牛鍋丼の誕生
明治三十二年。そのころ、東京の魚河岸は現在の日本橋室町にありました。昔も今も、どこよりも活気にあふれ、忙しく人の行き交うこの場所で、人々に愛される食事をつくれないだろうか。そこで、吉野家の創業者である松田栄吉が着目したのが、牛鍋でした。
栄養豊富な牛肉を、豆腐や野菜と一緒に煮込んで食べる。それをご飯にかけて、丼でいただく。当時は「牛鍋ぶっかけ」とも呼ばれていたこの料理は、しっかり栄養が取れて、しかも手軽に、短い時間で食事ができる。だからこそ、どこよりも忙しく、そして味にもうるさい魚河岸の人々に愛されたのかもしれません。
それから、百十一年の歳月が流れました。しかし今でも、お客様に「うまさ」でお応えできるものだけを、できるだけお求めやすく、お待たせすることなく、お召し上がりいただきたいという私たちの思いは、決して変わりません。そこでこのたび、いわば私たちの牛丼の起源だったともいえる、牛鍋のうまさをそのまま丼にこめた「牛鍋丼」を、新たにメニューに加えさせていただくことにいたしました。豆腐やしらたきといった、さっぱりした食材も一緒に、ご賞味いただきます。もちろん、牛肉のうまさを追求した牛丼も、これまでと変わらぬうまさでご提供してまいります。
どうぞこれからも、吉野家をお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。
9月7日の日本経済新聞朝刊に掲載