2010年8月26日放送

実録交通事故ミステリー


1_01  一瞬のうちに、尊い命が失われる、恐ろしい交通事故。 一体何故、その悲惨な事故は起こったのか? 「ほんの僅かな視覚のトリック、ほんの一瞬に生じる死角と錯覚、これが重大な事故につながるケースが存外多いと言えます。」 と交通事故鑑定人・石橋宏典氏は語る。
 『視覚のトリック』とは、過去アンビリバボーで紹介した、特定の条件によって起こる、いわゆる『目の錯覚』。 それは時に、道路を走行するドライバーに死を招く。
1_02  2006年12月8日、愛知県幡豆郡にある、この緩やかなカーブを描く道路で、恐ろしい悲劇は起こった。 午前6時55分。 この地域に住む17歳の少年が、アルバイト先に向かうため、通い慣れているこの道を、バイクで走行していた。
 一方、対向車線には、資材の搬送のためにこの地域を訪れた一台の2tダンプカーがやってきた。 そして・・・少年が運転するバイクとダンプカーが正面衝突。 その衝撃でバイクに乗っていた少年は頭蓋骨骨折、脳挫傷で死亡した。
 衝突した地点はダンプ側の車線。 バイクが対向車線にはみ出し、道路を逆走していたことが、事故後の調査によって明らかとなった。  つまり事故原因は、バイクを運転していた少年が操作を誤り、走行車線を逆走したことにより、丁度、対向車線を走っていたダンプと正面衝突したことだと、思われたのだが・・・後の調査で、驚愕の真実が浮かび上がってきたのである。
1_03  事故から二日後、死亡した少年の両親は、ある人物の元を訪れた。 その人物の名は、石橋宏典。 民間の科学鑑定機関『法科学鑑定研究所』に所属する、交通事故鑑定人である!
 交通事故鑑定人。 それは交通事故の当事者や弁護士などから依頼を受け、警察が調べた交通事故を再度、現場の状況や事故車両の損傷具合、さらには事故現場の地形や当日の気象なども調査し、事故が起こった原因を鑑定する、交通事故調査のスペシャリストである! 石橋宏典氏への依頼は全国から寄せられ、彼が手がける交通事故鑑定は、年間100件を超える!
1_04  少年の両親から依頼を受けた石橋さんは、すぐに愛知県の事故現場へと飛び、調査を開始した。 交通事故鑑定で、有力な証拠となるのは、事故現場に残された痕跡や、事故車両の損傷状態などの物的証拠である。
 交通事故鑑定人は、事故現場に残されたブレーキ痕やオイル痕、さらにはガウジ痕と呼ばれる、車体の金属部分が路面と接触して傷をつけた痕跡などを丹念に採取し、これらの物的証拠をパズルの様に組み立て、さらに警察の実況見分調書などとつき合わせながら、事故当時の状況を正確に再現するのだ。
 事故現場のセンターラインに残されたガウジ痕。 それは、事故によって路面に付けられた、バイクのモノだった!
 石橋さんの調査で、道路上に残されたガウジ痕などの物的証拠から、バイクが対向車線を越えて、ダンプ側の車線で正面衝突、その衝撃でバイクは30mもはじき飛ばされたことが明らかとなった。 問題は、なぜ少年のバイクが対向車線をはみ出したか?ということだったのだが・・・
1_05  事故現場は真上から見るとなだらかなカーブになっている。 実際に、バイクと同じルートを走ってみると、見通しはいいとは言えない。 だが、それだけでは、走行車線をはみ出す理由とは考えられない。
 石橋さんはバイクの損傷具合から、衝突時のバイクの速度を計算で導き出し、制限速度40キロを上回っていないこともわかった。 だが、真実はたった一つ。 石橋さんは懸命の調査で、その真実を紐解こうとした。
1_06  交通事故鑑定人は、現場の痕跡や事故車両の調査だけではなく、事故現場の地理や地形、当日の気象や天候なども調べ多角的に、鑑定にあたるのだ。 そして石橋さんは、二つの新たな事実を発見したのである。
 衝突事故が起きたのは、県道と町道の境界部分だった。 さらに・・・事故当日の天気図から、天候は晴天で、日の出は事故の10分前。 太陽は、東へ向かっていたバイクの進行方向にあったことが判明。 つまり、少年のバイクは、丁度、日の出直後のまぶしい太陽に向かっていた可能性が高かったのだ。
 石橋さんは、今度は、ダンプが走っていた車線に立って、そこから事故現場を見る事にした。 すると・・この事故が視覚のトリックによって引き起こされた事故だということが判明した!!
実は、私たちの運転している車、歩いている道路、いたる所に視覚のトリックが潜んでいるのだという!
1_07  『コリジョンコース現象』
白昼、辺り一面、何も遮る物のない交差点で、なぜか車同士が衝突するという現象が相次いでいる。 信号のない見晴らしのいい道路を走る二台の車が、垂直に交わる交差点で・・・衝突!!
 いくら信号がないとはいえ、どこを見渡しても遮るものが一切ない、見晴らしのいい交差点で、なぜこういった事故が多発しているのだろうか? 石橋さんによるとこれはコリジョンコース現象が引き起こしているという。
 コリジョンコース現象。 それは2台の車が、ある一点に向かって同じ速度で動いている時、視界がどんなに良好でも、お互いの存在を認知できなくなる現象のことを言う。 人間の目は、動くものをまず目で追う習性がある。 だが、静止しているものに対しては、あまり注意が向かないのだ。 この『動かないものには注意が向かない』ということが『コリジョンコース現象』の原因なのだという。
1_08  直角に交わった交差点で、2台の車が交差点に向かってほぼ同じ速度で進行していれば、相手の車は“常に斜め45度”で見え続けることになる。 ポイントはこの“角度が変わらない”ということ。 人間の周辺視野は、動くものには反応するが、同じ角度でずっと見え続けていれば、それが近づいてだんだん大きくなっても、脳はその車を「静止物」と認識してしまい、注意を払わなくなるのだ。
 我々は、コリジョンコース現象を検証すべく、垂直に交わった交差点で、等距離に二台の車を配置。 同じ速度で車を走らせ、それぞれの車から撮影を試みた。
 まずはB車に設置したカメラの映像。 左端を走行するA車に注目して欲しい。
走行するA車のポジションは、ほとんど変わらないように見える。 A車からの見た目も同様・・走行するB車のポジションは、ほとんど変わらなかった。
1_09  このような『コリジョンコース』の条件が揃うと、二つの錯覚が生じ、事故につながるのだという。
「まず人間の目は、動くものをとらえようとします。ところが相対的な速度が一緒であって、止まって見える。そういう時に、目の中で動きませんので人間が気付かない、と。見通しが良いので、絶対安全だと。危険があればすぐ自分は認知できるんだという安堵感、安心感、そういった先入観が生まれることは事実です。」と石橋さんは語る。
 年間約400件もの死亡事故が起こっているという、コリジョンコース現象。 この事故を回避するためには、我々はどうすればいいのか?
「錯覚で見えないと言いましても、あるんですから、若干そちらの方を見る、目をわざと動かして見る、それから速度を少し弱めてみる、そういったことで相手がそこにいると言う事が、簡単に認知する事ができます。」と石橋さんは語る。
1_10  『黒い壁』
去年7月、名古屋市内の道路で、乗用車が陸橋の欄干に激突して大破。 乗っていた5人のうち、4人が死亡、1人が重体という事故が起こった。 警察の調べによると、事故現場にはブレーキ痕は見られず、車は陸橋と側道を分ける石の欄干に、時速100キロほどの猛スピードで激突したというのだ。
 事故が起きた時間は真昼の午後1時半。 さらに事故車両には5人もの人間が乗っていたという事実から、居眠り運転とは考えにくい。
 これは、事故現場を上空から見た写真、この中に事故の真相が隠されているという。 事故現場の道路は、丁度橋に差し掛かる地点で色が変わっている。 白い部分はコンクリートの道路であり、黒い部分は、アスファルトの道路である。
 猛スピードで走行していた運転手は、この境界地点で、突然黒い壁が現れたように錯覚してしまったのでは・・と、石橋さんは分析した。 この事故を受けて、名古屋市は、白と黒の路面の境界地点に、車を誘導するエスコートマークを設置するなどの対策を施している。
1_11  『魔の渋滞エリア』
日本三大渋滞地点の一つとして知られる、東名高速道路・綾瀬バス停付近、渋滞による玉突き事故などが多発している、このエリア。 なんと、この渋滞の原因も、視覚のトリックが関係しているという!!
 真相を確かめるため、我々はその現場へと向かった。 東名高速下り、海老名サービスエリアを過ぎると、しばらく下り坂が続く。 そして下り坂を過ぎ・・渋滞発生エリアの綾瀬バス停付近へ。 今ちょうど走行している、この道に、視覚のトリックが隠されているのだ!
 一見、平坦に見える道・・実際は上り坂なのだ!! 長い下り坂を走行していたドライバーは、先の道が、平坦な道になっていると錯覚。 だが実際は谷間になっており、途中からゆるやかな上り坂になっているため、自然と車のスピードが落ちていき、その結果、渋滞が頻発するという事態が起こっていたのである!
 日本道路公団では、2003年。 このエリアの渋滞を緩和させるため、従来は3車線だった道路を4車線に増やすなど、対策を施している。
1_12  『戦車道』
2005年10月10日、夜9時・・小雨が降りしきる中、普通乗用車がT字路を時速100キロ近いスピードで走行。 突き当たりの壁に激突し、運転手は死亡した。
 警察は調査の末、自殺と断定。 しかし、遺族から鑑定を依頼された石橋さんは、この事故は自殺ではないと判断した。
 これが、事故が起こった実際の道路。 石橋さんは、この200メートルある道路の不可解な点に着目した。それは『道幅』。 なんとこの道の幅は、道路基準である2.75メートルを遙かに上回る、4メートルもあったのだ!!
 直線でわずか200メートルしかない道路にもかかわらず、路肩を含めると、上下線合わせて10メートル以上。 これは一体・・?
1_13  実はこのエリア周辺には、戦時中、日本陸軍の基地が数多く点在。 この道は、戦車の走行ルートとして造られた、通称『戦車道』だったのだ。 この極端に道幅が広い『戦車道』が、今もそのまま残っていたのである!!
 ドライバーの心理として、狭い道を運転しているときは、周囲に注意を払い、徐行するのだが・・。 そこから広い道に出ると、そういった緊張感から解放され、自然とスピードを出してしまう傾向にある。
 さらに石橋さんは、当日は雨で前方の視界が悪く、広い道幅によって、距離感を錯覚。 事故につながってしまった、と分析した!!
1_14  2006年、愛知県・幡豆郡(はずぐん)の道路で起こった、バイクとダンプカーの正面衝突事故。 この事故により、バイクを運転していた17歳の少年は、頭蓋骨骨折と脳挫傷で死亡。 センターラインに残された、バイクのガウジ痕から、事故の原因は、少年の運転するバイクがセンターラインを超えてしまったことにあると思われたのだが・・・ 交通事故鑑定人・石橋宏典氏は事故の意外な真相に辿り着いた。
 石橋さんはダンプと同じ視線から、バイクと同じコースを走る部下の車をカメラに収めた。 これは、実際の事故現場で撮影された写真。 そこには・・・向かってくる車が、逆走してくる様子が捉えられていた!!
1_15  事故当日、日の出から10分ほどたったころ、少年の運転するバイクは、事故現場付近の道路にさしかかった。 正面から差し込む朝焼けは眩しかった。 だが、この道は通い慣れた道であり、少年はセンターラインをはみ出すことなく、自分の車線を走行していた。
 一方、対向車線には、資材の運搬のためにこの地域を訪れた一台のダンプカーがやってきた。 そして、ダンプの運転手の視界には、ある驚くべき光景が映った。
 ダンプの運転手の視界には、先程の写真のように、バイクがセンターラインを越えて、向かってくるように見えたという! だが実際、バイクはセンターラインを越えず、自分の走行車線を走っていた。
1_16  石橋さんによると、この事故は道路の構造によって、視覚のトリックが引き起こされたというのだ。 果たして、道路の構造によって、そのような錯覚が起こるものなのか?
 我々は、実際の事故現場における道路の構造を200分の1のミニチュアで正確に再現。 本当に、バイクが逆走してくるように見えるのか、実験を行うことにした。
 ダンプの目線に小型カメラを設置。 一体バイクは、どのように見えるのだろうか!? 緩やかな坂道を登る視界、見通しはよくない。 そして正面に現れたバイク!・・・それは、なんと逆走していた!
1_17  対向車が逆走して見える『道路の構造』とは。 トラックの運転手側から見ると、この道はまず揺るかな上り坂の直線になっている。 だが上り坂の途中から、左カーブが始まり、カーブは上り坂の頂点から先も続いている。
 トラックの運転手の視線で見ると、その先が見えず一瞬不安になるが、カーブの途中のポイントで段差があり、下り坂に変わる。 そこから先は下り坂だから、カーブでも見通しが良い様に錯覚するが、実は、坂の途中でもう一つの段差があった。 そう、つまりこの道は、2段階の坂道になっていたのだ。
 このとき、対向車線からバイクが走ってくる。 バイクは、走行車線をはみ出さずに走っていたのだが、ダンプの運転手の視点から見ると・・・なんと、逆走しているかの様に見えた!!
1_18  実際、坂が1つだけでも、このような錯覚は起こりうるが、2つあると、それだけ心理的負担は増加する! そんな『錯覚』と『極度の心理的負担』でパニック状態になった、 ダンプの運転手は、少年のバイクを避けようと、とっさに右にハンドルを切った。
 その結果、ダンプが先に、センターラインを越えてしまったのだ。 だが、太陽の方角に向かって走っていた少年は、正面からの直射がまぶしく、すぐにダンプがセンターラインを越えたことを認識できなかった。
 そして・・・すぐに運転手は、少年が逆走していないことに気づき、ハンドルを左に切り、元の車線に戻ろうとした。 だが、同時に少年も、衝突を避けるため、ハンドルを右に切ったのだ。 そして、正面衝突してしまったのだ!!
 交通事故鑑定人、石橋宏典氏の鑑定による、悲惨な事故の全貌。 それは、道路の構造から生じる錯覚により、生み出されたものだった!
 だがこのように、一つのカーブの途中で、二つ以上の段差が存在するような道路は非常に危険であり、道路設計の常識として、そのような設計を避けるべきであるとされている。 では一体なぜ、このような危険な道路が存在するのだろうか?
1_19  錯覚を生み出す、危険な道路構造。 その原因は、事故現場が県道と町道の境界線で、道路の管轄が別れていることにあった。
 つまり町道だけを切り離してみると、カーブの途中に段差が一つあるだけ。 そして県道だけで見てみれば、段差はなく下り坂のカーブ、というだけと言うことが分かる。 しかし、道路はあくまで一本の連続体である。 運転者にとって、県道も町道も関係ないのだ。
 石橋さんの事故調査鑑定書は、正式な文書として警察に提出され、事故調査の重要な資料となった。 当初は、少年の不注意によりセンターラインをはみ出し、発生したかと思われたこの事故。 だが石橋さんの鑑定により、錯覚から生じた事故のメカニズムが明らかにされたのである!!
1_20  事故後、警察の取り調べで、意外な事実がわかった。 実は、ダンプを運転していた男性も、事故の10年前に、息子を、バイク事故で亡くしていたと言うのだ。
 交通事故には、正義も悪もない。他人同士が、ある日突然、道路上で交通事故という最悪の出会いを果たす。 だが、交通事故鑑定人は決して情に流されてはいけない。 たった一つの真実を導き出すまでは・・・それが彼らの使命なのだから・・・
 交通事故による死者数は、年々減少傾向にあり、昨年5000人を割った。 しかし、これは言い換えると、年間5000人もの尊い命が奪われているという、恐ろしい現実でもある。
 「まず、1番考えているのは命の重みです。なぜあなたのお父さんは死んだんだ?あなたの息子さんは死んだのか?その原因を探す事だと思っています。そして、同じ思いをする人をなくすためには、その原因を取り除いてやらなければいけない、これが交通事故鑑定の1番重要な点だと思います。」 と石橋さんは語る。




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