセス・シュヴルーズが、教師たちに囲まれてしょぼーんと縮んでいます。
確かに彼女も土のトライアングルですから、もしも当直していればゴーレム作って対抗は出来たでしょうけれども、そんな事したら巨大ゴーレム同士のガチバトル、まさに怪獣大戦争状態になってしまうのです。
そんな事になれば学園の施設に甚大な被害が出ていた事は間違いありませんから、むしろ居ないで大正解なのですよ。


「確かに貴方の魔法概論の著述は素晴らしいが、仕事を疎かにして貰っては困りますな。
 だいたい…。」

そう言っているのはミスタ・ギトー
一年生唯一のトライアングルだった私を『風が最強であることの証明をしてあげよう、撃ってきなさい。』とか名指してきたので、貫通力と直進性を最大限まで引き上げたファイヤーボールのアレンジ魔法で風の結界を撃ち抜いて派手に燃やしてあげたのも良い思い出なのです。
スクウェアでも格下を舐めると酷い目に会うという良い教材になりましたから、あれはあれで良い授業となりましたが…あれ以来、先生は私と目を合わせてくれません。
『そこまで跡形もなくアレンジしたなら、発動ワードを変えないと卑怯者のそしりを受けますよ?』とか、コルベール先生にも怒られました。
全力でやれと言うから本気でやったのに、酷いのです…。



「もうそれくらいでいいじゃろう、ミセス・シュヴルーズも反省しておるようだし、そのくらいにしておきなさい。」

オスマン校長が厳かな声で仲裁に入りました。


「責任を彼女一人に押し付けても仕方がない、そもそも当直をサボるのは常態化しておったし、わしも特にそれを咎めなかった。
 まさかあの宝物庫を破壊できるほどの巨大ゴーレムを作れるものがおるとは、わしも思っておらなんだ。
 今回の件の最大の責任はわしにある。
 責められるのはわしじゃろう。」

「オールド・オスマン!申し訳ありません、そしてありがとうございます!」

オスマン校長にミセス・シュヴルーズが抱きついて感謝しています…で、この鼠は私の足元から上を眺めていったい何をしているのでしょう?


「レビテーション。」

「ちゅ?ちゅちゅ!?ちゅー!?!?」

じたばたと鼠が暴れながら宙に浮いています。


「鼠さん鼠さん、貴方は何をしていたのですか?」

「ちゅちゅっちゅちゅ~♪」

私が笑顔で訪ねると、しらねーよといった感じで、鼠はそっぽを向きました。
しかし、鼠の癖にそっぽ向きながら口笛吹くとはやりますね。


「そうですか、答えないのであれば、答えたくしてあげます。
 鼠さん、寒くありませんか?」

「ちゅ?ちゅちゅちゅ?」

私の笑顔の質が変わったのに気付いたのか、鼠はぴたっと動きを止めました。


「そうですか寒いですか、それは可哀想ですから暖めてあげます。」

「ちゅ?ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅ!!!!!!」

命の危機を感じて再び暴れだした鼠を、炎の繭ですっぽり覆ってあげました。


「もももモートソグニル!?
 ミス・ロッタ、その鼠はわしの使い魔のモートソグニルじゃ!
 何か失礼をしたなら、許してやってくれんかの?
 そのままでは蒸し焼きになってしまう。」

「オールド・オスマン、実は私は破廉恥なのが大嫌いなのです。
 特に私の横に立っている、ミス・ヴァリエールのエロ使い魔とか。」

私の横には私と同じく昨日の事件の目撃者であるルイズ、エロ使い魔、キュルケ、タバサが立っています。


「エロ使い魔…。」

所々煤けたエロ使い魔がガックリと肩を落としています。


「今後、こういう事は起きないと誓っていただけるなら、開放することもやぶさかではありません。」

「わかった、わかった誓うでの、もうこんな事はさせんから放してやってくれ!」

わかって貰えたようなので、モートソグニルを開放してオスマン校長の掌の上に乗せてやりました。


「おお大丈夫かモートソグニル、熱かったのう、苦しかったの…げふっ!?」

「ちゅー!ぢゅ!ぢゅぢゅぢゅ!ちゅぢゅ!」

モートソグニルの頭突きがオスマン校長の顎にヒットしました。
モートソグニルは『てめーいつもいつも俺ばかりを死地に向かわせやがって、いい加減にしねえと殺すぞ』と言っているようです。
いや、ただの脳内翻訳なのですが。


「おおおおおお…。」

「ちゅっちゅちゅぢゅ!ぢゅーちゅちゅ!」

顎を押さえながら呻くオスマン校長を尻目に、モートソグニルは肩を怒らせながら巣穴に入ると、小さなドアをバタンと閉めました。


「…ジェ○ー?」

さすがオスマン校長の使い魔、器用な鼠なのです…。


「…で、犯人は誰かわかったのかの?」

顎をさすりながらオスマン校長は周囲に尋ねます。


「はい、壁のサインの他に、こんなものが宝物庫に置いてありましたから。」

コルベール先生の取り出したカードには《破壊の杖は確かに領収いたしました。土くれのフーケ》と、書いてありました。
貴方は何処の怪盗の三代目ですか、どれだけ自己顕示欲強いのですか、フーケ。


「随分と律儀な盗賊ね。」

「気に入らねえな、人を踏み潰そうとしておいて怪盗気取りかよ。」

ルイズは呆れるを通り越して感心しているようですが、踏み潰されそうになったエロ使い魔は馬鹿にされたような気分になっているようです。


「踏み潰されそうになりながら私に破廉恥なことをしようとするエロ使い魔もいるくらいですから、人を踏み潰そうとする怪盗気取りのお馬鹿さんも、当然居るに決まっているのですよ。」

「ぐっ…それまだ言うのか?」

エロ使い魔にはエロ使い魔以外の呼び名などありません。
取り敢えず、あっかんベーで答えておきます。


「…で、オスマン校長、破壊の杖とはいったい何なのですか?
 名前を聞けば、取り敢えず物騒な代物なのはわかりますが。」

「うむ、破壊の杖とはのう、わしが若かりし頃に命を助けてもらった恩人の持っていたアイテムなのじゃ。
 わしは若い頃、あちこちを放浪して修行に明け暮れていたのじゃが、たまたま運悪く飢えたワイバーンの群れに出くわしてしまってのう。
 わしも奮闘したが多勢に無勢、精神力は尽き、もはやこれまでかと思った時に颯爽と現れた男に助けられたのじゃ。
 頭に細い布を巻き後ろで縛り、見慣れぬ装束をまとった男でのう、確か《蛇》とか名乗っておった。」

…何なのですか、その生身でハインド墜としたり、戦車を撃破しそうな人は?


「その男が見た事も無い銃のような武器を駆使してワイバーンを全滅させた後、『念のために持っておけ、若いの』と言い、破壊の杖と簡単に組み立てられる頑丈な紙の箱をくれたのじゃ。」

どう見ても某伝説の傭兵です。本当にありがとうございました。


「彼はわしにそれを渡してくれたあと、颯爽と立ち去っていった。
 紙の箱は旅の途中で失われたが、破壊の杖は学院に持ち帰り、宝物庫で大事に保管しておいたのじゃ。」

オスマン校長はとんでもない人から、破壊の杖をもらったのですね。
破壊の杖よりも、むしろそちらの方がびっくりです。


「あの破壊の杖は、使い方はさっぱりわからんがわしの恩人がくれた大事なもの。
 何とかして取り返せないものかのう…。」

「オールド・オスマン…気をしっかり持ってください。」

肩を落とすオスマン校長をコルベール先生が慰めています。


「おおコンビナート君、わしを慰めてくれるのかね?」

「コルベールですオールド・オスマン。」

今度はコルベール先生がガックリと肩を落としました。


「しかし一体どこに行ったのやら…。」

「オールド・オスマン!盗人の居場所と思しき場所を知っている者がおりました!」

バンッとドアが開いて、ミス・ロングビルが入ってきました。


「おおミス・ロングビル、まさか盗人の居場所を探ってきてくれたのかね?」

「はい、塔から破壊の杖を盗んだという盗人のサインを見れば、天下の大怪盗土くれのフーケじゃありませんか。
 これの居場所を見つけることが出来ればお給金も弾んでもらえるかなと思いまして、徹夜で行方を探しておりましたの。
 こういう事は早く調べるに限りますから。」

フーケとして隠し場所まで行って、使い方が分からなかったから帰ってきた…の間違いでしょう?と言いたい気持ちをぐっとこらえて、ミス・ロングビルを見つめます。


「フーケと名乗る盗賊と思しき黒いローブの男が、近くの森の中にある廃屋に入っていくところを見かけたものがおりました。」

「おおそれは素晴らしい、流石ミス・ロングビルじゃ!」

見事に騙されていますね、オスマン校長…。
美人の言う事はすべて正しいのですね、わかります。


「それで、そこは近いのかの?」

「はい、王都とは逆方向ですが、徒歩で半日、馬車で4時間位の場所です。」

王都からだと7時間くらいかかる場所を選んだわけなのですか、なるほど。


「すぐに王都に報告し、討伐隊を向かわせるように連絡しましょう。」

「コルホーズ君、いまから王都に早馬を出しても2時間半はかかる。
 王都に救援を請うても、その間にフーケは逃げてしまうだろうて。」

ミス・ロングビルの色香に迷っている割にはまともな事言いますね、オスマン校長。


「少し惜しい、私はコルベールです。
 それはそうとして、王都から救援を請うても遅きに失するのであれば、どうすれば良いと?」

「忘れたのかの?我らもメイジじゃ。
 我らで破壊の杖の捜索隊を結成し、破壊の杖を取り戻せば良い。
 別にフーケと正面から対峙する必要は無い。
 盗まれたなら、盗み返せばよいのじゃ。
 フーケの目を盗んで破壊の杖を手に入れたら、とっとと逃げれば良いのじゃよ。
 あんな巨大なゴーレムと、いちいち戦う必要は無いでのう。
 フーケと戦うのは討伐隊に任せよう。
 コンキスタドール君、王都に討伐隊の派遣要請をしてきてくれるかの?」

本当に冴え渡っていますね、オスマン校長。
その話を全部目の前にいるフーケが聞いてしまっていなければ、なのですが。


「わかりました、では早速行って参ります!
 あと、私の名前はコルベールなのでお忘れなく!」

コルベール先生は慌てて走り去っていきました。


「それでは早速、破壊の杖の捜索隊を結成する事にする。
 我はと思うものは杖を掲げよ。」

誰も杖を掲げようとはしません。


「なんじゃなんじゃ情け無いのう、フーケから盗み返したともなれば愉快痛快な話の立役者として名を上げられるというのに。」

いやホント、これだけトライアングルやスクウェアのメイジが集まっていながら誰も杖を掲げようとしないとは、困ったものなのです。


「ギトー先生、風系統最強理論を実証するなら今なのですよ?」

「ぐっ…その私の自信と理論を粉々に打ち砕いたのは、いったい誰かね?」

あの程度の事で自信が無くなってしまったのですか…
風メイジは動いてなんぼなのに、私は動いていないギトー先生に対して貫通力と直進性を強化したファイアーボールを放っただけなのですよ?


「…惰弱なのですね。」

「今何と言ったのかね!?」

ギトー先生が私を睨みつけます…と、同じくらいに一人が杖をすっと掲げました。


「オールド・オスマン、私が行きます。」

「き、君がかの?」

杖を掲げたのはやはりルイズなのでした。


「ミス・ヴァリエール!
 貴方は生徒じゃありませんか、こういう危険な事は教師に任せて…。」

「先生達は誰も杖を掲げようとしないじゃないですか。
 皆、私よりも魔法が上手なくせに。
 皆、私よりも力も才能もあるくせに。
 誰一人として杖を掲げようとしないじゃないですか!」

ミセス・シュヴルーズはルイズを止めようとしますが、ルイズはそういってから教師達を睨みつけます。


「私も行きますわ、オールド・オスマン。」

続いて杖を掲げたのはキュルケです。


「キュ、キュルケ!?」

びっくりした表情を浮かべて、ルイズがキュルケを見ます。


「わわ、私を助けるつもりなの?」

「勘違いしないで欲しいわね、貴方を助ける気なんて更々無いわ。
 ただね、ヴァリエールが勇気を見せたこの場で、ツェルプストーの私が杖を掲げなかったとあれば家名の名折れ。
 恥ずかしくて二度とツェルプストーを私は名乗れなくなるわ、それが嫌なだけよ。
 …それとも、助けて欲しかったのかしら?」

ニヤリと笑って、キュルケがルイズを見下ろします。


「冗談言わないで、ツェルプストーに助けられたりなんかしたら、ヴァリエールの名折れだわ。
 つまり貴方と私はたまたま目的が一緒なだけ、そうね?」

「ふん、わかっていれば良いのよ、ヴァリエール。」

なんと言うか、随分と複雑なツンデレなのですね。


「私も行く。」

その次杖を掲げたのはタバサ。


「タバサ、貴方も来てくれるの?」

「ん、二人が心配。」

コクリと頷くその仕種が勇ましいながらも超ラブリー。


「オールド・オスマン、私も行くのですよ。」

「ケティまで!?」

予定通り、私も杖を掲げます。


「毒食らわば、皿までなのですよ。
 あの時、フーケのゴーレムに最初に遭遇したメンバーの皆が行くと言っているのに、私だけ行かないのも妙な話なのです。」

「え?ちょっと待て、他のメンバーが皆って、ひょっとして俺も行くのか!?」

自分を指差して、エロ使い魔が急に慌てだします。


「貴方はミス・ヴァリエールの使い魔ですから、もとより選択権などありません。
 行くのか?ではなく、行くのですよエロ使い魔。」

「え、選択肢無いの俺?
 つーか、剣一本であんなでかいのとどう戦えってんだよ?」

エロ使い魔が頭を抱えます。


「どうやって戦うかではなく、戦えなのです。
 無茶でも無理でも無謀でも、あのゴーレムに飛び掛っていきなさいエロ使い魔、デルフリンガー持って。」

「俺に死ねって言うのかよ!
 あと、エロ使い魔呼ばわりはいい加減やめてくれ。」

才人が涙目で迫ってきます。
そろそろ可哀想になってきたからやめますか。


「貴方の生殺与奪権は、私ではなくミス・ヴァリエールにあるのですよ才人。
 ミス・ヴァリエールを守るのです。
 使い魔は主人の命を守る時にこそ、最大の力を発揮するのですよ。」

そう言いながら、才人の耳元に口を近づけます。


「生き残って任務を果たせたら、一つだけ貴方の聞きたい事に答えてあげるのです。
 私に聞きたい事があるのでしょう、才人?」

「お…おう、わかった絶対だぞ。」

まあ、これで才人もやる気になってくれるでしょう。


「他にはおらんのか?仕方が無いのう…。
 では、お主らに任せるとするか。」

オスマン校長は大きく頷きました。


「ミス・タバサはその若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士であるし、ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く排出している名門で、なおかつ彼女自身がトライアングルじゃ。」

「ん。」

「任せて頂戴。」

こっくり頷くタバサと、髪をかきあげながらウインクするキュルケ。


「…って、え?タバサってシュヴァリエなの!?」

「ん。」

いいノリツッコミです、キュルケ。

「聞いた事無いわよ!?」

「聞かれなかった。」

まあ、私達と同い年で騎士爵位を持っている人なんてまず居ないですから、びっくりするのは当たり前なのですね。


「ミス・ヴァリエールは優秀なメイジを数多く輩出したヴァリエール公爵家の息女で座学は常にトップ、何よりその使い魔がメイジをものともせぬ強力な剣士じゃ。」

「あれ?よく考えたら私自身にちっとも戦える要素が無いような気が…。」

「強力な剣士か、へへっ。」

まあ、現状のルイズは戦力外ですよね、はっきり言って。


「ミス・ロッタは代々トリステインの軍人を輩出してきた家系に生まれ、その歳で既にトライアングル。
 学院の西に覗きがあれば行って焼き滅ぼし、東に夜這いが現れれば炎で薙ぎ払う。
 ロマンを求める男達を業火で蹂躙する、まさに地獄からの使者じゃ!」

「誰が地獄からの使者ですかっ!
 そもそも、そんな事はしていないのですよっ!!」

何時の間にそんな恐ろしげなものに成り果てていたのですか私は!?


「老い先短い爺のちょっとしたお茶目じゃ。」

「お茶目で私の経歴を捏造しないで欲しいのです…。」

モートソグニルに制裁を加えた仕返しなのですね、このくそじじい。


「この4人が向かう事に異議があるものは一歩前に出るのじゃ。」

一歩前にでたら、じゃあ手前が行けと言う話になるので、勿論誰も出ません。


「…居らんのか、つくづく情けないのう。
 まあ良い、では魔法学院は諸君らの努力と高貴なる義務に期待する。」

『杖に賭けて!』

私達が礼をすると、才人がきょろきょろしながら真似していて、吹き出しそうになったのは秘密です。


「では馬車を用意するから、それで行くが良いじゃろう。
 ミス・ロングビル、道中の案内は任せたぞい。」

「はい、かしこまりましたわ。」

彼女の口が弓の弧の如き笑みを浮かべていたのに気付いたのは、私だけだと思うのですよ。





「てっきだーてっきだー戦場だー!
 闘いがおれをーまってーいるー!」

「歌う剣ですか、め、珍しいですね。」

下手糞な歌をがなりたてるデルフリンガーに、ミス・ロングビルが話しかけているのです。


「デルフリンガー様だ、よろしくな美人の姉ちゃん!」

「は、はあ、宜しくお願いします。」

剣に話しかけられる体験など滅多に無いせいなのか、それともこれから起こす事に緊張しているせいなのか、ミス・ロングビルの態度は少しぎこちないのです。


「デルフリンガー。」

「おうなんだ、娘っ子?」

確か、鞘にしまえば静かになる筈なのに、何で話せるようにしているのでしょうか?
そろそろ目的地ですが、彼の下手糞な歌を強制的に聞かされ続けた私達は、既に精も根も尽きかけています。
音量が低いとはいえ、ジャイアンリサイタルみたいなものでした…。


「そろそろ目的地に着きますから、静かにしてください。」

「おう、わかったぜ。」

デルフリンガーの歌がやんだ途端に、周囲が静かになりました。


「あと、デルフリンガーは歌がとても下手なのですね。」

「ガーン、それを早く言ってくれ。」

デルフリンガーは傷ついたのか、鞘の中に引っ込んでしまいました。


「さて、この先は小道になるので馬車では入れそうもありません。
 徒歩で進みますから、皆馬車から降りてくださいまし。」

『はーい。』

皆馬車から降りて、先を急ぐのでした。



学院の広場くらいの開けた場所の真ん中に、朽ちかけた小屋が一軒あります。


「あれが、フーケのアジトかしら?」

「たぶん、隠れ家の一つ。」

不思議そうに呟くルイズにタバサが答えています。


「複数の拠点を用意しておいて、そこを転々としているという事なのですか。」

「おそらく。」

さすがはガリア王国特殊部隊の北花壇騎士団ですね、こういうのには詳しいみたいです。


「天下の大怪盗が、あんなあばら家にねえ…。」

「ああいう朽ちかけた建物のほうが、身を隠すにはうってつけ。」

呆れたようなキュルケの言葉にも、丁寧に返答するタバサが凄くラブリーなのです。


「私が聞いた情報から察するに、あの建物なのでしょうね。」

最後にミス・ロングビルの一言。


「じゃあ、作戦会議を始める。」

タバサがさらさらと木の棒で地図を書きはじめました。


「まずは斥候を向かわせて、フーケが中に居るか居ないかを確認する。
 必要なのは素早さ。」

「俺か…。」

ガンダールヴになると早いですからね、才人は。


「居たら、外で騒いでから、向かって右側に逃げて。
 出て来た所を私達が魔法で片付ける。
 居ない場合は中に入って皆で探索する。
 外に見張りが一人必要になる。」

「私がやりますわ。」

じゃないと、ゴーレム作って私達に襲い掛かれませんからね、ミス・ロングビルは。


「作戦開始。」

『おー。』



才人が慎重に小屋に駆け寄りますが、当然の如く誰も居ないので、誰も居ないというサインを送ってきました。


「じゃあ、行きましょう。」

「私は外で見張りをしておきます。」

頑張って、せいぜい大きなゴーレムでも作っていれば良いのです。



中に入って探索すると、破壊の杖はすぐに見つかりました。


「ジャベリン?」

アメリカ製の対戦車ミサイルで私の記憶が確かなら最新式です。

原作で出て来たのはM72だった筈ですが…まあ、オスマン校長助けたのも某伝説の傭兵だったみたいですし、気にするだけ無駄ですか。


「何でケティがそれの名前を知って…まあいいや、あとで聞くさ。」

「私、ミス・ロングビル呼んでくるわね。」

そう言って外に飛び出したルイズが、すぐに中に戻ってきました。


「ごごごごゴーレム!ゴーレムが来たわ!」

「何ですって!?」

同時に轟音とともに小屋の屋根が吹き飛びました。


「こりゃまたまあ、随分と張り切っているのですね、フーケ。」

前回と同様か、それ以上の大きさですよ、このゴーレム。


「アイシクルブリッド!」

タバサの氷の弾丸がゴーレムに直撃しますが、勿論効きません。


「ファイヤーボール!」

キュルケもファイヤーボールを複数生成してぶつけますが、やはり効きません。


「無傷。」

「はあ、駄目だわこりゃ。」

まあ、土の塊ですから、対人魔法じゃなかなか効きませんよね。


「ファイヤーボール!」

でも収束率を上げたファイヤーボールなら、結果は違うのですよ。
ゴーレム自体の動きは鈍いですから、いい的なのです。
私のファイヤーボールが当たったゴーレムの足が一瞬で蒸発して爆発を起こしました。
そのままゴーレムは横倒しに倒れそうになりますが、すぐさま足を構成しなおして復活します。



「凄い!一瞬だけどゴーレムの足が消えたわ!」

「別に凄くありませんよキュルケ、私と詠唱を合わしてくれれば貴方にも使えます。」

呪文をいじって収束率と回転を加えてエネルギーを高めただけですから、同じトライアングルであればキュルケも使うことは出来るのですよ。


「ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

私が右足を、キュルケが左足を狙い、足を失ったゴーレムはばったり倒れました。


「タバサ、いまのうちに破壊の杖を持って行くのです!」

なんだか、何度撃っても再生しそうな気配がするのですよね。


「わかった。
 シルフィード!」

「きゅいきゅいいいぃぃ!」

タバサは鳴きながら降下してきたシルフィードの背に、破壊の杖を乗せます。


「飛んで。」

「きゅい!」

そのまま一気に上昇していきました。


「私も手伝う!」

ルイズも先ほど私とキュルケがしていた詠唱を唱え始めました。


「ファイヤーボール!」

当然ながら、魔法は素っ頓狂な位置で爆発しました。


「ああっ!昨日は命中したのに!?」

流石に昨夜のデルフリンガーみたいなラッキーショットはそうそう望めるものでもありませんし、仕方がありません。


「…相変わらず失敗するのね、ルイズの魔法は。」

「前々から思っていましたが、あれは失敗は失敗でもただの失敗じゃありませんよ、キュルケ。
 まあ、戦闘中の軽口と思って、これから言う事は聞き流してくださればありがたいのです。」

ファイヤーボールでゴーレムの動きを止めながら、キュルケをちょっと驚かせてみるのです。


「たとえば私たち火メイジが対極属性である水メイジの《治癒》を使った場合、どうなります?」

「そりゃあ、魔法が発動しないか、または火が出て火傷させるだけだわ。」

そう、メイジの魔法には対極属性というものがあって、火メイジは水属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆も然り。
風メイジは土属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆もまた然りなのです。
決まった属性のないコモンスペルというのもありますが、それ以外で誰もが使える魔法というものはありません。
ですからタバサのように風と水が使えるメイジは居ても、風と土が使えるメイジはいないのです。


「そこで一つの仮定が浮かぶのですよ。
 全ての魔法の結果が爆発に帰結するルイズは、いかなる魔法を失敗しているのでしょう?」

「え?あれ?た、確かにそうだわ!
 ルイズの魔法は必ず爆発する。
 あれが確かに私達が水魔法を使おうとして失敗しているのと同じだと仮定すると…どうなるのかしら?」

ええいこの色ボケメイジ。
私に最後まで言わせるつもりですか。


「…つまり、これはおそれおおい事なので、あまりにもおそれおおい事なので、飽く迄も仮定なのですが。
 ルイズが全ての属性で対極属性を使用した時と同じ失敗を起こしているのだと仮定するのならば、私たち4属性のメイジが絶対に使えない魔法の属性を持っている可能性があるという事なのですよ。」

「おそれおおい…?
 私達が使えない属性の魔法って、まさか!?」

キュルケも流石に血の気が引きますよね、それは私達メイジにとって最もおそれおおいものなのですから。


「おそらくキュルケが今思い描いている事と、私が仮定した事は同じなのです。
 つまり、始祖の血は直系の王家ではなく、傍系のヴァリエール公爵家により多く受け継がれたという可能性があるという事なのです。
 私が跪くべき相手は王家ではなく、彼女であるかも知れないのですよ。」

「な…なんて事なの。」

王家の権威は始祖ブリミルの子孫である事にかなりの比重が置かれています。
虚無が傍系のヴァリエール家から出たという事になれば、ヴァリエール家の方が王家よりもブリミルの血が濃いという事になり、トリステインの東南部一帯を支配し、領地面積においてはクルデンホルフ大公国をも上回るヴァリエール公爵家の規模から言っても、王家の権威を上回る事になりかねません。
ですからこの件が公表された場合、トリステインは良くて王位の禅譲、最悪内乱なのです。


「それにしても、何で私にそんな事を?
 私はゲルマニア貴族なのよ?」

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、己の趣味をおろそかにしない女だと信じているからなのですよ。
 彼女が国王なんて野暮な仕事を始めてしまったら、あなたの趣味である彼女をからかう事もままなりませんよ?」

快楽主義者の彼女は、であればこそ趣味はおろそかにしない人です。
それ以上に、ああ見えてルイズをかなり大事にしていますしね、正面から言っても否定するだけなので言いませんが。


「確かにそうなったら私の趣味が阻害されるわね。
 それは最悪な事だわ、私は趣味を奪われるのが一番嫌いな女なのよ。
 確かに、この事は胸に仕舞っておいた方がよさそうね。」

「まあ戦闘中の軽口なのです、所詮は戯言なのですよ。」

さすがキュルケ、いい女なのです。


「馬鹿、早く下がれ、危ないだろっ!」

「サイトも前に見た事があるでしょ?
 錬金なら、対象を百発百中で爆発させる事が出来るのよ。
 だから、触れる場所に近づく事さえできれば、あのゴーレムにダメージを与える事だって不可能じゃないわ!」

いつの間にかゴーレムに突撃しようとし始めたルイズを、才人が必死になって止めています。


「あの決闘の時、サイトだって引き下がらなかったじゃない、私が何度やめてって言っても引き下がらなかったじゃない!
 平民の男に引き下がれない事があるように、貴族の女にだって引き下がれない時があるのよ。」

だからって『保身無き零距離射撃』を敢行しようとしなくても良いと思うのですよ。
ルイズは確かに運動神経良いですが、華奢ですからゴーレムに軽く撫でられただけで間違いなく死にますし。


「貴族の地位は血によって購われるの。
 国家と領民の為に血を流すのが貴族の務めなのよ。
 どうしても無理だというのであれば、名誉ある撤退もできるわ。
 だけど、私にはまだ手段が残っている。
 ここで逃げれば、私は戦う手立てがまだあるのに逃げたことになる。
 貴族である私がここから逃げるということはすなわち、貴族足り得ないということ。
 貴族足り得ないのであれば、そんな人間はヴァリエール家には不要なの!」

そう言ってルイズは才人の拘束から逃れると、自分に向かってくるゴーレムの拳を紙一重で交わし、杖をゴーレムの右腕に向けます。


「魔法が使えるものを貴族と呼ぶのじゃないわ!
 敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」

そして発動ワードを唱えました。


「錬金!」

途端にゴーレムの右腕が大爆発しました。


「見たか土くれ、ざまあ見なさい!」

ルイズは大爆発の中心にいたのに、多少煤けている他は見事に無傷です。
しかもルイズの錬金で吹き飛ばされた部分は、なぜか再生する気配がありません。
学校では固定化の効果を破壊していましたし、これが虚無の威力なのでしょうか?

しかし、ルイズにはゴーレムの左腕が既に向かってきています。


「くっ、しまった油断したわ!」

ルイズは何とかよけましたが、衝撃で倒れてしまいました。


「ルイズうううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

そこに疾風の如き勢いで駆け寄った才人が、ルイズを小脇に抱えて走り去っていきます。
ナイスコンビネーションなのです。


「馬鹿野郎!死ぬ気かお前は!」

「やってやったわ、サイト!」

ルイズがサムズアップしています。
才人に教わったのですね、そのジェスチャー。


「ファイヤーボール!」

問題は、腕以外は再生しまくりだって事でしょうか?
トライアングルが二人がかりで対応しているのに、そんなに燃費いいのですか、このゴーレム?


「ケティ!あのゴーレムどうやれば倒せる?」

いつの間にか才人が私の後ろにやってきていました。


「私は土メイジでは無いので詳しくはわかりませんが、ゴーレムの体には確か魔力のコアがある筈なのです。
 そこを破壊すれば何とかなるかもしれません。
 私もちょくちょくやってはいますが、どうにもうまくいきません。
 そうですね、ジャベリンの威力ならあれの上半身くらい破壊し切れるかもしれないのです。
 あれは第三世代型主力戦車を破壊できるだけの威力がありますから。」

「あ、あれを使っちまうのか?
 まあ確かに使い方はわかるけど…。」」

才人がびっくりしたような表情で私を見ます。


「使ってしまったほうがいいのですよ、どうせこちらの人間では原理の理解すらできない代物です。
 あなたはあれが使えるのでしょう?」

「ああ、何故かわからないけれども使い方がわかる。」

さすがガンダールヴ、武器なら何でも使えるというのは、伝説の傭兵顔負けです。


「私たちはもう少し持ちますから、才人は発射可能ポジションまで移動して、準備してください!」

「なんだかよくわからないけど、あいつを倒せるんなら任せたわよ、ダーリン!」

私たちは足を重点的に攻撃し続けてゴーレムの動きを止めているのです。
しかし、なんと言う再生力なのでしょうか。


「タバサ!破壊の杖をこっちにくれ!」

「ん。」

タバサがジャベリンを空中から投げ落とし、レビテーションをかけてふわりと着地させました。


「よし、これで決めるぜ!」

「わ、凄い、これこうやって使うの?」

才人はジャベリンを受け取ると、すばやく発射体制を整え始めました。
それを感心したようにルイズが見ています
ジャベリンは完全自動誘導方式の携行型打ちっ放し対戦車ミサイルなのです。
ロックオンすれば命中精度は95%以上、まあまず外す事など無いのです。


「往生せいやああああぁぁぁぁぁ!」

圧縮ガスによってミサイルが射出され、その後ロケットモーターに点火、トップアタックモードを使ったのか凄まじい勢いで上昇していき、一気にゴーレムの頭上から襲い掛かったのです。


『きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?』

凄まじい音と炎が周囲を蹂躙し、近くにいた私たちも衝撃で数メイル吹き飛ばされました。


「…きゅ、キュルケ、生きているのですか?」

「何とか…生きているわよぉ。」

まさかあんなに凄まじいとは…うかつだったのです。


「さすがのゴーレムも粉々に吹き飛んだみたいだけれども…火メイジが焼け死んだりしたら、末代までの恥だったわ。
 でも、なんて凄まじい火魔法だったのかしら。」

「さすがは8.4Kgタンデム成型炸薬弾頭なのです…。」

いい加減立ち上がらなくては…。


「おーい!大丈夫か、キュルケ、ケティ!」

才人達が走ってきました。
ミス・ロングビルも茂みの中から出てきます。


「凄いわダーリン、あのゴーレムを一撃だなんて痺れちゃう!」

「おわっ!?」

そう言いながら、キュルケが才人に抱きつきました。
ゆっくり立ち上がろうとしていた私よりも、立ち上がるのが遅かったのに、なんという神速。


「才人、ご苦労様なのです。」

「お…おう。」

抱きつくキュルケを横目で見ながら、才人は怯えた視線をこちらに向けます。


「そんなに怯えなくても、私自身に破廉恥なことをしなければ、私は怒ったりはしないのですよ、才人。」

「え?あー、そうだよな、うん。
 あー安心した。
 あははははは…。」

昨日の折檻が効き過ぎたのでしょうか?
少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。


「私は怒っていませんが、ルイズは怒っているようですね。」

「なにツェルプストーにでれでれしているのよ、この駄犬!
 それとケティ、いつの間に上級生の私達の事を呼び捨てするようになったのかしら?」

ドサクサ紛れに言い方変えたのですが、だめでしたか。


「いいじゃない、いちいち敬称で呼んでいたら面倒くさいわよ、ルイズ。
 だいたい私たち『戦友』じゃない。」

「戦友…わ、わかったわ、特別許してあげる。
 戦友、戦友ね、へへへ。」

うれしそうなのですね、ルイズ。


「皆様、ご苦労様でした。」

ミス・ロングビルがジャベリンの発射機を拾ってこちらに来ました。


「ミス・ロングビル無事だったのですね。」

「ええ、おかげさまで。」

ミス・ロングビルいえ、土くれのフーケはそう言いながら、ジャベリンの発射機をこちらに向けました。


「全員、杖を捨てなさい。」

「な…何故ですか、ミス・ロングビル!?」

ルイズは混乱した表情でフーケを見ています。


「何故か、見たらわからないのかい?
 フーケは見つからない、私が破壊の杖をあんた達に向けている。
 さて、あたしは誰でしょう?」

「まさか、あんたがフーケなのか!?」

サイトがフーケを睨みつけます。


「こんな形でどんでん返しとか、有り?」

「迂闊…。」

キュルケとタバサは杖を構えました。


「杖を捨てなって言っている!
 早く捨てな!」

ルイズとキュルケとタバサは杖を捨てましたが、私と才人は捨てません。


「何で捨てないのさ、こいつの餌食になりたいのかい!?」

「いいえ土くれのフーケ、私は貴方のしている事が滑稽で、今にも笑ってしまいそうなのを堪えていただけなのです。
 ねえ、才人?」

口を押さえながら、才人に視線を送ります。


「ああ、その武器の特性を理解していたなら、十人中十人が、あんたの事を指差して笑うだろうさ、フーケ。
 そいつはな、単発式だ。
 中のミサイルを込めなおさないと撃てやしない。
 そして、中のミサイルはもう無いんだ。」

「つまりですね、貴方は空の筒を抱えて私たちを脅しているのですよ、フーケ。
 …才人、やってしまうのです。」

才人はデルフリンガーを抜き放ちました。


「なっ!?ぐぅ…。」

そして柄の部分でフーケの鳩尾を強打しました。


「少し、眠ってろ。」

「そ…そん…な、テファ、ごめ…。」

そのまま、フーケは昏倒しました。


「ええと、おれの出番、こんだけ?」

「貴方にはふさわしいのですよ、デルフリンガー。」

だって、今回切るものなんてありませんでしたし。
本来出番なんてなかったのに、出してもらえただけ感謝して欲しいものなのです。


「ひどっ!剣は切って何ぼなんだ、ええいそこの美人の姉ちゃんでも良いから俺に切らせてくれ!
 ザックリでもブスッとでも良いから。」

「血に飢えた妖刀か、お前は!?」

才人が堪らずツッコミを入れます。


「せっかく戦場に来たのに何も出来なかったのでは、俺の存在意義が、アイデンティティーがっ!」

「ええい黙れこの妖刀!」

デルフリンガーはガチンと鞘に収められて静かになりました。


「さあ…帰るか。」

なんというか、どっと疲れました…。



「しかしまさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケであったとはのう。」

翌日、学院長室で今回の件の一部始終を報告しました。


「彼女をどうやって採用したのですか?」

「町の居酒屋で給仕をしておったところを採用した。
 わしのところに何度も何度もやってくるし、酒も注いでくれるし、隣に座ってしな垂れかかってくる。
 学院長の御髭が痺れますとわしの髭を触りながら何度も褒めてくれるし、尻を撫で回しても笑顔のまま。
 これはわしに惚れておるのだなと思ってつい…。」

知ってはいましたが、このエロ爺が学院長で良いのでしょうか、この学院?


「そ、そうですな、美人はそれだけでいけない魔法使いですな!」

「そのとおり、うまい事言うのう、コルベール君。」

「いえ、私はコルベールではなく…ああいや、それでいいんです。」

独身中年男の悲哀ですね、わかるような気はしますが、わかりたくありません。


「あれ?ケティ怒らないのか?」

「ここまで救いようがないと、もはや怒る気すら起きません…。」

「ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅー!?」

性懲りもなくやってきたモートソグニルを踏み躙りながら、溜息を吐きました。



「…さて、今回はご苦労であったの、諸君。」

『はい。』

気を取り直して仕切り直しです。
ちなみにモートソグニルには逃げられました。


「土くれのフーケから破壊の杖を取り返してきただけではなく、捕縛までやってのけるとはまさに天晴れじゃ。
 フーケは城の衛士に引き渡したが、おそらく死罪は免れぬじゃろう。
 あんな美人が死罪とは勿体無いが、仕方がない。
 それと、今回の功績を王室に報告した結果、そなたら四人にはシュヴァリエの爵位が授けられる事になった。
 …まあ、ミス・タバサはシュヴァリエを既にもっておるでの、精霊勲章になるようじゃが。」

「本当ですか?」

「ありがとうございます。」

これで、赤貧学生生活ともおさらばできるのですね。
ジゼル姉さまに奢らされまくりそうな未来が、容易に想像できて嫌ですが。


「オールド・オスマン、才人には何も無いのですか?」

「残念ながら、彼は平民じゃからのう。
 表立った褒賞は出来ぬが、慰労金として2000エキューが出たぞい。」

おお、なんか太っ腹ですね、王室。


「さて、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。
 破壊の杖も戻ってきたことでもあるし、予定通り執り行うでの、皆着飾ってくるのじゃぞ?」

そんな嫌イベントもありましたね、そういえば。
コルセットは苦しいし、化粧は面倒臭いし、男がいっぱい群がってきてウザいしで何一つ良い事がありませんが、学校行事ですから出ないと駄目なのですよね。
ああ、中止になればよかったのに。




「エトワール・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ジゼル・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢のおなぁーりぃー!」

恥ずかしいからいちいち入場する時に名前を叫ばなくて良いのですよ、しきたりですからしょうがない事ではありますが。
あと、私はかつてないぐらい徹底的にめかし上げられて、今回の舞踏会に出る羽目に陥りました。
真っ赤で胸の開いたドレスとか、私には挑戦し過ぎな格好なのですよ!
それというのも、遡ること数時間前の事なのです。


「はぁ…まさかケティが私達の預かり知らないところで大冒険していたとはね。」

ジゼル姉さまが目を抑えて天を仰いでいます。


「ケティ、あなたは確かにトライアングルで頭も回るけれども、私達の妹なのよ?」

エトワール姉さまの心配に潤む瞳がひたすら心に痛いのです。


「も、申し訳ございません、姉さま達。」

姉さま達の心配する心が染みるのです…。


「まあ、無事で帰ってきてくれてよかったわ。
 でも、今後はこんな事があるなら、私達に言ってよ?」

「そうよ、今回の件も全てが終ってから聞いたから、心臓が止まるかと思う程びっくりしたわ。」

姉さま達に何も言わずに行ったのは本当に失態でした。
心の中では既に土下座モードに入っています。


「本当に、本当に申し訳ございませんでした。
 今回の件の罰は何であろうが謹んで受けるのみなのです。」

「罰は何でも受けるのね?」

…えーと、エトワール姉さまの微笑みが何となく黒いのですが、気のせいですか?


「え?エトワール姉さま、罰なんか与えなくたって…。」

「ジゼルちょっと耳を貸しなさい。
 ゴショゴショゴショ…。」

エトワール姉さまに耳打ちされるジゼル姉さまの困惑の表情がイイ笑顔に変わるのはあっという間の事でした。


「確かに罰は必要ですわね、エトワール姉さま。」

「そうよ、必要よジゼル。」

わ…私はいったいこの先生きのこれるのでしょうか?



…という事があって、何をされるのかと思ったら、風呂に放り込まれて徹底的に磨き上げられ、髪をセットされ、着せ替え人形にさせられ、化粧を塗ったくられて舞踏会に出る羽目になったわけです。
『ケティは洒落っ気が薄いから、罰として今回はフル装備で出てもらう。踊りの誘いは一切断らない事。』と言われ、目の前が真っ暗になりました。
確かにこれは、間違いなく罰ゲームです。


「ラ・ロッタ嬢、私と踊っていただけますか?」

「はい、よろこんで!」

この「はい、よろこんで!」は、居酒屋のそれです。
もう、何かのアルバイトだと思って粛々と受け入れるしかありません。
何せ、ご飯を食べる暇もなく、くるくるくるくるくるくるくるくる男の子にとっかえひっかえ回転させられるのですから。
このままだとバターになってしまうので、何とか会場を抜け出すと、才人がいました。


「ルイズはどうしたのですか?」

「さっきまで一緒に踊っていたけど、疲れたみたいだから、一足先に部屋に帰ってもらった。
 ケティは?」

ぐーとお腹が鳴りましたが、もはや恥ずかしさを感じる気も起きないほど疲れています。


「聞いての通り、一切休みを入れずに踊り続けていたので、とても空腹です。
 もう一つ言えば、休まずに踊り続けていたので疲労困憊です。」

足もへろへろなので、才人の座っているベンチに腰掛けました。


「はぁ、癒されるのです。」

「何でそんな事したんだよ、踊るの好きなのか?」

才人が不思議そうに尋ねてきました。
そりゃ不思議ですよね、こんな派手な格好で踊りまくっていたともなれば。


「舞踏会で踊るのは大嫌いです。
 収穫祭に領民と収穫祭の踊りを踊るのはとても楽しいのですが。」
 
「じゃあなんで?」

才人の疑問ももっともなのです。


「姉さま達に黙って破壊の杖探索隊に加わり心配させてしまいましたから、これはその罰ゲームなのです。」

「罰ゲーム…ね。」

才人は苦笑を浮かべています。


「なんていうかさ、口調からも感じるけど、律儀だよなケティ。」

「本当に律儀なら、心配をかける前に姉さま達に話して出かけています。
 私は別に律儀ではないのですよ。」

ああ、今日は本当に疲れました。
お腹が減っていますが、だるくて食べに行こうという気が湧きません。


「…そうだ、話は変わるけど、ケティ。
 言っていたよな、この任務が成功して無事に帰れたら、ひとつだけ俺の質問に答えてくれるって。」

「良いですよ、好きな事を聞いてください。
 答えられることなら、何でも答えてあげるのです。
 破廉恥な事を聞いても答えてあげますが、後日制裁するのでお忘れなく。」

まあ、さすがにそんな事には使わないとは思いますが。


「そんな事聞かねえよ。
 おれが聞きたいのはさケティ、おまえはなんで俺の世界の事を知っているのかって事だよ。
 おまえは小学校の事も知っていたし、俺の世界の武器の事にも詳しかった。
 おれは…さ、ここに来るまでは武器の事なんかまるで知らなかったけど、ガンダールヴとかいう使い魔なせいで、武器の事なら何でもわかるらしい。
 でもケティは使い魔じゃないし、魔法も使える。
 なのに俺の国の学校の事も、俺の世界の武器の事も知っていた。
 何でだ?
 ひょっとして、俺と同じ世界から来た人に知り合いがいるとかじゃないのか?」

思った通りの質問ですね、まあ当たり前ですが。
だから、サイトには日本語で答えてあげました。


「知り合いじゃないよ、俺の前世が日本人だったんだ。」

日本語を話すと、何故か言葉が男っぽくなるのですよね。
たぶん、前世の頃の残滓なのでしょう。


「前世?
 っていうか、今日本語でしゃべった!?」

「日本語で喋れるよ、前世の記憶があるからな。」

それから私は私が生まれ変わった経緯を才人に語りました。


「怪獣に喰われた…って。
 おまえ、あの事件の犠牲者だったのかよ。
 TVでやっていてまるで実感なかったけどさ。」

「結局あれは何だったんだ?」

わけも分からず逃げ惑っているうちに化け物に喰われてしまったので、結局あれが何だったのかはわからずじまいでした。


「いや、俺もニュースよく見ていないからあまり分からないんだけど、宇宙人だとか、未知の生物だとか、突然変異だとか色々言われてた。」

「結局何だかわからないって事かよ。」

いったい前世の私は何者に喰われたのでしょうね、はぁ…。


「ところで何で兵器に詳しかったんだ?」

「軍事オタクだったんだよ、俺。」

自慢じゃありませんが、兵器のスペックなら今でも結構そらで言えますよ。
全く何の役にも立ちませんが。


「なるほどね…軍事オタクだったんだ、ケティ。」

何で目を逸らすのですか、失礼ですよ才人。


「そんなわけで、才人が帰る為の助けにはなれそうにないのですよ。
 まさか、死ねとは言えませんし、死んだからって記憶を持ったまま生まれ変わるだなんて保障もないのですし。」

トリスタニア語に戻して、才人に話しかけます。


「こっちの方が、もはや違和感ないな。」

「こちらで赤ん坊の頃から15年も生きているのですから、慣れるのは当たり前なのです。」

そして、15年も女性として生きれば、元の記憶が男であろうが、殆ど女の子になってしまうものみたいなのです。


「才人が元の世界に帰りたいのであれば手助けはしますよ、元日本人のよしみで。」

「ケティには今回も結構助けられたし、今後も協力してくれるなら助かる。
 この国に来てホームシックにかかっていたけど、元日本人がいてくれて嬉しいよ。」

私も久しぶりに会う日本人ですから、実は嬉しかったりするのです。
そういうちょっとした気の緩みが、才人に疑われる原因になってしまったのでしょうね。


「まあ、話し相手になるくらいなら、いつでもどうぞなのですよ。
 それでは体もだるいですし、そろそろ帰るのです。
 おやすみなさい、才人。」

「ああ、お休みケティ、また明日。」

ああ、眠い。
さっさとドレス脱いで化粧落として今日は寝てしまう事にしましょう。



[7277]  番外編 ハーレム願望も程々にして欲しいのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:29
ハーレムは男のロマン
女の子になった今でも、なんとなく憧れるものです


ハーレムは男の夢
まあ、夢だからいいのかもしれないのですが


ハーレムは男の野望
実現しようとすると、その、色々とあるものなのですよ




「ケティ頼む、話を聞いてくれっ!」

「いきなり土下座されても困るのですよ…。」

昼時、姉さま達が珍しく居ないので一人でお茶を飲んでいたら、いきなり才人に土下座をされたのでした。


「いやだって、ルイズに頼んでも駄目だっていうし、ここは土下座してでも頼みこむしかないかな…と。」

「…まあ兎に角、話だけは聞きましょう。」

どう考えても厄介事なのですが、土下座されたら聞くだけ聞くしかないのですよ。


「いや、実はシエスタっていう娘が居るんだけどさ…。」

才人が語ったのは、ジュール・ド・モット伯爵にシエスタが連れて行かれてしまいそうなので助けるのを手伝って欲しいという話なのでした。
いやしかし、ジュール・ド・モットの名をこんな所で聞くとは。
ひょっとして、アニメ版のエピソードとかなのでしょうか、これは?
アニメ版見ていないから、何が起きているのだか、さっぱりなのです。


「そのモット伯爵は、なのですね…じ、実はうちの親戚なのですよ。」

「な、なんだってー!?」

才人の顔が驚愕の色に染まったのでした。
ジュール・ド・モット伯爵には、うちの一番上の姉であるリュビ姉さまが嫁いでいるのです。
前にいらっしゃった時は夫婦仲睦まじい様子で、子供も6人目が出来たときだったのですが、アレだけ子供を作っておいてまだそんなに漲っているのでしょうか、彼は?


「シエスタはまだ行っていないのですね?」

「ああ、もうすぐ迎えが来るらしいけど…。」

モット伯に話を聞く必要があるのですね、出来得る限り本音を。


「他家の事情に割り込む事は気が引けるのですが、姉の夫の醜聞が宮廷に流れるようでは些か拙いのですね。
 …シエスタとは今すぐ会えるのですか?」

「おう、それは大丈夫だぜ。
 じゃあ、着いてきてくれ。」

才人について行くと、使用人たちの領域、つまりこの学園のバックグラウンドに入って行く事になったのでした。
通る人通る人がぎょっとして、慌てて後ずさって道を開けるのです。
貴族なんかが来て本当にすみませんという、いたたまれない区分になってくるのです。


「…これは、マントと杖は持って来ない方が良かったかもしれないのですね。」

「ん?何か言ったか?」

シエスタの事に気を取られて、私の状況に気づいていないのですか、才人。


「才人は鈍いのですね、と言ったのです。」

「今、俺酷い事言われた?
 ひょっとして酷い事言われた?」

正当な評価なのですよ、連れてくる人間の事を慮らないだなんて。


「おーい、シエスタいるか?」

「はい、サイトさんと…貴族様!?」

才人を見てほっとした顔を見せたシエスタがぎょっとした顔で私を見たのでした。


「お…お迎えが来たんですか?」

「え?いや違う、彼女は味方だよ。」

しかし、シエスタは警戒の色を隠そうとはしないのです。


「で、でも、その方はモット伯と姻戚関係にあるラ・ロッタ家のケティ様では?」

流石学院の使用人。
そのくらいの情報はリサーチ済みなのですね。


「このたびは姉の夫がご迷惑をおかけして、まことに申し訳ないのです。」

「え!?ちょ、ちょっと待って下さい、貴族様に頭を下げられるだなんて、そんな恐れ多いですわ!」

シエスタはあわあわと慌て始めました。
…ラ・ロッタではここまで慌てられないのですが、まあこれが普通の反応なのですよね。


「いいえ、例の噂が正しいとするならば、姉が夫の手綱をきちんと握れていない証なのです。
 ラ・ロッタ家としても、このような醜聞を流され続けるのはたまったものではないのですよ。
 この落とし前は、きっちり付けるのです。」

「落とし前って…何かやくざみたいだな。」

才人、貴族もヤクザも基本的に大きな違いは無いのですよ。
公権力を振るう事が出来るか、暴力を振るう事が出来るかの違いしかないのですから。
どちらも横暴にやろうと思えば、どこまでも横暴にできるのです。


「シエスタ、貴方の身柄はジゼル姉さまに預けます。
 あとで一緒に会いに行きましょう。
 それと、私の体格に合う使用人の服を一着用意して欲しいのです。」

「はい、それならお安いご用ですわ。
 幸いお嬢様は私と背格好が同じくらいですし、私のでいいならいくらでも。」

シエスタがこくりとうなずいたのでした。


「それで何するんだ?」

「スサノオノミコトは自ら生贄の身代わりになる事で、ヤマタノオロチと対面したのですよ。
 つまり、伯爵の本音が一番出る場所に直接赴く、という事なのです。」

いくら漲っているとはいえ、妻の妹に手を出したりはしないのですよ、たぶん。
リュビ姉さまの方にも手はまわしますし。


「スサノオノミコトって、どこかで聞いたような…?」

シエスタが首を傾げています…ちょっと不用心だったでしょうか?




『駄目!』

私の話を聞いた姉さま達の声が重なったのでした。


「妻の妹でも遠慮なく戴くような人だったらどうするのよ!?
 そんな危ない役目をあなたにさせられるわけがないでしょ!」

「いえ、ですがジゼル姉さま、身内の恥は身内で濯がないと…。」

ジゼル姉さまの目が三角なのです。


「それなら、私が行くわ!」

「ジゼル姉さまでは背が高過ぎるのですよ。」

「ぐっ!?」

それにモデルみたいなスレンダー体型なのですし、どう考えてもシエスタには見えないのです。


「じゃあ、私が行くわ。」

「エトワール姉さまの場合、恐ろしい事になりそうなので駄目なのです。」

「あらあら、何でわかったのかしら?」

やめて、モット伯のライフはゼロよ!なんて事になったら洒落にならないのですよ。
それと、さらっと同意しないで欲しいのです。


「やはりモット伯とは私が対面するしかないのです。
 ジゼル姉さまはシエスタの身柄を部屋で保護しておいてください。」

「しょうがないわね…わかったわよ。
 ケティに手を出したら、八つ裂きにしてやるんだから…ブツブツ。」

私を心配してくれるのはうれしいのですが、自重して欲しいのですジゼル姉さま。


「エトワール姉さまはこの話をリュビ姉さまに話して、出来得る限り怒らせて下さい。」

「あらまあ、そういうの大得意よ、私。
 リュビ姉さまを怒り狂わせればいいのね?」

頼んでおいてなんですが、少し不安なのです。
何する気なのですか、エトワール姉さま。




「シエスタ、シエスタという娘は居るか?」

「は、はい、私なので…ございます。」

ポーションで髪を黒く変色させ、そばかすを書いてシエスタっぽく見た目を変えて、使用人の服…つまりメイド服を着こんだ私が、モット伯の使者の前に進み出たのでした。
杖はスカートの下にベルトで括りつけておいたのです。


「どれ、まずは確かめるぞ!」

「キャッ!」

腕をつかんでぐいっと引っ張られたのでした。
そんな事をしなくても逃げないというのに、強引過ぎるのですよ。


「確かに黒髪とそばかす、旦那様のおっしゃった特徴と一致しておるな。
 …どこかで見たような顔立ちではあるが、どこで見たのだか、はて?」

「私のような平民の顔など、いちいち気にしていてもしょうがないでしょう?」

リュビ姉さまの顔を知っている?
偽物ならばここで成敗しようかと思っていてのですが、やはり本物なのですね…。


「まあ良いか、では来いシエスタとやら。」

「はい。」

私は使者に促され、馬車に乗り込んだのでした。




王都トリスタニア郊外にあるモット伯爵家の別邸に、私は連れてこられたのでした。


「あなたがシエスタね。」

「は…はい。」

背が高くて目つきのきつい美人のメイドさんが、私を見下ろしているのです。
威圧感ばっちりで、思わずたじろいでしまったのですよ。
いやしかし、やたらと胸を強調したデザインのメイド服なのですね…。


「ふむ…使用人なりに身なりはきちんとしているし小奇麗だわ、何より物腰に気品がある。
 流石は魔法学院のメイドね。」

「はい、ありがとうございます。」

魔法学院は給料も良く、使用人は平民ながらも素性のはっきりとした者しか採用されません。
給料も良く、福利厚生もしっかりとしているので、使用人の身なりはいつも小奇麗なので、怪しいものはまあまずいないのです。
…学院長がスケベ心を起こしさえしなければ、なのですが。


「でもその服!野暮ったいったらないわ。
 色気が足りないわね、色気が。」

「色気を強調するべき環境では無かったもので。」

まあ、学院のメイド服が野暮ったいデザインなのは確かなのですが、それには理由もあるのです。
エロい事で頭がいっぱいな青少年を集めた場所である学院で、いま目の前にいるメイドさんと同じような格好をしたメイドさんがいっぱいいたとしたら、父親のいないメイジの資質を持った子供を大量生産する破目に陥るのですよ。


「とにかく今の格好じゃ、旦那様の前に出せないわね。
 まずお風呂に入れて、徹底的に磨き上げるわよ。」

「は、はあ…。」

もうなんというか、ド直球でそういう事の為だけな感じなのですね。
顔が引きつるばかりなのですよ、エトワール姉さまが間に合わなかったら…か、考えるのは止めておくのです。


「お風呂メイド隊!洗いあげなさい!
 旦那様が気に入るように、一部の隙もなくぴかぴかに!」」

『はい、お姉さま!』

いきなり現れたメイド達に両腕を掴まれたのでした。


「え、あの、ちょっと…な、何なのですかーっ!?」

『ぴっかぴかに磨き上げまーす!』

そのまま脱衣所まで、物凄い勢いで引きずられるように連れてこられたのでした。


「さあ、脱ぎ脱ぎしましょうね?」

「女なら覚悟を決めて、ぱーっと!」

メイドさん達が私の周りを取り囲んで、手をわきわきさせながら色々と言っているのです。

ああ…何か夢にで出そうな?

「わ、わかりましたから、離れ…。」

「ああまどろっこしい、とっとと脱ぎなさい!」

「貴族の娘でもあるまいし、何を恥ずかしがっているのよ!」

貴族の娘なのですよー!?
ボタンをたちどころに外され、服をすぽんすぽん脱がされていくのです。


「あ~れ~…。」

ひいぃ、下着も何もかもをあっという間に脱がされてしまったのですよ。


「服飾メイド隊、採寸開始!
 この娘を磨き終わるまでに、一着仕上げるのよ!」

『はい、お姉さま!』

メジャーを持ったメイドさん達が現われて、私の体のサイズを徹底的に調べ上げて行くのでした。


「わー肌綺麗、貴族様みたいなキメ細かい肌だわ、手の皮も柔らかいし、本当にメイドなの?」

「胸が…聞いていたほど無いように見えるけれども、それでも結構大きいじゃない。」

右に回され左に回されひっくり返された後…。


『ヘイ、パス!』

「ひえええぇぇぇぇぇ!」

服飾メイド隊に放り投げられ。


『キャッチー!』

風呂メイド隊に受け止められたのでした。


『さあ、徹底的に磨き上げるわよ!』

「ひゃああああぁぁぁぁ。」

こうして私は風呂場に引きずり込まれていったのでした。
もう、わけのわからない悲鳴しか上がらないのですよ。
実は既にこの役を自ら進んで引き受けた事をかなり後悔し始めているのです。


「あら貴方、そのそばかす描いていたの?」

「え?ええ、実は貴族の坊っちゃん達に目をつけられないように、描いていました。」

偽そばかすがばれた時の誤魔化し文句を、あらかじめ考えておいて良かったのですよ。


「じゃあ、洗って取ってしまいましょうね。」

「じ、自分でできま…あぶぶぶぶぶ!?」

こうして私はこってり一時間、女として生まれてきた事を後悔する目にあわされたのでした。


「ひ…酷い蹂躙行為なのですよ、これは。」

洗うとか、全身洗浄とか、そんなチャチなものではないのです。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのですよ。


「あら、まだ終わっていないわよ?」

「な、なんですってー!?」

こ…このじごくはまだおわらないのですか?


「ええ、次は薔薇の香油を使って、全身マッサージよ。」

「全身薔薇の良い香りに包まれるのよ、そして旦那さまと…ああっ!」

正気でいられるうちに考えておくのですが、モット伯に変な事をされている割にこのメイドさん達は嫌そうではないのですね。
ひょっとして…こういう風に仕込まれてしまうのでしょうか?


「そ…それなんてエロゲ?」

「エロゲ?まあ良いわ、じゃあ、塗り塗りするわよ♪」

メイドさん達が薔薇の香油をたっぷり手に付けて、私の体に塗りこんでくるのですが、これが果てしなく…くすぐったい!


「あはははははは、や、やめて、やめ、くすぐ・・・あはははははははは!」

『塗り塗り~♪』

やめて、やめて下さい、私はくすぐったがりやで、昔からこういうのに弱…どこに塗り込んでいるのですかあははははははははは!


「あははははは!ひぃ、もうやめははははははははは!」

蹂躙第二段なのですかーっ!?


「あははははははは!」

『塗り塗り~♪』

地獄の時間はこうして過ぎて行ったのでした。




「…んっ、ここは?」

マッサージで笑い過ぎて、酸欠で気絶したのですね。
体を起こすと、大きなベッドの上なのでした。


「か…体に力が入らない。」

笑い過ぎで消耗したのか体に力が入らなくてうまく動かず、着替えの時に外されてしまったので、杖も無いのです。
魔法が使えなければ、私なんてただのひ弱な小娘に過ぎないのですよ。


「切り札は…この指輪のみ、なのですね。」

ラ・ロッタの家紋入りの指輪なのです。
これがあれば、私の身分証明が出来る筈なのですが、どこまで通じるやら。


「おおシエスタ、私の素敵なメイド。
 予想通り、いや、それ以上の美しさだ!
 マッサージの時に気絶してしまったと聞いたけれども、大丈夫かね?」

「あ、はい大丈夫なのです。
 ジュール・ド・モット伯爵なのですね。
 お久しぶりなのです。」

ふらつく足で立ち上がり、いつも通りに例をしたのでした。


「おお、使用人でありながら、貴族の娘並みに優雅な礼が出来るとは素晴らしい!」

「それはまあ、貴族ですから。」

モット伯の笑顔が『えっ?』という表情で固まったのでした。


「ケティ・ド・ラ・ロッタと申しますモット伯爵。
 前にお会いしたのは5年くらい前だったでしょうか?」

「な…顔を良く見せてくれたまえ。」

モット伯に促され、私は顔をしっかりと見せてあげたのでした。


「リュビが少女だった頃の面影が確かに…。」

「この指輪も見ていただければ、私の素性はわかっていただけるかと思うのです。」

指輪の家紋をモット伯に見せたのでした。


「このスズメバチの家紋は確かにラ・ロッタの…という事は、本物なのか?」

「はい、本物なのです。」

モット伯の表情が次第に蒼白になって行くのです。


「ひょっとして…この桃源郷はリュビにばれたのかね?」

「リュビ姉さまどころか、今頃姉妹全員に知れ渡っているのです…って、どうしたのですか?」

モット伯はトランクケースをベッドの下から引っ張りだすと、服をそこに詰め込み始めたのでした。

「未来に向かって逃亡するっ!」

「はあ?」

なんだかよくわからないのですが、必死なのですね。


「リュビと離婚したくないから、この屋敷を引き払って、ほとぼりが冷めたら会いに行く!
 リュビにそう伝えておいてくれたまえ。」

「駄目なのです!ここはおとなしくリュビ姉さまの沙汰を待つのですよ!」

逃げようとするモット伯の腰に抱きついて止めたのでした。


「いやだ、今度浮気したら離婚して子供を連れて実家に帰ると断言されているんだ!
 リュビと別れたくない、子供たちとも別れたくないっ!」

「誠意を持って謝り倒して、二度と浮気しないと始祖に誓ってみせれば、必ず許してくれるのですよ!」

ずりずりと引きずられながらも、モット伯の腰に抱きつき続けて重しになるのです。
な、なんというか、物わかりのいい人で助かりましたが、ここまで恐妻家だったとは。
なら、初めっからこんな場所作るな、なのですよ!

「無理だ!もう始祖に誓った約束も八回破っているから、今更何の効力もない!」

駄目だこの伯爵、早く何とかしないと…。


「兎に角、リュビに怒りを収め…ぎゃーっ!?」

「あ・な・た?
 また性懲りも無く、こんな屋敷をこさえたんですの?」

おお、修羅の登場なのです。


「あ、リュビ姉さま、お久しぶりなのです。」

「まさか、ケティにまで手を出すだなんて…あなたって人はなんて無節操なのファイヤーボール!」

説教と一緒にファイヤーボール、さすがリュビ姉さま、高速詠唱は姉妹一なのですよ。
勿論私はよけたのですよ、モット伯を置き去りにして。


「ぎゃああああああああっ!?」

火達磨の一丁上がりなのです。
加減はしていたようなのですが、いい感じに焦げているのです。


「ケティ、大じょ…うぉ、なんだその風俗まがいのメイド喫茶みたいな恰好は!?」

「男のロマン…なのだそうですよ。」

目を逸らして答えておく事にしたのでした。


「あなた、今日という今日は許さないわよ!」

「ごめんよリュビ、許して、どうか命だけは助け…はぶっ!?」

なんだか、夫婦喧嘩という名の凄惨な殺戮劇が始まっているようなのですよ。


「…取り敢えず、犬も食わない争いは放っておいて、外に出るのですよ。」

「そ…そうだな、おっかないし。」

血飛沫が舞っているのですよ、アレは生きているのでしょうか?
取り敢えず、悲鳴は上がっているようなのですが。




「悪は滅びたわ。」

リュビ姉さまがすっきりした顔で屋敷から出て来たのでした。


「ええと…モット伯の命は…?」

「水メイジだもの、放っておいてもいずれ再生するわ。」

リュビ姉さまが断言します…が、そういう生き物でしたか、水メイジって?


「まあ兎に角、あの人の事は大丈夫よ、制裁もきちんとすませたしね。」

「リュビ姉さま、モット伯爵と離婚なさるのですか?」

私の言葉にリュビ姉さまは首を横に振ったのでした。


「あの人は確かに浮気を繰り返しているけど、私の事も子供たちの事もとても愛してくれているのも事実なのよね、これが。
 それに…おなかに子供もいるしね。」

そう言って、リュビ姉さまはお腹をさすって見せたのでした。


「ええと…?」

「9人目よ。
 見てなさい、お父様とお母様を超えて見せるんだから。」

子供の数で競わないで欲しいのですよ、私もたくさん産まなくてはいけない空気になるではありませんか。


「あの人は愛が溢れて噴き出している人なのよね。
 だから、他の女にまで愛を振りまきに行ってしまうの。
 歳を取って、そっち方面が枯れるまで、取り敢えず我慢するわ。
 もちろん、浮気がばれたら同じ目にあわすけどね。」

「し…死ぬ前に枯れるといいですね。」

流石は炎の情熱を表す宝石、リュビ(ルビー)なのですね。
リュビ姉さまは一筋縄では無い、深い愛情でモット伯を包んでいるのでしょう。



その後、シエスタに全部白紙撤回された事を話すと、踊りださんばかりに喜んでくれたのでした。
私がワイン好きな事を才人が話すと、今度タルブに行ったら溺れるくらいのワインを用意すると断言してくれたのでした。
こ…これは是非ともお呼ばれしなくてはいけないのですね、じゅる。

あの館のメイド…ですか?
今も元気に働いているのですよ、学院で。
学院長に掛け合ったら、問答無用で全員採用とのお墨付きを頂いたのでした。
流石エロ学院長、扱いやすい。
しかし心配な事があるのです。

なんだか最近男子生徒の目線が、彼女たち新入りのメイドさん達に釘付けなのですよね。
服は学院の地味なものになったのですが、モット伯にそっち方面をがっちり仕込まれたメイドさん達ですから、そっち方面のフェロモンが出まくりなのかもしれません。
…父親不明のメイジが大量生産されなければ良いのですが。



[7277] 第七話 男はアホな生き物なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/31 23:38
お姫様は女の子の憧れ
実際になるのは、貴族という立場になってみてはじめてわかりましたが、勘弁して欲しいのです


お姫様と王子の悲恋
お話としてならば、それは美しくも悲しいものとして作れますが、巻き込まれたら大変なのです


お姫様抱っこで運ばれる
私にもいつかそんな日が来るのでしょうか?





ルイズの部屋は私の部屋の4部屋先の場所にあり、階段を下りるには彼女の部屋の前を通り過ぎなくてはいけないのです。
ですから時折才人が廊下に敷かれた藁の上で、毛布一枚被って震えながら寝ている風景は何度か目撃しています。
何か彼女の気分を害する真似をして叩き出されていたのでしょうね。
ですが…今回の格好は、いくら何でもないのですよ。


「楽しいですか、才人?」

「わん!」

全力で頭を横に振る才人の格好は犬耳に犬尻尾で半裸、首に巻かれた首輪には鎖までついていて、壁に繋がれています。
それだけならいつもの事が少しエスカレートした程度なのですが、何というかフルボッコ状態です。
顔は腫れていますし、体中痣だらけで非常に痛々しいのです。


「とても楽しいのですか、それは結構な事なのです。
 まあ、人の趣味はそれぞれありますし、私は何も言わないのですよ。」

「わん!?わんわんわんわん、わん!」

頭を横に振るだけではなく、胸の前で腕をバッテンに組みながら、涙目で才人が睨みつけてきます。


「では才人、ごきげんよう。
 おほほほほほ…ほ!?」

笑顔で立ち去ろうとしたら、才人に足首をがっちりと掴まれました。


「わん…って、ええいまだるっこしい!
 楽しいわけなんかあるか、むしろ痛いわ寒いわで今にも死んじまいそうだよ。
 お、ケティの足首暖かいな。」

「足首を離しなさい変態。」

手が凄く冷たいのですよ、才人。


「俺は変態じゃない!よしんば変態だとしても、変態と言う名の紳士だ!」

く○吉君ですか、あなたは。


「警備兵に引き渡しますか?」

「お願いですから勘弁してください。」

ナイス土下座です、才人。


「わかりました、話を聞きましょう。
 傷の治療のあてはありますし、厚めの毛布を帰り際に貸してあげますから、話している間は私の部屋で少し暖まっていけば良いのですよ。」

「おおサンキュー、恩に着るぜ。」

見ているこちらが痛寒くなりそうな格好ですからね
ルイズには後で文句を言われるでしょうが、これは幾らなんでもやり過ぎなのですよ。


「さあどうぞ、入ってください。」

「おお暖かい…って、本だらけだなこの部屋。」

まあ確かに本棚に収まりきらない量の本が、そこらかしこにうず高く積み上げられていますからね。
女の子らしさはほとんどゼロの非常になんと言うか、自分で言うのもなんですがヲタな部屋です。


「実家の私の部屋に置いてる本の一部を持ってきたら、とんでもない事になりました。
 図書館に重複する本がいっぱいあったので、そういうのは殆ど送り返したのですが…。」

「いやそれは良いんだが、何でタバサがこの部屋に居るんだ?」

私の部屋の隅っこで、タバサが椅子に座って静かに本を読み続けています。
この前一度、タバサに本を貸す時に部屋に招待したら、それ以来機会があれば私の部屋に訪れて本を読んでいます。

まさに 計 画 通 り。(ニヤリ

…いやまあ、偶然なのですけれども。


「この部屋にあるのは、図書館には置いていない本ですからね。
 タバサは見てのとおり本を読むのが大好きですから、私の部屋によく来るのですよ。
 学術書も多々ありますが、タバサが今読んでいるのは一族に疎まれ、様々な試練に陥れられる王女とメイジ殺しの少年の恋を描いた物語なのです。」

「ばらしちゃだめ。」

タバサの微かに赤くなった頬がラブリーなのです。


「タバサ、才人の治療をお願いできませんか?」

「ん、わかった。」

タバサが《治癒》を使うと、才人の顔の腫れは徐々に引いていき、体中の痣も消え始めました。


「相変わらず凄いな、水魔法は。
 こんな事、日本でも出来ねえよ。」

こんな事が出来るようになったら、医学上の大革命がおきますよね、いやほんと。


「タバサ、ありがとうございます。
 今度マルトーさんに頼んで厨房を貸してもらいますから、キュルケも呼んで一緒にハシバミ草料理でも食べましょう。」

「ん。楽しみにしてる。」

そう言って、タバサは再び読書に戻りました。


「ホットワインなのです。
 これでも飲んで、人心地つけてください。」

「おお、暖かい…。
 ワイン暖めて飲むなんて初めて聞いたよ。
 いやだけど美味いワインだな、これ。」

才人は木のカップに入れたホットワインをフーフーしながら呑み始めました。


「美味しいに決まっているのです。
 それはラ・ロッタのワイナリーで作ったものなのですから。」

肥沃な土地と、豊かな水源と、豊富な日照を全て兼ね揃えた土地ですからね。
交易路から外れ過ぎて売るに売れませんが。


「ケティの家ってワインも作ってんのかよ。」

「タルブのように売るほど大量には作っていませんよ、皆の飲む分だけなのです。」

取り敢えず才人が一杯飲み切ったら、話を聞くとしますか。




「…さて才人、どうしてこんな扮装をしているのか教えてください。」

ホットワインを飲み終わった才人に、もう一杯ホットワインを渡しながら尋ねます

「実は…。」

才人はルイズが自分に惚れているんだと思って、寝込みを襲ったら蹴りまくられた挙句、犬の扮装をさせられて叩き出されたという事の一部始終を語ってくれました。


「エロ使い魔、貴方は死んだ方が良いと思うのです。
 むしろ死になさい、今すぐここで。」

…今すぐ部屋から叩き出しましょうか、このエロ使い魔。

「いやだって…一緒に踊った時のルイズさ、頬が赤くて目が潤んでいたんだぜ?
 っていうか、またエロ使い魔呼ばわり!?」

「酒飲んで踊れば、誰だってアルコールが回って顔も赤くなれば目も潤むのですよ。
 それはルイズだろうが、酔っぱらったおっさんだろうが同じなのです。
 私は現在ワイン3本目ですから、よく見てください。」

そう言いながら、才人に顔を近づけます。


「私の目は潤んでいますが、才人にはこれが恋の潤みに見えるのですか?」

「いいえ。
 それは酔っ払いの目の潤みです。」

才人は横に首を振ります。


「私の頬はほんのり赤くなってきていますが、貴方に惚れているように見えるのでしょうか?」

「いいえ、全く。
 それは酔っ払いの赤ら顔ですというか、ケティは既にワイン4本目なのでもう止めた方が良いと思います。」

失敬な、ワイン4本くらいまだまだ序の口なのですよ。
…このままだと、今月送られてきた分を呑み尽してしまいそうなので自重しますが。


「ルイズの瞳が潤んでいたのも、頬が赤らんでいたのも、酒飲んで踊ったせいだという事は理解できたのですね?
 人は自分の願望に記憶をすり合わせようとする事がよく起こります。
 記憶というのはそのくらい曖昧なものなのですからから、気をつけて…ん?」」

「……………。」

押し黙る才人の視線が何か低いので、辿ってみました。
私の寝巻きが捲れて、下着が見えています。


「…才人、私の下着がそんなに珍しいのですか?」

「い…いやだって、急に捲れたら思わず見ちゃうだろ!?
 ルイズは履いていなかったし…。」

気持ちはわかりますが、生まれ変わってからの15年が貴方を許すなと言っているのですよ、エロ使い魔。


「言おうとしたんだ、言おうとしたんだけど、どう言えばケティが怒らないかを考えていたら…。」

「足を動かした時に寝巻が捲れて見えた下着を凝視していたわけなのですか。」

そういう事なら仕方が無い…のですね。
まあ、十分怯えていますし、寝巻も元に戻しましたし、なによりタバサにもう一度治療を頼むのも馬鹿馬鹿しいのでこのくらいで勘弁しておきましょう。


「まあ良いのです、このくらいでいちいち制裁されていたらサイトも身が持たないでしょうし。
 いま毛布を出しますから、それを飲み終わったら帰るのですよ。」

「わかった、あまり長居するとルイズが騒ぎ出すかも知れないしな。
 サンキュー、ケティ。」

そう言ってから、ホットワインを飲む事に集中し始めたサイトをぼんやり眺めます。
そういえば、フリッグの舞踏会の晩、才人がニューヨークでのあの事件を知っていたという事は、ちょっとした驚きでした。
私はてっきり「なんだそりゃ!?」と、驚くと思っていたのですから。
勿論、才人の世界に「ゼロの使い魔」は無いでしょうし、それを思いつくヤマグチノボル氏も居ないでしょう。

ただ、才人の世界でも私の世界と同じくニューヨークで怪物が暴れまわる事件が起きた…という事は、おそらく私と才人の世界は並行世界としてはかなり近い世界な筈なのです。
ひょっとすると、前世の私の両親が実在しているかもしれませんし、もしかしたら前世の私も怪物に喰われずに生き残っているかもしれません。
ですから才人が向こうの世界に戻れる日が来たら、一緒に戻ってみるのも面白いかなと思っているのです。

…取り敢えず、男言葉の日本語を何とかしましょう。
元はとにかく今は淑女なのですから。


「よし、温まった。
 じゃあ帰るよ、タバサも傷治してくれてありがとうな。」

「ん。」

才人の謝辞に、タバサがコクリと肯いています。


「風邪を引かないように、毛布にしっかり包まって寝るのですよ?」

「ハハッ、ケティって母さんみたいな事を言うのな。
 じゃあな。」

そう言って、才人はドアを閉めました。
年下の乙女に向かって《母さん》は無いと思うのです。
まあ、転生した分精神的に老けているというのは確かに否めないものがありますけれども。


「さて、私もそろそろ寝るのですよ。
 タバサ、帰る時に明かりを消して行って下さいね。」

「ん。
 おやすみ。」

私はベッドに入るとタバサのところ以外の灯りを消して、目を閉じるのでした。





翌日、授業中にめかし込んだミスタ・コルベールが入ってきました。
鬘が無い…滑り落ちるから乗せるのを諦めたのですね、わかります。


「突然ですが、フーケ捕縛の件で何と王女殿下が御行幸なさる事になりました。
 ミス・ロッタは殿下の謁見が許されましたので、後で校長室に来るように。
 他の皆さんは王女殿下の出迎えの為に正装の準備に取り掛かってください。」

「ミスタ・コルベール、それは良いのですが、授業はどうなるのですか?」

折角、授業をしているドートヴィエイユ先生の脱線話が架橋に入ってきたところでしたのに。


「今日の授業は午後を含めて全て中止となりました。
 総出でこれより式典の準備にかかるのです!
 殿下にくれぐれも粗相の無いように、立派な貴族として振る舞ってください。」

ああ…友人と旅に出て、路銀をすられたドートヴィエイユ先生がどうやってその窮地を切り抜けられたのか、もう少しで聞けたのに残念なのです。




『トリステイン万歳!アンリエッタ王女万歳!』

数時間後、大喝采の中、20頭のユニコーンに引かれた豪奢な馬車が、学院の中に入ってきました。
ユニコーンは純潔の象徴として神聖視される生き物ですが、処女しかその背に乗せないという困った習性があります。

私は大丈夫ですが、学院の中には近寄る事をためらう女子も結構いるのではないかと思うのです。
ほら、通りの表にいた何人かの女生徒が、慌てて奥に引っ込み始めています。
レディの秘密をその習性で暴いてしまうとは、なんて下品な生き物なのでしょうか。

まあなんにせよ純潔の象徴なので、清純無垢なる王女を運ぶにはまさにうってつけの馬です。
王女の向かい側に、痩せこけたおっさんが乗っていて台無しですが。


「はいはい、ちょっとどいたどいた。」
 
そんな声がしたあと、ぐいっと押し退けられました。


「いた、痛い、何をするのですか!?」

「およ、ケティ?」

そこに居たのは才人です。
相変わらず犬耳ですか、そしてまたフルボッコになっています。


「いたた…昨日の恩を忘れて私を押し退けるとはいい度胸なのですね、才人?」

「しっかり人を掻き分けたわね、褒めてあげるわ駄犬。」

その才人の横からルイズがニュッと首を出しました。


「ルイズ、貴方の仕業ですか。」

「ケティ、ちょうど会いたいと思っていたのよ。
 うちの駄犬に勝手に施しをしてくださったんですって?
 私の使い魔が何をされどうするかは私の自由ですのよ、勝手に餌や毛布を与えないで戴けるかしら?」」

ルイズが私を睨みつけます。
ああ、やっぱり怒られましたか…。


「ルイズ、貴方のされそうになった行為には同情を禁じえません。
 恐らく怒りで脳味噌が沸騰しているのでしょうが、落ち着いて考えた方が良いのです。」

「何がよ。」

ルイズは私を剣呑な光に満ちた瞳で見つめます。


「年頃の乙女である貴方が、同じくらいの年頃の男に犬の扮装をさせて首輪をつけて、鎖で繋いで歩いているのです。
 しかもそれを公衆の面前で。
 想像してみてください、貴方はそういう人間を見て、どういう感想を抱くのでしょう?」

「え!?うーん…えーと…あー…うー…ぎゃー!」

ルイズは客観的に光景を想像したのでしょう。
赤くなって、青くなって、真っ赤になってから、蒼白になって絶叫しました。


「へへへ変態、わわわたし今、わたし今、物凄い変態だわ。
 きゃ客観的に見ると、サイトを通り越してこの国最高峰の変態に輝いているわ、私。」

「俺を通り越した変態…って、俺は変態なのかよ!?」

やっと気付きましたか変態娘。
そして黙りなさい真の変態、強姦未遂犯が変態でなくて誰が変態だというのですか?
才人に兎に角罰をって事で頭がいっぱいになっていたのでしょうけれども、今のルイズと才人の状態はどう見てもSM変態カップルなのです。


「サ、サイト!
 もうその格好いいから、部屋の鍵貸してあげるから、いつもの格好に着替えてきなさい、可及的速やかにっ!」

「お、おう、わかった。」

ルイズから部屋の鍵を渡された才人が、走り去っていきました。


「一つ聞きますがルイズ、サイトにあの格好をさせて学院中を練り歩いたのですか?」

「ああでも、何もかもが遅いのよ、もう…。
 ああ…これで普通の思春期女子として終わったんだわ、私。
 さよなら清純可憐な私、こんにちわドS女ルイズ…。」

ルイズが真っ白に燃え尽きているのです。
これは、何を言っても最早聞こえないでしょうね。


「ふふ…終わったわ、何もかも。」

何か、後ろからも同じような台詞が聞こえてきたので振り向いたら、真っ白になったキュルケが居ました。


「キュ、キュルケどうしたのですか!?」

「私の火魔法が、ケティから教えてもらったアレンジも加えてみたのに、駄目だったなんて…私の渾身の火魔法が…。」

こんな魂の抜けたキュルケを見るのは始めてです。


「タバサ、いったい何が起こったというのですか?」

「ミスタ・ギトーの授業。
 キュルケが魔法を全て弾き返された挙句、その炎で滅多打ちにされた。」

あのおっさん、キュルケがこんなになるまでいたぶるとは…。


「わかりました。
 キュルケのこの落とし前は同じ火メイジである私が、責任を持ってきっちりとつけます。」

「お願い。」

タバサは基本的に風メイジなので、ギトー先生を倒しても風最強理論を崩せませんからね。
しかし、それぞれの属性に強弱の差なんてのは無く、基本的にどう工夫するかにかかっているのに、何で風最強に拘るのでしょうか、あの人は。


「キュルケ、キュルケ、コルベール先生に頼んで一緒に魔法の練習をしましょう。
 あなたは天才肌ですが、それ故に力任せ過ぎな所がありますから、そこを直せばギトー先生にだって勝てるかもしれません。」

「…そうね、ツェルプストーの火を馬鹿にされたままじゃいけないものね。」

真っ白になっているキュルケを軽く揺さぶりながら励ましたら、何とか復活してくれました。


「さあ私の手を取って、立ち上がるのです。
 私はいつもキュルケと一緒なのです。
 私達火メイジの輝かしい未来がそこにあるのですよ。」

「ケティと一緒に…火メイジの輝かしい未来を…。」

ついでにマインドコントロールも施すのですよ、精神的なショックを受けている時は暗示がかかり易いのです。


「そうです、共に行きましょう。
 そして、強く、強く、強く、強く、強く、強くなるのです…。」

「強く、強く、強く…。」

ぐるぐるぐるぐるぐる~。


「駄目。」

「いたっ!?」

「あいたっ!?」

タバサに杖で叩かれました。


「暗示で洗脳したら、駄目。」

「駄目なのですか?
 いやまあ、半分冗談でしたけれども。」

タバサなら、タバサならきっとツッコんでくれると信じていました、本当ですよ?



「トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下のおなーりー!」

おお、そういえば姫殿下の出迎え式でしたね、すっかり忘れていたのです。
レッドカーペットが敷かれ、皆が固唾を呑む中ドアがかちゃりと開き、出て来たのは…


「皆のもの、出迎えご苦労である!」

もう少し空気を読めないものですか、この鳥の骨は?
周囲のげんなりとした視線を少しは気にしてください。
そういう事をやっているから、王権の奪取を企んでいるとか、反対派にいいように悪い噂を流されるのですよ。


「お、間に合ったか。」

「あ、ダーリン、元の格好に戻ったのね。」

サイトが元のパーカー姿に戻って、帰って来ました。
…デルフリンガーを片手に握っているという事は、ガンダールヴの力を使ったのですね。
間に合わせる為とはいえ、しょうも無い事に伝説の力を…。


「ちょうど間に合いましたね、才人。
 姫様がちょうど出てくるところなのですよ。」

「あ、姫様来たの?
 ちょっとサイト、どけなさ…あ…。」

ルイズがサイトを押しのけて、姫様の方を見た途端に動きが止まりました。
目がキラキラ頬がほんのり赤くなっています。


「どうしたのルイズ…あら、いい男。」

ルイズの視線を追ったキュルケも、ちょっぴり頬が赤いのです。


「いい男なのですか、どれどれ?
 ああ成る程…。」

へえ、アレがジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドなのですね。


「いい男よねえ…ねえ、ケティ?」

「髭面の男はインチキ臭そうなので、好みでは無いのですよ。」

まあワルドですし、髭面が駄目な以上にワルドってだけでアウトなのですよ。


「タバサはどうです、ああいうのは?」

「興味無い。」

ですよねー。


「…ふ、所詮は淡い夢だったか。」

私達女性陣に空気扱いされて才人がいじけていましたが、相手にしない事にしておくのです。




「な…シュヴァリエ叙勲は無しなのですか…?」

校長室に入っていきなりシュヴァリエ叙勲は無しになった事を告げられました。
姫様と枢機卿引っ張り出してきてそれですか…というか、それ誤魔化す為に姫様と枢機卿引っ張り出してきたのですね?


「はい…申し訳ございません。
 先月、わが国のシュヴァリエの爵位には非常時動員の義務が付与されていたようなのです。
 なので、学生にシュヴァリエ叙勲はふさわしく無いという事になりました。
 なので、ミス・タバサと同じく、皆様にも精霊勲章を授与する事になりましたの。」

そういって、姫様は深々と頭を下げられました。
精霊勲章にも年金はつきますが、シュヴァリエに比べると見劣りするのです。
…まあ、学生のお小遣いとしては過分なので良しとしますか。


「ルイズ、ああルイズ、久しぶりね。」

「アンリエッタ姫様、お久しぶりでございます。
 はい?何でしょうか姫様?」

姫様がルイズに勲章を着けながら、何か耳打ちしています。


「ねえケティ、ルイズとあのお姫様知り合いなの?」

「一応、親戚ですから交流はあるのではないのでしょうか?
 よくは知りませんが…。」

たぶん、今夜ルイズの部屋に行く事を告げているのでしょうね。
ルイズの顔が徐々に硬直していくのがよくわかるのです。
…さて、今夜寄らせて貰うとしますか。





「…で、女子寮で何をなさっているのですか、ギーシュ様?」

「け、ケティ!?」

そろそろかなと思って部屋から出たら、ルイズの部屋の扉にぴったりと耳をつけているギーシュを発見しました。


「や、やあ、奇遇だね、ケティ。
 今日も蝶のごとき可憐さだよ。」

「わざわざ女子寮に来ておいて奇遇も無いのですよ。
 ミス・ヴァリエールに夜這いなのですか?」

ルイズのところは無いにしても、おおかたモンモランシーの所に行こうとしていたところで偶然姫様を発見したのでしょう?
でないとギーシュがわざわざ女子寮の近くを通りかかる理由もありませんし…。


「そんなわけ無いじゃないか、僕が夜這いだなんて。
 …な、何か目が怖いけれども、どうかしたのかね?」

「何でもないのです。
 …で、ミス・ヴァリエールの部屋のドアに耳をつけて何をなさっているのですか?」

私の目が怖くなったりはしていないのですよ。
ギーシュの気のせいなのです。


「姫様がアンリエッタ姫様がミス・ヴァリエールの部屋に来ているのだよ。
 姫様が出てきたら、是非とも僕の事を覚えてもらいたいのだ。
 あの白く美しい百合のような方に僕の事を覚えていただけたら、それだけで僕は、僕は…。」

「…僕はなんでしょうか?
 そもそも何故私の前で、そういう事を言うのですか?」

なんだかよくわかりませんが、ひどく不機嫌になって来たのですよ。

「え…?ええと、ケティ、ひょっとして怒っている?」

「ギーシュ様、何を怯えているのか知りませんが、私は怒ってなどいないのですよ?」

ギーシュは何故じりじりと下がっていくのでしょうか?
そのままだとルイズの部屋のドアを開けてしまいそうなのですが。


「ケティ、ケティ、落ち着くんだ。
 君が僕みたいなフラフラした男がどうしても許せないのは知っているけど、落ち着いてく…ヒィ!?」

「私は十分落ち着いているのです。
 何を仰るのやらなのですよ?」

ギーシュを落ち着かせようと笑顔を浮かべてみたのですが、「ヒィ」とか、悲鳴まで上げられてしまったのですよ。
ああ何か、怒り倍増なのです。


「落ち着くんだ、落ち着きたまえ、兎に角落ち着いてくれ、話せばわかる!」

「問答無用、なのですよ。」

ギーシュは限界までドアに張り付き…ドアがとうとう負荷に耐え切れなくなって開いてしまいました。
ギーシュはバランスを崩して、ルイズの部屋の中に転がり込んでいきます。


「うわあぁぁぁっ!?」

「きゃっ、何者ですか!?」

ああ…つい、やっちまったのですよ。


「アンリエッタ姫様、先ほどは精霊勲章を御身自ら賜り、まことに有難うございました。
 校長室でお会いしたケティ・ド・ラ・ロッタでございます。
 此方で仰向けに引っ繰り返っている者はギーシュ・ド・グラモン、まあ特に気にしないでいただけると助かります。」

「ひ、姫様お初にお目にかかれた事、このギーシュ・ド・グラモン感激の至りでございます!」

後ろ手でドアを閉めてから、姫様に跪き恭しく頭を下げました。
ギーシュは早く引っ繰り返った状態から戻った方がいいと思うのですよ。
姫様は才人に御手を許されている最中だったみたいで、才人に左手を出したまま固まっています。


「才人、御手を許されたのでしょう?
 早くキスをするのです。
 …唇ではありませんよ、その左手の甲に、なのです。」

「ああ、手の甲にキスすれば良いのか。
 どうしたらいいか、わからなくて困ってたんだ。
 ケティ、サンキュー。」

そういって、手の甲にブッチュウと思いっきり才人がキスしました。


「きゃっ!?」

「…才人、そういう時は軽くキスするものでしょう、常識的に考えて。」

姫様は確かに可愛いですが、浮気フラグ立てるのはもっと先なのですから、あまりがっつかないで欲しいのです。


「う、いや、なんか、緊張しちゃって勢い余ったというか…。」

才人はかなり無礼な事をしたという事に気付いたけれども実感は無い様子で、頬をポリポリ掻いています。


「はぁ…全くあなたという人は。
 姫様、才人は貴族の風習を知らぬ平民の身、どうか御慈悲を賜りますよう。」

「あ…はい、平民で貴族の風習になれていないという事であれば仕方がありませんよね、許します。」

私が姫様に頭を下げると、姫様はあっさりと才人を許しました。
いや、何と言うかこの身分に生まれておきながら、奇跡的なほど《普通の人》なのですよね、この姫様は。
世間知らずではあるのですが、傅かれてきた者特有のオーラがあまり無いと言いますか。
このままドレスを脱いで平民の服を着て城下に繰り出しても、誰も気付かないでしょう。
上手く教育を施せば、自らの権力に奢る事の無い名君に化けさせる事も出来ると思うのですが、教育方針が彼女の性質に全然マッチしていないのでしょうね、これは。


「ひ、姫様に平民が御手を許されるとは、僕でさえそんな光栄に預かっていないというのに…。」

…あ、ギーシュがショック受けているのです。


「くっそう、なんだか腹立つから決闘だ平民!」

「アホなのですか、貴方は?」

炎の矢を一本生成してギーシュに放ちました。


「あち!?あちっ!!ちょ、ケティ、燃えてる!燃えてる!!」

ギーシュがのた打ち回っていますが、自業自得ですから放って置きます。


「あつっ!ひ、姫様、あちちちっ!
 実はこのギーシュ・ド・グラモン、先ほどの話の一部始終を聞かせていただいており…熱い熱い燃えてる!
 聞かせていただいておりました!
 私めにも、是非、是非、なにと…あつっ!なにとぞ、その任務をあちちちっ!賜りますよう!」

まさかこのタイミングで言い出すとは完全に予想GUYだったのです。
人と話す時は時と場合を考えて欲しいのですよギーシュ。
どこの世界に燃えて転がりながら、任務を此方にも下さいなどと言う人がいるのですかっ!
姫様の目がすっかり点じゃないですか、どーすんですかこの状況!?
…私のせいですけれどもね、いやどうしましょう?


「スノー・ブリッド。」

「ぎゃあ!今度は冷たい!」

雪の弾丸が、のた打ち回るギーシュを直撃して消火しました。


「そ、そこの使い魔なんかよりも、余程役に立ってみせます…。
 …お願いします、なにとぞこのギーシュめをお使いいただきますよう。」

「は…はあ。」

横たわるギーシュから妙な威圧感を感じたのか、姫様は顔を引きつらせながら恐る恐る頷きます。
ところどころ焦げて力なく横たわる様は、どう見ても才人より使えるようには見えないのですよ、ギーシュ。
そんな事よりも…。


「タバサ?キュルケも?」

今のスノー・ブリッドはタバサが放ったものですか。
しっかり気付いてすかさず消火してくれるとは流石タバサ、抜かりが無いのです。
しかし、どうしてこの事態に気付いたのでしょうか?


「私の部屋はこの部屋の隣よ。」
 煩くて目が覚めちゃったじゃない?」

「いつまでも部屋に帰って来なかった。」

ああ、そういえばそうでしたか。
キュルケは今の騒ぎで目が覚めて、駆けつけてくれたのですね。
タバサは部屋を出て行ったきり、帰って来なかった私を心配してくれたのですね。


「姫様、話を聞かせていただけませんか?
 私達三人ははいずれもトライアングルクラスのメイジですから、お助けできる事があるかもしれないのですよ?」

姫様を安心させるために、私は笑顔で姫様に訪ねたのでした。
事情は知っていますが、聞いてはいないのですからね、私。



[7277] 第八話 格好つかない日もあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:11
秘密の任務を受けました
姫様は破滅型の恋愛が大好きっぽいのです


秘密は守り通さなくては
姫様とウェールズ王太子の秘密は守り通そうにも重過ぎます


秘密は少人数で握られるから秘密なのです
姫様は嫁に行くよりも婿を入れたほうが良いような気もするのです




「なるほど、手紙…なのですか。」

同年代だというのに気安さを感じたのでしょうか?
お忍びで来たのに、姫様は意外とあっさり話してくれたのでした。


「ゲルマニア皇帝と私の婚姻を知る者はまだ少なく、ウェールズ王太子も当然この事は知らないでしょう。
 内容は告げられませんが婚姻が決まってしまった現在、手紙の存在が公に知れれば婚姻も同盟も破談となってしまうのですわ。
 トリステインの国力ではアルビオンと単独で対峙する事など不可能と聞いています。
 そうなればトリステインは、6000年続いたこの王国は、私の恋の不始末で滅びるなどという、不名誉な滅びを迎えてしまう事になってしまいます。
 それだけは絶対に避けなければならないのです。
 ケティといいましたか、トリステインを救う為に、どうか手をお貸しくださいまし!」

…う、涙目で見られると正直辛いのですが、私は兎に角他の二人はホイホイ安受けあい出来る類の話でも無いのですよ、これは。


「わ…私、ひょっとしてかなりまずい事を聞いちゃったかしら?」

「ひょっとしなくても、物凄くまずい。」

キュルケとタバサの二人は私に視線を向けます。
主に非難の意味を込めて。


「忘れていただいてもかまわないのですよ?
 今回の件も関われば命の保証は出来ません。
 しかも、フーケのときよりも格段に。
 何せ、行くのは現在内乱の真っ最中なアルビオンなのですから。」

「ケティ、貴方はどうするのよ?
 ジゼルが知ったら、絶対に止めるわよ。」

そう言って、キュルケは私の瞳の奥を探るかのように、真っ直ぐ見つめてきました。


「私はトリステインの貴族です。
 その私が国家の一大事に結びつく可能性の非常に高い上に、公式に出来ない案件を王家から依頼されたのです。
 《貴族の地位は血によって購われる》のですよ。
 この件を受けないのであれば、私はトリステインの貴族である事を許されてはならないのです。
 ジゼル姉さまが止めようが、私には為さねばならない義務があるのですよ。」

「それだけ?」

タバサの瞳が私を覗き込みます。


「才人達の行く先には、これからとてもとても悲しい事が起きるでしょう。
 ですが、私が行くことで悲しい事を少々ながらも減らせるかもしれないと考えているのですよ。」

たぶん、奇跡は起きないのでしょうが、奇跡が起きないなら起きないなりに出来る事はあるのです。

「それは、思い上がり。」

眼鏡の奥から、タバサが私を睨みつけます。


「ええ、思い上がりもいいところだと、私も思うのです。
 下手を打てば、私の命は無いでしょう。
 死ぬほうがまだましな目に合わされるかもしれません。
 それでも、出来るかもしれないから、私は行くのです。」

タバサの視線を私はしっかり受け止めながら、そう返しました。
何で記憶を持ったまま転生したのかは、さっぱりわかりません。
ただの偶然なのでしょうが、その偶然に意味と意義を見出したくなるのが人情なのです。

記憶も15年以上前のものですし、忘れないうちにメモで残したものも、物心がついてまともに思考が出来るようになった3歳ころに書いたものですので、既に3年が経過しておりかなりうろ覚えなのです。
そのせいで、予想通りに忘れていた事態がぽこぽこ起きては混乱を来します。
それでも、彼らがこの後どうなっていくのかという大まかな記憶はありますから、そのうろ覚えを頼りに何とか彼らをサポートして行く事こそが私の転生してきた意味だと信じたいのです。


「ケティって、以外と熱いわよね。
 ぽやーっとしているように見えて、結構怒りっぽいし。」

「思わぬところに残っていて急に出火するから、私は《燠火》なのですよ。」

前にキュルケのところに来た男達を炎の矢で薙ぎ払ったのが妙な形で伝わったのか、なんだか最近《断罪の業火》とか、地獄の裁判官みたいな呼び名が裏で広まりつつあるようですが、気にしないのです。


「…えーと、ひょっとして来るつもりなの、キュルケ?」

ルイズが嫌そうに、恐る恐る声をかけてきます。


「あら、嫌なの?」

「これはトリステインの重大な問題だもの。
 ケティは良いとして、よりにも拠ってゲルマニアのツェルプストーに手伝われたくないわ。」

まあ、ルイズの言う事も一理ありますし、彼女なりにキュルケを心配して言っているのだとは思いますが、キュルケにそんな事言ったら…。


「あら、何だか是非とも参加したくなってきたわ。」

「なっ…!
 何でいきなり乗り気になるわけ!?」

ああキュルケ、なんてイイ笑顔。
ルイズをおちょくるのが彼女のライフワークなのですから、ルイズが嫌がったら行きたがるに決まっているのですよ。
彼女とタバサがはじめから加わってくれれば確かに鬼に金棒ではありますが、なんというしょうもない展開に…。


「折角私がしん…じゃなくて、あんたの家はゲルマニアでしょ、来ないで!」

「嫌よ、今回の件はゲルマニアにも関わる問題だわ。
 それにねルイズ、私もつい先刻からトリステインの碌を食む身になったのよ?
 ほらほら、精霊勲章。」

ルイズにキュルケがほらほらと精霊勲章を見せびらかします。
まあ確かに勲章から年金が出るので、碌を食むと言えない事も無いですね。
かなり強引な理論展開ですが。


「ムキー!なんて事かしら!」

「おほほほほ、お仲間ねルイズ。」

悔しそうに地団駄を踏むルイズを、心底楽しそうにキュルケが笑っています。


「ん?ああタバサ、何なのですか?」

「私も行く。」

私の袖をくいくい引っ張る感触があったので、振り返るとタバサがいました。


「良いのですか?」

「ん。
 皆がとても心配。」

私も彼女に心配されている身なのですが…やはり貴方は根っからの苦労人なのですね、タバサ。
貴方の苦労は将来きっと報われる日が来ますから、その日まで頑張って欲しいのです。


「キュルケのばーか!ばーか!」

「おほほほほほほほほ!」

…来ますよね、きっと報われる日が…来ると良いですねえ、タバサ。




「…という訳で姫様、今回の件確かにお承りいたしました。
 件の手紙、何とか回収または破棄して見せましょう。」

「アルビオンには明日の早朝出立致します。」

何とか話も纏まったので、姫様に跪いて礼をしながら儀式みたいな連絡会議を始めました。
才人だけきょろきょろしていましたが、私が《空気読め》と意思を込めて視線を送ると頷いて同じポーズを取ってくれました。
流石元同胞、視線でわかってくれるとは流石なのです。


「現在王党派はロンディニウムからニューカッスルに拠点を移して抗戦を続けているらしいです。
 ウェールズ王太子も必ずそこにいる筈ですわ。」

「了解しました、アルビオンには姉たちと旅行に行った事がありますので、地理に関しては何とかなると思います。」

ルイズの台詞は暢気な感じも受けますが、この世界の戦争は地球と違って戦場以外は結構長閑ですから、旅行で行った時の経験でも意外と何とかなるとは思うのです。


「この旅は危険に満ちていますわ。
 貴族派のアルビオン貴族達は、貴方の目的を知れば必ずや妨害してくる筈。
 わたくしもあなた達の旅の安全を始祖ブリミルにお祈りし続けますわ。
 それと…。」

姫様はルイズの机に座って、まっさらな羊皮紙にさらさらと何かを書き始めましたが、急に動きが止まりました。


「始祖ブリミルよ、わたくしをお許しください。
 わたくしはやはりこの気持ちを偽る事などできないのです。」

姫様はそう言うと最後に何かを書き足し、それを畳んでから蝋を垂らして封印用の指輪を押し付けます。


「これをウェールズ王太子に渡してください。
 そうすれば件の手紙をすぐに返してくれる筈ですわ。」

そう言って、手紙をルイズに渡しました。


「かしこまりました姫様、このルイズ・フランソワーズ、必ずややり遂げて見せます。」

「あとこれを…《水のルビー》です。
 あなた達の身分を証明する助けに使ってください。
 もしもどうしても路銀が足りないのであれば、売ってしまってもかまいません。」

《水のルビー》は戴冠式にも使う国宝級の宝物なのです。
こんなもの売り払えませんけど、身分証明にはこれ以上無い品なのは確かなのですね。


「水のルビーの加護が、あなた達をアルビオンの猛き風から守ってくれる事を祈っています。
 だから皆様、どうかご無事で。」

そう言って、姫様は私達に深々と頭を下げたのでした。




「ジゼル姉さま、ジゼル姉さま、起きて下さい。」

「んあー?」

まだ靄のかかる早朝、私はジゼル姉さまの部屋を強襲しました。
鍵ですか?ジゼル姉さまはそんな細かいことはしないのです。


「あれーケティじゃない?どーしたのお?」

ジゼル姉さまは極端に寝起きが悪いので、朦朧としています。
かなり卑怯くさいですが、この機を狙って許可をもらってしまいましょう。


「ジゼル姉さま、私はこれから一週間ほど旅に出ます。」

「そーなの、いってらっしゃぁい…ぐー。」

許可はもらったのです、覚えているのかどうか不明ですが。
エトワール姉さまの眠りを妨げるとありとあらゆる意味で怖いので、ジゼル姉さまに伝えたという事実があれば良いでしょう。






「なあケティ、アルビオンってどんな国なんだ?」

一旦広場に集合してから、シルフィードに乗ってラ・ロシェールまで行く事になったので、集合場所の広場に集まると暇つぶしなのか才人が話しかけてきました。


「でかいラピュタなのです。」

「ラピュタかぁ…って、空飛んでんのかよ?」

非常にわかりやすい例えがあって良かったのです。
まあもっとも、アルビオンは滅亡寸前なだけで、ラピュタのように滅んではいませんが。


「ええ、アルビオンは空飛ぶ大きな島にある国なのです。」

「わけわかんねえよ、どういう原理で浮いてんだよ。
 これだからファンタジーは嫌いなんだ!」

わけわからないですよね、私もいまだにわけわからないのですよ。


「なあケティ、僕の使い魔も一緒に連れて行きたいのだが?」

「ギーシュ様の使い魔を?」

急に肩を叩かれ振り返ってみると、ギーシュにそんな事を言われました。
ええと、ギーシュの使い待ってなんでしたか?


「ああ、おいで!僕の愛しいヴェルダンデ!」

「ぎゅぎゅ!」

土がボコッと盛り上がり、その中から現れたのは全長2メイルほどの大きなモグラでした。


「大きいモグラなのですね。」

「そう、この子が僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデさ。
 ああ今日もかわいいよヴェルダンデ、どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

「ぎゅ、ぎゅー!」

ギーシュは幸せそうにヴェルダンデを抱擁しています。


「確かに目がつぶらで可愛いのですね。
 ヴェルダンデ、はじめまして。
 ケティなのです。」

「ぎゅー。」

私の言葉がわかるのか、ヴェルダンデはぺこりと頭を下げました。


「でもギーシュ様、アルビオンは空の上なのですよ?」

「船に乗せるさ、土の中じゃないと不安がるとは思うけれども、僕がついているから大丈夫だよ。」

まあ、それなら何とかなりますか。
ジャイアントモールは土の中では馬よりも早く移動できますし、この大きさなら人が通れるだけの大きさの穴も掘れますから、何かの役に立つかもしれないのです。


「ではヴェルダンデが私達を見失わないように何か印を…。」

「ぎゅ!?」

そういった途端、ヴェルダンデが鼻をヒクヒクさせ始めました。


「おはよう、荷造りに時間かかっちゃった…って、何よこのでかいモグラは?」

「ぎゅぎゅぎゅ♪」

ヴェルダンデはルイズに近づいていくと、その鼻面を水のルビーに押し付けました。


「わ、何すんのよこのデカモグラ!
 姫様からお借りした水のルビーに鼻面擦り付けるんじゃな…わ、なんかぬめっとした、ぬめって!」

「ヴェルダンデは宝石が大好きなんだ。
 時々宝石の原石や鉱脈を掘り当ててきたりするんだよ。」

ギーシュが誇らしげに胸を張る横で、ルイズはヴェルダンデに必死で抵抗しています。
体格がぜんぜん違うので完全に押し負けているのです。


「そんなことどうでも良いから、このデカモグラを早くどけなさい!」

「これがいい目印になりそうなのですね。
 ギーシュ様、もう良いですからヴェルダンデに離れるように言ってあげてください。」

ジャイアントモールは数リーグ先の鉱脈もその鼻で嗅ぎ分けるといいますから、水のルビーの匂いを覚えたなら問題無いでしょう。


「ああわかったよケティ。
 ヴェルダンデ、レディに失礼なことはやめて、僕のところに戻ってきておくれ!」

「ぎゅぎゅぎゅー♪」

…戻って来ません。
水のルビーに夢中になって、他の事を忘れているようなのです。


「ヴェルダンデ、戻ってきておくれ、ヴェルダンデ!」

「ぎゅぎゅー♪
 ぎゅ!?ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!?」

いきなり、突風が起きてヴェルダンデをルイズから引き剥がしました。


「ヴェルダンデ!?」

「ぎゅー…。」

ヴェルダンデは伸びてしまいました。


「ああっ、ヴェルダンデ!ヴェルダンデ!なんて酷い事に!?」

「いや、気絶しただけだろ?」

涙を流しながらヴェルダンデに抱きつくギーシュに、才人がすかさずツッコんでいます。


「君を早く止められなかったから、僕のせいでこんな事に。
 本当にごめんよヴェルダンデ、君がこんな酷い事になるとは思わなかったんだ!」

「いや、だから気絶しただけだろ。
 微かにぎゅーとか鳴いてるし。」

なんか、ギーシュと話すとツッコミに回りっぱなしじゃありませんか、才人?


「君の敵は断固とらなければならない、君の無念は僕が必ず果たす。
 だから君は綺麗な場所から僕を見守っていてくれ…。」

「生きてるだろ、使い魔を勝手に死んだ事にするなよ!?
 そっちの方がむしろ可哀相だろ?」

何という漫才コンビ。
これを素で出来るとはギーシュ、やりますね。


「僕の愛しいヴェルダンデをこんな酷い目にあわせた君、絶対に許しはしない。
 …決闘だ!」

才人の台詞をさらりと聞き流してゆらりと立ち上がったギーシュは、一瞬グリフォンに乗ったヒゲ帽子の方を見ましたが、クルリと向きを変えて才人に杖を突き付けました。


「聞き流すんじゃねえよ!
 しかも俺かよ!?
 違うだろ、お前の敵はあっち、あっちのあの帽子被ったもっさい髭面だよ!
 アレだろ、間違えるなよ!」

「帽子被ったもっさい髭面…アレ…。」

グリフォンに乗ったヒゲ帽子が肩を落としていますが、そんなモブキャラはとりあえず放置なのです。


「うるさい!あの恰好はどう見たって女王陛下の親衛隊だろう。
 滅茶苦茶強いのだよ、親衛隊は!
 おっかな過ぎるだろう、決闘申し込んだら一瞬で『ずんばらりん』と真っ二つにされてしまうじゃないか、何を言っているのかね君は!?」

「お前が何言ってんのか分かんねえよ、俺は。」

涙目で心底情けない事を全力で力説しないで欲しいのです、ギーシュ…。


「…ところでアレ、誰?」

「さあ?そう言えば親衛隊がなぜここに?」

ヒゲ帽子に指差す才人の問いに、ギーシュが首を傾げています。


「取り敢えず言える事は、アレがモグラ嫌いだって事だな。
 じゃないと罪も無いモグラを吹っ飛ばすとかあり得ん。」

「いやまったく、モグラに嫌な思い出でもあるのかね?」

ギーシュと才人は腕を組んでお互いに頷きあっています。
何時の間にやら仲良しなのですね、貴方達…。


「アレとか言うな、指差すな、そこの君っ!
 申し遅れたが僕の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 女王陛下直属の魔法親衛隊隊長だ。
 あと僕はモグラ嫌いじゃない。
 あれはだな…。」

ワルドは優雅に礼をしましたが、目が少し潤んでいるのです。


「ワルド様…?」

ルイズが呆けた表情でワルドを見ています。


「ああそうさルイズ、僕の可愛い婚約者!」

「婚約っ!?」

あ、才人が固まったのです。
好きな女の子に婚約者がいたと知ったら固まりますよね。


「どうしたんだいルイズ、僕の事を忘れたのかい?」

「あ、いいえ…違うのワルド様。
 あまりにも久しぶりで、びっくりしてしまったのですわ。」

そういうルイズの頬はほんのり赤いのです。
…よくわからないのですが、格好良いのでしょうかあの人は?
私は髭生やした男は格好良いかそうでないかの前に、信用できないのですが。


「キャッ、ワルド様何を!?」

「はっはっはルイズ、君は相変わらず羽のように軽いんだね。」

ワルドはルイズの脇をつかんで高い高いを始めました。
扱いが子供ですね、ルイズ。


「は、恥ずかしいですわ、ワルド様。」

「何を恥ずかしがるというのだい、僕たちは婚約者だろう?」

婚約者であるなしに関わらず、16歳にもなって高い高いされたら普通は恥ずかしいと思うのです。


「な、まさか…ルイズの婚約者がモグラ嫌いだったとは、こいつはびっくり仰天だぜ。」

「こんなに愛らしいヴェルダンデにあんな情け容赦無い攻撃を加える事が出来るのだから、彼はきっと昔モグラに何か酷い目にあわされたのだと思うのだよ、僕は。」

そっちの理由で固まったのですかっ!?


「しつこいな、まだそのネタを引っ張るのか君たちはっ!?
 先ほど言いそびれたが、僕にはその巨大モグラがルイズを襲っているように見えたんだ。」

どう悪く見ても、激しくじゃれているようにしか見えなかったのです。
ルイズにいい所見せようとして張り切りすぎたのですね、わかります。


「ごめーん、皆もう待っていたのね。」

「…眠い。」

キュルケとタバサがやってきました。
タバサ、次の朝が早い時は読書は程々にしないと…。


「おはようございます、キュルケ、タバサ。」

「おはようケティ。
 あら、昨日のいい男じゃない。
 どうしてここに?」

キュルケがまたワルドを見ていい男と言いました。
…私の男に対する審美眼は、どうやら少しおかしいのかもしれません。


「お初にお目にかかります、お嬢様がた。
 僕は女王親衛隊のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 今回は王女殿下の依頼で、君たちとともに行動する事になった。
 よろしくお願いするよ。」

私達の方を向いて、ワルドが軽く一礼しました。


「お初にお目にかかりますワルド卿。
 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「お目にかかれて光栄ですわ、ワルド様。
 わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますの。」

「タバサ。」

礼をしながらワルドを観察してみます。
ううむ…彫りが深くて精悍な顔立ちなのです。
目は鋭いのですね。
体は鍛えているのがよくわかります。

結論としては、やはり好みではありません。
髭は置いておいても、こういうギラギラしたのは苦手なのです。
私は牧歌的で細かい事を気にしない、のんびりした人の方が好みなのですよ。


「俺は平賀 才人。
 よろしくな、モグラ嫌いなルイズの婚約者さん。」

「僕はギーシュ・ド・グラモンと申します。
 今後ともよろしくお見知り置きを、モグラが嫌いなワルド卿。」

才人、ギーシュ、飽く迄もそのネタを引っ張り続けるつもりなのですね。

「…もう、モグラ嫌いで良いよ。」

ワルドががっくりと肩を落としました。
なんとも…格好がつかない登場なのですね。





「しかし大丈夫かね、アレ?」

「すげえ必死の形相だな、あのグリフォン…。」

現在私達はタバサ、キュルケ、才人、私、ギーシュの順でシルフィードの背に乗っています。
ヴェルダンデは捕まった獲物の如く、シルフィードの足に捉まれて宙ぶらりんで運ばれています。
最初は抵抗していましたが諦めたらしく、おとなしくなりました。
そしてルイズとワルドなのですが…


「風竜とグリフォンでは飛行速度が段違いなのですから、仕方が無いのですよ。」

「いくらなんでも無茶に過ぎるわよねえ…。」

必死の形相でシルフィードを追いかけるグリフォンとワルド、それをワルドの腕の中で引き攣りながらルイズが見ています。
シルフィードとしてはかなりゆっくり飛んでいるのですが、グリフォンは既に口から泡を吹き始めているのです。
あれはどう見ても愛を語れる雰囲気じゃあないのですよ、御愁傷様なのです。


「ねえタバサ、あのグリフォンはラ・ロシェールまで持つと思う?」

「もう少しで墜落する。」

確かにあの調子ではグリフォンもアドレナリン全開で、力尽きるまで飛ぶ事になるでしょう。


「一度休憩を入れましょう。
 グリフォンに力尽きられても、もう一人くらいしかスペースが残っていないのです。
 最悪、誰かをシルフィードが咥えて運ばなくてはいけなくなってしまうのですよ。」

そう言いながら、才人を見ました。

「確かに俺に回ってきそうな役割だ…。」

才人が頭を抱えて天を仰ぎます。
なんという苦悩のポーズ、いろんな意味で絵になりそうなのです、前衛的な何かに。

「タバサ、一度降りて小休止しましょう。
 その方が効率も上がるのですよ。」

「わかった。」

ちょうど着陸に適していそうな開けた場所があったので、そこにシルフィードは降り立ちました。




「おっ、あっちも降りてくるみたいだな。」

ルイズがワルドの腕の中にいるのに、余裕なのですね才人。


「やきもちは焼かないのですか?」

「う…いや、確かに最初はちょっぴり悔しかったけどさ、必死に飛んでいるのを見ているうちにだんだん哀れになって来た。」

いやまあ、確かに遠目で見ていてもワルドもグリフォンも飛ぶのに必死で、ルイズをかまっている暇なんか皆無でしたけれども。


「しかしなぁ…ルイズに婚約者か。」

「ヴァリエール公爵家は王家の庶子が始まりで、継承位は低いながらも王位継承権を持つ由緒ある家柄なのです。
 婚約者はむしろ居ない方がおかしいのですよ。」

私の姉が結果としてルイズの姉から婚約者を取ってしまいましたが、そこは気にしない方向でお願いしたいのです。


「ところで、ケティには婚約者とか居るのか?」

「いいえ、居ないのですよ。
 ラ・ロッタ家は私を含めて娘が12人もいましたから、一人一人に許婚は流石に無理なのです。」

私も思春期に入るまではかなり男っぽかったのですよ、居たとしても許婚なんて御免だったのです。
それがまさか、ここまで女の子化してしまうとは私自身思っても居なかったのですよ。


「学院で良い人が見つかればそれはそれでよし。
 そうでなくても別に貴族はトリステインだけにいるわけではありませんから、嫁ぎ先に特に困る事は無いのですよ。」

「いやでもさ、嫌じゃないのか?好きでも無い見た事すらも無い人のところに嫁ぐって…。」

まあ、現代の日本人なら誰もが抱く疑問なのですよね、この世界の結婚観は。


「嫁いでから好きになれば良いのですよ。
 実際、嫁いでいった姉さま方も幸せそうですし。
 良いではありませんか、結婚から始まる恋があっても。」

「う、うーん、そんなもんかな?」

やはり才人にはピンと来ないようなのです。


「恋愛結婚じゃなければ駄目だ、不幸になるなどというのは、ただの迷信なのです。
 結婚も恋愛も、色んな形と選択肢があって然りなのだと思うのですよ。
 もっとも、そんな事を言っている私自身が初恋もまだなのでは格好つかないのですけれどもね。
 …あ、ルイズ達が降りて来たのです。」

ルイズたちを乗せたグリフォンが、着地直後に膝を付いて横になってしまいました。


「はは…は、流石に風竜は、は…早いね。
 僕の風魔法も使って加速させたけど、全然追いつかなかったよ。
 流石に疲れたから、少し休憩させてもらうよ。」

そう言うと、ワルドは地面に横たわってそのまま寝てしまいました。
少々格好悪いですが、寝るのが精神力回復の一番の近道なのですよ。


「わ、ワルド様大丈夫ですか?
 ちょっとあんた達、早過ぎんのよ。
 ワルド様倒れちゃったじゃない?
 …まあ、風竜がグリフォン並みの速さで飛んだら飛行がとても不安定になってしまうのはわかるけど。」

ルイズも事情はわかっている為、極端に怒ってはいません。


「まあまあルイズ、落ち着いてください。
 そろそろお昼ですし、お弁当を作って来ましたから一緒に食べましょう。」

とは言っても、いつぞやのサンドウィッチなわけですが。




「珍しい料理ね…で、ナイフとフォークは?」

「いらない、こうやって食べる。」

キュルケの貴族発言に、前に食べた事のあるタバサが率先して行動…と言うか、例を見せるついでに食べ始める気なのですね?
兎に角、タバサはサンドウィッチを手でつかんでかぶりつきました。


「おお、これはいつぞやのサンドウィッチでは無いかね?
 僕もいただくとしよう…しかし、量が凄く多いような気が。」

ギーシュも以前食べた事があるので、そのまま手にとって食べ始めました。
量はタバサがいるので足りるかどうかわからないのですよ。


「サンドウィッチか、美味そうだな、どれどれ…お、おおおおおぉぉぉぉ?」

サンドウィッチを口に運んだ才人が、びっくりしたような表情でこちらを見ています。


「ま、マヨネーズじゃんこれ!」

「美味しいですか?」

サンドウィッチを食べながら、才人が涙を流し始めました。


「すげえ懐かしい味だよ、これ。
 まだ一ヶ月くらいしか経っていないのにすげえ懐かしい。
 そうか、マヨネーズ作ったのか、ケティ。」

「マヨネーズくらいしか作れなかったのですよ、私は。」

才人は物凄い勢いでサンドウィッチを食べ始めました。


「負けられない。」

タバサ、これはフードファイトではないのですよ。
だから、急に食べるスピードを上げないで欲しいのです。


「う、美味しいわこれ。
 特にこのソースが凄く美味しい…。」

恐る恐るサンドウィッチを手にしてルイズも齧り付き始めています。


「ZZZZZZZZzzzzzzz…。」

「ワルド卿は…無理そうですね。」

眠りを妨げるのも可哀想なので、放っておきましょう。
起きてもたぶん昼ご飯は無いでしょうけれども。



[7277] 第九話 これが青春だ!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:30
若さは時に無鉄砲なものです
敗北こそに人は多くを学ぶものです

若さがあれば何でも出来ます
ただし金が必要なこと意外は、なのですが

若さの暴走は取り返しのつかない結果を生み出すこともあります
ですよね、ワルド卿?




「ZZZZZZZZZzzzzzzzz………。」

昼食から二時間後、ワルドはまだ寝ています。
精神力がすっからかんになるまで魔法を使い続けたようなのです。


「…なあギーシュ、置いていかないか、このヒゲ。」

「気持ちはわかるが、流石にそれは可哀想過ぎると思うのだよ。」

才人が熟睡しているワルドを棒で突っ突いています。


「もう少ししたら起こせば良いのですよ、要は日が暮れる前に到着すればよいのですから。
 グリフォンの疲れもそろそろ回復しそうなのです。」

悪夢を見ているのか、時々うなされているようなのですが、揺すっても全然起きる気配が無いのです。


「起こしても起きなかったら、どうするんだよ?」

「その時は仕方が無いので、置いていけば良いのです。
 あと一人くらいならシルフィードの背中に乗せられますから、ラ・ロシェールで合流すれば何とかなります。」

そう、ラ・ロシェールで合流という事にすれば、こんなになるまで必死でついて来る必要なんか全くなかったのですよね、実は。
諦めてグリフォンの上でルイズといちゃつきながらのんびり来れば良かったのに、ムキになってついて来たりするから…。
男の矜持ってやつなのでしょうか?
前世の記憶を掘り返しても、よく理解できないのですが。


「え!?ワルド様を置き去りにしちゃうの?
 駄目よ、そんなの!」

ルイズが怒って私に詰め寄ります。


「飽く迄最後の手段なのですよ、ルイズ。
 今すぐ置いていくとは、一言も言っていません。
 幸いグリフォンでも一時間も飛べば、到着できる距離まで来ているのです。
 黄昏時まで起きなければ、ブランケットでもかけて置いて行きます。
 ラ・ロシェールの貴族用の宿は2軒しかありませんから、すぐに合流できるでしょう。
 それとも、このままここで眠ったままのワルド卿と夜を過ごすつもりなのですか?」

「う…ぐ、わかったわ。」

ルイズは公爵令嬢ですから、野宿なんて選択肢は端から無いのです。


「そもそも、このあたりには山賊も出るという噂があるのです。
 ですから、この女性が多い構成のメンバーで日が落ちるまで居続ける危険は、可能な限り排除しなくてはいけないのですよ。
 とはいえ、こうも何も無い場所では何もすることがな…。」

その時、「ひゅん…ぷす」という音がして、私の足元に矢が突き刺さりました。


「行ったそばから山賊なのですかっ!?
 タバサ、風の守りを!」

「わかってる。」

続いて飛んできた矢は、既に詠唱を始めていたタバサの魔法で軌道を逸らされ明後日の方向に落ちて行きます。


「才人、ワルド卿を起こしてください。
 使え得るあらゆる手段を使ってかまいませんっ!」

「オッケー、オラ起きろこのヒゲ!!」

才人はデルフリンガーを鞘に収めたまま持ち上げると、それで勢いよくワルドのお尻をぶん殴りました。
…やきもちの分が今絶対入っていましたね、間違いなく。


「ぬぐあぁぁぁぁっ!
 な、何だ、何が起きた!?
 尻が、尻がああああぁぁぁぁぁぁっ!」

ワルドが臀部を押さえてのた打ち回っています。


「ワルド卿!
 お気の毒では在りますが、お尻の痛みを気にしている暇など無いのです!
 敵襲なのです、とっとと目を覚まして反撃をお願いします!」

「そ…そうはいっても寝起きにこの痛みは…ぐ…あ…。」

才人、確かに私はありとあらゆる手段を使っても構わないとは言いましたが、強く殴り過ぎなのですよ。


「ああもう仕方が無いのです。
 炙り出します!
 キュルケ、弓が飛んできていると思しき場所に炎の矢をありったけ射ち込みましょう。」

「わかったわ、せーので行くわね!」

私とキュルケは詠唱を合わせます。
まあ元々凄く短いスペルなので、詠唱が終わるのは一瞬です。


『せーの、炎の矢!』

私とキュルケが生成したあわせて300本近くの炎の矢が、山賊が隠れている繁みに向けて一斉に放たれました。
炎の矢は火魔法の基礎魔法で、私達みたいなトライアングルクラスになると大量に生成できますが、火を飛びやすいイメージにするために矢の形に生成しているだけなので、突き刺さったりはしません。
ただし、命中した対象物を燃やすくらいなら出来ます。
それが例えば矢が飛んできた繁みに満遍なく降り注げばどうなるかというと…。


「ぎゃああああ!熱い熱い熱い!」

「だからメイジの集団なんて襲うのには反対だって言っただろ!」

山賊が一瞬で盛大な焚き木と化した繁みの中から慌てて飛び出してきました。


「賊どもに告ぎます!
 今すぐ逃げれば命だけは見逃してあげますが、立ち向かってくるようであれば消し炭になるのを覚悟していただくのです!」

ああ、自分の台詞回しがこんなに緊迫感を削ぐものだとは思ってもいなかったのです…。
ですが今更口汚く言うには困難が伴うのですよ。


「よりにもよって対集団に強い火メイジが二人だと!?
 野郎ども、とっととずらかれ、消し炭にされちまうぞ!」

山賊の親分は元傭兵か何かでしょうか?
随分メイジに詳しいのですね?


「ひい、なんてこった!」

「お…お助けええええぇぇぇっ!」

山賊たちはち散り散りばらばらになって逃げていきました。


「意外とあっけなかったわね?」

「多分、普段は平民の商人の荷馬車を襲っている連中なのでしょう。
 私達はメイジですが、女が4人も居たから舐められたのではないかと思われるのです。」

まあ、その舐めた女に撃退されたのですから、まさに自業自得なのです。


「タバサ、助かりました。」

「ん。」

風魔法の汎用性の高さとバランスの良さは火魔法よりもずっと上です。
ギトー先生の風魔法最強理論もこの事が根底にあるのでしょうが、火魔法だって目的を絞って特化させれば戦いの場に限っては十分以上に対抗できるのですよ。
それは兎に角…。


「この男ども、全然役に立たなかったわね…。」

長身のキュルケが、男性陣を半眼で見下ろすように見ました。


「それを言われると、ぐうの音も出ないです、はい。」

「土系統は遠距離攻撃が苦手なのだよ…。」

才人とギーシュは情け無さそうに頭を掻きます。


「尻さえ痛くなければ、戦いに加わることも出来たのだが…申し訳ない。」

まだお尻が痛いのか、ワルドは片手でお尻をさすっています。


「ええと…私も何も出来なかったんだけど?」

ルイズが気まずそうに手を揚げました。


「ルイズは姫様に手紙を運ぶ役を仰せつかっていますから、役をきっちり果たしているのです。
 むしろ戦いに加わってはいけません。」

「え…いや、そうかもしれないけど、私だけ何もしないのも…。」

ルイズは困ったような表情になってしまいました。


「まあ取り敢えず言える事はですね。
 あの燃えている繁みをどうにかしないと、ここ一帯が焼け野原になってしまうのですよ?」

『あ…。』

結構勢い良く燃えているのですよ。
命の危機だったとはいえ、どうしましょう…?


「ワルド卿、ウインドカッターか何かで、あの茂みの周りにある草を取り除いて火から遠ざけられませんか?
 風はありませんし、周囲に燃えるものがなければ、とりあえず延焼は防げる筈なのですよ。」

「わかった、不甲斐ない姿を見せっぱなしだからね、喜んでやらせてもらうよ。」

ワルドが呪文を唱えると、さすがはスクウェアメイジというべきか、ものすごい勢いで茂みの周囲5メイルほどにある草がスパスパ切れて遠ざけられていきます。
茂みは燃え尽きてしまうでしょうが、延焼は取りあえず防ぐ事が出来そうなのです。


「すげえ…何という草刈りメイジ。」

「放っとけっ!」

才人のボソッと呟いた一言に言い返すワルドの目に光るものがあったのは、言うまでもないのでした。






ラ・ロシェールに到着後、私たちは『女神の杵亭』というラ・ロシェール最高級の宿に私達は泊まる事になりました。
別にこんな高い宿でなくても『月夜亭』という、貴族用のそこそこ高級な宿でも良かったと思うのですが…。
おかげで財布のお金の半分近くが吹き飛んだのですよ、辺境の田舎貴族と大貴族の格差を垣間見た一瞬なのでした。
…領収書は貰って来たので、後で王家に請求しましょう。

ワルドとルイズは港に船を捜しに行っています。
アルビオンは現在内戦中なので、いくらこの世界の戦争がのんびりしているとはいえ、定期便は止まっていますから待っていても無駄です。
ワルドが『役に立てなかったお詫びに船を探し出してくる』とか言いはじめ、それにルイズが『私も行く!』と、ついていってしまいました。


「行かなくて良かったのかね?」

「いいんだよ、あの草刈りヒゲがいれば大丈夫だろ?」

この宿の一回にある食堂で残された私達はワイン片手にまったりしていました。
今日はまだボケとツッコミしかしていない、真の役立たず二人が私の横で何か話しているのです。


「一緒に行くべきだったのではありませんか?
 ルイズが好きなのでしょう、才人?」

「ば、バカ、ちがうよ!
 いやまあ確かに容姿は俺のストライクゾーンど真ん中だけど、そういう事ではなく…だな…何というか。」

ふふふ、才人の顔が徐々に赤くなっていくのはなかなかの見ものなのですよ。


「大体、あのヒゲとルイズってだいぶ離れているだろ、なのにベタベタベタベタとロリコンかよアイツ!」

「ワルド卿は髭のせいで老けて見えますが、たぶん25歳くらいなのです。
 10歳程度離れているくらいなら、ごく普通なのですよ。」

姉さま達の中にも10歳以上の歳が離れている人のところへ嫁いだ人はいるのです。
転生前の日本でも10歳くらいの歳の差カップルなら結構いるはずなのですよ。


「うぐ、そんなに若かったのか…あいつ。」

「しかしまさか、使い魔がご主人様のことを好きになるとはね。
 流石は規格外の使い魔だよ、君は。」

ギーシュはそう言うと、肩を竦めて見せました。

コントラクト・サーヴァントには多分、双方が惹かれあうように感情を制御する類の魔法が混じっている筈なのです。
本来は召喚者の好みにそぐわない使い魔を召喚者の好みであると錯覚させる効果と、獰猛な使い魔に召喚者への好意を抱かせて攻撃できないようにする為なのでしょうが、人間同士の場合は恋愛感情にすり替わってしまうのですね。

だから、ルイズと才人はどんなに反目しあっても、どんなに喧嘩しても惹かれあうのです。

別にそれが不自然な事だとは全く思いませんよ、吊橋効果みたいなものですから。
内分泌系の錯覚から始まる恋があるならば、魔法で引寄せられる恋があっても良いでしょう。
本人達が幸せならば、原因が何であるのか…などというのは、実に下らない話なのです。


「才人、もしもワルド卿とルイズがと結ばれてしまったとしたら、貴方は死ぬほど後悔する事になるのですよ?」

「う…いや、ねえよそんな事は、絶対に。」

才人が困ったように目を逸らしました。
こういう強情な所が結構可愛いのですよね、才人は。


「ふふっ…まあ、何にせよもうルイズとワルド卿は出かけてしまったのですから、ああだこうだ言ってもどうにもなりはしないのですが。
 でも才人、手を離してはいけないときには、離してしまっては駄目なのですよ?」

「うんうん、ケティの言うことは実に含蓄深い。
 僕は時々ケティが年下だという事を忘れてしまうのだよ。」

ギーシュ、それはつまりおばさんくさいという事なのでしょうか?


「あら、三人で何の話をしているのかしら?」

そこにキュルケがやってきました。
風呂上りなのか、薄着でいつもにも増して胸の谷間を強調した服を着ています。
才人、ギーシュ、何なのですかそのだらしの無い顔は。


「青春において度々やってくる、大いなる葛藤について話していたのです。」

「わかりにくいけど、恋ね?」

「わかりやすく言えば、恋の話なのです。」

ゲルマニア人は言動がそのものズバリ過ぎるのです。
そういうのは大好きですが、話題が繊細なのですから、もう少し詩的に、優雅に…。


「なるほど、貴方とギーシュの事とか?」

「なんなっななななな!?」

いきなり何を言い出すのですか、キュルケ!?

「へ?僕がどうかしたのかね?」

「何でもないのですよ、なんでも無いったら無いのです!」

ギーシュが一見女誑しっぽい癖に、実は野暮天の朴念仁である事に感謝するしかありません。


「キュ、キュルケ、わけのわからない事を言わないで欲しいのです!」

ギーシュはモンモランシーとくっつくべきなのです。
私なんかが立ち入って良い隙などありはしないのですよ。


「えー?わたしはありだと思うんだけどなぁ…。
 結構まんざらでも無いんでしょ?」

「な、何を言うのですかキュルケ、そんな事はありはしないのですよ。
 それよりも、タバサは?」

タバサは、タバサはいったい何処に?


「タバサならいつも通り部屋で本読んでいるわ。
 それよりも、貴方の恋の話でしょ?」

「そ、そんな話は元から無いのですよキュルケ!?」

何でいきなり私が追い詰められているのですかっ!?
しかもキュルケめっちゃ楽しそうなのですよ、表情がっ!


「ふーん、そんなこと言っていると後悔するわよ?」

「断じて後悔などしないのですっ!
 私は、私は…っ!」」

ドアが開いて、ワルドとルイズの二人が帰ってきてくれました。
ナイスタイミングなのですよ、二人とも!


「お疲れ様なのです、ルイズ、ワルド卿。
 …で、首尾はいかに?」

「あー!逃げた!?」

キュルケが何か言っていますが、無視無視なのです。


「ぜんっぜんダ・メ!
 こっちが親切丁寧にお願いしてあげているっていうのに、なんなのかしらあの態度は?」

「はぁ…明後日にならないと、例え始祖ブリミルが夢枕に立ったとしても船は出せないとまで言われてしまったよ。」

ルイズの態度が超ビッグなのです。
ひょっとしてそれで断られたのでは…?


「私が急ぎのとても大事な任務だって何度も言ってあげているのに、何でわからないのよあの船長は!?
 莫迦なの?死ぬの?」

態度が超ビッグなのが悪いのではないかと思うのですよ、ルイズ。


「ねえケティ、何で明後日にならないと船が出ないか知ってる?」

「スヴェルの日の翌日に、アルビオンはこのラ・ロシェールに一番近づくからなのですよ。」

スヴェルの日にはあのふわふわ浮く巨大な島が、ラ・ロシェール近くの空までやってきます。
数年に一回はラ・ロシェール上空までやってきて、町が夜みたいに真っ暗になる事もあるのですよ。


「ああ成る程、そういう事なの。」

「いやケティ、そのスヴェルの日ってのがさっぱりわからないんだが?」

納得するキュルケの横で、才人が右手を挙げています。


「スヴェルの日とはですね、双月が重なり合って一つになる日なのですよ。」

「月が重なり合って一つになるのか、へえ。」

あの双月、同じくらいの大きさに見えるのですが、手前にある月と後ろにある月では多分全然大きさが違う筈なのです。
しかも結構離れているのでしょう。
でないと、今頃激突してハルケギニアに大災害をもたらしている筈なのですから。


「これで全員揃ったのですね、では部屋割りを発表するのです。
 もう入っていますがキュルケとタバサが同じ部屋、私とルイズが同じ部屋、後の野郎どもは適当に馬小屋ででも寝ていやがれなのです。」

『おぅい!?』

いいツッコミなのです、三人とも。


「冗談なのです。」

そう言いながら、鍵を取り出して才人に渡しました。


「三人には少し大き目の部屋を用意してもらいました。
 普通のベッド二つに簡易ベッド一つを置いてもらったのですよ。」

「心臓に悪い冗談だぜ、ケティ…。」

私は三人の驚く顔が見れて、大いに満足だからそれで良いのですよ。


「あー…ちょっと良いかな、ミス・ロッタ?」

「はい、何でしょうかワルド卿?」

ワルドが気まずそうな表情で私を見ています。


「ルイズと一緒の部屋になり…。」

「却下なのです。」

ワルドが言い切るまでもなく、その案は却下なのです。


「い…いやでもだね、僕らは婚約者なのだし…。」

「婚約だろうが蒟蒻だろうが、駄目な物は断じて駄目なのです。
 そもそもワルド卿と私の部屋を取り替えたら、私はギーシュ様や才人と一緒の部屋で寝る事になってしまうのですよ?
 狼の群れにか弱い羊を放り込むような真似をなさるおつもりなのですか、ワルド卿?」

ギーシュにはかつて酔った勢いで押し倒されそうになりましたし、才人も夜這いの前科持ちなのですから、どう考えても貞操の危機なのです。


「…そういう事では、仕方がないか。」

「御理解に感謝いたします、ワルド卿。」

ルイズと私の乙女のピンチはこうして何とか回避されたのでした。





「ケティ、あんたサイトと仲良いわよね?」

「友達という意味でなら、確かにそうなのです。」

ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。
実はルイズとあまり話した事が無いのですよね。
口数が少ないタバサとよりも会話をしていないのは、問題があるような気はするのです。


「でも、私の折檻を受けた才人の事を、あのメイドみたいに時々助けているでしょ?」

「友人を助けないで通り過ぎられるほど、私は薄情でも冷酷でもないのです。
 男女の関係が全て色恋で結びついているわけではないのですよ、ルイズ?」

あのメイドと言われても、どのメイドかわからないのですよ。
シエスタの事だとは思うのですが。


「確かに私は昨夜才人を部屋に招きはしましたが、それはタバサも居たからなのです。
 流石に私一人で異性を部屋に招くような事はしないのですよ。
 それに、才人はルイズの事が好きなのでしょう?」

「ええ、ななな何を言っているのよ!」

おお、ルイズの顔が物凄い勢いで真っ赤になっていくのです。


「嫌いな相手に夜這いはしないのですよ、常識的に考えて。」

「あの馬鹿犬が盛っただけよ!
 あいついつもいつもいつもいつもツェルプストーやメイドの胸ばかり、むむ胸ばかり見てるもん!
 私の胸見て溜息吐いたのよ、そんな奴が私のことが好き?すすす好きですって!?」

ルイズの顔が見事なくらい真っ赤になっているのです。
ふむ、この頃から結構才人にも脈はあったのですね。


「もももし、もし、もしそうだとしても、私はご主人様であいつは使い魔なのよ、そんな関係になるわけが無いわ、ええ無いったら無いわ!」

「その強がりが、はたしていつま…ん?
 誰か来たようなのです。」

ノックの音がしたので、ドアを開けてみるとワルドがいました。


「ワルド卿、何か御用なのですか?」

「ルイズと少々話がしたいんだ。
 ミス・ロッタ、すまないが少々席を外していただけないだろうか?」

ルイズに結婚しようと言うつもりなのですね。
でも、今まで全く何も良いところが無かったのですが?


「わかりました、ほぼ重なり合った双月の下でワインを飲むのも乙でしょう。
 少々外出するので、その間に何なりと話し合ってくださいなのですよ。」

さて、誰かを誘って月見酒と洒落込むとしますか。





「…楽しいのですか、才人?」

「思いっきり虚しい、実は。
 つーか、飲兵衛だなケティ。」

ワインのボトルと杖を右手に持ち、左手でコップに注がれたワインを飲んでいるだけで飲兵衛扱いとは心外なのですよ?
今いる場所は私とルイズの部屋の窓の外、サイトは窓枠にしがみつきながらルイズとワルドの動向を覗き、私はレビテーションでふわふわ浮いているのです。


「盗み聞きはアバンティの教授だけで良いのです。
 デルフリンガーも覗きなんかの為に使われて、不服そうなのですよ?」

「ああその通りだ娘っ子、俺今すげー情け無い気分でいっぱいだ。」

剣として殆ど役に立っていないのですから、ストレスが溜まっても仕方が無いのかもしれません。


「もう少しすれば嫌でも活躍せざるを得なくなりますから、それまでの我慢なのですよ、デルフリンガー。」

「そうだよな、もう少しでアルビオンだものな、戦争中なんだから出番だよな斬れるよな、ククククク…。」

また妖刀モードなのですかデルフリンガー。
アルビオンに行く前に一戦できるとは、まさか思ってもいないのでしょうね。


「黙れ妖刀。
 なあケティ、俺も一杯飲みたい気分だよ、なんかやってられない感じ。」

「良いのですよ、どうぞ。」

コップにワインを注ぎ足して、才人に渡しました。


「え?あ、ああ、うん。」

ちょっとびっくりした様子になった才人でしたが、そのまま恐る恐るワインを飲み始めました。


「お、うまいな。」

「タルブのビンテージものだそうなのです。
 先ほどの夕食の時に、数本くすねて来たのですよ。」

こんな水より高いワインなんて、滅多に飲めるものではないのですよ。


「美味かったよ、あと間接キスもご馳走さん。」

「ななな…!?」

此方にはそんな習慣は無かったのですっかり忘れていましたが、思い出したら恥ずかしくなってきたではないですかっ!


「こ、此方にはそんな風習は無いのですよっ!」

「でもケティ、転生前は俺の世界の人間だったじゃねえか?」

へらへらと笑う才人にイラッと来ますが、レビテーション中なので他の魔法が使えないのです。


「そんなのすっかり忘れていたのですよっ!
 15年間此方で生まれ育ってきたのですから。」

「へっへっへー、ケティと間接キッスー♪」

久々に思い出したあちらの風習に少々混乱している間に、危機は頭上へと迫ってきていた事に、私達は気付かなかったのでした。


「…誰と、誰がキスですって?」

恐ろしげな声に上を向くと、そこにはルイズという名の大魔王が!?



「答えなさい駄犬、誰と、誰がキスですって?」

「はい、俺と、ケティが、間接キスです。」

ルイズの目が此方をギロリと睨みます。


「友達って、言っていなかったかしら?」

「と、友達なのですよ?
 始祖ブリミルに誓って、才人とはただの友達なのです。」

「そそそうなの、とと友達とキスするんだ、ケティは、ふーんそう、ふーん。」

ひょっとして、間接キスという習慣が此方に無いから、才人の言っている事がルイズに上手く伝わっていないのですか?


「違うのですよ、キスではなく間接キスなのです。」

私が伝えたら、誤解は解けるかもしれないのです。


「間接?何それ?」

「才人の国では、杯の回し飲みで、他の人が口をつけたところに口をつける行為を間接キスというのだそうです。
 才人に杯を貸してワインを飲ませてあげたら、そういう話をして私をからかい始めたのですよ。」

全責任を才人に押し付けつつ、間接キスについてルイズに説明してみます。


「駄犬、つまりあんたは異性の友達をからかっただけだというわけね?」

「はい、全くその通りでございます。」

取り敢えず、私への理不尽な怒りは解けたようなのです。
良かった、良かった。


「あんたが全ての元凶か、この駄犬!」

「ぼべら!」

その代わり、全ての怒りが才人に放たれたようなのですが。
顔を蹴り飛ばされた才人は、壁に剣を突き刺して何とか落下せずに済んだようなのです。


「こ、殺す気か!?」

「恩知らずには当然の末路よっ!」

うんうん、その通りなのです。






翌朝、ルイズがワルドの呼ばれたというので一緒に来てみると、サイトとワルドがいました。

「ワルド、来て欲しいというから来たけど…何をするつもりなの?」

「彼の実力を測ってみたいと思ってね。」

ワルドを挟んで向こう側には、デルフリンガーを抜いた才人もいます。

「決闘なのですか?」

「おやミス・ロッタ、君も来たのか。
 良いや、決闘じゃないよ。
 実戦形式の手合わせといった所かな?」

ワルドは少しびっくりしたような表情を一瞬浮かべましたが、すぐに笑みに変わりました。

「私はルイズと同室なのですから、彼女が起きれば私も起きるのは道理なのです。
 朝の散歩がてらについてきたのですよ。
 私はお邪魔なのですか?」

「いいや、見届け人が増えても別に困りはしないさ。」

さてはて、ここで才人が瞬殺というのも面白くありません。
コンマ数秒でも才人がやられるまでの時間が長くなるように、少し梃入れさせてもらうのですよ。

「才人と少し話をさせてもらっても良いですか?」

「ああ、いいよ。」

ワルドが頷いたので、才人に少しアドバイスでもさせてもらいますか。

「才人、ワルド卿はスクウェアクラスのメイジです。
 努々舐めてかかる事など無いようにするのですよ?」

「いやでもあいつって、強いのか?
 昨日一日格好良い所を全く見かけなかったんだけど…。」

確かに草刈りしか活躍の場がありませんでしたからね。

「私よりは間違いなく強いはずなのですよ、昨日はあんなでしたが。」

「ケティよりも…って、今の俺全く勝ち目無くないか?」

何処の大魔神ですか、私は?

「今の才人になら工夫次第で勝てるでしょうけれども、そこまで無茶なほど強くは無いのですよ、私は。」

「いやでも、ケティの特製ファイヤーボールとか喰らったら、間違いなく影だけ残して蒸発して消えるよ俺?」

当たらなければどうという事は無いと、仮面の人も言っているのですよ。

「私のファイヤーボールは直線的に飛びますし、照準も目視で行います。
 つまり、私の目の限界を超えた動きで動けば、私のファイヤーボールがどんなに熱かろうが当たる事など無いのですよ。
 そして、ガンダールヴの超絶的な身体能力を使えば、それは割と容易い事なのです。」

まあ、ガンダールヴの動きを止める方法もいくつか考え付いてはいますが、当然教えてあげません。

「私の事はどうでも良いのです。
 それよりもワルド卿の事なのです。
 彼はスクウェアメイジであり、同時に親衛隊の衛士なのです。
 手っ取り早く言うと、彼は魔法剣士なのですよ。」

「魔法剣士…って、魔法と剣の両方が使えるって事か?
 それ、ずるくねえ?」

才人が表情を曇らせました。

「戦いに卑怯もへったくれも無いのですよ、勝った者が正義なのです。
 彼の杖が剣であることは伊達ではないのですよ。
 ワルド卿は剣士としても一流なのです。
 ですから、接近戦なら絶対勝てるという先入観は捨ててください。
 スピードを生かしてヒット&アウェイを行い、兎に角彼の技に捕まらないようにするのです。」

「お、おう、わかった。」

まあ付け焼刃などどうとでもされてしまうような気はしますが、やらないよりはましなのですよ。
これで何とかなるかもしれません。





…などと思っていた時期が私にもあったのです。


「あっという間でしたね。」

「うっ…。」

原作よりも持ったのかもしれませんが、よくわかりません。
いくら動きが早くても、軍人の鍛えられた目には十分捉えられる素早さだったようで、動きを読まれてあっという間にやられてしまいました。


「俺…駄目だったよ、全然敵わなかった。」

「ギーシュ様はただの学生なのですよ、今の才人はただの学生にもボロボロになって勝てる程度でしかありません。
 ですから軍人であるワルド卿に勝てる道理は無いのです。
 強いのは当たり前なのですから、そこまで気落ちすることは無いのですよ。」

才人は訓練場においてあるベンチに腰掛けて、項垂れています。


「ルイズの前で負けたのはとても残念だとは思いますが…。」

「はは、俺じゃあルイズを守れないってさ。」

才人は顔を上げようとはしません。
地面には数滴の涙の跡があります。


「いいえ、大丈夫なのです。
 才人はルイズを守る為に呼ばれたのですから、才人にはそれを成す為の力が必ずあるのですよ。」

「じゃあ何でワルドに負けたんだよ、俺全然弱いじゃねえか、気休め言うなよケティ!」

両肩を掴んで揺さぶら無いで下さい、目が、目が回ります。


「力があっても、それを出し切れる状態に無いからではないですか?
 剣を使うのであれば、きちんと剣の素振りでも何でもするべきだと思うのです。」

「それで何とかなるって保障が何処にあるんだよ!」

ああもう、聞き分けの悪い主人公なのですね、貴方は!


「この馬鹿者!男がいちいち女々しい事を言うんじゃないのですよ!」

「ぐがぁ!?」

私の拳が才人のこめかみにクリーンヒットなのです。


「止まるな、進め、努力あるのみなのです。」

「ふ、普通そこで拳が出るか?」

正直な話、拳が滅茶苦茶痛いのです。
女の子のやわな体で男を殴るものではありません。


「私に拳で語らせるほうが悪いのです。
 見て下さい、腫れてきたではありませんか。」

「う…ごめん。」

まあ、自業自得なので才人が謝る必要は全く無いのですが。


「謝っている暇があったら、剣の練習をするなり、何か小細工で乗り切る方法を考えるなり、ルイズを守る為にどうすれば良いか行動するのですよ。」

「わかった、ケティに殴られたらなんか気合入ってきた!
 よし、やってやるぜっ!」

単純で結構、兎に角今は精進あるのみなのですよ、才人。



[7277] 第十話 男心も乙女心も複雑なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/14 00:01
奇襲は相手が知り得ないからこそ成立するものなのです
つまり、私が知っているという時点で、奇襲など成立しないのですよ


奇襲と言えば真珠湾攻撃
トラ トラ トラ ニイタカヤマノボレ…帰る事が出来たなら、タルブ村の零式艦戦を見に行けるのですね


奇襲を知っているのは私一人
教えたいけれども、教えられないこのジレンマをどう解消しましょうか?





「いい月なのです。」

今晩はスヴェルの夜、月が一つに見える夜。
赤い月が白い月に隠れて見えなくなるので、白い月のみの夜空が地球の夜を思い出させる夜なのです。
私の記憶が正しければ、今晩この宿は傭兵達に強襲される筈なのですが、さて何時だったやら?
予め手は打っておきましたが、上手くいくのでしょうか?


「…才人、ホームシックなのですか?」

宴もたけなわな中、少し月が見たくて屋上に上がってみたら才人がいました。
月を見ながら涙を流しています。


「恥ずかしながら、その通りだ。」

涙を拭いてから、才人が頭を掻きました。


「国破れて山河在り
 城春にして草木深し
 時に感じては花にも涙を濺ぎ
 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
 烽火三月に連なり
 家書万金に抵る
 白頭掻けば更に短かく
 渾て簪に勝えざらんと欲す」

「何それ?
 つーか、今日本語だった?」

才人は古文の時間居眠りしているタイプなのですね、間違いなく。


「もとは中国の詩人、杜甫の《春望》という漢詩なのですよ。
 中学校の教科書にも載っていますし、古文の時間に必ず習っている筈なのですが?」

「古文は爺ちゃんの先生がやっていて、誰も注意しないから寝てた。
 それで、その詩の意味は何?」

やはりなのです。
まあ私も漢詩なんか、これくらいしか諳んじられないのですが。


「戦乱で捕らえられ家族と離れる破目に陥った作者が、強烈なホームシックに陥った際に綴った詩なのです。
 ホームシックの才人には、状況こそ違えどぴったりかなと思ったのですよ。」

「なるほど、確かに俺にはぴったりかもな。」

実は家族と会えない事が寂し過ぎて禿げそうだという詩なのですが、まあそれは黙っておくのです。


「気を落とし過ぎないのです。
 来たのですから、必ず帰る道もある筈なのですよ。」

「気休め言われてもなぁ…。
 帰れなかったらどうすんだよ?」

きちんとイベントをきっちりこなしていけば、才人は元の世界に絶対に帰れるのですよ。
死んで生まれ変わった私と違って。
だから、才人がイベントをこなす手助けを私は続けていくつもりなのですから。


「大丈夫なのです。
 仮に駄目でも才人のその力をきっちり生かす術を身につけさえすれば、この世界に根付く事だってできる筈なのです。
 私だってなんだかんだ言っているうちに根付けたのですから、才人にだってそういう日が必ず来るのですよ。」

「そういわれると、なんか気が楽になって来たよ、何とかなるのかなぁ?」

才人の表情が少し明るくなってきました。
何とか元気になってもらえそうなのです。


「元の世界の話がしたくなったら、いつでも頼ってくれて良いのです。
 …変な事されそうなので、胸は貸さないのですよ?」

「ひでえ!でもまたホームシックになったら、話に乗ってくれると嬉しいよ。」

取り敢えず立ち直ったようですね、では月も堪能しましたし、下に戻りましょう。


「では、私は下に戻るのです。
 才人は?」

「もう少し月を見ていく事にする。
 今夜だけなんだろ?」

「はいわかりました、それでは。」

挨拶をして会談を降り始めようとしたら、ルイズが立っていました。


「ルイズ、才人ならそこにいるのですよ。」

「ケティ…ケティはサイトの気持ちがわかるの?」

私の事をルイズは上目遣いでじーっと見ながら、ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。
ルイズは物凄く可愛いので、そういう表情で聞かれると思わず萌えてしまうのです。
タバサも可愛いけど、ルイズも可愛いのです。
私の周囲は飛びきりの美少女ばかりで、軽い敗北感を覚えることもありますが、良いのです、可愛いは正義なのです。
なんて素敵な環境なのでしょう、男だったらもっと楽しかっただろうに惜しまれるのです。


「才人の気持ちなのですか?
 理解する為に最大限努力してはいるのです。」

「わたしは…ほとんどわからない。
 理解しようにも、考え方の基礎になっているものが違うみたいで、何も理解できないの。
 サイトのご主人様なのに、サイトの友達よりもサイトの事が理解できないのよ、笑っちゃうでしょ?」

ルイズもルイズなりに葛藤はしていたのですね、まあ当たり前かもしれないのですが。


「ケティはサイトが何を考えているのか、どうやったら気持ちを鎮められるのか何でわかるの?」

私の場合は才人の思考回路を小説という形で垣間見ていたという経緯がありますから、まるっきりチートなのです。
ですからある程度の思考の読みを出来て当たり前なのですが、それをそのまま言うわけにも行きませんし、どうすれば良いのでしょうか?


「取り敢えず言えるのは…そうなのですね、才人の言う事をきちんと聞いてから頭ごなしに否定せずに対応すること…ではないかと思うのです。
 反発には反発しか帰っては来ないのですよ。
 そして、反発する相手に進んで心をさらしたがる人間は居ないのです。」
 
「わたし・・・いつもサイトの事が全然理解できなくて、思わず腹が立ってきて、怒っちゃって…確かにそうよね、いくら使い魔でも反発し合っていたら理解し合えないわよね。
 わたしだって、腹が立っていたら心をさらす気になんてなれないもの…。」

ルイズはがっくりと肩を落としました。


「だから笑顔なのですよ、ルイズ。
 笑顔で話していれば、相手も自然に笑顔になるのです。
 笑顔で話しかける人間に反発する人はそうは居ないのですよ?」

「笑顔…笑顔ね。
 わかったわ、ケティありがとう、わたしやってみるわね。」

ルイズがやる気になったようで、何よりなのです。
原作よりも親密になるのが少し早くなっても、別に良いのですよ。


「では私は下に戻りますが、ルイズは?」

「わたしはサイトと話してくる。
 笑顔、笑顔、笑顔…。」

「はい、行ってらっしゃい。」

さて、下で飲みなおすとしますか。



「おおケティ、僕の可憐な蝶!戻ってきてくれたのかい?」

下に下りたら何かギーシュがいつも以上にハイテンションなのです…と、思ったら、ギーシュの手にはワインの入ったグラスがあるのです。
つまりアレですか、今のギーシュは超フリーダム状態なのですね。

「さあさあ、座ってくれたまえ。」

ギーシュが隣りの空いている椅子をパンパン叩いています。
こっち来いって事なのでしょうか?
仕方がないので、大人しく従う事にするのです。


「ギーシュって、お酒飲むとテンション高くなり過ぎるのね、飲ませなきゃよかった…。」

「酒乱。」

向かい側の席に座っているキュルケが額を押さえて眉をしかめています。
隣りのタバサも食料を口に運び続けていますが、よく見れば眉をしかめているようなのです。
そして、ギーシュにワイン飲ませたのはキュルケなのですね、わざと飲ませないようにしていたのに・・・。


「ケティ、キュルケ、タバサ、美しい蝶達に囲まれて、ぼかぁ感無量だよ!
 浮気がバレて以来、女の子達からの視線が冷たくてね。
 こんな女の子に囲まれるなんて、久しぶりで…久しぶりで…モンモランシーも決闘のあと治療してくれたけど、その後は視線すら合わせてくれないし、誰か知らないけど《女の敵》とか書いた紙を背中に張り付けていくし、マリコルヌは『俺たちは仲間だ』みたいな視線を送ってくるしでもう最悪だったのだよ。」

ギーシュ、貴方の周囲の女の子は全員どん引きなのですよ。
そしてモンモランシー、あの時譲ってあげたのにまだよりを戻していないのですか。


「・・・そういう余裕綽々な態度でい続けるようなら、取ってしまうかもしれないのですよ?」

「何か言ったかね?」

「いいえ、何も。」

ギーシュが不思議そうに尋ねてきますが、教えてあげるわけがないのですよ。


「あんたこそ余裕綽々じゃないの、ケティ?」


「…聞かれていたのですね。」

なんという地獄耳、
こと色恋沙汰に関して彼女に並ぶものなど居ないでしょう。


「だから、何の事かね?」

「だからケティがあ…モガ!モガ!?」

キュルケの口に鳥の腿肉焼きを突っ込んで黙ってもらいました。


「黙っていて欲しいのです、キュルケ。」

「喋れない。」

タバサが黙々と食料を口に運び続けているのをぴたっと止めて、いきなりツッコミを入れてきました。
ひょっとして、ツッコミ属性ですか、タバサ・・・。


「ぷは…何するのよ、ケティ!?」

「何をするもないのです、キュルケ。
 私の事は私が解決するのですよ、ここは生温かく見守っていてほしいのです。」

お願いすれば、根が面倒見のいいキュルケの事ですから、これ以上はやらないでいてくれるでしょう。


「…仕方無いわねぇ。」

「いやだから、何がどうなっているのかね?
 話がまったく掴めないのだけれども?」

ギーシュの頭の上に『?』マークが浮かびまくっているのが目に見えるようなのです。


「ケティ、教えてくれ、いったい何の話な…痛っ!?」

「野暮天。」

ギーシュがタバサに杖で叩かれました。


「いたた…何をするのかね?」

「聞いちゃ駄目。」

「いやだがしかしだね。」

「聞いちゃ駄目。」

「そうは言われても…。」

「聞いちゃ駄目。」

「…わかったよ、聞かない。」

「ん。」

有無を言わせない説得なのですね、タバサ…。


「タバサ、ありがとうございます。」

「ん。」

何とかピンチは乗り切ったのですよ。


「そう言えば、ワルド卿は何処に行ったのですか?」

「何処に行ったのかしら?
 いつの間に居なくなっていたけど。」

空気扱いなのですね、ワルド…と、その時、二階からワルドが下りてきました。
おおかた、偏在を作り出して私達を攻撃し分断する準備でもしていたのでしょう。


「すまない、ちょっと部屋で明日の荷物の整理をしていたよ。」

「はい、これをどうぞ。」

取り敢えず、大きなジョッキになみなみとワインを注いでワルドに手渡しました。


「ええと…これは何だい?」

ワルドの顔が少し引きつっていますが、気にしないのです。


「明日、アルビオンに向かう為の景気付けなのです。
 では、コホン…ワルド卿のちょっといいトコ見てみたい!」

『そーれ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』

周りの客も良い感じに酔っていたのか、私達と一緒に手拍子を始めます。


『イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』

「ワルド卿、さあググッと一気にどうぞ。」

可愛く見えるようにニコニコっと微笑みながら、止めを刺してみるのです。


「謀ったな、ミスロッタ!?」

「生まれの不幸を呪うが良いのですよ?」

謀ったなといわれれば、お約束の返しをしておくのですよ、ワルドにはわかりませんが。


「生まれの不幸って?」

「それは秘密なのです。
 それはそうと、ワルド卿。
 親衛隊の隊長ともあろうお方が、まさか怖気づいたのですか?」

生まれの不幸と言えば、ギャグ属性が着いてしまっていることでしょうか?


「くっ、ここに来ては引けん…か。
 ええい、ままよ!」

そのままワルドは大ジョッキ一杯分のワインを一気に飲み干しました。


「どうだ!」

「素晴らしい!皆拍手をお願いするのです!」

周囲の客からも拍手喝采が起こります。


「ふははははは!どうだ!僕はやったぞ!」

顔が真っ赤なのですよ、ワルド。
…仕込みの一つは、これでばっちりなのです。


「さあ、ミス・ロッタ。
 今度は君の番だ。」

そう言って、大ジョッキにワインを注ぎ始めた途端、正面玄関の戸がばぁんと開いて、武装した男達が雪崩れ込んできました。


「ちょ、ま、こんな時に…!?」

「賊、なのですね。」

ルイズが才人と話している時間帯に襲ってきたという記憶が残っていたので、その時間に合わせて見たのですが、私がイッキさせられる前でよかったのですよ。



「皆様、賊です!
 この宿から避難を!」

「賊なのか、あれは!?」

「きゃあああああ、助けてえええええぇぇぇぇぇっっ!」

飲んでいた客達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。
居なくなってくれるのは良いのですが、メイジのくせに意気地が無いのですね、皆。
まあ、私が《避難》と言ったから、逃げる事しか頭に無くなったのかも知れませんが。


「さて、ワルド卿、いかが致しましょう?」

「そ、そうらな、応戦せにぇばな。」

あー…イッキの効果が見事に出ているのですね。
呂律が怪しくなった上に、足がフラフラしているのです。
…まあ、私達を分断しようと企んだ報いだと思って、諦めて欲しいのですよ。

取り敢えず、ここで死なれても困るので、ワルドを庇いつつ、テーブルを盾にして応戦しているキュルケ達の元へ駆け寄ります。


「キュルケ、タバサ、ギーシュ様、無事なのですか?」

「何とかね…って、その酔っ払いどうするの?」

「あー、すまにゃいねぇ、君達。」

キュルケが指差したワルドは顔を真っ赤にして、目をしきりにしばたかせています。
泥酔状態なのですね、これは。


「まさか、このような場所で敵の襲撃に遭うとは思ってもいなかったのですよ。
 私の失態なのです。」

「私も思っていなかったもの、仕方が無いわ。」

「ん。」

「確かに、僕も同意だよ。」

彼らに嘘を吐くのは心が痛みますが、ワルドが居なければ私達は単なる貴族の子弟なのです。
身分証明として水のルビーを出しても信用されない可能性があるのですよ。


「ケティ、ギーシュ、キュルケ、タバサ、ヒゲ子爵!大丈夫か!?」

「誰がヒゲ子爵ら!」

るねっさーんす。
才人はワルドの名を覚える気が無いのでしょうか?


「ねえケティ、ワルドなんでこんなに酔っているの?」

「ワインを大ジョッキでイッキ飲みしたのですよ。」

頭を右へ左へふらりふらりと振るワルドを見ながら、ルイズが焦った表情を浮かべて尋ねてきたので、端的に答えておきました。


「何で!?」

「まあそんな事よりも、どうにかしてここから逃げなくてはいけないのです。」

「ちょっと、何でか教えてよ!?」

スルーさせてもらうのです。


「逃げるって言っても、ちょっと頭を出せば矢の雨よ?」

「そうそう、これでは逃げたくても無理なのだよ。」

「無視するなーっ!」

ルイズがキレました。


「ルイズ、ワルドにワイン一気飲みをさせたのは私なのです。
 この咎は後で如何様にも受けますから、今はまず脱出する事に専念して欲しいのです。」

「わ、わかったわよ…何でなのかしら、ケティに言われると年上に諭されている気分になるのよね…。」

納得していただいて何よりなのですが、年上とは失敬なのです。


「兎に角、このままでは埒が明かないのです。
 タバサ、こういう時、貴方ならどうしますか?」

「囮で引き付けて、本隊に逃げてもらうのが一番。
 今回の任務は戦うことじゃなく、届けること。」

タバサなら、そう言ってくれると思っていたのです。


「では、囮と本隊に分けましょう。
 ルイズにはまず脱出して、密書を守ってもらうのです。
 後は才人と酔っ払ったワルド卿に行ってもらうのですよ。」

「おう、わかった。」

「うん、ちゃんと密書を守るわ。」

「まかしぇたまえ!大船にどーんと乗ったつもりでね、どーんと!」

真面目に頷くルイズと才人、泥酔中のワルド卿は酒に酔い過ぎて気が大きくなり過ぎているのですね。


「囮は私とキュルケとタバサと、ギーシュ様。
 敵を一定時間引き付けたら、速やかに撤退して本隊と合流するのです。
 こんな事もあろうかと、その為の手は予め打っておいたのです。」

「わかったわ。」

「ん。」

「任せたまえ!」

ギーシュも少し気が大きくなっているような気がするのです。


「ではタバサ、氷の矢で威嚇射撃をお願いするのです。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると、氷の矢が傭兵達に向かって飛んでいきました。


「この隙です、裏口から脱出を!」

「わかった!ケティたちも無事でな!」

才人達は裏口から脱出していきました。


「…さて、私達でどうするのかしら?
 策、あるんでしょ?」

赤い髪をかき上げて、キュルケが私を見ます。


「はい。
 ギーシュ様、ヴェルダンデを呼んでください。
 確かあの子は予め桟橋近くに待機させるようにお願いしてあった筈なのです。」

「うん、確かに君にもしもの時の為といわれて泣く泣く遠くに居てもらったけど、こういう事だったのかね?
 わかった呼ぶよ、たぶん数分で此処まで辿りついてくれる筈さ。」

つまり、穴掘って逃げるつもりなのです。
ただ穴掘って逃げるだけではなく、その為に少々派手な目晦ましもしますが…。


「次に、あちらの厨房まで、テーブルを盾にしつつ移動するのです。」

「わかった、せーの!」

私達はテーブルを押して、厨房の入り口まで進み始めます。
裏口の近くに厨房があるのです。
取り敢えず、そこまで移動すればとある戦法が使えます。


「矢がどんどん刺さっているのだよ、厨房まで移動したらどうするのだい?」

「厨房まで移動したら、風魔法でタバサに小麦粉を食堂内にばら撒いてもらうのです。
 …と、何とか厨房までたどり着いたのです。
 では行くのですよ皆さん。
 1、2、3!」

全員一斉に食堂まで辿りつきました。
…と、そこに食堂の壁を突き破ってフーケが入ってきました。


「あのときの借りを返してやるよ、小娘!」

多少小さくなっていますが、岩のゴーレムなのです。
あんなのに殴られたら、今度こそ転生せずにあの世逝きになるでしょう。


「タバサ、食堂にある小麦粉を風魔法でばら撒いてください!」

「ん。」

タバサが小麦を食堂内に送り込み始めました。


「何だこの白い煙は!」

「ペッ!ペッ!何だ、小麦粉?」

「畜生、目晦ましかよ!?」

充満したようなのですね。


「ぎゅ!」

「来てくれたのだね、僕の救世主、可愛い可愛いヴェルダンデ!」

ちょうど頃合も良く、ヴェルダンデが、厨房に穴を開けてにゅっと顔を出しました。


「ちょうど良いのです、皆さん早く穴に非難してください。」

「成る程、考えたわね。
 小麦粉を煙幕代わりにして、ヴェルダンデの穴で逃げるって寸法なのね?」

キュルケが感心したように、ヴェルダンデの開けた穴に飛び込みます。


「さあ、ケティも行きたまえ、僕がしんがりになる。」

「いいえ、私がしんがりになるのです。
 これも策の一つですから、先にどうぞ。」

「わ、わかった。」

そう言って、ギーシュは穴に飛び込みました。


「タバサ、お疲れ様でした。
 次は貴方が行って下さい。」

「ん。」

タバサも穴に飛び込み、これで最後なのです。


「くそ、小麦粉の煙で何も見えやしない!
 小娘どこへ行った!」

「フーケ、お久しぶりなのです。
 そしてごきげんよう、なのです。」

穴に飛び込みがてら、小麦粉で出来た煙に向かって、炎の矢を射ち込みました。
空気中に大量に微粒子状の可燃物が漂う場所に火を入れると可燃物に引火し、連鎖的かつ爆発的に燃えていくという現象があるのです。
これを、《粉塵爆発》と言います。

私が穴に落ちると同時に爆発音が響きました。

今頃、衝撃と炎が食堂内を蹂躙している筈。
追って来れる者など、居る筈も無くなるのですよ。
女神の杵亭の店主には気の毒な事をしましたが、あの建物は元々軍事施設ですし、たぶん頑丈に出来ているからたぶん大丈夫なのですよ、たぶん。



「…とまあ、これが私の策なのでした。」

穴の中、目がまん丸に開かれている皆の前で、私はそう言って肩を竦めて見せたのでした。



「ケティ、貴方スクウェアだったの?」

洞窟内を走って移動中に、キュルケがそんな事を尋ねてきました。


「違うのですよ、私はトライアングルで相違無いのです。」

まあ、始めて見たらびっくりするのですよね。
私もはじめてやった時はびっくり仰天したものです。
仰天ついでに7メイルも吹き飛ばされましたが。


「でもあの火魔法は…。」

「魔法自体はただの炎の矢なのです。」

『ええええええっ!?』

トンネル内にタバサ以外の驚愕の声が響き渡ります。


「ああいう粉を霧状にばら撒いた場所に火をつけると、スクウェアクラスでもなかなか出せないような大爆発が起こるのですよ。
 私の策は、それを利用しただけなのです。」

いつか使う日が来るかもしれないと思って、魔法の練習がてらに実験しておいて良かったのですよ。


「凄い技ね…あれ。」

「風の強い場所では効果がいまいちになってしまうのですがね。」

フーケが来るのが遅くてよかったのですよ、いやホント。





「お疲れ様なのです、才人、ルイズ、ワルド卿。」

桟橋前までやってきた才人達に手を振ってみたりするのです。


「あれ?え?え?」

才人は驚きすぎて何言って良いのかわからないようなのです。


「なじぇ、ここに?」

ワルドも何が起こったのか理解できないようなのです。


「ちょ、何でおとりになったあなた達の方が早く着くのよ!?
 女神の杵亭から爆発音はするし、いったい何したの?」

「少々小細工を弄したのですよ。
 詳しい話は後でしますから、取り敢えず出られる船を捜すのです。」

入り組んだラ・ロシェールの町の中を酔っ払い連れて桟橋まで移動するよりも、直通トンネル通った方が早く着くのは道理なのですよ。


「すげえ、木に船が生ってる…これが桟橋と船なのかよ…?」

「この世界の船は空を飛ぶのですよ。
 ファンタジーでしょう、才人?」

才人はポカーンと口を開けたままなのです。


「原理がさっぱりわかんねー。
 何で船が空に浮くんだよ。」

「風石という、風魔法の結晶みたいなものを使って飛ぶのだそうですよ。
 原理は私にもさっぱりなのです。」

この船が飛べないから、ラ・ロッタ領は交易路から外れたままなのですよね…。
まあそれは兎に角、とっとと探さないとアフロヘアになったフーケが怒って追いかけてくるかもしれません。


「待て、おみゃえたち。」

桟橋をある程度登った所で、白い仮面を被った男が現れました…が、仮面から覗く顔は真っ赤で、首はフラフラ、足もフラフラ、どう見ても酔っ払いです。
偏在は本体の体調の影響を受けますから、本体が泥酔すれば偏在も泥酔するのですよ、これが。


「此処から先は…ひっく、と、通さんじぇ!
 うっぷ…。」

そういったか言わないかのうちに、しゃがみこんで階段の下にゲロを吐き始めました。


「何だこの酔っ払いは…?」

才人も困惑の表情を浮かべています。


「放っておきましょう、どうせただの酔っ払いなのです。」

「そうだな。」

私達は仮面の男の隣りそのまま何事も無かったかのごとく通り過ぎました。


「ま、待て、くっ、何でいきなりこんな事になりゅんだ…。」

そう言いながら呪文の詠唱を始めたので、蹴り飛ばしてみました。


「えい。」

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。」

仮面の男は転がりながら暗闇の中に消えていきました。


「まさか、酔っぱらいを刺客として送り込んでくるとは思わなかったのですよ。」

「送り込んできた奴は、間違いなく相当のアホだな。」

才人の言葉に傷ついたのか、ワルドが壁に寄り掛かって盛大に落ちていますが、気にしない事にしておくのです。




「そいつは出来ない相談ですぜ、貴族様?」

「何故なのです?」

何故と言えば、何故私が交渉役になっているのでしょう?
確かにワルドは酔いの限界が来たのか寝ていますし、ルイズの辞書に交渉などという文字はありませんし、才人は論外ですが。


「この船にはアルビオンまでの最短距離分の風石しか積んでいないんでさ。
 今出港したら落ちちまいます。」

「嘘なのですね。
 往復は無理にしても、不測の事態に備えた分くらいならある筈なのです。
 戦争しているせいで治安が維持できずに、空賊が横行している地域を通るのですから。」

戦艦大和の水上特攻伝説じゃあるまいし、片道ギリギリとかあり得ないのですよ。
風石が切れたら真っ逆様に落ちる羽目になるのですから。


「流石、貴族様は博識でいらっしゃる。
 ですが、非常用は飽く迄も非常用、使っちまうと足が出ちまうんでさ。
 余程の事でもない限り、使うわけにはいかねえよ。」

「その分は王家が負担するのです。」

ワルドが寝ている間に好き放題させてもらうのです。


「ちょちょちょっと!これ極秘の任務なのよ!?」

「極秘な筈なのに、私達はフーケと傭兵に既に襲われているのです。
 計画は既にアルビオン貴族派に漏れていると見て間違いないかと思われるのですよ。」

「うっ…た、確かに。」

慌ててルイズが私に詰め寄ってきますが、今までの事態で既に判っている事を伝えると引き下がってくれました。


「…となれば、私達に出来る事は、出来得る限り迅速に行動する事なのです。
 相手が反応できないくらい早く動き続ければ、妨害は最小限に納まる筈なのですよ。
 その為に必要ならば、王家の名を出しても構わないかと思われるのです。」

「なるほど、情報が伝わって相手が対策を打つ前に行動しちゃえって事ね?」

キュルケがポンと相槌を打っています。


「その通りなのです。
 もう一つ言えば、王家のお金を使えるのはラ・ロシェールまでなのですから、使わなくては損なのですよ。」

「ケティ、そんなみみっちい事を…。」

しっかりしていると言って欲しいのです、ギーシュ。


「そんなわけで、風石の代金は全て王室が持つのです。
 好き放題使って構いませんから、出来得る限り迅速にアルビオンに向かって下さい。」

「いや、それは良いけどよ…あんたらが王室ゆかりの者であるという証拠を示してもらわねえと。」

それに関してはルイズが居るのです。


「ルイズ、ラ・ヴァリエール家の紋章が入った品はありませんか?」

「え!?う、うん、指輪で良いなら…。」

そう言って、ルイズは指輪を外しました。


「船長、羊皮紙とペンはありませんか?」

「おう、誰か紙とペンを持って来い!」

「へい!」

船員がお急ぎで紙とペンを取りに行き、戻ってきました。


「へいどうぞ、貴族のお嬢様。」

「ありがとうございます、船員さん。」

船員に礼をしてにっこりと微笑みかけておきます。
礼とスマイルはゼロエキューなのです。

姫様宛で、羊皮紙にこの船の風石の代金を肩代わりしてくれるように書きました。
私のサインを書いてからルイズに手渡します。


「ルイズ、それにサインをお願いします。
 あと、指輪を。」

「う、うん、わかったわ。
 …はい、どうぞ。」

ルイズはサインを書くと、指輪と一緒に羊皮紙を渡してくれました。


「くるくるくるっと丸めて…指輪を嵌めて、出来上がり…と。
 船長、この仕事が終わったらこれをアンリエッタ王女にと渡してください。
 ラ・ヴァリエール家の紋章入りの指輪がついた手紙を無下に扱うものはこの国には居ませんから、間違いなく約束は履行されるのです。」

羊皮紙を丸めて、そこにルイズの指輪を嵌めて船長に渡しました。


「お…おう。
 しかし、何者だ、あんたら…。」

「長生きの秘訣は早寝、早起き、規則正しい食事、そして…自らの身に関わりの無さそうな秘密に首を突っ込まない事なのですよ?」

船長に先ほどと同じようににっこりと微笑みかけましたが、顔が引き攣っているのです。
せっかくゼロエキューのスマイルを浮かべてあげたのに、失敬なのですね。


「わ、わかった、何も聞かねえよ。
 副長、出港だ!」

「出航宜候!
 しゅうううぅぅぅぅっこおおおおおおおおおぉぉぉう!!」

これで何とかなる筈なのです。
もう夜も遅いですし、船の中でゆっくり眠るとしましょう。


…と、その時、才人に肩を叩かれました。

「なぁケティ、ちょっと相談しても良いか?」

「はい、何なのですか?」

才人の表情がとても深刻なのです。

「ルイズがすっげえ笑顔で『ワルドと結婚する』って言ったんだけど、どうすればいい?」

ええと、ひょっとして私がルイズに笑顔で話せって言ったせいなのですか?
…と、どうしましょう!?



[7277] 第十一話 気付けば矢面なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/17 15:13
結婚は一生の一大事
ゲルマニア皇帝には正室がいる筈なのですが、どうするつもりなのでしょう?


結婚は人生の墓場
そんな言葉もありますが、前世も結婚した事は無いので、全く未知の領域なのです


結婚は女の子の夢が詰まっている
果たして私に結婚相手がいるのだろうかという、漠然とした不安もあるのですよ







「…はは、俺完全に振られたんだな。」

才人が真っ白なのです。
ええと、これはどういう風な対応をすればよいのでしょうか、教えてください始祖ブリミル!?
どう考えても私のせいなのですが、しかし何をどうすれば笑顔で『結婚するわ』と言えるのでしょう?


「だだ、大丈夫、大丈夫なのですよ、それは才人の勘違い…そう、勘違いなのです!
 じ…実は、なのですね…。」

かくかくしかじかと先程ルイズに語った内容をかいつまんで伝えました。


「だーっ!お前のせいか、このばかちん!」

「全く返す言葉も無いのですよ。
 でもまさか、そこまで深刻な話で実践するとは思わなかったのです。」

気分はもう土下座なのです、しませんが。


「しかし、結婚とは…わかりました。
 私の撒いた種でもありますし、ルイズにも話を聞いてくるのですよ。
 その前に、才人の話を聞かせてほしいのです。」

「実はな…。」

かくかくしかじかな話を要約すると、ニコニコしながら話しかけるルイズがいつもと違って何となく怖かったので生返事返していたら、突如笑顔のままで『私ワルドと結婚するわ』と言いだしたそうだのです。
それで反応に困って『そ、そうなんだ』と返したら、笑顔のままくるりと一回転し、一回転した勢いを利用して才人を笑顔のまま思い切り蹴飛ばして、倒れたところで笑顔のままマウントポジションで数回殴り、ぐったりしたところで笑顔のまま腕間接を極めたそうなのですよ。


「あの時は腕折られるかと思ったぜ、さすがサブミッションは王者の技。」

「笑顔なだけで、行動がぜんぜん改まっていないではありませんか、ルイズ。
 そして才人、ルイズがせっかく笑顔で話しかけようと努力していたのに、何故聞き流そうとするのですか!」

笑顔のまま肉体言語で語り始めるとか、私の言ったことを殆ど理解していないではないですかルイズ。
そして、笑顔に違和感感じるとかドンだけドMなのですか、才人。


「いやだって、ルイズの笑顔なんてほとんど見た事無かったしさ。
 ルイズは基本的に眉顰めて、俺を睨みつけるか、怒鳴るか、蹴るか、殴るか、衝くか、絞めるか、極めるかだろ?」

「いや、『だろ?』とか、同意を求められても困るのです。」

キレ過ぎなのですよ、ルイズ。
そして普段から肉体言語で語り過ぎなのです。


「でも時々ニコッと笑ってくれる事があって、そういう時は確かにすげえ可愛いんだ。
 お菓子とかもくれるしさ、そういう時、『ああ、すっげえかわいいな好きだなあ』と思うんだよな。」

ルイズは全く意識してやっていないとは思うのですが、飴と鞭の効果ってやつなのでしょうか?
まるで才人がDV夫の被害を受けているのに離れられない妻みたいなのです。


「…当人同士が幸せならば、それでも良いのですよ、それでも。」

なんだか自信が無くなって来ましたが、そう思い込む事にするのです。


「どうしたんだ、ケティ?」

「いえいえ、何でも無いのですよ。
 兎に角、それは誤解なのですよ、才人。
 ルイズが私のアドバイスどおりに話しかけようとしていたという事は、サイトに聞いて欲しい話があったからなのですよ、理解して欲しかったからなのですよ。
 聞いて欲しいのに聞いてもらえず、理解して欲しいのに理解してもらえずでは、ルイズでなくても怒って言いたくも無い事まで言ってしまうのです。
 ルイズのワルド卿と結婚しようという気持ちは、本当はそんなに高くない筈なのだと思うのですよ。」

そういえば、才人の背後から視線を感じるのですよ。
これはルイズのものなのですね、ピンクブロンドの髪が見えているのです。


「うーん…そうなのかなぁ?
 よくわかんねえけど。」

「そうなのです。
 信じるものは救われるのですよ?」

くっつけるつもりでぶち壊してしまったら最悪なのですよ、私が何とかしなくては。


「ルイズとも話してみるのです。
 …まあ、駄目だったら私がお婿に貰ってあげるのですよ。」

「なぬ!マジで!?」

おお、ピンクブロンドの髪の人影がびくっとか震えているのです。
これは面白いのですよ、キュルケの気持ちがちょっぴりわかってきたのです。


「な、ちょ、ケティ?それ本気でい…。」

「本気にしたのですか?
 冗談なのですよ~♪」

才人がガクッとコケました、背後のルイズもズッコケています。
ナイス反応なのです。


「あのなぁ…。」

「それではルイズと話してくるのです。
 お休みなさい、才人。」

あまり遅くなると次の日が辛くなりますから、とっとと行きましょうか。


「うぅ…ケティにおちょくられた。
 それじゃあ、頼んだぜ?」

「はい、ではお休みなさい。」

才人は船室に戻って行きました。


「…さてルイズ、もう出て来ても大丈夫なのですよ?」

「ばれてた?」

ルイズが物陰からひょっこり顔を出しました。


「才人が落ち込んでいるのを見て、心配だったのでしょう?」

「だ、誰があんな犬の心配なんか。
 わたしはただ単に、サイトがケティに迷惑かけないかが心配で…。」

ツンデレ全開なのですね、ルイズ。
その仕草がとても可愛らしいのですよ。


「私が心配だった割には、私の冗談に過剰に反応していたように見えたのですが?」

「ぎにゃあああああぁぁぁっ!?
 ままままさか、あの冗談って!?」

ああ、ようやく気付いたのですね。


「ええ、才人に言う事で、ルイズの反応を試したのですよ。
 予想通りの反応が得られて良かったのです。」

むしろ何故だか才人の反応が大き過ぎて、そちらの方に少しびっくりしたのですよ。


「あああ、見事にはめられた、年下の子にはめられた。
 …何だか、ちいねえさまを性悪にしたような印象なのよね、ケティって。」

「性悪…。」

性悪なカトレアって…褒められているのかけなされているのか、よくわからないのですよ、それは。


「…で、ルイズ。
 貴方は本当にワルド卿と結婚するつもりなのですか?」

「ええと…実は、そういうのはまだ早いかなって思っているのよ。
 私自身、ワルドと結婚とか言われても正直ピンと来ないし。
 子供の頃は憧れの人だったんだけどね、恋とは違ったのかもしれないような気がするわ。」

恋愛云々は私達貴族にとって、結婚との因果関係は実の所薄いのですが…。
ヴァリエール公爵は恋愛結婚だったそうですし、その娘であるルイズがそれに憧れるのは仕方が無い事でもあるのですよね。


「許嫁だし、わたしは貴族だし、結婚する事に異議は無いのよ。
 …でも何か引っかかるのよね、時々ワルドの目がすごく怖いのよ、こんな事を言うのは嫌だけれども、わたしを見ているのにわたしを見ていない感じがするの。」

何故かは知りませんが、ワルドはルイズが虚無だという事に気づいているようなのですよね。
ルイズが虚無だという事は、ヴァリエール家こそがトリステインの正統だという事になりますから、ワルドはレコン・キスタによる王家の排除とヴァリエール朝トリステインを作ろうとしているのでしょうか?

確かに現在の王家の醜態は目に余るものがありますが、だからと言ってそういう方法は短絡的に過ぎるような気がするのです。
アンリエッタ王女をきちんと君主として育てようともせずに、勝手に絶望するとか無茶苦茶なのですよ。
間違い無く言える事は、ルイズはワルドが作りたい世界を構築する為の道具でしかないという事なのですね。

…まあ、それは兎に角として。


「結婚相手を無視して、浮気に走る貴族はいくらでもいるのですよ。
 ワルド卿がその手の男なら、ルイズも愛人引っ張りこんで好きにすれば良いのです。
 例えば才人とか。」

「そんな夢の無さ過ぎるとことん爛れた結婚生活は嫌あぁっ!
 …って、なんで愛人がサイトなのよ!?」

ルイズにワルドが愛の無い夫だった場合の例を出してみたら、見事なノリツッコミを返してくれました。


「使い魔なのですから、愛人にしても誰も不審に思わないのですよ。
 幸いな事に、ワルド卿も才人も黒髪なのですし、子供が出来た時のぎほうも…なにふゆのれふか?」

「だ・か・ら、その爛れきった未来予想図はどこかにやって!」

私のほっぺたを思い切り引っ張りながら、ルイズが涙目で私を睨んでいるのです。
おちょくり過ぎたのでしょうか?


「わかりまひたから、はなひてほひいのれす。」

「わかった…わっ!」

「ふひぃ!?」

ルイズは頬を思い切り横に引っ張ってから、手を離してくれました。
なんという事をするのですか、星が飛んだのですよ、痛くて。


「あいたたた…下膨れになってしまうではないですか。
 まあ兎に角、ワルドと結婚する気はまだ無いというわけなのですね。
 才人に言ったのは、言葉が余ったと。」

「…そういう事よ。」

そっぽを向きながら、ルイズが頷きます。
素直じゃないのですね、まあそこが可愛いのですが。


「ルイズが笑顔で話しかけた理由は才人に話しましたし、今の話の内容もそれとなく伝えておくのですよ。」

「あ…ありがとう。」

本当は当人どうしで解決するべきなのでしょうが、事が切羽詰っているので背中を押さなくてはいけないのですよ。


「で、でもケティ、何で私達にこんなに優しくしてくれるの?」

「それはなのですね…秘密なのです。
 面白いから教えてあげないのですよ。」

まあ、正直に話すわけにも行かないのです。


「秘密…。」

「それでは私もそろそろ寝るのですよ。
 ルイズ、お休みなさい。」

「う、うん、おやすみ。」

さて、明日は早いわけですし、もう寝るのですよ。







「ケティ、ケティ、起きろよ、アルビオンが見えたぞ!」

「んぁ?」

目を覚ますと目の前に才人の顔がありました。


「乙女の寝所に潜り込むとは、良い度胸なのです才人。
 そのまま消し炭となるが良いのです。」

「ちょ、ま、ここ船の中、船の中だって!」

んー?周囲を見回すと樽とか転がっているのです。
ああ、そういえば船のハンモックで寝ていたのでしたね…。


「そういえば、個室ではないのでしたね…んんっ。
 それで、何かあったのですか、才人?」

「アルビオンだよアルビオン!
 絶景だぜ、見に来いよ。」

もうアルビオンが見えたのですか…そう言えば上甲板と船室を繋ぐ穴から光が漏れて来ているのです。


「ふゎ…はふ、わかりました。
 ですがその前に、髪を梳いてもらえませんか?
 寝ていて乱れている筈なのですが、手鏡を宿に置いて来てしまったのですよ…。」

「え?いやでも俺、髪を梳いた事なんか無いぞ。
 ルイズも髪は自分でやるし。」

そう言いながら、才人に櫛を手渡しました。
寝起きは苦手なのですよ、頭がふらふらするのです。


「適当に、見られる程度で良いのですよ。
 実は私、こういう身支度というのがどうも苦手で。」

「うぉ、ケティから初めての貴族発言が。」

そう言いながら、才人は髪を梳き始めてくれました。


「ん…人にやってもらうのも良いものなのですね。
 貴族発言とか、そういう大したものではなく、女の子っぽくめかし上げるのが苦手なだけなのです。」

「なるほどな…でも、ケティの髪サラサラだな、髪の一本一本も細いし、何か良い匂いもするし。」

姉さま達にも時々してもらいますが、人に髪を梳いてもらうのって結構気持ちが良いのですよね。
んー、極楽極楽なのです。


「苦手なのと、しなければならないのは別なのですよ。
 髪を洗った後は、いつも卵白と香水をブレンドしたものでリンスをかけているのです。
 女の子ですから、おしゃれに気を使うのは義務なのですよ。
 面倒臭くても、億劫でも、やらなければいけない事なのです。」

「ああ、そういうところ大変そうだよな、女の子って。」

いやしかし、何と言うか…心地良過ぎて眠…。


「ちょケティ、寝るなよ!」

「…んぁ?」

何時の間にやら才人に両脇を抱えられているのです。


「んー…すみません才人。
 実は朝が苦手なのですよ。」

「うん、それは良いから早く起きてくれケティ。
 とっさに抱えたんで、胸触っちまっているから。」

その一言で、一気に目が覚めました。
何か胸の辺りがもぞもぞすると思ったらっ!?


「ひゃぁっ!何をするのですかぁっ!?」

「ちょ、待て、これはふかこ…おぶろっ!?」

才人は体をくの時に曲げて、崩れ落ちました。
咄嗟に放った私の肘打ちが、才人のみぞおちを直撃してしまったようなのです。


「し…しどい。」

「すいません、とっさの事だったので、少しやり過ぎてしまったのですよ。」

「これが少しかよ」とかいう、才人の呻きは聞かない事にするのです。



「あ、上がって来たのねケティ。」

「はい、おはようございますキュルケ、皆様。」

上がると、皆既に起きて甲板に出ていたのでした。

船の進行方向を見れば、雲海に浮かぶ浮遊島アルビオンが見えて、まさに絶景なのです。
浮遊大陸なんていう人もいますが、トリステインよりも少し大きい程度の面積なので、どう考えても島なのですよ。
しかし何度見ても非常識極まりない光景なのですね。
まあ、それが絶景の理由ではあるのですが。


「いやしかし、何度見ても絶景だねえ、アルビオンは。」

「ギーシュ様は行った事があるのですか?」

「上の兄たちと母上と一緒に、幼い頃にね。」

たしか、ギーシュは4人兄弟の末っ子でしたか?
生まれ変わる前はとにかく、今の私は山にピクニックくらいしか行った事がないのです。


「ケティは初めてかね?」

「ええ、旅行自体が初めてなのです。
 ラ・ロッタ領はあまり交通の便の良いところではありませんから。」

本当はあまり良くないを通り越したレベルなのですが。


「…ラ・ロッタ領は特殊だからねえ。」

「ええ、ガリアの両用艦隊ですら侵入できなかった空なのですよ。」

ラ・ロッタの人間しか飛べないのでは、攻められもしない代わりに交易路を確保することも出来ないのですよね。


「ラ・ロッタの空は蜂が支配する空…か。」

ギーシュもさすがに知っているのですね。
そう、ラ・ロッタが交易路から外れているのは、ジャイアント・ホーネットという全長1メイルもある巨大なスズメバチの巣が国境のアトス山に陣取り、制空権を確保しているからなのです。
トリステイン創成期のラ・ロッタ当主の使い魔だったらしく、ラ・ロッタ家の人間や使い魔や領民は襲わないのですが、それ以外の人間が彼らの縄張りに侵入してくると情け容赦なく殲滅するのですよ。
数百年前の話ではありますが、ガリア側の縄張りからジャイアント・ホーネットを排除しようとしたガリア両用艦隊が文字通り全滅した事もあり、今でも山の向こう側には風化した軍艦の残骸が野晒しになったままになっているのです。
私たちはよくピクニックに行く山なのですけれどもね。

まあ、それはさておき…。


「おや、船なのですね。」

「帆が黒いんだが…。」

片舷20門近くもある大砲が黒い船体からにょっきりと突き出された、どう見ても臨戦態勢の軍艦が近づいてきました。
船員が目視できる距離まで近づいてから、さっと掲げられたのは黒字に骸骨の空賊旗。


「停船せよ、さもなくば汝の運命かくの如し…なのですか。」

「な…何ということだ。
 けけけケティ、きき君の身はこここのギーシュ・ド・グラモンが守ってみせるから、あああ安心してくれたまえ。」

ギーシュは真っ青になりながらも、私の身を庇うように一歩前に出ました。
ふと横を見ると、才人にルイズが抱きついています。
キュルケが不安そうにタバサを抱きしめています。
ルイズが抱きついてくるかと思って腕を広げたものの、見事に空振りしてくず折れたワルドもいますが、可哀想なので見なかった事にしておくのです。


「船長、白旗を掲げて停船を。
 あれは空賊旗こそ掲げていますが、あれだけ重武装の空賊船などあり得ないのですよ。
 おそらく、空賊に偽装した貴族派か王党派の軍艦なのです。」

「貴族様、な、何でそんな事がわかるんで?」

船長が恐る恐る私に尋ねてきたのです。


「あの大きさの船体にあれだけありったけ大砲を詰め込んでしまったら、重過ぎて風石を湯水の如く使う羽目に陥るのですよ。
 そんな事をしたら、いくら船を襲っても割に合わず、商売上がったりなのです。」

「な、なるほど!確かにそのとおりでさ。
 あんな事が出来るのは、海賊じゃねえ、軍艦だ。
 副長!帆を畳め!白旗を揚げろ!停船するんだ。」

「停船宜候!
 てえええぇぇぇいせえええええぇぇぇぇぇん!
 白旗掲げ!」

私達の船の帆が畳まれ、代わりに白旗がするすると揚がっていきます。


「後は、向こうの連中が接舷してくるのを待つのです。」

「へい、貴族様。」

船長が私の後ろにすっと立ちました。
いつの間にか、ギーシュも私の後ろに立っているのです。
…矢面に立たされている気がするのですが、これは気のせいなのでしょうか?


「ギーシュ様、先ほど守ってみせるとか聞いたような気がするのですが、あれは幻聴だったのですか?」

「い…いや、だってケティすごく落ち着いていて、僕なんかよりもよほど強そうというかだね。」

…度胸が長続きしないのが玉に傷なのですよ、ギーシュ。




「空賊だ!抵抗するな!」

その声と同時に、何本ものフック付きのロープがこちらの船に飛んできて、向こうとこちらを固定しました。
船の間に板が渡され、何人もの空賊風の格好をした男たちが渡って来ます。


「どうするの、ケティ?」

私がああは言いましたが、不安そうな表情でルイズが尋ねてきました。


「まあ、相手がどちらかは知りませんが、空軍だとわかっているという強みがこちらにはあるのです。」

「でも、貴族派だったら…。」

「いざとなったら、タバサのシルフィードで脱出するのですよ。」

まあ王統派なのは、まず間違えないと思うので、大丈夫でしょうが。


「船長は誰だ!」

「あっしです。」

…と、言いつつ、私に視線を向けるのはやめてほしいのです、船長。
仕方が無いのですね…。


「船を借りたのは我々なのですよ、空賊の船長さん。」

「へえ、貴族か、しかもなかなかの別嬪さんじゃねえか?」

空賊の船長が私の顎を掴んでにやりと笑います。


「…ひとつ、良いでしょうか?」

「なんだ?」

「鬘がずれて、金髪が見えているのですよ?」

空賊の船長は慌てた顔になって、頭を抑えました。


「ずれてなどいないのですよ?
 引っかかった引っかかった、妙に髪の毛が多すぎると思ったら、やはり鬘だったのです…ね!」

そう言いながら、髭を思い切り引き剥がしてあげました。


「いだーっ!?
 あいたたたたたた…。」

髭の下から現れたのは、意外と幼い顔なのでした。


「あはははは、鬘も取るのですよ、眉毛も外しちゃうのですよー♪」

「うわ、何を、うぎゃ、痛い、揉み上げは、はが…。」

全部剥がすと中から現れたのは、金髪碧眼のイケメンなのでした。


「こんにちは、私はトリステインのケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 あなたのお名前は?」

「ううぅ…痛い、まさか変装が一瞬でばれるだなんて。」

遠目なら兎に角、至近距離で見たら、下手な扮装にしか見えなかったのですよ。


「ブレイド。」

私の杖が炎で纏われ剣に形を変えました。
それを中の人がすっかり露わになった海賊の船長に突き付けます。
周りがにわかに色めきたちますが…まあ、何とかなるでしょう。


「もう一度尋ねます、あなたのお名前は?
 まあ貴族派であれば、名前がどうであれ、このまま死んでもらうのですが。
 剣は素人も良い所ですが、これでも包丁の扱いならば得意なのですよ?」

「ま、待ちたまえ、僕は王統派だ。」

そう言いながら、空賊の船長は立ち上がりました。


「僕はウェールズ、ウェールズ・テューダー。
 アルビオンの王太子だ。」

『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

私以外の全員がびっくり仰天していますが、それはとりあえず置いておくのです。


「ウェールズ殿下であるという証明は?」

「ええと…全く動じないんだね、君は。
 これで良いかい?
 アルビオン王家の家宝、『風のルビー』さ。」
 
ウェールズ殿下の薬指に光っているのは大きな宝石のついた指輪でした。


「ああ、そういえば…ルイズ、水のルビーを出してもらえませんか?」

「え?うん、はい。」

水のルビーを風のルビーに近づけると、二つに指輪が共鳴しあって虹色の光を放ち始めました。


「水と風は出会って虹を成す…なのですね。
 これは失礼をいたしました、ウェールズ殿下。」

「ああ…いや、理由があるとはいえ海賊の格好をして騙していたのは私だし、君が謝る必要はないよ。」

頭を掻きながら、ウェールズ殿下が苦笑を浮かべました。


「しかし、かなり強力そうなブレイドだったけれども、本当に剣術はからっきしなのかい?」

「ブレイドはいつも野菜や肉を切る時に使っているのですよ。
 いつもは長さを犠牲にして、切れ味に特化させているのです。」

いつでもスパッと切れますし、洗わなくて良いのでとても便利なのですよ。
…時々まな板までスパッと切れますが。


「あんなブレイドを包丁代わりに…。」

「ブレイドを戦闘以外で使ってはいけないという法は無いのですよ?
 そんな事よりも…ラ・ヴァリエール大使、例の親書を殿下にお渡ししてください。」

「ラ・ヴァリエール大使…って、わたしの事?」

思ってもいなかった呼び方をされたのがびっくりしたのか、ルイズは思わず自分を指差しているのです。


「現在ここには貴方以外にラ・ヴァリエール家の人間は居ないのです。」

「あ…う、そうよね。
 ウェールズ王太子殿下、我が国トリステイン王国のアンリエッタ王女殿下よりの親書でございます。」

ルイズがウェールズ殿下に手紙を手渡すと、殿下はおもむろに封を外して、読み始めました。


「…そうか、なるほど、アンリエッタ王女は結婚するのか。
 私の可愛い従妹殿が結婚を…わかった。
 あの手紙は大切な手紙だけれども、姫も手紙を返して欲しいと書いているからね。
 あの姫の願いに応えてあげられるのもこれが最後になるだろうし、手紙は返す事にしよう。」

「あ、ありがとうございます、殿下!」

ルイズが丁寧に礼をしました。


「でも、ここには手紙が無いんだ。
 ニューカッスルにおいてある。
 一応、海賊船のふりをしていたからね、姫の手紙があっては不自然だろう?」

モグラが空を飛ぶくらい不自然なのですね、確かに。


「わかりました、ご同行いたします。
 あと、彼らなのですが。」

そう言いながら、船長のほうを見ました。


「彼らが殿下にぜひとも売りたいものがあるそうなのですよ?」

「いっ!?」

船長がびっくりしながら、私を見て近づいてきました。


「貴族様、でもこれは元々貴族派に…。」

私の耳元に近づいてぼそぼそと耳打ちを始めました。


「船長、商品というのは買いたい人が買いたい時に売ると一番儲かるものなのですよ。
 勝つ寸前の貴族派と、負ける寸前の王等派…さて、火の秘薬が喉から手が出るほど欲しいのはどちらなのですか?」

「それは道理ですが、しかし負ける寸前ではもう金が無いのでは…?」

弱気なのですね、船長。


「負ける寸前だからこそ、惜しみなく、景気良く、最後の蓄えを吐き出すのですよ。
 恐らく言い値で買ってくれるのです。」

「な、成る程、確かに。」

合点がいったように、船長は深く頷きました。


「では、私は船長の御武運を始祖ブリミルに祈っているのですよ。」

「ありがとうございます、貴族様。
 …お待たせして申し訳ありませんウェールズ殿下、実は我々は火の秘薬を殿下に売りに来たのでさあ!」

では船長、御武運を。





「…あれがレキシントンなのですか。」

数時間後、ニューカッスル沖の雲間に浮かぶひときわ大きな軍艦が見えました、かつてはアルビオン王国総旗艦「ロイヤル・ソヴリン」と呼ばれたハルケギニア史上最大級の軍艦なのです。
私の場合、レキシントンというと戦艦よりも空母なのですが。


「あれを沈めるには、色々と小細工が必要そうなのですよ…。」

M777榴弾砲とかがあれば一瞬で片がつくのでしょうけれども、無いものねだりをしてもしょうがないのです。


「沈められるのかい?あれを。」

「単純な砲撃だけでは、あの図体から言っても困難を極めますが、木造船なのですからナパームを使…って、ワルド卿!?」

いつの間にか背後を取られたのは、別に武術の訓練を受けたわけでもない私なら当たり前かもしれませんが…今の独り言をワルドに聞かれたのですよ。

少し、いやかなり拙いのですね。

「あ、あはは…小娘の戯言だと思って、聞き流してくれればいいのです。」

「いいや、あれを沈める方法があるならぜひとも聞きたいものだね、ラ・ロッタ嬢?
 君は今回、不甲斐無さ過ぎる僕に代わって彼らを導いてくれているね、冷静かつ沈着に。
 そんな君の考える方法だからこそ、是非とも聞いてみたいのさ。」

私の気のせいなのか、瞳の奥に剣呑な光があるような?
今までこそ調子を崩させて活躍しづらいようにこっそりと誘導してきましたが、気づいた彼が本気になったら…プロとアマチュアでは差がありすぎるのですよ。


「し…思考中だったので実際にどうするかまでは考えていないのですが、レキシントンを沈めるなら、砲撃では無理だというのは、先ほどワルド卿が私の独り言を立ち聞きした通りなのです。
 ですが、いくら大きくてもレキシントンは木造なのですよ、燃やせば燃えるのです。
 ですから、ナパームというものを使うのです。」

ええい、こうなったら話せるところだけを話して、でっち上げるのですよ。


「錬金。」

近くに転がっていた大砲の玉を錬金の魔法でナパームに変えました。
…なんでイメージしただけでこういうものは簡単に作れるのに、金が作れないのかつくづく不思議なのです。


「これが、ナパームなのです。
 粘性が高くて非常に付着しやすく、火がつくと水魔法でも消すのに困難を極めます。
 これをレキシントンの一定範囲に付着させて着火させれば、さほど時間をかけずにあの艦を落とせる筈なのですよ。」

「…で、どうやって付着させるんだい?」

アルマダ海戦のキャプテン・ドレイクのように、船に火をつけて特攻させるとか、方法はありますが…。


「そこからどうしようか考えようとしたときに、ワルド卿が話しかけてきたのですよ?」

「ああ…そうだったのか、それは失敗したなぁ、ハハッ!」

本当に面白そうに、ワルドは笑い始めました。
さすがにそこまで教えるわけにはいかないのですよ、悪用されたら困りますし…ナパームだけでも実はかなり怖いのですが。


「君は物知りだね、どこからそんな知識を仕入れてくるんだい?」

「読書が趣味なのですよ。
 先ほどの知識は、メイジ殺しがどのようにメイジに対抗してきたかを示した本に書いてあったのです。」

そういう本を読んだのは事実ですが、ナパームの件は真っ赤な嘘なのです。


「なるほど、君の博識は読書から来るものなのか。
 では失礼するよ、王太子にこの事を話してきたいのでね。」

ごまかされては…くれないのでしょうね。
今までがうまく行き過ぎて、調子に乗っていたようなのです。


「やれやれ…。」

次の策が上手くいくか、怪しくなってきたのですよ。
ひょっとして、命の危機なのですか?


「勘弁して欲しいのですよ?」

私はこの先生きのこれるのでしょうか?

…と、急に真っ暗になりました。


「大陸の下に入ったのですか。」

慣れているとはいえ、レーダーも無しによくもまあこんな場所を飛べるものなのです。


「真っ暗ね、なんか霧が立ち込めて気味が悪いし、幽霊でも出そうな雰囲気。
 キャー、ダーリンこわーい。」

「うわっ!?キュルケなにす…。」

才人の顔がキュルケの胸に埋まって言葉が止まりました。


「何やってんのよキュルケ!
 離れなさいよ離れなさいったらっ!」

「怖いわ、ダーリィーン。」

「むー!むー!むー!」

キュルケ、息ができなくて才人がもがいているのですよ。


「仕方がありませんね、止めに行かないとサイトが窒息してしまうの…ぐぇ。」

助けに行こうとしたらマントを誰かに掴まれていたらしく、思い切り首が絞まりました。


「く、首が、いったい誰…タバサ?」

「…幽霊、苦手。」

そういえば、タバサは幽霊が大の苦手だったのです。
この状況とキュルケの一言でスイッチが入ってしまったのですね。


「一緒にいて。」

「わかったのです。
 怖くなどないのですよ、一緒なのです。」

「ん。」

タバサをぎゅっと抱きしめてあげたら、体が小刻みに震えていました。
本当に苦手なのですね、幽霊。


「大丈夫なのです、大丈夫なのですよ。」

結局、船が港に着くまで、タバサを抱きしめ続けることになったのでした。



[7277] 第十二話 介入し過ぎたのかもしれないのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/24 09:58
散り際は潔くあれ
死に美学を求めるのは日本人だけだと思っていました


散り際は玉と砕けよ
玉砕という言葉は、本当に…本当にどうしようもなかった時の最期を彩る為にあるものではないかと思うのです


散り際はどんなに繕おうが悲劇
悲劇の舞台の登場人物となった私は…私は何をすべきなのでしょうか?




「お帰りなさいませ殿下、良くぞ無事で。」

秘密の港に入港後、兵士達と一緒にお爺さんがやってきました。


「ハハハ、バリーは心配性だな!
 トリステインからの使者殿と、商人を連れてきた。
 積荷は硫黄だ!」

「ほう、火の秘薬ですか、それは素晴らしい!
 これで最後の戦いに花が添えられるというもの、感無量でございます。
 叛徒どもに苦渋を舐めさせられ続けてきましたが、これだけの硫黄があれば…。」

「うむ、王家の誇りと力を叛徒どもに見せつけつつ、奴らに不甲斐なく苦い勝利をくれてやろうではないか。」

ウェールズ王太子はバリー卿にニヤリと笑いかけました。


「我らに栄光ある敗北を、叛徒どもには無様な勝利を…ですな。
 この老骨、武者震いが止まりませぬぞ!」

「うむ、そなたの働きに期待しているぞバリー。
 叛徒どもを楽に勝たせてやるなよ、戦って、戦って、戦いきって、奴らの勝利に出来得る限りの苦味を与えてやるのだ。」

感動に震えるウェールズ殿下とバリー卿。
そこには悲壮感が欠片も無いように見えます…見えるだけなのでしょうが。


「はっ…殿下、先程叛徒から明日の正午より攻城を再開するとの旨を伝えてまいりました。
 そこに硫黄を殿下が持って来られた。
 これぞまさに始祖ブリミルの血統たる王家への加護でございましょう。」

「確かにそうかもしれぬな。
 おお始祖ブリミルよ、貴方の血統たる王家に対するご加護に感謝いたします!」

始祖ブリミルの血統に加護なんてものがあるのであれば、そもそも反乱など起こっては居なかった筈なのですが…まあ、それはそれという事なのです。
私も大概に冷めているのですね、他人事だからなのでしょうか?それとも私はこの状況にリアルを感じていないのでしょうか?


「…それと、トリステインからの使者殿ですか?」

ああ、バリー卿の胡散臭いものを見る視線が痛いのです。
ワルドを除くと全員学生なのですから、仕方が無い事なのではありますが。


「バリー、胡散臭げな視線を送るのはよせ。
 ラ・ヴァリエール家のご息女が使者としていらっしゃって、姫からの手紙を手渡してくださったのだ。
 手紙のサインも封印も、間違いなくアンリエッタ姫であった。」
 
「はっ、申し訳ございませぬ。
 しかしラ・ヴァリエール家のご息女ですか。
 それはまた、大層な御方が…。」

王太子にルイズがVIPと判断されてしまったようなのです。
まあラ・ヴァリエール家というのは公爵家、つまり王家の親戚筋なのですから、本来そのくらい持ち上げられても当然な家柄ではあるのですが。


「え?ええっ!?わ、わたし重要人物なの?
 ちょ、ケティ!?」

「ラ・ヴァリエール家の息女が姫様の大使として来た時の扱いとしては、ごく当然だと思うのですが?
 ちなみにラ・ロッタ家ではまるでお話になりませんから、代わりは出来ないので諦めて欲しいのです。」

ルイズも嫌そうですが、私だってそんな野暮な立場は真っ平御免なのですよ。
そもそも家柄的に無茶振りにも程があるのです。
ギーシュ?家柄は兎に角として、無茶を言ってはいけないのですよ。


「はぅ…わかったわ、頑張ってみる。
 わたくしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
 この度は我が国のアンリエッタ・ド・トリステイン王女よりの親書をお持ちいたしました。
 とは言っても、親書は既に殿下の御手にございますが。」

「これは失礼をいたした。
 大使殿、わしの名はバリーと申します。
 殿下の侍従を勤めさせていただいておりまする。
 良くぞ遠路はるばるこのアルビオン王国までいらっしゃられました。
 なにぶんこの状況下の為、大した持て成しは出来ませぬが、今宵はささやかながらも祝宴を催す予定でございます。
 是非ともご出席ください。」

そう言って、バリー卿は深々と礼をしたのでした。





「ここが私の部屋だよ、負けが込んでいるもので、王族の部屋としては質素に過ぎるがね。」

そう言うと、王太子は気恥ずかしそうに頭を掻きました。
壁にかかっているタペストリーくらいしか飾りは無く、家具も元々ここにあったものと思しき質素なものが置いてあるだけなのです。
船長さんにきちんと代金が支払われていれば良いのですが…大丈夫なのですよね?


「今、手紙を出すよ。
 奥に仕舞っているのでね…あった、これだ。」

王太子が取り出したのは、宝石が散りばめられた小箱なのでした。
…成る程、ざっと運び込んできて、飾っている暇が無かったというわけなのですね。
内戦中だから、当たり前といえば当たり前なのですね。


「鍵が…っと、首にずっとかけていたのさ。」

首にかけてあった鍵で、宝箱を開けると蓋の裏に女の子の肖像画が…たぶん姫様、なのですね。
周りを見ると、皆も蓋の裏をじーっと覗いています。
私もなのですが、皆ガン見し過ぎなのですよ?


「あ…いや、宝箱なんだ。」

完璧を期すならば、実はその宝箱ごと欲しいのですが、流石に酷なので言わない事にしておくのです。
…まあ、肖像画くらいであれば、どうとでも言い訳はでっち上げられるのですよ。

王太子は手紙を宝箱から出して開いて読むと、再び畳んでキスをしてから封筒に入れました。


「それではこの姫から戴いた手紙はお返しするよ、大使殿。」

「はい、確かに…お受け取りさせていただきました。」

王太子から差し出された手紙を、ルイズは一瞬躊躇ってから受け取りました。
受け取ろうか迷いますよね、姫様と王太子の想いが詰まったとてもとても重い手紙なのですから。


「あの商船、マリー・ガラント号の船長とは話をつけてあるから、明日はあの船でトリステインに帰りなさい。」

ルイズは王太子から渡された手紙をじーっと見ていましたが、急に顔を上げました。


「殿下、アルビオン王国軍に勝ち目は…何か勝ち目は無いのですか!?」

「今の叛徒どもに勝てるのであれば、アルビオンは世界征服も不可能では無いな。
 5万対300で勝ち目など、万に一つも無い。
 我々に出来る事は奴らに出来得る限りの被害を与えて、我々の最期に花を添えさせてもらうのと同時に、勝利の美酒に必要以上の苦味を加え不味くしてやる事だけさ。」

流石皮肉屋な国民性で知られるアルビオン人、王太子まで言い方が皮肉っぽいのです。


「殿下の御身は…いかがなさるお積もりですか?」

「我々とは、当然私も含まれる。
 叛徒どもには悪いが、奴らの血を死出の旅への彩りにさせてもらうさ。」

王太子の覚悟は、とうの昔に決まっていたようなのですね。


「…なんで、何でそんな簡単に死ぬって言えるんだ?
 俺にはさっぱりわからねえよ…。」

才人のボソッと呟いた声が、私の耳に入ってきました。
やはり、分からないのですよね、私も分からないのですよ…才人。


「こんな深刻な話、私には耐えられないし、立ち入っても良いとは思わないから、外で待っているわね。
 タバサはどうする?」

「同感。」

そう言って、キュルケとタバサは出て行きました。
二人とも、空気を読んでくれてありがとうと言いたいのです。


「ま、待ちたまえ、僕も行く。」

「では、私も…ぐぇ!?」

ギーシュも出て行こうとしたので付いていこうとしたら、ルイズが私のマントの裾をがっちりと掴んでいました。
何故皆マントの裾を掴むのですか、結構苦しいのですよ?


「ケティは、待ってて。」

「えー…?」

これから間違いなく野暮な話になるのですよ。
出来れば聞かずに出て行きたかったのですが。


「お願いだから、待ってて。」

「わ、わかったのです…はぁ、仕方が無いのですね。」

ルイズに上目遣いで頼まれたら、可愛過ぎて断れないのですよ。


「才人はどうするのです?」

「俺も待っているよ、使い魔だからな。」

才人はこれからどんな話になるのか、いまいち理解していないみたいなのですね。


「ワルド卿はどうなさるのですか?」

「僕は残るよ。
 殿下にお頼みしたい事もあるしね。」

ワルドは…ああ、ルイズとの結婚の件なのですね。


「殿下…失礼をお許しください。
 恐れながら、申し上げたい事が御座います。」

ああ…野暮な話が始まったのですよ…。
ルイズと王太子が話した内容をさくっと要約すると、《付き合ってんでしょ好きなんでしょ、それならYOU、亡命しちゃいなよ!》とルイズが言い、王太子が《アンリエッタの事は愛しい…だが断る。このウェールズが最も好きな事の一つは、亡命を勧める大使に「NO」と断ってやる事だ。》と王太子が返したのです。
よく考えると、ちょっと違う感じもしますが、気にしないで欲しいのです。


「ねえケティも殿下を説得して!
 あなた船長をあんなに上手く説得していたでしょ!?」

…そしてルイズが私を引き止めた訳が、やっと分かったのです。


「お断りさせていただくのです。」

「な…なんで!?」

私は天才軍師でも何でも無いのですから、無茶言われても困るのです。


「お願いよケティ、殿下を説得して、貴方なら出来るでしょ?」

諸葛孔明でもヤン・ウェンリーでも無いのですよ、私は。
無茶言うな、なのです。
…そちらが無茶言うなら、此方も無茶ふっかけるのですよ。


「残念ながら、事態はありとあらゆる点で既に詰んでいるのですよ、ルイズ。
 
 まず第一に、王太子殿下がトリステインに亡命なさった場合、アルビオンとの戦端をすぐ開く事になるのです。
 トリステインが戦の準備を整えていない今、攻め込まれれは間違いなくラ・ロシェール近辺は火の海になるのですよ。
 私はトリステインの貴族として、不利な条件での開戦を余儀なくさせる選択は出来ないのです。

 第二に、亡命された王太子殿下に会った姫様が翻意される可能性が非常に高いという事なのです。
 長年恋い慕ってきた相手を前にして、果たして姫様はゲルマニア皇帝の下へ嫁げるのでしょうか?
 始祖ブリミルに永遠の愛を誓うような情熱的な人物に、そのような事が出来るのか…私は無理であると断じるのです。

 第三に、第二の事態を防ぐのであれば、殿下と誰かに婚姻を結んでもらい、姫様に諦めてもらう必要があるのです。
 出来れば我がトリステインの貴族、殿下と釣り合う者ともなれば出来得る限り上位の貴族の令嬢が最適なのです。」

そう言ってから、改めてルイズに視線を向けました。


「…例えばルイズ、貴方とか。
 ラ・ヴァリエール公爵家の息女であれば、これ以上最適な結婚相手などいないのです。
 ルイズ、貴方は国の為に幼なじみであり親友でもある姫様の好きな男を奪えるのですか?
 それが出来るというのであれば、王太子殿下を説得する事もやぶさかではないのです。」

「なっ!?」

驚愕の表情でルイズが固まったのです。
まあ、別にルイズでなくてもラ・ヴァリエール家には独身の長女なんてのもいるのですが、この際忘れていてもらうのですよ。


「け、ケティ!?」

「ちょ、待ちたまえ!?」

才人とワルドが混乱しています。
特にワルドは面白いくらい狼狽しているのです。
殿下に結婚の立会人をしてもらって、ついでに暗殺しようという計画が一瞬でポシャる話なのですから、当たり前ではあるのですが。
私が踊らせていた事に気付いているのならば、無理矢理でも踊ってもらうのですよ。
これで、ワルドの殺すリストの中に私が間違いなく載ったのですね…いや本当に、どうしましょうか?


「第4に、マリアンヌ陛下では、戦争を戦い抜く事は不可能なのです。
 陛下の御心は、先王陛下の崩御で折れたままなのですから。
 国王が将兵を鼓舞できない事態は、士気に大きく影響するのです。
 ましてや本来関係の無いと思い込んでいる戦に巻き込まれるのですから、尚更なのですよ。
 これを解消するにはマリアンヌ陛下には退位していただき、新しい王を擁立する必要があるのですが、姫様が嫁いでしまった場合、王家に人が居ないのです。
 ならば、ラ・ヴァリエール家から王を擁立する必要があるのですが…。」

考える暇も無く、どんどんと畳み掛けるようにハードルをガン上げして行くのですよ。


「ちょちょちょちょっと、ままままままさか!?」

「ラ・ヴァリエール公爵は既にいい年なので、国王には向かないのですよ。
 ルイズ、女王には貴方がなるということなのです。
 まあつまり、ヴァリエール朝によるトリステイン・アルビオン同君連合王国の誕生なのですね。
 恋人を奪って、母親を王座から引きずり降ろし、自分を他国に嫁がせる…姫様からは果てしなく恨まれる要素しか無いのですよ。
 それでも、私に説得しろと言うのですか?」

…あ、ルイズが石化したのです。
親友の恋人を助けるだけのつもりが、そんなドツボに真っ逆さまな展開が待っていると言われれば、しょうがないのですね。
王太子も流石にそこまで考えていなかったのか、すっかり固まっているのですね。


「ル…ルイズ、殿下と結婚して女王になるのかい?」

ワルドが恐る恐るルイズに声をかけました。


「あう…あうあうあう…。
 わわ私が、女王?姫様から恋人を奪って、しかも女王?
 無理よ、流石にそれは無理だわルイズ。
 でもでも、殿下を生き延びさせるにはそれしか…でも、そうしても八方塞…。」

勿論ながら、ルイズは何も聞いていないのです。


「わ、わかったかな、大使殿?
 もう既に打てる手は無いという事だよ。
 わかってくれ、頼む。」

王太子はすっかり引きつった表情でルイズを宥めているのです。


「ケ…ケティ、幾らなんでも言い過ぎじゃね?」

「残念ながら、起き得るシナリオなのですよ。」

才人もすっかり引いているのですね。


「な…なんで、なんで、こんなどうしようもない事になってしまうのよ!
 これも何もかも全て貴族派のせいなの?
 なんで何をしようが愛し合う二人が引き裂かれなきゃいけないの!?
 ねえお願いよケティ、良い考えは無いの?
 ねえ、ねえったら!」

「この世界はこのようになる筈では無かったのだという事で溢れているのですよ、ルイズ。
 誰かが幸せになりたいと願うと、必ず誰かかが幸せにありつけなくなってしまう…そんな、冷たい方程式がこの世にはあるのです。」
 
例えば貴族が裕福な生活をする為に、租税を取られた人々はその分裕福で無くなるのです。
勿論、血で購うという原理原則はありますが、それを全ての貴族が履行しているかといえばそうではないのも実情なのですよね。


「何でよ、納得できないわよ、納得したくないわよ、そんなの!
 嫌よそんなの…嫌なのよ…。」

ルイズは泣き崩れてしまいました。
つまり、納得はしていないけれども、理解はした…という事なのですね。
彼女は頭が良いですから、理解したくなくても頭で勝手に理解できてしまうのでしょう。


「そろそろパーティーの時間だ。
 ほら大使殿、涙を拭いてくれ。
 我が国が迎える最後の賓客が泣き顔では、我らの面子に関わる。」

「は…はい、申し訳ありません殿下。」

王太子が、ハンカチでルイズの涙を拭き始めたのです。
気障な事をしてもちっとも嫌味ではないのは、年齢差のせいなのでしょうか?


「我らの為に泣いてくれてありがとう、大使殿。
 君のその優しい心遣いに、私は心から感謝しているのだよ。」

そう言って、王太子はにっこりと微笑んだのでした。




ワルドが出て行った後、私は王太子の部屋に再び入りました。


「忙しい所を失礼いたします、殿下。」

「君は…ケティか。
 先程の予測には恐れ入ったよ、確かに私が亡命した場合は君の言っていた事のいくらかが実現してしまうだろうね。」

そう言うと、王太子は苦笑いを浮かべて見せました。


「君の話を聞いて、私とアンリエッタがどうあっても結ばれない運命にあるのだという事がよくわかった。
 完全に踏ん切りをつけることが出来た…いや、ひょっとしたらという微かな願望はあったのだが、君がそれを完全に打ち砕いてくれた。
 これで私はいかに死ぬかという事だけに専念できるようになったよ。
 …ひょっとして何か、君の知恵を貸してくれるのかい?」

「はい、ここでどう戦うかで、我が国が貴族派とどう戦うかが決まるのですよ。
 ですからトリステインの貴族として、協力は惜しまないのです。
 レキシントンを沈められるかも知れない方法を一つ思いついたのですよ。
 実行者が死ぬ事が前提なのですが、決死の覚悟ならばかまわないでしょう?」

一か八かですが、本来ならば何も為せずに亡くなる人々なのですから、何かを為してもらっても構わないでしょう、多分。
酷い事をしているのは、重々承知の上なのです。


「わかった、その方法とやらを教えてくれ。」

「はい、では…。」

次は生まれ変わらずに地獄に堕ちるのでしょうね、私は。




ホールに集まった着飾った人々に老いた王が挨拶をし、パーティーが始まった…のですが。


「踊っていただけませんか、ミス・ラ・ロッタ?」

「はい、喜んで。」

先程から色々な人と入れ替わり立ち代り踊り続けているのです。
今回は罰ゲームではなく、半ば自分の意思なのですよ。
私にだって良心というものがあるのですよ、明日死に逝く運命の人に踊りに誘われたら断れないのです。
後で部屋に来てくれ的なお誘いも何度かされましたけれども、さすがにそれは断らせていただいているのですが。


「…しかし、人生の最後の踊りの相手が私なんかでよかったのですか?
 もっと普通のかわいらしいお嬢様のほうが良いような気がするのですが。」

「君は十分可愛らしい女性だと思うがね、私は。」

もうそろそろパーティも終わり、これが最後の曲となるのでしょう。
先程私を誘いに来た王太子はにっこりと微笑みながら、私の手をとり腰に手を回しました。


「そういう事を言っていると、姫様に言いつけるのですよ?」

「ハハハ、それは困るな。
 私は彼女の良い思い出の一つとして残りたいのだから。」

王太子の笑みが苦笑いに変わりました。


「今回の策を提供してくれた事には何度感謝してもし足りないほどだ。
 君ともっと早く出会えていたら、この戦は我らの勝ちだったかもしれない。」

「それはいくらなんでも買い被り過ぎなのです。
 私一人ごときに出来る事など、たかが知れているのですよ。」

私の策を受け入れたのだって、事態が最後の最後だからなのですよ。
あのような戦法が今後用いられるようになったとしたら、私はその道筋に先便を着けてしまったことになるわけなのです。



「しかし、君はどこからあのような技術を?
 現在の火薬など問題にならないほど高性能な火薬に、いったん火がついたら水魔法でも消せない薬品とは…。」

「本で読んだ…という事にしておいて欲しいのです。
 本来、禁忌とすべきものなのですから。」

あんなものは、この技術レベルの世界にあってはいけないのですよ。
あれだって作ったものがほぼ全員討ち死にするであろう事を知った上で見せたのですから。


「得体が知れないな、君は…。」

「秘密が多い方が、女は魅力が増すのですよ。」

こうも物騒な秘密では、魅力の前に威圧感が増しかねないのですが。


「おっと、話しているうちにクライマックスが近づいてきたようだ。
 ついてこれるかな、ミス・ラ・ロッタ?」

「ついてこられなくては女が廃るというものなのですよ、殿下。」

曲のスピードが徐々に速くなり、私と王太子の踊りのスピードもどんどん上がっていき、息が切れ始めたところで終了しました。


「ふう、なかなか良い踊りだったね。」

「ええ、さすが殿下、感服いたしましたのですよ。」

さすがにかなり汗をかいているので、あとで部屋に戻ったら体を拭いて髪を洗わなければいけないのですね。


「…では、また後で。」

「…はい、了解いたしましたのです。」

礼をするときに、お互い声を潜めて言葉を交わしました。
…怪しい関係の男女みたいなのですね、これは。
まあ、別の意味で怪しいのですが、今回の場合は。


「…ねえねえケティ、ひよっとして、ウェールズ殿下と寝るの?」

「ぶっ!?」

キュルケ達の元に戻ると、キュルケが開口一番いきなりそんな言葉を私にかけてくれやがりました。
バルコニーから外に向けて思い切りワインを噴き出してしまったのですよ。


「汚いわねぇ…。」

「いきなりそんな話をされたら、誰だって驚愕するのですよっ!?
 大体なんでそんな話に?」

色恋マイスターにかかれば、どんな場面も色恋沙汰に大変身なのですか、キュルケ?


「踊りの後に殿下が貴方に耳打ちして、肯いていたでしょ?」

「いや、確かに耳打ちされて肯きましたが、そういう話ではないのですよ。」

やはり怪しく見えたのですね、しかもそれをバッチリ見ていたのですね、キュルケ。


「ほ…本当かい、僕は信じていいのかい、僕の可憐な蝶。」

「ギーシュ様まで…。
 私は明日死ぬ人だからといって、ホイホイついていくほど軽くはないのですよ。」

いくらイケメンでも、明日死ぬ人に抱かれたりはしないのですよ、まったくもう…。
だいたい、そんな事をして、子供ができたりしたら大騒ぎなのですよ?


「ふう、仕方がないのですね。
 ギーシュ様、後で私の部屋に来て欲しいのです。」

『えええっ!』

何で皆が驚愕の声を上げるのですか?


「けけけケティ、それはひょっとしておお、お誘いなのかな?かな?」

「違うのですっ!
 そろそろ破廉恥な思考から脱して欲しいのですよ。」

な、何なのですか、このピンクな空気は!?


「実はとある策をウェールズ殿下に提案させていただいたのです。
 現在この城の土メイジたちが取り掛かっている最中なので、進捗状況を見に行くのですよ。
 疑われるのも嫌ですし、ギーシュ様と一緒に見に行こうと思ったのです。」

「ああ、そういう事だったのかね…。」

残念そうにしないで欲しいのです。


「ねえねえ、私たちは?」

「来て頂いても構わないのです。
 あらかじめ言っておきますが、あまり楽しい場所ではないのですよ?」

遠くで才人とワルドが何か話しているのが目に入りました。
才人が肩を落としています…頑張るのですよ。




「これって…イーグル号?」

「ええ、そうなのです。
 現在イーグル号は大砲を取り外すのと一緒に、とある細工を行っている最中なのですよ。」

キュルケが大砲を下ろされる黒塗りの船を見て呟きました。
今回の作戦に大砲は無用なのです。
むしろ、大砲は城において牽制に使用するのですよ。


「あれは…衝角かい!?」

「ええ、その通りなのですよ。

ギーシュの驚きの声にも答えるのです。
衝角は船の舳先につける装備で、船を体当たりさせて相手にぶつける時に使われるもので、ロマリアの大王ジュリオ・チェザーレが大活躍した時代にはその進化を極めました。
ただ、大砲ができてからはすっかり廃れた装備で、今時つけている船など無いので、ギーシュはそこに驚いたのでしょう。


「鉄板?」

「ええ、船の前面に鉄板を貼り付けて、耐久力を上げているのです。」

タバサが不思議そうに首を傾げます。
まあ確かに、このやり方は砲戦を前提としたこの時代の戦い方にそぐわないのですから。


「イーグル号で砲戦をしても、あの艦隊を相手にしては敵わないのですよ。
 ですから、砲戦を諦めて、敵旗艦レキシントンに突っ込むのです。
 その為に衝角を用意し、正面に鉄板を張って、砲撃を可能な限り防げるように突貫で改造を施しているのですよ。
 そして…。」

「そこからは私が言うよ。
 君が提案したことではあるが、私が了承した事なのだからね。」

何時の間にやらやってきたのか、王太子が私の肩を掴んで引き留めたのです。


「ですが…。」

「いいんだ、私が話す。
 突撃した後は、一部が敵艦に切り込み、残りの人員でイーグル号を爆破する。
 イーグル号の中にはダイナマイトという液体状の火薬と、それを囲むようにナパームという燃える液体が仕掛けられているんだ。
 イーグル号が木っ端微塵に爆発すれば、内部に仕掛けられた火薬に着火して大爆発を起こし、それによって火がついたナパームが撒き散らされる事になる。
 飛び散ったナパームは水魔法でも消せない火となる。
 あの巨艦であっても、艦体を著しく損傷せしめられ火までついたとあっては、もはや沈むしかあるまい?」

そう言って、王太子は爽快に笑って見せました。
笑っているのに、悲壮感しか感じないのは私の気のせいなのでしょうか?


「でも、それでは…殿下は。」

「死ぬな、だがそれがどうした?」

ギーシュの問いに、王太子は顔色一つ変えずに答えて見せます。


「我らは明日死ぬのだ。
 であれば、それがどのような死であろうが、構うまい?」

「で、ですが…。」

提案した私ですら圧倒される迫力、死を覚悟した人間とはかくも凄い迫力を放つものなのでしょうか?


「王家が滅ぶのだ、なのに《王権(ロイヤル・ソヴリン)》などという名の艦が浮いていても仕方があるまい?
 《王権(ロイヤル・ソヴリン)》は王家とともに滅び行く、叛徒どもに辱められたままでは《王権(ロイヤル・ソヴリン)》も可哀想であろう?」

そういって、王太子は微笑を浮かべました。
微笑が壮絶に見える事など、私は知らなかったのです。
これが、死に逝く者の覚悟…というものなのでしょうか?


「ラ・ロッタ嬢、ダイナマイトのニトロゲルを上手く錬金できているのか、確認願いたい。
 こちらへ来られよ。」

「はい、かしこまりました…。」

私にも、他の皆にも、もはや王太子にかけるべき言葉など無いのでした。






「才人?」

全ての確認が終わってあてがわれた部屋まで来たら、そのドアの前に才人が立っていました。

「…ケティ、やっと帰ってきたんだ。」

「此方で王太子殿下から頼まれた仕事があったのですよ。
 立ち話もなんですから、部屋へどうぞ。」

ルイズに心にも無い事を言って、自滅的に落ち込んだのですね、これは。

「ふう、じゃあ話をき…え?」

才人が私の後ろから抱き付いてきたの…ですか?

「ケティ、ごめん。
 俺の心、折れそうだよ…。」

才人の腕の力がぎゅっと強まったのです。
え…ええと、何が起こっているのですか!?

「ちょ、才人ま、待つので…。」

そのまま、ベッドに押し倒されたのでした。
ひょっとして、貞操の危機…なのですか?



[7277] 第十三話 裏切りとか、壮絶な最期とか、油断とか、なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/04/25 17:31
裏切りは背徳の匂い
私、すっかり不倫キャラが板についてきているような?


裏切りは覚悟の証
ワルド卿はいかなる覚悟を持って、国家を裏切る事にしたのでしょうか?


裏切りは報復と粛清で応じよ
マフィアも国家も、裏切り者は生かしてはおかないのですよ







「さ…才人?」

おっかなびっくりと、才人に声をかけました。
才人に後ろから抱きしめられたまま、ベッドに押し倒されてしまったのですよ…。


「…な、泣いているのですか?」

才人の体から、定期的に伝わってくる微かな震え、これは嗚咽…なのですか?


「ヒゲ野郎が、言ったんだ。
 明日ルイズと結婚するってさ。」

「それで、あっさり引き下がったのですか?」

才人の腕の力が強まりました。
少し…苦しいのですよ、これは。


「それが一番良いと思ったんだ。
 だって、婚約者と結婚するのが一番だろ、あのヒゲは間抜けだけど本気出すと俺よりも強いしさ。」

才人にまで間抜け扱い…ワルドには少し可哀想な事をしたかもしれないのですよ。


「才人の言っている事は、この世界的にはおかしくないのですよ。
 でも才人は生まれ変わった私と違って、この世界の住民ではなく異邦人なのですから、完全に馴染んでしまう必要は無いのですよ。
 婚約者がいたって、ルイズが好きならそうすれば良いのだと思うのですよ?」

「でも俺、言っちゃったんだ『俺よりもワルドの方が強いから、ワルドに守ってもらえ。俺じゃお前を守り切れない』ってさ。
 そうしたらルイズが、『あんたなんかケティの所にでも行けば良いのよ』って、言ってさ。
 …んで、確かに考えたらケティのとこしか行く所無くて、ドアの前で待ってた。」

ギーシュはスルーなのですね…。
才人の腕が私に更に絡まって、力も籠り…プチっという音がしてマントの留め具が外れてしまいました。
ぴ…ピンチ度がさらに上がったような気がするのですよ。


「でも、才人はルイズを守りたいのでしょう、本当は。」

「ケティ、俺は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだってさ。」

ええと…何で才人が体を動かす度にマントがずり下がって行くのですか。
脱がしの天才なのですか、才人は?


「ガンダールヴだというのはとっくに知っているのですよ。」

「知ってたのか?」

マントが、バサッという音とともにベッドから落ちてしまいました。
ブラウス越しにで男の子に抱きつかれるだなんて初めてなのですよ。
顔が見えていないからいいものの、私の顔は間違いなく真っ赤なのです。


「ルーンを読めばわかるのですよ。
 神の左手ガンダールヴ、『魔法を操る小人』という意味のルーンなのです。
 ルーンの意味の割には得意なのは武器だとされているのですよね、今の才人と一緒なのです。」

「うん、確かに俺はどんな武器でも取り扱えるらしい。
 でもさ、その基本となっている俺はやっぱり素人でさ、どうしようもないくらい素人でさ、本職の軍人であるワルドと戦ったらあっという間にやられちまった。
 酔っぱらっていなかったら、あの晩の戦いだって、あいつは大活躍していた筈だよ。」


まあ原作どおり、ある意味大活躍だったでしょうね。
私が酔わせて計画の中枢を潰したから、酔っぱらいが階段を転げ落ちるだけになってしまったわけですが。

「だから…俺よりも、あのヒゲ野郎があいつのそばにいた方が良いんだ。」

「私は、そんな事は無いと思うのですよ、あの晩も言いましたが、強くなればいいのですし。」

い…今、ブラウスのボタンがプチっとかいって3つくらい外れたのですが…そういえば、脱ぐ時に面倒臭いから、強く引っ張ったら外れるようにボタンを改造していたのでしたよね…。
…ではなく、いくらなんでもブラウスが脱げたら、才人が正気を保ってくれるのか自信が無いのですよ!


「俺さ、強くなる為に旅に出ようと思うんだ。
 そして、強くなりながら、元の世界に戻る方法を探す。」

「旅なのですか、何処に行くつもりなのですか?」

あ…またプチッと…って、だから何でブラウスがずり落ちていくのですか!?


「ロバ・アル・カリイエとかいう場所があるんだろ?
 取り敢えず、そっち目指してみようと思うんだ。
 ここには手掛かりが無いみたいだし。」

「そ…そんなっ、事は…んっ、な、無いのですよ…あ、あの、才人?」

せ、背中に息が、息が直にかかってくすぐったい…って、何で既に半分脱げているのですか!?


「何?」

「わ…わざと脱がしていませんか?
 あっ…く、くすぐったいのですよ、やっ…やめ…んっ…てっ!欲しいのです。」

何で才人が動くたびに、抱きしめられているにも拘らずどんどんブラウスが脱げて行くのですかっ!?


「ぅおわぁっ!?な、何でケティ脱いでんの?」

「ひゃぁん!?い、息をかけないで欲しいのですっ!
 貴方が脱がせたのですよっ!
 服を直したいので離して下さいっ!」

本当に気付いていなかったのですかっ!?


「ごっ、ごめんっ!」

才人は手をバッと離すと、バネ仕掛け人形のように勢いよく起き上がったのでした。


「はあ…はあ、危うく無意識的に陵辱される所だったのですよ。」

「うお、知らぬ間にケティがすげえ色っぽい格好になってる。」

貴方のせいなのですよ才人、取り敢えず制裁を…。


「ケティ、そっちにサイ…ト、え?」

ノック無しでドアが開き、そこにはルイズが立っていたのでした。


「何、してるの?」

マントは外れてベッドの脇に落ち、ブラウスのボタンが外れて前が大きく開いている私と、その傍らに立つ才人。


「い…いや、違うのですよ?」

「違わないでしょ、ケティ。
 違うなら、マント外さないでしょ?ブラウスのボタン外さないでしょ?」

ルイズは表情を消したまま、淡々と状況を語ってくれました。
確かにこの状況では、私と才人が情事に及ぼうとしているように見えるのですよ。
しかも、誘っているのは私の方…なのですね。


「ケティは凄いよね、ウェールズ殿下が亡命したらどうなるかというのを、一瞬で想定して教えてくれたもん。
 確かに、殿下が亡命した場合、そうなる可能性は非常に高いと思うわ、私も。
 だから…その頭で私を出し抜くのなんて、簡単だわよね?
 二人とも、とても仲が良いから、怪しいかなとは思っていたのよ。
 わたしがサイトにきつく当たって、ケティが慰めて、説得して、サイトはケティにどんどん依存するようになっていったわよね。
 さっきの話でもわたしを説得するついでにわたしに執着しているワルドを焦らせて焚き付けて私と才人が居るときに面前で結婚しようだなんて言わせて、才人が諦めるように仕向けたんでしょ、ケティ?」

「え…いや、それは全然別件なので…。」

「嘘よっ!」

ルイズの怒鳴り声に、私の反論は止められてしまったのでした。


「サイトはあっさり諦めたもん、そしてケティの部屋に来たのよ。
 これは諦めたサイトを慰める貴方っていう、最後の一手だったのかしら、ケティ?
 サイトはケティをわたしよりも信頼しているもの、尊敬しているもの、そんな相手が優しく甘く囁きかけてくれたら一発で落ちるわよね?
 別にサイトじゃなくたって良いじゃない!何でサイトなのよ、何で私から、そんな巧妙な手で奪い取ろうとするのよ!
 私がラ・ヴァリエール家だから、恨まれたくないって事なの!?」

「違うのですよ、私は…私はただ二人がもっと仲良くなって欲しくて、ただその気持ちだけで頑張っていたのですよ!?」

二人をフォローしようと動いていた事が、全部裏目に出たという事なのですか!?
何でこんな事に…感情が昂ぶって涙が流れてきたのです。


「嘘吐き、嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐きぃっ!
 ケティの言う事なんか信じない!信じられるわけがないわよっ!
 そのふしだらな姿が何よりの証拠でしょ!
 どんな言葉を百千万と並びたてようが、ケティはブラウスを脱ぎかけでそれをサイトに見せている、その姿はどうにもならないのよ!」

「確かに私は見ての通りの扇情的な姿なのですが、これは不幸な偶然が引き起こした事故であって、決してルイズが考えているような事は…。」

パチン!という乾いた音がして、私の左頬に鋭い痛みが走りました。


「もう…言い訳は止めて、わたし何も聞きたくない。」

「ルイズ…。」

何故なのですか、言葉は通じるのに何故伝わらないのですか。


「ルイズ違うんだ、ケティの言っている事は本当で、しかも原因は俺のドジで…とにかくケティはそんな事なんかしようとしていない、悪いのは俺なんだよ!」

「ケティをずいぶん庇うのね、サイト。
 そんなにケティが大事なの?ケティの為なら、悪者になる事も厭わないの?」
 
ええと…この時点でこんなにヤンデレていましたか、ルイズ?


「そういう意味じゃねえだろ!
 事実関係が全然違うんだって、わかってくれよ。」

「錬金!」

ルイズがいきなり私の近くにあった花瓶に錬金の魔法をかけました。


「きゃぁっ!?」

私は衝撃に吹き飛ばされて、壁に叩きつけられられたのでした。


「ルイズ、ケティ!?」

才人が慌てて私達に声をかけて来たのです。
勿論、ルイズは軽く煤けただけで、傷一つ無いのですが。


「いきなり何すんだよルイズ!
 ケティ、大丈夫か?」

「くっ…私は大丈夫なのですよ、それよりもルイズを。」

正直な話、目の前がグラグラ揺れているので、助けてもらえるのはありがたいのですが、そんな事よりも…。


「だ、だって、ケティの方が大変だろ、今は。」

「そ…そういう問題ではないのですよ。」

ああもう、鈍い!
これは私から言うわけにはにはいかないのですよっ!


「ほら、私かケティかなら、ケティを取るじゃない、才人。」

「当たり前だろ!
 ケティは怪我しているんだぞ!」

そういう論理的な話ではないのですよ、才人。
今のはルイズの観測気球で、女の子のプライドをかけた勝負でもあったのです。
でもルイズ、才人はどちらが好きかなんて事よりも、どちらがより大変かを判断して行動するに決まっているではないですか。
頭に血が上り過ぎですし、何よりそれでは完全に才人に恋する乙女なのですよ?


「さよならサイト、あんたはケティと一緒にいればいいのよ。
 私はワルドと結婚するわ。」

「ま、待ってくだ…。」

手を伸ばしたものの、それは届かずルイズは部屋を去って行ってしまいました。


「何なんだよ、あれ。
 わけわかんねえよ。」

「わけわからなくても何でも良いから、早くルイズを追いかけるのです。」

結構激しく体を打ったのですね、これは痣になるかもしれないのです。


「いやだってケティ、動けるのか?」

「今立ち上がるのは困難ですが、少し休めば大丈夫なのです。
 ですから、早く追いかけるのですよ、手遅れにならないうちにっ!」

正直そろそろ意識を失いそうなので、とっとと出て行ってもらわないと、才人がルイズを追いかけるチャンスを失ってしまうのです。


「わ、わかった、行ってくる!」

才人は部屋から走り去って行ったのでした。


「何とか、ベッドに…くっ、至近距離であれはきついのですよ、ルイズ。」

ですがベッドによじ登る事はかなわず、力尽きてベッドの下に倒れこんでしまったのでした。
床が…冷たいのですよ…。
そうして、ゆっくりと意識が暗転していったのでした。







「う…ぐっ!?」

鈍痛とともに目が覚めたのでした。
私の傍らでは何故か才人が椅子に座って眠っているのです。
…ルイズの説得に失敗したのですか。
この部屋に戻ってきた時に倒れている私を発見し、ベッドに運んでくれたのですね。


「夜が明けてしまっているのですね。
 もう時間が無い…才人、起きるのです!」

才人を揺り起こしたのでした。


「んぁ…ケティ、胸が…こう、プルンと柔らか…。」

「地獄に落ちるのです。」

私は迷う事無くデルフリンガーを持ち上げて、才人の頭にぶつけたのでした。
どういう夢に私を出演させているのですかっ!


「んごっ!?
 なっ、何だ、いったい何が!?俺の桃源郷が一瞬で!?」

「ぐっ…目は覚めたのですか、エロ使い魔?」

デルフリンガー持ち上げたら、背中に激痛が走ったのですよ。


「ケティ目が覚めたのか、良かった。
昨日はごめん…俺のせいで。」

「いいえ、私をベッドに移してくれてありがとうございます、才人。
 昨晩はあの後どうなったのですか?」

まさか、あのような収集のつかない事態になるとは、想定外にも程があるのですよ。


「ルイズの部屋を何回もノックしたけど、開けて貰えなかった。
 待っていようかとも思ったんだけどさ・・・。」

「それで、諦めたのですか?」

これは…話が余計にややかしくなりそうなのですよ。


「一旦ケティの部屋に戻って相談しようと思ったら、ケティがベッド脇で倒れていて目を覚まさないし、心配でそれどころじゃあ…。」

「そういう時は私をベッドに運んだ後でもいいから、何度でもチャレンジしなければ駄目なのですよ。
 …でも、心配してくれてありがとうございます。」

はぁ…本当にお人好しなのですね、才人。
好きな女の子を放って置いてでも倒れた私の傍に居るとは。


「え?お、おう…別に大した事なんかしてねーよ。」

「それはさておき、才人に聞いて欲しい事があるのです。
 実は…。」

才人にも今回の件の情報をそろそろ渡しても良い頃なのです。





「ワルドが裏切り者だって、何で言わなかったんだよ!?」

「言ったら才人は絶対顔に出ていたのですよ。
 情報というものは、秘匿する人数が少なければ少ないほどいいのです。
 キュルケ、タバサ、ギーシュ様にも詳しい情報は知らせずに配置について貰っているのですから。」
 
情報を知らせないのは、なるべく事態をコントロールし易くする為でもあったのですが…まさか、私と才人の仲がここまで疑われていたとは。


「スクウェアクラスの風魔法には『偏在』という、分身を作り出す非常に使い勝手の良い魔法があるのです。
 ラ・ロシェールの埠頭に酔っ払いが現れたでしょう?
 あれがワルドの偏在だったのですよ。」

「あの酔っ払いが…、成る程、あの時ワルドも確かに泥酔していたな。
 しかし、そんな方法で俺達を騙そうとしていたのかよ。」

しっかり騙されていたくせに、『そんな方法』は無いのですよ、才人。





「…汝は、始祖ブリミルの名に於いて、この者を敬い、愛し、そして夫とする事を誓うか?」

礼拝堂に近づくと、浪々と結婚宣誓の文句を読み上げる王太子の声が聞こえてきました。


「よっしゃ、間に合った!
 ル…もが、もが…。」

ルイズを呼ぼうとした才人の口を手で塞ぎました。


「静かにするのです。
 ルイズがワルドに何かを尋ねようとしているのですよ。」

そう、ルイズはワルドを夫とするかという問いに答えようとせずに、ワルドをじっと見つめているのです。


「…ワルド、貴方が私に執着する理由は何?」

「いきなりどうしたんだい、ルイズ?」

花嫁衣裳に身を包んだルイズは、ワルドをじっと見つめているのです。


「わたしが貴方に執着されるような要素が、どう考えても何処にも無いのよ。
 魔法が使えなくて、痩せっぽちで、強情で、癇癪持ちで、暴力的で、どう考えても貴方に釣り合う女じゃないのよね。
 狙いはラ・ヴァリエールの爵位と領地?
 でも、貴方が欲しいものが、そんなちっぽけなものには見えないのよ。
 貴方の瞳の奥に垣間見えるもう一人の貴方は、もっと貪欲で、もっと多くのものを求めているわ。
 教えて、貴方は私の何が欲しいの?」

「な…何を言っているのだか、私は君を愛して…。」.

ワルドが驚愕で固まりますが、ルイズはさらに言葉を続けます。


「私を愛しているのなら、こんな戦場のど真ん中で結婚式を開こうとなどしないわ、ワルド。
 貴方は私の何かを欲しがっていて、それを手に入れるために結婚しようとしている。
 だから、ケティは貴方を焦らせて、本性を出すのを待っていたんだと思うわ。
 生憎、ケティはそれだけじゃなくて、サイトも狙っていたみたいだけど。」

…だから、それは大いなる勘違いなのですよ、ルイズ。


「そういえば、ミス、ラ・ロッタは?」

「サイトの前で服を脱ぎながら誘惑しようとしていたし、才人も犬みたいに盛っていたから、魔法でふっ飛ばしてやったわ。」

大いなる誤解ですし、なにより才人はそこまで無節操ではないのですよ、確かにスケベなのですが。


「そんな事はどうでも良いのよ!
 それよりも私の何が欲しいのか答えなさい、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」

「…世界だ。」

呟く様にワルドがそう言った途端、ワルドを取り巻く空気が変わったのでした。


「世界だよルイズ、僕は世界が欲しいんだ。
 世界は腐っている、だから僕のものにして、僕が正しく導くんだよ、ルイズ。」

「ワルド、貴方頭がおかしいの?
 私なんかを手に入れたって、世界は手に入ったりしないわ。」

ルイズの声が、訝しげなものに変わったのでした。


「いいや、君を手に入れる事が世界を手に入れることの第一歩なのさ、ルイズ。
 君はガンダールヴを召喚した、それこそが君の才能の証明なのだからね。」

「ワルド卿、君はいったい何を言っているのかね?」

ワルド…いきなりマッド系にならなくても良いのですよ。
断言しても良いですが、今のワルドを見たら子供が泣くのです、絶対に。
王太子もワルドの豹変には顔を引き攣らせているのです。


「ガンダールヴを召喚したのは、記録に残る限り後にも先にも始祖ブリミルのみ。
 そしてルイズ、君は四系統魔法のいずれもを使えない。
 では、それにどういう意味があるのかという事だが、僕が言わずとも自ずと結論へと繋がるだろう?
 君は始祖ブリミルに劣らぬ、伝説級のメイジになれる素質があるという事だ。
 それを持つ君を手に入れる事が出来たならば、僕は世界を手に入れる為の第一歩を踏み出せるんだよ!」

「私の属性が虚無だと言いたいの?
 ありえないわ、コモンスペルの一つすらまともにこなせない私が、虚無?
 寝言は寝てから言うものよ、ワルド。
 私がサイトみたいな伝説級の使い魔を召喚できたのは単なる偶然よ、しかもまともに繋ぎ止めて置く事すら出来ずに、サイトは出て行ってしまったわ。
 そして、私なんかよりも遥かに優秀なケティと…あのケティがっ!
 まさか権謀術数張り巡らして私の使い魔を奪うだなんてっ!」

奪っていないのに、何でそんな事を言われなければいけないのですか。
…なんだか、腹が立ってきたのですよ。


「サイトは、あの優秀な使い魔は、私なんかよりも遥かに相応しい主に鞍替えしたのよ?
 こんな私が虚無だなんて、空でも落っこちてこない限り、絶対に有り得ない事だわ!」

空が落ちてくる事は決定なのですね、短い人生だったのです。


「…才人、才人、こーっそりとワルドの後ろに回ってください。
 ワルドの虚を突いて切りかかって欲しいのです。
 出来ますか?」

「…おう、わかった、何とかやってみる。」

話がヒートアップしている間に、仕込みを済ませるのですよ。
ちなみに、キュルケとタバサとギーシュは、今頃アルビオン下部の崖の突き出した部分に潜んでいる筈なのです。
正午丁度にヴェルダンデでここまで来てもらうという手筈になっているので、穴を抜けて一気に脱出するのですよ。


「兎に角、私は世界なんて手に入れる気は無いし、虚無の属性でもないわよ。
 そんなありもしない妄想で私と結婚していたがっていただなんて、幻滅したわワルド!」

「妄想じゃない!君には稀有の才能があるんだ。
 欲しいんだよ、君の才能と能力が!」

そう言いながら、ワルドはルイズににじり寄って行きます。


「僕はいつか君に言っただろう?
 君はいつか、始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長できると!
 君はまだその才能を自覚出来ていないだけなんだよ!」

「ワルド…貴方疲れているのよ。」

どこかで聞いたような台詞なのですね、ルイズ。


「子爵、もういいだろう、もう止めたまえ。
 君はフラれたのだから、ここは貴族らしく潔く…。」

「やかましい、黙ってろ!」

王太子がワルドを諌めようとしましたが、ワルドに一括されてしまったのでした。


「ルイズ、なあルイズ、何度も言うが、僕には君の才能が必要なんだ!
 頼むから、僕のものになってくれ!」

「ワルド、ねえワルド、何度も言うけど、そんな才能は私には無いってさっきから断言しているでしょ!
 私を一番分かっているのは私なの、いい加減夢見るのは止めて現実を見て!」

ワルドがルイズの腕を掴もうとしますが、ルイズはそれを巧みに避けまくっているのです。
…なにやら妙な攻防戦になりつつあるのですね。


「君の事を誰よりも知っているのは僕だ!
 君がまだ気付いていないその才能を僕が目覚めさせてあげるから、僕のものになってくれ!」

「つまり私じゃなくて、私のありもしない才能が欲しかったのね、ワルド。
 私を何も見ていないとは思っていたけれども、それがこんな馬鹿馬鹿しいにも程がある理由だったなんてね。
 そんなものは無いし、未来永劫私が目覚める事も無い代物だわ。」

ちなみに、ワルドはルイズをさっぱり掴む事が出来ないでいるのです。
風が柳の葉を捉える事が出来ないように、ワルドの手はルイズの腕を肩を掴もうとしては、寸前で見切られ空を切っているのです。
流石は肉体言語で語るメイジなのです。
格闘家もびっくりな、見事な身のこなしなのですよ、ルイズ。


「君には才能がある、それをぼ…ぐはぁ!」

「誰が喧しいだと、どの口が黙っていろだと、この不敬者!」

王太子がワルドに思いきり蹴りを入れたのでした。
いい感じに入ったのか、ワルドがくず折れたのですよ。


「ウインドボム!」

「ぐぁっ!」

ワルドの放ったウインドボムが、王太子を吹き飛ばしました。


「僕がここまで言っても駄目なのかい、君には通じないのかい、ルイズ?」

「当たり前でしょ、貴方の誇大妄想になんて付き合っていられないのよワルド。
 そんな理由で結婚するだなんて、金輪際御免だわ!」

ワルドの嘘臭い笑顔に、ルイズがしかめっ面で返したのでした。


「この旅で…うごぁ!?」

「駄目で冴えないフラれ虫の分際で、アルビオン王太子である私を吹き飛ばすとは何事か!」

今度は王太子の放ったウインドボムがワルドを吹き飛ばしたのでした。
…なんという空気読めない攻防、二人とも風メイジなのに。


「誰が駄目で冴えないフラれ虫だ!
 ウインド・カッター!」

「風の障壁よ!
 おのれ、この私に刃を向けたな!?」

ワルドの放ったウインド・カッターを、王太子が風の障壁で防いだのでした。
そろそろ…出番なのですね。


「…仕方が無い、この旅の目的の一つは諦めるとしよう。」

「目的…?」

ルイズが訝しげにワルドに問い返します。


「ああ、今回の旅に於ける僕の目的は三つあった。
 一つは、君を手に入れる事。」

「下手糞な勧誘だったわ。」

まあ、私がワルドの見せ場を全部潰したのですけれどもね。
おかげでワルドが倒したのは才人だけという、単なる迷惑キャラになっているのです。


「ぐっ…も、もう一つはルイズ、君が持っているアンリエッタの手紙だ。」

「姫様を呼び捨てに…まさか。」

…さて、出番なのですね。


「三つ目は…うおっ!?」

「有象無象の区別無く、私の魔法は許しはしないのです。」

私が放ったファイヤーボールが、ワルドの杖の魔力光を消し飛ばしたのでした。


「道化如きに殿下をやらせはしないのですよ、ワルド?」

有視界誘導で飛んでいくファイヤーボール…狙撃できるのは良いのですが、普通のファイヤーボールを連射した時並みに精神力を使うのです。
今回は仕方が無く使いましたが、燃費が悪過ぎなのですよ、これ。


「貴様は、ミス・ロッタ!?
 道化とはどういう事だ!」

「レコン・キスタの黒幕も知らずに踊る馬鹿は、道化呼ばわりがまさにうってつけなのですよ。
 アンドバリの魔力は虚無では無いのです。」

出番を計っていたとはいえ、何とかタイミングを合わせられたのですよ。


「殿下、こやつが動いたという事は、叛徒ども動き始めるという事なのです。
 トリステインの不始末はトリステインがつけるのが本分。
 殿下は我々に構わず、行って下さいませ!」

「わかった!ミスロッタ、ここまでの協力重ね重ね感謝する!」

そういって、王太子は走り去っていったのでした。


「三つ目の目的は…何でしたか?」

「ぐっ…僕の作戦を尽く妨害していたのは、やはり君か。」

ワルドが私を殺意の籠もった視線で睨みつけてきました。
…正直な話、表情を冷静に保っていられるだけでも奇跡なのですよ。


「私?いえいえ、このような小娘一人が全てを見通すなど不可能なのですよ。
 我々、なのです。」

「我々だと?」

乗ってくれてありがとう、なのですよ。


「《オレンジ》とでも覚えておいて欲しいのです。
 我々はどこにでもいて、全てを見ているのですよ。」

《オレンジ》という名前の通り勿論全部ハッタリなのですが、この時点で殆ど知りえない情報を流した上で私をほんの手先だと表明してあげれば、敵の目はそれを探す事に向く筈なのです。
なにせ、私はたった15歳の小娘なのですから、黒幕がいるほうがむしろ普通なのですよね。


「ウインド・ブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!」

ワルドの魔法がルイズを吹き飛ばしたのでした。
いきなりだったせいなのでしょうか、ルイズが気絶してしまったのです。


「…では、話を聞かせてもらおうか、ミス・ロッタ?」

「な…あぅっ!?」

いきなり後ろから声がしたと同時に、強い衝撃で吹き飛ばされたのでした。


「風は偏在するのだよ、ミス・ロッタ?
 君も潜んでいたかもしれないが、私も偏在を一体、予め潜ませておいたのだ。」

「くっ…意識を逸らした隙に。」

やはり、戦闘にはいまいち向かないのですよ、私は。


「散々道化として踊らせた男の前で、這い蹲る気分はどうかね?」

私を見下ろしながら、ワルドの偏在がせせら笑います。
ぐっ…ムカつくのです。


「レディを這い蹲らせて悦に入る変態を見る気分は、這い蹲りながらだろうが立ちながらだろうが大して変わらないものなのですよ。」

「何だと!この口の減らない小娘がぁっ!」

「ぐっ!?」

ワルドに思いきり腹を蹴飛ばされました。


「かはっ…っぐっ!」

「恐怖と衝撃は人を正直にする。
 答えて貰おうか、レコン・キスタの黒幕とはとは何者だ?」

女の子の腹を思いきり蹴るとは、紳士の風上にも置けないのですよ。


「そ…それを知った所でどうするというのですか?
 道化という結果は変わりはしないというのに。」

「…まだ足りぬか、ではこれでどうだ?」

ワルドの杖が魔力の光を纏い…私の右肩を突き刺したのでした。


「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「答えろ、レコン・キスタの黒幕とは?」

このままでは殺される…さ、才人は何処に?
いくら一度死んだからといって、もう一度死ぬのは嫌なのです。
才人、早く来てください、才人、才人、才人、才人…。


「才人おおおぉぉぉぉっ!」

「離れやがれ、この下種野郎!」

「ヒャッハー!人だ、人が斬れるぜうひひひひひ!」

「な…!?」

袈裟斬りにワルドの偏在が切り捨てられ、元の風に戻ったのでした。
…それよりもデルフリンガー、貴方がおっかな過ぎるのですよ。


「くっ…お、遅いのですよ。」

「御免、ルイズをワルドの見えない所に移していたら、遅れちまった。」

ワルドの注意を逸らすのには成功していたのですね、良かった。
しかし…右肩が痛い上に全く動かないのです。
骨までやられているのですね、これは。


「話は全部聞いたぜ。
 ルイズはあんたを訝しがってはいたが、別に嫌っちゃいなかった!
 子供の頃慰めてくれた、優しい人だったからって…それをあんたは!」

「おおっ!心が震えてるな!もっと心を振るわせろ、そうすりゃ相棒はもっともっと強くなる!
 そして、目の前のヒゲを切らせてくれ!」

才人は物凄い速さでワルドに切りかかって行ったのでした。
そして黙れ妖刀、なのです。


「月日と数奇な運命の巡り合わせが、私を変えた!
 既に時は過ぎ行き、今更私は元には戻れないのだ!」

「あのまま放っておけば、殿下とルイズの二人とも殺す気だっただろあんた!
 なんで子供の頃から知っている女の子をいとも簡単に殺そうと出来るんだ!?」

才人の剣がワルドに受け流されているのです。
ここは才人がワルドを圧倒できる筈…まさか、まだ心の震えが足りない!?
死ぬかもしれませんが…ここで全員死ぬよりはましだと考えるしかないのですか。
私が死んだって、物語は本来の道筋に戻るだけなのですよ。
だからこそ、過度な干渉は謹んで来たのですから!


「ファイヤーボール!」

「くっ…死に損ないが小賢しい!
 ウインドカッター!」

ワルドの風の障壁に私のファイヤーボールは弾かれ、逆にワルドの放ったウインドカッターが、私を切り裂いたのでした。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「ケティ!?」

「む、娘っ子!?」

服が切り裂かれ、血が飛び散ったのでした。
これは、いくらなんでも死ぬかもしれないのですよ…。


「才人、後はおねが…い…。」

めのまえが…くら……。



《才人視点》
ケティが赤い飛沫を飛び散らせながら、崩れ落ちるように倒れていった。

「ケティが…嘘だろ、おい。」

「…聞きそびれたか。
 まあ良い、調べればどうとでもなる。」

そう呟くワルドの声が遠い、俺の足元が急に落とし穴に変わったような感覚。
ケティが…ケティが…なんで。
俺の事を助けてくれようとしたのか?俺が押されているから、不甲斐ないから…っ!


「貴様らの頭脳だったあの小娘が倒れては、もはや何も出来まい?
 一緒にあの世に送ってやるから、感謝するんだな!」

「喧しいっ!」

ワルドの動きが酷く鈍く見えるけど、そんな事はどうでもいい。
緩慢に動くあいつの杖を軽く払い飛ばしてやって、俺はケティの元に駆けつけた。


「ケティ、ケティ!?」

ケティを軽く揺すってみたけど、意識が戻らない。
肩から腰に掛けて正面から斜めにざっくりと斬られている。
浅く呼吸はしているけど、この出血が続いたらヤバい!?
早く水メイジか誰かに見せないと!


「私を無視するなああぁぁぁっ!」

「喧しいわ髭帽子!」

ワルドがまた突っ込んできたので、軽く払い飛ばしてやった。


「ぐぁっ!?な…何故いきなりそんなに…?」

「知るか、てめえが遅くなっただけだろ!?」

わけがわからないけど、何だか強くなったからOK!


「おめえはガンダールヴだ!
 ガンダールヴの力の源は心の震え、怒り、悲しみ、喜び…何でもいいから心を震わせる事が出来ればおめえはどんどん強くなる!」

「何だかわからんけど、要するに怒ればいいんだな!」

ワルドに追撃を掛けようとしたが…居ない?


「これが君の本気だったとはな…見誤っていたよ。
 ミス・ロッタに言い含められていたのかな、本気を出すなと。
 まあ、もはやどうでもいい事ではあるな、彼女はもうすぐ死ぬ。
 さて…私も本気を出すとしよう。
 風の魔法は最強だ、それが何故か見せてやろう。」

何時の間に移動していたのか、倒れたケティの近くにワルドは立っていた。


「ユビキタス・デル・ウインデ…。」

ワルドが呪文を唱えると、いきなりワルドが4人に増えた。


「さっきケティをやった奴か!?」

「左様、先程のはやられてしまったが、私と偏在合わせて四人。
 どちらが勝つか、さあ試そうか!」

そう言って、ワルド×4が切りかかってきた。


「何だよ、このチート魔法は!」

一気に4人になるとか無茶苦茶だぞ!


「おいデルフ!伝説の剣なら、何か技は無いのか、技は!?」

「魔法を吸い込めるだろ?」

「そんだけかよ!つかえねー!」

魔法なら、斬れば吸い込めるかもしれないけど、この数に一気に切りかかってこられたら防ぎきれなくなるっての!?


「使えねーとか言うなぁ!」

「実際使えねーだろ、この状況じゃあ!」

このままじゃあジリ貧だ。
時間が経てば経つほど、ケティを助ける時間が無くなる。


「ファイヤーボール!」

「ぐぁっ!?」

いきなり、ワルド(偏在)が、爆発四散した。
これはケティじゃなくて…。


「ルイズ、目を覚ましたのか!?」

「やったっ!命中したわ!」

さっきのケティの光景が蘇る。
今のワルドは…やばい!?


「逃げろルイズ!」

「え?」

「ウインドカッター!」

ワルドが放ったウインドカッターを、ルイズは柱の陰に隠れる事で避けたが、余波で吹き飛ばされて倒れた。


「てめえ、ルイズまでええぇぇぇぇぇっ!?」

先程の光景が蘇る。
ルイズまで血を流して倒れるなんて、そんなのは絶対に許せねえ!
目の前が怒りで真っ赤に染まる!
考えられるのは…あいつを倒す事!


「更に速度が上がっただと!?」

「るぅああああああぁぁぁっ!」

ワルドがもっと遅くなって見える。


「くっ!どうして死地に帰ってきた!?
 お前の事を平民と蔑む貴族の娘を助けに来たとでも言うのか!」

「婚約者を殺そうとするヒゲ野郎に答えることじゃねーよ!
 そんな事よりも、てめえをブッ倒してさっさとケティを助け無いといけねーんだよ!」

このままだと、ケティが死んじまう!
助けられっ放しなのに、まだ何も返していないのにっ!


「二人の女の間でふらふらふらふらとっ!
 どのみち貴族と平民では恋愛など成立しない事が理解できぬようではなっ!」

「別にふらふらなんかしてねえよっ!
 ルイズといるとドキドキするし、ケティといるとすっげえ落ち着くってだけだっ!」

押し倒しておいてなんだが、これが恋なのかはわかんねーよ、特にケティの場合。


「ルイズもケティも俺が守る、それだけだっ!」

「よーしいいぞ相棒!もっと心を振るわせやがれっ!
 そしてもっと俺にあのヒゲを 車斤 ら せ て く れ !」

黙れ妖刀。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「なっ!?」

偏在を切り捨てると、デルフに吸い込まれて消えた。
ルイズが一体爆破したので、後2体!


「私が平民に手も足も出んだと、ありえん!」

「実際に負けてりゃ世話ねえんだよ!ヒゲ野郎!」

一気に切り捨ててやる!


「は、飛んだな?空は風の領域だ、愚か者めが!」

「馬鹿はてめえだあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うっひょおおおおぉぉぉぉ、斬りほうだぁぁぁぁい!」

一閃…手ごたえはあったが?
後、こええよデルフ。


「くっ…まさか、この《閃光》が、遅れを取るとはな。」

ワルドの左手が、落っこちていた。
俺が…斬ったんだな。


「《線香》の間違いじゃね?
 さあ、年貢の納め時だぜヒゲ野郎。」

急に全身から力が抜け始めたけど、ハッタリかまさなけりゃあ殺されるな…。


「まさか、何一つ目的を果たせなんだとはな…。
 まあ良い、貴様らはここで死ぬのだから、大勢は変わらんだろう。」

そう言うと、ワルドは浮き上がった。
逃げるつもりらしいが、正直な話立っているのもきつい状況ではどうにもならねえな。


「主人ともども灰になるが良い、ガンダールヴ!」

そう捨て台詞を残して、ワルドは割れた天窓から逃げていった…。


「な…何とかやり過ごせたか。」

正直な話、あそこで反撃されたら命が無かった。
何とか助かったけど…。


「ケティ!?ケティ!?なんでこんな事に!?」

ルイズの悲鳴が聞こえてくる。


「ルイズ、ケティは?」

「な…何とか生きているけど、どうしてこんな事に?」

ルイズは顔面蒼白の涙目で、動かないケティを見つめている。


「ケティはルイズ、お前の事を見捨てなかった。
 俺達の事をずーっと心配していてくれたんだよ。」

「ぐすっ…私、魔法であんな目に遭わせたのに…。」

ああそういえば…ケティって基本的にあまり怒らないよな、確かに。
急に、ルイズが魔法を唱え始めた。


「何する気だよ?」

「《治癒》で、傷を塞ぐの!」

「言っちゃ何だが、爆死するだろ、それ。」

とどめ刺してどうすんだよ。
…と、その時、爆発音がして、埃が降ってきた。


「きゃっ、な、何…?」

「敵の砲撃が始まった…って事は、救援が来る!」

さっきケティから聞いた話では、正午になると同時にギーシュがここに来る手筈になっていた。
丁度、礼拝堂の地面がボコッと盛り上がって、目の前にギーシュとモグラが出てきたのだった。


「助けに来たぞ、ケティ…って、死んでる!?」

「縁起でも無い事言うな馬鹿野郎!」

取り敢えず5発ほど殴った。


「す…すみましぇん。」

「ギーシュ、早いわよ…って、ケティ!?」

穴から出てきたキュルケが、悲鳴みたいな声を上げた。


「治療する、どいて。」

「ちょ、タバサ!?」

ルイズを押しのけて、タバサがケティに治癒を掛け始めた。
傷が見る見る塞がっていく、これで何とかなる…か?



《ケティ視点》
「ん…ここは?」

ここは…空?


「なんともまあ、安易な天国なのですね。」

「ケティ、目が覚めたの!?」

目の前に、煤けて涙目のルイズがいました。
いやしかし、全身が非常にだるいのです。
ちょっと動きそうにありません。
ああ…私はワルドのウインドカッターで斬られたのでしたね。


「おはようございます、ルイズ。
 ここは何処なのですか?
 生憎体がだるくて動かしづらいので、教えて欲しいのです。」

「ここはシルフィードの背中よ、貴方は今まで気絶していたの。
 血を沢山失っているみたいだから、動かない方が良いわ。」

動きたくても動けないのですよ。


「ごめんなさい、ケティ。
 サイトから一部始終話は聞いたわ。
 制裁はきっちりしておいたから。」

「ご…ごめんなしゃい、もうしましぇん…。」

おお、何かの残骸かと思えば、よく見たら才人だったのですよ。


「後、ケティの調子が戻ったらもう一度謝るから、その時に私も同じ目に遭わせて。」

「…火魔法で吹き飛ばしたら、まず間違いなく全身火傷するのですが?」

水や風なら兎に角、私が使えるのは『火』なのですよ。


「う…覚悟するわ。
 だ…大丈夫よルイズ、覚悟があれば何でもできるわ、できるのよ。」

ルイズ、目が虚ろなのですよ。


「殿下は…殿下はどうなさいましたか?」

「俺が港に行った時、出航寸前でこれを渡された。」

そう言ったサイトの手にあるのは、風のルビー…なのですね。


「イーグル号はレキシントンに突き刺さって、大爆発したよ。
 レキシントンは真っ二つになって沈んだし、周囲にいた船も飛び散ったナパームが引火して、何隻かが燃えながら落ちていった。
 あれ、ケティの作戦だったんだって?」

「ええ、そう…なのですか、殿下は本懐を遂げられたのですね。」

「ああ、誰にも文句を言え無い、見事な最期だったよ。」

安心したのです…また、眠くなってきたのですよ。


「では、もう一度眠るのです。
 暫く起きないと思うので、着いたら起こして欲しいのですよ。」

そう言って、私はゆっくりと目を閉じたのでした。
こんなに怪我だらけになって、姉さま達にどう言い訳しましょうか…気が重いのですよ。



[7277]  プレ編01 杖と契約するまで
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/17 15:13
おぎゃー!と、赤子の産声。


「生まれたか!」

ラ・ロッタ家現当主、クールティル・ド・ラ・ロッタは喜びの声と共に、寝室へ駈け込んでいった。


「あなた、申し訳ありません。」

クールティルの妻、マリー・テレーズ・ド・ラ・ロッタは、疲れきった顔に喜色を浮かべつつも夫に謝った。


「女児でございます。」

侍女から赤子を受け取ると、クールティルはじーっと眺める。


「これで12人目か…。
 いいや、12人目の可憐な花が我が家に生まれたのだ。
 これはとても素晴らしい事だよ、マリー。」

その少女は12回目の喜びと、ほんの少しのがっかり感とともに生み出された。
今でもクールティルは『お前が男ならば…』と、残念そうに言うらしいが、娘も同感であるのは誰も知らない事だったりもする。


「名前はいかがいたしましょう?」

「エメロード。」

「4人目ですわ。」

「リュビ。」

「1人目ですわ。」

「ジョセフィーヌ。」

「9人目ですわ。」

「ジゼル。」

「去年生んだばかりですわ。」

クールティルは頭を傾げた。


「これは、まいったな…流石に12人目ともなると。」

「あなた、ケティという名はいかがでしょうか?」

マリーが、微笑みながらそう提案した。


「実は…もし今度も娘だったら名前をどうするか、考えていましたの。」

「ケティか…うん、ケティ、良い名前だ。」
 
そう言って、クールティルは眠る娘を愛おしげに眺めた。


「君の名前はケティ、ケティ・ド・ラ・ロッタだ!
 この名が君の誉れとなるよう、気高く潔く成長してくれ!」

少女の名はケティ・ド・ラ・ロッタ、のちにラ・ロッタ始まって以来の天才と呼ばれる少女である。
少女はそう呼ばれるのを激しく嫌がっていたが。




ケティは生まれてからしばらくはごく普通の赤子だった。
ただし、周囲はすぐにその子が今までの赤ん坊とは違う事に気がついた。
発達が、異様に早かったからだ。
はいはいの時期が殆ど無く、すぐに歩き始めた。
言葉の習得は普通の子よりも若干遅かったが、覚えてからがとんでも無かったのだ。


「おとうしゃま、おとうしゃま。」

「ん、何だいケティ?」

2歳を過ぎたある日、ケティが舌っ足らずな口調でクールディルのズボンの裾をくいくい引っ張って来た。


「たかいたかいかな?それとも、甘いお菓子かい?」

「んー、それもいいけど、ちょっとちがうの。」

ケティはふるふると首を横に振った。


「ぼく、もじをおしえてほしいの。」

「文字?いや、ケティにはまだ早いよ、文字は。」

クールティルは娘を抱き上げて、ほお擦りをしようとしたが、ケティは身を捩じらせて避けようとする。


「おひげいたいの、やーなの。」

「髭を…剃らねばならんな、うむ。」

クールティルは若干傷ついた面持ちで、髭の生えた自分の顔を擦った。
こうして、ラ・ロッタ家から髭を生やした人間がいなくなった…というのは、完全に余談である。


「もじをおしえて、ねー、おとうしゃま。」

「う…うーん、わかった。
 でも、君にはまだ難しいと思うのだけれども。」

しかし、クールティルの予測は完全に覆される。
ケティはわずか数日で文字を全部覚えて見せたのだ。


「この子は天才だ!」

クールティルは娘の知性の高さに驚愕し、驚喜した。


「ジョゼねえしゃまー、エトワールねえしゃまー、ジゼルねえしゃまー、ごほんよんであげるの!」

「えー、ほんとに?」

「ケティごほんよめるの?すごいー。」

「わーい、よんでよんでー♪」

ついでにケティと歳の近い三人の姉も喜んでいたという。






「ねえねえおとうしゃま、せかいはたいらではてがあるって、ほんと?」

文字を覚えてからのケティは、物凄い勢いで本を読み始めた。
それも、子供が読むような絵本ではなくて、学術書などのかなり難しい本をである。
ケティにしてみれば、意識がまだ前世と現世の間を彷徨っており、はっきりしなかったのだが、それでもこの世界を何とか認識しようとしていたようである。


「うーん、私は見に行った事が無いからわからないけれども、本に書いてあるって事は、そうなんだろうね。」

「でもねでもね、ちへいせんをみてほしいの。
 くもがちへいせんのむこうからやってくるでしょ?
 むこうからやってくるのよ、たいらなはずなのに。」

クールティルがまさかと思って地平線をよく見てみれば、成る程確かに雲は地平線の向こうからやってきているのだった。
そう考えると普段何気なく見ていた光景がとてつもなく不思議なものに見えてきたクールティルである。



「な…成る程、言われて見れば確かに…。
 ケティはどう思っているんだい?」

「わたしはせかいがまあるくなっているとおもうの。
 ほんとうはせかいはとてもとてもおおきいまあるいたまで、とてもおおきいからたいらにみえるだけだとおもうの。
 きっと、そのまあるいたまのなかにはとてもとてもつよいせいれいがいて、みんなをそこにはりつけるようにひっぱっているの。
 おそらにつきがあるでしょ?
 たぶんつきからみると、このせかいもあんなふうにみえるとおもうの。」

この頃のケティの記憶はおぼろげで、前世の人格と現在の人格が混在していた。
わかりやすく言うと、前世の記憶が幼児の人格と混在していたため、無邪気な幼児の人格で高校レベルとはいえ、前世の高度な科学知識を振りかざしていた。


「ケティ、駄目だよ、それは駄目だ、それは異端な考えなんだよ。」

「いたん?」

普通の親であれば笑い飛ばしていた所だが、クールティルはかつて同じような事を言って異端とされた男の話を知っていた。
数百年前の事、その男は優れた土メイジであり、学者だった。
数学と測量技術を駆使して世界が球体である事を理論的に実証して見せたが、ロマリアの異端審問官に異端であるとして処刑されている。
この地には異端審問官が侵入する事が出来ない為に、彼の書籍と彼がどうなったかが記された書籍が残っていた為、クールティルはその事実を知っていたのである。


「このじだいにはあわないの?」

「この世界に会わないんだよ、ケティ。
 理論的に正しい事でも、常識として正しいとは限らないんだ。」

自分の言っている事を我が娘が完全に理解している事を、クールティルは理解した。
ケティが高度な知性とそれを制御できない幼稚な理性が混在しているという、とんでもない天才娘だという事を理解したのである。


「ケティ君は天才だ、だから私がきちんと教育するよ。
 君がこの世界の異端とならぬように。」

「うん、おねがいしますなの。
 でもおとうしゃま、ちょっとくるしいの。」

自分をぎゅうっと抱きしめるクールティルに、軽く眉をしかめつつ、ケティはコクリと頷いたのだった。





「お父様、僕は魔法が使いたい。
 だから、ジゼル姉様と一緒に、山の女王に会いに行きたいんだ。」

「ケティ、確かに君ならば、山の女王も認めてくれるかもしれないが…。
 山の女王への謁見は、我が家では6歳と決まっているんだよ。」

ケティは4歳の時にも同じ事を言って、クールティルを困らせた。
今回も年齢を条件に断ろうとしたのだが…。


「え?ケティも一緒に来てくれるの?
 やった、嬉しいな、ケティと一緒、一緒♪」

「ちょっと待ってジゼル姉さま、そんなに抱きつかないで!?
 僕まだ子供で力が無いから倒れちゃう!」

ケティは前世の記憶と現世の常識に上手く折り合いをつけた聡明な子として育っていたが、一方で前世の記憶と人格が一致した為か、非常に男っぽい性格と口調に育っている。
普通の女の子がするような遊びはあまりしたがらない上に、ままごと遊びではいつもお父さん役である。
格好も、男の子の格好を普通にして、普通に似合っていたので、領民の中にはケティが女の子だという事を忘れている人もいたくらい。
「ケティ坊ちゃんなら、ラ・ロッタには何の憂いも起きないべぇ」とは、村の長老ガストン爺さんの弁である。
ケティを男と勘違いしている上に、本当の跡取り息子であるアルマンの立場がまるっきり無い言葉だが…。


「だってだって、ケティと一緒なら絶対安心だもん。」

「いや姉さま、僕は非力な子供だし、山の女王の所に行くんだからそもそも絶対安心だよ。
 ねえお父様?」

ジゼルがケティにベッタリしすぎな気がするクールティルであった。
まさか、我が娘は妹に初恋なのかと考えて、恐ろしいのでそれ以上考えるのをやめた。


「はは、まあ確かに山の女王に会いに行く僕たちに、害を為すものなどいないと思うよ。」

「うー、とにかく、ケティと離れたくないの!」

「…で、お父様。
 この状態のジゼル姉さまを引き剥がして連れて行くの?
 絶対に泣くと思うんだけど。」

姉と対比すると、この落ち着きようとこの冷静な瞳。
大人と話している気分になってくるクールティルであった。


「ははは…まあ、仕方が無いか。
 でもケティ、山の女王が認めなかったら大人しく帰るんだよ?」

「はい、お父様。」

そうは言ったものの、クールティルはケティが山の女王に認められるのだろうなという確信はあった。


「やったー!ケティと一緒だー♪」

「だから、変な抱きつき方しないでジゼル姉さま!
 ちょ、首がしま…ぐぇ!」

知性は高いが、体がちんちくりんの幼児だったため、体の発育が早く背も高いジゼルに抱きつかれては形無しのケティであった。




山の女王とは、ラ・ロッタ領そのものといっても良い。
彼女はトリステイン開闢の時代から延々と生き続けるこの地域の真の支配者。
その正体は、ジャイアント・ホーネットと呼ばれる大型スズメバチ幻獣の女王である。
彼女は高度な知性を持ち、体にがたが来ると自らのコピーを生み出して記憶と経験の継承を行っている。


「わわわ、蜂さんいっぱいだわケティ?
 怖い、怖いよケティ。」」

ラ・ロッタの民は6歳になるとここに来て、山の女王の承認を受ける事が慣わしになっている。
特に領主の一家は彼女から杖を賜り、それと契約してメイジとなるのである。


「姉さん、虫が駄目なのはわかるけど、山の女王に粗相したら…食べられちゃうかもよ?」

「やー!食べられるのやー!もうお家帰るぅ!」

山の女王の宮殿、つまり物凄く大きなスズメバチの巣の中を今三人は歩いている。


「しまった、薮蛇だった、く…苦しい。」

「あはは、ジゼルを脅かしちゃ駄目だよ、ケティ?」

周りには沢山の巨大なスズメバチがひしめき合っており、ケティたちは彼女らが本気になればいつでも八つ裂きに出来るのだが、そうされる事は無い。
この地のジャイアント・ホーネットは人の子を襲わない。
そして、女王の承認を受けた者の近くにいる者も襲わない。


「ジゼル姉さま、首は絞めないで、苦しい。」

「やー、怖い!」

女王の承認が受けられるのはこの地で生まれた者か、またはその配偶者のみなので、船乗り達はこの上空を通れない。
故にこの地域は絶対の守りの代わりに、交易路からも外れているのだ。


「お父様も笑ってばかりいないで助けてよ?」

「あはは、ごめんごめん。
 ほらジゼル、お父様が抱っこしてあげよう。」

クールティルがジゼルを引き剥がそうとしたが…離れない。


「ケティの方が良いのっ!」

「…だ、そうだよ?」

「はぅ…大失敗だよ。」

ケティががっくりと肩を落とすその傍らで、泣いていた筈のジゼルが幸せそうにケティに抱きつきほお擦りしているのを見て、二人の将来が少し不安になったクールティルであった。



山の女王は大きい、兎に角大きい。
普通のジャイアント・ホーネットは1メイル前後だが、女王は3メイルはある巨大な蜂である。
肉食昆虫の頂点に君臨する女王なだけあって、視覚的なおっかなさは群を抜いていた。
その周辺には1.5メイル程ある親衛隊蜂が整然と並んでいる。
まさに女王の謁見の間であった。


《よく来た、ラ・ロッタの子らよ。
 久しぶりであるな、クールティル。》

「はい、久しぶりでございます、山の女王。」

「は、蜂さんが喋った!?」

普通のジャイアント・ホーネットは喋らないが、彼女自身は齢数千年という幻獣である。
人の言葉を思念波として送る事など、お茶の子さいさいであった。


《ガチン!》

「ひっ!?」

親衛隊蜂の一匹が、顎を鳴らした。
不敬であるとでも言いたいらしい。


《よいよい、人に直接意思を伝えられるのはわらわだけなのであるから、子供が驚くのも道理である。
 脅かしてすまぬな、名はなんと言う?》

「ジ、ジゼル・ド・ラ・ロッタ…ですわ、山の女王。」

顔を真っ青にしながら、ジゼルがスカートの裾をちょんと上げて礼をした。


《そちらの小さな子供よ、そちの名は?》

「ケティ・ド・ラ・ロッタと申します、山の女王。」

ケティが一礼すると、女王が身を乗り出してケティの目の前までやってきた。


《そなたは…おなごであるな、なのに魂からほんのりと男の香りも漂って来る、その服装のごときじゃ。
 ほほほほほ、面白いのう、実に面白い。
 長く生きてきたが、このような人の子に出会うのは初めてであるわ。》

「そ、そうでございますか、楽しんでいただけて光栄であります、山の女王。」

流石に蜂の頭のアップは怖いのか、ケティの顔は少々引きつっていた。


《まあ、その男の匂いも女になり始めれば消えるであろう。
 それまではせいぜい、男と女の狭間を生きるとよかろう。》

そう言うと、女王は元の体勢に戻った。


《ジゼルにケティ、そなたらの匂いをわらわは認識した。
 これからそなたらは命果てるまで正式にこのラ・ロッタの民であり、我々はそれを妨げる事は一切しない。
 そなたらは魔法を使う民であるから、杖を授けよう…杖をここへ!》

女王の声に応えて、親衛隊蜂が杖を二本咥えて持ってきた。


《我ら謹製の杖である、受け取られよ。》

「はい、謹んでお受け取りさせていただきます。」

「はい、ちゅちゅし…あぐぅ…舌噛んだよ。
 お、お受け取りさせていたらきまふ。」

二人が受け取った杖は、軽くてとても硬いキチン質の杖…わかりやすく言うと、ジャイアント・ホーネットの針を杖に加工したものであった。


《もしもそれを失うような目にあった時は再び来るがよい。
 いつでも用意して待っておるぞ。》

「はい、ありがとうございます、山の女王。」

「ありがとうございます。」

ケティとジゼルは揃って頭を下げた。


「杖を賜りまして、誠にありがとうございました、山の女王。
 それでは早速下山し、契約の儀に入りたいと思います。」

《ほほう、その歳で杖と契約するというか。
 面白い、実に面白いのう。
 そなたは将来何か大きな事を為すやも知れぬ、期待しておるぞ。》

流石に表情はわからないが、女王の声はとても楽しそうなものであった。



その後数日をかけ、ケティは見事に杖との契約を果たす。
普通は10歳を超えてから契約するものであり、5歳で契約するなど前代未聞ではあるのだが、ケティはやり遂げて見せた。

「ファイヤーボール!」

そして、高々数日で炎の矢の制御どころかファイヤーボールまで使って見せて、周囲の度肝を抜くのであった。


「ケティ、君はきっと凄い人になれるよ。
 …でも、それだと結婚できないかもしれないなぁ、それは嫌かもしれない。」

「そんな未来の事を考えても仕方が無いよ、お父様。
 それよりも、魔法の制御の仕方、もっと教えて?」

玩具を手に入れたての子供の瞳で、ケティはクールティルにそうねだったのだった。



[7277] 第十四話 嵐の合間の静けさなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:31
すれ違いはよくある事
かの主従はいつも通り、すれ違いまくりなのです


すれ違う心と、それによる葛藤
ラブの永遠のテーマなのですよね、苦労しやがれ青少年なのです


すれ違いを修正するにはどうすれば?
意地張るのをやめればいいと思うのですよ






「んっ…ここは?」

気がつくとベッドの上なのでした。


「知らない天井だなんていう、ベタなボケは無しな。」

「せ…折角の機会を。」

「また二人でわけのわかんない話をしてる…。」

台詞を奪った相手は才人なのでした。
その隣りにはルイズが立っているのです。


「それにここ、学院の医務室だしな、知らない天井じゃないだろ?」

「まあ確かに、よく見ればそうなのですね…と、そういえば!」

胸元を開いて、傷痕を確認します。


「一緒に覗きこもうとするなエロ犬!」

「これは男の性というか、不可こ…げふっ!?」

あれだけスッパリ切られたら、魔法で塞いでも傷跡は残ってしまった筈なのですよ…って、あれ?


「傷跡が…無いのです。」

「ぐふっ…ああ、ケティの傷跡なら、あの人が…。」

いつの間にかボコボコになった才人が指差した先にいたのは、モット伯なのでした。


「伯爵が…?」

「ああ、これでも水のトライアングルだからね。
 痕が残らないように傷を癒すのなんて、秘薬と魔法を併用すれば朝飯前だよ。
 いやしかしびっくりしたね。
 王宮に血塗れの君が運び込まれた時は、本当に心臓が止まるかと思ったよ。
 止血されていなかったら、間違いなく死んでいたと思うよ。」

うんうんと頷くモット伯…治癒の時には患部を見なければいけないわけで、姉の旦那にばっちり見られたのですか…傷が残らなかったのは素晴らしい事ではあるのですが、なんというか複雑な気分に。
まあ、モット伯も気にしていないようですし、私も気にしないようにするのです…と、いきなりドアが思い切りよく開かれたのでした。


「ケティィィィィィィッ!」

「ひぃ!?ジゼル姉さま!」

物凄い形相でジゼル姉さまが駆け寄って来たのですよ。
逃げたいところですが、全身がだるくてとっさに動くなど不可能なのです。


「私を置き去りにしてアルビオンまで行くとか、どういうつもりなのよ!
 しかも怪我するとか、傷つくとかっ!?
 今すぐ言いなさいここで言いなさい、誰にやられたの私が八つ裂きにしてやるから!」

「むぎゅ…ね、姉さまくるし…ちょ、息が。」

叩かれるのかと思いきや、思い切り抱きしめられたのです。


「駄目よジゼル、ケティが苦しがっているわ。」

「エトワール姉さまありがとうございます。」

エトワール姉さまがジゼル姉さまをやんわりと引き剥がしてくれたのでした。
流石というか、いつの間に身体強化系の魔法を使ったのでしょうか…。


「それで…ケティを傷つけたのは誰なのかしら?」

「それよ、絶対に許さないんだから!」

笑顔で私に尋ねるエトワール姉さまの背後にどす黒いオーラが見えるのですよ。
ジゼル姉さまみたいに普通に怒ってくれはしないものでしょうか?


「答えて、ケティ?」

「…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド卿なのです。
 才人に危機一髪のところを救ってもらいましたが、正面からでは太刀打ちできる相手では無いのですよ、あれは。」

正面からでなければ方法があったかも知れないのですが、あの時は仕方が無かったのです。
かなり分の悪い賭けでしたが…。


「これは他言無用なのですよ?
 こればかりは広めてもらっては困るのです。
 親衛隊から裏切り者が出たなどという噂が伝わっては、王家のメンツが丸つぶれなのですから。」

「…わかったわ、姉さま達にも言わない。
 でもまさか、スクウェアクラスの風メイジが裏切るとはね。」

「裏切り者は一人居たら30人は居るから、気をつける必要があるわねえ。」

それはゴキブリなのですよ、エトワール姉さま。
まあ、似たようなものなのですが。


「でもケティ、貴方は言葉遣いや物腰は随分変わったけど、根っこは昔からあまり変わっていなかったのね。」

「そうそう、風のスクウェアメイジに正面から立ち向かうだなんて、やんちゃにも程があるわよ?」

にこにこーっと微笑ましいものを見るような眼で、姉さま達が私を見ているのです。


「村の男の子たちを引き連れて、魔法の練習の合間に《ヤキュウ》を教えたりしていた頃を思い出すわ。」

「あの頃はケティを女の子みたいな名前の男の子だと勘違いしていた子も多かったわねえ。
 ギュスターヴとか、確かめようとして貴方に吹き飛ばされていたのを思い出すわぁ。」

あんまりにも娯楽が少なかったので、村の職人さん達にお願いしてバットとグローブとボールをこしらえて貰って、野球を始めたのですよね。


「ジゼル姉さまも張り切ってやっていたではありませんか?
 私一人が男っぽかったと言われるのは心外なのですよ。」

「確かにあの頃の私はお転婆だったけど、ケティほどじゃなかったわよ。
 ケティは私の王子様だったんだからね。」

ぐっ…あの頃は前世の人格にかなり引っ張られて、結構男っぽかったのは確かなのです。
でも王子様は言い過ぎなのですよ、あれはただのやんちゃ坊主なのです。


「…昔話に花を咲かせているところに口を挟むのは申し訳ないし、正直な話ケティの昔の話はこのまま聞いていたいんだけどね。
 モット伯が王家の使者として、貴方の話も聞いておきたいみたいよ?」

「いや正直な話、私もミス・ヴァリエールと同じでこのまま聞いていたいのだけれどもね。
 悲しいかな、この身はしがない宮仕えなのだよ。」

そう言うと、モット伯は背筋をピシッと伸ばして官僚の顔となり、私の眼をじっと見つめたのでした。


「わかりました、お答え出来る事はお答えいたしましょう。」

お答えできない事は、お答えしないのです。


「ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、今回君はワルド元子爵の企みを見事に見破り、王太子が望む名誉ある戦死を全うさせる事に成功した。
 相違無いかね?」

「はい、相違無いのです。」

「では質問させてもらうが…。」

それから、モット伯の事情聴取というか軽い尋問というかは、話せるところは話し、話せないところは話さない事で決着したのでした。


「…ふむ、事の事情は大体把握できた。
 これできちんと王室に報告できるよ、ありがとう。
 あと、最後にもう一度聞くが《オレンジ》とは、一体何なのかね?」

「あ、それ、私も聞きたかったのよ。
 そんな組織、本当にあるの?」

こら才人、もとネタ知っているからといって、後ろで噴き出さないのですよ。
野心に燃える男は《オレンジ》で踊ってもらうに限るのですよね。


「その件については、お話できないのですよ。」

「何故かね?」

モット伯は首を傾げて私の目を見つめます。


「報告書の内容が、叛徒どもの手に渡るから…なのですよ。
 エトワール姉さまも先程言っていましたが、裏切り者は一人では行動しないのです。
 そして、その件をお話しする事は、王室への報告であっても出来ないと言っているのです。」

「つまり、宮廷のかなり高位…閣僚にも裏切り者がいると?」

つくづく思うのですが、閣僚が寝返っているとか末期もいいところなのですよ、この国は。
国王がサボっていると、数年でここまでぐだぐだになるものなのですね。


「流石に誰かははっきりとしないのですが、ワルド卿以外にも裏切り者が居たのは間違いないでしょう。
 ワルド卿が裏切り者であるのはわかったのですから、彼と接触していた者を洗っていけば出てくるのではないかな…と、思うのですよ。」

「ふむ、確かにその通りだね。
 この件は陛下に報告し、秘密裏に調査を開始する事にするよ。」

敢えてリッシュモン卿の名は出さないのです。
彼の名を出すと、彼にのみこだわってしまう可能性がありますし、彼の名を出すことで見つかる筈の者が見つからなかったら拙いのですよ。


「では、私はここで失礼するよ。
 …そうだ、君はこの学院を卒業したら、どうするのかね?」

「ラ・ロッタ領に戻ろうと思っているのですが。」

自宅警備員という名のニート貴族爆誕…ではなく、戻ってしたい事があるのです。
実は常々、ラ・ロッタ領における物流の鈍さを何とかしたいと思っていたのですよ。
どうせ馬車による物流しか出来ないのですから、領内の街道を徹底的に整備するか、もしくは鉄道馬車を敷設するかして、領内の産物を領外に運び出せるようにするのです。
普通の男爵領なら街道が細くても何とかなったかもしれないのですが、なにせ広さだけなら伯爵領並みなのですから。
領内で唯一山の女王の支配下に無いアルロンに物資集積地を築いて、そこから領内の産物を売りに出せれば、当家の赤貧状態を解消できる筈なのです。


「君が家の領地に引っ込んで、何処かの貴族に嫁いで終わり…では、国家にとって損失であると私は思うよ。
 君を妻にした貴族の領地は、かつて無いほど繁栄するだろうがね。
 私は君が自身の爵位を得て、国家の為に働くべきではないかと思っている。」

「え!?」

評価され過ぎな気がするのです。
私の持つ近代知識はあまり国家規模で振りかざす類のものではないのですよ。
下手を打つと、この国が大幅に変容してしまう可能性だってあるのです。


「君が望むのであれば、私は助力を惜しまないつもりだし、君の姉妹も旦那方を動かしてくれるだろうさ。
 リュビにも君の話は繰り返しされているから、君がどれほど聡明かは聞き知っている。
 君の姉妹が嫁いだ先の旦那方にも良く知られているんだよ、君の名は。」

リュビ姉さまも他の姉さま達も、一体何を旦那に吹き込んでいるのですか…。


「ま…前向きに検討しておくのです。」

「君ならば、トリステイン初の女宰相だって夢じゃない。
 是非とも前向きに考えておいてくれたまえよ、それでは失礼した。」

そう言って、モット伯は医務室を出て行ったのでした。


「ケティ凄い!
 王宮の中央にいる人からお誘いがかかっちゃうだなんて!」

そう言ったのは姉さま達でも才人でもなく、ルイズなのでした。


「是非行くべきだわ、ケティなら何か凄い事が出来そうな気がするもの。」
 
「ええと、でも私はラ・ロッタ領でもしたい事があるので…。」

「わたし、わたし、感動しちゃった!
 学院で王宮の偉い人にあんなに評価される人なんか、学院長以外見た事無いもの!」

人の話を聞け、なのです。
それにあのスケベ爺と同列に置かれるのは微妙に嫌なのですが…。


「兎に角、三年先の未来を話しても鬼が大爆笑するだけなのですよ。
 三年生になったら考えるのです。」

まあ、事を急いてもしょうがないのですよ。






「ケティ、貴方ギーシュとアルビオンに行っていたんですって?」

「ケティごめん、押し切られちゃった。」

翌日、多少調子は悪いながらも授業をサボるわけには行かないので何とかやっつけてから昼のお茶を楽しんでいると、ジゼル姉様と一緒にモンモランシーがやってきました。
豪奢な金髪縦ロールが風に揺れているのです。


「ギーシュ様《達》となのですよ、ミス・モンモランシ。
 ルイズも才人もキュルケもタバサも一緒だったのです。」

シエスタに入れてもらった香草茶(ハーブティー)を軽く啜りながら、モンモランシーに視線を返したのでした。


「それとミス・モンモランシ、ギーシュ様とまだ仲直りしていないと聞いたのですが?」

「だって、お幸せにって言ったでしょ、貴方?」

女性同士の話は手っ取り早くて助かるのですが、カマかけにあっさり引っかかるのもどうかと思うのです。
私があっさり引いたせいで、油断しまくって焦らしていたのですね、ギーシュを。


「お幸せにとは言いましたが、あの後お幸せになっていないのであれば、話は別なのですよ。」

「なっ、なんですって!?」

モンモランシーの目が一気に釣りあがったのです。
そんなに気にしているなら、とっとと仲直りすれば良いのに。
ツンデレというのは、なかなかに面倒臭い心の動きなのですね。


「あの猛烈に鈍いギーシュ様の事ですし、もうすっかり振られたものと思い込んでいるに決まっているのです。
 であれば別に私が…。」

「駄目よ。」

思わぬ方向から止められ…いや、思わぬというわけでもないのですね、これは。


「貴方はもっといい男を見つけなきゃ駄目よ…って、あいつと付き合った事のある私が言うのもなんだけど。」

「…そういえば、ジゼルもだったわね。
 あなたはどうなのよ、ギーシュの事。」

モンモランシーがジゼル姉さまに尋ねたのでした。
それは私も聞いてみたかったのです。


「そうね…最初から居なかった事にして、声をかけられても一切反応せずに目の前を素通りできる程度には愛しているわ。」

「そ…それはそれで何だか可哀想な気もするわ。」

ジゼル姉さま超クール、モンモランシーも少し引いているのです。
エトワール姉さまは…怖くて聞けないのですよ。


「私の事はいいでしょ、兎に角ギーシュは絶対に駄目、あいつは偽王子様だったの。
 紳士的かつ情熱的だったから付き合ってみたけど、昔のケティに遠く及ばなかったわ。
 そんなのはこのモンモランシーにでも任せておきなさい。」

「そんなの…。」

モンモランシーが軽く煤けているのです。
ジゼル姉さま、私が男装を止めたときに言っていた事って、まさか本当だったのですか…?


「私の運命の人は一体どこに…?
 ああ、私の心の王子様が今じゃあこんな可愛い女の子だなんて、運命は本当に残酷な事をするのね。」

「あ、あの、姉さま?」

ジゼル姉さまが私に抱きついて、すりすりと頬を摺り寄せてくるのです。
…男に生まれなくて本当に良かったと、心の底から思ったのはこれが初めてなのですよ。


「どういう事?」

モンモランシーが不思議そうに尋ねてきたのです。


「ケティは11歳まで男装で、口調も男の子みたいだったの。
 だから今でもラ・ロッタ領では、《ケティ坊ちゃん》の方が通用するくらいなのよ。
 今でも男だと思っている人もいるらしいしね。」

「そういう事はいちいち話さなくても…。」

第二次性徴の始まりは前世の記憶を基にした人格など、肉体の影響でどうとでも出来るという事を思い知らせてくれたのです。
無駄な抵抗をやめたら、心が随分と楽になりはしたのですが…敗北感と未練は若干あるのですよ。


「へー、そうなんだ。
 どんな風に話していたの?
 ねえねえ、やってみて。」

「いや、急にそんな事を言われても困るのですよ、ミス・モンモランシ。」

もう4年間も男っぽく喋っていないのですから、無茶を言われても困るのです。


「ちぇー、残念ー…。」

ジゼル姉さま…。


「まあ兎に角、ジゼルが反対している限りは安全ぽいわね。」

「安心している暇があるなら、さっさと仲直りするのですよ。
 さもなくば、ギーシュ様には恋人は居ないと判断する事にします。
 ツンデレも、度が過ぎるとただの面倒臭い女なのですよね。」

ズバッと言っておかないと、何時までも仲直りし無さそうなのですよ。


「わ…わかったわよ、仲直りすればいいんでしょ、仲直りすれば!
 おっしゃー!女は度胸、女は愛嬌!やったるわー!」

威勢良く叫びながら、モンモランシーは去っていったのでした。
むう…結果に納得していながらも、この不満足感はいったい何なのでしょうか?





「美味しいですか、タバサ?」

「ん。」

最近やけにフレンドリーになったマルトーさんに協力してもらって、何とかこしらえる事に成功した餃子を、タバサに試食してもらっているのです。
見た目に反してブラックホールみたいな胃袋の持ち主なので、試食イベントにはうってつけなのですよね。


「しかし、まさかハシバミ草が、韮の代わりになるとは…。」

確かにもともと風味の強い野菜なのですが、軽く加熱してから冷却すると、苦味と青臭さが消えて韮そっくりの匂いと風味が出るのですよ。
なんという謎野菜…。


「小麦粉の皮で挽肉を調味したものを包んで蒸し焼きにするとはねえ。
 さくっとしてもちもちっとしてふわっとした食感が一気に味わえるのがいいな、これは。
 貴族様達の食卓に出しても良さそうだ。」

「本当ですね、美味しいですー♪
 試食会に呼んでいただいてありがとうございます、ミス・ロッタ。」

マルトーさんとシエスタも気に入ってくれたようで何よりなのです。
才人…ですか?
先程誘ったのですが、《俺はモグラなんだよ、不細工で陰気なモグラ。『土竜』って漢字で書くと、実は格好いいけど》とか、よくわかりませんが盛大に落ちていたので、そのまま置いてきました。
…まあ、悩みがあるならそのうち自分から相談してくる筈なので、タバサ常駐の部屋で待っておきましょう。
最近ちょっと寂しいのか、キュルケまで居ますけど。


「喜んでいただけて、こちらも嬉しいのですよ。
 マルトーさんにも随分助けていただきましたし。」

「良いって事よ!
 しかし貴族の娘さんがこんなに料理上手とはねぇ…平民の娘でもその年でこの段階に達しているのはそうはいないぜ。
 …なぁ、シエスタ?」

マルトーさんに指摘された途端に、シエスタが煤け始めたのです。


「うっ…まさか料理の手際で負けるだなんて。
 サイトさんもミス・ロッタの事を凄く頼りにしてるし、何か色々と負けているような…?」

そう言いながら、私に視線を向けるのですが…視線が顔よりも下なような?


「よし、まだ勝ってる!」

…そこのサイズでガッツポーズするな、なのです。




食器の後片付けを手伝おうとしたら、マルトーさん達に「平民の領分を取るんじゃねえ」「私の立場が…立場が…」と、手伝わせてもらえなかったのです。
村の人が多少手伝いに来てくれはしますが、基本的に使用人は居ないので、実家では調理も後片付けも全部やっていたのに…。


「まあ、使用人の仕事を取ってしまってはいけないともいえるのですね…と、おや?」

「…あ、ケティ…と、タバサ?」

ぼやきつつも帰ってくると、私の部屋のドアの前に居たのは才人かと思いきや、その主人の方なのでした。
ちなみにタバサはいつもの読書タイムの為に、私の後をついて来ているのです。


「珍しい来客なのですね。
 私に何か話があるのですか?」

「う、うん、実はね…。」

ルイズは私の目をしっかりと見つめ、真剣な表情を浮かべたのでした。


「才人が変なの。」

「才人が変なのは、いつもの事なのです。」

ルイズがガクッとずっこけたのですよ…おや、タバサもなのですね。


「即答過ぎ。」

「そうなのですか?」

「ん。」

タバサは静かに頷いたのでした。


「まあ兎に角、詳しい話は部屋で聞くのです。
 ヴァンショー(ホットワイン)も出しますから、どうぞ。」

「うん、お邪魔します。」

詳しい話を聞くには心理的な抑制を緩めなくてはいけないのですが、手っ取り早く緩める方法はアルコールの摂取なのです。
私が酒好きだからではないのです、本当なのですよ?



「はい、ヴァンショーなのです。
 今日は蜂蜜を少し多めに入れてみたのですが、いかがですか?」

「ふー…ふー…んっ…あ、美味しい♪」

美味しい時って、誰しも良い笑顔になるのですよね。
喜んでもらえて幸いなのです。


「タバサもどうぞ。
 いつもどおり、コショウを強めにしておいたのですよ。」

「ん。」

本を置いてふーふーしながら、タバサもヴァンショーを飲み始めたのでした。


「…それでね、サイトの事なんだけどね、変なのよ。」

「才人が変なのは知っているのです。
 具体的には?」

ホットワインをちびちび飲みながら、ルイズが話しかけてきました。


「わたしにね、何か優しいの。
 庇ってくれたりとかね、してくれるの。」

「使い魔なのですから、それは当たり前では?」

私の見ていないところで才人に何かあったのでしょうね。
それで、ルイズを守ろうと思ったのだと思われるのですが、取り敢えず今は言わないでおくのですよ。


「違うの、そういう義務感的なものじゃなくて、自発的にわたしを守ろうと努力してくれている気がするのよ。
 それなのにね、私がありがとうって言おうとすると急に卑屈な表情になるの。
 怒っていないのに、むしろ感謝しているのに、『ごめんなしゃい』とか《す、すみましぇん》とか、ちょっとキモい喋り方で謝り始めるのよね。」

「可哀想にねえ、ダーリン。」

ベッドの方から声がしたのでした…ってキュルケ!?


「なな何で私のベッドにキュルケが眠っているのですかっ!」

「だって、最近タバサが部屋にいなくて大抵ここで本読んでいるでしょ?
 さっき部屋に来たら居なかったから、いずれ来るだろうと思って待っていたら、暇すぎて眠たくなったから寝ていたのよ。
 いくら暇だからって、男連れ込むわけにも行かないしね。」
 
人の部屋に男連れ込んでベッドでイチャイチャしていたら、思わず決闘申し込んでいたところだったのです。
そもそも部屋の主のベッドで勝手に寝ないで欲しいのですよ…鍵の件に関しては、もう諦めているのです。


「あー…ケティって良い匂いがするのねぇ。」

「今すぐ出るのですっ!」

私がそう言うと、キュルケは面倒臭そうにベッドから立ち上がったのでした。


「はいはい、仕方が無いわね…っと。
 あー、グリューワイン(ホットワイン)じゃない、私も欲しいなー。」

「はぁ…わかりました、今作りますから待っていて欲しいのです。」

キュルケ、相変わらずフリーダム過ぎるのですよ。


「話を戻すけどルイズ、ダーリンが可哀想だわ。」

「ごめんなさいキュルケ、話が全く見えないわ。
 何がどうなって、才人が可哀想という結論に落ち着いたのか話してよ?」

ルイズが腰に手を当てて、キュルケを見上げているのです。


「ダーリンが従順かつ卑屈になったのって、貴方の折檻の成果じゃない。
 それをキモいだなんて、可哀想だわ。」

「ほへ?」

ルイズの目が点になったのでした。


「ダーリンは貴方の使い魔として一生仕える決心をしたのよ、多分。
 だから貴方を自発的に守ろうとするし、貴方がダーリンを見ると何か粗相をしたんじゃないかと謝り始めるのよ。
 良かったじゃない、折檻の成果が出て。」

「な…な…なっ!?」

ルイズの表情が次第に青くなり、ぶるぶると震えだしたのでした。


「あ、あれだけ反抗していたのに、何で今更?」

「今までの色んな積み重ねがあったからでしょ?
 良かったじゃない、これであなた達は何があっても主人と使い魔以上でも以下でもなくなったのよ。」

あ、ルイズが石化したのです。
まあ…せっかく才人を意識し始めたのに、今までの行動の結果フラグ折れたと言われたらショックなのですよね。


「ルイズの身の回りの世話、帰って来てからとても丁寧に規則正しくなったじゃない、ダーリン。
 貴方をからかったり嫌味を言ったりもしなくなったし、むしろフォローしてくれているわ。
 あれはまさしく使用人として生きる事を決めた証拠だわね。」

「た…確かに、以前は嫌々やっていたのに、今は規則正しく丁寧だわ。
 着替えの手伝いとかを嫌がると、不思議そうな悲しそうな顔をするし…。
 じゃあ、あのときのキスの意味は決別なの?
 わ、わたしはこれから色んな事が始まるって思っていたのに。」

うんうんと頷くキュルケと、萎れた菜っ葉みたいになったルイズが非常に対照的なのです…フォローしないと流石にルイズが可哀想なのですよ。


「キュルケ、ルイズをからかい過ぎなのですよ。 
 確かに才人はこの世界に染まりつつありますし、下僕レベルはアップしましたけれども、ルイズの事はしっかり意識しているのです。
 ただし、今引っ張り戻さないと、関係が固定してしまうかもしれないのは確かなのですね。」

私がヴァンショーを作っている間に、キュルケがどんどんルイズを追い込んでいくので、作りながらフォローしなくてはいけなくなってしまったではありませんか。


「でもダーリンが貴族の女の子の中で一番意識しているのって、私としては不本意だけどケティだと思うわ。」

「いっ、いきなり何を言い出すのですか!?」

ああっ、そのニヤニヤした顔は、場を引っ掻き回すつもりなのですね?


「だって、ケティのダーリンに接する態度って、とても普通じゃない。
 私くらいになれば別だけど、そういう娘って安心できるから、自然と男の子を惹き付けるのよね。
 ちなみにルイズのやり方は論外、特殊な趣味でもなければ耐えられないわ。
 ラ・ヴァリエールは代々そんなだからうちに寝取られるのに、そろそろ気付くべきだと思うわ。」

「なるほど…私が愛想尽かされるのもごく自然な流れなのね、はは…ははは。」

ああ、ルイズが石化どころかさらさらと風化して行くのです。


「はいキュルケ、ヴァンショーが出来たのです。」

「あら、ありがとう。」

途中からテンパって味見もしていないのですが。


「あら、随分あま…辛いっ!?
 なのに何だかすっぱ…また甘みがドバッと!」

キュルケが甘い辛い酸っぱいと、もがき始めたのです。


「舌が!舌がああぁぁぁぁ!」

天罰なのですよー。


「動かなくなった。」

「…本当なのですね。」

キュルケが床に倒れてピクピク痙攣したまま、動かなくなったのです。


「タバサ、介抱をお願いできますか?」

「ん。」

頷くと、タバサは《解毒》をかけ始めたのでした…毒?


「まあ、キュルケはタバサに任せておくとして…ルイズ、ルイズ、正気に戻ってください。」

「ふふふ、そうよね、ケティは王宮の偉い人にスカウトされるくらいだもの。
 魔法もろくに使えなくて気分屋の私となんかじゃ、比べ物にならないわよね。
 年下なのに胸も負けてるし…。」

ああ、ルイズのテンションが奈落のずんどこまで落ちているのです。


「こうなっては仕方が無いのですよ。
 ルイズ、私の目を見るのです。」

「え、なに?」

ぐるぐるぐるぐるぐるー。


「ルイズ、貴方はとても魅力的な女の子なのですから、才人にとって最高に好みな容姿の女の子なのですから、自分に自信を持つのです。」

「私はとても魅力的…私の容姿がサイトの好み…。」

ぐるぐるぐるぐるぐるー。
こうなりゃ洗脳でも何でもするのですよ。


「よく懐いた猫のように、才人に甘えるのです。
 そうすれば才人の保護欲をかき立て、才人の気持ちをよりルイズに傾かせられるのですよー。」

「にゃるほどーそうにゃのらー。」

何か、ルイズの喋り方が変になったような…?


「では、才人に甘えてらっしゃい。」

「いってくるのにゃー、才人にいっぱい甘えるのにゃー。」

何か、変なベクトルが加わったような気がしないでも無いのですが、気にしないのです。
目がぐるぐる渦巻いた状態になったルイズは、颯爽と部屋を出て行ったのでした。


「にゃあああぁぁぁん、サイトー抱っこするのにゃー!」

「うおわっ!?何だ、一体何なんだ!?
 ちょ、まて、ルイズ、一体何、何なのこの状況!?」

ルイズも才人も頑張れ、なのです。





「やあ、おはようケティ。」

「ふにゃ?」

早朝、ノックの音がしたので開けてみると、イイ笑顔を浮かべた才人が立っているのでした。


「これ、どうにかしてくれないかな?」

「くー。」

「あれまあ…。」

ルイズが才人にしっかりしがみついた状態で眠っているのです。


「役得なのですね。」

「違うだろ。」

才人のチョップが私の額に直撃したのでした。


「何をするのですか、痛いのです。」

「キュルケから聞いた。
 ケティがやったんだろ、これ。
 元に戻してくれよ、頼むから。」

キュルケも復活したのですね、良かったのです。


「目覚めれば正気に戻っている筈なのです。
 …という訳で私は二度寝するので、後はよろしくなのです。」

そう言って、ばたんとドアを閉めて鍵をかけ、ベッドに戻ったのでした。


「ちょ、まてこら!早く何とかしてくれないと、俺の正気が、理性が!」

今日は虚無の曜日なのですよ、才人。
働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる、なのです。





翌日、寮の廊下でルイズと出会ったのでした。


「こんにちは、ルイズ。
 昨日の目覚めはいかがでしたか?」

「はっ、恥ずかしくて死ぬかと思ったわよッ!」

ルイズの顔が途端に真っ赤になっていくのが、非常に面白いのですよ。


「あははははっ!」

「笑うなーっ!」

予想通りの結果なのですね。


「まあいいではありませんか、これで才人はルイズを意識せざるを得なくなったのです。」

「そそそそれは感謝しているようなしていないような…。
 でっ、でも、方法にも色々やり方ってもんがあるでしょ?」

何だかんだいって嬉しかったのですか?
さすがツンデレ娘、感情表現がわかりにくいのです。


「意識させるのに一番手っ取り早いのは、肉体どうしの接触なのです。」

「うぅ、それは認めざるを得ないわ。」

ふと、顔を真っ赤にしてうつむくルイズが、何かを抱えているのを発見しました。


「ルイズ、それは何なのですか?」

「あ、これ?始祖の祈祷書なんだって。
 何にも書いていないから、たぶん偽物だと思うけれども。
 わたしね、姫様とゲルマニア皇帝の結婚式の時の巫女に選ばれたのよ。
 これを持って、仰々しく詔を読み上げなければいけなくって、その詔の内容を考えていたのよ。」

そういえばそんなイベントがあったような無かったような?


「まあ要するに結婚式のスピーチなのですね?」

「…そんなざっくばらんにぶった切られても困るわ。」

ルイズが額を押さえたのでした。


「その程度で良いのだと思うのですよ。
 友人代表の挨拶みたいな感じで草稿を書いて渡せば、勝手に仰々しく肉付けしてくれる筈なのです。
 ああそうなのですね、いい本があるので、ちょっと付いてきてください。」

「わ、ちょちょっとまって、わわわわわっ!?」

ルイズを部屋に引っ張り込んでから、本棚を探って…。


「確かあの本は…あったのです。」

【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】これなのですね。
何でこんなどうでも良い本が混ざっていたのか知りませんが、まさか役に立ちそうな日が来るとは。


「はい、どうぞ。」

「何これ?
【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】?」

そう言いながら、ルイズは本をぺらぺらめくっているのです。


「今のルイズには必要な本かなと思ったのですよ。」

「…確かに参考になるかもしれないわね。
 何だか内容が微妙におっさん臭いけど。」

たぶん、お爺様かお父様の蔵書が紛れ込んだものなのですね。


「うん…まあ参考にはなりそうね。
 ありがとう、借りるわこの本。」

そう言って、ルイズは本を持って出て行ったのでした。




夕方、散歩をしているとヴェストリの広場に才人がいたのでした。


「何をしているのですか、才人?」

水がたっぷり入った大釜の下に焚き木、たっぷり入った水の上には浮き蓋。


「五右衛門風呂?」

「…にするつもりなんだけど、火打石がこう!なかなか!着火しにくくて!ああもう、まどろっこしい!ライターがあればなぁ。」

火打石を使おうとしているようですが、上手くいっていないようなのですね。


「炎の矢。」

私の炎の矢で、焚き木にあっさりと火がついたのでした。


「おおサンキュー!こういう時便利だよなぁ、メイジって。」

「まあ、この程度ならお安い御用なのですよ。」

でも、こういう小さな違いの積み重ねが、メイジと平民の隔絶を生んでいるのでしょうね。


「しかし、何故五右衛門風呂を?」

「使用人用の風呂ってサウナでさ、風呂入った気がしないんだよ。」

まあ確かにサウナでは、普通の日本人は風呂に入った気はしないでしょうね。


「貴族用の風呂ってプールみたいな湯船なんだろ?」

「ええ、浴室は精緻な彫刻が施された大理石製で、湯船の湯は香水入りで薔薇とかが浮いているのです。
 あれはあれで、微妙なのですよ?。
 なんと言いますか、毎日ホテルの大浴場に通っているような感じがするのですよね。
 ああ…一人用の個室風呂で、気兼ねする事無くのんびり入りたいものです。」

豪華な大浴場もずっと続けば銭湯と変わりないのですよ。
そもそも、風呂くらい一人で入りたいのです。


「じゃあ、この風呂使うか?」

「うーん、それはちょっと…。
 人通りが少ないとはいっても、ここで服を脱いだら周囲から丸見えなのですよ。
 私はこれでも一応女の子なのですから、流石にここで入るのは度胸がいるのです。」

ここでは覗かれ放題なのですよ。
流石にそれは嫌なのです。


「小屋を作って視界を遮るという手も有るのですが、私と才人だけが使用しているとなると、あらぬ噂も立ちそうですし、遠慮しておくのですよ。」

「そうか?
 まあそういう事なら、仕方が無いよな。」

ルイズをあらぬ噂でやきもきさせるのも可哀想なのですよ。
そして才人、鈍いのです。


「では才人、のんびりお風呂を楽しんでください。」

「おう、またな!火着けてくれてサンキュー。」

さて、私もそろそろお風呂に入るのです。
こんな平和な日々が続いてくれれば良いのですが、そうは行かないのですよね。

《平和とは、次の戦争の為にある準備期間に過ぎない》

誰が言った言葉なのだかは知らないのです。
ですが、私たちの前にある運命は、まさしくこの不気味な言葉の通りに回り始めていく事になるのでしょうね。



[7277] 第十五話 ファンタジーといえばクエストなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/05/17 15:12
冒険は人の心をときめかせるもの
せっかくのファンタジー世界なのですから、ダンジョンの一つも潜って見るのが人情というものなのです


冒険は男女を問わない夢とロマン
ハルケギニアにも結構いるのですよ、典型的なモンスター達が


冒険といえば宝物
見つかりますかね?見つかると…良いのですねえ…







「ええとルイズ、それはいったい何を編んでいるのですか?」

「せ…セーター?」

何故自分が編んでいるものに疑問符がつくのですか。


「どんなものを作っ…ええと、ヒトデ?」

それは、セーターと呼ぶには、あまりにも変過ぎるのです。
首を出す穴が無く、腕を出す穴も無く、体を入れる穴すら無く、そして編み方が大雑把過ぎなのです。
それはまさにヒトデの縫いぐるみだったのですよ、しかも奇形の。


「セーターよっ!
 火メイジってのは同じ評価しか出来ないの?
 キュルケも同じ事言ってたし。」

いやでもそれは、どう贔屓目に見てもヒトデの縫いぐるみくらいにしか見えないのですよ。
遠慮無く言えば、毛糸の残骸なのです。


「わたし、編み物が趣味なのよ。」

「そ、そうなのですか…。」

へ…返事に困るのですよ、それは。


「なのにどうしてだか、さっぱり上達しないのよね。」

それは一目瞭然でわかるのですよ。


「ケティは…編み物出来る?」

上目遣いでルイズは私を見上げるのでした。
ううっ、すんごい可愛いのですよっ!ぎゅーってしたいのです、ぎゅーって!


「いいえ、私は編み物はできないのです。
 多少の繕いものくらいであれば出来るのですが。」

「そう…なんだ。」

ルイズがほうっと溜め息を吐いたのです。


「あ…もしかして、誰かに教わりたいのですか?
 編み物でしたら、エトワール姉さまが得意なのですよ。」

「え?ううん、そういう事じゃなかったんだけどね。」

慌てたようにルイズが胸の前で手を横に振っているのです。


「でも確かに、このまま上手くいかないようなら、教わりに行くのも良いわね。」

「エトワール姉さまはああ見えて結構厳しいので、きちんと教えてくれる筈なのですよ。」

ええ、思わず記憶を無くすくらい、厳しく恐ろしく教えてくれるのですよ。
記憶は無いのに、やり方はきっちり体が覚えているという、素敵な学習方法なのです。
ちなみに私は断固お断りなのですよ。


「…あ、毛糸がきれちゃった。
 この色部屋に残っていたかしら?」

そう言って、ルイズはベンチから立ち上がったのでした。
えーと…私の記憶に何か引っ掛かりが…何か…何かが…あったような…?
部屋に戻れば子供の頃書いておいたゼロ魔のあらすじメモが残っているのですが、そんな暇は無いのですね。
考えている間にも、ルイズがすたすた歩いていってしまうのですよ。


「あ、待って下さいルイズ、私も毛糸が見たいのです。」

「へ?うん、別にいいけど、毛糸なんか見てどうするの?」

わ…我ながら、理由が意味不明なのですよ。


「え?いや、ひょっとすると毛糸が悪いのかな…と、思ったのですよ。」

「でも、ケティも編み物出来ないんでしょ?
 毛糸なんか見てわかるの?」

我ながら苦しいこと極まりない理由だとは思うのですよ。
正直な話、何言っているのだか、さっぱりわからないのです。


「とっ、兎に角、見てみない事にはわからないのですよ?」

「それもそうね。」

そうは言うものの、頷いたルイズの顔は納得いかないような表情なのでした。
私もわけがわからないのですよ…でも、何かがこの後起こるような記憶があるのです。


「…思い出せないのが、もどかしいのですよ。」

「え?何か言った?」

思わず出た独り言に、ルイズが振り返ったのでした。


「ルイズの力になれないかもしれない自分が、もどかしいと言ったのですよ。」

「え?うん、ありがとう…。」

照れるルイズの表情が超ラブリーなのです。
ですから、騙してしまったのが後ろめたいのですよ。




ルイズの部屋のドアを開くと、シエスタが才人の上に跨っていたのでした。

「へ…?」

こ…これは刺激的なのですよ。
またですか、私の次はシエスタなのですか。
たぶん何かのラッキースケベイベントのせいだとは思うのですが、半脱ぎのシエスタがルイズのベッドの上に横たわる才人の上で四つん這いになっているのです。
うわ…ブラウスもブラも殆ど脱げかけなのですよ。
何で意識せずに女の子の服をここまで脱がす事が出来るのですか、才人?


「あああああんた達…。」

「きゃ、申し訳ありませんっ!」

声に気付いてそちらを見ると、ルイズが攻撃態勢の猫の如く身を屈ませたのを私の目が捉えたのでした。
何らかの危険を察知したのか、シエスタは素早く起き上がって、ベッドから飛び降りたのです。


「なにを…。」

「失礼しましたっ!」

ルイズの体が才人に向けて矢のように放たれたのです。
それと入れ替わりにシエスタがドアから出て行ったのでした。


「しているのよっ!」

「ちょ、ま!これはごか…げふぅっ!?」

ルイズの全体重を集中させた掌底が、起き上がった才人の腹に突き刺さったのでした。
相変わらず、どこかで修行したのかと思うくらい、芸術的な身のこなしなのですよ。


「ぐぁっ!?」

才人はベッドから吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたのでした。


「で!?」

「うぐ…。」

ルイズは床に転がり落ちた才人に近づくと、頭を踏みつけたのです。


「何をしていたの、あんた?」

「むぐ…ち、違うんだ、これは色々な不幸が積み重な…むぎゅぐ!」

言葉を続けようとしたサイトの顔を、ルイズが踏み躙ったのでした。


「言い訳はいいのよ、あんたあのメイドと、私のベッドで何をしていたのかって聞いているの。」

「いやシエスタがご飯を持ってきてく…むぐぁっ!?」

ルイズが才人の顔を更に踏み躙ったのです。
こ、これは流石に可哀想なのですよ…ルイズが怒る理由もわかるのですが、それでもこれは。


「ル、ルイズ、そのくらいにしてあげて欲しいのです。
 サイトの話を聞いて…。」

「ケティ、これは私とサイトの問題なの、黙ってて!」

こ…これは、完全に頭に血が上ってしまっているのですよ。


「サイト、あんたは私のベッドであんな事をしていた、そうよね?」

「だから、それにはりゆ…ぐみゅっ!?」

「やめるのですっ!」

私はルイズの体に抱きついて、サイトから引き剥がしたのでした。


「ケティ放して、ケティ!
 こいつは使い魔のくせに、主人である私のベッドであんな事してたのよっ!
 あなただって、自分のベッドであんな事されたら許せないでしょ、だから放しなさいっ!」

「放さないのですっ!怒りはごもっともなのですが、やり過ぎなのですっ!」

私だって、好きな人が他の女と自分のベッドでイチャイチャしていたら頭に血が上るでしょうが、だからこそこの場で唯一冷静な私が止めないと!


「兎に角話を聞いてくれよルイズ、あれは誤解なんだって!」

「誤解でベッドの上であんな体勢になるわけが無いでしょ!」

ですよねー…ではなく!たぶん今のあれは偶然の産物なのですが、それを論理的に説明する方法を思いつかないのですよ。
ラブコメ主人公体質なんて、どーやって説明しろと!?


「いやでもあれは不可抗力で…。」

「言い訳なんか聞きたくないわ、もういい、もううんざり!
 出て行きなさい!」

そう言って、ルイズは部屋の出入り口を指差したのでした。


「話を聞けよ!」

「言い訳なんか聞きたく無いって言っているでしょ、出てって!もう二度と姿を見せないで!
 貴族の部屋を一体なんだと思っているのよ、あんたなんかクビよク・ビ!出てけええぇぇぇぇっ!」

ルイズのその言葉を聞いた才人の表情が、酷く傷ついたものになったのですが、激昂したルイズは気付かないようなのです。


「ルイズ、それは言い過ぎなのですよっ!」

「…わかったよ、出て行けばいいんだろ。」

才人は立ち上がると、出入り口に向かって歩き始めたのでした。


「そうよ、わかっているじゃない。
 とっとと出て行って、二度と顔も見たく無いわ。」

「…同感だよ、ルイズ。
 じゃあな!」

バタン!と、大きな音がして、勢いよくドアが閉まったのでした。
足音が、次第に遠ざかっていくのです…。


「行っちゃった…。」

ルイズがそう呟くとともに、ぐにゃりと全身から力が抜けたのでした。


「わわ、ルイズ、しっかりしてください!」

慌ててルイズの体を支えてベッドに横たえ、ふと床を見ると雫が垂れているのが見えたのでした。


「酷い…酷いわ、こんなのって無い。」

「でもルイズ、私の時の件もありますし、今回もあの時のような事が起きたのでは?」

そう、私の時の事を引き合いに出せば良かったのですよね。
冷静なつもりでしたが、やはり私もかなり焦っていたようなのです。


「ケティ、常識的に考えて。
 あんな偶然が二度も三度も起きはしないわ。」

「いやでも、可能性が無いというわけでは…。」

そういう偶然が二度三度と起きるラブコメ主人公体質なのですよ、才人は。
何というか、奇跡を起こす男?


「きっと今日だけじゃないのよ。
 あの娘をこの部屋に連れ込んで、私のいない間にいつもいつもいっつも!あんな事をしていたんだわ!
 私の知らない間に、このベッドでっ!」

才人にそんな度胸があったら、間違いなくシエスタの前にルイズが餌食になっている筈なのですよ。


「ケティ、ごめんなさい、一人にさせて…。」

細かく体を震わせながら、ルイズはそう言ったのでした。


「でも、こんな状態のルイズを一人ぼっちにするのは…。」

「ありがとう、でも今は一人になりたいの、お願い。」

冷却期間が何れにせよ必要…なのですね、これは。


「…わかりました、また来るのです。」

そう言って、私はルイズの部屋を後にしたのでした。


…その後、部屋に帰って昔したためたあらすじメモを見てみると、下手糞な字で《才人がシエスタと抱き合っていてルイズに追い出される。どうやって関係修復したのか覚えていない》と書いてあったのです。

「む…昔の私のバカーっ!全っ然参考にならないのですよーっ!」

もっとちゃんと思い出しておけば良かったのですよっ!






3日後、ルイズの部屋の前にキュルケがいたのでした。


「どうしたのですか、キュルケ?」

「ルイズが3日も部屋に籠もっているから、流石に心配になって見に来たのよ。
 聞いたんだけど、ダーリンとメイドがルイズのベッドで抱き合っていたんですって、ダーリンもなかなかやるもんだわね、うんうん。」

キュルケが大したもんだという風に、腕を組んでうんうんと頷いているのです。


「…そこは、感心する所なのですか?」

「男は度胸と甲斐性よ!
 使い魔の身で、ご主人様のベッドでそんな事をする度胸に惚れ直したわ、本気で手を出しちゃおうかしら?
 あと特定の相手がいない限り、女を口説いてベッドに連れて行くのは男の甲斐性のうちよ。」

ううむ…ゲルマニアの常識には、ついて行き難い壁があるような気がするのです…。


「ルイズには私なりに発破かけておいたから、あと数日かければ確実に復活するわ。」

「確実…なのですか?」

自信たっぷりに言い放つキュルケに、思わず首を傾げてしまったのでした。


「こう見えてもね、なんだかんだ言って付き合い長いのよ、私達。
 フォン・ツェルプストーが挑発して、今まで元気にならなかったラ・ヴァリエールは居ないんだから。」

「な…成る程、それは効き目がありそうなのですね。」

それは元気になるというよりも、怒り狂っているのでは?というツッコミは止めておくのです。


「ルイズのほうは対策うったから…後はダーリンなんだけど、見つからないのよね。
 ケティは何処か知ってる?」

「…まあ、知っているといえば知っているのです。」

シエスタに聞いたら、ヴェストリの広場の五右衛門風呂の隣りにテントを張って生活しているそうなのです。
ルイズに言われた言葉がかなりショックだったのか、酒に逃避しているようなのですよね。


「これで場所はわかったわね、後は…。」

「後は?」

キュルケは才人を元気付けるのに、どんな秘策を使うのでしょうか?
キュルケがやる気になっているのも珍しいので、やる気になっているうちに頑張ってもらうのです。


「王都に買い物よっ!」

「何でですかっ!?」

何で買い物っ!?


「良い考えがあるのよ。」

「良い考え…なのですか?」

「そうよ、急ぐからタバサの助けがいるわ。
 タバサはいつも通り貴方の部屋よね?」

もう既に、私の部屋のオブジェと認識されつつあるタバサなのです。
朝起きると私の隣りで眠っていますし、着替えの服も下着も私の部屋の箪笥に入っていますし、最近は毎朝起きたらタバサの髪を梳くのが日課になっていますし…ええと、ひょっとして既に同居人というか、部屋の主の座をを乗っ取られた?
まあ、それでも良いのですけれどもね。
何というか自然と世話を焼きたくなるのですよ、タバサって…ハッ、これが王者の血なのでしょうか!?

…ええ、わかっているのです。
単に私が可愛い物好きなだけなのですよ、どうせ。


「タバサ、私達王都に出かけるの、だから手伝って?」

「ん。」

ええと、私が行くのは、もう決定事項なのですか?


「そろそろ。」

数分後そう言って、タバサは私の部屋の窓を開けたのでした。


「きゅいいいいぃぃぃ!」

「来た。」

シルフィードの鳴き声が聞こえたのです…は、早いのですね。


「乗って。」

「それじゃあ、お邪魔するわね。」

「失礼するのです。」

私たちは窓の下に飛んできていたシルフィードの背に飛び乗ったのでした。


「王都。」

「きゅいきゅいいぃぃ!」

私達はシルフィードの背に乗って、凄まじい勢いで王都に向かう事になったのでした。
今度、勲章の年金が出たら、肉の塊を奢ってあげるのですよ、シルフィード。






三十分ほど経った後、王都トリスタニアに到着した私達は【虎の巣穴(ル・ルペル・デ・ティグレ)】と、書かれた看板が下がった書店の前に来たのでした。


「…同人誌でも買うつもりなのですか?」

「ドウジンシ?何それ?
 ここは知る人ぞ知る魔法書店よ。
 魔法使い達が自費出版で書いた魔法書とかを売っているの。
 変わったものとかも結構あって、タバサが良く来ているのよ。」

「ん。」

やはり同人誌屋ではありませんか…っと、思わず日本語が出てしまっていたようなのです。
しかし、魔法の同人誌屋とは、トリステイン建国以来の王都トリスタニア恐るべしなのですね。


「ここで何を探すのですか?」

「宝の地図よ。
 ここの古書コーナーにおいてあるのよ。」

どういう古書コーナーなのですか、それは?

店内は明るく整理されていながら、置いてある本の内容はカオスそのものなのです。
何なのですか、【トライオキシンの作り方】って、脳味噌喰われても知らないのですよ。
キュルケとタバサの後を着いて行き、古書コーナーに辿りついたのですが…。
『特売品』と書かれたワゴンに、古地図と思しき巻き物が大量に陳列されて居るのです。


「ねえケティ、この地図を見て、これをどう思う?」

「すごく…胡散臭いのです。」

同人誌屋で宝の地図…。
しかもいったい何なのですか、『オ○ーナ』って?


「キュルケ、まさかなのですが、良い考えとは…。」

「宝を見つけて一攫千金。
 ダーリンお金持ちになって、ルイズを見返すでござるの巻。」

眩暈が…。

「どうしたのケティ、急によろめいたりなんかして?」

「よ…。」

これは、なんと言えば良いのか…?

「よ?」

「よろめきもするのですよっ!
 何なのですかそれは!?」

クイクイとブラウスの袖を引っ張られたので振り返ると、タバサが居たのでした。


「騒いじゃ駄目。」

タバサにそう言われて見回すと、迷惑そうな視線が私に突き刺さっているのです。


「タバサ、忠告してくださってありがとうございます。
 …静かに、なのですね?」

「ん。」

タバサはこっくりと頷いたのでした。


「しかしキュルケ、こんな本屋の古地図にまともな物があるのですか?」

「どうせ当たる確率は低いんだから、どこで買っても同じよ、こういうのは。」
 
0.000…01%と0%では、数の上では微かながらも、実質的には物凄い違いがあると思うのですよ。
あと、提案したくせに実はまるっきり探す気無いのですね、宝。
たぶん、飲んだくれている才人を引っ張り出し、元気になって貰う為の口実なのでしょう。
何歳になっても、男の子は冒険と聞けば心がときめくものなのです。
前世の名残なのか、実は私も嫌いでは無かったりするのですよ、冒険。


「近くに私が知っている魔法アイテム屋があるのですよ、後でそちらにも行きましょう。」

実は前回来店した時、『龍の羽衣』に関する文献を確認した魔法アイテム屋なのです。


「あ、そこも実は行く予定だったのよ。
 流石にここだけじゃねえ?」

「そう思うのなら、こういう所は始めから外しておいて欲しいのですよ。」

ここにあるのは間違いなく全部、的中確率0の古地図なのです。


「まさかまさかのまぐれ当たりっていうのも、あるかもしれないじゃない?
 それにここの古地図、すごい安いし。」

「…キュルケ、古地図を安さで選ばないで欲しいのです。」

キュルケのゲルマニア的な発想には、時々着いていけなくなる事もあるのですよね。


「ゲルマニアって、不思議。」

「私も同感なのですよ、タバサ。」

不思議の国ゲルマニア、こんな変な人達の皇帝はもっときっととんでもなく酷い変人なのです。
たぶん常に自爆装置を持ち歩いていて、常に踊ったり祈ったりしていて、初対面でいきなり『その通り、私がこのゲームのラスボスです。さあ、カモン!カモン!』とか言い出す人なのですよ。
姫様はもしもレコン・キスタが停戦協定を破らなかったら、そんな人の所に嫁ぐのですね。
…ああ、お可哀相に、姫様。


「ほらほら、あなた達も選んでよ!」

「…はぁ、行きますかタバサ。」

「ん。気が進まないけど。」

それから私達はワゴンに突き刺さった高くても数スゥ、安いのになると50ドニエなんていう、ゴミみたいな値段の古地図を買い漁る事になったのでした。


「いやー買ったわね、何か気分がスカッとしたわ!」

「結局、ワゴンごと買い取る事になったのですね…。」

「その方が賢明。」

あのワゴンにある殆どの古地図を買い占める勢いでしたから、ワゴンごと買い取った方が賢明なのは確かなのですね。
…ひょっとして、この胡散臭い地図の示す場所全部を回るのでしょうか?


「じゃあ、次はケティお勧めのお店に行きましょうか?」

「別に、お勧めというわけではないのですが…。」

たぶんきっと、もう少しまともな本や古地図が置いてある筈なのです。
まともな魔法書にはあまり期待していませんが、古地図ならもう少しまともなものもある筈なのですよ。



…と、思っていた時期が私にもあったのです。


「こっちでもワゴンセールなのですか…。」

またあるのですよ、『オプー○』。

「…ああ、何年か前にこの国で宝探しがブームになった事があってね。
 その時の在庫だよ、それ。」

店主の人が、私の呟きに気付いて答えてくれたのでした。


「そういえば、そんな事もあったような?」

何年か前に我が家の領地に無謀にも侵入してこようとした何人かが、山の女王にかなり過激な方法で追い返されたという話は聞いた事があるのです。
確かに我が家の領地は歴史だけは古いのですが、遺跡とかの話は聞いた事が無いのですが。
我が家が遺跡といえば遺跡なのですけれども、きちんと改修もしていますし、大昔の部分なんて土台くらいしかないのですよ。
いったい何を探しに来たのだか…。


「1つ20ドニエで良いよ。」

「や、安っ!?」

さっきのお店よりも安いのですよ。


「どうせ全部スカだからね。
 そこに置いておいても邪魔なだけだから。」

ぜ、全部スカって、言い切ってしまって良いのですかっ!?


「気に入った!ワゴンごと買ったわ!」

これ…全部シルフィードに乗るのでしょうか?


「きゅいー…きゅいー…。」

「頑張って。」

数件を回った後、鈴なりになったワゴンをぶら下げて飛ぶシルフィードの姿があったのでした。
いくつかの魔法グッズ屋でワゴンごと古地図を買い漁るキュルケの姿は、トリスタニアの都市伝説になるかもしれないのですよ。
『怪奇、古地図を買い漁るゲルマニアの女』とか。
ちなみに、『竜の羽衣』に関する文献も見つけたので、買って混ぜておいたのです。


「きゅいー…。」

紙束とはいえど大量にあるので流石に重いのか、シルフィードが辛そうになってきたのです。


「あと数分で学院なのですから、頑張ってくださいシルフィード。
 マルトーさんに、餌のお肉を暫くの間多めにして貰えるようにお願いしてあげますから。」

「きゅい!きゅいきゅい!」

元気になるのは良いのですが、それでは人の言葉を理解できるのがばれるのですよ、シルフィード。




月が天高く上り、夜もすっかり深けた頃、何とかヴェストリの広場に降り立つ事に成功したのでした。


「おんにゃはばからー!」

「そうさ、女は莫迦なのだよ。
 モンモランシーとはキスしただけだし、ケティは押し倒してその後の記憶は無いけど、何もしていない筈なんだ。
 だって後頭部にでっかいこぶがあったし…って、何かね?」

サイトのテントに入ると、酒瓶に埋もれたギーシュの胸倉を才人が掴んでいたのでした。


「なんらと、けてぃになんてことをするのら!
 おれだって、まちがえてぐうぜんおしたおしてはんうぎにしたことしかないろに!」

何の話をしているのですか、何の…。


「ケティを押し倒して脱がしただって!
 このケダモノめ、その行為万死に値する、けっと…の前に、1つ聞きたい。
 どうだったかね、彼女の…その、体は?
 あの歳のわりに出るとこは出て、引っ込んでいるところはひっこ…ひぃ!?」

ギーシュはそこでようやく私がテントにやってきていたのに気づいたのでした。


「ギーシュ様、才人…少し頭を冷やすといいのですよ?」

「ええと…冷やすというよりもむしろ燃やされるような気がするのは気のせいか?」

これから訪れる運命を認めたくないのか、才人は軽口で私を宥めようとしているのです。


「ひ、冷やすなら、そこにいるタバサ嬢の方が適切なような気がするのだがね?」

そう言って、私の後ろ隣に立つタバサを指差すギーシュなのでした。


「屁理屈はこの際どうでも良いのですよ。
 炎の矢!」

『ぎにゃああああああぁぁぁぁぁっ!』

物理的な衝撃を上げた炎の矢が、二人をしこたま打ち据えたのでした。





「…酔いは醒めたのですね?」

「はい…。」

「申し訳ございませんでした。」

少し焦げて煤けたギーシュとサイトが、土下座の体制で謝っているのです。


「制裁は、これくらいにしておくのです。
 本題に戻るのですよ。」

「ダーリン、私達良いものを持ってきたの。」

キュルケがそう言うと、タバサが風の魔法でテントのボロ布を吹き飛ばして、こんもりと山になっている古地図のスクロールをでーんと二人に見せたのです。
…殆ど二束三文な値段だからといって、調子に乗って少々買い過ぎたかもしれないのですね。
これに載っている場所に全部行ったら、学校に通えなくなって私達は素行不良で退学なのですよ。


「…何これ?」

「古地図なのです。」

正確には古地図っぽく加工した地図だと思うのですが。


「こんなもんを何に使うんだ?」

「ダーリン…いいえサイト、あなたここでずーっと飲んだくれているつもり?」

キュルケは急に真顔になると才人に尋ねたのでした。


「え!?いや、流石にそんな気は無いけど…気持ちに踏ん切りがついたら、帰る方法を見付ける旅に出ようかなと思っていたし。」

「帰る方法?」

キュルケ達が不思議そうに首を傾げたのでした。


「才人はロバ・アル・カリイエ出身らしいのですよ。」

「そ、そう!俺はそのロバ何とかって所から召喚されて来たらしくて、帰り方がさっぱりわからないんだよ!」

私のフォローで何とか取り繕う才人なのです…が、『ロバ何とか』って全く覚える気が無いのですね。


「そういえば、聞いた事があるような気がするわねえ…うんうん、やっぱり丁度良かったわね。
 そんなどこにあるのかさっぱりわからない場所を探すなら、道中の路銀が必要になるわ、違う?」

「そりゃまあ、そうだな。」

才人はコクリと頷いたのでした。


「なるべく大金が必要になるわ。
 もし、帰れなかった場合の資金も必要ですもの。」

「確かに、そうだな。」

珍しいくらいキュルケがまともな事を言っているのですよ。
これは、明日は大雨なのですね。


「もしも、もしもよ?帰れなかったら、貴方はどうするの?」

「え?いや、どうしよう?」

才人は困った表情になって私の方を見たのでした。


「私に助けを求められても困るのですよ?」

「う…困ったな、どうしよう?」

だから、私に助けを求められても、フォローのしようが無いのですよ。


「だったら、貴族になってみない?
 貴族になればある程度生活に潤いも出来るから、腰をすえて故郷を探すならうってつけだと思うわ。」

「なれんの?
 俺メイジじゃないし、無理っぽいんだけど。」

まあ、周りを見れば貴族は全部メイジですし、確かにこの国では無理なのですよ。


「キュルケ、この国では平民は領地を持つことも公職につくことも許されていないぞ?
 そういう法の無いゲルマニアならとにか…ああ、そういう事かね?」

「そういう事、この国で貴族になる事に拘る必要はないのよ。」

キュルケに質問している最中にキュルケが言いたい事を理解したギーシュに、キュルケがうなずいているのです。


「ゲルマニアは平民が貴族になる事は珍しいけど無いわけじゃないわ。
 お金とコネさえあれば、ゲルマニアでは領地と爵位を買い取る事は別に難しくないもの。」

「ゲルマニアは土地だけは捨てるほど余っているのですよね。
 少しはトリステインにも分けて欲しいものなのです。」

なにせ、あっちの世界で言う北東ヨーロッパ全土なのですよ、ゲルマニアの国土は。


「そういう節操の無い事をするから、ゲルマニアは野蛮だって言われるんだよ、キュルケ?」

「節操を保って衰退するのはただの馬鹿だわ、ギーシュ。
 領地を運営するのにも、政治的な駆け引きをするのにも、別に魔法の才能は必要無いのに、拘るほうがおかしいのよ。
 メイジが平民を治めるという伝統に拘り続けた結果が、始祖以来の王家を滅ぼしたアルビオンや、東方領土(オストラント)の独立とゲルマニアによる併合によって起きたトリステインの衰退じゃない。
 衰退に栄光も名誉も無いのよ、衰退は失政と制度疲労の結果でしかないわ。」

この点には私も大いに同感なのです。
武官なら兎に角、文官や政治家が魔法を使えても意味は無いのですよ。
…まあ、平民に比べて数が圧倒的に少ないメイジが平民に埋没しない為には、ある程度は必要な措置なのでしょう。


「えーと…なにやら小難しい話になっているけど、結局どういう事なんだ?」

話の内容についていけなくなって、ポカーンと突っ立っていた才人が助けを求めるような視線を向けながら、私に尋ねてきたのです。


「まあ要するに、ゲルマニアで領地と爵位を買って貴族になりましょうということなのですよ。」

「なるほど、何か政治っぽい話になったから、思わず頭が理解することを拒否ったわ。」

才人くらいの年の日本人なら大体そうだとは思うので、特に何も言う事は無いのですよ。


「でもさ、俺金なんか無いぜ?
 見ての通り、引きこもりホームレス高校生だし。」

引きこもりホームレスとは斬新なのですね、才人。


「だから探すのですよ、お金になりそうなものを。」

「そうそう、その為に宝の地図をありったけ買い込んできたんだから。」

ルイズと才人を仲直りさせるためとはいえ、無茶苦茶にも程があるのですね、この計画。
しかし回りくどいというか…半分以上趣味と思い付きなのですね、キュルケ?


「お金持ちになって貴族になれば、好き放題よ?
 あたしにプロポーズするもよし、お金をたくさん儲けてケティを愛人にするもよし。
 ゲルマニアの法と秩序に引っかかりでもしない限りは、どこまでも自由。」

「わ、ちょ、ちょっと、キュルケ、何をするのですか?」

そう言いながら、キュルケが私ごと才人にしな垂れかかっていくのです。
色仕掛けなのはわかりますが、何で私が愛人なのですか?


「私たちみたいな美女に囲まれてゲルマニアで贅沢三昧よ?」

「キュルケと結婚して、ケティを愛人に…。」

だから、何で私は愛人ポジションなのですか…?


「キュルケ、この古地図どこで買ってきたのかね?
 ものすごく胡散臭いのばかりなんだが…『○プーナ』?
 何だね、これは?」

「んー?ワゴンセールで売っていたのをワゴンごと買い占めてきたのよ。」

だから、胡散臭いに決まっているのですよね。


「そんなので宝が見つかるわけが無いじゃないか!?
 これはあれだろ、何年か前に流行った宝探しブ…ムガ!?」

「お・だ・ま・り!」

「んなっ!?」

そう言って、ギーシュの顔を自分の胸の谷間に挟み込んだのです。


「な、何をするのですか、キュルケ!?」

「んー?口止め。」

そう言いながら、キュルケはギーシュを解き放ったのでした。


「中にはきっと必ず本物がある…違う?」

「う…、うん、きっとキュルケのいう通りだよ。
 これだけあれば、きっと本物があるはずさっ!」

その前に垂れてきた鼻血拭け変態、なのです。


「炎の矢。」

「うぁちぃっ!ケティいきなり何を、あちゃ、あちゃちゃちゃちゃ、タバサ嬢助けてくれたまえっ!」

「氷の矢。」

「ぎゃあ!冷たい、冷た過ぎるっ!火傷に染みるうううぅぅぅぅ!?」

ギーシュが何時かのようにのた打ち回っていますが、それは放っておくとして。


「ケティが愛人で…毎日膝枕して耳掃除してくれたりして…いいなあ、良い、実に良い!ディモールト良しッ!」

何が才人の脳内で処理されたのかはよくわからないのですが、私が愛人で本決まりな様なのですよ。


「よっしゃ乗ったぜその話!
 貴族になってケティ愛人化計画!
 素晴らしい、実に素晴らしィ!」

「いつの間にかあたしが抜けてるっ!?
 でもまあいっかぁ!兎に角ノってきたし、楽しくなりそうだわ!」

そろそろ才人もひとつ盛大に燃やしたほうが良いのでしょうか…?


「駄目ですっ!そんなの駄目ですっ!絶対に絶対に駄目ですっ!!」

そう言って、いきなり現れたシエスタが才人に抱きついたのでした。
はぁ…何というか、カオス度が更に上がってきたような気がするのですよ…。



[7277] 第十六話 ついて来る人来ない人なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/23 11:04
ラブコメ、それはこの世界を作った神が定めた世界の条理
才人はガンダールヴ云々よりも、女の子とのエロハプニングに巻き込まれる能力のほうが脅威なのです。


ラブコメに巻き込まれると災難
何だかこう、この流れに逆らうのは間違いなのかもしれないような気もしてきたのです。


ラブコメの王道はボーイミーツガール
だからと言って、サブヒロイン化にはまだまだ抵抗するのですよ。







「サイトさんがミス・ロッタとそんな爛れた関係になったら、私と結婚できないですよ!
 もしもサイトさんが貴族になっても、貴族様の愛人がいるんじゃ平民の私が嫁いだ時に滅茶苦茶肩身が狭くなるじゃないですかっ!」

そう言って、シエスタが涙目でこちらを睨みつけるのです。
だから、何で私が才人の愛人になる方向で事が決着しつつあるのですかっ!?


「出来るなら私の村に来て一緒に葡萄畑を耕してと思いましたけど、サイトさんが領地を買うなら、そこで葡萄畑を作って二人のワイナリーにするのも良いですね!
 銘柄はサイトシエスタ、二人の名前なんかつけちゃたりして!
 ああ私ったら大胆、言っちゃった、言っちゃった♪」

そう言ってから、顔を赤らめてシエスタがくねりくねりと身悶え始めたのでした。
残念ですが、今の才人は半分も聞いちゃいないと思うのですよ…。


「ケティは断固、俺の愛人になるべきだと思います。
 いつも俺の相談相手になってくれたり、困った時助けになってくれたり、身を挺しておとりになってくれたり、いつも俺が困った時に颯爽と現れ助けてくれて本当に感謝しているんだ。
 だから、大金持ちになったらケティを愛人にして、贅沢三昧させてやりたいんだよ。
 な、ケティもそう思うだろ?」

論理が無茶苦茶なのですよ、才人。
日ごろの感謝の気持ちに愛人って、お歳暮じゃあないのですよ…まあ、泥酔している人に論理を求めるのもどだい無茶な話ではあるのですが…そろそろ、キレても良いと思うのですよ、私は。


「まあ今、とりあえず言える事は…なのですね。
 もう一度、頭冷やすが良いのですよ、才人?」

私が詠唱を始めると、サイトの周辺に無数の小さな火球が生成され始めたのでした。


「へ?いや、ちょ、ま!」

「バースト・ロンド!」

「ふんぎゃああああぁぁぁぁぁっ!?」

小さな火球が弾け、爆竹みたいな爆発が、才人の体の周辺で無数に発生したのです。
某ドラまた魔道士娘が盗賊とかへの先制攻撃によく使った魔法の再現版なのですよ。


「あががががが…。」

「きゃーっ!サイトさんっ!?」

ぶすぶすと煙を上げる才人に、シエスタがあわてて駆け寄っていったのでした。


「しかし、宝…ねえ。
 やはり見つかる気がしないのだが。」

「…モンモランシ家は先代の干拓事業の大失敗が原因で現在は殆ど破産状態な上に、建国以来代々水精霊との交渉を行ってきた非常に大事な役目からも外されてしまったのですよね。」

水のトリステインがまさかあのモンモランシ家を外すとはと、当時は大騒ぎになったらしいのです。


「い…いきなり何かね?」

「このままではミス・モンモランシは、どこかお金のあり余っている貴族の二男か三男を婿養子に迎えて結婚せざるを得ない状況に追い込まれつつあるのかもしれないという事を言ってみただけなのですよ。
 でも、もしも宝が見つかれば、そして借金を返すか、かなり減らす事が出来たなら、それをギーシュ様が成し遂げる事が出来たとしたのなら。
 あの名門中の名門であるド・モンモランシの当主になれるかも…なのですよ?」

ド・モンモランシはハルケギニアきっての血筋の古さを誇る名門なのですよね。
今でこそあんな感じですが、かつては水のスクウェアを何人も輩出していた血筋なのです。


「まあ婿養子云々は兎に角として…ミス・モンモランシを助けてあげたいとは、思わないのですか?」

「くっ…まさか、モンモランシーがそんな事になっているだなんてっ!?」

ギーシュが頭を抱えてひざまづいたのです…いやまあ、実は事実に若干の誇張はあるのですよ?
先代の散財っぷりを反面教師にしたのか、当代の当主は物凄く地味でコツコツした人であり、きちんと借金を返していっているので、生活こそ結構厳しいものの当面貸し手から無茶な返済を迫られる可能性は低い事とか。
ついでに言うと、モンモランシーの父親はトリステインにおけるポーション製作者としてそこそこ有名な水のスクウェアであり、膨大な借金さえなければ今頃かなり裕福に暮らせているはずの収入はあるのだという事とか。


「宝を手に入れれば、必ずやミス・モンモランシはギーシュ様を見直してくれるに違いないのです。
 それに、義を見てせざるは勇無きなり…なのですよ?」

「むむむ…よし、僕はやるぞ!僕の蝶が困っているのだ、僕がやらずに誰がやる!」

やる気になってもらえて結構なのですよ。


「諸君、行くぞ!」

「ふわぁ…待って欲しいのです。」

ギーシュが勇ましく声を上げるのと同時に、私の口から欠伸が出たのでした。


「今日はもう遅いのですよ、もう寝ましょう。
 出発は明日の午前中の授業が終わってからの方が良いのです。」

今日は一日中キュルケに連れ回されたせいか、疲れて眠いのですよ。


「えー?いいじゃない、今からでも。」

「私達はアルビオンに行った時、やむを得ないとはいえ数日間学校を無断欠席しているのです。
 もう一度やったら、今度は何かの制裁を課される可能性が高いのですよ。
 ですから、出かける前に少し根回しをする必要があるのですよ、キュルケも少し手伝って欲しいのです。」

眠いということ表明したら、急速に眠くなってきたのですよ…。


「なるほど、わかったわ。
 トイレ掃除とかさせられたら嫌だし、しょうがないわね。」

「わかっていただけたようで、何よりなのです。
 では皆様、おやすみなさい。」

眠気で頭がぐらつくのですよ、私は眠気にはとことん弱いのですよね。





翌朝目が覚めると、タバサの抱き枕にされていたのでした。
何か苦しいと思ったら、タバサが私の上にしがみついて寝ていたのですよ。
いくらタバサが小柄で華奢とはいっても、それなりの重さはあるのです。


「むー…さすがに朝っぱらからお風呂は開いていないのですよね…。」

昨日はあのままベッドに直行だったので、お風呂に入っていないのです。
眠るタバサを何とか引き剥がしてベッドに寝かしつけてから、くんくんと自分の臭いを嗅いでみたりしてみます…流石に自分の臭いはわからないのですよね。
…臭いとか思われたら、思わず自決できる年頃なのですよ、私は。
取り敢えず何とかしなくてはいけないのですね。


「濡れタオルで体でも拭きましょうか。」

そうと決まれば早速行動なのです。
桶を手に取りドアを開け、廊下を抜け階段を下りて、井戸がある場所まで歩いていくと、シエスタが居たのでした。


「おはようございます、シエスタ。
 マルトーさんの許可は取れましたか?」

「おはようございます、ミス・ロッタ。
 サイトさんの手伝いをすると言ったら、理由も聞かずに一発で許可が出ました!」

あの人はキス魔なところを除けば、非常に豪快で良い人なのですよね。


「ところでミス・ロッタは、こんな所に何の御用ですか?」

「昨夜お風呂に入れなかったので、体を拭くための水を汲みに来たのですよ。」

ついでに朝に水を一杯飲むと、頭もスキッと冴えるのです。


「ああ、では水は私が汲ませていただきますわ。」

シエスタはそう言うと私から桶を取り上げて、井戸から水を汲み始めたのでした。


「シエスタ、私にも水を一杯いただけますか?」

「あ、はい、どうぞ。」

木のコップに水を注いでもらい…一気に飲み干すべし!


「んぐんぐんぐんぐ…ぷはぁっ!」

ああおいしい。
この一杯から私の朝は始まるのですよね。


「はい、水を汲みました。
 部屋までお持ちしますか?」

「いいえ、それには及ばないのですよ。
 ではまた後で会いましょう。
 午後ヴェストリの広場で待ち合わせの予定なのです。」

部屋に戻り、パジャマを脱いでパンツ一丁になり、タオルを水に浸し、絞ってから体を拭き始めたのでした。
ちなみにタバサはまだ眠っているのです…布団に抱きついた状態で。


「ふぅ、体を拭くだけでも結構気持ち良…。」

その時、いきなりバタンとドアが開いて、才人が入って来たのでした。


「御免なさいっ!」

才人はいきなり床にひれ伏して土下座を始めたのです。
謝るなら、入ってくるな、なのです…が、才人はそのまま誤り始めたのでした。


「昨晩言った事は酒の勢いでついというかなんというか…本当に御免っ!」

なるほど、どうやら私がどういう状態であるのかには気づいていないようなのですね。
取り敢えず着やすいので、もう一度パジャマを…。


「…って、うぉわっ!?
 何で裸っ!?」

「馬鹿ーっ!」

何で人が手を伸ばした一番無防備な時に、狙っていたかの如く顔を上げるのですかっ!?


「炎の矢!」

「あんぎゃーっ!?」

記憶していませんが、おそらく数百本の炎の矢が才人に殺到した筈なのです。


「んー?」

爆音に目が覚めたのか、寝起きのボケボケの顔で、タバサが起きて来たのです。


「黒焦げ?」

「タバサ、治癒をお願いします。」

「ん、わかった…。」

頭をゆらゆら揺らしながら、タバサは才人に『治癒』をかけ始めたのでした。


「裸?」

「体を拭いていた最中だったのですよ。」

タバサはぽけーっとした表情のままでなるほどと言いながら頷いているのです。


「天罰?」

「いっそ記憶を無くしてくれればいいのです。」

タバサが倒れている才人を指差したので、頷いておいたのです。
才人のラブコメ主人公体質は、本当にどうにかならないものなのでしょうか…?



「いやはや…。」

土下座をして、微動だにしない才人を見ながら、溜息を吐く私なのでした。


「…昨日は散々愛人呼ばわりをしたうえに、今日はレディの部屋にいきなり乱入なのですか。
 しかも殆ど全裸の姿までばっちり見るとは…。」

「本当に、心の底から、申し訳ない。
 伏して、伏して、お詫び申したてまつります。」

敬語のボキャブラリーが少なかったのか、何故か時代劇言葉になって才人が謝っているのです。


「はぁ…。」

なんというか、溜息を吐く以外に手が無いと言いますか。


「もういいですから、顔を上げてください、才人。」

「え、いやでも。」

偶然なのも悪気がまったく無いのもわかっているのですよ。
制裁はしましたから、これ以上才人を痛めつける必要は無いと判断するのです。
…そうは言いませんけれどもね。


「いいですから、出て行きなさい。」

「え…?」

そ、そんな捨てられた子猫みたいな目で私を見ないで下さい、才人。
親しき仲にも礼儀あり、まして男女の仲ならば…最近の才人はちょっと私に近づき過ぎなのです。
ここらでちょっと強めに怒っておかないと、友人としての関係が続けられそうにありません。


「で、でも、許してくれていないのに。」

「出て行きなさいといっているのです。」

だから、そんな捨てられた子犬みたいな目も駄目なのですよ!


「ごめん、この通り、だから許してくれよケティ!」

「ゆ…。」

なんだかなぁ…私も大概に甘いかも知れません。


「…許してあげますから。」

何なのですかね…こういう感情って。


「ほんとうかっ!?」

まさか…まさか、この私が男の子に萌える日が来ようとは。
なんというか才人って気弱げになると、小動物みたいな雰囲気を醸し出すのですよね。


「い、いいのですよ…本当は許したくありませんが、そこまで言うならしょうがありませんから、許してあげるのです。」

「あ、ありがとうケティ!
 このまま絶交されたら、途方にくれていたところだったぜ。」

我ながら、何というツンデレ台詞。
しかし、ハーレム系ラブコメ主人公侮りがたし、これからもいつこんな不意打ちを受けるかわからないのですよ。


「友達といえど男女なのですから、これからはきちんとノックをするのですよ?」

「わかった、こんなヘマはもうしないと誓うよ。」

サイトは笑顔で頷いたのでした。
ううむ、才人の顔がキラキラ輝いて見えるのです
無茶苦茶なジゴロ属性なのですね、才人。
頼むからそれを私に使ってくれるな、なのです。
そういうのは全部ルイズに使うのですよ、ルイズに。


「で…では、また後で会いましょう。
 集合場所はヴェストリの広場なのですよ、お忘れなく。」

「おう、わかった。
 じゃあまた後で!」

そう言って、才人は部屋を出て行ったのでした。


「…このままどんどんサブヒロイン化されるのでしょうか、私は?」

できれば遠慮したいところなのです。
私が才人に抱きついて、『しゅきしゅき才人、しゅきしゅき~♪』とかやっているところを想像するだけで、軽く泣けてくるのですが。


「サブヒロイン?」

寝起きで髪が爆発したままのタバサが不思議そうに私を見ているのです。


「…タバサもいずれ思い知る事になるのですよ。」

「よくわからない。」

わからなくて結構なのです。
わかっていても避けようが無いのは、今の件でよくわかったのですよ。


「さて…と、椅子に座ってくださいタバサ。
 髪を梳かします。」

「ん。」

タバサは椅子にちょこんと座ったのでした。





午前中の授業が終わり、私とキュルケは現在学院長室の前にいるのです。


「…そんなわけで、色仕掛けよろしくお願いしますキュルケ。」

「私、その為だけに呼ばれたの!?」

キュルケの問いに、こくりと首を縦に振ってあげた私なのでした。


「私の色仕掛けでは学院長ですら引っかからないのですよ、こういうものは得意な人がやるべきなのです。
 そんなわけで、頑張って下さい…ちなみに、学院長は尻フェチなのです。」

「本当に心の底から、どうでもいい情報だわ。」

そういって、キュルケは肩を落としたのでした


「とは言え、学院長を落とすには必要な情報なのですよ?」

「ううっ…大事な何かを無くしそうだわ、私。」

剣を色仕掛けで値切ったくせに、何を仰る兎さんなのです。


「大丈夫なのですよ、天井の染みを数えている間に終わるのです。」

「天井の染み…。」

うーむ、キュルケのテンションが下がってきたのですね、これはまずいかもしれません。


「来年、我が家唯一の男子が学院に入学するのです。
 名前はアルマン、自慢じゃあありませんが、美少年なのです。」

そう言って、アルマンの肖像画を見せてみたりするのです。
周囲に散々美少年だの何だのと言われていたので、たぶんキュルケにも美少年に見えるでしょう。
アルマンが言うには昔の私をお手本にしているのだとか…何なのですか、それは。


「あらまあ、本当に美少年。」

「良ければ、来年紹介してあげるのですよ。
 美少年も結構好きでしょう、キュルケ?」

ええと…キュルケから何か妙なオーラが…。


「ありがとうケティ、何だかとっても気分が盛り上がってきたわ。
 うふふふふ…羞恥に身悶える美少年…初物を調教…ぐふふふふふふふふ。」

ええと…やっぱり紹介するのやめて、なるべく接触できないようにしましょうか?
果てしなく不安になってきたのですが…まあ、取り敢えずキュルケのテンションが最高潮に達しつつあるので良しとしましょう、良しと…。
来年にはコルベール先生と仲良くなっている筈ですし。


「…失礼します、学院長。」

「ミス・ロッタと、ミス・ツェルプストーではないか、どうしたのじゃ?」

そう言いながらも、学院長の視線はキュルケの胸の谷間なのです。
…実に扱いやすくて非常に結構な事なのですよ、キュルケは少し災難なのですが。


「ご褒美を戴きたいなと、そう思ったのです。」

「褒美とな?
 フーケの件であれば、王室から出た筈じゃがの?」

威厳の篭った声なのですが、キュルケが隣で『うふーん』とか体をくねらせながら踊っているセクシーダンス姿に視線が釘付けなので、目が全く合っていないのですよ。
しかし、何故セクシーダンス…?


「学院からは?
 確か、我々は学院のメンツを守る為に行った筈なのですが?」

「その件であれば、先日の無断外泊で帳消しになっておる。」

声こそ何とか威厳を保っているのですが、顔はスケベ爺と化しつつある学院長なのです。


「先日の件、学院長はご存知であると、姫様から聞き及びましたが?」

「はぁ、よく聞こえんのう?歳かの?」

すっ呆けるのは良いのですが、頬は紅潮し、目もにやけ、鼻の下が伸びきっているのですよ、学院長。


「…キュルケ。」

「知っていらっしゃるわよね、オールド・オスマン?」

「うひひひ、もちろん知っておる…ハッ!?」


そこで正気に戻るとは、やはりオールド・オスマン。
侮れないかもしれないのです…もちろん冗談なのですが。


「知っているのであれば、もちろん私たちがアルビオンでいったい何をしてきたかも知っているのですよね?」

「う…むう、抜かったわ、ワシとした事が。」

いいえ、いつもあなたはそんな感じなのですよ、学院長。


「そうであれば、合わせてご褒美を戴きたいのですが?」

「…いったい何がほしいのじゃ、言ってみなさい?」

声の威厳こそ戻りましたが、キュルケが『ほらほらお尻み・え・る・か・も~』とかやっている方に視線は釘付けなのです。


「1週間ほどの休暇を戴きたいのです。」

「むう…仕方がないのう、わしが何とかしよう。」

声にだけ威厳を持たせても全く意味が無いのですよ、学院長。
目が充血して、鼻の下が伸びきったその姿は、他の生徒には見せられないのです。


「では、一筆お願いします。
 文句は『これを持つもの達に一週間の休暇を許可する』で、お願いするのです。」

「うむ、わかった。」

学院長は『これを持つもの達に一週間の休暇を許可する。オールド・オスマン』と書いて、私に渡してくれたのでした。


「ありがとうございます学院長。
では帰りましょうか、キュルケ?」

「そうね、もう踊り疲れたし。」

「ああ、もう帰ってしまうのかの…?」

学院長の未練たっぷりの姿を尻目に、私達は学院長室を後にしたのでした。
本当に学院長は色仕掛けさえできればチョロいのですね…高濃度色気発生装置のキュルケがいればどうとでもできそうなのです。


「…計画通り。」

ニヤリっと、思わずほくそ笑んでしまう私なのでした。

「その笑み、怖いんだけど?」

ううっ…的確なツッコミが心に痛いのですよ、キュルケ。





「…と言う訳で、一緒に来て欲しいのですよ、ミス・モンモランシ?」

「嫌よ。」

せっかく休みを差し上げるといっているのに、断るとは学生らしからぬ態度なのですね、モンモランシー?


「こういうときは、一も二も無く頷くべきなのですよ、常識的に考えて。」

「…何処の常識よ、何処の?」

はぁ…これだから真面目な学生は困るのです。


「学生の常識なのですよ、学生たるものそれがどんな原因であろうと休みが来たら『ヒャッハー!休みだ、休みだぜぇヒャハハッハァ!』と喜ばなくてはいけないのです。」

「いくら楽しくても、そんな世紀末的な喜び方はしないわよ!」

デルフリンガーはそんな喜び方をしていましたが。
まあ、喜び方の表現は兎に角として、インフルエンザが原因の学校閉鎖でも、休みとなれば学生はドキドキワクワクと楽しいものでしょうに。


「いけませんねえミス・モンモランシ、 学生として貴方は枯れているのですよ。
 考えてみてください、私がなぜ貴方を誘うのかを。
 貴方が行かないと、私やギーシュ様も一緒にこの休暇で1週間ほどの旅路につく事になるのですが、それでも良いと言うのですか?」

「それは駄目っ!」

よし、かかったのです。


「実はですね…私達は宝探しに出ようと思っているのです。
 宝が見つかれば一攫千金なのですよ?
 例えば、ド・モンモランシの先代当主がこさえた借金を、如何にか出来るかも知れないのです。」

「宝って…まさか昔に流行ったアレ?
 あるわけ無いじゃない、あれだけ探し回ったのにも関わらず、誰も見つけられなかったのに。
 始祖の残した秘宝でしょ?確か、ミョルニルとかいう。」

…思わぬ所に何故かやたらと詳しい人がいたのですよ。


「あ、あれ?ひょっとして初耳?」

私の温い視線に気づいたのか、モンモランシーが少し焦った顔になったのでした。


「し…しょうがないじゃない、お爺様が干拓事業失敗でこさえた借金返すのに手を出したのが宝探しで、私も散々地図探しにつき合わされたんだから。
 お爺様が《宝探しは男のロマンと借金返済を両立する最高の仕事ぢゃ》って、最後の宝探しに行ったきり、行方不明になってもう6年になるわね…。」

なんというか、色々とご愁傷様なのですよ、それは…。
おそらく、宝探しで余計に借金が増えただけだったのだと思われるのです。


「な、何でそんな生温かい視線をこっちに向けるのよ。
 ああもう、みんな貧乏が悪いのよっ!」

さすが赤貧名門貴族ド・モンモランシなのです。
没落っぷりが他の追随を許さない展開なのですよ。


「お爺様が散々探しに行っても見つからなかったものが、一週間程度の冒険で見つかるわけがないわ。
 …で、でも、怪我して直す人が居なくちゃ可哀相だから、着いて行ってあげる。」

「素直にギーシュ様が心配だから行くと言えばいいのですよ…。」

思わずポロっと言ってしまったのです。


「そ、そんなんじゃないって言っているでしょ!
 飽く迄も、怪我したら可哀相だから行ってあげるのよ!!」

あー…はいはい、わかったのですよ。


「ぬっ、温い視線で見るなーっ!」

「おほほほほ♪
 それではまた、ヴェストリの広場で会いましょう。」

「ばかーっ!」

モンモランシーの罵声を背に、私は悠然と歩き去ったのでした。






「ここに立つ、私の心境はまさに鉄木。」

そのこころは『木(気)が重い』なのです。
コンコンとノックしてみますが、返事がありません。
ルイズは現在引き籠り中なのですよ、今頃部屋でパソコンに向かって某大型掲示板で《リア充氏ね!》とか、書き込んでいるのです。
勿論、嘘なのですよ、そもそもパソコンありませんし。


「ルイズ返事をして欲しいのですよ、そこに居るのはわかっているのです。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。
…ではなく、だんまりを決め込むつもりなら、こちらもそれ相応の手段を講じるのですよ。


「ドアを開けますよ、ルイズ。
 ちなみに不服は受け付けないのですよ。
 アンロック。」

問答無用でアンロック、もちろんキュルケの真似なのです。


「ルイズ?」

布団がこんもり丸くなっているのですよ、ずーっと寝ているのですか。


「ルイズ~?」

布団をぺらっとめくってみると、憔悴しきったルイズがいたのでした。


「はい、口開けてー?」

「へ?もごっ!?」

ルイズの口を開けて、マルトーさんに頼んで作ってもらっておいたクックベリーパイを、勢い良く突っ込んだのでした。


「ふっふっふ、憔悴しきったあなたには、マルトーさん謹製のクックベリーパイの魔力から逃れる術など無いのですよー?」

「もっふ、ふっもも!ふも!?ふも、ふむ、むふ~♪」

驚き、怒り、陥落、喜悦の順で、表情が変わっていく様は、なかなか見ものだったのですよ。


「すっごく美味しい!もう一個ちょうだ…じゃなくて、何しに来たのよ、ケティ?」

「正気に戻るのが、意外と速かったのですね。
 まあ遠慮せずに、もう一個行くのですよ。
 はい、あーん。」

そう言いながら、フォークで小さくクックベリーパイを切って刺し、ルイズの目の前に差し出したのでした。


「ぱくっ、むぐむぐ…悔しいけど、空きっぱらの私が、この誘惑に…ぱくっ…むぐむぐ…堪え切るのは不可能だわ…ぱくっ、むぐむぐ…。」

私がフォークに刺して差し出す、ルイズが食べる、また差し出す、また食べる…のサイクルが何度か続き、いつの間にかクックベリーパイは丸ごと一個無くなっていたのです。
かなり空腹だったようなのですね、まさか全部食べきってしまうとは。


「…で、何の用なのかしら?」

ルイズはクックベリーパイを食べきると再び布団を被り、その中から甲羅に隠れた亀の如く私に尋ねたのでした。


「…亀?」

「そう、亀よ、わたしはドジで鈍間な亀なの。
 自分の気持ちに気づいた時には色々手遅れだったなんて、とんだドジ亀だわ。
 そんな亀だから籠るのよ、ずーっとこんな風にうじうじしていればいいんだわ、わたし。」

…何と言いますか、似た者主従なのですね。


「ずーっとうじうじしているつもりなのですか?」

「そうよ、ずーっとうじうじしているの。」

暗い部屋にずっと籠もって布団の中にいたら、そりゃあネガティブシンキングから抜け出せないのですよ。


「そうなのですか…実は私、才人と一緒に旅行に行く事にしたのですが。」

「な、何ですって?」

布団の中から、何やら慌てたような声がするのです。


「アルビオンの件でオールド・オスマンに頼んだら、一週間の休みをくれたのですよ。
 それで、折角なので旅行でもしようかという話になったのです。」

「婚前の男女が二人旅だなんて、はしたないわよケティ?」

怒気のこもった声が、布団の中から聞こえてくるのです。


「貴方、やっぱりサイトを…。」

「私だけではないのですよ、シエスタ…サイトに跨っていたメイドも来るのです。」

布団がビクンと震えたのでした。


「な…な…なっ!?」

「キュルケも来るのですよ?
 そろそろ本気を出すつもりらしいのです。」

またまた布団がビクンと震えたのでした。


「実はあの後才人とあのメイドに聞いたのですが、やはり事故だったそうなのですよ。」

「…嘘。」

「才人に真顔で嘘つけるほどの狡賢さは無いのです。
 狡賢さが無いというか、どっちかというとお馬鹿なのですよ。」

実はシエスタにだけ聞いたのですが、シエスタも真顔で嘘はつけない性格なのですよ。
私ですか?見ての通りなのです…自分で言っておいて嫌になりますが。


「う…で、でも、あんな偶然そう何度も…。」

「一度あることは二度あり、二度あることは三度あり、三度ある事は何度でもあるのですよルイズ。
 一度起こったのであれば、同じ事が起きる確率はゼロではないのです。」

確率論的には殆ど無茶な数字になるかもしれませんが、ラブコメ主人公属性はそれらの全てをひっくり返すのです。


「私は友人として才人を信じますよ。
 なのに、主人である貴方が才人を信じないのですか?」

「一週間…だったわよね?」

おお、行く気になったのですか?


「一人で一週間かけてじっくり考える事にするわ、サイトの事とか色んな事を。
 だからケティ、サイトがふらふらあちこちの女に盛ったりしないように見張っていてもらえないかしら?
 …って、どうしたの?」

思わずずっこけた私を見て、ルイズは驚いたように声をかけてきたのでした。


「そこは行く事を決断する場面でしょう…。」

「ごめんねケティ。
 でもわたし、もう少し考えを整理しないと、またサイトに当たってしまいそうなのよ、そんなの嫌なの。
 だから、きちんと気持ちを整理する…駄目かしら?」

むぅ…本当は一緒に行って、旅の中で仲を修復して欲しかったのですが。
調子は大分戻ったようなのですが、出て行けといった手前、気持ちを整理する必要があるということなのですね。


「…仕方がありません。
 私を含めて他の女に才人がふらふら行く事は可能な限り止めるので、安心して欲しいのです。」

「…ありがと。」

布団の中から、感謝の言葉が聞こえてきたのでした。


「では私は行きます。
 一週間後、必ずなのですよ?」

「うん、必ず一週間で気持ちを整理するわ。
 行ってらっしゃい。」

私はそういうルイズの声を背に受けて、彼女の部屋をあとにしたのでした。







「ジゼル姉さま、エトワール姉さま、良かった一緒に居たのですね。」

今回は姉さま達が一緒でも良いのですよね。


「どうしたの、ケティ?」

「何かあったのかしら?」

姉さま達は、お茶を飲んでいる最中なのでした。


「学院長から、このようなものを戴いたのです。」

そういって、学院長のサイン入りの休暇許可証を見せたのでした。


「一週間の休暇ねえ…どこに行くの?」

「何人かで宝の地図を頼りに宝探しをする事になったのです。」

そう行って、古地図を取り出して見せてみました。


「宝探し、楽しそうね!」

「うーん、私はちょっとそういうのはねえ。」

ジゼル姉さまは顔を輝かせ、エトワール姉さまは興味なさげなのです。


「私も行っていいの!?」

「ええ、その為に休暇対象を思い切りぼやかしてもらったのですから。」

いつもいつも置き去りでは可哀想ですしね。


「やったーっ!今すぐ準備するわ、集合場所は?」

「ヴェストリの広場なのです。」

「じゃあ、準備してくるわ、ケティと一緒に大冒険っ♪」

私だけじゃないのですよ、ジゼル姉さま。


「…行ってしまったのですね。
 エトワール姉さまはどうなさるのですか?」

「私は遠慮しておくわ。
 取り敢えず、ジゼルの面倒をしっかり見てあげてね。」

エトワール姉さまはニコニコしながらそう言ったのでした。
私がジゼル姉さまの面倒を押し付けられるのは、昔からなのですよね…。







「だ・ま・さ・れ・たー!」

ヴェストリの広場に集まると、モンモランシーがキレていたのでした。


「おや、ミス・モンモランシ、どうしたのですか?」

「どうしたのじゃないわよ!
 ぎ…ギーシュと二人っきりで旅に出るんじゃなかったの?」

モンモランシーが、そう言って詰め寄ってきました。
ちなみに、ギーシュの事を言い始めたあたりから、とっても小声なのです。


「そんな事は言っていないのですよ。」

「でもあなた、ギーシュと一緒に旅に出るって…。」

ふっ…人の話はしっかり聞くべきなのですよ。


「私は『私【や】ギーシュ様【も】一緒に』とは言いましたが、ギーシュ様とだけ一緒に旅に出るとは一言も言っていないのですよ?」

「そんな細かい違いがわかるかぁーっ!?」

モンモランシー再噴火。
香水というよりは、間欠泉の方が似合っているような気もしてきたのですよ。


「回復なら、タバサがいるじゃない?」

「彼女はこのパーティでも屈指の戦力なのですよ。
 彼女を回復薬に回すと、前衛が一人減ってしまうのです。」

タバサは杖を使った格闘戦も出来ますから、実は数少ない肉弾戦力の1つなのですよ。
まさにオールラウンダー、何でもこなせる万能戦力なのです。


「ですから回復専門のメイジが欲しかったのですよ。」

「確かに私は水のラインだけど…あまり休むと内職のほうが滞るのよね。」

モンモランシーは水メイジの名門に生まれただけあって、才能はかなりのものなのですよね。
あと数年もすれば水のトライアングルに届くでしょうし、いずれは彼女の父親もそうなように水のスクウェアに届くかもしれません。


「まあ確かに、内職が滞ると多少困るかもしれませんが…。」

実は彼女は趣味と実益を兼ねて、水の秘薬やら香水の調合やらを自室でほぼ休みなく毎日行っているのです。
しかもそれを学院の生徒に売りさばいたり、余った分はトリスタニアの香水屋や薬剤店に自分で売り込みに行くのですよ。
実家が赤貧で仕送りが一切もらえない彼女は、そうやって自分のお金を捻出しているのですよね。
それだけ水魔法を使いまくれば、勿論魔法の研鑽にもなるので、彼女の実力は鰻登りに上がっていっているらしいのです。


「…その代わり、ギーシュ様とイチャイチャできるのですよ。
 暗い洞窟の中、抱きつくには絶好の状況なのです。」

「それは…ギーシュが私やケティに抱きついてくるような予感がするんだけど?」

いいではありませんか、結果オーライなのですよ。


「私に抱きついてきそうな時には、それとはなしに貴方に誘導してあげるのです。」

「何となく微妙だけど…わかったわ、騙されたのが多少癪だけど、その話に乗った。
 でも、《治癒》だけならまだしも、水の秘薬を使うときはお金きっちり貰うからね?」

さすが赤貧貴族、そこら辺はきちっと締めるのですね。


「わかったのです、その分はキュルケか私がきっちり支払うのです。」

「それなら全く問題は無いわ。」

はぁ、水の秘薬って結構高いのですよね…精霊勲章がもう二つほど欲しくなったのですよ。


「あら、ミス・モンモランシも来たの?」

「モンモランシーって、呼び捨てでかまわないわ。
 よろしくね、キュルケ。
 ケティ、貴方もね。」

そう言って、モンモランシーは私たちにウインクして見せたのでした。


「人数はこれだけ?」

現在ヴェストリの広場にいるのは女性で私とジゼル姉様とタバサとキュルケとモンモランシー、男性は才人とギーシュなのです。


「後一人来るのですよ。」

丁度その時、メイド服姿の少女が向こうから大きなバスケットを持ってやってきたのでした。


「すいません遅れました!
 でも見てください、マルトーさんが皆さんにってお弁当作ってくれたんですよっ!」

マルトーさんのお弁当…それは素晴らしい。


「でかしましたシエスタ、大戦果なのです。」

「あら、あのメイドも来るの?」

不思議そうにキュルケが私に尋ねてきました。


「料理や雑用が出来るものが一人くらいはいないと、私に負担が全部被さって来るのですよ…。」

「成る程、考えてみればそうね。」

キュルケがぽんと相槌を打ったのでした。


「シルフィードへの荷物の積み込み終わったぜ、ケティ。」

「早く行きましょ、ケティ。」

才人達はシルフィードに荷物を積み込んでいたのです。


「では行きますか、キュルケ。」

「そうね、じゃあしゅっぱーつ!」

キュルケの掛け声とともに、私達はシルフィードに乗り込んで行ったのでした。


「ぎゅ!?ぎゅぎゅ!?」

「キュルキュル…。」

ヴェルダンデとフレイムは、大きいので留守番なのですよ。


「ぎゅぎゅ~…。」

「キュルル~…。」

ヴェルダンデが涙を流しながらハンカチを振って私達を見送って居るのです。
器用なモグラなのですね。





数時間後…。

「…あの祠が最初の目的地なのですね。」

周囲には豚面の亜人オークの集落が出来上がって居るのですよ。
はぁ…よりにもよってオークなのですか、この面子でオーク…早速気分が重くなってきた私なのでした。



[7277] 第十七話 でっち上げ傭兵団、旗揚げなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:32
モンスター退治、それはファンタジー世界の王道
最初はゴブリンかスライムからだと思うのですが、いきなりオークなのですか


モンスター退治、それは困難を伴う試練
オークに負けたら困難では済まないのですよ、負けるつもりはありませんが


モンスター退治、それは命を奪う事
命を奪うという事がどういう事であるのか、たとえそれが害獣であっても









「…うーむ、やはりオークなのですか。」

「うわ、よりにもよってオーク?最低。」

オークという亜人は、人に積極的に害を成す為モンスターと呼ばれます。
特性はよく知られているのが、人の子供が食料的な意味で大好きで、大人も捕って食う食人習慣なのですが、私たちのパーティにとって都合の悪い習性は別にあるのです。
オークにはメスがいません。
ではどうやって繁殖するかというと、人の女性を使って繁殖するのですよ、なんというエロゲ生物。
女性は連れ去られたが最後、死ぬか助けられるかするまでオークの子供を生ませ続けられるという悲惨な運命が待っているのです。

私たちのパーティーは才人とギーシュを除いて後は全部女性。
あの世界最低の下品生物を一匹残さず殲滅しないと、貞操の危機なのですよ。


「ジゼル姉さま、どうですか?」

「うーん、見た感じでは祠の周辺に4匹いるのが全部ね。
 藪とかに隠れていなければ、だけれども。
 祠の中にもいるかもしれないけれども、流石にそこは見られないわ。」

バグベアーは空をふよふよ飛べるので、偵察にはうってつけなのですよね。
ジゼル姉さまは使い魔のバグベアーのアレンと視覚を共有して、上空から偵察をしてくれているのです。
UAVで上空から偵察を行うようなものなのですよ、いやはや便利なのです。


「オークの配置は?」

「配置も何もないわ、集まって肉食べてる。
 鹿ね…鹿を素手で引き千切って食べてるわ。」

鹿ですか、人とかでなくて良かったのですよ


「鹿を引き千切るとか…すげえ莫迦力だな、勝てるのかそんなのに?」

「戦争に赴くなら、こんなものでは済まないのですよ。
 正直な話、私もこのまま帰りたい気分ですが、村から報酬を頂く約束をしてしまった手前、このまま帰るわけにはいかないのですよ。」

私は表情を引き攣らせる才人に、なるべく平然としているように気張りながら答えたのでした。


「ですよね、モンモランシー?」

「だ…だって、困っている人がいるなら助けてあげる、その代わり報酬をもらう。
 宝探しのついでにモンスター倒して村人に喜んでもらって、ついでに報酬貰えれば私達も嬉しいでしょ?
 報酬っていっても食料だけど…。」

赤貧貴族は抜かりが無いのですね。
ちなみに依頼は近隣の祠にオークが居付いてしまったので、被害が出る前にどうにかして欲しいというものなのです。


「領主の館に行って監督不行き届きを目の前で可憐に口ずさみながら右手を出せば、まあびっくりそこには大量の現金が…なんて事になるので、別に村人から報酬を貰う必要は無かったのですが?」

「発想が真っ黒過ぎるのよ、貴方は!」

モンモランシー、あんまり大声出すとオークに気付かれるのですよ。


「失敬な、報酬というのはある所から取れるだけ分捕るのが筋なのですよ?
 どうせ、オーク退治に兵の1つも寄越せないような駄目領主なのですから、せいぜい金くらいは出させるのですよ。」

「な、情け容赦ないわね、ケティ。」

「勉強代だと思えば安いものなのですよ。」

トリステインの貴族は、結構な確率で領民の大事さが今ひとつ理解できていない者が多いのですよね。
学院で教えれば良いのですが…学院ではそういう実務的な事は教えないのですよね。
貴族である以上は魔法の勉強なんかよりも、こちらの方が余程大事なのですが…今度、学院長に進言してみた方が良いかも知れないのですね、またキュルケを使って。


「…さて、取らぬ狸の皮算用はこのくらいにして、どうやればあの豚面に簡単に勝てるかを考えるのですよ。
 タバサ、何か作戦はありませんか?」

「ん、ある。」

タバサはこくりと頷いたのでした。


「あの祠は元々始祖を祀っていた祠で、参道は完全な一本道。
 そしてオークの思考は基本的に単純。
 簡単に勝つには連中の通り道を限定させて落とし穴を掘れば良い。
 餌になるものがあれば、連中はわき目も振らずに一目散に向かってくるから、予め用意した落とし穴に落とす。」

そう言って、タバサは才人を見たのでした。


「貴方はこの中で一番動きが素早い、だから…。」

「はいはいおっけー、俺が囮役ね。
 はぁ…やっぱこういう役か、俺は。」

「そう気落ちするな相棒、囮は重要だぜ?」

才人は少し肩を落としましたが、デルフリンガーがそれを宥めて居るのです。


「全部落とすのは無理だし、そこのちっこい娘っ子もそれはわかってる。
 だから、残ったのを俺に斬らせ…。」

「黙れ妖刀。」

才人はカチンとデルフリンガーをしっかり鞘に仕舞ったのでした。


「ギーシュ、貴方の役割も重要。
 あのオークの体重で崩れるけど、人の体重なら崩れない大きな落とし穴を作らなくてはいけない…出来る?」

「任せたまえ、子供の頃落とし穴といえばギーシュ坊ちゃんと呼ばれ、領民の心胆寒からしめた僕の腕前をとくと見るがいい。」

それは単なる迷惑な悪戯坊主なのですが…まあ、役に立つならばそれで良しとするのですよ。


「私達は可燃性の物質を錬金する。
 ケティ、アルビオンで使ったナパームは、私たちでも作れる?」

「なるほど、オークを穴に落として焼き殺すのですね。
 穴の上からかける分くらいなら、皆の力を合わせれば何とか。
 …というわけでギーシュ様、大きめなバケツを10個くらい用意してください。」

何かハードを作るときには大活躍なのですよね、土メイジって。


「…なんだか土メイジ使いが荒くないかね?」

「その代わり、戦闘が始まったらモンモランシーやシエスタと一緒にシルフィードの上で休んでいてかまわないのですよ。」

正直な話、オークを相手にするには対人戦闘に特化したワルキューレでは相性が悪いのです。
フーケのゴーレムみたいなのであれば、それこそ突撃させて蹴散らすといった戦法もとれるのですが。





「これでなんととか…と。」

「終わりましたね。」

小一時間程で何とか準備も終わりました。
…しかし、オークというのは本当に食う襲う犯す寝るしかしない生き物なのですね。
割と近くで作業しているにも拘らず、鹿に夢中でこちらに全く気付いていないとは。


「ごめんケティ、私もう駄目だわ。
 アレンと視覚同調させていたら、なんだか酔っちゃったみたいで。」

3D酔いみたいな症状をジゼル姉さまが起こしてしまい、戦闘要員が一人減ってしまったのですが…まあ、何とかなります。


「姉さまはギーシュ様と一緒にシルフィードで上空待機してください。
 …ピンチになったら助太刀お願いします。」

「わ、わかったわ。」

ジゼル姉さまはこくりと頷いたのでした。


「きゅい。」

シルフィードは小さくひと鳴きすると、上空に飛び立ったのでした。


「…さて、それでは才人、頑張ってください。」

「オッケー、じゃあ行って来る。」

そういうと、才人はオーク達の方に駆けていったのでした。


「やっほー、おーい豚面の阿呆ども、今日もブヒブヒ元気ですかー…ってあぶねーな、おい!
 当たったら痛いだろ、死ぬだろ!?
 このウスラボケ!死ね!氏ねじゃ無くて、死ね!」

才人がオークを挑発し、なんだかわからないけど馬鹿にされた事だけはわかったオークたちが激昂、才人を攻撃しようとしましたが、才人はガンダールヴを発動させて難なくかわし、こちらへ向けて走り出したのでした。


「やーい豚面、ピザでも食ってろデブ、バーカバーカ!」

「ぴぎー!」

「ぷぎー!」

最近筋トレを欠かさない才人の動きはガンダールヴ抜きでも結構早いので、オークは才人に全く近づくことができないでいるようなのです。


「おまたせ!」

「お疲れさまなのです。」

サイトが私たちの元まで走り寄ってきたので、とりあえず労いの言葉をかけておいたのでした。


「たぶん、数匹は討ち漏らしますから、その分をお願いします。」

「おうよ、相棒斬りまくってくれ、うひひひひひ。」

「デルフ、おっかないっての。」

いやしかし、デルフの過去にいったい何が…?
原作ではここまで変では無かったような気がするのですが。


「ぴぎゃー!」

「ふんぎー!」

怒りの雄たけびを上げながら、八匹のオークがいっせいにやってきたのでした。


「鈍重そうに見えるのですが、案外足が速いのですね。」

「そうね…で、オークが踏み抜かなかったら?」

「楽ではないけど、私達ならやれる。」

失敗すればオークの繁殖に貢献する羽目に陥るわけで、難しかろうが何であろうが殺らなきゃ犯られる状態なのですよ、いやはや…。


「ぷんぎー…ぷぎ!?ぷぎぎぎっ!?」

私たちの近くまでドスドスと走ってきたオークが落とし穴を踏み抜き、勢いあまって深さ6メイルある穴に落ちたのでした。
ギーシュ曰く、「僕が本気を出せば、こんなもんさ」…会心の作なのだそうです。


「ぷ…ぷぎ?ぷぎぎ!?」

何とか落ちずにすんだ3匹が、いきなり土の底に仲間が引きずり込まれたのを目の当たりにして、混乱しているのです。
…1匹だけですか、まあ一匹だけでも良しとするのですよ。
取り敢えず落ちなかったオークですが、混乱しているうちに一匹くらいはやってしまいましょう。


「せめて一瞬で絶命させてあげるのです。」

炎に螺旋状の回転を加え、槍状に加工して貫通力を上げた魔法の改良版なのです。
火と火と火を足し、更に細く、更に早く、更に鋭く、更に正確に…心臓を穿つ!


「…フレイム・スピア!」

白銀の光を放つ槍が、オークの巨大な体躯を維持するために鼓動する心臓を貫いたのでした。

「ぷ…ぎ…。」

自分に何が起こったのか理解できないまま、オークは絶命したのでした。
彼らは奪うことしか出来ず、我々は奪われることを善しとしない。
歩み寄りが出来ない以上、殺すか殺されるか…。


「人に寄生しないと繁殖できないモンスターなんて、存在そのものが歪過ぎるのですよ。」

存在そのものに人への純粋な悪意が感じられるこの化け物は、おそらく誰かが作ったものが野生化し繁殖したのでしょう。


「さすがケティ、今度その魔法教えて。」

「良いですが、あまり変な事に使ってはダメなのですよ?」

「何か、子供にお小遣い上げるお母さんみたいな科白だな。」

こんな巨乳で背の高い娘など、生んだ覚えは無いのですよ、才人。


「ぶぎーっ!」

「来る。」

少々ふざけている間に、2匹のオークは正気を取り戻したようで、棍棒を持ってこちらに襲い掛かってこようとしているのです。


「行くわよ、ケティ直伝…。」

キュルケのファイヤーボールは高速で回転して、細く小さくなった代わりに白く発光しはじめます。


「ファイヤー・ダガー!」

貫通力高めのファイヤーボール改め、ファイヤー・ダガー。
キュルケの放った魔法はオークの顔に突き刺さり、顔を炎で包み込んだのでした。
空気を吸えなくなったオークは、崩れ落ちてのたうち始めたのです。


「ウインディ・アイシクル!」

そのオークにタバサの放った鋭い氷塊がいくつも突き刺さり、とどめを刺したのでした。


「才人、あと一匹なのです。」

「おう、やってやるぜ!」

そう言いながら、サイトはデルフリンガーを鞘から抜き放ったのでした。


「斬られる奴は、いねがああぁぁぁぁっ!」

「何でなまはげ風!?」

いや、まったくなのです。


「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!
 おれの名前はデルフリンガー、魔剣デルフリンガー様だ!大事な事だからもう一度言うぞ、俺はデルフリンガーだああぁぁぁっ!」

「持ち主より目立つってどういう魔剣だよ、剣ならもう少し慎みを持ちやがれ!」

そう言いながら、才人はオークに斬りかかっていったのです。


「だってよう、おれ殆ど出番が無かったじゃねえか?
 科白が全然無かったんだぜ、あれ?俺空気?空気なインテリジェンスソード?とか、不安になっちまったんだよ!」

「メタな事言ってんじゃねえよ!」

才人はオークの棍棒を受け流すと、オークの腹に横一文字斬り込んだのでした。


「うっひょおおぉぉ!おれ今とっても剣してるうううぅぅぅぅ!
 さあ、もっとずんばらりんといってくれ、おれが剣である事をを実感させてくれ、いけよやぁぁぁぁっ!」

「言われんでもやるけど、きめぇ!」

頭が二人の会話を理解する事を拒否していますが、色々と溜まっていたのですね、デルフリンガー。


「ひどっ!包丁でも剣でも、使ってこそ道具だろ!?」

「余所様の刃物はもっと静かだっ!
 それに武器は使わないに越した事はねーんだよ!
 そんな事を言っていると、包丁として使うぞゴルァ!」

「そんだけは勘弁!」

才人の剣がオークの足を切り落とし、オークは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちたのでした。


「やっぱり命を奪うっていうのは、良い気がしないなぁ…。」

「この状態で放っておかれる方がむしろ残酷ってもんだぜ、相棒。
 さあさあ、ぶすっといけ、ぶすっと。」

デルフリンガーに促され、未だもがくオークに才人は近づいて行ったのでした。


「仕方が無い…お互い様なんだから恨んでくれるなよ…上手く当たれ、南無八幡大菩薩!」

才人はそう言うと、オークの首を刎ねたのでした。


「うぅ、命を奪うのは後味悪いなぁ…。」

「まあ、何回か繰り返せばなれるって、大丈夫だよ相棒。」

「…慣れたくねえよ、こんなの。」

それには私も同感なのです。


「さて…あとは穴の中のオークなのですね。」

「オークとはいえ、無抵抗なやつまでを焼き殺すの?」

…なのですよねえ、少し気が引けると言えば気が引けるのですよ。


「ナパームを残しても仕方が無いのですよ。
 穴の中のオークにとどめを刺してから、シルフィードに頼んで死体を全部穴の中に放り込み、ナパームを注いで燃やしてしまいましょう。」

そう言ってから、穴の中のオークに向けて呪文を唱え始めたのでした。


「ケティだけにやらせるのはしのびないわね。
 私もやるわ。」

「私も。」

罪悪感は若干分散しますかね、これは?




「きゅい~、きゅ~きゅいい~。」

流石のシルフィードもオークの巨体は重いのか、三体目を引きずって穴に放り込んだ時には少々疲れたようなのでした。


「少しもったいないですし、いっそオークを食べますか、シルフィード?」

「きゅいきゅいきゅい!」

シルフィードは頭を三回縦に振ったのでした。
…そうですか、食べたいのですか、オークを。


「冗談なので、本気で反応されても困るのですよ。
 あとで村の人に羊を一頭売ってもらいますから、それで勘弁してもらえませんか?」

「きゅい!」

シルフィードは大きく頷いたのでした。
先程から思い切り会話が成立していますが、話さなければ良いというものでもないのですよ、シルフィード?


「ナパーム流し込み終わったぜ、ケティ。」

「わかりました…炎の矢。」

炎の矢がナパームに引火して、オークの死体を焼き始めたのでした。


「では、祠に行ってみましょうか、ここの宝は?」

「えーっとねえ…《アガーウルの卓布》ですって、なになに…テーブルにかければ何でも好きな食べ物が出て来る?」

本物なら、久しぶりにカレーライスかラーメンでも食べたいのですよ。


「本物ならば素晴らしい宝物なのですね、何でそんな便利なものを村の人が一切使っていないのかが不可解なのですが。」

まあたぶん、ガセなのです。
祠の中に入ってみると、案の定そこには朽ちる寸前のボロ布が大事そうに仕舞われていたのでした。


「これが《アガーウルの卓布》かよ…。」

ボロ布をつまみながら、才人ががっかりしているのです。


「…取り敢えず、そこにある石のテーブルにかけて試してみるのですよ。
 そうすれば偽物か本物かわかる筈なのです。」

「おう、わかった。」

そう言って、才人は《アガーウルの卓布》を石のテーブルにかけて椅子に座りました。


「ハンバーガー、カレー、ラーメン、牛丼、寿司、パスタ、グラタン、ラザニア…何でも良いから出てこーい!」

才人の声は虚しく祠の中に響き渡ったのでした。


「…さて、きちんと仕舞い直して村に帰りましょうか。」

「…そうだな。」

やはりガセでしたか。
まあ、一発目から当たるとは思わないのですよ。





「お初にお目にかかります、ウェスト子爵。
 私達はフロンド傭兵団と申します。
 私は団長のケティなのです、よろしく。」

全員制服ではなく、普通の服に着替えて、ここの領主である子爵に会いに行ったのでした。
とは言え…場合によっては軽く脅す必要もあるので、念の為に軽く変装したのです。
あと、団長を誰にするかで、問答無用で私に押し付けられてしまったのですよ。
…私はキュルケに押しつけたかったのですが。


「これはこれは、可愛らしい傭兵団であるな。
 …して要件とは何であるか?」

「始祖の遺品を祀ると言われる祠にオークが居ついていると村の者に聞き退治してまいりました…領主であるならば、これに見合う対価をお支払いになるべきかと思われるのですが、いかがでしょう?」

まあ要するに治安維持の押し売りなのですよ。


「ぬぅ…あのオークどもを倒したのであるか。
 見れば年若いがほとんどがメイジ、倒せるのも道理であるな。
 しかし吾輩は頼んでいないのである。
 勝手にやったのはそなたらであり、吾輩が払う義務は無いのである。」

珍妙な喋り方をする人なのですね。


「民は城、民は石垣、民は堀、情けは味方、仇は敵なりなのです。
 領主が領民が困っている時に助けなければ、領民の働く意欲は失せ、税収も減ってしまうのですよ。
 逆に、民が困っている時に積極的に手を差し伸べる領主であれば、領民は領主の為に積極的に働いてさえくれるのです。
 民の収入が増えれば、民からの税収も増える…情けは人の為ならず、成した事の報いは何であれ必ず廻り廻っ返ってくるのですよ。
 私達は子爵が将来損害を受ける事を未然に防いだのですから、その報酬はあってしかるべきだと思うのです。」

「ぬ…そう言われるとそんな気がしてきたのである。」

甲陽軍鑑の一節からパクってみたのですが、意外と効くのですね。


「しかし、当家はあまり金が無いのである。
 とりあえずいくら欲しいのであるか、言ってみるのである。」

「5000エキューほど。」

思い切り吹っ掛けてみるのです…とはいえ、これでもメイジ主体の傭兵団にしては、若干安い値段ではあるのですが。


「そ、そんなに払ったら吾輩は明日から領民よりも貧乏になってしまうのである。
 もう少しまかりならぬのか?」

…どんだけ貧乏なのですか、この子爵は。
よく見れば屋敷の中は雑然としていて、使用人では無くガーゴイルと思しきものが動き回っているのです。
まさか、ガーゴイルの買い過ぎで?


「では、4980エキューで。」

「おおそれは随分と安…安くないのである!
 そんな数字のマジックのは騙されないのであるよ。
 に、2500エキューでどうであるか?

「4500エキュー。」

「2750エキュー。」

「4250エキュー。」

「3000エキュー。」

「3980エキュー。」

「わかったのである、そのくらいであれば。
 …って、あれ?」

サンキュッパに引っかかるって、どんな気持ちなのです?ねえどんな気持ちなのですか?


「わかりました、商談成立なのですね。」

「ちょ、待つのである!
 吾輩、何か物凄く騙された感じが…。」

こういう価格表示って、この世界には全く浸透していないので、意外と引っかかるのですよね。


「ありがとうございます、子爵。」

そう言って、私は右手を出したのでした。


「もう少し値段こうしょ…。」

「ありがとうございます。」

少々ゴリ押してみるのです。


「…話を聞く気がまるっきり無いのであるな?」

「一旦頷かれたのですから、値段交渉は既に終了したのですよ。」

別に傭兵稼業で食べていく気は一切ありませんし、そもそも正規料金より安いのですから、そろそろ観念するのです。


「とほほ…これでは暫くガーゴイルが作れないのである。」

ひょっとして、この人はガーゴイル製造者なのでしょうか?
趣味でガリアのガーゴイルを買い過ぎた人だと思っていたのですが。


「今あるガーゴイルを売れば、新しいガーゴイルを作れると思うのですが?」

「…そう言えば、そうなのであるな、すっかり失念していたのである。
 この超・天・才!ウェスト子爵の手製ガーゴイルであればあああぁぁぁぁ!高値で売れるのは必至なのでああああぁぁぁぁるううぅぅぅぅ!」

い、今頃気づいたのですか…あと、いくらテンションが上がって来ても人前で絶叫するとキチ○イと勘違いされるのですよ。
使用人を全部ガーゴイルに置き換えるくらいですから、かなり腕は良いようなのですが、それ以外がアホみたいなのです…。


「確かに、倉庫に置いておいたガーゴイルをいくつか売り払えば軽いものなのであるな。
 素晴らしい助言を戴いたのである、これは感謝せざるを得ない。
 エルザ!エルザ!金庫の金を全部持ってくるのである!」

「わかったロボ~。」

そうすると、館中に張り巡らされていると思しき伝声管から返事が聞こえて来たのでした…ロボ?
暫くして、巨大な金庫を抱えたガーゴイルが走って来たのでした。


「おお、珍しく素直に言う事を聞いてくれたのであるなエルザ、さあその金庫を…ぐはぁ!?」

ええと…子爵がガーゴイルが投げつけた巨大金庫に轢かれたのでした。
子爵は錐揉み回転を起こしながら2~3回バウンドして、力無く横たわっているのです。


「あっはっは、引っかかったロボ。」

「珍しく言う事を聞いたと思ったら、これなのであるか…。」

力無く横たわりながら、子爵は呟いたのでした。
しかし、珍しくってどういうガーゴイルなのですか、それは。


「しかぁし、吾輩はこのくらいではへこたれないのである!
 金庫に確か…もってけ泥棒、なのである。
 ぐふぁ…5000エキュー、確かに渡したのである。」

「い、良いのですか?」

ぶっちゃけ、目の前の5000エキューよりも、吐血している子爵の方が気になるのですが。


「このハイパーウルトラデラックス超・天・才!である吾輩のガーゴイルであれば、何処にだって売れるのであるよ。
 取り敢えず…こいつを景気付けに5ドニエくらいで売り払って金に換えるのである。」

「はっはっは、冗談は存在だけにするロボよ。」

そう言って、女性型のガーゴイルは子爵の腕を捻り上げているのです。


「あはははは…それでは貰うものも貰いましたし、退出させていただくのです。」

「痛い痛い!その極め方は外すか折る気であるな?
 お願いですからやめるのであ…ぎゃー!」

何か鈍い音がしたようなのですが、気づかない事にしておくのですよ…。





数日後、私達は何度かの宝探しついでのモンスター討伐を済ませ、《宝物》と対面していたのでした。


「ブリーシンガメル…でしたか?」

たしか、似たような名前の首飾りは元の世界の北欧伝承にもあったのですね。
首飾りの為に醜い妖精に抱かれたという、どんだけなのですかという感じの女神の話に。


「ボロッボロねえ…。」

「どう磨いても、値打ちものには見えないわね。」

「駄目ね、これは。」

「ゴミ。」

「祭の露店で売っているおもちゃの方がまだ綺麗だな。」

「僕の錬金で青銅製に変えるかね?その方が売れそうだ。
 重さ単位いくらの金属屑的な意味で。」

皆の的確な評価が…確かにイミテーションとかそういうレベルじゃないのです。


「また…駄目だったか。」

才人は落ち込んでいるのですが、副収入の方がえらい事に。

「代わりにモンスター退治の押し売りで、この通りなのです。」

シルフィードの背に乗せられた箱に入った大量のエキュー金貨、たぶん6~8万エキューはあるのですよ。
爵位は無理ですが、小さめの屋敷付き領地なら普通に買える金額になってしまったのですよね…ちょっとした小遣い稼ぎのつもりが、とんでもない事に。
メイジ主体の傭兵団の相場としてはかなり安めだったせいなのと、なんだかんだでモンスターには迷惑していたらしく、皆が文句を言いつつもホイホイ払ってくれたのですよ。


「ここは王家直轄領なので、押し売りには行けないのですよね。」

「あなたなら、後で王家に直接請求に行きそうだけど?」

キュルケがそう言います。
失敬な、いくらなんでも姫様に直接請求に何か行かないのですよ、正体がばれてしまいますし。


「しかし、ケティが魔物退治の押し売りを思いつかなかったら、とんだ骨折り損の草臥れ儲けになる所だったねぇ…。」

「正直な話、私自身もここまでうまくいくとは思っていなかったのですが。」

ギーシュがしみじみと呟いたのに、私も思わず返答してしまったのでした。


「でも、モンスター退治って意外と儲かるのね。
 何だか私、モンスターが金貨に見えてきたわ。」

どうも、領民の為にモンスター退治を行うという発想事態があまり無かったみたいなのですよね。
モンスターに畑を荒らされたり村の人間がさらわれたりしても、余程の事が無い限りはあまり気にしていなかったようなのです。
かなり迷惑だとは思っていたようなのですが、モンスターに領地を奪われるわけでは無いので、その付属物としか考えていない領民にまで手が回らなかったという…。
なのに何で私たちが退治すると報酬がもらえるのかというと、例の甲陽軍鑑の一説を引用などしたりして、言いくるめ…もとい説得しているからなのですよ。


「取り合えず、一旦拠点に戻りましょう。
 シエスタが料理を作ってくれているはずなのです。」

「そうね、かなりまさかな拠点だけど。」

ええ、本当にまったくもってその通りなのです。




「まさか…ワルド卿の館を拠点にする事になるとは。」

野宿は嫌だとブーたれる貴族の坊ちゃん方をどうにかするのに探し出したのがこの館。
ちょうど古地図にある宝の隠し場所がいっぱいある地域が重なっている地域に行きやすい場所にあったのです。
シルフィードに乗って上昇すれば、ラ・ヴァリエールの領地も見えます。
不名誉印を刻まれた家紋を見て驚いたのですよ、ここがド・ワルドの館だったとは。
ベッドなどは布団も残っていたので、シエスタがあっという間に眠れるように仕上げてくれたのですよ。


「はい、ご飯が出来ましたよ~。」

そう言ってシエスタが出したのが、肉や山菜の入ったスープなのでした。


「おお、うまい、これは何という料理なのかね?」

ギーシュが美味しさに目を見開いて、シエスタに尋ねているのです。


「ヨシェナヴェっていって、タルブの郷土料理なんです。
 入っているのは皆さんが冒険に行っている間に捕って来たウサギと、山に生えていた野菜やキノコです。
 私のひいおじいちゃんが最初に作ったらしいんですけど、凄く美味しいので今では村中に広まっているんですよ。」

肉は入っていますが、味は…ええと、この味わいは何となく醤油っぽいような?
いやでも何となく違うのですね。


「このヨシェナヴェにはどのような調味料を?」

「塩とショッテュールっていう、魚から作った調味料を使っています
 これもお爺ちゃんが考え出したもので、使うと何でもタルブ風料理になっちゃうんですよ。」

しょっつる…でしょうか?
シエスタの曾祖父は秋田出身?
いやそれよりも、タルブの食文化がシエスタの曾祖父に席巻されているっぽいのですよ、『使うと何でもタルブ風料理』って。
シエスタの曾祖父は余程料理上手だったのですね。
ううむ…ひょっとしてシエスタの曾祖父は軍人になる前は料理人だったのではないでしょうか?
シエスタの調理を見せて貰ったのですが、出汁に乾燥させた魚を使っていましたし、何となく和食の香りが。


「なんだか日本を思い出すなぁ…。」

ヨシェナヴェの味に感動している才人をみて、シエスタがガッツポーズをしているのです。
…何故、私に向かって見せつけるようにするのでしょうか?
何故鼻で笑いますか…ムカッとしたのですよ、流石に。


「…ショッテュールを上手く使えば、魚の照り焼きとかも作れそうなのですね。
 魚醤なので、独特の臭いを消す必要はありますが。」

「え?まじ!?テリヤキバーガーは?」

才人がハンバーガー、特にテリヤキバーガーが好きなのは前に聞いているのですよ。


「取り敢えず照り焼きのタレを作らなくては始まらないのですが…そうですね、作る事が出来ればそんなに大変では無いと思うのです。
 マヨネーズは作れますし、ハンバーグも作れない事は無い筈ですから。」

「な、何でも協力するから、作ってくれよ、絶対に!」

才人のきらきらというか、ギラギラした視線が…そんなに食べたいのですか。


「わかりました、頑張ってみますから、そんなに近づかないで欲しいのです。」

そう言いながらシエスタの方を見てみると、エプロンの裾を掴んで悔しそうにしているので、フフンと笑ってみました。


「…って、何を張り合っているのですか、私は。」

シエスタについつい乗せられてしまったのですよ。
面倒ですが、フォローしますか。


「シエスタ、そのショッテュールの使い方を一番理解しているのは貴方なのです。
 私だけではなく、貴方に活躍してもらわねば困るのですよ?」

「え…あ、はい、頑張りますっ!」

…だから、何で挑戦的な視線を送ってくるのですかシエスタ。
貴方が張り合うべきはルイズであって、私ではないのですよ?


「…ねえ、シエスタ?
 そのヨシェナヴェなんだけど、レシピ教えてくれないかしら?」

モンモランシーがシエスタにそう話しかけたのでした。


「はい、いいですけど…これ様々な山菜を使うので、材料が山林にしか無いんですけど。」

「私を誰だと思っているの?
 ド・モンモランシは薬師の家系でもあるのよ、山に分け入って植物を採集するのは薬師の基本。
 薬の材料を採集するついでに料理の材料も揃えられるなら一石二鳥だわ、お金もかからなそうだし。」

さすが赤貧貴族、ケチくさ…もとい、しっかりしているのですね…ん、違う?ひょっとして…?


「さすがモンモランシー、僕がヨシェナヴェを気に入ったのに気付いて、僕の為に作ってくれるのかい?」

「ち、違うわよ、私は安い材料でこんな美味しい料理が作れるなら家系の足しになると思っただけ!」

学院のご飯はただなのですよー?


「ああモンモランシー、僕の蝶。
 君の、その奥ゆかしい所が、僕は大好きだよ。」

「違うんだったらっ!」

そう言いつつもモンモランシーの顔はにやけているのです。
成る程、ギーシュのためだったのですね…って、何でモンモランシーまで勝ち誇ったような表情でこちらを見るのですか?


「火の系譜は情熱の系譜、あなたもなかなかやるわねえ、ケティ?」

「当家の火はそんなものでは無いと何度も…。」

ニヤニヤしながらワインを飲むキュルケを軽く睨みつけてみたりしたのでした。


「ギーシュは絶対に駄目って言ってるでしょ、ケティ?」

ジゼル姉さまが同行したせいなのか、ギーシュがずーっと気まずそうな表情のままなのですよ…いったい何があったのやら?


「んー、でも、あのサイトとかいう平民の子もねぇ。
 平民でもいいってわかったら、貴方の子分だった男の子達がどう動くやら…特にパウルとか。」

「パウル…ああ、あれは思い出したくないのです。」

あんなこっ恥ずかしい真似を良く出来たものなのですよ。
ちなみにパウルは幼なじみの1人で、私よりも三歳ほど上なのです。


「あいつ、ケティが学院に出かける前の晩に、延々三時間窓の外でケティに対する愛の詩を語り続けたんでしょ?
 ケティが平民解禁しましたって、手紙送っておく?」

「頼むから勘弁して欲しいのですよ、それは。」

本当に来られたら、学院にいられなくなってしまうのですよ、恥ずかしくて。


「えー?でも彼、頭も口も良く回るし、ケティの右腕的な存在だったでしょ?
 あの歳で商会興して、うちの領の産物を売りさばいているみたいだし。」

「パウルに商会を興すように言ったのは私なのですよ、領内領外の物流における便利負便利を調べてもらう為にやってもらっているのです。
 あと、右腕に愛を語られても困るのですよ。」

時々送られて来る報告書にまで口説き文句が書き込まれていると、流石にげんなりしてくるのです。
私にとってパウルはとても頼りになる右腕以上ではないのですから。


「やっぱり、ケティは私に甘えているのが一番なのよ。」

そう言いながら、ジゼル姉さまは私の胸に飛び込んできたのでした。


「これは甘えているのではなく、甘えられているというと思うのですが?」

「まあ、どっちでもいいじゃない?
 んー…久しぶりのケティ分補給~♪」

やっぱり甘えられている気が…ふと、裾がくいくいと引っ張られたのでした。


「私も補給。」

タバサまで私に抱きつき始めたのでした。
…ぬぅ、少し暑いのですよ。


「と…ところで、次の目的地なのですが、これなんていかがでしょう?」

「ええと、何々《竜の羽衣》?」

そろそろ良いだろうと思い、キュルケに《竜の羽衣》の地図と文献を手渡したのでした。


「りゅ、竜の羽衣ですかっ!?」

いきなりシエスタが大声を上げたのでした。


「どうしたんだ、シエスタ?」

「そ、それ、うちの村の宝物ですっ!
 正確には私のひいおじいちゃんの宝物なんです。」

心底びっくりした顔で、シエスタはそう言ったのでした。


「でも、行ったらがっかりすると思いますよ。
 結構大きいですけど、良くわからない代物ですから。
 ひいおじいちゃんが言うには、それに乗ってロバ・アル・カリイエから来たらしいんですけど。」

「空を飛ぶんだ…結構すごいわね。」

ジゼル姉さまが興味深げに聞いて居るのです。


「でも、一度もそれが空を飛んだところを見た事が無いんです、私。
 ひいおじいちゃんの言う事は信じたいんですけど、やっぱり村の人達が言うようにひいおじいちゃんの妄想なんじゃないかなって思うんです。」

「…またガセか。」

才人が落ち込んで居るのです。


「まあ、行ってみるだけ行ってみましょう。
 そろそろ一週間が経ってしまいますし、タルブに寄れば美味しいワインも飲めるのです。」

「本当に酒好きだな、ケティ。」

呆れたように才人が私を見るのです。


「以前シエスタと約束していたのですよ、タルブに行った時にワインを浴びるほど飲ませてくれると。
 それに少々稼ぎ過ぎましたし、少し使っても良いじゃありませんか、打ち上げ的に…。」

「飲兵衛。」

ううっ、とうとうタバサにまで言われてしまったのです。


「兎に角!行き先はタルブで決定なのです。
 ここの拠点は引き上げますので、各自後片付けはきちんとしておくように、以上!」

「すっかり大酒呑みになっちゃって、お姉ちゃん悲しい。」

そう言って、ジゼル姉さまはワインをぐびっと呷ったのでした。


「飲兵衛一族?」

「ええ…そういう風に解釈してしまっていいのですよ。」

どうせうちの一族はうわばみばかりなのですよ。






翌日、タルブについた私達は、早速《竜の羽衣》を確認に行ったのでした。
やっと零戦と、あの零式艦上戦闘機とのご対面なのですよ…感無量なのです。

鳥居つきのその祠の扉を開けると、そこには零せ…。


「え!?ちょっとまってください、これは…。」

シエスタのお爺さんって、まさかあの世界の人なのですか!?



[7277] 第十八話 往くぞ空の彼方まで!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/05/29 17:05
飛行機、羽を持たない人間が空を飛ぶために作った機械
ライト兄弟が発明してからあっという間に兵器として空を飛ぶようになったのです


飛行機、禁断の扉を開いた機械
第一次世界大戦で実戦に投入されて以来、戦争に革命を起こし続けました


飛行機、それは男のロマン
男のロマンは戦争と結びつく事がありますが、何故なのでしょう?








「旧日本軍の戦闘機…かな?
 見た事無いけど。」

才人は困惑した表情でそれを見上げています。
知らないのも無理は無いのですよ、この戦闘機は私達の歴史に実在しない物なのですから。


「プッシャー式の二重反転プロペラ…。」

これだけだと散花Mk.Bという線もあったのですが、搭載機銃が大きすぎるのです。

「57mm機関砲が二基…こんなけったいなものがついているプッシャー式戦闘機は…。」

シエスタの曽祖父はとんでもない世界から来たのですね。


「知ってんのか、ケティ?」

「ええ…この戦闘機の名は蒼莱、ジェット機並みの上昇速度と、見ての通り57mm機関砲という大砲がついた対戦略爆撃機用の戦闘機なのですよ。」

この機関砲…この世界の船なら、数発で撃沈できるのではないでしょうか?


「ええと…何で、ケティはこれが何だか知ってるの?」

ジゼル姉さまの戸惑う声に振り返ると、変なものを見るような目で私を見る皆が居たのでした。


「あ…。」

なんという大失敗…あまりの事に我を失っていたのですよ。
もしもばれた時の言い訳を予め考え、手段を整えておいて正解だったのです。

「…仕方がありません、話せる事は話しましょう。
 ジゼル姉さま、《場違いな工芸品》という言葉を知っていますよね?」

「え…?うん、うちにあるあの凄い銃の事でしょ?
 たしか、モシン・ナガンだったよね?」

モシン・ナガンM1891、ロシア帝国やソビエト連邦で使用されたボルトアクション式小銃なのです。
どこで何時入手されたものかは知りませんが、弾薬と銃本体が固定化をかけられて我が家の倉庫に眠っていたのを発見したのですよね。
私が試しに皆の前で使って見せたら、この世界の火縄銃とは全然違う威力と命中精度と速射性に皆驚いていたものです。


「…ああ、あの古文書に書いてあったのね、これ。」

ジゼル姉さまは納得した様に頷いたのでした。
私に前世の記憶があると言う事をばらさずに、あちらの兵器知識を解説する為にでっち上げた偽古文書が実家の書庫にあるのですよ。
…里帰りした時に蒼莱も書き足しておかないといけないのですね、まさか紺碧世界の兵器まで呼ばれているとは予想外だったのです。


「ジゼルも知ってるの?」

キュルケが不思議そうにジゼル姉さまに尋ねたのでした。


「うん、我が家にはこういうものに関する文献もいくつかあるのよ。
 特にケティが見つけた本には、ここには存在しない筈の高性能な武器の情報が沢山載っているものもあったの。」

「なるほど、ケティはそれを読んで覚えていたって事ね。」

私以外の人が説明してくれれば、信用度も増すというもの。
ジゼル姉さま、グッジョブなのです。


「…で、《場違いな工芸品》って、何なの?」

「うむ、そんな言葉もこんな物も、初めて見るのだよ。」

まあ、普通の人は知らないのが当然なのですよね。


「こういう、私達の国では製作不可能な精度を持った武器を指すのですよ。」

「武器なの、これ!?」

キュルケがびっくりしたように蒼莱を眺めます。


「ええ、これは風竜よりも早く高く飛ぶことが出来、連射できる大砲を搭載した乗り物なのです。
 …ただ、燃料がもう殆ど残っていないようなので、飛べなくなってしまっているようですが。」

「燃料?」

「ええ、ガソリンという非常に揮発性の高い油を燃やして動くのですよ。」

しかし、これを飛ばすとなるとどれだけのガソリンを必要とするのだか…。


「油で…コルベール先生がやっていて、サイトが興味を持っていたアレのようなものかね?
 あの蛇の玩具がぴょこぴょこ出る…。」

「そうだよ、あれがもっとずっと改良されたのがこれだよ!
 魔法が無くても空が飛べて、しかも魔法を使うよりもずっと早く高く飛べるんだ。」

ギーシュの質問に、才人が答えているのです。


「ケティ、ガソリン作れないか?」

「ガソリンは私も多少なら作れますけど、飛行機を飛ばすほど作れといわれたら、精神力が待たないのですよ。
 ギーシュ様やモンモランシーにも協力してもらえば、ある程度は何とかなるかもしれませんが…。」

やろうと思えば蒼莱に使われていたであろう、あの当時の低オクタンなガソリンではなく、ハイオクガソリンだって作れるのですが、私はなにぶん属性が火なので、土メイジや水メイジのようにホイホイ錬金出来るというようにはいかないのです。


「まあ確かに油なら錬金するのはさほど困難ではないから、ケティに見本を見せて貰えば作る事は出来るのだよ。」

「水は土の次に錬金が得意な系統だし、油のような液体なら土系統よりも水系統の方が上手く出来るわよ。
 私はラインだし、ギーシュよりもうまくやって見せる自信はあるわ。
 もちろん、必要経費は貰うけど。」

モンモランシーの絶対にただではやらないその姿勢、見習いたいものなのです。


「もちろん働いた分の対価は分け前に乗せます。」

「うん、それなら文句は無いわ。」

モンモランシーはしっかりと頷いたのでした。


「ええと、僕にも貰えるのかな?」

ふむ…ギーシュへの報酬ですか。


「ギーシュ様、私は今、貴方の助けをとてもとても必要としているのです。」

「何か、企んでいるわね、ケティ?」

両手をぎゅっと握って胸元に置き、目を潤ませながらギーシュを見上げてみました。
モンモランシーは少し静かにして欲しいのです。


「え?いや、ハハハ、でもモンモランシーが報酬を上乗せしてもらえるなら、僕も…。」

「お助け下さいギーシュ様、貴方が頼りなのです!」

そういって、私はギーシュに抱きついたのでした。
女は度胸!でもこれはいくらなんでも大胆過ぎるのです、ドキドキするのですよーっ!
か…顔に出ていませんよね?


『なっ!?』

「お願いします、ギーシュ様。
 どうか私のために頑張って貰えませんか?」

「な…なははははは、仕方がないなぁ♪
 僕の可憐な蝶のためならたとえ火の中水の中さ、頑張って見せるとも!」

た…ただの労働力、ゲットなのです。
ついでに意趣返しもできましたし…ね。


「ななななな…。」

ギーシュに抱きついたまま、唇をわななかせているモンモランシーの方を見て、ニヤリと笑って見せたのでした。
昨日私を挑発した報いなのですよ?


「ななななななな…。」

…ええと、何で才人まで固まっているのでしょうか?


「…あ、あの、ひょっとしてこれ、本当に空を飛べるんですか?」

黙って話を聞いていたシエスタが、固まっている才人の腕を掴んで自分にぎゅっと押し付けながら、私にたずねてきたのでした。


「ええ、飛べるのです。
 燃料を補給して、簡単な滑走路を用意すれば何時でも。」

蒼莱の足回りの事は流石に知らなかったのですが、不整地である草原に不時着しても問題がなかったという事は、それなりに頑丈に作られているという事なのでしょう。
そうであるなら、草を焼き払って軽く地均しすれば飛び立つことは可能な筈なのです。


「才人、何でシエスタのお爺さんがこれに乗っていたのか、知りたくありませんか?
 才人?サーイートー?」

「…はっ!?なんだ夢か、ずいぶんな悪夢だったぜ。」

才人を揺さぶると、やっと正気に返ってくれたのでした。
何やらよくわかりませんが、悪い白昼夢を見ていたようなのです。


「ええと、何でシエスタが俺の腕に…。」

「そんな事よりも、シエスタのひいお爺さんがどういう人だったのか、シエスタに聞かなくて良いのですか?」

「そんな事って…。」

何で才人に強く胸を押しつけるのですか、シエスタ?


「そ、そうだシエスタ、シエスタのお爺さんの名前を教えてくれないか?」

「はい、ゲンジュローといいました。
 貴族でも無いのに名字があって、ゲンジュロー・ムラータと。」

ゲンジュロー・ムラータ…ムラータ・ゲンジュロー…ムラタ・ゲンジュウロウ?
…私の記憶が正しければ、確か佐々木何某とという名前だったような?


「…シエスタのひいじいちゃんの遺品とか何か残っているか?」

「ええ、レシピ帳と、包丁と調理器具と…そうそう、マルトー料理長はひいおじいちゃんの料理のお弟子さんだったんですよ。
 私はそのコネで、学院に雇ってもらったんです。」

料理の弟子?戦闘機パイロットで、なおかつマルトーさんの師匠になるくらい料理人としての腕も良かったとは…。


「そうだ、ひいおじいちゃんが生前自分のお墓を作ったんですけど、誰もそこに刻まれた字を読めないんですよ。
 あの《竜の羽衣》の事がわかるなら、あの文字を読めるかもしれません。」

そういうシエスタに連れられて来たのが、村の墓地。
そこの中央近くにひたすら周囲から浮いている日本風の墓石がどーんと鎮座していたのでした。


「ええと…村田家代々の墓?
 ここに眠っているのは貴方の一族なのですか?」

「はい、その通りです。
 読めるのですかミス・ロッタ?」

まあ、これでも前世日本人ですし、読めるのですよ。


「ええ…これはロバ・アル・カリイエの文字の1つなのです。」

もちろん真実を教える事は出来ないのですが。


「海軍少尉村田源二郎ここに眠る。」

「サイトさんも読めるんですか!?」

墓の横に刻まれた文字を読み上げる才人をシエスタが驚いたように見ているのでした。


「あぁ…うん、俺もロバ何とかの出身なんだよ。」

そう言ってから、才人はシエスタをじーっと見ているのです。
じーっと、じーーーーーっと…って、何故に徐々に顔が近づいていくのですか?


「あ…あの、そんなに熱心に見つめられると恥ずかしいですわ。」

「んー…シエスタってさ、髪の色とか肌の色とか顔の作りとかに、何となくひい爺ちゃんの面影があるって言われないか?」

ああなるほど、シエスタの日本人っぽい所を探していたのですね。


「え!?ええ、はい、よく言われます。」

「うん、やっぱりな。
 シエスタの容貌って何となく俺の郷愁を呼び覚ましてくれるんだよ。
 その黒髪と瞳のせいなのかなって思っていたけど、確かに良く見れば他にも何となく日本人っぽい面影がある。」

それにしても料理人で村田源二郎…どこかで聞いたような記憶が、ううむ。


「わたし、ひいおじいちゃんの面影があるって言われるの大好きなんです。
 ひいおじいちゃんはこの村の食を大改革して、それによってこの村を豊かにしてくれたんです。
 今では皆がハルケギニア中に散っちゃいましたけど、ひいおじいちゃんが生きていた頃はここには料理人たちが己を磨く為の道場があって、お弟子さんたちが日夜切磋琢磨していたんですよ。
 タルブワインがここまで美味しくなって有名になったのも、ひいおじいちゃんが色々と試行錯誤してくれた結果なんです。」

料理人…道場…あ…ええと、とんでもない人物に一人心当たりがあるのですけれども。


「こんな所で何をやっているのですか、味皇様…。」

思わず天を仰いで額を押さえてしまったのでした。
いやまあ、ハルケギニアに呼ばれてしまったという事は味皇じゃなくて、ただの村田源二郎さんなわけですが。
しかし蒼莱のパイロットをやっていたのですか、紺碧世界の味皇様は。


「わあ、懐かしい。
 ひいおじいちゃんの呼び名を知っているだなんて。
 味皇様(ラ・オンプルール・デュ・キュイジーヌ)なんて、久しぶりに聞きましたわ。」

わぉ、こちらの世界でも味皇は味皇だったのですね。
やっぱり、美味しい料理を食べると例の『う・ま・い・ぞー!』が出たのでしょうか?
知っていたら、万難を廃してでも亡くなる前に会いに来たのに…残念な事をしたのです。

しかし…あの味皇の血がシエスタにも流れているのですか。
まあどうでも良いといえば、どうでも良い事なのですが。


「ひいおじいちゃんの遺品をお見せしますので、私の家までいらしてください。」

シエスタに案内されたのは、村で一番大きな建物なのでした。


「こちらがひいおじいちゃんの遺品です。
 …とは言っても、殆どの料理道具はお弟子さんたちが形見分けで持って言ってしまったんですけどね。」」

一室に案内された私達は、村田源二郎さんの遺品と対面する事になったのでした。


「これは飛行帽とゴーグルなのですね。
 蒼莱に乗るのであれば、借りた方が良いと思うのですよ、才人。」

シエスタが取り出したのは、飛行帽とゴーグルと皮のジャケットと、あとは一振の包丁なのでした。
どれも手入れがきちんとされていたせいなのか、問題無く使えそうなのです。
包丁は才人が持っていてもしょうがありませんが。


「…これ、貰っていいか、シエスタ?」

「はい、どうぞ。
 実はひいおじいちゃんが遺言で、あのお墓に書いてある文字が読める人が来たらあの《竜の羽衣》や、その服や帽子を譲っても良いと言っていたんだそうです。
 あと、竜の羽衣を《出来る事なら陛下の元にお返しして欲しい》って、そう言っていたそうです。
 物知りなミス・ロッタは置いておいて、才人さんがあの文字を読めたということは、ひょっとして…?」

シエスタの探るような問いに、才人は大きく頷いたのでした。


「ああ、俺は君のひい爺ちゃんと同じ国から来た。」

「…という事は、陛下というのは才人さんが元々いた国の王様ですか?」

「うん、王様じゃなくて天皇陛下って呼ばれているけどね。」

高校生にしてはそのあたりに厳しいのですね、才人?


「才人の国は人口約一億二千万人、日本と呼ばれるロバ・アル・カリイエきっての大国なのだそうです。
 メイジは居なくて、あの蒼莱みたいな機械と呼ばれるもので生活を成り立たせているのだそうですよ。
 ねえ、才人?」

「え?あ、ああ…おう。」

才人、アドリブが利かないのですね。


「一億二千万人って、どう考えてもハルケギニア全土の人口を合わせた数より多いじゃない。
 数え間違いじゃないの?」

モンモランシーが信じられないという風に、肩をすくめたのです。


「日本には戸籍制度っていうのがあって、国民一人一人を生まれた時から国が登録しているんだ。
 だから、数字に間違いは無いよ。」

「…だ、そうなのです。」

トリステインの人口がおよそ200万人弱、ハルケギニア全土の人口をかき集めても3500万人くらい。
そこから考えると想像不能な人口なのは確かなのですね。


「ルイズって、ひょっとしてとんでもない国の平民を召喚しちゃったのかしら?」

「想像が困難なほどの大国であるのは確かなのですね。」

まあ何にせよ重なる事の無い世界ですから、気にしても仕方が無いのですよ。





「…ひっく。」

その夜、シエスタの家族が酒宴を催してくれたのですが、少々飲み過ぎた感があるのです。
村長であるシエスタの父が直々に腕を振るってくれたのですが、流石は味皇の孫というか、どの料理の絶品だったのです。
タルブワインもかなり良いのを出してくれたらしく、まさに甘露なのでした。


「良い月なのれすねえ~。」

呂律も回らないとは、かなりキているのですね。
ちなみに現在私は酔い覚ましがてらにタルブの草原でぼけーっと体育座りをしているのです。
…実は足にもキているので、歩くのが困難なのですよ。


「あれ、ケティ?」

「ん~、才人?
 こんな所で何をしているのれすか~?」

おおぅ…才人がぶれて見えるのですよ。


「たぶんケティと同じ、酔い覚ましだよ。
 隣に座ってもいいか?」

「いいれすよ~。」

私がこっくりと頷くと、才人は私の隣にストンと座ったのでした。


「シエスタにさ、話したよ。
 俺がこの世界の人間でないこと。
 ケティがせっかくフォローしてくれたけど、シエスタには話しておかなくちゃって思ったんだ。
 シエスタのひいじいちゃんの事だから、誤魔化したままでいたくなかったんだ。」

「成る程~、確かにシエスタにはちゃんと教えておくべきなのれすね~。
 道理なのれすよ~。」

ハルケギニアでは『聖地』にある世界扉から出てくるものも一緒くたにロバ・アル・カリイエの産物にされているので、才人がそこから来たというのも別に嘘ではなかったのですが、まあ良いのです。
しかし、このアホみたいな口調は何とかならないものなのでしょうか?


「明日は滑走路の造成を行い~、ギーシュ様とモンモランシーにガソリンのサンプルを作ってもらうのれす~。
 しょれから~、え~と~…。」

しまったのです、考えたりしたから脳が限界を超えてしまったのですよ、瞼が重くなって、ねむ…。



《才人視点》

「くー。」

ケティがしゃべりながらぱたりと倒れて寝ちまった…。
しかし、本当に酒好きなんだな、ケティって。


「おい、こんな所で寝たら風邪引くぞ、ケティ。」

「んにゃー、にゃむ…むにゅ。」

揺らしても、むずがるだけで起きる気配がぜんぜんNEEEEE!


「おーい、こんな所で寝てたら、Hな事しちゃうぞー…?」

「どーぞ、ごかってにぃ~…むにゃ、ワイン…。」

何…だと…?


「おーい、嘘じゃないぞ、本当だぞ、本当にやっちゃうぞ?」

「うにゅー。」

沈黙は承諾と受け取って良いのだろうか?
これは神の与えた千載一遇のチャンスか、大人の階段を駆け上るチャンスなのか!?
いやしかし、しかしだ…悪い予感がするんだな、これが。
最悪のタイミングで最悪のハプニングが起きるに決まっているんだ、今までの経験から言っても。


「やめとこ…ケティにまで絶交されたら、俺もう死ぬしか。
 どう考えても、ケティは俺の事をただの友達だと思っている節があるしなぁ…いやまあ、ただの友達なんだけどさ。」

ルイズの事は今でも好きだ、好きなんだけど…絶交されたままなわけで、しかもあれは単なる偶然で、なのに理由を聞いてもくれなかったわけで。


「しかし、普段は大人びいた雰囲気なのに、寝ると随分無邪気な表情だな。」

「うーん…ギーシュ…んぅ…。」

やっぱし、ケティはギーシュの事が好きなのかなぁ?


「あいつがケティに何したってんだよ…。
 俺なんか命の危機を救ったり…後は、えーと、えー…と?」

決闘のときルール教えてもらったり、色々と助けてもらったのに、俺がした事といえば、頬擦りしたり、パンツ見たり、押し倒したり、殆ど真っ裸なところを見たり…。


「あれ?むしろ貸し借り大赤字?」

なんというか、虫のように嫌われていても全然おかしくないレベルのセクハラですよ!


「あれは仕方が無かったんだ、つい、何というか、男のサガというか、ケティが相手だと無防備に甘えたくなるというかっ!
 兎に角、兎に角だ、あれだけやっても嫌われていないし、友好的に接してくれるという事は俺の事も結構好きなはずだよな?」

「にゅ?誰が誰の事を好きなのれすか?」

うぉ!?ケティが急に起きた!?


「え、えと、いや、だから…。」

「いいれすか?私はいつもいつもいつもいつも才人とルイズの事を心配しているのれす。
 ルイズは自分の属性のせいで、心がかなり歪み始めてしまっているのれす。
 うにゅ…それを癒してあげられるのはあなただけなのれすよ?
 ルイズだけを見ておいて欲しいのれす。
 それと、あなたには女の子を惹きつける魅力があるのれすから、私に頼り過ぎないで欲しいのれす。
 最近あなたに頼られる事が楽しみになってきた自分が嫌になるのれ…すから…私ここれ以上惹きつけないれ、くらさぃ…くー。」

ケティはぱたりと倒れてしまった。
寝言…だったのかな?


「そうか、俺に魅力を感じてくれているんだ、ケティは。」

そういう事にしておく、なんか元気になるし。


「とりあえず、嫌われないためにするべき事は…とりあえず運ぶか。」

抱き上げてみると、結構軽いのに少しびっくりした。
確かにルイズやタバサほどじゃないとはいえ、ケティは小柄な体格の部類には入ると思うけど。


「しかし、柔らかくて、ふわふわしていて、いい匂いだ…。」

匂いを思いきり肺に入れるくらいなら、問題無いよな?な?


「誰に言っているんだ、誰に。」

独り言が多くなるな、やっぱり緊張しているんだろうか、俺?


「あれ?サイト?
 抱っこしているのは…ケティ?」

向こう側からやってきたのは、ケティの姉ちゃんのジゼルだった。


「何か、酔っ払って話しているうちに寝ちゃったんだよ。」

この人、俺より少し背が高くて、スラッと伸びたモデル体系なんだよな。
ケティよりもつり目に見えるのは、たぶんポニーテールのせいかな?
ケティは可愛い系なんだけど、ジゼルは格好良い系、年下の女の子に「お姉さま」とか言われそうな感じの。
なのにいっつもケティに甘えまくっているから、いろんな意味で台無しだけど。


「ありがとう、女の子っていってもなんだかんだで結構重かったでしょ?
 私が代わってあげる。」

そう言うと、ジゼルは呪文を唱えはじめた。


「レビテーション。」

「おわっ!?」

急にケティの体から重さが消えたかと思うと、浮き上がった。


「いや、そんなに重くは無かったんだけど。」

「うん、知ってる。」

そう言うジゼルの腕の中に、眠るケティはふわりと納まった。


「だって、こんなに格好良くて軽くて良い匂いのするケティを他の人に任せるだなんて、ねえ?」

「ふにゃー…。」

ジゼルはケティを抱き寄せて頬をすりすりしているけど、ケティはちょっと嫌そうに眉をしかめている。
なんというシスコン…って!?


「あーっ、騙したな!?」

「おほほほ、ケティは渡さないわ、さらば!」

そう言うと、ジゼルは物凄い勢いでケティを抱きかかえたまま走り去ってしまった。


「足はえー、ジゼル…まあいいや、帰って寝よ。」

もうちょっとあの感触と匂いを感じていたかったなぁ…。






《ケティ視点》
「…何故?」

翌朝、目が覚めると何故かジゼル姉さまの抱き枕にされていたのでした。
タバサにも抱き枕にされているのです。
しかも何故か私の上にキュルケが乗っかっているのですよ…。


「暑い…。」

3人に囲まれて眠るのは、流石にきっついのです。
ハーレム?前世なら兎に角、今の私は女の子なのですよ…。


「取り敢えず起き上がりましょ…起き上がれない!?」

3人の腕と足が私の腕と足に絡み合って外れないのですよ…。


「ああ、暑い…。」

「おーい、ケティおはよ…う?」

だから才人、レディの部屋を訪れる時はノックぐらいしやがれ、なのです。
…ですが、今回はグッジョブ、許してあげるのですよ。


「助けてください、才人…。」

「助けるのはいいけど…触っても良いのか?」

私はしょうがないと諦めますが、他の三人は未だ夢の中、流石にまずいかもしれないのです。


「…シエスタとモンモランシーを呼んで来てください。」

「おう、わかった。」

才人に呼ばれてやってきたシエスタとモンモランシーに、指差されて笑われたのは言うまでも無いのでした。
しかし、何でこんな事に…。





昼過ぎになり、滑走路が何とか完成したのです。
草を焼き払い、村の人たちに頼んで地均しをして、何とか500mの滑走路をでっち上げたのでした。
もちろん、代金は全て今まで稼いだお金から支払っているのですよ。
総額合わせて6000エキュー程。
…結構な額になりましたが、竜騎士を呼んで運んでもらうよりは遥かに安い額なのですよね。

ちなみにギーシュとモンモランシーは現在、村にある油を食用非食用を問わずに錬金で変質させて自動車用のハイオクガソリンに変えているのです…実は昨夜から。


「…か、完成したわよ。」

「こ…これが僕の本気さ。」

燃料タンクの四分の三ほどの量ですが、これで十分なのです。
デスマーチ、ご苦労様なのです。


「二人ともお疲れ様でした。
 取り敢えず今は寝てください。」

「ええ、遠慮せず寝させてもらうわ…。」

「精も根も尽き果てたよ、僕ぁ…。」

二人はよろめきながら、肩を組んでシエスタの家に入っていったのでした。
ううむ…これをただ働きさせるのは流石に鬼畜なので、ギーシュにも報酬を出しましょう。


「では早速、これを蒼莱に注ぎましょう。」

「ん、シルフィード、注いで。」

「きゅい!」

シルフィードはひと鳴きすると、木で作ったポンプのハンドルを口で持って回し始めたのでした。
ガソリンがポンプで汲み上げられて、燃料タンクに注がれていきます。


「んー…これは確かにガソリンの香り。」

「いい香りなのですねえ。」

ガソリンスタンドに漂う香りなのです。


「しかし、こいつがハルケギニアの空に舞うのか…。」

「感慨深いのですねえ。」

燃料を注がれる蒼莱を見て感慨深げな才人に同意します。
取り敢えず、弾倉から弾を一発抜いてきたので、これを何とかして複製できないものか粘ってみるのですよ。
57mm弾…一日一個でもいいから、何とか複製できれば良いのですが。


「ああそうなのです、防弾板と無線機を外して後部座席を取り付けたので、宜しくお願いしますね。」

「…素早い、さすが元軍オタ、抜け目ねーな。」

当たり前なのですよ、架空戦記の戦闘機に乗れる機会なんてそうそうあるものではないのですから、張り切って当然なのです。
しかし、このハルケギニアの世界扉は才人の世界にだけ繋がっているわけではないのですね。
聖地にヤクトミラージュが転がっていても、もはや何ら不思議ではないのですよ。


「別に趣味だけで同乗するわけでなありませんよ?
 才人だけで学院の近くに着陸したら、騒ぎが起きて収拾がつかなくなる可能性が高いでしょう。
 私も乗っていれば、ある程度の誤魔化しもつくというものなのです。」

「あ…そうか、この世界じゃ平民は空を飛べない筈だもんな。」

そういう事なのです。


「他の皆はどうするんだ?」

「シルフィードで帰って来て貰うのです。
 残念ながら、蒼莱は二人が限界ですし。」

一人用のところを無理して乗るのですから、もうどうにもならないのですよ。


「燃料注入終わった。」

「才人、コックピットへ行ってエンジン始動の準備をして下さい。
 私はプロペラを回すのです。」

レビテーションのベクトルを回転様にいじって…こんな感じですか。


「レビテーション。」

こんな即興魔法にいちいち発動ワード考えるほど私は詩的才能に溢れてはいないのですよ、どうせ。


「へえ、この二つの風車、逆方向に回転するのね。」

「ええ、二重反転プロペラと言うのですよ。
 ああキュルケ近づかないでください、プロペラがこれからものすごい勢いで回るので、吸い込まれたら一瞬で挽肉になるのですよ。
 それでは才人、エンジンを始動させて下さい。」

キュルケがもの珍しそうに覗き込んでいるので、注意して留まってもらったのです。


「おっけー、んじゃいくぜ!」

バスン!バスン!という音が何回か鳴った後、バスバズバズバス…という連続した音になっていき、プロペラの回転数もどんどん上がっていきます。
とうとうバババババババババ!という爆音に変化したのでした。


「きゃあああああああっ!?」

シエスタのスカートが物凄い勢いではためいているのです。
それを、風に吹き飛ばされそうになりながら、村の男達が鼻の下を伸ばして眺めています。
…後ろに立つなというのをすっかり忘れていました。


「シエスタ、さあ、こちらへどうぞ。」

「ミス・ロッタ、パンツ、パンツ!」

シエスタが必死になって呼びかけてきますが、私のミスなのですからパンツの一つや二つ、見えたところでしょうがないのですよ。
前世の経験から考えても、堂々と見えっぱなしだと逆に劣情を誘わないものですし。


「ふう、すいませんシエスタ、すっかり忘れていたのですよ。」

「ありがとうございます、スカートが捲れるのも気にせずに助けに来ていただいて…。」

改めてそう言われると、かなり恥ずかしくなるからやめて欲しいのですよ、シエスタ。


「それでは私と才人はこの蒼莱で、一足先に学院に帰るのです。」

「えー?ケティだけずるくない?」

キュルケが口を尖らせて文句を言い始めました。


「な、何でミス・ロッタなんですか、私でも良いじゃありませんか?」

シエスタも不満そうに眉を吊り上げているのです。


「私もケティと一緒に乗りたいー!」

ジゼル姉さま、才人が降りたら操縦できる人がいないのですよ…。


「……………。」

最後にタバサ、本を読みながら何度もこちらを意味ありげな視線でチラ見しないでください。


「これが学院の近くに着陸すれば、必ずや大騒ぎになるわけですが…。
 …この蒼莱がどうやって飛んできたのか、うまく説明できる人が私以外にいるならどうぞ?」

ええい、確かにこれは殆ど趣味ではありますが、理由だってきちんとあるのですよっ!


「そういう面倒臭いのは簡便だわ、学院に帰ってから乗せてもらおうっと。」

キュルケなら、きっとそういうと思っていたのです。


「うう…ミス・ロッタずるい。」

今回は勘弁して欲しいのです、シエスタ。


「うう、私がソウライの扱い方がわかれば…っ!」

だから、何で才人を排除しようとするのですか、ジゼル姉さま?


「残念。」

「きゅいぃ…。」

シルフィードが切なそうに見ていますよ、タバサ。


「異論は無いのですね、ではまた後で会いましょう♪」

「…自分の趣味の為に皆を言いくるめるか、普通?」

コックピットに入ると、才人がボソリと言ったのでした。


「趣味の為でなかったら、ここまでの強攻策は取らないのですよ?」

「何かが激しく間違えているような気がする…。」

頑丈な椅子を加工して作った仮設の座席に、自分の体をしっかりと縛り付けていきます。
仮設の座席をしっかり作っておかないと、私の後に乗るルイズが戦闘機動であちこちに体を打ち付けて、無残な事になってしまいかねないのですよ。
ヒロインとして色々とNGでしょう、それは?


「まあいいか、じゃ行くぞ!」

才人の声とともに蒼莱はゆっくりと動き出し、急速に加速し始めたのでした。


「うひゃあ、揺れる、ゆ~れ~る~!?」

「黙ってないと舌噛むぞ!」

前世で渡米するときに乗ったジャンボジェット機とはぜんぜん違う離陸なのですよ、物凄く揺れるのです。
今度滑走路を作るときは、もう少しきちんと整地しましょう…。


「あ…、揺れが。」

「離陸したぜ、ケティ。」

急に揺れがやんで、ふわりと持ち上がった感覚がしたのでした。


「凄い上昇速度、流石は蒼莱なのですね。」

あっという間にタルブの村が遠ざかっていくのです。


「蒼莱は確か高度12000メートルまで上昇できますが、やめてくださいね?」

「何で?」

「外気温が-20℃くらいになるのですが、行きたいのですか?」

蒼莱は与圧が比較的しっかりしているらしいですが、簡便願いたい気温なのですよ。


「高度3000メートルくらいにしておくな…。」

賢明な判断なのですよ、才人。
この後私たちは一時間弱の空の旅を楽しんだのでした。



[7277] 第十九話 男と女のエトセトラ、メカもあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:32
男女関係色々あります
男と女がいれば、まあ、色々と起きるものなのです


男女関係複雑です
ルイズと才人、その関係まさに摩訶不思議なのです


男女関係のもつれは…NiceBoat?
刺されたり、首斬られたりは断じて勘弁なのですよ








「高い所から学院を見下ろすのも、また乙なものなのですね。」

「それは良いけど、ちゃんと着陸場所探してるか?」

現在私達は学院の周辺に楽に着陸が出来る場所が無いか探しているのです。
離陸時に酷い目に遭いましたから、着陸時にも同じ目に遭うのは勘弁なのですよ。


「うーん、あの直線街道が丁度良いとは思うのですが…。」

「ケティもそう思うか?」

トリステインには大王ジュリオ・チェザーレ時代の街道がいくつか残っているのですが、学院の近くにもあるのですよね。


「ただ少し、狭いのですね。」

「ケティもそう思うか…。」

きちんと舗装されているので、草原に不時着するよりはいいような気もするのですが側溝があるので、はまったら大惨事なのですよ。


「やはり仕方がありません、学院の前の道に着陸しましょう。
 多少起伏がありますが、草原に不時着するよりはましな筈なのです。
 後でコルベール先生とオールド・オスマンに頼んで、平らな滑走路を造れば良いのです。」

「仕方が無いな…ケティ、舌噛まないようにしっかり口閉じておけよ?」

才人がそう言うと、蒼莱は緩やかに旋回しつつ速度を下げていくのでした。


「学院の前にぴったりつけてやるぜ!」

「別にそんなチャレンジをしなくても。」

蒼莱は徐々に速度を落として行き、接地し…大きくバウンドしました!?


「なんのおおおぉぉぉっ!」

それでも才人は何とか態勢を立て直しますが、速度があり過ぎやしませんか!?


「死んでも命がありますようにっ!?」

「何の、根性!」

プロペラピッチをリバースにしたのか、急激に速度は落ちていきます。



「何とか…止まった。」

「今度は何処の世界に生まれ変わるのかと、一瞬考えてしまったではないですか…。」

…死ぬかと思ったのですよ。


「風防を上げてください、そろそろ来るはずなのです。」

「わかったけど、誰が?」

そう言いながら、才人が風防を上げたのでした。


「眩しい人に決まっているのですよ。」

「眩しい人?」

その時、学校の門の向こうがきらりと輝いたのでした。


「…ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!」

ズドドドドと擬音を響かせながらやってきたのは…。


「うぉっ!眩しッ!?」

「こここれは、これはいったい何なのですかな?」

そう、『眩しい人』こと、コルベール先生なのでした。


「目が、目がァ!?」

「どーもどーも、コルベール先生、ただいま帰還いたしましたのです。」

そう言いながら、もがく才人を尻目に蒼莱から降りたのでした。


「目がああァァ!?」

「おお、君は確か一年のミス・ロッタではないか。
 これはいったい何なのですかな?」

「これは蒼莱といって、才人の世界の空を飛ぶ乗り物なのです。
 魔法をまったく使わずに、風竜よりも早く高く飛ぶ事が出来るのですよ。」

私がそう言うと、コルベール先生は驚いたように目を見開いたのでした。


「目がああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「それは素晴らしい!?
 い、いったいどういう原理でそうなるのかね?
 知っている限りでいいから教えてくれたまえ。」

「はい、私の聞き知っている限りであれば。
 …はい、なんですふぁ、さいひょ?」

ちょんちょんと指で肩を突かれたので、振り返ってみると指がぷにっと頬に突き刺さったのでした。


「なにふるのれふか?」

「無視すんなよ。」

ちょっぴり涙目で、才人が私を睨み付けていたのでした。


「集まった他の連中に、可哀想なものを見る目で見られたじゃねえか。」

「あれは無視するでしょう、常識的に考えて。」

いくらコルベール先生の禿頭が眩しいとはいえ、もがき苦しむほどではないのですよ。


「俺渾身のリアクションを完全スルーとか、悲し過ぎるだろ…?」

「あんなベタなリアクションに、いちいち反応するのも癪だったのです。」

「…そろそろ良いかね?」

痺れを切らしたコルベール先生が話し始めたその時、視界にふわっと上品に広がったピンクブロンドが目に入りました。


「ええ、才人の国の乗り物ですし、才人に聞けば答えてくれると思うのですよ。」

「なるほど、確かにそうですな!」

「ええっ、ちょ、ま、ケティ!?」

才人の制止を無視して、私は先ほどピンクブロンドの髪が見えたところに向かって歩いていったのでした。


「それでは早速聞きたいのだが…。」

「ひええぇーっ!?」

始祖に祈っておいてあげるので頑張れ、なのです。


「あ、居ましたねルイズ。」

「…才人と二人っきりだったの?」

ルイズが自信なさげに私を見たのでした。


「あなたに依頼された通り、才人が私を含めて女の子と妙な事にはならないようにしておきましたよ?」

タルブでたらふくワインを飲んだ後、朝まで記憶が無いのですが、才人の様子を見るに誰とも何も無かったと思うのですよ。


「…ほんと?」

「ええ、この件に関して嘘は無いのですよ、始祖に誓って。」

まあもっとも、私は始祖の事など欠片も信じてはいないのですが、今回は嘘偽り無いのですよ。


「その割には、サイトとだけ一緒に来たみたいだけど…?」

飽く迄も、そこをツッこむのですね、ルイズ。


「あれは元々一人乗りなので、何とか席をでっち上げても二人が限界だったのですよ。」

「ああ言えばこう言われる…何だか一生口で勝てる気がしないわ。」

元々コミュニケーション下手なルイズが、《見た目は少女、記憶はヲタク(♂)、でも人格は少女…の筈》の私に口で勝とうなど、100年早いのですよ?


「うう…心配が無いのはわかったけど、どうしよう?」

そう言いながら、ルイズはコルベール先生に質問責めにあっている才人をチラ見しているのです。


「気まずいのはわかりますが、恥ずかし紛れに肉体言語で語ったら完全に終わるのですよ?
 そうしたら、私の努力も全てパアなのです。」

ここぞとばかりに攻勢をかけようとするシエスタを散々妨害したせいで、私は彼女に才人を巡るライバルだとすっかり勘違いされてしまったのですよ…。


「う…わかってるけど、自信無いわ。」

そう言って、ルイズは私の後ろにササッと隠れたのでした。


「ゆ、ゆっくり、ゆっくり前進して。」

「1つ言っておきますが、ルイズの髪の毛はとても綺麗で目立つのですよ?」

横にふんわり広がってしまうので、私の体格で隠すのはどう考えても無理なのですよね。


「それでもいいから、進んで。」

「…意味が全く無いような気がするのですが、仕方が無いのですね。」

私はそろりそろりと後ろにルイズを隠しながら才人に近づいて行ったのでした。


「あ、ケティ、た…助けてくれ!
 こういうのケティの方が詳しいだろ!?」

「ミス・ロッタが、何故…?」

「………………。」

そういう事を面と向かって言われると、滅茶苦茶困るので止めて欲しいのですよ。
…はぁ、こういう私が制御しきれないうっかりが起きるから、才人には前世の事を教えるつもりは最初無かったのですが、仕方が無いのですね。


「実は私の実家には、こういう《存在し得ない工芸品》に関する古い資料があるのですよ。
 一般人に過ぎない才人よりも、きちんとした資料を読んだ人間のほうが詳しいのは道理なのです。」

「そうそう、ケティはこういうのにくわし…いでーっ!?」

「な、なるほど!それは是非一度読んでみたい…けど、無理ですな。
 そ、そうだ、今度取り寄せて…。」

偽の古文書とは言えど、書いてある事は全て本当なのですから、見せるわけには行かないのですよ。
同時に才人の足を、《お願いだから黙っていて欲しい》という切なる願いを込めて、思い切り踏んづけてみたのです。


「先生の好奇心には敬意を表しますが、取り寄せる事は出来ないのです。
 当家の古書の多くは、ロマリアの焚書を免れた貴重な資料が多いもので。」

「う…ううむ、そうかね、残念だ…本当に。」

それに偽古文書だとばれるのは拙いですし、コルベール先生には悪いですが、持ってくるわけには行かないのですよ。


「その代わり、この蒼莱に関する事で私の知り得る事は何なりとどうぞ。」

「おお、本当かね!」

「え、ええ、飽く迄も私の知り得る事だけなのですが。」

顔を近づけ過ぎなのですよ、コルベール先生。
事故ってキスにでもなったら、燃やしますよ?


「そ、その前に才人、ルイズが仲直りしたいそうですよ?」

「え!?ちょっと、ま、待って…。」

待たないのです、とっとと和解しやがれなのです。


「え、ええええええと、な、何してたの?」

「宝探し。」

いきなり現れたルイズにテンパったのか、才人も言葉少なめなのです。


「そ、そう、無事で良かっ…じゃなくて、ご主人様に無断で出て行くとは、い、いい、ど、度胸じゃないの?」

「俺、クビじゃなかったか?」

「…うっ。」

ルイズが泣きそうな顔になりました。
…それじゃあ嫌そうにしか見えないのですよ、才人?


「こ、ここで挫けちゃ駄目よ、ルイズ…。
 ケティからあらかた話は聞いたわ、だから弁解の機会を与えてあげる。
 聞いたけど才人から直接教えて、いったい何があったの?」

「シエスタとは何もしてない、あれは不幸な偶然がいくつも重なった結果だよ…って、自分でも何であんなになったのか信じ難いんだが。」

それこそが、ラブコメ主人公属性の為せる業なのですよね…時折巻き込まれる私はたまったものでは無いのですが。


「本当に、何も無いのね?」

「ああ誓うよ、シエスタとは何にも無い。
 そもそもあの時だって、彼女来たの初めてだし、そんな事に早々なってたまるかよ。
 だいたい、俺とルイズだってなんにも無いじゃねえのさ、何であんなに激怒すんだよ?」

「ううぅっ…。」

またルイズが泣きそうな顔に…いや、これは泣きますね、乙女の最終兵器《泣き落とし》なのです…まあ、これは本気で泣いているわけなのですが。
この高等テクニック、後学の為に是非勉強せねば。


「うっ…ぐすっ…ひっく。」

「ちょ、そこで泣くのは卑怯だろ!?」

案の定、才人は慌てふためき始めたのです。


「だ…だって、あんな事言ったのはいいものの、本当に居なくなったらって思ったら不安になったんだもん。
 貴方は使い魔で、わたしはご主人様なのにサイト全然私の言う事聞いてくれないし。
 その癖ケティの言う事にはホイホイ従うし、そのせいでどう見てもわたしよりもケティのほうがご主人様に見えるし。
 どうせ、わたしは言う事理不尽だし、本当は何を言いたいのかわからないし、怒りっぽいわよ、うぇーん!」

「い、いやさ、わかってんなら直せよ…な?
 あと、いつの間にかあんまし関係の無い事まで言って無いか?」

「直せるならとうの昔に直してるわよ、サイトのばかー!えーん!」

おお、何というカオス。
どう考えても悪いのはルイズなのに、全ての因果を通り越して悪いのは才人という空気が醸成されつつあるのですよ。


「ああもう、わかったよ、何だかわからんけど俺が悪かったから、もう泣くなっての。」

泣く娘と範馬勇次郎には勝てないといいますし、当然いえば当然の結果かもしれないのです。


「やれやれ、二人とも仕方が無いのですね…ああ、すいませんミスタ・コルベール。
 それでは質問にお答えしましょう。」

「うむ、それではまず…。」

この後数時間に渡って、コルベール先生の質問攻めは続いたのでした。
取り敢えず、知っている事は全部言いましたが、あれで良かったのやら…。





「才人、はい、スパナなのです。」

「お、サンキュー。」

現在私と才人は蒼莱のコックピットの中。
才人と一緒に助手席をでっち上げたものから、きちんとしたものに変更している最中なのです。

ベルトは紐で縛りつけるものから、革の4点式ベルトでがっちり固定できるものに変更しました。
ベルトの留め金も、ギーシュに頼んで作ってもらったので完璧です。
粘土で作った工具の原型を少々無理して鉄に錬金してもらったりもしましたし、何だか最近縁の下の力持ちとして大活躍なので、今度何かきちんとしたお返しをしなくてはいけないのですね。
ギーシュの喜ぶもの…女の子?


「しかし、ここまでがっちり作りこむ必要があったのか?」

「助手席から誰かが吹っ飛んできて、一緒に墜落したいのですか?
 こちらの金属は大日本帝國時代の大量生産品に比べても冶金技術が遥かに劣るのですから、かなりがっちりしないと戦闘機動を行ったときに危ないのですよ。」

原作でもルイズは戦闘機動を行う零戦の中で転げまわって傷だらけになっているのです。
危ない事するなーとか思っていたので、しっかり覚えているようなのですよ。
こんな所ばかりしっかり覚えているというのが、何とも軍オタの性というか何というか…。


「戦闘機動…か、やっぱ戦争になるのか?」

「レコン・キスタは革命をハルケギニア全土に広げようとしているのです。
 ついでに言えば、連中にはこの世界の戦争における良識も常識もありません。
 才人、アルビオン王党派が一気に押し込まれた原因を知っていますか?」

ワルドはレコン・キスタを利用して、この国の腐敗部分を粛清しようとしていたようですが、この国の腐った連中ばかりがレコン・キスタに賛同しているというのが笑い話なのです。
彼らは王権の縮小または排除と、それによる自らの権益拡大の事しか考えていません。
わかりやすく言うと、この国がレコン・キスタに負けた場合、まともな貴族が一掃されて、腐った貴族だけが残る事になるのです。
レコン・キスタにこの国が滅ぼされた場合、この国の腐敗ぶりは手の施しようの無いくらい酷くなるでしょう。


「いや、知らないけど。」

「休戦協定を結んで王党派が緩んだ直後に、協定を破って奇襲を仕掛けたのです。
 レコン・キスタにはルールは守られるという前提があるからルール足りえるのだという事が、いまいち理解出来ていない人間が頂点にいるようなのです。
 今度も我が国と休戦条約を結ぶとかいう話になっているようですが、たぶん彼らは莫迦の一つ覚えみたいに同じ策を使うでしょう。」

実際、原作でも破られましたしね。


「タイミングはたぶん姫様のお輿入れに合わせて。
 アルビオンから親善の為の艦隊がやってくるそうですよ?」

「その話、姫様にしたのか?」

洒落にならない話を聞いて真剣な表情になった才人が、私の方を見たのでした。


「いいえ、していないのです。
 姫様伝いでばれると大変な事になりますし、チャンスでもありますから。」

「チャンス?」

才人が不思議そうな表情を浮かべたのでした。


「ええ、奇襲というのは相手が知り得ないからこそ、奇襲になるのですよ。
 そしてこれは、奇襲を仕掛けてきた相手にも言える事なのです。
 奇襲を仕掛けて混乱する筈だった相手が平然と反撃してきたら、びっくりすると思いませんか?」

「奇襲を仕掛けてきた相手を奇襲するってのか、えげつねー。」

戦いとは正義が勝つものではなく、勝ったものが正義なのですよ。


「この情報はモット伯の伝手を使って、トリステイン艦隊司令官のラメー伯だけに伝えてあるのです。
 後はラメー伯が信じるか信じないか…なのですよ。」

レキシントンは既に撃沈済みなので、新型砲をどの艦に積んだかは未知数なのですが、トリステインも艦載砲を最新式のカルバリン砲に切り替えたので、事前の情報さえあれば全滅はしないと信じたいのです。
8.8cm.Flak(アハトアハト)をロマリアから借りてこられればトリプルベース火薬も手に入って最高なのですが、まあ贅沢言ってもしょうがありませんし。


「信じるかね?」

「信じなければピンチなのですよ、タルブが。」

シエスタの家にはお世話になりましたし、村の皆にも世話になったので、被害をなるべく減らすことが出来ればベターなのですよ。


「たっ、タルブがピンチってどういう事だよ!?」

「タルブ周辺は開けた草原が多くて、陣地の構築が容易なのです。
 加えて交通の要衝でもありますから、アルビオンが攻めてくる場合、タルブ一帯を確保してくるのは確実なのですよ。」

さらっと言っておきます、さらっと。
そうすれば…。


「何でその事をシエスタに教えてやらないんだよ!」

ほら、乗って来たのです。


「飽く迄も私の予測に過ぎないからなのですよ。
 領民が大量に逃げだしたら、領主は追手を差し向けます。
 そうなったら、事態はカオス化してもう無茶苦茶なのです。」

「だからって!
 タルブの皆を見捨てるのかよ!」

才人が、私の肩を力いっぱい握りしめたのでした。


「痛いのです…離して…。」

「ケティは見捨てるつもりなのか!?」

最近才人はデルフリンガーで素振りをやっているせいか、どんどん筋肉がついてきているのですよね。
それを考えると、少しだけドキドキします。


「見捨てるなんて冗談ではありません。
 タルブを破壊されたら美味しいワインが飲めなくなってしまいます。」

「茶化すな!」

うーん…少々怒らせすぎましたか?


「だからこそ、この蒼莱の整備をきちんと行うのですよ。
 蒼莱であれば、この世界の航空戦力など物の数ではないのですよ、おそらく軍艦も。
 ガソリンの増産体制も整えたので、あとは滑走路だけなのです。」

モンモランシーを中心にして、学院の水メイジにお小遣い稼ぎ感覚でガソリンを増産してもらっているのです。
お金の出所はモンスター退治で儲けたお金からなのです。
モンモランシー以外はお金に疎いので、ちょろいものなのですよ、うふふふふ。


「弾薬も複製して見せますから、期待しておいて欲しいのです。」

「うーん、よくわからんけど、ケティが何とかするし、俺が何とか出来るって事か?」

この蒼莱は試作機なのか何なのかは知りませんが、57㎜機関砲が電気発火式で、しかも薬莢回収機構まで着いていたのですよ。
たぶん、薬莢回収機構がある理由はA-10と同じだとは思うのですが、電気発火式とは何というハルケギニアに優しい設計。
薬莢をリロードする時に傷などを修復してあげれば、発火機構が壊れない限り、事実上半永久的に使えるのです。

必要なのは弾頭とダブルベース火薬だけで、空飛ぶヘビ君涙目。
味皇様はとんでもない機関砲を置いていきましたといった感じなのでした。
さすが紺碧世界の兵器…これなんてチート?なのです。


「ええ、私達に出来るのは蒼莱をきっちり飛べるように整える事なのですよ。
 あとで飛行場の造成を学院長に陳情しに行ってくるのです。
 期待しておいてください。」

そう言って、かなり久しぶりのVサインを才人に見せてみたのでした。






「…はぁ、またなの?」

「私たちの中で一番色っぽい人に色仕掛けを頼むのは当然だと思うのです。
 シエスタは使用人なので論外ですし、モンモランシーやジゼル姉さまでは、そこの起伏が足りませんし。」

そう言いながら、やる気の無さそうなキュルケの胸を指差したのでした。
ええ、また学院長室の前なのです。
あれから二日ほど経ち、滑走路を作る為のお願いをする為に学院長室まで来たのでした。


「ケティもやりなさいよ、あんたそこそこあるでしょ?」

「キュルケと並ぶと、哀れなものなのです。」

キュルケのは、まさに大迫力なのです。


「持てる者は持たざる者に施すのが筋というものなのですよ。」

「あんたは間違いなく持てる者の側に入るわよ。
 …と、言うわけで、さあ脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」

そう言いながら、キュルケが私のブラウスのボタンに手を伸ばし始めました。


「や、やめてくださいキュルケ、よりにもよって学院長室の前で。」

「踊るのは私がやってあげても良いけど、せめて谷間くらいは出しなさい。
 じゃないと不公平でしょうがっ!?
 あんた火メイジの癖に服装がきちんとし過ぎなのよ、もっと情熱的に、扇情的にっ!」

あっという間に私のブラウスは、キュルケみたいな着崩しスタイルに早変わりしてしまったのでした…。


「こここれは…扇情的に過ぎ…って、何やっているのですか、キュルケ?」

「んー?前から思っていたけど、貴方のスカート長過ぎるのよ。
 あのルイズですら結構短くしているのに。」

そう言いながら、キュルケは針と糸を器用に使って、私のスカートの裾をあっという間に短くしていくのです。


「何という以外な特技…。」

「何時如何なる場合でも、お洒落には手を抜かないのが私の信条なの。」

…っと、感心している場合ではないのですよっ!?


「こんなに短くしたらパンツが見えてしまうのですよ!
 こここんな短いスカートは未だかつて履いた事が無いのですっ!」

「パンツ見えるのを気にしないで、メイドを助けに行った娘が何を今更。
 女は度胸よ。」

こんな事に度胸を使いたくないのですよ。


「それにね、普段冷静な娘が恥らう姿はとても良いものなのよ?」

「それならば、タバサでも良いのでは?」

タバサの方が、私よりも余程クール系なのですが。


「ケティ…それは犯罪よ?」

「一応、ああ見えて彼女は私よりも1つ年上なのですよ…?」

キュルケの言いたい事には、全く同意なのですが。


「タバサには悪いけど、学院長の好みは出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる娘だわ。」

「喜ぶべき事なのやら、悲しむべき事なのやら…。」

まあ、次期ガリア女王にセクシーダンスとかさせるのは後々問題になりそうな気がするので、喜ぶべき事なのですよね。


「…で、では、行きましょうか。」

こんな姿を衆目に曝すのは勘弁なのですよ、学院長に見せるのも嫌ですが。


「失礼します。」

「何かn…ぬおおおぉぉっ!?」

学院長が私の姿を見て、びっくり仰天しているのです。
ええ、ええ、そうでしょうとも、普段は徹底的に肌を出さないようにしているのに、胸元は思い切り開いてブラが覗いていますし、サイハイソックスを履いているのに絶対領域が出来るくらいスカートが短くなったのですから。


「な、何でしょうか?」

「い、いや、その姿は…。」

私を見て鼻の下を伸ばすな、なのです。


「き、気にしないでください。
 それよりも、学院長にお願いがあって参ったのです。」

「学院長、私達のお願い、聞いて下さるわよね?」

「むほほほ、良い良い何でも言いなさい。」

とっとと用件を済ませて元の姿に戻らないと、羞恥心で死ねます…。


「先日私達が持ってきた飛行機の滑走路を造っていただきたいのです。
 魔法実習の課外授業として、出来る限り速やかに。」

「滑走路…?それは何じゃ?」

「こんなのよ。」

そう言って、キュルケが羊皮紙に書かれたイメージ画と、その仕様を手渡したのでした。


「幅10メイル長さ500メイルの表面を錬金で石に変えて舗装した平坦な広場に、ガソリンを入れるタンクと、飛行機を入れる格納庫とな?」

「ええ、あの蒼莱を安全に離着陸させる為には必要なのです。」

自分で言うのもなんですが、かなり無茶振りなのです。


「確かに学院の生徒を総動員すれば、作る事は不可能ではないがのう…。」

「お願いしますわ学院長。」

そう言って、キュルケが学院長の腕に自分の腕を絡めて、流し目を送りながら胸を押しつけたのでした…って、キュルケが目で何かを促していますが、ひょっとして私にもやれと?


「お…お願いします学院長、貴方だけが頼りなのです。」

いきなりこれはハードル高いのですよ…と言う事で、腕を掴むだけで済ませるのです。


「う、うむ、皆で何かをするというのは教育上良い事じゃしのう。
 許可するぞい、後で教師を招集するから、その時に話そう。」

「あ、ありが…ぅひゃう!?」

お…お尻を触られたのですよ。
キュルケのほうがいい形をしているのですから、あっちだけにしておいて欲しかったのです。
自分達で色仕掛けしておいてなんなのですが、この性犯罪者を何時までも学院長としてのさばらせて良いものかと少々考えてしまうのですよ。


「で、でででは、これで失礼するのです。
 それでは学院長、滑走路の件よろしくなのです!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってケティ!?」

私は逃げ出すように学院長室を後にしたのでした。


「うううぅぅ、お尻触られたのです…ぐすっ。」

まさか、あんな怖気が走る感覚とは、思ってもいなかったのですよ。
才人に押し倒された時とかは、もっと広い範囲を触られたのに特にそんな感覚はなかったのですが…って、何考えているのですか、私は!?


「やれやれ、あの変態学院長にも困ったもんだわね…って、あらケティ、泣いてるの?」

「ぐすぐす…今回でわかったのです、この手段は多用すべきでは無いと。
 効果が劇的だからといって、多用したら貞操の危機なのですよ。」

まさに性の切り売り、女の最後の手段、ハイリスクハイリターンなのですよ。


「そうそう、手段は選びなさいよね。」

「…申し訳ないのです、キュルケ。」

これは嫌がって当然なのですね。


「わかったんならいいわ。
 今後はこういうのは勘弁してよね?」

「ええ、私もこりごりなのですよ。」

学院長には悪いのですが、当分顔も見たくないのです。


「でもこれで取り敢えず、飛行場の目処は立ったのですね。」

「ダーリンと二人きりでソウライ乗る為なら、エンヤコラってね。
 すごく早く高く飛ぶのをタルブで見てから、あれにどうしても乗ってみたくてしょうがないのよ。」

話を聞く限りでは、才人よりも蒼莱が気になっているようなのです。
キュルケは新しいものとか、珍しいものとかに目が無いので、当たり前といえば当たり前かもしれないのですね。


「最初は、ルイズと才人なのですよ?」

「一番最初に颯爽と乗り込んだ人が何を仰るのやら?」

ははーんとキュルケが鼻で笑ったのです。


「あれは移動の為だったので、数えなくて良いのですよ。」

私は輸送ついでに、取り付けた複座が安全に使えるかどうかを試しただけなのですよ。
本音を言えば、ただの趣味ですが。


「…不思議よねえ、何であんたって好きな男を他の女とくっつけようと努力するの?
 ギーシュしかり、ダーリンしかり…。」

「なななっ!?」

確かに私はギーシュの事がちょっと好きかも知れませんが、何で才人まで!?


「と・く・に、ダーリンと仲いいわよねえ、最近?
 二人一緒にソウライの狭い操縦席で何やっているのかしらぁ?」

「複座の固定だけではなく、怪我をしないように複座の周辺を色々といじっていたのですよ。
 才人はあれの構造を把握しているので、参考にする為に呼んでいたのです。」

「…それは私も常々聞きたい事だったのよね。」

…と、急に廊下の影からルイズがにゅるっと出てきたのです。


「本当のところを正直に話して、才人と…その…変な事していても、貴方をどうこうしようとは思わないから。」

「…ルイズ、もう少し才人を信用してあげて欲しいのです。
 才人は無節操に女の子に手を出せるような男では無いのですよ。」

そう、才人はルイズ一筋、多少の浮気心はあれども、何時だって何処だってルイズが一番なのですよ。


「私襲われたけど、ケティも押し倒されたでしょ?」

「うっ…ま、まあ、才人も思春期の男の子ですし、時々不用意に男としてのほとばしる本能に突き動かされる事はあるのではないかなと思うのですよ?」

「うーん…ルイズやケティにそういう事をしておいて、私にしないというのは不愉快だわ。」

こんなの、張り合う事ではないのですよ、キュルケ。


「まあ何にせよ、学院長室の近くで立ち話もなんですし、お茶でもしながら話しましょうか?
 苺のショートケーキ(ガトー・オ・フレーズ)をマルトーさんに作ってもらったのですよ。」

「そうね、確かに立ち話する場所じゃあないし、立ち話でする話じゃあないわ…で、苺のショートケーキって何?」

苺のお菓子に食いつきますね、ルイズ。


「スポンジケーキの間に半分に切った苺と甘い生クリームを挟んで、それを更に生クリームで覆ってから、苺で飾り付けたケーキなのです。
 見た目はおとなしめですが、すごくふわふわして甘酸っぱくて美味しいのですよ。」

「わ、わ、それ美味しそう、早く行きましょ、早く食べたいわ。」

ルイズの目がめっちゃ輝いているのですよ、ひょっとして才人の事はどうでも良くなっていたりしませんか?


「ル、ルイズ、そんなに引っ張らなくても…。」

「苺のショートケーキが私を待っているのよ、留まる事など許されないのだわ。」

そう言いながら、私はルイズにずりずりと引き摺られて行くのでした。


「…ルイズはまだ色気より食い気なのかしらねえ?」

そんな、キュルケの呟きが聞こえるのです。
取り敢えず、今この時は色気よりも食い気が勝っているのは間違いないのですね。






「おいしい♪
 水臭いわよケティ、まさかこんな美味しいケーキを知っていただなんて。
 うにゅー、幸せー♪」

ルイズは食べ始めてから、たれルイズと化しました。


「これは確かに…とても美味しいわね。」

キュルケも、ルイズほどではありませんが幸せそうな笑顔なのです。


「ん。」

うっすらと幸せそうな笑みを浮かべつつ、パクリと食べてコクコク頷く…って、貴方は何処の騎士王ですか、タバサ?

現在私達はヴェストリの広場の一角にテーブルを並べて、ケーキとお茶を楽しんで居るのです。
ちなみに、途中でふらりと現れたタバサと、給仕をしてくれているシエスタの合わせて五人なのです。


「おいしそう…って、なんで視線を合わせてくれないのよ、ケティ?
 まさか、私に分ける気ないの?」

「色々とごちそうさまな人に、食べさせるケーキは無いのです。」

ああ、ちなみに私達が食べているケーキを隣のテーブルでギーシュと見せつけるようにいちゃついていたモンモランシーがもの欲しそうに見ていますが、無視なのです、無視。
赤貧貴族はシュガーポットの角砂糖でも嘗めていやがれなのです。
貴方はギーシュと甘い雰囲気を思う存分楽しんでいるのですから、それでお腹いっぱいでしょう、ふんっ!


「ギーシュはとりあえずここに放っておいてそっちに行くから、ケーキ分けてよ。」

「駄目ったら駄目なのです。」

「けちー、私も食べたい食べたいー!」

駄々っ子ですか、貴方は。


「仕方がありませんね…シエスタ、準備してあげて欲しいのです。
 出来ればギーシュ様にも。」

「はい、ミス・ロッタ。」

そう言って、シエスタはケーキを切り分けて皿に盛り始めたのでした。


「わぁ、甘い香り、おいしそう…ぱく。
 んー、生クリームの甘味とイチゴのほのかな酸味がマッチしてすごく美味しい。
 ああ、幸せ。」

「ケーキに、完膚なきまでに負けたのかね…僕は。
 ぱく、むぐむぐ…確かにこれはとても美味しいが、美味しいがしかし。」

ギーシュが盛大に落ちているのですが、放っておいていいのですか、モンモランシー?


「ミス・ロッタ、お茶のお代わりはいりませんか?」

「ありがとう、頂きます。」

そう言うと、シエスタは私のカップにお茶を注いでくれたのでした。


「そういえばシエスタ、貴方はタルブで休暇中だったような気がするのですが?」

「確かにマルトー料理長は休みを取っても良いと言って下さいましたけれども、即帰ってきましたの。
 才人さんとミス・ロッタが一緒に居るのに私がタルブにいたんじゃあ、不安でおちおち眠る事も出来ませんわ。」

だから、それはシエスタの勘違いなのですよ。
張り合うなら、ケーキの甘味のせいですっかりたれているピンクの人と張り合って欲しいのです。


「あなたが張り合うべき人は私などではなくて、このピンクなのです。」

「ケーキ、おいしー♪」

ふんにゃり弛んだルイズの顔面に浮かぶ恍惚の表情。
もう8個目なのですよ、タバサと張り合う気なのですか、ルイズ?


「またまた、御冗談を。」

「冗談など、言ってはいないのですよ。」

まあ確かに、このルイズを見たら冗談と勘違いされても仕方が無いような気はするのですが。


「才人が好きなのはこのピンク色のワカメであって、私ではないのです。」

「おいしぃ~♪」

「うーん、でもサイトさんって、ミス・ヴァリエールよりもミス・ロッタの方を頼りにしているように見えるんですけど。」

その一言で、ルイズの動きが止まったのでした。


「…ふ、ふははははは、ついにメイドにまで言われてしまったわ。」

そしてそのまま突っ伏したのでした。
 
「実際ね、私が何でケティの事を信頼しつつも危惧しているかと言うと、それが一番大きいのよね。
 ケティとサイトの関係ってね、私が思い描いていたご主人様と使い魔なのよ。」

ルイズはそういって私を見たのでした。


「二人の関係については、取り敢えず置いておいて。
 教えてケティ、サイトと仲良くするコツって何?」

「コツ…なのですか?」

さてはて、何といえばいいものやら。
まさか、才人が来た世界に近い平行世界の人間の生まれ変わりですなどというわけにも行きませんし。


「ええと、ヒステリーを起さない。」

「無理ね。」

「話をよく聞いてあげる」

「かなり苦手だわ。」

「あまり高飛車に接しない。」

「果てしなく困難だわ。」

「自分の思っている事を素直に伝える。」

「生まれ変わらなきゃ不可能だわね。」

「なるべく悪い方に物事を考えないようにする。」

「人間誰しも出来ない事の一つや二つはあるものよ。」

えー…と。


「…諦めてください。」

「何でよっ!?」

やれやれ、年上にこんな事をするのは気が憚られるのですが。
ルイズのこめかみにギュッと握った拳を押し付けて、ぐりぐり回し始めたのでした。


「人どうしが普通に仲良くする為に必要な事を何一つ出来そうも無いって、どんだけなのですかっ!?」

「あだだだだだだっ!?
 だ、だってっ、私っ、昔からっ、家族以外にはっ、姫様くらいとしかっ、まともにっ、話した事無いのよぉっ!」

いやまあ、ルイズの境遇から言ってそんな感じの人生だったのはわかりますが。
…ちょっぴりぐりぐりを強めてみるとしますか。


「いだだだだだだっ!なんか、なんか強くなったっ!?」

「せめて一つくらい改善しないと、仲良くなるなんて先の先の話になってしまうのですよっ!」

メイジとしての今までの境遇には同情しますが、、これからもそのままでは人格が歪んだままなのですよ。
そんな人にはウメボシぐりぐりの刑なのですっ!


「わわ、わかったわ、何とかする、何とかやってみるから、やめて、ぐりぐりやめて!」

「…で、具体的にどこを矯正しますか?」

「ぴ~ひょろ~♪」

そう言うと、ルイズは目を逸らして口笛を吹き始めました。


「なるほど、つまりもう一度この拳骨が唸る…というわけなのですね?」

「や、やめて、拳骨嫌、痛いのもう嫌。
 エレオノール姉さま並みにおっかないわ、今のケティ…。」

表情をなるべくツンと冷淡にし、見下ろすように睨んでみたら、効果てきめんなのでした。


「うー…話をよく聞く事なら、何とかなりそう。」

「では、まずはその方向で頑張ってみれば良いと思うのですよ。
 それが才人と仲良くなる第一歩なのです。」

ルイズの歪みは一つずつ直して行った方が良いと思うのですよね、人として。
まあ、実はあまり自信は無いのですが。





数日後、生徒総出で始めた滑走路整備が、何とか終わったのでした。
皆疲れただの、何であんなもんの為に俺たちがだのとブーたれていますが、知ったこっちゃないのですよ。
ふはははは、主に私の趣味とついでに国家の為に働け愚民ども、なのです。
心の声なので、本音丸出しなのですよ。


「…また何の悪だくみしてるのよ?」

「悪巧みなどしてはいないのですよ、モンモランシー?
 私を腹黒いと決めつけるのはいかがなものかと思うのです。」

私はちょっぴり企み事が好きなだけの、純情可憐な乙女なのですよ?


「私以外の水メイジを二束三文でこき使ったくせに。」

「どうせ、彼ら彼女らは実家から仕送りをたっぷりもらっているのですよ。
 実家が極めつけにド貧乏なのはモンモランシーだけなのです。」

「ド貧乏…。」

極めつけが抜けているのですよ、モンモランシー?


「正直、私だけこっそり多く貰っているというのは心苦しいのよね。」

「そのぶん一番沢山働いてくれているではありませんか?」

「まあ、それはそうなんだけどね。」

モンモランシー以外の生徒は金儲けを舐めているのか、働きがいまいちなのですよね。
数で補っているから、問題は無いのですが。


「働いている人間には多く出すのですよ、これは経済の基本なのです。」

「うーん、良いのかなぁ?」

「良いのですよ。」

「良いのかなぁ?」

「良いのですよ。」

「良いのかなぁ?
 …まあ、良いか。」

そうそう、一杯貰っているのに文句を言ってはいけないのです。


「ああそうだった、報告に来たのよ、私。
 ガソリンは貯蔵タンクいっぱいになったわよ。」

「これで完璧、なのですね。」

かかってきやがれアルビオン、なのです。


「でもあのソウライって、本当にアルビオンの竜騎士よりも強いの?」

「竜騎士は手も足も出ないでしょうね。
 ただの空飛ぶ的になるのがオチなのです。」

近代兵器の凄まじさは、生まれ変わってからの方がより理解できたような気がします。
蒼莱にしても、紺碧世界の兵器だという事を引いてもなお、無茶苦茶なのですよ。



「大変、大変よーっ!」

キュルケが学院から走って来ました。
…滑走路の造成、さぼっていたのですね、わかります。


「どうしたのですか、キュルケ?」

「トリステインの艦隊と、アルビオンの艦隊が交戦を始めたって、今使者が!」

姫様の腰入れが近いので、そろそろだとは思っていましたが、とうとう来たのですね。


「才人ーっ!」

私は才人の方に駆け出しながら、大声で才人を読んだのでした。


「何だーっ?」

蒼莱の整備をしていた才人が、大声で呼び返してきました。


「アルビオンが攻めて来たのです!」

「来るもんがとうとう来たか…よし、乗ってくれ。」

私が乗ってもしょうがないのですよ、才人。


「いいえ、乗るのは私では無いのですよ。
 ルイズ、助手席に乗っていますね?」

「え?う、うん、詔を考える為にいい場所だったから…。」

コックピットからルイズの声が聞こえて来たのでした。


「…というわけで、ルイズと一緒にタルブに飛んでください才人。」

「何で?」

才人の頭の上にでっかいハテナマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。


「使い魔が戦いに赴くなら、主人が一緒なのが道理なのですよ。」

「それは確かにそうね。」

キュルケがうんうんと頷いているのです。


「そうなの?」

「そうなのです。」

私もこくりと頷いて見せました。


「なあタバサ、そうなのか?」

「ん、常識。
 逆はそうでもない。」

使い魔だけを矢面に立たせたりしたら、家名の名折れなのです。


「…で、なぜわざわざタバサに?」

「んー、タバサならたぶん騙さないような気がするし。」

がーん、がーん、がーん…少々言葉のマジックを使い過ぎましたか、私?


「え?あ?も、もちろん、ケティが俺の事を騙そうとキュルケと組んだんじゃないかと思ったわけじゃなくて。」

「もういいのですよ、ふーんだ。」

いくら私でも拗ねますよ、これは。


「じゃ、じゃあ行ってくる…な。」

「ハイハイ、ゴブウンヲー。」

「棒読みかよ…いや、正直スマンカッタ。」

そう言って、才人はキャノピーを閉じたのでした。


「レビテーション。」

例のアレンジ版レビテーションでプロペラを回すと、爆音を放ってエンジンが回り始めたのでした。
学院の横に造成された1000メイルの滑走路を、蒼莱が滑走していきます。
機首が持ち上がり、ふわっと浮いて、蒼莱は青い空に溶け込んでいったのでした。


「それでは、私達も行きましょうか。」

「どこに?」

キュルケが不思議そうに問い返して来たのでした。


「もちろん、タルブに。
 お世話になりましたし、人命救助くらいはやってのけましょう。」

「なるほどね、じゃあ行きましょうか。」

「ん。」

キュルケとタバサが頷いてくれたのでした。


「僕も行くよ、めっちゃ怖いけどね。」

「はいはい、回復役は必要だものね。」

冷や汗を流すギーシュと、しょうが無いと言った感じのモンモランシーも同意してくれたのでした。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」

ああ、私の科白がキュルケに…。



[7277]  幕間19.1 トリステイン空軍の意地
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:03
トリステイン艦隊旗艦メルカトール号の甲板で、艦隊指令のニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー伯はアルビオン王国改め神聖アルビオン帝国からの親善艦隊を出迎える為に、正装で椅子に座っていた。


「遅いな…待ってやっているのに、何をのんびりやっておるのだ。」

少し痺れを切らしてきたかのような口調で、ラ・ラメーは愚痴る。


「先日使者と共にアルビオンに潜入した密偵からの報告によれば、アルビオン空軍は内戦で著しい数の将兵を失っている模様です。
 運行要員の錬度が落ちているのやも知れませぬな。」

ラ・ラメーの横で直立不動で立っているメルカトール号艦長パトラッシュ・ド・フェヴィスが、上司の愚痴に応えた。


「…とはいえ、腐っても連中はハルケギニア最強と誉れ高かったアルビオン空軍だ。
 性根こそ主君殺しの畜生以下だが、その力を侮る事は出来ぬ。」

「やれやれ、厄介な話ですな。
 姫様がお輿入れする時期とはいえ、こんな時期にアルビオンと不可侵条約を結ばずとも良いものを。
 レコン・キスタが各国の内部に根を張り始めている以上、時間は奴らに味方することは間違いありませぬ。
 そうであれば先手必勝、連合軍でアルビオンを征伐した後、改めて婚姻を行っても問題はありますまい。」

慎重なラ・ラメーの言葉を聞いて、頷いたフェヴィスが溜息を吐いた。



「あの鳥の骨の考える事だ、何を考えているのかはわからんが意味はあるのだろうさ。」

ラ・ラメーは《鳥の骨》をはき捨てるように言って眉をしかめた。


「おや、提督は枢機卿の事をかっておられるのですか?
 私の記憶が正しければ、提督は枢機卿がお嫌いであった筈でありますが。」

「もちろん大嫌いだ。
 始祖より続く神聖な血統を受け継ぐ王家と何の繋がりも無いロマリアの坊主が、女王陛下が引き篭もっているのをいい事に政治を好きに動かしているのだからな。
 陛下が引き篭もられているのにも関わらず、何故にラ・ヴァリエール公が摂政として取り仕切ってくれぬのか。
 しかし、今のところあの鳥の骨は特に目立つ失政は犯していないのだ、奴は実に正しい政治を行っているのは間違いない。
 正し過ぎてついて行ける者が殆どおらぬがな!」

口からその名を出すのも嫌だといった風に、ラ・ラメーは顔を歪めた。
貴族同士の情やこの国での風習を無視して、自分が正しいと思う政策を推し進めるマザリーニ枢機卿は兎に角評判が悪い。
本来クッション役になる筈の女王が先王の喪に服したまま王宮の奥に引っ込んで出てこない為、マザリーニはうまくやればやるほど貴族からの反感は高まり、よりいっそう嫌われていく。
絵に描いたような悪循環であった。


「複雑な心中、御察し申し上げます。」

「うむ…ああ忌々しい!」

ラ・ラメーは眉をしかめて唸るように言った。


「西北西上方、雲間より艦隊!」

鐘楼に登り双眼鏡で周囲を見回していた見張りの水兵が、大声で報告した。


「来たか。」

ラ・ラメーは艦の西北西側にある空を見た。


「あの艦隊中心にある大きな戦列艦が旗艦のインディファティガブルですな。」

フェヴィスもそれを見て頷いた。


「…フェヴィス、よくもまああの舌を噛みそうな艦名をすらすらと言えるな?」

「練習しましたからな、実は何度か舌を噛みました。」

ラ・ラメーの軽口に、苦笑しながらフェヴィスは返した。


「ロイヤル・ソヴリンはアルビオン王家が直々に止めを刺したゆえ、見る事が叶わぬか。
 いずれは敵に回る連中の船であるから有り難いが、見てみたかった気もするな。」

「確かに噂に聞きし巨艦、一度見てみたかったものですな。
 とはいえ、あのインディファティガブルですら、このメルカトール号よりも一回りは大きいようですが。」

アルビオンの別名、《風の王国》の名は伊達ではなく、内戦前は空軍力においてかの大国ガリアをも上回っていた。
始祖から続く家系とはいえ、数代前に国の東半分に独立され、しかもその殆どをゲルマニアに併合されたトリステインとはかなり国情が違っていたのだった。
内乱を経てなおインディファティガブルのような大型の戦列艦が健在だというのはまさに脅威であった。

王家も国の権威付けとしての最低限のハッタリ以外はあまり贅沢しているわけではないのに、空軍にきちんと予算が回らないトリステイン。
税金はいったいどこに消えたのやら…である。


「インディファティガブルから旗流信号です。
 『貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦インディファティガブル号艦長。』」

「ハハハ、艦隊旗艦の艦長とは見事に馬鹿にされておるな。
 まあこれが貧乏空軍の悲しさか。
 返信せよ『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ祝ス。トリステイン艦隊司令官。』」

トリステイン側の旗流信号がはためくと、インディファティガブルから礼砲が放たれた。


「礼砲の数は7発か、舐めるにも程がありますな。」

「流石に腹が立ってきたな。
 答礼砲は5発でよい…例の情報もあるから、こちらの最大射程外である事を記録してから撃つように。」

流石に腹が立ってきたのか、ラ・ラメーの眉がひくついているのをフェヴィスは発見し、苦笑を浮かべた。


「諒解、答礼砲準備!順に5発!準備出来次第撃ち方始め!」

メルカトール号のカルバリン砲が5発、答礼砲の火を噴いた…と、同時にアルビオン艦隊最後尾のボロ艦に火がつき大爆発した。


「まさか…。」

その光景を見て、フェヴィスは絶句する。


「いやはや、これはまさかか?」

そう冗談めかすラ・ラメーの顔も引き攣っていた。


「手旗信号ですな『インディファティガブル艦長ヨリ、トリステイン艦隊メルカトール号ヘ。《ホバート》ヲ撃沈セシ、貴艦ノ砲撃ノ意図ヲ説明サレタシ。』」

「まだ信じがたいな…返答せよ。
 『冗談ハ顔ダケニセヨ。本艦ノ射撃ハ答礼砲ナリ、空砲デ沈ムヨウナ船ヲ持ッテクルナ。』
 …あと、発煙信号弾赤の準備をせよ。」

ラ・ラメーの返答は半ば投げやりなものになった。


「『空砲デ沈ムホド当方ノ艦ハ脆弱ニ非ズ。此レヨリ当方艦隊ハ旗艦ノ攻撃ニ対シ反撃ヲ開始ス。』」

そう手旗信号が帰ってきた途端に、アルビオン艦隊が一斉に砲を撃ってきた…が、全てが外れて明後日の方向に落ちていく。


「モット伯の冗談かと思っていたが、まさかこれほど恥知らずとは…呆れて口が塞がらんとはまさにこの事だ。」

「《主君を殺す貴族は犬にも劣る》と、トリステインの故事にも申しますしな。
 連中が恥知らずなのは反乱を起こした時点でわかっておりましたから、まあこんなものではないかと。」

ラ・ラメーの独白じみた言葉に、フェヴィスが苦笑しながら返答した。


「あの馬鹿ども、今頃奇襲が成功したものと喜んでおるようだな。
 こちらは念の為に主力艦を最大射程距離圏外に離しておったのだが。
 しかし連中の大砲がこちらのカルバリン砲よりも射程が長いと知った時は驚いたが、取り付けた砲をすぐに使ったのか?
 至近距離であの命中率とは。」

「主君の血筋を絶やすような連中の考える事は、いまいちわかりませんな?」

敵の新型大砲は確かに射程こそトリステイン側の長射程を誇るカルバリン砲以上だが、命中率がいまいちだった。
本来その砲を運用する筈であった《ロイヤル・ソヴリン》がウェールズによって撃沈されてしまった為に、運用の為の訓練を施されていた人員が空の藻屑と消えてしまった為だ。

 
「艦隊の数こそさすがアルビオン、かの風の国らしい威容ですが、兵の質は王家とともに葬り去られたようですな。」

その惨状をフェヴィスが鼻で笑った。


「…とはいえ、こちらは出迎えの為のわずかな手勢だからな、あの程度でも十分であろう。」

ラ・ラメーは眉をしかめた。


「逃げますか?」

「ハッ!冗談を申すなフェヴィス、あのような素人どもに引いたとあってはトリステイン空軍史上始まって以来の恥だぞ。
 それにだ、我らの後ろにあるのはトリステイン、女王陛下が治める我らが祖国だ…旦那の死に未だに泣いて引きこもるなんとも困った女王陛下ではあるが、だからと言って我らまで引きこもるわけには行くまい?」

フェヴィスの提言を鼻で笑って、ラ・ラメーはアルビオン艦隊を睨みつけた。


「その通りですな。
 それにあの砲撃の下手糞ぶり、敵とは言えど見るに耐えませぬ…ここはひとつ、教育が必要かと。」

「確かに、教育が必要だな、あれは。
 …発煙信号弾弾赤を放て!敵はアルビオン貴族を名乗る犬畜生にも劣る卑怯者どもだ!
 戦の作法も砲の撃ち方すらも覚束無い下品な蛮人どもに、戦争を教育してやるがよい!」
 
ラ・ラメーの命令により、赤色の発煙信号弾がトリステイン艦隊旗艦メルカトール号より放たれた。

赤は攻撃開始の合図。

出航直前にアルビオン艦隊の動向に注意せよと伝えられていた為に、大して混乱していなかったトリステイン艦隊はその合図とともに一斉に反撃を始める。
曇天の雲の中に潜んでいたトリステインの竜騎士部隊もその合図を見て、出撃を始めたばかりのアルビオン竜騎士部隊に上空から襲い掛かっていった。
さしものアルビオン竜騎士も思いがけず上をとられた事により算を乱して、ばたばたと撃ち落されていく。


「こ、これはどうしたことだね、ボーウッド君。
 我々の奇襲は成功したのではなかったのか!?
 奇襲どころか、我々が奇襲されているではないか!」

アルビオン艦隊旗艦インディファティガブル号の甲板上で、艦隊指令のジョンストンが激しくうろたえていた。


「どこから漏れたかは知りませんが、完全にばれていたようですな、これは。」

そう言って、インディファティガブル号の艦長ボーウッドは溜息を吐いた。
彼はこのジョンストンが艦隊指令ではあるが完全にお飾りなせいで、自分が事実上の艦隊指令と化している上に、軍事のイロハが全くわからないジョンストンの無茶振りに何度も応えてきたので、疲れきっていたのだ。


「…竜騎士隊の発艦急げ!
 こちらの方が数は多いのだ、数で押せばどうとでもなる!」

ここに至って、アルビオン艦隊は自分達の奇襲が完全に察知されていた事にようやく気付いたのだった。


「そちらが新型砲なら、こちらは新型火薬で対抗するのだ。
 無煙火薬《コルダイト》による大砲の速射をとくと味わうがよいわ!」

実はケティはパウルを使って、モシン・ナガンに使われていた火薬の複製と軍への売り込みを行っていた。
コルダイトのパテント料やら何やらで、このあとパウル商会はかなりの大もうけをする事になるが、これはまた別の話。


「撃て撃て、どんどん撃て!
 周りは敵だらけだ、撃ち放題であるぞ!
 トリステイン空軍の誉れを見せよ!」

メルカトール号の甲板上でラ・ラメーが吠えるように号令をかけたのだった。


2時間後、多勢に無勢のトリステイン艦隊は刀折れ矢尽きて壊滅したが、アルビオン艦隊にも甚大な被害が発生していた。
何せ、アルビオン艦隊が2発発射する間にトリステイン艦隊は7発も撃って来るのだから、標的になった艦は一方的に滅多打ちにされ撃沈されていったのだ。
アルビオン側の新型砲での訓練不足もあったが、あんまりな差であった。
メルカトール号は撃ち過ぎて弾が尽き、最後は艦体を全速力でぶつけて乗員ともども敵艦に切り込み、敵艦の弾薬庫を爆破して果てた。
トリステイン艦隊に予想を遥かに上回る甚大な被害を与えられたアルビオン艦隊は、腹いせとばかりにラ・ロシェールに襲い掛かり壊滅させ、タルブに向かって進軍を始めたのだった。



[7277] 第二十話 そして少年と少女は背景になった…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:27
戦争とは一体何であるのか
所詮、殺し合いなのです


戦争に必要な大義とは何か
大概、単なるイチャモンなのです


戦争において正しくあるにはどうすればいいのか
結論、そんなのは無理なので諦めてください







「待って下さい!」

背後からかけられた声に振り返ってみると、シエスタが居たのでした。


「ミ…ミス・ロッタ、タルブが危ないって、本当なんですか?」

顔を蒼白にしたシエスタが、シルフィードに荷物を積み込む私に話しかけてきたのでした。


「ええ、ラ・ロシェールが壊滅し、タルブ近郊に進軍中との事なのです。」

「私も、私も行きます!」

気持ちは良くわかるのですが…。


「これから私たちが赴くのは戦場なのです。
 メイドが行く場所では無いのですよ。」

「学生が行く場所でも無い筈です!」

ズバリ言われてしまったのですよ…ですよねーと言わざるを得ません。


「…わかりました。
 土地勘がある人間がいたほうが救出作業も円滑に進むでしょう。」

「ありがとうございます!」

非武装のシエスタを連れて行くのは気が進みませんが…まあ何とかなるでしょう。


「では、いきましょ…ぐぇ!?」

シルフィードに乗り込もうとしたら、マントを思い切り引っ張られたのでした。


「何時まで私達を居ない事にしているつもりなの?」

「おほほほほ…。」

私のマントを引っ張っていたのは、エトワール姉さまとジゼル姉さまなのでした。


「ぐ…でも、この件はどう考えても反対されますし。」

「反対しないわよぉ?」

エトワール姉さまの返答は意外なものなのでした。
ええと…マジですか?


「ケティは人助けに行くんでしょ?
 止めるわけに行かないじゃない、むしろ私もついていくわ。」

さらっとついていくと宣言しましたね、ジゼル姉さま?


「そろそろ行くわよ…って、ジゼルもついてくるの?」

「ケティの居る所に私ありなのよ。」

胸張って言わないで下さい、ジゼル姉さま。
それじゃあストーカーみたいなのですよ…。


「相変わらず妹大好きね、ジゼル…。
 あなた胸無いけど、ナヨッとした感じの男に結構もてるのに勿体無いわよ、胸無いけど。」

「胸無いを強調しなくていいわよ!
 あと私はナヨ系は苦手なの。
 理想は私を格好良く守ってくれる王子様系なのよ…昔のケティなんか理想だったんだけど。」

頼むから、それを引き合いに出してくれるな、なのです。


「…あなたの妹大好きっぷりはよぉくわかったわ。」

キュルケ、私に可哀相なものを見るような視線を送るのは止めて欲しいのです。


「と、兎に角急ぎましょう。
 急がないとタルブが危ないのですよ。」

「そうね、急ぎましょう。」

なんだか色々とダメダメな雰囲気になりながら、私達はタルブに向かって飛び立ったのでした。






「そろそろタルブが近づいてくるのですね…。」

「ああっ…村から煙が!?」

シエスタが悲鳴のような声を上げたのでした。
タルブと思しき場所から、幾条もの煙が上がっているのです。

上空では、何かが飛び回っているのです。
あれは…蒼莱、無事でしたか。


「あ、船が沈んだ。」

「竜騎士が見えないわねぇ…。」

57mm砲で竜騎士を撃ち落としたのですか…。
やれるのではないかと思ってはいましたが…。


「…まさかハンス・ウルリッヒ・ルーデルみたいな真似を本当にやってのけるとは。」

牛乳飲んで出撃する才人に、引きずられながら連れて行かれるルイズを想像してクスリと笑ってしまいました。


「ハンス?誰それ?」

キュルケが不思議そうに私に尋ねてきました。


「才人の世界の英雄なのです。
 史上最高の戦車撃破エースなのですよ。」

ソ連のエースパイロットが乗った戦闘機をカノーネンフォーゲルで撃墜したかもしれないなんて話までありますし。
まさに生ける伝説なのです…もう亡くなりましたが。


「…何でうっとりしているのか、いまいち意味が分からないわ。」

モンモランシーの胡乱気な視線がちょっぴり痛いのですよ。


「兎に角、どこかに降下して救援活動に移りましょう。
 低空飛行で見つからないように近づけますか?」

「きゅい!」

「ん、出来るって。」

もはや、人語を理解できる事自体を隠す気ゼロですね、二人とも。
シルフィードは高度を大幅に下げて、草原スレスレに飛んで行きタルブの近くに着陸したのでした。


「これは…。」

「なんて事に…。」

喋っていないで、とっとと来るべきだったのですよ。
少々急いだところでどうにかなるレベルの損害では無いのはわかりますが…。


「お父さん!お母さん!皆!何処!?」

シエスタが一目散に家に向かって駆けていきます。


「待って下さい、離れないでシエスタ!」

仕方が無い、何とか追いかけないとシエスタの身が危ないのです。


「きゃぁっ!?」

案の定シエスタの前に、二人のアルビオン兵が現れたのでした。


「へっへっへ、女が残ってたのかよ。
 こりゃ上だ…。」

「吹き飛びなさい、炎の矢!」

「…おぐぉあっ!?」

すかさず一人を炎の矢の衝撃強化版で吹き飛ばします。


「シエスタ、こちらに!」

「はい、ミス・ロッタ!」

シエスタが私の後ろに隠れました。


「貴族だと!?領主の部隊は全滅したんじゃなかったのか!?」

「我らはフロンド傭兵団!
 義に拠ってタルブの民の救援に来たのです!」

取り敢えず、例のでっち上げ傭兵団で名乗りを上げておくのです。


「こんな小娘が傭兵かよ…。」

「ええ、わかったら吹き飛ぶのですよ。
 炎の矢!」

もう一人も衝撃強化版炎の矢で吹き飛ばしたのでした。


「また、つまらぬ者を焼いてしまったのです…。」

メイジが接近戦に弱いのは確かなのですが、炎の矢でも気絶させるくらいは余裕なのですよ。


「ケティ、大丈夫!?」

ジゼル姉さまの呼ぶ声がしたのでした。


「この程度にやられるほどではないのですよ。」

そう言って振り向くと、心配そうな表情を浮かべた皆が居たのでした。


「二人とも足が速いのだね。
 何処にいるかわからなくなって、焦ったよ。」

軽く息を切らしながら、ギーシュが安心した表情を浮かべて私達を見たのでした。


「心配していただいてありがとうございます、ギーシュ様。」

「うんうん、心配させるような行動をしては駄目だよ、ケティも、そこのメイド君も。」

ギーシュが腕を組んでうんうんと頷いているのです。


「ここに来るまでにざっと見ただけだけど、人の気配は無いわね。」

「…となると、何処かに避難したのですね。」

タルブの避難所なんて、記憶に無いのですよ。


「シエスタ、避難所の場所を知っていますか?」

「南の森に大きい洞窟があるんです。
 非常時には皆そこに隠れる事になっていますわ。」

成る程、そんなものがあったのですか。


「では、皆さんの安否も確認したいですし、そちらに向かいましょうか。
 あと、ロープはありませんか?」

「何をするんですか?」

不思議そうに首を傾げるシエスタなのでした。


「あの気絶しているアルビオン兵を放っておくわけにも行かないでしょう。
 縛って家の中に放り込んでおけば、他の者に通報される可能性も減るのです。」

「成る程、確か…。」

その時、シエスタの背後にアルビオン兵が現れたのが見えたのでした。


「敵だーっ!」

他の巡回の兵に見つかってしまったのですか、厄介な。


「うわっ!?なんかわらわら来たわよっ!?」

「取り敢えず応戦しつつ後退するのです!」

取り敢えずファイヤーボールの呪文を唱えながら走るのですよ。
…これは錬金と合わせたちょっと変わり種のファイヤーボールなのです。


「ファイヤーボール!」

炎の玉が一直線に飛んでいき…。


「ブレイク!」

アルビオン兵達の上空で炸裂して降り注いだのでした。


「ぎゃああぁ!燃える、燃える!?」

「だ、誰か火を消してくれぇ!?」

兵士たちは火を消そうと転げ回りますが、炎が消える様子は全く無いのです。
慌てて火を消そうとすることで、兵士たちの追跡は止まったのでした。


「な…なんなのあのエグいファイヤーボール?」

キュルケが走りながら私に尋ねて来たのです。


「ファイヤーボールの中に錬金で作ったナパームを封入したものなのです。
 名づけて、ねばねばファイヤーボール。」

「ネーミングセンスが壊滅しているわね…。」

余計なお世話なのですよ。


「…でも、そんな事が出来るのね、知らなかったわ。」

キュルケは感心したように頷いたのでした。


「前に学院長の使い魔の鼠に制裁を加えた時に、火の玉の中に封じ込めた事があったでしょう?
 魔法を魔法という形に維持する為、私達は無意識に器を作っているのですよ。
 これを私は形成領域と呼んでいるのですが、実はこの中にはある程度までの大きさまでなら物を入れておく事が出来るのです。」

「それ、大発見のような気がするんだけど…ゲルマニアの私に教えてよかったの?」

かなりびっくりした表情で、キュルケが私に言ったのでした。


「…そうだったのですか?」

「アカデミーで発表したら、大騒ぎになると思うわよ?」

ううむ、誰も驚かなかったので、てっきり大した事無いのだと思っていたのですよ。


「ぬぅ…まあ、キュルケならかまいませんか。
 誰かに積極的に知識を教えるような性格じゃありませんし。」

「そう言われると、何か無性に誰かに教えたくなってきたわ。」

その程度で拗ねないで下さい、キュルケ。


「そろそろ着きま…。」

シエスタがそう言った時…。


「ウインド・ブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!」

猛烈な風が吹いて、シエスタが吹っ飛んだのでした。


「かはっ!?」

「シエスタ!?」

木に叩きつけられて動かなくなったシエスタに声をかけますが、返答がありません。


「待ちたまえ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」

「ファイヤーボール!」

私は声がした方向に、すかさずファイヤーボールを叩き込んだのでした。


「おわぁっ!?エアシールド!」

ファイヤーボールは敵が作った風の壁に遮られて消えたのでした。


「そこは普通、『何奴!?』とか尋ねる所だろう君っ!?」

「そんな事情は知らないのですよ、敵は敵なのです!
 ファイヤーランス!」

今度は遮られないように螺旋回転を加えて貫通力をあげたものを放ったのでした。


「突き抜けたッ!?
 ええい、話す機会ぐらい与えろ、僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ!」

あれまあ、ワルドだったのですか。


「あれ?何で風竜に乗って、才人に叩き落されていないのですか?」

「あんなのと戦えるか!竜騎士が竜ごと柘榴みたいに飛び散ったんだぞ!
 相手にしたら挽肉になって死んでしまうわ!!」

まあ、57mm砲弾ですからねえ。
コントラクト・サーヴァントで心を強化されている才人は兎に角、ルイズは次から次へと起こるグロ展開に目を回しているかもしれないのです。


「それに僕は君のせいで何度も煮え湯を飲まされた。
 僕が殆ど何も出来なかったのは君のせいだと気付いた時、どれほど口惜しかった事か。
 そしてアルビオンでロイヤル・ソヴリンにイーグル号を突っ込ませて爆発させたのが君だと知った時、僕は確信したんだ。
 君は僕にとって疫病神以外の何者でもないとなっ!
 君を殺さないと、僕は前には進めんのだっ!」

ううむ、ひょっとして命の大ピンチなのですか?
これが介入したツケ、薮蛇ってやつなのでしょう…何時まで冷静な思考を維持できることやら?


「ジゼル姉さま、ギーシュ様、モンモランシー、シエスタを連れて避難してください!
 特にモンモランシー、シエスタの治療をお願いします。」

「わかったわ。」

「ああ、メイド君は任せたまえ。」

ギーシュとモンモランシーは頷いたのですが、ジゼル姉さまは不満そうなのです。


「私も残るわ!」

「ジゼル姉さまは三人を守ってあげてください。
 それに、トライアングルでないと、スクウェアを相手にするのは困難なのです。」

正直、私たちでも何とかできる気はしないのですが。


「この男の目的は私の命なのですから、相対しなければ追ってきません!
 ですから早く避難してっ!」

「…わかった。
 でも絶対死んじゃ駄目だからねっ!」

そう言って、ジゼル姉さまは三人を追いかけていったのでした。


「風のスクウェアって、自信過剰だから嫌いなのよね。
 ミスタ・ギトーとか、嫌みったらしいったらないじゃない?
 ねえ、タバサ?」

「ん、才能の無駄。」

確かに、あの人がスクウェアだというのは才能の無駄なのですね。


「ミスタ・ギトーは才能だけの役立たずですが、ワルド卿は実力も兼ね揃えた本物なのですよ。
 二人とも、ゆめゆめ油断無きようにお願いするのです。」

そう言いながら、私は杖を握りなおしたのでした。


「貴方に大怪我追わせた相手だしね、死ぬのは勘弁。
 本気で行くわ。」

軽口を叩きつつも、キュルケの目は真剣そのものなのです。


「ん。」

タバサは一見いつもと同じ表情に見えますが、瞳に戦いの意思がこもっているように感じるのです。


「君たちが僕の相手か…。
 君なら、自分以外は引かせると思ったがね?」

「故人曰く『戦いは数だよ、兄貴』なのです。
 貴方は偏在を使ってくるのですから、私も数を揃えねばあっという間に細切れでしょう?」

偏在を使うワルドに対抗するには、こちらも数をそろえなければ一瞬で殺されてしまうのです。
嫌なのですよ、またどこかに記憶が転生するのは。


「レディ相手にそこまでする気は無かったのだがね…宜しい。
 そう言うのであれば、偏在でお相手しよう。
 ユビキタス・デル・ウインデ…。」

ワルドが偏在の呪文を唱えると、二体の偏在が現れたのでした。


「三人のレディには、三人の私がお相手しよう。」

「…裏切り者の癖に、随分と律儀な。」

まあ、それだけ私たちを舐めているという事なのでしょうが。


「…………。」

キュルケの冷たい視線。


「…薮蛇?」

タバサの冷たい視線まで…ううっ。


「ちょっぴり失敗なのです☆」

二人の視線に、テヘッと可愛らしく謝ってみるのですよ。
これで誤魔化されて欲しいのです。


「ケティ着せ替えツアー、ポロリもあるよ。」

とんでもなく露出度の高い服を着せまくるつもりですね、キュルケ?
ポロリってなんなのですか、ポロリって。


「星降る夜の一夜亭、ハシバミ草料理フルコース。」

非常にわかりやすい要求で助かるのですよ、タバサ。


「そんなので良いのであれば、何とかするのです。」

正直な話、キュルケの要求はやめて欲しい所なのですが。


「アルビオン軍はあと少しで撤退を余儀なくされるでしょう。
 才人とルイズが何とかしてくれる筈なのです。」

取り敢えず、この戦いは時間切れを待てば何とか切り抜けられる筈なのです。
わかりやすく言うと、とっととエクスプロージョン唱えてアルビオン艦隊殲滅しやがれピンクワカメという事なのですよ。
アルビオン軍が撤退を余儀なくされれば、ワルドも撤退せざるを得なくなるのです。
でなければ、彼は祖国という名の敵地に取り残される事になってしまうのですから。


「わかったわ、時間を稼げば良いのね?」

「ん。」

キュルケとタバサは頷いて、偏在に攻撃を始めたのでした。


「くっ…そうであるならば、その前に君を殺させてもらうぞ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」

「今回の私は、結構粘らせてもらうのですよ?」

半ばわざと攻撃を受けた前回の私とは違うのだと…知らなくて良いのです。
本音を言うと私の力量を舐めまくって欲しいのですよね、無理でしょうが。


「エアカッター!」

「ファイヤーウォール!」

ワルドがエアカッターを放つと同時に、私は炎の壁を作り上げたのでした。


「私の風の刃は火などでは防げぬよ!」

「そうでもないのです。」

私の心臓を狙ったエアカッターは、私の頭の上に反れて飛んでいったのでした。


「なっ!?」

「突き抜けましたが、外れたようなのですよ?」

炎の壁から発せられた熱が空気を暖め、風の刃を逸らしたのでした。


「では、これはどうかね?
 ライトニング・クラウド!」

「バキューム・フィルム!」

ライトニング・クラウドは私という目標を見失ったかのように近くの地面に落ちたのでした。


「私にその魔法は通用しないのですよ、無意味なのです。」

カッコイイ台詞を放って、虚勢を張ってみるのです。
風魔法を防ぐのはやはり風魔法。
ほぼ完全な真空の膜を瞬間的に作って術者と雷を絶縁する魔法なのですが、得意な系統とは違うのでかなり疲れる事もあり、何度もやれと言われたら無理なのですよ。


「なっ…ライトニング・クラウドを防いだだと!?」

びっくりしたでしょうね、真空で絶縁するなんて概念はこの世界にはありませんから。


「貴様、どうやって防いだ!?」

「防がねば死んでしまうのですよ?」

手品は種が知られていないから手品なのですよ…さて、こんな小手先技で何時までもつのやら?
ルイズ、さっさとやっちゃってください…。


「エア・ニードル!」

さあ来ちゃったのですよ、一番どうしようもないのが。


「ファイヤーボール!」

「当たらぬよ!」

やはり避けられましたか。


「ブレイド!
 …あうっ!?」

私の心臓に迫るワルドの杖を、ブレイドでどうにか弾いたのでした…が、コケてしまったのです。


「ふん、無様な姿だな…死ねっ!」

「なんのっ!」

ごろりと転がって何とか避けたのでした。


「くっ、猪口才な!」

「とりゃ!」

ワルドがエアニードルを地面に突き立ててくるのを、またゴロゴロ転がって避けたのです。


「往生際の悪い!」

「この歳でそこまで達観できるものですかっ!」

ゴロゴロ~。


「避けるな!」

「無茶言わないで欲しいのです!」

ゴロゴロ~。


「レディが地面を転がるなど、はしたないと思わないのかね?」

「命あっての自尊心なのですよっ!」

ゴロゴロ~。


「はぁ…はぁ…はぁ…。
 い…いい加減諦めたまえ!」

「そ…そっちこそ、いい加減諦めるのですよっ!」

ふと思い出しましたが、戦いの訓練を受けた人間でも、極端に低い位置にいる相手への攻撃など訓練していないので不得手なのでしたか。
とはいえ、このままゴロゴロ転がっていても目が回ってしまうのですが。


「ファイヤーボール!」

「うわっと!」

ワルドは足元に放たれたファイヤーボールを飛んで避けたのでした。


「炎の矢!」

「どわっ!?」

そこにすかさず衝撃強化版の炎の矢を撃ち込んだのでした。


「くっ…やりおるな。
 だが、その程度で僕は死なんよ!」

「立っているのは凄いのですが、そ…そんな姿でそんな事を言われても…プッ。」

今の炎の矢のせいで帽子は吹き飛び、炎に曝された長い髪がちりちりになって膨らんでいるのですよ。
なんというアフロ貴族、こんな緊迫した場面なのに笑いの神が彼に降臨したのです。


「笑うなぁぁぁぁっ!
 ウインドブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!?」

とっさの事に防御が出来ず、私は風に吹き飛ばされてゴロゴロと転がり木にぶつかったのでした。


「あうっ!?」

全身に電撃のような痛みが走ります。


「あぅ…ぐ…。」

まさか、こんな事で失態を犯すとは…。
箸が転がっても可笑しい年頃なのが恨めしいのですよ。


「こんな事で君は最期を迎えるのかね?
 まあ僕は構わんが。
 そうだ、君を殺して亡骸をクロムウェル陛下の元に連れて行き、君を僕の忠実な僕として生まれ変わらせてあげよう。
 君の聡明さとメイジとしての腕は敵として忌々しい限りだが、味方にすれば間違いなく頼もしいものだろうからね。
 クロムウェル陛下の虚無の力はおぞましいばかりだが、僕に心の底から服従する君を想うとあれも素晴らしいものに感じるから不思議だよ。」
 
「こ…この変態。
 女の子を服従させるとか公言するようになったら、人として色々と終わっているのですよ。」

殺されるだけならまだしも、そんな事になったら最悪なのですよ。
この世界は根底から覆り、ワルドの一人勝ちな世界になりかねないのです。


「そうそう、君の仲間たちもそろそろ終わりそうだよ。
 可哀そうに、君につきあったばかりに彼女らの人生もここで終いか。」

幸いというべきでしょうか、ワルドがゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのです。
最後の手段を行使しますか…コルベール先生、勝手に魔法をパクってしまってすいません。


「君にはゆっくりと…そう、ゆっくりと絶望しながら死に至らせてあげよう。」

「それには…及ばないのですよ。」

錬金で空気中の水分をガソリンに変換して…。


「む…なんだこの臭いは?」

そう言えばこの臭いって、都市ガスと同じでつけられたものなのですよね。
私の固定概念のせいで、臭いまで一緒に再現されてしまうのは困ったものなのです。
さあ食らいなさい、コルベール先生の一発芸…の効果範囲を絞って、見た目少しショボくした魔法なのですよ!


「死になさい、『爆炎』!」

「な…がぁ!?」

私の上空で一気に炎が膨らみ、大爆発を起こしたのでした。
今、私は煤で真っ黒でしょうね…ワルドが油断してくれて助かったのです。


「……………。」

ワルドは玩具みたいに吹っ飛んで行き、背中から木にぶつかって動かなくなった…かと思ったら、風にすぅっと溶けていったのでした。
ちなみに私が至近距離に居ながら吹き飛ばなかったのは、地面効果というもので爆風が横に広がったからなのです。


「偏在!?」

まさか、キュルケとタバサのどちらかと戦っているのが本物なのですか!?


「どちらが本物…。」

力量的に…キュルケなのですね!
あのヒゲ、意外と狡っからい所がありますから。


「キュルケッ!私が行くまで持ちこたえてくださいっ!」

私がキュルケ達が戦っている所に行くと、そこには満身創痍でかろうじて立っているキュルケと、それに『治癒』をかけるボロボロのタバサが居たのでした。


「大丈夫なのですか、キュルケ?」

どう見ても大丈夫そうではありませんが、一応声をかけてみたのです。


「このくらい、問題無いけど…遅いわ。
 たかが風のスクウェアごときにどれだけの時間を食ってんのよ?」

そう言いながら、キュルケは笑って見せたのでした。


「いやいや、キュルケの中でどんだけ無敵なのですか、私は。
 それよりもタバサ、キュルケの容体は?」

「重傷、死に至る程では無い。」

それは良かったのです。


「タバサは?」

「制服はもう駄目。」

流石は北花壇騎士というか、生存能力高いのですね…。


「ところでワルド卿は?」

「唐突に消えたわ。
 私のは偏在だったみたいね。」

そう言って、キュルケは地面に膝をついたのでした。


「同じく。」

タバサも偏在…?


「私のも偏在だったのですよ…という事は、あれは偏在の偏在?」

偏在で偏在を作り出すとか、非常識にも程があるのですよ。


「という事は、本体は言ったどこ…にっ!?」

「僕はここだよ、ミス・ロッタ。」

悪寒がしたのでとっさに体を動かすと、左肩に杖が突き刺さっていたのでした。


「ぐっ!」

「ケティ!?」

キュルケが悲鳴のような声を上げて、私の名を呼んだのです。

「気づいたのかね?
 心臓を狙ったのだが…勘の良い娘だ。」

「たった一つの命なのです。
 そうそう簡単に殺されてたまるものですか…っ!?」

ブレイドで斬りかかったのですが、いとも簡単に腕を取られて捻り上げられてしまったのでした。


「君の細腕でそれは無茶というものだろう?」

「女の子の腕を捻り上げながら気障っぽく微笑んでも、気持ち悪いだけなのですよ。」

とはいえ、このままだとざっくり刺されてしまうのですよ。
この至近距離で使える魔法は…。


「バースト・ロンド!」

「どぅおぁっ!?」

突如全身を舐めまわすように起きた小規模な爆発に、ワルドはびっくりして腕を離したのでした。


「ウィンディ・アイシクル!」

「何とっ!?」

それに呼応するかのようにタバサのウィンディ・アイシクルが放たれ、それをワルドが避ける間に、私はワルドの腕の中から逃れたのでした。


「大丈夫?」

「なんとか、大丈夫なのです。」

とはいえ、かなり痛いわけなのですが。


「良い腕だ…流石はガリアの北花壇騎士だな、シャルロット姫?」

「私はタバサ。」

そう言って、タバサは杖を振り上げたのでした。


「エア・カッター。」

「ふっ、そんなものはあたら…げほぁ!?」

タバサはエア・カッターをおとりにして、杖でワルドの腹を突いたのでした。


「…この杖、重いから、痛い。」

そう言って、くの字に体を折り曲げたワルドに、杖を一気に振り下ろしたのでした。


「死ぬ程。」

「うわっ!?」

躊躇なく振り下ろされた大きな杖を、ワルドは横に転がって避けたのでした。


「やるなっ!」

ワルドは素早く起き上がると、杖にブレイドの魔法を纏わせタバサに斬りかかって行ったのです。


「大振り過ぎ。」

タバサはそれを杖で受け流して、更にワルドを杖で引っかけて引っ張ります。
小さいタバサに背の高いワルドが為す術もなく引っ張られて転がされたのでした。


「なっ、どうやって!?」

「体重移動がいまいち。」

そう言って、タバサが杖で立ち上がろうとするワルドの背中を思い切り殴りつけたのです。


「がっ…は!?」

悲鳴も上げられずに、ワルドは再び地面に倒れ伏したのでした。


「ぐ…き、貴様、実力を抑えていたな?」

「私は、接近戦が苦手だとは一言も言っていない。」

あまり感情のこもらない瞳で、タバサはワルドを見下ろしているのです。


「…タバサって実は滅茶苦茶強い?」

キュルケがごくりと唾を飲み込んでいるのです。


「1つ言えば、今のワルド卿は片腕を才人に斬られたままで、回復しきっていない筈なのです。
 とはいえ、あの様子を見ると、少なくとも接近戦では才人よりも強いでしょうね、現状は。」

まさかタバサがこんなに接近戦無双だったとは…。


「あれ…何?」

その時でした。
キュルケの呆けたような声に振り向いてみると、眩いばかりの白光がアルビオン艦隊を薙ぎ払っていく様が私の視界に入ったのは。


「あれはまさか…虚無?」

愕然としたような、ワルドの呟きが耳に入ります。


「ルイズがとうとう己の系統に目覚めたのですね。」


「まさか、貴方の言った事が本当になるとはね、ケティ。」

私とキュルケは光に貫かれたアルビオンの軍艦が、爆散炎上しながら墜落して行く様を眺めていたのでした。


「この後に起きる事を考えると頭が痛いのですよ、この国の正統はラ・ヴァリエールにあるという事が証明されてしまったのですから。」

「受難だわねえ、私はゲルマニアだから関係無いけど。」

何をおっしゃる兎さんなのですよ、キュルケ?


「ツェルプストーはラ・ヴァリエールの恋人や妻や夫だけではなく、息子や娘すらも何度か娶っているでしょう?」

娶ったというか、誑かして奪ったという方が正しいのですが。


「まあ確かに、当家は何度か可哀相なラ・ヴァリエールに愛を与えているけど…。
 ああ、そう言う事ね、私も頭痛くなってきたわ。」

そう言って、キュルケは頭を抱えたのでした。


「トリステインの王位継承権獲得、おめでとう、なのですよ。」

ラ・ヴァリエールが傍流では無く正統であったことがルイズで証明された以上、全く望んでいないにせよ姻戚関係を深めて来たフォン・ツェルプストーにも継承権が発生するのです。
まあ、フォン・ツェルプストーは無かった事にするでしょうけれども。


「王位継承権だなんて野暮なもの、冗談じゃないわよ。
 ああ、ご先祖様の馬鹿!」

キュルケはがっくり肩を落としたのでした。


「くっ、僕の理想が…希望が…っ!」

その声に振り向いてみれば、タバサに杖を突き付けられたまま、ワルドが嘆いているのでした。


「宗教的な解釈をすれば、始祖の力たる虚無が、虚無の名を騙る背教者達に最初の裁きを下した…と言ったところでしょうか。」

まあ、背教者という意味なら、私が真っ先に裁かれそうなのですが。


「それはどういう意味だ!?」

「前に言ったでしょう、アンドバリの魔力は虚無に非ずと。
 オリバー・クロムウェルの行使する魔法は虚無ではありません。
 先住魔法すら凌駕する程の強力なものですが、あれは水魔法なのです。」

強力な水魔法は地球の医者が見たら、発狂するレベルのチートなのですよ。
上半身と下半身が泣き別れの死体をくっつけて蘇生させるとか、無茶にも程があるのです。


「ば…馬鹿な、あれが水魔法だと?」

「蘇生は治癒の延長線上にある魔法なのです。
 水系統を虚無の系統と偽った詐欺師とその仲間であれば、裁きを受けるに足るのですよ。」

あれ?そう言えばクロムウェルはいったい誰を蘇生させたのですか?
聞いてみますか。


「…ところで、クロムウェルが蘇生させた者とは?」

「言うと思うか?」

言う気は無いのですか…まさか、王太子を蘇生させたのですか?どうやって?
黒焦げで粉々になっている筈の王太子をどうやって蘇生させたのですか?


「まあ、あとでじっくり聞けば良いのです。
 話したくないなら、進んで話したくなるようにすれば良いだけの話ですし。
 …タバサ、ワルド卿を気絶させて下さい。」

「ん。」

タバサが杖を振り上げたその時でした。


「私はこんな所で潰えるわけにはいかぬのだ!
 カッタートルネード!」

「きゃあああああぁぁぁぁっ!?」

ワルドの呪文と同時に、剃刀状の無数の刃を持つ竜巻が私達を巻き込んだのでした。


「さらばだ!この怨み、次に遇った時には必ず晴らす!」

その声と共にワルドは走り去って行ったのでした。


「いたた…いかなスクウェアスペルとはいえ、偏在を使ってしかも散々魔法を放った後ではあんなものなのですね。」

細かい切り傷だらけになりましたが、この程度なら治癒で跡形も無く直る筈なのです。


「け…ケティ…ちょ、ちょっと、後ろ、後ろ…。」

「後ろ?」

キュルケが痛々しいものを見る視線を私に向けて居るのです。
怪我なら大した事は無いのですが…。


「後ろの髪。」

「髪?」

タバサまでもが沈痛な表情を浮かべているのですよ。
嫌な予感がして、腰まで伸びていた髪の毛を触ろうとしたら、触れないのです。


「鏡は…あったのです。
 どれど…きゃあああああああぁぁぁぁっ!?」

わ、私の髪が、腰まで伸ばしていた髪が肩辺りでざっくりと無くなっているのですよっ!?


「せ…折角伸ばしたのに…あああ、あそこまで伸ばすのに、どっ、どれだけの時間と手間がかかったと思っているのですか、あの髭帽子いいいぃぃぃぃぃぃぃっ!
 今度遇ったら、この世に生まれ出てきた事を心の底から後悔させてやるのですよ!」

鍛錬しかないのですね、ええ、鍛錬なのですよ。
こうなったらスクウェアクラスに開眼して、火魔法でプラズマに換えてやるのです。


「ファンタジーにあるまじき、SFチックな死に様をプレゼントしてあげるのです!
 それまでその命、取って置くが良いのですよ!
 おーっほっほっほっほっほっほっほっ!」

ぜぜぜ、絶対に、絶対に許さないのですよ、あのヒゲっ!


「ケティ、壊れた?」

「大丈夫よタバサ、甘いものを摂取すれば治る筈だわ。」

二人とも、私を何だと…。


「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」

森の中に、ヤケクソ染みた私の笑い声が響き渡ったのでした…。




戦闘が終わった後、私達は森の中でギーシュ達と再会したのでした。


「ぎゃああああああああああああっ!?」

私に走り寄ってきたジゼル姉さまが悲鳴を上げたのでした。


「け、ケティ、その髪、その髪どうしたの!?」

「ワルド卿にバッサリとやられたのですよ、ふふふふふふ…。」

あのヒゲ、絶対コロス。


「ああ~、これは私でも治せないわ。」

モンモランシーにあっさり匙を投げられてしまったのですよ…まあ、仕方がありませんが。


「毛の伸びを早くする薬ならあるけど、アレ使うと全身の毛が満遍なく伸びるし。」

髪を伸ばす為だけにサスカッチやイエティと化す気は無いので、流石にそれはパスなのです。


「しかし、あのワルド卿に勝つとは、三人とも強いのだねえ。」

「連携がうまくいった。」

タバサがそう言って頷いたのでした。


「そうよ、さすが私達!」

「あははははは…。」

実際に勝ったのはタバサだけなのですが、タバサに黙っておくように頼まれたので、三人の連携の勝利という事にしておいたのでした。


「お、遅れました…って、ミ…ミス・ロッタ、その御髪は…?」

遅れてやって来たシエスタが、長さが半分以下になった私の髪を見て絶句しているのです。


「ああ、これはワルド卿が逃亡する際に放った魔法でバッサリと…うふふふふ、絶対に、絶対に許さないのですよ、うふふふふふ…。」

「ミス・ロッタ、そ、その微笑み怖すぎですわ。」

怒りが抑えきれなくなるので、その話題は出来る限りやめて欲しいのです。


「甘いものが必要?」

「そうね、一刻も早く甘いものが必要だわ。」

だからキュルケにタバサ、私は別に脳の糖分が欠乏し気味でキレっぽくなっているのではないのですよ。


「おっ、才人達も来たようだね。」

蒼莱が徐々に高度を落としながら、こちらに近づいてきているのです。
あれはたぶん、タルブに以前作った仮設滑走路に着陸しようとしているのですね。


「トリステインの危機を救った英雄の凱旋だ。
 迎えに行こうじゃないか。」

そう言って駆けて行くギーシュに続いて、私達は仮設滑走路へと駆けていったのでした。




「タルブのみんな、無事かー…って、何でケティ達が?」

蒼莱から降りてきた才人が不思議そうに私達を見たのでした。


「才人が空で戦っている間に、タルブの人を助けようと思って来たのですよ。
 皆既に避難していて無事でしたが。」

「そうか、無事だったか…あれ?
 ケティ、髪は?」

顔見知りの人には、暫く同じ問いをされそうなのですね。


「ワルドが現れたのよ。
 あたしとタバサとケティで何とか追い返したんだけど、ワルドが逃げる時に使った魔法でケティの髪がバッサリと…ね。」

「ワルドが?なんて酷い事を!?
 女の子の髪を切り落とすなんて最低だわ!
 なんて人!最低!」

キュルケの説明を聞いて、後から追いついて来たルイズが、話を聞いて憤慨してくれています。


「まあ、首で無くて良かったと割り切るしかないのですよ…グス。」

皆が集まって、安心したせいでしょうか、涙が出てきたのです。


「ちょ…何でこんなに涙がグス…グス…。」

涙が止まらなくなった私の頭に、ポンと小さな手が置かれたのでした。


「よく考えたら年下。」

タバサが少し背伸びして、私の頭を撫でてくれています。


「…そう言えばそうだったな。」

才人も私の頭を撫で始めたのでした。


「色々とショックだったんだよな、頑張ったよケティ。」

「すいません才人…グス、何故だか涙が止まらなくて。」

私はそんなに髪の毛に執着していたのでしょうか?
それとも、平気なつもりでしたが、色々と心に溜まっていたのでしょうか。
私自身にも分からないのです。


「大丈夫だから、俺がついて…ぶっ!?」

「貴方は退いてるの!
 ケティ、お姉ちゃんが抱き締めてあげるから、安心するのよ?」

才人が私の両肩をつかんだ…のを押しのけて、ジゼル姉さまが私を抱きしめたのでした。


「はぅん、ケティ柔らかい、良い匂い~。」

いや、たぶん非常に焦げ臭いと思うのですが…?


「駄目よジゼル、貴方の薄い胸じゃ母性に欠けるわ。
 本当の抱擁というものを教えてあげる。」

「ちょ、何すんのよキュルケ、うわ、ちょっと!?」

ジゼル姉さまがキュルケに引き剥がされ、私はでかい二つの塊にばふんと挟まれたのでした。
息が…苦しいのですよ…?


「キュルケずるいわ、わたしも、わたしも。」

ルイズ、これは別にそういうイベントというわけでは…。


「ギーシュ?
 何であっちに向かおうとしているのかしら?」

「え?あはははははは…。
 いや、レディを優しく慰めるのは僕の役目かなーなんて…ちょ、モンモランシーその構えはな…ふんぎゃー!」

夕暮れのタルブに、ギーシュの悲鳴が響き渡ったのでした。
まあつまり、結局いつもの皆という事なのですね。



[7277] 第二十一話 姫様がはっちゃけ過ぎなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/07/12 11:32
髪は女の命と申します
長い髪は弛まぬ努力の結晶なのです


髪は女の命と申します
伸ばし始めてから、どんだけ苦労したと思っているのですかっ!


髪は女の命と申します
この怨み、いつか必ず晴らして見せるのですよ








あの戦いの後、その場でパッと見普通な感じに髪を整えて学院に戻ってきていたのですが、やはり滅茶苦茶なので切ってもらう事にしたのでした。


「こんな綺麗な御髪なのに…。」

シエスタが私の髪をジョキジョキと鋏で切っているのです。


「残念ですが、中途半端な状態にしておくわけにもいかないのですよ。」

「はい、ミス・ロッタにに合うように頑張らせていただきますわ。」

シエスタは他の使用人の髪も切っているらしく、非常に髪を切るのが上手いそうなのです。


「でもこの鋏、凄く切れ味いいですねぇ。」

「エトワール姉さま作の鋏なのですよ。
 焦土のエトワールが作った品なのですから、良いのは当たり前なのです。」

鋏のデザインを地球の理容鋏そっくりになるように助言はしましたが、それ以外はエトワール姉さまの腕なのです。


「本当に素晴らしい鋏ですわ、ミス・ロッタ。
 本当に貰っても良いんですか?」

「良い腕を持つ者には良い道具を。
 当然の選択なのですよ。」

実は学院付きの理容師が、何故か軍に徴用されて居なくなってしまったのですよね。
そんなに軍は理容師が不足しているのでしょうか?


「ありがとうございます、ミス・ロッタ。
 これであの二人の赤い糸もチョキンと出来れば…うふふふ。」

不穏な台詞が聞こえるのですよ。


「はい、こんなものでどうでしょうか?」

一番短い部分を基準に切りそろえられた髪は以前の半分なのです。
男装の頃も、これよりも長い髪を後ろでまとめていたので、たぶんこの人生における髪の毛の長さの中でもかなり短い部類に入るのですよ、今の状態は。
おのれ、あの髭帽子…今度会ったら絶対にあの胡散臭い髭を剃り落してやるのですよ!


「あと…ですね、ミス・ロッタ。
 できればあれを少々分けていただけないかな…と。」

シエスタが指差したのはパウルが『新商品の試供品ッス』と送りつけてきた、色とりどりに染色された毛糸なのでした。
手紙には『出来ればそれでマフラーとか編んで秋頃に送って欲しいっス』とか書いてあったので、後でエトワール姉さまに編んで貰って送り返すことにしようかと思っていたのです。


「ひょっとして、これで才人にマフラーかセーターでも編むのですか?」

ええと、今は初夏…日本とは違ってハルケギニアの夏は湿度が低くて爽やかではありますが、マフラーやセーターを着られるほど涼しくもないのですが。


「あ…はい。
 この前サイトさんにソウライに乗せて貰った時、寒かったので。
 村を助けてもらったお礼にマフラーを編もうかなって思ったんですの。」

「成る程、夏でも上空は確かに寒いですからね。」

ナイスアイデアなのですよ、シエスタ。


「いい考えなのですね。
 好きに使っていいから持って行きなさい、その代わり二つ作ってもらえませんか?。」

ついでにパウルの分も編んでもらう事にしたのでした。


「誰かに差し上げるんですか?」

「ええ、パウルと名前を入れてください。
 私は編み物がどうにも苦手なのですよ。」

何でマフラーを編んでくれと言うのかいまいちわかりませんが、欲しいと言うのでしたら普段の働きもありますし、編んで送り返したって良いのです。


「そ、それ、ひょっとして!?」

「ひょっとして?」

何でガッツポーズしているのですか、シエスタ?


「そうですわ、なんでしたらミス・ロッタの名前も入れましょうか?」

「いえ、パウルが使うので、私の名を入れる必要は無いのですが。」

何故に私の名前を?


「ところで、何処の何方なんですの、パウルさんって?
 大貴族のご子息とかですか?」

「いいえ、私の私的な使用人ですが。」

大貴族のご子息?
よく知っているのだとギーシュくらいしか居ないのですよ。


「使用人…禁断のアレですね、わかります、わかりますわ。」

「禁断…?」

なんとなく、シエスタと私の認識のズレがわかってきたのですよ。


「シエスタ?」

「はい、何でしょうか?」

何で目がキラキラ輝いているのですか、シエスタ?


「貴方の想像と現実には天と地ほどの落差があるのです。」

直接わかりやすいようにダイレクトに直々にぶっちゃけて言わないと駄目なのですね。


「私とパウルはそういう関係ではないのですよ。」

勘違いされても困るのです。


「でも、人に頼むとはいえ手編みのマフラーを送るって、特別だと思いますけど?
 とってもトレビアンですわ。」

「私は彼の忠勤にちょっぴり報いてあげたいなというだけなのですが。」

特別…と考えて、パウルの調子に乗ったアホ面を思い出してみますが、欠片もときめかないのです。
むしろ、少々殴りたくなってきたのですが。


「皆まで言わずともわかっていますわ、ミス・ロッタ。
 うふふふふふふふふ…。」

何だか…不吉な予感がするのですよ。






数日後、散歩をしているとヴェストリの広場に開いた穴の中で、激しく足踏みをしているルイズを発見したのでした。


「おやルイズ、新手の宗教儀式か何かなのですか?」

「ここを見つけるとは…やるわねケティ。」

穴の中にはデルフリンガーとヴェルダンデも居たのでした。


「よう、腹黒い娘っ子。」

「ぎゅ!」

デルフリンガーはカチャカチャと鍔を震わせながら話し、ヴェルダンデは右手をびしっとあげて見せたのでした。


「こんにちは、デルフリンガーにヴェルダンデ…って、誰が腹黒い娘っ子なのですか、誰が。」

「勿論おめえの事だよ、娘っ子。」

純情可憐な乙女に向かって何を言いやがるのですか、この駄剣は。


「とう。」

「あだぁっ!?」

穴の中に飛び降りる時にデルフリンガーの柄を踏み台にして降りたのでした。


「ああっ、おれを踏み台にしたぁ!?」

「どこかで聞いたような台詞なのですね。」

まあ、それはどうでもいいのですよ。


「ルイズ、ルイズ、いったい何を見ているのですか?」

じーっと一定方向を凝視したままのルイズに取り敢えず尋ねてみました。


「何も見ちゃいないわ。」

そう言うルイズの視線の先には…。


「おやまあ、才人とシエスタではありませんか。
 マフラーがもう出来たのですね、流石シエスタ仕事が速いのです。」

「まさか、あんたの差し金なの?」

ルイズが半眼で睨み付けて来たのでした。


「シエスタに才人へお礼がしたいから毛糸を分けて欲しいと頼まれたので、分けてあげたのです。」

「余計な事を…。
 マフラーくらいならあたしだって作れるわよ。」

この前見せてもらったヒトデ型クリーチャーの縫い包みの出来栄えを見る限り、ちょっと難しいかなと思うのですが、言わぬが花なのです。


「おお、ずいぶん長いなと思ったら、二人用としても使えるマフラーだったのですね。」

「な、ななななななっ!?」

いつの間にか基本白地に青い一本線の入ったマフラーを才人とシエスタが首に巻いてベンチに座っているのです。
何を喋っているのかは聞き取れませんが、兎に角ウフフアハハと笑う声は聞こえてくるのです。


「なんというベタな、でも男が弱いシチュエーション。
 どこで聞き知ったのやら…狩人なのですよ、今のシエスタは。」

「あああああのメイドっ!?」
 
ルイズの顔が真っ赤になり、再び地団太を踏み始めたのでした。


「シエスタが顔を近づけて…目を閉じた!?」

ちょ!?いくらなんでもそれはまずいのですよ。
ルイズの目の前でキスとかされたら、いろいろと滅茶苦茶になってしまうのです!


「ななななな、何か、何か策は…。」

「こういう時は…こういうのがものを言うのよっ!」

そう言って、ルイズは拳大の石を上空に放り投げてからジャンプし、体を縦に回転させながら足で思い切り蹴り飛ばしたのでした。


「お、オーバーヘッドキック!?」

「全く、余計な体力を使わせるんだから、あの駄犬。」

ルイズは地面に両手で着地すると、そのまま両腕を使って再びジャンプし、くるりと回転して元に戻ったのです。
ど…どんだけ身軽なのですか、ルイズ?


「うぎゃぁっ!?」

石はサイトの後頭部にクリーンヒット…生きていますよね才人?


「きゃあああぁぁぁっ!?サイトさんしっかりっ!?」

諾々と頭から血を流して倒れる才人をシエスタが必死で介抱しているのです。


「当然の報いだわ。」

「浮気は死あるのみという事なのですね…。」

勉強になるのですよ。


「おや、君たち…新手の宗教儀式か何かかね?」

「二番煎じは面白くないのですよ、ギーシュ様?」

穴の上から、ギーシュが私たちを見下ろしていたのでした。


「ちょうどいい所に…大至急モンモランシーを呼んで来てもらえませんか?」

「面白くないとか言われた上に、使いっ走りかね!?」

確かに無茶苦茶なのはわかるのですが。


「才人が頭に投石を受けて昏倒中なのです。
 一刻も早い治療が必要なのですよ…で、モンモランシーの居場所を一番よく知っているのはギーシュ様、貴方だけなのですよ。」

とは言え、モンモランシーは大抵実験室と化している自室に引き篭もっているわけなのですが。


「つまりギーシュ様、貴方だけが頼りなのです。」

とか言いながら、目を潤ませギーシュを見上げつつ、制服の隙間から胸の谷間が見えるように角度を調整してみたりするのですよ。
…キュルケから聞いた技を使ってみましたが、効きますか?


「し、しょうがないな、れ、レディに頼まれたのならしょうがない、しょうがないね、うん。」

視線が私の顔よりも少々下なのですよ、ギーシュ…。


「よ、よーし僕、張り切って探してきちゃうぞー!」

変なテンションになったギーシュが、モンモランシーを探しに去って行ったのでした。


「さてと、私も偶然通りかかったふりをしてあちらに行くのです。
 応急措置くらいは出来るでしょう…ルイズはどうしますか?」

「行かない。」

はぁ…まったくもう、どうにもツンデレさんなのです。


「来たくなったら来て下さい。
 …あと、あまり意地を張っていると、いつか誰かに横からさらわれるかも知れないのですよ。
 案外、貴方が昔から大好きで尊敬している人とかに。」

「ど、どういう事?」

ルイズがびっくりしたように私を見つめているのです。


「言葉の通りなのですよ。
 才人はああ見えて、結構もてるのです。
貴方がしっかりしていないと、私も危ないかも…なのですよ?」

「ええっ!?」

そう言って、私は才人のほうに歩いていったのでした。


「あああああ、ミス・ロッタいい所に!
 サイトさんが、サイトさんがっ!」

テンパりまくったシエスタが、あたふたしながら才人を揺すっているのです。


「シエスタ、取り敢えず揺するのをやめてください。」

「え?あ、はい…。」

シエスタは揺するのをやめたのでした。


「うーむ…陥没とかは無いようなのですね。
 自発呼吸よし、脈もあると…出血が結構酷いのですね。
 とは言え、頭部は他の部位に比べて出血が激しくなりやすいので、傷はそれほど深くはない筈なのですよ、たぶん。」

正確なところは、モンモランシーに見せてみなければ言えませんが。


「あ、あの、ミス・ロッタ。
 そんな落ち着いている場合じゃあないのでは?」

「ギーシュ様にモンモランシーを呼びに行って貰ったのです。
 だからもう大丈夫なのですよ、安心してくださいシエスタ。」

頭部の止血方法なんて知りませんし、取り敢えず傷を押さえて血が出るのを留めるしかないのですよ。
まったく、こんな時に何も出来ない火メイジは、無力にも程があるのですよ。


「ケティー!モンモランシーを呼んできたぞー!」

「ちょっとギーシュ!手を離しなさいよこの莫迦!」

ギーシュがモンモランシーを引き摺るようにしてやってきたのでした。


「もう、一体何なのよ?
 あら、そこに倒れているのはサイト?」

「ええ、実はどこからともなく飛んできた石に頭を直撃されてしまいまして。」

石が勝手に飛んできたような物言いですが、まさかルイズの事を言うわけにも行きませんし。


「何それ?」

「原因が不明だから、そうと言うしかないのですよ。」

全く…困ったものなのです。


「…まあいいわ、兎に角飛んできた石がぶつかったのね。
 診療料金はサイトに後で請求するとして…うーん、骨も大丈夫そう。
 頭の傷を塞げば数日で完治って所ね。」

「あ…安心しましたぁ。」

私も内心安心したのでした。
大体私の見立て通りでよかったのですよ。


「ちょっと待っててね、今治癒で傷を塞ぐわ。」

モンモランシーが「治癒」を唱えると、才人の頭の傷は見る見るうちに塞がっていったのでした。


「よし…っと。
 これで何とかなる筈よ。」

将来はハルケギニアのブラックジャックになれるかもしれないのですね、モンモランシーは。


「あ、そうだ。
 もしも目を覚まさなかったり、目を覚ましても数日後に意識が朦朧としてくるような事があったら教えてね?」

才人の頭にこびり付く血を水魔法で水を出して流しつつハンカチで拭き取っていたモンモランシーが、ふと顔を上げて言ったのでした。


「そういう状態の場合、どうするのですか?」

「頭に穴を開けて血を抜くのよ。
 でないと遅かれ早かれ死んじゃうし。」

モンモランシーは、さらっとそう言ってのけたのでした。
縁起でもないのですよ、いやホント。


「まあ、頭に穴を!?
 穴を開けるだなんて、そんな…うーん…。」

シエスタは目を回して、私の方に倒れ掛かって来たのでした。


「モンモランシー、シエスタが気絶してしまったではありませんか?」

「う…平民には刺激が強かったかしら?」

気絶するシエスタを見て、モンモランシーが少々困った顔になっているのです。


「いえいえ、貴族にも刺激が強かったようなのです。」

そういって、私はモンモランシーの隣に視線を移しました。


「あ、頭に穴…うーん。」

ギーシュも気絶していたのでした。

「ずこー!?」

それを見て、モンモランシーがずっこけたのは言うまでもありません。
才人ですか?さすが主人公属性持ちと言いましょうか、目を覚ました後は何のダメージも無く元気そのものなのでした。





その夜…ルイズの部屋のドアの向こう側から聞こえる才人の悲鳴を無視しつつ自室に戻ると、机に手紙が置いてあったのでした。


「タバサ、これは誰が持ってきたものなのですか?」

いつものように定位置で、静かに本を読んでいるタバサに尋ねてみました。


「使者。」

「誰の使者なのですか?」

…それだけじゃあ、簡潔過ぎてわからないのですよ、タバサ。


「マザリーニ枢機卿。」

「ああなるほど枢機卿ですか…って、ええええええええぇぇぇぇぇっ!?」

鳥の骨に呼び出されるような事を私がしたでしょうか…していますね、ええ、してはいるのですが。


「いいノリツッコミ。」

そこでサムズアップされても困るのですよ、タバサ。


「よ、予想よりも呼び出されるのが早いような?」

取り敢えず手紙を読んでみましょうか…なになに?


「成る程…ついに姫様とも対面しなくてはいけないわけですか。」

要約すると、『才人とルイズが姫様改め女王陛下に呼び出されたからついでに来てくれ。つーか今回の件もお前が首謀者だろ?』


「バレテーラ。」

「?」

まあ、ばればれなのは最早しょうがないのですよね。


「気は進みませんが、会わなければ色々と始まりませんからね。」

本当に、本当に気が進まないのですよ。


「はああああぁぁぁ…。」

私の溜息が、部屋の中に響き渡ったのでした。





戴冠式も終わった数日後、私達はトリスタニアの王城まで来ていたのでした。

「な…なあ、俺の格好浮いてね?」

挙動不審になっている才人が、きょろきょろと周囲を見回しながら、自信なさげに歩いているのです。


「いいえ、似合っていますよ。」

「…意外と、似合っているわ。」

才人もいつものパーカー姿というわけにはいかないので、トリステイン魔法学院の制服に着替えているのでした。


「で、でもさ、みんなマントだぜ?」

王宮の中心部分ともなると、女官も全部貴族。
確かに右も左もみーんなマントなのですよね。


「そういう意味では浮いているかもしれませんが、格好としては問題無いのですよ。」

魔法学院の制服を着た才人というのも、なかなか新鮮で良いと思うのですよ。


「そうそう、下らない事を気にしないで、ちゃっちゃと歩きなさい、ちゃっちゃと。」

「ふゎーい。」

才人はやる気なさそうに返事をしたのでした。




衛兵に名を告げ、少々立ってから通されたのは、貴賓用の接待室と思しき場所なのでした。


「ルイズ!ああ、ルイズ!」

「姫さ…もがっ!?」

二人の抱擁は、姫様の胸元にルイズが包み込まれる状態になったのでした。


「むー!むー!」

いきなり視界を閉ざされたルイズが、何事かと腕をじたばたさせているのです。


「すげえ…。」

才人、鼻の下が伸びているのですよ?


「あら、ごめんなさい。
 私ったら嬉しさに我を忘れてしまったわ。」

「いきなり柔らかいのに包まれて、何が起こったのかと思いましたわ…。」

キュルケ程ではないにしろ、姫様もかなり大きいですからね。


「お久しぶりでございます姫様…いえ、もう陛下とお呼びせねばいけないのでしたね。」

「まあ!まあ!なんて他人行儀なんでしょう!
 礼儀も過ぎれば、失礼というものだわルイズ。
 私達は親友ではなかったの?」

いつもの事ですが、姫様は何をするにも少々演技がかっているのですよね。
観劇も大好きですし、生まれが違えば女優になっていたのかもしれないのです。


「いいえ、わたしは姫様の親友で間違いありませんわ。」

「よかったわルイズ、それならば呼び方はいつも通りでいいでしょう?」

枢機卿が目で駄目ですと言っていますが…まあ、今回に限っては無視しても良いでしょう。


「では今までどおり、姫様と呼ばせていただきますわ。」

ルイズも頷いて、にっこりと笑ったのでした。


「ありがとうルイズ、私的な時間まで陛下陛下では肩が凝ってしょうがないもの、やめにしましょう。
 つくづく王なんて野暮な職業には就くものではないというのが、ここ数週間で実感できたわ。
 そこにいる枢機卿や大臣や文官達が次から次へと決裁の書類を持ってきて、それに全部目を通して理解してからサインをしなければいけないのよ。
 その合間にはお茶を楽しむ暇も無く、面談を求めてくる貴族達にニコニコ応対。
 一日の予定が全部終わればもう夜中というより朝方で、疲れ切ってベッドに倒れ込んで意識を失う事だけが唯一の楽しみな毎日なの。
 忙し過ぎて死んでしまいそう!お母様も気軽に娘に譲り渡すわけよね。
 退屈になる暇も無いくらい忙しいわ窮屈だわ手は疲れるわ顔は笑顔のまま引きつるわで、日々が退屈だった王女の時代がどれだけ貴重だったのかを今更ながらに思い知らされている所だわ。」

「そ…それは何と言うか、ご愁傷様ですわ姫様。
 私にも何かお手伝い出来る事があれば良いのですけれども。」

何というデスマーチ女王、ルイズも引き攣った顔で返事を返すしかないのですよ。
確かによく見れば以前見た時よりも頬がこけていますし、目の下にもメイクで隠し切れないクマが出来ているのが見えるのです。
これは公務を放り出していた先代女王陛下のせいなのですね、間違いなく。
姫様は母親を一発殴っても良いような気がするのです。


「ルイズ、貴方のその言葉だけで、頑張ろうって気持ちになれるわ。
 あら、ルイズの使い魔さん…と、もう一人は誰かしら?」

片膝をついて頭を下げたままの私に気づいたのか、姫様が尋ねてきたのでした。


「ケティ・ド・ラ・ロッタでございます、女王陛下。」

私はそういうと、顔を上げて見せたのでした。


「陛下の思い人に死に方を提案した張本人です。」

私の言葉を聞いたと同時に、姫様の顔が青ざめていったのでした。


「あ…貴方が、あの…でも何故ここに?」

「私がお呼びしたからです、陛下。」

そういって、枢機卿が頭を下げたのでした。


「一度、会ってきちんと話をしておくべきであると存じます。」

「確かにそうですわね、枢機卿。
 でも、わざわざルイズと会う時にぶつけなくても…。」

使い魔である才人は兎に角、私は親しくもなんとも無いただの部外者ですからね。
プライベートでの友人と会うせっかくの機会に居るべき人間ではないでしょう。


「ラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢は、これまで何度も苦楽を共にしてきた友人と聞いております。
 であれば、彼女一人を呼び出すのではなく、この機会にすべきであると考えました。
 彼女の事を、ラ・ヴァリエール嬢とそこの使い魔の少年にも聞く事が出来ますからな。」

確かに、ルイズと才人からどう思われているかというのは大事なのですね。
話し合いがこじれて『死刑!』とか言われたら、本当に処刑されてしまいますし。


「成る程、それはそうですわね。」

姫様は納得といった感じで、うんうんと頷いたのでした。


「ではミス・ロッタ。」

「ケティとお呼びいただければ嬉しいですわ、陛下。」

私だって、淑女っぽく喋ろうと思えば出来るのですよ…背中がむず痒くなってくるので、普段はしませんが。


「ではケティも《陛下》はやめて下さいますか?
 陛下と呼ばれると、気分が公務を執行している時に戻ってしまいそうですわ。」

「はい、ではルイズと同じく《姫様》とお呼びさせて頂きますわ。」

むぅ…なんとも、背中がむず痒くなるのですよ、このお嬢様系の喋り方は。


「じゃあケティ、ついでに畏まった喋り方もやめましょう。」

「それは有り難いのです。
 実は畏まった喋り方が苦手なもので。」

ふぅ、開放されたのです。


「ケティ、私は貴方のした事を非難はしないわ。
 ウェールズは一度決めたら絶対に曲がらない人だから、私が亡命を勧めても受け入れないのはわかっていました。
 彼の意思に沿う形で、彼のしたかった事をあの場で揃えられるモノで最大限に叶えてあげた事にはむしろ感謝しています。」

「それは…意外でした。」

てっきり殺したい程怨まれているものと思っていたのですが。


「怨んでいるわよ、女としてはね。
 好きな人に二度と会えなくなった原因を貴方に押し付けたい私がいて、それが私の中で暴れ狂っているのも確かなの。
 その感情だけはどうにも出来なかったわ。」

「私にはまだそのように恋焦がれる人はいませんが、そういうのは何となく理解出来るような気はします。」

私には理性によって押さえつけ難くなるくらい好きな異性というのが出来るのでしょうか?


「女としての私は貴方を許せないけれども、女王としての私は貴方の判断を支持します。
 そのくらいの分別は…何とかつけて見せるわ。」

原作よりも少々しっかりとしているような?
まあ、この姫様となら仲良くやっていけそうなのです。


「ルイズ、ケティ、そして使い魔さんにも聞くわ。
 あの奇跡を起こしたのはあなた達ね?
 滑走路というものを学院とタルブに作っていたという報告を受けています。
 そこからソウライという、金属製の風竜のようなものを飛ばしていたと。」

「ええと…な、何の事だかわかりませんわ。」

ルイズ…その誤魔化し方は流石に白々し過ぎるのですよ。
顔が【のヮの】になっていますし…。 


「枢機卿、確か王に虚偽の報告を行う事は…。」

「はい、王に虚偽の報告を行うものは斬首とする。
 フィリップ三世王の御世で作られた法ですな。」

ぬゎ!?流血王フィリップ三世の時代に作られた法なんて、何で廃止していないのですか!?


「斬首!?」

ルイズが真っ白になったのでした。


「…とは言え、執行された例は数度しかありませぬが。
 厳格に法の執行をしたら、宮廷の貴族は皆処刑されてしまうという理由からでしょうな。」

しょうも無い理由で事実上無効化されていたから、今まで廃止されていなかったのですね。
ルイズには全く聞こえていないようですが。


「一回だけなら誤射かもしれない…と言う事で、もう一度聞くわねルイズ。
 あれをやったのは貴方達よね?」

スマイルで脅すとはなかなかやりますね、姫様。


「は…はい、その通りですわ、姫様。」

引き攣った顔で頷くしかないルイズなのでした。


「あははは…は。」

ううむ、所詮国家というものはでかい893に過ぎないなんて話を聞いた事がありますが、成る程確かにそんな気もしてきたのですよ。
姫様ってば、いつの間にか親分の貫禄なのです。


「私は正直な人が大好き。
 正直な親友を持つって素敵よね、ルイズ?」

「はい、そうですわねひめさま。」

『法がある以上は執行されるかもしれない』という恐怖を利用した、いわゆる《抜かない伝家の宝刀》なのですね、この法は。


「使い魔さん、貴方はソウライという軍艦すらも数発で撃沈してしまう大砲がついた金属製の風竜を操って、敵の竜騎士を竜ごと木っ端微塵にして見せたとか。
 あのアルビオン竜騎士が恐慌状態に陥って、散り散りに逃げ去ってしまうなんて、初めて聞いたわ。」

「はっ、恐縮であります!」

直立不動で何故か姫様にビシッと敬礼して見せた才人なのでした。
姫様の脅しが効き過ぎなような気がするのですよ。


「貴方の功績は爵位叙勲に値する働きだけれども…まだこの国の法はそのあたりを改正していないから、メイジではない平民を貴族にする事は出来ないのよ。
 御免なさいね。」

「はぁ…。」

才人には爵位というのがどんなものか、いまいち理解出来ていないようなのですね。


「そんな、この犬に爵位だなんて、勿体無いにも程がありますわ、姫様!」

「犬?」

ルイズが姫様に妙な事を口走り始めたのを尻目に、才人にそっと話しかけてみるのです。


「才人、才人、勿体無い事に気付くのですよ。」

「何でさ?
 爵位あったってどうなるもんでもないだろ?」

才人は不思議そうに首を傾げるのでした。


「この国で爵位というのはすなわち『国家公務員』の事なのですよ。
 領地が無い貴族には、国から爵位に応じた給料が頂けるのです。」

「おお、何だかようやく事の重大さが理解できたぜ。
 確かにそれは勿体無かったな…。」

安定した給料と生活、爵位が高ければいっぱいもらえますし、夢の公務員ライフが約束されているのですよ。


「…で、犬っていったい何なのルイズ?」

「ななな、何でもありませんわ。
 ええ、わたしの特殊な趣味的な話なので、どうかこれ以上聞かないで下さいまし!」

ルイズ…ぶっちゃけ過ぎなのですよ。


「ええ、怖いからこれ以上聞かないでおくわ、ルイズ。
 あとケティ、貴方はソウライが何であるか理解した上で、それを運用する為に出来得る限り場を整えたのよね?」

「はい、その通りなのです、姫様。
 あの空飛ぶ金属の竜…飛行機は、ロマリアの焚書を免れた文献の中に記されていたものだったのです。」

まるきり嘘なので、ばれたら斬首なのです。


「あれを空中に浮かせる為には滑走路という空に飛ぶ為の道が必要となるので、学院長にお願いして作らせていただきました。」

学院長にセクハラされた悪夢が蘇るのですよ、うぅ。


「あと姫様、ルイズの事ですが、彼女は虚無に目覚めたのです。」

「そうね、あの光は虚無でしかありえないわ。
 これの意味する所は、私を含めて今の王家が正統では無い事を指すわね。」

姫様はうんうんと頷いて居るのです。


「…というわけでルイズ、虚無に目覚めたついでに女王なんてどうかしら?」

「無茶言わないで下さい姫様!」

あまりの事にルイズが悲鳴を上げたのでした。
姫様、そんな何かのおまけみたいに…。


「女王なんて、短気な私に勤まるわけがありませんわ!」

「大丈夫大丈夫、私も無理かと思ったけど何とかなっているもの。
 ルイズは昔から私よりも頭の回りも早かったし、立派な女王になれる筈よ。」

おほほほと笑いながら、姫様はルイズを諭しているのです。
周囲の国は王位を巡って血みどろのパワーゲームを繰り返しているというのに、この国は…。


「駄目です!駄目です!駄目です!絶対に!駄・目・で・すっ!
 というか姫様、面倒臭いからわたしに押し付けようとしているでしょ!」

「あら、ばれた?
 おほほほほほ。」

笑って誤魔化しても駄目なのですよ、姫様。


「姫様はいつもそう、面倒な事は私に押し付けて楽をしようとするんだわ!
 三年前の晩餐会の夜に、わたしを薬で昏倒させて髪まで染めた挙句、身代わりを押し付けてふらーっと散歩に出かけた事、今も忘れてはいませんわよ!」

「あの時はウェールズと会うという、大切な用事があったのよ。」

うわぁ、男と会うために親友を薬で昏倒させて髪まで染めたのですか。
流石は水のトライアングル、いちいちえげつない事をするのですね。


「す…すげえな、あの姫様?」

こそっと才人が私に話しかけてきたのでした。


「目的の為には手段を選ばない気質とか、為政者には持ってこいの性格なような気はするのですよ。」

「そんなもんなのか、政治家って?
 ニュースでは汚職だの何だのが散々批判されていたけど。」

才人の頭にはてなマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。


「国家の運営もまともに出来ない癖に、汚職なんて大それた真似をするから捕まるのですよ。
 どんなに汚職にまみれようが、国家の利益を誰よりも引っ張ってくる事が出来る人間なら、誰も逮捕したりはしないのです。」

「それはそれでどうかと思うけど?」

能力が下がっていらなくなったら逮捕して、ある程度財産剥ぎ取ればいいだけなので、気にしなくても良いのですよ。


「それよりも、あっちなのですね。」

枢機卿も、何時まで傍観しているつもりなのやら?


「これほど頼んでも駄目?」

「駄目ったら駄目です!」

王位の押し付け合いという醜い争いは、未だに続いているのですよ。


「はぁ、面倒臭いけれども仕方が無いわね…でも困ったわ、だって正統の証である虚無は貴方の下にあるんですもの。
 虚無の家系が王家ではないとわかったら、貴族の支持が取り付けられなくなるかもしれないわ。
 私だって、今はあの戦いの立役者に無理やり祀り上げてもらっているからいいものの、こんな人気はすぐに萎んでしまうでしょうし。」

「そんな事を言われても、私だってラ・ヴァリエール家の嫡子ですもの。
 あの家を潰すわけにはいきませんわ。
 んー…。」

何故ルイズの視線がこっちに?


「…ケティ、何か良い考えは無い?」

「ええと、何故私に?」

枢機卿がいるでしょうに、枢機卿が。


「困った時のケティ頼み?
 兎に角お願い、何か良い解決方法思いつかない?」

何なのですか、それは。


「…姫様の次の後継者は、姫様が将来誰と結ばれて子供が出来ようが、絶対にルイズかルイズの子供かに継がせるように継承権を設定すれば良いのでは?
 現状は法律では王に生まれた嫡子かその配偶者、嫡子が幼ければ妻を次の王とする事が定められていますが、この法に一代限りとする事を入れた上で追加の条項を加えれば良いと思うのですよ。」

「ケティが何言ってんのか、さっぱりわかんねえ。」

おバカな才人は、少々黙っていると良いのです。


「次の王位継承者が虚無が出た家系にあると知れれば、それを現在の王家が保障している事を宣言したならば、貴族は虚無の家系が王家であり続ける事に安心する筈なのです。」

「で、でもそれだと、もし姫様に子供が出来た場合、混乱しない?」

ふむ…確かに。


「では、姫様に子供が出来た場合は、その子供をラ・ヴァリエール家の子とすれば良いでしょう。
 虚無が王権を保障しているのですから、傍流が嫡流に、嫡流が傍流に入れ替わるという事なのです。」

こういうのは出来る限りシンプルにしておかないと、後々の火種になりかねないので、シンプルにしてみたのでした。


「確かに、その方法は簡単でわかりやすいわね。
 ではそうしましょう。
 事が事だし法をいじるのには時間がかかるとは思うけれども、そういう風にするのが良さそうね。
 ラ・ヴァリエール公爵にも、然るべき時が来たら話をする事にするわ。
 これで良いかしら、枢機卿?」

「はい、これで宜しいかと。
 あと付け加えるとすれば、出来るなら将来生まれる陛下とラ・ヴァリエール嬢の子同士を許婚にしておくべきでしょうな。
 今の王家に忠誠を誓うものも少なからずおりますので。」

その点をすっかり失念していました。
さすが枢機卿、パーフェクトなのです。


「それは何時の事になるかわから無いけれども、そうしましょう。」

問題は、才人が両方の子供の父親になる可能性があるという事なのですよね。
まだまだ先の話にはなりますが、さて、どうしたものやら?


「ではルイズ、始祖の祈祷書と水のルビーは貴方が持っておきなさい。
 私の具合が少しでも悪くなったらすぐにでも王位を押し付け…もとい、禅譲できるように。」

「今すぐお返ししますわ!」

ルイズはそう言うと、始祖の祈祷書を姫様の豊かな胸元に押し付けたのでした。


「私が持っていても仕方の無いものでしょ。
 虚無の担い手が持っていて意味があるものなのだからっ!」

姫様も負けじと始祖の祈祷書をルイズの薄い胸元に押し付け返したのでした。


「私が持っていたら、姫様は明日にでも謎の病で倒れるつもりでしょ!」

「いくら私でもそこまでしないわよっ!」

始祖の祈祷書の押し付け合い…。


「どうでも良いけど、頑丈だな、あの本。」

才人がボソリと呟いたのでした。


「本当なのですねー、さすが伝説ー。」

この光景をジョゼフ王に見せたら、トリステインにちょっかい出すのはやめるかもしれないのですね。


「うにゅにゅにゅにゅにゅ!」

「ぐにゅにゅにゅにゅにゅ!」

二人とも、人には見せられない顔になっているのですよ。


「そんなに不安なら、誓約書を書くわ。
 私ことトリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを騙して王位に就かせない事を始祖に誓います。
 …これでどうかしら?」

「うぅ、始祖に誓われたのであれば、信用いたしますわ。」

あちらも、やっと話がついたようなのですね。


「ああそうだわ、ついでにこれもあげる。」

「な…ナンデスカ、姫様?」

ルイズがめっちゃ不安そうなのですよ。


「んー?王宮を含む、全ての国家施設への無制限の立ち入り許可証、軍や警察を含む公的機関を行使する時の無制限許可証。
 あと、殺害行為を含むあらゆる犯罪行為への免除許可証。
 これだけ権限をてんこ盛りにすれば、貴方に正攻法で逆らえる人間はこの国には権限を与えた私くらいしかいなくなったと言えるわね。
 はい、あげる。」

「こここ、こんな無茶苦茶な権限、いただけませんわ!」

思わず受け取ったルイズが、目を回して焦っているのです。
MI6のゼロゼロナンバー以上の超法規的権限なのですね。


「貴方は次期国王だし、本来は例え私が嫌がっても退位させて王位に就くべき人間なのよ。
 その程度の権限は今から持っておくべきだわ。」

「ででででも!」

震えすぎて、ルイズがぶれて見えるのですよ。


「使うか使わないかは貴方の自由よ。
 ちょっとしたお守りだと思って持っておきなさい。」

「そうそう、もらえるもんは貰って置けよ、何だか知らんけどすげぇものなんだろ、それ?」

才人の発想は少々安易ですが…確かに、貰っておいて損は無いのですよ。


「わかりました、貰っておきますわ。」

「そうそう、権力を使う事の練習だと思っていればいいのよ。
 あとケティ、貴方にはこれを。」

そう言って、姫様がさらさらっと買いて渡した書類に書いてあったのは…。


「公的機関の使用許可証…なのですか?」

「そう、貴方の身分は表向き私付きの女官という事にするわ。
 何をするにもある程度の権限は必要でしょう?
 警察権とかは流石に無理だけれども、それで国の機関である学院などは無条件で貴方に協力させる事が出来るわ。」

おお、これで何かあるたびにあのエロ爺の前でいちいち踊らずに済むのですね。


「あと使い魔さん…サイトでしたか?
 貴方にはこれを。」

そう言って、姫様は箱をレビテーションで浮かせて机の上にドンっ!と置いたのでした。


「これ、何ですか?」

才人は箱を不思議そうに眺めます。


「じゃじゃーん。」

そういって開かれた箱には、金貨がぎっしりと詰まっていたのでした。
それにしてもこの姫様、ノリノリなのですね。


「ざっとですが、2~3万エキューはありますわ。
 爵位の叙勲が出来ない代わりに、これで我慢してくださいね。」

「う、うっス。」

その金貨の量に、軽く目を回してしまった才人なのでした。


「貴方には期待しています。
 ルイズを守ってあげてくださいね。」

上目遣いで目をキラキラを素でやってのけるのが姫様の凄い所だと思うのですよ。


「も、もちろんです。」

あーあ、才人ってば安受けあいしちゃったのですよーだ。



[7277] 第二十二話 媚薬なんか作るからこんな事になるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:03
媚薬、それは人の心を性的に操る薬
地球でも色々と媚薬は開発されてきましたが、全部興奮剤の類なのです


媚薬、それは相手を熱烈に愛するようになってしまう薬
人の心を容易く操ろうなんてのは、間違っているのですよ


媚薬、それは偽の恋愛を引き起こす薬
性的に操ったって、本当の恋愛には程遠いのです







「やっちまった。
 金貨のインパクトと姫様の微笑みに釣られてつい…。」

才人が頭を抱えているのでした。


「東に行きたいとか言っていたのに、安請け合いしちゃって。
 取り敢えず、頭抱えたまま歩くとか、奇怪だからやめなさいエロ犬。
 姫様の微笑みに盛るなんて、不敬よ、不敬、斬首ものだわ。」

「さ、盛ってなんかいねぇよ。」

顔を赤くしているところを見ると、姫様の色気に一撃でやられたのが丸わかりなのですよ、才人。


「はは~ん、顔を赤くして何言ってんだか、このエロ犬は。
 あんたが盛っているかどうかなんて、このご主人様にはまるっとお見通しなんだからねっ!」

「ああそうさ、姫様にドキドキしちまったよ不覚にも。
 悪いか?いいや悪くないね。
 俺には別に恋人がいるわけでもないし、可愛い女の子に微笑みながら頼まれたら嬉しくなるのは男の性ってもんだ。」

うわ、正々堂々と認めやがったのですよ、才人。


「悪いか?ええもう悪いわよとっても重罪よ、だって…だだ、だって、だだだだ。」

ルイズが壊れたCDみたいになったのですよ。


「ととと、兎に角、駄目なものは駄目なの!
 あんたは私の使い魔なんだから、私そばにいなきゃ駄目なのよ。
 それが決まりでルールで規則なのよ、義務なの!」

兎に角、一緒に居ろという事なのですね、わかります。


「わけわかんねえよ。
 なんかすげえがんじがらめな感じ?」

ううむ、全然気づかずに不平を漏らしているのです。
鈍すぎるのですよ、才人。


「義務とか規則とか、そういう言葉で縛られるのってすげームカツク。」

中二病ですか…まあ、思春期に良くある麻疹みたいなものですね。
ルイズの気持ちを全く酌めていないのが物凄く不味いのですが。


「なんですって!?」

はぁ…ルイズはどこかに行っちゃ嫌と言っているのに、才人は気づかないと。
…まあ、私も同じ立場に追い込まれたら、恥ずかしくて抽象的な物言いになってしまう可能性が高いのですが。


「おやまあ…。」

いつの間にか才人が居なくなっているのですよ…私まで置き去りなのですね。
ルイズがぽつーんと一人で突っ立っているのです。


「そんな…言葉で縛る気とか、無いもん。」

軽く涙の浮かんだ瞳で、ボソリと独り言。
二人とも、私を完全に置き去りにして話を進めているのが、ちと気に食わなかったのですが、このルイズを見られただけで全部チャラなのです。
こ、これは…とても萌える。


「伝えたいけど伝えられないその気持ち…乙女なのですね。」

これはハグせざるを得ません。
ええ、ええ、不可抗力なのですよ、必然なのです。


「わきゃっ!?
 な、なんなの…って、ケティ?
 あ、あれ?才人と一緒に行ったんじゃ?」

「取り敢えずあの乙女心の『お』の字もわからない、朴念仁は放っておくのですよ。
 いずれ心配になって探しに来るに決まっているのです。」

んー、ルイズ、良い匂いなのですよ。


「うぃーっく!」

その時、ドシンと私の背が何者かに押されたのでした。


「うひゃぁっ!?」

「むぎゅ!?」

私とルイズはよろけてそのまま転んでしまい、ルイズは私の下敷きに。
ルイズ一人なら、かすりもしなかったでしょうに、私が抱きついていたばかりに避ける事もままならなかったようなのですよ。


「おうおう貴族の姉ちゃん達、ぶつかっておいて御免なさいも無しかよ?ひっく!
 うぃー…誰のおかげで、この国が守られたと思ってんでぃ!」

「んなっ!?ぶつかったのはそちらでしょう?」

戦に勝って大喜びなのは良いですが、昼間から泥酔し過ぎなのですよ、兵隊さん?


「姉ちゃん良く見りゃけっこう別嬪じゃねえか。
 酌しろや、そしたら許してやらあ。」

酒癖の悪そうな兵隊は、そう言って私の肩を掴み、酒臭い息をかけて来たのでした。
…酔っ払いだと思って、大目に見ていましたが、少し頭を冷やしてもらいましょうか?


「それ以上の狼藉を働くようなら、こちらにも考えが…って、何なのですか、ルイズ?」

「ケティ、ちょっと、退いて…。」

「る、ルイズ、何を?」

ゆらりと立ち上がったルイズが、私を押しのけたのでした。


「あ?なんだこの小娘?子供が何の用だよ?
 俺はこっちの姉ちゃんに用があって…。」

「ケティより、私の方が年上よぱーんち!」

ルイズの全体重を乗せた拳が、兵隊の腹に深々と突き刺さったのでした。


「ぐはぁっ!?て、てめえ何を…。」

「誰が子供よきーっく!」

パンチに体をくの字に曲げた兵隊の顔面に、ルイズのひざ蹴りがめり込んだのでした。


「が…ぁ!?」

あまりの衝撃に、兵隊の体がぐらりと揺らぎ、倒れてしまったのでした。


「何で年下のケティは姉ちゃんで、私が子供なのよ!
 あんた目がおかしいんじゃないの!?
 だいたい何で昼間っから酒呑んでんのよ!昼間に酒とか馬鹿じゃないの!
 酒は夜になってからゆっくり楽しむものだって事くらい知らないわけ!?」

「……………。」

へんじがない、ただのしかばねのようなのです。


「私は今とっても気が立ってんのよ、刺激しないでよホントにもう!」

「ルイズルイズ、その兵隊さんは既に気絶しているのですよ。」

泥酔していたのが原因なのでしょうが、兵隊はあっさりと意識を手放してしまっていたのでした。


「ああっ、ジャン!?
 てめえ、何処のモンだか知らねえが、何しやがんでい!」

「よくもジャンを!」

殴り倒された兵隊の仲間と思しき兵隊たちが、わらわらと出て来たのでした。


「その倒れている愚かものが、私達にぶつかっておきながら絡んできたので、ルイズが軽くのしただけなのですよ。
 とっとと連れてどこかに行けば、この件は見逃してあげます。」

「なんだと、小娘の分際で生意気言いやがって!
 こちとら兵隊様だ、いくらメイジでも小娘ごときに怯むかよ!」

ああもう、なんだってこんな酔っぱらった兵隊ばかりがわらわらと。


「そこまで言うなら良いでしょう、かかって来なさいな?」

ブルース・リーみたいに、掌をくいっくいっと曲げて、挑発してみたりして。


「わわ、なんだかケティが怒ってる?」

ルイズがびっくりしていますが、当たり前なのですよ。
王都の治安を守るべき兵が、酒呑み過ぎてくだ巻いて一般市民に迷惑をかけているのでは、本末転倒も良い所なのです。
貴族として、これを見過ごすわけにはいかないのですよ。


「この小娘がぁ!殴り倒したら今夜は全員の相手をさせてやるから覚悟しやがれ!」

「まぁ怖い、それは負けるわけにはいかないのですね。
 取り敢えず、頭冷やしましょうか?
 私の炎は頭を冷やすのにはもってこいなのです。」

そう言って、私は呪文を唱え始めたのでした。


「近距離で呪文だぁ?舐めやが…うお!?」

「わたしを忘れるとか、莫迦ね。」

ルイズは私に殴りかかろうとした兵隊の腕を掴んで引っ張り、その勢いを利用して兵隊の巨体を宙に舞わせ地面に落としました。


「眠っていなさい。」

「ぶっ!?」

そう言って、ルイズは兵隊の頭を思い切り蹴飛ばして気絶させたのでした。
…ううむ、これは合気道か何かですか?
いったい誰に教わったのだか。


「わたしは魔法が昔から大の苦手だったけどね…殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりするのは昔から大の得意よ?」

ううむ、炎の矢で吹き飛ばそうと思っていたのですが、虚無の使い手なのにガンダールヴみたいなのですよ、ルイズ。
これからはラ・ヴァリエールの喧嘩番長と呼びましょう、怖いから心の中でこっそりと。


「ルイズ、大丈夫か…って、めっちゃ大丈夫そうだな?」

騒ぎを聞いて駆けつけてきた才人が、拍子抜けした表情でルイズに言ったのでした。

「勿論、酔っぱらった兵隊程度なら、私でもどうにかなるわよ。」

普通はどうにかならないのですよ、ルイズ。
私だって杖が無かったら、あっという間に組み伏せられてしまうのです。


「まあいいや、こっちは三人、そっちも三人。
 おれも強いぜ、さあどうする?」

「お、やっと出番か?斬れるのか?斬れるんだな?
 抜かれるよ、そして斬るよ!」

才人はデルフリンガーの柄を握って見せたのでした。
まあそれは良いとして、黙れ妖刀。


「う…きょ、今日の所は見逃してやらあ。」

「覚えてやがれ!」

兵隊たちは、倒れた仲間を担ぐと立ち去って行ったのでした。
デルフリンガーの放った殺気というか食欲というか、そんなものに気圧されたのですね、わかります。


「びびび、びっくりした…。」

兵隊たちが去って行った後、ルイズはぺたんと座りこんでしまったのでした。


「とっさに体が動いてくれてよかったわ。
 あと、相手が泥酔していて助かった…。」

「ぶっつけ本番だったのですか、ルイズ?」

私がそう聞くと、ルイズは無言でこくりと頷いたのでした。


「取り敢えずハッタリかまして、あとは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する…ケティが良く使う手でしょ?
 私はケティみたいに口が上手くないから、いちばん得意な方法でやったけど。」

何処のアンドリューさんなのですか、私は。
確かにハッタリかまして驚かせた後で、自分の思う方向に口八丁手八丁で誘導するという方法をよく使いはしますが…。
取り敢えずブッ飛ばしてから『話し合う』のは私ではなく、某時空管理局のN.Tさんの十八番なのですよ。


「成程、自力でなのは式説得術を会得したのですね。
 おめでとうございます。」

「えーと、よくわからないけどありがとう。」

きょとんとした表情で、ルイズは私の賛辞を受け入れたのでした。


「あと、あの許可証を使わなかったのも、良い判断だったと思うのです。」

「勿論、あんな雑魚相手に使ったりはしないわよ。
 ああいうものはしかるべき所で必要な時だけ使うというのが鉄則でしょ?」

さすがルイズ、権限を行使する際のTPOは理解していましたか。
後は…。


「才人、怒るのは貴方の勝手ですが、はぐれないようにして欲しいのです。」

「え?俺ってはぐれてたの?」

私とルイズは二人、才人は一人。
どちらが迷子かなど一目瞭然なのですよ。


「はぐれないように…こうしてしまいましょう、えいっ。」

そういって、私は才人の左腕に腕を絡めたのでした。


「え…ちょ!?」

「なななな何してんのよ、ケティ!?」

才人は顔を真っ赤にして恥ずかしがり、ルイズは顔を真っ赤にして怒っているのです。


「ほらほら、ルイズも右腕にしがみ付くのですよ、早く早く。
 こうしておけば、才人が私たちからはぐれて迷子になってしまう事も無いのです。」

そう言って、ルイズを促してみたのでした。


「う…し、しょうがないわね、あんたが迷子になると探すのが面倒だものね。」

「ぬぉ、ルイズまで!?」

ルイズも顔を真っ赤にしながら、才人の右腕に抱きついたのでした。


「べ、別に二人して抱きつかなくても…。」

才人は慌てて私たちを振りほどこうとしますが、かかる力が弱弱しいのですよ。


「両手に花なのですから、役得だと思って観念するのですよ。」

「そうそう、観念なさい。」

生まれて始めてのモテモテイベントを楽しむが良いのですよ、才人。


「仕方がねえなぁ。」

とか、溜息を吐く才人ですが、顔のにやけが抑えきれていないのですよ。

見回してみれば王都トリスタニアは戦勝ムードの真っ只中。
町の中には露天が立ち並び、兵隊外にも酔っ払った人たちがちらほら歩いているのです。
まさにお祭り、浮かれて酔っ払い過ぎた兵隊とかがいなければとってもいい雰囲気なのですよ。


「日本の祭もこんな感じだったなぁ…。」

うっ、気づけば才人が望郷モードに…。
ルイズが『どどどどうしよう?』と目配せしてきます。
いや…ホームシックに妙薬は無いのですよ?


「ああっ、あれ、あれ、あれが見たいわ才人。」

ルイズが指差したのは、露天の装飾品店なのでした。
ナイス話題逸らしなのです。


「ああ、良いのですね、私も少々覗いてみたいのです。」

装飾品ゼロの私が言うと空々しいような気もしましたが、仕方がありませんよね。


「二人がそう言うなら、行ってみっか。」

才人が頷き、私たちは露天に向かって歩いていったのでした。


「ふーん…ふむふむ。」

ルイズが棚に並んだペンダントやら指輪やらを興味深く見ているのです。
見たところ大半が銀製で、そこそこな代物ですが、トリステインの貴族が好むデザインではないのでした。
おそらくこの派手さから言うと、派手な装飾を好むロマリアでもずば抜けて派手好きの人間がこしらえたものの…コピー品ではないかなと思われるのです。
キュルケなら喜びそうですし似合うかもなのですよ。
入っている宝石が水晶で無ければ…なのですが。


「あ、これ良いかも?」

それは確かに今まであったものの中では一際地味というか落ち着いたデザインであり、トリステイン貴族の許容範囲に入るデザインなのでした。
…やはり宝石が安価な水晶ですが。


「欲しいか?」

「でもわたし、持ち合わせが無いわ。」

ルイズは残念そうに溜息を吐いたのでした。


「それでしたら…4エキューに負けておきましょう。」

「うぅ、あと一声欲しいところだわ。」

店主が値引いてくれましたが、ルイズは悩んでいるのです。


「デルフリンガー買ったせいで、今月分のお小遣いが底を尽きかけているのよね。」

「残念ですが、これ以上は引けませんや。」

そういいながら、店主はその首飾りを引っ込めようとします。


「よし、買った。
 …ンでケティ、4エキューってどんくらい?」

「その金貨を4枚なのですよ。」

先ほど姫様から貰ったお金は、後で学院に届けてもらえるそうなのですが、その前に才人は一掴み分のエキュー金貨を、持っていたがま口財布に入れていたのでした。
がま口の財布なんて久しぶりに見たのですが、才人はあれを地球でも使っていたのでしょうか?
渋い、渋すぎるのです。


「サンキュー、じゃあはい、4エキュー。」

「まいどあり、はいどうぞ貴族のお嬢様。」

残念そうだった店主の顔がびっくりするくらいの笑顔に変わり、ルイズに首飾りを差し出したのでした。


「わ、ありがとう才人。
 ど…どうかしら?」

貝殻細工に銀の鎖を通して作られた首飾りは、ルイズに似合っていると思うのです。


「お、おう、似合っているぜ、綺麗だと思う。」

「ええ、よく似合っているのですよ、ルイズ。」

「えへへへ、そう?」

私達が褒めると、ルイズは照れたように笑って見せたのでした。


「そうだ才人、ケティにもなんか買ってあげなさい。」

「確かにそうだな…ケティは何が欲しい?」

急に私に振られても、装飾品類は姉さまたちのお下がりだったので、今までこだわった事がないのですよ。


「え?えーと…うーん…。」

他人の事ならある程度わかりますが、いざ自分となると何をどうしていいのやら?
ルイズより安そうなのは…。


「これなんてどうかしら?」

ルイズが指差したのはルイズと同じような細工が施された貝殻細工を嵌め込んだ銀の髪留めなのでした。
でも、どう見てもルイズが持っているのよりも、銀の量が多くて高そうなのですよ、これ。


「それでしたら…。」

店主は私の顔をちらりと見てから。


「…仕方がねえ、さっきと同じ4エキューで結構でさあ。」

空気を読みましたね、店主。
天晴れなのです。


「はいどうぞ、貴族のお嬢様。」

手渡されはしましたが、鏡も無しにこれを付けるのは至難の技なのですよ。


「私が付けてあげるわ…よいしょ…うん、こんな感じね。
 やっぱり、このくらいの髪の長さには、こういう髪飾りが一番似合うわ。
 ワルドに髪をやられて落ち込んでいたから、気になっていたのよね。」

ルイズってば、私の髪の事を気にかけていてくれたのですか。


「どうサイト、似合うと思わない?」

「うんそうだな、似合っていると思う。
 なんだか、すげえ可愛い感じになった。」

才人もにっこりとそう言ってくれたのでした。


「あ、ありがとうございます。」

正面からそんなことを言われると、照れてしまうのですよ。
思わずもじもじしてしまうのです。


「う…ええと、じゃ、じゃあそろそろ帰る…か…!?」

いきなり帰ろうとした才人の動きがぴたりと止まったのでした。


「お…お…おおおおおおぉぉぉぉぉ。」

才人はふらふらとその露天まで歩いていき、一着の服を手に取ったのでした。


「こ…これは。」

「お客さん、お目が高いねえ、それはアルビオンの水兵服でさ。」

水兵服、つまりはセーラー服…才人の心の中が手に取るようにわかるのですよ。
なんという煩悩まみれ。
さっきの感動を返せコンチクショーと言いたいのです。


「い、い…いくら?」

「4着で1エキューでさ。」

高っ!?
古着にその値段はボッタクリもいいところなのですよ。
完全に足元見られているのです。


「買ったっ!」

才人…まさか私にそれを着ろとか言わないでしょうね?







「頼む!これを着てくれっ!」

「炎の矢。」

予想通り繕い直したセーラー服を差し出してきた才人を、炎の矢で問答無用でぶっ飛ばしたのでした。


「だ、だって…シエスタだと日本の女子高生的な雰囲気が再現できなくて。」

煙を上げながら、それでもセーラー服だけは死守した才人が、私に訴えかけてくるのです。


「私だって、前世の記憶は男のものなのですよ。
 しかも今の私はどう見ても欧州系コーカソイド。
 女子高生を再現なんて、出来るわけが無いのです!」

部屋にタバサが居なくて良かったのですよ。
彼女は現在お出かけ中、今頃ラグドリアン湖畔の実家に居る筈なのです。


「中身に日本人の部分があるってだけで、かなり違うような気がするんだよ。
 頼むよぉ…俺の望郷の念を満足させてくれ、お願いだよぅ。」

望郷の念というよりも、ただの煩悩のような気がするのですが。



「頼むぅ、一生のお願いだよぅ。」

ああもう、これは着なければ収まりがつかなさそうなのですね。


「はぁ、わかりました…着ますから存分に失望すれば良いのですよ。
 で…何時まで部屋に居るつもりなのですか?」

何度か裸を見られてはいますが、だからと言って着替えを見せる気はないのですよ、才人?


「わかったヨ、何時までだって待つさァ。」

目を虚ろに…しかし爛々と輝かせた才人が、ふらりふらりと歩きながら、部屋を出て行ったのでした。
物凄く、判断を誤った気がするのですよ。


「まあ、言ってしまったものは仕方が無いのですよね。
 着替えますか。」

このスカートは学院の制服を改造したものなのですね…無駄に凝っているというか。
兎に角着替えましょう。


「スカーフを巻いて…これでよし…と。
 才人、着替え終わったので、入って来て良いのですよ。」

「おう、失礼するぜ。」

着替えが終わり、姿見で自分の格好を確認してから才人を呼びました。


「炎の矢。」

「ふんぎゃー!?」

炎の矢で才人をもう一度ぶっ飛ばしたのでした。


「な…何すんだよ、ケティ?」

「才人、これはどこの風俗嬢の格好なのですか?」

上着の丈が短くて臍は丸出しですし、スカートも少し動けばパンツが見えてしまうくらい短いのです。


「い…いやだってさ、何つーか、男の夢って感じが。」

「絶望した!才人のオッサン臭さに絶望したっ!」

そんなオッサン臭い嗜好、前世の私ですら持っていなかったというのに、この高校生ときたらっ!
…と、ふと気付くと、才人が倒れたままなのに気付いたのです。


「ど…どこ見ていやがりますか、才人?」

「え?いや、うん、男のロマン的な領域?」

才人の顔からだらだらと滝のように汗が流れ出て居るのです。


「でてけーっ!炎の矢!」

「すんましぇーん!」

才人には炎の矢と共に御退場願ったのでした。


「さて…このセーラー服、どうしましょうか?」

丈を直してもう一度着てみましょうか?
こういうものに興奮する趣味はありませんが、郷愁みたいな感覚はありますし。


「才人はなっちゃいないのですよ、美学に欠けるのです。
 セーラー服といえば、膝下までの丈のスカートに白ハイソと相場は決まって居るのですよ。」

あれ?どこからともなく、お前もかというツッコミが聞こえたような気が…?




次の日の夜、悲鳴と共に才人が走っていったので、後をつけてみる事にしたのでした。
入っていったのは…モンモランシーの部屋?
ひょっとして、媚薬のエピソードなのでしょうか?
取り敢えず、私もノックをして入る事にしたのでした。


「モンモランシー、入りま…。」

「こぉの駄犬がああああぁぁァァァっ!」

私がドアのノブに手をかける前に、ピンク色の突風がドアをぶち破ったのでした。


「あらー…。」

中に入ると、ギーシュは変な薬品を全身に浴びて痙攣しており、モンモランシーはベッドに突っ込んでいるのです。


「な…何考えてんのよ、あんた達…ガク。」

あ、モンモランシーが力尽きたのです。


「丁度いい所に着たわねケティ、才人を一緒に探して頂戴。
 景気付けにこれでも半分飲んで。」

「ちょ、うぷっ!?」

そう言って、ルイズは何時の間にやら手に握ったワイングラスの中のワインを私の口に半分注ぎ込み、それから自分も一気に呷ったのでした。


「ぷはぁ!いいワインね、これ。」

確かに美味しいワインでしたが、これは…かなりまずい事になったような気が。


「さあ駄犬、出て来なさい!」

「サイトハ、ココニハイマセンヨー。」

「そこかっ!」

そう言って、ルイズはベッドの布団を剥がしたのでした。


「ああぅ、あぅ、あぅ…。」

才人の怯えた顔を見た途端、私の心に電撃が走り始めたのですよ。
まずい、このままでは私まで才人に。


「こ…これに抵抗しろとか無茶な…でもしなきゃ、心が陥落してしまうのです。」

「才人の莫迦、莫迦莫迦莫迦、何でわかってくれないのよぅ。
 酷いわ、酷過ぎるわ。」

ルイズが才人をポカポカと叩いているのです。
いつもの無双っぷりが嘘みたいな、可憐で華奢な見た目にぴったりな弱々しい叩き方。
あれは完全に堕ちてしまっているのですね。


「な…なんで、体が勝手に…。」

体が勝手に才人の方に向かって歩いていくのです。
ああ、何というか才人がとても格好良く見えるのですよ。


「才人…大好きなのです。」

薬で変えられた感情だというのは理解しているのですが、抑えきれないこの感情はいかんともし難いのです。


「うぉ、ケティまで!?」

「こんな感情、正常ではないのに、何故抑えられないのでしょう。
 理性が塗り潰される感覚が、なぜかとても心地良いのです。」

ああもう、これで私は役立たず決定なのですよ。
その前に、私とルイズが迫るのに才人が耐え切れるのでしょうか。
耐え切れなかったら、薬が解けたあと物凄く微妙な事に…でもそんなのどうでも良いから全てを委ねてしまいたいのです。
…って、まだ駄目なのですよ、それは。


「ぐっ…さ、才人、私はあなたの事が大好き…ではなくて、何か強制的に異性に好意を持たせる魔法が私とルイズの心を蝕んでいるようなのです。
 というかモンモランシー、さっさと白状なさいな!」

「う…嘘、あの薬に耐えているの、ケティ!?」

モンモランシーがびっくりって、どんだけ強力な媚薬なのですか、これは。


「もうすぐ完全に心が塗り潰されるでしょうけれどもね。
 材料費が足りないなら私があとで立て替えますから、解除の薬を早く作ってください。
 それと、才人に手早く眠る為の睡眠薬を処方して欲しいのです。
 あと、今回私は役立たずと化しますから、後は宜しく。」

「ちょっと、まって!?」

薬に逆らったままでは私の心が壊れてしまいますから、逆らうのをやめて、薬の効果に身を委ねるとしましょう。
ああ…もう駄目…才人大好き…。





《才人視点》
「パ、パラダイス地獄だ…。」

「んぅ…。」

「くー…。」

右手にはルイズ、左手にはケティ。
美少女に挟まれて今俺は…眠ろうとしても眠れない。
二人の柔らかい色んな部分が俺に押し付けられてくるんだから、興奮して眠れる筈がねーだろ!


「そ、そういえば、モンモランシーから貰った睡眠薬があったな。」

正気を失う前のケティは、これを見越してくれていたらしい。
これはとても有り難いぜ。


「飲むと朝までグッスリ気絶するとか言ってたな。
 しっかし媚薬とかモンモンの奴、無茶な薬を作りやがって。」

薬を水で流し込み、少ししたらいきなり意識がストンと落ちて、目が覚めると朝だった。


「むー!才人から離れなさいよ、ケティ!」

「嫌なのですよ、才人は私のなのです。」

しかもルイズとケティが睨みあっている。


「事態が悪化してやがる!?」

何がどうしたらこんな事に!?
ああそうか、モンモンの野郎のせいか、いやいや、モンモンにあんなモン作るきっかけを与えたギーシュのせいか?
モンモンは女の子だし結構美人だから、悪いのはギーシュだ。


「結論!ギーシュが悪い!」

ふっ、我ながらなんという鋭い推理。
いつもながらパーフェクトだぜ、俺…とか莫迦やっていないで、とっととこの状況を何とかしないとえらい事になりそうだ。
特にケティがこんな事になっていると知れたら、俺はジゼルにぶっ殺されるかもしれん…と言うか、奴なら俺を葬り去る良い機会だと判断して嬉々として殺しに来る。
発見されたら俺はおしまいだ。


「んー…ちゅっ。」

左の頬に何やら暖かくて柔らかい感触が…。


「け、ケティ何を!?」

「目覚めのキスなのですよ、才人。」

はにかんだ微笑が、超絶に可愛いぜこんちくしょー。
媚薬の効果でさえなけりゃあ、絶対に押し倒しているのに…。


「あ、ケティずるいわ、私も…ちゅっ。」

こ、今度はルイズだと!?


「負けないのですよ、ちゅっ。」

「私だって、ちゅっ。」

だ、駄目だ、これは駄目だ、こんなのがずっと続いたら俺は確実に駄目になる。
二人に溺れきって、へにゃへにゃのアホになる。


「ふ…二人とも、これ飲んで?」

俺は睡眠薬を二人に手渡した。


「薬…?」

「睡眠薬なのですね。」

眠っていてくれれば、取り敢えず何とかなる筈。


「それを飲んでくれると、俺はとっても嬉しいなー。」

俺の笑顔は今、確実に引き攣っている。
薬でおかしくなっているとは言え、この二人を騙すのは心苦しいぜ。


「ホント?じゃあ飲むわ。」

「ルイズには負けていられないのですよ。」

ルイズは兎に角、普段はあれだけ慎重なケティまでもがあっさりと薬を飲んで寝てしまった。


「むにゃ…。」

「すー…。」

「こりゃ本当に駄目だな。
 取り敢えず、飯食ってからモンモンの所に行くか…。」

俺はベッドから降りて、着替えてから部屋を出たのだった。





「ほほう。」

飯食うついでに事の次第をかくかくしかじかと説明したら、シエスタの顔色が変わった。


「つまりモテモテというわけですね、才人さん。」

「いやだから、薬のせいなんだって。」

ええと…何でシエスタさん激怒しているんでしょうか?
笑顔で怒るとか、なかなか見ない怒り方なんですが。


「ミス・ヴァリエールだけじゃなく、ミス・ロッタまで。
 へーえ、ふーん…。」

笑顔が、笑顔が冷たいデスよ、シエスタさん。


「あの二人にベタベタイチャイチャ…。」

「いや、解毒薬作ってもらうつもりだから。
 こんな状況でベタベタされてもなんかするわけに行かないから、蛇の生殺しだから。」

ルイズとケティが色っぽく迫ってくるのに何も出来ないなんて、これなんて罰ゲーム?俺何か悪い事しましたか神様って、感じなんデスよ、シエスタ様。
だから、お願いだから、痛いから、足ぐりぐり踏んづけないでシエスタ様…。


「…まあ、これくらいで勘弁してあげます。
 でも確か、惚れ薬とか精神に強い影響を引き起こす類の水の秘薬って、許可取らずに作ったら犯罪だったような?」

「へえ、そうなのか?」

ふむ、モンモンが解毒薬を作るのを渋った時に使えそうなネタだな、これ。


「ええ、実はこの前取り寄せようと思って調べてみたら…って、これは余計でしたわ、おほほほほ。」

「あはははは…。」

わ、笑うしかねえ!
これは冗談だし、冗談じゃなくても誰に使う気だったんだとか考えちゃいけねえことだ…。


「そ、そんな事は兎に角、お二人とも薬で心を変えられているんですから、いくら迫られても手を出しちゃダメですよ。」

「ああ、勿論だよ。
 そんな事をして、正気の戻った時に俺の命が長らえる保証が無いし。
 ルイズもそうだが、ケティも怒らしちゃ拙い気がするんだ。
 つーか、その前にジゼルにブッ殺されるだろうけど。」

宝探しの時、ジゼルはヒートウェイブとかいう魔法でゴブリンを蒸し焼きにした実績がある。
やたらと器用に魔法を使いこなすのは、さすがケティの姉ちゃんって所か。
あれ喰らったら余裕で死ねるぜ、いやマジで。


「そ、それで…ですね、もしも辛抱しきれなくなったらですね、わわ私の所に来て下さいね。
 わ、私がサイトさんのよよよ欲求不満の解消にきょ…協力しますからっ!」

「え…いや…えーと。」

メイドさんが欲求不満の解消とか、これなんてエロゲ?


「わ、私じゃご不満ですか…?」

シエスタがしゅんとした感じになって、俺を上目遣いでじっと見る。
…う、可愛いよ、どうするよ俺?


「いやいやいやいや、とんでも無い!
 シエスタ可愛いから、大歓迎さっ!」

俺は何を言っているんだ俺は!?


「本当ですか、嬉しいっ!」

上げた顔は満面の笑顔、あれ?さっきまで泣きそうな顔じゃなかったかシエスタ?


「サイトさん大好きっ!」

「ぬぉ、むぎゅ。」

シエスタに抱きつかれた…胸の感触が顔に当たるんですが、しかもなんだかグイグイ押し付けてくる感じなんですが、この先生きのこるにはどうすればっ!?


「そ、そうだ!とっととモンモンに会いに行って来ないと!」

ああそうさ、誤魔化しさ!
誤魔化して逃げるしかないだろ、この場合。


「ああっ、サイトさん!?」

「ごめんシエスタ、急ぐからっ!」

しかしアレだ、デカかったなシエスタ…。




「うーっすモンモン、解毒薬作ってっかー?」

…とか言いながらモンモンの部屋に入ったら、縦ロールがギーシュとキスしていやがった。


「ぬお、な、何かね?」

「ちょちょちょっと!レディの部屋に入る時はノックくらいしなさい!
 あと、モンモンっていうなっ!」

レディの部屋と言われて、モンモンの部屋を見回してみる。
ビーカーだのフラスコだのサイフォンだのが所狭しと並べられており、中央には妙な臭いを放つ大鍋…。


「魔女の工房以外の何物にも見えないわけだが?」

「ふむ、言われてみれば確かに。」

ギーシュもうんうんと頷いている…って、言われなきゃ気付かなかったのか、ギーシュ?


「頷くなっ!」

「ぐふぅ!?」

モンモンのツッコミが鋭く脇腹を抉り、ギーシュは苦悶の声を上げて崩れ落ちた。
ふっ…まだまだだな、ルイズはそんなもんじゃねえぜ、モンモン。


「ベッドがあるでしょ!?
 お茶のセットだって、箪笥だってあるわ!
 ほら、縫い包みだって!」

ギーシュにまで頷かれたのが、そんなにショックだったか、モンモン?


「実験器具によって、部屋の隅に追い遣られているけどな。」

「ぐはぁ!」

大ダメージだったのか、モンモンはその場で床に崩れ落ちた。


「…仕方無いじゃない、学院の工房借りるお金なんか無いんだから。
 みんな、みんな貧乏が悪いのよ、うっうっうっ…。」

金が無いのは首が無いのと一緒とは、よく言ったもんだ。


「モンモンをおちょくるのはこれくらいにしておいて…。」

「おちょくられてたの私っ!?」

「…解毒薬作ってるか?」

抗議の声をさらっと聞き流して、モンモンに尋ねてみた。


「…あー、うん、これから作り始めようかなーとか思ってはいるんだけど、材料が高くて。」

「ケティが足りない分は立て替えてくれるって言っていなかったか?」

モンモンの目が泳ぎまくっている。


「…まさか、立て替えて貰う以前の問題なのか?」

「だ、だから、うちは貧乏だって前から言っているじゃない。」

いや、その理屈はおかしい。
こいつはここのところかなりの額をケティから貰っていた筈だ。
…よく考えたら、俺たちいつの間にかケティに財布を握られている…?


「この前の宝探しとか、ガソリン作るので結構儲けた筈じゃなかったか?」

「ルイズとケティが飲んじゃった媚薬の材料に消えたわよ、全部っ!
 とんでもなく高かったのよ、あの薬作る為の材料って。
 しかも、解毒薬作るのにも殆ど同じ材料が必要になるの。」

金額は良くわからんけど、この赤貧縦ロールはかなりの守銭奴だった筈。
そのこいつが殆どの金を注ぎ込んだって事は…。


「つまり、必死に貯め込んだ財産の殆ど全てを注ぎこんで作った渾身の媚薬を、ルイズに台無しにされたわけか…。」

「ぐはぁ!」

あ…また倒れた。


「うううっ…主従揃ってひどいわ、私に何か恨みでもあるの?
 あの桃色猪娘、正気に戻ったら賠償請求してやるんだから。」

「…貸してやっても良いぜ?」

流石にちょっぴり可哀相になったから、助け船を出す事にした。


「あんたにそんな金があるわけないでしょ!?」

「あるんだなぁ、これが。」

姫様がくれたお金は何と四万エキューもあった。
こんだけあれば、材料費くらいなんとかなる筈。


「ちょっと待ってろよ。」

そう言って俺は部屋に戻り、デルフの柄を握って金のどっさり入った箱をモンモンの部屋に運び込んだ。


「これで足りるか?」

「え…ええ、足りるというか、余るわ、これは。」

「おおおおおお…こ、こんな大金を目にしたのは宝探し以来だよ。」

貴族なのにすげえ貧乏臭いよ、こいつら。


「知っているかね?貴族は三つに分けられるのだよ。
 金が唸るほど余っている貴族、そこそこ金のある貴族、そして借金で首が回らない貴族。
 この三つなのだよ、モンモランシーや僕は…。」

「借金で首が回らない貴族。
 私の所は知っての通りだし…。」

そう言って、モンモランシーはギーシュに視線を送った。


「我がグラモン家は軍人としての才はあるが、領地経営の才に溢れた者は居なくてね。
 そのうえ見栄っ張りと来ている。
 モンモランシー程ではないが逆さに振ったって金は無いのだよ、あっはっはっはっは。」

「何でそんなに明るいんだ、お前…?」

洒落になっていないような気がするんだが。


「笑わなきゃやっていられないからさ。」

急に真顔になったギーシュが、ぽつりと言った。


「成程。」

貴族も内実は結構きついのな。


「欝な話題は兎に角…どんだけあれば足りる?」

「じゃ、じゃあ、取り敢えずこれだけ借りるわ。
 足りなくなったらまた貸してちょうだい。」

早く作ってくれよモンモン…出来れば俺の理性が決壊する前に。




それから我慢の三日、シエスタに欲求不満の解消をしてもらおうかなとか頭にチラつき始めた頃、廊下でモンモンを見かけた。


「おーい、モンモン、薬は出来た…か?」

「ごめんなさああああぁぁぁい!

モンモンはものすごい勢いで走って逃げていく。


「待てやゴルァアアアアアァァァッ!」

デルフの柄を握って、ガンダールヴの力で超加速をかけたら、あっさり追い付く事に成功した。
そのまま廊下の袋小路になっている場所まで連れて行く。


「モンモン、逃げるたぁどういう事だ?」

「ちょっとサイト、あんた目が血走っているわよ?」

そりゃもう、ルイズの履いてない攻撃やら、ケティのチラリズム攻勢やらで俺の理性はもう決壊寸前だからな。


「ああ、言って置くが俺の理性はもう限界だぞ?
 解毒薬が出来ないと、あと数日で俺はあの二人に手を出す、間違いなく。
 そしてジゼルに殺される。」

「で、出来ないゴメンとか言ったら?」

はっはっは、冗談言うなよこの縦ロール。


「決まっているじゃねえか、欲求不満の全てをお前にぶつけるぞ、性的な意味で。」

「ひぃ!?」

モンモンはガタガタ震えだした。


「だ、だって、一番肝心要の材料が、どうやっても入手不可能だとか言うのよあの材料屋。
 現地に行っても手に入らないって。」

何…だと…?


「で、その材料ってのは?」

「精霊の涙っていう素材。
 わかりやすく言うと、ラグドリアン湖に棲む水の精霊の一部よ。」

水の精霊っていうのがさっぱりだよ、俺は。
これだからファンタジーは嫌いなんだ。


「採れる場所は知ってんのか?」

「知っているわ、モンモランシ家の元の領地だもの、そこ。」

めっちゃ土地勘ある場所かよ!


「よし、じゃあ行くぞ。」

「ま、待ってよ、授業サボるわけには…。
 せめて夏休みまで待ってもらわないと。」

冗談は縦ロールだけにしておけよ、モンモン。


「わかった、夏休みまで俺の理性が持ちそうにないから、今ここで全部お前にぶつけるわ。」

そう言いながらベルトをカチャカチャ外しにかかる。


「そ、そんな事したら訴えてやるんだから。」

「良いぜ、そんときゃお前が媚薬作っていた事をバラすから。
 無許可だと牢獄にぶち込まれるそうだな、臭い飯食うかモンモン?」

飽く迄脅しだぞ、背徳的な雰囲気にちょっと腰が引っ込みがちな事になってしまっているけど。


「ああもう、わかったわよ、行くわよ、行けばいいんでしょコンチクショー!」

物わかりの良い友人を持てて、俺は幸せだよ、モンモン。
そんなわけで、俺たちはラグドリアン湖とかいう場所を目指す事になったのだった。

到着するまで持ってくれよ、俺の理性!



「はぁい!引導を渡しに来たわよ、サイト?」

「ぎにゃああああぁぁぁぁっ!?」

支度をするために部屋に戻ろうとしたら、部屋の前にジゼルがいた。
しかも殺す気満々だ。


「部屋に入ったわよぉ。」

「ひいいいぃぃぃぃっ!」

ジゼルとケティの姉のエトワールさんも居た。
この人は何だかわけがわからんが、兎に角怖い。


「うちの妹に媚薬を飲ませた挙句、あんな格好をさせるだなんて…許し難いわ。」

ジゼルそれはわかったが、幸せそうな顔で鼻血流していても説得力ねーよ。


「ケティって、ああいう誘惑の知識もあるのねぇ、今度試してみるわぁ。」

論点がずれまくっていますよ、エトワールさん。


「ま…待て、話せばわかる。」

「話せばわかるという相手には、問答無用と返すのが礼儀だとケティに言われたことがあるわ。」

5.15だか2.26だか忘れたけど、何でそんなお約束をジゼルに教えているんだよ、ケティ!?


「こんな禁制の品、どこから手に入れたのやら?
 …入手経路がわかれば、私も試してみたいんだけど。」

ジゼル、誰に試す気だ、誰に?


「焚刑しかないわねぇ。」

エトワールさん、そんな今日のおかずはこれねって感じでさらっと。
燃やされるわけですか、そーっすか…ああ、俺の人生短かったなぁ。


「兎に角話を聞いてくれ。
 ケティに媚薬を飲ませたのは俺じゃない、断じて。
 実は…。」

ダメ元覚悟で、俺はかくかくしかじかと二人に事の成り行きを語り始めた。


「…という訳だ。」

「またギーシュなの!?
 あいつはラ・ロッタにとっての疫病神なのかしら?」

話を全部聞いたジゼルは頭を抱えた。
いやでも、あのアホ面に限って疫病神はないと思う。
あいつにはご利益も無い代わりに、その逆も無い。


「ああでも、まさかあのモンモランシーが…いや、モンモランシーならやりかねないわね。
 一年生の時、植物の成長を早くする薬の調合に失敗して、学院東側の平原を奇怪な密林に変えた前科があるから。
 あそこ、人食い人参とかがいるから、いまだに立ち入り禁止なのよね。」

「ちなみに、生き物に劇的な変化を引き起こす薬も禁制なのよぉ。
 あの時は間違いだったという主張が通ったから、無罪放免だったけどねぇ。」

そこだけ聞くとまるっきりマッドサイエンティストだな、モンモン。
正体は単なる赤貧貴族なのに。


「つまり色々な偶然が重なって、なぜかケティあんなことになったのね。
 仕方が無いわね…あの状態のケティに手を出さなかったというのは、褒めてあげてもいいくらいだし。」

生きのこることに成功した!?


「あの状態の二人を相手にするのは大変だったでしょ?
 仕方がないから、今回だけは助けてあげるわよ、感謝してよね。」

次回は無しですね、わかります。


「じゃあ、ケティ達を着替えさせてくるから、少し待っていてねえ。」

そう言って、エトワールさんとジゼルは部屋に入って行った。
部屋の中から変な声がして、体育座りせざるを得なくなったのは内緒だ。



「おっ、来たね。」

「あんまり待たせないでよ。」

学院の門の前にはギーシュとモンモランシーが来ていた。


「おっモンモン、ギーシュも呼んだのか?」

「貞操に危機を感じたのよ、誰かさんのせいで。
 あと、モンモンって呼ぶな。」

あれ?ひょっとしてモンモンの頭の中では、俺はちょっとヤバい人になってる?
…まあ、あんな脅しかたをした俺も俺だし、しょうがないのか。


「それより、何でジゼルが居るのよ?
 ひょっとして、ばれたの?」

モンモンが少々焦っている。


「ああ、洗いざらい喋るしか無かったんだ…察してくれ。」

「短い命だったわ…。」

俺の表情を見て、モンモンはがっくりと肩を落とした。


「いや、今回に限っては許してくれるそうだぞ。
 お互い、命拾いをしたな。」

「そういう事は早く言ってよ!」

そう言って詰め寄るモンモンから漂う香りにドキリとする…うがぁ、溜まりまくっているせいか、体が見境なく女に反応しやがる!
さっさと解毒薬作って何とかしないと、俺は壊れちまうかも知れん。


「嫌なのです、私も才人と一緒がいいのです。」

「そんな事言わずに、私と一緒に行きましょ、ね?」

あちらでは、いつもと勝手が違うのか、ジゼルがケティと一緒に馬に乗ろうとして、手こずっていた。


「そんな事言うジゼル姉さま嫌いっ!」

「きらい…がーんがーんがーん。」

あ、ジゼルが石化して砕けた。


「ねえねえ才人、モンモランシーなんかと話しないで、私だけ見て。」

こっちはこっちで、右腕にしがみついたルイズが涙目で俺を睨む…。


「もうどうにでもしてくれ…。」

どうすりゃいいんだよ、これ…。


「みんな、馬車を持ってきたわよぉ。
 これなら、一緒に行けるでしょ?」

そう言って、エトワールさんが持って来たのは、6頭だての結構大きな馬車だった。
ドアには学院の紋章付きだ。


「エトワール姉さま、これどうしたの?」

「学院長から借りてきたわぁ。」

あのエロ爺から…どうやって?


「ど、どうやって借りたの?」

「ひ・み・つぅ。」

エトワールさんがそう言った途端に、学院長室が大爆発して煙が噴き出し始めた。
今、爆発と同時に窓から飛び出して落ちていった人には、とても長い髭があったような気がするが…何も考えまい、語るまい。


「ジゼル、私は後始末…もとい学院に残るからぁ、ケティの事は頼むわねぇ。」

「が、合点承知だわ。」

そう言ったジゼルの顔は、かなり引き攣っていた。


「気を取り直して…では、行くぞ諸君!」

勝手に仕切るなよ、ギーシュ。



[7277] 第二十三話 羞恥心と後悔で死ねそうなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/09/08 21:57
才人です…
今回はケティがおかしくなったので、俺が代わりです


才人です…
まさかあの2人にあんな熱烈な誘惑をされるとは予想外でした


才人です…
もう、ゴールしても良いよね…?


才人です…

才人です……

才人です………






「おおおおおおっ、これがラグドリアン湖かね!
 輝く湖面!沈没している村!そして溺れている僕!
 …と言うわけで、助けてくれええええぇぇぇぇっ!」

「そのまま溺れてしまいなさい。」

ラグドリアン湖について、テンションがあがったのか馬車から降りて突撃していき、石に躓いて湖に落ちたギーシュに、モンモンが絶対零度の返答をした。
ここはラグドリアン湖の湖畔で、その名もド・モンモランシ。
モンモンの家が代々受け継いできたけど、今は他人の領地らしい。


「私、何でこいつの事が好きなのかしら…?」

モンモンは苦々しい表情で眉間を押さえている。


「知らねえよ、それよりも放って置くと沈むぞあいつ。」

「うわっぷ!?確かにここの水は美味いけど、こんなに飲みたくはないのだよ、誰か助けてくれぇ!?」

沈みそうなのに、意外と余裕そうだな、ギーシュ?


「沈んで浮かんでこなかったら、一週間くらい考えて助けるかどうか決めるわ。」

「うん、それが良いな。」

俺は深々と頷く。


「それはそうとして、何でこんなところで馬車を止めたの、モンモランシー?」

「才人、才人っ!離しちゃ嫌なのですっ!」

ジゼルが俺に抱きつくケティを引き剥がしながら、不思議そうに訊ねた。


「大変ね、ジゼル…本当に御免ね。
 ここで馬車を止めた理由はね、目の前の光景のせいよ。
 見ての通り、村が沈んでいるでしょ?
 私が子供の頃はもっと水位が低かったし、こんな状態ではなかったのよ、間違いなくね。」

そう言って、モンモランシーが湖畔まで近づいていくと、水中からいきなり人影が現れた。


「やった、水面だーっ!。」

「きゃぁっ!?水棲モンスター!?」

モンモランシーは、突然の事に腰を抜かす。


「モンスターとは酷い!君の愛の奴隷、永遠の奉仕者、ギーシュ・ド・グラモンさ。」

ずぶ濡れで体中に水草やら枝やらが絡まっているが、それでもなお薔薇を咥えるその姿は、間違いなくアホのギーシュだった。


「あれ?お前泳げなかったんじゃあ?」

「はっはっは、泳げないから沈めるだけ沈んで湖底を歩いてここまで来たのだよ。
 もともと街道だったらしくて、非常に歩きやすかったしね。」

俺頭良い的な事を言っているけど、無茶苦茶だ。
呼吸どうしてたんだろう、こいつ…。


「び、びっくりさせないでよ、もう。」

いや、既に十分びっくり人間だろ、ギーシュは。


「気を取り直して…。」

モンモンは起き上がって、湖面に掌を当てた。


「ふむふむ…これは…成る程。」

何か得心が行ったように、こくこくと頷いている。


「モンモン、何かわかったのか?」

「駄目ね、帰りましょう。」

ちょ、おま!?


「ど、どういう事だよ!?」

「水の精霊が激怒しているのよ。
 人間ごときに盗まれた、絶対に取り返すって。
 盗まれたものが何かまでは私にはわからないけど、盗まれた上に同じ人間に体の一部を分けてくれと言われても応じるわけがないわ。」

理屈はわかるが、それは非常に困るっての。


「何とかならんのか?」

「私はトリステインの象徴たる水との交渉人を王国開闢以来代々勤めてきた、モンモランシ家の人間よ。
 ラグドリアン湖の水の精霊との相性なら、ハルケギニア屈指だと自負しているわ。
 その私が無理だって言っているのよ。」

モンモンはビシッと決めたが…。


「今は違うんだろ?」

「うっ…お爺様が干拓の為に呼び出した水の精霊を熱烈に口説き始めて水の精霊が怒ったりしなければ、今でもここはうちの領地だった筈よ。
 今の領主やってるヘボメイジとは格も歴史も段違いなの!」

うん、それはわかるけどな、モンモン。


「…覚悟が出来たんだな。」

「へ?何が?」

俺に肩を組まれたモンモンの目が点になった。


「ちょっとそっちの茂みに行くか?」

「ちょ、ちょっと待って、本気!?」

モンモンが俺の言っている事に気付いたのか、顔を真っ赤にして慌てだした。


「お前の作った媚薬の効果で俺に惚れている娘さんを傷ものにしちゃ拙いだろ、常識的に考えて。」

「私だって傷ものにはなりたくないわよっ!」

いやぁね、もうね、色々とね、限界がね、来つつあるんだよモンモン。
脅しが本気になりかねんのよ、いやマジで。


「俺だって切羽詰ってるんだよ…?」

「私も今やっと自身の貞操に危機が迫っている事を実感したわ…。」

わかってくれたようで嬉しいよモンモン。


「あれまあ、ひょっとしてモンモランシーお嬢様ですかい?」

湖沿いの街道から白髪交じりのおじさんがやってきて、モンモランシーを見るなり声をかけた。


「ええ、確かに私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシだけど、貴方は…?」

「おお、やはりモンモランシーお嬢様!わしはこの沈んでしまった村の村長でございます。
 転封をされる前に、何度か拝見した時の面影がありましたので、もしやと思ってみたら。
 ひょっとして、あの役立たずの領主の代わりに水の精霊の怒りを収めに来てくれたんですかい?」」

そう言いながら、村長と名乗ったおじさんは、モンモンにぺこぺこ頭を下げている。


「う…うーん、まあ、結局そうしなきゃいけないのかしらね?」

「ありがてぇ、ありがてぇ、新しい領主はここがどこだかまるでわかっていねえ。
 他の領地だと同じだと思っていやがるんでさ。
 あの領主に代わってから数年で、急に湖面が上昇し始めて、村がいくつも沈みました。
 これはきっと、このモンモランシ領からモンモランシ家の人間を転封したせいにちげえねえと皆言っております。」

ううむ、モンモンの家って、このあたりでは崇拝されてんのか?


「うちが転封されたのが原因かはわからないけど…こんなになるまで水の精霊を放って置くだなんて、今の領主は何を考えているのかしら?」

モンモランシーが頭を抱えている。


「そんなにおかしい事なのか?」

「このモンモランシ領を納める領主は同時に水の精霊との交渉役でもあるの。
 こんなになっても完全に放置しているだなんて、職務放棄云々以前におかしいわよ。
 領地の半分以上が水没するくらいに水かさが上がったら、税の徴収どころじゃないもの。
 いくら領地のあれこれに無関心な領主でも、ここまできたら自身のメンツに関わるし何かの対処くらいするわ。」

確かに、収入が半分以下になるのに慌てない奴は居ないわな。


「…仕方が無いわね、やるだけやってみるわ。
 生まれ故郷がこんな事になっているなら、何とかしなきゃね。」

さっきと言っている事が違うぞモンモン。
まあ、俺にとってもありがたいけど。


「ありがてぇ、ありがてぇ。
 ああ、やはりモンモランシ領にはモンモランシ家が必要なんですなぁ。」

「私で何とかならなかったらお父様にも話してみるわ、ここに戻れるいい機会かも知れないしね。
 結果がでたら教えに行くから、今避難している場所を教えて頂戴。」

モンモンがおじさんと話しているのを眺めていたら、右腕がくいくいと引っ張られた。


「モンモランシーとばかり話していないで、私もかまって。」

ルイズが目を潤ませて俺を見上げている…ぐぁ、なんて可愛いんだ。
つーか、何で普段からこうじゃないんだ。
いつもこんななら、俺は例え火の中水の中、どんな命令だって従っちゃうぞ、いやマジで。


「え…あ、うん、おう。」

とはいえ、どういう風に対処すれば良いのかさっぱり分からんわけだが。


「わたしと話すとどうしてぎこちなくなるのよ…やっぱりモンモランシーの方が好きなのね。」

ルイズはそういうとポロポロと泣きはじめる。


「そのうち私を捨てて、モンモランシーと付き合い始めるんだわ、えーん。」

「いや、それは無い。」

それだけはきっぱり言えるな、うん。


「そこまではっきり言われると、かなり安心すると同時に少々腹が立つわね。」

「おっモンモン、話し終わったのか?」

何時の間にか、おじさんはいなくなっていた。


「あの村長に聞ける事は全部聞いたしね。
 じゃあ、早速水の精霊を呼んでみましょうか?
 ロビン、いらっしゃい。」

そういうと、モンモンは腰のポーチからカエルを取りだした。


「へ?そんな簡単に呼べんの?
 精霊とかいうから、何か顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊るのかと思ってたんだが。」

「何処の辺境の蛮族よ、それは!?
 そもそも水の精霊呼ぶのに、何で焚き木の周りを踊るのよ?」

言われてみれば確かに。


「それで、その蛙をどうすんの?
 …生贄にするとか?」

顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊る俺たちと、何やら祈りながら蛙を生贄に捧げるモンモンという図が俺の頭の中に浮かんだ。


「…何で考え方がいちいち辺境の蛮族風なのよ、貴方は。
 この子は私の使い魔のロビンよ、この子に私の血を水の精霊の所に運んでもらうの。」

「へえ。」

良くわからん。


「全然理解していないわね…。
 モンモランシ家の人間である私は、水の精霊に家系としての血を覚えられているの。
 彼らはそういう所は結構律儀だから、付き合いが長い私たちの血族なら、かなり怒っていても出て来てくれる筈よ。」

「成程、遺伝子を見るのか。」

精霊が血の中の遺伝子を読み取って、昔からの付き合いがある一族かどうかを調べるわけか。
ファンタジーなのにハイテクの臭いがするぜ。


「遺伝子?」

「あ…うん、東方では両親から半分ずつ親の身体的な情報を受け渡す遺伝子って奴が発見されていて、色々な研究がされてんだよ。」

やべえ、ついうっかり遺伝子とか口走ってしまった。


「へえ、東方って私達とは違う知識があるのね、今度教えて貰えないかしら?」

「う、うーん…そういうのはケティの方が詳しいかもよ?
 俺は聞きかじった程度の知識しかねぇし。」

生物の授業真面目に受けていなかったからなあ…ケティはそっち方面も詳しそうだし。


「何でケティが…って、確かにケティの家にならありそうね、そういう本も。
 あの子異常なくらい知識が深いし、知っている可能性は高いかも。」

モンモンが勝手に納得して、自己完結してくれて助かった…。


「じゃあ、始めるわね。」

モンモンは鞘に入ったナイフを腰のポーチから出した…って、蛙とナイフが一緒くたなのか、あのポーチの中身は?


「痛っ…っと、これをロビンに一滴垂らして…これで良し。」

「これをどうするのかね?」

パンツ一丁になったギーシュが、シャツを絞りながらモンモンに訊ねる。
女の子の前でパンイチとか、あり得んぞギーシュ…。


「私は貴方がどうするつもりなのかの方が興味津々だけど。
 まあいいわ、これはね…こうするのよ!」

「ゲコーッ!?」

モンモンはロビンを湖の真ん中に向けて放り投げた。


「ロビン、着水地点あたりにここで一番偉い古株の水の精霊がいる筈だから、話しをつけて連れてきて頂戴。
 古よりの盟約の一族の者が、貴方に話したい事があるって。
 粗相のないようにねーっ!?」

「ゲコッ!」

ロビンは律儀に返事をすると、ポチャンと水の中に消えていった。


「わ、我が最愛の人モンモランシー、今のは少々乱暴過ぎやしないかね?」

「ああ、かなりびっくりしたんだが。」

ギーシュと俺は、モンモランシーに恐る恐る訊ねてみる。


「え…だって、ああした方が早く呼びに行けるでしょ?」

「モンモランシー、私もその扱いはどうかと思うけど…?」

ジゼルも常識的で良かったよ、妹の件以外は。


「だ、大丈夫よ、あの子見た目よりもきっとずっと丈夫な筈のような気がするんだから。」

憶測の域を出ていないように聞こえるのは、何でだ?


「ま…まあ兎に角、少々時間がかかると思うけれども、これで水の精霊には合えるはずよ。」

「ところで、水の精霊ってどんなのなんだ?」

さっぱり想像出来ないわけだが。


「僕も知らないなぁ。」

いや、俺は兎に角お前が知らないのはどうなんだ、ギーシュ?


「水メイジでも滅多に見ないから、知らなくてもしょうがないわ。
 水の精霊というのは、古から存在する生き物のようなものよ。
 本来は水のある所なら何処にでも居るらしいけど、私たちが意思ある生き物ような形で接する事が出来るのはラグドリアン湖だけなの。
 あと、水の精霊の姿はすごく綺麗なのよ、イメージとしては…うーん、生きている水?
 光に当たると七色の光を放ったりするのよ。
 ちなみに、精霊の涙っていうのは水の精霊の一部なの。」

生きている水…ミネラルウォーターのキャッチフレーズみたいだって事くらいしかわからん。


「お、水が動き出したよ、ほらアレ。」

ギーシュが指差した方向を見ていると、湖面が不規則にうねり始めたかと思うと、意思を持った生き物のように起き上がった。
確かに光るのは綺麗だけど…アメーバっぽくて微妙にキモい。


「ゲコゲコ。」

ロビンが岸から這い上がって来て、誇らしげに胸を逸らして鳴いた。


「ありがとうロビン、ちゃんとつれて来てくれたのね。
 後で美味しいお肉をあげるわ。」

「ゲコッ!」

モンモンはロビンの頭を数度撫でると、ポーチの中に入れた。


「水の精霊よ、私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、古き盟約の一族が一人よ。
 私の事が分かるのなら、言葉をかわせる姿に姿を変えて頂戴。」

モンモランシーがそう言うと、うねうね動いていた水の塊がいきなりうにょんと立ち上がって水の柱と化し、徐々に人の形を取って行く。


「そなたの中に流れている液体の事は覚えているぞ単なる者、古き盟約の民よ。
 そなたに最後に会ってから、月が52回交差している。」

水の精霊が完全な人の形をとったが…。


「へぇ、着痩せするのな、モンモンって。」

水の精霊はモンモンの情報を血液伝いで受け取ったらしく、透明なマッパのモンモンの姿になった。
どうやらモンモンは典型的なモデル体型らしく、水の精霊が変身したものな事も相まって、芸術的な美しさがある。


「君は見るな、あれは僕のだ。」

ギーシュが両手で俺の視界を塞ぐ…確かにお前の彼女だけど、ずるい様な気がするぞ、ギーシュ?


「ギーシュも見ちゃ駄目っ!」

モンモンの怒鳴り声が響き渡った。


「気を取り直して…。
 水の精霊よ、二つのお願いがあります。
 一つ目のお願いは湖水を減らして元の高さまで戻す事、二つ目のお願いは貴方の一部を分けて頂きたいという事です。」

「どちらも了承できぬ。」

あっさりと断られてしまった。


「やっぱり無理だったわね…。」

モンモンもあっさり諦め過ぎだ。
こうなればなんとか頼み込むしかっ!


「お願いします!
 体の一部を分けてくださいっ!」

俺は水の精霊に土下座して頼み込んだ。


「ルイズとケティを元に戻すには、あんたの体の一部がどうしても必要なんだ!
 俺に出来る事なら何でもする!だからお願いだ、分けてくれっ!」

「ちょ、ちょっと、何してるのよ!?」

モンモンが慌てているけど知ったこっちゃない。
こういうものは誠意こそがものを言うんだ…と、信じたいっ!


「私からもお願いします、どうかケティを助けてっ!」

うぉ、ジゼルまで土下座を始めた!?


「ふむ…良いだろう。」

俺たちの心が伝わったのか、水の精霊は頷いてくれた。


「ええええええぇぇぇっ!?」

モンモンが仰天している。
そんなにびっくりするような事なのか?


「そなた、ガンダールヴであろう?であればそなたの願いには応ずる事が出来る。
 そなたであれば、我の願いを叶える事も出来るであろう。
 我の願いをかなえてくれるのであれば、我はそなたの願いを叶えようではないか。」

「あんたの願いって?」

俺は水の精霊の願いを聞き逃さないように耳を澄ました。


「ここ数日、我に害を為す者が現れた。
 害を為す事を止めさせれば、そなたの願いは叶えよう。」

「つまり、そいつらを倒せばいいのか?」

この存在に害を為せる相手ってのをどうすりゃいいのかいまいちわからんけど、倒さなきゃいけないなら倒すだけだ。


「方法は問わぬ、兎に角やめさせる事が出来ればそれでよい。」

ケティさえまともなら舌先三寸で言いくるめるなんて事も出来そうな気がするけど…。


「才人~…ちゅっ。」

脳味噌の中がピンクに染まったこの状態では、俺の欲求不満度が上がるだけだ。
てか、やめ…ってああっ、そこ触んないで!?


「はいはい、こっち行きましょうね、ケティ。」

「才人~才人~。」

ルイズはすりすりしてきたりするだけで済むけど、ケティの方は元の世界での人生経験のせいかアプローチが直接的でエロい。
つまり、俺の精神耐久度をガリガリ削ってくるわけですよ。


「わかった、何とかする。
 だから、何とか出来たらあんたの体の一部を分けてくれ。」

湖に沈んでいく村も大変だが、その前にまず身内をどうにかするのが肝心だ。
エゴイストと言いたきゃ言え。


「うむ、わかった。
 では、頼んだぞ、襲撃者は決まって夜に現れる。」

「ああ、任しとけ。」

俺がそう言うと、水の精霊はいきなり水に戻ってしまった。



「な…なるほど、ああいう頼み方もあったのね。」

モンモンが感心したように頷いていた。


「いや、モンモンには出来ないだろ、アレ。」

「いざとなれば地面に這いつくばって頭を地面に擦りつけて見せるわよ、私だって。
 大事に取ってある自尊心だもの、売り飛ばせば高値になるわ。」

うーん…さっきのジゼルといい、女ってのはいざって時の思い切りが良いよな。


「まあ、取り敢えず飯にしようぜ!
 ジゼル、任せた。」

「わかったわ、美味しいの作っちゃうんだから。」

俺達の胃袋は、お前の腕前だけが頼りだよ、ジゼル。





「ううむ…これは美味い、美味いが。」

「私、もうお腹いっぱい。」

「サイト、はいあーん。」

「ルイズばっかりずるいのですよ、才人、あーん。」

「も…もう食えましぇん…。」

「あははははは…皆ごめーん。」

どうやらこいつは大量生産系の料理が得意らしい。
干し肉だの何だのを入れたスープを作ってくれたのは良いんだが、しかも滅茶苦茶に美味いんだが、完全に余った。
日も落ちてしまったというのに、これじゃあ動くに動けない…。


「あら、このスープとても美味しいわね、タバサ?」

「ん。」

キュルケとタバサも満足してくれているようだが…って、ええっ!?


「な、何で二人がここにっ!?」

「見知った顔が火を囲んでご飯食べているんだもの、そりゃあ食べにくるわよ。」

キュルケはケロリとした顔で俺に言った。


「どうやってここに!?」

「あれだけ美味しそうな匂いを漂わせていたら、誰だって気付くわ。」

キュルケはまたもやケロリとした顔で言うが、そう言う意味じゃねえ。


「ん、あの匂いには抗えない。」

「きゅい!」

ああ、いくらでも飲めシルフィード、俺たちもう食えないから。


「いやそうじゃなくて、何でここに居るのさ二人とも?
 休暇取って出かけた筈じゃあ?」

「それを言うなら、貴方達がここに居る事だって不思議だわよ。」

それは確かにごもっとも。


「あと、ルイズとケティの目の焦点が何となく合っていないのは何で?」

「それはだな、実は…。」

キュルケ達にかくかくしかじかと事情を語った。


「…と、まあそんなわけで、襲撃者を止める前にまず腹ごしらえと俺たちはここで晩飯を食っていたんだ。
 ジゼルが作り過ぎてこんな具合だけど。」

「しかし、媚薬とはねえ。」

キュルケはモンモランシーを睨みつけた。


「殿方の心を自分に縛り付けて置く為に薬を使うだなんて…水メイジは無粋ね。」

「こいつが、あっちにふらふらこっちにふらふらするからよっ!」

モンモンが、ギーシュを指差してがーっと怒鳴る。


「うっ…そ、そんな事無いさモンモランシー、僕は何時でも君の愛の虜だよ。」

うぐ…何故だろう、何だか俺の心まで痛むぜ。


「しかし…これは困ったわね。
 ケティを見殺しには出来ないし。」

キュルケはそう言って両手を上げた。


「ん…。」

タバサも珍しく、よくわかるくらい眉をしかめている。


「タバサが言うのは拙いけど、私の口からばらしちゃえばいいわね。」

「…………。」

キュルケの言葉に、タバサは肯定も否定もしなかった。


「実はその襲撃者はあたしとタバサだったのよ!」

『な、なんだってー!?』

俺達の驚愕の声が森に響き渡ったのだった。


「ラグドリアン湖の対岸はガリアでしょ?
 あっちもこっちと同じように村がどんどん水の底に沈んでいるのよ。
 それがこのタバサの実家でね、何とかしないと拙いのよ。」

成る程、対岸はタバサの実家なのか。


「ちょっと待って、このモンモランシ領の向かい側って、私の記憶が確かならオルレアン大公領…。」

『な、なんだってー!?』

モンモンの一言に、俺を置き去りにして皆の驚愕の声が響き渡ったのだった。
なにかあるようだが、俺には大公って言われても貴族だって事くらいしかわからんから、びっくりしようがない。


「ケティ、タバサとオルレアン大公領の件について何か知ってるか?」

「タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。
 大公姫という肩書ですが、実態は王弟の娘…つまり王女なのです。
 教えたからキスして欲しいのです、んー。」

ええと、さらりととんでも無い事を教えられた気が。


「け…ケティ、知ってたの?」

「才人~、キスはぁ?」

びっくりした顔でケティを見るキュルケとタバサだけど、薬で脳内がピンク色に染まったケティは反応しない。


「ケティ、タバサの事知っていたのか?」

「タバサの事…?
 …うっ!?」

タバサがケティの鳩尾を杖で強く打ちすえて気絶させた。


「な、何すんだよ!?」

「これ以上ケティが話すと、皆の命に関わる。」

タバサがとても深刻な表情で俺達を見た。
ええと…ひょっとしてタバサって、かなり特殊な事情持ち?


「なるほどね…今まで何で惚れ薬の類が禁止されていたのかよくわかったわ。
 これは自白剤と同じよ…自分で作っておいてなんだけど、作っちゃいけない薬だわ。
 今才人がケティに何かを尋ねれば、ケティは何でも洗いざらい喋ってくれる筈よ。」

お、おっかねえ薬だな、おい。
正気に戻るまでケティに何かを尋ねるのはよそう…。


「気を取り直して…モンモランシーは水の精霊を呼び出せるのよね?
 そして話し合ってくれる余地もあると。」

「ええ、それがどうしたの?」

キュルケの問いに、モンモランシーは首をかしげた。


「それなら話が早いわ。
 タバサ、貴方の仕事は増えた湖水を減らす事よね?」

「ん。
 だから話し合いで何とか出来るなら、水の精霊を倒す必要は無い。」

成程、そう言えば水の精霊も「兎に角襲撃が無くなるなら方法は問わない」って言っていたよな。
つーか、タバサは接近戦であのワルドをあっという間に組み伏せたらしいし、戦ったら勝てる自信があまり無い。


「じゃあ、取り敢えず今日は寝るか、馬車で。」

俺はそう言って馬車の中に入ろうとしたのだが…。


「ちょっと待って。」

「ん?何だよ?」

明日の朝は早そうだし、とっとと眠りたいんだが。


「女の子は6人、男は2人、そして馬車の部屋は1つなのよ?」

そう言って、ジゼルは馬車の中から何かを取り出した。
それは夏のキャンプ合宿とかでよく見る…。


「寝袋…?」

「よく知っていたわね、ケティ考案の簡易式寝具『寝袋』よ。
 例の如く、パウル商会が現在軍に売り捌いている最中らしいわ。」

ジゼルの笑顔がすごく胡散臭いです。
そして、戦争に便乗してどんだけ儲ける気だケティ。


「つまり、これで俺とギーシュは野宿?」

「その通り。」

これが少数派の悲しさって奴か…。



その夜、俺は「見たまえ、芋虫~」とか、はしゃぐギーシュを見ながら眠りにつく羽目になったのだった。
ルイズとケティは女性陣が何とか留め置いてくれていたらしい。
それだけが有り難かった…。





翌日、俺たちはもう一度水の精霊を呼び出した。
今回は服を着たモンモンの姿になっていた…お、惜しいとか思っていないぞ。


「…てなわけで、襲撃は無くなった。
 だから、約束の物を分けてくれ。」

「良かろうガンダールヴ。
 受け取るが良い、古き盟約の民よ。」

水の精霊はそう言うと、モンモンが持っていた瓶に少量の水を注いだ。


「では、さらばだ。」

「…って、ちょっと待って下さい水の精霊よ!」

いきなりただの水に戻り始めたので、慌ててモンモンが水の精霊を引き止めた。


「これでは問題の根本的な解決にはなりません。
 ラグドリアンの湖水が人の生きる領域を侵し続ける以上、他の刺客が送り込まれる事になりますわ。」

「…成程、それは道理だな。」

水の精霊は再び元の姿に戻った。


「そもそも、何で湖水を増やしているんだよ?」

「ふむ…これを話すべきか少々悩む所だが、そなたらは我との約束を守って見せた。
 古き盟約の民もいる…宜しい、話そう。」

そんな大事なものの話なのか。


「我自身が忘れるほどの永き間、我と共にあった秘宝がそなたらの同胞に盗まれたのだ。」

「秘宝…?」

秘宝って言うと、箱根の秘宝館くらいしか思い出せねえ。


「そうだ、実は…。」

水の精霊の言う事を要約すると、二年位前に『アンドバリの指輪』って言うどこかで聞いた名前の指輪が盗まれたらしい。
なんでも、その指輪を使うと偽りの生命を死体に与えて蘇らせる事が出来るんだと…要するにアレだ、ゾンビ製造機。
水の精霊はゆっくり水を増やし続けて、ハルケギニアを水の底に沈めれば、自分の手に戻ると考えたらしい。


「よしわかった、それを何とかして取り戻して見せる!
 だから、湖面を元に戻してくれないか?」

「ふむ…そなたらであればやってくれるやも知れぬな。
 良かろうガンダールヴ、湖面は元に戻そう。」

流血を起こさずにささっと事態を収拾出来たのが良かったのか、水の精霊はあっさりと了承してくれた。


「それで、期限は何時までにする?」

「そなたら全員の命が果てるまでに見つけて持ってくるが良い。」

大事なものなのに、すごいのんびりした答えが返ってきましたよ。


「そ、そんなに長くて良いの?」

ジゼルも流石にびっくりしたのか、水の精霊に問い直す。


「良い、どうせ我は悠久の時に在り続けるもの。
 時間の経過など、我が前には何の意味も為さぬ。」

「うわー、山の女王でも、ここまで太っ腹じゃあないわよ…。」

まあ、ゆっくりハルケギニア水没計画なんてのを行っていたくらいだからな…。


「では頼んだぞ、さらばだ。」

…と、水の精霊が戻っていこうとした所に。


「待って。」

と、タバサが声をかけ、何事か話した後で水の精霊に祈りだした。


「ええと…タバサは何やってんの、ジゼル?」

「ああ、水の精霊は別名『誓約』の精霊とも呼ばれているのよ。
 何かの『誓約』を立てるときに、ラグドリアン湖に来て祈るというのは良くある事なのよ。
 ましてや水の精霊だものね…何があるか知らないけど、何か誓いたい事があるんでしょ。」

タバサの次はモンモンがギーシュを脅して誓約させたが、妙な誓約をしたのか蹴り飛ばされていた。
そういや、モンモンが媚薬の解毒薬作れば、ルイズも元通りあんな感じになるんだよな…少々勿体無い気もするぜ。


「惚れ薬とか媚薬を作るのは諦めるけど、貴方の浮気癖を治す薬をいつか絶対に作ると、この私、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシはここに誓約するわ!」

「だから、僕は君を一番愛していると何度も…ふげっ!?」

ギーシュがまたしてもモンモンに蹴り飛ばされた。


「私が一番じゃなくて、私だけで良いのよぉっ!」

何だかこう、身につまされる話だなぁ…。






《ケティ視点》
「ああもうなんというか…羞恥心で死ねるなら、数万回は死ねる勢いなのですよ…。」

学院のモンモランシーの部屋で解毒薬を飲まされ、夢現な才人好き好きショッキングピンク脳状態から解放された私は、今まさに後悔のドツボにはまっているのです。
ちなみに才人はルイズに追いかけられて、一目散に逃げて行ったのでした。


「あああああんな格好で、キスしたり、あんな所触ったり…ああもう、ああもう、ああもう!
 というわけでモンモランシー、一週間くらいの記憶が無くなる薬はありませんか!?
 あれば金に糸目はつけないのですよ!」

「そんな都合の良い薬は無いわ。」

やっぱり無理ですか、わかっていましたが、これはきついのですよ。
胸元にキスマークとか、才人になにやらせているのですか、惚れ薬飲んだ私っ!


「にょわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

今はただただ、アレに耐え切った才人の忍耐力に感謝なのです。
フラッシュバックする才人への誘惑の数々が、私の精神をガリガリ削っていくのがわかるのですよ。


「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

口からはもはや奇声しか出ません。
私は全力で自分の部屋まで走って行き、ベッドの中で悶え苦しむ事になったのでした。


「というかっ!こんな事をやっている場合ではないのですよ!」

ずーっと心の中がザワザワしていますし、今才人と顔を会わせると心が砕けそうなので勘弁して欲しいのですが…。


「放っておいたら姫様の身が危ないのです。」

原作よりもかなりエキセントリックな性格になってはいましたが、元は同じ人間なので、ある程度似たような選択をする可能性だってあるのですから。


「ケティ、ケティ、大変だ!」

やはり、キュルケがウェールズ王太子を…。


「キュルケが道中でバリー卿を見たって!?」

そっちでしたかー!?



[7277]  幕間23.1 女王誘拐
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:03
アンリエッタは全ての公務を終え、部屋に帰ってきた。
よろよろと足取りも重く、疲れ果てているのが一目でわかる。


「はぁ…疲れた。」

アンリエッタはベッドに力無く横たわった。


「そろそろ疲れた以外の台詞も言うようにしないいといけないわね。
 毎日疲れた疲れたばかりじゃあ、気が滅入るというものだわ。」

最近の彼女は自室に戻るとやたらと独り言が多くなっていた、過労で脳内がハイになったままなせいかもしれない。
そう、女王に就任してからというもの、彼女の毎日は公務に始まり公務に終わるだけの毎日となっていた。


「ああもう、少しで良いから時間が欲しいわ、読みかけの詩集も即位以来一度も読めていないし、演劇も見られない…というよりもこの状態で演劇を見に行っても爆睡するだけだわ。
 私の中の乙女成分が日に日に無くなって行く実感…そして代わりに詰め込まれる政治家としての私…さようなら私の青春、麗しき少女時代。」

その仕事量たるや、彼女がまだ若いから何とかこなせているようなもので、本来一人の人間が処理しきれるようなものではないのだ。
老人だったら、数日でベッドではなく棺桶で永遠に眠る事になるだろう。


「そうだわ、お母様のバカー…とかはどうかしら?
 …駄目ね、頭の中が腐っていると、詩的な罵倒すらも困難になるのが確認できただけでも善しとしておきましょう。」

全ての仕事に正面から取り組み、枢機卿や大臣や官僚達等から助言を貰って決済していくうちに、彼女は凄まじい勢いで行政に関する能力を身に着けていった。
身につけていったというか、そうせねば仕事が進まないので、何が何でも覚えなければならない状況に追い込まれていたのだ。


「枢機卿に『決済を代行しますか?勿論絶対に陛下の決済が必要なものの場合はそうさせて頂きますが』と言われた時に『善きに計らって下さい』と言わなかったばかりにこんな目に。
 ああ、何であの時の私は『全部私がやりますわ、国王ですもの』とか言ってしまったのかしら…。
 もしも戻れるなら、言い直すのに。」

マリアンヌは代行承認すら『自らは王で無いのでそのような事は出来ない』と放置していたので、トリステインという国は機構として機能せず、枢機卿も大臣も官僚もそれぞれ自分の権限で出来る仕事をてんでばらばらにやっている形となっていた。
アンリエッタが直々に決済するようになって、やっと国が国として統合された機能を発揮し始めたのだ。

よくもまあ三年持ったものだと呆れるを通り越して感心したくなるアンリエッタであったが、実はマリアンヌの事をあまり怨んでいなかった。
サドっぽい笑みを浮かべながら、目の前に絶望的な高さの書類の塔を築く枢機卿や大臣や官僚達に比べれば。
実の母親でなければ即刻斬首してやるのにと時々思う程度、大したものではない。


「私だって政治に一切関心を持たずに恋に恋していたのだから、ある意味同罪ですものね。
 今こんな目にあうとわかっていたのなら、お父様が崩御した時に私が継ぐと即宣言しておくべきだったわ。」

とは言え、連日連夜の激務も後もう少しの事。
あと少しでトリステインという機構は取り敢えず形を取り戻す。
アンリエッタが判断し、命令し、決済した事が官僚達によって動き出し、国が国としての個を取り戻す。
そうすれば今よりは暇になり、お茶の時間や視察に名を借りた外出の時間も作れる…かもしれない。


「皆がそれぞれ独自に動いていた中で、明らかな不正が大量に発生しているのが痛過ぎるわ。
 不正行為でも、こんな国を何とか持たせてくれていたという事実もあるし…さて、どういう風に功罰を行使しようかしら?」

国家予算がどう見てもきちんと行き渡っていない状況なのだ。
多少ならまだ良いが、国家予算の3分の1が何処に出かけたのやら行方不明。
そして何故だか異様に羽振りの良い大臣やら官僚やらが散見される。

特に財務卿のリッシュモン。
非常に能力は高いのだが、数十万エキューも国家予算から引っこ抜いて懐に入れるというのは幾らなんでも許せるものではないし、全員が殆どお咎め無しではこの状態は改善されない。
他にも何やらきな臭い所があるので、今の所泳がせてはいるが…全てが判明次第、一族郎党一人残らず見せしめとして処刑せねばならないとアンリエッタは考えていた。
狡賢く利に敏い者達に利を説くのだ、『命と金…さて、どちらが大事かしら?』と。


「…その後で、他の者には白状すれば温情はあると示す必要もあるわね。」

頭が良くて臨機応変な対応が出来る者は、その良い頭で臨機応変に狡い事も考える…優秀な大臣や官僚は貴重だ。
全員処刑したら、官僚機構が機能しなくなってしまう。
正直な莫迦や清廉潔白な役立たずばかりでは国は立ち行かない、多少の濁りは仕方が無い。
勿論、横領した公金は家財を売り払ってでもきっちり返してもらうつもりだが、反省しているのであれば救済措置を取るつもりのアンリエッタだった。


「…って、こんな事考えている暇は無いのでしたわ。
 この時間は寝るのが公務なのよ、早く寝なきゃ。」

もはや眠る事さえ公務のアンリエッタ…前回会った時は話の内容にいまいちピンと来ていなかった様だが、彼女の幼馴染がこの激務を実際に目の当たりにしたら、姫様を殺す気かと激怒するのは想像に難くない。


「さあ寝ましょう…あら?」

改めて布団を被りなおして目を瞑ったアンリエッタだったが、ドアがノックされる音が室内に響いた。


「…どなた?」

「…………。」

しかし、返事は帰ってこない。
つまり、城の者ではない可能性が高い。
アンリエッタは枕の下に隠していた杖を握ると、もう一度ノックの音が。


「誰であるか?ここは王の寝室です。
 名を名乗りなさい、近衛騎士を呼ばれたく無ければ。」

今度は国王らしく尊大な口調で言ってみるアンリエッタだった。


「僕だ。」

「詐欺師は間に合っています。」

何となく聞き覚えのある声ではあったが、眠る寸前で頭が薄らぼんやりしているせいかいまいち思い出せない。


「さ…違う、僕だよウェールズだ。」

「ウェールズ…?」

確かにその声は、思い出してみれば彼の声によく似ている。
よく似ているが…何か違和感がある。


「ウェールズ様は爆死しましたわ。
 それとも、幽霊が来たとでも言うのかしら?」

「幽霊でもない、レキシントンに突っ込んだのは僕の影武者だ。
 僕は落ち延びたんだよ、アンリエッタ。
 さあ、ドアを開けておくれ、僕の可愛い従妹殿。」

あのウェールズに限ってそれはありえない…が、誰かが来ていて、それが自分の部屋の前に居るのは確かだ。


(無垢で儚げなお姫様に、暫く戻ろうかしら?)

明らかに罠だが、ここは乗った方が色々とわかるかもしれないし、ウェールズを騙る者は何より許し難い。
そう思ったアンリエッタは、さらさらっとメモを書いて枕の下に仕舞い、数ヶ月前の自分に上っ面だけ戻ってみる事にした。


「で、でも風のルビーは私の手の元に…。」

動揺するふりも大変ねと思いながら、アンリエッタはもう一段階の探りを入れてみる。


「敵を騙すにはまず味方からと言うだろう?
 僕は君が絶対に風のルビーを持っていてくれるとわかっていたからこそ、君の手元に渡るように仕向けたんだよ。」

「…わかりましたわ。
 では最後に何か、身の証になるような事はございませんの?」

理屈は通っているが、違和感は消えない。


「風吹く夜に。」

「…!?」

それは、ラグドリアン湖で会う時に決め、何度も聞いた合言葉。


(な…何故その言葉を知っているの?)

アンリエッタは本物ではないかと思わず信じたくなってしまう自分を、どうにか抑えつける事に成功し、ドアの鍵を開けた。
そしてそーっと扉を開けて、隙間から外をうかがう。


「ウェールズ…様。」

そこに居たのは確かに間違いなくウェールズだった。
アンリエッタと目が合うと、柔和に微笑んでくれる。
意識せずにドアを勝手に開いてしまう自分がいる一方で、アンリエッタの頭の中は冷め切っていた。


(あの頑固な人が国を捨ててなお、柔和に微笑みながら現れはしない。
 例えもし生きていたとしても、酷く悲しそうな顔をしている筈よ。)

これは罠なのだ、とてつもなく残酷な罠なのだと思いながら、アンリエッタはウェールズを抱きしめていた。


「ああ、ああ、ウェールズ…様、よくぞご無事で…。」

演技をしなくても、アンリエッタの両目からは勝手に涙が流れてくる。
願望で、絶望で、怒りで、悲しさで涙が止まらない。


「君は泣き虫だね、アンリエッタ。」

そう言って彼女の頭を撫でるウェールズの手が、やたらと硬質な感触なのにアンリエッタは気付いた。


「ウェールズ様、その手は…?」

「え?ああ…脱出の時にしくじってね、今は義手なんだ。
 流石に無傷では済まなかったよ。」

ウェールズは軽く引き攣った笑みを浮かべた。


「アンリエッタ陛下、お久し振りで御座います。」

ウェールズの後ろから、アンリエッタに敬礼をする老人が現れた。


「おお、バリー卿、貴方も無事だったのね。」

「はい、このバリー、恥ずかしながら落ち延びてまいりました。」

ウェールズの教育係であるバリーまでもがいて、彼と行動を共にしている。
どういう魔法が使われたのか、それともこの目の前の人は本当にウェールズなのか、そういう疑問がアンリエッタの脳裏に浮かんだ。


「敗戦の後、我々は脱出用の偽装商船を使ってトリステインに降下し、身を隠していたのです。
 王太子もご覧の通り片腕を失っておりましたし、追っ手に見つかるとまずいという事であちこちを転々としておりました。
 やっと傷も癒え、我が国がご迷惑をかけた事をお詫びしようと思ったのですが…。」

「…この通り追われる身だからね、白昼堂々とはいかない。
 僕がこの国にいることがばれれば、レコン・キスタはまたこの国へと侵攻してくるかもしれないからね。
 君が一人でいる時間を調べ上げて、こっそり来させてもらったというわけさ。」

辻褄は合うし、バリーもいる。
信じうるに足るだけの材料は揃っているが、それでも目の前のウェールズにアンリエッタは違和感を感じ続けていた。

仕草が別人と言うか、今は思い出せないが別の顔見知りのような気がするのだ。
ウェールズは基本的に柔和で癒しオーラの出ている人なのだが、このウェールズは癒し系というよりは伊達男系。
トリステインによくいるタイプの気障な仕草…。


「…ああもう、頭が疲れ過ぎているのかしら、思い出せないわ。」

「どうかしたのかい?」

思わず出た独り言を聞き返すウェールズに、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。


「貴方と会った日が何月何日だったのか…忘れるだなんて私らしくないなと思いましたの。」

内心『やっちまったZE☆』と冷や汗ダラダラなアンリエッタだったが、連日の公務で鍛えた笑顔の仮面で何とか取り繕う事が出来たようだった。


「そうかい?何時出会ったか…なんて事よりも、君といる今の時の方が大事だと僕は思うね。」

「それは確かに…そうですわね。」

ウェールズはというか、アルビオン人は嫌味以外でこんな華麗な切り返しはしない。


(本当の彼なら、すこし困った顔をして『あははは』と笑う筈。)

やはり中身が違うと、アンリエッタは確信したのだった。


「…さて、茶番はこれくらいにしません?」

アンリエッタの表情が急に消えた。
いや、口だけ笑っているが、目から表情が消えた。
茫洋としていながら、全てを見抜こうとする視線を、王者の視線を自分と抱き合う男に向ける。


「私は確かに恋に恋する馬鹿な小娘ですわ。
 でもね、だからこそ想い人の仕草や喋り方は、はっきりと憶えているのよ。」

そう言って、アンリエッタは袖から取り出した杖をウェールズに向けた。


「貴方は…誰?」

「くっ…。」

ウェールズはアンリエッタを押し退けた。


「くくく…はははははは。
 一度やきが回ると回りっ放しか、俺も尽くづく運の無い男だ。」

笑う男の『フェイス・チェンジ』が解け、素顔が明らかになっていく。
トレードマークの帽子は無いが、もうひとつの特徴である髭にはよく見覚えのあるアンリエッタだった。
なぜならば、その男はたかだか数ヶ月前まで彼女の親衛隊長として働いていた男だったからだ。


「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド…私を殺しに来ましたか?」

「いいや、クロムウェルが貴方を御所望だ。
 同行願おうか?」

彼がそう言った途端に鳩尾に強烈な衝撃を受ける。

「うっ…。」

あの書置きを見つければ、すぐに事は発覚する。
追手が自分を助けてくれる事を願うしかないが、駄目ならルイズもいるしまあ良いかと思いながらアンリエッタの意識は暗転した。


「…さて、では偽者は早々に立ち去るとしようか。
 バリー、行くぞ。」

「はっ。」

裏切り者と生ける骸は、王宮の闇の中へと消えたのだった。



[7277] 第二十四話 絶対に叶わない恋のお話なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/30 06:59
悲恋、結ばれない恋の運命
どうしても結ばれない運命と言うのもあるのです


悲恋、好きなのに愛しているのに交わらない運命
物語の悲恋は悲しくも美しいものなのですが、当事者は…


悲恋、運命の皮肉さを美しさを表す言葉
そういう話の主人公にはなりたくないのですよ







私たちはヴェストリの広場の五右衛門風呂の前に集まったのでした。
とはいえ、ジゼル姉さまは一度眠ったら朝まで殆ど目覚めませんし、ギーシュとモンモランシーは…部屋にサイレントかけて何をやっているのやらっ!
コホン…ちなみに今はそろそろ深夜といった時間なのです。


「…と、言うわけなんだけど、ケティはどう思う?」

キュルケはラグドリアン湖に向かう道中で、ガリア方向からトリステインに向かう一行を見たそうなのです。


「特に記憶に残っていたのは、見た事あるけど思い出せなくて頭に引っかかっていたバリーさんね。
 もう一人、顔に覆面が被されていて誰だかわからない人も居たわ。」

「バリー卿とはまた斜め上な…。」

王太子の蘇生は矢張り不可能だったのでしょうか?
ひょっとするとキュルケが偶然見かけていないだけかもしれませんが。
しかしバリー卿だけだと、姫様を騙しきれるか微妙なのですが…。


「微妙とは言え、放っておくわけにも行かないのですね。」

しかし覆面の男なのですか…もしかしてワルドとか?
フェイスチェンジで誤魔化せば、トライアングルのふりも可能なのですね。
意外と早く髪のリベンジの機会が来た…と言う事なのでしょうか?


「あの髭、大人しく(原作通りに)引っ込んでおけば良いものを…。」

そうそうフェイスチェンジを使えるメイジがいるとは思えないのですが、クロムウェルのゾンビメイジにそういうのがいないと断言できない以上、ありえない話ではないのです。


「…あー、ケティ。
 おっかない顔してブツブツ呟きながら考え込まないで。」

ふと顔を上げてみると、ルイズが引き攣った顔で私を見ているのでした。


「ああすいませんタバサ、シルフィードを呼んでください。」

「ん。」

何かを察したのか、じっと私を見ていたタバサがコクリと頷いたのでした。


「何かわかったのか?」

才人が不思議そうに尋ねてきました。


「ええ…見ての通り、あまり愉快ではない事態が発生している可能性があるのです。」

「…いや、勿体ぶらずにわかりやすく言ってくれないとわからないから。」

才人、あまり考えないでいると、ガウリイ・ガブリエフになっちゃいますよー?


「具体的に言うと、姫様の身に危険がおよ…。」

「何ですってっ!?」

ルイズが私の肩を掴んでグラグラと揺らしているのです。


「姫様が何処でどんな風に危害に遭うのか教えて、今すぐに!」

「あうあうあうあうあう…。」

「やめなさいルイズ、そんなに揺すったらケティが喋れないでしょ。」

キュルケが止めてくれたおかげで、何とか止まりましたが、目が回るのです…。


「現在、この国は再起動したばかりで、レコン・キスタ内通者の炙り出しが終わっていないのですよ。
 例えば、親衛隊に他の裏切り者がいたり、もしくは親衛隊に影響を及ぼせる程の高官に裏切り者がいた場合、王宮の警護を一時的にであればザル同然にする事は難しくは無いのです。」

「おお、なるほど!」

ああ…私がサポートし過ぎたのが悪いのでしょうか、才人がすっかり脳味噌スライム男に。


「あの戦の後にバリー卿が生きている筈が無いのです。
 …と、言う事はフェイスチェンジをかけた偽者か、あるいはアンドバリの指輪を使って蘇生させた生ける骸か。
 何も無ければよし、あればあったで何とかしなくてはいけないのですよ。」

「…思い出した、そういえば貴方この前ワルドを取り押さえた時にアンドバリがどうこう言っていたわよね。
ひょっとして、知ってた?」

キュルケがポンと手槌を打ったのでした。
思い出してもらえて結構なのです。


「ええ、アンドバリの指輪は紆余曲折を経て、今はクロムウェルの手にあるのです。
 あの指輪の凄い所は、死んだ味方の蘇生が出来る事は勿論、敵を殺せばそれが全部味方になるという事なのですよ。
 戦えば戦うほど兵は倍々で増えていく…初期のレコン・キスタは多分殆どが生ける屍の筈。」

「何だそのえげつない軍隊は?」

才人がぞっとしたように身をすくませているのです。
アンドバリの指輪によって、死んだ味方はより忠実な不死の兵となり、死んだ敵も同様に不死の兵となり、蘇生された死者は表面上、生者と変わらない…ホラーな話なのですよ。


「虚無の力だと大嘘をついても、前例がない魔法なので誰もわからないのです。
 死者の蘇生という奇跡が、虚無を連想させるのは不思議ではありませんし。」

「想像しただけでゾッとするわ。
 水の精霊が取り返したがっているのはわかる気がする…。」

私の話を聞いたルイズの顔も青いのです。
今のレコン・キスタは殆どが普通の人間ですが…蘇生できる人数に限界があるのか、蘇生できる速度的な問題で限界だったのか。
まあ、おそらく後者なのでしょうが。


「確かに水魔法って、便利だけど反面おっかないのよね。」

「ん。」

タバサの母親は確か水系統の精霊魔法で心を狂わされている筈。
彼女が水魔法の恐ろしさを一番身近に体験しているのかもしれません。


「来た。」

「きゅい!」

広場に着地したシルフィードに、私達は乗り込んでいったのでした。


「では行きましょう。」

「きゅいいいいいいぃぃぃぃ!」

私達を乗せたシルフィードは高く舞い上がり、王都に向かって飛んで行くのでした。





「またお前らかっ!?」

王城の中庭に降り立った私達は、いきなり親衛隊に取り囲まれたのです。


「上から見ていましたが、随分と大騒ぎのようなのですね?
 何か異常事態でも?」

「お前たちに話すべき事は無いっ!」

御尤も、なのですね、本来であれば。


「ルイズ、アレを見せてあげなさい。」

「アレ?」

いやルイズ、せっかく格好よく言ったのに不思議そうに首を傾げないでください…可愛いですけど。


「姫様に戴いた許可証なのですよ。
 今使わずに、いつ使うのですか?」

私の許可証は軍に対する権限が無いので、ルイズのを見せた方が効果的なのです。


「あ…確かにそうね。
 貴方達は私の質問に答える義務があるのよ。
 これを見なさい。」

そう言うとルイズは腰のポーチから巻物を取りだして見せたのでした。


「こ…これは失礼した。」

ルイズに与えられた常識ではあり得ない権限に、マンティコア隊の親衛隊長は目を白黒させているのです。


「わたしの名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、姫様…陛下直属の女官よ。
 私にはこの国に関するありとあらゆる事柄に干渉できる権限があるの…陛下以外はね。
 もったいぶらずに教えなさい、何が起こったの?」

「あなたがあの…なるほど、目もとに母上殿の面影が…。
 …失礼いたしました、わが名は親衛隊マンティコア隊の隊長、ド・ゼッサールと申します。
 あまり大声では言えませぬが、女王陛下がかどわかされました。
 発見された後、城の警備兵を蹴散らしながら逃走、現在ヒポグリフ隊が追跡中であります。」

やはり攫われたのですか。


「しかし、陛下が居なくなった事をどうやって察知なさったのですか?」

「実は陛下は夜中にこっそり起きて公務をなさっていた事が何度かありまして…夜は一定時間のうちにベッドに戻らないと、各隊の隊長の部屋に警報が鳴るようにしておいたのであります。」

それのおかげで察知できたのは良かったのですが…。


「…嫌がっておきながら、どんだけワーカホリックなのですか、姫様。」

とっとと片付けたかった気持ちはわかりますが…。


「…過労死するつもりか、あのお姫様。」

才人は呻き声のような声で呟いたのでした。


「うわぁ…そ、それで、姫様はどちらに連れ去られたの?」

ルイズは顔を引き攣らせながらも、ド・ゼッサールにたずねたのです。


「現在、ラ・ロシェール方面へと向かっております。
 恐らく、ラ・ロシェールからアルビオンに陛下を連れ去るつもりなのではないかと。
 風竜隊は再編中でここには居ない為、現在ヒポグリフ隊が追跡中ですが、間に合うかどうかは…。」

ド・ゼッサールの言うとおり、風竜とそれ以外では速度が段違いですからね。


「あと、このような書置きが。」

「見せて…えーと…や、やりやがったわね、姫様のバカー!」

書置きを読んだルイズが顔を真っ青にした後、真っ赤にして怒鳴ったのでした。


「い…いったい何が?」

「…読めばケティも瞬間沸騰よ。」

そういって手渡された書置きには…。


「私、さらわれるか暗殺されるかするみたい…と、いうわけで枢機卿、私が血まみれで転がっているか居なくなっていたら、当初の予定通りお願い。
 『女王を殺して混乱の隙を突こうと思っていたら、即時に新しい女王が即位していた。何を言っているのかわからないと思うが…』
 みたいな表情で呆然とするクロムウェルの間抜け面を想像すると、高笑いしたい気分よ。
 あとルイズ、あなたが女王になったら枢機卿や大臣達が塔の如き書類を持って来るけど、生まれつき頭の良い貴方なら大丈夫、きっとやれるわ。
 私は遠い場所から、書類に埋もれて死にそうになりながら、私への呪いの言葉を吐きつつ仕事をこなす泣きべそな貴方をいつも見つめているわ。
 見つめているだけだけどね、一切手伝わないけどね、おほほほほほ!」

「…なんという酷い遺言。」

ルイズがブチぎれるのもやむなしというか…自身の暗殺も織り込み済みの上で、あらかじめ工作していましたねあの姫様。
私が言うのもなんですが、真っ黒いにも程があるのですよ。


「急がないと女王にされちゃう!」

ルイズが心底困ったという表情で叫んでいるのです。
いやホント王座を押し付けあうとか、壮絶な後継争いをしている他の国の王族に申し訳ないと思わないのでしょうか、この国の王族は。
義理でも人情でも、もうちょっと奪い合うような態度を見せるとか権力争いの礼儀をですね。
…ほら、あまりのほのぼの王家っぷりに、煤けたタバサが座り込んで草毟っていますし。


「…タバサ、どうしたのですか?」

「少し、心が折れそうになった。」

タバサの知る王家とまったく違いますから、しょうがないといえばしょうがないのですね。


「ケティ!これ以上のんびりなどしていられないわ!
 姫様の首根っこ捕まえて、執務室に放り込んでやるんだから!」

何時の間にやら、顔を真っ赤にしたルイズがシルフィードの背中に勝手に乗り込んでいたのでした。


「ん、皆も早く乗って。」

ルイズの声で正気に戻ったタバサの言葉に皆頷くと、シルフィードに次々と乗り始めたのでした。


「ラ・ロシェールに向かう馬数頭。
 メイジが乗っているから低く飛んで。」

「きゅい!」

ヒポグリフ隊が全滅する前に到着してくれれば良いのですが…。





「…あっさり追い抜かしてしまったのですね。」

ヒポグリフに乗った親衛隊員たちがどんどん後ろへと遠ざかっていくのです。


「無視してよかったのかな?
 待ってくれーとか言ってたぞ、あの人達。」

才人は気まずそうに後方ですでに点となったヒポグリフ隊を指差しているのです。
確かに『待ってくれー』という声がドップラー的に聞こえましたが、さらっと無視なのですよ、無視。


「待って姫様が見つかるなら待ちますが、そうではないので置いて行くのですよ。」

私の子供の頃のメモ書きが確かなら、ヒポグリフ隊はあっさり倒されていた筈なので、命が助かった事でチャラにして欲しいのですよ。


「でもさ、俺たちだけで足りるのか?」

「大丈夫…こちらには火メイジが二人もいるのです。
 アンドバリの指輪で与えられた偽りの命が水属性な以上は、対抗属性の火で中和できる筈。」

どうやって倒したのか、メモ帳に書かれていなかったので、ぶっちゃけ適当なのですが、多分これで何とかなる筈なのです。
…ええ、正直全然自信がありませんが。


「見えたって。」

「きゅい!」

風竜の視力はとても良いので、見えたようなのですね。


「では一気に上昇したのち追い抜いて、街道の先で待ち伏せしましょう。」

「ん。」

シルフィードが急上昇し、街道沿いを飛んでいくと、街道に馬に乗った人と思しき小さな点が見えたのでした。


「…さて、降下準備なのですよ。
 ルイズと才人を抱っこして、レビテーションで減速して降りるのです。
 タバサには念の為最後に降下して貰わねばいけないので、私とキュルケがやるわけなのですが…。」

「…私はルイズね。」

へ?てっきり才人の方かと思っていたのですが。


「ちょ、何で私がキュルケと!?」

「その方が面白そうなのよ、ちょっと黙っていなさい。」

そう言いながら、キュルケはルイズの顔を胸の谷間に沈める体勢で抱き締めたのです。


「むが!?むー!むー!」

「うふふふふふふふふ。」

そしてこちらに向かってにやりと笑いかけるのでした…。


「何考えてやがりますか…?」

そっち方面に関して、私はキュルケに及ぶべくもないのですよ。


「いいから、早くしなさいよ?」

ニヤニヤ笑いながらこちらを見るキュルケなのです。


「仕方がない…っ!?」

「どどど、どうしたんだケティ、顔真っ赤にして!?」

才人に抱きつき彼の匂いと感触を感じた途端に、媚薬に頭やられていたころの記憶が一気にフラッシュバックしてきたのです。
せっかく緊急事態でそっちの事が吹っ飛んでいたというのに、あの巨乳これを狙っていましたねっ!


「キュルケ!謀りましたね、キュルケ!?」

「貴方はいい友人だけど、思わずいじりたくなる貴方の鈍感さがいけないのよ!
 おほほほほほほ!」

そう言いながら、キュルケは飛び降りていったのでした。
くっ…何時如何なる時でも遊び心を忘れないというのも考えものなのですよ。


「ええい、女は度胸、このくらいで何とかなるものですか!」

才人をぎゅっと抱き締め、シルフィードから飛び降りたのでした。


「レビテーション!」

急にがくんと速度が落ち、ふわふわと私達は降下し草原に降り立ったのでした。


「ケティ…大丈夫か?」

才人が心配そうに声をかけてきますが、羞恥心の限界が降りきれそうなので、ぶっちゃけ目も合わせたく無いのです。
落ち着くのです、クールに徹しなさい、ケティ・ド・ラ・ロッタ!


「危うく脳味噌が沸騰しそうになりましたが…大丈夫なのです。」

「それは残念だわ。」

私達のところにやって来たキュルケが、ニヤニヤしながら私を見ているのです。


「…頼みますから、何時如何なる時でも人をおちょくって楽しむ事を忘れない、その厄介な性格をどうにかしてください、キュルケ。」

「無・理・よ☆」

無理ですか、そうなのですか…。


「これから戦うって時に何妄想してんのよ、あんたはーっ!」

「こ、これから戦うんだからお手柔らかに…って、ぎゃー!」

ちなみに私に抱きつかれてにやけていた才人は、ルイズにコブラツイストで締めあげられていたのでした。


「大丈夫?」

ふわりと降下してきたタバサが私達に声をかけてくれたのでした。


「ええ、今のところは。
 全員、目立たないように草むらで伏せるのです。」

向こうが気付いているかいないかは半々ですが、ラ・ロシェールに向かう街道がここしかない以上、連中は絶対にこちらに向かってくる事だけは間違いないのです。


「来た…。」

蹄が大地を駆け抜ける音が聞こえて来ました。


「…さて、キュルケ?」

「ええ、やりましょ。」

アンデッドは火に弱い。
ファンタジーのお約束は通用するのか、さてやりますか!



…馬の姿がはっきり見えたあたりで呪文を唱え、掌中に炎の玉を生成。
タバサが同時に風の刃を形成。


「ウインド・カッター!」

「ヒヒーン!?」

ウインドカッターで馬の脚を傷つけ転ばせた上で…。


『ファイヤーボール!』

私とキュルケの放った炎の玉が、先頭の二人を包み込んだのでした。


「…一瞬で燃え尽きたわね。」

「…アンデッドとは言え、どんだけなのですか。」

紙みたいに燃え上がって骨も残さずに消滅…熱量強化型のファイヤーボールだったとは言え、火に弱いにも程があるのですよ。


「うわぁ…。」

転んで馬から転げ落ちた騎士たちが、《のそり》といった感じに立ち上がったのでした。
首が完全に変な方向に曲がったのもいるのです。


「ホラーな…っ!?」

いきなり側面から風の刃が私を狙って飛んできたのでした。


「ケティ、危ないっ!」

「相手が死体なのが気に食わないが、デルフリンガー様参上!」

才人がそれをデルフリンガーに吸収させます。


「まさか女王の乗る馬まで容赦なく転ばすとは…な。」

夜闇から現れたのは、よく見知った髭と帽子。
肩に担がれているのは、寝巻き姿の姫様。
他人が言うには伊達男、私が見るとただの胡散臭いオッサン、そう…。


「丁度良い、此処で会ったが百年目!
 我が怨み、此処で晴らさせてもらうのですよ、ワルドっ!」

「それは僕の台詞だろっ!?」

何をおっしゃるうさぎさん、なのです。


「んぅ、此処は…。」

ワルドに担がれている姫様が目を覚ましたようなのですね。


「姫様っ!?」

「あら、その声はルイズ?」

ルイズが慌てて声をかけると、姫様のやけにのんびりとした声が聞こえてきたのでした。


「…ああ、そういえばさらわれたのだったわね、私。」

「…姫様。」

あまりにものんびりしたその態度に、ルイズが思い切り脱力しているのです。


「目が覚めたばかりで、寝惚けているのですよ。」

「帰りたくなってきたわ。」

流石のキュルケも少し脱力しているようですね。


「ふわ…仕方が無いじゃない、仕事の疲れが溜まっているのよ。」

気絶させられた時間も、貴重な睡眠時間というわけなのですね。


「書類を読んで、大臣達の言うなりにサインをするだけの仕事の何処が疲れるというのだ。」

「今、何と言ったのかしら、ワルド卿?」

《ミシリ》という、空気の色が変わる音がしたような気がしたのです。


「鳥の骨や汚職に塗れた大臣や官僚達の言うがまま適当に書類にサインし、日がな一日遊んでいる女王の仕事の何処が疲れるのかといったのだ!」

まあ確かに、市井には女王主催の優雅なお茶会などの情報が流れてはいるのですが…。


「ええ、確かに卿の言う通りかもしれないわね。
 朝日が昇る前に目覚めて、女官達に服を着替えさせてもらい、髪を整えながら大臣達の持ってくる書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を料理人たちが作る合間に書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を食べつつ書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、食後のお茶を溢さないように気をつけながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、それから10時のお茶の時間までの間書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、10時のお茶を飲みながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して…」

食事の時間もお茶の時間も全部公務の時間とか…姫様の言葉を信じる限り、休んでいる時間が皆無なのです。


「…就寝前の仕事が終わったら、お風呂に入って寝巻きに着替えて部屋に戻って来るけれども、そこでも助言がいらなそうな書類を見繕ってもらったのを決裁するのよ、どうしても眠気に耐えられなくなるまでね。
 これが一日中遊んでいる女王の生活よ、素敵でしょ?」

…奴隷だってもうちょっと優雅なのですよ、姫様。


「あ、貴方という人は…。」

ワルドが呻くように呟いたのでした。


「対外的にはそこそこ優雅に暮らしているように伝えてあるわよ?
 女王が食事の時間も眠る暇も無く一日中働き続けているだなんて、優雅じゃなくて世間体が悪いもの。
 貴方はそんなこんなで遊び疲れて、いつも通りに力尽きようとしていた女王を無理矢理起こして死んだ人の扮装で騙そうとして見事に失敗して、奇妙なくらい手薄な王宮内を脱出したというわけ。
 ラ・ロシェールにいる筈の貴方の仲間は全滅、代わりにトリステイン正規軍1000名が貴方達を手薬煉引いて待っているとも知らずにね。」

流石のゾンビ達も、数の暴力に曝されたらどうにもならないのですよ。


「し、しかし、肝心の貴方が捕まってはどうにもならんだろう?」

「もし私が死んでもルイズがいるもの、ね?
 近くに優秀な頭脳もいるし、心配は無いわ。」

そう言って、姫様はルイズと私にウインクしたのでした。


「虚無の権威に私の暗殺というソースをかければ、トリステインは建国以来かつて無いほどに結束できるわ。
 私が生きていても、いずれは同じ場所までもって行くつもりではあったけれどもね。」

禅譲話はこの為の根回しだったわけですね。


「この国は近い将来貴族が貴族らしく、平民が平民らしく、それぞれが己の職分と能力を生かせる国に生まれ変わるわよ。
 卿が夢敗れ、卿が見限った、卿が居ない国でね。」

言っている事は格好良いのですが、ワルドに担がれたままなのですよ、姫様。


「ああそれとワルド卿?」

「ぐっ…な、なんだ?」

姫様ってば、語るだけでワルドに結構なダメージを与えたみたいなのですよ。


「水メイジに密着しているのは迂闊の証拠だって、士官学校で教わらなかったかしら?」

そう言うと、姫様は胸元から装飾の少なくて短い杖を取りだしたのでした。


「杖は先ほど奪った筈!?」

「あれは儀杖よ…『反転』。」

姫様がその呪文をかけた途端に…


「ぐわあぁぁっ!?」

…ワルドの義手のつなぎ目から血が流れ落ちはじめ、姫様は振り落とされたのでした。


「姫様、それ禁呪…。」

ルイズが引き攣った顔でツッコんでいるのです。
『反転』は『治癒』の逆の魔法で、過去に負って完治した大きな傷を開くという、それはそれはえげつない魔法。
水が国の象徴であるトリステインでは禁呪なのですが…。


「この国では私が法よ。
 あと、高度な魔法を封じるには、痛みで集中させないのが一番だわ。」

「ですよねー。」

あははー、そりゃしょうがないのですよ。


「よ、よくも…。」

「一国の主をさらおうというのだから、そのくらいの傷は甘受すべきよ、ワルド卿?
 怒るついでに暗殺なんてどうかしら?」

いやいや、あんな事言われたら殺すに殺せないのですよ、姫様。


「…到着してから見せようと思っていたのだがね。
 王太子、こちらに来たまえ。」

「アア。」

騎士のうちの一人が、全身を包帯に包まれた騎士が、ぎこちない動きでこちらに歩いて来たのでした。


「まさか…。」

「顔を見せてさし上げろ、王太子。」

包帯の合間から除く金髪、くすんではいますが、まさか、そんな事が…?


「アぁ、イイともワルド卿。」

彼が顔を覆っていた包帯を解くとと…。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

それを見た姫様が絶叫を上げ、そのまま倒れてしまったのでした。


「な、何という事を…。」

顔が半ば欠け、黒焦げになっていますが、残った部分から見えるその容姿はかつて見た王太子、その人なのでした。


「ヤア、ミス・ロッタ、久し振りダね。」

「そいつの体は見つからなくてね、クロムウェルが辛うじて残っていた頭部を他の死体とくっつけたんだ…。」

姫様を抱き起こしながら、ワルドは言ったのでした。


「なんというおぞましい事を。」

アンドバリの指輪、思った以上に無茶な性能なのですね…。


「クロムウェルはそいつにレキシントンを吹き飛ばした高性能火薬の事を聞きだそうとして失敗した。
 だから君がもし現れるようならば、殺してつれて来いと言われている。」

そういうと、ワルドはニヤリと笑ったのでした。


「ミス・ロッタを殺せ、王太子。」

「あア、わかっタよ。」

そう言うと、顔の半分ない王太子は私の方を見て微笑んだのでした。


「顔見知りを殺すことが出来るか、ミス・ロッタ?」

「ええ、ご心配なく。
 ファイヤーボール。」

私は躊躇い無く王太子にファイヤーボールを撃ち込みます。


「へ…?」

ワルドが間の抜けた声を上げたのでした。
王太子はあっという間に紙のように燃え上がり、倒れて動かなくなったのです。


「アンドバリの指輪の支配下におかれたまま、私達を害する事は王太子も望まないでしょう。
 ならば躊躇い無く燃やしてあげるのがせめてもの手向けなのです。
 …いやはや、人というのは怒り過ぎると却って心が澄み渡るものなのですね。」

感情は魔力の源泉…怒りと悲しみと憎悪を心の炉にくべて、私の魔力がどんどん漲っていくのがわかるのですよ。


「人の尊厳をこのような形で踏み躙る…恥を知りなさい、クロムウェル!」

一度に9つの火球が形成されたのです…トライアングルとしての実力が上がったわけではなく、単に注ぎ込める魔力が一時的に上昇しているだけ。
規定量以上の魔法を行使したせいか、頭がガンガンといった感じの頭痛に襲われ、喉は渇き、舌も乾き、目が飛び出そうな感覚が不快ですが、知った事ではないのです。


「燃やせっ、ファイヤーボール!」

流石にこの数のファイヤーボールを制御したことは無かったので、半分ほど外れましたが、それでも5体のゾンビ騎士を灰に変える事に成功したのでした。


「とは言え…これは無茶だったかも…。」

魔法を行使した直後から、酷い眩暈と頭痛が私を襲い始めたのでした。
ええい、デルフリンガーはまだ気付かないのですか!?
血に餓えた妖刀ばかりしていないで、たまには自分の役目を思い出して欲しいのです。


「ルイズ!始祖の祈祷書を捲るのです!
 先程話したように、この騎士達は生ける屍、魔力によって動かされる操り人形。
 虚無ならば、これを解消する魔法がある筈なのです!」

こうなったら私がやるしかありません。
皆、私が何でそんな事知ってんだってのはこの際スルーで!
ワルドがポカーンとしている間に。


「で、でもこの祈祷書、エクスプロージョンしか書いていないのよ…。」

そう言って、ルイズは首を横に振ったのでした。


「祈祷書は求める者に求める魔法を与えるのです。
 心の底から祈り求めなさい、魔法の呪縛から、偽りの生から、死者を解き放つ為の魔法を!」

いやしかし、周囲から見ると明らかに色々と知り過ぎなのですよ、私は。
問い詰められたらどうしましょう、いやマジで。


「わ、わかったわ…。」

ルイズは慌てて祈祷書を捲り始めたのでした。


「虚無を使うつもりだと…まずい、アレをやるぞバリー!」

「はっ。」

確か、合体魔法は同じクラスのメイジ同士でないと、しかもかなり相性が良くないと王族の血を引いていない限りはうまくいかない筈なのですが。
バリー卿はひょっとして、ワルドと相性ぴったりなのですか…?
それとも、生ける屍ゆえの特性?


「喰らうがいい、水と風のオクタゴンスペルを!」

髭と爺のツープラトンとか誰得!?
風が水を巻き込み、氷で出来た渦を巻き始めたのです。


「…才人、頑張れます?」

「あー…これってやっぱり俺の役目?」

引き攣った顔で才人が聞き返してきたのでした。


「才人というか、デルフリンガーの役目なのですね。
 ルイズが虚無の魔法を見つけて放つまで、出来うる限り魔法を吸収してください。」

「わかった…後、思い出すのが遅れて正直スマンカッタ。」

おかげで先程からタバサが私をじーっと見つめているのです。
正直冷や汗ものなのですよ…どうやって説明しましょう?


『フリーズ・トルネード!』

「死んでも命がありますようにっ!」

才人が氷が飛び交う竜巻に突っ込んでいったのでした。
健闘していますが、相手は竜巻なのでデルフリンガーを振り回すその姿は、何と言うかちょっと頭の可哀想な人みたいなのです…ガンバレ才人。


「あった!これね!」

そう言って、ルイズは大急ぎで詠唱を始めたのでした。
才人には氷の破片がいくつも突き刺さって、とんでもない事になりつつあるので。早くしないと死んでしまうのですよ。


「ディスペル・マジック!」

ルイズのその魔法が放たれた途端に、一瞬にして氷の竜巻は消滅し、バリー卿を含めて騎士達も糸の切れた人形のように倒れ始めたのでした。


「くっ、女王だけでも…!」

「ファイヤーボール!」

キュルケの放ったファイヤーボールは、ワルドの義手で弾かれましたが、姫様を拾う事への妨害にはなったのです。
ナイスフォローなのです、キュルケ。


「ぐっ、仕方があるまい…覚えておれ!」

そう言って、ワルドは闇夜に消えたのでした。


「ま…まちやが…あれ?」

それをボロボロになった才人が追いかけようとしますが、膝を地面について倒れてしまったのでした。
血がだくだくと流れ始めているのです。


「タバサ、治癒を早く!」

「ん。」

ワルドを追う必要は無いのです。
此処まで失敗を繰り返したら、いくらなんでもレコン・キスタには戻れないでしょうし。





「んぅ…此処は、何処?」

「トリステインなのです、姫様。」

暫くして目を覚ました姫様に、声をかけたのでした。
ヒポグリフ隊もようやく追いつき、周囲は雨。


「はぁ…生き残っちゃったのね、私。」

「姫様、大丈夫ですか、姫様!」

ルイズが心配そうに姫様に声をかけているのです。


「大丈夫よ、数日間仕事を溜め込みそうなのが憂鬱だけれども。
 …ウェールズはどうなったの?」

「私が燃やしました…彼の灰です。」

私はそう言って、姫様に王太子の灰を手渡したのでした。


「…彼は貴方に二度も殺されたのね。」

「………………。」

姫様の言葉は全くその通りで、返す言葉も見つからないのです。


「姫様、ケティは…!?」

「良いのですよルイズ、その通りなのですから。」

ルイズが私を庇ってくれようとしましたが、私は手でそれを制したのでした。


「灰を…ラグドリアン湖に還しましょう。
 そこでアルビオン陥落の日、王太子殿下から仰せつかった言葉をお伝えします。」

「ウェールズの言葉…?」

王太子は私が二度殺しました…それは間違い無いのです。
であるならば、私が王太子の代わりに王太子が伝えるべきであった事を伝えなくてはいけません。


「ケティ、殿下から伝言を仰せつかっていたの?」

「ええ、トリステインに戻ってきた時は意識がありませんでしたし、先日お会いした時にも伝えられる雰囲気ではなかったので。
 仕事が溜まっていたせいもありますが、姫様が昼夜を問わず働き続けていたのは悲しみを紛らわせる為なのですよ、恐らくは。」

原作では半ばアル中と化していた彼女が、打ち込めるものがあったが為にワーカホリックに陥った。
どちらも健全とは良い難いのです。
心機一転してもらわねば、例えば新しい恋に気分を向けられるように…とか。


「お姫様、大変だったんだな。」

タバサの応急処置が終わったのか、才人がよろめきながらもやってきたのでした。
学院に帰ったら、部屋の中で一晩中何をやっていたのか知りませんが、ギーシュと一緒に寝ているはずのモンモランシーを叩き起こして才人の治療をさせるのです。
私が引いたからって、イチャイチャしっぱなしに出来ると思ったら大間違いなのですよ、ククククク。


「タバサ、王宮に向かう前に、ラグドリアン湖に寄って貰えませんか?」

「ん。」

タバサはコクリと頷いたのでした。
此処からラグドリアン湖につく頃には、恐らく日が昇っている筈…。





「にゃむ…見事に一徹してしまったのですね。」

眩しい光を放ちながら上がる太陽、朝になってしまったのです。


「ふわ…今日は体調不良で授業を休む事にするわ、眠いし。」

キュルケ、授業中に居眠りすれば何とか乗り切れるような気がするのです。
このままだと来年は私と同級生になってしまうのですよ?


「アキバでゲーム買うために並んで奇妙な言葉で話すヲタに挟まれた時の事を思い出すぜ…。」

ゲーム買うくらいでいちいち並ぶな、なのですよ才人。


「頭がぐらぐらするわ…。」

ルイズは徹夜に弱いのですね。


「……………すぅ。」

タバサは本を読む体勢で眠っているのです…やりますね。


「じゃあ、始めるわね。」

姫様は、遺灰をラグドリアン湖に撒き始めたのでした。


「さようなら、ウェールズ。
 本当なら国葬したいところだけれども、こんな粗末な葬儀でごめんなさい。
 大いなる輪環の中で、いつかまた会いましょう…。」

遺灰はゆっくりと、染み込む様にラグドリアン湖の水の中に消えていったのでした。


「王太子殿下の遺言をお伝えします。
 『アンリエッタ、僕を忘れて欲しい。僕を忘れて他の男を愛せるようになって欲しい。出来ればあの時のように誓って欲しい。』と。」

「貴方にとって、それは都合の良い話ではないわね?」

私はルイズを正統としていますから、確かに姫様の後が続くのは少しばかり好ましくない事ではあります。


「都合が悪かろうが、遺言ですから。」

半ばでっち上げですが、原作で彼が残した言葉を姫様に伝えるのは私のしなくてはならない事だと思うのです。


「確かに…ウェールズの言いそうな事だわ。
 他には?例えば『愛している』とは?」

「いいえ、催促しましたが姫様を縛る言葉は言えないと。
 『アンリエッタはその言葉を残せば、一生その言葉に縋ってしまうだろう』と。」

私がそう言うと、姫様は軽く苦笑を浮かべて頷いたのでした。


「はぁ、意地悪な人なんだから。」
 
姫様は静かに目蓋を閉じたのでした。
閉じた目からは涙の雫が零れ落ちていきます。


「本当に、意地悪な人…。」

愛する人を失うという事がどれほどの事なのか、私にはまだわからないのです。
知識収集癖のある私ですが、知りたい知識ではありません。
一生、知る事が無ければ良いのにと、私はこの時そう思ったのでした。



[7277]  幕間24.1 トリステイン銃士隊&約束を履行したりさせられたり
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:34
「新式銃が欲しいのよ。」

「新式銃…なのですか?」

初夏の爽やかな陽気の中、一人城に呼び出されたケティはアンリエッタの執務室で首を傾げていた。


「何故それを私に?」

「我が軍に新式火薬を納入したパウル商会…最近我が国の軍需部門に販路を開いているのだとか?」

アンリエッタの微笑みに、ケティは「うっ」と軽く呻いて一歩引いた。


「あの商会はラ・ロッタ家公認の商会で、蜂の意匠を許されているのよね。
 商会の主はパウル、貴方の幼馴染の一人。」

「あはははは…。」

乾いた笑い声を上げながら、ちょっとやり過ぎたかとケティは内心で愚痴る。


「しかし何故そこから新式銃などという話に?」

「モシン・ナガン。」

ケティはびしりと凍りついた。


「…ええと、ひょっとして姉の誰かから聞いたのですか?」

「ええ、貴方が実家でその銃を使って、魔法を使ってもあり得ない距離から獲物を狙撃して見せた事も、その銃の速射性能が現在我が国に在るどの銃よりも素晴らしい事も、全部よ。」

それを聞いて、ケティは深い深い溜息を吐いた。


「あのモシン・ナガンは魔法が無い国が作り出した高度な冶金技術の結晶なのです。
 メイジの錬金を全力で駆使したとしても、性能の劣化した模造品しか作れません。
 軍全体に配備するには、ハルケギニアじゅうから土メイジをかき集めないと不可能かと。」

「つまり、性能の劣化した模造品を少量生産するくらいなら可能…という事ね?」

女王の問いに、ケティは軽い逡巡を見せたのち、観念したように頷いた。


「…確かに性能を落とせば少量生産は可能なのです。
 それでも十分ハルケギニアに出回っているどの銃よりも優秀なものになるでしょう。」

そう言うと、ケティは参ったという風に眉をしかめ眉間を押さえた。


「それは良い事を聞いたわ。
 アニエス、入って来なさい。」

「はっ!」

アンリエッタの声に応え、金髪のショートヘアの女性が執務室に入って来た。


「アニエス、この度の軍改革で創設された銃士隊の隊長よ。」

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと申します。」

アニエスはケティに深々と首を垂れる。


「ああ…あのアニエス殿なのですか。」

ケティの顔が軽く引きつった。


「あの…とは?」

アニエスの眼光が鋭くケティを貫いた。
彼女は元平民という事で差別される事が多い、ケティもそういう輩なのかと睨みつける。


「豪気にして苛烈、『鉄の塊』と称されるメイジ殺しにして、可愛い女の子が三度の飯より大好きなアニエス殿でしょう?
 その毒牙にかかって道を踏み外した乙女は数知れずとか…ぞ、存じているのです。」

そう言いながら、ケティが数歩あとずさったのを見て、アニエスがずっこけた。



「そ、それは私にやっかむ連中が流した根も葉もない噂だっ!
 いや…まあ、可愛いものは好きだが、それは女の子に限った話では無く…って、ああっ、更に後ずさらないでっ!?」

後ずさるケティに、涙目で手を伸ばすアニエスだった。


「ケティ、面白いけどアニエスをからかうのはそのくらいにしておきなさい。」

「はい、かしこまりました姫様。」

いきなり真顔に戻ったケティにアニエスがぽかーんとなっている。


「貴方って真面目な人を弄るのが大好きよね?」

「剛毅な武人が翻弄されうろたえる様はまさに甘露なのですよ、姫様。」

そう言って、ケティとアンリエッタはお互いにっこりと微笑みあった。


「騙されたーっ!」

アニエスは天井に向かって叫んだ。


「うぅっ、王宮内に噂の聞こえる才女が、まさかこんな変な性格の娘だったとは…。」

そして盛大に落ちる。


「これで、アニエス殿には顔を覚えて貰えたでしょうか?」

「むしろ殺すリストに入れられたような気がするわ。」

アンリエッタのその言葉に「あはー」と笑うケティだった。


「複製したモシン・ナガンの第一号はやはりアニエス殿に?」

「ええ、納入した途端に撃ち殺されないように気をつけておきなさい。」

ケティからの問いに、アンリエッタはそう言って頷く。


「アニエス、そろそろ立ち直りなさい。」

「は、はあ…しかしこの娘が、本当にあのパウル商会の影の主なんですか?」

アニエスはそう言って、ちょっぴり恨みを込めた視線をケティに送った。


「ええ、そうよ。
 それにケティは王侯貴族だろうが平民だろうが、わけ隔てなく扱うから、貴方が特別に軽んじられたわけではないというのも理解してあげてね。」

「私はわけ隔てなくおちょくられたというわけですか。」

そう言って、アニエスはがっくりと肩を落とした。


「これから先はあまりからかわないようにしようと思うので、勘弁して欲しいのです。
 ああそうそう、お近づきの証にこれでもどうぞ。」

そう言って、ケティはアニエスに小さな包みを渡した。


「これは?」

先ほどされた仕打ちのせいか、警戒気味に包みの中を覗き込むアニエス。


「飴なのですが、少々特殊な製法を行使してみたのです。
 とても甘くてクリーミーで、一口食べれば自分を特別な存在だと感じられるようになるのですよ。」

「ふむ…?では失礼して。」

アニエスは早速取り出した飴玉の包装を取り除いて、口の中に放り込んだ。


「こ…これは、美味い。
 たかだか飴玉がこんなに美味しいとは。
 これを私にくれるのか…?」

アニエスは頬を抑えてほわんとした幸せそうな表情になった。


「ええ、先程の非礼のお詫びも兼ねて。」

「私も欲しいわ、その飴。」

恍惚の表情でコロコロと飴玉を舐めるアニエスを見て、アンリエッタも物欲しそうにケティを見る。


「はいどうぞ。」

「ありがとう、どれどれ…まあ、これは確かに美味しいわ。」

アンリエッタも頬を押さえて幸せそうに微笑んだ。


「パウル商会に発注していただければ、いつでもお届けできるのです。
 …とまあ、飴玉の話はこれくらいにして、モシン・ナガンの複製品であれば一丁有りますので、複製した弾薬とセットで近日中にお届けにあがる事になるでしょう。」

「成程、先程の話は既に一度実践した上でだったのね。」

飴玉を口の中でコロコロと転がしながら、アンリエッタは頷いた。


「ええ、ではまた数日後に…。」

「なるべく早くお願いね。」

ケティは一礼すると、執務室から退室した。





数日後、トリスタニアの《星降る夜の一夜亭》で、三人の人物が食卓を囲んでいた。


「ケティ坊ちゃん、ジゼルお嬢様もご一緒っすか。
 このパウル、お二人からお呼びがかかる日を一日千秋の思いで待っていたっす。」

パウルと名乗った茶色の髪と鳶色の瞳の青年は、人懐っこい笑みを浮かべた。


「…いい加減坊ちゃんは止めなさい、坊ちゃんは。」

その言葉に眉をしかめるケティ。


「いやー、女の子だってわかっていてもケティお嬢様だと、呼ぶ時に何だか違和感があるんすよ。」

「あはははは、良いじゃないケティ坊ちゃんで。」

ジゼルは笑いながらケティの肩を叩いた。


「うぅっ…。」

ケティは観念したように肩を落とした。


「…まあ、仕方がありません。
 それでパウル、例のあれは?」

「ここにあるっす…しかしまあ、女王陛下も剛毅っすね。
 これ一丁作るのに半月はかかる上、普通の銃の30倍の値段になるってのにそれを銃士隊全員分とは。」

パウルは細長いケースを食卓の上に乗せて開いて見せた。


「それだけ銃士隊に期待をしているという事なのですよ。」

ケティはそれを受け取ると、蓋を閉じる。


「ここの名物料理はハシバミ草料理なのです。
 支払いは私がしますから、好きなだけ食べていきなさい。」

「私は?」

ジゼルはそう言って、ケティをじーっと見つめる。


「勿論、姉さまもなのです。
 とは言え、パウルが儲けてくれるから、私たちも美味しい食事が食べられるのです。
 パウルに食べさせてもらっているといっても、過言ではないかもしれないのですよ。」

ケティはそう言って、パウルの働きをねぎらった。


「ううっ、感無量っす。
 あとはケティ坊ちゃんが俺の嫁に来てくれれば完璧なんすが。」

「それはお断りなのです。」

ケティは笑顔できっぱりと断った。


「くーっ、負けないっす。
 諦めたらそこで試合終了っすから。」

「めげないわねぇ、貴方も。
 今回で何度目だった?」

苦笑交じりにジゼルが尋ねる。


「何と、既に60回目っすよ。」

パウルがそういう間にも、食卓には料理が並べられていく。


「それでは商売の繁盛を願って、乾杯としましょうか。
 給仕さん、タルブワインの良い奴を見繕って持って来て欲しいのです。」

ケティの言葉に、給仕は頷いて去っていき、暫くしてワインのボトルを持ってきた。


「では…乾杯。」

三人の陶器製の杯が、カチンと良い音を立てたのだった。




「ううっ、まさかあの酒に強い2人が潰れるとは…ウォトカなんか出さなきゃ良かったっす。」

「うにゅー…。」

「にゃー…。」

星降る夜の一夜亭は宿も兼ねている。
パウルは潰れてしまった二人の為に部屋を取り、ベッドに寝かしつけたのだった。


「はぁ…俺が後先考えない男なら、2人とも餌食っすよ、全くもう。
 それだけ信用されているって事でしょうけれども、男としてこの状況はちょっぴり不甲斐ないような気もするっす。」

「才人…。」

不意に、ケティの口からそんな言葉が漏れた。


「うーん…ひょっとして男の影?
 これは調べる必要ありっすねえ…。」

そう呟くと、パウルは立ち上がった。


「お2人ともお休みなさいっす。」

そう言って、パウルは自分の部屋に戻っていったのだった。




次の日、アニエスに渡されたモシン・ナガンのコピーは、銃を熟知する彼女すらも驚愕させるに相応しい銃であった事はいうまでも無い。

「…これは、威力と言い精度と言い、今までの銃が玩具に思える。」

モシン・ナガンを操るトリステイン銃士隊は、ハルケギニアきってのメイジ殺し部隊として恐れられるようになるが、それはまた別の話である。







「タバサ、美味しいですか?」

「ん。」

ここはトリスタニアの《星降る夜の一夜亭》、ハシバミ草料理が得意というけったいな料理店だが、ハシバミ草を美味しく食べられるというもの珍しさもあってか、実はそこそこの客入りはある。
ケティは以前タバサと約束していた料理を奢るという約束を、何とか履行する事に成功したのだった。


「…で、キュルケ抜きという事は、例の件なのですか?」

「ん。」

例の件とは、ケティがタバサの素性やら虚無の秘密やらをやたらと知っている事。


「何処まで知っているの?」

タバサは口の周りを拭きながら、視線は料理に向けたままケティに尋ねる。


「媚薬に頭をやられていた時にうっかり口を滑らせたこと以外で、なのですか?」

「ん。」

ケティの問いに、タバサはコクリと頷いた。


「他には貴方が北花壇騎士団の騎士である事と、貴方の母上がエルフの秘薬のせいで正気を失っている事…後は、貴方に双子の妹がいること。」

「私に双子の妹なんていない。」

タバサはそう言ったが、ケティは首を横に振る。


「いいえ、オルレアン大公家に生まれた娘は双子…王家の習慣で片方は忌み子として、とある修道院に。
 もしも貴方の母上が正気に戻られたら、尋ねてみるのもいいかも知れないのです。」

「情報源は?」

タバサが目を上げてケティを見ると、彼女はニコニコと笑っていたが目が笑っていない。


(老練な商人の目。)

ケティの目を見て、タバサはそう感じた。


「情報は黄金に等しいもの。
 流石にそこまではお話できません…が、間違いの無い情報なのです。」

「取引?」

タバサの問いに、ケティは頷く。


「ええ、取引きなのです。」

ケティは何の取引きであるのかは言わない。
つまり、あまり自分を探ってくれるなという事なのだろうとタバサは解釈した。


「そういう事なら仕方が無い。」

「わかっていただけて有難いのです。」

ケティはタバサの言葉に満足した表情で頷いた。


「1つだけ言える事は、私はタバサは勿論、キュルケやルイズ達皆の不利益になるような事はしません。 
 むしろ皆に幸せになって欲しいと思っています…それだけは信じて欲しいのです。」

「それは、言われなくても信じている。」

タバサがそう言うと、ケティは心底安心したように溜息を吐いた。


「その言葉は、私への何よりの報酬なのです、タバサ。」

そう言って微笑むケティの顔は先程のような商人の顔ではなく、歳相応の…自分より年下の少女のものに見えたタバサだった。

「では、食事の続きを…って、ひょっとして足りないのですか、タバサ?」

「ん。」

頬をうっすらと紅色に染めるタバサの皿は、既に空だった。







「ケティ着せ替えツアー、ポロリもあるよ!」

虚無の曜日は大抵部屋から出てこないケティの部屋の中に、キュルケの元気な声が響き渡る。
部屋には鍵がかかっていたが、そんなもの彼女の前には無いも同然なのは言うまでもない。


「…って、何で寝ているのよ、もう朝よ?」

キュルケはケティの掛け布団をずらして、彼女の寝ぼけた顔を覗き込んだ。


「虚無の曜日は一日中寝ている日と、昔から決まっているのですよ…。」

そう言って、ケティは布団の中に潜り込もうとする。


「そんな決まりはゲルマニアには無いわ、勿論トリステインにも。
 虚無の曜日は一日中遊び倒す日と、昔から決まっているのよ!」

「そんな決まりも無いのですよぅ…。」

ケティがそう言うと、キュルケは掛け布団から手を離した。
そして、ケティの箪笥を漁り始める。


「ああもう、何で普段着は柄が地味でデザインも無難な服ばかりなのよ貴方は。
 折角女に生まれて容姿も人並み以上なのに、勿体無いのよもう!」

「すぴー…。」

再び眠りについたケティを尻目に、キュルケは箪笥の中の服を何着か取り出すと眺め始めた。


「探せばそれなりの服もあったけど…一回も着ていなさそうなのは何でなのかしら。
 そうそう、折角可愛いんだから、こういうフリフリがついたのを着たほうが良いに決まっているのよ…よし、服はこれで良いわ。
 後は下着と靴下よ…。」

キュルケはケティの箪笥を暫く漁って、ああでもないこうでもないと考えている。


「うん、これで完璧よ。」

キュルケはそう言って立ち上がると、ケティのベッドの前に立ち、いきなり掛け布団を引き剥がす。


「んにゃ?」

ケティの寝ぼけ眼に、顔の半分が口みたいになった笑みを浮かべるキュルケがいた。


「さて、最初の着せ替えよケティ。
 さあ、可愛くなりましょうねえええええぇぇぇぇぇぇ…。」

キュルケがホラーな雰囲気でケティにのしかかって行く。


「ふんぎゃー!?」

女子寮に、ケティの悲鳴が響き渡った。


「…色々と穢された気分なのです。」

数分後、フリフリのいっぱいついた可愛いドレスを着せられたケティが、キュルケに髪を梳かれながらも少々煤けた表情で呟いた。
周囲には騒ぎを聞いて駆けつけた女子陣もいる。


「こんな感じかしらね、貴方はどう思うタバサ?」

「良い仕事。」

タバサは才人の影響で最近学院に流行りだしたサムズアップをして見せた。


「うん、確かに可愛いわね。」

タバサの隣りで、ルイズも腕を組んだままコクコク頷いている。


「ふふふ…着せ替え、心が躍るわ。」

モンモランシーは何か変なスイッチが入ってしまったらしく、不敵に笑っていた。


「お着替えのお手伝いをさせていただきますっ!」

シエスタは何故だかわからないが、とても張り切っている。


「さて、ジゼルに見つかって妨害される前に、いつもケティに弄られている分をここで一気に返すわよーっ!」

『おーっ!』

キュルケたちは元気に右腕を天に突き上げる。


「…もう好きにして下さい。」

ケティはがっくりと肩を落とした。
そして両手両足を掴まれて、シルフィードに運び込まれていった。


「俺達がついて行っちゃ駄目って、ケティに何する気だよあいつら。」

「女性は強い生き物なのさ、逆らうだけ無駄というものだよ。」

廊下で不満げに呟く才人の肩を、ギーシュはポンポンと叩いたのだった。




「ここよっ!」

まず最初にキュルケが来た店は、キュルケが好きそうな胸を強調したデザインの布地の少ないドレスが多く飾られている店だった。


『うわぁ。』

キュルケ以外の全員が声を上げる。


「着たらそのままストンと落ちる。」

自分の体をペタペタ触りながら、タバサが呟いた。


「タバサに同じく、悔しいけど私じゃ体のメリハリが無さ過ぎるわ…。」

その横にいたルイズが、沈痛な表情で同意する。


「何とかなるとは思うけど…あまり似合わないと思う。」

胸の辺りを気にしながら、眉をしかめるモンモランシー。


「こういうのでサイトさんに迫ったら、どういう反応が返ってくるかしら?」

何だか幸せな妄想をしているらしいシエスタ。


「こ、こういう色気たっぷりなドレスは、私の趣味ではないのですが。」

引き攣った表情のケティ。


「趣味であるか似合うかはまた別よ。
 貴方、その歳で結構なものを持っているんだから、そこを強調しない手は無いわ。」

キュルケはそう言うと、ケティの手を掴んだ。


「そんなわけで、行くわよ!」

「ひぃ、まだ心の準備が、ちょっと待ってくだ…。」

ケティはキュルケに引きずり込まれて、店の中に消えた。


「私も手伝いしますっ!」

シエスタもそれに続く。


「さ、さあ、行きましょ。」

「ん。」

「ふふふ、心が躍るわ。」

三人も店に入って行き…。


「あーれー…!?」

『じゃあ、行ってみよー!』

店の中からケティの悲鳴が聞こえ、そして少女達の歓声が響き渡ったのだった。




「ふ、ふふふ…常識が崩れて世界が変わった気分なのです。」

一時間後、大きく胸元と背中の開いた黒いドレスを着て虚ろな目をしたケティが、店の中からよろよろと現れた。


「大げさねえ。」

キュルケがそれを見て苦笑する。


「背中どころかお尻が殆ど丸見えなドレスとか、頭おかしいのですかあの店は。
 しかもシースルー生地って、アレだったら素っ裸で歩いた方がまだ恥ずかしくないのですよ…。」

「年取ってボディラインが崩れ始めたら、今度はどうやって隠すのかに苦心するようになるわ。
 だから見せられる時に、見せられる場所は、見せるようにしておいて損は無いわよ。
 …まあ、流石にアレは悪乗りしすぎだけど。」

ケティのぼやきに、キュルケはそう返して苦笑した。


「あの店のデザインはやはり私には無理。」

軽いショックを受けたのか、タバサが青い顔をして店から出てきた。


「同じく。キュルケみたいな女の子専門の店とか、誰が行くのよ…。」

額を押さえたルイズが、店から出てきた。


「で、でもまあ…誘う時にはいいかもね。」

箱を抱えたモンモランシーが、少し頬を赤らめて店から出てきた。


「貯金崩して思わず買っちゃいました…きゃっ。
 これなら間違いなく、サイトさんも我慢し切れませんわ。」

顔を真っ赤にしたシエスタが、最後に店から出てきた。


「じゃあ、次は私ね…というか、キュルケの趣味に合わせていたら価値観が変わりそう。」

モンモランシーがそう言い、彼女行きつけの店に行く事になったのだが…。


「地味ね。」

キュルケが興味無さそうに言う。


「庶民的。」

タバサがぽけーっと店の中の服を眺めている。


「全体的に貧乏くさいわね。」

ルイズは服を選びながら呟く。


「普通ですね。」

シエスタは姿見の前で自分と服を合わせている。


「地味とか庶民的とか貧乏臭いとか平民が普通とか…悪かったわね、貧乏貴族で。」

モンモランシーは不機嫌そうにそう言った。


「まともでよかった…。」

「貴方だけよ、そう言ってくれるのは。」

嬉しそうに服を合わせるケティに、モンモランシーは涙目で抱きついた。


「ああ、ケティのまともって庶民的って意味よ。
 箪笥に入っている服、見たでしょ?」

「やっぱりそういうオチなのね…。」

そのキュルケの一言に、モンモランシーはがっくりと肩を落とした。

「私はこういう服の方が安心するのですよ。
 元々田舎育ちですし。」

そう言って、ケティはにっこり笑ったのだった。



[7277] 第二十五話 勤労精神と格差とガンマニアなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:04
労働は素晴らしい
ああ働いて日々の糧を得る、素晴らしき労働の日々よ…なのです


労働は全ての基本
働かざるもの食うべからずなのです


労働は君を自由にする
某強制収容所の門に掲げてある言葉、意味深過ぎるのです








「よく来たわね、ケティ。」

目の前に居るのは姫様で、ここは王城の執務室。
私は呼び出されて来たわけですが…。


「この城の環境、どう思うかしら?」

「すごく…涼しいのです。」

女子寮は連日の猛暑で熱されて、オーブンのようだというのに。
キュルケなんか部屋の中ではパンツ一丁なのですよ。
才人というノックせずにドアを開ける輩が居るというのに、不用心な…キュルケの事だから嫌がるというよりは才人の反応を面白がるでしょうけれども。


「この城の真ん中に塔があるでしょう?
 あそこに氷を配置するとね、城中が冷えるようになっているのよ。
 貴人用の牢屋なんて無駄なものがあったから、取り払って水と風のメイジに氷を作らせたらご覧の通り。」

姫様ってば、涼しさを満喫しているのです。
そして姫様ってば、貴人でも関係無く地下牢にブチ込むつもりなのですね…外交問題が起きたりしませんように。


「暑いし汗の湿気を吸い込んで紙が重いしで、いい加減イライラしてきて城の構造的に風通しを良く出来ないかと調べさせたら…瓢箪から駒だったわ。」

「しかしこれは素晴らしいのです。
 学院の寮も探したら有るかも…。」

氷冷房とはやりますね、誰だか知りませんがこの城の設計をした人。


「それはそうとケティ、ルイズと才人の事なんだけれども。
 貴方と引き離して、ちょっとした任務を経験させてみたいと思うのよ、どうかしら?」

「それは名案だと思うのです。」

才人とルイズの私への依存度が高過ぎると、いざって時に何も出来なかったりする可能性がありますからね。


「貴方が居るせいで、あの聡明なルイズが最近すっかり弛んでいるみたいだし。
 ちょっとした困難が必要よね、うふふふふ。」

姫様がにっこり微笑んだのでした。


「なーにを考えているのですか、姫様?」

絶対に良い事なんて考えていませんね、ええ。


「500エキューで一ヶ月トリスタニア情報収集生活…なんてのはどうかしら?」

「…貴族用でも安めなら、何とか生活できると思うのですが?」

というか何なのですか、その『黄金○説』っぽい任務は?


「甘いわね…これが独身の女性貴族がトリスタニアに一ヶ月滞在した場合にかける金額の平均値よ。」

そう言って姫様から手渡された資料を見ると。


「何で1200エキューもかかるのですか…。」

「ケティ、貴方と違って普通の女性貴族は見栄を張るものらしいわよ。
 安宿で寝起きしているなんて知れたら、社交界で陰口を叩かれるらしいの。
 だから最高級の宿で、最高級の暮らしをして、目一杯見栄を張るらしいのよ。」

何というお金の無駄…まあ、それで潤っている宿があるのだから、これも経済というやつなのでしょうが。
全部伝聞のようですが、姫様の身分上仕方が無いのですね。


「そこまで行かないにしろ、いくら安くても貴族用の宿に長期間逗留するなら食事無しで300エキューぎりぎりはかかるらしいわ。
 それじゃあ、情報収集なんて出来ないでしょ?
 …だから、ルイズ達がどう考えどう行動するのか、見守る必要があるのよね。」

成程、確かに…見張りをつける必要がありますか。
何だかんだ言って、ルイズの身柄は大事ですし。


「見守る必要があるのよ。」

姫様はもう一度そう言ってから、にっこり微笑んで私を見たのでした。


「…ひょっとして、私に言っているのですか?」

「ええ、貴方にはうってつけの仕事でしょう?」

姫様はニコニコ微笑んだままでこくりと頷いたのでした。


「ええと…姫様が何を勘違いされているのかは知りませんが、私はそういうのは苦手…。」

「あの《オレンジ》の構成員でしょ、貴方?
 ワルド卿を翻弄した手腕、今こそ見せる時だと思うわ。」

ぬぁ…今ここでそのネタが出て来ますか!?
しかもニンマリ笑っている所を見ると、レコン・キスタを混乱させる為に言ったただのブラフだと見破っていやがりますね、この性悪姫っ!


「人を呪わば穴二つ…。」

「うふふ、どうしたのかしら?」

敵を混乱させる為の情報は、同時に自らにも降りかかってくるのは必定なのですね、ううっ。


「はぁ…わかりました。
 何とかするのです。」

「おほほ、頑張ってね。」

ああもう、何が悲しくて顔見知りを尾行せねばいけないのか。


「貴方の寝泊まりする場所は確保しておいたわ。
 貴方にまで500エキューで一ヶ月生活しろとは言えないもの。」

「おお、それはありがたいのです。」

姫様ふとっぱら、流石姫様。
高めの宿屋でただ飯三昧万歳なのですよ。


「…スカロン。」

「ケティ・ド・ラ・ロッタ様ですのね。
 私の名前はスカロン、ミ・マドモワゼルと呼んでいただければ嬉しいですわ。」

そこに居たのはマッチョな身体に乙女の心を持つオッサン…間違い無くスカロンなのですね。


「彼は酒場を経営しているの、店の名前は《魅惑の妖精亭》。」

「…ええと、そのお店は確か、女の子がお客さんと同席してお酒を注いだりするお店だった気が。」

運命の女神が目の前に居たらブン殴りますよ、いやマジで。
…というか、こっそり見張るとか絶対無理な環境なのですよ。


「そうよ、さすがケティ、よく知っているわね。」

「ええと、何故姫様がスカロン殿とお知り合いに?」

顔が引き攣りそうになるのを抑えつつ、姫様に尋ねます。


「実はね、お父様が生前足繁く通っていた店だったらしいのよ。
 ツケ払いが残っていたのを発見してね…国王が何をやっているのよ、もう。」

そう言う姫様は軽く煤けているのです。
そして顔も知りませんが前国王、そこらのオッサンじゃあないのですから、国王が酒場にツケ残して死んだりしないでください…。


「まあ、そんなこんなで顔見知りになっちゃってね。
 市井の協力者になってもらっているのよ、こっそりと。」

「陛下の為なら、何だっていたしますわ。」

そう言いながら、くねっとしなるスカロン…。


「店はトリスタニア市街地の中央近くにあるから、ルイズ達を観察するには便利でしょう?」

「確かにそれはそうなのですが…。」

姫様、そこに居ると間違い無く才人達とはち合わせるのですよ。
言いたいけど言えない、何というジレンマ。


「酒場で働けとは言わないわよ?」

「わかりました、ではそこに滞在させて戴くのです。」

才人達を自立させる計画、始まる前に頓挫。
仕方が無いので、なるべく干渉しないという方向でやりましょう。


「では、よろしくお願いします、スカロン殿。」

「そんな堅苦しい呼び方は無し、ミ・マドモワゼルって呼んで。」

うわ、超呼びたくないのですよー。


「…ではよろしく、ミ・マドモワゼル。」

「よろしくね、ケティちゃん。」

ちゃん…。




「はあぁ…。」

ルイズ達の監視任務に就く前に、シエスタに髪の毛先を揃えて貰っていたのですが…。


「………。」

「はあぁぁ…。」

溜息…。


「………。」

「はああぁぁぁぁぁぁ…。」

溜息…。


「………。」

「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」

「シエスタ、言いたい事があるのであれば、はっきり言いなさい!」

溜息がウザいのですよ、シエスタ。


「だって、だって、サイトさんとのせっかくの夏休みが…めくるめく退廃的な夏休みが…。」

めくるめく退廃的な夏休みって何なのですか、シエスタ…。


「ミス・ロッタ、裏から手を回してサイトさんを取り戻してください。
 学院の使用人の給料は結構高いんです…お金なら実家から借りてでも出しますから、裏から手をまわして…。」

「無理なのです。
 錯乱しないでください、シエスタ。」

というか、私をいったい何者だと思っているのですか。

「私の夏休みが…既成事実の夏が…うっうっう。」

才人がこっそり危機一髪だったのです。
いやはや、一歩間違えれば『思わぬ新しい命、シエスタとワイナリー』エンドに向かって一直線だったのですね。


「今回は一人で里帰りなさい、シエスタ。
 村の復興も完全では無いのでしょう?」

「ええ、だからこそ《新しい》男手が欲しかったんですよぅ。」

ううむ、まさしく肉食系女子、危うし草食系ウサギ才人なのですよ。


「最近、サイトさんはミス・ヴァリエールと…ミス・ロッタにデレデレですし。」

耳元で鋏を《ジャキンジャキン》と鳴らさないでください、シエスタ…。


「才人は私には頼っているだけで、デレデレというわけではないのです。」

「鈍い…まあ、才人さんに関しては鈍くてかまいませんけれども。」

私が鈍いのではなく、シエスタが過敏過ぎるのです。


「…ところで、ミス・ロッタは今年の夏はどうするつもりなんですか?」

「折角、思いがけない収入が溜まりまくった事ですし、トリスタニアで優雅な夏でも過ごそうかと思っているのですが。」

そう、私の表向きの夏休みの日課は『トリスタニアでゆっくり過ごす』。
なんというセレブな夏休み、これで泊まっているのが《魅惑の妖精亭》でさえ無ければ完璧なのですが。
ちなみに姉さまたちは実家に帰ってしまっているので、私一人きり。
案の定ジゼル姉さまがゴネましたが、今回の件は一応姫様から受けた任務なので、何とか言いくるめて帰ってもらう事に成功したのでした。


「…怪しい。」

「な…何故なのですか?」

シエスタが訝しげな視線で、私を見たのでした。


「ミス・ロッタは『お金が儲かったから豪遊する』という性格では無いですわ。
 むしろ、『お金が儲かったから、これをどういう風に増やそうか考える』筈です。」

意外と人の事を良く見ていますね、シエスタ。


「確かに…ですが、今回に限って言えば、少々儲かり過ぎたのです。
 お金というものは溜め込んでも、経済を鈍化させるだけで良い事などありません。
 目的無き貯蓄は悪、消費によって市場に回ってこそお金なのですよ。
 自分だけ溜め込んで、消費行動は誰かがやるだろうなどという甘ったれた考えを私は持っていません。
 だから、貯め過ぎたお金はきちんと市場に吐き出す…と言う訳なのです。」

「話が難し過ぎてついていけませんわ…。」

まあ、シエスタに言った事は嘘ではなく、ある程度はぱーっと散財するつもりでいます。
ルイズにチップあげるもよし…以前から考えていた才人ちょこっと強化計画の為に買う物もあり、意外とお金がかかるかもしれないのですよ。


「つまり、『金持ちは破産しない程度に豪遊するのが義務』であり、私はこの夏にその義務を実行すると言っているのですよ。」

「お金を使うのが義務だなんて、理解し難い世界ですわ…。
 でも、そういう事なら何となくわかりました。」

シエスタは額を押さえつつも、頷いたのでした。
では取り敢えず、すぐ出来る散財をしてみましょうか。



散財その壱、氷の魔法が付与された魔法のフライパンという、とてもレアな上に物凄く意味が無いものを買ってみたりしました。
意味がありませんが、部屋に冷気をばら撒くので、クーラーの代わりになったりするのです。
これを灼熱地獄と化していた私の部屋に設置したところ、窓を開けっ放しにしないと暑くて眠れなかった部屋が、逆に窓を開けっ放しにしないと寒くて凍死しかねない部屋に変貌したのでした。
涼しいのは良いのですが、調整が聴かない上に、スイッチを切れないのが難なのです…。


「ありがとうケティ、危うく火メイジの蒸し焼きになる所だったわ…。」

キュルケがフライパンの冷気が強い場所に行って、嬉しそうにここ最近の猛暑で火照った体を冷やしているのです。


「涼しい…。」

タバサはいつもどおりの涼しい表情でしたが、心なしかほっとしたような表情なのでした。


「今年の夏はトリスタニアのとある場所に逗留するので、魔法のフライパンは自由に使ってもらってかまいません。」

「やったー!持つべきものはやはり友よね。」

そう言いながら、キュルケが抱きついてきたのでした。



散財その弐、才人に強度を上げる魔法やら切れ味を上げる魔法やらを大量に付与した、果物ナイフほどの大きさの小型ナイフを買ってあげたのでした。


「俺に…これを?」

才人はびっくりしたように私を見るのでした。


「ちょ、ちょっと、私の使い魔に勝手に物を買い与えないでよ!」

ルイズはその才人の前に立って、私を《がるるるる》と睨みつけてくるのです。


「お金が溜まり過ぎたので、現在散財中なのです。
 常々、才人には普段から持ち歩ける小型の武器も要るのではないかなと思っていたのですよ。
 デルフリンガーは大きいし目立ちますから、常に持ち歩ける武器ではありませんし。」

「成る程、これなら確かに目立たず持ち歩けるな。」

鞘からナイフを抜いて、才人が逆手に構えます。


「確かにこの大きさでガンダールヴの力が使える武器があるってのは大きいな…ありがとう、ケティ。」

「…私だってそういうの買うつもりだったわよ。」

眉をピクピクさせながら、キレる寸前のルイズなのです。


「だから、そのナイフはケティにかえ…。」

「そうであるのならばルイズ、そのナイフは貴方に差し上げるという事でどうでしょう?」

返されても困るので、ルイズが言いきる前に提案してみるのでした。


「そのナイフはルイズ、貴方のものです。
 ですから使い魔に渡すなりなんなりしてください。」

「ぐ…セコいわよケティ。」

ルイズは私を睨みつけますが、私はにっこり微笑んでみたりするのです。


「返されても使い道が無いのですよ。
 ルイズお願いします、受け取っていただけませんか?」

ルイズのメンツを潰さないように、才人にナイフを渡さないと…。


「そこまで言うのであれば、仕方が無いわ…。
 才人、ケティから貰ったナイフを貴方に預けるから、大事にしないさいよね。」

「おう、わかった。」

才人はしかめっ面でそう言うルイズを見て、苦笑しながら頷いたのでした。



散財その参、金にあかせてオーパーツ購入。


「うふふふふふふふふふふふふ…。」

私は闇市で購入したそのブツに頬ずりするのでした。


「まさか、まさか、モーゼルC96M1932の完動品が闇市に出回っていようとは。
 しかも20発用弾倉とストック付きで、弾薬200発…貴方は実に美しいのですよ、うふふふふふふふふ。」

この無骨でありつつ美しいフォルム…素晴らしい、実に素晴らしいのです!
闇市で物欲しそうにし過ぎて3000エキューとかなり吹っ掛けられましたが、即金で購入。
分解して確認したところ、モシン・ナガンと違って複製は不可能ぽいのです。
これは才人にはあげません、私のものなのです。


「貴方の為に革細工の職人に頼んで、専用のガンホルダーを発注しましょう。
 あと、予備の弾薬も作らねば…夢が広がりまくりなのです、うふふふふふふふ。」

こんなお宝を手にしたからには、射撃の腕も磨かねばなりませんね。


「ケティ、君の部屋が涼しいと聞いてやって来…何をやっているのかね?」

「ケティの表情が最高に危ないわ…。」

いきなりドアが開いて、恍惚の表情で銃に頬ずりしている場面をギーシュとモンモランシーにばっちり目撃されてしまったのです…。


「はわっ!?こ、これは…ですね、何というか、ですね。
 …というか、ノックぐらいしてくださいっ!」

「ノックなら、何回かしたわよ。
 返事がないけど貴方の声が中からしたから開けたの。」

モーゼルに夢中になるあまり、ノックの音を聞き逃していたようなのです。


「何それ、銃?」

「ええ、東方の進んだ銃なのです。
 闇市で苦労して手に入れたものなのですよ。」

二人とも、私が何で銃などに恍惚としているのか、理解できずにきょとんとしています。


「変わった形の銃なのはわかるけど、そんな恍惚とするようなものじゃあ…。」

「うむ、魔法と違って連射も効かないだろうに。」

甘い、砂糖に蜂蜜かけるくらい甘いのですよ、二人とも。


「この銃は連射式なのですよ。
 論より証拠、ちょっと試し撃ちしてみましょう。」

そんなわけでヴェストリの広場に簡易的な射場を作ったのでした。


「では取り敢えずセミオートで…。」

パンッ!パンッ!パンッ!という音と共に、的に3つの穴が開いたのです。


「た、確かに連射出来るのだね。
 これを持った兵を敵に回すのは、少々辛いかもしれない。」

「凄い銃だわ、こんなものが東方にはあふれているというの…?」

この程度で驚いてもらっては困るのですよ。


「では、今度はフルオートで…。」

モーゼルを水平に構え、引き金を引くとパパパパパパン!という音と共に、横に薙ぎ払うかのように弾が放たれたのでした。


「きゃぁっ!?」

これぞ馬賊撃ち、モーゼルC96M1932の真骨頂なのです…が、予想以上の衝撃だったのです。


「な…ななななななんだね、今の速射は。」

「こ、腰が抜けたわ。」

撃った私もびっくりしたのですよ。


「素敵です、素敵過ぎますよ、モーゼル…。」

素晴らしい威力なのです。
これからはいざという時のサイドアームとして、存分に活躍してもらいましょう。


「何というか、今のケティはちょっぴり気持ち悪いわ。」

「じゅ、銃にうっとりするのは止めた方がいいと思うのだよ…?」

ううっ、二人の視線が突き刺さる…同好の士が居ないというのは辛いものなのですね。




「そんなわけで、今日から貴賓室に泊まる事になったケティちゃんでぇ~す。
 うちの店を色々と助けてくださっている方の代理だから、皆粗相の無いようにね。」

『はい、ミ・マドモワゼル。』

スカロン、貴方の存在自体が粗相なのですが…まあ、その点にはツッコまないでおきましょう。


「ご紹介に預かりました、ケティと申します。
 故あって家名は名乗れませんが、皆様どうか宜しく。
 ああ後、スカロ…ミ・マドモワゼルはああ言いましたが、私の事は普通に扱っていただいて構いません。
 こちらの手が開いている時には、言っていただければ手伝わせていただきますので、遠慮なくどうぞ。」

「あら、良いの?
 …まあ、あの方の使わした貴方が、普通の貴族の娘さんなわけがないわね。」

スカロンが、不思議そうに私を見て少し考え、納得したように頷いたのでした。


「ええ、暫くマントをつけるのも止めるのですから、他の平民と同じ扱いで構いません。」

「あのー…質問!」

店の女の子の一人が手を上げたのでした。


「はい、何でしょう?」

「私達が忙しい時も手伝ってくれるの?」

『貴族様に出来んのか?』という心の声が聞こえてきそうなのですよ。


「ええ、給仕が忙しいというのであれば、お手伝いいたします。」

「え、やるの…?本当に?」

私に質問した少女がびっくりした顔で私を見ているのです。


「まあ、上手には出来ないかもしれませんが。
 習うより慣れろで何とかします。」

「で、でもね、お尻とか触られたりするのよ、大丈夫なの?」

スカロンは私に恐る恐る尋ねてきます。


「嫌なことは嫌ですが、触られて減るものではないでしょう?」

「意外と度胸あるわね、貴方…。」

スカロンの横に立っていた黒髪の少女…恐らくジェシカが、感心したように私を見るのでした。
まあ相手は酔っ払いですし、学院長のセクハラ耐久訓練だと思えば何とかなる…筈。


「…とまあ、口ではこう言っていますが、いざとなったら悲鳴を上げるかもしれないので、その時は助けてくださいね、皆さん。」

そう言って、皆に深々と頭を下げる私なのでした。



その晩の事…。

「な…な、な…。」

ルイズが口をパクパクさせています。


「何でケティが…?」

才人も驚愕で目をまん丸にしているのです。


「あら、ひょっとしてお知り合い?」

スカロンはルイズたちの事は聞いていなかったのですね…まあ、姫様もまさかこんなバッティングが起こるなんて思わなかったのでしょう。


「ええ、知り合いなのです。
 しかし、どうして彼女らが?」

「実はね、通りでものご…。」

事情を語ろうとするスカロンの口をルイズが大慌てで塞いだのでした。


「ま、まあ色々あったのよ、そうよねサイト!?」

「お、おう、まあアレだ、色々あったんだよ。」

ごまかし笑いを浮かべながら、2人とも必死で取り繕うように笑うのでした。
…仕方が無い、助け舟を出しますか。


「成る程、あなた達も酒場で情報収集という結論に至ったわけなのですね。」

私は納得したといった感じにうんうんと頷いたのでした。


「そ、そうなの、そうなのよ!」

少々わざとらしいですが、ルイズは気付いていないようなのですね。


「つーか『あなた達も』って、ケティもそうなのか?」

私の言葉に気付いたのか、才人は聞き返してきたのでした。


「ええ、あの御方の命令で。
 聞いていませんでしたか?」

「姫さ…あの御方はそんな事は言っていなかったわよ?」

ルイズはそう言って、眉をしかめたのでした。


「まあ、本来はこんな風に会う事が無かったわけですしね。」

「あの御方ってば、忘れていたわね。」

そういう納得の仕方をしてくれると助かるのですよ。


「ああそうそう、私は貴族だとばれているので、これから暫くはあまり親しげにしない方が良いと思いますよ。」

「…何でばらしているのよ?」

ルイズが何を考えているんだといった風に、私を半眼で睨みます。


「そもそも私はここの貴賓室に滞在していますし、ばらそうがばらさまいが無駄と言いましょうか。」

「わたし達500エキューしかもらえなかったのにっ!?」

ルイズが顔を真っ赤にしてムキーッと叫びます。


「私は最近、少々儲け過ぎたので、実はこの任務はそのついでなのですよ。」

「格差だ、俺達とケティの間に格差がありやがる…。」

才人ががっくりと肩を落としたのでした。




「ぬぅ…これは。」

ルイズ達の紹介も済んでいざ本番…なのですが、なかなか恥ずかしい格好なのですね。


「ケティ、胸結構あるんだから、強調しないと…ね?」

スカロンの娘…なのに結構美人という、遺伝学上の奇跡を体現した娘であるジェシカが、私の服を選んでくれたのでした。


「確かに、役立つならば使うべきなのは確かなのです。
 女は度胸、恥ずかしさはこの際置いておきましょう。」

「その意気よ、ケティ。」

そう言って、ジェシカはにっこり笑ったのでした。


「それじゃあケティ、早速だけどあっちのお客さんにこれ持って行って。」

「はい、喜んで!」

それではいっちょ行きますか!


「お待たせしました、ご注文の品お持ちいたしました。」

「おう、元気良いな、姉ちゃん?」

どっかの商家の旦那らしき身なりの男性が、笑顔で話しかけてくれたのです。


「はい、ありがとうございます。
 お酒、お注ぎしても宜しいですか?」

「随分丁寧だな、姉ちゃん。」

男性の持つカップにラム酒を注いでいると、そんな事を言われたのでした。


「あはは、それではこれでどうですか?」

角度を急にして、どばどばとラム酒をカップに注ぎ込むようにしたのでした。


「おう、これだ、ラム酒を注ぐときはこうじゃなきゃいけねえ。」

「勉強になります。」

相手にも拠りますが、ここは居酒屋とスナックの中間みたいな店なのですから、こういうほうが良いのですね。


「姉ちゃん、生まれはどこでぇ?」

「ラ・ロッタです。」

「あの蜂の!?」

…等と他愛もない話をした後、立ち去ろうとしたら。


「姉ちゃん、俺の話をじっくり聞いてくれて嬉しかったぜ、これもって行け。」

そう言って、チップを渡されたのでした。


「ありがとうございます…成程、こういう風にチップを貰うのですね。」

他の人は褒めたり惚れさせたりしてガンガンチップを貰っていますが、別に私はチップが欲しいわけじゃなし、ルイズの手伝いもかねてじっくりと話させてもらうのですよ。



「…と、思っていたのに。」

「ううっ、ケティ坊ちゃんの酌で酒が呑めるなんて感激っす。」

なぜか感涙に咽び泣くパウルが目の前に…。


「何でパウルがここに来ているのですか!?」

「トリスタニアの寂しい男は、ここで乾いた心を慰めてもらうものなんすよ。」

そう言いながら、パウルは私の前にカップを差し出したのでワインを注いであげました。


「貴方はラ・ロッタの男でしょう。」

「ケティ坊ちゃんの指図のせいで、既に一年の半分以上はトリスタニア暮らしっすよ。
 ああ、森深き蜂の羽音響くラ・ロッタが懐かしいっす。」

ぬぅ、私のせいなら仕方が無いのかもしれないのです。


「そんなわけで、今夜はとことん付き合ってもらうっす。」

「チップを払わない客からは、にっこり笑って別れるのがこの店の流儀なのですよ。」

私がそう言った途端に、パウルがチップを懐から取り出して見せたのでした。


「30エキュー、チップとして払うっす。
 だから俺を褒めて甘やかして甘い言葉を囁きかけて欲しいっす。」

「それはかなり虚しくありませんか、パウル?」

周囲の娘達がパウルが取り出した30エキューという、チップどころではない大金に目を丸くしているのです。


「元々ここはそういう場所っすよ、ケティ坊ちゃん。」

「はぁ…仕方がありませんね。
 ここは夢を売る場所ですから、せいぜい幸せな夢を見れば良いのです。」

そう言って、私はパウルにしな垂れかかったのでした。


「うっうっうっ、感激っす。
 ぶっちゃけこの幸せのまま、コロリと逝きたいっすよ。」

「ここは料理屋であって、葬儀屋では無いのでやめなさい。
 ほら、冷めてしまいますよ?」

スープを匙ですくい…。


「あーんしなさい。」

「感激で死ねそうっすよ、あーん。」

口の中に匙を入れてあげます。


「美味しいですか?」

「夢のようっす!」

まあ、日頃お世話になっていますし、あれだけのチップを払ったのですから、きちんとそれに見合うサービスは必要なのですよ。
ちなみに現在の私は、羞恥心が振り切って限りなく心が平静なのです。


「まさか、こんなしょうもない事で明鏡止水の境地に辿りつくとは…。」

頭痛いのですよ。


「何か言ったっすか?」

「いいえ…パウル、この果物も甘くて美味しいのですよ、食べなさい、あーん。」

まあ取り敢えず、今はパウルに夢を見させる事に専念しましょう。




《才人視点》
「んなっ!?」

ケティが茶髪の男にしなだれかかって、ご飯を食べさせてあげているだと!?


「あのお客さん凄いのよ、ケティへのチップに金貨を懐からジャラジャラ出したの。
 あれは凄いわ、私でもあれだけ貰えば、あのくらいのサービスをせざるを得ないわね。」

俺の視線を追って確認したのか、ジェシカがそう言った。


「んー、才人ってルイズとケティのどっちが好きなの?」

「へ?いや、俺はそういうんじゃ…ルイズとは兄弟だし、ケティは今日知り合ったばっかだぜ?」

俺がそう言うと、ジェシカは肩をすくめて見せた。


「見え見えだから、それ。
 皆にばれているから、その設定。」

うん、確かにどう見たって無理があるよね、わかっちゃいるんだ。


「でもまあ、素性に関して深く詮索しないってのはこの業界の流儀だから、こういうのは本当は駄目なんだけどね。」

そう言いながら、ジェシカは俺に近づいてくる。


「でもそういうの、知りたくなるのが人情じゃない…だから、私にだけ教えてよ、ね?」

「あ…や、それは…だな。」

キスできそうなくらい顔を近づけて、ジェシカがおねだりする様に俺に囁きかけて来た。
駄目だ…こいつは元々こういう職業で、こういう仕草に慣れてんだ、こんなの御茶の子さいさい。
つまり俺は騙されているわけだからして…。


「ねえ、教えてよ…ね?」

騙されたいけど、駄目だぞ俺。


「はいはい、何れ教えてやる時が来るかも知れねーなっと。
 仕事は他にもあんだろうが、そっち行けよ、そっち。」

「ちぇ、残念。」

つーか、今のでまた皿割っちまったじゃねーか。


「ちょっとくらいなら全然問題無しよ。
 私、ここで一番稼いでいるし、何よりスカロンの娘だし。」

「遺伝子の悪戯とかいうレベルじゃねーぞ。
 メンデルもびっくりの大発見だろ、これは…。」

さすがファンタジー世界、魔法にも空飛ぶ島にもびっくりしたが、こりゃそれに次ぐレベルの無茶苦茶だ。


「ルイズはどうしているかな…と。」

視線をルイズに移したら、ケティのサービスっぷりをポカーンと見ていた。
そして、何か決心を固めたように頷く。


「おっ、ケティのを見てやる気出したのか?」

先程キレそうになって、引っ込んで周囲の子達が頑張るのを見ていたルイズだったが、やっとやる気になったらしく、厨房から酒を受け取って客の所まで持っていく。


「おお、ぎこちないけどきちんと笑顔で応対してら。」

客がルイズの尻を触ろうとした瞬間…ルイズの片手が一瞬ぶれた。


「ん…?」

先程まで酔ってはいたものの、まだまだ大丈夫そうだった客がいきなりテーブルにバタンと突っ伏した。
ルイズはそこから無言で立ち上がると、カウンターから酒を受け取って他の客の所へ行く…あ、また客が突っ伏した。
ルイズが行く、客が倒れる、ルイズがその客を放って、また他の客の所に行く、その客が倒れる。

一緒に飲んでいてルイズに手を出さなかった客も、何でルイズが相手をしていた人間が急に気絶するのか理解していないけれども…アレだ、ルイズは自分に触ろうとした客とトラブルになる前に、客を気絶させてるんだ。
ケティから貰ったナイフの柄をこっそり握ってちょっとだけ引き抜き、ガンダールヴの力を発動させてから見ると、案の定だった。
目にも見えない早業で頭部をぶん殴って気絶させていやがる…なんという力業、そしてその方法じゃセクハラ回避できる代わりにチップ貰えないだろルイズ。
ルイズが立ち去った席は屍累々…なんだか既に店の半分くらいの客が気絶しているような…。


「ジェシカ、気付いているか?」

「うん、今日は随分酔い潰れる客が多いわね。」

気付いていないか…まあ、仕方が無いわな。


「…ルイズが潰してんだ。」

「あら、あの子お酒呑ますの意外と上手いのね。」

ルイズはアルコールではなく物理的な手段で潰しているんだが…まあ、そういう事にしておいてくれ、ジェシカ。
まさかあんな小柄で華奢な美少女が、酔っ払いとは言え大の男を一撃で昏倒させているとか、常識の範囲外だろうしな。


「このままじゃあ店の客の殆どが潰されるから、連れ戻した方が良いぞ。」

「そうね、あれじゃあチップも貰えないだろうし、連れ戻してくるわ。」

ジェシカがルイズをバックヤードに連れ戻してくるまでに、更に数人の犠牲者を出したのだった。
虚無に目覚めてからも、順調にグラップラーへの道を歩み続けるルイズ…ガンダールヴの力を使わないと見えないとか何なんだよ。


「参ったわ、あれじゃあチップが貰えやしない。」

「俺は、お前を地下格闘技場あたりに送り込んだ方が、手っ取り早く資金を稼げたんじゃあないかと後悔している所だ。」

案外、良い所行くような気がするんだよな、俺。




《ケティ視点》
「んーっ!終わったのですね。」

とは言え、私はずーっとパウル専属でやっていたわけなのですが。
たった数時間で最初の30エキューに追加30エキューで60エキュー、まだ始まっていませんでしたが、チップレースの時期にパウルを呼んだら圧勝できるような気がします。
…とはいえ、そのお金はパウル商会で稼いだお金なわけで。

「身内でお金を還流させてどうするのですか、私は。」

言い含めて置きはしましたがパウルがこの件を身内の誰かに話したら、潜伏する意味が無くなるのですよ。
パウルはジゼル姉さまの子分でもありますし…口を割ったらどうしましょう。

「あふぅ…そろそろ太陽が昇る頃でしょうか、流石に眠いのです。」

しかし、酔い潰れる客の多い店なのですね、いつもこんな感じなのでしょうか。


「さて、そろそろ部屋に帰りましょうか…おや?」

私の部屋の前にルイズと才人が立っているのです。


「どうしたのですか?」

「い…いや、ルイズが宛がわれた部屋じゃあ眠れないとか言い出して。」

才人が苦笑いを浮かべています。


「部屋は貸せませんよ。
 私とあなた達の関係がバレバレとは言え、今回の任務では私と貴方達は別なのですから。」

「そ、そんな、助けてケティ、あんな所じゃあ眠れないわよ。」

涙目でルイズが私に迫ってきますが、ここは心を鬼にしないと…。


「駄目です…借金だけは私が立て替えてあげますから、何とか稼げるようになって、その部屋から抜け出す努力をなさい。」

「…だそうだルイズ、良かったな。
 わかったらちゃっちゃと帰って寝るぞ、俺は疲れてんだよ。」

そう言って、才人はルイズの腕を掴むと引き摺るように連れて行くのでした。


「いやー、貴賓室が、ふかふかのベッドが、私を待っているのぉー…。」

「今回は馴れ合っちゃ駄目なの、確かにケティの言うとおり俺達甘いから。
 借金分だけは助けてくれるって言っているんだから、いつも頼ってばかりいないで、自分達で何とかしようぜ。」

才人、何時の間にやらちょっぴり成長していたのですね…媚薬の時は本当に申し訳が無くて、今でも土下座したい気分なのですが。
やはり、苦労は人を成長させるものなのですね。




翌日、才人達を見守りながら店の手伝いをしていると、開店直後に一人の少年貴族が店に入って来たのです。
そして、私を見つけると静かに歩いて来ます。


「…な、な、な。」

流石に引き攣った顔が直らないのです。


「こんな所で何をなさっているのですか、ケティ姉さまっ!」

私の目の前に居るのは、茶色の真っ直ぐな髪に、ライトブルーの瞳の誠実そうな少年。


「アルマンっ!?」

私の弟にして、ラ・ロッタ家の後継ぎ…そう、アルマン・ド・ラ・ロッタなのでした。



「…で、説明してもらいますよ、姉さま?」

「ううっ。」

スカロンに断って貴賓室に戻り、しかめっ面のアルマンと二人きりになったのでした。


「落ち着いてくださいアルマン、これはとある方からの命令で行っている任務なのですよ。」

「…陛下ですね?
 僕は今日、学院への入学手続きに関する書類を取りに、トリスタニアまで来たんです。
 そうしたら知らせても居ないのに、陛下からの王城への召喚状が届きました。
 断るわけにもいかないので行ってみたら、陛下にここへ行くように命ぜられたのです。
 しかしまさか…ケティ姉さまが酒場の給仕に扮しているとは。」

いくらアットホームなノリが売りのラ・ロッタ家とはいえ、水商売は流石にというのも確かなので、アルマンがしかめっ面なのも当然と言えるのです。


「陛下から手紙です。」

「手紙?」

アルマンが一通の手紙を取り出して、私に渡したのでした。
早速封を破って開けてみると…。


《びっくりしたでしょう?可愛い弟さんよね。
 まあそれはそうとして、追加の任務を伝えるわ。
 徴税官アンリ・ド・ラ・チュレンヌ子爵を生け捕りにしなさい。
 その店に月に何度か来る客らしいから、探さなくても勝手に網にかかってくれる筈よ。
 裏口まで連れて行けば、銃士隊が待っているようにしておきます。》

「裏から裏へ…というわけなのですか、成程。」

徴税官を逮捕しろということは、財務卿関連ですか。
そろそろ『詰み』という事なのですね、姫様?


「姉さま…真黒な笑みを浮かべないでください。
 姉さまは僕の目標なのですから、もっとこう爽やかに…。」

アルマンが引き攣った笑みを浮かべながら私にそう言ったのでした。


「アルマン、現在私は陛下の命令で汚職官吏の摘発等を行っている最中なのです。
 この件は内密に…できますね?」

「はい、もちろんです姉さま。
 トリステインの御為ならば。」

アルマンは力強く頷いたのでした。


「わかったら、急いでラ・ロッタに戻るのです。
 あそこならば、誰も手出しできませんから、あなたの秘密も守られます。」

「はい、姉さまこそ、お体にはお気をつけてください。」

そう言って、アルマンは帰っていったのでした。


「さて、大筋はルイズたちにやってもらうとして…。」

チュレンヌ卿には、せいぜい面白おかしく踊っていただきましょうか。



[7277]  幕間25.1 艦隊再建
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:04
「これが、トリステイン空軍再生の第一歩というわけですわね。」

「はい、その通りですわ、陛下。」

アンリエッタの隣りで揺れる金色の髪の少女はそう言って頷いた。


「クルデンホルフ大公に多額の出資、感謝しますとお伝えください、ベアトリス公女。」

「いいえ、当家の出資など微々たるもの。
 この艦を、トリステイン空軍旗艦たるこの大型戦列艦を《デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン》と名づけてくださった事、感謝いたしますわ。
 我らとトリステインは一心同体、これからもよろしくお願いいたします。」

開祖はトリステインきっての豪商であり、その財力を持って貴族の娘を妻に迎え子息をメイジにして爵位を得たという逸話を持ち、今でも東ハルケギニアの金を牛耳る《成り上がり》のクルデンホルフ公国大公の代理としてやって来た、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフはそう言うと、満足そうに微笑んだ。
《デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン》かつてトリステインの東半分が高らかに独立を宣言し七州連合(デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン)と呼ばれたその連合も、既に5州がゲルマニアに切り崩され併呑され、今ではクルデンホルフ公国とオクセンシェルナ公国を残すのみである。


「既に我が国でない地域を、何時までも承認しないというのは賢明でないもの。
 私達はとうの昔に仲直りしたのよ。
 ならば貴方達の出資に応え、この名をつける事にためらいなど感じませんわ、クリスティナ公女。」

「はっ、恐縮であります、陛下。」

武こそ誉れとし、戦死を名誉とし恐れず、侵攻してきたゲルマニア軍を寡兵で撃退するなどの数々の武勇伝を持つ武の国であるオクセンシェルナ公国大公の代理としてやって来た、クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナは武人の雰囲気を振りまきつつ、静かに頷いた。


「先の戦で失った艦隊を再建し、更には大型戦列艦《ウィーリンゲン》《ウエストディープ》《ワンデラール》《ウエストヒンダー》の建造をも可能としたのは貴国らの出資なればこそだもの。
 それを誇りこそすれ、恐縮する必要など無くてよ、クリス。」

アンリエッタは幼き頃の友人にそう言うと、微笑んだ。


「でも、貴方がすっかりサムライ?とやらになっていてびっくりしたわ。」

「はは、陛下も随分とお変わりになられました。」

クリスはそう言うと、苦笑を浮かべた。


「あら、お2人は随分と仲がよろしいのですわね。」

ベアトリスが少し驚いた顔で2人を見る。


「ええ、縁がありまして、懇意にさせて頂いております。」

クリスはそう言って頷く。


「幼い頃に意気投合したの、それ以来の仲なのよ。」

アンリエッタもそれに続けた。


「羨ましいですわ。
 私は幼い頃に体が弱かったせいで、昔からのお友達がいませんの。」

ベアトリスはそう言うと、寂しそうに微笑んだ。
王族にとって、子供の頃に知り合ったあまりへりくだらない友人というのは貴重なのだが、彼女は幼い頃に病弱だったせいでそういう友人を作り損ねていた。


「では、私達が友となりましょう、ベアトリス公女。
 良いでしょう、クリス?」

「ええ、それはかまいませんが…宜しいのですか?」

クリスは頷きつつもベアトリスに問いかける。
ぶっちゃけた話、クルデンホルフ公国とオクセンシェルナ公国は隣同士にも拘らず、国の気風が正反対な為に仲があまり宜しくない。


「勿論構いませんわ、ありがとうございますクリスティナ公女。」

ベアトリスは嬉しそうににっこりと微笑んだ。




「…という話があったのよ。」

「…そんな話をしにわざわざこんな所まで来たのですか?
 わざわざ顔まで変えて。」

ケティはそう言いながら、貴賓室でくつろぐアンリエッタにワインを注いだ。


「ルイズに見つかったら困るじゃない?
 あの娘、自分が給仕やっている所を私に見られたと知ったら傷つくでしょ?」

「それはまあ…そうなのですが。」

ケティはそう言うと、溜息を吐いた。


「ケティに聞いた、フェイスチェンジを付与したマジックアイテム。
 アカデミーに作らせてみたから、実験がてら来てみたのだけれども。
 隠密行動がしたい時にはうってつけね。」

アンリエッタはそう言って、ケティにサークレットを渡した。


「つけてみなさい、面白いわよ。」

「わかりました。
 どれどれ…デュワッ!」

どこかで聞いたような掛け声とともに、ケティはサークレットを頭に装着した。


「おおおぉ…これは凄いのですね。」

「でしょう?」

サークレットを装着した途端に、ケティの顔が別の少女のものに変わる。


「…とはいえ、誰がつけてもその顔にしか変わらないから、あまり年取ったら使えないという欠点があるのよ。
 きちんと研究すれば、任意の顔に変化できるものも作れるらしいから、研究を進めさせるべきよね。」

「これは色々と便利そうですし、それで良いかと。」

アンリエッタの問いに、ケティはこくりと頷いた。


「それにしても可愛いわね、その格好。」

「そもそも、男に可愛いと思わせる為にある服なのですよ…まさか、着てみたいとか思っているのですか?」

ケティの問いに、アンリエッタはコクリと頷く。


「この身は既に国家の一部とは言え、私だって年頃の女の子なのよ。
 …う、そんな怖い顔しないで、わかっているわ…自重するわよ。」

目を細めて睨みつけるケティを見て、アンリエッタは溜息を吐いた。


「まったく、こんな所に来ている事自体拙いというのに…姫様はもう少し自重すべきなのです。」

「そういう細かい事ばかり言って…わかったわよ、わかったから。」

アンリエッタはじーっと静かに睨みつけるケティに謝罪した。


「しかし、ベアトリス公女がそのような大人しい方だったとは。
 情報に拠れば、なかなかに…何というか、活発なお姫様だと窺っていたのですが。」

「活発などと柔らかく言わず、我侭だと言えば良いのよ、ここには私と貴方以外は居ないのだから。
 そうね、私もそういう話を聞いていたけれども、公の場では大人しい姫なのでしょう。
 見た感じ、大人しいのが地のような気がするわ…あら、ここの料理美味しいわね。」

ワインを飲みつつ、運ばれてきた料理に舌鼓を打つアンリエッタ。


「スカロンは見た目は変態ですし、中身も変態ですが、料理は超一流なのですよね…流石は味皇の弟子といった所なのです。
 それは兎に角、大人しいのが地だとすれば、我侭であるとされている姿は虚勢を張った結果であるという事なのですね。
 友達が居なくて、周囲の取り巻きは自分の背後にある金にしか興味が無い連中ばかりとなれば、弱みは見せられない、精一杯強がって虚勢を張り続けるしかない…という事なのですか。」

金が有り余っているのも難儀なものなのですねと思いながら、差し出された杯にワインを注ぐケティ。


「あの娘には友人が必要よ…私も損得勘定抜きで、あの娘とは友人になりたいと思うわ。
 本人は何も悪くないのに、立場のせいで友人が一人も居ないだなんて、いくらなんでも寂し過ぎるもの。」

「姫様、彼女はクルデンホルフの王太女なのです。
 国家の指導者同士に真の友情など…すいません、出過ぎました。」

ケティはアンリエッタを嗜めようとしたが、彼女の寂しそうな瞳を見てそれを中断した。
アンリエッタが何よりもそれを理解しているという事に気付いたからだった。


「わかっているわ、利害が対立しない限りは…よ。
 なんともヤクザな家業だと自覚するわね、こういう時。」

そう言って、アンリエッタは肩をすくめた。


「あとはクリスティナ公女…でしたか?
 まさにあの武の国を体現するような姫君であるという事は聞き知っていますが。」

「そうね、クリスは勇敢な娘よ。
 ああそうそう、貴方ワクセイレンゴウって国を知っている?
 ロバ・アル・カリイエにある国らしいのだけれども。」

その名を聞いて、ケティの目が点になった。


「わ…惑星連合、なのですか?」

「ええ、彼女の師匠がねセッシュウ・ミフネっていう人だったらしいのだけれども…。」

ケティがずっこけて椅子から滑り落ちた。


「せ、セッシュウ・ミフネ!?
 …な、なんでそんな超未来の軍人が…まあ、オクセンシェルナ臣民とはとても気が合いそうな御仁ではありますが。」

ずっこけたままでケティはブツブツ呟いている。


「何をブツブツ呟いているのよ?」

「ちょっとした心の整理が必要だったもので…。」

そう言って、ケティは起き上がった。


「姫様、その国はニホンという国の別名なのです。
 そこは才人の故郷なのですよ…で、その方は今もオクセンシェルナに?」

惑星連合は日系人が牛耳っていたから似たようなものなのですとか思いながら、ケティはアンリエッタに尋ねる。


「いいえ、去年亡くなったそうよ。」

そう言いながらアンリエッタは杯を差し出し、そこにケティがワインを注ぐ。


「それは、惜しい方を亡くしたのです。」

某宇宙一の無責任男について聞いてみたかったと思いつつ、ケティは哀悼の意を表した。


「ところで、空軍を再編するのは良いとして、肝心要の人は居るのですか?」

「我が空軍の生き残りと、アルビオンの亡命軍人がいるわ、足りないけど。
 再編が精一杯で新兵教育する余裕が無いから、オクセンシェルナ軍から教育武官を派遣してもらうという事で話はついているわ。
 あそこの正規軍なら、短期間でもある程度動ける人材を叩き上げてくれるでしょう。
 まったく、人も時間も足りないったらありゃしない。」

そう言って、アンリエッタは溜息を吐く。


「アルビオンを攻めるおつもりなのですか?」

「敵が立ち直る前にこちらがあちらを叩くか、それとも敵が先に立ち直ってこちらが叩かれるか。
 連中は…レコン・キスタは、ブリミルの教えを実践せよといいつつ、ブリミル以来の血の流れを断ち切った莫迦どもよ。
 必ずもう一度侵攻してくるのは間違いないわ。
 魚の腐ったような目で、己の正義を狂ったように叫びながらね。」

ケティの問いに、アンリエッタは頷く。


「何より、軍を立て直さないとゲルマニアが侵攻してきかねないわ。
 我が国が軍事力を取り戻さないと、軍事的な均衡が崩れてしまう…だからこそ、クルデンホルフもオクセンシェルナも驚くくらい協力的だわ。」

アンリエッタは苦笑を浮かべて、ワインを呷った。


「我が国の軍事力が弱ったままでは、ゲルマニアからの圧力を押し返す為の後ろ盾が弱くなる…というわけなのですね。
 力の均衡と外交努力による平和を保つ為には、今は全力で戦力の回復に努め、終わり次第アルビオンに侵攻するしかないと。」

「そういう事、幸い予算は不正と無駄を省いて組み替えれば、増税は最小限で済みそう…いったいどれだけの金が国庫から逃げ出していたのやら、考えたくないわね。
 後は、アルビオンの狂信者達に己の犯した罪を償わせれば、取り敢えず一段落よ。」

どこかで聞いたような話だと思いながら、ケティは杯にワインを注いだ。


「しかし、《デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン》とは、思い切りゲルマニアに喧嘩を売っている艦名なのですよ。」

「ゲルマニアへの根回しはしたけれど、まあ良い思いはしないでしょうね。
 東方領土はいずれ取り戻すという、決意表明みたいなものだし。
 まあ、同盟をやめると言って来ていないという事は、アルビオンの件がある限りそんな事に構っていられないのかしらね?」

そう言いながら、アンリエッタは立ち上がってサークレットを頭に装着した。
瞬時に顔が、全く別の少女のものとなった。


「じゃあ、私はそろそろ帰るわ。
 はい、チップ。」

アンリエッタはそう言って、ケティに金貨の入った袋を渡した。


「やれやれ、こんなに貰ったらチップの相場が鰻登りに上がってしまうのですよ。」

そう言って、ケティは苦笑を浮かべる。


「私は貴方との会話に、それだけの価値を見出しているというわけよ。
 じゃあ、頑張ってね。」

「はい、またのお越しを…。」

アンリエッタはそろそろ夕暮れ時のトリステインの大通りを、ゆっくりと歩いていったのだった。



[7277] 第二十六話 酒場にまつわるエトセトラなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:05
酒場は大人の社交場
酒を飲んで、いい感じに緩くなった頭で楽しく話すのが酒場の流儀


酒場で恋の花咲く事もある
大抵、ディスプレイ用の造花なわけなのですが


酒場の女に気をつけろ
じゃないとカモられるのですよー?





「キャバレー?」

スカロンが不思議そうに私に尋ねてくるのです。


「はい、歌やダンスやショートコントを披露する酒場の事なのですよ。」

「それは興味深いわ…確かに、この店が喫茶店から客を取り返すには、今以上の何かが必要よねえ。」

興味深そうにうなずくのは良いのですが、目の前でクネクネしないでください、スカロン。


「でも歌や踊りって言ってもねえ…。」

「ここには見目麗しい少女が沢山いるではありませんか?
 彼女達が歌って踊れば、必ず客は増える筈なのですよ。」

最初は少々拙くても仕方がありません。
それでもこの店の女の子のレベルなら、十分話題は集まるでしょうし。


「最初は旅芸人達に来て貰って、やってもらうのも良いのです。
 ついでに皆に歌や踊りを多少でいいから仕込んでもらうのですよ。」

彼らだって、トリスタニアに来た時に定期的に公演させてもらえる場所があるならば、断れない筈なのです。


「成程、良い考えだわ。
 貴方の商会に仲介をお願いできるかしら?」

「はい、すぐにでも手配するのです。」

毎度あり、なのです。
目指せ、《シャ・ノワール》なのですよ。



「ルイズ、何を読んでいるのですか?」

仕事が終わったあとで、貴賓室に遊びに来たルイズが読んでいるのは、茶色い表紙の本。
愛読書なのか微妙にヘタっているのですが、大事に読んでいるのがよくわかるのです。


「んー、私の行動規範の指南書みたいなもの。
 昔、姫様から貰った本でもあるのよ。」

「ほほう、何の本なのですか?」

ルイズと、ひょっとすると姫様の行動規範になっているのかもしれない本であるのならば、知っておいて損は無いのですよ。


「《貴族たるもの》って本。
 政治書というか、貴族の規範書というか、そういう本よ。」

ええと…タイトルにすっごい覚えが…。


「ひょっとして、著者のペンネームは《ル・アルーエット》…とか?」

「あら、ケティも読んだ事あるの?」

顔を上げたルイズが、笑顔で私を見るのでした。


「読んだ事があると言いますか…。」

「うんうん、ケティも読んだ事があるならわかると思うけど、貴族たるものの精神が詰まっているわよね、この本。」

ああ、そう言ってもらえると非常に嬉しいのですよ。


「…実はその本の《ル・アルーエット》というのは、私のペンネームなのです。」

とは言えその本、民主主義的な価値観という第三者的な立場から、貴族が貴族たるにはどう在れば良いのかという事を書いた本なのです。


「ほへ?」

ルイズの目が点になったのでした。


「え…いや、だって、《ル・アルーエット》って言ったら、5年位前から何冊か政治関連の本を出している作家よ?」

「ええですから、その本は私が10歳の時に書いた本なのです。」

最近こそパウル商会の活躍で持ち直しつつある当家の家計ですが、昔から万年貧乏が常だったのです。
《貴族たるもの》は、私の書いた考察を父様が素晴らしい素晴らしいとやたらと褒めちぎるので、『それなら本として売ってみてはいかがでしょう?』と、冗談で言ったら本当に出版して、しかもそこそこ売れたという嘘みたいな話だったのですが。
多少なりとも家計の助けになったので、その後も政治書のような思想書のようなものを何冊か書いて出版したりしましたが…。


「姫様なんか、枢機卿から《ル・アルーエット》の『君主考察』を貰って、暇があれば読み返しているんだから。
 こここ、こんな本をケティが書いたって言うの?」

「ええ、実家に帰れば原稿もありますけれども…。」

『君主考察』は、ル・アルーエット名義で去年出版した、私なりに君主の在り方を考察してみた本なのですが…。
…そうですか、姫様が真っ黒になった原因の一端は私にもあるというわけなのですね。
あの本、私なりに消化したマキァベリズムをガッツリ盛り込んで書いた本ですから…真っ黒なのは私ですか、そうですか。


「…ひょっとして姫様は、私が《ル・アルーエット》だと知っている?」

「流石に知らないと思うわよ。
 知っていたら姫様の事だから、サイン欲しがると思うわ。」

私の独り言にルイズはそう答えて、溜息を吐いたのでした。


「10歳って言ったら、私と姫様なんか泥だらけで遊びまわっていた頃よ。
 何なの、何なのこの差は…天才と凡人の差?」

10歳でも知識の蓄積量が+20年ですから、天才では無く単なるチートなのです。


「いや、私も領民の子供と一緒に泥だらけになって遊びまわっていたのですが。」

「政治指南書の著者が、領民の子供と一緒に野遊び…。」

そう、知識があっても精神がお子様なので、遊びが最優先なのでした。
まあ、遊びの中でパウル達に文字を教えたり、算数から中学生レベルの数学を教えたり、基礎的マーケティング論を含めた経営学を憶えている限り叩き込んだわけですが…あの時ほど自身が基本的に文系人間だった事を恨めしく思った事は無いのです。
算数は兎に角、数学は上手く教えられるようになるまで四苦八苦しましたから。

まあ、その甲斐あってか彼らはパウル商会の主戦力で、その活躍によって軍需部門でかなり食い込んだので結果オーライのような、そうでないような。
『情報を把握し分析し、それに合わせて売れるものを売れ』と教えはしましたが、本来の主力商品である農畜産物や雑貨がいまいちなのをどうにかできないものか…。


「《ル・アルーエット》の本といったら、この国の貴族にとっての政治指南書なのよ。
 そ、それが10歳の頃のケティが書いた本…。」

ルイズ、そんなキラキラした目で見られても…と言いますか、


「…わたしね、貴方の本を読んで、自らの地位に支払わなくてはいけない対価の存在を自覚出来たのよ。
 貴族は誇り高くあれというのがトリステイン貴族の教えだけれども、ではその誇りの対象とは何であるのか、それを教えてもらったの。
 『国家と領土を守る事は王や貴族と臣民の間にある最低限の契約であり、これすらも履行できない王や貴族は統治者足り得ない。
 故に王と貴族が、この契約を守る為に自らの命を差し出す事は、避け得ぬ絶対の義務なのである。
 つまり、《地位の対価は血で購え》という事である』この文節、何時でも何処でもそらで言えるわよ、わたし。」

どうりで、フーケのゴーレムと戦った時に、どこかで聞いたようなフレーズをルイズが言うなぁと思ったのですよ…。


「ぬぅ…。」

しかしまさか、私が森の奥でのんびり生活している間にそんな事が起きていたとは…。


「だ・か・ら…サイン頂戴☆
 ル・アルーエットより、ルイズへって。」

「友人からサイン貰ってどうするのですか?」

ルイズのきらきらした視線が…。


「決まってるじゃない、姫様に自慢するわ。」

「胸を張って言う事ではないのですよ、ルイズ。」

自慢する事大前提なのですか…と言うよりも、サインなら後書きに入れていたような記憶があるのですが。
写本する際に自動筆記の魔法で模造されたものですけれども。


「後書きのサインで良いではありませんか?」

「はぁ…本人の直筆である事が大事なのよ。」

わかっていないなぁという風に、ルイズは私を見ます。


「お願いよ、ね?」

「まあ、悪い気はしませんし…良いのですよ。」

ルイズから手渡された本にさらさらっとル・アルーエットとして使っているサインと花押を書き込んで…と。


「はい、どうぞ。」

「わ、ありがとう…姫様に自慢しようっと。」

ルイズの可愛さにほだされて、特大の墓穴を掘ったような気がするのは気のせいでしょうか?


「ついでにもう1つお願いがあるの。」

ルイズはそう言うと、もじもじしながら上目遣いで私を見るのでした。


「な…何なのですか?」

くっ…凶悪に可愛いっ!


「ベッドで一緒に寝ても良い?」

「ぐはぁっ!?」

鼻血が出るかと思ったのですよ!?
ど、同性にすらこの威力…流石はヒロインにして、絶世の美少女。


「だ…駄目なのです。」

そんなに自室のボロベッドが嫌ですかルイズ。
まさか、こんな手を使って来ようとは…。


「ひ…卑怯ですよルイズ。」

「ケティ、貴方が小柄で体の起伏の乏しい女の子に甘いのは、まるっとお見通しよ…って、自分で言っていて、ちょっと傷ついたわ。」

自分で言ってくず折れるその姿もラブリー…ですが、心を鬼にしなければ。


「なんという策を使うのですか、貴方は。
 …で、でも、駄目なものは駄目なのです。」

「ふっ、一見ちょい地味な癖に実は可愛いものが大好きな、貴方の趣味を呪うが良いわ。」

ちょい地味とか何気に酷い事を言われたのですが…ルイズが発する可愛いものオーラが…オーラが…。


「にゃー。」

「くっ!?」

ルイズはいきなり猫耳ヘアバンドを頭につけると、そう鳴いて見せたのでした。


「…し、仕方が無いのです。
 今夜は一緒に寝ましょう。
 でも、今夜だけなのですからねっ!
 勘違いしないで下さい、私は可愛さに屈してなどいないのですっ!」

「そういう事にしておいてあげるわ。」


その夜はルイズと一緒に眠る事になったのでした。
確かにルイズは慣れない硬すぎるベッドで寝ていたせいか、かなり寝不足気味でしたし、体力を回復させる為には熟睡が必要でしょう。
…ええ、自己欺瞞の極みなのですよ、どうせ。

可愛いものが大好きで悪いかー!



「ぬぅ…。」

何故私は床に転がっているのでしょう?
確かルイズと同じベッドで寝ていた筈なのですが。


「…まさか、寝床を乗っ取られるとは。」

傾国の美女に籠絡されて国を滅ぼした古代の王も、きっとこんな気分なのですよ。


「すぴー。」

「気持ち良さそうに、寝息をたてやがっているのですね。」

やはり、明日からは断固として断らないと、私が寝不足になってしまうのです。


「んぅ…喉が渇いたのですね。」

貴賓室と言えど、蛇口を捻れば水が飲めるというわけにはいかないのですよ。
つまり、水を飲みたければ井戸まで行くしかないというわけなのです。


「お、ケティ?」

「おや、どうしたのですか、こんな時間に?」

台所の裏にある井戸に向かおうとしていたら、才人に会ったのでした。


「ケティこそ、どうしたんだ?」

「私は水を飲みに来たのです。」

あまり飲み過ぎると別の欲求で目が覚めそうですから、口が湿る程度に抑えるつもりですが。


「才人は…つまみ食いなのですか?」

「大当たり。」

そう言うと、才人はにかっと笑ったのでした。
育ち盛りの男の子ですし、お腹も減るでしょうが、しかし…。


「…ああでも、あまり何度もつまみ食いするとミ・マドモワゼルからきつーいお説教があるそうなのですよ。
 才人は二人っきりでミ・マドモワゼルと数時間一緒に居られる自信があるのですか?」

「それは無い、断じて無いっ!」

才人は胸を張ってきっぱりと言い切ったのでした。


「うぅ…でも、腹減った。」

「貴賓室にはいくつか果物も置いてありますから、それで我慢するのです。」

しかも貴賓室の果物は、無くなればその都度補充されるのです。
ビバ貴賓室、ビバタダメシ…まあ、そんなに果物を食べているわけでも無いのですが。


「果物…オッケー、それで良いや。」

才人は嬉しそうに頷いたのです。


「鍵はかけていないので、先に行っていてください。」

「わかった、センキューケティ。」

才人はそう言うと、貴賓室に向かって歩いていったのでした。


「さて、水を飲んだらさっさと帰ります…か!?」

台所に人影が見えたのでした。


「何者っ!?」

即座に杖を抜いて、人影に向けます。


「わっ!?ちょっと待って、あたしよあたし。」

「ああなんだ、ジェシカでしたか…。」

そう、慌てて明るい所まで出て来たのは、ジェシカなのでした。


「『鍵はかけていないので、先に行っていてください』ねぇ…意味深よね?」

探るような笑みを浮かべつつ、ジェシカが話しかけてきたのでした。


「確かに、そこの部分だけを抜き出すとかなり意味深なのですねぇ。」

隠れていた理由は盗み聞き…まあ、予想の範囲内ではあるのです。


「面白くないわねぇ、もうちょっと驚くとかうろたえるとかしてよ?」

ぷくっと頬を膨らませて、つまらないと言った感じに眉をしかめるジェシカなのでした。


「そりゃまあ、ルイズは私のベッドで熟睡中なのですから、そんな部屋で浮気もへったくれも無いのですよ。」

まあそもそも、浮気なんて私の趣味じゃあな…あれ?何か今『嘘だっ!』とか聞こえたような気が…。


「浮気ってことは、やっぱりあの2人付き合っているの?」

「いいえ…でもまあ、付き合っているようなものなのです。」

ジェシカのキラキラした瞳が…こういう話題が大好きなのですね。


「でも、ルイズってどう見ても貴族でしょ?」

本人達はああ見えて隠そうと頑張っているのですから、そっとしておいてあげて欲しいのです。


「…もし仮にそうだとして、身分違いだろうと言いたいわけなのですね?」

私の問いに、ジェシカはコクリと頷いたのでした。


「大丈夫なのですよ、才人は必ず大出世しますから。
 それこそルイズが思わず躊躇するくらい。」

「この国で、平民がそこまで登れるわけないでしょ。」

馬鹿にするなといった感じで、ジェシカが私を睨みつけます。


「法も常識も人が作るもの…であるならば、人が変われば法も常識も変わっていくものなのですよ。
 貴方も聞いた事があるでしょう?メイジ殺しの平民が、陛下の銃士としてシュヴァリエになった事を。」

「『鉄の塊』アニエスが、貴族になったというのは知っているけど…って、ひょっとして才人もメイジ殺しなの?
 あの間抜けそうな、お人よしそうな、鈍そうな顔で?」

その通りではありますが、ズバリ言い過ぎなのですよジェシカ。


「ああ見えて、才人は剣を握ればかなり強いのですよ。
 私も命の危機を救ってもらったことがあるのです。」

「…それが原因で惚れちゃったと。」

意地悪そうな笑みを浮かべながら、ジェシカが私を見ているのです。


「さ…才人にそういう感情は無いのです。
 私達は親友みたいなものなのですから。」

押し倒されたりしましたが、あれはノーカウント。
媚薬にやられている間の…うわぁぁぁぁ!?それは考えるべきではなかったのです!


「その割には顔が赤いけど?」

「そ、そそそそういう体質なのです。」

あ…相変わらず精神的ダメージの大きい体験なのですよ、あれは。


「ケティなら、簡単に取っちゃえるような気がするんだけど?
 新進気鋭の商人で、今まで浮いた噂の一つも無かったパウロさんがメロメロじゃない。」

あいつは元からああなのですよ、ジェシカ。


「才人の好みはズバリルイズなのですよ。
 私は元々髪の色を含めて全体的に地味ですし、洒落っ気が少ないですから。」

「黙っていれば清楚な感じよね、ケティって。
 化粧を殆どしていないくせにこの可愛らしさ…やっぱり貴族は素が違う感じがするわ、うん。」

いやジェシカ、私の話をスルーした上に顔をペタペタ触られても。


「最近、貴方の指名が増えて来ているの、知っているでしょ?
 何というか、貴族のオーラみたいなものが黙っていても出るのよね、貴方もルイズも。」

まあ確かに、パウル以外の指名もついてはいますが。


「基本的な仕草が洗練されていて綺麗なのよ。
 もっともあの子は貴方みたいに、上手くやれていないけれどもね。」

体を絶妙にずらして絶対に触らせず、それでも触られそうになったら昏倒させていますからね、ルイズは…。
酒場で色気では無く格闘スキル上昇とか、プ○ンセス○ーカーもびっくりの展開なのですよ。


「彼女は本来かなりやんごとない身分ですからね…これは戯言なので、さらりと流してください。」

…それでも固定客がつき始めているのが何といいますか。
世の中には変な人が居る者なのです。


「ところでそんな事をあたしに話しても良いの?」

「貴方自身と、何より貴方の大好きな父上が、どうなっても良いというのであれば、お好きにどうぞ。」

にっこりと微笑みながらジェシカの瞳を見つめるのです。
見た目は変態、中身も変態なスカロンですが、同時に子煩悩な父親という面もあるのです。
そしてジェシカも年頃の娘なのに父親が大好きという、少し変わった娘だったりします。
私なんか父親の匂いにそこはかとない不快感を覚えるのは近親相姦を防ぐフェロモンのせいだと知っているにも拘らず、父様の匂いがちょっと駄目なのですが。


「う…。」

「脅しではありませんよ?
 身分の貴賤に関わらず、面子に傷をつけるものに情け容赦無いのが国家と言うものなのです。」
 
いや、自分で言っておいてなんですが、まるっきり悪役なのですね。


「秘密は隠しているから秘密なのです…分かってただけましたか?」

「わ、わかったわ。」

いや、そんなあからさまに怯えられても困るのですが…ちょっと脅し過ぎましたか?


「…ケティって、実はかなり怖い人?」

「いえいえ、何処にでもいる貴族の小娘なのですよ。」

何なのですか、その『それは無いわ』と言いたげな目つきは。


「…では、私は水を飲んだら部屋に戻ります。
 ジェシカは?」

「あたしもとっとと寝るわ、今夜の事を忘れる為にもね。」

それは良い選択なのです。



「おかえりー、ケティ。」

「あ、帰ってきたのね。」

水を飲んでから部屋に戻ると、果物を頬張る才人とルイズが出迎えてくれたのでした。


「ルイズも起きたのですか?」

「うん、いつの間にかケティが居なくなっていたから目が覚めたのよ。」

貴方に寝床から突き落とされたのが原因なのですが…。


「違うだろ?聞いてくれケティ、こいつ俺が剥いた果物の匂いにつられて起き…ふげぉっ!?」

「五月蝿いわよ、この駄犬!」

才人の鳩尾にルイズの拳がめり込んで、そのまま才人は崩れ落ちたのでした。


「程々にしておかないと、いつか才人をその手で葬る破目に陥りますよ、ルイズ。」

「ちょ、ちょっと叩いただけじゃない…何で気絶するのよ。」

明らかに殴っていましたし、私にはルイズの拳が見えなかったのですが…。


「ええと、虚無に目覚めてから強くなりましたねルイズ。
 魔法では無く腕力の方向で。」

「ふふふ…何故だか知らないけれども、虚無に目覚めてから体のキレが以前とは段違いなのよね。
 私はいったいどういう方向に変化して逝くのかしら?」

その方向に進み続けると、ガンダールヴがいらない子と化しかねないので、エクスプロージョンをもう少し使うとかすれば良いと思うのですよ…面白いので教えてあげませんが。


「…で、これどうしよう?」

気絶したままの才人をルイズが指差しているのです。


「取り敢えず床に転がしておくのもなんですし、ソファにでも運びましょう。」

才人を二人で持ち上げて、ソファまで運びこんだのでした。


「…ルイズ、何度も言いますが、もう少し自分を抑えて欲しいのです。」

「うぅ…反省しているわよ。」

しゅんとしたルイズもラブリーなのはいいとして、才人の体が持つかどうか心配になってきたのですよ。




この《魅惑の妖精亭》が出来たのは400年前のアンリ三世の御世。
このアンリ三世は《魅了王》と呼ばれ、周囲にいる異性も同性も全部ひっくるめて魅惑していったという、生ける惚れ薬みたいな王様だったらしいのです。
正妻との間に残した子供は2人ですが、言い寄ってきた異性に片っ端から手をつけた結果、庶子も含めると300人以上の子供を残して死後に《血塗れの20年》と呼ばれるお家騒動を引き起こし、後々東トリステインの各公国が独立する原因を作った実に迷惑な王様でもありました。
おかげで裏では《絶倫王》とか《種馬王》とか《下半身王》とか呼ばれている御仁なのです。

そんな最低男がある時この店にお忍びでやってきて、例の如く給仕の娘と恋に落ちたのですが、その娘が余程気に入ったらしく一着のビスチェを贈ったのだとか。
それが今、スカロンが着ている《魅惑の妖精ビスチェ》、魅了の魔法と伸縮の魔法が付与された逸品なのです。
おかげでスカロンはいつも以上に変態度が上がっているにも拘らず、全く気持ち悪く感じないという不思議現象が発生中。
もしここでルイズがアレに向かって《解呪》の魔法をかけたら、皆一斉に吐くでしょう。


「このチップレースに優勝した妖精さんには、この《魅惑の妖精ビスチェ》を一日着用する権利が与えられちゃいまーす!」

アレを、現在スカロンが着ているというアレを着る権利…何という罰ゲーム。
酒場の女の子はアレで更にチップがいっぱい貰えるから、嬉しいかもしれませんが…。


「まあ、テキトーにやりましょう、テキトーに。」

勤労意欲が一気に萎えたのです。


「じゃあ皆、グラスを持って!
 チップレースの成功と商売繁盛!
 そして女王陛下の健康を祈って、乾杯!」

『乾杯!』

ううむ…何度聞いてもこの乾杯の時の掛け声は慣れないのですよ。
麗しい少女達が一斉に『チンチン!』、日本語を知っている身だと実にシュールな風景なのです。



さて、そんなこんなでチップレースが始まったわけなのですが、ルイズは相変わらず自分に触れる客を昏倒させているのです。
とは言え、かわし方がかなり上手くなり、今では客に一切触らせずにその場を乗り切ってチップをもらう事も可能になっているのですが。
…格闘スキルはグイグイ上昇しているようなのですね。


「結構頑張っているわ、あの子。」

ルイズの働きっぷりを観て、満足そうにジェシカが頷いています。


「ジェシカが発破かけてくれたのでしょう?」

「まさか、私のは売り言葉に買い言葉よ。」

そう言いながら、ジェシカはニヤリと笑っているのです。


「…貴方の話術なら、ルイズを怒らせる事無く言いくるめるくらい容易いでしょう。」

「まあね、でもそれじゃあ楽しくないでしょ?」

うわ、こんな所にキュルケ二号が。


「しかし酔い潰すの上手いわね、あの子。」

ルイズの肩に触れたお客さんが、唐突にテーブルに突っ伏したのでした。
アレは酔い潰しているのではなく、殴り倒しているわけですが…まあ、わからなければ別に良いのですよ。


「実はね、面倒臭い客をあの子の所に回すと潰してくれるから、最近はあの子も結構頼りにされているのよ。」

「そ、それは、どちらかと言うと用心棒の仕事では?」

まあ実際殴り倒しているわけですから、用心棒で間違いは無いような気もするのですが。
ちなみに私は給仕お休み、台所で皿洗いと調理の手伝い中なのです。
私が給仕に出るとその度に何処からともなくパウルがやって来るので、情報収集が出来ないどころか周囲に誰なのかばれそうになったのですよ。


「あいつはこの任務が終わったら、制裁なのです…。」

商会の情報網をしょうも無い事に使って…有能なのですが、時々悪乗りしすぎるのが玉に瑕なのですよ。


「ひょっとして貴方の正体って…。」

「食材の仕入先は、是非とも蜂印のパウル商会を。」

まあ、ジェシカにならバレてもいいでしょう。


「商会の事実上のオーナーをしている貴族に、営業かけられたのなんて初めてよ…。」

「平民も色々、貴族も色々なのです。」

そう言って、ジェシカにウインクしてみました。


「ウインク、下手ね。」

「放って置いてください…。」

そう言いながら私は、ジェシカにチップを手渡したのでした。



「ケティ、チップがさっぱり集まらないのよ。」

「えーと、私にどうしろと?」

深刻な表情でルイズが私の部屋にやって来て、開口一番そう言い放ったのでした。


「何か、いい知恵は無いかしら?
 このままだとあの胸が大きいだけの馬鹿女に負けそうなのよ。」

「ケティ、俺からも頼む。
 こいつ、俺がアドバイスすると殴ってくるんだよ。」

ボロボロになった才人が、懇願するような表情を浮かべて私を見ているのです。
だから、肉体言語で返事するのは止めなさい、ルイズ。


「生憎政治的な事なら兎に角、男女の心の機微はさっぱりなのですよ。
 あと、ジェシカはこの事に限って言えば、私よりも遥かに上手なのです。」

持って生まれた才能がある上に、陰での努力を惜しまなさそうな性格ですからね、彼女。


「う…例えば、私がケティにお酒を注いで、ケティがどーんと200エキューくらいチップをくれれば…。」

「確かにそのくらいは出せますが、ルイズはその為にどれだけの事をしてくれるのですか?」

私はパウルでは無いのですから、そんな事に200エキューも出したりはしません。


「お…お触り自由で。
 ななな何だったら、私を好きにしても良いわよ。」

「却下。
 私は可愛いものが好きではありますが、同性愛趣味は無いのです。」

ルイズがもじもじしている姿は可愛いですが、飽く迄もそれは子猫などを見た時に感じる感情であって、性的な欲求では無いのです。


「それに、もしもそういう趣味があったとしても、ルイズの場合いざとなったら殴って昏倒させられそうですし。」

「う…やっぱり駄目よね。」

そう言いながらも、ホッとしたようにルイズは胸を撫で下ろしたのでした。


「残念だ…。」

こっそり何を呟いているのですか、このエロ使い魔。


「うーん…方法があるとすれば…。」

チップレース後半にルイズが思いついた方法をルイズに話してみました。


「成程、優雅に礼をして、何を聴かれても切なそうに微笑みながら黙っていれば良いって事ね。」

「うん、確かにルイズは黙っていれば可愛いけど、口を開いたら終わりだからな…って、なにするやめ…へぷろぱ!?」

余計な事を言って、才人がルイズにぶっ飛ばされたのでした。


「確かにわたしは平民に対してだと、どうしても口調が横柄になるわね。」

ルイズは眉をしかめながら頷いたのです。


「み…認めてるなら殴るなよ。」

「だからと言って、あんたに指摘されると腹立つのよ。」

倒れたまま抗議の声を上げる才人に、ルイズはそう返します。


「まあ兎に角、裕福そうな人に礼儀正しく挨拶をすれば、上流階級の環境に居たものであるという事はわかりますから、あとは相手の妄想に任せて、噴きそうになってもぐっとこらえて切なく微笑み続けるのです。」

「わかったわ、それで行ってみる。」

ルイズは力強くうなずいたのでした。


「サイト、早速練習よ!」

「えー、俺眠いんだけど?
 …ちょ、おま、待て、眼覚めた、覚めたから殴らな…ぷぎゅっ!?」

例によってぶっ飛ばされる才人なのですよ、やれやれ…慣れていく自分がちょっぴり怖かったりするのです。




翌日、いつも通り皿を洗っていた私の所へ、ジェシカがやって来たのでした。


「何か教えた?」

「ええ、少しばかりの助言を。」

まあ、ジェシカの腕前の前には、屁の突っ張りにもならないでしょうけれども。


「ありがとう、あれなら普通の戦力としても何とか使えるわ。」

「何とか…なのですか。」

まあ、その程度なのはわかっていましたが。
何というか、酒場の給仕というのは、ルイズとの相性が絶望的なくらい悪い職業なのですよ、間違いなく。


「でもよく考えたわね、仕草一つでお客さんを泣き崩れさせるだなんて、なかなか出来る事じゃあないわ。」

「ルイズは演劇好きなのです。」

私はこの世界の演劇を見て、役者のオーバーアクション過ぎる身振り手振りなくせに台詞は棒読みという驚愕のコラボに思わず噴きましたが。
悲劇でお腹を抱えて笑い転げ、周囲から白けた視線を送られて『二度と来ない』と心に誓ったあの日の事…忘れはしないのです。


「そんなわけで、特訓したようなのですよ、徹夜で。」

才人の事ですから、殴られながらも遠慮無く感想を言ったのでしょう。
最近ではボコボコにされても数分で復活するようになったのです…強くなりましたね、才人。
間違った方向に。


「あれなら、結構良い所いけるかもよ?」

「ルイズは貴方に勝つ気でいるわけなのですが。」

さっき厨房にやって来た時も、やっとチップがまともに貰えるようになったと喜んでいましたし。


「私に勝とうだなんて、千年早いわね。」

「御尤もなのです。」

まあ、常識的に考えて無茶に過ぎるのですね。


「ケティ、御指名よ?」

給仕娘の一人…確か、アゼルマとか言いましたか。
彼女がやってきて、私に声をかけてくれたのでした。


「パウルだったら『帰れ』と伝えてあげて欲しいのです。」

「ううん、違うわよ。
 立派な貴族の男の人。
 ジュールが合いに来たと伝えてくれって。」

ジュール…ああ、モット伯なのですか…って、何でばれているのですか!?


「わかりました、貴賓室に通してあげて欲しいのです。
 あと、美味しい食事とワインも。
 最後に…彼と目を合わせた娘は妊娠するので、目を合わせないようにしておいた方がいいのです。」

モット伯は最近、悪い癖が再発したらしいのですよ。
彼の暴走する下半身はいつ落ち着く事やら…。


「そ、そんな男と一緒で大丈夫なの、ケティ?」

ジェシカは心配そうに私を見ているのです。


「…まあ、姉の夫ですし。
 姉にベタ惚れですから、その妹に手を出したらどうなるか…くらいはきちんと考えられる人の筈なのですよ、たぶん。」

ちょっぴり自信ありませんが、たぶん大丈夫なのです。


「わかったわ、用意するように言っておく。
 …気をつけてね、危なくなったらサイトを呼ぶから。」

「そこまで心配しなくても、私だって貴族のはしくれなのですよ?」

そう言いながら、ジェシカを安心させる為にこっそり杖を見せてあげたのでした。


「つるつるぴかぴかで固い…変わった材質の杖ね。」

「もとはジャイアント・ホーネットの針なのですよ。」

まあ、なかなかありませんよね、キチン質の杖なんて。


「ジャイアント・ホーネット!?
 成程、流石は蜂のラ・ロッタといったところかしら。」

「まあ、そういう事なのです。
 では、行ってきます。」

エプロンを脱いで、モット伯の居る貴賓室に向かったのでした。


「やあ、久し振りだねケティ。」

モット伯はにこやかに出迎えてくれたわけなのですが…。


「お久しぶりです、モット伯。
 …悪い癖が再発なされたとか?」

勿論、私の対応は絶対零度なのです。



[7277] 第二十七話 何事も計画的に程々に、なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/30 07:01
汚職は官僚の慣わし

高級官吏なら、汚職の一つくらいはしているものなのですよ



汚職が増え過ぎると大変

やり過ぎると国の運営が危うくなりかねないのです



汚職は無くならない

とは言え、綺麗にし過ぎても『白河の清きに魚も住みかねて…』となりかねない…何事も程々に、という事なのですね








「よりにもよって、パウル商会の会計部長をひっかけようとするとはいい度胸なのですよ、伯爵?」

まさかパウル商会の決戦兵器、鬼の会計部長キアラをひっかけるとは…確かに彼女は美人ですが。
まあ兎に角、先日トリスタニアに来ていた彼女が、モット伯のスカウトにひっかけられたらしいのですよ。
ラ・ロッタ家の名前を出して事無きを得ましたが、パウル経由で情報はしっかり私に入って来たわけなのです。


「い…いや、まさか街で見かけてティンと来た娘が、よりにもよってラ・ロッタ領出身だなんて思わないじゃないか?」

「問題はそこでは無いのですよ、伯爵?」

最大の問題は、モット伯のハーレムが復活しつつあるという事なわけで。


「逃げても良いかね?」

顔面を汗塗れにしながら、目を泳がせえるモット伯。
そんなにリュビ姉さまが怖いのなら、浮気しなけりゃいいのですよ…。


「駄目に決まっているでしょう。」

「やっぱり逃げる!」

くるりと180度回転して駆け出すモット伯に向かって飾り用の紐を投げつけ…。


「《バインド》。」

捕縛の魔法でぐるぐる巻きに縛り付けたのでした。


「は、離したまえ!僕はリュビと離婚したくないんだ!
 たのむ、見逃してくれたまえ!」

だから、そんな魂の底から絞り出すような悲鳴を上げるなら、初めから浮気するな、なのです。


「…はぁ、仕方がありません。
 リュビ姉さまには、秘密にしておいてあげます。」

「ほ、本当かね!?」

救いの神を見たといった感じで、モット伯は私を見上げます。


「私もリュビ姉さまに隠し事をするのですから、対価は貰うのです。
 そうですね…貴領の御用商人には是非ともパウル商会を。
 そして、貸し100なのです。」

「い、いくらなんでも、それはぼったくりではないかね?」

ちょっとした抵抗なのか、モット伯が反論してきました。
リュビ姉さまへの隠し事はリスクが大き過ぎて、とっても危険がデンジャラスなのですよ。
ばれたらタダでは済まないのですから、対価は必要なのです。


「それでは仕方がありません。
 見返りなしの提供など、私の主義では無いのです。
 長い間の親戚関係でしたが…残念な事になりました。
 早速、奥方を亡くされた貴族を探さないと…。」

わざとらしく溜息を吐いてみたり。
貸し100はほんのちょっとだけ冗談なのですから、そのくらいはさらっと流してくれないと…。


「待ちたまえ!それでいい、それでいいから!」

「毎度あり、なのです。」

これぞ、理想的なWin-Winの関係なのですよ…嘘ですが。


「端っから酷い目に会った…。
 抜き打ちで徴税官がやって来てあれこれ言われて、ごっそり毟り取られた時みたいな気分だよ。」

やけに具体的なのですね、モット伯。


「…それはそれとして、姫様からですか?」

「ああ、僕がこういう所に来ても、違和感が全く無いだろうってね。」

全くもって適任と言わざるを得ませんが、姫様からもそういう評価なのですね、モット伯…。


「しかしここは良いね、思わず常連になってしまいそうだ。
 女の子は可愛いし、料理も美味しそうな物ばかり。
 君の所に案内してくれた女の子が、何故か絶対に目を合わせてくれなかった事以外は素晴らしい店だよ。」

下手に目を合わせると、ハーレムへスカウトし始めかねませんからね、この人は。
もう少し下半身が大人しければ、能力的には非の打ちどころの無い人なのですが…。


「あと、ここの給仕娘達の服装は僕の創造感覚を刺激するというか…使用人の服の新しいデザインが浮かびそうだよ。」

あれ、自分でデザインしていたのですか…。


「まあ、そういう話はここまでにして…例の件は裏固めが8割がた終わったよ。」

「以外と早かったのですね。」

流石姫様、仕事が早い。


「ただ、肝心要の情報は側近くらいしか知らないらしくてね。
 末席とは言え、側近であるチュレンヌ卿の逮捕は絶対に外せなくなった。」

「不正な蓄財が何処に蓄えられているのかが、分からないのですか?」

私の問いに、モット伯はこくりと頷いたのでした。


「その通り、大規模な不正を大胆不敵にやってのけるだけあって、随分と抜け目が無くてね。
 姫様曰く、『本人から直接聞けばいいのよ』とはいえ、その前に欠片でも真実があった方が表向き都合がいい。
 姫様の仰られる通り、『正直になりたくなる部屋』に躊躇無く大貴族を送り込むのは、私としても気が引けるのでね。
 まあそんなわけで、その前に側近を徹底的に搾り上げるというわけなのだよ。」

「…これは近いうちに諫言しなくては。」

本人は脅しのつもりなのでしょうが、数少ない忠臣であるモット伯にこう言われるとは…このまま行くと、いつか暴君の謗りを受けかねません。
まさか、本当に君主が読むのなら、調子に乗って『君主考察』にスターリン語録からの抜粋なんて入れなければ良かったのです。

スターリン曰く、『愛や友情などというものは瞬く間に失われるが、恐怖は長続きする』。
確かにそれは事実ですが、だからと言って姫様が恒常的に恐怖をもって統治するつもりなら諌めないと、姫様の後に国が瓦解する恐れがあるのですよ。
恐怖は統治機構にとって劇薬、効果は抜群ですが用法用量を守って正しく使わないと後で手痛いしっぺ返しを受けるのです。
姫様が素でこうなら兎に角、私の著書の影響を受けているのだとすれば、私の言う事ならある程度は耳を傾けてくれる筈。


「…どうしたのかね?」

「いいえ、何でも無いのです…お話はよくわかりました。
 必ずやチュレンヌ卿をそちらに引き渡しますので、待っていて欲しいのです。」

まさか、あんな本が少なくない貴族のお手本になっていただなんて、嬉しいやら悲しいやら…トホホなのですよ。


「仕事の話はこのくらいにして…と。
 そういえば、現在この店にはラ・ヴァリエール公の御息女もいらっしゃるとか?」

「ええ、ですが彼女はこの状況に全く納得していないので、見つけないでいてあげてくださいね。」

まあ、これに関しては貴族の娘なら大抵は抵抗感を感じるでしょうが…。


「勿論さ、君ほど度胸の据わった娘はそうは居ない。」

「私だって、なるべく顔見知りには出遭いたくないのですが…。」

全く平気というわけではないのですよ、私がどう思うか思わないかにかかわらず、世間体というものがありますから。
その後、私とモット伯はしばし歓談し、彼は帰って行ったのでした。





モット伯との歓談が終わった後、才人とルイズを呼んだのですが…。


「…ええと、どうしたのケティ?まさか!?」

「モット伯に何かされたのか?」

私が言うのもなんですが、このテの事柄に関しては信用度ゼロなのですね、モット伯。


「いいえ、モット伯は姫様からの勅命を持って来てくれたのですよ。
 彼がこの手の可愛い女の子がいっぱい居る店に来ても、誰も不思議だとは思いませんから。」

酔い覚まし用のハーブティーを飲みながら、ルイズと才人を静かに見ます。


「…成る程、それは確かに的確な人選だ。」

才人は納得がいったように、こくこくと頷くのでした。


「本来、これは私宛のものなのですが…聞きたいですか?」

姫様がわざわざ才人も知っている人物を遣したという事は、手伝わせても良いということなのでしょう。


「勿論よ!
 私がここに居る事は知らないとは言え、姫様の為なら頑張るわ。」

ルイズは力強く頷いたのでした。


「…ばれているのですけれどもね、実は。」

「ん?何か言った?」

いけないいけない、思わずボソッと出てしまったのですよ。

「いいえ、何も。
 それよりも勅命でしょう?」

ルイズのより気を引く話題で誤魔化して…。


「そうね…で、何なの?その勅命って。」

「実は…。」

財務卿の不正云々はすっ飛ばして、汚職に手を染めている徴税官がいるから、こっそり成敗するという旨をルイズに伝えたのでした。
この世界のヒロインたるルイズには光の当たる道が相応しい、真っ黒な事は私と姫様が大方やってしまえばいいのです。
…酒場で働いているのを黙認している時点で、ちょっぴりアレですが。


「成程、そのチュレンヌとかいうやつを、どうにかすれば良いんだな?」

才人は納得がいったという風に頷いています。


「ええ、出来る事なら、無傷で身柄を確保するのが望ましいのです。」

私はぱぱーっと話して喉が渇いたので、ハーブティーをひと啜り。


「…で、そいつの特徴は?」

「え?んー?」

そういえば、特徴を聞いていなかったのですよ。
原作で出てきたチュレンヌ卿は…。


「かなり太っていて…。」

『ふむふむ?』

2人はこくこくと頷いているのです。


「態度が横柄で、口調が尊大…。」

「なるほど…どっかで聞いたことがあるような性格だな。」

そう言いながら、才人の視線がルイズに向かっています。


「…好色で、巨乳好き…。」

「なるほど…どこかのエロ犬みたいな性格だわ。」

そう言いながら、ルイズの視線が才人に向かっているのです。


「…そして、ケチ。」

「モンモンみたいだな。」

「モンモランシーみたいね。」

二人とも酷いのですよ、それは。




「いちまーい、にまーい…。」

店の終わった後、怨念のこもった声が、貴賓室内に響き渡っています。
待ち人来たらず…なかなか来ませんねチュレンヌ卿。


「…ルイズ、人の部屋でお金を数えるのは止めて欲しいのです。」

「ここじゃないと、サイトにばれるでしょ?」

サイトにばれるばれないではなく、ホラーなのですよ、その姿は。


「ケティに言われたのを自分なりに少しずつアレンジしながら頑張ってみたら、そこそこ成果は出るようになったと思うのよ。
 ジェシカ、ジャンヌ、マレーネには及ばないけど、一気に中堅どころまで駆け上る事は出来たし。」

ルイズは容姿が絶世の美少女なので、胸が薄い事を入れても総合的に可愛いのです…というか、巨乳好きでも顔が駄目だと駄目ですしね。
胸は魅力の増幅器、ベースとなる容姿が良くなけりゃあどうにもならないのですよ。
ですから、きちんと接客が出来るというだけで、ルイズの人気が出るのは自明の理なのです!

…って、社会経験を積んでもらう為とは言え、次期女王予定者に何やらせているのでしょうね、私達は。


「ここに来て、労働の有難味と創意工夫の大事さを実感できたわ。
 日々の糧を得る為に、己に与えられたものを最大限に活用する…何事も気の持ちようよね、うん。」

ルイズってばすっかり逞しくなって、お姉ちゃんは嬉しいのですよ…私の方が年下ですが。


「…とは言え、アレよ。
 ジェシカをギャフンといわせる為の一工夫が出ないのよね…。」

「最近調理と皿洗い専門になりつつある私に、それを聞きますか。」

キアラを《星降る夜の一夜亭》に呼んで、『パウルが金の無駄遣いをしているからしばいておけ』と伝えて以来、パウルの消息が途絶えたままですが…どういう手で来るか読めませんからね、奴は。
だからこそ、商会の主を任せたわけなのですが。
ちなみに、キアラを呼んだら偶然モット伯のハーレム再建計画が発覚。
持つべきものは、やり手で美人の参謀なのですよ。


「ケティならちゃちゃっと出るでしょ、ちゃちゃっと。」

「男女の機微なら、ジェシカのほうが圧倒的に上手だと何度言えば良いのですか?」

この件に関して言えば、私とルイズの間に差など全く無いのです。
未来のルイズからアイデアをパクるくらいしか出来なかったわけですし。


「私に聞くくらいなら、キュルケの方が遥かにましなのですよ。」

「嫌よ、キュルケに聞くくらいなら、ジェシカに聞いたほうがましだわ…。」

ルイズは溜息を吐いて、額を押さえたのでした。
ちなみにキュルケは自分の魅力を生かす術は心得ていますが、他人に関してはちょっぴりずれているのです。
それを先日、身をもって知りました…。


「色恋沙汰はケティも専門外かぁ…。」

「誰にだって得手不得手はあるのですよ。
 忘れているようですが、私は年下なのです。」

しかし、眠い…現在時刻は地球で言うと夜中の三時くらいなのです。


「そうよね、ケティの場合覚えた端から忘れるのよね、年下だって事。
 何というか、年上のオーラが漂ってくるのよ、うん。」

「言外に老けた性格だと言っていませんか、それ?」

まあ確かに、前世を加えると30歳越えですが…敢えて考えないようにしているのですから、そこは放って置いてください。


「老けているとは言っていないわ。
 安心出来るというか、思わず甘えたくなるというか、そういう雰囲気なのよ。」

そう言えば、ルイズは末っ子なのでした。
ルイズの末っ子属性が、実は私が年上でもある事を暴くとは…。


「おほほほほ、さあいらっしゃ~いルイズ~!」

慈母の如き微笑みを浮かべつつ、ルイズに向かって手を広げてみたり。


「ケティおねぃちゃ~ん!」

そこにルイズが飛び込んで来たのでした。
夜中なせいか、妙なテンションなのですよ、二人とも。


「…お前ら、何やってんの?」

おや、何時の間にやら、呆れ顔の才人が…。


「んー、姉妹ごっこでしょうか?」

「いや、それはわかるんだが…何でルイズが妹?
 ケティの方が年下じゃね?
 …いやまあ、そっちのほうがしっくり来るけど。」

才人、自由奔放に発言するのは貴方の良い所でもあるのですが、それが舌禍の元でもあるという事に気づいた方が良いのです。
例えば、顔を真っ赤にして体をブルブル震わせているご主人様の事を慮った発言をしてみるとかなのですよ?


「記憶を…失えええええぇぇぇっ!」

「へんでろぱ!?」

顎を下から蹴り飛ばされて宙を舞う才人と、足を高く上げ顔を真っ赤にしたルイズの対比が見事なのですよ。


「あ~、死ぬかと思った。」

床に倒れた才人でしたが、何事も無かったかのように起き上がったのでした。


「チッ、生きていたのね…。」

もはや蹴り程度のダメージなど、ものともしない脅威の回復力を備えつつある才人。
横○忠夫の域に到達する日も近いような気がするのです。


「それは兎に角、こんな所でケティに迷惑かけていないで、とっとと帰るぞルイズ。
 明日もきっつい仕事が待っているんだからな。」

ううむ、才人は意外と世話焼き属性?


「はいはい、わかったわよ。
 じゃあケティ、おやすみなさい。」

「はい、お休みなさい。」

ルイズたちは貴賓室から去って行ったのでした。


「ああ、あのベッドであんたと一緒だなんて…憂鬱だわ。」

「仕方ねえだろ、ベッドが一つしかないんだから!」

立ち去った直後にドアの向こうから漏れ聞こえてくる会話。
あの2人、何でそれほど密着しておいて間違いの一つも起きる気配が無いのでしょう、不思議なのですよ…。


「まあ、そんな事を考えていても仕方が無いのです。
 眠りましょう…。」

やっぱり、ルイズが強過ぎるのがいけない…むにゃ…ねむ…。





「ねえ、『キャバレー』の件なのだけれども、ちょっといいかしら?」

「はい何ですか、ミ・マドモワゼル?」

翌日、開店前にスカロンに声をかけられたのでした
アップだと怖いので、出来る事なら20メイルくらい離れた場所から話しかけて欲しいのですが、そうも言っていられませんか。 


「旅芸人の手配は出来たかしら?」

「旅芸人の手配はもう少し待って欲しいのです。
 季節がら、王都では無く地方に回っている季節ですから。」

確かに地方回りの時期ではあるのですが、実は既に手配は終わっていたりします…が、チュレンヌ卿の一件が済んでからにしようと思っているのですよ。


「うーん…それじゃあケティ、貴方何か出来ない?」

「貴族に何を求めているのですか、ミ・マドモワゼル?」

この世界の貴族は魔法が出来るくらいで、それ以外はそれほど多芸ではないのですよ。
とは言え、実はちょっとした卓上手品程度ならできますが…。
この世界には魔法があるせいで、奇術が発達していない上に見世物にならないのですよ。
そこそこ大がかりな奇術でも『人が浮いています!』『レビテーションだろ?』で、終わってしまいますからね…。


「歌とかは…?」

「故郷の葡萄踏み歌とか、小麦収穫の祝い歌でいいのなら。」

ワインを仕込む時に村の娘達が集まって、皆で歌いながら葡萄を踏むのですよ。


「貴族なのに…。」

「当家の領地は慢性的に人手不足なので、立っているものは領主だろうが使うのです。」

繁農期になると、領主どころか山の女王に働き蜂を派遣してもらわないと追いつかない程なのですよ。


「小洒落た歌とか…思いつかないかしら?」

「うーん…。」

前世の記憶なら、歌える女性の曲は…『ワールドイズマイン』?


「…ニコ厨丸出しなのですよ。」

こっちの時代には曲調が合いませんし、無理なのですね。


「あとは…『リリー・マルレーン』ですか…ふむ?」

これなら曲調もゆったりしていますし、キャバレーっぽくて良いかもなのですね…色っぽい歌詞ですけど軍歌ですが。
…少し記憶が定かでは無い部分もあるので、一番だけ歌ってみますか。


「~~~~♪~~~~♪
 …とまあ、こんな感じで御粗末様なのです。」

「綺麗な声…歌詞も兵隊さんに受けそうだわ。
 ゲルマニア語なのが玉に瑕だけれども。」

ゲルマニアとは基本的に仲が良くないですからねえ、我が国。


「まあ、ゲルマニア語っていうのも異国情緒漂っていていいかもね。
 …って、楽隊の手配とかは?」

スカロンってば、キャバレー化の提案をかなり気に入ってくれていたのですね。
それは良いのですが…。


「ま…待って下さい、持ち歌一曲でやれとか罰ゲームなのですよ。
 きちんと劇団は手配するので、もう少々待って欲しいのです。」

「そ、そうよね…流石に一曲だけはきついわよね。
 残念だわ、ケティちゃんの歌、とっても上手だったのに。」

ひょっとして、プロに混じって歌う破目に陥りましたか、これは…。


「それじゃあ、今日も頑張るわよ。」

「はい、ミ・マドモワゼル。」

さて、今日も一日調理と皿洗いを頑張るのですよ。




「はぁ…何時見ても不思議な光景だわ。」

カブを切っていると、厨房に来たジェシカが不思議そうに私の手元を覗き込んでいるのです。


「そんなにブレイドでカブを切るメイジが珍しいのですか?」

「珍しいというか、今まで一度も見た事が無いわよ。」

ブレイドは刃に切ったものがくっつく事はありませんし、伸縮自在で洗う必要も無いという便利な調理用魔法なのです。
ブレイドが戦闘用魔法?HA!HA!HA!そいつぁいったいどういうジョークだいジョニー?なのですよ。


「ケティ、こっちに火を頂戴!」

「はいはい、炎の矢!」

スカロンの掛け声に応じて、かまどに着火します。


「この肉、ちょっと炙って軽く焦げ目をつけてくれ!」

「はい、発火!」

発火の魔法で肉を炙って焦げ目をつけます。


「明らかに厨房の効率が上がっているわ…メイジって便利ね。」

火メイジの力を最大限に活かせるのは、戦場と厨房なのですよ、ジェシカ。





いつものように店の羽扉が開き、客が入ってきましたが…何時もとは様子が違う感じの一団なのでした。
中央にいるのは、太っていて態度の大きそうな貴族…その周囲を下級官吏や軍人と思しきメイジ達が取り囲んでいるのです。


「チュレンヌだわ、急いで応対しないと!」

スカロンはフリフリエプロンを壁にかけると、クネりながら大急ぎでチュレンヌ卿の元に向かっていったのでした。


「あれがチュレンヌ卿なのですか…。」

ぬぅ…どアップのスカロンを前に全く怯まないとは、やりますね。
おを?取り巻きが杖を抜いたのですよ、客が一斉に出口に向かって逃げて行くのです…下品で低能な脅し方なのですね。
脅す時はもっと密やかかつ陰険に…。


「…ではなく!そろそろ行かないと。」

事前の打ち合わせ通り、貴賓室に連れて行ってって…。


「ぶ!無礼者おおおおおおおおっ!?」

「ええええええええええっ!?」

ルイズの胸を触ろうとしたチュレンヌ卿が、ルイズの蹴りで空中高く飛び上がったのでした。
才人への蹴りは、アレでも本気では無かったのですね…。


「この!貴族の!恥!さらし!めええええええっ!」

1Hit!2Hit!3Hit!4Hit!…ルイズの凶悪な空中コンボに、取り巻きも何が起こったのかわからずに、ポカーンと眺めているのです。


「墜ちなさいっ!」

浮かびあがったチュレンヌ卿を、ルイズは空中踵落としで叩き落としたのでした。
ええと…27Hitコンボなのですよ。


「げふぁ…。」

「うわぁ。」

駆け寄った時には既にぴくぴくと痙攣するチュレンヌ卿が横たわっているのです…《チーン》と、何処かで鈴が鳴ったような気が。


「な、何をするか平民風情が!」

「何をするか、では無いのですよ。
 いきなりルイズに手を出して殴り倒されるとか…計画が丸潰れなのです。
 何を考えているのですか、貴方達の親分は?」

私のそこそこ綿密なプランを返せコンチクショーなのですよ。


「無茶苦茶言うなっ!?」

取り巻きAが、何か言っていますがスルーなのです。


「ルイズ、計画がぶち壊しなわけですが…?」

「少しやり過ぎちゃった、てへっ☆」

あの惨劇を見せた後で、かわいこぶっても無駄なのですよ。


「少しじゃ無いだろ、泡吹いているぞこのオッサン。」

デルフリンガーでチュレンヌ卿を突っつきながら、才人がルイズにツッ込んでいるのです。


「うっさいわね、あんたも泡吹かすわよ?」

「怖いから、どうぞやめてください。」

即座に土下座体制に入る才人…最近下僕体質が染みつきつつあるのでしょうか?


「ええい、我らを無視するなこの平民どもが!」

取り巻きBがなにやら喚いているのです。


「宮廷の蛆虫に集る木っ端役人風情が喚くな、なのですよ。」

「な、な、な、なんだと!?」

取り巻きBは、びっくりして口をパクパクさせているのです。


「黙れと言っているのですよ、自らの地位を成り立たせているものが何であるのかすら理解出来ていない愚か者どもに。」

そう言ってから『ハッ!』と、鼻で笑って見せたのでした。


「平民!今の暴言聞き捨てならんぞ!」

「平民風情がその口のききかた…断じて許しては置けぬ!」

取り巻きたちは色めきたって、杖を抜いて私に向けたのでした。


「ふぅ…平和な話し合いは成り立たず、なのですね。」

これで取り敢えず、この場から逃げ出すものは居なくなったでしょう。
出口には目つきの鋭い女性が数人…銃士隊の隊員なのですね、サポートありがとうございます。


「何処が平和な話し合いだっつーの!?」

「あれが平和な話し合いの態度なら、宣戦布告はさながら熱烈な愛の告白だわよ。」

才人は肩をすくめ、ルイズは額を押さえているのです…。


「ちょっとした冗談のつもりだったのですが…。」

「笑えないわ。」

ルイズにバッサリと斬られてしまったのですよ…。


「うぅっ…と、兎に角…才人、ルイズ、懲らしめてやるのです!」

『あらほらさっさー!』

ええと、「やぁっておしまい!」の方が良かったでしょうか…?


「全国の女子高生の皆さ~ん!お待ちかねのデルフリンガー様参上ですよ~!
 寄らば斬る!寄らなくても斬る!隠れても逃げても斬る!今宵の俺は血に餓えているぞ、うひひひひ!」

「黙れ妖刀!」

「うっさいわよバカ剣!」

才人はデルフリンガーを抜き放ち、ルイズは拳を光らせながら敵に飛び掛って言ったのでした…って、ルイズの拳が光ってる!?


「サイト!そっちの敵は任せたわ、私はこっちのをやる!」

「おう!任せとけ…って、そんなのアリ!?」

ええとルイズ…今、拳でウインドカッターを弾き飛ばしませんでしたか…?


「ちょ、デルフ!アレが例の力なのかよ!?」

「え!?あー…いや、良くわかんないけど違うような気がする。」

虚無じゃないとしたら、何なのですか、アレは…?


「酒場の酔っ払い相手に鍛えた避けの極みよ、あんた達如きに見切れるわけが無いわ!」

ルイズは飛んでくる魔法をやすやすとかわし、あるい弾き飛ばして取り巻きに肉薄…。


「吹き飛びなさい!」

パンチと同時に拳の先にエクスプロージョンを発生させて文字通り吹き飛ばしたのでした。


「な、何だこの娘!?」

「ボーっとしてんじゃ…無いわよっ!」

更にルイズは反動を利用して、向かい側の取り巻きにキックをして蹴り飛ばしたのです。


「グハッ!?」

取り巻きは壁に激突して、そのまま崩れ落ちたのでした。


「ちょ、相棒!拙いぞ、ちょっとの間に娘っ子が滅茶苦茶強くなってる!?
 このままだと俺達いらない子になっちまうぞ!」

「わかってるけど、剣は手加減が難しいんだ…よっ!」

才人も負けじとデルフリンガーの横の部分で一気に2人をぶっ飛ばしています。
ちなみに私なのですが…。


「この娘は指揮官か…戦いは苦手そうだな。」

「取り敢えずこいつを捕らえて人質に!」

肉弾戦が苦手な私は、戦えないのと勘違いされて捕らえられそうになっているわけなのですが…。


「ちょっと待て、それは呪文!?」

「まさか、メイジなのか貴様!?」

呪文を唱え始めると同時に火球が形成、例の如く高速回転して小さく白く、眩しくなっていくわけなのです。


「火というのは、温度が高くなれば高くなるほど白く眩しくなっていくわけなのですが…さて、蒸発したいのはどちらなのですか?」

そう言って、にっこり笑いかけてみたりするのです。


「ま、待て…参考までに効くが、貴殿のクラスは?」

引き攣った顔で、取り巻きが私に話しかけてきたのでした。


「冥途の土産に教えてあげますが、火のトライアングルなのです…で、どちらが先に蒸発するのですか?」

『ヒィっ!?』

そんなに私の笑顔に怯えなくても…ちなみに魔法への対処が全く出来ないない場所で火の魔法をブッ放すわけにはいかないので、これはハッタリなのです。
いや全く、本当に使いどころが限定されるのですよ…。


「ふ…フン、『どちらか』という事は、一つしか作れないのであろう?」

「そんな貴方の御期待に応えて、いつもより多く御用意~♪」

火球二つ追加なのですよ~。
まあ、増えてもハッタリはハッタリなわけなのですが。


「杖を捨てて両手を上げれば、命だけは助けてあげるのです。」

「ぐ…仕方があるまい。」

取り巻きたちは杖を捨てて両手を上げたのでした。


「才人、そろそろ良いので、アレいきましょう。」

「おう…静まれぃ!」

才人が大声で叫んだのでした。


「静まれ静まれぃ!」

それにデルフリンガーが続きます。
静まれとは言っても、殆どの者が床に倒れ伏して、残りは手を上げているわけなのですが、まあ気分作りということで。


「こちらにおわす方を何方と心得る!
 畏れ多くも女王陛下直属の特務侍女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢にあらせられるぞ!
 そのほうら頭が高い!ひかえおろぅ!」

とは言え、ほぼ全員床に倒れ伏しているわけなのですが(以下略


「え…いや、てっきりこっちの一件大人しそうだけど、おっそろしい娘が一番偉いのかと…。」

取り巻きが恐る恐る私を指差しているのです。


「いえいえまさか、私はただの三下なのですよ?」

いやぁ、最前線で自分達をぶっ飛ばしていた相手が、まさか一番偉い人だとは思いも寄らなかったでしょうねえ、あっはっは。


「ちょ、ちょっとケティ?」

「はい、何なのですか?」

ジェシカがおそるおそる声をかけてきたのです。


「ル…ルイズってそんなに偉い人だったの?」

「ルイズは基本的にエラい人なのですよ。」

関西弁的な意味で。


「ど、どうしよう…あたし散々からかってたんだけれども、ぶ、無礼討ち?」

「大丈夫大丈夫、これはいちおう極秘任務なので、命の危険は無いのですよ…私達の正体さえ口外しなければ、ね。
 そういうわけで皆にも徹底してくださいね、ジェシカ?」

ジェシカににっこりと微笑みかけると、引き攣った笑顔を浮かべてジェシカがコクコクと何度も頷いて見せたのでした。


「さて皆さん、起き上がって裏口へ。
 お迎えの方々がいらっしゃっているのですよ?」

もう少し静かにするつもりだったのですが…まあ、いいでしょう。
客は全員退避済みですし、給仕娘達の口も封じました。
とは言え人の口に戸は立てられず…何れ漏れるでしょうが、二月程度ならば何とかなる筈なのです。



「え…ええと、このお財布の山は何?」

私がルイズに手渡したのは、チュレンヌ卿とその部下の人数分と同じ数の財布。


「先程の催しにチュレンヌ卿とその取り巻きの方々がいたく感激なさってくれたようで、その財布をルイズへのチップにどうぞと。」

「えええぇ!?感激というより悲嘆に暮れていた感じだったけど?」

まあ、そうとも言うのです。


「良いから受け取っておくのですよ、あの方々の最期の厚意なのですから。」

「ええと、今ケティが言った《さいご》の意味が凄く怖かったような?」

気にしちゃ駄目なのですよ。


「もう二度と永遠にこの店には来られないのですから、貰える時に貰っておくのですよ。」

「…すっごく受け取りたくないんだけど。」

ルイズの顔が引き攣っているのです。


「冗談なのですよ、彼らがそんなに酷い目に遭う事は無いのです。
 あの姫様がそこまで酷い事が出来る訳無いではありませんか?」


「う…うーん、そうよね。
 そういう事なら受け取っておこう…かしら。」

正直が一番なのですよ、ルイズ。


「…そうそう、彼らが正直だと良いのですね、ルイズ。」

「怖い、怖いわケティ!」

うふふふふふふふふ…。





「うぉぅ…。」

才人の感嘆の声。


「ふつくしい…。」

思わず声が上がるのですよ、これは。


「えへへ~どう?どう?」

ううむ、流石は魅惑のビスチェ。
あのキュートなルイズが輪をかけてキュートなのですよ。

そんなこんなで次の日の夜。
実は昨日がチップレースの最終日だったらしく、無茶苦茶な量のチップをカツ上げ…もとい、手に入れたルイズが勝者となったのでした。
そんなわけで、魅惑のビスチェはルイズがゲットなのです。


「とてもとても可愛いのですよ、ルイズ。」

そう言いながら、ルイズをぎゅーっと抱きしめます。


「ああ、魅惑のビスチェの効果は恐ろしいのです。
 そっちの気の無い私が、ルイズに堕とされそうなのですよ。」

これは…ノンケでもかまわず食っちまおうとする危険なビスチェなのです。


「ええっ!?いやそれは是非とも勘弁してケティ。」

わかってはいるのですよ…しかし、わかっちゃいるけどやめられないのですよぅ。


「そ、そうだわ、ケティも着てみてよ。」

「えー?」

スカロンが着ていたものを身に着けろと…?
いやまあでも、今はルイズが着ているから別に構いませんか。


「それではお言葉に甘えて…。」

ルイズに魅惑のビスチェを借りてみたのでした。


「ぶーっ!?」

私を見るなり、才人が鼻血を噴いて気絶。


「ちょ、サイト!?
 何、なんなのこの反応の違い!?」

そう言いつつ、ルイズが私の胸元を覗き込んだのでした。


「おおぅ…こ、これは…これはなんというけしからん膨らみ…。」

そう言いながら、ルイズが私に抱きついてきたのでした。


「魅惑の膨らみ…なんという素晴らしい感触…。
 これは才人も耐え切れるものじゃあないわね…。」

「ちょ、ルイズ、正気に戻ってください!?」

ルイズが私の胸にすりすりと顔を押し付けてくるのです。


「素晴らしい膨らみ…これは私のものだわ、誰にも渡さない…。」

「ひええええええ!誰か助けてーっ!?」

明け方の《魅惑の妖精亭》に、私の切ない悲鳴が響き渡る事になったのでした。
うう、もう二度と絶対にこんなもの着ないのですよ…。



※1000ゲッターの方へ
外伝リクエスト権をプレゼント( ゚∀゚)ノ
分の悪い賭けが嫌いでなければどうぞ、何なりと。



[7277]  幕間27.1 探す人、あるいは貧乏人達の夜&微熱と熱風の憂鬱
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:30
「おやタバサ、お久し振りなのです。」

「ん、久し振り。」

仕事が終わった後、ケティが貴賓室に戻るとタバサがいた。


「流石は北花壇騎士…と、言うべきでしょうか?」

ケティは空き放たれた貴賓室の天窓を眺め、外から聞こえる「きゅい!」という泣き声を聞いて、全てを理解したように苦笑する。


「ここは予想外だった。」

「まあ、私も予想外でしたから、仕方が無いのです。」

ケティはタバサに懐かれているが、同時に監視されている事にも気付いていた。
自主的なものなのか、北花壇騎士としてのものなのかは定かではないが。


(もしも、ジョゼフ王の命令で監視されているとするのなら、かなり厄介なのですね。)

タバサがもしも、ケティをどうにかするように命令を受けたら、多少躊躇しつつも間違いなくやってのけるだろう。
彼女は彼女にとって最大のアキレス腱である母を人質に取られているのだから。
それがわかっているだけに、内心かなり困っているケティだった。
彼女は基本的に身内には物凄く甘いのだ。


(まあ、最悪どうにもならなくなったら、ニトロを錬金して自爆して果てましょう。
 死体が木っ端微塵になれば、アンドバリでも流石に無理でしょうし。
 そんな光景を見せられたらタバサの心は深く傷つくでしょうが、自分で殺すよりはましだと思ってもらうしかないのです。)

そうならない事を祈るケティだった。


「ああそうだ、珍しい果物があるのですよ、食べますか?」

「ん。」

タバサはコクリと頷いた。


「わかりました…ブレイド。」

ケティはブレイドの魔法で果物の皮を剥き、切り分けていく。


(相変わらず、魔法を道具扱いする。)

タバサはそう思いながら、ケティが果物を切る様を見ていた。
ケティ達ラ・ロッタ家の人間の魔法に対する考え方は、一般的な貴族のブリミル教徒から見ると異端スレスレである。
魔法は始祖から賜った神聖なる力であり、ケティのようにあからさまに道具扱いするのは貴族の一般的な通念上、あまり宜しい事ではない。


(蜂に守られて、異端審問官も司祭すらも入れなかったせい?)

ひょっとして、メイジというのは元々ああいう魔法の使い方をしていたのだろうかと、タバサは考える。
タバサの信仰心は酷く低い。
何故か?彼女の境遇を見れば一目瞭然である。

優れた魔法の技能を持ち人格者として知られていた父は、魔法がさっぱりだった伯父の嫉妬によって暗殺された。
始祖から賜った神聖なる力が、父を死に追いやる原因となったのだ。

そして王家の姫であるが故に、権力闘争の泥沼に引き摺り込まれ母すらも半ば失った。
己の身と家族を悲惨な境遇に貶めたのはブリミルより受け継ぐ神聖な血とやらのせいなのだ。

本来彼女にとって福音となるべき全てのものが反転し、悪意となって彼女の身に降りかかった事が、彼女の信仰心を喪失させる原因となった。
だから彼女は魔法を神聖な力だとは欠片も思っていない。
目的を遂行する為の大切な道具だと思って使っている。
だから、同じように魔法を道具として使うケティが気になるのだ。


「はい、どうぞタバサ。」

ケティが切り分けた果物を皿に乗せてタバサに差し出した。
タバサはそれを一つ摘まんで口の中に放り込み咀嚼する。


「美味しいですか?」

「ん。甘酸っぱい。」

程好い酸味と甘みが口の中に広がるのを楽しみながら、タバサは再び思考に戻ろうとした。
上から「きゅい!きゅいー!(お姉さまだけずるいのね!)」と、抗議の声が聞こえるが、気にしない。


「シルフィード、良いから人型になって降りてきなさいな。」

ケティの一言に、タバサは口の中に入れていた果物を噴きそうになった。


「きゅい!?いいの?」

シルフィードも思わず人語を話している。


「良いのです。
 貴方が風韻竜なのは知っていますから、人に化けて下りて来るのです。」

「な…なんで?」

驚愕で口が震えて言葉がどもるタバサ。
ケティには何もかも隠せる事は無いのだろうかと少し怖くなる。


「うふふふふ、月は何でも知っているのですよ。」

「説明になっていない。」

とは言えタバサには、このとことん秘密主義な友人が自分の事を自分の前以外では絶対に口外しないのも知っている安心感もあるのだ。
今まで散々監視し続けてきた結果、彼女はそういう信頼に足る人物だという事も理解出来ていた。


「はい、はーい!シルフィはお肉が欲しいのね、きゅい!」

人型になったシルフィードが、素っ裸で天窓から降りてきた。

「貴賓室には肉は置いていないのですよ。
 果物で我慢なさい、果物で。
 あと、幻影で構いませんから、服を着ているように装うのです。」

シルフィードが風韻竜である事に全く動じていないどころか、服を着ないで幻影でもまとっていろと言うケティ。


「風韻竜を初めて見て、全く動じない人なんて初めて。」

「ちっ、ちっ、ち。
 当家の領地にはクイーン・ジャイアント・ホーネットという極めつけの幻蟲が居るのです。
 今更喋る竜くらいで、びっくりするわけが無いのですよ。」

始祖よりも古い時代から生き続けると言われ、自信満々で制御しようと向かっていったヴィンダールヴが彼女を怒らせて、危うく喰われそうになったとか言う愉快な逸話を持つ生き物がケティの領地には居るのだ。


「そういえば、その通り。」

タバサはコクリと頷いたのだった。


「そう言えば、何故ヴィンダールヴはクイーン・ジャイアント・ホーネットを操れなかったの?」

昔、本で読んで不思議に思っていた事を、タバサはケティに聞いてみた。


「《わらわは外に骨持つ蟲であって、体内に骨を持つ獣ではないからじゃ。獣と一緒にするとは不敬な輩であったわ》…と、山の女王は仰っていたのです。
 何分大昔の事なので、本当かどうかは知りませんが。」

美味しそうに果物を丸呑みにするシルフィードを見ながら、ケティはそう言って微笑んだのだった。


「泊まってもいい?」

「ええ、久しぶりに一緒に寝ましょう。」

ケティは笑顔で頷く。


「シルフィも、シルフィも一緒なのね!」

「はいはい、一緒に寝ましょう。
 ベッドは大きいのですから。」

その夜、タバサは久しぶりにゆっくりと眠る事が出来たのだった。





モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは勤労学生だ。
彼女の実家、モンモランシ家は始祖以来続く水の精霊との交渉役だったが、干拓に大失敗して借金をこさえた挙句転封されたという、先祖に土下座して謝っても許して貰えそうも無いくらい没落した貴族でもある。
現在、モンモランシ家は堅実にコツコツ働いて借金を返し、元の地位に戻ろうと奮闘中なのだ。
だから、実家からは余分なお金など一切送られてこない。
そして、彼女が水の秘薬や香水を作ってコツコツ貯めたお金は…一世一代の大博打の為に使ったお金は…どっかのピンクワカメと慇懃無礼な腹黒娘が全財産はたいて折角作った虎の子の媚薬を飲んだせいで水泡と帰した。

つまり、今の彼女には実家に帰る金すらない。
だから、物凄く暑い女子寮の自室で、頑張って薬と香水を生成中なのだ。
なのに…なのに!


「取り扱いが繊細な薬の調合をしている最中に、後ろから抱き付いてくるんじゃないわよ、ギーシュ!」

「ごふぁ!?」

怒りに任せて、後ろから抱き付いてきたドアホウを、モンモランシーは裏拳で殴り倒した。


「し…しかしだね我が麗しのモンモランシー、薄着にエプロン姿の君が魅惑的なお尻をフリフリさせながら薬を作っているのだよ。
 これはもう誘われているとしか…ちょ、やめ…ぎゃあ!」

無茶苦茶な事を言うギーシュの股間でズボン越しにいきり立っているものを、モンモランシーは無表情に蹴り飛ばした。


「ちょ…これは…あんまりな仕打ちでは…ないかね?」

悶絶しながら抗議するギーシュ。


「ギーシュ、私、お金が無いの。
 お金が無いのは、首が無いのと一緒なの。
 つまり、私は今、とぉっても気が立っているのよ…わかるかしら?」

「き、君が何を言っているのやらさっぱり意味不明だが、お金が無くて気が立っているのはわかったのだよ。」

股間の痛みも忘れ、顔面蒼白でコクコク頷くギーシュ。


「だったら、わかるわよね?
 部屋に居るのは構わないけど、薬の調合の邪魔をしないでちょうだい。」

「わ、わかったのだよ、僕の美しき蝶モンモランシー。」

股間を押さえながら、部屋の片隅に追いやられている窓際のベッドに座るギーシュだった。


ギーシュ・ド・グラモンは大貴族のボンボンだ。
実家はトリステインきっての軍閥を束ねるグラモン家で、彼はその家の四男である。
彼は末っ子であり、両親も兄達も彼には甘々だった。
今もそこそこの美少年である彼だが、子供の頃はそれはもう美少女と見まごう程の可愛らしいお子様だったのだ。
そんな彼に、両親も歳の離れた兄たちも皆骨抜きだった。
しつけこそしっかりとされたので礼儀正しい子にはなったが、反面とんでもない悪戯小僧でもあり、《落とし穴といえばギーシュ坊ちゃん》と、領民に恐れられもした。

何の不自由も無く育った彼だったが、ある程度大きくなった時彼は気付いた。
一件裕福そうな自分の家が、内実借金まみれだという事実に。
両親も兄達も、そして自分もとことん見栄っ張り、その見栄っ張りな気性が限界を超えた散財を生み出し、グラモン家を借金塗れにしていた。

駄菓子菓子、そんな境遇でもギーシュは挫けない、折れない、砕けない!
グラモン家の人間は見栄っ張りな上に物凄く暢気なのだ!借金くらいでへこたれるものは一人もいない、それは勿論ギーシュもなのだ。
頑張れギーシュ、負けるなギーシュ!君にはきっと底抜けに明るい未来が待っている…と、いいね。


「なあ僕の可憐なモンモランシー、薬の調合はまだ終わらないのかね?」

「ええい、まだ数分と経っていないわよ!」

ブラ無しで汗で透けたシャツ一枚にエプロン、後はパンツ履いているだけという、先日結ばれたばかりで愛しい恋人の扇情的な後姿は見ているだけでも楽しい…が、なかなかこう、感情というか劣情というものは制御が難しいのだ、特に男にとっては。
モンモランシーにとっては、暑いから恋人の前で脱げる許容範囲の限界まで脱いでいるだけなのだが、ギーシュには《いらっしゃいギーシュ、私美味しいわよ?》と言っているように見えるのだ。
わかりやすく言うと、辛抱堪らんのである。


「モンモランシいいいいぃぃぃぃぃ!」

「だっしゃあああぁぁぁぁぁっ!」

ルパンダイブを仕掛けるギーシュを、モンモランシーの鋭いキックが打ち落とした。


「な…生殺しなのだよ、切ないのだよ、これは。」

「やかましい!今盛られても反応のしようが無いのよっ!」

金は人を変えるものだ…とはいえ、変わり過ぎだモンモランシー。


「あの日、僕の腕の中で可愛かった君はいったい何処に…。」

ほろほろと涙を零すギーシュだが、ズボンにテントが張ったままなので、どうにも格好がついていない。


「…もう、恥ずかしい事言わないでよ。」

モンモランシーは照れて頬を赤くすると、作業に戻った。


「よっしゃ隙有りいいぃぃぃっ!」

「そう来ると思ってたわーっ!」

再び野獣と化したギーシュを、モンモランシーは撃墜した。





キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの趣味は意外と多くない。
彼女の普段の趣味は、ごく平均的な貴族の娘とさほど変わりが無い…少し変わったものだと『ルイズを弄る』というのもあるが。
ちなみに男達に愛を振りまくのは、ツェルプストーの女としてのライフワークではあるが、趣味では無い。

そもそも彼女は飽きっぽい性質があるので、一つの趣味が長続きしないのだ。
しかし、彼女が子供の頃から秘かな趣味としているものがある。


「よし、完成…っと。」

それはジグソーパズル。
子供の頃に親に買って貰ったのが始まりだった。
小さな破片を組み合わせて一つの絵を作り上げていくという、一見地味な作業をキュルケはいたく気に入っているのだ。
凝り性が多いゲルマニアの国民性がそうさせるのか、それとも彼女の元々の素養なのか、それはわからない。

夏休みに入ったのを機に、彼女は部屋に籠りきりで延々とジグソーパズルを続けていた。
何故か?今年の夏が例年とは比べ物にならないくらい滅茶苦茶暑いからである。
夏休みの初めころ、キュルケはケティに氷の魔法が付与された『冬のフライパン』というマジックアイテムを借りた。
それによってキュルケの部屋は窓を開け放つと、丁度良い気温となるようになったのだ。
それまで女子寮内で裸族と化していた彼女にとって、それは福音だった。

そもそもゲルマニアはトリステインに比べて冷涼な気候の地が多いし、ツェルプストーの領地も涼しい場所が多い。
ゲルマニア人は暑いのが苦手なのだ…なのに、今年のゲルマニアはトリステインよりも暑いらしい。
キュルケ的には絶対に帰りたくなかった。

わかりやすく言うと、キュルケは夏の引き籠り少女と化していた。


「うーん…夏休みの間に終わらそうと思っていたジグソーパズルを全部終わらせてしまったわ…。
 夏休みで遊びに行ける殿方も居ないし、ケティは何処に行ったのかわからないし、いつの間にかタバサまで居ないし!」

どう考えても、キュルケは引き籠り過ぎだった。


「涼しいのは良いけど、暇だわ…暇過ぎるわ、何で誰も居ないのよ。
 私死ぬ、暇過ぎると私は死んじゃうのよ!」

ぐわーっと叫んで、キュルケは部屋から飛び出した…途端に女子寮内の籠った熱気が彼女の体を蹂躙する。


「私は微熱なのよ…灼熱じゃないの、情熱の炎もここまで暑いとわかりにくいじゃない。
 ああもう、今年はいったい何なのよ?」

大陸性の熱波なので湿度は低いものの、汗が止まらない気温だ。


「いやーっ!?」

女性の絹を裂くような悲鳴が女子寮に響き渡る。


「今のはモンモランシー?」

(あのちょっぴり抜けた守銭奴の事だから、絶対に面白おかしい事になっているに違いないわ。
 例えば水の秘薬の調合に失敗して、触手ニュルニュルになっているとか。)

そう思うと、キュルケの心はウキウキしてきた。


「触手ニュルニュルは素敵だわ…うん、漲ってきた!
 今行くわよ、モンモランシー!」

キュルケは目を輝かせながら、モンモランシーの部屋に向かって歩いていった。



「…触手なのか、奇怪な生物なのかと思って来てみれば、ギーシュ。
 がっかりだわ、心底がっかりだわ。」

「いや、触手や奇怪な生物より下とか、僕はいったい何なんだね?」

キュルケは心底がっかりだという顔で、モンモランシーを押し倒しているギーシュを見下ろした。
そして彼のテント張った股間を眺め…。


「ふっ…。」

鼻で笑った。


「なっ!なんだね、その思わせぶりな嘲笑は!?」

傷ついた表情を浮かべ、ギーシュが抗議する。


「クスッ、マリコルヌより小さいとか、もうね。」

「なっ!?ぼ…僕が、マリコルヌよりも…小さい…?
 ば、馬鹿な、そんな筈が…。」

ギーシュの友人の一人でである小柄なぽっちゃりさんより小さいと言われ、ギーシュは酷く傷ついた。


「だ、だいたい、何時彼の粗末なものを見たというのだね?」

「この前、水兵服にスカートっていう変わった格好をして悶えていたわよ、一人で。」

ギーシュとモンモランシーの二人は、それを聞いて『うわぁ』といった感じに一歩引く。
ちょっと友達でいるのをやめようかなと思ってしまうギーシュだった。


「まあ兎に角腕を磨きなさいな、じゃないとそんな粗末なものじゃあ…ねえ?」

「がーん…がーん…がーん。」

ギーシュは崩れ落ちた。


「ここにいた。」

キュルケの背後から、涼やかな声がした。


「あらタバサ、お帰りなさい。」

「ん。」

モンモランシーの部屋のドアの前で、タバサはコクリと頷いた。


「何処に行っていたの?」

「ケティの所。」

キュルケの質問に、タバサは簡潔に答えた。


「ケティ?あの娘何処にいるの?
 実家に帰っていないとは聞いていたけど。」

ケティに会えれば退屈も紛れるかも知れない。
そう思って、キュルケはタバサに尋ねた。


「魅惑の妖精亭。」

「魅惑の妖精亭!
 タバサ、あそこに彼女がいるのかね?」

タバサの言葉に、ギーシュが素早く反応した。


「ん。」

「ギーシュ、魅惑の妖精亭って?」

コクリと頷くタバサを見て、モンモランシーはギーシュに尋ねた。


「え?あー…うん、アレだよ、御酒を頼むと可愛い女の子が御酌をしてくれるんだ。
 チップを渡すとさらに愛想よく対応してくれる…そういうお店だょ…ごふぁ。」

「…ギーシュがどうしてその店の事をそこまで詳しく知っているのかは、後でじっくり問い詰めるとして、何でケティがそんな店にいるのかしら?」

ギーシュの脇腹に素早く拳を叩きこんでから、モンモランシーは考え込んだ。


「ふっふっふ、ひょっとして、あの子事業に失敗して借金まみれに?
 くくく…仲間よ、仲間がいるわ。」

モンモランシーの頭の中に貧乏貴族の新メンバーとなったケティの姿が思い浮かんでいる。


「いや、それは無いと思うけど?」

「ふふふ、短い天下だったわねケティ。
 これからは私が先達として、正しい貧乏貴族の生き方を教え込んであげるわ。」

キュルケがツッ込むが、モンモランシーは聞いていない。


「面白いわね、貴方の彼女。」

「貧乏な事に彼女はかなり強い劣等感を抱いているからね。
 …時々暴走するんだ。」

キュルケの言葉に、ギーシュはしみじみと頷いた。


「口を滑らせるべきではなかった。」

タバサは軽く煤けて肩を落とす。


「大丈夫よ、絶対面白い事になるから。」

そう言ってタバサの頭をぽふぽふと叩き、キュルケはにんまりと笑ったのだった。


「さあ行くわよ、《魅惑の妖精亭》へ!」

そう言うモンモランシーは最高に輝いているように見えたと、ギーシュは後に語っている。





ジゼル・ド・ラ・ロッタは妹のケティが大好きである。
初恋の相手がケティだと公言してはばからないのだから、ちょっぴり…いやかなり病気かもしれない。
そんな彼女は現在とてもとてもとてもとても…不機嫌である。
何故かというと折角の夏休みなのに、ケティと離れ離れになってしまったからだ。


「はぁ…憂鬱だわ。」

「縛り付けられている俺は、もっと憂鬱っス…。」

ジゼルはパウル商会の本部事務所から逃げ出したパウルを、風の魔法で引っ掛け転ばせてバインドで拘束していた。


「とッ捕まえたわよ、パウル。」

「有難うございます、ジゼルお嬢様。」

蜂蜜色に輝く軽いウェーブのかかった金髪に氷色の瞳の少女が、商会の事務所から出て着て礼をした。


「でもキアラ、こいつがいなくてトリスタニアでの交渉が纏められるわけ?」

「交渉役はこの莫迦者一人ではないので、大丈夫です。
 多少効率は落ちますが…。」

世間一般に美少女といわれるであろうキアラだが、基本的にいつも無表情かしかめっ面かのどちらかでしかない事が玉に瑕である。


「商会の金はケティ坊ちゃんの金。
 それを使い込もうとしたのですから、こいつは暫くこの本部で書類整理してもらいます。」

「でも不思議よね、パウルってケティ一筋でしょ?」

ジゼルの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶのが見えるようだった。

「ケティ坊ちゃんそっくりの酒場女を見つけて、その娘にコロッと騙され貢がされたんです。
 いやはや、これの莫迦ぶりには、開いた口が塞がりません。」

ケティからジゼルにはくれぐれも内密にと言われ、パウルと考えたカバーストーリーを語るキアラ。


「はぁー、それは私も会ってみたいな。」

当然、ジゼルが興味を示すが…。


「ジゼルお嬢様では、この莫迦と同じように翻弄されて巻き上げられるだけでしょう。
 酒場女とは恐ろしい生き物、ゆめゆめ近づいたりなさらぬ用にお願いいたします。」

キアラはぴしゃりと拒否した。


「ぶーぶー、ケチンボ!」

「駄目なものは駄目です。
 それよりも、莫迦が逃げようとしています。」

ジゼルの目に入ってきたのは、転がりながら逃げるパウルの姿だった。


「自由への脱出ッス!」

「ざんねん、パウルの旅はここで終わってしまった!
 レビテーション!」

ジゼルはパウルをレビテーションで浮き上がらせて、開いた窓から本部事務所に放り込んだ。


「ギャース!?」

パウルの悲鳴が聞こえたような気がしたが、ジゼルは気にしない。


「…ところでキアラ、あいつの何処がそんなに良いの?」

「…それは、ジゼルお嬢様も一緒でしょう?」

そう言い合った2人の頬が赤くなる。


「ケティ以外で好きになる男なんて、二度と出ないと思ったのにね。
 ああいうタイプ、好みじゃないと思っていたのに、不思議だわ…。」

赤くなった頬をポリポリと掻くジゼル。


「私は昔から…です。
 兄弟同然に育って、お兄ちゃんって呼んでいましたけど、その頃から…。」

「うわ可愛い。」

うわちくしょー可愛すぎるかなわねーとか内心で思いつつ、目を押さえるジゼル。


「まあなんにせよ…。」

「ケティ坊ちゃんに夢中で、私達の事なんか眼中に無いわけですが。」

そう言って、2人は肩を落とす。


「そしてケティは、パウルの事を面白い子分程度にしか思っていないのよね。」

「つくづくままならないです。
 その方が都合は良いですけど。」

キアラはそう言ってコクコク頷く。


「流石はケティの弟子だわ。」

やるなぁと思いつつ、ジゼルは頷く。


「ケティ坊ちゃんに内面を似せれば、こっちに振り向いてくれるかもと思ったのが始まりなんですけれどもね。
 本当にままならないです。」

そう言って、キアラは肩をすくめた。


「あー…あいつが鬼の会計部長がこんなに可愛い女の子だって知ったら、私なんて一瞬で負けるわね。」

「そ、そんな事無いです!
 ジゼルお嬢様は凄くかっこいいですから!」

そう言われて、少しぐさっと刺さるジゼル。
可愛いというよりかっこいい外見のジゼルは、格好良いと言われるのがコンプレックスだったりする。
彼女自身は可愛くなりたかったのだが、背がひょろりと伸びて典型的なモデル体系となってしまった。
贅沢な話だが彼女は可愛くなりたかったので、自分の容姿をあまり気に入っていないのだ。
悔しいので人には言わないが。


「ああ…可愛くなりたいわ、心から。」

ジゼルは遠い目になって呟いたのだった。



[7277]  幕間28.1 お買い物デートっぽい何かと女王の憂鬱
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:44
「衣装なのよ。」

「衣装なのですか。」

ケティの目の前にあるのは厚い胸板とモジャっとした胸毛。


(スカロン近づき過ぎ…というか、スカロンから漂う薔薇のようなうっとりするほど良い香りが…。
 ううぅっ…見た目も中身も変態のくせに匂いだけ良いとは、なんというフェロモンの無駄遣い。)

スカロンから漂ってくるフェロモンじみたやたらといい香り。
それにちょっぴりうっとりしかけた自分に対して、激しい自己嫌悪に陥るケティだった。


「楽団の手配も整ったし、うちでも歌のうまい娘を選りすぐって旅芸人たちに教えてもらっている最中だけれども…。」

「お酒を注ぐのとステージに立つのでは、必要な衣装の需要が違いますからね。」

ケティの言葉に、スカロンはうんうんと頷く。


「そういう事、もうちょっと派手目、かつ可愛らしくて色っぽいのに肝心な所は絶対に見えない…そんな感じの衣装が欲しいの。」

「またそれは…なんというか、かなりの無茶振りなのですね。」

トリスタニアは首都とはいえ、人口15万人ちょっとという、日本で言うならド田舎の中心都市程度でしかない。
それでも、人口150万人といわれるトリステインの人口の1割が集まっているわけだが、人口30万人超の大都市なリュティスに比べると、色々な点で見劣りする。
服飾職人とか、文化的な点で。


「どうにかならないかしら、貴方の伝手で。」

「うーん…。」

とはいえ、リュティスも日本の諸都市と比べると大都市(笑)になってしまう。
ケティも周辺諸国が大き過ぎて、いまいち実感が湧かなかったが、こうして比べると転生前の祖国がいかに大国であったのかというのを今更ながらに思い知るのだった。


「…正直な話、服飾に関して、私はまるっきり駄目なのですが。」

ケティは男装を止めて以降、ほとんどが姉達からのお下がりであり、しかもそれを何の疑問も無く着ている。
止めたとはいえ、まだまだ少女初心者なケティだった。


「ジェシカをつけるわ。」

「なるほど、それなら何とかなるかもしれないのですね。」

男心マスターのジェシカなら、ジェシカならきっと何とかしてくれる。
そっち方面ではジェシカにまるで勝てる気がしないケティだった。


「後は、男の視点がいるのですね。」

ケティは男男…と考えた結果、才人の間抜け面が浮かんだ。


「ぬぅ…。」

頬がほんのり赤くなる。
いまだに媚薬に頭を侵されていた頃の恥ずかしさが抜けきらないケティだった。


「ああもう、あんな事をしてしまったとはいえ、いい加減に恥ずかしがるのを止めないと拙いのですよ。」

恥ずかし紛れに真っ黒な事を考えて、それを弾き飛ばそうとするが…健闘空しく、さらに顔が赤くなっていく。


「男の子の事を考えて赤くなるだなんて、ときどきおっかないケティちゃんもやっぱり乙女ねえ。」

スカロンはそれを楽しそうに見守っている。


「サイト君の事でしょ?考えているの。」

「んなっ!?」

ケティの顔が真っ赤になる。


「ななななな、何の事でしょう?」

「サイト君の事、いつも微妙に避けているわよね?
 ルイズちゃんとサイト君が話し始めたら、必ず聞き手に回っているし。
 その上、サイト君と二人きりになったら話す時間を手短に、上手く言いくるめてささっと逃げている。
 このミ・マドモワゼルには全部まとめてまるっとお見通しよ。
 ルイズちゃんの為に踏み出せない乙女心、わかる、わかるわ。」

そう言って、頬を赤らめながらクネクネするスカロンの姿は、果てし無くおぞましかった。


「わ、私はあの二人が結ばれるのを応援しているのです。
 絶対に横恋慕などするものですか。」

「そう言っている時点で、認めているようなものじゃなくて?」

そう言ってウインクするスカロンに、ぐっと詰まるケティ。
決して、スカロンのウインクに怖気を覚えたからとかいう事ではなく、言い返す言葉が見つからないのだ。


「そ…そんな事は、無いのです。」

スカロンがケティを見るその視線はさながら慈母のようであった…キモいけど。


「あ、そうだった!」

スカロンがポンと手槌を打った。


「ごめんなさいね、ジェシカは忙しいのよ、ああ見えて。
 やっぱり手助けさせられないわ。
 だ・か・ら、サイト君と二人きりで服を選びに行ってくれないかしら?」

「それは…いくらなんでもあからさまなのでは?」

顔を真っ赤にしたケティが、「うー」と唸りながら、スカロンを睨む。


「わかりました、ルイズも誘って…。」

「ルイズちゃんは今や、うちの稼ぎ頭の一角よ。
 ちょっと特殊な趣味のお客ばかりだけれども、最近人気なんだから。
 一切触れず触らず抱きつかず、可愛い猛獣を鑑賞するがごとく、微妙な距離感と緊張感を楽しむのがコツだそうよ?」

ルイズがちょっと可哀想になったケティだった。


「だから、ルイズちゃんもダメ。
 サイト君と二人で行って来るのよ、いいわね?」

「う…わ、わかりました。」

顔を真っ赤にしたまま、肩を落とすケティだった。




平賀才人には最近少し調子が狂う事柄がある。
モンモランシーの媚薬事件から、ケティと長い間話した事がほぼ無いのだ。
以前は部屋に行って話し込むなどという事もあったが、最近はそれも皆無。
そもそも、滅多に部屋に入れてくれなくなった。


「ええと…ひょっとして、避けられてんのか?」

色々と触ってしまったのは確かだけれども、ケティは暫らくの間才人と目が合うと顔が赤かったルイズとは違い、次の日にはケロリとしていた。
だから、才人はケティがきちんと割り切ってくれたのだと思っていたのだ。
実際は暫らくの間、才人と会うとルイズと同様にかなりテンパっていたのを、何とか抑え込んで平静を装っていただけだったのだけれども。


「あいつ、タバサとは別の意味で表情読みにくいからな…。」

なにせ、ケティは笑っていても内心怒っていたり、涙を流しているのに内心ほくそ笑んでいたりする。
感情表現がある意味ストレート過ぎるルイズとは真逆のタイプだ。
言葉廻しとと雰囲気と目をしっかり見なければ、きちんと感情が読めない。
そして才人はそういうのがものすごく苦手…ぶっちゃけると、良くも悪くも空気読めない。
ケティに避けられているのに気付いたのも、ごくごく最近の話だった。


「あいつ、俺が元の世界に戻るための手助けしてくれるって言ったじゃねーか。
 親友…だと思ってんのに…って、色々触っちまったしなぁ。」

そう言って、手をわきわきさせる才人。


「むむむ胸にキスとか、しちまったし…つーか、思いきり揉んだし、揉みしだいたし!」

思い出していくうちに、才人の顔が真っ赤になっていく。


「うがあああぁぁっ!親友とか言っておいて、あいつに何やってんだ俺はー!」

あまりのエロい記憶に耐えかねて、才人は天に向かって絶叫した。


「やっぱり謝らなきゃ駄目だったんだよ、アレは!
 ケティは『気にする必要は無いのですよ、おあいこなのですから』とか、笑顔で言っていたけど、絶対にまだ根に持ってんだ!
 俺が薬に頭やられたケティの色仕掛けに屈しかけて、色々触っちまった事!」

ケティはそもそも、『断罪の業火』なんて言われるほど、男女関係には厳しい事を才人は思い出した。
目の前でケティに物凄い数の炎の矢でブッ飛ばされて、塔から落ちていく男たちの姿も。


「ひょっとしなくても、ケティは俺に対してかなり怒ってる?
 しかもそれに俺が気づかんかったから…。」

才人は急にガタガタ震えだした。


「ルイズの攻撃は最近慣れてきたけど、ケティの攻撃は得体が知れねえ…。
 なんつうか、精神的に臓腑を抉る様な事をされそうだ…どうなるの、どうなっちゃうのよ俺!?」

真っ青になって頭を抱える才人…怖がりすぎだった。



ノックの音がした。



「だ…誰?」

才人は恐る恐るドアの向こうに向かって尋ねる。


「ケティなのです。」

才人は本能的にドアから遠のいた。


「はい平賀です、ただいま留守にしています。
 御用の方はぴーっという音の後で、お名前と御用件をお伝えください。」

「なんという留守電。
 才人、ふざけないで開けてください。
 貴方にお願いしたい事があるのです。」

才人は再びガタガタ震え始めた。
一方、ケティはドアの前で不思議そうに首を傾げている。


「才人、どうしたのですか、才人ー?」

ケティはドアノブを回す…と、普通にドアが開いた。
ルイズが店に出ているので、部屋の鍵をかけていなかったのだった。


「さい…と?」

「申し訳ございません。」

何故か才人は土下座をしている。


「ええと…何かしましたか、才人?」

「い、命だけはお助けを。」

ケティは何かされたのかと思ったが、全然全く欠片も思いあたる事が無いので、首を傾げるばかりだ。


「…取り敢えず、何の件で謝っているのか教えて欲しいのですが?」

怪訝な表情を浮かべながら、ケティは才人に尋ねてみる。


「揉みしだいて御免なさい。」

「はぁ?」

ケティには何を揉みしだいたのか、さっぱりわからない。


「胸にキスマーク残して御免なさい。」

「へ?」

その一言で、ケティは何の事だかようやく理解した。
そして、物凄い勢いで顔が赤くなっていく。


「え、ええと、でででですから、その事は仕方が無かったと言ったではありませんか?
 媚薬にやられていたとは言え、わわ私の意志なのですから、お互い様なのですと。」

「いやしかし、間違いなく俺は男としての誠意が足りなかった。
 本当に、申し訳ない。」

ケティとしてはそんな事を言われても困るというか、折角記憶が少し薄れてきた頃だったのに色々な感触とかを鮮明に思い出してしまって、えらい迷惑だ。


「だいたい誠意って…私をお嫁に貰ってくれるとでも?」

「え?あ…いや、それは。」

誠意が足りなかった事はわかっているが、迷惑をかけたのはルイズも一緒なのだから、才人としてはケティにだけ責任を取るわけには行かない。


「ほほ~う、それは嫌だと。
 では、どういった方法で誠意を見せていただけるのですか?」

才人が思い切り言い澱んだのに軽くカチンと来たケティは、しゃがみこんで才人の後頭部を睨みつける。


「お、俺を殴ってくれ!」

「それは御褒美ではありませんか。」

最近の才人はちょっとマゾいので、即座にそう返すケティだった。


「俺はマゾじゃねえ!」

「えい!」

才人が顔を上げた途端に、ケティのデコピンが才人の額を襲った。


「全然痛くねえよ。」

「痛かったら御褒美になってしまうではありませんか。
 失敗なのです…むしろ私の指が痛いのですよ。」

才人の硬い額に細い指が負けたらしく、ケティが少し涙目で人差し指に息を吹きかけている。


「だから、俺はマゾじゃねえ。」

「本当に?」

ケティの訝しがるような視線に、才人は泣きそうになった。


「ううっ、なんつー理不尽な疑惑だ。」

「…こんな感じで良いですか?」

ケティの声に顔を上げると、してやったりといった表情で才人を見下ろしている。


「へ?」

「制裁なのです。
 されないと貴方の気が済まなかったのでしょう?」

そう言って、ケティは立ち上がった。


「パンツ見えてる。」

「何故見上げるのですかっ!」

才人の顔面に、ケティの靴の裏が降って来た。




「ショーのコスチューム?」

「はい、私一人では心配なので、才人も一緒に来てください。」

才人の問い返しに、ケティはこくりと頷いた。


「しかし、そんなのでついでに儲けようとしていたとは…。」

「富国強兵なのですよ。」

少し呆れたような視線を送ってくる才人に、ケティはそう返した。


「えーと、明治時代にやったやつ?」

「あー…まあ、一般的にはその認識で構わないと思うのです。」

ケティはしばし空中に目を彷徨わせた後で、頷いた。


「簡単に言えば…経済活動を活発にして国を富ませれば、税収も増えるのです。
 税収が増えれば軍事費も増やすことが出来、軍をより精強に出来ます。
 軍をより精強に出来れば他国から容易に攻められなくなるので国内の治安を安定させる事が出来、より大きな商売が可能になる…と、こういう循環を作っていくのが富国強兵なのです。
 しかし我が国は商人の活動があまり活発とは言い難い…というか、クルデンホルフ商人とゲルマニア商人にいいようにあしらわれているというのが現状なのですよ。」

トリステインの伝統と格式を重んじる国風は貴族のみならず臣民にまで浸透しており、それが自由な発想を必要とする商人にまで影響を及ぼしている。
トリステイン商人は伝統と風習の内側に籠って商売を行い、結果として国内経済を他国の商人に半ば牛耳られるという素敵な状態になっていた。
他国の商人に好きなようにやらせていては、国の富はどんどん海外に流れ出すのみ。
貴族の硬直化が国の硬直化を生み、国の硬直化が国風の硬直化を生み、それが巡り巡って国内経済を弱らせるという悪循環であった。


「当商会の長期的な目標は、商会でトリステイン経済をかき回して刺激を与え活性化することにあります。
 姫様も官僚達を集めて経済への刺激策を色々と画策しているようですが、私は民間からそれを支援するというわけなのです。
 …とはいっても、商売を始めてから改めて設定しなおした目標ではあるのですが。」

ケティが一番驚いたのが、この国の商人が驚くほどチョロい事だった。
御蔭であっという間にこの国の軍需経済に食い込む事は出来たが、本来彼女としてもここまでうまくいく事は予想外だったのだ。
そしてその後、国内経済が他国の商人に半ば牛耳られている事を知って仰天したという経緯がある。
ちなみにアンリエッタもその事を知らず、話しても最初は政治と経済の関係について理解してもらえなかったので、みっちり話しこむ事になったのは言うまでも無い。


「わからん、ケティの言う事は…わからん!
 わかりやすく教えてプリーズ。」

才人は何を言っているのだか、ちんぷんかんぷんだったが。


「要するに私は大いに儲けられて、国の経済も活性化して軍隊も強くなって姫様ウッハウハという事なのです。」

「おお、なるほど。」

ポンと手槌を打つ才人。


「まあそういうわけで、私だって無闇矢鱈に儲けようと画策しているわけではないのですよ、わかりましたか?」

「半分もわからなかったけど、何か良い事しようとしているのは理解した。」

ケティは少しガクッと来たが、高校生が積極的に理解するような事でもないので、それでよしとした。


「そんなわけで、千里の道も一歩から。
 今日は私の買い物に付き合ってください。」

「おう、わかった。」

才人は力強く頷くが…。


「しかし、服の事なんかわかんねえぞ、俺。」

「大丈夫です、才人はエッチですから。」

ケティはすんごい事を言った。


「ええと、なにそれ?」

「男性からの視点が必要なのですよ、今回の件は。
 しかも少しエッチな視点が。」

言いながら、ケティの顔が真っ赤になっていく。


「え、エッチな視点でありますか。」

「ふ、不本意ですが、こういう事を頼める異性の友人は才人だけなのです。」

漂い始めたピンク色の雰囲気。
目を伏目がちに逸らし、羞恥で真っ赤に染まったケティの顔を見て、『やべえ、可愛い』とか思ってしまう才人だった。


「店は!み、店は商会の者に調べさせたので、抜かりは無いのです。
 で、では行きましょうか。」

「お、おう。」

改めて才人はケティの格好を見てみる。
ケティの格好は普段の店の給仕娘の衣装でもなければ、学院の制服でもない。
服が仕立てたてっぽいのを除けば、典型的な町娘の格好だった。


「そういう素朴な格好、似合ってるな。」

「すいませんね、田舎者ですから~。」

言葉の選択肢を間違えたような気がする才人だった。


「ああいや、田舎っぽいって事では無くて。」

「折角仕立てた服なのに、田舎臭いとか地味とか言われてしまったのですよーっと。」

ケティはすたすた歩き出した。


「俺の話を聞けー!?」

「5分だけなのですよ~。」

とか言いながら、ケティは部屋から出て行ってしまった。


「聞く気ねえ!」

慌てて才人がドアを開けると…。


「では才人、行きましょうか?」

…廊下には何事も無かったかのように、ケティが立っていた。


「また騙されたわけだが。」

「うふふふふふふ、才人もすっかりダム板の常連さんなのですね。」

二人は謎の会話をしてから、一緒に歩き始めた。



「んで、なんて店に行くの?」

「ついて来ればわかるのです。」

才人はケティの後をついて行くのだが、徐々に細い入り組んだ暗い場所になってきた。
そのうち、少し開けた通りに出る。
そこは露天商と思しき人々が軒を並べる市場みたいな場所だった。


「…ええと、ここは?」

「トリスタニアの暗部の一つ、闇市というやつなのです。」

才人は通りを見まわしてみる。

まず商人が怪しい。
フードを被ったりしていて顔がはっきり見えない者が多い上に、口元だけがニヤニヤしていたりする。
顔がはっきり見える者も、どう見ても悪人面ばかりだ。

売っているものも怪しい。
髑髏マークの書かれた瓶とか、一体中に何が入っているのだか。
変な生き物の干物…なんか柄とかがサラマンダーっぽい。
フレイム乾すとあんな感じになるのかと妙な感想が浮かぶ。


「…なあケティ、あのピンク色の看板、何書いてんだ?」

やたらと目立つ看板を見て、才人は何気なくケティに尋ねてみる。


「へ?あ…あれですか?
 え、ええと…ですね、あれは…ですね。」

問われたケティは目を逸らして頬を赤らめた。


「きょ…《強力な媚薬取り扱っております》と、書いてあるのですよ…。」

「あ…いや、何かごめん。」

真っ赤に茹で上がったケティを見て、可愛いと思いつつ申し訳無い気持ちになった才人は、慌てて話題をずらしてみた。


「で、でもさ、それってやばくね?」

「やばいものばかり取り扱っているから闇市なのですよ…。」

顔を赤らめつつも、陳列される怪しさ満点の商品に目を輝かせながら、ケティは頷いた。


「何でわざわざ闇市に?」

「仕立て屋までの近道なのですよ。
 好奇心を満たす為でもありますが。」

才人はもう一度周囲を見回してみる。


「確かに、好奇心をそそられるものばかりだな。」

わけがわからんものばかり売っているという点で。


「おお、御嬢!」

急に通りの商人から声がかかる。
禿頭で筋肉質で人相が悪い…どう見ても商人というよりもゴロツキだった。


「ああ貴方ですか、例の仕入れの時にはお世話になりました。」

「へえ、御嬢の頼みとあれば何でもそろえてみせまさぁ。」

にかっと笑うが、笑顔になると更に悪人面になって余計に怖い。


「だ…誰?」

「武器商人なのですよ。
 顔は怖いですが、支払いさえきちんとすれば、まっとうな取引をしてくれる人なのですよ。」

才人は恐る恐る声をかけるが、ケティは平然としている。
どうやら、危険は少ない人らしい。


「ほほう御嬢、後ろの方は恋人ですかい?」

「なっ…何を言うのやら、なのですよ。」

思わず頬が赤くなるケティ。


「か、彼は親友で、その、今日は買い物の手伝いに付き合ってもらっているだけなのです。」

「ほほ~う。」

そう言いながら商人は才人を見る。


「御嬢に見染められるとは、なかなかやるじゃねえか、ボウズ!」

「痛っ!?痛いっておっさん!」

ニカッと笑うと商人は才人の背中を平手でブッ叩いた。


「ガハハ悪ぃ悪ぃ、つい力が入っちまった。
 御嬢はここの大事なお客さんだからよぅ、大事にしてやんな。」

「あいたたた…。」

筋骨隆々なその姿はハッタリではなかったようで、才人はひりひりいう背中を涙目で押さえていた。


「御嬢…例の経路でこんなモンが入ってきましたぜ?」

商人が長い木箱を開けると…。


「でかい鉄砲だなぁ。」

「Противотанковое ружьё Дегтярёва образца 1941 гола!?」

ケティの顔が歓喜で紅潮する。


「ぷらちばたんこーばいえ・るじよー・ぢくちょりーば・おぶらすつぁー・とぃーす・そーらく・ぴえーるばば・ごーだ?
 ええと…新手の魔法か?」

才人はわけのわからん呪文を聞いたという感じで、首をかしげた。


「PTRD1941、通称デグチャレフ対戦車ライフル。
 ソ連製のボルトアクション式対戦車ライフルなのです。」

今にも頬ずりしそうな勢いで、ケティはPTRD1941を見ている。


「動作は?」

「俺には分かりませんが、例の経路からのものですし、固定化かけてあるんで完璧じゃあねえかと。」

興奮した様子で持ち上げようとしたケティだったが…。


「ふんぬっ!ぐぬぬぬぬ!お、重い!?」

卓上にあるのが悪かったのか、顔を真っ赤にして踏ん張っても上手く持ち上げる事が出来ない。
重量15.8㎏の代物なので、少女の細腕の力だけでは文字通り荷が重かった。


「ちょい貸してみ…お、凄えなこの銃。」

才人はPTRD1941をひょいっと持ち上げた。
ガンダールヴのルーンが光って、あっという間にこの銃の性能を解析する。


「この世界じゃありえない距離から狙撃出来るじゃねえか。
 しかもこの威力だと軽く掠っただけでも体削られて死ぬぞ、おっかねー。」

顔を引き攣らせる才人。


「うう、非力なこの身が憎い…。」
 …で、弾薬は?」

「2発、あとは薬莢だけでさ。」

ケティの問いに店主は、14.5㎜徹甲弾2発と、空薬莢数個を差し出した。


「上出来なのです、いくらなのですか?」

「へえ、必要経費が結構掛かりましたんで…ひのふのみの…と、もうちょっといただきたい所ですが、御嬢ですから特別に2000エキューでどうでござんしょう?」

べらぼうな額を提示する商人。


「うぐぁ、すげえ値段…。」

才人の顔が引き攣るが…。


「安い、買ったのです。
 あとで商会から使いを出しますから、その者に渡してあげてください。」

「毎度あり!さすが御嬢、太っ腹!」

ケティは躊躇無く買った


「いや、ちょっと高くね?」

「この世に一点きりのオーパーツなのです。
 あとこれ、構造的に非常に単純ですから、強度の問題さえ何とか出来れば複製可能でしょうし。」

銃士隊の狙撃用ライフルとしてどうかなとか考えているケティだった。
強度的に複製不可能ならば、現物を渡してしまってもかまわない。
ケティでは重過ぎて扱えないし、才人はインファイターなので、対物狙撃銃なんか持っていてもしょうがないからだ。


「ところで、ある経路って?」

「…聞きたいのですか?」

そういうケティの表情はいつもの『聞くな』という笑顔ではなく、『聞きたい?ねえ聞きたい?』という、いかにも聞いて欲しそうなものだった。


「ちょっと耳を貸してください。」

「お、おう…。」

ちょいちょいと手招きするケティ。


「…ロマリアからなのですよ。」

「うぉう…。」

そう耳打ちするケティから甘い香りが漂って来て、言葉と一緒に吐息が才人の耳に軽くかかる。
その刺激に、才人の口からは軽い呻きが上がり、体は思わず軽い身震いを起こし硬直した。


「それ、どこ?」

硬直が解けてから、そう聞き返した才人の言葉を聞いて、ケティはずっこけた。



「ふう…才人には、最低限この世界の地理や文字や歴史を学んでもらう必要があるようですね。」

「確かに、この世界の風習にもそこそこ慣れてきたし、何言われてもちんぷんかんぷんな状態は何とかした方がいいわな。」

才人も、今の自分を憂慮してはいたらしい。


「歴史は私が担当しましょう。
 地理と文字はルイズとタバサにお願いしてみます。」

ケティは自分の一番好きなものを教える事にした。
せこいとも言う。


「あり?ギーシュ抜きなのはわかるとして、キュルケとモンモンも抜きか?」

教師にタバサが入っているのにキュルケやモンモランシーが居ない事に疑問を感じて首を傾げる才人。


「…才人は想像できますか?キュルケが人にものを教える姿を。」

「ああ成る程、全然想像できない。」

才人は頭を左右に振った。
実際にキュルケの場合、もしも話を受けたとしても、生徒として面白くなければ放り出される可能性がある。


「モンモランシーの場合は…記憶力が異様に良くなる秘薬とかの実験台になりたいのであれば、頼んでみますが?」

「それはぜひともお断りしたい。」

絶対に次の日くるくるぱーになるだろその薬とか思いながら、才人は断固拒否した。


「その点、ルイズの場合は多少暴力的かもしれませんが、頼めばきちんと教えてくれるでしょう。」

「あれが多少なのか…?」

アレが多少の暴力なら、世にいわれる体罰は優しく撫でられているのと一緒なのではないかと、小一時間ほど問い詰めたい気分の才人だった。


「タバサはああ見えて、教えるの上手なのですよ。
 座学の試験で何度か教えてもらった事がありますが、プロ並みでした。」
 
「俺、あんまり話した事無いんだが、きちんと会話してくれるのか…?」

あまり話した事が無いというか、才人はタバサの声を殆ど聞いた事がない。
才人が話しかけても、返答がほとんど『ん』とジェスチャーなのだ。
実は既に何度か《アイゼ○ッハか!?》と、心の中でツッ込んでいる才人だった。


「まあ色々とツッ込みたい事もあるけど、生きるための基礎知識は必要だからな。
 よろしくお願いします。」

勉強は好きではないが、この世界で暫らく生きていくつもりなら、最低限の知識はあった方がいい。
でも出来る事ならルイズ先生の撲殺授業だけは勘弁して欲しい才人だった。

そんな事を話していくうちに、暗かった細い路地を抜けて大きめの通りに出る。
大きめとはいっても、道は細くてくねっているが。


「前々から不思議だったんだが…何でこんなに道が細くてくねってんだ、この街?」

東京の整備された道路網が普通だと思っていた才人には、トリスタニアの町のつくりは不可解過ぎた。


「防衛用なのですよ。」

「防衛用?」

才人はきょとんとした顔で聞き返す。


「トリスタニアの王城は、高く堅牢な防壁に囲まれた市街地の中心部にあります。
 もちろん、王城自体にも要塞としての能力がありますが、その前に敵はトリスタニア市街地の防壁を破って市街地に入る必要があるのです。
 だから、道をくねらせ細くしているのですよ。」

「つまり、市街地を盾として使うってことか?」

才人は納得がいったように頷いた。


「お、さすが男の子、私が何を言っているのかわかりましたか。」

「こんな迷路みたいな町に迷い込んだら、敵は間違いなく迷うって事だろ?
 そしてへろへろになったところを倒すと。」

才人はエヘンと胸を張って見せる。


「それだけではなく道を細くしておく事で、市街地での大軍の展開を不可能にしているのです。
 道が細ければ、どんな大軍であろうが決まった数以上の兵士を展開できませんから、こちらが敵より少なくても対応可能というわけなのです。」

「なるほど、そこまで考えて作ってんだな。」

感慨深く才人は頷いた。


「…とはいえ、経済発展の為には少々窮屈過ぎるのですよ、この街は。
 王城にまで敵が迫ってきて市街地を蹂躙している状態なんて、既に完全に詰んでいるのですから。
 いっその事そのあたりは潔く諦めて、町を碁盤の目状に整備しなおして都市内の交通の便を良くし、居住地域を住宅・商業・工業できちんと分けて、それぞれに最適なインフラを用意してやれば…って、わかります?」

「全然わからん。」

才人は自信満々な表情を浮かべて、そう言い切った。


「市街地ブッ壊して作り直せば発展するのにって事なのです。」

「それならなんとなく…しかしアレだ、俺って向こうで何やってたんだろって、ケティ見てて思うぜ。」

才人はそう言って、寂しそうに肩を落とす。


「そんな事はありません。
 才人の知識を生かせる場は、今後必ずやってくる筈なのです。
 才人はこの世界に来て、やっと周囲に適応出来るようになったばかり、いきなり何か出来たらそっちの方が怖いのですよ。」

そう言って、ケティは才人にニコッと微笑みかけた。


「そ、そんなもんかな?」

「そんなもんなのです。
 私だって、生まれる家を間違えていればどうなっていた事やら。
 才人も最初面食らった通り、あちらの世界の常識はこちらの世界の常識とうまく合致しないのです。
 ひょとすると私は今頃、頭のおかしい娘として何処かに閉じ込められていたかもしれません。」
 
おっかないですねーとか言いながら、ケティは身をすくめておどけて見せた。


「…と、あの店なのですね。」

ケティは通りの先に看板を確認すると、歩みを少し早めた。


「お、見つかったのか?」

「ええ、たぶんですけど。」

看板を確認すると《仕立て屋のジェバンニ》と、書いてある。


「どんな難題でも一晩でやってくれそうな仕立て屋さんなのですね、名前的に。」

「何て書いてんだ?」

ケティが感慨深げに呟くと、才人が尋ねてきた。


「《仕立て屋のジェバンニ》なのです。」

「ああ…確かにそれは一晩でやってくれそうだな、何でも。」

才人も感慨深げにうなずいた。


「…でしょう?
 では、店に入りましょう…か!?」

ドアノブを握ろうとした瞬間、《ピキューン!》と、ケティの脳内をひらめきに似た感覚が駆け巡る。


「どうした、ケティ?」

才人が不思議そうに聞き返してくる。


「ええと、何か嫌な予感が。」

「嫌な予感?そんなわけないだろ、入ろうぜ。」

そんな死亡フラグビンビンの台詞を言いながら、才人はドアを開ける。


「ケティ坊ちゃん、いらっしゃいませ!」

突如現れたパウルが才人に抱きついた、しかも頬ずりした。


「ふむ、そういう罠でしたか。」

『ふんぎゃー!?』

ケティが感慨深げに頷く横で、野郎二人がお互いの気色悪い感触に悲鳴を上げていた。


「…最後の最後に入れ替わるなんて、何という残酷な仕打ちっすか。」

「野球で優勝したわけでもないのに、男と抱き合っちまったぃ…。」

野郎二人は、店の床にくず折れている。


「私に許可なく抱きつこうとした報いなのです。」

「金ならあるっすよ…うぐぇ。」

パウルはケティに踏んづけられた。


「ここはそういう場所では無いのです。
 あと、商会の金を私に渡しても、私が全く得しないという事実に気付きなさい。」

「ううぅ…損しないんだから良いじゃな…痛い、痛いっす、御慈悲を、御慈悲をっす!」

反省していなさそうなパウルに、ケティが足をぐりっと捻って体重をかけた。


「反省していない!あと、上を見るな、なのです!」

「ぎゃー!」

店内にパウルの悲鳴が響き渡った。



「ふ、悪は滅びたのです…。」

ケティはふぅっと杖の先端に灯った火を吹き消した。


「…今後はこのような邪かつ不埒な真似はしないと誓うっす。」

消し炭と化したパウルが、床に転がったまま呻くように言った。


「な…何で俺まで。」

同じく消し炭と化した才人が、力なく倒れ込んだままでぼやく。


「またパンツ見たでしょう。」

「そ、そこにパンツがあれば見るのが漢というも…すいません、心の底から反省しました。」

才人は反論しようとしたが、ケティの杖にまた炎が灯ったのを見て中断した。


「しかしパウル、何故ここに?」

「あの酒場に来ちゃあいけないと坊ちゃんが言っていたので。」

パウルはそう言うと、にっこり笑って愛嬌のある笑顔を見せた。


「その前に、貴方はラ・ロッタにいる筈ですが?」

「ふ…人間やる気になれば、何でも出来るものっすよ。」

かっこつけて見せるパウル。
真面目な顔をすれば意外と男前なので、何となく似合わないでもない。


「パウルがこんな所にいるという事は…。
 キアラ、居るのでしょう、キアラ!?」

ケティは何処に言うとでなく、大声でそう言った。


「ケティ坊ちゃん、あいつはまだ俺がラ・ロッタの森の何処かに潜伏していると思い込んでい…。」

「はい、坊ちゃん。」

パウルが笑って否定しようとすると、物影から涼やかな声とともにキアラが現れた。


「げぇっ!キアラ!?」

ジャーン!ジャーン!と、銅鑼の音が響きそうな悲鳴を上げるパウル。


「ど、どうしてここに?」

「あんたが何処かに行くとしたら、坊ちゃんの所以外にありえません。
 至って単純な推理です。
 ちなみに今まで隠れていたのは、希望が絶望に引っ繰り返った後の方が人は無防備になるという、坊ちゃんからの教えを忠実に守ったからです。」

わなわなと震えながら自分を指差すパウルに、淡々と返答するキアラ。


「俺のことは何でもお見通しみたいな事言うなっす!
 あと、昔みたいにお兄ちゃんと呼びなさいっす!」

「あんたを知っていれば、子供だってすぐに思いつきます。
 あと、その呼び方は嫌です、無理です、断じてお断りです。」

そう言いながら、倒れたままのパウルに手を差し出した。


「おお、我が妹よ、俺を助け起こしてくれるっすか、持つべきものは妹っすね。」

「私はあんたの妹ではありません、年下のとっても可愛くて献身的な幼馴染です。
 あと、助け起こすのは単なるついでに過ぎません。」

キアラはパウルの腕を取って引き起こし、そのまま腕を極めた。


「か、可愛くて献身的な幼馴染は普通腕を極めたりしないっす!」

「残念ながら、私は極稀な例外です。
 さあ、それではラ・ロッタに帰りましょう。
 あんたが脱走したので、ジゼルお嬢様が酷くご立腹です。」

そう言いながら、パウルとともに店の出口に進むキアラ。


「もう一つ言えば、ジゼルお嬢様が怒っているので、エトワールお嬢様は更にご立腹です。
 上手い言い訳か辞世の句でも考えながら、帰途につきましょう。
 たぶん何を言っても運命は変わりませんが、人生無駄な足掻きが必要な時もあります。」

「ヒィ!処刑っすか、処刑決定っすか!?」

パウルは逃げようとするが、余程上手く極まっているのか、全く抵抗できていない。
その時、キアラが才人の方に振り返った。


「すいません、申し遅れました。
 私はキアラ、パウル商会の会計部長です、以後お見知りおきを。」

キアラはそう言うと、ぺこりと頭を下げた。


「あ…どうも、宜しく。」

改めて見るとすげー綺麗な娘だなぁとか思いながら、才人も思わず頭を下げる。


「そしてこの莫迦はパウル。
 不本意ですが、当商会の主です。
 真の主はケティ坊ちゃんですけれども。」

「ケティ坊ちゃんの荷物持ちとは真にうらやまけしからん身分っすね!
 頼むから代わって欲しいっす!」

そう言ってパウルは才人を指差したが…。


「今回ばかりはせこい事しないで私財を投入するっす!だか…。」

「黙れ。」

キアラがそう言うと同時にゴキッという妙な音がし、パウルが白目を剥いて気絶した。


「…これでよし。」

「いや、白目剥いてんぞ、そいつ。」

キアラの腕の中でぐったりしているパウルを見て、指差しながら指摘する才人。


「ラ・ロッタでは良くある事ですから、気にしないで下さい。」

キアラがそう言いながら、パウルを引き摺り始めた。


「よくある事なのか?」

「まことに不本意ながら、その通りなのです。」

ケティは沈痛な面持ちで頷いた。


「それでは坊ちゃん、ごゆっくり。」

キアラがドアから出て行く時に、ドアにパウルの頭が思い切りぶつかってかなり痛そうだったのを、才人は見なかった事にした。


キアラ達の退場後、二人は当初の予定通りに衣装選びを始めたわけだが…。
閉じた試着室のカーテンの向こうから、途切れがちに聞こえるシュルシュルという衣擦れの音。


「進むか進まないか、それが問題だ…。」

才人はぼそっと呟く。
カーテンの向こうには桃源郷がある、たぶん。
とはいえ、それを実行すると、たぶんプラズマ化して果てる事になる。
裸を見てしまった事もあるが、アレは偶然の間違いであったから許されたのであって、能動的にそれを為したとこの薄い布の膜の向こうにいる娘が理解した場合、許してもらえる可能性は限りなく低い。
そもそも、着替える前にケティが言っていた。


「この国の貴族には、極端な無礼を行った平民への私的制裁権があるのです。
 わかりやすく言うと、切り捨て御免なのですよ★」

歴史と伝統を極端に重んじるトリステインは、反面かなりおっかない国だという事をケティの笑顔とともに才人は理解した。


「考えるまでも無く、進むのは却下だ、却…か!?」

とはいえ、却下したのに勝手にバサリとカーテンが落ちるというのが、才人クオリティである。


「…………………。」

「オー、ワタシフレテナイネ、ナンニモシテナイヨ、ムジツダヨー?」

謎の外国人テイストな発音で言う才人だが、呆然とした表情で才人を見る半脱ぎのケティからは目を離さない。


「はい、これはここの店主の施設保守点検がいい加減だったからなのですね。」

気を取り直し錆びて破断したカーテンレールを確認して、ケティはにっこりと微笑んだ。


「ええとケティ、俺のせいじゃないとわかってんのに、何で杖の先端に炎が?」

「なにはともあれ、お約束なので吹っ飛びなさい!」

炎の塊が才人に向かって飛んでくる。


「なんじゃそりゃー!?」

不条理にツッコみつつ、才人は吹っ飛んだ。



「こっ、こんなのはどうでしょう?」

取り敢えずのお約束イベントをこなした後、ケティは衣装を着こんで才人に見せている。


「お、おおぅ…。」

露出度はそれ程ではないのに扇情的という、リクエストが見事に反映されたその衣装を着込んだケティに、才人は思わず呻き声を上げる。


「露出度が少ないとは言え、こ、これは少々胸を強調し過ぎでは?」

「そ、それがいいんじゃないか。」

照れて胸を隠す仕草が、これまた扇情的だったりする。


「こ、この店すげえ、神じゃなかろうか。」

才人の顔が高潮し、腰が屈みがちになり、息がハアハアと荒くなってきた。


「さ、才人…?」

「な、何?」

才人の興奮しまくっている顔を見て、ケティは身の危険を感じたのか少し怯えた顔になる。


「か…顔が、顔が凄く気持ち悪いのですが。」

「がーん。」

いきなり酷い事を言われて、愚息も消沈な才人。
がっくり膝をついて、くず折れてしまった。


「しかし、この服はある程度胸がないと、あまり意味が無いような…?」

「そういう方への衣装も用意して御座います。」

背後から店主の声がして、ばさっと服を何着か置く音がした。


「そうなのです…か?」

振り返ると何着かの服が椅子にかけられているが、居ない。
というか、先程から話しかけてくるしこちらから話しかけると応えてくれるのだが、何処に居るのかわからない。


「ふむ…。」

ケティは服を摘み上げた。


「店長、私はこれを着る事は出来ますか?」

「着ることは出来るでしょうが、あまり似合わないでしょう。」

ケティが尋ねると、何処からともなく声がする。
しかもその声も中性的な感じで、男か女かわからない。


「今度、あまり体の起伏が無い娘を連れてきますから、これはかたしてくださ…い。」

一瞬白いものが横切ったような気がして…その瞬間にケティが持っていたものも含めて服が消滅した。


「…なんという謎店長。」

「ふふふふふふふ。」

何処からとも無く聞こえてくる笑い声、本当に謎だ。


「私では駄目だという事は…ルイズが必要なのですね。」

「さらりと酷い事を言ってないか、ケティ?」

復活した才人がツッ込んだ。




「へくちゅん!」

魅惑の妖精亭で現在真面目に接客している最中のルイズだったが、不意に鼻がムズムズして思い気入りくしゃみをしてしまった。
両手にはワインのボトルがあったので口を塞ぐ事もできず、そのままくしゃみと一緒にいろいろなものが客の顔に降り注ぐ。


「ああっ、申し訳ありませんお客さ…っくっちゅん!?」

くしゃみが更にもう一発。
客の顔には色々な粘液が飛び散っている。


「あわわわ、御免なさい、御免なさい!」

基本的に気位が高くて高慢とは言え、人様の顔に粘液ぶっかけたのにそ知らぬ顔は出来ない。
そこそこ常識人なルイズだった。


「ははっ、良いさぁ、これはむしろご褒美さぁ。」

むしろ、客がかなり駄目な感じだった。




「結局、何着選んだんだっけか?」

店への帰途、才人がケティに話しかける。
そのあとも店で何着かの服を視聴し、スカロンに見せる為に持って帰る事にした。


「3着なのですね…とはいえ、これはある程度胸が無いと駄目みたいですが。」

スタイルに合わせてデザイン諸々をきちんと揃えてくれるという良心的なお店だった。
結局、店長の顔どころか姿さえ見ることが叶わなかったが。


「謎な店長でした…。」

「謎な店長だったな。」

2人はそう言うと、深く溜息を吐いた。


「兎に角、次に来る時はルイズも一緒に、なのですね。」

「そうだな、ルイズなら捕まえられそうだし、店長。」

才人の一言を聞いて、ケティは軽くよろける。


「て、店長を捕まえてどうしようというのですか、才人?」

「え?いや、だってほら、見たいだろ、店長。」

ケティが聞き返すと、きょとんとした顔で才人が言った。


「そりゃまあ、見たいかと聞かれれば見たいのは確かなのですが。」

「だろー?」

才人が暢気に頷く。


「あはははは…。」

そんな才人に、少し引きつった笑みを返すケティだった。



帰り道、通りを暫く歩いていると、甘いような香ばしいような変わった香りがしてきた。


「これは…紅茶の香りか?」

「ああ、これは最近東方からの隊商が持って来るという、《茶》なのですよ。」

鼻をくんくんいわせながら呟く才人に、ケティが応えた。


「ほら、ミ・マドモワゼルが言っていたでしょう?
 最近酒場の需要が喫茶店に持っていかれているって。」

「…そんな事言っていたか?」

ケティが解説するが、才人は憶えていなかったらしい。


「茶葉ではなく、茶の木があればラ・ロッタでも栽培できるのですが、東方の商人は絶対に種を持ってきてくれないのですよね。」

「ケティがまたなんか儲けようとしている…。」

腕を組んで眉を顰めるケティを、才人は半眼で見つめた。


「まあ確かに儲けようというつもりもあるのですが…飲みたくありませんか、緑茶。」

「へ?いや、紅茶の話だろ?」

ケティの言葉に、才人は不思議そうに首を傾げて聞き返す。


「緑茶も紅茶も、元々は同じ木の葉なのですよ。
 ついでに言えば、烏龍茶も。」

「へ?あれ全部同じ葉っぱなのか、初めて知った。」

才人は目をぱちくりさせている。


「発酵させずに蒸したものが緑茶、ある程度発酵させてから蒸したものが烏龍茶、蒸さずに最後まで発酵させたものが紅茶なのです。
 ですから茶の木さえあれば、紅茶ではなく緑茶が飲めるのですよ。
 というか、私が飲みたいのは紅茶ではなく緑茶なのです。」

「ああ、気持ちはよくわかるよ、日本人なら緑茶だよなぁ。
 あー…茶啜りてぇ。」

才人の目が望郷の念で遠くなっている。


「り、緑茶は無理ですが、紅茶なら飲めます。
 ちょっと喫茶店に寄りましょう。」

慌てたケティはそう言ってぼーっとしている才人の手を握り、通りにあった喫茶店に入っていった。


「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」

「はい、2人なのです。」

ケティがそう言うと、壁際の席に通された。


「え…ええと、何だか周囲の雰囲気が…。」

頬を赤くして、ケティがきょろきょろしながら周囲を見ている。
そこは二人横に並んで壁や窓に向かって座る席で、男女がやたらとイチャイチャしていた。


「な、何でこんな席に…あ。」

そこでケティはようやく才人の手を握っている事に気付いて、慌てて放した。


「ほ、ほら才人、ぼーっとしていないで席に座ってください。」

「え?ああ、うん。」

才人はケティに促されるがままに席につく。


「いやしかし、カップル席とはやりますね、ここの店主…。」

「ん?どうしたんだ?」

顔を赤らめて、ブツブツ呟いているケティに才人が尋ねた。


「え?いいえ、何でもないのですよ。」

向かい合わせに座る席と違って、肩が触れ合うわ顔は近いわで、一旦意識してしまったケティの顔はどんどん赤くなって行く。


「どどどどドツボ、なのですか…これは?」

「何かケティ、変じゃね?」

才人の顔は至って平静そのものというかケティの様子が変なので、そちらのほうが気になって距離感とかをあまり意識していない才人だった。


「ご注文はお決まりですか?」

ウエイトレスがやってきた。


「ああ、ええと、お茶とマカロンを二セットずつ。」

「かしこまりました、お茶とマカロンをお二つずつでございますね。」

ウエイトレスは一礼して去っていった。


「マカロニ?」

才人が首を傾げる。


「マカロン、食べた事無いのですか?」

「あー…食べた事はあるかもしれないけれども、お菓子の名前なんていちいち覚えてない。
 ショートケーキくらいならわかるけど。」

才人の彼女居ない暦=年齢は、伊達ではなかった。


「才人があっちでモテなかった理由が、今うっすらとわかったような気がするのです…。」

ケティは才人を半眼で睨みつけた。


「マカロンはあちらにもあるお菓子ですよ、とても美味しいですから名前くらい憶えておいてください。」

「な、何で怒られてんの、俺?」

ケティの理不尽な怒りに、才人は戸惑う。


「怒ってはいません、果てしなく呆れただけなのです。」

呆れたせいなのか、いつの間にかケティが一方的に感じていた気まずさは消えていた。


「…こういう事を、素でやるから怖いのですよね、才人は。」

ケティはボソリと呟く。


「お待たせいたしました、お茶とマカロンでございます。」

そう言って、テーブルに紅茶とマカロンが入った皿が置かれた。


「ありがとう、はい、御代なのです…後は、これは貴方へのチップ。」

「ありがとうございます。」

ウエイトレスは笑顔で立ち去っていった。


「どうです才人、見た事はありますか?」

そう言って、ケティは才人の目の前にマカロンの入った皿を持っていった。


「うーん、たぶん。
 食えばもっとわかると思う。」

才人はそう言うとマカロンを掴み、一口齧った。


「うん、美味い。
 でも食ったかどうかわからん。」

「はぁ…つくづく食べさせ甲斐の無い人なのですね。」

才人の一言にケティは苦笑した。


その後、2人は《魅惑の妖精亭》へ帰り、スカロンに衣装を見せた。
ルイズは2人が喫茶店に寄った事に少々ご立腹だったが、ケティが今度はルイズも衣装選びに連れて行く事と帰りも同じように喫茶店による事を確約すると、機嫌を直してくれたのだった。

ちなみに才人はボコられた後だった…。



「ねえねえ才人、凄い紳士なお客さんが居たのよ。」

「へえ、どんな?」

店が終了した後、ルイズは店で起こった彼女的に感動した事件を才人達に語り始めた。


「…というわけでね、そのお客さん、わたしがくしゃみを思いきりかけちゃったのに、終始笑顔でいてくれて、なおかつチップもたっくさんくれたの!」

「すげえな、そこまで無礼な事をしたのに笑顔で許してチップまでくれるとは…確かに紳士かもしれん。」

才人も感心したという風に頷いている…が、ケティは渋面のままだ。


「…そのお客さん、何か言っていませんでしたか?」

「ほへ?あー…うーん…えーと、なんだかよくわからないけれども『むしろご褒美だ』って。
 凄いわよねえ、わたしなら泣いたり笑ったり出来なくなるまで殴るのに、それを笑顔で怒らずに『ご褒美だ』とまで言うだなんて、素晴らしい紳士だわ。」

ケティの問いに、ルイズは少しうっとりした面持ちで語った。


「才人、ルイズの身辺をきちんと守ってあげてくださいね。」

「へ?今の会話で何かわかったのか?」

ケティが才人の肩を叩きながら言うが、才人は気付いていないようだ。


「ええ、ルイズは物凄く世間知らずで純粋だという事が。
 性根の汚れた私には、少々眩し過ぎるかも知れないのです。」

「だから、それじゃあわかんねえって。
 俺にもわかるように、わかりやすく丁寧に言ってくれ。」

才人がそう言うと、ケティは才人にヘッドロックをかけた。


「あだだだだだ!な何をす…。」

「ええいこの鈍感恋愛マシーンが!こうしてくれるのですっ!
 …ルイズが変態の餌食になるのを防ぎたいなら、ルイズが何しても笑顔の客が来た時には気をつけるのですよ、私も気をつけますから。
 変態紳士な人達なら良いのですが、変態紳士のふりをした変態の場合が怖いのです。」

ヘッドロックをしながら、ケティはぼそっと呟く。


「わ、わかった、気をつける。」

「わかればいいのです、わかれば。」

それぞれそう言って、二人は立ち上がった。


「…なんか、またわたしに分らない会話をしてる。」

ルイズは少し不機嫌になった。


「知らない方がいい事というのも、往々にしてるものなのですよ、ルイズ。
 年をとれば否が応でもどんどん汚れていくのですから、何も進んで汚れた部分に顔を突っ込む必要は無いのです。」

「そんな事を年下に言われるわたしって、一体…。」

ルイズはちょっぴり落ち込んだ。
ケティはルイズを守りたいが、ルイズはルイズで年下に守ってもらうのってどうよという気分がある。


「ルイズ、大丈夫だ。
 俺も年上なのに、フォローされてばっかだから。」

才人はぽんぽんとルイズの肩を叩いた。


「うー、いつかケティに『ルイズって頼りになる素敵なお姉さまなのですねっ!』と、言わせて見せるわ…。」

ルイズの小さな背中にめらめらと炎が燃え上がっている。


「うーん、無理じゃね?」

「わたしのやる気に水を差すなぁっ!」

才人は問答無用で殴り飛ばされた。


「グハ…何でもかんでも殴って解決しようとすんじゃねえよ。
 お前は格闘漫画の主人公かっての!」

「何だか良く分からないけれども、私を莫迦にしてるでしょ犬。」

ルイズは才人を睨みつける。


「だったら会話に拳を使うんじゃねえ。」

才人もルイズを睨み返した。


「か弱い乙女の拳くらい、甘んじて受けなさいよ。」

「か弱い乙女の拳はデブを空中に浮かせたりしねえよ!」

才人の意見はごもっともだった。


「あははははは…。」

そんな2人のいがみ合いをケティは困ったような笑みを浮かべながら傍観するしかなかった。





「莫迦ばっかりかーっ!」

王城の執務室に、女王の怒声が響き渡る。


「へ、陛下、如何なさったのですか?」

アニエスが慌ててアンリエッタに駆け寄った。


「ケティからの報告書よ、読んでみればわかるわ。」

額を押さえながら、アンリエッタはアニエスに報告書を手渡した。


「な…なっ…な!?」

アニエスはその報告書を呼んで、赤くなった後一気に青ざめた。


「何ですかこれはー!?」

「休暇中とはいえ、王軍の士官が往来でケティとその友達の魔法学院の生徒に喧嘩吹っかけて一撃で負けた挙句、自分たちの率いる部隊を引き連れて脅しに来てもう一度コテンパンにやられた…って。」

アンリエッタは机に突っ伏した。


「私もう王様止めるわ、あとは野となれ山となれよ。」

「いや、いきなりやめるとか言われましても…。」

アニエスが顔を覗き込んでみると、いつも以上にやさぐれた女王の顔があった。


「いくらケティの仲間に北花壇騎士に虚無の使い手に伝説の使い魔までいて実戦経験ありと、親衛隊でも伸してしまいかねない学生の規格外だとしてもよ、こんなコテンパンにやられるだなんて。
 せめて一矢くらい報いなさいよ、正規軍なのよ、どんだけ雑魚なのよ。
 いつもやっている演習は一体何の為だと思っているのよ、演習やるのもタダじゃないのよ、あいつらそこんとこわかっているのかしら?
 あー、やってられないわ、酒呑みてー。」

アンリエッタはすっかりいじけていた。


「し、しっかりしてください陛下、この国の命運は貴方にかかっているのですから。」

とはいえ、アンリエッタの気持ちはよくわかるアニエスだった。


「わかってるわ、どんなに辛くたってアンリエッタ負けないっ!
 …とまあ、冗談はこのくらいにして、ナヴァール連隊はオクセンシェルナの再教育部隊に引き渡してあげなさい。
 あそこにはハルトマンとかいう恐怖の教官がいて、《海軍歩兵式軍事教練》だかで、どんなにやけた太っちょでも一流の兵士に鍛え上げてくれるらしいわ。」

「それは素晴らしいです。」

アニエスは感心したように頷いた。


「しかし、かの国は教育部隊が充実していますな。
 兵の質は戦の行方を左右するもの、我が国にもかの国のような教練機関を作る事が出来ればいいのですが。」

「そうね、アニエスには何か良い知恵はない?」

こういうことは武人のアニエスに聞くのが一番だと思い、尋ねてみるアンリエッタ。


「ふむ…オクセンシェルナの教育部隊に優秀な人員を送り込んで、教官候補にするというのが良いのではないかなと。」

「なるほど、技術を盗ませるという事ね?」

アニエスの提案に、アンリエッタはうんうんと頷く。


「善は急げだわ、早速銃士隊と親衛隊から何人か送り込みましょう。」

決断したら躊躇わないのがアンリエッタの長所であり欠点でもある。


「わかりました…ふむ、あやつなら…我が隊からはミシェルを出します。」

「え?あの娘は副隊長じゃなかったかしら?」

アニエスの一言に、アンリエッタが驚いた様子で聞き返す。


「副隊長だからこそです。
 あいつならオクセンシェルナの軍事教練技術をきっちり覚えてきてくれるでしょう。」

「そういう事なら良いわ、ミシェルには頑張ってきて貰いましょう。」

2人の何気ない会話で、一人の娘の勘違い復讐劇がこっそり潰えた。
帰ってきたミシェルは喋り口調がめっぽう乱暴になり、心が不安定になった時には銃を抱えて「これぞ我がライフル。世に多くの銃があれど、これは我、唯一のもの…」とか唱えるようになったが、これはまた別の話である。


「そういえば、例の新式銃の調子はどう?」

「はっ、まだ数丁ながら、隊員には非常に好評です。
 皆、新式銃が届くのを、好きな男と会う日を指折り数えるが如く待ち焦がれております。
 何せ、性能が段違いですから。」

そう言って、アニエスは笑顔を浮かべた。


「貴方も気に入っているみたいね。」

「勿論です。
 銃使いにとって、あれは至高の一品ですよ。」

そう言って、アニエスはうっとりした表情になった。


「ああ何だか無性に撃ちたくなってきた…陛下、これから少々射撃訓練に行って参ります。」

「はいはい、お仕事頑張ってらっしゃい。
 私も仕事に戻るわ。」

アンリエッタは部屋から退出するアニエスを見送った。


「うーん、しかし困ったわ。」

書類にサインをしながら、考え事を始めるアンリエッタ。


「…やっぱり軍隊は一朝一夕に強くはならないものねえ。」

後もう少し、もう少しでこの国の財政を食い潰していた連中を頭ごと叩き潰せる。
しかし金があっても、いきなり軍が精強になることは無い。


「ままならないものだわ。」

何とか軍を精強にする方法が無いか考えてみるが、さっぱり思いつかない。
オクセンシェルナの兵士訓練法を取り入れるにしても、実の所時間が足りない。
選択と集中で、ある程度質の高い部隊を少量生産することは可能だろうが…大方の兵に質は期待できないのだ、つまり。


「兎に角頭数を増やす…か。」

学徒動員というのがアンリエッタの頭を過ぎる。
メイジの頭数を用意できれば、若干ながらの火力強化は図れるだろう。
正規軍が学生に一方的にボコられたという実例もあるし。


「まあこれは最終手段よね。」

人的資源の乏しいこの国で、男を片っ端から戦場に送り込んで殺してしまったら、本気で国家存亡の危機である。


「やっぱりゲルマニアから皇子でも迎えるべきかしらね?」

流石に40過ぎのおっさんと結婚するのは嫌だが、その息子ならまた話は別なような気がする。


「結婚するのが、何と言っても一番手っ取り早いものねえ…でも。」

まだウェールズの事が頭の中から消えない。


「我ながら女々しいわね。
 この身は国王、男でも女でもなく、この国そのものと同義だというのに。」

若さゆえとはわかっているが、感情を上手く制御できない自分に苛々するアンリエッタだった。


「ケティならなんと言うかしらね?」

ケティ・ド・ラ・ロッタ、アンリエッタは最近ルイズから送られて来た手紙で、彼女が《ル・アルーエット》の正体だという事を知った。
あの歳でハルケギニア全土に知られる政治思想家…なんとも無茶苦茶な娘である。
彼女と話せば何か面白い答えが得られるかもしれない、アンリエッタはそう考えた。


「ふむ…?」

そう言いながら、アンリエッタは机の棚からサークレットを取り出す。


「そろそろこれを、もう一度使う時が来たのかしらね?」

アンリエッタはそう言うと、にんまり笑った。
それはおてんば姫と呼ばれた子供の頃と変わらない、やんちゃなものだった。



[7277] 第二十八話 諦めた方が幸せな事もあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:09
魔法陣の前で私は集中しています。
使い魔を、私の使い魔を召喚する為に。


「我が名はケティ!
 五つの力を司るペンタゴン。
 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

光る鏡のようなゲートが現れ、その中からにゅっと顔を出したのは…。


「やあ、僕の名前は知ってるかな?
 僕の名前は、ド○ルド・マ○ドナ○ドっていうんだ☆」

赤いアフロをはじめとして原色のどぎつい服の男が、すんごい笑顔で近づいてくるのです。


「な…何でドナ○ド…?」

私にふさわしい使い魔は、この真っ赤なアフロの愉快な道化だとでもいうのですかーっ!?


「ランランルー☆ランランルー☆」

「ち、近づかないで下さい。
 近づくと…う、撃ちますよ?」

モーゼルC96を抜いて突きつけますが、ドナル○は、にこやかな笑顔のままどんどん近付いてくるのです。


「キスしないと、コントラクト・サーヴァント出来ないじゃないかぁ☆」

抵抗空しくそのまま押し倒されて、○ナルドの顔が…顔がどんどん近付いてくるのです。


「よろしくね、御主人様☆」

「いやああああああああぁぁぁぁぁっ!」

視界いっぱいに広がったドナノレドの顔が、顔が…っ!?


「ぎにゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」

がばっと起き上がると、そこは貴賓室にある寝室。


「ゆ…夢…?」

嫌な汗かきまくりなのですよ。


「し、しかし何でアレが…?」

まさか、本当にあれではありませんよね…お願いします頼みます、腹黒いのもう少し直しますから…。
…それだけは勘弁してください、神様仏様ブリミル様サージャリム様っ!







「おほほほほ!たのもーう!」

どっかで聞いたような年若い女性の声が、開店直後の店内に響き渡ったのでした。


「あわわわわわ、ケ、ケティ!」

真っ青になったルイズが、厨房に飛び込んで来たのです。


「どうしたのですか、ルイズ?」

「ももも、もんもんもんもんもんもんもん…。」

いや、それだとさっぱりなのですが…。


「外で呼び込みをやっていたら、モモモモンモランシーがものすんごい笑顔で『ケティはいるか?』って。
 その後ろにキュルケやタバサや、ついでのおまけにギーシュまで!
 わわわわたし、思わず逃げて来ちゃったわよ。」

あー…ルイズにとっては正体がばれたら屈辱的でしょうしねえ、一大事なのですよ。


「会いましょう。」

「ええーっ!?」

ルイズの目が点になっているのです。


「私たちは任務でここに居るのですよ。
 誰に憚る事でも無いではありませんか?」

「で、でも、任務なのをばらすわけにはいかないじゃない…。」

ルイズの目が泳いでいるのです。


「どんな任務なのかさえ話さなければ、問題ありません。
 そもそも彼女らは、任務でここに居る私達の境遇を面白おかしく吹聴するほど軽薄ではないのですよ、友人を信じるのです。」

王家からの任務である事を教えれば、みだりに言いふらしたりはしないのですよ、常識的に考えて。


「う…わ、わかったわ。
 サイトも一緒に来なさい。」

「お…おう。」

地獄に行くなら一緒に、なのですね。


「ケティ、貴方が居る事はわかっているわ、抵抗せずに大人しく出てきなさーい!」

ええと…モンモランシー、実験に失敗して何か変な薬でも合成したのでしょうか?
例えば疲労がポンと飛ぶ薬とか…。


「そんなに騒がなくても、私はここにいるのですよ、モンモランシー。」

「ああっケティ、我が心の友よっ!」

私はモンモランシーにいきなり抱きしめられたのでした。


「あ…あの、いったいどうしたのですか?」

「皆まで言うな、良いのよ良いのよ、辛かったわね、大変だったわね。
 今日からは私が先輩なんだから、地味に堅実にコツコツと借金を返す方法を考えていきましょう。」

助けを求めてキュルケを見ますが、苦笑いを浮かべつつ肩をすくめているのです。
ここの情報を漏らした原因と思しきタバサを見ると、いつも以上の無表情で視線を逸らして口笛を吹き始めたのでした。


「ギーシュ様、モンモランシーが暴走している原因の説明を求めます。」

「いや、彼女は君が事業に失敗して借金で首が回らなくなって、酒場で働き始めたのだと思っているようなのだよ。
 それは違うだろうと何度か言ったのだけれども、聞いてくれなくてね。」

人は自分の見たいものを見、聞きたい事を聞くように脳が出来ているわけなのですが…そんなに貧乏友達が欲しかったのですか、モンモランシー…。


「モンモランシー、モンモランシー?」

「何?薔薇の造花の手早い作り方でも知りたくなったかしら?
 何を隠そうギーシュがいつも咥えているあの杖も、実は私が作ったものなのよ?」

それは思わぬ新情報なのですが、言いたいのはそういう質問ではないのです。


「私の事業は全く失敗していないので、ご心配には及ばないのですよ。」

「え…嘘よね?
 まだ現実を認めたくないだけなんでしょ?」

はぁ…まだ言いやがりますか、このクロワッサン娘は。


「ジェシカ…。」

「ん、何々ケティ?」

私に呼ばれてジェシカがやってきたのでした。


「あちらのテーブルにこちらの貴族の方々を案内してください。
 それと…。」

懐から財布を取り出して、ジェシカに渡したのでした。


「この財布の中身全部使って構いませんから、高い順から全部持って来るのです。」

「ちょ…この財布、何エキュー入っているのよ?」

んー…ざっと400エキューは入っている筈なのです。


「…余った分は貴方達へのチップで構いません。」

「合点承知、誠心誠意御持て成しさせてもらいますわ。」

ジェシカは目を輝かせて厨房へと向かって行ったのでした。


「え…ええと…?」

「折角友人が来たのですから、今日はとことん持て成しましょう。
 私の奢りなのですよ。」

目を白黒させるモンモランシーに、にっこりと笑いかけます。


「お金…無いんぢゃ無かったの…?」

「そんな事は一言も言っていないのです。」

それを聞いたモンモランシーは、塩の柱と化したのでした。


「ではルイズ、魔法学院の制服に着替えてくるのです。
 勿論マントもつけて。」

「え?でもそれだとお客さんに正体がばれちゃう…。」

困惑するルイズに、先日王宮から届いたサークレットを手渡したのでした。


「何、これ…?」

「フェイスチェンジが付与されたサークレットなのです。
 顔が姫様になりますが…まあ気にしないで使えば良いと思うのですよ。」

ルイズの場合、顔が姫様でも体格があからさまに違うので、良く似た別人と勘違いされるのは間違いないのです。


「姫様に変装するのはちょっとしたトラウマなんだけど…わかったわ、ありがとう。」

そう言って、ルイズは自室に戻って行ったのでした。


「それでは私も着替えてくるので、少々待っていてください。」

「わかったわ、待ってる。」

塩の柱と化したモンモランシーの隣りで、キュルケがにこやかに手を振って見送ってくれたのでした。


「…では早速、ちょっとしたイメチェンをするとしますか。」

貴賓室に戻ってから、髪を左右でまとめてツインテールにし、伊達眼鏡をかけて完成。
これで印象はかなり変わっている筈なので、更に魔法学院の制服を着てマントを装着すれば、普段からフロアに出ている回数も少ない私には誰も気付かないでしょう。


「お待たせしました。」

「おを、これはこれでまた別のみりょ…いたたたタタたたっ!?」

私を褒めようとしたギーシュが、急にもがき始めたのでした。


「その眼鏡…。」

タバサが私の眼鏡を見ているのです。


「ええ、貴方がかけているものの細工が気に入ったので、似たものを注文したのですよ、タバサ。
 おそろいなのですね。」

「ん。」

タバサは少し照れたように頷いたのでした。


「ケティとタバサだけずるいわ、私も欲しい!」

キュルケが駄々を捏ね始めたのでした。


「キュルケの顔はあまり眼鏡が似合わないような?」

キュルケの顔は派手系なので、眼鏡をかけると却って魅力が損なわれるような気がするのです。


「ん。」

タバサも同意するように頷いたのでした。


「がーん…私だけ仲間はずれにして、二人だけの世界を作ろうとしているのね。
 同年、同月、同日に生まれる事を得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事をって誓った仲なのに。」

何時から私達は義姉妹になったのですか、キュルケ。


「そんなに言うなら、今度同じものを作ってあげますから我慢なさいな、キュルケ。」

そんなにお揃いが良いだなんて、キュルケにしては珍しいのですよ。


「さすがケティ、大好きよ。」

「もが…。」

私は抱きついてきたキュルケの巨大な二つの塊の間に挟まってしまったのでした…息が。


「しかしケティ、本当に君の財産は大丈夫なのかね、これ程の料理を頼んで。」

虚脱状態なままのモンモランシーを椅子に座らせながら、ギーシュが尋ねてきたのでした。
テーブルの上に広がるのは、学院の晩餐会でも出ないような豪華な料理ばかり。
こういう酒場で本当に作れたのがびっくりなのですよ、流石はスカロン。


「まあ、毎日やるのは無茶ですが、ときどきやるくらいであれば、問題無いのです。」

我が国の政府は貧乏ですし、兎に角軍を強化する為に価格面で少々無茶をしました。
コルダイトの量こそ膨大なので、そこそこの利益は出ていますが…総体的に見れば実はトントンなのですよね軍需部門。
まあ、元々大もうけでウッハウハなんて事は考えていなかったので、それはそれで良いのですが。


「ふふふふ…夢よ、これは夢なんだわ。
 じゃないと、何でケティがこういうお店で働いているのか理解できないもの。」

そろそろ戻って来てください、モンモランシー。


「私だけではなく、ルイズも、そして才人もなのですよ。」

「うっす、ひさしぶりだな。」

「ひ、久しぶりね、皆。」

才人とルイズが丁度やってきたのでした。


「…なんでルイズはフェイスチェンジかけてるの?
 しかも顔があのお姫様。」

キュルケが首を傾げているのです。
しかし、しかめっ面の姫様というのも、なかなか無いのですよ。


「まあ、ルイズの外見は目立ちますから。」

ピンク色に光るブロンドの髪なんて、流石にそうそう居ないのですよ。


「成る程、確かに目立つ容姿よね。」

得心いったようで、キュルケはうんうんと頷いたのでした。


「今は別の意味で目立つけどね。」

「姫様そっくりですからね…。」

まあ、姫様と違ってかなり華奢な体型ですから、見る人が見れば間違いませんが。


「貴族様方、じゃんじゃん食べていってくださいねっ!」

ジェシカたちが次から次へと料理を運んできます。


「ジェシカ、ご苦労様なのです。」

「おをっ、ケティ。
 見事な変身ね、キュートよ。」

そう言って、ジェシカはすかさず右手を出してきます。


「褒め言葉も有料なのですか、ここは。」

ジェシカのことだから冗談だというのはわかりますが、1エキューを手渡してみました。


「毎度ありっ!」

ジェシカはにこっと微笑むと、歩き去っていったのでした。


「じゃ…。」

モンモランシーがゆらりと顔を上げたのです…復活しましたか。


「…じゃあ、何でこんな店に?」

「その前に、あらかた料理も揃いましたし…乾杯しましょう。」

モンモランシーの問いをさらりとスルーし、立ち上がって杯を掲げます。


「この暑い中、わざわざやって来てくれた友人達に…乾杯!」

『乾杯!』

モンモランシーも渋々ながら、杯を掲げてくれたのでした。


「…で?」

「任務なのです。」

そう言いながら、女王直属の侍女である事を証明した、女王のサイン入りの書類をモンモランシーに見せたのでした。


「成る程、どういう任務かというのを聞くのは…野暮よね。」

「そういう事なのです。」

話せる任務なら、「任務だ」とだけしか言わない筈が無いのを瞬時に悟ってくれるモンモランシー、流石なのです。


「…何がどう野暮なのかね?」

ギーシュがキュルケに小声で尋ねているのです。


「命が惜しくないなら、聞きなさいって事よ。」

「ひぃ!?」

キュルケはキュルケで最高におっかない答えで返しているのでした。



そうやってしばし歓談していると、羽根つき帽子に髭という量産型ワルドみたいな一団が店に入ってきたのでした。
典型的な将校の格好なので、陸海空どれかの士官か、または親衛隊なのでしょう。


「へえ、演習でもあったのかしらね?」

「我が国の現在の安全保障方針は『殺られる前に殺れ』ですからね。
 オクセンシェルナからも教導士官を呼んで、軍を急ピッチで再編している最中なのですよ。」

オクセンシェルナ軍には優れた士官や兵士の養成機関があるのだとか。
これがミフネ中将の遺産なのでしょうか?


「流石はパウル商会のオーナー、そっち方面は詳しいわね。」

「有効な情報は金に等しい価値を持つのですよ、モンモランシー。」

料理を口に運びながら、モンモランシーの問いに答えます。


「ああそうそう、モンモランシ家の薬の流通経路、うちにも任せて貰えるように貴方の父上に一筆書いて頂けませんか?
 実家で優雅に帰省出来るくらいの礼は支払いますが。」

「紹介状くらいなら良いけど、私の手紙があったからって、お父様が聞くとは限らないわよ?
 駄目だったら金返せとか言わないでしょうね?」

モンモランシーはそう言って眉をしかめます。


「交渉で上手く行くか行かないかは、営業職の手腕次第なのですよ。
 上手くいかなかったら貴方ではなく、営業職の給料から引きますからご心配なく。」

まあ、パウルの腕なら大丈夫でしょう。


「わかったわ…それにしても、たいした事無いと言いつつ、どんだけ儲けているのよ、貴方。」

「いや実際、まだまだトントンといった所なのですよ。
 だいたい返しましたが、今回の戦時需要に食い込む為に結構借金しましたしね。」

空からお金が降ってきたりしませんかねぇ…。


「しかし、うちの薬ね。」

「モンモランシ家の水の秘薬であれば、高級士官用に確実に売れるのですよ。
 当社の流通経路に入れた暁には、ラベルにはド・モンモランシの家紋と名も入れるつもりなのです。
 そうすれば、今までよりは若干ですが高めに売れる筈。」

モンモランシ家の名は没落したとは言え、水の名門としてとても有名なのです。
これを使わない手は無いのです、ブランド戦略という奴なのですよ。


「高く売れるならば、仕入れ値も上げられるのです。
 そうすれば、モンモランシ家復興への道のりは今までよりも若干短くなる筈。
 私は地味に地道にコツコツとが信条のモンモランシ家復興の手助けをしたいのですよ。」

「ううっ、私は良い友達を持ったわ、ケティ。
 私より儲けやがって妬ましいとか思っていてごめんなさい。」

微妙な気分になる事を言われた様な気がしますが…喜んでもらえて、私も嬉しいのですよ、モンモランシー。


「おお、あそこに居るのは貴族の娘ではないか!」

「士官の相手をする酌婦が平民では、折角の休暇もいまいちだったしな…よし、彼女達を誘おう!」

先程店に入ってきた士官達が、なにやらゴチャゴチャ話し始めたのです。
…と言うか、声がでかいのですよ。
貴族なのですから、もう少し静かに話しなさいな。


「ど…どうしよう?
 何か、君達女の子を誘おうと算段しているみたいだけれども?」

ギーシュがオドオドし始めたのです。


「ギーシュ様、虚勢で構いませんから、滅茶苦茶偉そうにふんぞり返っていてもらえませんか?」

「どうするんだい?」

ギーシュは不思議そうに首をかしげたのでした。


「最悪の場合、グラモン家の名前を出してかたをつけます。
 折角、ド・グラモンという軍閥の名を持つものがいるのですから、これを利用しない手は無いでしょう?
 大丈夫なのです、ギーシュ様が堂々としていさえすれば、話はすぐにでも片付きます。」

「任せたまえ、貴族たるもの偉そうにするくらい普通にやって見せるさ。」

納得したといった風に、ギーシュは力強く頷いたのでした。


「あと才人は念の為、今のうちに部屋に戻ってデルフリンガーを持って来てください。」

「おう、わかった。」

才人は席から立ち上がって、バックヤードに消えたのでした。


「あー、オホン、ちょっといいかね、お嬢さんたち?」

「見てわかりませんか?
 我々はちょっとした祝宴の最中なのですが。」

そう言いながら、冷たい視線を士官に送ったのでした。


「あー…確かに、これは申し訳ない…が、しかし。」

士官は引こうとしたのですが、事情を知らない仲間達に『ヘタレー』だの『タカユキー』だのといわれて、引くに引けないようなのです。


「我々は王国陸軍ナヴァール連隊所属の士官であります。
 恐れながら、我々の食卓へとお嬢様方をご招待しようと思って…。」

「我々よりも貧相な食卓に『招待』とはこれいかに?なのですが。」

そう、あちらはちょっと気を抜きに来ただけ、こっちはお大尽なのです。
テーブルの上に乗っている料理が段違いなのですよね。


「うっ…ですよねー。」

士官は苦笑を浮かべたのでした。


「…とは言え、私も引けんのですよ、御察しいただけませんか?」

「残念ですが…。」

私がそう言うと、業を煮やしたのか、もう一人士官がやってきたのです。


「俺達は日頃国を守る為に頑張っておるのだ!
 その我々の為に酌の一つも出来んとは、それでも貴様らはトリステイン貴族か!?」

あー…かなり酔っ払っているのですよ、この人。


「あたし達はトリステイン貴族じゃないわよね、タバサ?」

「ん。」

キュルケがそう言うと、タバサは頷いたのでした。


「あーん?貴様その下品な訛り、ゲルマニア人か?
 どうりで鉄錆臭いと思ったわ!」

ゲルマニアは鉄工業が盛んなので、他国の人間に『鉄錆臭い』と言われる事があるのですよね。
勿論、侮蔑表現なのです。


「身持ちが硬いのだな、ゲルマニアの女は皆好色と聞いたが?」

「私はトリステイン貴族なのです。
 もう一つ言えば、私の友人に対して何を言いやがりますか、このヘボ軍人どもが!」

そりゃまあ私も友人なりの気安さでキュルケの気の多さをネタにすることはありますが、赤の他人から侮蔑的に言われると腹立つのですよっ!
私が杖を抜こうとすると、キュルケがそれを掴んで押さえたのでした。


「好色とは失礼ね、私はきちんと自分の気に入った人しか相手にしないわよ?」

「それを好色というのだ!
 わかったか下品なゲルマニア人め!」

隣の席で飲んでいる女の子を、無理矢理御酌に誘うのもたいがいに下品だと思うのです。


「ふぅ…わかったわ、お相手しましょう下品なゲルマニア人で良いのならばね。」

「ほう、相手をしてくれるのかね?」

無表情なキュルケというのも始めて見たのですよ、やる気なのですね。


「ええ、杖の相手としてならばね…。」

「ぬお!?」

そう言ってキュルケは手袋…が無かったので、食卓においてあった布巾を相手の顔めがけて投げつけたのでした。
ちなみにそれは、先程ギーシュが零したスープでひたひただったりします…ギーシュナイス。


「あら、ごめんあそばせ。
 でも、そのほうが男前ですわよ?」

「ぐぬぬぬぬ!
 女だてらにこの侮辱、許せぬ!」

士官は杖を抜いたのでした。


「表に出たまえ!
 下品なゲルマニア人に礼儀を教えてしんぜよう!」

「あら、光栄ですわ。」

他の士官たちも次々と店から通りに出て行きます。


「…さて、私達も行きましょうか、タバサ。」

「ん。」

私達が連れ立って店から出ようとすると、皆も席を立ち上がったのでした。


「ケティが折角用意してくれた席を白けさせたんだから、私だって言いたい事はあるわ、拳で。」

ルイズが腕を組んで、プンスカ怒っているのです。
肉体言語で語る気満々なのですね。


「同じく、ちょっと殴りたい。」

才人もデルフリンガーを背負って帰ってきたのでした。


「戦うのは無理だけど…傷の治療くらいはするわよ、特別に無料で。」

そう言って、モンモランシーは杖を抜いて見せたのでした。


「僕のワルキューレでも盾くらいにはなるだろう。」

震えながらも、ギーシュはそう言って微笑んで見せてくれたのでした。


「怖気づかずにきたようだな…ほう、良く見れば学院の生徒か。」

「軍人相手に敵うとでも思っているのかね?
 だとすればとんだ思い違いである事を思い知らせてあげよう。」

士官達は次々と杖を抜きながら威嚇してくるのです。


「ケティ…これは私の問題よ?
 下がっていて欲しいのだけれども。」

キュルケは私を睨みますが、私にだって事情はあるのです。


「宴の主催者は私なのです。
 ゲルマニアではどうだか知りませんが、トリステインにおいて招待された客人への侮辱は、主催者への侮辱と一緒なのですよ。」

「あら奇遇ね、ゲルマニアでも一緒だわ、それ。」

そう言って、キュルケはニヤリと笑ったのでした。


「私も。」

「あら、私とケティだけでも何とかなるわよ、あの程度は。」

タバサがそう言うと、キュルケはそう言って止めようとします。


「貸し1。」

「…ああ、あの時の。
 そうね、そういう事ならお願い。」

タバサの言葉に、キュルケは頷いたのでした。


「私達も。」

「あー…もう良いわよ、こうなったらどんどん来なさい、どんどん。」

ルイズの言葉に苦笑を浮かべながら、キュルケは頷いたのでした。



士官の数は全員で8人。
私達は戦闘要員だけなら5人。
数の上では不利な上に、手加減が苦手な火メイジが2人と不利ですが、魔法も近接戦闘もいけるタバサに、ガンダールヴの才人、最近魔法拳士と化しつつあるルイズもいますから、大丈夫でしょう。


「…タバサ、何人やれます?」

「8人。」

タバサ一人で十分だったのですよ。


「油断しているせいか、一つの場所に固まっている。」

「エアハンマーでぶっ飛ばすつもりなのですね…。」

まあ、それが双方にとって一番被害が少ない方法ではあるでしょうが。


「とっとと宴に戻りたいですし、盛り上がっている皆には悪いですが、それで行きましょう。」

「ん。」

そう言って、タバサは私の後ろにささっと隠れたのでした。


「君達は子供だ、数も少ない。
 正面から戦っては可哀想というものだ。」

「その通り、先に杖を抜きたまえ。」

士官達が、そう催促してきます。


「本当に良いのですか?
 予め言って置きますが、私達はそこそこ強いのですが。」

「学生で少々強いくらいで天狗にならないで貰おうか。
 我々は軍人で、そして大人なのだ。」

うふふふふふ、言質は取ったのですよ。


「ではタバサ…ぶっ飛ばしちゃってくださいっ!」

「ん…エア・ハンマー。」

私の後ろからさっと現れたタバサが、すかさずエア・ハンマーを唱えたのです。


『ぶべら!?』

8人の士官達は不可視の空気の鎚にぶっ飛ばされ、大通りまで吹っ飛んで行ったのでした。


「…さあ、腹ごなしも済みましたし、宴に戻りましょう。」

「ええと、私達の振り上げた拳は何処に納めれば?」

困惑気味にルイズが私を見つめてくるのです。


「兵とは詭道なりなのですよ、ルイズ。」

「えーと…わかりやすく言って。」

額を押さえながら、ルイズは聞き返してきたのでした。


「要するに、戦は騙した者勝ちと言う事なのです。
 相手がこちらの戦力を舐めていたので、不意打ちで一掃したというわけなのですよ。」

「成る程、勉強になるわ。
 …で、私達の振り上げた拳はどうすれば良いのかしら?」

全然わかっていませんね、ルイズ。


「今ぶっ飛ばした士官達がどうしようもなく恥知らずならば、仲間を引き連れて帰ってくる筈なのです。」

「つまり私達は、そいつらをぶっ飛ばせば良いのね?」

いやルイズ、来なければぶっ飛ばさなくても良いというか、既にぶっ飛ばす事が目的と化していませんか?


「まあ良いじゃねえか、楽なのが一番だって。」

「才人の言うとおりなのですよ、ルイズ。
 喧嘩なんかしていたら、折角の美味しいご飯が冷めてしまうのです。」

財布の中身をはたいて用意した料理なのですから、きちんと食べて貰わないと。


「さて、食事に戻りましょう。」

若干消化不良な者達もいますが、宴は再開したのでした。




宴もたけなわ、タバサとキュルケの馴れ初めの話も終わり、皆まったりムードになった時に奴らは再来したのでした。


「先程は不覚を取ったが、今度は油断しない。
 再戦を願う!」

「再戦って…完全武装の歩兵一個中隊ではありませんか。」

何処まで大人気ないのですか、この人たち。


「我ら8人では物足りなさそうだったのでね、一個中隊の大サービスだ。」

過剰サービスは却ってウザいのですよー?


「来たわね、腹ごなしにぴったりだわ。」

何で物凄く嬉しそうなのですか、何で拳をゴキゴキいわせているのですか…というよりも、何時からそんなバトルマニアになったのですかルイズ?


「うけけけけけけけ!生贄が来たか、よし抜け、斬るぞ。」

「黙れ妖刀…まあ、仕方が無いか。
 知らんぞ、武装してわざわざやってきたのはそっちなんだからな。」

喜びに震えるデルフリンガーを、溜息吐きながら才人が抜き放ったのです。


「ああ、言っておくが峰打ちだぞ、デルフ。
 全殺しは無しだ。」

「うわ、つまんねー…。」

いや、つまんねーって、デルフリンガー…。


「まったくもう、しつこい殿方は嫌われるわよ?」

「面倒臭い。」

キュルケとタバサが面倒臭そうに立ち上がったのでした。


「ひいいいいい。」

「あばばばばば。」

モンモランシーとギーシュは震えて抱き合っているのです。


「さて、お店に迷惑をかけないように…表に出ましょうか?」

「ああ、望む所だ。」

しかし一個中隊とは…才人に頑張ってもらうしかありませんか。


「ところで、こちらにはトライアングルの火メイジが2人いるのですが…。」

「思い切りやっちゃっても良いわけね?」

私とキュルケが火球を形成し始めると、中隊の兵士達がざわっとなり始めたのでした。


「ちょ…やばくね?」

「数で脅せば謝るだろとか中隊長言っていなかったか?」

こういう狭い路地に兵隊がいっぱいとか、火メイジの大好物なのですよね。
なんと言いますか、まさにキルゾーンなのです。


「よ、よりにもよって対集団戦に強い火メイジのトライアングルが2人だと!?」

「というか、学生でトライアングル2人とか、ありか!?」

残念、タバサも合わせば三人なのです。


「取り敢えず、ちゃちゃっと燃えるのですよ?」

「私達の情熱の炎、その目でとくと御覧あれ。」

『ファイヤーボム!』

私達の放った火球が、それぞれ兵達のど真ん中で炸裂したのでした。


『うわああぁぁぁっ!?』

火球が炸裂し、兵士達が爆風でゴミみたいに吹き飛んでいきます。


「おほほほほほ!吹き飛びなさい、そーれファイヤーボム!」

「うふふふふ、素敵だわ!這い蹲って命乞いするのよ、ファイヤーボム!」

ファイヤーボムは変り種ファイヤーボールの一つで、空中で炸裂して爆風と熱を撒き散らし、あたりを薙ぎ払う魔法なのです。
今回は熱量を抑えて、その代わりに爆風増し増しバージョンなのですよ。


『ふんぎゃあああああっ!?』

「生半可な戦場よりもアブねえぞ、ここ!?」

どかーんぼこーんと細い路地で爆発音が響き渡り、それが終わった頃には兵はあらかた地に倒れ伏していたのでした…というか、無傷の兵まで死んだふりをしているように見えるのですが。


「ひええええええ!」

「こんな所で怪我できるか、俺は逃げるぞ!」

残った連中もあらかた散り散りになって逃げてしまったのでした。


「…随分減りましたね。」

「非番中に貴族同士のいざこざごときで怪我したくないでしょうしね、彼らも。
 良くも悪くもプロだわ。」

残ったのは文字通り煤けた士官8人と、十数人の兵士のみ。


「そんなわけで、ルイズ、才人、残敵掃討お願いします。」

そう言って、阿鼻叫喚の路地で、呆然となっている彼らを指差してみます。


「オッケー…って、随分楽になったなオイ。」

「なぁ…少なくなった代わりにあれ斬っちゃ駄目か?」

駄目に決まっているのですよというか、黙れ妖刀。


「少なくなっちゃったけど…ま、雑魚が少なくなったという事は、面倒が少なくなったわけよね。
  なんだかわたし、すっごいワクワクしてきたわ! 」

何処のサ○ヤ人ですか、ルイズ。


「じゃあ、いくわよ!」

ルイズが体を飛び掛る猫のように屈めたかと思うと、それをバネにして一気に士官達との距離を詰めていったのでした。


「なっ、ブレイド!」

「ふぅんっ!」

士官が咄嗟にブレイドを形成してルイズを斬りにかかりますが、ルイズは…ええと、杖ごとブレイドを砕いたのでした。


「な、何だと!?」

「うわ、ちょっと切れた。」

血が出たのか、ペロリと拳を舐めたのでした。
気合入れれば岩をも一刀両断に出来るブレイドと正面からぶつかり合って、ちょっと切れた程度なのがおっそろしいのですよ、ルイズ。


「わ、私のブレイドが…。」

「何者だ、貴様!?」

あまりのデタラメっぷりに、友人の私ですら《何者だ》と問いたい気分なのです。


「貴様らに名乗る名前など無いっ!」

何処の天空宙心拳の使い手なのですか、貴方は。


「ええい、陛下と同じ顔で面妖なっ!」

「陛下と違って胸無いくせに!」

をぅ…それを聞いたルイズの顔が、鬼のような形相に変わったのですよ。


「うわ、あいつら死んだな。」

「冥福を祈ってやろうぜ、相棒。」

士官の一人をデルフリンガーで殴り倒しながら、才人が沈痛な声でそう言ったのでした。


「死刑。」

壮絶な笑顔でルイズは士官達に死刑宣告をしたのです。


『うぎゃあああああぁぁぁ!』

そこに居るのは狩る者と狩られる者だけ。
貴族としての尊厳も軍人としての誇りもへし折られた哀れな獲物は、ルイズという天性の狩猟者(プレデター)に追い掛け回され、狩られていくのみとなったのでした。


「はわわわわわ!」

「あわわわわわ!」

その壮絶な光景を前に、モンモランシーとギーシュは抱き合って震えているのみなのです。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。」

才人は静かに念仏を唱えています。


「抵抗するだけ無駄だって、何でわからないのかしらね?」

「莫迦だから。」

不思議そうに呟くキュルケに、タバサが酷い返答をしているのです。


『うぎゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!』

このあと、トリスタニアにはメイジを素手で撲殺するメイジ殺しの都市伝説が生まれたのだとか。
いやはや、くわばらくわばら、なのです。



[7277] 第二十九話 仕掛けは済んだ、後は…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/12/05 16:52
アレが追ってくる。
化け物が追ってくる。


「はぁっはぁっはぁっ!」

ビルを逃げ回り、街中を逃げ回り、やっと逃げられるかと思ったら橋に化け物だ。


「冗談じゃないぞ畜生!」

アメリカには大学の企画した研修旅行で来た。
研修旅行とはいっても、実態はただの観光。
アメリカ東海岸の都市をいくつか巡り、最終日前日のニューヨークでこの莫迦げた事件は起こった。


「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ!」

振動と一時的な停電、吹っ飛んできた自由の女神像の頭部。
そして現れた白い化け物。
なんというか、ゴジラとガメラに出てきたレギオンの嫌な所をくっつけたような化け物だ。
まず米軍の武器が効いてる様子が一切無い。
120㎜戦車砲弾や、ヘリからの対戦車ミサイル喰らっても平然としているとか、どんだけ化け物だ。
そして、鰓みたいなところから、子供と思しきちっさいレギオンみたいなのをボトボト産み落とす。
これは撃ち殺せるみたいだが、数は多いわすばしっこいわで厄介な事この上ない。


「俺が何したっていうんだよ!」

友人たちとははぐれた。
はぐれたとは言っても、一人は小さい化け物に齧られた後、水風船みたいに膨らんだ挙句破裂したわけだが。
つまり、永遠の別離ってやつだ。


「逃げるったって、どこに逃げろってんだよぉ…。」

はっきり言おう、土地勘ゼロだ。
どこに逃げていいのか分からない。
周囲の人に聞こうにも、ネイティブスピーカーのしかも焦って早口な人の英語なんて聞きとれん。
出来る事は、アレの足音が聞こえたら逆方向に逃げること。
アレと軍が戦う音が聞こえてきたら逃げること。


「嫌だ、死にたくない、何でこんな事に。」

だがしかし残念な事に、俺の後ろに足音がどんどん近付いてくるわけで…どうやら俺の運命はここまでっぽい。
運命の女神は、俺にわけのわからない理不尽な死に方を寄越してくれたらしい。
トラックに轢かれるよりはドラマチックな死を用意してくれて、どうもありがとう女神様とでも言えばいいのか?


「運命の女神の莫迦野郎、俺の目の前に来たら殺す!
 殺して犯してもっぺん殺す!」

そんな風に運命の女神を呪ったのが悪かったのか、俺の体は何者かに鷲掴みにされた。


「……………。」

振り返ってみると、そこには大きな怪物の顔。
サルっぽい、そんな間抜けな感想。
残念な事に、俺はこれから、この正体不明のわけのわからない化け物の食料になるらしい。


「……………。」

化け物の口がくわっと開いた…恐怖で悲鳴すらも上がらない。
口が近づいてくる誰か助けてお願い助けてまだ死にたくない助けてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタス…。



「うぐ…。」

目を開くと朝方、魅惑の妖精亭の貴賓室の奥にあるベッドで目が覚めたのでした。


「朝っぱらからハードなものを…。」

久し振りに見たのですよ、前世の私が死ぬ瞬間。
私が大きくなるにつれて普通の女の子になっていった所から考えるに、おそらく前世の人格はショックで崩壊したのでしょうね。
記憶という名の残滓は、成長とともに吸収され整理される事で今の私に完全に統合された…と。


「汗びっしょり…水浴びでもしましょう。」

私はベッドから起き上がったのでした。
今日も暑いですし、水浴びはさぞ気持ちがいい事でしょう…才人がついうっかり現れたりしないように、ドアにつっかえ棒をしておかねば。









「ケティ、楽しそうな演劇知らないかしら?」

「トリスタニアで楽しい演劇を見たいなら、自分達で劇団作ってやった方がまだ面白いのですよ。」

私がそう言うと、ルイズはがっくりと肩を落としたのでした。


「そ、そんなに面白くないの?トリスタニアの演劇って。」

「才人が見たら、十中八九寝ます。
 才人の国は我が国をはるかに上回る大国なのです。
 こんな田舎町の三文芝居を見てもつまらないだけでしょうね。」

エンターテイメントなら世界屈指の国なのですよ、日本は。
…ふむ、いっそあちら風の演劇を役者に叩き込めば、ひょっとして儲かりますか?


「トリスタニアを田舎町って…。」

ルイズが私を睨みますが、事実ですし。


「才人の祖国の首都は東京といって、人口3000万人という、想像を絶する大都市らしいですよ。」
 
「さ、3000万人って、あまりにも馬鹿馬鹿しいわ、ありえないわよ!」

ルイズが目を白黒させているのです。


「確かに我々からすれば想像付きませんが、才人は嘘を言っているようには見えませんでした。
 才人の祖国である日本という国は、人口1億2000万人という想像し難い人口を誇る、東方屈指の大国らしいです。」

「わ、わたしにはそんな事話してくれなかったのに…。」

私にも話してくれていませんけれどもね…というか、その辺は才人よりも詳しいですし。


「ルイズに話しても信じてもらえないと思ったからでしょう。」

「じゃ、じゃあ何でケティには話してくれるのよ!」

え、えーと…私に向けられている視線はひょっとして嫉妬の炎って奴でしょうか?
いや、そんな視線を向けられても受け止めようが…。


「その前にルイズ、才人の故郷の話を真面目に聞いたことがあるのですか?」

そんなわけで、受け流す事にしてみたのでした。


「へ?え、えーと…そう言えば無いわ。
 無いというか、ちょっと聞いたけど、あんまりにも突拍子ないから、世迷言を言うなとぶん殴っていた記憶が…。」

いや、「てへへっ♪」とか、音符交じりで可愛く笑って見せても、内容が物騒過ぎるのですよ、ルイズ。


「だから何でいちいち肉体言語で語りますか貴方は。
 聞いた端からぶん殴っていては、会話にならないでしょうに。
 …というか、前にきちんと会話をしないと拙いといった筈ですが?」

「う…でも、ヴァリエール家はいつもこんな感じなのよ…。
 お母様を怒らせて、お父様やエレオノール姉さまや使用人たちが木の葉みたいに宙を舞うのを何度見たことか、そしてわたし自身も何度木の葉のように宙を舞った事か…。」

思い出したのか、顔を蒼白にしてルイズがガタガタ震え始めたのでした。


「それは…なんと言いますか、壮絶な家庭なのですね。」

…ひょっとして、この性格は遺伝じゃなくて教育方針のせいなのですか?
おそらく折檻を受けていないであろうカトレアは凄く穏やかな人ですし。
前世で烈風の騎士姫読んでおけばよかったのですよ…スピンオフものは基本的に読まなかった前世の私の莫迦莫迦莫迦。


「まあ兎に角、才人はすんごい国から来たので、誰が見ても残念な我が国の演劇を見せても、眠るだけなのですよ。」

もしくは私みたいに悲劇で笑い転げるか。


「うぅ、良い考えだと思ったのに…。」

ルイズはがくりと肩を落とした後、ハッと気づいたように顔を上げたのでした。


「…って!何で才人と出かける事に最初っから気付いてんのよーっ!」

おお、ようやっと気付きましたか。


「一人で演劇を見に行く程ルイズの《おひとりさまレベル》は高くありませんし、現在ルイズが一緒に行ける人は物凄く限られます。
 ぶっちゃけ才人か、もしくは私くらいしかいません。」

「ケティかもしれないでしょ?」

頬をほんのり紅色に染めて、ルイズが私を睨みつけます。


「私をどこかに連れて行きたいなら、私に相談はしないでしょう。
 そんなわけで私は消えるので、才人だけになるというわけなのです。」

「うぐ、貴方に口で勝てる日は永遠に来ない気がするわ…。」

はっはっは、まだまだ甘いねワトソン君なのですよ。


「でも困ったわ、どこに行けばいいのか思いつかないのよ。」

「こういう手もあるのですよ?」

そう言って私は上を指したのでした。


「天井?」

「そこを突き抜けてください。」

いいボケですルイズ。


「屋根裏?」

「そこも突き抜けてください。」

ボケ重ねとはなかなかやりますね。


「屋根?」

「…わざとやっていませんか?
 鳥も雲も突き抜けて、その上にある青いのです!」

私がじろっと睨むと、ルイズは納得したように手槌を打ったのでした。


「おお、空ね!?
 思わせぶりだからなかなか行き着かなかったわ。」

「本気のボケとはなかなかやりますね。」

才人と2人でボケ倒し漫才が出来そうな勢いなのです。


「でも、空って?」

「学院に帰れば、蒼莱があるでしょう。
 あれで遊覧飛行でもしてきてはいかがですか?
 狭い空間に二人きりで、なおかつ才人も寝る事は無いでしょう。」

寝たらルイズの危機なので、使い魔のルーンが叩き起こしてくれるでしょうし。


「成る程、確かに素敵ね。
 二人っきりというのもいい感じだわ。」

ルイズが軽く頬を赤らめながら、うんうんと頷いています。
観劇が大失敗だったのは知っていますから、これでより仲良くなってくれれば良いのですが。


「まあそんなわけなので、思う存分空の上でイチャイチャしてくるが良いのですよ。」

「イチャイチャってのが微妙だけど、ありがとうケティ…って、具合悪いの?」

私の顔を見たルイズが、心配そうに声をかけてくれたのでした。


「へ?うーん…確かに朝寝て昼に起きるなどという生活は初めてですし、体調を崩しているかもしれないのですね。」

顔色が悪いのでしょうか、私は?


「眉を顰めていると思ったら、やっぱり!
 確かに昼夜逆転は、体に負担がかかるわよね。」
 
「ふむ…今日は私もお休みを戴いている事ですし、部屋でのんびりしている事にしましょう。」

私も知らないうちに疲れが溜まっていたのかもしれません。



「なあケティ、ちょっと良い…か?」

何でネグリジェに着替えようと服を脱いだその瞬間を狙うように来ますか、このエロ使い魔は。
それともアレですか、私は脱ぎ属性のサブヒロインか何かって事なのですか?


「おしっこは済ませましたか?
 神様にお祈りは?
 部屋の隅でガタガタ震えて、命乞いをする心の準備はOK?」

おやおや、私は微笑んでいるのに顔が蒼白なのですよ、才人?


「ま、待て、話せばわかる。」

「問答無用。」

話せばわかると言われれば、問答無用と返すのはお約束なのです。


「ノックくらいしろと何度言えばわかりますか貴方はーっ!」

「ごめ…あべし!?」

才人は炎の矢で豪快に吹き飛ばされたのでした。



「あー…死ぬかと思った。」

すっかり横島忠夫かアンデルセン神父かといった感じの不死身キャラと化したのですね、才人。


「ついうっかり部屋の鍵を掛け忘れた私もどうかと思いますが、女性の部屋に入る時にはノックの一つもするものなのですよ?」

「うぅ、申し訳ない。」

少し煤けているものの、莫迦みたいに無事な才人なのです。


「…で、何の用なのですか?」

「あーいや、ルイズに蒼莱で遊覧飛行したいって言われたんだけど、良いか?」

んぅ?何でルイズは私からの許可は既に出ている事を言わなかったのでしょうか?


「ええ、のんびり飛んでくると良いのです。
 今日は天気も良いですし、遊覧飛行にはうってつけなのですよ。
 ああ、離陸前の点検を忘れないでくださいね。」

固定化をかけてあるといっても古い機械ですし、作動不良を起こすと大変ですからね。


「ん?ケティは来ないのか?」

「この恰好を見てわかりませんか?」

何の為に私がわざわざネグリジェに着替えたと思っているのでしょうか、この目の前の野暮天は。


「ひょっとして、こんな真昼間から寝るのか?」

「ええ、少し体の調子が悪いようなので、今日は寝て過ごす事にしたのです。」

いやはや、体の不調というものはなかなか気付かないものなのですね、ルイズに感謝なのです。


「絶好調にしか見えねーのだけれども…例えば焦げた俺とか。」

「乙女の怒りは天をも穿つのですよ。」

わかりやすく言うと、死あるのみなのです。


「そんなわけで、空の上でルイズとイチャイチャしてきなさい、私は寝ていますから。」

そう言いながら、私はベッドに潜り込んだのでした。


「わかったら、さっさと行くのです。
 乙女の寝所に長い間居るものではありません。」

何故だかイライラして、語気が荒くなるのです…拙いのですね、これは本当に具合が悪いかもしれません。


「わ、わかった…お大事にな。」

少し戸惑った表情で、才人は部屋を出て行ったのでした。


「さて、眠りますか…ねむねむ。」

私は布団を被って目を瞑ったのでした。





「ケティ、マドレーヌ様が来たわよ。」

部屋で休んでいると、ジェシカがやってきて私を揺り起こしたのでした。


「んぅ…ほへ?マドレーヌ様が?」

マドレーヌ様こと、マドレーヌ・ド・ラ・トゥール様なわけですが…ええと、何で?


「わかりました、着替えますから貴賓室に通してあげてください。」

「…もう来てますわよ?」

その言葉と同時に、ぴょこんと見た事のある顔が現れたのでした。


「マドレーヌ様、着替えるので下で少々お待ち頂けますか?」

「いいわよそれで、病人はベッドで寝るのが仕事よ。
 私は少し話したい事があるだけだから、接待とかいらないわ。」

そう言うと、彼女は部屋に入ってきたのでした。


「お酒はいらないわ、よーく冷やしたレモネードを二つ頂戴、大急ぎでお願いしますわ。」

そう言って、ジェシカに金貨を10枚手渡したのでした。


「チップと御代先払いよ、兎に角急いで。」

「は、はいっ!」

ジェシカは大急ぎで厨房に走って行ったようなのです。


「…で、何でこんな所に居るのですか、姫様?」

「おほほほほほ。」

そう、謎の女貴族マドレーヌ・ド・ラ・トゥールとは仮の姿、正体はフェイスチェンジで顔を変えた我らが女王アンリエッタ・ド・トリステイン陛下なのです。


「しかし、貴方が病気とはね。」

そう言いながら、姫様は林檎を手にとって、置いてあったナイフで剥き始めたのでした。


「お恥ずかしい限りなのです。
 どうやら、早朝に寝て昼起きるという生活が体に合わないようなのですよ。
 そんなわけで、今日はゆっくり休むことにしたわけなのですが…。」

「仕方がないわ、私も滋養強壮効果のある水の秘薬一気飲みしながら仕事をしているから何とかなっているけれども、これがいつまでも続くとは思えないしね。
 はい、林檎剥けたわよ。」

ええと…姫様はワーカホリック過ぎるのですよー?


「…ちなみに、私が滋養強壮効果のある水の秘薬を片っ端から買い占めたせいか、一部の自称《精豪》な貴族の殿方が漁色に出かける回数がめっきり減ったって評判よ。」

「まあ、それは素晴らしい事なのですね。」

女を弄んでポイするような連中には、そんなものは与えないで正解なのですよ。


「…しかし姫様、そんなものを飲んで悶々としないのですか?」

「ぶっちゃけた話、盛るだけの元気があるのなら、その分で仕事がしたいわ。」

それは健全な青少年として、どうかと思うのですよ姫様?


「うーん…でも、恋愛をすると元気がモリモリ湧いてくると聞きますが?」

「そんな事言ったって、私と恋愛をする殿方というのは、そのまま王配になる可能性があるという事。
 私と恋愛関係にあるというだけで、その貴族は大きな政治的影響力を持つわ。
 器を過ぎた過大な権力を持てば、賢者も時にとんでもない愚鈍な人間になる事があるのは歴史が語るところよ。
 私は恋愛をしたいなら、その前にまずは人としての器を見極めなきゃいけないのよ、それだけで面倒臭いわ。
 それに、そんな暇があるなら、どれだけの書類を処理できることか。」

結局仕事に行きつくのですね、このワーカホリック姫は。


「それならば、私と話している時間も十分に無駄では?」

「そんな事は無いわ、貴女の進言や忠告はためになっているもの。
 そう…当代きっての政治思想家と話す時間なら、いくらでも無駄ではないわよ。
 そうよね、ル・アルーエット?」

早速ばらしやがりましたね、あのピンク。
…まあ、ばらすなとは言っていないので、別に構わないのですが。


「しかし、当代きっての政治し…。」

「レモネード、お待たせしました!」

ジェシカがレモネードを二杯お盆に載せて、ドアを開いたのでした。


「ジェシカ…ノック。」

「あー…焦っていて、思わず忘れちゃったわ。
 申し訳ございません、マドレーヌ様。」

私が半眼で見つめると、ジェシカは頬を赤く染めて後頭部をポリポリと掻いてから、深々と頭を下げて謝ったのでした。


「構わないわ、でも次からは気をつけるのですわよ。
 あ、レモネードはテーブルに置いておいて頂戴。」

「はい、マドレーヌ様。」

ジェシカはテーブルにレモネードを置いたのでした。


「下がって良いわ…あと、人払いをお願いしますわね。」

姫様はそう言って怪しく微笑むと、ジェシカに更に金貨30枚を渡したのでした。


「ひ、人払いでございますか?」

「そう、私はゆっくりと友人を見舞いたいの…わかりますわよね?」

ええと…姫様、何で私にコケティッシュな流し目を送りやがりますか?


「え…ええと…。」

何なのですかジェシカ、その良心と金を天秤にかけるような表情は?


「ケティ…。」

ジェシカは私の肩にポンと手を置いたのでした。


「人生長いもの、こんな事もあるわ。
 犬に噛まれたとでも思いなさい、相手は男じゃないし。」

「はあ?」

いったい何が起こっているのでしょうか?


「才人には話さないから、と言うか誰にも話さないから安心して。
 それじゃあ、ごゆっくり…。」

「あの、ジェシカ、何の事だか説明を…。」

バタンという音がして、ドアが閉まってしまいました。


「えーと?」

「ぷっ…くくくくくっ。」

姫様がお腹を押さえて、静かに笑い転げているのです。


「ひ、姫様、今のはいったい…?」

「うふふふふふ、稀代の政治思想家も、色恋沙汰には疎いと見えるわね。」

色恋沙汰?いったい何を?


「つまりね、今のジェシカとかいう娘は、30エキューで貴方の操を売り渡したのよ。」

………………………へ?


「み、操!?操って、だだだだだ誰に!?」

「私に。」

サークレットを外して素顔に戻ると、姫様はニヤリと笑って見せたのでした。


「…おお成る程。」

しかし、人払いにそんなネタを使うとか、姫様のヨゴレっぷりが最近顕著になってきているような?


「察しが良過ぎるのも可愛くないわよケティ?
 そんなわけで、折角だから実践を…。」

「女性とイチャイチャする趣味は無いのですよ…って、何をしますか、ちょ!ま!?」

あーれー…。


「…って!いい加減にするのです!
 何時までふざけ続けるつもりなのですか!?」

私は半ば脱げたネグリジェを押さえながら、姫様を睨みつけます。


「そうね、ケティの慌てふためく顔も堪能できたし、このくらいにしておくわ。」

「暇潰しに陵辱しようとしないで下さい…。」

冗談なのはわかっていましたが、冗談でも本気でやりそうなのが怖いのですよ、この姫様は。


「話は思い切り戻りますが…何なのですか、その《当代きっての政治思想家》というのは。」

「ル・アルーエットに対する各国の王侯貴族の評価よ。
 ちなみに枢機卿が言うには各国貴族の愛読書らしいわよ、貴方の本。」

何なのですか、その過大評価は。


「そもそも、そこまで莫迦売れしたという記憶は無いのですが。」

「いいケティ?世の中には写本というものがあるのよ?」

あー…良く考えてみれば、この世界に《著作権》という概念はまだ無いのでしたね。
勝手にコピーされるとは…印税払えコンチクショーなのですよ。


「貴方は気付いていなかったかもしれないけれども、貴方の書いた本は画期的なのよ。
 《貴族たるもの》は王侯貴族の権利と義務、領民の権利と義務、そして両者がそれぞれに持つ力、それをハルケギニアの知的階層にわかりやすく説明した本なのは、書いた貴方が一番良く知っている筈。
 そしてそんな本は、今まで誰も書いていなかったのよ。」

「ぬぅ…。」

これは、この人生始まって以来の大チョンボかもしれません。


「貴方はここ数年で最大の掘り出し物だわ。
 ルイズの手紙を読んだ時、思わず嬉しくて踊りだしちゃったわよ、それを見た枢機卿に疲れ過ぎて錯乱したのかと勘違いされて危うく医者呼ばれる所だったわよ、どーしてくれるのよ。」

「そんなの関係ねえのですよ。」

そりゃいきなり踊りだした姫様が悪いと思うのですよ。


「だいたい私は今年学院に入ったばかりの若輩者、ただの学生なのですが?」

「ただの学生は商会興して大儲けしたり、政治考察本出したりしないわ。」

まあ、それはそれで道理ではありますが。


「大丈夫よ、ここでいきなり官僚になれとか言ったりはしないから。
 学生時代はきちんと待ってあげるから、終わったら速やかに王宮でこき使ってあげるわ。」

このワーカホリック姫に付き合っていたら、婚期逃して盛大に嫁き遅れになるような予感が…。


「いや、私は領地に引っ込んで領地の整備を…。」

「新しい領地をあげるわ、ド・ワルドで良いかしら?」

姫様はニコニコしながら、とんでもない事を言いやがったのでした。


「なんつー領地を押し付けようとしているのですか、姫様。」

ケティ・ド・ワルドなんて、物凄く縁起の悪い名前になるなど冗談ではないのですよ。


「あら、前領主が裏切った挙句、主に貴方のせいでけちょんけちょんな目に遭った以外は結構いい領地なのよ?
 今ならまだそれ程荒れていない筈だし、良いと思ったのだけれども。」

「荒れ放題の領地の方が100倍ましなのです。」

縁起でもない、私に笑いの神が降臨したらどうするつもりなのですか、姫様は。


「領地など要りませんから、ラ・ロッタに引っ込ませてください。」

「断るわ。」

ぬぅ…強情な。


「そもそも、貴女がラ・ロッタに引っ込めるわけがないでしょ。
 モット伯なんて、貴女の才能を物凄く買っているのよ、学院を中退させてでも王宮に引っ張ってきてくれないかって頼まれたくらいだし。
 ちなみに、寝言で貴女の名前をぼそっと呟いて、勘違いした奥さんにボロ布みたいになるまで制裁されたばかりだったりするわ。」

モット伯…お願いですから、私の命まで危うくするような寝言を呟かないで欲しいのです。


「諦めなさい、才能にはそれに見合った仕事が付き纏うのよ。」

「あー…姫様にそれを言われると説得力があるのですね。」

原作の初期の頃の姫様は、まさに位打ちといった風情でしたが。
まあ、苦難を乗り越えて立派な君主に成長していったので、分相応だったとも言えますか。


「ところで姫様、まさかこんな事を話しにここまで来たのですか?」

「強引な話題逸らしね…まあ良いわ、確かに私がしに来たのはこんな話ではないし。」

そう言って、姫様は頬をポリポリと掻いたのでした。


「じゃあ早速だけれども、ゲルマニア皇家と姻戚関係を結ぶべきだと思う?」

「相手が皇帝で無ければ、それも良いのではないかと。」

あまり早くに結婚されると、私の知る原作から大幅に逸れそうな気がするのでNGですが。


「…とはいえ、ゲルマニア皇家は第一皇子ですら現在9歳ですが。」

「そうよね、流石の私もベッドで震える9歳の子供に興奮した半笑い顔で圧し掛かっていくとか無いわ。」

いや姫様、そういう問題では無いような気がするのですよー?
そもそも、何でそんなに具体的なのですか。


「皇帝との結婚は無しですしね。」

「いやまあ、子供出来たら実権取り上げてどっかに幽閉すれば、ついでにゲルマニアも手に入って一石二鳥なような気もするけど、年上過ぎて嫌なのよね。」

エカテリーナ帝にでもなるつもりですか姫様…というか、確かゲルマニアの皇帝は御淑やかな女性が大好きだった筈。
まあ、姫様も猫被ればそのくらいお手のものでしょうが。


「無難な所で我が国の貴族…謙虚で地味という、我が国の貴族にはなかなかいない殿方を探すのが一番とも言えますが…。
 まあ何にせよ、姫様の旦那になる人は大変でしょうね。」

「貴女の旦那になる人もね。」

はて、ナンノコトヤラ。


『うふふふふふふふ。』

私たちは微笑みを浮かべながら睨みあったのでした。



そんなギスギスしているのだか微笑ましいのだか良くわからない歓談の後、満足したのか姫様が立ちあがったのでした。


「…あ、そうそう、サイトを借りられないかしら?」

ふと、思い出したように、姫様がそう言ったのでした。


「才人はルイズの使い魔なわけですが、何故私に?」

「ルイズに頼んだら絶対に反対するからよ。」

まあ…確かに、容易に想像できるわけですが。


「王宮をこっそりと何度か抜け出したでしょう?
 御陰様で財務卿は、私が城を抜け出す悪癖を覚えたのだと勘違いしてくれているわ。
 若いって良いわね、敵が勝手に舐めてくれるもの。」

「勘違いなのかどうかは置いておいて、財務卿がそう考えてくれたのは良い事なのですね。」

財務卿は姫様が真っ黒なのを知る側近の一人ですし、油断させるには事前準備が必要だったという事なのですね。


「とはいえ私はしがない水メイジで、剣の心得も無いか弱き乙女だわ。
 そろそろ刺客の一人や二人や一個師団くらいは覚悟しなきゃいけないと思うの。」

「はぁ…。」

一個師団も来たら、刺客ではなくクーデターなのですよ。


「まあそんなわけで、身辺警護にとびきりの腕利きが一人欲しいのだけれども、銃士隊は他の野暮用があるから出せそうにないのよ。」

劇場いっぱいのTAKARADUKAですね、わかります。


「成る程、それで才人という事なのですか。
 ルイズが一緒に付いて来ないように、私に細工しろという事なのですね?」

「そういうこと。」

ルイズは目立ちますからね、ピンクですし。


「まあそういう事なら、何とか手配しましょう。
 一つ言っておきますが…才人はルイズのものなのですから、手を出しちゃあ駄目なのですよ?」

「うーん…でも私、思い返してみるとルイズの持っているものが欲しくなる性質なのよね。」

そう言って、姫様はにやりと笑って見せたのでした。


「ぬぅ、逆効果でしたか?」

「冗談よ、一国の女王が一介の平民と恋に落ちるなんて、物語じゃあるまいし有り得ないわよ。」

そう言って、姫様は悪戯っぽくウインクして見せたのでした。


「いつもの態度が態度なだけに、全く信用出来ないわけなのですが。」

「…まあ、女王ともなれば、愛人の一人や二人いるものだわ。」

何で目を逸らしやがりますか。 


「兎に角才人は駄目です、絶対に駄目なのです。」

別に才人で無くても良いではありませんか、才人で無くても。


「…ふーん、その目はひょっとして嫉妬?」

「んにゃっ!
 い、いいいいいいいいいきなり何なのですか!?」

何でこんなに動揺しますか私!?


「ほほう…これは実に興味深い、興味深いわ。
 貴女が惚れるほどの男ね、冗談だったけれども興味出てきたかも。」

「ああいや、私は男を見る目が無い事に関しては他の追随を許さないと言いますか。
 ええもう、変な男ばかりですから、ええ、ええ。」

な、何故否定しませんか、私は?


「才人は莫迦で助平で朴念仁でお調子者で、兎に角駄目駄目駄目な駄目人間なのですから、姫様が興味を持つような相手では…。」

ひ、ひょっとして…。


「悪い所がきちんと把握できるくらい、きちんと彼を見ているっていう事よね、それ。」

私ってば本当に才人の事が好きなのですかー!?


「ふふふ…まさか、まさか、いつの間にやらサブヒロインとは…。」

「えーと、何言っているのだかわからないわ、ケティ?」

くず折れる私を変なものを見るような視線で姫様が見ているのです。


「ラブコメ主人公属性おそるべし…おのれ、嫁き遅れたら責任とってもらいますからね、才人。」

「…だから、何を言っているのか分からないわ。」

姫様が困ったという感じで額を押さえているのです。


「少々現実逃避をしてみただけなのです。
 と、兎に角、才人に手を出しちゃ駄目なのですよ?」

「まあ、私も幼馴染と将来こき使えそうな人材をいっぺんに失いたくないしね…自重はするわよ。」

何とかわかってくれたようで、良かったのですよ。


「とは言え…男と女の事だから、自重しても無理な事もあるけれども。」

そう言って、姫様はニヤリと笑ったのでした。
ああもう、誰かこの姫様を止めて欲しいのです。




「ただいま、ケティ。」

「体の調子はどう、ケティ?」

姫様が帰った後、夕日も翳ってきた頃に二人は帰ってきたのでした。


「ベッドに寝転がっていたのが良かったのか、回復したようなのです。」

「そっか、良かった。」

才人の安心した表情を見て、心臓が少しドキドキするわけですが、いやホントどうしましょうか?
ルイズから才人を取るのは絶対に無理というか、理性ではそれはやれてもやってはいけない事だというのも分かっていますし。


「それよりもケティ、そこで転がっているジェシカは何…?」

「それはオブジェですから、無視の方向で。」
 
オブジェの癖に、か細い声で「タスケテー」とか言っていますが、無視なのです。


「すげえなアレ、亀甲縛りって奴?」

「スカロンが、煮るなり焼くなり好きにしろといったので、取り敢えず部屋の隅に転がしてみました。
 ちなみに、持ってきたときには既にあの状態だったという事を宣言しておくのですよ。」

オブジェから「トリアエズコロガストカナイワー」とか聞こえますが、同じく無視なのです。


「…ジェシカ、ケティに何かしたの?」

「人間、目先の欲に囚われてはいけませんよねーという事なのです。」

スカロンは見た目以外は本当にまともなのですよね。
娘が外道に落ちそうになったら、こうやって是正する事に躊躇は無いのです。
見た目がまともでないのは、縛り方もそうだったというだけなのですよ、ええ、ええ。


「見た目だけは徹頭徹尾変態なのですね、あの御仁は。」

料理はまともどころか絶品の域なのに…。


「よくわからないけれども、ケティとスカロンが悪いと思う事なら悪いわね。」

いつの間にかルイズの信用も勝ち取っていたスカロンなのでした。


「んで、この卑猥なオブジェ、何時まで転がしておくつもりなんだ?」

「明日目が覚めたら、下ろしてあげようかなと。
 そんなわけでジェシカ、お休みなさい。」

ジェシカの顔に昏睡効果のある水の秘薬(メイド・イン・モンモランシー)を霧吹きで吹きかけると、軽くもがいた後ぐったりと動かなくなったのでした。


「これで明日の朝目覚めれば、恥ずかしい縄の後がばっちり残ってやな感じなのです。
 体のあちこちも痛くなるでしょうし、これをもって制裁とします。」

これでジェシカが変な性癖に目覚めたとしても、まあ仕方が無いでしょう。
親子で仲良く変態というのも悪くないかもしれません。


「取り敢えずこのオブジェは放って置いて、遊覧飛行はどうでしたかルイズ?」

局地戦闘機なのでガソリンが結構減ったかもしれませんが、モンモランシーの小遣い稼ぎにもなりますし、まあ良いでしょう。


「うん、すっごく楽しかった!
 前に乗った時には景色を楽しむ暇も無かったけれども、今回は楽しめたし。
 船に乗っている時と違って、雲が物凄い勢いで遠ざかっていくのよ!」

「間違えてケティん家の空域に入っちまって、怒り狂ったでかい蜂が物凄い数で追いかけてきた時はどうしようかと思ったけれどもな!」

あああぁぁぁ…何という事を。
たぶん姉さま達も目撃しているでしょうし、後で事情を知った山の女王に叱られるううううぅぅぅぅ!


「うお、ケティがすげえブルーになってる。」

「ラ・ロッタの上空は、ラ・ロッタ家のものしか進入を許されていない不可侵の空なのですよ、それを破ってしまうとは…。
 しかもそれが私の手によるものだと知れたら、物凄く怒られるのは必至なのです。」

あの御方、説教が長いのですよねえ…しかもいつの間にか昔の武勇伝に摩り替わるし。


「あー…ひょっとして物凄くごめんなさいな事態?」

「良いのですよ、予め言っていなかった私が悪いのですから。」

まあ、何だかんだ言ってあの御方は身内には激甘ですし、好物の牛を何頭か献上すれば、沙汰は大分軽くなるかもしれません。






「サイトを借りに来たわ。」

数日後、姫様が再びやって来たのでした。


「はいはい、わかりましたから、これに着替えておいてくださいね。
 私は才人を連れてきます。」

そう言って、私がいつも酒場に出る時に来ている服を一着渡したのでした。


「あら、着ても良いのかしら?」

「変装したいかなーと思ったのですが、貴族の格好でも構いませんか?
 まあ、どうせ顔が違いますし。」

いつも通りフェイスチェンジのサークレットで、堂々と城を抜け出してきた姫様なのでした。


「折角変装するのだもの、フェイスチェンジなんて無粋な真似はここまでにしておくわ。」

「使わないのですか?」

折角便利なのに…。


「最後の最後で使うようにするわ、その方が探し回る現場が混乱するでしょ?」

姫様に似た人間がうろついているのを見れば、町の人々は「あれっ?」と思う筈で、それをもって更に場を引っ掻き回すつもりなのですね。
探す兵隊さん達には悪いですが、今回は本当に探し回って混乱している現場を作り出すのが目的なので、これで良しなのです。


「財務卿とアルビオンの間者、両方釣り上げるわよ、ケティ。」

そう言って、姫様は私にウインクして見せたのでした。



[7277]  幕間29.1 王女と剣士の少年
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:52
「あんたはああああぁぁぁぁ、また女の子の胸ばっかり見てええええええぇぇぇぇぇ!」

「ぎにゃああぁぁぁぁ!」

何時もの如く例によって予定調和通りに才人がルイズにボコられている。


「まったく、いつもいつも飽きないわよねえ。」

「頑丈よね、サイトって。」

女の子達は既に慣れて気にしていない。


「いいぞ、もっとやれー!」

「オラァ!兄ちゃん根性見せろぃ!」

常連客は見世物の一つだと認識しているっぽい。


「ああ…羨まし過ぎますなぁ。」

「あの細い手足で蹴る殴るされるとは…ああ、私もあの足で踏まれてみたい…。」

ルイズの固定客達に至っては頬を紅潮させて羨ましそうに指を咥えて見ている…どう見ても変態です、本当に有難う御座いました。


「お前ら、見てないで助けてくれええぇぇぇ!」

でも誰も助けないのは、何だかんだ言って二人が仲が良いのを知っているし、何より才人が瞬時に再生する人類の規格外、言うなれば不思議生命体(YOKOSHIMA)だから。
まあ兎に角そんなこんなで今日もほのぼのと血飛沫飛び散る凄惨な光景、平和な平和なとっても平和な《魅惑の妖精亭》だった。


「ぬぅ…あのルイズに悟られずに、どうやって連れ出しましょうか?」

その中で一人動きの違う娘が一人。
栗色の直毛を肩まで伸ばし、絹のような光沢の髪に光る天使の輪っか…そう、ケティ・ド・ラ・ロッタだ。
アンリエッタ王女が才人を借りにやってきたわけだが、いざこっそり連れ出そうとしたら例の如く血祭りの真最中。


「ルイズ、ルイズ。」

「あんたはああああぁぁぁ!いつもいつもいつもおおおおぉぉぉぉ!」

ケティは声をかけたが、ルイズは折檻に忙しくてこちらに気付いていない。


「ルイズ、ルイズー?
 おーい、やっほー?」

「こんのバカ犬があああぁぁぁっ!」

ケティはめげずに声をかけてみるが、全く反応する気配がない。


「ふむ…。」

ケティはしばし考え込んだ後、おもむろに呪文を唱え始めた。


「バースト・ロンド。」

『ふんぎゃー!?』

ルイズ達の周囲で爆竹状の小さな爆発が連続して発生する。
この不意打ちに堪らず悲鳴を上げてから、ルイズは崩れ落ちるように倒れた。


「あうううぅぅぅ…。」

「うがががががが…。」

ルイズ《達》という事で、ついでに才人も巻き込まれていたが、ケティは見なかった事にした。


「全くもうルイズは、熱中すると人の話をきけなくなるのが玉に瑕なのですよ…って、あれ?」

「………………………。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「あー…集中している時に肩叩かれたらびっくりしますものねえ。」

そんな呑気な事を言いながら、ケティは気絶したルイズを突っついている。


「さすがケティ、容赦無いわねえ…。」

「声をかけている間に気付いてくれれば、こんな悲劇が起きたりはしなかったのですが。」

ジェシカのあきれたようなツッ込みに、ケティは少し悲しそうに肩をすくめて見せた。
ちなみに、この店の常連にはケティがメイジだという事はばれている。
しかもルイズが暴れた時とか、貴族が暴れた時とかに引っ張りだされるので、いわゆる『先生』と呼ばれる用心棒の類だと勘違いされている。
普通の暴れやすい酔っぱらいは、ルイズに『酔い潰される』ので、ケティが出るまでもない。


「とりあえず、この二人をこんな所に転がしておくのもなんだし、部屋にでも連れてって。」

「はい、了解なのですよ~と。
 レビテーション。」

ケティが呪文を唱えると、重なり合うように倒れている二人の体がふわりと浮きあがる。


「では皆様、御機嫌よう。」

そう言って、ケティは二人を貴賓室に運んで行った。


「姫様、お待たせしました。」

「でかしたわ…って、何でルイズまで?」

運び込まれてきた才人を見て、満足そうに頷いたアンリエッタだったが、ついでに運び込まれたルイズに首をかしげた。


「いや、そう言えばここに水メイジが居たなぁと思いまして。」

そう言いながら、ケティは二人をベッドに下した。


「そんなわけで姫様。
 ルイズに軽めの『スリープ』をかけちゃってください。」

「なるほど、確かにこっそりサイト殿だけを連れて来るよりも効率が良いわね、それ。」

そう言って、アンリエッタは呪文を唱え始める。


「スリープ。」

「ふにゃ…すぴー…。」

ルイズは速やかに気絶から睡眠状態に移行した。


「さて、では才人を起こしましょうか。
 才人、起きてください才人。」

「えーと…あれ、ケティ?」

瞼をこすりながら寝ぼけた顔で才人が起き上がる。
ちなみに、既に全身の傷は無い。


「おはようございます才人。」

「あ…うん、お早う。」

才人は気絶から立ち直ったばかりで少々ぼーっとしている。


「おはよう、サイト殿。」

「へ?ええと…どこかで見たような?」

何度も言うようだが、才人は寝ぼけている。
どうやら度忘れしてしまったらしい。


「ほう、私の顔を思い出せないとは…やるわね。
 ほらほら、思い出しなさい。」

思い出してもらおうとして、腕を組んで偉そうなポーズをとるアンリエッタ。


「んー…やべえ、これ程の巨乳を思い出せんとは、鈍ったか俺。」

だがしかし、才人はアンリエッタが腕を組んだ事で強調された胸にばかり目が行っている。


「姫様の胸ばっかり見ているんじゃないのですよ、このエロ使い魔!」

「あだぁ!?」

それを見たケティは、ハリセンで才人の後頭部を思いきり引っ叩いた。


「いたたたた…姫様?
 ああ、あのやさぐれお姫様!」

才人はすっきりした表情になって、ポンと手槌を打った。


「ねえケティ、このうすらぼんやりした少年に、『口は災いのもと』という諺を理解してもらう必要があるのだと思うのだけれども?」

「才人にそのように細やかな配慮を覚えさせるのは、果てしなく困難かと。
 おそらく徒労に終わるでしょう。」

アンリエッタもケティも酷かった。


「それに、朴念仁で昼行燈で悲しいくらい配慮不足な所にさえ目を瞑れば、良い友人になりますよ、才人は。」

「でも、その価値はあるかしら?」

アンリエッタは首を傾げる。


「まあ、それは付き合っていけばおいおい…あれ才人、どうしたのですか?」

「いや、ケティにそういう認識されていたのかと思うと、心にぐっさりと。」

才人は膝を抱えて部屋の隅で小さくなっていた。


「ふぅ…そういう欠点があっても、私は才人を欠け替えの無い大切な人だと思っているのですから、それで良いではありませんか?」

「ほ…ホントか?」

顔を上げてケティを潤んだ目でじーっと見る才人。


「う…だからなんでこういう表情をホイホイと…。」

「ほほ~う、なるほど。
 これは後戻りできないかも。」

頬を赤らめて目を逸らすケティを見て、アンリエッタはニヤリと笑った。


「ケティ?」

ケティが何故目を逸らしたのか理解出来ていない才人が、不安そうにケティを見る。


「ほ…本当なのです。
 で、ですから、貴女と私の友情は…って、コラそこ!何をニヤニヤしてやがりますか!?」

顔を真っ赤にしたケティがアンリエッタを指差した。


「おほほほほ、まあ良いじゃない。
 それよりも、本題に移りましょう。」

「ぐ…仕方がありませんね。」

ケティは目を瞑って、背筋をビシッと伸ばした


「才人、貴方に特別な任務があります。」

「ん、改まって何だよ?」

才人は首をかしげた。


「姫様の護衛をお願いしたいのです。」

「このお姫様の?」

ケティの言葉に、才人はアンリエッタを指差す。


「はい、護衛に腕利きの人員が欲しいのですが、姫様が現在使える人員はすべて出払っていまして、才人に白羽の矢が立ったということなのですよ。」

「俺に護衛…ねえ?」

才人はピンと来ないのか、首を傾げる。


「ルイズに接しているように、姫様の身近にいれば良いのですよ。」

「そうそう、肩肘張らないで、自然体にね。」

ケティの言葉に続けて、アンリエッタも笑顔で話す。


「なるほど…でもそれって、腕利きって事ならケティでも良くね?」

「才人…私は腕利きではないのですよ。
 魔法はそこそこ使えますが、基本的に荒事向きではないのです。」

才人の指摘をケティは首を横に振って否定する。


「その上私は火メイジなので、魔法は広範囲を吹き飛ばす方が得意なものが多いのですよ。
 姫様ごと敵をぶっ飛ばすわけには行かないでしょう?」

「私もなるべくなら焦げたくないわ。
 そんなわけで剣の達人、ガンダールヴの貴方の出番というわけ。」

そう言って、アンリエッタは微笑んだ。


「なるほど、そういう事なら…って、ひょっとしてケティはついてこないのか?」

「ええ、姫様と2人っきりでお願いします…って、不安そうなのですね?」

才人の不安そうな表情に、ケティは首を傾げる。


「いやだって、お姫様なんか相手にした事ねぇし。」

「気にしなくて良いのですよ、姫様は見てのとおりアレですし。
 普段通り、ルイズや私に接するように接してくれれば。」

アンリエッタが「アレって何よー?」とか抗議しているが、ケティはさらっと流した。


「わ、わかった。」

才人は緊張した面持ちで頷いた。


「よし、それじゃあ行きましょうかサイト殿?」

アンリエッタはそう言うと才人の腕を取り、自分に引き寄せた。


「な…なっ…な…。」

ちなみにケティは目が点になって固まっている。


「わ、な、何?」

「あら、殿方は女性を連れ立って歩く時、エスコートするものじゃなくて?」

困惑の表情を浮かべる才人に、アンリエッタは魅惑的な微笑を浮かべた。


「い、いや、でも、くっつき過ぎじゃね?」

才人は硬直したケティの視線が気になるのか離れようとするのだが、アンリエッタは離してくれない。


「良いのよ、そろそろ夕暮れ時ですもの。
 それじゃあケティ、サイト殿を借りていくわね。」

「は…はい、ごゆっくり。」

引き攣った笑みを浮かべつつ、ケティは頷いた。


「じゃ、じゃあケティ、行って来る。」

「はい、ごゆっくり…。」

手を振る才人にケティはゆっくりと手を振りかえし、ドアが開いてパタンと閉じた。


「ひょっとして私は、狼に羊を手渡してしまったのでは…?」

二人が出て行ったドアを眺めながら、ケティはぽそりと呟いた。





「何かケティがぎこちなかったような?」

《魅惑の妖精亭》の裏口から出てきた才人は、ボソリと呟いた。


「うふふふふ、あの娘はこういう事になるとからっきしなのね。」

「ん?どういう事?」

含み笑いを浮かべるアンリエッタに、才人は尋ねてみた。


「そういう事はね、自ら気付いてこそなのよ才人殿。
 私が話しちゃいけないし、話すべき事でも無いの。」

「良くわかんねえ…。」

才人は眉をしかめて天を仰いだ。


「それじゃあ話は変わるけれども才人殿、何か面白い場所は知らないかしら?」

「面白い場所?」

アンリエッタの問いに才人は首を傾げる。


「面白い場所…ねえ、俺もトリスタニアで暮らし始めてまだちょっとしか経ってねえし、あんまり詳しい場所は知らないぜ?
 屋台とか、生活必需品とかのある場所なら知っているけどさ。」

「そういうの良いわ、楽しそう。」

そう言って微笑むと、才人の腕をギュッと胸に押し付けるアンリエッタ。


「連れて行って頂戴。」

「い…いやでも、仕事の最中なんだろ?
 さぼって良いのか?」

才人は眉をしかめてアンリエッタを見た。
ちなみに眉はしかめられているが、胸の感触のせいで口元は締まりが無い。


「さぼるのが仕事なのよ、今日に限ってはね。」

ちなみにアンリエッタの現在の格好は夜の女の格好であり、才人は尋常ではないくらい綺麗な酌婦の少女に誑かされている可哀想な少年に見えている。
いやまあ、実際に誑かされているのは間違いないような気もするが。


「どういう事?」

「まあ、いずれわかるわ。
 それまでのお楽しみよ。」

そう言って、アンリエッタはウインクしたのだった。





「ねえねえアレは何?」

「えーと、何だろ?」

夕暮れのトリスタニア市街、艶やかな黒髪を背中あたりまで伸ばしたびっくりするほどプロポーションの良い美少女が、同じく黒髪でぼんやりした表情の少年の腕を抱えている。
まさかこの国の女王が、平民の少年を護衛に街中をうろついているとは、誰も思ってはいなかった。


「じゃあアレは?」

「何の店だろうな?」

アンリエッタの問いに、才人は首を傾げる。


「えーと…じゃあアレは?」

「うーん…さあ?」

アンリエッタは街中をのんびり歩くのが生まれて初めてだったりする。
今までは行き先を教えてくれる魔法のアイテムで、まっすぐに《魅惑の妖精亭》まで向かっていたのだった。


「そ、それじゃあアレは?」

「はっきり言おう、知らん。」

なので、街中の散策は仕事のついでとはいえ、楽しみにしていたのだが…。


「み、見事に何も知らないのね…。」

「いや、そう言われてもトリスタニアに来て数週間しか経ってないし、あんまり知らないって予め言ったじゃんか?」

道中の案内に、才人を使うという行為が壮絶に大失敗だったのは言うまでも無い。


「そもそも、俺はこっちの文字が読めないし。」

「あら、そうなの?」

アンリエッタは肩を落とす。


「あぁ、そんなにがっかりするなって、よく行く場所ならそこそこ詳しいから。
 姫さ…っと、これは流石にまずいか…何て呼べばいい?」

「アンで良いわ、いちいち偽名を考えるのも面倒臭いし。」

アンリエッタは才人の腕をぎゅっと抱え直し、上目づかいで微笑んだ。


「お…おう、わかった。
 じゃあアン、これから暫くよろしくな。」

「そんなに緊張しなくて良いわよ、ルイズに接しているみたいに自然にして。」

そう言って、アンリエッタはキス出来そうなくらい顔を近付ける。
アンリエッタから漂ってくる良い香りに、才人は緊張するばかりだった。


「い、いや、ルイズとこんな風に密着した事無いから。」

正確には『正気のルイズと』だが。


「あら、そうなの?」

アンリエッタは少しびっくりしたかのような表情を浮かべる。


「主人と使い魔は引き合うものだし、ましてや人ならと思っていたのだけれども。」

「ルイズの場合、怒っているか怒鳴っているか極めているか殴っているか蹴っているかが基本だ。」

良く考えたらろくな目にあってねーなと思いつつ、才人は言った。


「じゃあ、ケティとは?」

「同じく、無い。
 つーか、ケティにそういう事するとこんがり焦げる破目になる。」

こちらも同じく『正気のケティと』である。


「じゃあ、こういうの初めてなのね?」

そう言って、ふふふっと笑うアンリエッタ。


「そう、その通り。
 緊張するから勘弁してくれ、こんな状態では剣も抜けねえし。」

才人としてはこうもくっつかれると嬉しいを通り越して落ち着かない、主に下半身とか。


「ふむ、それは拙いわね。」

アンリエッタは腕の力を緩めてくれたが、離してくれない。


「もうちょっと離れてくれると助かるんだけど。」

「じゃあ、これでどう?」

アンリエッタは才人の左手をギュッと握り締めた。


「うをぅ…。」

年齢=彼女居ない暦の才人にとって、女の子と手を繋ぐ事などなかなか無いイベントだ。


「これ以上の妥協は出来ないわよ、はぐれたら困るでしょ?」

「おう、わかった…。」

そう言われてはこれ以上離れることも出来ず、なんとも嬉しいような困ったような心境の才人だった。


「で、案内できる場所って?」

「もうちょっとで着くよ、あそこだ。」

そう言って才人が指差したのは、屋台や露天が立ち並ぶ一角、市場(マルシェ)だった。


「面白そう、早く行きましょう。」

「わ、引っ張るなって、ちょ、おい!」

才人は足早になったアンリエッタに引き摺られるように、市場に向かっていく事になったのだった。



「これは…素晴らしいわ。」

「な、平民の飯もなかなか美味いだろ?」

屋台で買ってきたチーズとソーセージと葉野菜の入ったガレット(蕎麦粉のクレープ)をベンチに座って美味しそうに頬張るアンリエッタを見て、才人はにっこり笑った。


「これは王宮で普段出してもいけるわ。
 材料も平民が食べるものだから、極端な原価ではないでしょうし。」

こうして、こっそりと王宮のメニューにジャンクフードが加わったりしたが、それはまた別の話。


「サボってんのに、仕事の話?」

「今日はサボるのが仕事だって言ったでしょう?
 これも仕事なのよ、し・ご・と。」

ああ言えばこう言う、ケティみたいだと才人は思った。


「でもこれ本当においしい、ありがとうサイト。」

「どういたしまして、飯以外にも色々とあるから、見ていこうぜ。」

そう言った才人の手元を、アンリエッタはじーっと見ている。


「…で、そのガレットには何が入っているのかしら?」

どうやら、才人が頼んだガレットにも興味津々のようだ。


「へ?ああこれか?これはハムとふわふわに焼いた卵を包んでいるんだよ。」

「一口頂戴。」

アンリエッタはそう言うと、才人の手元にあるガレットにかぶりついた。


「うん、これもおいしいわね、バターが効いてる。」

「そ…そうか、そりゃよかった。」

才人は『この国の人間には間接キスの概念がない』という、ケティの話を思い出していた。


「…役得と思っておくしかねえな、これは。」

ケティにばれたら怒られるかもしれないとか思いながら、才人はガレットを一口齧った。


「ん?どうしたの?」

「いや、なんでもない。」

才人は目を逸らした。


「ふーん、まあ良いわ。
 美味しいガレットに免じて、追求しないであげる。」

「そうしてくれると凄くありがたい。」

才人はホッと安堵の息を吐く。


「ごちそうさま、じゃあ市場を回りましょうか?」

「おう。」

ガレットを食べ終わった二人は、ベンチから立ち上がった。




「うーん…実に興味深かったわ。
 生の平民たちの生活を実感出来るなんてなかなか無いものね。
 お父様が城を抜け出してうろうろしていたのって、こういうものを見る為だったのかしら?
 …はじめは本当にどうしてくれようかと思ったけれども。」


「この街の知らない部分は、これからおいおい覚えていくから勘弁してくれ。」

半眼でアンリエッタに睨まれた才人は、頭を掻きながら天を仰いだ。


「面白かったけれども、ちょっと疲れたわ。
 何処か、のんびり休憩できる場所とか知らないかしら…例えば喫茶店とか?」

「喫茶店…ねえ?」

そう言えば前にケティと街を歩いた時、喫茶店に寄ったなぁと才人は思い出していた。


「ああ、喫茶店なら知ってる…ぞ…。」

喫茶店でケティとやたらと密着していた事を思い出す才人だった。
うっすらと赤らんだケティの顔とか、胸とか、腕の感触とか。


「…ああでも、あそこはちょっとヤバいか?」

「ヤバい?」

アンリエッタはきょとんとして首を傾げた。


「いや、ゆっくりし辛いというか…。」

「喫茶店なのにゆっくりし辛いの?
 前に視察に行った店ではそんな事は無かったのだけれども…興味深いわね。」

言い淀む才人を後目に、興味津々なアンリエッタ。


「サイト、案内して。」

「えええっ!?」

才人は焦るが、アンリエッタは止まらない、止められない。


「面白そうだわ、案内しなさい。」

「あー…いや、後悔するなよ?」

目が輝いているアンリエッタを見て、才人は肩を落とした。




「着いたぞ、この喫茶店だよ。」

「見た目は普通の喫茶店ね…って、言うほど喫茶店を見慣れているわけではないけれども。」

ふむふむと頷きながら、アンリエッタは店の外観を眺めている。


「早速入ってみましょう…サイト?」

「ちょっぴり恥ずかしい目にあうかもしれないが、良いか?」

一件躊躇っているように見える才人だが、口元がちょっぴり緩い。


「恥ずかしい目?まあ良いわ、入りましょう。」

そう言って、アンリエッタは才人の手をギュッと握ると喫茶店に引き摺っていった。


「いらっしゃいませ、お2人様でございますね?」

にっこり笑顔のウエイトレスがやってきた。
才人は当然の如く覚えてはいないが、前回ケティと一緒に着た時に対応したウエイトレスだったりする。


「ええそうよ、良い席をお願いね。」

「はい、かしこまりました。
 では…こちらへどうぞ。」

ウエイトレスは『うふふふ、お客さんも好きですねー』といった感じの視線を才人に向けるが、才人は当然の如くそんな微妙な雰囲気には気づかなかった。


「うゎ…これは凄いわね。」

「だから、後悔するなよって言っただろ?」

店内では年頃の男女が仕切られて半個室状態と化したカップル席で、人目を気にすることなくいちゃついている。


「さすがの私もこれは予想外だったわ。」

アンリエッタも流石に恥ずかしいのか、微妙に頬を赤らめている。


「座るか…?」

「勿論、変わった雰囲気だけれども、喫茶店には違いないわけだし。」

そう言うと、アンリエッタは二人用の椅子に腰掛けた。
ちなみにこの椅子、中心部に向かって緩い傾斜がかかるようになっていて、椅子に座ると二人が何となく寄り添わざるを得ないというあざとい設計になっている。


「誰だ、こんな椅子考えついた奴は。」

椅子に腰かけた才人は人間の妄想力すげえとか思いつつ、取り敢えずぼやいてみた。


「これは…何というか、考えたわね。」

恥ずかしいながらも、思わず感心してしまうアンリエッタだった。


「ご注文はお決まりですか?」

ウエイトレスが注文を取りに来た。


「何にする?
 つーか、メニューが読めない俺は、ここにあるのがお茶とマカロニ…じゃなくて、そんな感じの名前のお菓子がある事しか知らんわけだが。」

「マカロニ…?マカロンの事かしら?」

そう言いながら、アンリエッタはメニューを覗き込んだ。


「ええと…《初恋のお茶》と《甘い愛のマカロン》?」

アンリエッタはかなり赤くなりながら、その恥ずかしいメニューを読み上げる。
ケティは端折っていたが、メニューは本来そんな名前だったらしい。


「お茶とマカロンですね、かしこまりました。」

店員にまでメニュー名を端折られている。
ウエイトレスは注文を掻きこむと立ち去って行った。


「こ、こんな店にケティと入ったの?」

「いや…俺もその時ちょっと考え事していて、気が回っていなかったというか。」

いつも気が回っていない才人が、少し焦りつつ弁解のようなものをする。


「考え事って?」

「ああ、実は…。」

才人は自分がわかっている限りの事情を話す。
勿論、自分が居世界人だという話は《東方》に置き換えて。


「…ってわけでさ、ケティが気を使ってくれたというか。」

「あの子も焦っていたわけ…それでこんな店に入っちゃったのね。」

そう言って、アンリエッタはクスリと笑った。


「で、でもこれは何というか、緊張するわね。」

才人の肩に寄り添ってしまいそうなのを何とか支え…るのを諦めて、頭を才人の肩に乗せるアンリエッタ。


「さっき俺に散々ベタベタくっついていたじゃん?」

意外といった感じで、才人は聞き返す。


「自分の意思でくっつくのは良いのよ。
 こういう強制的にっていうのは気に入らないわ、私が強制するなら良いけど。」

そう言いながら、才人にどんどん自分の体重を押しつけていくアンリエッタ。


「じゃあ、くっついてくるなよ。」

「この方が少々癪だけれども圧倒的に楽なの、だからしっかり支えてね。」

そう言って、アンリエッタは才人に流し眼で微笑んだ。




「ううぅ~ん…マカロン美味しかったわ、お茶も上手に入れていたし、あれで名前さえどうにかなればね。」

アンリエッタは大きく伸びをした。
何だかんだ言って、彼女も異性と長時間くっつかざるを得ないという状況には緊張していたようだ。


「こ…こんなのルイズとケティが媚薬を飲んじまった時に比べれば…。」

才人は緊張しまくっていたのか、ヘロヘロだが。
エロい事に興味のある年頃とは言え、こういうのは刺激が強過ぎる。
具体的には下半身的なアレが、ヤバい。


「でも、ちょっと疲れたわ、休める場所とかないかしら?」

「休める場所と言われても…。」

喫茶店に休みに入ったのに、余計疲れたというポルナレフ状態の二人だった。


「あ、あそこに休憩所って書いてあるわ。」

アンリエッタが指差した店の看板の色はド派手なピンクで、何かハートマークとか書いてある…。


「ええと、アレはよした方が良いような?」

ナニ的なアレがソレな感じでどえりゃ~ヤバいと、才人はなけなしの直感で察した。


「休憩以外の目的な建物っぽいというか、休憩の意味が違うというか。」

「休憩以外の目的?
 それは興味深いわ。」

才人としても、美少女相手に下ネタは言いづらい。
ましてや相手は女王陛下、そんな事を言ったが最後『トリステインに下品な男は不要よ』とか言われかねない。


「あーいや、だからだな。」

ラブホと言っても通じない世界である事に、才人は恐怖した。


「才人も疲れているじゃない、いったん休憩しましょう。」

トリステイン語を理解出来る唯一の人間が、すげえ世間知らずだという事実。
今まではたいして困難をもたらさなかったファクターが、最大の地雷になったっぽいのを才人は理解した。


「ああいや、何か元気になってきたぞ俺。」

「嘘おっしゃい、何が嫌なの?」

才人としては、何で自分がモジモジしているのか察してくれと叫びたい気分だ。
だがしかし、現状ではラブコメ独特の空間が発生しているのか、アンリエッタがそれを理解出来なくなっている。
メタ言うんじゃねえ?知るか。


「私も疲れているの、行くわよ。」

そう言って、アンリエッタは休憩所にスタスタと入って行ってしまった。


「ああもう知らねえぞ、俺が童貞捨てる事になっても。」

それを捨てるなんてとんでもない!


混沌を孕んだまま、ここにて幕間は終了。
先を見たい?
このままどうなるのかって?

何ともなるわけないじゃない、才人だぜ、ヘタレだぜ、ある意味鉄の精神力だぜ。
そんなわけで、グダグダのまま、本当に終幕。



[7277] 第三十話 少し気まずい決着…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:09
「我が名はケティ、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

銀色の鏡にも似た召喚の扉が形成されます。
さあ来なさい私の使い魔。


「んぁ?何処だここは?」

扉から出て来たのは、黙っていれば二枚目な顔に獰猛な笑みを浮かべ、全体的に緑色の装束と鎧に身をまとった戦士でした。


「…えーと、なんだか見覚えがあるような、無いような?」

「お、可愛い女の子発見。」

何処かで見た人なのですよね、何処でしたか…?


「はじめまして、私の名前はケティ、ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 貴殿のお名前は?」

「ほう、ケティちゃんっていうのか。
 可愛い名前だな、グッドだ。」

うんうんと、その緑の人は嬉しそうに頷いています。
『グッドだ』って、その言い方に何だか嫌な予感が…。


「はあ、ありがとうございます。」

「俺の名前はランスだ…って、何でいきなり逃げようとする!?」

ランスという名前とその印象が合致した途端、私の体はくるりと踵を返し明後日の方角に向って逃亡を始めようとしましたが、素早く突き出された手に腕を掴まれ行動を阻まれてしまったのでした。


「い、いえ…思わず逃げてしまったというか。」

あの鬼畜王ランスを召喚してしまうとか、私の貞操完全にオワタ。
人間の使い魔という事は才人という前例から考えるに寮で同居なわけで、それがあの才人ではなくランスなわけで、どう考えても即時に犯られます、本当に(ry


「…で、ここはどこだ?
 見たところ魔法使いがいっぱいいるが、建物がゼスっぽくないし。」

きょろきょろしながら、ランスはあたりを見回しています。


「ここはハルケギニアのトリステイン王国です。」

とか言っても、さっぱりでしょうが、取り敢えず言っておきます。
 

「はるきげにあ?」

「それはバージェス頁岩から発見された、カンブリア紀中期後半くらいまで生息していたトゲトゲの生き物です。」

「知らん。」

ですよねー。


「ネタですので、サラリと聞き流してください。
 ここはハルケギニアと呼ばれる地方で、この国はトリステイン王国といいます。」

「それもさっぱりだ。
 俺が聞いたこと無い国があるとはな。」

そう言って、ランスは頭をポリポリと掻いたのでした。


「…で、何で俺はこんな所に居るんだ?」

「まことに言いづらいのですけれども…。」

隠していても意味が無いので、諸々の事情をランスに語ってみたのでした。
私が召喚した事とか、帰るあてが今のところ無い事とか。


「ぬわにいいいいぃぃぃぃぃっ!?」

「ああっ、やっぱり怒った!」

まあよし、グッドだ!ってわけにはいかないのですよね、やはり。


「怒らん奴がおるか阿呆!」

「いやでも、さっきも言った通り、本来人を召喚する魔法じゃないので、まさか居世界の人間を召喚しようとは思わなかったのですよ。」

ルイズは虚無属性なので規格外ですし、たかだか一介の火メイジに過ぎない私が人間を召喚するとは思いもよらないと言いますか。


「知るかそんなの。」

「ですよねー。」

説得が効くタイプの人じゃないんですよね…はぁ。


「兎に角、責任をとれ、責任を。」

「はい、衣食住は私が責任を持って…って、な、何を?」

ああ、《Auferstanden aus Ruinen》っぽい曲が脳内に流れ始めたのですよ…。


「責任と言ったら、する事は一つに決まっているではないか!」

いきなりランスに押し倒されたのでした。


「ああっ!やっぱりこんなオチですか!?」

「がはははははは!」

いやホント、何でよりにもよってこの人呼び出しますか私はーっ!


「もうちょっと紳士的な主人公キャラをーっ!」

「がははははははははは!」

どいっちゅらんとあいんにっひふぁ~たら~んと♪


「…って、あれ?」

目が覚めるとそこは魅惑の妖精亭の貴賓室。
目の前には涎を垂らして緩みまくったルイズの顔。


「また夢オチですか、ひょっとして…?」

た、助かったのですよ…。







「ああ、なんてぷにぷに。」

「にゅ…にゅ…。」

ベッドで眠るルイズのほっぺたを突っつくと、不快なのか眉をしかめたルイズが首を横に振っているのです。


「…と、こんな事をしている暇は無かったのですね。
 ルイズ、そろそろ起きてくださいルイズ。」

「んにゃ…にゃ…にゃ…。」

揺さ振られてもなかなか起きてくれないのです。


「起きないと、モンモランシー特製の気付け薬を盛りますよー?」

「にゃー…。」

ふむ、起きないと。
姫様のスリープがかかっているのだから仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれませんけれども。


「モンモランシー曰く、《これを一口飲んだら死人でも棺桶から起き上がって、のたうち回ってもう一回死ぬわ》だそうですが、仕方が無いのですよ、目覚めないのですから。」

そんな風に自分を誤魔化しながら、ルイズの口に気付け薬を一滴流し込んだのでした。


「にゅ…むにゅ………ふんぎゃー!?」

ルイズは目をくわっと開くと、天高く跳び上がり…うわ、天井に頭をぶつけたのです。


「からしょっぱにがあまいたい!?」

ルイズは頭を押さえつつ、ゴロゴロと転げ回っているのです…この薬、やっぱりとんでもな…。


「ふにょわー!ふむぐぉ!?」

そのまま転がって、花瓶が置いてある台に激突し、その衝撃で転げ落ちてきた花瓶が身を仰け反らせたルイズの頭にズボッとはまったのでした。


「と、とんでもないにも程ってものが…。」

「もがー!?
 前が、暗黒が!?何も見えない!?」

ルイズがさらに転げ回って、ベッドの下にスポッと入ってしまったのです。


「もが、何なの、もがもが、狭い、動けない、もがもがもが、息が苦しい…。」

「…何という惨劇。」

惨劇の引き金が私自身だという事は、忘却の彼方へ葬り去りましょう。


「よっこら…せっ!」

「あう…もが…今度は何?」

すっかり死に体となったルイズをベッドの中から引き摺り出したのでした。


「花瓶も…あれ?外れない…。」

「いだだだだ!首が、首が外れる!?」

確かに花瓶を外すと首ごと体から抜けてしまいそうなのです。
それだと《ゼロの使い魔…完》って感じになってしまいかねないので、別の方法を考えないと。


「と…とりあえず息が出来なくなるので…ブレイド。」

ルイズを首無し死体にするわけにもいかないので、花瓶の底をブレイドで切り取って、缶詰みたいに開けたのでした。


「明るくなった…息も楽になったわ。」

「もうちょっと切りましょう。」

花瓶を輪切りにして、やっとルイズの顔が現れたのでした。


「おお…ケティの顔が見える。」

「ここからはちょっとした恐怖の時間になりますが、覚悟は良いですか?」

オペの時間なのです。


「ええっと、ひょっとしてこれからは切れるか切れないか微妙って事かしら?」

「ええ、花瓶ごとルイズが切れるか切れないかは微妙なのです。
 まあ、切れてもちょっとですから、我慢我慢という事で…。」

流石に…これはかなり緊張するのです。


「ちなみに聞くけど、ケティのブレイドって、全開だとどのくらいの威力?」

「んー…近接戦なんてしないつもりだったので全開で使った事は殆どありませんが、多分甲冑くらいなら中の人ごと一刀両断できるんじゃあないかなと。」

魚を三枚に卸す時に骨が全く引っかからないので、わざと引っかかりやすくアレンジするくらいですし。


「い、いやー!殺されるー!?」

「人聞きが悪い事を言わないのですよ。
 その陶器製の変な首輪を一生しているつもりなのですか?」

視覚的に物凄く間抜けなのですが。


「う…一つ聞きたいんだけれども、わたし何でこんな事に?」

ルイズは観念したものの、私に事の原因を訪ねて来たのでした。


「ルイズが眠ったまま目覚めないので、モンモランシーが作った気付け薬を…。」

「元凶はケティかーっ!?
 ってか、モンモランシーの薬って時点で悪い結末しかないわよ!!」

ルイズがうがーっと吠えたのでした。


「ええまあ、ルイズを気絶させたのも私だったりするのです。」

「何でわたしを気絶させたの?」

ふむ…姫様の事をどう話しましょうか?


「姫様から才人を護衛として、半日程借りたいという依頼がありまして。」

「だから何でわたしを気絶させたの?
 姫様が護衛を借りたいと言うなら、断らなかったわよ?」

ルイズが首を傾げているのです。


「その代わり、ルイズも一緒に行くでしょう?」

「勿論よ、わたしも姫様の力になりたいもの。」

私の問いに、ルイズは何を当たり前の事をといった感じでコクリと頷いたのでした。


「だから、なのですよ。
 ルイズが起きていると付いてきてしまうからこそ、気絶させるという手段を使ったのです。」

思いきり嘘ですが、ちょっとびっくりさせるつもりで放っただけの魔法だったりしますが、気にしたら負けなのです。


「な…何でわたしがついて行っちゃ駄目なのよぅ…?」

「ピンクブロンドの髪が目立ち過ぎるのですよ、ルイズは。」

暗い夜道はピカピカと…色々な色の髪の毛の人間がいっぱいいるハルケギニアですが、ピンクはなかなか居ないのです。
ましてやルイズはふわふわの髪を思いきり伸ばしているので尚更。
ちなみに大抵は私のような茶髪か、姫様のような黒髪かキュルケのような赤髪かモンモランシーのような金髪が主流。
タバサのようなブルーシルバーブロンドも結構珍しかったりします。


「あー…確かにそれは、そうかも。」

自分の髪を見て、ルイズは納得したように頷いたのでした。


「でもそれなら、ケティが付いていけばよかったじゃない?」

ふと気付いたよう無表情を浮かべて、が訪ねて来たのでした。


「私は荒事向きじゃありません。」

「またまた御冗談を、今更か弱い女の子ぶっても意味無いわよ?」

ぷぷぷと吹き出しながら、ルイズが私の肩を叩いているのです…何故?


「いや、私は本当に荒事向きじゃあないのですよ?」

「荒事向きじゃあ無い人間が、ワルドと一対一で勝つとか無理だし。」

まあ確かにそうですね、アレは偏在でしたが。


「女性には無意識に手加減する癖がついているのでしょう。
 レディに暴力を振るうのは、貴族として絶対にいけない事だと子供の頃から教え込まれているでしょうし。」

「…あー、確かに。
 ワルドってああ見えて子供の頃は結構やんちゃで、遊びに来た時にエレオノール姉さまに悪戯しては、よくお母様に折檻されていたらしいし。
 あのお母様の折檻を受けて、それでも何度もやるって所が凄いわ。」

脳味噌が決定的に足りなかったのか、それとも反骨心の塊だったのか、今となってはわからない話なのです。


「まあそれは兎に角、あの折檻を何度も受けたら、心に傷が残っても不思議ではないわね。」

ひょっとして、ワルドも木の葉みたいに宙を舞ったのでしょうか…?
今度遭ったら聞いてみましょう、トラウマを突けるかもしれません…って、あれ?


「ひょっとして、ワルド卿とエレオノール様って…。」

「ええ、幼馴染よ。」

そういえば、エレオノールの一歳下でしたか、ワルドは。
まあ、よく考えたら領地が隣接していますし、ルイズの許婚になるくらいですから、以前から家同士の交流はあったのでしょうね。


「歳の近い異性の幼馴染といったら、恋の一つも生まれそうでしょ?
 実際ワルドの許婚って、最初は私じゃなくてエレオノール姉さまだったくらいだし。
 …でもそれを知ったワルドがお父様に頼み込んだらしいわ、許婚をわたしに変更してくれって。」

エレオノールの結婚出来ない病は、その時に発症したのですね。


「しかし何故?」

「うーん…まあ、ワルドとエレオノール姉さまって、天敵同士みたいな間柄だったし。
 こう言っちゃあ何だけれども、ワルドはエレオノール姉さまの事を女だと思っていなかった節があるわ…。」

ワルドってば、同世代の女性がきつ過ぎて駄目だからって年下にはしるとは…。


「…まあ、その話はこのくらいにして。」

「わ、ちょ、ま…!?」

ルイズが話に夢中になっている隙に、ブレイドで首輪みたいになっていた花瓶の残りをすっぱりと切り落としたのでしたのでした。


「ほら、大丈夫だったでしょう?」

慎重にやったので、当然といえば当然ですが。


「…ちょっぴり痛いんだけど?」

「大丈夫です、切れているのもちょっぴりですから、2~3日すれば消えます。」

才人なら、傷がついた途端に消えて無くなるレベルです。


「さて、それでは才人達に会いに行きましょうか?
 まあその前に、少々荒事が待っていますが。」

そう言って、私はマントを外して椅子にかけたのでした。


「ええと、何で脱いでいるの?
 それと、荒事って?」

「ちょっとした着替えをしようかなと思いまして。
 あと、荒事というのは荒っぽい暴力沙汰もあり得る出来事という事なのです。」

…さて、久し振りなのですね、こういう格好も。


「…そういう言葉の意味を聞いているんじゃあないわ。」

ルイズの言葉はさらっと聞いていない事にする方向で。



「だ…男装?」

私の着替えた姿を指差して、ルイズはあんぐりと口をあけたのでした。


「ええ、似合いますか?
 男の格好をするのは久し振りなのですが。」

「意外と似合っているのが、びっくりだわ。
 似合っているというか、美少年というか、兎に角かっこいい。」

つばの広い羽つき帽子に、乗馬に適した服装…わかりやすく言うと典型的な士官の格好…もっとわかりやすく言うと量産型ワルドなのです。
胡散臭い髭はありませんが…あと、締め付けすぎて胸が苦しい…。


「一昨年までは男装でしたしね…では行きましょうルイズ。」

「言葉遣いは?」

敢えて触れていなかった所に、ルイズがずばっと突っ込んできたのでした。


「そこは放っておくという事で。」

「それは駄目よ、駄目だわ、画竜点睛を欠くわ!」

ルイズはびしっと私を指さしながら、そう断言したのでした。
あーそーですか、仕方が無い、思い切りましょう。


「ぬぅ…あー、あー、ボクはケティ、こんな感じで良いかな?」
 
男っぽいしゃべり方なんて、久しぶりなのですよ。


「おおぅ、声のトーンまで下げたわね。
 いいわ、その調子だわ。」

「やれやれ、まさか男口調で喋る羽目になろうとは。」

ちょっぴりトホホなのですよ。


「外に馬を待たせてあるんだ、早く行こう。
 …ではエスコートしますので、御手を御許し戴けますか御嬢様?」

「なんだか慣れていない?」

姉さま達の相手で、すっかり慣れてしまったのですよ、これが。


「弟を除くと全員女だからね。
 男っぽかったボクは、冗談半分で男として扱われていたんだよ。」

ちなみにアルマンは冗談半分に女の子みたいな扱いを…っと、これは彼の黒歴史なのでこれ以上は語るまい、なのです。


「ケティが男っぽかった…ねえ、これを見ると納得できるような気もするけれども。」

そう言いながら、ルイズは私の手を握ったのでした。


「じゃあ、案内してくださるかしら、騎士様?」

「はい、御嬢様。」

私はルイズの手をとると、部屋から連れ出したのでした。



「…で、何処に行くの?」

私の背中にしがみつくルイズが、そんな事を尋ねてきたのでした。
ああ、ちなみに現在私とルイズは馬に乗っています。


「リッシュモン邸へ、そこで落ち合う予定の人が居るのですよ。」

「言葉が戻ってる…。」

ツッ込む所はそこですか…?


「何の為に、こんな妙な丁寧語を使っていると思っているのですか。
 男っぽい喋り方を矯正する為なのですよ?」

毒を以って毒を制するというわけなのです。


「う…でもね、見た目美少年でその喋り方は無いわ。」

「ふう…わかったよ、これで良い?」

無言でニヤリと笑って、嬉しそうにサムズアップするのはやめてくださいルイズ。


「じゃあ、ここらあたりで降りよう。」

リッシュモン邸の近くに茶色い馬一頭。
その影に騎士が一人、アニエスなのです。


「さあルイズ、手を。」

先に馬から下りてから、ルイズの手をとって、下ろしてあげたのでした。


「た、タラシっぽいわね?」

「礼儀正しいと言って欲しいな。」

せっかくルイズのリクエスト通りにしているというのに、何なのですか、その暴言は?


「だだだから、何でそこでウインク!?」

「ちょっとからかってみた。」

そう良いながら、アニエスの方に向かって歩いていきます。


「アニエス殿、待たせたね。」

「だ、誰だ貴様は!?」

変装が効き過ぎたのか、アニエスに殺気の籠もった視線を送られてしまったのでした。


「ボクだよ、ボク。」

「生憎、私に金を送るような親戚は居ない!
 …って、あれ~?」

ああ、やっと気づいてくれましたか。
あと、騙されキャラが板についてきましたね、アニエス。


「け、ケティ殿!?
 何故に男装で!?」

「アニエスだって男装じゃないか。」

銃士隊も全員男装ですし、そんなびっくりする事ではないような気がするのですが。


「い、いやまあそうだが、まさかケティ殿が男装して言葉まで変えてくるとは。」

まあ確かに、それは道理ではありますが。


「男装まではボクの発案だけど…男言葉で喋れと言ったのはこっちのルイズなのです。
 そろそろ、元に戻しても良いですよね?
 アニエス殿も戸惑っていますし。」

「…仕方が無いわね、ふざけて良い場面じゃあなさそうだし。
 はじめまして凛々しい騎士様。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」

私が促すと、ルイズは優雅に一礼したのでした。


「おお、貴女が陛下の幼馴染の…銃士隊のアニエス・ド・ミランと申します。
 しかしケティ殿、何故に彼女を?」

「彼女は荒事向きなのですよ、私よりもずっと。」

だからルイズ、何で私を見て『無い無い』と、首を横に振るのですか。


「…で、ここで何が起きるの?
 そろそろ話しなさいよ?
 銃士隊のアニエス・ド・ミラン殿が、こんな所でサボっているわけ無いし。」

ルイズは腕を組んで私を見たのでした。


「鼠の巣に囁いたのですよ。
 美味しそうな餌がありますよと…ね。」

「鼠…ああ、この前私がぶん殴ったあの徴税官の件と関係ある話なのね。」

さすがルイズ、どっかの鈍い日本人とは、ちょっとおつむの出来が違う筈なのです。
普段は同レベルに見えますが。


「…って、ちょっと待ちなさい。
 サイトが姫様の警護に出歩いて、本来姫様を警護している筈の銃士隊がこんな所でうろついている。
 そして姫様は最近頭の中が面白おかしい事になっているわけで…。」

ルイズの目が細ーくなっていきます。
いや、面白おかしいとか言い過ぎなのですよルイズ?


「姫様を囮に使うとか、何考えてんのよ。」

「何考えていると言われても、私は姫様直属の侍女なわけですし。
 上司に強く言われたら、強くは断れないわけなのですよ。
 いやはや、勤め人はつらいですねえ、アニエス殿。」

アニエスに話を振ってみたり。


「え!?私に何でそこで振るんだ!?
 ああいや、まあそういう事なんだ。」

「そういう事を聞いているんじゃあないの、アニエス殿。
 姫様がもしも殺されたりでもしたら、私が女王にさせられるのよ?」

沈痛な表情で、ルイズが額を押さえているのです。


「あんな勢いで働いたら、普通に死ぬわ。
 わたしは不死身の究極生命体じゃあないのよ。」

いや、姫様も不死身の究極生命体とか、そんな変な生き物ではない筈なのですが、たぶん。


「んで、リッシュモン卿を殴り倒して、しょっ引けば全部終わるのね?」

「ええと…その前の最後の詰めにひと工作必要でして。」

頭良いのに脳筋発想とか、ルイズは絶対に脳味噌の使い方間違えているのですよ。


「お、誰か出て来たわよ。」

挙動不審な小姓らしき少年が現れて、こっちを見たのでした。


「あー、目が合っちゃったのですよ。」

「すっごく不審そうにこっちを見ているわね。」

何故に私を見ますか、ルイズ?


「これはまずいかもしれんな…。」

何故に私を見ますか、アニエス?


「どうせ不審なら…怪しさをふっ切らせれば、何とかなりますか?」

そう言いながら、私はルイズとアニエスの手を握ったのでした。


「な、何だ?」

「アニエス殿、ルイズと手をつないで輪になって下さい。
 そして、これから私の動きに合わせて下さい。」

さあ、やりますよ!


U’sh’avetem mayim be-sasson.(ウシャヴテム マイム ベサソン)

「な、何語!?」

ヘブライ語なのです。


Mi-ma’ayaneh ha-yeshua.(ミマアイネイ ハイェシュアー)

「何の呪文よこれ!?」

旧約聖書イザヤ書12章3節であり…。


U’sh’avetem mayim be-sasson. (ウシャヴテム マイム ベサソン)
 ほら、合わせて下さい。」

「うしゃびてむまいむべさそん。」

元々は井戸を掘りあてた時に歌う歌であり…。


Mi-ma’ayaneh ha-yeshua.(ミマアイネイ ハイェシュアー)

「みまあいねいはいぇしゅあー。」

日本では滅茶苦茶ポピュラーなフォークダンス。


Mayim mayim mayim mayim.(マイム マイム マイム マイム)

「まいむまいむまいむまいむ。」

学校で一度は踊った事があり、やると結構テンションが上がる例のアレ。


Mayim be-sasson.(マイム ベサソン)

「まいむべさそん!」

通称『マイムマイム』。
ほら、いきなり輪になって聞いた事が無い言葉で歌い踊り始めた私達を見て、小姓がポカーンとしているのですよ。


「まいむまいむまいむまいむ!」

「まいむべさそん!」

私たちは半ばやけくそになりながらマイムマイムを踊り続けます。


「はい!はい!はい!はい!」

「なんだか、楽しくなってきたわ。」

ルイズがノッて来たようなのです。
それこそがマイムマイムマジック。
小姓の見る目がどんどん虫を見るような視線に変わっていっていますが、気にしてはいけません。


「まいむまいむまいむまいむ!」

「まいむべさそん!」

あとひと押ししますか。


「はい!はい!はい!はい!」

私たちは回りながら小姓に近づいていきます。
踊っているうちに全員のテンションが上がりまくって、少し目が血走っているかもしれません。


「ひぃ!?こっちくんな!」

小姓は慌てふためくと、逃げるように馬に乗り込んで走り始めたのでした。
いやまあ、実際に逃げたのでしょうけれども。


「…さて、追いましょうか。」

「…そうね、追いましょう。」

マイムマイムをやめ、遠ざかる影を見つめながら私とルイズは頷いたのでした。


「思わずやってしまったが、大事なものを失ったような気がする。」

「ふっ…甘いわね、アニエス殿。」

くず折れるアニエスの肩をルイズがポンと叩いたのでした。


「こんなの、ラ・ロッタ領ではよくある事よ。」

「んなわけないでしょう!」

思わずルイズにツッ込んでしまったのでした。
勝手に人の領地を、人外魔境みたいに仕立てないでください。


「兎に角、今の踊りの詳しい話は馬の上で聞きましょうか?
 放っておくと逃げきられちゃいそうだし。」

そんなこんなで、私達は馬に乗って、小姓の後を追っていったのでした。


「…とまあ、そんなわけで、井戸を掘りあてた後にする踊りらしいのですよ。」

「成る程、サイトの世界の踊りだったのね…あいつ、何でいつもいつもケティにばかり自分の世界の事をベラベラと…。」

何だか、才人の冤罪がどんどん増えていくような気がしますが、まあ何とかなるでしょう。
解決するのは私じゃあなくて、才人ですし。


「あの宿屋か…。」

アニエスが、宿の入り口から入っていく小姓を睨んでいます。
小姓が入って行ったのは、貴族用の宿の中でもそこそこグレードの高い宿。


「間者の分際で、良い宿に泊まっているじゃありませんか…。」

「そうかしら?」

ルイズは普通じゃない?といった感じで首を傾げます。
ええい、大貴族はこれだから。
まあ、現状市井に交じって情報収集中といっても妖精亭の中が殆どなので、宿における庶民感覚がいまいち身に付かないのは仕方ありませんが。


「さて、ガサ入れと行きますか。」

「がさいれ?」

ルイズが不思議そうに首を傾げます。
おっと、思わず日本語と混じってしまいましたか。


「部屋に踏み込んで、証拠等を捜索する事ですよ。」

「聞いた事が無い言葉だな。」

アニエスも首を傾げていますが、当たり前ですね。
思いきり日本語ですから。


「まあいいか、踏み込むぞ。」

「わかりました。」

「わかったわ。」

私とルイズはアニエスの後について、宿屋に入って行ったのでした。


「いらっしゃいませ、何の御用でしょうか?」

「銃士隊だ、今入っていった小姓が居るな。
 どの部屋に入っていった?」

アニエスが、銃士隊の紋章を見せながら受付係に尋ねたのでした。


「この宿は宿泊者の秘密を守る事に関してはトリスタニアいちでして…はい。
 銃士隊と言えども答えるわけには…。」

「我らが言葉は国王陛下の言葉と心得なさい。」

そう言いながら、私はルイズの懐から許可証を取り出して見せたのでした。


「な、ちょ、ちょっとケティ、何で自分の見せないのよ?」

「私のはルイズみたいな無制限許可証ではありませんから。
 ついでに言うと、家名明かしていちいち説明するの面倒臭いですし。」

交易商人や軍人あたりにはそこそこ有名ですが、ラ・ロッタなんて田舎貴族、一般庶民には無名も良い所なのですよ。


「面倒臭いって何よー!」

それに比べてラ・ヴァリエールは、誰が聞こうが一発でわかる威力を持ちます。
ルイズはキレていますけれども…彼女はコンプレックスが原因で周囲に人を寄せ付けないようにしていたせいか、自分の家がどんだけとんでもない家なのか、いまいち把握していないのですよね。
おそらく、トリステインで《王家とラ・ヴァリエールだけには絶対に逆らうな》などと昔から言われている家だというのも知らないのでしょう。
まあ知らないのに加えて、彼女が自分の家の権勢を自分からは絶対に振りかざさない性質だからこそ、クラスメイトはある意味気安く彼女に接しているのですが。


「王家にラ・ヴァリエール…何てこった。
 こ、これは…ほ、本物ですか?」

「この国でそんなのを騙ったら、100回は処刑されても文句言えない類のものであるというのは、わかるでしょう?。」

時をかけてはいられないので、権力と権威で強行突破なのですよ。


「わ、わかりました…こちらの部屋でございます。」

そう言って、受付係は部屋番号を指差したのでした。


「本当にそこなのですか?
 もし嘘偽りがあれば、一族郎党まるっとまとめて処刑は免れませんよ?」

「ほ、本当でございます!」

顔面を蒼白にし涙目になった受付係が、コクコクと頷いたのでした。


「うわぁ、笑顔なのにすっごい悪そうな顔…。」

「もしも敵に回したら、剣と銃以外では相手にしたくないな。
 それが無理なら迷わず逃げるぞ、私は。」

何でドン引きしているのですか、二人とも。


「…二人とも、人が頑張っている時にチャチャ入れないでください。」

「いやだって、本当に怖いわよ?」

怖くしないと脅しにならないじゃありませんか…。


「この部屋だな?」

「ええ、受付係が命知らずで無ければ。」

アニエスのヒソヒソ声の問いに、私もヒソヒソ声で返しつつ頷いたのでした。


「では…お客様、ルームサービスでございます。」

まずはコンコンとドアをノック。


「せーの…ていっ!」

直後にルイズの蹴りが重厚な造りのドアを蹴り飛ばしたのでした。
…どうでもいいですが、何で虚無の呪文を使いませんか、ルイズ。


「銃士隊だ!御用改めである!」

そこにアニエスが剣を抜いて踏み込んでいきます。


「…って、あり?」

アニエスの間抜けな声が響き渡ったのでした。
まさか、ガセネタ掴まされましたか!?


「ど、どうしました?」

「ああいや、何というか、ルイズ殿、天晴だ。」

そこには間抜けにもドアに近づいて行ったらしく、ドアごと蹴り飛ばされて気絶した間者の姿が。


「お久しぶりですね、小姓さん?」

そして、まだ立ちさていなかったのか、こちらを驚愕の表情で見る小姓の少年。


「あ、あんたらはさっきの変態!」

レディに向かって変態とは失礼な。


「炎の矢!」

「ウボァー。」

百本近い炎の矢が、小姓をふっ飛ばしたのでした。


「…悪は滅びました。
 さて、それでは縛って捕えておきましょう。
 アニエス殿、銃士隊の手の空いているものを3名ほどと、荷馬車をまわしていただけますか?」

「まあ、そのくらいならすぐにでも手配はつくな。
 わかった、ロビーに頼んで使いを出させる。」

まあ、その程度の予備戦力は用意していますよね。


「じゃあまあ取り敢えず『バインド』。」

毛布をかけてからバインドの呪文をかけると、毛布でぐるぐる巻きになった間者が出来上がったのでした。


「そこの小姓は?」

小姓にバインドをかけていないのが不思議なのか、ルイズが訪ねて来たのでした。


「気絶している間に職場が無くなっていたというのは少々可哀想ですが、まあ仕方が無いという事で。」

どうせ、ほとんど何も知らないでしょうし。


「起きたら解放してやってもいいんじゃないか?」

「連れて行って軽い尋問くらいはするべきでしょう。
 ゴミみたいな情報でも、意外と大きな情報への突破口になることだって、ごくごくたまにはありますし。」

もったいないお化けが出るのですよ~?


「あと、なかなか綺麗な顔立ちをした子ですし、ついでに美形の兄が居ないかどうかとかも聞いてみるべきでしょう。
 銃士隊の面々は強さと引き換えに色っぽい話から遠ざかりがちですし、婚活ということでひとつ。」

「そんなしょうも無い心配はしなくてもいい!」

しょうも無い心配とはなんですか、しょうも無い心配とは。


「そういう事を言っていると、あとで同年代の人間がどんどん結婚して行って一人嫁き遅れ、友達の結婚式とかで肩身の狭い思いをするようになるのですよ。
 終いには『独身』と言われただけで激怒する、そんな了見の狭い女と化してしまい…。
 …最終的に金髪で胸が薄くて眼鏡をかけたきつそうな自称永遠の17歳の女性に、笑顔で『友達』とか言われてしまうのです。」

「何なんだ、その妙に現実性がある上に、嫌な未来予想図は!?」

いやー、本当にアニエスって弄り甲斐があるのですよ。


「金髪で胸が薄くて眼鏡をかけたきつそうな女性って…どっかで見た事があるような?」

独神エレオノールこと、貴方の姉なのですルイズ。
出来れば思い出さないで、そっとしておいてあげて下さい。


「まあ、育て上げてみるもよし、未熟な若木を弄ぶもよし、煮るなり焼くなり好きにすればー?なのですよ。」

ああ、真面目な人をおちょくるのって楽しい。


「…叩き切っても良いか?」

「それはご勘弁を、おほほほほ。」

アニエスの目がちょっとマヂなのですよ…おちょくり過ぎましたか?


「まあ冗談はこれくらいにして、情報は金に等しいもの。
 わずかな可能性も取りこぼすべきではないのですよ。
 そんなわけで…てりゃ。」

間者の腹を蹴ってみたり。


「…………。」

返事が無い、ただの屍のようだ…ではなく、私の力が弱かったのか、気絶から立ち直ってくれません。
とはいえ、モンモランシーの気付け薬はまたカオスな事になるような気がするので使うわけにもいきませんし…。


「アニエス殿、彼を優しく愛を囁くように起こしてあげてくれませんか?」

「わかった。」

アニエスは、あっさり頷いたのでした…って、あれ?


「優しく!」

「うぐぉ!?」

「愛を!」

「ぐふぁ!?」

「囁くように!」

「ぶぐぅ!?」

アニエスは間者を思いきり蹴り飛ばしたのでした…。


「起こしたぞ、私なりに優しく愛を囁くようにっ!」

「は、激しい愛なのですね…。」

その発想は無かったのですよ…というか、ストレスを間者にぶつけませんでしたか?


「あー、すいませんが、生きていますか?」

「げふ…何も話さんぞ、革命の敵め。」

何気にソ連化していますねぇ、アルビオン。
仲間を『同志』とか言っているのでしょうか、寒いのです。


「ふざけるな、この地図は一体何だ、答えよ!」

アニエスがトリステイン市街の概略時に×マークのいっぱい入った地図を間者に突きつけ、殺気を送りながら尋ねます。


「おっかないおねーさんもこう言っている事ですし、出来ればお話しする事をお勧めしますが?」

そう言いながら、懐から例の気付け薬の瓶を取り出し見せつけてみたりします。


「どうせ、話さなくてはいけなくなるわけですし。」

「その薬は…まさか…。」

間者の顔が見る見るうちに青ざめていきます。


「ええ、真実の血清かもしれませんね?」

真実の血清…要するに魔法の自白剤の事なのです。
使うと凄くフレンドリーな気分になって、何でも話してくれるようになります。
強力な薬なので、使用後は当然の如くお花畑の向こう側の住民と化しますが。


「そのような卑劣な水の秘薬を使おうとは…。」

「何事も合理的に手早く。
 話す気が無い人間に、拷問などの人道的な手段は無駄の極致なのですよ。」

瓶の薬剤は全然違うものですが、嘘は言っていませんよ、嘘は。


「くっ、こうなれば…もが!?」

舌を噛み切ろうとしたので、口に固い林檎を突っ込んであげたのでした。


「あが…あが…。」

「貴方には2つの選択肢をあげます。
 大人しく洗いざらい喋るか、それとも真実の血清で洗いざらい喋るか…さて、どちらを選びますか?」

交渉に必要なのは、相手に選択肢を与えない事。
もう一つ、ハッタリ利かす時は徹底する事。


「あー、言っておくが、こっちのおっかないおねーさんは私より怖いぞ?」

「たぶん、トリステインでも指折りのおっかないおねーさんよ?」

あー…いや、後押ししてくれるのは嬉しいのですが、何か複雑な気分なのですよ。



このあと彼がどうなったか?
結果として情報が得られたのですから、つまりはそういう事なのです。
うまくいったのに、この敗北感は一体何なのでしょう?







翌日、妖精亭に戻って一泊の後、劇場の前に全員集合。


「おはようございます、姫様。」

「おはよう、ケティ。」

ちなみに小姓の少年には軽い尋問を行った後、アカデミー謹製のお薬で手紙を届けた時点以降の記憶を綺麗さっぱり忘れて貰いました。


「あとは最後の詰めね。」

「はい、リッシュモン卿は既に劇場内に、ぬかりはありません。」

いやー便利ですねえ、水の秘薬…暫らくの間、少々記憶の混乱を起こす副作用があるらしいですけれども。


「…ですよね、アニエス殿?」

「勿論です。」

ちなみにこの秘薬、御禁制の品だったりします。
流石は水の王国トリステイン、こういう陰険な品なら他の追随を許さないのですよ。


「才人、お疲れ様です。」

「お…おう。」

眼の下にくまを浮かべてげっそりした才人が、力無く腕をあげて返事をしてくれたのでした。


「ぬぅ?才人、何かありましたか?」

「え?いや、何もないよ、何も無かった。
 断じて何もないったら無い。」

あ、怪しい…でも、たぶん才人は本当の事を言っていますね、才人ですし。


「ふむ、姫様…無垢な才人をベッドの上で散々弄んだのですか?」

「い、いいいいくら私でもそんな事しないわよ?」

姫様がどもるとは、怪しい…そんな見え見えの誤魔化し方は姫様っぽくないのです。


「何も無かったくせに、思わせぶりな態度で見栄張ろうとか思っていませんか、姫様?」

「おほほほほ、何の事かしら?」

うむ、これが正しい姫様の誤魔化し方なのです。


「年頃の殿方と二人っきりで、興味半分で何度か誘ってみたりしたけれども、全て回避されて少なからず乙女のプライドが傷ついたわけですね、わかるのです。」

「…何で図星をついてくるのかしら、貴方は?」

憮然とした表情で、姫様は私を睨みつけたのでした。


「…そりゃまあ経験者は語るなのですよ…。」

思わずぼそっと呟いてみたり。
何せ媚薬にやられた私とルイズのツープラトンアタックにも耐えきった男ですから。
これで姫様にホイホイ手を出された日には、乙女のプライドがズタズタなのですよ。
才人の鋼鉄の精神はルイズに対する態度が無ければ、ホモかと勘違いしているレベルなのです。


「それでも、抱き枕にはさせてもらったわよ?
 相談相手にもなってくれたし…彼ってなかなか博学よね。」

日本でそこそこの高校まで行っていれば、嫌でもそこそこ博学にはなります。
日本ではそれが普通なので誰も自覚していませんが、本来ホワイトカラー大量生産装置である日本の学校を舐めちゃいけません。


「だだだだだ、抱き枕ですってぇ!?
 不潔よ!不敬よ!何で丁重に断らないのよ!」

「いやでも姫様有無を言わさないというかあの威圧感いっぺん味わってみろっての無理だから!
 だからやめてその拳はその足は止めてよして殴らないで蹴らないでギャー!」

会った途端にフルボッコですか…クリアエーテル(さようなら)、才人。


「あらららら、悪い事しちゃったかしら?」

「いいえ、アレが普通なのです。」

どうせ数秒で復活するので、無問題無問題。


「いやしかし…。」

周囲を見回すと、男装というか武装した麗人ばかり。
アニエスが一晩でやってくれました。


「…こうなると、あちら側の当事者たちは見事なまでに道化なのですね。」

劇場は囲まれていて、自分たち以外の観客は殆どが銃士隊員。


「アルビオンに踊らされる程度の道化だもの、私達にだって踊らされるのは当然よ。」

「その程度の小悪党が大悪党のつもりになれるくらい、国が放置状態だったという事ですか。」

権限も無いのに奔走する羽目に陥ったマザリーニ枢機卿が、鳥の骨みたいに痩せ細るわけなのですよ。


「それが問題なのよね…助言が欲しくても、お母様は《夜更かしするな》とか、《もっと恋をしなさい》とか、しょうも無い事しか助言してくれないし。
 恋愛なんかしなくても、扱いやすい莫迦でお人好しで家柄だけは良い二枚目なら、探せば見つかるってのに。
 …まあ、恋愛に未練が無いかと言われれば、あるけれどもね。」

「も、もうちょっと恋愛に夢見ましょう、姫様。」

私だって、もう少しロマンチックなのですよ。


「恋愛に夢見ている間に国が傾いたら、私は王として臣民に顔向けできないわよ?」

「まっとうな王なら、恋愛と仕事の両立くらい出来るものなのです。
 愛人を抱えて、なお国を最盛期に導いた王も居るのですよ?」

例えば《ゼロの使い魔》の元ネタである《三銃士》の時代のルイ14世とか。


「《最盛期は衰退の始まり、繁栄そのものに学ぶべき所など無い。あえかなる繁栄の色濃き影を見よ。そしてその後の衰退期に学べ》でしょ、ラ・アルーエット?
 その最盛期の王は愛人にかまけていたせいで、没落の折り返し地点に立ったのではなくて?」

「はぁ…まさか自分の本の文章で言い返されるとは思わ無かったのですよ。
 ちなみにその最盛期の王は外征を繰り返して、その国の絶頂期を築いた王なのです。
 その後は、その最盛期の王が繰り返した外征で残した負債が国に重く圧し掛かり、結局二代後の王は斬首されて敢無く王朝は滅びました。」

そう言いながら、姫様をじーっと見てみます。


「戦争はお金がかかるのですよ…繰り返せば尚更。
 儲けさせて貰っている身でなんですが、急ごしらえのハリボテ軍隊での外征はお勧めできません。
 例えば狭い路地に兵を密集させたりする、用兵の基本が全然なっていない士官のいる軍とか。」

外征するにしても、何とかしてトリステイン軍の被害を最小限に納めねば。


「…そうね、全然なっていないわよね。
 このまま今の軍を矢面に立たせたら、金の無駄だわよね。」

ああ姫様、世界の神に成るとか痛い事言った人みたいな笑みを。


「素人に等しい我が軍が、ゲルマニア軍と同等だなんておこがましいわよね。
 そしてゲルマニアの皇帝は、か弱き乙女の頼みを断りきれない気がするのよ。
 力強く雄々しくひ弱なわが軍を守りながら前線で戦うゲルマニア軍とか、見たいわ。」

「はぁ…猫被る気ですね、徹底的にかわい子ぶって媚びる気満々なのですね、姫様?
 色気とアルビオンでゲルマニアを釣る気ですか。」

確かにゲルマニアの軍事力は、東方領土の問題を抱える我が国にとって激しく邪魔ですが、そこまでやりますか。


「相手は自分達は絶対に正しいと思い込んでいる、真っすぐで純粋な莫迦の集団よ?
 そういう莫迦って無駄に意気込んでいて、しぶとくて、相手にするの面倒臭いじゃない。
 そんなのはゲルマニアの脳味噌筋肉な連中にでも任せておけばいいのよ。
 そもそも、ただでさえ自国の復興中なのに、アルビオンの荒廃した領土を何とかするだけのお金なんて無いわ。
 成功しても王家の財産すら散逸しているアルビオンの復興に、ゲルマニアの財政は大きな痛手を受けるし…。
 …失敗してもアルビオン軍の復興を邪魔出来て、ゲルマニアの圧力も減らす事が出来るわ。」

「それではゲルマニアが納得しないのでは?」

あからさまに盾にしたら、流石にゲルマニアも怒るのですよ。


「一回合同演習でもさせてみるわよ、流石に呆れて納得してくれる筈だわ。
 錬度の低い我が軍は、一部の部隊を除いて後方支援でもしてくれていた方がまだ戦いやすいと。
 勿論、その為の人選もしておくわ。
 軍の再編が間に合っただけじゃあ駄目なのね…貴方達とあのナ…ナ…なんとか連隊とかっていう部隊の件が無かったら、軍が酷い事になってショックで死ぬところだったわ。」

まあ、それが妥当ではありますが、軍の不満が溜まりやしないか心配なのですよ。
あと、ナヴァール連隊なのです。


「ゲルマニアが呆れて遠征を断ってくる可能性は?」

「アルビオンは婚儀をあんなふざけた手段で妨害したの。
 だから潰された面子を取り戻さなくちゃ、仁義が成り立たないのよ。
 我が国がやらなくても、一国でもやるわよ、ゲルマニアは。
 何せ、我が国と違ってアルビオンと戦争した事が無いから、詳しい事を知らないし。
 無知は時に勇者を生み出すもの…。」

ちなみに私達はこんな物騒な話をこそこそしながら、劇場に向かって歩いて行っていたりします。
ルイズは才人と思しき肉塊をビターンビターンと振りまわしているので、誰もが見ないふりをしていたりしますが…。


「このか弱き女王の代わりに戦ってくれるゲルマニアの勇者達に、感謝感謝というわけよ。」

「触り程度でも戦闘を経験させておけば、我が軍の錬度も上がるというわけですか。」

か弱いとかいう世迷言は、さらっと流しておくのです。




「財務卿兼高等法院長リッシュモン・ド・ラ・モンフォール。
 処刑されるか、この場で自裁するか、選ぶがよい。
 ちなみにお勧めは自裁だな、先に死ねる。」

ちなみに彼にはアルテュールという立派な名前がありますが、諸事情で省略なのです。
あと姫様がいきなり尊大な口調になったのですよ。


「い…いきなりこのような場にやって来て、いきなり何をおっしゃいますか、陛下!?
 しかもいつもと全然雰囲気が違うのですが…。」

リッシュモン卿もびっくりなのです。


「説明が面倒臭い、良いからとにかく死に方を選ぶが良い。」

「そんな殺生な!?」

ちなみに私もびっくりなのです。


「私は裁判官では無いのだ、女王である。
 そなたの容疑をいちいち長々としゃべる趣味は無い。」

「で、ですが、いきなりやってきて処刑するとか言われても、納得できませんぞ!」

リッシュモン卿もいきなり演出もへったくれも無く処刑すると言われるとは思いもよらなかったでしょう。


「あー…やっぱり面倒臭いわ、ケティ代わりにお願い。
 貴方、説明とか大好きでしょ?」

「すごい振り方なのですね…。」

処刑する理由を本人が説明するのを面倒臭がられた人と言うのも、そうそういないでしょう。


「はい、ここに書類とかあるから、適当に読み上げてあげて。」

姫様がそういうと同時に、銃士隊員がどさっと大量の巻物を積み上げたのでした。


「あー…面倒臭いのですね、確かに。」

「面倒臭いならこっちの目録でも読めばいいと思うわ。」

姫様が目録を手渡してくれたのでした。
どれどれ…。


「公金横領、賄賂の授受、便宜供与…外患の誘致。
 ふむ、これはどう考えても死刑なのですね。」

他のは兎に角、外患の誘致はどんな国でも例外なく死刑ですし。


「な…何か証拠でもあると…。」

リッシュモン卿がその罪状に対して言い返そうとしますが…。


「そうそう、そなたとそなたの兄弟の領地にも兵が向かっているから、程なくそなたの妻子や兄弟も逮捕される筈だぞ。」

「な、なんですと!?」

姫様、面倒臭いとか言いながら結局喋ってる…。


「決まっているであろ。
 ラ・モンフォール伯の地位は没収、卿が無駄に溜め込んだ全財産も没収、ついでに親兄弟妻子ともども死罪。
 そなたが懇意にしていた、商人のふりをしている癖に貴族用の宿屋に泊っている間抜けが、全て吐いた。
 『真実の血清』を使ったから、供述に間違いは無い。」

間者は、今頃薬がガンぎまりした状態で、とってもハッピーな感じになっているのでしょう。
世界中が友達に見えている筈なのです。


「そんな、そんなあんまりでございます!」

「そなたにとっては、いつも通りのちょっとした小遣い稼ぎの一環であったのであろうがな。
 世間で外患の誘致とは例外なく死刑なのだ。
 …大して敬意を感じてもいない主君に、笑顔でゴマをするのも疲れたであろうから、煉獄でゆっくり休むがよい。」

そう言って、姫様はにっこりと壮絶な笑みを浮かべたのでした。
ああ…姫様がラフィール殿下のように…。


「この国は何をしようがもう終わりだ!
 その前にひと儲けしようとして何が悪い!」

臣下の仮面をかなぐり捨てたリッシュモン卿が、姫様を睨みつけたのでした。


「そうだな、そなたのような者だらけの現状、この国を建て直すのは難しいと言わざるをえぬ。
 だがな、そなたのような地位にある者でも、汚職を行えば死刑となる事を示せばどうなるであろ?」

「そんな事をすれば、反乱が起きますな。
 陛下は貴族というものを理解していらっしゃらないと見える。」

そう言って、リッシュモン卿は鼻で笑って見せたのでした。


「そうだな、それだけでは確かに叛乱は避け得ぬ。
 では…不正蓄財した財産を自己申告で返却し、名乗り出れば罪は許すと言えばどうであろ?」

全員処刑するわけにはいかないから、踏み絵を用意するわけなのです…まあこの話は前にも聞きましたが。


「ま、まさかその為だけに、私を生贄に!?」

「そなたの場合は、外患誘致の罪だけで一族郎党まとめて死罪は逃れ得ぬ。
 ただし、外患誘致の罪をわざわざ表に出して、国内に動揺を広める必要も無い。
 一罰百戒に、まさにうってつけではあったな。」

罪人を死罪にする時には、それが大貴族であるなら尚更、その死を政治的に利用するのは当たり前であると言えるのです。


「であるからもう一度問う。
 妻子や兄弟が処刑されるのを、その目で見てから死ぬか?
 それとも、先に死ぬか?
 選ぶがよい。」

「ものども、出あえ!」

リッシュモン卿がそう言うと、周囲の貴族たちが杖を構えて立ち上がったのでした。


「く…くくく、私が一人で来たとお思いか?」

「それこそ、こちらの台詞だな。」

姫様がパチンと指を鳴らすと、リッシュモン卿とその取り巻き以外の劇場の客、俳優、全ての人間が一斉に銃を抜いて彼らに向けたのでした。


「な…。」

「世の中そんなに甘くは無い、という事だな。
 ああ、銃士隊に採用された新式銃はそなたらが呪文を唱えるよりも早いぞ…。」

そう言って、姫様はもう一度指をパチンと鳴らし、それと同時にリッシュモン卿が持っていた杖が、パンッという乾いた音とともに吹き飛んだのでした。


「…おまけに命中精度も良い。」

新式銃はまだ銃士隊に行き渡っているとはお世辞にも言い難いですが、ハッタリ利かすには丁度良いというわけなのです。


「杖を捨てよ、抵抗は無意味である!」

そう言って、アニエスがリッシュモン卿に銃を向けたのでした。


「どうせ殺されるのなら!」

そう言って、一人の取り巻きが呪文を唱え始めますが…。


「愚者の選択だな。」

姫様がパチンと指を鳴らすと無数の銃撃音が響き渡り、リッシュモン卿以外の取り巻きは地に倒れ伏したのでした。


「さて、これで何度目になるか?
 首切り役人の前に跪く事を選ぶのか、自裁を選ぶか、はっきりせよ。」

この問いに彼が何と答えたか、ですか?
私はそれを語りたくありません。
ただ一つ言える事は、アニエスが本懐を果たしたという事でしょう。
そして、本懐を果たしたのに、アニエスの表情がいまいちすっきりしていないという事でしょうか。



[7277]  幕間30.1 演歌は心で歌うもの そして、例のアレ
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:07
「~♪」

ケティが緊張した面持ちで歌っている。
激しく、それでいてなんとなく物悲しく、異国チックなその曲の名は…。


「夜桜お七…。」

才人がボソッと呟く。
確かにその曲…歌詞はトリステイン語だし、楽器もトリステインで使えるものを使って演奏されているが、まさしく『夜桜お七』だった。


「その前に歌ったのは『海雪』で、その前は『恋の奴隷』で、一番最初が『天城越え』…ケティって演歌好きだったのか…?」

「~♪」

有名な曲とは言え、10代で曲名が全部わかってしまう才人も才人だが。
しかも、どれもかなり激しい恋の歌だったりする。


「では…これで最後の曲となるのです…。」

そう言いながら、ケティは楽団に目配せする。


「…曲名は、『空と君のあいだに』」

「…って、何でいきなり中島みゆき!?」

カオスだった。
ちなみに、アンコールでリリーマルレーンを歌って更にカオスな感じになったものの、初めて聴く曲ばかりで『魅惑の妖精亭』の客は大満足だったらしい。



「ふぃ~…。」

歌い続けて流石に疲れたのか、バックヤードで椅子に座ったケティがたれていた。


「お疲れ、水持って来たぜ。」

「ありがとうございます…温い。」

ねぎらいついでに水を渡したが、ここは良くも悪くも中世ファンタジー世界であり、水は温かった。


「いや、魔法も使えない、冷蔵庫無い環境でそんな無茶言われてもだな…。」

「冷やしたいものを入れた容器を水を含ませた布で包んで、ひたすら団扇で扇いであげれば、気化熱冷却で飲み物を冷やす事は可能なのですよぅ…。」

そう言いつつも、才人から渡された水をごくごく飲むケティ。


「そう言いながら、飲んでるし。」

「んぐ…とは言え、歌いっぱなしで喉が渇いていましたし、この水は有難く戴くのです…んぐんぐ。
 ざっと一時間ほど扇ぎ続ければ、とっても冷たい水が…んぐんぐ…飲める筈なのです…ぷは。」

この国の夏は日本に比べると格段に空気が乾燥しているので、水の気化熱冷却でかなり冷やす事が可能だったりする。


「ケティちゃん、お疲れ様~。」

スカロンが、クネクネしながら現れた。


「冷えた水、用意しておいたわよ。」

「うぉぅ…これは冷たいのですね。」

早速飲んでみたケティだったが、その冷たさに感嘆の声を上げる。
才人に教えた方法を、実は既にスカロンに話していたケティだった。


「この前、ケティちゃんに言われた方法でやってみたのよ。
 魔法も使わずに、ここまで水が冷えるなんて、なんてトレビアンなのかしら。
 これでビールを冷やすっていう案、お客さんを喫茶店から呼び戻すいい方法になりそうだわ。」

「是非ともやってみてください、ビールは冷や冷やに限るのですよ。」

こっちの世界の温いビールもなかなか乙だが、やはりガツンと冷えたビールが飲みたいケティだった。


「キャバレーといい、この冷却法といい、ケティちゃんには色々とお世話になってばっかりよね。」

「いえいえ、こちらも色々と無理を聞いてもらっているので、お互い様なのです。」

王家からの命令とは言え、色々と融通を利かせてくれるスカロン。
実に侠気あふれる漢だった…心は乙女だが。


「ケティお疲れさま…って、なにその水滴の浮いたコップ!?」

「スカロンが用意してくれた、よく冷えた水なのです…飲んでみますか?」

そう言って、ケティはルイズに冷えた水を渡した。


「んぐ…何これ、凄い冷たい!?美味しい!?
 よくもまあ、水と風のメイジなんか見つけてきたわね。
 タバサでも呼んだの?」

「いいえ、それは魔法無しで冷やしたものなのです。
 実は…(中略)…と、言うわけでして。」

ルイズに気化熱冷却による水の冷却法を伝えたが…。


「何でそれで水が冷えるのか、原理を聞いてもさっぱりだわ。」

ルイズはちんぷんかんぷんだった。


「まあ、百聞は一見にしかずとも言いますし、一度才人にやってみてもらえばいいのですよ。」

「それはいい考えね。」

わからなかったものの興味はあるらしく、ルイズはゆっくりと頷いた。


「え!?俺がやんの!?」

「たまには使い魔らしい事の一つくらいして見せなさいよ?」

びっくりして自分を指差す才人を、ジト目で睨むルイズだった。


「へーい…。」

そんなわけで、気化熱冷却の実験が始まったわけだが…。


「つまらない…物凄く暇だわ…。」

「さっきから延々あおぎ続けているのに、ひでえ…。」

まあ、壺に濡れた布を巻き付けてパタパタ団扇で扇ぐだけなのだから、ヴィジュアル的には超地味。
なので、ルイズが飽きてしまったのは、仕方が無いといえば仕方が無い。


「くー…。」

「ケティなんか寝てるし…。」

まだ起きているだけ、ルイズの方がましかも知れなかった。


「歌った後だし、何だかんだで疲れたんでしょうね。」

「なるほど、確かにな。」

よく寝てよく食べる、若い証拠である。


「寝ていれば、年下だっていうのがよくわかるのにね。
 この、無駄な、脂肪の塊二つが無ければ、もっと年下な感じなのにっ!」

「くー…にゅ…うにゅ…。」

眠りこけて無抵抗なケティの胸をぐわしと掴むルイズ。


「うふふふふふ…相変わらず触り心地の良い塊だこと…。
 やっぱり無駄じゃないわ、これは無駄じゃないのよ…。」

「あー…ルイズ、いくら同性だからといっても、限度ってもんがあるからなー?」

そのまま眠りこけるケティに抱きついて胸にすりすりし始めたルイズを、『セクハラだぞー』とか思いつつ、ジト目で見る才人。
それでもパタパタと扇ぐ手は止めない。


「だって、ケティってすっごい触り心地良いのよ、いっぺん触ってみたらわかるわよ。
 触ったら粉砕するけど。」

「粉砕するって何をデショウ?」

才人の問いに、ルイズはただにっこり微笑むのみだった。


「ケティ風の脅し方、やめれ。
 怖いから、なんだか想像が膨らんですげえ怖いから。」

ナニかを粉砕される想像に、才人は思わず身を震わせた。



「にゅ…にゅ!?
 な、何なのですか、つめたっ!つめたいっ!?」

眠りこけていたケティの顔にいきなり滅茶苦茶冷たい水の雫が振ってきた。


「うひゃあああああぁぁぁっ!」

そして、そのまま悲鳴とともに、座っていた椅子から滑り落ちた。


「な…何なのですか…?」

いつの間に眠ってしまったのだろうかと思いつつ、立ち上がったケティがあたりを確認すると、悪戯小僧の顔になったルイズと才人が居た。


「流石のケティも、眠っていきなり顔に冷水の雫をかけられたらひとたまりもないようね。」

「そりゃまあ、私は歴戦の武人じゃあありませんし、常在戦場というわけには行かないのですよ。
 先程の感触から察するに、冷水が出来たのですか?」

ちょっと怒りたい気分を抑えつつ、ルイズに尋ね返すケティ。


「出来たよ…あーごめんな、俺は止めろって言ったんだが。」

「な…ちょ!?
 ノリノリでケティの顔に雫垂らしたのあんたでしょ!?」

ルイズが責任を押し付けようとした才人を小突いた。


「げふぅ!?」

小突いたはずだったが、才人は壁にめり込んだ。


「あら、ちょっと強めに小突きすぎたかしら?」

「お…おま、ルイズ、これは小突くとかいうレベルじゃねえぞ。
 つーか、俺じゃなかったら死んでるぞ、これは。」

ルイズの虚無は、今日も絶好調だったようだ。
そして、才人も変態的な生命力だった。


「ルイズも才人も、修繕代出すの私なのですから、もう少し控えめに。
 それで水…は…。」

「あらー…。」

よく冷えた水はルイズが才人を強めに小突いた衝撃で、見事によく冷えたカーペットの染みと化していたのだった。





「ケティ、メイジが足りないわ。」

王城に召喚されたケティに、アンリエッタは開口一番そう言った。」


「私はドラえもんでは無いのですよ、姫様。」

無茶振りされたケティは、思わず青狸の名前をを口走った


「ドラえもん?」

「あー、才人の世界の物語の登場人物で、色々と便利な道具を出してくれる狸のガーゴイルなのです。」

ロボットの説明が面倒臭いので、ファンタジー風に説明するケティだった。


「んー…主人よりも使い魔と親しくなるとか、一般的に言っても感心できる事ではないわよ?」

「へ?いや、御心配無く、ルイズと才人は間違いなく相思相愛なのですよ。
 ただ、ルイズがあまり才人の世界に興味が無いというだけで。」

アンリエッタの注意に、ケティは少し面食らったような表情で返した。


「それはつまらないわね…。
 もっとこう、秘密の寝室で才人殿と抱き合うとか、情熱的にキスするとか、そこをルイズに発見されるとか、そういう泥沼的な展開は無いの?」

「姫様は、私とルイズ達に、どうなって欲しいというのですか…。」

アンリエッタからの提案は、どっかで聞いたような話だった。


「…で、話は最初に戻るけれども、メイジが足りないわ。
 新式銃も銃士隊に回すので精一杯、とてもじゃあないけれども量産して兵士全員にってのは無理でしょう?
 だから、手っ取り早く従来どおりの戦力であるメイジを増やしたいのよ。
 何とかする方法を思いつかないかしら?」

「メイジの傭兵を雇う以外で?」

アンリエッタは、ケティの問いに無言で頷いた。


「方法はある事にはありますが…バレたら貴族制度の根幹を揺るがしかねないのですよ?
 ついでに言うと、ロマリアから破門されるやもしれない上に、戦力化したいなら10年はかかるのです。」

それは間違い無く禁忌の方法だと、ケティは思っている。


「それはまた、随分と物騒な話ね…で、何?」

「平民の子供に、杖との契約の儀式を行わせてみるのですよ。」

それは結果如何によっては、貴族と平民の区別がつかなくなる。


「平民の子供に杖を?
 でも、契約なんかできないでしょ、平民だし。」

「そうとも言い切れないのですよ。
 今まで貴族の御落胤がどれだけ市井に流れたと思いますか?
 それがざっと数千年…本人が気づいていないだけで、メイジの資質を持った者は結構な数居る筈なのです。」

ケティの予感としては、メイジの資質が遺伝するものだとして、おそらく杖と契約をさせたら、かなりの平民の子がメイジになれる筈だという確信めいたものがあった。


「素晴らしいわ、すぐやりましょう。」

「杖を持たせた殆どの平民の子が杖と契約できたとしても…なのですか?」

劣性遺伝なら数はぐっと減るだろうが、優性遺伝ならメンデルの豆みたいに圧倒的多数がメイジの資質を持っている可能性がある。
それは、メイジと平民の差というものを決定的に破壊しかねない、危険なものでもあるのだ。


「…それは有り得る事態なのかしら?」

アンリエッタも流石にびっくりしたのか、眉を顰めてケティを見る


「それが有り得るくらい、メイジと平民の血はおそらく混じり合っているのです。
 貴族の殿方に麗しい女性と見れば平民も貴族も関係無い方が多いのは、姫様もご存じのとおりですし。
 貴族の殿方が始祖以来の数千年間、地位と権力を駆使して平民の女性相手に腰を振りまくりながら過ごしてきた結果なのですよ。」

「あー…それを言われて物凄く納得したわ。
 でもケティ、10代半ばのレディが腰振るとか言わないで。」

アンリエッタは頬を少し赤らめてケティを睨んだ。


「うぅ…説目に集中し過ぎて表現が下品に…。
 と、取り敢えず、何処かの孤児院を囲い込んで実験してみる必要があるかと。」

ケティも表現が下品になっていた事に気付き、顔を真っ赤にしながら話を続けた。


「そうね…こっそりやって、まずかったらちょっとずつ増やしていく形で行きましょう。
 孤児なら、貴方は実はとある貴族の御落胤だったのよとか言って置けばいいわけだし。
 …そっち方面には定評のあるモット伯とかもいるしね。」

「…それはモット伯家で流血の惨事が発生しかねないので、是非とも止めて戴きたいのです。」

ひっそりと彼の預かり知らない場所で、命の危機が訪れつつあるジュール・ド・モット伯爵…彼の明日はどっちだ!?


「それと…姫様に見せたいものが。」

そう言って、ケティは古ぼけたレポートをアンリエッタに手渡した。


「これは…何?
 …って、ド・ワルド!?」

「ええ、ワルド卿の母君が書かれたレポートの断片です。
 書いた本人が発狂してしまって、殆ど散逸してしまっていましたが。」

ケティとしても流石に『何で知ってんだ!?』と何度も問われるのが嫌なので、証拠を集めてから情報を伝えることにしている


「800メイル以下の地下に風石の大鉱脈が成長中…このままだと、ハルケギニアの各地が浮き上がるですって!?」

「いやはや、困ったものなのです。」

淡々と語るケティの顔はあんまり困っているように見えなかった。


「これ、本当なの?」

「間違っていたら、発狂しないでしょうね。
 ワルド卿もグレなかったかもしれません。」

アンリエッタはケティが騙しているのではないかと思ってよーく見てみるが、やはり嘘を言っているようには見えなかった。


「よく冷静にしていられるわね?」

「そりゃまあ、ラ・ロッタは浮きませんから。」

ひでえ話だった。


「…なんで浮かないのよ?」

「山の女王が、縄張り一帯の精霊の力を広範囲に少しずつ吸い取って、生きる為の補助としているからなのですよ。
 流石幻獣、おかげでラ・ロッタ周辺からは火石も風石も水石も土石も一切産出されません。」

何が幸運に転じるのかわからないものである。


「まあ、大丈夫なのですよ。
 時が来れば、伝説が…虚無が解決してくれるでしょう。
 山の女王もそう言っていました。」

「う…まあ、そういう事なら、私は私の仕事をするだけだわ。」

山の女王のくだりは思い切り嘘だが、今焦ってもどうにもならないのも事実だった。
クレイジー・ジョゼフに知れたら、何やらかすかわからんし。


「アルビオンみたいに、トリステイン丸ごと浮いてくれないかしら?
 それなら、統治が楽そうだし。」

「その場合、ラ・ロッタだけハブられるのですよ…。」

絶海の孤島と化したラ・ロッタ…それはそれでありかもしれなかった。



[7277] 第三十一話 やっぱり男は必要なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:11
「~♪~♪」

夏の日、ボクは鼻歌を歌いながら、箒で空を飛んでいた。
周りには重低音の羽音、ジャイアント・ホーネットが奏でるその音色とともに、ボクは空の散歩をしていた。
彼らは基本的に山の女王の端末ではあるけれども、それでも自律的にかなり高度な判断ができるようになっている。
だから、ラ・ロッタ家の人間が空を飛んでも襲ってはこないし、それどころか護衛までしてくれる。


「ケティー!」

声がしたのでそっちを見てみると、ボクと同じく箒に跨ったジョゼフィーヌ姉さまが居た。


「あれ?ジョゼ姉さまどうしたの?」

「大変なのよ、大変!
 国王陛下が崩御なされたって!」

わたわたと慌てながら、ジョゼフィーヌ姉さまがボクにそう説明してくれた。


「ふーん、陛下の死因は?」

「そんなの知るわけ無いでしょ!
 …って、冷静ねケティ。」

まあ、国王陛下が崩御するのは知っていたし。


「いや、びっくりし過ぎて上手く感情が出ないだけだよ。
 後継ぎはどうするのかなぁ?」

「国王陛下が崩御されたのよ!
 後継ぎとかの前に、まずは葬儀でしょ!!」

いや、ジョゼフィーヌ姉さま、これからこの国は最悪の三年間を迎えるんだよ。
国王が死んだのは仕方が無いとして、後継ぎが後継ぎ足り得ていないのが怖いんだ。
統治者が統治しない国は法が法として働かなくなる。
故に貴族が無法を働き、汚職が蔓延し、この国の屋台骨はあっという間にぐずぐずに腐っていく。
これからこの国は、それを目の当たりにするんだ。


「そうだね、ジョゼ姉さま。
 まずは葬儀だ、そしてそれからが多分地獄だよ。」

「じ、地獄?」

ボクの言った一言に、ジョゼフィーヌ姉さまは怯えたような視線を向ける。


「マリアンヌ様は政治に興味が無い、そしてアンリエッタ様はまだ14歳。
 王家には現状この二人しかいない。
 国王陛下の懐刀であるマザリーニ枢機卿が頑張ってくれるだろうけれども…はて、それでどこまで持つものやら?って事。」

「む、難しいわケティ。
 もっと、わかりやすく教えて。」

ジョゼフィーヌ姉さまはまだ15歳、政治になんかまだまだ興味ない年頃だから仕方が無い。


「この国は滅びるかもよ?って事。」

「この国が滅びる…?」

ジョゼフィーヌ姉さまはいまいち理解できていないようだ。


「うーん…私はケティと違ってそこまで難しい事を考えられないけれども、兎に角大変な事になるのね?」

「うん。」

でもなんとなくは理解してくれたみたいだし、まあ取り敢えずこれで良いや。




「む…?」

ボク…いえ、私はゆっくりと目を開けたのでした。


「ずいぶんと懐かしい夢を見ましたね。」

ジョゼフィーヌ姉さまは何事にも大雑把な人だったのですが、今はパーガンティ家で何をしてらっしゃることやら?









「ふにゃ、エレ姉さま、離して。」

「公爵家の娘が使用人と一緒の馬車に乗りたいだなんて、何を考えているのおちび!ちびルイズ!」

金髪で目つきがきつくて胸が薄くて結婚に縁遠そうな眼鏡の女性が、才人とシエスタの乗る馬車に普通に乗ろうとしたルイズを叱りつつ、大きな馬車へと引き摺って行くのです。


「おおぅ…アレが独神エレオノールですか…。
 あのルイズを無抵抗で引き摺って行くとはやりますね。」

独身でいる事を運命づけられた、独身の象徴なのですよ。


「独神…って、いくらなんでも酷過ぎるような気がするわ。
 ヴァリエールに同情するツェルプストーなんて、恰好悪いじゃない…どうしてくれるのよ?」

ニヤニヤ顔で言っても説得力無いのですよ、キュルケ?


「二人とも同列。」

物陰からエレオノールに引き摺られて馬車に連れて行かれるルイズを眺めつつニヤニヤしていた私達二人に、タバサが涼やかというより冷ややかな視線でツッ込んだのでした。

姫様がゲルマニアとの合同演習の席上で上目遣いのうるっとした瞳でゲルマニア皇帝に嘆願したのが効いたのか、実質ゲルマニア上位の合同派遣軍となったのでした。
姫様にコロッと騙された皇帝の『嫁にぃ~来ないかぁ~』とかいう、皇帝の誘いはうまく断ったようですが。
兎に角、無能な味方は盾にもならんという事で、トリステイン軍は今回は後方への支援と牽制が主体になるそうなのです。

《数居りゃあ良いなら、学徒兵でも良いわね、安いし》という事で、魔法学院の男性に志願の受付をしたら…男子生徒が英雄願望に酔ったのか、根こそぎ居なくなったのでした…。
姫様が目を潤ませながら『貴方達の助けが必要なのですわ!』とか、語ったせいなのですよ~…何でこう、見た目にころっと騙されるのだか。

まあそんなわけで、新学期が始まったのに学院には殆ど男がおらず、まるで女子高のようなのです。
ちなみに学徒動員に反対していたオールド・オスマンも現状には大満足らしく、『男子生徒の復学認めるのやめよっかなー』とか、ほざいているのを見かけたとの報告ありなのですよ。


「ルイズってば、従軍しますって手紙を親に送ったら、あのお姉さんが来たんでしょ?」

「ええ、魔法もうまく使えない娘に、そんな事は無理だと判断したのでしょうね。」

虚無属性であるという事は、ルイズはまだ親兄弟にも伝えていない筈。
ならば、許可が出るわけが無いのは、当然と言えます。


「はぁ…親にも教えられないだなんて、難儀よねえ伝説の属性って。
 私はつくづく火で良かったわ。
 でもいいの?貴方は従軍しなくても?」

「あとで合流する予定ではあります…とは言っても、出来る事はそんなにありませんが。
 やる事はルイズ達の世話係なのですよ。」

銃士隊以外に女性の士官はいません。
軍の伝統として、女性は貴族であっても前線に出さないのが習わしなのです。
銃士隊が今回の戦に従軍できないのは、軍内部の軋轢とか色々とありますが、何よりも全員女性の部隊だからなのですよ。

何故女性を前線に出さないか?
略奪暴行ヒャッハーが当たり前なこの文明レベルの戦争で女性を前線に出したら、アニエスレベルでもないとえらい事になるのですよ。
なんというか、それなんて凌辱系エロゲ?な感じに。
…ちなみに、ルイズは飽く迄も《虚無》なので例外なのです。
表向きは後方支援ですし。


「後で?」

「ええ、アルビオンの雇った傭兵部隊が、学院を対象にした後方撹乱作戦を企図しているという情報が入っているのです。
 ですから《軍事教練》という名目で、学院には銃士隊が入る事になっています。
 私は彼女らと学院の橋渡し役という事なのですよ。」

メイジの居ない銃士隊をメイジの軍事教練に派遣してどーすんだというツッ込みが入りそうですが、飽く迄も名目ですから。


「相変わらず情報通ねえ…。」

そんな声とともに、突然視界をふさいだのは金髪クロワッサン。


「おや、最近恋人が軍隊に行って、夜な夜な火照る体を持て余しているモンモランシーではありませんか。」

「私が重度の欲求不満を抱えたエロ娘みたいな風に言うなぁ!?」

モンモン大噴火。


「まあまあ、友人に対するちょっとウイットの効いた小粋なジョークではありませんか、怒らない、怒らない。」

「どう見ても猥談ジョークよ、それ!
 ウイット効いていないし、小粋ですらないわ。」

女しか居ない環境だと、ちょっと下品モードになるかもしれないのです、失敗失敗。


「では、ギーシュ様が居なくても、ちっとも寂しくないと?
 欠片も全く、なーんにも、例え死んだって気にしないとでも言いたいのですか?」

「え?いや、そこまで言われると…ねえ、寂しくないとは言いづらいというか。」

トリステイン貴族の娘は一般的に気位が高いので、勢いを削ぐような事を言わないとなかなか本音を話さないのですよねえ…。


「…その話はこのくらいで良いでしょ。
 それよりも、襲撃計画って危ないんじゃあないの?」

「勿論、危なくない襲撃計画なんて、のほほんとしたものではないのです。
 その上、傭兵部隊に超危険人物が居まして…これをどうにかしないと、銃士隊でもどうにもならない可能性が高いのですよ。」

彼に対する対策法は考えつきましたが…さて、上手く行くのやら…。


「ちょ、超危険人物って?」

モンモランシーがおそるおそる尋ね返してきます。


「白炎のメンヌヴィル、二つ名でわかるように火メイジなのですが…人の焦げる臭いに性的な快感を覚えるという、それはもう危険な危険な変態なのです。」

どう見てもシリアルキラーとパイロマニアの複合系なのです、本当に(ry
人の肉も動物性蛋白質なので、程好く焼ければ美味しそうな良い匂いがするらしいのですが、そういうのとは違うのでしょうねえ。
そういうカニバリズム的嗜好でも、やっぱり変態ですし嫌ですが。


「ひいいいいぃぃぃぃ!?」

モンモランシーが震えあがっているのです。


「その変態といい貴方といいキュルケといいコルベール先生といい、何で火メイジは感覚が常識の範囲外にズレている連中が多いのよ!?」

「失敬な、白炎のメンヌヴィルのような人間やめかけた究極レベルの変態と一緒くたにしないでください。」

それは流石に失礼なのですよ、モンモランシー。


「そうよ、一見純情無垢な風に見えるだけで、腹の中が黒炭よりもなお黒いケティと一緒にされるのは困るわ。
 私はもうちょっとまともだもの。」

貴方がそれを言いますか、キュルケ。


「ほう、男をとっかえひっかえ恋に生きていると言えば聞こえはいいが、単に長続きする質の良い恋愛に辿り着けないだけなキュルケにそんな事を言われる日が来ようとは…。」

「…喧嘩売ってるのかしら?」

喧嘩売られたのは、こちらが先なのですよ。


「私の微熱と貴方の燠火、どちらが熱いか比べるべき時が来たのかしらね?」

「それも是、なのですよ?」

私達が睨みあった瞬間に、いきなり鈍器で殴られた衝撃が!?


「あべし!?」

「ひでぶ!?」

星が、星が見えたのですよ。
強烈な衝撃と痛みにしばらく悶えたのち見上げると、そこには口をへの字に結んだタバサの姿が。


「くだらなさ過ぎ。」

『ごめんなさい。』

流石はガリア王族、ちっちゃくても王者の風格なのですよ。
ちなみに、今のやり取りはただの冗談だったのですが、そういうところは純情なタバサには理解してもらえなかったようなのです。
しかしその杖、あいも変わらずの鈍器っぷりなのですね…意識が一瞬飛びました。


「相変わらずの仲良しトリオねえ、あんた達。
 だいたい、この学院の学生トップクラスの火メイジである貴方達が決闘なんかしたら、学院が炎上するわ。
 火を消すのは私達水メイジなんだから、自重して。」

何なのですかモンモランシー、その微笑ましいものを見るような視線は?


「まあそれはそうとして、白炎のメンヌヴィルだったっけ?
 その変態への対策は出来ているの?」

「まあ一応、魔法自体は試してみましたけれども、本人にやるのはぶっつけ本番なので、役に立たなくて焼死体になるかもしれませんが…。」

メンヌヴィルのサーモグラフィ能力が、何処まで高性能なのかわからないのですよね…。


「情報によれば変態は盲目であり、その代わりに対象物の熱を感知して攻撃してきます。」

「つまり、背面に炎の壁を張って、変態が感知する熱を誤魔化せば良いのね?」

さすがキュルケ、火の事になると目がきらきらしているのです。
ええそうなのですよ、私達火メイジは皆、程度の差こそあれパイロマニアの傾向があるのですよね。


「いいえ、背面に炎の壁を張ると、変態には人のいる所だけ熱が低く見えてしまうので、同じ事になるのですよ。
 言うなれば、白い壁の前に黒い服を着て立つようなものなのです。」

「それじゃあ、どうにもならないじゃない?」

キュルケはガクッと肩を落としたのでした。


「ですから、変態の能力を誤魔化す為に炎の壁をもう一つ自分の前にも用意するわけなのですよ。」

炎と炎の間に入れば、メンヌヴィルのサーモグラフィ能力を誤魔化せる可能性は十分にあると考えています。


「炎と炎の間に入る事で、自分の熱を誤魔化すという事?」

「ええ、そう言う事なのです。」

まあつまり、忍者が壁に同じ色の布を張って隠れるのと同じ事を炎でやるわけなのです。


「問題としては、炎の壁に挟まれると猛烈に暑いので、短期決戦で何とかしないとこちらが先に参ってしまうという点。
 もう一つは、変態の能力がこちらの予想を上回っていた場合、油断したこちらが的になる点なのです。」

炎の壁の間に隠れたまま消し炭とか、勘弁したい展開なのです。


「上回っていた場合?」

「変態の能力が、正確に熱源との距離を推し量れる場合なのですよ。
 炎の壁に挟まれるという都合上、どうしても後ろの壁との距離が出来ますから。」

もしそうだったら、目で見るよりも便利なわけですが。


「…もしそうだったら、お手上げね。
 ところで、他の傭兵はどうするの?」

その点はあまり心配無いと言いますか、逆に心配といいますか。


「エトワール姉さまが…。」

学院が、寮が、広場が、姉さまの狩場になる日が来ようとは…。


「ええと、焦土のエトワールが本気出すわけ…?」

モンモランシーの顔が引きつったのでした。


「可哀想に…。」

「悲劇。」

キュルケとタバサも沈痛な面持ちなのです。
エトワール姉さまは火と土のラインメイジであり、趣味が家事全般と…何故かトラップなのですよ。
特に得意なのが最後に爆発系を組み込んだトラップコンボで、故に二つ名が『焦土』。
傭兵たちが入り込んで来たその時から、学院は命を刻む館と化すわけなのです。
エトワール姉さまは基本的に遠出の好きな人じゃありませんし、来なければ餌食にならないのに…銃士隊まで巻き込まなければいいのですが。


「…ま、まあ、気を取り直して…兎に角、注意すればいいのはその変態だけなわけね?」

「ええ、変態に注意というわけなのです。」

すっかり『変態』で定着してしまったメンヌヴィル…まあ、実際変態ですし、どうせ敵ですし、良いのですが。


「…と、こんな話をしている間に、馬車が出て行ってしまったわね。」

「ルイズの未来に幸多からん事を…なのですよ。」

ドナドナなのです。
せいぜいボートの上で乳繰り合おうとして、公爵に追っかけられればいいのですよ。




とぼとぼと歩いている反射鏡…ではなく、コルベール先生を発見なのです。
先程ちょっと怒りながら歩き去っていくキュルケを見たので、たぶん『このヘタレがぁ!』とでも言われたのでしょう。


「こんにちは、いつも眩しいコルベール先生。
 落ち込んでいる所を見るに、毛生え薬の開発にでも失敗しましたか?」

落ち込んでいる所に追撃の一言。


「い、いきなり果てしなく無礼だね、ミス・ロッタ。」

「落ち込んでいるようだったので、もっと落ち込みそうな事をあえて言ってみました。」

まあ、ちょっとしたショック療法なのです。


「私のハゲ呼ばわりは取り敢えず置いておいて、何かありましたか?
 例えばキュルケに、なんで軍に行かないのか責められたとか。」

「君は何でもお見通しなのかね…?」

この部分は先程キュルケが怒りながら歩いて行った時に偶然思い出しました。
まあ、この後コルベール先生がふさふさになるわけでなし、どーでも良いっちゃどーでも良いエピソードなのですが。


「キュルケの性格と先生の前歴を知っていれば、自ずと導き出されるのですよ?」

「な…!?」

思いきり嘘ですが、まあコルベール先生の前歴を知っていれば、このエピソードを思い出さなくても何となくは察する事が出来るでしょう。


「火に破壊ばかり見出す生き方に疲れた。
 だから火で何かを創り出そうとしているのですよね、先生は?
 キュルケは火を破壊以外に使いたいという先生の考えを戦場に行きたくが無い為の言い訳だと思っているようなのです。
 まあ、それはある意味当たりなのですが。」

「どこまでお見通しかね、君は?」

コルベール先生も、流石にポカーンとしているのです。


「敵を知り己を知らば、百戦危うからず。
 情報は黄金に等しいものなのです。」

「私の経歴は可能な限り消した筈なのだがね?」

ショックから立ち直ったのか、コルベール先生の目つきにきつさが加わってきたのでした。


「そんなもの、消すのが不可能な場所から汲み出せばどうとでもなるのですよ…と、まあそんな話はどうでもいいでしょう?
 火で何かを作り出す…そうですね、例えば…。」

炎の矢で、雑草を灰に変えて、それを一撮み。


「この灰を草木の実り難くなった畑に撒けば、土壌を実り多き土地に戻す事が出来ます。」

「なんと!そんな事が出来るのかね?」

鎌倉時代の人の知識丸パクリなのです…とはいえ、単にいっぱい撒けばいいってもんじゃあ無いというのも、ラ・ロッタで実際に鍬持って実験やって知りましたが。
好色皇として有名な某聖上は、前歴実践系の考古学者だった御蔭で上手く行きましたが、ざっとした知識しかない身では色々と黒歴史も…ふふふ。


「炎で焼き尽くされた灰であっても、そこには芽吹きが、再生が内包されているわけなのです。
 先生が常日頃から仰っているのは、こういう類のお話ですよね?」

「私の目指しているものとは微妙に違うが、まあそういう事だね。」

ぬ、コッパゲの癖に生意気な。
まあ、コルベール先生は特技が工学系なので、仕方が無いといえば仕方がありませんが。


「ほほう…では、これでどうなのですか?」

そう言って手渡したのは、とある設計図。


「な、なんですかこれは!?」

「当家で建艦中の大型交易船『ホーネット号』なのです。
 全長78メイル、全幅13メイル、政府に納入予定の新式大砲14基なのですよ。」

設計に自分が関わりまくっておいてなんですが、ツッ込みどころ満載になりました。


「…って、どう見てもこれは交易船じゃなくて軍艦だろう!
 しかも今までに無いくらいの新機軸ばかりだ。」

「おほほほ、張り切って注文つけまくったら、いつの間にやら軍艦に。
 まあ、大砲と機関を下ろせば、普通に商船としても使えるのです。」

ちなみに新式砲は、この世界の技術で再現できたダールグレン砲のようなもの。
何で『のようなもの』かというと、現物があってコピーしたのではなく、こちらの技術で設計思想だけパクって作り上げたものだからなのです。
だから、間違いなく本物よりも性能は悪いのですが、それでも従来型の大砲よりは遥かに射程が延びたという…いや、人の知識の積み重ねって恐ろしいものなのですね。
ちなみに、このダールグレン砲もどきの登場によって、アルビオンとトリステインは砲の性能では拮抗することが出来るようになったわけなのです。
もっとも、次の戦にはほぼ間違いなく生産が間に合いませんけれどもね。
技術流出を可能な限り抑えるために自社工場のみで生産しているのですが、施設の拡充が需要に追いついていないのですよ。


「…で、この機関室というのは…?」

「ああ、そこが先生に見せたかったところなのですよ。
 それは、火で水を沸かして発生した蒸気を動力に変える機関なのです。」

蒸気タービン機関を現在開発中ですが、実はこれも船が完成するまでに間に合いそうにない…というか、パウルからの報告では、先日蒸気を溜めておく缶が大爆発したそうなのです。
冶金技術を魔法だよりにしている限界というか、私たちの技術力の限界といいますか。


「ななな、つまり、この船は火を用いた動力で自航可能なのかね!?」

「早い話がそういう事なのです。」

よし、ガッツリ食いついてきたのですよ。
コルベール先生をゲットすれば、商会の機械関連の技術力はもう少し底上げできる筈なのです。
…コルベール先生とキュルケのフラグがバッキリ折れるのが難ですが。


「エンジンも良いですが、蒸気タービン機関の方が現状では出力出せますよぅ?」

「蒸気タービン機関というのかね、これは!?」

あ、思わず口が滑ってしまったのです。
ちなみに推進機構はプロペラ方式、プロペラも可変ピッチ機構(といっても機械式なので、一旦止めてからしかピッチを変えられませんし、変えられるのも前進と後退のみですが)になっているのです。


「ええ、蒸気で風車を回し、それを動力とするのです。」

私は基本となる原理を作って見せて、こちらの技術者たちがそれを実際の機械になるように実現していくわけですが…技術者が土メイジばかりだった当商会にも、そろそろ火のエキスパートが必要でしょう。
むざむざゲルマニアに渡す必要もありませんし。


「いずれドックに招待いたします。」

「ぜ、絶対だよ、絶対連れて行ってくれ!」

コルベール先生てば、軽くイきかけているのですよ…。


「あー…コルベール先生?
 出来れば女子生徒を壁際に追い詰めて、血走った眼でハアハアしながら言わない方が良いと思うのですが。」

私達二人を見かけた何人かが、ひそひそ話しながらこちらを見ているのですよ…。


「え!?あ、こ、これは失敬…。」

正気に戻ったコルベール先生は少し恥ずかしそうな表情になりつつも、スキップしながら立ち去って行ったのでした。


「渋い趣味ね、ケティ?」

「おや、キュルケではありませんか。」

振り返ればヤツが居る…というわけで、キュルケが居たのでした。


「ギーシュ、ダーリンと来て、コルベール先生なの?」

「コルベール先生の技術力には惚れ込んでいますが、男性としてどうかというと、それは別なのです。
 年上過ぎるのも難ですし。」

出来れば反射鏡では無く、ふさふさな方が良いのですよ。


「つるつるなのが駄目?」

「貴方まで興味津々なのですか…タバサ?」

キュルケの背後から、タバサが顔を出したのでした。


「気まぐれ。」

「気まぐれ…いや、つるつるが駄目かと言われると、確かに何となく駄目なのですよ。」

まだまだ花の乙女なのですから、選り好みくらいさせてください。


「残念。」

「ええと、何故なのですか?」

タバサの思考は、時々滅茶苦茶読みにくいのですよ。


「つるつる。」

そう言いながら、タバサは前髪を上げて見せたのでした。


「おお、おでこ広いのですね。」

「というか、貴方が髪を上げたの初めて見たわ。」

そう言えば、タバサは『ガリアのデコ姫』として知られているイザベラ王女と親戚でした。
ひょっとして、ガリア王族は全員おでこが広いのでしょうか…?


「タバサ、おでこが広いのとハゲは違うのです。」

「そうよ、貴方はハゲじゃなくて、おでこが広いだけ。」

私達は励ましたつもりだったのですが…。


「残念。」

何故かタバサは残念そうなのでした…読めない、本当に、時々タバサの思考は読めないのです…。




「ケティイイイイイイイイイィィィィィィィィ!」

「ふんぎゃあああああああああぁぁぁ!?」

ジゼル姉さまが、背後から突如私に抱きついてきたのでした。


「ししし、心臓が、心臓が口から飛び出るかと思ったではありませんか!?」

「だ、だって、最近ケティがかまってくれないんだもん。」

あー…確かに、夏休みも別々でしたし、最近構っていなかった気が。


「そんなわけでケティ分補給うううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「あいたたたたたたたたたたたっ!?」

抱きつき過ぎなのですよ!


「そんなわけで、買い物行くわよ、買い物。
 どうせ学院も開店休業状態だし。」

まあ確かに、生徒の半分が居なくなってしまった上に、男の先生もコルベール先生と学院長以外は全部出払ってしまったので、現在学院では終日自由学習という凄まじい状態になっています。


「んー…まあ、最近一緒に買い物行っていませんでしたし、良いですよ。」

「きゃっほう!」

ちなみにエトワール姉さまは滅茶苦茶楽しそうに学院中に罠を仕掛けている最中なので、誰も声をかけられないのです…。


「…ところでルイズから聞いたのだけれども。」

ものすんごい悪い予感が…。


「男装、したんだって?」

「は、はて、そんな事もあったような、無かったような?」

何で嗅ぎつけますか、この姉は!?


「しかも、男言葉まで使ったとか?」

「な、何かの間違いでしょう。」

ルイズ、何だって一番ばらしちゃいけない人にばらしているのですか!?
というかこれはアレですね、目を覚ますのにモンモランシーの薬使った復讐なのですね!?


「ルイズって、凄く記憶力が良いの。
 だから、しらばっくれても無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」

「あぅ…。」

オワタ…。



「さ、行くわよケティ。」

「じ、ジゼル姉さま、これはやはり勘弁して欲しいと言いますか…。」

あの後ジゼル姉さまは私をレビテーションで浮かせて物凄い勢いで自室に連れ去り、どこからとも無く男子生徒の服を取り出すと、無理やり私に着せたのでした…。


「いいから、部屋から出る!」

ジゼル姉さまに押されて部屋から出ると…。


「キャーケティサマー。」

人の不幸は蜜の味といった表情のモンモランシーと…。


「きゃーすてきー。」

超棒読みなタバサと…。


「こう…何というか…無茶苦茶にしてみたくなる魅力があるわね。」

何とも物騒な秋波を送って来るキュルケが居たのでした。


「これは…。」

「ちょ、何で貴方達が居るのよ!?」

ジゼル姉さまも予想GUYだったようなのです。


「ジゼルがルイズから、ケティが男装した事を興味津々に聞いていたのをタバサが聞いていたのよ。」

「ん。」

キュルケの説明に、タバサがこっくりうなずいたのでした。


「い…いつの間に…。」

「だって、ヒソヒソ話って聞きたくなるじゃない?
 だからタバサに頼んだの。」

北花壇騎士に何という阿呆な事を頼んでいるのですか、キュルケ…。
まさに才能の無駄遣い…というか、何でタバサもVサイン出していますか。


「そしてそれをタバサがキュルケに話しているのを、私が聞いていたというわけ。」

そう言って、何故か誇らしげに胸を張るモンモランシー。
壁に耳あり障子に目ありというか、何でクラスメイト同士で盗み聞きやりまくっていますか。


「何もそこまでしなくても…。」

「ケティも常日頃言っているじゃない、情報は黄金にも等しいって。」

どう考えても、ゴミみたいな情報なのですよ。


「それでジゼルが行動に移りそうだったから、タバサにそれとなく監視をお願いしていたのよ。」

「ん。」

北花壇騎士の無駄遣いその2。
そして何故にそんなに《ふう、いい仕事した》みたいな、やり遂げた表情なのですか、タバサ?


「まあ良いじゃない。
 学院に男子生徒が居ない上に、男がコッパゲと爺さんしか居ない現状、美少年枠は貴重だわ。」

モンモランシーの送る視線まで、ちょっと怪しいのですよ。


「いやモンモランシー、貴方にはギーシュという立派な恋人が居るでしょう?」

「相手が男装した女の子なら、浮気じゃないわ。
 ただの女同士の可愛いじゃれあいじゃない?」

アレですか、やはり女だけの環境というのは、こういう空気を醸成しますか?


「ええい、ケティを貴方達になんか渡すものですか、レビテーション!」

「うゎ、ちょ、ジゼル姉さま!?」

ジゼル姉さまは私をレビテーションで浮かせて身動きを封じ、自分は箒にまたがり…。


「フライ!」

私を箒に座らせると同時に窓から逃げ出したのでした。


「タバサ、シルフィードを!」

「ん。」

ジゼル姉さまの箒は確かに結構早いですが…シルフィードの速度には到底及ばないのですよね。


「まちなさあああぁぁぁい!」

「きゅいきゅいいいいいぃぃぃぃ!」

シルフィードがタバサ達を乗せて、凄まじい勢いで追いかけて来ます。


「ふ、甘いわね。」

「うひゃあぁ!」

ジゼル姉さまは空中で急停止と同時に急降下。


「な、しまった!?」

「きゅい!?」

「おほほほほ、風竜は急に止まれない。
 ましてや全速力を出したならばね!」

シルフィードは慌てて減速をかけているようですが、搭乗者を乗せているので急には止まれずに遥か先まで行ってしまっているのです。
下に広がるのは森林地帯で、トリスタニアの近くまで続いています。
重力で速度を上げつつ、私達を乗せた箒は森に突っ込み、地面スレスレで体勢を立て直したのです。


「おほほほほ、愛の逃避行ぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「無茶苦茶なのですよおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」

ちなみにジゼル姉さまはラ・ロッタに居た頃から、森の中を箒で縫うように飛ぶのが大の得意だったのですよ。
まあそんなわけで、私とジゼル姉さまを乗せた箒は、鬱蒼と茂る森の中をアクロバティックに飛んでいったのでした。



「あ…あぅ…頭痛い、ぎぼぢ悪い…。」

「そりゃまあ、箒を二人乗りで、しかも全速力でかっ飛ばしてトリスタニアまで飛んだりしたら、誰だって魔力どころか生命力まで吐き出す羽目になるのですよ…。」

現在ジゼル姉さまは魔力を吐き出し過ぎて、二日酔いの酷いのになったみたいになっています。
こんな事を私が言うのもなんですが、ジゼル姉さまがハイテンションになり過ぎていて、止めるに止められなかったのですよ…。


「まったくもう、ノッてくると自分の事がわからなくなる所は、昔とちっとも変わらないのですね。」

私は真っ青になってベッドに横たわるジゼル姉さまの額に乗せたタオルを、桶に浸けて絞って額にもう一度置きました。


「うう、姉妹のひと時を邪魔されたくなかったのよ。
 あ、タオル気持ちいい…。」

ちなみにここは、この前買ったばかりのラ・ロッタ家のトリスタニアにおける館…といっても、あまり大きくは無い上に大半がパウル商会のスペースなわけですが。
…なので。


「うっ、ひょっとして俺たち、お邪魔だったっスか?」

「ジゼルお嬢様のケティ坊ちゃんへの日ごろの溺愛っぷりから察するに、お邪魔じゃなくて正直邪魔な筈です。」

小さくなっているパウルと、隣で情け容赦ないツッコミをするキアラがいるのです。


「そんなわけないわ…パウルにキアラ、ありがとう。」

顔だけパウルたちに向けて、ジゼル姉さまはにっこり微笑んだのでした。


「そうですよ。
 パウル達は当家の領民、つまり家族同然ではありませんか。」

「ううっ、ケティ坊ちゃんにそう言っていただけて嬉しいっス。」

いやパウル、私は感動で目頭を押さえるほどの事を言った覚えはないのですが…。


「ついでにこの書類にサインいただければ、なお嬉しいっス。」

「婚姻誓約書…。」

ドサクサ紛れに何を渡してやがりますか、パウル。


「発火。」

婚姻誓約書は、私の手の中で一瞬にして灰に変わったのでした。


「いきなり燃やされた!?
 いや、家族同然ならいっその事、家族になろうかなと思ったんスけど!?」

「バインド。」

問答無用でバインドの魔法を近くにあった縄にかけて、素早くパウルを拘束したのでした。


「キアラ、すいませんがパウルを適当に処刑しておいてください。」

「はい、ケティ坊ちゃん。」

普通にお見舞いに来てくれただけなら感動したのに、またそうやって受けを狙う…。
まあ、そこがパウルの面白いところではあるのですが。


「ちょ、ケティ坊ちゃん、よりにもよってキアラに処刑させるとか、本気で死ぬっすよ!?」

キアラは表情一つ動かさずに、相手の関節外したりしますからね。
私が今のパウルにかけてあげられる言葉は一つ…。


「死ぬがよい。」

「そんな、御助けを!?」

パウルが悲鳴のような声を上げますが、無視無視なのです。


「ケティ坊ちゃんの命です。
 謹んで刑を受けてください。」

「あぎゃ!?
 さ、早速何処か外したっスね、キアラ!?」

流石キアラ、手加減ゼロなのですよ…。


「では、あちらへ行きましょう。」

「たーすーけーてー!
 つーか、うちの女の子に処刑されるなら、ブリジットかロクサーヌが良いっスよぉ!?」

恥ずかしがり屋のブリジットと、ぽんやり系のロクサーヌとか、人選が露骨すぎなのですよ、パウル?


「ブリジットは兎に角、ロクサーヌにやらせたら本当に死ぬような気がしますが。
 あの子、十中八九ついうっかり首の骨とか折ります。
 しかもその後、『てへっ☆殺っちゃった☆』とか誤魔化しますよ?」

「そう言えば、そうだったっス!?
 やっぱり、ブリジットで…って、あたたたた、また外した!?」

縛られた状態の相手の関節外すとか、超絶技巧なのですよ、キアラ。


「却下ですというか、あの心優しいブリジットに何をやらせるつもりですか。
 むしろそれは、ブリジットへの罰ゲームになってしまいます。」

パウルはキアラに引き摺られて、ドアの向こうへと消えたのでした。


「相変わらずね、パウルは。」

「相変わらずも何も、少し前までラ・ロッタに帰郷していたでしょう、姉さまは?」

私の潜伏生活が終わるまでは、パウルもラ・ロッタから出られないようにしていましたし。


「うーん、でもケティも揃って、初めて『相変わらずだなぁ』って思ったのよ。」

「成る程、確かにキアラもいましたし、そういう意味では相変わらずかもしれませんね。」

一部ですが、子供の頃から一緒だったメンバーですから。


「さて、それでは私は病人食を作って来ます。」

「わ、やった、ケティの手料理。
 何だか、限界以上に挑んでみた甲斐があったわ…。」

いや、恐怖新聞みたいに寿命が縮むので、なるべく慎んで欲しいのですが…。



現在厨房で仕込みの真っ最中なのです。
たっぷり野菜とハムを刻み卵を用意、そしてとうとうこれの出番なのです。


「ふふふ、リゾーニがあれば、おじやもどきが作れます。」

リゾーニというのは、リゾットに使われる米のイミテーションとして作られたパスタなのです。
とはいえ、ハルケギニアは地球の欧州と違ってエルフ領にほぼ流通を分断されており、パスタそのものが存在しなかったので、正確にはリゾーニもどきなのですよね。
ロマリアでデュラム小麦自体は発見しましたが。
作ったのは良いものの、今までパスタもコメも無かったハルケギニアの料理では使い道がいまいち見つからなくて、少量作ってボツった商品ですが。


「おじやおじや~♪」

牛骨からとったスープを拝借し、刻んだ材料とリゾーニを一緒に入れ、塩加減を調整しながら煮て、最後にとき卵をかけてあげれば完成…なのですが。


「…何をしていますか、パウル?」

厨房のテーブルには、何故か食事の準備万端なパウルが。


「ボロボロになった俺の為に、食事を用意してくれるとか…くうぅっ、このパウル一生尽くすっス。」

お前に食わせるタンメンは無ぇ!…とか言いたい所ではありますが、ボロボロの姿を見ると少し心が痛むと言いますか。


「はぁ…仕方がありません。
 ついでですし、貴方とキアラの分も作ります。」

お見舞いに来てくれた義理もありますし。
もう一度仕込みをせねばいけませんが。


「け、ケティ坊ちゃん、この莫迦者だけで無く私にまで…。」

ええと、何だかキアラがえらく感動しているのですが。
ちなみにキアラは、パウルを排除しようとやってきたようなのです。


「そこまで感動するようなものは作れないと思いますよ?
 何せ、病人食ですし。」

味そんなに濃くないですし、というか薄味ですし。


「いいえ、ラ・ロッタを出てからというもの、会えば口説かれるわ妾になれと迫られるわで貴族不信になりそうだったんです。」

あー…ラ・ロッタから出た領民が、一番真っ先に受けるカルチャーショックなのですよね、それ。
あと、その節はモット伯が大変ご迷惑をおかけいたしました…。


「でもやっぱりケティ坊ちゃんやラ・ロッタの貴族は違う…その事を今、再認識いたしました。」

キアラは真面目ですから、セクハラとか本気できつかったでしょう…というか、年上なのに可愛いっ!


「キアラ、元気出すのです!
 貴方の能力には私も期待しているのですから。」

「け、ケティ坊ちゃん…。」

そう言いながら、私はキアラを抱きしめたのです。


「あ、ありがとうございます。
 このキアラ、今後もケティ坊ちゃんの為に全力を尽くすことを誓います。」

健気です、健気な娘さんなのです、しかも美少女!可愛過ぎる!
くううううぅぅぅぅ…この身が女なのが悔やまれるのですよ。
私はもう一度キアラをぎゅっと抱きしめたのでした。


「…………………。」

取り敢えず、視界の端っこで腕を広げて準備しているパウルは無視の方向で。


「パウルもせいぜいがんばってください。」

「ハグどころか、視線すら向けてくれないとか、冷たっ!?」

女は黙って背中で語るのですよ、喋っていますけれども。



「ジゼル姉さま、病人食が出来たのですよ。」

「わ、美味しそうな匂い。」

私はおじやを乗せたお盆を持って、部屋に戻ったのでした。
野菜とハムの洋風おじや…どう作ったって洋風おじやにしかならないじゃねーかとかいうツッ込みは無しで。


「一緒に食べに来たっス!」

私に続いて、テーブルと椅子を持ったパウルが元気に入ってきたのでした。


「病人の前でうるさいです。
 黙ってください、出来れば永遠に。」

そしてそれに、おじやの乗ったお盆を持って、続けて入ってきたキアラが冷たくツッ込んでいるのです。


「なんだか最近、キアラの俺への扱いが酷いっス…。」

「扱いを良くして欲しければ、可及的速やかに自重してください。」

ぬぅ…厳しいのですよ、キアラ…ツンデレ?


「ジゼル姉さま、食べられそうですか?」

「このいい匂いを嗅いでいたら、少し食欲がわいてきたわ。」

良い傾向なのですよ。


「では食べましょう、ふー…ふー…はい、ジゼル姉さま、あーん。」

匙でおじやをすくい、冷ましてからジゼル姉さまの口に近付けたのでした。


「ああ、本当に魔力を使い尽くして良かったわ…あーん。」

理解し難い台詞を言ってから、ジゼル姉さまはおじやを口に含んだのでした。


「…どうですか?」

「おいしい、物凄く美味しいわ、ケティ。
 ああ…これが私の人生における絶頂期なのね、間違いないわ。」

何という地味な人生の絶頂期。
それは間違いなく違うと思うのですよ、ジゼル姉さま。


「んじゃ、俺達も食べようか、キアラ?」

パウルは何故か気取った感じで言ったのですが…。


「成る程、あのリゾーニとかいう食材は、こうやって食べるものだったんですね。」

「もう食べてるっスか!?」

キアラはジゼル姉さまが食べるのとほぼ同時に食べ始めていたり。
実はお腹が減って気が立っていたのですね、わかるのです。


「くぅっ、キアラに後れを取るとは不覚っス。
 では早速戴きます…美味い、美味いっすよ、ケティ坊ちゃん。」

牛骨スープがいい感じに味付けになりましたね…誰が作ったか知りませんが感謝なのですよ。
皆が食べたので、私も早速口に運ぶと…うむ、米とはちょっと食感が違いますが、きちんとおじやになっていて良かったのです。
今度才人にも食べさせてあげましょう、米っぽいので喜んでくれる筈なのです。


「ふー…ふー…では、ジゼル姉さま、あーん。」

「ケティ一人占め、まさにこの世の春だわ!」

ジゼル姉さま、お願いですから早く誰かに恋してください…。



[7277]  幕間31.1 スイーツとビター
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 16:55
「ケティ様、クッキーを焼いてまいりましたの。」

「あはは…ありがとうございます。」

男装の少女…ケティが、少し引き攣った顔で少女からのクッキーを受け取った。


「ずるいわクロエ、そうやってケティ様の気を引くつもりなのね。
 ケティ様、ケーキを焼きましたの、一緒にいかがかしら?」

「何よジェラルディン、貴方もケーキ焼いているじゃない!」

クロエとジェラルディンという名の少女達は、互いに睨みあった。


「二人とも、これはどういう罰ゲームなのですか?」

ケティは溜息を吐きながら、二人を見た。
ちなみにクロエことクロエ・ド・エノーと、ジェラルディンことジェラルディン・ド・パヴィエールはケティの同級生だったりする。
現在居るのは、ケティ達が何時も授業を受けている教室である。


「だって、いつもケティが座っている席を見れば美少年。」

「男装のケティだっていうのはわかるけれども、現在爺とコッパゲ以外の殿方が居ないこの学園で、美少年枠は貴重よ。」

『ねー。』

二人は声を合わせてうなずきあった。


「ど、どっかで聞いたような話なのですよ。」

ケティは頭を抱えた。
ちなみに何でケティが男装なのかというと、朝起きたらいつも着ている制服が無くて、男子用の制服が置いてあったからだ。
犯人は十中八九ジゼルだが、見当たらない。


「それは良いとして、何でクッキーだのケーキだのを焼いてあるのですか?」

ケティが男装で来るという情報は、二人とも知り得なかった筈なので、そこが疑問だった。

「殿方は居ない、授業は自習。
 暇で死にそうだから、お菓子作りが流行っているのよ、今。
 生地を捏ねている間は時間を忘れられるし。」

そう言って、捏ねる動作をするクロエ。


「せっかくおいしいお菓子が焼けても、肝心要の食べさせる殿方が居ないんだけれどもね。」

ジェラルディンは溜息を吐くと、机に突っ伏した。


「作っては食べ…なんてやっていたら、流石に太っちゃいそうだしーなんて思っていたら丁度良い所に生贄が来たのよ。」

ケティを指差すジェラルディン。


「そんなわけで、私たちの行き場の無い彷徨える愛を受け取ってもらえるかしら?」

「私だって、ぽっちゃりさんは御免なのです。」

クロエの頼みをきっぱり断るケティだったが…。


「…いや、その手がありましたね。
 良いでしょう、お茶会をしましょうか?」

『本当に!?』

返事がケティの全周囲からきた。


「へ…?」

周囲を見ると、お菓子を持ったクラスメイト達が、ケティ達三人を取り囲んでいたのだった。


「いやー、私もお菓子作ったのは良いものの、食べ切れなくて困っていたのよ。
 これも食べて。」

「私も私も!」

どんどん積み上がるケーキ、クッキー、マカロン、etc.etc.…。
全部合わせたらフードファイターでも無理そうな量なのは間違いない。


「デジャヴが…なんでしたっけ…ええと、七つの大罪?」

目的を果たすより前に、飽食の罪で死ぬかもしれない現実に、ケティは恐怖した。


「ぜ、全部食べるのは無理なので、皆で持ち寄って御菓子パーティーにしませんか?」

赤信号、皆で渡れば怖くない。
お菓子を食べてぽっちゃりさんへの一歩を踏み出すなら、クラスの皆も逃がさず道連れにしようとケティは決めた。


「そ、そうね、それは良い考えだわ。」

「せっかくの美味しいお菓子だもの、みんなで食べましょ、みんなで!」

お菓子の山に戦慄したクロエとジェラルディンもそれに同意する。


「まあ、確かにねえ。」

「この量を三人で食べろというのも酷よね。」

全員の視線が交錯する…。
女子特有の奇妙な牽制と連帯感が働いた結果、お菓子パーティーが決定したのだった。



「これは…この学院始まって以来、かつてない規模のお菓子パーティーではないでしょうか?」

食堂には、お菓子の甘ったるい香りが充満している。
あの後、『お菓子を持ち寄ってパーティーをやる』という話が学院中に広まり、お菓子を作ったのは良いものの持て余していた女子生徒が、これ幸いとどんどん集まり始めたのだ。
最終的には、全学年の殆どの女子が食堂に集合するという事態になったのだった。


「はい、ケティ様、あーん。」

「あーん…むぐむぐ…さすがクロエ、虚無の曜日にトリスタニアでお菓子屋巡りしているだけではないのですね。
 はい、次はジェラルディンの番なのですよ、あーん。」

ケティはというと、椅子に座ってクロエとジェラルディンに挟まれ、お菓子の食べさせあいをしている。


「むぐむぐ…でも、本当にこんな事でケティのお姉さまが現れるのかしら?」

「ジゼル姉さまの習性は知り尽くしているのですよ。
 5・4・3・2・1…。」

ケティがカウントダウンを始めた。


「ゼロ。」

「きしゃー!きしゃー!」

ジゼルが現れた、しかも何か威嚇している。


「出ましたね、ジゼル姉さま?」

「きしゃー!」

ジゼルは、クロエとジェラルディンを威嚇しているようだ。


「うふふふ…ジゼル姉さま、あーん。」

「あーん…むぐむぐ…ぐふぅ!?」

ケティがジゼルに食べさせたケーキには、ハシバミ草のペーストがぎっしり詰め込まれていた。
苦く青臭いそのあまりの衝撃に、ジゼルは気を失った。


「何という処刑。」

「な、情け容赦ないわね。」

クロエとジェラルディンが恐れ慄いたようにケティを見た。


「さて、目的も果たした事ですし、私は一旦部屋に戻るのです。
 …バインド。」

ケティが隠し持っていたロープが生き物のように蠢き、ぐったりしているジゼルをぐるぐる巻きに縛り付ける。


「レビテーション…それでは御機嫌よう。」

『ご…御機嫌よう。』

にっこり微笑んで立ち去るケティを、二人は引き攣った顔で見送ったのだった。



「あら、ケティ?」

ジゼルを自室へ搬送中のケティの前に、キュルケとタバサが現れた。


「おや、キュルケとタバサもお菓子パーティーに?」

「そのつもりだったけれども…何やっているの?
 あと、何で男装?」

キュルケは訝しげにぷかぷか浮かぶぐるぐる巻きのジゼルを見た。


「ジゼル姉さまが、私の制服を男子用の物とすり替えてくれやがったのですよ。
 それで、お菓子パーティーでおびき寄せて、捕えたのです。」

「成る程、お菓子パーティーは貴方の仕業だったのね。」

キュルケは納得いったように頷いた。


「いや、最初はお茶会程度で済まそうと思っていたのですが…皆暇らしく、あれよあれよという間にパーティーに。」

ケティは首を横に振ってから、溜息を吐いた。


「殿方は居ないし、授業は開店休業状態だしでする事無いものね。」

「そういう事なのです。」

肩をすくめて苦笑するキュルケに、ケティは頷いた。


「どうするの?」

タバサがぐるぐる巻きに縛られたまま、ふよふよ浮いているジゼルを見ながらケティに尋ねた。


「まあ取り敢えず『おはなし』を。」

「ん。」

ケティの表情を見る限り、なのは的な意味での『おはなし』っぽい。


「お手柔らかに。」

「素直に話せば、何事も無い筈なのです。」

ケティはそう言うと、にっこり微笑んだのだった。



「ジゼル姉さま、ジゼル姉さま~?」

「う…ううう…口の中苦い…生臭い…。」

ケティの部屋で、ジゼルは呻きながら目を覚ました。


「はい、口直しにクッキーでもどうぞ。」

「うう…はぐはぐ…ああ甘い、香ばしい、癒されるわ。」

クッキーを頬張り、ハシバミ草の香りを中和させるジゼルだった。


「喉が…喉がカラカラだわ。」

「はい、香草茶なのです。」

ケティの手渡した温めの香草茶を、ジゼルは一気に飲み干した。


「ふぅ…。」

「姉さま、まったりモードの所を失礼しますが、制服を返してください。」

ケティは笑顔でジゼルに尋ねた。


「だ、だって、この前の買いものの時は、結局丸二日倒れたままだったし。
 看病中、女の子の格好に戻っていたじゃない?」

「だからと言って、妹の部屋にわざわざ忍び込んで『はっはっはっはっはっ、制服を男物とすり替えておいたのさ!』とか、やらなくても良いと思うのですよ?」

ジゼルの弁解に、ケティは溜息を吐いて肩をすくめた。


「ケティの男装がもっと見たい!」

「現在進行形で見ているではありませんか。」

ケティのツッ込みは情け容赦無かった。


「制服は返して貰います。
 それと、姉さまには罰ゲームなのです。」

そう言って、ケティはにやりと笑ったのだった。



「をを、まさかここまで似合うとは…。」

ケティは少しびっくりした表情を浮かべてジゼルを見ている。


「美青年だわ、美青年が居るわ。」

キュルケは少しぽーっとしている。


「予想以上。」

タバサはいつも通り無表情だが、予想以上ではあったらしい。


「背が高くてすらりとしているだけあって、そういう格好似合うわねえ。」

モンモランシーの眼はきらきらしている。


「うぅモンモランシー、悲しくなるからあまりそういう事言わないで。」

わかりやすく言うと、ジゼルはポニーテールの髪を後ろで束ねる形に変えて、男子の制服を着ている。
一見すると中性的な美青年が誕生したわけだが、自分の外見が可愛いというよりはかっこいい系に属する事を良く知っていて、しかもそれがコンプレックスなジゼルにとってはちょっとした悪夢だった。


「さて、これで学院中を練り歩きましょう!」

「いや、それだけは勘弁して。」

ジゼルはケティに頼み込むが…。


「却下、なのですよ。」

「いやー!」

この後、学院では何故か女生徒の男装が流行った。
男装したジゼルがあまりにも格好良かったから、というのが原因だとか、そうでないとか。





「遅れて申し訳ない、ケティ殿。」

「こんばんは、お待ちしておりましたよアニエス殿。」

ここは《魅惑の妖精亭》の貴賓室、本来ならば横に座り酌をする筈の娘たちは人払いされて居らず、ケティとアニエスのみである。


「さて、まずは料理を用意させたのです。
 ここの料理は美味しいので、味わいながらお話しましょう。」

「う…うむ、いや、こちらから呼んだのに、これほどの歓待をしていただけるとは…。」

アニエスは少し戸惑っている。


「日頃、からかわせて戴いているお代だと思っていただければ。」

「…これは私がアホな目に遭わされる対価、というわけか。」

アニエスは、かなり複雑な表情になった。


「ちなみに、これを食べなくても私は容赦しませんよ?」

「これ自体、からかわれている気がする…。」

その通りである。


「それでは、乾杯。」

「乾杯。」

二人はゆっくりと杯を掲げた。


「むぐ…うん、確かに美味いな。」

「でしょう?ここの主人であるスカロンの料理の腕は一流なのです。」

アニエスが食べ始めたのを確認して、ケティも食事を始めた。


「見かけは正真正銘の変態ですが。」

「そ、そうなのか。
 ま、まあ、料理人の見かけは料理には関係ないしな。」

食べながらからかわれているアニエス…ちょっぴり可哀想でもある。


「それで、私に尋ねたい事とは…ダングルテール?」

「お見通し過ぎて少し怖いな、貴方は。
 剣と銃以外では、太刀打ち出来そうに無い。」

アニエスは、そう言ってフッと笑った。


「ダングルテールの虐殺に関わった連中の情報が欲しい。」

「それならば、お手頃なのが一人居りますよ。」

ワインを一口含んでから、ケティは言った。


「例の情報に居たうちの一人。
 白炎のメンヌヴィルは実験小隊に所属し、ダングルテールにおいて、かなり積極的かつ面白半分に虐殺行為を行いました。
 これが、彼の当時の行動の問題点を上層部に伝えた隊長の報告書なのです。
 とは言え…こんな物を読まなくとも、彼の性癖は貴方も聞き知っているでしょう?」

「白炎のメンヌヴィル、あいつが…。」

アニエスはぎりっと歯ぎしりをした。
彼女も幾多の戦場を駆け抜けた元傭兵、勿論白炎のメンヌヴィルの事は当然聞き知っていた。


「とは言え彼への対処は、当初の打ち合わせ通り我々メイジが行います。」

「な…何故だ!?」

アニエスは、激昂して立ち上がった。


「彼は死にそうになったからといって、後悔する性質じゃありません。
 己の死すらも楽しむ、正真正銘の変態です。
 敵を討っても、何の達成感も無いでしょう。」

そう言いながら、ケティはワインを口に含む。


「そもそも、リッシュモンを討った時点で貴方の復讐の半分は終わっています。
 貴方もご存じのとおり、軍人は任務に服するものであって、彼らに責任を取らせることは妥当ではありません。
 しかもあの任務は、彼ら実験小隊に伝えられた時点で故意に歪められていたのですから尚更。」

「歪められていただと!?」

自分の知り得ない情報がポンポン出てくるのに驚愕して、アニエスは思わずケティに詰め寄る。


「それはどういう事だ!」

「アニエス殿、落ち付いてください。」

今にも斬りかかって来そうな剣幕のアニエスを、やんわりと宥めるケティ。


「ダングルテールの虐殺命令はリッシュモンの手によって、当時軍とは違う指揮系統を持っていたアカデミー実験小隊へと伝えられたものなのです。
 その命令内容とは、《致死率の極めて高い疫病が発生したダングルテールを炎によって焼き払う事》なのですよ。
 その為特別に、小隊は火メイジばかりの編成でダングルテールに向かったのです。」

「な…ダングルテールに疫病など発生していないぞ!」

激昂するアニエスを静かに見つめ続けるケティ。


「ええ、ですから故意に内容が歪められた任務と言いました。
 リッシュモンはアカデミー実験小隊に偽りの目的を与え、虐殺させたのですよ。
 その後の展開は、おそらく貴方も知る通り…。」

「では、私の憤りは、私の嘆きは、私の誓いは…いったい、いったい何処にぶつけろというのだ!」

自分の家族を殺戮した者達が騙されてやっていたという事実は、アニエスを打ちのめした。


「ですから、リッシュモンを討った時点で半分と言ったでしょう?
 貴方のもう半分の敵はロマリアに居ます…が、こちらはまだ調べていません。」

やるとすれば、武器の横流しルートの伝を辿って生臭坊主に袖の下を渡しながらコツコツと…と言う事になる。
電子媒体も無い時代、20年前もの記録ともなると、なかなか見つけ出せるものではない。
まして相手はロマリア、一筋縄でいきそうに無いとケティは考えていた。


「調べて欲しい、金ならいくらでも払う。」

アニエスの眼は復讐者の目、そのものだった。


「わかりました…ですが、数年は覚悟していただきたいのです。」

「ああ、20年待ったんだ。
 あと数年くらい待つさ。」

そう言って、アニエスは頷いた。


「あと、事は信仰に関わる話なので、これも覚悟していただきたいのです。
 貴方にとっての悪魔が、万人にとっての悪魔とは限らない…善意と信念の塊である可能性もあるのですよ。」

地獄への道は、善意で敷き詰められているものだ。
本当に怖いのは悪意と悪人ではなく、善意と善人であると昔から決まっている。
虐殺をリッシュモンに依頼したのは信仰心篤く熱心な善意に満ちた高位の司祭で、おそらくはロマリアの民からも日頃慕われている者なのではないかとケティは考えている。


「そして、貴方にとっての悪魔を討った時、その悪魔の関係者にとっての悪魔に、貴方自身がなってしまうという事も肝に銘じてください。」

「ああ…その覚悟なら、出来ているさ…。」

アニエスは呟く様に言うと、拳をぎゅっと握り締めた。


「世の中、ままならないものなのですね…。」

ケティは誰に言うとでもなく、そう呟いたのだった。



[7277] 第三十二話 美容の為に命を懸けるのです(加筆修正+幕間部分を試験的に追加)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:57
「ケティ坊ちゃん、ヤキュウしようっス!」

「お兄ちゃん、野球しましょうでしょ!?」

ボクが魔法の練習をしている最中に、後ろからやかましい声と、それを嗜める声がした。


「パウルにキアラか、メンバーは揃っているの?」

「そりゃもう、バッチリっス。
 きっちり揃えたっスよ。」

しかしいくら遊びに餓えていたからって、領内でこうも急激に野球が広まるとは。
最近では隣の領地とかにも飛び火しているみたいだし、そのうち甲子園みたいな大会が出来るようになるかもね。


「一つ疑問なんスけど、何でヤキュウの掛け声はアルビオン語なんスか?」

「ボクが考えた遊びだなんて言うよりも、外国から来た遊びなんだと言った方が説得力あるじゃない?
 ここまでルールがきっちり作り込まれているゲームを10歳のボク一人でゼロから作ったというのには、幾らなんでも難があるからね。」

本音としては、わざわざトリステイン語に変えるのが、何か違和感あったからだったりするけれども。


「なるほどー…流石坊ちゃん、勉強になるっス。
 最大の疑問は、坊ちゃんが何でそんなきっちり作り込まれたゲームを作れたのかって事っスけど。」

パウルは鋭いなぁ…その部分はさらっと言ったのに。


「そ・こ・は、深く考えちゃ駄目だよっ☆」

「う…ひ、卑怯っすよ、坊ちゃん。」

かわい子ぶりっこで誤魔化すとか、ボクも段々女の子っぽくなってきたのかなぁと思うけれども…パウルの鋭い指摘を誤魔化す時には効果抜群だからなぁ。
パウルがボクが実は女の子だって知らないのにも拘らず、頬を赤らめる姿に一抹の不安を感じるけれども…。


「うー、ケティ坊ちゃん、お兄ちゃんを変な世界に引っ張り込んじゃ駄目ですぅ。」

同じくボクが女の子だっていう事を知らないキアラが、涙目で僕を睨んでいる。
う~ん、性別は逆だけれども、何だかひばりくんの気持ちがちょっとわかるかも?
あ、そうだ、お父様にあの雑文を本にしろって言われていたけれども、ペンネームは『ひばり』にしよう。
ああ無情(レ・ミゼラブル)とも被る感じだし、良いかも。


「キアラ大丈夫だよ、パウルの反応は少しロリコンな事を除けば普通だと思うよ。」

「ろりこん?
 はわ、わわわわ、ケティ坊ちゃん!?」

小首を傾げるキアラ可愛い、年上なのに可愛い!
これはハグだよ、ハグするしか無いよ~。


「は、恥ずかしいですケティ坊ちゃん!」

ああもう、このまま成長したら、どんだけ美人になるんだろこの子!


「坊ちゃん…キアラはあげないっスよ?」

「ボクじゃあ貰えないよ、どの道。」

こうやって、実は女の子だっていう事を暗喩しているのだけれども、何故か誰も気づかない…。
最近その事に少しイラつく自分が居るのが、少し新鮮かもしれない。
女の体である事に違和感があった時期もあるというのに。
これもボクが、前世の『俺』とは違う存在であるという証拠なんだろうか?


「…《変身》しなきゃ駄目なのかな、これは。」

いつまでも惰性で男をやっているわけにもいかないだろうとは考えている。
ボクの体は女だし、心も多分女の子なんだっていうのがわかってきた。
いずれ、今のボクに違和感を覚える時が来るようになるだろう。


「ぼっちゃーん、何を難しい顔して立ち止まっているんスか?」

「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

パウルとキアラが、僕の顔を心配そうに覗き込んでいた…。



「ぬ…。」

目を開ければ、そこは学院の私の部屋。


「何だか熱い…ああ、タバサだったのですか。」

「ん。」

いつの間にかタバサが私の傍らで眠っていたのでした。


「寝言…夢?」

「あれまあ、寝言言っていましたか。
 ええ、懐かしい夢を見たのです…んんっ!」

一気に伸びをし、背骨を伸ばします。


「さあ、朝なのです!」

「眠い…。」

ああ、頭をふらつかせるタバサもラブリー。






最近学内に溢れ返っているのは、変態の噂とお菓子の話。
あと、男装。


「…暇にも程ってものがあるのですよ。」

変態の噂は私が意図的に流したもので、お菓子作りブームもまだ去っていないのです。
得にお菓子作りブームは危険というか、このままだと男子生徒が帰ってきたら、女子が全員ぽっちゃりさんと化した事態に絶望しかねないのですよ。


「そろそろ銃士隊の準備も出来ているでしょうし、呼びましょうか…?」

主に私達の美容と健康の為に、ついでに非常事態への対処の為に。




注目(アテンション)!」

私はアニエスと一緒に、2年生の教室に乗りこんでいったのでした。


「あら、ケティじゃない?」

「やほー。」

「はぁい。」

「あ、キュルケにタバサにモンモランシー、どもどもなのです~。」

私は手を振ってくれた三人に、手を振り返したのでした。


「コルベール先生、授業中失礼するのです。」

「ええと、ミス・ロッタ、これは一体?」

現在3年生から順に教室を回って、説明中なのです。


「この授業時間が終わり次第、学校のカリキュラムは全面変更される事が決定されました。
 今後、授業はすべて午前中に移行、残りの時間は全て軍事教練となります。
 これは女王陛下からの命令であり、学院長も既に了承済みなのです。」

「な…何故にそんな事を…?」

コルベール先生は信じられないと言った表情で、私を見ているのです。


「理由なのですか?
 表向きの理由は、アルビオン軍が国内への小規模部隊による撹乱作戦を企てているという情報があり、それに対処できるように訓練する事という風になっています。」

「表向きの理由?」

コルベール先生は首を傾げたのでした。


「ええ、裏の理由は…最近のお菓子ブームへの対処なのですよ。」

「お菓子ブーム…?」

アニエスはめっちゃ不満そうな顔をしていますが、黙っていてもらえるように頼んであるので何も言いません。


「ええ、最近学内でお菓子作りが異様にはやって居まして、このままだと男子生徒が帰って来た時に女子が殆どぽっちゃりさんという非常事態に成りかねません。
 これを解消するには運動が一番なのです。」

「え…ええと、まさか、太らない為の軍事教練なのかね?」

コルベール先生はさっきとは別の意味で信じられないという視線を私に向けて来たのでした…うう、そんな痛々しいものを見るような眼で見なくても。


「暇潰しになる、痩せられる、いざという時の為の心構えも出来るようになる。
 最近変態が近くをうろついているという噂も聞きますし、いざという時の対処を訓練しておいても悪い事ではありません。
 まさしく、一石二鳥ではありませんか?」

「ううむ…確かに、それは良い事かもしれないね。
 先生も殆ど居ないし、授業が殆ど自習になっているのは、私も由々しき事態だとは思っていたんだ。」

コルベール先生もあっさり了承。
まあ、運動不足解消と変態への対策だと言われたら、特に反論する事も無いですよね。
ちなみにこれはアニエス達銃士隊に気持ちよく働いて貰う為の根回しなのです。


「軍事教練だなんて、面倒臭いわ~。」

キュルケがやる気無さそうなわけですが。


「キュルケ、自慢の胸が大きくなるのは良い事かも知れませんが、最近全体的にふっくらとしてきている自分に気づいていないのですか?」

「う…。」

キュルケも連日連夜のお菓子祭のせいで、少しぽっちゃりして来た感があるのです。


「軍事教練で体を動かせば、元の引き締まった体に戻る事が出来ます。
 良いですか皆さん、適度な運動はプロポーションを良くします。
 軍事教練は美容に良いのです!」

言い切ってみました。


「美容に…良い?」

これまた少しぽっちゃりしてきたモンモランシーが、呟くように言ったのでした。


「ええ、見てください。
 この均整の取れた肢体を。」

そう言って、アニエスを指差します。


「彼女は銃士隊の隊長なのです。
 胸は適度に形良く盛り上がり、手足はすらっと美しく伸び、くびれる所はくびれている。
 この素晴らしい肢体は、日ごろの軍事教練によって得られたものなのですよ。」

『おおおおおおおぉぉぉぉ…。』

教室内にどよめきが走ります…ふふ、かかりましたね。
ちなみにアニエスは体を褒められたのが恥ずかしかったのか、少し顔が赤いのです。


「私達は、軍事教練によって美しい肢体を手に入れられるのです!
 貴方も、そしてそこの貴方も、お菓子で少しふっくらしてきた体を引き締め、それだけでは無く、より美しさの高みへと昇る時が来たのですよ!」

『おおおおおおおぉぉぉぉ…!』

ふむ、全員エンジンがかかったようなのですね。


「そ、そんなわけで、午後から軍事教練を行う!
 全員時間に遅れるな!いいか!」

『応!!!!』

アニエスの言葉に、全員が力強く返答をしたのでした。



「い…良いんだろうか、こんなんで。」

教室から出た後、アニエスはちょっと疲れたように壁に手をついたのでした。


「良いではありませんか、皆やる気になっているわけですし。」

「こんな方法でやる気にさせても…。」

アニエスは不満そうなのです。


「やる気になる理由なんて、どうでもいいでしょう。
 元気があれば、何でも出来るのです。」

「そういうものか?
 何というか、国を守る意思とか気概とか…。」

アニエスは、そういった覚悟みたいなものが欲しいのですね。


「あの年頃の貴族の子女は、ごく一部を除いてそんな事は考えないのです。
 そんな事を理解させる為に労力を使うよりも、彼女らの興味ある事に合わせて意識を誘導した方が合理的なのですよ。」

「そんなものか?」

アニエスは首を傾げながら私を見たのでした。


「そんなものなのです。
 国を守る意思や気概といったものは、もう少し成長すればどうせ自然と身についてくるものなのですから…焦らない、急がない。」

身に付かない人もいますが、まあそこはそれ、人それぞれという事で。


「…という事は、ミス・ロッタは異端児か?」

「まあ、多分に異端児ではあります。」

それは否定出来ないのです。


「戦でも同じでしょう?
 正面から駄目なら、どう攻めるか。
 相手の特徴を知り、理解し、対処するわけなのです。」

「なるほどな…そういう話なら理解できる。」

アニエスにしても体が女性である以上、どう鍛えようが純粋な腕力だけでは鍛えた男性には敵わないのです。
ですから、それを補い男性に対抗するにはどうすれば良いのか、それを考え工夫し、相手の弱点を突く。
その為のの工夫を加えたものが体術であり戦術なのですよ。


「とはいえ、私は戦なら兎に角、そっち方面の技術はからっきしだ。
 だから、そういうのはケティ殿にお任せするとしよう。」

「はい、お任せされるのです。」

こういうのは、それぞれ得意分野を利用し合うのが一番なのです。


「しかし…貴族の娘の美容の為とは。
 いくら方便とはいえ、隊員の士気が下がらねばいいが。」

「そうですね…この任務が終わったら、魅惑の妖精亭で呑み食い放題の無礼講パーティーでも設けましょう。
 お望みとあらば、パウル商会の若い男衆も呼びますが?」

まあ取り敢えず、私が与えられそうな飴を用意。
ついでに合コンもセッティング…と。


「無礼講パーティーか、それは隊員も喜ぶな。
 あと、男衆については…聞いてみる。」

出会いは大事なのですよ、アニエス?




「自分で呼んでおいて何ですが…死ぬ、死んでしまう…のです。」

軍事教練はやはりきついと言いますか、いきなり基礎体力作りの為にヴェストリの広場を50周とか…。
あちこちに力尽きた女生徒がへたり込んでいるのです。
なのに一緒に走る銃士隊員は涼しい顔…。


「さすがに…本職の軍人さんは…体力のお化けなのですよ。」

「くじけちゃ駄目よケティ。
 美しいあるべき自分、それを想像しながら走るのよ!」

同級生のクロエが、そう言って私を元気づけてくれます。


「諦めたら、そこでぽっちゃりさん決定よ。」

ジェラルディンもそう言って声をかけてくれたのでした。
この二人、最近かなり横に広がってきたので、必死なのですよ。


「こらー!お前たちは痩せたくないのか!美しくなりたいと欲しないのか!
 それで貴族の娘だと良く言えたものだな!」

アニエスの叱咤が飛びます。
ちなみにアニエスや隊員には『美容の為』だと、発破をかけるように伝えてあるのです。


「痩せる…。」

「より、美しく…。」

倒れていた女生徒達が、一人二人と立ち上がり始めたのでした。


「貴族の子女たるもの…より美しく…。」

「より麗しく…在り続けるべし。」

子供の頃から一般的な貴族の娘は、『美しく麗しくあらねばならない』と母親からガッツリ教え込まれるのです。


「お父様、お母様、私は貴族の娘の誇りにかけて、この軍事教練は必ず成し遂げます!」

「その通り!こんな所で倒れている場合ではありませんわ!
 私達の為すべき事はお菓子を食べて膨らむ事では無く、軍事教練で美しくなる事ですもの!」

ああ、みんな盛り上がっているのですよ。
…もっと扇動しましょう。


「皆様、私たちはもっと美しく、もっと麗しくなれるのです。
 皆で頑張れば、必ずその高みへとたどり着けるのですよ。
 誰かが倒れていれば皆で助け、皆がくじけそうな時は誰かが叱咤する!
 そうやって、皆で美しさの高みまで上るのです!
 そう、すなわち一人は皆の為に、皆は一人の為になのですよ!」

『一人は皆の為に、皆は一人の為に!』

やっちまったのですよ、何という原作の原典の名台詞レイプ。




「甘いものが美味しいのですね~。」

「いひゃ、ほんふぉにおいひいわ(いやー本当に美味しいわ)。」

訓練の後、そこにはケーキやクッキーを貪り食う乙女たちの姿が…。
いや実際、疲れると脳が手っ取り早くエネルギーを補給する為に糖分を求めるのですよね。
だから、炭水化物が美味い美味い。


「…あー、ジゼル姉さま、幾らなんでも貪り食いすぎなのですよ?」

「らっふぇ、おいひいものはおいひいのふぉ(だって、美味しいものは美味しいのよ)。」

口一杯に頬張った姿が栗鼠みたいで可愛いのですが、妹としては一応苦言を呈しておかないといけないのです。


「体動かした後って、何でこんなにお菓子が美味しいのかしら?」

「ん。」

キュルケは上品にゆっくりと食べているのですが、その隣のタバサは上品に物凄い勢いでお菓子を平らげているのです。
どうやれば、あの小さな口にあの勢いでお菓子が入っていくのだが…不思議なのですよ。


「あれ、モンモランシーは食べないのですか?」

「運動した後に御菓子食べたら元の木阿弥でしょうがーっ!」

モンモン再噴火…したものの、全身に走る体の痛みにダウンしたのでした。。


「あ…あぅ…体が…筋肉が…。」

そう言ってから、モンモランシーは懐から水の秘薬を取り出し、ラッパ飲み。


「なーんてね。」

即時に回復、何というチート。
というか、元値殆どタダだからって、水の秘薬を使わなくても…。


「出来ればその水の秘薬、私にも分けて欲しいのですが?」

「出すもの出せば、分けてあげるわよ?」

ああモンモランシー、すっかり逞しくなって。


「傷を治す水の秘薬が筋肉痛にも効くのを、教えてあげたじゃありませんか?」

筋肉痛の痛みは、主に筋肉を過度に動かした事による炎症や筋繊維の小規模な断裂によるものなのです。
ですから、水の秘薬が良く効くわけなのですよ。


「だから、本来10エキューの所を20エキューでどう?」

「な…何で値上がりするのですか?」

ちなみに現在、私自身も倦怠感の後からじわりと筋肉痛が…。


「おほほほ、日頃からかわれている鬱憤代を加算してみたのよ。」

「う…。」

まさか、こんなときに復讐されるとは。


「…先日、こんな物が取引されているというのを知ったわけなのですが。」

そう言って、取り出したピンク色のガラス瓶。
ふふふ、まさかこんな事に使うとは思いませんでしたが…。


「ど、ど、どうやって手に入れたの、それ?」

「惚れ薬6号ですか…あれだけ反省していたのに、またこっち系統の薬に手を出しましたね?」

モンモランシーがまた惚れ薬を作って、しかもトリスタニアの闇市に流しているようなのですよ…。


「う…それは、ご禁制一歩手前に調合してあるから大丈夫よ。
 効き目は『この人から離れたくないくらい大好き』とかいうのではなくて、『あの人の事が微かに気になる気がする』って程度だし。
 ついでに言えば、効き目は一ヶ月限定だもの。」

これまた上手い具合に調整したのですね、ですが…。


「闇市にしか流れていない時点で、どう考えても御禁制なのですよ。」

「うっ…。」

モンモランシーが、私のジト目から顔を逸らします。


「法律では『惚れ薬』ではなく、正確には『心に過度の影響を与える薬』を禁止しているのです。
 そして『心に過度の影響』の部分は、高等法院長の匙加減一つで決まってしまうのですよね。
 わかりやすく言えば、実のところそんなに安全地帯というわけでもない…と、そういうわけなのです。」

そう言って、私は惚れ薬を懐に仕舞い直したのでした。


「お、脅す気?」

「いいえ、これは友人としての単なる忠告なのですよ。」

実の所、これは本当に脅しでも何でも無く、単なる忠告だったりします。
惚れ薬も、普通に忠告しようと思って持ってきた品なのです。
とは言え、この段階でいきなりこんな事を話して、モンモランシーがどう受け取るか…というのは別ですが。


「えい。」

「あいたぁ!?」

ひ、額に、額に激痛が!?


「な、何をするのですか、ジゼル姉さま。」

ジゼル姉さまは、デコピンの達人なのですよね。


「友達脅しちゃだめでしょ?
 ケティの事だから、本当に忠告するついでに脅したんだと思うけれども。」

ぬぁ…全部読まれているのです、流石は腐っても我が姉。
普段はアレですが、きちんとお姉ちゃんする時はお姉ちゃんなのですよね、最近では完全に失念していましたが。


「モンモランシーも、ケティをからかおうとしちゃ駄目よ。
 この子、弄るのは得意でも弄られるの苦手だから、時々素っ頓狂な反応を見せるのよ。
 エトワール姉さまとか、ケティを弄るの凄く上手いけれども。」

「ええ…今身をもって体験したわ。」

モンモランシーってば、冷汗ダラダラなのですよ…ぬぅ、脅し過ぎましたか?


「モンモランシー、すいません。
 ですが、忠告の部分は本当なので、自重を願うのです。」

「私も、もう少し上手く弄れるように努力するわ。
 あと、媚薬系は金輪際止めるわ…その代わり。」

モンモランシーが、私の前に水の秘薬をトンと置いたのでした。


「これあげるから、代わりにケティの商会のルートに私の薬も乗せて。
 品質なら、いつも私が色々な薬あげているから知っているでしょ?
 そんじょそこらの水メイジが作った木っ端薬になんて、品質で負けていない事くらい。」

品質は高いですが、効果が何時もフルスロットルな感じな事も良く知っているのです。
いやまあ、効かないよりは百倍ましなのですが。
あと、またコツコツお金を貯めるつもりですか…とはいえ、モンモランシーの場合は何かの計画があって貯めるのですよね。


「…今度は何を作る気なのですか?」

「ナンノコトヤラ。」

また何かやらかさなければいいのですが…。


「はぁ…まあ良いのです、商会に月一回引きとりに来るように言っておきます。
 とは言え、作るのは飽く迄も一般で売られている水の秘薬なのですよ?」

「ちっ…。」

うちの商会に何を売らせる気だったのですか、何を…。


「モンモランシー、どうでもいいかもしれないけれども、貴方のケーキ…タバサが全部平らげちゃったわよ?」

「んなっ!?」

キュルケの声に振り向いてみると、モンモランシーの皿が空になっていたのでした。


「な…何で!?」

「いらないって言っていた。」

正確には、『お菓子食べたら太っちゃうでしょ』みたいな言葉でしたが。


「私もちょっと食べたかったのに…。」

「そうは聞こえなかった。」

私も、いらないと言っているように聞こえましたが…ツンデレ属性持ちの言動は、複雑怪奇なのですよ。



「ふんふふんふーん♪」

「ぬぅ…。」

エトワール姉さまが鼻歌交じりにトラップを設置しているのを発見してしまったのです。


「姉さま、どうなのですか、進捗状況は?」

「実はもう終わっていたりするわぁ。」

やはり終わっていましたか。


「では、これは…?」

「だって、折角沢山お客様がいらっしゃるのだもの、期待以上の御持て成しをしなくちゃ駄目でしょ?」

向こうは期待どころか、目的地が惨殺幻想空間と化していようなどとは、夢にも思っていないと思うのですが…。


「ああ…狩りに来たつもりが、実った小麦のように為す術も無く一方的に刈り取られていく…その恐怖と絶望を思うと、ぞくぞくしちゃうぅ。」

ああもう、ついていけないレベルのドSなのですよ、エトワール姉さま。


「心配しなくても大丈夫よぉ。
 抵抗しなければ死なないかもしれないような気がするような予感があるような無いようなぁ?」

「その言動が果てしなく不安を掻き立てるのですよ、姉さま。」

自室に血飛沫が飛び散っていたりしたら、戻ってきた生徒が気絶するのですよ。


「しかし…元々は猪狩りに罠を使う程度だったのに、何をどこでどう間違えたのやら…?」

「ケティが『べとこんはこんなふうにわなをしかけていたんだよ、ねえさま』とか、色々トラップを教えてくれたのを忘れたのぉ?
 あと、処刑器具の歴史とか、その悪辣な工夫の仕組みだとか、色々教えてもくれたでしょぉ?」

ええと…。


「ソーデシタカ?」

「そーよぉ。」

思い返してみると、エトワール姉さまにせがまれて、色々とそんな感じの話をしたような記憶が…。
思えば知識の先走り過ぎたょぅι゛ょでした…。



「アニエス殿、銃士隊の皆さま、お疲れ様でした。」

「おぉ、ケティ殿か。」

銃士隊の詰め所として用意された部屋に行くと、アニエスが居たので取り敢えず挨拶なのです。


「おや、そのお菓子は?」

「生徒に渡された。
 貴族の子女が作ったお菓子なんて滅多に食べられるものではないから、ありがたく戴いているよ。」

詰め所に広がる甘い香り。
そしてそれをパクパク食べている隊員達…ふむ、こういうのはどこでもあまり変わりが無いものなのですね。


「皆、腕は大したことはありませんが、材料は良いのを使っているので味は良い筈なのです。」

「いや、なかなかたいした腕だと思うぞ。
 むぐむぐ…うん、やはり美味い。」

皆、ケーキ屋でも開くつもりなのでしょうか…。


「ケティ殿は作らないのか?」

「うーん…作れる事には作れるのですが、私は甘いものよりも塩っ辛いものと酒の方が良いのですよ。」

私が言うと、アニエスはガクッと肩を落としたのでした。


「それは…何というか、花の乙女らしくないというか、おっさんみたいな趣味だな。」

「がーん…。」

い、言われてしまったのですよ、自分でも結構気にしているのに。


「せめておばさんくさいと。」

「それでいいのか!?」

アニエスに全力でツッ込まれたのです。


「全然良くありませんが、おっさんよりはましなのです。」

「花の乙女が、そこまで妥協するか…。」

幼いころから『妙に枯れた子』という評価を受け続けていますから、しょうが無いのですよ。


「しかし、ケティ殿にも弱点があるのだな。」

「そんな完璧超人のような扱いを受けていたとは、思いもよらなかったのです。
 例えば接近戦ではここに居る誰にも敵わないでしょうし、他にも色々とあるのですよ。」

結構うっかり者ですしね…それで何度も痛い目見ているのですよ。
ええ、才人に着替え中の姿を見られるとか、しかもほとんどマッパの姿を…。
前世の人の名字が遠坂なら、『ま た 遠 坂 の 呪 い か』で済ましていたのですが。


「おーい…ケティ殿、戻ってきてくれー?」

「はぅ!?
 すいません…少々の間、思考が自分探しの旅に出かけてしまったようなのです。」

危ない危ない、思考が彼岸に飛んでいたのですよ。
そろそろ本題に戻らなくては。


「まあそれはそうとして、差し入れを持って来たのです。」

「差し入れ?」

アニエスは不思議そうに首を傾げます…まあ、現状手ぶらなので仕方が無いのですが。


「ドアの外にあるのですよ。」

「ああ成る程、どれどれ…。」

私と一緒にアニエスがドアを開けたのでした。


「これは…ワインか?」

「ええ、タルブワインのいいものを持ってきたのです。
 任務中は兎に角、非番の方なら良いかと思いまして。」

差し入れにタルブワインをひと樽、レビテーションで浮かせて持って来たのでした。


「これはありがたい、眠る前の一杯にさせて貰おう。」

アニエスにも喜んでもらえて結構なのです。


「それでは銃士隊の皆さま、学院の生徒を鍛えてやってくださいませ。
 宜しくお願い致します。」

そう言って、私は深々と礼をしたのでした。








《才人編》
「はぁ…それにしても、貴方の友人にラ・ロッタ家の娘が居たとはね。」

道中立ち寄った食堂で、ルイズとルイズの姉ちゃん(エレ…何とか、名前忘れた)が食事をする間、俺とシエスタはずーっと立ったまんまなわけだが、そこでルイズがケティの話をし始めたのだった。
内容はなんつーか、ベタ惚れ?何、?どうしちゃったの?いつものツンっぷりは何処行っちゃったの?つーか、その10分の1でも良いからこっちに分けて下さいって感じ。
…まあ仕方が無い、俺とルイズはケティに助けられっぱなしだからなぁ。
時々借りを返してはいるけれども、借りはいまだに莫大で、返せる当てが思いつかない。
ルイズはああ見えて律儀で真面目だから、そういう所に素直に感動しているんだろう。


「そうなの!」

ルイズの顔は紅潮しているのだけれども、それを聞くルイズの姉ちゃんの表情は暗いというか、イラついてる?


「あー…ルイズ、実はね、私ね、去年パーガンディ伯爵に婚約破棄されちゃったのよ…。」

「え…?えと、そ、そうなんですの?」

ルイズの姉ちゃん行き成りの話題変更。
しかも、ルイズはそれを知らなかったらしい。


「君とは一緒にやっていける自信が無い…って。
 そう言って私と婚約破棄をした途端に、他の女と結婚したのよ。」

「そ、そうだったんですの…。」

ルイズの姉ちゃんが何でいきなり話題を転換したのか、良く分からんけど嫌な予感がする。


「その相手の娘の名前がね、ジョゼフィーヌ・ド・ラ・ロッタって言うの。
 貴方の大事な友達の姉よ。」

「あちゃー…。」

俺の口から、思わずそんな声が漏れた。
そう言えば、結構前にそんな感じの話を聞いたような気がする。


「そ、それは…何というか…。」

ルイズもかけるべき言葉が見つからないらしい。


「ラ・ヴァリエールは火メイジに呪われているのよ、きっとそうなんだわ。
 …というわけで、ラ・ロッタの娘との交遊はそこそこにね。
 貴方もいつか、好きな男を眼前で掻っ攫われるわよ?」

「そんな事無いもん!」

ケティは恋愛関係は凄い奥手だしな、狙って掻っ攫っていく事は性格的に無理だろ。
…と、そんな女の子の着替えを見ちまった俺って、マジ鬼畜なんじゃあないだろうか?
ノックはきちんとしよう、うん。



ラ・ヴァリエール邸では、笑顔満面のルイズのお母さんに出迎えられたわけだが…。

「マリー…じゃなくて、マリア・アントニア・フォン・エステルライヒよ、知っているでしょう?」

ルイズのお母さんは、いきなり知らない名前を口走った。


「マリア・アントニア・フォン・エステルライヒ?」

ルイズが首を傾げている。
俺も首を傾げたい気分だ。


「ええルイズ、貴方達の友人なのでしょう、彼女は?」

「ええとお母様御免なさい、誰の事だかわかりませんわ…。」

家に帰って来たルイズが、まず最初にされたのがこの質問だった。


「ほら、貴方の手紙に書いてあったでしょう?
 語尾が《なのです》で、物凄く丁寧な言葉で話す、栗色の髪でやたらと博識で腹黒いけれども、なんとなく和む下級生の女の子。」

「ええと、ひょっとしてケティの事ですの?」

おずおずと、ルイズがルイズのお母さんに聞き返している。
つーか、俺の知る限り、そんな女の子ケティしかいねえ。


「そう、それ、ケティ、ケティよ、やっと思い出したわ!
 マリーじゃなくてケティ!
 でもやっぱり私にとってはケティよりもマリーの方がしっくり来るわ!」

ルイズのお母さんが、喜んでくるくる回っている。
しかし、《ケティよりもマリーの方がしっくり来る》って、どういう意味だ?


「彼女は当然、連れて来たのでしょう?」

「え、ええと、ケティは学院で何か仕事があるらしくて、来ていませんの。」

怒られるものだと思っていたルイズは、状況について来られなくて目を白黒させている。
シエスタも置いて行かれた感たっぷりな表情をしているから、多分俺もそんな感じなんだろう。


「そう…残念だわ。
 久し振りにマリーに会いたかったのに…。」

「お…お母様、ケティの事を知っているんですの?」

しょぼーんと落ち込んでしまったルイズのお母さんに、ルイズはおっかなびっくりといった感じで声をかけている。


「私がまだ貴方くらいの頃に、間違えて時の迷子になってしまったマリーと一緒に過ごした事があるのよ。
 その時、彼女が名乗っていたのが『マリア・アントニア・フォン・エステルライヒ』ゲルマニア南部の貴族の娘だと言っていたわ。
 私が魔法衛士隊に入ったばかりの頃、金庫番をやっていたのよ、彼女。」

「時の迷子って、あの御伽話とかで聞くあれですの!?」

ケティの奴、タイムスリップしてたのかよ…。


「貴方達が知らないなら、彼女が時の迷子になる日はもう少し先なんでしょうね。
 彼女と最後に会った時、すべてを打ち明けてくれた上で『いずれ未来で』と言っていたから、会えると思っていたのだけれども。」

おし、これをケティに話してやろう。
間違いなくびっくりするぞ。



…なんて事を思っていたのも束の間、現在俺は現在ルイズを小脇に抱えて、キレたラ・ヴァリエール公爵に追いかけられている。


「まてー、またんかー!」

「そ、そう言えば、ケティがラ・ヴァリエールで危機に陥ったら開封して読めとか言っていた手紙があったな…。」

パーカーのポケットを探って…あ、あった。


「ルイズ、こいつを開封して読んでくれないか?」

「え?これ?
 ええっと…どれどれ…って、読めないわ。」

ルイズは、そう言って開封した手紙を俺に手渡してくれた。


「…何で俺の行動が完全に読まれてんだ。」

手紙には『ルイズとイチャイチャしているから、そういう目に遭うのですよ。まあ取り敢えずィ㌔(´=ω=)b』と、日本語で書いてあった…。


「AAを紙に書くなよ…。」

つーか、からかうだけの為に渡したのかよ。
下らねー、超絶に下らねー。


「意味ねー!」

ラ・ヴァリエール邸に俺の絶叫がこだましたのだった。





《三人称視点》

「入りなさい。」

遡る事数ヶ月前、アンリエッタの促しに従うように、とある人物が執務室に入った。


「ニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー伯爵、傷は癒えましたの?」

未だ敵艦とともに墜落した際の傷跡が残る彼を、アンリエッタは柔らかい笑顔と共に労ってみせる。
そう、ラ・ラメーはあの戦で墜落した敵艦の残骸の中から、辛うじて救出されていたのだった。


「はっ、軍務に支障が無い程度には。」

ラ・ラメーはそう言って、見事な敬礼をして見せた。


「貴官らの勇気と奮闘によって、我が国はアルビオンの卑怯極まりない騙し討ちから立ち直り、反撃する為の時間を稼ぐ事が出来ました。
 貴官の胸に輝く紅百合章は名誉の負傷の証、これから与える勲章と共に誉れとなさい。」

『はっ!』

見ない間にすっかり凄みを増したアンリエッタに、ラ・ラメーは敬礼しながらも頼もしさを覚えていた。


「サファイア付き十字黄金杖百合章、貴官らの勲功に応える為に作らせました。」

そう言いながら、アンリエッタは自ら勲章を手に取る。


「な、何と…!?
 小官は敗将でありますのに…。」

ラ・ラメーは目を丸くして恐縮する。
サファイア付き十字黄金杖百合章は、この国においては最高クラスの軍事勲章だからだ。


「恐縮する事などありませぬ。
 彼我の戦力差において貴官らができたのは、出来うる限り敵軍を引き付け侵攻を遅延させる事。
 その役目を立派に果たして見せ、国家存亡の危機を回避させる事に成功したのですから、貴官らは間違い無く誉れ高き勝者にして勇者にして英雄ですわ。」

そう言って、アンリエッタはラ・ラメーの胸に自ら勲章をつけて見せる。


「本来であれば大規模な式典などを執り行わせなければいけないのに、今は戦の真っ最中につき叶わぬ事をお詫びいたしますわ。」

アンリエッタはそう言うと、すまなそうにラ・ラメーに頭を下げた。


「滅相もございません、陛下自ら勲章を賜る栄誉、このラ・ラメー名誉の極みであります。」

ラ・ラメーは、感動で胸が打ち震える気分だった。


「貴官に用意した、新しい艦隊はどうですの?」

「はっ、皆良い艦です。
 あの戦の生き残りも、あれらの新造艦には満足しております。」

ラ・ラメー率いる艦隊は、以前よりも小規模になったが再建された。
全てが快速タイプの新造艦であり、熟練兵の多い彼の艦隊にはうってつけだった。


「旗艦ゼノベ・グレイム以下6隻、受領後日々訓練を重ねております。
 来たるべきアルビオンとの戦までには、以前と変わらぬ仕上がりをお約束いたします。」
 
「大変結構、期待させてもらいますわ。」

アンリエッタは満足そうに頷く。


「…さて、早速ですが。」

そう言うと、アンリエッタの目が細くなった。


「貴官らには開戦後、現在再建中の艦隊とは別行動をとってもらいますわ。」

「は…例の作戦ですな。」

ラ・ラメーの表情が神妙なものになる。


「アルビオンの行動を封じる為とはいえ、些かやり過ぎな感もあると感じますが。」

「継承権があるとはいえ、陸続きでは無く統治が面倒な空に浮く島なんかに興味はありませんもの。
 私の国と私の臣民に迷惑かけない存在になってくれさえすれば、永遠に放っておいても構いませんわ。
 王家と貴族が殺し合った国だもの…今度はせいぜい貴族と領民で殺し合っていればいいのよ。」

アンリエッタはぎりっと歯を噛み締めた。


「私怨ですか。」

「はっきり言うわね、ラ・ラメー卿…私、そういう家臣大好きよ。
 そうね、アルビオンを我が国の脅威足り得ない存在へ貶める今回の作戦には、確かに私の私怨もありますわ。
 伯父上と従兄殿を殺されたのですもの、否定出来ませんわ。」

ラ・ラメーの問いに、アンリエッタは笑顔で頷く。
凄みに満ちたその笑みは、ラ・ラメーの背筋にぞくっと何かを走らせた。


「でも、それは飽く迄もついでよ、この身は既に国家そのもの、私個人の私怨のような些事にいちいち構っていられないわ。
 貴官の艦隊の作戦目的は飽く迄もアルビオンを我が国の脅威足り得なくする事、それが第一目標であると肝に銘じなさい。」

「了解いたしました、私怨はついででありますな。
 それであれば、小官としても異存はありませぬ。」

そう言って、ラ・ラメーは敬礼をして見せた。


「ですが、恐れながら申し上げます。
 陛下、陛下の身は確かにこの国そのものであらせられますが、同時に17歳の娘でもあります。
 御友人でも恋人でも構いませぬ、誰か寄り掛かれるお相手をご用意下さい。
 この国は陛下を喪うわけにはいかないのですから。」

「そうね、友にもう少し寄り掛かってみるわ。
 でも私、基本的に怠け者だから、寄り掛かり過ぎるかも知れませんわよ?」

ラ・ラメーからの進言に、アンリエッタは笑顔で頷く。


「陛下の友人になれる程の御方です、せいぜい寄り掛かってあげればよろしいかと。」

「そうね、あの子ならもっと寄り掛かっても良いかもね、おほほほほ。」

アンリエッタはそう言って、艶やかに笑ったのだった。



「ぬ…ぬぅ…。」

学院で姉二人とお茶の最中だったケティは、えもいわれぬ寒気に身を震わせ、ティーカップを落としてしまった。


「ど、どうしたのケティ?」

「あらあら、風邪かしらぁ?」

慌てるジゼルとエトワール。


「いや、何と言いますか、とんでもない災厄が我が身に降りかかるような予感と悪寒が。」

「大丈夫よ、そんなの私が何とかして上げるわ!
 ドーンと、このジゼル姉さまにお任せよ。」

そう言って、ジゼルは胸を張って見せた。


「胸が無いのを誇示しなくても良いわよぉ、ジゼル?」

「むきー!」

エトワールの指摘に、猿みたいな声を上げるジゼルだった…。






そして現在、ラ・ロシェールには旗艦ゼノベ・グレイム以下、6隻の快速戦列艦が揃っている。
帆を含めて全てを濃紺に塗られたその新造艦達は、トリステイン・ゲルマニア連合軍艦隊を見送っていた。


「自分も加わりたい…といった風情ですかな?」

連合軍艦隊を無言で見送るラ・ラメーに、背後から声がかかった。


「フェヴィスか。」

元メルカトール号館長にして、現ゼノベ・グレイム艦長パトラッシュ・ド・フェヴィス、彼も同様に辛うじて生き残るという幸運に与っていたのだった。


「当り前であろう、艦隊決戦は船乗りの誉れ…しかもあの艦隊の主はド・ポワチエ卿だ。
 ゲルマニア艦隊が無ければ、まあまず勝てぬであろうからな、陛下から預かった艦隊を一隻でも失わぬ為に加勢に行きたくもなる。」

ラ・ラメーのド・ポワチエへの評価は《可も不可もない、これといった特徴がまるで無いという或る意味珍しい凡将》だった。


「では、加勢しますか?」

「相変わらず誘惑が下手だな、フェヴィス。
 それでは奥方を落とすのに、さぞかし苦労したであろう?」

そう言って、ラ・ラメーは皮肉っぽく笑った。


「ご安心ください、見目麗しいレディを口説く時には、もっと情熱を込めます。
 妻を口説き落とした際の小官の奮闘、先の戦の時にも劣らぬものでありました。」

「それは見ものであったであろうな…まあ兎に角、我が艦隊には陛下から直々に賜った作戦がある。
 この紅百合に誓って、それを違えるわけにはいかぬな。」

ラ・ラメーはアンリエッタに紅百合章を誉にせよと言われた時から、肌身離さずその本来傷病者に贈られるありふれた勲章をいつも身に着けていた。


「今度の陛下はそれほどの御方でありますか。」

「フェヴィスにも会わせたかったものだな。
 あの御方は間違いなく、この国を良い方向へと導かれる。」

そう言って、ラ・ラメーは深く頷いた。


「今度勲章を戴く時には、小官も同席させていただきたいものです。」

「うむ、約束しよう。」

ラ・ラメーは頷くと、雲間に消える連合軍艦隊から目を外した。


「心配ばかりしていても仕方がないか。
 我が国とゲルマニアは、必ずやアルビオンの艦隊を討ち果たす。
 我々の仕事は…それからだ。」

「そうですな…しかし、地味ながらも重要かつ陰険な今回の作戦。
 陛下が我らの腕に期待なさったのも、良く分かりますな。」

この艦隊は数こそ少ないものの搭乗員の殆どが熟練兵と熟練士官で構成されているという、現在のトリステイン軍ではかなり贅沢な構成だった。


「そうだな、地味で陰険であるが故に、効果は抜群であると言えよう。」

「戦は戦場のみにあらず…ですか、戦争が変わって行きますな。」

フェヴィスは少し遠くを見るような視線で何処かを見ている。


「こうやって、人は一歩ずつ悪辣になっていくのかも知れんな。
 …予定通り、出航は黄昏刻とするので、各員に徹底させよ。」

「はっ、了解いたしました。」

フェヴィスは敬礼をした後、船員にその旨を伝えに行ったのだった。



「…しかしまあ、無茶したなぁ、これは。」

一方、才人とルイズは連合軍艦隊の大型戦列艦『ヴェセンタール』にいた。
艦隊旗艦は『デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン』なのだが、蒼莱を運用する為には艦から飛行甲板用の超大型浮遊筏をぶら下げる必要があり、新造艦である『デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン』ではなく、旧式だが大型の『ヴェセンタール』に白羽の矢が立ったのであった。


「ケティは『ガンパックなのです』とか言っていたけれども、そもそもガンパックって…何?」

「後付式の機銃の事だな…『個人で携帯するには重過ぎますし、どうせ壊れたら再生産不可能ですし、蒼莱につけちゃいましょう』とか言っていたけれども。」

ケティが持ってきたものをコルベールが取り付けたらしい、それは…アメリカ製のブローニングM2と呼ばれる重機関砲だった。


「よくもまあ、次から次へと物騒なもんばっかり…ケティって本当に武器マニアなんだな…。」

ちなみに12.7㎜弾を使用し、ベルト給弾式なので大量の弾を発射可能な凄い機関銃なのだが、ロマリアから横流ししてもらったのはいいもののコピー不可能と判明して、パウル商会の倉庫でずーっと眠っていた代物だったりする。


「弾も現物限りだから、大事に使えって言っていたわ。」

「ひょっとして、殆ど廃物利用なんじゃねえか、これ?」

流石のケティも、使いどころが思い浮かばなくて完全に持て余していたようだ。


「でもまあ、蒼莱はあっという間に弾切れするからなぁ…有難く使わせてもらうとすっか。」

コルベールが取り付けたという時点で、不安がいっぱいな才人たちだった。


「コルベール先生、アレ以外にも色々といじっているみたいだったし…飛ぶのか、これ?」

スゲエ良い笑顔で蒼莱をいじっているコルベールを見かけたマリコルヌは、『先生はイッちゃってるよ。 あいつは未来に生きてんな』とか言っていたらしい。


「大丈夫よ、ケティを信じましょう、ケティを。」

「そ、そうだな、ケティを信じるか…。」

でもやっぱり不安な才人たちだった。



[7277] 第三十三話 人間なので、間違えることも多々あるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/19 22:54
「貴方が私の立場で、アルビオンを征服しない事を前提に戦略を立てるのであれば、どうする?」

「…まーた、無茶振りなのですね、姫様?」

姫様の無茶振りは今に限ったことではありませんが、何故に私を呼ぶ度にこうなるのでしょうか。


「ケティの本には軍事戦略論とかあまり入っていないし、そのあたりはどうなのかしら?」

「私はそちらの方はあまり得意ではないのですよ。」

転生前の人も基本的に兵器オタでしたし、戦略論は概略程度しかわからないのです。


「それでも良いのであれば…そうなのですね、アルビオンが空を飛ぶ島であり、船が無ければ行き来できない土地である点を利用しない手はないいのではないかと思われるのです。」

「それは、我が国にとっての不利ではないかしら?」

私の言葉に姫様は眉を顰めます。


「確かに攻めるに難い土地柄なのですが、それをこちら側が利用してあげるという手もあるのです。
 取り敢えず、大半の軍は当初の予定通りゲルマニアとの連合軍を組み、攻勢を仕掛けて敵軍の身動きを封じます。
 その上で予め選抜した小規模艦隊による別働隊を編成し…まず、港を潰すのですよ。」

行き来の難しい土地柄だから攻め難い、であれば…。


「港を?」

「ええ、港には船と造船所と商人達が荷物の一時保管に使う倉庫群があるのです。
 それらを砲爆撃で潰します。」

いっそあちらの保有する民間船と造船能力を奪って、行き来を困難にしてやればいいのです。


「倉庫群を狙うのは何故?」

「これから季節は秋に入ります。
 収穫した作物が入るのは領主の倉庫、そしてそこから商人が買い取り商人の倉庫に入って民衆に流れるのです。
 遠征の時期は刈り取り寸前ですが、それでも前年度の残りと早めに収穫されたものが入っている筈なので、燃やしてしまいます。
 これにより、アルビオンはちょっとした食糧不足となるでしょう…食糧不足では軍を動かすのが困難となるのです。
 あと、倉庫には輸出用の風石も入っているのです。
 アルビオンがある位置まで上昇するには、それなりの量の風石が必要ですが、アルビオンからの供給が途絶えれば価格は高騰するでしょうね。」

結構えげつないですが、これって戦争なのよね、なのです。


「港を潰し終えてもまだ時間があるのであれば、アルビオンの旧貴族派の領地で収穫寸前であろう麦畑を火で焼き払います。」

「都市への攻撃はしないの?
 敵の人的被害が殆ど出ないと思うのだけれども?」

私の上げている策は確かに人的被害は最小で済みます、最初だけは…。


「敵は港と畑が攻撃されれば、都市もと思って守りを固めてくれるでしょうね。
 ですが、しませんというか、しない方が良いのです。
 現に慎んだ方が良いのですよ、むしろ人は多いに越した事は無いのですから。」

敵兵への被害も、なるべく減らしたいくらいなのですよ。


「畑からの今年分の収穫物は無い、商人の港湾倉庫が潰されて、民間に残った食料も少ない。
 ですが、領主の蔵には、昨年の残りの食料があるのです。
 アルビオンの蔵にも、戦争用の糧秣が。
 そんなわけで食料はありますが、アルビオンの民全ての腹を満たす事は不可能ですし、信仰と理想に燃える貴族たちが領民の困窮をどこまで把握できるやら。
 さて、飢えた領民たちは、どうすれば飢えを凌げるでしょう?
 彼らは飢えていますし、信仰と理想では腹は膨れない…と、いうわけなのです。」

「敵の経戦能力を削ぐのと、領主と領民の離間を同時にやるという事ね。
 食料の消費量を多くするのであれば、人はなるべく死なない方が良い…と。
 悪辣過ぎて反吐が出そうだわ…採用。」

ええええええええええええええええ!?


「い、いや、この策は飽く迄も仮定の策で…。」

「枢機卿、聞いていたわね?
 将軍や参謀を何人か呼んで、ケティと作戦を詰めさせるわよ。」

いや、ちょ、ま、こんな真っ黒な策、有り得ない仮定だから良いのであって…。


「はい、アルビオンの領土を欲さないのであれば、それで良いかと。
 しかし、ここまで非情な策がさらっと出てくるあたり、流石ですな。
 このマザリーニ、感服いたしましたぞ。」

感服しないで止めてええぇぇぇぇぇ!


「ああ、いえ、出来れば考えなおして欲しいのですが。」

恒常化したら領土化が困難になるので、こういう例外的な事態でも無い限りは多分根付きはしないでしょうが…。
こんなやり方が戦争でメジャーになったら、私は後悔で死にたくなるかも知れないのです。


「嫌よ。」

「ですよねー。」

はぁ…仕方が無いのです。
また調子に乗ってやっちまいましたか、私?


「さあ、いざ行かん作戦室、おほほほほ。
 アニエス、ケティを連れていきなさい。」

「御意。」

アニエスに腕力でかなうわけもありませんし、やるしかありませんか。


「ああああああああああああ…。」

私はアニエスに引き摺られて、執務室を後にしたのでした…。



「ぬ…。」

頭と体に大きな衝撃を受けたショックで目を覚ますと、いつもの部屋…の床。


「何だ、夢でしたか…ええ、ええ、わかっているのですよ、これは現実なのです。」

数ヶ月前、姫様に不意に尋ねられて、得意満面で語った自分が恨めしい…。


「ところで…タバサは兎に角、何故にキュルケが…?」

まあそれよりもアレなのです。


「部屋の主がベッドから落とされるとか、何という悲劇…くっちゅん!」

つーか、アレですか、勝手に人の部屋のベッドに入って、主を蹴り出しますか、キュルケ…。







ハルケギニアはヨーロッパそっくりの風土と気候であり、植物も大体似た様なものが自生していたり栽培されているわけなのですが、世界扉のせいなのか時折妙なものが生えていたりするのです。


「ふむ~?」

丸くてデコボコしたその物体。


「何故にこの作物が…まあ大方ドイツあたりの兵器と一緒にこの世界に引っ張られたのでしょうけれども。」

闇市場で毒草の球根として売られていたものなのですが…。


「誰も球根を煮炊きして食べようとしなかったのでしょうね。
 それなら毒草呼ばわりされてもしょうがないといえるのです。」

どう見てもジャガイモなのですよ、本当にありがとうございました。
ハルケギニアには大航海時代が無かったせいでトマトも無いというのに、何故かここにあるジャガイモ。
まあ確かに、ソラニンを大量摂取すれば死ぬこともありますけれどもね。


「まあ兎に角、一個茹でてみますか…。」

そんなわけで、青くなっていないジャガイモらしきものを、綺麗に洗ってから部屋で沸かしたお湯に投入。
待つこと20分ほどで、お湯から上げてみたのでした。


「ふむ、見れば見るほどジャガイモ。
 匂いも間違い無くジャガイモなのですね。」

後は、食べて確認するだけなのですが…。


「似ているだけで本当に毒草の球根だったら、どうしましょう…?」

薬草とかに詳しいモンモランシーに聞いても知らないといわれましたし、まだハルケギニアに広まるほどではないという事なのかもしれませんが。


「これ食べて死亡とか、多分笑い者になるのですよ…ゴクリ。」

芋食って死ぬとかドンだけ超展開だとか、どこからとも無く聞こえてきそうなくらいなのです。

「ちょーっとだけ、舐めてみましょう。」

皮を剥いて、ペロリと舐めてみました…やはり、ジャガイモの味がするのです。
ペロペロと何回か舐めてみますが、やはりジャガイモの味。


「こ、これは大丈夫そうなのですね…。」

思い切ってかぷっと噛み付いてみると、口の中に広がるホクホクとしたジャガイモの風味と食感。


「お…おいひい。」

懐かしさを感じるジャガイモの味に、思わず涙が出そうなのですよ。


「これで、ポテチやコロッケや芋餅が作れるのです。」

これでコロッケとか作ってあげたら、才人も絶対に喜ぶ筈なのです…って、何で私は才人の喜ぶ顔を想像してにやけているのだか。


「取り敢えず、あの商人はまだ在庫はあると言っていましたし、全部買い占めてラ・ロッタで栽培させてみますか…。」

うまくいけば、来年の秋にはジャガイモパーティーなのですよ…と、不意に背中をちょんちょんと突かれたのです。


「ひゃあぁぁ…って、タバサ?」

いつの間にやらタバサが背後に立っていたのでした。
流石北花壇騎士…というか、気配消して背後に近づかないで欲しいのですが。


「おいしい?」

タバサは私が手に持つジャガイモを無言でじーっと見つめています。


「ええ、私は美味しいと感じましたが…。」

「…………………。」

じいいいいいいいいいぃぃぃぃっと…。


「あー…一個食べますか?」

「ん。」

心なしか目をキラキラと輝かせ、タバサは私が皿に乗せて差し出したジャガイモを受け取ったのでした。


「このバターを乗せて食べるとより美味しいのですよ。」

「ん。」

タバサは椅子に座るとジャガイモをナイフで切れに切り分けてから、バターを乗せて食べ始めたのでした。


「どうですか?」

「ん、おいしい。」

タバサの食べている姿は本当にラブリーなのです。


「おかわりは要りますか?」

「ん。」

ああ、何という幸せ…って、何だかジゼル姉さまみたいなのですよ、私。
ええと、まさかこれはひょっとして遺伝?



「…とまあ、こんな感じで、夜間に襲撃された場合の避難訓練を行うのです。
 いつ行うかは秘密…ですが、送れずに必ず集合してください。」

2年生の教室で、私はまたアニエスの代わりに説明を行っていたりします。
まあ、苦手な事は補い合えば良いという事なのですよ。


「寝不足は美容に悪いわ。」

キュルケが嫌そうに私に言いますが…。


「ええ、夜中にベッドから蹴り落とされたりすると、それはもう美容に悪いのです。」

「…根に持っているわね。」

うふふふふふふふふふふ。


「一応、方便上軍事教練ですので、恰好だけはつけておく必要があるのですよ。
 ちなみに従わねば、罰ゲームがあるのです。」

恐ろしい罰ゲームなのですよ、従わせる為とはいえ、私も非常な決断をしたものなのです。


「罰ゲーム?」

「ええ、夜間避難訓練に参加しなかったものには…。」

そう言いながら、モンモランシーの方を向きます。


「ミス・モンモランシの秘薬の実験台になっていただくのです。
 …ちなみにこれは、姫様と学院長のサイン入りの令状なのですよ。」

許可証を見せると、緩かった教室内の空気が凍る音がしたのでした。


「ミス・モンモランシの…。」

「実験台ですってぇ!?」

「あたし達を殺す気なの!?」

「いいえ、きっと体が伸びるようになったり、透明になったりするのよ!」

「違うわ、体を炎で包んで飛べるようになるのよ。」

「もしかして、体が岩みたいにゴツゴツ固くなるのかも?」

「こんな所には居られないわよ、私は逃げるわ!」

大混乱なのですよ…こうかはばつぐんだ!なのです。
効き過ぎな感はありますが。


「またこんな扱いかー!
 というか、私を一体何だと思っているのよ!?」

そんなモンモランシーの問いかけに…。


『畑を謎の密林に変える女』

「うっ。」

うわ、ハモったのです。


「いやでもアレは、偶然の大失敗というか…。
 …まあ良いわ、参加しなかったら、とびきりの新作の実験台にしてやるんだからっ!」

『ひいいいいいぃぃぃぃぃ!?』

クラス全員恐怖の絶叫なのですよ。
ちなみに、先程上級クラスで話した時も、全員が本気モードになったのが良く分かったのです。
自業自得とは言え、モンモランシーも不憫な…。



「…さて、打てる手は全部打ったのです。」

現在私達は機密保持の為に、学院長室に集まっていたりします。


「夜間襲撃対応訓練という事で、皆を逃がす手立てもバッチリなのです。」

「私の悪名は、より高まったけれどもね…。」

モンモランシーがちょっと煤けているのです。


「成長退行薬とか、無いわー。
 この世が終わったかと思ったわよ。」

机に突っ伏したキュルケが、疲れた声でぼそっと呟いたのです。


「うくっ、一時的に巨乳になる薬の筈が、何で一時的に幼女になる薬になんてなったのかしら…。」

そりゃモンモランシーですしー…とは、口が裂けても言えないのです。
犠牲になったのは我関さずと寮内で眠っていたキュルケ…事情を知っているとは言えサボるとは良い度胸なので、見せしめに使わせてもらったのでした。


「しかし、あのミス・ツェルプストーは可愛らしかったな。」

アニエスはああ見えて可愛いもの好きなのですよね…そのせいでガチレズ疑惑が絶えないわけなのですが。
それにしても、キュルケの長身も胸のでかい固まりも見る見るうちに縮み萎んでいって、8~9歳くらいのとてもキュートなお子様になった時には少し驚いたのですよ。
その後キュルケは、薬が切れるまで女生徒達に可愛い可愛いと揉みくちゃにされたのでした。


「同性に可愛がられても、あまり嬉しくないのよね。
 どうせなら、美少年とか美青年とか美中年とかに揉みくちゃにされたかったわ…。」

キュルケはそう言いますが、幼女を揉みくちゃにする美少・青・中年達とか、そんな顔が良いだけのロリコンの群れは嫌なのです…。
ちなみに胸が膨らむだけの薬と、成長を制御する薬では後者のほうが難易度は遥かに高い筈なのですが…モンモランシーの失敗はつくづく予測不可能な結果をもたらすのですよね。
この薬、ロリコン大喜びなだけなので、封印決定と相成ったのでした。


「白炎のメンヌヴィル達一行を乗せた船が、昨夜リヴァプール港から密かに発ったのを間者が確認しています。
 襲撃は恐らく明日の夜…皆様、ゆめゆめ油断なさらぬように。」

「無論だ、銃士隊も各所で配置についている。」

銃士隊は新式銃を持った者だけで構成されており、ついでに言うと全員メイジとは直接相対せずに狙撃するという方式に切り替えているのです。
メンヌヴィル対策として、これから襲撃者が来るまではずーっと濡れた布を被ったまま…心の底から御苦労さまと言いたいのです。


「変態への対応は、我々メイジで何とかしてみます…駄目だった場合、速やかに生徒を予定通り学院から脱出させてあげてください。」

「…わかった。」

アニエスが一瞬私に向けた意味ありげな視線が…まさかとは思いますが、姫様から何か別の命令を受けているのでしょうか?




二日後の夜中『めけめけ~めけめけ~』という、間抜けな音が寮内に響き渡ったのでした。


「来ましたか…。」

ドアを開けると慌てて着替えて所定の避難場所まで移動する皆の姿。


「ふむ…では行きますか。」

ここももうすぐエトワール姉さまの狩場と化します。
長居は危険なのですよ。





《三人称視点》

「ん…?」

メンヌヴィル達を学院まで誘導してきたワルドは、不意に寒気に襲われた。


「どうした?」

「ああ、いや、何でもない。」

ケティ・ド・ラ・ロッタ、あの栗色の髪のとぼけた表情の娘…あのぼんやりした感じの瞳に潜む奥底知れぬ光をワルドは不意に思い出した。


(羊の群れを襲おうという計画だが、どうにも虎口に飛び込んでいるような…。)

ワルド自身の裏切りすらも見抜いていた娘である。
この襲撃もばれていない保証が全く無い。


「ふむ…僕はここで貴官らの帰還を待っていることにしよう。」

「ほう、行かんのか?
 ここには卿が執心している娘が居るのだろう?」

メンヌヴィルの光を失い白く濁った瞳が、ワルドに向けられた。


「執心とは…僕が彼女に恋でもしているかのような言い草だな?
 それに、僕ははじめから襲撃部隊ではない、変な言いがかりはよしたまえ。」

「強く求めている事には変わらんだろうさ…まあ、幾ら知略に長けていようが、寝起きでは何もできんよ。
 卿の前に引き摺り出してきてやるから、泣き喚く娘を辱めるなり殺すなり、好きにするが良い…多少焦げているかもしれんがな。」

ワルドは今回の作戦において飽く迄も道案内、襲撃部隊には加わらぬようにとの上層部からの命令が来ている。


「そううまくいくものなら、僕はここまで落ちぶれてはいないさ。」

「俺たちはこれで食っているんだ。
 多少腕が立つだけのお坊ちゃんとは違うんだよ。」

傭兵のメンヌヴィルに侮辱されても最早返す言葉が無い…ワルドには既にレコン・キスタ内での居場所が無くなりつつあった。


「僕は本気で警告しているんだが…まあいいさ、好きにしたまえ。」

ワルドはあっさりと説得するのを諦めた。


「のんびりと君達の帰りを待つことにするさ。」

「ああ、のんびり待っていろ、俺は愉しんでくる。
 …行くぞ。」

メンヌヴィルがそう言うと、他の傭兵たちもその後に続いていった。


「…良いの?」

夜の闇から浮き上がるようにフーケが現れ、ワルドに問うた。


「ああ、幾らなんでも哨戒網が甘過ぎる…避けながら来たとは言え、このような僥倖はそうそうあるものではないからな。」

「ばれているというわけ…あの小娘の仕業かしらね?」

フーケは眉をしかめる。


「あやつの仕業なのか、女王からの差し金なのかはわからぬ…わからぬが、僕が出て行ってからこの国はすっかり変わってしまった。
 裏切った理由は一つではない…だから、後悔などしてはいないが…。」

「ま…気持ちはわからなくも無いわ。」

複雑な表情になるワルドの肩を、フーケはポンポンと叩いたのだった。


「しかし、油断し過ぎよね、アレで一流の傭兵?」

「一流だからこそ、メンツが許さんのだろう。
 守っているのがメイジとはいえ女子供、兵士は全員平民。
 侮るのも無理はない…僕も君もそうやって侮って見事にはめられた口だ。
 聞く気が無いならしょうがないさ、僕は彼らが間抜けに踊るのをせいぜい眺める事にするよ。」

ワルドはそう言うと、肩をすくめた。


「眺めているだけで、貴方が何もしないだなんて信じられないわね、何を考えているの?」

ワルドがおとなし過ぎるのが気になったフーケは、訝しげな視線を送る。


「眺めているとは言ったが、何もしないとは言っていないさ。
 ダンスが終われば気が抜ける…違うかね?」

「根は正々堂々としている癖に、思いつく手段がどれもこれも狡っからい所に得難い才能を感じますわ。」

フーケは情け容赦無かった。


「ぐっ…。」

「でもそうね、気が抜けた一瞬を狙えばいけるかもね…どうしたの?」

フーケの一言で激しく落ち込んだらしく、ワルドはくず折れていた。


(ああもう、こういう所が可愛いのよね、この人。)

何か、ちょっぴりラブラブな二人だった。




傭兵たちが木っ端のように宙を舞う。


「なんじゃこりゃああああああぁぁぁっ!?」

「俺は女子寮に忍び込み無抵抗な女の子捕まえてついでに数人摘み食いしようかと思っていたら罠のど真ん中にいた。
 何を言っているのかわからねえと思うが…。」

ドアを開けて部屋の中に入ったまでは良かったのだが、いきなり床が跳ね上がって天井に激突し、落ちたところで高速で突き進んでくる壁に押されて窓から放り出されたのだった。


「うふふふふふふふふふ…。」

落ちた場所は細い坂道…。


「い、一体何が起きやがった…って、ええええええええええ!?」

彼の目に映ったのは鉄球…ごっついトゲトゲ付きの鉄球だった。


「ぎゃああああああああああぁぁぁぁっ!?」

押し潰される瞬間、彼らは意識を手放した。


「うふふふふふふふふ…。」

潰され、斬られ、押し潰され、跳ね飛ばされ、落ち、痺れ、毒に侵され、溺れ、挟まれ、殴られ、窒息し、押され、跳ね上げられ、叩き落され、吸い込まれ…。


「うふふふふふふふふ…。」

「お見事といいますか、なんともはや。」

そして悲鳴が、途絶えた。


「うわぁ…流石エトワール様…。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

キュルケの顔は少し青褪め、隣のタバサは無言だが、額に一筋の汗が。


「…生きているのですよね?」

ケティは恐る恐るエトワールに尋ねる。
女子寮で大量虐殺なんかやった日には、幽霊を怖がって寮に住むのを拒否する生徒が出かねない。


「うふふふふ…大丈夫よぉ、9割9分9厘殺しだから、生きているわぁ。」

「それは、ほぼ死んでいるのでは…。」

そうぼやいたケティの元に、数個の火球が飛んできた。



《ケティ視点》

「ファイヤーボム!」

いきなり飛んできた複数個の火球から逃れる為に、至近距離でファイヤーボムを炸裂させ、爆風で軌道を逸らして回避…!?


『きゃああああああぁぁぁぁっ!?』

飛んできた炎の弾が、誘爆したのでした。


「ちょっと、びっくりしたじゃない!?」

キュルケがぼやいているのです。
しまった、ただのファイヤーボールではなく、私と同じファイヤーボムでしたか!?
うわ、煤塗れなのですよ。


「至近距離で食らわずに済んだ事でチャラにしてください…。」

「ん、今の判断は正しい。」

エトワール姉さまがやられたら、罠は全て不活性化してしまう…魔法を使ったトラップの欠点は、術者がそこそこ近くに居なければいけない事なのですよね。
トラップを無効化しようと思うのならば、何処かに隠れている術者を殺す必要がある…だから、歴戦の傭兵ならそこを狙ってくると踏んで待っていたのですが…一撃目を不意打ちされようとは。


「ふはははははは!
 誉めてやろう小娘ども、俺達を半数以下に減らすとは、でかした!」

変態の上にバトルフリークなのですよね、メンヌヴィルって。


「あー…超ダリぃのですよ。」

「やる気ないわねぇ…。」

キュルケは呆れた視線を送りますが、私は基本的に『俺より弱い奴に会いに行く』っていうタイプなのです。
弱ければそのまま踏み潰し、強大な敵なら政治的物理的ありとあらゆる手段を駆使して弱くしてから踏み潰す…敵が強いのは失敗なので《あちゃあ》と思う事はあっても、《わくわく》などしないのです。


「相手は変態、しかも強い、その上数減らしたのにやる気上がっている。
 面倒臭い事この上ないのです…死ねばいいのに。」

「身も蓋も無さ過ぎる。」

タバサにまでツッ込まれた!?


「そんなわけでそこな変態集団!
 面倒臭いから、その場で今すぐ自分の首を掻き切って死になさい、可及的速やかに。」

『出来るか!?』

事を穏便に済ませたい私からの提案は、人相が悪い変態の集団に全力で拒否されたのでした。
ちぇー、面倒臭いのです。


「はぁ…新式銃の弾丸一発いくらすると思っているのですか。
 やっちゃってください。」

私が指をパチンと鳴らすと、銃声が轟き傭兵が数人胸を押さえて倒れたのでした。
あれ?でも銃声の数が少ないような?


「何かを勘違いしているようですが、準備は万端なのですよ。
 私達は狩る側、貴方達は狩られる側、間違えないで頂けますか?」

「いいや、勘違いしているのは小娘、お前だ。
 もう、銃声は響かん。」

え…?


「…全員、片付けました。」

「ご苦労だったな、お前は先に帰っていろ…狙撃手を潜めておいたようだがな、生憎俺にはまる見えなんだよ。」

風メイジによる暗殺…ぐ、まさか、全員マークされていた!?


「俺の事を随分調べていたようだがな、あの程度の小細工で俺は誤魔化せんよ。」

「ぬぅ…。」

さて、かなり減らしたとはいえ大ピンチなわけですが、どうしましょう?
取り敢えず…。


「エトワール姉さま、トラップは解除してかまわないので逃げてください。」

「え?でも…。」

エトワール姉さまは心配そうに私を見つめますが、こと接近戦では姉さまは殆ど無力なのです。


「良いから早く井戸に飛び込んで下さい。」

「わ、わかったわぁ。」

素直で大変結構…ちなみに、井戸の奥に脱出路があるのです。


「…さて、キュルケ、タバサ、取り敢えず何とかしましょうか?」

「ええ、勿論。」

「ん。」

残った敵は4人で、どれも歴戦の傭兵。
味方は私とキュルケとタバサで3人…これじゃあ原作よりも不利なのですよ。


「白炎のメンヌヴィル、ここはひとつ一騎討ちと行きませんか?」

「断る。
 お前は何を考えているのか、さっぱりわからん。」

変態に何考えているかわからんとか言われてしまったのですよ。
いやまあ、ここで炎のリングを作って例の作戦を使おうと思っていたのですが、駄目なら仕方がありません。
ああ、机上の空論ここに失敗す。


「仕方が無い…タバサ、キュルケ、残り三人やれますか?」

コッパゲ先生がまだ出てこないので、それまで時間を稼ぐしかありません。
ひょっとしたら、ずーっと出て来ないかもしれませんが…。


「ん、二人一気にいける。」

タバサはこくりと頷いたのでした…二人一気にとか、流石は北花壇騎士。


「あら、じゃあ私は余りものでいいわ。
 レディは謙虚じゃなきゃね。」

この中で一番実戦経験が少ないのはキュルケですしね、余り負担はかけたくありません…とは言え、どのみち命の取り合いなわけですが。


「それじゃあキュルケ行きますよ…いち、にの、さん!」

一斉に呪文を唱えて一気に放つ!



『ファイヤーボム!』

先ほどの意趣返しなのですよ!


「猪口才な!ウインドカッター!」

「待て、早まるんじゃない!?」

炸裂系火魔法であるファイヤーボム2つが一気に爆発、爆風でメンヌヴィルと部下を引き離す事に成功したのでした。


「ウインディ・アイシクル!」

「ちぃ!」

駄目押しでタバサがウインディ・アイシクルを撃ち込んで、私達はメンヌヴィルと部下との間に間に割って入ったのでした。


「一騎討ちしたくないというのであれば、せざるを得なくするまでなのです。」

「は!先程まであれほど戦うのを嫌がっておきながら、随分やる気じゃねえか!」」

今度は大火傷か、はたまた死ぬのか…いずれにせよ、こんな事を続けていたらお嫁にいけなくなるのです…。


「ええ、自分の命が危ないのですから、嫌でもやる気になるのですよ。
 後は…そうですね、燃やして破壊するくらいしか芸が無い人のヘナチョコ炎とやらを、一度拝んでみたくなりまして。」

「よく言った小娘、貴様は黒焦げにする訳にはいかんが、手や足を消し炭に変えるくらいならかまわんだろう。」

そういったメンヌヴィルがファイヤーボールを生成し始めたのでした。


「俺が白炎と呼ばれる所以、見るが良い!」

メンヌヴィルの掌の中には、白い光を放つファイヤーボール…。


「火は温度が変わる度に色が変わるのはご存知の通り…赤、青、白…その上があるのをご存知ですか?」

ならば私もファイヤーボールで対抗するまでなのですよ。


「…何だと?」

「炎を白くした程度で誇るとは笑止千万なのです。
 輝ける炎を、その見えぬ瞳にしっかりと焼き付けなさい。」
 
ファイヤーボールに高速回転を加え、エネルギーを集中!


「くっ、ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

メンヌヴィルの白い火球に私の輝く火球が激突し、打ち砕いたのです。


「うおおおぉっ!?」

メンヌヴィルは自分に向かって飛んできた火球を咄嗟に避けたのでした。
軌道の変わった火球は地面に当たって、瞬時にその箇所が蒸発し大爆発…いや、威力はあるのですが、本当に直進しかしない上に干渉を受けやすいので困るのですよね、このファイヤーボール。


「な、何だ今の炎は、土が蒸発し爆発するだと!?」

「白炎如きが何だという事なのですよ。
 その程度、私にとってはいつか通った道でしかありません。」

メンヌヴィルがびっくりしているうちに、ハッタリ効かしましょう。


「くっ、俺の炎がこのような小娘に遅れをとるだと!?」

そう言いながら、メンヌヴィルは炎を放ってきたのでした。
ただの炎まで白いとは贅沢なというか、この人魔力だけならスクウェアクラスなのではないでしょうか?


「炎の矢!」

私もそれを炎の矢で迎撃したのでした。
実際のところ、メンヌヴィルが魔法の撃ち合いに応じてくれてよかったのですよ。
相手はマッチョな傭兵で、こちらはここ何日かの訓練で鍛えはしたものの貴族の小娘に過ぎませんから、距離を詰められて腕力で来られたら抵抗のしようがありません。
実際、そろそろ逃げ場が無くなりつつあるのです。


「ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

うーむ…こっちのハッタリも、何とかしないとコントロールがいまいちなのがばれてしまいかねないのです。


「ええい、貫きなさいファイヤードリル!」

ファイヤーランスの改良型で、さらに貫通力を強化した魔法を放ってみたのでした。


「赤い炎が俺の白炎を砕くだとぉ!?」

「私のドリルは天を突くドリルなのです!」

ええい、また避けた…というか、でかい図体してすばしっこいにも程があるのですよ、このおっさん!

「ファイヤーボール一気に三つ、行きなさい!」

「狙いが甘い!」

ちなみに、何で魔法を連射しているのかというと、いつの間にやら壁に追い詰められつつあるからなのですよ。


「そろそろお互い魔法は撃てん距離だな、小娘?」

「ぐ…ブレイド!」

こうなりゃやぶれかぶれ、いたちの最後っ屁、窮鼠猫を噛む、最後の反撃なのですよ!


「剣を握った事ねえな、小娘?」

メンヌヴィルの杖が一閃、私の杖を弾き飛ばしたのでした。


「戦闘技術は大した事無いくせに、俺の魔法を尽く退けやがって…全く、末恐ろしいガキだな。」

「私の魔法を全部避けるとは…。」

流石は歴戦の傭兵といったところでしょうか、万事休すなのです。


「全て威力は強いが直線的だからな、避けやすい。」

「ぬぅ…。」

ばれていましたか。


「で、私をどうするつもりです?
 犯して殺すというのであれば、おとなしく犯されて殺されますが。」

「抵抗せんのか?」

ツッ込みが甘いのです…所詮歴戦の傭兵ですか。


「杖を喪った私は、ただの小娘に過ぎません。
 抵抗は無意味なのです。」

こんな事になるなら、自爆装置でも用意しておくべきでしたか。


「若さが足りんな、最近の若いのはそんなのばっかりか?
 俺でも、もう少し生きようと足掻くぞ。」

「その将来有望な若者を殺そうという人間が、吐くべき言葉ではないのですよ。」

今は兎に角、キュルケ達がメンヌヴィルの部下を倒して、こっちに救援に来てくれる事を期待するしかありません。
駄目だったら…まあ、死んだ後の事を気にしても仕方が無いのですよ。


「しかし、悲鳴一つ上げないというのは気に食わん。」

「きゃあ!こんなんでどうでしょう?
 お望みとあらば、もっとみっともなくうろたえても見せますが。」

兎に角、時間を…。


「萎えた…物凄く萎えた…燃えろ。」

「うひゃあ!?」

メンヌヴィルからいきなり火球。


「そそそんな、不意打ちせずともいつでも殺せるでしょうに!?」

「避けたな?」

メンヌヴィルがにやりと笑ったのでした。
あー…もしかして気付かれましたか?


「立て、そして逃げろ。
 逃げ切れたら、生かしてやってもいい。」

「お断りします、先程言ったとお…ひゃあ!?」

足元に放たれた火球を思わず避けてしまったのでした。


「そらそら逃げろ、俺は約束を守る事もある男だからな!」

「それは大抵守らないという事…きゃあ!」

更に火球が私の目の前の地面に直撃し…その気は無いのに、体が勝手に逃げ始めたのです。


「こうなったら…秘儀、前屈姿勢でジグザグ逃げ!」

「ふはははは!逃げろ逃げろ!」

わざとやっているのか、威力低めの火球が私の近くに何発も着弾しているのです。


「えーん、変態~!」

「誰が変態だと!」

本当に死んでしまうー!


「女の子を笑いながら追い回す中年のおっさんのどこが変態では無いと言うのですか~!」

「そう言われると確かにそんな気もするが、改めて言われると腹が立つわ!」

後ろからとんでもない熱量…避けられない!?


「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!」

爆発に思いきり吹き飛ばされて、私の意識は暗転したのでした。




《三人称視点》

「大丈夫?」

「え…ええ、うん、だ、大丈夫よ。」

腰を抜かしたキュルケが、タバサの手を取って立ち上がる。


「わわ私、自分がこんな腰抜けだとは思わなかったわ。
 今まで散々勇ましい事言ってきたのに、自分の火で燃やした男がのた打ち回るのを見て腰を抜かしちゃうだなんて。」

「おかしくない、初めは皆そんなもの。」

キュルケの前には黒焦げの死体。
戦いの末に、とびきりの火球が命中して燃え上がり、傭兵が絶叫しながら果てたのだった。


「私も、最初はそんなもの。」

「タバサ…私よりも前に、貴方はこんな体験をしていたのね。」

キュルケはタバサを労わるように、そっと抱き締めた。


「苦しい…。」

「あら、ごめんなさい。」

そっと抱き締めたのだが、タバサの頭はキュルケの胸に埋まり呼吸困難になってしまっていた。


「それほど気にする必要は無い…いずれ慣れるから。」

「あまり慣れたくは無いけれども、仕方が無いのかもしれないわね。」

キュルケは体を小刻みに震わせながらも苦笑を浮かべた。


「そう言えば、貴方の相手は?」

「杖で殴り倒した。」

メイジの戦い方じゃなかった。


「…えーと、魔法は?」

「使った。」

魔法は使ったが、最終的には杖で殴り倒したらしい。


「ねえタバサ…?」

「ん?」

タバサは自分の手を握って不安そうに見つめてくる親友を見つめ返した。


「魔法で戦いましょ…ね?」

「?」

ルイズは虚無に目覚めたのに何故か打撃系に走っている今、タバサを呼び戻さないとえらいことになる予感がするキュルケだった。


「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!」

その時、遠くからケティの悲鳴が聞こえた。


「っ!?こんな事している場合じゃなかったわ、行くわよタバサ!」

「ん!」

二人は悲鳴の聞こえた方向へ、急いで向かうのだった。




「ケティ!?」

「!?」

二人が見たのは地面に力なく横たわり、全身煤に塗れたケティの姿。


「貴方、よくもケティを!」

「そういえばいたな…おい、俺の部下はどうした?」

キュルケはメンヌヴィルを睨み付けるが、彼は意に介さぬようにキュルケに尋ねてきた。


「倒したわ。」

「そうか…では、もう少し楽しめそうだな?」

そう言った途端にメンヌヴィルは白い火球を生成し、二人に向けて放った。


「白い炎ですって!?」

キュルケはケティに実演しながら教えてもらった、炎と色の相関関係を思い出していた。
間違いなく相手の炎の方が、威力は高い。


「…はぁ、これが力任せに魔法を使っていたツケってわけ?」

キュルケは己の魔力を効率良く使うために、時々ケティに技術を教えてもらっていた。
何せ、もう既に全部知っている授業しか出来ない教師たちと違って、実践的かつ理論的だったからだ。
そのケティが敵わない…と言う事は、自動的に自分一人では無理だということだった。


「タバサ、何とかなりそう?」

「何とかするしかない。」

タバサとしては、こんな所で倒れるわけには行かなかったし、ここで親友であり強力な情報網を持っていると思しきケティを喪うわけにも行かなかった。
まさしく何とかするしかないのだ。


「そうよね、弱気になっている場合じゃあないわよね。」

「ん!」

二人は杖を構えなおすと呪文の詠唱を始める。


「良いだろう、お前たちは燃やすなとは言われておらん。
 松明のように燃え上がりのた打ち回るが良い!」

メンヌヴィルの前に、白い巨大な火球が形成される。


「はははははははははは!燃えろ!」

その笑声と共に、巨大な火球が二人に向かって飛んでいったのだった。



[7277] 第三十四話 ハードラックとダンスっちまった…なのです。
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2010/05/08 06:59
ごーんごーんと、トリスタニアに弔鐘が鳴る。
立派な王様が亡くなったから、それを悼む鐘が鳴る。


「…財政を立て直された王の功績は素晴らしいものであり…。」

マザリーニ枢機卿の弔辞が大聖堂内に朗々と流れる。
遠見の魔法を使う…泣き崩れる王妃と、その隣で懸命に涙を堪える姫様が見えた。


「あの歳で人前で涙を堪えるとか、やっぱり名君の資質はあるんだよねぇ…。」

「そういうのを冷静に判断できるケティの方が、僕は凄いと思うよ。
 まあ、ケティがそういう娘だからこそ、連れてきたのだけれどもね。」

ボクは大人の記憶がある分のチートでしかありませんよ、お父様。


「はいはい、親馬鹿はそのくらいにして…あちこちで貴族が泣いているけれども、お父様は付き合わなくて良いの?」

「貴族の義務だから来たけれども、特に親しかったわけじゃあないからね。
 わざとらしく泣くのは無理かなぁ…ハハッ。」

お父様は苦笑を浮かべた。


「さすがはラ・ロッタの当主、『家族と仲間と領民を愛せ、他はその残りで愛せ』の家訓に忠実だね。」

「うちの家の人間は領民含めてそんな感じだけれども、いつの間に家訓になったんだい?」

お父様は首を傾げる。


「今作ってみました。」

「あはは、それなら僕が知らなくても仕方が無いね。」

お父様はボクの頭をナデナデと撫でた。
何だかくすぐったい様な楽しいような気持ち良いような、不思議な感じ。


「そういえばケティ、ジョゼに何か小難しい事を語ったらしいけれども、何を話したんだい?」

「ジョゼ姉さまはなんて言っていたの?」

多分、物凄く大雑把にお父様に話したんじゃあないかなと思うけれども…。


「お国の一大事だって言っていたな。」

さすがジョゼ姉さまというか、一言に纏めちゃったよ。


「…で、どんな風にお国の一大事なんだい?」

「マリアンヌ様に統治者は無理だって事。
 あの人、基本的に愛の世界に生きている人だし、あの歳まで殆ど政治の実務に関わっていなかったというのもあるから。
 もっと若い頃なら兎に角、流石にあの歳じゃあ難しいと思うな。
 おまけに政務を代行せざるを得ない右腕が外国人じゃあ、何やっても貴族は警戒してついて来ない…陛下が存命の頃なら兎に角、いくら能力はあっても今後は難しいと思うよ、色々と。」

まあもっとも、今までの陛下もアルビオン人ではあったのだけれども、国王と宰相(みたいな仕事をしているロマリアから派遣された枢機卿)じゃあ大違いだし…国に骨を埋める的な意味で。


「後、とりあえず言えるのは、国王陛下の葬儀で話すような話題ではないかもってことかな?」

「ああ、確かにそうだね。」

お父様が苦笑を浮かべる。
周りの貴族が興味心身に聞いているし、失敗したかな…と。


「ええと、ぼくこどもだからわかんない。」

うわ、周囲からの白けた視線が…某名探偵バーローみたいにはなかなか行かないね。


「君、その誤魔化しかたは、今更過ぎて無理があるのじゃあないかね?」

その中の一人、上品そうな青年が僕を見ながら肩をすくめた。


「えへへへへへ。」

「笑っても同じだよ。」

アホの子笑いで誤魔化してみたけれども、溜息を吐かれた…やはり無理っぽい。


「僕の名はアレクシス・ド・パーガンディ、小役人をやっているしがない伯爵さ。
 君の話はなかなか興味深かったのだけれども、良ければ葬儀の後で詳しく聞かせて貰えないかね?」

「こんな子供の話を、ですか?」

ボクの問い返しにパーガンディ伯爵はにっこり笑って頷いた。


「甘いものは好きかね?」

「あ、はい、嫌いじゃあありません。」



そして私は、土と何かの焦げる匂いで目が覚めたのでした…。





「う…ぐ…。」

全身が鈍痛に包まれている感じ…全身打撲ですかそうですか。
これは明日には身動き出来なくなっている感じなのですよ。


「嫁入り前の乙女に何という仕打ち…状況は。」

目を開けると、タバサとキュルケがメンヌヴィルと戦っているのが見えます。
タバサが氷や水の盾で防ぎつつ、キュルケが攻撃している感じですが、メンヌヴィルの手数の多さに圧され気味の模様なのです。


「なんとかあの場所まで逃げられれば、万全と言わずとも対策を打てる筈。」

ポケットを探ると…よし、割れずに残っていましたか水の秘薬。
モンモランシー印のそれを、ぐいっと一気飲みしました。


「ぶーっ!?」

頭に血が上ったような感覚と共に、一気に吹き出る鼻血…効き目が強すぎるような!?


「か、回復するつもりが余計消耗したような…何だか踏んだり蹴ったりなのですよ。」

いざ起き上がろうと試してみれば、あっさり起き上がる事が出来たのでした…鼻血が止まらないのが難ですが。
くっ…しかしこのままでは鼻血が気になってしょうがないのですね…。


「どうせぼろぼろですし…えいっ!」

ブラウスを破いて、切れ端を両方の鼻の穴に詰めたのでした。


「うう…乙女として色々と終わっているのです。」

涙が出そうですが、泣いている暇は無いのですよ。
取り敢えず、例の場所までメンヌヴィルを誘導しないと…。


「てぇい、これでも食らいなさい!」

いつものモーゼルの代わりに太腿のホルダーに括り付けておいた投げナイフを投げたのでした…ナイフを太腿に括り付けておくと、走っている時に抜けないという情けない事実に先程気づいたところだったりします。
ちなみにこれ、一回だけ目標に命中する魔法の投げナイフ、発動ワードは…。


「ハラモトコ!」

付与魔法が発動すると同時に、ナイフは加速して背中を向けているメンヌヴィルの杖を持った腕に突き刺さったのでした。
ちなみに目標に命中するだけで、何処に命中するのかはさっぱりなのが難だったりします。
頭にでもグッサリいってくれれば、ここであっけなく終わってベストだったのですが…まあ、良い所に刺さってくれて取り敢えずラッキー。


「ぐぉっ!何だと!?」

「よりにもよって私に背を向けるたぁ、良い度胸なのですよ!」

魔法の投げナイフはもう一つだけ…こんな事なら、ケチらずに後数本買っておけばよかったのです。


「ぐっ…姑息な真似を!」

「おほほほほ!負け犬の遠吠えが耳に心地よいのです!
 姑息と卑怯は私の専売特許、戦いなんてのは勝ったモンの勝ちなのですよ!」

全身痛いわ服はボロボロだわ鼻血は止まらないわで、虚勢でも張らないとやってられないのです。


「相変わらず、酷い。」

「ラ・ロッタは敵に回すなと、子孫に代々伝えるわ。」

うぅ…タバサとキュルケが呆れた視線をこちらに送っているのです。


「せっかく助けたのにその言い草は無いでしょう、泣きますよ!」

『はいはい。』

うわ、二人とも冷たい!?


「兎に角、とどめを刺しましょう!」

「ぶるわああああぁぁぁぁぁぁっ!」

素早く杖を持ちかえたメンヌヴィルが、大量の火球を撃ち出してきたのでした。


「あちゃ、あちゃちゃ!?」

「ああもう、絶倫過ぎる殿方は却って嫌われるわよ!」

一発一発は大した事ありませんが、これはまずい!?


「タバサ、キュルケ、散って逃げますよ!」

そうすれば、メンヌヴィルは私を追って来る筈。


「例の場所で落合いましょう!」

「ん。」

「わかったわ、死なないでね。」

さて、これで予想通りにメンヌヴィルが付いてきてくれればいいのですが…。


「って、タバサを追いかけてるー!?」

「ふはははは、燃えろぉ!」

何故かメンヌヴィルはタバサを攻撃中。


「あのロリコンめがー!」

もしくは水属性のメイジが好みとか?


「仕方ない…最後に取っておくつもりでしたが…。」

これで打ち止めなのですよ、投げナイフ。


「ナイスボート!」

「ぐお!?」

発動ワードと同時にナイフは加速して、今度はメンヌヴィルの背中に突き刺さったのでした。


「ええい、幼い女の子をいたぶる変態趣味でもあるのですか貴方は!?
 もともと極めつけの変態の癖に、色々終わっている変態の癖に、そこまで行くともう正直救いようが無い変態なのですよ!
 変態!大変態!変態大人!」

兎に角挑発しまくらないと、どうにもならないのです。


「貴様を追いかけると、何か良くない事が起きそうだったのでな。
 あと変態変態言うな、地味に傷つくわ!」

「きゃあぁぁっ!?」

でっかい火球が私の方に向かって飛んできましたが、何とか回避に成功しました。


「私の方が年上。」

隙を見てこちらにやってきたタバサが、恨めしそうな視線を送っているのです。


「私は、年上の、お姉さま、わかる?」

そして何という圧迫感…何という王家のオーラの無駄遣い。


「わ、私の方が幼いのです、タバサ姉さま。」

「ん。」

実はかなり気にしていましたか、タバサ…可愛いのに…。


「そ、そんなわけで!おとなしく追いかけてくるか逃げるか、どちらか選択なさい!
 ちなみに逃げるという選択肢が、超オススメなのです。」

後顧の憂いは残りますが、逃げてもらうのも一つの選択肢なのです。


「タバサ、逃げますよ!」

「ん。」

メンヌヴィルが選ぶ前に、私達は当初の目的地へと逃げ始めたのでした。


「ハハハ、せいぜい逃げるが良い!」

背後から数個の火球が迫ってくる気配…いやほんと、何処まで底なしなのですか、この人。


「ウインディ・アイシクル!」

タバサの氷の矢が、メンヌヴィルの火球の軌道をちょっぴり逸らし、それで直撃を防いだのでした。


「流石タバサ、上手いのです。」

「ん。」

杖さえあれば、私も何とか出来るのに…もどかしいのですよ。




《三人称視点》

一方その頃、キュルケはというと…。


「あら、ミスタ?」

「はは、挟まれてしまってね。」

罠にかかったコルベールを発見していた。


「何か君達の助けになればと思っていたんだが。」

「ブレイド。」

キュルケはブレイドで杖に刃を作り出し、罠を切り裂いた。


「そんな軍用魔法を何故使えるのかね!?」

壊れた罠から脱出したコルベールが、キュルケに少々驚いた視線を送る


「ケティ直伝ですの…彼女は調理魔法だと言っていましたわ。
 切れ味よし、刃に食材がくっつかないし、何より洗わなくて良いって。」

キュルケは何を気にするでも無い風に言ってのけた。


「成る程、切れ味のいい刃を作る魔法ならば、包丁の代わりにも出来るか。
 彼女は本当に、気持ち良くなるくらい魔法を道具として扱うね。」

「…私は正直感心しませんわ、あの子のああいう所は。」

キュルケの顔は少々渋い。


「彼女から色々と教わっているのにかね?」

コルベールはびっくりしたようにキュルケを見た。


「言い方が悪かったですわね…私が感心しないのは、彼女の魔法に対する姿勢ではなく、それを殆ど隠そうとしていない所ですわ。
 解釈によっては異端審問官を呼ばれかねませんもの、それが心配で…。」

キュルケのその言葉を聞いたコルベールは、思わず微笑んでしまった。


「君は、本当に友達思いの素晴らしいレディですね。」

「あ、あら、お上手ですわね。」

思わぬコルベールからの賛辞に、キュルケは頬を赤らめた。


「いえ、君がミス・ロッタの事をとても深く思いやっているのが良く分かりますよ。」

教え子が友人を思いやる気持ちが嬉しくて、微笑みが止まらないコルベール。


「もうっ…恥ずかしいので、そのくらいにして下さいません?」

更なる畳み掛けで、真っ赤になったキュルケが弱々しく抗議した。
元来少々露悪傾向のあるキュルケは、どストレートな賛辞というのが物凄く苦手だったりする。
気障ったらしい御世辞なら幾らでもいなせるのだが…意外と恥ずかしがり屋なところもある彼女だった。


「そんな事より、早く行かないとケティが危ないわ!」

キュルケはケティとタバサが一緒に逃げている事を知らなかった。


「ミス・ロッタが?
 彼女はいったい、何をしているのかね!?」

コルベールは驚いた顔でキュルケに聞き返す。


「私達の策が力業で打ち破られましたの。
 ケティは白炎のメンヌヴィルを引きつける為に…。」

「何だって!?
 場所は、場所は何処かね!?」

コルベールはキュルケの肩を掴み、真剣な瞳で尋ねた。


「でも、先生が行っても…無茶ですわ。」

コルベールは火メイジでありながらいつも穏やかで平和を愛する人であり、今回の出征にも参加していない。
出征への参加を断られたキュルケは、行ける身でありながらそうしない彼を公然と罵倒したこともある。


「私は教師だ!無理だろうが無茶だろうが、親御さんから預かった生徒の身を守る義務がある!
 案内したまえ!」

「は…はい。」

コルベールに気圧されて、コクコクと頷くキュルケだった。




《ケティ視点》

「ぜーはー、ぜーはー…。
 焦げる、焦げてしまう…。」

目的の場所までもう少しですが…あの変態、ポンポン火球を撃ちすぎなのですよ。
私が今までクリアしたSTGはダライアス外伝しかないのですから、もう少し控えて欲しいものなのです。


「ちょっと、危なかった。」

先程から何度も近くで爆発が起きたせいか、矢鱈と真っすぐ伸びる傾向のあるタバサの髪がボンバーな感じになっているのですよ。
多分私も似た感じになっているのでしょう。


「ふはははは!」

またもや大きな火球…底無しですか、あの変態。


「いったい何なのですか、あのワンマンアーミーな変態は。」

「底無し過ぎる…少し変。」

そりゃまあ変態ですから、変なのは当然なのですよ。


「そういう事は言っていない。」

「心を読まれた!?」

タバサ、何時の間にそんな高等技術を。


「声に出ていた。」

「おやまあ。」

流石に少し疲れたかもしれないのです。


「…まあ確かに、幾ら魔力があるとはいえ、底無し過ぎますね。
 水の秘薬か何かで魔力容量を一時的に増大させているのだとは思いますが。」

モンモランシーか姫様に聞けば何かアドバイスの一つも貰えたかもしれませんが、居ない人の事を考えてもしょうがないのですね。


「タバサ、何か思いつきませんか?」

「秘薬作りは苦手。」

タバサは実戦一辺倒の環境でしたから、しょうが無いのですね。


「それは兎に角、何とか着きましたね。」

「ケティの杖が無い。」

ふふふ、心配ご無用。


「こんな事もあろうかと、この場所に予備用の杖を隠しておいたのです。」

草むらの中を探ると木箱が一つ…かなり久しぶりですが、私のもう一つの杖の出番なのです。


「これぞ私の予備用の杖なのですよ。」

タバサはその「杖」をじーっと見ているのです。


「何か問題が?」

「派手。」

まあ確かに魔女っ子が持っていそう…と言うか、多分あっちの世界から何かの手違いで送られてきた玩具の魔法の杖ですが。
全体的にピンクですが、星とか付いていますが、しかも星が回りますが、やたらと装飾がきらきらしていますが、電池が残っていればボタンを押すと半濁音の多い呪文が流れると思いますが。
闇市で売っていたコレを買って、コレで魔法使ったら魔女っ子気分で面白そうだなーって理由だけで予備の杖にチョイスしたものですが、ええ、ええ。


「タバサ、もう一度聞きます…何か問題が?」

「…人それぞれ。」

タバサは目を逸らしながら、そう答えてくれたのでした。
放って置いて貰えると有り難いのです…正直、ちょっぴり後悔しているのですから。


「…ここが終点か?」

煙の中からゆっくりと現れたのは、白炎のメンヌヴィルこと変態なのでした。


「ええ、ここが貴方の人生の終点なのですよ。
 今日で一生分の魔法を撃ち尽くしたのでは?
 もうそろそろ良いでしょう。」

「ほざけ小娘、その星なんか付いたファンシーな杖持って何をしようというのだ?」

…うう、この杖じゃあ嫌味もいまいち決まらないのです。


「こうするのですよ…発火!」

呪文とともに錬金で作っておいた仕掛けが発動し、学院の壁が燃え始めたのでした。


「炎の壁か…考えたもんだな。」

メンヌヴィルは余裕の態度を崩しません。


「ええ、考えたでしょう?
 ついでにこんなんどうでしょう…炎の壁!」

「小娘、何をした!?」

こうかはばつぐんだ。
炎の壁で私とタバサを挟んで、そろりそろりと移動…。


「そこかぁ!」

ばれたー!?ごく僅かな温度の差を見ましたか?


「くっ、南無三。」

責めてタバサだけでも助けようと覆い被さりましたが…火球は全然違う場所に当たったのでした。


「…効いてる。」

「…そのようなのですね。」

正確に距離と熱量を測れるとは言っても、距離に関しては矢張り目の域は超えませんか。
…とは言え、近づき過ぎたり近づかれ過ぎたりすれば無理でしょうけれども。


「ではタバサ、そろーりそろーり移動しつつ、攻撃しましょう。」

「ん。」

反撃開始なのですよ。
何だか杖が柔らかくなってきているので、なるべく早く、かつゆっくり…。


「よし、一発いってみましょう。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると…。


「そこかぁ!」

こっちを向いたメンヌヴィルが、すかさず火球を放って来たのでした。


「中止!」

「ん!」

タバサが魔法を中止し、炎の壁と一緒に別方向に逃げたのでした…が。


「氷の魔法とこの戦法は、相性がものすごく悪い。」

タバサの顔に浮かぶ汗は、たぶん暑さのせいだけではない筈なのです。


「氷の魔法は温度を下げますからねぇ…。」

多分、タバサが魔法を唱えている部分の温度が一気に下がって、そこがメンヌヴィルには良く見えたのでしょう。


「風の魔法で行ってみる。」

温度に干渉しない風の魔法なら何とかなるかもしれませんね。


「はい、じゃあもういっちょ行ってみましょう。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると、風が巻き始めて…。


「あちゃ!あちゃちゃ!?」

「そこかぁ!」

火が風に巻きこまれてこちらに迫ってきたうえに、メンヌヴィルの火球が飛んで来たのでした。


「中止!」

「ん!」

メンヌヴィルの火球をかわしつつ、また移動をしますが…。


「まさかこの戦法とタバサの相性がここまで悪いとは…。」

「さすがに予想外。」

何という八方塞…そしてクニャリと熱で曲がりつつある杖…。


「ひょっとして、絶体絶命だったりしますか?」

「ひょっとしなくても、絶体絶命。」

熱い筈なのに、冷汗が止まらないのですよ。
私は兎に角、タバサが死んだらガリアの未来が…。


「やれやれ、ここらが死に時…という事でしょうか?」

私は本来の物語では、どうせモブキャラ。


「短い人生だったのです。」

モブならモブらしく、死亡フラグ立ててメインキャラ守って果てる事にしますか。


「唐突ですが、私この戦いが終わったら、故郷に戻って結婚する事にしようかなと。」

「誰と?」

はて…?故郷の男と考えたらパウルとか?無い無い…。


「冗談はこのくらいにして…タバサ、私が盾になりますから、貴方だけでも逃げ…。」

「蛇炎よ。」

蒼い炎が、蛇のようにくねりながら、メンヌヴィルに襲い掛かったのでした。


「ぐっ、この炎はまさか、隊長か!?」

纏わり付こうとする炎を火球で払い除け、メンヌヴィルは周囲を見回します。


「両目の光を奪えば、何も出来んと思ったのだがな…褒めてやろう若造。」

立っていたのはコルベール先生、しかしいつもとは纏っている雰囲気が段違いなのです。
近づけば燃えてしまいそうな殺気が、周囲を圧倒している…。


「やはり隊長か!俺は運が良い、こんな所であんたに逢えるとは。
 俺はずっとあんたに会いたかった、あんたを探していた、ずっとあんたを…燃やしたかったんだ!」

メンヌヴィルが明らかに喜んでいるのです。


「うわー、やっぱ変態…。」

ドン引きなのですよ。


「コルベール先生、何者?」

タバサが私に尋ねてきました…私は何でも知っている事前提ですか、そうですか。
確かに知っていますけれども。


「彼はトリステイン魔法研究所実験小隊の元隊長なのです。
 今はジャン・コルベールと名乗っていますが、本名はフランソワ・ミシェル・ル・テリエ。
 ガリア貴族ルーヴォワ候の弟です。」

取っ掛かりさえあれば、色々と調べることが出来ます…流石に名門ガリア貴族の出身だとは思いませんでしたが。
いったい何が原因で家から出て、汚れ仕事をすることになったのだか。


「…調べ過ぎ。」

「タバサにこの件を話しておけば、後で色々と面白いかなーと思いまして。」

そう言ったら、タバサから返って来たのは溜息でした…。


「未来は不確定だし、私は王になるつもりなんて、無い。」

《大公爵じゃ不満だ、けれど国王なんて野暮なお仕事はジョゼフにお似合い、我が名はタバサ》とか言うフレーズが不意に浮かびました。
いやまあ、あれだけ王位継承の血みどろごたごたに巻き込まれたら、嫌気もさして当然ではありますが。


「大丈夫だったケティ、タバサ!?」

キュルケが私たちの方に走ってきたのでした。


「まあ、何とか…しかし強いですね、コルベール先生。」

炎の色は青ながら、白炎を用いるメンヌヴィルに一歩も引かないというか、むしろ押しているように見えるのですが。


「コルベール先生と拮抗している今が反撃の好機、さあ、行きましょ…あら。」

杖を振った途端に、融けて弱っていた杖の前半分がボロッともげたのでした。
杖、ご臨終…つまり、私は再びただの小娘に逆戻りというわけで。


「…頑張ってください、キュルケ、タバサ。」

『ずこー』

二人がずっこけたのです。
ああもう、今日は厄日か何かですか。



《三人称視点》

「両目の光を奪えば、何も出来んと思ったのだがな…褒めてやろう若造。」

そう言った男の声を、温度をメンヌヴィルは覚えていた。


「やはり隊長、ル・テリエ隊長か!俺は運が良い、こんな所であんたに逢えるとは。
 俺はずっとあんたに会いたかった、あんたを探していた、ずっとあんたを…燃やしたかったんだ!」

どうにも隠し切れない喜悦が含まれた声とともに、メンヌヴィルは火球を撃ち放った。


「うわー、やっぱ変態…。」

ケティがシリアスブレイカーっぷりを発揮しているが、二人の男の耳には入っていない。


「私の教え子達に、よくも好き勝手やってくれたものだ。」

火球を炎の蛇が喰らう。
煤塗れでぼろぼろのケティとタバサを横目でちらりと見てから、コルベールは怒りの視線をメンヌヴィルに向ける。


「何だと、あんたが先生!?あんたが先生か、そりゃ面白い、そりゃ傑作だ!」

メンヌヴィルはいかにも可笑しいといった風情で、笑い始めた。


「一番縁遠い、一番向かない職業だろう、あんたは燃やす事しか出来ない、破壊する事しか出来ない、そんな人間の筈だ。」

「そんな事ありませんよ、コルベール先生は時々激しく脱線しますが、基本的に良い教師なのです。
 論理的に魔法を使用することにかけては、この学院で一番の教師なのですよ。
 …もっとも、論理的に魔法を使うという事に価値を見出している生徒が少ないのが、問題ではありますが。」

メンヌヴィルの言葉に、ケティが反論した。


「いいや、お前らはこいつの価値を知らん、こいつの真価をな。
 よく聞け、こいつは元魔法研究所実験小隊の隊長、フランソワ・ミシェル・ル・テリエだ。」

「私はトリステイン魔法学校の教師、ジャン・コルベールだ。」

コルベールはグッと杖を握り締める。


「いいや、さっきの炎を感じてわかったよ、あんたは何も変わっちゃいない。、あんたはル・テリエ隊長だ。
 蒼炎のル・テリエ、蛇炎のル・テリエ、灰のル・テリエ、無情にして無感動、任務を淡々とこなし、相手が女子供だろうと気にもかけない、生けるゴーレムと言われた男だ。
 お前らは、そんな男を教師と呼んでいるんだよ!」

喜悦の表情を浮かべたまま、メンヌヴィルはぶちまけた。


「ンな事、前から知っているのです。
 ついでに言えば、ガリアの名門出だという事も把握済みなのですよ。
 そんな既知の情報をいちいち偉そうに話すな、なのです、このド変態。」

「ん。」

ケティとタバサは聞き流した。


「ええっ、何ですって!?」

結果としてキュルケだけがびっくりすることになった。


「って、私だけ仲間はずれ?
 謎の情報網持ってるケティは兎に角、タバサまで。
 私たちの友情はどこに行ったのかしら!?」

二度びっくりのキュルケ。


「ついさっき、ケティから聞いたばかり。」

「それなら、仕方が無いわね。」

タバサの言葉に納得した表情で、キュルケは頷いた。


「ケティ、そういう重要な情報は、びっくりする前に教えて。」

「無茶言うなー、なのですよ。」

ケティはツッ込みながらボヤいた。


「君達はあまり驚かないのだね。」

「軍人が仕事をして何が悪いのですか?
 勤勉が罪だなどという話は、聞いた事が無いのです。
 先生がダングルテールの件で実行部隊の隊長だったから、それが何なのですか?
 悪いのは指揮系統に介入して、無茶苦茶な命令を出させた者でしょう。
 罪は既に裁かれ、先生には裁かれるべき罪などありはしません。」

ケティはそう言って、うんうんと頷いた。


「あー…私はよくわからないけれども、この子が先生に罪が無いって言うならそうなんでしょ。
 この子は肝心な所でドジだけれども、こういう時は大抵正しいもの。」

「ん。」

「肝心な所でドジ…。」

キュルケがそれに続き、タバサも同意するように頷き、ケティは肩を落とした。


「うぅ…そんなわけで、三人とも頑張ってください。」

「予備用の杖折っちゃうとか、本当にドジよね。」

それを聞いて、ケティは更に肩を落とす。


「ううぅ…役立たずで申し訳無いのです。」

「いいこいいこ。」

落ち込むケティの頭を、タバサが撫でていた。


「コルベール先生となら…。」

「君たちは逃げなさい。」

ケティが何かを言おうとしたのを遮って、コルベールはそう言った。


「で…ですが。」

「私は普段はうだつの上がらない教師だがね、時にはこうやって教師らしく生徒を守って見せなきゃいかんだろう?
 だから私にまかせたまえ、なんとかしてみせる。」
 
そう言って、コルベールは薄く笑った。


「それに、杖が無い君がここに居ても仕方が無いだろう?」

「う…わ、わかりました、では後ほど。」

ケティは一瞬の逡巡の後、コルベールの言葉に従った。


「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、君達もだ。」

「でも私たちは…。」

キュルケはまだ戦えると言おうとしたが、コルベールに手で制された。


「ミス・ロッタを守ってやってくれ、彼女は今何の力も持たない身だ。
 それに、将来私の重要な出資者になってくれるかもしれない人なんだよ。」

「わかりました。」

タバサはコクリと頷いた。


「キュルケも。」

「え!?あ、うん。」

何だかんだいって一番場慣れしているのはタバサであり、いつも保護者風な二人を先導して連れて行くことになったのだった。


「…追いかけないのかね?」

「ああ、どうもあの娘に関わると調子が狂う。
 それに追いかけさせるつもりも無いんだろう?」

口はにやけつつも、メンヌヴィルの目は笑っていない。


「後な、長年追いかけていたあんたが此処に居るんだ、仕事を放り出してでも決着をつけたいあんたがな!
 こんな好機は多分もう二度と無い…さあ、此処から先は殺し合いだ、楽しい楽しい殺し合いの時間だ、さあ一緒に楽しもうぜ、ル・テリエ隊長!」

メンヌヴィルが杖を振り上げると、無数の火球が形成された。


「生憎、私には殺し合いを楽しむ感性は無いな。」

コルベールが杖を振るうと、蒼い炎の蛇が形成された。


「それにな、もうル・テリエなどという男は居ない。
 私はジャン・コルベール…トリステイン魔法学院の教師だ!」

「名などどうでもいいさ、此処にあんたが居て俺が居る。
 それだけで十分だ、それだけで戦う理由としては十分だ。
 さあ、燃えろ隊長!」

火球が一斉にコルベールへと迫る。


「小手調べか?」

それを炎の蛇が薙ぎ払った。


「甘いな!」

メンヌヴィルの火球は炎の蛇を避けるように動く…かなりの数があるにも拘らず、彼はそれを制御して見せていた。


「火球の動きを制御しているのか…なるほど。」

コルベールが杖を振ると、炎の蛇は四方八方に枝分かれして逃げ回る火球を次々と喰っていった。


「大道芸だけは上手くなったようだな、メンヌヴィル?」

コルベールの声からは先程まで生徒達に向けていた温かみは消え去り、高山の氷河にあるという割れ目のごとく深く暗く冷たく響いていた。


「そういう大道芸なら、そら…。」

炎の蛇からかなりの数の青い火球が分かれて飛び立ち、メンヌヴィルに襲い掛かった。


「なんの!」

メンヌヴィルも素早く火球を形成してコルベールの火球を迎撃した。


「こういう大道芸で良いのだろう?」

しかし迎撃用の火球はコルベールの火球に避けられる。


「私が蛇の形に炎を維持しているのは、伊達ではないのだ。」

「ぐぁっ!?」

メンヌヴィルは何とかかわすが、それでもあちこち焦げていた。


「現役を退いて、腕が鈍っていたとでも思っていたか?
 この私が?有り得んな。」

炎の蛇がゆらゆらと威嚇するように、メンヌヴィルに向かって口を開く。


「生憎炎の記憶はあの日以来鮮明なまま…この力は私の罪の証、私が罪を忘れぬ限り、我が罪が雪がれぬ限り、力が衰えるなどあってはならぬのだ。」

凄まじい気迫が、コルベールから放たれている。


「私はあの日以来、人を殺していない。
 残念だ、非常に、残念だ、残念で堪らない。
 私は人を殺す事以外に我が炎を役立てようと志を持ち、人を育てる事、人に役立つ事をする為にこの学院の教師となったが、まさかその志の為にかつての部下と、それも光を奪って無害化したつもりだった部下と殺しあう事になろうとはな。」

「ぐ…。」

余りにも圧倒的な気迫に、メンヌヴィルは身動きをとることも叶わない。


「だからだ、逃げるのであれば許そう、追わないでいてやろう。
 人を育て役立つ志の為に躊躇無く人を殺すのでは、本末転倒だからな。」

そう言って、コルベールは気迫を緩めた。


「あんたは矢張り衰えたな…。」

「何?」

メンヌヴィルの周りに無数の火球が形成されはじめた。


「力は衰えちゃいない…だが、貴方は人を殺すモノとして衰えたんだよ。
 軍人ではなく、教師になったことでなぁっ!」

「愚かな…。」

メンヌヴィルから放たれた火球が、次々とコルベールに襲い掛かるものの、コルベールの炎の蛇はそれを喰らい巨大化していく。


「では、死ね。
 自らの白炎でな。」

炎の蛇が巨大な白炎の球を吐き出した。


「ぐあああああああぁぁぁぁぁっ!?」

メンヌヴィルは炎の壁を張って防ごうとしたものの破られ、燃え上がりながら吹き飛ばされる。


「お…俺は、あんたを殺す、あんたを殺して決着をつけると、あんたに光を奪われて以来ずっと思いながら生きてきたんだ。
 死んで、死んでたまるか、死ぬのはあんただ。」

全身焼け焦げよろめきながらも杖を手放さず、呪文を唱えて火球を形成しようとするメンヌヴィル。


「もう良いんだ、もうやめろ。」

コルベールの炎の蛇が消えた。


「殺す、殺す、殺す。」

「仕方が無い、せめて即死させてやろう。」

コルベールは自らの奥義、《爆炎》の呪文を唱え始めた。
この魔法は性質上、自分の周りに炎を形成できない。
だから、コルベールは炎の蛇を消したのだった。


「では、安らかにし…なにっ!?」

突然、どこからとも無く突風が吹き荒れ、錬金で気化した燃料を吹き飛ばした。


「死ね!」

「ぐはぁっ!?」

炎の蛇を消していたコルベールは、まともにメンヌヴィルの火球を喰らい、吹き飛ばされた。


「い…今の風は、一体…?」

「あいつめ、見ていたか…余計な真似をしやがって。
 まあいい、これもまた勝負だ。
 そんなわけで隊長、あんたはここまでだ、これが決着だ、死ね。」

メンヌヴィルは巨大な火球を形成し始めた。


「骨まで燃え尽きろ。」

「ここまで…か。」

炎の蛇は攻防共に便利なものの、詠唱に時間がかかるのが難だった。
つまり、もう間に合わないのだ。


「これでけっちゃ…。」

メンヌヴィルが火球を放とうとした寸前、《タァン!》という乾いた音が響き渡った。


「…く?」

メンヌヴィルの胸から血液が噴出し、そのまま倒れた。


「これでもう一人…。」

茂みの中から、ずぶ濡れになったアニエスが現れた。


「水に濡れた羽根布団を二枚、その上茂みの中。
 ここまでやって、ようやく上手く隠れおおせることが出来たか。」

そう言いながら、アニエスは身動き一つしないメンヌヴィルのもとへと歩いていく。


「即死か、我ながら上手くやれた。」

メンヌヴィルの死亡を確認すると、アニエスはコルベールの方に向き直った。
そして、銃を向ける。


「貴殿がダングルテール虐殺の実行責任者、魔法研究所実験小隊の小隊長フランソワ・ミシェル・ル・テリエだったとはな。」

「ああ、君は…。」

コルベールは納得したように頷いた。


「その通り、私はダングルテールの生き残りだ。
 名前はアニエス・ド・ミラン、陛下のシュヴァリエである。」

「そうか、私はそろそろ終わりのようだ…その前に復讐を果たしたまえ。」

コルベールはそう言ったが、アニエスは首を横に振った。


「私が陛下から承った命令に、トリステイン魔法学院の教師を殺せなどというものは入っていない。
 私は軍人だ、しかも陛下のシュヴァリエだ、私情のみで人殺しはしない…貴方と同じだ。」

「しかし、私は君の…何をするのかね?」

アニエスはコルベールを抱き起こすと、首の辺りを確認する。


「矢張りな、貴方は私のかたきで同時に恩人だ。」

「何の事かな?」

コルベールは視線を逸らす。


「あの日の記憶にな、首に貴方と同じ火傷を負った男に背負われた記憶がある。」

「私の記憶には無いな。」

アニエスの言葉に首を振るコルベール。


「それとな、私は14歳まで孤児院暮らしだったのだが、その孤児院には私宛で毎年多額の寄付が送られていたそうだ。」

「そうか。」

コルベールはそう一言呟いただけだった。


「そのせいで私はどこかの貴族のご落胤と勘違いされていてな。
 おかげで平民の子しか居なかった孤児院に居づらくなって、私は飛び出し、傭兵になった。
 貴殿であろう、空気読めない寄付を行っていたのは?」

「そ…それは、何というか、すまない。
 私は魔法とからくりいじり以外はとんとからっきしでね、そうか、それで…。」

コルベールはあっさり白状した。


「まあいい、全ては終わったのだ。
 卿は任務だから殺した、私は任務外だから殺さない、それが軍人だ。
 …今、信号弾を打ち上げる。」

そう言うと、アニエスは紫色の弾頭が付いた弾丸を銃に装填し、天に向かって撃った。
しゅるしゅると上がっていった弾丸は、破裂して紫色の煙となった。



《ケティ視点》

「信号弾紫…負傷兵回収要請の信号弾なのですね。」

ここに負傷者が居るぞと絶叫しているような信号弾なので、戦闘が完全に終了した後でないと使われない信号弾でもあります。


「モンモランシー、行きましょう。」

「やっと出番というわけね…くくく、王室に請求し放題ならじゃんじゃん使うわよ、秘薬。」

モンモランシーがばさっとマントを翻すと、その裏には無数の薬瓶が…。


「何なのですかモンモランシー、そのマントの下の無数の薬瓶は…。」

「これは当家の軍装用マントよ。
 モンモランシ家の人間たるもの、何時如何なる時でも誰の治療でも受けなければならないの。
 ただし、報酬をきちんと払ってくれる場合に限ってね…かつては戦争になると自前の騎士団率いて戦場を縦横無尽にタダで治療して回っていたのよ。
 でも今はお金無いから…みんな貧乏が悪いのよ。」

モンモランシーがたそがれているのです。
いやしかし、モンモランシ家にも気前の良い時代はあったのですねー。


「では、さっそく行きましょう。」

「ええ。」

杖も何とか見つけましたし、魔法も使えるようになりました…とは言っても私は治癒は使えないわけですが。


「キュルケたちも行きますよね?」

「今、負傷者の治療中だから、この人が終わったら行くわ。」

負傷者の手をミイラにするつもりですか、キュルケ?


「同じく。」

タバサは治癒の呪文で、負傷者を癒しています。


「では、後で会いましょう。」

「ええ、すぐ行くわ。」

「ん。」

私とモンモランシーは先生たちが居ると思しき場所まで向かおうとしたのですが…。


「よう、久しぶりだな。」

「な…あ、貴方は…。」

羽付きの気取った帽子に胡散臭い髭。


「わ、ワルド卿!?」

「構えるな、今日は戦うつもりは無い。」

そう言って、ワルドは懐に杖を仕舞ったのでした。


「何この伊達男?」

「この方は私が対応しますから、モンモランシーは先に信号段が打ち上げられた場所へ。」

ワルドから視線を外すわけには行きません。


「わ、わかったわ、気をつけてね。」

「はい、貴方こそ気をつけて。」

モンモランシーは走り去っていきました。


「…で、何のようなのですか?」

「何の用か、か…。」

ワルドはつかつかと私の方に向かって歩いてきたのでした。


「な、なぜ近づいて来るのですか…?」

よくわからない迫力に気圧されて、壁際に追い詰められてしまったのでした。


「ふむ、なぜか…か?
 すぐわかる。」

「な、何…。」

ワルドは私のあごをぐいっと掴んで…。


「むーっ!?」

そのまま私の唇を奪ったのでした。



[7277]  幕間34.1 舞台裏…って、裏とか言うな! ※ゴム存在に改定※
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/05/19 10:20
「最近、影が薄い気がする…デルフ並みに。」

ヴュセンタールに曳航される浮遊筏に敷設された格納庫内で、蒼莱の整備をしながら才人がぼそっと呟く。


「それは色々と酷ぇよ、相棒。」

操縦席に入れっぱなしになっているデルフリンガーがボヤく。


「唐突に何言ってんのよ、あんたは…。」

右手の人差指一つだけで体を支えて逆立ち腕立て伏せしながら、ルイズはツッ込んだ。


「俺はルイズが何やってんのかの方が不可解だよ。」

つーか、いったい何処に行く気なんだルイズと内心思いつつ、溜息を吐く才人だった。


「後な、スカートで逆立ち腕立て伏せはヤメレ、見えてんぞ。」

「これ、『ブルマ』だから、ケティのところの発明品だから。
 パンツじゃないから恥ずかしくないもん。」

ルイズは涼しい顔で逆立ち腕立て伏せを続ける。


「しかし提灯ブルマとはマニアックな…何で普通のブルマとかスパッツじゃないんだ?」

才人から見れば、例えパンツじゃ無くても逆立ちで全開なルイズの白い太股が眩しい事に変わりは無い。
ちなみに何で普通のブルマやスパッツじゃないかというと、伸縮性に富んだ生地が見つからなかったからというのに尽きる。
ゴムが無ければ作った提灯ブルマとて紐パン状態だったのだが、何故かハルケギニアにはゴムが存在するので、見事な提灯ブルマとなった。
ゴムの木は温暖なロマリア半島でしか栽培できない為、莫大な利益を生み出しており、ロマリアに乱立する都市国家群における戦争の原因は大抵ゴム利権に起因するものである。
『ゴム野郎』といえばロマリア人に対する蔑称でもあるくらい、ゴムはロマリアを支えている…現状どうでも良い話だが。



「ん?何か言った?」

「…いいや、何でもねえ。
 パンツじゃないなら、確かに問題無いな、うん。」

久し振りに己の欲望にちょっぴり正直になってみた才人だった。
あんな超人的な事をしつつも、ルイズはムキムキマッチョになったりはせず、相も変わらずガラス細工みたいに華奢。
多分、虚無の効果がアレでナニな感じで、ルイズの体が飛躍的に強化されているのだろうとケティが言っていたのを思い出す。
虚無万歳と内心思いつつ、才人は整備作業に戻った。


「ねえ才人、ケティ達今どうしているかしら?」

「昨日手紙が来てたじゃねえか。
 お菓子食ったり軍事教練したりしてんじゃねーの?」

口に出すと落差が凄まじいなと思いつつ、才人はワイヤーのテンションを確かめる。
ガンダールヴの能力の凄まじいところは、触った武器の扱い方全般…つまり、戦い方だけではなくメンテナンスまで教えてくれる所だったりする。
工具は今のところ、ケティの姉のエトワールに作って貰ったプラスとマイナスのドライバーにモンキーレンチ大中小のみだが…。


「楽しそうよね、お菓子パーティーとか…なのに私は軍艦でむさい男ばっかで、材料が保存食ばかりなせいでシエスタの作った料理も微妙で。
 お風呂はこの筏に取り付けてある小さいのでないと入れないし…。」

貴族ばかりのお嬢様生活から、庶民でもちょっときつい軍艦暮らしが何日も続いたせいかルイズは少し煤けていた。
毎日パンと干し肉のスープと野菜の酢漬けばかりでは、大貴族の娘であるルイズにはちときつかった。
ちなみに小さいとは言え風呂はかなりの贅沢装備なのだが、これもやはりルイズは気づいていない。


「あー…あの飯は確かに飽きてきたかもな。
 でも風呂はあのくらいの方が落ち着くぞ、俺は。」

ちなみに才人も、そのあたりの事情には気づいていない。
普段は少し鈍いというのもあるが、何だかんだ言って才人も世界屈指の先進国で生まれ育った身、つまり現代の貴族なのだ。


「えー…?
 お風呂場って言うのはもっとこう、泳げるくらい広くないと…。」

「どんだけ金持ちだよ…って、ツッ込むだけ無駄だったか。」

才人が思い出したのは、屋敷に移動するだけで半日以上かかる領地に、学院なんか目じゃない規模のバカでかい屋敷。
アレだけでかい屋敷なら、間違い無く風呂もでかいだろうなと才人は考えた。


「何遠い目してんのよ?」

「いや、格差社会の不条理って奴をな、ちょっと考えていたんだ。」

あれほど大きな屋敷は、日本にいた時も見たことが無い。
すげえ所のお嬢様なんだよなー…とか、才人は考えていた。


「お前って口より先に手と足が出る凶暴な生き物なのに、あんなでかい屋敷のお嬢様なんだもんなー。」

そんでもって、思わずポロッと暴言が…。


「誰が口より先に手と足が出る凶暴な生き物よっ!?」

「もけけぴろぴろっ!?」

ルイズの肘打ちが才人を吹き飛ばした。


「け、結局、手…出てるじゃねえか…。」

「これは肘よ、手じゃないわ。」

おおルイズよ、それは詭弁だとか思いつつ、才人は意識を手放した。




「ひぇくち!」

マリコルヌ・ド・グランドプレは何も見えない闇を見つめながら、くしゃみをした。

「うー…寒い。」

純情可憐な(ように見える)姫様の姿に感動し(コロッとだまされ)て勇んで志願したのは良いものの、いざ軍に来てやった事といえば甲板掃除とか甲板掃除とか甲板掃除だった。
甲板掃除意外だと、今みたいに見張りだけ。


「我慢我慢、戦争行って帰れば女の子にモテる戦争行って帰れば女の子にモテる戦争行って帰れば女の子にモテる…よっしゃ漲って来たぁ!」

「喧しい!」

マリコルヌは隣にいた先任下士官に思い切り拳骨を喰らった。


「な、何するんですか!」

「貴様!大声を上げて、もし敵に見つかったらどうする!?」

先任下士官はカンカンだった。


「ひぃ、すいません!」

怒らすと余計殴られるのは目に見えていたので、マリコルヌは思い切り謝った。


「でも先任、何故自分の傍に?」

「いやだって貴様、さっきから定期的に奇声上げておるだろうが…。」

先任下士官はマリコルヌを半眼で見る。


「す、すいません、でも何か楽しい事を考えないと不安で。」

「楽しくなると奇声を上げるのか、貴様は…。」

先任下士官は、呆れたように首を振った。


「てっきり不安になって奇声を上げているのかと思っていたぞ。」

「あ、心配してくださったんですか?」

マリコルヌは思わず笑顔になって先任下士官を見た。


「ふん…それが俺の仕事だからな。
 じゃあ俺はもう行くから、見張りをしっかりと続けろ。
 それと、以降見張り時には楽しくなるな、これは命令だ。」

「え?あ、はい、わかりました。」

マリコルヌは楽しくならないようにするってどうやるんだとか思いつつ、敬礼した。


「それにしても、何も見えないわ、寒いわ…きっついなぁ。」

あまりにつまらないので、学院の女子の裸とかを妄想してみるマリコルヌ。


「裸…裸…うーん、そういえばこの遠征にはルイズも来ていたんだっけか?」

ルイズを脳内で裸にしてみようとしたマリコルヌだったが…。


「よく考えたら女の子の裸を見たことが無い。」

それはルイズの顔が付いた男だった…男の体というか、よく一緒に風呂に入りに行くギーシュのだった、小さかった。


「うほっ!…じゃなくて、女の子の裸だろ、うーん、裸婦画とかを参考にイメージ、イメージ…。」

めっちゃグラマラスなルイズになった。
どう考えても色々とおかしかった。


「これはルイズじゃ無いだろ、常識的に考えて…。」

闇の中に、マリコルヌの独り言が消えていったのだった。





「くっちゅん!?」

「お、どうしたルイズ、風邪か?」

くしゃみをしたルイズに、才人が心配そうに声をかける。
ここは格納庫の一部を作って作られた部屋、その中でルイズと才人とシエスタの三人が食事を取っている。
最初はルイズのテーブルは才人とシエスタの使うテーブルとは別だったのだが、才人とシエスタが談笑しつつルイズがハブられるという酷い構図が出来上がった為、全員一緒に同じテーブルで食べる事になったのだった。


「それはいけませんわ、滋養の付きそうなものを食べなくては。」

「へ?そんなんあるの?」

ずーっと同じメニューだったので、それ以外無いと思っていた才人だった。


「ええ、才人さん達に食べさせてあげてくれって、ミス・ロッタが私に。」

できれば、才人さんにミス・ロッタの料理は食べさせたくなかったんですけれどもねーとか黒い事を呟きながら、シエスタは立ち上がった。


「これ、瓶詰めっていって、食べ物を長期保存できるらしいんですよ。」

シエスタはいくつかの大きな陶器製の瓶を取り出した。
瓶の口の部分は、蝋で厳重に封印されている。


「これが煮込みハンバーグで、こっちがゆで卵の牛骨スープ漬け…。」

「煮込みハンバーグ!」

才人はハンバーガーが好物であり、勿論ハンバーグも好物だった。


「あー言っていました、これにサイトさんは食いつくだろうって。」

シエスタはあははと笑い始める。


「完全に行動パターンを読まれているわね、サイト。」

ルイズもニヤニヤしている。


「じゃあシエスタ、私はその煮込みハンバーグを戴くわ。」

「お前は鬼か!?」

才人はこの世の終わりみたいな表情になって、ルイズにツッ込んだ。

「大丈夫、煮込みハンバーグとやらはたぶん、三人分入っている筈よ。
 だからこそ瓶は大きい…そうでしょシエスタ?」

ルイズはニヤニヤしたままシエスタにそう言って、ウインクした。


「はい、ミス・ロッタもそう仰っていましたわ。」

シエスタも笑いながら頷いた。


「何だ、だったらいいや。」

安心したように才人は席に座りなおした。


「あのケティがそのあたりぬかる訳が無いじゃない?」

「いや、結構うっかりしてるだろ、ケティ。」

部屋の鍵がかけられておらず、何度か裸を見てしまった才人としては、少々頷き難い。


「ケティのうっかりしている所を見られるなんて、やるわね。」

「で…サイトさん、ミス・ロッタのうっかりしていた場面って、具体的には?」

才人の顔から何となく察したのか、ルイズとシエスタの二人がにじり寄ってくる。


「さあ、教えなさい。」

「教えてください。」

「うぐ…。」

正直に答えたら、多分煮込みハンバーグは食えない。
才人の滅多に動かない灰色の脳細胞が、物凄い勢いで回転し始めた。


「あー、うー。」

何も思いつかない、空回りしただけだったかもしれない。


「なんだ、その、本人の不名誉になるから言えない…。」

何とか搾り出せた言葉は、当たり障りの無いものだった。


「却下。」

「駄目です。」

当然の如く却下される。


「あー…なんだ、その、実は…ノック忘れてドア開けたらケティが着替え中だった事が何度か。」

進退窮まって、とうとう本当の事を言ってしまった才人だった。


『ほほう。』

そして気温が一気に20度くらい低下。


「それは、あんたが悪いでしょうが!」

「不潔です!というか見るなら私のを!」

「ふんぎゃー!」

才人は宙を舞った。




「はぁ…いやほんと、どうしようかね?」

ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊ド・グラモン鉄砲中隊中隊長と、肩書きだけなら行き成りすんごい事になったギーシュは、月を見て溜息を吐いた。
ギーシュは鉄砲部隊の運用の仕方なんて知らない。


「ああ、鉄砲といえば、妙な銃にケティがすりすりしていたな。
 彼女なら、案外鉄砲部隊の運用とかも知っているかもしれない…とは言え、彼女は遠く離れた祖国の学院…聞きようが無いか。」

ギーシュはもう一度溜息を吐いた。


「ああ、しかしモンモランシーに逢いたい。
 僕の可憐なる蝶モンモランシー、君は一体今何をしているのやら?」

たぶん怪しい半笑いでぐつぐつと煮え滾る鍋をかき混ぜている。
モンモランシーの日課は基本勉学と秘薬作りとそれを売りさばく事の三つのみ、赤貧貴族なめんな。


「僕の事を想って、月を見るたび涙を流しているのだろうか?」

たぶん呪文を唱えながら、時折フヒヒとか変な笑い声を発している。
モンモランシーはウィッチクラフトに入ると、妙なテンションになるのだ。


「ああモンモランシー、僕の可憐な蝶、泣かないでおくれ、僕もつらいんだ。
 同じ月を見て僕らの気持ちは今一緒になっているのさ。」

たぶん月なんかチラ見すらせず、山から取ってきた薬草や蜥蜴などを乾燥させたものを擂鉢でごーりごーりと煎じている。
モンモランシーの夜に、感傷に浸る時間など一切無いのだ。


「ああ、君の言いたい事はわかるさモンモランシー、僕は必ず手柄を立てて帰るよ。
 そして君をまた抱擁するんだ、そして愛を囁くんだ。」

たぶん煎じた粉をぺろりと味見してウヒヒヒヒとか言っている。
薬を作っている時のモンモランシーは自重しない、自重しない女なのだ。


「ああ、モンモランシー。」

両者は思い切りすれ違いつつも、それぞれの幸福な時間に思い切り浸っている。
そして両者とも自重しない…ある意味、似たもの同士な恋人だった。


「中隊長、どうかしたんですかい?」

中隊付軍曹のニコラがやってきた。


「自分で自分を抱きしめなさって…。」

「え!?あ、ああ、いや、これは恥ずかしいものを見せたね。」

本当に恥ずかしい姿だが、プライドの高い貴族を刺激するような愚をニコラは犯さない。


「恋人がいらっしゃるので?」

今迄も上官に何人もの貴族を迎えて来たニコラにとって、さり気無い話題逸らしくらいはお茶の子さいさいだった。


「あ、うん、モンモランシーといってね、水メイジなんだ。」

ギーシュは香水の瓶を取り出して眺めた。


「これは彼女から貰った品でね、宝物だよ。」

落として才人が拾って、華麗にスルーしようとして失敗した挙句決闘になったりもしたが、あれが無ければ才人という変わった友人は得られなかったわけで、良い思い出になっている。


「恋人がいるというのは、素晴らしいですな。」

恋人を残して出征というと、死亡フラグだったり寝取られフラグだったりするが、その辺りはたぶん大丈夫なギーシュだった。


「軍曹には奥方が?」

「ええ、息子と娘もおります、宝物でさ。」

ニコラは照れたように笑って見せた。


「ところで軍曹、話は変わるが、その…うちの部隊の事なんだが。」

「パッと見た感じ酷いでしょう?
 爺さんか若過ぎるかさもなくば末生りばっかだ。」

ギーシュの問いに、ニコラは頷いて見せた。


「うちの部隊は元々、ガリア国境警備隊の予備部隊なんでさ。
 ゲルマニア方面に良いのは殆ど持って行かれちまって、うちは殆ど出涸らし…とはいえ、使う武器は旧式とはいえ鉄砲ですから、戦いようはありまさぁ。」

「へえ、鉄砲だとどう変わってくるんだい?」

ギーシュはニコラに教えを求めた。


「おや、貴族様が平民の、しかも下士官の俺の話を聞いて下さるので?」

「貴族を舐めないで欲しいな。
 戦でまともに部隊の指揮も出来ずに果てたりしたら、家名の名折れもいいところだよ。
 そんな面子丸潰れの惨めな死を迎えるくらいなら、銃歩兵の扱いに慣れた熟練下士官に教えを請う事くらい痛くも痒くもないさ。
 貴族は国家の為に、誇りの為に戦うべしと教えられてきた。
 僕は貴族らしく、名誉ある戦いがしたい…例え果てるとしても名誉ある死を。
 グラモンに生まれたものとしてね。」

ギーシュは薔薇の造花をくるくる回す。


「だから頼む、この素人丸出しの上官を教育してくれ。」

ギーシュはニコラに頭を下げて見せた。


「わかりました…そうまで言われちゃ断れねえ。
 何処まで出来るかわかりやせんが、ビシバシやらせていただきやすぜ?」

「ああ、よろしく頼むよ。」

こんな事、才人と出会う前なら言えなかっただろうなとか、そんな事を考えながらギーシュは頷いて見せたのだった。
 



「潜望鏡上げよ。」

アルビオン周囲に出来た厚い雲海、その中に潜む特務艦隊旗艦ゼノベ・グレイムの甲板で、艦隊指揮官ニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー提督が呟くように言った。


「潜望鏡上げい。」

ゼノベ・グレイム艦長パトラッシュ・ド・フェヴィスの声とともに、雲海の上に向かって潜望鏡が伸びて行く。


「対アルビオン用の秘密装備…便利ですな。
 これも例のパウル商会のものだとか聞きましたが?」

「うむ、長い筒と鏡とレンズの組み合わせで、船体を雲の上に出さずとも索敵が出来るとは考えたものよ。
 もっとも高価過ぎてこのゼノベ・グレイムにしかついておらぬがな…さて、アバディーンには何があるかな?」

ラ・ラメーは、《夜目》の呪文を自身にかけてから、潜望鏡を覗き込んだ。
船の行き来に大量の風石を必要とするこのアルビオンにおいて、物資の大規模集積施設を持つ交易港の数は限られている。
風石鉱山に近い浮遊島外縁部の大都市、つまりカーディフ、リヴァプール、サウスゴータ、アバディーン、エディンバラ、ニューカッスルの6つのみであり、しかもニューカッスルとエディンバラは内戦末期の激烈な攻防戦によって壊滅していた為、事実上目標は4つのみであった。


「ふむ…?」

今は夜中、人々もそろそろ寝静まる時刻である。
港には人影は無く、停泊している船も無人のようだった。


「素敵だな。」

「素敵ですか?」

ラ・ラメーの言葉を、フェヴィスが聞き返す。


「うむ、見事に寝静まっておるな。
 武人としてはいささか物足りぬが、軍人としては好機だ。」

「それはまたじれったい話で…ですが確かに好機ですな。」

二人は視線を合わせると、にやりと笑った。


「発光信号で《全艦浮上の後、目標への砲撃開始せよ》と伝えよ。
 トリステイン空軍の早撃ちを見せてやれ!」

「はっ、発光信号《全艦浮上の後、目標への砲撃開始せよ》送れ。」

発光信号によって艦隊は上昇を開始した。
旗艦ゼノベ・グレイム以下、帆までもが夜間迷彩の濃紺色に塗られた戦列艦たちが雲海よりその姿を現す。


「蹂躙せよ、嵐の如く!」

艦隊の砲門が一斉に火を吹き、アバディーン港に係留されていた船を、倉庫を、港の施設を破壊し燃やしていく。
猛烈な熱によって精霊のバランスを崩された風石が、暴発し、爆発し、火をさらに勢いづかせる。
大火が港を覆いつくし…数時間後、アバディーンは港としての機能を喪失したのだった。





「ハンバーグ、ハンバーグ♪」

惨めな肉塊から数分で完全復活を遂げた才人が、蝋の封が外され、湯煎されている瓶から漂う匂いをかぎながら、楽しそうに歌っている。
パッと見、少しイタい。


「そ…そんなに好きなのね、ハンバーグとかいうの。」

「サイトさんがヘヴン状態です…。」

そしてそれを『うわぁ…』といった表情で見つめるルイズとシエスタ。


「ところでサイト、何でケティが貴方の故郷の料理の事を知っているのかしら?」

「へ?あ、いや、前に話したことがあるんだよ、うん。」

才人は焦ったように目を明後日の方向に向けた。


「何でケティにばっかり何でも話すのよ…。」

ルイズがぼそっと呟くように言った。


「そうです!ミス・ヴァリエールとよりも、仲良さそうに見えます!」

「ぐはっ!?」

ルイズが胸を押さえた。


「そ、そうよ、シエスタなんか目じゃないくらい仲が良いじゃない?」

「ぐはっ!?」

今度はシエスタが胸を押さえる。


「こ…こういうやり合いはお互いの精神衛生上良くないわ。」

「そ…そうですね、これは諸刃の剣ですわ。」

女同士で何か分かり合うものがあったらしく、二人はそう言いながら目配せすると頷いた。


「そんなわけで詳しく教えなさい!」

「御二人の仲を教えてくださいっ!」

ルイズとシエスタはそう言いながら迫ってくる


「仲も何も友達だよ!親友!
 それに、ケティは俺の国の話を聞いてくるけど、お前ら聞いて来ないじゃんか?」

怯んだ表情で仰け反りつつ、ケティに言われた通りに返す才人。
流石の才人も、ケティの中に自分と同じ国で生きていた人の記憶があるとは言えない。


「じゃ、じゃあ、教えてよサイトの国の話。」

「私も聞きたいです。
 取り敢えず御両親の話とか、例えば御両親の話とか、気が向いたら御両親の話とか、今後の参考の為に是非!」

「お、おう。」

照れながら言うルイズの可愛らしさと、シエスタの勢いに押されて、才人はコクコク頷いた。


「えーと…だな。
 …ちょ、ちょっと待ってろ!」

才人は急に立ち上がると蒼莱まで走って行き、ごそごそと何かあさり始める。


「あったあった。
 うん、これがあれば完璧。」

その中から一冊の手帳を取り出すと、それを持って部屋に戻った。


「あー、うちの国はだな、人口一億二千万人…。」

手帳の中身はケティが作ったカンペだったりする。


「何その棒読み…。」

「聞きたいのはそんな事じゃないです…。」

二人に半眼で睨まれる才人。


「じゃ、じゃあ何が聞きたいんだよ?」

「才人の国の話。」

才人的には、それは一億二千万人から始まる話だった。


「漠然とし過ぎていて、それだとまた一億二千万人からになるな…。」

「ぐっ、生意気ね…。」

「じゃ、じゃあ、御両親の話を!
 これなら具体的ですよね?」

両親の話なら、確かに何とかなる…が、才人は自分の記憶の中にある両親の顔がやたらとボヤけているのに気づいた。
しかしそれは頭をぶんぶんと横に振ると元に戻った。


「ああうん、両親の話な。
 それなら…って、あり…?」

才人は自分の目に涙が溜まって来るのを感じた。
同時に望郷の念も一気に噴き出してくる。


「ど、どうしたの!?」

「どうしたんですか、サイトさん!?」

ルイズの心配する声とともに、才人の悲しみは急激に引っ込んでいき、何故か勇気のようなものが湧いてきた。


「え?あ、ああ、いや、故郷の事思い出したらちょっぴり悲しくなっただけだよ。
 じゃあ、俺の両親の事を…話す前に、煮込みハンバーグそろそろ暖まってねえか?
 飯食いながら話しようぜ。」

少し不可解なものを感じながら、才人はそう言ってニカッと笑って見せた。





「暇だわ…。」

書類を読み、その前に読み終わって決裁した書類にサインをしつつ、眠気覚ましの香草茶を飲むアンリエッタが憂鬱げに呟いた。
全然暇そうで無いのは取り敢えず置いておいて、現在は真夜中であり、学院ではケティとメンヌヴィルが追いかけっこをしている真っ最中だったりする。


「…誰もツッ込まない。」

夜中では侍女も官僚も居やしない。
警備の兵なら室外に居るが、わざわざ出ていって立ち話する女王というのもアレだった。
そして何より、戦争中で予算の大部分がそっちに割かれている事もあり、出来る仕事がちまちましたものばっかりになっている。


「ド・ポワチエ卿は上手くやっているかしら?」

ジャン・ド・ポワチエ子爵はぶっちゃけた話、軍人としてそれほど大きな功績を立てた事は無い。
遠征軍の司令官に選ばれた理由も、戦場ではあまり積極策を取らないという地味な所が、アンリエッタの目に留まったせいだった。
ド・ポワチエを呼び出した時の事をアンリエッタは思い出す。



「ジャン・ド・ポワチエ卿、私がなぜ貴殿を超旅の遠征軍の長に据えたか、わかるかしら?」

「はっ、陛下の期待に応え、良く戦う為ですね?」

全然わかっていなくて、アンリエッタの肩ががくっと落ちる。
ラ・ラメーのような有能な指揮官は、トリステイン軍にはそれほど多くない。
ド・ポワチエは中の下くらいである。


「やっぱり、わかっていらっしゃらなかったようですわね。」

アンリエッタがぶっちゃけた口調になるのは、基本的に信頼している者だけである。


「わかっていない…とは?」

「貴方を遠征軍の長に据えた理由は、功を求めず適当に戦って無難に撤退して貰う為ですの。
 こう言えば分って貰えるかしら?」

ゲルマニア軍を盾にしつつとかも付け加えようかと思ったが、ド・ポワチエの器量では御しかねると思い、それは断念した。


「ぐ、軍人である私に、功を求めるなと…?」

「私はね、貴方が今まで戦場において功を求めず、極めて消極的に戦っている事を評価していますの。」
 
ド・ポワチエは組織内での縄張り争いには滅法強いが、戦場においては自身の派閥を守る為に極めて消極的な戦いしかしない。


「ですから、今回の戦いでも無粋な真似はせず、ゲルマニアの将軍を立てて、いつも通り消極的に無難に撤退の時を待っていて下さいな。」

アンリエッタは可愛らしい笑みを浮かべるが、ド・ポワチエはその笑顔に恐怖を感じた。
アンリエッタの言っている事が、何となくわかってきたためである。


「つ、つまり、今回の戦は茶番だと?」

「そうは言っておりませんわ。
 ゲルマニアのアルブレヒト三世が頑張りたいと折角仰っているのですもの、そうするのが一番ではなくて?」

女王は白百合のような清楚な笑顔を浮かべているのに、ド・ポワチエの冷汗は止まらない。
軍内部の縄張り争いで鍛えられた彼の勘が、逆らっては駄目だと彼に囁きかける。


「かしこまりました。
 このド・ポワチエ、今度の戦いでは姫様の仰られる通りにいたします。」

「ええ、そうなさってください。
 無事に帰って来る事、それが貴殿にとって最大の手柄となりますわ。」

アンリエッタは緊張というか怯えた表情で敬礼するド・ポワチエに、微笑みながらゆっくり頷いたのだった。



そこでアンリエッタの意識は回想から戻った。


「御注進!御注進!陛下、一大事です!」

何故なら、大慌てで親衛隊長が駆け込んできたからだ。


「どうしたの?ド・ゼッサール隊長?」

「魔法学院がアルビオンのものと思しき部隊により強襲されました!」

それだけなら事情を知っているド・ゼッサールは慌てない…という事は、予測を上回る事態が発生したという事だった。


「ケティの策が破られたのね?」

「は、はい、ケティ殿の姉のジゼル殿が風竜の背に乗って…。」

ド・ゼッサールが頷き切る前に、アンリエッタは立ち上がった。


「ド・ゼッサール隊長、現在すぐに動ける親衛隊を緊急招集!
 銃士隊にも伝えなさい、すぐに出るわ、遅れたら置いて行く!」

アンリエッタにとって、ケティは自身が死んでも失う事が出来ない相手だった。
自身が死んでもルイズをケティに任せれば国を回す事は可能だろうが、ケティが死んだらその全てが瓦解する。


「いやしかし陛下が出ても…。」

「私が一緒に出ないと、がら空きになった城で私が襲われるでしょ!」

ケティの安否が不明な以上、自身の命が失われるという事はこれから行おうとしている改革が終わるという事。
改革できなければ、この国は遅かれ早かれガリアかゲルマニアに吸収されて消える。


「急ぎなさい!」

「しかし、深夜で隊員の半数以上が…。」

ルイズはまっすぐ過ぎて、周囲の者に容易に踊らされる可能性がある。
自身のやろうとしている改革において、置いて行かれた者たちから容易に不満分子が生まれるのは良く分かっている。
ルイズはそういう輩の神輿にされる可能性があり、もしそうなれば国が割れる。
彼女自身が望もうが望むまいが、虚無の力があるという事はそういう事なのだ。


「付いて来られなければ、置いて行くと言ったでしょう!
 今動ける者だけで構わない、潜入部隊なのだから相手は小勢。
 それであれば、一個中隊もあれば何とかなるでしょ!」

「は、ははっ!」

ケティならば彼女を陰謀から守る事も可能だろう。
だが、ケティが死んでしまっている場合はそれが不可能となる。
つまり、ルイズをどうにかして排斥しなければ国が危険になる。
それだけは避けたいが、そうしなくてはいけない場合は幼馴染だろうが躊躇いなく実行するつもりだった。


「ケティ、お願い生きていて…。」

非情なる政治の世界に全身を投じる覚悟を決めた彼女とて、容易に日常を、友人を、思い出を切り捨てられるわけではない。
失いたくない、我侭だと言われようが決して失いたくないのだ。


「貴女は…?」

中庭にやって来たアンリエッタは、風竜の幼生とその傍らに立つ凛々しい風貌をした背の高い娘を発見した。


「ジゼル・ド・ラ・ロッタと申します、陛下。」

「きゅい!」

ジゼルが片膝をついて一礼すると、風竜も一声鳴いた。


「この子はシルフィード、私の妹の友人の使い魔です。
 もしもの時の為に私達は待機しており、そのもしもの時が起きてしまいました。
 我が妹ケティの策は失敗、現在妹とその友人、銃士隊が対処しておりますが、何時までもつかは不明です。」

「きゅいきゅい。」

ジゼルに合わせてシルフィードも頷きながら鳴く。


「そうですか…真に大儀でありました。
 貴女には、後ほど何か褒美をとらせます。」

「いえ、しかし、私は妹の不始末を伝えに来たので…。」

恐縮するジゼルに、アンリエッタは驚いた顔をする。


「あら、ケティなら『貰えるならば幾らでも』とか言いつつ、平然と受け取るところだけれども?」

「すいません、あの子は基本的にがめつくて…。」

顔を赤らめるジゼル。
最愛の妹と言えど、流石にちょっと恥ずかしい。


「そんな事はありませぬ。
 こちらがあげると言っているのですから、受け取って頂けた方が有り難いですわ。」

「は、はあ…。」

アンリエッタが気にしていない風なのを確認して、ジゼルは気の抜けたような声を上げた。


「では私達はこれから学院に戻ります。」

そう言って、シルフィードの背に乗ろうとするジゼルに、アンリエッタが声をかけた。


「待って、私も学院に連れて行って下さらないかしら?」

「え?陛下御自ら!?」

ジゼルは驚いて顔を上げる。


「今動ける兵を連れていけば城の警備ががら空きになるので、私はついて行った方が良いのですわ。
 それに、私は私の友人を救いたいのです。」

アンリエッタはジゼルの瞳をまっすぐに見つめた。


「わかりました…シルフィード、行ける?」

「きゅい!」

シルフィードが元気に鳴く。


「ありがとうシルフィード、貴方には後で王室からお礼を贈らせていただきますわ。
 たっぷりのお肉でいいかしら?」

「きゅいいいいいいい!」

アンリエッタの言葉に、ヘヴン状態と化すシルフィード。
喋っていないだけで人語を思い切り理解しているのバレバレなのだが、シルフィードはタバサの言いつけをきちんと守っている気ではある。
まあ、使い魔の中には契約時に人の言葉が何となくわかるようになるものが多いので、一応許容範囲内ではあるが。


「では陛下、こちらへどうぞ。」

シルフィードの背に乗ったジゼルが、アンリエッタに手を差し伸べる。


「あら貴女、スカートを履いているのに、凛々しい美形の騎士に見えますわ。
 親衛隊で働く気はありません?貴女なら、侍女達から人気が出そう。」

「う…何卒そういうのはご容赦を…。」

少し頬を赤らめたアンリエッタを、ジゼルは軽く引き攣った笑みを浮かべながら引き上げた。


「では、出してください。」

「え?いやでも周囲の方々はまだ準備が…。」

ジゼルが慌てるが…。


「シルフィード、私専用に用意したとても美味しいお肉がありますの。
 貴女にどーんと進呈いたしますわ、だから向かって下さらないかしら、全速力で。」

「きゅいきゅいきゅいきゅいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」

シルフィードは全力で飛び立った。


「え、ちょ、シルフィード、待って、これまずいって!?」

「おにくうううううううぅぅぅぅぅぅぅ!」

完全にアウトな鳴き声を発しつつ、物凄い勢いで学院に向かってカッ飛んで行くシルフィード。


「ド・ゼッサール隊長、早く追いつかないと、私の命が危ないですわよー!?」

「そんな殺生な!?」

物凄い勢いで遠ざかるアンリエッタの声を聞きつつ、マンティコアに馬具を取り付けていたド・ゼッサールが悲鳴を上げる。


「皆のもの、陛下の単騎駆けである!
 早く追いつけ!追いつけねば武門の名折れぞ!」

『は、ははっ!』

皆、馬具の取り付けもそこそこに、慌てて離陸していくのだった。



「お・に・く☆お・に・く☆美味しいおにくが待っているのね~☆」

美味しいお肉と聞いて、すっかりタバサとの約束がすっ飛んでいるシルフィード。
何だかんだ言って、まだまだ子供なのだった。


「へ…陛下、この子、喋って…。」

「しーっ…。」

その背中の上でうろたえるジゼルの口を、手で塞ぐアンリエッタ。


「この子の主人はタバサという娘でしょう?
 空色の髪の…。」

「え?あ、はい、そうです。」

ジゼルはこくこくと頷いた。


「彼女については色々と聞いています…ですから、私はこの件は忘れる事に致しますわ。
 貴女もそうなさい。」

「はい、忘れる事に致します。」

自分の背中にしがみつくアンリエッタから、ケティから時々出るのと同じタイプの黒いオーラが出たのを感じ、ジゼルは素直に従う事にしたのだった。





数日後の朝八時、アルビオン艦隊を索敵に出した風竜が発見したとの報が、アルビオン遠征艦隊旗艦デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンに届けられた。


「敵が来たか、朝っぱらからご苦労な事だ。」

朝食中のド・ポワチエが、忌々しげに毒づいた。


「ゲルマニア艦隊に連絡は?」

「はっ、既に入れています。」

それを聞いて、ド・ポワチエは朝食を再開した。


「ではゲルマニア艦隊に、か弱き我々をお守り戴きたいと一報を入れよ。」

「は…はあ?」

通信参謀がそれを聞いて首を傾げる。


「私は陛下より、出来うる限り部隊を温存せよといわれている。
 そしてあの田舎者どもは、我等が陛下の激励を受けて、大いに張り切っているそうだ。
 陛下は大層麗しくらっしゃるからな、純朴な田舎者どもならばコロッと騙されたであろうよ。」

ド・ポワチエは内心《まあ、あの猫かぶりはなかなか見抜けまいよ》とか思いつつ、溜息を吐いた。
彼自身も漏れ伝わる噂くらいは聞いていたが、あそこまで本性が怖い女だとは思っていなかったのだ。
王家の血というものは、あのような美しい少女にあのような凄みを持たせられるのかと、戦慄しつつ感心した面もある。


「所詮我が軍は急増のでっち上げに過ぎぬ。
 念のため風竜隊の発艦を急がせよ。
 敵がこちらまで来るなら容赦なく迎え撃て、さもなくばゲルマニアに任せよ。」

ド・ポワチエは、ワインの杯を傾けた。
この地位に上り詰めるまで消極策に徹してきたのは、いつか大艦隊を率いて雄々しく戦う事を夢見てきた為、それまで死なないでいられるようにする為だった。
だのに女王にはいつもどおり消極策に徹しろといわれ、出征してきたヴァリエールの娘は虚無の使い手である聞き、どう使おうかと思っていたら権限的には自分より上位であると言われた。
おかげで彼女の使い魔の少年にまで、へりくだらなければいけない始末。


「呑まなきゃやっていられるか…。」

なだめすかしておべっか使って、彼女の虚無魔法による陽動作戦でロサイス上陸をより容易にする為の作戦を用意してもらったが、やはり用意してもらったもので、自分は何もしていない。
帰れば勲章の一つもくれるだろう、よくやったと褒めてもらえるだろう。
だがしかし、この上陸作戦そのものがよりにもよって、同期のラ・ラメー率いる艦隊の為の陽動に過ぎないのだ。
自分が司令官である筈なのに、空戦においてゲルマニアが仕切り、トリステイン側の最高権限を持つ者でも無く、そもそもこの作戦が陽動なので作戦という意味においても完全に脇役。
その上ロサイスに上陸するのも前線に立つのも大半はゲルマニア軍で、トリステイン軍は後方で支援するという事になっていた。
おかげでゲルマニアの司令官ハルデンベルグ侯爵にも鼻で笑われる始末…。


「考えたら泣きたくなってきたな。」

「敵艦隊の一部、こちらに突っ込んで来るとの事!」

その時、伝令が泡を食って司令室に飛び込んできた


「なんと、ずいぶんと活きが良いな。」

ド・ポワチエはワインの杯を置くと、にやりと笑った。


「消極的な戦をさせたら右に出る者が居ないとまで揶揄された私に挑んでくるか。」

立ち上がるとドアを開け、甲板に出る。


「全艦に発光信号で通達、敵艦隊と一定の距離を保ちつつ、逃げ惑って見せよ。
 横腹をわざと割って中に入れてやれ、そして信号弾赤で一斉に砲門開けと。」

実は発光信号を採用しているのは、今のところトリステイン艦隊のみだったりする。
魔力で光る発光装置には、《パウル商会》のロゴ入り…まあつまり、ケティの差し金だったわけだが、これの登場によって艦同士の連絡が容易になり、連携が物凄く楽になっていた。


「来たな。」

アルビオン艦隊がトリステイン艦隊の横腹に突っ込んできた。
トリステイン軍は対応できなく逃げ惑うふりをしつつ、敵を艦隊の真ん中まで誘導する。


「信号弾赤、放て!」

信号弾赤の合図と共に、逃げ惑うふりをやめたトリステイン軍の艦の大砲がほぼ一斉に火を吹く。
四方八方から一斉に反撃されて、一瞬で空を飛ぶ残骸と化したアルビオンの軍艦が落ちていく。
何とか生き残った艦も逃げようとするが、蓋は既に閉じていた。


「ははは、皆消極的にいこう、消極的に。
 一艦たりとも逃がすな、我らの連携が意外と良い事に気づかれてはならぬ。
 しかし便利だな、この発光信号というものは。」

これが素人だらけのトリステイン艦隊が何とか機能している要因だった。


「うわああああああああぁぁぁっ!?」

その戦の最中、マリコルヌは必死で魔法を撃ちまくっている。
何故かと言うと、マリコルヌの乗っていたレドウタブールはアルビオン艦隊が突っ込んできた時の矢面に居た艦だった為、上部構造物が砲撃で滅茶苦茶にされてしまったのだ。
甲板で動いている人間はそれほど多くない、死んでいるか、大きな怪我を負って動けないかのどちらかだ。
マリコルヌはその点幸運だった…何しろ莫迦みたいに無傷なのだから。


「死ね、死ね、死ね、死ね!」

とは言え、頭を吹っ飛ばされた死体やら、運悪く胸を貫かれて即死した死体やら、片足失ってのた打ち回っている仲間やらを見て平静で居られるわけも無く、恐怖に背中を押されるまま闇雲に魔法を放っていた。
誰も助けてくれない、戦えとしか言ってくれない、気絶して楽になりたいが生憎気絶するとそのままお陀仏になりそうなので、それも出来ない。


「ふんぬぁー!」

マリコルヌは獣のように咆哮しつつ、魔法を放ち続ける。


「火船だ!アルビオンの連中火船を使いやがった!」

誰かが叫ぶ声がするので、マリコルヌはそちらの方を向いてみた。


「な、なんじゃありゃあぁぁぁ!」

燃え盛る船がレドウタブールに向かって真っすぐ突っ込んで来る。
砲撃もものともせず、火に包まれた船が…。


「ここで僕は死ぬのか?」

絶望でマリコルヌの前の前が真っ暗になる。


「嫌だ、嫌だ、僕の…僕の従軍してモテモテ大計画がー!?」

マリコルヌの絶叫が、戦場に響き渡ったのだった。



[7277] 第三十五話 前半分は思い出したくも無いのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/05/26 23:10
「むーっ!?」

な、なにがなにがなにがーっ!?
何でワルドが私にキスするのですかー!?


「むっ!?」

腕に全力を込めて押…動かない?
それどころか、腰と後頭部を押さえられてがっちり拘束…。
み、身動きが、身動きが出来ないのです…あと、呼吸も出来ないのです!
いや鼻で呼吸が出来るっちゃあ出来ますが、ワルドの髭フィルターで濾過された空気とか、絶対に嫌!


「むっ、むむっ、むっ、むっ!?」

この状態では呪文を唱える事も叶わず…あ、なんだか気が遠くなって…って、それじゃ拙いのです。


「む、むむ、む…。」

右足を…何とか…ワルドの足の間に…入れて!


「むむーっ!(死ねーっ!)」

ジャンプして、男の一番敏感な部分にひざ蹴りを入れたのでした。
う…膝に一瞬ぐにょっと嫌な感触が。


「はぅ…あ…っ!?」

股間を襲ったであろう激痛に体をコの字に曲げるワルドを腕で押しのけ、何とか脱出に成功したのでした…。


「ここここの髭!おおおお乙女のファーストキスと何だと思っていやがるのですかぁっ!」

ああ、ちなみに媚薬に頭やられていた時のアレコレはノーカンで。
あの時何が起きたか?気にしないでください、聞かないでください、思い出させないでください。


「ぐ…ぁ…。」

返事が無い、ただの変態のようなのです。


「おーい、聞いていやがりますかー?この変態~?」

「へん…たい、言う…なっ!」

股間を押さえて悶絶しながら、ワルドは私を睨みつけるのでした。


「いきなり現れてキスしてくる相手を他にどう呼べば良いと?」

「そういう、毒吐きな所とかが本当に堪らんな、君は。」

そう言いながら、ワルドは苦痛に顔を歪めながらも立ち上がったのでした。


「好きだ。」

なんといったのか、にんしきできないのです、えらー、えらー、えらー。


「僕は、どうやら、君の事が、好きらしい。」

「はーい、ちゃーん。」

えらー、えらー、えらー。


「そんなわけで、もう一度キスしても良いだろうか?」

「ぴぴるまぴぴるま~。」

えらー、えらー、えらー。


「返事が無いのは了承と受け取るよ、そんなわけで…。」

「何をするだァー!?」

ワルドの顔がもう一度迫って来たので、思わず私の黄金の右が唸ったのでした。


「魔法が無いと、非力な娘だな、君は。」

ワルドにあっさり止められてしまいましたが。


「今、貴方は私に対して何と言ったのですか?」

「魔法が無いと非力な娘だなと…。」

「そっちではなく、もう少し前なのです。」

私が聞きたいのはそっちでは無くて!


「君が好きだ。」

ぽぺぷー。


「認識できないので、もう一度。」

「君が好きだ。」

ぽぴー。


「い、何時の間に人間に認識できない言語を習得しましたか、ワルド卿!?」

「…君が好きだと何度言えば理解して貰えるのかな?」

ワルドが頬をぴくぴくさせて、私を見ているのです。


「つまりアレですか、真に真に理解しがたい話ながら、貴方は私の事が好きだというのですね?」

「ようやく理解してもらえて、有り難い。」

それを何とか理解しようとする私の理性が、現在進行形でゴリゴリ削られているわけなのですが。


「わかりました、正気を失っているのですね。」

ワルド…酸素欠乏症で…。


「何故そうなるのかねっ!?」

「私でなくてもそう思うのです。」

私が今までワルドにした仕打ち的に。


「貴方は私に、今迄結構散々な目に遭わされていた記憶があるのですが?」

「うん、ありとあらゆる意味で酷い目に遭っていた筈なんだが…君の事を考えると、頭がカッカしてきて胸の動悸が止まらないんだ。」

それは単に、何かのトラウマになっているだけの様に聞こえるのですが。


「それにアレだ、憎さ余って可愛さ百倍と言うではないかね?」

「逆の格言なら良く知っていますが、そんな素っ頓狂な格言は聞いた事が無いのです。」

そんな事を言うのであれば、世界中の不倶戴天の仇敵同士が恋に落ちているでしょうに…ローエングラム候とブラウンシュヴァイク公がキャッキャウフフしているのを想像したら、気持ち悪くなりました。
女の子は皆BLが好きだとかいうのは、絶対に嘘ですね。


「それに、さっき君がメンヌヴィルから必死に逃げている所を見ていたら、なんだか胸がざわざわしてきて、思わず2~3手助けしてしまった。」

それは『そいつは俺の獲物だ』的なやつではないかなと思うわけなのですが。


「そんなわけで、どうやら僕は君の事が好きらしい。」

「わかりました、貴方は精神に重大な疾患を抱えているようなのですね。
 治し方は貴方の背後で鬼のような形相をしている女性が知っているので、その御方にお任せするのです。」

ああ…何で私は、何時も何時も浮気相手属性なのでしょうか?


「げぇっ!マチルダ!?」

「何ていう声出してんのよ、あんたは…。」

半眼でワルドを睨みながら、フーケはワルドのお尻を蹴り飛ばしたのでした。


「ぐぁ!痛い、何をする!?」

「人の名前を勝手にばらすなって言っているでしょうが、この宿六。」

ほほう、この段階で既にそんな関係なのですか、この二人は。


「貴方の本名なら知っているので別に構わないのですよ、マチルダ・オブ・サウスゴータ殿。」

「あんたは何処まで知ってんのさ?」

フーケは苦々しい表情で私を睨みつけて来たのでした。


「森の中に子供に囲まれた妖精がいる事とか?」

「…!?」

おー、やっぱり驚いたのですね。


「あんた、何処でそれを…。」

「そんなに警戒しなくとも、彼女らに何か危害を加える気など全くありませんので、その点は一切ご心配なく。」

フーケの警戒を解く為に嘘偽りない微笑みを浮かべて見せたのですが、彼女の訝しげな視線は戻りません…はて?


「笑顔が胡散臭い…。」

「はう…本当に何も危害を加えるつもりはありませんから、心配なさらないでください。
 私には理由も無く誰かを傷つける趣味はありません。」

がくっと肩が落ちるのがわかるのです…うぅ、仕方が無いとはいえ、信頼ゼロなのですね。


「こんな事なら、口を滑らすべきではありませんでした…。」

「あーわかったわかった、そこまで言うなら信じてあげるよ。」

面倒臭そうな表情になって、溜息を吐きながらフーケは頷いてくれたのでした。


「でも…もし、危害を加えるような事があれば…地の底まで追いかけてでも、あんたを殺すからね?」

「はい、その時は八つ裂きにするなりなんなりと。」

私としてもティファニアに危害を加える気は一切ありませんからね、危害を加えるつもりは。


「笑顔が怪しい…。」

「はうぅ…。」

ひょっとして、結構顔に出ますか、私?


「…とまあ、この話はこれくらいにして。」

フーケは先程蹴られた尻を痛そうにさすっているワルドに向き直ったのでした。


「な、何かね?」

ワルドの目がキョドっているのです。


「私というものがありながら、何故に年下の小娘の唇を奪って愛の告白なんかするのさっ!」

「たわらば!?」

地面から、いきなり巨大な腕が突き出て、ワルドを殴り飛ばしたのでした。


「やっぱり歳かい!?若い方が良いのかい!?きーっ!!」

「ちょ、マチルダ、これは洒落になら、ぶば!?」

石飛礫が宙を舞うワルドをしこたま打ちすえています。


「ふむ、矢張り恋をする女は強いのですね。」

「ん。」

「強いというか、怖いわね。
 恋をしているというか、嫉妬に狂っている感じだし。」

いつの間にかやって来たタバサとキュルケが、感慨深げにフルボッコにされるワルドを見ているのです。


「どうせあたしは二十歳越えさ、十代の娘のぴちぴちしたのには敵わないさ、コンチクショー!」

いやいや、貴方23歳でしょうフーケさん。
若いです、トリステイン的にはちょっぴりアウト気味になってきてはいますが、十分若いのですよ…面白いから宥めませんが。


「い、いや、マチルダ、君はとても献身的だし、優しいし、僕には勿体無…。」

「若い可愛い女なんて、みんな爆発すればいいのよーっ!」

フーケの魔法でワルドが倒れていた地面が大爆発。


「ふんぎゃー…!」

ワルドはゴミみたいに宙を舞ったのでした。




「お、落ち着きましたかー?」

暴虐の嵐の後、恐る恐るフーケに話しかけてみます。


「うん、落ち着いた。」

すっきりした表情で、フーケが頷いたのでした。


「そ、それは、良かった…がく。」

そして、彼女の傍らには、消し炭みたいになったワルドが。


「この後は如何なさるおつもりなのですか?」

「何とかして、アルビオンに一度戻るつもり。」

そう言いながら、フーケはワルドにレビテーションをかけたのでした。


「詳しくは言えませんが、これからアルビオンは酷い事になりますよ?」

「それなら尚更、妹…みたいなのもいるし、いっぺん様子見に行かないとね。」

鈎爪付きのロープをひゅんひゅん回して壁に引っ掛けて、外れないかどうか確認しながら、フーケは言ったのでした。


「それじゃあね、あんたとは二度と敵になりたくないわ。」

「私も同じく…なのです。」

私がそう言うと同時に、フーケは物凄い勢いで壁を登って行ったのでした。


「…で、あの二人、見逃してよかったわけ?」

壁の向こうに二人が消えたのを確認すると、キュルケがぽつりと言ったのでした。


「まともに相対せるような状況でも状態でもないですから。
 重要な局面でも政治的に重要な人物でも無し、負けるかも知れないのを覚悟して戦うような相手ではないのです。」

…ファーストキスを奪った仕返しは、今から色々と考えておきますが。
絶 対 に 許 さ ん…なのです。






「コルベール先生、ご無事でしたか?」

地面に横たわるコルベール先生に駆け寄り、容態を尋ねてみます。


「ああ、ミス・モンモランシのおかげで助かったよ。」

「こと傷の治療に関しては、水のモンモランシに抜かり無しよ。」

コルベール先生がそう言って褒めると、モンモランシーは胸を張って見せたのでした。


「コルベール先生の額に突如第三の目が発生したりしないですよね?」

「…心配しなくても、使ったのはごく普通の水の秘薬と治癒よ。
 開発中の薬使って、治療費誤魔化そうとかは一瞬しか考えなかったから安心して。」
 
一瞬は考えたのですね…流石は赤貧貴族。


「それはよかった…もしも誤魔化したのが発覚したりしたら、モンモランシ家に銃士隊が御用改めに赴く所だったからな。」

「そうなったら、モンモランシ家は御取潰しなのですね。」

モンモランシーの言葉に、アニエスが物騒な科白を発しつつ安心したようにうんうんと頷いているので、私もそれに乗っかってみました。


「危うくご先祖様の墓の前で自害でもしなきゃ、お詫びできない状況になるところだったわ…。」

少し引きつった顔を青ざめさせて、モンモランシーはブルッと身を震わせたのでした。


「ところでコルベール先生…いえ、魔法研究所実験小隊の元隊長フランソワ・ミシェル・ル・テリエ殿。
 貴方には公文書の無断処分により手配書が出ているのです。」

「何だと!?
 私はそんな事は聞いていないぞ!」

アニエスが焦った表情になって、私に詰め寄ってきたのでした。


「そういわれるという事は、コルベール先生の事は許していただいた…と言う事で良いでしょうか、アニエス殿?」

「ああ、先ほど本人から事情を聞いた。
 私も命令ならば同じ事をしただろうさ…軍人だからな。」

二人が和解出来ていたようなので、安心しました。
…私の説得が上手くいったのかどうかはわかりませんが、まあ兎に角解決したならそれで結構なのです。


「それはそうと、そのような手配書の話、聞いたことが無いぞ?」

「それはまあ…軽くは無いとは言え、諜報目的ではないのは明白ですし、重罪と言うほどではありませんから。
 ついでに言うと、手配書が出されたのもコルベール先生が学院に入った頃ですから、大昔の話なのです。」

勿論、重罪というほどではない罪で手配書が出ることなど通常有り得ません…つまり、先生はリッシュモンあたりに命を狙われていたのかもしれませんね。
学院長もひょっとしたら知っていて匿っていたのかもしれませんが、そうだとすれば学院長への評価がちょっぴりアップなのです。


「わかっていた事とは言え…逮捕されれば、私は教師には戻れなくなるな…。」

コルベール先生は肩を落としたのでした。


「いやーまいりましたね。」

「棒読み。」

私の科白にタバサがすかさずツッ込んだのでした。


「何か手がある?」

「まあ、一応は。」

タバサの問いにこれ幸いと、頷いてみます。


「先生は一度、怪我の療養という事でこの国を離れてください。
 ゲルマニアのブレーメンという自治都市に、パウル商会が買い取ったフルカン造船所という造船所があります。
 そこで例の機関の実験と開発を行っていますので、そちらに逗留しつつ研究意欲を満たしていただければなと。」

トリステイン国内の造船所は全て軍艦の建造で埋まっていたので、ゲルマニアの自治都市にある造船所を買い取って機密保持するしかなかったのですよね…。


「おおっ!そこにあるのかね、例の機関が!?」

コルベール先生は喜色満面な表情になって、がばっと起き上がったのでした。


「しかし、それだけだと戻ってこられなくないか?」

アニエスが首をかしげながら尋ねてきます。


「そこで私とアニエス殿の出番なのですよ。
 コルベール先生が今回私達と学院を守る為に勇敢に戦ったことを陛下に報告し、恩赦を出してもらうのです。」

「成る程な、私とケティ殿の嘆願であれば、公文書の無断処分程度なら恩赦は簡単に出るか…。」

納得いったように、アニエスは頷いたのでした。


「あとキュルケ、一つお願いがあるのですが…コルベール先生をブレーメンまで一緒に連れて行って貰えませんか?
 あの町、自治都市とは言え名目上はツェルプストー家が収めている町だった筈ですし、貴方が一緒なら心強いのですが。」

「事と次第によっては、うちも一口かませて貰うけれども、それでも良いかしら?」

まあ、元々はツェルプストーがやる筈の事でしたし、しょうがありませんか。


「良いですけれども…でも、一口かむならお金も出してくださいよ?」

「はいはい、そうしないと碌な情報渡してくれないでしょうし、そうさせてもらうわ。」

それなら契約成立なのです…もっとも、基幹技術はうちが握りますが。


「まあそんなわけでアニエス殿、コルベール先生の正体に気づくのを一週間ほど延ばして頂けると、お互いの為にとって最良と考えますがいかがでしょう?
 私も同じようにいたします。」

「むぅ…そうだな。
 この後事後処理で忙しくなるだろうから、ついうっかり一週間ほど忘れることもあるだろう。」

アニエスは苦笑を浮かべながら頷いたのでした。

「それじゃあ私はコルベール先生を一週間で快癒させて、キュルケと一緒にゲルマニアに行けるようにすれば良いのね?」

「お願いするよ、ミス・モンモランシ。」

体のあちこちに残った傷が痛いのか、再び横になったコルベール先生がモンモランシーに必死な形相で話しかけたのです。


「一週間だって辛いんだよ、まだ見ぬ機械が、素晴らしい機械が僕を待っているんだ!」

「はいはいわかりましたから、急ぐんなら手が八本くらいになるのを覚悟してもらいますよ?」

どんな薬使うつもりなのですか、モンモランシー…。


「素晴らしい!
 手の本数が増えれば研究が捗るじゃないか!」

コルベール先生も何で喜びますか?


「やれやれ、先が思いやられ…をや?」

『ケティー!』

空からジゼル姉さまと…姫様が降って来た!?


「ちょ、ま…おぶぁ!?」

そして私は哀れ二人に押し潰されたのでした。
何なのですか今日は…策は尽く空振るわ、予備の杖は融けるわ、ワルドにファーストキスを奪われるわで既に散々なのに、止めに姉と上司に潰されるとか…。


「ケティ大丈夫!?怪我とかしていない!?あの変態はどこ!?」

「ごふ…そこそこ無事でしたが、たった今無事ではなくなりました。」

ジゼル姉さま、私の上から降りてください。


「白炎のメンヌヴィルは何とかしたみたいね。」

「ええ、あちらに死体が転がっているので、後で片しておいてください…。」

起き上がろうとしても、体が動かなくなったのです。


「あれ?ケティどうしたの?」

「いや、全身を凄まじい倦怠感と鈍い痛みが…。」

そう言えば、薬で誤魔化しただけで全身打撲状態でした。


「すいません姫様、もう、駄目…。」

「あ、ちょっと、ケティ!?」

ガクッと私の意識は落ちたのでした。






「これが例のものです。」

ボクは箱からモシン・ナガンを取り出して、目の前の人に見せた。


「へぇ、これが例の…面白そうだわ。」

片眼鏡をかけた男装の麗人が、それを興味深そうに見ている。


「これ、本当に分解しても良いの?」

「はい、アンナさんなら、分解しても組み立てるのくらい容易いでしょ?」

彼女の名はアンナ・ファン・サクセン、東方領土(旧東トリステイン)出身のトリステイン人で、土メイジにして武器職人。
こないだ出来たばかりのパウル商会において、数少ないメイジの社員だ。


「んー、まあ確かに問題無いとは思うけれどもね。
 ケティ君、こんな逸品、いったい何処で見つけたの?」

「蔵で埃を被っていました。
 恐らくはお爺様が何処か買ったものじゃないかって、お父様が。」

お爺様はロマリアの工芸品を集めるのが趣味だったらしいけれども、まさかロマリアにある《場違いな工芸品》まで集めてしまうとは…。
《場違いな工芸品》の収蔵庫の横流しルートが存在しているんだろうね…今度パウルに調べてもらわないと。


「んで、ケティ君。
 この銃の名前は?」

「はい、モシン・ナガンと呼ばれる東方の銃らしいですよ。」

異世界の銃と言っても通じそうにないから、《場違いな工芸品》は全て東方製という事にしている。
便利だね東方、何かあったら全部東方にこじつけりゃいいんだから。


「しかし、鉄をここまで精密に加工するなんて芸術的よね、なんていう名工の作なのかしら?」

箱の中に入っていた工具を使ってモシン・ナガンを分解しつつ、アンナさんは感嘆の声を上げる。
腕利きの土メイジをして、こうまで言わせる代物が量産品の一つなんだから、あっちの世界の冶金技術って凄いんだよね、やっぱり。


「同じものは作れそう?」

「職人の名誉にかけてね。
 …とは言え、この精度となると量産は殆ど無理だと思うわよ?
 一ヶ月に数丁…ってところでしょうね。
 それですら気をつけないと粗悪品が出来かねないわ。」

ぬぅ…やっぱり一足飛びに19世紀の小銃は量産困難かぁ。
まあ、あんまり量産できる代物だと、市民革命が起きてしまいそうで困るんだけれども。


「これの大量生産でトリステイン大勝利ってわけには行かないか…。」

「一丁あたり結構な額になるわよ、これ。
 こんなの強引に量産したら、ガリアあたりでも破産しかねないわ。」

魔法のみでどこまでいけるのかってのを色々試すには土メイジの職人を雇う必要があるのだけれども、土メイジって結構自分で工房持っていることが多いから、なかなかスカウトできないんだよね…。


「後、この薬莢ってのもかなりの精度だしね。
 火薬の複製自体は、水メイジにでも頼めば結構簡単にやってもらえそうだけれども、この薬莢は職人が一個一個丁寧に手作りしないと無理よ。
 慣れれば一日数十発ってところかしら?
 勿論、銃と一緒に作るのは無理よ…結論としては…。」

「…結論としては?」

アンナさんが言葉を濁したので、聞き返してみた。


「…あと数人、土メイジの職人と水メイジの薬師がいるわ。」

「う…うーん、それは正直きついなぁ…。」

現状でも結構かつかつなのに、これ以上メイジを雇うのは…。


「兎に角、この精度のものを私一人で作り続けるのは無理よ…って、そんな落ち込んだ顔しないでも、きちんと分析して安定して生産するにはどうしたら良いかとか、準備はきちんと済ませておくから。」

「うう、貧乏で御免なさい。」

えーん、みんな貧乏が悪いんだい。
魔法を使わない冶金技術を高めればいいのだろうけれども、高炉の作り方なんて知らないし、知っていたところでボクは鉄の加工技術なんか知らない。
八方塞じゃない、どーすんのさ、これ…。






「貧乏怖い、貧乏超怖い。」

私はガタガタ震えながら目を覚ましたのでした


「あら、目が覚めたのね。」

「見知らぬ天井が、矢鱈と豪華なわけですが…。」

目を覚ますと姫様が居たのでした。
手には何かの書類を持っています。


「そりゃまあ、豪華でしょうね。
 貴方が寝ているの、私のベッドだもの。」

「どうりで、未だかつて無いくらい寝心地が良いと思ったのです…。」

いつの間に王宮まで運ばれてきましたか、私は。


「丸一日、眠り続けた感想はどうかしら?」

「豪華な眠り心地でした。」

なにせ、王様用のベッドですから。


「何故に私を王宮まで?」

「貴方がいつまで経っても目を覚まさなくて心配だったから、私の目の届くところに置いておきたかったのよ。
 ここでなら、仕事をしながら貴方が目覚めるのを待っていられるでしょう?」

どうりで、姫様以外にも枢機卿やら、見た事のある大臣やら官僚やらがうじゃうじゃしていると思ったら…。


「若い娘の寝顔を見ながら仕事をするというのも、なかなか乙でしたな。」

「あら財務卿、貴方なかなか通ね。」

新しい財務卿のデムリ卿…名字は兎に角、名前なんでしたっけ…なのです。


「しかし、姫様は一体どこで寝ていたのですか?」

「ベッドは広いのよ、娘二人が寝るくらいどうって事無いわ。」

毎度の事ながら、こういう所は豪快な姫様なのです。


「御飯用意してあげるけれども、起き上がれる?」

「はい、よいし…ふぬぐぉっ!?」

ぜ、全身に電流の如く満遍なく激痛が!


「だ、大丈夫ケティ?
 今、乙女にあるまじき奇声が聞こえたけれども?」

「全身打撲がここまでしんどいものだとは、予想外だったのです…。」

あまりの痛みに、魂が砕け散るかと思いました。


「手を動かすだけでも酷い痛みが…。」

「診させた水メイジもそんな事を言っていたわ。
 はい、治癒力を高める水の秘薬よ、飲みなさい。」

そう言うと、姫様は私の口に薬瓶を突っ込んだのでした。


「もむ!?」

人が動けないと思って好き勝手やりますね、姫様。
まあ、仕方ないから飲みますか。


「それで、明日の朝には打撲はほぼ快癒しているって、言っていたわ。
 さすがモンモランシ家の当主ね、いい仕事をするわ。」

モンモンパパですと!?


「とうの昔に帰ったから、目だけ動かしてキョロキョロしないで、怖いわ。」

「それは残念、良ければ御挨拶させて頂きたかったのですが。」

つい先日モンモランシーの伝手で、パウルが薬の流通に関する契約に成功したみたいですし。


「それよりも御飯よ。」

姫様は女官の方を向いて…。


「私とケティの御飯を用意して頂戴。
 いつものアレのどっちかで、中身は任せるわ。」

「はい、かしこまりました。」

姫様のいつものアレってなんでしょうか…?
などと考えていたら、あっという間に食事が用意されたのでした。


「が、ガレット…!?」

そんな道端B級グルメと、一体何処で出会ったのですか、姫様?


「ええ、前にサイト殿と一緒に屋台で食べたのよ。
 貴方に教えて貰ったサンドウイッチ同様、仕事中に食べられて楽よね、これ。
 おお、今日はひき肉と玉葱をバターで炒めたものなのね、これ好きよ、私。」

そう言って、姫様は美味しそうにガレットにぱくついているのです。
何というジャンクフード女王…。
それにしても才人…姫様とこっそり何いちゃついていやがりますか?


「ふう、美味しかった。」

「食事見せつけるとか、鬼ですか…。」

くうくうお腹がなりました…。


「あら、ごめんね。」

そう言いながら、姫様はガレットを切り分け始めたのでした。


「はい、あーん。」

「何故にそのような恐れ多いプレイをさせようとしているのですか…?」

女官の方々の視線が痛いのですが。


「いや、ですが、陛下?」

自分の立場を分かって貰う為に、わざと《陛下》と読んでみます。


「そんな、陛下だなんて他人行儀な事言わないで、『アンお姉さま』って呼んで。」

「どーゆー小説を読まれたのですか、姫様…。」

変な小説を読んだらしい姫様を、半眼で睨んでみるのです…が、効き目無しな模様。
それに、男性官僚の方々の視線が温いのも納得いかないのですよ。
誰か、叱責して下されば良いものを…枢機卿が何処かに行ってしまったせいでしょうか?


「ふつくしい…。」

「美少女同士が戯れる姿は、心洗われますなぁ…。」

変態紳士ばっかりですか、この国の官僚は!?


「もうどうでも良いですから、御飯ください…あーん。」

物凄く投げやりな気分になって、私は口を開けたのでした。


「はい、良く出来ました。」

姫様はそう言うと、ガレットを口の中に放り込んでくれたのです。
良い材料を使ったB級グルメ…まあ良いですが。
 

「む…流石は王城の料理人。
 ガレットもここまで美味しくなりますか。」

良い材料使って、良い腕の料理人雇ってB級グルメ…考えようによっては最高の贅沢なのですね。


「はい、あーん。」

「あーん…むぐ、むぐ…美味しい料理を女王の手ずからいただく…ひょっとして、今私は物凄い贅沢をしているのでは?」

問題は全く望んでいない贅沢だという事ですか…。


「そうね、実は罰だけれども。」

「ば、罰ゲーム?」

姫様はニコニコ笑ったまま、私にガレットを薦めてきます。


「そう、貴方と私、両方への罰。
 自分の命を軽く見る貴方への罰と、それを理解出来ていなかった私への罰…本当を言うとね、かなり恥ずかしいのよ、これ。」

嘘だっ!…と思ったら、よく見ると姫様の頬がほんのり赤いのです。


「タバサ殿を守る為に命を捨てようとしたんですって?」

「う…。」

そんな、泣きそうな表情で私を見ないでください、姫様…。


「貴方が死んだら、命を永らえさせる事が出来ない人が居るの、わかるでしょう?」

「まさか…。」

確かに、ルイズが虚無の使い手であるのは国中の貴族にいずれ浸透するでしょう。
そうなれば、彼女が望むと望まざると、神輿に担ごうとするものが出て来る…私になら任せられるが、そうでなければと言う事ですか。
それは無いと断言したいところではありますし、私を買い被り過ぎだとも言いたい所ですが、言えないのがもどかしいのです。


「私の命に彼女の命がかかっているから死ぬな、ということなのですか?」

「それもあるけれどもね…貴方を失いたくないの。
 政治的にではないわ、親友として、絶対に失いたくないのよ。」

ぬぅ…姫様が泣きそうなのです。


「わかりました、わかりましたから。
 彼女の命が私の肩にかかっているというのであれば、確かに死ねないのですね。
 姫様が私を親友だと仰ってくれる限り、私は私の命を軽々しく捨てない事を誓います。」

これは、死ねませんし、死ぬわけには行かないのですね。


「絶対だからね?」

「はい、姫様。」

私は微笑みながら頷いたのでした。



[7277]  幕間 35.1 ダータルネスの大艦隊
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/05/30 15:46
カーンカーンカーンと、甲高い鐘の音が鳴り響く。


「んぁ?」

才人がパンを咥えたまま顔を上げた


「あら?」

スープを飲んでいたルイズが、匙を止める。


「こんな朝早くから?」

自分の分のパンを炙っていたシエスタが、眉をひそめた。


「やれやれ、予定は未定ってか?
 …腹減りそうだなおい。」

才人は溜息を吐いて椅子から立ち上がった。
鐘の音はヴュセンタールからの敵襲の知らせ。
同時に作戦予定繰り上げの合図でもあった。


「朝食時に来るだなんて、さすが叛乱するだけの事はあるわ。
 貴族なのに、食事中に場を騒がしてはならないっていう、ごく基本的な礼儀も知らないのね。
 王家を滅ぼした件と言い…聖地奪還の前に、貴族としての礼儀の勉強をした方が良いんじゃないかしら?」

口をナフキンで拭き取りつつ、ルイズが静かに立ち上がる。


「行ってらっしゃいサイトさん、行ってらっしゃいませミス・ヴァリエール。」

「おう、行って来る。」

「後はお願いね。」

部屋から出る二人に手を振りつつ、シエスタは手早く食卓を片づけ始めた。


「実はあたしね、朝ご飯をきちんと食べないと、その日一日とっても期限が悪くなるの。」

しかめっ面のルイズが、蒼莱に向かって歩きながら才人に話しかける。


「へいへい知ってるよ、体に叩き込まれたからな…。
 ルイズに朝ご飯を食べさせないとか、知らないとはいえレコン・キスタの連中も随分と命知らずな真似をするぜ。」

俺にとっても迷惑千万極まりないんだが…とか思いつつ、コックピットに乗り込む才人。


「ダーダルネスまで飛んで、幻影を作って帰って来る…だったか?」

「うん、ケティ曰く『戦う時にはこっちは楽で、相手だけ消耗するような方法を考えられれば最高なのです』ってね。
 幻の艦隊で右往左往するアルビオン軍…うふふ、策謀を巡らせるのは姫様やケティばっかりじゃないのよ。
 あんたには、あたしの間近で策士ルイズ様の真髄を見せたげる。」

うわぁ、なんだか知らんがそこはかとない駄目臭がするのは何でだろう…とか、才人は失礼な事を考えつつ、ルイズの脇の下に手を入れヒョイと持ち上げて後部座席に乗せる。
何だかんだでこっそりやっているトレーニングと日々の雑用が、才人を鍛えていた。


「あんた、ひょっとして『何言ってんだ脳筋思考の癖に』とか、酷い事考えていないかしら?」

ルイズは微妙な感じになった才人の表情から読み取ったのか、訝しげな視線を才人に向ける。


「そこまで思わねーよ。
 何時も策謀とは縁の無い直線思考なルイズに、策謀なんて慣れない事出来んのかなぁと…ぐふぅ。」

「こう見えても頭脳労働は得意なのよ、あたしは。
 魔法はスカだったけれども、座学だけはトップだったんだから。」

頭の良い悪いじゃなくて、性格の問題なんだがとか思いつつ、才人は一瞬気を失った。


「っと、気絶している場合じゃ無かった。
 ルイズ、プロペラ回してくれ…爆発したら作戦そこでパアだから、勘弁な?」

「コモン・マジックは完璧!
 この前実際に回して見せたでしょ!?」

系統魔法は相変わらずだが、コモン・マジックは9割方成功するようになったルイズだった。


「レビテーション!」

ルイズはレビテーションでプロペラを回転させる。


「おおっ、ルイズの魔法が成功して…いて!?」

ルイズの魔法が成功したのに毎度毎度感動する才人の座る操縦席の背中を、ルイズは軽く蹴り飛ばした。


「いいから、さっさとエンジン始動させなさいよ、爆発させるわよ!」

「そいつは勘弁…ポチッとなっと。」

始動ボタンを押すと、快調にエンジンは始動し、特徴的な二重反転プロペラが物凄い勢いで回り始める。


「んじゃ、いくぜ!」

軽いアイドリングの後、才人はスロットルレバーを全開にした。
蒼莱のエンジンが凄まじい爆音を発し、滑走路を進む機体が見る見るうちに加速していく。


「毎度毎度の事ながら、この体を後ろに押し付けられる感じが何とも言えないわ。」

「この感じが良いのになぁ…。」

加速感に少し不快感を覚えるルイズとは対照的に、加速感を愉しんでいる才人だった。


「う…ふわっと来た、ふわっと。」

「んじゃいくぜ…って、なんじゃありゃ?。」

離陸して周囲を見回すと、遠くから火に包まれた船が艦隊に向かって特攻してきているのが見えた。


「取り敢えず、あれ潰して!
 それから作戦開始よ!」

「合点承知!」

蒼莱は火船を撃墜する為に上昇し始めた。


「…行っちゃいましたね。
 それじゃ、こちらも隠れないと。」

一方筏では才人たちを見送ったシエスタが、とある装置を操作していた。


「なるほどなるほど、ここに水石と風石を入れて…と。
 絵で操作方法を示してくれたのが、わかりやすくて良いです。」

その装置には『戦場の霧君一号』と書いてあった。
ネーミングセンスで何となくわかると思うが、ケティ発案でコルベールが作った装置である。


「それで、このレバーを引く…と。
 これで良いのかしら?」

シエスタがレバーを引いた直後、筏のあちこちから霧が噴出し始める。
霧はあっという間に筏を包み込み、ヴュセンタールをも巻き込んで大きな雲となった。
木を隠すなら森の中、空飛ぶ船を隠すなら雲の中というわけだ。


「うわ、凄いです。
 これなら確かに隠れられるかも。」

ミルクみたいに濃い霧に包まれた外の風景を見て、シエスタが感嘆の声を上げる。


「サイトさん、頑張って…私、祈っています。」

ルイズは居ないことにされたのだった。



「くっちゅん!」

「お?風邪か?」

後部座席でくしゃみしたルイズに才人が声をかける。


「うー、何だか誰かに思い切り無視された気がするわ…。」

「何だそりゃ?」

ルイズの言葉に、首を傾げる才人。


「きっとあのバカメイドね、サイトだけ心配して、私の事なんかすっかり頭の中から零れ落ちているのよ。」

「そんな莫迦な、シエスタは良い子だぞ。」

だがしかし、ルイズの予感がぴったり当たっていたりするのがこの世知辛い世間の常というものである。


「はいはい冗談はいいから、あの火船落とすわよ。」

ルイズは上部構造物が壊滅して停船中の味方艦に向かってまっすぐ進む火船を指差す。


「へーい。」

才人の気の抜けた返事と共に、火船の上まで移動していた蒼莱が鋭く旋回して急降下を始めた。
エンジンと二重反転プロペラのパワーに重力も加わり、加速度計がぐんぐん上昇していく。


「そんなわけで、吹っ飛べ!」

『ドン!ドン!』と蒼莱の機関砲が火を吹き、57㎜機関砲弾が火船を撃ち抜いた。

「本当に吹き飛んだわよ!?」

火船の中に満載されていた黒色火薬に引火し大爆発したのを見て、ルイズが目を剥く。


「近づき過ぎるとマジで危ねえな、こりゃ。」

才人もそれを確認して、たらりと汗を一筋垂らした。



「あばばばばばばば…。」

停船中だった味方艦…レドウタブールの甲板上ではマリコルヌが、矢みたいな勢いで突っ込んできた蒼莱が火船を大砲で吹き飛ばした衝撃波でひっくり返っていた。


「た…助かった…けど、なんで?」

ひっくり返ったまま、一瞬安堵の表情を浮かべたが、横を見て震え上がる。


「テーブルが、何でこんなに深く船に突き刺さるんだよ!?」

黒光りする重そうで立派なテーブルが、マリコルヌのすぐ横に突き刺さっていた。


「後1メイルほどずれていたら…。」

テーブルに潰されて、たぶん自分は挽肉にされていただろうという事に思い足り、マリコルヌはそこから逃げ出すことにした。
そして空を見ると…ルイズの使い魔が乗っていた鉄の風竜が、火船を次々と屠っているのが見えたのだった。


「あいつに助けられたのか…今度ルイズ共々お礼言わなきゃな。」

親には『恩を受けたら必ずお礼を言う事』と、日頃教え込まれていたマリコルヌは、素直にそう思った。


「じゃあ、次はあの船!」

「合点承知!」

ルイズが次に指差した船に向かい、才人の操縦する蒼莱は戦場を飛び回る矢のようになって飛んでいくのだった。




「虚無殿、火船を全て駆逐しました。」

「数分とかからずに全滅させたというのか!?
 凄まじいな、あのソウライとかいう鉄の風竜は。」

通信参謀からの報告を聞き、目を剥くド・ポワチエ。


「は、続いて現れたアルビオンの風竜隊と交戦状態に入った模様ですが…既に数十騎を一方的に撃墜している模様です。」

「ははは、流石は虚無殿とその使い魔。
 まるで物語に出てくる英雄の如き戦いぶりだな。
 楽に戦えるのは良い、非常に良い…が、楽過ぎて少々不安になる。」

そう言いながら、ド・ポワチエは航空参謀に向き直った。


「こちらの風竜隊はどうしたか?」

「は、後数分で会敵する模様…ですが、虚無殿が既に敵風竜隊を壊乱状態に陥れている模様でして、さほど苦労することもないかと。」

航空参謀は、少々戸惑った表情で報告した。


「虚無殿様々ではないか、これでは全く頭が上がらぬわ。
 私より権限が上だけのことはあったか、まさかたった二人の大艦隊だったとはな。」

先ほどの艦隊の奇襲と火船で隊列はかなり乱れており、ここで敵風竜隊の攻撃を受けていれば流石にただでは済まなかったのだが、それを蒼莱が壊乱状態に陥れていたため、被害は数隻に留まっている。


「これ以上、虚無殿に遅れをとるなよ。
 貴官らもそうだろうが、私は上司に怒られるのが大の苦手なのだ。
 そうしない為には、少々積極的になるしかあるまい?
 せっかく虚無殿が作戦を遅らせてでも時間を稼いでくれたのだ、敵艦隊の残党を掃討せよ。
 面倒事はさっさと片付けるのも、消極的にやる秘訣だぞ?」

そう言って、ド・ポワチエはにやりと笑った。




「結構撃ち殺しちまったなぁ…。」

ガンダールヴのルーンの影響なのか、人が柘榴みたいに弾けるのを見ても芋の皮を剥いているような感覚しかないのだが、人を殺しているという実感はあるので、才人の心は憂鬱に包まれている。


「相手も殺す気で来てんだ、仕方があるめぇよ、相棒。」

それを慰めるデルフリンガー。
12.7㎜機銃ともなると、掠っただけで体がごっそり抉り取られるので、手加減しようにも如何ともし難いのだ。


「う…人の胴体が…頭が…。」

ガンダールヴ補正で大丈夫な才人とか、そもそも武器のデルフリンガーとかとは違い、ルイズの顔は真っ青である。


「…敵とは言え、何度見ても慣れないわね、これは。」

前回も後部座席で散々人と風竜が砕け散る様を見せられたルイズだが、今回も特等席で延々とスプラッタを見続ける破目になってしまった。
それでも才人を見ると心が落ち着いて勇気が湧いてくるので、何とかなっているのだが。


「お、味方の部隊がやっと来たか。」

味方の風竜隊が来たのを確認して、才人が安心したように息を吐く。
一騎の竜騎士が蒼莱に近づいてきて、手鏡で発光信号を送ってくる。


「『コ・コ・ハ・マ・カ・セ・テ・サ・ク・セ・ン・ク・ウ・イ・キ・ニ』…ここはあっちに任せて、ダータルネスに行けですって。
 あら、そういえばあいつ、ヴュセンタールにいたルネ・フォンクじゃない?」

「へ?お、確かにルネだな。」

ルネ・フォンクは蒼莱を見に一度筏の方にやってきた竜騎士たちの一人だった。


「俺も頑張るから頑張れって、返信してくれないか?」

「うん、わかったわ。」

ルイズは手鏡を出すと、『コレヨリサクセンクウイキニムカウ、キコウノブウンヲイノル』と、ルネに送った。
ルネは兜の下から見える口をニヤリと笑みの形に変え、蒼莱から離れていった。


「しかし、単機突入して、敵のど真ん中で幻影見せて帰ってくるなんて言うのが策なのか?」

「うっさいわね、この蒼莱に追いつける風竜なんて居ないんだから、それが一番手っ取り早いでしょ?」

生物としては反則に近い時速500㎞以上を出せる風竜だが、蒼莱は最大速度時速760㎞なので、速度ではまるきり相手にならないのだ。


「そりゃまあ、そうだな。」

「マジックアローですら追いつけない上に、風竜じゃあ到達不可能な高高度を飛ぶのよ。
 無敵にも程があるわよ、このソウライ。」

元々が高高度戦略爆撃機迎撃用の機体なので、仕方が無い。


「まあ、幻影の魔法使う時には、そこそこの高度まで落として速度も落とさなきゃいかんがな。」

「じゃないと凍え死にそうになるしね…。」

一回試しに高高度で少しだけ窓を開けて、危うく死にそうな目にあった経験がある二人だった。




偵察カラスのフレディ君の朝は早い。
彼の任務は、ダータルネスに近づく敵を発見する事。
今日も朝早くからダータルネス周辺を偵察飛行中で、帰ったら美味しいミミズを沢山貰う事になっている。
敵を見つけて報告すれば、ダータルネスに駐留する風竜隊が駆けつけて敵を迎撃するそんな手筈にもなっている。
本来長時間の飛行には向かないカラスだが、使い魔になった事による身体強化によって、長時間の飛行を可能にしていた。
そんなフレディ君の遥か頭上を、一筋の飛行機雲が通り過ぎていく。
んがしかし、フレディ君も彼のご主人も、飛行機雲なんてものは知らない。
『変な雲だなぁ』とは思うが、そもそもあんな高いところを飛べる生き物は竜を含めてもいないのだ。
虫の羽音みたいな音はするが、何で空にそんな変な音が鳴り響いているのかもさっぱりわからず、ポカーンと見ているのみだった。
彼らにとって、蒼莱はUFO(未確認飛行物体)だったのだ。

そんなわけで、偵察網は蒼莱によって豪快にスルーされたのだった。


「敵が…皆無だな。」

才人としては雲霞の如く押し寄せる敵をスピードで振り切りつつ…とかいう展開を予想していたのだが、それは完全に裏切られた。


「言ったでしょ、高いところを飛べば、敵は何が何だかさっぱりだろうって。」

才人がケティを乗せて、遊覧飛行中に高高度を飛ぶ蒼莱を見ていた事をルイズは思い出してヒントにしたのだった。


「そろそろダータルネスの真上ね、高度下げて。」

「了解、高度下げる。」

才人が操縦桿を下げると高度が徐々に下がっていき、ダータルネスの風景が良く見えるようになって来た。


「よし、じゃあ窓開けるぞ。
 あまり時間がないから手早くな?」

こんなところでふらふら飛んでいたら、あっという間に気づかれるのは間違いない。


「任せなさい、あたしに抜かりはないわ。
 じゃあ行くわよ…。」

ルイズはそう言って、始祖の祈祷書を開くと詠唱を始める。


「イリュージョン!」

才人はこっちの世界に引っ張られてくる前にニュースで問題になった、エロゲメーカーを思い出した。


「出血大サービスよ、じゃんじゃんばりばり大放出なんだから!」

空に凄まじい数の軍艦が浮かび上がる。
明らかに、出航前に見たアルビオン遠征艦隊の数よりも多い。
多いというか、数十倍の規模だ。


「えーと、出しすぎじゃね?」

「大は小を兼ねるって言うでしょ?
 多ければ多いに越した事はないわよ。」

やっぱり直線思考じゃねーかとか、才人は思った。


「何か、失礼な事を考えていないかしら?」

「いや、今回に限ってはありじゃねーか?」

多分、敵がアレを見たら腰抜かすなとか思いつつ、才人はその光景を見ていた。





「た、たたたたたたた大変です!」

ロサイスに向かっていたアルビオン軍のホーキンス将軍の下に、伝令が慌てて駆け込んできた。


「ダータルネスに空前絶後の大艦隊が出現しました!」

「何だと!?」

ホーキンスは慌てて聞き返す。


「ダータルネスの空を敵艦隊が埋め尽くしています。
 その割合、空1に敵9、空1に敵9です!」

その報告を聞いた側近たちの顔も、思わず引き攣る。


「そんな大艦隊だとは聞いていないぞ!?」

「ですが、事実です!
 ダータルネス守備軍はその光景だけで壊乱状態になり、兵士も竜騎士たちも任務を放り出して我先にと逃げています!」

アルビオン竜騎士の質は、内戦の影響もあってかなり落ち込んでいる。
そこに到底対抗出来ない数の艦隊が突如出現したりしたら、逃げ出すのは仕方が無い、仕方が無いが…。


「何たることだ、アルビオンはここまで堕ちたか。」

アルビオンの空の防人達は、もう何処にも居ないのだとホーキンスは理解した。


「どうなさいますか、将軍?」

「どうするもこうするも無かろう、やらねば我が祖国は蹂躙される。」

ホーキンスは悲壮な覚悟を胸に、針路変更を決断した。


「ダータルネスに急ぐぞ。」

「は、了解いたしました。」

こうして、ダータルネス守備軍は勝手に壊滅し、アルビオン軍も全軍ダータルネスに誘引される事になってしまったのだった。
この間にゲルマニア軍がロサイスに上陸、守備軍をあっという間に駆逐し、港を占領した。
こうして、連合軍はあっさりと橋頭堡を確保する事に成功したのだった。





「フ…この策士ルイズ様にかかれば、ざっとこんなもんよ。」

殆ど無傷で占領されたロサイスを眼下に眺めながら、ルイズが何処で用意したのか扇子を片手に持ちながら薄い胸を張る。


「あーすげーすげー。」

何か、この蒼莱のせいで色々と感動の場面を見逃したような気がするとか思いつつ、才人は適当に相槌を打った。


「まあ、取り敢えず筏に戻りましょ。
 燃料も少なくなってきた事だし、シエスタがご飯用意していると思うし。」

「…朝飯食ってないのにもう昼過ぎとか、ひでえ労働条件だったな。」

才人とルイズのお腹がグーと鳴る。


「あんなスプラッタ見たのに、よく腹が減るな?」

「あんたもでしょ?
 アレは思い出さないようにして、ご飯食べましょう。」

ちょっぴり思い出したのか、ルイズは少し顔を青ざめさせながら、それでもお腹を押さえていた。


「そんなんでも食いたいのか…?」

「虚無使うと、半端じゃないくらいお腹が減るのよ…ああ、お腹減ったとかいっていたら、力が抜けてきたわ。」

ルイズはへにゃっと垂れていた。


「ご飯…ご飯…がぶ。」

「ぎゃー、頭に噛み付くな!
 俺は愛と勇気だけが友達なわけじゃねえ!」

空腹が限界に来たのか、才人に噛み付き始めたルイズを押さえつつ、才人は筏に向かって飛んでいくのだった。



[7277] 第三十六話 とんでもない事実なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/08/11 18:11
「傷も癒えましたし、そろそろルイズ達の所に向かいたいのですが?」

私は姫様に渡された書類を決裁しながら、姫様に頼み込んだのでした…あれ?何で私は姫様の仕事をしているのでしょう?


「だぁめ★」

「いや、『だぁめ★』とか語尾に黒い星付きで言われましても…。」

既に学院長に掛け合って、シエスタを先行させて送ってしまったのに…。


「だいたい、貴方が行ってどうするのよ、戦うの?」

「いや、学院閉鎖してしまったので、やる事無いですし。
 ルイズ達の様子を見てこようかなと。」

我ながらアホな理由ですが、これくらいしかないのですよね。


「そんな理由で許可できるとでも?」

姫様はにっこりとほほ笑みながら却下したのでした…が。


「昨日姫様が仰ったように、私とルイズは一蓮托生ですから。」

『まさか、ルイズ不要論とかぶち上げませんよね、謀反起こしますよ?』という意思を込めて、姫様に微笑み返したのでした。


「よよよ、親類の絆がこうも脆いものだとは。」

「私はルイズも親友だと思っていますから。」

わざとらしく泣き崩れつつ書類の決裁を行う姫様を半眼で生温かく見守ってみるのです。


「嘘つき、サイト殿が居るからでしょ?」

「ナンノコトヤラ?」

私はしらばっくれたのですが…。


「顔、赤いわよ?」

「…ぬぅ?」

思わず頬を触ってしまったのです。


「まだまだね。」

「姫様もハマればわかります。」

バレバレなのですか。


「じゃあサイト殿で、危険な火遊びを…。」

「才人は駄目なのです。」

それでなくとも原作では、姫様が散々引っ掻き回すのですから…と?


「…ふと気付きましたが、わりと本気なのですか?」

「さあ?でもサイト殿って、私が女王だろうが何だろうが、あまり気にしないでしょう?
 ああいう男の子って、私みたいな女の子にとっては、希少価値よね。」

まあ確かに身分とか、基本的に気にしませんからね、才人は。


「で、本当の所は?」

「今のところは対象外、かしら?」

飽く迄もはぐらかしますか。


「兎に角、私はルイズの所に向かいます。
 船はゲルマニアの商船を…。」

「ヴィスビューを出すから、それに乗って行きなさい。」

何やら、豪快な事を姫様が口走ったような?


「ヴィスビューって、オクセンシェルナから借りているコルベットの…ですか?」

コルベットというのは、小型快速な軍艦の事なのです。


「ええ、あれなら明日の朝にはロサイスにつくでしょう?
 搭乗員ごと借りたあの艦なら、熟練搭乗員ばかりだから何かあっても大丈夫でしょうし。
 商船で行くなら、許可しないわよ?」」

「わかりました、ではそちらで向う事にします。」

確かにそっちの方が早いし安全なのですね。
姫様のせっかくの好意なので、有り難く受け取りましょう。




「は~るばる来たぜ、ロサイス~。」

そんなわけでトリスタニアの軍港から、道中特に何事も無くロサイスへ。
昨日の昼に出て今朝ついたので、かなり順風満帆な旅だったと言えるのです。


「では艦長、お疲れ様でした。」

「いえいえ、未来のトリステイン宰相を乗せたとあれば、誉れこそすれ疲れる事などありませぬ。」

御前は何を言っているのですか、艦長。
取り敢えず、スルーで。


「出来ればこのハンカチにサインとか、戴きたいのですが?」

私ゃアイドルか何かなのですか?


「是非とも。」

先程、出来ればとか言っていたような?


「わかりました…これで良いですか?」

艦長が差し出してきたペンをとって、ハンカチに名前を書き込んであげたのでした。


「宝物にいたします、こういうのは無名時代の物の方が価値が上がるので。」

御前は何を言っているのですか、艦長?
矢張り、スルーで。


「艦長はこれからどうするのですか?」

「これからトリスタニアまで取って返します。
 当艦の本来の任務は、もしもの時のものですので。」

まあつまりはオクセンシェルナの要人や、場合によっては姫様を亡命させる為にある艦なのですよね。


「お疲れ様なのです、良い航海を(ボン・ボヤージ)。」

「は、それでは。」

艦長は艦に戻って行ったのでした。


「さて、才人達の顔を見に行く前に…。」

私はそう呟いて、司令部までとことこと歩いて行くのでした。



「どうもどうも、お仕事お疲れ様なのです。」

司令部の若い守衛さんに挨拶してみるのでした。
多分、私とそう変わらない歳なのです。


「な、何でこんな所に娘が!?」

男ばかりでむさいでしょうからねえ、今のロサイス。


「陛下からの使いなのです。
 ド・ポワチエ卿にお目通り願います。」

女王直属侍女という、偉いのか偉く無いのだかよくわからない例のライセンスを守衛さんに見せつつ、アポを取ってみるのでした。


「へ、陛下の…畏まりました、ただいまお取次ぎいたしますので少々お待ちを!」

守衛さんは慌てて司令部の中に駆け込んでいき、すぐに出て来たのでした。


「お待たせいたしました、指令がお待ちです。」

「ありがとうございます、守衛さん。」

守衛さんに微笑みかけると、ぽっと頬を赤らめます…何というピュアボーイ。
…まあそれは良いとして、指令室の前まで守衛さんに案内して貰ったのでした。


「指令、陛下からの使いの方をお連れいたしました。」

「うむ、お通ししなさい。」

そんな声が聞こえ、指令室付きの守衛と思しき人が、ドアを開いてくれたのでした。


「守衛さんのお名前は?」

「は!カミーユと申します!」

何だ、女みたいな名前ですね、とはあえて言わないのです。


「ではカミーユ、有り難うございました。」

「は!」

うーん、何だか悪い女になった気分なのです。


「使者殿、あまり純情な部下をからかわないでくれぬか?」

ドアが閉まった後、ド・ポワチエ卿と思しき人が、私に笑いながら話しかけて来たのです。


「いえ、あまりにも純情だったので、思わず…。
 私は陛下直属の侍女で、ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「私がジャン・ド・ポワチエである。
 して、陛下からの用とは?」

うーむ、立派なカイゼル髭…。


「陛下から、閣下に勲章をと承って参りました。
 十字銀杖百合章です、お受け取りください。」

勲章を入れた箱をポワチエ卿に手渡したのでした。


「ふむ…有り難く受け取っておこう。
 使者殿、この後はどうなされる御積りか?」

箱を開けて勲章を確認しながら、ポワチエ卿は尋ねてきます。


「友人達が出征しておりますので、そちらに。」

「友人とは?貴方が宜しければここに呼ぶが。」
 
ポワチエ卿の立場だと、あまり呼びたくなさそうな人なのですが。


「ルイズ…いえ、ラ・ヴァリエール嬢です。」

「ほう、虚無殿の…。」

ポワチエ卿は目を細めて私を見たのでした。


「そうか、虚無殿か、うむ、それは流石に呼びつけられぬな…。」

ポワチエ卿の表情にうっすらと陰がさしたのでした。


「ルイズが何かご迷惑を?」

「いや、虚無殿は良くやっておられる。
 だがしかしな、指揮権限がこちらに無いというのが、やりにくいのは確かではある。」

公にはなっていませんが、権限に於いては姫様の次ですからね、ルイズは…。


「王家の血筋で虚無の持ち主ですから、そこは諦めてください。」

「うむ、それは重々承知している。
 王家の血筋でしかも虚無、本来ならば玉座にあってもおかしくはない御方だからな。
 だからこそ、公ではないとは言え、陛下に告ぐ権限をお持ちなのであろう?」

ポワチエ卿は苦笑いを浮かべたのでした。


「ええ、陛下も既に自分の後はルイズかルイズの子に継がせると決めてらっしゃいます。
 …勿論、ルイズの件も後継者の件も口外無用でお願いしますね。」

「勿論だ、私は他人からも自己保身の塊と揶揄される身なのでな。
 陛下の逆鱗に触れるような真似は決してせぬと、私自身の悪評に誓おう。」

ふむ、ポワチエ卿は中々面白い御仁なのですね、原作では全く記憶に残っていないのですが。




「失礼しま…うわ。」

ルイズたちが滞在している館に入ると、むわっとお酒の匂い…。


「あ…ミス・ロッタ?」

館に入った私を、酒瓶とつまみらしきものを運ぶシエスタが出迎えてくれたのでした。


「これは一体何なのですか、シエスタ?」

「戦勝祝い…とかでしょうか?」

シエスタが私の顔を見て、明後日の方角に視線を逸らしながら疑問系で呟いたのです。


「ヴュセンタールの…あ、これは私達の筏を引っ張っている戦列艦の…。」

「知っているのです。」

にっこりと、シエスタの言葉を遮ります。


「で、そこの竜騎士様たちと才人さん達がすっかり仲良くなっちゃって…延々と酒盛りを。」

「何日間?」

「もう8日目ですわ…。」

困った表情を浮かべながら、シエスタは溜息を吐いたのでした。


「…ほほう。」

「でもでもでも、親睦を深めるのは良い事だと思うんです!
 私も正直ちょっとうんざり来てますけど、でも…。」

シエスタが焦り始めましたが、知ったこっちゃ無いのですよ。


「あっちなのですね?」

「そう、あっちです…。」

シエスタは諦めた表情に鳴ると、私が向いた方を指差したのでした。


「シエスタ、付いてきなさい。」

「はい…。」

外からでもどんちゃん騒ぎが聞こえるその部屋に、私は踏み込んだのでした。


「バースト・ロンド!」

『ふんぎゃー!?』

どんちゃん騒ぎで五月蝿かった室内が、破裂音と悲鳴に満たされたのでした。


「待機命令の真っ最中に、8日連続不眠不休で酒盛りとか、貴方達は一体何を考えているのですか?」

煤けた才人にルイズに竜騎士の面々を見下ろしつつ、私は尋ねてみたのでした。


「断罪の業火、再臨…。」

「バースト・ロンド。」

「ぎにゃー!?」

才人がぼそっと何か呟きやがったので、軽く焦がしておきました。


「ルイズ、貴方まで…。」

「わわ、私だって、今日はもう止めようって言っていたのよ?」

その割には顔が真っ赤なわけですが。


「だ、誰?このおっかない女?」

「そこのぽっちゃり系竜騎士、おっかない女とは何ですか、おっかない女とは。
 私の名前はケティ・ド・ラ・ロッタなのです。」

ボソッと呟いた竜騎士の一人を睨みつけます。


「ぽっちゃり系…僕の名はルネ・フォンクだ。
 しかし君はその…あの、ラ・ロッタ?
 ジャイアントホーネットの…。」

本当に空を飛ぶ人には不評なのですね、我が家名は…。


「あのラ・ロッタ以外にどのラ・ロッタがいるというのですか。」

まあ、トリステインの狭い空の一角を完全に飛行不能にしているわけですから、仕方が無いのは仕方が無いのですが。


「ああやっぱり…この通り謝るから、どうか蜂はけしかけないで下さい。」

祈られても困るのです。


「ジャイアントホーネットは彼らの制空権内に近づいたらきちんと警告しますし、もし間違えて侵入してしまったとしても、攻撃せずにすぐに出て行けば攻撃はしません。
 ガリアの両用艦隊は、ジャイアントホーネットを駆逐しにやって来たのであんな事になったのですよ。
 近づいただけで肉団子にされるとか、そういう悪しき風評に惑わされないでください。
 当家領と領民にとっては、春の種蒔きや収穫作業時にも人手を貸してくれる大切な守り神様なのですから。」

「蜂が収穫するのか…。」

土を耕してもくれます、物凄いパワーなのです。


「ではルネ、この酒盛りは一旦解散なのです。
 隊舎に戻って、酒が抜けるまで来てはいけません。
 酒は百薬の長ですが、どんな薬も過ぎれば毒となります。
 戦が止まったままなのを紛らわす為とは言え、飲みっ放しではいざという時に体が動きませんよ?」

おっかないままで覚えられるのも癪なので、にっこり微笑んでみたのでした。


「酒が抜ければ、また来ても良いんだな?」

「ええ、程々であれば私も止めたりはしません。
 お酌の一つもして差し上げましょう。」

にこにこーっと笑みを浮かべたままで、私は頷いたのでした。


「それじゃまあ、良いか。
 皆、一旦帰って風呂入って寝るぞ!」

『おーっ!』

竜騎士たちは帰っていったのでした。




「ちょっと良いか?」

「何ですか、才人?」

宴の後片付けの最中、才人が話しかけて来たのでした。


「貴族は誇りの為に戦うっていうの、ケティはどう思う?」

「当然ではありませんか。
 貴族で無くても同じなのですよ、誇りの為に戦うのは。」

私がそう言うと、才人はびっくりした表情になったのでした。


「な、何でだよ、自分の命が一番大事だろ、親から授かったたった一つの宝物なんだぜ?」

「ふむ…それもまた真理なのです。」

ただ、誇りの為に戦うのは、それとは全然違うものなのですが。


「だろ、だったら…。」

「才人、貴方はルイズが目の前で殺されそうになっていて、それがどうしても己が身を差し出さないと防げない場合、どうしますか?」

才人が我が意を得たりと何か言おうとしたのを遮って、そういう問いかけをしてみました。


「え?いや、俺が咄嗟に駆けつけて防げるだけの時間があるならルイズは避けるだろ、しかも反撃するだろ余裕で。」

「嫌な現実なのですね…。」

何がどうなって、ルイズはああもグラップラー化しましたか。
虚無って不思議なのです…。


「そ、それでは質問を変えます。
 私が殺されそうになっていて、それが貴方の敵うような相手で無さそうだったら、貴方は私を見捨てて逃げますか?」

見捨てて逃げるとか言われたら泣きますよ、いやホント。


「え?いや、勿論何とか助けるさ。」

「それは何故?」

『暇人の学問』こと、哲学の時間なのですよ~。


「え?いや、ケティには今まで散々お世話になっているし、それにピンチの女の子助けなきゃ男が廃るってもんだろ。」

「ふむ、矢張り才人も誇りの為に戦うのではありませんか。」

『誇り』って括ってしまうと、何だか見栄の為に戦っている様に聞こえますが、そんな事は無いのですよね。


「へ?」

「私への義理の為と、女の子を助けなきゃっていう義務感の為でしょう?
 そういうのも貴族的な言い方をすれば、『誇り』ってやつなのですよ。」

まあ、見栄の為だけに戦う人も居るかもしれませんが、幾ら見栄っ張りなトリステインの貴族でもそこまで見栄っ張りな人はそうは居ないのです。


「例えばなのです。
 その時、才人は躊躇って、結果として私が殺されてしまったとします、もしそうな…。」

「躊躇ったりなんかしない、そんな事をしたら俺は俺で無くなっちまう。
 俺の目の前でケティが危険な目に遭っているなら、俺は必ず助ける。」

ガシッと肩を掴んで、才人は真剣な目で私に言ったのでした。


「あ、有り難う御座います…。」

こ、これは照れるのですね…。


「人が他の場所片付けている間に、何でケティを口説いてんのよ、あんたは…。」

いつの間にやらルイズが来ていて、私と才人を半眼で睨み付けていたのでした。


「ああいやルイズ、別にいちゃついてたとか、そんなんじゃなくてだな。」

「ハッ、黙りなさいバカ犬。
 女の子の肩掴んで『俺は君を必ず助けるぜアモーレ』とか、今どきロマリア人でもやらないベッタベタの口説き文句じゃない。」

ふむ、才人はラブコメ主人公属性ですから、ごくごくナチュラルに自覚無く女の子を口説くのですよね。


「そ、そんな無駄に情熱的な事は言っていない!」

「やかましい却下!そして処刑!」

「は、話せばわか、ぎゃー!!」

私が口を挟む暇すらなく、ルイズの拳が光って唸ったのでした。




「なるほど、そういう話だったのね。」

「そういう話だったのです。」

鉄風雷火の如き暴虐の後、落ち着いたルイズにかくかくしかじかと話をしたのでした。


「殴ってから納得するんじゃねえよ…がくっ。」

あ、死んだ…南無南無。


「貴族の名誉の話だったわね。」

「ええ、それを才人に分かりやすく説明している最中だったのですが、何時の間にやらこんな具合に。」

惨めな肉塊と化した才人を指差したのでした。


「う…御免なさい。」

「……………。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「…あー、死ぬかと思った。」

「おお、蘇生しましたか。」

しばしの沈黙の後、才人が起き上がったのでした。
暴虐の痕は何処へやら?すっかり復活なのです。


「竜騎士の奴ら名誉の為名誉の為って言っているけれども、名誉の為に戦ったり死んだりするってのが、よく理解できねえんだよ、俺は。」

「だから何度も言っているでしょ、名誉は貴族にとって、とっても大事なものなの。」

「だから、それだけじゃわかんねえから、ケティに聞いたんだろうが。」

ルイズはなまじ理解力があるのに生活環境がコミュニケーション不足だったものですから、他人に自分が理解した事を伝えるのが大の苦手なのですよね。
つまりアレです、ルイズが端的に語るのは長嶋語の一種なのですよ。


「あーもう、何でわからないのかしらね、貴族にとって名誉ってのはクッと来てバッとあってスイスイッというものなのよ!」

本当に長嶋語で来るとは思いもよりませんでしたが…。


「だから、そんな意味不明な擬音使われたら、余計にわかんねえよ!」

「だからもう、何でわかんないの!
 ヒュッとしてスッとなってシュルルッとあるのが当然なのよ!」

ルイズは大げさに身振り手振りをしますが、そのせいで余計に意味不明感が…。
言いたい事は何となくわからなくも無いですが、やっぱり何言っているのか意味不明なのです。


「やっぱりケティ、さっきの続き。」

「何でよ!」

「…ふむ、ですから才人は私の命の危機があった時には、私をその身に代えても守ってくれるということでしょう?」

才人に説明を無視されたルイズが若干機嫌悪そうなのです…ルイズの説明下手はどうにかしないといけませんね。


「ああ。」

「つまり、そういう事なのですよ。
 貴族はそれらを総括して『名誉』などと呼びますが、根底にあるのは引く事の出来ない義理人情だったり義務感だったり使命感だったりするのです。」

まあ、義理人情やら義務感やら使命感やらを全部『名誉』という言葉に置き換えてしまうというのは、いかにもトリステイン貴族らしい見栄っ張りな言い回しなのですが。


「そういう事を言いたかったわけか?」

才人がルイズに尋ねると、ルイズはコクコクと頷いたのでした。


「うん…と言うか、私も散々同じ事言っていたじゃない?」

「ルイズのは擬音が多過ぎんだよ…兎に角、何となくだけどわかった。」

何となく要領を得たといった感じで、才人は頷いたのでした。


「でもそれだとだ、あいつら…竜騎士隊の連中の名誉って?」

「立身出世の事でしょうね。
 戦場で華々しく戦って、武功を立てて出世して給料上げて…家族や恋人の為なのです。」

私がそう言うと、才人は首を傾げます。


「いやでもさ、死んじまったらそれまでだろうに。」

「ええ、そうですね。
 どんなに出世しようが、どんなに勲章貰おうが、死んでしまえばハイそれまでヨなのが軍人なのです。
 戦うのが仕事なのですから、死ぬのも仕事のうちなのですよ。」

誰かが勝てば、誰かが負けますし、誰かが生き残れば、誰かが死ぬのです。


「う…因果な商売だな、おい。」

「才人も現在それに加担しているのですから、立場は一緒なのですよ?」

「そうでした…。」

私の指摘に、才人は肩を落としたのでした。


「うーん、成る程。
 そう言えば良かったのね。
 こんなに簡単に才人を言い負かすだなんて、さすがケティ。」

ルイズは何故か異様に感心しているのです。


「いや、説明の大半が擬音で無ければ、多分理解出来たと思うんだが。」

「ご主人様の言う事なんだから、ちゃんと理解しなさい。」

そんな御無体な…。


「ミス・ヴァリエール、お風呂が炊けました。」

部屋に入って来て私達の話を聞いていたシエスタが、ルイズの無茶振りを逸らす為に、そう口走ったのでした。


「お風呂…うん、何だか酒臭し入った方が良いわね。
 ケティはどうする?」

「ふむ…では一緒に入りましょう。
 シエスタはどうしますか?」

「あ、はい、お二人の御髪を洗わせていただきます!」

いや、私は一人で洗うから良いのですが、ルイズの髪は洗って貰った方が楽そうなのです。


「そんなわけで…覗いたら潰すわよ?」

ルイズは才人の方を向くと、軽く睨んだのでした。


「覗かねえよ!俺をなんだと思ってんだ?」

そう才人が言ったので、私達は顔を見合わせたのでした。


「何だと思ってんだって…ねえ?」

ルイズは襲われた事ありますしねえ。


「今更、何言っていやがるのですか?」

私も着替えを散々見られましたし。


「私はサイトさんを信じたいのですけれども。
 ここはお二人に合わせないと空気読めないと言いますか。」

せーの。


『スケベ。』

「やっぱりそういう評価かよ!?」

才人は頭を抱えたのでした。



「中々広い浴場なのですね。」

私ケティこと、普通の領地持ち貴族の意見。


「普通じゃない?」

大貴族のルイズの意見。


「ううっ、まさかこんな貴族様のお風呂に入れるだなんて。」

そして一般庶民でも、そこそこ裕福な家の娘であるシエスタの意見。
ちなみにシエスタは私達の髪や体を洗うだけで、自分は使用人用の風呂に入るつもりだったのですが、そんな面倒なことをせずに一緒に入っちまえとルイズと二人でメイド服を剥ぎ取ったのでした。


「こういうお風呂は初めてなのですか?」

「はい、こんな彫刻が彫られてハーブが入ったお風呂に入るのなんて、初めてです。」

庶民は普通蒸し風呂か、浴槽があってもそんなに広くないですからね…。
私は断然一人で浸かれるお風呂のほうが良いのですが。


「しかしアレね、あんたら私に喧嘩売ってるわけ?」

ルイズの表情が優れないのです。


「何がなのですか?」

「喧嘩売った覚えなんてありませんが…。」

私達がそう言うと、ルイズは憤怒の表情を浮かべて、私達の胸を鷲掴みにしたのでした。


「いっこ上なだけと年下の癖に、何でこの、脂肪の塊が、こんなに、大きいのよ!」

「きゃっ、何を!?」

「あいたたたた!あんまり強く掴まないで欲しいのです。」

私とシエスタは思わず悲鳴を上げたのでした。
痛覚が通っていないわけでは無いのですから、強く掴まれれば当然痛いのですよ。


「だって、ずるいんだもん。」

「いや、ずるいと言われましても、こればかりは親から授かった体なので何とも言いようが。」

拗ねられても困るのですよ。


「ねえ、あんた達、どうやってソレ大きくしたの?」

「ええと、別に何か努力をしたわけじゃあ。」

シエスタも困惑しているのです。


「ケティ、質問。」

「はい、何なのですか?」

ルイズが手を上げて質問してきたので、思わず当ててしまいました。


「胸を大きくするにはどうしたら良いのかしら?」

「胸の大きい母親から生まれて下さい。」

色々と風説がありますが、実のところ遺伝子に任せるしかなかったりするのです。


「ええと…それしか無いの?」

「はい、実はそれでも結構賭けなのです。」

どっちの親の遺伝子が出るかは未知数ですからねぇ…うちの家でも背があまり高くなくて胸がそこそこ大きい私やエトワール姉さまみたいなタイプと、背が高くてモデル体系なジゼル姉さまやリュビ姉さまみたいなタイプに分かれるのです。
ジョゼ姉さまみたいに背が高くて見事な巨乳という、いいとこ取りな人はなかなか生まれないのですよね。


「全然駄目じゃない、というか、生まれ直すとか無理だし。
 生まれ直しても、うちのお母様あまり胸大きくないし。」

全然駄目とか言われましても…。


「揉まれると大きくなると聞いた事があります。」

「成る程…ケティ、事の真偽は?」

いや、真偽は?とか言われましても。


「うーん、まあ、血行が良くなれば、成長が若干促進される可能性はあるといえばある筈なのです。」

物凄く若干ですが。


「本当!?」

ルイズのぎらぎら光る目が怖いのですよ。


「ただ、やるとなると一日に何回も揉まないと、効果は出ないような気がするのですよ。
 しかも、うまくやらないと形が崩れる可能性もあるのです。
 正直な話、骨折り損のくたびれもうけになるので、やらない方が良いかなと。」

「駄目なのね…。」

ルイズはがっくり肩を落としたのでした。


「牛乳を飲むとか?」

「ケティ?」

私ゃウィキペディアかなんかですか?


「牛乳飲んで胸が大きくなるなら、肉でも大して変わらないのです。」

「これも駄目…。」

ルイズはまたしても肩を落とします。


「何か、良い方法は無いの?」

「正直な話、無いとしか言い様が無いのです…そもそも、ルイズはそこそこあるではありませんか、胸。」

そう、ルイズは自分の胸を矢鱈卑下していますが、こうして見てみると普通にあるのですよね。
確かに全体的に華奢ですが、背が低いので胸囲が小さくても出るものはそこそこ出ているのです。
原作でタバサと自分が被るとか言っていますが、タバサなんか本当に僅かしか無いのですよ、ぺたーん、つるーん、なのです。
それどころかルイズは全体的なバランスで言えば、見た感じモンモランシーやジゼル姉さまよりも大きいのです。
あの3人とはお風呂で良く一緒になる私が言っているのですから、間違いないのです。
あと、ついでに言えばシエスタは私と同じ83サントなんて絶対嘘なのです、測ったメジャーが安物だったのでしょう。
アレは私の見立てによれば、あと5サントは大きい…つまり88サントなのですよ。
ああ夢の88、アハトアハトは理想郷なのです。


「わたしはせめてちい姉さま並みになりたいの!」

「…強欲は罪なのですよ、ルイズ?」

私はそう言って、ルイズの肩をポンポンと叩いてみます。


「そうですよ、ミス・ヴァリエール。
 全く無い人とかが聞いたら、富める者の我儘だと思われてしまいます。」

「あんた達は規格外にでかいから、余裕でそんな事が言えるのよ!」

シエスタも宥めますが、ルイズはムキーと怒っているのです。


「だいたい、何であんた達はそんなにでかいのよ!」

そう言って、ルイズは私とシエスタの胸を指差したのでした。


「私の母もそうだったからとしか言い様が無いのです。」

「私も同じです。」

遺伝子って、本当に不思議なのですよ。


「理不尽だわ、ちい姉さまは大きいのに…。」

ルイズはそう言って、くず折れたのでした。


「良いではないですか、ルイズはとても可愛らしいのですから。」

「私が、可愛い…?」

私から見たら超絶美少女なのに、自覚無しですか、そうですか。


「私の調べた限りでは、院内で可愛いと言われている女の子の一人でしたよ、ルイズは。
 しかも常に五指以内に入っていました。」

「う、嘘よ!私魔法が使えないから、莫迦にされていたのよ?」
 
それが嘘で無いのが、人の心の複雑さと言いましょうか。


「男子がルイズをからかっていたのは、莫迦にしていたというのもありますが、ルイズに覚えて欲しいからなのですよ。
 女子に関しては…まあ、嫉妬なのですね。
 魔法の才能が無いのに、私達より可愛いなんてきぃ悔しいといった感じで。」

魔法が上手く使えない貴族、しかも公爵令嬢で美少女…まあ正直な話、ルイズは侮蔑ではなくて困惑に包まれていたのですよね。
私だって同級生にそんな娘が居て、何も事情を知らなければ扱いに困ったでしょうし。


「そんなわけで、ルイズは人も羨む可愛らしさの持ち主なのですから、安心してください。」

「そ、そうなのかな、えへへへへ。」

ルイズはにへら~と笑い始めたのでした。


「髪の毛だって綺麗ですし、私みたいに何処にでも居るような髪の色ではありませんし。
 ルイズはもっと、己に自信を持つべきなのです。」

「な、何だか自信が湧いてきたわ…くっちゅん!」

いかに風呂場とは言え、裸でくっちゃべっていたら、流石に冷えますか…。


「はい、ミス・ヴァリエールはそちらに座ってください。
 御髪を洗わせていただきます。」

私もさっさと体とかみ洗って、湯船に浸かるとしましょう…。




「うーん、良い湯でした。」

旅の疲れもすっかり取れたのです。


「すっきりしたわね。」

まだお酒が残っているルイズは、顔が真っ赤なわけなのですが。


「お風呂から出て、こんなに良い匂いになったの初めてです。」

シエスタはシエスタで、自分の匂いを嗅いでうっとりしていますし。


「酷い、覗かないって言ったのに…。」

そして才人はバインドの魔法で簀巻きにされて、廊下に転がされていたのでした。


「いえ、才人なら何か物理法則の限界を超えて、私達のいた浴室にダイブしていてもおかしくは無いのです。」

「俺は一体ナニモンだ…。」

ラブコメ系主人公属性の持ち主なのですよ。
ですから入浴時には簀巻きにでもしておかないと、何時エロハプニングの犠牲になるか知れないのです。


「まあ気にしない気にしない。
 拘束を解きますから、才人もお風呂に入ってきてください。」

「おっ、センキュー。」

バインドの魔法で簀巻き状態だった才人を開放したのでした。
そしてそのまま浴室の脱衣場へ…脱衣所?
嫌な予感が…と、扉の向こうでずっこけたような音がしたのでした。


「うわ、何だこの布…なんでパンツがこんな所にー!?」

「誰のパンツ!?」

慌てて脱衣所に引き返した私達の目に入ったのは、下着を纏めて置いた籠をひっくり返したのか、私のブラを頭に被って右手でルイズのパンツをつまみ左手にシエスタのパンツを握り締めた才人の姿なのでした。


「ラブコメ系主人公属性持ち相手に、下着を放ったらかして置いたのは失策でした…。」

シエスタが後で纏めて洗うからと言う事で、見えないようにして纏めて置いたのですが。
どうしてずっこけて偶然そこに飛び込みますか…。


「よしわかった、死刑ねあんた。」

「ちょ、待てルイズ!
 これはコケた弾みに何故か起こった不幸な事故であってだな!」

闘気みたいな何かに身を包んだルイズが、ゴキゴキっと拳を鳴らしているのです。


「申し開きは拳で聞くわ。」

「はんぶらび!」

ちょっと気を抜くと、すぐに落とし穴あり…ラブコメ系主人公属性恐るべしなのです。



夜中、そろそろ寝ようとしていた私の部屋に、コンコンとノックの音が響いたのでした。


「はい、どなたなのですか?」

「わたし、ルイズ。」

何か相談事でしょうか?


「はいどうぞ…ぶふぉ!?」

わ、ワイン飲んでいなくて良かったのですよ。


「ど、どうしたの?」

「どうしたのって、なんつー恰好をしているのですか?」

裸マントで夜の部屋に来訪とか、貴方は私に何を求めているのですか、ルイズ。


「じ、実は、何時も着ていたネグリジェが一着しか無くって、それを洗濯に出しちゃって…。」

「私のがありますから、それを着てください。
 寝巻が無いからって、裸マントで出歩く人がいますか!」

そこはブラウスとかでしょう、常識的に考えて。
時々、物凄く大胆な事をするのですね、ルイズは。


「用事というのは、寝巻を貸して欲しいという事だったのですか?」

「それもあったんだけれども、サイトの事とか…ね。」

私が差し出した寝巻を着ながら、ルイズはちょっと言い難そうに私を見るのです。


「わたし、男の子だったら良かったのに。」

「ルイズが男の娘だったら色々と大変なのですよ…。」

ルイズの容姿で男の子…ううむ、才人が衆道一直線になる展開しか思い浮かばないのです。
うふ、うふふふふ、これはちょっといけてるかも…って、私は何を考えているのですか!?


「何か、変な想像していない…?」

「ななな何をおっしゃる鰻さん。
 私は何にも変な事など考えていないのです!」

まさか男の娘ルイズと才人のBL妄想してしまうとは…己が事とはいえ、乙女脳恐るべし。
何よりもおぞましいのが、私自身がカップリングによってはBLもいけるクチだったという事実でしょうか…。


「だって、酒宴の最中サイトったら私の方なんか見もしないで、男の子達に混ざって、楽しそうにして。
 私にはああいう笑顔見せてくれないのに。」

「いや、好きな相手に友達向けの笑顔見せられたら、かなりの衝撃なのですが…。
 『君は異性として眼中に無い』と、言外に言われるようなものですし。」

「そうなの?」

ルイズは不思議そうに首を傾げているのです。


「そうなのです。」

「そうなんだ。」

もしそうなったら、フラれるフラれない以前の話なのですよ。


「男の子は男の子同士で、気楽な会話を楽しむものなのですよ。
 そこに女の子が入り込むのは無粋というものなのです。」

時々、そういう場に入っていける娘も居ますが、そういうのは希少ですし。


「でも、羨ましい。」

「でも男の子の会話って矢鱈と堅苦しいか、知らない人の話か、そうでなければ下品な内容が多いでしょう?」

政治の話か友達の話か性的な話か、政治や友達の話は兎に角、異性と性的な話をするのは結構恥ずかしいのですが。


「もうちょっと、おしゃれの話とかもすれば良いのにね。」

「それはチャラ男の集団みたいで、ぶっちゃけ嫌なのですが…。」

まあそんなわけで、男同士と女同士の会話は、基本的に相いれないものなのです。


「ケティって、男の子の事もわかるのね。」

まあ、前世の人の記憶がありますから、わりと分かるのです。
とは言え記憶は記憶で、私の脳は女ですから、理解しきれない部分もあるのですよ。
ワルドの事とか…アレは脳味噌の構造がどうなっているのやら。


「…ねえ、これも前からずっと聞きたかったのだけれども。」

ルイズは私の目をまっすぐ見て、次の言葉を放ったのでした。


「ケティって、サイトの事が好きでしょ?」

「え?あ、ええと…?」

ど、どう返答しましょう…?



[7277] 第三十七話 才人はお酒を飲まない方が良いと思うのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/06/19 00:40
「あ、あーあの、えーと?」

汗がぶわっと噴出してきたのでした。


「い、いきなり何を?」

「だから、ケティは才人の事が好きでしょ?」

修羅場?これがひょっとして修羅場って奴なのでしょうか?


「はっきり教えて。」

「わ、私は…。」

ここははっきり言うべきか、言わざるべきか。


「才人の事を…。」

本来なら迷うところですが、ルイズがはっきり言って欲しいと尋ねてきているのですから、私もそれには応えないと。


「大事な友達だと思っているのです。」

あ、あれ…?
何で、何で何で何で!?


「え…本当に!?」

「え、ええ、才人は私の大切な親友なのです。」

意思と言葉が直結しない、この私が、ケティ・ド・ラ・ロッタが、意思を口に出せない…どうして!?


「そ、そうなんだ…。」

「だいたい、私はルイズが才人と結ばれるように応援しているのですよ。
 私が才人をあ…あい…愛してしまったら、それこそ本末転倒ではありませんか?」

ルイズがほっとしているのを見て、私もほっとしているのを感じます。
この口から生まれてきたような私が、何で本音を語るのを恐れているのでしょうか?
ん?恐れている?私は恐れているのですか?何故?


「で、でも、ケティは才人を目で追っているじゃない?」

「そりゃもう、今までも気を抜くと散々セクハラされましたから。
 見張っておかなきゃ駄目ではありませんか?」

何故も何も有りませんか、私は知っているのですから…何をしようが私の目の前の少女が全て持っていく事を。
才人が主人公でルイズはヒロイン、そして私は本来ただのモブ、賑やかしでしかないのです。
その証拠に、私が関わった事で世界は本来の道から多少ズレつつはありますが、二人が辿っている大筋は今のところ何一つ変わっていない。


「あ、安心したわ…ケティが相手だと、私勝てる自身が無いもの。」

「はいはい、安心してください。
 才人が好きならはっきり言わないと、シエスタあたりに掻っ攫われるかもしれないのですよ?」

いや、こんなのも誤魔化しでしかないのかもしれません。
私はかつてギーシュとモンモランシーの関係から、半ば意図的に注意を逸らしたのですから。
私はギーシュ達から逃げたように、才人達からも逃げようとしているのでしょうか…?


「はう、それはありえるわ、あのバカメイドならありえるわ。
 忠告有り難うケティ、私、部屋に戻るわね。
 おやすみなさい。」

「はい、おやすみなさい。」

ドアがぱたりと閉じたのを確認した私は、微笑みに引き攣らせた顔から力を抜き、ベッドに倒れ込んだのでした。


「は…はは、ボクは、ボクは何をやっているんだ…?」

いやボクじゃない、私、私なんだ…いや、なのです。


「恋敵に宣戦布告の一つすら出来ずに逃げるだなんて、これじゃあか弱いどこかのお嬢様みたいじゃないか?
 いや、お嬢様だったか…そう、私は貴族のお嬢様、なのです。」

変な口調…他の女の子と一緒になるのが何となく嫌でこうする事に決めた口調…これも逃げ、なのです。
口調も態度も格好も女の子に換えて、男の感情の記憶から決別するのだと決めたのに、他の女の子と同じように喋らずに、莫迦丁寧な口調にしている。


「もうすっかり慣れ親しんだと思っていたのに、錯乱してこのザマ…か。
 矢張りボクは中途半端なんだ、男の記憶と女の心を上手くすり合わせたつもりがこんな具合、なのですよ。」

才人の事が好きなのは間違いなく、男の記憶など既に記録でしかないのに、私は何故逃げたのですか?


「枕が、濡れてる…。」

これは少女としての私の気持ちなのか、それともボクの男の記憶が男との恋愛に至るのを拒否しているのか?


「ああ、ボクは…私は、どうすればいいの?」

誰かに助けて欲しい…けれども、私がこんな人間だと知っているのは才人だけ、才人には絶対に相談できないのです。


「助けて…助けて、誰か、さいと…。」

こうしてボク…いや私の夜は過ぎて行ったのでした。







「う…なんだ、これ?」

目が覚めたら非常に具合が悪いのだけれども…。
昨日は本の執筆で遅かったからなぁ…寝不足?
今ボクは《君主考察》という本を執筆中だったりする。
これには《君主たるもの決断を躊躇してはならない、ただし熟慮を怠ってはならない》みたいな当たり前に色々な修飾をゴチャゴチャくっつけてでっち上げ…もとい考察した本で、スターリンやティトー、ケマル・パシャなんかの逸話とかを例え話にしつつ入れている。


「寝不足にしては、何かお腹にずーんと来るんだけど…。」

痛いというか、重いと言うか、倦怠感に頭のふらつき…。


「風邪がお腹にも来たかな…?」

ベッドに戻った方が良いかな、これは。


「おはよ、ケティ…って、どうしたの?」

「…あ、ジョゼ姉さま。
 いや何かね、頭が痛くて少し吐き気がして、そのうえだるくて下腹がズーンと重痛いというか…。」

「あら、おめでとう。」

人が体調悪いのに、いきなりおめでとうですかジョゼ姉さま…。


「いきなり結論から言わないで、ジョゼ姉さま。」

「貴方もやっぱり女の子なのね。」

んー…?女の子?


「多分それ、月のものよ。」

「おおぅ。」

思わず手槌を打ってしまった。
そうか、これが初潮ってやつか…おえ。


「こんなのが、これから毎月…。」

どんな罰ゲームだよ、これ。


「ケティはサフィール姉さまと似たような容姿背格好だから、重めかもね?」

しかも重めなのか…。


「和らげる方法は無いの?」

「んー、私は月のもの軽いから、時々忘れてて唐突に股から血が出て来てびっくりする事もあるくらいよ、あはは。」

つまり知らないと。
しかし背が高くて、胸が大きくて、生理が凄く軽いとか、どんなチートキャラだよジョゼ姉さま。


「経血が出る前にお母様にでも聞いて来よう…。」

「そうね、お母様に聞くのがいちばんよね。
 レビテーション。」

ボクの体は唐突に浮かび上がったのだった。


「わ、ジョゼ姉さま!?」

「だるいんでしょ?連れて行ってあげる。」

ふわふわと浮かされたまま、ボクはお母様の元まで連れて行かれたのだった。


「あら、とうとうケティもそんな歳になっちゃったのね。」

「はい、お母様。」

ボクはふわふわ浮いたまま、頷いた…って。


「…ジョゼ姉さま、降ろして。」

「だって、ふわふわ浮いてるケティが可愛くて。」

「ジゼル姉さまみたいな事を言わないで下さい、ジョゼ姉さま。」

ボクがそう言うと、ジョゼ姉さまは「可愛いのに」とか言いつつ降ろしてくれた。


「それでお母様、この痛みを抑える方法を御存じありませんでしょうか?」

「あら、ケティにも知らない事があるのね。」

生理痛の抑え方なんて、当然の事ながら前世の知識には無い。


「僕にだって、知らない事ならいくらでもあります。」

つーか、あったら逆に怖い、何者だって感じになる。


「うふふ、ごめんなさい。
 そういう時はね、体を温めるのよ。」

「体を、温める…ですか。」

成る程成る程。


「後、経血はね…。」

お母様による月経講座を暫らく聞き続けるボクなのだった。



「お母様、ありがとうございました。」

「いいのよ、それじゃ早速ドレスを仕立てなきゃね。」

ドレス…だと?


「な、何でドレスとか言う話に?」

「貴女も女になる第一歩を踏み出したのですもの。
 そろそろ男の子の格好は止めるべきじゃないかしら?」

う、うーん、それは確かにそうかもしれない。
ボクは女の子なんだから、何時までも前世の記憶に縛られたままじゃいけない筈だ。
男の格好の方が動きやすくて良いのだけれども、このままだと嫁ぎ先無さそうだし、かと言ってボクにニートとかになられてもお父様とお母様は困るだろう。
あ、そうだ、僕の事を未だに女の子みたいな名前の男と勘違いしているパウルとかはびっくりするかもな…くくく。


「そういう事であれば、ドレスを仕立ててください。」

「うふふ、腕が鳴るわ。」

「うんうん、ケティは凛々しいというよりも可愛い顔立ちだもの。
 男装よりも女の子の方が似合うわ。」

あっさり頷いたボクとそれに喜ぶお母様を見ながら、ジョゼ姉さまは頷いている。


「でも、ジゼル姉さまが知ったら気絶するかも?」

「大丈夫よ、ジゼルが好きなのはケティそのものだもの。」

うーむ、矢張りジョゼ姉さまは非常に賢い人だと思う。
勘が良いというか、物事の核心をズバリと理解する人なのだ。
だから、ジョゼ姉さまの言った事は、間違いなく事実なのだろう。


「じゃあ、早速採寸を始めましょう、お母様張り切っちゃうんだから。」

そう言って、お母様はメジャーを取りに立ち上がったのだった。







「起きてください、ルイズ。」

翌朝、私はルイズをゆさゆさ揺すっているのでした。


「ふあ…?何でケティが此処に?」

「見事に寝ぼけていますねルイズ。」

まだルイズは寝ぼけている模様…私はあまり良く眠れなかったというのに、安心してぐっすりだったのですね。


「くー…。」

「起きてください、起きないと…妹キャラっぽい起こし方しますよ?」

私はそう言いましたが、ルイズは眠ったままなのです。


「警告はしました…それでは、ルイズおねえちゃあああぁぁん!おっきろおおおおぉぉぉぉぉ!朝だよおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

《必殺!妹ダイブ!》幾多の世界で元気系妹キャラがいくつものお兄ちゃんを餌食にしてきたその攻撃を、ルイズに!
…問題は、私は本来元気系妹キャラでは無い事と、ルイズの妹では無いという事でしょうか?


「げふぁ!?」

まあつまり、私はルイズの腹の上にお尻から飛び乗ったのでした。


「おはようございます、ルイズ。」

「は、計ったわね…ケティ…ガク。」

いや全く計っていない上に、そこで息絶えられても。


「良いから起きてください、今日は作戦会議があるのでしょう?」

今日は連合軍の作戦会議があるのです。
議題は当初の目的通りに即効でロンディニウムを陥落させるのか、それともゆっくり攻めるのか…。


「ずーっと呑んでいたから、体がへとへとなのよぅ…。」

「成る程、そんな時はこれなのです。」

そう言いながら、薬瓶の蓋を外してをルイズの口に突っ込んだのでした。


「んもーっ!?」

ルイズは絶叫しますが、鼻を押さえて飲まざるを得なくすると、あっさり飲んでくれたのでした。


「体が何だかぽかぽかしてきたんだけれども…一体、何を飲ませたのよ?」

「強壮剤なのです、モンモランシー製の。」

いや流石はモンモランシー、効き目が早いのですね。
疲れている時には強壮剤、落ち込んでいる時には興奮剤、興奮している時には鎮静剤…とかやったら、テオドール・ギルベルト・モレルとか呼ばれちゃいますね。


「またろくでもないものを飲ませてくれたわね…まあいいわ、目も覚めたし。」

「では、私は食堂に行っていますから、ルイズも早く着替えてくださいね。」

「はーい。」

私は部屋から出て、ぱたりとドアを閉じたのでした。


「ほぅ…。」

何とか、冷静でいられましたか…。


「私はお友達、親友…。」

私は女で、才人は男で、ルイズは女なのです。
私のすべき事は、私の大好きな人々を手っ取り早くハッピーにする事であって、場を引っ掻き回す事ではありません…と、今はそういう事にしておきます。。
じわっと涙が出て来そうになりますが、そこをグッと堪えるのが女ってもんなのです。


「…さて、御飯を食べに行きましょうか。」

気を取り直して…。


「お、どうしたんだケティ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

し、心臓が、心臓が!?な、何者!?


「ケティ、ルイズの部屋の前で何やってんだ?」

「さささささ、才人!?」

考え事をしていたせいで、才人の気配にさっぱり気づけなかったようなのです…不覚。


「…って、何で泣いてんだケティ?」

いつも鈍いくせに、こういう時にだけ気づくとか、才人貴方はラブコメの主人公…でした。


「わわ、私が欠伸して何が悪いというのですか才人?
 悪くないでしょうええ悪くないですとも悪いというのであれば悪いという根拠を示してくださいええもう論理的に簡潔に示してください!」

「心配したら畳み掛けられた!?」

才人がびっくりして一歩引いたのでした。


「こう見えても乙女ですから、欠伸の痕など確認されたら恥ずかしいのですよ。
 それで、ルイズの部屋に何の用なのですか?」

「へ?いや、ルイズを起こしに来たんだけれども。」

ですよねー、慌てて思わず間抜けな質問をしてしまったのですよ。


「ルイズなら起きているのです。
 現在着替え中ですが…入りますか?」

「あー…物凄く悪い予感がするんで、遠慮しとく。」

才人の目が泳ぎ、ノブにかけようとしていた手が引っ込んだのでした。


「そこはあえて開くのが男と思いますが~?」

いつも通り、いつも通りに接するのです。


「俺に死ねってのか!?」

「どうせ数分で蘇生するでしょう?」

そう、いつも通り、いつも通り。


「蘇生しようが何だろうが、痛いもんは痛いの!」

「きゃっ、何を!?」

って、何で才人が私の手を掴みますか!?


「とっとと食堂に行くぞ、シエスタが飯作って待ってるから。」

「あ、あの、その…。」

何で私は離してと言えませんか!?


「ほら、キリキリ歩く!」

「あわわわわわ…。」

そのまま何も言えずに、私は才人に手を掴まれて引っ張られて行く事になったのでした。


「おはようシエスタ。」

「おはようございますサイトさ…縁切りチョーップ!」

食堂に行くと、挨拶をして出迎えてくれようとしたシエスタが、私と才人が手を繋いでいる事に気づき、素早く繋いだ手にチョップをしてきたのでした。


「うわ、何すんだよシエスタ!?」

「私というものがありながら、ミス・ロッタと手を繋いで食堂に来るなんて、不潔ですサイトさん!」

ぷりぷり怒っていますが…ナイスですシエスタ。
あのままだったら、どうなっていたことやら?


「い、いや、ケティが不穏な事を勧めるもんだから、つい。」

「ふおんなこと?」

シエスタが首を傾げています。


「ああ不穏で恐ろしいこと、口に出すのも憚られる。
 創造するだに恐ろしいから、無理やり引っ張ってきたんだよ。」

そんなに恐ろしいのですか、ルイズの折檻は…。


「なんだかわかりませんけれども、ミス・ロッタはサイトさんと手をつないじゃ駄目です!」

「ええと…いえシエスタ、私は手を繋がれた方なわけなのですが?」

言うなれば、被害者なのです。


「うふふ、頬を赤らめて目を泳がせておいて、何を言い逃れしているんですか?」

シエスタは、私の耳元に口を近づけると、そっとそう言ったのでした。


「ぬな!?」

シエスタが気づいているのはわかってますが、こんなところでそんな話しづらい話題を振って来ないで欲しいのです!


「と、と、殿方に手を握られたら、普通はこうなります!」

私はシエスタの耳に手を当てて、言い返したのでした。


「好きでないなら、普通は嫌な顔をするものですわ。」

シエスタも私の耳に手を当てて言い返してきます、ぬぅ…こっちの話題に関しては、矢張りシエスタのほうが上手ですか。


「親友なのですから、嫌いなわけが無いでしょう。
 ですから嫌悪感ではなく羞恥心が出てしまうのは、仕方が無いのです。」

「そう言い張るなら、こちらにも考えがあります。」

シエスタはそう言って離れると、才人の腕に自分の腕を絡めたのでした。


「はい、サイトさん。
 サイトさんの分はこちらです。」

「え?ああ、こっちな。」

「ぬ…。」

くくくくくクールになるのです、ケティ・ド・ラ・ロッタ。
ああ貴方はこのくらいで動揺するような娘では無い筈なのです。


「クス…やっぱり。」

あっさり見抜かれた…何故?


「ぬぬぬ…。」

うう、女として二年の差があると、こうも駄目なものなのでしょうか?


「何が『ぬぬぬ』ですか、やっぱり油断ならないです。」

「私は諸々の理由があって、シエスタのように素直には出来ないのです。
 そもそも、私は現在そういう感情を秘めておいているのに、わざわざ藪を突付いて蛇を出すつもりなのですか?」

私としては、どうにも整理が付かないので、放って置いて欲しいのですが。


「むむむ…。」

「何が『むむむ』なのですか…兎に角、この件は口出し無用で。」

私は唇の前に人差し指を立てて、喋らないようにというジェスチャーをして見せたのですが…。


「私は、そういうのは好きじゃないです。
 何事もやるなら正々堂々とするようにと、ひいお爺ちゃんからも教わりました。」

「それは貴方の流儀、私は私の流儀なのです。
 惰弱だと思いたければ、そう思って頂いても構いません…実際、気持ちの表明が出来ないのは私の惰弱さゆえ、ですから。」

どうしてこうもブレーキがかかるのか、自分自身の事ながら不可解なのです。


「う…わかりました。
 この件は胸に仕舞っておきます。」

シエスタは少々困惑しながらも、頷いてくれたのでした。


「どうしたんだよ二人とも、何かこそこそ話したりして?」

才人が不思議そうに首を傾げているのです。


「乙女には色々と秘密があるのです。
 ですよね、シエスタ?」

「え?あ、はい。
 ではミス・ロッタの分はこちらですので、席におつきください。」

私はシエスタが促してくれた席に座ったのでした。


「何だよ、隠し事とか水臭いな?」

「ほほう、才人は女の子の秘密を暴きたいのですか?」

半眼で才人を睨み付けてみます。


「エッチなのですね。」

「そ、そういう話なの!?」

才人が顔を赤くしてのけぞったのでした。


「さあ?でもエッチなのですね。」

「わ、わかった、わかったからエッチとか言うな。」

顔を真っ赤にした才人が、わたわたと手を振ったのでした。


「ふわ…みんな、おはよー。」

ルイズが欠伸を噛み殺しつつ、食堂にやって来たのでした。


「なあ男爵令嬢?公爵令嬢が、欠伸顔を隠さずに部屋にやって来たんだが?
 男爵令嬢があれだけ恥ずかしがっているのに、公爵令嬢があれなのはどういう事だ?」

誤魔化しが何となく引っ掛かっているのですか、才人?


「良かったですね才人、貴方には素顔を見せても良いと思えるくらい、ルイズは貴方への警戒心を解いているようなのです。」

ぶっちゃけ才人とルイズの場合、一緒の部屋で寝泊まりしていて今更恥じらいも何も無いような気がしますが。


「そーいうもんか?」

「ですです。」

神妙な顔でコクコク頷いておいたのでした。


「ミス・ヴァリエールはこちらですわ。」

シエスタがルイズを席に促します。


「ありがと、あんたも自分の席に座りなさい。」

「はい。」

シエスタが席に座ると、皆が一斉に朝食を摂り始めたのでした。


「…で、今日の作戦会議なんだけれども、ケティはどんな事を話すと思うかしら?」

「ゲルマニアは当初の作戦通り、速攻案で来るでしょうね。
 …とは言え、誘引策がいささか上手く行き過ぎて、ロサイスにせっかく構築した防衛陣地が全部無駄になった上に、アルビオン軍は士気が崩壊しつつあるとは言え依然無傷なわけですが。」

確かこれは、原作どおりだった筈…。


「空を埋め尽くす大艦隊は、やっぱしやり過ぎだったんじゃねーか?」

「う…やっぱりやり過ぎたかしら?」

ルイズは苦笑いを浮かべたのでした。


「お蔭様で遠征軍はたっぷりと休みを取れましたし、これはこれでありでしょう。
 ただ、これ以上のんびりしていると士気がブッ弛みますので、そろそろ戦争再開…なのです。」

「戦争再開か…嫌になるわね。」

ルイズの顔が憂鬱になったのです。


「いやほんと、憂鬱になるな…。」

才人も憂鬱そうな表情になったのでした。


「弾薬はケティんとこで作ってもらったのがあるから良いけど、あの大砲をまた使うのか?
 今度は地上に向かって…。」

蒼莱は対地攻撃には向いていないのですが、アルビオン空軍が壊滅した今となっては仕方が無いのですよね。


「城門を狙えば、恐らく一撃で破壊できる威力がありますから、攻城戦での破城槌の代わりとして使われる事になるでしょう。」

問題は、多分そうなる前に例のイベントが起こるという事…ですか。
7万に膨れ上がったアルビオン軍を才人がたった一人で食い止めるという、呂布でも無茶っぽいイベントなのです。


「私はこれを放置すべきなのか…。」

「ん?なんか言った?」

おっと、思わず口から思考が漏れていましたか?


「いえ、何でもありません。
 それで、今後連合軍が…特にゲルマニアが採る選択は…。」

私は朝食を楽しみつつ、ルイズに戦略の説明を行ったのでした。






「速攻策だ!
 ロンディニウムまで一気に進軍し、包囲し、撃滅する!
 これが我々が採り得る策の中で最善である!」

ハルデンベルグ侯爵は、開口一番そう吼えたのでした。
銀髪に同じ色の見事なカイゼル髭を蓄え、ガッチリした体格のそれはもう何というか…暑苦しい感じの御仁なのでした。


「…とまあ、最初に私は私としての結論を述べておく。
 その次に悪い知らせからだが、我が軍の兵糧は既に4週間分しかない。
 まさかロサイスを完全無欠に放棄するとは思わなんだ…とは言え、間者からの報告では敵軍の士気は急激に崩壊しつつあるらしい。
 此処は砦等を全て迂回してロンディニウムに立て篭もるアルビオン軍を包囲殲滅するべきだと思うが、ド・ポワチエ伯はいかがかね?」

ハイデンベルグ候は鼻息荒く、トリステイン軍司令官のド・ポワチエ卿に話を振ったのでした。


「そうですな…兵糧を買うにも莫大な金がかかる…長期戦はなるべく避けるべきですな。
 それに、姫様からは勇敢無比なゲルマニア軍に先陣を切っていただき、我々はそれを徹底的に支援すべしとも承っている。
 …であれば、ハイデンベルグ候の策に対してゲルマニア諸将に異存が無いのなら、我々はそれに従いますぞ。」

ド・ポワチエ卿はあっさりと頷いたのでした。


「ハイデンベルグ閣下、私は反対です。
 此処から一気にロンディニウムでは補給線が延び過ぎます。
 そこを衝かれれば、我が軍のただでさえ少ない兵糧が更に少なくなります。
 そうなれば、軍の士気を維持するのが困難になりかねません!
 最低限2~3箇所の砦を制圧して、敵の主力をおびき出す行動をとりつつ、物資の中間集積所にする事を提案いたします。」

東トリステイン系のトリステイン軍人であるウインプフェン卿が、ハイデンベルグ候の主張にいきなり異議を唱えたのでした。


「はぁ…空気読めない人ね、って言うか上官が良いって言っているのに…。」

ルイズが思わず溜息を吐きながら、隣にいる私にしか聞こえないくらいの小さな声でボソリと呟いたのでした。
とはいえ、ウインプフェン卿の発言は戦の常道ではあるのです…まともにやったら追加の兵糧を用意するのにかなりお金がかかりますが。
…姫様からの命令は、ゲルマニア側に察知されないように、司令部ではポワチエ卿しか知らないのですよね。


「いいや、そんなものは大した問題では無かろう?
 我が軍は既にアルビオンの制空権を確保しておるのだから、補給線は空から見張ればよい。
 そもそも、我々は当初の目的通り、降臨祭までには帰らねばならぬのである。」

ハイデンベルグ候がウインプフェン卿の発言に反論していますけれども、『降臨祭までに帰る』は長期戦フラグなのですが…第一次世界大戦的な意味で。


「始祖の降臨祭までに帰るつもりで始めた戦が、かつて降臨祭までに終わった例がありましょうか?
 『年越し戦争』や『長過ぎる一週間戦争』の例などからも明らかなように、急ぎ過ぎて拗らせた例ならば腐るほどありますが。」

東トリステイン系の貴族は、自分達の祖先が治めていた領土をゲルマニアに奪われてしまった者が大半なので、ゲルマニア嫌いっぷりが西トリステイン系の貴族に比べてもかなり酷いのですよね…。
これ以上彼に話させたら、話が拗れかねません。


「自らの臆病を慎重さと履き違えているようだな。
 ふん、風系統は臆病風とはよく言ったものよ。」

ちなみにウィンプフェン卿は風系統のメイジなのです。


「臆病者はそちらでしょう。
 降臨祭までに帰る事が出来ずに、奥方に叱られるのが余程怖いと見える。」

「なに?聞き捨てならぬ事を…。」

ハイデンベルグ候は奥方に頭が上がらない事で国内外に有名ですからね…軍人としては攻勢には滅茶苦茶強いタイプの…ビッテンフェルトではなくグエン・バン・ヒュー系といいますか、そんな御仁なのですが。


「ハイデンベルグ候、ウインプフェン、双方ともそのくらいにして頂きたい。」

双方が睨み合い始めた所を見計らって、ポワチエ卿が割って入ったのでした。


「ウインプフェン、私は己の出世のみがささやかな趣味という、自己保身に塗れた木端軍人でな。
 頼むから、あまり会議の場を波立てないでくれないか?」

「は?はあ…。」

何で物凄く情けない事を言いつつ、ウインプフェン卿を威圧感たっぷりに睨み付けるのですか、ポワチエ卿?
ウインプフェン卿が、わけわからなくなって戸惑っているのです。


「ハイデンベルグ候、このままロンディニウムに敵の全軍が立て篭もったままでは、当初の予定よりもロンディニウムで会う敵兵が多過ぎるのも事実。
 ここはもう少しロンディニウムに近い場所に陣取って、敵の主力を精神的に圧迫すれば少しくらいはおびき出せるのではないかと思われるが、いかがか?」

「うむ、確かに私もそれは危惧していた事ではある。
 …で、具体的には何処に陣取れば良いと思われるであろうか?」

ハイデンベルグ候は、そう言って地図(といっても、滅茶苦茶大雑把な位置関係しか書かれていないものですが)を、ポワチエ卿に手渡したのでした。


「ウインプフェン、ここを抑えられると敵が焦る…というのは何処か?」

「そうですな…。」

ポワチエ卿がそう言うと、ウインプフェン卿は一点を指差したのでした。
そこに書いてあったのは、シティ・オブ・サウスゴータという文字。


「矢張りサウスゴータかと。
 ここには近くの風石鉱山から運び込まれた風石や、食料が保管されております。
 現在サウスゴータからは物資がロンディニウムに運び出されている最中のようですが、何せ大量にあるので未だに搬出は完了していない模様です。
 ここの食料や風石を手に入れることが出来れば、我が軍は若干ながら一息つけますし…。」

「…同時に、物資を奪われたアルビオン軍は動揺すると。」

ポワチエ卿は感心したような顔をしていますが、この二人…マッチポンプなのですね?
何で、わが国はこういう狸ばっかりなのですか…。


「成る程な、それであれば数箇所もの砦を攻略するなどというまどろっこしい事をせずとも良いか…。
 しかし、サウスゴータは物資の集積地と交通の要衝を兼ねている重要拠点ゆえ、ロンディニウムほどではないにせよかなり堅牢な城塞都市と聞くが。」

ハイデンベルグ候は首をひねって唸っています。


「その為の『我々』なのです。」

あの二人の三文芝居に、私も付き合って見ますか。


「そう言えば、貴方はいったい誰かねフロイライン?」

「ケティ・ド・ラ・ロッタと申します…ミス・ヴァリエールと同じく、アンリエッタ陛下直属の侍女ですわ。」

「なんと!?」

それを聞いて、ハイデンベルグ候が目を剥いてびっくりしたのでした。
そして、それを見たポワチエ卿が、笑いを堪えて口を押さえているのです。


「それで、『我々』とは…?」

「私、ルイズ、そして彼女の使い魔である才人などが所属する組織…特務機関『オレンジ』なのです。」

「ぶーっ!?」

ルイズが隣で水代わりに出たワインを噴きましたが、無視無視。


「ちょ、ケティ、それって…。」

「大丈夫なのですルイズ、陛下からの許可はいただいているのですよ。」

ルイズに『取り敢えず合わせれ』という意思を込めつつ、微笑みかけたのでした。


「へいかが、それならちかたがないわね。」

なんという棒読み…噛んでるし。


「サウスゴータの門は、全て蒼莱が潰します。
 いかな城塞都市といえど、門を尽く破壊されては守り切る事は不可能でしょう?」

蒼莱の弾ならまだ筏に残っていますし、あれなら下手な破城槌よりも強力ですからね…パウルにあちらで今出来ている分も全部送るように手紙を送っておきますか。


「素晴らしい…貴公らの働きには我が軍も大いに助けられている。
 これからもよろしく頼みますぞ。」

「え、ええ、はい。」

感動した表情でハイデンベルグ候が、ルイズの手を握って激しく握手しているのでした。





「…と言うわけで、頑張って下さい才人。」

作戦会議で決まった事を、掻い摘んで才人に伝えたのでした。


「何だか、そんな事になったわ。」

ルイズも沈痛な面持ちで、頷きます。


「なんだそりゃ!?」

才人は頭を抱えたのでした。


「仕方が無いでしょう、手っ取り早く城塞都市を陥落させるには、全ての門を破壊してしまうのが一番なのです。
 コルベール先生が作ってくれた新兵器も、実験してみないと…。」

しかしあんなものを作っていたとは…。


「ケティが持ってきた、『猛り狂う蛇くん』とかいう、アレか?」

「ええ、2発しかありませんが、ヴィスビューの艦長に頼んで筏に運び込んでもらったので、試しに城壁に向かって撃ってみてください。」

このファンタジーなハルキゲニアで、あの人だけが相変わらず未来に生きているのです…。


「おいっすー!」

私達がそんな事を話している間に、ぽっちゃり系竜騎士がやってきたのでした。


「ええと、ぽっちゃり系竜騎士…じゃなくて、ジャン・ルイでしたか?」

「なんだそのいつの間にか撃墜されていそうな名前は!?
 俺の名はルネ・フォンクだ!」

ぽっちゃり系竜騎士は、そう言いながら、私に酒瓶を渡したのでした。


「これは?」

「ゲルマニア軍から、あんた達に差し入れだと…しかもハイデンベルグ候直々だぜ。
 あんたらの所にうちの竜騎士隊総出で届けに来たんだ。」

ぽっちゃり系竜騎士はそう言うと、私を見たのでした。


「…で、今度は何やるんだ?
 いい話なら、俺達にも一枚噛ませてくれよ?」

「今回も蒼莱が無いと出来ない任務ですから、それはちょっと無理なのですね。」

流石に風竜のブレスでは、城門破壊は無理ですし。


「ちぇー…それは残念。
 …まあ、それは兎に角だ、食いもんがいっぱい来たんだ、しかもあんたらじゃあ食いきれないような量が。」

「サウスゴータ進攻前にもうひと呑み…ですか?」

私が半眼になると、ルネはびくっと顔を引き攣らせたのでした。


「だ、駄目か?でもそれだと折角の食料が…。」

「駄目だとは言いませんよ、今夜は皆で飲みましょう。」

ゲルマニア軍からの差し入れは、おそらく遠征軍では貴重な生の食料や、ハムやソーセージといった干し肉よりも上等な保存食でしょう。


「折角の差し入れを、痛ませてしまっては勿体無いですし。」

「…いいのか?」

何故に、そんな恐る恐るなのですか?


「…あんた、意外と話がわかる?」

いや、だから何で疑問系なのですか?


「ひょっとして、私を物凄い堅物か何かと勘違いしていやしませんか?」

「いやだって、宴席にいきなり火魔法ぶっ放す女だぜ?」

成る程…って。


「一週間ぶっ続けで宴会して部屋汚しっぱなしにしている状態を、誰かが怒らなかったら収拾が付かないではありませんか。」

皆泥酔していたので、喝を入れる必要があったというわけなのです。


「いやだからって、いきなり火魔法は…。」

「何か言いやがりましたか?」

交渉に於いて、笑顔は大事なのですよ。


「い…いや、何でも無い、です、はい。」

ほら、笑顔を浮かべれば、皆友好的になってくれるのです…ねっ★




「はーい、出来ましたよー♪」

「どんどん食べてくださいねー♪」

シエスタと一緒に運び込まれた食材を調理し、どんどん持って行きます。


『おーっ!』

竜騎士たちが歓声を上げているのです。


「お、俺、男爵家の女の子の手料理食うの初めてです。」

「安心しろ、俺もだ。
 しかし男爵家のお嬢様でも、料理って作るんだな…。」

何だか、妙な感動を与えている模様…いや、うちは男爵家でも多分に庶民的な家なのですが。。
ちなみに彼らは軍人になる事で、エスクァイアという一代限りの貴族の身分を保証されているメイジなのですよ。
階級としてはギリギリ貴族、ほとんど平民という人々なのです。
ですから、何と言いますか…。


「わはははははは!
 何だかやっぱり気が合うなお前ら!」

「おう、気が合うな、まあ呑め!」

学院に通う貴族の子弟とは違って非常に庶民な人々なので、才人と気が合う事気が合う事…。


「才人、楽しむのは良いですが、あっちは良いのですか…?」

ルイズに目を向けると、オッドアイの美少年が彼女のお酌をしているのです。


「さあ、お嬢様、もう一杯どうぞ。」

「あ、有り難う…。」

ふむぅ…髪がピンクや空色の人は見ていますが、オッドアイは始めて見たのですよ。
あれがジュリオ・チェザーレ…ね。


「…くぅ、辛い現実から逃げさせてくれ。
 こんなあっさりルイズが俺から乗り換えるだなんて。
 イケメンなんて、イケメンなんて、爆発すれば良いんだ。」

「いや、才人の目が曇りまくっていると思うのですがー?」

ルイズは確かに滅多に見ないレベルの美男子を見て少々照れてはいますが、ぶっちゃけめっちゃ困惑しているのです。


「いや、あれは男に惚れた女の目だ、間違いないね。」

「矢鱈気障なロマリア男と二人きりにされたせいで、基本的に人見知りの激しいルイズが目を白黒させているだけに見えますが。」

ルイズから助けてオーラが出ているのに気づきませんか?才人?


「ケティ慰めないでくれ、俺は振られたんだ。」

「そうですか、わかりました根性無し。
 そこで好きなだけクダ巻いていやがれなのです。」

前もそうでしたが、才人は酔っ払うと異常なくらい自信を無くすというか…フラれ上戸?
わけのわからない酒癖なのですね。


「…さてと、私もルイズのところに行きますか。」

才人は役に立たないようなので、私がルイズを助けてきますか。


「ケティにまでフラれた!?
 俺の人生オワタ、もう樹海行くしか。」

はいはいわろすわろす…そもそも、どうやってハルケギニアから富士樹海に行くつもりなのですかと。


「シエスタ。」

「はい、何ですかミス・ロッタ?」

私が声をかけると、シエスタがとことこやってきたのでした。


「料理は運び終えましたよね?」

「ええ、全部運び終わっていますわ。」

シエスタはこくりと頷きます。


「では、暫く才人の相手でもしてあげてください…多分、うんざりすると思いますが。」
 
「大丈夫です、任せてください!
 酔っ払いの相手はこれでも慣れているんですよ。」

シエスタは力瘤を作って見せてくれたのでした…何故に?

「でも良いんですか?
 私、サイトさんの心の隙間を突っ突いちゃうかも…ですよ?
 そして取っちゃったりして。」

「シエスタ…。」

私はシエスタの肩をポンポンと叩いたのでした。

「…戦わなきゃ、現実と。」

「どういう現実と戦わなきゃいけないんですかっ!?
 哀れみの視線を送らないでくださいっ!」

いやだって、いつもアプローチが大胆過ぎて才人ドン引きじゃないですか、シエスタ。


「人間、知らない方が良い事だって結構あるのですよ。」

「うぅ…凄く不安になってきたんですが。」

シエスタは大胆に迫るタイミングが、才人がその気になる前よりも早過ぎると思うのです…教えてあげませんが。


「では、私はロマリア男からルイズを救出に行ってきます。」

「はい、御武運を…。」

シエスタは肩を落としながら私を送り出してくれたのでした。


「ルイズ、楽しんでいますか?」

「あ、ケティ。」

ルイズは私を見て笑顔を見せましたが、才人の方を見て眉を顰めたのでした。


「あのバカメイド…。」

「才人は泥酔状態ですから、シエスタに任せて放って置きましょう。
 あの状態だと、たぶんまともな受け答えは出来ませんよ?」

正直、あの状態では処置無しなのですよ。


「さて、貴方のお名前を伺っていませんでしたねロマリア人?」

「可憐な人、僕も君の名を聞いてはいないな?」

ふむ、やはり間近で見るとよりいっそう面白いといいますか。


「私の名はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「僕の名はジュリオ、ジュリオ・チェザーレとお呼びください。」

ジュリオが右手を差し出してきたので、握手するのかとでも思って左手を差し出したら、素早く跪いて手の甲に軽くキスをしてきたのでした。


「な!?手を許した覚えはありませんが?」

「失礼、あまりにも美しい手だったものでね。
 そう…うちの恥部との繋がりがある人の手には見えない美しさだ。」

ジュリオはそう言って、私にウインクして微笑んで見せたのでした。
『お前のルートは知っているが、わざと泳がせているんだ』ですか。


「あら、貴方の言う恥部が何なのかは知りませんが、褒めていただけて光栄なのです。」

はぁ…この人との会話は胃が痛くなりそうなのですよ…。



[7277]  幕間37.1 漆黒の女王、情熱の娘
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/07/01 06:57
「では、こちらはこのように。」

「はっ。」

アンリエッタがサインした書類を、官僚が受け取って立ち去る。
ここは何時もの執務室ではない。
王城にある小さいながらも豪奢な聖堂である。
アンリエッタはこの豪華な聖堂の装飾品も含めて城の装飾品を片っ端から売り払おうとしたのだが、ケティに止められた経緯がある。
ケティ曰く『王城の装飾品とは、国力を誇示する為のものなのです。』
つまり王城の装飾品とは『我が国ではこれだけの品を飾っておく余裕があります』という、外交上のハッタリでもあるので気安く売り払ってはいけないという事だった。
まあそんなわけで、アンリエッタとしては好きで絢爛豪華に飾り立てているわけでも無かったりする。
庶民には通じにくいが、見栄とハッタリは王侯貴族や金持ちやヤクザの世界では大事なのだ。


「しかし陛下、わざわざこのような所で執務をなさらなくても。」

マザリーニは窘めるようにアンリエッタに言った。


「あら、どうしてかしら枢機卿?」

そう返しつつも、アンリエッタの目と手は止まらない。
ちなみにアンリエッタは現在、全身黒尽くめの喪服姿。
あまり多くは語らないが、黒さが際立っていた。


「始祖は『聖堂で仕事をしてはいけない』とか、仰られていたかしら?」

「いえ、それはありませぬが…私も聖職者の端くれとして申させて頂けば、些か不謹慎ではないかと。」

政治家としての姿が目立ち過ぎる為か、ほぼ完全に聖職者である事を忘れ去られつつあるマザリーニは溜息を吐いた。


「そうは言っても、仕事を止めて日がな一日中祈っているわけにもいかないもの。」

「い、祈ってらっしゃったのですか!?」

アンリエッタの言葉に、マザリーニは思わずのけぞった。


「あのね、私をなんだと…まあ良いわ。
 これ、何だと思う?」

アンリエッタはマザリーニに数枚綴りの書類を見せた。


「これは…戦死者名簿ですかな?」

「そう、国の為に名誉の戦死を遂げた者たちの名よ。
 戦後家族に渡される戦没者名誉百合章の授与名簿にもなっているわ。
 基本的にゲルマニアの後ろに隠れているとはいえ、矢張り犠牲無しというわけにはいかないのよね。」

アンリエッタの手が少し震えているのをマザリーニは見つけた…が、見なかった事にした。


「前途ある若者を煽てて宥めすかして死地に送って、死んだら勲章渡してハイ御終い…なんていうのは嫌なのよ。
 人の命を掌で転がす立場にある身ですもの。
 国の為に戦っている彼らの死を悼むくらいはしないと、私は何時か人を人とも思わなくなるわ。
 私は慈悲深く、かつ情け容赦無い君主になりたいの。」

「それは矛盾しているのでは?」

慈悲深いと情け容赦無いは殆ど対極みたいな言葉である。


「自分の中にある矛盾さえ御し得ないのであれば、臣下など到底御し得ないのではなくて?」

「ふむ、そうかもしれませんな。」

臣下という他人の心を御す事に比べれば、己の矛盾など大した事が無いかもしれないななどと思いつつ、マザリーニは頷く。
しかし…とマザリーニは目の前の黒尽くめの少女を見ながら思う。


(あの夢の世界の住人の様であられた御方が、この悪夢のような世界に足を踏み入れ、しかも極短期間でよくぞここまで御立派に育たれたものだ。)

アンリエッタの母がアレだっただけに、即位して仕事をしてくれるだけでも万々歳なのに、率先して仕事をどんどんこなし、メキメキと実力をつけて行く。
しかも、ケティ・ド・ラ・ロッタという掘り出し物まで見つけて来てくれたと思っている為、感動で涙がちょちょ切れそうなマザリーニだった。


「枢機卿、喪服を良く見る聖職者として、私の喪服姿はどうかしら、似合っていて?」

「似合うとは思いますが…。」

真っ黒だと、何時も出ている妙なオーラが更に強くなる感じがするのだ。
ある意味物凄く良く似合っているのかもしれないが、この歳の少女が問答無用で平伏したくなるオーラを出しているというのは、王であるとかそういう点は置いておいてどうかと思うマザリーニだった。


「姫様はやはり、白の方がお似合いかと。」

「そう…でも確かに常に黒尽くめの女王とか、英雄譚に出てくる悪役よね。」

アンリエッタは皮肉っぽくほほほと笑った…どう見ても悪役だなぁとか、マザリーニが思ったかどうかは定かではない。


「ああそうそう枢機卿、いきなり話は変わるけれども、私の夫候補は見つかったかしら?」

「陛下の指定は確かに道理に適っていますが、『賢くて控え目で家柄が良くて本人含めて一族に調子に乗りそうなものが居ない』なんて、なかなか見つかるわけが無いでしょう。」

アンリエッタのリクエストは無茶振り過ぎた。


「だって、賢く無ければ王配として表に出せないでしょ?
 女王の夫になるのであれば、ある程度の地位や名声が無いと大変だし、一族が調子に乗ったら粛清しなきゃいけないじゃない?
 いくら私でも、夫の親戚を処刑したり地下牢に放り込んだりするのは気が引けるのよ。」

「粛清が大前提とは、相変わらず問答無用ですな…。」

マザリーニの顔が思わず引き攣る。
外戚が調子に乗るのは世の常なのだが、アンリエッタは調子に乗ったら即座に粛清して引き締めるつもりらしい。


「どうにもならなくなってから引き締めても意味が無いのよ。
 不穏な芽は芽のうちに徹底的に轢き潰しておくべきだって、ケティの本にも書いてあったし。」

「彼女の本は、時々とてつもなく過激ですからな…。」

もし彼女に夫が出来たら、外戚になる者たちを呼んで待遇は一切変わらない旨を伝えねばならないなと思うマザリーニだった。
目障りな枝がある場合には先にこっそり剪定しておかないと、決断に躊躇しない彼の主君は木ごと切り倒してしまいかねない。
だからこそ彼が官僚を手足として使って予め根回しをし、主君の目につく前に穏便に済まさねばならないのだ。
まあそれが王の仕事であり、その前のクッションとなるのが大臣や官僚の本来するべき仕事なので至極当たり前なのだが。


「ケティが男だったら、事は早かったのにねえ?
 あの子の家、家柄の古さだけで言うならトリステイン屈指だし。
 良い感じに能吏が手に入るし。」

「陛下は何を言っているのですか。
 ケティ殿が聞いたら、本気で嫌がりますぞ。」

マザリーニは頭を抱える。


「…ああ、そう言えばケティにも弟がいたわね。」

アンリエッタはふと思いついたように手槌を打った。


「アルマン・ド・ラ・ロッタですな…彼はラ・ロッタ家の跡取り息子です。
 恐らくケティ殿が大反対するかと。」

「何で?」

マザリーニがそう言うと、アンリエッタは首を傾げた。


「ラ・ロッタ家は古来より男系相続となっています。
 詳しい理由はラ・ロッタの継承権を持つ者しか知らないそうですが、『山の女王』と何か関わる理由があるそうで。」

「何それ怖い。」

本当に、知らない人には何処までも謎の大魔境なラ・ロッタ領だった。





「ふおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ゲルマニアの自治都市ブレーメンにコルベールの歓喜の声が響き渡る。
もくもくと缶から噴出す蒸気、そしてボイラー、回るプロペラ、全部コルベールの大好物だったからだ。


「先生、喜び過ぎですわ。」

一緒に付いて来たキュルケは少し引きつつも、コルベールに自重を促した。


「いやしかしだねミス・ツェルプストー、この光景を見て感動しない者がいるのかね?
 魔法の力を一切使わない動力なんだよ!?」

「そうは言われても、よくわかりませんわ。」

確かに大掛かりだが、このくらいなら魔法でやって出来ない事は無いのだ。


「ようこそフルカン造船所へ、お待ちしておりましたコルベール殿。
 私の名はアルプレヒト・ルートヴィヒ・ベルブリンガー、当造船所の職人長です。」

ベルブリンガーと名乗った男は、一礼してコルベールに握手を求める。


「ジャン・コルベールです。
 しかし素晴らしいからくりですな!」

「いやお恥ずかしい、これはまだ全然未完成なのですよ。」

頬を赤らめ、ベルブリンガーは頭を掻く。


「これで、ですか?」

「ええ、ケティ様が求められた出力を出せんのです。
 いやまあ、出そうと思って出せん事は無いのですが…。」

ベルブリンガーは途方に暮れた表情になる。


「出すとどうかなってしまうんですか?」

「蒸気の圧力とタービンの回転にタービン車室が耐えられんのですよ、つまり大爆発を起こします。
 色々やってみたんですが、どうにも上手くいかなくて。」

ケティの持ってきた進んだ技術に、冶金技術の進んだゲルマニアの職人メイジですら対処が出来ない…ここに来て動力開発はどん詰まりになっていた。


「そうなのですか。
 しかし素晴らしい…このような機構を誰が思いつかれたのですかな?」

「アンナ・ファン・サクセン殿という、女性の職人らしいです。
 彼女が作ったという機構を、ここの職人が発展させてあの機構を作ったんですよ。」

ちなみに、アンナに軸流式蒸気タービンの発想を伝えて作らせたのはケティだったりする。


「その方とは、一度会って話がしてみたいものですな。
 どれどれ…確かにこの機構は、使用する部品にえらく強度が要りそうですな、ううむ…。」

「ええ、途方に暮れております。」

ベルブリンガーの言葉を聴きながら、コルベールはうんうん唸っている。


「ど、どうしたんですの、コルベール先生?」

その様子を見て、キュルケが声をかける。


「…そうか、私の作ったアレと組み合わせて…。」

しかし、コルベールはぶつぶつ呟いている。
その表情が前に学園で見た、彼が戦いに赴く時に見せた表情とダブって見えるキュルケだった。


「かっこいい…かも?」

恋多き女、キュルケの胸がキュンと高鳴った瞬間だった。


「うん、これなら強度が得られる…しかし、構造が…。」

思考の海に没入しつつあるコルベール。


「ぽーっ。」

それに見とれるキュルケ。


「変わった方々が来られたものだ。」

アルプレヒトは頭を掻いた。


「よっしゃ、漲 っ て き た !」

コルベールは大きく頷くと吼えた。


「な、何事ですか!?」

「ベルブリンガー殿、設計図の図面を引きたいのですが!」

コルベールはそう言いながらベルブリンガーの肩を掴んだ。


「ず、図面ですか?」

「はい、方式は変わりますが、蒸気を高出力の動力に変える方法、思いつきましたぞ!」

コルベールは何かティンと来たらしい。


「先生素敵!」

そしてキュルケは何かおかしい。


「それはそうとコルベール殿、こちらの女性はどなたですか?
 助手?」

ベルブリンガーは戸惑いながら、目をハートの形にしたキュルケを見る。


「え?あ、忘れていました。
 こちらの女性は…。」

「初めまして、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。」

コルベールの促しに正気に戻ったキュルケが、ベルブリンガーに優雅に一礼した。


「ツェルプストー…まさか、ツェルプストー辺境伯家!?」

ツェルプストー家の爵位は辺境伯であり、同時にゲルマニア七選帝侯の一つに数えられるゲルマニア屈指の名家である。
しかも今居る自由都市ブレーメンは、ツェルプストー家の威光によって独立を保障されている都市なのだ。


「あら、びっくりしていただけたようで嬉しいですわ。」

「し、しかし何故にツェルプストー家の方が…?」

この造船所は、機密保持の契約をしたゲルマニア人以外は、例え妻子だろうが立ち入り禁止になっている。
例え大貴族と言えど、例外は無い筈だった。


「あら、ケティから聞いていないの?
 うちも多少ながら出資する事になったのよ…もっとも、私は良く分からないのだけれどもね、あっはっは。」

キュルケはあっけらかんと笑い始める。


「良く分からないものに出資を?」

「コルダイトを作っても作り方を一切他社に公表しないケティの商会が、技術流出の危険まで冒して冶金技術の高いゲルマニアに拠点を作ったのよ。
 絶対、ゲルマニアの技術を使った面白いものに決まっているじゃない?」

そう言って、キュルケは魅力的なウインクをして見せたのだった。



[7277] 第三十八話 ジュリオに始まりジュリオに終わるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/07/15 21:45
『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守り伝える為に作られた組織
経典の原本全てを持っているのはロマリアの教皇庁だけなので、ぶっちゃけ幾らでも追加できたりするわけなのですが



『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守る敬虔なる徒が仕える組織
内情といえば、高位の坊主でも袖の下を渡せばホイホイ『保管庫』にある異世界の武器を横流ししてくれたりするわけなのですが


『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守る為にハルケギニア中に『異端審問官』を派遣している組織
我が家領にも何度か異端審問官が立ち入ろうとした事があるらしいのですよね、いずれもその後の消息は不明…無茶しやがって、なのです








「さて…二人きりになれたわけだけれども。」

そう言って、ジュリオは柔らかく微笑んで見せたのでした。


「月に照らされる君は、まるで妖精の様だね。」

「ぼちぼちでんな。」

私はジュリオのロマリア風挨拶に大阪風挨拶で返すことにしたのでした。


「ボチボチデンナ?」

「ロマリア風挨拶はいちいち面倒臭いので、普通にしてください。」

後でなら兎に角、この段階のジュリオと馴れ合うつもりはありませんし。


「や、やりにくいなぁ…普通の女性はもうちょっと僕に好意的に接してくれるんだけれども。」

「いあいあ、そんなに気落ちなさらずに。
 私の男の趣味は、世間一般からちょっぴりずれているらしいのです。」

正直な話ちょっぴりドキッとはしますが、こと交渉時にその程度で表情を変えるものですか。


「うーん…僕の目を見て、どう思う?」

「珍獣。」

オッドアイは初めてですが、別に目からビームが出るわけじゃなし。
珍しいという事以上の感慨は浮かびません。


「ち…珍獣!?」

「とても珍しいのですね、それで珍獣、珍獣ジュリオ・チェザーレ(仮)。」

私の出した感想にあっけにとられたのか、ジュリオはポカーンとしているのです。


「そ…そういう感想を抱かれたのは、生まれて初めてだよ。
 神秘的だとはよく言われるんだけれども。」

何とか立ち直ると、ジュリオは心底困惑した表情で、頬を掻いたのでした。


「うーん…そこで『ジュリオビーム!』とかの掛け声と一緒に色違いの方の目から光線を発して鳥を撃ち落したりしたら、『素敵!抱いて!』って感じに惚れるかもしれませんが?」

「さ、流石にそれは無理だよ。」

矢張り無理ですか、それは残念無念。
間近で見ると、ビーム出せそうなのに…。


「それで、私を人気のない場所まで連れ出して、何の話なのですか珍獣ジュリオ・チェザーレ(仮)。」

「その珍獣と(仮)は止めてくれないかな?」

お、頬がひくひくしているのですね。


「それでは、ジュリオ・チェザーレ(笑)では?」

「人の名前に(笑)とかつけないでくれ…。」

もうちょいで爆発しますね…うん。


「仕方がありませんね…では、カミッロ・ベンソ・コンテ・ディ・カヴールと。」

「『ジュリオ・チェザーレ』が跡形も無いよ!しかも何か長いよ!?」

同型艦の元ネタなのです。


「どうせ仮名なのですから、どうでも良いでしょう?」

「いくら仮名でも、勝手に全面改訂されたら困るよ!?」

がーっと叫ぶように、ジュリオは私にツッ込んだのでした。


「なんというツッ込み属性持ち。」

「誰がツッ込み属性持ちだっ!」

この人とコンビを組めば、お笑い界の高みまで登れそうな気がするのです。


「今の貴方がツッ込み属性持ちで無くて、何だというのですか?」

「この状況でツッ込まずにいられるか!?」

ああジュリオ、今の貴方は最高に輝いているのです。


「それで、私に話したい事とは?」

「いきなり話変えないでくれ。」

私はそれでも構いませんが…。


「いや、私と一緒に大衆芸能に一大改革を起こしたいのであれば、そっちの話を続けますが?」

「そんなつもりは無いから安心してくれ。」

それは残念。


「それじゃあ、話を戻そう…僕達は組めると思うんだが、違うかい?」

「そうですね、目的に一緒のものもありますから、その点では組めるかもしれません…が、時期尚早なのです。」

勿論『組む』とは、お笑いコンビの事では無いのですよーと。
しかし、その件は我が国でも特級クラスの機密なのですが…壁に耳あり障子に目ありとは良く言ったものなのです。
あまり考えたくありませんが、枢機卿の辺りから漏れていますか?
彼は兎に角、彼の周辺にいる聖職者とか?
諜報と一緒に防諜体制もしっかり整えて行かないといけないのですね、我が国は国土も狭けりゃ大した鉱物資源も無いのですから。
金と情報だけでもしっかり握っておかないと、これ以下に凋落したらガリアかゲルマニアに吸収されてしまいかねません。


「例の件は実際、実例を見せないと誰もわかりはしないでしょう。
 陛下は存じていらっしゃいますが、それでも完全に信じていらっしゃるかと言えば、そうではありませんし。」

姫様がいかにまっく…もとい心の強い方とはいえ、国土が天空高くすっ飛んで行くなんて事態は、あまり想像したくないものなのです。


「…つまり、暫らくは対策にかかれないというわけか、クソっ。」

「我々の間に流れる血は、まだ足りないという事なのでしょう。
 歴史はたくさんの生贄の血を求めます…私達に出来るのは、せいぜいその生贄に選ばれないように努力する事のみなのです。」

非情な話ですが、今ここで色々なイベントをすっ飛ばすと、何が起こるのか正直な話見当がつかないのですよ。


「来たる時、陛下が貴方達に味方する事だけは私が保証させていただきます。
 それまでは、お互い歴史に踊らされる道化を演じましょう。」

「はは、覚悟は出来ている…とはいえ荷が重いね、それは。」

私だって、幾人もの人間を見捨てる事になるのです…私が死ぬなり殺されるなりして、死んだ時に見る光景は地獄か、それとも?





「偵察よ、偵察。」

「はぁ…。」

翌日ルイズが、唐突にそんな事を言い始めたのでした。


「数日後にはシティ・オブ・サウスゴーダ攻略を始めるのよ。
 司令部から回って来るものだけじゃなくて、生の情報が欲しいわ。」

「まあ確かにそれがあって困らないのは確かなのですが。」

あったとして、それをどうやって処理するつもりなのですか?
トリステイン軍司令部には偵察情報を統合して分析するオクセンシェルナ方式を取り入れた参謀団が居るので、情報をかなり正確に図として書き起こせているのですが。


「それで、蒼莱を飛ばすと?」

「うん。」

成る程、成る程…。


「却下、なのです。」

「何でよ!?」

「ぐふぇ!?」

ルイズ瞬間沸騰、唸る拳、そして崩れ落ちる才人。


「…な、なんで俺?」

床に崩れ落ちたまま、呻くように才人が訊ねています。


「ケティ殴れないでしょ、死んじゃうわよ。」

「そんな思いやりがあるなら、もうちょっと俺の事も労わってくれ…がく。」

南無南無…。


「で、なんで?」

「生の情報を持ってきても、それを処理出来ない以上、司令部からの情報以上の精度にはならないのです。」

オクセンシェルナ方式恐るべしというか、一気に戦場の情報処理を数世紀進ませるとか、故ミフネ中将やり過ぎなのです…。


「う…。」

「それに蒼莱を使うのは、ガソリンが勿体無いのですよ?」

学院が閉鎖してしまったので現在、学生達の小遣い稼ぎにやって貰っていたガソリンの生産が止まってしまったのです。
残った分も私と一緒に持ってきてしまいましたし、もし無くなれば蒼莱は超々ジュラルミンの塊でしかないのです。
時間と暇を持て余す上に金銭感覚が未熟なメイジが兎に角無茶苦茶に多いという学院の環境は、ガソリン生産に於いて非常に良い環境だったのですが。
普通の職人メイジに頼むと、生産コストが…コストががががが…。


「わかったわ…ソウライを使うのは諦める。」

ルイズは肩を落として溜息を吐いたのでした。


「私ちょっと出かけるわ、じゃあね。」

「あ、はい、お気をつけて。」

そう言って、ルイズは立ち去ったのですが…。




「け、ケティ、ルイズがあのロマリア野郎と一緒に風竜に乗って出かけた!」

「ブーッ!?」

慌てて私の部屋に駆け込んできた才人に、お茶を吹くというお決まりの反応で返してしまったのでした。


「ぎゃああああああああぁぁっ!?」

「あ、あのピンク猪、納得したわけじゃあなかったのですね…。」

私は顔を押さえる才人にハンカチを手渡しつつ、左手で眉間を抑えたのでした。
蒼莱が駄目なら風竜で行きますか…何でそんなに戦況が知りたいのやら?


「しくしくしくしくしく。」

「いや才人、毒霧噴射してしまったのは謝りますが…そんな、さめざめと泣かなくても。」

才人の顔がまだ赤い…ひょっとして、まだ酒が残っていやがりますか?


「ルイズにフラれた、完全にフラれた、俺オワタ。」

「うわぁ…。」

ああもう、酔っぱらいウザい。


「大丈夫なのです、ルイズと貴方は…そう、ラブラブなのですから。」

「でもな、ルイズの奴『ちょっとイケメンと空飛んでくる』とか言ってたぞ?」

ああもう、ツンデレ面倒臭い!超面倒臭い!
何か話しているうちに拗れたのでしょうが、どうしてそういう風に抉る事しか言えませんか、あのピンク色した釘宮病感染元は!?


「だってさ、あんだけのイケメンだぜ、俺の出る幕無いというか…。」

「ぶっちゃけましょう、ルイズはイケメンなど、散々見慣れているのです!」

才人のボヤキを遮って、宣言してみたのでした。


「な、何だってー!?」

「ラ・ヴァリエール家の親戚筋は、美形揃いなのですよ。
 ルイズはイケメンなんて見慣れているのです。」

…という事にしておきます。
そんな事はいちいち調べてはいません、面倒臭いので。


「な、なんてこった。」

「ですから、才人、そんな事をいちいち気にしていては…才人ー?」

あ、あれ、逆効果でしたか?


「ふんがー!それじゃあ始めっから無理って事じゃねーか!不公平だ!イケメン爆発しろ!」

変な方向に才人がエキサイトしてるー!?


「バースト・ロンド!」

「ふんぎゃー!」

取り敢えず、才人には頭を冷やして貰う事にしたのでした。


「頭、冷えましたか?」

「燃えたのに頭冷えた、不思議…。」

頭冷えたのであれば、結構なのです。


「才人、どうします?」

「フラれたとかそういうのは兎に角として、心配だからルイズを迎えに行って来る。」

うーん、でもガソリンが…って、ええい!みみっちい事を考えている場合ではないでしょう私!


「わかりました、行きましょう。」

ぱっちゃり竜騎士…じゃなくて、確かジャン・ルイみたいな名前の竜騎士たちの人脈作って小遣い稼ぎ代わりに作ってもらえば…屁の突っ張り程度にはなる筈。


「ちなみに才人、今回の飛行で燃料をかなり使ってしまいますが、それは理解していますね?」

「ああ…でも、風竜単騎じゃ幾らなんでも危ない。」

ジュリオがいかにヴィンダールヴとは言え、危ないものは危ないのですよ。


「…ところで、何時の間にかケティも乗る事になっていないか?」

「ほほう?つまりアレなのですか?
 才人にはエンジンの爆音鳴り響く空で、発光信号無しにルイズと会話する手段があると。」

発光信号はこちらの言葉でやり取りされているせいで、翻訳魔法の適用範囲外なのですよね。


「あ…ケティも発光信号使えるの?」

「フフーフ、『こんな事もあろうかと』ってヤツなのです。
 才人は魔法で自動翻訳されたこちらの言葉を理解しているという制約が付く以上、発光信号を覚えるのは困難ですから。」

まずは文字を覚えなければいけない段階の人間に、いきなり発光信号はハードル高過ぎなのですよ。


「何で、笑い声がどっかの武器商人のお嬢様なんだよ?」

「私は一応武器も売る商会の主で、一応お嬢様なわけですが。」

いやまあ、あんな銃弾飛び交う戦場に、しょっちゅう乗り込むのは勘弁願いたいのですが。


「そうでした…話を戻すけど、すげえよな、この翻訳魔法。
 俺、最初は皆日本語でしゃべってんのかと勘違いしたくらいだもん。」

「私が才人と話している時なんか、私は日本語で話す才人の言葉を日本語で聞き取ってトリステイン語で話しかけているのですよ。
 翻訳魔法の効果が存在しない、例えば録音された音声などで聴いたら物凄くチグハグでしょうね。」

私が日本語聞き取れるのをいい事に、翻訳魔法がサボっているのですよね。
まあ多分、そっちの方が言葉の細かいニュアンスとかが伝わりやすいからでしょうが。


「…と、こんな事を話している場合じゃないのです。
 早く筏に向かいましょう。」

「おう、わかった。」

私は才人に先んじて走り始めたのですが…。


「短剣を握って走るなーっ!?」

才人が短剣を握ってガンダールヴ発動させたせいで、あっという間に抜き去られたのでした。


「すまん、急いでたから…。」

戻ってきた才人が、気まずそうに私に頭を下げつつ併走し始めたのでした。


「どうでもいいですが、デルフリンガーは?」

「ルイズに持っていかれた。」

何故ルイズが持っていくのですか。


「…何故に?」

「最近デルフで素振り一万回とかするようになったんだ、アイツ。」

それは、何と言いますか。


「ええと…才人いらない子?」

「近代兵器の操縦以外の扱いでちょっと自信無くなってきているんだから、トドメ刺すような事を言わないでくれ…。」

走りながら泣くとは器用ですね才人。


「うし、ケティには恥ずかしい目にあってもらう事に決めた。」

「へ?いや、あの、ちょ、何を!?」

私は才人に抱え上げられたのでした。


「お姫様抱っこで晒し者の刑…つーか、こっちの方が早いからこれで運ぶ。」

「た、確かに恥ずかしいのですが、これは運んでいる物も同じでは?」

うわ、陣地内を歩く人の奇異の視線が…女の子をお姫様だっこしながら常人では有り得ないスピードで走っているのですから、当然といえば当然なのですが。


「こちとら奇異の視線で見られるのは慣れてるから、全然恥ずかしくねえ。」

「ふ、吹っ切れているのですか、やりますね。」

まあ、あっちとこっちじゃ常識がまるで違いますものねえ…。


「降ろしてとか、恥ずかしがらないのな?」

「私は望む者に望む物を与えるのが大嫌いなのです。
 ついでに言えば、この方法が持ち方は兎に角、やり方としては合理的なのも理解しています。」

本音を言うとめっちゃドキドキしているわけなのですが、このくらい抑えて見せるのがレディの嗜みといいますか。


「顔、赤いけど?」

「そ、それは、見なかった事にするのが男ってものでしょう?」

失敗していましたか…才人に謀られるとは不覚。


「ええ、ええ、物凄く恥ずかしいのですよ。
 お願いですから、早く筏まで連れて行ってください。」

「お…おう。」

ミラー効果で恥ずかしさが更に上昇するので、才人まで恥ずかしそうに頬を赤らめないでください。




「…で、ルイズ達が何処に行ったのか知ってるか?」

「あがー!?」

プロペラを回す為に呪文を唱えていた最中にそんな事を言われて、思わずコックピットの風防に頭をぶつけてしまったのでした。


「いや、そんな盛大にずっこけなくても…。」

「い、一体、何処に探しに行くつもりだったのですか!?」

ルイズに行き先を聞いていなかったのですか!?


「いや、兎に角探せば見つかるかなと。」

「ええいこのスットコドッコイ!
 そんな当てずっぽうに飛んだら、幾らなんでもガソリンの無駄なのです!」

ひ、一人で行かさないで大正解でした。


「うう…適当ですまん。」

「はぁ…ルイズ達はシティ・オブ・サウスゴーダ上空に居る筈なのです。
 『クランキング!』」

蒼莱のプロペラ回す為専用の魔法…自分でアレンジしておいて何ですが、何というニッチ魔法。
恐らく、私のアレンジ魔法の中でも今まで無いくらいのニッチなニーズの為に作られた魔法なのですよ。
まあ蒼莱には、それくらいの価値はあるのですが。


「おし、エンジンかかった!」

「それじゃあ、いっちょ行ってみましょう!」

蒼莱は平らに均された筏の上を急加速し、一気に浮き上がったのでした。


「…んで、サウスゴーダって、どっちだ?」

「あっちです。」

だいたいあっちといった感じなのですが、まあそれでも大丈夫大丈夫ノープロブレム。


「オッケー、じゃあ全速力で行くぜ!」

「はい、やっちゃってください!」

私がそう言うと同時に蒼莱のエンジン音は更に激しくなり、ぐいぐいスピードが上がっていくのがわかるのです。


「学院長室で一番良い椅子かっぱらってきて据え付けただけの事はありますね、この加速でも快適快適。」

「学院長可哀想に…。」

まあつまり私が今座っている後部座席は、学院長の椅子の熟れの果てなわけですが。
全身をきっちりサポートできて、尚且つしっかりとクッションが効いた椅子が学院長の椅子しかなかったので、ルイズの権限で接収してトリスタニアにあるパウル商会の工房で加工の後、蒼莱の正式な後部座席となったのでした。
ちなみに、代わりの椅子は注文しておきました。
学院長室には新品の、前と遜色ないどころかより快適に座れる椅子が提供される予定なのです。
予定という事はつまり、注文したけどまだ届いていないのですけれども…学院長が今どんな椅子に座っているのかは謎なのです。


「何を言っているのですか才人、学院長の椅子は国家の為の礎になったのです。
 名誉でこそあれ、可哀想などという事は無いのですよ、たぶん。」

「顔を『のヮの』にして、言うこっちゃねーな…。」

バックミラーで私の顔を覗き込みつつ、才人は溜息を吐いたのでした。


「つまり才人は私が加速Gに悶える姿が見たかったと…変態。」

「俺いきなり変態認定!?」

才人は悲鳴のような声を上げると、わたわたと慌て始めたのでした。


「い、いや、そういう事じゃなくて、椅子取られた可哀想な学院長と、すっとぼけるケティの狸っぷりにだなー…。」

「狸呼ばわり…ええ、ええ、私はどうせタレ目の狸顔ですよ、悪かったですね。」

ちなみにハルケギニアはあっちの世界のヨーロッパと違って狸が生息しているので、狸顔で通じてしまったりします…うう。


「ああもう、悪かった、悪かったって!
 良いじゃねーか狸顔、可愛いって。」

「そ、そうですか!?」

才人に可愛いって言われて、素で喜んでしまう私…ううむ、自分で言うのもなんですが、乙女なのです。



「お、あれがサウスゴーダか?」

少しして、遠くに見え始めた城塞都市を見ながら、才人が尋ねて来たのでした。


「はい、この近辺であれだけの規模の城塞都市はシティ・オブ・サウスゴーダのみなのです。」

城塞都市、ロンディニウムへの門、それがシティ・オブ・サウスゴーダ。
王家の縁戚であり、かつては『王家の守り手』として知られていたサウスゴーダ侯爵家によって古来より治められてきたサウスゴーダ領の首都。
…良く考えてみたら、フーケは王家の縁戚で元侯爵令嬢なのですよね。
もしもサウスゴーダ家が復興すれば、唯一の生き残りであろう彼女がマチルダ・オブ・サウスゴーダ婦人侯爵ですか。
貴族社会にすっかり嫌気がさした彼女本人は、激しく嫌がりそうですが。
それにしても、かつての『王家の守り手』の生き残りが、一族の復讐の為に王家を滅ぼすのに手を貸したというのは、何とも皮肉な話なのです。


「ルイズ達は…あれか!?」

数十匹の風竜を巧みにかわし続ける風竜が一匹…。


「流石はヴィンダールヴといったところですか…。」

「何か言ったか!?」

思わず呟いてしまっていましたか、くわばらくわばら。


「いいえ、何も。
 それよりも才人、ルイズ達の救援を!」

「おう!」

蒼莱はドッグファイトの真っ最中なその場所に、急降下していったのでした。


「ああ、ルイズがあのイケメンにしがみついてる!?
 偵察飛行をドキドキ密着イベントにしやがって、アルビオンの連中許さん!!」

流石はガンダールヴ、無駄に目が良いのです。


「理不尽な怒りなのか、まっとうな怒りなのか、判別し難いのですね…。」

私がそう呟いた途端に12.7㎜機銃が火を噴き、風竜の頭を真っ赤な霧に変えたのでした。


「うっ…ルイズから聞いていましたが、これは…。」

風竜だけでなく、乗っていたメイジも上半身と下半身が泣き別れ…うう、内臓が、内臓が。
実家で牛の解体とかやっておいて、大正解でした。
ちなみに牛の解体をブレイドでやると、とっても手早く済ませる事が出来るのです。
こんな便利な魔法なのに、何で戦いのみに使おうとするのだか…とか、こんな感じで現実逃避をしている間に目の前で竜騎士が飛び散りーの、風竜が砕けーの、風防に血飛沫がかかりーのと、スプラッタが展開されているわけなのですが。
ナマモノ相手に機関砲は、恐ろしい結果をもたらすのですね…まあ、小口径だろうが何だろうが、死んでしまえば一緒なのですが。


「でも才人、こんな光景見ても大丈夫なのですか?」

貴方はあの平和な平和な平和ボケした日本で生まれ育ったごく普通の高校生の筈なのですが。 
 

「んー、何故か大丈夫なんだよな。
 想像したくも無いんだが、俺って人殺しの才能でもあるんだろうかって、時々悩んだりするんだぜ?
 人殺しの才能があるから、使い魔として召喚されたんじゃないかって…。」

「いや、貴方はルイズを守る為に戦っているのですから、自分の事をそんなに卑下しなくても。」

多分コントラクト・サーヴァントの呪文が『同種族の殺害』という行為への抵抗感を薄めているのだとは思いますが、才人も何でこんな事が容易く出来るのか悩んでいるのですね。


「…人殺しの才能のくだりは否定しないのな?」

「はい…才人には元々戦闘に関する何らかの才能があり、その才能とルイズとの相性の両方が優れていたが為に召喚の門が開いたのではないかという推測は可能ですから。」

この件に関しては、ある程度正直に私の思っている事を伝えないと、才人は納得しないでしょう。
そんな事は無いと幾ら伝えようが、彼は理性では納得していないにも拘らず人を殺せているのですから。


「ひでーなぁ、そういう時は嘘でもそんな事は無いって言わねえか、普通?」

「そういうあからさまな嘘は苦手で下手糞なのですよ、私は。」

苦笑を浮かべる才人に、私も苦笑で返したのでした。


「それに、今は戦争です。
 貴方の罪は全て国家が背負うべきものなのですよ。
 その為に姫様は居るのですし、姫様はその覚悟もしてらっしゃいます。」

あの歳であんな重荷を背負う事を覚悟するというのは、凄まじい事なのです。


「俺の罪はあのお姫様が背負うって事か?」

「戦争を決断したのは姫様なのです。
 いざという時には血が流れる事に躊躇せず決断し、まさかの時には全ての責任を負って罵声と石礫を浴びながら処刑台で首を落とされる覚悟をする。
 それこそが戦時に於ける国家指導者というものなのですよ。」

そして姫様はそれを受け入れている…流石は王家の血筋とでも言えば良いのでしょうか?


「それ聞いたら、気が軽くなるどころか余計気が重くなったんだが。
 俺の罪があのお姫様に擦り付けられるだなんて。」

「姫様にはその覚悟があると言ったでしょう。
 どうせ国王を裁ける存在は、国王のみなのです。
 戦時には、好きなだけ罪を姫様に擦り付けなさい。」

『戦争の時には人殺しをしても良くて、何故平時に人を殺してはいけないのか?』などという寝言をほざく者が時々居ますが、そんな世迷言を言う前に良く考えるべきなのですよ。
罪を裁くのは国なのですから、国が責任を持って行っている戦争で人を殺しても、それを国が裁く事など出来ないのです。


「原則論はそうなんだろうけどさ…。」

その間にも人が、風竜が、砕け散って果てて行きます。


「まあ何を言おうが、殺しているのは自分自身ですからね。
 こういう誤魔化しを使わずに、正面から向き合うというのも、また道なのです。
 でも才人、それは茨の道な上に私は助けられませんよ?」

「ああ、ごめんなケティ。
 何とか俺の中で解決してみるよ。」

才人がそう言った時、空にはその殆どを落とされて逃げ散るたった2~3騎のアルビオン竜騎士隊と、それを確認して戻って来たジュリオとルイズが乗る風竜。
撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は一体どのくらいなのやら?
試したら危な過ぎるので、そこまでやらせる気は全くありませんが。


《ダイジョウブデシタカ、ルイズ?》

《チョットメガマワッタケド、モウダイジョウブ》

発光信号を送ってみました…ちなみにここからはカタカナではなく普通の言葉で。


《あー!蒼莱駄目だって言ったのに、才人と乗ってるし!》

《貴方の身を案じて来たのですがー?》

…ちょっと実験。


「才人ー♪」

秘儀、ちょっと前のキュルケの真似。
わかりやすく言うと、才人に抱きついてみたのです…とは言っても、間にパイロットシートが挟まっているのですが。
ああ、顔に当たるのは固くて冷たい感触、これは間違いなく金属。


「うわ、ケティ何を!?」

触れているのは才人の胸のみ…って、性別ひっくり返したら完全に変態行為なのですね、これは。
しかし何時の間にこんなに厚くなりましたか、才人の胸板…ふひひ、これはこれで…って、いけないいけない、パイタッチのせいで思わず変態方向に思考が流れたのです。


「ちょっとした実験なのですよー。
 ルイズがやきもちやけば、才人がフラれたわけではないという事が証明できるのです。
 …その代わり、後で才人が暴虐の嵐に曝されますが。」

「それはそれで嬉しく無いんだが…。」

ルイズはかなり目が良いので、ばっちり見えている筈。


《きしゃー!》

ジュリオの腹に回されているルイズの片手が、物凄い勢いでジュリオの腹にめり込んでいくのです。
悶絶するジュリオの後頭部に、腹立ち紛れなのか、ルイズの頭突きが…エラい事になっていますが問題無いでしょう、ヴィンダールヴですし。


「ジュリオ、怒れるルイズの生贄となりましたか…虚無の生贄になれるとは、聖職者冥利に尽きるのですね、南無南無。
 おほほ、良かったですね、才人はフラれていませんよ。」

「俺の寿命は確実に縮まったがな…。」

別の意味で憂鬱になった才人が、喜んでいいのだか、悲しんでいいのだかわからない表情で呟いたのでした。





筏に着陸した風竜から、ボロボロになったジュリオが降りて来たのです。


「ぼ…僕が何でこんな目に?」

いやもう何というか、誠死ねだからとか?


「御苦労様でした、ジュリオ殿。」

「やあミス・ロッタ、今日も相変わらず空に浮かぶ双月のように美しいね。
 こんな苦労に満ちた飛行になるだなんて、全然予想していなかったよ。」

でしょうね、私も風竜の背でルイズがあんなに荒れ狂うとは思いもしませんでした。


「水メイジを一人手配しておきましたから、ここで治療して行ってください。」

「ありがたい、恩に着るよ。」

事ここに至っても女性の悪口は言わない。
流石はロマリア男…。
 

「ケティイイイイイイイィィィィィィ!」

「おや、ルイズ。」

風竜が着陸する前に飛び降り、才人に暴虐の限りを尽くし終わったルイズが、こちらにやって来たのでした。


「あああああんたね!」

「まあまあ、取り敢えずあーん。」

怒り狂うルイズを手で制しつつ、懐からとある物を取り出します。


「あーん。」

「はい、飴ちゃんでも舐めて、取り敢えず落ち着くのです。」

素直に口を開けたルイズの口に、偽ヴェ○ター○オリ○ナルを放り込んだのでした。


「む…むむ…甘い、美味しい。
 何という濃厚な味わい…むふー。」

ルイズの怒りは、飴ちゃんの甘味に押し流されて一気に収まって行ったのでした。
今や姫様御用達となったこの飴に隙は無かったのです…というか、実はこの飴は姫様に独占されたのですが。
何時の間にやら、陛下からしか賜われない『恩賜の飴』と化してしまったのですよ。
ちなみにパウル商会では現在、お菓子職人を集めてあっちの世界のお菓子を再現したものを貴族や裕福な平民向けに作っていたりします。
貧乏人は麦を食えとかいう話ではなく、甜菜糖はゲルマニア名産なので高いのですよね。
水飴ならばトリステインでも生産は出来るので、和菓子ならば可能なのですが豆が無いという…。


「ルイズルイズ、才人の気持ちは戻しておきましたよ。」

「ああああいつの気持ちって、なな何よ?」

ふう…ツンデレめんどくせーのです。
ま、突いたら悪化しますし、適度に放っておきましょう。


「それは自分の胸に聞きやがれ、なのですよ。」
 
「いつも通り平らだけど、何か?」

いや、そういう事では無くというか。


「どこが平らですが、何処が。」

むにゅっと掴めば、そこには確かなふくらみ。
いいもん持ってんじゃねーか、なのですよ。


「前も言いましたが、そんだけあれば十分でしょうに。」

「前も言ったけど、私はちい姉さまみたいになりたいの!」

カトレアやテファのレベルは、既に別世界の存在なのですよ。


「…今度、モンモランシーと一緒に風呂に入って、胸について熱く語ってくればいいのです。」

「ああ、そういえばモンモランシーも同志よね。」

制裁については、モンモランシーの独自裁量という事で。






「…行ってしまいましたか。」

数日後、私はシティ・オブ・サウスゴーダに向かって飛んでいく蒼莱を見送っているのでした。


「…行ってしまったね。」

「…って、何で貴方が居るのですか!?」

振り返ると奴が居る…というか、何故かジュリオが居るのでした。


「僕らの隊は第二波でね…で、一つお願いがあるんだが。」

「な、何でしょう?」

近い近い!何でロマリア男は女性に矢鱈近づくのですか?


「僕の後ろに乗って、一緒に出撃しないか?」

「はぁ!?」

いきなり何なのですか!?



[7277] 第三十九話 勝ったのに御通夜みたいなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/07/23 17:56
「冗談は顔だけにしておけよ?なのです。」

私はジュリオを睨みつけながら、3歩ほど離れます。


「い、いや冗談じゃなくて、手伝って欲しいんだ。」

なのにジュリオは3歩近付いてきたのです。


「コホン、まず言っておきますが…距離が近い!」

「うわぁっ!?」

耳に口を近づけて、大声で教えてあげたのでした。


「貴方は絵に描いたような美形ですから、大抵の女性はそれでも良いのかもしれませんが、物事には例外というものがあるのですよ。」

「絵に描いたような美形だと思うなら、もう少しうっとりしてくれても良いんだけど?」

ええい、この自惚れキングが。


「成る程、落ちない女がお好みなのですか?」

「まあ確かに、こんな事は初めてだけれども。」

ひょっとしてモテ期ですか私?


「君みたいに一見ぽけーっとしているのに、中身おっかない女はちょっと…。」

人の夢と書いて儚い、なのですね…。


「誰が見た目ボケ狸な癖におっかない女ですか、誰が?」

「そこまでは言っていないが、君だっ!。」

ええい!こっちを指差すな、なのです。


「…で、そのおっかない女を背中に乗せる理由は?」

「僕は魔法が使えないんだ。」

そう言えば、そうだったような記憶が。


「風竜のブレスだけでも十分に戦えるんだが、今回みたいな大規模な戦に参加するなら、魔法も欲しい。
 君は火のトライアングルで、攻撃魔法も結構使えるって聞いているし。」

「ふむ、成る程。」

それは確かに道理ですが…。


「戦闘中の事故死とか、狙っていませんよね?」

「まさか!そんな露骨な事はしないよ、失礼な。」

露骨な事じゃなければ、殺るつもりですかコノヤロウ。


「流石は当家に対して毎年定期的に蜂の餌を寄付してくれるだけあって、慈愛に溢れているのですね。」

正直な話、ジャイアント・ホーネットが異端審問官を生きたまま巣に持ち去る光景を見たりすると激しく憂鬱になるので、勘弁して欲しいのですが。


「いい加減焚書指定の禁書を死蔵していないで、こっちに引き渡して欲しいものだけれども?」

「当家は出版の自由と表現の自由を可能な限り尊重する家風ですので、それはお引き受けしかねるのです。
 そもそも、初期の聖書を焚書指定の禁書にするとか、意図があからさま過ぎなのですよー?」

当家の蔵書は、歴史遺産とか文化遺産とかの概念がこの世界にきっちり出来上がるまでは門外不出、一切封印なのです。


「こんな事で言い争っても、今更か…。」

「6000年ずーっとこの調子ですからねぇ…。」

固定化してあるから劣化が避けられているものの、6000年前の蔵書とかは既に文字や文法がかなり変化してしまっていて、そのままでは判読不能という…。


「…で、話は元に戻るけれども、付いて来てくれるかな?」

「いいともー。」

ルイズ達ばかりを戦場に赴かせるのも正直気が引けましたし。


「何で、そんなに軽いんだよ!?」

「お約束ですからー。」

「お約束って何!?」

ジュリオは投げっぱなしで。
どうせ『い○とも』とか『タ○さん』とか説明してもわかりませんし。






「…シティ・オブ・サウスゴーダが見えてきましたね。」

「この前ここに来た時は酷い目に遭ったけれども…ミス・ロッタは突然暴れ始めるとかしないよね?」

ルイズのアレがトラウマになったのですね、わかるのです。


「大丈夫なのです。
 突然全力で抱き締めたり頭突きしたり噛み付いたり後頭部を握り潰そうとしたりはしませんから。」

「思い出したら気分が悪くなってきたよ…。」

そう言えば、あの日以来絶対にルイズの近くに寄りませんよね、ジュリオ。
もはやPTSDのレベルですか、そうですか。


「しかしアレですね。」

「うん?」

周辺を見回すのですが、空に敵が居ないのですよ。


「出番、無さそうですね。」

「先日あの鉄の風竜が、ここの上空で一方的に竜騎士隊を駆逐したからね。
 びっくりして逃げたのかも?」

そんなアホな…って、あれは?


「既に守備隊が総崩れですか…。」

こちら側が突入している反対側の門から、敵兵が我先にと逃げ出しているわけですが…。


「あの鉄の風竜が城門を吹き飛ばしたみたいだからね。
 圧倒的な数の敵が迫ってきている状態で、城門を一撃で破壊されたら心も折れるだろうさ。」

「成る程、それは道理なのです。」

士気がガタガタだというのもあるでしょうが…。


「…となると、敵の竜騎士が居ないのも道理ですか。」

下が総崩れなら、竜騎士も撤退するしかないでしょう。
…とはいえ、エアカバーを早々に放棄したというのも腑に落ちませんが。


「ああ、そういう事ですか。」

町を丸ごとひとつ罠に使うという事を、アルビオン軍はこの時点で決断していたのですね。
立場が逆転すれば、士気が崩壊した兵も元通りになるわけですし。
まあ正確にはそう決断したのはミョズニトニルンであって、クロムウェルはそれをさも自分の命令のように伝えただけなのですが。
カンペ帳にも『坊主は傀儡、デコピカリンが裏番』とか、書いてありますし…何でデコピカリン?


「何か分かったのかい?」

「上手く行き過ぎなのです。」

ジュリオに全てを語る気はさらっさら無いのですが…。


「成る程ね。」

…なーんと無く理解出来てしまうのが、ジュリオですか。
まあ、そうじゃないと工作員なんか出来ませんよね。


「上手く行き過ぎて、出番が無さそうだね。」

「戦争なんてのは、楽なのが一番なのです。」

手柄とあの世は紙一重ですからね。


「…とはいえ、ここまで楽だと士気が緩みそうなのですね。
 何か、梃入れが必要ですか。」

具体的に言えば、適度な酒と女…あと、何か闘争心を煽れるものが必要なのですね。


「さてはて?」

何が良いでしょうかね?




「さて、諸君。
 我々は今回の戦略目標であるシティ・オブ・サウスゴーダの占領に成功したわけだが…。」

定例軍議で、議事進行はいつも通りハイデンベルグ候。
そして、勝ったというのにずーんと重い天幕の雰囲気…まるで葬式のようなのですよ、その理由は…。


「市民から根こそぎ食料を奪った上に、食料庫を爆破されるとはな。
 せこい手には定評のあるこの私よりもせこい事をするとは、アルビオン軍の将は余程の人手不足と見える。」

ポワチエ卿は言っている事はまともながら、相変わらず自虐的なのです。


「とりあえず我が軍の兵糧を放出したものの、これでさらに2週間分の食料が吹き飛びました。
 残りはたったの一週間分弱…正直な話、これでは無事に撤退するのも少々困難です。」

そう言って、トリステイン軍の補給参謀から渡された資料を読んだウインプフェン卿は溜息を吐いたのでした。
まさか、こんな最終防衛ラインで焦土戦術かまして来るとは、悪足掻きも良い所なのですよ。
…これも原作にあった展開なのでしょうか?


「守備隊も雇い入れた亜人兵を置き去りにして、早々に脱出。
 こちらの懐具合がばれていますかな、これは?」

狭い路地で亜人兵に足止めされた我が軍は、追撃もままならず。
すぐに取り返す当てがあるからこんな方法を取ったのでしょうが、自国の都市に対して良くやるのです…。


「ラ・ヴァリエール嬢、ラ・ロッタ嬢、貴殿らにも陛下に食料の追加支援の御口添えを願いたい。」

ポワチエ卿は、静かに私達を見るのでした。


「あ、はい。」

「その件に関しては、そろそろ整っている筈なのです。
 要請があれば、一週間と経たずに六週間分の食料が届きます。」

城で姫様にやらされていた仕事が、まさにその物資の追加分の手配だったり。


「え、そうなの?
 わたし聞いていないけれども。」

ルイズが首を傾げて尋ねてきたのでした。


「聞かれていませんでしたから。
 それとも…ルイズもしたかったですか?
 姫様と朝昼晩を問わずに書類仕事。」

「全力でお断りするわ。」

いずれ巻き込むから覚悟しておけ、なのです。


「有り難い!」

「これで兵達が餓えずに住みますな!」

私達の話はさておいて、おっさん達が喜んでいるのです。


「喜んでいるところ恐縮ですが、この金はクルデンホルフから借りた金なのです。」

私がそう言うと、喜んでいたおっさん達がぴたりと動きを止めたのでした。


「な、何であんな高利貸しに!?」

ハイデンベルグ候も借りたことあるのですね、わかります。
クルデンホルフ大公国はその有り余る資金を各国に貸し付けてくれるのですが、何かきっちりとした見返りでもない限りは利率が結構高いのですよ。


「返す当てがあるのですかな!?」

「返す当てはあります…が、それもこれも勝ってこそとしか言ってはならぬと言われています。」

我が国の作戦目標が達成されてこそ…ですよね、あの『返す当て』は。


「それは、何が何でも勝たねばなるまいな。
 気を取り直して、次は論功行賞の査定と行くか、それでは…。」

ここから先は私とルイズの出番は無いので、ぽけーっと聞き続ける事になったのですが…ギーシュの部隊が火縄銃で大層頑張ったようで。
これでモンモランシーにも顔向けできますね…。


「…で、勲章を兵士達に与える役をラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢にお願いしたいわけなのだが?」

「私達がですか!?」

「…ほへ?」

あまりの長丁場に意識が彼岸の彼方に飛んでいたので、何言われたのかさっぱりなわけですが。


「何がどうしたのですか、ルイズ?」

「わわ、わたし達が陛下の代理で勲章を与える役をやれって!」

ルイズは注目されるのに慣れていないので、テンパっているのです。


「ふむふむ…頑張ってくださいね、ルイズ!」

爽やかに微笑みながら、ルイズの肩を叩いてみたり。


「あんたもよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

あ、キレた。


「いや幾ら肩書きがあるとは言え、ラ・ロッタ家なんて田舎貴族の娘から勲章貰ったって嬉しくないでしょう。
 その点、王家の親戚であり、トリステインで並ぶ者の無い名家であるラ・ヴァリエール家の娘なら、箔も付くというものなのです。」

「屁理屈捏ねて私を騙そうとしているでしょ?
 ねえ、騙そうとしているでしょ?」

「いひゃいいひゃい。」

説得失敗…ほっぺたを伸ばさないでください、ルイズ。


「いたた…騙すだなんて滅相も無いのです。」

下膨れになったらどうするのですか、全く。


「家柄の古さで言うなら、あんたン家の方が圧倒的でしょーが!」

「泣かず飛ばずで6000年…当家の場合、単に古いだけなのですよ。」

山の女王に守られて、のほほんとやっていただけですし。


「だいたいルイズは、ラ・ヴァリエール家の跡取り娘でしょうに。
 次期ラ・ヴァリエール婦人公爵で、陛下の特命勅使。
 アレです、でかい屋敷に生まれた宿命だとでも思って諦めてください。」

「騙されている気がするわ。」

実は当家も数十代前にトリステイン王女が降嫁して来た事があるらしいのですが、系統は虚無どころか水ですらありませんし。
気にしない気にしない。


「それでは、御二人に頼んで宜しいかな?」

「はい、謹んでお引き受けさせていただきます、ルイズが。」

「ちょ、待ちなさいよ!」

ルイズが慌てて私を止めようとしますが…。


「はいルイズ、あーん。」

「あーん。」

素直に開いた口の中に、例の飴投入。


「むふー。」

「そんなわけで、異論は無いようなのです。
 全てまるっとお任せ下さいと、ルイズが。」

ルイズがヘヴン状態の間に、話しをちゃっちゃと終わらせておきましょう。


「うむ、宜しく頼む。
 私のような寂しい中年に勲章を渡されるよりも、麗しき高貴な乙女に手ずから勲章を渡された方が兵達も喜ぶであろう。」

ルイズは真面目ですから、引き受けてしまった仕事はちゃんとやってくれますし、大丈夫大丈夫。




「…また、騙されたわ。」

豪奢なドレスを着せられ、思いきりめかしこんだ格好になったルイズが、肩を落として溜息を吐いたのでした。


「騙して無いと言っているでしょう…ああ、しかし苦しいわ鬱陶しいわ、何でこんな恰好が御洒落だなんて思う者が居るのやら?」

ちなみに、私も同じような格好…こういう格好は正直な話大嫌いなのです。
何と言ってもウエストを異常に締め上げるので、息が苦しいのなんのって…いや、


「うお、二人ともすげー!可愛い!」

「そ、そうかしら?」

「有り難う御座います、才人。
 そう言ってもらえれば、この扮装も報われるというものなのですよ。」

才人が喜んでくれているから、まあ良しとしますか、うん。
…ああそこ、掌返し早っとか言わない。


「カカカ娘っ子ども、馬子にも衣装ってやつか?」

「あら、居たのデルフ?」

「へし折りますよ鉄屑。」

デルフリンガーが気分が萎むような事を言うので、私とルイズは笑顔でそう言ってあげたのでした。


「酷っ!そして怖っ!?
 俺、せっかく久し振りの出番なのに!」

「メタってんじゃないわよ、この駄剣。」

ルイズはデルフリンガーを諭しますが…。


「メタるに決まってんだろ、何てったって俺は金属(メタル)製だぜ?」

「…お、何すんだルイズ?」

ルイズは才人の背負った鞘からデルフリンガーを抜き放つと…。


「ふんっ!」

気合一閃、近くにあった大きな岩にデルフリンガーを突き刺したのでした。


「ちょ、いきなり何すんだよ娘っ子!?」

「あんたはそこで、頭冷やしてなさい…頭無いけど。」

しかしまあ、見事に岩に突き刺さったのですね、デルフリンガー。


「ちょ、相棒抜いてくれ!」

「おう、わかった…って、なんだこれ抜けねえぞ!?」

突き刺すよりも抜く方が大変そうですよね、ああいうモノの場合。


「良かったですねデルフリンガー、これからは《カリバーン》とでも名乗るがいいのです。
 貴方を抜いた者がアルビオンの王となれるとかなれないとか多分無理じゃね?とか、そんな伝説を今捏造してみました。」

「いきなり俺の名前と微妙に後ろ向きな伝説を捏造すんじゃねえ!」

場所も丁度アルビオンですし、そういうのもアリでしょう。
ちょっぴり同情しますが、助ける気は更々無いのです。


「お、そろそろ時間なのですね、ルイズ行きますよ?」

「うん、わかったわ。」

さて、そろそろ勲章の授賞式なのですよ。


「ねえ、もしかして俺投げっぱなし?投げっぱなし?投げっぱなしジャーマン?」

ジャーマンは関係無いと思いますが。


「ああ面倒臭いわ、ちゃっちゃと始めてちゃっちゃと終わらせましょ。」

「いやルイズ、勲章の授賞式っていうのは《貴方はこれだけ頑張りましたね、素晴らしいです》って誉める場なのですから、ちゃっちゃと終わらすとか言っちゃ駄目なのですよ。」

しかし、こういう言い方をする時のルイズと姫様の表情のそっくりな事…流石親戚。


「でも…。」

ルイズは不満そうに口を尖らせます。


「デモもストもありません、これは《高貴なる者の義務》なのです。
 士気高揚の為にも、彼らを心から祝福するのですよ、ルイズが。」

「結局ケティはやらないの!?」

いいツッコミなのです、ルイズ。


「私には功績を上げた兵士達を『拡声』の魔法で呼ぶという、大事な仕事があるのです。」

《拡声》の魔法で名簿を読み上げるだけの簡単なお仕事なのですが。


「仕事少なっ!?
 そんなの良いからケティが渡してよ、私が『拡声』で呼ぶから。
 あれならコモンだから、私でも使えるし。」

「だから、ラ・ロッタ家じゃあ家格が足りないと何度も…。」

毎度毎度思いますが、ルイズは自分への評価が矢鱈と低いのですよね。
それが、無意識的に自分の家への評価まで下げているという…。


「ル・アルーエットが勲章渡してくれるって言えば、喜ぶどころかサインまでねだられるわよ!」

「絶対嘘だと思われるので、嫌なのです。」

商会の情報網を使って改めて調査させてみたら、矢鱈と貴族の間に出回っていたのですよね、あの本。
しかも、ハルケギニア全土に…ああ、儲け損ねた…。


「さて、行きましょうかルイズ?」

「仕方が無いわね…わかったわよ、全力で祝福してあげるわ。」

何で指をポキポキ鳴らしますか、ルイズ?
祝福というものは、拳でぶん殴る事ではないのですよ?


「相棒、何とかして俺を引っこ抜いてくれ!」

「んぎぎぎぎ!ンな事言ったって、この状態だとルーンがお前の事を武器だって認識しないみたいなんだよ!」

ちなみに私達の背後では、何とかしてデルフリンガーを引っこ抜こうと才人が四苦八苦しているのです。


「なんだとぅ!?
 兎に角頑張れ、頑張るんだ相棒!」

「言われなくても頑張るっての!」

まあ、頑張ればいずれ抜けるでしょう…多分。




町の中央にある教会前のかなり広い広場で、今回の作戦に参加した部隊が勢揃いしているのです。
まあ、流石に収容し切れなくて完全に溢れかえっていますが。


「皆の者、ご苦労であった!」

ハイデンベルグ候の長話が始まったのでした。
内容は、最初の方は今回の作戦で重要だったことなど、そして功績を上げた部隊もそれを支えた部隊も素晴らしいという事など。
中盤からは今日は晴れているとか、飯が美味かったとか、寝覚めが良かったとか。
終盤にいたっては孫が生まれただのうちの末娘は美人だの…って、話の七割くらいが戦争に関係無さ過ぎなのです。


「では、続いて勲章の授章式を始める!」

このとき上がった歓声が受章の喜びなのか、わけのわからん話がやっと終わった事への開放の叫びなのかは不明なのです。


「それでは…。」

私達の出番がやっと来たのですね。


「こちらのご婦人に勲章を授与していただく!
 彼女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、かのヴァリエール公爵家のご息女にして、あの鉄の風竜の使い手であらせられる!」

『うおおおおおおおおおおおおおっ!』

広場に大歓声が響き渡ります。
まあ、今回の作戦でも大活躍だったらしいですし、当然なのですね。


「え?え!?」

ルイズがちょっとびっくりしているようなので、耳元で囁いておきますか。


「使い魔の功績が主人の功績なのは、今まで人を使い魔にした者が居ないのですから仕方が無いでしょう?
 才人には勲章よりも、貴方自らご褒美をあげた方が余程喜ぶでしょうし。」

「う、うん…才人にご褒美…ご褒美…ぽ。」

胸を張るのは良いのですが…何故に赤くなりやがりますか、ルイズ?


「ジャック・カトリノー!」

「はっ!」

さあさあ、赤くなって身を捩らせているピンクは置いておいて、受章者を呼びましょう…。
私が『拡声』の魔法で受章者を呼び、ルイズが勲章を手渡すという行為が何人か続き、ついにこの名を呼ぶ時が来たのでした。


「ギーシュ・ド・グラモン!」

「はっ!」

私に呼ばれて、ギーシュが壇上に上がってきます。


「ギーシュ様、おめでとう御座います。」

「君達もこの戦に参加していただなんて知らなかったから、現れた時はびっくりしたよ。
 二人ともとても綺麗だよ、咲き誇る二輪の麗わしき花の如しだ。」

くっさい台詞でも褒められると思わず反応してしまうのは、女のサガでしょうか…?


「ギーシュ、おめでとう。
 あんた、案外度胸あるのね…数ヶ月前に怯えてモンモランシーと抱き合っていた男の子には見えないわ。」

「何時までも怯えてモンモランシーと抱き合っているわけには行かないからね。
 男は戦場で成長するのさ、ヤケクソになって涙と鼻水垂らして開き直って歯を食いしばってね。」

ギーシュの癖に、飾り気無く格好良い事言うとは…いや、格好悪い?ううむ…。


「うちのクラスの出征者の生き残りは、こっちでケティに調べてもらったから、皆で祝勝会しましょ。」

「生き残り…って、誰か死んだのかい?」

ギーシュの顔が悲しみに歪みます…戦争なので仕方が無い事ではありますが、戦場に赴く以上は死は避け得ないのですよね。


「それについても祝勝会で…ね。
 それよりも、今は勲章貰っている最中なんだから、しゃんとしなさいよ!
 貴族たるもの、誉れの場では何があろうが胸を張って堂々としているべきでしょ?」

「うん…はは、ゼロのルイズに説教されちゃったよ。」

苦笑を浮かべて、ギーシュは胸を張りなおしたのでした。
ギーシュはルイズが虚無だという事を知っている数少ない一人なので、《ゼロ》には嘲りも侮りも有りはしません。
ちょっとしたユーモアなのです。


「言ってなさい、私は座学ではあんたより上なんだから。
 それじゃあ、また後でね。」

「ああ、また後で。」

ルイズがスカートの裾を軽く上げて礼をすると、ギーシュも敬礼で返礼したのでした。
そして、ギーシュは壇から降りたのですが…。


「ギーシュ!」

「ギーシュううううぅぅぅぅぅ!」

「ギーシュたん!」

「うわ、兄さん達!?」

ギーシュのそっくりさんが唐突に三人現れ、ギーシュを抱きしめたのでした。


「あれがグラモン兄弟なのね、ギーシュたんって、キモ…もが。」

素直な事言おうとしたので、とっさにルイズの口を押さえたのでした。


「はい、そこまでなのです。
 いやしかし、そっくりなのですね。」

「確かにというか、背丈をちょっとずつ変えて模写したみたいな兄弟ね。」

ギーシュを抱きしめたり頬擦りしたりするギーシュと同じ顔三つ。


「流石グラモン家の男、武門の誉れだ!」

「ギーシュはやれば出来る子だって、お兄ちゃんは信じていたぞ!」

「ギーシュたん、怪我は無いかと言うか怪我させた奴が居たら今すぐそいつを兄さんのゴーレムで轢き潰すから早く言いなさい!」

人の家の事をとやかく言える身ではありませんが、何という濃い兄弟。


「ちょ、兄さん達、嬉しいけれども恥ずかし過ぎるから離してください!」

ううむ、流石のギーシュもあれは恥ずかしいのですね。





「先ほど降臨祭休戦の使者がアルビオン側から来た。」

式典の後に開かれた緊急軍議で、ハイデンベルグ候は重々しくそう告げたのでした。


「降臨祭休戦…でありますか。」

ウインプフェン卿が忌々しそうに顔をしかめます。


「降臨祭休戦を告げられてしまったとなると、断るわけには行くまいな。
 丁度補給物資が届く頃だから、こちらとしても都合は悪く無い、無いが…遅きに失してしまったか。」

ポワチエ卿が眉をしかめているのです。

この時期に始める戦争が『降臨祭までに決着をつける』と急ぐのは、降臨祭を家族と過ごしたいから帰りたいという事と、もう一つは降臨祭休戦があるからなのですよね。
攻める側にとっては休戦している間も兵糧は消耗するわ、敵は防備を整えるわで良い事は無いのですが、何しろ始祖の降臨を祝う大事なお祭りなので、これを蹴ると最悪背教者呼ばわりされて破門となりかねないという…。
トリステイン軍にはジュリオをはじめとしたロマリア教皇庁から派遣された義勇軍が加わっていますし、尚更申し入れを断るわけにはいかないのです。

ちなみに、今回の件でロマリアが錬度不足のトリステイン軍に義勇軍を派遣しているというのには理由があるのですよ。
それはクロムウェルが『皇帝』を名乗っている事。
このハルケギニアに於いて『皇帝』の戴冠権限を有するのは、大王ジュリオ・チェザーレの後継者にして最初の《皇帝》を名乗ったオッタヴィアーノ以来ただ一つ、ロマリア教皇庁のみなのです。
『皇帝』になるには、ロマリア教皇庁に直接出向いて戴冠式を執り行わなければいけません。
ゲルマニア皇帝アルプレヒト3世の玉座の正式名称は『ゲルマニア王にしてゲルマニア皇帝』と言います。
始祖の血統を拠り所にした家が無いゲルマニアでは、選帝侯による選挙によってゲルマニア王が選出され、それをロマリア教皇が『皇帝』として認証するという回りくどい権威づけを行っているのですよ。
それをよりにもよってロマリア教皇庁のいち構成員に過ぎない司祭であったクロムウェルが自ら戴冠して僭称してしまったものですから、ロマリア教皇庁の面子丸潰れ。
一時は『聖戦』を発動してロマリア全土に動員をかけよとの声まであったらしいのですが、クロムウェルらの唱えているお題目がロマリア教皇庁が代々掲げる『聖地奪還』というものであった為か、『義勇軍派遣』という玉虫色の決着に落ち着いたらしいのです。


「幾らあの陛下でも、此度の休戦は受け入れざるを得まい。
 まあ、血染めの降臨祭というのも、段取りが悪い私らしかったのであるが。」

ポワチエ卿はほっとした様な残念なような表情を浮かべているのです。


「我等が陛下も同じだ。
 本国には既に使いを送ったが、このまま降臨祭の翌日までは休戦となろう。」

ハイデンベルグ候も諦め顔なのです。


「僭越ながら申し上げます。
 ここに長期駐留するとして、軍の駐屯地なのですが…。」

カンペ帳には《アンドバリの指輪で反乱が起きる、たぶん町に流れ込む川とかそういうのがある方が危ない》と書いてあったので…この町の地図を見ると、丁度西端に近くの山から流れ出て町を通り抜ける川があり、町の西側はそこから水を引き込む横井戸にしているのです。
かえして反対の東側は町の直下にある地下水脈まで掘り込んだ丸井戸になっています…つまり、危ないのは外に水源地を持つ西側市街地ということになります。


「…軍の混在は指揮系統を混乱させるので、ゲルマニア軍は町の西側を我が軍は町の東側に駐屯するということでいかがでしょう?」

「我が軍に水源地を全て預けてくださると?」

ハイデンベルグ候は意外そうな顔で聞き返してきます。
大所帯である以上は川という大規模な水源地がある西側の方がやりやすいのですよね、ですからこちらが水源の貧弱な東側を選んだというのが意外だったのでしょう。


「はい、ゲルマニア軍が主力なのですから、そちらにより良い環境を提供する方が得策かと。
 ポワチエ卿はいかがですか?」

「異論は無い。
 我が軍で主に活躍しているのは鉄の風竜であるし、それに関わる者がそれで良いというのであれば、我々は構わぬ。」

ふう、ポワチエ卿から異論が出なくて良かったのです…ついでに言うと、蒼莱は既に深刻な燃料不足に陥っているので、あまり積極的には飛ばせないのですが。
まあ取り敢えず、これで両軍が同時に瓦解という事態は避けられそうなのですね。



「ただいまー。」

私達の宿舎として提供された屋敷のドアを開けると。


「お帰りなさい、ケティちゃん!」

「もが…。」

野太いのに可愛らしい口調の声と同時に、いきなり黒いもわっとしたものに顔が包まれたのでした。


「会いたかったわよぅ!」

「ぷは…。」

見上げると、そこには…。


「スカロン!?」

「ノンノンノン、ミ・マドモワゼルって呼んで♪」

この返答、間違い無くスカロンなのですね。
…ううむ、相も変わらず濃い胸毛。


「ああ、第二次補給隊と共にここに来たのですね?」

「ええ、ちょっと前にルイズちゃん達にも会って、ここで待っていればケティちゃんに会えるっていうから、待ってたの。」

喋りながらクネるのも相変わらず…たった数ヶ月なのですが、キモ懐かしいのです。


「あ、ケティ帰って来たのね。」

廊下の奥から、ルイズがとてとてとやって来たのでした。


「帰って来たのねではありません、自分だけ軍議すっぽかして先に帰って!」

「いや~、あのガチガチなドレス姿で居続けるのが嫌で、つい…テヘ♪」

カワイコぶってりゃ全てが片付くと思わない方が良いのですよ、ルイズ…可愛いから頭ナデナデしますが。


「取り敢えずルイズは食べ過ぎで体調崩して倒れたという事にしましたから、安心してください。」

「食べ過ぎでって何処のタバサよ、それは!?」

いや、タバサの胃はブラックホールなので、食べ過ぎで倒れた事はありませんが。


「どうどう、取り敢えず落ち着くのです。
 それでスカロン、私に会いたかった理由は何なのですか?」

「物資の融通をお願いしに来たのよ。」

成る程、まあ店から持ってきた分だけでは調達しづらいものもあるでしょうね。


「わかったのです。
 出来る限り用意しますから、欲しい物があれば書面でここに送ってください。」

「流石、ケティちゃんは話がわかるわ!」

スカロンは笑顔でクネクネしているのです…う、やはり長時間彼を見ているのは、脳にダメージが。


「その代わりといっては何ですが、明日までに店を準備して、貸切にしてもらえませんか?」

「祝勝会場にするの?」

ルイズが話しかけてきたのでした。


「ええ、呼ぶメンツから考えても、変なものは出せないでしょう?」

「確かにそうね。」

学院の生徒は、貴族でもそこそこ良い所の子息ですからね。


「その点スカロ…。」

「ミ・マドモワゼル♪」

「…ミ・マドモワゼルの料理は材料が良質で調理の腕もとても良いものですから、招待された方々の名誉を傷つけることは無いと断言できるのです。」

そこは譲れないのですね、スカロン。


「わかったわ、それで行きましょう。
 ケティ、後で招待状書くの手伝ってね。」

「はい、わかりました。」

私達の荷物は全てここに運び込まれているとの事なので、早速取り掛かりましょうか。


「それではミ・マドモワゼル、料理の件お願い出来ますか?
 取り敢えず100人分くらいで。」

ルイズの同級生と私の同級生と、ジャン・ルイみたいな名前の竜騎士達やジュリオ達ロマリア義勇軍の一部も呼ばなくてはいけませんからね。


「勿論よ、張り切っちゃうんだから!」

お願いだからクネりながらウインクはやめてくれなさい、スカロン。


「あら、ケティ?」

「お、帰って来てたんだ。」

「あ、お帰りなさいませミス・ロッタ。」

廊下の奥から、ジェシカと才人とシエスタが出てきたのでした。


「貴方まで店を開けて大丈夫なのですか、ジェシカ?」

「大丈夫よ、お店は《しばらく休業いたします》って張り紙して閉鎖してきたから!」

ジェシカはそう言うと、エヘンと胸を張ったのでした。


「そりゃまた思いきりが良いのですね…。」

常連客とか居たでしょうに…。


「…ルイズの常連客が仲間を呼んで、うちの店に大量に居着いちゃってね。
 店の女の子の勢力図が変わりそうな勢いだったから、良い機会かなって。」

遠い目になったジェシカが、嫌な事実を教えてくれたのでした。
暫らく行かない間に変態紳士が増殖して、ぺたんこの園と化していたのですか、魅惑の妖精亭。


「素晴らしい判断です、ジェシカ。」

「勿体無かったような気もするけれども、アレは私にも都合が悪かったもの。」

店長の娘としては、あまり自身の売り上げが落ちるのは立場上まずいでしょうしね。


「何の話してんだ?」

才人が私とジェシカの話に入って来たのでした。


「女の情念…どろどろとしたお話なのです。」

「どろどろ?」

才人が不思議そうに首を傾げているのです。


「聞きたい…サイト?」

「うぉ…。」

流石ジェシカ、色っぽい流し目で殺気を送るとは。
矢張りそっち方面では私を遥かに上回る上級者…師匠と呼びたいのです。


「私は聞きたいです。」

何故にそんなわくわくした顔になっていますか、シエスタ?


「シエスタはジェシカから後で聞いてください。」

「えー?」

何という残念そうな顔…ゴシップネタ大好きですね、シエスタ。


「従姉妹でしょうに、身内のゴシップは身内で話しなさい。」

「あれ、知ってらっしゃったんですか?」

シエスタがきょとんとした表情で首を傾げているのです。


「え!?そうなの?」

「何で才人まで聞き返してくるのですか…。」

何故に一緒に居ながら話していませんか。


「ひょっとして、うちの店に来る前から知ってた?」

「潜伏先の店を調べないわけが無いでしょう。」

シエスタとジェシカの件は、当たり前ですがその前から既に知っていましたが。


「でもシエスタに聞いてびっくりしたわよ、タルブに飾ってあった竜の羽衣が本当に飛び回って大戦果をあげるだなんて。
 しかも、ひいお爺様が才人と同じ国の出身だったなんて。
 あれ、ひいお爺様の法螺話じゃあ無かったのね。」

「身内の話くらい、信じてあげて下さい…。」

味皇様、本気で誰にも話を信じて貰えなかったのですね。
仕方が無いかもしれませんが、泣けるのです。




二日後、全ての準備が整い、広場に設けられた仮設店舗で《魅惑の妖精亭シティ・オブ・サウスゴーダ臨時支店》が開店したのでした。
開店と同時にうちの貸し切りなのですが。


「では皆さん、勝利と散っていった仲間達の冥福を祝って、乾杯!」

『乾杯!』

宴が始まったのでした。



[7277] 第四十話 勝敗は兵家の常なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/08/11 21:17
名誉とは、貴族にとってなくてはならないもの
貴族は食わねど高楊枝なのです


名誉とは、貴族にとっての規範
地位の対価は血で購え、名誉は死してでも守れ…なのです


名誉とは、貴族にとって色々な物を内包した言葉
しがらみだって腐れ縁だって、貴族にかかればみんな名誉なのです





「ケ、ケティ、僕は前から君の事が…。」

宴会のさなか、私の同級生の一人であるガブリエル・ド・ロルジュが、私の手を握りつつ熱く語っているのです。


「一昨日来やがれ、このスットコドッコイなのです。」

私は冷めた視線をガブリエルにじーっと送っています。
彼は同じく同級生のジェラルディン・ド・パヴィエールの幼馴染で、許嫁なのですよ。


「え…いや、今は僕の瞳には君しか映っていないというか…その、あの。」

ガブリエルの目が泳ぎ始めたのでした。


「そりゃまあ、私を見ているのに私以外の姿が姿が見えたらびっくりなのですよ、例えばジェラルディンとか、ジェラルディンとか、ジェラルディンとか~?」

「い、いや、その…。」

今にも暴発しそうな下半身の前には、幼い頃から育んできた恋も無力ですか、そうですか。


「もう…この件はジェラルディンには黙っていてあげます。」

「ご、ごめんね?」

まあ、彼が私を熱烈に口説いてきた原因は燃え滾る下半身のせいだけでは無いというのは、二つ向こうのテーブルに居る私の同級生の男子達がニヤニヤしているのを見ればなーんと無く分かるのですが。
彼らの手にあるのは、こっちの世界のトランプなのです。


「ゲームで負けて、罰ゲームですか。」

「うん、実は…。」

ガブリエルは恥ずかしそうに頷いたのでした。
はぁ…男って奴ぁ。


「…となると、このまま返すというのも、面白くありませんね。
 ちょっとしゃがんでおでこを出しなさい。」

「え?な、何をするんだい?」

ガブリエルは躊躇無くしゃがんでおでこを差し出したのでした…ルイズもそうですけれども、トリステイン貴族の子弟はプライドは高いのですが根は素直なのですよね。


「期待に胸を膨らませる人間を、がっかりさせると楽しいでしょう?」

ガブリエルの幼馴染が私とそこそこ親しいジェラルディンだと知っていて、わざわざ皆でイカサマしてまでガブリエルをハメましたね…。


「いや、僕は嬉しく無いけれども?」

「素直にそんな事をさらりと言える貴方は、私には眩し過ぎますよこんちくしょー。
 それはそうと…あいつら、私が怒ってガブリエルを引っ叩くのを、今か今かと待っているのですよ。」

そうはいかんざきなのです。


「ひ、ひっぱたくのかい?」

「彼らの期待に素直に答えたら、私が楽しく無いでしょう?
 …ジェラルディン、これは意趣返しであって、浮気では無いのであしからずなのです。」

私はガブリエルのおでこにキスをしたのでした。


「わ、な、何!?」

ガブリエルは顔を真っ赤にして後ずさったのでした。


『な、何だってー!』

大声をあげて仰け反る仕掛け人一同…って、貴方達は何処のマガ○ンミ○テリーレ○ートですか。


「あっはっはっはっは!見なさいガブリエル、あの連中の阿呆面を!」

「ちょ!?怖いよケティ!世間様には見せられない笑顔だよ!?」

ガブリエルはドン引き…まあ、これで後は引かないでしょう。


「あっはっは…ああ、笑った笑った。
 さて、意趣返しも出来ましたし、もう戻っても大丈夫でしょう。」

「うん、じゃあ僕はもど…。」

ガブリエルが軽く手を振って戻ろうとした瞬間、彼の肩に手が。


「ちょっと君ィ…。」

「おにーさん達と呑んで語り合わないかィ?」

何故に才人とギーシュが?


「え、ええと、ケティ助けて?」

「…?いや、その二人と呑むのも良いと思いますが?」

ガブリエルもちょっと戻り難いかもしれませんし。


「命の危機を感じるんだけど!?」

「HA!HA!HA!そんな事は無いんだぜ、ボーイ。
 俺達はただ君と呑みたいだけさ、なあギーシュ?」

才人、何時の間にそんなにアメリカンな雰囲気に?


「勿論だとも、僕達は君と呑み明かしたいだけだよ。
 先程君が賜った名誉の件とかで、じっくりとね。」

名誉…?ガブリエルの任務は輸送隊の護衛で、今回は戦っていない筈ですが。


「ジェラルディン、僕はもうここまでみたいだ…。」

そして何故にガブリエルはそんな悲痛な表情を?


「たーすーけーてー。」

「無駄だから、おとなしくしょっ引かれやがれコノヤロウ。」

「貴族たるもの、諦めが肝心な時もあるのだよ。」

ガブリエルは才人とギーシュに引き摺られて、喧噪の中に消えて行ったのでした。


「…ほよ?」

ガブリエルが何故にあんなに嫌がっていたのかが、皆目見当つかないのですよ。
あの二人とガブリエルって、確か面識無い筈ですし。
考えられる事と言えば、私がガブリエルのおでこにキスした事でしょうか?
でも才人にはルイズが、ギーシュにはモンモランシーが居るわけで…やっぱり、これは原因では無いですよね。
ううむ…最近、男の思考をトレースするのが、かなり困難になって来たような気がするのです。
わからん…男は…わからんのです。


「…魔性の女ですね。」

首を傾げる私の隣にストンと座ったのは、魅惑の妖精亭の臨時アルバイトになったシエスタなのでした。


「私には、今の貴方の姿の方が魔性っぽく見えます。
 そもそも、そんな扇情的な衣装、何処で仕入れたのですか?」

「え?これはその、もしもの時の為に仕立てておいた服なんですよ、えへへ。
 これで迫れば、サイトさんもイチコロかなって。」

扇情的な服を着る『もしもの時』って、何なのですか!?
才人もイチコロって、何をしかけるつもりでいやがりましたか!?
…と、まあ、それは兎に角。


「シエスタ…戦わなきゃ、現実と。」

「またですか、しかもこの恰好でもそんな事言われるんですか!?
 やっぱりこんなまどろっこしい事せずに思い切って脱がなきゃだめなんですか、真っ裸最強理論ですか、そうなんですか、そうなんですね!?」

何時も思いますが、シエスタって『押して駄目ならもっと押せ、それでも駄目なら更に押せ、その身が砕けるまで押し続けるのだ』っていう、脳筋志向なんですよね…って。


「待った!何故ここで脱ごうとしますか?」

「はっ!?いや何というか、つい。」

何故につい脱ごうという発想へと行きつくのですか、シエスタ…。


「でも、やはり真っ裸略してマッパなんですね、マッパ!?
 素っ裸縮めてスッパでも良いですけど!」

「…年頃の娘が、マッパとかスッパとか大声で言うもんじゃないのです。」

そりゃまあ、裸の娘が誘っているのに飛び掛っていかない場合は、誘っている娘に男が魅力を感じていないか、あるいは誘っている相手が男じゃない何かな場合のみですが。


「そもそも、それで拒否されたら、もう何の余地も無いのですよ?」

「それはわかっていますけれども…私が好きな人が好きなのは、じっとしていたら何かの芸術品と勘違いするくらいの美少女なんですよ!?
 じっとしていないですけど!
 拳が光りますけど!
 蹴りで空気を切り裂きますけど!
 素手で魔法弾き飛ばしますけど!
 そもそも杖使わずに魔法使っているように見えますけどっ!?」

どうしてこうなった、なのです。
原作の流れから激しく逸脱している最たるものがヒロインって、どういうことなの…なのですよ。


「取り敢えずそれは置いておいて、兎に角もの凄い可愛いんです!
 私だって、なでなでもふもふくんかくんかしたいくらい可愛いんです!」

いや、それは同性でもどうかなと思いますがー?


「サイトさんが何時まで耐えられるかなんて、完全に未知数なんです!
 だったら何とかして関係を持って、逃げられないようにコツコツと既成事実を積み上げていくしかないじゃあありませんか!?」

「シエスタ…恐ろしい娘…ッ!?」

自分が持てるもの全てを注ぎ込んで、好きな男を何とかして手に入れようというその情熱には頭が下がるのですよ。


「まあ、頑張った分だけ不憫度が上がるだけなのですが。」

「頑張った分だけ不憫とか言ったー!?」

あ…思わず口に出てしまったのです。


「ミス・ロッタだって同じなくせにー!」

「ぐは…っ!?」

何というピンポイント爆撃。
私のナイーブな心が、一瞬にして爆砕したのですよ。


「わ、わ、私の恋の花は、咲かさずに散らすと決めているのです!」

「ミス・ロッタは嘘つきです、そんなの無理なの自覚しているくせに。」

まあ基本的に私は嘘吐きですが、この件についてはなるべく嘘にならないように考えてはいるのです。
考えてはいても、シエスタの指摘通りに無理なのかもしれませんが。


「名誉名誉と…もっと具体的に言わんと、わけわからんわー!」

向こうで何かあったのか、才人が吼えているのです。


「手柄なのか、義理人情なのか、それぞれが持つしがらみなのか、はっきりしろィ!
 全部纏めて何でも名誉って、お前らの脳味噌は腐った糠かか何かで出来とるんか!?」

「だからだね、それらは僕達の中で複雑怪奇に絡まりあってだね!
 特に戦の中ではっ…!」」

おおぅ、議論が白熱しているようで結構なのです。


「うわーん、何で僕はこんな二人に挟まれてるんだー!?」

ガブリエル、ィ㌔。


「あのミス・ロッタ、一つお聞きしたい事があるんですけれども。」

「はい、何でしょう?」

才人たちの話を聞いて何か思いついたのか、シエスタが質問してきたのでした。


「この戦争の意味って、何なんですか?
 私達、前にアルビオンが攻めて来たときにも散々傷ついたのに、今度は攻め込んでまで傷ついているなんて、おかしいと思いませんか?
 この戦争の意味には、この町を攻めたり、殺しあったりする以上の何かがあるものなんですか?」

シエスタに、この手の質問をされたのは初めてなのですね。
取り敢えず、真面目に答えましょうか。


「ふむ…そうですね。
 今回の戦争の意味は、暫く傷つけあいたくないから、相手に暫く死んでいて貰う為の戦…といえば良いでしょうか?」

「す、すいません…貴族的な言い回しは、出来れば避けて頂いた方が有り難いなと…何せ平民の生まれなので。」

抽象的過ぎましたか?


「じゃあ、アルビオンをぐちゃぐちゃにする為に来たのです。」

「な、何でですか!?苦しむのはこの国の平民なんですよ。」

まともに話すとシエスタに嫌われてしまうかもしれませんね。
まあ、それはそれで仕方がありませんか…。


「トリステインの民が、何度も踏み躙られないようにする為なのです。
 この国がレコン・キスタという、馬鹿者集団に牛耳られているのは知っていますね?」

「あ、はい、聖地を目指す為に作られた集団だとか。
 立派な事だって、皆さん言っていますけれども…。」

ハルケギニアの常識的には仕方がありませんが、市井には妙な評価が広まっているのですね。


「何が立派なものですか。
 聖地を目指すというのはすなわち、聖地の奪還ということなのですよ。」

「ええと…それって良い事だと思うんですけれども?」

シエスタは首を傾げているのです。
ハルキゲニアの人間は貴族平民を問わず、子供の頃から司祭に『聖地を取り戻す事が始祖の御心に沿うものである』とか、繰り返し繰り返し教え込まれていますからね…。
ここらへんが、ロマリアがアルビオンに『聖戦』を布告できなかった最大の理由なのです。
基本中の基本である『聖地奪還』くらいしか説法が出来ない木っ端司祭だったクロムウェルがとっさに思いついたスローガンなのでしょうが、殆どマインドコントロールみたいに刷り込まれているので、これを掲げる相手をロマリアが正面きって倒すわけにはいかなかったのですよ。


「そりゃまあ聖地奪還は良い事かも知れませんが、その為にアルビオンがしようとしている事は何ですか?
 そして、それをするのにどれだけの人命が失われると思いますか?
 結果としての『聖地奪還』は、貴族平民を問わず皆の願いでは有りますが、それはハルケギニア全体を戦乱に陥れた挙句、更に外征まで行い、屍の山を築いてまで手に入れるべきものなのかどうか、という事なのですよ。」

「あの…ええと、難しいです。」

あー…聖地奪還を行おうとする者を叩き潰すというのは、根底にある常識を根こそぎひっくり返すような話ですからね。
なるべく簡単に言ったつもりでしたが、脳が理解を拒否したようなのですね。
それじゃあ、身近な話題で行きましょうか…。


「つまり、ここでアルビオンを最低限暫く攻めて来られないくらいは痛めつけておかないと、上陸地点になるタルブが何度も何度も戦渦に巻き込まれる可能性があるという事なのです。」
 
「あ、成る程、それは絶対に駄目です!」

最近身近で起こった出来事で説明しないとわかって貰えませんか。


「で、でもそれなら、皆で話し合って聖地を…。」

「今迄も何度か聖地を奪還しようとハルケギニアの諸国は『聖戦』を唱えてエルフ領に攻め込みました。
 …が、結果は何れも遠征軍の壊滅という悲惨極まりない結果に終わりました。
 こんな事を貴族の身で言いたくはありませんが、貴族とエルフが正面から戦うのは、貴族と平民が正面から戦うのと同じくらい困難なのです。」

エルフが攻めて来ないから良いものの、よくもまあこれだけ力の隔絶した連中と何度もやりあったものなのですよ。
おそらくは敗北の記憶が忘れ去られた頃に聖戦やって、滅茶苦茶に負けてまた皆が忘れた頃に…というのを繰り返していたのでしょうが。


「え、エルフってそんなに強いんですか!?」

シエスタは目を真ん丸に見開いてびっくりしているのです。


「ええ、シエスタは正面切って私に勝てると思いますか?」

「いえ、多分一瞬でミス・ロッタの炎に燃やされて消し炭になるのがオチじゃあないかなと思います。」

シエスタの中の私が、情け容赦無さ過ぎるのです。


「シエスタが私の事をどう思っているのか問い詰めるのは取り敢えず後にしておいて…エルフとメイジが戦う時もそのくらいの力の差があるのですよ。」

「それだけの力の差があるのに、戦おうなんて気になるのが凄いです。」

平民がメイジにかかっていくのは、かなり無謀な事だというのは常識ですからね。
シエスタがそう思うのも当然ではあります。


「何てったって、『聖地奪還』が悲願ですから。
 無理でも無茶でも時期が来たら、やらざるを得ないのですよ。」

「貴族って、大変ですね。」

そう、世の中ってのは案外そんな理由で動くものなのですよね。


「シエスタ…ひとごとみたいに言っていますが、聖戦には当然ながら平民出身の兵士も行きますし、大規模な戦争には大規模な増税がつきものなので、後方にいる貴方もただでは済まないのですよ。」

「大増税ですか、それはまずいです。」

それぞれの国の国力の限界近くまでヒト・モノ・カネを振り絞って、それでも殆ど為すすべ無くけちょんけちょんに負けるのですから、無駄もいいところなのですよね、聖戦って。
あっちはこちらの大地が定期的に天空高くすっ飛んで行く事を知っていて、絶対に必要以上攻めて来ないのを知っている身としては、考えるだけで物凄い徒労感が…。
まあ、《大地がいつ浮き上がるのか分からないのがおっかないので、エルフは絶対に攻めて来ません》とは、流石にメンツがかかっているので言えないのですよ。
だったら攻めなきゃ安泰じゃないかという話になりますし、大地が空にすっ飛んで行くなんて事を知ったらパニックになるでしょうから。


「戦争というのはなるべくしないに限りますし、もしこちらから仕掛けるのであれば、どういう意図を持ってどう行うのかというのを予め考えて置かねばいけないのですよ。
 でなけりゃ戦費も兵の命も全部無駄になりかねないのです。」

「あああ、また難しくなって来ました。」

シエスタが頭を抱えているのです…基礎学力って、大事ですよね。
この世界って、平民に社会科教育を施す事があまりありませんから…。


「料理と一緒なのですよ。
 適当に作ったら、大抵微妙なものしか出来ないでしょう?
 時々物凄く美味しいのも出来ますが、そう言うのは単なる偶然ですし。」

「おお、なるほどー。
 つまり、何をしたいのかをきちんと考えなきゃ駄目って事ですね?」

シエスタって良く気が回りますし、読み書き算盤が可能という平民の娘としてはかなりハイスペックな存在なのですよね。


「あのなー、死んでもとか言うなよ!この莫迦、莫迦ギーシュ!
 死んだら御終いなんだぜ、死を恐れないのと死んでも構わないってのは違うんだ、わかってんのか!?」

おや?向こうで才人とギーシュの死生観の違いについて、白熱した話が始まったようなのです。
それでは聞き耳聞き耳…。


「ぼ、僕の覚悟を侮辱するのかね!?」

ギーシュは顔を真っ赤にして手袋を握りしめているのです。
…久し振りに『決闘だ!』ですか?


「ああ侮辱するね、死んでも構わないなんていう後ろ向きな気持ちでまともに戦えるわきゃねーだろ。
 そもそもだギーシュ、おまえが死んだら問答無用でモンモランシーは他の男に取られちまうんだぞ、わかってんのか!?」

「ぬぐっ!?いや、モンモランシーなら、モンモランシーならきっと…。」

きっと何とかしてくれる…じゃなくて、何でしょうか?


「モンモランシーならきっと、お前に操を立てて生涯独身でいてくれるってか?
 良く考えろよ、モンモンの家はド貧乏とはいえ、トリステインきっての名家の一つなんだろ?
 しかもあいつは、そこの一人娘なんだろ?
 ケティから教えて貰ったけど、貴族にとってそういう血統とかってすげー大事なんだろ?
 どう考えても、そんな事有り得ねーじゃん。
 お前が死んだら、モンモンは望むが望むまいが、家の為に他の男に抱かれる運命なんだよ。
 そんなのをお前は許せるのか?それで満足か?それがお前にとって正しい結末なのかよ!?」

「それは、確かに、そうだが…っ!」

おお、ギーシュが才人に貴族に関する話で押されている。
ううむ、才人と私達の文化ギャップを埋める為に行っていた授業が、功を奏してきていますか…?


「俺なら嫌だ、俺は絶対に嫌だ、俺の好きな女が俺以外の男と結ばれるのを想像するだけで、眩暈がする吐き気がする正気でいたく無くなる。
 戦って名誉が得られるなら死んでも構わないだなんて言うな!
 お前は貴族の前に男だろ、男なら戦って名誉を得てなおかつ生きて帰って、好きな女と添い遂げると断言して見せろよ!
 それが男って奴だろ、ギーシュ!ギーシュ・ド・グラモン!」

才人がかっこいい事を言っているのですが…対象が自分な可能性は皆無だというのが、心にぐっさり刺さるのですよ、うう。


「サイト、良い事言った!
 確かに好きな女が他の男に取られるのは絶対に嫌だよな。
 よし、俺は戦って名誉を得て、生きて帰る…けど、彼女は居ないから、これから探す!
 確かにどっちかじゃないよな、全部だよな、男なら!」


「そんなわけで女を惑わす男の敵は死ね、取り敢えずジュリオ!」

「え?何でそんな唐突に!?」

ジュリオが竜騎士隊の面々に取り囲まれ、あまりの唐突な展開にワインを入れた杯を片手に持ったまま固まっているのです。
おおう、ジュリオってば、すっかり竜騎士隊に溶け込んで…お姉さんは嬉しいのですよ、年下ですが。


「ちょっと待ちた…ちょ、電気按摩は止めて、それ反則だから、やーめーてー、ぎにゃー!」

ジュリオがジャン・ルイ…じゃなくて、なんでしたっけ…な、名前の竜騎士達にボコられている間にも、話は進んでいるのです。


「男なら、名誉も女もどっちも手に入れろ…か。
 確かにそう言われれれば、僕としても名誉だけじゃ不満だ。
 名誉もモンモランシーも、どっちも欲しい!」

「良く言ったギーシュ!
 それでこそ男だぜ!」

そう言って、才人はギーシュの背中をバシンと叩いたのでした。


「あいたたたた…で、それはそれとして、君は誰を選ぶのかね?」

「へ?」

ギーシュはそう言いながら、やんややんやと騒ぐ級友に囲まれ腰に手を当ててワインをジョッキで一気飲みしているルイズを指差します…って、見ないと思ったら、何やっているのですかルイズ。


「おっしゃー!次こーい!」」

「すげえ、もう5人抜きだ!?」

いやだから、ホントに何やっているのですか、ルイズ?


「えーと…御主人様かね?」

次に私を指差します。


「恩人かね?」

そして、シエスタを指差します。


「メイドかね?
 君は誰を選ぶんだい?」

ギーシュは、意地悪そうな笑みを浮かべたのでした。


「えっ?
 いや、その…な、何を唐突に。」

才人の目が豪快に泳ぎ始めたのです。


「名誉と女の両立は出来るが、女と女の両立は…僕が言うのも何だが、難しいよ?
 数が増えれば尚更。」

「お、俺…は…。」

言い淀む才人の後ろに怪しい影が。


「貴様も…。」

「男の敵だったか…。」

「のっぺら顔の癖に。」

その名もしっと団…ではなく、パッ○ラ隊…でも無く、竜騎士隊。


「取り敢えず、一つの悪は滅んだ…。」

「あああああああぁぁぁぁぁううううううぅぅぅぅぅぅぅ…。」

彼らが指差す先には、股間を抑えて蹲るジュリオの姿が。


「しかし、新たな悪を我々は発見した!
 我ら竜騎士隊のモットーは!?」

『悪・即・斬!』

竜騎士隊ってば、酒が入ってすっかりハイになっているのですよ。


「どこの斎○一だ、それは!?」

「やかましい、ものどもかかれ!」

「ふんぎゃー!」

竜騎士隊は才人…と、その近くに居たギーシュとガブリエルの二人も捕獲したのでした。。


「何をする、やめたまえ!?」

「待って、僕は関係無いよ!?」

パッパ…ではなく、竜騎士隊大暴走中。


「しっとの心は父心!」

「押せば命の泉湧く!」

『見よ! しっと魂は暑苦しいまでに燃えている!!』

何処から受信しましたか、その電波。


『彼女いる奴ぁ全部敵!天誅!』

『うぎゃー!?』

もう、しっと団で良いよ…なのです。



「…はて?」

目が覚めたら素っ裸。


「すぴー…。」

そして横に寝ているのはシエスタ(裸)。


「ふむぅ…?」

私も裸、シエスタも裸…なるほど、なるほど、酒の勢いで何かやらかしましたね、私たち。


「ひょっとして、ひょっとしてですが、シエスタを食っちまいましたか?」

ノンケでも食っちまう女でしたか、私は…私は…。


「うにゃあああああああああああぁぁぁぁぁっ!?
 酒呑んだら前世の人格が復活するとでもいうのですかー!?」

「ふにゃ…?」

私の悲鳴に、シエスタが目を覚ましたのです。


「あ、お早う御座います、ミス・ロッタ…って、あれ、何で私たち裸…。」

そういって、シエスタの顔が一気に赤くな…らずに、元に戻ったのでした。


「ああ、そういえばそうでした…昨晩は呑み過ぎましたねー。」

シエスタは少し恥ずかしそうに頬を掻いたのでした。


「え、ええと、私はそこら辺の記憶が定かではないのですが…。」

「あ、覚えていらっしゃらないんですか?
 私、一気飲み合戦で酔いつぶれたミス・ロッタをここまで運んできたんですけど、ミス・ロッタってば部屋に着くなりスポポーンと服を脱いで『眠いーあなたも一緒にねましょー』と、私を手招きなさったので、私もなぜか服を脱いで一緒に寝る事になったんです。」

一気呑み合戦とか、覚えていないのです…。


「それにしても、何故脱ぎますか…。」

「いや~私も酔っ払っていたんでしょうね。
 何故だかそうしなきゃいけない気がしてつい。」

自分への問いだったのですが、シエスタが自分に尋ねられたのと勘違いして答えているのです。


「酒は、程ほどにしなきゃいけませんね…。」

「あはは、本当にそうですね!」

その時、不意に部屋のドアが開いたのでした。


「ケティ、シエスタが居ないってルイズが…。」

私と目が合う才人、そしてシエスタとも目が合う才人。
私たち二人とも素っ裸、そして恐る恐る視線を下げる才人…って!


「ドアを開ける時には、ノックをしろと何度言えばわかるのですかー!?」

「サイトさんのエッチー!?」

「何で二人ともはだ…しろっこ!?」

私とシエスタの投げつけた枕が、才人をドアの向こう側に吹き飛ばしたのでした。
やれやれ、それにしても久しぶりに発動しましたか、才人のラブコメ主人公属性。
しかも今回のはシエスタも巻き添え…私たちはお色気担当ですか、そうですか。





「降臨祭休戦も、今日で最終日ですか…そろそろ始まりますね。」

外には降り積もる雪…と、それで雪合戦をする竜騎士隊の面々。


「色々とぶち壊しなのです…。」

まあ、アンニュイな気分が少々晴れたような気はしますが。


「才人の命を、私は賭けなければいけないのですね。」

無事に帰ってきてくれる可能性は…などと考えても無駄ですか。
トリステイン軍自体の被害は私が知っているものよりもはるかに少なくてすみますし、これでゲルマニアに恩を売れば色々出来るのは確かですが、七万の前に伝説の使い魔とはいえ少年を放り出すのです。
その事に罪悪感を覚えないわけがありませんし、何よりも才人自身への危険は大きいのは確かなのです。
とは言え、基本的に気弱なテファに何の前触れもなく接触したりしたら、いきなり彼女関連の記憶を消されて終わりのような予感が…私から記憶抜いたらただの娘ですから、それはまずいわけなのです。
重傷を負った才人の友人というクッションを置かねば、彼女はずっと西の森の住民のままなような気がするのですよね。


「結局は自己保身ですからね、凡人に出来るのはこのくらい…。」

不意に町の西側の方から煙が上がり、続いてドンという爆発音が響き渡ったのでした。


「さて…英雄を作りに行きましょう。」

私は何事かと騒ぎ始めた外の風景を後目に、ドアに向かって歩き始めたのでした。
狙ったわけでもないのに、蒼莱は燃料不足で筏の上に泊まりっ放し。
歴史の修正力だか因果律だか知りませんが、飛行機には乗るなという事ですか。
とは言え、私にとってこの先は観測し得ぬ未来、シュレディンガーの猫の筈。
姫様がアレな感じになったのは間違い無く私の介入の結果なのですから、変えられる所は変えられる筈なのです。




「ポワチエ卿、御無事ですか?」

屋敷から脱出した私達は、取り敢えずトリステイン軍司令部に向かって見たのでした。


「残念ながら無事だ。
 小心者な私としては一刻も早く悪夢から覚めたいのだが、待てど暮らせどこの部屋に砲弾が飛び込んでくる気配が無いものでな。」

怒号飛び交う作戦室では、顔色一つ変えずにド・ポワチエ卿が立っているのです。


「ゲルマニア軍が西側市街地から逃げて来ているわ。
 一体何が起きているっていうの!?」

「どうも、ゲルマニア軍の半数以上がいきなり寝返ったようですな。
 逃げてきたゲルマニア兵に尋ねても、全員錯乱状態で意味不明であります。」

ポワチエ卿はそう言って、肩をすくめると溜息を吐いたのでした。


「何故寝返ったのかの理由は全くの不明ですが、ゲルマニア兵から聞いた話によるとゲルマニア軍司令部は先程の爆発で消し飛んだ模様です。
 何とか地形を利用して東側市街地に叛乱兵が侵入して来ないように交戦中ではありますが、あまりにも突然の事で長期的な防衛は不可能かと思われます。」

続いて報告してくれたのはウインプフェン卿。
取り敢えずいきなり壊乱は防げましたが、何せこっちは大半が新兵という超ポンコツ軍隊ですからね…。


「ヴァリエール嬢、撤退でよろしいですかな?」

「ケティ、撤退で良いわよね?」

うわ、ルイズいきなりサラリと右から左へ受け流しやがりましたね。


「私に決断させてどうするのですか、私に。
 何だかんだでここで最上級権限を持っているのはルイズなのですよ?」

「ええ、私が!?
 いやだって、ポワチエ卿がトリステイン軍司令官じゃあ?」

自分を指差してルイズがびっくり仰天しているのですよ。


「確かにそうなのですが、姫様が自分に準ずる権限を貴方に与えましたからね。
 いくら司令官だって、最高責任者に準ずる人が居ればその人を蔑ろには出来ないのですよ。」

「わ、わわわ私が最高責任者!?」

ルイズの顔が真っ赤になったかと思うと、いきなり真っ青になったのでした。


「ケティ、パス!」

「無茶言わないで下さい。」

いやまあ、誰にも相手にされない人間(だと思い込んでいたルイズ)が、いきなり数万の軍隊の最高責任者にされたら戸惑うのはわかりますが。


「こういう時、ケティなら上手く出来るでしょ!?
 でも、私じゃ無理!!」

「私だって、上手くやっているわけじゃないのですよ。
 決断するのは貴方の仕事なのです…ぶっちゃけ、こういう時に専門家ではない最高責任者が言うべき事は。」

「言うべき事は?」

たった一言なのですよ、ええ。


「良きにはからえ、なのです。」

「いや、それは流石に駄目なような気がするわ…。」

ルイズががっくり肩を落としたのです。


「つーか、バカ殿じゃないんだし。」

ついでに才人にもツッ込まれたのでした。


「はぁ…良いですか?
 私達は指揮官教育を受けた将校では無いのですから、判断するだけの知識や能力など無いのですよ。
 ですから、こういう時は専門家に任せるのが一番なのです。
 そうですよね、ポワチエ卿?」

「まあ、私のような木っ端指揮官でも、専門家ではありますな。」

ポワチエ卿はゆっくり頷いたのでした。


「ちなみに、こうしてゆっくり話している間にも、我が軍の崩壊は刻一刻と近づいているわけでありますが。」

「う…ごめんなさい。
 それでは良きにはからって下さい。」

ルイズの一言に、ポワチエ卿は深く頷いたのでした。


「現在防戦中の部隊以外を再編せよ!
 ゲルマニア軍の叛乱部隊に総攻撃を仕掛ける!」

『はっ!』

指令室がされに慌ただしくなり始めたのでした。


「え…えっと、何か総攻撃を仕掛けるとか聞こえたんだが?」

「奇遇ねサイト、わたしもそう聞こえたわ。」

才人達が顔を見合わせているのです。


「攻められっぱなしでは撤退の機会が掴めませんから、一度攻勢をかけて敵軍を崩した後に撤退するという事なのですよ。
 本国から輸送部隊と一緒に連れてきた民間人も先に撤退させる必要がありますし、その時間稼ぎでもあるのです。」

「成る程、そういう事か。」

才人は納得したように頷いているのです…が。


「ポワチエ卿、あれで正解?」

「ですな、その通りであります。」

ルイズ…何故ポワチエ卿に?


「しかしロッタ嬢は士官教育も受けていないのに、大したものですな。」

「でしょー?ケティって凄いんだから!」

そして、何故に誇らしげに…。


「指令部はこれから撤収の準備に入ります。
 貴殿らも撤収を急いで頂きたい。」

「使用人に既に始めさせております。
 程無く撤収は可能かと。」

今頃、シエスタが私達の荷物をてきぱきと荷馬車に運び入れている筈なのです。


「ではポワチエ卿、ロサイスで会いましょう。」

「ははは、無残な敗北を迎えた敗将として扱われるかと思うと、今から気が重くなりますな…では、ロサイスで。」

ポワチエ卿が敬礼をすると同時に、司令部の全員が一瞬止まって私達に敬礼をして見せたのでした。


「ねえ…ケティ、あの人達どうすると思う?」

最後の司令部の雰囲気を感じ取ったのか、ルイズが尋ねて来たのでした。


「司令部直轄の部隊は、この軍の中でも最精鋭…撤退時のしんがりを務める部隊は高い士気と錬度が必要なのです。」

「最後まで残るって事!?」

総指揮官が直轄部隊率いてしんがりとか先頭に立って戦うとかなんてのは飛び道具が発達した世界では愚の骨頂なのですが、この世界の軍隊が持っている飛び道具は銃士隊の持っているモシン・ナガンを除くと大した事ありませんからね。
まあそんなわけで、生き残れる可能性がかなりあるのは確かなのです。


「そういう事になります。」

「わたし戻る!」

ルイズがくるりと反転したのでした。


「待てぃピンク。」

「ぐえ。」

すかさずルイズの襟をつかんだのでした。


「あ、あにするのよぅ。
 てか今、ピンクとか呼ばなかった!?」

「空耳なのです、そして駄目なのです。」

おほほほ、私がルイズの事をピンク呼ばわりするわけが無いじゃありませんか?


「嫌よ!」

「駄目なのです!」

ムズがるルイズを何とかロサイスまで下げないと…。


「しんがりとはいえ最精鋭ですから、統制のとれていない叛乱部隊を相手にするくらいなら何とかなります!
 これがアルビオンの仕業ならば、叛乱がこちらに起こっている事はとっくに知れ渡っている筈。
 今するべき事はゲルマニア軍の残党を拾いつつ、全速力でロサイスまで下がって戦線を再構築し撤退の準備を行う事なのです。
 兎に角ロサイスまで下がりましょう!」

「わ、わかったわ…そういう事なら。」

ルイズはしぶしぶと言った感じで引き下がってくれたのでした。




「シエスタ、準備は?」

「全部終わったわよ、ケティちゃん☆」

屋敷に戻ってシエスタに声をかけたらスカロンが出てきてウインクされた、不思議!そしてキモい!
…ではなく、なんでスカロンが?


「あ、ケティ、うちを片づけるついでにこっちも片づけておいたから。」

「ジェシカ…に、妖精亭のみんなも?」

見知った顔の女の子達が、屋敷から荷物を運び出して荷馬車に積んでくれているのです…というか、積み過ぎ。
私達の荷物だけなら荷馬車1台でも全然余るのに、6台ある荷馬車に荷物が満載なのですよ。


「あの…この屋敷に元々あったものまで運び出していませんか?」

「どうせ、この街はこれから戦禍に巻き込まれるんでしょ?
 だったら調度品なんてあっても無駄じゃない?
 この御屋敷の調度品、うちのお店で使えそうなのも結構あるし☆」

ジェシカはそう言って、私にウインクして見せたのでした。
つまりついでに火事場泥棒ですか…その発想は無かったのです。


「いやー、ジェシカ達が来てくれて助かりましたー。」

この屋敷に置いてあった銀製の食器と燭台を抱えてシエスタが現れたのでした。


「シエスタ…何を?」

「え?だって、この御屋敷の荷物を一切合財引き払うんでしょう?」

指示の仕方を間違えましたか、私。


「私達の荷物だけで良かったのですが…。」

「ええっ!そうだったんですか!?
 私もそう思ったんですけれども、ジェシカが屋敷の物全部持っていく事だって。」

一人のメイドに屋敷の荷物全部片付けろとか、どんな無茶振りなのですか、それは。


「ジェシカ…従妹騙して何をやっているのですか?」

「あははは~、貴方達の荷物も一緒に片付けてあげたんだから良いじゃない?」

相変わらず逞しいにも程がありますね、ジェシカは。


「はぁ…まあ、確かにここに置いておいてもどうにもならないでしょうね。」

「さすがケティ、話がわかるわ。
 長期戦になるかと思って来たのに予想外の短期間だったから、このくらいしないと採算が合わないのよ。」

まあ撤退する時に略奪するするのはよくある話ではありますし、無人になる屋敷から物を持ち出すくらいなら仕方が無いという事にしておきますか…。


「とは言え、もうすぐここにもゲルマニアの反乱軍が来るでしょう。
 撤収作業は中断!全力でロサイスまで逃げますよ!」

『はーい!』

《魅惑の妖精亭》で働く少女達の声が、屋敷内に響き渡ったのでした。





「…何というか、惨めだな。」

才人はロサイスの街中を見まわして呟いたのでした。


「そいつを言っちゃあおしめぇよ、なのです。」

街中には着の身着のまま逃げてきた民間人や、同じく殆ど着の身着のままのゲルマニア軍の生き残りが、虚ろな顔で座り込んでいるのです。
まあ実際私達も出来得る限り全力で逃げてきたので、疲れきっているわけですが。


「ここであれば、1週間以上かけて築いた陣地があるので、多少は持ちます。
 兎に角、今は休みましょう…とは言え、ロサイスの住民が襲ってくる可能性があるので、全員注意して下さい。」

庶民というのは、敗軍には厳しいですからね。
何だかんだ言って、私達は侵略者ですし。


「私達の荷物は?」

ジェシカが暗い街の雰囲気に少し怯えながら、恐る恐る訪ねてきたのでした。


「取り敢えず筏に運び込みましょう。」

「でも、今日泊まるのはあの屋敷なんでしょ?
 もしも放っておいて盗まれたりしたら…。」

ジェシカは不安そうに言ったのでした。


「この状況で高価な品を近辺に大量に置いておくのは、却って危険なのです。
 盗まれたら諦めなさい、命があればお金は幾らでも稼げるのですから。」

「ううう、わかったわ。」

まあ、筏に置いておけば水兵が警備していますし、何とかなるでしょう。


「御注進!御注進!」

伝令と思しき兵士が、馬によってやって来たのでした。


「御苦労、して何か?」

「しんがりの司令部直轄部隊、シティ・オブ・サウスゴーダよりの脱出に成功!
 現在こちらに向かっています!」

しんがりはなんとか無事でしたか…良かった、良かった。


「ただ…指令は撤退時の戦闘で大怪我を負われた模様。」

「な…それで、ポワチエ卿の容体は?」

予想以上に良い指揮官だったのですが…まさか、駄目なのですか?


「はっ、予断を許しませぬが、恐らくは大丈夫であろうと。
 それに伴い、司令部の指揮権はウインプフェン卿に移譲されました。」

「それは良かった…返す返す御苦労でありました。」

何とかなりましたか…しかし、偉そうな返答は疲れるのです。
 

「おお…何か偉そうな喋り。
 ケティが初めて貴族に見えたわ。」

ジェシカが感心したように私を見ているのです。


「いや、それでは今まで私はどんな風に見えていたというのですか?」

「ん~?魔法が使える商人。」

あう…言い返せないのですよ。



しんがりの司令部直轄部隊到着の後、急いで軍議が開かれたのでした。


「…大分、参謀も警備要員も減ってしまいましたね。」

「あいつら、しんがりこそは武人の誉れだと張り切っておりましたからな。
 皆、武人の本懐を果たし、名誉の戦死でありました。」

ウインプフェン卿の顔は、そう言いつつも寂しそうなのです。


「感傷に浸るのはこれくらいにして、本題に入ります。
 敵軍はゲルマニア叛乱軍と合流し、一気に7万まで膨れ上がりました。
 かえしてこちら側はほぼ全てがトリステイン軍で、しかも数は3万弱であり、ゲルマニア軍は壊乱状態で再編もままならず数すら把握出来ませぬ。」

「倍以上ですか…。」

ゲルマニアは、遠征軍のほぼ全てを喪ってしまったという事ですか。
現状でもギリギリ限界な動員をかけた我が国と違い、それでも更に10万以上の動員が可能な国ではありますが。
もとからそうするつもりだったとはいえ、これを知ったらキュルケは私をどういう目で見るでしょうか?


「政治とは、まさに悪党の道なのですね。」

「は、何か?」

思わず口に出てしまったのか、ウインプフェン卿が不思議そうに聞き返してきます。


「いえ、何でも…それは兎に角、ここを守りつつどう撤退す…。」

「はい、私達にお任せ下さい!」

ルイズが挙手して、そう言ったのでした。


「7万の兵を止めるくらい、私達特務機関オレンジのみで十分です。」

あれ?ひょっとして私も戦うとか、そういう話なのですか、これ?



[7277] 第四十一話 たった三人の撤退戦なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/08/19 20:14
撤退戦は戦の華
撤退戦の上手な人こそが、玄人好みな名将なのです


撤退戦は戦の地獄
撤退戦の時にこそ、戦争においては最大の犠牲者が出るのが戦の常なのです


撤退戦は戦の終着点
撤退戦において、私は何を得、何を失うのでしょう?





「…さて。」

会議の後、私達三人しか居なくなった会議室で、ルイズは私の方にくるりと振り向いたのでした。


「な、ななな何か良い知恵は無いかしら、ケティ?」

思い切り引き攣った顔で、ルイズが涙目になりながら私に尋ねてきたのでした。


「今…何と言いやがりましたか?」

私はルイズの頬に手を伸ばし、むにーっと伸ばしてみたのでした。


「ひたたたたたたた…。」

「おお、伸びる伸びる。」

取り敢えず堪能したので手を離してみました。


「…で、今何と言いやがりましたか?」

「いや、勢いで思わず口走っちゃったけど、7万は流石に無ち…いだだだだだだ!
 ウメボシぐりぐりは反則、反則よ!?」

ああもう、どうしてくれましょうかね、このピンクわかめ。


「私はヤン・ウェンリーでも、ジャスティ・ウエキ・タイラーでも、マイド・B・ガーナッシュでも無いのですよ!?
 そうポンポンと逆境を完膚なまでにひっくり返す知恵が浮かんでくるものですかー!」

「だれよそれー!?」

逆境をひっくり返すのが得意な人達なのです。


「そうなると、流石に拙いな。
 流石に7万相手にたった3人じゃあ、焼け石に水とかいうレベルじゃねーぞ?」

「まあ…幾らかましに出来る策ならば、ある事にはあります。
 ルイズが全力全開なら、最大限見積もって7万を3万5千くらいには出来るかもしれません。」

色々と賭けですが…分の悪い賭けは大嫌いなのですが、言ってしまったものは何とかやりくりしなければいけませんし。


「七万を半分って、どうやってやるんだ?」

「いくら私でも、3万5千も殴り倒せないわよ?」

何で殴り倒す事が前提なのですか。


「どこの世紀末覇王だ、そりゃ…。」

「乙女としてはやってはいけない危険水域なのですよ、それは…。」

「あはははは…。」

ルイズは頬をポリポリと掻きつつ、誤魔化すように愛想笑いを浮かべるのでした。


「最近、自分がメイジだという事を忘れつつありませんか、ルイズ…?」

「そ、そんな事ナイデスヨー?」

何故に目を逸らしますか、ルイズ?


「はぁ…まあ良いでしょう。
 ところで、ディスペルの呪文はまだ覚えていますよね?」

「ほへ?ディスペルなんか使ってどうするの?」

ううむ、不思議そうに小首を傾げる様が、これまた可愛い…。


「おお、魔法を解くと3万5千程居なくなるのか。」

才人はポンと手槌を打ったのでした。


「…で、何で?」

「今回の叛乱、些か前触れが無さ過ぎではありませんでしたか?
 叛乱が起こるというならば、通常は事前に何らかの不審な事態が発生するものなのですが、今回はそれが全く起きていないのですよね。」

まさか、アンドバリの指輪のせいだと言うわけにはいかないので、誤魔化すしかありませんが。


「隠蔽が上手かったんじゃないの?」

「もしそうだとしても、ゲルマニア司令部に全く気取られずに自爆攻撃をかけられる程だとは思えません。
 そこにあるシティ・オブ・サウスゴーダの地図を見てください。
 この東側が私達が滞在していたトリステイン側、対してこの西側がゲルマニア軍が滞在していた地域なのです。
 町の構造を見て、何か感じませんか?」

そう言いつつ、さりげなく川に指を持って行きます。


「川が流れているな…。」

「西側の市街地はシティ・オブ・サウスゴーダの中でも古い地域で、川から引き込む方式の井戸を採用しているのですよ。」

私は地図上の川を何度かなぞり、それから井戸のマークが入っている地点にその指を持って行ったのでした。


「つまりケティは、今回の叛乱は私達が前に間違って飲んだ惚れ薬みたいに、心を操る水の秘薬のせいだって言いたいのね?」

「そうだとしか考えられません。
 不可解なのはそれだけの量の特殊な水の秘薬をどうやって集めたのかという事ですが…こればっかりはすぐ調べるのは無理なのです。」

水の秘薬の量にルイズが疑問を感じる前に、疑問として出して潰しておきましょう。
はう…やはり身近な人をしれっと騙すのは心苦しいのです。


「確かにね…まあ、国ぐるみでやれば何とかなるって事にしておきましょ。
 でも、それなら確かにディスペルで効果を消せるかも。」

「やってみる価値ありだな…でもルイズ、この前イリュージョンで大艦隊出したじゃん。
 あの後で、それだけ大規模なディスペル使えるのか?」

才人はルイズの顔を見つめたのでした。


「元気があれば、何でも出来る!
 たっぷり素振りして、たっぷり魔力なら貯めたわ!」

「素振りで魔力貯めてたのかよオイ!?
 ああでも…まあルイズが言うなら大丈夫か。」

そう言いながら、才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でたのでした。


「後は…アルビオン軍に例の甦った死体が結構な数いるらしいという事なのですよ。
 最初は小さな地方の叛乱勢力に過ぎなかったレコン・キスタが、あれよあれよと言ううちにあそこまでの大所帯と化したのは、どうも倒した敵軍の兵の死体を再利用していたからみたいなのですよね。」

「それ、今回の戦で使われていたら、やばいかったんじゃあ…。」

まあ、疑問点はそれなのですが、それに関しても調べておいたのです。


「どうも、アンドバリの指輪には決められた使用回数があるようなのですよね。
 最初は部隊レベルを再生させていたようなので使用回数に関してはそこそこ多めなようですが、叛乱軍がそれなりに増えてきたあたりからは征圧した地方の貴族に対して使ったのではなかろうかという痕跡が増えていきます。
 無限に使えるなら領主だけでなく、倒した兵も全部甦らせた方が楽なのにも関わらず…なのです。」

「使用回数が残り少なくなったから、兵卒ではなく頭である領主だけを復活させて生き残りや新たに徴用する兵を指揮させたということね。」

ルイズがなるほどといった感じで頷いたのでした。


「勿論、数が増えて単に面倒臭くなったという可能性もありますが、体をズタズタにされても動けるというタフなのにも程があるというかお前は上○当○かー!?みたいな連中なのですよ?
 増やせる材料はそこらじゅうに転がっているのですから、使用回数が無限なら、そして使用者が私なら、絶対に使うのです。」

凄まじくタフな屍人の軍隊とか、中二病丸出しですが物凄く強そうなのです。


「悪は悪を知る…か。」

「深いわね、それ…ところで○条○麻って、誰?」

「がーん、何時の間にか悪人にカテゴライズされているのですか!?」

皆の為に頑張ったのにも関わらず、悪人扱いされるとか…気分はすっかりダークヒロインなのです。


「嘘嘘、ケティがわたしたちの為に一生懸命なのはわかっているわよ。」

「やり口がゴッドファーザーチックだけどな。」

まあ確かに、私は身内とそれ以外をきっちり分けるという、どっちかというとコーサ・ノストラ向きな性質ですが…。


「取り敢えず、才人を処刑するのは置いておいて…。」

「処刑!?何で!?ホワーイ!?」

自分の胸に聞きやがれなのですよ。


「…これで5000人くらいは削れるかもしれません。
 まあ少なくとも、指揮官の貴族の幾人かは死体に戻るでしょうし、そもそも部隊の半数近くが崩壊したら指揮系統を維持する事など出来ない筈なのです。」

ゲルマニア兵が正気に戻れば、瞬時にして損耗率43%。
戦争においてこれは『壊滅』という評価になります…アルビオン軍にゲルマニア軍の叛乱勢力を加えただけという、実質二つの軍隊なのでそう言い切るには不安はあるのですが。


「なるほど、それなら追い返すことは出来るかも知れねえな。
 ついでに洗脳されたゲルマニア軍を救出する事で、ゲルマニアに恩も売れるか。」

「そういう事なのです。」

ゲルマニア軍が壊滅したままでも別に良かったのですが、恩を売れるならそれに越した事はありませんか。


「それに賭けてみるしかないわね…って、私のせいなんだけど。」

「まあ、何とかなるだろ、うん。」

才人は肩を落とすルイズの頭をぽふぽふ撫でながら、のんびりと頷いているのです。


「例え私達が敵に飲まれても、ロサイスの防御陣地があればある程度は持つでしょうし…まあ、気楽にいきましょう、気楽に。」

ルイズのディスペルが効けば、取り敢えず3万人は減りますし。
何とかなります、何とか…なれば良いのですねえ、ハハ…。





「おおお、壮観なのですねー。」

「流石に7万も集まると凄まじいの一言だな、ついでにそれが味方で無くて全部敵だと。」

大地を埋め尽くす7万のアルビオン軍…半分くらいゲルマニアの叛乱軍ですが。
7万対3…数的には圧倒的に不利とか、そういうレベルじゃない状況ですが、これを何とかしないとどうにもなりませんからねえ。


「うはははは!戦場だ!斬り放題だ!血湧き肉躍るなあ!血も肉も無いけど!」

デルフリンガーが喜びに身を震わせているのです。


「おやデルフリンガー、いたのですか?
 てっきり岩に刺さったままで、そのまま『選定の剣』とか崇められているものと。」

「ひでえ!そりゃまあ確かに台詞無かったけど!
 俺は無事ですよ、抜く時に『ピキッ!』とか、ちょっと嫌な音がしたけど無事ですよ!
 みんなのアイドル、デルフリンガー様は健在ですよ!?」

台詞って何なのですか、台詞って。


「メタな莫迦剣は置いておいて…それではボチボチ始めましょうか?
 才人、口上を。」

「おう、しかし貴族同士の戦ってのは面倒臭いんだな?」

才人はすうっと息を吸い込み、その間に私は才人に『拡声』の呪文をかけたのでした。


「やあやあ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
 我こそは神の左手にして神の盾ガンダールヴ!虚無の剣を担うものなり!
 偽虚無クロムウェルに従いし背教者どもよ!虚無の裁きの光を受けるが良い!」

大音響で響き渡った才人の口上が、アルビオン軍の進軍を止めたのでした。


「…時代がかってんなぁオイ。」

拡声の呪文を解いた後、才人はぼそっとそう呟いたのでした。


「仕方が無いでしょう、時代劇な世界なのですから。」

「戦も喧嘩も政治もまずはハッタリが大事か。
 まあ、ビビらせた方が優位に立てるのは何となくわかるけどさ。」

凛々しく敵を見つめつつ、愚痴るというのもなかなか無い光景なのです。


「えーと…時代劇って、何?」

「時代劇というのは、昔の世界を再現した劇の事なのです。
 才人にとって、私達の世界は才人の世界の大昔にそっくりなのですよ。」

小首を傾げて尋ねてきたルイズに、そう返してみたのでした。


「ところでルイズ、呪文の詠唱は?」

「終わったわ、後は発動ワードだけ。」

弾は込められたので、後は引き金を引くだけですか。


「ふむ、それでは、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか?」

「うん、それじゃあ行くわよ…はああああああああっ!『ディスペル』!」

ルイズの掌から眩い光が放たれ、7万のアルビオン軍を包み込んだのでした。


「…前見たディスペルは『か○は○波』じゃ無かったぞ、取り敢えず杖は使ってた、間違いなく。」

「ひょっとして、ツッ込んだら負けなのかもしれないのです。」

日に日に出鱈目生物っぷりが上昇して行くのですね、ルイズ…。


「ど…どうかしら?」

魔力を振り絞ったせいか、肩で息をしながらルイズが訊ねて来ます。


「見た感じ混乱しているのですね、どれどれ…?」

『拾音』の魔法で、アルビオン軍の音を盗み聞き…。

「うわ、何でお前アルビオンの旗なんか持ってんだ!?」

「しらねーよ!?つか、あっちにいるのひょっとしてアルビオン軍!?」

「なあ、あのピンク胸無くね?つか平原じゃね?」

「バーカ、あれは着痩せしてんだよ、俺には分かるね。」

「指揮官殿、どうなさいましたか指揮官殿…って、死んでるー!?」

「うわ、何でこの人全身ズタズタになって死んでんだー!?」

ふむ、大混乱なのですね…一部、全然関係無い話している人もいましたが。


「この混乱で撤退してくれれば、何とかなるか…?」

「恐らくは…。
 遠目に見ても大混乱していますから、もう一度攻め寄せるにしても一旦退却して体勢をたてなお…。」

「ぎゃあ!」

「ひぎゃ!?」

その時、アルビオン軍の後方から、悲鳴が聞こえてきたのでした。


「な、何をなさるか!?」

「前進せよ!勝利は目前である!」

そんな声が、『拾音』の魔法で強化された私の耳に入ってきたのでした。


「クロムウェル皇帝陛下よりの命令は『進撃し、敵を殲滅し、勝利せよ』である!
 ここまで散々待ったのだ!我らの革命に後退は許されませんぞ、ホーキンス将軍!」

「貴官は何を言っておるのだ!?
 ここまで混乱した状態で進軍など…。」

ホーキンス将軍は敵軍の総指揮官の筈なのに、彼の決定にしかも上から目線で反論している人がいるのですか?


「皇帝陛下に選ばれた我ら『聖地奪還委員会』の決定に逆らうと仰るか?
 反革命罪に問われますぞ?」

「き、貴様ら…っ!」

な、何なのですか、このどっかの共産主義国家みたいなやり取りは…?
私達がこういう事をやるというのを、ある程度予測していた?


「『聖地奪還委員会』は、これよりこの戦場を督戦する!
 逃げる者は我らの魔法にて焼かれ、切り裂かれ、轢き潰されると知れ!」

と、督戦隊…?
拙い、拙いのですよ。
私達はたったの三人、正気に戻ったゲルマニア兵は逃げ散り始めていますが、それでも4万近い兵が敵側には居るのです。


「な、何だ!?敵が急に進み始めた!?」

「まさか、督戦してまで部隊を収拾させるとは…。」

こっちがこうやれば、あちらはああやる…徐々に、徐々にですが、私の介入がトリステインの外にも影響を及ぼしつつあるとでもいうのですか…?


「どういう事…?」

ルイズがよろめきながら、私に訊ねて来ます。


「思惑が強引な手法で外されました。
 敵軍は時期に統制を取り戻します…完全に失敗なのです。」

「そんな…。」

全く考えられない話では無かったのです。
ただ、そこを考慮するとどう考えても失敗するので、敢えて無視していた部分でしたが。


「敵は常に自身の最悪を突いてくるというわけですか。
 すいませんルイズ、これは完全に私の失態なのです。」

極端に分の悪い賭けって程では無かったのですが…。


「じゃあ、わたしとサイトが頑張るしか無いってわけね…あぅ。」

「…無理すんなって、3万以上無力化しただけで十分だよ。」

「うう、でも、でも…。」

「良いから、お前は寝てろ。」

才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でます。


「ケティもそんなに気に病むなって、どんなに考えたって駄目な時なんかいくらでもあらぁな。」

「才人…。」

続けて才人は私の頭を撫でたのでした。


「おーいデルフ、斬り放題だぞ?」

そう言いながら、才人はデルフリンガーを鞘から抜き放ったのでした。


「斬り放題!なんて素敵な言葉!
 とうとう俺の出番というわけだな。
 今宵の俺は血に飢えておる、飢えておるぞ!」

おおう、デルフリンガーが漲っているのです。


「今宵って…お天道様が頭上でめっさ元気に光っているわけだが。
 あと黙れ妖刀。」

「ひでえ!それっぽい事を振っといて、この扱い!」

才人ってば、デルフリンガーに対しては結構Sなのですね。


「いやー、デルフといえば『黙れ妖刀』だろ。
 一回くらい言ってやらないと、調子が出ないかなぁと思ったんだよ。」

「ひでえ!相棒が鬼畜過ぎる!この鬼畜!鬼畜眼鏡!」

「俺の何処に眼鏡要素があるってんだよ!?」

何処にも無いのですねえ…BL要素も何処にも無いのです。


「…とまあ、冗談はこれくらいにして…だ。」

才人は剣を構えたのでした。


「ケティはルイズをつれて、ロサイスまで逃げてくれ。
 俺はあのアルビオン軍片付けたら戻る。」

「か、片付けたらって、あんたねえ…。」

そう言いながら、ルイズはよろよろと立ち上がったのでした。


「わたしも一緒にアルビオン軍ぶっ飛ばすから、ケティだけロサイスに戻って。」

「いやルイズ、今の貴方は魔力を失って普通の女の子に戻ってしまっているのですよ?」

おまけに体力まで魔力に変換したのか、よれよれのよろよろなわけで。


「バカ犬だけ残して、ご主人様だけが先に帰れるわけ無いでしょ?
 無理でも無茶でも気合でぶっ飛ばすのみよ。」

「はぁ…俺が物凄く珍しく気を利かせてんのに無茶苦茶言いやがるな、このご主人様は。」

そう言いながら、才人はルイズの胸をぺたりと触ったのでした。


「んー…胸?」

「死になさい。」

そう言いながら放たれたルイズの拳は、へろへろーっと才人の胸に当たったのでした。


「パイタッチ返しか、やるな。
 その発想は無かったぜ。」

「違う…わよ、ああもう、どうして力が出ないのよぅ…。」

才人、キモいから胸抑えて顔を赤らめるのはやめてください。


「だからケティが言ってたろ、魔力切れだって。
 おとなしくロサイスで待ってろっての。」

「嫌よ…あんた一人置いてだなんて。
 使い魔と…その主人は…死ぬまで一緒なの!」

普通に考えれば、1対7万でも1対4万でも絶望的な数字には変わりありませんからね。


「ああもう、かわいいなあ俺のご主人様はっ!!」

「ぐっ!?」

才人は素早くルイズに当身をして気絶させ、胸に抱きしめたのでした。


「まあ、抱きしめたし、胸も触ったし、とりあえずこんなもんで良いか。」

「いや、せめて抱きしめてから気絶させたほうがよかったのでは?」

逆だとなんだか変質者チックなのですが…。


「良いんだよ、そういう事すると暴れるだろ、こいつ。
 何つーか、懐いてんだか懐いてないんだかよくわからない猫?」

「言いたい事は、何となくわからないでもないですが…。」

時々そういう猫っていますよね。


「死ぬ気なのですか、才人?」

その割には飄々としているというか…。


「ん?死ぬつもりは無いぜ。
 ギーシュに全部手に入れろとか偉そうに説教しておいて、俺が死んだら馬鹿みたいだろ?」

「そうですね、まるっきり莫迦なのです。」

私がそう言うと、才人は軽くよろけたのでした。


「そこはなんかフォローが欲しかった…え!?」

そのよろけた才人の頬に、私は軽くキスをしたのでした。


「乙女のキスなのですよ。
 この魔法上等なファンタジー世界でおまじないも何も無いような気もしますが、験担ぎ位にはなるような気がしませんか?」

我ながら、なんという臭い台詞…思わず頬が赤くなってしまいます。


「センキュー、有難く受け取っておくぜ。
 じゃあ、そろそろ逃げないと敵に追いつかれそうだし…な。」

「確かに、そうですね。」

もうそろそろ時間切れですか。。


「レビテーション。」

ルイズの体を浮かべて馬の背に乗せ、私もその馬に飛びったのでした。


「才人、敵を総崩れにしたいのであれば、敵陣最後方にいる督戦隊を倒すのです。
 彼らが急激に統制を取り戻した原因は、前に進まなければ味方に後ろから撃たれるという恐怖があるからなのですよ。
 逆に言えば、それを叩き潰せば後ろからの圧力が無くなり、敵軍は逃げる事が出来るようになるのです。」

「敵の最後方ねえ…わかった、やってみるな。
 それじゃあまた会おうぜ!」

「ええ才人、また会いましょう!」

笑顔で手を振る才人に私も手を振り替えし、私は馬をロサイスに向けて走らせたのでした…絶対に振り返らずに。





「お帰りなさいミス・ロッタ、作戦はどうなりましたか?」

「おおむね成功しました…。」

私はロサイスに戻ると屋敷にルイズを置いてロサイスの作戦司令部に行き、そこで事の次第を斥候たちから受け取ったのでした。
作戦の結果は、成功といえるでしょう。
敵軍の半数近くが正気に戻ったり死体に戻ったりして失われ、残り半分も督戦まで行ったにも拘らず、その督戦隊が才人によって全滅。
再び統制を失ったアルビオン軍は壊乱状態に陥って撤退していったのでした。

対してこちらの被害は数人の斥候と一人の少年が行方不明になったのみ。
…そう、才人は行方不明なのです。
無事にティファニアに拾われていればいいのですが…。


「サイトさんは…?」

「やはり、行方不明なのです。」

私の言葉を聞くと、シエスタは泣き始めたのでした。


「そんな、そんな、サイトさんが…。」

「行方不明は行方不明なのであって、戦死ではありません。
 そもそも才人の格好は特徴的で目立ちますから、死んでいればわかるでしょう。」

この世界で青いパーカーとジーンズの少年なんて、目立つにも程があるのですよ。
だから、戦場で見かけなかったというのであれば、大丈夫…大丈夫…大丈夫…。


「それじゃあ、すぐ探しに…。」

「ミス・ロッタ、最終便の準備が終わりました。」

シエスタがそう言いかけた直後に、伝令兵が私達の元にやってきたのでした。


「時間切れなのです…行きましょう。」

「そんな…ッ!?」

才人が本当に無事かなんて、私だってわかりません。
死んでいる筈の人が生きている以上、生きている筈の人が死んでいる可能性は多分にあるのですから。
ティファニア、才人を見つけてあげてください、どうか、どうか、お願いします。


「ミス・ロッタの権限で、もうちょっと、もうちょっと待ちましょう!?ね!?」

「不可能なのです。
 ロサイスに少数のアルビオン軍が迫っていますが、既に全ての軍が撤収してしまった現状では、この船自体が危うくなります。」

そう、正気に戻ったゲルマニア軍を精一杯収容して、待って、待って、これが本当に最後の便。
これを逃したら、トリステインには帰れなくなってしまいます。


「ミス・ロッタの人でなし!こんな薄情な人だとは思いませんでした!
 サイトさんの事なんか、どうでも良いんですね!?」

シエスタはもうどうにもならない事なんかは重々招致で、それでもやり切れない無念さとかを私にぶつけているのはわかります。
それをぶつけられるべき立場なのが私なのもわかります。
それでも…。


「私だって…私だって…出来る事なら…それが許されるなら…ううっ…。」

「ミス・ロッタ…申し訳ありませんでした。」

それでも、それを受け止めて平気でいられる事と、そうではない事だってあるのですよ。


「あ…あの…。」

戸惑ったように立ち尽くす伝令兵を見て、泣いている場合ではない事を思い出しました。


「伝令の任務、ご苦労でした…さあシエスタ、船に行きましょう。」

「は、はい!」

ルイズにも恨まれるでしょうね。
ですが、それが才人と最後に話した者の義務なのです。




「う…ん?」

半日近く時間が経ち、ラ・ロシェールの明かりが見えてきたあたりで、ルイズが目を覚ましたのでした。


「ここは…。」

「アルビオンから脱出した船の中なのです。」

ルイズは多分、私が言う前に気づくでしょうね。


「私、今まで…え?」

ルイズが驚いた顔で周囲をキョロキョロと見回します。


「え?え?え?」

更に、混乱した表情で周囲を見回します。


「サイト、サイトは、サイトは何処?」

「才人は…。」

私は説明しようとしますが、ルイズは私の言う事など耳に入っていないようなのです。


「何でサイトの気配がしないのよ!何で繋がりが切れているのよ!?
 どういうこと?ねえケティ、あんた何か新しい魔法でも開発して、サイトを隠しているだけなんでしょ!?」

「ルイズ…。」

ルイズは私をがくがくと揺さぶり続けます。


「早く出しなさいよ、何で何も感じないのよ、不安なのよ、お願いだから、早く、出して!サイトを!早く!!」

「才人は…行方不明なのです。」

その事をルイズに伝えたのでした。


「ゆく…え、ふめい…?」

「はい、敵が撤退したので斥候に才人を捜索させましたが、生きている才人も死んでいる才人も発見できませんでした。
 よって、行方不明なのです。」

本当に…ティファニアに拾われていてください、貴方が主人公ならば、そうなってくれる筈…。


「戻る…アルビオンに戻るわ。」

「もうすぐ、ラ・ロシェールなのです。
 ですからすぐに戻るのは無理な…きゃッ!?」

私がそう言い切る前に、私はルイズに押し退けられたのでした。


「才人を探すの、戻って早く探すのよ!」

「戻れません!戻ろうにも、この船にはもうそんな風石は残っていないのです!」

やはりルイズには何時もの無茶苦茶な怪力はありません。
おそらく大魔法を使った後で、完全に魔力が枯渇しているのでしょう。


「嫌よ探すの!才人が感じられないの!不安なの!不安で死んでしまいそうなの!
 お願いケティ、戻って、戻って探すの手伝って!お願いよ!」

「トリスタニアに戻ったら、すぐにでも捜索隊を結成しましょう。
 ですから、ですから落ち着いてください!」

「サイト、サイト、サイトサイトオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!!!!!」

ルイズの魂から搾り出されたかの如くの絶叫が、船の中に響き渡ったのでした。



[7277]  幕間41.1 血塗れの真紅の悪魔
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2010/08/22 05:55
「ヒャッハー!敵だァ!」

「俺は何時も思うんだが、何でお前なんか買っちまったんだろう…はぁ。」

喜びに撃ち震える己のインテリジェンスソードに、溜息を吐きながら愚痴る青いパーカーの少年。
才人は敵を睨みつけつつ、デルフリンガーと何時も通りの莫迦話をしている。


「ひでえ!俺は剣なんだから、斬って突いて叩き潰して何ぼだろ!
 いくら話せるからって、別に俺は話し相手が無い人用の剣とかじゃねーんだぞ?」

「違ったのか?
 てっきり話し相手がいない寂しい人用の機能かと思ってたぜ。」

デルフに対しては、色々と酷い才人だった。


「ひでえ!俺は魔法吸いとれるっていう立派な機能があるんだぞ!他にも魔法吸いとれるし、何てったって魔法吸いとれんだ!」

「魔法吸いとり機能だけじゃねーか!
 吸い取った魔法を放つとか、そういう事は出来ないのかよ?」

吸い取った魔法はどうするんだろうとか思いつつ、才人は訊ねてみる。


「ズバリ出来無い!」

「堂々と言う事かっ!?」

敵はどんどん迫りつつも、一人と一振りの調子は変わらない。


「あー…一応、吸いとった魔法を活用する機能はあるぜ?
 あるぜというか、今思い出した。」

「へえ、どんな?」

飛んできた数十本の矢を切り捨てながら、才人はデルフリンガーに訊ねる。


「吸い取った魔力の分だけ、俺を握っている相手の体を動かす事が出来る。
 …ただし、そいつの意識が無い時限定だが。」

「つまりアレか、こんなふうに!魔法をめいっぱい吸い込んだお前を意識が無い誰かに握らせれば、そいつはお前の思い通りに動くと。」

今度は飛んで来た火の弾を切り捨てながら、雑談を続ける二人。


「おう、例えばお前の御主人様の娘っ子とか、あのおっかない娘っ子とかに俺を握らせれば、セクシーなダンスとかさせられるわけだ。
 意識無い時限定だがな!」

「まさに外道。
 つーか、剣握った女の子のセクシーなダンスとか、誰得だよ?」

風の刃を切り捨て、ゴーレムを粉砕し、氷の槍をただの氷に変えていく。


「な、何なんだあいつは!?」

「矢を切り捨て、魔法を切り捨てるだとぅ!
 メイジ殺しかよ!?」

「だから、ガンダールヴだって言ってんだろうが!」

盾を構える剣兵を剣と盾ごと叩き潰しつつ、才人はその兵士の疑問に答えて見せたのだった。


「ヒャッハハァ!肉裂き骨砕くこの感覚!俺が剣だって実感する瞬間だぜ!
 で、この先どーすんだ相棒!?」

剣として使われる喜びに打ち震えつつ、デルフリンガーは才人に訊ねる。


「ここは敵の先鋒だ。
 なら、どんどん進めば後方だ!
 どうせ回りは敵だらけ、ならばその中の最短距離を行く!
 何か文句あるか?」

「ヒャハハハハハ!無いねえ、全然無いねえ、正面突破上等!
 進めば辿り着くのは最後方!そういう考え方、俺大好き!」

後ろから切りかかろうとして来たアルビオン兵が、パァン!という音と共に後頭部を吹き飛ばして倒れる。


「後ろからなら大丈夫ってか?
 御生憎様、ケティの荷物から拳銃パクって来たんでね、後ろにも隙は無い!」

才人の手に握られているのは、モーゼルC96M1932。
館から撤収するどさくさ紛れにケティの荷物から抜き取って来たものだった。


「その拳銃って、あのおっかない娘っ子が物凄く大事にしてる奴だろ?
 バレたらブッ殺されるんじゃね?」

「ここで使わなきゃ、ここでブッ殺されるからな。
 今死ぬか、先死ぬか?俺は一日一秒でも長く生きたいんでね!」

槍を構えて来たアルビオン兵の穂先を切り飛ばし、更に踏み込んで首を一撃で斬り飛ばし、返す刀で更にもう一人の胴を薙ぐ。


「俺達をまるで人の形した肉の塊みたいに扱いやがる!?
 何で全方向からありとあらゆる攻撃を加えても全部に対処出来るんだよ!?」

「ルイズが同時に全方向からありとあらゆる攻撃を加えてくるからな、しかもお前らよりもずっと早くだ!
 遅過ぎるんだよ、そんな攻撃で断末魔を上げさせられるなんて、俺を舐めるんじゃねえ!?
 アレに比べりゃ、たかだか雑魚が4万程度、温過ぎるにも程があるわ!」

ちょっと涙目になりながらも、才人は剣を振るう。
その度に数十人が吹き飛び絶命していく。


「ヒャッハァ!良いぞ、もっと心を震わせろ、そうすりゃ相棒はもっと早く強くなる!
 心の震えの原因が相棒の御主人様なのがアレだがなぁ!」

「うるせえ!ルイズとケティの折檻以上に、この世に怖いものなんかねえ!
 これは俺にとって世界の真実だ!」

才人は打ちこまれる密度が増してきた魔法の矢や火の弾などを切り裂きつつ、更に進む。
魔法の密度が増してきたという事は、平民が主体の先鋒から、メイジ主体の中堅部隊に移り変わって来ているという事。


「僕はアルビオン貴族の…ぐふぁ!?」

「名乗りを上げている暇があるなら、魔法撃って来い!」

名乗りを上げようとしたアルビオン貴族を才人は一刀の元に切り捨てる。


「自分は名乗り上げたくせに、ずるいぞ!」

アルビオン貴族達は応戦しつつも抗議の声を上げるが…。


「さっきと違って、今俺は忙しいんだよ!
 名乗りを上げるのは死んでからにでもしてくれ、あの世に逝った後に聞いてやるから!」

「名誉を解さぬ奴めっ!
 うぐぁっ!」」

ブレイドで斬りかかってきた貴族を切り捨て、背後から魔法を撃とうとする貴族をモーゼルで射殺する。


「この数で囲んでおいて、名誉もクソもあるかボケえええええええええぇぇぇっっ!」

「いいぞ相棒、何でもいいから心を振るわせ続けろ!
 4万人を全て斬っちまえば、何もかも終わらぁな!」

才人が剣を振るうたびに数十人が吹き飛んでいくという構図は、アルビオン軍にとって悪夢以外の何者でもなかった。


「囲め、十重二十重に囲んで攻撃を加えるのだ!」

「駄目です!いくら囲んでも、力づくに突破されていきます!」

「まだ4万だ、まだ4万もいるのだぞ!
 それを何故たった一人の少年が、あそこまで好き勝手にできるのだ!?
 本当にガンダールヴだとでも、伝説の使い魔だとでもいうのか!?」

アルビオン軍の指揮官であるホーキンス将軍がいくら指揮をしようが、血に塗れて既に真っ赤になった一人の少年によって、それら全てが突破されていく。
『聖地奪還委員会』の貴族たちは、常軌を逸した『力』によって自分たちのした事全てが無に帰していくのを見続ける事になったのだった。


「こちらへ向かっているのか…私の首が目当てか?
 もしくは…貴公らの存在に気づいているのやも知れませんな?」

ホーキンスは『聖地奪還委員会』の面々にそう言って笑いかける。


「な…まさか?」

「どちらにせよ、彼が目指しているのは我が軍の士気そのものの破壊でしょうな。
 そして、おそらくそれは間違いなく成功するでしょう…我が軍はたった一人の少年によって、見るも無残に惨敗するのです。」

既に才人が突破した後の先鋒から中堅にかけては、兵が逃げ散り始めている。
督戦隊が彼らを撃つが、たった一人の『確実な死』と対峙するのと、逃げれば『死ぬかもしれない』逃亡では、逃亡の方が勝ったのである。


「我々が撤退を始めれば、おそらく彼は引くでしょう。
 引かなければ、我等は皆殺しです。
 どちらを選ばれますかな?」

「ホーキンス将軍、貴公は敗北主義者だ。」

『聖地奪還委員会』の委員がそう言うと同時に、ホーキンスはブレイドで胸を突かれて倒れた。


「これより我々『聖地奪還委員会』が、この軍を統率する!」

だがしかし、全ては何もかも完全に手遅れだったのだ。


「同志、奴が、血塗れの真紅の悪魔が来ます!」

『ぎゃあああああああぁぁぁぁっ!?』

司令部を覆っていた人の壁の一部が吹き飛ぶ。
そしてそこから現れたのは…全身を返り血で真っ赤に染めた1人の少年だった。


「…督戦隊は?」

才人がそう言うと、警護の兵たちの視線が一斉に『聖地奪還委員会』の面々のほうに向いた。


「…そうか、お前らか。」

無機質なまでに醒めきった才人の瞳が『聖地奪還委員会』の面々を貫く。


「いやー、斬った斬った満喫した!
 こいつらで最後か?」

「たぶんな、いい加減面倒くせえ。
 逃げるか、それともこの場で死ぬか?」

「ひぎゃ!?」

才人は近くに居た『聖地奪還委員会』の委員を無造作に切り捨てた。


「俺に斬られるまでに決めろ、さもなくば死ね。」

「くっ、さっさとやらんか!この血塗れの悪魔を殺すの…だ…。」

そう言った委員は、即座に上半身と下半身が泣き分かれになった。


「何故たった一人に我々の理想が潰されなけれ…。」

そう言った委員は、下顎から上が消滅した。


「死ぬんだな、わかった死ね。」

身構えた委員は、それだけで抵抗する間もなく杖ごと切り捨てられた。


「逃げろ、逃げるんだ、本当にガンダールヴだ!
 虚無は、始祖の御意思は我々の所業にお怒りなのだ!」

その声が軍全体に浸透するのに数分と時を要さなかった。


「やってられるか、なんなんだよ、何なんだよいったい!?」

「皇帝陛下の御意思は神の御意思ではなかったのか!?」

信仰によって結束した軍勢はその信仰対象が、自分達の敵であるという事を思い知る事になったのだ。


「神よお許しください!どうやら我々の革命は大いなる過ちであったようです!」

たった一人の少年に蹂躙し尽くされた4万の軍勢は、総崩れになって味方の居る場所、ロンディニウムに向かって遁走を始める。
そしてたったの数十分で、その平原から五体満足なアルビオン兵は居なくなったのだった。


「…大丈夫か、相棒?」

「正直な話、もう駄目かも知らんね。
 さすがにアレだ、味方ごと巻き込んで銃撃してくるとかマジ勘弁。」

才人の全身が赤いのは、返り血だけではなく、やはり避けきれない攻撃もかなり受けていた。


「これからどうするね?」

「とりあえずはアレだな、身を隠せる場所を探そうぜ。」

そう言って、才人はふらふらと歩き始め…そのままばたりと倒れた。


「相棒!相棒!
 …仕方ねえな。」

デルフリンガーがそう言うと同時に才人はむくりと起き上がった。


「おう、こりゃまずいな。
 もうすぐ心臓が止まっちまう…仕方がねえ、相棒が言ってた通り、どこか身を隠せる場所でも探すか。
 あの森なんか良いかねえ?泉とかがあれば最高だ。」

デルフリンガーに操られた才人の体は、ふらふらと森に向かって歩いていったのだった。






「ひうっ!?」

ティファニアは水を汲みに行った泉の近くに倒れている少年を見つけて、びっくり仰天した。
何せ、全身殆ど血塗れで、体からは血の染みが広がっている。
どう見ても、死んだ直後の新鮮な死体だった。


「あわわわわ、蘇生、とにかく蘇生…。」

母からの遺品である指輪を取り出し、『生き返って』と祈る。
彼女は村がある西の森で倒れている兵士には蘇生措置を施し治療した上で、記憶を消して帰ってもらっていた。
何故ならば彼女はエルフの血を引く娘。
この世界ではエルフは悪魔のように恐れられているので、意識が戻ってから彼女の耳を見ると皆恐慌状態に陥り時には攻撃してくる者も居るのだ。
なので、魔法で記憶を消してお帰り願うしかないのである。
本当は、友達が欲しいだけなのだが…。


「ふぅっ…どうかしら?」

ティファニアは祈るのをやめて、その少年を見てみた。
胸が微かに動き、自発的な呼吸が再開されたのが確認できる。


「大丈夫みたいね。」

ティファニアは胸に手を置くと、ほうっと安堵の溜息を吐いた。


「それじゃあ、よいしょ…っと!」

ティファニアは少年を軽々と持ち上げると、肩に担ぐ。
記憶を消す魔法を覚えて以来、妙に力持ちになった彼女だった。
でも生活に便利なので、特に不思議だとは思っていない。


「う…血生臭い。」

少年は全身血だらけの為、妙にぬるぬるするし、何よりも血生臭い。
彼女の服にも血がついてしまうが、そんなのは今までの戦でこの森に迷い込んだ兵士も一緒だったので、わりと慣れっこなティファニアだった。


「おーい、そこの娘っ子!」

「ひうっ!?
 あ、危ない危ない!?」

ティファニアが立ち去ろうとした時に、いきなり下のほうから声がしたので、びっくりして危うく少年を落としてしまうところだった。


「ど、どなたですかぁ?」

「足元だ、足元を見てくれ娘っ子。」

ティファニアが足元を見ると、そこには血塗れの剣があった。


「ひうっ!?」

「しゃべる剣は珍しいのか娘っ子?
 おうエルフか、ずいぶんとまあ珍しいのが居るな。」

その血の生々しさにギョッとして、思わず少年を肩に担いだまま飛び退いてしまうティファニア。


「しゃしゃしゃ、しゃべる剣ですか?」

「おう、しゃべる剣、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ。
 俺はそこの相棒の得物でな、わりぃが俺も持って行ってくれねえか?
 でもこのままだと錆びそうだから、できればその前にそこの泉で洗ってくれると嬉しいんだが。」

ティファニアはその剣、デルフリンガーの言う事にこくこくと頷いたのだった。



[7277] 第四十二話 泣いている暇なんて無いのです。
Name: 灰色◆a97e7866 ID:ae1b433a
Date: 2010/09/11 08:53
「…貴方が無事で良かったわ、ルイズ。」

自分のせいだと船の中で泣き叫び、すっかり憔悴しきったルイズと、それを宥めていた私がラ・ロシェール港の桟橋から降りると、そこには喪服姿の姫様が居たのでした。


「姫様…わたし、わたし…わたしのせいでサイトが、サイトが…っ。」

「うん…そう、サイト殿が。」

姫様はそう言って、包み込むようにルイズを抱きしめます。


「う…うぇ…うっ…ううっ。
 わたしがあんな事言わなければ、わたしのせいなんです。」

「兎に角、今は泣きなさいな。
 めいっぱい泣くとね、冷静になれるから。」

姫様はルイズの涙で服が濡れる事など気にせずに、泣き続けるルイズに胸を貸すのでした。


「サイトは凄いな、僕を決闘で倒しただけの事はあるよ…なんてね。
 僕に苦戦していた召喚直後の頃から見ると、信じられないほど強くなっていたのだね、彼は。」

ルイズを優しく抱きしめる姫様を見ながら、ギーシュは私にそう言ったのでした。


「…ケティは泣かないのかね?
 僕の胸で良ければ貸しても良いが。」

「出迎えに来たモンモランシーに見られても良いのであれば、それも有りかも知れませんね。」

私がそう言うと、ギーシュはぎょっとしたようにキョロキョロとし始めたのでした。


「え?え?モンモランシーが来ているのかね?」

「モンモランシーは現在我がラ・ロッタ家のトリスタニア別邸に逗留中なのですよ。
 到着前に別邸に通信用ガーゴイルを送っておいたので、彼女にも情報は伝わっている筈なのです。」

逗留中というか、水の秘薬作りの住み込みアルバイトと言った方が正しいような気もしますが。
ちなみにこの別邸、モンモランシーが言うには、かつてはモンモランシ家の別邸の一つだったらしいのですよ。
その関係もあって、彼女が現在逗留中というわけなのです。
しかしモンモランシ家が裕福だったのはわかるのですが、何でトリスタニアのようなさして大きくもない町の中に複数個の別邸を持たなければいけなかったのか、いまいち意味がわからないのですよね。
見栄とは複雑怪奇なり、なのです。


「ううむ…。」

「あ、それじゃあ、俺の胸で泣きなよケティ。」

いきなり、隣に立っていたぽっちゃりさんがそんな事を私に言ったのでした。


「ええと…誰?」

「僕の名はマリコルヌ、マリコルヌ・ド・グランドプレだよ!
 ギーシュとよくつるんでいるから、知っているだろぅっ!?」

勿論知っていますが、ろくに話した事が無いのですよ。


「てか、この前の祝勝会に僕だけ招待状が来なかったんだけど!
 何?何あの放置プレイ!?
 後で知って屈辱感と快感で身が震えたんだけど!
 謝罪と賠償を求める!」

「おお…それは申し訳ありませんでした。」

屈辱感は兎に角、快感って何なのですか?


「そんなわけで、賠償として僕の胸で泣きなよ!
 いくら濡れてもかまやしないよ、むしろ御褒美だよ、だから泣きなよ。
 ほら、ほら!」

ぽっちゃりさんがぽっちゃりした胸板をぽっちゃり差し出してきたのでした。


「断固として、拒否させてもらうのですよ~。」

もちろん、笑顔で断らせてもらいますが。


「あヒん!改めて笑顔で断られた!?
 その冷たい笑顔、さすがは断罪の業火、僕の女王様ッ!」

何故に顔を高潮させて奇声を上げますか…?
ああ、いや、まあ、何となくわかりますが、理解するのは拒否させてもらうのです。


「そもそも、私は生きている才人に逢って嬉し泣きする予定なのですから、まだまだ泣く予定は先なのですよ。」

「彼の生存をそこまで信じているのかね?」

ギーシュは、私に不思議そうに尋ねて来るのでした。
まあ常識的に考えて、四万と戦ったら無傷じゃあ済みませんからね…。


「諜報員が入手した情報によれば、アルビオン軍の督戦隊を壊滅させるまでは間違い無く生きていたようなのです。
 才人の服装は私達とはかなり違うものですから、戦場で見つからなかったとなると、生きている可能性もかなり高いのですよ。
 死んだという証拠が何も見つからないうちは、生きていると信じているのです。」

「成る程、そう言われると僕も希望が湧いてくるなぁ。
 ケティ、才人を探しに行く時には僕にも声をかけてくれたまえ。
 僕でも役に立つ事はあるだろうさ。」

ギーシュはそう言って、杖を軽く振って見せたのでした。


「ほほぅ…ケティと二人っきりでアルビオン旅行とは、やるわね?」

ギーシュの背後から現れたるは、金色クロワッサンなのでした。


「おや、恋人と離れていたせいで、性欲を持て余しているモンモランシーではありませんか?」

「だから、私はそんなエロ娘じゃなーい!」

モンモン大噴火なのです。


「私とギーシュ様が二人っきりでアルビオンに行くとか、そんな不埒な妄想を思い浮かべる脳味噌の持ち主が?」

「だって、ギーシュが言っていたじゃない!?」

顔を真っ赤にしたモンモランシーは、怯えてコソコソと私の後ろに隠れたギーシュを指差したのでした。


「ギーシュ様は一緒に行きたいと言っただけで、二人っきりでなどとは一言も言っていないのですよー?」

「…そうだそうだー!」

私の背後から、ギーシュのか細い抗議の声が聞こえてきたのでした。
私を盾にしたぁ!?なのですよ、三人いませんが。


「お黙り、ギーシュ!」

「すいません、調子に乗りました。」

おお、モンモランシーから名門オーラが出ているのですよ。
そしてギーシュは才人のを見て学習したのか、見事な土下座なのです。


「…で、ケティ。
 サイトは生きているのね?」

「ええ、ほぼ間違いなく。
 才人が生きているので、貴方が例の件で才人から借りた借金も生きているのですよ。」

私がそう言うと、モンモランシーは沈痛な表情になったのでした。


「サイト…惜しい人を亡くしたわ。」

「借金が嫌だからって、死んだ事にしないでください。」

まあ、そういう冗談を口に出してくれるぐらいには、才人の生存を信じてくれているという事なのでしょうか?


「だいたい、媚薬で正気失う前に薬を作るお金は立て替えてくれるって言ってたでしょ?
 あれ、どうなったのよ?」

「薬の調合費を立て替えるとは言いましたが、借金を立て替えるとは一言も言っていないのですよ。
 経費が欲しいのなら、その分の領収書を提出するのです。
 それで借金を返せばいいでしょうと、私は何度も言っている筈なのですが?」

私の言葉に、モンモランシーは目を逸らすのでした。


「…精霊の涙を買えなかった分のお金を、才人に返さずに他の薬の材料を買う代金に当てましたよね?」

「ナンノコトカシラ?」

おいこらモンモン、しらばっくれようったってぇそうはいかねえぜぇ、なのです。


「ぶっちゃけると、それが才人から借りたお金の大半だったりするのですよね?」

「あ…あはははははは~…。」

モンモランシーは誤魔化すように笑顔を浮かべたのでした。


「あはははははははは~…。」

「おほほほほほほほほ~…。」

私とモンモランシー、しばし睨み合い。


「そうそうモンモランシー良い縁談があるのですが、ポリニャック伯の後妻なんてどうでしょう?」

「ポ、ポリニャック伯!?」

それを聞いた瞬間、モンモランシーの顔が青くなったのでした。


「ええ、先日ポリニャック伯は8人目の奥様を亡くされたそうでして。」

ポリニャック伯はモット伯以上の性豪なのですが、浮気は一切しないしない人なのです。
まあつまりわかりやすく言うと、奥方にその有り余る性欲の全てをぶつけ、しまいには奥方を8人もそういう行為の最中に死亡させたというとんでもない方でして。
しかも性癖がちょっとばかり特殊という、もう何というか『それなんてエロゲ?』を地で行く方であり、トリステインにおける『絶対に嫁に行きたくない男性貴族』ぶっちぎりNo.1を爆走中の方なのですよ。


「ケティ、私達友達よね?」

「そうですかー?」

「疑問形で返さないでっ!?」

モンモランシーから問われたので、とりあえず首を傾げたら思い切りツッコまれたのでした。


「てか、何でいきなりポリニャック伯の話なんかするのよ!?」

「紹介者にはたんまりと礼金が出るそうなので、それでチャラって事にすれば才人も安心かなと…。」

取り合えず、才人が貸した分にお釣りが出るくらいは貰えるらしいのですよ。


「友達を金で売り渡さないでっ!?」

「…とまあ、これは冗談なので、真面目に働いてきっちりと才人に返すのですよ、モンモランシー?」

「うう…不幸だわ。
 ケティの鬼、悪魔ー。」

友達関係でのお金のやり取りは、きっちりしておかないと後でぐだぐだになりますからね。


「…まあそれは兎に角、サイトが生きているっていうなら私も行くわよ、とどめを刺す…じゃなくて、友達だものね。」

「物騒な本音がだだ漏れているのですよー?」

いやー、友人同士での金の貸し借りって、本当に怖いものなのですね。



「…ケティ、実際の所サイト殿の生死はどうかしら?」

「姫様も、才人の事が心配なのですか?」

泣き疲れて眠ってしまったルイズをラ・ロシェールに姫様が用意した宿のベッドに寝かせた後、貴賓室で姫様が訊ねてきたのでした。


「サイト殿はアルビオン軍4万を一人で殲滅させるなどという、伝説級の偉業を成し遂げた英雄よ。
 生きているにせよ、死んだにせよ、消息をきちんと判明させる必要があるのは間違いないでしょう?
 …あれだけ無礼に私に接する事が出来る人間もそうそう居ないのよ、心配しないわけが無いわ。」

「姫様らしい心配の仕方で安心したのです。」

姫様にとって、才人の魅力は『無礼に接してくれる事』なのですか。
確かに姫様を屋台に連れて行ってジャンクフード食べさせるなんて発想は、私にもルイズにも無理ですが。


「それでケティ、どうなの?」

「死んだという証拠は、今のところ欠片も見つからないのです。
 ただ…。」

案の定、西の森にすっぽりと情報の穴が開いているのですよね。


「ただ?」

「諜報員からの報告に上がらない地域が存在するのです。
 戻っては来るのですが、何時も記憶が無いのですよ。」

才人の意識が戻っていないからトリステインの関係者だと知らないのか、それともティファニアが怯えて片っ端から記憶を消しているのか?
はたまた才人が単純に伝え忘れているのか…何だか、これが一番しっくり来るような。


「それは臭うわね。
 うちの諜報部が使っている薬みたいなのを使っているのかしら?」

「記憶を消す類の水の秘薬を使われた形跡は、発見できなかったのです。」

まあ、虚無で消していますから、当然といえば当然なのですが。


「殺されたりした者は?」

「今のところ皆無なのです…私に行けと?」

私がそう訊ねると、姫様は当然といった表情で頷いたのでした。


「ガリアに居る密偵から、両用艦隊が大規模な上陸部隊を伴ってアルビオンに向かったという情報が来ているのは知っているでしょう?
 才人殿が大暴れしたあとだから、ロサイス入りしたとは言えアルビオン軍はボロボロだもの。
 火事場泥棒されたみたいで複雑だけれども、明日にでも勝利の報告が来るんじゃないかしら?
 その後、デ・ハヴィランドでアルビオンをいかにして高値でゲルマニアに押し付けるかの作業が始まるわ。」

デ・ハヴィランドというのは、ロンディニウムのハヴィランド宮殿の事なのです。
木で戦闘機を作る会社ではないのですよ~?


「ガリアも領有権を主張するのでは?
 何だかんだで、とどめを刺す事になるわけですし。」

私がそう言うと、姫様はニヤリと笑って見せたのでした。


「ガリアにはアルビオンの基礎的公共施設(インフラ)を我が軍が裏の作戦で徹底的に破壊した事を、会議が始まる前にこっそり伝える事にするわ。
 空にあるのに大規模な港湾施設が徹底的に破壊し尽くされていて、物資の運び込みもままならないのに、放って置くと叛乱が頻発する可能性が窮めて高い面倒臭い土地なんかを、王弟派を処刑しまくったおかげで土地なら腐るほど余っているガリアが欲しがるかしら?」

「自分で思いついておいて何ですが、悪辣な…。」

現在アルビオンの大規模港湾施設は、サウスゴーダの玄関口ポート・オブ・サウスゴーダの港湾施設をシティ・オブ・サウスゴーダへの侵攻ついでに破壊したので、根こそぎ壊滅状態。
ロサイスは港湾こそ大規模ですが、軍港なので商人にはちと使いづらいという欠点がありますので、難攻不落の空飛ぶ島は難攻不落が故に物資不足に陥る事に相成るというわけなのです。
いやしかし、えっちらおっちら空の上にある島にいちいち反乱鎮圧に向かうとか、面倒臭過ぎて眩暈がするのですよ。


「おほほ、ゲルマニアに押し付けるにはうってつけの土地でしょ?
 ガリアが主張しても構わないわ、そうなればロサイスの取り合いで両国が揉めてくれるでしょう。
 我が国を取り囲む大国同士が適度にいがみ合うのは、大いに結構なことだわ。
 アルビオンで両軍が領土紛争でも起こしてくれるのなら、我が国は両軍に武器でも売ってのんびりと長引かせてあげればいいのだし。」

姫様が揃えられるカードは全部揃ったわけで、これでようやくクルデンホルフとオクセンシェルナに借りを返せそうな感じになってきたのですね。


「…話が脱線し過ぎたわね。
 まあ兎に角、私はガリア王やゲルマニア皇帝と和気藹々楽しくお話して来るから、その間にサイト殿を探してらっしゃいな。
 念の為、銃士隊から数人を貴方の護衛に回すから、必ず生きているサイト殿を連れて帰って来て頂戴。
 サイト殿にはシュヴァリエ叙勲の準備をして待っていると伝えてあげて頂戴。」

「はい、有り難うございます、姫様。」

最近、姫様の捻くれっぷりが可愛いなとか思えるようになって来た私は、どこかおかしいのでしょうか?



姫様と話した後、ルイズが眠っている部屋にギーシュやモンモランシー達と一緒に行ったのですが…。

「サイト…駄目、わたしも残る…一人で行っちゃ駄目…。」

「…眠りすらも、今のルイズにとっては安息足り得ませんか。」

ルイズは酷くうなされていて、虚空に向かって何かを掴もうと必死で手を伸ばしているのです。


「お願い行かないで…お願い、行かないでぇっ!」

寝言が絶叫に近いのですよ…原作よりも仲良くなって貰ったのが、仇になりましたか…?


「これは…起こした方が良くは無いかね?」

ギーシュも心配そうにうなされるルイズを見ているのです。


「そうね、こんな状態じゃあ却って精神的に消耗するわ。
 夢も見ないくらい深い眠りに落ちる水の秘薬を後で処方するから、一旦起こしてあげた方がいいわね。」

「それじゃあ、僕が起こすよ…ルイズ、ルイズ。」

マリコルヌがルイズの肩に手をかけたのですが…。


「行くなって、言っているでしょうがあああああぁぁぁぁ!」

「ルイ…でぃじぇ!?」

ルイズの光る拳に思い切り殴り飛ばされ、そのまま天井に激突し天井を突き破って空の彼方へ…。


「マリコルヌは犠牲となったのだ…。」

「まあ、マリコルヌだから大丈夫でしょ。」

感慨深げに呟くギーシュと、興味無さげに流そうとするモンモランシーが対照的なのです。


「あのね…僕を何だと思っているんだい?」

空の彼方へは行かず、天井に突き刺さった頭を天井板から引っこ抜いて着地すると、マリコルヌは二人を睨んだのでした。
…って、才人並みに頑丈なのですね、マリコルヌ。


「勿論、君は友だとも。」

「級友ね。」

「当たり障りが無さ過ぎだよ、二人とも。」

ギーシュとモンモランシーの二人の言葉に、マリコルヌが抗議の声を上げているのです。


「種族:変態。」

「そんな種族あるかあああぁぁぁぁっ!?」

私の評価にマリコルヌが大声を上げてツッコんで来たのでした。


「当たり障りの無い事は駄目だったのでしょう?」

「当たり障りが有り過ぎるよ、君の評価は!?」

贅沢なのですね、《贅沢は素敵だ》なんて言葉もありますが。


「うぅ…ん?」

マリコルヌの絶叫が引き金になったのか、ルイズが目を覚ましたのでした。


「おおルイズ、目が覚めたのかね!?」

「良かった、目を覚ましたのね!?」

「目を覚ましたようですね、ルイズ?」

「僕の魂の叫びはスルーかい!?」

勿論なのです。


「サイトぉっ!?」

「ひゃあ!?」

ルイズが寝ぼけて、このメンバーの中で唯一暗い色の髪の私に抱きついてきたのでした。


「あれ?サイトにおっぱいがある…。」

「才人におっぱいはありませんよ、私はケティなのです。」

才人が女の子だったら、色々な意味で残念過ぎるのですよ。


「ケティ…サイトは?」

「依然として行方不明なのです。」

私のその言葉を聞いて、ルイズはがっくりと肩を落としたのでした。


「やっぱり、才人は…。」

「才人は生きているのです。
 死んだのであれば、とうの昔に私の元へ情報が来ている筈なのですよ。

私の覚えている展開とはかなり違うような気がしますが、大丈夫、大丈夫…。


「…ねえ、《サモン・サーヴァント》使ってみるというのはどうかしら?」

モンモランシーが軽く手を上げて、提案してきたのでした。


「あの魔法は使い魔が存在する限り、使えない筈でしょ?」

「ふむ、それは名案だねモンモランシー。」

正直な話、私も不安になるから見たくないのですが…。


「確かに…それで一度確かめてみるのも悪くないかもしれませんね。」

「駄目だったのよ…。」

ルイズはそう呟いたのでした。


「私も思いついて、さっきやってみたの。
 召喚の門はきちんと形成されたわ…サイトを呼び出す時、あれだけ爆発したのにあっけなくね。
 成功して欲しい時になかなか成功しないくせに、成功して欲しく無い時にあっさり成功するとか酷いと思わない?」

ルイズの瞳はすっかり魂が抜け落ちたように光が消えているのです。
私も同様に、足元にぽっかり穴が開いたような、そんな奈落の底に落ちて行きそうな気分なのですよ。
なまじこの世界の常識があるので、わかっていても不安が消えてくれないのです。


「才人は…死んだのよ。
 ケティの元にもじきに情報が届く筈だわ。」

「…いいえ、まだ希望はあるのです。」

ティファニアが才人を拾っていてくれますようにと祈りつつ、私はあらかじめ調べておいた資料を出したのでした。


「…使い魔が使い魔で無くなるのは、死んだ時ともう2つあるのです。」

「…え?」

私はその資料をルイズに手渡します。


「それを読んでみればわかりますが、実は使い魔との契約が解除される場合は3通りあるのです。
 使い魔が死んだ場合というのが一般的なのですが、使い魔のルーンのある箇所が切除された場合、もしくは使い魔のルーンが著しく傷つけられた場合にも契約は解除されるのですよ。
 その資料は、実際に使い魔がルーンのある箇所を切除されるか傷つけられて、契約が解除された事例の報告書なのです。」

「ほ、本当だわ…でも、こんな資料を何処から?」

資料を読み漁りながら、ルイズは私に尋ねてきたのでした。


「その資料は、学院の図書館にありました。
 同級生に頼んで持って来て貰ったのですよ。」

この資料を持ってきてくれたジェラルディンは今頃、無事帰ってきたガブリエルと再会していることでしょう…。


「つまり、召喚の門が開いても希望はあるという事なのです。」

「希望、持ってもいいの?」

上目遣いでおずおずと私に尋ねるルイズに…。


「はい、才人は生きているのです。」

私は表向き自信満々に頷いて見せたのでした。
何だかんだ言って、本当に死んでいる可能性が一番高いのですから。


「だから、才人を一緒に探しに行きましょう。
 希望があっても行動が無ければ、希望は結果と永遠に結びつかないのです。」

「うん…ケティ、ありがとう。
 …でも、何であんなものを取り寄せたの?」

ルイズがそうするのを予め知っていたと言うのもありますが…。


「使い魔の生存を確認する時に、とりあえず召喚の門を開くというのは極々普通の行為なのですよ。」

「一番手っ取り早いものね。」

モンモランシーも納得したように頷いているのです。


「なるほど、それを知っていれば使い魔との契約解除が他にも起きないのかという事を調べられるという事だね。」

ギーシュにインテル入っているのです。


「そういう事なのです。
 ただし、その資料は私の権限を使って本来学院の教員であっても学院長の許可無くば閲覧不可な書庫から持ち出してもらったものなので、内容は他言無用でお願いするのです。
 …そういう方法で使い魔との契約解除が出来ると知ったら、悪用しようとする者が出かねないのですよ。」

例えば才人を召喚直後のルイズがもし知っていれば、左手をちょん切った可能性だってありますし。


「使い魔はメイジにとって大事な存在、それを軽んじるようなモラルの崩壊を招きたくないという事だね。」

とは言え、どうやらコントラクト・サーヴァントには使い魔と主人双方に、相手に親愛の情を感じるように働きかけるある種の『洗脳』が存在するようなので、余程気に入らないものが呼び出されたりしなければ問題は起きないのです。
しかも、召喚の門は術者と相性が良いものの前に現れるわけで、それすらも滅多に起きないわけですが。
それはそうとギーシュ、何でインテル入ったままなのですか?


「ギーシュが妙に賢くなっているわね…風邪でも引いた?」

モンモランシーも疑問に感じていましたか。

「おお麗しき蝶モンモランシー、この僕を心配してくれるのかい?」

「…ギーシュが何時も通りで安心したわ、とても。」

インテルさんはどっか行った様なのですね。


「まあ兎に角、姫様と一緒に皆でアルビオンに行きましょう。
 才人は生きています、必ず見つかります!」

この言葉は半ば私自身に言い聞かせているものなのです。
才人、どうか生きていてください。


「あの、ミス・ロッタ?」

実はずーっと私の横に居たシエスタが、おずおずと手を上げたのでした。


「私も一緒に行きたいんですけど。」

「構いませんよ、一緒に行きましょう。」

シエスタが行くのは当然ですよね。


「あのさ、ケティ?」

「はい何でしょうか、マリコルヌ?」

ぽっちゃりした物体がおずおずと手を上げたのでした。


「僕も一緒に着いて行ってあげよう。」

「好きにすれば良いのでは?」

貴方が一緒に着いて来て、どうしようというのですかマリコルヌ?


「あヒん!?その冷たい容認、最高だよケティ。」

「何故に喜ぶのですか!?」

ひぃ、理解の外の物体が、物体が。


「うーん、ケティの身内以外には冷たい性格と、アレなマリコルヌの嗜好が嫌な感じに合致しているのだね。」

「ギーシュ様、マリコルヌをなんとかしてください!?」

私は顔を高潮させて近づくマリコルヌから逃れ、ギーシュを盾にしたのでした。


「い、いや、何とかしろと言われてもだね…。」

「貴方がマリコルヌに優しくすれば、多分元に戻る筈よ。」

おおモンモランシー、それは名案。


「マリコルヌは頼りになるのです、いよっ百人力!」

優しくというか、ただの太鼓持ちな感じもしますが…。


「そうだろそうだろ僕は頼りになるぞ、任せてくれあっはっはっはっは!」

図に乗っただけではありませんかー!?
これから先の道中、大丈夫なのでしょうか?
心配なのです…。



[7277]  幕間42.1 よくコケる王様
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a81d77f5
Date: 2010/09/16 22:12
「う…うん?」

才人は目を覚まし、周囲を見渡した。

「…何処だよ此処?」

見た事が無い部屋だったが、暖炉の火は赤々と燃えており、部屋は暖かい。
確か自分は泉のほとりで気を失ったのだったよなと、才人はのんびり思い出しつつあった。


「アルビオンだよ、お前さんが戦ってた丘の近くだ相棒。」

「凄いわよね、あのカムランで四万相手に生き残っただなんて。」

その声に振り向くと、そこにはデルフリンガーとゆったりしたデザインの服を着た少女が居た。


「目を覚ましたのね、サイトーさん…で、良いかしら?」

「ええと…トの後は伸ばさないで、名前の意味がガラッと変わるから。
 あと、呼び捨てで良い。」

才人にはどう聞いてもそれが『斎藤さん』と聞こえた。
誰だ斎藤さん、謎の斎藤さん、取り敢えず才人自身ではない。
紛らわしいから、才人的にはその伸ばし方はNGだった。


「んで、君は誰?」

「はぅ、あぅ、すいませんごめんなさい。
 そうよね、私はデルフさんに貴方の事を聞かされていましたけど、サイトは知らないよね。
 私ティファニアっていうの、よろしく。」

そう言って、ティファニアは才人に微笑みかけた。
サラサラの金髪で、ルイズに匹敵する美少女…才人的にはルイズを筆頭とする学園の美少女たち、ジェシカ達妖精亭の面々と来て、この目の前の美少女…。。


「…俺には、事ある毎に美少女と出会う運命でもあんのか?
 いやまあ別に損するわけじゃなし、むしろ素敵なんだが…。」

素敵だが、少年時代に一生分の女運を使い切っているような気がする才人だった。


「ふぇ?
 ど、どうしたの?」

ブツブツ呟く才人に、ティファニアは首を傾げた。


「ああいや、君みたいな可愛い娘に目覚めに会えてラッキーって話。」

才人は妙な感想を打ち消すように首を横に振りつつ、取り敢えず思った事を言ってみたのだった。


「え!?ふぇ!?か、可愛いだなんて、そんな!?」

顔を赤くして恐縮するティファニア。


「カカカ、ロマリア人みたいだな、相棒。
 な?言っただろ?俺の相棒はエルフくらいじゃ驚かないって。」

その様子を見て、デルフリンガーは鍔を震わせて大爆笑している。
デルフリンガーの『エルフ』という単語を聞いて、才人はティファニアと名乗った少女の容姿をもう一度見てみる。


「おー、そういや耳が長いな…。」

「ひぅ!?」

才人に指摘されて、ティファニアは慌てて耳を隠した。


「あああの、怖く、怖くない?暴れない?」

「へ?何で耳が長いくらいで怖がらにゃあいかんの?」

エルフと聞くと、昔読んだ本の貧乏なハーフエルフしか思いかばない才人。
ぶっちゃけ欠片も怖くないというか、むしろケティが居たらレアの焼き鳥を注文したい気分だったりする。
ケティならノリノリで『ティンダー』とか言って、焼き鳥を作ってくれる筈だという確信があったりする才人だった。


「ふぇ!?な、何で!?」

「何でもなにもだな…むしろつまませてくれ、その耳を。」

良く見れば、感情に反応してピコピコ動くのが面白いティファニアの耳を、触ってみたくなった才人だった。


「えぇ!?つ、つまんじゃ駄目!」

「それは残念。」

残念と言いつつも、耳つまませろとかどう考えても失礼なので、特に残念じゃない才人だったりする。


「ほ…本当に、怖くないの?」

「いや、そんなに怖がって欲しいなら、期待に応えるのもやぶさかじゃねえけど?」

怖がらないとティファニア的に何か困る事でもあるのだろうかと、才人は首をかしげる。
その割には怖がられるのを嫌がっている雰囲気もあるので、自分が鈍い人間だという自覚もある才人にはさっぱりだった。


「え、えと、そういうわけじゃなくて…はぅ。」

ティファニアとしても、村の人間以外では今まで自分の耳を見ると命乞いを始めたり泣きだしたり殴りかかって来る者しか見た事が無かったので混乱していた。


「ほほ、本当に…怖く無いの?」

丸腰で出て行った母にさえ執拗な攻撃を加えて殺害する程、人間の世界ではエルフは恐怖の存在なのだ。
なのに、目の前の少年は怯える素振りさえ見せなかったのだった。


「怖くねえって。
 言ったろ?君みたいな可愛い娘に出会えてラッキーだって。」

びくびくおどおどした小動物みたいな態度の少女を安心させる為に、才人は微笑んで見せた。


「はぅ、可愛いだなんて、そんな…。」

頬をぽっと赤く染めて恥じらうティファニア。
ちなみに才人はちょっと寝ぼけているので、自分の台詞がまるで口説いているのと一緒だという事に気づいていない。
ルイズもケティも居ないとこでニコポとか何やってんだ、この野郎爆発しろ。


「…ところで、俺ってばなんで此処に居るの?」

「ええとね、サイトはこの西の森にある泉のほとりで倒れていたのよ。」

そのティファニアの事場に才人は首を傾げる。


「スゲエな俺、さすが俺、水源の近くまで逃げ遂せるとは。
 全然記憶に無いけど。」

「いや、相棒じゃないから、そこまで連れて行ったの俺だから。」

才人の言葉にデルフリンガーがすかさずツッコんだ。


「へ?お前がどうやって?」

「ほら、戦う前に話しただろ、ついこないだ思い出した俺の機能。
 魔法吸い込んだ分だけ、俺を握った者を意識無い時限定で操れるって。」

そういえば、そんな妖刀丸出しなデルフの特技を聞いたような気がすると才人は思い出していた。


「成る程、じゃあ俺って何処で意識を失ったんだ?」

「戦場のど真ん中。
 まともに動ける奴は残っていなかったとは言え、よくもまああんな死人と半死人があちこちに転がっている場所で寝る気になったもんだ、おでれーたぜ。」

「そんな気色悪い場所で寝る趣味はねえよ。」

デルフリンガーの軽口に、才人も軽口で返して苦笑いを浮かべた。


「センキューな、デルフ。
 ところで、体と頭が滅茶苦茶重いんだが、俺はどのくらい眠ってたんだ?」

「2週間ってとこだな。」

才人の問いに、デルフからとんでもない答えが返ってきた。


「2週間飲まず喰わずって、よくもまあ干物にならなかったもんだ…すげえな俺。」

「いや、それも相棒じゃないから。
 そこのエルフの娘っ子に頼んで定期的に俺を相棒に握らせてだな、相棒の体を俺が動かして飯喰ったり水飲んだり便所行ったりしてたんだよ。」

点滴なんて便利な物は無いこの世界、2週間も何もせずに眠っていたらその間に死ぬ。
デルフリンガーは体はティファニアの指輪で殆ど治った才人の体を操り、相棒の体を死なないように維持していてくれたのだった。


「お前は俺の命の恩人って事か…。」

「いいって事よ!
 普段出番が無いからな、時々このくらいやらないと完全に忘れ去られちまう。」

才人は何かメタりつつも悲しい事言っているデルフリンガーに感謝した。


「それに命の恩人てぇなら、そこのエルフの娘っ子が一番の大手柄なんだぜ?
 何せ、死にたての新鮮な死体だった相棒を生き返らせたんだからな。」

「…とうとう死んだのかよ、俺。
 それはそうと、有り難うなティひゃ…あぐ!?」

お礼を言おうとして、才人は思い切り舌を噛んだ。


「あががががが…。」

そしてそのままうずくまる。


「テファって呼んでくれて良いわ。
 私の名前ってちょっと言い難いから、他の子たちもそうしてるのよ。」

「う、うん…有り難うな、テファ。
 …うーん、どうにもしまらねえ。」

才人は照れたように頭を掻く。


「あ、そうそう、水を持って来たんだけど、飲む?」

「あー、そういや喉がカラカラだ。」

デルフリンガーが摂取していたのは、体を維持する上で必要最低限の量だけだったらしく、才人の喉は乾いていた。


「はい、どうぞ。」

「お、センキュー。」

才人はティファニアが差し出したコップを受け取ろうとしたのだが…。


「おろ?」

「きゃ、危ない!?」

二週間も眠っていたせいで体の制御がいまいちなのか、才人の手からコップが滑り落ち、それに反応してティファニアがそのコップを受け取ろうとし…。


「ひぅ!?」

「ふが…。」

ティファニアは胸元に思いきり水を浴びた挙句、才人を下敷きにしてしまったのだった。
ゆったりしていた服は濡れて肌に張り付き、そこに体温が移り、生々しい感触と温度で才人の顔を塞いだ。


「ふが!?」

その質量と触感と温かさに才人は驚愕する。
でかい、兎に角でかい。
これに匹敵するとなるとキュルケだろうが、間違い無くキュルケよりもでかいという確信が才人にはあった。


「ああっ、コップが落ちちゃった。」

壁とベッドの間に落ちてしまったコップを拾う為に手を伸ばすティファニアの胸が才人の顔面に押し付けられる形になった。
もの凄くでかいものが、むにゅむにゅと形を変えながら才人の顔にぐいぐいと押し付けられる。


「ふが、ふが。」

「あっ…サイト動かな…んっ。」

人類の到達し得ぬ至高の楽園がそこにはあった。
才人はそれに酔いしれる…が、息が全然出来ないという事実に気付く。


「ふが!ふんが!?」

「あんっ…も、もうちょっと…。」

苦しいが、離れられない。
離れられないが、苦しい。
それは極楽な地獄だった。


「ふが!ふが!ふが!」

「んぁっ…さ、サイトもうちょっとっ…だから、あまり動かな…あんっ!?」

酸素的に限界なので、才人はティファニアを押し退けようとしているのだが、有らん限りの力を振り絞っているにも拘らず、何故か全然押し退ける事が出来ない。
極楽な柔らかさに翻弄されながら、才人は気を失った。


「ふ…が…。」

「や、やっと取れた…あら?サイト?」

ティファニアは才人を呼ぶが…へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「きゃあ!ご、ごめんなさーい!?」

「カカカカカカ!すげえなエルフの娘っ子!
 お前さんの胸は、アルビオン軍4万を蹴散らした男に何もさせずに倒しちまったぞ!」

慌てて気絶した才人を揺すり始めるティファニアを見て、デルフリンガーは爆笑していた。



「あー…サイトもテファお姉ちゃんの犠牲になったのね。」

12~3歳くらいの金髪の少女が、皿にスープを注いで才人の前に置きながらそう言う。


「も?」

ひょっとして君もそうなのかという意思を込めて、才人は少女の目を見た。


「うん、ニノンもテファお姉ちゃんにやられた事あるもの。」

「ひぅ。」

ニノンという名前らしい少女の言葉に、部屋の隅で体育座りをして小さくなったティファニアが、か細い声で鳴く。


「ニノンの場合はテファお姉ちゃんに抱きしめられて、そのまま気絶したのよ。
 危うくパパとママンの所に逝っちゃうところだったわ。」

「ひぅ。」

少女の言葉を聞いて、一段と小さくなるティファニアだった。


「そんな申し訳なさそうにしないでよ、テファお姉ちゃん。
 アレはこの村に入る時の儀式みたいなものでしょ?」

「ひぅ、違うもん、儀式じゃないもん。」

儀式って、テファの巨乳に、あの革命的な巨乳に窒息死させられそうになるのがこの村の掟なのかよとか思いつつ、才人はスープを飲み始めた。


「眼鏡のお姐さんに連れられてこの村に来た子供はね、まずテファお姉ちゃんにぎゅっと抱きしめられるの。
 そしてテファお姉ちゃんの胸で気絶するか気絶しそうになるのが恒例なのよ、にひひひ。」

ニノンはそう言いながら、いじけるティファニアを見て笑った。


「子供というにはちょっと大き過ぎるような気もするけれども、儀式もきちんと受けたわけだしね。
 ようこそウエストウッド村へ、テファお姉ちゃんの犠牲者という同士として、私達は貴方を歓迎するわ。」
 
「ひぅ、犠牲者とか言わないで!
 ニノンったら、いつもいつも私を困らせて面白がるんだから!」

ティファニアはそう言うと、頬を可愛らしくぷぅっと膨らませた。


「あっはっはっはっは!
 じゃあニノンはお風呂の準備してくるね。
 二週間殆ど寝たきりだった才人はちょっと臭うから、特別にハーブ入りのお風呂にしてあげる!」

「俺…臭いのか。」

デルフリンガーは生命維持の手伝いはしてくれたが、風呂には入ってくれなかった。
そして少年の新陳代謝は活発である…しょうがない事だが、ちょっぴり傷ついた才人だった。


「ごめんねサイト、ニノンってよく気がつく娘なんだけど、ちょっぴり言葉に配慮が足らないの。」

「いやまあ、風呂に入っていないんだから臭いのは仕方ねえよ。
 …ところで、窓の外を見ても大人が一人も居ないんだが、何処行ったんだ?」

才人はティファニアと二人きりになったので、先ほどまで気になっていたが聞きづらかった事を聞いてみた。


「このウエストウッド村はね、元々廃村だったのよ。
 そこにニノンみたいな戦災孤児や、私みたいなちょっと訳有りの孤児が連れて来られて、孤児院みたいな子供だけの村になったの。」

「そうだったのか…。」

今まで内戦続きだったのだから、当然の事ながら大量の戦災孤児が発生する。
此処に子供がたくさん居るのは当然なんだなと才人は思った。
そしてその戦乱に自分が加担している事を思うと、胸がズキリと痛む。
自分が無造作に切り捨てた兵士や士官にも家族が居た事を思うと、そして彼らの残された家族が今後辿る運命の事を思うと気が狂いそうになる。
自分が生き残る為に、他人の人生を破壊した事が果たして正しいのか、それに才人は確信を持てない。
ルイズに相談すればわかってくれるような気がするが、答えが《ズギャーン》とか《シュビビーン》とかになるような気がする。
しかもボディランゲージがヒートアップして、肉体言語に変わる可能性がある。
ケティは味方と敵をきっちりと選り分けて、味方には基本的に甘く敵は徹底的に排除するというタイプの思考をする女の子なので、そういう相談をしても理解して貰えないかもしれない。


「どっちに聞いてもまともな答えは聞けそうにねえなぁ…。」

才人はちょっと遠い目になった。


「それともう一つ、何で俺助かったんだ?
 そりゃまあ4万追い散らした記憶はあるけど、ぶっちゃけ普通に死ねるレベルの怪我を負っていた筈なんだが…。」

才人には大河の向こうから、おいでおいでと手を振る人々の姿も見えたような記憶もある。
どう考えても臨死体験だった。


「つーか、泉に着いた直後にとうとう心臓も止まったしな。
 そのせいで体を操る事も出来なくなっちまって途方に暮れていたら、このエルフの娘っ子が来たって訳だ。」

「あれ本当に臨死体験だったのかよ…貴重な体験しちまった。」

これからは《死後の世界を見てきた男》とでも名乗ろうかとちょっと考えてしまった才人だった。


「あ、うん。
 あのね、この指輪で治したの。
 お母さんの形見なんだけれども、強力な水の精霊の力が詰まっているのよ。」

ティファニアが見せた指輪の台座には、蒼い綺麗な宝石がはまっていた。


「死にたての活きの良い新鮮な死人なら、これで甦らせる事も出来るの。」

「Dr.ミ○チか…。」

某竜退治に飽きた人用のRPGで、お馴染みの博士を思い出した才人だった。
…と、ふとどっかで聞いた事があるような話だなぁと思い出す。


「ひょっとしてこれ、《アンドバリの指輪》とかいう名前か?」

「ううん、違うわ。
 《マソドパリの指輪》っていうの。」

パチモノブランドみたいな名前だった。


「微妙だ…何か、生き返れたのは素晴らしい事なのに、物凄く微妙な気分だ…。」

「ど、どうしたの?」

微妙な表情になった才人に、ティファニアが心配そうに声をかける。


「いや、大丈夫。
 そうか…テファは命の恩人だったんだな、本当にありがとう。」

「ううん、道具は使ってこそ道具だって、お母さんは言っていたわ。
 人を生き返らせる事が出来る指輪があるなら、死んだばかりの人にそれを使うのは当然だもの。
 才人が恐縮する必要は無いのよ。」

名前がパチモノブランドみたいでアレだが、母の形見で死んだばかりの人間なら甦らせてしまうようなレアなマジックアイテムを、見ず知らずの人に躊躇無く使ってくれたというティファニアに対して、才人は感激していた。


「そうか…使ってこそか…そうだよな、俺もこのルーンの力で…って、ルーンが無いー!?」

才人の左手にあったガンダールヴのルーンは、漂白剤でも使われたかの如く綺麗さっぱり消えてなくなっていたのだった。


「ああ、言い忘れていたけどな。
 相棒一度死んだから、契約解除されちゃったんだZE☆」

「《契約解除されちゃったんだZE☆》じゃねえええぇぇぇぇっ!」

ルーンが無ければ、才人は大量殺戮の経験があるだけの何処にでも居る至って普通な高校生でしかない。


「コントラクト・サーヴァントは、基本的に主人と使い魔のどちらかが死ぬまで効果が続く魔法だからな。
 相棒ちょっとの間だけど完全無欠に死んでいたから、契約解けたんだよ。」

「いやだって、生き返っただろ?」

一度死んだって、今は生きているわけなので、才人的にはどうにも腑に落ちなかった。


「相棒、幾らこの世界が魔法に満ち溢れた不思議魔法世界(マジカルワンダーランド)だからって、死んだ生き物はそうそう甦らねえ。
 しかも生き返っても大抵はアンデッドすなわち生ける屍で、相棒みたいに完全に生き返るなんて例は滅多にねえんだよ。」

「つまり、どういう事だってばよ?」

才人は理解出来ないのか理解したくないのかわからないが、兎に角首を傾げている。


「どんな契約にも落とし穴の一つや二つはあるんだっつうこったな。
 つまり相棒は奇跡的に生き返る事は出来たけど、それはコントラクト・サーヴァントによって結ばれる魔法契約の想定外だったってこと。
 結論、相棒はもうガンダールヴじゃありません。」

「ま、まじかよぉ…。」

才人はその場にへなへなと座り込んでしまったのだった。


「え…ええと…えと、えと。」

完全に話に置いて行かれたティファニアは、落ち込む才人を見てただただおろおろとし続けるのだった…。




デ・ハヴィランドことハヴィランド宮殿は、アルビオンの首都ロンディニウムの郊外に構えられた宮殿であり、旧アルビオン王家も偽皇帝と呼ばれるようになった故オリバー・クロムウェルも、この宮殿を行政府の中心として使用していた。
ここはつまりアルビオンの権力の象徴なのだが、今その権力の象徴に集う人々はその殆どがアルビオン人ではなかった。
ゲルマニアによって手傷を負わされ、トリステインによって致命傷を負い、ガリアに止めを刺されたアルビオンをどう扱うかを決めようとしている人々が集っている。


「こうしている間にも私がすべき仕事はどんどん溜まっていくのよね。
 ダンスパーティーやら前泊者晩餐会やら、経費と時間の無駄だからとっとと始めてくれないものかしら?」

アンリエッタは、全身黒尽くめの喪服姿で憂鬱そうに愚痴る。


「いやしかし陛下、まだお二方が来られていないのですからどうにもなりますまい?」

隣の席に座るマザリーニが、そう言って肩をすくめた。


「あの下半身だけは元気そうな中年とずっこけ色男も、私と同じく昨日来たんでしょ?
 わざわざ外国まで来てベッドで愛人相手に腰振ってる暇と元気があるなら、とっとと来なさいってのよ。」

「陛下、そのような下品な物言いは…おっと、噂をすれば影ですな…。」

マザリーニの言葉を聞いたアンリエッタが入り口の方に目を向けると、がっしりとした体格の男がこちらに向かって歩いてきていた。


「ごきげんようアンリエッタ姫殿下。
 喪服姿がこれほど似合うとは思いませんでしたぞ。」

彼の名はアルプレヒト三世、ゲルマニア帝国の国王にして皇帝にしてライン選帝侯というとても長い肩書きの持ち主だった。
アンリエッタが『下半身だけは元気そうな中年』と呼んだのは彼であり、その評価通りアンリエッタの全身を舐め回すように見続けている。


「アルプレヒト閣下の愛人は無能ですわね。
 自分の仕事も満足にこなせないだなんて。」

アンリエッタは自分の体に向けられる視線に気づいて、嘲るように笑って見せた。
ちなみにアルブレヒト3世が連れて来たのは現在彼のお気に入りの愛人で、しかも現在彼の後ろに立っていた。
勿論彼女はプライドを傷つけられ、顔を真っ赤にして怒り狂っている。


「なっ!?
 幾ら陛下でも言って良い事と悪い事がありますわ!」

「減らず口を叩く前に、アルプレヒト三世の愛人として出来る限りの仕事をなさいな。
 じゃないと、ゲルマニアの女全てが莫迦にされますわよ?
 『ゲルマニアで一番いい女は、皇帝一人ろくに満足させられない』ってね。」

アンリエッタは彼女の抗議の声を相手にせずに一蹴する。


「な、な、な、なんですって!?」

この段階で皇帝と直接口論するわけには行かないアンリエッタは、取り敢えず皇帝の後ろに居た愛人を血祭りに上げたのだった。


「ま、まあまあ、アンリエッタ陛下。
 わしが悪かった。
 一国の元首に対してあまりにも無礼であった、この通り謝る。」

「閣下がそう仰られるのであれば。」

アンリエッタはアルプレヒト三世の謝罪を受け入れた。


「しかし、奴はまだ来ぬのか…?」

奴とはこのロンディニウムに最も早くやってきた男にして、未だに会議場に現れない男の事だった。


「遅いですわね、ジョゼフ陛下。」

「ふん、実の弟を殺して王位を奪う男など…。」

そう憤るアルプレヒト三世を『あんたも自分の親戚に散々酷い事をしているじゃないの』と、冷めた目で見るアンリエッタ。
しかし、何故にこんな面倒臭くて実質的な権限が大した事無い癖に責任だけが重いという野暮な事極まりない仕事をする為に血道を上げて頑張るのか、アンリエッタにはさっぱり理解できなかった。
ルイズがこのくらいがっついてくれたら、とっとと押し付けて楽隠居できるのに、ままならないものだわと溜息を吐く。


「ハァ…王座を欲しがる人間なんて、所詮莫迦か間抜けか、あるいは莫迦と間抜けを抉らせたどうしようもないダメ人間か、もしくは底抜けのお人よしだけなのよ。
 本当に頭の良い人間は、そんな莫迦から美味しいとこだけ貰って楽しく生きるのだわ。」

溜息を吐いてから、アンリエッタは近くにおいてあったプリオッシュに手を伸ばす。


「ああ、政務ダイエットし過ぎちゃったから、ここらで体重を増やしておくのも手よね、暇だし…もむ。」

アンリエッタがもきゅもきゅとプリオッシュを頬張っている間も、アルプレヒト三世はいかにジョゼフが酷い人間であるのかを夢中になってつらつらと語り続けている。
どうも、ジョゼフがイケメンなのが気に入らないらしい。


「陛下、暇なら皇帝閣下の話を聞き流さずに聞いてあげていただけませんかな?」

「枢機卿、知っている話を延々とされるくらい眠くなる事も、なかなか無いのよ?」

ジョゼフの話は、ガリア貴族なら誰でも知っている話である。
だから少し調べれば、アルプレヒト三世の話と同じものは、より精度の高い情報としていくらでも聞けるのだ。
そんなのを隣でどや顔で語られるのを聞くくらいなら、飯でも食っていた方が遥かに有益だった。


「…というわけなのでありますぞ、アンリエッタ陛下!」

「それはそれは、興味深い話でしたわ、アルプレヒト閣下。」

全く興味が無い顔でアンリエッタは頷いたのだった。
皇帝という地位に群がって来る女ばかりを相手にしてきたアルプレヒト三世には、アンリエッタの絶対零度な態度は物凄く新鮮に映った。
しかも母親から受け継いだ背徳的なまでの色気を無意識に発しているので、アルプレヒト三世としては『全然相手にして貰えなくて悔しい!でも感じちゃうビクンビクン…』といった風情だったりする。


「あぅん、ひどぉい…でもそれがいい!」

妙なものに開眼したかもしれない、ゲルマニアはもう駄目かもしらんね。


「はっはっはっはっはっはっは!」

アルプレヒト三世が屈辱と快感に塗れていたまさにその時、ドアがバァンと開いて空色の髪のイケメン中年が入って来て…。


「はっはっは…はぅ!?」

…何も無い所で右足に左足を引っ掛けて『どんがらがっしゃーん!』と、思いきりコケた。
そしてそのまま動かなくなる。


「ガ…ガリア国王陛下御成り!」

律儀な衛兵である。
ケティと才人が居たら『ドジっ子美中年って、誰得!?』とか、心の中でツッ込んでいた事だろう。
そのくらい盛大なこけ方だった。


「はっはっはっはっは、これはとんだ失敬!
 皆揃っておるな、結構結構。」

ジョゼフは元気に何事も無かったかの如く起き上がり、つかつかとアルプレヒト三世の元に歩いて行く。


「これはこれは親愛なる皇帝閣下、いつぞやの戴冠式の時には出席出来ず失礼した。
 ご親族は元気かね?
 閣下が城を一つ与えたにも関わらず、いまだに清貧なる暮らしを続けるあの立派な方々だ。」

アルプレヒト三世の親族に清貧な人間などいないが、食うや食わずの生活をしている者達ならばいる。
彼がライン選帝侯の地位を手に入れる時に蹴落とした親族たちである。


「ええ、御陰様で相も変わらず清貧に生きておりますぞ。
 必ずや神の御許へと召されることでしょう。」

まあ、生きている時にこの世の地獄を味わっているのだから、死んで天国へと召されるのが妥当であろうよと思いつつ、ジョゼフに笑顔で返すアルプレヒト三世。
さすが陰謀でのし上がってきただけの事はあるわねと思いつつ、アンリエッタは彼らを見ていた。


「おお、アンリエッタ陛下もお久しぶりですな!
 大きくなられた、そして美しくなられた!」

「はい、お久しぶりでございますジョゼフ陛下。
 相変わらずお元気なようで、何よりですわ。」

ジョゼフはアルプレヒト三世に話しかける時とはうって変わって、恭しく話しかける。


「うむうむ、美人には黒が似合いますな、実に素敵だ。
 出来ればずっとそのままで居て貰いたい。」

「それは残念ですわ、生憎喪服の持ち合わせは余りありませんの。」

あまりにも無神経な物言いに怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、微笑んでジョゼフに謝辞を述べるアンリエッタ。


「それではジョゼフ陛下、早速ですが会議を始めましょう。
 話というものは、食べながらでも出来るものですわ。」

こうして、アルビオンを腑分けする会議は始まったのだった。


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