北九州市の病院で認知症の入院患者2人のつめを切り出血させたとして、傷害罪に問われ、1審福岡地裁小倉支部で懲役6月、執行猶予3年を言い渡された元北九州八幡東病院看護課長、上田里美被告(44)の控訴審判決が16日、福岡高裁であった。陶山博生裁判長は捜査段階の供述調書の信用性を否定したうえ、「1審には事実誤認がある」として1審を破棄。無罪を言い渡した。
判決理由で陶山裁判長は、捜査段階で傷害行為を認めたとされる供述調書について、「捜査官の意図する内容になるよう押しつけられ、誘導されたものとの疑いが残る」と信用性を否定。また、「(一部の行為は)傷害罪に当たるが看護目的で方法も相当と言える範囲を逸脱していない。正当業務行為にあたり違法性は阻却される」と述べた。
上田看護師は07年6月、当時70歳と89歳だった認知症の女性の入院患者2人の右足親指のつめをニッパー型のつめ切りで切除するなどし、けがをさせたとして起訴され、1審では懲役10月を求刑された。
裁判は、被告のつめ切り行為がケア目的の看護師としての正当業務に当たるのか、否かが主な争点となった。
1審は「看護行為の一環で患者のつめのケアをする際、指先より深い個所まで切っても直ちに傷害罪の構成要件に該当しない」と判示。その上で事件発覚時に上田看護師が患者の家族や上司に「なぜつめがはがれたかわからない」などと、うその説明をしたことや、捜査段階で「つめを切るとき少々の出血をみてもかまわないと思った」などとする供述調書の信用性を認め「看護行為でなく楽しみとして切った」と、有罪を言い渡した。
上田看護師側はこれを不服として控訴。控訴審で、弁護側は上田看護師が実際に高齢者のつめを切っている映像などを法廷で流し、痛みや出血に配慮しながら、高い技術でつめのケアができることの立証を試み、「看護師としての正当業務だった」と無罪主張した。
一方、検察側は他の病院医師を証人として法廷に呼んだ。医師は「行為自体は問題ない」と証言する一方、「患者の家族の同意などがなければケアとはいえない」と述べ、家族などにうその説明をした上田看護師の対応を批判。検察側は「楽しみのためつめを切り詰め出血させた傷害事件」と控訴棄却を求めていた。
岩橋義明・福岡高検次席検事は「検察官の主張が認められず遺憾。判決を慎重に検討し今後の対応を検討したい」とコメントした。【岸達也】
【ことば】北九州八幡東病院つめ切り事件
上田里美看護師は、北九州八幡東病院の看護課長だった07年6月、認知症などで入院中の女性患者2人の右足親指などのつめを医療用つめ切りではがし、10日間のけがをさせるなどしたとして、7月に傷害容疑で逮捕・起訴された。また、北九州市の第三者機関・尊厳擁護専門委員会が4件のつめはぎを虐待と認定した。1審判決では正当業務行為との主張が退けられ、懲役6月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。
毎日新聞 2010年9月16日 11時18分(最終更新 9月16日 12時53分)