「これで安心し看護師を続けられる」。北九州市の北九州八幡東病院を舞台にした「つめ切り」事件で16日、福岡高裁が元看護課長、上田里美被告(44)に言い渡したのは逆転無罪判決だった。突然の逮捕から3年2カ月。待ち望んだ願い通りの判決に、上田看護師は目を潤ませ、法廷は支援者の拍手で沸いた。【西嶋正法】
午前10時半、オレンジ色のスーツ姿の上田看護師が入廷。一般傍聴席82席に対し、傍聴希望者は141人。事件への関心の高さをうかがわせた。
「1審判決を破棄し無罪とする」。陶山博生裁判長が判決を言い渡した瞬間、法廷は拍手に沸き返り、上田看護師は深々と一礼。目を赤くはらし、時折ハンカチを顔にあてながら、判決に聴き入った。
判決後、福岡市中央区のホテルであった報告集会には看護関係者ら約50人が参加。上田看護師はハンカチで目頭を押さえながら「逮捕から3年2カ月。長かったが、やっと無罪が証明されてほっとしている」と話した。
法廷では1審(有罪)での光景が脳裏をよぎり「怖くてたまらなかったけど、無罪は言葉にならないくらいうれしかった」と言い「家族やみんなの支えの力はすごいものだった」と述べた。
07年7月2日の早朝だった。自宅を訪れた警察官がいきなり署に連行し、そのまま逮捕された。「何で私が?」。何が何だか分からなかった。「看護師としてでなく、人として話してください」「出血イコール傷害ですよ」。厳しい取り調べが連日続いた。
無罪を信じ続けてくれたのは、当時高校1年の長男と、中学2年の長女だった。「警察はうそばっかりやけん、気にしたらいかんよ」。弁護士を介して受け取った手紙に何度も励まされ、涙が止まらなかった。それでも時折、心が折れそうになった。救ってくれたのが逮捕から2カ月後に接見に訪れた弁護士の一言だった。「看護師として話していいんですよ」。法廷で全面的に争おうと覚悟を決め、以来3年間、「潔白を示そう」との思いを胸に裁判に臨んだ。1審の有罪判決(昨年3月)にも信念が揺らぐことはなかった。
看護師を志したのは中学1年生の時。姉が負傷し搬送された救急病院の看護師は優しかった。あこがれの職業になった。20歳で念願通りに看護師になり、以来二十数年間、この道一筋で生きてきた。しかし、突然の逮捕後に、懲戒解雇され、生活は一変した。
07年の保釈後、別の職への就職を考えたが、子どもたちは口をそろえた。「お母さんから看護師を取ったら何も残らんやん」。我に返り「自分には看護しかない」と痛感した。
小児科クリニックで働くようになって2年。患者と接する日々にあって、改めて心に誓った。「患者さんのそばで過ごすのが何より大好き。これからも看護ケアを続けていきたい」
判決後、福岡市中央区のホテルで報告集会があり、看護関係者ら約50人が参加。上田看護師は「ありがとう」と言って一人一人と握手を交わした。
上田看護師は「逮捕から3年2カ月。長かったが、やっと無罪が証明されてホッとしている」と目に涙を浮かべながら話した。
被害者とされた女性(当時89歳)の次男(63)は無罪判決に「なぜ無罪なのか分からない。つめを切る際には家族や医師の許可を取る仕組みを作らないと、また同じような事が起きる」と話した。
毎日新聞 2010年9月16日 12時11分(最終更新 9月16日 13時33分)