認知症のお年寄りのつめを看護師が切り、けがをさせてしまったのはケアか犯罪か。逮捕から3年2カ月。全国の医療界も注視した元病院看護課長上田里美被告(44)の控訴審判決は「看護目的でなされたことであり必要性があった」と明快に無罪を言い渡した。捜査段階で、いったんは容疑を認めたとされる供述調書も信用できないと退けた。容疑すべてをぬぐい去る福岡高裁の判断に、元看護課長は手で顔を覆った。
「一審判決を破棄する。被告人は無罪」。主文を読み上げる陶山博生裁判長に、上田元看護課長は深く一礼した。かたずをのんで見守る傍聴席からは拍手と歓声が上がった。
元看護課長は、あふれる涙をハンカチでぬぐい、小刻みに肩を震わせ判決理由に聞き入った。取り調べの段階で「運命は刑事が握っている」と言われ納得できない調書にサインした状況に至ると、何度かうなずくしぐさを見せた。
傍聴席はすべて埋まった。判決直後に日本看護協会が談話を発表したように、この事件は「つめを切るケアによって、血が出れば犯罪として扱われるのか」と医療関係者に動揺を与えた。傍聴する医師や看護師にはメモを取る姿も見られた。
「患者の安心した表情を見るとやりがいを感じる」と現場にこだわってきた上田元看護課長は2007年7月、傷害容疑で逮捕された。病院に立ち入り調査した北九州市からも「虐待にあたる」と認定され、病院は懲戒解雇された。
100日を超す拘置中は、夫や子どもたちからの手紙が心の支えだったという。保釈されたあとは同市内の診療所で看護師に復帰し、職への愛着と使命感もにじませた。
高裁判決を前に12日に福岡市であった集会で「できればこれからも看護ケアをしたい」と訴えた元看護課長。閉廷後、記者団に囲まれると「信じていたとおり無罪という言葉を聞き、深く感謝しています。これで安心して看護師が続けられる」としみじみと話した。
●女性患者の家族 「ふに落ちない」
上田里美被告の行為でけがをしたとされる女性患者の次男(63)=北九州市八幡東区=は16日、上田元看護課長に福岡高裁で無罪が言い渡されたことについて「ふに落ちない判決だ。患者や家族は痛みを受けており、そういう視点からの判決を出してほしかった。今後、適切な治療という名目で看護師の行為が拡大解釈される恐れがあるのではないか」と話した。
●コメント差し控えたい
▼日高義隆・北九州市保健福祉局長の話 市は、高齢者虐待防止法に基づく虐待に該当するかどうかについて、病院からの調査報告書や立ち入り検査の結果をもとに虐待と判断した。
これに対し、今回の判決は、刑法上の傷害罪に当たるかどうかという刑事事件についての判決であり、判決についてのコメントは差し控えたい。
=2010/09/16付 西日本新聞夕刊=
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