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[13811] Muv-Luv Alternative Encounter in fairy tale. 【連載再開】
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/09/15 13:17
皆さんはじめまして。どうも、狗子というものです。
私はこの掲示板を夏ごろから見始めたのですが
たくさんの素晴らしい作品を読んでみて
自分もやってみたいという気持ちが抑えきれず
半ば勢い任せに、半ば調子に乗って筆を取った次第です。
故にこれが処女作となります。

さて、この『Muv-Luv Alternative Encounter in fairy tale.』
この物語はマブラヴ オルタネイティヴのラスト
桜花作戦後も白銀武がオルタネイティヴの世界に残りその中での出会いを描く物語です。

この物語には以下の事が含まれます。

主人公は基本的に白銀武です。もう一人オリキャラで主人公格がいます。

オリジナルキャラも沢山出ます。

独自設定、独自解釈を含みます。

物語は桜花作戦から五年後の2007年からスタートします。



掛け声は

不思議な事があったっていいじゃない!おとぎ話だもの!!



こんな馬鹿丸出しの駄文ですが
最後まで目を通して頂けると嬉しいです。では。







2010/01/16 十八話と十七話を統合しました。
2010/01/27 新・十八話を投稿。タイトル表記を変更しました。
2010/01/30 十九話を投稿しました。十八話を修正しました。
2010/01/30 全話通して誤字を修正しました。設定集を無駄に更新しました。
2010/02/07 二十話と二十一話を投稿しました。祝二十話突破。
2010/02/24 二十二話を投稿しました。設定集を無駄に更新しました。第七話、第十二話、第十七話誤字修正しました。オリジナル機名称変更しました。
2010/02/28 二十三話を投稿しました。
2010/03/09 誤字修正しました。
2010/03/10 二十四話を投稿しました。
2010/03/14 二十五話を投稿しました。祝10万PV 皆さんどうもありがとうございます。
2010/03/16 設定集を無駄に更新しました。
2010/03/18 本編全話通して誤字修正中。設定集を無駄に修正しました。
2010/03/19 二十六話を投稿しました。祝・第一章完結。皆さんに心の底から感謝します。ありがとうございますッッツ!!!!
2010/03/31 設定集を無駄に更新しました。二十六話の誤字を修正しました。
2010/04/03 過去話を投稿しました。
2010/04/04 全編通して誤字修正しました。
2010/05/15 設定変更のため修正しました。
2010/05/15 二十七話を投降しました。
2010/05/16 没シーン投稿しました。
2010/05/27 旧・二十七話タイトルを幕間・Ⅰに変更しました。
2010/05/27 新・二十七話を投稿しました。
2010/06/13 二十八話を投稿しました。
2010/06/16 二十九話を投稿しました。
2010/06/23 二十九話を修正しました。
2010/07/09 三十話を投稿しました。
2010/08/10 三章目をここに移しました。
      再開した以上二章も再開しようと思います。
2010/09/13 三章第五話投稿しました。
2010/09/15 三章第六話投稿しました。



[13811] 『序章』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/07/11 15:40
桜花作戦―――
2001年12月31日に決行された、オリジナルハイヴ攻略作戦。
多くの犠牲を払い、反応炉――あ号標的の破壊に成功し、人類は初めてBETAに勝利した。
しかし失ったものは多く、人類に大きな傷痕を残すことになる。

そして此処、米国も例に漏れず多大な損害を受けることになった。
何せ、米国の保有する全戦力の半分以上を作戦に投下し、生き残れたのは半数以下。
2005年―――欧州国連軍を主動としたH08・ロギニエミハイヴ攻略戦に参加するまでの3年間を米国は体制整える為に費やした。
米国は完全に後れを取り、世界からの信用も薄れ始めていた。
その結果どうにかして世界の主導権を取り戻したい米国は、最近では世界各地への強引な軍の配置、強攻策へ出始めた。
米国はやり過ぎた―――
今では世界からの反発は以前の比じゃない、
ここにきてようやく米国は世界の上に立つのではなく、
世界各国との協力し合っていく為の改革の一歩を踏み出す――――



「―――それで、その一歩目がこのダグラス基地って訳なんだよ、エンリコ・テラー博士」


と、そこまで仰々しく今起こっていることの経緯を話し、青年はニヤリと笑みを浮かべた。


ここはダグラス基地敷地内に建設された研究所の最上階、エンリコ・テラーの執務室である。
ドンと然程離れていない場所からの爆発音が耳に届いた。
そして断続的に鳴り響く突撃砲の音。
現在、この基地は同胞の米軍から攻撃を受け、制圧されつつある。

「今、この国の長達は病んでしまっている。 桜花作戦まで主権を握っていたG弾崇拝派は今じゃあ宗旨を鞍替えして、こんな研究にまで手を出す始末。 こんなんでBETAに勝てるわけもねェ」


ここまで言い、自嘲気味に肩を揺らしながら笑い、青年は手に持っていたこの基地で行われていた研究資料を投げ捨てた。
紙は枯葉のように舞い、ひらひらと床に落ちていく。
そこで青年を忌々しげに睨み付けながら黙って聞いていた初老の男、エンリコ・テラーがガバっと椅子から勢いよく立ち上がり、漸く固く閉じられていた口を開いた。


「ふ、ふざけるな! 私は合衆国の為にと今まで苦労して研究していたのだ!! それを何だ!? これは!! この仕打ちは!! 私は・・・私は・・・!!」


わなわなと怒りに震える拳を机に何度も叩きつけながら彼は吠えた。


「貴様も私の実験用動物(モルモット)の分際で私を売ったな!? ああ忌々しい! 私の築き上げた地位を! 成し遂げてきた成果を何だと思っている!!?」


頭を掻き毟り地団太を踏み、彼は尚も吠え続ける。


「何を言っているんだ? 確かにオレはあんたの実験動物にされたがな、あんたに忠誠を誓ったこともないし、あんたに付き従う理由もない。 下に付いた覚えもない。 あんたはこうなるに十分な罪を犯したんだ」


段々と青年の顔から笑みが消えていく。
それにテラーは恐れ怯んだ。その表情には現状を受け入れたくないという感情と青年への激しい憎悪の感情が顕れていた。


それに青年は、


「もう認めろよ、あんたの雇い主の上議員さん達ももう捕まってる。 さっさと降参しな」


さっきまでの笑顔と打って変わって、無機質な冷たい表情で最終勧告を伝える。
先程まで辺りを包んでいた銃声も爆発音も、もう聞こえない。勝敗は決していた。
青年の表情、言葉、この基地の現状が相まって、テラーの最後の糸が切れる。


「き、貴様ぁぁあああっ!!!!」


テラーは上着のポケットから拳銃を引き抜き、構え、引き金を引いた。
――否、テラーが引き金を引ききる前に青年がホルスターから拳銃を取り、テラーの眉間を撃ち抜いた。


パァンと乾いた発砲音が鳴り響く。


頭を撃ち抜かれて糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちるテラー。
テラーの後ろの壁にべったりと鮮血がこびり付いていた。
青年は構えていた銃を下ろし、興味が失せたかの様に踵を返し部屋から退室しようと扉に向かう、

するとドアが開き、大柄で精悍な顔立ちをした軍人が顔を見せ、
やはり殺してしまったかとぼやきながら彼に向かって力強く軍人らしい足取りで近づき始め、


「彼にはこの後、投獄されるという仕事が残っていたんだがな。」


と白い歯見せながら笑い彼の前で足を止めた。
すると男はすっと手を差し出してきた。
ああ、なるほどねと差し出された手の意味を理解し、青年は持っていた拳銃を男に渡す。つまりはもう自分に戦力を与えておく必要がなくなった、という事だ。


「悪かったね、大佐。 相手が逆上して拳銃を向けてきたんだ、セイトウボウエイだよ」


と、青年が冗談めかしたように肩をすくめながら言う。


「ほう、では私怨が完全になかったと言い切れるのかね?」


大佐と呼ばれた男性も冗談のように言い、ちぇっと青年は拗ねた様にそっぽを向いた。
この大佐と呼ばれた男、エドガー・モーゼスは本作戦の指揮官であると共に、穏健派軍人の筆頭でもある。そして改革を起こしているある政治家達の直轄でもある。


「今回の件・・・情報をリークしてくれたこと、感謝するよ、大尉。 これで合衆国はその内に溜まった膿を吐き出す一歩を踏み出すことができた」


「おいおい、オレは米国上層部以外にも国連と帝国にもリークしたんだぜ? この基地がしでかしてきた事を知った彼らが何か賠償求めてきたんじゃないのか。 その代償は相当なモンだろ? それでも感謝すんのかよ?」


青年は大尉と呼ばれ、大佐が相手だというのに敬語もまったく使わずにおどけた様に言い、テラーが打ち倒れた机の上にドカっと腰掛けた。


「確かに、それなりの代償は払ったさ。 技術提供、各国への物資支援、それにG元素とアレもな」


「ぶっ!?本当かよ?G元素まで渡すなんて、ましてやアレもかよ」


「それほどに今回の件は我が国の罪は大きい。 これは誠意ある対処だと思うが?」


「―――ハッ、それでも表沙汰にはしないでくれってのに誠意があるかどうかは甚だ疑問だな」


「そう提案してきてくれたのは、帝国との仲立ちを請け負ってくれた極東国連軍の牝狐なんだがな」


また噴出しそうになるのを堪え、青年は目を見開いて驚いた。


「いやはや、どんなに高価なお貢物をお供えしたのか、教えてもらいたいね」


そう言い、カラカラと青年は笑って見せた。

笑いながらもかの牝狐―――香月夕呼のことを考える。
彼女とは二度話したことがある。
一度は戦場に出た時の通信で。
二度目は今回情報をリークした時に。
話した回数は少ないながらも彼女が相当食えない人物であることは解かる。
そんな彼女の求めた代償、想像しただけで身震いした。


「それで? その忌むべき研究の成果さんがここに、大佐の目の前にいるわけなんだが・・・どうする? ここで殺っちまうか? 研究に関するものは全て抹消だろう?」


すっと目を細め青年は無表情に吐き捨てた。


「殺しはせん。今回の借りもある―――」


「借りは迷惑料で手打ちだろう。 それにいくら檄飛ばす為に帝国と国連にリークしたとはいえ、手間は相当なモンだろ?そんなんで割に合うのか?」


エドガーは鼻を鳴らし笑い、


「フン、殺されてやる気もないクセによくもぬけぬけと・・・。 ならば貴様からの代償を頂こうか」



「―――大尉!!!」


「! はっ」

と、突然に姿勢を正し威厳のある大声で呼ばれ反射的に青年は背筋を伸ばし敬礼で応えた。


「貴様には本日付けで我がアメリカ軍からの永久追放との命が下されている!」


「はっ」


まぁ研究成果であるオレを置いておく訳にもいかないし、当然だな。


「それと同時に4月11日を以って極東国連軍、横浜基地への異動の命が下された」


これで名無しで宿無しかぁ―――って


「え゛?」


耳が遠くなったのか?なんか変な言葉が聞こえたような・・・?
キョク=トーコク=レングン&ヨコハ=マキチヘイ=ドー?


「返事はどうしたぁあっ!?」


「いやちょっ、待てよ! なんで日本へ異動なんだよ!?しかもなんで横浜基地!?」


まずいだろ、それは。だってオレは・・・


「貴様の言った、代償というヤツだ。 それに横浜にはアレもお前と一緒に付いていく・・・色々苦労するだろうが、励めよ」


「ニッってダンディに笑ってキメてんじゃねぇ!」


オレは――――米軍に拉致されて、その結果あっちじゃ死亡扱いだってのに!


「まぁ気にするな。 貴様の悩んでいることは先方に任せておけばいい、ヒムラ」


「ああ? なんだって?」


「貴様の新しい名前だ、ヒムラ、緋村一真」


「緋村・・・一真・・・・・」


緋村一真という新しい名前を与えられた青年は噛み締めるように自分のモノとなった名前を呟いた。


「ああ、そうだ。 ・・・私もいい加減部下のところに行かねば。 それではな、達者でやれよ? 緋村大尉」


そう言い残し、敬礼をし、緋村と名付けられた青年が敬礼を返したのを確認すると部屋を出る為に歩き出した。
しかし、ドアの前で足を止め、こんな事を言ってきやがった―――



               ―――――――ハッピーバースデイ、カズマ。










[13811] 第一話 『邂逅』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/07/11 15:41
2007年 4月11日 横浜基地


白銀武は基地の屋上の貯水タンクの上に登り、仰向けに寝そべりながらちょっとした図鑑ほどありそうな紙の束に目を通していた。
春の日差しは暖かいが、通り過ぎる風はまだ些か冷たい。しかし彼にはそれくらいの気候が調度いいらしく、時々見ている紙の束が風に攫われそうになっては慌てた様に手で抑え、また熱心に読み耽るという行動を繰り返していた。


一通り目を通した後、武はふうっと一息つき、読んでいた紙の束から空に視線を移した。
青い空が一面に広がっており、晴れ渡る空をぼうっと眺めた。


「空はこんなにも青く晴れてんのになぁ、こっちの雲行きはまだまだ怪しいな」


と、囁く様な小さな声で彼は呟き、また持っていた紙の束に視線を戻した。



紙には『H19・ブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦』と書かれており、武は大隊指揮官としてつい先日までこの作戦に参加していた。
紙には作戦概要から戦闘開始からの部隊の動き、BETAの動き、そして損害の詳細が事細かに記されていた。
武は自分が参加していた部隊の詳細に目を落とす―――

極東国連軍 グラウディオス連隊所属 アルマゲスト大隊―――
本作戦からハイヴ突入部隊として編成された新設部隊である。アルマゲスト隊はハイヴ攻略開始から4961秒後、目標から北東約5km地点にある『門(ゲート)』よりハイヴ突入成功。そしてハイヴ突入から8167秒後、武が隊長を務めたアンタレス中隊が反応炉の破壊に成功した。

この作戦によって人類はH22・横浜ハイヴから数えて11のハイヴを攻略したことになる。
五年前の事を考えればかなりの進歩、かなりの成果だが武は憂いを帯びた表情で資料の文末の方に記された一文に目を通す。

アルマゲスト大隊、死者8名。

8人の英雄が人類の勝利のためにBETAに懸命に立ち向かい、その命を散らし英霊となった。

一行に満たない簡潔に記された一文。
その物寂しさが、武になんとも言えない陰を落とす。
武は部下の前、いや、人前では決してこの様な表情を見せることはない。

資料から再び目を離し、空を眺めていると一機の輸送機が基地に向かってくるのが視界に入った。
飛来してきた輸送機は基地の第一滑走路に着陸した。

武はそれを一瞥し、一つ大きく息を吐き今まで寝ていた身体を起こす。

武の表情に落ちた陰は消え、その表情はいつもの武に戻っていた。
よしっと声を上げ、勢いよく立ち上がる。
情けない顔をしては部下に示しが付かない、何より――――


「アイツ等―――皆に申し訳ないだろうがよ――――! っと」


ニッと不適に笑みを浮かべて武は貯水タンクから飛び降りる。

ただ前を向き、散っていった先達の話を誇らしげに後に続く者達に語ってやる―――

それが、武が先達達から教わった衛士の在り方、この世界に残る事になったあの日から武はそう在り続け、これからも続けていく在り方。


「オレは、人類は負けねえよ」


空の向こうを眺めながら武は力強くそう言った。

暫く武はそのまま空を眺めたままだった。



すると、こちら―――屋上に向かって誰かが階段を登ってくる気配を感じた。
ギィっと蝶番を軋ませた音が鳴り、屋上につながるドアが開かれ、


「白銀さん、ここにいますよね―――」


と、どこか可笑しな事を言い、美しい長い銀髪の女性が姿を現した。


「ああ、ここにいるよ―――霞」


武は長い銀髪の女性――社霞の存在を認識し彼女の方、つまり武の真下に向けて優しい声で答えた。


霞は返事が聞こえた方向に振り向き武を見上げた。
遅れて彼女の後ろで一つに纏められた銀髪が揺れた。

霞は武をその視界に捉えると


「またそんな所に登って、危ないですよ。 白銀さん」


少しだけ抗議の意思を視線に乗せて投げつけた。

まったく仕方がありませんね、白銀さんはと続けて呟かれ武は少し申し訳ない気持ちになった。


「相変わらず心配性だな、霞は。 大丈夫だってのに。 っていうか、霞がいるって事はさっきの輸送機はアラスカからのだったのか、っと」


注意されたのと、霞にある事を言う為に武は霞がいる場所――屋上のテラスに飛び降りた。


「今帰ったのか、アラスカでの任務お疲れ様。 おかえり、それと久しぶりだな、霞」


霞に向き直り、武は霞に笑顔で挨拶をした。


「はい、今帰りました。 白銀さんもハイヴ攻略作戦の任務お疲れ様です。 あとただいまです。 それにお久しぶりです。 それと―――――――おかえりなさい、白銀さん」


武の挨拶に霞は柔らかな優しい笑顔で答える。



お互いに笑い合い、お互いに他愛もない話に華を咲かせた。

霞と会うのは実に一年振り程になる。いや、それ以前も多く顔を合わせることもなくなってしまったが、ここ二年は武の任務と霞の任務が重なり、ほとんど会うことがなくなっていた。


武は何度も作戦に参加するために前線に赴き
霞は夕呼先生の助手となり先生と共に一年前、アラスカへと赴いた。


それでもこうして会う度、武と霞は笑い合った。


「これが、新作『走るうささん-2007・春-』です」


霞は誇らしげに両手を武に突き出す。
霞は五年前に武に教えられた遊び――あやとりをオリジナルの作品を作ってしまう程までに腕を上げた。

「うおおっ!? す、すげぇ!! (そして怖ェエ!!)」


霞の細い両手の指によって形作られた走る虚ろな目をした『うささん』に武は素直な称賛の声を上げた。

霞は武の言葉に嬉しそうに頬を少しだけ赤く染め、ありがとうございます、と照れたように言った。


―――――本当に変わったな、霞。

今の彼女を見て武は感慨深いものを心に浮かべ目を細めた。

彼女、社霞はこの五年で以前には考えられない程、随分と明るくなり、他人とも以前より積極的にコミュニケーションをとる様になった。
最初は遠慮がちだったが、当時この横浜基地に席を置いていた療養中の涼宮茜と仲良くなったことによって少しずつだが他人への心の壁を取り払い始めた。


委員長や涼宮中尉達の死で落ち込んでたアイツをたくさん励ましてたもんな―――


表には出していなかったが涼宮茜は、姉と親友、目標としていた人物の死に大きなショックを受けていた。
それによって回復が遅れていた彼女に霞は手が空いた時間何度も会いに行き、たくさんの会話をしたそうだ。
霞との会話によって涼宮は精神を持ち直し、順調に回復して完治した後に軍に復帰し、宗像大尉と風間大尉と共に富士教導隊に異動した。

四年前のH・20鉄原ハイヴ攻略作戦に参加した際に三人と再会を果たしたが、その際に涼宮は霞のことを気にかけていて、霞のことをよく聞いてきた。作戦後に再び顔を合わせた際には「霞さんに会ったら伝えて『あの時は本当にありがとう、今度会ったらまたたくさん話そうね』って」なんて事も言っていた。

その一年後、二人は再会して宗像大尉と風間中尉も交えて楽しそうに話していた。



―――本当に変わったな。あれから背も伸びたし身体つきも女性らしく―――ッハ!?

武がぼうっと思いに耽っていると、霞はジト~っとした目でこっちを見ていた。

「な、なんだね、かすみくん?」


霞の非難の色が混じった目に武はたじろぎながら問いかけた。


「白銀さんは何時でも何処でもそう思いに耽ってぼーっとするとこを直した方がいいと思います」


霞の非難の言葉は武の心に遠慮なく攻撃し、武は「んぐっ」と声を漏らした。


「私の変化を喜んでくれるのは私も嬉しいですが・・・・・身体の事とか・・・・あの、白銀さんにそういう風に見られるのは・・・その・・・恥ずかしぃ・・・です・・・」


非難の言葉の後、霞はもじもじと胸の前で両手の指を絡め、赤くした顔を伏せながら武に抗議した。

「まずい、リーディングされてしまったか」とバツの悪そうにしていた武も霞の年相応の女性らしい行動を見せられ、顔を赤くし、それを悟られまいと顔を背ける。


二人は沈黙し、顔を赤くした二人の間に微妙な空気が流れる。


その静寂を


「こんな所にいらしたんですね、白銀少佐。 あら、社さんまで」


突然扉が開かれた扉から現れた、金髪の女性イリーナ・ピアティフが打ち破った。


バッと二人はピアティフの方に向き直り、そんな二人にピアティフはどうかしたんですか?ときょとんとした表情を浮かべた。


「ピアティフ中尉!? あの、どうかなさいましたか?」


焦った様に武はピアティフに問いかける。

対して霞は口に手を当てあっと何かを思い出したようだった。

落ち着かない二人に対してピアティフは吹く風になびく金髪を手で抑えながら武の元まで落ち着いた足取りで歩み寄り、


「香月博士から『白銀武を私の所まで連れてきなさい』とのご命令と『先に白銀を呼びに行った社が戻らないから探してきてちょうだい』との二つのご命令を賜ったのでお二人を探していたんです。 白銀少佐、香月博士がお呼びです、至急博士の執務室に向かってください」


淡々と、この横浜基地の副指令 香月夕呼博士からの用件を彼女は武に伝えた。


「本当ですか!?わざわざすみません。 すぐに行きます!」


少し疲れたように言う武にピアティフは、はいと短く返事をし、


「すみません、ピアティフ中尉。 博士からのお願いを失念していました」


と、申し訳なさそうに謝罪を述べる霞に対し、「いいですよ、気にしなくても」とにこりと笑って答えた。




三人は香月博士の執務室に向かい足を運び、途中でピアティフが私は仕事が残ってますのでと席を外し、二人は挨拶をし、再び香月博士の執務室に足を向けた。


香月博士―――夕呼の執務室の前に立つと自動で扉が開く。

失礼します、と一言言い二人は入室した。
部屋の奥には白銀武の恩師でもある、横浜基地副司令、香月夕呼博士が椅子に座りいつも通りパソコンに向かい高速で何かを入力していた。
それと、部屋の中央にあるソファに国連軍の軍服を身に纏った見かけない人物がこちらに背を向ける形で腰掛けているのが視界に入った。

夕呼は二人に気付くと顔を二人の方に向け、


「あら、遅かったわね、二人とも。 もしかして『お楽しみ中』だったかしら?」


と、ニヤリと笑みを浮かべその様な戯言を楽しげに二人に投げかけた。


「相変わらずの冗談ですね。 お元気そうで何よりです、夕呼先生」


夕呼の冗談をスルーし、武は夕呼の前まで歩き始める。

武は知らない―――武の後ろでテクテクと歩く霞の顔が先ほどみたく赤くなっていることを。

その様子を、少しだけ顔を動かし視界の端で見ていたソファに腰掛けた人物は、クスリと薄く笑みを浮かべていた。


「フン、あんたも相変わらずの様じゃない、白銀」


そう言って夕呼は椅子から腰を上げた。

合間見えた二人は、少しだけ笑う。久しぶりに会った恩師と、かつての生徒のように。


「先生がこちらに戻ってきた、という事はアレは完成したんですか?」


「ええ、試射も済ませたし問題はないわ。 それに思いもしない拾い物もあったしね」


武の問いに夕呼はニヤリと怪しげに笑い、ソファに腰掛ける人物に視線を送る。


その視線を追い、武もその人物を見る。
色素の抜けたような白髪が肩まで伸びており顔は見えないが、白髪のせいもあり老人の様にも見えた。


「それで、用件は何なんです? まさか帰ってきた事の報告や作戦から帰還した俺に労いの言葉を贈る為に呼んだわけじゃないんでしょう?」


視線を夕呼に戻し、武は再び問いかける。


「落ち着いてきたと思ったけど、まだまだガキねぇ」


少しだけげんなりしたように溜息の様に息を吐き、


「せっかちなのも相変わらずなのね。 焦らなくても順を追って説明してアゲルわよ。 まずは―――はいこれ」


夕呼は一枚の紙を武に差し出した。

武はしっかりと両手で紙を受け取り紙に目を通し始める。
そして目を丸くして驚き、再び夕呼に視線を向け、三度目となる問いかけをした。


「本日付で、白銀武少佐を国連軍中佐に任命する――――ってマジですか?」


武はやや疲れたように言い放つ。


「何よ、不服なの? これはブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦に参加した帝国軍からの進言でもあるんだから、大人しく受け取りなさい」


「昇進おめでとう、中佐殿」


夕呼はニヤニヤとした笑顔で突き放し、霞は暖かな笑顔で祝いの言葉が贈られ、武は降参とばかりに溜息をついた。


「不服なんかじゃないですよ。 ただ、やっぱり夕呼先生はやることが突然だなと」


そう言いながら武は、一応は、と敬礼し命令の受諾の意を示した。


「あと、今日からあんたの部隊に一人補充要員とそいつ用の不知火が搬入されるから。 それも含めて部隊を再編しなさい」


敬礼をウザッたそうに見ていた夕呼が武が挙げていた右腕を下げるとそんな事を言ってきた。
え、と武は声を漏らし、ソファから腰を上げこちらの方に向かい歩いてくる人物に向き直る。

彼は補充要員―――つまり衛士だったのか。

国連軍の軍服姿の格好をした長身の男性、
髪は色素が抜けたような白髪、
その瞳は鮮血のような赤色だった。

そんな異様な風貌の男性が敬礼し、


「本日付で中佐の隊に配属されることになった、極東国連軍所属、緋村一真大尉です」


武に向かい簡潔に自己紹介する。


「ああ、こちらこそよろしく頼む。大尉」


武は手を差し出す。

「?」と男は差し出された手の意味を図り損ねている様に首を傾げた。


「握手だよ。 あと俺の隊は階級とかあまり気にしないからな、フランクに行こうぜ、一真」


それに一真と名乗った男は少しだけ驚いた顔を見せ、フッと笑い、


「わかった、改めてよろしく―――――――武くん」




差し出された手を握り、二人は握手を交わした。




これが白銀武と、緋村一真との決して有り得る筈の無い、





       ――――――――――奇跡の邂逅だった。









[13811] 第二話 『対峙』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/07/11 15:42



「あたしと社はこれからやることがあるから、あんた達はさっさと出て行きなさい」


と、夕呼に邪険にされる様にしっしと手を振られ、武は一真を連れて速やかに夕呼の執務室から退却することにした。


「白銀さん、緋村大尉、またね」


夕呼とは対照的に霞はにこりと笑いながら手を振って二人を見送った。


「―――あと白銀、あんたは後で使いを遣すから・・・そうしたらまたここに来なさい」


退室しようと扉の前まで下がった武に投げ掛けられた夕呼の言葉に武は「はい」としっかりと頷いた。


夕呼の執務室から廊下に出た二人、このフロアには上級のパスが必要であり、その為か人は見当たらず少し草臥れた色をした長い廊下には武と一真しかいなかった。

少しばかりの沈黙の後、


「此処じゃ何だしPXへ行かないか? もう昼になるし俺腹減っちゃってさ。 それに俺の部隊は五月まで休暇中だから大半の奴が帰省やらで殆どいないんだけどさ、基地に残っている奴等がこの時間はPXにいると思うし・・・ついでに自己紹介と行こうじゃないか」


と、空いた腹を擦りながら武が口を開いた。


「オーライ、それじゃPXに行くとしようか―――」


武の提案を一真は快く承諾し、二人は話しながらPXへと向かった。


「それにしてもこの時期に配属なんて珍しいな、まぁ夕呼先生が連れて来たみたいだし、その辺は仕方がないか。 それで実力はどうなんだ、一真? ―――――お前相当強いだろ」


少しだけ目を細め武は一真に問いかけた。夕呼から緋村一真の詳しい詳細は聞かされていないので彼の事は自分で彼に訪ねるしかなく、部屋を出てからの今までの短時間彼の動きを観察した結果、その問いかけするに到ったのだった。
一真の動きには隙がない。それは武の知るある武人を思い起こさせる洗練された動きであり、一真からその人にどこか似た気配を武は感じ取っていた。


「さあてねぇ? あの有名な白銀武くんの御眼鏡にかなう実力を持ち合わせているか・・・今から不安で仕方ないわ」


両手を挙げ首を横に振りながら一真は答えた。


「有名なって・・・。 まあいい、そんな事よりも一真、謙遜するなよ。 アルマゲストはハイヴ突入がメインの部隊なんでな、作戦の度に大なり小なり損害は必ず出る。だから高い実力を持った衛士は大歓迎なんだ。 それに隠しても無駄だと思うぞ? うちのは皆目敏いからな」


武は苦笑いを浮かべ、一真に疑問に答えるよう促した。
一真はまいったねとため息をつき、


「降参だ。 武くんの想像には劣ると思うが、・・・オレはそれなりにやるよ」


不満げに武に目をやりながらやれやれと溜め息をついた。


「はははは。 そうかそうか、期待してるぜ」


武は一真の返事に満足そうに笑った。

一真は少しだけムスっとしたように顔をしかめたが、同じ部隊にいるのだから何れ露呈してしまうかと諦め、すぐに先程までの薄く笑みを残した表情に戻した。


「不知火の搬入は明後日らしいからな、それまでの間はシミュレータと吹雪に乗って帝国製の戦術機特性を掴んどいてくれないか? そうすればある程度データも集まるし部隊の再編にも役立つからな」


武は頭の中で再編に向けての計画を練り始める。予備の吹雪を調整、部隊員の能力の見直し、提出する書類、頭の中でどんどんとメニューが組み立てられていく。


「おお、ありがたいね。 ・・・だが生憎と強化装備のデータは持ってきているし、アラスカでXM3搭載の不知火には140時間程度搭乗したから心配は要らないと思うぞ?」


そう言いながら一真は軍服のポケットから取り出された強化装備の外部メモリを武に差し出した。

へ?と声を漏らし武は一真の言葉に呆気にとられた。
武は差し出された外部メモリを受け取り、頭の中で立てられつつあった計画の一部を白紙に戻し、後で確認しようと自分のポケットにしまった。




その頃、夕呼と霞は横浜基地地下にある第27研究室に足を運んでいた。


「90番ハンガーの整備班には例のアレの事は頼んどいたし、富嶽、遠田、光菱の子飼いへの手回しもすんだ。 ――――いよいよこっちも大詰めね」


夕呼は何もない天井を仰ぎ見ながら独り言のように呟いた。




「さて、最終調律を始めるわよ。 ――――準備はいいかしら? 社」


部屋には用途不明の機材が敷き詰められており部屋の中央には三つシリンダーが床から延びており、夕呼はそのシリンダーの横に取り付けられたパソコンに向かいキーボードを叩きながら、シリンダーに手を当て祈るように目を瞑っていた霞に目をやり、声をかけた。




「―――はい、いつでもいいです」




ゆっくりと目を開き、目の前のシリンダーを見据えながら霞は答える。




「そう。 じゃあ、行くわよ」


「はい」


夕呼は霞からの返事を聞くと夕呼は部屋の機材に電源をいれた。
電力が供給され機材は高い唸り声を上げる。


霞はシリンダーへ意識を集中させる。



―――すると、霞の口が何かを呟くように微かに動いた。発せられた声の小ささと部屋の機材から鳴る大きな音に相まってその声は部屋に響く事はなかったが、その唇は確かにある人物の名前を口ずさんでいた。





――――――純夏さん





霞の声はシリンダーの中で永遠に眠りから覚めることのない女性、


00Unit・鑑純夏に向けられたものだった。








「ここがPXだ」


武は一真をPXに案内し、一真にPXがよく見える様に自分は少し下がり、そう一真に言った。


「昼時だから人が多いな」


一真がそう言いながらPXの入り口に立っていると、二人の女性が一真を横目で怪訝そうに見ながらヒソヒソと話しながら通り過ぎていった。


「なんか・・・大変だな?」


「気にするな。 どうでもいいことさ」


武は苦笑いを浮かべながら一真を励ますように言うが、一真本人は本当にどうでもいい様で表情を崩さずに、ここじゃ他の人の邪魔になるだろうと中に入るように武を促した。


先程のような事は此処に来るまで何度かあった。地上一階にあるPXに近づくにつれすれ違う人は増えていき、すれ違う人の多くが一真の白髪と赤眼を見ては先程のようにヒソヒソと通り過ぎていった。


「そうか、ならいいか―――っと、いたいた」


PXをぐるり見回し、目当てのモノ見つけたように一真を連れ、向かい合うように座り昼食をとっていた二人に向かっていく。


ある程度近づいた所で、色黒の体格のいい男が立ち上がり


「これは白銀少佐、今から昼食ですか?」


敬礼をしながら武に声をかけた。


「バルダート大尉、そんな畏まらなくていいって毎回言ってるじゃないか」


武は苦笑いを浮かべながら、バルダートに敬礼を返した。


「少佐から中隊を任せられている者として、この位はしておかないと部下に示しがつきませんよ」


バルダートと言われた男は手を下ろし、ニッと口の端を持ち上げるようにして笑いながら武に言い返した。


「あら少佐、今日はいらしたんですね。昨日は書類の提出を司令から急かされてランチを食いっぱぐれたそうじゃないですか?」


バルダートに続いて、武達に背を向けて座っていた赤の混じった茶髪の女性がニヤニヤしながら振り返る。


「無事提出できたから晩飯にはありつけたよ。 心配ありがとうな、リーネ」


からかう様な言葉にまたしても武は苦笑いを浮かべ答える。


「べ、別に心配はしていませんよ。 ただいつもお仕事お疲れ様ですね――って、その横にいる方はどなたです?」


リーネが武から一真に視線を移し、一真を指を差しながら武に聞いてくる。


「ブランク中尉、指を差すな、指を」


失礼だろ、とバルダートがリーネを注意する。


「ああ、彼は――っと、その前におばちゃんにメシ頼んでくるからちょっと座って待っててくれ。 さすがに混んできた、今日はちゃんと食いたいしな」


武はリーネを制し、冗談めかした言葉を残してから一真と二人でPXのカウンターへ向かう。


「―――ははっ、随分と元気のいい隊員達だな」


一真のそんな言葉に武は苦笑い浮かべ


「もっと元気のいい人がこのPXにはいるよ」


と、カウンターの向こうの調理場に向かっておばちゃーんと声を上げる。

すると、置くから元気のよくはいはいと返事をしながらこのPXを切盛りする女性、京塚志津江が顔を見せた。


「おや、武じゃないかい! あんた昨日は司令に呼び出されて大変だったそうじゃないか! しっかり仕事して、たくさん飯食べなきゃ駄目だよ!!」


彼女はカウンターの外にまで出てきて張りの良い声を上げながら元気よく笑いながら武の背中を叩く。


「わ、わかってるって! とりあえず鯖味噌定食と・・・一真はどうする?」


「ああ・・・この焼き鮭定食を頼むわ。 あと初めまして・・・?」



「おや武、この子は誰だい? 新入りかい? 今回は日本人だね!」


「ああ、そうだよ、って―――紹介するよ、この元気いっぱいのお方は京塚志津江曹長で、このPXを一人で切盛りしている偉大なお人だ。 それとこいつは今日俺の部隊に配属された―――」


「緋村一真だ。 よろしく頼む」


一真は姿勢を正し、お辞儀をして自己紹介を済ませる。


「あいよ! こっちこそよろしく頼むよ!!」


一真はばんばんと背中を叩かれ京塚のおばちゃんの洗礼を受ける。


「はは、本ッ当に、元気なッ、お方だな・・・ッ」


背中をばんばん叩かれながら一真は京塚志津江に対しての感想を述べた。




京塚のおばちゃんから昼食を貰い、二人はバルダート達の座る場所に戻った。
バルダートとリーネの二人は並ぶように座り直しており、リーネは遅いですよ、少佐と不満げに声を上げた。


「遅くなってごめんな、二人とも」


武は席に座り、自己紹介し易いようにと席を座り直し、気を遣って待っていてくれた二人に申し訳なさそうに両手を合わせて謝罪した。


「それじゃあ、お待ちかねの自己紹介だな。 まず、一真からだな」


「あいよ。―――本日付でこの横浜基所属アルマゲスト大隊に配属された緋村一真大尉だ。二人ともよろしく頼む」


「見ての通り変わった奴だが、良い奴だからな。 はいそれじゃあこっちはバルダート大尉から」


「はい。―――アルマゲスト大隊所属レグルス中隊を任されている、リカルド・バルダート大尉だ。 出身はイタリアだ。 こちらこそよろしく頼むぞ、大尉」


色黒の体格のいい男は、一真に向き直り如何にも軍人らしい毅然とした態度で自己紹介を済ませた。


「それじゃあ続きまして――――アルマゲスト大隊スピカ中隊隊長のリーネ・ブランク中尉です。 出身はドイツ、趣味はお酒。 どうぞよろしくお願いします」


赤の混じった茶髪の女性はひらひらと手を振りながら笑いながら自己紹介を済ました。

武は各々自己紹介が住んだ事を確認し、


「んじゃ、後は飯でも食べながらお互いに質問でもあったら言ってくれ」


と箸を持ちいただきますと手を合わせてから料理に手をつけた。


「はいはーい、ヒムラ大尉は日本人でいいんですよね? もしかしてハーフ?」


リーネが元気よく手を挙げて一真に質問を迫った。


バルダートがまた失礼だろうと注意しようとしたのを一真は制し


「いや、オレは生粋の日本人だよ。 この髪は少し前まで患っていた病気のせいでね、色が抜けちまったんだよ。 ああ、目は自前だぞ?」


「へえー、ってゆうか歳はいくつなんです? 髪のせいでよくわからないんですけど・・・」


バルダートは大きく溜め息をついた、もう注意するのは諦めたようだ。


「今年26になった。 リーネは?」


「私は20歳ですよー。 若いっしょ? ちなみに隣のしかめっ面した大尉は今年33歳になり大隊最年長となっておりまーす!」


「ブランク中尉・・・君って奴は・・・」


リーネの発言に呆れ果てる様に項垂れるバルダートは本格的に疲れているようだった。

「彼女とかいないんですか?」


「ああ、悲しい事にいないんだ」


「・・・・・・」


この様に三人はリーネが質問をし、バルダートが呆れ、一真がそれに答えるというやり取りを続けた。



「もぐもぐ・・・んぐっ。 バルダート大尉からはなんか質問ないのか?」


「いえ、質問はブランク中尉に任せます」


武はご馳走様と手を合わせ、箸を置いた。


「そうか。四月末まで休暇あるんだし、しっかり休んでおいてくれ。 ああ、あと俺今日から中佐になったから。 これからもよろしく頼むよ。」


「「は?」」


武から急に放たれた発言にリーネとバルダートは目を丸くして驚き、二人してがばっと立ち上がる。


「「昇進おめでとうございます! 中佐殿!!」」


二人は武に敬礼しながら祝いの言葉を贈った。


「ありがとう、二人とも。 まあ中佐になっても今まで通り行くからな。 それじゃ俺は雑務もあるし、部屋戻るわ。 二人ともせっかくの休暇なんだから満喫しとけよー」


武は空になった食器をトレイに載せ、立ち上がった。


「はい、それでは」
「頑張って下さいね~」


二人は武に挨拶を告げ、リーネは再び一真に質問を投げかけ、バルダートはそんなリーネにまた深く溜め息をつくのだった。





PXから部屋に戻る前に武は戦術機ハンガーに寄り、整備兵に声をかけ先程一真から預かった強化装備の外部メモリを渡し、そのデータを元に明日搬入される不知火を調整するようにと伝え部屋に戻ってきた。



部屋に戻った武は上着を脱ぎ、ハンガーにかけてそのまま仰向けにベッドに倒れこんだ。


(今日は久々に霞と先生にも会えたし、配属された一真とはうまくやっていけそうだ・・・)


武は目に腕を当てて目を瞑り、親しい者との再会と新たな仲間の加入を喜んだ。



「さてと、今日も訓練頑張るか」


武は勢いよくベッドから跳ね起き、両手で頬を叩いて気合を入れ直し雑務をこなすのではなく、一人、地下に向かった。
途中、更衣室で強化装備に着替え、ある一室の中に入る。



「お待ちしておりました、白銀中佐」


「ああ、今日もよろしく頼む」



部屋には大きな機械が設置されており武はその中に乗り込む。



「今日はレヴェルAで頼む」


「――わかりました」


部屋の中にいた何人かが作業に取り掛かる。
部屋に取り付けられた大きな機械が動き始め、その中心、武が乗り込んだ球状の部分が大きな音を鳴らしながら稼動し始めた。


部屋には武の苦痛に耐えるような唸り声と、機械音だけが響き渡った。





「・・・いちちィ・・・あ~今日もしんどかったなぁ・・・」


首元を擦りながらフラフラと歩く。


武はあれから数時間地下で過ごし、終わってから地上に上がってみれば既に日が暮れており完全に夜になっていた。
PXで夕食を食べ自室に戻ろうと歩いていると向かい側から霞が近づいてきた。



「こんばんは、霞。 今日もお疲れ」


よっと手を振り武は霞に声をかけた。



「こんばんは、白銀さん。 今日もお仕事お疲れ様です」


今ではお馴染みとなった柔らかい明るい笑顔で霞は答えた。



「白銀さん、香月博士がお呼びです。香月博士の執務室にいらして下さい」


「わかった。 ―――霞はこれからどうする?一緒に先生の部屋へ行くのか?」


「いえ、博士が今日はもういいって仰ってくれたので、今日少し疲れましたし部屋に戻って休みます」


霞は首を傾げるようにして照れたようにまだまだ体力が足りませんねと苦笑した。



「今日アラスカから帰ってきて、そのまま先生について仕事手伝ってたもんな。 ゆっくり休めよ。 おやすみ、霞。 ―――またな」


「おやすみなさい、白銀さん。 ―――またね」


お互いに手を振り、霞は自分の部屋に向かい、武は夕呼の執務室に向かった。



「――失礼します」


夕呼の執務室の自動ドアが開き、武は一言言ってから部屋に入る。


「あら白銀、今回は早かったわね」


「昼間の事を言ってるんですか? 先生、案外根に持ってます?」


「別にそんな事いってないでしょ~? それよりはいこれ、あんたの部隊に補充される人員と物資の一覧。 目を通しておいて頂戴」


武は夕呼から数十枚の束ねられた資料を受け取り、そのまま目を通し始める。

だが可笑しな点を一つ見つけた。


「先生、補充要員の中に一真の名前がないんですが。 これは一体どういうことですか?」


補充要員、衛士八名。整備兵四名。衛生兵一名。それと衛士様に搬入される戦術機八機。


渡された書類の何処にも彼について記載されてはいなかった。


「そりゃそうよ~。 本来正式に配置されるのはこの書類に書いてあるものだけ。 緋村は私が無理矢理そこにぶち込んだんだから」


さも愉快げに夕呼は笑う。そして机の引き出しを漁り、さっき渡された書類と同規模の紙の束が武に渡される。


「これが緋村一真の資料。 それと先月に国連と帝国が米国と行った取引の詳細。緋村はそれに深く関係しているのよ――――」


「米国と――――?」


米国と聞いて武は少し眉を顰める。
最近の米国のやり方は強引であり、他国に対して高圧的であり、同じ戦場に立つ際には背中に気を付けなければならないという、緊迫した状態になっていた。
その米国が取引―――?
武は渡された資料に目をやる。


「3月28日―――ブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦の日じゃないですか――!?」


「そうよ、その作戦には米軍も多くの戦力を投入していたしね。 色々とやり易かったのよ」




「夕呼先生、これは・・・」


資料を読み終えた武は事の真偽を確かめるように夕呼に顔を向けた。


「本当の事よ。 米国で起こった事も、その計画で行われた研究の事も、緋村の事も、ね」


読めば読む程に信じられない事がそこには記載されていた――




夕呼との話の後、武は夜風に当たるためと、日課であるランニングのため夜の訓練場に足を運んだ。
空は雲一つない、月は輝き、星は瞬く綺麗な夜空だった。


「ん―――? あれは・・・」


ふと、人影を見かけた。

どうやら先客がいたようだ、と武はしっかりとストレッチをして身体をほぐし始める。


「―――・・・おお、なんだ武くんか。 武くんも自主訓練か?」


先程見かけた人影がこちらに近づいてきた。二人の間に距離は10m程。


「一真か――――」


武は自分に声をかけてきた白髪の男、一真に向き直る。


「そういうお前も自主訓練だろ?」


武は柔軟をしながら答える。


「訓練って程じゃないさ。 昔少しだけ教わっていた型の確認だ」


そう言って一真訓練を再開する。
その手には模擬刀が一振り。
それは構えては空を斬り、そしてまた構えなおすという訓練の様だった。

繰り出される連撃、その冴え渡った太刀筋に武は目を奪われ、そして先程の夕呼との会話を思い出す―――



「バルダートとリーネも愉快な人で、上手くやっていけそう―――だっ」


構え直してから、大きく踏み込み、横薙ぎに模擬刀を振るう。


「そうか・・・」


柔軟をし終え、一真に方に再び向き直る。


「なぁ、一真」


模擬刀を振るうのを止め、一真は武に目をやった。





「俺と―――――――――戦ってくれないか?」









[13811] 第三話 『市街戦』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/07/11 15:43
「なぁ―――――一真」


一真は模擬刀を振るうのを止めて、武に目をやる。額は少し汗ばんでいた。


「・・・・なんだ?」


「俺と―――――――戦ってくれないか?」



春の冷たい夜風が二人の頬を撫ぜた。




「おいおい、どうした? そんないきなり」


一真は言葉の意味が解らないと、どこか惚けた様に武に目をやった。


「お前の資料、見させてもらった」


少しだけ、二人の周りの空気が変わる。


「・・・・・・・・・・」


昼間見せていた笑顔は消え失せ、ただ無表情に一真は押し黙っている。


「―――凄い能力値だった。 幾つか抜かれているものもあって―――――正直、驚いた」


「あれは、卑怯だろ? ―――そんな事言われても嬉しくもないな」


武の言葉に間髪入れずに一真は吐き捨てるように言う。


「だとしても、それはお前の実力だ。 俺はお前と戦ってみたい―――って、なんか速瀬中尉みたいだな、俺」


武は一真には初めて見せる真面目な表情で話していたが、最後の方は一転して苦笑いを浮かべながら頭を掻く。


「―――ハッ。 何だよ、それ?」


そんな武を見て、一真は笑う。

武もそんな自分が可笑しいのか、一真に呼応したのかは判らないが、笑みを浮かべた。


「何にしてもさ、俺の為に俺と戦ってくれ。 お前の剣に宿った信念を見せてくれ―――」


――――武は模擬刀を両手で構える。

表情は真剣そのものだった。



「まったく・・・強引だねぇ。 信念なんて上等なモン持ち合わせちゃいないが。 オーライ、やってやろうじゃないの――――」


一真は不適に笑い武に応え、彼は模擬刀を方に担ぐような形で構えを取り構えた。


「こいよ―――――本気でやってやる」


赤い双眸が爛々と光る。



「―――――ああ、行くぞ――!!」


武は大きく踏み込み、間合いを詰めると上段から縦に模擬刀を振り下ろす。
それを一真が構えた状態で横に避け、武目掛け勢いよく模擬刀を振り下ろすと、武は模擬刀の刃を返し一真の攻撃を受け止めた。


「――――ちっ、今のを受け止めるとはな!」


「俺も、初撃で決めるつもりだったのによ―――!」


武はその状態から蹴りを繰り出す。一真はそれを後ろに跳び退け避け、着地すると即座に間合いを詰め、武に肉薄する。

お互いに一歩も引かずに攻撃を繰り出し、高速で切り結ぶ。

離れてはまたぶつかり合い、また攻撃をぶつけ合う。

武の横薙ぎに払われた斬撃を一真は擦れ擦れで受け止め、お互い更に踏み込み、二人は鍔迫り合いになる。


「まさか―――ここまでやるなんてな。 若手衛士No.1は伊達じゃねえって事か―――ッ!!」


「そんな事―――関係ッ―――ないッ!!」


武は力で一真を突き放す。


武も後退して間合いを取り、体勢を整えた。

「それに、お前はその俺に―――互角だろう? まったく凄ぇ凄ぇ、昔の俺だったらもう終わってたぜ」


模擬刀を握り直しながら武は笑う。


「いやいや、それはこっちも同じだ。 剣術はこちらに分があるが―――、そちらの奇抜な動きには度肝を抜かれる。 ―――本当、大したヤツだ」


一真は担いだ模擬刀で肩を数回叩きながら、武を誉めた。



「ありがとう、それじゃあ終いにしよう―――」



「ああ、そうするとしようか」


二人は構え直し、最後の一撃に備え、そして―――――



「―――――シッ!!」



「おおおおおおっ!!」


渾身の力で模擬刀を振るう。


二人の距離はほぼゼロ

勝負の結果は―――――


一真の刃は武の胸にその切っ先を突きつけた状態で止まっており


武の刃は一真の首を捉え、首筋擦れ擦れで止まっていた。




「――――引き分け―――だな」


「―――ああ。 ・・・くそう、勝つつもりだったのにな」


武は模擬刀を下ろすと、残念そうに呟いた。一真も肺に溜まった熱い息を吐き出すように深呼吸をした。





「―――ふう。 それにしても武くん、お前剣術は素人じゃないだろう? 誰かに師事してもらったのか?」


腕で汗を拭いながら一真は不満そうにしている武に尋ねた。


先程までの武の剣捌きは軍人とは明らかに異なったものであり、それはまさに日本の武人のものだった。


「ああ、五年前から帝国の紅蓮大将に、時々な・・・」


「へぇ。 あの紅蓮大将に・・・」


桜花作戦の後、武は冥夜の事を悠陽に伝える為に帝都に訪れた。その際に紅蓮と出会った。
武はあれからひたすらに強くなるため努力をした。武はかつての仲間の長所を思い出し、それを模倣したりもした。
だが、それは所詮模倣であり限界があった。故に武は冥夜の剣の師――――紅蓮醍三郎に剣の師事を頼んだのだった。


「俺はたくさんの人に、たくさんの事を教えてもらい、救われてきた・・・。 だから、その人たちの為にも簡単には死ねないんだよ」


彼女達にもらったこの命、BETAには渡さない。生きている限りを世界のために、自分が護れるだけの命を全て護るために。



「だから、強くなりたかった―――――」



「――――そうかい。 それがお前の戦う理由なんだな。 立派なモンだ―――」


武の話を聞くと、一真は身を翻し武に背を向けた。



「オレの資料見たんなら知ってると思うが。 オレは『全てを失った』人間なんでね、さっきも言ったが、戦う理由とか信念とか、そんな上等なモンは持ち合わしちゃいない」


背を向けたまま、一真はこれまでの声に比べてトーンを低くして話し始めた。


「じゃあ、何でお前は戦うんだ?」


「―――オレにはもう、戦うことしかできない。 だから戦う。 ――――ただ、それだけだ」


そう告げると一真はそのまま兵舎の方へ歩いていってしまった。





そんな一真を見送り、武は盛大に溜め息を着いた。ふと、両手を見てみると、両手が震えていた。


「――――へっ、あの嘘吐きめ。 まだ痺れてるじゃないか」


痺れる両手を見ながら武は呟く。


一真の剣戟はとても重かった――――それは彼の言う様な信念を持たない人間には放てないモノだ。


彼が行っていた訓練の時も、この勝負の時も彼の太刀筋はとても澄んでおり、剣を受けた時には身体の奥にまで届く、重い『信念』のこもった一撃。武はあれほどのモノを見た事がなかった。


あんな事を言っていたが、彼は間違いなくしっかりとした戦う理由、想い―――信念があると、武はこの勝負で確信した。


「安心したよ、一真―――。 お前は戦う事しか出来ない人間なんかじゃなかった」


武は満足そうに数回頷くと、自分も兵舎に向かい歩き始めた。













4月12日

一真は国連軍の黒い強化装備を着て、シミュレータデッキに来ていた。
朝に武から、


「今日はシミュレータで勝負だ!飯食ったらシミュレータデッキに集合な!」
と、呼び出しをくらい、昨日の事もあり断ろうとも思ったが、上官命令との事なのでしぶしぶ承諾し、言われた通りシミュレータに足を運んだ。


「お、もう来てたのか」


待つこと数分。同じく強化装備姿の武が姿を現した。


「なあ、武くん? これは昨日の続きと受け取っていいのかな?」


一真は朝聞きそびれた、一番聞きたかった事を苦笑いを浮かべながら武に尋ねた。


「正直それもある! だけどそれだけじゃないぞ? お前、まだそんなに不知火に乗ってないだろ? 部隊が活動再開したら――――足を引っ張るって事はまずないだろうが、それでも乗れるだけ乗った方がいいからな」


武のそんな言葉に一真はなるほどと一応は納得した様に頷いた。


「それじゃあ、さっそく始めるぞ」


武はシミュレータの横に立ち、一真にシミュレータに乗るよう促した。

一真はシミュレータに乗り込みシステムを立ち上げる。


「フィールドは第二演習場―――廃壊した市街地だ。戦術機は二機ともType-94不知火・突撃前衛装備だ」


「オーライ、いつでもいいぜ」


武からの通信の後、一真の網膜に廃壊したビル群の映像が投影される。


その前方200m程のところに、武の操る不知火も映っていた。


「カウントはシミュレータに任せる、それじゃあ――――カウントダウン開始」


強化装備のヘッドセットからシミュレータのカウントダウンが流れる。


「――――演習を開始して下さい」


機械音声が簡潔に開始の合図を告げる。


合図を聞いて二機の不知火は同時に動き出す。




ここは市街地。
装備された突撃砲などで相手を牽制し、物陰に隠れ相手の様子を窺い、隙を突く。―――それがセオリーであり、一真も当然の様にそうしようとし、武もそう仕掛けてくるだろうと彼は考えていた。

だが――――


「―――――なっ!?」


武機に向かい突撃砲を構えようとした彼の目にはこちら目掛け水平噴射跳躍し接近する武機が映っていた――――


「昨日の事もあるからな! 綺麗に纏まった戦いをする気なんて―――――更々無えッ!!」


「チィッ―――――――――!!」


一真は舌打ちをし、物凄い速度で突っ込んでくる武の不知火目掛け突撃砲を放つ――――が、武は跳躍ユニットを巧みに操作し、一真が放った36mm弾を見事に避け切る。

「―――――!!」


一真は武のその凄まじい軌道を目の当たりにし、息を呑んだ。
だが、その赤い瞳はしっかりと武の不知火を捉え、その軌道を分析していた。


「貰ったあッ――――!」


武は背部に固定された長刀を素早く引き抜き一真目掛け水平噴射跳躍の勢いを乗せた一撃をお見舞いした。

一真機は神速とも言える速度で突撃砲から短刀に換装し、左腕に構えた短刀で武機の一撃を防いだ。


「ぐううぅうッ!!」


だが、水平噴射跳躍の運動エネルギーを乗せた長刀の一撃に耐えられず、一真の乗った不知火は後ろに吹き飛ばされた。


「―――――!? そうか! 跳躍ユニットの逆噴射で勢いを殺したのか!!」


武は短刀に換装される事も見越し、短刀諸共一真機を両断するつもりで長刀を振り下ろしたのだが、その一撃は相手を切り裂くことなく吹き飛ばされただけだった。
その刹那、武は相手が行った操作を読み取った。

吹き飛ばされた一真機はビルに背中から衝突する寸前で体勢を立て直し、背後に迫ったビルの壁を蹴り、上空に舞った。


「すげえな! 一真!! でも――――まだまだァア!!」


武機は即座に長刀から突撃砲に換装し、一真に向けて36mm弾を放った。


「――――!? 休む間もなしかよ――――!!」


一真は迫った弾丸を半身を反らすことで攻撃を回避し、そのまま戦闘機が滑降するかのように武機に向かって突撃しながら一真機は長刀を背部から引き抜き右腕に装備した。


「そう簡単に勝ちはやらねえよッ!!」


「上等だぁあ!!」


一真の咆哮に武も長刀を構えながら応える。

突撃してくる一真機に武機も突撃し、互いの長刀がぶつかり合い、激突部分の金属皮膜とカーボン・ナノ構造体が圧壊した事により強烈な火花が散った。


「―――! そこだ!!」


一真は先程から左手に装備したままだった短刀を逆手に持ち、武機の動力部を狙う。


「―――!? させるか!!」


武は右手を長刀から離し、迫る刃を一真機の左腕を掴み、受け止めた。


「なかなか勝たせてくれないな!? 武くん!!」


「そっちこそ――――っぐうぅ!?」


武機は一真機から繰り出された蹴りにより、引き剥がされる。

武機はその勢いに乗って跳躍ユニットを使い後退し、間合いを取った。


「逃がすかッ!!」


「逃げねえよ!!」


後退し、間合いを取ろうとした武機に一真機は水平噴射跳躍し追い討ちをかけようとする。

武機は牽制のために突撃砲を放つ。


だが、一真機は先程武機がそうした様に、跳躍ユニットを使い縦横無尽に軌道を変えて回避した。


「何――――!!?」


武は目の前で起こったことが信じられないという様に声を上げた。

そして、昨晩の夕呼に貰った資料を思い出す。


「俺の軌道を盗んだな―――!? 一真ァ!!」


武はそう確信し、狙いに集中して照準を一真機に合わせる。


「終わりだ――――!!」


迫る弾丸の嵐を掻い潜り、一真機は長刀を振り下ろす。


「――――甘い!!」


武は長刀が振り下ろされる直前、武機は噴射跳躍し、空中で倒立反転して見せた。


「――――――――!?」


その、見事な失速域軌道を一真は目の当たりにし、またしても息を呑んだ―――。
同じXM3搭載の戦術機の軌道を見てきたが、これ程の動きを見たのは初めてだった。


警報がコクピット内に鳴り響く。


一真のその赤い瞳には、空中でこちらに突撃砲を構える武機が映っていた―――――――――







「あれー? バルダート大尉、シミュレータデッキに何か用でもあるんですか?」


シミュレータデッキの扉の前に立つバルダートにリーネは陽気に声をかけた。


「ああ、ブランク中尉か。 白銀中佐と緋村大尉がシミュレータで対戦するという話を京塚曹長から聞いたのでな」


バルダートは声をかけてきたリーネに向き直り、理由を話す。

「あー、それ私も聞きましたけど、どうせシロガネ中佐の圧勝でしょう? シロガネ中佐の本気の軌道に着いて来られる衛士なんて世界でもそうはいないでしょうし」


リーネは勝敗を判りきっているという様に、興味無さ気に手をプラプラと振りながら答えた。

それはバルダートとしても同感だった。彼―――白銀中佐は若いながらその実力は若手衛士No.1と謳われており、バルダートも対戦したことがあったが見事に圧倒された。
故にバルダートは十も離れた年下の佐官に本当に敬意を払っているのだった。


「うむ、それには概ね同感だがな。 彼や他の補充員が入れば五月には再編だと中佐が言っていただろう? もしかしたら、彼は私や君の中隊に配属される事もあるのだ。今から実力を測っておく事に損はあるまい? シロガネ中佐もそういう目的もあって今日こうやっているのだろうしな」


バルダートはうんうんと頷きながら感心した後、私も誘ってくれればいいものをと少しだけ愚痴の様に漏らした。


「・・・・バルダート大尉って・・・・ホモセクシャルでしたっけ・・・・?」


リーネは数歩後ずさり真顔でドン引きしていた。


「ブランク中尉、本当に君という奴は失礼な女性だな・・・」


バルダートは内に湧く怒りを必死に抑えながら平静を装った。


「まあまあ、こんな所に突っ立って話してないでさっさと中に入って観戦でもしましょうよ!」


バルダートの内に秘めた怒りを感じ取ったのか、リーネは焦った様にバルダートの背中を押し、シミュレータデッキに入った。


「ブランク中尉、君は興味がなかったのではないのかね?」


「――――え!?嫌だなあ、大尉。 確かに勝敗には興味ないですけど、シロガネ中佐とヒムラ大尉には興味ありますから~」


そうかとバルダートは顎に手を当てながらどうでもいい事の様に言い、納得してはいるようだった。
ホッとリーネは安堵の溜め息を漏らした。

二人はシミュレータデッキにあるモニターを点け、シミュレータを観戦し始める。


「あー、市街戦ですね、これ」


「そうだな―――おっ、これは緋村大尉の不知火か。 勝負を仕掛けたな」


水平噴射跳躍をしながら弾丸を掻い潜り武機に肉薄する一真機がそこには映っていた。


「―――速いな。 それに見事な機体制御だ――――」


「いや、駄目ですよ。 多分この後―――ホラ!」


リーネはその目を細めて、戦況を分析し瞬時に次の武機の行動を予測する。
次の瞬間その予測は見事に的中した。


武機は噴射跳躍の後、失速域軌道を用い倒立反転をし、空中で一真機に突撃砲の照準を合わせていた。



「流石、中佐―――――なっ!?」
「え―――――――!?」


一真機の大破を確信していた二人は今起こったことを理解できないと、驚愕の声を漏らした。




突撃砲が火を噴く前に、一真機は武機めがけ噴射跳躍をし、武機が構えていた突撃砲を破壊した―――――



















[13811] 第四話 『彼の能力』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/07/11 15:44
「な、何だと―――!?」


武は一真機に破壊された突撃砲を破棄し、素早く短刀をナイフシースから取り出し武機の突撃砲を破壊した一真機の長刀の切先に装備した短刀を合わせた。
そして一真機の長刀向きをずらすようにし、その勢いに乗って一真機に迫る。

先程、武機は一真機が長刀を振り下ろす寸前で噴射跳躍し、失速域軌道を使い倒立反転しちょうど一真機の真上で逆さまになった状態で突撃砲を構え、照星(レティクル)は完全に一真機を捉えていた――――筈だった。

予想外の行動を取られ完全に不意を突かれたであろう一真機は、長刀を振り下ろした前傾姿勢の状態で武機に向かって噴射跳躍し、身体を捻り回転しながら武機の突撃砲を切り裂き、破壊した。

武が注目したのは、自分とは異なる三次元移動――機体制御能力ではなく、完全に不意を突いた武の行動に反応し反撃してきた事。その驚異的な反射神経に武は戦慄した。

武機の突撃砲を破壊した一真機はその勢いに乗って回転しながらもう一度武機に長刀を振るう。武機は一真機の長刀に短刀を合わせ、そのまま滑り込ませるようにして攻撃の防御と反撃を同時にやってのける。


「まだまだァ―――!!!」


一真機は武機によってずらされた剣筋を跳躍ユニットを使い修正し更に勢いを付け、長刀沿う様に接近する武機を弾き返そうと試みる―――

だが武機は交差していた短刀を捻るようにして長刀をいなしながら、噴射ユニットを使い一真機の上に逆立ちするような形で回避し―――そして、


「喰らえ―――!!!」

「―――――――!!」


長刀をいなされ何もない所を振り抜いてしまった一真機の左主腕部に武機は短刀を突き立てた。


シミュレータのオペレータから一真機の左主腕部大破との被害状況がヘッドセットから耳に届いた。


「―――!! チィイっ!」

大破した右腕が一真の目に投影された。

長刀を持っていた左腕の大破により、一真機は長刀を落としてしまう。


武は次撃を与えるために一真機の左主腕部から短刀を引き抜く。すると一真機の高度がそのまま下がっていき、地面に向かって落ちてゆく。

武機は止めを刺すために落下する一真機に追い討ちをかけようとするが、いつのまにか一真機は健在である右手に突撃砲を構え、こちらを狙っていた。


「――!?」


武はその映像を捉えるとほぼ同時に空中で水平噴射跳躍を行い回避運動をとる。
だが一真機も水平噴射跳躍をし、地面と背中合わせのような形のまま突撃砲を撃ちながら武機を追跡する。

放たれた弾丸の幾つかが武機に掠り、火花を散らした。

武は十分な回避行動を取れていなかったことに舌打ちをしながら更に機体を加速させ、ビルの向こう側に退避した。


「ふぅ―――。 なんとか退けたが、左腕を持っていかれたか。 まったく―――本当にやるね、武くん」

機体をビルの陰に隠しながら、損害をチェックする。
左主腕大破、行動に支障なし。だが、予想外に推進剤が消耗してしまい、長刀も落としてしまった。
残った武装は、短刀二本、突撃砲が一門。


「さあ、仕切り直しだ―――――。 さて、どうしたもんかね」


コクピットの中で一真はやれやれと次の行動を考え始めた。





対する武は一真機が身を潜めた所から100m程離れたビルに隠れていた。


「まったく、予想外続きだな・・・ホント」


武は溜息混じりに毒づく。
突撃砲を破壊された事、回避した武をあんな形で追撃した事、どちらも武にとって予想外だった。それに初撃の斬撃と不意を突いた射撃で仕留めるつもりだった武にはその驚きは大きかった。


「まさに『超反応』ってヤツだな。 それに―――あの『ラーニング』も厄介だ」


一真は武が見せた軌道を、一度見ただけでモノにしてしまっていた。『超反応』と『ラーニング』、どちらも彼の持つ才能だ。武は夕呼に渡された資料を思い返しながら一真の能力を思い返し冷静に分析する。あの『超反応』には不意打ちの効果は薄い、それに下手に武特有の三次元軌道を見せてしまえば相手に『ラーニング』されてしまう。彼は武の部下だ。強い事は喜ばしいし、更に強くなってもらう事も武にとってはプラスに働く。だが今は真剣勝負。手加減は一切無用―――


「ははは、本当に速瀬中尉に似ちまったな、オレ」


武は自分の考え方がかつての上官に近くなっている事を改めて自覚し、そんな自分が可笑しくてつい笑ってしまった。仕方がないのだ、武はこの五年強くなる事を求めて生きてきた。その結果、このような思考を持つようになってしまったのだった。


「いいぜ、一真。 ―――久々に、燃えてきた」


コクピットの中で武は不適に笑う。その表情は普段の武のものではなく、それは大隊を率いる、幾多の戦線を潜り抜けた『英雄』のものだった。





「―――きた!」


振動センサーが大きな波形を刻み、音感センサーも相手の戦術機の主機の音を捉えていた。
相手はビルの間を道なりに接近してきている。武機の突撃砲は先程自分が破壊したのだ、相手は接近戦を仕掛けるしかない。

センサー類が波形を刻むのを止め、そこから割り出された相手のいる座標が一真の目に映し出される。


(――――あのビルの陰か)


一真機が身を潜めたビルの向こう、二つの道路が交わりT字路となっているところ、左側の側のビルの陰に武機はいるとセンサーは語っていた。


(さて――――どう出る? それとも先に仕掛けてみるか?)


そう思案していると、突然武機が陰から飛び出し、こちらに向かって突っ込んできた。


「――――! 正面から来た!?」


武が仕掛けてきたのは正面からの真っ向勝負。だが、それにこちらも乗る事はない。一真は残った右腕に突撃砲でビルの陰に半身を隠しながら打ちまくる。

武は最初のときのように縦横無尽に軌道を変え、それを回避する。



「それはもう『覚えた』――――!!」


その軌道を『ラーニング』した一真には通用しない筈だった。


「―――――な!?」


武の軌道が変わる。先程とは違う三次元軌道を武は取り始める。
何より伝わってくる気迫がまるで違っていた。

一真機の弾丸を掻い潜り武機が迫る。


武機は短刀を弾丸の様な速さで一真機目掛け、投擲した。


「――――――クソ!!」


一真機はそれを避けながらも突撃砲を放ち続ける。

だが、当たらない。武機はそれを擦れ擦れで交わしながら接近を続ける。


武機は長刀と短刀を構え、長刀を一真機に振り下ろす。
その一撃を一真機は避け、武機の後ろを捉える。

武機を照星に収め、突撃砲の引き金が引かれる寸前、
武機は隣接したビルの壁に短刀を突き刺しそれを軸に軽業師のようにくるりと舞い上がり、逆に一真機の後ろをとって見せた――――

一真機は振り向き様に、突撃砲を構える。

だが武機は既に懐に潜り込んでおり、右腕は短刀によって切り落とされてしまう。その勢いのまま武機は一真機に体当たりを仕掛け、それによって一真機は吹き飛ばされ、地上に倒れ付す。


「―――――ぐ、―――――つぅ――――」


目の前には仰向けに倒れた一真の不知火に、長刀を向ける武の不知火の姿があった。


「俺の――――勝ちだ」


「ああ、オレの負けだな」


「―――緋村機、右主腕部大破。 戦闘続行不能とみなし状況を終了します」


シミュレータが機械音声で演習終了を宣言した。









シミュレータが状況終了を告げた後、二人はシミュレータから出た。すると、そこには呆然と二人を見つめるバルダートとリーネが棒の様に突っ立っていた。


「あれ? 二人ともどうしたんだ? こんな所で突っ立って」


そんな二人の様子を見て武はキョトンとした表情で声をかけた。すると二人はビクンと身体を震わせて正気に戻ったように返事をするのであった。


「白銀中佐・・・今の演習は一体・・・?」


武と一真の戦闘を見ていた二人はその驚異的な光景に目を見張り、短い時間であったが完全に圧倒されていた。


「ああ、一真はまだ140時間程しか不知火には登場していないからな。 明日には不知火も搬入されるし少しでも慣れさせようと思ってな―――」


「いやいや! そういう事じゃないですよ!!」


バルダートの質問を勘違いした武は演習を行った理由を簡単に説明すると、リーネがあたふたと武の言葉を遮り否定した。


「あ、えと、シロガネ中佐の相手をしていたのはヒムラ大尉なんですよね?」


リーネは続け様にシミュレータから出てきた強化服姿の一真を指差しながら武にオドオドと問いかけた。


「ああ―――、武くんの相手をしていたのはオレだけど。 それがどうかしたかい?」


リーネの質問に武の後ろにいた一真が一歩前に出て質問に答えた。


「―――――。」


リーネとバルダートは息を呑み、そして、


「「緋村大尉は何者なんですか―――?」」


二人は一番の疑問を武に問いかけた。

武と一真の戦闘は、BETAと戦闘経験が何度とある二人から見ても驚異的なものだった。武の実力はグラウディオス連隊が結成された半年前、アルマゲスト大隊のハイヴ突入訓練のから見せ付けられているが、ついさっき二人が見た一真の実力は武のそれに迫るものがあり、二人は半年前に武の操る不知火を初めて見た時と同じ疑問を一真に抱いた。


「白銀中佐、緋村大尉の先程の動きは一体―――――」


「ああ、こいつはちょっと特別なんでな。 まあ・・・簡単に言うと戦術機特性が並外れてるって事だな。 それで香月副司令がグラウディオス連隊指揮官に推薦して、結果俺達のアルマゲストに配属されたわけだ」


武の言った事は嘘ではない。夕呼は一真をこの横浜基地に連れてくる際にはしっかりとした手続きを執った。ただ、武は夕呼がどのような手口を使ったのか、どんな内容で推薦をしたのかに一抹の不安を覚えたのだが・・・。


「へぇー。 それは凄いですね。 私達、ヒムラ大尉がシロガネ中佐の突撃砲を掻い潜りながら接近してる所から観戦してたんですけどね。 あの後の二人の動き、二機とも素晴らしかったです!!」


リーネは目をきらきらさせながら武にずいっと迫りながら先程の大戦を見ての感想を述べた。


「私もです、中佐。 二人の動きは大変素晴らしいものでありました。 二人とも頼もしい限りです」


ダルダートは一歩前に出てピンと背筋を伸ばしながら、新たな加入した仲間を頼もしそうに目をやった後、武に嬉しそうに言った。


「おいおい、二人とも。 武くんはともかくオレの事は褒めすぎだろう? オレは武くんに十分と持たずに敗北したんだからさ」


一真は困ったように苦笑いを浮かべながら二人の称賛の言葉に待ったをかけた。


「謙遜するなよ、一真。 お前は不知火にそんなに慣れてないんだし、もっと慣れたら勝負はわからなくなってたさ」


そんな一真を武は笑って制した。そしてニッコリと笑いながら一真の方にポンッと手を置き、


「それじゃあ次はハイヴ突入訓練な」


「え゛?」


満面の笑みで一真の肩を掴み言った。


「何事もまず経験だ! さあ、やるぞー」


「はぁ・・・・。 オーライ、とことん付き合ってやるよ」


そんな二人を、リーネはご愁傷様と手を合わせながら苦笑いを浮かべながら見送り、バルダートは何か言いたそうな物寂びそうな表情で見送った。






一真とのシミュレータ訓練は昼間で続き、その後別れを告げ自室に戻った武は、机に向かい提出する書類と格闘していた。
明日搬入される不知火の調整に関する書類を手に取る。その書類と一緒に先程のシミュレータで取れた一真のデータを添付し、封筒にしまった。

武は一息つき、座ったまま背を伸ばし大きな欠伸をした。



―――――――コンコン
誰かが部屋の前に立つ気配がし、ノックがされた。


「白銀中佐、いらっしゃいますか?」


扉の向こうから声がした。声からするとピアティフ中尉が尋ねてきたようだ。


「はい、いますよ。 ちょっと待って下さい――――」


武が扉を開くとそこには想像した通り、ピアティフ中尉が凛とした表情でそこにいた。


「中佐、香月博士がお呼びですので博士の執務室にいらしてください」


「わかりました。 すぐ向かいます」


武は一度扉を閉め、ハンガーにかけてあった軍用ジャケットを羽織ってから外に出た。
すると扉の前にはまだピアティフが立っていた。


「あれ?ピアティフ中尉、まだ何か用が?」


「いえ、博士からは中佐をお連れするよう言われていますので」


「なるほど。 それじゃあ行きますか」


武はピアティフの言葉に頷いた後、夕呼の私室に向かうために足を向けた。

武は二人きりで黙って歩くのは何と無く気まずいと感じたので何か話しながら行こうかと考えていた。
何しろ、この五年の間彼女と話す事はあまりなかったのだ。あったとしても大抵事務的な内容だった為、話をした―――という感覚が希薄だった。
どうやって話しかけるかと考えていると、ピアティフがこちらに顔を向け、声をかけてきた。


「白銀中佐、遅ればせながら昇進おめでとうございます」


「え―――? ああ、ありがとうございます」


突然の祝いの言葉に武は少し驚きながら感謝の言葉を返す。


「ああ、そういえば昇進してから中尉に会うのはこれが初めてでしたね」


「はい―――と言っても昇進されたのは昨日の事ですから、そこまで時間は経っていませんでしたね」


「そうでしたね。 中尉の方は最近どうですか?」


「最近―――ですか? そうですね、香月博士は社さんと研究などで忙しいので代わりに私が捌ける範囲の仕事を片付けたり、博士に見ていただく資料などの整理などで結構忙しいですね。 何分、数が多いので。たまに社さんも手伝ってくれますよ――――」


よかった―――彼女は彼女で元気に頑張っているようだ。



「――――失礼します。 香月博士、白銀中佐をお連れしました」


「―――ええ、そうよ。 できるだけ早くして頂戴。 まずはアレが載らないと始まらないんだから。 ええ、任せたわ、それじゃ」


夕呼は誰かと電話で話していたようで、ちょうど会話を終えた所の様だった。

夕呼の傍らには霞が控えていた。


「ピアティフ、ご苦労だったわね。 下がっていいわよ」


「はい、博士。 それではまた」


ピアティフは夕呼から与えられた命令を終え退室した。


「さて―――白銀、あんたさっそく試したんでしょ? どうだった?」


椅子に寄りかかりながら武に視線を向け、夕呼はニヤニヤした顔で尋ねた。
勿論、聞いてきた内容は昨晩の模擬刀近接戦闘と午前中に行った一真とのシュミレータの内容の事だ。


「はっきり言って予想以上でした。 今日やったハイヴ突入訓練では見事に俺に着いてこれていましたよ。 彼は、先生の期待を裏切らない仕事をしてくれると思います」


武は一真との対戦、ハイヴ突入訓練の感想を述べる。


「そう、それはよかったわ。 勿論、彼の能力も確認できたでしょう?」


武は今日の演習と夕呼から貰った資料を思い浮かべる。『超反応』『ラーニング』『プロジェクト・メサイア』


「はい。 凄まじい程ですね。 まさか一見しただけで習得されるとは思いませんでしたよ」


武がこの世界で培った戦術機の操縦技術を彼は一度見ただけでそれを学び取った。


そもそもXM3の概念は武がいた世界からこの世界に持ち込まれたものだ。故に武以外にその概念を完全には理解する事は出来ない。この世界の人間にとって、武という見本がなければ、武がXM3の有用性が証明できなければ、XM3搭載戦術機というモノは、ただの動かし辛いモノでしかない。だからこの世界の人間は武の動きを模倣し、そこから外の世界から持ち込まれた概念を理解するしかないのだ。つまり、ことXM3搭載戦術機の機動においてはこの世界の人間は武の後手に回るしかない。これが、武が他の衛士と一線を画す理由である。勿論、武がこの世界で身につけた技術や知識もそれに上乗せさせる事で更にその差は開く。



だが、緋村一真という人物は、その差を限りなく縮めてしまう事が出来るのだ。



「そう・・・。 まったく米国も大変なモノを作ってくれたわねぇ。 ―――プロジェクト・メサイア、救世主創造計画なんてよく言ったものだわ」


夕呼はニヤリとした表情を崩さずに飽きれた様に言い放つ。
そして昨晩武に渡した資料の中の一部を夕呼はもう一度説明する。


プロジェクト・メサイア―――1996年に米国ダグラス基地でスタートしたこの計画。計画内容はロスアラモス研究所と平行してのG元素の研究、それに伴った兵器開発。そして、人間を被検体とした人体強化措置の開発である。G元素を利用した兵器は先にロスアラモス研究所がG弾を開発した為に計画を断念。方針を変えてG元素を用いた次世代型主機の開発を目的とし、それ自体は何とか完成まで扱ぎつけたものの、ある理由により瓦解した。そして人体強化措置、文字通り人間の身体を強化する事によって最高の衛士を作り上げようとしたものである。内容は非人道的なものであり、被検体は米国軍人や、世界各国の軍人を収集しこれに利用した。遺伝子操作や試験管ベイビーによる0から改修を行う事も考えられたが、それはソビエトがその実権を持っており米国にはその技術が足らなかったために断念され、仕方なく既存の肉体にそれは施される事になる。戦術機の操縦に使われる筋肉を人為的に断裂、修復させる事による強化。薬物による内蔵機能の強化。脳への知識の刷り込み。薬物と脳への物理的な干渉による、反射神経の強化、思考力の向上。これ以外にも様々な実験が行われ、被検体の多くは死亡、よくて昏睡状態に陥った。


「―――かなり無茶な事をしたみたいよ。 私も姉が医者だから、それなりに医学知識もあるけど。 これは明らかに無謀な実験よ。 モトコの奴が聞いたらきっと激昂して怒鳴り散らすわね」


夕呼は愉快げに笑った。しかし彼女も内心穏やかではない。このような暴挙の何処にこの世界を救おうという、人類の危機を退けようという考えがあるのか。あるのはBETAとの戦争が終わった、あるかどうかもわからなくなってしまった未来の世界での利権を見据えた考えのみである。オルタネイティヴ計画の事といい、米国には夕呼はムカつかせてもらってばっかりだ。夕呼は心の中で大きく溜め息をついた。


霞も表情に陰が落ちていた。自分の出自を昔ほど気にしているわけでもないが、それでも堪える内容だった。


「まあこんな人体強化措置なんて無茶な事して、昏睡状態の人間も意識を取り戻すなんて事有り得ない、筈―――だったんだけどね・・・。 実際にいるんだから信じる外ないわよね」


「それが、一真なんですよね――――」


そう、緋村一真、彼はプロジェクト・メサイアの多くの被検体の中でただ一人昏睡状態から回復した、人体強化措置を施された唯一の成功体。それが緋村一真の一つの正体。


「元々身体が異常に頑丈だったか、人体強化措置との相性が良かったのかは分からないけどねぇ~。 でもその結果、彼は思考拡大と反射神経の強化によって『超反応』と『ラーニング』という能力が備わった。 後者は先天的なモノが強いと思うけどね」


この事を聞いたとき夕呼自身驚きを隠せなかった。この計画の内容は少しだけ耳に入っていたが成功するわけがないと考え、後々、計画内容の露見を盾に米国との有利な交渉をする為の材料程度にしか考えていなかった。まあ後半は予想外の出来事で叶ったわけなのだが。


「どう? 彼が羨ましい?」


夕呼は意地の悪い悪戯の様に武に問いかける。


「まさか、俺はこの身一つ使いこなすのでいっぱいいっぱいですからね」


武は夕呼の問いに肩をすくめながら答えた。


「白銀が直々に相手をして、その実力と能力を測ったんだから信用するわよ。 彼の存在はかなり有益だわ」


夕呼は顎に手を沿え、何かを思案するような仕草をする。


夕呼が考察に耽り始めた気配を感じ、霞が一歩と近づいて声をかける。


「あの、香月博士。 白銀さんからの報告を聞く以外にも、私たちからも報告する事がありますよね?」


霞から声をかけられたことにより夕呼の意識は自身の思考の海から現実に浮上した。


「そうそう、あんたに頼まれていたアレ。 00Unit-Ghostも完成したし近々ロールアウトするわよ。 配置は帝国の新型の配置に合わせるけどね」



「わかりました。 それも踏まえて今後の部隊活動を計画します」



「あんたに言う事は以上。 あんたから聞きたい事は?」


「いえ、ありません」


「そう。 じゃあさっさと部屋に帰って寝ちゃいなさい。 社も今日はもうあがっていいわ」



「はい、博士。 おやすみなさい」



「失礼しました」



二人して夕呼の執務室から出る。




夕呼は二人に視線だけ送り、二人とも出て行った後、疲れたように肩の力を抜き大きく溜め息をついた。


「五年経っても相変わらずね、あいつは」


一人だけの部屋で夕呼はポツリと呟いた。







そして、日付は五月に入り、


武の部隊、アルマゲスト大隊の活動が再開される――――――











[13811] 第五話 『アルマゲスト』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/07/11 15:44
2007年5月1日 横浜基地

極東国連軍 第251連隊 グラウディオス連隊所属 アルマゲスト大隊。
2006年10月に極東国連軍がハイヴ突入を目的とし、大隊指揮官には過去四つのハイヴ攻略作戦において戦果を挙げた(当時)白銀少佐を迎え、新設されたハイヴ制圧専門部隊である。初陣のH・12攻略作戦では後方支援をグラウディオス連隊所属プトレマイオス大隊と同連隊所属のトレミー大隊が担当し、アルマゲスト大隊はハイヴ突入を担当。大隊を構成するアンタレス中隊、カマリ中隊、スピカ中隊、レグルス中隊の四中隊の内、アンタレス中隊とカマリ中隊がハイヴ最深部まで到達を担当し、スピカ中隊、レグルス中隊は兵站の確保等のハイヴ内の後方支援を担当した。そして、同隊所属、アンタレス中隊がH・12の反応炉を破壊に成功。


「―――以上が我が隊、アルマゲストが結成されてからの戦果だ。 本日よりアルマゲストは貴様らを加え、次の作戦に向け訓練を再開する。 何か質問はあるか?」


凛とした表情でアルマゲストの副官、エリカ・レフティが説明を終え、補充員達の顔を見渡す。

本日5月1日をもって一月の休暇を与えられたアルマゲストは活動を再開し、鬼籍に入った仲間の補充員14名を交えたミーティングが行われていた。
ミーティングを行われたブリーフィングルームにはアルマゲストの隊員全員が参加している。そして、エリカの説明に対して全員質問はないようで室内はしんと静まり返った。


「では、次に補充員は簡潔に自己紹介をしろ。 貴様からだ」


はい、と返事をして端から順に自己紹介がされていく。

「よろしい、では先任の者の自己紹介を始める。 まず私からだ。 アルマゲストの副官とカマリ中隊隊長を務めているエリカ・レフティ少佐だ。 日本人と
フィンランド人のハーフだ。 よろしく頼む」


相変わらずの凛とした表情で気難しい顔立ちでエリカは自己紹介を終える。


「レグルスを任されているリカルド・バルダート大尉だ。 よろしく頼む」

「スピカの中隊長のリーネ・ブランクよ。 階級は中尉。 ・・・この中からもしかしたら私の隊に配属される奴もいるだろうけど、厳しいから覚悟しといてねぇ」


厳つい色黒の堅苦しい自己紹介の後、端正な顔立ちをした女性に男性の補充員が顔を緩ませたが、リーネの口からはそれを悟ってか厳しい言葉が告げられた。


「じゃあ最後に。 アルマゲストの指揮、アンタレスの隊長をしている白銀武だ。ウチの隊では必要以上に畏まる必要ないからな。 割とフランクにやってくれ」


最後は武が挨拶した。だが、


「中佐、それでは部下に示しがつきません」


エリカが厳しい口調でぴしゃりと言い放つ。同時に武が中佐だと知って補充員達がざわつく。確かに若干22歳で中佐という地位に就いたのだ、その地位に対してあまりに武は若すぎる。ざわつく補充員にエリカは視線で静にと目を配らせた。その鋭い眼光に補充員たちは忽ち静かになる。


エリカは次にその視線を武に向ける。武は少し溜め息をついて補充員たちを見渡した後、


「それじゃあ、今からシミュレータによる演習を開始する。 各自強化装備に着替えシュミレータデッキに10分後に集合だ。 ――――遅れるなよ?」


武は笑ったつもりだっただろうが、その顔は冗談には見えなかった。中佐の命令に皆は急いで更衣室に向かった。エリカはつかつかと早足に。バルダートは落ち着いた足取りだが遅くはない。リーネは口笛を吹きながらゆっくりと更衣室に向かう。一真は至っていつも通りに部屋を出て行った。






シミュレータデッキに集合した隊員達は武とエリカが事前に渡された補充員の資料から考えられた再編案に従い、分けられる。


「補充員の配置はこの通りに、レグルスに三人、スピカに三人、カマリに二人、アンタレスに一人だ。 各隊、隊長の指示に従い隊内での配置を決定した後、そのまま各隊でシミュレータプログラムを開始してくれ。 それと大隊規模でのシミュレータは2週間後だ。 それまでに仕上げろよ」


「「「了解!」」」



武の指示に従い、アルマゲストの隊員達は各中隊長の下に集まり配置の説明がされる。武の隊には一人の補充員が加わる。その一人とは


「なあ、武くんのアンタレスにはオレ一人って、何だが酷くないか? 武くんだけ楽してないか?」


武の肩に腕を乗せ寄りかかるこの男、緋村一真がアンタレスに新たに加入した。


「おい重いぞ、一真。 今日まで散々演習に付き合わせた報復か? なら今は止めたほうがいい、レフティ少佐が睨んでるぞ」


「おお、そいつは怖いな」


おどけた様に一真は武から離れた。横目でエリカを見ると確かにあちらも横目でこちらを物凄く睨んでいた。それはもう視線で一真に風穴を開けるといわんばかりの勢いで。
一真とエリカが始めて対面したのは10日程前にエリカが帝都への骨休みから帰ってきた時に武から紹介されお互いに自己紹介した時だ。
そこまではエリカも若干優しい感じに対応をしていた。だが、その後エリカの前で一真が武を「武くん」と呼んだ時、この横浜基地に雷が落ちた。
上官に対する態度から説教が始まり、武もとばっちりをくらい日頃の行いを咎められた。基地の廊下で二人とも一時間ほど説教をされたのであった。


エリカも8歳年下の佐官を認めていないわけではなく、むしろハイヴ攻略作戦における武の功績を讃え、尊敬している。
彼女はBETAのユーラシア侵攻によりフィンランドから米国に渡った避難民だったが、米軍には入らずに母の母国、日本に渡り国連軍に入隊した。
そして5年前までは欧州国連軍に籍を置いていたのをアルマゲスト編成に声がかかりこの日本に戻ってきたわけだ。
彼女からすれば鉄原、重慶、ブラゴエスチェンスクの3つものハイヴ攻略作戦に参加し、見事攻略に貢献し母の母国である日本を取り返してくれた武は本当に尊敬するに値する、生きた英雄なのである。故に彼女は武がしっかりと上官らしく振舞わない事が不満なのだ。


「まあ、一真には後でレフティ少佐からお説教があるだろうな。 あと決して楽なんかじゃないぞ、むしろお前一人の方が大変な位だ。 主に他の隊員が」


それは事前に武とエリカが話し合った結果であり、まともに武に着いてこれる一真に期待しての事だ。
何しろ、武はここ2年ほどちゃんとしたエレメントが組めた事がない。作戦において武の機動にしっかりと着いてこれる衛士に出会えなかったからだ。
最近ではエレメントがまともに組めたのは、戦場で成り行き上共闘する事になった月詠真那ぐらいのものだった。その月詠も後で「相当に堪えた」と武の与り知らないところでぼやいた程だ。
そしてやっとまともにエレメントの組める可能性に出会えたのだ。期待しないわけもなく、エリカの強い勧めもあって緋村一真は白銀武とエレメントを組む為にアンタレスに配属になった。
そしてエレメントを組む事により武の負担が少なくなり、その分余裕が出来たのだ。武はその分を部隊の機動力の底上げに当てる。


「ちなみに、レフティ少佐曰く一真がアンタレスに配属されるのは決定事項だそうだ。 こちらもそのつもりで訓練を進めていく。 ―――今まで俺をワントップにした陣形だったからな、これからは一真も入れてツートップで行く。 そして今日からはハイヴ突入から制圧までスピードを上げるぞ。 ハイヴ攻略はスピードが命だからな、最初から飛ばしていくから覚悟しろよ」


一真から他の隊員に向き直り、武は珍しく上官らしい態度でこれからの目標を掲げた。それに隊員達はしっかりと返事をし、内心ではこれから始まる地獄に恐怖するのであった。


「それじゃあプログラムに入るぞ。 アンタレスは2週間といわずに10日で仕上げるからな!!」


武はシミュレータに入るよう促すと、隊員は速やかにシミュレータに搭乗し準備を始める。


「―――まずはH・20、鉄原ハイヴを攻略するぞ! 難易度はA! 開始位置は門より30km手前だ! 誰も墜ちるなよ!!」


「「「「了解!!」」」」



アルマゲストの訓練が再開した。





「―――アンタレス7! 本隊から離れすぎだ!! 横から突撃級が接近してきている! 分断されるぞ!! アンタレス6とアンタレス9はアンタレス7のカバーに入れ!!」


「「了解!」」


「アンタレス12! 突撃砲ばかり使いすぎだ!! こんな所で弾切れになるつもりか!!」


「アンタレス12、了解!」


「アンタレス4よりアンタレス1! 前方の横坑よりBETA多数接近してきます!! 接触まであと約800!!」


「アンタレス1了解!―――――――! 一旦全部隊反転!! 先程の広間に戻り縦坑から別ルートで進攻する!! 各自ルートをチェックし続け!!」


武はアンタレスの隊長でありながら突撃前衛、部隊の先頭に立っていた。それは武の突破力が部隊で随一であるためにこの配置にいる。だが武は全方位に目があるかのように隊員に連続して指示を出し続ける。


「アンタレス2―――!! 遅れているぞ!! 俺に合わせろ!!」


指示を飛ばしながらも武の動きは止まらない。今も迫る要撃級5体を長刀で薙ぎ払いながらアンタレス2―――緋村一真に指示を飛ばす。


「オーライ! まったく―――容赦ないな!」


「ちゃんと返事をしろ!! アンタレス2!!!」


「―――アンタレス2、了解!!」


武にいつものノリで答えた一真は叱責される。そうして一真は理解する。ここにいるのはいつものあの白銀武ではなく、幾度も戦線を生き抜き5つものハイヴを落とす事に貢献した、紛れもない歴戦の戦士なのだと。


「―――ハッ。 ホント・・・凄まじいねェ」


迫り来るBETA群を掃討し、このハイヴを縦横無尽に駆け巡る武を見つめながら一真は呟く。





―――――――彼はここまで強くなるまで、どれ程の地獄を見せられたのだろうか








「よし、みんな今日の訓練は終了だ。 今日はこれで解散していい。明日からも訓練は続くんだから疲れを残さないようにな。 それと各中隊長は報告書のほう頼むぞ」


「「「了解」」」


武の言葉によりアンタレスの隊員達はシミュレータデッキからぞろぞろと出て行く。


今日の訓練は各中隊長の報告によると誰も撃墜される事はなかったそうだ。だがこれではまだ足りない。実戦ではこうはいかない。これは言ってしまえば所詮はシミュレータなのだ、どれだけ精巧に出来ていようと実戦には及ばない。BETAの行動を予測する事など人類には不可能なのだから。
しかも今日の訓練で突入した二つのハイヴはいずれもフェイズ4。まだこれは挨拶代わりに過ぎない。今もまだ拡大し続ける多くのハイヴ、その脅威には過去制圧したハイヴのデータは遠く及ばないのだ。

そして武はここまで考え、そこで思考を止めた。


「うだうだ考えても仕方がない、後ろ向きに考えるな。 下を向くな、前を向け――――。 目の前に壁があるなら、叩き潰せばいいだけだ―――」


誰もいなくなったシミュレータで武は力強くそう言う。

武はシミュレータデッキから出てシャワーを浴びた後、部屋に帰ろうとすると




「こんばんは、白銀さん」


後ろから声をかけられ武は振り向く。するとそこには霞がこちらに向かい歩いて向かっているところだった。


「おう、霞か。 こんばんは。 今日はもういいのか?」


「はい。 白銀さんも今日の訓練は終わりですか?」


霞は武の手前まで来ると足を止めて微笑んだ。


「ああ、今日は訓練再会初日だったけど、皆腕も鈍ってないようでいつも通り頑張ってくれたよ」


「ふふ、白銀さんの期待に応えようと皆さん頑張ってくれてるんですよ。 お疲れ様です、大隊指揮官殿」


霞は笑顔で武に敬礼をした。その可愛らしい仕草に武は平常値より少しだけ大きく心臓が跳ねた。武はその動揺を悟られまいと霞から視線を外し話を続けた。


「ぅほん・・・まあ皆が頑張ってくれるのは嬉しいかな。 それに次の作戦への参加命令はそろそろだと思うし。 ゆっくりして構えているわけにもいかないし、頑張ってもらわないと困る」


武の次の作戦という言葉に霞の表情は少し曇った。だが、それも一瞬の事で、視線を外していた武は一瞬の表情の変化に気付かなかった。


「白銀さんも頑張って下さい。 私も博士との研究を頑張りますから」


霞はいつものように穏やかに笑う。


5年前のあの日、武がこの世界に残る事になったあの日。武はこれからも戦い続けると夕呼に言った。それを夕呼と一緒に聞いた霞は正直反対だった。彼は今まで辛い目にずっと遭ってきた。この世界の人間は皆辛いのが現状ではあるが、彼はこの世界の人間ではない、彼は巻き込まれただけなのだ。やっと元の世界に戻れたはずなのに、彼はこの世界に留まってしまった。それを嬉しいとも思ったが、やはり霞の心は悲しみが強かった。純夏がそうであったように霞も、武にこれ以上辛い目に遭ってもらいたくなかったから。だが最後には武の意思を尊重し、霞は彼の戦いへの意思を受け入れた。武が戦うというのなら、霞はそれを支える、昔彼が言ってくれたように、戦いから帰ってきた彼に「おかえりなさい」と言い続ける。


「ああ、ありがとう。 霞も頑張れよ」


武は霞の頭を強すぎず弱すぎず、優しく撫でた。


「――――! ぁぅ・・・」


武に頭を撫でられると霞は照れながらも嬉しそうに目を細めた。そして上目遣いに武を見つめ


「あの―――白銀さん、この後、わ、私と・・・――――っ!」


霞は何かを言いかけたが、武の後ろの方から近づく人物に気付き口を閉ざしてしまう。武も先程から感じていた気配に振り向いた。




「―――・・・お邪魔だったかな?」


武と霞の視線が向けられた先には、肩をすくませながらこちらの方に歩いてくる一真の姿があった。


「いいや。 でも人が悪いな、一真? お前気配消して近づいてきたろ?」


鈍感な武は霞に構わずにそう答えたが、それとは違った事について一真に問う。霞に気を取られていたとは言えかなり近づいてくるまで一真の気配に気付かなかったのだ、彼は間違いなく二人の存在を知っていながらわざと気配を絶ってこちらに歩いて来たに他ならない。


「ああ、悪いな。 しかし、そちらのお嬢さんにはすっかり嫌われたみたいだ」


一真は霞に目を向け呆れたように言う。無論呆れているのは自身のことだろう。武が視線を少し下げると霞は一真に対して少しだけ身構えているようだ。


「いや、そんな事ないだろう。 なあ、霞?」


身構えた霞に武は声をかけると霞の肩が一度だけびくんと跳ねた。


「はい・・・嫌いじゃないです」




その後、霞と別れ廊下には武と一真が残った。


「いやぁ、悪い事したな、武くん」


「何がだよ?」


「何がって・・・武くん、お前鈍感だって言われた事あるだろ?」


一真は呆れたように言う。今度は勿論武に対して。


「ああ、あるけど――――なんでそんなにげんなりした顔してるんだよ!?」


「別に? 武くんが気にする事はないさ」


一真は溜息を隠そうともせずに、溜息混じりに言った。


「なんなんだ――――ってそういえば一真、一つ聞いていいか?」


「はいはい、何ですか? 鈍か―――武くん?」


「・・・まあいい。 お前今日の訓練なんで手を抜いた? お前なら俺から遅れるなんて事ないだろう?」


武は少しだけ表情を険しくした。


「何でって、武くん、お前今日オレが本気出したら更にペースを上げてやるつもりだったろ? そんな事したら周りが遅れる。 今日も・・・まあ初日であれだけのペースでやったんだから仕方ないにしても何人か遅れ気味だったろ。 だから少しだけ周りに合わせたんだよ」


「む・・・・そうか。 ならそういう事にしておくよ」


「なんだ? 何か引っかかる言い方だな」


「何でもないよ、それじゃあここら辺でな。 おやすみ一真。 明日の演習遅れるなよ?」


「オーライ、わかってる。 おやすみだ、武くん」


一真と別れた後、武は一真の答えと、霞が言った事について考える。



「はい・・・嫌いじゃないです。 でも―――――――」



―――――――私は、あなたが怖いです



武は驚いた。霞があんなにも人に対して拒絶の意思を見せた事を初めて見たからだ。霞は5年前までは確かに他人を怖がるところがあったがここ数年じゃ涼宮との事もあってなりを顰めていたのだ。これは霞の持つ能力『リーディング』のせいもあるかも知れないが、それにしても霞があんな態度をとることは武には予想外だった。




(アイツは俺が知っている事以外にもなんか抱えてるのかもしれないな・・・)


そうして武は考えに耽りながら部屋まで辿り着き、眠りに就いた。


















「―――して、米国はなんと?」


「はい、技術提供と各支援物資の受け渡しや人員を送る―――と」


「馬鹿げている―――!! 我が帝国にあのような事をしておいて何を今更―――!」


「だが、考えてもいいかもしれんな。 これからもBETAとの戦争は拡大はしないこそすれ、戦争の激化は避けられまいて」


「だからこそ、各国、各軍の連携協力を強化するのは必須事項だろうな。 過去を水に流すとは言わないが、こちらとしてもこの申し出はお互いのこれからに役立つかと」


ここは第一帝都東京―――帝国議会会議室。帝国議会を構成する元枢府の人間があることについて会議を開いていた。
会議で議論された問題は幾つかあったが、この最後の議題では激しい議論が飛び交っていた。


「むう、皆の意見はわかったがの、あの計画の件は国連が米国と我が帝国との仲立ちを請け負ってくれたのだ。 我らは我が国の代表として責任ある対応を示さねばならん」


「だからこそ――――」


「皆さん――――」

更に激化しようとした口論の中、煌びやかな服を召した紫色の髪をした女性が口を開く。
議会の者は皆静かになり、皆を制したその人物――――煌武院悠陽に視線が集められた。


「今回の件、確かに米国は誠意ある対応で我が国に友好の意を示していてくれております。 されど、5年前の12・5事件の件もあり、国民の米国への不審は未だ小さくはありません。 ―――ですが、それではこの先の戦いを凌ぐ事は難しい事です。 何より国民の安全を考えればこの申し出は断るわけにも参りません」


「ですが、殿下。 それでは国民は納得しませんぞ!」


「解っております。 この問題には時間をかけねばなりません」


悠陽は一度言葉を区切り


「このような世に伏せられる事を引き合いにこの条約を結ぶのは不当であり、我が日本帝国は米国へ条件の再考を進言します」



そう言いながら悠陽は心の中で溜め息をついた。

(日米安保条約の再締結、ですか―――――)


悠陽はそうして手元にある資料に目を落とした。


資料にクリップで添付されている写真を見つめる。


(まさか、生きていたのですね)






その写真には緋村一真が写っていた―――――
































[13811] 第六話 『日常』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/03/18 13:56

5月14日 横浜基地

アルマゲストの各中隊別のシミュレータ訓練開始から二週間の時が経った。
今日もシミュレータ訓練が行われ、各中隊ごとのデブリーフィングが行われた後、アンタレス、カマリ、スピカ、レグルスの中隊長が集まり、明日から行われる大隊でのハイヴ突入演習に向けてのミーティングが行われていた。


「レグルスは護衛目標の援護は問題なく仕上がりました。 新しく組み込まれた衛士も問題なく機能していますのでレグルスは明日からの演習に問題なく参加できます」


「スピカも同じく問題ありません。 ただ、新人が盛ってる割には度胸のない奴でしてねぇ、明日からはその辺に注意しながら望むつもりです」


「カマリも問題ありません。 中佐のアンタレスに着いていけるよう機動力の底上げと連携を重視して仕上げました」


「アンタレスも問題はない。 報告書にも書いてある通り、皆頑張ってくれたからな。 突破力も軒並み向上だ」


それぞれが自分の隊の仕上がりと、他の隊の仕上がりを確認する。新たに加入したものからすればこの二週間は地獄のような訓練だった事だろう。何せ、朝食を済ませてそう時間が経たないうちに朝の訓練が開始され、そこから日が沈む頃まで訓練が続くのだ。そして人類が忌むべき敵、BETAをシミュレータとはいえ一日中見続け、斃していかなければならないこの訓練は心身共に疲弊する。途中に休憩を挟むにしろ、この訓練は熟練の衛士でもキツイのだ。


そして、その訓練の後も各中隊ごとにデブリーフィングを行い、その後もこうして明日からの訓練のミーティングに参加し、行っていけるこの四人は、間違いなくアルマゲストの中隊長に相応しい猛者達だった。


各中隊ごとの報告が終わった後は、各々が他の部隊の報告書やシミュレータの操作ログに目を通し、自分の隊以外の仕上がりを確認する。
ハイヴ攻略作戦に限らず、BETAとの戦争には不測の事態がつき物だ。そしてBETAの圧倒的な物量の前に散っていく衛士は決して少なくない。そう、一緒に戦っている仲間が、そして自分が、BETAとの戦いで散っていく事だって、この先十分に有り得るのだ。だからこそこうして各中隊長は他の隊の情報も把握しておく事が必要なのである。誰かが死んだらそこに穴が出来てしまう、その穴を素早くカバーするために。誰かが危なくなったら素早く対処するために。自分が死んだ時、他の誰かが部隊を指揮して、仲間を戦場から生きて帰す為に。


各中隊長がアルマゲストの隊員全員の資料の見終わった頃には時刻はもう二十二時を回っていた。


「じゃあ皆、各隊の資料に目を通して気になったこととかあったら言ってくれ」


ミーティングが長い時間続けられているというのに、資料から顔を上げた武の顔には一遍の疲れも見られなかった。


「そうですねぇ。 レフティ少佐のカマリ、左翼の小隊――強襲支援と迎撃後衛の子達、突撃前衛への支援のタイミングが若干速くないですか?あんまり速いと後ろの砲撃支援の子達が合わせ辛いと思いますよ?」


相手が少佐であっても臆せずに自分の意見を言うリーネ。彼女が二十歳という若さでアルマゲストの中隊長を勤め上げる事ができるのは、この胆力も大きい所なのだろう。

「そうか?私はあまり気にならなかったが・・・。 そうだな、明日はそこも注意して臨む事にしよう。 指摘感謝するぞ、ブランク中尉」


たとえ階級はエリカがリーネより上であったとしても、このミーティングの場においては皆、各中隊を纏め上げる隊長なのだ。だからこそお互いに認め合い、同じ立場の人間としてお互いに意見を言い合い、話し合う。


「ブランク中尉。 君の隊は支援目標に対しても排除目標に対しても、前衛が下がりすぎではないのか? これは私の隊にも言えることだが、いくら機動性に自信があったとしても纏まりすぎは良くないぞ?」


次はリーネにバルダートが意見を述べた。


「ん~、それは私も思ったんですけどね。 規定通りの位置取りだとどうも効率が上がらなかったので、少し陣形を変えてみたんですよ。 でもまあ明日からの訓練でも調整を続けてみますかね」


リーネは顎に手を当て明日からの訓練での調整の余地について思案しながら頷いた。


「・・・中佐の隊は、皆良く纏まっていますね」


エリカは資料に向けていた視線を武に向けなおしながら言う。


「よしてくれよ、少佐。 遠慮なく意見を言って良いんだぞ?」


「いえ、本当にそう思いましたよ。 ―――まあ、そう仰るのでしたら、嵐のような部隊、と」


「嵐のような――――解る気がしますね」


エリカの言葉にバルダートが同調したように頷いて見せた。


「アンタレスは皆やるべき事をやってくれていると言った感じですね。 緋村大尉の加入でできた余裕を機動力と突破力に当てるという考えは見事に当たったようです」


「そうですねぇ。 ハイヴ内を駆け巡る大嵐!って感じで―――BETAの奴等から見たら、まさに災害ですよ!」


(――――災害、か)


武はその言葉を聞き、あの五年前の―――桜花作戦での上位存在との会話を思い出す。奴は人類を生命体と認識できないと言った、人類の存在は自然災害と同じだと。そして人類への攻撃は災害の防止策であると。


同じ人間からそう評されると何とも言えない複雑な感情を抱くものだ、と武は心で呟きリーネに苦笑いを向けて答えた。


「シロガネ中佐、どうかしたんですか?」


そんな様子の武を見てリーネが表情を窺うように尋ねる。


「いや、なんでもないよ。 ――――皆、これ以外に意見はないか? ないならそろそろ解散にするぞ」


武は皆を見回しそう訪ねると、皆これ以上はないようでミーティングはお開きとなった。





時刻は既に二十三時を回っており、廊下には武しかいなかった。

一人廊下を歩く武は、この二週間の各中隊の出来を反芻していた。


「バルダート大尉は落ち着いて事を運んでくれるし、リーネは冷静に状況を把握して活路を見出してくれる、レフティ少佐はアンタレスを上手く補佐してくれるし。 アンタレスの皆もどんどん腕を上げていっている――――――俺の期待に応えるために皆頑張ってる、か」


二週間前に霞が言った言葉を思い出す。彼らが頑張る理由は他にもあるだろうが、そう思い努力してくれるのは嬉しいものだった。

そして部屋に着くと、服を着替えてベッドに潜り込む。


「本当に頼もしい奴らだ。 ――――だから、次の作戦は、次こそは、部隊の誰も・・・死なせずに成功させたいな・・・」


武とてそれがハイヴ攻略作戦において一番難しい事は十分に解っている。


『悲しい事ですが・・・・・・全ての者達の望みを満たす道が、常にそなたの前に有るとは限りません。 道を示そうとする者は、背負うべき責務の重さから・・・・・・目を背けてはならないのです。 そして・・・・・・自らの手を汚す事を、厭うてはならないのです』


まどろむ意識の中、少しだけ昔の事を思い出していた。


(わかっています・・・殿下。 もう・・・・・覚悟は決めてますから・・・・)



武はあれからの戦いの最中、誰かの命を諦めなければならない局面に陥る度、武の心を責め立てるようにあの時の悠陽の言葉を思い出していた。
その言葉と桜花作戦の事もあり、武にもう迷いはない。
武は作戦中に部隊の誰かが作戦続行不能になれば、作戦遂行の為にそれを排除するだろう。そうしなければ部隊全員の命と作戦の成功が危ぶまれるのだ。
そしてもう作戦続行不能なったその衛士も、生きたいという願望も、死への恐怖も捻じ伏せ、人類の悲願の為に、人類の未来の為にとその尊い命を差し出すのだ。
その想いも、その命を奪う責任も武は背負う。たとえその手が血で赤く染め上げられる事になろうとも。



(俺は、あいつ等の為にも・・・人類の未来の為にも・・・・生きて、たたかいつづけ・・・)


武はそうして眠りに落ちていった。

















5月15日 横浜基地


――――ユサユサ

――――――ユサユサ

「う・・・ぅうん・・・」


「白銀さん、起きてください。そろそろ起床ラッパの時間ですよ」

「んあ~? ・・・・霞かぁ・・・・・・?・・・・ぅぅ・・・・あと、五分」

少しでも長く寝たい武は掛かっている毛布に包まり、霞にもう少しの猶予を与えてくれと訴えかけ、さらに眠りにつこうとする。


「――――――んん・・・・ぐぅ・・・・」


「―――-はぁ。 今日から全体訓練をするんですよね?そんな風にしてちゃ、部隊の皆さんに呆れられてしまいますよ、中佐殿」


―――――バッ

「うぉうっ!?」


そんな武に見かねて霞は武が包まった毛布を力ずくで剥ぎ取り、浅い眠りに再びついていた武は驚き跳ね起きた。


「んん~?・・・・霞、おはよう。 最近起こし方が段々とスキルアップしてないか?」


眠気眼をこすりながら武は霞に問いかける。


「おはようございます、白銀さん。 それはなかなか起きない白銀さんを最近毎日起こしているからだと思いますよ」


霞はニッコリ笑いながら朝の挨拶をする。彼女も正直これは役得だなと考えているのだが、起きなければ後で武が困ってしまうと過去の経験から知っているのでこうして必死に武を毎朝起こしに来るのである。


「ふわぁ・・・でも霞がいない時はちゃんと起床ラッパには起きてるんだぞ? 本当だぞ?」


「私がいる時でもそうしていただければ、朝にももう少しお話しする時間ができるのに・・・・」


霞は武の言葉にぼそりと不満の言葉を漏らした。


「ん~あ~っと。 でもまぁ毎朝助かるよ、ありがとう霞」


間の抜けた声を上げながら伸びをする武には霞の声は聞こえなかったのか、そのまま霞に感謝の言葉を言いながら頭を撫でる。


「――! いえ・・・・その・・・はい・・・」


頭を撫でられながら霞は顔を赤くし、顔を伏せてどもってしまった。


「―――? じゃあ支度するから、外で待っててくれ。 朝飯一緒に食べるだろ?」


「―――はい、それでは待ってますね」


霞は顔を赤くしながら部屋から出て行った。


「? まぁ、あんまり待たせてもいけないしな。 とっとと支度を済ませるとするか」


武はいそいそと身支度を整え始めた。


身支度を整え、霞と武は二人並んでPXに向かう。


「へぇ、じゃあ最近じゃGhostの方の研究は一旦やめちゃってるのか」


「はい。 計算上でもかなり余裕のある数値を出していますし。 博士は別の事も研究してますから、今はそちらの方を優先しています」


「別の研究ねぇ・・・。 でもあんまり部屋にばっか籠もっていないで外に出て、運動しないと駄目だぞ?」


「・・・はい、ブーデーは嫌です・・・・・・」


霞は武のイメージした横幅三倍の自分の姿をリーディングしてしまい、ぐったりとしてしまう。


「ははは、それじゃあ今度お互いに時間に余裕ができたらまた海見に行こうぜ」


武はそんな霞見て可笑しくて笑ってしまった。彼女はいつまで彼女のままだと、そんな当たり前のことが嬉しくて仕方がなかった。


「―――!はい、行きます。 私もまた海が見たいです」


霞は本当に嬉しそうに顔を暖かく染め上げる。

彼女にとって今でも武と眺める海は特別なものだった。




「――――あれ? シロガネ中佐、今日も社さんとご一緒ですか?」


PXにくるとリーネとバルダートと一真が先に来ていた。


「おはようございます、白銀中佐」


「おはよう、バルダート大尉、リーネ、それに一真もおはよう」


「ああ、おはようさん」


「ああ。 あれ? レフティ少佐はもう行ったのか?」


朝食をトレイに載せた武と霞はその一団に加わり、二人並んで座った。


「レフティ少佐は黙々と食べてさっさと出て行っちまったよ」


武の質問に一真が答える。


「また朝の余った時間で事務の仕事を片付けてるのか。 あの人ももう少しゆっくり行動すれば良いのにな~」


武は放っておくと自分の仕事まで片付けてしまう副官にもう少し休み休みやればいいのにとぼやいた。


「白銀さんにはその辺の努力が足りないと思いますよ。 少佐を見習って下さいね」


「――――はい、善処します」


霞の辛辣な言葉に武は項垂れながらイエスと答えるしかなかった。


「はあ~、相変わらず仲が良いですねぇ。 式はいつ挙げるんですか?」


「――――――――!!?」
「ぶっふぉ!!? 何を言っているんだ!! リーネ!?」


そんな武と霞を見て、リーネは生来の悪戯心から二人にそんな言葉を投げかける。武はその言葉に口に含んだお茶を噴出してしまった。
確かに霞が帰ってきてから、特に五月に入ってからは二人で朝食を食べる事が多くなっていて、ここ最近では二日に一回のペースで一緒に朝食を食べていたのだ。そう思われても仕方がないだろう。


「・・・・・・汚ぇなあ・・・」


武の正面にいた一真は武が噴出したお茶をトレイで素早くガードし、武に非難の目を向ける。


「あはははは、冗談ですよ、冗談」


動揺する武にリーネは笑いを堪え切れずに笑い出す。

そんなやり取りの最中霞は赤くした顔を伏せて黙々と朝食を食べていた。


「ははは、はぁ、でもあんまり見せ付けないでくださいよう。 アルマゲストはバルダート大尉を筆頭に、独り身が多いんですから」


「ブランク中尉、いい加減にしないと温厚な私でも流石に怒らざるを得ないぞ?」


怒る感情を抑え込んだバルダートがトーンを低くしてリーネを叱責する。


「気にしてたのか、バルダート」


(お前はバルダート大尉をいつの間に呼び捨てにしてるんだ)


武は一真がさらりとバルダートを呼び捨てにした事に心の中で突っ込みを入れた。


「まあまあ。 ところで皆俺達が来る前に話してたのか? 普段ならもう食べ終わって部屋に戻ってる頃だろ」


普段なら既に食べ終わり空になっている筈の三人の食器には、まだ少し朝食が残されていた。
武はそれに目をやりながら三人に問いかける。


「ああ、それは緋村大尉やブランク中尉と『身近な戦う理由』について話していたからですよ」

バルダートはもう感情を抑え込んで落ち着いたのか、いつもの様に冷静な表情で武に答えた。

「そうそう! ヒムラ大尉ってシロガネ中佐にもう完全についていってるじゃないですか! だから中佐みたいに何か目標があるのかな―――って聞いてたんです」


リーネは元気よく先程話していた内容について話す。


「そしたら、ヒムラ大尉ってば『考えた事なかったな・・・わかった、次までに考えておくとしようか』なんて言うんですよ!?」


途中物真似を交えてリーネはがーっと何とも言えないように言う。


「ブランク中尉、戦う理由は人それぞれだ。 それに身近なものほど見落としているものが多いとも言うしな。 これを期に緋村大尉が身近な戦う理由を見つけられれば僥倖というものだろう?」


食べ終わった食器と箸をトレイに置き、そのトレイを持ちながらバルダートは席を立った。


「ブランク中尉、あまりのんびりしすぎると訓練に遅れるぞ?」


ギラリと目を光らせながらバルダートはリーネに早くしろと促した。

「ははは、そうします―――――」


リーネはそう言うと、それまでゆっくりだった食事を加速させた。
思った以上に先程の言葉は彼を怒らしてしまったようだ。


そうリーネは感じたがバルダートはそれ程怒ってはいなかった。ただ、訓練の時間が迫っていたので皆を急がせるために一番注意しやすいリーネに対して言ったに過ぎない。

武と一真も、バルダートの言葉の意味が伝わったのか、箸のスピードを上げる。


「急ぐか――――」


「ああ、そうだな」



「皆さんも慌ただしいですね・・・」


がつがつと急ぎ口に食事を放り込む二人を余所に、霞はただ一人ゆっくりとご飯を口に運んだ。

















あとがき
リーネ「バルダート大尉を筆頭に独り身が多いんですからw」
バル「好きで独り身なんじゃないやああああい!!!!(泣」


ここまで読んでくれた方ありがとうございます。どうも狗子です。

この六話は随分悩みました。
さっさとハイヴ戦いっちゃうか!!とも思ったんですが
まあ少し落ち着こうと。こんな感じになっちゃいました。
あまりに酷かったので三回ほど書き直し。それでも酷い気がする・・・。



さてさて感想掲示板にも書いた事ですが、少しだけ皆様に聞いてみたいことがあります。

話の内容についてですが
オリキャラのキャラ像は皆様から見てどうでしょうか?
あと話のペースはどうでしょうか?早過ぎないでしょうか?
私としては一つ一つのシーンにもっと厚みを持たせたほうがいいかなと考えているのですが・・・。

これらについてアドバイスやご意見ご指摘などがあれば嬉しいです。

では、これからも完結を目指して頑張っていくので、

どうかよろしくお願いします。



[13811] 第七話 『ある日の隊長達』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/03/18 14:03
Case:01 リーネ・ブランク





「――――ホラホラ! 男共!! BETAの大群のお出ましよ!! 戦線を押し上げて兵站確保したらスピカも突入するんだからさっさと片付けるよ!!」


目に映ったBETAの大群を見てリーネは声を上げる。



私達スピカの役割はまずは先行部隊として前線に参加、そして戦線を押し上げる事によって後から続く部隊のために補給コンテナ、その他兵站の確保が目的だ。
シロガネ中佐達が安心して―――ってこれはなんか違うな・・・ハイヴ突入に不安がないなんて事は有り得ないのだから。シロガネ中佐達に私達が後方で戦い続けます、だから中佐は速く突入して、さっさと反応炉ぶっ壊して下さい、でないとこちらはしんどいです、と私達が戦っている様を見てもらって、自分たちも頑張って作戦を成功させよう!って気持ちになってもらおう。うん、こちらの方が合ってる気がする。すなわち私達は突入部隊の応援団なのだ。派手に盛り上げてさっさとBETAから奪われた大地を奪還しよう、そんなノリの方が私の性に合っている。



「スピカ6! 無駄弾多いよ!! 何やってんの!!? 私達が余計に補給コンテナを使うわけにはいけないんだから兵装は無駄にしちゃ駄目だよ!!」


「ス、スピカ6、了解!」




もう、少しいつもより強めに命令したからって動揺しないでよ。
世間じゃ今の女性は強い――――なんて事が言われている、なんて雑誌に書いてあったけど・・・ただ男が弱くなっただけじゃないだろうか?なんて考えてしまうではないか。




「スピカ3よりスピカ1へ――――前方1120m先に補給コンテナを発見、数は2!」



新しい補給コンテナを部下が見つけたようだ。うん、順調順調。


「スピカ1、了解。 前方の補給コンテナまで戦線を押し上げる! 各員兵装に問題はないね!?」


「「「「はい! 問題ありません!!」」」」



はい、いい返事です。よくできました~。




「それじゃあ、行くよ!!」




スロットルペダルをグッと踏み込んで機体を加速させる。


Type-94不知火、最初は乗り辛いとも思ったけれど慣れてしまえばどうという事ない、むしろ以前乗っていたEF-2000タイフーンよりもハイヴ突入には向いてる気がした。まあ私は前回のH・12の時はハイヴ突入はしなかったけれど。でも接近戦も、中距離も難なくこなせるのだから不知火は割と優秀だろう。最初感じたバランスの悪さも今は全然気にならないしね。米国製には乗ったことはないけど、乗ったことのあるバルダート大尉はパワフルな機体だった、って言っていたし・・・う~ん、いつか乗ってみたいかも。



リーネ・ブランクは好奇心旺盛、悪戯好き、これがアクセントになった陽気な女性だった。その性格から連携するレグルスの中隊長、リカルド・バルダートをよくからかっては注意されている。彼女にとってはそれもコミュニケーションの一環だ。



「スピカ1より各機へ――――補給コンテナを確保、次の補給コンテナの確保行くよ!! 次のコンテナでは私達も補給する―――だからって兵装を無駄にしちゃ駄目だからね!!」


「「「「了解!!」」」」



さぁて、後続の部隊のためにも頑張らねば。



これはシミュレータ演習だ。だから支援砲撃もアルマゲスト以外の部隊の参加している情報も存在しない。ただシミュレータが支援砲撃や他の部隊が戦っているものと仮想し、それに倣ってBETAを出現させているのだ。けれど今回のシミュレータの難易度はA、他の部隊はしっかりと戦っているのだろうかと疑いたくなってしまうほどのBETAの出現率、その圧倒的な物量には毎度毎度参ってしまう。そしてリーネの隊、スピカの前にBETAが地下から出現した。


「ス、スピカ2より、スピカ1へ―――振動センサーが異常な波形を刻んでいます!! これは――――ち、地下からBETAが接近してきています!!」


「――――スピカ1了解!! 各機、地下から這い出てくるBETAに気を付けろ!!」



あ~~っ、本当に意地悪なシミュレータだなぁ。シロガネ中佐、地下からの攻撃増やしてないですかー?



次の瞬間、地面が弾け、無数のBETAが這い出てきた。数は100体程。この数日の訓練では最早この地下からの攻撃が何度あったかわからない。それ程に地下からの出現率が高くなっている。一回の突入訓練で多いときは三回ほど地下から攻撃された。



最悪の状況に慣れておけって事ですか―――中佐。次の補給コンテナまでまだ遠いし、一旦戻る――いや、あれは後続の部隊用のものだ、私達が使ってしまっていいわけがない。・・・・強行突破しかないかな・・・。



「スピカ1より各機へ、まずは前方のBETA100体の中央を分断、次の補給コンテナまで一気に突っ切るよ!! その後各小隊隊長の指示で順番に補給開始!順番はC小隊から!! じゃあ、行くよ!!!」



うん、戻れないなら進むしかない。人類は進むしかないんだから私達も前を向いて突き進んでいこう。

―――お父さん、それでいいでしょう?



リーネの父はもうこの世にはいない、独軍の衛士としてBETAと戦い、そして亡くなってしまった。彼女の母も彼女も泣きはらした後、リーネは軍の入隊を志し、戦争に参加した。母親も勿論止めたが、優しかった父を殺したBETAが憎くて仕方がなく、自分のように誰かを失って悲しむ人を増やしたくないと彼女の決意は固く、最後には母親が折れた。最後に彼女は母に約束した―――絶対に生きて戻ってくるよ、だから身体には気を付けてね、二人でお父さんのお墓参りに行って元気な姿をみせてあげよう、と。


「でも―――これは、きっついなー!!」


相手が100体以上、こちらは12機。その中央を割ってしまおうというのは些か無理が過ぎたかもしれない、と彼女は少し反省した。



けど、私達はチームなんだから―――!! そろそろ――――!



通信システムにノイズが走り、期待通りのタイミングでレグルス中隊長、リカルド・バルダートが通信を繋げてきた。


「レグルス1より、スピカ1へ―――ここまでの兵站は確保した! これよりスピカと連携し戦闘に参加する!!」


「スピカ1了解!! ―――もう、少し遅いですよ! バルダート大尉!!」



よし、予測通りレグルスは合流した、これならいける―――!!



レグルスの合流を予測したからこそ、彼女は多少の無理を通したのだ。そもそもレグルスのマーカーが接近しているのはレーダーに映っていたのだから予測といえるかは微妙だが、彼女はどちらにしても彼女はこれぐらいのタイミングでレグルスは合流すると踏んでいた。


「まったく―――レグルスの合流を見越してのことはわかっているが――!! あまり期待が過ぎていつのではないか―――っ!!?」


「あっれー? 大尉、自信がないんですかー? じゃあ今度からは期待しすぎないようにします」


「ふっ、口の減らない奴だ―――!」



ああ、仲間がいるっていうのは頼もしいな・・・・お母さん、私はいい仲間に出会えたと思います。だから―――待っててね!



――――リーネ・ブランクは戦う、母とまた笑い合い、そして父に人類の勝利を伝える為に。










Case:02 リカルド・バルダート




「―――こちらアンタレス1!! スピカ、レグルスの皆、よくやってくれた! これよりアンタレスとカマリの両隊はこの先にある門よりハイヴ突入する!! 援護を頼む!!!」


「スピカ1―――了解!!」


「レグルス1、了解!!」


もう追いついてくるとは―――まったく、その技量には毎度驚かされる。



リカルド・バルダートは以前欧州国連軍に所属していた。軍に入った当初、衛士特性は基準値を満たしていたものの、特にこれと言った特徴も、飛び抜けた才能もあるわけではなかった。そして、周囲の才能溢れる衛士に囲まれていた彼は強い劣等感を抱いていた。だが、挫けずに彼はひたすらに努力し続けた。劣等感を拭い去るように、ただひたすらに。それは、故郷をBETAから取り戻したいという気持ちが、彼が愛した、国民が陽気に笑い、栄えたあの故郷を取り戻したいという気持ちが、折れるという事を許してはくれなかったから。その結果彼は強靭な精神力と十五年という月日をかけて培った戦術機の操縦技術を手に入れた。



「レグルス各機! カマリ、アンタレスの後方に広く展開し、スピカと連携し後方からくるBETAを掃討するぞ!! 両隊にBETAを近づけさせるな!!!」


「「「「了解!!」」」」



何があろうと、アンタレスとカマリは門まで送り届ける!!それがレグルスの存在意義!!
たとえ広く展開したとしても、レグルスの壁はそう簡単には破れん―――!!それだけの事はしてきている!!!



お世辞にも才能があると言えなかった彼には努力するしかなかった。だが今ではそれによって培ったものが彼を支えている。



「くらえ―――BETA共!!」



バルダートは突撃砲で近づいてくる要撃級を薙ぎ払う。レグルスの、彼が指示する部隊は一切のBETAの接近を許さない。



「レグルス10よりレグルス1へ!! 要塞級三体が接近してきます!!」


「―――レグルス1了解!! レグルス9、レグルス10、レグルス11、三機で対処しろ! レグルス12は三機を援護!!」

「レグルス9、了解! 任せて下さいよ、大尉!! 小隊続け!!!」

「レグルス10了解!」

「レグルス11、了解!!」

「レグルス12!! 了解!!!」



頼もしい限りだ―――私も負けてはいられんな!!



バルダートは才能ある若者にも負けないだけの努力をしてきた。そしてそれに見合ったものを手に入れられた彼はある意味幸運だったと思っている。
任務に忠実に、軍人らしく、そして直向に努力する彼に、部下達はバルダートを本当に信頼した。そう彼は頼もしい部下と、厚い信頼を得ることができたのだ。
たとえ、遠いこの極東の島国でもそれは変わらなかった。レグルスに配属された者は皆バルダートを尊敬していた。


そして、そのバルダートは上司である白銀武を信頼し、尊敬している。


彼はアルマゲストが結成され、転属になった際、転属を決定した上司を呪った。H・08を制圧し欧州を奪還しようと士気が上がった矢先の転属命令、しかも転属先は極東だという。それではこの手でイタリアを取り返せないではないかと、彼は悔しくてならなかった。
そしていざ転属してみれば、隊長は二十二歳という若さで、しかも少佐だという。昔の劣等感からか、彼は自らの自尊心を傷つけられた気分だった。
だから彼は市街戦演習の際、その隊長、白銀武に勝負を挑んだのだった。
だが結果は見事に圧倒され大敗した。これが才能ある者の強さかと更に悔しさが上乗せされたが、その後武とPXで再び対峙した際に武が言った言葉、
『バルダート大尉は何で、そんな片意地張ってるんですか?もっと力を抜いていいと思いますよ、俺も貴方を信頼してますし、貴方も俺を頼っていいんです。』
その言葉にバルダートは面食らった、そしてその後聞いた彼の今までの経歴や彼から聞かされた今は亡き先任達の話、今までの苦労話などを聞いて更に面食らった。
白銀武は確かに才能があったかもしれない、だがそれだけではなかったのだ。話しを聞いているうちになんだが才能だの気にしている自分が馬鹿らしくなった。

そしてバルダートは次の演習の際、何の曇りのない目で改めて武の姿を見た。その機動は凄まじく、その指示は少佐の地位に相応しいものもあった。


そして、バルダートは白銀武を信頼し、尊敬する。



アンタレスは―――白銀中佐は人類に再び明るい未来を切り開いてくれる存在だ―――!!



「アンタレス1より、レグルス、スピカ両隊へ!! 援護感謝する!! ―――これよりアンタレスとカマリはハイヴ突入を開始する!! 両隊も突入し兵站を確保、頃合を見て撤退し、地上部隊の援護に入れ!!」


「スピカ1、了解!! お気を付けて!!」


「レグルス1了解!!」



ああ、君の進む未来の先を私は見てみたい―――!!



――――リカルド・バルダートは戦う、嘗ての故郷を取り戻す為に、白銀武の切り開く未来を見るために。











Case:03 エリカ・レフティ




「アンタレスを援護し最下層に到達後、カマリはアトリエの制圧に向かう!!」


アトリエとはハイヴ内最深部に存在するG元素精製場のようなものだ。それとアトリエではBETAも製造されており、この事から反応炉とアトリエは同期して、いやむしろ同じ存在なのではと考えられている。それは反応炉もアトリエもBETAのエネルギー源であるG元素を精製している、と言う意味では同じと言えるからだ。
そしてこのアトリエの制圧、確保もハイヴ攻略作戦において重要な目的なのだ。


「レフティ少佐、道中の援護頼みます!!」


アンタレスがカマリから先行し、ハイヴ最深部―――反応炉を目指し進撃を開始する。


「はい、わかりました。 ですが中佐、今はシミュレータ演習とは言え、作戦中です。 しっかりとコールサインで応対して下さい」


「あ、はい―――――アンタレス1了解!! ―――アンタレス各機! 遅れるなよ!!」



まったく、普段の彼よりもハイヴ突入時の彼は幾分マシだというのに・・・こういったところはいつも通りなのか・・・。
そしてあの機動を、あの強さを見せ付けられなければ、彼がこの日本開放に貢献したなど信じられなかっただろうな。



エリカ・レフティの母は日本人だ。そしてフィンランド人の父と結ばれ、エリカを産み落とした。エリカという名は彼女の両親が欧州でも日本でも通じるようにと名付けたものだ、その名を彼女は気に入っている。彼女は両親を本当に愛していた。そして、BETAの侵攻により故郷を捨てさせられた父の涙を彼女は忘れない。
一時、米国に避難民として渡ったレフティ一家は、その後母の実家、日本帝国に渡る事になる。しかし日本も安全ではなく1998年にBETAが日本上陸、その侵攻により彼女の一家はまた再び逃げ惑う生活を送る。そして彼女は、国をBETAに蝕まれ悲しむ母の涙を忘れない。


その年、移民として徴兵を免れていたエリカは国連軍に入隊、両親の故郷を取り返すために必死に足掻いた。

2004年には帝国と国連が協力し、鉄原、重慶の二つのハイヴを制圧し日本を開放した。
その時のエリカの母の喜びの涙を彼女は忘れない。
その後彼女は少佐という地位まで上り詰め、2005年欧州にあるH・08攻略作戦に参加し、見事H・08を制圧した。


そして、2006年にはアルマゲストに異動になり、そこで日本開放に大きく貢献した、噂に聞く白銀武と対面する事になる。


だが、若手衛士No.1、英雄とまで歌われていた男はなんと自分より年下で、尚且つ自分と同じ佐官であった。



あの時は、本当に貴様が白銀武か?と何度も問いかけてしまったな―――。



先行する白銀機を見据えながらエリカは当時を思い出す。



アルマゲストを任された白銀武という人物は、戦術機に乗っている時はまさに少佐という地位にも、英雄という称号にも相応しいものだった。
だが逆に戦術機に乗っていない時、ひいては作戦時以外の時の彼は規則に緩く、部隊の皆をまるで友人と接する様に気軽に接してくるのだ。
豪傑のような毅然とした英雄を想像していた彼女にはそれは衝撃的であり、そんな偉業を成し遂げた人物がこの様な緩い人間であった事が若干腹立たしかった。
勿論、彼女はそれが押し付けがましい事だと理解している。けれど我々は軍人なのだ。故にいくら上官であろうと、否、上官なのだから上官らしくしてもらわないと困るので、最低限の上官としての礼を守ってもらわねば。



だが先程の言動については別に注意しなくても良かったかもしれないな・・・。


その時か横坑が弾け跳び、そこに出来た大穴から多数のBETAが出現する。それによって前方に展開していたアンタレスと分断されてしまった。
エリカは舌打ちをし、長刀を引き抜くと噴射跳躍を使いBETAの群れに突撃した。



「カマリ各機へ! こんな所で足止めをくらうわけにはいかない!! 戦闘を最小限に抑え、突破する事だけを考えろ!!」


「「「了解!!!」」」


「カマリ1―――!?」


「アンタレス1は速く反応炉へと向かってください! 直ぐに追いつきます!!」


「――――――わかりました、アンタレス各機! いくぞ!!!」



―――――本当に戦術機乗った貴方は頼もしい、日本の英雄だ。




―――――エリカ・レフティは戦う、両親にまた故郷の土を踏んでもらい、安住しまた家族で平和に暮らすために。










Case:04 白銀武


5月23日 横浜基地



「―――へぇ、それじゃあ武くんはアルマゲストに入るまでは、ハイヴ攻略作戦に参加する部隊を転々としていたわけか」


その日の訓練を終えた武はPXで一真と二人でお茶を啜っていた。


「ああ、大変だったぞー、編隊されてから直ぐに作戦参加だからな。 合わせるのも、纏めるのも最初は苦労した」


武はこの五年様々な部隊を転転とし、その先々でハイヴ攻略作戦に参加した。



思えばあの頃は少し焦っていたのかもしれないな。皆の為にも早く世界を救う為にも、皆の死が決して無駄死になんかじゃないと世界に知らしめる為にも、あの頃は結構我武者羅だったからなぁ・・・。



「鉄原、重慶、エヴェンスク、ロギニエミ、ブラゴエスチェンスクの五つのハイヴ攻略作戦に参加・・・はぁ~凄まじい戦歴だな」


「ヴェリスクとマンダレー、リヨンには作戦時期が参加中の作戦に近かったから参加しなかったけどな」


そう言いながら武はお茶を啜る。



鉄原、重慶の攻略作戦では涼宮達とも再会できたしなあ・・・。彼女たちは今どうしているだろうか?元気だろうか?―――元気だろうなぁ・・・。



武は嘗て再会した先任達を思い出す。何れも風邪や病気等とは無縁そうな屈強な衛士だ、元気に違いない。


「で、その前は特殊部隊に参加していたわけだろ?」


一真も湯呑みを持ちお茶を啜る。


「ああ、それも俺以外は皆女性のな。 でも居づらかったわけじゃないんだ。みんな尊敬に値する素晴らしい人ばかりだった。 しかも、その部隊全員が同じ教官の教え子だったってのも凄いだろ?」


だった、ね―――と心の中で武の言葉を反芻する、一真はその言葉の意味を直ぐに理解した。彼の尊敬した先任衛士達はもう英霊になったのだと。


「おお、それはその教官がそれ程優秀だったと言う事か」


「ああ、神宮寺軍曹って言うんだけどな。 とても厳しく・・・それと同じくらい優しく、暖かい、皆の母親の様な人だった。 皆、軍曹に育てられ、尊敬していたよ」


「――――――」


「自分の失敗談とかも話してくれて、衛士になったばかりのひよっ子の俺を励ましてくれたりもした―――」


「そうかい、素晴らしい人だったんだな・・・。 その人は」



ああ、本当に素晴らしい人だった。そして俺は神宮寺軍曹の教え子だ。軍曹の顔に泥を塗らない、軍曹に誇れるだけの仕事をしなければ、合わせる顔がなくなってしまう。



「その部隊に一緒に入った仲間も神宮寺軍曹教え子でな、皆それぞれ突出した才能があって、特に冥夜なんか一真と同じで剣の腕は凄かったぞ」


武は嘗ての仲間の事を誇らしげに語る。だが今の言葉は少し話しすぎていた。神宮寺まりもの教え子として言うならまだ良かった。だが、今武は自分が配属されていた特殊任務部隊A-01部隊の者として一真に教えてしまっていた。


「――――・・・冥、夜・・・・?」


「おっと、ごめん! 特殊任務部隊だから配属されていた奴の詳細は秘密なんだ、すまないが忘れてくれないか?」



まずいミスった、まさか口を滑らすとは・・・。これじゃあ夕呼先生に相変わらず間抜けね、って笑われるのも仕方がないじゃないか―――!



武は両手を顔の前で合わせながら一真に謝罪とお願いを頼み、少し反省した。誇らしげに語るのはいいが喋っていいものといけないものがある、武は自身に残る軽薄さを戒めた。


「オーライ、構わないさ。 しかしまぁ、秘匿義務が残ってるなら、これからも気を付けるこったな」


一真は笑って武の頼みを承諾する。


「よっと、じゃあ今日はこの辺でお開きにしようか―――おやすみ、武くん」


一真は空になった湯呑みを手に椅子から立ち上がる。


「おう、おやすみ。 一真」


武はそう言ってPXから立ち去る一真を見送った。


時間は既に二十三時を示そうとしていた。
武は一真を見送った後もそのまま椅子に座り、ぼうっとしていた。
今PXには京塚のおばちゃんを含め、誰もいない。
帰るときに湯呑みを流し台に戻せばいいだけだ。



ふぅ――――、今日もシミュレータ演習は無事に終了か。皆、俺はまだ健在だ。まだまだBETA共と戦っていける。出来る事は限られているけど、それでも、それでも俺は人類の勝利を信じて戦い続けるよ・・・。



武の拳が力強く握られる。
嘗ての仲間を思い返し、自分が何を教えられ、どれだけ救われてきたのかを思い出す。



本当に皆凄い人達だ、本当に、本当に誇れる仲間達だ・・・・。だから俺も皆に誇れるような人間になれるよう、これからも足掻いてみせるよ。



武は湯呑みを持ち、椅子から立ち上がりカウンターまで歩いていく。



「それに―――そろそろまたハイヴ攻略作戦が発令されるだろうからな。 見ててくれよ、皆。 俺は諦めない、最後まで戦い抜いてみせる」



武は空中を睨み、力強く決意を言い放つ。



―――――白銀武は戦う、彼女達の死を無駄にはしない為に、彼女達に救われたこの命を無駄にはしない為に、そして―――――





―――――――――――――――――人類を救い、勝利をこの手に掴む為に。










そして5月26日、欧州国連軍よりH・05ミンスクハイヴ攻略作戦が発令され、アルマゲストへの参加要請が届いた。













あとがき
ここまで読んでくれた方ありがとうございます。どうも狗子です。

第七話は当初予定していた内容を変えて書きました。
各隊長の戦う理由を何と無く書いておこうかな、と思い立ったので・・・。
さて武ちゃん以外、オリキャラオンリーだったこの第七話、どうだったでしょうか?
オリキャラが話の1/4以上を占めているのでオリキャラが駄目な人には嫌な話だったかもしれません。
オリキャラが駄目じゃない人にも受け入れられないような駄文でありますが・・・。
これからも頑張っていくので、どうかよろしくお願いします。



[13811] 第八話 『願い』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 19:43
5月27日



アルマゲスト全隊員はブリーフィングルームに集められた。ブリーフィングルームには綺麗に長机が並べられており、隊員達は備え付けてあったパイプ椅子に座る。そこまで広くないブリーフィングルームに49人入る事になるので座席の間隔は狭く、窮屈だった。


自分達に与えられた狭いスペースのせいかブリーフィングルーム内は少しざわついていた。


武とエリカが部屋の前方にある巨大スクリーンの前に立ち、エリカが眉を吊り上げ、静粛にと声をあげる。その気迫にざわついていた者はしんと静まった。


それをリーネは心の中でせせら笑いを浮かべる。
軍務中のエリカ・レフティ少佐の前で騒ぐ事など愚かしい事なのだ。ざわついたりぼうっと呆けていたりすれば直ぐに注意の言葉が飛んでくる。



「―――それでは、中佐どうぞ」



エリカは辺りを見回し静かになった事を確認すると、一歩下がって武を前に出るようにと促した。



「ああ、ありがとう少佐。 じゃあみんな、今日の午前に組んであった訓練が急遽取りやめになった事でもうわかっているとは思うが―――」


「昨夜、欧州国連軍がH・05、ミンスクハイヴ攻略作戦を発令し、そして俺達アルマゲストへの参加要請がきた! 作戦開始時刻は6月10日09:00! その二日前の6月8日にアルマゲストは英国領内の欧州国連軍レイストン基地に現地入りする!!」



武の言葉によってミーティングルーム内に入る者の気が引き締まる。


とうとう来た―――


アルマゲストが編成されてから二度目のハイヴ攻略作戦への参加が武の口から伝えられたのだ。



「その後戦艦でリガ海岸まで向かい、スピカ、レグルス、カマリ、アンタレスの順に匍匐飛行により海岸に上陸。 その後は欧州国連軍と連携し、ハイヴ攻略作戦を開始する!」



武はスクリーンに映された各部隊編成や作戦概要を説明し、随所でポインターを用い説明する。




「―――ん? リーネ、なんだが難しい顔をしているな、どうかしたか?」




不満げに眉を顰めているリーネに武は説明を止めて問いかけた。



「白銀中佐、まだ説明は途中ですよ」


「いや、いいんだ。 どうしたリーネ、言ってみろよ?」



エリカは話中でもあるのにも関わらず、態々話を中断させて下官に質問する武を咎めたが、武はそれを気にせずにエリカを制しリーネに発言を促した。
リーネは態々自分を当てて、その不満げな表情の原因を言えという武にいじけた様な視線を送るが、武は微動だにしない。そうして観念したように口を開く。武とてこのスクリーンに参加する全部隊の配置図が映し出されれば必ず不満に感じる者が出ると思っていた。何故なら―――



「・・・なんでまた米軍の後方支援部隊と支援砲撃艦隊が参加しているんですか―――?」



そう、スクリーンに映し出されている通りこの作戦にはH・08ロギニエミハイヴ攻略作戦の際に再びハイヴ攻略作戦に参加し始め、前回アルマゲストが参加したブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦にも数連隊か戦力を投入していた米軍が支援砲撃艦隊五隻、後方支援部隊二連隊が作戦に参加していた。


リーネはドイツ人だ。そして、この世界の日本には原爆は落とされていない、その代わりドイツのベルリンに落とされている。その事と近年盛んに行われていた米軍の軍の強引な配置等の事もあってかドイツ人の、リーネの反米意識は強いものだった。まあ、今となってはドイツだけではなく多くの国から煙たがれていたわけだが。事実、エリカ、バルダート等の欧州出身者は皆、表情は険しい。



「確かに本作戦には米軍は後方支援のみの部隊として参加している。 つまりは欧州連合部隊と俺達アルマゲストの援護だけするってわけだ。 ―――それにこれは今までの強引な配置じゃなく、米国がしっかり相手に頭を下げて頼み込んだんだ、今回の作戦の支援をさせて下さいってな」



「米国が・・・ですか?」


リーネは信じられないと言ったように驚愕の表情を見せた。他の隊員も同じような表情を浮かべている。


その中で一人、緋村一真だけがすました顔で満足そうに笑みを浮かべていた。



「ああ、そうだ。 だから欧州国連軍は米軍の参加を認めた。 まあ見返りを求めたかまでは知らないけどな」



純粋な戦力としてみれば頼もしいのだが、度重なる強引な軍の派遣、配置、高圧的に各国との外交を、疲弊した国力を回復し威信を取り戻そうと世界のトップであろうと無理矢理行ってきた結果は無残な物だった。今、米国の信用はとても薄い。だからこそ相手に頭を下げたのだ、各国と協力し人類を救う為に。



「はあ・・・どんなマジックを使ったらそんな国の方向性をがらりと変えられるんですかね」



ギシっと椅子の背もたれに寄りかかりながら、リーネは誰に言うのではなく呟いていた。



「ブランク中尉少しだけ言葉が過ぎるぞ」



その言葉を隣で耳にしていたバルダートは小さい声でリーネを注意した。リーネはわかってます、すみませんでしたとだけ言い、いつも通りの表情を取り戻していた。



(まあ、内心穏やかじゃないのはお前だけじゃない、リーネ。 ここにいる奴等の殆どがお前と同じ考えをしてるさ)



武は心の中で呟く。彼も命令が打診され作戦部隊編成配置を見たときは驚いたが、彼等ほどじゃないだろう。武は夕呼から見せられた一真の資料を見ていたからこそ、今こうして落ち着いているのだ。


ちらりと武は一真に視線を向けると、一真もこちらに気付いたようで鼻を鳴らすような笑いをこちらに向けてきた。



「じゃあ、説明を再開するぞ。 まず、ミンスクハイヴはフェイズ5のハイヴだ、それにロギニエミハイヴ攻略作戦で存命したBETAが多数このハイヴに逃げ込んだとの報告もある。 故にミンスクハイヴにはフェイズ3だったブラゴエスチェンスクハイヴとは比べ物にならない程のBETAが潜んでいる可能性が高い!」



反応炉を失い、ハイヴという住処を失い、生き残ったBETAは近隣のハイヴへと移動を始める。そうしたBETAの移動を重ねさせてしまえば最終的に残ったハイヴには想像を絶する数のBETAが巣食う事になるのだ。それに時間をかければハイヴはその地下茎構造を拡大させ、それに伴いBETAの生産量も上がることになる。



つまり、人類がBETAへの勝率を上げるには迅速且つ確実にBETAを掃討するしかないのだ。



「―――――――全隊員、気を引き締めて任務に掛かれ!!」



「「「「了解!!!」」」」



「―――それでは12:00よりミンスクハイヴの地下茎構造モデルを利用したシミュレータ演習を開始する! 遅れるなよ!!」



「「「「了解!!!」」」」






ハイヴ内で増え続けるBETA、それを全滅させようとする人類、その人類を災害とみなし災害防止として駆逐しようとするBETA、それに抗う人類。




――――人類は未だ戦いの終わりが見えてこなかった。








「―――って事で6月7日の夜には横浜基地を発つ事になります」



訓練の後、武は夕呼にハイヴ攻略作戦へ参加する旨を報告する。
五年前から夕呼は武の上司のままだ。故に任務でこの基地から出たりする時はこうして夕呼に報告する。



(―――大抵報告する前には先生の耳に入っているわけなのだが)



アルマゲストはグラウディオス連隊所属であると言う事になっているが、実際のアルマゲストの最終決定権は夕呼が持っていると言う複雑な立場の部隊なのだ。
だから、部隊への命令は夕呼にも聞かされていると言う事になる。



「知ってるわ、あんたも律儀ねぇ~。 毎度こうやって報告に来るなんて」



小さく溜め息をつきながら夕呼は呆れたように言う。
毎回報告するようにと言ったのは夕呼の筈なのに、と、なんとなく理不尽な事を言われた武は苦笑いを浮かべた。



「まぁ―――死なない程度に頑張ってきなさい。 ・・・・・・あと、もう27に入っていいから、鑑の墓参りいってやんさない」



「―――――――はい、わかりました。 ・・・・それでは失礼します」



武はそう言うと部屋を出るために足を扉に向けた。







武は夕呼の私室から出た後、地上には上がらずにエレベータで更に下の階層へと向かった。


第27研究室。


目的の部屋にはそう書いてある。この階層には高いセキュリティパスが必要であり、殆ど人も見当たらない。そしてこの研究室には部外者禁止とされている。


武は扉の横に備え付けられていた認証装置に武は速やかにパスワードを打ち込む。


ピッと音を鳴らし、認証を完了したと装置が表示すると重い音を鳴らしながら扉が開かれる。


武から重く息が吐かれる。彼女をこの目で見るのは久しぶりだ。この暗い一室の中央に五年前、2002年1月1日にその命を散らした女性、武が世界で一番愛した、最愛の人。



―――――鑑純夏の亡骸がそこに安置されていた。



00Unitとして活動が完全に停止した彼女が部屋の中央にあるシリンダーに収まっている。まるで標本の様に、まるで嘗て彼女が脳だけになっていた時の様に、彼女は怪しげな青白い光を放つ液体に身を委ね、目を固く閉じて眠っていた。





武がプレゼントしたサンタウサギが純夏の両手に抱えるようにして握られている。





一歩一歩、歩みを進める度に感情が溢れそうになる。死んだ人間がそのままの姿で目の前に存在させられているのだ、武の心が揺れる。


純夏はただ眠っている様に穏やかな表情をしていて、今にも昔見せていた様な元気な笑顔をこちらに向けてくれるような、錯覚を覚えてしまう。


そう、錯覚なのだ。確かに鑑純夏という存在は五年前に死んでしまったのだから。




『タケルちゃん―――』



今でも覚えている、彼女の明るい声を。



今でも覚えている、彼女のくるくる変わる表情を。



今でも覚えている、彼女の優しさを。



今でも覚えている、彼女の暖かな温もりを。



きっと生涯忘れることはないのだろう。どんな事があっても白銀武は鑑純夏を存在していた事を、鑑純夏を愛した事を忘れることはない。




「よぉ、久しぶりだな―――――純夏」



シリンダーの前にくるとその歩みを止め、笑いかける。



「三年振りだな、こうして会うのは」



元の世界のお前はきっと元気に過ごしているよな。



「見ての通り俺は元気にやってるぞ」



そこでお前は幸せになれ。



「まあ、お前は俺がこうして戦ってるのは嫌なんだろうけどな」



こっちの世界は俺や先生に任せておけ。



「・・・悪いけど我慢してくれ、もう決めちまったんだ」



お前にもう会って話す事は出来ないだろうけど。



「俺は戦う、自分の意思で、俺は自分に出来る事を―――――俺は手の届く範囲の人間だけでも救ってみせる」



俺はお前を愛していたよ・・・。





シリンダーに手を添えて祈るように、宣誓するように言葉を紡いだ。



純夏はきっとこれ以上武が戦い、傷つき、苦悩する事を嫌うだろう。その為の桜花作戦。彼女は人類と白銀武を救うためにあの作戦を練り、実行したのだから。


けれど、白銀武はこの世界に残った時から決めたのだ、戦い続ける事を。故に譲れない、決めたのだからそれを曲げる事など出来ない。



「だから―――――見守っててくれ、純夏。それじゃあ・・・・・・・またな」



武は終始笑みを浮かべていた。辛そうな、悲しそうな表情を彼女に見せるわけにはいかない。


武はそう告げると部屋から出て行った。















6月6日



一真は屋上へと出る為にその扉を開け、テラスの中央まで歩みを進める。

夜の屋上には春の夜風が吹きつけ、その上には濃紺の夜空に浮かび輝く月と、瞬く星があった。



「それで――――? オレをこんな所に呼び出して・・・・・どういうつもりだい?」



一真は振り向きながら背後から着いてきた少女に問いかける。


その赤い眼が向けた視線の先には、夜風に攫われる銀色の髪を抑えながらこちらに歩み寄る社霞がいた。


束ねられた髪の束が波打つように揺れる。






「――――明日、横浜基地から発つそうですね」



「・・・ああ、そうだが・・・・・それがどうかしたかい?」






霞は彼女が着込むオルタネイティヴ4の制服のスカートをぎゅっと握った。



「あなたは――――死ぬ為に、戦ってますよね?」



風が強く吹き荒れる、まるで一真の心の奥の動揺を表すかのように。





「ク―――はははははっ。 随分と面白い事を言うな、社さん?人は戦えば死ぬよ、自分が望む、望まないに関わらず、ね」



一真は狂ったように笑い、言う。



彼は自分の動揺に気付いているのだろうか。




「だから、戦う道を選んだんですか?」




「さあ? それはどうかな」



一真は笑みを浮かべた。答える気がないように話をはぐらかす。






「――――――私は、あなたが怖いです。あなたの心は、酷く矛盾しているから」



霞の身体に必要以上に力がこもり、身体が緊張する。







「そうかい。 ――――話は終わりか? それならオレは帰るぞ? 社さんも身体冷やす前にさっさと帰んな」



一真はそう言いながら扉に向かい歩み始める。




「でも! あなたにお願いがあります!」



霞は自分の横を通り過ぎる一真に振り向き様に声を上げる。


その声に一真はゆっくりと霞に振り返る。




「――――白銀さんを、戦場で支えて下さい」



「――――――――」




「私は、戦場には出れません。 だから、あなたは戦場で白銀さんを支えて下さい」




霞は意を決したように、必死に彼女は一真に言った。




「―――ふぅ。 そんなに心配しなくても武くんは死なないよ。 彼は強いよ、そう簡単には死なない」




「でも、あなたも先程言いました・・・。 人は戦えば死ぬ、望む望まない関係なく、と。 ・・・白銀さんは今までまともにエレメントを組めていませんでした、でもあなたは組めています。 それに白銀さんに並ぶ能力を持っているあなたなら力になれる筈です、――――だから―――!」




「ストップ! わかったわかった――――まったく・・・そんな今にも泣きそうな顔でお願いするなんて・・・卑怯だろ」



「――――え?」



霞は自分の指で目尻を拭ってみる。目元をなぞった指先は少しだけ濡れていた。



「オーライ、お願いは聞くよ。 それに、武くんとはエレメントだからな。 死んでもらっちゃオレも困る」



一真は頭を掻きながら言う。




「あ、ありがとうございます」



霞は感謝の気持ちを込めてペコリと頭を下げる。



「いや、全然いいって・・・。 ホラ、夜にこんな男と一緒にいたら危ないだろ? さっさと部屋戻って休みな」



一真は溜息混じりに苦笑いを浮かべたが、その目は優しい色をしていた。




「はい―――ありがとうございます。 ・・・それとあなたも死んじゃ駄目です。 あなたも生きて下さい・・・・・」




「――――またその話か・・・・・・」


一真はうんざりしたように頭を掻きながら溜め息を付き霞から視線を外したが、霞は一真から目を逸らす事はなかった。





「あなたは、白銀さんの――――友達ですから」










霞が去った後、一真はポケットからシガーケースを取り出し煙草を咥えて、火をつけた。
身体をフェンスに預けるように寄りかかると、金属が擦れる高い軋んだ音を鳴らした。



「まったく―――武くんは、愛されてるね・・・ホント。 あんなかわいい子に慕われて、うらやましい限りだ」



ク、とくぐもった笑いを漏らす。



白銀武と言う人物は周りから本当に慕われている。それは英雄や中佐と言う地位などは関係なく、彼の人柄がそうされるのだろう。



真剣に自分に頼み込んでくる少女を健気で美しいと彼は思った。その姿はいつかの遠い記憶にあるある少女の姿に似ていた。



『私に、剣の指導をしてください―――!!』



遠い昔、自分に剣の指導を頼んできたあの少女は、今も戦い続けているのだろうか。



紫煙が宙を漂い、夜風に攫われ彼が思い出した感情と共に消える。



「―――死んじゃ駄目・・・・・・友達・・・・・・ね。 まったく本当に嫌になるね」



目を瞑り噛み締めるように言う一真。その表情は眉を顰めた、険しいものだった。







「―――――――――オレは、もう・・・何も背負いたくないのに・・・・・・」







その弱弱しい、囁くような言葉は



紫煙と共に風に攫われて、夜空に消えていった。



















あとがき
戦車級『次回は!』
兵士級『やっと!』
闘士級『俺達が!』
光線級『欧州の!』
重光線級『戦場で!』
突撃級『活躍し!』
要撃級『暴れまわる!』
突撃級『みんな!』
要塞級『見てくれよな!』


BETA+バル『やっと出番だぜ!!』


BETA『・・・・え?』 バル『・・・・・・。』


バル『ブランク中尉もレフティ少佐も緋村大尉も、2ワード以上台詞があるのに・・・・』


バル『何故・・・私だけ、一言だけなのだ・・・・・・・?』


突撃級『まあ、泣くなよ・・・』

闘士級『ほら、こっちこいよ』

兵士級『一緒に酒でも飲もうぜ』




ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

この八話だいぶ苦悩しました。
戦場が欧州なので行ったことがない私は調べるしかないんですよね、地理とか地名とか。

で、私は地理歴史経済といった社会という科目が本当に苦手なのです。
ぶっちゃけ大嫌いなのです。
その点今回はかなり苦労しました。
もう地図とか見ただけで睡魔がBETAのように襲ってきて、もう大変でした。


あとは武ちゃんと純夏の対面ですかね。
書いている最中この場面の武ちゃん気持ち想像したらなんだか悲しくなってきて困りましたw

なんで皆死んじゃったん・・・。

なんで純夏シリンダー入ってん・・・。

ちなみにヒロインズの中では霞と冥夜が特に好きです。
TEでは唯依一択。


さて次回はハイヴ攻略作戦に入ります。


さあ、諸君・・・戦争だ。
ヨーロッパだ!ヨーロッパの灯だ!!

次回もよろしくお願いします。では。




[13811] 第九話 『レイストン基地にて』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 19:57
生い茂る木々が燃える。



あれだけ豊かだった自然が、緑に溢れていた世界が黒と赤に染まる。



パキッと爆ぜる音が周囲から鳴り響き、燃える木々が合唱するように辺りを包む。



視界は赤く染まっている、燃え盛る炎のせいではなく、額の傷から溢れる自分の血が目に入っているせいだとその時初めて気付いた。



傷は額だけではなく、身体のいたる所に大きな傷がある。とても助かりそうもない。出血が止まらない。



―――私は、ここで死ぬのか



傷だらけの身体を動かし、何を掴むのでもなく、宙に手を伸ばした。



――――この手には、何か掴む事が出来たのだろうか?



身体の震えが止まらない、視界が霞み、本当に世界が赤一色になる。



――――――貴様はどう思う?



呼吸が上手くできず、喉が鳴らない。声は出なかったが確かにその唇は微かに動いていた。



『・・・・・・・・・なぁ、君島?』



そうして、意識は常闇に堕ちてゆく。



その問いは何の答えも得られぬままに、燃える世界に消えていった。














6月8日 英国領内 欧州国連軍 レイストン基地 0900




大型輸送機に長い時間揺られてきたアルマゲストの隊員達は、大型輸送機に設置されたタラップから続々と地上に降り立つ。



「はぁ~。 空から見ても大きいと思いましたけど、こうやって降りて見ても大きい基地ですねぇ」



リーネが輸送機から顔を出すと、高い位置から見下ろすように基地を見回す。



「ブランク中尉、後が閊えるぞ。 さっさと降りないか」



バルダートが若干呆れながらリーネを促した。



リーネはわかってますよと言いながら、軽快な足取りでタラップを降りていった。



「まったく・・・」



「相変わらず仲がいいね、バルダート」



溜め息をつくバルダートの肩を叩きながら、ニヤリと意味ありげな笑いを浮かべ一真がリーネに続いた。



「っな―――!?」



「バルダート大尉、貴様も早く降りないか。 ・・・後が閊えるぞ」



何を言っているのかとバルダートは動揺して、一真に反論しようとするが、後ろに立つエリカが睨みを利かせてきたので渋々地上へと足を向けた。






「―――おい、お前等! お出迎えだ、極東国連軍の代表として恥ずかしくないようにな!!」




先頭を歩く武が振り返ると、隊員達にニッと笑いながら声をかけた。




見れば、滑走路に隣接した建物の前に軍服を纏った数人の集団がこちらに歩いて来ていた。




お互いに歩みを進め、距離を縮める。




先頭にいた男と武との距離が3m程になるとお互いに足を止め、視線がぶつかった。





「極東国連軍グラウディオス連隊所属アルマゲスト大隊、大隊指揮官及びアンタレス中隊隊長白銀武中佐、以下49名、ハイヴ攻略作戦へ参加する為このレイストン基地に参上致しました。 作戦終了までの間、このレイストン基地に駐留させて頂きます。 短い間ですがお世話になります」




武は敬礼をし、その目の前にいる男性とその後ろに並ぶ集団も敬礼を返した。




「本作戦指揮官を任された、欧州国連軍レイストン基地所属のアーロン・マクレラン大佐です。 長旅ご苦労。 本作戦への参加、感謝しますよ、白銀武中佐」



「初めまして、マクレラン大佐。 しかし、俺の方が階級は下です。 畏まらなくていいですよ?」



大佐と名乗ったのにも拘らず畏まった対応をするマクレランに武は苦笑いを浮かべて答えた。



「必要以上に畏まっているつもりはないがね。 あのXM3の基礎概念考案者、日本帝国の解放に貢献した英雄に相応の対応をしているまでです。 今回の作戦でもそのご活躍を期待してます」





「大佐、何か勘違いしているようですが―――」



マクレランの言葉に武は相変わらず苦笑いを浮かべ、マクレランの言葉を遮った。



「今、俺はアルマゲスト大隊指揮官として作戦に参加しています。 それに、日本開放は多くの人間の協力があってこそ為しえたものです、決して俺一人の力じゃありません。 故に今は一佐官としての対応が望ましいです」



(そう、決して俺だけの力ではない。 多くの人が同じ目的のために戦い成し遂げられたんだ。 そしてその作戦で失われた者達の為にも人類は勝利を掴まなくちゃいけないんだ)




「今回の作戦も、欧州国連軍、欧州連合、極東国連軍の力を合わせなくては成功しません。 お互いに協力し合いましょう」



武は右手を前に差し出す。



「―――ふ、そうですか、それは失礼をした。 ならばこの作戦、皆で成功させましょう。 あの場で散ったヴォールク連隊の者達や多くの衛士達に報いるためにも」



マクレランはそう微笑み、差し出された武の手に自分の手を添えて、二人は握手を交わした。



「それでは中佐の部隊の皆も長旅でお疲れでしょう。 明日、1300に全体のブリーフィングがあります。 それまで兵舎でお休み下さい」



そうして、アルマゲストの面々はマクレランの部下に兵舎まで案内された。











「――――あーあ、今回の作戦に弐型の搬入間に合えばよかったのになぁ」



リーネが兵舎に向かい、足を動かしながらぼやくように言った。



「仕方がなかろう? 私達アルマゲストに与えられた機体はType-94(不知火)だ。それも上の意見と予算の都合でな。 ようやく今期予算が可決され搬入が決まっても、我々は習熟に時間を割かねばならん。 どちらにせよ今回の作戦には到底間に合わなかっただろうよ」



そのぼやきに、わざわざ事の詳細を説明するかのようにバルダートが答える。



「まぁそうぼやくなよ、リーネ。 それに不知火だってここ数年で基礎機能の上昇が図られたんだし、配置当初に搭乗していた人間からすれば今の不知火は十分いい機体なんだ」


それに武も加わりリーネを宥める。どうやら彼女は自分が搭乗した事のない戦術機に興味津々な様で、先日決まった不知火・弐型の配置が今から待ち遠しい様だ。




Type-94不知火はXFJ-01不知火・弐型の正式配置が決定した事により、帝国の技術部はそのノウハウを回収し、不知火は微力ながらも改修される事になった。
しかし、その結果は稼働時間と出力の限定的向上に留められており、少しばかり不知火のアンバランスを無くす程度になっていた。
尚、不知火・弐型は2003年に正式配置が始まり、それに合わせて不知火の改修機が配置され始め、今アルマゲストに配置されているのはこの改修版の不知火である。





「あー、中佐は配置されてそう時間が経ってない時から乗ってるんでしたよねぇ」



「そうだよ。 それに与えられた機体に文句たれてる場合じゃないだろ? 今は作戦を成功させる事と自分が生き残るための事を考えろよ」



「うぇーい」



武の言葉に項垂れるようにリーネは声を上げた。



「ふふ、ブランク中尉は随分と帝国式に御執心な様だな」



そんなリーネを慰めるようにエリカは珍しくこの様な会話に参加した。



彼女としても、母の祖国である日本帝国の戦術機が世に称えられるのは嬉しい事なのだろう。




「ん~、それはそうですけど、あとは米国が去年開発した第四世代相当試作機RFV-25にも興味ありますねぇ」




顎に手を当てて考えるように呟いた。米国が嫌いな彼女だが戦術機には興味あるらしい。戦術機に罪は無いという事だろうか。




「いや? RVF-25はそこまでいいものじゃないよ。 出力向上やステルス性の維持、近接戦闘能力の向上を目指したのはいいが、機体重量やバランスや性能を考えればF-22Aの方がいい。 まぁまだ試作機って銘打ってるんだから改善の余地はあるんだろうさ。 今の帝国斯衛軍に配置されているType-00武御雷も一度改修されたろ。 そして帝国はその武御雷に当てられた技術を今第四世代相当戦術機の開発に当てて勤しんでるわけで、どちらも今後に期待だな」




と、思いがけないところからの講釈が入ったことに皆驚き、一斉にその音源である一真に向き直った。



「・・・ヒムラ大尉ってRFV-25リンクスに乗った事あるんですか?」




「ん、まあね。 横浜に来る前はアラスカのユーコン基地にいたから、その時に少し乗ったくらいだな」



と、目線を反らしながら一真は答えた。


ちなみにそれは嘘ではない、彼は横浜基地に向かう前に夕呼と合流する為にユーコン基地に向かい、二週間滞在していたのだから。



「・・・・君もブランク中尉と同じで、戦術機に御執心かね?」



バルダートが何とも言えない微妙な表情で尋ねる。



「違うよ、バルダート。 オレはただ技術方面の知識も少し持ち合わせているから自分が乗った機体の性能とかには敏感なだけだ」



「そうなのか、緋村大尉は中々に知識の幅が広いのだな」



バルダートは感心するように頷いていた。



「へぇ~、じゃあ他の戦術機の事とか知っている事あったら教えて下さいよ!」



リーネはその細い目を見開いて瞳をキラキラさせながらせがんでいた。



「いやいや、リーネ。 オレが知ってるのは帝国製のモノと米国製のモノぐらいだからな?」



「それでもいいですよ~! 教えて下さい!」



迫るリーネに戸惑う一真は視線を武に向けて助けを求めるが、武は意地の悪い笑顔を向けてやり過ごした。



「あのぉ、皆さんに割り当てられた兵舎に着きましたけど・・・・」



武達を兵舎に案内していた女性が振り返り、気まずそうな笑顔で声をかけてきた。



「ああ、ありがとう。 おし、皆各自兵舎に入れ。 明日までの行動もある程度は自由にされているが、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ。 起床、消灯時間もレイストン基地のものに倣うからな、気を付けろよ」



「「「「了解」」」」



「あと、一真。 お前はリーネに戦術機で知っている事があったら教えてやれ。 気になって作戦に集中できないじゃ、困るしな」



「え゛っ」「やったぁ!!」




「―――んじゃ、解散な」



シュタッと自分に割り当てられた部屋に退避しながら武は爆弾を置いていった。




「それじゃあ、お話、お願いしますねぇ~♪」



リーネは一真の腕に抱きついて無邪気に笑う。



リーネの豊満なバストが一真の腕に当たり、その形を歪める。



「―――はぁ。 オーライ。 それじゃあ・・・個人授業をするとしようか」



一真は無理矢理に取り繕った笑顔の表情でリーネの要望を受け入れた。











同日 欧州国連軍 レイストン基地 1923



「ほう、それでは本作戦において米軍は何の謀略もないと?」



ここは、レイストン基地にあるアーロン・マクレラン大佐の私室である。



そして、武は部屋の主であるマクレラン大佐と会談していた。



「はい。 先程基地の停泊所を見てきましたけど、米軍の戦艦に怪しいところは見受けられません。 後方支援部隊にしてもハンガーに搬入されているのはF-22Aが主体になっている長距離砲撃装備部隊でしたしね。 ・・・・・何かを企てるにしては数も多いし、装備にも何かを仕掛けたりする様なものでもないですし、換装申請も来てはいない。 これらの事から見ても何かしらの動きをすることはないでしょうね」



武は口元にティーカップを運び、紅茶を喉に流し込んだ。



武は先程まで基地内を歩き回り、米軍の部隊を見て回っていた。いくらあの資料を見たとしても、米国も一枚岩じゃない。何者かの手によって、何かしら怪しい動きをする部隊の存在を懸念して武は動き回っていた。しかしその結果怪しいところもなく、安心して兵舎に戻ろうとしていたところ、マクレランと出くわし、マクレランの私室にてお茶をすることになったのだ。



「そうですか・・・。 いや、米国から作戦への参加申請が来た時は驚きましたよ。 何分今までと違い高圧的なものではなく、友好的と取れる真摯な態度でしたから」



相変わらずマクレランは畏まった口調ではあるが、態度は十分に柔らかいものだった。


どうやらこれが彼のデフォルトらしい。



「米軍の艦隊が作戦に参加した事によって、後方に厚みが出来ましたね。 これでその分前線に向かう支援部隊と突撃部隊も速やかに事を運べると言いのですが・・・・」



そう語る武の表情は少し眉を顰めた険しいものだった。



「難しいかもしれませんね。 ここは欧州です。 いや、今の世界で米国への以前以上の不信感を抱いていないのはアフリカとソビエト連邦くらいなものでしょう。 作戦に参加する兵士達の多くはこの作戦に米国が参加している事を快く思っていません。 士気が下がる事はやむをえません」



対するマクレランの表情も険しいものだった。



「やはり、そうですよねぇ・・・。 こればっかりは米軍に大人しく、頼れる支援砲撃を見せてもらうしかないですか」



武はお手上げだとも言うように腰掛けたソファの背もたれに寄りかかる。



「そうです。 しかし、これで作戦が成功すれば米国はまた戦線に参加する事を望んで来るかもしれません」



マクレランはどうやら今後の対応の方が頭に痛いようだ。



「作戦を発令した軍が他の勢力に応援を求める、と言うのが近年のスタンダードでしたしね。 まぁたまに自らの申請もありましたけど」




今回の作戦は欧州連合と欧州国連軍が主体の作戦だ。そこに参加要請があった極東国連軍、自ら作戦参加を申請した米軍が加わった、大規模戦線。




これだけの部隊になると連携の難易度も上がる。



「でもまぁ、後の事は作戦が終わったら考えるのがいいですよ」



武は腰掛けていたソファから腰を上げる。



「おや、もう戻られますか?」



「ええ、お茶美味しかったですよ。 天然モノは久しぶりに飲みました。 ありがとうございます」



「はい、それはよかった。 それでは明日のブリーフィングまでにまたお声をかけますよ」



マクレランも立ち上がり、退室する武を見送るようにした。



「はい、了解しました。 それでは失礼します」



バタンと静かに扉が閉まる。






「―――いやはや、あの若さであれだけ隙がないとは・・・・さすが、英雄と呼ばれるだけの事はありますな」



顎を撫でながらマクレランは唸るように呟いた。









マクレランの私室を出た武は廊下を歩きながら窓から見える基地の景色を眺める。




(BETAに侵略されたユーラシア大陸から英国本土を護るために建設されただけあって広大だな。 海岸沿いに立てられた防御壁もかなり厚い。 あーこれだけのものを日本も建設できれば今までも少しは楽に出来たんだろうなあ)




巨大な防御壁を眺めながら武は思う。




英国も日本もユーラシア大陸に隣接する島国であるにも拘らず、英国はその領内にBETA侵入を許したのは一度だけ。しかもそれを最小限に抑えられた事は特筆に値するだろう。
まずはユーラシアでの戦争によって疲弊してたのにも拘らず欧州連合の連携や戦力の大きさは、日米安保条約を破棄された日本にはなかったものだ。
それと、島の下一辺の守護をメインに防壁を組み立てればよかった英国に対して、日本は日本海側の海岸丸々防壁を敷かなければならなかった。もちろんそのような事は不可能だ。




同じ皇室を持ち、同じ島国であるにも拘らず、この歴史の違いには羨望を抱いてしまいそうだった。




「でもまぁ、日本は一応BETAの侵攻から遠ざけられたわけだから、今度はこっちも救われないとな、うん」




武はそう言って身体にやる気を漲らせると、兵舎に向けて再び歩み始めた。












同日 欧州国連軍 レイストン基地 兵舎 2148



「――――それで、弐型は稼働時間の短さを解消する為に当時米国新開発の主機に換装や噴射ユニットのエンジンも換装し、脚部延長も図り従来の帝国製のモノとは一線を画す戦術機に育て上げられ、それによって―――って、聞いてるのか? リーネ、リーネ・ブランク」



頼まれたのでこうやって知っている戦術機について説明してると言うのに、と一真は溜め息をつきながら、隣の席で眠たげに目をシパシパさせていたリーネに声をかけた。



「ふ、ふぁい、ぅうん、はい、大丈夫ですよ、ちゃんと聞いてました!」



何度か頭を横に振ってリーネは睡魔を退けたのか、一真に答えた。




「今日は輸送艦に長い時間乗ってたし疲れたんだろ、今日はお開きだ。」




一真は椅子から立ち上がった。



「え~? もっと聞きたいですよー?」




「あんまり駄々を捏ねるな。 それに男を夜遅くまで女性の部屋に置いておくもんじゃないないだろう」



ゆらゆらと擦り寄ってくるリーネを引き剥がしながら一真は言う。




「ん~、ヒムラ大尉なら問題はないんですけどねぇ・・・」



(・・・なんだ? オレは舐められてるのか? 人畜無害な男に見られてるのか?)



一真が少しだけ衝撃を受けていると、リーネが突然笑い出した。



「アハハハハハっ。 ヒムラ大尉が思っている様な事じゃないと思いますよ? ただ、大尉って心に決めた人以外には手を出しそうもないなって感じたんで。 ・・・ただ言ってみただけですよ」



ケタケタと笑いながらリーネは可笑しそうに言った。




「―――はぁ、そうかい。 ・・・そんな律儀な男に見てくれてるのは有り難いが、据え膳食わぬはなんとやらってね。 オレは割りとそれに則るぞ?」



一真はおどけたようにリーネに向けていた視線を目を細めた。



「ぷ、くくく、そうなんですかぁ、じゃあ、怖い狼は出てけー!!」



(コイツ、テンション高いな・・・これが本当にシラフか?)



「オーライ、それじゃおやすみ、リーネ・ブランク」



一真はそう言いながら苦笑いを残し立ち去ろうとすると






「―――緋村大尉、なんで不知火・弐型の話の時だけ少し誇らしげに語ってたんですか?」



と、リーネが静かに問いかけてきた。




「―――――一時は慣れていたとはいえ、祖国の開発した機体だからな。 それに世界に誇れるBETAへの先兵の機体だ。 誇らしく語るのは可笑しくない事だろう?」



リーネは目を細めて一真を捕らえる。もし、その台詞をエリカが言ったのならリーネは信じていただろう



だが、この男、一真が言う事は完全には信じられなかった。だから



「本当ですかぁ~? 案外、女絡みだったりしてぇ~?」



と、ふざけたように二度問いかけた。





「―――ハッ、まさか。 寝言は寝てから言えよ。 眠いなら早く寝ろ・・・それじゃ、おやすみ」



「はい~おやすみなさ~い♪」





閉じられた扉を見つめながらリーネは何かを思案するような仕草で



「ん~、微妙な反応だったけど・・・・・・当たりなのかな?」



等と口走っていた。















一真が部屋から出ると二つ向こうの部屋にバルダートが入ろうとしているところだった。



「よお、バルダート。 今からおやすみかい?」



「あ、ああ、そろそろ休もうと思ってな・・・・」



バルダートは動揺したように言い淀みながらそれに答えた。



「ああ、それならオレも部屋に戻るかね。 おやすみ、バルダート」



「ああ、おやすみ。 緋村大尉」



一真に割り当てられた部屋はバルダートの部屋の向こうにあるので一真はバルダートの横を通り過ぎながらおやすみの挨拶をした。








「――――――――――外で張ってるくらい心配なら、入ってこいよ。 三十過ぎの奥手は流行らねぇぜ?」



と、少しだけ笑いを含んだ口調でボソリとバルダートの耳に届くのがやっとと言うような声量で一真はバルダートに言った。





「――――んっ――――なあっ!!?」



バルダートは赤面しながらバッと勢いよく振り返った。



「あははははは、頑張れよ、リカルド・バルダート。 それじゃおやすみ」



そして、一真は自分の部屋に入っていった。







「――――うぐぅ・・・・」



その後、廊下には、妙な唸り声を漏らすバルダートが残った。





















あとがき
BETA『・・・出番は?』


ここまで読んでくれた方々ありがとうございます。どうも狗子です。

さて、今回の第九話。
戦闘に入りませんでした。戦闘を見たかった方誠に申し訳ないです。

次回こそは今回出番を得られなかったBETA群が怒り狂い奮闘してくれると思います。

では次回に。また。



[13811] 第十話 『ミンスクで散った者達へ』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:09
6月10日 リガ海岸沖 0830



H05・ミンスクハイヴ攻略作戦開始まで後30分に差し掛かり海上に並ぶ艦隊に格納されている各部隊に緊張が走っていた。


この作戦の先行上陸部隊と陽動部隊である欧州国連軍と欧州連合の部隊を載せた戦術機母艦が海岸に向けて前進を始める。


欧州国連軍、欧州連合の先行上陸部隊、陽動部隊、延べ6個連隊。
それに続き、欧州連合ハイヴ制圧部隊、極東国連軍アルマゲスト大隊、延べ7個大隊。
更に後方、欧州国連軍後方支援部隊、米軍後方支援部隊、延べ4個連隊。
欧州国連軍支援砲撃艦隊、欧州連合支援砲撃艦隊、米軍支援砲撃艦隊、延べ18隻。


先行上陸部隊と陽動部隊の戦術機母艦に続き、後続の部隊を載せた母艦も海岸に向けて接近を開始し始めた。


戦術機を除く戦闘車両等の地上支援部隊は陸伝いにミンスク周辺に配置され、刻一刻と迫る作戦開始の声を待ち望むようにその砲身はミンスクハイヴに向けられたまま待機されていた。


「―――海上の各艦隊、各部隊格納母艦、地上の陸上支援砲撃部隊、全て配置につきました!」


「うむ、そうか・・・・各部隊作戦開始まで出撃体勢で待機。 砲撃艦隊はALM装填を完了次第、発射体勢のまま待機だ!!」


「了解!」


各部隊配置状況報告を聞いた本作戦指揮官、アーロン・マクレラン大佐はゆっくりと頷きながら、直ぐにでも作戦開始できるように指示を飛ばす。それの指示を聞いてオペレータは各部隊へ指示を送る。マクレランは後方支援砲撃艦隊、司令部におり、司令部の人間は忙しく各部隊との交信、命令のやり取りを繰り返していた。マクレランを含めたその場の人間の表情は何とも言えない、必死な表情だった。そう、あのミンスクハイヴでは多くの命が散っていった―――その者達の為にもこの作戦は成功させなければいけないという気持ちが顕著に表情に表れていた。
それだけではなく、あのユーラシアでは多くの同胞達が眠っているのだ。BETAに蹂躙されたままのあの大地で眠るのは何と辛い事だろう。今日と言う日を以って彼等をその苦しみから解き放ち、安らかな眠りを与えよう。







海上に浮かぶ戦術機母艦艦隊の中堅に位置した母艦に白銀武を含めた、アルマゲスト大隊のメンバーが不知火に搭乗し、待機していた。

アルマゲスト結成から二度目のハイヴ攻略作戦。

幾度となくハイヴ攻略作戦をこなそうと、不安や緊張を無くす事はできないだろう。だが、それを捻じ伏せて彼等は適度な緊張感を以ってこの作戦に臨む。


「アンタレス1よりアルマゲスト全隊員へ――――」


作戦開始十分前に差し掛かった所でアルマゲストの隊長、白銀武から隊員達に通信回線が繋がった。
武の網膜に各中隊長の顔が映し出される。流石と言えば流石、当然と言えば当然だが皆、必要以上に緊張もせず、至って落ち着いた表情でこちらを見ていた。


「作戦開始十分を切ったが・・・何か問題はあるか?」


「カマリ1―――問題ありません」「レグルス1問題ありません」「スピカ1問題ありません」


各中隊長達が武の問いに答える。各自臨戦状態のようでその表情は引き締まっていた。


「それじゃあ―――今回の作戦には新入りもいるからな。 前回の作戦と同じく、俺から皆に言う事がある」


武の言葉を皆黙って耳を傾ける。前回からいた者たちはその時を思い出しながら、あるものは目を閉じて耳を傾け、あるものは網膜に投影された武を見つめながら武の言葉に耳を傾けた。


「――――『死力を尽くして任務に当たれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死にするな』・・・・・・これは以前俺が所属していた部隊の隊規なんだがな、俺はこの隊規を胸に、今まで戦ってきた。 そして、お前達に押し付けるつもりはないが・・・皆、この言葉を胸に刻んで作戦に臨んでくれ。 この作戦を成功させる為にも、自分が生き残る為にも、この言葉を忘れないでくれ。 ―――皆の奮闘を期待する、――――以上だ」


「「「「了解!」」」」


武が言いたい事を言い終えると皆返事を返した。


日本の為にその命を差し出し、佐渡島と共に消えていった、この隊規を武に教えた女性―――伊隅みちる。彼女こそ英雄と謳われるに相応しい。そしてこの言葉はその英雄が遺したものだ、多くの人にその言葉を知ってもらい、そう在って欲しいと武は願う。衛士が一番恐れる―――無駄な死を迎えないためにも。



「―――HQより、全部隊へ。 作戦開始三分前です」


「作戦開始と共に地上支援部隊と海上砲撃艦隊によるALMが発射されます。 その後、各部隊随時出撃して下さい」


司令部から作戦開始の刻限が近づいている事が伝えられる。



「――――多くの、本当に・・・多くの同胞達が・・・このユーラシアで、道半ばで散っていきました」


マクレランが目を閉じて、静かに口を動かした。それは司令官としての口調ではなく、彼本来の口調で、色々な感情が渦巻くような落ち着いた声で語りだした。


「かの桜花作戦からの五年間、攻略されたハイヴは八つに上り、今、人類には微かな希望の光を垣間見れる所まで来る事が出来ました。 ・・・・・・そして、今を生きる我等には、多くの犠牲になった者達の為にも・・・・その希望の光をこの手に掴まなければいけないのです」


マクレランの手に拳が形作られる。その手は震えていた。


「ミンスクには、かのヴォールク連隊の衛士達も多く眠っているのです。 BETAの巣食う彼の地では満足に眠る事も儘ならないでしょう・・・・故に今、この作戦を以ってこの土地に眠る彼等に、安らかな眠りを与える為に・・・・我等が母なる大地を忌々しいBETAから取り戻す為に・・・・今日この日を戦い、勝利し、・・・・人類の光に更に近づきましょう・・・・。 諸君らの奮起に期待する。」


その手の震えは、怒りか、悲しみか、悔恨か、武者震いか。


そして――――――約束の刻限


「――――0900! 作戦開始時刻です!!」


「――――これよりミンスクハイヴ攻略作戦を開始する!!! ――――海上砲撃艦隊、地上砲撃部隊、ALM砲撃開始!!! 先行上陸部隊、陽動部隊全機出撃!!!!」


作戦開始時刻になり、マクレランから作戦の開始が告げられる。
同時に無数のALM―――アンチレーザーミサイルが発射され、その軌跡を辿る白煙が空に幾重にも重なり、空を斑に覆った。

2001年の桜花作戦の時以来BETA、光線級、重光線級は従来のALMに対処し、ALMを打ち落とさなくなってしまった。故に人類は新しくALMを開発せざるを得なかった。そして、それによって誕生したのが今現在全軍で用いられている、自動拡散型のALMだった。


空中に発射されたALMが四散し、それによって重金属雲が空を覆う。


その後、戦術機母艦から次々と戦術機が出撃する。



「―――さあ、ユーラシアを取り戻すぞ!!」



マクレランがそう吠えるのと同時に支援砲撃艦隊の砲台が火を噴いた。







「欧州三つ目のハイヴ攻略作戦―――いやはや、相変わらず凄い迫力だな」


作戦開始から一時間後、戦術機母艦、未だ待機中の不知火の中、一真は網膜に映る外の映像を見て、感嘆とした。その表情は不適に薄い笑みを浮かべていた。

幾つもの弾頭が発射され、それを光線級、重光線級が打ち落とす。ALMのお蔭か弾頭撃墜率は未だ低い。
欧州にもXM3が渡っているお蔭か、陽動部隊も先行部隊も損害は今のところ1/4程撃墜された程度で抑えられている。
米軍も大人しく支援砲撃を繰り返しているようだ。
今のところは順調だ。けれど油断は出来ない。BETAは2001年の横浜基地襲撃以来、単純ながら戦術を用いてきている。
それにここはフェイズ5のハイヴ、まだまだBETAの増援は来るだろうし、先は長いだろう。
幸い、ここは英国本土が近い事もあり弾頭の補給は随時行われるようだ。


「豪勢な作戦なこって」


一真が短く呟いた。


「―――随分と余裕だな、一真?」


突如、武が回線を繋げてきた。


「なんだ、武くんはびくびく脅える成人男性の姿が見たかったか?」


「いや、まったく。 ・・・・・お前はアルマゲストの新入りだけど期待してる・・・だけど無茶すんなよ?」


武はニッと笑い、一真はその武を見て感心しながら溜め息をついた。
こんな時まで他人の心配をするとは――――優しいと言うかなんと言えばいいのか・・・と一真は内心笑ってしまっていた。


「なんだよ? 溜め息なんかついて・・・」


「いや何、それが武くんの在り方なんだなと、感心してたんだよ。 ・・・・・心配するのもいいが・・・・自分の身も案じろよ? 犬死は御免だろ」


「ああ、そうだな」


一真の言葉に武は頷く。
今も武は伊隅ヴァルキリーズの一員である事を胸に秘めている―――故にその教えに反する事はしない。


「――――まぁ・・・簡単には死なせんがね。 そう約束したもんで」


「は? 誰とだよ?」


きょとんと目を丸くして武は首を傾げた。


「―――――――お前を心配してくれている、優しい女の子とさ」


その言葉を聞いて武は自分の頭の検索エンジンに検索をかけて、該当する人物を探し出そうとした時。


「HQより、アルマゲスト及び連合ハイヴ制圧部隊、全機出撃して下さい――――!!!」


司令部からアルマゲストへとうとう出撃命令が出た。



「――――アンタレス1よりアルマゲスト各機! 今から匍匐飛行にて上陸した後、噴射と主脚を用いて全速力で門まで突っ切るぞ!!! 途中、補給コンテナで燃料と推進剤の補給はする!!! 全機、遅れるな!!!!」



「「「「了解!!!!」」」」


司令部からの出撃命令が下りた後、武から上陸後の動きが伝えられる。ブリーフィングで説明された通り、アルマゲストの行動に変更はない。先行部隊、陽動部隊共に奮闘しており、前線は押し上げられている。


「アルマゲスト――――全機、出撃!!!」





そうして、アルマゲストは結成から二度目の戦場に参加した。











アルマゲストは戦場を駆ける。
目指す門はミンスクハイヴモニュメントより北北西15kmの地点にある門。それまでの約400kmの距離を最短距離で突っ切っていく。
前線が押し上げられた事もあり地上には幾つものBETAの死骸が散らばっている。


「アンタレス1より各機へ! 転がっているBETAの死骸に躓くなよ!! それと、まだ生きているBETAもまぎれているかもしれない! 警戒を怠るな!!!」


「「「「了解!!」」」」


ミンスク周辺のロギニエミハイヴとヴェリスクハイヴを既に攻略した事もあり、陽動部隊はミンスクハイヴ北方に広く展開しうまくBETA本隊を引き付けてくれているようだった。先行上陸部隊も陽動部隊も予定以上の粘りを見せてくれている、欧州ではやはりミンスクは特別なものなのだろう。





――――だが、やはりそう簡単にはいかないらしい。


「カマリ4よりアンタレス1!地下から異常な振動を感知!! 地下からBETAが来ます!!!!」


BETAの地下からの奇襲。シュミレータで何度もやられている事もあってか、カマリ4は敏感に振動センサーの波形を読み取る事が出来た。


「―――アンタレス1よりカマリ1!! 隊型を楔型弐陣に切り替え、右に引き寄せて対処しろ!!!」


「了解!!! カマリ1よりカマリ各機へ!! 隊型を楔型弐陣に切り替えて我が隊の進攻ルートを右にずらす!! 振動センサーから奴らの出現ポイントが割り出された!! 各自データリンクで確認しろ!!」


「「「「了解!!!」」」」


「アンタレス各機カマリを援護する! 続け!! アンタレス1よりアンタレス、カマリ両隊へ! 出現したBETAとの戦闘は極力抑えろ! その間スピカ、レグルス両隊は進攻ルートを先行し補給コンテナを確保しろ!!!」


「レグルス1了解!!」「スピカ1了解!」


武の命令を受けてレグルスとスピカが行動を開始し、進攻ルートを先行する。


そしてアルマゲストの左方向の地面が勢いよく爆ぜ、小型属種、突撃級、要撃級、要塞級で構成された200体程のBETA群がその姿を現した。
ぞろぞろと開いた穴から這い出し、自身達の邪魔になる災害を防止する為にとこちらに向かって前進してくる。


「―――――――さぁ、前哨戦だ・・・・お前等・・・・・・さっさと散れよ」


武は迫るBETAを睨み、不適に笑いながら舌なめずりをした。










「スピカ1よりCPへ!! 指定座標への支援砲撃を要請する!!」


「――――CP了解!」


「――――まぁ、これだけ戦線が広がっている中、本隊から外れている私達の要請に応える余裕があればですけど――――ねッ!!」


CPとの交信を終えたリーネは、毒づきながら前方の要撃級の群れに突撃砲二門を向け120mm砲弾を浴びせる。
今、スピカとレグルスは進攻ルートを武達、アンタレス、カマリから80km程先行した所で、BETAの増援に遭い、足止めを喰らっていた。その数300体以上。二個中隊で退けるには中々に難しい。


―――WARNING:第一種光線照射危険地帯


「―――――!!」


不吉な文字がリーネ達、カマリの隊員の網膜に映し出され、息を呑んだ。


リーネが不知火を振り向かせると、スピカの後方に穴から這い出した重光線級が10体、こちらにその禍々しい独眼を光らせていた。


「マズ――――――」


「中尉―――――――!!!!」


それをレグルスのA小隊、バルダート達が重光線級に突撃砲を放ち、阻止した。
120mm砲弾APCBCHE弾を浴びせられた重光線級はその柔肌をグチャグチャにされ、肉片を四散させて絶命した。


「――――っ・・・はぁ、助かりましたよ! ――――バルダート大尉!!」


一瞬の油断から生まれた自身の命の危機に、忘れていた呼吸を取り戻し大きく息を吐き出したリーネが、安堵の声でバルダートに感謝の言葉を贈る。


「まったく、らしくないな! 普段の君ならあのような事、自分で気付き処理したろうに!! ――――A小隊持ち場に戻るぞ! 一気に戦線を押し上げる!!」


バルダートはリーネに苛立ちを孕んだ声色で応える。


「むっ!なんですかー!! その態度は!? ―――人がせっかく感謝してッ―――るッ―――のッ―――にィッ!!」


リーネはバルダートの対応に怒りを顕にしながら、後ろから迫ってきた突撃級4体を噴射跳躍の後宙返りの要領で回転し着地した後、突撃砲で屠る。


「フッ――――集中力が足りないのではないか!? 今日の君は些か冷静さに欠けているようだが!! この様な醜態を晒すようでは後方に下がっている方がお似合いだな!?」


バルダートは長刀で要撃級を切り倒しながら前進する、レグルスの他の隊員達も同じようにBETA群に肉薄する。


余談ではあるが、この様な死地にてこんな会話が出来る彼等の神経は他人のそれよりも太いのだろう。


「―――なんだとッ!?? バルダート大尉だって、今日は随分とお熱い様じゃないですか!! 迎撃後衛のクセに突撃前衛の様に果敢に長刀なんか振ってさ!!」


そう言いつつリーネも突撃砲を左手に持ち替え右腕で背部の長刀を引き抜き、目の前まで迫った要撃級の攻撃を水平噴射跳躍で素早く回り込むことで回避し、要撃級を後ろから真っ二つに斬り裂いた。


「欧州出身者の私が!! こうやって欧州奪還の任務に精励するのは自然だと思うが!!? 君だってそうだろう!! レグルス5! ALMランチャー支援頼む!! 目標は前方重光線級17体!!」


バルダートは機体を垂直軸回転させ横薙ぎに長刀を振るう、それによって要撃級の首らしき部分が幾つも宙に舞った。


「スピカ12!! 九時方向に要塞級2!! スピカ11、スピカ9と共に対処して!! ――――それはそうですけど、ね!!」


指示を飛ばしながら口論を続けるリーネとバルダートに周りの隊員達は苦笑いを浮かべながらも「何と器用な人達だ」と感心した。それと同時にこれが出来なければアルマゲストの中隊長は務まらないのではないかと愚考した。


「それでもさっきの言い方はないんじゃな―――――艦隊より支援砲撃、来ます!!」


レグルスがALMを放ち、それが炸裂したのに続き、後方の艦隊から支援砲撃が放たれた。口論しながらもバルダートとリーネは艦隊の砲撃の報告を見逃さず部隊を下がらせた。


「スピカ全小隊!! 破片に当たるんじゃないよ!!」「レグルス各機! 爆散した瓦礫に注意しろ!!」


ALMによってその力を半減させられた重光線級は支援砲撃のミサイル群の半分も落とせずにそのミサイルの爆発に飲まれていった。
更に支援砲撃は続く。断続的にミサイル群がBETAの群れに襲い掛かった。


「――――どうやら、支援砲撃の順番が私達に向いたようだな・・・」


「そうですね。 でも厚い弾幕ですねぇ・・・ひたすらに撃ちまくってるって感じです」


スピカ、レグルス両隊は機体を支援砲撃に巻き込まないために逆噴射で後退し続ける。そして砲撃が止んだ時にはBETAの数は半分以下まで減っていた。


「米軍艦隊アイオワ、艦長のエドガー・モーゼス大佐だ。 アルマゲスト所属レグルス並びにスピカの諸君―――支援砲撃が遅くなって申し訳ない」


力強い低い声がヘッドセットから皆の耳に届いた。


「べ、米軍―――!?」


思わず声に出してしまったリーネはしまったと顔を顰めた。


「ははッ、何、気にすることはない。 我が軍は嫌われ者だからな! だが、支援砲撃は任せろ、安心して前に進みたまえ」


声からその心境を察したのかエドガーは笑いながら豪快に言い放った。それにリーネは呆気に取られ「はあ」と生返事を返す事しかできなかった。











「おぉらっ!!」


武は一閃の元要塞級を屠る。


「オイオイ、戦闘は極力抑えろって言ったクセに全滅させるような勢いだな、武くん!!」


それに続き、倒れこむ要塞級を踏み台にして一真の不知火は舞い上がる。
光線級の群れが一真機の機動をその双眼で追うがその禍々しい双眼に移るのは突撃砲を構える蒼穹色の不知火だった。
一真機の突撃砲から放たれるCANISTER弾が光線級の群れを襲い、光線級がただの夥しい量の肉片へと姿を変えた。


「―――一真! 後ろ、重光線級きてるぞ!!」


倒れこむ要塞級を避けるように武は不知火を動かし、その向こうで一真機に独眼を向ける重光線級10体にAPCBCHE弾をフルオートで放つ。


「あなたもです、アンタレス1!!」


重光線級6体に水平噴射跳躍で肉薄しエリカは長刀で薙ぎ払う。大量の返り血が不知火の青を赤黒く染める。


「すまない! ありがとうレフティ少佐!!」


武は振り返るとエリカに感謝の言葉を贈る。


「スピカ1よりアンタレス1へ!! この周辺の重光線級は今ので最後のようです! 一気に進攻ルートを進みましょう!!」


「アンタレス1了解!! アンタレス全機、進攻を再開するぞ!!」


「カマリ全機、遅れるな!!」


エリカからの報告を受けて武は再び進攻を開始する。先程の地下からのBETA群は一度目の奇襲からBETAが続々と穴から吐き出され、何度も増援が来てしまい、なかなか前に進めなかったのだ。
だが武と一真が奮闘した事により、その悉くを退ける事に成功した。


(白銀中佐ならいざ知れず、緋村大尉のあの機動はなんなんだ!? 中佐の動きについていくなど・・・!)


先行するアンタレスの先頭を駆け、こちらに向かって進攻を妨げようとするBETAを長刀で薙ぎ払う武機と一真機を見て、エリカは悔しそうに、または驚愕に顔を歪めた。


先程の戦闘でも一真機は武機にしっかりとついていき背中合わせのような形でしっかりと連携を取っていた。その動きはシュミレータの時とはまた違う次元であり、エリカは二人が同じ人間かと疑念に思考を巡らした。





「・・・・・・・・・・」



そして武と共に先頭を駆ける一真も、ある疑念を抱いていた。


それは武と初めて実機で戦場を駆けた事により生まれた疑念。


彼の能力、『ラーニング』によって読み取った情報から生み出された疑念。


彼の能力の『ラーニング』は人の行動を読み取り、それを自分のモノにするという能力だ。
この能力はプロジェクト・メサイアによる人体強化措置を受ける以前からの彼の才能に縁るところが大きい。事実、彼はその類まれな才能を買われ軍に早々に入隊した。
そして『ラーニング』が読み取れるモノは機動、挙動、仕草、筋肉の動き等の表面的な、或いは視覚的なモノだけではなく、それに至る思考や、概念等の内面的な事までも読み取る事が出来るのだ。余談だが、そうして吸収された情報から、未来予知の様に先読みをする事が可能であり、これは常人なら後手に回る事になるのだが彼のもう一つの能力『超反応』によって先手を打つ事が可能である。


そして、その力を以ってしても同格と言う化物の様な男、白銀武の機動を『ラーニング』して感じた事がある。


それは配属当初から見せ付けられたその特異な機動概念を読み取った時の驚愕と似ていたが、それとは違う、疑念と言う確証のないモノとして彼の頭を巡っていた。





―――――白銀武の不知火の機動の一瞬のぎこちなさ。



―――――白銀武の内に溜まるフラストレーション。



―――――白銀武の不知火の機体から上がる軋んだ音。





白銀武の真の実力は、不知火では再現できていない―――――?



これが『ラーニング』によって彼の頭に浮かび上がった、一つの疑念。




彼―――緋村一真は、若手No.1衛士、英雄、化物と評される白銀武という男の底知れない強さの可能性に気付いてしまっていたのだ。




(いやはや・・・・末恐ろしいねぇ。 まさに化物だ・・・・。 君の心配の必要性が薄れるよ、社さん)


久しく感じた他人への畏怖の感情と同時に、当の昔に消え去ったと思っていた武人としての血が騒いだ事に苛立つ感情が一真の中で渦巻いた。


その苛立ちをぶつける様に迫る要塞級を薙ぎ払う。


振り払われた長刀の一閃に要塞級は沈黙した。



「――――! アンタレス1より、アンタレス、カマリ全機へ! 前方にレグルス、スピカを確認!! 合流するぞ!!! ――――-アンタレス1よりレグルス1並びにスピカ1!! 両隊とも損害はない様だな?」


目標の門より30km手前でレーダーがレグルス、スピカの機影を捉え、武がバルダートとリーネに回線を繋ぐ。


「―――中佐!!」「―――白銀中佐!!?」


バルダートとリーネが同時に声が上がる。それを聞いていた一真はやはり気が合うんじゃないかこの二人は、と噴出しそうになった。


「レグルス、各機問題はありません。 補給コンテナも見ての通り九つ確保しました」


「スピカも問題ないです。 それより聞いて下さいよ、中佐! 米軍の支援砲撃艦隊の艦長のモーゼス大佐って人から直接通信があったんですよ!!」


報告を終えたリーネが興奮気味に武に迫る。といっても網膜に映る画像上の話だが。


「あ~! わかったよ!! 各隊補給を開始しろ、順番は各中隊長に任せる! まずはレグルスからだ!! その他の隊は周辺の警戒に当たれ!!!」


「レグルス1了解!! B小隊から補給を開始しろ!! 推進剤などは極力アンタレス、カマリなどに回せよ!!」



武はリーネをあしらうとアルマゲスト全隊に指揮を飛ばした。


そして、その武機の後ろ、警戒に当たっていた不知火の中で一真は顔を片手で覆い


「米軍の支援艦隊の艦長って・・・大佐かよ・・・」


と、何か打ちひしがれるように苦悶の声を漏らしていた。




「――――アンタレス全機補給完了。 今からアルマゲストは門を目指し進攻を開始する」


「「「「了解!!」」」」




門まで残り30km。アルマゲストは再び、進攻を開始し、その十数分後







「―――――アンタレス1よりHQ、目標の門に到達。 これよりハイヴ突入を開始する」




作戦開始から三時間後、アルマゲストは門へと到達し、ミンクスハイヴへ突入を開始した。











あとがき
BETA『出番あっても結局やられ役かよ・・・・orz』


ここまで読んでくれた方々ありがとうございます。どうも狗子です。

十話にしてハイヴ攻略作戦までたどり着きました。漸く一つの山場を迎えましたね。

アルマゲストにシリアスな戦闘は似合わないだろうと割りと明るい感じに書きました。
やっぱりシリアスな感じの方がいいでしょうか?

オルタ本編がシリアスでグロがあったり悲しい事が多かった事ですし、このおとぎ話ではできたら明るく戦闘をして、しばしば死人でも出s(ry

さて、一真君の『ラーニング』の説明も入り、武ちゃんの底知れぬ実力も垣間見え、今後どのように作者が迷走するか―――じゃなかった、今後どのように武ちゃん達が戦いを繰り広げていくか期待し過ぎない程度に楽しみにしてて下さい。

それでは、次回に。



[13811] 第十一話 『疑念』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:18
「スピカ、レグルスは突入した後、ある程度進んだら地上に脱出し地上部隊と合流しろ!! 脱出タイミングはバルダートに任せる! 頼むぞ?」


「レグルス1了解! 中佐達もお気をつけて!!」


「スピカ1了解!! 私達は一足先に地上で待ってますからね~」


到達した門の前、武が最終確認として各隊に声をかける。


そして


「アンタレス、カマリ各機へ! これよりH05・ミンスクハイヴに突入する!! アンタレスの目標は反応炉、カマリの目標はアトリエだ! 全機―――遅れるな!!!」


「「「「了解!!」」」」


――――――――ハイヴ突入が開始された。



アンタレス、カマリは武機と一真機を先頭に、幾重にも交わる横坑を噴射と主脚で駆け抜ける。
青白い燐光が後ろに流れていく様は差し詰めプラネタリウムのようだった。だが、ここは憎き異星起源種の住処、ハイヴなのだ、それを見た所で美しいなどと見惚れる事はない。


「―――前方の横坑からBETA群接近! 数は1000・・・接触まで200!! 高々千体規模だ!! 進攻ルートに変更はない!! 戦闘は最小限に抑え、噴射を用いて各機切り抜けろ!!」


「「「「了解!!」」」」


「切り抜けた後、カマリの制圧支援は反転してきたBETA群にミサイル斉射!!」


そうしているうちにBETA群は接近し、エンカウントする。
二十五の不知火が狭い横坑をBETAの大群を縫う様にして駆け巡る。跳び上がっては突撃砲で着地点を確保し、着地後は周囲のBETAを掃討し、また跳び上がる。
噴射跳躍中に天井から飛来してくるBETAを武は機体を捻る様にして回避、または短刀で切り裂く。
一真は武の後ろから迫る要撃級を長刀で切り裂く。


「サンキュー! 一真!!」


「オーライ! さっさと進もうか!!」


ある時は同時にBETA群に切りかかり、ある時は互いの背中を護るように背中合わせになり、BETAを駆逐する。その二人の流麗な連携はまさに舞うが如く、その攻撃は大嵐の如く苛烈だった。
BETA群を切り抜けた後、突撃級等の大型種の反転が追いつかずBETAが積み重なり津波の様にこちらに接近を開始する。


「カマリ9フォックス1!!」「カマリ10フォックス1!!」


制圧支援の警告宣言と同時に自律制御型多目的ミサイルが無数に発射され、縦に重なったBETA群に直撃した。BETAは吹き飛び、崩れ落ちるように絶命する。

横坑から広間へまた横坑へ、何度も蜘蛛の巣のように張り巡らされた縦坑と横坑を向け、そして主縦坑へと駆ける。







そんな中


(おかしい――――)


武の頭に一つの疑念が生まれる。


(・・・・順調すぎる)


幾度となくBETAの大群に遭遇したが、その度に退け、進攻を止めずに、アンタレス、カマリは誰一人欠ける事無く主縦坑まで辿り着いた。
それは武の望み通りの事、誰も死なせずに作戦を成功させる。それが今実現間近に迫っているというのに、武の心には喜びではなく、言い知れぬ不安が芽生える。
ここはH05・ミンスクハイヴ、フェイズ5という喀什に、オリジナルハイヴに次ぐ規模の筈なのに、その広大な地下茎に対してBETAの出現量はフェイズ4とさして変わらず、圧倒的に少ないのだ。
そして、BETAの動きもどこか消極的と言えばいいのか、その圧倒的な物量は健在であっても個々の攻撃が――――温い。


その印象は武のみが受けたものだった。事実、部隊の皆はBETAとの戦闘に体力や武装を削られながらも誰も死ぬ事もなくここまでこれた事に驚愕と喜びを感じていた。しかし、それは仕方のない事、彼等は知らないのだ、フェイズ5よりも更に上、フェイズ6という規模のハイヴの恐ろしさを。よって世界でたった二人、その脅威を知っている武だけがこの戦場においてその疑念を抱いたのだった。


そして、アンタレスとカマリはとうとう主広間に続く横坑に到達した。


「・・・・・・・・・・・」


武はその疑念を抱えたままに押し黙る。本当に小さな疑念だが、その雫は武の心に大きな波紋を作ったのだ。


「カマリ1よりアンタレス1へ―――――白銀中佐、どうかされましたか?」


どうにも静かな武を心配してかエリカが声をかけてきた。


「――――いや、なんでもないけど・・・・どうかしましたか? レフティ少佐。」


「いえ、なんでもないのならいいですよ。 それでは中佐、我々カマリはこれよりアトリエ制圧に向かいます。 こちらはお任せします」


「アンタレス1了解――――――――――――レフティ少佐」


「――――――――はい?」


武に背を向けてアトリエに向かおうとするエリカに武は声をかけた。


「―――――くれぐれも、お気をつけて」


武の表情は真剣そのものであり、いや、武は作戦中いつも真剣な表情だが、その表情にはまた違ったものが含まれているようだった。


「――――――はい、わかりました。 ・・・・カマリ各機、隊型・楔型壱陣! 続け!!」


「「「「了解!!!」」」」


エリカの号令を受け、カマリは勢いよく駆け出した。
それを武はじっと目で追っていた。


「アンタレス2よりアンタレス1―――――どうした、武くん? さっさと片付けようぜ。」

そこから動かない武に一真が回線を繋いだ。





「――――――――――――ああ、わかってる・・・・・わかってるさ」


武は疑念を振り払うかのように何度か首を振り答えた。


「アンタレス1よりアンタレス各機へ!! これよりアンタレスは主広間へ侵入し制圧後、反応炉の破壊作業に入る!!」


武がそう言うとアンタレス全機が行動を開始する。


横坑を抜けるとそこには広大な地下空洞が広がっており、アンタレスで唯一主広間を見た事のない一真がその広さに声を上げた。


「はぁ~、これが主広間ねぇ・・・・データで見たことはあっても・・・・実物は圧巻だな」


「一真、無駄口叩いてないでさっさと始めるぞ。 アンタレスC小隊はS-11での爆破作業に取り掛かれ、残りは周囲の哨戒、ここまで来たって何があるかわからないんだ、気を抜くなよ!」


「「「「了解!!」」」」


それぞれが自分の役割をこなす為に行動を開始する。そんな中、武は警戒をしながらもうめくに投影された反応炉を見つめる。青白い光が零れ、脈打つようにその光源が点滅していた。
武が主広間に到達し、こうして破壊するのは桜花作戦から数えて五回目。そして、主広間に来る度に、初めて主広間に到達し反応炉を破壊した時の事を思い出す。反応炉ごと彼女を撃ったこの手には未だにその時の感触が残っている。武はそれを思い出す度に、人類を救うという決意を奮い立たせるのであった。


「―――アンタレス4よりアンタレス1へ、S-11有線爆破装置の設置、完了しました。」


爆破準備を終えたとC小隊長から報告を受けて武は頷いた。


「アンタレス1了解!アンタレス各機、主広間壁際まで上がり衝撃に備えろ!!」


S-11がいくら強力であろうとこの広大な地下空洞の隅から隅までその威力は届くことはない。アンタレスは限界まで下がるとS-11の爆破スイッチを押す。





眩い閃光と凄まじい衝撃と轟音を伴いS-11は爆発した。


巻き上がる粉塵により視界が一時的に悪くなる。


「――――アンタレス1より、アンタレス各機――――!!」


視界が戻ってくると武は全機に回線を繋いだ。巻き上がった粉塵とS-11の爆発により通信システムが麻痺している為中々繋がらず、それから少したった後全機との通信が回復した。


「―――アンタレス各機、機体に損傷はないな!?」


「アンタレス2、問題ない」「アンタレス3、損傷ありません」「アンタレス4、損傷ありません」


次々と隊員達が報告を始める。


反応炉はS-11の爆発により、地面から根こそぎ吹き飛ばされており、反応炉の体液のようなものが溢れ、その爆発による熱で蒸発したように蒸気を上げていた。





「――――アンタレス1よりアンタレス各機! 反応炉の破壊に成功!! 作戦は成功だ!!!」


武の言葉に隊員から喜びの声が上がる。これで人類は十二個のハイヴを攻略した事になる、人類はまた一歩勝利に近づいたのだ。


「これよりアンタレスはカマリと合流後、主縦坑を通り地上に出る!! その後近隣のハイヴに移動を開始したBETAの掃討に向かう!!」


「「「「了解!!!」」」」


不知火が再び地上を目指し移動を開始する。


「――――!! 白銀中佐!! 反応炉の破壊は!?」


そして先に主縦坑に出てBETAの掃討に繰り出していたカマリを見つけ、中隊長であるエリカが通信を繋いだ。


「問題ない、反応炉の破壊は成功した」


武はエリカに微笑みながら戦果を告げる。それを聞いたエリカは安堵の息を漏らした。


「そうですか――――こちらも・・・・・アトリエの制圧は完了しました・・・・ですが・・・・」


エリカの口調は珍しくはっきりしない、信じられないものを見たとでも言うようにその目線を下げた。」


「―――? どうしました、レフティ少佐?」


「いえ、報告は後ほど纏めてお伝えします・・・・それよりも今は全軍に反応炉の破壊成功を伝達する事と、BETA掃討を急ぎましょう!」


エリカはそう言って通信を切った。そして武達アンタレスとカマリは合流し、地上に向けて駆け上がる。その途中には大破した欧州連合の機体、EF-2000が幾つも転がっていた。





「―――――タイフーン・・・・なんでこんなに・・・・」


主縦坑から横坑へと入ると、そこには無数の大破した戦術機がありそれが延々と続いていた。


「・・・・ちょうど一個大隊分はありますね・・・」


足を止めずにそれらを横目に捉える。どれも抉られた様に大きな傷痕があった。その殆どは管制ユニット付近を抉られており、とても生存者は望めそうになかった。


「ひどい・・・・」


凄惨な光景を見てエリカは小さい声を漏らした。


「レフティ少佐、そろそろ地上に出ます―――――」


そのエリカの声を聞いていたのか武はエリカに声をかけた。


そして地上の光が差し込む楕円の窓から二十五機の不知火は勢いよく飛び出し





「アンタレス1よりHQ―――――――――反応炉の破壊に成功!! ハイヴ制圧!! 作戦成功です!!!」





武の言葉が全軍に伝えられ、彼方此方から歓喜の声が上がる。ある者は管制ユニット内で涙し、ある者は戦友と抱き合いながら喜びを分かち合った。


「大佐―――!! アンタレス1より報告がありました!! ハイヴ制圧成功!! 我々の勝ちです!!!」


それを聞いて司令部が大きく沸きだった。欧州奪還、それがいよいよ現実になろうとしていた。


「・・・・そうか、やってくれましたか・・・・よかった・・・・本当によかった」


マクレランは目元を押さえ静かに涙した。ようやく彼等は救われたのだと、感極まっていた。





全軍の士気が高まり、その後のBETA掃討は逃亡するBETAの約七割を掃討すると言う快挙を成し遂げた。













6月11日 欧州国連軍 レイストン基地 1225




「――――で、何でアンタがこんなとこまできてんだよ?」


戦艦停泊所の壁に寄りかかりながら一真は不機嫌そうに、エドガー・モーゼスに問う。


「そう怒るな、ヒムラ。 今作戦への参加は我が合衆国の今後に大きく関わるのだ、そこで軍上層部は私にこの参加を命じた。 日頃の行いと信用度の高さの結果だな」


エドガーは鼻で笑いながら一真の問いに答える。


「それって只の厄介払いなんじゃねぇのか? まだ情勢も世論も安定してねぇだろ。 そんな中アンタをこんな所に遣すなんて正気の沙汰じゃねぇよ」


一真は両手を挙げて大げさに呆れましたとジェスチャーで表した。


「安心しろ、本国は信頼できる仲間に預けてある。 それに今もう一度クーデターなど起こせば、世論に完全に見放される。 そんな馬鹿はいないだろう?」


そう、あの日、3月28日に米国ではクーデターが起きた。


「まぁ、そうだろうけどさ。 難民キャンプの方はどうなってる?」


そして、そのきっかけを与えた人物こそ、この緋村一真という男だった。


「うむ、そちらの方も滞りなく進んでいる。 衛生面、配給、住居の改善などで大忙しだ。お前の条件通りな」


一真は穏健派の軍上層部、上議員にエンリコ・テラー、プロジェクト・メサイア等の非人道的な行いをする米軍機関の情報を売ったのだ。


「Good.・・・・その分、軍の方に予算も上手く回んねぇんじゃないか?」


一真はククッとくぐもった意地の悪い笑いを漏らす。


一真は各機関の情報だけではなく、警備状況、戦力配置等も教え、その結果クーデターは順調に、速やかに進み、クーデターを起こした者から見れば大成功に終わった。


「そうだな。 RVF-25の開発も遅延している・・・しかし、米軍は当分後方支援に回るからな、今の第三世代機でも十分だろう。 それに、日米安保条約の締結も見送られてしまったしな」


そして穏健派は上層部から強硬派を引き摺り下ろし、その米国の実権を握った。


「そうかい―――――まあ、今回は大人しく支援砲撃やってくれてたしな。 お疲れさん、大佐」


一真は跳ねるように壁から背中を離し、エドガーに向き直る。


「フッ、お前から労いの言葉など気色が悪いな・・・・・。 初の攻略作戦、成功おめでとう、緋村一真大尉」


エドガーは白い歯を見せながら笑い、敬礼をしながら一真に言う。一真も敬礼を返した。


「ありがとよ、エドガー・モーゼス大佐。 まぁ、そっちも頑張んな――――」


一真はそう言いながら一真は立ち去ろうと背を向ける――――





「クレイ、お前は今・・・・どうしている?」


低いトーンでエドガーは一真が背を向けきる前に尋ねた。


一真はエドガーの放った言葉の最初の言葉に反応し、怒りの感情を乗せた目をエドガーに向ける。
二人の間の空気が痛いほどに冷たくなった。


「――――オレを・・・・その名で呼ぶな、エドガー・・・・・・・・・今は見ての通り、国連軍衛士として任務についている。 それ以外に何かあるか?」


「・・・ふむ、その様子では未だ帰ってはいないようだな・・・・・・・何を迷っている? 貴様はもう戻っていいはずだ、諌――――」


「エドガーッッ!!!!!!」


エドガーの言葉を遮るように一真は怒り、叫んだ。
その怒号に停泊所にいた者達が何事かと一真とエドガーに注目した。


「――――エドガー・・・・今のオレは『緋村一真』だ・・・それ以外の誰でもない・・・。 それ以外の名でオレを、呼ぶな」


未だ、エドガーを睨みながら一真は声を荒げて吐き捨てるように言い放つ。


「――――ふぅ、何をそんなに逃げる、何故そこまで目を背ける」


エドガーはそんな一真を蔑む様に、冷めた目で見つめる。


「・・・・・オレは――――逃げちゃいねぇ・・・・」


今にも殴りかかりそうな一真に、周囲の人間はハラハラと緊張していた。





「――――ならば、『緋村一真』。 貴様はその偽りの願望の通り、戦場で死ぬ事になるだろうよ」


冷たい瞳を動かさずにエドガーは一真に言う。


「―――――ああ、そうかい・・・。 話はそれだけか、オレはもう戻るぞ、エドガー・モーゼス大佐」


怒る赤い眼をそのままに一真はエドガーを見据える。


「ああ、行くがいい。 達者でな、ヒムラ大尉」


その言葉を聞くと一真は背を向けて足早に去っていった。


その光景を見ていたものは安堵の溜め息を漏らし、ある者はエドガーを心配し声をかけてきた。





「―――何でもないさ。 彼は昔からの知人でな、ああやって口論をするのもいつものことだ。 ・・・さあ、さっさと作業を終えて本国へ帰るぞ」


集まる人間をあしらい、エドガーは戦艦に乗り込む。


(『緋村一真』・・・・いつまで背負っているモノから目を背けるつもりだ・・・・それに気付かねば本当に死ぬぞ)


エドガーは目を閉じ、離れていく一真に問いかけるように思考する。
3月28日、彼は自分を殺すかとエドガーに尋ねてきた。その言葉は彼からすれば願望であったのだろう、だが彼の表情は明らかにそれを拒否していた。『死』への願望、『生』への執着、それらの板ばさみに一真はいた。それに無理にでも気付かせるためにエドガーはわざわざ一真を怒らせるように言ったのだ。


(貴様の背負っているモノなど、この世界にはいくらでも転がっている。 そして多くの者がそれに向き合っているんだ。 貴様もその強さを持て、自分の弱さを自覚し、見つめなおせ)


エドガーは優しく諭すように、ここにはいない人物に心で語りかけた。










「―――――クソッ!! 何だってんだ!!? あの野郎!!」


一真は兵舎に続く廊下の壁を殴りつけ悪態を付いていた。


(何が―――背負っているものだ・・・・そんなもの、とっくになくなってる・・・・)


一真は額を押さえながら苦虫を噛み潰したような表情で、前方を睨んだ。


そう、彼は全てを奪われ、全てを失った。少なくとも彼はそう思っている。


(今のオレは、『緋村一真』だ、米国の実験動物のクレイ・ロックウェルでもない、オレは――――)


「―――よっ、一真、どうした? こんな所で」


そんな一真に肩を叩きながら武が明るく声をかけてきた。
一真はそんな武に更に苛立ち肩に置かれた手を振り払いそのまま歩き出した。


「―――! おい、どうしたんだよ、一真?」


武は一真の背中に問いかけた。


「―――――すまない、今は他人と話す気分じゃない・・・・」


そういって一真は立ち去ってしまい、廊下には武がポツンと立っているだけだった。


「・・・・・他人って・・・・」


武は一真が消えていった方を見ながら小さく呟いた。















某日 第一帝都 東京


「―――――殿下、志那都(シナツ)の配置を開始してもよろしいでしょうか?」


帝国議会会議室にて顔に大きな傷を持った男、巌谷榮が席を立ち上がり、上座に座る、煌武院悠陽政威大将軍殿下に尋ねた。


「志那都―――第四世代相当戦術機、評価試験は問題なかったようですね。 いいでしょう、では次の攻略作戦での活躍を期待しますよ、巌谷中佐」


悠陽はそう言うと許可の判を書類に押した。


「―――はっ、有難うございます、殿下」


そう言って巌谷榮二は席に着いた。


そして、今日も会議は遅くまで続き、悠陽は夜遅くに漸く自室に戻れた。






「――――真耶さん、いらっしゃいますか?」


「はい――――月詠真耶、ここに」


悠陽の声に月詠真耶が応える。


「白銀と―――あの者はどうなりました?」


しっかりと真耶にその綺麗な瞳を向けて悠陽は再び真耶に問う。


「はっ、先日H05・ミンスクハイヴ攻略作戦に参加し、アルマゲスト大隊所属アンタレス中隊が反応炉を破壊し、作戦は成功したようです。 今は、横浜基地に向かっているところでしょう」


真耶は膝を付き、目を伏せながら淡々と凛とした声で悠陽の問いに答える。


「そうですか―――ふふ、白銀は相変わらず健在のようですね」


悠陽は武の事を聞いて、機嫌が良くなったのかニッコリと明るい笑みを浮かべた。


「殿下、お言葉ですが・・・くれぐれも変な気を起こされぬ様お願いいたします」


真耶は顔を上げていつも通りの表情で悠陽に向かって釘を刺すように言う。


「あら、真耶さん。 ・・・・本当に言葉が過ぎますよ?」


月光に照らされて顔はよく見えないが、その声は穏やかそうでありながら、どこか威圧的なものが含まれていた。


「―――! はっ、申し訳ありません! どうかご容赦を」


真耶は震える身体を抑え、再び顔を下げると、悠陽に謝罪した。


「ふふ、いいですよ、真耶さん。 ・・・・・・・・次の作戦は、我が日本帝国が主導となるでしょう・・・そして、極東国連軍アルマゲスト大隊にも協力を求めます」


「―――殿下! それは――――!?」


「・・・・白銀武中佐を作戦後、お呼びする事にしましょう。 あの者にも、私は会わねばいけません」


悠陽は窓の外の月に目をやりながら呟いた。


「彼は・・・戻ってくるでしょうか?」


真耶はどこか不安げに悠陽に尋ねる。


「わかりません・・・・ですが、どちらに転んでも私達はあの者の真意を確かめなくてはいけません」


悠陽はどこか寂しげに真耶に向き直る。


「あの者の事・・・頼みましたよ、真耶さん」


「――――は、承知しました」


悠陽は再び窓から見える月を眺める。


その目は今後の行く末を憂うような色をしていた。




























あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

なんというダイジェストなこの十一話。本当に申し訳ありません。
ぶっちゃけ、スムーズにハイヴ攻略できちゃったっていう事ぐらいしか書けてないです。

ちなみにエリカがアトリエで見たことは次回語られます。

そしてエドガーさん再登場にして一真君と口論に。ここから一真君の好感度は一気に下がっていく事でしょう。

悠陽も再登場。巌谷中佐と月詠真耶さんは初登場。志那都も初めて言葉に出ましたね。帝国の新型配置とだけなら夕呼先生が口走っていましたが。

早く武ちゃんと悠陽とか月詠さんとの絡みを書きたいな。久々に夕呼先生や霞との絡みも書きたいな。

バルダートはどうでもいいや(え

それにしてもこの十一話、ホントに酷いな・・・・。

それでは次回に、またお会いしましょう。
ご意見ご指摘アドバイス感想いただけたら嬉しいです。では。

PS.
設定集なるものがいつの間にか消えてた・・・消した記憶ないのに・・・



[13811] 第十二話 『Ghost』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:26
6月14日 横浜基地



武は英国から横浜基地に戻った後、先のミンスクハイヴ攻略作戦での事を夕呼に相談するために夕呼の私室を訪れていた。
夕呼は最初の方の記録的な損害率の低さや、BETA掃討率の高さの話には興味が無さそうに曖昧な相槌を打ちながら忙しくキーボードを叩いていたが、武のある言葉に反応し、その手を止めて武に向き直った。


「―――アトリエにG元素が殆ど残っていなかった――――ですって!? それってどういう事よ?」


夕呼は眉を顰め、訝しげに武に目をやり尋ねた。


「はい、アトリエ制圧に向かったカマリ中隊長、エリカ・レフティ少佐とカマリの隊員全員がそう証言しています。 レコーダーの画像もG元素らしきものも見当たりませんでしたし、まず間違いはないです」


武は椅子に座り、両手を組みながら夕呼に応える。


そう、エリカがアトリエで見たのは、本来あるはずのG元素が確認できなかった伽藍としたアトリエだった。ましてやミンスクハイヴはフェイズ5、この五年でフェイズ4となったブラゴエスチェンスクハイヴですら4tものG元素があったのにも関わらず、そのアトリエの中には100kgに満たない程のG元素しか残っていなかったのだ。


「・・・・それは異常ね・・・・・・・どうしてあんたハイヴ制圧後の調査部隊が帰ってくるまでレイストンに居座らなかったのよ!?」


夕呼は呆れたように大きな溜め息をついて、本当にどうしようもないイキモノを見る様な目を武に向けた。


「なんですか、その目は? 仕方がないじゃないですか。 こっちは任務で駐屯していたんですから任務が終わったらさっさと帰らなきゃ・・・無理に駐屯し続けたら軍法会議モノになっちゃいますよ」


武は肩を竦めてどうしようもなかったんです、とアピールした。武自身居座りたかったのだが、それは難しい事だろうと諦めて帰ってきたのだから。


「それに、あっちのマクレラン大佐に頼んで調査部隊の報告書回してもらえるようにしておきましたから、遅くても来週には届きますよ」


そう、武も気になった情報を易々逃すような真似はしない。仕官では見られないような情報も幾つも見れる地位まで来たのだ、その権力を今使わずにいつ使えというのか。


「あら~白銀、何時になく冴えてるじゃない♪ やっと佐官らしく振舞える様になってきたのかしら?」


夕呼は上機嫌そうに顔を緩めてはしゃいでいた。


「・・・・まぁ、それはわかりませんよ。 物事は万事受け手次第ですから・・・」


「何よ、弱気ねぇ~。 ・・・・それで、話はもう終わりかしら?」


夕呼は茶化したように武を眺めていたが、その武の表情がどうも晴れない事に気付き、再度向き直る。





「・・・・・・先生、BETAの行動が変わるなんて事・・・・・この五年間、ありましたっけ?」


武はきつく結んだ口を開くと、そんなワケの解らない事を尋ねていた。


「――――少なくとも、私の記憶にはないわ。 それにそれは現場で直にBETAを何度も見ているあんたがその辺は一番詳しいと思うけど?」


「・・・・俺の記憶にも、ありません・・・・・」


そうこの五年、そんな事はなかった。しかしあのミンスクハイヴで感じた違和感、疑念、不安を武は拭いきれていないのだった。


「じゃあ、どうしたって言うのよ?」


そして武はミンスクハイヴ内で自分が感じた事を夕呼に話す。ミンスクハイヴ坑内でのBETAの出現量がフェイズ5であるにも拘らずフェイズ4と大して変わりがなかった事、BETAの攻撃が心なしか、消極的に感じた事、ハイヴ坑内で大破していた戦術機の事を。


「―――ふぅん。 消極的に感じた・・・・・それは具体的にはどういうことなの?」


夕呼は先ず具体性のないところから問いただそうと言葉を紡ぐ。


「それは俺の感覚的なモノです。 本当に些細な・・・・喉に小骨が刺さったように気持ちが悪い違和感を感じたんです」


相変わらず晴れない表情で夕呼に言葉を返す。


「はぁ~、要領得ないわねぇ・・・。 それと大破した戦術機、欧州連合のEF-2000だっけ? 別にハイヴ攻略作戦で大破した戦術機なんて珍しくないじゃない」


夕呼はその言葉の意味がわからないというように態度で表した。そんな夕呼に武はポケットから一つの外部メモリを差し出した。


「―――――? これは何よ?」


「俺の不知火のレコーダーに残っていた画像データです。 夕呼先生にも見てもらおうかと」


武の言葉を聞いて夕呼は相槌を打ちながら自分のパソコンにメモリを差し込む。メモリが読み込まれ、ディスプレイにフォルダが開かれる。


「ふぅん・・・・これがどうかした? 私が見る限り要撃級に攻撃されて大破した、って所かしら」


夕呼は胸部を大きく引き裂かれた戦術機の画像を見ながら応える。幾つもの画像をスライドさせ全てを見終えると、武に視線を戻した。


「先生、本当にそれ・・・要撃級の攻撃で出来たものでしょうか?」


「――――! 白銀、それはどういうこと? あんたこれ見て何に気がついたの?」


夕呼の顔が険しくなる。そう、武が言っているのは、現在においてある筈のないこと。


「その画像の傷・・・・俺の経験上、要撃級に因るものとは思えないんです。 要撃級の攻撃にしては線が細い、しかも並んだように傷が二つ・・・・まるで爪に引き裂かれたように・・・。 しかもあの時見た限りまだ大破して間もなかったんですよ、あの段階だとBETAは近隣のハイヴに形振り構わず移動をしている頃、つまりBETAの攻撃だとしても不自然だし、BETAの攻撃にしても既存のものとは異なります。 ・・・・・先生――――――――――――」


武は更に言葉を繋ぐ、それは本当にあり得ない。五年前に確かにあ号標的は破壊されたのだから。





「――――――――新種のBETAが存在するかもしれません」





今、人類に見えていた希望の光が・・・・霞んだような気がした。


「・・・・・白銀、自分で何言ってるかわかってんの? あんたの言っている事は五年前の桜花作戦の成功を脅かす発言よ。 あの時、あ号標的の破壊に失敗していたかもって事よ? それが解って言ってるの?」


夕呼の表情が更に険しくなった。ことBETAとの戦闘に関しては夕呼は白銀武を信用している。その白銀武が新種のBETAの存在を懸念するかのような発言をしたのだ。心中穏やかではないだろう。


「俺もそう思いたくはないです・・・・けれど、そう感じてしまったんですよ。 杞憂で済めばいいですけど、可能性としては先生に報告した方がいいと思って」


武は夕呼を見つめながら言う。


「――――わかったわ。 私も可能性として考えておく。 ・・・・こういうことなら、尚の事アレを早くあんたにやった方がいいかもしれないわね。 帝国も新型の配置を始めるらしいし」


夕呼が顎に手を添えて思案するように呟いた。


「え、完成したんですか!? アレ!?」


武は椅子から立ち上がり驚愕の声を上げる、いや、期待の声と言った方がいいか。


「あんた、さっきまで暗い顔してたくせに・・・現金ねぇ。 完成はしてるわよ。 でもねぇ・・・・ま、一回見に行ってみる? 90番ハンガーに置いてあるから」


夕呼は喜びに目を光らせる武に苦笑いを浮かべながら問う。


「は、はい! 行きます!!」


武の元気のいい答えを聞いて、夕呼は怪しい笑みを浮かべた。


「じゃあ、ついてらっしゃい」


夕呼は纏った白衣を翻し椅子から立ち上がった。二人は部屋から出た後エレベータで更に地下に降りる。








「しかし、あの広いハンガーを一機で占領するなんて贅沢な話ですよねぇ」


廊下を歩きながら武が能天気な声を上げる。それに夕呼はこいつは何時まで経ってもこいつのままなのかと溜め息をついた。


「違うわ、白銀・・・・・・二機よ」


「え――――?」


夕呼の呟きに武は驚いたように声を上げた。


「それってどういう「さぁ、着いたわよ」


武の質問を遮るように夕呼が目的地に着いたと告げる。夕呼が扉を開くとそこには広大なハンガーが広がっており、その正面、真ん中に二つの巨人の影があった。
二人はその前まで歩いていく、整備班の姿は見当たらず、90番ハンガーには夕呼と武、巨人が二機しかいなかった。


「――――――でかいですね。 不知火・弐型より頭一つ分大きいってとこですか」


巨人の片割れを見上げながら武は呟く。
一方の巨人の片割れにはフードが被されており、その姿は見えなかった。


「このサイズにするのに苦労したわよ――――まぁ、何とか形になったけどね」


夕呼は薄く笑みを浮かべながら見上げていた。


「これが、俺の戦術機・・・・」


「そう、これが今現在の私の研究成果を結集した、白銀武専用、第五世代相当戦術機――――――――」





「――――――XG-07R 凄乃皇『白狼』よ」





夕呼の口から巨人の、眼前に聳え立つ戦術機の真名が明かされる。


「――――って、先生今なんて言いました? 第五世代相当戦術機?」


武は視線を凄乃皇から夕呼に移し、訝しげに尋ねた。今やっと世界が第四世代を開発、完成したというのに第五世代?何を言っているんだこの人は。


「そおよぅ? だって私の研究成果総動員したのよ!? 本当は『第六世代』か『近未来型』って付けたいくらいの代物なんだから。 それを社が『そんな事を言ったらまた各所から嫌味を言われますよ、博士』なんて言って書き換えちゃうんだもの、まったくあの娘ったら」


(そうか、霞お前も苦労してるんだなぁ・・・・っていうか霞もこれの開発に参加してたんだろ? それで書き換えて第五世代にしたって事は、霞も相当に自信持ってるんだな・・・)


武は頭の中で霞の苦労を労っていたが、霞自身も相当無茶な事をしているという事に気付き、段々と夕呼に毒されているという現実を嘆いた。成長は素直に嬉しいのだが、もっと他の道はなかったのだろうか?


(あの純粋だった霞が・・・・・はぁ~)


「何溜息なんかついてるのよ?」


「いや、何でもナイデス―――――って霞はどうしたんです?」


武は霞の姿をまだ見ていなかったので、と夕呼に尋ねる。


「あの娘は今自分の研究と、私が与えた課題をやってるわよ? しかも結構熱心にやってる様だったし、邪魔したら悪いでしょ」


夕呼は素の表情で答えていた。そんな夕呼を見て武はまるで母親のようだと笑いを湛えてしまった。


「――――白銀、あんた何ニヤついてんのよ?」


「いや、夕呼先生がまるで霞の母親のようだな――――って」


「―――――なっ!?」


武のそんな言葉に夕呼はうろたえる。何とレアな画だろうか、あの香月夕呼がまるで照れたように顔をほのかに赤く染めているのだ。何か悪い事でも起きなければいいが。


「べ、別にそんなんじゃないわよ―――!? ただ、社も自分の研究持つようになったんだし、あんまり私についてばかりじゃタメにならないから、少し放っておいただけよ!」


夕呼はツーンと武から顔を背け、荒い口調で武の発言を突っぱねた。


「はは、でも立場上霞の保護者みたいなものだし、あんまり変わらないですよ」


「はぁ―――――ま、それもそうね」


武はそう言ってもう一度凄乃皇に視線を向ける。頭部は武御雷のような一つの角があり、その横には細めの角が二本走っていた、これらはレーダー等の感知器として備えられたものだろう。そして装甲は複雑な形をした鋭角なモノになっていた。メインカラーは白。武装は取り外されており、その姿は第三世代の流れを汲んだシャープなものだった。


「まぁ、武装がないと物寂しく感じますね」


「跳躍ユニットや武装を装備したら割りとゴツくなるわよ? 他にも色々載せるしね」


「そうかぁ・・・・・これにはアレ・・・『00Unit-Ghost』も搭載するんですよね」


「当たり前じゃない、ML機関積んでるのよ? まぁ、あんたがシチューになりたいって言うなら載せないけど?」


夕呼が怪しく笑う。


「まさか、こんなもの作ってもらって早々に死ねるわけないですよ」


「そう、じゃ、先ずはGhostの説明だけしとくわ」



『00Unit-Ghost』
五年前、桜花作戦にて自らの限界稼働時間を越えてしまった鑑純夏の量子電導脳からサルベージされた情報を、新しい別の電子電導脳に移し変え作られた劣化版00Unitである。
鑑純夏としての人格もなく、量子電導脳としての最低限の能力だけしか有していない。つまり『リーディング』や『プロジェクション』等のESP能力も有していない、只の世界最高のスーパーコンピューターである。しかし最低限の能力しか持っていない為ODLの劣化は以前より遥かに遅くなっており、稼働時間は延長されている為、ODLの洗浄は半月に一度程度で済む。例外としてこの機体が戦場に出た際はその前後で必ず洗浄作業は必須である。


「はい、説明終了。 まぁ00Unitなんて呼べる代物じゃないけどね、量子電導脳も改良されたし、ML機関を動かすには十分な能力は持ってるわ」


「――――――そうですか・・・・・それでも凄いですよ。 ・・・・純夏は、未来に希望を繋げる事ができたんですね」


武は凄乃皇を見つめる目を細める。


「そうね・・・・。 こんな急拵えの只の張りぼてのような代物でも、強力なのは確か。 ・・・あの娘はまさに00Unitに相応しい娘だったわ。」


夕呼も遠い目をしていた。彼女も、鑑純夏の死を本当に悼んでいたのだろう。





「―――――って、先生! ODLの洗浄はどうするんです? もうここには反応炉はないんだから洗浄作業できないじゃないですか!? 他のハイヴも反応炉は破壊されてますし・・・・」


「はぁ・・・・白銀・・・・あんたも馬鹿ねぇ。 私はあんたじゃないんだからそんな事もう解決してるわ。 そうじゃなきゃこの五年何の為に研究していたんだか・・・もう、人工装置でのODL洗浄は可能よ。 じゃなきゃこんな物作れないわ」


夕呼は大きく溜め息をついた後、淡々と述べる。


「あっ、そうですね。 すみません、俺の早とちりでした」


武は申し訳なさそうに深々と頭を下げる。


「まったく、あんたは変わらないわねぇ・・・まぁ、もうそれでいいんじゃない?」


夕呼の意外な言葉に武は顔を上げ、驚愕の表情を見せる。


「白銀、あんたはもう確かな覚悟も信念も目標もある。 それとは別にあんたは元々この世界の人間じゃない、この世界の人間と同じようにしようたって根本的に無理なんじゃないかってこと。 つまり、あんたは白銀武らしくしてればいいのよ」


夕呼の言葉に武ははぁとしか答えられなかった。このままの性格でいいってことだよな?


「―――――――まぁ、俺の事はいいとして。 先生、コイツの、凄乃皇の配置は何時にするんです?」


「あ~、今度のハイヴ攻略作戦にでも出せればよかったんだけどね。 ちょっとこっちの方が間に合いそうもないから・・・次の作戦には弐型で出てもらう事になるわ」


「そうですか、暫くはお預けって事ですね・・・・あっちの機体はどうするんです?」


武は凄乃皇の隣に立つフードが被せられた巨人に指を指す。


「あれは今のところどうなるかわからないわね。 搭乗者はもう押さえてあるけど、今なんだか不安定って感じで渡したくないのよぉ~。 それにアレ専用の武装もまだ出来上がってこないし。 まぁ、最悪の場合、あっちの機体は凄乃皇の予備パーツにでもするわ」


夕呼は呆れ嘆くように溜息をついた。


「え――――もしかしてその搭乗者って―――――――――」
















「バルダート大尉~、ムスっとした貌で目の前でご飯食べられると、困るんですけど?」


リーネとバルダートはPXで向かいの席に座って食事を摂っていた。そしてバルダートはなんだか不機嫌そうな、苦い顔で食事を食べており、時たまリーネの方を見ては目を反らすという挙動不審な態度をしていた。


「む・・・・すまん」


リーネの注意に対してバルダートは短くぶっきらぼうに返事を返すだけだった。
何故自分がこの様な陰気に浸る男と食事を食べなければいけないのか。普段の彼ならば少しからかっただけで元気に注意しにきてはまた自分がからかうという楽しいループをしていたというのに、今日のリカルド・バルダートはどうにも反応が薄かった。


「あ~、もしかしてミンスクでの時の事まだ怒ってるんですか?」


リーネはバルダートがこのように不機嫌な態度をとっている理由を探してみたがこれぐらいしか思い当たる節がなかった。


「――――いや? 別段気にしていないが?」


―――――さいですか。


ならば何だというのだろうか?この男は。挙動不審に何度もこちらを伺ってはその度に目を反らしたり、とリーネは更に頭を悩ました。


暫くの間、二人の間には食器を動かす音だけが響いていた。





「ブランク中尉――――――――――」


「はい?」


思考に耽っていると突然バルダートがリーネに声をかけてきた。


「――――――君は、緋村大尉を、どのように、思っているのかね?」


と、バルダートは腹の底から搾り出すかのようにリーネに尋ねた。その声は若干上ずっていた。


「はい? あ、え~とですねぇ・・・ヒムラ大尉ですかぁ~、う~ん」


リーネは考えるように頭を傾げた。何故彼はこのような事を聞いてきたのか。


「―――う~ん、ヒムラ大尉はとりあえず、顔はいいですよねぇ・・・性格も気さくな感じですし、あと、戦術機の操縦技術もシロガネ中佐並だし、戦術機にも詳しいし・・・お酒は・・・・どうなんだろう? あ、今度皆で飲みましょうよ!」


リーネは一真の事を考えながら喋っていたが、最後見事に脱線していた。


「こ、好意とかはないのかね? この間、へ、部屋に誘っていたようだが?」


そこで、リーネは何故バルダートがこのような事を聞いてきたのか感付き、「ははぁ~ん」と意地の悪い笑みを浮かべた。


「―――バルダート大尉、私が気になってるんですかぁ?♪」


リーネは満面の笑みでバルダートに尋ねた。


「――――!! い、いや!? まままったく!! そんな感情は! そんな事は! 断じて! 決して! 一切ないぞ!!?」


「――――――なんだと?」


うろたえるバルダートは正直可愛いと思ったがその言葉は聞き捨てならないと、リーネの心にどす黒いものが芽生え不満と怒りの声を小さく漏らした。


「そうですかぁ~ふぅ~~ん? あ~ヒムラ大尉ねぇ~、カッコいいですよねぇ~、シロガネ中佐並みに強いしぃ、戦術機には詳しいしぃ~、お酒もきっと飲めるに違いない! あ~あんな人と付き合いたいなぁ~、あっ、今夜にでも誘ってみようかなぁ~?♪」


無意味に語尾を伸ばし、意地の悪い口調でバルダートに聞こえるようにわざとらしくリーネは声高に言う。
その言葉にバルダートのこめかみと肩がビクンと跳ねた。
それを見てリーネは心の中で高笑いをし、その後、その顔を固まっているバルダートの耳に近づけ。


「でも・・・その前に、今夜バルダート大尉のお相手、してもいいですよ」

「――――――――!!!!」


再びバルダートのこめかみと肩が大きく跳ねた。


「わ・・・・を・・・・私を―――――」


「ん?」


バルダートが小声で何かを呟きながらわなわなと震え始めたのを見て、リーネは何事かと顔を遠ざけ、席に座りなおそうとすると


「―――私を愚弄するなぁああッ!!!!!!!」


突如、バルダートが勢いよく立ち上がり、吠えた。


「な、なんなんですか――――――!?」


突然大きな声で叫ばれたのでリーネは驚き身体を強張らせた。PXにいた周りの人間も何事かと視線を集めた。


「私をからかうのも大概にしたまえ!! 中尉!!! 私はその様な軽い女子は好かん!!!!」


バルダートは更に吠えると、足早にPXから去っていった。
その後には呆然と座っているリーネだけが残った。


「なんなんだよ―――――――もう・・・」


不貞腐れたようにリーネは呟き。


(食器の片付けの貸しは返してもらうからなぁ~)


と、心の中でどう仕返しするか、考えていた













その頃、話の引き合いにされていた一真は基地の屋上にいた。

テラスに座り込み壁に背中を預けるように寄りかかり、ぼうっと空を眺めていた。

口には煙草を咥え、風に紫煙が揺れる。

一真は揺れる自分の白い前髪を指でいじる。





「――――――――――――――――髪、伸びたな」





青い空には白い雲が自由に泳いでいた。




















あとがき
武『え――――その搭乗者ってまさか――――』
バル『そうよ、そのまさかよっ!!』
夕呼『はは、ねーよ』

ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

十二話まできましたー

00Unit-Ghostとか凄乃皇『白狼』とか意味の解らないとんでもさんが登場しましたー


・・・・後悔で人が殺せるなら、もう私は何度死んだ事か。


リーネにバルがアターック!しましたね、微妙に。
やっぱり一真君のあの言葉がきっかけですかね?
バルが砕け散ったら一真君のせいです。

さて、次回のEncounter in fairy tale.は~


武 ち ゃ ん と 霞 の デ ー ト で す 。


次回にまたお会いしましょう。では。



[13811] 第十三話 『思い出』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:34




――――コンコンコン


「―――ん――――ぅんん・・・・・ぅぅ?」


ノックの音に深い眠りから彼女、社霞は意識を浮上させられた。


「ぅ―――ん・・・・・・・あっ―――ん」


浮上した意識はまだ霞みが掛かっており、低血圧な事もあってか上手く体を起こすことが出来ずに片足がベッドから落ちてしまった。霞はハッと意識を覚醒させて体勢を立て直した。


「・・・・・ぅう・・・・」


誰に見られたわけでもないのに霞はそんなドジを踏んだ自分に恥ずかしくなり顔を紅潮させた。



――――コンコンコン


再び霞の部屋の扉が叩かれる。


「――――――あっ、はい、います! 今開けます――――」


スリッパを履いてドアのところまで駆け寄る。


(こんな朝に誰だろう・・・?)


――――ガチャ


急ぎ扉を開けると、そこには白銀武の姿があった。


「おお、霞、おはヨ――――――――」


「――――白銀さん、おはようございます。 こんな朝にどうしたんですか?」


自分が部屋から顔を出すと、そこには霞に微笑む武の姿があったのだが、何故か言いかけていた言葉に詰まり、頬を赤く染めて顔を背けてしまった。


「いや、もう十一時―――ってそんな事よりも、カッコカッコ!!」


武は顔を片手で隠すようにしながら霞の所を指差して訴えるように叫んでいた。


「――――――?」


霞は武の指差す方向、つまり自分の身体に視線を落とす。


「――――――!!」


そう、霞は眠りついた時の格好のまま、五年前と同じ様に黒いワンピースしか着ておらず、肩紐もずり落ちており、胸元も大きく肌蹴ていた。


「きゃぁぁああああああああああああッ!!!!」


午前十一時四分、横浜基地に乙女の叫び声が響いた。










6月15日 横浜基地 1140


「―――で、白銀さん、こんな朝にどうしたんですか? 何か用でしょうか?」


霞は普段通りのオルタネイティヴ4と書かれたC軍軍装を着込み武に問いかけた。その目には抗議の色、言葉にはどこか棘があった。


あの叫びの後、霞はすぐさま部屋に駆け戻り普段の霞からでは想像もつかない速さで身だしなみを整え、部屋を片付け、武を部屋に招きいれた。
どうやら朝はちゃんと起きたのだが、その後PXで食事を摂り部屋に戻った後、昨日遅くまで研究や夕呼から貰った宿題をやっていた為か、また着替えて寝てしまったらしい。


(見られて、ないよね――――?)


霞は胸元で手をキュッと握り、未だ少し赤い顔を少し伏せて、上目遣いで武の様子を窺った。


(よかった・・・・白銀さんはいつも通りだ・・・・)


霞は安堵の溜め息を心の中で漏らした。


「だから、もう十一時過ぎてて、昼になるって(アレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼアレはただのさくらんぼア)」


しかし、一見平静に見える武の中では壮絶な戦いが繰り広げられていた。


「レはただのさく)―――――霞、今日非番だろ?」


武はいつも通りの笑顔で霞に尋ねる。


「え、はい、今日は香月博士から休んでいいって言われています」


霞はそれがどうかしましたかと首を傾げた。


「―――――――よし、じゃあ海に行こう!」


武は元気よく霞を誘った。


「――――――え?」


霞は言葉の意味がよくわからなかったのか疑問符を頭の上に出した。


「だから、海だようーみー。 前に約束したろ? 暇が出来たら一緒に見に行こうって。 外出許可もとってあるし、今日は安心して遊べるぞ」


武はニッと笑顔で霞に約束を果たそうとお誘いする。


「――――――!」


そこで霞も繋がったのか目を丸くして驚いていた。


「――――――はい! 行きます!!」


霞は身を乗り出して武の誘いを受けた。


「ははっ、じゃあ着替えて基地の正門で待ち合わせな」


「はい!」


霞の元気のいい合意を貰い、その可愛らしい姿に武は自然と笑みが零れた。


そして、武は霞の部屋を後にし、その後霞は外出の準備を始める。
その前に、ベッドに置かれている、いや座らせている人形―――うささんを抱きかかえ、顔を埋める。


「―――やった!」


霞はうささんに赤くなった顔を埋めながら、嬉しさ満開の笑みを湛えていた。








武は私服に着替えると横浜基地の正門の前に自動車を止めた。
そして自動車を降りて、門兵のところまで近づいていく。


「すみませーん」


まるで旅先で気軽に道案内を頼む観光客のように門兵に声をかけた。


「はい―――って、し、白銀中佐!!? こんにちは! 今日もお疲れ様ですッ!!」


と、門兵は身体を強張らせて敬礼した。


「いやいや、そんな畏まらなくていいからさ。 はいこれ、外出許可の旨は行ってると思うけど、これも出さなきゃな」


武は敬礼を返した後、苦笑いを浮かべながら外出許可証を二人分、提示した。


「はい! ―――白銀武中佐と、社霞研究員、ですね。 確かに受領いたしました」


門兵は外出許可証を受け取りその旨を受領した。


「白銀さん」


と、いいタイミングで霞が到着したようで自動車のところで待っていた。


「ああ、今行くよ」


武は手を振って答える。


「中佐―――デートですか?」


「まぁ、そんなもんだ」


門兵の問いに若干苦笑いを浮かべながら武は答えると、霞の方に駆けていった。


「すみません、待ちましたか?」


霞は上目遣いに武に問いかける。身長差もあるので並び立つと必然的にそうなってしまうのだ。
霞の服は白いワンピースで、カーディガンを羽織った格好だった。

うん、よく似合っている。


そしてよく見てみると肩で息をしていた。


「――――霞、お前・・・走ってきたのか?」


武は彼女がそうなる原因で一番に思い立った事を口にする。


「え、はい。 この格好、他の誰かに見られるのは、恥ずかしかったので・・・」


霞は頬を赤くしながら答える。


「あんまり、無茶すんなよ? 霞は体力ないんだから」


「―――む、このくらいは平気です、それぐらいの体力は付きましたよ」


武がおどけて言うと、霞は頬を膨らませ、不貞腐れたように呟いた。


「はははっ、それじゃあ、そろそろ行こうぜ」


「はい――――」


そう言って笑い合うと二人は自動車に乗り込み、正門から出発した。








走行中、自動車のオーディオからはクラシックが流れていた。


「―――あ、これ以前祷子さんから頂いたものですね」


霞はその綺麗な旋律を耳にして、目を閉じながら聞き入っていた。


「ああ、『永遠なる音律』って曲だな。 作曲:冬馬巧、演奏:小鳥遊澪、冬馬巧のな いい曲だよなぁ」


今かかっている曲は以前涼宮茜等と再会した時に風間祷子から頂いたものだった。何でも才能ある若いヴァイオリニストが書き上げたもので、その美しい旋律に多くの観衆が魅了されたそうだ。
武もクラシックに興味はなかったが、この曲を気に入り、作曲者、演奏者共に覚えてしまった。


「この人達つい最近結婚なさったそうで、その時に演奏会があったそうです。 祷子さんからの手紙に書いてありました」


霞は未だ目を閉じ、『永遠なる音律』に耳を傾けていた。


「へぇ~、それはめでたいな。 そうやって幸せになってくれる人がいると、こっちも嬉しいもんだ」


武も耳を傾けながら嬉しそうに言う。自分達が戦い、その結果こうやって幸せになる人が確かにいるという現実がとても嬉しかったのだ。


「うらやましいな・・・」


霞は美しい調べを耳に、目を閉じたまま小さく呟いた。








そうしている内に海岸に着き、武は海岸沿いの道路に自動車を止めた。


「ほら、着いたぞ、霞」


「うわぁ~」


霞は間近で見る広大な海を見て感動の声を上げた。


「まぁ、今までは基地の裏側にある丘で眺めてただけだったしな。 どうだ? 初めて近くで見る海は?」


武も嬉しそうに笑う。


「はい―――――すごく、大きいです」


霞は窓から見える海から視線を動かさないまま答える。どうやら本当に見入ってるようだ。


「ははは、そうか――――よし、じゃあ降りて砂浜に行こうぜ」


そんな霞を見て満足そうに笑い武はドアを開け、外に出ると後部座席からバスケットとシートを取り出した。


「―――? 白銀さん、それは何です?」


車の外に出た霞が、武の方を窺いながら尋ねる。


「ああ、お弁当だよ。 そろそろいい時間だし、海眺めながら食べるってのもいいだろ?」


バスケットを掲げ、武はニッと笑う。


「ふふ、そうですね。 いつもより美味しくいただけそうです」


霞は目を細めて答えた。
二人は並んで砂浜まで降りると、武がシートを引き二人並んで座った。


「それじゃあ、お待ちかねのお弁当を頂くとしよう――――ジャン!!」


武はバスケットに収まったお弁当箱を取り出し、ひょうきんな言葉と共にその蓋を開けた。


「―――おおぅ!!」
「すごいですね」


お弁当箱の中にはサンドウィッチを始め、豪華にたくさんのおかずが敷き詰められていた。その豪華さに武と霞は感動の声を漏らした。


「こりゃ、想像以上に上手そうだ・・・」


「そう、ですね」


そう言いながら二人は両手を合わせて


「「いただきます」」


と、言ってからお弁当に箸を伸ばした。


「あ、このからあげ、美味しいです」


霞は口に手を当てながら感想を言う。


「このエビフライも美味しいぞ~」


武は口にエビフライをもう一つ放り込みそのまま喋りだす。


「白銀さん、お行儀が悪いです」


めっと霞が武を注意する。


「う、ごめんなさい」


「わかればいいんです」


注意されて、しゅんとした武をみて、えへんとした顔をする霞。


「――――はい、白銀さん―――どうぞ」


そういいながら霞は焼き鮭を箸に掴み、武へと差し出した。


「――――――」


その瞬間武は固まる。何せ、霞のあ~んは最近ご無沙汰であり、今のは完全に不意打ちだったのだ。


(まぁ、周りには誰もいないし、いいか)


「あ~ん」


そうして武は口を開き霞が差し出した焼き鮭を食べた。


「美味しいですか?」「―――もきゅもきゅもきゅもきゅ」


武は焼き鮭を口に入れると何度も噛み締める。


「―――ゴクン、うん、美味しかったよ、霞」


焼き鮭を飲み込むと、武は霞に微笑んだ。


「そうですか―――じゃあ、次です」


そう言って、霞は今度は卵焼きを差し出した。


「・・・・・・・・・・・」


武は観念して、再び口を開いた。




お弁当の3/4を消化したというところ、二人は話をしながらお弁当を食べていた。


「それにしても、本当に美味しいですね。 京塚さん、こんなにたくさん作ってくれて――――」


霞はマッシュポテトを飲み込むと感嘆したように言った。


「ん、いや? これ作ったの、一真だぞ?」


「――――え?」


武の口から発せられたあまりの驚愕の真実に霞の箸の動きが止まる。


「緋村さんがこれを――――?」


「ああ、俺もおばちゃんに頼もうとしたんだけどな――――」


武が京塚のおばちゃんにお弁当を頼みにPXに訪れた時には、昼間近という事もあってか、すでに京塚のおばちゃんは忙しそうに働いており、とても頼めるような雰囲気ではなかったのだ。
それでも、そんな武に気が付いた京塚のおばちゃんは任せな、と言ってくれたのだが、それで京塚のおばちゃんの負担が増えてしまうのは申し訳ないと武が断ろうとすると
『お、武くんじゃないか、どうしたんだ? そんなところで』
と、昼食を食べにPXにきた一真が声をかけて来たのだ。そして、一真は話の経緯を聞くと
『ああ、そういう事ならオレが作るよ。 いい気分転換にもなるし』
と、京塚のおばちゃんから許可を取り、直ぐに用意してくれたのだった。その手際は京塚のおばちゃんも認める程であり、京塚のおばちゃんが何処で習ったのかと尋ねると
『昔、母に教えられたんだ。 こうやって作るのは久々だけどな』
と、事も無げに言ってのけたのだった。


「――――ってな感じで。 いや、意外な才能を垣間見たよ」


武は感心したように何度も頷きながら霞に説明した。


「そうですね・・・・私もてっきり京塚さんが作ってくれたものだと思ってました・・・。 でもそう言われてみると、味付けもなんだか京塚さんと違いますね」


霞はそういうと焼き鮭を口に含んだ。・・・・なんとなく薄味だった。


「そうだよなぁ、おばちゃんのもお袋の味って感じだけど。 一真のも違ったお袋の味って感じだな」


武も人参のソテーを口に入れた。


そうやってお弁当を食べ終えて小休憩を挟んだ後、霞は波打ち際まで歩いていった。








「――――これが、間近で見る海、なんですね・・・・」


風になびく銀髪を抑え、霞は呟いた。


武はそんな霞を見て、画になると思い、指でフレームを切ろうかと思ったが気恥ずかしくなってやめた。


「――――きゃっ!?」


波が足にかかり霞は驚いて飛び退いた。


「ははははっ、そんなに驚くなよ。 まだ、海水浴はできる季節じゃないが、足をつけて遊ぶぐらいには気持ちよくていいと思うぞ。 ――――ホラ!」


そう言って武はズボンの裾をまくり、靴を脱ぐと海水に足をつけた。


「うおっ、冷てぇ~っ!! ははっ、どうだ! 霞もこっちこいよ!」


波打ち際で武ははしゃぎながら、霞に手を振った。


「――――~~! はい・・・」


霞も恐る恐る、足を海水に近づける。


「――――――ひゃっ!?」


海水の冷たさに驚いたのか霞は可笑しな声を上げた。


「ははは、ホラ、こっちだよ―――霞」


武は笑いながら霞に手を差し伸べた。


「―――――!」


霞はそんな武をみて頬を赤く染め上げ


「――――はい」


霞は武にその顔を見せないように伏せながら、武の手をとった。


「どうだ、霞? 初めて触れた母なる海ってヤツは?」


「はい、こんな大きい水溜りがあるなんて、って最初は驚いて、怖かったですけど・・・・・・今は、楽しいです」


霞は水平線を眺め、その視線を武に向けると暖かい笑顔浮かべた。


「――――そうか、それはよかった」


武も霞に笑顔を返し、二人は手を取り合いながら笑い合った。








二人は水遊びを堪能した後、砂浜で貝殻を集めていた。それも霞が
『博士に、お土産をもって帰りたいです・・・・香月博士はあまり外に出られませんから』
と、言い出したのが事の発端であり、武もそれを快く承諾し、二人仲良く貝殻を漁っていた。


「おっ、霞! これなんかどうだ!? すげえでかいぞ!!」


武は15cmはある巻貝を手に霞に駆け寄っていく。


「・・・・・・白銀さん、その貝殻、割れています」


霞はジトッとした目を武に向けながら言う。


「うっ、そうか・・・・駄目か。 霞は先生にどんな貝殻をあげたいんだ?」


砂浜で貝殻を漁る霞を見ながら武は霞に問う。


「綺麗な貝殻をあげたいです。 博士にはお世話になっていますから・・・・・」


そう言いながら霞は手を休めずに武の問いに答える。


「―――――そうか、先生喜ぶといいな」


武は懸命に貝殻を探す霞に暖かい声色と目を向けた。


「――――――はい」


霞の答えを聞いて武は再び貝殻探しに再開し、精を出した。


暫く探し回り、武が綺麗だと思った貝殻を幾つか手に霞の元に戻ってくると


「――――あっ」


と、霞が声を上げていた。


そして、とてとてとこちらに歩み寄り。


「――――白銀さん、見つけました・・・・・これ、綺麗です」


そう言って嬉しそうに霞が差し出した貝殻は、鮮やかなピンク色のものであり、武も綺麗だと思った。


「おお、すごく綺麗だな! やったな、霞!」


「――――はい!」


霞も嬉しそうに武に答えた。


「あ、霞、お前顔に砂ついてんぞ?」


そう言いながら武は霞の顔についた砂を袖で払った。おそらく、砂をいじった手のまま汗を拭ったのだろう。


「あ・・・・ありがとうございます」


霞は呆気にとられたようにそのまま武を受け入れた。


「―――疲れたろ? ちょっと休もうぜ」


「はい――――」


二人は集めた貝殻を手に、波打ち際から退き、シートに戻った。



そろそろ夕方に差し掛かり、西の空が赤く燃えていた。


「―――――霞、今日は楽しかったか?」


シートに座り、武は海を眺めながら隣にいる霞に尋ねた。


「はい、とても楽しかったです」


霞も海を眺めながら、武の問いに答える。


「いい思い出に、なりそうか?」


「―――――はい」


霞は水平線の向こうを見つめ、嬉しそうに、頬を綻ばせた。


「――――――白銀さん、今日は本当にありがとうございます。 とても楽しい、いい思い出が出来ました」


「――――そうか」


「今日も、今まで・・・・この五年間、白銀さんにはたくさんの思い出を頂きました・・・・白銀さん以外の人からも、たくさん・・・・どれも、私にとって大切な――――宝物です」


霞は武に視線を向けた。


「そうか・・・・何、これが最後ってワケじゃないんだし、またつれてきてやるよ。 まだまだ、思い出はたくさんできる・・・・楽しみだろ?」


武も霞に視線を向けてニッと笑う。二人の視線が絡み合った。


「はい――――・・・・・白銀さん、一つ・・・お願いしてもいいでしょうか?」


「なんだ? なんでもどんとこい」


武がそう言うと霞は顔を伏せ、何か自分に言い聞かせるように何度か呟いた後、意を決したかのように顔を上げ、一度深呼吸をした。


「――――あの、白銀さん!!」


「―――――!! はい!!?」


霞はいつもより大きな声で武へのお願い伝え始める。





「――――た、武さんとお呼びしてもいいでしょうか―――――!?」


「―――――え?」


霞が一大決心したかのように真剣な顔で武にお願いしてきたのは、本当に些細な事だった。


「だ、駄目でしょうか・・・・?」


霞は上目遣いに武を窺う。その瞳は少し潤んでいた。


「だ、駄目じゃない! 全然駄目じゃない! 是非そう呼んでくれ! 霞!!」


そんな霞を見て、武は焦った様に手をぶんぶん振りながら、霞のお願いをきいた。
そして、霞はそれを聞いて安堵したように肺に溜まった息を吐き出した。


「よかったぁ――――」


霞はそう言うと脱力した様にヘタってしまった。


「ははは、そんな気を張っていうことでもないだろう?」


武は能天気に笑う。そんな武を恨めしそうに霞は横目で捉えていた。


「まぁ・・・なんであれ、これからもよろしく頼むよ、霞」


「はい、こちらこそ、これからもよろしくお願いします―――――武さん」


二人はまた、砂浜で仲良く暖かく笑い合った。








その夜、香月夕呼は遅くまで仕事を片付けていた。
一息ついた所で椅子に座りながら大きく背筋を伸ばした。今日も片付けなければならないものが多かった、特に帝国や米国の動きについて、色々根回ししとく事や、帝国からの申し出を片付けるので今夜は大忙しだった。


「―――――んっ、まったく・・・・こうも忙しいと、身が持たないわね」


底の知れない天才と言われる夕呼でさえも、一人の人間、こうも忙しいと疲弊してしまうのは当たり前だった。


ふと、机に置かれた一本のガラス瓶が目に入った。


今日、武と出かけた霞が帰ってきた後、夕呼へと渡してきたモノ。霞ははにかみながら夕呼にお土産として、貝殻を瓶に入れて夕呼にプレゼントした。


ガラス瓶には鮮やかなピンク色の貝殻と、淡い青色の貝殻の二つが収められており、とても綺麗なものだった。


「ふふ―――――あの娘ったら・・・・」


夕呼は瓶を一刺し指で小突き、自分にプレゼントをくれた少女を想い、嬉しそうに―――――微笑んだ。

























同時刻、一真は屋上でまたも煙草をふかしていた。
自分しかいない屋上、自分を見ているのは幾つもの星と、半分に欠けた月だけだった。


「さてさて、武くんはデートうまくいったのかねぇ?」


一真は月を眺めながらニヤリと笑いぼやいた。


お弁当をせっかく作ってやったのだからいい感じになってもらわねば困るといったようにクスクスと笑う。


――――――ガチャ――――ギイィィ


すると、突然屋上のドアが開かれ、予期せぬ来訪者が姿を現した。


「―――む、緋村大尉か」


バルダートは扉の直ぐ横に座り煙草を咥える、白髪の男を捉えるとそう呟いた。


「こんばんは、バルダート・・・・こんな時間にどうした?」


「隣、いいか?」


バルダートは一真の問いに答えぬまま、一真の横に腰を下ろした。


「いや、いいとも言ってないんだが・・・・」


一真はそう言うが、バルダートは膝を抱えるようにして座り、だんまりを決め込んでいた。


仕方がないので一真はそのまま放置し、煙草をまた吸い始める。


「なぁ・・・・緋村大尉」


暫く経ってから漸くバルダートは重い口を開いた。


「ん~? どうした?」


一真は興味なさ気に相槌を打った。


「―――――人間関係って・・・・難しいな」


と、急に意味の解らない事を口走ってきた。


「―――――――はぁ?」


一真の呆けた疑問詞が澄んだ夜の空気を通り、夜の世界に響いていった。


















あとがき
バル『人間関係って・・・難しいな』
一真『――――――――はぁ?』
バル『いっそ人類補完計画でも実行するか』
一真『おいやめろ』


狗子『貴様らのせいで台無しじゃヴォケェェエエエエエエエ!!!!!』


ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

十三話です、デートです、如何だったでしょうか?

自分的には霞と武の絡みで書きたかったことを書ききったといった感じです。

それにしても、夕呼先生の暖かい笑みが、最後の男二人のせいで台無しに・・・・。
何であの二人出たん?

今回の話は成長した霞を書いてみました。というか最早、霞の殻をかぶった何かになっているような気がしなくもない。

武ちゃんも任務を離れ、霞といちゃいちゃいちゃいちゃ。うらやましい限りです。

ってかこれ外伝として書いてもよかった気がしてきました。

次回からまた本編(?)に入ります。

それではまた次回お会いしましょう。では。



バル&一真『本当に申し訳ありませんでした!!!!!!!!』



[13811] 第十四話 『在り方』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:41

6月16日 横浜基地 0830



本日からアルマゲストの活動が再開され、戦術機ハンガーにはメンバー全員分のXJF-01不知火・弐型が搬入されていた。


「へぇ~、不知火・弐型・・・・不知火と随分見た目からして違うんだなぁ・・・・」


リーネが搬入された不知火・弐型を見上げながら恍惚とした表情をしていた。


「不知火・弐型はアラスカで開発されたからな。 帝国機を基本に米国機とソビエト機の技術も組み込まれてる。 あれだけやれば従来の帝国式とはシルエットから違ってくるのも当然だな―――ってリーネはブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦に参加してたんだろ? その時に帝国の不知火・弐型は見なかったのか?」


一真は国連軍カラーの蒼穹色に染め上げられた不知火・弐型に向けていた視線を僅かにずらし、隣にいるリーネを視界の端で捉えながら尋ねた。


「え!? ・・・いやぁ、あの時はアルマゲストの初陣だったし、私も初めて纏める部隊だったんで色々大変で・・・そんな余裕なかったんですよ・・・」


リーネは片手で方を掻きながら頬を赤らめて気まずそうにしていた。
リーネ・ブランクはリカルド・バルダートと同じく欧州国連軍に所属していたが、アルマゲスト編成の際に招集がかかり極東国連軍に異動になった衛士の一人だった。当時、19歳という若さで中隊を任され、優秀な功績を遺していた彼女は紛れもなく次世代のエース級の実力を持っているのである。そんな彼女もまだ20歳、やはり大隊規模所属の中隊を纏め上げるのは少し負担になっているのだろう。


「へぇ、じゃあ今度はしっかりと見れるな? しかも自分の機体として、だ―――――嬉しいかい、リーネ・ブランク?」


一真は薄く笑いながら転落防止用の手摺に寄りかかった。


「そうですねぇ、弐型は世界からも注目されていた機体ですからね。 それにこうやって乗れるのは嬉しいかもです」


リーネは一真に顔を向けてニッと笑う。その姿はハンガーに不釣合いな、歳相応の女の子のものだった。


「ははは、この戦術機フェチっ娘め・・・ま、これからも頑張るこったな」


そんな少女の笑みを浮かべるリーネを見て、一真は口元を緩めて薄く笑う。そして一真は思う、こんな世界じゃなければこうしていつまでも誰かと笑い合い、平穏な毎日を過ごせていたのだろうかと。けれどそんな事は考えるだけ無駄だなと、そんな温い思考をした自分を心の中で自嘲した。


「む、戦術機フェチってなんですか~! ヒムラ大尉こそ戦術機に詳しいくせに!! この戦術機マニア!!!」


「おいおい、オレも好きで詳しくなったわけじゃないぞ? 大体、戦術機の事なら絶対武くんの方が詳しいって!」


「シロガネ中佐はいいんですよ~、世界中の部隊に参加してたんですから当たり前(?)じゃないですか、それに比べて――――――」






そんな一真とリーネのやり取りを、バルダートは20m程離れた、何とも中途半端な距離から横目でチラチラと様子を窺っていた。一昨日のPXでの事があってか、リーネに何と話しかければいいのかわからなかったのだ。しかも、そのリーネはバルダートが話の引き合いにしてしまった緋村一真と和気藹々と話しこんでいた。リーネはもうその事については気にしてはいないし、どちらかと言えばあの怒号の後食器を片付けさせられた事の方を根に持っていた。そして、一真もリーネには特に異性としての興味も持ち合わせていないのだが、今のバルダートにとってはこれ以上なく気まずいものだった。


「はぁ~」

そんな二人の事も知らずにバルダートはガックリと頭を垂れ、項垂れていた。
何故自分はあの様に激昂してしまったのかとバルダート自省していた。別に彼は女性経験がないわけではない、人並み程度にはそういった経験は積んでいるつもりだった。けれど、一昨日何故年端もゆかぬ女子に対してあの様に怒鳴り散らしてしまったのかと、年長者のプライドが彼を苛んでいた。


「おはよう、バルダート大尉。 どうした、大の男が朝からその様に情けない顔をしていては部下達に示しがつかんぞ?」


ハンガーにやってきたエリカが項垂れ陰気な気配を漂わせているバルダートに声をかけた。


「――――はっ、レフティ少佐!! お、おはようございます!!」


バルダートは想いに耽っていたところに急に声をかけられ、しかもそれが上官だとわかると動揺しつつも背筋を伸ばし敬礼で答えた。


「ああ、おはよう。 しかし、貴様の様な屈強そうな男がそうやって項垂れている様は端から見ていると中々に可笑しな画だな。 何か悩み事か?」


やれやれと言ったようにエリカは肩を竦めながらバルダートに問う。バルダートの身長は190を超えている、そんな大柄な男が自らの身長の半分程度高さの手摺に背中を丸めて項垂れていたのだ。普段の彼とのギャップにエリカは思わず笑いを零してしまいそうだったが、そこはどうにかして抑えたのであった。


「あ、いえ・・・そのような事はありません。 今日から訓練再開だというのにも関わらず、腑抜けていました。 申し訳ありません。」


バルダートは背筋をピンと伸ばした姿勢のままにエリカに謝罪をした。


「プ・・・・クク・・・」


そんなバルダートを見て、エリカは何故か笑いを漏らしてしまっていた。


「――――あの・・・・・少佐?」


バルダートはキョトンとした顔で口に手をやり笑いを堪えているエリカに問いかけた。そして何か自分は可笑しな事を口走ってしたのだろうかと記憶を洗い直した。


「―――はは、いや何、このアルマゲストは白銀中佐を筆頭に軍人らしからぬ態度をとるものが多いのでな・・・。 バルダート大尉の様に毅然とした軍人らしい態度をとられるのも久しいな、と。 そして、そんな事を思ってしまった自分が可笑しくてな、急に笑い出してすまなかった、大尉」


「―――いえ、そんな・・・いいですよ」


確かにアルマゲストには武の様に規則に緩い者が多い、というよりは武がそうかしこまる事はないといい、それに従う者もいるせいでそうなってしまったのだ。故にバルダートのように軍人らしい態度をする者はエリカが指揮するカマリの者を除けば少ない。そしてバルダートと話し、その態度が可笑しく思ってしまうエリカも、それが自然になってしまっていたのだと気付き、そんな自分が更に可笑しいと思ったのだ。白銀武という人物は思いの外、他人に影響力のある人間のようだ。


「自分は真面目だけが取り柄の様な人間です。 そうやって長い時間過ごしてきましたので・・・今更変えられませんよ」


バルダートは苦笑いを浮かべながら言う。彼は優秀な衛士に囲まれ、突出した才能のない自分に劣等感を感じていた。故に自らを律し努力をし続けてきたのだ、それが今の自分を支えていてくれている、今更自分の生き方を変えられるわけもなかった。


「・・・・そうか。 だがしかし、まぁ年下の私が言う事ではないのかもしれないがな、一つしか取り柄がない人間などそうそういないものだ。 誰にだって幾らでも取り柄や魅力がある、自分では気付かないモノが多いがな。 自分を悪戯に下に見るものではないぞ」


エリカが淡々と、されど諭すように優しい口調でバルダートに話す。


「―――はぁ、そういうものでしょうか・・・・わかりました、以後気を付けます!」


「ああ、お互いに頑張っていこう」


先程のエリカの言葉は彼女の父親が彼女に贈った言葉だ。当時、彼女は軍規、つまりは規則を絶対としていたがそれでは上手く部隊が機能しないことに悩み、父親に相談の手紙を送ったのだ。そして父親は『確かに規則は人の秩序を護る為には必要だ。だがしかし、物事にはいい所も悪い所も両方兼ね備えている、そしてそれらはいい所も悪い所もどちらも幾つか持っているんだ、受け取り手にも依るがね。 そしてこれは人にも言えることなんだよ、エリカは今人の上に立つ立場の人間になったんだ、色んな角度から物事、人柄を見てみなさい。 そうすれば一つだけだと思っていたことも、実は二つあったりする。 真実は、いつも一つとは限らないんだよ』とエリカに説いた。彼女はそれに感銘し、それを念頭に置いて物事に対処するようになった。








そして続々とアルマゲストのメンバーがハンガーに集まっていき


「―――おはよう、みんな!」


最後に武がハンガーにやってきた。


「「「「おはようございます(おはようさん)」」」」


皆一様に朝の挨拶を武に贈る。唯一、反射的に言った一真だけがいつもと同じのりで挨拶した為にエリカに横目で睨まれていた。


「おう、それじゃ今日は弐型も無事搬入された事だし、実機での慣熟訓練やるぞー! 皆、マニュアルは読んどいたよな?」


武は持っていたマニュアル冊子をブラブラさせながら皆に問いかける。皆、武の言葉に頷き、武もそれを確認すると了解の意を込めて頷いた。


「それじゃ、各自戦術機に搭乗し発進。 演習場は第二演習場だ」


「「「「了解!」」」」


皆、自分に与えられた戦術機に速やかに向かい始める。








そんな中、一真だけ武にそのまま顔を向けた状態で突っ立っていた。


「――――これで、少しは満足できる機動ができるかい?」


一真がその表情を変えずに静かに武に言葉を投げかける。そう、白銀武の思い描く自らの全開機動は、不知火では再現できていなかった。恐らくそれを知っているのは霞や夕呼を除けば一真だけになるだろう。皆、世界が認める天才衛士が実はその実力を出し切っていなかったと知ればどんな顔をするだろうか。


「――――なんだ、気付いてたのかよ。 相変わらず凄ェな、一真」


武が溜息混じりに呟いた。武自身それを隠しているわけでもなかったが、機体の消耗を鑑みるとそんな乱暴な操縦をするわけにもいかない為、機体に負担をかけない操縦をしていたのだ。その武の操縦から誰が実力を出し切れていないと思うだろうか。それに気付いた一真はまさに世界にとって異質な存在だった。


「なに、コイツがあったからこそ解ったみたいなもんだ。 それに凄いのはお前だろ、武くん? まさかアレだけの機体制御と戦闘能力で全開じゃねぇってのは凄まじいの一言に尽きるだろ」


一真は目元を指でトントンと叩く。『ラーニング』、その能力があったからこそ彼は武の異常とも言える底知れない実力に気付く事が出来たのだ。


「それでもさ、その能力はお前のモノだろ。 それもひっくるめてお前の実力だよ。 だからお前は凄い」


武はニッと口元を吊り上げて笑う。武から打ち明けずに自分の実力を解る事が出来た存在は彼が初めてだった。それが武には嬉しかった、だから笑う。


「まぁ、オレは化物だからな。 そりゃ人並み以上には凄いだろうよ」


一真は肩を竦め、自嘲気味に笑った。米国の『プロジェクト・メサイア』によって人以上の能力を与えられた存在、それが今の緋村一真。その呪わしい計画によって弄繰り回された忌々しいこの身体、それが彼はひたすらに憎かった。滅んでしまえばいいと思う程に。


「ああ~? 何言ってんだよ? お前は化物じゃないだろうが!? お前は確かに人並み以上の能力を持ってはいるが普通の人間だろ」


武はまさにお前何言ってんだ?今の俺には理解できない、といったように眉をハの字にした。彼にとって、そんな事では到底ネガティヴな印象を与えるに至らない。


「・・・・・・・・はぁ、だからか。 お前が『プロジェクト・メサイア』の事を知って尚、オレに周りの人間と同じように接していたのは。 まったく・・・大したヤツだよ、お前は」


一真は頭を抱え、呆れ果てるかのような口調だった。果たして、呆れ果てたのは何に対してか。


「俺は鈍いらしいからな、そんなモノは関係なく人と付き合うぞ。 お前もそんなつまらない事気にしてんなよ、俺の前じゃそんなのは無駄になるぞ?」


武からすれば大した事はない。かつての霞、純夏の告白からすれば軽いものだった。だがそれも武視点からのもの。武が思っている以上に、一真にとってそれは容赦できない事だった。一真も武と話していると自分のその嫌悪感を軽いものだと思う時がある、だが彼の誇りがそれをさせない、許さない。その誇りすらも穢された、己が許せなかった。


「・・・・・・武くん、それは無理だ。 お前がどう思うとも構わないがな、オレは「白銀中佐!! 緋村大尉!!!! 何をしているんですか!!!」


と、話し込む二人にエリカの怒号が飛んできた。二人がその怒る叫び声がする方向を向くと、エリカがツカツカとこちらに向かってきていた。どうやらかなりご立腹のようだ。


「―――――中佐、他の隊の者も皆、管制ユニット内で準備を終え、待機しています。 お早く準備に入ってください。 貴様もだ!! 緋村大尉!!!」


武に対してと打って変わって再び一真に怒号を飛ばすエリカ。その変貌振りは二重人格と疑ってしまう程のものだった。武は失念していたとバツの悪い表情をし、一真は二度目のエリカの説教が始まるのかと内心ウンザリしていたが外面は猛省しているかのようにしっかりと下官らしく対応していた。


「説教は後でたっぷりしてやる!! 今は早く準備を済ませて演習を始めるぞ!!」


エリカはそう言って踵を返し、自らの不知火・弐型に向かっていった。


「なぁ、武くん、レフティ少佐の方が上官らしくないか?」


「ああ、俺もそう思うが・・・本人にそれ言うか? フツー」


二人は完全に毒気を抜かれたように静まり返り、何でもないくだらない事を呟き、またエリカに怒鳴られないために急ぎ戦術機に乗り込んだ。








そうして始まった不知火・弐型の慣熟訓練の最中、一真はずっと武の軌道を追い続け『ラーニング』し続けていた。不知火・弐型特有の長い四肢、肥大化した肩部、大型センサーを始とした様々なセンサー類をモジュール化された頭部、そのシルエットが描く軌道をひたすらに追い続ける――――不知火・弐型の開発コンセプトは武に合っていたのだろう、機動力の向上や、空中での機体の安定性の向上、近接格闘能力の強化等――――まさに武の戦闘スタイルに必要なものだ、不知火から不知火・弐型に乗り換えた事によって武の機動制御は更に上等なモノになっていた。けれど、その不知火・弐型さえもどうやら彼の手足としては不十分のようだった。


「――――――――最初は弐型の搭乗経験もあってか周りより機動のぎこちなさはなかったが・・・・それもものの数分で完全に消去された・・・今じゃ不知火の時と同様、ご満悦には程遠いってか――――まったく、化物のお株を奪われっぱなしだなァ、オイ」


一真は操縦桿の操作の手を緩めずに、管制ユニット内でそう自らに毒づいた。


嘗て、彼に人体強化措置を施したエンリコ・テラーは、一真にこう言った
『お前はまさに人類を超えた化物、人類を―――我が合衆国を救う救世主(メサイア)だ』
両手を広げ、掲げ、まるで崇める様に、自分に酔う様に彼は布教する宣教師のように仰々しくエンリコ・テラーは厭らしく高笑いを上げていた。


(エンリコ・テラー。 アンタは間違いだらけの男だったよ・・・本当の救世主はあそこにいる・・・・・アンタが作ったのはメサイアでもなければモンスターでもなかったみたいだぜ)


不適に笑い、武の不知火・弐型の軌道を追う。本当に白銀武は真っ当な人間なのか疑いたくなる、相変わらずの化物じみた動きをしていた。


「あ~、あれ見てると確かに言いたくなるな・・・『変態機動』・・・武くんの先任も愉快な人じゃないか」


ク、とくぐもった笑いを浮かべる。前に武が話してくれた先任衛士の話、何かにつけて勝負だと武に突っかかってきた先任衛士が当時の武の機動を見て『変態機動』と呼んだらしい。成る程、言い得て妙かもしれないな。あれは普通の人間には出来ない機動だ、それならあの機動が出来る白銀武という人物は変態的とも言えるだろう。


「――――一真! 前方300mの所で噴射跳躍! 倒立反転!! その後縦軸反転を加えながら着地し直ぐに水平噴射跳躍!!」


「――――――オーライ!!」


エレメントでの失速域機動を挟んだ機動連携。武の凄まじい機動に合わせる様に一真は神経を集中させた。まったく、あの『変態機動』に合わせろ等と、簡単に言ってくれたものだと一真は心の中で溜め息をついた。


「――――いくぞ!!」


「――――おおッ!!」


二つの蒼穹色の影は同時に空に舞い上がる、鏡写しのように対称な機動―――――――二つの機動はまさに二機は舞うが如く流麗だった。








同日 横浜基地 2000



慣熟訓練が終わり武はシャワーを浴びて自室に戻ろうとしているところだった。


今日の慣熟訓練はまずまずと言ったところ。各部隊とも最終的には完全とはいかないもののかなり不知火・弐型を乗りこなす事が出来ていた。不知火・弐型は既存の戦術機の中ではXM3との相性も良くお互いの能力を更に高めるといった、五年前の武の乗っていた不知火と比べれば雲泥の差であり、武御雷に並ぶ戦術機だと言える代物だ、だがそれ故に機動制御もかなりタイトになっておりそれ相応の操縦技術と慣熟の為の時間も必要になってくる。それでも慣れてしまえば既存の戦術機の中でもハイヴ攻略作戦においては世界でもトップクラスの代物には違いない。それ故に帝国も不知火・弐型の技術を流用し、不知火と武御雷の改修に踏み切ったのだ。その機体を今日だけでもあれだけ乗りこなしてみせるのだからやはりアルマゲストのメンバーは皆優秀なのだろう。


「う~ん、それでももっと機体の敏捷性―――機動力と最高速度域での安定性、機体剛性、反応速度・・・・その他諸々足りないよなぁ・・・こればっかりは夕呼先生の凄乃皇に期待するしかないか」


武は強欲にも無い物強請りをしてしまう。世界中の戦線に参加し、自らも努力を重ね、それらを総合し頭の中で思い描く戦術機機動、自らの内に見出した戦闘スタイルを完全に再現するには弐型でも不可能だった。武御雷なら―――とも思ったが、帝国斯衛軍、日本帝国の誇りある機体を預かるのは身に余る事だと自粛した。もし悠陽にその事を漏らしてしまえばどうにかして自分の下に武御雷が届いてしまいそうだ、その後の周囲からの訝しげな目線・・・・。そこまで想像して武はその七面倒な事態をイメージするのをやめた。そして何度か頭を横に振り、悠陽ならそうしてしまいそうだと言う考えを吹き飛ばした。今度悠陽に会う事があっても戦術機の不満は話題に出すまいと武は自らに固く誓った。


「――――ブランク中尉、貴様バルダート大尉と何かあったのか?」


と武の歩く廊下の先の突き当たりの向こうからエリカの声がした。その言葉から察するに話している相手はリーネのようだ。


「え!? ん~? あったと言えばあったような・・・ないと言えばなかった様な?」


エリカの質問に対してリーネは要領の得ない返答を返していた。恐らくエリカが何故その様な事を言い出したのかわからないのだろう。


「―――ふ、まぁいい。 バルダート大尉は真面目な人だ・・・あんまりからかいすぎると嫌われてしまうぞ?」


「―――はぁ」


とエリカが笑みを孕んだ声色でリーネに言うと、リーネは生返事を返すだけだった。


「―――――――――よう、二人とも。 廊下で立ち話なんてしてどうかしたのか?」


とそこで廊下を曲がり、二人と武はご対面した。二人ともシャワーの後のせいか、髪も湿り気がまだ残り、頬も仄かに赤くなって妙に色っぽく見えた。


「これは白銀中佐」
「あ、シロガネ中佐」


エリカはリーネに向けていた視線を上げてそのまま武を視界に納め、リーネは武に背を向けている形であった為振り返るようにして武を見た。


「いえ、少しだけ隊の連携の話をしていただけです。 私的な事で気になった事があったもので」


武に向かいエリカが表情崩さずに淡々と述べる。エリカも武に話してもいいかとも考えたが、普段の武の言動を鑑みればどう考えても彼は鈍感であり、この手の話をしてもいい手は見出せないだろうと考え直し、話をはぐらかす事にしたのだった。エリカの言動にリーネはそんな話だったかなと小首を傾げたが最終的にお堅いエリカ・レフティ少佐が色恋染みた話を持ちかけてくることは無いだろうと納得していた。


「まぁ―――そんなとこです」


リーネもエリカの言葉に乗った。


「―――――? そうだったのか? にしても今日の訓練じゃそこまで連携訓練もしてないし、俺は気になったところはなかったがなぁ」


武は顎に手を当てて今日の訓練を思い返してみた。デブリーフィングでもそんな話も出ていなかったし、エリカを始とした中隊長達も皆よくやってくれていたと報告していたはずなのだが―――エリカは今になって気になるところを思い出したということなのだろうか?


「―――レフティ少佐、何か気になっていたことがあったなら俺にも教えて下さい。 後学のためにもなりますし」


武は顎に添えていた手を離し、視線をエリカに向けなおすとそうエリカに懇願した。武が気付かなかった事にエリカが気付いているならばそれが些細な事であっても部隊の向上に繋がるのならそれを教えてもらおうと思ったからだ。


「―――! いえ、中佐の耳に入れる程のような事でもありませんので・・・それにあまり無粋な真似もしたくありませんし。 ・・・・私はこれで失礼させてもらいます。 ・・・・・それでは、おやすみなさい、ブランク中尉、シロガネ中佐」


エリカはそう言うと早々に退散してしまった。


「――――? おやすみなさい、レフティ少佐」
「おやすみなさ~い」


そして廊下に取り残された武とリーネはお互いの目線を合わせ、二人して小首を傾げた。


((一体なんだったんだろう?))


その疑問に答えてくれるものは誰もいなかった。


「――――まぁ、とりあえず兵舎に向かおうか、リーネ?」


「はい、そうですね・・・・でもシロガネ中佐、送り狼にならないでくださいよ? なったら引っ叩きますよ?」


どうしてこの世界の女性はこうも強いのだろう。まぁ武の周りには現在も過去も心身共に強い女性しかいた記憶しかないのだが・・・これも恋愛原子核、元因果導体とやらの為せる業なのだろうか。


「ならねぇよ。 そんな事して痛い目見るのなんて御免だしな」


「そうですよねぇ~♪ 可愛い奥さんに申し訳ないですもんね♪」


なんだ、前は式はいつなのかと聞いてきたものだがら今度は奥さんに格上げか?じゃあ次は何になるのだろう・・・と武はつまらないことに思考を廻らした。


「だから、霞とはそんな関係じゃないっての! 何回言えば―――」


「あれ? でも昨日は二人でデート行ってたんですよね?」


武は首をギギギとまるで錆付いたハンドルを回すかの様に重々しくゆっくりと顔をリーネに向けた。


「リーネ・ブランク中尉殿? その話をどこからっていうか誰から?」


昨日の事を知っているのは五人しかいない。夕呼、霞、京塚のおばちゃん、一真、門兵――――夕呼はわざわざその様な事をリーネに言う筈もなく、霞はいくら昔よりは積極的にコミュニケーションをとるようになったと言っても誰かに言及されでもしない限りその様な事を言う筈もなく、門兵が佐官の動向を他者に漏らすと言うのも考え辛い―――残るは京塚のおばちゃんと一真のどちらかという事になる。


「ヒムラ大尉と京塚さんからです♪」


「――――――――」


まさかの二人共という事実に武は頭を抱えた。京塚のおばちゃんならともかく一真がまさか口を割るとは―――


「だってヒムラ大尉、昨日の昼食の時、京塚さんと厨房に入ってたんですよ。 どうしてかなぁって聞いてみたら、武くんと社さんのデート用に弁当作ってからちょうどいいしそのまま厨房手伝ってるんだー手伝ってもらってるんだよーって二人してニッコリ笑いながら答えてくれました♪」


武は誓う、明日の訓練―――緋村一真に一切の容赦をしない事を。


「・・・・・まぁ、隠す事でもないしな・・・。 でも霞と俺はそんな関係じゃないよ。 この基地じゃ付き合いも長いし、たまにそうやって生き抜きに連れ出したりしてるんだ」


武は観念したように溜息混じりに答える。霞は歩く機密のようなものだ、今まではそう軽々しく外に出す事も出来ず、武が佐官になり漸く外に連れ出しても問題ないという権限を持つことが出来たからこそ、昨日武は霞を外の世界へ遊びに連れ出す計画に踏み切ったのだ。


「中佐がそう思っていても相手がどう思っているか・・・・・」


「ん? 何か言ったか?」


「――――いえ♪ 何も?」


リーネは心の中で霞に向かい合掌とエールを送った。この鈍感さんの相手は相当に手強いだろう、そして未だに彼女の気持ちに気付いていないのだ。霞が武を慕っているのは周りから見れば一目瞭然であり、あれだけ健気に頑張っているのだからエールも送りたくなるものだ。


「はぁ―――男の人って案外鈍い人が多いのかなぁ・・・」


リーネは思わずそう呟いてしまっていた――――そう、思ってしまっていた。















手が、震えていた――――いや、身体も震えている――――どうしてそんなに震えているのだろう――――?





耳にはけたたましく鳴り響く機械音が届いていた――――視界に映る景色は霞みがかかったように――――白く、斑に覆われている―――





『――――て――みら――――いたも――――――――』





誰かが――――私に言葉を投げかけている――――どうしてそんなに息を切らしながら、搾り出すような声をしている――――?





『――――わら―ていのち―さし出―た――のたち―想いが――――』





何故そんなに辛そうに話す―――――ザッ、ザ・・――――そんな事言うな―――――何か他の方法がある筈だ――・・ザザザ・・・――どんな方法だ―――?




撃つしかない――――撃たなければいけない――――そんな事はお前もよく解っているだろう――――





認めたくないから――――背負いたくないから――――だから――――逃げるのか――――?





『――――――――そなたには届かぬのかァ―――――!!!』





「―――――――――!!!!」



その言葉に彼は跳ね起きた。


「―――ハァ―――ハァッ―――カ――ッハァ――――ゼェ―――」


全身は滝のように流れる汗で濡れており、息も何キロも全力で疾走した後のように上がり切っていた。


「―――ゼ―――ゼェ―――ハァ―ハァ、はぁ―――」


暴れる心臓を鎮める様に胸元を抑え、荒れる呼吸を整える様に全神経を総動員して勤める。


「はぁ、ッはぁ―――ふぅ――――」


数分後、漸く呼吸が落ち着き始めた。そうなるまでの時間はそう長いものではなかったが、彼にはとても永く感じられた。



「ふぅ―――夜、か―――、じゃあ―――今のは夢だ、ったのか」


尚も荒れる呼吸を整えながら、辺りを見回すと自分の部屋である事と、暗闇に包まれていると言う事から今は夜だという事が確認できた。


「今のは一体―――?」


額に流れる汗を腕で拭う。その白い髪は汗でべったりと肌に張り付いており気持ちが悪かった。何より――――


「誰だ―――、あの女―――? あれは、何だ―――ったんだ?」


自分を責め立てるかのように、懇願するかのように、諭すような彼女の言葉が胸に突き刺さるように残っていた。





















あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

操作ミスによって消しちまったよ・・・。どうしてくれんだ私・・・。

ショックで寝込みそうだ・・・。


それではまた次回にお会いしましょう。では。



[13811] 第十五話 『肢を捥がれた蛇』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:47
「どうだった、アイツは? ・・・何か見えた?」


夕呼は自分の椅子に座り頬杖をつきながら霞に問いかける。


「―――はい、あの時の事を・・・・・・夢で見ていたみたいです」


そういう霞の表情は悲しそうだった。あの時の事を思い出してしまったのだろう、目が少し潤んでいた。


「そう、可能性としては有り得るか程度にしか考えてなかったけど・・・まさか当たっちゃうなんてね・・・。 つくづく運命ってヤツには適わないって思い知らされるわ」


夕呼は身体を起こし肩を竦めながら妖しく笑う。簡単に世界の理や運命になど屈服してなるものか、それらは我々科学者にとっての永遠の敵―――壁は高く厚い方が遣り甲斐があると言うものだ。


「香月博士・・・あの人の事どうするんですか?」


霞は真っ直ぐに夕呼を見つめながら静かに問う。


「そうね・・・・・今のところは当初の予定通り『アレ』に乗ってもらうつもり・・・だけど、ああも安定しない状態じゃねぇ。 まったく・・・本当に思いがけない―――とんだ拾い物だわ、アイツは。 ・・・・でも、それについて帝国側から進言があったのよ」


「帝国から・・・・・・ですか?」


「きっかけはあちらで作るらしいわよ・・・後は白銀に任してみてはどうでしょう? ってね。 昔のアイツの事だったらあっちの方がよく解ってるんだし、私もそれでいいかと思ったからそれでいくようにするわ」


夕呼は浅く息を吐きながら仕方がなさ気に吐き捨てたが、霞はそれが微笑ましいと思えた。
国連上層部から帝国に渡った米国のデータにはあの人の事は記されてはいない、夕呼が政威大将軍殿下宛に送った書類のみに記されている、故にあの人の事は帝国では政威大将軍殿下を始としたごく一部の人間にしか知られてはいない。その帝国があの人の事は白銀に任せて見ようなどと言う事は、それは煌武院悠陽の考えに他ならない。そしてそれに乗った夕呼も―――二人とも白銀武という人物をそこまで信頼しているという事になるのだから。


「何よ―――? 社、ニヤニヤしちゃって?」


夕呼はそんな霞に気が付いたのか、どこか不満げに霞に問いかけた。


「いいえ―――香月博士は武さんを信頼してるんだなぁ、と」


霞は口元を手で隠しながら上品に笑う。


「いやね、そんなんじゃないわよ」


そんな霞に対して夕呼は苦笑いを浮かべた。
信頼、確かに夕呼は白銀武を信用はしているだろう。しかし信頼となると自分でもよく解らなかった。それは年上の意地なのかもしれないし、白銀武に頼り切ると言う事への拒絶なのかもしれない。


「アンタも変わったわねぇ・・・・あ、それと社―――」


夕呼は思い出した様に霞に声をかけると


「―――はい、なんですか?」


「まだお礼言ってなかったわね―――お土産、ありがと。 嬉しかったわ」


夕呼は霞から目を反らしながら独り言の様に呟いた。
霞を呼び止めた夕呼の意外な言葉に霞は驚き目を丸くした。その驚愕の表情はすぐに満面の笑みに変わり―――その温かな笑顔を、夕呼に向けた。


「はい―――喜んでいただけて嬉しいです」












6月17日 横浜基地 1208



「―――なぁ、武くん?」


「何だね、一真くん?」


午前中の慣熟訓練を終え、アルマゲストの隊員達は昼食を摂る為にPXに訪れていた。その一角、武や他の中隊長達が座っている席の隣に一真は座り、隣にいる武に声をかけた。


「何か――オレ悪い事したか? 午前のオレに対する扱き・・・まるで鬼の様だったんだが」


一真はトレイに置かれている箸を手に取り、手を合わせてから食事に箸を付ける。
今日の午前に行われた慣熟訓練において、武は明らかに昨日までとは違う――まさにXM3と不知火・弐型の能力を最大限引き出した機動をとっていた。そして武とエレメントを組んでいる一真は朝から今までの時間、その武の機動に合わせ続けるという事を余儀なくされ、その所為で明らかに昨日よりも疲弊していた。しかも訓練の間、武と一真の二人だけ周りと比べてやけに白熱していた為に他の隊員達が大きく二人に離されるといった事態まで起こっていた。まだ慣熟訓練だからいいが、部隊での訓練としてはいかがなものか。


「いや何、他人のプライベートを軽々しく周りにばらしちゃう国連大尉に対してのお仕置きみたいなモンだ。 それにあれは午前だけだ、午後は普通に訓練やるから安心しろ」


武は右手で茶碗を口に運び、味噌汁を啜りながら澄ました表情で答える。その武の言葉にリーネの方が跳ねた。リーネは昨日自分が武にデートのことは一真から聞いたと教えたことが原因だったのだと気付き、気まずく引きつった笑顔を浮かべた。それを横目に捉えた一真は成る程ねと小さく溜め息をつき、午前の疲れを癒すかのように椅子の背凭れに寄りかかり大きく息を吐き出した。


「なんだ? 緋村大尉、随分疲れているようだが・・・そこまでに白銀中佐の扱きは強烈なものだったか?」


疲弊し項垂れる一真を見てエリカが意外そうに一真に尋ねる。先程、一真が武を君付けで呼んだ際彼女は一真を注意しなかった。もう注意するのを諦めたのかそれとも飯時に説教をしたくなかったのか、彼女はとうとうそれを黙認してしまっていた。


「意外そうな目でそんな事聞かないでくださいよ、レフティ少佐。 武くんの全開機動に合わせるのはホンっト、骨が折れます」


一真は顔をエリカに向けて苦笑いを浮かべる。それにしても、この横浜基地内の人間で一真が敬語を使うのは夕呼とエリカに対した時位なものだろう。それ程に一真はエリカの説教に苦手意識を持っているようだった。


「ふむ、午前は中隊規模での訓練だったからな。私達は白銀中佐の機動を目にする事は叶わなかったが・・・・白銀中佐、操作ログを後で閲覧させてもらってもよろしいでしょうか」


武の不知火・弐型の全開機動が気になったのかバルダートは武に戦術機の操作ログの閲覧許可を求める。それはここにいる皆気になっていることでありバルダートに続きリーネとエリカも許可を求めた。


「ああ、構わない。 むしろ部隊員全員に見せてもいいんだけどな。 まぁ後で紙にして三人に渡すよ」


勉強熱心の部下を見て武は明るく笑う。皆強くなる事に一生懸命であり、それはこのアルマゲストだけに限らず、人類全てに言える事だろう。怠惰に過ごすものもいるかもしれないが、それでも人類は格段に強く成長しているのだ。


「ん? あれ、ヒムラ大尉には操作ログ渡さなくていいんですか? ―――ヒムラ大尉だってシロガネ中佐の操縦技術は気になりますよね?」


その五人のグループの中、只一人武の操作ログを見ようとせず緩慢に箸を動かし、食事を摂る一真にリーネが陽気に笑いかける。
一真はそれに対し言葉を選ぶ様にん~と唸り声を上げた。


「――――ん~、リーネ、オレはいくらか武くんの機動に着いて来られるようにはなってきたし、あとは自力で何とかするからいいわ」


手をプラプラと振り、ご遠慮しますと意思表示する一真。『ラーニング』によって武の技術を吸収している以上、他の情報は必要ない。そして『ラーニング』の存在を悟らせないように着いて来られるようにはなっていると少し控え目に教える。


「へぇ~、シロガネ中佐の全開機動にもう着いていけるようになったんですかぁ~。 相変わらず凄いですねぇ」


リーネは呆れたように言う。武の実力も底知れないが、この緋村一真も同じ位底が知れない人物だった。


「緋村大尉は先のミンスクの際も白銀中佐の機動に着いて行っていたからな。 まったく・・・中佐と同等の実力などどこで身に付けたのか・・・」


エリカはまるで呆れる様に一真に向かい言葉を放つ。エリカの記憶では初めて白銀武の機動を見た時と同じ位の衝撃を受けたのはソビエト連邦軍の紅の姉妹の戦闘を見た時位のものだったが、ミンスクで一真の機動を見た時それと同等の衝撃を受けたのであった。


「まぁ色々やってたら勝手についてしまったってヤツですよ。 それに皆買いかぶり過ぎだ、オレはそんなに凄かないよ」


一真はおどけた様に言う。ちなみにその言葉は嘘だ、彼は祖国の為に昔から鍛錬を重ねていたのだから―――


「中佐とエレメントを組んでいる衛士の言葉ではないな、まったく―――自信がないわけではあるまい? それだけの実力があるのだからもっと誇ってもいいだろう」


バルダートが真剣な表情で言う。彼からすれば敬う武とエレメントを組み、それだけの実力と才能のある一真は羨ましいものだった。


「そうですよー、過剰な謙遜は嫌味になりますよ。 それにバルダート大尉がこんな真剣に語っちゃうぐらいヒムラ大尉は凄いんですから、もっと堂々としてればいいんですよ」


「指を指さないでくれるか、指を」


ふふ~んと何故か得意げに言いながらバルダートを指差すリーネ。それをいつもの如く注意するバルダート。そんなやり取りの中バルダートはいつも通りにリーネに接する事が出来た事にほっとしていた。


「いいじゃないですか~、指差すくらい。 うりうりぃ~」


そう言いながらリーネはバルダートの頬を指先でぐりぐりと押した。


「―――うおっ、止めたまえ! 中尉!! ―――ちょっ、やめ―――」


リーネに頬を突かれ上手く喋れない為、バルダートはしどろもどろに声を出した。


「おいおい、あまりバルダート大尉を弄ってやるなよ、リーネ」


クスクスと笑いながら武はリーネを制した。まぁ、笑っているのは武だけじゃなく他の皆も笑っているのだが。


「はぁーい、わかりました~」


武の注意にリーネは笑顔で従い、バルダートの頬から指を離した。それをバルダートが名残惜しいと感じていたのは内緒にしていただきたい。


「ブランク中尉じゃれ付くのもいいが、上官をからかうのも程々にな」


エリカは目を伏せてフッと笑いながら言う。彼女は既にこの二人のじゃれ合いを注意することは諦めている。何せアルマゲストが編成され中隊長が決められてから数週間経たない内にこの二人はこの様にじゃれ合っていたのだから。


「はぁ、ブランク中尉食事中に今の様な事は止めてくれないか。 食事休憩もそう長くはないのだから、速やかに食事を終えるべきだ」


バルダートはそう言うと天丼を口に掻き込んだ。


「豪快だなぁバルダート。 あまり急いて食べると後で腹痛くなるぞ?」


そう言って一真はお吸い物を啜る。


「そう言う貴様は随分と行儀良く食べるのだな、緋村大尉」


「親がそういうのに厳しかったんでね、作法的なものは一通り叩き込まれたんですよ―――ご馳走様でしたっと」


エリカに応えると一真は箸を置いて手を合わせて食事を終えた。


「ほう、中々厳しい親だったのだな。 しかし、その礼を日頃の態度に反映できないのか?」


エリカは少しだけ苦い表情で一真に問いかけた。


「ははは、厳しいと言うよりは親馬鹿でしたけどね。 ―――それはそれですよ、少佐。 これは性分なもんでそう簡単には治りません―――そこの武くんみたいに」


一真はそう微笑むと席を立ち武に目をやった。武は口に食べ物を含み、んあ?と間の抜けた声を上げながら席を立った一真を見上げた。


「それじゃ、オレは先に休ませてもらうとするよ。 皆さんまた後ほど」


「――――ゴクン。 一真ぁ! 午後はシミュレータだからな、間違えてハンガーに行くなよー」


そう言って立ち去る一真の背中に武は午後の予定を再確認するように言葉を投げかける。一真は了解と応えるように背中越しに片手を振りPXから立ち去っていった。


「それでは私もぼちぼち行くとしましょう。 それではお先に」


バルダートも食事を終えて箸を置き、席を立ち上がろうとすると


「え~、まだ中佐や少佐も私も食べてるんですからバルダート大尉もまだ残ってましょうよ」


駄々を捏ねるリーネに縋られ、バルダートは渋々皆が食べ終わるまでPXに居座る事になった。







「――――――――あ~クソ、ダルイな・・・・」


PXから出た一真は午後の訓練開始まで自室で休もうと足を運んでいたがその足取りは重く、危なげだ。それは午前の訓練による疲弊から来るものではなく朝から彼を苛む頭痛と倦怠感のせいだった。


「まったく、何だってんだ―――? メサイアってのは風邪や病気の免疫が強ェんじゃなかったのかァ、エンリコ・テラーさんよぅ」


一真は心底忌々しげに呟く。
朝から続く頭痛は時間が経っても引くことはなく、尚も鈍い痛みを放ち彼を苛んでいた。一真本人はこれを軽い風邪だと自分で診断した、と言っても一真本人は幼少の頃に風邪をひいてからこっち風邪や病気などひいた事がなかった為、イマイチその診断には自信がなかった。
しかし戦術機の操縦には支障を来たさないからいいものの、こうして体調を崩してしまった事は衛士として不甲斐ない事この上なかった。


(体調管理は―――しっかりやっていたつもりなんだがなぁ・・・。 なんか拙い事やったか?)


フラフラと廊下を歩く様は彼の白髪も相まってまるで幽霊の様で不気味だ。一真は廊下の半ばで踏ん張りきれなかったのか壁に肩を預け、そのままズリズリと引き摺る様にして足を進めた。


(ふぅ、なんでこんな急に体調悪くなってんだかなァ――――)


そうしていると、鈍かった頭痛がズキリと鋭い痛みを放った。その痛みに思わず苦悶の声が漏れる。


「―――くぁッ! ・・・・ホンット、何だってんだよ」


誰もいない廊下で一真は一人愚痴を零した。


その鋭い痛みが襲った際、脳裏に昨夜の夢での映像が一分浮かび上がってきた。
完全に身に覚えもない―――されど何故か酷く現実感を帯びた夢・・・そして、夢の中で聞こえた女性の声。今の今まで忘れていた夢での言葉が再び彼の胸を締め付け、頭痛とも相まって更に彼に苦しみを与える。
何かを訴えるかのようなその言葉が―――一真には何よりも辛く感じた。


(あの女もオレが逃げてるって言ってんのか―――? ハッ、オレは逃げちゃいない・・・オレは、逃げてなんか―――いない)


心の中でそう力強く、噛み締めるように呟く。そうやって彼の逃避行は続いていった。











第一帝都東京――――


「それでは、7月9日・・・その日を以ってH18・ウランバートルハイヴ攻略作戦の発令という事で皆さんよろしいでしょうか?」


煌武院悠陽は静かに口を開く。会議室内の人間はその言葉に頷いた。まあ首相議会にも通された議題について最早反論はないだろうが。


「今回の作戦には極東国連軍、帝国との合同作戦となっていますが・・・ソビエトや統一中華等の参加は要請しなくてよかったのでしょうか?」


会議に参加している一人が作戦概要書類を眺めながら、会議室内の人間に聞こえるように呟いた。


「確かに前回のH19も際には極東、欧州国連軍、統一中華、ソビエト、帝国と多くの軍が参加したがな・・・あれは各軍の新型の性能試験を兼ねた故、あの様な混合部隊になったのだ―――そして今回の作戦に新型の配置が間に合ったのが我が帝国だけという事だ。些か牽制染みているのは仕方がない」


その言葉にまた違う議会員が答える。そう次のH18では帝国の最新型――先のH19でその有用性が実証された事により今年から各部隊に配置が開始されていた、第四世代戦術機『志那都』が参戦する。先のH18ブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦においてソビエト連邦からの提案で各軍の新型の性能試験が行われるという異例の作戦が持ち込まれた。新型に自信を持っていた各国は意気揚々と参加したが、殆どの新型の問題点が浮き彫りになる形になり、試験部隊にも被害が出るといった事もあった。その中、日本帝国の志那都は特に改修する所がなかった為、そのまま量産、配置が決定したのだった。


「私としてもその様な牽制をするのは好ましくはありませんでしたが・・・元々あの作戦にて志那都の性能試験をする事は決まっていた故、それを取り下げるわけにもいけませんでした。それではこちらに何か別の意図があるのかと痛くもない腹を探られてしまいますから・・・」


悠陽はその煌びやかな服装の袖で口元を隠しながら笑う。だがその表情は笑ってはいなかった。
その表情を見た何人かが引きつった苦笑いを浮かべる。


「それでは、皆この議題に異論はないようだな―――? ないなら次の議題に移らないか?」


その中で一人の青年、五摂家の斑鳩が頭首――斑鳩紀将(いかるが のりまさ)が口を開き、議会員をその鋭い目で見回した。


「―――殿下、今回の作戦には我が斯衛軍第16大隊も参加せよとの事ですが・・・その件について後でお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


斑鳩は見回した視線を悠陽に向けて止めた。


「――――はい、わかりました。 その件につきましては私からお話しようと思っていました故・・・それでは後ほど」


悠陽は斑鳩の話に頷いた。





―――会議後、斑鳩紀将は元枢府の帝国議会会議室とは別の一室に招かれた。そこには紅蓮醍三郎、神野志虞摩と帝国最強と名高い伝説の武人と、悠陽の日頃侍従として仕えている月詠真耶中佐、帝国技術廠・第壱開発局部長、巌谷榮二中佐の姿があった。部屋にまず悠陽が入るとそれらの面々は席から立ち上がり悠陽に向かい頭を下げる。


「紅蓮大将・・・! 神野大将まで・・・!? お二方が何故この様な処に・・・!?」


斑鳩紀将が驚きの声を上げる。


「落ち着くがいい、紀将。 我らとて斯衛が大将・・・この様に会議室に赴く事になんら不思議ではなかろう?」


神野志虞摩が腕を組み椅子に座りながら斑鳩紀将の驚きの言葉に応える。どうでもいいが紅蓮、神野といった筋肉質大柄な体格に対し、そう見えるだけかもしれないが腰掛ける椅子が余りにも小さかった。


「それに儂や神野を始、巌谷のもそこの月詠に殿下からの言伝で召集されたに過ぎんのだ」


続いて紅蓮が口を開く。


「斑鳩様、ご無沙汰しております」


それに続き巌谷榮二が頭を下げた。


「――――皆様、どうぞ席にお座りください」


そう月詠真那に促され斑鳩紀将は自分に割り当てられた席に着き、他の者も椅子に腰を下ろした。
部屋にいる者全員が席に座ると、その視線は招集をかけた煌武院悠陽に集められた。


「煌武院悠陽政威大将軍殿下――――些か、私は場違いではないでしょうか?」


巌谷榮二は遠慮がちに口を開いた。いくら開発局部長と言っても政威大将軍、五摂家斑鳩当主、斯衛軍大将が集められた会議室の中そこに呼び出されるのは如何せん腰が引ける思いだった。


「いえ、その様な事はありませんよ、巌谷中佐。 それに今日は階級や立場は余り関係はありませんから・・・」


巌谷榮二の言葉に悠陽は柔らかく応える。だが、その言葉に悠陽と月詠真耶以外の人間の表情に困惑の色が浮かぶ。


「殿下―――立場は関係がないとの事ですが、ではこの様に錚々たる面々を会議室に集めどのような事をお話つもりですか?」


斑鳩紀将は目を細め訝しげに悠陽に問いかける。立場も関係なくどの様な意図があってこの面子を仰々しく会議室に集めたのかと疑問でならなかった。


「はい―――今日はある人物に関係する者達を集め、その者について極秘で皆に報告する事があり、召集致しました」


悠陽はまずは斑鳩紀将に視線を向け、そこから部屋にいる皆を見回した。


「ある者とな―――――悠陽様、儂等に関係する者と言えばその重要度も高いという事は解りますが、斑鳩以外の五摂家当主も呼ばずこの部屋に居る者だけで良いのですか?」


神野志虞摩が閉じていた片目を覗かせ横に大きく伸びた髭を撫でながら悠陽に視線を向ける。


「取り敢えずは―――ここにいる者達のみに伝えたいと思います。 何分、扱いに困る事ゆえ・・・納得していただけませんか、神野大将?」


自らの薙刀の師の問いに毅然とした態度で悠陽は応える。それを見て神野志虞摩は了解したと大きく頷いて見せた。


「して―――ある人物とは?」


次に紅蓮醍三郎がその重い口を開く。


「はい――――皆さん、米国のプロジェクト・メサイア(救世主創造計画)の事を覚えていらっしゃいますか―――――?」



そうして、煌武院悠陽からある『真実』が四人に伝えられた。

























あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

この十五話は小休止といいますか、殆ど日常会話的なもので構成されています。
特に何も起こす気がなかったので・・・・。という事でこのタイミングで一真くんに頭痛になってもらいました。


あ~にしてもしんどかったです、はい。
なんかもう色々酷いな・・・。
今週はテストで忙しいので週一程度の投稿になると思います。
それでは次回にまたお会いしましょう。では。


P.S.
神野志虞摩大将のCV.は誰がいいと思いますか?



[13811] 第十六話 『彷徨』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 21:01
夕呼は今日もまた夜遅くまで執務室にて仕事を片付けていた。その中でも群を抜いて厄介だったモノが、自分が企画開発した凄乃皇の配置に関連するモノだと言うのは若干皮肉めいておりその仕事の片付けに入る際、夕呼は自嘲気味に笑っていた。



「ふぅ―――やっと終わったわね・・・・」



夕呼は背凭れに背を預ける様に寄りかかる―――腰掛ける椅子から、金属の軋んだ独特の高い音が鳴った。夕呼は大きく息を吐くと再び机に向かい、自分のパソコンの電源を入れた。
カリカリと機動音がなりパソコンが起動すると、夕呼はいつも国連軍の制服の上に羽織っている白衣のポケットから一つの記憶装置を取り出した。
その記憶装置は今朝、欧州国連軍レイストン基地から送られてきたモノだった。先のミンスクハイヴ制圧後、ハイヴ内に赴いた調査部隊の報告、それによって解った事が記録されていると同封されていた書類に記載されていた。その書類にも解った事が簡潔に記されていたのだが、詳しい事は見れば解るとの事。夕呼は送り主であるマクレラン大佐という人物は大雑把なのかマメなのかどちらなのかとどうでもいい事を考えながらパソコンに記憶装置を接続した。



「G元素の埋蔵量の少なさ・・・・BETAの動向・・・・未確認種の可能性・・・・ね」



記憶装置の読み込みの間、ミンスクハイヴ攻略作戦での違和感と異変を報告――相談しにきた武の言葉を夕呼は目を閉じて静かに反芻する。
先ずはBETAの動向―――これは今の人類にも解明されていない・・・何より五年前に司令塔を壊された事によりBETAの行動はあの頃から変化した事はなかった。だが白銀武は変化を感じ取ったと言う・・・しかし、これは00Unitでも存在しない限りは人類には知りえない事だ。夕呼はこの件について考究する事を保留にする。


残り二つはこの記憶装置に詰った調査記録に目を通さなければ解らない――――パソコンのスピーカーから読み込みが完了しディスプレイにフォルダが開かれたと機械音が鳴り、夕呼に知らせた。


スッと閉じていた目を開き、ディスプレイに開かれたフォルダ内のデータに目を通し始める。
調査したのは欧州国連軍第31連隊所属第02大隊及び03大隊―――ミンスクハイヴ制圧から一日後にハイヴに突入し調査を開始。
その後各中隊、中範囲に分散し、調査を開始。活動中のBETAはなし。生存者なし。アトリエに残されたG元素―――68.3kg。


ここまでは書類にも記載されていた。そこから先は詳細記録――――


ハイヴ内に残存していた戦術機、EF-2000タイフーンは作戦時において制圧を任されていた欧州連合の機体計36機であり、欧州連合軍第08連隊所属03大隊のモノだという事が判明。何れも大破しており、生存者もなし。機体は要撃級の腕の様な硬度の高い物で大きく切り裂かれており、搭乗者の大多数がそれに巻き込まれ死亡していた。それによって大隊は全滅。戦術機に残ったレコーダーも破損しており、当時の記録を回収する事は不可能であったが、辛うじて読み取り可能な状態のレコーダーが一つ残っており、それによって大破時の機体状態データのみを回収する事が成功した。その事によって解った事はこの機体が攻撃されたのは極東国連軍アルマゲスト大隊所属アンタレス中隊が主広間にて反応炉破壊に成功してから間もない時間だと言う事が判明―――



(これに関しては白銀の言った事は当りだったって事ね・・・・)



そこまで呼んだ夕呼は顔を顰めた。そう武の言った事が当たっているという事は、BETAの中に反応炉破壊後にも攻撃を加えてきたモノが存在した、という事になる。これは今までにはなかった事、いや先のミンスクハイヴ攻略作戦で記録的な損害率の低さによって浮き彫りになっただけなのかも知れないが―――無視するには大きすぎる現実だった。



(モチロン、原因は不明―――今頃各軍上層部はあたふたしてるわね。 漸く見え始めた人類の勝利を脅かす可能性が見え始めたんだから・・・・)


夕呼は添付されていた大破した戦術機の画像をディスプレイに映し出した。どれも武が見せた画像データと同じようなものだったが夕呼はそれを見つめながら顎に手を当てて思考を開始した。



(調査には要撃級の腕部と同じ硬度のモノで切り裂かれていた―――って事だけど・・・白銀の意見を聞いた後だと、やっぱり違って見えるわね)



マウスを操作し損傷箇所を拡大する。映し出されたその傷は武が言う様に何本かの線が走っており、まるで爪で引き裂かれた様に大きな穴が並列に三つ並んでいた。夕呼はそれをみてまるで巨大な熊にでも攻撃されたのではないか、と思ったがこの場合その熊は―――



(未確認種――その可能性は濃厚になってくるわね・・・・。 でもこれは決定打にはなり得ない、あくまで可能性。 可能性だけというなら今までもあった・・・それが幾らか濃厚になったというだけ・・・)



そう、いくらそう思わせるモノが出てきたと言ってもその存在が確認されなければ只の偶然という事で片付けられてしまう。現に調査部隊の多くはその可能性を否定している、要撃級の攻撃が重なっただけではないかと。大破した戦術機で―――仮に爪痕と呼ぼう、その爪痕が確認できたのは36機中4機、確かにそう言えるだけの低い数値だった。



(でも、注意に越した事は無さそうね・・・。 反応炉破壊後に敵を攻撃、何体いたかはわからないけど大隊を全滅させる事のできるBETAの存在・・・もしも少数であってこれを成したなら脅威だわ・・・)



BETAは反応炉を破壊されると守るべきモノ、自らの家を失くすと他の近隣ハイヴへと移住を開始する。それは形振り構ったものではなく、こちらが攻撃してもそのまま移住を続けるといったもの―――これはハイヴ制圧後残ったBETAを掃討する絶好の機会であり、それによって移住するBETAを減らす事が出来ていたのだ。だが、そうでないBETAがいるという事は極めて脅威である。何せこちらはBETAをそういう生物だと思って攻撃している、ようは油断し切っているのだ、その中で奇襲する様に襲い掛かられては堪ったものではないだろう。いくら優秀な衛士と言えどその瞬間には死亡率が高まる。そして数がわからない以上断言できないが大隊規模の戦力を全滅させる程の能力を有するBETAの存在。その能力に合わせて先述した奇襲をされたとしたら―――BETAの圧倒的な物量、簡易的な戦術、それにその脅威が加わる事になるのだ。



(まったく・・・考えたくもないわね。 反応炉破壊後も攻撃できるなんて――本当にBETAなの? いいえ、母艦級や門級の様に予めそう造られた存在なら或いは・・・でも今頃になって何故そんなBETAが? 何よりそのBETAが造られたのは何時なのか――)


今までそういった事は確認されなかった以上、最近造られ始めた可能性も否定は出来ないが・・・・それは――――



(桜花作戦・・・あ号標的の破壊に失敗していたという事にも繋がってしまう・・・・)



それは現在のBETAへの見解が完全に覆され、人類は五年前の状態に遡ってしまうという事。そして、あ号標的が破壊されたとしてもBETAはその命令系統を立て直す事が可能だという可能性が浮かび上がってくる。



(これは鑑がリーディングの結果から否定した・・・あ号標的を破壊すれば命令系統は瓦解し、今までの様なBETAの高い対処能力は失われると。 実際、現在のBETAには以前の様な対処能力は皆無・・・これはあ号標――上位存在の挿げ替えも否定している・・・何より個として存在していないモノが自らを個として確立させたモノに成り得るということは考え辛い)



謎が謎を呼ぶ思考の迷路・・・・夕呼はこの件も脅威度の高い可能性として保留にした。



次にアトリエの項までページをスクロールさせる。過去のハイヴに埋蔵されていたG元素に対してミンスクハイヴに埋蔵されていたG元素は僅か約70kg。地下茎拡大に使用したと言ってもあまりに少なすぎる。そして報告書にはアトリエは確認された他のハイヴのアトリエと寸分違わずの状態で確認され、正常に機能していたと思われる、と記されている。アトリエの機能は反応炉と同期しており反応炉を破壊されればその機能も停止する―――そして反応炉と同様、G元素を精製しアトリエでは主に資源としての精製が行われていた。



(その資源を大量に消費される様な事態があった―――? 地下茎構造拡大状況は・・・・・・・・・・・水平到達半径約66km、最大深度約3100m・・・あと一年もすればフェイズ6に達していたわね、これは。 でも地下茎構造拡大に使用してもこれだけの量しか残されていないというのはまず有り得ないわ)



確かにこの横浜基地の位置に建造された横浜ハイヴも地下茎構造拡大を行っていたようだが――それでも数百kgはあった、それに比べてミンスクハイヴには70kg程度と少なすぎる。精製機能が正常であったとするなら消費される理由は他にあったという事。それは―――否、それも人類には知りえない事だった。



「あ~! どれも確証が得られないわねぇ~! もどかしいわ!!」



夕呼は何一つ確証が得られない事に苛立ち頭を掻き毟ったが―――一つ、懸念が生まれた。



「―――――・・・・・あ・・・・」



もしこれが真実なら全ては繋がる、そして全て真実になる。極めて危険な―――人類の新たな脅威が真実になる。


夕呼はじっと身体を動かさずに目を閉じ、冷静に思考を廻らした。そして考えが纏まったのか目を見開き、突如として動き出し、調査部隊の報告書を閉じると新たに一つのソフトを立ち上げた。そして忙しく何かを高速で打ち込む。そこには幾つものデータが載っており、専門の者が見なければ解らない様なデータばかりが記載されていた。だが、一つ読み取れる只の文章―――その文頭には奇妙な言葉が書かれていた―――――。










7月7日 横浜基地



武は目を覚ますと直ぐに身嗜みを整え、いつもの国連C軍軍装を着込む―――そのネクタイはいつもよりしっかりと締められており、その表情も精悍としていた。
武は自室に備え付けられた鏡に自分を映し、身嗜みの確認をすると鏡に映った自身を睨むように見つめた。まるで自身に目で問いかけるように、自身の覚悟を確認するかのように。


「―――――っし!!」


武はパンパンっと両頬を両手で二度叩き、気合を入れた。力を入れすぎた為か両頬は少し赤くなっていた。


「―――行くかっ!!」


武は勢い良く部屋を飛び出した。


その足取りは踏みしめる様に力強く、その表情は意地と決意が入り混じったような真剣その物の表情だった。


武は朝食を摂る為にPXへと向かう足を動かしながら、今日のスケジュールと明後日決行されるウランバートルハイヴ攻略作戦について思案する。
6月22日、その日日本帝議会はH18・ウランバートルハイヴ攻略作戦を発令し、武達極東国連軍にも協力要請が来た。今回はアルマゲストが所属するグラウディオス連隊所属のプトレマイオス、トレミーも参加する事になったが、アルマゲストが配置される位置は目標から南西の位置であり、プトレマイオスとトレミーはアルマゲストから山脈を挟み目標から北西の位置に配置されていた。同じ連隊所属なのだから分けて配置することもないと思うのだが、どうやらこれは両軍上層部が話し合った結果らしい。それはグラウディオス連隊指揮官、菅原幸治准将から横浜基地へ直々に打診され、それに応じた武に聞かされたことだった。

プトレマイオスとトレミーは帝国の後方支援部隊と共に後方支援、及び陽動、制圧に参加するらしい。そして武達アルマゲストは地上からハイヴへと突入する突入部隊―――そしてもう一隊の突入部隊は衛星軌道から降下する帝国の突入部隊、これが本作戦における本命―――アルマゲストは突入と同時に陽動の役割もこなす事になる。どうやら軌道降下突入部隊は帝国の最新型、第四世代戦術機『志那都』によって構成されているらしく、帝国―――というよりは技術廠の意向が大きく反映されているようで技術廠としては先のブラゴエスチェンスクハイヴにおいて新型の有用性が実証された事により、本作戦において更にその性能を知らしめたいのだろう。


だが―――――それに待ったをかけるようにソビエト連邦が帝国主導のウランバートルハイヴ攻略作戦と同じ日にH25・ヴェルホヤンスクハイヴ攻略作戦を発令した。


どうやらソビエトは先のブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦にて、日本帝国の第四世代機に遅れをとった事が大変ご不満らしく改修し終えた一個小隊分の戦術機を作戦に投入するらしい。そしてH25攻略作戦には欧州国連軍、米軍も参加する事になっていた。ソ連の領内の戦線ではその地形を生かし小規模ながら航空戦力が残存しているし、攻略においては幾らか地上部隊の負担は減るだろうが・・・部隊編成を閲覧した限り、武が知る人物も何人か参加するようなので武はその者達の武運を秘かに祈った。


あちらの作戦が上手くいくことを祈りつつ武はもう再度自分達が参加する作戦について思考を戻した。


ウランバートルハイヴは高い山々に囲まれており光線属種の脅威から避ける為に山を越える事が出来ない為、比較的標高も低く拓けた平地がある目標の西側に南側から回り込み部隊を展開する事に決定された。そして目標から東側―――川伝いに狭く拓けた平地には99型電磁投射砲を装備した帝国軍の不知火・弐型で構成された陽動部隊が配置されている。


(作戦には問題はないな―――ALMにも限りがあるし重金属雲の事も考えればそう撃ちまくっていいものでもないしなぁ。 まぁ、それも考慮してこっちは仕上げてきてるからどうとでもなるけど)


作戦参加要請が届いてからこっちアルマゲストは陸伝いでのハイヴ突入シュミレータ訓練と机上訓練もこなし続けていたのだ。その点においては何の不安もない。

ただ、レイストン基地から届いたミンスクハイヴ調査報告書を読んだ夕呼の話が武の心に一抹の不安を落とす。夕呼によれば反応炉破壊後に攻撃してきたBETAが存在する可能性は高いそうだ。だがどれも確証が持てない為にあくまで可能性との事。以前の武なら可能性があるなら何とかして対策を立てようと喚きたてかもしれないが、今では経験も重ねそれなりに落ち着いてきているのだ。確証もないのに軍を動かしてくれなんて懇願する様な真似はもうしない、今はただその確証が得られるまで可能性として武個人がそれに注意を払っていればいい。杞憂に終わる事に越したことはないのだから。



「――――そんな都合よくいけばいいけどな」



武は内に秘める憂いをつい口に出してしまっていた。


そんな自分を自嘲気味に嘲笑う。


例え武の不安が杞憂であったとしても、これからの戦いも人類にとって厳しい事に変わりはない。そして武が必要以上にその不安を抱えてしまう事によって仲間が危険に晒されてしまったり、武自身の命を脅かす事に繋がってしまう可能性もある。どちらに転んでもこれからの戦争が楽になるなんて事もなく、依然気を緩めることは許されないのだから。



(だとしても・・・俺は人類を―――この世界を救う為に精一杯戦い続ける・・・そして今回も誰も死なせずに帰してみせる・・・・!!)



武は不安を振り払うように顔を上げ、決意を新たにし顔を引き締めた――――――が、今更になってある事に気が付き、せっかく引き締まった顔が間の抜けた表情になってしまっていた。



「そういえば、H18攻略作戦には宗像少佐達は参加してないんだな」



足を止めて呆けたように呟いた。


ウランバートル攻略作戦には富士教導団も参加しているが、その中に宗像美冴、風間祷子、涼宮茜等の名前がない事に武は漸く気が付いたのだった。先のブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦には彼女達は参加していたのだが、生憎と顔を合わせることは叶わなかった為、今回は会えるかと何の根拠もなく期待してしまっていた。と言うよりも作戦概要が伝えられてから二週間程経ってから気が付くとは、我ながら間の抜けた話だと武は一人苦笑いを浮かべた。





「―――武さん、そんな顔をして廊下の真ん中で立ち尽くしているとアブナイ人みたいですよ?」



と、自分の間抜けさに呆れていた武に、訝しげな視線とそんな言葉が投げかけられた。



「―――うぉあ!? なんだ・・・霞か、脅かすなよ・・・」



武は背後から聞こえたどこか棘のある言葉に驚き振り向くとそこには霞の姿があった。
いざ霞に向き直ると、その幾らか呆れた様な視線を武に向け気持ちいつもより距離をとって霞が佇んでおり、武はそれにそこはかとなくショックを受けた。



「いつも言ってますけど、何時でも何処でもそうやって思いに耽るのは直した方がいいですよ。 ――――それとおはようございます」



武のショックを表情から読み取ったのか霞は一歩前に足を進めて明るい表情で朝の挨拶をした。姿勢を正し明るい笑顔を向ける霞に向き直り武も笑顔を返した。



「ああ、おはよう霞」


「ふふ―――はい。 今日は早く・・・自分で起きたんですね。 これから起こしに向かうところだったんですけど・・・」



霞は少しだけ残念そうに眉を顰めて笑顔を崩した。霞からすれば武を朝起こすのは五年前から続く朝一の楽しみでもあり、正直役得でもあるのだが今年二十三になる男性が毎朝起こされなければ起きれないというのはどうしたものかと思ってもいた。霞はそんな二つの感情に板ばさみにされて少々複雑な心境であった。けれど今日くらいは彼も自分で起きて―――いつもよりも凛々しい顔をして自分の前に立っているのだった。



「ああ、今日くらいは・・・な。 毎朝迷惑かけてごめんな、霞」



苦笑いを湛えて片手を顔の前にかざし、感謝と謝罪の意を表す武に霞は明るい顔を傾げて応えた。



「今日は午前中はトゥブ仮設基地に発つ前の最終ミーティングがあるから、それから―――だから、昼過ぎでいいか?」



武達アルマゲストは今夜、モンゴルに発つ。

モンゴルと言っても過去の話で今では首都であったウランバートルもBETAに蹂躙されハイヴを建設され嘗ての栄えた町並みも見る影のない廃壊したただの荒地になっている。その地域に帝国軍は統一中華との交渉の結果、仮設基地を設け本作戦における前線基地とした。しかし本来統一中華の領域に仮とはいえ基地が建つのだ、当然荒波が立つ。そこでその仮設基地は今回の作戦が成功すれば統一中華に明け渡され後の作戦における前線基地という事になっており―――つまりは統一中華への資材提供という事になる。向こうからすれば祖国の大地を蹂躙され、それから速やかに開放される架け橋となるのなら願ったり適ったりといった事だろう。帝国もそこは恙無いらしい。



「はい、わかりました。 ―――今年は晴れるといいですね」


「ははははっ、それはどうだろうなぁ」



武はからからと笑う――――武の記憶では今日この日、7月7日は晴れた事は一度もなかった。この半永久的な重力異常地帯である横浜でもそれは変わらないのだからまったく可笑しな事だ。



「もう・・・・武さんたら」



霞もそれに応える様に口元に手を添えて笑う。


その光景をもし彼女が見たら可愛らしく怒った表情を見せただろう。



「―――それじゃあ、俺は朝飯食い行くけど・・・霞はどうする?」


「ご一緒したいですけど、これから香月博士の所に行かないと行けないので―――またの機会に誘っていただけると嬉しいです」



片足を下げてPXに向かうという意を表す武に残念そうに霞は応える。



「そうか、それじゃあまた後でだな。 夕呼先生の無茶に付き合うのは大変だろうけど頑張れよ。 あと、あんまり扱使われないようにしろよ?」


「心配して下さるのは嬉しいですけど、大丈夫ですよ。 博士はそんなに無茶な事しませんし、私の事も気遣ってくれていますから・・・。 それでは武さん、また後で」



武はその答えに満足そうに頷いて見せた。夕呼は何だかんだ言って霞の事を思い遣り、彼女なりに霞の事を大切にしている事は武も気付いていた。そしてそれを霞も理解していると言う事がわかり二人の間に確かな信頼関係が築かれているという事が武には嬉しく感じられた。

武の返事を確認すると霞はもう一度笑顔を見せ、踵を返し夕呼のところに向かい始めた。



「さてっと、俺も朝飯食いに行くとするか―――」



霞の背中を眺めていた視線を前に戻し、武もPXに向かおうと足を運んだ。








「おや、武じゃないか! おはよう! 今日は早いんだね!!」



PXに入ると、出来上がった食事を頼んだ衛士に渡すためにカウンターから顔を出していた京塚志津江が武に気付き、声をかけた。
朝早くから料理の仕込みを始めたりと色々忙しく、それらを一人で片し疲れる仕事である筈なのに武はこの五年の間京塚のおばちゃんの疲れた顔を見た事がなかった。いつも横浜基地にいる皆に元気な笑顔を見せ、その元気を食事と言う形で横浜基地の皆に分けている様に、京塚志津江はこの五年元気に皆の食事を作り続けていた。



「ああ、おはよう、おばちゃん。 今日は鯖味噌定食でお願いします」



武は朝の挨拶と一緒に朝食の注文を済ませると、京塚志津江は大きな声で「あいよ!!」と答えた。



「今日あんた達作戦に参加する為に大陸に向かうんだろ!!? 今日はたくさんご飯食わしてあげるから頑張って来るんだよ!!」


「ああ、頼むよ。 今日と―――帰ってきたらアルマゲストの皆にも鱈腹食わしてやってくれ!」



そう言いながら豪快に笑い調理場へと向かう京塚志津江に武も元気良く答えるのだった。京塚志津江のそう言った気遣いは武にはうれしいものだった。彼女もこの五年の間武を支えてくれた人の一人なのだから。



「―――――おはようございます白銀中佐、京塚さん」



カウンターに立つ武にC軍軍装を身に纏ったエリカが声をかけてきた。



「あ、おはようございますレフティ少佐」


「おはよう! エリカちゃん!! 今朝は何にするんだい!?」



横浜基地に在籍する多くの人間の中でエリカ・レフティをちゃん付けで呼ぶのは京塚志津江だけだろう。エリカも今までその様に自分を呼んだ人間は母親くらいなものだった為、この横浜基地に身をおいてすぐの頃大いに困惑したのだった。



「京塚さん、ちゃん付けで呼ばれるのはちょっと・・・・」



と言うよりも現在進行形で困惑し続けていた。



「ははは―――無駄ですよ、レフティ少佐。 おばちゃんには適いません」


「はぁ―――わかってはいますが・・・この歳になってちゃん付けは中々に恥ずかしいですよ」



エリカは思わず溜め息を漏らした。別段年齢を気にしているわけでもないが、歳を重ねただけそれなりの尊厳も抱くわけで―――その分余計に恥ずかしく感じられた。誰がこの歳になってちゃん付けで呼ばれる事を予見できただろうか。エリカはそんな親しく声をかけてくれる京塚志津江に感謝しつつも、その呼び方のせいでなんともムズ痒い感覚のせいで苦笑い気味になってしまうのだった。


二人は京塚志津江から朝食を受け取ると、向かい合うようにして椅子に腰掛けた。



「それにしても少佐と朝食を頂くのは久しぶりですね、いつも俺が来た時には少佐の姿はありませんし。 いつもこれくらいの時間には来ているんですか?」



武は手を合わせいただきますと言ってから視線をエリカに向けて尋ねた。



「ええ、中佐が雑務を片付けるのが遅いですからその分を片付けたりする為にもこれぐらいに時間には起きてますよ」


「う――――すみません」



何気なく尋ねたその答えには棘があり、武は思わず謝ってしまった。武に対して皆言葉に棘を持たせすぎではないだろうか。



「ふふ、謝らなくてもいいですよ、半分冗談ですから」



という事は半分マジなんですね、と武は心の中でツッコミを入れた。それとまさかエリカが冗談を言うなんて思いもしなかったので内心驚いていた。





「そういえば、一つ気になっていることがあるのですが・・・いいですか?」



食事も進み、終わりかけた頃エリカが口を開いた。



「はい、構わないですけど・・・何かあったんですか」


武は一旦箸を置き、エリカに向き直る。



「それはこちらの台詞なんですが―――それと質問に質問で応えるのはよくないですよ。・・・・・・・白銀中佐、緋村大尉と何かあったんですか?」



エリカの問いに武は大きく首を傾げた。武にはどうしてその様な事を自分に尋ねるのか凡そ見当もつかなかった。



「いや、特に何もないと思うんですけど・・・・一真がどうかしたんですか?」


「大した事ではないんですが、最近演習中でのお二人の会話があまりなかったので、少し気になっただけです。 それと緋村大尉の様子も少し以前とは違うようなので」



ここで漸く武はエリカが何故その様な事を聞いたのか理解できた。
確かに最近一真との会話は以前より減ってはいる。武はそれを一真が日本出身者であり、日本主導の作戦に参加する事への意気込みの表れ、それと特別な立ち位置になっている為それによる不安の表れと解釈していた。
そしてそれを見た事によってエリカは先程の様な質問にするに至ったのだろうと武は判断した。



「一真は日本出身ですし、詳しくは言えませんが少し日本を離れていましたから日本主導の作戦に参加するのは久々なんですよ。 だからそれに対する意気込みの表れだと思いますよ。 少佐が気にする事でも、明後日の作戦に支障を来たすものでもないですから安心して下さい」



武は笑って答える。エリカも母親の祖国である日本の作戦を成功させようと意気込んでいる。その分それに対する不安を取り除きたいが為に武に尋ねたのだろう。



「そうですか、わかりました。 それにしても・・・作戦前に尋ねるような事ではありませんでしたね。 申し訳ありません」


「いや、それぐらいいいですよ。 それじゃあさっさと朝食済ませてブリーフィングの準備でも始めましょうか」


「――――そうですね」



エリカは緋村一真という人物の情報が一部しか公開されておらず、それ以外は秘匿されているという事は知っていた。知らされている事と言えば日本出身、年齢、以前はアラスカのユーコン基地に配属されていた事、その個人能力くらいなものだ。高い能力を持つ謎の人物―――それがエリカの抱く緋村一真の印象だった。ちなみにその印象に飄々としている、軍人としての礼に欠けているなどという事が付け加えられるわけだが。それと同じような人物が眼前で食事をしているのだから彼女個人としては別段気にはならなかった。そう、白銀武の個人情報も同じ程度に秘匿されているのだから。

高い能力を持った人間がこうまで秘密が多いという事は逆に人の好奇心を擽るのではないか?とエリカは心の中で呟いた。同じ部隊に経歴が不明な人物が二人。なんとも可笑しな事だった。

二人は朝食を済ませると食器をカウンターに返し、ブリーフィングの準備をする為にブリーフィングルームに向かうのだった。










「それじゃあ―――基地を発つ前の最終ブリーフィング始めるぞ。 まぁあっちに着いても作戦前にまたブリーフィングがあるから、今回のはあくまで基地を発つまでのスケジュールと作戦概要の確認がメインだから、各々手元の資料で確認しながら聞いてくれ」



武の軽い口調での説明にエリカは横目で抗議の視線を送るが武はあっさりと受け流し、説明を開始した。
エリカと武が二人で説明を始め、それを皆手元の資料を見ながら照らし合わせ自分の中の情報があっている事を確認する。何人か頷くような仕草をする者もいた。


そんな中、一真は武達の説明を余所に手元の資料をじっと目を通していた。



(参加しているのは帝国が6個連隊―――国連が2個連隊・・・・そして斯衛軍が2個連隊。地上砲撃部隊は国連と帝国の混合部隊が周辺の山脈に配置―――か。 ソビエトみたいに航空戦力があれば楽なんだがな・・・・)



今回のウランバートルにおいても航空部隊を導入する事は出来ただろうが、軌道降下突入部隊がいる事や帝国にはソビエトの様な技術がない為にその手段はとれなかった。



(斯衛には斉御司―――親子と斑鳩紀将・・・が参加か。 まったくあの人も出産後も戦線に復帰するとは・・・血気盛んだねェ)



斉御司沙都魅、斉御司甲洋、斑鳩紀将―――この三名がウランバートルハイヴ攻略作戦に参加する五摂家の人間だ。
斉御司沙都魅は彼が日本にいた頃は嫡男である斉御司甲洋を出産した後、その後の教育の為に戦線から離れているところだった。そしてまさか現在では親子で作戦に参加しているとは、と一真は初めて部隊編成を見た時は驚愕したのだった。
五摂家の三人は大きく三つに分かれた部隊―――斉御司沙都魅は目標から北西の部隊、斑鳩紀将は南西、斉御司甲洋は東の陽動部隊にそれぞれ配置されていた。



(まさか同じ配置に第16大隊がいるなんてな―――しかも五摂家の護衛には月詠真那少佐の部隊ときたもんだ。 まったく、やり辛いったらありゃねェ・・・)



一真は表情こそ変えなかったがその心中は穏やかではなかった。一真にとって今回の作戦においては『やり辛い』という一言に尽きるものだった。何しろ死んだ事になっている人間が生きているなどという事を知られてしまう可能性が大きい、彼にとってこの上なく厄介な作戦なのだから。



(まったく、エドガーのおっさんも日本に遣す事なかったろうに・・・横浜の牝狐へのお供え物として遣されるなんて・・・面倒な事しやがって)



一真は心の中で毒づいた。エドガーにも夕呼にも特に恨みを持っているわけでもないのだが、これに関しては恨み言の一つも言いたくもなる。正直に言ってしまうと一真は日本に帰る気はなく、関わるつもりもなかった。だが何の因果かこうして関わる事になってしまった、彼にとって頭の痛い事だった。



(何にしても・・・・無闇に姿を晒すのは、控えるか)



一真は作戦概要と仮設基地に到着してからのスケジュールを見て、何処に身を潜めるか考え始めるのだった。










ブリーフィングが終わった後、武は急ぎ霞と合流する為に霞を探していた。今朝会った時に今の時間霞が何処にいるか聞くのを失念していた為、こうやって霞のいそうな場所を手当たり次第に探す事になったのだ。



「あ~霞~どこにいるんだよぉ~」



夕呼の所に向かうと今朝霞が言っていたので地下研究施設の武が入れる所は全部探したのだが霞ついでに夕呼の姿はなかった。どの研究室も暗く研究員もいなかった為ここまで悉く空振りだった。



「どうすっかなぁ――――」



武は探索の足を止め、顎に手を添えて霞の居場所を再考する。霞の私室、各研究室、夕呼の執務室、PX、etc.―――思い当たる所は全て当たったのだが―――



「白銀中佐、そんな廊下の真ん中で唸り声を上げて―――どうかされたんですか?」



うんうんと唸り声を上げながら思考する武に書類を腕に抱えたイリーナ・ピアティフが声をかけた。



「あ、ピアティフ中尉、いい所に―――!!」


「――――はい?」



ピアティフはいきなり目を輝かせ自分に迫りこちらに向かってくる武に首を傾げ、目を丸くした。



「霞が今何処にいるのか知りませんか!?」



物凄い勢いで迫る武にピアティフはたじろぎ引きつった笑顔を浮かべた。



「や、社さんなら先程、香月博士と一緒に博士の執務室に向かわれましたけど・・・」



資料を抱えた腕とは反対の空いた手で夕呼の執務室の方を指差しながらピアティフは武の問いに答えた。



「そうですか! ありがとうございます―――では!!」



入れ違いになっていた事がわかった武は礼を告げると脱兎の如く駆け出した。
そんな武の背中をピアティフは呆然と眺め、その背中が見えなくなると何だったのだろうと再び首を傾げながら抱える資料を持ち直し足を進めたのだった。








「――――失礼します!!」



武は夕呼の執務室の扉が開くと勢い良く部屋に飛び込んだ。



「――――白銀?」「――――武さん?」



夕呼と霞は突然来訪した慌しくする武に目をやった。



「どうかしたの白銀? 今日はあんたを呼んだ覚えはないんだけど」



訝しげな目をやりながら夕呼は武に質問を投げかける。その視線は邪魔だから帰れと邪険にした色も混じっていた。



「いや、用があるのは霞の方なんで――――探したぞ! 霞!!」



夕呼との会話をやり過ごしながら武は霞に向かい足を進めた。そんな武に夕呼はムッとした表情を見せ、怒気を孕んだ視線を投げかけた。



「―――あ、もうそんな時間ですか?」



霞は武の様子を見て、何かを思い出したようにはっとた。時計を見るともう十三時を差し掛かろうとしていた。



「俺もあんまり時間がないから急ぐぞ。 先生―――霞をちょっと借りていきますね!」



そう言って霞の手を取り、部屋を出て行こうとする武だが――――



「白銀、ちょっと待ちなさい―――」



武から死角になっている机の下を弄る夕呼に呼び止められた。



「何ですか―――先生?」



足元を忙しくさせながら声をかけた夕呼に武は問いかけた。



「はい、これ。 どうせこれから桜並木に行くんでしょ? それ、見せてやんなさい」



死角から顔を出した夕呼の手には小さいが花束が三つ抱えられていた。



「―――え? 先生・・・それどうかしたんですか?」



武は花束を抱える夕呼を見て素っ頓狂な声を上げた。花を抱える夕呼は外見からすればとても画になっているのだが、その内面を知る武にはどうしてもどこか可笑しく感じられた。



「ぼうっとしてないでさっさと受け取りなさいよ―――時間、ないんでしょ?」



フッと薄い笑みを浮かべて夕呼は武を促した。これは彼女なりの気遣いなのだろう。それを理解すると武はニッと笑い―――



「はい、先生ありがとうございます―――!!」



そう言って武は夕呼から花束を受け取った。



「―――私も持ちます」



三つの内の一つを霞が持つ。



「あ、社、あんたそれが終わったらまたここに来なさいよ」



霞ははいと短く応え、二人は急ぎ部屋をあとにした。そんな二人を夕呼は先程と変わらずに薄い笑みを浮かべながら見送り





「――――もう、五年も経つのね・・・・」



一人だけになった部屋の中で夕呼は小さく呟いた。








「―――まさか先生が花束を寄越してくれるなんてなぁ」



武は抱えた花束を眺める。BETAから開放され復興が進んだと言っても失われた自然を取り戻すには長い時間を要する、現在においても花は武のいた世界に比べれば物価も高く、こうやって花束にして入手するのもそれなりに難しいのだ。



「博士、前から頼んでいてくれたみたいですよ・・・」



霞は抱える花の匂いを嗅ぎながらうっとりとした声で武の疑問に答える。基地からあまり出られない霞はあまり嗅いだ事のない香りに興味津々のようだった。



「そうかぁ―――先生に感謝だな、ホントに」



綺麗に彩られた花束を抱えて二人は基地の門の前にある桜並木に向かい足を運んだ。





―――――外に出ると、太陽が差し込んでおり、快晴だった。



「ははっ、晴れてら・・・・珍しい事もあるもんだ」



桜並木に向かう足を動かしながら武は何処までも続く青空と輝く太陽を眺めた。



「この五年ずっと雨でしたもんね―――晴れてよかったです」



自然と二人は笑顔になる、今日はめでたい日だ―――桜並木に着き、二人は足を止めて並ぶ桜に向き直る。





「――――――ハッピーバースデイ、純夏」
「誕生日おめでとうございます、純夏さん」





そう今日、7月7日は鑑純夏の誕生日だ。この桜並木で祝えば皆、その事を祝ってくれると思い、この五年間二人はこうして桜並木の前で彼女の誕生日を祝った。



「ほら、今年は先生が花束なんて用意してくれたんだぜ、綺麗だろ?」



武は抱える花束を掲げるようにして桜に見せる。七月という事で桜の花は散ってしまってしるが、その代わりに二人の手には花が咲いていた。



「今年は初めて晴れたなぁ―――お前、毎年雨だって嘆いてたろ? よかったな・・・純夏」



二人は近況を彼女に報告する。それと同時にここには多くの仲間が眠っている、ついでの様だが彼女達もその言葉を聞いてくれている事だろう。
夕呼から貰った花はここに置いて行くわけにはいかない為、後で第27研究室に供える事になった。花束の数は三つ・・・武から、霞から、そして―――夕呼からそれぞれ贈られた。
武は夕呼に感謝しながら花を供える。その表情は以前と同じく終始笑顔だった―――語る時は誇らしげに、呼びかける時は慈しむ様な優しい笑顔で。





「――――それじゃあ、霞、俺はもう行くよ・・・お前も研究頑張れよ」


「はい、武さんも・・・お気をつけて」



武は夕呼の部屋の方まで霞を送ると、基地を発つ前の準備をする為に自室に足を向けた。











――――――――そして夕方、アルマゲストは横浜基地を発ちトゥブ仮設基地へ向かった。

















あとがき

『なぁ、ブランク中尉』
『なんですか、バルさん』
『なんだね、そのダニやGなどは御任せあれみたいな呼び方は?』
『じゃあ・・・・・・バルたん?』
『私は奇妙な鳴き方をする宇宙人ではない!!』
『あ~はいはい。それで、バルダート大尉どうかしたんですか?』
『気付かないのか!?この十六話、私達の出番がなかったんだぞ!!?』
『あ~それですかぁ・・・それは作者が「この二人特に進展もないし、書かなくていいや」って割り切ったせいですよ』
『な、なんだってー』



ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

やっと投稿出来ました、この十六話。
テストが終わっても講習がある為に中々執筆する事ができずかなり間が空いてしまいましたね。
かなりしんどかったです、はい。

今回の話は純夏の誕生日という事で誕生日イベントを出してみました。
因みにまったく関係ないですが7月7日は私の弟の誕生日でもあります。
更に関係ありませんが私はブラコンです。

っていうかさり気なくまたオリキャラが・・・・まぁ使い捨てになるだろうしいいか(ぇ

それに美冴さんの階級もとうとう出ましたね。これからの出番に期待。
ピアティフ中尉も何話か振りに再登場・・・でも出番短い、っていうか京塚のおばちゃん以上に出番少なくないか?



それでは皆さんまた次回に。




みさえーーーーーーーーーーー!!!!



[13811] 第十七話 『繋がる道』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 21:11
思い返せば、沢山の笑顔があった、幸福があった



両親、友と呼べるたった一人の男、共に国を護ろうと誓い合った仲間達、盲目の姫君、



どれも失くしてしまったモノばかりだ、どれもこの手から零れ落ちていった



そんな灰色のアルバムの中に見知らぬ少女達を見つけた



―――君達は誰?



思わず尋ねてしまったが、その問いに答えが返ってくることはなかった





そうしてまた意識は常闇に堕ちていった







7月7日 2328


がちゃ、とドアノブが回される音。それに続き蝶番を軋ませながらドアが開かれる音が響いた。
甲板に続く扉は、潮風に晒されている事が多いせいか錆が侵攻しており普通の扉よりも重く感じられた。
ドアが開かれ、そこに姿を現したのはアルマゲストのメンバーであり、それの指揮官であり、アンタレスの中隊長でもある白銀武だった。



扉を開けると鼻腔に潮の香りが流れ込み、耳には輸送艦が波を切り航行する音が響いていた。視線の先に見える海は濃紺の夜空に相まって黒く染め上げられており何処となく不気味に感じられる。
武は甲板の先に歩みを進め、海がよく見える所に来るとゆっくりと腰を下ろした。


「潮風が気持ちいいなぁ・・・」


夜という事もあり若干風が強いがそんな事も気にせずに潮風に当たりながら夜空を見上げる。


「少し雲が見えてきたな・・・せっかく晴れてたのに、作戦の時降らなきゃいいが」


月光を所々遮る雲をその視界に納めて眼前に控えたウランバートルハイヴ攻略作戦の事を考え、憂いを帯びた声で独りそうぼやいた。



現在、武の所属するアルマゲストはウランバートルハイヴ攻略作戦に参加する為、トゥブ仮設基地に向けて輸送艦で海を渡っている。20時に差し掛かった頃には仮眠の時間が設けられたが武はどうも寝付けず、こうして甲板に訪れていた。別に今睡眠を取らなくてもユーラシア大陸にある統一中華戦線のクラスキノ基地に着き、そこからまた輸送車での移動になる。その時にも睡眠を取る時間が十分にあるのだ。だが衛士は身体が資本、しっかり身体を休めるのも仕事の内なのだから設けられた休息の時間、しっかり休みを取らないのはあまり褒められた行為ではないのだが。



「寝付けないんだから仕方がないじゃないか」


と子供じみた事を誰に向けたわけでもなく呟いた。


武は夜空に向けていた視線を夜の黒い海に向け直す。
こうしているとあの頃を思い出す―――あの頃、任官して間もなく神宮寺軍曹の死という辛い現実から逃げて、向こうの夕呼先生に叱責され激励され、この世界に戻ってきてからの最初のハイヴ攻略作戦、『甲21号作戦』。その作戦に参加した時もこうして輸送艦の甲板から海を眺めていた。


「こうやって海を眺めていたら、伊隅大尉が声をかけてくれたんだよな・・・」


海を眺めながら当時の上官、多くの命を救い、散っていった英雄―――伊隅みちるの事を思い起こす。それと平行して同作戦で戦死した柏木晴子の事も思い起こされた。
伊隅みちるは身近なもの、仲間達を守る為に戦っていると言い、柏木晴子は遠からず徴兵年齢に差し掛かる弟達が戦わなくて済むようにと戦っていると言った。


ならば今の自分はどうだろう?と武は思いに耽る。桜花作戦から五年、自分は戦争に身を投じ戦い続けた。それによって沢山の人達の死を見てきた。人類を、世界を救う為にと戦い続け、その間にも多くの人が死んでいく様を見続けた。守りたかった命はこの手には掴めず、零れ落ちていった。その犠牲を無駄にしない為に、ひたすらに駆け抜けてきた。その結果、どうだろうか?前に進めているだろうか?俺は何かを掴めているだろうか?守ろうと差し伸ばしたこの手にはどれだけの人の命を掴み、救えたというのだろうか?皆に誇れるだけの成果を残せているだろうか?


矢次に自問を繰り返す、しかしその答えを自ら出す事は出来なかった。


「伊隅大尉、俺は貴女に、皆に負けないくらい、強くなれているでしょうか・・・?」


再び夜空を見上げて、決して答えは返ってこないと解っていながらも星に問いかけた。





「イスミ―――? ああ、もしかして佐渡島奪還の英雄の事か?」


思いに耽っていた武の思考を遮るかの様に突然投げかけられた声に武は驚き、声の主がいるであろう背後に上体を捻って振り返った。
そこには火の着いてない煙草を咥えた白髪の男性、緋村一真が武と同じフライトジャケットを着た姿で立っていた。



「―――よぅ。 ・・・・・どうした、眠れないのか?」


一真は片手を挙げて改めて武に声をかけた。その顔には相変わらずの薄い笑みが貼り付けられていた。



「ああ・・・・。 お前もか、一真? ・・・ていうか今の聞いてたか?」


武は目を細めて少しだけ険しい表情で一真を見上げながら問いかける。武の顔に出た険しさは秘匿義務、今回のは武自身に関する秘匿義務だが、それに関する事を口に出したのをうっかり人に聞かれてしまった事への自戒の念から出たものだ。


「答えは、イエス、だ。 伊隅・・・伊隅みちる、身を挺して佐渡島からのBETA侵攻を止めた英雄だな。 ・・・武くんは彼女と一緒の部隊いたのか」


対する一真は飄々として、肩を竦めて答える。それを見て武は更に自分の迂闊さを責めるのだった。


桜花作戦から数ヶ月経った世に知らされた一つの真実―――甲21号作戦の際、大量のBETAが地下から出現し、しかもBETA群の予測進路が日本本土であるという窮地に陥った。その窮地をある特殊部隊に所属していた伊隅みちるという日本人女性が部隊の保有していた兵器を用い、その身を挺して食い止めた。多くの人命の危機を救ったその尊い行為から彼女はこう謳われる、佐渡島奪還の英雄と。


それが世界の、日本人の知る、緋村一真の知る伊隅みちるという女性だ。


彼女は当時、特殊部隊に所属していたという。そして武は以前一真に自分は以前特殊部隊に所属していたと言った、その武が伊隅大尉と口走った。イスミという同じ姓を持った日本人だとも思ったが一真はイスミと聞いて一番に思いついた人物が伊隅みちるであった為、それを口に出したに過ぎない。そして武の反応を見て一真は白銀武は伊隅みちると同じ特殊部隊に所属してたのだと確信した。



「ああ、そうだよ・・・。 くそっ、一真てめぇまた気配消して近づいてきたろ!?」


武は苛立ちを表すかの様に頭をがしがしと掻きながら一真を睨みつける。迂闊に口走った自分への嫌悪の八つ当たりなのだと解ってはいたが、当たらずにはいられなかった。


「いやいや、何やら哀愁漂わせて黄昏ているヤツがいたんでね。 少し驚かしてやろうかと思ったんだよ」


と、一真は突き刺さる抗議の視線を受け流しながら武の隣に腰掛け、ポケットから取り出したライターで煙草に火を着ける。

そうしながら当時所属していた特殊部隊について尋ねようかと思ったが、武はその事について秘匿義務が残っていると言っていたのを覚えていたので特に言及する気にはならなかった。


ふーっと吐き出された紫煙が風に乗って武の顔に吹きかかった。


「ぅおっ、げほっげほっ―――おまッ、顔にかかんだろうが! やめろ!!」


手で煙を払いながら武は一真に断固抗議する。その表情は先程の険しい表情から更に険しさを増したものになっていた。


「おお、悪い悪い。 まぁ煙草の煙に慣れている衛士なんざ滅多にいねェしな」


笑って謝罪するも一真に喫煙をやめる気配はなかった。そもそも衛士は身体が資本なのだから身体を痛めつける煙草なんていうものはまったくもって好ましくないのだ。なのに武の隣に座る白髪の男は悠々と喫煙を続けている。


「いつだかも言ったけどな、一真、お前いい加減煙草やめろ」


険しい表情のまま、武は隣に座る一真に更に抗議する。


「ああ、いつだか言われたな。 んじゃ、いつだかと同じ答えを返そうか・・・―――余計なお世話、だ」


ある時一真が煙草を吸った後武に出合った際にも武は同じ様に一真に煙草をやめるように促した。だがしかしその言葉は先程と同じ様に一言の下に却下された。


「はっ、そんな変な匂いするモン嬉々として吸うなんて俺には理解できねぇよ」


抗議の視線を収めて武は呆れながら肩を竦める。


「―――まったくだ」


その小さく呟いた一真の言葉は、波の音のせいで武の耳に届くことはなかった。


「ん? 何か言ったか?」


「・・・いいや、何も」


武は横目で問いかけた。潮風に揺れる長い白髪のせいで一真の表情は武には見えなかったが、その時の一真の表情は普段通りの軽い声色とは裏腹に、とても悲しげなものだった。





「そろそろ、着く頃か」


そうやって男二人寂しくも他愛のない話をしていると黒い海の水平線上に黒い大きな影と、その影を照らす光の群れが見え始めた。


「んじゃ、ぼちぼち行くとしようか。 さあ、お手を取ろうか、武くん?」


一真は立ち上がると嫌味な笑みを浮かべながらまだ座り込んでいる武に手を差し伸べた。


「やめろ! 気色悪ぃ!!」


差し伸べられた手を払いのけながら勢いよく立ち上がるとガーッと一真に食って掛かる。それに対して一真は爽やかに笑って受け流した。
すると甲板に出る扉がゆっくりと開かれ、エリカ・レフティが姿を現した。その表情から察するに、少々ご立腹のようだ。




「白銀中佐、ここにいらっしゃいましたか。 そろそろクラスキノ基地に着きます」


底の厚い軍靴でこちらに歩いて近づいてくる為、ゴツ、ゴツ、と鈍く低い音が聞こえた。その音を聞いて武は「嗚呼、これが本来あるべき接近の印だよなぁ」と心の内に秘めながら隣に立つ白髪赤眼を睨みつけた。


「ああ、わかってますよ、レフティ少佐。 それにほら、もう岸が見えてますし」


「ええ、そうですね――――」


いつもの調子で応え、向こうに見えた岸を指差す武に対しエリカの表情は引きつった笑みを浮かべている。


「―――しかし、輸送車両への戦術機載せ替えの指示があるので0030にはハンガーに来て下さいとお伝えしましたよね?」


その言葉を言い終えたエリカの表情はとても素敵な笑顔だった。それに対して武はサーっと血の気が引いていき真っ白になって固まった。絵面的には白い人が二人並んだようになっている。


「あー、レフティ少佐? オレはもう中に戻っていいでしょうか?」


一歩前に出て一真がこの戦線を離脱する許可をエリカに求める。横にいる武はその身に色彩を取り戻し「おい! お前と話していたんだから擁護しろよ! 支援してくれよ! 援護してくれよ!!」と熱い視線を向けて訴えかけていた。


「ああ、いいぞ。 用があるのは中佐なのでな。 それにこの輸送艦も直に入港するのだから貴様も遅れないよう準備しとけよ」


「了解しました、少佐殿」


許可が下りると一真は武の熱い視線を受け流してそそくさと甲板をあとにした。その際に武と目が合い、一真は武にこう目で訴えかけていった「ご愁傷様」と。


「・・・・・・」


「さあ、時間もあまりありませんので急ぎますよ、白銀中佐。 お小言は道すがら言いますので」


エリカは溜息混じりにそう言うと、一真を見送ったまま呆然として固まっている武を引っ張って甲板から姿を消した。






















『お前かぁ―――噂の徴兵年齢を待たずして士官学校に入ってきた、ガキんちょってのは』


『ん、ああ、その噂と言うのがどんなモノかは知らないが、徴兵年齢に云々というのは私の事だと思うぞ。 あとガキんちょというのは何だ? それと君は誰だい?』


当時、私は徴兵年齢に届いていない身の上ながら兵役につく為に士官学校に在籍していたのだが、その異例の事から同期の仲間からも腫れ物を扱う様にされ、敬遠されていた。故に必要がない限り話しかけてくる者等いはしなかったし、当然食事をするときも一人だった。そんな中で彼が、飄々として軽薄な態度で浮かべながら食事を取っていた私に突然声をかけてきたのだった。


『おいおいおいおい、オレァ今年ハタチになるおにーさんなんだぞ? 敬語使えよ、けーご!』


彼は任官した衛士なのだろう、と彼の言葉ではなく、その服装を見てそう確信した。頭をガシガシと掻きながら自らを年上だと称するこの男の言う事がイマイチ信じる事が出来なかった。


『あ、オイ、今お前失礼な事考えたろ?』


『いえ、そんな事はありませんよ、少尉殿。 で、私に何か用でしょうか?』
私の心を読みでもしたのか表情から察したのかはわからなかったが、どうやら自分は彼の気分を害してしまったのか彼はムッとした表情を浮かべた。なので、無駄な争いを避けるべく話を変える事にした。面倒事は正直御免被りたかったのだが、まあ・・・ここにいる以上彼も自分と同じくこの国を護る為に戦う事を望んだ人間なのだ。そう考えると無碍にする事も出来なかった。


『いやなに、噂のガキんちょがどんなモノか見物しにきたんだよ。 何だ、結構いい体格してんだな、ガキんちょの割に』
座る私の姿を上から下へと見回しながら、何故か彼は私の向かいの席に座った。


なんだ、やっぱり面倒事かと咀嚼した食事ごとその言葉を嚥下した。


『あまりジロジロ見ないで下さい、少尉殿。 私に同性愛趣味はありませんよ』
それでも”噂の”という単語が少々快く思わなかったので、正面に座り込んだ男に抗議の視線を向けながら自分でも笑ってしまうくらい下らない冗談を言ってみた。


『おい、笑えん冗談はヤメロ。 まったく、噂通りのふてぶてしい奴だな。 そんな事だから周りに人が寄り付かないんだよ』


『ふてぶてしいとは心外ですね、私はこれでも愛想よくしていますよ?』


私の吐いた下らない冗談が、余程効いたのか正面に座る男眉が吊り上った。なんなのだろう、自分としては立場は特別なのだが別段ふてぶてしくしたり、他人を遠ざけたりするといった事はしているつもりはないのだが。どうやら周囲はそうは思っていないらしい。身の上以外に、自分にも原因があったということだ。眼前でくぐもった笑いを溢す見知らぬ男と話した結果だとすれば僥倖だろう。


『いや、お前さあ・・・そんな数学の公式を言うみたいに感情の籠もってない声で淡々と言っても説得力の欠片もねぇよ』


男は心底呆れたかのようにガックリ項垂れると、そんな事を吐き捨てた。
流石に胸の奥に苛立ちの炎が燻り始めた。この男は自分を『がきんちょ』だと称した。ならばそれらしく当り散らしてやろう。


『それは、声をかけてきたのにも関わらず自ら名乗りもしない見知らぬ仕官殿と相対しているからなのでは? と訓練生は愚考しますが?』
薄い笑みを浮かべて男を見据えた。先程頭を掻いたせいもあったか男の逆立った黒髪は元からボサボサだったのが更にボサボサになっていた。


『んなろ・・・ッ。 ―――いやいや、待つんだ、抑えるんだ、堪えるんだ、オレ。こんなガキんちょ如きに怒るなんて成人男性として恥ずかしいだろう・・・!!』


男は項垂れていた頭を勢いよく振り上げ何かを言おうとしていたのだが、再び頭を垂れて肩を震わせながらテーブルに置かれた自らの拳に向かってブツブツと念仏の様に呟き始めた。


――――至極どうでもいいが、その姿はなんとも不気味だ。


食事中に目の前でそんな貌をされていては美味しくご飯も頂けない。
本当になんなんだ、この男は。と目の前の男を見据えていた眼を伏せて、盛大に溜め息をつくと、再び男が顔を上げた。


『溜め息をつきたいのはオレの方ッだ!! くそぅ、なんだか餓鬼に弄ばれているみたいだぜ・・・』


男は大声で文句を言った後、肩を落とした。


ふむ、これは世に言う『ひとりまんざい』というやつなのだろうか。


モノローグにツッコミを入れてくれるESPなどこの場にはいなかったのでこのボケはスルーされたが。もしもこの不出来な言葉の応酬が漫才だと言うのなら、男の前で会話をしながらも食事の手を止めていない少年もその漫才とやらの一部だろう。故にこれは一人ではなく、只の漫才だ。


『ああ、そうか、自己紹介だったな。 ――――オレは君島誠一郎、階級は少尉だ。 以後宜しく』


そんな時だけは彼は姿勢を正し、軍人として、国を護るものとして恥ずかしくない精悍な面持ちで自らの名を明かした。


ああ、”以後”なんてあるのだろうか、と若干憂鬱気味な苦笑を湛えて、噂を聞いたといっていたのだから彼は既に知っていると思ったが、私も礼儀として自らの名を語った。


『私は―――――――――――











「――――、ん」
ふと、何か変な気配を感じた為に緋村一真は目を覚ます。
現在、彼、否――彼等アルマゲストはクラスキノ港に入港した後、戦術機大型輸送車両四台と人員運搬用の輸送車両一台に乗り換えてトゥブ仮設基地に向かっている最中だった。
長い戦争の後が残っているここ一帯にはご丁寧に舗装された道などない。必然的に悪路を走っている事になる為、彼の乗る輸送車は激しく揺れていた。だが、この車両に乗り込んでいるのは運搬作業の為に随伴している帝国軍兵士以外は衛士なのだ。この程度の揺れは戦術機内の揺れに比べれば揺り籠の様で心地いい、といった範疇のものだった。


「あ、起きた」


と、頭上から能天気な声がした。
若干眠気が残る頭を何度かゆっくり横に振った後、一真は自らの頭上に視線を向けた。


「―――何やってるんだ、リーネ・ブランク?」
一真は自分が腰掛け、先程まで眠りについていたシートの上からこちらを覗き込む赤みの混じった茶髪の女性衛士、リーネ・ブランクに訝しげに声をかける。
声をかけるとリーネは良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに満面の笑みをその顔に湛えた。


「退屈だったんで、ヒムラ大尉の寝顔を観察してました!」


「――――、」


訝しげに細められていた一真の赤眼がより一層怪訝の色を強める。対してリーネはふふーん、と何故か得意げににんまりとした笑顔を浮かべて一真を見ていた。
シートがぎしぎしと軋みをあげている所を鑑みるとどうやらリーネは一真の腰掛けるシートの背凭れにぶら下がっているらしい。彼女の背は上背のない日本人女性の平均身長よりも低いので少し足を折り畳んでしまえばそういう形になってしまうのだろう。軋む音が鳴る度に彼女の赤毛が優しく揺れる。


「―――ふぅ、オレの寝顔なんか見てないでバルダートの寝顔でも見てやれよ。 ―――きっと面白いと思うぞ・・・いろんな意味で」
リーネを視界から外し、興味が失せたかの様に冷たくあしらうと、一真は辺りの状況を確認する。
車窓はカーテンで仕切られ、陽の光が差しこんでいた。時間を確認すると時間は0800を過ぎており、あと三時間もすればトゥブ仮設基地に到着するだろう。隣を見れば、武が毛布に包まりシートに座りながら眠っていた。寝言で「・・・ぅううあ・・・、・・・・ブロンドが・・・ブロンドが・・・・ブロンドさん怖い・・・・金髪先生怖い・・・」とうなされながら何か呟いているところを見ると昨晩、エリカにこっ酷く説教を貰ったのだろう。
まったく、本当にどちらが上官なのかわらからいな、と一真は口の中で呟いた。


「むー、バルダート大尉のはもう見ましたよぅ。 今もまだ寝てますし、ヒムラ大尉の言う通り面白いですからヒムラ大尉も見ましょうよ!」


と、不満げに頬を膨らませた後、バルダートが座り眠っている方を指差しながらリーネは陽気な声を上げる。
一真は再び訝しげに赤目を細め、未だ頭上に居座るリーネを見上げる。だらしなく延びた白髪が自らの赤目を隠すかの様にさらさらと流れた。


「ぅうわぉ・・・。 ヒムラ大尉、髪切りましょうよ。 前髪完全に眼にかかってますよ、怖いですよ―――いろんな意味で」


リーネは覆いかぶさる白髪から覗く一真の赤い双眸を見て頬の引き攣った笑みを浮かべ、先程の一真の言葉を真似するようにして指摘した。
四月の頭の頃一真の肩にかかる程延びていた髪は三ヶ月経った今では肩にその毛先がかかっており、前髪は完全に眼を覆っている。一真の髪は色素が全部抜け落ちた様な真っ白髪であったが別段痛んでいる様子もなく、むしろこの歳の男性の髪としては上質なものだろう。だがサラサラと流れる柔らかく長い髪だが、ホラー感覚で見れば白髪のせいで老人の様でもあり、何よりそこから覗く赤眼が、どうしようもなく不気味に見えた。
しかしリーネにはそんなネガティブな思考はなかった。リーネからすれば一真の白髪は、誰にも踏み荒らされていないアルプスの新雪様に澄み渡った白で、綺麗なモノだと思っているし。赤眼は、鮮血の様に深い赤で、ルビーの様だと思っていた。リーネには一真の白髪赤眼に対して何らかの嫌悪感を抱くことはなかったし、有体に言ってしまえばそれらは好ましく思っていた。
つまり何故彼女が頬を引き攣らせたのかというと、それは一般成人女性の成人男性に対しての価値観からに過ぎない。つまりだらしなく感じただけという事だ。


「―――ん、いや? これでもたまに自分で切ってるんだぞ? オレは髪伸びるのが早いンダ――――――」
と、リーネの反応に反論しながら彼女が指差していたバルダートの方を覗く一真だったが、その言葉の最後の方で、その身が硬直した。


「――――・・・・リーネ・ブランク」


「はい?」


今度は一真が頬を引き攣らせる番だった。ギギギと錆びついたシフトレバーを動かすかの様に首を動かし、視線をリーネに向ける。
対するリーネはさも愉快気に口の端を吊り上げている。それを捉えて一真はこれを見せたかったのかと硬直する身体の内で納得したのだが―――


「―――やりすぎだ。 ったく・・・どうすんだァ? アレ。」


柔らかさを取り戻した身体を動かし身を乗り出すようにして上体をバルダートの方に向ける。
バルダートは腕を組み口と眼を固く閉じて静かに寝息を立てていた。至って異常はない。一部を除けば。

バルダートの顔には黒い線が幾つも奔っている。ようは落書きされていた。

猫髭を描かれたり口ひげを描かれたりメガネを描かれたり額に肉と描かれたりと彼の黒い肌は出来の悪いキャンパスの様な扱いになっている。
リーネの隣ではエリカが規則正しく寝息を刻んでいるというのにその近くでこれだけの悪戯が出来るリーネに一真は呆れを通り越して笑う事しかできなかった。
周りにも起きているメンバーはいるが笑いを耐えている失礼なヤツと、ドン引きしているヤツかの二択しかなかった。


「あははは、大丈夫です、ちゃんと水性で描きましたから」


リーネはポケットから合成樹脂製の細身のペンケースを取り出して更にその中から黒いマジックペンを取り出すと器用に複雑なペン回しを披露しアピールして見せた。


「そういう問題じゃあないだろう。 とりあえず・・・レフティ少佐が起きる前にバルダート起こして地べたに額擦り付けんばかりの勢いで謝った後に早急にバルダートの顔に描かれた落書きを洗い落とさせろよ」
一真は溜息混じりに早口でリーネに言った。
凡そ作戦参加の為に現地入りする前の中隊長のやる事ではないと叱ろうかとも思ったが相手は年下ながらも中隊長なのだ、自分にはそんな恐れ多い事出来ませんと内心嫌味な笑みを浮かべ、それをしなかった。それに自分が言わなくてもアルマゲストには怖い雷様がいらっしゃるのだ、いずれストレスで参ってしまわないかと一抹の不安を覚えるがそれが上官のお勤めなのだと諦めて頂こう。まぁ、その雷様は己の上官にすらも容赦なく雷を落とすのだが。


「レフティ少佐もそろそろ起きるだろ。 武くんならともかく、そいつぁ流石に拙いからな。 さっさとしろ。 ったく、あんまり悪戯が過ぎると嫌われちまうぞ?」
出来るだけ面倒事は避けたい。面倒事は御免だ。それにこの土地にはあまりいい印象がない。只でさえ内心穏やかじゃないというのに、これ以上漣を立てて欲しくなかった。

一真はシートに座り直し、リーネを促したが。その声色は彼の意に反して冷たいモノだった。


「はぁーい、わかってますよぅ。 なんだかヒムラ大尉機嫌悪いですねぇ・・・あんなに安らかな気持ちの良さげな寝顔だったのに・・・」


瞬間、一真の表情が凍る。


「何かいい夢でも見てたんですかぁ?」


酷く昔の事を思い出していた。


「――――、ああ」


一真は自嘲気味に嗤う。

その薄い笑みは、とても不器用なモノだった―――――――






この数分後、リーネに起こされたバルダートが鏡を見る。
彼の悲痛な叫びが輸送車両内に響き、それが眠っていた者達の目覚まし代わりになった。








7月8日 トゥブ仮設基地 1109

長い陸路の旅を終えアルマゲストは漸くトゥブ仮設基地に到着した。何故、こんなにも長く悪路を走り移動したのかと言えば、帝国に合わせた言い方をすると甲19号、甲20号の二つの甲19号周辺のハイヴを制圧したと言っても、その近くには甲14号、甲15号とハイヴが幾つか隣接している為だ。ようは光線属種を警戒しての事。人類は未だに制空権をBETAに奪われたままなのだ。

ハイヴが近い事もあり移動の際にはBETAの反応がないか細心の注意が必要となる。

それに目的地でもあるトゥブ仮設基地はウランバートルハイヴと敦煌ハイヴの中間位置に建設されている。今回の攻略作戦が失敗すればせっかく建設した労力が無駄になってしまうし、作戦後、統一中華に明け渡すという約束も破綻してしまう事になる。それによって日本帝国の立場も悪くなってしまう事にも繋がる為、作戦に参加する者達の責任は大きい。


(まぁ―――極論、敗けなきゃいいわけだしな。 それにしても殿下も随分と攻勢に出たな――――、っと)
武はシートに腰掛けたまま背伸びをし、シートから腰を上げた。それと同時に第一帝都東京にいる煌武院悠陽政威大将軍殿下の事を考える。
五年前の12・5事件後、政威大将軍には本来の権力が返還された。当時、まだ経験が浅いという事もあってか要所で周りにフォローに回ってもらったりといった事もあったそうだが、現在では元枢府の帝国議会も上手く纏めれているらしい。

そして今回の、この作戦――この攻勢にアルマゲストへ参加要請を出したのは殿下直々の指示だという事を連隊指揮官である菅原幸治准将から聞いていた。


(チャンス――――ってわけですか、殿下)
武は数年前に悠陽と交わした約束を思い起こした。あの日悠陽へした頼み事。
「確かな功績を遺し、その名を世に知らしめ、皆を納得させるだけの成果を出しなさい」これは当時の悠陽の言葉だ。
つまり、これは彼女がくれたチャンスだ。鉄原、重慶、ブラゴエスチェンスクに続く四つ目の与えられた好機。

ならば、その期待に応えよう――――


「ほら、お前等! シャンとしろよ。 眠たそうな情けない顔、見せてんじゃぇぞ!!」
武は輸送車両の中、自らと隊員達に気合を入れ直すべく大声で皆に檄を飛ばした。
何やら自分が起きる前に少しだけ車内で騒ぎがあったらしい。何でもリーネがバルダートの顔に水性マジックで落書きをしたらしい。バルダートが叫び声を上げた時に俺以外の人間は起きたらしいのだが、俺は起きず結局隣に座る一真に起こされるという事になった。その際一真は盛大な溜め息をついた。二十秒くらい息を吐き続けていた。そんなに呆れるような事か?
そして、バルダートの悲痛な叫び声で起こされるという何とも嫌な起こされたレフティ少佐は大変ご立腹な様で、原因であるリーネに見事雷を落とし続けた。途中バルダートが止めに入った為にお説教はそこで打ち止めとなったが、リーネには反省レポートと横浜に帰った後便所掃除という罰則が与えられた。


武達を乗せた輸送車は司令部のある棟の前で停車し、戦術機運搬用大型輸送車両はそのままハンガーに直行した。
この後武にはアルマゲストの戦術機搬入指示があるのでハンガーに向かわなければならない。昨夜と同じ轍は踏まない。ビリビリしない雷をもう落とされたくない。武は深く心に刻み込んだ。


車両から降りた武達を迎えたのは、『青』の斯衛服を纏った二人と、それに侍る『赤』と『白』の斯衛服を身に纏った一団と数人の帝国軍人だった。
その先頭に立つ女性とその横に立つ撫で肩の少年と武は面識があった。


「――――極東国連軍グラウディオス連隊所属アルマゲスト大隊、大隊指揮官及びアンタレス中隊長白銀武中佐、以下隊員49名、ハイヴ攻略作戦に参加する為トゥブ基地に参上致しました。 作戦終了までの間、この基地に駐留させて頂きます。 今日から三日間お世話になります、斉御司沙都魅少将。お久しぶりですね」
武は目の前に立つ女性、五摂家斉御司家当代当主、斉御司沙都魅に敬礼しながら大隊長としての挨拶をした。対する帝国の一団も敬礼で応える。斉御司沙都魅は現在の斯衛軍衛士の中では既に古参に類する人物であり、その守護に当たる『赤』を始とした者達も古参の豪傑が多い。もしも帝国軍の新任衛士がこの場にいたらその圧巻さに卒倒してしまうだろう。


「はい、このトゥブ仮設基地に駐留する帝国軍を代表して歓迎させて頂きます。 ええ、久しぶりね。 白銀―――ああ、そうね、中佐に昇進したんだったわね。 遅ればせながら昇進おめでとうございます、白銀中佐。 同じ日本帝国の人間として貴方の栄進を嬉しく思うわ」


斉御司沙都魅はにこやかに笑う。武は早口に捲くし立てられて困ったような笑顔を浮かべた。何しろ目の前に立つこの女性は一児の母にしてその年齢は四十を超える、だがしかしその容姿は持ち前の元気さも相まってどう見ても二十代後半から三十代前半の女性にしか見えないのだ。彼女とは三年前の重慶ハイヴ攻略作戦後の祝賀会招待された時に知り合ったのだがその際に武は斉御司沙都魅との会話にて、彼女が当時十六になる息子がいるという事と、彼女が四十を超える年齢だという事実を知り、思わず「嘘ぉぉおお!?」と叫んでしまったのだ。一緒に連れて行った霞と周りの視線が360°、全方位から突き刺さり、とても痛かった事を今でも覚えている。


「はは、ありがとうございます。 少将も相変わらずお元気そうで何よりです。 甲洋中尉も今回の作戦には参加されるんですね。 お互い頑張りましょう。」
武は素直に祝いの言葉を受け取ると、その隣に立つ斉御司家嫡男の斉御司甲洋に声をかけた。彼とも斉御司沙都魅と同時に顔を合わせたのだ。彼と会うのはその時から三年振りとなる。当時の彼は斯衛の士官学校の訓練生であり、十六という年齢という事もあり幼く、頼りのない印象だったがこうして同じ衛士となった今では幼さも抜けて随分と逞しくなった様に思う。

しかし、斉御司甲洋は武に声を掛けられるとその肩を一度震わせ、


「おひ、お久しぶりですっ、白銀中佐。 ――――あの時は大変お世話になりました!」


と頭を突然下げてきた。
因みに過去に武が斉御司甲洋に対し何か世話をした、という事実はどこにも存在しない。

身に覚えのない感謝に武は困惑するが、辛うじて「どういたしまして?」と気の聞かない間の抜けた返答をした。

斉御司甲洋は十分に将来を嘱望されるだけの能力を持ってはいるのだが、如何せん本人が自信を持てないでいたのだ。五摂家という帝国において重要な責任のある立場の家の嫡男として生を受け、本人もその自覚を持って己を磨いているのだが、どうにも自分が望むような結果を得られずにいた。そこに母親である沙都魅からの期待も加わり、更に自分を追い込んでしまっている、それが斉御司甲洋の現在の在り様だ。そして斉御司甲洋にとって憧れであるのが同じ五摂家の者で前線に赴き活躍する斑鳩紀将や、今目の前にいる救国の英雄白銀武なのだ。当然、緊張しないわけもなく。今の様に声が上ずりテンパった行動をしてしまったのだった。


「甲洋、落ち着きなさいな。 白銀中佐も困った顔しているじゃない」


斉御司沙都魅が宥めるようにして息子に落ち着くよう促した。そういった言葉が積み重なり甲洋の心を圧迫しているのだが、母としても同じ帝国を護り帝国軍人の模範として在るべき斯衛の衛士がその様では心配なのだ。詰る所、どの世界においても子は子、母は母、母子は母子なのだ。

沙都魅の言葉に落ち着きを取り戻した甲洋を見て、沙都魅は安堵した様に息を吐くと武に向き直った。


「お見苦しいところを見せてしまったわね、アルマゲストの皆さん。 それでは、皆さんに二晩過ごして頂く兵舎にご案内します」


沙都魅はそう言うと部下に案内を任せる。

五十にも上る人数の一団が移動を始める。そんな中、沙都魅は思い出した様に武を呼び止めた。


「―――? なんでしょう、斉御司少将?」


武は兵舎に向かう足を止めて振り返った。必然的に一団から離れる形になり、これから武と共にハンガーに向かう用があるエリカも足を止めた。


「いやね、先に着いたプトレマイオスの隊長殿が武君に会いたがっていてね。 着いたら自分の所まで来るよう言ってくれないか、って頼み込んできたのを思い出したのよ」


白銀中佐という呼び方から、“武君”とシフトされた事に武は違和感を抱かない。それは祝賀会にて出会った以来、“軍務”以外の時の彼女が自分の名を呼ぶ時だからだ。

と、そんな事よりも武の心は何とも言えない複雑なモノで染め上げられていた。


(斯衛軍の少将、五摂家当主を顎で使っちゃってるよ・・・・・・・・何やってんの、あの人――――――!?)
只ひたすらに驚愕した。国連軍”大佐”が帝国のしかも斯衛軍、更には国を纏め上げる立場の中心になる五摂家の一家当主を小間使いにするなんて有るまじき行為だ。下手をすればその場で侍従の者に斬られかねないと、武は足元がふら付く思いだった。エリカとて同じだろう。破天荒な人だと思っていたがまさかそこまでとは、とその顔を驚愕に染め上げた。


「あの、極東国連軍(ウチ)の者が大変な失礼を働いたようで――――」
武は只ひたすらに申し訳無さそうに頭を下げるのだった。エリカも武の隣に立ち同じ様に頭を下げた。
かく言う武も無礼な行いを何度も働いた覚えがあるので人のことは言えないのだが。


「ふふ、いいのよ、別に。 アレとは昔からの馴染みだし、迷惑だとも思ってないから」


上品に口元に手を添え、沙都魅は笑う。沙都魅の隣に立っていた甲洋は苦笑いを浮かべる事しか出来なかったが。
甲洋はあの人がどうにも苦手なのだ。飄々としていて、軽薄な様に見えて彼の眼はいつも鷹の目のように鋭く光っているのだ。何より、その瞳は何故か、酷く悲しそうだったから。


「―――それじゃあ、案内するわね。 甲洋はレフティ少佐をハンガーに案内して差し上げなさい」


沙都魅はそう言ったがエリカは五摂家の方に案内して頂くなんて恐れ多いと断ろうとしたが、沙都魅の「断るのも失礼じゃなくて、少佐?」との言葉に従うしかなく、一礼をしてから甲洋と共にハンガーに向かい歩いていった。


「それじゃあ、行きましょうか。 あ、斑鳩も武君に会いたがっていたわよ? ついでに会って行く?」


沙都魅のそんな言葉に武は苦笑いを湛える事しか出来なかった。何せ数多くの武勲を持つ斑鳩当主、斑鳩紀将をついでと言ったのだ。流石、同じ五摂家と言ったところなのだろうか。



――――コツ――コツ――コツ――コツ――コツ――コツ――コツ――――



「――――――――――・・・・?」


進めようとしていた足を止めて、突然沙都魅は振り返った。


「?どうかしましたか、少将?」
不思議に思った武は首を傾げる。彼女は明らかにその年齢に似合わない元気な軽い足取りで基地施設内へと足を向けようとしたのだ。それがまるで街中で知人に呼び止められたかの様に極自然な動作で振り返った、そして振り返った後の彼女の表情は狐につままれたかの様に、武と同じ不思議なモノを見た、というものだったのだから。


「・・・いいえ、なんでもないわ。 それじゃあ行きましょうか、武君。 あ、それと私の事は”軍務”以外では『沙都魅さん』と呼んでもいいわよ?」


首を二、三往復横に振ってから、そんな事を言ってきた沙都魅に武はまた苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

――――それこそ、本当に恐れ多い。









武は沙都魅と並ぶようにして仮設基地の司令部が設けられている中央の大きな建物とは別棟に設けられている兵舎の未だ真新しさの残る廊下を歩いていた。

このトゥブ仮設基地は稼動を開始してからまだ二ヶ月も経っていない。それに・・・まぁこれは特別なのだが横浜基地の様な広大な地下施設なども存在しない。必要最低限程度の機能を取り付け建造されている為に建設のコスト自体は只の基地建造に掛かるコストに比べれば低いものだろう、その分建築材料の運搬等のコストが馬鹿にならないのだ。何せ、このユーラシアは嘗てBETAに完全制圧されていた。現地出身者には悪いが所謂『死の大陸』と云うヤツだ。半世紀程前の自然の生態系は今やこの大陸からは見る影もなく只の荒野に成り果てている。つまり木材にしろ、鉱物にしろ、建築材料がここユーラシア大陸では調達できないのだ、即ち資材の殆どを輸入品に頼る事になる。だから運搬には途方もない労力と零が幾つも並ぶ費用が掛かるのだった。
それ故にこの基地は必要最低限の機能と強度しか持ち合わせてはいない。この仮設基地はあくまで仮設、今後のアジア、ソビエト領等に残るハイヴを制圧する為の布石、あくまで前線基地なのだ。
それでも目ぼしい戦果を上げられていない陣営、窮地に追いやられている勢力にとっては喉から手が出る程欲して止まない『前線基地』なのだ。
だから日本帝国はこの基地を友好の意と今後の協力関係の良好の為に統一中華戦線に明け渡したのだ。最低限のモノで作り上げられた城で成果を上げ、それで十分だと知らしめた後に相手に譲り、最低限の労力を最大限に活用して良好な国際的友好関係を築く。これが煌武院悠陽―――元枢府帝国議会の描いた未来予想図(シナリオ)だった。


「恩を売るって感じになるのは殿下にとって望ましくないでしょうが、まぁ・・・今後の戦局を考えれば必要な事でもありますからねぇ。 各軍と協力して臨んだほうが戦力も整いますし」
武は沙都魅と今回の作戦について話していた。二人の表情は明るくもなく暗くもなく至って平常、つまり単なる世間話だ。


「あら、少し話しただけで随分と殿下のお心を汲み取ってくれるのね、武君。 殿下が聞いたらきっと大喜びするわよ?」


爽やかに笑って沙都魅はからかう様な言葉を述べたが武はまったく気付いていないようで、


「そうですか、殿下が喜んでくれるのなら俺としても嬉しいですね」
などと、呑気に屈託のない笑顔で応えていた。
政を皇帝陛下から任され、国の舵を執る者として国民に自分の意思を伝える方法は言葉と行動でしかない。それにどちらも怠ってはいけないというのだから魂を削る様にデリケートなものだろう。
そしてその結果、国民が理解を示してくれる。政権を担う政威大将軍―――煌武院悠陽にとってこれほど嬉しい事はないだろう。

今作戦の成功の暁には統一中華との更なる友好関係の構築が待っている。これは今後の戦線強化の為だ。

そして何よりも、互いの国民を守る為でもある。

戦力が整えばそれだけ戦っている者の生還率は高まるし、成功率も上がる。デメリットとして挙げると各軍の連携が弱まるというところだろうか。
実際、多くの各国の軍が参加したブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦の時は酷いものだった。司令部で命令系統が一時混線するという大惨事が起きてしまったのだ。
結果としては何とか被害は最小限に留めたものの、その後の司令部の張り詰めた空気といったらなかった。
一番大きな被害を受けたのは米国とソビエトだったのだが、前線で両軍衛士が協力し戦線を維持したのだった。
その両軍最新型戦術機試験部隊に死神、チェルノヴォーグを巧みに操る『紅の姉妹』、黒い山猫、リンクスを駆るユウヤ・ブリッジスが存在していたというのはまた別のお話。

そういった悲劇を起こさない為にも国際的信用と良好な友好関係を築いていくのは必須だと。帝国議会は弾き出したわけだ。

悠陽の意思は総じて国民の為に。戦争の早期終結の為に。


「そういえば、貴方は殿下と随分親しく話していたわよね。 まさか殿下と――――」


三年前の祝賀会の時を思い返して、只ならぬ仲なのかと口元を手で押さえ、いやらしく沙都魅は笑った。

何故そんなさも愉快気に表情を歪めているのか、甚だ疑問でならなかったが流石にこの話題を野放しにするのは拙いと思い間髪入れずに否定した。何が拙いって悠陽の立場がさ。


「斉御司少将が想像なさっているような色鮮やかな仲じゃあありませんよ。 ただちょっとだけ互いに面識を持つ機会があって、それから、個人的な友好があるってだけです」
武は冷静に客観的な事実だけを沙都魅に述べる。
ああ、少しだけ心に陰りが出てきた。そもそも悠陽との出会いは沙都魅が想像した様な関係になるなんて事とは程遠い、殺伐とした雰囲気の中でだったし、その次はお互いにあからさまに表す事はなかったが、心の内に確かな悲愴を抱えていた。

武の言葉でどういう事があったのか察しが着いたのか沙都魅の顔にも陰が落ちた。

彼女も五摂家の人間だ。その辺りの事情も知っている。



二人の間の空気が少しだけ重くなった。二人にとって、いや・・・白銀武と五摂家やそれに近しい者にとって御剣冥夜の死はとても悲しいものだった。



当時、それを知った元枢府の人間は悲しみの色をまったくと言っていい程見せなかった。それは国を任される者としての責任感から来るものだった。
だが見せなかっただけである者は深い悲しみを抱いたのだろう。ある者は素直に顔に出す事が出来ないほどに。それ程身内の死は大きなものだった。
今は時間が心を癒したのか、物憂げな表情を見せれる程度には回復したという事だろう。


そんな湿った空気を引き摺って廊下を闊歩する二人に陽気な声が唐突にかけられた。



「はっはー! たっけるじゃないかァー!! 久しぶりだなー!!」


陽気な声と共に武の背中を大きな衝撃が襲った。
苦悶の声を漏らしながら武は首だけ動かし後方を確認すると、そこには口の両端を吊り上げてにんまりとした笑顔を湛える一人の大男が武の肩に腕をかけて寄りかかっていた。


「――――ッ痛ぅ――――、ブラゴエスチェンスク以来ですね・・・・秋水さん」


背中に残る痛みに耐えながら、自らに半身の体重を預けている大男―――――極東国連軍グラウディオス連隊所属プトレマイオス大隊指揮官及びアクベンス中隊隊長、藤崎秋水大佐がそこにいた。


「相変わらず騒がしいわねぇ、藤崎。 貴方、今年四十になるわよね、もう少し落ち着いたらどうなのよ?」


武の隣で突然の襲撃者に驚いていた沙都魅が秋水に対し苦笑いを浮かべながら溜息混じりに向き直った。

先程、斯衛軍少将である斉御司沙都魅と若手No.1衛士と謳われる白銀武の背中から気配もなく襲撃した事から解る通り、この藤崎秋水という男は只者ではない。
帝国陸軍に入隊した後、任官一年目にしてその技能を買われて斯衛に抜擢され斯衛の『黒』となり、大陸派兵に向かった唯一の斯衛軍、帝国斯衛軍試設部隊の生還者十六名の内の一人であり、日本本土に帰還後は斯衛軍から富士教導隊に異動。だがそれも”2001年12月”から極東国連軍へと異動した。その後プトレマイオス大隊指揮官を任され桜花作戦、鉄原ハイヴ攻略作戦と重慶ハイヴ攻略作戦、ブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦に参加。と言ったこの十数年で四つの軍を渡り歩いている何とも異常な経歴を持った男だ。その異常な経歴から帝国軍の衛士からは『臆病者』と嫌われ、敬遠されている。


「いやぁー、こいつァ性分なんでね。 そう簡単に直せるようなモンじゃあないですわ。 いやそれにしても斉御司の姐さんも相変わらずお美しいィー!!」


武の背中から勢い良く離れ沙都魅に向かい、わざとらしく興奮した様な声を上げる秋水に、沙都魅は「はいはい、でも私には旦那様がいるから勘弁してね」とちゃんと応対している辺り、母親らしい面倒見のいい人なんだなぁ、と武は思った。

ちなみに秋水の先程の言葉は彼が斯衛軍を抜けた頃から続く斉御司沙都魅に対する挨拶だ。それこそ、おはよう、ハローと言う様に極自然に言ってくるのだ。この攻撃に十年あまり耐えている彼女の忍耐力は凄まじい。


「立ち話もなんですし・・・これから三人でお茶でもしませんか? 部屋に美味しいお茶があるんでご馳走しますよ」


秋水はそう言って口の両端を吊り上げる。大きく広げられた両腕は詰る所、カモーン!というボディランゲージだろうか。


「貴方それ、帝国軍が用意したモノでしょう? 相変わらず明け透けなくものを言うやつねぇ。 残念だけど、今回は遠慮しておくわ。 今回の作戦に参加する斯衛軍の指揮官は私だし、色々やる事があってね」


沙都魅は軽く手を振ると「それじゃあ二人共、ブリーフィングの時に」と言葉を残し、頼み事は果たしたと言う様に颯爽と去っていった。その姿を「嗚呼、行ってしまった」と物憂げに眺めている秋水を横目で捉え、武は「相変わらずどこまで本気なのか解らない人だ」と口の中で呟いた。


「秋水さん、何で俺を呼んだんですか?」
武は秋水に向き直り、自分を無礼にも五摂家の人間を顎で使い、呼び出されてみれば初撃以外まったく自分に絡んでこない、ふざけた大男に、嘗ての自分の上官に非難の色も交えた視線で訴えかけた。
鉄原、重慶のハイヴ攻略作戦、武は秋水の指揮するプトレマイオスに所属し作戦に参加したのだから。


「おぅ、まあ立ち話も何だしな。 部屋ん中で茶でも飲もうや」


秋水は武に向き直ると非難の視線を物ともせず、マイペースに話を進めた。彼は武を部屋に案内しながらは話をしようともせずに、今にも鼻歌交じりにスキップでもし始めるんじゃないかという位楽しげな笑みを浮かべている。武はその仮面の様に張り付いている笑顔が完全に崩れたところを殆ど見た事がない。作戦中の通信で見た彼は常に口の端を吊り上げていた。

秋水は自分に割り当てられている部屋に入ると愉快げなステップで部屋に置かれた椅子まで向かい、ドカッと勢いよく腰掛けた。武はまだ自分に当てられた部屋に行ってないのでこの仮設基地の兵舎の個室を見るのはこれが初めてだ。部屋は白い壁紙を基調とした清潔感のあるものだった。

武は部屋に置かれたもう一つの椅子を秋水の前まで持ってくるとそこに腰掛けた。


「それで、こんな風に部屋にまで連れてくるって事は重要な内容なんですか? 盗聴とかを気にするんだったらもっと別の場所でした方がいいですよ」
そう、ただの世間話程度の話題の為に呼び出したのならここまで来る、過程でも十分に話せる。それをしなかったのは何か意図があるのだと推察し、武は話を切り出した。
だが、個室なんていうところは盗聴器などを設置するには持って来いの場所だ。帝国を信頼しての事なのだろうがそれでも幾つか解せないところが残った。


「ん、いや何、然程重要な話題でもない。 ただ、俺一個人として話を聞いておきたい事があったんだ―――」


秋水は背を丸めて肘を膝に乗せるようにして手を組んだ。珍しく真面目な声色で話す秋水に息を呑み、緊張した面持ちで待ち構えた。


「―――――武、」


「はい、なんでしょうか」


「お前いい加減結婚とかしないのかなんかお前の周りには女の子が寄ってくるはが一向に誰とも付き合う気配がないと言うじゃないかいやいやお前今のご時勢そんな事やっていたら独身男性に背中刺されるぞまぁ女の子が寄って来るってだけでも刺されかねんがお前も今年二十三になるんだったないい加減身を落ち着ける事も考えていかないといけないぞぉそこら辺考えてるのかァ?」


早口で捲くし立てられた言葉に武は唖然とするが、すぐに正気を取り戻し秋水にまたも非難の視線を向けた。


「秋水さん、そんな事の為に、俺を呼んだんですか? っていうかだれがそんな事言ってたんですか?」
滅多に見れない真面目な声色だったから何事かと思っていたが、飛び出してきたのは何とも下世話なものだった。対して秋水は「香月博士から送られてくる報告書にたまに添付されている」などという隠された新事実を呆気からんと言ってのけた。

何をしているんだ、あの人は。


「冗談言うなよ、緊張を解す為のジョークだ。 ははっ、因みに香月博士から送られてくるって言うのも嘘だからな。 全部俺の当てずっぽうだから気にする事ァない。 ・・・・本題はこれからだ」


「・・・・・・・・・」
ただ弄ばれただけだった。


「そんな顔をするなよ、ま、悪かったとは思ってるけどな。 それじゃ、聞くぞ――――ミンスクの事だ」


ああ、と武は一応は納得した。確かにそこ等の廊下で歩きながら話す様な事じゃない。だが――――


「ミンスクハイヴ攻略作戦の概要なら、菅原准将から行ってないんですか? 俺の所まで調査部隊の報告書が降りてきたんですから菅原准将も目を通した筈ですよね?」
そう、いくら武の部隊の最終決定権が香月夕呼にある、とは言ってもアルマゲストはグラウディオス連隊所属だ。当然下に報告書が降りる際、連隊指揮官である菅原幸治准将も目を通し各所属大隊指揮官にもそれがいっていると思っていたのだが、違ったのだろうか。


「ああ、目を通しはしたがな。 まぁ俺としては実際参加したお前から聞いた方が有益だと思ったわけだ」


秋水はやれやれと肩を竦める。

自分が書いた報告書と調査部隊の報告書で十分事足りると思ったが、彼には不十分だったらしい。


武はミンスクハイヴでの事を秋水に話しはじめる。所々で秋水が質問し、それに武が答えるという風に話は進んでいった。


「―――ほォ、BETAの動向、ねぇ」


武の話を一通り聞き終えた後、秋水はそう短く吐き捨てた。彼にとってはBETAの動向の話が一番興味深かったらしい。だがそこに疑ったり、頭ごなしに否定するっといった気配は見られなかった。


「消極的に感じられた、かァー。 今回もそうだったら被害も少なく済んでいいかも知れないが・・・・世界もそう甘くはないからな」


秋水の言葉には武も「そうですね」と賛同した。世界はそうも甘くない。優しくなんかない。そんな事は嫌になる程この世界にいる人間は肌に感じているだろう。
それに、どんなに有利になろうとこれは戦争なのだ。当然死人は出る。


「秋水さんは新種についてどう思いますか?」
何を考えたわけでもないが、そう聞いてみた。そう、聞いてしまっていた。


「そんな事は今の人類の誰にもわからん。 あの画像データは俺も見たがね、大破した時刻以外は許容範囲じゃないのか」


新種、未確認種BETAに関しては秋水はいてもおかしくない、といった見解であった。確かにそれが一般の衛士の考えだろう。
世界にはオリジナルハイヴ、あ号標的の破壊によってBETAの指令系統が”混乱”していると伝えられている。だから新種等出てきてもおかしくはない、という考えがスタンダードだ。出現しないに越した事はないが。

武はその問題に関して少し神経質になっているのかも知れない。

もし、新種なのだとしたら――――――


「武」


秋水が短く武の名前を呼んだ。その表情は相変わらず笑顔を貼り付けて。


「そんなに一人で思いつめるな。 別にお前一人で世界を背負っているわけじゃないんだ、お前一人そんな思いつめたところでどうにもならん」


秋水は仮面の表情のまま、武に告げた。


「―――――ふぅ・・・・、わかってますよ」
武は力ない笑いを浮かべた。自らを自嘲するその笑みの裏には、幾重にも重ねられた悔恨の傷。

武はその時、笑う事しか出来なかった。



だって、自分でもいつまで引き摺っているのか、わからなかったから。















一真は割り当てられた部屋に一人、ベッドの上で読書をしていた。部屋の中にはもう一人、打ちひしがれている色黒の男性がいる様な気もするがそんな事は微塵も気にせず、手に持った小説を読み耽っていた。
それから一時間程経ってから、一真が漸く口を開いた。


「なあ、バルダート。 いい加減出て行ってくれないか? 読書の邪魔だ」
出てけという意思を前面に押し出して一真は椅子に座り打ちひしがれている男性、リカルド・バルダートを帰るよう促した。
別に一真は読書家というわけでもない。それでも時たま本を読む、といったところだろうか。読書というのは今のように無闇に部屋から出る気にもなれず、一人の世界を築くというのには最適だったからだ。

それでも視界に映る、男の存在は少々目障りだった。何だってこの男はそう何か失敗する度に落ち込むのか。

一真は懐かしい人物の事を思い出し、深い溜息をついてから読んでいた本を音もなく静かに閉じた。


「いや、まぁ、私こそ特に用はなかったんだがな。 なんと言えばいいのか・・・」


ああ、イライラする。たかだか女と上手くいっていないというだけでこの男は何をうじうじしているのか。上背のある体格のクセに、と一真は苛立ちの言葉を飲み込んだ。


「別に、リーネも謝ってきたんだし。 それに、お前も怒鳴ったりして悪かったって謝っちまえば終わりじゃねえか。 こんな所でうじうじしてないでさっさと『出て行け』」


二度目、出て行けと促した。今度は更に強く。
この男、バルダートは年下の女性、好む女性に無闇に怒ってしまった自分に自己嫌悪を起こしているのだ。リーネが怒ってくれたりすればバルダートも楽になるが・・・。つまりはこの男は誰かに非難されたいのだ。自分が悪いと思い込みたいだけなのだ。

一真は何故なんのメリットもなく男を励ます為に叱責しなければならないのかと、盛大に溜め息をついた。

だが次の瞬間、何かいい事を思い付いたかの様に邪悪な笑みを浮かべた。


「なぁ――――リカルド・バルダート」
一真は愉悦に歪む口元を抑え込み、平静を装いながらバルダートに声をかけた。


「む、なんだ?」


バルダートは何事か、と項垂れていた顔を上げて視線を一真に向ける。


「―――お前、リーネ・ブランクの事、好きか?」
内心一真は笑い転げそうだった。ああ、これは面白そうだと顔が紅潮していくバルダートを見て一真は思った。


「な――――ななな、そんな事―――」

「ああ? 否定しちまって言いのかァ? 否定するんだったらオレがアレ頂くぞ?」


慌てるバルダートの言葉を遮る様に一真は出来るだけ下衆な笑みを浮かべながら、自分でも笑ってしまうくらい馬鹿な冗談を言った。
バルダートは高潮した顔そのままに口をモゴモゴさせながら押し黙っている。


「ホラホラ、言っちまいなよ――――。 ああ、それともいらないってのか? んじゃ、今からちょっくら味見に―――――」

「ま、待て!!」


ベッドから跳び下り、一真は部屋を出て行こうとしたが、肩で息をし、荒い息を吐くバルダートに呼び止められた。

この時一真は内心安堵していた。止めてこなかったらどうしようかと思っていたのだ。

一真は扉の前で立ち止まり、バルダートに向き直った。

「――――だ」

「ああ? 聞こえねェな、何だって?」

更に一真の貌が愉悦に歪んだ。

「――――――きだ」


「聞こえねえッつってんだろ!」


―――――さあ、言っちまいな


「私は、リーネ・ブランクが、好きだ!!」


一真は満足した様に笑うと、試していたのだと、バルダートに謝罪した。その気持ちがあればただぶつかって行けばいいんだ、もう少し素直になればいいんだとアドバイスもした。

だがこれは四割程度の目的でしかなく、残りの六割はただの彼のストレス解消の為だった。

―――――何故なら




一真とバルダートがいる部屋の扉の前には、バルダートにもう一度しっかり謝ろうと彼を探していたリーネ・ブランクが立っていたからだ。


その後、彼女は顔を真っ赤にしてその場から立ち去った。




















あとがき
ネタ①
一真『ホラホラ、イッちまいなよ――――それともいらねぇってのか?』
バル『ぐむ、むむ、うぅぅうう!』
リネ『薔薇色の世界――!?』
その後彼女は顔を真っ赤にして部屋の前から立ち去った。


ネタ②
武『大事な作戦前日じゃなかったのかよ!?お前等だって待ってたんだろ!理不尽に誰も命を落とす事無く・・・誰もが笑って・・・勝ち取った勝利ってヤツを!!今まで待ち焦がれてたんだろ!!人類が平和に過ごせる幸福な世界を・・・何の為にここまで歯食いしばってきたんだ!?テメェらのその手でたった一つの地球を、人類を救って見せるって誓ったんじゃねぇのかよ!?お前等だってカッコいい出番が欲しいだろう!?ネタ話で満足してんじゃねぇ!命を懸けてたった一つのハイヴを落としたいんじゃねぇのかよ!!?だったらもう真面目になんなきゃいけねぇ!!シリアスにやっていかなきゃならねぇ!!一話もノラクラ話に使ってんじゃえ!!それにバルダートの出番を削れば少しくらい書けたんだ!!いい加減、H18ウランバートルハイヴ攻略作戦を始めようぜ!!!狗畜生!!!!』


ネタ③
秋水『見ィーッつけたァア!!大は小を兼ねるのか速さは質量に勝てないのかいやいやそんなことはない速さを一点に集中させ突破すればどんな分厚い塊であろうと砕け散るゥ!!ハッハァ!!!』
武『――――ウゴァッ!!!!!??』

ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

まず最初に変なネタやってすみません。
癇に障ったら『そこまでにしとけよ、狗畜生』書き込んでください。

っていうか話進みませんねェ、オリキャラ三人も出しちゃって他のキャラの出番が・・・。

しかも話の閉めはバルダートドM説っていう・・・・。

今回やりたかったっていうのはまぁ間接的な出番しかない悠陽の事とかそこら辺ですかね。基地云々は失敗すればその作戦はおじゃん、成功して譲渡した後統一さんが基地を作戦に利用して負けた言い訳を擦り付けてきても『私達はそれで成功させましたよ』とつっぱねる事もできるみたいな見通し。
同じく言葉の上でしか出番がない『紅の姉妹』とか。ユウヤとか。
あと、今回は新しく独自設定を追加しました。
昔、藤崎秋水が所属していた斯衛軍の『試設部隊』というモノ。
大陸派兵に関しては『帝国軍を』となっていて斯衛は行ってないとは書いてなかったんで設定を追加しました。
まあ書いといてなんですが、斯衛の任務が帝都防衛とか国民の守護なんで態々国外に赴くのか?って疑問はあるんですよね。

それでは次回予告『戦場のブライダル(大嘘

それではまた次回にお会いしましょう。では。



[13811] 第十八話 『弔花』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 20:53


人は戦えば死ぬ、と彼は私に言った


私の能力に感づいているにも拘らず、彼はそう言ったのだ


彼は薄く笑っていた


あの人の様に心に刻まれた深い悲しみを


今も尚その身を焦がす負の激情を偽りの笑顔で覆いながら


彼はあの人と同じ様に笑ったのだ


人は、シアワセじゃなくてもワラウのだと


その時、私は知った




でも、今思えば



今がシアワセでも、今がシアワセじゃなくても




人は明日のシアワセを望むからこそワラウのかもしれない




         ―――――――そう、感じた


















武は秋水と話した後一度部屋に戻り、それから少し時間が経った後各隊指揮官によるブリーフィングの為に司令部のある建物まで訪れていた。
最低限の機能しかない仮設基地といっても前線基地を主眼においている為、それなりに広い。武は迷わない為に一階フロアに掲示されていた建物の見取り図を見上げる。嘗てフランスのルーブル美術館にあった様なその巨大な掲示板には各部屋、各施設の名称が英語や日本語、中国語、ベトナム語等といったアジア圏言語で記されている。全十一ヶ国語で記された内容から一番馴染み深い日本語での案内を読み取り、場所を確認すると武は目的のブリーフィングルームに向けて歩みを進めた。

建物内では明日の戦争に向けて多くの軍人が駆け回っており、すれ違う度会釈をしていく。

武は佐官にしてはかなり腰の低い態度の為、本来同じ佐官やそれ以上の者にはあまり好かれない。その分仕官からは敬われやすい人物だった。それでも階級問わず慕う人が後を絶えないのは一重に彼の底抜けに優しい人柄故だろう。国連軍と帝国軍との間にあった溝も武個人としてなら幾らか埋まってきているのだ。


「―――――白銀中佐」


ふと、後ろから凛とした声で呼びかけられて武は足を動かすのをやめて声のした後方に振り返った。


「―――、月詠少佐、」
振り返った先には赤い斯衛服を着た月詠真那の姿があった。彼女と会うのはどれくらい振りかと武は思考を廻らす。だが視界に映るその『赤』が何故か酷く懐かしく見えて、思考が上手く回ってくれない。


「――――ふ、その様にいきなり呆けられてはせっかくの栄進が曇りますよ、中佐殿」


回転数の上がらない緩やかな思考に惑う武に月詠真那は近づきながらそんな事を言った。丁寧に取り作られた言葉とは裏腹にその顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
その言葉に武の意識の矛先が現実へと戻される。

だが、その思考の片隅には何故自分は他軍の衛士と会うにしては最近といえる三ヶ月振りに会った彼女を見て懐かしいと思ったのかという疑問が残っていた。


「あ、いえ、」
なんでもないです、と現実について行けていない思考から辛うじてそんな言葉を呟いた。

「月詠少佐、こんにちは。 月詠少佐もこれからブリーフィングに参加ですか?」
漸く元に戻り始めた思考速度。それに合わせて武は月詠真那にぎこちない笑顔を向ける。


「はい、これから第6ブリーフィングルームに向かう所です。 その前にこの基地の内部に詳しくない白銀中佐をお連れしようかと思いましたが」
必要なかったようですね、と言葉を繋ぎ、足を止めた武の横に並ぶように真那は武に向かい歩みを進める。今ではもう遠い記憶になってしまうが嘗て武がいた世界の月詠真那と違いこの世界の月詠真那は髪を纏めずに、その長い髪を下ろしている。その綺麗な緑色の髪が彼女の歩みと並行して穏やかに揺れた。

武は真那の言葉に思わず苦笑いを浮かべた。エリカを始、最近よく人に探されている気がする。自分はそんなにどこかをほっつき歩いている様に思われているのだろうか。


「はは、それは有り難いですね。 そういえば月詠少佐達は二週間前にはここに来ていたんですよね」
武は月詠が隣に並んだのを見て再び目的の部屋に向けて歩き始めた。


「ええ、帝国軍、斯衛軍はこの基地を運用する為にそれぐらいにはこちらに駐屯していました」
隣を歩く真那は相変わらず丁寧な言葉と不敵な笑みを携えている。


それが何ともムズ痒い。


「・・・あー、月詠少佐? その、俺の階級が上だからといってあまり畏まった言葉にしなくていいですよ? それに表情と口調が合ってないですし」
武は苦笑いを湛えて真那に言った。前回のブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦の時はお互い同じ少佐だった為に今の様に畏まった対応は取られなかったが、その後自分の方が階級は上になっているのだ。真那もその昇進を祝福してくれているのはわかってはいるのだが、この五年間出会った当初から続いている口調じゃないという事は武にとって物凄い違和感を抱かせるものだった。
とは言うものの自分の価値観を他軍の人間に押し付けるのもどうかと思ったが――――


「ふ・・・表情と口調が合っていない、か。 随分と言うようになったな、白銀?」
対する真那は武の気持ちを汲んでくれたのか以前通りの口調に戻してくれていた。

「―――だが、それでいて貴様も以前通りの対応をする、というのも帝国と国連との関係においてあまり好ましくはないぞ」
続いて真那は武の要望に対してのデメリットを言及した。言葉は悪いが国連の者と斯衛の者が必要以上に馴れ合う姿、というのは在日国連軍を嫌う者じゃなくても見れば幾分か眉を顰めるだろう。それに少佐が中佐に対して不遜な態度、というのは軍規に反する。これ等の点から真那は好ましくないといったのだ。だがどうにもこの目の前にいる男の要望を断る気にもなれなかった為、自分でも不思議だったがすんなりと受け入れてしまっていた。


「ははは、そうですね。 それでもいきなり、前まで自分より上官だった人の上に立つ、っていうのは中々難しいですよ―――」
武としてもその様な事では拙いという事は理解しているが如何せんどうにもそれが難しい。

「まぁ、慣れるまでは軍務以外の時はこんな感じでいいですか、月詠さん?」
武は真那を敢えて名前で呼んでみた。


「ふ、いいだろう。 軍務以外ではどの様な態度をとってくれるのか今から楽しみなものだ」
真那もまんざらではないようで、少しだけ擽ったそうに目を細めて暖かい笑顔を向けた。

「それは怖い」と武はおどけた様に笑った。以前と比べ真那とも普通に話せるようになった。それは真那が白銀武を信用してくれている事に他ならない。武は真那と話す度にそれを在り難く感じていた。




「そういえば白銀、貴様現在中隊内でエレメントを組めているそうだな?」
その後も道すがら会話を続けたが真那がそんな事を言ってきた。以前成り行き上で一度だけエレメントを組んだ事のある月詠真那だからこそそれが気になったのだろう。


「はい、今では緋村一真大尉という男とエレメントを組んでいます」
緋村一真の情報には秘匿義務が存在している。武もそれは解っていた為に無用な事を言うつもりはない。だが、ある程度先に情報を与えてしまえばそれで相手も満足してくれるだろうと踏み、続いて緋村一真の情報を述べる。
「中々の変わり者ですけど、皆からはそれくらいじゃないと俺と組めないって言われてますよ」
再びおどけた様に武は笑った。


「そうだな、貴様に合わせられる人間なぞどの様な人物か想像すれば、奇人変人しか思い浮かばない――」
真那は呆れたように小さく笑う。

「それにしてもまさか貴様と組めるような人間がまだ日本に―――日本人にいるとは思いもしなかった。 緋村、一真・・・・聞いた事のない名前だな、それ程の者なら噂になると思うのだが・・・」


「まあ、国外にいましたしね」
武の時の様に真那は横浜基地に駐屯する事もないし、基地にいる人間について調べる理由もない。だから真那が知らなくても無理はない。しかし真那の言う通り腕の立つ衛士の名前なら知れ渡っていてもおかしくはないのだが、国外にいた、という事で納得してもらう。


(まぁ、間違っちゃいないしな。 それにしても月詠さんが知らないって事は一真、以前は斯衛の方にまで名前が知られるような奴じゃなかったのか?)


緋村一真、武はそれが彼の本名だと聞いている。そして1998年のBETA侵攻、米国の日本撤退の際に回収された、帝国軍の衛士とも。
夕呼から見せられた資料には『プロジェクト・メサイア』、『クーデター』の事以外に、そう『緋村一真』の詳細は記載されていた。


「国外、か・・・」
勘の鋭い真那には武の言動から隠すべき事項なのだという事を察したのか、少しだけ眉が釣り上がった。
「・・・どんな人物なのか・・・、一度手合わせ願いたいものだ」
武から視線を外しながら真那は薄く笑う。


「機会があれば、国連と帝国の技術演習とか開いたりできればその時にでもできるんじゃないですか」
未だ嘗てその様な事はあった事はないし、その様な異種機間戦闘訓練(ダクト)が組まれたこ事もない。帝国と国連の溝も深まりつつある、そういった事が実現できるようになれば尚の事いいだろう。
武はそんな事を思いつつ、ミーティングルームの扉に手をかけた――――――――――















照明は消され、時刻も2300を回った事もあり、部屋の中は暗く闇に満たされていた。唯一明かりとなっているものはベッドの横にあるスタンドだけだった。特有のオレンジ色の光が部屋の暗闇を鈍く溶かしている。
その部屋にいる白髪赤眼の男、緋村一真は備え付けられた椅子に片膝を立てるようにして座っていた。指で挟むようにして手に持っているのは数時間前に出て行ったバルダートとお茶を飲んだ時のコップ。中身は既に飲み干され空になったままだ。バルダートが出て行ってから一度もおかわりを注いだりはしていない。

コツコツとコップの淵を指で叩く、時を刻むように、己の鼓動と同じリズムで、静かに部屋に硬い音が響いている。

自らが出す音以外静寂に包まれている暗闇の中、一真は静かに目を閉じていた。この数時間この体勢から身動き一つしていない。この地上でBETAに一番近い最前線基地という事もあってかこの基地では落ち着いて眠れない、という者もいるだろう。だが、一真は別に眠れない訳ではない。


一真は暗闇の中でひたすらに思いに耽っていた。


「さっきのは、ガラじゃなかったなァ・・・・」
石像の様に動かなかった一真は思い出したかのように静かに口を開いた。
先程、と言ってももう既に数時間前の話になってしまうがリーネの事でうだうだと思い悩むバルダートに苛立ち、ちょうど良い所にリーネが部屋の前に立つ気配を感じ取り、態々リーネに聞こえるようにバルダートを挑発した。いくらイライラしていたからと言ってもそれは一真の望むような事ではなかった。と言うよりもあんな直接的な弄りは本当に――――


「―――ガラにもねぇ」
彼らしくなかった。

そこで再び一真は押し黙った。彼を苛んでいた苛立ちの原因たるリカルド・バルダートは既に彼の眼前からいなくなっている。だが未だに苛立ちは止まなかった。今ではそのせいか気分も悪くなっていた。その事に対し一真は心の中で舌打ちをする。

以前から自身を苛んでいる、夢、頭痛。それが彼をどうしようもなく痛めつけていた。そして一真はどうしようもなくそれに抗い続けていた。


どうしようもなく、あの夢の中の少女の言葉を受け入れる事ができなかった。


「――――――、」
一度、深く息をついた。

もしかしたら夢の事もあり感傷的になっているのかも知れない。そして今、自分がいるのは彼にとってかけがえのない人物が眠る大地なのだ。それも記録上の事でしかないのだが―――





――――――だから・・・、だからどうしたと言うのだろう


一真の口が歪む。愉悦からとも苛立ちからともとれない、本当に不器用な薄い笑み。それが自身の内に湧き上る何かから自然と顔に浮かび上がった。


ふと、気管に異物感を覚えて一真はその手で口元を覆って、思わず咳き込んだ。
一真の赤い両眼が開かれ、その双眸は自らの両手に向かい落とされる。その手から離されたコップが床に落下し、割れる事も無くそのまま衝撃に身を任せ床に転がった。

その手には薄く、彼のよく知る赤いモノが塗られていた。


(煙草の吸いすぎか?)
一真は手に付着した唾液に混じった血を指で弄るようにしてその血を眺めた。段々と指が赤黒い液体を纏い始める。


あの時も、同じ様にこの手は赤く染まっていた。そしてこの身は穢れすぎた、己の血で、他者の血で。


そんな自分が、生者の様に生きて何かを護れる筈もない。

心はもう死に絶えた。あとはこの身体のみ――――――


「さて、此度の戦は――」


そう、既にこの身は死に体だ。そう思え、そう思い込め。


「―――――――私を殺してくれるかな?」


薄い笑顔の仮面を顔に貼り付け、『緋村一真』と呼ばれる男は窓の外に広がる黒い夜空を見つめた。月は黒く不気味に蠢く雨雲に覆われていて、その姿を見ることは叶わない。


明日の戦は雨の中になる、彼はそう思考すると再び暗闇に溶け込むように眼を閉じた。
















7月9日


ウランバートルハイヴ攻略作戦。広大な陸地で行われる本作戦では目標であるH・18を囲むような布陣が敷かれる。支援砲撃を行う戦車車両が所狭しと配置され、現在では帝国の戦術機部隊が続々と出撃し、隊列を組んでいた。


現在、戦陣を切る陽動部隊――東側、西北西側の部隊はその配置を終え作戦開始の合図を今か今かと待ち構えていた。


武達、アルマゲストの配置される西南西側にはBETA強襲に備え、帝国軍の部隊が先立って配置されている。今はそれに続いてアルマゲストと帝国斯衛軍第16大隊が初期配置に着く為に出撃をしようとしているところだった。



武は柔らかく目を閉じ、落ち着いた呼吸を取っていた。


「アルマゲスト全中隊、問題はあるか?」
武は閉じられていた瞼を開くと、各中隊長に通信回線を繋げる。


『カマリ、問題ありません』

『レグルス問題ありません』

『スピカ問題ないですよ』


出撃前の部隊確認。殆どの隊に言える事だがこれはお決まりのプロセスだ。元来戦術機というものはその複雑な機構ゆえに強度が低い。第三、第四と世代を積み重ねる事により幾多の問題は解消されつつあるが、それでもBETAに対してはその防御力はあまりに低いものだった。故に整備班に整備された後も、出撃前にはこうして事前確認が何回も行われる事になる。いざ出撃してみたら、乗っていたのが兵器ではなく棺桶だった、なんて事は笑い話にもならない。


「アンタレスも問題はない・・・問題があるとすれば、この天気だな、やっぱ」
武は管制ユニット内で自らの頭上を仰ぎ見る。今いるのは基地敷地内に建設されたハンガーの中、更には戦術機に搭乗している。頭上には管制ユニットの無骨な鉄やプラスチックで作られた管制パネルしか見えない、だがその先に広がる空は黒く覆われ生憎の雨に見舞われているのだ。雨のお蔭で湿度が上昇し、ALMがなくてもある程度なら光線属種のレーザーの効果を霧散させるというメリットが今の様な雨天では存在するのだが、武の表情はその事実がありながらも少々明るみに欠けていた。


『確かに残念ですが天候に文句を言っても仕方がありません、白銀中佐。』
武のぼやきを耳にしたバルダートが口の端を少しだけ吊り上げながら武に声を掛けた。適度に緊張を胸に宿し、臨戦態勢を維持しながらもこうして柔らかい表情を見せる事が出来るのはやはりそれ相応の経験がいるのだろう。アルマゲスト全隊員は最低十数回の対BETA戦を積んでいる為に油断するわけでもなく、幾らか緊張した様子と言うものを見せない。


「ああ、わかっているよ、バルダート大尉」
武は少し目を伏せながらバルダートに応えた。


『まぁー、悪天候の中でのハイヴ攻略作戦なんてここ数年なかったですしねぇ。欧州の抗戦ではたまに遭ったらしいですけど』
バルダートと武の受け答えに反応したのはスピカ中隊長のリーネ・ブランクだ。どうやら出撃の順番が回ってくるまでの僅かな時間は隊長格との会話になりそうだと武は心の中で独りごちた。

リーネの言う通り、ここ数年こういった雨天の中での攻略作戦はなかった。あったとしても曇り空の下、というのが精々だった。本来様々な状況下での戦闘を考慮されて設計された戦術機ではあるが、それを操縦するのは人間だ。天候の変化に搭乗者が追いついていなければ必然的にミスが生まれる。これは武や熟練の衛士にも言える事だ。どれだけの経験を積もうとミスは必ずある。そのミスが悪天候と合わさり大きな被害が出ない事を武はいるかいないか判らない神様にではなく、嘗ての仲間達に願った。


『―――――、』


ふと、バルダートが言葉に詰まったかのように口を噤んだ。

更に、

『―――・・・あー、』

回線内でバルダートと目が合ったリーネも気まずそうに目を反らし、頬を掻きながらうめき声を上げていた。

武からしてみれば弾もうとしていた会話の波がいきなり切れた、としか見えなかった為状況が飲み込めず、管制ユニット内のスピーカーからは各々の中隊員が好き勝手に会話をしている音しか聞こえてこなかった。


「えー、あれだ、二人とも何かあったのか?」
小規模の喧騒の中、武は挙動不審のレグルスとスピカの中隊長に問いかけた。二人に何があったのかなんて武の与り知らぬ事だ。当の二人すらも互いの間に何かあったわけでもない。バルダートから見れば胸中を他人に明かし、それによって完全にリーネへの好意を自覚してしまっている状態であるし、リーネから見れば部屋を訪ねようとしたら扉越しに自分宛でないにしても大声で告白された後、と言うような状態だ。即ち互いに違うところで事故に遭った様なものだった。共通するところは事故の直接的原因は緋村一真のお節介、というところだろうか。


『え!? 『何か』なんて、何もないですよ!!?』
予想外にも武の言葉に過敏に反応したのはリーネだった。彼女の頬は僅かに赤くなっていたが、武は過敏な反応が映し出された網膜に驚き、無意味に少しだけ腰を引いた。


『そ、そそそうですよ!? 嫌ですなぁ白銀中佐、『何か』なんてあるわけがないじゃないですか!!?』
続いてバルダートが過敏に武の言葉に応じた。


(『何か』、って・・・・・・・何だよ?)

二人の凄い剣幕に押され、網膜に映る映像からは距離を離せないにも拘らず引かれた腰をそのままに、武は引き攣った笑みを湛えながら首を傾げる。そんな中、三人の会話を聞いていたエリカが僅かに呆れた息を漏らした事に他の者は気付かなかった。


「まぁー、二人とも落ち着け、な?」
作戦前だしと付け加えると二人は忽ちしゅんと小さく固まってしまったが直ぐに持ち直したようで、作戦前に相応しい顔つきになると一言断ってから通信を切っていった。





「―――顔が二人とも赤かったし・・・、まさか部隊内で風邪でも流行ってるんじゃないだろうな?」
二人との通信が切れた後、武は二人の様子を見てそんな明後日の方向な予想を立てていた。通信がそのまま生きているエリカにはその言葉が聞こえていた為に、彼女は心底その推測にツッコミを入れたかったが、上官である事と作戦前であることからその事を自重した。


(まったく・・・、この男の鈍感さはある意味犯罪級ではないか?)
この場にESP能力者である社霞がいたのなら、このエリカのモノローグに涙ながらに同意したことだろう。だがこの場に彼女もESP能力者もいない為に、誰一人彼女の考えに同意してくれる人間はいなかった。




『―――――白銀中佐、』

と、間違った方向に思考を廻らす武の元に斯衛第16大隊指揮官、斑鳩紀将中将から通信が入った。


「―――斑鳩中将!?」
突然の通信に思わず驚いてしまい、武は驚愕の声を漏らした。そして自身のそんな情けない対応を直後に自覚し、表情を改めながら内心で舌打ちした。


「どうかされましたか、斑鳩中将?」
出だしに躓き若干あたふたしている武を余所に、エリカが紀将にすぐさま対応した。


『いや、こちらの出撃準備が整ったのでな。 我等はこれより出撃を開始する・・・・作戦が開始されればお互い通信を繋げる事もないだろうと思ってな・・・』


『貴公らの武運を祈る』


意外、と言えば意外だろうか。武は出撃前に紀将から声を掛けてもらえると思っていなかった為、少々面食らったが今度はすんなりと応対する事が出来た。


「ありがとうございます、斯衛の皆さんもどうかご武運を」

『必ず作戦を成功させましょう』


武に続きエリカも応え、更には再び回線を繋いだバルダートとリーネも紀将に応えた。
そろそろアルマゲストの出撃時間に差し掛かる。恐らく現在は全体の士気を上げる為に斉御司沙都魅が演説をしている頃だろう。


『――――ふ、白銀中佐、この作戦でどうか墜ちないでくれよ? ウチの月詠が貴公の事を随分気にかけているのでな』


「――――――は?」 『斑鳩様!!!?』


紀将の言葉に武はまたも素っ頓狂な声を上げ、更には音声だけ繋いでいたのであろう月詠真那の動揺の声が武の耳に届いた。


真那が自分の心配をしてくれるのは正直嬉しいのだが、それを紀将が自分に態々伝えるという意図が解らなかった為武ははて?と首を傾げる。第一、昨日のブリーフィングの際にはその様な事を彼は言ってこなかったのだが。

紀将からすればブリーフィングの時にそんな事を言ってしまえば作戦開始直前まで部下である月詠真那の機嫌を損ねる事になる、故に出撃直前に伝えると言う事に打って出たのだ。そこには可愛い部下へのささやかなお節介の気持ちが含まれていたのだが、当の真那は頬を紅潮させて延々と否定の口上を述べていた。






『ふはははは、何、気にすることはない。 それでは我等は先に―――――――――――――ッ!!』
お節介を済ませ、気持ちよく出撃―――配置を開始しようとした紀将の表情が、瞬間一気に険しいものになった。





武の耳に届くのは、耳を劈く様にけたたましく鳴り響く警報。





武だけではなくアルマゲストメンバー全員の表情に緊張が走り、険しく真剣な表情に塗り替えられる。





「――――斑鳩中将!!!!」
武は叫ぶように紀将の名を呼んだ。




『ああ!解っている!! 大隊各機! 緊急発進!!』
紀将の声に斯衛第16大隊の隊員達は「承知!」と応え、そこで紀将達斯衛軍との通信が切れた。




『白銀中佐――――!』
続いてエリカが武に確認を取るように声をかけてきた。

彼女とて、いいやアルマゲストの全員今の状況を理解していた。




「ああッ!!」




今作戦において、部隊初期配置は通例より目標に対し近くに配置されている。そもそもこのトゥブ仮設基地はハイヴに対し地上最も近い、前線基地なのだ。必然的に置かれる布陣も狭くなってくる。
それに対し、こちらの兵力の規模は大きい。つまり配置に時間が掛かるのだ。これはある意味この基地だけ、この作戦のみに言える事かもしれないが。


作戦A(プラン-)。これは作戦に参加する全隊が配置を終え作戦指揮官の号令により作戦を開始。その後は陽動、突入、守衛と各隊が各々の役割をこなし軌道降下部隊の降下を待つと言ったもの。




それが今、前提から破綻したのだ。




つまり作戦は作戦Bに移行されたと言う事、




「アンタレス1より、HQ!! 状況は!!?」
武は声を荒げるわけでもなく、落ち着きながらも大きな声で、司令部へと回線を繋いだ。




『こちらHQ』
武の言葉に被せる様に司令部のオペレータの声が聞こえた。恐らくあちらもアルマゲストに通信を繋げたところなのだろう。




『現在、コード991発令。 東側帝国軍22連隊、斯衛軍第21大隊が地下から出現したBETA郡と応戦、数は約4000! 尚、西北西側、西南西側には旅団規模のBETA群が進行を開始!西北西側、帝国軍10連隊、帝国軍第31連隊、国連軍プトレマイオス大隊、トレミー大隊が応戦! 西南西は先行して布陣されていた帝国軍第05連隊が防衛開始! 帝国軍第28連隊が応戦! 現在斯衛第16大隊が緊急出撃を開始しました!!』





そう、こちらの開戦の合図を待たずしてBETAがこちらの攻勢を察知し、その防衛の為に侵攻を開始したのだ。




「――――!」
武は心の中で舌打ちをした。想像以上にBETA出現量が高かったのだ。
しかし命令系統が瓦解したといっても一ハイヴ内ならばコミュニティが成り立っているという事がわかっていた為に全体としてはそこまで大きな驚愕も被害もないだろう。
その点で言えばこれは予想の範疇に収まる。


『アルマゲストは現在より0280後に緊急発進してください!』


「アンタレス1了解!!」
出撃時間が繰り越される事を確認すると武と司令部との通信が切られ、代わりにアルマゲスト全体に通信回線が開かれる。網膜に各中隊長達の顔が映し出される。





「アンタレス1よりアルマゲスト全体! HQとの通信を聞いていたと思うが、現在BETAがこちらに侵攻を開始! よって作戦Aを破棄、作戦は作戦Bに移行された!!」


状況を再度確認するように武は簡潔に述べる。


「我々アルマゲスト大隊は、現時刻より0240このハンガーより緊急発進する!! 全機、遅れるな―――!!」
武は全員に喝を入れるように声を張り上げる。


『『『『了解!!』』』』

アルマゲストのメンバーはその武に大声に負けない剣幕で、武に応えた。


物理的に目標との距離も短く範囲の狭い、ウランバートルハイヴ攻略作戦は、BETAの侵攻により突如として開戦されることになった。




『CPより、アルマゲスト各機へ! 出撃を開始して下さい!!!!』
CP将校からの出撃の合図。アルマゲスト三度目のハイヴ攻略作戦参加の火蓋は切って落とされ、






「お前等ぁ! 帝国は国連に目標奪われんの嫌がるかも知れねぇけどなッ、なぁに気にする事ぁねぇ!! 今回も落とすぜ!!」
武は態と口を悪くして声を張り上げた。作戦Bはこちらの初手が後手に回る為に作戦的にも速度が重要になってくる。ならば突破力が売りのアルマゲストの重要性は高まってくるのだ。武は部隊の士気を上げると同時に自分の士気を上げる為に声を上げた。


応ッ!と武の声に応え、ハンガーに立ち並ぶ鉄の巨人たちが一斉に動き出す。縦二列に並んだ先頭二機から主脚で解放されたハンガーから発進する。そして外に出たと同時に噴射跳躍、基地を囲う防壁を飛び越える様に匍匐飛行し最前線を目指して進攻を開始した。


緊急発進後のハンガーの床は数tの巨体の走行によって大きく陥没し、ハンガーの出口から防壁までも噴射跳躍の圧力により舗装された滑走路も幾らか荒れていた。
その光景を見て整備班の誰かが言った、建設費用ケチってもこれじゃ修理費がかさむんじゃあ、と。
別に基地建設に欠陥があったわけでもないが、何とも技術屋泣かせな話だった。















「ハァッハァーッ!!!!」
藤崎秋水は正気かどうか解らない、狂ったような笑い声を上げながら自らが搭乗する不知火・弐型に突撃砲を構え、36mm弾を目の前に群がるBETA群に浴びせた。突撃級、要撃級といった大型種は超高速で迫り来る弾丸の群れによってその肉を貫かれ、次々と絶命又はその行動を鈍らせていった。


『隊長―――――――!!』
秋水の動きに合わせる様にしてアクベンス中隊の不知火・弐型が群がる小型種にCANISTER弾を無数に放ち、忌まわしいBETAをただの夥しい肉片へと変えていく。


『―――はぁ!!』
アクベンスの突撃前衛達が要塞級三体の触手を掻い潜りながら主腕に構えた長刀で、要塞級の身体に幾つもの赤い線を描いていた。

だが彼等の素晴らしい動きを前にしても、尚もBETAの姿は減らない。秋水の周辺では帝国軍と同じグラウディオス連隊所属のトレミー大隊も奮闘しているが、現状ではBETAの出現に押される事はなくとも戦線を押し上げるまでには至らなかった。

ここアジアのハイヴは過去の統計からハイヴ毎のBETA出現量が欧州のハイヴに比べて多いという事が云われていた。これは五年前の横浜基地BETA強襲時に解ったとされている事、BETAは日本を人類試験場として利用していたという事。そしてこの出現量の多さは、それの総決算として日本本土への再侵攻を目論んでいた為と世界の学者達は提唱した。それらは横浜の牝狐、香月夕呼から齎された推論に各々肉付けしただけのものではあったのだが・・・。

前線の衛士にとってはそんな事は関係ない。アジアの敵は多い、それだけの事実を、脅威を提示されたに過ぎなかった。




「―――ぉおおぉうらぁあ!!!」
秋水は背後後方から迫っていた突撃級の群れを噴射跳躍によって擦れ擦れの位置で避けると、突撃級目掛け装備したままにされていた突撃砲を放った。
先頭部の甲殻と違い柔らかい肉体を弾丸で無数に抉られ突撃級の群れは次々とその巨体を地上に平伏していった。



『隊長、今日はまさに鬼神の如き活躍ですね!!』

迫り来るBETAの群れを突撃砲で牽制しながらアクベンスの隊員が秋水に通信を繋げてきた。
通信を繋げてきた男はアクベンスの副長だ。立ち位置的にはプトレマイオスの副官の次に秋水自身に近い存在と言えた。そんな彼は秋水がどの様な人物か、どうして幾つもの軍を渡り歩いてきたかも知っていた。何しろアルマゲストと違い、このプトレマイオスは結成されて四年以上経つ、何人かの隊員は秋水とは長い付き合いになるのだ。だから何故秋水がこんなにも熱くこの戦いに精励しているのか分かっていたが、長年自分達を引っ張ってくれているこの男の奮闘に嬉しくなってしまい、声を掛けずにはいられなかったのだ。



「おおよ! 今日は弔い合戦だ!!!! 私情挟んじまって悪いがプトレマイオスにゃあとことんと付き合ってもらうぜ!!!!」
そう、秋水にとってこのウランバートルハイヴ攻略作戦は弔い合戦だ。当時を知る斉御司沙都魅や古参の斯衛衛士達からしてもそうだろうが、その当時この場で戦っていた秋水の気持ちの方が遥かに強いだろう。



斯衛軍試設部隊―――1991年に可決された帝国の大陸派兵において斯衛軍で唯一大陸へと向かった斯衛の部隊だ。そこに彼は所属していた。しかし精鋭揃いのその部隊ですら、まるで大地を覆うような数のBETA侵攻に押し負け、参加していた戦線は崩壊寸前に追いやられた。そしてその後行われた撤退戦、自分達を生かして返す為にその命を散らした五人の仲間達。生き残されてしまった自分が情けなく、その代わり死んでしまった仲間達への悔恨。
今までこの身を埋めていた後悔、それを払う為に、仲間の無念を晴らす為に今まで無様にも生きてきたのだ。自信を失くしながらも教導隊に転属し、クーデターに誘われるも政威大将軍殿下の御心を煩わせたくないと、止めるという事も出来ない為に国連へと逃げた。この時に、この地に再び立つ為に、ただ生き続けた。面倒事から逃げ、臆病者と罵られようともたった一つの目的の為に生き続けてきたのだ。今、この作戦において秋水の本懐を、彼のBETAへの復讐を終える事が出来る。




護れる命がここには沢山あった


護れなかった命がここには沢山埋まっている


救えなかった命がここで未だ苦しんでいる


十五年の月日を経て、再びこの地に舞い戻った藤崎秋水にはBETAを掃討する事以外頭になかった。





(大悟、平治、修平、誠―――――それに、隊長ォ!!!!)


嘗ての仲間を思い返し、涙が出ないように秋水は目元に力を込めて眼前に群がるBETAを睨みつけた。


(オレは、この藤崎秋水は今! この大地にお迎えに上がりました!!!!)


背部にマウントされた長刀を引き抜きフルスロットルで突撃しながら要撃級の胸部に長刀を突き立てる。





(仲間の仇――――討たせてもらうッ!!!!)


そのまま刃を返し、真上に長刀で切り上げる。胸部から上を立てに切り裂かれた要撃級は血を撒き散らしながら絶命して倒れこんだ。


血飛沫を浴びる秋水の弐型は、宛ら慟哭する鬼神の様だった。



「さあ、そろそろ前に出るぞ! いくぞォ!! 酒巻ッ!!!!」
刃にこびり付くBETAの血を払うように長刀を振り払い、仲間に声を掛ける。


『荒巻です!!!! いい加減名前くらい覚えて下さい!! 藤崎隊長ッ!!!!』


「ありゃ?」


慟哭する戦場の中、秋水の呆けた様な声は酷く不釣合いなものだったが、尚も戦闘は戦線を押し上げる為に激化する。













幾つもの弾丸が強烈な光を放ちながら、幾条の光となって地上を走っていた。
軽く音速の何倍もの速さで打ち出される弾は、強烈な光と身体の芯を震わせる様な轟音を伴い、迫り来るBETAを文字通り抉り、貫いていった。


――――99型電磁投射砲


絶大な面制圧能力を持つここ数年に帝国で実用配置された新兵器だ。その威力は突撃級のモース硬度15を誇る硬い甲殻も飴細工の様に貫通し、その後方にいるBETAにすらも有効な威力を発揮する事が出来る。

だが、その強力な兵器を有する、帝国軍第22連隊の衛士の顔にはそんな余裕は見て取れなかった。


『クソォ―――――っ!! 畜生! 畜生ッッ!!』


ある者は罵声を撒き散らしながら、ある者は必死な形相でただただ黙々と、装備された99型電磁投射砲を前方に向けて銃身を振り回すようにして放っていた。


「だ、ダガー4!!!! 山間部以外は無視して構わない!!!! 射線を無用に広げるなっ! み、味方に当たってしまうだろう!!!!」


つっかえながらも必死に声を上げるのは電磁投射砲を持つ帝国軍第22連隊を含めた東側の陽動部隊の指揮を執っている、斯衛の『青』斉御司甲洋だ。


東側の陽動部隊はBETAの地下からの襲撃を現時刻で一番多く受けていた。谷と谷の間を流れる川伝いに侵攻してくると思いきや、BETAは地下から部隊を覆うようにして出現し、投射砲の射線は作戦開始当初大きく広げられてしまっていた。そこに地上から流れ込んだBETAの大群により前方の帝国軍衛士達は半ば、混乱していた。

電磁投射砲の存在によってBETAは誘きだされてくる、という事は知っていたし、地下からの襲撃も予測できた事だった。

だが焦って初撃を誤り、電磁投射砲を暴発させてしまった衛士がいた。

彼が乗った不知火・弐型は電磁投射砲を構えた右半身が消し飛び、管制ユニットも粉々にしていた。緊迫した戦場において何故フェイルセーフが働かなかったとかそんな事は関係ない。ただ、その混乱の波紋が広まるにはそう時間は掛からなかった。


電磁投射砲は射線上、つまり前方に向かっての制圧能力は絶大だ。だが、その反面高威力からくるリコイルの所為で精密射撃には向かず、乱射による面制圧が主流となる。つまり側面からの攻撃に極端に弱いという弱点がある。

そんな混乱を正そうと初期配置から前線まで前に出た斯衛第22大隊だった。大隊は帝国軍第21連隊と連携し投射砲部隊を囲むようにして射線上以外から迫り来るBETA群を掃討し始めたのだった。それを指揮したのが斉御司甲洋である。


「21連隊は前面の射線保持に専念!! ―――、我が斯衛は側面からくるBETA群の迎撃に当たるぞ!!!!」


甲洋も衛士として前線に出る様になってから三年程経つ。だが、大隊を預けられるか、と言われれば多くの衛士達は首を横に振るだろう。それが周囲からの斉御司甲洋に対する評価だった。

甲洋は震える両手を振り絞り、操縦桿を強く握り締める。

初めて前線に出た時は多くの斯衛の衛士に守られながら死の8分を乗り越えた。それによってその部隊から二人の死者が出た。戦場で死人が出るのは当然だ、そう両親から言われた。今の世界はそんなの当たり前だと。冷酷な事実の前に甲洋はただ震えるしかなかった。人の上に立つ者は時に決断を迫られる、そんな事は解っている。だが、人が死ぬ、護るべき国民が目の前で死んでいく、それが彼にとってひたすらに辛かった。だから努力を積み重ねたし、成果もある程度出してきた。だが、周囲の評価に変わりはない。親の七光り、その評価は拭えなかった。


「――――!!」


甲洋は積みあがる様にして接近してきた、戦車級を短刀で薙ぎ払いながら後方に跳躍した。それに合わせ、残ったBETAに斯衛の武御雷が突撃砲を見舞った。

『大丈夫ですか!? 甲洋様!!』


そんな優しい、優しすぎる甲洋も気付いた事がある。彼等衛士達は何も自分を守る為に戦っているだけではないのだ。自分の家族など自分が守りたいモノの為に戦っているという事を知ったのだ。そんな彼等に対し彼等が死ぬ事が辛いなどと言って泣き喚くのは彼等に失礼だと彼は悟らされた。だから甲洋は自分も同じ日本人なのだと、守りたいモノの為に戦う一人の日本人なのだと、彼等と同じ気持ちで戦うように心がけてきた。ただ前を向いて前に進む、それを目指すように甲洋はなっていた。


「はい! 大丈夫です!!」


緊張で固まる身体も、仲間と言葉を交わす事で和らぐ。力を入れすぎた両の手は適度な強さにと握り直され、眼は再び前に向けられる。


たとえ今、五摂家の者、斯衛の大隊を預かる者として認められていなくても、自分を信じ、守りたいモノの為に前に進む。


「射線維持の為に前方のBETA掃討に打って出るぞ!! 各機、我に続け!!」



無謀でも蛮勇でもない、自分はそれだけの事をやってきたのだ。それに周りの仲間も自分より強いのだ。


きっと、この作戦は成功する――――いいや、絶対に成功させる!!!


「さぁ、斯衛の力をBETAどもに見せ付けてやろう!!!!」


『『『『承知!!』』』』




僕達は、いつだって独りじゃないのだから―――――――



















「レグルス、スピカ両隊は側面に展開!!!! カマリ、アンタレスは前方へ突破口を開くぞ!!!!」


『『『『了解!!!』』』』


アルマゲストが前線に躍り出たのは作戦開始から900秒が経過した頃だった。先行していた帝国軍と合流し、瞬く間に進行方向に存在するBETAを掃討した。基地方面の防衛を帝国軍に任せるとアルマゲストはハイヴに向かい進攻を開始したのだが・・・・・


『にしても――――ッ、こう数が多いとなぁ!!!!』


このぼやきはリーネ・ブランクのもの。彼女は口も動かしながらその手足は忙しく動かし、目の前に群がるBETA群に応戦していた。


現在アルマゲストは前方、後方に地下からBETAに襲撃され足止めを喰らっていた。先に地上から侵攻してきた群れと合わせれば、その数は凡そ三万強。レーダーは真っ赤に染まりきっている。

武は舌打ちを打ちながらCPに支援砲撃の要請を打診する。振動センサーは断続的に響く支援砲撃部隊の砲撃音を拾っていた。後方では休む間もなく砲弾が打ち出されているのだろう。その証拠に武の網膜に映る雨雲に覆われた空には、発射されたミサイルの煙が幾つも奔っているのが見て取れた。


『防衛部隊が必須だとは言え、前線部隊がこうも少ないのでは、包囲されるのは目に見えていただろうっ!』
ぼやくリーネにエリカは突撃砲を放ちながら叱責する。

現在、アルマゲストの隊員誰一人としてその動きを一瞬でも止める者はいなかった。

このウランバートルハイヴ攻略作戦は前線基地が目標と近く、戦場の範囲も狭い。故にBETAからの地下から、地上からの強襲に備える為に支援砲撃部隊周辺とトゥブ基地周辺に防衛部隊が配置されていた。その割かれた戦力分前線の部隊は薄くなる事はエリカの言う通り目に見えていた。今回の作戦は防戦に徹するのならまさに一騎当千、万夫不当の心構えで臨まなくてはならない。

武達、アルマゲストもハイヴ突入が目的とされている為に経線対称の位置には秋水ら国連や帝国軍、沙都魅等斯衛軍が陽動を目的として配置され、緯線対称の位置には帝国軍、斯衛軍が更に陽動として配置されている。二段構えの陽動、それはBETAの戦力を分散させるのが目的だったのだが、分散されたとしてもBETAのこの圧倒的な物量には毎度の様に骨に染みるものがあった。


大隊規模で突破力の高い楔形の陣形を維持し、BETAの波を裂くようにしてアルマゲストは進軍する。BETAが簡易的な戦略、何かしらの意図のある行動をするようになったと言っても基本的にBETAは猪突猛進だ。群れを中央から分断されアルマゲストから見て後方に追いやられたBETA群の幾らかは、後方で防戦を繰り広げる帝国軍に向かい侵攻し始める。それでも、旋回が遅れた突撃級ですらも断続的に後ろから再びアルマゲストに向かい襲撃してきている。アルマゲストは足を止めてしまえば挟撃されるという窮地に追いやられていた―――


―――そう、端から見ればそう見える。


だが、動きが鈍い筈の大隊規模であっても、アルマゲストの足は止まらない。いや、むしろ早い方と言っていいだろう。愚痴を溢し、内心で舌打ちをしながら、圧倒的な物量に苦戦をしながらも確実に前に進んでいた。彼等は罵声を浴びせる様に、叫び声を上げながらも決して弱気になったりする事はなかった。

何故なら指揮を務め、四十八人の衛士を引っ張る男の表情には一片の迷いも、影もなかったのだから。

その男は挟撃に持ち込まれそうになった時部隊全員にこう言ったのだ

「弱気になる事ないだろう?追いつかれる前にさっさと真ん前のBETAぶち破って進めばいいだけだ」

酷く頭の悪い発言だったが、その通りだった。そのあまりの馬鹿さ加減からか、その言葉を聞いた何人かから笑い声すらも聞こえていた。この男はいつだって前を向いている。自分達の前に聳え立つ壁は、いくらでも打ち壊せるという事を教えてくれるのだ。そんな男を前にして弱音を吐く者など、このアルマゲストには存在しなかった。彼等は皆、白銀武という馬鹿な男が好きなのだから。



だから、無限の様に湧き出て、山の様に群がるBETAを漸く突破し、補給コンテナに辿り着こうという頃、




アルマゲストを構成する四十八人は『緋村一真』のとった行動に驚きを隠せなかった。




「一――――ッ!? アンタレス2!!?」
武は舞い上がる様に跳躍噴射をし、部隊列から離脱する緋村一真に向かい困惑した声を上げた。

『アンタレス2!!! 何をしている!!?? 隊列を乱すなっ!!』
エリカの声には怒りの感情以外にも、武と同じ様に困惑の色が浮かんでいた。

『―――は、――――え?』
リーネはただ現状に困惑する様に間の抜けた声を漏らした。

『――――緋村―――!?』
バルダートはただただ驚き、遠ざかる仲間を呼び止めようとしたが、突然のことによる動揺の所為で最後まで言葉を吐き出す事が出来なかった。



「――――おいっ!! 一真ぁっ!!!! 何処行くんだよっ!!!? おいっ!!!!」
武は再びBETAの群れにその姿を殆ど隠した不知火・弐型に向かって声を張り上げる。その声色は酷く複雑だった。苛立ちも困惑も動揺も焦燥も合わせた武の呼びかけに、一真は答えない。
開かれた通信回線は向けられた男の声を拾う事はなく、フラットのままだった。

BETAが支配していると言っても過言ではないこの大地で


無数のBETAで溢れかえるこの戦場で


たった一機、たった一人部隊を離れるという行為を、誰も理解する事も叶わず―――




緋村一真は、BETAの群れの向こうに姿を消した。



















あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

大変お久しぶりです。随分と投稿に間隔が空いてしまいました。

お決まりの言い訳としては唯一執筆できる週末にただの風邪をこじさせ、



ガ チ で 三 日 間 寝 込 ん だ 事 が 挙 げ ら れ ま す 。



ただの風邪なのに症状はインフルと対して変わらないなんてどういうことなの?
三日目に医者に行き、熱計ったら39度ありましたわよ!
三日寝込んで熱下がらないなんてどういうこったよ!?と独り困惑していました。

そんなこんなで漸く投稿できたこの十八話。楽しんで読んでいただけたら幸いです。









今回は・・・・もう、ネタやる元気・・・ないってばよ・・・。




P.S.
今後やりたかった話のネタが他作様と被ってしまった時、どんな顔をすればいいかわからないの。



[13811] 第十九話 『暗雲』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 21:16


「―――――くそっ! 何だってんだ!?」
武はわけが解らないと、苛立ちを隠そうともしないで毒づいた。通信回線が閉じられた今だからこそその様な態度が取れるのだが、前代未聞の現状において皆の前で平静を保てるかどうか武自身にもわからなかった。


つい先程、武が指揮をとる大隊――アルマゲストに所属し、武とエレメントを組む男、緋村一真が何も言わず突然部隊から離脱した。


通信を繋げて何度となく呼びかけようと一真から応答はなかった。通信システムをチェックしたがシステムは正常だ。つまり緋村一真は意図的に通信に応答せず、錯乱したわけでもなく自身の意思で部隊から一人離脱したことになる。この地獄の様な戦場において単機で行動するなどとても正気とは思えないが、武自身五年前に単機陽動を買って出た経験がある為に、その真意を探ろうと思案していた。

だが、現状において一真一人を気にかけているわけにもいかない。突然の同胞の奇行に隊員達は動揺を隠せず、僅かだがその機動には精細を欠いている様に見えた。


現在アルマゲストは確保した補給コンテナを収集し、それを囲うようにして迫り来るBETAに応戦していた。
各中隊に分かれ各個応戦を繰り返す中、中隊長達から通信が繋がれた。


『白銀中佐! 緋村大尉はどうしたというのですか!? 作戦遂行中に部隊から離れるなど、正気とは思えません!!!!』
流石のエリカにも動揺は隠せないようだ。彼女とて戦闘中に何も言わずに部隊から離脱するような愚行をとる衛士なんて初めて見た事だろう。堅実さを重視する彼女からは一真の身を案じ、その行動に困惑する様子と、その奇行に対する嫌悪がはっきりと浮かび上がっていた。


「俺にもわからないっ! けれど、このまま放っておくわけにもいかないだろう!!」
武は自身の不知火・弐型にその禍々しい右腕を振り下ろそうとする要撃級を長刀で、右腕、首、胴と三度斬りつけ、その活動を略奪した。

そうしながらもレーダーに捉えられた一真機の位置を確認する。




(―――――速い!)




雨でぬかるんだこの荒野を、まるでただ何もない所を匍匐飛行するかの様な移動を示すレーダーを見て武は驚愕した。


『―――だったらどうするんですか!? いくら他に友軍が交戦していると言っても単機じゃ限界がありますよ!!?』
リーネは両腕に突撃砲を構え中隊規模での砲撃に打って出ていた。防戦で敵を近づけさせないように牽制するというのは定石だ。ただ今スピカが行っているのは牽制ではなく、近寄る敵の命を容赦なく奪うような猛攻撃が行われていた。残弾数が気になる行動ではあるが、確保した補給コンテナの数から見て、その行動で残弾の心配はしなくてよさそうだ。





「―――く、」
武は苦虫を噛み潰した様に顔を険しくした。大隊指揮官として見れば、戦場で部隊を離脱するなんて愚行をする衛士など捨て置くべきだ。





『それに、我々もこうして一箇所に留まっているワケにもいかんっ! 早急に進撃を再開しなければBETAの波に飲まれます! 白銀中佐!!』
バルダートが苦悶の叫びを吐く。確かにこうして大隊というでかい的を戦場の真ん中に足を止めて留まり続けるなんて事は出来ない。ハイヴ突入、ハイヴ制圧において速さ、行動の迅速さは絶対だ。交戦を避けて目標の破壊を第一として行動する。こうして留まる事はデメリット以外の何物でもないのだ。




「――――、」
そう、これは作戦において何の利益を生み出さない。部下の愚行によって隊の足を止めるのも同じ位愚かな行いだ。切り捨てる―――その言葉が武の頭を過ぎった。



『――――中佐!!』
エリカの決断を迫る声が聞こえた。





腹は決まった。自分がどう出るかなんて最初から決まっていた筈なのに・・・それを口に出す事を数瞬躊躇ってしまっていた。






(まったく・・・愚鈍だぜ、白銀武)
そう、既に腹は決まっている。作戦遂行の為に迷っている暇なんてありはしない。そして自らの手を汚すことに躊躇はない。










「各中隊、交代で補給を開始! その後目標である『門』を目指し進攻を再開する――――!!」
繋がれた回線の向こうから安堵の吐息と、部下を切り捨てる発言に若干の落胆の態度が届いた。

作戦遂行を第一にした武の決断を、軍は正しいとするだろう。








――――けれど、













(―――――――そうじゃねぇだろ、白銀武!!)











「帝国軍軌道降下部隊の降下時刻が迫っている! 進行途中、降下時の飛散してきた破片に気を付けろ!!」


武の指示の方向が不穏な方に曲がってきた事と感じたエリカの眉がぴくりと反応した。








「――――アンタレスはこれよりアルマゲスト副官、エリカ・レフティ少佐の指示に従い作戦に参加しろ!!」









『―――――なッ!?』
中隊長の誰が上げたかは解らないが、いや、恐らくは三人とも、指示を聞いたアンタレスのメンバー全員が同じ様に驚愕の声を漏らしたのだろう。言ってしまえば四十七の混声合唱だ。









―――――――まだ、命を諦めるのは早い









――――――――救えるのなら、その命は絶対にこの手に掴む!!









「アンタレス1、白銀武は、これより離脱したアンタレス2、緋村一真大尉を追い、これを回収する為に部隊を離れる!!」



そう、緋村一真はまだ間に合う。彼の命を諦めるにはまだ早い。だから、その命が救えるのなら白銀武は絶対に諦めない。この手が届く範囲にある命は、強欲なまでに掴み取ってみせる。








『な、馬鹿な!! 隊の指揮官が作戦中に部隊を離れるなんて、そんな事が許されるわけがない!!』
武の決断を聞いたバルダートから当然の様に非難の声が上がった。普段武を支持する彼だったが今の武の言葉は承服しかねた。


『――――、』
反論するバルダートに対し、一番激昂すると思われたエリカは険しい顔で押し黙っていた。彼女は武の考えにアルマゲストの中で一番早く気付いた。日頃武を補佐している副官だからこそ彼がどの様な人間か理解していた。だから彼がこうして口に出したと言う事は、それは彼の中では決定された揺ぎ無い決意だと彼女はすぐに理解した。

故に、エリカ・レフティは彼の放った決断を前向きに検討し、その成功確率を真剣に考究していた。


『・・・・・・・』
そんなエリカを見たリーネも、何かを感じ取ったのかエリカから視線を外し真っ直ぐに武を見据えた。リーネは中隊長という立場を除けば武の意見には大いに賛成だった。だが、現状それが叶うわけもなく、立場上から反論しようとした・・・が、エリカが思案するだけの可能性があるのだと悟り、ならば賭けてみたいと思ったのだ。白銀武は、きっと成し遂げる、そう彼女は期待の眼差しを武に向けていた。


『く―――レフティ少佐からもいっ―――』
「バルダート」


反論するバルダートの言葉を遮るように武は静かに言い放つ。そこには有無を言わせぬ、とても二十代前半の若者とは思えない威圧感があった。そしてバルダートは思い出す、この男は自分を圧倒した英雄なのだと。


「今は時間が惜しい・・・。 馬鹿な一真の野郎を生きて返して、しこたま殴りつけてやる為にも、作戦を完遂させる為にも・・・・両方を得るには、これしかないんだ」
威圧感をそのままに武は言葉を吐き捨てる。バルダートは網膜に映る映像越しだというのにも拘らず、青年に気圧されていた。


アルマゲストは頭を失ったからといって機能を失う有象無象の集団ではない。彼等は鍛えられた凄腕の衛士の集団だ。故に指揮系統では問題はない。部隊員の士気は下がるかもしれないが、同胞を生きて帰す為ならば、と彼等の大半は武の支持を受け入れていた。




二兎を追う者は一兎も得ず


日本の諺にある、どちらも手に入れようとするものはどちらも成功しないという意味の言葉だ。この諺に則れば、武の決断はあまりにも傲慢で強欲で、愚かだった。









――――だけど・・・・・ああ、だけど、だ











(ここで、また仲間の命を手放すようじゃ、何の為に今まで歯ぁ食いしばってきたんだ!!!!)








勿論、世界を救う為だと、この世界で築かれた軍人としての白銀武は言うだろう。それには白銀武は大肯定だ。けれど、白銀武の魂はそうは言わない。俺は彼の守りたいモノを全て守る為に今まで努力をしてきたのだと、そう叫んでいた。それだけの力は、この手にある。なら、その力を今使わずしていつ使えと言うのか。




武の言葉にバルダートはたじろぐ。そんなバルダートを余所に、エリカが静かに口を開いた。


『勝算は、有りますか?』
そう、武の決断を了承したとしてもアルマゲストに大きな被害は出ないだろう。だが、それによって指揮官を失ったとあれば前提から破綻する。


『国連軍、白銀武中佐・・・・・貴方は再びアルマゲストに合流することは可能ですか?』
エリカは同じく国連軍少佐、大隊補佐として一衛士としての白銀武に最終確認を取った。



「――――ああっ! 大丈夫、直ぐにあの馬鹿を連れて戻ってくる!」



だから、



「それまで、アルマゲストを頼む。 レフティ少佐!」



武は網膜に投影されたエリカを真剣な眼差しで見つめながら、自身に満ちた声で応えた。

エリカは諦めたのか、呆れ果てたのか、安堵したのか解らない深い溜め息を一つ吐き出すと、その顔に不敵な笑みを浮かべた。






『――――解りました、少しの間中佐よりアルマゲストを預かります。 中佐はお早く御自身の行きたい所へお向かい下さい』


まるで突き放すような言葉だが、そこには『やる』と言った目の前の男への信用が満ちていた。他には回線からバルダートが驚きの声を上げているのが聞こえていた。



『――――なるべくお早くお戻りして下さい。 それと白銀武中佐、どうかご無事で』



「ああ、レフティ少佐もアルマゲストの皆も、迷惑をかける」



そこで武とアルマゲストとの交信は閉じられた。


指揮官が何らかの理由でいなくなった時のマニュアルも存在するし、何よりエリカ・レフティを始とした中隊長は皆優秀だ。余計な言葉を伝えなくてもしっかりと仕事をこなしてくれることだろう。恐らくは軌道降下部隊の降下に合わせ進行し、帝国軍が降下、降下後の被害が治まった後『門』の手前まで進撃し、そこで『門』の維持に専念する。武のマーカーが生きている限りは。





即ち、合流するのならアルマゲストが『門』に着く前に果たさねばならない、という事だ。そうしなければ無駄に彼等を、更に消耗させることになる。







武はもう一度レーダーに映る、緋村機のマーカーを見つめる。進行方向からどこに向かっているかは解った。それで何故彼がそこに向かっているのかも一応は理解できた。








                                  アルマゲストに背を向けた武の不知火・弐型の後ろでは、アルマゲストの四十七の不知火・弐型が目標に向かい進行を再開した。








緋村機の移動速度は速い。恐らく不知火・弐型の限界機動を用い邪魔なBETAを排除しながら、推進剤残量なんて意にも介さずに全開噴射で移動しているのだろう。正直、シミュレータ演習などで手を抜いていたとしか思えない、まさに白銀武の本気に匹敵する操縦技術だった。








                                    アルマゲストという障害がいなくなった事により、白銀機の周りの空間を埋め尽くすかのように無数のBETAが雪崩込んできた。








緋村一真は不知火・弐型の限界の動きで移動をしている








                                                                武の不知火・弐型を埋め尽くそうとしていたBETA群、その先頭が赤く爆ぜる。








                        ――――――ならば、こちらも全力を以って追う他道はない!








武機が吹き荒れるBETAの血飛沫を抜けて、更に迫るBETA郡の前に躍り出た。その蒼穹色は先程の血飛沫により所々赤黒く染まっていた。





「――――さぁて、久々の全開機動だ・・・・・・」





武の顔に不敵な笑みが浮かぶ。機体に掛かる負荷を無視した全開機動。それを行使する肉体への負荷に耐えるだけの訓練も積んでいる。





「――――持ってくれよ、弐型ァアア!!!!!」





不敵な笑みを携えて、武は眼前に広がる脅威の群れを睨みつける。その怒号と共に鉄の巨人は荒野を蹴り上げ、BETAの波に向かい吶喊した。




















多種に及ぶ戦車車両、機械化歩兵、CP将校や衛生兵、整備兵といった非戦闘要員も前線に出ない兵士達は戦場において前線で戦う衛士と同様、とても重要な存在だ。
後方で控え、前線で戦う衛士を支援する、支援してくれる彼等の存在は前線で戦う者達にとって大きな心の支えとなる。それはどの様な戦闘又は競争において同じだと言えるだろう。


だが、逆に言ってしまえば・・・その後方で支援する者達が前線で戦う者達よりも早く斃れてしまう事は、実質的敗戦を意味している。


この小さく狭い戦場において、その危険性はとても高いと言えた。数多のBETAと交戦する前線とそれを支援する後方との物理的距離があまりにも近いのだ。前線部隊、防衛部隊、後方支援部隊、司令部のあるトゥブ仮設基地、その間隔はこれまでの戦場において最短である。故に一枚でも壁を抜かれれば、後方の兵士は窮地に陥る。


「防衛部隊! ここは我らに任せ、貴官らは基地に向かった残党を処理し、その間に体勢を立て直せ!!!!」
帝国斯衛軍第16大隊指揮官、斯衛が『青』、斑鳩紀将の叫び声が広く開かれた通信回線に響き渡った。


『り、了解!!!!』
その迫力に圧されてか、現状への焦りからか防衛部隊の指揮官は言葉に詰まりながらも紀将に応えた。


『――――斑鳩様!!』
紀将が帝国軍への指示を終えると彼の部下の月詠真那の声が耳に届いた。


その真那の声に応える様に紀将の青い武御雷が大隊の先頭に踊り出た。白、赤、青で彩られた三十六機の武御雷の大部隊。斯衛を象徴するその機体は五年前よりその姿は変わっている。少し見ただけでも肩部には不知火・弐型と同じくスラスターが設けられ、主腕部、噴射ユニットは肥大化しており、脚部は延長されているという変化を確認する事が出来る。現在の武御雷はその姿だけではなく細部に亘って改良が加えられ、その戦闘能力を大幅に引き上げられている。第四世代相当戦術機と称されていた。



「我ら斯衛軍第16大隊よっ!!」
青い武御雷が背部から長刀を引き抜く。後方に抜けたBETAは粗方蹴散らしたもののまだまだBETAの波は止まらない。


見れば、地上に空いた幾つかの大穴から大量のBETAが溢れていた。


そう、紀将たち前線部隊の後ろ、防衛部隊の真っ只中に先刻BETAの地下からの襲撃を受けたのだ。猪口才な事に五年前と同じ様に砲撃の振動にその動きを紛れさせながら。その奇襲に数機大破という損害を基地防衛部隊は受け、BETAが地下を移動する振動を読み取った紀将らが逸早くカバーに回りその窮地を一時的に救った。

だが、BETAの波は止まらず、その圧倒的な数にレーダーは赤く染まっている。前線で戦う部隊への挟撃を仕掛けるものかと思ったが、真っ直ぐこちらに進んでくる事から見て、奴らの狙いはトゥブ仮設基地の様だ。



「我等が行うのは防戦ではない! これは攻勢ぞ!!」
青い武御雷が抜かれた長刀を天に掲げる。


降り続く雨の中に仁王立ちするその姿は、あまりにも雄雄しく、斯衛の士気を高めた。



「迫る脅威は全て薙ぎ払え! 我等が斯衛の意地――――――」


掲げられた長刀を振り下ろし、武御雷の双眸に気迫が満ちる。




「BETAどもに見せ付けてやろう!!!!」
紀将の声と共に日本の武神が一斉に地を駆ける。吹き荒れる雨を切り裂くように走駆する。防衛線を引き上げられても尚、勇ましく攻勢を続ける。


『『『『承知!!!!』』』』
紀将の言葉に斯衛の衛士達は応え、紀将と同じくして群がるBETAに攻撃を開始する。


彼等は一騎当千と謳われる日本帝国屈指の英傑だ。指揮官の斑鳩紀将を始とした全員が、他の部隊ならばエースになれる実力を持っている。実際に三十六機に対し敵は一万数千という圧倒的な戦力差を前にしても一歩も引いてはいない。机上で単純な数の争いをするのなら、一人千の兵力に相当するのなら、友軍兵力三万六千、敵兵力一万数千と完全に相手を圧倒しているのだ。


「はぁああああっ!!!!」
真那の赤い武御雷が振るう長刀により要撃級、突撃級は一閃の下にその命を絶たれる。
他の斯衛も同様に、禍々しい独眼を並べる光線級を突撃砲でただの肉片に変え、地上を這う様に移動する戦車級に短刀を突き立て、XM3によって可能になった高い三次元機動で要塞級を翻弄する。


武御雷の軍勢は次々とBETAを蹴散らして、猛威を奮い続ける。


効果範囲の関係から取りこぼしは出てしまうが、それは後方で体勢を立て直す防衛部隊が片付けてくれるだろう。トゥブ仮設基地にも防衛機能は備わっているし僅かに抜け出たBETAならば無力化は可能だった。













さて、先程この戦線は友軍兵力三万六千、敵兵力は一万数千と比喩された。






                                                      まるで雪山で起きた雪崩の様に一機の武御雷を飲み込まんと数種のBETAが群れを成して迫る。






だがそれは紀将等の実力を鑑み、三十六の兵力を三万六千相当の兵力と称しただけに過ぎない。






                                                                               一機の戦術機が攻撃出来る効果範囲は限られている。






ならば敵方、BETAはどうだろう。人類とはまったく異なった炭素系生物。その圧倒的な生命力。






                                                             武御雷に搭乗する衛士は視界を埋めんばかりに迫るBETAを前に思わず息を飲んだ。






BETAという生命体は、人間の兵力にすると一体に付きどれだけの兵力を持つのだろうか。






                                                         真那の赤い武御雷と数機の白の武御雷が仲間を窮地から救おうと怒涛の攻撃を仕掛ける。






一種一種に弱点はある。一対一ならばこの斯衛の精鋭に負けはまずないだろう。






                                                  群れを成して迫るBETAへの攻撃はその外延にいるBETAの活動を奪うだけでそのうねりは止まらない。






そう、一騎打ちならば人間は手に持つ武器でBETAを完全に圧倒できるのだ。










                                だが、この戦場において、この長いBETAとの戦争の歴史において









                                  単体で活動するBETAが『上位存在』以外にいただろうか?










『うわあぁぁああああっ!!! あああっ!! わぁぁぁあああぁぁああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!』
一人の衛士の絶叫が開いた回線から第16大隊の衛士達の耳に届いた。



『長谷川中尉ッ!!!!』
続いて聞こえたのは真那の絶叫。覆われる様にBETAに圧倒される同胞は突撃砲を撃ち放っている。同じ様に真那達は一人最低二門の突撃砲を構え、BETAの群れを先程より強烈に攻撃した。


そう、BETAはその圧倒的な物量をもって群れを成し、まるで天災の様に人間の抵抗など意にも介さず飲み込んでいく。BETAは千の群を以って百万の兵力を齎す。そんな存在だった。
ならば机上での単純な数の争いでの戦力比は三万六千対一千数百万となる。戦力差は火を見るよりも明らかだった。


「チィイっ!!」
紀将は顔を険しくし、苦々しく荒れた声を上げた。それは自分の判断が誤っていた事と、それによって部下の命が危険に晒されている事への自己嫌悪故だった。
防衛戦とは本来しっかりと守りを固め、自らの安全域を確保しながら戦うというのが前提としてある。それが崩れてしまえば圧倒的に不利になってしまうのだ。そしてBETAの地下からの奇襲によって、その不利な状態にされてしまった。よって防戦は不可能と紀将は判断し、反攻の道をとった。その間に帝国軍の防衛部隊に体制を立て直させ、合流した後一気に立て掛けるつもりだったのだ。だがそれは間違っていた。どんな目論見がその後に続こうが、その場で防衛部隊と連携、協力し防戦に出るべきだった。


こちらの優勢は直ぐにひっくり返され、劣勢とはいかないまでも不利な状況にされてしまったのだ。この数瞬の間にこの場にいる衛士全員から嫌な汗が体中から発せられた。




下手なプライドは身を滅ぼす――――そんな言葉が紀将の脳裏を過ぎる。頭の痛いことだった。斯衛という誇りある軍は帝国を守護し、国民を守護する、そんな象徴だった。だから彼はこんな時までも帝国の衛士を一国民として守ろうとしたのだ。だが先程の取るべき道は同じ一衛士として共闘する道だった。



「――――――月詠! 長谷川は無事か!!?」
紀将はそんな思考を振り払い真那に問う。今、彼女達は突撃砲でBETAの群を牽制しながら仲間の機体を引き摺るようにして後退しているところだった。


『長谷川中尉は無事です! ですが主脚が損傷、中破している為戦闘続行は不可能です!!』
真那の声は緊迫していた。彼女の武御雷の後ろでは同じく仲間の武御雷に担がれる中破した武御雷の姿があった。戦車級に食いちぎられたのか装甲は所々欠けており、その主脚は膝から下がなかった。


「――――――、」
中破した武御雷の中にいる衛士も錯乱状態にある様だが身体に被害があるわけではないと、データリンクを通じて流入してきたバイタルデータから紀将は理解した。紀将は鎮静剤投与を指示すると戦闘の手を止めずに再び思考する。


状況は不利。防衛部隊もまだ体勢を整えるのに時間が掛かるだろう。前で戦う帝国軍の応援も望めない。彼等とて目の前の敵で手一杯だろう。ここから北方で戦う部隊にも同じく救援は不可能だろう。つまりこのまま攻勢を続ける他に術はなかった。後には引けない。


月詠達は損傷した機体を守る様にしてBETAの群と応戦する。





「―――! CP! 指定座標への支援砲撃を要請する!!!!」
紀将は妙案が思いついたかの様にはっとし、支援砲撃を求めた。ヘッドセットにCP将校からの受諾の言葉が届いた。


妙案と呼べるようなものではないが、後に引けないこの状況下において光明を齎すのには十分だと紀将は思った。



数分後、BETA群の尾に支援砲撃部隊からの砲弾が飛来する。それも地上から走る幾条かの光により空中で何発か爆散する。残りの何発かが地上に突き刺さり爆発するも、巻き上がる爆炎の奥からは生き残った突撃級がまず顔を覗かせた。



『――――く、まだ光線属種が残っているのか!!?』
真那は心底恨めしそうに声を上げる。後に続いて支援砲撃が着弾するが、やはり光線属種のレーザーによって効力は削られBETA一掃には至っていなかった。



だが、


「――――ああ、これでいい」
紀将は額を流れる汗をそのままにして不適に口の端を吊り上げる。


無限に続くかと思われたBETA侵攻の尾が途切れた。その向こうには爆炎が揺れているが、そこから更にBETAが姿を現す事はなかった。


この場に向かってくるBETAは全て奴等が開けた幾つもの大穴からだ。ならば、その大穴を残らず塞いでしまえばいい。
先程の支援砲撃によってBETAが開けた大穴は残らず破砕された瓦礫によって塞がれていた。

増援の道を閉ざされた以上、BETAがこの場にこれ以上増える事はない。だが、それでも状況は不利だ。状況が優勢になるわけでもないが時間を稼ぎ、現状を維持するには十分だった。





後がないのなら進めばいい。紀将を先頭に斯衛は再度反攻する。


降り続く雨。その星の数ほど天から降る水滴は大地を走る武御雷の走行を何度も何度も叩く。


雨は大地を潤し、大地に流れる人間の地とBETAの地を洗い流すようにその勢いを増していた。
主脚と噴射跳躍によって跳ねた泥が武御雷の彩色を損なわせる様に付着していく。





紀将にも秋水と同じくこの戦いには仇討ちの意味がある。この大地で敗戦した斯衛施設部隊の隊長を彼は同じ衛士として尊敬していた。
その隊長は当時紀将だけではなく悠陽の教育係も請け負う優秀な衛士だった。
その男が紀将に言ったのだ、帝国を護り、国民を護る者が前線に赴かないでどうするのか、と。
その言葉をその男は大陸派兵を可決し、徴兵された国民をも大陸へと送ろうとした元枢府にも言ったのだ。

そして男は大陸に赴き、その命を散らした。

紀将にはその男を、その男の生き様を嗤う事など出来ない。馬鹿だと、愚かだと、唯一斯衛軍から派兵された部隊にも拘らずあっさりと死んだと他人が罵ろうと、紀将はその男を尊敬した。
国の為に、国民の為に、いずれ自分の家族に降りかかる脅威を打ち払う為に。自らの守りたいモノの為に戦い、斯衛としての在り方を自分に示し、その在り方を貫いたその男をどうして否定する事が出来よう。
その男はその人柄から秋水を始とした試設部隊の衛士に尊敬され、旧知の仲である斉御司沙都魅や紀将の両親、先代の政威大将軍である紀将の祖父などの五摂家の者からも慕われていた。



その男―――諌山総士は斑鳩紀将の憧れの衛士だった。




(総士殿―――――!!)



いやが応にも気持ちが逸った。その焦りが判断に精細を欠かせたのかも知れない、と紀将は自身を分析した。そんな自分を彼は叱責するだろうか、と頭の片隅で思考する。



紀将は自身に集る百に上る数の戦車級を手に構えた長刀で薙ぎ払う。圧倒的な質量の差から戦車級は斬られるというよりも押し潰され、引き千切られた様に絶命した。



「―――――!!」
続いて後ろから迫る突撃級の突進を、紀将の武御雷はステップを踏むかの様にサイドに避ける。


その回避行動の中、紀将の搭乗する管制ユニット内にけたたましく警報が鳴り響く。


「―――――しまっ!??」
身体を捻る紀将に合わせて武御雷も背後に振り返る。





そこにはゴツゴツとした尖った岩石の様な凶腕を振りかざす、要撃級の姿があった。





「斑鳩様!!」
真那はBETAに応戦する自身の視界に映る、紀将に降りかかる脅威を目にすると意識をしたわけでもなく叫んでいた。


その質量も相まって、振り被られた要撃級の凶腕は高速で振り下ろされる。
それに合わせようと振り返りながら青い武御雷は長刀を振るおうとするが――――





(間に、合わない――――!)
生を諦めたわけでもないが、長年培われた衛士としての感覚が紀将に己の死を直感させた。


死を前に紀将の思考速度が加速し、逆に周囲の景色は酷く遅くなっていく。


諦めずに長刀を振り切ろうと操縦桿を操る身体を余所に、その思考は要撃級の凶腕によって自身の戦術機が袈裟懸けに抉られ、それに巻き込まれる形で己も引き裂かれて死ぬだろうと、酷く冷静だった。










しかし、直後にその思考を止めたのは、要撃級の腕による自身の死ではなく


次の瞬間自身の目に投影された映像だった。







目の前でその腕を振り下ろそうとしていた要撃級の頭部が爆ぜたのだ。それによって出来た隙を付き、青の武御雷は長刀を振り抜き、要撃級の身体を横一文字に斬り裂いた。





「――――は、」
思わず呆けた声を漏らしてしまう。何故間に合ったのか・・・・・・自分は先程の刹那、間違いなく命を刈り取られる筈だったのだ。


直ちに大きく回避行動を取りながら、紀将は先刻斬り斃した要撃級を見る。
要撃級のその頭部は半面がグチャグチャに抉り潰されていた。CANISTAR弾――――即座にその攻撃が突撃砲によるものだと関連付けることができた。





どこから、一体誰が、と紀将は視界を左右に振る。大隊の者は皆BETAとの交戦で手一杯だ。











―――――その中で一機、たった一機でBETAの群の中に聳え立つ機体を見つけた。










何故紀将はその機体が一機だとわかったのか。それはその機体が大隊の機体ではなかったからだ。


BETAの群の中に悠然と立ち、その右腕で突き出すように無造作に突撃砲を構え、その装甲は見事に赤黒く染まっている。


所々に覗く蒼穹色からその機体が国連軍の物だとわかる。




その機体名はXFJ-01 不知火・弐型








「―――――な!?」
紀将はこの場において異質なその存在に思わず困惑の声を上げる。何故、この場に国連の不知火・弐型がいるのか。しかも単機で・・・・。
ワケがわからないと混乱する紀将、その機体の存在に気付いた斯衛軍の衛士を余所に、赤黒く染まった不知火・弐型は行動を開始した。











その闖入者は、自身の横を通り過ぎる突撃級に突撃砲を向けて36mm弾を放ち、まずは一体、手始めとでも言うように無造作に突撃級を屠った。そして飛び掛るように要塞級に吶喊、変幻自在に襲い掛かる要塞級の触手を回避しながら要塞級の巨体を這うように跳躍した。へばり付く様に空中を滑走し、その間近距離から突撃砲を放ち続けている。闖入者が要塞級を飛び越え、その背後に着地した後には、要塞級の巨体に無数の銃創が刻み込まれ、その点と点が繋がって歪んだ線が出来上がっていた。糸が切れた操り人形の様に要塞級が大地に倒れ伏せようと、巨体を傾げた頃には闖入者は次の行動を開始していた。いや、開始した、というのは正しくない。闖入者は着地した勢いのまま再びBETAに吶喊した。その動きは流れるようにただの一度も止まらず、速度も落としてはいない。


そして先程と同じ様に要撃級の双腕を避けながら闖入者は近距離から36mmを乱射する。倒れる横をすり抜けながら、闖入者は何を思ったのか移動しながらその突撃砲を投げ捨て、いつの間にか引き抜かれた長刀も飛び上がりながら投擲した。見れば、投げ捨てられた突撃砲は地上を蟻の様に群れを成して侵攻する戦車級の先頭数体を、その重量と加速度を合わせて押し潰し見事な質量兵器となっており、投擲された長刀は大地を疾走する突撃級の腹に突き刺さり、突撃級の身体を地面に縫い付けていた。闖入者は突撃級に突き刺さる長刀の柄を跳び付く様に掴み取り、その勢いに任せて降り抜いた。振りぬききる前に機体を捻り、自身を狙う要塞級の頭部を真横に切りつける。そして逆噴射、宙に放り出された機体を急降下させ落下しながら更に要塞級の巨体を縦に斬り裂き、完全にその命を奪う。着地し、再びBETAの群れに吶喊。その手にはまたもいつの間にか装備された短刀も構えられ、低く屈められた体勢で兵士級と戦士級の群れを薙ぎ払いながら進む。くるりと一回転、突撃の勢いも合わせた短刀の一撃、それが要撃級の頭に突き刺さり、そのまま引き裂かれる。反対の腕では長刀で要塞級の尾を切断していた。闖入者はBETAの群れの中を縫う様に、BETAの身体を這う様に疾走する。その動きは清水の様に流麗で、怒れる獅子の様に獰猛だった。美しさを残しながらも烈火の如く熾烈な攻撃。闖入者が縦横無尽にBETA群の隙間を移動すれば、それと同時にBETAが爆ぜる。爆ぜて見えるのは吹き上がる血飛沫の所為だ。BETAを斬り付ける度に闖入者は返り血を浴び、蒼穹色の装甲を更に赤く染める。この降り続く雨の中、闖入者の機体が返り血で真っ赤に染まっているのは超近距離戦闘故だった。返り血でその身を赤く染め上げ、尚も返り血でその身の赤を深くする。その姿はまさに怒れる鬼神。









「――――、な」
紀将は思わず驚愕の声を漏らした。

この闖入者、不知火・弐型は一度もその動きを止めない。それでいて速度を殆ど落としていないのだ、この雨でぬかるんだ大地の上を疾走する、その縦横無尽の機動はあまりに速い。移動の一つ一つの動作、その至る所に攻撃が編み込まれている。移動=攻撃。その不知火は・弐型はそんな等式を髣髴とさせる、凄まじい戦闘を繰り広げる。闖入者のその特異な三次元機動、その戦闘能力は、この第四世代相当戦術機、武御雷でも出来るかどうかわからない、圧倒的な強さだった。


闖入者がこの場に表れてから百秒余り。その不知火・弐型が掃討したBETAの数は悠に百を超える。


『斑鳩様! ご無事ですか!?』
自身に群がるBETAを退けたのか、真那を始とする武御雷が数機、紀将の武御雷の前に立った。


「ああ、大事ない」
紀将はBETAを薙ぎ払いながら短く応える。死を予感してもその身は硬直せず、尚も戦う意思を見せていた。その後も見事な戦闘を見せる彼はまさに斯衛に相応しい男だった。


『あの弐型は――――』
一体、とその後繋げたかったのだろう、しかし真那の喉は自らの意思通りに鳴らなかった。
BETAに応戦しながら真那の目は闖入者を捉えていた。紀将が死の危機に瀕した刹那に現れた不知火・弐型。
たった一機でこの場に現れ、降り掛かる血が雨に流される前に更にその装甲に血を浴び赤く染める、血に飢えた獣の様な戦術機。真那はその闖入者を見てそう思った。
その塗装された蒼穹色は、最早血で赤く染められた部分の方が多い。だが、その色からその機体が国連のものだと言う事は理解できた。


『――――貴様、国連の衛士か!? 何故この場にいる!!』
すぐさま通信回線を開き、真那は闖入者に向かい吼える。彼女は最初、その凄まじい三次元機動を見た時、過去に一度だけエレメントを組んだ男を思い出していた。



「白銀、か―――?」
紀将は真那が開いた回線を通じて闖入者に問いかける。



――――違うだろう、と真那は予想した。


確かに、確認できるIFFは国連のもの。しかも赤く染まった装甲から除く部隊章は極東国連軍、アルマゲスト大隊ものだ。紀将が言う通り闖入者のその機動は白銀武のものと思わせるだけの凄まじさがあった。現行のOS、XM3の基礎概念考案者たる彼は、その機動を極めたと言ってもいい三次元機動をとる。闖入者はその白銀武と同等の機動を今、自分達に見せ付けている。しかし、白銀武とエレメントを組んだ経験のある彼女はその機動の差異を感じ取っていた。


だから、この不知火・弐型に乗る衛士は白銀武ではないと彼女は確信していた。


けれど、そんな問題は些細なものだ。どちらかと言えば何故これだけの実力を持った衛士がこんな後方にたった一機で現れたのか?その意図は?眼前でBETAを屠る手を止めない不知火・弐型に搭乗する衛士の真意の方が、彼女は気になっていた。



『―――――、』
通信回線は完全に繋がっている。事実、相手側の呼吸が斯衛の者の耳に届いている。戦闘に集中していて聞こえていないのだろうか、それともそんな余裕がないのか闖入者は静かに黙ったままだった。



『応えろ―――!!』
真那は更に表情を険しくし、再度吼える。余裕がないのはこちらも同じ、BETAの物量の前にその流れを止めるので手一杯というのが現状だ。だが、それもこの闖入者のお陰か幾分数が減っている。その事と紀将の死の危機を救った事は感謝に値するだろう。だが、この行動の意図もわからず、更にその闖入者も応えないのは彼女の感情を逆撫でた。










『―――――情けない』









「――――!?」
紀将はその言葉の意味を図りかねた。漸く口を開いた闖入者の言葉は短く、それでいて威圧的なものだった。


何より、その声を聞いて彼は懐かしいと感じた。そして以前悠陽から聞かされた真実が紀将の脳裏を過ぎる。





『なん・・・だと?』
紀将の耳に真那の震える声が届いた。










『帝国を守護し、民を守護し、政威大将軍殿下より帝国の守護の象徴たる武御雷を預かる斯衛の英傑達が――――』





相変わらず怒涛の攻撃を繰り返す闖入者は尚も言葉を紡ぐ。その声は静かながらも威圧的、それでいて苛立っているようにも聞こえた。










『――――この程度の敵を前に圧倒されるなど、不甲斐無い事この上ない』










その声から闖入者は若い男だという事がわかる。その男が吐き捨てた言葉は明らかにこの場で戦う斯衛軍衛士を貶しており、その心に激情の炎を宿させるには十分だった。


『貴様!! 何をふざけた事を!!!!』
真那が男の言葉に怒りの咆哮を上げる。誇りある斯衛の衛士がこの様に怒りを強く顕示し激昂するという事は恥ずべき事だが、そんな事を忘れてしまう位男の言葉は真那を激怒させていた。他の斯衛の衛士も同様に男へ怒りの反応を示していた。過去、斯衛軍を前にしてこんなにもあからさまに侮辱する者だと初めてだった。何度となく斯衛軍第16大隊の者達の怒号が回線に響こうと以降男は一切の反応を示さない。その事が更に彼等を苛立たせた。





『貴様! 何故この場に現れた!! 所属は!! 階級は!! 何故何も応えない!!!!』
侮辱され、その言葉を吐き捨てた男は沈黙している。真那は激昂のまま、矢次に設問を繰り返す。



「月詠よ、少々落ち着け! 今はその様な時では――――」
怒る真那を見かね、紀将は真那の怒号を静止しようと声を上げる。今はこの男を必要以上気にかける余裕はない。その旨を伝えようとした紀将の言葉は更なる怒号に掻き消され、開かれた通信回線にはその、新たな闖入者の怒号が響いた。














『かぁあああああああずまあああぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!』





怒れる斯衛軍第16大隊の怒号が響く通信回線へ、新たな闖入者の介入。










『てっめぇ!! こんな所で何しくさってやがる!!!!』


その怒号、声の主の名は白銀武。


その武の乗る不知火・弐型がBETAの波の中、単機でこちらに突撃してくる姿を斯衛第16大隊は確認する事が出来た。




『な!? 白銀!!??』「白銀までも!!? 何故ここに!!?」
真那、紀将と次々と驚愕の声が上がる。指揮官たる彼が何故、最初の闖入者であるあの男と同じ様に単機でこの場に現れたのか、彼がこの場にいるのなら今アルマゲストはどうなっているのか?今、この戦場で何が起こっているというのか?疑問ばかりが彼等の頭に浮かんでいた。





『―――――た、武くん!? オイオイ、アルマゲスト放って何してるんだよ!!?』
先程まで沈黙していた最初の闖入者である男が漸く再び口を開き、武に応えた。その声色は先程とはまったく異なっており、この緊迫した状況において不釣合いな間の抜けたものだった。


今まで一度たりとも止まらなかった機動が、武を前にしてピタリとその動きを止めた。それを狙い済ましたかのように近くにいた要撃級が凶腕を振り被る。





『そりゃあ、こっちの台詞だ!!!!』
武は反論しながらその要撃級を構えた長刀で薙ぎ払う。







『――――ああっ! くそ!! 一真! 緋村一真ぁ!! てめぇ! 何勝手に一人突っ走ってんだ!!? ちゃらけた事してんじゃねぇ!!!!!!!』
武は要撃級を薙ぎ払いながらも、そんな事は関係ないとでも言うように怒鳴り散らす。




『――――は? ちゃら、け? は?』
言葉の意味がわからない、と最初の闖入者、『緋村一真』と呼ばれた男は呆けた声を発した。




『前見ろ馬鹿野郎ぉ!!』

『―――!?』




武の言葉に一真ははっとして攻撃を再開する。目の前には突撃級の甲殻が迫っていた。

一真はそれをサイドに避け、突撃級の腹に長刀を突き差した。突撃級は自身が生み出した駆動力の所為でそのままの勢いで腹を裂かれ、絶命した。







『はっ、そんなんでよくここまで無事だったな!?』




『・・・・ウルサイ』




『ぁあっ!? てめぇ、叱られる身分の分際で何反抗的な発言してんだ!!?』




『あー、はいはい、悪かったな。 以後気をつけるわ』




『はい、は一回って色んな人から教わらなかったのか馬鹿野郎!!? よぉし! よくわかった!! そこになおれ!! 俺がお前に説教してやる!!!!』




『今そんな事したら本当に死ぬわ。 それでもいいならしてやろうか?』




『―――テッ――――メェエエエ!!!! あったまきた!!!! だいたいお前はなぁ日頃からなぁ――――』











ぎゃあぎゃあと怒る武と面倒臭そうに気だるくそれをあしらう一真。


その喧騒は戦場において余りに不釣合いな、ただの子供の喧嘩によるものだった。



『斑鳩様・・・・』
月詠はBETAに応戦しながらも紀将の名を呼ぶ。



武と一真。血に濡れる二機の不知火・弐型が大地を駆け、次々とBETAを薙ぎ倒していく。今、BETAの撃退率は加速度的に上昇していた。


戦況は完全に優勢になっていた。それは戦いながらぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる馬鹿な二人のお陰なのだと思うと、先程『緋村一真』へ抱いていた憤怒は霧散していった。


酷く馬鹿らしい、子供の喧嘩。


今この場を支配し、BETAを退け、戦況を変えたのはそれだった。


「――――ふ、はは」
紀将の口から笑い声が響く。



数の差、机上での単純な数の争いにおいての戦力差をも覆したのが、あの二機だと思うとどうしようもなく笑みが零れてしまった。



『斑鳩様!?』
真那は突然笑い出した上官を前に慌てた様に声を上げた。しかし、その目は武と合わせるようにして戦闘を行う緋村一真の不知火・弐型の軌道を追っていた。





「ああ、愉快だ」


紀将はワラウ。





「喜べ、月詠」


戦場とは、戦争とは、闇に、泥に、人の死に塗れた暗いものだ。それをこうもあっさりと、一気に吹き飛ばしてしまう。


『―――は?』


まさに愉快で痛快だ。





「人類の未来は、きっと明るいぞ」


紀将はワラウ。


世界の、人類滅亡の危機。その絶望を、この二人なら振り払ってくれる。人類を救いに導いてくれる、そんな気がした。




空を見上げれば、降り続いていた雨は止み、暗雲からは陽光が幾条も覗き始めていた。






















あとがき
紀将『人類を救いに導いてくれる、そんな気がした』




うん、気のせいです。






ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございます。どうも狗子です。


まず最初に文が右に寄っているのは操作を間違えたのではなく意図的です。
なんとなくこんなのどうだろう?と思いつきでスペースキー押し捲った結果です。



にしても今回の武ちゃんぶっとんでるなぁ・・・・。



感想掲示板でユウヤ出すとしたらかなりぶっ飛ばすみたいなこと言ってたら武ちゃんがぶっ飛びました。
うん、それでも後悔は今のところないんです。


雨の中での戦い、っていうのもそうですけど
武ちゃんが仲間の命を救いたいっていう意思表示は最初からやってみたいと思ってたんです。

オルタ本編では自分の手を汚す事を厭うなって悠陽に言われ、
言い方は悪いですが悩みに悩んで最終的に作戦遂行を優先した武ちゃん。

人類を救うために作戦を成功させる為に死んだ仲間の為に、
元の世界の純夏やまりもちゃんに起きてしまった悲劇を、狂ってしまった世界を正すために、
色々な事があってその結果、あのエンディングになったんですよね。

多くのファンの方々仰るとおり、私もあのエンディングは否定しません。
けれど、やっぱりって思ってしまう自分がいるんですよね。
やっぱり最後には皆揃って笑っていてほしかった。
作中武ちゃんも最後はオルタ世界の皆と笑っていたかったと思うんですよね。
まあ当たり前と言えば当たり前の事だとは思いますが。

そんな中オルタ世界に残留する事になり
戦い続け、自分を、戦う術を磨き、生きてきた武ちゃん。
手を汚す事を厭わない。それでも救えるのなら絶対に救ってみせる。
そんな『がきくさい英雄』、それが私が書きたい五年後の白銀武の人物像です。

偽善的とも思われる人物像かもしれませんし、
そんなの武ちゃんじゃない!と思われるかもしれません。

それでも、これからもこの妄言炸裂しまくり駄文を楽しんで頂けたら嬉しいです。




毎度お馴染み、狗畜生の言い訳コーナー
紀将さんとか斯衛の人達、正直活躍できてませんでしたねw
完全に一真くんの強さを表す当て馬になってしまいました・・・

きーやんごめんよぉ~!!!!!

紀将(のりまさ)を打つときに紀将(きしょう)と打っているのはここだけの話にしといてください。

雨の中の戦い書きたいって思ってたのに最後雨止ましちゃいましたしねw

たけみー(武御雷の意)も改修されて、第四世代相当って言われたのに活躍ないし。
なにこの弐型活躍ユウヤ万々歳祭。

アルマゲストも戦闘の描写ないですし、さとみん(沙都魅の意)も今回出番なし。

次回は武ちゃん無双から始まります。
やっと幾つかやりたい事消費できる・・・・





[13811] 第二十話 『攻殻』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 21:23





この手を汚す事に、躊躇はない






彼女達が命を賭して繋いだ希望






彼女達が愛したこの世界を守る為に






必要とあれば、いくらでもこの手を赤く染め上げよう







そう、今の自分はその事を厭わない







けれど、それと仲間の命を救いたいという願いは別物だ







それも自分にとって世界を救う事と同じくらい







仲間の命を救いたいと願い焦がれていたのだから







それらを成す為に努力を続けた







未だ、この手の内から零れていく命は後を絶たない







だからといって最初からその命を諦める事なんて出来ない







だから―――――







「おぉおおおああああああああああっ!!!!」
不知火・弐型、その管制ユニット内に武の絶叫が木霊する。絶叫と共に急速に機体の軌道がその向きを変え、空中を我が物と言わんばかりに闊歩する。先刻白銀機が存在していた空中を何本かの光が走った。宙を疾走する機体を狙い打とうとした重光線級のレーザー照射。武は自律回避を切り、マニュアル操作でその禍々しい光の束を避けきる。


「―――――ぉおおらぁああ!!」
回避を取りながらも両主腕でしっかりと構えられた突撃砲で重光線級の独眼をグチャグチャに弾き飛ばす。移動しながらもその照準は乱れず、しっかりとBETAを捉えている。それは光線属種とて同じだが、あちらには光線級ならば約十二秒、重光線級ならば約三十六秒と次射までのインターバルがあり、今相手にしているのは三十秒を超えるインターバルを抱える重光線級が数体。それぞれ照射した時間にタイムラグがある為に、次射までは現時刻から最短で約二十七秒。邪魔な敵を薙ぎ払い、目標まで最速で移動すればいいだけの今の武にとってその時間はあまりに長い。


武は雨の中であっても効力が減衰出来ない程高出力の重光線級のレーザーを避けながらその命を悉く略奪する。光線属種の存在は脅威だ。最大有効射程距離100kmを誇るその狙撃能力の所為で、人類は制空権を完全にBETAに奪われる事となった。その威力だけでも十分に脅威となる為に光線属種の殲滅はBETAとの戦闘において高い優先事項となる。武は逸る気持ちを抑えながら確実に重光線級を始末する。


雨で十分に潤った大地を走る度に泥の塊は大きく跳ね、白銀機の装甲に返り血と一緒にべったりと付着する。空から落ちてくる無数の水滴を弾きながら武の不知火・弐型は大地を疾走する。進路に存在する邪魔者の活動を悉く奪う。





現在、白銀武は突然部隊から離脱した緋村一真を追い、同じく部隊から離れ単独で行動している。





この戦場でたった一人行動するというのは自殺するに等しい愚かな行いだ。そう思いつつも武も一真と同じ様に一人で戦場を駆けていた。アルマゲストの副官、エリカ・レフティもせめてアンタレスを率いていけばいいと思ったことだろう。だが武はそれをよしとしない、彼女は恐らくそこまで理解していた。だからただ一言、武に問いかけただけでこの行動を承諾したのだ。彼女を始としたアルマゲストのメンバーは武なら大丈夫だと、成し遂げてくれると信じて、この愚行を推してくれたのだ。ならばその期待、その信頼に応えなければならない―――



「意地があんだよ、男の子にはなぁぁあああああッ!!!!!」


だから武は全力を以って疾走する。回避行動ですら進攻に変え、愚直なまでにただ真っ直ぐに、最短距離で緋村一真を追跡する。


疾走する不知火・弐型の手には先程とは違い長刀が二振り構えられている。武は進路に存在する邪魔な障壁を長刀で一閃、二閃と最少の手数で打ち払い、道を切り開く。跳び上がり、空中で更に跳ね、縦横無尽に軌道を自在に変えながら、目の前に並ぶ壁を悉く打ち砕く。


白銀機はBETAの波を突破する。ここまではBETAの群れを横断するように駆けて来た。




その軌跡には無数のBETAの死骸。ごろごろと荒野に並ぶ死骸はまるで道の様に連なり、その死骸に躓いた突撃級、それを覆う様に群がる小型種、BETAの群れは更に乱れうねりを上げていた。



「――――、はぁ」
武は主脚で前進をしながら前方の状況を確認する。



前方、作戦においては後方に当たる位置には本来、トゥブ仮設基地や支援砲撃部隊を守る防衛部隊が配置されている場所だ。そこから数km離れたところからBETAの群れの尾が出ている。



(予想範囲内、でもある――――が、こうまでピンポイントに奇襲されるなんてな)
レーダーに映るBETA群と現在の戦域状況を照らし合わせると、防衛部隊は地下からBETAに襲われた事がわかる。そしてレーダーに映っている友軍マーカー、現在BETAと交戦しているのは防衛部隊ではなく斯衛軍第16大隊のものだった。


戦況は乱戦状態―――どうにも芳しくないようだ。


緋村一真はこの状況を見て、救援の為に部隊を離れた・・・武はそう予測する。


「ったく・・・それならそうと、一言くらい言えっての」
武は苦々しい表情のまま一人ごちた。


状況が芳しくないのは武も同じ。ここまで来るのに機体に過負荷をかけ過ぎていた。これまで築いてきた機体を消耗させない戦闘の仕方などあったものではない、ただ機体の限界を突き詰めた荒々しいその機動は、関節部のパーツを磨耗させ、基礎フレームを軋ませ歪ませる。戦術機にとって一回戦場に出てしまえばそれはお馴染みの症状である。その症状には大小と差異があり、多くのものは微々たるものだ。だがその微々たるものも、湖面に小石を投げ込んで出来た波紋の様に広がり、続けた様に小石を投げ込めば波紋は更に重なり合い大きくなる。武の取っている三次元機動はその波紋を拡げ、波を大きくするもの、磨り減った部品によって生まれたクリアランスは更なる磨耗を呼び、軋み歪んだフレームは周囲の部品にその影響を及ぼし、更なる歪みを呼ぶ。武の異常ともいえる三次元機動によってその現象は加速する。


作戦後、この不知火・弐型はオーバーホール又は廃棄処分になるだろうと武は心の中で苦笑する。
まだ作戦は中盤にも達していない。その状況下で兵装や機体を消耗させ、推進剤にいたってはこの後ハイヴ突入、反応炉到達を目標とするにはあまりに心許なかった。


推進剤や燃料の類は途中補給コンテナを回収することで解消しよう、と武は頷いた。


武の前方では支援砲撃の爆音が轟いている。





更にその先には一万強のBETA群、





機体は消耗している――――だが、それだけではない





「こんなもんで・・・・行く道引いてられっかぁぁぁああああああああッ!!!!!!!」
単機でのBETAへの吶喊は武自身も容赦なく消耗させている。武はそんな自分を奮い立たせるように吼えると土煙を巻き上がるその先に向かい再度吶喊する。


BETAの群れは突然現れた後方の敵に反応し旋回するもの、そのまま進行するものと入り乱れる。その混沌の波を血に穢れた蒼穹色が縫う様に、飛び越える様に一直線に駆け走る。
レーダーに映る緋村機のマーカーは目的地に向かって大きく迂回している。先の支援砲撃に巻き込まれない為のその行動によって武と一真の直線距離は大きく縮まっていた。


「―――ぁあああっ!!」
武は吼えながらも前進し続ける。



恐らくこの作戦の後自分はこの行いの責任を負う事になるだろう。いくら部下達が支持してくれようともそれは変わらない。



それだけのリスクを負い、救おうとした命、



「――――放してたまるかぁあああ!!!!」
空は暗雲に覆われ、眼前にはBETAの壁。武はその全てを打ち払うが如く吶喊する。



武の視界に何機かの鉄の影が見え始める。三色の武御雷、その武人達の中に一機の不知火・弐型を発見した。


「――――、」
武の表情がその姿を見て、ピシリと固まった。
緋村一真は白銀武の機動に着いていく事が出来るけども、その戦闘能力には隔たりがある。それは決して武が一真を低く見ているのではなく正当な評価として隊員の共通見解だった。ゆえに彼の単機での行動を心配し、こうして武まで同じく単機で追ってきたわけなのだが、いざ追いついてみれば助けようとした命さんは、今まで見せた事のないような、武自身戦慄を覚える凄まじい戦闘を行っていた。その動きは流麗でまるで舞う様だ、それでいて獣のように猛々しい。


武は大きく溜め息を吐き、項垂れるように肩が落とされる。


「――――――やめだ」
武は若干下げられた頭を押し上げるようにして髪を掻き揚げる。
こちらの心配が杞憂だったと知らしめる緋村機の機動。武の本気と同等、それほどの動きを見せられては心配したこちらが馬鹿みたいではないか、と武は心の中で愚痴る。


「あの野郎・・・人に散々ぱら心配かけといて、何一人漲ってんだ?」
ああ、全く以って馬鹿らしい。武の中では苦戦する一真の前に颯爽と現れ、頼もしく救出する、といったシナリオが微かに存在していたのだが、その幻想は綺麗さっぱりぶち殺されてしまった。武は一真を優しく回収する予定を一切合財破棄する。


八つ当たりといわんばかりに武は近くにいた要撃級を乱雑に一閃し、その首を落とした。


「あいつは、この作戦が終わったら思いっ切りぶん殴る・・・・!!」
救出に燃えていた心の炎は静まり、代わりに湧き上がる行き場のない怒りの矛先を定め武は操縦桿を力強く握り直す。



さて、それじゃあまずあの馬鹿をさっさと回収する事にしよう



「かぁあああああああずまあああぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!」
激情を吐き出す為に武は絶叫する。



そうして白銀武は緋村一真の前に躍り出たのだった。
















「斑鳩中将! 部下が勝手な事をして申し訳ない!!」
武はBETA群を走駆しながら開かれた通信の向こう、斑鳩紀将に謝罪する。


『いいや、私はそちらの者に命を助けられた身だ。 貴公等を責める口は持ち合わしておらんよ』
武の謝罪に対し紀将は静かに応える。
『―――、』
その紀将に対し月詠真那の表情は険しく網膜に映る武の顔を睨みつけていた。この場には一人責められるだけの言葉を吐き捨てた愚か者がいるのだがとも彼女は思う。
そうしながらも彼等の動きはまったく衰えない。
月詠は武を睨みながらも相変わらず会話に参加してこない最初の闖入者、緋村一真の機動を気にしていた。それは紀将とて同じ事なのだが、この二人の間には“気にする”という事柄において大きな違いがあった。



白銀武はXM3の性能を最大限に引き出し、それを極めたかの様な機動をとる―――というのは単に先のビジョンが見えているか見えていないのかの差だ。XM3基礎概念考案者である武にはコレがどれ程の物なのか、どれだけの事が出来るのか、その可能性を熟知していると言っていい。その差、その可能性を掲示されない限りその可能性を知りえない武以外の人間はその点において大きな隔たりが出来る。その差が武を現在の世において最高の衛士とたらしめている大きな理由だ。

今現在、白銀武はエレメントを組んだ事のある真那も知らない本気という物を見せている。そして緋村一真はその本気と同等の実力を見せている。先述した差を意に介さない同等の機動、先述された事実との矛盾。無論、武以上の実力を持った衛士もこの広い世界には存在するだろう。だが、真那はその矛盾を理解しているのかはわからないが、明らかに緋村一真の不知火・弐型に訝しげな視線を投げつけていた。





「俺達は部隊に戻ります! こちらは――――」


『斑鳩中将!』


武が部隊に戻る旨を告げ、紀将らにこの場を任せてもいいかと聞こうとした瞬間、回線に斉御司沙都魅が割り込んできた。


『斉御司准将か! そちらの状況は!?』
紀将は沙都魅に対し西北西側の状況を尋ねる。


『それはこちらの台詞よ、斑鳩の坊や。 防衛部隊を下がらせて一個大隊でBETAを足止めするなんて無茶よくも私に断らずにしてくれたわね?』
歳に似合わず皺のない沙都魅の表情に何本かの皺が走る。その皺は勿論、顔を顰め、険しくした事によって出来たものだ。沙都魅の言葉はオイタをした子供を叱るような声色で紡がれる。
本作戦において斯衛の全指揮は沙都魅に任せられている。ゆえに彼女に断りもなく無謀な行いをするという事は、あまり好ましくない事だった。

『緊急の事だったので失念していた。 ・・・防衛部隊もそろそろ体勢を立て直し配置に戻る頃、さすれば我が第16大隊も再び前線に向かうさ』

『その様ね、基地方面防衛戦力に藤崎大佐がトレミーを割いてくれたわ。 防衛部隊はトレミーと協力して任に当たることになっている、貴方達第16大隊は防衛部隊が戻ってきたら前進しなさい』

『トレミーがこちらに・・・・そちらの戦力は問題ないのか?』 「トレミーが!?」
紀将が沙都魅に質問を返すのと同時、武の声が上がる。


『―――どうしてたけ――、白銀中佐がそこに?』
武の声を聞いた沙都魅が困惑の声が上がる。予定通りならば白銀武は大隊を率いハイヴ突入に向け進行しているところだ。その彼が何故こんな後方に?

『少し、イレギュラーが発生してな・・・』
沙都魅の疑問に紀将が武に代わって答える。
紀将の視線はそのイレギュラーたる緋村一真を捉えようとしたが、視界にその姿は映っておらず見ることは叶わなかった。
武は申し訳無さそうに苦笑していた。


『―――まぁ、いいわ。 その説明は後で改めて聞く。 こちらは私達も前に出たし、プトレマイオスが頑張ってくれているから問題はないわ。 こちらは陽動、いざとなったら下がる事も出来るしね』
トゥブ仮設基地前面に全部隊を敷いたとあればBETA群を全てそこで受け止めることになる。西北西側、東側の部隊はそれを避け、BETAの戦力を分ける為の陽動だ。ある程度BETAの戦力を削ぎ落とし、群れの展開を拡げられればいい陽動部隊は作戦が進むに連れて取れる選択肢は増えていく。一番多くのBETAが群がる東側は現在BETAを引きつけながら後退しながら応戦している、それも一つの手段だった。


『了解した、我等は数分の間ここを受け持とう』
紀将の言葉を聞くと沙都魅はそこで通信を切った。
『――――白銀中佐、話は聞いていたな。 ここはもう大丈夫だ、貴公等は“自らがいるべき場所に戻る”がいい』
紀将はBETAを屠る手を休めずに静かに言い放つ。


「了解しました!斑鳩中将達もお気をつけて!!」
グラウディオス連隊所属、プトレマイオス大隊並びにトレミー大隊は支援や陽動といった任務を主にしている。そのトレミーがこの場に向かっているのだからここにそう心配はいらないだろう。
武はそういうと一真を連れてBETAの波に紛れていった。













『斑鳩様、よろしかったのですか?』
武達が見えなくなった後、真那が小さく尋ねる。武のとった行動も、一真のとった行動も本作戦を発令した日本帝国軍に糾弾されて然るべきだ。特に紀将等斯衛の者、紀将自身、五摂家を侮辱する発言をした緋村一真という人物は尚のことだろう。


『よろしかった、とは・・・どの事についてだ? 月詠よ』
防衛部隊が戻り、トレミーが訪れたらこの場を預ける、その手順を思案しながら紀将は真那の質問に質問で返した。



『あの緋村一真という人物の事です! あの者は明らかに斯衛を、ひいては五摂家を侮辱したのですよ!?』
怒りの炎が再燃したのか真那は再び声を荒げる。その怒りをぶつける様に真那はBETAへの攻撃を苛烈にする。



『そうだな・・・・』
紀将は静かに真那の言葉を肯定する。
『だが、今はそんな時ではない。 特にあの者に関しては、な――――』
確かに彼の言葉に思うところはある、憤りも覚えた。


『――――?』
真那は歯切れの悪い上官を心配するようにし、どうかしたのかと首を傾げる。


『そんな事よりも、今はこの場を繋ぎ前線に戻るぞ!!』

『し、承知!!』


そう、そんな事よりも嬉しく思う。
既に思い出となった彼は、あんなにも強く“生きていた”のだから。

















「一真、機体の状態と兵装はどうなってる?」
武はBETAの波に向かいながら併走する一真に向かい尋ねる。


『ああ、機体は・・・そこまでよくないな。 このまま作戦するには問題ないが、コイツはもう駄目だ。 兵装にいたっては突撃砲も捨てちまったし、残ってるのは長刀二振りと短刀だけだ』
一真は武と二人きりになってから漸く口を開き、顔も見せるようになった。


武は一真の報告を聞くとそうかと小さく頷いた。戦場での上官に対する言葉遣いが間違っているが、そんな事も気にせずに武は思考を開始する。
白銀機の兵装は全て健在だ。だが機体状況は緋村機と同じ様なものだ。二機の不知火・弐型はこの作戦が終わればオーバーホール又は廃棄処分、恐らく後者となる可能性が高い。


「わかった。 一真、お前が先行しろ、俺が後衛に回る―――」
後衛攻撃手段がない緋村機を援護する、武はそう告げる。援護と言っても白銀機の残弾もそう多くはない、武も接近戦をとり緋村機の背中を守るという事になる。
「それと、一真」
武は言葉を繋いでいく
「先行するんだ、手を抜くんじゃねえぞ」
静かに言い放つ。機体の状態を鑑み、先程の様とまではいかなくとも全力を出し切れ、という意味を持つその言葉。




BETAの群れに入り込むまで、あと数秒。




「機体を気遣う機動なら俺のを『ラーニング』しろ―――いけるか?」



『オーライ・・・問題ねぇよ』


武に一真は観念したかのように薄く笑って応える。




そうして、血に濡れる二機の不知火・弐型はBETAの波を切り裂くように突撃した。






緋村機は長刀を一振り構え、白銀機も同じく長刀を構える。行動する機体が二機となり、BETAと接触する面積も大きくなるが、この二人は衛士としては最高位の実力を保持している。一機でも出来たことなのだ、消耗しているとはいえ二機なら、この二人なら出来ない事ではない。無論行きと同様苦難である事に変わりないのだが。
二機の不知火・弐型の機動は連携というにはあまりに粗雑で、BETAを屠るその手はまるでお互いに背を守り合う相手に向けられているかのようだ。


(―――ふん、まったく・・・マジで手ぇ抜いてやがったな、コイツ)
武は心の中で一人ごちる。
先程の戦闘からもわかっていた事だったが、今こうやって連携をとりお互いに全力で戦って更に雄弁に理解できた。


二機はBETAを退けながらその波を切り裂いていく。


「――――なあっ、一真」
武は手を休めずに一真に問いかける。

『あ? なんだ?』
一真の言葉は短く区切られている。
後の途絶えないBETAの群れをたった二機で切り裂きいているのだ、そうそう会話をする余裕なんてない。


「なんで―――斯衛軍を援護しに部隊を離れたんだ?」
当然の疑問。武の持つ緋村一真についての情報では何故緋村一真がそう行動したのか理解できない。一衛士として救援に向かった、と思ってもいいがそれでは単機で行動するというにはあまりに弱い。


『・・・・・』
一真は武の疑問には答えない。
そんな余裕がないのかもしれない、と武は思うが・・・今のこの男にその余裕があるという事は知っている。何せこの男は自分と同等の実力を持っているのだから。


「なんで実力を隠してたんだ?」
今の実力が彼の本気なのかも、そこに上り詰めたのがいつなのかもわからない。


「お前は、どうやってその力を身につけたんだ?」
『ラーニング』を以ってしても見せていない力を読み取ることは出来ない。ならばどうやってこの域に達したのか。何故、それに至ったのか。




『――――ハッ、質問攻めだな』
漸く一真は声を発した。武の網膜に投影された一真の表情はいつもの様に飄々としたものだったが、どこか寂しげな印象を受ける。


「悪いな、俺はどうやら土足で人の心に踏み入る奴みたいなんだ―――っ。 先生には科学者向きだって皮肉られたよ!」
緋村機が前方から進撃してくる要塞級の身体を駆け上がりながら長刀の刃を這わせる。続く白銀機は長刀から突撃砲に持ち替えて要塞級の脆い関節を狙い撃ちにする。


『まぁ―――実力云々はお前のを『ラーニング』した結果ってのが正しいかな―――』
一真は小さく笑う。
今の一真の実力は武の思い描く三次元機動、その概念を読み取った事が大きい。


『―――それが元のオレの実力に上乗せされたんじゃないのか?』

昔のオレに感謝だな、と一真は口の中で呟く。



「そう―――かっ、日頃のお前の訓練の成果だろ!?」


『オイオイ、それは自画自賛だろ? その訓練を指揮する隊長さんよォ!』


武が言ったのは自身と同じく毎夜と続けられていた一真の自主訓練の事だ。時間帯がずれているから顔を合わせる事はなかったが、それくらいは把握していた。



「人は目標があれば、努力できる――――お前にはその目標があって、その為に努力してきたんじゃないのか?」


『―――――――!?』


戦闘を続け、進行を続けながらも二人の静かな会話は続いていく。


『その言葉・・・ああ、そうか・・・・・、そういう、事かよ・・・』
その声はとても小さく、武の耳に届く事はなかった。


「その辺どうなんだ? 一真っ」
自分と同等の実力を持った人間がいて嬉しいのか、興味深いのか、武は笑いながら問いかける。




『高尚な目標なんてありゃしねェよ』


BETAを殺す手は以前止まらない。仲間の下へ走る足は止まらない。


二人の行動を止めたのは一つの情報。



「一真、軌道降下部隊のお出ましだ! 進行は止めない。 破片に当たんじゃねえぞ?」


空に残る暗雲を突き破り、再突入によって熱せられた再突入殻が辺りの空気を焼き、白い煙を引き摺りながら降下してきている。地上からはそれを狙う光線属種の幾条のレーザーが照射されている事が見て取れる。作戦が中盤に差し掛かり、軌道降下部隊がその姿を現した。




『オーライ、当たらない事を切に願う事にするよ』
武の不敵な笑みに一真は薄く笑って応える。



「願うんじゃなくて、そう努力して結果を出すんだよ!! ホラ、行くぞ!! アルマゲストが門に着く前に合流しなきゃいけねえんだから!!」


『―――りょーかい』



武は一真を叱責し、二機の不知火・弐型は再び進行を開始する。







「自らがいるべき場所に戻る、か」
進行しながら一真は小さく声を漏らした。


「そんな場所は、もうなくなったよ・・・・斑鳩様」


以前武に言った通り『緋村一真』は全てを奪われ、全てを失くした。
戻るべき場所、帰る所ももうないだろう。
嘗てあった目標も、守りたいモノもなくなった。


今あるとすれば、と一真は思考する。





やはり、自身の終焉を迎えるという目的程度しか思い浮かばなかった。


















「アンタレスは陣形を楔型肆陣! カマリは楔型漆陣で進行!! 各中隊、中隊長の指示で応戦しろ!!」
エリカは矢次に指示を繰り返す。
武が部隊を離れた後、アルマゲストは門を目指して進行していた。アンタレスは武と一真というツートップを失った形になる為、それを補うようにカマリがアンタレスの前に位置し、レグルス、スピカはそのサイドを固める。本来なら未だレグルスとスピカは先行し補給コンテナの確保などをしている頃合であったが、大隊としてこれ以上戦力を割くわけにはいかず全体で行動する事になった。


「――――はぁ・・・ふぅ、」
エリカの呼吸は深い。大隊指揮というのは彼女にとってそう負担にはならないが、如何せん現状において抱えているモノが多いのだ。武からアンタレスを、アルマゲストを預かり、それでいて作戦自体の達成もある。久々の大隊指揮というのは中々に骨が折れるものだった。


アルマゲストは当初のルートから少しずれて進行している。大隊一の突破力を持つアンタレス、その突破力を主として齎していた二名がいないのだ、真正面から突っ込むというのは上策ではない。エリカはBETA出現量の少ないルート算出しながら指示を飛ばしていた。

『――――レフティ少佐、シロガネ中佐達は大丈夫でしょうか?』
出現量が少ない、といってもそれは僅かな差だ。スピカ中隊長、リーネ・ブランクがBETA応戦の指示を飛ばしながらその合間にエリカに尋ねる。

「中佐はやると―――戻ってくると言った、ならば私達はそれを信じるだけだ! ブランク中尉!」
エリカは何度目かになる同じ質問に突撃砲を放ちながら応える。


『それに軌道降下部隊の再突入時刻まであと僅か―――我々も門まであと十四km程・・・進まなくては呑まれるぞ! ブランク中尉!!』
バルダートが苦々しげに声を上げる。
門に近づく事によりBETAの出現量は多くなっている。それを前に後方を気にして足を止めてしまえばBETAの波に飲まれてしまう事は必定だった。

『わかってますよぅ! バルダート大尉!!』
作戦前のぎこちなさはなりを潜め、バルダートとリーネは普段通りの調子で会話をしていた。


エリカは思う。こうして見ているとやはり皆白銀武がいない今の状況に多少なり困惑している。隊としての機能を損なっていなくてもそれは見て取れた。それはアルマゲストにとって白銀武という人物がそれだけ大きな存在だという事、一人一人の心の中に白銀武という存在が支えとしてあったのかよくわかった。
エリカ自身もそうだ、彼ならどんな苦境でも乗り越えられる、彼といれば自分達はどれ程の任務であっても達せられる、そんな風に感じていた。その彼が隊から離れ、今自分達は改めて個人として己自身に向き合う事になったのだ、彼の今の行動を信じる、という事は今の自分をどれだけ信じれるかという事。エリカにとってこれは自身との戦いと同義だった。


自分でもどうかと思う。戦場において自分の心の支えとして多くを占めるのが歳が大きく離れた青年なのだから。



更に逆を言えば、白銀武という存在がそれだけ頼りになる、という事なのだが。




「―――貴様ら! 軌道降下部隊の降下時刻だ!! 再突入、落下まであと160!! 落下の破片に気をつけろ!! 我が隊はそのまま門まで進行する!!!!」
門まで―――と自分の言葉にエリカは自嘲気味に心の中で笑う。

『着いた後は、どうしますか―――?』
相変わらずバルダートは冷静だ、こちらの痛い所を的確に突いてくる。応戦しながらの通信なので、回線には言葉ではなく覇気の籠もった声が断続的に聞こえる。

軌道降下部隊が現れ、現在アルマゲストの進行は予定より二百秒程遅れていた。門に着いた後、予定通りならばハイヴ地下茎構造内に突入する事になっている。エリカは現状において門到着後の行動を伝達しなかった、ハイヴ突入部隊アルマゲストの指針としてそれは間違っているのだ。


着いた後、どうするか・・・・エリカは静かに、高速で思考する。


彼が間に合わなかったらどうするか、という事。彼は戻ってくると言ったならばそれを信じよう。



「突入するさ――――我が隊はその為にあるのだから」
エリカはその激しい戦闘とは裏腹に静かに告げる。

『了解しました、ブランク中尉も・・・いいな?』


『了解しましたよ、納得したかは別として』

リーネの棘のある言葉を聞いてバルダートを顔を顰めたが、伝達は済んだ事もあってそのまま回線を閉じた。



「待つべきだ、そう思うかブランク中尉?」
BETAの波を一つ抜け、エリカは繋がれた通信回線をそのままにしてリーネに問う。

『―――そう、ですね。 アルマゲストがハイヴに突入したらシロガネ中佐とヒムラ大尉が二機でハイヴに突入か又はそのまま周辺戦域で戦い続ける事になりますし、そうなればシロガネ中佐は上層部から糾弾される事になりますよ。 敵前逃亡とまではいかなくても、二人は第二級軍規違反として責を問われるでしょう』
リーネは普段とは違い厳しい声で言葉を紡いでいる。


『私は嫌ですよ、そんなの』
中隊長としてはあまり好ましくない言葉をリーネはふざけた様に吐き捨てた。バルダートは作戦遂行を重要視し、リーネは離れた仲間の身を重要視した意見だ。両天秤が僅かに傾いた程度の違いであったが、それでも違う意見には変わらない。エリカとしても待つという判断を取りたかったが、彼女は武からアルマゲストを任されたのだ。そう私情で隊を動かす事などできなかった。



「ブランク中尉、白銀中佐を信じてやってくれ。 彼は約束を守る男だ」
エリカは不適に笑う。


『はは、そうですね』
リーネも小さく笑った。

「さぁ、それでは私達はやるべき事に取り掛かろう!!」


『はい、了解しました!』

エリカの声にリーネは元気よく応え「よーしやるぞー!」とこちらの力の抜けるような叫び声を上げながら進撃する。




この場にいる全員、武と一真の帰還を待ちたいと思っている。任務を優先しようと意見したバルダートも同じだ、彼とて尊敬する白銀武と仲間である緋村一真を置いていくなんて事はしたくない。だが、作戦を皆優先するという意見には最終的に賛成した。それは根底に白銀武を信用するという気持ちがあってこそだ。いくら心配しようと自分達が彼等に出来ることなどない、ならば自分達は彼に教えられたように進むだけだ。彼等は武の帰還、一真の帰還を信じ、進行し続ける。


その姿はあまりに雄雄しく、果敢に攻める不知火・弐型はまさに生きた鉄の英雄







ああ、だからその信用、その様を見て・・・この行動を俺なら達せられると信じてくれた皆に心からの感謝と、その信用に応えようと、






その期待に応えられてよかったと思ったんだ















「おい、見ろよ一真!! 追いついてきたぞ!! 散々迷惑かけたんだ、作戦が終わったらちゃんと謝れよ!!」
武は不知火・弐型の発達したレーダーで捉えた仲間の位置を確認すると並走――――共にBETAを殺しながら駆ける一真に声をかける。

『―――それを言うのなら武くんもそうだと思うがね』
一真は申し訳無さそうに表情を崩しながら、興味なさげな声を発する。

二人の呼吸のリズムは早く、底が深い。
BETAの群れを行きはたったの一機、帰りはたったの二機で斬り裂いたのだからその疲労は真っ当だろう。途中での補給コンテナ回収、交互での補給はまさに地獄だった、いや、それを成し遂げた彼等はまさに地獄の住人だろう。突撃砲を取り、刃が欠け血で切れ味の落ちた長刀を替え、推進剤の補給、燃料パックの補給をする。場所がBETAの群から幾らか離れていたと言っても群から分かれたBETAが何度も襲ってくるのだ、ある意味BETAの波を裂くよりも至難の業だった。


「あー!わかってるよ!! じゃあ二人で皆に謝って怒られんぞ一真!!」
武は不適に笑い飛ばし、自らと緋村一真を先へと促した。
補給を済ました、といっても機体の状態が回復したわけじゃない。血に濡れた不知火・弐型は満身創痍のその中身を表すかのようで相応しい。作戦進行の時刻から遅れている今、機体の状態も相まって時間はそう長く許されていない。急がなければならない理由の多さに武は頭を抱えたくなった。


「うおおおぉおおおぉぉぉぉおあああああっ!!!!」
武は絶叫する。その絶叫と共に弾かれた無数の36mm弾は吸い込まれる様に要撃級の身体を貫いていく。
白銀機の攻撃可能範囲外のBETAは緋村機の長刀により捌かれる。影だけ残すような機動、その高速の最中二機は微塵も乱れずに標的の命を強奪する。
そうして二機はBETAの波に道を切り拓いていく。


急げ、急げ。武の心はいやが応にも逸る。それを抑え付けているのは緋村一真の存在だ。前にいるあの男が一定のペースで進行している、二機で連携をとっている今、それに合わせるのは当然の事だ。武が一真に合わせる、一真が武に合わせる、そう、武が逸ればそれを抑えるのも相棒(エレメント)役割だ。緋村一真が白銀武の機動に合わせるという事実が武に逸る心に制止をかけるのだ。


(随分いい動きしてくれんじゃねえか、一真)


武は神速の速さで短刀を抜き取り、接近する突撃級の背に避けながらその刃を突き立て躍らせる。相対速度により這わされた短刀、その痕からは血が噴き出している。白銀機は文字通り突撃級の命を刈り取った。同時に反対では突撃砲を振るいトリガーを引くことによって血を蟻の様に闊歩する小型種をただの肉片に変えていた。緋村機は相変わらず長刀を主に大型種に向かって這わしている。


主腕に負担をかけるその斬撃に容赦はなく、斬撃は抜き切られると翻り、次の獲物を求めて血を引き摺りながらBETAの命を奪おうと襲い掛かる。


BETAの血が空中で踊る。





獣の様に血に飢えたその動き、赤い獣を髣髴とさせるその動き、


流れるように洗練されたその動き、ある武人を思わせるその動き、





彼と出会った夜に見たあの動き、





市街戦シミュレータで見たあの動き、





その動きは絶対強者を思わせる。だが、それでいて何処か儚げだった。





赤い花がまるで次の瞬間には枯れてしまう様な危機感、焦燥感と言ってもいいのかもしれない。武はそんな事を胸に覚えた。





――――ああ、この男は今までどれ程の地獄を見せられたのだろうか




武の中にそんな疑問が浮かぶ、だが何故かその疑問は蜃気楼の様に直ぐに消えてしまった。白銀武はどうしてか緋村一真の事を、知っている気がしたのだ。




武は余計な思考を外にはじき出すためにぶんぶんと頭を横に振る。霞の言葉ではないが、こういつでも思いに耽るのはよくないだろう。


アルマゲストまであと数km。ここからなら通信が繋がる。




「さぁ、合流すんぞ! 一真・・・――――いくぜ!!」


『――――オーライ!!』



中間地点でのスパートだ。




「こちらアンタレス1!! アンタレス2を回収した!! これよりアルマゲストに合流する!!!! 迷惑をかけてすまなかった、皆!!」
武の声がアルマゲストのメンバーの耳に届いた。



『同じく、申し訳ないな。 皆さん』
武の言葉に続いて届いたのは一真のあまりに短い謝罪の言葉。




『白銀中佐!!』
返ってきた声は皆の言葉だ。




武と一真の帰還を喜ぶ四十七の混声合唱が武と一真の鼓膜を振るわせた。















『白銀中佐!! そちらの状況は!?』
武の耳にエリカの声が届く。


「二機とも無事だ――――!! アルマゲストは!?」


『問題ありません、これよりアルマゲストは門の確保に入ります。 そう長くはかかりませんのでお早く』


二つの群体が相対速度を調節し接近する。


「そうか、よかった」

双方紡がれる言葉は少なく短い。言いたい事はお互いあるだろうがそのような暇はもうない。軌道降下部隊は既にハイヴ地下茎構造内へと突入し、東側の帝国と斯衛の陽動部隊も後退を開始している。ならばもう作戦は中盤も中盤だ、アルマゲストもハイヴ地下茎構造内に突入し、目標へ向かわなければならない。突入する部隊は機動力があったほうがいい、それでいて数もあればいいだろう。そうすればハイヴ内のBETA戦力を割く事が出来るのだから。だが、部隊の純度の問題からハイヴ内へと送られる部隊は限られる。ハイヴ突入部隊に求められる事は、生還率の低いハイヴ内で目標を排除し、生還する事だからだ。ゆえに本作戦においての突入部隊は第四世代戦術機志那都とアルマゲストに限られていた。




「無茶なお願いを聞いてもらって悪かった、レフティ少佐――――」


そうして、


「言った通り、俺は戻ってきたぞ」



白銀武と緋村一真はアルマゲストに合流を果たしたのだ。


















『白銀中佐!!』『シロガネ中佐!!』
響くはバルダートとリーネの歓声。

武と一真の不知火・弐型がアルマゲストの前に躍り出る。たった一機、たった二機と戦場を往復した彼等の不知火・弐型はその蒼空色を血で赤く穢していた。


「ああ、皆勝手な事してすまなかった―――――これよりアンタレス1はアルマゲスト指揮に復帰しようと思うが、異論はあるか?」
約束は果たした。だが、武は一度部隊を離れた指揮官だ、復帰にはアルマゲストを構成する四十七の衛士に承諾してもらうしかない。


『なぁに言ってんですか、文句なんてあるわけないじゃないですか!』
リーネは元気よく武に笑いかける。
『右に同じです。 中佐の指揮下に戻る事に異議などあるわけもない』
バルダートも同様だ、彼もまた穏やかな笑みを浮かべている。

『白銀中佐にアルマゲストの指揮をお返しします。 緋村大尉――――』
エリカは指揮権を武に返す旨を伝え、この場で一番咎められるべき人物の名を呼んだ。


『はい―――、』
エリカを前にした一真は相変わらず大人しい。ただ一点違う事があるとすれば、いつもの薄い笑みが皮肉げに片頬で笑う形になっていると言う事だろうか。それは飄々とするというにはかけ離れたものだった。


『貴様の行動の理由とその責を問うのは作戦後だ、今は気にせず任務に励め。 ・・・・・他の者も同様に、な』
エリカは静かに告げる。


『・・・了解しました。 お手柔らかに頼みます』
一真の顔は相変わらず飄々とした様を崩したままだ。


『ふん、自信がないな。 せいぜい覚悟をしておけ』
エリカは不遜な態度をとっている一真に不敵な笑みを向け、そこで口を閉ざした。




相変わらずエリカ・レフティは流石だ、と武は思う。
武はいいとしても事の発端である緋村一真には皆幾らか怒りや疑念を抱いた事だろう。



「それじゃ――――これよりアルマゲストは地下茎構造内へと突入する!! 突入陣形及び突入作戦内容に変更はない!!」



これから地獄のハイヴへと突入すると言うのにその様な不和を抱えてはいられない。だから彼女は先に釘を刺したのだ。緋村一真に作戦に専念するように言い、同じ様に他の隊員達に今はそんな事は忘れろと伝えた。そんな事を抱えてハイヴへと入ればそれは墓標になりかねない。


武はエリカの配慮に心の中で深く頭を下げた。



「いくぜ、」
武が短く言葉を吐くと、一斉に鉄の巨人が薄暗い穴に向かって疾走する。
各中隊の行動は作戦通り、いつも通りだ。アンタレス、カマリは最深部を目指し、レグルス、スピカは比較的浅い位置での陽動を主にして行動する。









自らが住処への侵入者を排除しようとアルマゲストの前に津波の様なBETAの群が集まってくる。蟲の様に体を寄せぎちぎちと肉がぶつかる音を鳴らし、硬い壁穴を駆ける轟音がこれでもかと言うほど反響している。しかしこの広大な地下空洞が災いする、これだけ広ければどれだけ集まろうと戦術機が駆けれるだけのマージンも取れるし、BETAを排除するだけの助走距離も取れるのだ。ハイヴ内での戦闘はXM3の性能の見せ所だ、その特異―――今ではスタンダードになりつつあるその機動はBETAの攻撃を避け、攻撃に転じるには最適だ。空中で跳ねるかの様な失速域起動はまるで容赦なく振り下ろされる死神の鎌だ。死神の鎌は自らのスペースを確保できればいいと気まぐれにBETAの命を刈り取り、その群体(四十九の不知火・弐型)は先に進む。



(―――――――、)
その中で武は自身の記憶と現状を照らし合わせる。これまで経験した七つのハイヴ攻略作戦、内、ハイヴ地下茎構造内へと突入したのは五つ。その地獄で見た光景と今目に映る地獄との差異を見つけようとする。ミンスクハイヴで抱いた違和感、それはハイヴ外周に展開したBETAには感じられなかったのだ。それはこのウランバートルハイヴでも同じ、やはり温く感じる。ミンスクとの違いはBETA出現量が推定通りだということだろう・・・あまり喜ばしい事ではないが。



(気にしすぎても仕方ない、か)
武は口の中で呟く。
ここはミンスクとの違いを見定める試験場ではない、一つとして存在する地獄なのだ。地上に根を下ろした地獄の群体でなくなったとしても、それは将来の危険性を排除しただけとも言える。ここが地獄だという事は不変なのだ、必然でも偶然でも容赦なく死を与えるルーレットの連続。選択肢というチップを失えば即座に死というこの場において余計な心配を重ねることは上等ではない。


比較的大きい横坑、そこには幾つかの穴がある。アルマゲストはその中の一本を選別し、そこに向かう為に辺りにいるBETAを掃討し場所を確保する。



『さて、我々は一旦ここでお別れですね』
一時訪れた静寂の中、バルダートが口を開いた。


『そうですねぇ・・・この場は私達に任せてアンタレスとスピカは先に進んで下さい』
続いてリーネが開口。



「ああ、バルダート・・・いつも通り無理なくやってくれ」
武は不適に笑いながら後半を強調して告げる。バルダートはその意味を汲み取ったように力強く肯首した。


『それではな、ブランク中尉』


『―――――痴話喧嘩は程々にな』
エリカに続いて一真もレグルス、スピカに一時の別れを告げる。


だが一真、お前のその言葉は相応しくないだろう。
通信の向こうではレグルスとスピカの隊員の笑いを堪える音、武とエリカの網膜には顔を赤くして慌てふためくバルダートとリーネの顔が映っていた。





「ははは―――それじゃあ地上で会おうぜ、皆」
そんな武の笑い声と共に二十五の不知火・弐型は続々と縦坑に身を投じていく。





『さて、我等も任を果たそう・・・レグルス各機! いくぞ!!』



『スピカ全機いくよー!!』



男らしいバルダートの低い声とリーネの可愛らしい声が通信回線を通じて隊員達の鼓膜を震わせ、二十四の不知火・弐型は横坑をそのまま抜け、縦坑の奥に姿を消した。












武達、アルマゲストがハイヴに突入した頃、地上でも激しい戦闘が繰り広げられていた。


「さぁて、我々はこの後どうしますか? 斉御司准将」
秋水はニヒルな笑みを浮かべながら斉御司沙都魅に通信を繋いだ。


西北西側の前線は初期配置に比べ随分と前進していた。これは秋水が指揮するプトレマイオスがBETAの大群の中央を分断した事に因る所が大きかった。各個撃破、そんな言葉通り分断されたBETAの群を一つ一つ潰していった。陽動たる彼等は食い放題だ、一切の容赦もなくBETAの領域を侵しつくそうとしていた。


『秋水、それは司令部にいる杉並中将に聞くべきじゃないかしら? 確かに私は斯衛の指揮を任されているけれど、国連に指示を飛ばせる権限なんて持ち合わしてないわ』
対する沙都魅は青い武御雷の管制ユニット内で呆れた声を放っていた。


「はっはぁ、指示を仰いでるんじゃないですよ、これは相談です」
秋水は沙都魅の呆れた姿など意に介さずおどけて見せる。その飄々とした姿がこのBETAが跋扈する戦場であまりに不釣合いだ、と沙都魅は呆れているのだが。


『相談、ね。 私達はそう前に進軍する理由はないわよ、私達はあくまで陽動。 ただ長く存命する事が役目なのだから無茶する必要はないわ』
沙都魅は静かに言葉を紡いでいく。BETAの波は一時途絶え、今は小休止と言った所か。恐らくハイヴへと侵入した部隊を排除しようと戦力が割かれているのだろう、と沙都魅は分析する。
『頃合を見て下がるも良し、このまま目標二十kmまで進行するも良し・・・・作戦予定では進行を推奨してたわね?』
聞いていたでしょう、と言わんばかりに沙都魅は網膜に映る男に視線を投げつけた。


「―――は、そうでしたねぇ」
秋水は薄く笑いながら惚けた言葉を吐く。


『まさか、貴方このままハイヴに突入したいの?』
沙都魅は藤崎秋水の生きる理由、戦う理由を知っている。彼が尊敬する諌山総士、死んでしまった仲間達の復讐、彼の今までの活躍はこれへの執着が大きい。彼はここにいるBETAを残らず殺しつくしたい筈だ、沙都魅が考えた通り秋水にその願望はある、そして沙都魅もそれを理解している。だが、それを容認するのは難しいだろう、ここにいる部隊はハイヴ突入を想定して仕上げられていない。都合上無理な話なのだ。


「いやいや、そこまで馬鹿じゃないですよ。 それに仲間の手柄を奪うような事はしたくありません。 ただ――――」
続けられた進行、新たなBETAがこちらに向かっている光景が秋水の網膜に映った。
「最終的な前線位置を押し上げたいだけです。門が密集する地点程度まで、ね」



双方が激突するまであと数十秒、



『―――――、』
沙都魅は敵が迫った事によって昂ぶった心をそのままに網膜に映る秋水の顔を見つめる。
『その理由は?』
沙都魅は短く問う。


「―――少しだけ気になる事があるもんでね」
秋水の返答は如何せん要領得ない言葉だった。


『理由になってないわ、無駄に部隊が消耗するだけじゃない』
沙都魅は再度呆れたように溜め息をついた。


「まぁ―――、目標を高く持とうって話です。 出来たらでいいんですよ、俺だって可愛い部下達を無駄に死なせるのは忍びない」
相変わらず秋水はふざけた様な態度を崩さない。



『・・・・いいわ、出来たらでいいのね。 なら・・・善処するわ』
紀将といい秋水といい、イレギュラーとやらが発生し後方にきていた武といいどうして男は無茶したがるのか。まぁ無茶が出来るのは若い時分だけなのだし、血気盛んな男が残る今の時代においてこれは仕方のない事なのかもしれない。その点で言えば沙都魅の息子、甲洋にはそれが欠けているといえるのだが。


「ははっ、十分ですよ!」
そこで秋水から沙都魅への通信は切られる。






「さて―――、野郎共!! おかわりの追加だ! これで満腹なんて言わせねェ!!!!」
秋水は続いてプトレマイオス全体に通信回線を繋ぐ。


激突まであと二十秒、


「まだまだメインディッシュには程遠い! 全部平らげろ!! いいな!!?」


『『『『了解!!!!』』』』


あと十秒、


秋水の切れ長の眼が一層鋭くなり目の前の怨敵を睨みつける。




秋水が何故沙都魅にあのような事を提案したのか、それは作戦前日に武から聞いた事、ミンスクハイヴで起こった事の確認みたいな事だ。
秋水自身はBETAの動向の方が気になったが、陽動として招かれた身分の自分では確かめることは出来ない、だからこう出たのだ。大破したEF-2000は門からそう離れていないハイヴ坑内で見つかった。もしもBETAであるのなら、それは近隣ハイヴへの移住の中で行われた可能性が高い。今回もそうであるならきっとそいつは門から姿を現すだろう。ようはもぐら叩きだ、秋水は出てきた新種とやらを片付ける目的があった。別に遭遇しなくてもいい、門は多数あるのだから見つけられるかわからない、だがあの男―――白銀武はこの事を気にかけていた、武は全部背負おうとするかのように影を落としていた。ならば先任として、それを心配を排除するのもいいだろうと思ったのだ。


(まったく・・・・アイツは、もっと俺のこと頼っていいんだぜ)



零、



「ぅおおるぁあぁああああああっ!!!!!」
鉄の群体は異星起源種とぶつかった。


















                                                                                         後半へぇ続く→



[13811] 第二十一話 『慟哭』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 21:31





アンタレスとスピカは主広間を目指し、幾重にも重なる横坑、縦坑と進撃を続ける。
アジア圏のハイヴにはBETAが多く存在している、その事を痛感させられる量の敵を最小限の戦闘で風穴を開け、尚も進撃する。それはハイヴ攻略においてセオリーだ。無限ともいえる数の敵を何も全て掃討する必要はないのだ、あくまで目標は反応炉。地獄を闊歩する鉄の巨人達は坑内を縦横無尽に駆け、最深部を目指しただただ進む。


ハイヴ内では上も下もない、というよりも上にも下にもBETAが接近してくる、
「はぁぁあああああっ!!」
武は接近する突撃級の群を噴射跳躍で避け、頭上から落ちてくる戦車級を短刀で薙ぎ払う。同時にエレメントである緋村機が跳ね上がり下にいるBETAを突撃砲で蹴散らし、二機分の居場所を確保する。その二機は確保された地点に器用に着地すると再び前方に噴射跳躍する。他の不知火・弐型も同様に跳ねては更に跳ね、ハイヴ奥深くに進んでいく。


「アンタレス6―――前方120にランチャー斉射!! アンタレス10はアンタレス11、アンタレス12、アンタレス13と連携しアンタレス1、アンタレス2を援護!! 側面及び後方から接近する小型種を排除!!」


『『『『了解!!!!』』』』



「他は両翼に展開したカマリの前に展開!! BETA群を分割しろ!! 突破口を開け!!!!」



『『『『了解!!!!』』』』


武は矢次に指示を出す。陣形は鶴翼型陸陣。白銀機と緋村機を先頭とし、V字に展開されたアンタレスは偃月型に配置されたカマリと連携する。
止まれば、それ即ち死。その戦場を駆ける足は、敵を屠る手は休む事無く動かされる。その行動は確かに前進して敵の心臓部に迫っている筈なのに、奥へ奥へと追い詰められるかのようにも見える。


「アンタレス2はそのまま連携を継続! 機体を気遣えよ、一真」
武は音声のみで一真に指示を告げる。
『―――了解』


この場において機体が一番消耗している白銀機と緋村機、出し惜しみ出来る状況ではないが機体部品が破損してしまえばそこで終わりだ。





「今は――――っ、どうだ!? 機体状態に違和感ないのか!!」
武は飛び上がりながら併走する緋村機の状態を確認する。
データリンクからの情報では五体満足と表示され問題は見受けられない、センサーでは小さな欠損までは拾う事は出来ない。しかし時として人間の感覚は機械に勝る、その機体を操る衛士ならばその状態を感じ取る事も可能なのだ。


『―――四肢全て怪しいな。 ベアリングの一つや二つ、亀裂でも入ってんじゃねェかな!!』
一真は武に応えながら長刀で辺りのBETAを一掃。
『まぁ、しかし――作戦遂行には問題ねェよ!』
長刀を振るう度、機体が宙を舞う度、関節部が軋んだ感覚が一真の身体の芯に届く。



『そっちは、どうなんだよ―――? あんまり良好には“視”えねェが』
一息つくように緋村機のデュアルアイが白銀機を一瞥し、再び緋村機は横坑内に舞い上がる。


「こっちも同じ様なもんだ! まったく、お互い無茶してんなぁ―――」
武は自嘲するように高笑いを上げる。

『ああ―――でもさ、武くん』
舞い上がる緋村機は身体を捻るように噴射ユニットを巧みに操り突撃砲で扇状に接近する小型種を薙ぎ払う。
『昔の戦術機ってのは、外からの衝撃には頑丈に造られちゃいたが―――こんだけの機動に耐えられる強度はなかったんだ―――』
空いた空間に雪崩れ込む戦術機とBETA、それは命懸けの椅子取りゲームだ。
『こうして戦い続けられる―――ってのはさ、本当に幸せなことなんだよ―――』
一真の声が静かに武の耳に届く。けれども言い方は何処か他人事のようだった。


『―――だから、この不知火・弐型だって文句言われる筋合いはねェってさ! 棺桶になってないだけありがたいと思えよ!!』


「はっ、珍しく年上らしい事言うじゃないか! 一真!!」
憎まれ口を叩きながら武は命懸けの椅子取りゲームに勝利する。


『ふ――――まったく、その通りだな』
二人の会話を聞いていたエリカが武の言葉に同意する。


『レフティ少佐まで、酷いですねェ。 まぁ・・・そう言われても仕方がないか』
いじけた言葉だがそれでも一真の声に陰りはなかった。


『そう思うのなら矯正するんだな。 ふふふ、この後それも踏まえて説教をしてやろう』
エリカの黒い微笑が通信回線から武と一真の耳に届き、二人は苦笑いを浮かべるしかなかった。


エリカの同意には二つの意味があった。エリカはこの場では一番の古参になる、ゆえに彼女からすれば不知火よりも激震に搭乗していた時期の方が長いのだ。そんな彼女だから、いや、ここにいる多くの衛士にとっても一真の言葉には聞けば同意する者が多い事だろう。BETAとの戦争、その長い歴史において多くの人達が満足に戦えないまま死んでいった、多くの者が鉄の棺の中で死んでいった。その者達からすれば自分達はどれだけ幸せだろう。彼等はもう一度その事を胸に刻み込んだ。






横坑を抜け、縦坑を降りまた違う横坑にでるとそこには、

「――――BETAの死骸、か」

辺りに散らばる無数のBETAの死骸があった。


『先んじて突入した志那都の部隊でしょう』
エリカが即座に言い放つ。BETAの死骸は真新しい、可能性としてはそれしかないだろう。


『レーダーが帝国機の部隊を捉えた、帝国製最新型とのご対面かな』
一真は薄い笑みを浮かべ、レーダーの示す方向に目をやる。


縦坑を降りた先の横坑には存命したBETAが蠢いており、新たな侵入者を排除しようとアンタレスとカマリを目指して突撃してくる。



「軌道降下部隊のハイヴ坑内進路は俺達とは違ったんだがなぁ・・・光線属種の攻撃で軌道がずれたか」
武は操縦桿を握り直しながらぼやく。
そうでなくてもハイヴ内で進路が変わったのかもしれないが、どちらにせよあと数km進めば主縦坑だ。


『予定通り合流しますか、白銀中佐? 作戦予定では合流ポイントはもう過ぎていますし、』
エリカも指示を飛ばしながら今後の行動を確認する。


「そうだな―――少佐達は予定通りアトリエ制圧に向かってくれ、アンタレスは帝国軍―――ライトニング部隊と合流する。 予定通り合流できなかったのはこちらに非があるしな」



『了解しました、それではカマリはルートND-71を使いアトリエ制圧に向かいます!』
エリカ達カマリが横坑の中の縦坑に続く穴に向かう為の初期動作をとる。



「前回と同様、くれぐれもお気を付けて、」


『はい、心得ています、それでは―――!』


武はエリカに念を押すように注意を促した。それは彼女もわかっていたようで、武の言葉を真摯に受け止めてくれた。




「ああ・・・・、さぁ―――行こうか!!!!」


二十五の不知火・弐型が己が目的に向かい行動を開始する。







「アンタレス!陣形を楔型三陣へ!!このまま一気にライトニング部隊と合流するぞ!!」


『『『『了解!!!!』』』』


先頭の武と一真がこの横坑に残存するBETAの群、突撃級と交戦する前にアンタレスの制圧支援の砲撃が群を襲い血路を開く。


武は先のブラゴエスチェンスクハイヴで志那都の性能を目の当たりにしている為、その部隊の実力を買っていた。見た限り志那都という機体は優秀だ。出力と機動性の向上は上手く纏められ、XM3との相性も見直されたと聞いている。その結果、一機の戦術機としての火力は申し分ない、第四世代機として次世代を担うに相応しい機体となっていた。確認できるライトニング部隊のマーカー数は12、軌道降下から今まで一機も失っていないことから見ても搭乗している衛士も上等だという事がわかる。




『アンタレス5よりアンタレス1―――!!後方よりBETA群接近!数は約2000!!』



「アンタレス1了解! こちらでも確認した、エンカウントまで1800ってとこか・・・それまでに主縦坑へ入るぞ!! 各機、急げ!!!!」



主縦坑の更に奥、主広間へと続く横坑は細いいざとなればそこに防衛線を敷き、防戦に徹しながら反応炉を破壊できる。あまりスマートではないが、作戦を達成できるのならそんなモノは安いものだった。



「一真!! いくぞ!! さっきみたく年上らしい所見せてくれよ!!」
武は不適に笑いながら一真に呼びかける。



『オー、ライ! ―――お兄さんらしい事なんて言うもんじゃあないなァまったくよ!!!』



一真は武に毒づくが武にはそれが心地よかった。だって、こんなにも馬鹿な事を言い合える相手なんてこの五年間そういなかったのだから。ここ数年で一番まともにエレメントを組めた男は予想以上の実力だった、予想以上に面白い男だった、それが何より嬉しく思えた。またこうやって、心の底から、こんな安心感を抱いて、戦場を駆ける事が出来る今が、これ以上なく・・・嬉しく思う事が出来た。




ああ、だからこそ嘗ての仲間を、最高の友人達を奪った目の前にいる仇敵が心底憎い。





ああ、だからこそ今度こそ守りたいと思う、守りきりたいと思う。





これ以上、奪われるのは御免だ。これ以上、失くすのは御免だ。





白銀武にとって戦争は復讐ではなく、守りたいモノを守る為の戦いなのだから―――














(ああ、そんなヤツだから、アイツがそんな男だからこそ、俺は白銀武が羨ましい!!)
秋水は目の前にいる要塞級の触手を避けながら、その真下に滑り込み要塞級の腹に突撃砲を見舞う。夥しい返り血が秋水の不知火・弐型に降り掛かる。



藤崎秋水には、この場所、あの時より復讐しかなかった。仲間の道半ばで死んだ仲間の無念を晴らす為に十五年の月日を費やしたのだ。
だが、あの男――白銀武は違った。武の話を聞けば、彼は随分と悲しい目に遭っていた。自分と同じ様に大切な仲間を失った彼はそれでも守りたいモノを守ると立ち上がっていた。
顔を上げ、ただ前を向き続ける迷いないあの男はあまりに輝いて見えた。秋水にはそれがひたすらに眩しかった。秋水のような気持ちを抱くものが多い現代においても、復讐しかない自分にとってそれは、砂漠で喉が渇き、目の前に水を欲しいままに飲む男がいる事と同じくらい羨ましいかった。あまりに子供染みた願望を持った白銀武を心底羨ましいと思えたのだ。



その在り方は藤崎秋水が尊敬して止まない隊長、諌山総士と同じものだったのだから。



悲願を目の前に、今更この生き方を変える事は出来ないだろう。もし、白銀武ともっと早く出会えたならと思う時もあるが、そんな事は有り得やしない。



自分は人生という長い道を駆け、その間に標識を見誤ったのだ。武も馬鹿だが、そんな自分も大馬鹿だ。だから馬鹿の先輩として奴の陰りを消し去ってやりたい。





僅かの濁りもない、人類の希望の光。それを秋水は白銀武に見たのだ。







「お前等ァ!! まだいけるかァ!!!?」
秋水が吼える。


『まだまだいけます!!』『余裕ですよ!!』『我等の心配などしてないで進みましょう隊長!!』『隊長のお好きな様にして下さい!!』


自分を慕ってくれる部下達に心から感謝を。


「ハッハァ!! そうかい馬鹿野郎共ォ! それじゃあ遠慮なくいくぜ!! 俺に着いてこい!!!!」
秋水が再度雄叫びを上げる。





そして秋水は尚も戦う、この復讐が終わったらどうしようかと思ったが道は決まった。




先任は先任らしく、後任達を導いていこう、秋水はそう決断した。












「こちらは極東国連軍グラウディオス連隊所属アルマゲスト大隊、アンタレス中隊!! ライトニング部隊、遅れたが今よりそちらに合流する!!!!」


ちょうど主縦坑に出た時、漸くアンタレスは帝国軍ライトニング部隊との合流を果たした。


『アルマゲスト大隊―――!! 漸く来ましたか!! こちらはライトニング部隊隊長、椎名大尉であります!!』


相対した戦術機は深緑色をした、不知火と武御雷の面影を残すその戦術機の名は『志那都』。第四世代機として製造させたそれは二つの戦術機特徴が見て取る事が出来た。


「アンタレス1白銀中佐です。 合流が遅れて申し訳ない、大尉―――」
武は漸く繋がった通信回線をそのままにして言葉を紡ぐ。
「――さっそくだが、こちらに数千規模のBETAが接近してきている! 直ぐに横坑までいき防衛線を築くべきだと進言するが、よろしいか?」
武達のいる主縦坑ではライトニング部隊が交戦し、今アンタレスがそこに参戦したという所だ。だが、更にここに数千のBETAが押し寄せようとしているのだ、さっさと反応炉を破壊し外に向かわせなければ飲み込まれるのは必至だろう。


『そう、ですか―――。 では、どちらが主広間まで行って破壊作業を―――?!』
ライトニング部隊隊長、椎名大尉はどうやら国連に目標を取られるのが御気に召さないのか、態々そんなくだらない事を尋ねてきた。


「防戦はアンタレスが引き受ける! ライトニング部隊は反応炉を頼む!!」
武は作戦開始時に目標を掻っ攫えと言ったが、それは部隊の士気を上げる為だ。まぁそれよりも他軍の手柄をとる程、武は浅ましくないという事だった。


『―――わ、わかりました! それでは作業の間、後ろを頼みます――!!』
武の決断の迷いの無さに気圧されたのか椎名大尉は言葉に躓きながらも頷いて見せた。
『こちらの作業は600程度で済みます!! その間耐えてください!!』



『それでは―――ライトニング部隊! ここはアンタレスに任せ、これより我等が反応炉破壊作業に掛かる!! 各機続けぇ!!!!』
椎名大尉はそう叫ぶと、主縦坑奥へ駆けていった。











『忙しいねェ・・・・でもいいのかい武くん? アンタレスは防戦には向いていないだろう』
そう、アンタレスはアルマゲストのハイヴ突入の先槍だ。突破力はあっても、防戦や支援などの能力は低い。


「そう言うなよ、あちらさんも隊長が替わって色々あるんだろうさ―――」
そう武の記憶が正しければライトニング部隊の隊長は椎名という姓ではない。
「それにアンタレスだって防戦が出来ないってわけじゃないだろ? ようは来る敵全部倒せばいいんだ」
アンタレスは近寄るBETAを蹴散らしながらライトニング部隊の後ろに着いて主広間へと続く横坑前まで来た。


『たった十三機でかい?』
一真は片頬で笑う。


「弱気な発言は禁止だぜ、一真?―――」
武の顔に意地の悪い笑みが浮かび上がっていく。それをいうなら地上のBETAを二機で割ったのはどうなんだ。

「アンタレス1、アンタレス2は兵器使用自由で前衛に立ち、それ以外のものは横坑内、横坑奥から支援砲撃! 一斉掃射!!」
武は高らかに叫ぶ。対して一真はげんなりとして項垂れるように頭を下げた。


『またかよ・・・? 機体持つかわかんねぇぞ』
呆れた溜め息を隠そうともしないで吐き捨てる。


「持たせろよ。 だいいち、BETAはどうせ無駄に沸いてくるんだ、攻勢に出ないと飲まれるぞ?」
武の口角が不適に吊り上る。

「―――お前等もわかってんな?! 作戦成功は目の前だ!! キバれよ!!」


『『『『了解!!!!』』』』


十一の不知火・弐型が突撃砲を構える。
『まったく・・・身体が持たないな―――ま、やってやろうじゃないのォ!!』
一真は未だにぼやいていたが腹を据え、


「いっくぜぇぇえええええっ!! 一真ぁああ!!!!」
『オーライ!!!!』
武と共に接近するBETAに吶喊し、それと同時に後方の不知火・弐型が突撃砲を斉射する。

あと300秒程経てば数千規模のBETAが雪崩れ込んでくる。それを考えればここにいるBETAだけでもそれまでに一掃するべきだろう。アンタレスの隊員達もそれはわかっているようで攻撃に一切迷いが無かった。ようは攻め続ける事でその場を保とうという事なのだ、本来この手段はあまり上等ではない、いずれ崩壊する事が目に見えている消耗戦だからだ。だが、その攻めの要は世界でも最高の衛士、白銀武とそれと同等の緋村一真なのだ。弾丸飛び交う横坑内を二機の不知火・弐型が縦横無尽に跳ね回り、一定以上侵入したBETAを片っ端から殺し尽くす。


『―――オオッ!!』
緋村機が長刀から突撃砲に換装し、横坑入り口のBETAを狙い撃ちにする。
一定ラインを決め、そこで殺し続ければ積み上がった死骸を乗り越えるように新しくBETAが接近してきてしまう。それでは上を取られてしまう為、一真は深くBETAを攻撃する。


「はぁああああ!!!!」
白銀機は長刀と突撃砲を交互に使い巧みな操作で殺しやすいBETAを殺していく。



「一真ぁ!! 一旦主縦坑に出るぞ!! 大型種を片付けるっ!!!!」
白銀機はそういうと横坑から飛び出し、
『オーライ!! ったく次から次へと―――!!!!』
続いて緋村機が飛び出す。横坑内の前衛がいなくなってしまうがアンタレスは武と一真がいなければ皆突撃前衛長を張れるだけの実力がある、小隊規模での先頭もお手の物だ。



「二時の方向、要撃級十八!! 一真――任せた!! 俺は九時方向の突撃級を片付ける!! 道すがら小型種も片しとけよ!!」



『わかってる!!』


横坑内に大型種が入り込んでしまえばそれらを片付けたとしても死骸が肉の壁となって障害になってしまう。ゆえに大型種だけは侵入する前に片付ける必要があった。この二人合わせてこの戦いでどれだけのBETAを片付けてきたのだろうか・・・・その数は小型種を含めれば三千を悠に上回る。一機ずつとしてみれば明らかなオーバーワークだが、それでも終わらない、BETAが迫る限り殺すしかないのだから。
ゴンッと轟音を響かせて植物の茎を這うように数千のBETAが姿を現した。


『―――チィ! 団体さんのお出ましかよ!!』
一真が苦々しげに吐き捨てる。壁から弾かれた大型種、小型種と入り乱れたBETAの雨が降ってくる様はまさに悪い夢のようだ。

「当たんじゃねぇぞ!! ほっときゃBETAの同士討ちになるんだ!! 上手く利用して立ち回れ!!!!」
頭上から降る大型種はその重量によって主縦坑の底にいるBETA、とりわけ小型種を多数巻き込み押し潰していく。


それでも壁を這い、無事に降りついたBETAの数は戦闘前の計測より跳ね上がっており、まだ増えるようだった。


『―――さっ―――すっ―――が、に! こりゃキツイぞオイ!!』
BETAが犇く中、僅かな隙間を縫って緋村機が長刀を振るう。こうなっては加減などしていられない。地上の時と同様、全開機動で対処するしかなかった。更なる負荷の前に緋村機が悲鳴を上げる。
軋んだ金属音が耳に届き、一真の額に嫌な汗が浮かぶ。最早、気力尽きる前に機体の限界を迎えてしまいそうだった。


「そう―――、だなぁ!!!! クソッ!! 凌ぎきれよ一真!!」
白銀機も緋村機と同様の状態だった。フレームの歪みは大きくなり、関節部は摩擦によって高熱か異常振動、異常磨耗か何か起きてしまいそうだった。


『テメェもな!!』
まったくもって厄介だ、と一真は内心毒づく。他人など気にする余裕のない現状において一真の頭には社霞のあの願い事が過ぎっていた―――



白銀さんを戦場で支えて下さい―――



ああ、まったくもってこの上なくどうしようもなく厄介だ。
武自身気付いていないだろうが、緋村一真は今まで武と行動している際に霞の願い通り武を支える戦闘を取っていた。武の負担を減らす為に白銀機から攻撃し辛いBETAを片付けたりと連携において武を支え守衛していた。この上なく厄介な事だが、彼女との約束を反故にする気はなれなかった。何故だか自分でもわからない、唯一つの願望を抱く彼には理解が出来なかった。そして―――ふと過ぎった自らの思考に腹が立った、人を守って死ぬ、それもいいかもしれないと思った自分に激しく苛立った。自分には何も守れやしないのだから。生者を守れるのは生者だけだ、死人である自分が―――




―――ズクン




突然の鋭い痛みに一真の思考は遮られる。頭痛―――そう理解するのに一瞬時間を取ってしまった。


「―――!!? 一真! 危ねえっ!!!!」


「――――!!」
緋村機に文字通り飛び掛ろうとする数対の戦車級。顔ではなく胴にある大口を開き、装甲を食い破ろうと襲い掛かってきていた。



「――――っクッソがァアああッ!!!!!」
痛みを引き摺る頭で手に持つ長刀では間に合わないと判断し、身体全体を捻るようにして左主腕で戦車級を勢いよく薙いだ。



ゴキン、と鉄が砕ける音を聞いた。



「――――一真ァ!!」
武は網膜に映る緋村機に向かって吼える。緋村機はその回転力を生かしそのまま右主腕に構えられた長刀で接近するBETAを斬った。その斬撃に巻き込められたのは大型種、小型種含め二十一体。大型種は絶命していないものもおり、苦し紛れの斬撃は目に見えて浅かった事がわかった。


『大丈夫だ!! テメェは目の前の敵に集中してろ!!!!』
緋村機はそのまま跳躍し、要撃級を真上から串刺しにした。
(チックショウがァ、左主腕がイッたか―――!!)
緋村機の左主腕の装甲は大きく窪み、腕部はだらしなく垂れ下がっていた。



「マズイ―――! このままじゃあ―――」
こちらの勢いが衰え、均衡が崩された事によりBETAはその猛威を振るおうと接近する。





『―――アンタレス全機!! 横坑内から脱出しろ―――ッ!!!!』




突然の椎名大尉からの通信。それはS-11設置が終了し爆破作業を終えようとする合図だった。


「―――アンタレス! 横坑から即時撤退!! 急げぇ!!!!」
武は緊張した顔のまま絶叫する。
主広間から延びる横坑は砲身だ、S-11が爆破されれば膨張した空気が砲弾の様に横坑から吐き出されることになる。



十一の不知火・弐型が横坑から脱出したのと同時、


轟音、大きな揺れが辺りを支配した―――――――――――

















レグルス、スピカの両隊は未だハイヴ内で戦闘を続けていた。

「おおォおオオ―――!!」
リカルド・バルダートは突撃砲で接近する小型種を払いながら跳躍する。

『レグルス8―――フォックス1!!』『レグルス9―――フォックス1!!』

そのバルダートの跳躍に合わせレグルスの砲撃支援がミサイルランチャーをBETAに浴びせる。ミサイルが爆破された事によりBETAの五体が爆ぜ、肉片が辺りに飛び散った。



「スピカ10、スピカ12! ハイヴ奥から侵攻するBETA群先頭にミサイルランチャー斉射!! スピカ3は小隊を率い、残存BETA掃討!!」
リーネ・ブランクは矢次に指示を飛ばしながら、自身も応戦の手を止めていなかった。



現在、両隊は比較的地上に近い横坑内でBETAと交戦していた。ハイヴ内での陽動は思いの他有効であり、ハイヴ内を蠢くBETAの動きを惑わすには十分だった。今回の作戦では99型電磁投射砲の存在もあったせいか、両隊に迫ってくるBETAは少ないものであった。それは主広間に続く主縦坑へ武達がBETAの群を導いてしまった事も原因に挙げられるのだが、ここにいる衛士達には知るよしもなかった。


『バルダート大尉!! 陽動はもう十分です、地上に上がりましょう!!』


バルダートの耳にリーネの声が届く。


『ああ、そうだな!! そろそろ白銀中佐達、アンタレスも目標の破壊に成功した頃合だろう―――』
もしもアンタレス、ライトニング部隊が反応炉破壊に失敗していたとしてもこれ以上ハイヴ内で戦闘を繰り広げるのは過度の消耗を招くだけであり上策ではなかった。まぁバルダートにはあの白銀武が墜ちる所など想像出来ないのだが。


バルダートの言葉が続いている最中、BETAの動きが停止した。


『これは―――』


『―――ふ、・・・はぁ―――』
バルダートは周囲の状況を確認する為に視界を左右に振り、リーネは現状をすぐさま理解したのか安堵の息を吐いた。


BETAの行動が停止する―――それは主広間にて反応炉破壊に成功したという事に他ならなかった。


『やったようですね、中佐達!』


『ああ!』


二人だけではなく、二十四の不知火・弐型の管制ユニットから任務達成の歓声が次々に上がっていた。何度ハイヴ攻略作戦に参加しようと、この瞬間の達成感、安堵感、感動は他と比べ最高のものだった。人類はまた勝利に近づいたのだ、その喜びは身体の芯が震える程だ。



『ブランク中尉――!! これより残存BETA掃討活動に入るぞ!!』
作戦成功の喜びからかバルダートの叫びは明るいものだった。他の者も同様に吐き出される声は明るい、これからはまさに食い放題だ、兵装が残る限りBETAを安心して殺しつくせる。これから行われるのはただの陵辱行為、殲滅作戦―――一方的な虐殺だった。


『―――了解です!! では地上に上が―――』



リーネの口から言葉を吐ききられる事はなかった、




何故なら、




『―――スピカ7!!!?』


スピカの不知火・弐型が、突然爆散した――――



『なっ―――!!?? ブランク中尉!!』
バルダートの背に冷たいものが走った。
両隊の全衛士の心の中で、作戦は成功―――反応炉は破壊されたのではないのかと疑念が大きく膨れ上がっていく。周囲ではBETAがこちらなど意にも介さず近隣ハイヴへと移住を開始している。なら何故スピカ7は大破したのか―――!?


ぐるぐると思考が乱れ狂う頭でバルダートとリーネはすぐさま臨戦態勢の指示を飛ばす。リーネは足を止めたBETAに安堵し、自らが隊も足を止めていた事を悔い、舌打ちをした。


『一体―――何が―――!??』
起きているのか。リーネがこの場にいる全ての衛士の心境を代弁する様に声を上げた。



残った不知火・弐型が一斉に大破した戦術機の方に向き直り戦闘態勢を整える。今や移住するBETAなどに気を回している場合ではないだろう、


爆煙が揺らぐ、






――――――そうして、彼等の目に、彼等にとって戦場で始めてみるダイアログが表示された。























『―――、――――、―――! ライトニング1よりアンタレス1へ――!! 全機無事ですか!?』
主縦坑の底に未だ爆煙が沈殿している中、武の耳にライトニング部隊隊長、ライトニング1――椎名大尉から通信が届いた。


「――――アン、タレス各機! 全員無事か―――? 応答しろ!!」
爆発によって膨れ上がった空気が横坑を砲身に見立てて吐き出された、その爆風の衝撃、巻き上がった粉塵によって通信が上手く繋がってくれなかった。
漸く回線が繋がり、アンタレスの隊員達から次々と無事が伝えられる。


『――アンタレス2・・・緋村機、左主腕損傷・・・それ以外は無事ってね』



全員の生存を確認し、武は安堵の息を漏らす。




『―――アンタレス1!! こちらライトニング1!! 応答―――』


「ああ、――こちらアンタレス1、アンタレス中隊全員無事だ。 しかし椎名大尉、爆破の事前注意ならもう少し早くしていただきたかったが?」
武の声が低く響く。特に責めるつもりはないが、その行動でこちらの部隊が危険に晒されることになったという事実だけでも伝えるべきだろう。その行動によってどうなるか、それを知るだけでもその人にとってプラスに働くのだから。


『も、申し訳ありません! 失念していました!!』
網膜に映る椎名大尉は申し訳無さそうに通信越しに頭を下げた。


「いいや、気にすることないさ。 悪いと思うならこれから忘れなければいい」
武は頭を下げられ、その姿を見て苦笑する。

主縦坑の底で蠢いていたBETAは移住を開始し、既に半数以上がいなくなっていた。
主広間に続く横坑から黒く塗装された志那都、ライトニング部隊が姿を現す。

「ここからは、掃討作戦に入る事になる。 お互い予定通りのルートで地上に出ましょう」


『で、ですがそちらには破損機体もあるようですし、ライトニング部隊と行動したほうがいいのでは―――?!』
椎名大尉は恐らく緋村機を一瞥するとそう進言してくる。恐らく白銀機もそう見えるのか武にも心配するような視線を向けてきた。白銀機、緋村機、その凄惨な姿を見ればどこか破損しているのではないかと言いたくもなるだろう。最早、国連カラーである蒼穹色が見えない二機の不知火は戦場で討ち死にした侍のように血に塗れきっていた。


「だ、そうだが―――一真、これからの行動に支障はあるか?」


『なんでそこでオレに振る? まぁ左主腕は駄目だが掃討だけなら参加できるよ』


「―――この通り問題ないので大丈夫」
武は作戦変更の必要はないというように明るく笑う。


『ですが―――!!』
椎名大尉はそれでもご不満なのか尚も喰らいつく。早く行動を開始しなければBETAに逃げられてしまう為、こうして留まって口論している時間はないのだが。

「それにアトリエ制圧に向かったアルマゲストのカマリがここで合流になるんでね―――ホラ」
武が説明していると、レーダーがカマリの接近を捉えた。


『―――白銀中佐!!』
こちらに向かうカマリ―――中隊長のエリカから通信が届いた。カマリはこちらに向かいながら這い出るBETAを掃討していた。



「だからこちらを気にせずに作戦通り行ってくれ」
武はカマリに向けていた視線をライトニング部隊に戻す。


『―――わかりました、それではそちらもご無事で』
そこで椎名大尉は納得したのかライトニング部隊を引き連れ地上に向かい上昇する。志那都はその出力に物を言わせぐんぐんと加速し瞬く間に主縦坑を駆け上がり、横坑へと入っていった。



『白銀中佐、アトリエの制圧完了しました。 ですが――――』
カマリはライトニング部隊と入れ替わりでアンタレスの前に降り立った。


「ミンスクハイヴと同じだったか?」
エリカが報告に詰ったのを見て武は先に予想していた事例を挙げる。


『ええ、G元素の埋蔵量は200kg程度でした』
フェイズ3のアトリエならば地下茎構造拡大に用いていたといっても1t近くのG元素があってもおかしくない。そう、またしてもG元素の埋蔵量が少なかったのだ。



「そうか・・・詳細報告は後で聞こう。 まずはレグルスとスピカと合流する、地上に上がるぞ」






エリカもそれに頷き、アンタレスとカマリは地上を目指し駆け出した。





それは一度目、二度目のハイヴ攻略作戦の際と同じ勇ましき凱旋の様。
これまで通り、いつも通り、武は達成感を胸に抱いてハイヴ地下茎構造内を駆け上がっていった―――

















「―――ぐぁ・・・は、・・・・・・ぐ・・・」
ごぽ、と口の端から血が溢れ、顎を伝い管制ユニットのそこに落ちた。
「れ、ぐる・・・ス―――、残っ、た・・・ぉぐッ―――者、は、報――――こ、く・・・を―――っ」
思ったように喉が動かず、噎せ返る程口の中に溢れる血が言葉を吐こうとする度に泡が弾ける様な音を鳴らす。

「・・・はぁ・・・ぐ、ぎ・・・はっ・・・はく・・・あ、・・は―――ぁ」
待てども待てども、返答は返ってこない。
耳に届く音は、通信からのノイズと、血が落ちる音、ばちばちと電気が爆ぜる音、自らの荒く浅い呼吸の音だけだった。身体を動かそうにも血が足らない、破損した管制ユニットのパネルが体中に刺さっており、そこから血が溢れかえっていた。彼の意識よりも早く死んだ視界には何も映らない、僅かに残った感覚から傷がどれも深いという事がわかった。


管制ユニットは彼―――リカルド・バルダートの血で溢れていた。破損したパネルにはいたる所に血が飛び散っており、破損したパネルから千切れた配線がむき出しになっていた。
彼の不知火・弐型に数十分前までの勇ましい姿はなく、ごろりと達磨の様にハイヴ坑内に転がっている。事実その機体に両主腕もなく下半分は捥がれてなくなっていた。


「・・・はぁ、は、ぐ―――ぁあ、・・・はあ、あ、ふ・・・は・・・」
呼吸は浅く、不規則で、傷付けられた筋肉を伸縮させる。それが更に出血を呼ぶとわかっていても酸素を求める身体は貪欲に喉を鳴らす。


「か―――はっ・・・だ、れか・・・生き、残ってい、る・・・・ものは、」
バルダートは尚も声を出そうとする。鎮静剤は既に打たれた、それでも彼の傷が癒えるわけでもなく大きく開いた傷口から止め処なく命が零れ落ちていく。







「―――ばる、ダ・・・と、た―――い・・・・」
この場で唯一、バルダートの声を聞いている者がいた。
リーネ・ブランク、彼女もまた重傷を負っている。





この横坑内に、既に二人以外の生物はいなくなっていた。生き残っているのは二人だけ。
バルダートは視界が死に、センサーの類も破損している為に周囲の状況がわからず、尚も言葉を吐く。
「い、きて・・・い―――る、者が、いるの・・・なら・・・そ、刻・・・脱出し、ろ」
彼は、それでも生きている者がいると信じ、命令をし続ける。



「ばるダーと、――い、・・・リー、ね、ぶらん―――く、中尉、です・・・応答、してくだ・・・さい―――!」
リーネの不知火・弐型も大きく破損していた。唯一胴に繋がっているのは右主腕のみ、頭部は半分なくなっていた。モジュール化されたセンサー類の大半を失い、彼女の網膜に映る司会も左半分だけだった。


「生き、ている・・・もの―――は・・ぁ・・・撤、たぃし――・・・」
壊れたテープレコーダーの様にバルダートは命令を繰り返す。
センサー類が辛うじて生きているリーネには彼のバイタルデータが送られおり、彼の状態がわかっていた。直ぐに治療しなくては間に合わない、彼の状態は深刻だった。



「バル、ダート大尉ィい!!!!」
リーネは絶叫する。お腹の傷が痛む。彼女もまた破損したパーツによって重傷を負っていた。


「バル、だ―――ト大尉!!応答して下、さい!リーネです!!リーネっ、ブランク中尉・・・です!!お願いですから・・・応、答して下さい!!!!」
片手では覆い切れない腹の傷を左手で抑え、痛みに耐えながら再度リーネは叫ぶ。もしかしたら彼の通信システムは受信機能が死んでいるのかもしれない、そう思っても叫ばずにはいられなかった。





「―――・・・・ぶら、・・・ち・・尉か・・・よか、―――た・・・ぐ、ゴホッ、げっ――ォエ」
漸く聞こえた返答にバルダートの口元が緩んだ。


「き・・み、だけ―――でも、撤退・・・し、ろ・・・」
彼女が生きていた、現状これほどうれしい事はなかった。

だから、生き延びて欲しかった。



「―――駄目、ですね・・・私の・・・弐型も、右手だけに、なってま―――す、から」



バルダートの希望は脆く砕け散った。つまり、この場から二人とも離脱する事が出来ないということだ。



「―――そう、・・・か」
力なくバルダートは吐き捨てる。



「・・・だ、じょうぶですよ・・・っ!シロ―、ネ中、佐達が・・・直ぐに、見つけてくれますから・・・・それ、まで・・・がんばって・・・」
ごほごほと、リーネが喉に流れる血に咳き込む。


「かっ―――は、そうだ・・・な・・・・・」
バルダートは腹の上に手を置き、呼吸を整えようと尽力する。
「はぁ・・・は、・・・ぉ・・・ぶらん・・く中尉・・・はぁっ、あ、他の・・者は・・・?」



「――――ぁ、はぁ、ごっ―――おぇ、」
不知火・弐型が部品を大きく軋ませながら、半分になった視界を動かす。リーネの網膜に投影された外の映像には大破した不知火・弐型のパーツがごろごろと転がっているのが見えた。
それを今の彼に伝えていいものか、とリーネは考える。



「ぶ・・・―――んク中、尉・・・?」



「――・・・他の、み―――な、は・・・」
意を決しリーネが真実を伝えようとするが、突如ノイズが走り、警報がイカレた管制ユニット内に響いた。


ハイヴ奥から移住しようと這い出ようとするBETAの群の接近、それを伝える警報。




それは横坑の底に横たわっているバルダートとリーネの不知火・弐型は間違いなくBETAの群に轢殺される、という事だった―――

















『前方、1300にBETA群! 数は凡そ2000! カマリはアンタレスと連け――――っ!!??』
アンタレスとカマリは連携し、残存BETAを掃討しながら地上を目指していた。そこに新しいBETAを捕捉したとエリカが伝え、排除の命令をしようとしたが、途中で息を呑み言葉に詰まった。


『し、白銀中佐!!!!』



「レフティ少佐、どうかしました―――!?」
急なエリカの緊迫した声に驚き、その事を問おうとしたが、武の眼にもその情報が映し出された。
それの情報はアンタレスとカマリの前方を移動するBETA群、更にその前にレグルスとスピカが存在するという事だった。それも“たった二機”で。


「なんで、二機だけが―――!?」
嫌な予感がする。


BETA群と二機のレグルス、スピカは約180秒でエンカウントという所だったが、一向に動く気配がない。


嫌な予感がする、何故・・・レーダーが更新されてないのか?いいや、それ以外の情報は更新されているし、ほら今だってデータリンクであの二機、バルダートとリーネの情報が―――





データリンクによって送られてきた情報に武は息を呑んだ。他の衛士達の下にも送られてきているのか皆一様に驚きの声を上げる。


『ち、中佐!! バルダート大尉とブランク中尉が―――!!』
エリカの鬼気迫る声が武の耳に届く。



「わかってる!! アンタレス!カマリ!! 全力走行だ!! 推進剤を使い切っても構わない!! BETA群の前に立って進行を止める!!!! 急げぇえ!!!!」
武が絶叫する。体中から一気に汗が吹き出た。


二機の不知火・弐型はほぼ大破した状態だったのだ。そして搭乗する衛士はいずれも重傷、特にバルダートにいたっては瀕死の状態だった。このままいけば前のBETAと衝突する事になる。あの機体状態ではまず助からない。




アンタレスとカマリの不知火・弐型が噴射ユニットから煙を撒き散らしながら最速でハイヴ坑内を飛翔する。


ハイヴの蟻の巣の様な地下茎構造、進攻時にはBETAを巻くにも有効な複雑に出来ているそれが今は恨めしかった。




「―――こちらアンタレス1!! レグルス1!! スピカ1!! 応答しろ!!!!」



「バルダート大尉!! リーネ!! 返事をしてくれ!!!!」
武は幾度となく叫び続ける。



そして、武の網膜に一つのダイアログが表示される





―――――警告:自決装置作動







「―――――!!!!」
武は更に絶句する。


『バルダート・・・・リーネ・・・あい、つら―――!!』
一真は苦々しげに声を上げる。
















「はは、は・・・・ぉえ、オホっゲェホっ――・・・・なんだよぉ、今の情、ほ―――」
リーネは力なく渇いた笑い声を響かせる。ノイズが走り、そこでレーダーは死んだ。だがその情報はしっかりと読み取れた。


『―――ど、ぅか・・・したか・・・?』
バルダートはもう声を出す事さえも難しいのか、吐かれる言葉は短いものだった。



「―――・・・ぁと・・、600秒・・程で・・・ぇ、・・こち、らにBETA群が・・・きます・・・」
知れず、リーネの頬に涙が流れた。



身動きが取れない身の上では回避のしようもなく、間違いなく自分達は走るBETAに轢殺されるだろう。




『・・・・・そ・・・・か・・・・』


最早打つ手はない、この機体も滅茶苦茶に踏み荒らされて形を残せない、あの情報も持ち帰る事は出来ない。





『・・・ぶ、ラん・・・く、チ・・・うい・・・わかっ、て、るな・・・?』


血を吐きながらバルダートは苦しげに言葉を紡ぐ。





『は―――い、・・・そう・・ですね』



自分の物とは思えない程、思った通りに動かない重い腕を動かし、二人は自爆シーケンスを立ち上げた。





――――ああ、白銀武を支え続ける事は、ここで打ち止めだ。そして、切り拓かれた未来を目にする事はもう叶わない。





                                                                母との約束は、果たせそうもない―――――








                            ((それでも、それよりも死にたくない、死なせたくなかった))










あと、数秒も経てばBETAと接触し、S-11が爆発し、死が訪れる。








けれど、その前に言っておかなければならない事があった。










『・・・・・・り・・・ね・・・ぶら、く・・・・・『バル、ダート・・・大尉』







『・・・・・・・私、の・・・事・・・好き、ですか?』











『―――――・・・・・・・・・ああ』











『―――リーネ・ブランク・・・・・君を、愛している・・・・・・』









――――――――――――二機の不知火・弐型がBETAの群に飲まれた瞬間、強烈な閃光が横坑を包んだ













その間際、バルダートの耳には確かにリーネの声が聞こえていた












                                       ――――――はい、私もです























閃光―――轟音――――爆炎――――振動――――







「――――・・・・・・リカルド・バルダート・・・・リーネ・ブランク・・・・・・・っ!!」
爆破の被害が収まった後、アンタレスとカマリは少し前まで二人がいた場所に立った。前にいたBETAは二つのS-11の威力によって吹き飛んでおり、横坑の壁は黒く焼け焦げていた。確認できるものは僅かに残った、不知火・弐型の装甲の破片、焼け焦げたBETAの肉片だけだった。










『――――中、佐・・・・・・』


「・・・・・・生存者は、いないみたいだな」
エリカが声を掛けるが、武はそれに応えず独り言のように吐き捨てる。


「作戦は・・・続行されている・・・! アンタレスとカマリは、地上に出て・・・地上のBETA掃討に参加する・・・・・!!」
武はそういうと両隊を率い地上へと飛び出した。












地上に出ると雲が払われ、太陽が姿を見せていた。





「―――・・・こちら、アンタレス1。 CP、聞こえているか?」
武は静かにCPへと、回線を繋ぐ、



『―――アンタレス中隊、白銀武中佐!! 反応炉破壊助力お疲れ様です!!』
ライトニング部隊が先に司令部へと伝達したのだろう、CP将校の声は明るかった。



武の表情は、変わらず精悍として保たれたままだ。



「ああ、それと一つ報告がある」



『はい、何でしょう?』




武は一度だけ息を深く吸い込み、
「レグルス中隊、リカルド・バルダート、スピカ中隊、リーネ・ブランク―――両名をKIAと断定。 両隊以下二十二名を、MIAと断定―――」
CPへと二つの中隊が、全滅した事を伝える。


『―――は、い?』



「報告は以上だ、詳細は後で。 ・・・・・残ったアンタレス、カマリはこれより残存BETA掃討に参加する」
CP将校の間の抜けた声を無視し武は一方的に報告だけすると通信回線を切った。




「アンタレス1よりアルマゲスト全隊へ! これより残存BETA掃討に入る!! 二個中隊で連携し、BETAを叩く!!!!」
そう伝えるとアンタレスとカマリは近隣ハイヴに移住するBETAの群に突撃する。


『―――・・・・了解しました!』
エリカはそれを聞くとカマリの指揮をとる為に通信を切った。





通信が切られ、武は管制ユニット内で一人呟いた。


「・・・・・・チクショウ・・・・」








ああ、また死んだぞ





また、たくさん死んだぞ







目の前で、仲間がまた死んだぞ






また・・・・守りきれなかったぞ







「ちくしょう―――くそ・・・・くそぉ―――っ!」
目の前にいるBETAを睨む。





ああ、これはただの八つ当たりだ。





「―――くっっっそぉぉおおおおおおォオォオオおおおああああアアああああッ!!!!!」





雨が止み、晴れた空の下、






血に濡れた不知火・弐型の管制ユニット内、武の咆哮が轟いた。





















あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。



初めて二話同時投稿を試みました。
いや、思いの他長くなってしまいまして、区切り所がわかんなくなっちゃいまして、


こうなりました。


二十話の武ちゃん無双の際の
私の頭の中ではもう武ちゃんが拳一つで戦っている様にしか
思えない有様。
髪の毛逆立てて、叫びまくり、金ぴかの右腕でばったばったとBETAを殴り斃す、そんな風景。


そしてこのSS中三人目の死人(他二十二名)の描写(最初の一人は皆忘れてるだろうけどテラーさんだよ!!)
難しかったです、っていうより辛かったですね。
バルダートとリーネの死は妄想初期段階から決まっていたんですけどね。




そういえば十九話でもやったんですが、右に寄せて書くっていう方法はどうでしょうか?見づらいだけなら修正したいと思うのですが。



さて、漸く終わったよウランバートルハイヴ攻略作戦・・・
まぁ次もトゥブから始まるから終わったともいえないんですが・・・




それでは、次回にお会いしましょう。では。



[13811] 第二十二話 『焔群』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/04/04 21:37



2006年 某日


目の前には木造の上質な扉。その扉の前に立ち止まり姿勢を正し、一呼吸置いた後三度手の甲で扉を軽く叩いた。
部屋の中から「どうぞ」とノックに応える声。入室の許可を貰い、失礼しますと断ってからドアノブへと手を掛け、ゆっくりと手首を捻り木造の扉を開く。


「極東国連軍、白銀武少佐であります! この度は菅原准将の招待を受け、この場に参上致しました!」
部屋に入り数歩進んだ後、白銀武はこの部屋の主である菅原幸治に右手を上げ、敬礼をした。

白銀武の姿を確認すると、菅原幸治は腰掛けていた椅子から立ち上がり白銀武に敬礼を返す。
「極東国連軍グラウディオス連隊指揮官、菅原准将だ。 ようこそ男鹿基地へ、白銀武少佐」
二人は敬礼から姿勢を直し、菅原幸治は顔の皺を際立たせる様に笑みを湛え、白銀武の来訪を歓迎した。
「まぁ楽にしたまえ。 横浜から遠路遥々、疲れたろう?」
菅原幸治は手に持った杖で身体を支えながら重そうに再び椅子に腰を下ろした。


「いえ、心配はご無用です。 用意していただいた車も輸送機に比べれば随分と乗り心地のいい物でしたし、」
白銀武は後ろで手を組む姿勢のまま小さく笑う。
「男鹿基地にくるのも久々だったので気持ちも弾みましたよ。 お久しぶりです、菅原准将」


「ああ、二年振りになるか。 こうして君と顔を合わせるのは―――」
菅原幸治は黒い革張りの椅子に更に深く座るように背凭れに身体を預け、姿勢を僅かに崩す。そうして二人の間の空気が軍人としてのものから久々に出会った知人のものへと姿を変えた。


「そうですね。 菅原准将や藤崎大佐の下で得られた経験は今でも役立っています。・・・お陰でこうして生きながらえていますよ」
白銀武は感謝の念を込め、一度頭を下げる。

白銀武は鉄原ハイヴと重慶ハイヴ、その二つの攻略作戦に菅原幸治が指揮を執るグラウディオス連隊、それに所属するプトレマイオス大隊に所属し参加していた。重慶ハイヴ攻略作戦の後、横浜基地副司令香月夕呼から呼び出しがかかり部隊を離れる事になった為、白銀武と菅原幸治がこうして合間見えるのはそれ以来となっていた。


「ふはははっ! 世辞はいい。 私はどうせ前線に出ず後方で作戦を見通し、部隊へ指示を飛ばすだけの将官だ。 君になら藤崎の教えの方が役立ったろう」
菅原幸治は戦闘機のパイロットからBETAとの戦争により衛士となり、現在の戦術機開発の前身を担った古参の豪傑だった。しかし、その後の戦闘で負傷し、その後遺症によって衛士としての生命を奪われる事になる。しかし、その長い軍歴、その中で培われた技能や知識は現在においても重宝されるものであり、一線を退いたものの、彼は部隊指揮官としてその能力を遺憾なく発揮していた。その彼の知識や、彼の語る経験は白銀武にとって大変興味深いものであり、菅原幸治の部隊を離れた後も大いに役に立つものになっていた。


「そんな事ありません。 先程も言わせて頂いた通り、准将の指揮下で得た物も今の俺にとって掛け替えのないものです」
その言葉に嘘はないと、白銀武は真っ直ぐに菅原幸治を見詰めながら胸を張った。


「ふふ、そうか・・・こんな老いぼれでも若者達へ役立つ事を教えられていると言うのならば、それは重畳だ」
菅原幸治は心底嬉しそうに目を細める。
「ああ、そうだな・・・我等先達は後の世に希望を繋ぐ手立てを打ち続ける事が使命だ・・・・。 そこでだ、白銀少佐、」


菅原幸治は人差し指をすっと白銀武に向け、更に言葉を紡ぐ。


「私はグラウディオス連隊に新しく一つ、大隊を新設しようと考えている。 そして、君に指揮官を頼みたい」
菅原幸治は机に乗り出すように身体を屈め、顎の前で指を組み、白銀武にこの場へ呼び出した旨を話しはじめる。
「新設する部隊は国連上層部の要望によりハイヴ突入部隊として練成される。 ゆえに白銀武・・・・過去四つのハイヴ攻略作戦に参加し、作戦において多くの功績を残した君の力を借りたいのだ。 君の力はよく知っているし、これは藤崎の推薦でもある・・・」


それは当時の白銀武にとってとても大きな衝撃だった。


「招待される衛士達は若者を主にする・・・・ゆえに君の戦術機操縦技術、かのXM3基礎概念考案者たるその知識をより広める為に部隊の教導も兼任してもらう事になる。 そう、君に望むものは、上が求める結果を出せる部隊を育て上げる事、そしてその結果を出す事、だ。 厳しい役目だが、受けてくれるか?」


「俺はまだ二十一の若造です。それに部隊指揮を任されるようになってからも日が浅い・・・総じてその様な大任を務めるだけの経験が十分ではないでしょう・・・」
それは今の自分を省みての客観的な見解。
「それでも、俺はやります! やって見せます!!」
XM3が広まった事による世界の衛士に対しての白銀武の優位性。それを多くの人に伝えられる事によってBETAに対しての戦力も整えられるし、何より衛士の生存率も上昇する。それは白銀武にとって大いに好ましかった。


「そうか。 それではアルマゲストを君に任せよう・・・・白銀武」
菅原幸治は満足そうに笑みを湛えた。


















2007年 7月9日 1849


「緋村一真大尉、貴様には明朝0500まで自室にて謹慎を命じる」
一真は自室に入り、エリカに振り返った。明かりの点けられていないこの部屋にとって廊下の電灯と窓から差し込む月光だけが光源になるので、その逆光からエリカの顔は一真側から窺う事は叶わなかった。

「いいんですか? 一応、営倉入り以上を覚悟してたんですがね」
拍子抜けだ、と言わんばかりに一真は肩を竦めた。


「・・・・・・・」
表情が伺えないのはエリカとて同じ、暗い室内に立つ一真の表情は月光も届かず彼の顔には文字通り陰が落ちていた。エリカはいまいち一真の考えが汲み取れず少しだけ押し黙った。
「貴様への罰則は横浜に戻った後だ。 それに、今は貴様一人を構っている暇ではなくなったからな」
エリカの凛とした声が暗い個室に響いた。


「そうですか。 まぁ、そいつは仕方ないですね」


「・・・・・・」
一真の軽い声色にエリカの眉が顰められる。いくら衛士といっても同じ人間であるなら多少なり思う所があるだろう現状において、緋村一真の声はエリカの神経を逆撫でるものであった。いや、他に迷惑がかからないよう明るく振舞っている可能性もあるのだが。エリカには目の前に佇む男の考えがよく把握できなかった。
「・・・・貴様、あの時・・・斯衛軍第16大隊へ救援に向かったのだったそうだな。・・・・・どうしてそんな事をした?」
そう、エリカが緋村一真をわからなくなったのはあの瞬間からだった。


「さぁ? 自分でもよくわかりません・・・・」
一真は両掌を上に向け、惚けた態度をとる。


「―――――そうか」
エリカは浅く溜め息を吐き、
「それでは私はいくぞ。 解禁までに何かあれば連絡が行くようにしておく・・・・それまで、ここで大人しくしているんだな・・・・」
そう言い残しエリカは扉を閉めた。


一真の耳には軍靴が鳴る、硬い足音が届き、エリカの気配はだんだん遠ざかっていった。





一真はエリカの気配が自身の感覚範囲外に出た後大きく溜め息を吐き、椅子へと腰掛けた。
相変わらず明かりも点けず、部屋は暗いまま。部屋を唯一照らす月光によって一真の赤眼が暗闇に浮かび上がっていた。




「――――ああ、わからねェよ・・・何も、さ」














7月9日 トゥブ仮設基地 1934


整備兵達の声と、幾つもの機械音が響くハンガー。そこでは作戦が終了した後にも拘らず多くの整備兵達が忙しく働いていた。


「秋水さん、俺達がD-024(門)から出てきた時・・・一番近くにいた国連軍はプトレマイオスでしたよね? 何か、拾えませんでしたか?」
ハンガーにいるのは整備兵達だけではなく、今から出撃しようとする衛士達の姿もあった。その衛士達の中、白銀武は国連軍の黒い軍服姿で今から出撃しようとする黒い強化装備を纏った男、国連軍グラウディオス連隊所属プトレマイオス大隊指揮官、藤崎秋水に声をかけた。藤崎秋水にはこれから任務があり時間が限られている、武は手短に聞きたい事だけを聞いた。


「ああ、それはそうなんだが・・・やはりハイヴ内での戦闘の情報は拾えてなかった。 この話じゃどうにも力になれそうもない、悪いな・・・武」
戦術機の元へ向かう秋水、それに着いていく武。まるで逃げる相手に追い縋るかの様な構図だが、秋水にその様なつもりはない。


「そう、ですか・・・・」
秋水の答えを聞き武の足が止まった。


秋水もそれに合わせるよう足を止め、武に向き直る。

「―――ふぅ、そう落胆するなよ武。 これからデブリーフィングがあるだろ。 その時んなりゃ何かわかるかもしれないぜ」
その言葉は武を宥めるようで、穏やかなものだった。
端から見れば二人の様子はいたって普通だ。どちらにも哀色は見られない、ただただお互いの言葉に真摯な態度で応対する二人の左官がそこにいた。


「・・・・・そうですね。 ・・・・あー、相変わらず落ち着きねえな、俺」
武は少しだけ顔を伏せ、その後頭部をがしがしと掻いた。

「じゃ、俺はこれで。 秋水さん、哨戒頼みます」
伏せられた顔を上げ、武の見せた表情はいつも通りの明るいものだった。


「おう! お前も国連軍代表として頑張れよぉ!」
秋水はそう言いながら身を翻し、自身の戦術機の待つ場所まで歩いていった。


秋水の姿が管制ユニット内へと消え、少し経った後にプトレマイオス全機がハンガーから出撃を開始した。その姿を武はキャットウォークから静かに見送った。



秋水達はこれから基地周辺の哨戒任務に就く。いくら作戦が終了したといっても移住しそこなったBETAもいるかもしれないし、遥か遠方の事だがソビエトと米国がH・25攻略作戦を執り行ったのだ。その作戦が成功したのなら移住してくるBETAもいるかもしれない・・・BETAの移動能力を考えれば物理的に有り得ないのだが、それでも警戒するに越した事はない。作戦が成功し、その喜びに緩んでしまった時が一番危険なのだから。


秋水達が出撃した後、武はキャットウォークに備え付けられたベンチに腰をかけた。
デブリーフィングまではまだ時間があるし、と一息吐くと思いの他疲弊していたのか弛緩した身体が酷く重く感じられた。


「秋水さん・・・・・・レグルスとスピカの情報は、何もわからないらしいですよ」
この場にいない人物に向けられた呟きはハンガーの喧騒に紛れ、誰の耳に届くことなく消えていった。



本日決行されたウランバートルハイヴ攻略作戦。その作戦でリカルド・バルダートとリーネ・ブランクを始としたレグルスとスピカの二十四人の衛士が戦死した。実際に死亡が確認されたのはS-11で自決したバルダートとリーネの二人のみ。ハイヴから這い出るBETAを捲き込んだ大爆発は跡形もなく消え去り、レコーダーから情報を得る事も叶わず、他の二十二名の戦術機の姿を確認できなかった事から爆発に捲き込まれた可能性が高かった。武達にデータリンクで送られてきた情報もバルダートとリーネの機体状態と二人のバイタルデータのみ。司令部にもハイヴ内にいる部隊とは交信出来ないし、マーカーが確認できていたとしてもハイヴのその性質上見失い易い為、正確な情報は司令部にもあまり入ってこない。詳しい事は後の調査部隊の報告を待つしかないが、現状において彼等に何があったのか、それはあの場にいた彼等以外に知り得ない事だった。


「―――ふぅ、」
武は顔を上げ、無機質な鉄骨が見えるハンガーの天井を仰ぎ見ながら溜め息を吐いた。


作戦中、秋水も気を利かし前線を押し上げ門近くまできていたのだが『何か』を感知する事も叶わず、武達はあと一歩という所で仲間を救えなかった。そして何かがあった筈なのに、何も知る事が出来なかった。無力感―――それが武を苛む疲労感の原因だった。


「―――白銀中佐、こちらにいましたか」


ふと、ベンチに腰掛けていた武に凛とした声が掛けられた。



武は天井を見上げていた視線を、その声の持ち主――エリカ・レフティに向ける。
「―――ん?ああ、レフティ少佐――――――」
エリカは武より数m離れた所におり、尚もこちらに向かって歩いてきていた。こんなに近づかれるまで気付かないなんて気が緩みすぎだ、今も哨戒任務に当たっている部隊に申し訳ない、と反省した。
「―――どうかしましたか?」
武はベンチから腰を上げ、こちらに向かい歩いてくるエリカに向き直った。



「遺品の整理が終わったと報告しにきました―――」
エリカは淡々と報告事項を述べていく。報告よると一真は明日の朝まで割り当てられた部屋でひとまず謹慎という事にしたらしい。

「それと哨戒任務に当たる戦術機について整備班に状態を確認しようと思いまして」


「ああ、それなら主腕が壊れた一真の弐型と俺の弐型は出せないらしいです。 隊長が出れないようじゃ哨戒任務は回ってきませんよ」
白銀機と緋村機は外部の損傷よりも内部の損傷が酷い為まともに動かせない状態であり、武が整備班班長聞いた話ではやはり廃棄処分が妥当だと言うことだった。
「今はプトレマイオスが交代で哨戒に出ました。 ――――俺とレフティ少佐はこれからデブリーフィングに出席って事です」

エリカは武の淡々とした口調に少しだけ気圧されたように半歩、片足だけ退きその状態から更に姿勢を正した。
「そうですか、わかりました。 ・・・・白銀少佐、バルダート大尉達の死亡報告書類は―――」


「それは俺が書きます」
武はエリカが全て言い終わる前に結論を述べた。その表情はいつもの調子のいい明るいものではなく、真剣な表情だった。
「香月副司令への報告も俺がします、というか副司令への伝達はもう済みましたし。 それに、前も、そうだったでしょう?」
そう言うと武は心配しなくても大丈夫だと言うように小さく笑みを浮かべた。
そう、前々回のブラゴエスチェンスクハイヴでアルマゲストから出た八名の戦死者、その時も死亡報告書類は全て武が書いたのだから。


「わかりました」
エリカは短く返事をし、


「それじゃあ、そろそろ会議室に向かいますか」
武はそれに頷いた後そう言ってエリカを引き連れてハンガーから立ち去った。








「やはり、部隊半壊というのは皆ショックなようでした」
会議室に向かう間、武はエリカと途切れ途切れだったが会話を続けていた。


「そうですか・・・まぁ、今だけはそっとしときましょう」
エリカもそうなのだろうと、武は思いながら口元に笑みを浮かべながら応えた。


「よろしいのですか?」
エリカは少しだけ訝しげに目を細め、武に問いかけた。エリカとしてはその様な現状では他の者のモチベーションを下げかねないので武に意気消沈とした者を叱ってほしかったのだが。

「勿論明日には立ち直ってもらいますよ。 ただ―――今日だけは、それを許そうと思うんです。 それに、アルマゲストには他に迷惑をかける様な馬鹿な悲しみ方をする奴はいませんしね」
例えば悲しみに呑まれ塞ぎ込んでしまったり、例えば悲しみから来る激情を辺りにぶつけてしまったり。そんな事をする奴はいないと、武は部下を信用していた。


「―――随分と優しい、寛大な判断ですね」
エリカは軍人として優し過ぎる、甘いとも言える武の発言に眉を顰める。


「甘い、と自分でも思いますけど、やっぱり悲しむ事も大事ですよ。 悲しい時に泣けない事ほど、悲しい事無いですから」
武は困ったような笑みを浮かべながらエリカに応えた。


「悲しい時に泣けない事ほど、悲しい事はない・・・ですか・・・、」
まるで痛みに耐える子供にそう諭すかの様な言葉だったが、恐らくその言葉は軍人としてではなく、人間としての言葉だろうとエリカは推察した。


「ええ、昔そう言われた事があるんですよ」
武は笑い声を漏らしながらも応えるが、何か引っかかりを覚えた。


「そう教えてくれた方はお優しい方だったんですね」
エリカは両親の事を思い出しながら少しだけ口元を緩ませた。思えばその様な言葉を何度か言われた様な気がした。


「え、ああはい。 優しい人だったと思います」
優しい人、確かに優しい人だったと思う。だがそれを自分に言った人物が思い出せない。誰だったかとどれだけ記憶を探ろうと答えは出ず、きっと霞だろうと当たりを付け、納得した。



「―――何にしても、楽しむ事も、悲しむ事も、怒る事も、喜ぶ事も生きているからこそ出来る事ですから。 それもまた、生きている者の責任だと思いますよ」
そう生きている人間にはそれだけの権利がある。気を病む事も権利の内だが、それで溜め込みすぎてもよくはない――――だから悲しむ事も大切だ。



生き残った者の責任、義務、権利。それは戦い続ける事だけではない、一人の人間として幸せを掴み、生を謳歌するのもまたそれに当たるのだから。


「そうですね。 中佐がそう言うのなら、他の者はそっとしておく事にします」
エリカは吸い込んだ息を大きく吐くように小さく笑みを湛えながらそう呟いた。


武はそのエリカの様子を見て満足そうに笑みを溢す。
エリカもまた真面目な人間だ。それ故に今回の作戦におけるこの被害は自分にも非があると考えている所もあるだろう。だがそんな事を考える必要はないのだ。
アルマゲストの指揮官は白銀武。だから、その責任は武が負う。彼等の死は、自分が背負う。決して引き摺らず、背負いきってみせる。


武はそう胸に秘め、ブリーフィングルームの扉を静かに開いた。















7月10日 トゥブ仮設基地 0539


武はデブリーフィングの後、ハンガーを訪れていた。

「ホント、すみません。 処分をそちら任せにしてしまって」
武は申し訳無さそうに口を開いた後、頭を下げた。


「いやいや、ハイヴから凱旋してこうなったんじゃあ仕方ありません。 それに無事作戦を成功させて逝けるんだ、コイツも満足だと思いますよ」
武の目の前にいるツナギを着た男性、整備班班長は書類に向けていた視線を上げて、朗らかな表情を見せた。


「そうですか・・・なら、いいんですけどね」
武もつられる様に小さく笑う。


「そいじゃ、こちらは手筈通り不知火・弐型十九機の輸送車両へ積み替えを開始しますので、私は失礼しやすよ」
武の答えを聞き、班長は口許に笑みを浮かべそう言うと作業を開始する為に仲間達の下へと駆けていった。


武は大きく一つ吐きながらそれを見送っていると、整備班班長と入れ違いにこちらに向かってきている人物に気付いた。









「―――――一真」
武はこちらに向かってくる人物、緋村一真に向き直りながら小さく呟いた。


「おはよう、武くん。 ああといってもその様子じゃ武くんは昨晩は徹夜だったか」
一真は手をひらひらと翳しながら武の元へと歩む。


「ああ、そうだよ」
武は微笑みながら一真の声に応える。
「っていうか、お前もう部屋から出ていいのか?」
そう言いながら時計を見ようと武は視界を左右へ動かした。


「0500までって話だったんだがね。 レフティ少佐がいつまでも解禁許可をくれにこないんで勝手に出てきた」
一真は肩を竦めながらやれやれと溜め息を吐く。


「勝手に出てくんなよって、あ~、そうか。 レフティ少佐には少し休んでもらったんだった」
勝手に謹慎を解いた事を咎めようとしたが、時間通り解禁できなかったのは自分に非があったと武は顔を片手で覆いながら肩を落とす。


「おやおや、やっぱ疲れてんじゃないのか? あんまり無理するなよ」
武が肩を落としたのを見て一真は苦笑い気味に声を上げる。


「無理はしてないさ。 それにしても、何でハンガーに?」
武は顔を覆っていた手を下げ、視線を一真へと向けなおす。


「いや、オレの不知火・弐型を見に、ね」
一真はそう言いながら視線を武から上へと向ける。
「やっぱり廃棄処分かい?」
その視線の先には他の不知火・弐型と離れて置かれている武と一真の不知火・弐型の姿があり、装甲が剥がれていた箇所には青いシートが張られていた。


「ああ、二機と、他にも四機が廃棄処分だと。 今その指示を整備班に伝えた所だ」
武は一歩足を退き、自分の不知火・弐型へ身体を向けると一真の視線を追い、自らも不知火・弐型を見上げる。




「そうかい・・・。 短い間だったが・・・ありがとうよ、不知火・弐型」
武の言葉を聞き、一真は少しだけ目を細め、そう呟いた。不知火・弐型を与えられてから一ヶ月程度にも拘らず、その顔はまるで長年苦楽を共にした仲間を労い、別れを告げる様に寂しげに見えた。


「一真、お前やっぱりリーネみたく戦術機大好きだろ?」
武はおどけながらそんな事を言い放つ。


「―――まさか」
武の言葉を一真は鼻で笑い飛ばし顔を下げた。
「オレはただ、戦術機に詳しい・・・いや、その知識を刷り込まれただけで、リーネみたいに趣味として思うところがあるわけでもない」
顔を伏せた事により長い白髪が表情を覆う様に下へと流れる。


「バルダートやリーネ達の事について、何かわかったか?」
一真は再び顔を上げ、武へと気になっていた事を問いかける。そもそも一真はここで誰かに会うつもりはなかった。ハンガーには不知火・弐型の様子を見に訪れただけだし、バルダート達についても追々武に聞くか、武からの説明を待つつもりだったのだ。だが、こうして出会ってしまった為聞いておくことにしたのだった。


「いいや。 帝国・・・司令部も何が起きたのかっていうのは、やっぱり把握してなかった。 今の所ミンスクハイヴの時と同じく原因不明って事で、一段落着く事になった。 ・・・これ以上はこれから派遣される探索部隊の結果待ちになるな・・・」
武はデブリーフィングでも新しい情報は齎されなかった事を苦々しげに告げる。


「そうか・・・残念だな」
一真はそう言うと再び視線を上げた。


また不知火・弐型を見ているのかと思ったが、その赤い眼は何かを捉えるのではなく、彼の視線を宙に彷徨わしているだけのようだった。


鉄を鳴らす硬い音が響くハンガーの中、一真のその様子は懺悔の瞬間のようにも見え、憂いを帯びたその表情はとても儚いように思えた。





「・・・・そういえばさ、一真。 お前なんであんな事したんだよ?」
“あの事”と言うのは勿論、斯衛第16大隊の所へと一人で向かった事だ。別にそれがなければ作戦も予定通りに進み、バルダート達も死ぬ事はなかったのかもしれないと一真を責めるつもりはない。ただ、武にはどうにもあの行動が解せなかった。一真が何故あんな行動に出たのか、武が持ちえる情報からでは答えを出す事ができなかったのだ。


「ふぅ・・・レフティ少佐もだが、何でそんなに気にするのかねェ」
一真は視線を武に戻すと薄い笑みを浮かべながらおどけたように肩を竦めた。


「同じ部隊の仲間なんだ、当たり前だろう? それにあんな事をしたんだ、帝国からは何も言及されなかったが国連からは遠からず責を問われるぞ」
先程のデブリーフィングにおいて、一真が単機で斯衛軍第16大隊の前に現れた事について帝国から不思議と追及されることはなかった。その後に斑鳩紀将に問いただしてみれば、戦闘中と同じ様に責を問うつもりはないと答えられ、事実上一真や武は帝国から何かしらの罰を与えられる事はなくなった。だが、国連は違う。不測の事態、その後に部隊の半壊ともあれば流石に罰は下されるだろう。




「はは、ならその時に言い訳でも何でも言うさ」
一真はくぐもった笑いを漏らすと、身を翻し武に背を向けてそのまま歩き出した。


「おい、流石にそりゃないだろう。 何の理由も無しにあんな事したって言うのかよ?」
武は一真を引き止めようと声を上げる。






一真は聞く耳を持たんと言わんばかりに歩みを止めなかったが、思い出したように足を止め、武に振り返った。




「ああ、そういえばさ。 何で武くんはあの時、態々危険を冒してまでオレを追ってきたんだ?」
アルマゲストは勝手に単機で行動する馬鹿など放って作戦を遂行するだろう、一真はそう踏んでいた。だがその予想に反して白銀武という男は何を思ったのか自分を同じ様に単機で追ってきたのだ。それは一真にとって大きな疑問だった。




「はぁ? お前、人の質問にはまともに答えないくせに、何馬鹿な事言ってんだよ」
けれど、武からしてみれば何の事はない、ある意味当然とも言える行いだった。
「さっきも言ったけどさ、俺達は仲間だ。 それに俺とお前・・・・もう友達だろ。 友達を見捨てる事なんて、出来るかよ」
だから武は臆面もなく胸を張って堂々と一真の質問に答える。その気持ちは何を言われようと正しいと、そう思ったから。







「―――――ハッ、そうかい・・・。 やめろよ、そういうの。 ・・・早死にするぞ」
一真は短くそう吐き捨てると再び武に背を向け、足を前に進めようとした―――――が、





前を向いた所で、その動きがピタリと止まった。いや、硬直してしまったという方が正しいだろうか。『緋村一真』は彼の正面にいる女性を視界に捉え、その驚き、その衝撃に身体の動きを完全に停止させていた。




武は先程からこちらに向かってくる女性の姿は見えていた。





「―――――・・・・・っ」





武と一真の方へと向かい歩いてきたその女性、月詠真那は『緋村一真』と同じ様に、いや、それ以上の驚愕を以ってその表情を驚きに染め上げ、その動きを硬直させていた。





「月詠さん・・・・?」
そんな二人の不審な気配を感じ取り、武は困惑したまま様子のおかしい真那へ声をかけた。







「・・・・・貴様・・・っ!」
武の声が聞こえなかったのか真那は白髪の男にツカツカと荒々しい足取りで迫る。




白髪の男はただ呆然と、険しい表情で近づく真那の姿を眺めていた。




真那は白髪の男の三歩程手前で歩みを止め、
「――――貴様が・・・貴様があの弐型に、乗っていたのか―――!」
殺気すら感じさせる低い声で白髪の男性に向かい声を上げた。




「――――・・・・・。」
白髪の男は真那の怒気や殺気を一身に受けているのにも拘らず、その顔はただただ無表情だった。





「貴様・・・・何故、貴様がここにいる、何故生きている?」
今にも飛び掛りそうな剣呑とした気配を纏い、真那は再度白髪の男に質問を吐く。





「・・・・・・。」




「貴様、また何も答えないつもりか――――!!!?」
その虚ろな瞳、その白髪の様に感情が抜け切った無表情が気に食わなかったのか、真那はとうとう白髪の男の胸倉を掴み上げ怒号を張り上げた。



「ちょっ、月詠さん!!??」
まるで五年前白銀武のその正体を問いただそうとした時と同じ様なそのやり取りに、状況が把握できず困惑していた武だったが真那の怒号を耳にし、ハッとすると掴みかかる真那を引き剥がそうと二人の間に割って入ろうとした。




「―――白銀?! これはどういう事だ!! 何故、この男が―――」
白髪の男との間に割り込もうとする武を捉え、真那は怒りの表情のまま武に質問をかけようとするが、


「そ、そいつは『緋村一真』っていって元帝国軍所属だったんですが色々あって今は国連軍に所属してるんです!! ってか他軍の奴に暴力は拙いですって! とにかく落ち着いてください!!」
事情を説明しようとする武の声にその質問は搔き消された。




月詠真那は『緋村一真』という名を出した時、彼の事を知らないようだった。にも拘らず真那は『緋村一真』を見た瞬間、鬼気迫る表情で掴みかかったのだ。何故、彼女がここまで取り乱すのか武には理解できなかった。




「―――なん・・・だと?」
武の説明を聞き、白髪の男の襟首を掴む真那の手の力が緩んだ。




「だから、困惑するかもしれませんがここは落ち着いて――――」





「ハッ。 帝国軍―――?」





今度は武の言葉を真那が遮った。





「―――この男は、帝国軍属の者ではない」




「――――は?」


真那の言葉に真那を引き剥がそうと差し出されていた武の手の力が緩み、真那はその武の手を振り払うように白髪の男の胸倉から手を離した。




離れたと言っても真那の表情は険しいまま。その目は目の前の男を鋭く射抜いていた。








「――――元帝国斯衛軍第16大隊所属・・・・斯衛が赤、諌山家当主・・・諌山緋呼・・・それが、この男の本当の名だ!!!!」




真那の口から齎された『緋村一真』と呼ばれていた男の正体。
武はその言葉に驚愕し、『緋村一真』に視線を向けた。





「――――か・・・、ずま?」
思ったように鳴らない喉で、武は『緋村一真』に向かって声を発する。



「――――・・・・・・・」



『緋村一真』と呼ばれていた男はただ冷たい無表情を携え、固く口を閉ざしたまま。







武には、その赤眼が、その何の感情も映し出さない顔が、とても悲しいものに見えた。




















あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。


一真くんの正体、とうとう明かされました。
ですが月詠さん、相手を確かめずそうだと決め付けて食って掛かるのはやめましょう。

ああ、やっと終わりましたウランバートル・・・
というより終わらした感が強いですが(汗

狗畜生、瀕死の状態にございます。


それでは次回にまたお会いしましょう。では。



[13811] 第二十三話 『一の真・前編』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/03/01 18:50



7月11日 日本帝国本土 極東国連軍所属 男鹿基地




「失態だな・・・。 白銀中佐・・・」
薄明かりに照らされた会議室。その中、四人の内一人、上座に腰掛ける男―――菅原幸治は顔に皺を際立たせるように顔を顰めながら口を開く。
会議室中央に設けられた長机に肘を置き、口許の前で指を組みながら向かいに立つ青年―――白銀武をその眼光が捉えていた。菅原のその鋭い光は長年戦いに身を置いていた猛者のもの。
桜花作戦から更に五年間軍役を積み重ねた武であったが、その迫力は正直圧巻だった。そして、覚悟していた事だったが、今目の前にいる菅原幸治は、普段の温厚な初老の男性ではなく、自分を叱責する将官なのだと否が応にも理解させられた。


「レグルス、スピカ、隊長を含め二十四名がKIA又はMIA・・・両隊は全滅。 事実上アルマゲスト大隊は半壊したという事になる―――いや、それは、それだけならばまだ容赦しよう。 だが問題はその前だ」
菅原は組んでいた両の指を解くと手元の資料をその手に取り、その書面を指で弾いた。

「アンタレス中隊所属、緋村一真大尉。 ああ、彼は春に新しく迎えた補充衛士か・・・まぁいい。 彼の作戦中における無断での部隊の離脱・・・これは敵前逃亡とも取れる行為だ。 銃殺刑になったとしても文句は言えんな」
菅原は持っていた資料を机に放り、一層武への視線を鋭くした。


「待って下さい、菅原准将。 彼は後方、トゥブ基地防衛部隊の援護に当たっていた帝国斯衛軍第16大隊の援護に向かったんです。 決して敵前逃亡ではありません」
武は視線を正したまま真っ直ぐに菅原の視線を受け止め、強く言い放つ。だからどうしたという言い分だが、こうした事は言っておかなければならない。


「ああ、そこは理解しよう。 だが無断での単独行動の正当化にはならない。 白銀中佐、君もそこに異論は有るまい」
菅原の言う事は尤もだ。彼の言う通り武自身それは否定できなかった。


「いいや菅原准将、若人をそう責めるのは感心しないなァ」
武が肯定の言葉を吐く前に剣呑とした空気を醸し出す会議室内に似合わない、軽い声が響く。


「藤崎大佐。 今は会議中だ、発言には気をつけろ」
プトレマイオス大隊指揮官、藤崎秋水の軽い態度をトレミー大隊指揮官が咎める。藤崎はその言葉を受け止めはしたが気にしてないようで更に発言をしていいかと菅原に目で尋ね、菅原もそれを視線で了承と返した。


「緋村一真、彼の行動は確かに軍規に反している。 だがな、これは臨機応変な行動とは取れないだろうか? 彼のとった行動で斯衛軍第16大隊指揮官、かの斑鳩中将は窮地を救われたんだ。 まぁ公式な情報とは言えない、が・・・デブリーフィングの後に本人がそう公言した。 それによって防衛線で戦う大隊の体勢を整える間もでき、結果として最悪の事態を避けることが出来た・・・これは評価してもいい事じゃあないんですか?」
元枢府を成す五摂家、その内の一人を救ったとなればそれは賞賛されるべき行為だ。同じ日本人として菅原幸治も藤崎秋水もそれを称えたい気持ちは一緒だろう。だが、この場は国連軍基地、彼等は国連軍所属の衛士。会議室内で唯一日本人ではないトレミー大隊指揮官が理解はしたが納得はしていないようで眉間に皺を寄せていた。


「君のいう事も理解できるさ、藤崎。 だがそれは日本人としての言葉だ、国連に身を置く者としては相応しくない。 よってそれに関する事は、我々には関係ない」
菅原は当然の様に言い放つ。
斑鳩家当主を救ったという事実は確かに存在する。だがそれは帝国から正式に打診されたものではない。この件にその事項を挙げるのならそれが必要なのだが生憎その事実はただ紀将の口から言われた程度、それはあまりに弱かった。



「さて、少々話がずれたが・・・白銀中佐、緋村一真大尉の行動について他に釈明はあるか?」
これ以上、緋村一真について擁護できる点はない。あの時、月詠真那から齎された情報を言えば或いは、とも思ったが、更に会議を混乱させるだけだと思い直した。


「―――――はい・・・、ありません」
武は少しだけ顔に悔しさを浮かべる。
武の返答を聞き、菅原の口から大きな息が一つ吐かれ、同じ様に他の二人からも息が漏れた。



「では、本題だ。 この緋村一真大尉の行動、それを追う為に部隊を副官に預け、同じく部隊を単独で離れた君の行動・・・これについて何か言う事はあるか、白銀中佐」
一切の衰えを見せない菅原の眼光が再度武を射抜く。


「はい。 いくら無断で隊を離れたと言っても彼は自分の部下です。 危険な行動をとったというのならそれを諭し、止める責任が自分にはあります。 彼、緋村一真大尉を追う為の戦力は自分だけでいい、自分なら出来ると判断。 アルマゲスト指揮も副官であるエリカ・レフティ少佐ならば問題はないと判断し、事に当たりました。 結果的にその段階で部隊は誰も欠ける事無くハイヴへと突入する事が出来ました」
背筋を伸ばしたまま、武は淡々と言葉を続ける。
その過程だけを抜き出し検証したとなればそれは戦慄を覚えるほど凄まじいものだろう。何せBETAが跋扈する戦場をたった二機で分断したのだ。その技量、その戦闘能力、その強さを持った二人の衛士はとんでもない存在だった。そして指揮官が離れたにも拘らず作戦を順当に遂行したアルマゲストの戦果も素晴らしいだろう。それ程にこの間の彼等の戦闘は凄まじいものだった。


「大した自信―――いや、流石の自信と言うべきかな。 確かに、君にそれだけの実力があるのは認めよう」
BETAの群を割る事が可能な衛士が、そんな強力な兵器がこの世界にどれだけあるのだろう。新任衛士も先任衛士も関係なく、最新兵器も旧式兵器も関係なく人類を侵略する相手を前に白銀武がこれだけの事が出来るなんて菅原幸治を含め、この場にいる三人は予想だにしておらず、この情報を目にした時心底驚愕したのだ。そして、これだけの事をした後ハイヴへと突入し、任務を全うし、無事帰還したとなれば最早感服する他ない。

「だが、君のその行動によって作戦行動が遅れたというのも事実だ。 以上の事だけでも軍規に十二分に反する。 そして上はこう判断するだろう・・・“指揮官の愚かな決断により部隊の半数、二十四の命が失われたのだ”とな」
白銀武、緋村一真の実力は嫌と言うほど理解できた。だがそれは彼等個人の能力についての事だ。その行動が、彼等の行動が、ハイヴ攻略作戦という重大任務中であったのがいけなかった。白銀武の行動が作戦遂行に必要であったか?と問われれば、それは否だろう。その結果作戦行動が遅れ、結果として二十四もの命が失われた。その時間的なビハインドがなければレグルス、スピカ両隊は助かった可能性だってあるのだ。総合的な結果において白銀武は軍規に反し、一人の命を助け二十四人の命を助けられなかった、という事になる。

「これについて、白銀武・・・君から何か、反論はあるかね?」
会議室内に一瞬の静寂が走った。
菅原の言う事は尤もなのだ。軍規に反し、その上でどれだけの戦果を残そうと、最後の最後に部隊の半壊という現実に躓いた。結果を重視する上層部は過程など意にも介さずに白銀武を糾弾するだろう。秋水等にもそれが理解できているのか菅原の言葉に口を挟む事はなかった。


「―――ありません。緋村大尉の勝手な行動を止められなかった責任も、レグルス中隊、スピカ中隊、両隊全滅の責任も・・・自分のモノです」
佐官になった事によって得られた力、権利、それには大きな責任が伴う。だから、その責任を逃げる事無く正面から受け止めようと思った。


静寂を破る武の毅然とした言葉が会議室内にしんっと響く。


武の返答を聞いた菅原の口から一つ、大きな吐息が漏れ、彼の口から最終的な武の処分を下す言葉が下される事になる。


「そうか・・・・・残念だ、白銀武。 それでは処分を言い渡そう・・・・・」


菅原がそう言った瞬間、菅原を含めた三人、武以外の人間の口許が緩んだ。


「――――――白銀武中佐及び緋村一真大尉。 両名を本日付でグラウディオス連隊所属アルマゲスト大隊からの除隊を命ずる!」


菅原の口から吐かれた自分への処分、それを聞いて武は、
「―――――――――は?」
と、素っ頓狂な声を上げる事しかできなかった。
これだけの事を仕出かし、これだけ自分を言及したのにも拘らず、彼の口から言い渡された処分はあまりに軽いものだったからだ。


「―――不服かね?」
菅原は不敵な笑みを浮かべながら呆気にとられ姿勢が崩れた武を楽しげに眺めていた。
武には何が何やらわからなかった。実刑を言い渡されるとばかり思いきやこの様なただの処置を言い渡され拍子抜けもいい所だ。


「あ、当たり前です! 俺はそんな温い処分で済まされない事を―――」
武は少しばかりの悔しさと困惑から息を荒げ、下される処分の再考を進言しようとするが、


「不服と思うのなら、悔しいと思うのならばより一層精進したまえ、白銀中佐!!」
菅原の身体の芯に届くような、いや身体に浸透するような一喝に言葉を遮られた。

「―――死した者達の為にも貴様は戦い続けろ。 ただ前を向き、死した者達よりも多くの命を救ってみせろ。それが衛士の―――貴様の決めた道だろう。 ならばそれを貫き通せ」
それが与えられた罰だと言う様な菅原の言葉に武の肩が跳ねる。責任ある立場、責任を背負う事、そんな自分に酔っていたのかもしれないと、それを諭されたように武の身体は一瞬硬直した。


「会議はこれにて終了だ。 そぉら中佐のお帰りだ―――――エントランスまでお連れしろ」
硬直した武を愉快気に一瞥した菅原は杖で床を二回ほど突いた。すると会議室の扉が勢いよく開かれ屈強な兵士達に武は肩を掴まれ、動きを無力化させられるとずるずると部屋の外に引き摺られていった。


「―――ちょっ?! なんだよこれ!? 菅原准将!!」
動きを完全に封じられ連行される武は会議室の奥に佇む菅原に向かい声を張り上げる。


「ふ、貴様に実刑などは必要ない、という事だ。 精々その身を悉く戦いに塗れさせ、生きて戦い抜け。 ・・・・・達者でな、白銀武」
会議室の扉が閉まる寸前、そんな激励の言葉を贈る菅原幸治の表情は最後まで不敵な笑みを携えたままだった。









武が退室し、会議室の扉が閉じられた後の会議室に少しばかりの静寂が流れ、その後に三人分の溜息が会議室内に響いた。


「それにしてもよかったんですかい、菅原の大将? 武の奴、狐に抓まれたみたいな顔してましたよ」
室内を包む静寂を陽気な声が打ち破る。秋水はまるでしてやったりとでも言うように愉快気な面持ちで菅原へ視線を投げかけた。


「おいおい、“茶番”はもう終わった。 まだ私を悪者扱いするのはやめてくれないか、藤崎」
菅原はおどけたように苦笑いを浮かべながら、秋水に応える。
悪者、確かに白銀武を主人公とするならば菅原は今回、悪者だったのだろう。何せ規則に則り白銀武を裁けば彼は長いにしろ短いにしろ間違いなく戦いから遠のく事になる。それは白銀武の望む事ではない。それを強いるのならば彼は間違いなく悪者だ。

「それに藤崎、この件に関して一番乗り気だったのは君だろう? 終わった途端にそれは頂けないな」


「ん~、まぁ、そうですねぇ。 俺としては前線での力強い味方がこれ以上減ってしまうのは大変忍びないですからねぇ」
いやはや参ったと秋水は口の端を大きく吊り上げて笑って見せた。


会議室に残る三人の顔に笑顔が浮かぶ。
そもそもこの緊急会議自体が不可思議な事この上ないのだ。ウランバートルハイヴ攻略作戦終了が宣言されてからまだ一日というのに、作戦中の不祥事に処分を下す為にと開かれたこの会議。召集したのは軍上層部でもなければ菅原幸治個人、招集されたのは各大隊指揮官のみだけなのだ。武と同じ、被告として呼ばれる筈の緋村一真も呼ばず、ただの形式的なこの緊急会議はまさに可笑しな事だろう。


「まったく、横浜の牝狐は面倒な要求をしてくれる・・・・」
トレミー大隊指揮官が鬱陶しそうに苦笑する。彼女が言うように今回の件は横浜の牝狐、香月夕呼からの提案だった。


「いや、こちらとしても助かったというのは事実だ。 彼女から提案してくれたのは大変有り難い」
菅原の顔は相変わらず笑顔が張り付いていたが、その裏ではほっとした気持ちだった。



今回、この件に関して香月夕呼が提案してきた事、いや要求してきた事はたった一つの事だった。
『白銀武、緋村一真の両名を除隊処分とし、横浜基地へと完全に返還していただきたい』
一枚の上質な紙面に記されたたった一つの文。これによって国連上層部も菅原達も体よく問題を解消できたのだ。

今回の件、白銀武と緋村一真の行動は敵前逃亡ととられてもおかしくない立派な軍規違反だ。だが、裁かれる事になるのはあの『日本開放の英雄』白銀武だ。当然日本帝国民の在日国連軍への風当たりは一層強まる事になる。しかし、国連としてのプライドと固い頭を持った上層部はどうしても白銀武を裁きたいのだ。

だから、菅原幸治達は上層部の手が及ぶ前に手を打った。白銀武、緋村一真を早々に除隊させることにより部隊内、一領域内に配置された国連軍規模で事を終わらすことにしたのだ。しかも彼等の異動先は横浜基地。二人とも菅原幸治の手元を完全に離れ、オルタネイティヴ計画の責任者の一人香月夕呼の元に渡される事になったとなれば軍上層部といえど易々と手を出す事は出来ない。上層部が相手にする事になるのは白銀武と緋村一真といった一衛士から、香月夕呼という強敵に変わるというわけだ。しつこく付き纏ったとしても彼女はそれを上手く突っぱねてしまうだろうし、それでは時間の無駄となり、上策ではない。つまり、この件に関して国連上層部はもう手出しは出来ないし、処罰はこれにて完了したということになり、事は丸く収まるのだ。そして、菅原達もいざとなれば香月夕呼に強要されたと逃げる事も出来る。白銀武と緋村一真に重い罰を与える気のなかった菅原達からしてみれば何の不満もなく、香月夕呼の提案を呑んだのだった。


「それに、未来ある若者の道を絶とうなど無粋な真似、私達先達のする事ではない。 私のような老いぼれがするべき事は、若者達の進む道が間違っていればそれを正し、俯いたりした時は尻を叩いてやる程度の事だ」
そう言うと菅原は椅子から腰を上げ、残った二人を見渡した。

「さぁ、会議は終了した、君達も仕事に戻りたまえ。 それと藤崎、グラウディオスを少しの間君に任せるが構わないか?」


「そりゃあ構わないが・・・大将、何するつもりですか?」
菅原の提案を受諾し、秋水はその旨を尋ねる。その質問、藤崎も見当は着いていたが聞かずにはいられなかった。


「――――なぁに、白銀もやろうとした事だ。 部下の不始末の責任は、上官の責任。 私はオーストラリアまで行ってくるとするよ」
何も若者が進んで罰を受けることはない。罪を背負い、進むのならそれ以上は重荷でしかないだろう。余計な重荷はこの老いぼれに任しておけばいいのだ。

ニッと笑う菅原。その笑顔は息子の門出を祝う父親のように穏やかなモノだった。










武はエントランスまで連行され、そのまま帰りの輸送機へ押し込められた。
最初は不満が爆発しそうだったが次第にその熱が冷め、冷静に考える事が出来た。そもそもこの急に設けられた会議自体がおかしかった。ウランバートルから横浜基地に帰る途中に男鹿基地へと呼び出され、そのままコレだ。いくらなんでも対応が早過ぎる。


「夕呼先生、かなぁ・・・やっぱり・・・」
武はシートに備え付けられた肘掛に肘を置き、頬杖をかきながら窓の外を眺めた。輸送機は既に飛び立っており、目に映るのは白い雲と何処までも続く青い空だった。

夕呼の手が及んでいなくとも、これだけ性急な対応をしたのならその目的は解り切っている。自分は菅原達に守られたのだ。
武は何とも言えない表情を浮かべる。いくら佐官に上り詰めたといっても所詮はまだ若造なのだと叱咤されたような気分だった。

「はぁ・・・、准将達にお礼、言い損じまったな」
武は素直に菅原達に恩を感じたが、それを伝えたなら彼等は言う必要はないと然も当然の様にあっけからんと返答するだろう。だから、自分に出来る事は菅原の言った通り自分の道を只管に進み続け、態度で示していくしかないのだ。


武は鞄の中から一つの封筒を手に取る。この輸送機に放り込まれた時に渡されたそれには今回の人事に関する資料が入っていると教えられた。
武は封を解き、その中の資料に目を通し始める。

記されていた事を掻い摘んで言うと、
白銀武と緋村一真はアルマゲスト大隊から除隊され、指揮官をエリカ・レフティとし、大隊は横浜基地から男鹿基地へと移されるとの事だそうだ。

「レフティ少佐達とはここでお別れ、か」
一年に満たない短い時間だったが、その間自分を支えてくれた副官や、ついてきてくれた部下達との別れには感慨深いものが浮かんだ。

そして、武の目が一人の男の名前に留まった。


『緋村一真』


武はトゥブ仮設基地、そのハンガーで起こった事を思い返した。










「――――――――諌山緋呼・・・それが、この男の本当の名だ!!!!」
真那の怒号がハンガーに響く。それを耳にした整備兵達が何事かと注目するが、その渦中が斯衛の者だと気付くと触らぬ神に祟り無しと言うように皆作業に戻っていった。ハンガーは彼等の領域と言っても相手は斯衛軍、おいそれと問題に首を突っ込めば自分の身が危ないのだ。彼等は聞き耳を立てるのでもなく再び作業に没頭し始めた。


「・・・・か、ずま・・・・?」
視線を向けた先にいるのはいつもの薄い笑み貼り付けていない、冷たい無表情を携えた一真の姿。その表情、その気配は今まで感じた彼のモノとはまったく違う、とても冷たく、とても悲しげに見えた。


「諌山! 何故貴様がここにいる!?」
真那は再度質問を投げかける。
夕呼から教えられた『緋村一真』という情報が崩壊した武には真那の質問の意味すらもわからない。緋村―――いや諌山緋呼という人物はただ米国に拉致されただけではないのだろうか。

諌山と呼ばれる一真は表情を変えず、何も応えないままだった。その赤い眼は真那を捉えているが、真那にはそこから何の意思も感じられずそれが人形の様で寒気すら覚えた。


「――――くっ。 諌山・・・何故、何も答えない・・・!? 生きているのなら・・・何故、帝国に、伝えなかった・・・!?」
真那の声には後悔と疑念の色がありありと浮かんでいた。

「貴様が生きていると判っていれば・・・貴様が、いれば!! あの方だって――――」





「―――――真那、」
心底悔しそうに吼える真那の言葉を、今までただ眺めるかのように押し黙っていた一真が遮った。
何かいう気になったのかと真那は口を噤み、静かに一真を見るがそこには尚も表情を変えない白髪の男の姿があった。

「言いたい事は、それだけか?」
何の熱も感じさせない一真の冷たい声。怒りに燃える真那に対してそれはあまりに冷たく、あまりに不釣合いだった。





「―――!! き、様ぁあっ!!」
まるで真那が一人相撲をとっているだけだとでも言うような冷たい表情と声に真那の顔がますます怒りの色を濃くする。

真那の右腕が下げられる。

武はそれが彼女の右袖に隠された短刀を引き抜く動作だと勘付き、それを止めようと間合いを詰めようと足を前に進めようとするが、






「――――――――そこまでだ、月詠」
よく通る、凛とした声が武よりも先に真那を制した。


その声に真那は急制動をかけ、その動きをピタリと停止した。その手には抜き取られた短刀が握られていた。それで一真を斬り付ける気はなかったろうが恐らくそれを用いて更に質問を重ねるつもりだったのだろう。


「い、斑鳩様―――!?」
真那が勢いよく振り向くと、そこには落ち着いた足取りでこちらに歩いてくる斑鳩紀将の姿があった。


「他軍の者にその様な態度をとるとは、あまり褒められた行為ではないな、月詠? 少し落ち着け」
紀将の諭すかのような落ち着いた静かな声に、真那は自分の失態を咎めるかのように肩を落としたが、この目の前にいる男の存在を紀将に伝えようと顔を上げ言葉を発しようとする。


「斑鳩様!! この男は諌―――」「よい。 それよりも我等は先に帝国へと帰る準備があろう。 そちらを先に片付ける」
言葉を遮られ、しかも目の前の男を見逃すかのような言葉に真那は何故、と叫びたかったが、主の命にそれを自制した。


「邪魔をしたな、白銀、“緋村大尉”」
紀将はそう言うと踵を返し、真那を引きつれてハンガーを立ち去ろうと足を進めた。





「ああ、そうだ」
紀将は思い出したように足を止め、再び武と一真へと振り返った。武はそれを正視していたが、一真はそれを逃れるように顔を少しだけ伏せた。


「“君”には命を救われたのだったな、礼を言っておく。 ありがとう」


紀将の、五摂家の者が素直に感謝し頭を下げた事に真那と武が驚愕する。真那はそれを制しようとしたがその権利は自分にはないと推し留め、再び足を進め始めた紀将に着き、ハンガーを立ち去った。


紀将の言葉を聞いた一真は一瞬だけ表情を不満げに崩したが、その後は更に顔を伏せ長い白髪で表情を隠した。
武にはそれが、紀将に対する礼のようにも見えた。



「一真・・・」
紀将と真那が立ち去った後、武は静かに一真へと声をかけた。だが、一真は何も答えず、興味が無くなったかの様な無表情を再び見せると沈黙したままハンガーから姿を消した。


一人残された武はその一真の背中をただ眺める事しか出来ず。ただ、彼を黙って見送った――――――――――















「先生、一真の事について、本当の事を教えてください」
横浜基地に到着した武は先に到着したエリカに菅原から受け取った封筒を渡すと、すぐさま香月夕呼の元―――副司令の執務室へと訪れた。

夕呼に質問する武の表情は眉を顰め、少しだけ険しくされたものだった。


「あら? 血相変えてどうしたのかしら、白銀? 緋村についてなら前に教えたでしょう?」
対して夕呼の様子は落ち着いていた。夕呼が腰掛ける椅子の横では緊迫した空気におろおろとする霞の姿があったが、武は気にせず再度口を開く。


「惚けないで下さい! 一真の―――アイツの本名は、諌山緋呼って言うんでしょう?!」
武は声を厳しくし、夕呼へと事の真偽を問いただす。


「ええ、そうよ。 緋村一真は私が与えた偽名、彼の本名は諌山緋呼。 嘗て斯衛を支えた衛士の一人よ」
夕呼は一拍置いた後、先程しらばっくれたのにも拘らずあっけからんと武の質問に答えた。


「―――!! やっぱり、月詠さんの言った事は本当だったんですね・・・」
武は苦々しげに呟く。


「へぇ、月詠少佐が言ったの? 彼女はどこまで貴方に諌山について教えたのかしら?」
夕呼は落ち着いて、武を眺めている。その目はどこか愉し気だ。


「・・・一真の本名が、諌山緋呼という事と・・・嘗て、斯衛軍第16大隊に所属していた、とだけ・・・」
夕呼の落ち着いた態度に感化されたのか、武は徐々に落ち着きを取り戻していく。


諌山緋呼。斯衛の赤を与えられた諌山家当主。


「そう。 そんなに情報は与えられなかった、ってわけね」
夕呼は諌山緋呼の事も、プロジェクト・メサイアにおけるクレイ・ロックウェルという名だった彼の事についても知っている、武はその夕呼の言葉からそう察した。


「先生が真実を隠したのは・・・Need to Know、って事ですか?」
態々偽の書類を用意してまで、と武は表情で語る。夕呼が自分にここまで真実を隠したのは五年前の鑑純夏に関する事以来だ、それなりに不快感はあった。


「そうね、そんなトコ。 帝国から見ても私から見ても諌山緋呼というのは厄介な人物なのよ。 それの詳細なんておいそれと教えられるわけ、ないでしょう?」
夕呼は手をひらひらとさせながら武を眺める。
プロジェクト・メサイアによって斯衛の者が米国に拉致され、実権に用いられたなんて事は表には出せない国際問題だ。そんな問題の中心たる男を態々抱えたのは単に彼の能力は役に立つ、そう考えたからに他ならない。そして、緋村一真は本当に思いがけない事を香月夕呼に齎したのだった。


「そう、ですね・・・。 それじゃあ、一真の事について教えてくれませんか?」
彼はどうして今に至るのか、彼はどうしてあんなにも悲しそうな表情を映したのか、武は気になっていた。


「ふぅん・・・・・・ダメね」
夕呼はあっさりと武の懇願をばっさりと切り捨てる。


「・・・・・・・何故ですか?」


「だって、人の事勝手に喋るなんてルール違反でしょう?」
どの口が言うのかと叫びたくなった。夕呼はおどけたようにニヤニヤ笑いながら武にそう言った。

「アイツの事知りたいなら、自分でアイツに聞きなさい。 それがアンタの疑問を解消させる一番の手段よ」


「・・・ぐ、」
夕呼の言う事は尤もだ。

「わかりました・・・。 霞、今一真がどこにいるか、わかるか?」
武は一度顔を伏せた後、霞へと顔を向けた。


「はい・・・緋村さんは屋上にずっといます」
まるで最初から知っていたかのように霞はすぐさま答える。


「そっか・・・ありがとう。 先生、俺はこれで失礼します」
一礼をした後、武は退室するべく踵を返す。


「そう、精々頑張んなさい」
夕呼は短く言葉を返し、武を促した。



「――――・・・最後にもう一つ、質問いいですか?」
執務室の扉の前めで来た武は足を止め、夕呼へと振り返る。


「何かしら?」


「アイツは・・・一真は、帝国に戻りたいって、ここにくる時言わなかったんですか?」


「そうね。 そもそもこの横浜基地に来る事自体、彼は反対してたわよ。 帝国に戻る気なんて更々ないみたいに」


夕呼の答えに武はそうですかと短く呟き、執務室を後にした。





「ふぅ・・・他人のシナリオ通り事を運ぶってのは中々骨が折れるわねぇ」
武が退室した後、夕呼はそう言って盛大に溜息を吐いた。


「博士、これで本当によかったのでしょうか?」
霞は不安げに夕呼に尋ねる。武は部隊の半壊で多少なり落ち込んでいた。そんな中こんな役目をさせるのは霞の心が痛んだ。


「いいも何もこれは帝国からのオーダーよ? 断る理由もないんだし、それにこれはいい転機じゃない」
一変して夕呼は妖しい笑みを浮かべる。不安定になっていた一真を安定に持っていくにはこれはいい機会だ。それに、彼にはこれからやってもらう事がある、彼に伝えるべき事もあるのだ。


「ま、今回背負うものを減らしてあげたんだし、白銀にはその分頑張ってもらいましょ」
夕呼は愉快気に口の端を吊り上げ、笑みを浮かべるのであった。










武は基地の屋上へと続く階段をゆっくりと登っていた。
一真とはあれ以来言葉を交わしていない。一真はあれからずっとだんまりを決め込んでおり何にも答えはしなかった。
アイツには色々聞きたい事が武にはある。



武は階段を登りきり、屋上へと出る扉を開ける。



既に日が傾いており、空は赤く燃えていた


そのオレンジ色の空に向かい立つ男の影が屋上に一つ


男は煙草を吸っているのか紫煙が空へと昇っていた





「――――よぉ、一真」





武は、静かに歩みを進めながら、


夕焼けの中、緋村一真に声をかけた。













あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。

今回も長くなりそうだったので二話に分割しました。


さて、話も大詰めになってまいりました。
一真くんの正体も明かされ、武ちゃんは困惑し、
二人はとうとう素顔を見せて初めて話すことになります。


この二十三話では冒頭のオッサン`Sの会話を頑張りました。
若者を見守るおっさん達、そんなかっこよさが伝わればいいなぁと思ってます。



しかし・・・いつまでシリアスやっていればいいんだろう・・・

いい加減明るい話を書きたいです・・・。


それでは次回にまたお会いしましょう。では。



[13811] 第二十四話 『一の真・後編』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:0dcf2d40
Date: 2010/03/11 00:04


「・・・・よぉ、一真」
武は片手を翳しながらこちらに背を向ける一真に声をかけた。一真の白髪は夕焼けの陽を浴び、その白を赤く染めていて、それがとても幻想的だった。

「お前さ、本当は・・・諌山緋呼って言うんだってな」
一真の背中に近づきながら武は言葉を紡ぐ。その名にどんな意味があるのか武は知らない。だが、その片鱗を武は知ってしまった。知ってなお、その在り方に不信感を抱いた、だから聞かずにはいられない。

「月詠さんとまで知り合いだったなんて驚いたぞ」
一真から数m離れた所で武は足を止める。


ふぅーっと一真は顔を上げながら空に向かい紫煙を吐き出す。吐き出された勢いが消えると紫煙は宙をゆらゆらと漂い、消えていった。


「――――成程、香月博士は君にオレの出自は教えていなかったんだな」
独り言のように一真は呟き、ゆっくりと武へと振り返る。一真の姿はC軍装をしっかりと着込む武とは違い、上着を脱ぎ、黒いシャツだけの姿であり、ネクタイも外していた。

「・・・・そうだ・・・オレは嘗て、諌山緋呼と呼ばれていた男だ」
一真の白髪が風に揺れる。武へと向けられた顔は真那と相対した時と同様、冷たい無表情だった。

「それで? そんな事を言いにオレの前に現れたのか?」
一真の目がすっと細められ、その視線が武を射抜く。どうやら一真は虫の居所が悪いようだ。どんなに無表情を携えていても感情がないわけじゃないんだと少しだけ安堵した。


「不躾だけど・・・一真、お前さ、何の為に戦っているんだ?」
一切の装飾を振り払った無骨な武の言葉。

「帝国に忠誠を誓ったんだろう、嘗てのお前は。 ならどうして、こうやって国連に身を置いて帝国に帰らずに戦ってんだよ?」
武の知る斯衛の者達は皆帝国に忠誠を誓い、それを守る為に確固たる信念を抱いている者達ばかりだ。それゆえのあの強さ、あの錬度。一真が斯衛に名を連ねていたなら、彼にもそれだけの信念があった筈なのだ。いや、彼は今も――――


「・・・・・・相変わらず、人の領域に土足で・・・・」
一真は皮肉気な笑みを浮かべ、その表情に幾らかの感情の色が戻っていた。

「まぁ―――、いいさ。 もう隠す気分でもなくなったし、教えてやるよ」
携帯灰皿を取り出し、一真は煙草の吸殻を灰皿に押し付けた後その中へと放り込んだ。





「オレはね、白銀武――――死ぬ為に戦っているんだ」





とてもつまらなさそうに、まるで他人事のように、一真は己が願望を口にした。


「―――! ・・・どうしてだよ、一真?」
武の表情が一気に険しくなる。死ぬ為に戦う?武にはその意味がよくわからなかった。


「・・・どうして、か。 まぁ・・・聞きたいのなら教えてやるさ・・・・・・これを言うのはエドガー以来になるかな」
一真は一度横に首を振り、言葉を続ける。

「オレの・・・諌山緋呼については真那が言った事しか知らないんだったな? ならそこから話すとしようか」
一真はそう言ってシガーケースから一本の煙草を取り出すと口に咥えライターで火を着けた。

「諌山いう家は月詠家と同じ様に代々将軍家と五摂家に仕えてきた家系だ。 ただ一つ違う所は政威大将軍殿下の表には出せない意向を裏でこなす、といったお役目があったところかな」
それは長きに渡り将軍家に仕えてきた家系の一つだった。大政奉還後も尚仕え続けた彼等の当時の仕事は帝国の暗部として汚れた仕事を主にしていた。近世に入ってからはそう言った汚れた仕事から離れ、将軍の手助けをしていた。例えば、議会において国の安否の為に国民の気持ちが蔑ろにされたとしよう、そうした場合動くのが諌山のお家だ。

「その家系に生まれたオレは当然の如く五摂家に仕えるべく幼少の頃からその術を教え込まれて・・・と、言うより自ら進んで学んでいたな」
一真は諌山緋呼としての記憶を思い起こす。嘗ての自分は、誇り高く決して信念を曲げなかった父に憧れ、母の優しさに憧れ、両親をよく慕っていた。帝国に、五摂家に仕える父の様に気高く強靭に、自分に情愛を一心に注いでくれた母の様に優しくなりたいと日々鍛錬を重ねていた。

「ああ、その頃かな・・・冥夜様とお会いした事もあったよ」
“目標があれば、人は努力できる”、自分にそう言った、影としての生を受けた少女。彼女の行方は緋村一真は知らないが、数年前に彼女は白銀武にもその言葉を贈っていた。


「――――!! 冥、夜と・・・?!」
武は嘗ての仲間の名前が出た事に驚愕の声を漏らす。


「ああ。 まぁ仕えていた訳でもないからその時の一回だけだがね。 それに、オレが・・・当代の諌山が仕えたのは九條家だ・・・・」
一真は自分の内に悲しみが落ちている事を自覚した。守るべき人、それが嘗て自分にもいた。それが―――


「・・・少し話がそれたか。 それでオレが十歳の時、大陸派兵が議会で可決されてね。 斯衛は本来派遣される事はなかったんだが・・・父さんはそれがお気に召さないようでね、態々議会に申し立てて大陸に出兵したよ。 母さんは心労からその頃から床に伏せ、父さんが帰るのを待たず一年後に亡くなった。 それから半年後には、父さんがウランバートル周辺の撤退戦で撃墜され、死亡したって知らせが届いた・・・・――――」

一真は静かに目を閉じる。

『緋呼、いい子にして待ってろよ。 父ちゃん、平和っつーとっておきの土産持って、直ぐに帰ってくるからよ』
その言葉を信じ、母子で父の帰りを待ったあの日々。床に伏せた母の世話をしたあの日々。


「―――――今思えば、あの頃からかな・・・・・少しずつ・・・オレは、どうすればいいのか・・・わからなくなっていった」
事切れる母を前にした時の無力感。五摂家に仕え、国を守る為に培った能力は母を救う事は出来ず。平和の為に出兵した父に平和など要らないから、無事に帰って来て欲しいと、母に会って、母を安心させてくれと、切に願った。それすらも叶わず、半年後に父の死が伝えられた。


(大陸派兵・・・! そうか、諌山総士・・・。 斯衛軍試設部隊隊長が、一真の父親か)
武は嘗て秋水が自分に話してくれた部隊の隊長の事を思い出していた。今も尚多くの者に慕われる隊長、諌山緋呼はその隊長・諌山総士の息子なのだと武は悟った。


「それからは、独りというわけじゃなかったけれど・・・やはり寂しくはあったかな。 その寂しさを紛らわせる様にただ父の姿を、その強さを追い求め、戦う術を磨き続けた。 その結果、世話になっていた中佐の力添えもあって、十五の時に訓練校に入れてね」
ただ、父の様に帝国を、国民を守れるだけの力が欲しかった。何も失くさないだけの力が欲しかった。

「真耶と真那は、その訓練校の同期だ・・・・」
同じ様なお役目を担う家系という事もあって幾らか話しやすい間柄ではあったが、訓練生分隊が違ったので訓練生時代はそう話す機会はなかった。

「訓練生時代のオレは、孤立気味でね。しかし、そんなオレを気にかけた奴がいたんだよ」
一真はやれやれと肩を竦め、呆れたように苦笑する。


「そいつは、同じ分隊の?」


「いいや、一般から斯衛軍へ任官した衛士さ」
その男の名は君島誠一郎。

「そいつはふざけた男でね、道化みたいな奴だった。 事ある毎に騒ぎ立て、事ある毎にオレを正規兵との遊びに連れ出したり・・・本当に馬鹿な奴だった」
初めてPXで話しかけられた時から付き纏ってきたあの男。とても鬱陶しかったが今思えば、それがとても楽しかったのだろう。両親を亡くしてから、あんなにも人と話すという事はそうあることではなかったから。

「オレが任官した後もそんな感じで・・・お互い気の知れた仲になってたから、結局オレにとって唯一―――親友と呼べる存在になってたな」
互いに競い合い、技を磨き、切磋琢磨した。諌山家当主としてのお役目をこなしながらの日々は、両親を亡くしてから君島と過ごした時間は、とても充実していたと思う。

「オレは―――諌山緋呼は、その親友と誓ったんだ―――」
それはたった一つの約束だった。


『一般家庭の出じゃあ、ちっとばかし珍しいかもしれないけど・・・オレはこの日本が好きだ、大好きだ。 ここには御袋も親父もいる、この国にはオレが守りたいモノがたくさんあるんだ。 だからさ、緋呼・・・お前も諌山の役目とか関係なく、お前自身が守りたいモノを守れ。 お互いこの戦いを生き抜いて、国も人も―――守りたいモノを絶対に守り抜こうぜ』


BETAの日本侵攻が進む最中、“緋呼”と“誠一郎”は共に守護する事を誓い合った。
国の大地が侵され、多くの仲間達がいなくなっていく中―――二人は生きる事と、二人の願いを、約束したのだ。


「――――すげぇ・・・いい奴だったんだな、その人」
武はただ感嘆する。この世界の日本人の愛国心と信念の強さはよく知っている。この世界の日本人の愛国心は武のいた世界と比べれば格段に強い。それでも、武が知るこの世界の日本は五年前から日本だけだ、それ以前の日本帝国を武は知らない。聞いた限りでしかないが、BETA日本侵攻が迫る前までは日本人の一般人は皆、迫る危機に僅かに怯えはしていたが、それでも今の平穏が続くと思っていた。それが打ち破られ、窮地に立たされ漸く日本人は己が母国を愛する心を自覚したのだ。つまり、今の様な愛国心が顕著になっていったのはBETA侵攻以降という事だ。それ以前にそれだけの愛国心と信念を持っていた“君島誠一郎”という男は、まさに友人として誇れる男だったのだろう。


それだけの確固たる信念を持ち、国を―――世界を愛した人達を、白銀武は知っている。


「ああ・・・諌山緋呼にとって、君島誠一郎は掛け替えのない、友人だった。 だから、諌山緋呼にとっての守りたいモノってのに、そいつもいたんだ―――」
国を守ろうと誓い合った仲間とは違う、個人として、友達としての約束。その約束を何の迷いも疑いもなく、二人は交わした。そして、諌山緋呼は自らが役目と、その約束を胸に戦った。





「―――けれど、君島は死んだ。 オレを庇い、君島は死んだんだ」
ぽつりと、一真は静かに呟く。

BETA日本侵攻。旧帝都城防衛戦―――その最後の防衛戦、君島誠一郎は諌山緋呼をBETAの脅威から庇い、戦死した。諌山緋呼が守りたかったモノは、諌山緋呼を庇い消えていったのだ。
それによって、諌山緋呼は、更にわからなくなっていった。

「オレはBETAに部隊と分断され、その後も、焼ける帝都の中で戦った・・・・」
それは親友を亡くした失意のせいか、運命だったのか、諌山緋呼は彼が最後に所属していた部隊―――帝国斯衛軍第16大隊から分断された。それでも、諌山緋呼は戦った。怒りの咆哮を撒き散らしながら焼ける大地を駆け抜けた。


「それで、気がついてみれば米国のダグラス基地。 この身体は救世主創造計画なんて胡散臭い実験の被検体だ・・・まったく・・・ふざけてる」
一真は憎しみとも自嘲ともとれない、薄い笑みを湛える。


「―――ちょっと待てよ! お前は帝都城での戦闘の後、どうして米国に渡ったんだ?!」
それと、何故生き残れたのか。その状況では確かに真那の様に疑いたくなるわけだ。


「・・・・・・記録では帝都城陥落から一日後、焼け野原の中、瀕死の状態で横たわっているオレを秘密裏に派遣された米軍の部隊が回収し、日本からの撤退に合わせて米国に送られたってなってたが・・・何分その時のオレは昏睡状態。 生憎と何故生き残れたのかとか、その時の記憶はないよ」
一つの説を挙げるなら、緋村一真はBETAが彼の周辺を通過する時既に呼吸が停止しており、その仮死状態の結果BETAの探知から逃れ、その後に奇跡的に息を吹き返したのではないか、という話がある。この説が真実であったとしてもその時の事を知る者は誰もいない。結局真実は闇の中だった。


「それでまぁ、昏睡状態の中、人体強化措置なんて名目で体中弄繰り回されながら月日が経ち、2002年の1月に意識が回復しはしたんだが・・・怪我のショックか、実験のショックか分らないが記憶を失っていてね。 その後は被検個体名クレイ・ロックウェルとして様々な“性能試験”に回されたよ」


生身での対人戦闘、戦術機搭乗においての戦闘、意識覚醒、身体の回復した後に最初に行われたのはそれらの試験だった。それは試験と言うにはあまりに凄惨なものだった。プロジェクト・メサイアにおいて多くが死亡し、再起不能になる最中、唯一回復した成功個体、その性能試験、それを執り行うに当たり相手として収集されたのは計画責任者であるエンリコ・テラーの子飼いの軍人か、米国に移民してきた避難民だった。その中には武器の扱いも知らない子供もいた、銃すら持った事のない女性もいた。ただ生きたいと願い米国に渡ってきた人々を科学者達は試験場に放ったのだ。
記憶を失い、知識だけを刷り込まれたクレイ・ロックウェルは言葉を交わせる人形だった。その試験において彼に与えられたオーダーは『全力で相手を斃し尽くせ』。オーダー通り、彼は対抗してくる相手の動きを奪い、その首を捻り、縊り上げた。戦術機ならばまず四肢を破壊し、最後に愉悦を抱いて管制ユニットへ36mm弾を弾切れになるまで撃ち散らした。ただ何の感情もなく何の躊躇もなく、クレイ・ロックウェルは差し出された贄を殺し尽くした。最後には与えられた限られた自由を謳歌するように楽しみながら殺し尽くした。
諌山緋呼は人々を守る為に鍛えてきた身体で、 人々を守る為に磨いてきた技で、それらがどの様な気持ちで培われた能力なのかも知らず、相手の意志など意にも介さず、クレイ・ロックウェルとして他者の血でその身を赤く染め上げた。
彼は二年前のロギニエミハイヴ攻略作戦に参加した際、漸く記憶を取り戻した。だがそこから生まれたのは苦悩だけだった。罪のない人々、嘗て自分が救いたいと願った人々をこの手で何人も殺したという罪悪感が彼を更に苛んだ。

そんな折、テラーは嬉々としてクレイに言った、
『お前はまさに人類を超えた化物、人類を―――我が合衆国を救う救世主(メサイア)だ』
テラーは合衆国民からの犠牲を最小限に被検体の性能を知らしめたのだった。


「―――――ぁ、」
武は何も言えず、その凄惨な事実を聞き、呆けたように吐息を漏らす事しか出来なかった。プロジェクト・メサイアの実験内容は詳細までは夕呼から語られていなかった為、その驚愕は大きい。
その行為のどこに人類の危機を退けようという考えがあるのか。他国の国民を削り、それを糧に利益を得る。その行為の先には国の利権すらも見てはいない、それは――――

「ただの、虐殺じゃねえか!!」
滅亡の危機に陥る同じ人類が、同じ人間が、何故そんな事が出来るのかと武は憤りを顕わにする。


「ああ・・・決して、許される事じゃない・・・」
その武の憤りを自分に向けたモノだと、思った一真は少しだけ表情に影を落とした。


「――――! そうか・・・一真、お前まさか・・・・」
武の中でバラバラだった情報が漸く繋がり始める。


「ああ、だからオレは米国を壊す為に不満を抱える軍上層部の人間や政治家達・・・当時の副大統領―――現大統領にテラーの所業をリークし、クーデターを促した」


近年まであった米軍の強硬策、強引な戦線への介入。その一端を担ったのはプロジェクト・メサイアの成功個体、クレイ・ロックウェルの存在だった。
G弾崇拝派、オルタネイティヴ5推進派の人間は桜花作戦後、その価値を完全に失い、軍は疲弊し、迷走していた。そんな中現れた、忘れられようとした計画の成功個体。それに彼らは食いついたのだ。そう―――その計画の、その実験の成果を世界に知らしめ、結果を出せば、自国の優位性は保たれる。そんな浅ましさに醜い思考に嫌気が射した人々にクレイ・ロックウェルは情報をリークしたのだ。その結果、早急に手を打たねばと改革派は慌てふためき、国の改革と情報隠蔽の為にクーデターを起こしたのだ。クレイ・ロックウェルがリークの際、その見返りに求めたモノは難民キャンプの待遇改善。そして彼は最後に、上層部や政治家達が考えていた情報隠蔽を阻止する為に国連と日本帝国へとクーデターの詳細をリークした。


「一真・・・・・お前・・・」
本当は米国への復讐とか関係なく、移民者達の為に、クーデターを促したんじゃ・・・?と言葉を続けようとするが、うまく言葉が紡げない。


「ああ、わかってる。 こんな程度じゃオレの罪は消えない」
そう言うと、一真は一度だけ大きく息を吐き、武へと視線を向け直した。





「オレはね、白銀武・・・もう、何をどうすればいいのか、何をどうすればよかったのか、何が正しかったのか・・・・いったい、何を信じてきたのか、何を信じればいいのか・・・わからないんだ」


クーデターを起こすに当たり、他国へリークするその架け橋―――当時、ユーコーン基地に在留していた香月夕呼に情報をリークする際、一真は帝国の状況、自身が守るべき人の安否を真っ先に教えてほしいと頼んだ。


だが、無情にも、その人は亡き者にされていた。





守りたいモノを守る、その願いを共にし、生き抜こうと約束した親友に再び光を見た。
自分が願い目指したモノは間違いではなかったと言ってくれた友。楽しかった日々を与えてくれたたった一人の友達。
守りたいモノであった友人は、自分を庇い、死んだ。生き抜こうという二人の約束は、自分のせいで破れてしまった。
本当に守りたいモノだけでも絶対に守り抜きたい、その願望すらも叶えるだけの力もないのだと彼は悟った。
諌山緋呼は、自身の無力さに絶望した。


それでも、僅かに残った希望。まだ自分には守るべき人が、必ず帰ってくると約束した人がいた。
しかし、その人は自分が昏睡状態だった時、既に亡くなっていた。
その時知ったのは、お役目と関係なく、自身は彼女を守りたいと思い、恋慕していたという事。
好きな女性すらもこの身は守れなかった。
諌山緋呼は、時の残酷さに絶望した。



「今思えば、諌山緋呼は何かを守る事に自身の存在意義を見出していたのかもしれない。 けれど、守りたかったモノは、全て無くなった。 何も守れなかった、何も救えなかったこの身に価値などない。 最早、この身に残ったモノは後悔と罪だけだ・・・」



失意の上に失意を、絶望に絶望を重ね、諌山緋呼は世界と自身に失望した。緋村一真には最早どうするべきなのか判断はつかない。



「――――だが、この身に刻まれた罪だけは、最期に償わなければならない」



だから、死ぬ事を目的とした。自身の道標として判断できる材料はこれしかなかった。



「だから―――オレは、死ぬ為にここにいる。 死ぬ為に、戦う事を選んだ」
戦って死ぬというのは、僅かに残る武人としての誇りがそうさせるのかもしれない。


だが、後悔と罪悪感で埋め尽くされたこの身ではそれも・・・もう、わかりはしないかった。



武は顔を伏せ、押し黙っている。
一真は全て言い終えた、と武に視線を向けた。






「―――――――一真、それで・・・全部言い終わったかよ?」
低く、武が声を漏らす。


「ああ、これがオレの過去。 白銀武、君が知りたがっていたオレの真実だ」
一真はあの時の様に冷たい無表情に武に答える。




「―――・・・そうかよ・・・」
武は顔を伏せたまま、肩を震わせる。







「―――――――――――――ふっざけてんじゃねえぞっ!!!! 一真ァァアああああぁぁアアあっ!!!!!」
足が屋上の床を蹴りあげ、武の身体が勢いよく一真に向い、突進する。


その勢いと、激情を乗せ、武は岩の様に硬く握りこまれた右拳で、一真の左頬を射抜いた。


「―――っぐッ」
『ラーニング』と『超反応』という二つの能力がありながら、一真は武に見事に一撃を食らわされ、後ろにあったフェンスに体を打ちつけた。

「・・・・―――テメェ・・・」
フェンスの網に手を掛け、一真は口元を拭いながら立ち上がろうとする。その顔は明らかに先程とは違い、怒りの表情が浮かんでいた。
だが、それは武も同じ。


「なんだよ、そういう顔も出来るんじゃねえか・・・このエセ死にたがりが!」
立ち上がろうとする一真の襟元を掴み上げ、武は再度吼える。


「なん・・・だと?」
武の言葉が理解できないと言うように一真の表情が歪む。


「テメェ言ってることが滅茶苦茶んだよ!! わかんねえんなら教えてやる!! テメェはただの臆病者だっ!! 勝手に世界に、自分に絶望して!! ただ現実から、テメェが背負ってるモンから目を背けて逃げてるだけなんだよっっ!!!!」
再度、武は右拳で一真を打つ。


「―――ッ! 誰が逃げてるってんだッ!!!!」
再び頬を射抜かれ、一真も拳を握り武の頬めがけ、拳を振るう。

「オレには! それだけの罪があるんだよ!! 君に―――お前に何がわかる!!」
二度射抜かれた頬と同じ程の痛みを頭の奥から感じている。眼球の奥も熱を持ったように熱く、強い痛みを放っている。それでも、一真は拳で武の腹を穿つ。


「―――ぁがッ・・・ああ!! わかってねえかもなぁアア!!!!」
腹を打たれ、その衝撃によって肺から酸素が吐かれる。鍛え抜かれた武の体躯はそれでも崩れない。武は一真の左腕を捕り、今度は左拳で一真の右頬を打ち抜く。
殴られた衝撃で、掴まれた左腕を軸に一真は反転し、ちょうど二人の立ち位置が逆になった。

「げど! テメェも何もわかってねえ!!!!」
僅かによろける一真を更に武は追撃しようと間合いを詰めた。


「――――――ッ!!」
足を崩された一真はそれを整えるのと武を迎え撃つ動作を同時に行い武の拳を左掌で受け止める。

「いきなり、殴りかかってきたと思えば・・・そんな事かよ・・・!!」
武の右拳を掴む一真の左掌に力が込もる。圧迫される武の拳がぎしりと軋む音を鳴らすが、武はそれを気にせずに一真を睨みつける。

「オレには、それだけの罪があるんだよ!! お前にはわかるのか!!? 罪のない人を手にかけたオレの罪の重さが!! オレの痛みが!!」
更に左手に力が込められる。


「―――だから死んで償うってのかよ・・・?」
武は空いている左手で一真の右肩を掴む。

「死んで・・・それで片付けようってのか!!? 全部!!!!」
武の左手の五指が一真の右肩に食い込む。


「―――ッ! じゃあどうやって償えってんだよ!? オレにはもう何もねえんだよ!! あいつとの約束もねえんだ! 生きる意味がもうないんだ!!!!」
一真の悲痛な叫び。それは武にとって初めて感じられた一真の本音だった。



「だからさ――――それが! 逃げてるっつってんだよ!!!! 一真ぁあッ!!!!」
両者とも両手が塞がっている。そんな中、武は怒号と共に一真の下顎に頭突きを見舞う。


「―――っつぅ―――!」
一真はその痛みに掴んでいた左掌を放し、よろめきながら後ろへと後退する。







「―――・・・はぁ、はぁ・・・は、生きている意味がないだと・・・?」
間隔が開いた二人の距離。武は怒る感情を眼光に乗せて、一真をまっすぐに射抜く。

「・・・・・・・もう、友達との約束がないだと・・・・? もう・・・何も無いだと・・・・?」
ああ、本当に腹が立つ。一真が、諌山緋呼がどんだけ辛い目にあったのか痛いぐらいにわかった。それでこいつは、挫けちまったんだ。いつかの自分の様に。

「死ぬ気も無いくせに・・・馬鹿な事ほざいてんじゃねえ!!」
だからこそ、許すわけにはいかない。逃げてどうにかなるもんじゃないんだ、それは。


「―――! なんだと」
一真の表情が疑心に歪む。


「俺は知ってるぞ一真! お前が毎晩模擬刀振って、業を磨き続けてる事を!! 死ぬ気があるってんなら何でそんな必要があるんだよ!! 戦術機演習にしたってそうだ! お前は自分の腕を上げ続けてったじゃねえか!!!!」
毎夜と一真が振ってきたお前の剣は、初めて顔を合わせた時みたいに澄み渡っていた。戦術機の操縦技術にしたってお前はその能力に関係なく、腕を上げていったじゃねえか!


「・・・・・・・」
一真は虚を突かれたようで、その赤い瞳が揺れていた。


「お前は死ぬ事を選んだんじゃねえ! その前にお前は生きて、戦う事を選んでんだよ!!」
そうだ、一真は生きる事を本当は望んでいる。でなきゃ、戦って死ぬ為に技術を磨いたりしない。本当に死ぬ気があるのなら、ここにこないで自らその命を絶っている筈なんだ。


「そんな身勝手なこと―――」
出来るわけがない、と続くはずの言葉は口から吐き出されなかった。

「テメェ、一真! まだ気付かねえのかよ!!? 確かにお前はたくさんの人を殺したかもしれねえ! でもお前の意思じゃねえだろ! それでもその罪を背負って生きていくってお前は決めてんだよ!! 死んで逃げるよりも、生きて償い続ける道を、お前はもう進んでんだよ!! それから・・・自分から逃げんなよ!! 目を背けるなよ!!」


「―――――っく・・・」
構えられていた一真の拳が僅かに下がる。

「それでも・・・オレにはもう、希望はない・・・」


「逃げ続けんのはカッコ悪いぜ、一真!」
武も僅かに拳から力を抜いた。

「その君島って友達さ、お前を庇ったんだろ!? なら・・・そいつにとっても、諌山緋呼って親友は命に代えても、守りたいモノだったじゃねえのかな・・・」
本当は、一真本人が気付いてやらなきゃいけない事だと思った。けど、目を背け続けるこいつには言ってやらなきゃいけないとも思ったんだ。


「――――・・・・ぁ・・・・」
一真の腕が更に脱力し下がっていく。


「なら、お前はその人が生きた証なんだよ。 命に代えても守ってくれたテメェの命じゃねえか・・・そいつを簡単に捨てるなんて一真、お前にはできねえよ」
それは、俺にも言える事だと思う。多くの犠牲の上に、今の俺は成っている。だから、そう簡単には死ねない。

「それにさ、君島って人ととの約束も、守りたかった娘との約束もさ、お前の中で生きてんだよ・・・・」


「・・・・・・・・は?」


「約束ってのは・・・片方がいなくなっちまったら終わりってわけじゃないんだよ。 一真・・・お前誓ったんだろ、守りたいモノを守るって・・・その約束をお前はまだ守ろうとしてるんだ」
だから、お前はウランバートルハイヴ攻略作戦の最中、危険を冒してまで嘗ての仲間の危機を救おうと駆けたんだ。

「約束ってのはその人の願いだろ。 交わした相手が例え忘れても、例えいなくなっても、その願いが消えるって事は絶対にないんだ。 もう片方が覚えていて、生き続けてさえいれば、その願いは絶対になくならねえんだよ!!」
そうだ、絶対になくならない。


一真の両の手が完全に下ろされる。

「―――・・・凄い自信だな・・・白銀武。 お前は・・・どうしてそんなに信じられるんだ?」
前の冷たい無表情とは違う、こちらの真意を探るかのような無表情を一真は浮かべている。


「それが・・・今、俺がここにいる理由だからだ! 約束って願いが、その絆が、今の俺を支えてくている・・・・どれだけ失くそうと、これだけは絶対になくならねえ! あいつ等の願いは、今も俺の中で生きているんだ!!」
伊隅大尉、速瀬中尉、涼宮中尉、神宮司軍曹、柏木、たま、美琴、彩峰、委員長、冥夜・・・・そして、純夏。彼女達が救ってくれたこの命、彼女達が愛し、救った世界・・・彼女達の想いも、願いも、約束も、絆も・・・今も、これからもずっと消える事なく俺の中にあり続ける。俺だけじゃない、彼女達を知る今を生きている皆の心の中にも、彼女達の願いは生きている。だからこそ戦えるんだ。人類の希望を、未来を信じて戦い続けられるんだ。

「これは俺の持論みたいなもんだから、普通なら押し付けになっちまうけど・・・一真、お前も、俺と同じようにこの道を選んだんだ。 だから、最後まで罪も、想いも背負ったモン全部から目を背けてないで、最後まで抗って、生き続けろよ」
ああ、今わかった。一真と俺はよく似ているんだ。表の性格は似てないかもしれないけど、それでも根は似てる。こいつも前の俺みたいに現実から目を背けて逃げた。
そうだ、だから詰らない言い訳をして、死を選ぶこいつが本当にムカついた。だから殴ってやった。



武から一真へと言いたい事はすべて言い終えた。二人はしばらく無言で視線だけを交えていた。



「――――はははっ、あー、くそ、あちこち痛いじゃないか、白銀武」
からからと笑い声を上げながら、一真は首筋に手を置き、首を左右に捻る。

「生憎だけどさ、オレはお前みたいにそこまで人の絆を信じる事は出来ない・・・」



「―――なっ! 一真、お前・・・!!」
まだ、わかんねえのかこのわからず屋!と武は再度表情を険しくし、剣呑とした気配を放つ。


「ああ、理解はしてる・・・けど信じ切る事は出来そうもない・・・今は、」
一真は他人事のように素気なく、腕の調子を確かめながら呟く。

「だからさ、オレは生きるよ。 君島との約束も沙耶との約束も・・・その絆をまた・・・信じ切る為に、オレはこの先も生き続けるさ」
そう言って一真は、今まで見せた事のない・・・屈託のない、少年の様な笑みを武に見せた。


「―――は、驚かせやがって。 いいぜ、テメェがそのつもりなら、俺も負けねえ。 俺も、絶対に生き抜いてみせる!」
そんな一真を見て武は不敵に笑う。


笑顔を覗かせる二人の顔は青痣だらけで、口許からは咥内を切ったのか少し血も流れ、空気に触れて赤黒く固まっていた。
そんな顔で笑う二人の表情は傍から見れば、とても不格好なものだろう。


それでも、この濃紺色が濃くなり始めた夕焼け空の下、なんの偽りもなく笑顔を見せる二人の姿は、とても輝いていた。





「だから、一真・・・俺とも―――約束を刻めよ、」
武は一歩一真へと近づき、少しだけ腫れた右手を差し出す。


「ああ、いいぜ・・・・」
一真も一歩武へと近づき、青痣が浮かぶ右手を差し出す。


傷だらけの二つの手が重なり、そのまま握り締め、固く握手を交わす。







「「俺達は、絶対に生き抜いて――――この星を救ってみせる!!」」



声高らかに、二人は約束という願いを、絆を交わす。



その言葉に一つも偽りはなく、一切の曇りもない。



だから、二人とも胸を張って、不敵に笑みを浮かべ、負けてやるもんかと決意を交わした。







「じゃあ・・・これからもよろしく頼むぜ、一真」





「――――・・・あいよ、・・・武・・・」



気付けばもう日は落ちて、空には満点の星が覗いていた。
その星明かりは、とても明るく輝いていて、
まるで、人類の未来―――その希望を照らすかのように



二人の救世主の誕生を祝福していた。






















あとがき
ここまで見てくれた方々、ありがとうございます。どうも狗子です。





ヒャッハァァァアアアアアアァァアアアアァアア!!
やっと一真の事書き終わったぁぁぁアアあ!!!!
長かった、本当に長かった。


この二十四話は約束というのがテーマだったり、します。

どんなに多くのモノが失くなっても、決してなくならないモノがあるんだ

という武ちゃんの魂の叫びandシェルブリ〇トが皆さんに伝わればいいなぁと思っています(願望


ちなみにこの二十四話どうやって書けばいいのかわかんなくなりまして
三通りほど違った感じでの二人の会話を書きました。

幻の四通り目では某男の意地のお話の最終話ばりに武ちゃんと一真くんがガチの殴り合いをするというものがありました・・・

※そんなことしたら二人とも死にます。

ああ、にしてもしんどかったです、はい。
さて、残り二話(予定)とラストも試験も迫ってきました!

さ~て次回のMuv-Luv Alternative ef.はぁ~



第二十五話 『別解』


それでは次回にまたお会いしましょう。では。



[13811] 第二十五話 『別解』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:0dcf2d40
Date: 2010/05/15 15:34


濃紺色の空を背負い二人は笑っていた

その時、二人は確かに何の憂いもなく、過去の悲しみに捕らわれる事もなく

現在を生きる一人の人間として、笑っていた

それが、とても嬉しくて


少し、寂しかった。





社霞は屋上の扉の前で静かに息を殺しながら、二人の会話を見守っていた。

緋村一真は己の過去を語る際、終始静かで、落ち着いた態度だった。それでも、彼女が持つ能力は彼の内面を悉く暴き出す。
彼を今もなお苛む後悔や愛憎。両親が亡くなった時の喪失感、君島という友人が目の前でいなくなった時の悲愴、罪なき者を殺め続けた後悔、守りたい女性を救えなかった絶望。
今の世の中ではどれも有り触れた、誰も彼もが一つは抱える悲しみの記憶。彼はそれを背負いながら―――決してそれを認めようとはしなかった。
彼は自ら背負ったモノを否定し、見つめようとしなかったのだ。
見えているのに目を背けていた。その姿は、五年前、深い悲しみと後悔からこの世界から逃げ出した白銀武のようだった。
白銀武と緋村一真、二人の境遇は似ている所があった。守りたかった大切な人達は次々と倒れていき、守りたかった人を手にかけ、愛する人を守れなかった。
それは、似ていると言うよりも反面とも言えたかもしれない。そして、二人は同じ道を選んだ。だが、片方は選びながらその道を進もうとはしなかった。
これらの矛盾、白銀武との差異が、社霞が緋村一真を敬遠した理由だった。

(・・・それも、これで終わり・・・・・)
この時、二人は相見えてから初めてその道を交えたのだ。緋村一真は己が抱く偽りの願望を打ち破り、本当の願いに向き合った。香月夕呼が言った通り彼にはやってもらいたい事がある。
それは、彼女には些か気が引ける事でもあったが、それでも白銀武と同じ道を選んだ緋村一真はそれを承諾するだろう。


(・・・・・・純夏さん・・・どうか、この世界の武さんを・・・見守ってください)
霞は自分に思い出をくれた一人の女性にそう祈りを捧げ、屋上の扉を開いた。










屋上の二人は握手を解くと、再度お互いに笑みを浮かべる。


「―――なんだよ、一真。 いきなり呼び捨てか? どういう心境の変化だ」

「・・・・君付けで呼ぶの飽きたんだよ。 それに“武くん”って少し言いにくい」

一真は握手を交わした自分の手を眺めながら、苦笑いを浮かべる。どんな理由だと武はその答えを聞き、同じように苦笑する。
二人にとって同じ年代の男とこうして心底笑い合えた事は久しぶりの事だったので、どこか気恥ずかしい気持もあった。


「はは、は・・・それじゃ、もう暗くなっちまったしそろそろ戻ろうぜ」
いつの間にか口許から零れ、屋上に転がっていた煙草の吸殻を拾う一真に視線を向け、武は呼びかける。
一真は煙草を気だるそうに拾うと、額を覆うように手を当てて武の方に向きなおった。


「・・・・あ、そういえばさ・・・武・・・」
思い出したように呟き挙げられていた手を下し、一真は武に向い歩き始める。


「ん? なんだ――――っブォ!??」
声をかけられ、何事かと武が尋ね切る前に一真の握り込まれた右拳が武の横顔を捉えた。

「―――ってぇーっ・・・何すんだよ?!!」
不意の一撃を喰らい身体が横に流れ倒れそうになる。武は足に力を込め踏ん張りきり、体制を整える前に抗議の雄叫びを上げた。


「・・・お前の方が一発殴ったの多かったんだよ。 やっぱりさ、よくないだろう? そういうの」
してやったりと不敵な笑みを携え、当然のようにあっけからんと言い放つ。


「んだとコノヤロウ! だいたいネチネチ下らない事言うお前が悪いんだろ!!?」
打たれた左頬を擦りながら武は更に吠える。


「は、一発は一発だろう。 あぁ・・・しくじった。 二十六にもなって何青春染みた事してんだか・・・」
ガラにもない事をした、と呆れ果てた顔で一真は怒る武を通り過ぎる。


「あっ、おい! ちょ、待てよ! 最後の一発納得いってねえぞ!?」
横を通り過ぎる一真に武はがーっとなおも吠える。一真はもう相手をする気はないようでスタスタと扉へと進み、武も後を追うような形でそれに続いた。


だが、二人が扉に辿り着く前に、独りでに扉は開かれた。
錆びた蝶番を軋ませながらゆっくりと扉は開かれていく。そこから姿を現したのは長い銀髪を後ろで一纏めにした少女、社霞だった。


「―――こんばんは、武さん・・・それに緋村さん」
落ち着いた足取りで、霞は武たちへと進む。

「お話は、済みましたか?」
二人の前に来ると霞はそう言って、穏やかな笑みを浮かべる。


「・・・ああ、納得も得心もいったよ、霞。 とどのつまり、こいつが馬鹿だったって事だろ?」
霞の問いに武は皮肉気な笑みを湛えながら答えた。

「オイ、変な事吹き込むなよ」
一真も横から抗議をするが、その声にそこまで非難する気配は受け取られなかった。


「―――ふふ、そうですね」
霞は口元を隠しながら、更に笑みを浮かべる。


「ホラ、霞もそうだって言ってるぞ、一真?」
霞の横に立ち、武は形成有利だと自慢げに胸を張った。それを見た一真は降参だと苦笑いを浮かべるしかなかった。



「ああ、それはいいんですが・・・お二人とも、香月博士がお呼びです。 博士の執務室まで至急いらしてください――――」
霞は笑みを消し、凛とした面持ちで二人の顔を見渡し、

「―――その前に、二人とも医務室で手当て・・・してもらってください」
青痣が彼方此方に浮かび、所々晴れ上がった二人の顔を見て、盛大な溜息と共に肩を落とした。











「――――――二人とも、少し見ないうちに随分不細工になったわね・・・」
屋上から医務室へと梯子し、漸く夕呼の執務室を訪れた三人を出迎えたのは、部屋の主である夕呼のそんな呆れた声だった。


「博士、人の身体的特徴をそんなふうに言っちゃ、ダメですよ」
夕呼の元へと足を進める霞。いつものように副司令の椅子に腰掛けながら、夕呼はそれを鼻で笑い受け流す。
しかし、その霞言葉は途轍もなくお門違いなフォローだった。その証拠に彼女の後ろを歩く二人の男は打ちひしがれていた。


「まったく、顔に絆創膏だのガーゼだの張って何してんだか。 湿布臭いったらありゃしないわ」
パタパタと手を団扇の様に扇ぎ、夕呼はあからさまに怪我人を邪険にする。

夕呼が言った通り二人の見てくれは散々だった。顔には到る所に絆創膏や湿布、ガーゼなどで傷を覆われ、打ち身などで体中に包帯が巻かれていた。また、武は左手を、一真は右肩をそれぞれ一番深い傷を負っている為、そこに重点的に処置が施されていた。


「いや、先生、俺は必要ないって言ったんですけど、霞がどうしてもいけって聞かなくて・・・」
武は右手を挙げ、おずおずと意見を述べる、が


「あんたらの傷だらけの顔見ながら喋れっての? そんなのごめんだわ」
数時間前と同じように夕呼はばっさりと武の発言を切り捨てた。

―――ならばどうしろと?


「武。 責任転嫁、カッコわるい」

「なにおぅ!?」

痛々しい怪我だらけの顔を愉快気に歪め、一真は一歩、夕呼へと足を進める。


「――――アンタと話すのも久しぶりね、緋村」
夕呼は一真の姿を捉え、座り直すようにして顔を向けた。

「どう? 夕焼けの屋上、出来損ないの青春を繰り広げた感想は?」


「―――・・・ああ、そうですね。 気分は・・・最悪だよ、香月博士」
皮肉気な笑みを浮かべる夕呼と同じように一真も皮肉な笑みを浮かべる。
夕呼が言う通り香月夕呼と緋村一真がこうして会って話すというのは彼がこの基地に訪れた4月11日以来の事だった。
夕呼は一真の返事を「そう」と短い言葉で返した。その表情はとても楽しげだった。そして一真は悟る、自分はこの牝狐のシナリオ通りに動かされていた事を。いや違う、正確には―――


「―――先生」
一歩前に出ていた一真に並ぶように武も一歩前へと足を出す。

「この呼び出しはアルマゲストの事についてですか?」
武は静かに気になっていた事を問いただし始める。菅原からの命令文書類は封筒ごと一方的にエリカに押し付けたままだったし、部隊長として彼女としっかりと話を通す義務があった。そして自らの影の上官とも言える香月夕呼からの呼び出し、武にはそれらが無縁だとは思えなかった。


「いいえ、違うわ。 アルマゲストについての事ならあんたがエリカ・レフティに資料を届ける前にピアティフが話をつけたしね」
夕呼は得意げな妖しい笑みを湛える。


「―――それは・・・! やっぱり、菅原准将達に手を回したんですか? 先生」
武の表情に緊張が走った。その顔の険しさは単純な嫌悪から来るものだった。一応自分は夕呼や菅原達に助けられた身だ、そんな恨み言を言うような態度をする資格などないだろう。だが、あまりの手筈の良さ、いやそんな話のレベルではなかった。解任されるとは言え自分は今日一日までアルマゲストの大隊指揮官だ。それを通過せず、勝手に事を運ばれては面目も何も立たない。


「はぁ・・・。 白銀、あんたのその質問に、何か意味はあるわけ?」
夕呼の整った眉が形を歪め、眉間に幾らか皺が出来上がる。


「―――・・・」
武はつい気圧され、押し黙ってしまう。意味―――意味などは有りはしないのだろう。例えここで夕呼を問い詰めたところで決まった事項が覆される事はない。今、武が少々の嫌悪を覚えたのは自身への情けなさからだった。指示の出所に、もはや意味はないのだ。夕呼のこの態度は、菅原の言葉をすべて肯定していた。自分にはそれだけの責を背負う必要がないと、香月夕呼までも自分にそう言っている。誰かをまた守れなかったのに、また誰かに助けられた、という事実が気に食わなかった。それだけの事で憤慨してしまった事を武は自信を叱責し、心を落ち着かせる。

「・・・・・いえ、ないです。 取り乱して、すみませんでした。 先生」
武はそう言って頭を少しだけ下げる。そう、わかっていた筈だ。この与えられた好機は今後に生かしていかなければならない、自身の為に、世界の為に。それが、自分にとって彼らに返せるものなのだから。


「そう・・・別に構わないわよ。 あんたの慌ただしさなんてもう見飽きているし、こっちも慣れたわ。 慣れ過ぎて呆れ果てそうだけど」
夕呼は辛口に笑みを湛え、それを見た霞と一真の顔に苦笑が浮かんだ。

「まぁ、私としてもそろそろ“こっちの計画”を動かすつもりだったし・・・・・・それが少し、嫌な時期に当たってしまったってだけの事よ」
夕呼は顎に手を添えて、静かに呟く。その声はいつもの彼女らしいどこか遊んでいるような声色でもあったが、そこには微量ながら武への謝罪の気持ちが隠れていた。


「こっちの・・・計画?」
この部屋で唯一その内容を知らない一真が夕呼の言葉を聞き、訝しげに眼を細めた。

夕呼は思案するように顎に手を添えて間をおいた後、再度口を開く。
「・・・緋村―――いいえ、諌山。 あんたはこれからどうするつもり?」
夕呼の神妙な表情で尋ねる。緋村一真は香月夕呼に―――言ってしまえば雇われた身の上だ。出自が特殊だからと言って一度指揮下に入ってしまえば、おいそれと簡単に他軍へ異動する事も出来ないだろう。だが、夕呼の言葉は幾らかの選択の余地を与えると言う事を示唆していた。


「・・・・どうするも何も、いままで通り戦うさ」


一真の返事を聞き「そう」と短く返した後、更に夕呼は再度思考を巡らす仕草を取る。一真の雇用主は彼女だ、今回の事に関して言えばその後ろにも違った意図があるのだがそれでも彼女は何かを考えているようだった。

「――――――“白銀”、」
けれど、次の瞬間にはいつも通り、いやそれ以上の妖艶な笑みを湛えていた。


「なんですか? 先生」


武はあの計画の話を進めるのかと、視線を夕呼へ向ける。視界の端で俯く霞の姿は、この時武の目に留まる事はなかった。





「あんたがこの世界に残った―――“生まれた時”の事、覚えているかしら?」


「――――――なっ!??」
夕呼の問いに、武は思わず驚愕の声を漏らしてしまう。何せこの事は――白銀武の存在の事実は、夕呼自身が墓まで持っていくと言っていた。それに「いくら白銀武が因果導体でなくなったとしてもその事実は消えない。 それを知った人間に依然どの様な影響があるか分からないからこれからも黙っておくこと」と厳命したのは夕呼自身だった。この場には、霞や夕呼の事情を知る人間以外に緋村一真という普通の人間がいるのだ。それなのに何故、急に夕呼がこんな事を言い出したのかと武は驚きを隠せなかった。

「―――・・・?」
一真は何かの比喩かと怪訝そうな表情を浮かべていた。夕呼の言葉が単純に自身の生誕の事を指すのならそれは当然覚えているわけがないだろう。いや、それ以上に引っかかったののは“この世界に”という部分。何かの比喩だとしても如何せん何のことなのか見当もつかなかった。何より一真の赤眼には夕呼がどこか真摯的に見えたので、何を言っているのかと横槍をくれる気にもなれなかった。


「どうしかした? それとも五年前の事を、もう忘れたって言うの?」
夕呼はわざとらしい嫌な声色で武を挑発する。


「―――先生!!? 何を言ってるんですか?! 黙ってろって言ったのは先生じゃないですか!!」
武の顔に焦燥が浮かぶ。何故、彼女はこんなにもいつも通りなのだろうか。


「2002年 1月9日・・・あんたはこの世界から消えず、留まった。 その時私が言った事、覚えてる?」
武の焦り声を気にも留めず夕呼は淡々と続ける。


「先せ――――」
「武さん、落ち着いてください」


更に血が昇ろうとしていた武の言葉を、霞が静かに遮った。

「――――武さんが、心配しているような事は起きません。 だから、安心してください」
霞は俯き気味な姿勢のまま、声を絞り出すように武を宥める。


「―――・・・ああ・・・、」
どこか辛そうな霞を見て、武はなんとか心を落ち着かせる。


「・・・・・・・・」
一真は押し黙り、様子を窺う。彼らが何故こんなにも焦り、落ち着かないのか彼にはそれを推察だけの材料が決定的に欠けていた。けれど、一つだけ――――彼にとって身近な言葉があった。

「―――香月博士、その日に・・・“白銀武”に何かあったんですか?」
それが、彼にとって一番ひっかかりを覚えた。一真は相変わらず訝しげな視線を夕呼に向ける。


「――――、」
一真が武を一瞥するが武はそれを居心地悪そうに顔を背けた。実際、この事を話した時、悲劇に巻き込まれた最愛の人を思い出し、どうしても正視する事が出来なかった。


「そうね・・・・・・緋村、あんたはエヴェレット解釈って知っているかしら?」


夕呼のその言葉を聞き、一真の訝しげな視線は一層強まった。エヴェレット解釈、という言葉はあまり親しみはないが耳にした事はあった。


「・・・量子力学の話ですか? 生憎とオレはSFには疎くてね。 詳しくは知らないですよ」
それがどうした、と言うように一真は夕呼の説明を促す。
エヴェレット多世界解釈というのは机上だけのモノだと一真は記憶していた。シュレディンガーの箱―――なんていう残酷な話は好かないが、つまりは箱を開けてみるまでは何が入っているか分からないという状態においてその中に入っているモノは何なのか、とその可能性は無数にあるわけだ。だが箱を開け、その正体がわかればそれを見た観測者にとってそれが真実となる。その時点で観測者は他の可能性の先を観測する事は不可能なのだ。つまり現在において多重世界、パラレルワールドなんてモノは人類には知りえない事なのだと証明するような話だ。


「そう。なら難しい理論を並べるのはナシにしましょう」
夕呼は一度だけ目を伏せると、再び一真へと視線を戻した。





「簡単に言っちゃうと、――――白銀武と諌山緋呼は半分同一人物だってこと」
夕呼はにやりと笑いながら、端的な結論を口にした。



「―――――は?」「――――――なっ!?」
一真はいきなり何を言うのかときょとんとし、押し黙り夕呼の言葉に耳を傾けていた武もまた驚き、声を上げていた。



驚く二人を無視し、夕呼は更に説明を続ける。
この世界の白銀武は2000年以前に死亡している。そして、五年前にこの世界に出現した武は多重世界から紛れ込んだ異世界人であり、香月夕呼が提唱する『因果律量子論』でいう所の因果導体だった。因果導体というのは先程言ったエヴェレット解釈における、他の可能性―――つまりこの世界とは違う、別の可能性から成り立った世界を観測でき、多重世界間において因果情報を持ち込み、流す事が出来る存在の事を指す。そして因果導体である武はこの世界を2001年10月22日を起点に幾度となくループする事を体験し、その中で地球の―――人類の終わりを見た。その経験から、彼は人類を救う為に、最悪の結果を起こさせない為に行動を開始した。


「―――それで、その最悪の結果がオルタネイティヴ計画の第五計画が決行された後の未来、だと?」
一真はまるで下手なおとぎ話だと言うように半笑いで尋ねる。


「そうみたいよ。 クーデターの為に米国の裏を探っていたあんたも知っての通り、もう計画は破棄しちゃったけどね」
夕呼の表情に変化はなく、相変わらずにやりと口の端を歪めた妖艶な笑みが浮かんでいた。対して一真の顔は怪訝そうなモノから険しい表情に変っていた。腹を抱えて笑ってやりたいような絵空事を聞かされているような気分だが、彼の能力『ラーニング』が夕呼や霞、武の表情から彼らの内面を暴き出し、それが本当の事なのだと物語っていたのだ。

武は夕呼の話の腰をもう折るまいと黙って耳を傾けていた。夕呼が言った“白銀武と諌山緋呼は半分同一人物”―――その言葉の意味を自分でも考え、眉に皺を寄せながら思考を巡らしていた。

霞は、不安そうにじっと武を見つめていた。


「―――なぁ香月博士? それじゃあ武は死ねばもう一度2001年からやり直すって事か?」
『ラーニング』によって彼らが正気で、尚且つ真面目に話していると言う事は一真にもわかった。これで、妄想を本気で信じている、なんて話だったら何とも間抜けな事だ。


「いいえ・・・・白銀はもう因果導体ではなくなった。 だからこの世界で白銀が死亡しようと二度とループする事はないわ」



五年前、白銀武を因果導体としていたのは白銀武の幼馴染・鑑純夏という少女の想いだった。その想いゆえか、重なった偶然かはわからないが彼女は白銀武に会いたいという願いを願い続け、白銀武を因果導体としてこの世界に呼び寄せた。白銀武は何度か元の世界とこの世界を人為的に行き来した事があり、その結果この世界であった悲劇の因果情報を元の世界に齎してしまう事になった。その結果を、歪んでしまった世界を正す為に白銀武は自身を因果導体としている原因を取り除く事を決意。だがそれは鑑純夏の死を意味しており、桜花作戦にて彼女は死亡し、白銀武は因果導体としての役目を終え、因果導体ではなくなり、この世界から消える―――筈だった。


「・・・・・消える筈・・・だった?」
夕呼から聞かされたのは白銀武の因果導体として生きた過去、その原因だった。そして、その原因を取り除いた今、白銀武がこの世界に存在する事はない。だが、こうして白銀武は生きている―――この世界に存在し続けている。


「白銀。 五年前のあの日、私が言った仮説覚えてるわよね?」


「――――ええ、覚えていますよ・・・―――」



桜花作戦後、白銀武は因果導体ではなくなりこの世界から跡形もなく消えて無くなる筈だった。しかし、彼はこの世界に残って“しまった”。いや、厳密には数瞬の時間消えていたのだろう。
白銀武はこの世界での目的を達した、しかしその代りに掛け替えのないモノを失ってしまった。その後悔、悲しみ、そしてこの世界への武の想い―――彼女たちへの武の想い、その意志の力とこの世界における武の行動の結果、それによって出来た人々の記憶、白銀武への認識が彼をこの世界に繋ぎ止めた。


そして現在の白銀武―――この世界に残った武の存在は、白銀武のこの世界における自身への認識と、この世界の人間たちの認識から成り立っている。この世界から霧散し、他の多重世界へと散らばろうとしていた白銀武の因果情報を投影し、そして白銀武をこの世界に形成した。イメージとしては他人の白銀武への認識、想いが彼の身体―――容器を形造り、白銀武の自身への認識―――自身が抱える自分の因果情報がその中に詰まっているというものだ。


だから、緋村一真に白銀武が言ったように
白銀武は仲間との絆によってこの世界に存在しているのだ。
だから、その結果は白銀武が存在している限り残り続ける。いや、例え彼がいなくなったとしてもその絆は世界に刻まれ続ける事だろう。



「成程・・・だから、ああ言ったのか。 ・・・まいったね・・・その絆は確かに消えねェわ」
最早感服するしかない、その絶対の絆。多重世界間を超えたそれは、誰にも壊せない不滅なモノだった。


「先生。 確かに俺はその結果としてこの世界に留まっています。 けど、それが・・・一真とどう関係するんですか?」


「緋村、あんたが昏睡状態から目を覚ました日・・・わかる?」


「――――2002年、1月9日だ」
そう、夕呼が語る白銀武の物語、その中で最初から気になっていたのはその日付だった。武の口から今日何度目かも解らない驚愕の声が漏れる。


「あんたにとって見知らぬ記憶、身に覚えのない体験・・・・あんたそんな夢を見てるそうじゃない」


「―――――ッ! よく、ご存じで・・・・」
確かに、この横浜基地に来てからそんな夢を何度も見るようになった。いや、白昼夢というように起きている時ですら夢で見た映像や、音は頭痛と共に彼を苛んでいた。


「―――それは、武さんの記憶です。 と言っても、五年前・・・つまり2001年以前から2002年の一月までの記憶ですが」
今までずっと黙っていた霞が、一真の夢の正体を明かす。


何故、他人の夢の内容を知っているのか。一真にもその答えは凡そ見当が着いていた。


「―――――はい、私は『リーディング』という貴方とは違う能力を持つ、ESP能力者です」
霞はオルタネイティヴ4と記された制服のスカートを握りしめながら、告白する。武や多くの人と接してきた為に、自分の能力に対しての嫌悪感は前に比べて薄くなってはいた。けれど、それを他人に教える事は彼女にとって、未だ途轍もなく怖い事だった。


「霞・・・・―――」
そんな霞を心配そうに武は数歩近寄り、頭を撫でる。


勝手に人の夢を見られた、という嫌悪感は湧かなくもない。だが、一真は霞に対し一種のシンパシーを抱いていたし、能力者が抱えている痛みというのも理解しているつもりだった為それを責める気にはなれなかった。


「緋村さん、夢の中だけではないんです。 きっかけは些細な違和感だったんですが、失礼ながら・・・貴方を深く『リーディング』させてもらいました。 その結果、貴方の中に武さんの存在を確認する事が出来ました」
それが一真の白銀武の記憶を夢として表層に引き上げた二つの原因の内の一つ。他人が観測した事により彼の中の白銀武という存在が浮かび上がったのだ。


「・・・・先生、これはいったいどういう事なんですか?」
武は霞の横に立ったまま夕呼に向き直る。霞はそんな武の軍服の裾を摘んでいた。


「五年前、私が建てた仮設・・・それ以外にも白銀がこの世界に残る原因があったって事よ」
夕呼は椅子から立ち上がり、腕組をしたまま机の前へと足を進める。

「プロジェクト・メサイア・・・その計画で行われた人体強化措置。 それを施された緋村―――諌山緋呼は、“因果情報”を欠損したのよ。 あくまで仮説だけどね」
薬物や物理的な脳への干渉―――そう言った行為の果てに、多くの者が昏睡状態又は死亡していった。そして一真は昏睡状態の中、因果情報を欠損した。

「これは存在の破綻って言ってもいいわ。 でも、緋村緋呼という存在は完全に壊れる事はなかった―――いえ、人の因果情報を欠けさせるなんて人為的に出来るもんじゃないわ。 天文学的な確率の偶然ってやつね」
だから、夕呼は成功体がいると聞いた時心底驚いたのだ。あんな無謀な実験をして生きている人間なんている筈もない、そう思っていた。けれど、その正体が漸く分ったのだ。

組まれた腕を指で叩きながら夕呼は説明を続ける。

「因果情報の欠けた存在である緋村は貪欲にその穴を埋めようと踠いたのよ。 けど、何にも属さない因果情報なんてそうあるもんじゃないわ。 それは無色の何の指向性のないエネルギー体みたいなもんなんだから」
あのままならそう遠くない内に諌山緋呼は昏睡状態からそのまま永遠の眠りについていた事だろう。だが、それはある人物の存在によって助かる事になった。

「そんな中、2002年1月9日・・・白銀武という因果情報の塊が世界中に散らばった。 緋村はそれを取り込んだのよ。 そして“この世界に白銀武が存在する”というより確実な事実をこの世界に齎したわけ」


白銀武の因果情報を取り込み、欠損した個所を補い、諌山緋呼は意識を回復させ自身の生命を存続させる事に成功した。


「つまり白銀。 あんたと緋村は“白銀武”という因果情報を共有する存在だってことよ」
夕呼は机の前までくると、机の上に腰を下した。


「そんな・・・事が・・・」
実際にあり得るのか。武は口を噤み、その疑問を最後まで口に出す事はなかった。そうだ、そんな質問に意味はない。実際にそう存在しているのだから疑う余地はない。


「緋村の『ラーニング』は恐らくプロジェクト・メサイアに因るモノじゃなく、“他人の情報を取り込んだ”という事実から生じたモノよ。 元々、白銀の因果情報がなければ目を覚ます事なかっただろうから分らないけど、『超反応』の方もそれが原因で成り立った体質かもしれないわね」
肉体的基盤が幾ら出来ていようと、ESP能力というのは精神的なモノ―――未だ科学では証明しきれていない部分によるモノが大きいといえる。ゆえに人為的な配偶や試験管ベイビーなどを用い天然の能力者の子供を産ませ、量産させる他方法はないのだ。だからこそ、初の人工ESP能力者とも言える存在の一真は米国において重宝されたのだった。そして今、その成功は一つの事実によって打ち砕かれた。


「――――はは、この能力が・・・あんな馬鹿な行いの結果じゃない、ってのか・・・あ、ははははははッ! 愉快な話じゃないか」
一真は狂ったように笑う。


「・・・一真・・・」


「何、心配するなよ、武。 ただ嬉しかっただけだ・・・ほんの少しな」
一真にとって米国にいた時間は残酷な程無駄なものでしかなかった。それでも、意味があると強要された実験の数々が無駄だったという事実は彼にとってこの上なく嬉しい事だった。

「ざまあみろ、エンリコ・テラー。 ・・・・・・それにしても何か悪い事したな、武。 勝手にお前のもん使っちまって・・・それと、ありがとうよ」


「いや、謝ることねえよ。 こっちこそ、お前のお陰でこの世界に残れたわけだし・・・・俺も感謝するぜ、一真」
今の武にとってこの世界に残れた事は、大変嬉しい事だった。その一因が一真にあり、そしてそれが彼の命を救ったというのだから感謝と嬉しさの念は内からどんどん湧き上がっていった。


「――――白銀への影響がなかったのはあんたの方が存在の大元だったって事もあるんでしょうね。 イメージ的にはあんた等は半人前の存在で、もう一個の存在を二人で分け合ってそれで一人前になってるって事ね」
夕呼は厭らしい笑みを浮かべながらそんな皮肉を吐く。それを聞いた武と一真の二人はその言葉がぐさりと突き刺さったかのように二人して項垂れた。



「それにしても先生。 なんで、そんな事を態々伝えたんですか?」
普通に生きていられるのだから、態々そんな事を言う必要はないのではないかと武は首を傾げる。



「―――――・・・・・何よ、自分の事について知りたいと思わないの? それにこれからもあんた等には働いてもらうつもりだから、それなりに安定していてくれないと私が困るのよ」
夕呼はそう言って机に掛けていた腰を上げる。

「白銀、あんた先に90番ハンガーまで降りてなさい。 今後の進路の説明はそこでするわ」


夕呼はそう言って霞も付けると武に退室を促す。


「―――え、あ、はい。 一真はいいんですか? 『火纏』の事もあるじゃないですか」
90番ハンガーに立つ二体の鉄の巨人。そしてその二機とそれに搭乗する衛士が要となるあの計画。その説明なら彼も呼んだ方がいいのではと武は目で夕呼を窺う。


「緋村とは少し、話す事があるのよ。 纏めて話す前の個人面談みたいなもんだから、気にせずに先行ってなさい」


「―――・・・そうですか、それじゃ先行ってますね。先生も一真もまたあとで」


「香月博士、お先に失礼します」
武と霞は部屋を出る前に一礼をし、副司令執務室から退室した。





武と霞が退室した事により執務室には一真と夕呼の二人だけが残された。


「―――・・・なんか拙い事ですか、話って」
暫しの沈黙を挟み、一真がまず口を開く。それを聞いた夕呼は溜め息交じりに苦笑した。


「察しがよくて助かるわ」


「いやなに、社さんがずっと不安そうにしていたんでね。 退室する時も一度こちらに視線を向けていましたし」
一真は肩を竦め、おどけた様に言う。


「そう。 あの娘も隠し事が下手ね・・・・。 あんたに話をする前に確認する事があるのだけれど、構わないかしら?」
夕呼は吐き捨てるように言葉を紡いだが、その表情には母親の様に慈愛が浮かび上がっていた。それは、それだけ彼女が社霞を気にかけているという事の表れだった。
一真は夕呼に肯首で答える。


「緋村。 最近、頭痛や吐き気とか身体に変化を感じる事はないかしら?」


「ええ、ありますね。 頭痛の時なんかは貴方の言う武の記憶がよく見えたりしますが」


「そう。次に、今回のウランバートルハイヴ攻略作戦時、随分暴れたそうだけど・・・自分でも驚いたりしなかった?」


「・・・ご明察。 淀みなく身体が動きすぎて戸惑いましたよ」
一真は素直に夕呼へ答える。彼女の表情に変化はない。けれど、その奥には深刻そうに顔を顰めている彼女が、一真には見えた。


「そう・・・緋村、それは白銀との同位化現象よ」
夕呼は笑みを崩し、神妙な面持ちで一真へと目を向ける。同位化現象という聞きなれない言葉に一真は思考を巡らすように眉間に皺を寄せた。


「あんたが抱える白銀の因果情報。 この横浜基地にきてあんたが白銀と接触し、白銀の動きを『ラーニング』した結果、その因果情報が現在の白銀を共鳴し同じような存在になろうと変化しているわけ。あんたから乖離せず今の白銀と同等になろうとする・・・・だからこれは同化ではなく同位化って言うのがしっくりくるでしょ?」


「はぁ~、そんな事が起きている、と」
今思えば武の起動や仕草、動的なモノを視た時の違和感は彼がこの世界の人間ではなかった事や、その同位化現象が原因なのかもしれないと一真は思った。


「端的に言うわ・・・・・・諌山緋呼、あんたはそう遠くない内に同位化現象に蝕まれ、死ぬわ。 あんたが懸念していた、人体強化措置の反動とは別の原因によって」



人体強化措置による度重なる肉体改造。それは確実に一真の寿命を縮めていた。
例えば彼の『ラーニング』能力。人間の眼というのは考えている以上に高性能であり、考えている以上に多くのモノが映る代物だ。しかし眼というレンズに対し、脳という感覚受容器官――フィルムの容量には制限があり、それはまりに小さい。人間が捉えられるというのは脳というフィルタを通した、眼に映る世界よりも劣化したものだという事だ。緋村一真の脳はそのフィルムの容量の制限がなくなっている。彼は目に映る全てを詳細に感じ取ってしまうのだ。それが彼生来の才能と合わさり、『ラーニング』という能力が発現した。社霞などは五感以外の未知の触覚で捉えるのに対し、緋村一真の『ラーニング』は視覚情報のみの『リーディング』の様なものだ。そして無理やり感覚のタガを外された一真の脳。本来全てを受け止めるだけの容量のない受け皿を無理矢理引き延ばすようなそれは何れ壊れてしまう事が目に見えていた。


「別の原因・・・・・・それが、その同位化現象だと?」


「ええ、白銀の因果情報はその同位化現象によりあんたの因果情報を侵食する―――いえ、同位化現象自体に侵食する意味合いはない・・・本来違う人間の因果情報を持っている・・・そして、その因果情報が活発になった事による、拒絶反応・・・それが何れあんたを食い殺す」


「―――――・・・・・・・・・」


「それを踏まえた上で、今後あんたがどうするか決めなさい。 異動の選択権くらいはあんたにやるわ」


「死に場所くらい選ばせてやる・・・って事ですか、この私に・・・・」
一真――――緋呼は不敵な笑みを浮かべる。


脳裏に浮かぶのは先刻、新たに刻まれた武との約束。


「愚問だな、香月博士。 緋村一真の答えは、もう・・・決まっている――――――――」










7月18日 第一帝都 東京


真夏の日差しが差し込み、その熱は地面を焼き陽炎を漂わせる。時刻も昼が近付いている事もあってか影は短く、日差しはどんどんその熱を燃え上がらせていた。


あたりには風情ある石畳や、奇麗に葉を整えられた松の木。


夏の爽やかな風が陽炎と松の葉を優しく揺らしていた。


今夜行われる夏祭りの祭囃子が、遠く耳に届いた。


子がはしゃぎ、笑い声を上げながら友達らしき同年代の子と駆けまわる様を、ここにくる前に見かけた時は思わず頬が緩んだ。


この国はまだ死んでいない。まだ、守るべき笑顔はここにある。



ここは帝都に設けられた霊園。その中央には大きな石碑。


その石碑――――慰霊碑の前に立つ、人影があった。


その白い髪は、口に咥えられた煙草の紫煙と共に風に揺れて、穏やかに流れていた。


「――――なんというか、こういうのはガラじゃないんだがなァ・・・・」
溜め息の交じりに大きく煙草をふかし、緋村一真は微苦笑を湛える。
亡骸の無い墓標、というのは今の世の中では珍しくない。というよりも多かった。墓も建てられず、亡くなったという事実だけが残るというのもあるくらいなものなのだし、骨を墓に入れられる人間はさぞ幸せなのだろう。

「ま、こんな立派な慰霊碑・・・英霊と奉られるってのも、お前のガラじゃねえよな」
自分が会いに来た英霊の姿を思い返し、一真は思わず吹き出してしまう。
ああ、墓参りなんてものは自分のガラじゃない。そしてこんな風に語りかけてしまうなんてもっとガラじゃなかった。


「・・・・・・なァ、君島?」
だが、九年振りの再会ともなればそれなりの感慨も浮かんでくるのか、言葉と裏腹に心は穏やかなモノだった。



「さっきも言った通り、そんな事もあってこうしてオレは帝都にいるわけだ。 墓参りはついでだな」
ククとくぐもった笑いを溢し、一真は煙草のフィルターを噛み締めながらなおも笑う。


九年前、彼が日本にいた時、帝都は京都だった。現在の帝都は東京であり帝都と呼ばれるようになってからは様変わりしたのか彼の記憶に残る東京とは随分景色が違って見えた。


「―――・・・西日本の復興も、進んでいるらしい・・・十年後には京都も前みたいな華やかさを取り戻せるだろうってさ」
焼け野原となった西日本では今も復興活動がされている。国民の助けもあり、それは当初の予定よりも早く進んでいた。

「今もまだ残る守るべき人達がさ、こうして一生懸命になってるってのに・・・守る側のヤツがトロトロやってる場合じゃねェよな・・・」
自嘲気味に笑いながら一真は一度だけ、顔を俯かせる。


「だからさ、オレもそろそろ進むとするよ。 長い事サボっちまったからな・・・これからはお前にも恥ずかしくないよう頑張っていくよ」
下げられていた顔を上げ、一真は不敵に笑いかける。生きると―――守ると約束した友を裏切らない為に、自身の『守る』という信念を貫く為に。


「じゃあな、君島―――」
一真はそう言って立ち去ろうと振り返ろうとする。



『なんだよ・・・足踏みは終わりか、緋呼? なら進めよ、徹底的に』
ふと、懐かしい声が耳に飛び込んできた。


「―――・・・! ・・・はっ、そうだってさっきも言ったろう? 相変わらずくどいんだよ、お前は」
夢でも幻聴でも構わない。背中に感じる気配。今、こうして届いた友の声。自分にとってその事実さえあれば十分だった。


『ああ、いい度胸じゃねえか。 ・・・やるって言ったんだから、最後までやり通せよ』


「・・・そうだな。 ありがとう、君島。 オレは、人類は、絶対に負けない。 だから、見ててくれ」


『はっはっ。 おう、見ててやる・・・だから―――――見せてみろ』


その言葉、笑い声と共に背中に感じていた気配が薄れていき、声が聞こえなくなったと共に完全に消えた。
亡き友との決して有り得ない会話。その余韻に浸っていると、再度誰かの気配を感じた。
耳に届いたのは、背後からの草履のカランという足音。その足音は上品なリズムを刻み、こちらへと近づいてきた。




「墓前で喫煙というのは、マナーが悪いですよ」
鈴の音の様に綺麗な女性の声。しかし、その美声とは裏腹に言葉には刺があった。


「――――それは申し訳ない」
一真は後ろを振り向かず、苦笑しながら携帯灰皿に煙草を押し当て吸い殻を放り込んだ。軽い口調での謝罪が気に食わなかったのか女性はそれきり口を開かず、一真の横を通り過ぎると慰霊碑の前にしゃがみ込み花束を備え、手を合せていた。

女性は鮮やかな桜色の着物を着こみ、日傘を差していた為顔は見えなかった。


(日傘差したまま墓参りってのも、マナー的にどうなもんかねェ)
一真は口の中でそう呟きながら、女性の仕草に目をやった。女性の仕草は洗練されており、確かな品格を思わせる清廉としていた。


「―――貴方も、お墓参り―――ですか?」
女性は立ち上がると半身だけこちらに向けた。上は黒いシャツ、下はスラックスという一真の軽装に女性ははて、と首の代わりに日傘を傾げていた。


「――――ええ、友人の、ね。 そういう君もだろう」
一真は目の前の女性のそんな可愛らしい仕草に苦笑を浮かべる。


「はい、昔・・・少しの間お世話になった人に」
落ち着かないのか女性は日傘の柄を手でいじりながら答えていた。


この慰霊碑はBETA日本侵攻時における抗戦に参加し、戦死した兵士達を弔ったものだ。ということは彼女が墓参りした人物はその時になくなった兵士なのだろう。


「そうかい。 その人も、君みたいな娘に花を供えてもらってさぞ喜んでくれているだろうな」


「どうでしょう。 そうだといいですけど・・・あの人、剣に生きていた人でしたから花を貰っても喜ぶかどうか・・・・」


女性はどこか不安そうに自分が供えた花束を一瞥したようだった。


「・・・・・・・いや? 花貰えば普通に嬉しいぞ、オレ」
さて、最初から気づいていた事だし。そろそろからかうのはやめとしようか。


「いえ、貴方が嬉しくても仕方が・・・・な・・・・・・ぃ・・・」
女性は勢いよく完全にこちらに身体を正対させた。そのせいで彼女が掲げていた日傘は彼女の動きに対し遅れて動き、彼女の顔が露わになった。


女性は長い艶のある黒髪を後ろでお団子のように纏め上げ、簪でそれを止めていた。鮮やかな桜色の着物はそんな彼女を更に美しく際立たせ、その姿は着物美人、という言葉がしっくりくる程に似合っていた。


「・・・・え・・・? ・・・ぁ・・あ・・・」
目の前の黒髪着物美人はお化けでも見たかというように目を見開いて端正な顔を驚愕に染め上げていた。






「まぁ・・・貰うのなら弔花じゃなく普通の贈り物としてが好ましいがねェ―――――唯依?」
一真は穏やかな笑みを浮かべ、黒髪着物美人――――篁唯依へ笑いかける。



「―――――にい、さん・・・・?」
手に持たれた日傘が下され、唯依の顔に木々の木漏れ日が差し込み彼女の白い肌が、照らされた。





雲一つない晴れ渡った青空の下、夏祭りを賑わせる囃子の音の中、緋村一真は篁唯依と再会した。









あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。


ダラダラ長々延々とした回になって申し訳ありません。
またも超お馬鹿理論振りかざしてすみません。
なんか最後の本当にごめんなさい。


ただ・・・唯依に「ニーサン!」って言わせてみたかっただけなんだ・・・!!


なんかもうホントすみません。もう土下寝して謝ります。
本当にごめんなさい。全国の唯依姫ファンにすみませんでした。

さて、あと一話で終わるかな?


次回、第二十六話 『祭囃子』



それでは次回にまたお会いしましょう。では。



[13811] 第二十六話 『祭囃子』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:0dcf2d40
Date: 2010/04/01 21:53

7月18日 第一帝都 東京 0619


白銀武、社霞、緋村一真の三人は海岸沿いの道を走る黒塗りの自動車に揺られ、帝都・東京を訪れていた。その黒塗りの自動車は日本政府から遣わされたモノで、武の記憶が正しければ普段は日本帝国軍の重鎮の護送に用いられている特別仕様車だった。シートに使われている生地も上質な革の様で肌触りもよく、再舗装が滞り気味の道路を通った際の揺れも少なく、乗り心地の良いモノだった。けれど、その身に余る高級感に武はどこか気持ちが落ち着かなかった。

黒塗りの自動車は帝都城近隣で停車し、運転手が後部座席のドアを開き三人は自動車から降りた。


「あの、武さん・・・本当に私も来てよかったんでしょうか?」
黒塗りの自動車からスカートの裾を足に引っ掛けないよう霞は降りると、不安げに武に声をかけた。霞は横浜基地で普段着ているオルタネイティヴ4の制服を着ており、武、一真の二人も国連のC軍装に身を包んでいた。


「いいも何も、霞だって殿下から招待されているんだ。 来ない方がかえって失礼だろ?」
霞の声に答える武の表情に微苦笑が浮かぶ。霞は煌武院悠陽とも面識はある、けれど一国の政を任させる人物に会う事への緊張もあるのか今回も遠慮気味だった。


「・・・お前は少し、緊張感が足らない気がするけどな・・・」
武の様子を横目に捉え、一真は皮肉気な笑みを浮かべながら帝都城を見上げていた。彼にとって、こうしてまた『帝都城』を訪れるなんて事は予想外だったのだろう。笑みが消えた後も複雑そうな表情をしていた。


彼ら三人がこうして帝都を訪れた事には理由がある。
先日、夕呼の口から武と一真へ衝撃の真実が伝えられた後、その後の二人の進路についての説明がされた。それについて話し終わった後、更に夕呼が口を開き、
「あんた達三人に、日本帝国政威大将軍殿下直々の招待状が届いているから。 この日に帝都へ向かいなさい」
なんて事を口にしたのだった。その内容は極秘で、非公式なモノだった。だからこそ三人はこうして朝早くに帝都を訪れる事になったのだ。

朝に弱い霞は自動車の心地よい振動に眠気を刺激され、こっくりこっくりと船を漕ぎながらここまで来たわけなのだが、やはり今も眠いのか目をしぱしぱさせていた。


「お待たせしました、白銀武様、緋村一真様、社霞様。 大変申し訳ないのですがこの車でお連れ出来るのはここまでとなっていますので、ここから帝都城入口までご足労を願う事になります」
黒塗りの自動車でここまで送ってくれた老紳士という形容がぴったりな運転手は、流れるような動作で謝罪の言葉を述べるときっかりと45度の角度で頭を下げた。


「こちらこそお迎えの車を出して頂いて感謝しています」
武は三人を代表するように運転手に感謝の言葉を返した。運転手はこの先の検問所に案内の者がいます、と武たちに伝えると黒塗りの自動車をUターンさせて武たちの前から去っていった。それを見送ると三人は帝都城入口に向かう道を歩き出した。入口に続く道は奇麗に舗装されており、道の両端には青々とした木々が生い茂っていた。その綺麗な林道を思わせる道なのだが、その木々には数多くの警報装置が設置されており、一度道を外れてしまえば様々なセンサーに捉えられ、たちまち警報が鳴り響くようになっている。木々の向こうには夜間哨戒任務に就いている激震と吹雪の影がちらほらと見えていた。


入口へと続く道を歩く事十数分ほど、車から下ろされた所と帝都城入口の中間地点にある検問所が三人の視界に入った。朝早い時間帯にも関わらず夏の陽気は既にその熱気を揚々と放っている。軍の激務を日夜こなしている武と一真はそれを平然と足を進めているが、日頃研究施設に籠る事が多い研究員である霞はその額に薄らと汗を浮かべていた。それでも息が切れていないところを見ると彼女も自身が言う通り昔よりは体力が着いたのだろう。


ふと、検問所のゲートの前に二つの赤い影がある事に気が付く。霞はあまり馴染みがないが、武や一真にとっては見知った赤を纏った二人の女性。
月詠真耶と月詠真那の二人が検問所の前に並び立っていた。


「白銀中佐、社霞さん、それに『緋村』大尉、ここ帝都までご足労感謝します」
歩いてきた三人の姿を目に留め、最初に口を開いたのは真耶の方だった。真耶は涼しい表情で武たちを迎えたが、一真の名を呼ぶ時彼の名を強調して言ったように聞こえた。


「月詠―――中佐、お久しぶりです。 月詠少佐、先の攻略作戦では何かとお世話になりました」
二人の月詠の出迎えに対し武達三人も答える。涼しげな表情を浮かべる真耶に対し、真那の表情は不機嫌なモノで彼女の眉間には皺が寄っていた。真耶はそれを視線で咎め、真那の開口を促す。


「―――態々三人に足を運んでいただいたにも関わらず申し訳ないが、まずは緋村大尉のみ帝都城に入城してもらう」
真那は眉間に皺を寄せたまま一歩前に足を出し、一真へこちらに来るように促した。

「誠に申し訳ないが、白銀中佐と社研究員は暫くこの検問所に留まってもらいたい」
真那の言葉に武は数瞬何故かと思考を巡らしたが、その疑念を振り払いそれを承諾した。



「それじゃ、一真行ってこい」


武はそう一真に促し、一真は月詠に連れられ城門へと向かっていった。



「さて、霞。 今日は暑くなるそうだし、お前は無理しないで涼しい処で休んでろ」
霞の顔にはまだ薄く汗が浮かんでいた。ここまで歩いた事と、遠出する事に慣れていないせいもあるのだろうか霞は少しだけ疲れているようだった。武が霞にそう声をかけると、検問の任についていた門兵が中の休憩所を使っていいと勧めてきたので二人はそちらの方へと足を向けた。


「―――――――あちらの方から、何か・・・音が聴こえますね」
霞は城下町の方から聞こえる篠笛と和太鼓の音に振り返りながら、不思議そうに首を傾げた。


「ん? ああ、今日は作戦成功を祝って、この帝都全体や全国各地でお祭りをやるんだとさ」
朝が早いというのにも関わらず帝都は活気に満ちていた。その原因が今日執り行われる夏祭りのせいだと武は霞に教える。霞は夏祭りとは何なのかという顔をしていたが武の説明を聞いて、未知のモノへの関心から目を輝かせていた。
武と霞の耳には活気溢れる帝都の祭囃子の音と、カンカンと釘を叩いているような硬質の音が届いている。その生気に満ち溢れた旋律に、二人はそのまま暫く耳を傾けていた。








帝都城の門へと向かった真耶、真那、一真の三人は無言のまま歩いていた。三人がこうして顔を合わせるのは実に九年振り以上となるわけだが、それでも三人は語る事などないとでも言うように沈黙していた。入門より数十mと言ったところで一真は足を止め、帝都城を見上げる。近づきすぎたせいもあり城の頂上はうまく視界に捉える事が出来ない。けれど、その日本の風景、情緒溢れる様に一真は目を細めた。


「―――――――――ただいま・・・沙耶・・・・・・」
誰の耳にも届かないようなただ唇を動かしただけの一真の小さな呟き。彼女はここにはいない。待っていると約束を交わした彼女はきっと別の場所で自身を待っているのだろう。けれど、こうしてまた日本の土を踏んだ今、彼女に向けて帰還を伝えずにはいられなかった。

ふと、足を止めた一真を二人の月詠はどうかしたのかと振り返った。真那にとってはトゥブ仮説基地から二度目となる旧知の仲間との再会、真耶にとっては九年前から初めてとなる同胞との再会。彼の黒かった髪は色が抜け切ったように見事に真っ白になっており、茶色の瞳は鮮血の様に赤く変貌を遂げていた。それでも、一目見てわかった。どれだけ見た目が変わろうと彼が身にまとう気配は一部も変わっていなかったのだから。


「・・・・・・そういえば、諌山。 君の手抜き癖はもう直ったのか?」
足を止めた一真を見た真耶は、溜息を一つ挟んだ後微苦笑を湛えた。


「――――・・・前にも言ったけどさ、一つ下だからといって子供扱いしないでくれるか、真耶? ・・・オレ達は一応同期だろう」
見上げていた視線を下し一真はやれやれと肩を竦め、真耶へ微笑み返す。同期と言っても一真は十五の時に訓練校に入校し、同じ年に真耶と真那は規則通り十六歳で入校した。彼女達とはそれ以来の付き合いとなるわけだが、出会ってからの十一年、そこには九年の空白がある。それでも日本を守ろうと仲間として戦場を駆けた日々は、今も色褪せてはいなかった。




「その様子では直っていないようだな。 ・・・それにしても君のその口調・・・―――――」

「ああ、やっぱりわかるかい? ま、違和感を覚えるかもしれないが我慢してくれ」


真耶のふと質問に対し、一真はいつもの様に軽い口調で答えた。けれど、九年前の彼も真耶達と同じように礼を重んじた態度で他人と接していたのだ。今の彼の態度は真耶達に違和感を覚えるのには十分なモノだったが、真耶は嘗ての仲間の事を思い出していた。その人物は諌山緋呼の無二の友として親しく接しており、軍務以外では別け隔てなく誰にでも明るく軽い調子で接していた。今の一真の態度はその人物に酷似しているのだ。つまり、今の彼の態度は、その親友―――君島誠一郎を失った事に対する代償行為なのだと真耶は理解した。


「変わらないな、君は・・・・」

「そっちこそ、相変わらず涼しい顔して。 冷静に事を見定めるのもいいが、もう少し愛想良くしてもいいだろう?」


君に言われたくないな、とでも言うように真耶の視線がきつくなったがそれは一真も同じようで不敵に笑って返して見せた。それを見た真耶は顔に浮かんだ情を消して涼しい表情へと戻したが、一真は代わりに自身に突き刺さる視線に気づいた。


「―――諌山。 貴様・・・甲18号作戦の際やトゥブでの私の質問には微塵も答えなかったわりに、真耶の質問には随分と正直に答えるのだな?」
その刺すような視線の持ち主である真那の冷笑。だがその笑みの傍らで彼女の片頬はひくひくと引きつっていた。


「心境の変化ってヤツだ。 悪かったね、真那。 ホラ、堅物程からかい甲斐があるってよく言うだろう?」

「―――なっ?! き、っさ―――ま・・・!」


真那のひくついた片方が更に引き攣る。一真の言う通り彼の中では確かに心境の変化はあった。けれどトゥブ仮設基地で彼が真那の質問に対し黙秘していたのは、戸惑いと仲間を失った悲しみの中にいたという事が原因にあったからだ。それに彼には自身が帝国に再び受け入れられるかどうか不安もあった。そして自分は帝国に関わる資格はないとも考えていたからだった。


「真那。 そうやって過剰に反応するからからかわれるのよ」

「―――真耶!」


呆れた様な溜息を吐く真耶に対し、真那はそんな事はないと強く睨みつける。幼少の頃から月詠家のお役目を全うする為に教育を施され、そのお陰から訓練校からここまでエリートとして歩んできた真那に対し皮肉を言う者はあれど、こうしてからかってくる者はそうはいなかった。その免疫のなさからか彼女は軽い調子の一真に対し真那はこれまでの鬱憤を晴らすように小言を吐き続け、一真にも悪かったという意識はあるのかそれに黙って耳を傾け、度々相鎚を打ってはまた喰らいつかれるのであった。





帝都城に入城し、一真はとある一室まで連れてこられた。
帝国軍上層部の者でもおいそれと招かれる事のない帝都城上階に位置するその部屋―――所謂謁見の間とも言われるその広く荘厳な空間には、今回彼らを招いた張本人を始めとした錚々たる面々が待ち構えていた。


二人の月詠に促され一真は一礼をした後部屋に足を入れ、彼女達の前までくると片膝を畳につき、頭を下げた。


「―――この度は帝都城へとお招き頂き・・・身に余る光栄にございます、煌武院悠陽政威大将軍殿下。 ―――殿下の呼び声に従い、この諌山緋呼・・・ただいま参上致しました」


一真は偽名ではなく本名を掲げる。招待状には緋村一真と記されていたが、彼を出迎えに来た月詠は自分を諌山と呼んだのだ。つまり悠陽は一真の事を知っているし、この場には緋村一真としてではなく諌山緋呼として呼ばれたという事になる。だからと言って、彼がこの対応の方が望ましいのだろうと無難な挨拶を述べたわけでもない。一真の諌山緋呼としての日本帝国への忠誠心が彼をこうさせたのだった。


部屋には政威大将軍である煌武院家当主・煌武院悠陽と斑鳩家当主・斑鳩紀将、斉御司家当主・斉御司沙都魅、九條家当主・九條秋生、崇司家当主・崇司早雲といった五摂家の当主陣と、帝国斯衛軍大将である紅蓮醍三郎と神野志虞摩の姿があり、皆神妙な面持ちで緋村一真を迎えていた。


「面を上げなさい、諌山・・・」

悠陽に促され一真はゆっくりと下げられていた頭を上げ、悠陽は一真の顔を見て優しく微笑む。続いて悠陽は真耶と真那の入室を許可し、この場に同伴させた。
一真の顔がよく見える距離、既にトゥブで顔を合わせていた紀将以外の五摂家当主の面々は事前に真実を伝えられていたとは言っても驚きは隠せないようで、僅かに息を飲んでいた。

「こうしてそなたと相見えるのは十年振りでしょうか・・・・・・随分と、苦労を重ねたそうですね」

「・・・いえ、政を陛下から任されている政威大将軍殿下に比べれば、私の苦悩など取るに足らない程・・・小さなモノでございます」


「そう己を卑下にするな、諌山。 貴公にとってその苦悩は、決して軽いモノではなかったのだろう?」


悠陽の言葉に再度顔を伏せようとする一真の口上を、紀将が小さく笑みを浮かべながら遮る。

「・・・斑鳩様・・・」

「だから直ぐに戻ってくるだけの覚悟が出来なかったのだろう? 『救世主創造計画』で貴公がされてきた数多の非道、それを思えば詮方なき事だ・・・。 ゆえに先の甲18号での事やこの件に関しても我らは貴公に対し必要以上言及する心算はない」

「―――・・・それは、米国に玩具にされた私に対する同情ですか?」

毅然とした態度で自分を諭すかのような口調の紀将に、一真の表情が顰められる。


「いいや、違う。 あれだけの事をされ、己れの誇りを穢されてもなおその誇りを手放さず、こうして生きて還ってきた貴公に対する敬意だ。 それにトゥブにて私は貴公に言った筈だ・・・ありがとう、とな」

トゥブ仮説基地にて紀将が一真に贈った感謝の言葉。それには作戦中自身の危機に駆けつけてくれた事への感謝と、死んでしまったと思っていた嘗ての部下が生きていた事に対する感謝との二つの意味があった。それに紀将としては謝罪の言葉を伝えたい気持ちもあった。九年前、彼は作戦中に部隊から逸れMIAとなったのだ。それは一重に部下の統率を完全に取れていなかった自身の責任だ。けれど、それの謝罪をしてしまえば一真は紀将を憎むだろう。彼は自分の信念と帝国の為に戦った。その誇りを穢す事など出来ないし、部隊指揮官として安易に頭を下げる事もするわけにはいかない。だから紀将は万感の思いを込めて感謝の言葉を伝えたのだ。
一つ咳払いをした後悠陽は「斑鳩に全て言われてしまいましたね」と呟き、紀将は少しだけ申し訳なさそうに表情を崩し、半身を下げた。


「―――・・・やはり殿下は知っておられたのですね。 ・・・香月夕呼の差し金―――いや、月詠真那を私に当てたのは、貴方の思惑か」

「はい。 四月にはそなたの生存と詳細が香月夕呼博士より私の元に届きました。 真那さんに関しては―――そうですね、私の指示です」


悠陽の言葉を聞いた真那は何かを言おうと足を踏み出そうとしたが、それを真耶が制した。ウランバートルハイヴ攻略作戦に参加する事前に紀将ら“諌山緋呼に関係する者達”が集められた会合において真那は呼ばれなかった。そして一真に関して何も知らされていなかった真那はトゥブ仮説基地にてスケジュール通りに行動し、基地内を巡り一真を目撃した。
それは全て悠陽にこの件の策を任された真耶の計画通りだった。悠陽は一真がそれを快く思わなかった際の不満の矛先が月詠二人に向かわないよう配慮したのだ。そのお心遣いを無駄にする事は月詠には出来なかった。


「まぁ―――甲18号の後、緋呼君―――貴方の生存を殿下から知らされた時は心底驚いたわよ」

その明るく若々しい声は斉御司沙都魅のモノ。彼女はこれ以上責任の行方を捜す話題は好ましくないと判断し、話題を変えようと話を切り出した。

「そうだな。 総士と椿姫の忘れ形見が・・・貴様をまた見る事が出来ようとは夢にも思わなんだ・・・」

紅蓮もそれに同調し、口を開く。


「それでも、予感はあったんだけどね。 緋呼君たら総士と気配の紛れさせ方が似過ぎているんだもの」


トゥブ仮説基地に到着したアルマゲストを迎え、兵舎へと案内する際に沙都魅が感じた違和感。それは一真が団体の中で気配を一人消していた、という愚を犯していた故ではない。
その時一真は自身の存在を悟られまいと他の隊員達の気配に自身の気配を紛れさせていた。それ自体は完璧であり、隠密行動に慣れた帝都城御庭番のモノでも見惚れる程だったろう。けれど、それを一真に教えたのは彼の父・諌山総士だった。総士に教えられた技術を完璧に再現する一真のそれは総士のそれに酷似しており、沙都魅は後ろから離れていくアルマゲストの隊員達の中に懐かしい気配を感じたのだ。


「・・・成程、総士の業は息子の中で生きているというわけか・・・っ!」


続いて神野も愉快気にカカっと喉を鳴らすような笑い声を上げる。


それを見た一真は思わず苦笑を浮かべてしまう。まさか父から教わった業で悟られるなんて思いもしなかった。
その驚愕とは別に一つの喜びが心の中にあった。十年振りに舞い戻った自分を、主である五摂家の面々は暖かく迎えてくれたという喜び。帰る場所は無くなっていなかったという事実が、彼にはとても嬉しかった。


「参ったね・・・どうも・・・」
一真は知らずのうちにそんな言葉を小さく呟いていた。それは彼の喜びが身の内から溢れ出たとも言える、暖かなものだった。




「―――諌山緋呼。 斑鳩が言った通り、我ら五摂家はそなたのこの十年の行いを不問とします。 そなたが望むのなら諌山家の席としてまた斯衛の『赤』に招く事も吝かではありません・・・」


貴方もわかっているとは思いますが、と文頭に置き、悠陽はその煌びやかな着物を翻し足を前に進めながら口を開く。
この悠陽の言葉にはあまり意味がない。そもそも一真が米国で何をされたのか、という事は夕呼の手によって悠陽には伝わっているし、それによって一真が旧帝都城防衛戦にて敵前逃亡を犯したという疑いもなくなった。一真が計画の性能試験に手多くの命を殺めた事に関しても他国で起こった事なのだし、当時彼は米国国籍として活動していたのだから日本帝国が関与し、裁く事は出来ない。
五摂家としてではなく政を行う機関―――元枢府としての彼らが一真に言及したい事として強いて挙げるのなら、長く米国に置いていた彼から米国の内情等を聞き出したい、という事ぐらいなものだ。けれど今、米国は各国に対し友好的な態度を取り、より良き協力関係を築こうと日本帝国に対しても尽力してくれている。そんな彼らの腹を必要以上に探ろうなどと言う下賤な考えは彼らにはない。だからこの悠陽の言葉に五摂家の判断としての意味はない。つまりこの言葉は彼ら個人としての意向に近いモノだった。

けれど、態々五摂家としてそれを口にしたという事はそれ以外の意図がある、という事だ。
一真は喜びを浮かべる表情とは裏腹に、心の中である懸念を抱いていた。出来れば口にしたくない、その事実。それを言わせてほしくなかった。


「けれど、その前にそなたにお聞きしたい事があります――――」

一真の願いに反し、悠陽はそのまま言葉を繋げ、一真の懸念をより確かなものにする。


「―――・・・・・・それは・・・九條、沙耶様に関しての事ですか、殿下?」

政威大将軍殿下の言葉を遮るという事が無礼な行いだと一真自身理解していた。けれど、先に言わずにはいられなかったのだ。





「はい、そうです。 ・・・そなたの恨みの矛先は米国だけではなく――――――我が日本帝国の政を任されている五摂家の者にも向けられているのではありませんか?」

悠陽は九條家当主・九條秋生を一瞥した後、毅然と一真に対し今回彼を呼び出した本当の理由を打ち明かした。

「・・・・・・」

一真も―――まだ幼さが残る容姿をした秋生を一瞥した後、沈黙した。


「―――先代九條家当主・九條秋久・・・。 そなたは彼に復讐しようなどと思ってはいませんか?」

悠陽は更に話の核心に迫る。父の名を出された秋生は十年振りに見た、嘗て姉の侍従を務めた男を複雑そうな表情で見つめていた。
部屋にいる他の者達の気配も先程とは違い、緊張感が張り詰めていた。もし一真が悠陽の質問に対し、それを肯定したのなら、国を束ねる五摂家の者に危害を与えかねない人物として裁かれる可能性が浮上してしまうのだ。せっかく生きて還ってきた者を死罪にするなどという悲しい事を、彼らはしたくはなかった。


「秋久“様”は・・・今はどうされているんですか?」

「質問に対し質問で返す事は誉められた行為ではないですが・・・・・・九條秋久は当主の座から退けられ、今は九條家で無期限の謹慎処分を受けています。 皇帝陛下もこの件に関しては事を荒立てたくないとの事でしたし、実質、九條秋久は禁固刑が与えられている状態です」


一真は自身の質問に対し、悠陽が素直に答えてくれた事に少々驚いた。だがそれも、自身への信用の表れだという事を理解すると何とも複雑な気持ちになるのだった。一真は「そうですか」と短く返した後、一度目を伏せ、意を決したようにその赤い目を開いた。


「―――・・・私は、九條秋久を許す事は・・・出来ません」

一真が口にした言葉を聞き、部屋の中の緊張が更に強くなり、まるで空気の密度が倍になった様に張り詰めていた。


一真は自身が好いた少女の事を思い返していた。
『こんなにも人が生きたいと願っている世界が、美しくないわけがない』と自身に言った盲目の少女―――名を九條沙耶という少女は生来目が見えない病に冒されていた。それが発覚したのは彼女が五歳の時―――長男である秋生が誕生して一年経った時だった。それまで彼女はまるで目が見えているかの様に振る舞い、そう信じた彼女の父・秋久は跡取りとして沙耶に教育を施していた。秋久は跡取りとして育てていた娘が跡取りとして機能しない事がわかると早々に彼女を切り捨て、政治の道具として彼女を自身が有利になるように利用した。
そんな父の思惑も知らず、沙耶は民の為になると信じて父の言う通りに生きていた。

そんな中、諌山緋呼は彼女と再会した。緋呼と沙耶が初めて出会ったのは緋呼が七歳、沙耶が四歳の頃だった。緋呼は総士に連れられて自身が成長したら仕え、守護するべき対象だと紹介され、幼い二人はその日一緒に遊んだりして楽しんでいた。それから一年経った後、彼女が盲目であるという事が発覚し、それ以来会う事はなかった。そしてそれから六年後、緋呼は彼女と再会し、彼女の実情を知った。その年は彼女の母が亡くなった日、緋呼の母・椿姫が亡くなった翌年の事だった。悲しみの中だというのにも関わらず、彼女は秋久の言う通り与えられた課題を行っていた。悲しいのに泣く事も許されず、父を信用し民の幸せの為と道具としての仕事をこなす沙耶。沙耶の国民への愛情と自身への愛情を利用する秋久。その二人に緋呼は憤怒した。
沙耶は本当に民の幸せを願っていた。ならば、それは誰かに強要された役目としてではなく、自分の意志で自身のやりたい事をやるべきだ、と緋呼は彼女に伝え、彼女を説得し続けた。数年後、彼女は緋呼の考えを理解し、秋久の道具になる事を拒み始めた。

だから、緋呼は沙耶と約束したのだ―――絶対に君に自由を与えてみせる、と。


「けれど、それ以上に私は・・・自分が許せないんです、殿下・・・」


BETA日本侵攻が近付き、緋呼は帝国斯衛軍第16大隊に所属し、九州の戦線へと赴く事になった。だが、戦線がBETAに押し返され、斯衛軍はまともな交戦をしない内に帝都防衛の為に旧帝都・京都へ舞い戻る事になった。BETAが九州を制圧し終える頃には京都住民の非難は進んでおり、その時緋呼は沙耶に「必ず帰ってくる」と新たに約束を交わした。けれど、緋呼は帰ってこなかった。
しかし、沙耶は緋呼が帰ってくると信じ、帰ってきた時彼に胸を張れるよう秋久に抗い続けた。秋久はそんな道具を気に入らず、度々沙耶に暴力を働いた。けれども沙耶はそれでも抗い続けた、我武者羅なまでに。民を想う心を偽らず、緋呼と交わした約束を信じ、己れの運命に立ち向かったのだ。
しかし、そんな事をしている内に秋久の中で何かが摩耗し、擦り切れていったのか―――――2001年春、秋久は自身の娘である沙耶に対し、癇癪を起し―――彼女を絞め殺した。

それを知った時、一真は悲しみの奥深くに沈んだ。愛した女性―――守ると誓い、自由にして見せると約束した女性に対し、何も守ってやる事が出来なかった自身に失望し、時の流れに絶望したのだ。

そして、一真の沙耶を失った事に対する悲しみと怒りの矛先は、五摂家への忠誠と自我の狭間で揺れ、最後には自身へと向けられた。


「・・・だから、あの男を恨んでいるか、と聞かれても答えは出ない・・・けれど許す事も今のところ出来ません。 何より、私は―――沙耶を守れなかった。 その事に対する自身への怒りの方が強いんでね。 結局、私はあの男に復讐するなんて事は考えられなかったんですよ」

一真は自身を自嘲する笑みを湛え、悠陽を始めとした部屋にいる人間を見渡す。一真が沙耶を好いていたというのは九年前から感づいている者も、この部屋には悠陽を始めとした何人かいた。それを知らなかった者達も、今の一真を見てそれを理解したのだろう。そもそも護衛対象者に恋心を抱くというのは愚かな行いだ。皆、何かを考えるように眉間に皺を寄せ、険しい顔をしていた。
その中で唯一表情を変えなかった悠陽は一度だけ大きく息を吐き、五摂家当主陣へと振り返った。





「――――我、煌武院悠陽は政威大将軍として、この場にいる者達に是非を問う! この者―――諌山緋呼の先の発言を耳にし、彼の者を危険分子と判断し、処罰を下すべきだと考える者は御手を挙げなさい!!」


悠陽は両腕を広げ、声高らかに皆に問う。

しん―――と部屋の中は静まり、備え付けられた古時計の秒針は六十の時を刻む。


その中で誰一人として、手を挙げる者はいなかった。


悠陽は当主達を笑顔で見まわした後、再度、一真へと向き直った。


「―――諌山。 御覧の通り、我らはそなたに対し何の危害も与えるつもりはありません・・・。 その上で、私はそなたに問いましょう。 ―――そなたは、これからどうする御積もりですか?」


「―――――・・・申し訳ありませんが、殿下・・・私はもう暫く『緋村一真』でいるつもりです・・・。 諌山緋呼としてではなく、緋村一真としてオレはこれからを守る為に戦う・・・そう決めたんだ」


それは緋呼としてではなく、一真としての言葉。 “これからを守る為に戦う”―――それが、緋村一真が抱く、新たな願望だった。


「そうですか・・・。 少々残念ですが仕方がありませんね。 ・・・・・・そなたがその道を選ぶきっかけとなったのは―――やはり白銀ですか?」

「―――はは、殿下も随分武の事を買っていらっしゃるんですね。 そうですねェ・・・幾らか影響は受けたでしょう。 でも、選んだのはオレの意志ですよ」


ここにきて、一真は五摂家の面々を前にしているのにも拘らず軽い口調で話し始めた。普通なら顔を顰められるものだが、不思議と五摂家当主の面々はそれを咎める気にはならなかった。


「そうですか・・・。 私達からそなたに伝える事は以上です。 ―――――そなたの武勲を祈ります、緋村」

「勿体無いお言葉です、殿下。 当主の皆様もまた機会があればお会いしましょう」

一真は一礼をすると、退室しようと扉に向い歩きだした。


「ああ、最後にもう一つ。 真耶さん、アレを緋村に―――」

悠陽は思い出したように声を上げ、真耶に命じると、真耶は一真に駆け寄り一通の手紙を差し出した。それと一真が今気付いた事だが、真耶の隣にいた真那の姿がいつの間にか消えていた。恐らく武と霞を呼びに行ったのだろう。


「―――これは?」

一真は真耶から手紙を受け取ると、手紙を見定めるように眺めた。


「読めばわかる――――」


「緋村。 宿を取ってありますゆえ、今日はそちらに泊まり祭りを楽しんでいって下さい」


最後に悠陽のそんな言葉を聞き、一真は真耶に連れられ帝都城を後にした。








日が傾き、透き通るような青空が深い濃紺色に変わりきった頃。
幾つもの星々が瞬く下、第一帝都・東京には夜空に瞬く星に劣らず幾つもの明りに照らされ光り輝いていた。甲18号を落とした事により更にBETAの脅威から遠ざかった日本帝国。その喜びを分かち合おうと軍人、民間人問わず多くの人がいつ以来かもわからない久々の夏祭りに参加していた。夜の街道に並ぶのはどれも懐かしい露店ばかりだった。それを見た大人達は昔を思い出したように笑い合い、長く行われていなかった催しの為今まで見る事がなかった子供達は初めて見る露店の数々に目を輝かせ、元気一杯にはしゃいでいた。


「おーい! 霞ホラホラ! これがりんご飴だぞ!!」

「わぁあ・・・・」


武は真っ赤なりんご飴を両手に一つずつ持って、待っていた霞に駆けていった。霞は初めて見るその赤いお菓子に目を輝かせながら武からりんご飴を受け取る。
舐めてみると、真っ赤なそれはりんごの酸味が僅かに残る上品な甘さをした飴であり、霞は親しみのないりんご飴の味に目をパチクリとさせていた。


「どうだ、美味いか?」

「はい、甘くて美味しいです」


霞は初めて味わうりんご飴の味に魅了された様で、ちろちろと舌でりんごの周りを覆う赤い飴を溶かしていた。未知の体験による興奮からか霞の頬は僅かに赤く染まっており、舌先で飴を舐めとるその姿は服装も相まってどこか色っぽく見えた。


「なぁ、霞。 浴衣きつかったり動き辛かったりしないか?」

「―――あ、え―――と、初めて着る服なので多少動き辛いですけど、今のところ大丈夫です。 これが日本の昔から伝わるユカタというモノなんですよね」

霞は自身が着る黒地に白い藤が書き込まれた浴衣を眺めるように袖を摘みながら両手を広げる。
武と霞は悠陽との会談を終えた後、悠陽の勧めもあって夏祭りに参加していた。更にせっかくだからと浴衣まで渡され、二人は宿で浴衣に着替えたのだった。


(う~ん。 昔純夏が浴衣着た時は「お腹がキツイ!! 何かが生まれちゃうよ!! タケルちゃん?!」って騒ぎたてたんだがなぁ)

武は顎に手を添えながら、浴衣について考察を始める。


「あの・・・武さん・・・・」

武が浴衣への考察を始め、彼の頭の中で帯の材質についての考察が開始されようとした時、霞の遠慮がちな声が耳に届いた。


「―――ん? ああ、どうした、霞?」

「あの・・・その・・・どうでしょう? 私、ユカタ似合ってますか? どこか変じゃないですか?」

手に持つ食べかけのりんご飴と同じくらい顔を真っ赤にして、霞は両腕を広げた姿勢のまま俯きながら武に問う。


「―――――――・・・・!!!?」

その霞の仕草を見て、武は自分の顔が赤くなるのがわかった。宿を出てから霞の浴衣の襟から覗くうなじや、自分から離れまいと駆けてくる時に浴衣の裾から僅かに見える生脚に目が行ったりして、顔が赤くなりそうだったのを今まで堪えていたのだが、霞のこの仕草には敵わず武の顔は紅潮し、熱くなっていた。


「――――・・・あの・・・、・・・どうです?」

「ああ・・・文句無いぐらい・・・完璧に似合ってますよ、霞さん・・・」

武が気恥ずかしさに顔を逸らしながら霞の浴衣姿を見ての感想を伝えると、霞は頬を赤らめたまま心底嬉しそうに笑みを浮かべた。それから二人は落ち着かず、お互いに視線を忙しく泳がせたり、浴衣の袖をいじったりとそわそわしていた。


「―――か、一真の奴、今頃どぉしてるんだろうな~?」

緊張に耐え切れなくなった武は不自然極まりない話題変更を決行する事にし、未だ赤い顔を隠す為に夜空を見上げる。


「部屋にいると言っていましたし、お酒でも飲んでるんじゃないでしょうか?」

「ああ~、せっかくの祭りなんだし、三人で回るのもいいと思ったんだけどなぁ・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


武のそんな発言に霞は思わず沈黙してしまう。武は一真にも一緒に祭りに出ようと誘ったのだが、一真は「部屋の中からでも祭りの雰囲気は堪能できるさ」と謹んでお誘いを断った。一真は自分に対し気を利かしてくれたのだ、と霞は『リーディング』によって理解していた。他にも理由があったにせよ、これは彼からの後押しなのだし霞は武と一緒に初めて見る夏祭りを体感しようと思っていたのだが、当のお相手は別に二人きりでなくてもよかったご様子。


「・・・あれ? 霞さん? 何か機嫌悪くなってないか・・・・?」

「・・・・・・そんな事、ありません」

ゆっくりと顔を逸らす霞を見て武は「やっぱり不機嫌じゃないか」と口の中で呟き、その理由を考えるように首を傾げる。それでも理由が思いつかない武は食べ物で霞の機嫌を取り戻そうとしたりとあれやこれやと手を尽くした。霞はそれを悉く退け、つれない態度をとっていたがそれも彼女にとって楽しかったのか十数分後にはすっかり機嫌は戻っていた。普段自分を引っ張ってくれる人が、こうして自分を追っかけてくれるのを見るのは存外楽しいモノだと霞はその時知った。


「―――・・・霞、悪かった、すみません、許して下さい」

武は最終手段である平謝りを行使し、深々と頭を下げた。

「ふふ、ダメです。 ずっと許してなんかあげません」

「・・・・・あ、あがぁ~~~っ?!」


最終手段も失敗に終わった武は頭を抱え苦悩に満ちた唸り声を上げる。


「じゃあ、一つだけ私のお願いを聞いてくれたら・・・許してあげなくもないですよ?」

「マジか!!? なんでもいい! さぁ霞願い事を言うんだ!!」


バッチコイ!と武は自身の掌を拳で叩き意気揚々と霞のお願い事を待ち受ける。


「―――を、――――――い・・・・」

「――――? なんだって?」


俯き、ぼそぼそと呟く霞の言葉が聞き取れず、武は耳に手を添えて顔を霞へと近づけた。


「―――このお祭りを歩く間、手を繋いでいて下さいっ!!」


耳を近づけたところに間髪入れずに響いた霞の願い事に、武は思わず耳を押えて蹲る。耳の奥ではキーンという音が暫く鳴り響いていた。霞はそんな武に気付くと心配そうに謝罪しながら駆け寄っていった。


「―――・・・オーケーオーケー。 ・・・ぅう・・・・―――ホラ、霞」


武は顎をカクカクと何度か動かすと、すっと勢いよく立ち上がり霞へと左手を差し出した。


「―――え・・・?」

「繋ぐんだろ? 手。 こんだけ人が多いし逸れちまうと拙いしな、しっかりと握ってろよ?」


差し出された手をそのままに武はニッと無邪気な笑みを浮かべ霞を促し、それに対し霞は武と差し出された左手に視線を行ったり来たりさせ戸惑っていた。


「―――・・・ホラ、さっさと行こうぜ、霞。 露店もまだ見てないのあるしさ・・・それにこれが霞のお願いなんだろ? だったら遠慮なんかするなよ」

「―――あっ?!」


武はそう言うと自分から霞の手を取り、霞の隣に並び立った。霞はそれを恥ずかしそうにして見つめていたが、一度顔を伏せ気持ちを落ち着かせようと尽力し、次に顔を上げた時には普段通りの暖かな笑みを湛えていた。








一真は悠陽がとってくれた宿の部屋の窓縁に腰掛け、祭りを楽しむ人達を眺めていた。窓から見える景色には老若男女問わず多くの笑顔があった。それの笑顔はどれも希望に溢れ、祭りは活気に満ち溢れていた。本当にこの国の民は芯の強い人間が多いと一真は思う。嘗て国土の半分をBETAに支配されていた国の者達とは思えない活気。それは見ているこちらも楽しくなってくるような気持にさせる程、暖かなモノだった。
彼もまた武と霞と同様浴衣に着替えており、窓の縁には風鈴が飾られ畳が敷かれたこの和室を更に涼しげに演出していた。夏の情緒を部屋で堪能する―――これもまた夏祭りの楽しみ方だ。一人部屋に残った一真もそういった意味でこの夏祭りを楽しんでいると言えた。

一真は暫くそのままぼうっと夏の空気を楽しんでいた。そうして随分経った後、一真の部屋の扉がノックされた。一真は窓縁に掛けていた腰を上げ、扉に向い足を進める。


「こんばんは―――兄さん」

一真が扉を開けると、そこには昼間霊園にて再会した篁唯依の姿があった。唯依は昼間の着物から着替え、祭りに合わせたのか浴衣を着ていた。


「こんばんは、唯依。 どうした、こんな夜に? と言うより宿は教えてなかったと思うんだがな?」

「巌谷の叔父様が知っていたんですよ。 叔父様は政威大将軍殿下から挨拶をしてきたはどうかと連絡を頂いたそうなんですが、今日も技術廠の仕事があるそうなので、代わり私が―――」

榮二さんがね、と一真は口の中で呟く。一真は両親を亡くし訓練校へ入校するまでの間、総士の知り合いである巌谷の世話になっていた頃があった。世話と言っても生活の援助と言うわけではなく、訓練校へ早期入校の為の手続きと、勉強の指導を乞うたと言うモノだったのだが。それでも二年近く彼に指導してもらった経緯があり、出来る事なら顔を合わせて見たかったなと一真は残念そうに肩を落とした。


「まぁ、立ち話ってのもなんだし、上がれよ。 ただ挨拶してさよならってんじゃあまりに味気ないだろう?」

「ええ、そのつもりです。 それにお土産も持ってきましたしね」


そう言って唯依は手に持った木箱を一真に掲げて見せ、一真に促されるまま部屋に足を踏み入れた。
一真と唯依は通っていた初等科が一緒であり、諌山家と篁家が近所でもあったという事からそれ以来の知り合いだった。それから一真が唯依と同じ様に巌谷の世話になってからは、巌谷の家や篁の家で顔を合わせる事が多くなり、自然と親しくなっていった。そんなある日、彼が巌谷の家にある道場で剣術の鍛錬をしていた所、一真の実力に興味を抱いた唯依が対戦を申し込み、一真は唯依を圧倒した。その頃から唯依は互いに手が空いている時に一真から剣術の指南を乞うようになり、呼び方も「兄さん」と変わっていった。それでも一真が訓練校に入校して以来、一真がお役目と軍務で忙しくなり殆ど会う事がなくなってしまった為、今日はそれ以来―――実に十一年振りの再会となっていた。


「しかしまァ・・・まさかこうして唯依と酒を飲み交わすなんてのは、予想してなかったなァ・・・」

一真は杯を片手に窓縁に腰掛け、部屋に設けられた卓袱台の前に座布団を敷いて座り込む唯依に対し微苦笑を浮かべる。


「私ももう未成年ではないですから多少なりお酒も嗜みますよ。 と言うより、昼間は本当に驚きました。 まさか、兄さんが生きているなんて・・・」

「―――ハハ、もう飽きたよ、そのリアクション。 ま、流石にMIAになっていた衛士が帰還するなんて前例は今までなかったしな・・・その驚愕はわからなくもないさ」


唯依は杯に注がれた酒を喉に流し込むと、昼間の一真の行動を責める様な視線を向ける。何しろ彼女からすれば死んだ人間が目の前で微笑んでいるのだ。まさにお化けを見た心境、心臓が止まるかと思った程だったのだ。憎まれ口の一つや二つ叩きたくもなった。対して一真は昼間の唯依が驚いた時の表情を思い出し、笑いを堪えているのか肩が小刻みに揺れていた。


「しかし、オレも驚いたさ。 唯依、昔と比べて随分と物腰が柔らかくなったなァ・・・」

「それは私が昔は堅物だったと言いたいわけですか?」

「いや? それはオレも同じ様なもんだしな。 オレが言いたいのは随分といい方向へ成長したんだな、って事さ」


一真は空になった杯に酒を注ごうと窓縁から腰を上げ、卓袱台に置かれた酒瓶を取ろうと手を伸ばす。


「―――あ、私が注ぎます、兄さん」

「別に知らない仲じゃないんだ、そんなに気を使うなよ――――・・・まぁ、お前にはオレが注ぐがね」


そう言って穏やかに笑いながら唯依の言葉を無視して酒瓶を手に取る一真を、唯依は茫然と目で追っていた。唯依の記憶に残る嘗ての一真はこんなにも穏やかに笑う事はなかったし、嘗ての自分と同じように“私”がなく“公”としての態度しか見せない人物だった。それでも身に纏う気配に相違はない。それだけに彼をここまで変えた出来事が唯依は気になった。


「・・・ん? どうかしたかい? ぼうっとして」

一真は新しく注がれた杯に口を付け、急に黙ってしまった唯依を見て首を傾げた。


「―――・・・兄さんは・・・・・・―――」








「――――――なぁ、霞はまだ一真の事が怖いのか?」

武は自分のすぐ横にいる霞に視線を落とし、何と無くそんな事を聞いてみた。霞は綿飴をもふもふと頬張っていた口を止め、きょとんとした表情を武に向ける。

「どうしたんですか? 急に」

「いや・・・なんとなく、さ。 前に霞、一真に面と向かって貴方が怖いです、なんて言ってたからこうなった今じゃどうなんだろうなって」


手に持った綿飴を一緒に首を傾げながら質問を返す霞に、武は手を繋いでいない右手で頬を掻いた。


「えと・・・今は・・・私が恐怖を抱いていた理由は解消されましたから・・・」

「そうなのか? でも霞はいったい何をそんな怖がってたんだ?」


「緋村さんは・・・自身の進むべき道を理解し、選んでいたのに、あの人はそれを否定していました。 私は・・・それが、その矛盾が私には理解できませんでした。 それが私があの人を怖がった理由です」


霞は視線を逸らさずに武を真っ直ぐに見つめながら言葉を繋げ、それを聞いた武は「なるほど」と相槌を打った。今思えば霞が人とのコミュニケーションの場を増やそうと努力を始めた頃にはよくそう言った事があった。人の心を読む『リーディング』は時に相手の深層意識すらも暴き出す―――霞はそれほど強力なESP能力者だった。『リーディング』は半ば強制的に行使され、相手の感情や思考を読み取り続ける。その際に読み取れる情念は、その想いの強さに比例するのだ。霞は自身の意識が向いた相手の変化を敏感に読み取ってしまったり、相手の内面に深く触れてしまった為に感応してしまったりした。その結果、霞は出自の特異さや異能の力を持つ者の悩みとは別に、初めて自身の能力の脅威さに恐怖したのだ。そして、その結果自身に影響を及ぼすほどの強い情念を持つ者に対し、ある種の恐怖感を覚えるようになっていた。


「一真は心の奥底で、自分の中での矛盾に戦ってたってわけか。 まぁ、怖くなくなったなら仲良くしろよ? あいつはもっと救われるべきだと思うからさ」

「―――救われる、べき?」


霞は再度手に持つ綿飴と一緒に首を傾げる。救われるべき―――それはいったいどういう意味だろうか?彼は自分の願望に向き合い、こうして帝都に舞い戻る事も出来た。彼にとっての望みは武と同じく、守りたいモノを守るというものだ。その守るべきモノを確認し、自覚した今、彼はもう十分に救われたのではないのだろうか。霞は更に首を傾げ、眉間に皺を寄せた難しそうな表情を浮かべる。


「ああ。 あいつはさ、今までに出来たたくさんの守りたい人達を―――友達も好きな人も失くしてきちまったんだ。 それでも全部背負って前に進むっていうのは、存外きついモンなんだよ」

武の表情はさっきまでとは違い真摯なものになっており、それを見た霞の肩がびくんと跳ねた。今の武の言葉、それは一真に対しての言葉であったが―――その裏には、武がこの五年間殆ど吐く事のなかった弱音が含まれていたのだから。霞にとってその驚愕は一際だった。


「―――――五年前、あの時の俺には、先生や霞、皆がいた。 けどさ、その時あいつの周りには誰もいなかったんだよ。 あいつはこの十年近くの間、ずっと独りだったんだ」

「・・・・・・・・」


独りは―――――とても、寂しいモノだ。例え周りに誰かがいたとしても、心を通わせる事が出来ない絶対的な孤独。その寂しさを霞は理解していた。そう、独りで抱いた寂しさは、独りでは癒せない。その凍てついた心は誰かに触れる事でしか、決して溶かされる事はないのだ。


「だから―――きっと、あいつはまだ泣いてないんだと思う。 あいつは独りで背負い込んで、誰かに辛いとも寂しいとも悲しいともまだ言えてないと思うんだ」


それは一真も解っていると思う。それでも彼は、未だ吐いていい弱音を吐いていない。武は一度目を閉じて思考を巡らす―――嘗ての自分は悲しければ泣き、悔しければ喚き立てていた。一真は悲しくても歯を食いしばり、悔しくても足を踏ん張って耐えてきた。昔の自分は今思えばどれだけ情けない姿を周りに晒したのだろう?一真の様に沈黙の美を飾るのは確かに格好がいいかもしれない。でも、それは間違っていると思う。何故なら――――


「悲しい時に泣けないことほど・・・悲しいことはないんだから・・・」


―――それはお前の言葉だろう、一真?



「―――・・・武さんは、今・・・辛くはないんですか・・・?」

霞はじっとまるで懇願するような面持ちで武を見つめる。

「・・・・・・俺は、今のところ大丈夫だよ、霞。 さっきも言っただろ? 俺にはお前や先生、皆がいてくれたって。 だから、俺は―――大丈夫」

その時の武は自分では微笑むようにしたつもりなのだろう。だが、霞は知っていた、その笑みの下には深い悲しみが隠されている事を。そうでなくても、今の武の笑みはとても悲しそうなモノだった。


「はは、まぁ今日はせっかくの夏祭りなんだ。 しみったれた話題振って悪かったな、霞。 じゃ、まだまだ遊びに回ろう――――――」

霞の表情に僅かな影が落ちたところを見た武は、陽気な声を上げると霞の手を引っ張り、先へ進もうとした―――が、

「――――霞?」

霞の小さな手を握っていた左手が身体に対し、進む事を拒んでいた。見れば、霞はまるでしがみつくように両腕で武の左腕を掴んでおり、その姿は歩みを止めた武に寄り添うようなものだった。


「・・・・・・・・・」

霞は武の左腕にしがみ付いたまま顔を俯かせていた。
霞は思う―――確かに武は五年前に比べ心身ともに成長した。けれどその悲しみは―――あの時彼の心に刻まれた悲愴は未だ癒えていない。武は彼自身が言う通り、独りではなかった―――けれど、きっとどこかで彼は独りだった。白銀武がいた元の世界、そこでの友人達はこの並行世界において皆いなくなってしまった。その孤独はまだ癒えていないのだ。自分は、武が言った通り彼が前に進む為の支えには、なれていたのだろう。けれど、それでは自分は満足できない。自分を独りではなくしてくれた純夏の想いに負けないくらい、自分に新たな思い出をくれた武を支えていたい。


「・・・どうしたんだ、霞?」


だから、―――一歩でも多く、一歩でもより大きく、もっと前に足を踏み出したい。



「武さん・・・私は――――――――――――――――――」


帝都で催されたこの夏祭りはもう終盤だ。けれど、未来への光に集まった人々の熱は未だ冷めず、夏祭りはその熱気を冷ます事を好としない。
時は午後九時を回り、更に祭りを盛り上げる―――――盛大な花火が、濃紺色の空に色鮮やかな大輪を咲かせた。








窓縁に腰掛ける一真の背中の向こうで、夜空には花が咲いていた。星明かりに際立たされたその大輪は、夜空に溶け込むように消えていき、また別の大輪が花を咲かしている。

「なるほど・・・榮二さんにも、オレのこれまでの経緯がいっていたってわけか・・・」

一真は夜空を仰ぎ見るように上体を反らし、独り言のように呟いた。視界の端では断続的に花火が打ち上げられ、その明りは彼の白髪に大輪の色彩を映し出していた。


「はい―――昼間、兄さんと別れた後、叔父様が一度家にいらして・・・私にその事を教えてくれました」

「そォかい・・・」


苦々しい表情を浮かべる唯依の言葉に、一真は身体を捻り窓の外へ向き直った。巌谷も唯依に一真のこれまでの経緯を話す事を悩んだのだろう。それは一真も唯依も理解していた。唯依を実の娘の様に可愛がっていた巌谷は出来る事ならあんな非道な行いの顛末を彼女の耳に入れる事を進んで望みはしない。それでも、彼は伝えるべきだと判断し、唯依に真実を伝えたのだった。


「・・・・・・オレが怖いかい? 篁唯依」

一真は視線を唯依に向けず、無感情な声で問う。
唯依は座布団に下していた腰を上げ、一真へ向き直る。その姿勢は正しく、それまでの動作は流れるように美しかった。
唯依の眼前には夜空を見上げる白髪の男の姿がある。その男の嘗ての黒髪は白く色が抜け落ちており、茶色の瞳は赤く染まっていた。その姿は異様と言える程、嘗ての姿から変貌を遂げていた。それでも、彼は―――彼の本質は変わらなかった。彼が纏う気配がそれを唯依に教えてくれた。


「私は貴方に対し、そのような感情を抱いていません。 ・・・あまり私を見くびらないでほしい」

語気が強まっている事を自覚しながらも、唯依は決して一真から目を逸らさない。

「諌山緋呼。 貴方はもう・・・自分を責めなくていい。 犯した過ちを罪だと言って背負い、戦い続けるなら、もう罰を与える事は無い筈だ」

毅然としたその態度はまさに斯衛に身を置く者として相応しい、威厳あるモノだった。


それから暫く二人の間に沈黙が流れた。耳に届くのは身を震わせる轟音を轟かせ、夜空へと打ち上げられる花火の炸裂音とそれを見上げる人々の歓声だけだった。


「参ったな・・・。 前向いて先に進もうって決めたんだが・・・」

一真は静かに口を開く。
前を向くと言うのは―――後ろを振り向かず、後悔をしないように最善を尽くし続け、先へと歩み続ける―――という事だ。けれど、それまでの後悔や悲愴はそれでは消えない。いつか消えるかもしれないが、それでも前に進むには重荷だった。
唯依はそれを一真に伝えたかったのだ。全て背負って前に行くのなら余分なモノは洗い流してから行け、背負うのなら綺麗に背負いきって見せろ、と。


「まさか・・・妹分に説教されるなんて・・・思っていなかったな・・・」

「謝らないぞ、私は。 ―――――これに関しては、貴方はそうすべきだ」


きついお言葉だ、と一真は口の中で呟き、夜空に咲く花を見上げる人々と、日本の色鮮やかな花火を眺める。


「―――――なぁ、どうして・・・こんなにも人は生きたいと願うんだろう・・・」

一真は心静かに言葉を繋げる。

「・・・・・・どうして、こんなにも人が生きたいと願っているのに・・・あんなに、人が死んでいくんだろう・・・」

昔、諌山緋呼は九條沙耶に問うた。『美しい? こんなにも死に溢れている世界が?』それに対して沙耶は『こんなにも人が生きたいと願っている世界が美しくないわけがない』と答えた。

「・・・・・・オレはどうして・・・生きたいと思っている人間も・・・守りたい人達すらも・・・守れなかったんだろう・・・・・・」

沙耶を守るという事は―――彼女が愛し、願い、信じた世界も守るという事でもあった。そして、その世界を守るという事が―――守りたいモノを守るという願いは、君島と交わした約束だった。それを自分は守り通す事が出来ずに、勝手に絶望した。ああ、本当は沙耶や君島―――バルダートやリーネ等の多くの仲間達が消えていった事が悲しくて―――守り切れなかった事が、悔しかっただけだったんだ。


「・・・・・・・・・ああ、本当に・・・悲しくて・・・悔しいな・・・」


それは、この五年間で初めて口にした素直な弱音だった。一真は自嘲気味に脱力した笑みを浮かべ、視線を唯依に向けようとした――――



が、次の瞬間、一真の視界は甘い匂いで覆われていた。

「―――――・・・・・・?」

脱力した頭は上手く働いてくれず、一真は茫然と目に映る景色を眺めていた。


「・・・・・――――っ・・・」

頭上から声を殺すような音が聞こえ、そこで漸く――――一真は自分が唯依の胸に抱きしめられているという事がわかった。


「・・・・・・唯依・・・?」

緩慢に回る頭を働かせ、一真はやっとの思いで声を絞り出した。しっかりと腕に抱かれた頭は動かす事が出来ず、一真は為すがまま身を委ねる事しか出来なかった。すると、頬に何か温かいモノが落ちてきた。それは自身の頬に落ちるとそのまま頬を伝い、更に下へと落ちていった。

「・・・・・泣いて、いるのか・・・?」

女性に泣かれるのは苦手だし、何より自分を兄と慕ってくれる妹分を泣かしてしまった事に一真は困惑した声を上げる。

「・・・何で、お前が泣くんだよ?」

「―――・・・貴方は馬鹿だ。 本当に・・・大馬鹿者だ・・・!」

諌山緋呼は確かに武芸の才に恵まれていた。しかし、彼は戦士として―――人として優しすぎたのだ。だから、頭では分かっていてもそれを容認する事は難しかった。だから、彼はこうして精神を摩耗させていったのだ。

「・・・辛いのなら・・・悲しいのなら・・・もっと・・・早くに、もっと素直に、弱音を吐くべきだったんだ、貴方は」

頬を静かに伝う涙と裏腹に唯依の語気は荒かった。あんなにも強いと思っていた人物のこんな脆い部分を見せられ何とも言えない気持ちになった。それに、あんなにも辛そうな笑みを浮かべられてはこちらの方が悲しい気持にさせられてしまったのだった。


「・・・・・ああ・・そうだな・・・。 悪い、唯依・・・お前の言う通り、オレは・・・大馬鹿だ・・・」

その時、泣いてもいいと誰かが言ってくれた気がした。



                       ああ、もう駄目だ。そう、思った時には、もう―――一筋の涙が頬を流れていた。










濃紺色の夜空には未だ花火が打ち上がり続け、頭上を覆う天蓋の様に何輪も火の花を咲かせていた。
花火と言うモノは自分には親しみのない言葉で、見るのも初めてだったが、同じ火薬を用いたモノである筈のそれは自分普段目にする閃光の何十倍も美しかった。
身体の芯にまで響いているのはその轟音だけではなく、この国の文化―――彼らの持つ日本の韻致が自身の心を震わせているのかもしれない。
周囲を見れば多くの人々が夜空を見上げ、その人々全てが明るい笑顔を湛えていた。ここまで歩いてくる間も露店の店主から容姿を誉められ、様々な食事を頂いてしまった。
戦時中であるにも拘らず国を挙げての祭りなど下らないなどとも思ったが、こうして人々の表情にこんなにも晴れ晴れとした笑顔が宿るというのならこれは捨てたモノではないのだろう。自分もあの夜空に咲く色鮮やかな大輪は気に入った。


ふと、自分の隣で花火を眺めていた少女が別の方角の夜空を眺めている事に気付いた。その少女はぼうっと夜空を見つめており、人混みの流れの中で立ち止まっていた。

「―――どうしたの?」

顔の横を流れる銀髪を手で掻き上げながら姿勢を僅かに屈め、彼女は少女に母親のような暖かな表情を向ける。

「―――――・・・・・・ないてる・・・」

少女は、その容姿にして幾らかたどたどしい口調で、小さく呟いた。


「悲しいの?」

「―――・・・ううん。 もうだいじょうぶ」

少女を気遣う彼女に対し、少女は明るい笑顔を返す。
彼女は安心したように少女の頬を撫で、少女は擽ったそうに眼を細める。


「オーイ! 何やってんだ? こんだけ人が多いんだ、あんまり離れるなよ!」

すると、少し遠くから見知った男の声が耳に届いた。

「わかっている! すぐそちらに向かうから待っていろ!」

彼女はその男の声に対し、同じぐらいの声量で返事をした。


「まったく・・・あんなに嬉しそうにはしゃいで・・・」

彼女はそう言って苦笑を湛える。すると、少女が彼女のジャケットの裾を引っ張った。


「わたしも、たのしいよ?」

「―――・・・そう。 よかった、私もよ」

そうして彼女と少女は男性を追い、人混みの中へと姿を消した。










香月夕呼は一人、横浜基地副司令執務室にて書類を片付けていた。90番ハンガーに安置された二機の戦術機。それの運用に関して提出書類を夕呼はすぐさまでっち上げていく。
あの二機が理論値通りの性能を実戦で出せるというのなら生半可な速度ではあの二機と二人の衛士には着いていけない。ましてや大隊規模での連携ともなればその難易度は格段に上がってしまうし、せっかくの超高速戦闘が可能な機体だというのにその機動性が失われてしまう。その点において、H18でのアルマゲストの半壊は彼女にとって好都合とも言えた。

(そう・・・必要なのは、凄乃皇についてこられるだけの腕を持った衛士と、その性能を持った戦術機・・・)

夕呼はキーボードを叩く手を止めず、同時に思考を巡らす。

(私と白銀の計画。 それを実現させるにはそれだけの戦力が必須。 だから―――――)

思考を高速で回転させていた夕呼だったが、それを遮るように机に備え付けられた電話機がけたたましく着信音を鳴らす。

「―――何かしら?」

「香月博士、お呼びしていたご客人がいらっしゃいました」

億劫そうに受話器を取り、夕呼は機嫌の善し悪しの分らない声色で電話に応じ、受話器の向こうからピアティフの簡潔な連絡事項が耳に届いた。

「わかったわ。 四人共私の部屋まで通してちょうだい」

夕呼は短く指示を出し、仕事に戻る。
計画はもう動きだしている。武は計画を担うだけの実力を手に入れ、緋村一真は各国への交渉材料を夕呼に齎した。
カードは揃いつつある。計画が失敗したとしても、オルタネイティヴ計画とは違い、世界の終りに一気に傾く事はないし、計画中に採られたデータは決してマイナスにはならない。
未来への架け橋として、希望を繋ぐ事がこの計画の目的だ。そう、この計画は実行する事に意味があるのだから。

すると、夕呼のいる副司令執務室の扉がノックされ、ピアティフに連れられた四人の女性が姿を見せた。


「ご苦労さま、ピアティフ」

「はい。 ――――今回は私はこの場でお待ちしていればいいでしょうか?」

「ええ、お願い。 あんたもこれから仕事が増えるんだし、聞いておいて損はないでしょ?」


夕呼はピアティフに部屋に残るよう伝えると、椅子から立ち上がり四人の女性に向き直る。四人は横浜基地副司令に対し、一斉に敬礼する。



「――――もう、肩っ苦しいのは無しにしなさいよ。 あんた等、私がそういう畏まったの嫌いだって知っているでしょう?」

夕呼は呆れたように眉を顰めたが、その口元には笑みが浮かんでいた。


「―――何分久しぶりだったので失念していましたよ。 申し訳ありません、香月副司令」

小さく笑みを浮かべた女性が一歩前に出て夕呼へ頭を下げる。


「ええ、久しぶりね―――宗像、風間、涼宮―――――」

夕呼は四人の先頭に立つ宗像美冴から順に歓迎の挨拶を述べていき、最後に―――――ある人物へその視線を留めた。




「――――――――――――あんたに会うのも久しぶりね、伊隅」














                         Muv-Luv Alternative Encounter in fairy tale. -The first encounter : Homura no Ko-

                                              ~Fin~



[13811] 幕間・Ⅰ
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/11 18:33



Muv-Luv Alternative Encounter in fairy tale. - The second encounter : Lack and Gain -










八月二日

 帝都へ向かい、政威大将軍殿下―――煌武院悠陽との謁見、
心の底から暖かい、多くの人々で賑わった夏祭りがあったあの日から二週間が経った。
八月に入ったという事もあり日照りは強く、夏の熱気は最高潮に達していた。

「―――・・・あぁ~」

 白銀武はその茹だる暑さに思わず気の抜けた唸り声を上げてしまう。
その目は忌々しげに太陽を見上げており、その眩しさから細められた目は忌々しげな視線をさらにきつくしており、最早怨念がこもっていると言われてもおかしくないほどだ。
太陽をそうやって見やる間も武の身体から貴重な水分が放出されていき、頬を伝う汗はまさに滝の様だと言っていい。
流れる汗がこの暑さへの苛立ちを際立たせ、腕で汗を拭っては大自然に何をイチャモン付けているんだと心に刻み直す。

 そう、刻み直しているのだ。
武は屋外へと出てから熱気へ苛立ち、気にしないようにしよう思い直すというループを延々と繰り返していた。
頭には最早遠い昔の記憶、白銀武がいた元の世界にて当時騒がれていた地球温暖化という単語が薄ぼんやりと浮かんでいた。
今いるこの世界では戦術機なんて規格外の原動機があるのだし、砲弾による爆炎も元の世界の比ではない。
何よりこの世界には圧倒的に緑が少ないのだ。もしかしたらこっちの世界の方が元の世界よりも地球温暖化は進んでいるのかも知れない。

 武は太陽の熱視線を無視すると今度こそ決意する。
そもそもこんな事で根を上げる程軟弱ではないのだが、暑いというのはそれだけで無暗に気概を削いでいくのだ。
これ以上削がれまいと意を決した武の視線はどこか危ない光を宿していて、見る者が見れば無言で道を譲ることだろう。
武はそんな視線を左右に振っており、何かを探しているようだった。
視線を回しながら武は横浜基地敷地内をずんずんと歩いていく。

 講堂に差し掛かり、通り過ぎようとしたところで武はふと、足を止めた。
一度視界に収めた時は流してしまったが、どうやら彼の探し物はここにいたらしい。
そこは講堂と基地の本棟との間。ちょっとした建物の隙間。
太陽からの殺人光線が届かない日陰の中に見知った白いのを見つけたのだ。


「よぉ。 またこんな所にいたのかよ、一真」

 過ぎ去ろうとしていた進路を変えお目当ての人物に向けて舵を切り直し、武は陽気に手を振ってその“白いの”こと、緋村一真へ声をかけた。





「―――はぁ、食後の時間くらい、ゆっくりさせてほしいんだがねェ」

こちらの声に気付いた彼の赤い双眸がこちらに向いたと思えば、一緒に愚痴が聞こえてくる。

 国連軍C軍装の上着を脱ぎ、黒いシャツの袖を半ばまで捲くりあげた、見るからにだらしのない一真の格好。暑さの真下最近ではお決まりの格好だ。
一真の出自を聞いてしまった今では、一真の現状は不良としか言いようがない。
武のよく知る斯衛軍人といえば、あの月詠真那だ。彼女と比べてしまうとその不良っぷりは一層際立つ。

「お前さぁ、その恰好なんとかならないのか? 月詠さんに見られたら殺されるぞ」

「第一声がそれか。 いいじゃないか休憩中くらい楽な格好をしたって。
 ちなみに言うとだな武、鬼の居ぬ間に何とやらという言葉があるだろう?
 今がまさにそれだ。 ここは国連所属の横浜基地、アレの脅威に怯える必要なんてないんだよ」

く、と口角を吊り上げて微笑しながら不良青年・二十六歳児は咥えた煙草を揺らす。

「髪は切ったのに…肝心な他の注意点を直してないんじゃ、今度会った時それこそ鬼に金棒状態で懲らしめにかかるぞ、あの人」

 二週間前のあの日。宿で一泊し、いざ帰ろうと宿から出てくるとそこには真那とこちらに来る時乗せてもらった自動車があった。
そして帰りの際同乗した真那はその際に最近の一真の状況を詰問し、その自堕落っぷりに憤慨したのだった。そのおかげて帰りは随分賑やかになった。
そのせいもあってか一真は先日長かった髪をばっさり切った。それでも武よりは大分長いが、随分さっぱりしたものだ。

「いいんだよ。 アレは怒っている内が花だからな。
 それに真那は面倒見がいいから誰かに小言を言うのも趣味の一つなんだ」

 斯衛軍の少佐をアレと称し、尚且つそんな皮肉めいた事を言い放つ一真を見て、武はここに真那がいない事を神に感謝した。
真那がここにいたらそれこそ烈火の如く一真に突っかかっていたところだろう。



 この様な砕けた調子の会話で解るとおり武と一真はこの二週間で前より親しさを増していた。
それは同じ部隊の上官と部下という関係じゃなくなったからか、同じ志を持つ者同士だからか、同じ願いを約束したからか、同じ担い手だからかはわからない。
けれど二人はこうして親しくなり、下らない話をし合う事も多くなっていた。


 ここ二週間、一真と話してたりしてわかったことがある。
一真は基本的に兵舎の自室にはいない。
自主訓練で訓練場に出ていたり、放浪癖でもあるのか基地の敷地内、取り分け屋外を散歩している事が多い。
もしくは屋上や講堂の裏等の人の少ない場所で喫煙を楽しんでいるのが殆どだ。

「そういえばさぁ、一真―」
「断る」

 さり気なくぽつりと開口した途端、ぴしゃりと遮られ尚且つ一蹴されて、武は固まってしまうが即座に意識を取り戻し、食って掛かる。

「まだ何も言ってねえよっ!?」

「そう毎日同じ提案をされていれば言わなくてもわかるわ、この粘着質め」

 至極うんざりとした様子で一真は大きく溜息を洩らす。それに同調し、煙草の煙もどんよりとその色を濃くしていた。

 わかったこと二つ目。一真は意外と陰険だ。米国で捻くれたのか。
そして最後の三つめ。これが武は一番気に食わなかった。

「いいじゃないか。 負けっぱなしってのは、なんかこう…なっ!?」

「………それでわかるのはお前の知能指数だけだよ」

「なんだとっ!!」

 そう、武は剣の勝負で一真に負けたのだ。完膚なきまでに。
それはつい先日の事だ。二人は自主訓練が久々に被り、武がまた勝負してみようと持ちかけたのだ。
一真も最初は乗り気じゃなかったが、勝負勝負と騒ぐ武に飽きてきたのか、その申し出を受けた。
それで勝負が始まってみれば武は二閃の下に敗れ去ったのだ。武の模擬刀を払う一刀目、そして喉元に切っ先を当てる二刀目。
決着は一瞬で、一回目の勝負とは全く違う結果になったのだった。

 なんで、と聞いてみれば早く終わらせたかったからと答えられ、
なんで一回目の時真面目にやらなかったのかと聞けば一回目は指導だと一閃された。

 そして、そんな返答で満足できる筈のない武はこうして毎日のように一真に勝負を持ちかけていた。

「負けっぱなしってのは落ち着かないじゃないか。 俺だってプライドってのがあるんだよ」

「オレとお前とじゃ剣を振ってきた年月が違うだろ。 そう簡単に差は縮まらないさ」

 至極尤もな言葉に武はぐっ、と押し黙ってしまう。それを言われてしまえばお終いだ。
単純な兵役で言えば武はこの六年近い経験と今までのループ分の経験がある。
それでもこの世界に来るまでスポーツも本気でやっていなかった武だ。幼少の頃から父・総士から教えを施され、鍛錬に明け暮れてきた一真とはやはり差が生まれてしまうのだ。

「それに、そんな事を言ってしまえばオレは戦術機戦じゃお前に負けっぱなしじゃないか」

「それはそれ、これはこれだろ。 しかもそれ全部辛勝じゃん」

 はぁ、と深い溜息を一つ。武はその場に項垂れる。
確かに武の戦術機操縦技術は一真に優っている。しかし二人のスタイルの差異のせいでその境界は有耶無耶になりつつあるのだ。
武の操縦は緩急のある三次元起動の究極だ、対して一真の操縦は流麗で、時に烈火の如く怒涛で。
特異奇抜だと言われてきた武すらも驚く奇抜な行動をしたりする一真との模擬戦は毎度肝を冷やされる思いで、毎回気の抜けない戦いになっているのだ。


「ハっ!? なんか俺のアドバンテージがどんどん少なくなっていく気がっ!?」

 う~ん、と唸っていた武は気付いた事実に愕然とし再度項垂れる。
仕方がないじゃないか、この世界の当初自分は戦術機操縦技術しか取り柄のない落ちこぼれ状態だったのだから。
この五年間仲間の長所を真似て頑張ってきたのだが、やはりみんなそれだけの才能があったのか、武の長所と言えるのはその操縦技術くらいのものだった。
いや、仲間から賛辞されたようにその技術が一番の武器とも言えるのだが。

「そんなことないだろ。 オレはお前には敵わんよ」

「あ~でも、なんか危機感が………」

「少なくとも、今オレは火纏の慣熟がお前より遅れてる。 午後からまた要努力だ」

 ふ、と小さく笑ってから一真は煙草を携帯灰皿へ押しつけてから放り込んだ。
煙草も色んな人からやめろと言われているだろうに、この白髪の男は一向にやめる気配がないようだ。

「そりゃアイツらは俺の理想の機動を形にできる様に造られたからな、勝手も今までのとは違うだろ」

 凄乃皇『白狼』と火纏は現行戦術機起動OSであるXM3に対し、ハード面の能力向上を目指したモノだ。
そもそもXM3は武が提唱した概念を基にこの世界の戦術機に合わせたもので、戦術機本体には変更はない。

 武の実力向上に伴って生まれたのはそれだ。武が思い描く機動と大きな差異がとうとう生まれてしまったのだ。
ゲームという虚構の世界の産物と現実との差異とも言えるが、それでもXM3の性能はこんなもんじゃないと武は感じ始めた。
それで何の気なしに夕呼へとそんな事を言ってみたら、彼女もその時は機嫌が良かったのか、研究が上手くいってなかったのか、
「いいんじゃない? やってみましょう」と、快諾(?)してくれたのだ。

 しかし末恐ろしいのは、これからだった。夕呼は今までの戦術機をベースに思いついた改修を全て書き込み、どんどんと書面化していった。
それから多くの副産物も考え付いたようで、設計途中で身体への負荷が今まで以上に苛烈になると言われたほど。
しかも夕呼は二年前一真ことクレイ・ロックウェルと邂逅を果たした時に前報酬として当時まだ公開されていなかったソ連と米国の最新型戦術機の設計図まで入手しており、更に改修が施されることになり、今年にはさらに入手した最新型主機の御蔭でまた改修されるという始末になった。

 夕呼に言わせると「私の研究成果を載せるんだから、これくらいの武装は当然」との事。
結果として武は搭乗する為に対G訓練を陰で日々こなす事になったのだ。


「何より対G訓練を行わなくて良かったお前が羨ましいよ、俺は。
 アレ、本当にしんどかったんだぞ?
 毎日変な球体の中入れられてさ、グルグル回されるんだ。
 最初は何度も気を失いそうになってやっとの思いで修了したのにさ」

 武もいつかテレビで宇宙飛行士の訓練を見た事があるが、あの対G訓練用の機材はそれよりも大幅に大きかった。
世界の違いのせいかなと思いきや、それは出力の違いときたもんだ。
 あの地獄を味わった時、戦術機特性試験の時のみんなの気持ちが漸く解った。

 今の武は強化装備なしでも第二世代の戦術機なら乗れそうな勢いだ(錯覚)

「今の慣熟訓練でも十二分にしんどいよ。 ………ほら、そろそろ行こうか。午後も頑張ろうぜ、“少佐”殿」

「ああ、わかってるよ緋村一真大尉」

 一度肯いてから武と一真は講堂裏から出ていく。
一週間前、武は中佐から少佐へと降格された。
いくら部隊内、一区画内で既に処断されたといってもそれでは上層部も黙る事が出来なかったというわけだ。
それでも一家九下げるだけの処分で済まされたのは夕呼や菅原の御蔭だ。
一つ心残りがあるとすれば―――

「おや、社さん? どうかしたのかい、そんなところで?」

「――――――っ」

一真の声に武の肩が跳ねる。



「―――あ、いえ、その………た、武さんと緋村さんを呼んでくるよう博士から頼まれたのですが、二人とも話し込んでいたようだったので………」

 講堂の裏から出ると、そこには炎天下に晒されながら壁に背中を預ける霞の姿があったのだ。
霞はおどおどとしながら言葉を繋いでいくがどうにも落ち着かない様子。
一真はまだ霞に嫌われていると思っているし、『諌山緋呼』としてなら自身年下の女の子の扱いはどうも苦手だ。
そんな様子に一真は困ったように苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ああ、すまないね。 向かうのは香月副指令の執務室でいいかい?」

 出来るだけ優しい調子で一真は霞へ問いかける。

「は、はい………」

 霞の視線はチラチラと一真とは別の方向へ泳いでいた。
それは本当に僅かに揺れ動いてる程度だが、一真にとってはそれで十分だ。

 普段の君ならそんな事はしないだろうに………と若干溜息を吐きたい気持ちを抑え、一真は後ろへ振り返った。

「オーライ、了解した―――だとさ、武。牝狐を待たせないうちにさっさと行こう」

「あ、ああ……」

 なんというか、気まずい雰囲気。
一真はまた自分はお邪魔な様だと肩を竦めるが、現状一人離脱するのは不自然だろうと武が足を進めるまで待つ事にする。

「霞、わざわざありがとう。 すぐに先生のところに向かうよ」

「いえ……………」

「それより、汗。 暑いところ立ってるから………大丈夫か?」

 炎天下の中どれだけの時間いたのかわからないが霞の顔には汗が浮かんでいた。
彼女自身それほど辛そうにはしていないが、それほど霞に体力はない事を武は知っている。
 だからか、武は着ているジャケットの裾で霞の汗を拭おうと手を伸ばすが………


「―――だ、大丈夫ですっ、それでは、私はっ」

 霞はそれを待たず、慌てて踵を返し小走りに駆けて行ってしまった。

 残ったのは気まずい空気。
やれやれと言うように一真は頭を振ると、武に視線を送る。


「………………………………なんだよ」

「いいや? なんでもないよ」

 明らかにおかしい二人の態度だったが一真は特に突っ込まず視線での抗議だけするとそのまま屋内へと足を進める。
それを捉えた武は少しだけ暗い表情で、顔を俯かせていたが上げた時にはいつもの調子に戻っていた。










 失礼します、という言葉を置いて、武と一真は夕呼の執務室へと入る。
五年前の十月から殆ど変化のないこの執務室。きっとここを訪れる人間にもそう変化はないのだろう。

 その奥には大凡副指令の執務用の机には相応しくない書類が山積みになった彼女の机。
執務室の主はいつものように書類の奥で、何気ない表情で忙しくキーボードをいじっていた。


「ああ、来たわね」

 二人に気付くと執務室の主、香月夕呼はパソコンの画面から目を離し二人を捉えた。
その切れ長の眼は愉しげで、この人のこういう目は大抵ロクでもないことを言われるのだと武は少しだけ身構える。

「先生、どうかしたんですか? 慣熟訓練の時間を割いてまで呼び出すなんて」

 夕呼の前、机を挟んで向かい合わせになるところまで二人は歩いてくるとそこに並ぶ。

「それね、ちょっと待ってなさい。 こっちの方区切りいいところまで仕上げちゃうから」

 そう断って武達の入室を捉えて止まっていたキーボードを叩く指を再び動かし始める。
武は作業に戻った夕呼から視線を外して部屋を改めて見回した。
この部屋には自分たちを含めて三人しかおらず、いつもいた人はいない。

「はい、終わったわよ―――」
「先生」

 作業に区切りを付けた夕呼がこちらに顔を向けたのと武が口を開いたのは同時だった。
説明の頭を叩かれた夕呼はあまりいい気はしなかったが彼女がそんな事をいちいち顔に出し咎めるということはなく、武の言葉を促した。

「霞は、いないんですか?」

「社? あの娘なら機体の調整に戻ったわよ。 それとは別に自分の研究もあるから、今忙しいしね。 なに?そのこと聞いてなかったの?」

 夕呼はそれがどうかした?とでも言うように返した。

「ええ………」

 変わらぬ表情で武もそう返したきり言うことはないと言うように押し黙った。
一真と夕呼はまるでわけがわからず内心小首を傾げるしかなかった。


「―――まぁ、いいわ。
 呼び出した理由は初舞台の予定が決まったからよ」

「…へェ、それはいい目標が出来たな。 それで内容は」

 一真は武の様子を気にしながら夕呼の発言を促す。
この話が終わった後少し問い詰めるのも手か、と考えたためにその表情は憂鬱気味だ。

 しかしその予定は次の夕呼の発言で吹き飛ぶことになる。


「―――作戦実行地は甲25号・ヴェルホヤンスクハイヴ。 作戦内容はそこの防衛よ」


「「―――はぁ?」」

 夕呼の言葉に武と一真の二人は素っ頓狂な声を上げた。
だっておかしいではないか。H・25号と言えば二週間前に米軍とソ連軍と欧州連合が連携し攻略した筈なのだから。

「参加日時は二日後の八月四日………どうしたの二人とも? 間抜けな顔がいつもにまして間抜けになってるわよ」

「え、先生……確認させてください。 作戦実行地は甲25号でいいんですか?」

「ええ、そうよ。 ……―――ああ、あんたらには言ってなかったもしれないわね」

 目線を上げて夕呼は思い出した様な顔をしたが、彼女の場合これは態とだ。
こちらの反応を楽しむために黙っていたに違いない。

「ヴェルホヤンスクハイヴ攻略作戦、寒極作戦ではね、私が渡した反応炉停止装置が使われる作戦だったのよ」

 反応炉停止装置、と聞いて武はぎょっとした。
いつの間にそんなモノを拵えたのか、夕呼の知能と発想には驚くばかりだ。
世界中の衛士でも武だけが見たであろう反応炉を制御する装置はぱっと見、かなりの規模だった筈なのに、夕呼の言葉が正しければ戦術機で運搬可能なサイズにされたという事になるのだから。

「緋村はさすがに覚えてるでしょ、あんたがユーコーン基地でやった模擬戦。
 ―――あれね、ソ連にその設計データを渡す為の交換条件の一つだったのよ」

 ああ~とぼやけた声を漏らしながら一真は引き攣った笑いを浮かべる。
『あんたの実力を推し量らせてもらうわ。 そうね、ちょっと『紅の姉妹』と模擬戦してみなさい』
なんて言われて断っているのに結局何か知らないうちに説得されて無理矢理やらされた模擬戦にはそういう意図があったのか。

「ま、それで漸く完成したのか前の作戦でその装置を使ったわけ」

作戦は成功、その代わりに結構な損害が出たようだけどねと、つらつら述べていく夕呼は椅子から立ち上がりながら何枚かの紙を武へと渡す。

「喜び勇んで装置を使い、反応炉停止に成功したはいいけど、どうやら停止じゃBETAの帰巣本能は永く誤魔化せなかったようね。
 昨日、現地のハイヴに近隣ハイヴへ移ったBETAが再度侵攻開始。 哨戒中の部隊が全滅。 その後も断続的に攻撃を受け、現在防衛線を展開して反撃中」

 反応炉の破壊を以って作戦成功としていた今までの攻略作戦。
ここ横浜基地はこと反応炉の研究では群を抜いていた。それでもわかった事と言えば嘗て純夏が齎したモノが殆どだが。
反応炉の研究が満足ではない今、その期を得られるというのは喉から手が出るほど欲しいモノだ。

 その願いを叶えた夕呼の反応炉停止装置を用いた作戦。参加したソ連と欧州連合、米軍、どの国も成功の暁には反応炉の研究権を狙ったものだった。
作戦は目標がフェイズ2だったという事もあってか概ね良好。
だがそれも途中までで、反応炉停止装置を設置するのに時間がかかり、内外問わず被害が拡大。その末に反応炉停止に成功。

 現在はBETAの断続的な侵攻を受けており、その為救援を要請し半円状に部隊を広く配置。
折角捕えた反応炉を奪われないように集まった三軍による急ごしらえの部隊編成のせいもあってか、状況は芳しくないようだ。

 だがそれでもだ………

「先生、それでも無茶です。 俺達はまだ慣熟訓練を終えてないんですよ!?
 せっかく造った機体になんかあったら大変じゃないですか、BETA相手じゃ何の保証もないですよ!」

「なによ、だから一日やったんじゃない。
 それに無理な戦況を覆した方が舞台も栄えるってもんでしょ」

「だからって―――」

「まぁまぁ武。 不可能を可能にするのが俺だって前に言ってたじゃないか」

 一真はまるで子供をあやすような穏やかな口調で武の肩に手を置いた。

「言ってねえよっ、それに不可能なんかじゃねえ!!」

 肩に置かれた手を振り払うように勢いよく一真へ吹き直った武だが、その直後にあ、と口をあんぐりと開いて止まる。


「―――ふぅん、白銀ぇ………不可能じゃないってことは可能だってことよね?」

 やたらと不可能~のところを強調して夕呼は心底楽しげな妖しい笑みを湛えた。
くっと武は奥歯を噛みしめる。確かに不可能じゃない。機体状況も十分に一定水準に到達している状態だろう。

「くそっ、一真、いつの間に先生と結託しやがった?」

 忌々しげな睨みを横にいる白髪赤眼に向けて、武は呪詛の様に呟いた。

「香月副指令がどうにかしろってアイコンタクトを送ってきたんでねェ。
 まぁいいじゃないか、少しばかり早い実証試験だ。
 それに今こうしている間にも部隊は消耗してるわけだ、やってやれないこともないんだったら…やるだろ? なぁ少佐殿」

 片頬を吊り上げて笑みを浮かべながら、一真は肩を竦める。
納得したようなしてないような、そんな心境の武は何とも釈然としない面持ちだが、はぁ、と息を吐いて顔を上げた。

「一真、午後からの訓練ペースを上げるぞ。 ああ、整備兵にも頑張ってもらわないとダメだな」

 整備性の悪いあの機体だ。運搬も今までの規格とは多少異なるし、その分手間だ。
恐らく霞が既に機体のあるハンガーにいるのもその為だろう。
ならその努力は無駄にはできない。ああ、最初から断る道なんてないじゃないか。

「腹は括ったかしら、白銀?」

「ええ―――」

 夕呼の問いかけに武は不敵に笑って見せ、



「―――やりましょう。 凄乃皇と火纏の初陣だ」


快然と二日後の出陣へと向けて決意を固めた。

















あとがき
ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございます。どうも狗子です。


というかお久しぶりです、生きてます。


二章目突入しました。
今までワードで書いていたんですがワードが使えなくなって
活動再開のタイミングを失っていまして……(以下省略)
なんとも遅くなりました。待っていてくれた方すみませんでした。

二章目も楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。では次回に。


では。



[13811] 第二十七話 『再動』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/09 20:43
 夏の季節にも拘らず未だ雪の名残りがある荒野。
遠い空に臨む白い山脈、広く横たわる白と土色の混在した大地。
耳に届くのは地平まで駆け抜ける轟音。身を震わすのは腹の中まで通る地響き。

 そんな中、荒れた大地を北上する一台の高機動輸送車があった。
その車速は荒野を走るにしてはあまりに速く、中はお世辞にも乗り心地がいいとは言えないだろう。
何より運転手本人ですらもっとゆっくり走りたいと思ってしまう程なのだ。
輸送車を運転する彼は、この愛車を乗りこなしてから二桁に届く年月を過ごしている。
そんな彼でも、この速度での移動は好ましくないと思っていた。

 がこん、と何か大きい石か凹凸でもあったのか車体が特に大きく揺れる。
その際に車体がワンダリングして運転手は肝を冷やしながら必死に走行を安定させる。

 ふぅ、と深い安堵の溜息が漏れるのが、自分でもわかる。
なのに自分がこんなにも必死になって、神経をすり減らしているというのに後ろに見える二人には一向に変化は見られない。

 片やぼうっと景色を眺める少女、片や刺々しい雰囲気を放ち目を閉じて沈黙してる女性。
こんな無茶苦茶な速度で走っているのはその女性の命令だからだ。軍曹である運転手は中尉である彼女には逆らえない。

 くそぅ、と口の中で毒づきながら運転手はステアリングを握り直す。



 ―――上からの命令でなければ、ロシア人なんて運びたくもないのに……………









 ガタン、ガタン、
輸送車が揺れることも気にせず、クリスカ・ビャーチェノワはただ腕を組んで押し黙っていた。
ただ、そんな様子の彼女だが、その端正な顔の眉間には幾つもの皺が出来ている。
その険しい表情に隠れた心情を表わすかのように彼女は組んだ腕を指で叩いていた。

 今、彼女が気にしているのは、隣に座るイーニァと刻々と過ぎていく時間だけだ。


 現在、クリスカの機嫌はとても悪い。
それはもう気を抜いてしまえば上官にすらも逆らってしまいたい程に。

 今も南方では友軍が、同志達がその命を賭して戦場を駆けているのにも拘わらず、今の自分はどうだ。
上官様の命令で、こんな後方へと追いやられ戦うことすらままならない始末。

 そもそもこんな命令を下した上はどんな頭をしているのか。
自分達は今作戦において貴重な戦力だった筈だ。
それこそ一方を任されても一歩も引く事無く、眼前の敵を殲滅し切る自信だってあった。
これを慢心ではなく事実としてクリスカは受け止めていた。

 だが実際はどうだ。
戦術機に搭乗する準備を整えていたと思ったら突然の招集。
挙句の果てには簡易コンテナごと後方の野営基地まで戻れなんて。

 クリスカの細い指はとうとう拍を刻むことをやめ、自身の腕に食い込んでいく。
はっきり言って屈辱だ。
遠く聞こえる爆撃音も、この浸透する地響きも。
戦場から離れる行為をしているクリスカにとって、それはこの上ない屈辱だった。
差し詰め、このシートは針の莚のようで、その棘は彼女の神経をチクチクと刺激していた。


「………クリスカ………」

 苛立ちの中に身を投じていたクリスカに、穏やかな声がかかる。
その穏やかさは今の彼女の心情とまるで正反対で、クリスカもその声を聞いて幾らか冷静な思考を取り戻した。

「―――大丈夫よ、イーニァ………」

 クリスカはイーニァが自分の思考に対し心配して声をかけたのだと思い、かぶりを振って気丈な表情を見せる。

 戦場で命を共にする姉妹。
それがクリスカとイーニァだ。
いくら戦場の真っ只中を離れているといってもここが戦場であることには変わりはない。
そんな中、姉として家族として。
自分はイーニァにこんな不安定なところを見せてはいけなかったと、クリスカは心の中で自省した。

「うん、だいじょうぶだね」

「……………?」

 優しい笑みを湛えイーニァはクリスカに微笑む。
笑顔を向けたイーニァはこちらから視線を外して、先程の様に車窓から見える景色へと目をやった。
それは遠くなった戦場を眺める様で、その眼に憂いはなかった。

 その表情を見てクリスカははた、と気が付いた。
イーニァはクリスカの逸る気持ちに対して呼びかけたのではなかった。
イーニァはクリスカの仲間の安否を心配する気持ちに対して声をかけたのだ。

 だからこそイーニァはそう言ったのだ。
イーニァの眼に憂いがないのはその信用ゆえなのか。
どちらにせよ、イーニァはクリスカよりも自分たち以外の人間を信頼していた。

 このイーニァの表情はこと戦場でよく見られるようになっていた。
あまり他人とコミュニケーションを取りたがらないイーニァ。
そんな彼女が自分に対しよく変わったと称している。
しかし、そんな彼女こそが一番いい方向へ成長していた。

 彼女は自分なんかよりも、ずっと強い。
そんな感想を抱きながらクリスカはイーニァの頭を優しく撫でる。

「…そうだね、イーニァ。
 あの人達はちゃんと戦っている……なら、私達は今与えられた仕事を全うしよう」

「うんっ」

 こんな用事、すぐに済ませたいと運転手を急かした気持ちの影はもうない。
雪の似合う姉妹は物々しい輸送車の中に不釣り合いな、綺麗な笑顔で笑みを向けあった。


 運転手もミラー越しにその姿を捉えていた。
なんとも毒気の抜かれる映像だ、と内心で毒づきながらもその姿に温かな気持ちを懐いたのは確かだ。

 彼が見たのは嘗て多くの者が思い描いた笑顔。
国を人を守ろうと思った者たちならば誰でも抱く理想。
我が党が、我が国が、我先に敵を討たんとする前に、その根本として描いた希望。

 そんな初心を見た気がして、彼は何度かかぶりを振って「くそったれ」と静かに吐き捨てる。
しかし、その表情には先程の不貞腐れた面影はなく、ステアリングを握る手にも柔らかさを取り戻していた。



「―――、中尉殿、目的地に着きました」

 ガリガリ、とタイヤが地面を削る音を鳴らしながら高軌道輸送車は停止する。
巻き上げられた砂塵の向こうには二台の大型輸送車。
移動する司令部として稀に利用されるものと、戦術機を輸送するトレーラー。

「了解だ。 軍曹、ここまで御苦労だった。 貴様は疾く元の任務に戻ってくれ」

 クリスカはステップに足を開けたところで運転手へと振り返る。
イーニァは先に降りていて、威圧的ながらも相手へ心配を仄めかす言動のクリスカを穏やかに眺めていた。

「ああ、戦術機のコンテナを任したらすぐにでも戻る。
 そっちこそ、こんな戦場から離れたところでくたばるんじゃねえぞ、ロシア人」

 運転手である軍曹はぶっきらぼうに吐き捨てると、自分の作業に取り掛かるため奥へと引っ込んだ。
『紅の姉妹』移送の任務を受けた際とは似ているけれど、少しだけ変化したその対応にクリスカは目を丸くする。


 ソビエト連邦は多くの民族によって構成された国だ。
その国はBETAによって国土を奪われた。
それによって政府は早々とアラスカへと避難し、多くの者は反抗の為の戦力として前線に取り残された。
避難して多く生き残ったのはロシア人。取り残されてその命を多く散らしていったそれ以外の民族。

 当然、取り残された者たちの多くは政府を、ロシア人を恨んだ。
同じ国民である者たちの屍を踏んでのうのうと生き残ったロシア人を呪った。

 それは今でも変わりない。
その怨みは今もなお、多くの人の心を焦がしていた。

 それでもだ。
“国土を、国を、取り戻したい。その為に戦いたい”
その気持ちにどれだけの差があることだろう。

 後方へ引っ込んだ者たちを臆病者と、卑怯者と。
 前線に戻ってきた者たちをひよっこと、あまちゃんだと。

 そうやって罵ることに、一体どれだけの価値があると言うのか。
当然、取り残された者たちも恨まずにはいられないだろう。
彼らは過去、それだけのモノを喪ってきたのだから。

 それでも、自分達は何のために戦っているのか。
ならば、自分達は何を語り、何をすべきなのか。

 きっと、その先にあるモノは誰だって、




「―――ああ、了解した」

 小さく口元だけに笑みを浮かべて、クリスカは囁く様に返す。
不貞腐れた様な、吐き捨てただけの言葉であっても、ああやって声をかけてくれるのはとても温かい。

 昔なら“そんなモノは無用だ、国の為に戦って、そして死ぬ”それだけだった。
しかし、今は違う。今はそれだけじゃない。

 もっと多くの、ただの国を守るという目的だけではなくなった。
そんなことに気付いてしまったのだ。知ってしまったのだ。
もうあの頃には戻れない。けれど悲愴もない。

 だから彼女は、進む。
 彼女にとって世界はとても広いモノだったのだから。
 だから彼女は生きる、彼女達は生きたいのだ。


 クリスカは輸送車から降りると、イーニァと共に二台の大型輸送車に向かっていく。
浮かぶのは態々こんなところまで来て自分達を呼びつけた張本人。
渋々だが、応じてやったのだ。つまらないモノを見せられたらどうしようかとクリスカは薄く笑う。

「クリスカ、だめだよ? ゆうこがいるなら霞だってきっといるんだから」

「う、わかってる………」

 自分よりも小柄な妹の嗜めるような言葉にクリスカは苦笑する。

 目的の輸送車まで足を進めていると、二台の輸送車の影に隠れてもう一台の輸送車の姿が目に留まった。


「ほう、他にも招待したヤツがいるのか」

 クリスカがそう呟くのと、輸送車から作業服を着こんだ整備班が飛び出してきたのは同時だった。
整備員はクリスカ達が乗ってきた輸送車へと近づくと、すぐさまコンテナの移動作業を手伝い始めた。


 クリスカがその迅速な行動に面喰っていると、視界の端に一つの人影が映った。
イーニァも気付いたようで二人は並んで、その人へ向き直る。

 その女性はこちらとの距離を詰めると背筋を正して、右手を挙げた。


「―――作戦中、突然のお声に応えていただきありがとうございます。
 極東国連軍所属、ベアトリス・キャンベル准尉であります。
 クリスカ・ビャーチェノワ中尉、イーニァ・シェスチナ中尉をお出迎えにあがりました」

 正された姿勢のまま三人は挙げられた手を下げ、出迎えたミレイナに連れられて輸送車の中へと足を踏み入れた。
大型輸送車だけに車内は広いと思われたがそんな事はなく、車内の至るところには電子機器が敷き詰められていた。

 これだけの物資を用いた場に自分たちを呼びつけた彼女にどんな思惑があるのだろうか。



 カシュン、とエアが抜ける音がして、鉄の扉が開く。
開いた扉からは幾つもの人の声。そして電子音。
その部屋は戦域管制を兼ねているのか、オペレータの姿も何人かあった。

 兼ねているのか、というのは戦域管制としては些か場違いな白衣を纏う女性がその場にいたからで。
クリスカとイーニァが部屋に入ってから最初に目に捉えた人物にその視線を完全に止められて、その先に思考が追いつかなかったからだ。

「―――ユウヤっ」

「―――ッ?! イーニァ!? それに―――」

 先の作戦で、同じ戦場をかけた大好きな人の姿を捉えてイーニァが歓喜の声を上げながらそちらへと駆けていく。
 米軍のフライトジャケットを羽織った男性、ユウヤ・ブリッジスは蹈鞴を踏みながら、困惑の声を上げていた。

 揺れる銀髪を捉えて、動揺して開かれた目は二対。
クリスカの青色の双眸はその片一対の視線と交わっていた。

 彼女の視線の先には、見覚えのある相貌。
 初めて見た、彼の帝国斯衛軍の斯衛服。
 その黄を纏う、黒髪の女性。

「クリスカ…なんで…」

「ユイ、か………」

 本当に久々の再会だ。
クリスカ・ビャーチェノワと篁唯依は互いの姿を捉えて暫し硬直した。










「―――A-01、予定宙域到達から0300。 ……フェイズ01終了、あと0168でフェイズ02へ入ります」

「両機関正常………全項目基準値を推移。 作戦実行に問題なし」

 イリーナ・ピアティフと社霞の言葉に耳を傾けながら、香月夕呼はふむ、と一つ頷く。
ここはこの寒極作戦に参加するに当たり本隊司令部との連携も兼ねている為に様々な言葉が行き交っているが、夕呼の耳は二人の報告だけを敏く聞きとっていた。

 報告の間には本隊司令部との交信結果にも耳を傾け、あちらへの返答について指示を飛ばす。
 なるほど。どうやら住処に出戻っているBETAは当初の推測よりも多いらしい。

 あちらの兵站にも限界がある。

 なかなかどうして。“窮地”、“あと一歩で”というこちらにとってオイシイ舞台が整いつつある。


 おおよそ予定通りの経過に心の底で安堵しながら夕呼は先の作戦行動を洗い流し変更箇所や考えられる不備を再確認する。
相手は頭脳を失ったといっても異星起源種、用心なんて幾ら重ねたところで足りないのだ。



「―――香月博士、ソビエト連邦陸軍よりクリスカ・ビャーチェノワ中尉とイーニァ・シェスチナ中尉をお連れしました」

 場違いな僅かな雑音と共に耳に届いたそんな言葉に夕呼は思考の海から意識を浮上させる。
視線だけを動かすとここへの入り口で、見覚えのある銀髪の少女達の姿があった。どうやら音源はそこらしい。

「わかったわ。 キャンベルはこのまま戦域管制に着きなさい、西側との拗れがまだ残っているから事前に詳細に目を通しておいて」

 一つ任務を片付けたベアトリスに目をやり、夕呼が次の仕事を与えると彼女は返事をし、小走りに管制席に着いた。


 さて、と夕呼は振り返りこの場に集めた人物たちを一瞥する。
そこでは『紅の姉妹』が来て面識のある篁唯依とユウヤ・ブリッジスが何やら話し込んでいた。
やれどうしてここにいるだの、ひさしぶりだだの。
 彼らの表情はそんな口ぶりとは裏腹に嬉しそうなものだった。


「随分と活きの良いメンツを集めましたね、香月副司令」

「あら? これ位じゃなきゃやっていけないってことはアンタ達なら知っているでしょう?」

 横から飛んできた軽い口調に夕呼は愉しげに口を歪ませて答える。

「はい、十二分に解っていますよ。 こちらとしても教導隊で磨いた腕を存分に揮える場所っていうのは有難いですから」

「あらあら、涼宮大尉ったら」

 まず口を開いたのは夕呼の嘗ての部下、宗像美冴。続いて涼宮茜、風間祷子。
いずれも五年前に国連軍所属の横浜基地から帝国軍富士教導隊へと異動した戦乙女たちだ。

 その部隊名に含まれる教導という言葉が示す通り、富士教導隊というのは最新の戦術機操縦技術を取り入れ、研究し、それを帝国軍全体へ広めるという役目を負った部隊だ。
五年間そこに所属していた彼女達は、武官ではない夕呼から見ても五年前の姿よりも頼もしく見えた。

 そんな彼女達に妖しく笑みを向けた夕呼は改めて集めた九人へ目をやった。


「あ~はいはい、積もる話があるのなら後にしてちょうだい。 今が作戦中だってこと忘れているわけじゃないでしょ?」

 作戦中、そしてここは戦域管制の一つを行う輸送車の一室。
場違いな会話が行われているところに、何とも場違いな呆れた様な声が投げかけられる。

「―――! も、申し訳ありません」

 夕呼の言葉に真っ先に謝罪したのは唯依だった。
それに続き、ユウヤ、『紅の姉妹』も申し訳なさそうに頭を下げる。
イーニァは頭を下げた後、頻りに霞へ視線を投げかけ駆け寄ろうとしていた様だがクリスカにそれを制されていた。


 少々騒がしくなっていた管制室が静まり、管制を行う音が顕著になる。

「さて、我らを斯様な場に集めた理由……漸く話してくれるのでしょうか、香月博士?」

「ええ。 でも私が話すのは概要だけよ、月詠少佐。 原因は、そうね……この計画立案者にでも話してもらいましょ」

「計画…立案者……?」

 赤い斯衛服を纏った才色兼備の斯衛衛士、月詠真那に夕呼は小さく笑みを浮かべながら答え、戦域管制を行うピアティフへ向き直る。
 必然的に後ろに並ぶ九人に背を向ける形になり、後の疑問符は背に受ける事となった。


「―――A-01、予定軌道座標に到達。 これよりフェイズ02に入ります!」

「ムアコック・レヒテ機関機動まであと0017、ラザフォード場発生完了まで0029」


 その言葉を聞き夕呼は二人に「予定通りに進めて」と短く伝え、説明を続ける。


「そうね………取り敢えず、見ながらの方が解り易いと思うわ」

「見ながら………いったい何を?」

 夕呼の言葉にクリスカが怪訝そうに疑問符を上げる。

 夕呼の視線は空へ向けられ、その口調は独り言に聞こえなくもない。
白衣から取り出したリモコンをいじると管制室のモニターに夕呼が見上げていた青空が映し出される。
緯度の大きいこの地では空気も張りつめており、空の色は深く透き通っていた。

 その蒼穹の向こうに、星の様に煌めく白い影があった。


「―――あれは………」

 モニターに映し出されたのは衛星カメラと望遠カメラによって捉えられた映像だとわかり、その白い影が何なのか見当が付き始めた頃、真那は逸早く確信を持ったようでぽつりと呟くように口を開いた。
 四散した再突入殻。まだ米粒程度の大きさでしか見えないが、その上には機影が二つ。


「―――ようこそ、各軍に名立たる衛士諸君。
 あなた達に今日この場に集まってもらい、あなた達がやる事はたった一つ」

 再度夕呼は白衣を翻しながら九人の衛士に向き直る。

「あなた達程の実力者なら正確な判断も、確固たる評価も下せるでしょう。 あなた達にやらしたいのはそれよ」

 機影はさらに大きくなり、その姿は既に輪郭すら見て取れる程になっていた。


「二機の戦術機、二人の衛士、それらへの厳格な評価。 たったそれだけよ。
 なに、退屈はさせないわ………――――――それだけの持成しを、用意してきたんだから」



 夕呼が妖艶な笑みを放っているその向こうには、白の戦術機と赤の戦術機が鮮明に映し出されていた。










 暗い暗い、四方八方へどこまでも広がる空間。
そこはまるで広大で底の見えない井戸の様で、ここを漂っているのはその中で落下している状態に等しい。
確かな手段と設備がなければ、その命を保っていられない、死地とも言うべきその空間には幾つもの可能性と、そこに抱いた夢や希望が詰まっていた。
それでも人類が描いたそんなラクガキは本当にちっぽけなモノだというように、この宇宙というところは底も天井も壁も、差し詰め限界というモノは見えていない。

 途方もなく広大な宇宙。幾千幾億もの星が浮かぶ、星の海。
その星々の一つ、人類の住まうこの地球という星が、人類が、その存在がどれだけ稀少で、どれほど美しいモノなのかというのは最早議論するまでもない。


 そして、白銀武はこの空間に来る度に、その思いを胸に刻み直していた。


「―――ああ、そこに、あの地球はあるんだな……」

 目を閉じて、遠い過去の思い出に浸る様に武は小さく呟いた。


 現在、白銀武、緋村一真の両名は地球衛星軌道上を航行する駆逐艦に格納された再突入殻の中にいた。

 武にとって駆逐艦に乗るのは二回目だ。
重慶ハイヴ攻略作戦に参加した際のと今回ので二回。

 そしてこの宇宙へと訪れたのは三回目だった。


 五年前、仲間達と共に見たあの地球。
黒く広大な宇宙に浮かぶ青く輝く綺麗な宝玉。

 ああ、あの時掛け替えのない仲間達と見たあの景色は、本当に一時ではあったけれどまさに宝とも言うべき思い出だ。
今回は再突入殻の中にいる為、地球を見ることが出来ないが、今のままでも十分だ。

 それに、白銀武にとってはあの時見たモノだけで十分だとも思うのだ。

 あの景色を見た時に思った。この星は本当に綺麗なモノなのだと。
 あの作戦を終えて思った。そんな星に住む人類は、この世界にとって本当に貴重で掛け替えのない存在なのだと。

 五年前のあの時懐いた感情に偽りなどない。


 だから俺は―――



『A-01、あと0300で予定ポイントへと到着する。 何か不備はあるか?』

 突然の通信が武の思考を遮る。
否、突然ということもなかった。予定時刻まであと五分に差し迫っていたことに気付かなかった武の落ち度だった。

「―――こちらシリウス1、機体及び再突入殻にこちらから確認できる問題点はない」

 即座に思考を切り替え、武は臨戦態勢で通信に応える。
気を張りすぎるなんてヘマはしないが、それでも残り五分を切ったところで切り替えるのは遅すぎな気もしなくない。

「了解した。 アレース1も問題ないとのことだ。
 我が夕凪は予定通り、軌道降下ポイントまで航行する」

「シリウス1、了解」

「―――それではこれより最終ブリーフィングに入る。
 軌道降下ポイントまであと0225だ。 ポイント到着後、まず本艦が再突入殻を射出、それから0030後、早蕨が再突入殻を射出する。
 軌道降下概要は提示された概要データを参考にされたし。 降下後、両艦は衛星軌道上から一時離脱、別所の着陸地点へと向かう」

 武は網膜に投影された軌道降下作戦の概要を見ながら、通信から届く言葉に頷く。
再突入殻を射出する高度は、五年前よりも高くなっている。
そしてそれが駆逐艦の衛星軌道からの一時離脱に起因しているのだ。

 五年前に行われた桜花作戦。
その際、国連軍は全戦力を投入し、軌道降下部隊は全滅という被害を負った。
その傷跡は今も残っており、正直に言ってしまえば国連宇宙軍は作戦に参加するには不十分な程度にしか回復していない。
原因として挙げるのなら地上戦力の復旧を最優先にした、ということもあるのだが、どちらにせよ現在では駆逐艦もそう多く運用できないもので、尚且つ失うわけにはいかない戦力なのだ。
ゆえに、現在の駆逐艦は例に漏れず地上の光線属種に狙い撃たれる前にその有効射程範囲から離脱することが推奨されているのだった。


「軌道降下後のそちらの行動は横浜基地副指令に一任されている為、我々の同伴はそこまでとなる。
 たった二機の軌道降下だが………どうかしくじってくれるなよ?」

「―――不要な心配ですよ、それは。
 態々有能なあなた達に運んでもらったんだ、それで失敗するわけないでしょう?
 …………俺達はあなた達の分まで、BETAを蹴散らしてきますよ」

 通信の向こうから届いた、心配するというよりも皮肉気な声色で吐かれた言葉に武は不敵に笑いながら返した。

「はんっ、いい度胸だ。 貴様が死んだら我ら宇宙軍が総出でしこたま殴りつけに行ってやるからな、覚悟しとけよ?」

「それは怖い」


 お互いに笑みを混ぜた声で言葉を返す。
武にとってこういった雰囲気というのは心地が良かった。
年齢とか、国籍とか関係なく、こうやって話せるというのは不謹慎かもしれないが何とも嬉しいものだったのだ。


 武との会話を終えた後も、向こうでは何か通信しているようだった。
恐らく、もう一隻の駆逐艦・早蕨とそれに搭乗した一真と交信しているのだろう。


 それから幾許の時間も経たないうちに、刻限に差し掛かる。

「駆逐艦・夕凪、予定ポイントへ到着―――! これよりA-01の射出を開始する!」

 射出のカウントダウンが始まり、武は操縦桿を柔らかく握り締める。


「―――さあ行って来い英雄共! 我らの敵、討ってくれよっ!」


 カウントダウンがあと一秒となった瞬間に届いたそんな激励。


「―――了解っ!!」


 武は湧きあがる笑みを噛みしめて、力強く答えるのだった。










 駆逐艦の格納部からカタパルトによって射出された再突入殻は、宇宙空間を初速を保ったまま数秒漂うと尾部に供えられたロケットブースターを点火し重力の中心に向かい再加速する。
身体の奥にかかる急激なG。武は腕と脚、腹に力を入れて態勢を保ち続ける。

 その傍らで、軌道降下着地地点と後ろに続くもう一つの再突入殻の位置を確認する。


 今回における再突入殻の分離タイミングは、駆逐艦から再突入殻を射出するタイミングと同じく従来のものよりも早い。
武達の再突入殻の分離タイミングは取り分け早い。
 本来なら愚行でしかないそのタイミングだが、武の内に湧く自信と信頼によって何の影も落としはしない。

 信頼するのは、この戦術機を設計し調整した香月夕呼と社霞、多くの整備班、研究者達。
 それと、共に戦場を駆ける仲間である緋村一真。


 だが今回からは、武が最も信じて止まないモノが武にはある。



「―――さぁ、行こうぜ………純夏……!」


 静かに語りかける様な武の呟き。
 その言葉を聞いて、彼の戦術機の奥で甲高い唸り声が上がり始める。



「―――ムアコック・レヒテ機関機動!」

 瞬間、幾つものダイアログが立ち上がり、ムアコック・レヒテ型抗重力機関が起動を開始する。
機関の中央に眠るのは、香月夕呼が手掛けた00Unit-Ghost。

 鑑純夏の量子電導脳のデータから作り上げられた劣化型00Unitであるソレは、最低限の能力しか保有しておらず、鑑純夏の人格もなくESP能力もない。
だがしかし、その高度な演算能力は健在だ。

「シリウス1よりアレース1、落下軌道修正後、再突入殻を分離する!
 その後30km/h減速、アレース1はシリウス1の背後に位置しろ……データリンクを怠るなよ!」

『―――オーライ!』

「だからちゃんとコールサインで応答しろっつってんだろ!?」

 剣呑とした空気が霧散してしまうような、実はこいつ馬鹿なんじゃねえのと思ってしまうやり取りの後、再突入殻は四散し再々加速によって戦術機の前へと躍り出る。

 武は逆噴射で機体に急制動を掛けると、一真の搭乗する戦術機の前に位置取る。


「機関正常に機動………ラザフォード場、展開!」

 00Unit-Ghostの純夏譲りの高度な演算能力によって暴れるムアコック・レヒテ機関は完全に制御される。
 展開されたラザフォード場は、戦術機の全面を覆うように展開された。

 本来のラザフォード場発生領域は搭載された戦術機全体を覆う膜の様に展開されるものだ。
それはそう設定されているからだが、00Unitが機体を自身の肉体と同義だと認識し、己の身を守るという本能に基づいたものである。
そしてラザフォード場は限界はあるが00Unitの思い描いた通り領域の形状を変えることが可能だ。

 だが、Ghostにはそれだけの思考能力はない。
ゆえに汎用性に欠けるが事前に設定された形状でしかラザフォード場を展開することが出来ないのだ。
 けれど、それは逆に言ってしまえば事前に設定しておけば対応できるということでもある。


 武と一真の網膜に、光線照射警告のダイアログが浮かぶ。
奴らの上空に浮かぶ飛翔体数は都合六つ。

 分離した再突入殻を狙っているのか、戦術機を狙っているのかは判断が難しいが、武は今、彼らにとっての攻撃優先順位の上位に当たるムアコック・レヒテ機関を起動させているのだ。
 武の乗る戦術機が狙われている可能性は極めて高い。



 こちらをその凶眼で捉えている光線属種の数は十四。
 前面にある再突入殻では十秒も持たないだろう。


 地上の数か所が光った、と思うのと幾条もの閃光がこちらに伸びたのは同時だった。
遅れて、空気が焼ける音と再突入殻が融解する音が耳に届く。

 結局、再突入殻が持ったのは七秒程。
再突入殻を貫いた光線と、照射準備を整えた別の光線属種が放った光線が二機の戦術機を捉える。

 パシン、と聞きなれない音が、連続して鳴り響く。



 その音は展開されたラザフォード場が光線を歪曲させた音。
今照射された六つの光線はその照準を変えられ、空の彼方へと消えていった。


『おお、流石ムアコック・レヒテ機関って言ったところかねェ。 光線級の光線にビクともしねェな』

「ラザフォード場歪曲率許容値以内、作戦続行に問題なし。
 ―――当たり前だろ? 凄乃皇の名は伊達じゃねえんだよ」

 光線属種に狙われている、という窮地にも拘らず、二人の声に不安の色はない。

 その間にも展開されたラザフォード場は光線を捻じ曲げていくが、連続的に照射されるというのはあまり好ましくない。
いくら負荷が軽減されているといっても、GhostのODLの劣化は進んでしまう。

『―――アレース1よりCPへ、降下予定座標に変更はないな?』

『CPよりアレース1、降下予定座標に変更はない。
 A-01は作戦中域の東側に降下しBETA群を側面から襲撃してください』

 本作戦より彼らのCP将校の任に就いた金髪の麗人、イリーナ・ピアティフへ一真は通信を繋げた。

『オーライ。 防衛連合部隊の現配置が知りたい、あちらの戦況データを回してくれ』

『CP、了解。 すぐに転送します』

 通信回線が切られてから五秒経たない内にCPからデータは転送される。
しかもそれはつい数分前に更新されたデータであり、模擬戦やJIVESの時にも懐いた感想だが、彼女の優秀っぷりには驚かされる。


「なるほど、戦況は芳しくなないみたいだな………」

『急ごしらえの防衛ラインじゃこんなモンだろ。
 兵站も少なく、いつBETAが侵攻してくるかわかんねェ状況じゃ配置の見直しや再編も難しいだろうしな』

 送られてきた戦況データに素早く目を通して、二人は思い思いに呟く。

 欧州連合、ソ連、米軍による防衛部隊の戦況は武の言うとおり芳しくない。
部隊同士の連携が甘いせいもあるのだろう。部隊との間が所々押し返されており、いつ分断されてもおかしくない状態だ。

 襲撃しているBETAの数は大凡一万六千。
消耗した部隊ではいくらかキツイ数字だ。
 まぁ、BETA相手では数字以上の重みがあるわけだが。
 だがそれはこちらも同じことだ。

 人命というのは数字の重みよりも、遥かに重いのだ。


『何にしても、だ……急がなきゃなんねェ理由なら幾らでも転がってるってわけだ。
 どうだい、武? この状況、覆せると思うか?』


 一真のそんな軽い言葉を皮切りに、二機の戦術機はその落下速度を一層速め、地上まで急速落下を始める。

「――はぁ? 何言ってんだよ、一真………―――」

 二機の戦術機が地上へ落下した瞬間、轟音と共に地表に砂塵が大きく舞い上がる。



「―――――出来る出来ないじゃねえ………やるんだよ!!」


 武のそんな喊声と共に、突撃砲を構えた二機の戦術機が砂塵の中から躍り出る。

 二つの砲口はムアコック・レヒテ機関に釣られて群がってきたBETAの先頭を捉え、その凶弾はBETA達を悉く屠っていく。



『――ハッ、オーライオーライ…………最高の返事だ―――!』


 瞬時にBETA群の先頭を叩いた二機の戦術機。


 片割れの赤い戦術機、その搭乗者である一真はそんな嬉々とした声を吐きながらBETA群へ吶喊する。
 赤い戦術機の右腕に掴まれたのは長刀よりも短く、短刀よりも長い、一振りの刀。
その刀には反りがなく、輪郭も傍から見たらただの長い鉄板を握っているように見えるんじゃないかという程、無骨なモノだ。

「―――ふっ―――!」

 腹に力の入った声を残しながら、赤い戦術機はBETAの群れの間を縫う様に移動し、BETA群を切り裂いていく。
無骨などと誰が言ったのか。その手に持った刀は、思いのほか洗練されつくしたモノの様で、切れ味に何の問題はない。

 赤い戦術機は片手に突撃砲、片手に直刀を構えてBETAの群を切り裂いていく。


 それに負けじとばかりに吶喊する白い戦術機。
その白色の装甲は陽光に照らされると、それは銀色に輝いて見せる。

 白銀の輝き。その戦術機はそれに相応しい戦闘を繰り広げる。


「――ォオラァアアっ!!」

 その特異な機動は、金属の鋭い光に相応しく。
 その歴然たる強さは、銀の力強い輝きに相応しい。

 白い戦術機は縦横無尽に翔び回り、BETAの群を掻き乱しながらその数を確実に減らしていく。


 尋常ではない強さをBETAに見せ付ける二機の戦術機。
もし、この場にいるのならその光景を、その実力を何と形容しただろうか。

 二機の戦術機について先ず特筆すべきはその速さと機動の鋭さだろう。
行動開始の初期速度が従来のモノに比べ抜きん出ているのだ。
そして何よりもその状態での方向転換。あれだけの機動に耐えられる剛性は凄まじいの一言だった。

 他に上げるのならその機動の柔軟性だろうか。
二機の戦術機の機動は全く違うにも拘らず、似ているところもあった。
 それは先に述べた柔軟性。
二機の機動は本当に戦術機なのかと問いたくなる程その動作が柔らかいのだ。
従来の戦術機では出来なかった細かな動作―――とも言うべきか、その二機は最早戦術機なのではなく鉄の巨人ともいえる程に生きた動きをしているのだ。


『武―――五時の方向、要撃級十体頼んだ―――!』

「そっちは十時方向の要塞級四体任せたぞ!」

 二機の戦術機は一度背中合わせになったかと思えば再度吶喊し、BETAに肉薄する。

 赤い戦術機は要塞級の巨体を這うように手に持った二振りの直刀を何度も這わせ、白い戦術機は長刀で要撃級の五体をバラバラに切り裂く。


 二機の機動は一時も止まらない。
三週間前のウランバートルハイヴの二人の機動よりも凄まじいその機動。
 最早、その機動を御しているのは人間なのかどうかも怪しく思えた。


 二つの機影は幾度となく空を、大地を駆け、何度となくBETAを屠る。


『CPよりA-01へ―――BETA群後続の波が途絶えた。
 提示された進行ルートに従い目標地点に到達した後、これを一掃せよ!』


 武と一真がこの防衛作戦に参加してから一時間と三十分が経過した頃、CPからの指令が下る。

『―――アレース1了解!』

「―――シリウス1了解!
 やっと切れたか……ったく、しつこいんだよ」

 武の言葉は誰かに向けられたものではなく、敵であるBETAに向けれたものだ。

『―――……観測されたBETA群総数はヴェルホヤンスクハイヴより移住したBETA数の110.72%になります。
 過去のデータと照らし合わせて、現状は予測範囲内です。 ―――よってETAの増援はないと思われます、つまり…これで打ち止めです』

 ピアティフのモノとは違う声が、二人の耳に届く。
普段とは違う抑揚のない声だが聞き間違うわけもない、この通信は霞からのモノだった。

 一真にしてみれば霞のこんな声色は初めて聞いた為それなりに驚いたが、武にとっては言い方は悪いが懐かしい感覚だった。
今の霞にとって抑揚のないモノでも、五年前の霞に比べれば十分な程に彼女が懐いている感情が聞いて取れるのだ。

「シリウス1了解………、―――ありがとう、霞……」

『指示は以上です………どうか無事で……』

 そこで通信は切られ、戦場の中だというのにも拘らず嫌な静寂が暫し流れた。


『……はァ―――』

「なんだよ、一真っ」

 静寂を打ち破った一真の盛大な溜息に、武は眉を顰めながら僅かに声を荒げて問う。


『………何があったのかは知らないが、毎度そう気まずい空気を放たれちゃ周りが持たねェよ。
 今、まともに顔を見て話せねェっていうのならオレが社さんと応対してやる……それが嫌ならさっさと蟠りとか全部清算しろ』

 BETAの攻撃を回避しながら一真は呆れた声で武を諌める。
何が問題かと言えば、惨たらしい戦場でこんな言葉を言わせた武と霞の間の空気が問題だ。
 いったいいつの間にあんな気まずい関係になったのやら。

「ああっ、わかったよ―――! ッくそ………!
 ―――A-01はこれより指定座標に向かい進行する! ――一真ぁ!!」

 武は一真の言葉を聞いて湧きあがった焦燥を振り払うかのように何度か頭を横に振って、平静を取り戻す。

『―――、……アレース1了解! 突破口を開く!!』

 ふ、と心底疲れた様な吐息を残して、一真は目標に向けて吶喊を開始した。










「シリウス1及びアレース1、指定座標に向けて進行中!
 速度から計算しても作戦通り、BETA群の東南東に位置を取れると思われます」

「シリウス1、ムアコック・レヒテ機関正常に機動。
 ラザフォード場次元境界面歪曲率許容値以内。
 00Unit-Ghost、ODL劣化許容値以内、機動に支障なし。
 両機とも主機及び機体に問題はありません」

 ピアティフと霞の報告を耳にして、夕呼は顎に手を添えながら何か思案するような表情を浮かべていた。

「キャンベル、西側とは話が付いた?」

「はい、西側の部隊にはA-01が目標へ到達する0300前になったら出来る限り交代するようにと」

 夕呼はベアトリスの報告を聞いて漸く一息ついた。
この作戦は三軍の連合が主導となっているが、夕呼は夕呼でこの作戦へ参加したのだ。
後から来た、といっても先にいた奴らが邪魔するのなら容赦なく排除する。
 結果として上手く事が運んだようなので一安心といったところ。余計なカードを切り切らずに済んだのは大変好ましい。


「―――……さて、ここまで観戦してみての感想はどうかしら?」

 管制席に向けていた身体を捻り、後ろに控えた九人の衛士へ向けて声をかける。
振り返れば九人が九人揃って難しい顔をしていた。

 たった二機による凄まじい戦闘を目に唖然としたような、
 その操縦技術はどういった技法を使っているのか思案するような、
 あの機体にはどんな機構が取り入れられているのか想像するような、
 あの機体に乗っている衛士はいったい誰なのかと予想するような、
 知らぬ間にあがっている腕前に少しだけ悔しそうな、
 激化する防衛戦に僅かに焦りを見せたような

 そしてこの映像を見せ、評価を下せと言ってきた彼女の真意はいったい何なのかと探るような、


 そんな、幾つもの感情や思考が入り混じった表情で、モニターと夕呼を皆見ていた。

「評価、と言っても現状で下すのは難しい。
 それよりも香月博士、貴女はあの玩具を見せる為に我々を呼んだのか?」

「ええ、そうよ。 まぁあれが全て、というわけじゃないけど。
 二機とも理論通りの性能を発揮してくれているわね」

 自分が質問したのにも拘らず、いざこちらが答えてみれば適当に受け流す夕呼に真那は若干顔を顰める。
けれど、真那と唯依に至っては政威大将軍直々の命によってこの場に馳せ参じたのだ。
勅命とあれば、その先で何か無礼な態度をしてしまえば政威大将軍の誇りを穢すということになる。
 だから、真那と唯依は真剣に二機の戦術機への評価を考えていた。

「さすが香月副司令の研究成果、と言ったところでしょうか。
 搭乗している衛士の方も、随分な腕前のようで……正直、感服しましたわ」

 真那が再度口を開く前に、祷子が穏やかに口を開いた。

「そうですねえ、流石にアレだけのモノ見せられちゃうと……ちょーっと悔しいな……」

 茜はよく知っている彼の現在の実力を見て、ライバル心が再燃したのか不敵な笑みを浮かべていたが、それとは別に彼らの実力への興味からその目は輝いていた。

「ねえ、宗像少佐もそう思いますよね?」

「ああ、そうだな。 こちらもどこにも負けないくらい練磨してきたつもりでしたが………天才衛士という称号は伊達ではなかったと思い知らされましたよ」

 美冴は皮肉気な笑みを湛えて肩を竦めた。
 彼女達には先日にこの事の詳細が知らされていた為、夕呼の真意を問うまでもない。
 ゆえに―――

「感服しました、香月副司令。
 私達、富士教導部隊は貴女の案に賛同させていただきましょう」

 彼女達三人が漏らした感想は言うまでもなく宗像の述べた言葉と同義だった。

「ありがとう、宗像、風間、涼宮。
 アンタ達が戻ってきてくれるのは心強いわ」

「おや、私達がいなくて心細かったことが副司令にはおありで?」

「まさか、冗談でもあるわけないじゃない」

 美冴の言葉に夕呼は呆れた様な表情で答える。
けれど心強いというのは本心だ。
何より勝手を知っている部下が戻ってくるのだから、扱いやすくもある。


「―――説明は……―――」

 夕呼と美冴達が話しているのに割り込むように、声が上がる。

「―――……説明は、途中でしたよね。 続きをお願いします」

「そう、まだアンタは納得してないようね……なら焦らずに待ってなさい、ひとまず順番に聞いていくから」

 それを夕呼はあしらうと今度は、九人の中での唯一の男性へ顔を向ける。
その男性―――ユウヤ・ブリッジスは何故か不機嫌そうな顔を浮かべているが夕呼にしてみたら瑣末なことだった。


「ブリッジス中尉はどうだったかしら? RVF-25b開発衛士の一人である貴方の意見は是非聞いてみたいのだけれど?」

 そんなユウヤの不機嫌さを逆撫でするように夕呼は厭らしい笑みを湛えて問う。

「ああ、すげぇって思ったよ、素直に。 衛士の方も、戦術機の方も興味津々でまいっちまうよ」

 そんな夕呼にさらに苛立ちを募らしたのか、ユウヤは顔を反らしながら答えた。
 ユウヤはそれは悔しさからくるものだった。
彼はここ一年以上を新型戦術機の開発衛士として過ごしてきた。
それで漸く完成形に扱ぎ付けたという矢先、自分達の築き上げた成功が霞む様なモノを見せられたのだ。
当然面白いわけがない。
 けれど、彼が言ったようにそれ以上にあの戦術機や搭乗する衛士への興味は強かったのだ。
相対したわけでもないのに圧倒されてしまった自分への苛立ちと、興味と悔しさ、そして強者との出会いへの喜び。
 それらの感情が今のユウヤにさっきの様な態度を取らせてしまったのだ。

 彼をよく知る唯依としては何だかそれが微笑ましく見えてしまいクスリと小さく笑みをこぼし、それを捉えたユウヤは恨めしげに唯依を睨みつけた。

「そう………じゃあ―――」
「……? ゆうこ?」

 続いて再度斯衛の二人に問おうと夕呼が身を翻すと、イーニァから声がかかった。

「どうかした? シェスチナ中尉」

「ううん、なんでわたしたちにはきかないのかなとおもって」

 イーニァの言葉に夕呼は「ああ、そうね」と態とらしく如何にも今思い出したというように呟いた。


「アンタ達の場合、この場に来た時点で選択権がないから………聞くだけ無駄だし聞かなかったんだけど…そうね、あの二機はどうだった?」

「―――!? ちょっと待てコウヅキ博士! 私達に選択権がないだと? それはいったいどういうことだ!?」

 突然飛び出した夕呼の不穏当な発言に堪らずクリスカは声を上げる。
上の命令で来たと思えば、こんな無茶な発言をされて。クリスカも心中穏やかではない。

「どういうことって。 アンタ達聞いてない? まぁあっちも渋ってたし辞令が出るのは後のようね。
 簡単なことよ。 アンタ達はこれから国連へ出向という形になるから是非を問うまでもない、ってこと」

「な、そんなことがあるわけ―――!」
「え、ほんとう!?」

 さらに提示された夕呼の不穏当な発言に『紅の姉妹』は声を上げたが、その声は姉妹対称で、片や不機嫌片や歓喜のという何ともおかしなことになっていた。

 クリスカ達『紅の姉妹』の出向はある意味必要だったために夕呼もそれなりの手段をとった。
これには半年前に夕呼がユーコーン基地に出向いた際に執り行った取引も関係しており、過去の遺恨も掘り返されてはソビエト連邦も已む無しと言ったところだった。
 当然、あちらにも不満が残るだろうが、現状に至ってはそれで十分。

「で、感想はどうだったのかしら?」

 そんな事は知らされていないクリスカにとって先の夕呼の発言は受け入れがたいものだったが、今彼女が嘘を吐く理由も見当たらない為仕方なしに行ったん槍を収めた。

「………衛士としての腕も戦術機にしても、大変興味深いが………我が軍の開発した戦術機が負ける道理などない」

「んー、ふたりともすごくつよかった」


「そう、わかったわ………―――じゃあ月詠少佐、篁大尉。 アンタ達はどうかしら?」

 続いて夕呼は先程と同じ様に向き直って問いかける。

「戦術機の機構や概念、どうやら日本帝国と似通ったところもあるようですが、衛士の技量を含め、興味深いものでした」

「そうだな、特に衛士二人には………色々問い詰めてみたいところだ…色々と、な………」

 戦術機に関する知識と技量が豊富な唯依はそれらを踏まえた上で感想を述べていき、真那に至っては何やら思うところがあるのか歪な笑顔を浮かべていた。


 夕呼はそれらを聞いても頷くだけで、まともな返答を返していない。
それはあるモノには不快に見えて、あるモノには不気味で、何か不当な発言をしてしまったのではないかとそっと記憶を振り返ったりしていた。


「―――さて、説明の続きだったわね?」

 夕呼は最後の一人に正対して、まっすぐに目を向ける。

「はい、しっかりとした説明なしに私は貴女を信用することが、できません。
 先程の映像なら、本当に凄いと思いました。
 でも、私はそれだけじゃ、納得が出来ません」


 夕呼の視線を真正面から受け止めて、さらにこちらも負けじと視線を送る。
彼女からしてみればある意味当然で、ある意味軍人失格と言えるのだが、それよりも個人として問わずにはいられなかったのだ。

「そうね、アンタに話した事と重複してしまうけど、構わないかしら?」

「はい、私は構いません」


「――――今回、あなた達に集まってもらい、あの映像を見てもらったのは最初に言った通り評価を下してもらう為よ。
 結果としてどうだったかしら。 あなた達はみんなしてアレに興味を懐いたようだけど………アレの“技術”は国に有益だったかしら?」

 妖艶な笑みを湛えて、夕呼は九人を一見する。
 夕呼の言葉を聞いて九人は皆お互いに顔を見合わせたり、その発言を疑問視したりしていた。

 彼女達は皆衛士だ。
それはBETAとの戦争においての先兵であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 つまり彼女達に国にとって有益かそうでないかという判断は、その権利は持ち合わせちゃいない。
あって精々、自身の考えを上に申告したりというモノだが、そんなものは大抵握りつぶされるのが落ちだ。

「俺は、アレは米国にとって有益になると思う」

 夕呼の質問に対し、ユウヤが前に出て口を開く。

「米国の作戦は前までG弾使用前提で組まれていた、もちろん訓練もだ。
 でも今じゃそれはなしになっちまった。 今の米国軍はその巨体を持て余してる状態だ。
 BETAにだって有効な戦果も残せちゃいねーし、アレだけの戦術機操縦技術が広まるんなら、そりゃあ有益だろ」

 米軍は他国―――取り分けBETAに国土を占領され今までずっと戦い続けてきた国々に比べ、対BETA戦の経験が少ない者が多い。
ゆえに総じてBETAとの実戦経験が不足しているのだ。
そして現在にいたっては戦略の主軸だったG弾が廃止され、作戦における積極性は弱まってると言っていい。
だから、BETAに対抗できる牙を得られるのなら、それは価値があるのだろう。
 これがユウヤの考えだった。
そして何より自信の技術への探求心もあるし、自分自身それだけの技術を知りたいと思っていた。


「それはどうも、ブリッジス中尉。
 ………結論から言うと、私達横浜基地の技術部は、アレに関する技術を公表するつもりよ」


 夕呼の言葉を聞いて皆一様に驚いた顔を見せる。
特に日本帝国としては過去に試製99式電磁投射砲のコアモジュールをブラックボックスとして提供した香月夕呼なだけにその驚きは一際立った。


「それも、横浜基地内限定で、ね」

「―――? それはどういうことだ?」

 夕呼の言葉に疑問を感じたクリスカが眉を顰めながら問う。
公表するといったのに基地内限定なんておかしい事この上なじゃないか。

「簡単よ。 技術部の人間が横浜基地に出向してくればいいのよ。戦術機操縦技術でも開発技術でも、好きに意見交換してくれて構わないわ。
 ちなみにアンタ達のお偉いさん達は基本的にはこれを了承してるわ。私達の技術が有益かどうか、アンタ達にその判断を一任しているの。
 つまりアンタ達がそう判断すれば、アンタ達は横浜基地へ出向し、好きに腕を高め合うことが出来るってわけ」


 つまり、お互いの技術を高め合う為に一か所に各陣営の主要戦力の一端を担う者を集めようということだ。
その間、技術交換にしろ意見交換にしろ好きにやって構わないと夕呼はいっているのだ。


「ただ、その成果としてアンタ達には度々作戦に参加してもらうことになるけどね」

 そんなものは苦にならないだろう、と解りつつ夕呼はさらに条件を提示した。それも愉快気に。


「………それほど気前よく振舞っていいのでしょうか?」

 唯依は遠慮がちな気持ちを懐いて、夕呼へ問う。
条件としてこちらにはそれほどデメリットはない。
唯依自身だって軍の技術底上げになるのだったら、出向してやろうとさえ思う。
 だが、意見交換や技術交換という名目では夕呼のメリットが少なすぎると思ったのだ。


「ああ、別に構わないわよ。 だってこれは建前だもの」

 夕呼のそんな爆弾発言と共に、輸送車に轟音と振動が走り抜けた。
それによって何人かが上げた「はぁ?」という声はかき消される。

 夕呼の後ろでは忙しくピアティフと霞が管制を行っている。


「―――なんだ、今の音は!?」


「言ったでしょう? あれが全てじゃない、って」

 夕呼は然も愉快気に言い放つ。
見ればさっきまで自分達が見ていたモニターに、戦術機の背の丈程の長さの砲身を構えた白い戦術機の姿があった。

「―――BETA群後部に着弾! BETA群の73%を排除に成功!」

 夕呼の後ろで管制を行っているピアティフの声に皆一様に驚愕する。


「今のは……いったい……!?」

 真那は戦場の方角を睨みつける。
BETA群を半壊させる威力を持った兵器なんてものをあの戦術機は保有しているのだろうか。



「話を戻すわ。 さっきも言った通り、今まで話したのはただの建前よ。
 まぁでも技術交換云々は本当だから安心しなさい」

「じゃあ……あんたの本当の目的ってのはなんなんだよ………!?」

 ユウヤは苛立たしげに顔を歪める。
完全にこの女に遊ばれていた、そんな気分だった。



「疑問に思わなかった? アンタ達は各々の国と密接にかかわった部隊に所属していた過去がある。
 現在でもそうであるのもいるけど………そんな人間達が、一か所に集められて何の軋轢も生じないと思う?」

「……それは………! だがそうなったら………!」

 もしも問題があるのなら、いや当然問題は上る。
各国間の外交に支障を来たす位の機密を保持している者もいるのだし、国の上層部は穏やかではいられない。
必ず議論されることになるだろう。

「そう、私達が起こしたいのは議論―――テーブルの上での戦争よ」

「なっ!? 何を言っているんだ、貴女は!?」

 唯依は声を荒げて身構えていた。
それは真那も同じことだ。
いくら国連の者と言っても夕呼は日本人。
彼女が今吐いた言葉は造反と取られてもおかしくないのだから。

「落ち着いてくれませんか、月詠少佐、篁大尉」

 剣呑とした空気を放ち始めた二人を、美冴は静かに、それでもよく通る声で制した。

「香月副司令が言おうとしていることはそんな物騒なモノではありませんよ。 むしろ世界の今後にとって必要なことです」

「だが……」

 納得がいかないといった表情で、真那と唯依は言葉を噛みしめる。


「取り敢えず、説明を続けるわ」

 そんな彼女たちを一瞥し、夕呼は然程も気にした様子もなく再度、言葉を紡ぎ始める。


「そうね、アンタ達はこのままの世界でこの戦争に勝てると思う?」

 夕呼の言葉に皆内心で憤慨した。
そんな弱音を吐くなんて信じられないし、人類の勝利を疑う人間がその地位に就くべきではないのだから。

「勝てるの? こんなある程度の連携で各軍合わさって多くの被害を出しながら戦って。
 兵站も物資もすりきらして、どんどん消耗させていくだけの現状で? 一勢力間でのいざこざに手を拱いてる今の世界で?」

 夕呼のどこまでも真摯な言葉にその場にいたモノは押し黙るしかない。
現状において人類は確かに勝利を収めて続けてはいるが、そこには五年前より少なくなったと言っても多大な犠牲が出ているのだ。
しかもその中には、各軍との連携が甘かったばっかりにという様な、なんともつまらない原因で死んだ者たちもいる。
 そんな事をしていて―――



 ――――本当に勝てるの?


 夕呼の重ねられた問い。
各々の勢力間における利権関係の払拭。
これは、桜花作戦から五年たった今も残されていた課題だった。

 だが―――

「過去、そんな事が出来た試しが―――」

 ―――ない。そんなものは夢幻だ。
クリスカがそう言おうとした言葉は。

「過去、無理だったから諦めるの、アンタは?」

 夕呼の静かな、それでいて苛立ちを孕んだ声に遮られた。

「そうすべきだ、そうあればいい、そうありたい。言ってしまえば万人がそう思って止まない理想よ、これは?
 そして今後の戦争における重要なファクターになるもの。
 それをアンタらは、過去無理だったからと言って諦めて、違う手段を取ろうと逃げて、ただ消耗していく戦争に身を投じていきたいわけ?」

 夕呼の言葉に、皆黙るしかなかった。
確かにそうなのだ。利害関係なしに、人類が一纏まりになって協力し合っていければそれほどいい事はないだろう。
何より人類存亡の危機に陥っている今、そんな事をしている余裕はない。


「少なくとも、この計画が進めば否応なしに各国上層部は他国と議会を開き話しあう必要があるわ。
 当然よね、問題である場所には有能な衛士が認めた有益になるモノが確かにあるんだから。 手荒く排除ってわけにはいかないもの」

 つまり、そして現在の首脳陣は人類存亡の危機についても、利害関係をどうにかしようと考えられるだけの余裕も消耗もしている。

 だから、やるのなら―――



「そうして、貴女は……その理想の為に、また……犠牲を払うのか……?」

 夕呼の最後の言葉を待たずして、その人は口を開いた。


 周りの事情を知らない者達は、何故彼女がこんなにも苦しげに声を絞り出しているのかわからない。
 それでも、事情を知っている者は沈痛な面持ちで、彼女と夕呼を見ていた。


「ええ、そうね。 犠牲は勿論出るかもしれないわね」

「―――それでも、貴女は……躊躇、しないんですか?
 自分の計画を遂行することを、それが正しいのだと躊躇わないんですか?」

 夕呼を睨むようにその人は、荒い口調で言葉を吐き捨てる。

「そうよ、貴女にだってわかっているでしょう?
 ここは戦場で、私達は軍人よ? いつ犠牲が出たっておかしくないじゃない」

 何故、こんな険しい雰囲気が放たれているのかユウヤとクリスカ、イーニァはわからず、戸惑うばかりだった。
 だが、真那と唯依には心当たりがあった為、その成り行きを見守ることにした。


「ああ、わかってるさ………。 貴女の計画には賛同してる。
 みちるも、貴女に協力しただろうし、ボク自身もあの機体には興味がある………」

 伊隅みちる。五年前に日本の窮地を身を挺して救った、英雄の名前。

「なら、アンタは私の下に就いてくれるのかしら?
 ………イスミ―――伊隅、あきら中尉」

 小柄な、どこか活発な少年を思わせる顔立ちの女性、伊隅あきらはそんな夕呼の言葉にぎりっと歯を食いしばった。



「ああ、就いてやるとも………!
 でもたった一つ、条件がある。 どうか、犠牲を出来るだけ減らしてください。
 家族を失って悲しむ人なんて………もう、たくさんだ………………!!」

 震える声で、あきらは夕呼に言い放つ。
 彼女には夕呼を怨む権利が与えられている。
 それは数日前、夕呼から知らされ、与えられたものだった。


 当然、あきらは困惑し、夕呼を怨もうとも思った。事実怨んではいるのだろう。
けれど、きっと―――敬愛する実の姉、みちるはそんな無様な姿なんて見たくないだろうから、
みちるの意思を継いだ自分がそんな事を考える事を望んじゃいないだろうから、

 だから、ボクは―――

「ええ、善処するわ」

「なら……ボクは軍人として、貴女の下に就く……みちるに負けないくらい、世界の役に立ってやるさ」

 顔を上げてあきらは言ってやった。
確固たる信念を突き付けてやった。

 夕呼はどこか居心地悪そうに苦笑を浮かべ、一度肯いた。


「―――本作戦は終了したわ。 そこで、アンタ達に聞きたい。
 私に、私達に協力してくれるのか否か、はっきりしてもらおうじゃない!」


 夕呼からの最後の質問。
それを彼女は声高らかに、愉しげに問いかけるのだった。












あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます、どうも狗子です。




なんという厨二まっさかり、ご都合真っ盛り。
もう疲れたよ、パトラッシュ………ゴールしてもいいよね?







[13811] 第二十八話 『地上の星』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/06/13 17:47





 未だ冬の冷たさを残す北の大地。
雪で斑に覆われた大地を、BETAは轟音響かせ跋扈していた。
 目指すのは嘗ての我が家。
災害によって追いやられた拠り所を取り返さんと、BETAは大地を蹴り、災害を掃討せんと犇めき合う。

 怒り狂った様に一心不乱に嘗ての家を目指すBETA群の一角。
そこには群の流れに逆らって、邪魔者を排除しようとするBETAの一団があった。
進行方向を変え、我先へと邪魔者に襲いかかろうとするBETAはその命を悉く刈り取られ、次々と冷たい大地に倒れ伏せていく。


 刃が踊り、凶弾が迫り、人類と同じ炭素系生物である異星起源種はヒトのモノとよく似た赤黒い血肉を四散させる。


 白と赤。紅白の戦術機。

 白の戦術機、名は―――XG-07S 凄乃皇『白狼』
 日本製のモノと同じく頭部等各部に空気抵抗軽減の為の工夫が見て取れる流線的な造形。
 随所に見える鋭角的なパーツは、カーボンブレードによって全身を凶器と化している証。
 陽光に照らされた純白の装甲は白銀の様に煌めき、その姿はとても美しく見えるが、どこか禍々しくも見て取れる。

 ムアコック・レヒテ型抗重力機関を有し、00Unitが搭載されたこの機体は凄乃皇の名を冠するに相応しい。
 是非もなく敵を薙ぎ倒していくその姿はとても雄々しく、まさにスサノオと呼称されるのに相応しい。

 赤の戦術機、名を―――XG-07R 火纏という。
 凄乃皇『白狼』とよく似た造形だが、各部に見える鋭角的なパーツはそれよりも大きく、それよりも多く見られる。
 センサーマストである頭部モジュールからもそれは顕著に見て取れて、凄乃皇『白狼』が一角ならば火纏は双角だ。
 テールスタビライザが設けられている為か尾が生えている様にも見え、その姿はまさに異形のモノ。
 装甲は鮮やかな赤。鮮血を思わせるその色は、機体の輪郭も相まって巨大な焔の様にも見える。

 身に纏った武具、今見せている他を寄せ付けない圧倒的なまでの剣戟。
 それは自らの領域を侵すことを赦さない剣戟による結界。
 それでいて敵の領域を侵す無慈悲なまでの蹂躙行為は、まさに外敵を払う大火だ。


 この二人の鋼鉄の巨人が君臨するこの地において、圧倒的な生命力と物量を誇るBETAすらも為す術は無い。


 そう、まさにここは“彼ら”にとっての死地。


「―――だがまぁ、“お前ら”が眠るにはこの大地は上等過ぎる」


 白い戦術機、凄乃皇『白狼』の管制ユニットの中、目に映るBETAの群を遠く睨みながら白銀武はぽつりと呟いた。
トーンの低くされたその声色は、声量の小ささに反してどこまでも突き抜けていく様な威圧感が込められたモノ。

 今、凄乃皇『白狼』は僅かに舞う螢火色の光の中、その身の丈に届くような長さの砲身を構えていた。
それは99型電磁投射砲よりも一回りほど大きく、一機の戦術機が抱えるには大きすぎると思えなくもない程大きい。
一脚の砲台を大地に突き立てて、鋼鉄の両腕でしっかりとその巨砲を抑えつけ、その砲口はBETAへと向けられる。

 武は視線を動かさず、西側の部隊が後退した事と先程まで前面に展開していた火纏が後ろに下がった事を視界の端に収めただけで確認し、トリガーユニットを握る手に力を込める。

『アレース1、指定位置に移動完了。 ―――やっちまえ、武』

 耳に届いた今戦場を共に駆けているたった一人の戦友の声。
それはまるで悪戯心を覗かせる少年の様な声色で、憂いのない晴々としたものだった。

 武はその戦友の声に不敵に笑って返し、トリガーにかけた指にこれまでの想いとこれからに懸ける想いを込めていく。



「―――………だからさ、その身体の一片すらも残さず―――跡形も無く、消え失せろ」


 引き絞られたトリガー。
 方向から吐き出された目が眩む程の白い閃光。
 続けざまに響く空気が焼けて炸裂した轟音。


 砲撃の瞬間から展開されたラザフォード場。
その領域外の大地はその砲撃の衝撃から大きく割れ、浮き出た岩壁は瓦礫の様に積み上がっていく。

 着弾を知らせる遠くに感じる閃光と轟音、身体の芯に届く大地を揺らす震動。
 大地に刻まれた閃光の軌跡はその威力を物語っていた。

 凄乃皇『白狼』が構えていた巨砲の砲身からは白煙が上がり、電撃が弾けた残滓の音が響いていた。


 その巨砲は嘗て、佐渡島ハイヴのモニュメントすらも崩落させた人類最高峰の高威力を誇る兵器。


 CPC―――荷電粒子砲。


 この兵器を有することも、『白狼』が戦術機でありながら凄乃皇の名を冠する理由として最たるものの一つなのだった。










 BETA群を斜め後方から襲った閃光。
それはBETA群の配置も相まってその数を大幅に減らし、その殆どを一撃の下に文字通り消し去っていった。

「―――いやはや、まったく流石と言うべきか………呆れるというか………」

 赤い戦術機―――火纏の管制ユニットの中、弾む呼吸を整えながら、緋村一真は目の前の光景を見てそんなことを呟いていた。

 ついさっきまで平坦な荒野だったところが今では太く、深い一本の溝が出来上がり、地面は抉られ罅割れ隆起し、文字通り荒れ放題になっている。
先程まで闊歩していたBETAの姿は視認することが敵わず、レーダーでその反応をとることでしかその存在を認識することは叶わない。
 まあ、先程までBETAであったモノの肉片とかは、そこらへんに転がっているのだが。

 これだけの高威力を目の当たりにしたのなら、嘗て多くの人間がこの荷電粒子砲に希望を抱いたのは頷ける。

 けれど一真の先程の言葉はその荷電粒子砲にではなく、その制作者である香月夕呼に向けられたものだ。
桜花作戦から現在までの五年間で戦術機単機で運用できる程のサイズに小型化し、様々な使用制限がありながらもあれだけの威力を叩きだした。
しかもそれだけの兵器を他の研究と並行してなしたというのだから、彼女の頭脳には驚かされるという範疇には収まりきるものではなかった。

「――――、」

 赤い双眸を訝しげに細める。

「―――………“人類の怒れる鉄槌”ねぇ………」

 ぽつりと呟いた言葉に、自分自身で眉を顰めてしまう。

 知らない筈の、荷電粒子砲の閃光。
 知らない筈の、誰かの言葉。

 それでも、そのいずれも一真は知っていた。

 嘗て、人類がその光に希望を見た。
 嘗て、とある少女がその光をそう謳った。

 そのことを、彼は知っているのだ。


 言い知れぬ既視感に、一真の表情が更に怪訝に歪む。


「………くそ、原因が解っているだけに、性質の悪い」

 目を伏せて、苛立たしげに吐き捨てる。

 そう、これは白銀武の記憶。
荷電粒子砲の閃光。その圧倒的なまでの光景に、一真の持つ白銀因子がその記憶を想起させたのだ。

 彼がこうして生きている原因を作った白銀の因果情報―――白銀因子。
それの同位化による白銀武の記憶や経験の流入。

 いくら生きる為とはいえ、いくら無意識とはいえ、自らが抱え込んだ病に一真は頭を悩ませていた。
 こうして延命させてもらっているのだ、当然感謝している。
 それが制限付きでいつか自分を食い殺すというのも別に構わない。
 だが、彼の記憶や経験を盗み見てしまうのは何とも――――


「―――何とも気持ち悪い」

 彼が歩んだ人生。彼の記憶。彼が懐いた感情。
それは彼だけのモノだ。
決して穢していいものではない。

 一真はかぶりを振って、陰鬱な表情を消し去った。

 今はそんなことを気にしている場合ではない。
どうにかして、この現象を遅らせる術も、心当たりがある。


『―――シリウス1、CPC砲身冷却開始。 ―――シリウス1よりアレース1、機体状態はどうだ?』

 耳に届いた武の声に、思考が遮られる。
頭を切り替えたところだったので、ちょうどよかった。

「ああ、問題ないよ」

 落ち着いた口調で、一真は声を返す。
網膜に映る武の顔には自分と同じ様に汗が浮かんでおり、呼吸も肩でしているようだった。

『ふぅ。 こっちも問題ない。 それじゃま、………シリウス1よりCPへ、A-01はこれにて任務完了し、これより本部へ帰還する』

『―――CP、了解。 A-01は予定進路にて本部へと帰還されたし』

 繋がれた通信回線の向こうから、イリーナ・ピアティフの落ち着いた声が返ってきた。

「アレース1、了解」



 そうして二機の跳躍ユニットに火が灯り、一気に空へと舞い上がる。
後に続くのは螢火色の光と紅白の軌跡。

 二機の奮戦を見た、彼らはどう思うだろうか。
異常なまでの戦闘能力、戦術兵器としての枠から逸脱したその破壊力。

 二人を見た彼らが胸に灯したのは恐怖か、希望か。
 それによって世界がどう動くのか。

 武達は未だその行方を知らない。










「―――――ぷはぁっ」

 作戦地における後方、外来たる国連軍が構えた野営基地の仮設ハンガーに戻った武は凄乃皇『白狼』の管制ユニットから出ると大きく息を吐き出した。
頭を振ると大粒の汗が当たりへと弾け飛び、武は体外へと出た水分を補う為にボトルに入った水を喉に流し込む。

「ハハ、流石の天才衛士様も疲れたか」

 横合いからのそんな言葉に武は顔を顰めながら声のした方へと向き直る。

「それはお前もだろ、一真?」

「ああ。 流石に二機で行動するってのはキツイかったな。 ………もう帰って寝たい気分だよ」

 今回の作戦に参加するに当たりこちらが用意したのは凄乃皇『白狼』と火纏のみだった。
当初、護衛として他の部隊を引き連れるという話も上がったが、夕呼曰く、
『アンタ達、ウランバートルで二機単独行動やってのけたんでしょう? なら今回も出来るわ。
 何てったって私の研究成果の結晶よ? 弐型で出来た事ができないわけないじゃない。
 ああ、あと………………凄乃皇と火纏にこんなところで傷を付けたら………解剖するわよ?』
 なんてことを、本当に素敵な笑顔で言ってくださった。

 ゆえに二人は単独で戦場に放り込まれることとなったのだった。
いくら二回目と言っても、いくら高性能機に乗っていると言っても単独行動が至極困難であるということに変わりなく、二人は体力と神経を大幅に磨り減らしてしまうことになった。

「そう言ってても、ちゃんとログには目を通すのな」

 武は困ったような笑みを噛みしめながら言う。

 武の眼前ではそんな疲労困憊の中でも早速、機体ログに目を通している一真の姿。
ならば意地でもこちらが先に腰を落とすことはできないと武は足を踏ん張って一真へと近寄っていく。

「まぁ、火纏の機動は今までとは一線を画すからな。
 今までのモノと同じ操作をしてもその結果に差異が生まれるし、それを見定めておく必要があるだろう」

 ログに目を通しながらのせいか、一真は気のない返事をしていた。

「そうさなぁ。 そんじゃ俺もログを受け取りに行くかな」

 気の入ってない会話をしてても仕方がない、と武は手持無沙汰なのを解消する為にログを書面化しに向かおうとする。

「―――あ、白銀少佐」

 すると仮設ハンガーの入口が開き、A-01のCPを兼任するピアティフが姿を現した。

「ピアティフ中尉? どうかしましたか」

「はい。 香月副司令がお呼びです。 管制室までご一緒願います」

 はて、と武は内心で首を傾げる。
夕呼の下へと向かうのにはもう少し先の筈だ。
夕呼達はCPC等の発射結果をまとめるための作業があるため暫しの時間武達には休憩という時間が与えられる筈だったのだ。

 まあ考えても仕方がない。
武はピアティフの言葉に頷くと未だハンガーのキャットフォークの手摺に腰かけてログに目を通している一真に振り返る。

「おーい、一真―! 先生が呼んでるってさ、さっさと行くぞー!」

「ん? ああ、そうかい。 ………ピアティフ中尉、強化装備のままで構わないのか?」

 武の声にすぐさま反応した一真はキャットフォークから降りながらピアティフへ問いかける。

「はい、それについては指示されていないのでそのままでよろしいかと」

「オーライ、了解だ。 魔女の機嫌を損なわない為にもすぐに行こうか」

 やれやれと言った様に小さく笑い、一真はフロアへと降り立つと仮説ハンガーを後にする。
武とピアティフはそんな一真の後に続いて仮説ハンガーから出て行った。



 仮説ハンガーと管制室が設けられた輸送車は別車で、その間には通路が設けられており、その壁は薄い。
その為、今歩いている通路も戦闘の残響がよく響く。
それは未だ戦闘が続いているということで、武は逸早く戦闘を切り上げた身分から少しだけ居心地の悪い気分となった。

「―――ピアティフ中尉、連合の戦況は今どうなっていますか?」

「戦況はCPCによってBETAの半数以上を掃討できまましたから、随分いいです。
 ただ、先程から連合より問い合わせが殺到していまして。 こちらとしてはそっちの方が大変です」

 なるほど、そういったことが出来るくらいにはあちらも余裕が出来たということか。
武はピアティフの言葉に苦笑を浮かべる。

「いやちょっと待て。 ということは香月博士は事前通達してなかったのか?」

「………仄めか、す程度に」

 一真の問いにピアティフは困ったような笑みを浮かべて答える。

 そう、問い合わせが殺到するという事は事前に知らされていなかったということだ。
そして、あんな重要なことを知らせていなかった夕呼に一真は呆れたように手で顔を覆った。
 そんなことをした理由は何となく想像がつく。そしてそれを負かり通す夕呼にはまさに呆れるしかないだろう。

「そう言うなよ、一真。 そういうのが先生の味なんだよ、きっと」

「そう言うのもどうかと………」

 香月夕呼は良くも悪くも子供っぽいところがある。
それゆえにあれだけの発想と頭脳を持ち合わせているとも言えるのだが。

 武もピアティフも、苦笑いを浮かべるしかなかった。



 それほど長い通路じゃない為、少しの間言葉を交わしいると管制室に辿り着く。
 武はいつも通り、何も構わず扉を開ける。

「白銀です。 先生、どうかしたんです………カ―――――」

「あら、来たわね」

 開かれた扉の前で固まる武に夕呼の愉快極まりないという様な声がかけられる。

「緋村一真大尉です、って………武なにやってるんだ。 そんなとこにつっ立ってると邪魔だろう――――てオイ」

 続いて顔を見せた一真も素っ頓狂な声を上げて固まった。

 ああ、解っていたさ。
 香月夕呼は良くも悪くも子供っぽいって。

 一見下らないことも、ただ面白そうだからとかそんな理由でも行動するってことも。

 こうして、ただ驚く顔が見たいってだけで、こんな余興を用意するってことも。


 管制室の中は何とも国際色が強くなっていた。
いくら国連軍だと言ってもこんなにも国際色が強くなっている現場なぞ、そうもないだろう。

「久しぶりだな、白銀」

 一歩前に出た女性―――宗像美冴がにやりと口元を歪ませる。

「お久しぶりね、白銀少佐。 それと、緋村一真大尉……でよろしかったかしら、初めまして」

 柔らかな笑みを携えて、風間祷子が頭を下げた。

「白銀、久しぶり。 随分腕を上げたんだねぇ」

 どこか不満そうな、それでも笑顔を浮かべながら涼宮茜が武を称賛する。

「―――え、なんで宗像少佐達が!?」

 武は思わずそう声を上げた。
夕呼がこの場にいる異色の九人を集めたのだろうということも理解している。
それでもこのあまりにも嬉しい光景に、問わずにはいられなかった。


「………なんでまァ、こう見知った顔が、ねェ」

「やはり、あの赤い戦術機に乗っていたのは、貴様だったか」

 赤い斯衛服が揺れ、つい最近向けられた月詠真那の鋭い視線に、一真は片頬を引き攣らせる。
 出来れば当分顔を会わせたくないと願っていたことは死んでも語るまい。


「あ、たけるにかずまだぁ」

「……………」

 続いて上がった声。
温かさ百と冷たさ百の二つの視線。

「お、おい、イーニァ」

 とてとてと二人に近寄ろうとするイーニァの肩をユウヤ・ブリッジスが抑える。
そうしながらもユウヤはあの二機の戦術機に搭乗していた衛士二人を観察していた。

 クリスカは視線を移し、そんな二人を複雑そうな表情で眺めていた。
嘗て好いた男と変わらない様子で付き合える妹に、僅かな羨望を抱いたのは誰にも気づかれていない。

 何とも騒がしい空間になり果てた管制室の現状に戦域管制を行っていた者達が漏れずに苦笑を浮かべていた。


 そんな中、同じ様に苦笑を浮かべていた一真だが見知った黒髪の女性を目に捉えて、そちらに向き直った。


「ハハ、随分と早い縁があったもんだな、唯依」

「―――ああ、そうだな。 随分、早かった」


 穏やかな一真の笑みに、唯依も小さく笑って返した。
唯依もまさか赤い戦術機の衛士が一真だと思っていなかったようで内心では面喰っていた。

 妙に親しげな様子で言葉を交わす二人にユウヤは驚きながら視線をそちらに向けた。
ユウヤですらそう見たことのない穏やかな表情を見せる唯依。
そうさせた緋村一真という人物はいったい何なのかと俄然興味が湧いた。
 それが嫉妬に似ているとは誰も気付いてはいない。


 各々言葉を交わしていたが、武はある人物がいることに気付き、目を大きく目を見開く。

「貴女は―――伊隅、中尉」

 小柄な、少年の様な活発そうな顔立ちをした女性―――伊隅あきら。
嘗て帝国軍ライトニング部隊を率いていた伊隅あきら。
そして彼女は、武も尊敬している“救国の英雄”伊隅みちるの実妹なのだった。

「あ、いえ、私は先日昇進したので……階級は大尉になりました」

「そうなんですか。 おめでとうございます、伊隅、大尉………」

 嘗ての上官である伊隅みちると同じ階級、そして同じ呼び方に武は戸惑いながら祝福の言葉を贈る。
 あきらも同じようで苦笑を浮かべながら礼を述べた。

 今は亡き姉の嘗ての部下達。
彼らを憎んではいないし、これから気にするつもりも無い。
だが、こうして同じ呼び方をさせてしまうのは何とも気まずいモノなのだった。


「はぁい、雑談はそろそろ終わりにしてくれないかしら」

 パンと手のひらを打つ乾いた音を鳴らして、夕呼は彼らを制した。

「先―――香月副司令、趣味が悪いですよ。 いつの間にこんな豪華な顔ぶれを集めたんですか」

「今回の作戦がちょうどよかった、ってのはアンタもわかっているでしょ、白銀。
 粗方の説明はもうしてあるから、ちゃんとした説明はアンタがしないさい」

 視線に僅かな抗議の色を覗かせるも夕呼はしれっとした様子で返した。

「………はぁ、わかりました。 随分手順を早めましたね、先生?」

 最早諦めた、という様な深い溜息を吐いて、武は夕呼に皮肉気な顔を向ける。

「計画はナマモノよ、白銀。 臨機応変な対応が常に求められるなんてことを今更言われないと理解できない?」

 相変わらず辛辣な口調に美冴達も苦笑を浮かべる。
武は三年ほど夕呼の下を遠のいていたというが、実質的に夕呼の指揮下から離れていたわけでもなく都合みっちり五年間夕呼と付き合っていたということになる。
五年間彼女のこのいびりに耐えてきた武に労いの言葉の一つでも贈りたくなった。

「いいや、結構です」

「そう。 じゃあブリーフィングルームがあいているから、そっちで説明なり演説に性を出してちょうだい。 ―――社」

「………―――はい」

 戦域管制も終わり、凄乃皇『白狼』と火纏のデータをまとめていた霞が席から立ち上がり、夕呼に寄り添うように立った。

「アンタも着いていきなさい、こっちはピアティフとキャンベルに任せておいていいわ」

「わかりました、博士」

 霞は穏やかな笑みを浮かべながら夕呼に答える。
そんな霞を見て、茜が微笑む。
 辛い時励ましてくれた小さな少女が、こんなにも温かな、素敵な女性に成長していたことがとても嬉しく感じられたのだ。
正直、すぐにでも抱きつきたい衝動に駆られたが、流石に自重した。


「―――それじゃあ、皆様。 改めて、我々が計画の説明をしますので、ついてきてください」

 武は一度だけ霞に視線をやったが、すぐに眺めるように集められた衛士達へと戻し、先頭に立って管制室を後にした。
武に続いて皆、管制室から出ていく。



「――――おかえりなさい、武さん」

 霞の小さな、本当に小さな、囁くような、武へと向けられたその言葉。
それは武へ届くことなく大気へと溶けていく。
 その時の霞は俯いていて、その表情は誰にも見えてはいない。

 霞は顔を上げると管制室の扉へ早足で向かう。

「社さん」

「―――!?」

 扉をくぐってすぐに声がかけられ、霞の肩がびくんと跳ねた。

「……………緋村さん……。 あの、お疲れ様、です」

 一真へと向き直った霞は戸惑いながらも、どうにかして口を開く。
色素が抜けた様な白髪と鮮血の様な赤い瞳。
 赤い双眸はこちらを捉えていて、こちらを観察する様に細められたいた。

「どうか、したんですか?」

 その視線から逃れるように、霞は顔を背ける。
霞が顔を向けた方では、集められた皆を引き連れて歩く武の姿があり、その背中は実際よりも遠く感じられた。

「……………はァ………」

 しかし、霞の問いへの回答も無く、一真はただ深く溜息を吐いた。
何故かその態度に霞としては珍しく、心がざらつき、苛立ってしまった。

「―――アイツと君との間に何があったのか、オレは知らないし、聞く気も無い」

「―――!?」

 一真が紡ぐ言葉に霞は目を見開いて、思わずたじろいでしまう。
アイツ、というのは勿論彼のことで、一真も彼の現状に不満を抱いているようだった。
 その証拠に今の一真の表情は、複雑で、何とも不器用な笑みが浮かんでいた。

「けれど、君のあの願いはオレが守る。 アイツは絶対に死なせない。
 だから、安心して君はアイツを、アイツの日常を支えていってほしい。 君には、それだけの力があるんだから」

「それは、貴方の願い………ですか?」

「ああ、そうかもね」

 たどたどしい霞の問いに、一真は穏やかに笑って肯定した。

「アイツのことなんて構うことはない。 君は君のしたいように振舞えばいいさ」

「ふふ。 はい、わかりました」

 漸く霞の顔に笑顔が灯る。

「それじゃ、武達を追うとするかねェ」

「そうですね、あまり遅れてしまうと月詠少佐に叱られますからね」

 笑みを含んだ霞の言葉に、一真の表情が険しくなる。
それほど嫌なら、彼女が望むように斯衛らしい振舞いの一つでもしてあげればいいのに、と霞は思う。

「―――緋村さん」

「………ああ、なんだい?」

 隣を歩く白髪の男に視線を向けて、霞は再度口を開く。

「………ありがとうございます」

 顔を向けずに礼を言うのは失礼だと思ったが、どうにも恥ずかしく向けることが出来なかった。


「なに、気にすることないさ」

 そんな霞を微笑ましく思ったのか、一真も小さく笑みを湛えたのだった。











あとがき
ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。どうも狗子です。


なんという厨二、なんというオリ機TSUEEEE
なんだかもう、やるせない気持ちが膨れ上がってきました。
後悔でヒトが殺せるのなら何度私は以下略

さてさて、次回からというか第二章から原作キャラの出演が大幅アップです。
話を見てわかると思いますが、狗畜生絶賛困惑中です。

次回からなんとかキャラクターのらしさを出していけたらいいなぁと思っています。


それでは次回にお会いしましょう、でわ。




[13811] 第二十九話 『選択』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/06/23 15:10
時は遡り七月十八日。
その日、白銀武と緋村一真は自身らの特異な性質を知り、互いの信念を明かしあった。
武と一真は半分同一人物であるという言葉の意味は『諌山緋呼』が白銀武の因果情報を持っているという意味で、それはお互いの存在をこの世界に留め合っているというモノだった。

白銀武は『諌山緋呼』が取り込んだ白銀因子によってこの世界に白銀武が残るというより確実な因果を齎され、緋村一真は白銀因子によって欠けた自身の因果情報を補い、延命した。

そして今、彼らは香月夕呼と社霞に導かれ、横浜基地地下・90番ハンガーに着ていた。
90番ハンガーには先客がおり、その先客―――鋼鉄の巨人は悠然と立ち、その威厳を煌々と知らしめている。
白と赤の戦術機。凄乃皇『白狼』と火纏『螢惑』―――それが二機の名称だった。

武は二度目、一真は初めての対面。
二人は今までに見たことのない戦術機をただただ見上げていた。

「―――さて、観賞はそれぐらいにして、話を進めましょうか」

「ええ、そうですね……―――って一真。 お前いつまで見てるつもりだよ!?」

夕呼の言葉に武は呆け気味だった意識を覚醒させ、彼女に向き直った。
だが、これからの相方である一真は未だぼうっと戦術機を見上げており、武は仕方なく声を張り上げる。

「―――ん? ああ、悪い。 少し、魅入ってた」

一真の返事は後になるに連れて気の入ったモノになっていく。
そうなってしまう気持ちを武も解ってはいたが、どうにも他人のその様子を見てしまうとやや引き攣った笑みを浮かべてしまう。


「じゃ、始めましょ。 社、二人に各機のマニュアルを」

「はい」

夕呼の言葉に霞が頷き、先程から抱えていた一冊で電話帳三冊分もあろうかという厚さの冊子を二人に渡してく。

受け取った瞬間に感じた重みは最早本の重さではなく、鈍器のそれだった。
その証拠にずっと抱えていた霞はその重みから解放された両腕をぷらぷらさせたりふーふーと息をかけたりしていた。

「(霞………よく頑張ったな………)」

武は手に感じる重みをひしひしと感じながら霞に心の中で黙礼した。


対して一真は受け取ったマニュアルという名の凶器を片手にその厚さと渡された真意について考えていた。
武と一真にしても戦術機操縦技術は最高位に当たる衛士だ。今更マニュアルなどに目を通さなくても頭よりも先に身体が、感覚がまず機体を動かそうとするレベルの人間だ。その様な人間に、香月夕呼ともあろうお方がこんな無駄に分厚いマニュアルを用意する筈もない。
つまり、あの機体は自分達であっても、これだけの量を読み解かなければならないと扱えないほどの機体だ、という事になる。

まぁ、嫌がらせという線もなくはないのだが。
もちろん武もそう思ったのか複雑な表情で鈍器に視線を落としていた。

「じゃあまず順を追って話していこうかしら。 ああ、各機のマニュアルと言っても書いてある内容にそれ程の差はないから進行に問題はないわよ。 それにお互いの機体の特徴を知っておくのも重要でしょう?」

「わかりました」

これから説明をするというのに夕呼も霞も武達の様にマニュアルを持っていない。つまり彼女達はこの鈍器の中身全てを記憶しているということだ。何と恐ろしい頭脳か。武は正直、このマニュアルの中身全てを頭に叩き込まれたら、パンクする予感さえするのだが。それはもう鈍器で頭をブッ叩かれたみたいに。


「凄乃皇『白狼』と火纏。さっきも言った通りこれが二機の名前ね。 二機の設計概念は現行OSであるXM3の性能を極限まで再現すること。 つまりはソフトに対してハードを強化する、って言ったところかしら」

夕呼は国連軍C軍装の上に羽織った白衣のポケットに両手を突っ込みながら悠々と話し続ける。

夕呼が提唱したことは各所でも言われていたことと同じ様だが、そこにははっきりとした違いがある。
今や世界中に浸透した鬼才と謳われる白銀武が基礎概念を構成したXM3。それの性能は従来のモノとは比較にならない程の代物だった。そしてその性能はハードである戦術機本体に対して、ソフトの方があまりに勝ち過ぎていたのだ。無論、従来の戦術機を対象として造られたモノなのだからそこに不満を感じるモノはいなかっただろう。だがしかしその可能性に気付く者もおり、今各勢力で開発されている第四世代機はハード面の改善が主眼に置かれているモノが殆どだった。だがそれはあくまでソフトに対するハードの調整であって、夕呼が言うソフトとハードの相乗効果とはワケが違う。

「これには緋村が渡してくれた情報、ソ連と米国の最新鋭技術や比較的友好的だった帝国軍技術開発廠が快く受け渡してくれた技術を参考にさせてもらったりしたわ。 まぁ参考ってだけで、二機の基礎フレームにはそれらの技術の面影はないのだけれど」

まさに夕呼の頭脳の大盤振る舞い、ブラックボックスのバーゲンセール。才能の有効活用だ。
今までちょくちょく憂さ晴らしに兵器改良を行っていた夕呼であったが、この件に関してはその限界を大きく超越していた。

武と一真は鈍器の中身に目を通しながら、破天荒なまでの夕呼の所業に苦笑いを浮かべた。

マニュアルにある機体構造の資料を見る限り夕呼の言っていることは本当で、武と一真の知る戦術機内部構造とはまるで違っている部分が多かった。外部装甲こそ帝国製の流線的なシルエットの面影が見え隠れしているがそれでも異彩の機体であることに間違いはない。

何より、従来の戦術機と違っているのはその動力部。それに対する駆動系だろう。

「………まさか、『アレ』を完成させるとはねェ。 エンリコ・テラーが生きていたら心底悔しがるだろうよ」

資料に目を通していた一真が顔を上げて呟いた。

「アレが完成できなかったのはそれを制御できるだけのモノを作れなかったからでしょう? それに関することならこの横浜基地の右に並ぶ場所はないわよ、緋村」

一真の言葉に対して夕呼は知ったこっちゃないと素気なくそう答えた。
武は二人が何のことを言っているのか、見当は付いたが理解は出来なかった。

視線を落としたのは凄乃皇『白狼』と火纏の主機の項。ガルヴァーニ・レイニア機関。
従来の主機とは名称からして違うそれはムアコック・レヒテ型抗重力機関と同様の代物だった。


「前に言わなかったけ、白銀? プロジェクト・メサイアの最初の目的はG元素を利用した兵器の開発。 そして次の目的は“次世代型主機の研究及び開発”だって。 ガルヴァーニ・レイニア機関はね、それによって生まれたG元素を用いた主機なのよ」

「―――ええ、そういえばそんなこと言ってましたね。 ああ、そうか。 それを先生が完成させたんですね」

武のその言葉に夕呼は頷く。

プロジェクト・メサイアはその研究目的達成を他所に悉く先を越され、迷走していた。
当初の目的はロスアラモスと並行してのG元素の研究、ならびにG元素を利用した兵器開発。だがそれはロスアラモス研究所が先にG弾を開発したことにより破棄され、先の研究成果を接収した次の研究目標はG元素を利用した次世代型主機の研究及び開発となった。

ガルヴァーニ・レイニア機関はそれによって生み出された代物だ。

参考とされたのはムアコック・レヒテ型抗重力機関。抗重力作用を齎す副産物として生まれる膨大な電力。それを純粋な動力として取り出せるのなら今までの主機とはまさに一線を画すモノになるだろうという着眼点から生まれた、次世代型主機。
燃料にグレイ・イレブンだけを使用したムアコック・レヒテ機関に対して、ガルヴァーニ・レイニア機関は多種のG元素を燃料としている。

それに至ったのは先の目的であるG元素の研究結果によるもので、逸早くグレイ・イレブンの有用性に着眼点を置き目的を絞ったロスアラモスに対して多種の相互関係や性質について広く研究していたダグラスの差だった。それ故に、エンリコ・テラーは後れを取ってしまったともいえるのだが、それによって生まれた理論は確かな可能性を見出していた。

多種のG元素をブレンドし、変化を加え相互作用を生ませる。それによって生み出される高出力、G元素の可能性。
幾重にも研究を重ね、比率を変え、触媒とするモノを変え、エンリコ・テラーは自身の夢に向かい猛進(妄信)した。

結果として生まれたのがガルヴァーニ・レイニア機関。
エンリコ・テラーの研究成果を全て注ぎ込んだ次世代主機は、その時一応の完成を見た。
しかし、そこでムアコック・レヒテ機関を搭載した凄乃皇の試験の時と同じ悲劇を迎えることとなる。

即ち、生み出された力を制御できなかったのだ。

それを以ってエンリコ・テラーの夢は潰え、次の研究目標として人体強化措置が生み出されることになるのだった。



出力制御を満足に出来ないガルヴァーニ・レイニア機関。

「出力制御が出来なかったのは単にそれを抑える演算処理装置がなかったから、構造の一部に問題があったから。 なら少しいじくって、それに足る演算処理装置を付ければいいだけじゃない」

その問題を解消するだけの演算処理装置を、発想力を。その両方を香月夕呼は持ち合わせていたのだ。

「なるほど。 00Unit-Ghostを使ったわけですか」

「正解。 まぁ、演算式を構築したのは社なんだけどね」

「そっか……。 霞も頑張ったんだな」

夕呼の返事を聞いた武が霞に向かって微笑むと霞は嬉しそうに頬を赤く染めて俯いた。



「なぁ、香月夕呼。 GR機関を完成させたっていうが、ベルヴェルクは発生しなくなったのか?」

この場において、プロジェクト・メサイアに関することを一番よく知る一真は、知る者として当然の設問を返す。

ベルヴェルク。聞きなれない単語に首を傾げる武だったが、この事に関して、自分はあまり知らされていないのだという事を自覚すると黙って聞いている方が得策だと判断し、マニュアルに視線を落とした。

「まさか。 あれだけ有用性が高い面白そうなモノ、みすみす捨てるわけないでしょう? それなりに限定されるけどその問題もクリアしたわ」

そう、これこそがGR機関の特性。G元素の可能性。そしてあれだけの暴挙、プロジェクト・メサイアにおいて何の成果も遺し得なかったエンリコ・テラーの研究における、唯一為し得た成果といえるモノ。

BETAに関する発見でもあるその成果は、クレイ・ロックウェルという人体強化措置の成功体の存在と同じくらい夕呼を驚かせた。

「GR機関はね、ある意味―――超劣化型反応炉、っていえる代物なの。 覚えているかしら、白銀。 BETAがどの様に反応炉からエネルギーを補給していたかを」

「………俺の感覚的なモノなんで、そんなはっきりとしたことは言えませんが……。 こう、反応炉に張り付いてじっとしていましたね、BETAは。 それが補給の手段だというのなら、BETAにどんな栄養が必要かも解りませんし何かこう純粋なエネルギーを吸収してた、ってことになるんじゃないですかね。 所謂エネルギードレインみたいに」

白銀武は今の世界において唯一BETAのエネルギー補給している現場を生で見た人物である。
五年前のBETA横浜基地強襲事件の際、横浜基地地下最深部で速瀬水月と共に見た光景を武は思い出す。
反応炉がある主広間。そこでは多くのBETAが反応炉に群がり、何かを貪るワケでもなく反応炉側から何か供給パイプの様なモノが繋がれていたワケでもなく、ただただじっと張り付いていただけだった。
しかし、横浜基地にハイヴ奪還及びエネルギー補給にやってきたことが目的であるBETAがそこで何をするかと言えばそれはエネルギー供給以外の可能性は考えられない。ならば、あれがBETAのエネルギー補給の手段という事になる。

「頭の悪い解答だけど、概ねアンタの想像通りね。 BETAは何らかの器官により反応炉で精製されたエネルギーを取り込んでいた。 それは確か。 そしてそれは逆に、反応炉はBETAが補給できる何らかのエネルギーを生み出していた、ってことになるわよね?」

夕呼はそこで愉しげに笑みを浮かべた。
武は知っている。香月夕呼がこういういい笑顔(?)を浮かべる時は大抵大発見をして、愉快なことこの上無い時なのだ。
ただ、その笑みに僅かな陰りが見えたのは、何故か。

「そしてその解答がベルヴェルクってわけ。 ベルヴェルクって言うのはGR機関内で合計十三種のG元素を混合させ、BETAの細胞を触媒に反応を起こさせた結果生まれた指向性のないエネルギー物質。 反応炉研究時に観測出来た熱源には遠く及ばないし質も落ちるけど、それは確かに反応炉で生み出されてた物質と同系の物質だったのよ」

それはどういうことか。武は動揺する頭で考える。

「つまり反応炉はアトリエと同期してG元素を生み出しているのではなく、そのエネルギーを生み出す副産物としてG元素が排出されている、っていう事さ。 そしてGR機関はその逆の反応を意図的に起こしているってわけだ。 さらに反応炉がBETAの一種であることも確定だ。 まぁ反応炉とは規格からして違うし、簡単なモノだからそれに見合った純度と品質のモノしか生まれないけどな」

武が解答を出す前に、一真が先に答えた。
武は折角考えていたんだから待ってくれてもいいじゃないかと憎々しげに一真を睨んだが、一真はそんなことどこ吹く風かという様に飄々としていた。

「そう、ガルヴァーニ・レイニア機関は巨大な還元装置。 そしてムアコック・レヒテ機関と同じ様にその副産物として高い膨大な電力が生まれる。 まぁGR機関の方は主機として設計されたからML機関に比べて動力として取り出せるようになっているけど。 反応炉と同系のエネルギー体、それがベルヴェルクの正体」

ガルヴァーニ・レイニア機関が未完成品として扱われた理由の一つであるベルヴェルク。
夕呼が手を加えるまでGR機関には生み出されたそれを満足に排出するだけの機構が備わっていなかったのだ。その問題は跳躍ユニットに供給し推進剤と一緒に噴出することで解消され、跳躍ユニットの燃費軽減に繋がった。
排出されなかったモノはGR機関内で循環し、二次動力として取り出される。そして機関内で循環し終えた後は、これまた劣化するのだがG元素に戻るということになり、永久機関―――とまではいかないが、都合十年近いG元素タンクユニット交換のスパンが得られる事になるのだ。

「まぁベルヴェルクって言うのは俗称なんだけど。 ちなみにこれによって反応炉で生み出されたBETAのエネルギー源であるこれはグレイ・ゼロって呼称されるようになったわ。 対して、GR機関で生み出されたそれの正式名称は――――」

ちなみに今の武と一真は知らないことだが、夕呼がソ連に渡した反応炉停止装置にはGR機関の技術が使われていたりする。

うわ、まんまですねと武はそんな愚言を飲み込んで、夕呼の紡ぐ言葉を待った。



「―――AGE(アージュ:Artificial Gray Element)よ」


それがGR機関によって生み出されたグレイ・ゼロとは似て非なり、まったくの別モノと言える螢火色の物質の名称だった。





「凄乃皇はML機関とGR機関のハイブリッド機、火纏はサラブレッド機になってるわ。 ちなみに制御は00Unit-Ghostが全部担う様にしてあるから幾ら稼働時間が延長されている、って言っても負担はそれなりにかかるわ。 まぁ事実上、こっちがこの二機の稼働時間ってことになるわね」

せっかく手に入れた超長時間稼働が許される機体であったが、その制御機構の方が先に限界を迎えてしまうという仕方のないジレンマ。
00Unit-Ghostの改良が追いついていないのではなく、そもそも00Unitというものがそういうモノなのだから、本当に仕方のない事なのだ、と武はマニュアルに目を通しながらそう思った。

「武装の方だけど、腰部可動担架装置は基本的にマニュアルに記載されている通り運べるのは直刀か、小道具程度。 直刀は長刀に比べて切れ味が悪いって言われているけど軽量だし、頑丈だし超高速戦闘のアンタらには持って来いの武装じゃない」

「まぁ確かにそうですけど。 いいんですか先生? 近距離装備で戦う事が多くなれば被弾の可能性も多くなりますし、こんな大層な機体をキズモノにするわけにはいかないでしょう」

「何言ってるの、白銀。 それをどうにかするのがアンタら衛士で、それを補う為にも隊が必要なんじゃない」

あー、と武は間の抜けた声を上げ、
一真はなるほどねェ、と頷いた。

「あと特筆すべきなのは、CPC―――荷電粒子砲と螢惑ね」

荷電粒子砲は言わずもがな、現人類が保有する最強の威力を誇る重戦術級兵器だ。
五年前、完成し凄乃皇・弐型、四型に搭載していたモノを小型化した『白狼』に装備される荷電粒子砲。戦術機単機で運用できるサイズまで小型化された為に威力は劣るがそれでも十分な威力を誇る。

「ただ、どちらにも何個か制限があるから。 CPCの方はML機関と砲台によって座標を固定しなければならない、よって撃てるのは地上でのみ。 つまり固定砲台になるしかないってわけ。 充電のインターバルはML機関のコンデンサとGR機関のジェネレータを併用して長くて二十分程度。 発射回数制限は冷却機構と砲身強度から二発が限度。 ………使いどころは考えなさい」

「十分でしょう。 むしろ二発も撃てるなんて贅沢ですよ」

「そう、アンタのその勝気な発言が実戦で嘘じゃなかったと上手く証明してくれることを祈るわ。 ―――じゃあ火纏の螢惑の方は……緋村、アンタはこれが何なのか予想が付いてるんじゃないかしら?」

武の言葉に不敵に笑って返した夕呼は続いて一真に向き直り、一真と言えば何だか呆れたというか複雑な表情をしていた。

「まぁ形状と概要説明から。 つまりはGR機関を利用した前面放射型爆弾みたいなもんだろう、螢惑は」

夕呼は正解と短く答え、火纏に備わっているテールスタビライザに目を向ける。

『螢惑』―――それはテールスタビライザに格納された、GR機関を利用した重戦術級兵器の名称だ。
威力は白狼の荷電粒子砲に劣るが、それでも従来の兵器よりも格段に広い有効射程を持つ。
AGE圧縮砲ともいえるそれは、GR機関そのものを用いた兵器で、GR機関を一時的に臨界稼働(オーバーロード)させ発生したAGEを圧縮し、指向性を持たせたところで前面に解放し、撃ち出すというモノだった。
そして螢惑にも制限はある。荷電粒子砲と同じくオーバーテクノロジーに匹敵するそれは御し切るには限度があり、撃てるのは三度まで。


「まったくトンデモないな。 テラーの遺産をここまで成功させるなんて、最早嫌がらせだぞ? これは」

無論、それはエンリコ・テラーにではなく自分に対して。
彼は『緋村一真』が唯一憎む他人であり、そんな男の生み出したモノを使用するというのは一真にしてみれば立派な嫌がらせなのだった。
しかし、そんなことを言ってしまえば一真の持つ異能は使うことが出来ないし、開発された技術に罪はないということも彼は解っているたので、それ以上苦言を漏らすことはなかった。



「ですが………これで十分なのでしょうか?」

武と一真に機体特性の説明をし、その粗方の説明を終えた頃、夕呼と共に説明をしていた霞がぽつりと呟いた。

「十分も十分だよ、霞。 あとは“俺たち”乗り手の問題だ。 俺達がどれだけ世界に働きかけれるか………どれだけ世界に影響できるか、たったそれだけだ」

霞の言葉を言い知れない不安の表れだと悟った武が寄り添い、彼女の頭を優しく撫でる。

「そうだなァ。 ま、抑止力になるかって点でいえば十分に上等だろう」

一真はマニュアルをずしんと閉じて、赤い戦術機の顔に視線を向けた。
凄乃皇『白狼』はどちらかと言えば武御雷や不知火の面影を見せる輪郭をしているが、火纏の方はセンサーマストの形状やそれも兼用している双角のせいもあってチェルミナートルやラプターの様な西洋製の輪郭に似ている。
何だ、これは俺が斯衛軍にいた時間よりも米軍にいた時間の方が長かったせいか、最早これは嫌が以下略。


「―――ああ、先のことなんてわからない。
 けど俺は信じるよ、それを為す俺自身を、人類を。 “俺たち”は、きっと人類の希望になれるさ」

武はそう言って一真と同じ様に凄乃皇『白狼』見上げた。
その表情に憂いはなく、何とも輝かしく見えた。

「(まったく敵わないねェ、お前には。 ああ、そんなお前だからこそ人は英雄だと謳うのだろうよ)」

そんな武は、一真には眩しく見えたが近寄れない程ではない。
何よりこれからは彼は、仲間として武の隣に立つのだ。そんなことを言ってられないし、言い続けるつもりもない。



「―――集まってもらわなきゃ困るのよ。 これは、人類が選ぶ“最後”の選択なんだから」

夕呼の言葉に、三人は力ず良く頷く。

「そうですね、先生。 これが俺達の………人類の――――」










ふぅ、と一つ息を吐いて、武はもう一度前に視線を向けた。
目の前には何とも国際色の強い面々が席に座り、各々思案しながらといった表情でこちらを見つめている。

今はちょうど輸送車両内にあるブリーフィングルームにて本計画の概要説明を終えたところだ。
大筋の説明は夕呼がしていた為、それをなぞる様に詳細に再度説明し、続いて二機の戦術機についても説明した。ホワイトボードに図を描いたりと即席の工夫を凝らし、出来るだけ解り易く説明を試みた武は、BETAと大合戦した後の為に、説明や講義というのは最早慣れっこではあったが流石に疲労を感じていた。

「さて、………説明は以上です。 何か質問があれば、どうぞ」

手を差し出し、遠慮なくどうぞ、と意思表示する。

「では―――」

「どうぞ、月詠少佐」

きっかり肘を肩より上に挙げるしっかりとした挙手をした月詠真那に、武は発言を促す。

「確かにあの二機―――それとお二方のその実力は計画妨害の抑止力となるだろう。 だがそれは武力を以って、ということになる。 その正当性は極めて危ういと思われるが………その点について白銀少佐はどうお考えか?」

各勢力の重要な人物、機体を一か所に集め、そこに必然的に生まれる軋轢を利用し協力関係構築を促すことが本計画の主眼となる。
だが、別に話し合いだけで解決しなくてもこの問題は解決できるのだ。そしてその最たるものが工作であったり、武力制圧だったりする。

例えば、愚の骨頂であるが全面的に武らと敵対するとしよう。
その際に凄乃皇『白狼』と火纏を排除するにはどうすればいいのか。
方法は幾つかあるがここでは戦略兵器の使用や持久策、武や一真の暗殺を挙げよう。

戦略兵器を使用したとしても凄乃皇にはラザフォード場があるし、物理的干渉ならばどの様な高威力を以てしても打ち倒すことは叶わない。G弾は今やその製造が破棄されているし、もし再造したとしても時間もいるし貴重なG元素も浪費する。同じ人類に対して用いるにしてはあまりにナンセンスだ。

持久策。機体ではなくその操縦者である衛士の消耗を誘う手段。だが、彼らを封殺し戦い続けるにはどれだけの捨て駒がいるのか。機体性能も武装も衛士も超が付く一級品である彼らを押し留めるだけの“コスト”を考えるとあまりに絶望的だ。

ならば生身の人間を相手にし、暗殺を企てるのはどうか。
これがある意味一番確実だ。戦術機はただの機械。それを操る人間がいなければ何ら脅威に成り得ない。
しかし、これは先に挙げた二つにも言えることだがそれだけの労力を費やして敵方が得られるモノは何なのだろう。脅威を排除した後の利権の確保か。それは今の世にも蔓延る人類の暗い部分であるが、それでも多大な出費をして“有用性”が高い戦術機を排除し、有能たる最高位の衛士を殺害する、というのは今の人類においてマイナス要因であることこの上ない。

お上の人間というのはそういう足し算引き算が考えられるお方ばかりなのだ。
よって、二人と二機の存在は十分に世界に対する抑止力に成り得ると言えた。

「それはあくまで喩え話ですよ、少佐。 もし、そういったことをされればこちらは自己防衛の為に止むなく反撃をしなくてはならないと思われます。 その結果として起こり得る可能性を“抑止力”と喩えたに過ぎません」

「―――フン、随分口が達者になったようですね、少佐?」

武の回答を聞いた真那が不敵に笑い、武もそれに不敵に笑って返す。

「先ほど白銀少佐も仰られましたが、計画への参加は任意です。 部隊にしても、計画が続く限りこの合同教練の結果を示す為にこれより行われるハイヴ攻略作戦の全てに参加することになります」

続けて、霞が武の言った説明をなぞるそうに重ねた。


「それによって生まれた成果で、世界の意識を一つに集める、と?」

挙手をして、と断ったのにも拘わらず憮然とした態度でクリスカは武達に問いかける。
彼女にしても彼らの気持ちはわかっている。だがそのあまりの荒唐無稽さにそう尋ねたくなったのだ。


そして、これこそが武たち前線で戦う者達の目的であり、目標であり、責務だった。


「ええ。 五年前決行された桜花作戦を覚えていますか、ビャーチェノワ中尉?」

「当然、覚えているとも」

今を生きる誰も彼もの心に刻まれているであろう、人類決死の覚悟で行われた喀什ハイヴ攻略作戦。
成功確率が絶望的と言われた作戦が何故成功したのか、と問われれば、答えは一つに集約される。

「―――それは、人類すべての力が、想いが一つに集まったからです。 陽動に当たった人たちも、ハイヴに突入しあ号標的破壊に成功した彼の人たちも、そこに懸ける想いが全て集まったからです。 単純な投入された戦力の違いじゃあない」


あの時、誰もが願い焦がれたのだ。生きたいと、生き続けたいと。終わりたくないと、終わらせたくないと。


守りたい、決して失いたくないと。


その想いがあったからこそ、人類は―――



榊千鶴は、



彩峰慧は、



鎧衣美琴は、



珠瀬壬姫は、



御剣冥夜は、



社霞は、



鑑純夏は、



白銀武はあの作戦を達成することが出来たのだ。それだけは決して間違いじゃない。


けれど、いま一条の希望を垣間見た人類の想いは、バラバラに戻ってしまっている。
五年前ほどとまではいかないが、種としての纏まりはBETAと比較にはならない。

作戦時では付け焼刃の勢力間の連携を取ってはいるものの、詰まらない小競り合いは今も無くならない。
その結果、人類は少しずつ少しずつ消耗していっている。このままでは五年前夕呼が予想した三十年は延命できるという言葉の通り、二十五年後には人類は滅んでしまう。人類はBETAに敗北してしまうのだ。


「(俺は―――嫌だね。 そんなこと絶対に嫌だ)」

仲間の想いを、喪われた命を決して無駄にはしたくない。
だからこそ、その礎に築かねばいかないのだ。人類の勝利を。


「だから………その為に、俺達は人類の希望になる。 人類を守る、希望の光に。 もう一度、人類は一つにまとまらなければいけないんだ」


全ては嘗ての仲間の為に、世界にいる誰かの為に。


愛する者の為に、愛する国の為に。


理由なんて幾らでもある。


けれど、その為に目指すモノは誰だって―――同じ筈だろう?


「………緋村、大尉も白銀少佐と……同じ思いなのか?」

そんなことが出来ると思っているのか、これが貴方の言っていた理想なのか。
そう目で問いかけながら、篁唯依は『緋村一真』に問いかけた。

「―――ああ。 言った筈だろう? 理想は遠い、けれど目指すだけの価値はあるってさ。 人類を救うにこれ以上の理想はそうないぞ?」

穏やかに、懐かしい人の面影を覗かせて一真は微笑む。
その言葉に込められた想いを汲み取れるのは、彼と旧知である月詠真那と篁唯依、志を同じくする白銀武、社霞くらいだったろう。


「………………」

それでも、その想いを、彼らの願いをユウヤ・ブリッジスは深く受け止め、感銘を受けていた。
今や確固たる信念を抱く彼ではあるが、その終着点である確信を確かにそこに見たのだ。





それを最後の質問と見定め、武は再度姿勢を正し、眼前の戦友達に視線を定める。



「どうか選択してほしい。 俺達は選ばなくちゃいけないんだ、人類の勝利の為に………未来の為に………」


そう、これが国連が―――誰もが中心となってこの世界に生きる全てを巻き込んだ、最後の計画。






「―――――これが、ラスト・オルタネイティヴだ」















あとがき
ここまで読んで下さった皆さんありがとうございます、どうも狗子です。


うん、今回は説明回だったわけです。
二章に入って新しく登場した原作キャラのらしさを見せることができませんでした。残念だ………。

何はともあれ相変わらずの狗畜生大暴走。
今回、頭に思い浮かんだトンデモ設定をすべて出し切った感じです。
ああもう、後悔で人が以下略



さて、次回こそ、今度こそ皆に確かな出番をっ



それでは次回に。では。



[13811] 幕間・Ⅱ
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/06/24 00:04





深い眠り海底。暗い暗い水底であるそこに、一条の光が差し込んだ。

「―――………ぁあ………」

本来、“ここ”に光は辿り着いてきやしない。光を見るにはこの水底から浮上するしかないのにだ。

でも確かに光を感じている。
自身を温かく包む海が揺れる。合わせて身体も揺れる。

『―――――――ん』

水面の上から声が聞こえた気がした。

ああ。この声を俺は知っている。
何故だろう。意識が段々と形を成していくのに、抱いた疑問への解答は得られない。

『――――け――ん』

まぁ、いいか。
水面の向こうに上がれば答えは自ずと解る。

でもなんでだろう。
この感覚は、とても慣れ親しんでいて、酷く懐かしい―――





『―――たける、ちゃん―――』










八月六日 横浜基地


「―――たける、さん―――」

ベッドの上に薄着な恰好で身体をタオルブラケット覆い蹲る白銀武の身体を、社霞がその手で揺らし覚醒を促していた。
武を起こそうとする霞の姿は、おっかなびっくりという感じで、どこか遠慮しているように見える。

それでも、彼女は一生懸命“いつも”通り、武を起こそうとしていた。

「……………はぁ………」

これじゃダメだ。この人はこの程度じゃ起きてはくれない。
経験論でそう解答を得た霞は、武から手を離し一つ深呼吸した。

「―――ふっ!」

気合いの一言の元、霞は武が抱え込んでいたタオルブラケットを勢いよくはぎ取る。
武も結構な力で握り込んでいたというのに、そんなことも意にも介さずはぎ取ったその技術はここ五年で培われた対武専用技術だった。
はぎ取ったタオルブラケットを綺麗に畳み、霞はベッドの上に視線を戻す。

ベッドの上にはタオルブラケットをはぎ取ったことによって眠りの寄る辺を失ったのかうんうんと覚醒間近の唸り声を上げる武。

その寝顔を見て、思わず頬が緩み自然と笑顔が浮かんでしまう。
こんなにも自然に笑顔が出るなんて、五年前は思ってもいなかった。表情を作ったわけでもなく、心の内から溢れる感情からくる笑顔。こんなにも自然に感情を表に出せて、素直に笑える。それだけの感情が、思い出が、確かに自分の中にあるのだ。

「―――ん、ぅんん………」

さて。こんな感情を、それを為すだけの思い出を、数々の素晴らしい世界を見せてくれたこの人を、さっさと起こしてしまうとしよう。



「武さん。 もうすぐ起床ラッパの時間ですよ、起きてください」

タンクトップを着ている武の素肌むき出しの肩を掴み、優しくゆさゆさと揺らす。
武に触れる度に心臓はその鼓動を大きくするが、どうにか抑え込み霞はさらに武に覚醒を促す。


「武さん、いい加減に起きてくれないと………私、泣いちゃいますよ………?」

「――――――!!?」

久しぶりの最終兵器の投入に、武は半ば反射的に勢いよく起き上がった。

「まてまてまてっ、霞! ほら俺はちゃんと起きたぞ、だからどうか泣かないでくださいお願いします!」

強制的に覚醒させる一種の呪詛めいた言葉は相変わらず効果覿面の様で、武は未だ焦点の合わない思考のままあたふたと弁解し始めていた。


「はい、泣きません」

「そうかそうか、よかっ―――って、アレ? 霞……?」

謝罪と宥めを織り交ぜていた武の意識が、霞の笑みが混じった言葉で完全に覚醒し、その視線が霞の方に向いた。表情にはあからさまに驚愕の色が浮かんでいたが、それも最初だけで武の表情はすぐに気まずそうな暗いもの。視線も霞から外してしまっていた。


「おはようございます、武さん」

「ああ、おはよう……霞。 起こしに、来てくれたんだな………」

その言葉と裏腹に、二人の心がずきりと痛んだが、二人は二人ともそんなことに気付かない。

「はい」

「ああそのなんだ……。 もう、俺のこと起こしに来なくてもいいんだぞ? なんていうか、霞も忙しいだろう? 自分の研究とか、凄乃皇とかのこともあるしさ。 俺に………」

構わなくていいんだぞ。武は小さく霞にそう応えた。
ずきりと武はまた胸が痛むのを感じたが、それでもその態度に変わりはなかった。

「………そうですね。 研究が忙しい時は流石に起こしに来れませんね。 でも、それ以外の時は起こしに行くってもう決めちゃったんです、私」
「――――は?」

突き放す言葉だった武の暗い言葉に返ってきた、明るい声に武は思わず素っ頓狂な声を上げて、霞の方に漸く顔を向けた。


「武さん、私の気持ちは………きっとこれからも変わりません。 だから、決めちゃったんです。 私は、私に遠慮しないし、嘘も付きたくないですから……」

「……………そうか……」

辛うじて口に出せた何の気の効いていない言葉に武は唇を噛み締める。

「……それでは、私はこれで……。 またね」

霞はそう言って踵を返し、部屋の扉へと向かっていく。
霞の様子は終始笑顔で、武には酷く眩しく映った。

「………ああ。 またな、霞」

そう返して、武は自分で言った言葉に心の底で毒づいた。





「お。 おはよう、武」

身支度を整え、朝食をとる為にPXに向かうと緋村一真の姿があった。
先に来ていた一真はお馴染みの焼き鮭定食をテーブルに置いて、武に向かいひらひらと手を振っていた。

「おはよう、一真」

京塚志津江曹長に用意してもらったサバ味噌定食が乗ったトレイを腕に、武も挨拶を返した。

「相変わらず朝早いんだなぁ、お前。 俺も今日は結構早く起こされたから、今日こそは俺の方が先だと思っていたのに」

「―――なんだよ、それ。 別に競争じゃないんだし、予定までに起きれれば何の問題も無いだろう。 朝起きるのは適度に、食事を取るにも必要以上の速さは必要ねェよ」

確かに一真の朝は早い。彼がこの横浜基地にやってきてアルマゲストに参加して以来、彼が朝食の時間に遅れるということも時間に遅れるということもなかった。食事のマナーもしっかりとしているし。彼の出自を知ってしまうとどうにも彼の生まれを感じ取れてしまう。以前それを指摘してみたら本人曰く、習慣だそうでそう簡単には変えられないとのことだった。

「まぁ確かに。 でもなんつーかさ、たまにはお前より早く起きて驚かせてみたいと思っちゃったりするわけだよ」

「………そんな小さな優越感に浸りたいがために無理して起きるなよ………」


その後も食事を口に運びながら、二人は取るに足らない会話をPXで続けていた。
食事も食べ終え、PXを後にしようとした時、武が思い出したように一真に振り返った。



「なぁ、一真。 お前、霞に何か言ったのか?」

そう問いかける武の声はどこか戸惑いを匂わせるようで、何よりその表情は雄弁に何があったのかを一真へと伝えていた。

「何か、と言われても普通に話した程度ならあるぞ。 どうした? 何かあったのか?」

大方の予想は付いていたが、一真は小さく笑みを浮かべ肩を竦めた。

「今朝、霞が俺を起こしに来たよ」

「いつものことじゃないか、それ。 それに何の問題があるんだ?」

「最近はめっきり来なくなってたんだけどな。 でも、今日急にまた来たんだ」

どうにも話の雲行きが好ましくないと想い、一真はここじゃ他の奴らの邪魔になるからとPXをで出ようとしていた足をそのまま動かし、武もそれに続いた。

PXから出た廊下には朝食の時間ということもあってか、結構な人がPXに向かっていた。
二人はその流れに逆らい、挨拶をされれば軽く返すというのを繰り返しながら会話を続ける。

「………なんでそう迷惑そうに言うのかねェ。 なんだ、嫌なのか、彼女が?」

「嫌じゃ、ないさ。 それよりも、最初の質問に答えろよ、一真」

まるで尋問だな、とうんざりした様な溜息に混ぜて、一真は口を開く。

「二人とも陰鬱な顔をしているんじゃ、これからの首尾に関わる。 作戦後その旨をお前に言おうと思ってたんだけどな、どうにもタイミングが無くてね。 だから先に社さんに伝えることにした。 君は君がしたいようにすればいい、ってね」

「なんで、そんなこと言ったんだよ……?」

そう問う武の表情は、どこか悲しげな複雑そうなものだった。この件に関して彼はどうにも心の整理がついていないらしい。


「なに、オレは頑張っているヤツは報われるべきだと考えているタチでね。 何かと世話を焼いちまうんだよ。 まぁ社さんは芯の通った本当にいい娘だから、オレのお節介なんて必要なかったかもしれないけどねェ」

「………そう、かもな。 確かにあいつは強い娘だ。 まぁ、今朝のに関しては、久々に霞の笑顔が見れたんだし礼を言っとくよ、ありがとう」

武はそう言って一真に笑いかけた。一真にしてみればそれは調子が狂うモノ以外の何物でもなかったが。
だって、武の様子にはどこか元気が欠けているのだ。せっかく余計お節介をしたというのにこれでは、喩え礼を言われてもこちらがしたことが本当に余計であったのだと思い知らされる思いだった。

「なぁ一真。 お前、本当は気付いてるんじゃないのか? 俺は――――」

「やめろよ。 これは君たち二人の問題だ。 社さんはもう心を決めたんだろ、ならまだ終わってなんかいねェ。 二人のこれからを決めるのは、お前だよ、武」

「…………そうだな、考えとくよ。 これから忙しくなるし、ホントてんてこ舞いになりそうだな、俺」

「ハハハ。 眉間に皺寄せて大いに悩めよ、武。 どうにも迷った時は少しくらい話聞いてやるからさ」

自嘲を浮かべ溜息を吐く武の肩を叩いて、一真は武に微笑んだ。




未だ続く慣熟訓練の為にハンガーに向かう前に一度、一真と別れた後、武は廊下でひとり盛大な溜息を吐いた。


「――――決める、かぁ。 ああクソ。 答えなんて、どうやりゃ見つかんのかねえ」

そんな武のぼやきは、草臥れた灰色の廊下に響き、誰の耳に届くことなく溶けていく。


未だこの身の内に答えは見い出せていない。
もしかしたら、答えなんか最初から無いのかもしれない。

身の内に答えがないのなら、外に答えを探そうと思ったがそれじゃあ霞に失礼だ。

彼女は自分で決めて、その足を自分の意思で踏み出したのだ。
ならば、俺も自分の意思でしっかりと決めて、応え、態度を定めないといけない。


「俺は、―――――――――」







[13811] 第三十話 『集結』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/09 20:40





―――あの白と赤の二機の戦術機は何なのか。

先の寒極作戦後に起きた寒極防衛戦にてその姿を現した二機の戦術機。
たった二機の編隊で作戦に参加するという、まさに地獄に素っ裸で落ちていくかのような絶望的ともいえる暴挙に出たあの戦術機。

聞けばただの実証試験だったという。本当に愚かとしか言えない、その行為。

けれど、その事の顛末は大方の予想に反していた。
人伝に聞く者は最初は嘲りながら相槌を打つ程度のものだったが途中から目の色が変わっていくのだ。
それはただただ驚愕し、まさに眉唾という様な面持ち。

たった二機の戦術機が巨大な閃光を放ち一万近いBETAを屠ったこと。
白の戦術機が光線属種の光線を弾いたこと。

真に受けるのも馬鹿馬鹿しいと、ある者達は言う。
けれど、何かの冗談だと片付けられるようなことじゃないと言う者の姿もある。


そんな噂を後押ししたのは各勢力に流れた彼の作戦における紅白の戦術機の映像だった。
戦場を翔ぶように駆け、その軌跡にはBETAの死骸が夥しい程に積み上げられていく。

機体性能にしても衛士の技術にしても、それは圧巻だった。
あれは本当に同じ人間なのか。同じ人間にあれだけのことが出来るのか。

何より、あれほどまでに圧倒的にBETAを駆逐していく様は爽快だった。
何より、あれほどの“兵器”を一基地が保有しているということが、堪らなく気になった。

妙なざわめきを孕み、紅白の戦術機の噂は瞬く間に世界に広がっていく。










「とまぁ、現状はこんな感じね」

そう言って、香月夕呼は手に持った書類をぞんざいに机の上に放り、顔を前へと向けた。

「予想通りというか何というか。 さすがに前線に出向いている人たちには浸透しきりませんね」

「新型兵器なんてのは前線で戦ってるヤツらからしたら鬱陶しいの一言に限るもんだしね。 なにしろ自分の命を預けるシロモノだもの。 疑ってかかる方がよっぽど正常よ」

「まぁ………そうですね。 実際自分が使う兵器に愛着を持っている人も珍しくないですからねぇ」

夕呼の言葉に白銀武は未だ資料に視線を落したまま答えた。書面には現状自分が気にすべき点はなく、自分がすべきことに変更はないのだと再確認させられるようなもので、武は一説読むごとにふむふむと頷いていた。


「俺がいた世界なんかじゃ敵は専ら人間でしたからね。 最後に頼れるのは結局自分の身体―――ということになるんですが、この世界じゃ生身じゃどうしようもないし、その分自分が持つ牙への関心は強いんでしょう」

「そう? 肉体ってのは精神的にも重要なファクターよ。 肉体を鍛え上げたという実感は精神的な安定を齎す。 自分の研鑚の証として自身にもなるしね。 確かにこの世界じゃ人間以外が主な相手だけど、戦争するに当たって特筆すべき差なんてないわ」

二つの世界における戦争の共通点。それは戦うのは人間で、兵器を扱うのも人間だということ。
人間が上手く戦闘をするにはそれなりの知識とそれなりに出来上がった肉体が必要だ。それが命を懸けるものとなれば、戦うまでに積み重ねる研鑚は大きくなっていく。誰もが無為に死にたくない。だから人はその恐怖を紛らわせるために、払拭するために努力を積み重ねる。結果として出来上がるのはそれだけの努力に見合った精神と肉体。つまり、人が闘争するに当たり兵器を使うにしても空手を使うとしてもそれ相応の体躯というモノは必然的に必要になるのだ。総じて、体力というモノは何をするにしても有り余るに越したことないということだ。。

普通はそんなことを考えるまでも無いのだが、武は普通じゃない。この世界じゃない他の世界を知る彼がその差異を発見し、関心を抱くのは当然で、仕方のないことだった。


「しかもこの世界でも敵が人間以外だとは限っていないしねェ。 正直、お前のいた世界の話はじっくり聞いてみたいもんだけど、口が滑って他の奴らに漏らしたりするなよ」

「バカにすんなよ、一真。 これでもこの五年間、誰にも悟られたことなかったし、口を滑らしたことはないんだぜ? 喋っていい対象が増えたからってそんなヘマするもんか」

ソファに腰掛けてコーヒーモドキを飲みながら緋村一真がからかう様な口調で武と夕呼の会話に割り込んだ。
一真が言ったのは本当に冗談だった。無駄に白銀武固有の知識なぞ知ってしまったらそれこそ死の階段を二段飛ばしで上っていく様なものだ。
しかし、武の世界に興味があるのは本当で、夕呼からあまり耳を傾けてはいけないと言われてはいるが、それでも耳に入れてしまうことが殆どだった。

そして、武からしてみれば冗談ではないと言ったところだった。因果導体じゃなくなったとしても下手にこの事を漏らして、その相手に何が起こるのか解ったものではないのだ。自分の軽はずみな行動が誰かの危険に繋がることを強く理解している武がそんなヘマをするワケがないのだ。
何より、先頭に立って戦おうとしている奴がそんなことを言ったら、頭がおかしくなったのではないかと人間性を疑われる。それはあまりにおいしくない。

「それでも注意だけはしてくださいね。 武さんはただでさえ所構わず思いに耽って独り言が多いんですから」

「なんだ、若いのに大変だな」

「別にボケてねぇよっ!?」

一真とテーブルを挟んで反対側のソファに腰掛け、書類をまとめていた霞が笑みを交えながら言った言葉に一真は堪らないと言わんばかりに噴き出し、武は自分の意に沿わない解釈をされたことに対して憤慨する。

今彼らがいるのは夕呼の執務室だ。そこで彼らは一か月前に参加した寒極防衛戦の成果を検分し、夕呼は二機の試験結果を武と一真に伝えたりしていた。何より厳しく見直されたのはデータが完全に揃いきっていないCPCや螢惑、ML機関やGR機関に関すること。一応演習場でもラザフォード場は発生させることは可能だが、CPCと螢惑はさすがに撃つことは出来ないのでシミュレータで完全再現することは未だ出来ていない。その為にも、今後の研究の為にも、しっかりとデータを取る必要があったのだ。


「―――そうがなるなよ、最近じゃ若くてもボケが始まることもあるって言うじゃないか―――って待てよ。 それはやっぱり衛生面、食事による栄養摂取が原因なのかな? そうなら内閣や元枢府は何をやっているのかねェ………」

なんてことを呟く一真。軽くそんなことを言える辺り、彼の生まれを感じさせなくもない。

「なに面白すぎる想像してんだよ。 それに俺達は衛士。 政治は専門外だろ」

「それを言うならラスト・オルタネイティヴも十分政治に食い込んでいるよ。 今さらだ、今さら」

コーヒーカップをソーサーごと机に置いて、一真はひらひらと手を振りながら返した。

BETAとのコミュニケーションを諦め、人類は徹底抗戦の道を選ぶことになりオルタネイティヴ計画は第四計画を以って最終番となることになった―――BETAの研究は今も続いているのだが―――五年前、人類はBETAを真に敵と定めたのだ。そして、人類はBETAなんかよりもしっかりとコミュニケーションを取るべきモノが他にいる。それは同じ人間達だ。その課題、人類の目的を、意思をまとめ上げる。そして、その選択を促す計画こそがラスト・オルタネイティヴ。オルタネイティヴ計画最終番計画だ。
確かにこの計画は、各国家間の対話を目的としているのだからそうとも言えなくもないのだが。

「それでも俺たち衛士に政界への発言権はそうねえよ。 俺たちに出来るのは一般人の代わりにBETAと戦うことと、希望を示すことだけだ」

そう。この計画の成功は半分は“他人”任せだが、もう半分は軸となる武達にかかっている。


「―――と言っても白銀には一回以上会議に出席してもらうと思うけどねぇ」

「あ、緋村さん。 コーヒーのお代わりいりますか?」

「ん? ああ、ありがとう。 しかし、大変嬉しいんだがここは自分で淹れるよ。 社さんは書類の方に専念してな。 武もこっちでもう一杯どうだい」

「おお、もらうもらう――――――――――――って、先生。 今なんか変なこと言いませんでしたか?」

一真の誘いに武は意気揚々と軽く返事をし足を向けようとしたが先に聞こえた不穏当な発言に首を傾げ、その発信源へとゆっくりと向き直った。

「変じゃないでしょう? いくら計画責任者が私や国連のお偉方だって言っても、実行部隊の責任者はアンタ。 国家間の溝を埋めようっていうのに政界と軍の溝を埋めないというのもおかしいでしょ。 今まであった上層部と末端のすれ違いを減らすにもいい機会だし、アンタも顔を出す機会あるわよ」

新しい書類に目を通しながらニヤリと怪しい笑みを口元に浮かべて夕呼は今さら何を、といった様にあっけからんと答える。
はっきり言って、聞いてない。知らされていない新事実に武は口をあんぐりと開いて硬直した。

その後ろでは我関せずという様にいそいそとコーヒーモドキを淹れる一真。黙々と書類を片付ける霞。
何とも平和な……BGMが十数秒、執務室に流れた。

「……………………………………………………………………………………………………………正気ですか?」

「せめてそこは本気か、アンタお得意のマジにしなさいよ」

書類に目を通し、次はパソコンのキーボードをカタカタといじり始めながら、夕呼は淀みなく武に判決を下す。
確かに夕呼の言うとおり、これはある意味チャンスかもしれない。国家間が解り合え、軍間での軋轢を少なくすることを目指すのなら、政界と軍の間のすれ違いや食い違いも減少させるのも目指すべきだろう。そうでなくとも佐官ともなればそれなりの場に顔を出すことも屡だ。最初から随分ハードルが高いと思わなくもないが、それでも出来ないことではない。

「…………はぁ、そうですね。 わかりました。 覚悟しておきますよ」

覚悟を決めた、というよりも諦めた表情で武は溜息混じりに返した。


「大変だねェ、部隊長殿は。 ほれ、コーヒー。 香月博士もどうだい?」

「―――ええ、頂くわ。 にしてもアンタ、前から思っていたことだけど口の利き方がなってないわね。 アンタのそれが交渉だってのはわかってるけど、あんまり度が過ぎるとはっ倒すわよ?」

一真は手に持った二つのカップの内一つを意気消沈している武に渡し、続いてもう一つを夕呼に渡す。そんな一真を夕呼はコーヒーカップを受け取りながら睨みを利かせた。
四月に夕呼が一真を国連軍へ引き入れた時のことだ。
『―――まぁ、オレが貴女の指揮下に入るってのはお偉方同士で決めたことだし、抗いようがないってのはわかります。 けれど、それじゃあまりに不公平でしょう? だからさ、一つ交渉があるんだがいいですかね?』
『アンタの言い分を聞き入れる必要は私にはないのだけれど……ま、いいでしょ。 言ってみなさい。 今回の件に関してならアンタとの交渉も成り立つでしょ』
『敬語使わなくてもいいかな、香月夕呼? 知っての通り、オレは相手を敬うことが自然なんて教え込まれるような家の生まれなんだがねェ。 貴女は別だ。 随分と我儘な要求だとは思うんだが………それはお互い様だろう?』
『……………それぐらいなら、構わないわよ。 元々畏まった対応は好みじゃないし、場を弁える程度の心構えを忘れなければ許可するわ。 その程度で駒が一つ従順になるのなら安いモノよ』
『オーライ、交渉成立だ。 業腹も大概だが、取り敢えず貴女の命令には従うとしようか』
『………………………………いいのかな、それで……………』
と、困ったような笑みを浮かべる霞のそんな呟きで幕を閉じた交渉。その時、とある基地のとある一角において、体感温度が一気に下がったそうな。

「なんだ、ちゃんと場を弁えて使い分けているだろう? ………それより、やっぱりML機関の方はどうにもならないのか?」

夕呼の睨みを平然と受け流し、笑みで返しながら一真は臆することなくさらにそのままの口調で言葉を紡ぐ。その様子を見た武はコーヒーカップに口を付けたまま戦慄し、また固まった。交渉の時を知らない彼からしてみれば、香月夕呼にタメ口を利く一真はある意味尊敬に値した。

「………………ええ、そうね………。 前回の作戦におけるデータを調べた結果、白狼がラザフォード場を安定して展開することが出来る時間は限られてしまうわ。 小型化の最大の難点だったけど、やっぱりこればっかりはどうしようもないわね」

ふぅ、と息を吐いて夕呼は腰かけていた椅子の背凭れに背を預けた。

先の寒極防衛戦で浮上した問題。それは凄乃皇『白狼』に搭載されたムアコック・レヒテ機関によるラザフォード場を展開できる時間に刻限があることだった。一応小型化が成功したそれは理論上機動に問題はないのだが、やはり戦術機一機に納まるには大きすぎる産物なのか展開したラザフォード場が永く安定し切らなかったのだ。戦闘中に検出された歪みは人体に影響ない程度のものだったが、それでも歪曲率に想定外のブレがあったのは事実。その場は電源を切り替えるという武の咄嗟の機転により難を退け、問題はなかったが以前の様に常時展開は臨めそうもない。
小型化とML機関を制御する00Unit-Ghostの00Unitとしての不完全さが原因かもしれないが、ここで諦めるのは夕呼の科学者としての意地が許せそうもない。夕呼は新たに聳え立つ問題を見据え、不敵に笑う。

「―――数値としてはラインなので、戦闘に支障ありません。 ただ展開時間を制限することになるので前回の様に機関を何度か切り替えないといけなくなりますが………」

「………問題ないよ、霞…。 ようはラザフォード場を鎧として考えるんじゃなく一つの武器に考えればいいだけだ。 ML機関だって最低CPCの充電とレーザーを歪曲出来るだけ機動出来ればいいんだから。 ラザフォード場は強行突破か周囲掃討の時にでも使うさ」

霞の言葉に武が返事をする。その声は以前より見せていた彼女への優しさに陰りを見せていて、どこか余所余所しさを感じさせるものだったが、それでも武はしっかりと霞の目を見て言ったのだ。
その様子を見る一真の赤い視線はやや厳しいものだったが、取り敢えずの進歩と言ったところかと落とし所を見つけたようで、視線がぶつかった夕呼に目を向けて肩を竦めた。


その時、夕呼の机に備え付けられた電話の電子音が執務室に鳴り響いた。
夕呼はすぐさま受話器を手に取り、受け答えを始める。どうやら彼女はけたたましく鳴り響く受信音が好きではないらしい。

「――――はい。 ああ……そう。 準備できたの。 わかったわ、白銀達をそっちに向かわせるから………それじゃ」

返答は短く、最小限に。夕呼は受話器を置いて、武達に視線を向ける。

「漸く、来ましたか?」

「ええ。 招待状は快く受け取ってもらえたようね」

切り替わった夕呼の目の色を見て、武は嬉々として尋ね、夕呼も小さく笑みを浮かべて答える。
武はよしっと気合を入れる様に声を上げ、手に持ったままだったコーヒーカップの中身を一気に飲み干した。


「――――それじゃあ、行こうか。 お仲間を待たせちゃ、申し訳が立たない」

「そうですね。 こちらも片付きましたし、いいタイミングです」

「オーライ、あまり気乗りはしないんだがねェ………」

武の声に霞と一真はソファから腰を上げ、三人は執務室から出ていった。
執務室に残ったのは、この部屋の主である夕呼ただ一人。夕呼は計画がまた一歩進んだと一つ溜息を吐いた。

自分の机に置かれたコーヒーカップがふと目に留まり、エレガントではないが先程の武の様に一気に喉に流し込む。コーヒーモドキの味はそう美味くない。しかし、未だ熱さの残るそれは、確かな温かさを食道に残して胃に落下していき、寝不足によって散漫しがちな集中力を凝固させていく。

「…………あら?」

カップをソーサーに置いて、今度は先程まで霞と一真がいた机に目を向ける。そこには三人分のコーヒーカップ。だが、その中身が入っているカップはどこにもなかった。











八月三十一日 横浜基地


「―――さてさて、何人来てくれてるかなぁ……?」

手を頭の後ろに回し、草臥れた灰色の天井を仰ぎ見ながら武は呟く。その声には期待がありありと浮かびあがっていて、まるで子供みたいだなぁと霞はクスリと笑う。

「何人、ねェ? オレとしてはそう多くない方が気が楽だよ」

「何でだよ? まさか月詠さんと同じ部隊は嫌だなんて駄々を捏ねるわけじゃないだろうな?」

武の声色に対してどこか不満げな声を上げる一真に、武はジトーっとした視線を送る。

「―――ああ、真那ね。 うん、確かに嫌だ。 オレは鬼の居ない生活を所望していたというのに………―――まァ理由はそれだけじゃないんだけど」

ぼそりと、何とも切実そうに一真は呟いた。最後の方は囁くような小さな声だったので、その言葉に込められた意味は二人とも拾いきれないかった。

「そんなこと言って、ホントは結構嬉しかったりするんじゃねえの? 月詠さんとは同期なんだろ。 色々積もる話だってあるだろ」

「出来れば積もるだけ積もってそのまま崩れ去るということを期待してたんだがね、オレは」

「そうですね。 月詠少佐や月詠中佐の生存がわかっただけで充分嬉しかったんですものね」

「………さらりと人の心中を暴露する君の容赦のなさに涙が零れそうだよ」

にっこりと素晴らしい笑顔を湛える霞に、一真は引き攣った笑みを浮かべ肩を竦めた。それを見て、武は二人の間の壁が薄くなっているのを感じ、何となく温かい気持ちになったのだが、チクリと胸に幻痛が走った。

「嬉しいんだったら素直に嬉しいって言えばいいんですよ。 緋村さんも、もう少し思ったことを率直に言うべきだと思います」

なんとなあく、どこかで聞いたことがあるフレーズに一真の笑みは更に歪んだ。それを除いたとしても、今の言葉は彼女なりの趣旨がえしなのだろう。

「―――はいはい、わかったよ。 まったく、余計なことを言うもんじゃないねェ。 口は災いの元とはよく言ったもんだ」

「ちなみに、一真。 帝国からは絶対に来てると思うから、お前の望みは敵わないと思うぞ」

更に追い打ちをかけんと武は厭らしい笑みを浮かべて、一真に声をかけた。

「……………いいよ、もう。 とっくの昔に諦めてる」

半ば辟易としたように一真は武の追い打ちを受け流した。
けれど、一真だって本気で顔見知りと会いたくないわけじゃない。諌山緋呼は元々人付き合いは苦手な部類の人間であって、今の彼はそういったところを改善した、といっても根本的な部分はあまり変化なかっただけのことだ。ゆえに、武と同じ様に嘗ての戦友と顔を合わせるのはそれなりに喜ばしいことではあるし、霞の様に人と話すということにそれなりに好奇心を抱いたりもしている。詰まるところ、武は人の一部感情を読み取ることが苦手で、一真は一部の感情を表に出すことが苦手なのだ、ということだった。




「―――白銀少佐」

“彼ら”が集められたブリーフィングルームがある廊下に出ると、ブリーフィングルームの扉の前に立っていたイリーナ・ピアティフがこちらに気付き、遠巻きながら会釈し、武達も三者三様に挨拶を返した。

「ああ、ピアティフ中尉。 ご苦労様です。 みんな、もう中ですか?」

「ええ。 いらっしゃったのは―――」「あ。 いいですいいです」

質問に首肯し、ピアティフがさらに言葉を紡ごうとしたところを武は優しく制す。

「―――こういうのは、見てのお楽しみっていう方が面白いんですよ」

口元の前に人差し指を立てて、ウインク一つ。武の楽しげな笑みを湛えながらの言葉にピアティフは「はぁ」とわかった様なわかっていない様な生返事を返し、武たちに道を譲った。

「悪いね、ピアティフ中尉。 あれも逸る期待でどうにも落ち着きがないようだ」

「いえ、気にしてませんので。 何より、そういった楽しみ方をする人には慣れてますし」

一真と対したピアティフのその態度はどこか諦念を覗かせたもので、長年どっかの誰かさんの元で振り回された結果こうなったのだと雄弁に語っていた。

そんなやり取りを見ていた武はさて、と一呼吸置いてブリーフィングルームの扉へと手を掛ける。
期待を胸に、開かれた扉から武、霞、一真、ピアティフの順にブリーフィングルームに入っていく。

武は教壇まで落ち着いた足取りで歩いていき、目の前に立つ人物に敬礼をした。それに続いて一真たちが敬礼し、他の者は答礼を返す。


「ようこそ横浜基地へ、世界に名立たる衛士諸君」

目の前に立つ九人を、満足げにしっかりと見渡して、武はニッと笑みを浮かべてそう言った。









少し時間を遡る。
ユウヤ・ブリッジスは輸送艦にて横浜基地へとやってきていた。
ユウヤは同乗していた整備班と研究者と共に滑走路へと降り立つ。

「(空から見ても思ったが……この辺に自然はあんまりないんだな。 これが元BETA占領地区ってやつか、それともG弾爆心地あとってことか)」

ただ広い滑走路に吹きめく風に揺れる髪を抑えながら、辺りを見渡す。そこには横浜基地の無機質な建築物は見えるものの、それ以外は見当たらない。空から見た光景は廃壊した街並みと、碌に整備されていない荒野。建築物の向こうへと広がるあの青空の向こうにはそれしかないのだ。
それがBETAに因るものなのか、米国がここに落としたG弾の結果なのかと考えると、この地へと立つ足が僅かに竦んだ。
嘗て彼の内に根付いていたこの国―――日本帝国への嫌悪感は既に払拭されている。むしろ嘗てBETAに国土の半数を奪われていた国とは思えないほどの現在の奮戦を鑑みれば感心しているところもあるぐらいだ。しかし、そうやって理解を深め、感情が移ろうと嘗て自軍がしてきたことに対して引け目も生まれてくる。
ユウヤはそんな想いを懐きながら、そのまま青々と広がる空を呆然と眺めた。

「オイオイ。 ユウヤ、長旅に疲れちまったのか? そんなぼうっとしてっと相手さんに舐められちまうぞ?」

横合いから飛び込んできた陽気な声。

「―――別に疲れちゃいねーよ。 これからここでやっていくんだ。 なら良く見ておくのもいいだろ」

視線だけ横に動かして、ユウヤは自身の戦術機の整備班長として付いてきた悪友―――ヴィンセント・ローウェルに答えた。

「ああそうかい。 俺はてっきりまた国連へ出向することになったわけだが、それが今度の配属先が日本てなってナイーブな気分になってるんじゃないかと思ってたよ」

「…………………………………………………」

ついさっき考えていたことを言い当てられてユウヤは少しだけ眉間に皺を寄せて閉口した。
ヴィンセントとは今や十年近い付き合いとなる腐れ縁だ。ユウヤは開発衛士として、ヴィンセントは整備士としてこれまで多くの苦楽を共にしてきた。ユウヤにとって最大の分岐点でもあった五年前のXJF計画の際も、多くの場面で支えてくれた彼は、悪友と言っていても気の知れた良き友人だ。だがそれでも、友であっても心の内をそう簡単に言い当てられてはムッと来る。まるで自分が単純なヤツみたいじゃないか。

とうのヴィンセントはユウヤの態度を見て、自分の指摘が正解だったのだと悟り自慢げに鼻を鳴らしていた。

「まぁまぁ。 そう黙るなよ、“俺達”にしたら今回の異動は大歓迎だろ? こんな機会滅多に出会えるもんじゃないし」

意気揚々と言葉を紡ぐヴィンセントだが、対してユウヤの表情は固いモノだった。
ヴィンセントは今回の計画について深くは知らない。つまりユウヤほど情報が開示されていないのだ。
そんなこともあり、ユウヤはヴィンセントほどお気楽に受け止めることが出来なかった。

別にこの計画の方針に意を唱えるつもりもないし、ヴィンセントの言うとおり大歓迎だ。
詰まるところ、お互いに“やりがい”のある仕事だということだ。

「そうだな、でもそろそろ黙った方がいいみたいだぞ」

顰め顔を解いてユウヤはヴィンセントへと振り向きながら言う。その言葉でヴィンセントも気付いたようで、一介の整備士に見合った態度と顔つきに変わる。

「―――お出迎えだ」

顔を正面へと正して、ユウヤは誰と向けたわけでなく言い放つ。
そこには何とも厳つそうな顔立ちをした男性を先頭にこちらへと向かってくる一団があった。
対するユウヤ達、米国から出向してきた一団もそちらへと歩いていき基地司令塔間近になったところで、双方は相対した。

「米軍よりこの横浜基地へ出向しましたユウヤ・ブリッジス中尉であります。 私を含めた延べ三十七人、本日からこの横浜基地でお世話になります」

「―――横浜基地司令パウル・ラダビノット准将だ。 横浜基地一同、諸君らを歓迎する」

お互いに敬礼をしての応対。
ユウヤは米国の代表として恥ずかしくないよう挨拶したのだが、目の前の男の位を聞き目に見えて表情に驚愕を浮かべていた。

「基地司令―――自らお迎えとは、恐縮です………」

「なに、この計画に参加してくれた諸君らを迎え入れるのだ、それ相応の対応が必要だろう。 これは諸君らへの期待とこの計画の重大性を表していると取ってもらっても構わんよ」

小さく笑みを浮かべてのラダビノットの言葉。

「了解です。 ご期待以上の成果を得られるよう、我々も任務に精励します」

その言葉にユウヤも同じ様に小さく笑みを浮かべて力強く答えた。
大きな期待に狼狽する程気弱でもないし、上からの言葉に不満を見せる程幼くもない。
むしろその期待に答えてやろうと気概が湧いたユウヤは毅然として、ラダビノット一段と対することが出来た。

ラダビノットもその対応に満足したのか、一度頷いて見せた。

「うむ。 それでは待ち合う部屋まで案内しよう」

彼がそう言うと何人かの国連軍人が班別に案内する場所までを説明し出す。
どうやら俺は整備班―――ヴィンセントとは別のところに案内されるようだ。まぁ機体の運び出しもあるだろうし当然と言えば当然だが。そんなことを心の隅で考えていると、自分にも一人の女性が駆け寄ってきた。

その女性には見覚えがあった。確か、寒極防衛戦の際に招集された時も案内してくれた女性だ。
彼女に先導され、その場を後にしようとした時、何となくヴィンセントの方に視線を向けてみると、こちらの視線に気付いたようで聞こえるわけもないのに何かを言っているようだった。

――――唯依姫によろしく

陽気な笑みを湛えながら手を振り、ヴィンセントは目的の場所まで駆けていった。

まぁ色々言ってやりたいことはある。例えば未だそんな呼び方覚えてたんだなとか。
取り敢えず、言われなくても、お前も頑張れよ、という意味を込めてヴィンセントの後ろ姿に向かって肩越しに手をヒラヒラと振り、ユウヤは基地内へと足を向けた。





国連軍人の女性に先導され、ユウヤは基地内にあるブリーフィングルームへ辿り着く。
すると、その女性は一言断って元来た道へ踵を返してしまった。まだ来てない奴もいるのか、また出迎えにいき、往復しなければならないのかと思うと、エールを送りたくなった。

彼女を見送ったユウヤは一つ深呼吸してブリーフィングルームへと入った。

部屋の中には八人の女性。あの時招集された者だけならば自分が最後の様だ。
ユウヤは彼女達に敬礼し、ゆっくりと足を進めようとした。

「――――ゆうやあっ!」「―――うごおぅ!?」

進めようとしたのだが、何とも明るい声と共に受けた衝撃のせいで思わず蹈鞴を踏んだ。
ちょうどよく鳩尾辺りに来たため思わず呻き声が漏れた。

なんとか踏ん張り、視線を下に向けるとそこには自身の胸に顔を埋める銀髪の少女。これぐらいの背丈でこんな綺麗な銀髪を持つ少女は一人しか思い当たらない。何より、この衝撃は慣れたモノだ。なんだか悲しい。

「―――っつぅ……。 イーニァ、元気みたいだな」

「うん、イーニァはげんきだよ。 イーニァがげんきだとユウヤはうれしい?」

顔を綻ばせながら声を掛けてみれば、予想通りこちらを見上げるイーニァ・シェスチナがいた。

「ああ、嬉しイ――――?!」

一か月ぶりに会った戦友に笑顔で応えようと微笑もうとした時、悪寒がした。

「…………………………」

悪寒の原因であるその視線を辿れば、悲しげな目をこちらに向けている篁唯依。
何とも悲しげで寂しげな、まるで捨てられた子犬のような視線にユウヤの背中に冷たいモノが流れた。

「イーニァ、ちょっと落ち着きなさい」

言葉に溜息を混ぜながらクリスカ・ビャーチェノワがイーニァを制する為に小走りにやってきた。
クリスカはイーニァの両肩に手を置いて抱き寄せるようにし、ユウヤと相対した。
ユウヤにしてみれば戦友と、クリスカにしてみれば嘗ての想い人と、現在の戦友との再会。

「よぉ。 一か月だな、クリスカ、唯依」

「ああ、そうだな……ブリッジス」

「私はついでなのか…………」

ぶっきら棒な二人の返答にユウヤは苦笑いを浮かべるしかなく、肩が下がった。
特に恋仲である唯依に対しては頭が無意識に下がってしまうほど申し訳ない気分だ。さっきの返事は意としてではないのだが。それにこの程度で不満ととられるほど浅い関係でもないだろうに。


「………あら。 ええと、あなたは確か……ユウヤ・ブリッジス中尉でよかったかしら」

部屋に入ってすぐの場所で騒いでいたせいもあり―――というかそこまで広くないブリーフィングルームでしかも人数もそう多くないのだから目に着くのも当たり前。形はどうあれ声がかかるのも必定だった。

「えー、と。 はい、ユウヤ・ブリッジス中尉であります。 あなたは風間大尉でしたよね」

上官であるということと風間祷子特有の柔らかい物腰のせいもあってか、ユウヤは腰の低い対応になる。

「ああ、確か米軍の開発衛士か。 何だ? 祷子、何だ随分手が早いな。 私というモノがありながら」

続いて軽快な調子で、赤味の混じった特徴的な髪をした女性が視界に飛び込んできた。中性的な顔立ちで可愛いというよりは綺麗で格好いいというべき容姿な彼女―――宗像美冴が、お嬢様の様にお淑やかそうな風間祷子の隣に立つと、何とも画になる。なんというか、まるで舞台の様に華がある。

「いやですわ、美冴さんたら。 二股なんて私も好みじゃありません………美冴さんだってそうでしょう?」

「ぐ、祷子ぉ……痛いところを付く様になったな………」

あらあら痛いところではなく甘いところでしょう、なんて返し白熱(?)し始めた二人を余所にユウヤは椅子に座ろうと席に向かっていく。
椅子に腰かけ一息吐く。米国からこの極東の島国までの決して短くない道程を飛んできたのだ。肉体的にではなく、やはり精神的な疲労は幾らか残った。

「―――お疲れ様、だな。 ユウヤ」

「ああ。 唯依、お前はいつ頃こっちへ来たんだ?」

ユウヤが腰かけたのは唯依が座る席から右に一つ開けた席。微妙な位置取りだが喋る分には問題なく、親しい間柄ということもあり淀みなく会話へと突入した。

「一時間と少し前くらいかな」

「相変わらず、律義というか何というか。 もう少し余裕持とうぜ?」

「………む。 これでも昔と比べ変わったと評判なんだぞ。 誰のお陰とは言わないが、お前からそう言われると少し自信をなくす……」

唯依がむくれたように視線を横に流して、ぼそりと呟く。

「あ、いや……別にそういう意味でいったんじゃねーぞ?! 別に早く来ることは悪いことじゃないんだし、むしろ礼儀だろ。 あー、なんつーか…俺が悪かったっ」

同じ配属になるのは五年振りで、ゆっくり話せるのも久しぶりだというのに、出だしから思わしくない展開にユウヤは狼狽しながらも頭を下げた。唯依も急に頭を下げてきたユウヤに狼狽するも、彼女自身これ以上こんな話を続けるのは望んでいないのでそれ以上は何も言わなかった。
笑顔で仲直り、なんて微笑ましいことはしなかったが、お互いに改めて再会を祝す言葉を贈り、ユウヤがヴィンセントも来てるんだぜ、と言い、唯依が嬉しそうに頷いた頃。 ――――クリスカは少しだけ寂しそうな視線をして、イーニァは二人の会話に楽しそうに耳を傾けていた。


「―――ク、はははっ」

と、唯依の隣の席から笑い声が上がった。

「月詠少佐っ?」

思わず忘れていた、と言わんばかりに唯依が慌てた様に隣へと振り返る。ユウヤと言えば、急な笑い声に少しだけ眉を顰めていた。

「いやなに、あの篁がこれほど楽しそうに男子と話しているところを今の今まで想像できなくてな。 その彼との間柄も聞き及んでいたが、少々心配だったのだが………いざ見てみると何とも仲睦まじく、杞憂に終わったことが可笑しくてな。 許せ、篁」

口元に手を添え、先の笑いの余韻を残した表情での月詠真那の言葉に、唯依は頬を赤らめていえいえと顔を横に振りながら応じる。

「ああ、そうだ。 後で自己紹介の場もあるだろうが、先んじて紹介しておこう。 ユウヤ、こちらは私と同じく帝国斯衛軍から国連軍へ出向した―――」

「月詠真那だ。 階級は少佐。 篁のことも含め、今後宜しく頼むぞ、ユウヤ・ブリッジス中尉」

唯依との会話を聞いてそれなりに親しい間柄だということは予想が付いたが、その女性は帝国斯衛軍だった。自身が米軍からの出向者だということも然して気にした様子もなく、むしろ友好的に接してくれた真那の対応はユウヤとしては有難いものだった。

「―――ユウヤ。 ユウヤ・ブリッジス中尉であります。 ………少佐に言われずとも、唯依のことは任せてくれて構いませんよ」

そんなユウヤの言葉に唯依はこれでもかというほど赤面し狼狽し、真那は心底愉しそうに満足げな笑みを浮かべていた。余談だが、後にユウヤの眼前に白い小姑(ホワイトヘアーデビル)が降臨なさるのだが今の彼には知る由もない。



「さて、ブリッジス中尉で最後か。 ならば、先に各々の自己紹介を済ませ今後について話し合うのもいいかもしれないな………。 どう思う、宗像少佐?」

「ええ、それもいいでしょう。 今後背中を預けて戦うのですから親睦を深めることはマイナスにはなりません」

同じ佐官であり、過去の共闘の経験、そして富士教導隊と斯衛軍という浅くはない関係もあってか、真那と美冴は淀みなく会話を進める。
そして、その二人の会話は狭いブリーフィングルーム内に筒抜けで、話題を聞きつけた者が二人を中心に集まり始める。

「宗像少佐ー、なんか面白い話ですか?」

「僕も混ぜてください」

話題を聞きつけた涼宮茜と伊隅あきらが明るい声を上げる。
茜とあきらはポジションが同じということとその性格に似通ったところがあるせいか、話し込んでいる内に打ち解けたようで、先程まで和気藹々と話していたところだった。

「(――――ぁ。 もしかして………)」

ここにきてユウヤは初めて気が付いた。
目の前にいるのは六人の女衛士。ユウヤの後ろの席ではクリスカが「私も話しに参加すべきだろうか。 いやすべきなのだろうが、如何せんどう話に入り込めばいいのか………」といった様に人付き合いが苦手な(ユウヤも人のこと言えない)彼女なりにコミュニケーションを取ろうと思案しているようで、イーニァはそんな姉とこちらの一団を目で行ったり来たりしている。

そして、自分。
部屋にいる九人中八人は女性で、男は自分一人なのだ。
ハーレムだぜヒャッハァァアアアなんてどっかのイタリア人や目の前のことを楽しむということに関して才能を発揮する悪友ほど、女性に積極的でないユウヤは今気付いた重大な新事実に項垂れる他ない。
確かに男性の数は減少し、女性の数の方が上回っているのが現状だがユウヤは米軍所属だ。未だ資源と人材が十分とはいえないまでもしっかりと有しているかの軍は他の軍と比べると男女の比率はイーブンに等しく、このように男女比一対八なんて部隊はそうそう経験できるものではないのだ。

「(ぐぉお………なんという、疎外感………)」

女性を相手にした経験がないというわけじゃないのだが、こんは境遇には慣れていないユウヤ。そんな彼を置いて、女たちは話を進めていく。


「ああ。 やはり、宗像少佐方はこの横浜基地で任官し、教導隊に移ったのか」

「そうですね。 ですから横浜基地や周辺地域の内部構造、地理には明るいですよ。 三人ともあの白銀と同じ部隊にいたこともありますし」

真那と美冴達の親しいやり取りが教導隊以来の付き合いではないと推察した唯依を茜が肯定する。
白銀武といえば、欧米でもそれなりに有名な衛士だ。かのXM3の基礎概念構築や戦場における戦果の数々は他に生むわ言わせないだけの凄味があり、ユウヤも武の噂は常々耳にしていた。というか、武はユーコーン基地にも顔を見せたこともあるらしく、その際の話は十二分に聞かされていた。
それゆえに生まれた好奇心か彼への興味か、武の話題が出るとユウヤの口は自然と開いていた。

「なぁ。 シロガネタケルはどんな奴なんだ?」

「白銀少佐は………そうね、私たちがまだこの横浜基地にいた頃の彼は、とても頼りになる―――男の子だったわ」

仮にも上官になる人物のことを目の前の上官に尋ねる態度ではないのだが、対して気にした様子もないのは、さすが伊隅ヴァルキリーズ出身者といったところだろうか。ユウヤの質問に祷子が答えた。

「男の子て………まぁ確かにあの頃の白銀は男として~というよりは男の子ってかんじだったかなぁ」

「そうなの? 僕は直接の面識はそうないのだけど、結構理的で逞しい人だと思ったよ。 茜ちゃんの言う白銀少佐像は……いまいち想像できないなぁ」

「ははは。 伊隅大尉、それは白銀もこの五年でそれなりに成長したということだ。 いや、深く付き合えば奴のそういうところに綻びが生まれるかもしれないぞ?」

「なあっ?! ぼ、僕はそんなっ、」

美冴の言葉をどう受け取ったのか、あきらは顔を赤らめてブンブンと顔を横に振って否定するのだが、それも美冴の楽しみを助長するだけでえいえいえと突かれて弄ばれていた。

「―――あ~、うん。 じゃあ、白銀――少佐は、昔から凄かったわけじゃない?」

取り敢えず、白銀武という人物が彼女達に形はどうあれ大いに好まれているというのはユウヤにも理解できた。
カールズトーク的な片鱗を垣間見せる彼女達の会話に居心地の悪さを感じたのか、ユウヤは先ほどよりも遠慮気味に問うてみる。

「ふむ、ブリッジス中尉の言う凄さというのが衛士としての腕前だというのなら最初から凄腕の者などいないだろうな」

ユウヤの質問に今度は真那が答える。ユウヤとしては斯衛軍である彼女が何故白銀武について話せるのか少々疑問であったのだが、真那の返答を聞き、先程の質問が愚問だったと悟り、それどころではなくなって恥ずかしげに顔を伏せた。

「―――だが、あの男は最初から今の実力の片鱗は見せていたな。 任官当初は戦術機教程修了記録を大幅に塗り替え、 続いてあのXM3の基礎概念構築を手がけたのだ。 任官して間もない衛士としては十分すぎるほど才気溢れる様を見せつけていたな」

特に戦術機操縦技術においては歴戦の猛者も一目置いていた、などと褒めちぎると言っても過言ではない真那の言葉に美冴達もうんうんと頷いていた。そう、つまり白銀武は五年前―――任官当初からその腕前を人柄を認められ、将来を嘱望されていたのだ。ユウヤだけではなく唯依や紅の姉妹は知らないことだが、武本人にはその自覚があまりなかったりする。


「ブリッジスはシロガネのことが気になるのか?」

横合いからの突然の声。
クリスカがとうとう会話に参加したようで、ユウヤからしてみれば完全に不意打ちだった。何せ彼女の言葉は思いっきり核心を射抜いていたのだから。

「……………ユウヤ、がちほ」「違うっ!! 断じて違うぞ、イーニァァアアッッ!!」

有らぬ疑いを抱くイーニァが言葉を吐き切る前に、ユウヤの魂の雄叫びが遮った。

―――んっふ、困ったものです…………なんていってられるかっ!
それに唯依、なんでお前が悲しそうな目をしてるんだよっ?お前を好きな時点でそんな疑い立たないだろうガッ!


「………まぁ、ブリッジス中尉の○×△※疑惑は置いとくとして……」


置かないでくれ。忘却の彼方へ投げ出してくれ。
ところで風間大尉、アンタ可愛い顔して中々エグイこと言いますね。


「やっぱり気になるよねぇ。 だって私たち衛士だもん、相手の腕前は確かめたくなるよ」

強い衛士がいたら挑んでみたくなるのもわかるよと茜は繋げる。
戦闘狂なんて言葉は好ましくないが、人類を守る為、BETAを打ち倒す為と鍛えた腕前は世界中多くの衛士にとってアイデンティティであることは確かだ。ユウヤも例に漏れず、自分の衛士の腕前には自分なりに誇りを持っている。それが災いしたこともあったが直すつもりはない。


「ユイ。 ヒムラはどうなんだ?」

クリスカが尋ねたのは勿論、緋村一真の衛士としての腕前のことだ。

「えっ、なんで?」

しかし唯依にはその言葉がうまく伝わらなかったのがそんな疑問符が上がっていた。
なんとなく、面白くない。ユウヤはクリスカの質問にうろたえた唯依を見てそんなことを思った。

「前回、ヒムラと親しいようだったからヤツの腕も知っているんだと思ったんだが………違ってたか?」

「え、ああ。 私は今のあの人の強さを、直接は知らない。 だが、防衛戦の際の戦闘を見たろう? あの人の実力は白銀少佐と比べても遜色ない、というのが私の見解だ」

「……………そうか……そうか、ならば……やはりあの男は………」

唯依の回答を聞いたクリスカはぶつぶつとそんなことを面白くなさそうに呟く。

「緋村大尉って謎ですよね。 宗像少佐はどう思います?」

「そうだな……白銀とは違った特異な機動だな、奴は。 白銀の三次元機動は“翔ぶ”という印象だが、緋村大尉の三次元機動は“這う”という印象を受けたよ」

それは大地であったり、BETAの身体であったり。一真の機動は武の様に噴射跳躍し、空中を翔る頻度は少ない。それは平面的な動きを取る、昔の機動を捨て切れていないとも取れるが、事実そうではないのだ。彼の機動は止まらない、連続的な近距離戦闘だ。ゆえに空への回避は武より少なく、噴射跳躍したとしても武の様に翔ぶという風にはなっていないのだった。

「なるほど。 そういう風にも受け取れるか」

真那が納得したように頷く。一か月前の寒極防衛戦での一真を見た当初の真那の印象は、また腕を上げた、と嫉妬と焦燥を合わせた様なものだったが、今は落ち着いて分析できるほどに冷静だ。正直、あの男の背中を見るのは御免だ。あの男を調子に乗らすのはもっと御免だ。


「ふむ。 月詠少佐、皆であの二人の戦闘を分析するのはどうでしょう? やはり、彼らへの関心はみんな強いらしい」

「そうだな。 面白そうだ、存分に議論を交えようではないか」



その言葉を皮切りに、九人は己が衛士の誇りにかけて二人を打倒すべく議論を開始する。
その激しさ、その濃厚さは、恐らく一衛士達の議論としてみれば類を見ないものだったろう。
富士教導隊で活躍した者達、最新鋭機を担う部隊長、斯衛の中央試験部隊長、斯衛最強と謳われる部隊に名を連ねる者、米軍有数の開発衛士、第三計画の遺産でもあり、優秀な開発衛士でもある者達。これだけ錚々たる面々が議論すれば、白熱するのも必然だった。

そうして、熱が引き、議論が落ち着こうとした頃。
九人の猛者が集う部屋の扉が開かれたのだった。










「――――基地施設や部隊活動の日程は以上です。 何か質問は―――?」

粗方の説明を終え、武が教壇の上に手を戻し、九人を一望する。
最初は各々自己紹介でもしてから始めようかな、と考えていたのだがどうやら武達が来るまでにそういったお話は済んでいた様なので必要なことを説明すだけになっていた。それは武にとって正直有難い。最近こういった説明が多くなっていて、らしくないことを大真面目にやってるもんだから、蓄積される疲労も一入だった。

武が視線を向けた先には静まりかえる八人の女性と男子一人。
これだけの人物たちが見事にみんな国連軍C軍装を着こんでいるのだから壮観だ。
特に斯衛軍属の者が国連軍軍装を身に纏ってる姿なんて滅多に見られるモノじゃない。

女性陣みんな黒スト。月詠さんの黒ストなんて元の世界以来だから何とも喜ばしい。
なんてことを考えると霞からはジト目を、一真からは冷笑が贈られてくることになるので流石に自重しましたが。

そういえば一真は篁大尉や月詠さんから斯衛服を奪うことが申し訳ないようだったな。
やはり、斯衛にとって斯衛服を纏うということはそれだけで特別なことなんだろう。

「ふむ。 じゃあ、説明は終了ということで………」

武は悠々とした調子で説明を閉じる。
こうして見ると、あの白い戦術機に乗っていた人物と同じだとは考えづらい。

「それでは―――午後の戦術機演習についての説明を始める!」

武のその言葉を聞き、静まり返っていた九人が一気にざわめき出す。

「し、白銀――少佐っ? いきなり?!」

「涼宮、説明の時にも言っただろ? それに、オルタネイティヴ計画直轄部隊の活動がハードなのは当り前だ」

武は愉しげな笑みを携えて、茜の言葉に速やかに返す。

「それに、みんな手合わせしたくてうずうずしてるんじゃないかと思ってね。 部隊編成、配置決めの参考にもなるし、これは実用も兼ねての催しだよ」

これから忙しくなるのだし、そういった基礎を築くには早い方がいいと武は繋げる。
まるで先程の彼女達のやり取りを知っていたような発言には思わず感嘆するしかない。何より、先程の議論が実践できるのならこれほど血沸くことはない。皆、言葉とは裏腹にその眼はギラついていた。

「それじゃ良し、ということで。 模擬戦は二手に分かれて俺と、緋村一真大尉各一機対四機という形式をとる」

「え゛」
「白銀少佐、私たちを二分する理由は?」

聞いてないと言わんばかりに心の底からその言葉の真偽を問う一真の声は奇しくも唯依の質問に掻き消された。
一真のことはいいとして、唯依の質問は当然だろう。確かに一対多数などという形を取られてはこちらが然して脅威ではないと言われている様なものなのだから、彼女達からしてみれば面白いことではないだろう。

「俺としても各々の戦闘は見てみたいし、それは篁大尉達も同様だろう。 これから共に闘う隊の仲間なんだ。 お互いの戦闘を良く見ておくこと必要だ。 ようはお互いの実力をしっかりと推し量る為、ということだ」

「そうですか………わかりました。 全力を以ってお相手しましょう」

「よろしく頼みます」

武の回答を受け、唯依は涼しげに受け止め収めた。
他の者も、ならばと戦闘に向けて意欲を燃やしているようだった。
一真は『えーオレやだー(意訳)』と武に向けて精一杯表情で意思表示していたが。

「それでは、戦いたい方の前に別れてください。 ああ、宗像少佐と風間大尉はエレメントとか気にしなくていいんで、お好きな方を選んでください」

「ふぅ……わかった」「ふふ、わかりました」

二人の言葉を聞き、武は教壇から降りて、彼女達の前に降り立つ。片割れである一真もこんなところで駄々を捏ねても仕方ないかと渋々前へと出た。そんな二人を―――というか武を見て、霞は言ってなかったんですねと嘆息した。今、ハンガーでは到着した各々の整備班が急ピッチで戦術機の整備をしているのだ。恐らくそれも伝えていないのだろうと、ピアティフと一緒に心労をため込んだ。

そんな三人の嘆きを余所に、九人の衛士は手合わせしたい方の前へと分かれ出す。

結果………


「あれぇ………?」
「おや」


武の前には真那、美冴、祷子、茜、あきら、ユウヤ、クリスカが集まり、
一真の前には唯依ただ一人となった。
武、ハーレム。一真、過疎地域。

「唯依は緋村大尉と戦りたかったのか?」

「ああ、うん。 一度、手合わせ願いたいと思ってたんだ」

選び先が別れたことが残念だったのか、ユウヤが唯依に声をかける。選ばれた当人は、

「いや、唯依? 遠慮しないでお前も武の元におゆき?」

なんて言ってどうぞどうぞと手を差し出していた。唯依はそんな一真の態度が気に入らないのか、顔を背け動かないと意思表示している。

「何言ってんだ、一真。 でもまぁ確かにこうなる可能性もあったけど、きっかり二分されなかったな。 んー、七対二かぁ」

「ん? に―――?」

武の言葉に疑問を感じ、一真は視線を横に振る。視界に映るのは唯依の横顔と、武に群がる女性+1。そんな風にしているとくいくいと軍装の裾が引っ張られた。


「ひこ、こっちだよ」


視線を下ろしてみると、そこには霞とよく似た―――いや、この場合は霞が彼女に似ているのか―――銀髪をした女性、イーニァ・シェスチナがこちらを見上げていた。というか気付けよ、オレ。

「イーニァ、何故そんな男に―――」

「え、だってイーニァはひことたたかってないもの。 クリスカはたたかったからいいかもしれないけど、イーニァもたたかってみたかったんだよ?」

きょとんと可愛らしく首を傾げながら、険しい顔で言い放つクリスカと相対するイーニァ。確か記録上、霞と彼女は同い年だった筈だが。環境の違いだろうか。まぁ取り合えず、一つ言っておかなければいけないことがある。見ろ、真那と唯依、ついでに武が驚いた顔してこっちを見てるじゃないか。

「イーニァ。 今、オレは『緋呼』じゃない『一真』だ。 緋村一真がオレの名前だと、ちゃんと自己紹介したろう?」

二十歳近い年頃の女の子を相手にする態度ではないと自覚していたが、どうにも子供を諭すような口調になってしまった。

「うん、じゃあ……かずま、だね」

イーニァは向日葵の様な笑顔でそう答えた。しかし、姉であるクリスカは絶対零度の視線をこちらに向けてきていたので、その笑顔から生まれた温かさは常温まで落下してしまった。

「はぁ………仕方ない」

大きな溜息と共にクリスカが一真の前まで足早に近づいてきた。

「クリスカ?」

「私たちの機体は、複座式。 何より、『紅の姉妹』なんだから二人別々なんてことは出来ないでしょう?」

クリスカのイーニァに対する優しい声色。それを聞いてイーニァは再度笑顔を浮かべ、それを見た霞も静かに微笑んでいた。

「それに、私もこの男とはもう一度戦り合わなければならないようだからな」

「はァ、そうかいそうかい。 やれやれ、前にも言ったが……オレは対人戦は苦手なんだぞ、クリスカ・ビャーチェノワ?」

「言ってろ」

ぎらつく視線を向けてのクリスカの言葉。一真はそれを不敵に笑い受け流した。

「じゃあ、私も」
「僕も………」

クリスカに触発されたのか祷子とあきらが一真の前へとやってくる。空気の読めるであろう二人のことだからもしかしたら、ちょうど良くなるよう考えてのことかもしれないが、これでちょうど、四対四になった。


「おし。 じゃあ各自準備を整えた後、1400にハンガーへと集合だ」

「「「「了解!」」」」

武の声に反応し、九人の衛士は霞とピアティフに先導され各々に割り当てられた兵舎に向かい始める。



「ユイ、少しいいか」

「なんだ?」


既に打倒・武、打倒・一真に向けての会議が始まったのか、彼女達は足早にブリーフィングルームを後にする。
武も一真も準備がある為、彼女達に続きブリーフィングルームから出ていった。余談だが、その間ずっと一真は恨めしげな視線で武を睨みつけていたという。














あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。どうも狗子です。


さぁやっと原作キャラにまともな出番が回ってきました。
しかし出番(セリフ)配分のなんとむずかしいことか………



それではまた次回にお会いしましょう。

では。



[13811] 三十一話 『一色対多彩・前編』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/09/04 02:42




「さてさて…どうしたものやら」

火纏の管制ユニットの中、一真はふぅっと息を吐きながら呟いた。
己が視界に映し出されたのは廃壊したビル群。
雨風に晒され続けたことによって、ビルは今にも倒れそうなくらい劣化が進んでいる。

「はぁ……憂鬱だ」

溜息をもう一つ。
これより始まろうとしているのは、一対多勢の異機種間戦闘訓練だ。
相手は篁唯依、紅の姉妹、風間祷子、伊隅あきら。
それぞれが各軍の最新鋭の戦術機を駆り、操る衛士も一級品ともあれば
一対多数なんて戦闘における勝率は絶望的だろう。
勝利条件が敵小隊長機撃破だといってもそれは変わりない。
一真の脳裏に、火纏に乗り込む前の武との会話が浮かぶ。
「―――敗けたらグーパンな」
グーパンとはなんぞや、と問うてみれば、グー――つまりは拳骨で殴るという意味らしい。
一真の知る武の記憶によれば、彼女たち曰く“白銀語”というそうだ。
実際は、武のいた世界の言葉らしいのだけれど――深く考えるのは止しておくとしよう。
一真は頭を横に振って、思考を切り替える。

『――異機種間戦闘訓練開始、60S前です。 アレース1、不備はあるか?』
「オールグリーンってね。
 それよりも相手さんに手を抜いてくれないかって聞いててくれない?」

レシーバーに届いたCP――寒極防衛戦にて戦域管制に参加していたベアトリス・キャンベルの声に
一真はそんな言葉を返した。

『それは――許可できないです…よ』
「ああ、冗談だから。
 気にしなくてもいいよ」
『――……せいぜい首を洗っておけ、だそうです…』

返ってきちゃったよ、と一真は口の中で呟く。
恐らく管制室で隣に座るイリーナ・ピアティフが実際に尋ねてみたのだろう。
いくら模擬戦といっても、戦域管制を行う者としてどうなんだろう、それは。
模擬戦前に冗談を飛ばした自分がいうのは何なのだけれど。

「オーライ。 了解だりょーかい」
『……それでは、異機種間戦闘訓練開始、12S前…カウント開始します』

管制ユニット内で首を洗うことは出来ないので、
一応、首筋を擦ってみるが、強化装備が邪魔で肌を洗うことは出来なかった。
レシーバーに、ベアトリスのカウントが響く。
カウントがゼロを刻むと、視界に“異機種間戦闘訓練開始”という旨のダイアログが立ち上がる。

「さて、苦手ながらも頑張りますかねェ――ッ!」

スロットルペダルを一気に踏み抜き、機体を前進させる。
跳躍ユニットも併用しているために、演習場にGR機関搭載機特有のエンジン音がけたたましく響く。
対戦術機戦、つまり対人戦における定石として、相手より先に敵の位置を把握する、というものがあるが
今回、彼が臨むのは対多勢の戦い。
のったりと鈍く進んでいては、囲まれる可能性も――相手にも猶予を余計に与えることになってしまう。
先ずは撹乱。
一真は先ず、その手を潰しにかかったのだ。
多勢を相手にしているため、移動しながらでも包囲される可能性は十分にあるのだが
それに対してなら考えがあった。
だから、迷いなく、彼は機体を前進させたのだ。

「―――ッ!」

視界に敵機接近とダイアログが立ち上がり、多種にわたるセンサーによって弾きだされた敵位置が投射される。

「正面? まったく、オレの相手っていうのはどうしてこう真っ向勝負が好きな奴が多いのかねェ!」

おどけた声で咆えながら、正面を睨む。
目の前にはT字路。
ちょうど一真が視線をそちらに向けたのと同時。
黒い戦術機が――左の道から姿を現した。
黒い戦術機――紅の姉妹が駆る、チェルノヴォーグ。
従来のソビエト製に比べて肥大化したスーパーカーボン製ブレードベーンが鏤められているのが特徴的な
見た目通り刺々しい――禍々しい印象の強い戦術機。
取り分け、彼女たちが駆るこの機体は、死神と呼ばれる程らしい。
チェルノヴォーグは右腕のモーターブレードを展開し、構えながら吶喊してきた。
一真が予感したとおり、真っ向勝負というわけだ。
対する一真も短刀を抜き取り、二機が交差する――同時に二つの刃が交わり、軋んだ音を響かせる。
樹脂製といえど、その質量と戦術機の出力で繰り出せば、十二分に致命傷となり得る。
交差した瞬間、二機が繰り出した一撃はそのことを思い出させてくれるほど、凄まじく鋭い一閃だった。
しかし、それでは終わらない。

「―――チッ」

チェルノヴォーグは交差し、過ぎ去ろうとした瞬間、空中でくるりと反転し、そのまま火纏に斬りかかってきたのだ。
反転したのにも拘わらず勢いを殺していない。
何の冗談か。どんな操縦をしているのか。
まさに悪魔みたいな軌道を描いて、黒い影は火纏に襲いかかる。
――再度、衝突。
また、すぐさま反転され斬りかかられるのは堪らないため、
一真はさっきの様に受け流しながら振るうということを止め、しっかりと受け止めるための型を取ったのだ。
しかし、お互いの刃を受け止め、二機が停止していたのは一拍程度の時間だけだった。
チェルノヴォーグはモーターブレードをそのまま振り抜き、続いて刃を伸ばしてくる。
火纏は迫る刃に合わせて短刀を振る。
二機が交わす刃は、その一合だけではない。
一撃が流されれば、もう一撃。
それがいなされれば、もう一撃。
その勢いが殺されれば、もう一撃。
文字通り目にも止まらぬ攻防が、二機の間に起こっていた。

「おいおい、これがあのぽわんとしたイーニァだってのかァ? はっ、冗談じゃねェぞ!」

毒づきながら、一真は火纏の上体を逸らして、次いで迫る刃をかざす右腕の軌道を左腕で逸らす。
二機が交えた刃は、瞬く間に三十を超えた。
どうやら、彼女が言っていた戦ってみたかったという言葉は本当らしい。
交えた刃に乗る気迫からそれを悟る。
一真にしてみれば、紅の姉妹が操る機体と交戦するのは初めてなわけで、
イーニァが火器管制制御を担当しているというのも、先程知ったくらいだ。
見た目から察するに、クリスカが火器管制制御を受け持っていると思っていたのだが。
なかなかどうして、人は見た目じゃ判断してはいけないらしい。
あのあどけない顔をした少女がまさかこんな攻撃的だとは思わなんだ。
その時、一真の目に照準警告ダイアログが立ち上がる。
照準は三方向から。

「マズ、足を止めていたか」

視線を前のチェルノヴォーグに向けたまま、一真は短く呟く。
照準は三方向。
上空――武御雷。
両脇に聳えるビルの間から――志那都。
黄と深緑の戦術機が、突撃砲を構えていた。
つまりはチェルノヴォーグを足止めとした包囲網。
都合四方からの同時攻撃。

「参ったね、どうも―――!」

一真は視線で武装を選択。
腰部担架装置を展開させ、直刀を逆手に取り、右手の短刀と合わせて振り抜く。
同時に火纏を水平噴射跳躍させ、モーターブレードをいなしながら流れるようにチェルノヴォーグを摺り抜ける。
上も横も後ろも駄目ならば、正対している正面を突破する。
それが一真の答えだった。
摺り抜ける際、一度機体を捻り、短刀で一閃、
長刀を固定している背部担架装置の右ロッキングボルトを爆破し、長刀を強制解放――
同時に腰部担架装置を操作し、三つの刃を以って斬りつけるが、
チェルノヴォーグは左手のモーターブレードも展開し、それを防ぎきった。
しかし、背部担架装置などは純粋な機械的動作の為、完全に読むことは出来なかったのか、
防ぐと言っても弾く程度の反撃しか出来なかったようだ。
火纏はそのままT字路を右折し、敵の包囲から離脱した。
敵機の消えたT字路を、チェルノヴォーグのデュアルアイがきつく睨む。
それから数瞬置いて、紅の姉妹は火纏が消えた方向とは別の方角に向けて跳躍した。





「はー、凄いなぁ。 さすが、噂に名高い『紅の姉妹』ってとこ?」

衛士待機室にて、備えられたモニターに映る五機の異機種間戦闘訓練を見ていた涼宮茜が感嘆とした声を漏らす。

「それを言うのなら、緋村大尉も十分に凄いだろう?
あれを全て受けきっているんだ、並みの衛士なら手放しで褒めてやるぐらいだ」
「あ、そうですね。 うわ、よくあのスピードに左腕あわせられるなぁ」

対向している人の方がよく見えるってやつ?――と、茜は言葉を繋げた。
そう言っている間に、火纏は敵の包囲に、自身の失着に気付いたのか一目散に姿を消した。

「先の攻防もそうだが、展開が早いな。
 以前の作戦で、あの機体も足自慢だと知っているのだから同然かもしれないが、畳み掛ける間隔が短かった。
 作戦を立てたのは――篁か?」
「ほう、篁大尉が」

月詠真那の推察に宗像美冴が相槌を返す。
各軍の最新鋭機は、XM3を搭載し、その適合性向上を目的としたため従来のものよりも突破力に長け、
その速力は自慢と誇れるものになっている。
しかし、そんな三機を持ってしても、火纏の機動力を脅威ととったのか
彼女らの立てた作戦は、火纏の足を止めての包囲戦だった。
その作戦内――足止めから狙撃までの間隔が短かったのは、火纏の機動力を恐れたからに他ならない。

「小休止か。 シェスチナ中尉の刃捌きもそうだが、緋村大尉の擦れ違い様の操縦は度肝を抜かれたでしょうね」
「そうですね。 衛士にとって並列処理能力の高さが重宝されるって言っても、さすがにあれは驚きますよ。
 一瞬のうちに担架装置を二つ操作して、あの――直刀も操ったんですから、
それも包囲に気付いてから判断したのなら速いってもんじゃないですよ」

これは操作ログが楽しみだ――とは茜の言葉。
教導隊上がりの美冴と茜は、先の紅の姉妹と一真の操縦技術に興味津々のようだ。
その言葉に憧憬の色がないことを見ると、内心では素直な興味と自分ならどうするかという対策を練っているのだろう。
それは二人に限ったことではなく、この場にいる全員に共通の感情ではあったが。

「どうだい、ブリッジス中尉。 異機種間戦闘訓練を見ての感想は?」

そんな中、武は彼女たちの会話に参加していなかったユウヤ・ブリッジスに声をかけた。

「どうも何も、一対多なんてのは流石に無謀、でしょう? 日本のあの機体に乗ってる奴も相当な腕みたいだし、
何より紅の姉妹や帝国斯衛軍の唯依もいるんだ。
 いくら機体と腕に自信があったとしても、いくら隊長機を撃破すればいいといっても
勝つことを目的とするなら難しいことに変わりない」

それは、あんたにも言えることですよ、少佐――と、ユウヤは視線を動かさずに返す。どうやら目を離すのも惜しいらしい。
彼からしてみれば、ブラゴエスチェンスクハイヴ攻略作戦にて紅の姉妹と共闘したことは記憶に新しく、
恋仲たる唯依の実力にも信頼をおいているわけで、そんな彼女たちに匹敵する者が二人もいて
四人まとめて相手にする――というのは、とてもじゃないが現実的とは思えなかったのだ。

「手厳しいな」
「モチロン、紅の姉妹を退けた緋村大尉の実力は凄いと思いま――」
「ああ、畏まった口調は止していい。 もっとフランクに、くだけた態度で構わないよ」
「はあ?」

武の言葉の意図が解らないと言ったように、ユウヤは顔を向けてきた。
それもその筈。二階級上の者に、フランクな態度を取るなど可笑しいことこの上ないのだから。

「あんまりこういうこと言うと拙いんだけどな。
 俺、畏まった態度取られるの苦手なんだよ」
「それが…?」
「うん、だから俺が任された部隊は、基本的に最低限の敬意さえ忘れなきゃ敬語とか丁寧語なしにしてるんだ。
 ま、場を弁える程度は覚えておいて貰わないと困るけど」

伊隅ヴァルキリーズに始まり、各戦地の部隊、グラウディオス連隊。
武が所属した部隊は良くも悪くも、そういった空気の部隊が多かった。
そんな雰囲気の中過ごしてきたせいか、武にとって、それが一番心地いい空気になってしまっていたのだ。

「さすがに、弁えずに上官に変な口聞いたりはしないです、けど――」
「あと、無理して敬語使うのも疲れるだろ?」

次いで紡がれた武の言葉にユウヤは口を噤み、一拍間を置いて、深く溜息を吐いた。

「オーケー。 それじゃあ、普通に言わせてもらうけどよ。
 緋村大尉の実力とあの赤いののポテンシャルを合わせて見積もっても、四機の相手は難易度が高い。
それに、緋村大尉に相手側の隊長機がどれかって知らされてないんだろ?」

敬語を使うのを諦めたユウヤは、普段どおりの口調で評価を口にする。
心なしか空気も緩んだようで、上官に対するユウヤの緊張も随分解かれていた。

「ああ、言ってないよ。
 俺たちは、全体的に戦域を観てるからわかり易いけど、あいつは戦況を見て判断するしかない」
「だろ? 判断材料を集めるにしても、時間がかかり過ぎる。
 一対多っていう基礎条件が重すぎるんだよ。
 そら、今だって、退けるのがやっとって感じだ…」

ユウヤは顎でモニタをさして、そう言った。
モニタの中では、深緑の戦術機――志那都の片割れ、風間機と交戦している火纏。
風間機の放った弾丸の雨の隙間をくぐる様に火纏は避けるが、
どうにも距離を縮めることが出来ず、そのまま逃げる様にビルの向こうに姿を消した。
そして、今は逃げた先に待ち構えていたもう一機の志那都、伊隅機と交戦中。
そこに援護に回ってきたのは紅の姉妹。
火纏の機動を見るに、一真はどうにかして包囲を突破したい、どうにかここを離れたい――
そんなことを考えているような印象を受ける。
それを見て、武は乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

「白銀ぇ。 緋村大尉、防戦一方って感じだけど、大丈夫なの?
このままじゃ私達の作戦勝ちってことになっちゃうんだけど」

待機所の後方で話していた武とユウヤのもとに、茜がそんなことを言いながら歩いてくる。

「ま、苦戦しないほうが難しいだろうけどな」
「あれ、ブリッジス中尉。 随分自然に振舞ってるね。
 白銀になんか言われた?」
「ああ。 “俺の隊ではもっとくだけた態度をとれ”って言われたよ。
 だから、涼宮大尉にもこんな口をきいてるんだが、構わないか?」
「いいよいいよ。 私もこういう雰囲気嫌いじゃないし。
っていうか白銀、あんたも全然固い雰囲気もてないよね、相変わらず」
「ほっとけ」

茜の軽口に、武はムッと顔を顰めて返す。

「それよりも、一真のことだから、きっとこれから反撃開始すると思うぞ、多分」
「なんかきっととか多分とか思うとか、不明瞭な言葉が多いと思うんだけど」

武の言葉を、話題を変えようとする意図があると睨み、茜はさらに悪戯っぽく言うが
武は彼女の予想に反した屈託のない笑みを向ける。

「…その根拠は?」
「ん? 簡単だよ。 あいつは、相手が人間ならまず敗けることないんだから」

武の自信に満ち溢れた言葉。
それは待機所内にいた者全員の耳に入ったのか、美冴も真那も武に振り返った。
皆から注目を外されたモニタの中には、黄色の武御雷――篁機に肉薄する火纏が映し出されていた。



ビルの間――道路の上を疾走する武御雷の管制ユニットの中、篁唯依は、敵機光点を睨みながら操縦桿を操っていた。
敵――火纏を捕捉しているのは、篁機ではなく、現在交戦中の紅の姉妹と伊隅機だ。
唯依はデータリンクによって、敵位置を捕捉し、作戦通り次に自分が着くべき配置に着く為に移動中だった。

『――α3、移動終了』
「α1、了解」

配置が済む寸前に、祷子から通信が入り、唯依は淡々と応答する。
唯依は操縦をこなしながら、急ごしらえの作戦ながら全うしてくれる仲間に感謝と安心を込めて息を吐いた。
真那が予想したとおり、現作戦を指示したのは唯依だ。
つまりは唯依がこの部隊の指揮を務めているわけだ。
階級や実力などを鑑み、四人で話し合った結果による任命だったわけだが、
その考えでいくと当然相手も予想が出来るわけで、
それでは相手に隊長機が知らされていないという利点が生かせなくなる。
だから、唯依は形だけの指揮官として、これを受け入れた。

「α1、指定位置への移動完了」

今、篁機が着いた場所は、隊長機が着くべき右後衛ではなく右前衛。
右後衛に着いたのは、祷子の方だった。
これは、祷子がダミーとして右翼後衛についたわけではない。
たまたま風間機の方が、右翼後衛の位置に近かったのだ。
現在、左前衛を務めているのは伊隅機。左後衛は紅の姉妹。
ついさっきまで、伊隅機は左後衛を務め、紅の姉妹は右後衛を務めていた。
四人が今着いている配置は、先程までの配置とはまったく別の配置になっているのだ。
それが唯依が話し合いの結果出した作戦だった。
基本陣形は菱形。
敵機位置に合わせて二機で応戦し、敵の移動に合わせて残り二機が
味方機の移動によって空いた位置へと移動、その穴をカバーし、元の菱形に戻る。
四人が四人ともカバーし合うため、
誰一人として同じ配置を務めることはなく、交戦の度に配置が換っているのだ。
その為、敵機が退いても素早く足止めも可能となっている。
カバーするための移動速度、どの位置でもこなせるだけの腕前。
脚自慢の最新鋭機と、確かな実力者たる彼女たちでなければ出来ない作戦だ。
誰が隊長機か悟られずに、敵機を包囲し続ける。
この作戦は、その為の作戦だった。

「だが、さすがは横浜製というべきかな…」

横浜製とは言ったものの比較すべき機体は過去にないのだが、
今まで帝国へ秘密裏に技術提供をしてきた横浜基地の技術力は唯依も知っていた。
ここまでの高性能機を製造するとは、さすがは横浜の魔女と言う他ない。
ただ、唯依の後見人たる巌谷榮二が横浜の魔女を嫌っている節がある為、
その賛辞には幾らか複雑な感情を同時に抱いてしまうわけなのだが。
こうしてまざまざと性能を見せつけられては、余念を入れず素直に感嘆してしまう。
同時に、何度もこちらの追尾を退けるだけの性能と実力を持つ相手――緋村一真が、
何故、深入りせずに退避を重ねているのか、それが不気味に感じられて、少しだけ不安が募る。
一真がそう深く交戦しないお陰で、こちらの包囲が崩れることはないものの、
こちらからも安易に追撃をしかけることが出来ない状況が続いていた。
もしも自分が相手なら、どうにかして敵の包囲、陣形を切り崩し、早々に敵戦力を削りたいと思う。
だが、彼からはそれを感じないのだ。

「α1より各機、α3は目標位置狙撃可能ポイントに配置位置を修正。 修正後、狙撃戦開始。
α2、α4はそのまま目標をその場に抑え続けろ!」

ならば、と唯依は相手が行動を起こす前に勝負をかけようと指示を飛ばす。
数において敵に優っているというのは、如何な状況下であろうと優位なことに違いはない。
数の暴力、なんて言葉があるくらいには、効果があるのだから。
だから唯依は、早々に決着をつけようと、数にものを言わせる作戦を言い渡したのだ。
けれど、その指示は、遅かったのだろうか、早かったのだろうか。

「α4より、α3! すまない、目標をそちらに逃がしてしまったっ」
「―――っ」

クリスカより伝えられた目標の移動。
それに唯依は舌打ちをして、敵機光点を睨む。
唯依と祷子がまだ狙撃位置に着き、狙撃態勢を取っていなかったため、応戦は容易だが
こちらの行動の出鼻を挫くようなタイミングが酷く憎らしく感じたのだ。

「α3了解」
「α1より各機へ! α3の援護には私が入る。
 α2、α4はその場から一番近い狙撃可能ポイントへ移動! 隙を見つけ次第、目標を狙い撃てっ」
「α2了解」
「α4、了解」

瞬時に指示を飛ばしつつ、自身が下した判断どおりの位置へ移動を開始する。
目標位置を確認してみれば、彼は突進せんばかりの速度で風間機へと向かっている最中だった。
もしかしたら、風間機を隊長機と誤認してくれたかもしれない。
唯依がそう思い、息を吐いた瞬間――

「α2よりα1、目標が進路変更っ。 予想進路は…α1! 篁大尉っ、あなたが狙われています!」
「――くっ!」

またも予想を覆される。
目標は依然速度を保ったまま進路を変更し、こちらへ向ってきている。
風間機との間をすり抜けるようにしての移動。二機間に割って入るような位置。
挟撃に持ち込もうかとも思ったが、ビルが邪魔をしていてその場からの狙撃も難しいし、
狙撃可能位置まで移動したとしても、時間が心許ない。
しかし、これはこの異機種間戦闘訓練が始まって以来、彼が初めて見せた明確な指針だ。
つまり、隊長機――唯依を狙ってきているのだ。
ならば、ここは自身を囮にしよう。

「α1はこれより指定位置に移動! α各機は今から送信する狙撃可能位置に移動し、
狙撃可能になり次第、目標を狙撃しろ!」

明確な指針。
篁機は移動を開始しているが、依然目標はこちらを追ってきている。
どうやってか完全に自分の位置を把握しているのだ。
確実に自分を仕留める為に、逃がすつもりはないらしい。
だから、唯依は自身を囮にして、目標を誘いこもうと考えたのだ。

「(……誘い出され、現れるか…諌山緋呼……!)」

指定位置に移動しながら、そんなことを口の中で呟いた。
兄と慕った彼の者。
剣の師事を請うた相手だけに、挑戦の炎が唯依の心の中で燃え上がる。
戦術機戦での勝負はしたことはなかったけれど、
力の差を見るにはこの異機種間戦闘訓練はちょうどいい機会だったのだ。

『――ユイっ、そこから退避しろ! 今すぐにッ!』

コールサインを無視したクリスカの突然の叫びが、唯依の思考を遮る。

「α4! 何を言って――」
『ビルが…!』

突然の通信に唯依は咄嗟に返すが、クリスカは構わず警告する。
それと同時に、唯依の目に異常な振動を感知したとダイアログが立ち上がった。

『ビルが――倒壊している!!』

瞬間、振動が音に変わり、轟音となって演習場に響き渡った。

「なっ――」

唯依はサブカメラと振感センサーが検知した波形を捉えて、息を飲んだ。
その情報に目すらも疑った。
何故なら、今にも倒れそうだった廃壊したビル群が、どんどん倒れていっているのだ。
目標の移動経路に沿って、ビルが次々に薙ぎ倒されていく、異様な光景。
轟音響かせ、瓦礫を撒き散らしていくビルだったモノたち。
突然の崩壊に、演習場にいた誰もが驚愕した。

「どうやって!」

異機種間戦闘訓練に参加した戦術機には模擬戦用の装備しか持ち合わせていない。
爆発物といえばペイント弾を打ち出す弱弾装の火薬程度だが、そんなものすぐには取り出せないし、
何より、そんな爆発音は感知されていない。
長刀などで切り裂いたというのも同じ理由で考えられない。
いくら倒れやすい個所を切ったとしてもこれだけの量となればセンサーに引っかからないのはおかしい。

「(なら、どうやって!? あの機体には私達の知らない兵装でもあるというのか!)」

苛立たしげに唯依が予想目標出現位置を睨むと、
ガシュンっ、という音と共に赤い戦術機が姿を現した。

「――くっ、」

唯依は奥歯を噛みしめ、応戦態勢を取り、そのまま目標目掛け吶喊する。
火纏が持っているのは右に直刀、左に長刀。
ならば砲撃戦を取るのが常套なのだが、あれだけの機動を見せた機体に、中てられる自信が彼女にはなかった。
これは決して彼女の狙撃能力が低いのではなく、相手の回避能力の高さゆえだ。
唯依は彼の能力を鑑みて、背部担架装置を強制解放し、長刀を抜き取る。

「はぁぁあああっ!」

喊声とともに長刀を袈裟斬りに振り下ろす。
長刀は鋭い軌道を描いて火纏に襲いかかるが、同じく長刀で受け止められる。

「――く、ぅぅうう!」

受け止められた長刀。
二振りの長刀は、強靭な樹脂が軋む高い音を鳴らしながら、鍔迫り合いに発展していく。
唯依の武御雷の青紫のデュアルアイと火纏の赤紫のデュアルアイが至近距離で睨みあう。

「はぁっ!」

相手の勢いを利用し、刃をいなし、すぐさま二撃目を放つ。
武御雷の鋭い一撃。長刀による連撃。
火纏はそれを長刀と直刀で受け止めていく。
唯依はふっと短く吐きながら、攻撃の手を緩めない。
そう、何も自分の手で目標を圧倒しなければならないわけじゃない。
ここに目標を打ち付けておけば、他の仲間が狙撃してくれる。
この連撃は、その為の時間稼ぎだった。
ビルの倒壊により、地形情報が変わってしまったが、それでも狙撃可能位置が無くなったわけじゃない。
唯依は火纏をその場に打ち止める為に連撃の鋭さをさらに増すが――

「――っ!?」

篁機の放った長刀の一閃は、受け止められることなく空を斬った。
火纏が篁機の長刀を受け止めずに流したのだ。
視線で追ってみると、火纏はその場でくるりと回転し、刃をこちらに立てていた。
唯依は驚くべき反射神経で迫る刃を長刀で返し、跳躍ユニットを点火――一気に後ろに飛び退いた。
着地した彼女の耳に届いたのは、外部集音マイクによって拾われた風切り音。

「――――はっ、」

視線を上げて、正面を見やると、そこには弾丸の様な速さで飛来する直刀が視界に投射されていた。
戦術機にはセンサーが幾つも装備され、その情報を即座に演算し、
搭乗者に瞬時に知らせることが可能という破格の高性能さを誇る。
そして、その高性能をより完全なものとする為に、センサー類や集積演算装置は改良を重ねられ、
その感度は凄まじいの一言に尽きるものとなっている。
しかし、それには当然穴がある。
それは乗り手である衛士の能力でもあるし、機械の限界でもある。
敵機からの照準を感知し、知らせるセンサー。
これは敵機に捕捉され、火器管制が機動し、兵装がこちらに向いていることを感知する複合センサーだ。
しかし、センサーというには検知するだけの段階があり、条件がある。
それがなければセンサーは常時検知状態になってしまい、警報が鳴り響き続ける始末になってしまう。
ゆえに、このセンサーは敵機の突撃砲の照準がこちらの方角に向いた際に警告を発するようになっている。
つまり、引き金は相手の照準というわけだ。
そして、その最終条件が穴となった。
火纏が投擲した直刀。
火纏は投擲の際、篁機を狙い定めてはいなかった。
いってしまえば、篁機に向けて直刀を投げ捨てた様なものだ。
その投棄がどの様な勢いであったのかなんてものは関係ない。
ゆえに、センサーは事前に敵の攻撃を察知することが出来なかった。警報は鳴らなかったのだ。
しかし、さすがは戦術機に搭載されているセンサーといったところか、
複合センサーゆえの高性能さで、飛来物として迫りくる長刀を検知し、警告を発した。
けれど、そこにはセンサーを一つ反応させなかったという間隔が出来る。
機械の判断の遅れは、搭乗者の遅れにも繋がる。
それは戦場において、致命的ともいえる。
緋村一真の得意とする投擲は、相手の隙を生ませることにも、隙を突くことにも効果的だった。

「――あぁああっ!」

唯依は、持ち前の高い危機回避能力ゆえか――投擲された長刀を、反射的に機体の上体を捻ることによって回避した。

「――っ!?」

見事、直刀を回避した唯依は機体左側を過ぎ去っていった長刀の軌跡を見て、再度目を見開いた。
宙を走る線。
機体の横を通ったその線は火纏の右手首から生えていた。
火纏の右手首から伸びる線――如何にも丈夫そうなワイヤー。
その先にあるモノが何なのか、いうまでもない。
火纏が伸びるワイヤーを引き絞るのと同時、篁機は左に向かい長刀を払う。
ガィンと硬い音を立てて、再び飛来した火纏の直刀は篁機の長刀に弾かれる。
次いで、レシーバーに敵機接近警告が鳴り、視界にはこちらに水平噴射跳躍で接近する火纏の姿が映し出される。
警報に混じり、仲間からの通信が耳に届いた。

『――α2、予定位置に到着――が、倒壊したビルが邪魔で狙撃は不可能っ、次の位置に移動する!』
『α3、同じく狙撃は不可能! α1のカバーに向かいます!』
『こちらもだ! ユイ! そこは危険だ! ただちに退けッ!』

レシーバーに響く合唱。
しかし、その言葉を飲み込む前に火纏は篁機との距離を縮め続ける。
後退しようにも、先の攻撃で完全に虚を突かれた為、機会を逸してしまった形になってしまう。

「――くそっ」

唯依は毒づきながら、赤い戦術機を睨む。
そこで気付く。
火纏の左手に握られていた長刀が、いつの間にかなくなっていることに。
次いで、再び警報が鳴った。
警告方向は直上。篁機の頭の上だった。

「な、に――」

消えた直刀の行方はそこで知れた。
唯依が自機の横を通ったワイヤーに注意がそれた瞬間――その隙に、火纏は直刀を唯依の真上に落ちるよう投擲していたのだ。
いくら模擬刀といえど、その質量と落下速度を合わせれば十分に有効打となり得る。
噴射跳躍――篁機は、後方に跳躍しギリギリのところでそれを躱わす。
黄金にも似た黄色の武御雷の眼前を落下する直刀――警告は鳴り止まない。
篁機のデュアルアイを遮っていた直刀が過ぎ去った瞬間――そこには赤い戦術機がいた。
落下してくる直刀に気を取られ、回避し、直刀がデュアルアイを覆っていた一瞬――その間に、火纏は彼我距離を詰め切っていたのだ。
火纏は落下中の直刀を掴み、武御雷に止めを刺そうと振り被る。
完全に隙を突かれた形になった唯依は長刀で薙ごうとするが、間に合わない――

『――――篁大尉っ!!』

その瞬間。
勝気な女性の声と共に、直刀を振り被った火纏の左腕に蛍光色塗料が弾けた。
遠距離狙撃―――空高く舞い上がった伊隅あきらの志那都からの支援砲撃が、火纏の左腕を見事奪ったのだ。
火纏の左腕は、被害判定により機能を制限――完全に停止する。
唯依はあきらの支援砲撃に感謝しつつ、この隙に長刀を振り抜こうとするが―――
ガシュンっと。
ついさっき聞いた、甲高い音がすぐ近くに聞こえた。

「――――――――あ、」

まさに呆気にとられたという状態。
そんな中、唯依は演習前にクリスカ――紅の姉妹との話を思い出していた。



「ユイ、少しいいか?」
「なんだ?」

ラスト・オルタネイティヴ計画の説明、今から行われる異機種間戦闘訓練の説明が終わり、
強化装備に着替え、準備を整えようと移動中の際に旧友たるクリスカに、唯依は呼びとめられた。
呼びとめられた、とは言ってもお互いに足を止めていなかったのだが。

「貴様は、あのヒムラと戦ってみたかったと言ったな?」
「ああ」
「わたしもいったよっ」

そんな声に唯依がクリスカの斜め下に視線を落とすと、手を挙げて自分の存在を誇示するイーニァの姿があった。
クリスカはイーニァに「そうだね」と穏やかに微笑むと、そのまま話を繋げる。

「貴様はあの男との戦闘経験はあるのか?」
「いや、ない。
 ただ、実力の程は先の作戦を見れば分かる。 彼は相当な手練れだ」

淡々と唯依は答えるが、それを聞くクリスカの表情は何故か不満そうだった。

「だから戦ってみたいのか?」
「それもあるにはある、が――どうしたのか、クリスカ?」
「? 何がだ?」
「納得がいかない、という顔をしているぞ?」
「クリスカはね、はるにかずまとたたかってるんだよ。
 そのときはクリスカのかちだったけど、クリスカはあまりなっとくしてないの」

クリスカに寄り添って、笑顔のままイーニァは楽しそうな口調でそう言った。
「戦った?」と唯依はその言葉の意味をクリスカに問う。
その時、唯依はあまりに不穏当な言葉に、良い予感がせず、視線がきつくなってしまっていた。
彼は経歴が経歴なだけに、下手をすれば『クレイ』だった時期に紅の姉妹と一戦交えていても可笑しくないし、
その際に、心象の悪くなるようなことがあっても不思議じゃない。
そういえば、イーニァは彼のことを『ひこ』と呼んでいた。
彼女の能力ゆえか事情を聞かされているのかは判らないが、彼のことを知っていることは間違いない。

「春にユーコン基地でな…コウヅキ博士の提案で模擬戦があったんだ。
 その時の相手がヒムラだ。 私はそのとき初めてヤツとあった」
「そう、なのか……」

危惧していた事態が起きていなかったことに、唯依は表には出さず心の中で安堵した。
そして唯依は、クリスカの話を聞いて少し納得していた。
巌谷から彼の事情を聞いたのはあくまで言伝――口頭でしかなかったため、詳細には話を聞いていなかったのだ。
米国からどうやってここまできたのか。
その経路が今、漸く彼女は理解できた。

「なら、クリスカが唯一、あの人との戦闘経験があるということか…」
「そうなるのか?
 カザマ大尉や、イスミ大尉はどうなんだ?」

至極真っ当なクリスカの疑問に、唯依は失念していたと内心で自分を叱咤した。

「そうだな……じゃあ、彼女たちにも聞いてみるとしよう」
「あっ」

唯依はクリスカの戸惑った声に気付かず、前を歩く祷子とあきらに声をかけに行ってしまう。

「あら、作戦会議でしょうか?」

集合一番に口を開いたのは風間祷子だった。
彼女たちは更衣室で強化装備に着替えながら、相手となる緋村一真について話し合う。

「へぇ…ビャーチェノワ中尉は緋村大尉と戦ったことがあるんだ」
「はい、以前戦った時はあれ程の技量は見せてはいませんでしたが」

クリスカの説明を聞いて、唯依は何故彼女が“戦わなくてはならない”と言ったのか合点がいった。
つまり春の戦いの時、手を抜かれていたのではと思っているのだ。
以前は自身の上げる戦果を存在意義としていた彼女は別の拠り所を見つけた今も、
その高い腕前に自尊心を抱いていることに変わりはなく、
彼にその自尊心を穢されたと思っても不思議じゃない。
唯依は心象の悪くなるようなことをしていたじゃないかと、一人心の中でごちた。

「それで、戦ってみての感想はどうだったんでしょう?」

祷子が穏やかな口調でクリスカに問う。
クリスカは、少しの間思案するように黙り込み、唯依を一瞥してから口を開いた。

「ヤツは、相手の虚を突くことが……酷く巧い」

沈黙を挟みクリスカが口にした感想は、そんな評価だった。

「虚を突く――つまりは隙をつくことが上手いってこと?」
「ええ。
 ヤツは、隙を生ませることも、つくことも相当に手慣れていた。
死角から死角へと移動し、隙をつくことも、こちらの死角になっているところで換装をしたり、とな」

もっと言えばあの鏡映しの様な戦闘も含まれるのだが、クリスカは今回それを除外した。
アレは本当に鏡映しの様に精巧な技術ではあったけれど、脅威性は低いと考えたからだ。
アレも虚を突く一環だろうが、有効に使えるのは一対一の時だけ、多勢を用いる今は関係ない。
むしろ、あれだけの技量を虚をつく、隙をつく、死角をつくことに集約される方が厄介だった。

「クリスカ、それは…」
「ヤツは真っ当な戦術をとる人間ではない。
 隙を生ませ、死角から隙をつく――ヤツの基本戦術は恐らくこれだ。 そして、これが一番注意すべきところでもある」

クリスカが淡々と交戦者としての感想をいう中、唯依は信じられないというように困惑していた。
唯依の一真への印象は、緋呼であった時代から変わりない。
そして、斯衛出身者である彼が、そんな外法ともいえる戦術を好んで使うとは思えなかったのだ。
正々堂々を日本人は好む。
帝国軍の模範たれと言われている斯衛軍なら尚のこと顕著だ。
中にはトリッキーな戦術を好む者はいるけれど、昔憧れた実力者がそんなことになっているというのは信じ難いものがあった。

「しかし、いまいち緋村大尉の戦術が見えてきませんね。
 この場合戦略と言ってもいいでしょうけど、ビャーチェノワ中尉のお話だと手段を選ばない人だということになりますから」

困りましたね――と祷子は繋げて、思案顔になった。
手段を選ばない。
確かにそうともそれるかもしれない。
死角をつく、というのは日本でいえば武士が好むのではなく忍者といった影に潜む者が好んでいた。
そして、そういった者達は得てして手段を選びはしない者が多い。
結果こそ至上だと、結果こそ尊ぶ傾向が強い者は、手段を選びはしないのだ。

「かずまのきほんせんじゅつは、『雁字搦めになった紐の結び目を解く』みたいなものだよ」
「雁字搦めになった紐?」

祷子の疑問にイーニァがそんな比喩で答える。

「シェスチナ中尉は、緋村大尉と戦ってはいないんだよね?」
「うん。 でも“視”てたからわかるよ。
 かずまはしゅだんをえらんでいないわけじゃないの、
『雁字搦めになった紐の結び目』にみたてて、とくためにしゅだんをえらばないなら、それはきっちゃえばすむもの。
 でも、かずまはそれをしない。 かずまはひとつひとつほどいていくんだよ」
「………? つまり、彼には彼なりのルールがあるということかしら?」
「うん。 そうだよ」
「ふぅん……でも、厄介なことには変わりないよねぇ。
 むしろ、そういった過程に拘りを持っている方が脅威だよ」

イーニァの比喩を聞いたあきらは手で顔を覆って嘆息した。

「結論として、ヒムラを相手にするのなら相対した時一瞬でも目を離さないことだ」

イーニァもいいわね?――クリスカはそう言って着替えを終了し、更衣室の扉の前に立った。

「わかった。 ありがとう、ビャーチェノワ中尉」
「ええ、大変参考になりました」

そうして、四人は更衣室を後にした。
唯依は、最後までクリスカの評価を信じ切ることは出来なかった。
斯衛の者ならば、帝国軍の模範たれ。
それは斯衛軍の先達、先任たちが後任の者によく言い聞かせる言葉だった。
そして昔、彼も自分にそう口にしていたのだから。



長刀で火纏を薙ぎ払おうとした篁機は、突然襲われた衝撃に弾き飛ばされ、そのまま地に落ちていった。
何故、気付かなかったのか。
火纏の投擲した直刀にはワイヤーが繋がれていた。
遠ざかる直刀に合わせてワイヤーも伸びていった。
ならば、ワイヤーを巻き取り、回収することも可能ではないか。
思えば、彼はどうして下方で掴んだ長刀をそのまま斬り上げず、振り被ったのか。
もしかしたら、伊隅機の狙撃に気付いていたのかもしれない。
そうでなくとも、下方から迫る直刀から意識を逸らすためだったのかもしれない。
彼の仕込みはいつから始まっていたのか。
ビルを倒壊させる以前からか、以後からか。
虚を生ませ、虚を突くという連続。
自分は彼にいいように翻弄尽くされてしまった。
唯依は落下する機体の中、そんなことを考えていた。
直後、ズン、と重たい衝撃に見舞われた。
機体が落着したのだろうと、事態を理解すると、目に模擬戦終了と文字が表示された。
その文字の向こうには、宙に浮かぶ赤い戦術機。
跳躍ユニットをはじめとした全身に設けられた噴射口から螢火色の光を吐き出している様は
全身から炎を巻き上げているようにも見える。
まさに火纏。火を纏う機体。
溢れる螢火色の光は、とても綺麗で、それを後光にして君臨する火纏はとても気高く見えたけれど、
今はそれすらも憎らしく映った。



「ビルを倒してから……瞬く間に決着がついたな」
「ていうか、ビル倒壊させてまで……そこまでやる?」

モニタを眺めていた美冴と茜が唖然とした表情で、呟いた。
演習場はビル倒壊によって巻き上げられた煙によって、視界は不鮮明になってはいたが
それでも状況は十分に観ることが出来た。

「しかし、あれで風間大尉たちが篁と合流する手段が限定され、援護が遅れたのも確かだ。
あれで地形も変わったしな……手荒い方法に、変わりはないが」

モニタで観戦していた五人には、一真が何をしたのかはっきりと見えていた。
一真は篁機のもとに移動する際、ワイヤーに繋いだ長刀を地面に深く突き立て、
そのまま交差点を曲がり力任せに引っ張ったのだ。
お陰で長刀一本を捨てる羽目になっていたが、結果としてそれでもお釣りがくるものになっている。
予め、振動波形や視覚情報から壊れ易いビル、壊れ易い個所を算出していたのだろうが、何とも荒っぽい。

「ま、地の利を生かすのは戦略の基本ですから」
「なるほど。 ここは貴様たちのホームだったな」

武の言葉に真那は皮肉気な笑みを浮かべて答えた。
ここは横浜基地。
ここに所属する武と一真なら、あの演習場で模擬戦を行っていても不思議ではない。
そして、その時のデータが機体に残ってでもいたのだろう。
時間経過から劣化状況を見れば、どのビルが壊れ易いかなんて一目瞭然だ。

「それにしても、ワイヤーか。
 今回の鍵はあれだな。 なぁ、あれって何で装備されてんだ?」
「見てのとおり、あいつは矢鱈とモノを投げる傾向があるんでね…
そうそう装備を捨てられちゃ堪らないからって、装備させたんだよ……。
 まぁ、一真は回収までの手順も考えて投げてるんだけどな」
「装備を投げる、って時点で非常識極まりねぇ」

ユウヤの問いに武が答えるが、ユウヤは納得した様な呆れた様な溜息を吐いてモニタに視線を映した。
今、映し出されているのは黄色の武御雷。

「(あいつ、大丈夫か……)」

四対一で、しかもあんな出鱈目な戦い方で敗けた彼女を、ユウヤは心配そうに眺めていた。

「白銀、あのワイヤーに刃は付いているのか?」
「いいえ。 それだけのモノを装備するには主腕強度を下げなくちゃいけなかったんで付いてないです。
 アレの主な目的は回収、もしくは敵の縛り上げ何かがありますね。
 用途としちゃBETA戦よりも対人戦の方が向いてます」
「ほう。 では、あれはお前の機体にも付いているのか?」
「さあ? それはどうでしょう」

美冴の問いに武は悪戯な笑みを浮かべて答えた。
正直、武には一真のとった戦法が手に取る様に分かっていた。
ラーニングを用いた隊長機の判別と陣形把握。
その為に、わざわざ彼は総当りに四人と対峙した。
予想外の奇襲があれば、超反応で対応が効くし、まずは観察に徹したのだろう。
そして観察が終了すれば、相手の陣形を利用し標的を指定座標に誘き寄せる。
これは流石に予想外だったが、ビルを倒壊させて標的を孤立させ、
ラーニングが最も効果的に使用できる状況を作り出した。
あとは相手の知らない兵装を利用し、隙を生ませ隙をつく。
相手の機動を読み、理解し、自分のモノと出来る彼にとって、それは容易なことだ。
ただ、相手のレベルがレベルなだけにそれなりに苦労はしただろうが。
虚を突く為の餌。
今回それは投擲だったりワイヤーだったりしたけれど、
どれもが必殺の心構えで放たれたものだというのがミソだ。
本命に次ぐ本命。
一真はアレをどれも本命として放っていたのだ。
――しいて意図的な餌を挙げるのなら、それは伊隅あきらの支援砲撃の的を
機体動力部だけではなく、左腕も追加する為に直刀を振り被った時だけだ――
結果として、四手目で唯依は詰んだけれど、きっと彼にはさらに手があったことだろう。

「(それにしても、元の技量あってこそ出来ることだけど、どうにもラーニングに頼る傾向があるよなぁ、あいつ。
 まぁ、それもあいつの能力の一つだから別にいいけど)」

頼るというのは正しくないかもしれない。
一真はきっと異能などなくてもあれだけのことするのは可能だろう。
ラーニングは彼の手段をより確実なものとしただけに過ぎないのだから。
武はそう思いつつも、どうにも釈然としないように頭をぼりぼり掻きながら、皆の前に出る。

「さて、みんな。 今度は俺たちの出番だ。 お互い、精一杯、力の限りを尽くしましょう」










あ と が き
二章再開一発目。
思いの外長くなりました。
それでは次回、武ちゃん無双に続きます。



[13811] Muv-Luv Alternative ef . 設定集(05/15修正)
Name: 狗子◆1544fd3d ID:137064b3
Date: 2010/05/15 15:34
設定集がいつの間にか消えていたので書き直し。

また妄言があるやも知れませんがお気になさらずに。

特にCV.とか・・・独断と偏見で私が妄想したものです。

話の補足としてもお使い下さい。



〇人物紹介



●国連軍


白銀武(cv.保志総一郎)
我等が主人公。物語開始当初は22歳。地位は現在中佐。
グラウディオス連隊所属アルマゲスト大隊指揮官。
桜花作戦から五年、彼は未だこの世界に残り戦いに身を投じています。
多くの人に救われた自分、自分を救ってくれた人の為にも多くの者を救いたい。
そんな想いを秘め、ひたすらに努力を続けた彼をどうか見守ってあげて下さい。
2002年1月にこの世界に残った白銀武は
この世界の人間が持つ白銀武の情報と
自らの意思によってこの世界に残っている。
他人との絆を容れ物とし、自身の意思をその容れ物に入れ、
その一部にこの世界に投影された白銀武の因果情報を含んでいる。
現在の彼の驚異的な戦術機操縦技術や身体能力は
白銀武の抱いた願望の結果である。
こう在りたい、これを手に入れたいといった願望がこの世界に残った際に反映され
伸び代を広げ、成長を加速させた。



鑑純夏(cv.田口宏子)
オルタでのヒロイン。武ちゃんの幼馴染。そして00Unitでもある。
桜花作戦の際自らの限界稼働時間を越え死亡した。
その後、横浜基地地下第27研究室に運ばれ、夕呼の研究に用いられた。



社霞(cv.栗林みな実)
現在約18歳。地位は『気分次第でヒロインに押し上げられる』
桜花作戦から五年、武を基地での日常面で支え続けた少女。彼女もまた武に支えられています。
涼宮茜や宗像美冴、風間祷子と話した事により昔より感情も表情も豊かになった。
現在は夕呼先生の研究のお手伝い、即ち科学者の卵。
現在では自分の研究を持つようになった。

実は俺――――ポニーテール萌えなんだ――――!!

という作者の妄言により髪型を変えられた、背も伸ばされた。



香月夕呼(cv.本井えみ)
歳は三十代前半。地位は横浜基地副司令。
天才科学者と謳われ、各方面から牝狐と嫌われている人。
でも皆は嫌いじゃないよね?私は好きだ。大好きだ。
夕呼は見た目の変化はありません。というよりいじれなかったので。
死亡(活動停止)した鑑純夏の量子電導脳を使い00Unit-Ghostを作った。
武の事をなんだかんだ言って助け、
何だかんだ言って認めている、筈。
技術面など多くの方面で武を支えてくれている。



緋村一真/諌山緋呼(cv.)
26歳。地位は大尉。白髪と赤眼が特徴の長身の男。
1998年、BETA日本侵攻、その末期頃の帝都城防衛戦で重傷を負いながらも奇跡的に生き延び
派遣された米軍に発見され『プロジェクト・メサイア』の実験体として米国に輸送された。
その後は昏睡状態のまま人体強化措置を施され眠り続けていたが2002年1月に意識が回復したのだが、
記憶を失っており、それからはクレイ・ロックウェルとして米国で様々な性能試験に回された。
2005年のロギニエミハイヴ攻略作戦にて記憶を取り戻し、
米国への復讐と手に掛けてしまった移民たちへの罪滅ぼしとして
彼は米国の現状に不満と不信を抱く実力者たちを利用し、
2007年3月に軍上層部と政界の重鎮たちを引きずりおろすクーデターを起こさせた。
その後は日本の横浜基地に移動させられ、アルマゲストの一員として戦争に参加。
ウランバートルハイヴ攻略作戦後、武と感情をぶつけ合い、
自身の本当の望みに向き合う事となった。
緋村一真は偽名であり、彼の本名は諌山緋呼。
嘗ては斯衛の赤として帝国斯衛軍に身を置いており、日本帝国の重鎮達とも面識ある。
2002年一月にこの世界から消えようとした武の因果情報を取り込んだ事実があり、
現在はその武の因果情報のお陰で生きながられている。
武と一真はその因果情報を共有しており、そのせいか過去の記憶やその他に無意識化の繋がりが生じている。
彼の持つ『ラーニング』というESP能力によって彼の中の白銀武の因果情報が活発になり、
現在の白銀武と同位存在となろうとしている為白銀武と同等の実力を持っている。
同位化が進むに連れ、白銀武への『ラーニング』は無効化されつつある。




エリカ・レフティ(cv.伊藤美紀)
31歳。地位は少佐。アルマゲストの副官。カマリ中隊長。
フィンランド人の父と日本人の母を持つハーフ。
日本開放に貢献した武を尊敬しており、しかし実物を見て戸惑った人。
規則に緩い武の代わりに規則に厳しくしている。
ブロンドの髪を持ちキリッとした表情をしている。
通称ファミコン。
甲18号攻略作戦後はアルマゲストの指揮官となり
男鹿基地へと異動となった。




リカルド・バルダート(cv.小山力也)
33歳・独身。地位は『作者の頭の中ではいじられキャラ』と大尉。
アルマゲスト大隊レグルス中隊長。
努力の人。外見的特徴は黒髪短髪、色黒、ガタイがいい、以上。
武を尊敬している。
キャラ像が出来上がったその瞬間からいじられキャラとしてキャラを確立した人。
本編でもたくさんいじってやりたい。
リーネ・ブランクに気があるようなとか言われているが、もしもリーネが18歳以下だったら犯罪者である。作中の歳の差は13歳。なんとも不吉。
作者はいつもバルと呼んでいる為、たまに彼のファーストネームを忘れたりする。
彼の名前はリカルド・バルダート、リカルド・バルダートである。



リーネ・ブランク(cv.柚木涼香)
20歳。地位は中尉。
アルマゲスト大隊スピカ中隊長。
好奇心旺盛、悪戯好きの明るいお姉さん。ちなみに作中では霞に次ぐ若さの持ち主。
戦術機に興味があり、色々考えているご様子。
ちなみに描写はないけどお酒好き。
容姿はいい方であり、赤の混じった茶髪のショート、意外とグラマラス、つまりは着やせするタイプなんです、はい。



藤崎秋水(cv.津久井教生)
極東国連軍グラウディオス連隊所属プトレマイオス大隊指揮官及びアクベンス中隊隊長。
年齢は40歳。地位は大佐。
帝国陸軍、斯衛軍、富士教導隊、国連と数々の軍を渡り歩いてきた文化的二枚目。
見た目はモチロンあの人。



菅原幸治(cv.中田譲治)
グラウディオス連隊指揮官。階級は准将。
戦術機機甲部隊の前身を担った一人のためそれなりに高齢。今では指揮をしたりしてる。
かなり大雑把な設定です。
昔右足を負傷し、その後遺症により出歩く際には杖を用いている。



京塚志津江(cv.喜田あゆ美)
五年経ってもPXを切盛りする肝っ玉おばちゃん。
未だに現役、半世紀経ってもきっと現役。
そのうち割烹着に『生涯現役』と書くに違いない。



イリーナ・ピアティフ(cv.高野直子)
地位は臨時中尉という名の呼び鈴。
本作において武や霞を呼び出す事ぐらいしか出番を与えられていない。
ファンの方には本当に申し訳ない。



●日本帝国


煌武院悠陽(cv.吉住梢)
日本帝国政威大将軍殿下。歳は22歳。
12・5事件から本来の権力を取り戻し、日々日本の国民の為世界の為に頑張っている。
五年前から武とは個人的な繋がりがあるとかないとか。
緋村一真のことを知っている・・・?



斑鳩紀将(cv.谷山紀章)
帝国斯衛軍第16大隊指揮官。五摂家斑鳩当主。地位は中将。
年はバルと同じ33歳。だがいじったりはしない。
斯衛の青。
連隊を任されてもおかしくはない地位とそれに見合っただけの実力があるのだが
国を護る立場にあるものが前線に出なくてどうするのかと言う考えと
彼の武御雷が機動性重視にチューンされている為、比較的身動きが取りやすい大隊指揮に落ち着いている。
しかし悠陽と真那の武への好意を感じ取っている為
どちらを応援しようか迷い、どっちも応援するか、と決めた為にその辺は落ち着かない。
性格としては和製キタンを目指したい。狗畜生はそう愚考した。



斉御司沙都魅(cv.三石琴乃)
帝国斯衛軍第5連隊指揮官。五摂家斉御司家当主。地位は少将である。
歳は46歳。斯衛の青。夫は文官である。
女性でありながら中将の座に上り詰め、結婚に続き出産後も軍に身を置いているのは
彼女が当時斉御司家唯一の子であった為。だがそれを不満と思わず、当然の事だと思い未だ戦争に身を投じている。
現在は嫡男である甲洋の成長を見るのが楽しみとなっている。
趣味はミニスカセーラー戦士にコスプレする事では断じてない。



斉御司甲洋(cv.柿原徹也)
帝国斯衛軍第21大隊所属。五摂家斉御司家が嫡男。その為に母親である沙都魅に手塩をかけて育て上げられた。
19歳。斯衛の青。
その為か、プレッシャーを感じており、いつもなんだかびくびくしている。
本人もそんな自分に嫌気が差しており自分は父と同じでデスクワークに回ったほうがいいのではとか考えたりしちゃっている。
でも、やれば出来る子、きっとやってくれるはずだと思う。いざとなったら天も次元も突破してくれると思う。



紅蓮醍三郎(cv.玄田哲章)
何歳なんだろうね。帝国斯衛軍大将。
帝国最強と謳われる武人。冥夜の剣の師。
武にも剣の師事をした。
でもどうせ教えるなら女の子のほうが良かったと思っているのは内緒。



神野志虞摩(cv.銀河万丈)
紅蓮醍三郎と同い年だよきっと。帝国斯衛軍大将。
最強と謳われる武人。悠陽の薙刀の師。



月詠真耶(cv.田中涼子)
地位は中佐。伊隅大尉と同い年だと勝手に設定したために27歳。
斯衛の赤。
月詠真那とは親戚同士。メガネっ娘。
煌武院悠陽に侍従として傍に付き、悠陽と共に何やら企んだりしてたりしてなかったり。



月詠真那(cv.星野千寿子)
真耶さんと同じく27歳。地位は少佐。斯衛の赤。
現在は帝国斯衛軍第16大隊所属。
過去に武とエレメントを組み、その経験から今武とエレメントを組む緋村一真に興味を抱いている。
そして武には紀将曰く気がある様子。
しかし彼女自身は赤い強化服と同じ様に顔を真っ赤にしてそれを否定した。



諌山総士(cv.藤原啓治)
享年34歳。1991年当時の地位は中佐。
大陸派兵の際、帝国斯衛軍から唯一大陸に向かった部隊、帝国斯衛軍試設部隊隊長。
議会に訴えかけ大陸へと渡ったが1992年に大陸にて戦死した。
確固たる信念と、国民を想う心を持った斯衛の猛者として相応しい実力を持った武人。
そして家族を愛してやまない良き父親でもあり妻の椿姫と息子の緋呼を最後まで愛し、
最期には二人の名前を呟き、生きて帰れない事への謝罪と、
これまで自身を支えてくれた事の感謝を口にしながらS-11で自爆し、その生涯を閉じた。



巌谷榮二(cv.菅原正志)
地位は中佐、又は巌谷の叔父様。帝国陸軍技術廠・第壱開発局部長。
不知火・弐型の正式配備により部長になった。
戒めとして昔顔に負った傷をそのままにしてある。
第四世代相当戦術機、志那都の開発に携わった。



篁唯依(cv.中原麻衣)
24歳。地位は大尉。中央試験評価中隊・“白い牙”ホワイトファングス隊長。
五年前にXFJ計画の責任者として米国に赴き同計画にて不知火・弐型の開発に従事した。
その後は帝国へと戻り、その時に出来た交友を保ちながら彼女本来の任に就き続けてきた。
武の才に秀で実力も高いが、生来の自省癖の持ち主で失敗をしては思い悩んでいるある意味苦労人。



宗像美冴(cv.浅川悠)
25歳。階級は少佐。
現在は富士教導団に配属されており、
風間祷子といちゃついたり、後任の衛士を弄ったりと日々を過ごしている。
再会を誓った想い人とは約束を果たせたのだろうか―――?



風間祷子(cv.伊藤静)
24歳。階級は大尉。
五年前美冴と茜と共に富士教導隊へと異動。
その後は教導の任を主とし、何回かハイヴ攻略作戦にも参加してきた。



涼宮茜(cv.水橋かおり)
23歳。階級は大尉。
美冴と祷子と共に五年前に富士教導隊へと異動。
その後は戦術機操縦技術の開発に打ち込み、任務をこなしながら腕を上げていった。
上記の三人は社霞と個人的な交友があり、たまに手紙などを送ったりと親交を深めている。



香月モトコ(cv.小菅真美)
何歳かな?第一帝都東京国立病院の医師。
五年前に負傷した宗像美冴や風間祷子を診たのはこの人(断言)
更に前の負傷した涼宮遙を診たのもこの人(断言)
今のところ会話の中でしか出てきてないけど、需要ありますか?



●欧米


エンリコ・テラー(cv.飛田展男)
58歳。米国のダグラス基地で行われていたプロジェクト・メサイアの計画責任者。
夕呼並みの天才だったが道を誤っていた為に、エドガー等に暗殺された。



エドガー・モーゼス(cv.高田祐司)
46歳。地位は大佐。穏健派軍人の筆頭であり、同じ想いを持った上議員達の直轄。
ミンスクハイヴ攻略作戦には米軍支援砲撃艦隊指揮官として参加。
緋村一真を気にかけている。



アーロン・マクレラン(cv.大塚芳忠)
歳とか最早どうでもいいレヴェル。地位は大佐。
欧州国連軍所属。
ミンスクハイヴ攻略作戦において作戦指揮官務め、作戦を成功させた。



◆戦術機


●日本帝国


不知火
第三世代戦術機。不知火・弐型の正式配置により一度改修された。



不知火・弐型
第三世代相当戦術機。XFJ計画によって出来上がった不知火の改良型。



武御雷
帝国斯衛軍に配置されている機体。不知火・弐型の技術を導入し応用された技術も取り入れ、改修されたために
こちらは第四世代相当戦術機となっている。



志那都
帝国で新たに開発された第四世代戦術機。


●米国


リンクス
米国で新開発された第四世代相当戦術機。だがまだ試作段階であるため実用配置にはまだ程遠い。リンクスの試験部隊はa、b、cと三つに分けれており各々の特徴を伸ばしている。三つの部隊の内、B隊にユウヤ・ブリッジスの名前があるとかないとか。



●ソビエト連邦


チェルノヴォーグ
第四世代戦術機。現在鋭利製作中のソビエトの最新型。
試験部隊の名簿の中にクリスカ・ビャーチェノワ、イーニァ・シェスチナの
二人の名前が確認されている。
チェルノヴォーグはビェールクトの後継機にあたる。


●横浜基地製


凄乃皇『白狼』
夕呼の研究成果を結集した(自称)第五世代相当戦術機。
ML機関を搭載しており、00Unitの代わりに00Unit-Ghostを搭載している。


火纏
読みはカテン。
ML機関がない事と『螢惑』を装備している事以外は上記の凄乃皇と構造は同じであり、同スペックの機体。








★設定


00Unit-Ghost
死亡した鑑純夏の量子電導脳から情報をサルベージし、その情報を別の量子電導脳に移し変えたもの。量子電導脳、00Unitとして最低限の能力しか持っておらず、鑑純夏としての人格も『リーディング』や『プロジェクション』等のESP能力も持っていない。最低限の機能しか持っていないせいでODLの劣化は遅くなっており、稼働時間も長いため、洗浄は半月に一度程度でいい。例外として搭載した機体が戦場に出た際はその前後に洗浄作業が必要である。
また量子電導脳自体も改良されている。
現在は凄乃皇『白狼』に搭載されている。
Ghostの製作は三年前から始まっており、00Unitとしての有力候補が現れず、オルタネイティヴ4の繋ぎとして製作されたものである。



プロジェクト・メサイア(救世主創造計画)
1996年に米国ダグラス基地でスタートした計画。計画内容はロスアラモス研究所と平行してのG元素の研究、それに伴った兵器開発。そして、人間を被検体とした人体強化措置の開発である。G元素を利用した兵器は先にロスアラモス研究所が先にG弾を開発した為に計画を断念。方針を変えてG元素を用いた次世代型主機の開発を目的とし、それ自体は何とか完成まで扱ぎつけたものの、ある理由により瓦解した。
そして人体強化措置、文字通り人間の身体を強化する事によって最高の衛士を作り上げようとしたものである。内容は非人道的なものであり、被検体は米国軍人や、世界各国の軍人を収集しこれに利用した。遺伝子操作や試験管ベイビーによる0から改修を行う事も考えられたが、それはソビエトがその実権を持っており米国にはその技術が足らなかったために断念され、仕方なく既存の肉体にそれは施される事になる。戦術機の操縦に使われる筋肉を人為的に断裂、修復させる事による強化。薬物による内蔵機能の強化。脳への知識の刷り込み。薬物と脳への物理的な干渉による、反射神経の強化、思考力の向上。これ以外にも様々な実験が行われ、被検体の多くは死亡、よくて昏睡状態に陥った。
計画責任者はエンリコ・テラー博士である。



ラーニング
相手の動きを自分のモノにする能力。
『リーディング』とは違い視覚のみの情報で対象を読心するESP能力の派生である。
挙動などの視覚的な情報だけでなく、それに至るまでの思考や概念までも読み取る事が可能。これによって相手の行動も予測する事が可能である。
『プロジェクト・メサイア』による人工的な後天性ESP能力だと思われていたが、
実態は武の因果情報を取り込んだ事により発生した副産物だという事が発覚した。




超反応
呼んで字の如く、超凄い反応。だがそれはオーバーリアクションの事ではない。
つまりは超人的な反射神経の事を指す。
作中では戦闘以外にも武の噴出したモノを見事トレイで防御して見せた。



白銀因子
緋村一真が欠損した自身の因果情報を補う為に取り込んだ白銀武の因果情報。
二人はこれを共有しており、緋村一真は当時の白銀武の存在を保障し、
白銀武は緋村一真の生命を復活させた。
緋村一真の存在はこれに依存しており、白銀武が死んでしまった場合は彼も同じく死んでしまう可能性がある。
なお、緋村一真が白銀武の恋愛原子核としての特性も共有しているかは不明。



同位化現象
緋村一真が取り込んだ白銀因子が現在の白銀武と同位存在になろうとする現象。
この現象によって緋村一真は自身の因果情報が蝕まれ、遠からず死んでしまう事が懸念されている。






[13811] 過去話 『色 - Colors of the heart -』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:0dcf2d40
Date: 2010/04/04 21:51

アラスカ ユーコーン基地。そこでは多くの開発衛士、それに関わる多くのクルー達が身を置き、日々最新鋭機として世に送り出すべく様々な機体の性能試験を行う場の一つだった。基地より遥か北方はBETA襲来に対し米国が行った水爆も用いた飽和攻撃により、嘗ての清らかな自然に満ちた様を失っており荒野と化していた。そこには生き物は棲んでおらず、今も荒れ果てた大地は野放しになっていた。
だが、ここ半年の間そこから何かを感じるようになった。それは人の意思を何かに乗せてこちらへと響いてきており、その原因はこの基地へやってきた極東国連軍の者達の仕業だと最近知った。


「・・・試射は、十日前のモノで終了だと聞いていたんだがな・・・」

額に手を置き、彼女は眉を顰めながら呟く。能力制御の為に付けられたヘッドセットがあるというのにも関わらず頭に響くこの感覚は、言葉に表現できない―――敢えて言うのなら人間の動物的本能が警報を鳴らしている、とでも言えばいいのだろうか。あそこで試射している兵器を見た者達の心の声が連鎖的に自分にまで届き、彼らが見た映像の印象それがこうして言い知れぬ感覚として響いているのだろう、と彼女は推察し彼女はそれを頭から追い出す為に何度か首を横に振る。その頭の動きに彼女の銀髪が遅れて優しく揺れる。

その後彼女が今日のスケジュールを思い返し、整理していると部屋の扉がノックされた。ノックに応じ扉を開くと、そこには普段自分達を管理している軍佐官の姿があった。

「どうかされましたか?」

彼女は敬礼の後、然とした態度でその佐官に来訪のわけを尋ねた。


「中尉、本日のスケジュールが一部変更になった」

「―――は、」

佐官の無感情な知らせに彼女は相変わらずの態度で応じる。


「―――極東国連軍の香月夕呼博士からの提案で、中尉達にはあちらが指定する衛士と戦術機模擬戦を行ってもらう事になった」

滅多な事では予定を変更しない彼らが何故そのような決定を下したのか、と彼女は一瞬眉を顰める。


「模擬戦・・・相手が指定されるとの事ですが―――一騎討ちという事ですか、それは?」

「そうだ。 相手はType94-1Cを駆るそうだ、こちらはSu-57DではなくSu-37UBで対応する」

「―――? Su-57Dの性能試験を改めてするには絶好の機会なのでは?」

対BETA戦用の戦術機を対人戦で性能試験を行うというのもおかしな話だが、他軍にそれの性能を見せつけるといった如何にも上層部の人間が好みそうな場面をみすみす逃すのかという疑問から彼女は怪訝そうに目を細めた。無論上官に相対している今、それを悟られまいとした微々たる変化ではあるが。


「なに、BETAが相手ならいざ知れず、相手はただの第三世代機だ。 こちらも第三世代機で十二分だろう。 中尉らは遺憾無くその実力を出し切り、相手を圧倒すればいいのだ」


佐官の男性は微動だにしない表情のまま、簡潔に返す。彼の言葉は彼女達の能力行使を任意で行ってもいい、という意味も含まれていた。
それはつまり相手はそれ程の実力者か、何の気兼ねも無しに打倒してもいいゲストという事だ。この基地に能力行使しなければならない程の実力者が来た、という話は聞いてはいない為、これは後者なのだろうと彼女は納得したように一度だけ頷いた。香月夕呼という人物―――実際に興味があるのはその連れの娘だが、彼女達はこの基地である兵器の開発に訪れているのだ、それがこちらに対し何か利益を齎しているというのであれば、この様な催しが通ってしまうのにも合点がいく。


「―――そういればシェスチナ中尉の姿が見えないが?」

男性は今気が付いたのか、顔を動かさず視線だけを左右に振った。


「イーニァは、少し前に部屋を出ていきましたが・・・」

「そうか。 では1200に第16ブリーフィングルームにて詳細を伝える。 ビャーチェノワ中尉はシェスチナ中尉を連れ、指定時刻までに同室に来るよう」

男性は軍靴を鳴らすように踵を揃え敬礼をしながら連絡事項を伝え終える。


「―――はっ、クリスカ・ビャーチェノワ中尉、命令を受諾しました!」

男性と同じように軍靴の硬質な音を響かせ、彼女―――クリスカ・ビャーチェノワはその敬礼に応えた。





イーニァ・シェスチナは軽快な足取りで基地内を闊歩していた。
それは半年前、彼女と自身が慕うクリスカ・ビャーチェノワにとって思いがけない出会いがあったからだ。存在すら知らせれていなかった妹との再会―――自分でもよくわからないが心の底から温かい何かが溢れてくるような―――とても嬉しい気持になった。それからというもの、イーニァは気が向いた時に彼女の元を訪れる為に基地の東側へとひょこひょこ出向くのであった。
先程、遠い北の方から得体の知れない感覚が届いた事から彼女はあの女の人と一緒に兵器の試験を行っている筈。彼女達、開発陣は実際に試射現場まで赴いているわけではなく基地の一室でモニタリングしている為、この基地に彼女はまだいるという事になるのだが、その兵器開発自体が機密事項の為その兵器開発を行っている区画には自分は入る事が出来ない。
小さく唸り声を上げるようにイーニァは数瞬考え込み、その結果自分が入れる区画で彼女を待つという手段を取り、比較的彼女と出会い易そうな通路をこうしてうろうろしているのだった。

「・・・ふふふ」

知れず、イーニァの口から笑みが零れる。
こうしてお忍びの様に基地内を散歩していると五年前に出会った、とても温かい心を持った自分もクリスカも大好きなあの人の事を思い出すからだ。先日のBETAとの戦闘でも出会った彼はとても頼もしかった、一緒に戦える事の―――あの人が近くにいてくれる事への喜びを思い出す。それだけでも何とも言えないくらいイーニァは幸せな気分になった。

「―――わぷっ」

幸せ気分に浸るイーニァだったが、そのせいで周囲の警戒を怠っていた。廊下の曲がり角、夢心地に廊下を曲がろうとしたイーニァは存在する筈のない壁に顔をぶつけてしまい、その衝撃で尻もちを着いてしまった。


「―――おっと?」

頭上から男性の声が聞こえた。ならば、ある筈のない壁の正体はこの声の持ち主なのだろう。どうやら自分は誰かとぶつかってしまったらしい。
せっかくの幸せ夢気分に水を差されたとイーニァの中で攻撃的な思考が浮かび、目を鋭くし声がした方に視線を向ける。

「・・・ああ、悪い。 大丈夫かい?」

しかし、男性は鋭くされたイーニァの青紫色の双眸を全く気にしていないように、微笑みながら手を差し出していた。それもその筈、目を鋭くしたといってもそれはイーニァの中での基準であり他の人から見ればそれはどちらかと言えば可愛らしく映るものなのだから。


イーニァは男性から差し出された手を取らず、きょとんとした様子で首を傾げる。
手を差し出してから数秒。男性もこちらを見つめる銀髪の少女を不思議と思い同じように小首を傾げる。銀と白の髪の毛が首の動きに合わせて緩やかに揺れ、銀髪の少女―――イーニァはその男性の深い赤色の瞳をじっと見つめていた。


「―――・・・ん。 大丈夫かな、お嬢さん?」

白髪赤眼の男性は困ったような薄い笑みを浮かべながら、茫然とこちらを眺めるイーニァに業を煮やしたのか腰を落として差し出した手を更に伸ばし床に着いたイーニァの手を取り、彼女を引っ張り上げた。
その間もイーニァの瞳は男性の鮮血の様に赤い眼を吸い込まれるように捉え続けていた。男性はイーニァを立ち上がらせた後それを居心地悪そうに視線を反らし、立ち尽くすイーニァの代わりに彼女の服に着いてしまった埃を手で払った。


「―――あ~、なんだ。 そんな可愛らしい顔で見つめられると、お兄さんは少々困るのだが・・・」

ぶつかってから一度も口を開かない少女に男性は薄い笑みを浮かべておどけたように言う。
それを見たイーニァは更に不思議そうに首を傾げる。


「・・・・・・かなしいの?」

イーニァは男性に視線を向けたままぽつりと呟く様に問う。男性はわけがわからないといった表情でもなく、相変わらず薄い笑みを湛えたままだったが、双眸は更に赤を深くし、切れ長の目は更に鋭くなっていた。イーニァは埃を払われている間も握られっぱなしだった男性の手を握り返すように優しく両手で優しく包む。


「・・・ハ、・・・悲しくなんかないよ。 君こそ、どこか痛いところはないのか?」

「いたいのはあなたのこころ。 それにそれはうそ・・・やっぱりあなたはかなしんでる」

握り返された手に幾らかの動揺を抱きながら男性はイーニァに気遣う様な笑みを向けたが、イーニァは相変わらずの様子で男性に言葉を投げかけた。
男性の表情も相変わらずだったが、イーニァは手を握り返した事への彼の動揺以外に彼の中に生まれた感情を捉え続けていた。


「―――・・・かなしいのに、なんでそんなにワラウの? つらいのに、なんでそんなにアカルイの?」

男性の言葉を無視して、イーニァは言葉を紡ぎ続ける。
イーニァには男性の心象が不思議に映っていた。目の前にいる彼は本当に辛そうで、悔しそうで、怒っていそうで、悲しそうな負の感情の暗い色をした心を抱えていた。その暗い色は誰もが抱えているモノとよく似ていた。けれど、それよりももっと歪んでいて、濁ったような印象を受ける。それはとても深く、彼の心の底に泥の様にこびり付いて、彼の心を内側で渦巻いていた。
男性の顔からはいつの間にかさっきまでの笑みは消え、無表情なものになっていた。こちらの思考が断片的に男性に伝わっている事も気にせず、イーニァは深みを増す赤い眼を見つめる。


「・・・・・・どうして、そんなにかなしいことから・・・にげてるの・・・?」

「――――――ッ!!?」

瞬間、バチンと音を鳴らしイーニァの手は振り払われた。男性の無表情が崩れ、険しい表情へと変わりイーニァを睨んでいたが、イーニァの表情は変わらず男性へと視線を向け続けていた。


「―――・・・・・・何が、言いたい・・・?」


低くされたトーンで男性は底冷えする様な冷たい声色でイーニァに問いかける。依然、男性の視線は強くなっていくばかりで、イーニァをきつく睨みつけていた。


「・・・・・・すすむことをなんでそんなにこばむの? あなたは――――――」

どうしてそんなに背負ったモノから目を背け続けているのか。イーニァはそれが不思議でならなかった。彼の中には“戦いの中で死ぬ”という願望がある。けれどそれは嘘だ。彼は生きて戦い続けるという道を選んでいる。なのに、どうして背負ったモノから目を背け、偽りの願望を抱き、それに縋っているのか。悲しいという感情も表に出さず抱え続け、心を摩耗させ続け、負の感情を覆い隠して明るく笑う目の前の男が不思議でならなかった、だから、それを彼に聞いてみたくなった。

その言葉を真摯に訴えようとするイーニァの言葉は最後まで紡がれる事はなかった。何故なら―――


「――――イーニァ!!!!」


彼女がよく知る母の様な、姉の様な、暖かい家族―――クリスカ・ビャーチェノワの叫び声がイーニァと男性の耳に届き、振り返ればこちらに向かってきたからだ。





クリスカ・ビャーチェノワはイーニァを探し、基地内を闊歩していた。
行先はわかっていた。イーニァは彼女に会いに行ったのだろう。半年前まで一切の面識がなかった姉妹―――自身の知る姉妹達とは違い、とても明るく表情豊かで、暖かな笑みを湛える妹。クリスカ自身、彼女とはもっと会って話してみたいと思う。それはイーニァも同じ事なのだろう。
ここ半年の間、イーニァはよくふらふらと散歩に出かける事が多くなっていた。それは五年前にあの男に会いに出歩いていた時以来の事だった。

イーニァを迎えに行くついでに自分も彼女と話そう、という考えが浮かんだがクリスカはそれを即座に頭から追い出した。
時刻は十一時に差し掛かろうとしており、上官が招集を命じた時刻までそう時間はない。すぐにイーニァを探し出して向かわなければならない現状ではそんな余裕はなかった。

クリスカは視線を左右に振りながら小走りに基地を散策する。

すると、視界の隅に見知った銀の影が映った。


「―――・・・イーニァ・・・」

漸く見つけたイーニァの姿にクリスカは安堵の息を漏らし、先程までの小走りとは違い落ち着いた足取りでイーニァの方へと向かい足を進めようとした―――が、
イーニァの前に立つ男性の姿を目に留め、一瞬足が止まった。
男性は肩に届くほど長い白髪と、切れ長の目に赤い瞳を映している異様とも言える風貌で、その赤い眼はイーニァを鋭く睨みつけていた。
それを見たクリスカの歩調が突き動かされるように早まった。彼女に危害を加える人間は決して許さない、そんな敵意を孕んだ視線を男性に向けながらクリスカはイーニァの元へと小走りに駆ける。

「―――――」

ここからではよく聞こえないが、イーニァが男性に何かを言っているようだった。男性はイーニァの言葉を耳にし、一層目を鋭くして、
バチン、という音を鳴らし乱雑にイーニァの手を振り払った。


「――――くっ!?」

それを見たクリスカは白髪の男性を敵性有りとみなし一気に駆けだした。駆けながら腰元に手を伸ばすがそこにはいつも携帯している拳銃の感触はなく、クリスカは舌打ちをしながらより一層強く床を蹴った。


「―――――イーニァ!!!!」


これ以上イーニァに危害を加えさせない為の白髪の男性への抑止としてクリスカはイーニァの名を力強く叫び、駆ける。


「―――・・・クリスカ?」

イーニァがこちらを振り向き小首を傾げながら自分の名を呟くが、そんな事は構わずクリスカはイーニァを抱きかかえるようにイーニァと白髪の男性の間へと入り、拳銃の代わりに携帯していたナイフと刃物の様な鋭い視線を白髪の男性へと向ける。男性はナイフと自分の姿を目に留めたが、まるで興味が失せたかの様な無表情を浮かべていた。


「貴様! イーニァに何をした!!?」

ナイフを突き付ける自身が然程の脅威も無いとでもいうようなその無表情にクリスカの怒りは更に焚きつけられ、語気は必然的に荒くなっていた。
それにも拘らず白髪の男性はクリスカを意にも留めず、クリスカのフライトジャケットに顔を埋められたイーニァへ怪訝そうに細められた視線を向けた。


「・・・・・・イーニァ・・・?」

ぷはっ、とクリスカのフライトジャケットへ埋められていた顔を離すイーニァへ視線を向ける男性は、それが目の前の銀髪の少女の名なのかとイーニァの名を呟く。


「質問に答えろ! 貴様この基地では見かけない顔だな? ここで何をしている!? どこの所属だ!?」

「―――クリスカ、だめっ!」

イーニァの制止の言葉を優しく宥めながらクリスカは再度白髪の男性へ視線を投げかける。
白髪の男性は漸くクリスカへ視線を向け、クリスカとその視線を交える。
漸く顔をこちらに向けた男の表情は相変わらずの無表情。色素が抜け落ちたかの様な白髪に鮮血の様な深い赤色の瞳を持った長身の男。
白髪と赤眼のせいか、彼はどこか不機嫌なようにも見え、切れ長の眼はその表情と同じように何も訴えてはいない。


クリスカは黙秘を貫く白髪の男性向けたナイフを更に近づけ、その視線も威圧感を増した。だが、一向に男性の表情に変化はなく。ナイフを見たのも最初の一回だけ。


「クリスカ―――!」

再度、イーニァは懇願する様にクリスカを呼んだ。こんなイーニァを見たのは五年前あの男に拳銃を向けた時以来だと、クリスカの中で少々の困惑が生まれるがそれでも白髪の男に向けられたナイフの先がぶれることはなかった。


「いい加減何か言ったらどうだ?」

「―――・・・そちらのお嬢さんは君にナイフを仕舞うよう訴えているようだが?」

返答を促すクリスカの声に白髪の男性は表情と同じく温度を感じさせない声色で答える。質問に質問で答え、あまつさえイーニァを出汁に使うとは、とクリスカの怒りに更に油が注がれる。


「・・・そうだな。 貴様がこちらの質問に答えたら仕舞ってもいいかもしれないな。 だが、そうやって黙り続けていては、間違って切っ先が貴様の喉元を裂いてしまうかも知れないがな・・・」

「・・・・・・参ったなァ・・・。 そんな事を言われたら、こちらも反撃しなければならないじゃないか・・・」

漸く無表情に変化を見せ白髪の男は不敵な笑みを湛え、二人の間の空気が一気に張り詰める。


「だめっ! クリスカぁ! ―――ひこぉ!!」


まさに一触即発といった空気を醸し出す二人にイーニァは再三の制止の声を上げ、イーニァの言葉を聞いた白髪の男性から―――初めて、殺気が放たれた―――しかし、その殺気が向けられたのはクリスカではなく、彼女に寄り添うように懇願し続けるイーニァに向けられていた。


「――――くっ!!」

それを感じ取ったクリスカは目の前の白髪の男性を排除する為に、予備動作として突き出されていた腕を引締め男性の首筋目掛け、突き立てようとした―――



「―――あら、待っても来ないと思ったらこんな所で油を売って・・・何をしているのかしら、緋村?」



―――瞬間、惚けた様な厭らしい声が三人の耳に飛び込んできた。
その声にクリスカはナイフを突き出す動作を急停止させ、すぐさま声の発信源へと振り返る。

「クリスカさん! イーニァ! 緋村さん! 何をしているんですか!?」

次に聞こえたのはクリスカやイーニァにとって掛け替えのない、もう一人の姉妹―――社霞の声だった。

「か、霞!?」 「・・・かすみ」

クリスカは妹に醜態を晒してしまったかの様に顔を紅潮させながら霞の名を呼び、イーニァは当初の目的の人物に出会えた喜びからトテトテと霞の元へと駆けていった。
そのイーニァの姿を見てクリスカは少しだけ寂しい気持になり、肩を落とした。
既に先程までの剣呑とした空気は霧散しており、白髪の男性―――香月夕呼と霞に『緋村』と呼ばれた男も溜息を一つ洩らした。


「―――で? もう一度聞くけど、緋村、あんたはこんな所で何をしているのかしら?」

夕呼は霞に抱きつくイーニァを―――二人を優しく一瞥すると蔑む様な視線と質問を緋村に投げかける。


「・・・少々、トラブルがありましてね。 お待たせさせて申し訳ない」

緋村は先程の無表情とは打って変わって薄い笑みを湛え、軽い口調で香月夕呼に応じていた。
その緋村の姿を見たクリスカは怪訝そうに香月夕呼と緋村へ視線を投げかけた。


「―――・・・コウヅキ博士と霞は・・・この男と顔見知り・・・なのですか?」

『緋村』と呼ばれた男はその後も幾つか香月夕呼と言葉を交わしており、他軍といっても上官に当たる香月夕呼を前にクリスカは攻撃的ななりを潜ませ、遠慮がちに尋ねる。

「そうよ」

「あ、えと、クリスカさん。 この人は『緋村一真』さんといって、先日この基地で合流した国連軍所属の衛士です」

「―――・・・・・・・・・・・」

クリスカの質問に香月夕呼は威圧的ともいえる声色で短く答え、隣でイーニァを受け止めていた霞は、クリスカへ応対した後無言で緋村を眺めていた。何かを訴えかけるような霞の視線に緋村は気付いたのか、クリスカへ向かい一歩前に足を踏み出した。


「・・・少々攻撃的に、接してしまったか、ビャーチェノワ中尉。 申し訳なかった―――――あと、イーニァ、だったかな? 君にも乱暴な真似をしてすまなかった」

緋村はそう言ってクリスカへ頭を下げ、イーニァへと向き直ると優しく微笑みながら謝罪を述べた。


「ううん、きにしてないよ」

「そうか。 痛いところはないんだね?」

「うん、だいじょうぶ。 しんぱいしてくれて、ありがとう」

それはよかった、と尚も優しく微笑む緋村とそれに笑顔で答えるイーニァ。緋村のその薄い笑みを見て、クリスカは言い知れぬ不快感を覚える。


「乱暴な真似、って緋村あんたそんなアブナイ嗜好があったの?」

「・・・・・・言葉の綾だよ、香月夕呼。 こちらのお嬢さんとそこの廊下で出合い頭にぶつかってしまってね。 その時この娘が転んでしまったから、その心配ですよ」


厭らしい笑みを浮かべる香月夕呼に対し、緋村は片頬が引き攣った笑みを浮かべて応じる。緋村はイーニァの視線の高さに合わせる為に屈んでいた腰を上げるとクリスカを一瞥した。
それは未だクリスカの心の底で渦巻く彼への敵意に気付いての事なのだろう。事実、クリスカの中では緋村への敵意は微速ながら膨れ上がっている。


「緋村。 心配してあげるのもいいけど、この娘達、午後あんたが模擬戦で戦う相手よ? そんな心配のいる程軟じゃないわよ」

「―――は? じゃあ、この娘とビャーチェノワ中尉が『紅の姉妹』ってワケか?」

「――――――!」

夕呼の言葉に緋村はクリスカとイーニァが何者なのかと今初めて知ったようにその顔に驚愕を映し出し、クリスカも上官が話したスケジュールを変更してまで組み込んだ模擬戦の相手が目の前にいる男だと知り、驚愕をその端正な顔に映し出した。


「イーニァ、私はこれから行かなくちゃならない所があるから、少しの間霞と一緒に行動していてくれる?」

イーニァへと近づき腰を屈ませながらクリスカは優しく微笑む。


「うん、いいよ」

「そう、ありがとう。 霞も、悪いけどお願いしていい?」

イーニァから承諾を得るとクリスカは次に霞へ同じ様に微笑みながら視線を向けた。


「はい―――私は構いませんけど・・・」

クリスカは霞の返答を聞くと姿勢を正し、緋村を一瞥した。


「それではコウヅキ博士、私はこれから上官に呼ばれていますのでこれで失礼します」

「ああ、それリンダーマン少佐からの招集でしょう? 私も顔を出さなきゃいけないから別れる必要ないわよ。 ―――社は管制室まで行って作業の手伝いを、緋村はハンガー行って機体チェックしときなさい。 あんた壱型丙に乗るの初めてなんだから、もう時間ないわよ」


夕呼は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
初めて乗る機体で相手だと、舐められたものだ―――とクリスカは口の中で呟き、構わず歩き出す。



「―――・・・あらあら、あっちはやる気満々みたいよ、緋村?」

「・・・ハァ、参ったね。 対人戦は得意じゃないんですよ? オレ」

さっさと立ち去ろうとするクリスカに目をやりながら夕呼は妖しく笑い、緋村は心底うんざりした様に肩を落とす。
霞とイーニァは手を繋ぎながら歩き出しており、イーニァは霞に手を引かれながら自分から遠ざかっていくクリスカを心配そうに眺めていた。



変わらず、召集を命じられたブリーフィングルームに向い足を進めるクリスカだったが、その表情は険しいモノだった。
クリスカは『緋村』と呼ばれた男に対し、言い知れぬ嫌悪感を抱いていた。あの薄い笑みを見た時に感じた不快感、あの欺瞞に満ちた笑顔がとても不快に感じられたのだ。
それに彼はイーニァへの謝罪の際、ぶつかった事は謝ったがあの手を振り払った事については語っていなかった。小事ではあるが、それでも欺瞞に満ちたあの笑みを湛えて言った謝罪なんて信じる気になれなかった。それに一度でもイーニァに―――自分の家族へと殺気を向けたのだ、敵と看做すのはそれだけで十分すぎる程だった。


「まったく・・・霞も、何故あんな男と・・・イーニァも・・・」

わかっていた筈だ、あの男の欺瞞に――と繋がる筈の言葉は口に出される事はなかった。ふと、クリスカはある事に気付いた。

(―――・・・『ヒコ』とは、あのヒムラという男の事か・・・?)

イーニァが叫んだ際に自分と並べて口に出した誰かの名前。霞はあの白髪の男を『緋村一真』という名だと自分に紹介した。
ならば、あの時イーニァが叫んだ『ヒコ』というのは何だったのだろうか・・・?





時刻は午後二時に差し掛かろうとしており、模擬戦の詳細をブリーフィングルームにて聞かされたクリスカは演習場に聳え立つSu-37UB―――チェルミナートルの中で目を閉じて静かに時を待っていた。
複座式管制ユニットが搭載されたSu-37UB―――しかし、その複座式管制ユニット内には強化装備で身を包んだクリスカの姿しかない。
それはブリーフィングルームに訪れた際、クリスカが彼女を呼び出したリンダーマンに「二人で戦る必要はない」と、相手との一騎打ちを申し出た為だった。
それを模擬戦を提案した香月夕呼が承諾し、こうしてクリスカ単身でチェルミナートルへ搭乗する事になったのだった。

これは、あの欺瞞に満ちた笑みを湛える『緋村』と呼ばれた男を自分の手で圧倒したいという願望もあったが、大きく占めたのはイーニァへの気遣いだった。
『リーディング』―――俗にESP能力と言われる自分とイーニァ、霞の内に宿る人外の能力。これは対象へ向けられる意識によって行使の強弱も決まり、読める心象の深さも変化する。つまり、一対一での戦闘はリーディングの的を絞り易く、それだけ読み易いシチュエーションという事になる。自身より強いリーディング能力を保持するイーニァは相手の心象をきっと深く読む事になるだろう。
ヘッドセットによって能力を抑制されている自分ですら感じ取れる、『緋村』の混沌とした欺瞞の渦―――濁った暗い色。クリスカはそれをイーニァに深く視てほしくなかったのだ。


『CPより、イーダル1―――あと300で模擬戦開始時刻となる、何か不備はあるか?』

フラットだった通信回線にノイズが走りCPからの最終確認が耳に届き、クリスカはゆっくりと瞼を開く。システムを立ち上げ、外の景色が網膜に投影され始める。

「・・・イーダル1よりCP、問題はない・・・いつでもいける」

CP将校へ短く答えながらクリスカは目に映る黒いType94-1Cに視線を向ける。
『緋村一真』―――それがあの不知火・壱型丙に搭乗している白髪赤眼の衛士の名だった。詳細説明の際に渡された奴のパーソナルデータは最低限のモノしか記されておらず、戦術機特性を含めた能力値も振れ幅が大きくなっており要領の得ないふざけたモノとなっていた。
けれど、詳細説明の際興味を惹かれる言葉を耳にした。
緋村はどうやら先日、東側の衛士―――あの男が『チョビ』などと呼んでいたきゃんきゃん煩いあの女に同じく一対一で圧倒したとの事だ。自分にとって子犬の様に喚き立てるあの女の実力など取るに足らないモノだが、それでもアレが実力ある衛士である事に変わりはない。だからアレに勝利した衛士なら多少は楽しめるだろうと、当初の目的とは別の楽しみが生まれたのだった。


『―――よォ、今回はお手合せ感謝するよ、クリスカ・ビャーチェノワ中尉』

戦闘開始まで150を切ろうとした頃、対戦相手である緋村から通信が入った。網膜に投影された緋村の表情は先程と変わらず薄い笑みが張り付いており、それが更にクリスカの神経を逆撫でる。

『オレは対人戦が苦手なんでね、お手柔らかに頼むよ』

朗らかとも受け取れる薄い笑みは最早クリスカにとって不快なモノでしかなく、否応なしにクリスカの心をざらつかせる。


「―――貴様、戦う意思がないのか?」

『いや? そんな事はないぞ。 まぁ・・・気が乗らないのは、確かだが』


ふざけた事を―――とクリスカは口の中で呟く。
イーニァは五年前のあの時から自分を変わったと評していた。確かにあの時に比べ、自分は変わったのだろう。あの頃に比べ生きる意志も、戦う意志も、誰かを想う意志も、変化していった。あの頃に比べ心がこんなにも穏やかになるとは思わなかった。けれど、それでも変わらないモノはあった。自分の根っからの攻撃的な性分は今も内に抱えている。
ざらつかされた気持ちがその性分を前へと押し出し、目に映るこの男への敵意を膨張させる。


「随分と腑抜けた事を言うんだな・・・ヒムラ大尉・・・」

彼我距離は100mと言った所だろうか、演習場であるここにはビル群が立ち並んでおり遮蔽物が多い、相手の装備は強襲掃討位置装備、必然的に砲撃戦になるだろう、

「私は少々貴様の実力を見るのを楽しみにしている・・・どうか私を落胆させてくれるなよ・・・」

相手の実力も定かではない、今回の模擬戦には刻限もある為そうゆっくりしている暇はないか、とクリスカは頭の隅で思考する。

「だから・・・少しでも私を楽しませる為にも、力を振り絞れ・・・それが無理なら・・・・・・」

模擬戦開始まで60を切った。お喋りもここまでだ。


「――――――精々、逃げ惑え」


そこでクリスカは通信を一方的に切った。
一つ大きく息を吐き出し、操縦桿を適度な強さで握り直し眼前の『的』に意識を集中させる。
ぼんやりと映る色はやはり濁った暗い色―――吐き気がする程に混沌とした欺瞞の色。



そして、秒針は時を刻み続け演習開始時刻が告げられる。



「――――ハァ!!!!」
開始と同時にクリスカはA-97突撃砲を右腕で一門構え36mm弾(ペイント弾)を放つ。
それは相手も同様で僅かに跳躍ユニットを効かせながらビルの陰に隠れようと移動しながら突撃砲をこちらに放っていた。

クリスカは巧に操縦桿とペダルを操作し、迫る弾丸の雨を避け切る。
回避動作を取りながら不知火・壱型丙へと照準を定めようとしたが、相手もそう簡単に照星に収まる気は無いようで36mm弾でこちらを牽制しながらビルの陰に隠れていった。

予想通り・定石通り、といった形になりクリスカは一つ息を吐き出す。

一対一の戦闘となれば炙り出しも効かない。
攻撃を仕掛ければこちらの位置を教える事になるのだし、あまり上策とは言えない。
とは言っても、後手に回るのも上等ではない。
一対一の戦闘は純粋な戦闘技術の勝負になる。

だから―――

「結局は逃げても無駄だ。 お前は私から逃げられない」

Su-37UBを水平噴射跳躍させ、不知火・壱型丙が逃げ込んだビルの陰を捉えられる位置まで一気に躍り出る。
勿論、そこに不知火・壱型丙の姿は無い。一ヶ所に留まり続ける愚を犯すほど相手も馬鹿ではないだろう。
振動センサーと音感センサーからすぐさま追跡プログラムを立ち上げ、位置を特定する。

「―――そこか!!」

機体を垂直跳躍させ眼下のビル群の陰に隠れた不知火・壱型丙の背後を確認し、それから数瞬置かずにクリスカは突撃砲を構え緋村機を狙い撃とうとした―――が、

「―――!!」

視認した瞬間、こちらに気づいていないと踏んでいた不知火・壱型丙はこちらとほぼ同タイミングで突撃砲を振り向きざまに構えていた。
速い―――と、思考を巡らせながらクリスカは操縦桿を操作し続ける。
Su-37UBは舞い上がった空中で弾かれた様に真横へ跳ね、緋村機から放たれた弾丸の雨を避けすぐさま噴射降下し、水平噴射跳躍で接近戦を仕掛けようとする。


だが、相手はそれを見越していたのか突撃砲でこちらを牽制しながらビルの陰から陰へと移動する。
何が何でも中距離戦に持ち込む気か―――とクリスカは舌打ちをしながら、牽制の弾丸を避けながらこちらも突撃砲を構え続ける。

こちらが追い詰めようとすれば、相手は形振り構わず距離を離そうとする。
そんな鼬ごっこが暫く続き、クリスカの中で戦況が進まない事へのストレスが生まれ始めた。


再度、不知火・壱型丙の姿を目に捉え、突撃砲を放つが相手は反撃をしながら同じ様にビルの陰へと逃げ込んでしまう。


「―――なんだ、随分と・・・つまらない男だな・・・ヒムラ」

クリスカは思わず呟いていた。
真っ向勝負でもなければ、逃げるふりをした罠でもない。緋村機は完全に一定の間隔を保ち、こちらに少しも近づこうとはしなかった。

しかし、スケジュールを変更してまで組まれた模擬戦がこんなにも詰らない戦闘なのか、とクリスカは歯痒い気持になる。
いくら本気ではないといっても、ここまで自分から逃げ果せているのだから緋村の実力は確かなものだ。しかも一定の距離から離れず、自分を近づけさせない射撃の腕も称賛に値する。

だが、それだけに詰まらない。
相手は逃げ回る兎でもなく、立ちはだかる壁でもない―――なんとも中途半端な存在なのだ。
まるでタイムアップを狙うかのような戦闘スタイルにクリスカの中でフラストレーションが蓄積されていく。


しかし、緋村機のその及び腰な戦闘スタイル以外にもクリスカのフラストレーションの原因があった。


「―――・・・まただ・・・」

飛び交う弾丸の嵐の中クリスカは注意深く、装甲の端にペイントが所々に付着した不知火・壱型丙の挙動を観察する。
ビルの陰に機体を隠しながらお互いに突撃砲を構え合っているが、クリスカは距離を詰めようと度々陰から飛び出そうとしていた。その度に緋村機はSu-7UBの動きを突撃砲で捉えており、クリスカ自身何度か背筋が冷えた思いをしたのだが、緋村機は照準を外し牽制として弾丸を放ち続けているのだ。それは態とやっているという印象を受けず、どちらかと言えば癖のような感じだった。けれど、緋村機からは着弾しない事への焦燥感は見て取れず、至って平静を保っているようだった。

「まったく・・・ふざけた事を・・・」

僅かに語気が荒くなり、クリスカは内に湧く苛立ちをぶつける様に狙いを定め、精密狙撃で36m弾を放つ。
集中力を絞りクリスカが放った弾丸は吸い込まれるように緋村機の右肩部へ着弾し、肩部ユニットはペイント弾の紫色に染まった。
クリスカは機体を一度完全にビルの陰に隠し、一度だけ頷く様に呼吸をした。見た限りでは相手は右肩部の装甲・中破、といった所だろうか。恐らく戦闘には支障がない程度の破損だが、それでも危機感を新たにする程度には十分だ。クリスカは再び機体を陰から飛び出させると同じく飛び出してきた不知火・壱型丙へ狙いを定める。

再度、飛び交う弾丸の嵐。


「――――――がっかりだ・・・ヒムラ・・・!!」

肩を打ち抜かれたのにも関わらず依然変わらない不知火・壱型丙の挙動を目にクリスカは一寸の落胆と狩猟への愉悦を抱き、『的』に向い吶喊した。





Su-37UBとType94-1C―――クリスカ・ビャーチェノワと緋村一真の模擬戦の映像は模擬戦の戦域管制を行う管制室でモニタされていた。
管制を行うCP将校以外にも人は見えるがその半数が『紅の姉妹』と米国から追放されたと噂される男との模擬戦を見たいが故に集まった上官達だ。
その模擬戦の内容を見た彼らの感想はクリスカと同じように「つまらない」といったモノだった。戦闘は開始から今まで小康状態が続いており、一向に進展を見せない。
戦況で言えば僅かにクリスカが有利か、といった状態の中、ソビエト側の人間は内心でほくそ笑みながらモニタを眺めていた。

そんな管制室の中で、イーニァ・シェスチナは静かにモニタを見上げていた。


「―――ほぉ、これは・・・・・・あとは一方的な展開になりそうですな、ミス・ユウコ」

「そうかも知れませんわね、少佐。 けれどそんなに勝ちを意識されなくともデータはお渡ししますわ。 この模擬戦の結果がどうあれ、ね」

肩部を撃ち、その勢いに乗り緋村機に肉薄し、徐々に距離を詰め始めたSu-37UBを見てリンダーマンは声高に香月夕呼へ声をかけ、夕呼は視線をモニタに向けたまま答える。


そんな雑音は聞こえないとでも言う様にイーニァはモニタに映る二機の戦術機を見つめていた。
クリスカはつまらない戦況に苛立ちと落胆を覚え、黒いType94-1Cが放つ弾丸の雨を搔い潜り、反撃の弾丸を放ちながら徐々に接近していた。

「『・・・どうして・・・?』」

ポツリとイーニァは呟く。それは唇を動かしただけの、とても小さな呟き。しかし、それはとても遠くまで届いている。

「『・・・・・・クリスカは、つよいよ。 あなたなんかにまけないし、しんじゃったりしないよ・・・』」

なおもイーニァは小さく言葉を紡ぐ。
イーニァも緋村機の不可解な挙動には気付いていた。同時に何故、彼がそんな挙動を取っているのかも解った。
彼は人に銃を向けるという事を拒んでいるのだ。先程、彼と会った時に視た彼の凄惨な記憶―――他者の血で塗れた赤い、悲しい記憶。
その結果、彼は喩え実弾でないとしても人間に銃を向ける事を―――人に危害を加える可能性がある事を恐れている。
また人を手に掛けてしまうのではないかと、そんな恐怖感からあんな挙動を取っているのだ。

それは、イーニァにとって不思議な事だった。
道を定めているのにも関わらず足を踏み出さない事も不思議だが、クリスカの実力をわかっているのにも拘らず未だあんな腑抜けた戦闘を繰り広げる事も不思議でならなかった。


「『・・・そんななさけないのは、とってもかっこわるい・・・。 いまのあなたは・・・―――』」

まるでモニタの向こうを見据えた様にイーニァは遠く睨みつける。



「『―――・・・・・・・ゆうきがない・・・ただの、よわむしだ・・・』」





Su-37UBはA-97突撃砲を左腕に構え、右腕にはモーターブレードを展開させていた。
彼我距離はこのSU-37UBならば一息で詰められるになっていた。
相変わらず『的』はこちらにまともな反撃を仕掛けてはこず、ペイント弾を何発か掠めたType94-1Cの損害率は四割を超えようとしている。
まるで端から削られていっている様に斑に付着したType94-1Cの突撃砲から放たれる36m弾を搔い潜りながらクリスカは舌なめずりをする。

最早、クリスカの中ではこれは模擬戦ではなく狩りと化していた。イーニァにあれ程の殺気を向けた人物が―――あんな不遜な態度をした男がこんな程度なのかと落胆もしたが、そんな事はもう既に頭の片隅へと追いやられていた。


「―――・・・終わりだ、ヒムラ・・・!!」

だから、Type94-1C目掛け吶喊し展開したモーターブレードを機関部へ突き立てようとするクリスカは次の瞬間に感じた感覚に驚き―――逆噴射制動し、一気に後退した。
一寸の困惑を胸にクリスカはType94-1Cに目をやり、目を鋭くする。

首の裏がチリチリと焼けるような、そんな感覚。先程までType94-1Cから感じていた、濁った暗い色に僅かな精彩が映ったのだ。
それはまるで刃物の様に冷たく、生傷の様に熱い―――クリスカは自身の背中に汗を掻いている事を自覚し、不敵に笑う。


「―――ああ、いいぞ・・・ヒムラ・・・。 簡単に決着が着いてしまいそうで、少し退屈していたんだ・・・!」

漸くやる気になったのか―――とクリスカは開かれていていない通信回線に語りかけるよう、笑みを浮かべる。
すると、閉じられていた回線に突然ノイズが走り――――


『――――“退屈”、か・・・そう言うなよ、クリスカ・ビャーチェノワ・・・。 ――――――オレも、物足りないと思っていたところさ』

眼前の『的』の酷く冷たい声が―――クリスカの耳に静かに届いた。


突然耳に飛び込んできた声にも、その内容にもクリスカは驚いた。冷たく温度の感じさせないその声には確かな苛立ちを孕んでおり、聞こえる筈のない自分の声に相手は答えて見せたのだ。
だが、驚愕の出来事はそれだけに止まらなかった。あの白髪の男の声が耳に飛び込んできたのと同時に―――クリスカの視界には相手の突撃砲が飛び込んできていた。


「―――――ッ!!」

視界を覆うように迫った二門の突撃砲―――それは先程まで『的』であるType94-1Cが構えていた突撃砲だった。そう、緋村機は何を思ったのか突撃砲を自分に向けて投擲したのだ。

クリスカは即座に飛んできた突撃砲二門をモーターブレードで切り裂く。

しかし、回復した視界にはType94-1Cの姿はなく、その代りに複座式管制ユニット内にけたたましく警報が鳴り響いた。


(―――――上!?)

戦闘中に武器を投げ捨てるという未だ嘗て見た事のない行動に困惑し、次の行動予測が遅れてしまった事にクリスカは唇を噛み締めながら頭上を見上げる。そこには短刀を片手に構えたType94-1Cの姿があり、正確にSu-37UBの頭部モジュールへ狙いを定めていた。

クリスカは迫りくる短刀に展開したモーターブレードを合せ―――高速で回転するモーターブレードに触れた事により短刀との間に強烈な火花が散る―――相手の斬撃を弾き返した。

斬撃を弾かれたType94-1Cはくるりと空中で回転し態勢を整えSu-37UBの背後に着地すると、一瞬の時も置かず飛びかかってきた。


「そんな事――――分り切っている―――!!」

機体を反転させクリスカは先程と同様、モーターブレードで相手の斬撃を受け止める。
けれど相手の攻撃はそれだけではなかった。相手はいつの間にか可動兵装担架システムを用い、右脇に突撃砲を挟んでいた。

(短刀を弾かれ、自分の背後に着地する一瞬―――私の死角に入り込んだその一瞬で換装させたのか!?)

戦慄を胸に抱きながらクリスカは冷静に左腕のモーターブレードを展開させるとType94-1Cが構えた突撃砲を両断し、次に左肘を上へと突きだした。
勢いよく突き上げられたSu-37UBの鋭角的な肘は、こちらに掴みかかろうとしていたType94-1Cの空いていた右手首を穿った。



流れるような二機の攻防。幾度となく刃を交わし合い、刻々と時間は過ぎていく。



二十合を軽く超える数を打ち合った頃、クリスカは久々の強者に出会えた事への喜びとは別に、一つの疑念を抱いていた。

相手のType94-1Cの短刀捌きが嘗て見た帝国斯衛軍の衛士のモノと似ているという事とは別に抱かれた一つの疑念。

自分の持つ能力はヘッドセットにより抑制されている。それでも漏れ出した能力は相手の思考を十分に読み取っている。
だからこそ相手の行動も予測が可能であり、先手など幾らでも打てる。
けれど、相手の行動はこちらの動きに合わせ刻一刻とリアルタイムで変化していくのだ。
不意を突いた筈の攻撃すらもまるで鏡映しの様に対処して見せるその異様な行動。
こちらの動きを読み取っているとしか思えない行動に、クリスカは困惑していた。

まさか、同族と戦闘する事など今まで有りはしなかったのだから。


「―――まったく何なんだ! 貴様はぁアっ!」

得体の知れない存在への嫌悪感を現すようにクリスカは怒号を張り上げ、モーターブレードを振るう。
約束の刻限も迫り、止めだと放ったそれは―――



緋村機が差し出した短刀に合わさる事無く、Type94-1Cの機関部へと突き刺さった。








その後、模擬戦終了が伝えられ、勝ちを捥ぎ取った事への賛辞が上官らから伝えられたが、はっきり言って耳には入ってこなかった。
得体の知れない人物との今まで経験した事のない戦闘はクリスカを容赦なく疲弊させていた。
強化装備から普段着ているフライトジャケットに着替えた後、少し覚束無い足取りでクリスカは部屋に戻る為に廊下を歩いていた。

身体を支え、態勢を保つ為に壁に優しく添えられた、クリスカの細く白い五指は歩調に合わせて穏やかに壁をなぞっていく。


「―――ね? クリスカはつよかったでしょ?」

ふと、廊下の先から聞きなれた声が聞こえた。


「ああ・・・参ったね、どうも。 流石に堪えたよ・・・」

続いて聞こえたのは先程まで自身と刃を交えていたあの白髪の男の間の抜けた声。


「――――――イーニァ!!」

クリスカはゆっくりだった歩調を早め、二人の前へと駆け出た。
見ればイーニァとあの男はお互いに反対側の廊下の壁に背を預け、言葉を交わしていた。
イーニァはクリスカの姿を目に留めると、軽快に壁から背を離しクリスカ目掛け駆け寄ってきた。


「クリスカ、おつかれさま」

満面な笑みのイーニァの労いの言葉にクリスカは優しく微笑み返すと、未だ壁に背を預けこちらを眺めている白髪の男に鋭い視線を向けた。


「―――貴様・・・何故、イーニァに近づく?」

「・・・近づく、というより歩いていたら話し相手としてそのお嬢さんに呼び止められただけなんだがねェ・・・」

剣呑とした面持ちのクリスカに対し、緋村は薄い笑みを浮かべながら答える。


「貴様・・・!!」

「あんまり騒ぐなよ、君は疲れてるんじゃないのか? なら無理はするモンじゃないよ」

ぼやいた言葉に更に目を鋭くしたクリスカに対し、緋村は困ったような笑みを浮かべ、壁から背を離した。
まるで気遣うような言葉にクリスカの気分は更に悪くなっていった。あの欺瞞に満ちた笑みはどうしても好きにはなれず、神経を逆撫でにされる思いだ。

まったくふざけた男だ―――、とクリスカは口の中で呟き、それを目に留めたのか緋村は微苦笑を湛えていた。


「・・・それじゃあオレは香月博士の所で反省会があるんでこれで失礼するよ。 イーニァ、社さんに何か伝えとく事はあるか?」

「ん~、かすみがここにいるあいだにまたあいにいくから、そうしたらまたあやとりおしえて、ってつたえといて」

薄い笑みを浮かべる緋村は先程話していた話題の続きなのか、イーニァにそんな事を尋ね、イーニァはたどたどしい口調で答えるのだった。
All right、と緋村は短く答えるとこちらに背を向けるとさっさと足を進めて言った。


「―――待て、ヒムラ!」

「―――・・・? 何か?」

クリスカの呼び声に振り返った緋村の表情は薄い笑みから僅かに陰りを見せたうんざりとした様にも見える表情だった。


「貴様は・・・いったい、何者だ?」

絞り出すような低い声。まるで尋問するかの様なクリスカの問い。


それを耳にした緋村は考えるように一拍置いた後、自嘲気味な笑みを浮かべ、


「―――――なに、オレはただの・・・しがない敗残兵だよ・・・」


と、答えると再度前を向いて歩きだした。



その背中をクリスカは刺すような視線を投げかける。





ああ、どうにもあの欺瞞に満ちた暗い色は、好きになれない。


そんな事を口の中で呟くと、イーニァの手を引いて歩きだしたのだった。
























あとがき

緋村「みんなして、会う度に矛盾しているだの不可思議だの欺瞞に満ちてるだの言ってくるんだが・・・なんかひどくねえ?」

イーニァ「いたいのは、さくしゃのしこう」


ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます、どうも狗子です。

今回の話はサイドストーリー一個目です。
時期的には一真が横浜基地に訪れる少し前、ユーコーン基地に滞在していた時に


もしかしたらこんなんあったんじゃねえ?


的なお話です。

これでなんちゃってESP能力者・一真くんはESP三姉妹全員と会っていたという事になりますね。

一真の心を覗いてみて、三人が各々抱いた印象の違いに性格が出てるんじゃないかなぁ、と愚考してみる。

それにしても、私はTEは小説第四巻までの内容しか知らないので『紅の姉妹』が
どんな感じか掴めてないんですよね。戦闘スタイルも含めて。
なので今回のはちょっと試験的な思惑も含まれています。それ以外は妄想で出来ています。

これはちょっと違うのでは?といった所があればどんどん教えてください。

それではまた最新話でお会いしましょう。では。


P.S.
クリスカ「セリフの半分は『イーニァ』で出来ている」
という冗談は置いといて、


このSSで篁唯依と緋村一真の関係なんですが、
正直ないわ、萎えた、と感じた方いらっしゃったら
ご指摘お願いします。

正味な話、本編キャラをどの程度までいじっていいものか掴めておりません今更だけど!!
霞を成長させた私が言うのも何なんですけどねェ・・・




暴走気味だと感じたら声を掛けてもらえると嬉しいです、では。



[13811] 徒話 『没シーン・Ⅰ(義兄妹の行方)』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/05/28 00:46


 花火も打ち止んで、夜空は穏やかな濃紺色を取り戻しており静寂を取り戻していた。
街道ではまだ余韻が抜けていないのかざわざわと人の音がするが、それもすぐに止むだろう。

 一時の安らぎ、嘗ての平和な日常。それが幻視で来ただけでも、今日という日は価値があった。
だって帰る足を進めている人々の中に暗い表情を見せている者はいないのだ、その声は明るいのだ。
きっと地上の星というモノは、ただの街明かりの事ではない。それは人の心のことなのだと今ならはっきり言い切れる。

「―――ハッ、お前が先に潰れてどうするんだよ……なァ?」

 一真は静かになった宿の個室の中でぽつりと呟いた。
彼の膝の上には妹分である篁唯依が安らかに寝息を立てていた。
泣き疲れたのか、と思ってしまえばどうにも調子が狂わされる。
だって泣かされたのはこちらなのだ。それで終わってしまえば泣かした本人の方が先に疲れて寝てしまっている。

 一真は優しく唯依の黒髪を梳いて、頭を撫でた。
相変わらずあの娘とは違う感じの綺麗な髪だ。絹のようにしなやかで艶のある髪。

 そういえば唯依は今まで自分を兄と慕ってくれていたけれど、何か兄らしい事をしてやったことはなかった。
そう思うと今漸く兄の様な事をしてやれたのかもしれない、と一真は小さく笑みを零した。

「………あーあァ、折角の浴衣なのに。 皺が付いたら大変だろう」

 ついでに言えば先程自分が胸で泣いていたのだから、その涙で染みが出来てしまうかもしれない。
それに浴衣もだいぶ着崩れしてしまっている。あまり肌を晒してしまっては身体にも悪いし、帯があるから寝苦しいだろうに。


 小さく寝息を立てる唯依の肩に手を置いて、一真は出来るだけ優しく唯依に覚醒を促す。
眠りが浅かったのかすぐに唯依は規則正しい寝息を見だして瞼を振るわせた。


「―――………あ……、兄―――さん………?」

 まだ意識の覚醒しきっていないぼやけた声で確認するように唯依は口を開いた。
唯依は目尻に残る涙の跡を拭われて、眠そうに細められていた目がより細める。

 なんというかこそばゆい画だな、と一真はそんな感想と笑いを奥歯で噛みしめる。
それからそれを噛み砕き切ってから一真は「ああ」と頷いて見せた。

「………すみません、私は……眠ってしまっ、たようですね………」

「ああ、そうだな。
 オレを泣かしておいて自分だけ疲れて寝るなんて、おかげでこの一時間ぐらい手持無沙汰だったよ」

 皮肉気な笑みを湛える一真の顔を見て、唯依は持ち前の自省癖を発揮してしまったか顔を紅潮させて顔を背けてしまった。
視線を泳がせながら唯依は自分の失態を恥じているようだ。

 相変わらずの生真面目さだな、と一真は口の中で笑みを噛み殺した。
嘗ての自分とは違い、こんなにも込み上がる笑みに自分でも戸惑っているくらいだ。

「というか唯依? いい加減頭を膝からどかしたらどうだ?
 失態を演じてしまったと慌てているようだが………そろそろ目を覚ませ」

 ぽん、と唯依の頭に手を置くと、唯依の肩が大きく跳ねた。

 完全に追い打ちだ。
唯依はがばっと勢いよく身体を起こすと一真に背中を向けて手櫛で髪を整えたりと大慌てだった。
その最中に浴衣の着崩れ具合に漸く気が付いたのかもう一度肩が大きく跳ねた。

 恨めしげな目をしながら唯依は錆びついたハンドルを回すかのようにゆっくりと一真に顔を向ける。

「に、兄さん………」

「ん?ああ、何もしてないよ。 というか今さらだろう?
 オレがお前を襲う考えを持ち合わせるような人間なら、とっくに襲ってるさ」

 いったい何を言っているんだお前は、という調子で一真は唯依へ微笑んだ。
唯依としては複雑な心境なことこの上ないが、というより一真のぞんざいな言葉を注意したいくらいだが。
とりあえず自分の操が守られたことに静かに安堵していた。

 確かに、唯依の知る『諌山緋呼』という人物はそんな姑息な手を使う痴れ者ではない。
ならば、焦る必要なんてどこにもなかったではないか。

「………こほん。 兄さん、今日はありがとうございました。
 私は明日軍に戻るのでそろそろお暇させてもらいます―――」

 衣服の乱れを整えてから唯依は姿勢を正して一礼する。
だが、顔を上げてみれば頭を下げた相手は正面におらず、何故か自分の隣にいた。


「………………何をしてるんですか?」

「なにって、お前を送ろうとしてるんだが」

 訝しげに問う唯依に対し一真はあっけからんとあまりに自然に答える。
大丈夫だから心配しなくてもいいと唯依は断ろうと思ったが、その言葉は次の言葉によって斬り伏せられた。

「お前酒抜け切れてないだろう。 顔、赤いぞ?
 まったく…嗜むといっても、酒にあまり強くないんだったら注意しろよ?」

 やれやれと呆れ気味な一真の言葉を聞いて、唯依は自分の顔に手を当ててみると確かにほのかな熱を帯びていた。
こんなにも心を乱すなんて情けない、と唯依は心の中で自分を叱咤する。自己管理も覚束ないのでは隊を任されるものとして心もとなさすぎるぞ。

「―――わかりました。 それでは兄さん、道中ご一緒していただけますか?」

 唯依は一度頭を振って、落ち着きを取り戻すと穏やかな表情でそう言った。



 ―――外に出ると祭りも既に終わったというのに人の姿はまだ幾らかあった。
みんなまだ余韻が冷めないのか街道の端で集まって話したりして騒いでいた。
唯依は彼らが良識ある行動をしてくれると信じて、後ろ髪を引かれる思いで前へと足を進めた。

 カラン、コロン、
草履の底が鳴る音。並ぶ足音は二つ。

 唯依と一真は二人並んで家路に着く人たちに紛れて歩いていた。
歩調はゆっくりとしたもので会話も特になく、唯依の歩調に合わせながら歩く嘗ての隣人、『諌山緋呼』へ唯依は視線を向ける。

 やはり、見た目だけならこの人は随分と変わり果ててしまったと思う。
今歩いているだけでも彼の赤眼はまるで何かを睨んでいるのではないかというほど目付きが悪い。
目付きが変わってしまうほどの、彼をこれだけ変貌させるだけの出来事があったのだ。
それはとても凄惨で、残酷で、血に塗れた記憶だったろう。そして沙耶様も亡くなってしまった。

 もしも、彼が米軍に捕らわれることがなければ、その時は死んでいたかもしれない。
それでも彼にこうして辛い記憶を植え付けてしまったのは他でもない彼自身と米軍のせいなのだ。

 想い人が米軍に所属している唯依にとってはとても複雑な心境だった。

「………何か言いたそうな顔してるなァ………」

 ふと、斜め上からそんな声が聴こえてきた。
そんなことを訊かれる程、自分は顔に出ていたのだろうか。

 唯依は一真から視線を外し、何でもないと言おうとしたが、それはそれで失礼だと思い直し何とか気になっていた事を尋ねる事にした。


「兄さんはこれから斯衛へ戻ってくるんですか?」

 今、彼は国連に身を置いていると唯依は巌谷から聞かされていた。
そして日本帝国へ、とはいっても極一部の人間だが、その生存は確認されたのだ。
何か理由や考えがあって戻ってこなかったということは唯依にもわかっていたが、それでもこれからも国連に身を置く理由は唯依には思い当たらなかった。

 彼は諌山家の者だ。
いくら侍従として仕えた者が死去したといってもお家が仕えていた九条家は健在なのだ。
赤の武家の中でも上位にあたる諌山の者が身勝手にそのお役目から離れるというのは、斯衛としての示しが付かなくなってしまう。

「………いいや、オレはまだ国連に残る」

 だから唯依は一真の言葉を聞いてあまりいい思いは懐かなかった。
もしかしたら彼には力強い仲間として戻ってきて欲しいという願望がその内にあったかもしれない。

「理由を聞いても?」

 足を止めずに話を進める。
一真は視線を前から夜空へと移して、遠く、口を開く。

「―――唯依。私はね、随分と長いこと自分を、多くの事を、見失っていたんだ。
 それでも、漸く取り戻せた。 自分がすべきことを、自分が目指す理想を思い出せた」

 ひどく穏やかな声で、嘗て兄と慕った男は言葉を紡ぎ出す。

「………だから私はその為にやれることをやる、未だ理想は遠いが目指すだけの価値はあるんだ」

「だから、国連に残ると?」

 隣で懐かしい表情で頷いたその人は紛れもなく、諌山緋呼だった。

 もう理解した。
この人はもう選んだのだ。
ならば自分の知るこの人は最後までその道を突き進むのだろう。

「公式には『諌山緋呼』のデータはそのままだ。
 その方が軋轢もなく済むからな。
 ………だからさ、唯依―――」


 それはもう諌山緋呼の表情ではなく、緋村一真の表情で一真は唯依へと優しく微笑んだ。


「―――オレを、兄と呼ぶな。 オレはもう緋村一真なんだから」

 静かに、一真は唯依を突き放した。
諌山緋呼としての自分を受け入れてなお、緋村一真として生きると彼は決めたのだ。

 なら、それを拒む理由は自分にはない。

「…………………ええ、」

 唯依は頷きながらそれを受け止める。

 


「だから敬語なんて使う必要もないだろ?
 お前にとって『緋村一真』は今日初めて会った国連軍衛士なんだから」

 一真はそう言うと足を止めて唯依へ向き直り、唯依もその意図を汲み取ると足を止めた。



「―――ああ、……そうだな。
 ああ、……。 初めまして、緋村一真。 私の名は篁唯依だ」

「………オーライ。 初めまして篁唯依。 緋村一真だ、よろしく頼む」

 幼き頃の関係は今ここで終止符が打たれた。
その後、なんだかそんなやり取りがおかしくてどちらからともなく、笑い出してしまった。


 その姿はまるで同じ失敗をした事を笑い合う友人の様で、
 外で遊んで帰ってきた時、泥だらけの姿をお互いに笑い合う、兄妹の様だった。


 だからきっとこの二人の関係は、変わることはないのだろう。
いくら口で変わると言っても、それはもう手遅れで、どうしようもなく近しい存在だった。



――――ああ、だから………私達は今のこの瞬間、本当の家族だったのだと理解できたのだ。



 それではこの辺で、という言葉に二人は再び足を止めた。
その表情はとても晴れやかで、晴れ渡る夜空にも負けないくらい輝いていた。



「………じゃあな、唯依。 縁があればまた会うこともあるだろうよ。 ………達者でな」


「ああ、一真も。 出来る事なら無茶はするなよ」


 ははは、できたらなァ、という言葉を残して、緋村一真は唯依から離れて行った。


 唯依は暫くその後ろ姿を眺めていたが、彼の姿が遠くなると再び前に進み始めた。





 進む道は違っても、願う理想が同じなら、きっと彼ともまた会うことになるだろう。
その時は、彼に見られて恥ずかしくないような手腕を見せつけて驚かせてやるのも一興だ。





 私達は衛士。

相見えるのは、須らくあの戦場だ。



 唯依は、遠く理想を追い求める者への祈りを胸に、自分もまた一歩、前へ進みだすのだった。










あとがき
ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます、どうも狗子です。


ここの話はというよりシーンは、
二十六話でカットされたシーンです。
カットしたんだけど少しもったいない気がしたので投稿しました。



正直なんだかなぁという心境ですが、
二十六話の一真と唯依、あの後どうしたんだろうと思った方もいたと思うので。



それでは最新話でまたお会いしましょう。



では。



[13811] 終わりまで・Ⅰ
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/16 23:55
どうも、狗子です。
先日打ち切りを決定しましたが
多くの方にこのまま終わって欲しくない
と、言っていただき大変嬉しかったです。

ですが、やはりこれ以上二章を
ちゃんと書く気は起こりません。

ですので、要望にあった
今後のあらすじ(二話に分割)を載せようと思います。
頭にあった流れをそのまま書き連ねただけなので
わかりにくかったり、意味不明なところもあると思いますが
どうかご容赦ください。

ごめんなさい。







白銀武対宗像美冴、月詠真那、涼宮茜、ユウヤ・ブリッジス。
緋村一真対篁唯依、紅の姉妹、風間祷子、伊隅あきら。

新世代戦術機同士の対決。その模擬戦は辛勝ながらも武たちの全勝に終わる。

演習後の彼らの歓迎会。
美冴たちはそこで京塚志津江と再会し、各々喜びの言葉を交わし合う。
あきらは志津江からみちるの話を聞きほんのり涙目。
唯依やクリスカ達新参組はおばちゃんに「これまためんこい娘がきたもんだね!」と言われ困惑。
真那は斯衛ということもあって控え目に激励。
ユウヤは一真の時と同じく激しく激励される。

始まった歓迎会。
彼らは先程の模擬戦について討論したりとちょっと違った方に盛り上がったりします。

その後は祷子とあきら、茜は霞と近状や思い出話に花咲かせ。
武は真那や美冴達とそんな三人と話を交えながらグラスを傾け、
唯依とユウヤは彼らなりにいちゃいちゃ。

クリスカとイーニァは入り込めていないまでも、それなりに話を交えたりとしていた。
しかし、クリスカの表情は険しく。それには理由があった。
「どうした。 そんな厳しい顔して」と一真がクリスカの斜め正面の席に腰掛け、声をかける。
「やはり貴様はあの時手を抜いていたんだな」クリスカは不機嫌そうに答えた。

イーニァはやや険悪気味な二人の顔をいったりきたり眺め、にこにこ。

そんな会話を聞きつけて、真那も会話に参加。

一真は辟易としながらも再び「人を相手にするのは苦手なんだ」と言い放つ。

四月にクリスカと戦った時、一真はクリスカの戦闘を鏡写しの様にするという趣旨返しで応えた。
だがそれも彼の本気ではなく煙に巻いたものだ。

一真が“対人戦”が苦手だというには理由がある。
一真は剣を取ってからというもの、暇さえあれば剣を振り、
剣を交えることがあれば圧倒的な実力を持つ総士と真剣での戦いばかりだった。
十歳の頃には紅蓮醍三郎から「下手な訓練生では相手にならんな」と称され、
(この時諌山邸にて冥夜と試合。その際一真は守護するべき相手に対して本気を出せなかった)
彼が士官学校に入学する頃には最早、大人の手練れすらも圧倒する程になっていた。
そんな彼が士官学校にて同じ訓練生をまともに相手ができるわけもなく(この辺は子供ゆえに)
彼は相手の為にもならない為、その相手の力量に合わせた実力で戦うという術を覚えた。
(それは周りが気付かないほど巧みなものだったが、真耶や真那、当時の教官などは気付いていた)
その術は今やクセのようになっており、彼は本気というモノを出し惜しみするようになってしまった。

“人をたくさん殺した”というトラウマから人と戦うことも及び腰であり、
この二つの理由から一真は自身を“対人戦は苦手”だと称しているのだった。

なお、そんな彼であるが元々の才能と『ラーニング』もあってか対人戦においては安定して優位を獲得でき、
作中において対武戦を除けば最強と比喩されてもおかしくない。

その自身の能力と、自身への認識の違いが彼に小さくないストレスを生ませていたり。
(ちなみに『ラーニング』は彼の手抜き癖を助長させる一因を担っている。<相手の実力を正確に認識出来る為>)

もちろん、そんな細かなことを一真が他に漏らすわけもなく、
真那は一真の手抜き癖を説明し、嘆息する。

クリスカはそんな一真を好く思えず、いつか本気で戦り合えと詰め寄り、
一真は「機会があれば、ね」とだけ答えた。

その後も歓迎会は続き、最後に武と茜の会話により
ラスト・オルタネイティヴ直轄特務部隊A-02部隊は『ヴァルキリーズ』と名づけられる。

ちなみに武と一真、凄乃皇『白狼』と火纏『螢惑』の部隊、A-01は『コンステレーターズ』と呼ばれることに。
(でも言いづらいという理由からあまり呼称されない)

その後日から以上二つの隊の訓練開始。
『ヴァルキリーズ』の指揮官を宗像美冴に、副指揮官を月詠真那に(ポジション的な理由もこの人事に関係している)
ラスト・オルタネイティヴ直轄特務部隊両隊指揮官に白銀武が任命される。

この頃から一真が夕呼の指示でみんなに内緒で帝都の病院に通うようになります。
ここでモトコさんが登場。
しかし、一真の症状は因果レベル、存在レベルの問題もあるので回復は見込めず
痛み止めなどやただの栄養剤などで持たせるという気休め程度の処置しか出来なかった。
あとは地上支援砲撃部隊として帝国陸軍の地上艦隊が合流。
海上艦隊として米軍が合流。
米軍から派遣された艦隊及び部隊の指揮官としてエドガー・モーゼスが参加。

その後の流れは
一真と唯依の模擬刀での試合があったり。

一真と真那の士官学校時代の思い出話があったり。
(ちなみに当時の二人の教官はBETA東部進行防衛戦で死亡)

唯依とユウヤがいちゃいちゃしたり。

そんな二人を見てクリスカが居心地悪そうにしたり。





ある日の朝
霞はPXにてさば味噌定食を口に運んでいた。
一応北欧出身者である彼女だが、その味覚はもはや日本人と同じになっていた。
いやもしかしたらとある男の影響かもしれないが。
「…………………」
定食として一緒に付けられた豆腐を口に運びながら霞は正面に入る人物を見やる。
「……あむ………んぐんぐ」
霞の正面に座り、今カレーライス(甘口)を口に運んでいるイーニァ。
霞の視線はイーニァをしっかりと捉えていた。
いや、正確には彼女のごく一点を注視していた。
それは、胸。
霞は箸を持たない左手で自分の胸に手を当てる。
ふよ。うん、今の自分はあれからそれなりに育っている。
大きくもなく小さくもない。日本人女性ならば一般的な程度。
だが目の前の彼女はどうだ?
明らかに自分よりも大きいイーニァの胸。
その幼い容姿には不釣り合いなほど大きい胸を霞はやや恨めしそうに注視していたのだ。
身長や大人っぽさならば霞はイーニァに優っていると言っていい。
だが、胸のこの差はなんだ。
同い年で、同じ血が流れている筈なのに。
ふよ。霞はもう一度胸に手を押し当てる。
「…………うぅ……………」
負けた。霞は人知れず敗北感にどっぷりとつかった。
ふと、霞は視線を感じ、俯き気味だった顔を上げる。
そこには不思議そうに首を傾げるイーニァ。
霞は先程考えていたことからの後ろめたさから顔を赤らめながら見事に狼狽する。
「イ、イーニァ………あ、あのね………」


「たけるはおっぱいがおおきいほうがよろこぶの?」


イーニァの爆弾発言。霞にとって追い打ちとなるその言葉を受け、
霞は先ほどよりも顔を赤く染め、目をぐるぐるにした。

「ぶっ―――――ふぉぐおあっ!?」
同時にイーニァに爆撃された、霞の隣に腰かけていた武。
「二度も吹きかけられてたまるかっ」
そんな武が啜っていた味噌汁を吹き出そうとするのを
武の正面に座った一真がトレイで武の顔を叩き、阻止する。
ごほごほと咳き込む武。
「ぇぇえええと、イーニァ、違うの。 えと、これは、これはね……っ!」
必死に弁解しようとする霞だが、イーニァ不思議そうに首を傾げるばかり。

そんな武を、真那、唯依、クリスカが蔑みの視線で睨みつけていたのだが
彼はそのことに気付かない。


なんて一幕があったり。


霞と茜がいちゃいちゃしたり、
美冴さんが想い人と再会して想いを伝えあったのではないかと示唆するような話があったり、
唯依が一真を思わず“ニーサン”と読んでしまい誤魔化しが利かず一真の正体が隊内で明るみに。
一真が『義妹魂(シスコン)』の称号を獲得する。


初陣の前に祷子さんのヴァイオリンを聞く機会があったり、
十月二十二日、霞の誕生日イベントがあったり。
十一月に美冴の誕生日イベントがあったり。
十一月中旬に『ヴァルキリーズ』の初陣。ハイヴ攻略戦があったり。
十二月にその月誕生日の人を纏めて祝うイベントがあったり。

一真と祷子がたまたま二人っきりでPXにて食事を取る機会があり、
祷子の早飯をみた一真が固まってしまい、その後武に
「人は見かけによらないと、思い知った」
と語るという番面があったり。


年を跨いで2008年。
一真がユウヤと唯依がいちゃついている現場に遭遇。
二人の関係に気付いていた一真だが、こうして現場に遭遇してしまい
「(ふむ。兄ならばこういった場に直面した時、どうするものなのか?)」
と、考え。


結果的にユウヤに対して小姑の様な接し方をし始めるという間違った方向に進み始める。
一真が『白い小姑(ホワイトヘアーデビル)』の称号を獲得する。


そんなこともあって
ユウヤ、巌谷榮二&緋村一真(諌山緋呼)と対談。
恋人の保護者様方との会談の場にユウヤ激しく緊張。

ちなみにユウヤがPXでよく頼んでいる食事が


ラーメンセットとかカレーなのはご愛敬。


すべては愛のっ


――――――タァアメッルィックっ!


エビバディセイっ


――――――ブリッジス最高ォォオオオっ!



二月。ヴァレンタインにて。


一真、何故かチョコを作り始める。


ユウヤ、唯依にチョコを貰う。
一真お義兄様、にっこり。


クリスカとイーニァ、霞が一真とおばちゃんタッグにチョコの作り方を習う。


その際に一真が喫煙をするのは、“血の味を紛らわせるため”だということが発覚。
当人は煙草が嫌い。でも吸い慣れてしまい対して気にならなくなっている様子。
そして血の味が消えないため、自分で作った料理を口にしなくなった。
理由は母から教わった料理を穢したくないため。
ちなみにクレイ・ロックウェルの名前の由来は
クレイ<土人形>
ロックウェルはGR機の関開発協力をしていたロックウィ―ド社の名を捩ったもの。



そしてその後、事件が起こる。

霞が武にチョコを渡そうとし、武はこれまで以上に霞を拒絶したのだ。
その現場を見たクリスカが激昂し、武に掴みかかる。
霞は言い争う二人を交互に見やり、どうしていいかわからず泣いてしまう。
騒ぎを聞きつけた茜が現れ二人を引き剥がすと、原因を聞くと取り敢えず男女に分かれて話を聞くことに。


PXに集まった武と一真とユウヤ。
夜も遅いということもありPXには彼ら以外誰もおらず、こういった話を聞くにはちょうど良かった。
話しを聞いたユウヤはやや呆れ気味に、
一真は「こうなる前に何か手を打って置くべきだったなァ」と嘆いた。
「それで? どういうことだよ、白銀。 年下の女子を泣かすなんていい趣味なんて言えないぜ?」
ユウヤがまず話を切り出した。重々しい空気。この場にヴィンセントがいないことを呪った。
まぁどうせ起きているだろうが、態々出向くのは何だか悔しい。
何より先に話を切り出したのはなるべく一真に口を開いてほしくなかったからだ。
一真は基本的にこういった話向いていいないし、話をしたとしても
辛辣な物言いか、遠回しなことしか言わないだろう。
目の前の鈍い武には直接的な口調で聞いた方が得策だ。

それからユウヤ達はいくらか言葉を交わし、武はとうとう胸の内を明かす。
「俺は………まだ、純夏を愛している。 俺は純夏が好きなんだ。 そんな俺が、アイツの気持ちに答えるなんて……できない」
「………そうかよ。 だけどさ、その娘はお前が自分を好きだと知ってくれる娘に対してあんな態度を取ることを望む様なしみったれた女なのかよ?」
知った様な口を。武はユウヤに怒りを孕んだ視線を向ける。


「睨んでんじゃねえよ、ガキ。 だいたい、その鑑純夏ってのはもう死んじまったんだろ。 なら、目の前の奴に目を向けてやれよ。 いつまでも死んだ女の尻おっかけてんじゃねぇ。 それとも何か、お前は死んだ人間と愛を囁き合えるのか?」


がたん、と椅子から跳ね跳んで、武はユウヤの胸倉を掴もうと手を伸ばす。
が、その腕は一真に掴み上げられ届くことはなかった。
「やめろ、ブリッジスの言っていることがわからないお前じゃないだろう」
武の手をきつく握り締めるその手とは裏腹に、優しげな顔で一真は言う。
「死んだ者は決して今に追いつけない。 同じ様に生きている者は決して死者に辿り着けない。 ユウヤの言ったとおり、お前は生きている奴を見てやるべきなんだよ」
真摯な一真の言葉。
それをお前が言うのか。一度大きく開かれた武の目はすぐに鋭く細められる。
お前だって死んだ沙耶を想い続けているじゃないか!
「ああ、確かに。 オレは沙耶を今も好いている。 けど、オレは今好きな女がいないだけで、気に入った人がいれば愛し合うのもいいと思っているよ。 なぁ、武。 別に二度と誰かを好きになっちゃいけないなんて決まり、世界にはないだろう?」
一真はそう言って武の手を解放する。
その時の武は親に叱られた子供の様に沈んでいて、戸惑いとひたすらに申し訳ないという気持ちで溢れかえっていた。
諭すつもりだったが、とユウヤと一真は溜息を一つ吐き、その場は武が落ち着くのを待つということになる。
「前にも言ったが。 決めるのはお前だ、武。 お前がよく考えて決断したことなら他人が口出しする様なことじゃないからね。 そして、決めたのなら今度こそちゃんとあの娘に話してやれ」
武は答えを出すことを二人に約束し、そこでお開きということになった。

そして半月経ち、三月の頭。
武たちにとって二回目となるハイヴ攻略戦が決行されることになり
現地にて武は元アルマゲストメンバーであるエリカ・レフティと
グラウディオス連隊新指揮官、藤崎秋水と再会する。

エリカと久々に話し終わった後(この辺で一章の最後に会ったエリカとの会話を回収する予定でした)
武は藤崎に呼ばれ、彼にあてがわられた個室に訪れる。

そこで武はグラウディオス連隊前指揮官である菅原幸治が自分の代わりに責任を取り、処刑されたことを知る。

霞のこともあり余裕のなかった武はその場で崩れ落ち、膝を着いてしまう。
また俺は誰かを犠牲にして生き残った。
その自責の念が渦を巻き、武を内から締め上げる。
「俺は……アイツらに救われて! 救おうとしてっ、また救われたのかっ! くそ、くそぉ………」
そこで秋水は気付く。
武は確かに前を向いて世界を、人類を救おうと戦っていた。
けれどその中に嘗ての仲間、死んだ仲間が含まれてることに。

「なぁ、武。 お前は人類を守ろうなんて思うべきじゃなかったんだ。 ああ、俺も解っていたんだろうな。 お前が人類を救うなんて大きな願い、背負い切れるようなでかい器じゃないってことに。 それでも、自分に不相応な願いを抱いて、焦がれて、どんなに惨めでも足掻き続けるお前だからこそ、みんなお前を気にいるんだろう」

それは世界の終末を見て、人類の尊さと平和の儚さに真に気付いた武だからこそ抱いた願いかもしれない。
本来武は自己中心的で楽天家な人間だ。
「うん、お前は世界なんて大きなモンを背負う必要なんてなかった」
それに気付けたのは秋水が復讐を終え、改めて前を向く機会を迎えたからかもしれない。
秋水は武に歩み寄り、跪く武の双肩に肩を置く。

「お前は、誰も彼もの為、なんて大きなものの為じゃなく、本当に小さな―――本当に大切な誰かの為に戦うべきだったんだ」

本来ならば自己中心的な武。
けれど、彼にはもう一つの一面があった。
それは、彼は涙脆く、他人に対しての優しさに溢れているということ。
そんな彼だからこそ身に余る願いを抱いて戦え、
そんな彼だからこそ、たった一人の身近な大切な誰かの為に戦うべきだったのだ。

武もそんな自分に気付いていたのかもしれない。
純夏との未来の為に戦った自分。仲間との絆によって生きながらえた自分。
だからこそ武は亡き恋人への想いに縋り、霞の想いを拒み続けた。
五年前より白銀武にとっての鑑純夏と最大の戦う理由だったのだ。

しかし、一真とユウヤに諭され、秋水にこうして気付かされた。
武は自身の歪みに気付き、戦う理由の綻びに向き合った。


「確かにお前は間違ってしまったんだろう。 けどさ、世界に願い事は二つあっちゃいけないなんて法律はないんだぜ? お前は自分に嘘を吐いた。 ならその嘘を貫き通せ。 世界の誰もの為に、自分の周りの誰かの為に。 そのどちらもを守る為に戦え。 元より世界を救うんだなんて馬鹿な願いを持っちまったんだ。 馬鹿が馬鹿なりに抱いた馬鹿な願いなんだ、馬鹿は馬鹿らしく足掻いて、どっちも掴んじまえ、そんでもって世界も救ってしまえ」


秋水は優しく、それでも力強く武へと言い放つ。

「ははは、なんて……我儘なんだ」
「ああ、我儘だな。 それに傲慢だ」
あまりにぶっ飛んだ秋水の物言いに武は笑みを浮かべ、秋水もそれにつられて笑みを浮かべた。
「でも、それがお前の本質だぜ? 傲慢にして我儘。 でも、そんな願いでも、お前は願っちまったんだろ? なら貫き通せよ、徹底的に、完膚なきまでに」
「―――ええ、そうですね。 ああ、そうだとも」
何とも晴々とした武の笑顔。涙の跡でとても見れたものじゃないけれど、それはきっと最高にいい笑顔だった。

人類を救いたい。アイツらの死を無駄にしない。絶対に世界を救ってみせる。
それが武の願い、武のエゴ。
本当に、傲慢でたった一人の人間が抱いた我儘だ。
「それでも、それが俺の願いです。 だから胸を張り続けます」
新たな立着点を胸に、武はハイヴ攻略戦に挑む。


その頃、グラウディオス連隊は割れていた。
皆、菅原幸治を尊敬していた。
その菅原を犠牲にしてのうのうと生き延びた白銀武。
その武が人類を救う為に人類を引っ張っていくなどと言う。笑い話にもならない。
嘲りと蔑みと。憤怒すらも垣間見せ、グラウディオス連隊だけではなく
他の部隊にまでその波紋は広がっていき、作戦も上手く運ばず、武たちは前へと進めないでいた。

戦場にて、藤崎秋水が叫ぶ。

「確かに無茶かもしれない、無謀かもしれない、蛮勇かもしれない。 けどな、己が信条に従い、信念を貫こうとしている奴らがいるんだ。 いいじゃねえか、決意して決断して、世界を救おうって我武者羅なんだよ、アイツは。 だからさ、ただ笑っている奴らが、挑んでもいねえ腰ぬけ共が、その道を閉ざすんじゃねえ。 先を見て走り出そうとしてる奴らの邪魔すんじゃねえ。 俺は押すぜ、アイツらの背中をこれでもかって程、押してやらぁ。 アイツらが進むってなら、その道も俺が切り開いてやらぁ。 ああそうだ、これが漢ってもんだろうがよ!!」

その言葉は誰かに向けられたものではない。誰も彼にも向けられていた。
戦場は息を吹き返す。そう言われては黙っちゃいられない。戦場を駆ける血の気が多い連中が雄叫びを上げ、奮戦する。
それは武たちも同じこと。
秋水の言葉は激励だ。あんなことを言われたら何が何でもやり通すかないじゃないか。
ああいや違う。そんな誰かに促された様な気持じゃない。
「ああ、―――進むぜ、前にッ!」

ハイヴの反応炉を破壊し、武は地上へと上がる。

「ありがとうございます、秋水さん」
『はっ。 武よぉ、そういう言葉は、ちゃんと世界を救った後に………言うモンだ』

前線で誰よりも奮闘した秋水の呼吸は乱れ、言葉も途切れ途切れのもの。
それでも、その想いは伝わった。ああ。言われなくともそうするさ。

「ああ、そうだ―――霞、聞こえるか?」
武はCPを回線に入れ、機体観測の為にそこにいる筈の少女に向け言葉を紡ぐ。
『はい………なんでしょう?』


「好きだ、霞。 白銀武は、一人の女性として社霞を、愛している。 後れちまったけどこれが俺の答えだ。 どうだろう、こんな俺だけど受け入れてくれるかな?」


『――――はいっ』
返ってきたのは涙声でのOK
武はありがとうと短く答え、溢れる嬉しさから笑みを湛えた。
『まったく、俺についてこいっ!くらい言えないのか』
『いいじゃないですか、美冴さん。 こういう初々しさが白銀少佐のいいところなのですから』
いきなり飛び込んできた笑みを孕んだ、ヴァルキリーズの声。

「白銀ぇ。 アンタ、オープン回線で愛の告白とは、いい度胸じゃない」

身体の芯まで届く様な夕呼のとても楽しそうな、笑みを耐える様な声。
「は?は? ぇぇえええええっ!!??」
赤面し、戸惑う武の叫びが、戦場に木霊する。
そして未だ残存BETA掃討中にも拘らず、戦場にいる衛士達も笑みを湛え、陽気に笑い声を上げる。

『おめでとう、霞ちゃん。 お幸せにね』
『はい、ありがとうございます。 茜さん』

それを皮切りにヴァルキリーズの面々からも祝福の言葉が贈られ始め、おおよそ戦場には似つかわしくない空気と共に作戦は終わりを迎えた。


その数日後、

武の私室にて武は霞といちゃいちゃ。

「私は、もう十分……幸せですから」
はにかみながらの霞の言葉。
武は思わず霞をベッドに押し倒してしまう。
「ゴメン、霞。 我慢できそうに………ない」
赤面した顔を反らして恥ずかしげに言う武の頬に霞は手を添えて
「どうかこちらを向いてください、武さん。 私に貴方を拒む理由なんてないんですから」
ベッドの上で向き合う二人の顔。
そして、その距離は徐々に縮まっていき――――
「うん、まぁなんだ。 ごほん。 緋村大尉、もうそろそろ止めに入った方がいいんじゃないか?」
「そうだねェ。 それにしても意外だな、宗像少佐はもっと早く止めに入るものだと思っていたんだけど」
「む。 それはどういう意味だ、緋村大尉?」
「いやなに、貴女の様なタイプの人間は得てして根は純だからね。 他人の情事などそうまじまじと見れたものじゃないだろう?」
「ほほう? なら貴様の様なタイプは得てして性根が捻くれていると私は思うのだが?」
なんて声が、部屋の扉の方から聞こえてきた。
近づき合う顔が止まり、続いてそちらの方へとゆっくりと向いた。
そこにはとても楽しそうに険悪な言葉を交わし合う、美冴と一真の姿。
「そこで何をしていらっしゃるのでしょう? 宗像少佐、それに一真ぁぁあああっ」
「ああ。 なに、事務局から武宛ての書類だと頼まれたんでね、わざわざ届けに来たんだが……ノックをしてもどうにも返事がない。 なのに気配はする(二人分)どうかしたのかと扉に手をかければ鍵も開いていてね。 不用心だなァと部屋を覗いてみたら社さんと愛を囁く真っ最中だった、というわけだ」
美冴も同じ様なものらしく、先に来ていた一真に倣い傍観を決め込んだらしい。
「ちなみにどの辺から?」
「………何度目かは知らないが、白銀が愛情表現の為に社に口づけをした辺りから、だな」
うん。それだいぶ最初の方ですね。むしろ最初です。
武の隣では霞の顔がこれ以上ない程に紅潮し、沸点を優に超えている様だった。
「そうですか。 じゃあ最後に………お二人とも、何か言い残すことは?」
「白銀と社が幸せそうで何よりだ」
「周りが見えない程夢中になるのもいいが、思春期の子供じゃあるまいに……次はある程度周りに目を向けその後の対処も円滑に出来れば“にじゅうまる”だな」
瞬間、三人は走り出す。
美冴と一真は一目散に廊下へと駆け出し、武はそんな二人をとてもいい笑顔で追いかけ始めた。
「HAHAHAHAHA! どこにいこうというのかねっ!!」(※意訳)
「うふふふふふのふ、捕まえてごらんなさーい」(※意ry)
「私たちはこっちよ。 ほら、鬼さんこちら手のなる方へ」(※)

必至に必死な追いかけっこ。
部屋にただ一人残された霞は真っ赤になった顔を武のタオルブラケットに埋め、羞恥に悶え足をじたばたしていた。



三月下旬。ユウヤ、唯依に誕生日プレゼントを贈る。
しかしそこにお義兄様が立ちはだかり、婿殿と小姑の戦い第二幕が開催される。

四月頭。九日、一真が二十七歳に。
通例に従いイベントが行われる予定であったが何故か一真が率先して調理に励み
結果としてセルフ誕生日パーティの様になった。
一真が『一家に一台、一真』の称号を獲得する。



その年の八月にハイヴ攻略戦。

武、ラスト・オルタネイティヴの首脳会議に、はじめてのしゅっせき。

その後、武たちは帝都で行われたラスト・オルタネイティヴ関係者が集まるパーティに出席。
(ちなみにそういった場に一番顔を出し辛い一真は最初物凄く出席を拒んだ)
日頃衛士として気丈に、殺伐とした世界にいる彼らだったが
女性陣には華やかなドレスが
男性陣にはスーツが贈られることになる。
パーティ出席者たちが綺麗どころが無駄に集まったヴァルキリーズ達に色めき立つ場面や
男性陣に言い寄るものも現るという場面も。
悠陽、武と会談。


二〇〇九年に突入。

二〇〇七年以降、基本的にハイヴ攻略戦は年に一度か二度という形になる。
これは各国家群との調整や、対話もしなければならないための処置。

ハイヴ攻略戦直後から一真、身体に確固とした異変を感じる。
吐血や吐き気や眩暈などの症状が如実に表れ、
白銀武の記憶を夢の中だけじゃなく起きている時にすらも幻視するようになるなど同位化現象の深刻化が進む。
勿論、夕呼や霞はそのことを把握しており、火纏『螢惑』の後釜を予備策として考える様に。


二〇〇九年十二月、ロヴァニエミハイヴ攻略戦。
その作戦前、横浜基地を発つ数日前にクリスカが一真の異変に気付く。
異変とは上記にある症状がさらに深刻化したもので、
一真は右眼の視力を殆ど失っていた、というもの。

気付いた原因は
一真が人の左側に立つことが減ったことや、
武たちが続けていた消灯前の自主訓練時、僅かに反応が遅れることがあったなど
些細なモノの積み重ねであった。

横浜を発つ前夜、クリスカは基地屋上にて一真にその真偽を問いただす。
「ヒムラ………貴様、右眼が見えていないのか?」
「…………何故そう思う?」
相変わらず紫煙を纏い、一真は気のない風に返事をする。
まぁ頭の片隅で、どうしてこうオレが屋上にいる時は真剣なイベントがよく起こるのか、と考えなくもない。
「理由なんて幾らでもある。 結果として私がそう思った、たったそれだけだ」
「………………そうかい」
一真は深い溜息と共に紫煙を吐き出す。
よく見られていたものだ。一応、細心の注意を払って悟られないようにしてたんだけどなァ。
「ああ、正解だ。 よく気付いたな、ビャーチェノワ?」
「いつからだ?」
「ハハッ。 お前と会った時には既に……と、言ったらどうスル?」
「ふざけるな」
肩を竦めておどけたように言う一真に、クリスカは目を鋭くしてそれを咎める。
一真もこれ以上、煙に巻くことは出来ないかと悟り、
右眼の視力を殆ど失っていることやそうなったのは半年くらい前からだということを伝えた。
「いきなり見えなくなった時は心底驚いたけど………まァ搭乗時は“見えている限り”網膜投影されるから問題ない―――」
「問題がないわけないだろうっ!」
一真の言葉をクリスカの怒号が掻き消す。
一真としては失ったのが片眼だけでよかったと安堵したし、実際オレは不都合被っていないと伝えようとしたのだがクリスカはその意に反してその深碧色の双眸に怒りを灯していた。
「貴様は戦闘に支障がなければ自分がどうなってもいいというのか? ふざけるな、私は貴様に負けているんだ! ハンデを負った貴様に勝っても嬉しくなんかない………原因はなんだっ!? 治療は可能じゃないのかッ!?」
今にも飛びかからんといった勢いで―――いや、もう掴みかかっている―――クリスカはまるで縋りつく様に、懇願するように声を張り上げる。
「騒ぐなよ。 騒いだってどうなるってもんじゃないってのはお前だってわかっているだろう“クリスカ”?」
「じゃあ………貴様は………」
「ああ、オレの視力は戻らない。 進行は今でも精一杯抑えてはいるんだが、こればっかりはどうにもならないんだよ」
何しろ人が人として存在するレベルで抱え込まれた致死の病だ。今の人類―――否、未来の人類にもどうすることは出来ないだろう。
「原因は―――」
「それは言えない。 ああ、ちなみにこのことは内緒だぞ。 勿論、社さんや香月夕呼………特に武やヴァルキリーズにも……誰にも言わないでくれ、頼む」
どこまでも真摯な、一真の頼み。まさか頭を下げられるとは思わず、クリスカは後ずさる。
「まァ、タダとは言わないさ。 これから先、喩えオレにどんなことが起ころうとも今日話したことを他言しないというのなら、作戦のあとお前とマジで戦ってやる」
マジ、とはどういう意味なのかとクリスカの脳裏にそんなどうでもいいことが浮かんだ。
まぁそれも仕方ない。何しろ言った本人ですら、その言葉の所以をよくわかっていない。
けれど、その言葉が何に因るものなのかは自然と理解できた。
同時にその言葉を言うことの意味すらも、理解できてしまった。
詰まるところ、同位化現象は確実に自身の存在を蝕んでいる、ということだ。
「貴様………貴様は、自分の事に無頓着すぎるぞ。 何故、そんなに平然としている? 怖くはないのか?」
「どうだろうか。 よくわからないな………ああでも、二つはっきりしていることがあるよ」
咥えていた煙草を指に挟み、一真はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「オレは、クリスカ・ビャーチェノワ………如何な状態であろうとお前に敗けることはない。 教えてやるよ、緋村一真の本気はお前の手が届かない領域だということを」
「フッ、ふふふ。 そうか。 ならば、ご教授願える時をせいぜい楽しみにしているよ」
クリスカの返事を聞くと、一真は満足げな笑みを僅かに浮かべて屋上を後にしようと足を向ける。
「おい、わかっていることは二つなんだろう? 最後の一つをまだ聞いていないぞ」
一真の背後に投げかけられたそんな言葉。その声色はどこか明るくて、クリスカが他人には滅多は見せないクリスカ・ビャーチェノワという女性の声だった。
「―――ああ、簡単なことだ。 オレはこんなところじゃ死なない。 “生きて戦い抜く”と約束したんでね、オレが道半ばで死ぬなんてことは有り得ないんだよ」
僅かに顔を後ろに捻り、一真は心底楽しそうに言った。
その声色は、まるで子供が友達と明日も遊ぶ約束をしたと親に報告する時の様な明るく希望に満ちたものだった。
(解説すると、こうやって素直に“喜”の感情を一真が表せるようになったのは彼の“成長”を表すための描写だったりします。これも一章最後の弱音を吐く、という強さにも繋がると思ったので。 あと、こういった変化を一真自身の“成長”と取るか、白銀因子による同位化現象の結果と取るかは読んでいただいた方の判断に任せます)



そして、横浜基地を発った一行。
再度訪れた英国本土・レイストン基地。
そこでアーロン・マクレランと再会。
未だ、ラスト・オルタネイティヴに参加していない欧州連合だったが、
これを良き機会と定め、共に闘うことで武達の意気を測るということになったと彼の口から武達へと伝えられる。
もちろん連合内では反対の意見もあるが、マクレランは賛成派だった。

開始されたハイヴ攻略作戦。
ヴァルキリーズとコンステレーターズは順調にハイヴ坑内を進行し、主縦抗に到達した時
『―――こちら、欧州連合第78連隊所属50-3中隊―――A-01並びにA-02――――進行を一旦停止されたしっ――――繰り返す、進行を一旦停止されたし―――!』
思い掛けない友軍からの制止に、隊の動きは止まれられてしまう。
主広間は目の前だというのに。と一行は歯噛みする思いだったが、
次の瞬間、本当に思いもしなかった事実が告げられる。


『アトリエ付近の横抗にて、――――――生存者を確認! 繰り返す、生存者を確認した! 形容しがたい状態ではあるが、“彼”は生きているんだ! ラスト・オルタネイティヴ直轄特務部隊は反応炉破壊を一旦取り止めろ、上に指示を仰ぎたいっ!!』


実に十年ぶりの奇跡。ハイヴ内での生存者が、確認された瞬間だった。




その後、ロヴァニエミハイヴ攻略作戦は中止となり、急遽臨時議会が設けられる事になる。
首脳陣が画面越しでの参加も合わせ、全て顔を揃えたレイストン基地。その議会に武と夕呼も参加。
ある者は多くの犠牲を払ってまで決行されていた作戦を何故中止したのかと激昂し、ある者は生存者の尊さを説いた。
史上二人目の生存者。その貴重さは、誰だって認識していた。

BETAの捕虜となった生存者は、BETAの貴重な情報源であり、実験資料なのだ。


「それでも、その生存者が無事に確保できたとしても、確実に利用できるとは限りませんわ。 恐らく生存者はBETA北欧侵攻時か八年前にあったBETA英国本土侵攻時に捕虜とされた者です。 どちらにせよ、捕虜となってから時間が経ち過ぎている………高い確率で生存者の精神構造は擦り切れているでしょう」


夕呼の偽りのない言葉。
そう、八年前。二年捕虜となっていた鑑純夏ですら、あれだったのだ。
救出できたとしても、鑑純夏の様に正気を取り戻せる可能性はあまりに低い。
しかし、夕呼の中で一つの懸念が確信へと変わり、この事とは関係ないところで内心じゃ穏やかではなかった。


武とて、そのことはよくわかっている。
それでもなお、彼には“そんなこと”は関係ない。
どんな状態であり、人には明日が必要だ。生きているということはそれだけで尊重されるべきことなのだから。

最終的に議会は『生存者の救出』と決断を下し、ハイヴ攻略作戦から数日後、人類初となる『生存者救出作戦』が発令されることになる。

夕呼が用意したGR機関(最後の一機)を利用して作り上げたODL洗浄装置を抱え、武達は再度ハイヴ坑内へと進行する。
(この時点でGR機関本体の変えは利かなくなった)

一度払った犠牲を払い直し、多くの犠牲を払い、精密なまでの慎重さで作戦は進む。
生存者を無事に救出後、武達は反応炉破壊に成功。
再び舞い降りた奇跡の種を、人類は獲得したのだ。


生存者は丁重に横浜基地へと運ばれ、香月夕呼と社霞がイーニァ・シェスチナの協力を得て精神発掘が開始される。
しかしやはり時間が経ち過ぎていたのか、BETA由来のものではなく人工機械によって延命されているせいもあるのか作業は困難を極め、難航していた。

その作業が何のためか、言うまでもない。
それは――――

「第二の00Unitの製造………アンタはそれに反対するのかしら、緋村?」
研究室の外で、夕呼と武は一真と相対していた。
一真の赤い双眸は、鋭く夕呼を睨みつけている。
一般人が受ければすぐさま卒倒してしまいそうな殺気を乗せて。
「いや………反対する気はねェよ」
「………一真」
取り敢えず、一真が暴れ出すことがないと解り、武は安堵の溜息を漏らす。
「貴女はどうか知らないが………武がいれば、コイツみたいな人間があの子の世話をしてくれるのなら、00Unitなんてものになっても、きっとあの子は救われるんだろう………」
自分が嘗てそうだった様に。一真は放つ殺気を霧散させずに、二人に対して一歩も引く様子もなく口を開いていた。
一真は研究室内に目をやる。
「けれど、あの子が正気に戻った時………兵器として―――いや、戦うことを拒んだなら、一人の人間としての生活を与えろ。 ああ、今回は取引なんて通用しないだろうから、お願いなんかじゃない―――」
「―――脅迫ね。 言うじゃない、緋村」
夕呼はにやりとした笑みを浮かべて、一真を見やる。
「もし、嫌がるあの子に兵器としての在り方を強制した場合……アンタはどうするのかしら?」

「決まっている。 人を人とも思わない行為をするのなら、ラスト・オルタネイティヴなんてものはただの幻想だったということだ。 ならば、その様な幻想は速やかに滅ぼされるが必然だろう? 宣言しよう――――その時、私は貴女を殺す」

初めて見る、一真の諌山緋呼としての顔に武は思わず息を呑んだ。
人の死を―――殺すことを忌避する一真が、まさかそんなことをいうとは思わなかったのだ。
(後に一真はそのことをただの脅しだったと武に伝えます。一真は一真のまま、人を殺すことを忌避したままなのでした)
「一真っ、寄せ。 大丈夫だ、そんなことは俺がさせない。 絶対にそんなことするものか、絶対にだ!!」
一真の前に立ちはだかり、武は宣誓する。

一真が、上官である白銀武や、計画責任者たる香月夕呼に何故この様な態度を取るのか。
それは仕方のないことなのだ。そして必然で、全うなものなのだ。
緋村一真は非人道的な行いを施され、その結果として生を蝕まれ、彼の持つ全ての尊厳を穢された。
彼には、この様な所業を断罪する権利があった。

「夕呼先生も……いいですよね?」
「どうでしょ? 先のことなんて計り知れないわよ………まぁそれでも、頭には置いておいてやるわ。 今や、アンタを失うデメリットの方が手間暇かけて00Unitを得るメリットよりも大きいものね」

呆れた様な口調で、夕呼は誰に向けてでもなくそんなことを呟いた。
それは夕呼から一真への正当な評価だった。
辛い現実を突き付けてなお、オーダー通り行動してくれている緋村一真は白銀武と同じくらい、計画において重要な位置にいるのだ。
それはもう、火纏『螢惑』の後釜なんて探すのが無駄だと思えるくらいに。

夕呼の返事を聞き、一真は話は終わったと言わんばかりに踵を返す。
「お、おい、どこ行くんだよ、一真!」
「これから約束があるんでね………第一演習場の使用許可、貰ってあっただろう?」
決しえ振り向かず、一真はそう言って地上に向かい歩きだした。
ああ、と思いだし、武は一真を追いかけたい衝動に駆られる。
何しろこれから行われるのは滅多に見れるものではないカードの対決なのだ。
衛士ならば、興味を惹かれるのが自然だろう。
「じゃあ、先生。 作業に戻りましょう」
けれど、そういうわけにはいかない。
「ええ、そうね……白銀は引き続き、社と協力して語りかけを頼むわ」
俺にはやるべきことがある。俺にしか出来ないことが、今目の前に転がっているのだ。


何より、純夏と同じ境遇であるこの子を救いたい。
何より、アイツは……俺がこの子を救えるという前提で話を進めやがったんだ。

「さぁ、帰っておいで………君がいた世界は、今も優しさで溢れているから………」

なら、俺の俺としての意地を懸けて、絶対に救ってみせるさ!



第一演習場にて、二機の戦術機が相対していた。
黒と、赤。鋼の化身たるその二機は冬の寒々しい空の元、悠然と聳え立っている。
「さて、こちらの準備は万端だ。 そちらはどうだ?」
黒い戦術機。黒の死神と称されるチェルヴォーグの管制ユニット内でクリスカが口を開く。
「問題ない。 不意打ちでも何でも仕掛けてきて構わないぞ?」
赤い戦術機。大火を纏う様な輪郭を持つ火纏の管制ユニット内で一真がクリスカに答える。

『―――それでは、今より0060後模擬戦を開始します』
二機の戦域管制に当たるのはイリーナ・ピアティフとベアトリス・キャンベル。
「まったく、血の気の多い連中だな………」
「あら、美冴さんだって代われるのなら代わってみたいでしょう? 緋村大尉は珍しくやる気のようでしたし」
「ですよねぇ~。 あ~っ、私も戦ってみたいよぉ!」
「茜ちゃん、落ち着いてみよう? こんなの滅多に見れないんだから」
別室のモニタで観戦を余儀なくされたヴァルキリーズは口々に羨ましげに声を上げる。
あの風間祷子ですら一真と戦ってみたいと発言するのだから、それは緋村一真の今までの評価を表すには十分なのだろう。
「でも、月詠少佐やユウヤが羨ましいよ。 あんな目の前でしかも戦術機に乗りながら観戦できるんだから」
あきらは薄ぼんやりとそんなことを言い放つ。
彼女が言うとおり、真那とユウヤはこの場にはいない。
彼らはもしものことがあった場合に備え、第一演習場にて待機しているのだ。
「う~、クリスカぁ~」
半身であると言ってもいい程の人物に抜け駆けをされたイーニァは机にぐだーと項垂れ突っ伏していた。
「…………クリスカ………兄さん……………」
複雑な気持ちを抱き、唯依はモニタを見上げていた。





そして、約束された戦いの火蓋は切って落とされる。
クリスカは突撃砲で一真を攻撃する。
それは初っ端であるにも拘らず必殺の心得で放たれたものであり、どれも正確に火纏の急所へと吸い込まれていく。
しかし、一真はそれを直刀で反らし、チェルノヴォーグ目掛け吶喊する。
それを見て、クリスカは眼を見開いた。
あれだけのことを、彼と同じく剣の扱いに慣れた帝国軍人の中で何人が出来るだろう。
弘法筆を選ばずというのはこの国の諺だったか。彼はまさにそれを体現しているのだ。
良き剣の使い手が剣を握れば、幾度剣戟を繰り返そうと刃を損なわず戦い続けることが可能な様に、
良き剣の使い手が剣を握れば、如何に不出来な刃であろうと何事も切り裂く様に、
良き使い手というモノは武具に命を与えるものだ。
彼は、そういった業を自然に、いとも簡単にやってのけているのだ。
数多に降りかかる炸裂し易いペイント弾を破裂させずに反らすだけで、的確に捌くことなど、言う程簡単ではない。

続いて、火纏はその手に持つ直刀を一振り、チェルノヴォーグ目掛け弾丸にも等しい速さで投擲した。
クリスカは即座に反応し、直刀を紙一重で躱す。
躱された直刀はそのままビルへと突き刺さる。火纏は残る直刀でチェルノヴォーグに斬りかかり、チェルノヴォーグはモーターブレードで応戦する。

一つ一つが重い、一真の一撃にモーターブレードが悲鳴を上げる。
跳ねあがりながら二機は攻防を繰り返し、登っていく。
一真は先程投擲した直刀をビルから引き抜き、改めて二刀による攻撃を繰り出す。
「(まさか――――この場に誘導されたというのか?!)」
驚愕を抱きながらもクリスカは見事に防いでみせる。


その後も攻防は続き、二機は徐々に相手を捉え始める。
相手を捉え、微々たるものといえど被弾を負わせながらも、クリスカは確信する。
「(やはり―――この男は強い! 間違いない、この男は天才だっ!!)」
強敵を前にクリスカの口が歪む。
そう目の前にいるこの男は、天才だ。
相手の隙ともいえない僅かな隙を突き、死角から死角に移動し、
順手かと思えば逆手に、上かと思えば下に、左かと思えば右に。
こちらが換装しようとした武装を横取り、
自分の換装動作、腰部担架装置すらも利用し、
相手の動きを読み、それを合わせての高速戦闘。
正々堂々を貫く斯衛軍は大凡好まない、相手の虚を突き続ける戦闘。
まるで軽業師のような芸当の数々や、上記に示した戦闘を鑑みクリスカは緋村一真の評価を下す。

まさに彼は天才―――闘争の天才だ。

「なるほど―――言う程だけはある。 だが―――ッ!!」
クリスカが放った弾丸が火纏の左肩の装甲を捉え、べったりと塗料が付着する。
「どうしたっ? 手の届かない領域というのはこの程度なのか!」

クリスカの咆哮。

だが、その表情はすぐに驚愕に歪む。
『―――左主腕、大破』
立ち上がったダイアログ。見れば、火纏の短刀<模擬刀>がいつまにか左主腕の二の腕に深々と突き刺さっていた。

再度クリスカは機を引き締め、残る片腕で突撃砲を放つ。

「ああ、クリスカ。 お前は確かに強い………こうして視ていて、それがよくわかるよ。 けれど、生憎オレには届かない。 今からオレはお前を蹂躙する、一切の容赦も油断もなく、お前の存在を冒し尽くす――――」

一瞬の交差を数度繰り返し、決着は訪れる。

一真は自身の能力『ラーニング』を
自身本来の―――これまでに培った実力を
惜しげもなく、解放した。
『ラーニング』で相手の動きを読み取る。
それで相手の動きは完全に掌握され、今まで彼の中に貯蔵された無数の技術の中から最善手を選び出し『超反応』によってそれを行使する。
それは常に最善手を繰り出し続け、確実に相手を仕留めるという『動作の最適化』だ。
しかし、それを行うには彼本人の能力が必要不可欠になる。
いくら『ラーニング』といえど、自身の容量を上回るモノは再現できないし、完全に自分のモノには出来ない。
何より、多くから選び出す業は彼自身が保有する技術であり、最適化とはその業の積み重ねである。
つまり、『動作の最適化』とは“相手を仕留めるのに最適な手段の構築”に他ならない。
これこそが緋村一真の本気であり、真髄だ。

『動作の最適化』だけならば相手の動きを読み取る手順を抜かせば、BETAにも有効だ。
ようは読めない領域の逆算。黒い紙に白いインクを垂らし続けるようなものなのだ。

これが緋村一真―――彼が最強たる所以。
全て万能にこなし、圧倒的なまでの実力を保持する白銀武。
その力を以って人類を引っ張る武が最高の衛士ならば、ただ敵を討つことに特化した一真はまさに最強だった。
(ちなみにこういった違いが一真が「救世主はオレじゃない、救世主は武」みたいなことを言った原因というか所以だったりします。真に守りたいと願い事実守る為に戦っている武と自分との差から一真は自分を救世主ではないと言っているわけです)

「―――ぐぅうう……………」
クリスカは四肢の削がれた戦術機の中、コンクリートに叩きつけられた衝撃に呻き声を漏らす。
「クリスカ、無事か?」
「………ぅ。 ああ、なんとかな……………」
「そうか………なら、よかった」
「…………今のが貴様の本気か、ヒムラ?」
「ああ。 満足したかい?」
「ああ、満足だ。 確かに、貴様は強いなぁ………でも、いつか勝ってみせるぞ。 だから、また戦ってくれないか?」

クリスカのその言葉に一真は思わず言葉に詰まってしまう。
その後、まさか一回きりだというのか貴様男としての責任すら持てない腑抜けか!とかこっちは仕方なく相手しただけなんだから何度も相手してやる義理なんてないってのあと紛らわしい言い方はやめてくれませんかねェ!?
回線越しに言い合う(それでもクリスカが噛みつき、一真があしらうといった)二人。
クリスカは無事回収され、
一真はこの後、ソ連の方々からこっ酷く叱られましたとさ。





回収した生存者の精神サルベージは難航し、思う様に作業は進まないでいた。
けれど収穫もあった。
生存者から取得したDNA遺伝子マップから、生存者は英国人と日本人のハーフであることが確認され、
英国のデータから生存者が九年前英国領内にあった孤児院で生活していた少女(当時十四歳)である可能性が浮上した。
ならば、と孤児院出身者を探してみたものの、予想通り孤児院はBETA英国本土侵攻の際にいずれも行方不明もしくは死亡となっており突破口にはなり得なかった。
生存者である少女の心には、純夏の様な強い願望があるわけでもなく、ただ惑ろむ様な弱い思念が水面に揺られる木の葉の様に揺らめき、浮かんでは沈むばかりだった。
「手詰まりね………こうなったら、残念だけどこの娘はもう手遅れ。 あとは緩やかに本当の死を迎えるだけだわ」
「そんなっ……先生っ! 諦めるんですか!? この子はまだ生きている、生きているんだ!」
「ええ、そうね。 でもそれは何を以って生きているのか、と定義するかで変わってくるわ。 鑑の時にも言ったでしょう?」
夕呼の本分は科学者だ。だからこそ彼女は冷徹なまでにその区切りに揺るぎはなかった。
それでも武や純夏のせいで(おかげで)その区切りに僅かでも揺らぐことはあるのだが、
こうして武が取り乱しているからこそ、冷静に現実を突き付けてやる必要があった。
たとえ残酷だとしても、それが香月夕呼の優しさ。
これまでも今も、きっとこれからも白銀武に先生と敬われる人物の優しさなのだ。
「それでも………それでもっ、俺は! この娘がまだ生きているって、まだ人間だって信じてます! 一真だって皆だって俺を信じてこの娘を預けてくれたんだ! 俺は………諦めません………!」
「いい加減にしなさい、白銀っ! どんなに手を尽くそうと救えないモノもいるってアンタはもう解っていた筈でしょう!? 鑑と似た境遇にある、たったそれだけでそんな解り易い現実から目を背けるのっ!?」
苛立ちを露わにして叫ぶ夕呼。
二人が言い合う最中も必死にリーディングを続ける霞とイーニァは、二人の声に耳を傾けながらも心を乱すことなく少女に語りかける。
『(………聞こえてる? 貴女の為にこんなにも必死になって救おうとしてくれている人たちがいる…………)』
『(………たしかにつらいこともあったのかもしれないね………けどね、せかいはそれだけじゃないんだよ………?)』
『(楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、きっと貴女にはあったはず)』
『(それは……いきているひとにひとしくあたえられた、けんり)』
『(BETAになにをされてきたのか……いちおう、わたしたちもしってるよ。 だけど、どうか……にくしみにとらわれないで)』
『(貴女の知っている世界は、それだけじゃなかってでしょう?)』
『(せかいはあなたのしっているとおり、ざんこくなのかもしれないけど……それでもきっとやさしさにみちている)』
『『(だから――――もう一度)』』
霞とイーニァは少女の心に浮かぶ小さな思念を読み取り、語りかける。

「―――俺は、この娘に生きていてほしい!」

武の叫びが、研究室に響く。


――――――――る

「武さん!」「たけるっ」

少女の今までにない強い感情に、霞とイーニァが驚愕と喜びを浮かべて声を上げる。
「どうしたの、二人とも!?」
「博士、今……強く意識が浮かびあがりました」
「ゆうこ、このこまだ“いきてる”よっ」

まさか、信じられない。驚きを露わにしながらも夕呼の頭は即座に思考を巡らし、行動を促していた。
「―――白銀、もう一度彼女に呼びかけなさいっ」
「は?」
「いいから早くなさい! その娘に言うのよ、生きていてほしいって!」
はい、と半ば焦り気味に武はシリンダーに駆け寄り、シリンダーに手を添えて彼女に語りかける。

「頼むっ、どうか………生きて、生きてくれっ!!」

懇願するように縋りつくように、武は彼女に向かい、叫ぶ。

「(頼む頼む頼む頼む頼む! 生きてくれ、俺はお前に生きていてほしいんだ!)」
「お前は生きるんだ! 俺はお前に会いたい! だから、どうか生きてくれ!」
「(――――――純夏ぁっ、頼む………この娘を、助けてくれぇ!!)」


―――い、きる。 わたしは―――いき、たい――――いきて、いたい


今度こそ、はっきりとした少女の願望。強い意識。
夕呼を含めた四人は少女の生還の糸口を見つけ、歓喜した。


その後、彼女は順調―――とまではいかないまでも、当時の彼女の精神構造に近い状態まで扱ぎつける。
しかし彼女は当時の自分の周りの記憶は持っていても、自分自身の記憶が酷く曖昧になっていた。
そこから彼女の執着は当時の孤児院の仲間たちへの想いだということが分かったが、肝心の少女の名前などパーソナルデータは拾うことが出来なかった。
「名前がないんじゃ呼ぶ時不便だろう?」
という一真の言葉から、彼女は『神奈』と呼ばれるようになる。
(ちなみに名前の由来は本編に全く関係ないが「かなみ」→「かみな(神無)」→『かんな(神奈)』だったりする)


神奈の意識が取り戻しつつある中、ラスト・オルタネイティヴに欧州連合が参加(ちなみにアフリカとかその辺の軍は米軍が参加した時に同時に参加しました)
それに伴い欧州連合・仏軍からアニエス・アルヴァレス、クロエ・アルヴァレスという双子の姉妹がヴァルキリーズに参加。機体はそれぞれにアリュマージュ(という第四世代戦術機)
アルヴァレス姉妹の特徴
銀朱に近い色の髪を二つ縛りにして前に流している、という髪型。
瞳の色はクリスカ達と同じ碧眼。
容姿は姉妹とも瓜二つだが
「姉(アニエス)が大きい方、妹(クロエ)が小さい方だ。 二人には極一部に大きな違いが見受けられるので判断に困るのは後ろから声をかける時ぐらいだな」(ヴィンセント談。その後彼は屍になる)
など多少の差はある。ヴィンセントが何について語ったかは言うまでもないと思うので。
性格は明るく活発。
ポジションは二人とも強襲掃討。
髪の色や性格も相まって………えーと、ああそうリーネとダブって見える描写も屡。
年齢は二〇〇九年の時点で二十八歳。
「また似た顔が増えた………」とあきらが、
「また女か………」とユウヤが苦笑いを浮かべて彼女達は歓迎される。


※今更ですがコンステレーターズとヴァルキリーズの力関係というか指揮系統を説明します。
まず頂点にコンステレーターズと特務部隊指揮官である白銀武。その下にヴァルキリーズ指揮官宗像美冴、次にコンステレーターズの隊員緋村一真とヴァルキリーズ副官月詠真那、以下ヴァルキリーズの隊員たち、ということになります。


月日は立ち、年は二〇一〇年に。月は四月に入る。

神奈、00Unitとして肉体を得て、復活。

(神奈の容姿→某男の子の意地のお話最終話のかなみ。ポニーなのは霞とおそろい。神奈の性格→かなみ。
ようは健気で明るく、栗色の髪をした優しい少女ということである。)

復活当初、神奈は純夏の様にBETAへの憎悪に囚われていることはなかったが他人に酷く怯え、
無理又は無暗に近づこうものなら近くにあったモノを手当たり次第に投げつけたり、攻撃的な状態だった。
(ちなみに今の段階でヴァルキリーズは00Unitの存在を知っています。けれど、神奈の調律に協力しているのは一真、イーニァだけです)
その原因は神奈がBETAの捕虜そしてまだ人間の形をしていた頃。ハイヴで捕らわれている時、孤児院の院長が最後に言った
「■■、どうか生きて。 貴女は絶対に私が守るから……貴女は生きて、生き延びなさい。 どんな事をしても、どんな風になろうと、必ず、生きて………」というセリフ。
神奈はその言葉に従い生きるということに執着していたが度が過ぎてしまい、この時人間を認識できず、まるでバケモノを見る様な目で武達を見ていた。
そんな状態が続き一週間経った日、霞が行動を起こす。


武たちが見ている中、霞は神奈に近づいていく。
「いやだ、いやだいやだいやだぁっ! こっち……こっちにこないでっ、いや…いや……いやぁぁあああああ!!」
前まで神奈の脳髄が納まっていたシリンダの残る研究室の中、神奈は絶叫にも等しい叫び声を上げ、手当たり次第に霞へと物を投げつけ続ける。人工ODL洗浄装置もあるその研究室には調整用の工具や機材がまだ残っているため投げる物は不足せず、終いにはパソコンのキーボードすらも霞に投げつけられる。
投げつけられた物で切ったのか霞の額からどろりと血が頬へと伝う。
「―――霞っ!!」
それを見た武が、もう見ていられないと言わんばかりに武が声を上げ、霞を止める為か、投げつけられる物から守る為か、霞の前へと出ようとする。
「……こないでください、武さん………それにそんな顔をして近づいたら、神奈がまた怯えてしまいます………」
振り返る霞の表情は、穏やかな笑顔を浮かべていて、酷く温かく感じられた。
武はそれ以上、前に足を出すことが出来なかった。そう、出さなかったのではない、出せなかったのだ。
そんな武を霞はどう受け取ったのか。霞は顔を再び前に向け、神奈に向かい、歩み寄っていく。
「…………いや………いや………っ………あ、ああっ……あぁぁあぁあああああっ」
もう周りに投げる物がないということがわかり、神奈は霞から逃れる為に後ずさっていくが途中で転んでしまうが、それでもなお身体を引きずり尻もちを付きながらも逃げ続けた。
「ぁあああっ、あ、………ぅあぁぁあ………」
嗚咽を漏らす神奈。しかし、逃げ延びた先には硬い壁しか待っておらず、彼女の逃避はそこで終わりを告げる。
「うああぁ………やめ、こないで、こないで……おね、がい……こっちにこないでぇぇえええっ――――――」
必死の抵抗。神奈は近づく霞を拒むために身体を縮み込ませ、頭を抱えて絶叫した。

「―――神奈」

ふわりと、何かが自分を包んだ。
そんな感触に神奈は再び顔を上げる。
「――――っ?!」
そこにはわけのわからない光景が広がっていた。
さっきまで自分が拒絶していた恐怖の象徴のひとつが、自分に抱きしめていたのだ。
「うわああああぁぁああああっ!! はな、離せっ、離して、いやだいやだいやだいやだいやだいやだぁぁぁあああっ!!」
絶叫と共に神奈は霞の腕の中で足掻く。
拳を振り上げ、爪を立て、脚で蹴飛ばし、噛みついた。
霞はそれでもなお、額から流れる血を気にも留めず、優しく神奈を抱きしめる。
「……神奈」
再度、霞は少女の名前を呼ぶ。
神奈は霞の言葉は届いていない様に絶叫し、霞へと手を振りかざす。
「神奈、わかる? 今、私は貴女を抱きしめてる。 神奈はとっても温かいよ………」
神奈の暴力と劈く絶叫を―――彼女の全てを受け止めながら、霞はなおも語り続ける。
「神奈もわかるかな? これが、人の温度。 人の優しさなんだよ……。 覚えてるよね? 神奈は、とても優しい娘だから」
武たちは、そんな二人を見守り続ける。
いや、今の彼らにはそれしかできないという方が正しいのかもしれない。
皆が皆、神妙な面持ちで二人を見守っていた。
「聞いて、神奈。 私たちは、貴女の前からいなくならない………ずっと、ずっと一緒にいるから…………」
「あああっ、うわあああああぁぁあああああっ!!」
「だから………どうか、泣きやんで。 もう、怖いことなんて………何もないから………私が神奈を辛いことから守るから………」
「―――っ!」
霞の静かな、それでも強い意志を感じさせる言葉が研究室に浸透し、神奈の動きが止まった。
「みんないなくなっちゃって………悲しかったんだよね………ずっと、独りで……寂しくて……怖かったんだよね………」
「う、ぅうぅぅ………」
「もう大丈夫だから………もう、安心していいから………ね?」
「………あ、うぁ………」
「――――神奈っ」
霞が、懇願する様に叫び声を上げる。
それはどこまでも真剣で―――ひたすらに優しく、温かかった。

「………みんな……エドも、ロディも、ウィルも……ハンナも、マーサも………先生も……みんな、いなくなっちゃった………」
「うん」
「みんな、しんじゃった」
「うん」
「わた、わたし、ずっと、ひとりで………」
「うん」
「ずっと、まっくらで………」
「うん」
「ずっと、ずっとずっと……っ」

ぼんやりとうわ言の様に、神奈は呟く。

「………うぁああああああっ、ああっ、ふ、あああぁああああ、ぁああぁああああっ」
言葉を吐き終わった少女は、霞の胸の中で、涙する。
「うん……うんっ、辛かったね………寂しかったね………怖かったんだね…………」
霞は少女を抱きしめ、優しく頭を撫でる。
霞の目には、今にも溢れそうなほど涙が浮かんでいて、少女に贈る言葉も涙声だった。

「もう、大丈夫………もう怖くないからね………」

泣き咽る少女を、優しく包み込む霞の姿はとても綺麗だった。
顔に、たくさんの傷が刻まれていても、その姿は、とても綺麗だった。


今の彼女は、まるで母親の様で………とても温かく見えた。



「………」
「なんだ。 泣いているのか、武?」
ただ黙って見守っていた武たち。
その静寂を破ったのは、一真のそんな言葉だった。
「な、泣いてねぇーよっ」
武は浮かんでいた涙を手で拭い、再び霞と神奈へと視線を向けた。
「イーニァ、神奈の様子はどうだ?」
「うん。 いまはないているけど、霞のいうとおりもうだいじょうぶだよ」
イーニァの目にも涙が浮かんでいて、一つの滴が頬を伝い床へと落ちる。
「そう、なら……成功ね」
「わかっていると思うが……香月夕呼」
「アンタこそ解ってる? アンタがなんと言おうと、あの子にはこれからずっと強制的に選択肢が一つついて回るってことに」
「理解しているよ。 それでも、女の子として真っ当な生活を望むことは決して罪ではないだろう?」
「だーっ! やめろよ、二人ともっ」
やや険悪な雰囲気を放ち始めた夕呼と一真の間に武は割り込む。

「一人の少女を、救えた。 今はそれだけでいいじゃねえか」






その後、神奈は泣き疲れ寝てしまい、霞は傷の手当ての為に医務室へ。
安定した精神状態を取り戻した神奈は、武に「あの人に謝りたい」と頼み、療養の為に自室で療養中の霞の元へ。
ベッドの上で休む霞の頭や顔、手などには絆創膏や湿布や包帯が痛々しく巻かれており、神奈は霞の元に駆け寄る。
「ごめっ、ごめんなさい。 ごめんなさい…………………っ」
半身を起した霞の膝元で神奈は涙を流す。
霞はそんな神奈の髪を優しく撫でながら、「ありがとう」と返すのだった。


ちなみにこの後日から神奈はポニーテールに。
霞をとても慕い、敬い、懐いていくことになる。
その後の好感度順に並べると

敬愛する霞>その恋人で自身にも優しく接してくれる武≧とあるきっかけで自分に洋服を拵えてくれた一真>自分の為に頑張ってくれたイーニァなど以下略

神奈の洋服イベントとは
(軍属でもないのに)女の子なのにおしゃれの一つも出来ないのは可哀そうだ、という武のぼやきを受けた一真が
PXで売られていたシャツや、おばちゃんの昔の服などを再利用し洋服を縫い上げるも、どうにも正装じみた者にしかならず
(それでも清廉で女の子らしいものだった)それを見たヴィンセントが一真にアドバイスを贈り
ゴスロリ服を贈る、という様なもの。

一真、『年下には優しい紳士』の称号を獲得する。

神奈は調律を受けながらもヴァルキリーズの皆と一緒に行動し、仲良くなっていきます。
実年齢は二十二歳だが、捕虜として脳髄だけになっていた神奈の精神年齢と自身の肉体を認知できなくなっていた為に神奈の容姿と、精神は十四歳の少女のままの為、皆に可愛がられる。

ちなみに寝泊まりするのは霞の部屋。
ほぼ毎日霞と神奈が一緒に寝ているため、武は夜霞の部屋に頻繁に行くことが出来なくなる。
その為、初めて武が一真の私室に訪れるというイベントが発生。
一真の部屋には煙草と本しかなく、私物をあまり持たない武も言えないことだが「物寂しい部屋」と称される。
それを期に武は一真の部屋にて、酒を飲み交わす日が多くなっていく。
それにユウヤや祷子、美冴、真那などのヴァルキリーズのメンバーが度々参加することもしばしば。


武と一真、朝食の際とんかつにかけるのは醤油かソースかで争う。
霞や神奈、ピアティフやベアトリスを含めたヴァルキリーズ等も醤油派とソース派に分断され
そこに夕呼も参加し、ラダビノットも現れ、
その騒ぎは次第に横浜基地全体を巻き込んでいくことになる。


二〇一〇年十二月。ハイヴ攻略作戦にて惨事が起こる。
ハイヴ坑内進行時、BETAの波を幾重にもかき分けながら、武たちは主広間を目指し突き進んでいく。
「――――――ん?」
BETAを掃討する際、ユウヤは機体に一瞬違和感を覚えるも気のせいだと思い、そのまま主広間へ。
無事に主広間に辿り着き、いよいよ反応炉を破壊しようとした時、それは起こる。
「―――なっ!?」
大きな爆発音と共にそんな声を上げたのは誰だったのだろうか。
少なくとも、風間祷子ではなかった。
何故なら彼女の乗る志那都の頭と右肩が突如弾け飛び、ハイヴの硬い岩床に倒れ伏せたからだ。
何が起きたのか。その場にいた誰もがそう思考を走らせる。
けれど、その誰もが祷子の志那都の被弾個所を見て、そんな思考よりも早く、原因を悟る。
「どういうつもりだ―――ユウヤ・ブリッジス中尉!!」
美冴の叫びが通信回線に響く。
全員の視線が向いた先には未だ硝煙が上がる突撃砲を構えたリンクス―――ユウヤ・ブリッジスを向いていた。
しかし、彼らの声は届いていないのか、ユウヤは仲間である彼らに銃弾を放ち、ナイフを振るう。
それでもなお、制止を促し続ける武たち。
ユウヤは止まらず、武はリンクスの異変に気付く。
リンクスの頑強な装甲。その装甲に人間の血管の様に脈打つ何かが浮かび上がっていたのだ。
もう一つ気付いたことがある。
ユウヤのバイタルデータ。
心拍数をはじめとしたあらゆる数値が通常では有り得ない数字を刻んでいたのだ。

「――――っ!?」
しかも、さらに追い打ちをかける様に、武たちの網膜に見知ったダイアログが映る。
「ユウ、ヤ――――?」
唯依が呆然と、呟く。
第一種警告:BETA反応有り。
広い主広間の中にはBETAの反応が二つ。
反応炉と同じ、まったく同じマーカーが、武たちの目の前のモノと同じ場所に、明滅していた。
「ユウヤが………BETA!?」
茜が絶望を映した声で、言う。
その声を合図に血管の様なモノが不気味に浮かぶリンクスは武たちへ攻撃を再開する。
「―――ッ! 白銀少佐! 指示をっ!!」
「―――――っ!!」
それがどういう意味か、武はよく理解していた。
眼前を飛び舞うユウヤとリンクスが最早BETAであることは疑いようもない。
ならば、作戦遂行の為、今もなお地に伏せている風間祷子を救う為、
“BETA”を排除しなければならない。
「―――シリウス1より各機へ、現時刻を以ってユウヤ・ブリッジスをBETAと断定。 速やかには―――」
「篁っ、何をやっている!!?」
武が指示を出し切る寸前、真那の絶叫が響く。
ユウヤが動きの鈍い、唯依の武御雷に追い縋り、とうとう動きを止めた彼女に止めを刺さんとナイフを突き出し、突進していたのだ。

「篁大尉――――!!」

篁唯依は斯衛で鍛えられ、今もなお研鑚を重ね続ける世界でも有数の衛士だ。
そんな彼女はたとえ我を忘れようと、生きる為に行動を起こせる。
事実、<敵>が迫る今、<敵>を迎え撃たんと長刀を構えている。
だがしかし、その切っ先は彼女の心を表しているかのように揺れていて、尋常じゃない動きを示している<敵>を相手するにはあまりに心許ない。
実際、唯依は悲しみや困惑が渦を巻き、とても戦える状態ではなかった。
――――どうして?
愛する人がBETAになったと前代未聞なことを告げられた彼女は、その現実に打ちのめされていた。
(<敵>となったユウヤが唯依を執拗に追いかけるのも、BETAがユウヤを取り込み、彼が一番関心のあるモノに執着したから)

交差する、二人の刃。
ガズン、と刃が鋼鉄を貫く重たい音が、唯依の耳に届く。

「………………なんで………」

揺れる瞳はまっすぐに<敵>になったリンクスの一部を見ていた。
あんな無様な太刀筋では、決して相手に届くことはない。
彼女自身がそれをよく理解していた。
けれど、今目の前で、リンクスの胸は貫かれている。
自分の長刀ではない、長刀で――――

「…………なんで…………っ」

長刀が突き刺さるその場所に、何があったのか―――考えたくない。
網膜に映った彼の反応が消えたという報告なんて見えない。

「………どうして……にい、さん………」

リンクスの背後。
恋人を貫いた男に、唯依のそのか細い声が届くことはなかった。


最悪の気分だった。
今直ぐにでも管制ユニット内に意の中全てを吐き出して、思いつく限りの呪詛を吐き捨てたい気分だ。
BETAとなったユウヤを牽制する一真は、目の前の光景を受け入れることが出来ずに震えていた。
震えていたのは心なのか、身体なのか。それすらも彼にはわからない。
彼はひたすらに困惑していた。
オレは誰も殺したくない。
BETAは殺さなければ。
二つの意思がぶつかり合い、一真を内から締め上げる。

考えがまとまる前に、ユウヤは唯依に刃を振りかざす。
「――――ぁ、」
困惑が渦巻く中、そんな状態でありながら一真は心の底が酷く、冷たくなるのを感じた。
あとは機械の様に迷いなく、淀みなく。
火纏が構えた長刀はリンクスの胸――――リンクスの管制ユニットを貫いた。

「――――たとえお前がお前であったとしてもなかったとしても……お前が唯依を殺す罪も、唯依がお前を殺す罪も……オレは決して認めない。 ああ、だからさ、お前にそいつの命はやれねェよ…………」

もう届くことはないと知りながら、リンクスを貫いたまま一真は知らずの内にそんなことを呟いていた。
その声は冷たくも優しくも感じられる不思議な質のものだったが、その言葉を聞きとるものはおらず、凍てついた空気に溶けていく。

凍りついた空気。同じ様に武たちはまるで凍ったように動けないでいた。
一真がユウヤを殺した。
たったの一文で表してしまえばそれまでの事。
しかし事実は言葉なんかよりもずっと重い。

そう、あの一真が―――人を殺すことを嫌い怯え、忌避していた一真が誰よりも早く確実に人を殺したのだ。

その衝撃―――一真が殺し、ユウヤが殺されたという現実のあまりの重さに、誰もが数瞬思考を止めてしまっていた。

「―――!? ッチィ!」
一真は突き刺した長刀に違和感を感じ、目を向けてみれば長刀にはリンクスと同じ様にあの血脈のようなアレが浮かんでいたのだ。
長刀から手を離すのと同時、操縦者を貫かれたリンクスが再度唯依に向かい始める。
即座にリンクスを蹴り飛ばし、一度一気に飛びあがり後退する。
「―――一真、お前っ」
「唯依、下がれ!」
驚愕から解放された武が声を発するも、一真はその声に耳を傾けなかった。
「―――、……邪魔だッ!!」
苛立ちを孕んだ声。
それでやっと正気に戻ったのか、先程まで反応のなかった唯依が慌てた様にリンクスから距離を取った。

BETAとなったリンクス。
操縦者を失ってもなお動くそれに肉薄する火纏。
一真は一切の容赦もなく右腕に持った長刀でリンクスを切り刻む。

まずは両腕を、その次は両足を。

断面に蠢くなにかを見た様な気がするがそんなことはどうでもいい。

両足を切断され、リンクスの胴が宙に浮かんでいることが重力に許された一瞬。
一真は左手に構えた螢惑の砲口をリンクスに合わせた。

―――“胸”を貫かれても、四肢を削がれてもなお生きているというのなら、その身体丸ごとこの世界から消し去ってやる

引き絞られたトリガー。それと同時、螢惑の砲口から眩いばかりの螢火色の光が吐き出される。
その軌跡にはリンクスの姿の影すらも見当たらない。先程の巨光は慈悲もなく、リンクスを跡形もなく消し飛ばしたのだ。



その後反応炉を破壊した武たちだが、その空気は重々しかった。
現地にて応急処置を施された祷子の負傷も打撲などで命に別状はなく、武たちは横浜基地に帰還する。
その日の内に開かれたデブリーフィングまで重い空気が払われることはなく
そこで夕呼から今回の件についての詳細が語られる。

まず夕呼はプロジェクタで何枚かの画像を映し出した。
それは過去のBETAとの戦闘により大破した戦車や戦術機、
戦車級の腕の様なモノが生えた要撃級、
建物に減り込むのではなく溶け込んだ突撃級などの画像だった。
数々の奇異な画像の共通点。
それはその画像に映る物体のどれもに
リンクスの装甲に浮かんでいた血脈の様なアレが浮かんでいるということだった。

まず一つ目、他の物体と融合し取り込む能力を持つBETAがいることが判明する。

そこから生まれる疑問。
何故そうの様なBETAが必要なのか。
BETAは多種多様な性質を個々に持つが、それは彼らの目的に沿ったものであり
不要な能力を持ち合わせることなど、現段階では有り得ないとされている。
ならば、この様な性質を持つBETAはなぜ存在するのか。
それはガルヴァーニ・レイニア機関の特性から答えを得ることが出来る。

ガルヴァーニ・レイニア機関は多種のG元素をBETAの細胞を通して
BETAのエネルギー源であるグレイ・ゼロの超劣化版であるアージュを生み出し
その反応の際に取り出せる膨大な電力を動力として利用する、エンリコ・テラーが開発した主機だ。

二つ目、これによって反応炉はBETAの一種であることが判明する。

三つ目、反応炉というBETAはグレイ・ゼロを含めたG元素を生み出すことが出来る。

四つ目、先程説明したBETAに取り込まれたリンクスは反応炉と同じ反応を示していた。


反応炉とは何なのか。

五つ目、反応炉とはG元素を排出し、グレイ・ゼロを発生させ、他の反応炉との交信端末である。

最後に、GR機関にて利用されたBETAの細胞は多種のG元素に合わせて多種のBETAの細胞を用いている。

つまり複数のBETAの細胞は彼らの栄養源を生み出すことが出来るということになる。

ここで最初の疑問に戻る。
他の物体と融合するBETAが何故必要なのか。

ユウヤ、リンクスを取り込んだBETAとは、

他のBETAを取り込み、反応炉を製造する為に存在するBETAだったのだ。

その為の特性。
その特性ゆえに今まで人の目に触れることなく、生まれては人知れず死んでいったBETA。
(ユウヤを取り込んだのは、満足な栄養源を得ることが出来なかったゆえに形振り構わなかった結果)
その後、そのBETAは寄生級または中核級と呼ばれることになる。

疑問が晴れ、新たな事実に驚く武たちであったが暗い気持が晴れることはなかった。


武たちが一真を責めることはなかった。
あの瞬間、ユウヤ・ブリッジスがまだ生きていたとしても、
武がまだ指示を下す前だったとしても、
一真がBETAを排除したことも、
BETAから仲間を、篁唯依を守ったことに変わりはないのだから。

当の唯依はあれからデブリーフィングまでずっと呆然としていた。
その眼は虚ろで、顔には生気が感じられず、完全に虚脱状態。
それでも、声をかければ無理に笑みを浮かべ応対することも出来ていた。
けれど、一真は何も言わなかった。
何の言い訳も謝罪も、
自身の気持ちすらも、誰にも語ることはなかった。


デブリーフィングも終わり、ブリーフィングルームから武たちが退出した時、
「―――――テ――――ッメェェェエエエエエッッ!!!!」
そんな怒号と共に一真が殴り飛ばされた。
あの一真が殴り倒された。
そんな異様な光景だったが誰ひとりそんな考えを抱くことなく、その怒声を発した男へと視線を向けていた。
そこに立っていたのは、怒りと悲しみを織り交ぜた顔で、あまりの激情に呼吸を乱し、倒れた一真を睨みつけているヴィンセント・ローウェルだった。
彼の整備班の仲間が肩を掴み制止しようとするが、ヴィンセントはそれを怒りにまかせて振り払い倒れる一真の胸倉を掴み上げる。
「なんで、なんでっ、どうしてユウヤを殺したッ!! アイツはなぁ、ぶっきらぼうでむっつりで頑固で、どうしようもない分からず屋だけどなぁ………これまで連れ添った友達なんだよっ!! アイツはいい奴だった! 唯依ちゃんの幸せだって考えてた! なのになんでこんなところでBETAのクソ共じゃなくアンタの手で殺されなきゃいけねェンだよッ!!!! ふざけんなよ………ふざけんなよっ!!」
横たわる一真を何度も殴りつけながら、ヴィンセントは涙を流して絶叫する。
「やめろっ、ローウェル曹長!!」
「うるせぇ! アンタ達だってなぁ何か一言ぐらい言えよッ!!」
その中で一番付き合いの長いクリスカがヴィンセントに言葉を投げかけるも逆に重い衝撃を持った言葉に言い返されてしまう。
目の前の光景のあまりの痛々しさに、武たちはそれ以上何も言えず、間に入ることも出来なかった。

仕方がなかった―――それはどうしようもない事実だったけれど
そんな言葉で片付けられる程、現実は軽くいてはくれず
大切な人を喪い、伽藍としてしまった心に重く圧し掛かる。

「唯依ちゃんはアンタの妹で、アンタは唯依ちゃんの兄貴なんだろ!! 妹の恋人を殺して何とも思わないのかよッ!!」
どこかで、聞いたことのある言葉。それを言ったのは、どこの誰だったか。
(この前後どちらかに回想あり。緋呼が昔、九条秋久に向かい激昂した時の言葉)
胸倉を掴み上げるヴィンセントの腕に身体を任せていた一真を無理矢理立ち上がらせ壁に叩きつけてヴィンセントはさらに怒声を吐き出す。
それを見ていた唯依の頬を、涙が伝う。
その時、漸く彼女はユウヤの死を真に受け止め、悲しみに身を任せることが出来たのかもしれない。
「………なんとか、言えよ……言ってくれよ………返せよ………俺の友達を、返してくれよぉ………っ!」
既に殴るだけの体力も使い果たしたのか、そんなことをしてもユウヤが返ってくることはないことを思い出したのか
ヴィンセントは力なく一真の胸を何度も叩く。

その後、ヴィンセントは整備班の仲間に引き剥がされ、営倉入りの処罰が下されることになる。


一真は取り敢えず治療を受け、いつ振りかとなる絆創膏と湿布だらけの顔になった。

「一真、俺はお前を責めるつもりはない」
「そうかい……」
作戦後の休暇。自室で療養する一真に、武は落ち着いた声で語りかける。
「お前は俺が決める前に、判断を下して行動を起こした。 それがどんな行為であったとしても、お前が篁大尉を救ったことに変わりはない。 だからさ、お前が必要以上に背負うことなんてないんだ。 IFの話なんてのは好かないけど、もしもっと早く俺が判断を下して行動していれば、お前がこんな辛い思いしなくて済んだのにな」
「………………」
―――違う。
そう言い返したかった。
人を殺した。また殺した。
人を殺すなんて痛みを、誰かに押し付けるなんて、絶対に嫌だった。
けど、そうやって逃げて大切なモノを喪うのは、もっと嫌だった。
だから一真は、ユウヤを誰よりも早く殺したのだ。
唯依は勿論、ヴァルキリーズのみんなにも、武にも。

人を殺すという痛みを誰よりも知っている彼が下した決断は、正しかったのか間違っていたのか。
それを決めるのは武じゃない。
それを決めるのは―――――――――――



次の日、絆創膏や湿布などの交換の為に医務室に行き、部屋に戻ってくると、
本が山積みになった一真の机に一つの封筒が置かれていた。
中身は手紙、一真はその手紙を握り潰すと初めて屋内で煙草に火を着けた。



明朝、未だ太陽の覗かない時刻。
奇しくも、数年前武と霞が遊びに来た海に一真は訪れていた。
ハンヴィーを路肩に止め浜辺へと続く階段を下りていく。
浜辺には先客がいる。
その男は、暗い海をただ眺める様に海に向かい佇んでいた。
「漸く来たかね」
振り向かず、男は呟く。
「ああ。 こんなところにオレを呼び出して、どういうつもりだ?」
浜辺に立つ男に向かい足を進めながら、一真は男の声に答える。
「なァ―――――――エドガー・モーゼス」
ゆっくりとエドガーは振り返る。
精悍に飾られた初老の男の顔。
見慣れたその顔には一点だけ違うところがあった。
一真へと向き合ったエドガーは一真に拳銃を向けた。

「こんな手紙でオレを呼び出して……………………そうまでしてオレを殺したいか?」

薄い笑みを携えて、一真は口を開く。
「なるほど、気付いてはいたようだな」
訝しげに細められた赤い双眸が、一真を捉える。
「なんとなく、な」

エドガーが何故、一真に銃を向けるのか。
死ぬために戦う一真を諭そうとまでした彼が何故。

けれど、じゃあ何故
あの時―――ダグラス基地を襲撃し、一真がエンリコ・テラーを殺した時、
指揮官であったエドガー・モーゼスはわざわざあんな前線の真っ只中に現れたのか?

何故、エンリコ・テラーは人体強化措置などという方法を編み出せたのか?

何故、今エドガー・モーゼスの両眼は一真と同じ、赤い眼をしているのか?


米国のとある小村に、二人の子供がいた。
歳の離れた兄弟。村の名家に生まれたその二人は、幼いころから異様な才覚を発揮していた。
兄は天才だった。年齢を数えるのに片手で余る頃から大人でも解けない数式を解き明かし、その頭脳に敵う者はいなかった。
弟は天才だった。一度見ればどの様な動きや技術であろうと完全に再現し、こと身体を使うことに関しては大人ですら敵わなかった。
兄は人を物のように扱う人だった。
兄は未知の能力を使い他人の技術を習得する弟に関心を持ち、弟を実験動物の様に扱い、様々な実験を行う。
兄は当時二十代半ば、弟はまだ初等科を卒業する前だった。
幼少期からの非道な行為をされ続けた弟は、そのことに感づいた両親に養子に出される。

弟はその時、初めて人を怨んだ。憎んだ。呪った。
初めて抱いた激情を糧に、彼はその時まで生き続けてきたのだ。

兄の名をエンリコ・マクファーソン(あまりの奇行の数々に彼も養子に出され姓はテラーに)
弟の名をエドガー・マクファーソンと言う。

ダグラス基地襲撃の際、エドガーが殺そうとしたのは一真ではない、
彼の狙いは最初からテラーただ一人だった。
テラーただ一人殺すためにエドガーは当時の米軍を憂うふりをして、一真を誘き出し
クーデターという大義名分を掴み、ダグラス基地を襲撃したのだ。
しかし、彼がテラーの元に辿り着く前に一真がテラーを殺してしまった。

今まで生きてきた理由、その原動力、燃料を失った彼は、それでも笑顔を浮かべていた。

初めて憎しみという名の関心を抱いた相手、実兄・エンリコ・テラー
その男を殺した、あの男の研究成果の最高傑作である男
緋村一真が目の前にいたからだ。

何より、エドガーはクレイ・ロックウェルに強い関心を持っていた。
記憶を失い、ただ純粋に知識を、人を殺す術を求めるその姿があまりに崇高に、美しく見えたのだ。
それはエドガーも同じだった。
幼少の頃、彼が他人に抱いていたのは、自分の知らない技術、知識を持っている人物への関心だけ。
兄のせいで歪んでしまった自分が過去に置いてきたその純粋さを持つ、クレイに羨望を抱いたのだ。
(そして、諌山緋呼の本質もエドガーと同じ。
だからこそ今の様な実力を持つことも出来たし、ラーニングという能力を発現出来た。
ある意味、クレイ・ロックウェルであった時の彼が一番彼らしい時だったということ)


エドガーはテラーを殺した一真を、テラーの理想である一真を、
同類である一真を永遠にする為に、自分の手で殺すために、
死を願う一真を止めようとし、機会を窺う為に、横浜基地に異動し、これまで生きてきたのだ。


「ブリッジスとかいう男を殺した時、悲しかったか? いいや、違う。 貴様が最初に抱いたのは、満足感!! ただ純粋に他者を蹂躙するという懐かしい行為に狂喜したのではないか!!」
「―――――!!」

一真が激昂しエドガー目掛け突進する。
そこからはラーニングという異能を持つ者同士の戦い。
一真がいくら超反応を持っていたとしても
エドガーは生来のラーニングの使い手であり
その精度には大きく差があった。
それでも力は拮抗し、徐々に戦いは白熱していく。

「そうだっ! ああ、これが見たかった! それが貴様の本質だ。 私を殺す算段を組み立てたか?私の死体を想像したか? 我々が抱ける願いなどその程度のものだ!! 人類を守る為に戦う? はっ、そんなモノは他人からの借り物だ。 記憶が戻り、諌山緋呼としての自覚が戻った貴様が自分を誤魔化す為に抱いた擬似的なものに過ぎんッ!! 貴様がそんな願いを抱くことなど誰が認める!?誰が許すッ!? 誰もいないさ。 そんな偽りの願望を抱き続ける貴様を誰が救ってやれるというのだッ!!!?」

まるで狂った様に笑いながら、エドガーは謳う様に言う。

「―――――ッ! テメェと、一緒にすンじゃねェエエエエッ!!」

一瞬の隙。
一真はエドガーが腰から下げたナイフシースからナイフを抜き取り、砂浜に組み伏せる。
下は砂浜だというのに叩きつけられた衝撃でエドガーは呻き声を上げ、組み伏せる為に当てられた膝に利き腕をへし折られた。

「………ふ、くくっ、ハハハハハハハッ! 負けてしまったか………」
首元にナイフを突き立てられ、エドガーは自身の歩みの終わりを悟り嗤う。
「どうした? 止めを刺せ。 それが一番、貴様らしい」
ゆらりと手に持ったナイフを振り上げ、一真はナイフを突き刺した。

深々と砂に突き刺さるナイフ。
予想外な出来事にエドガーは眼を見開いて驚愕する。

―――何故だ?
私とお前は同類の筈。それはその赤い眼が証明してくれている。
だからこそ追い求めた。
エンリコ・テラーなんていう人でなしではなく
信頼する仲間であるユウヤ・ブリッジスを殺した今なら
彼は何の躊躇いもなく
クレイ・ロックウェルの様に人を殺せる筈だ。

「何故殺さない!! 私はこんな脆弱な貴様を求めていたのではない!!」
「エドガー………オレは、お前とは違うんだよ………」

絞り出したような声がエドガーに降り注ぐ。

「確かに、オレはお前と同じクソッタレみたいな人間だったんだろう」
思えば、父が死んだ時、本当に悲しかったのだろうか、悔しかったのだろうか。
母を失った時、本当に悲しかったのだろうか、寂しかったのだろうか。
ただ高みへの道しるべを失い残念がっていただけなのかもしれない。
自身が生きる為の寄る辺を失い憤慨していただけなのかもしれない。
けれど、

「沙耶に出逢って、オレは変われた」
人のことを真に想い憂う盲目の少女。
視覚を持たない少女は、その代わりに自分が持っていないモノを持っていた。
だからこそ緋呼は彼女に惹かれ、彼女とずっと共にいたいと思い、彼女の願いを叶えたいと思った。
「君島に出逢って、オレは変われた」
ああ、お前がいうことにオレはもっと昔に気付いていたんだよ。
君島もそれに気付いてた。
けれど、君島はそれでもいいと言ってくれた。
無様に歪みきったオレを、許してくれた。
共に闘うことを、同じ願いを追いかけることを許してくれた。
「武に出逢って、オレは変われた」
こんなオレを友達だと言ってくれた、二人目の男。
道に迷い、情けない自分を殴ってくれた、救世主。

「―――オレはもう救われているんだよ! バルダートやリーネが死んだ時本当に悔しかった、ユウヤをこの手で殺した時本当に悲しかった! 唯依が泣いているのを見て本当に辛かった! 自分のせいでもないのに無理に自分を卑下にしてオレを励まそうとする武を見て、嬉しかった! この感情を、お前に偽物だと、嘘だと、絶対に否定させるものかッ!! オレは変わったんだ、変われたんだよ! だからオレとお前は全く違う生き物だ………お前は自分が歪んでいると知っても自身の在り方も否定できず、変わろうともしなかった臆病者だ!!」

エドガーに降り注ぐ絶叫と、涙。

様々な出逢いを果たし変われた、歪んでいた自分。
きっと今でも歪なままなのだろう。
それでも許された、救われた。
今の自分を否定することは今までに出逢った大切な人達を否定することと同じだ。
そんなことは絶対に嫌だ。絶対にしない、したくない。

「……………的が外れたか……。 あの男の研究成果なら、それ相応の狂気を抱いているものかと思ったが………まったく、期待外れだ」
どけ、と乱暴に一真を引き剥がしエドガーは再び立ち上がる。
「エドガー!」
「口を開くな、マガイモノ。 興が削がれた。 今のお前を見ているだけで吐き気がする」
そう言ってエドガーは一真に背を向けた。
「米国の軍人として伝えよう。 まだ正式な発表はないが、ユウヤ・ブリッジスの戦死を受け米軍は彼のチーム撤退を命じるようだ。 それに合わせ代わりは送られてくるだろうが、私もそれに合わせ国に戻ることになった。 貴様とはこれでお別れだ」
決して振り向かず、エドガーは歩き出す。
「エドガー! お前だってまだ遅くない、変われる筈だ! だから諦めるなよ! お前も変われよ!!」
遠ざかる背中に、一真は叫び続ける。
あの男は変われなかったオレだ。
だから、どうしても変わって欲しかった。
沙耶の願う優しい世界の中で。
「だからお前も―――生きて、変われ! そうしたらまた会おう! 待ってるからな、お前が自分を許すのを、救われるのを!!」

気付けばもう世界は朝焼けに包まれていた。
太陽の光に満たされ始めた世界で、二人は分かれた。

一真は知らない。
エドガー・モーゼスは、もう救われているということに。











[13811] 終わりまで・Ⅱ
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/19 01:02





二〇二二年。武がこの世界に来てから二十一年。あれから十一年の月日が経った。
去り際にエドガーが言ったように、ヴィンセントをはじめとした米軍のチームは横浜から去り、
それから暫くしない内に、唯依が横浜を去った。


それから一年後、宗像美冴が結婚。
次の年には子供が出来、一線を退くことに。
月詠真耶などの補充要員が異動してくるも
隊員に女性が多いこともありそういったことで部隊を去る者が多く
それから三年後、ヴァルキリーズは解体され
新たに集められた隊員たちで再度ヴァルキリーズとして新設される。


“ヴァルキリーズ再編の際に神奈が戦闘に参加。
凄乃皇『白狼』の管制システムが変更され複座式に。
複座式といっても紅の姉妹などが利用するタイプではなく
管制ユニット自体は従来のものと変更はなく
00Unit-Ghostが格納された個所に神奈も共に入るといったようなもの。
その為、胸部の機構に改修が行われ、
同時に装備なども使いされ凄乃皇の名称が凄乃皇『天狼』に。
ラザフォード場も神奈のお陰で自由度が大幅に上昇し展開時間も延長された”
“コンステレーターズの今までの戦闘記録の統計からGR機関によって発生したAGEは
BETA―――特に光線属種に対して一定のステルス性を持つということが判明。
それも光線属種に狙撃される高度が低くなった、
一定範囲のBETAがML機関に誘われ集中する数が減少するなど微々たる程度だったが”


美冴が結婚した年、白銀武と社霞も結婚した。
(ちなみに言い忘れましたが霞の研究は流体力学とか航空力学とか。その研究成果は天狼と火纏にも反映され、二機の長距離飛行可能に大きく貢献した)
二年後には子供が生まれ、
出産に合わせて武は帝都に家を構えた。
(ちなみに一真はずっと兵舎暮らし。
帝国が保存していた諌山の財産は全て帝国に復興資金として譲渡した)
生まれた長男は大和と名付けられ、横浜基地だけではなく世界各地で祝いの声が上がった。

武や霞が自宅で過ごすことが多くなってからは
神奈も一真に連れられて白銀宅に遊びに行くことも多くなった。

涼宮茜も、風間祷子も、伊隅あきらも、月詠真那も、月詠真耶も、
果ては煌武院悠陽までも来訪する白銀宅はさぞや賑やかな家なのだろう。

さて、世界はどうだろうか。
二〇二二年現在、残るハイヴは甲2号・マシュハドハイヴだけとなっていた。
残るハイヴが少なくなってきた頃、怪しい動きを見せる国もやはり出てきた。

それでも、武を中心としてばらけかかった世界はまた纏まり、
現在、ハイヴ攻略作戦に向けて各軍準備を整えている真っ最中だ。

月ハイヴにいるBETA掃討も視野に入れられた現在では
地球連邦軍設立なんて夢みたいな話も上がるくらいだ。

でも、夢じゃない。
世界は―――人類は今、一つにまとまっている。
ラスト・オルタネイティヴは、成功したのだった。





二〇二二年 十一月

「はい。 じゃあ診察は終わりね」
「ありがとうございます、先生」
紫がかった黒髪を後ろで一纏めにした女性に、白髪の男が頭を下げた。
一面白と淡い灰色で彩られた二人のいる個室は、第一帝都国立病院の一室。
慣れた手つきでカルテを整理する女医と同じ様に
診察を受けていた白髪の男も慣れた様子で椅子に腰かけていた。
それもその筈、彼は十六年間この病院に通い詰めたのだから。
「ふむ、症状に別段変わりないわねぇ。 よくここまで持ったものね」
「それだけ先生の腕は確かなものだったということでしょう。 さすが香月夕呼の姉、ということかな」
おどけた様に言う白髪の男の言葉に、その女医―――香月モトコは困ったような苦笑いを浮かべていた。
「さすが、の意味によってはホント困りものなんだけどねぇ。 今度基地に戻ったら夕呼に実家に顔を出すように言ってくれない?」
「何度目かねェ、先生の口からそう言われるのは。 効果がないのをわかっていながら言ってるのならこれは嫌がらせですよ?」
「そうよねェ。 いい歳して姉にこんな心配かけるなんて、まったく困ったもんよ?」
はぁ、と大きな溜息を吐いてモトコは腰かけた椅子の背凭れに背を預けた。
二人はその後大きな声で笑い声を上げた。
これはお決まりの流れ。
モトコはこうしてこの男が診察に訪れる度に妹の愚痴話に花咲かせ、最後にはこうして笑い合ってきたのだから。
「―――それでは。 先生、オレはこの辺で」
「あら? 今日は屋上で煙草に付き合ってくれないのかしら」
「申し訳ないですがねェ。 これから行かなければいけない場所がありまして、ね」
「そう。 じゃあ、基地に戻ったら貴方がいつも話してくれる英雄クンによろしく」
腰を上げた白髪の男に明るく声をかけて、モトコは笑みを浮かべた。
そこに、僅かな悲しみが映っている様にも見えなくは、ない。
「ハハッ、言うかどうかはわかりませんが………一応、覚えてはおきましょう」
白髪の男は病室の扉まで歩いていくと、ゆっくりと振り返る。
「―――それでは、香月先生………今までお世話になりました」
「ええ、さようなら。 緋村クン、貴方との談笑はとても有意義なものだったわ」
クン付けで呼ばれたことに苦笑いを残して、緋村一真は退室した。
「本当に、さようなら…………」
診察を終え、病室に一人になったモトコは、静かにそう呟いた。



病院から出た一真は、ハンヴィーに乗り帝都内を走行していた。
車窓から見える街並み。
当然、そこには多くの人で活気に満ちている。
長い時間をかけ復興作業を続けてきた日本は、今では全国各地でこの景色の様に多くの人が嘗ての活気を取り戻していた。
自国の民の強さを誇りに思いながら、一真はとある目的地に向かっていく。

目的地。
それほど大きくない、ありふれた民家の扉の前に一真は立っていた。
呼び鈴を鳴らすと、中からパタパタと足音が聞こえる。
その歩調はこちらに近づくにつれてゆっくりになっていき、落ち着いたものになる。
「――――いらっしゃい、緋村さん。 お待ちしてました」
開かれた玄関から現れたのは長い銀髪を持った女性、白銀霞だった。
彼女が来ているのは悠陽から贈られた着物。
いつだったか武が日本に住むからといってそうやって和風然としなくてもいいだろうと笑っていたのを今でも覚えている。
その時彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたが。
「こんにちは、霞さん。 武と大和は?」
「武さんと大和は川釣りにいくぞーって言って出かけていっちゃいました。 私一人、お留守番です」
不満げに呟く霞。
「なるほど。 だけど、ちょうどよかったな」
「ええ、そうですね………それじゃあ、少し散らかっていますけど、どうぞ中へ」
霞に促され、一真は白銀宅へと入っていく。

客間に通された一真は霞と共にお茶を啜りながら、暫くの間談笑する。

「それで。 先日言われていた通り、今日は私にお話があっていらっしゃったんですよね?」
本題を切り出したのは霞の方からだった。
今日一真が白銀宅を訪ねたのは、前々からの約束だった。
「ああ。 なにぶん武の耳に入るのは困るんでねェ」
「貴方のお身体の事ですか?」
「ああ、正解だ。 香月夕呼からのはただのオーダーだったが、君のは真摯な願いだった。 なら、事前にちゃんと言っておくのも筋だと思ってね」
霞は神妙な面持ちだったが対する一真の態度はいつも通り飄々としたものだったが、それもすぐに消えて真摯な態度に変わる。
「オレは今度の作戦を最後に、退役する。 本当にすまないと思うが、貴女の願いをオレはこれ以上全うできない」
それは十六年前、霞が一真に頼んだお願いごとだった。
“戦場で白銀さんを支えてください”
切実な霞の願いを、一真はあれから守り続け、武と共に戦い抜いてきたのだ。
しかし、今その約束に終止符が打たれた。
「そう、ですか………。 あの人や、大和が悲しむでしょうね」
霞は酷く残念そうに言う。
夕呼と共に緋村一真の抱える病を知る彼女には、その言葉の意味がよく理解できた。

「君には悪いとは思うが、後の世界を纏めるまで持ちそうもないな。 緋村一真は………ここで、終わる」

静かに告げられた、現実。
一真が宣言した通り、彼はもう長くない。
殆ど見えなくなっていた右眼はもう光を失っているし
左眼もどれだけ近かろうと景色が霞んで見えるほどだ。
内臓機能も低下しているし、今は人工生体や機械の力で持っている様なもの。
それでももう限界。
しかし今もなお彼の戦闘力が衰えていないのは、武の隣に立って戦う者としての意地があるからだ。
だから、あと一度きりなら、戦える。
今の一真はそんな死に体にも等しい状態だった。

「本当に、残念です」
「おいおい、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。 君を泣かしたとあっては武や神奈に顔向けできない」
「だ、大丈夫です。 緋村さん、今まで………お世話になりました」
机を挟み一真の正面に座る霞は、深く頭を下げる。
「こちらこそ、君には世話になった……ああ勿論、香月夕呼にも。 作戦終了までの残った時間、よろしく頼む」
そう言って一真は腰を上げる。
「………緋村さん」
立ち上がり白銀宅を後にしようとする一真を、霞が改めて制止する。
「篁さんとは、やはり………復縁なさらないのですか?」
静かに霞は一真に問う。
十一年前、一真がBETAに取り込まれたユウヤを殺したあの時から
一真は唯依と絶縁したままだった。
あれ以来、交わした言葉はあまりに少なく、異動の際の事務的なものがその殆どを占める。
「クリスカさんが、少し気にしていたので。 それにすれ違ったまま終わってしまうのは、悲しすぎるでしょう?」
「………あの女……余計なことを」
鬱陶しそうに一真は歩き出していた足を止め、座ったままこちらを見つめる霞に向き直る。
「霞さん。 オレが香月夕呼に申請した篁唯依の異動申請書の内容を覚えているかい?」
「はい………戦力の不相応、でしたよね」
「そうだ。 好きな男を殺した奴が同じ部隊にいるんだ、後の作戦に支障を来たすだろう。 それに、アイツにはオレを憎み続ける権利がある………だからさ、オレを怨んでユウヤを失った悲しみからアイツが救われるのなら、それで構わないんだよ、オレは」
そして憎む対象が近くにいたとあれば正気でいるのも辛いだろう。
近くにいてその憎しみが解かれてしまうのも困る。
ある意味彼なりの唯依への優しさだ。
生き続ける燃料がなんであれ、生きているのならそれ以外はどうだってよかった。

しかし憎悪を抱き続けるという苦行を彼女に抱かせるのも、
詰まるところ一真のエゴだ。
一真が取った手段は妥当なものだったがそれでも、
彼はどこかで唯依に憎んでもらいたかったのだろう。
犯した罪の証として。
たとえ自分が自分を許したとしても、決して楽にはならないように。

「それで、いいんですか………?」
「いいも何も、それぐらいしかオレにしてやれることはなかったんだよ」
「そう、ですか………すみません、今さらでしたね」
「ああ、今更だ。 それじゃあオレは行くよ。 それじゃあ、また横浜基地で」
手を振って一真は玄関まで歩いていき、霞も見送りの為に腰を上げた。

一真が玄関の扉に手をかけようとするが、扉はそれよりも早く開いてしまう。
「あれ? 一真?」
開かれた扉の向こうには帰ってきた武と大和が。
霞が機転を利かせあれこれ言ったりする。
「緋村のおじさんまた来てね」
一真は大和の頭を優しく撫で、白銀宅を後にした。





十二月三十一日

荒れ果てた大地。
BETAに制圧された大陸の最奥は長らく戦いから遠のいていたにも拘わらず
荒れ果てたまま、嘗ての自然や生態系の面影は一切残っておらず、焼け爛れた荒野だけが広がっていた。

「漸く…………ここまで辿り着いたな…………」

最奥の地。
そこに高く聳える忌まわしき巨塔。
岩壁を重ね積み上げた様な歪な輪郭を持つのは地表構造物。

それを取り囲む人類の錚々たる戦列の先頭。
純白に彩られた戦術機――凄乃皇『天狼』の管制ユニットの中、白銀武は感慨深く呟いた。

遠く眺めるのは望遠カメラによって捉えられた地表構造物。
その高度は最早1kmを越え、地下茎構造物の拡大状況をまざまざと知らしめていた。
甲2号・マシュハドハイヴ。
その規模は現在、フェイズ6後期に到達している。
それだけ長い時間……人類はここに辿り着くまでにそれだけの時間を費やしたのだ。
費やしたのは、長い時間と、多くの資源、本当に沢山の人命。
今、それに報いる時がとうとう来た。
人類―――地球の総決算。
ラスト・ミッションがもうすぐ始まろうとしていた。
「どうした? 思いに耽る様な顔して」
天狼の隣に立つ火纏。一真から通信が入る。
「そりゃそうだ……最後のハイヴ攻略作戦、思うところだってあるさ」
「まぁ、それもそうか。 いやはや長かった」
「ああ、長かったな………」
厳密に言えば、これは地球での最後の作戦であってBETAとの最後の作戦になるかは未だ議論されている。
けれど、こうして見えた人類の勝利だ。
思うところがあるのも当然だと言えよう。
「しかしまぁ、そういうのはこの作戦が終わった後にするかね」
「ああ、そうしよう」
「終わったら、精一杯喜んで、泣いて、笑おう」
武の脳裏に浮かんだのは、嘗ての仲間たち、ここに来るまで消えていった多くの仲間たちの顔。
しかし、武はそれを振り払う。
別に浮かべなくても彼女達のことは心に刻み込まれているし、作戦後ゆっくり考えよう。



その後、作戦開始。
ハイヴを取り囲むように配置された各軍の戦列が一斉に作戦に従い動き出す。
(参加したのはマブラヴ世界の全軍。全戦力を投入した総力戦という意味ではなく米軍とか国連軍とかそういった種類的な意味での全軍)
(横浜を離れた篁唯依ですが、それは彼女がオルタネイティヴ直轄部隊から外れたという意味で彼女もこの作戦に参加している)
武たちは順調にハイヴを目指し進行。
(忘れられていると思いますが、作中のBETAは原作より動きが鈍くなっています)
要所要所で各軍の支援を得たりして(斯衛の斑鳩とか紅蓮、神野)ハイヴへ突入。

ちなみに武たちの部隊は二個中隊。
その中には紅の姉妹や月詠真那、真耶、アルヴァレス姉妹、涼宮茜などが参加。

ハイヴ坑内を武たち―――
特に武と一真は言葉を交わさずに見事な連携で進行していく。
長きに渡り共に戦場を駆け
同等の実力を持った二人は言葉を交わす必要もなく
お互いの機動に合わせ、連携を完全なものにしていた。


そして、

主広間に到達した彼らが見たモノは

反応炉にしがみ付く様にして、エネルギーを補給する三体のBETA。
しかし、その姿に誰ひとりとして見覚えがなく
その異形に、誰しもが動きを止めた。

突撃級の様な硬い外殻を各部に生えさせ
その手脚には鉤爪の様に生え
背には剣山のように棘が生えていた。
その形は人型。
異形を象っていたBETAが模った人の形。
それは人間の大きさではなく戦術機級の大きさではあったけれど
黒い外殻から覗くBETAの節くれ立った黒い肌
それに頭があり、戦車級の様な大口も、光線属種の様な双眸も、四肢もちゃんとある。
一見すれば、出来の悪い人形にしか見えない。

これが桜花作戦以来、武と未確認種の遭遇だった。

外敵を捕捉し、こちらへ向き直った未確認種は即座に武たち目掛け突進してくる。
「――――速いっ!!?」
知る限りのBETAの動きに見合わない未確認種の瞬発力、俊敏性に武たちは咄嗟に回避するも
武と一真は部隊と分断されてしまう。
離れて見れば、BETAの背から生えていた剣山が触手の様に何本か伸び、それが主広間底面に突き刺さっていた。
それが先程の瞬発力の正体。
触手をその様な使い方をするなんて。
武たちは触手の力で体を宙に浮かせ漂う未確認種を睨みながら驚愕する。

「―――ヴァルキリーズ、シグルズは散開し残り未確認種一体を排除しろっ! シリウス1、アレース1は一体ずつ………全員、死ぬなよ……っ!!」

眼前に迫るBETAを睨みつけ、未知の敵に不敵な笑みを返して武は未確認種と刃を交える。
「―――何!?」
そう、交えたのだ。
武が振りおろした長刀は、未確認種の大爪に受け止められた。
二度目の驚愕。
BETAが戦術機の攻撃を受け止めるなんてことは今までなかった。
BETAはあくまで“人類”を災害として認識しているのであって
“人間”個体に対して関心を持つ、ということはない。
それと同じ様に人間の様に感情をやつらは持っていない。
ゆえに戦術機の攻撃を関心も持たず、脅威とも恐怖とも思わず
ただ愚直なまでにその物量を持って人類を圧倒してきたのだ。
そのBETAが、この未確認種は正確に武―――凄乃皇『天狼』の攻撃を受け止めたのだ。

その異常性に、武や一真の背に冷たいものが流れる。

「そうか………そうか! お前らが…お前が! バルダートやリーネの、仇かァあああァアッ!!」
迫る未知の存在。それが嘗ての仲間たちを屠った存在だと悟り戦慄しながらも攻撃を繰り出す。
しかし刃は大爪に弾かれ、銃弾は避けられる。

まったく以って従来のBETAとは一線を画している未確認種。

香月夕呼は十年以上前からその存在を確信していた。
何故、G元素の埋蔵量が少なかったのか。
何故、BETAの活動が鈍くなったのか。
何故、反応炉破壊後に動けるBETAがいたのか。

その解答を、夕呼は気付いたのだ。

未確認種の背に生えた剣山が発射され、一体に付き百本に届く数の触手がうねりながら武たちに迫る。
あまりの数に直撃とまではいかないまでも、装甲に何本かの傷が走る。

夕呼の得た解答とは命令の残留だ。
鑑純夏はあ号標的―――重頭脳級を打てばBETAの命令系統は瓦解すると言った。
事実、現在のBETAに以前の様な命令系統はない。
だが、残ってはいるのだ。
だからこそハイヴは拡大し続け、一定間隔でBETAの侵攻もあった。
そしてBETAは増え続けた。
未確認種製造もそれだ。
あ号標的は桜花作戦前、新種のBETA製造を画策していた。
その内容はより確実に迅速に災害を防止するというもの。
その製造命令の真っ最中に桜花作戦が決行され、
あ号標的は白銀武、鑑純夏、社霞、御剣冥夜と相対した。
白銀武との対話、鑑純夏から情報を取得、冥夜の剣戟の検分、
それらを経験したあ号はその時の情報から
製造命令に改善を加えた。
それが顕在武たちが経験している、防御や回避という概念だ。
しかし、製造命令がまだ不完全な状態であ号標的は破壊され、
その命令は不完全なまま執行されることになる。
不完全な命令によって製造された不完全なBETA。
未確認種に残ったのはBETAとしての生存本能と人類への敵意のみ。
だからこそ、未確認種は反応炉破壊後も他のBETA様に移住を行いながらも攻撃行動を取れた。
そして不完全な製造命令はあ号標的破壊後、各ハイヴ内で最優先事項として過剰に実行されることになる。
BETAは無駄なことはしない。
先に説明があった反応炉に関することですら、
BETAから反応炉やG元素、グレイ・ゼロとなり、それらはBETAの血肉となり、
そのBETAが反応炉となると言ったように、BETAの生態は彼らだけで見事循環しているのだ。
だが、その製造命令の最優先化によってその循環に傾きが生まれた。
過度な製造によって大量に生まれた未確認種は、それに伴いエネルギー補給の量も絶大になっていく。
それによって他のBETAのエネルギー供給が満足に行えなくなり
他のBETAの活動は低下していくことになっていき
G元素も未確認種製造の為に消費されていった。

これが、未確認種―――後に合成獣級と呼ばれるBETAの正体だった。


しかし、今の武たちはそんなこと知る由もなかった。

装甲を剣山と大爪に削られ、苦戦しながらも
一真は未確認種の胸に長刀を突き立て
「あぁあああああっ、おああぁああああッ!!」
跳躍ユニットを最大噴射させ、主広間の壁に縫いつける。
「ッ――――!!?」
縫いつけられた未確認種は驚くことにあの硬いハイヴ内壁を剣山で貫き、
壁越しに火纏へ仕掛けてきたのだ。
迫る剣山付き触手。
一真は突き立てた長刀を払い、未確認種の胸から左肩にかけて切り裂きながら五本の触手を避ける。
五本の触手によって火纏の右肩の装甲は抉り飛ばされ、
左主脚の装甲が削り取られ、頭部モジュールにも傷を付けられた。
「―――ッ! これで、済むかよォォ!!」
払った長刀を円状に払い、触手を切り裂くのと同時に未確認種の両足を削ぐ。

「この大地を、地球をッ、返してもらうぞ……異星起源種ッ!!」

長刀を未確認種の腹に突き立て

短刀二振りをナイフシースから抜き取り二の腕を縫い付け、

直刀二振りを腰部担架装置から引き抜いて両肩に突き刺し、

残る長刀一振りで、未確認種の頭部を貫いた。


「―――ぐ、あっ―――!!」
『――――たっくんっ!』
武は迫る剣山付き触手を翔びながら回避するが
迫る触手は百本程。
避けるだけならまだいいが、攻撃をしながらとあれば
回避率は必然的に下がってしまい
何か所にもわたり、装甲を抉られてしまう。
被弾の衝撃に呻き声を上げながら耐え凌ぐが
それを神奈に聞かれてしまい
神奈は絶叫の様に武の名を呼ぶ。

「―――くっそ……調子に――――乗るんじゃ……ねえ!!」

怒声一喝。
まさかラザフォード場を突破してくるとは思わなんだ。
武は迫る触手の上へと飛び上がり、上方から未確認種に吶喊する。
迫る触手は武の三次元機動と同様縦横無尽に走り、
迫る災害を排除しようと迎え撃つ。

「まだだ……まだ、死ねるか!」

突撃砲では部が悪いと、武は長刀と直刀を一振りずつ構え、

まるであの時の御剣冥夜のように卓越した剣技で触手を切り裂いていく。

「ヴァルキリーズ、シグルス! 砲撃支援、制圧支援、迎撃後衛は未確認種本体を! 突撃前衛は敵の攻撃を防げぇ!!」

未確認種一体を相手にしながらも、榊千鶴の様な正確な指揮を忘れない。

迫る触手を捌ききれないと判るやいなや、
触手先端の黒い棘に直刀二振りを合わせ、その勢いに乗り急上昇。

主広間の天蓋に逆立ちするまでのその精密な操作技術は鎧衣美琴の様だ。

天蓋に逆立ち、重力が天狼を天蓋から引き剥がそうとするまでの一瞬、

武は突撃砲を構え、珠瀬壬姫の如く未確認種の両腕を狙い撃つ。

両腕を穿たれ血が噴き出す。
ギっ
未確認種の歪な大口から呻き声の様な異様な声が漏れたのが聞こえた。

「はっ、怖いのかよ、BETA! 俺が……人類が怖いかっ!!」

上方からの吶喊。
再度迫りくる触手を切り裂き、いなし、武は未確認種へと迫る。
未確認種の目の前に降り立った天狼。
その手は無手。ここに来るまでに武具は回避の為に放り捨てた。
本当は一真の様に投擲出来れば良かったが、生憎武は一真ほど
投擲精度に自信はない。
構えるべき武具は既に二つのみ。


天狼はその無手を振り被り、

「―――ッらァああアアあっ!!!!」

未確認種の顔面を、彩峰慧の如く思いっ切り殴り飛ばした。


腕の自由を失い、だらし無く伸び切った触手での防御も、回避も間に合わず
未確認種は為す術もなく、主広間中央の反応炉の根元まで吹き飛ぶ。

吹き飛び、その衝撃に呻く様に
再度、未確認種の大口から鳴き声が漏れた。
ラザフォード場を纏った天狼の鋼鉄の拳に顔面をグシャグシャにされた未確認種が顔を上げると

目の前に、こちらを捉える砲口があった。

「―――なぁ、お前には恐怖ってもんがあるのか?」

最後の武装。
凄乃皇『天狼』が持つ最高の兵器、
CPC―――荷電粒子砲の砲口を未確認種の眼前に突き立てながら武は問う。

「なら解るか? 今お前の目の前にあるのは絶対的な死だ。 嘗てお前らの頭を吹き飛ばした絶対的な光」

戦場で幾度となく何千何万ものBETAを消滅させてきた蒼白色の巨光。

「これが人類の光だ! この光を……消せるもんなら消して見やがれぇぇええええっ!!!!」

砲口から吐き出された猛烈な光。
それは電気と空気が炸裂した轟音と、眩い閃光を伴って
未確認種と背後にあった反応炉を纏めて消滅させていく。
CPCは零距離発射に耐えられず、発射に伴い砲身が歪んでいき、最後には大破してしまった。


その軌道に残ったものはなく、最後にして最悪のBETAは跡形もなく消失したのだった。


「――――っハァ―――っ、はぁ、は、……はぁ………」
敵の消滅を確認した武は、漸くまともにできた呼吸で、酸素を貪る様に肺へと取り込む。
「………無事か?」
気付けば赤い戦術機―――火纏が天狼の隣に立っていた。
ヴァルキリーズやシグルスも未確認種を排除出来たようで皆武の元に集まっていた。
「誰に言ってんだよ、一真」
「そうかい、ならよかった。 ほれ、忘れ物だ……投げんならもう少し上手くやれよ」
火纏の手に握られた天狼の直刀と長刀を受け取り、
武は呼吸を整えもう一度反応炉があった場所に目をやる。
そこには何もない。
最後のハイヴ。
最後の反応炉の破壊に成功した。
その事実が一気に溢れてくる。
皆も同じ様で、通信回線の中には喜びがざわめいていた。
感極まり、静かに涙を流す者
涙を耐える者など皆、目の前に広がる光景に嬉しさを隠せないのだろう。
しかし、部隊長が成功を告げる前なので、大っぴらに騒ぐことが出来ず
こうして静かにしているというわけだ。
ならば早々に開放してやらねばなるまいと武は、
目に映る隊員たちに視線を向け
満面の笑みを浮かべる。
「―――みんな、聞こえているか? 見えているか? ………反応炉の破壊に成功した……! 最後の反応炉破壊に成功した! 俺たちは、この戦争に勝っ――――――」
声高らかに宣言されようとした勝利。


だが、それはあと少しで止められてしまう。
ざわつく背筋。
走る悪寒。
武は焦燥に駆られ勢いよく背後へ振り向く。
そこは武たちが侵入の再利用した主縦抗。
その主縦抗は真っ黒、真っ暗に染まっていた。
そんな筈はない。
ハイヴ坑内は内壁に含まれた特殊な物質によって常に燐光を放っており
坑内は常に怪しい光に包まれている。
なら何で?

ぎちぎちぎちぎちぎち

まるで蟲が犇めき合い、羽を鳴らす様な不気味な音が聞こえる。

ぎちぎちぎちぎちぎち

主縦抗を覆う暗闇が沸き立つ汚泥の様に蠢く。

ぎちぎちぎちぎちぎち

その時、蠢いていた暗闇から無数の目が光り出した。







最終話 『白銀の世界』


――――ぞくんっ

背を一気に突き抜けた圧倒的なまでの悪寒。
主縦抗は、先程武たちが排除した未確認種が無数に犇めき合っていたのだ。
何故無数と言うのか。それはレーダーが振り切っているからだ。
あまりの寒気に吐き気すらも感じた。

そう、未確認種はたった三体ではなかったのだ。
桜花作戦後現存していたハイヴ内で過剰に優先的に製造された未確認種。
全ハイヴで製造され、反応炉が破壊された後は邪魔者を排除してまで生き延びようとした未確認種。
残ったたった一つのハイヴに、そんなBETAが三体しかいないなんてこと………

―――有り得るわけがなかった

「―――一真ぁぁあああっ!!」

無数に犇めく未確認種。
その姿を目に留めた武は即座に行動を起こしながら絶叫する。
それはヴァルキリーズ、シグルスも同じ、他のBETAと一線を画す戦闘力を持つ未確認種が無数に存在するという事実に戦慄しながらも臨戦態勢を極限まで高め、行動を起こしていた。

「わかっているッ!!」

武と同じく即座に反応した一真は螢惑をテールスタビライザから抜き取り、主縦抗に群がる未確認種に向け、その引き金を引いた。
AGEを圧縮し前面放出するという機構を備えたその兵器から吐き出された螢火色の閃光が主縦抗に目掛け伸びていく。
ジュオッと血肉が焼ける音が響く中、難を逃れた未確認種が武たち目掛け吶喊してきた。

「―――クソっ! 各中隊、一点に固まり未確認種の壁を突破! ハイヴ内であの数を相手にするのは分が悪い、地上に出るぞ!!」

問題は数だけではない。
未確認種は一体に付き百本に上る触手を持っている。あの数であれが迫ってくれば避けるなんてことは不可能に等しい。
そして回避できるだけの空間をハイヴ内で獲得するにはこの地下茎構造は狭すぎる。
回避し切るだけなら武ならば可能だろうが、隊の被害は甚大となる。

そのことを一瞬のうちに悟った武は即座に指示を飛ばし、各隊はその指示に従い迫りくる未確認種の分厚い壁を突破していく。
「ぐあっ」
「ちくしょうっ、奴ら速すぎんだよっ!! ちくしょうちくしょうっ!!」
それでも、あの数。未確認種の武や一真すら驚かせた敏捷性だ。
両隊の隊員の中に四肢のどれかを被弾する者が出てくる。

「っちぃ! 各隊被弾機を確認! 被弾した者は無事な機体の手を借りこの場を離脱しろ!!」

武も一真と共に未確認種の波を突破しながら、被弾機救出の為に指示を飛ばす。

「白銀大佐ッ! 俺たちのことはいいっ、行ってくれ!!」

「黙れっ!お前ら人類勝利の瞬間を見たくないのかよっ!? 俺はみんなで見たいんだよ、だから諦めんな! 意地でも生きろ! これは命令だ!! 絶対に最後まで諦めるな、絶対に生き残れ!!」

死力を尽くして任務にあたれ
生ある限り最善を尽くせ
決して犬死にするな

伊隅ヴァルキリーズの隊規。それは今もなお武たちの胸に刻まれている。
ラスト・オルタネイティヴ直轄部隊である彼らにしてもそうだ。
武が事あるごとに宣言し、宣誓するこれは彼らの中にちゃんと息づいている。
隊の足手まといになるのならここに捨て置き、隊全体の機動力を維持すべきところ。
だが武は隊の機動力をよく理解していたし、たとえ手負いであろうと未確認種を振り切るだけの速力は維持できると信じてた。
だからこその決断だが、これには彼の我儘が強く浮かびあがっていた。
辿り着き、あと少し手を伸ばせば届く人類の勝利。
だから欲が出た。
最後の最後は誰も見捨てずに犠牲を出さずに切り抜けたいと願ってしまったのだ。

『私が方をかそう……真耶! 貴女はそっちを頼む!』
『承知したわ』

しかし、それを誰が責められよう。
誰だって犠牲なんか出したくない。
どんなに綺麗に飾っても、誰かが死ぬなんてことを誰も望んではいないのだ。


とうとう全機突破した武たちは地上を目指し翔け上がっていく。
しかし、それを追う様に未確認種は触手の棘をハイヴ内壁に突き立てながら追跡してきていた。

「(――――速ぇ!)」

改めて未確認種の速力に驚愕しながら武は唇を噛み締める。
武たちが未確認種に追いつかれる、ということは現状を鑑みても有り得ない。
しかし、振り切る、ということが出来ないのだ。
地上の状況がわかっていないという不安材料もその焦燥を助長させ、掻き立てた。
そう、武たちが地上に出たと同時に地上全部隊に通達する前に未確認種も地上に出てしまうのだ。
脅威の戦闘能力を持つ未確認種。
初めて見る未確認種となれば、対応の仕方も分からず動揺する者もいるだろう。
しかもそれが測定不能な数地上に溢れたとなれば、如何な対応をしようとも甚大が被害が出ることは間違いない。

悪くすれば戦況を乱され、現存する部隊が分断され全滅になんてこともあるかもしれない。

現状、ハイヴ内で戦うには分が悪く地上を目指すしかない武たちは仕方ないことだが、それだけで済ますには問題は大きすぎる。

「(―――どうする!? 未確認種を掃討するには広い場所で戦略的に戦うのが上策だ。 けど、それを組み立てるだけの時間がない……どうにかして時間を稼ぐか? くそっ、分が悪すぎる………! いや………)」

手は、ある。
どうにも難策だが、それでもやれないことはない。
武がその策に思い当たった時―――


『―――武。 神奈を守れ、隊を守れ………国を、世界を……守れ………』


と、静かながら力強い声が武の耳に届いた。
それがどういう意味か、解っていた。
それを誰が言ったのか、解っていた。
待て、と武が声を発しようとした時、その男がそう言い終わった同時、螢火色の閃光が、ハイヴ坑内に走った。

『螢惑』―――その閃光が向けられたのは、未確認種ではななく、


ハイヴ内壁に向けられ、強固な壁を破砕した。


螢惑の閃光によって穿たれ、切り裂かれた岩壁は坑道を塞いでしまわんと雨の様に瓦礫を降らす。
誰もがその岩雨の向こうへと目を向けた。

降り注ぐ瓦礫の向こう。
そこには赤い戦術機が、たった一機で聳え立ち、こちらに背を向けていた。

「―――一真! おい、何してんだよ!! おいっ、応答しろ! 一真! アレース1!」

武が通信回線を開き、岩雨の向こうに立つ火纏に搭乗している一真に叫ぶ。
しかし、電波妨害の特性を持つ物質を含有したハイヴ内壁が崩壊している今、通信状況は劣悪でノイズの音が五月蠅く耳に届く。

「おい、返事しろ! 一真、返事しろって言ってるだろ!!」

武は何度も叫び続ける。

「………そう何度も五月蠅く呼ばなくても、聞こえているよ」

砂嵐が開けると、そんな言葉が飛び込んできた。
面倒くさそうな物言いで、一真が武の声に答えたのだ。

「一真っ! てめぇ、何してんだよ!? こんなことしてどういうつもりだよ!!」

「あれは地上を目指している。 あれが地上に出れば……たとえ倒せたとしても被害は今よりも大きくなる。 お前も解っているだろう? だからさ、ここでオレが片付ける。 お前らは地上のを頼む」

「―――っ!」

一真の思惑。
それは武が考えていたことと同じだった。
未確認種は武たちを追っているのか自ら地上を目指しているのかはわからないが、どちらにせよ地上に出すには大きな危険が付きまとう。
だから、準備が整うまでの少しの間でもいいから時間を稼ぎたかった。
けれど、現状それだけの状況を作り出せる手段が手の内になかった。
そもそもハイヴ坑内でBETAを足止め出来る手段などそうあるものじゃない。
だから武も一真と同じ様にハイヴ内壁を崩落させる方法を考えた。
けれど、CPCを失った武にそれだけの装備はなく各機に積まれていたS-11を設置するにも時間がない。
ゆえに今一真が取った行動が最善だと言える。
螢惑によって内壁を破壊、崩落させ、戦術機を囮に未確認種を誘い、足止めする。
それが武と一真が考えた方法だった。

けれど、

「何もお前一人が残る必要ないだろ! 何やってんだ、はやくこい! 内壁を崩落させただけで十分だ!」

「………不十分だ。 あれは地上でやったとしても脅威な存在だ。 だからここで仕留める。 それにお前や凄乃皇……神奈やヴァルキリーズ、シグルスは後の世界に必要な存在だ……こんな役、オレぐらいしか担えないだろう?」

「ふっざけんなよ! いいからさっさとこっちこい! 俺は許さねえからな、こんなところで諦められるかよ!!」

崩落する坑内で、武は構わず訴え続ける。
網膜に映る一真の映像はすでに砂嵐で殆ど見えていない。

「………どちらにせよ、もう遅い。 お前こそ、いいから行け」

坑内に浮かぶ火纏の姿も積み重なる瓦礫の影に遮られつつあり、崩落も激化していっている。

「黙ってろ! こんなところで……友達を………置いて、いけるわけねえだろ!!」

しかし、武はそんなことは構わず、一真に向かい手を伸ばし続ける。
数秒、回線に沈黙が流れた。
一真は火纏の管制ユニット内で大きく溜息を吐いた。
それは嘆息ではなく、ただ自然に漏れてしまったのだ。
こうも勝手な行動をして、最後の最後に迷惑をかけた自分をそう呼んでくれたことが嬉しかった。
ああ、だからもう十分だ。



「―――やめろよ、そういうの。 早死にするぞ、親友」


「――――!」

彼を友達と呼ぶ度に返されてきた、その言葉。
たった一つだけ違っていたのは、出逢ってから十六年間。
緋村一真が初めて白銀武を友達と呼んだことだった。
あまりの衝撃に武は息を飲んだ。

けれど、その一瞬が武が言葉を返す時間を奪い去る。
瓦礫はすでに坑道を埋め尽くし、崩落の衝撃と粉塵が武たちに襲いかかる。

「―――~~~っ!!」

歯を食いしばり、武は耐える。
迫る衝撃に耐えているのではない、瓦礫の向こうに消えていった友達を怒鳴ってやりたい気持ちに耐えているのだ。

「白銀―――!!」

「解ってる、涼宮。 地上に出るぞ。 地上の状況を把握次第、未確認種の対応含めBETA掃討の策を練る!」

心配してきた茜に、武は短く答え決断を下す。
心配させた。酷く申し訳ない気分だ。最後の最後に、醜態を晒してしまった。

「―――、…………いくぞ!!」

叫ぶ武の脳裏に浮かぶのは、最後の一真の顔。
殆ど見えなかったけれど、それだけはしっかりと見えた。
最後―――彼は、笑っていた。

彼はいつだってそうだった。
嘗ての仲間を守る為にBETAの波を横断し、誰かに罪を背負わせるのが嫌で自らが禁忌としている殺人まで犯したり。


―――ああ、知っていたじゃないか。アイツが誰かを守ろうとする手段は、いつだって自己犠牲でしかなかったって。
―――アイツは、そんな方法でしか人を救えない………不器用な奴なんだって。










「―――やれやれ。 最後まで喚きやがって………うるさいったらありゃしねェ」

崩落し切った瓦礫の向こうで、一真は一人ぼやいた。
しかし原因はこちらにあるのだし、まぁ許してやろう。
ああ、でも武の奴、人のことまるで死ぬこと前提で話を進めやがったな。
やっぱり許すのはなしだ。
まったく。オレは勝つ気満々だぜ?
嘘は付くが、これまで約束を破ったことは一度しかないんだ。
生きて戦い抜くって約束を破る気なんて最初からない。


瓦礫に背を向けて、一真は坑道の向こうに視線を向ける。
既に視力の殆どを失った両目だが、未だ光を映す左眼にはしっかりとハイヴ坑内の映像が投影されていた。

未確認種は既にレーダーでなくてもこの目で視認できる距離まで迫っていた。
その数は相変わらずで、未確認種でなくても一機で迎え撃つには絶望的な数だった。

「悪いなァ、火纏………お前には最後まで付き合ってもらうぞ」

長年連れ添った愛機のコンソールを一真は撫でる。

これからやるのはあまりに無謀で蛮勇な戦闘だ。
愛機に無暗に傷を増やしてしまうことが少し、申し訳なかった。

「お、一番乗りがきたか」

眼前に迫る一体の未確認種。
なるほど流石に速い。ほんと、厄介な存在が生まれたものだ。

「さて――――これより貴様らの相手はこの私が仕る」

不敵な笑みを携えて、一真は長刀で内壁を削る。
それは境界線だ。これより先に進ませないという決意の表した線。
今から始まる彼の戦いで死守すべき絶対防衛戦だ。

「これより先、貴様らをいかせはしない。 そうだろう? 貴様たちが地上に出るなど分不相応が過ぎる」

逆に言ってしまえばこの穴倉こそ相応しいと聞こえそうだが、そうじゃない。
この星にお前たちが根を下ろすこと自体が、分不相応。
その身に過ぎたことなのだ。

外部スピーカーで態々言ったのだが、BETAに言葉など通じるわけもなく一番乗りのBETAが火纏の眼前に迫る。

「―――いかせないと、言っただろう? たわけ」

戦闘を走る未確認種が一刀の下に両断される。

まったく、親切に警告してやったというのに、何とも不便なことだ。

―――まぁ、いいさ。

一真は長刀を振り上げ、まるで宣誓をするように剣を構えた。

こんなことは無駄だと解ってはいるが、戦いにおいてのケレン味と言うのは日本人特有の美学だ。
最後くらい、日本人らしくそれに倣うとしよう。

「………我が名は諌山緋呼。 名の通り赤を呼ぶ者だ………さて、それでは名を体現するとしようか」

我先にと大爪を突き出し、こちらを目掛け突進してくる未確認種を楽しげに眺め、不敵に笑う。

「貴様らが相対するのは我が白刃が織り成す剣戟の嵐。 貴様らの五体を悉く切り裂き、その身を赤く染め上げてやろう………貴様らの命運はここで終わりだ。 覚悟はいいか、異星起源種」

もう既に未確認種は文字通り目と鼻の先。

「諌山緋呼―――いざ、参る」

火纏の跳躍ユニット、背面スラスターと言った随所に設けられた排出口から螢火色の光が漏れだす。


まぁ何しろオレは荒れ狂う戦神・アレースだ。
マルスの様に理知的でもない
ケダモノの王の名を騙る者ならば
貴様らの様な出来そこないを相手にするには相応しいだろう。

さて、死合いの始まりだ。



燐光迸るハイヴ坑内を、赤い影が走る。

螢火色の軌跡が残る。

諌山緋呼の、最後の戦いが始まった。










―――くそ

『たっくん! かずくんが、かずくんがぁ!』

地上を目指しハイヴ坑内を駆けあがる中、武は口の中で叫び続ける。

―――くそっ

「神奈、すまない………少し、黙っていてくれ……」

何故、こうなってしまったのか。

―――くそぉっ

親友を死地に置いて、自らは地上へと退避する。
自分がそうすべき立場であることは解っている。
今はそれが最善だということも分かっている。
それでも、納得できるわけがなかった。

アイツは、きっと俺たち全員を危険から遠ざける為にあんな手段を取った。
それが堪らなく悔しい。

友達を置いていくことが最善だったという状況が、そうしてしまった自分が堪らなく情けなくて悔しかった。

「―――ちくしょう…………っ!」

そんな怒声と共にコンソールを力いっぱい殴った。
痛みで正気になろうとしたものだったが、生憎と強化装備をきている今、期待していた痛みは得られなかった。

ピピッと突如、網膜にダイアログが立ち上がり、武は顔を上げる。
網膜に映ったのは進行している経路からBETAが接近してきているという警告だった。

「―――な、に―――?」

BETAが来ているのは下からじゃない。上からだ。
地上からなのかまだハイヴ内にそこっていたBETAが降りてきているのかはわからないが、レーダーに映るBETA共はBETAは確実に地下最奥を目指していた。

「ヴァルキリー1よりシリウス1! 白銀、そちらでも捉えているか!? BETAが上から傾れ込んでいるぞ!」

通信を繋げてきたのは真那だ。
真那もこの現象に驚いているようでその声には鬼気迫るものが感じられた。

「こちらでも捉えている! 全隊、迂回ルートを算出! BETAの群を迂回しつつ地上を目指す!」

「しかしだ、シロガネ! BETAが反応炉破壊後下へと向かっているということはコウヅキ博士が提唱していた一つの推論に基づくことだぞ! このままではヒムラが危険だ!!」

即座に迂回ルートを弾きだし、見つけた横抗に飛び込むとクリスカがそんなことを言ってきた。

夕呼の推察。
それはあと一つのハイヴを攻略するに当たり、反応炉破壊後のBETAの行動を予測したものだ。
一つは嘗ての司令塔、オリジナルハイヴを目指し、指揮系統を再建しようというもの。
一つは破壊された最後の反応炉を再製造する為に主広間を目指すというもの。

そして、反応炉を作りだすということは寄生級がいるということであり、必然的にユウヤ・ブリッジスの時の様な悲劇が生まれる危険性が高い。確率で言えば、刀剣による近接戦闘を好む一真は取り込まれる確率が高いのだ。
しかし、寄生級が取りついたBETAを判別する手段は未だ確立されておらず、対処は難しい。

「解っている! だが、今は地上の作戦本部に未確認種の報告と対応策の構築が先決だ!」

浮かぶ焦燥を掻き消して、武は叫ぶ。
刻一刻と友達に死が迫っているというのに、行動できない自分に苛立ちが募る。


―――――――――――――――――――――――――ん


迂回ルートを辿り、地上へと出た時彼らが見たモノはただ人類を攻撃するBETA。東へと進行するBETA群。マシュハドハイヴ内へと潜っていくBETAの姿だった。

「シリウス1よりCP! 反応炉破壊に成功! その後地上の状況はどうなっている!?」

「CPよりシリウス1、現在BETAは見て通り三種の行動に出ています。 その行動に統一性が薄いため情報部と司令部で議論されていますが、現状執り行われているのは今まで通りBETA殲滅を目的とした掃討作戦、それに東―――恐らくオリジナルハイヴへ向かうBETAの進行阻止が付け加えられています!」

先生の予想通りか、と武は頷いて、視線を左右に振る。
目に映るBETAを掃討しながらBETAを観察すると、今までの様な鈍さ―――攻めの手緩さは感じられない。
十一年前のような脅威を、BETAが取り戻しているように感じられたのだ。

「なるほど……いつも通り、なりふり構わずってわけか………っ!」

武は忌々しげに唇を噛む。
BETAは恐らく存続の為になりふり構わず、反応炉製造を行っている。
そしてその妨げになる災害を完全に駆逐することが目的になっている。

地上も、まさしく死闘を繰り広げている真っ最中だ。
未確認種を相手にする余裕など、そうそう見当たらない。


「………白銀」

静かに回線に響く、真那の声。

「なんだ、ヴァルキリー―――」

「白銀、いけ!」

「―――!?」

決してその言葉の意味がわからなかったわけじゃない。
まさか、周りがそれを許容するとは思わなかったのだ。

「白銀、早く! 緋村のところに行って! 地上は私たちが何とかする………だから、アンタはあのBETAを蹴散らしてきて!」

「ああ、本部への報告も私たちがしておく。 君は自分のすべきことをしろ!」

続いて茜、真耶の声が届き、武の心が更に揺れる。

「これ以上失いたくないんだろう? 勝利を掴みたいんだろう? その為にやれることがあるのなら行動しろ!」

クリスカが、更に畳みかける。

「たける………これは、たけるにしかできないことだよ。 かずまを、たすけてあげて………」

イーニァが、優しく言葉を贈る。
ああ、くそ。
ここまで言われちゃ、行くしかないよなぁ!

「………お前ら……みんな、作戦後覚えておけよ? 作戦中に、こんな行為を隊長にさせるんだ……当然の覚悟があるんだろうな?」

「何を言う。 それに意気揚々と乗る隊長殿も隊長殿だ。 そら行って来い、私たちを罰するんだろう? あの男は私たちが世界にとって必要な存在だと言ったがな。 あの男も後の世界には必要だ。 行って来い、英雄。 もう一人の英雄を救ってこい」

「ああ……了解だ。 みんな、ありがとう!」

そう言って武は部下達に背を向ける。
その顔に憂いはなく、本当に彼らしい……笑みが浮かんでいた。


「いくぞ―――神奈ぁ!!」
『うんっ!』

多くの傷を刻んだ純白の戦術機はまた地下へと翔けていく。

「まったく、これからあの未確認種を相手にするというのに……なんだ、あの明るい声は?」

「まぁ、いいじゃない。 まぁけど……ほんと、白銀らしいよ」

最後の最後まで、冷静に冷徹に作戦成功の為に行動しようとして、徹しきれない男。
もう何年もそうやってきて、どうにもそこだけは直せなかった………酷く甘ったれた白銀武。

「ああ、本当に………どこまでも甘い男だ………」

勿論、彼は冷静に考えるだけの思考能力を持ち合わせてはいた。
それでも、理性ではわかっていても彼の根幹たる心がそれを嫌がっているように、冷静に徹し切れていなかったのだ。

しかし、

「いや、だからこそ……あの男は…ここまで人類を引っ張ってこれたんだろう………」

どこまでも甘さが残る武であったが、こんな凍てついた戦場において、それがどれだけ不釣り合いであり、それはどれだけ温かいものなのだろう?それはどれだけ尊いのだろう?
それを抱き続けるあの男は、どれだけの苦しみを今まで懐いて、戦い抜いてきたのか。

強くて、優しい、最後まで甘さを捨てきれない、ガキくさい英雄。

だからこそ、彼の組み立てた作戦は情があり、暖かく
彼の言葉に誰もが安心を抱き、着いていこうと思うのだろう。
仮にもしもこれまでの計画が冷徹に徹頭徹尾機械の様に無情に組み立てられていたらどうだったろうか。
少なくとも、自分たちは戦場でこんな話をして、笑みを浮かべていることもなかっただろう。

「ああ、感謝しているよ、白銀。 貴様は、真にこの世界の救世主だった」

それは、彼もそうだったのだろう。
武と同じく、冷静に徹しようとするもどうしようもなく身内に甘い、不器用な奴。
まったくもって同類。
今、甘さを捨てきれない救世主二人は、お互いの為に、戦場を駆けていた。


――――――――――――――――ゃ ん










びしゃり、びちゃり

燐光放つハイヴの内壁に夥しい鮮血が次々に飛散していく。
その間隔にあるのは硬い激突音と刃が肉を裂く音。
抗底に転がるのは、活動停止した未確認種の死骸。

「――――――」

宙を翔け、未確認種の壁に穴を開け、隙間を縫う様にして飛び舞うのは赤い戦術機。
幾百幾千幾万の触手が波の様に襲いかかるのを最小限の動きで回避する。
掠った個所の装甲が浅く削れて、火花を散らすも致命傷にはなり得ない。
動作に生まれた余裕で火纏は飛び上がり、手当たり次第に未確認種を切り裂いていく。

「――――――――――」

その姿はまるで地獄絵図。見る者が見れば、本当に地獄の様に映ったことだろう。
もしくは何か悪い夢か。もしくはヒーロー喜劇の様に映るかもしれない。

「―――」

何せ、たった一機の戦術機が無数に飛び交い犇めき合うBETAの間を縫い、その度にBETAを屠っていくのだから。
これが戦争意欲向上映画なのだったら、酷くそれは滑稽に映るだろう。
相手は今までにない高い戦闘能力を有する未確認種。
計測不能であった数のBETAは既に十万を切る数まで減っていた。
それまで、火纏は螢惑を使用していない。
宣言通り、白刃のみでBETAを迎撃してるのだ。
そんなこと、誰が出来ると思えよう。
まるで現実味のないそれを見れば誰だって失笑モノだ。
しかし、これは現実だ。
たった一機の戦術機が十万規模の未確認種BETAを相手にしているのは紛れもない現実なのだ。

「―――――――――――――――――」

一体、二体、三体四体、五体、六体七体八体九体………
次々に火纏は未確認種に刃を這わして行く。

「――――――」

火纏を操る緋呼は至って静かだ。
ただただその爛々と輝く赤い双眸で未確認種を睨み、追いかけ、その手で殲滅していく。

口はきつく結ばれ、決して開かれない。
ずっと歯を食いしばったままなのだ。
刹那の時もおかずに迫る未確認種の大爪や触手。
それを相対して呼吸をする余裕などあるわけもなく満足に呼吸ができ、声を出せたのは随分前だ。
それも声を張り上げ、荒い呼吸を繰り返したせいで喉も既に焼き切れているし、今口を開いて空気なんぞ通してしまえばそれこそ喉が裂けかねない。

一本の触手の腹が、火纏の側面を捉え機体が吹き飛ばされる。
ぐしゃぐしゃと未確認種も巻き込みながら壁まで転がっていく火纏。

「――――か、は」

失敗。
思わず肺に残った極僅かの酸素を吐き出してしまった。
焼けて裂けた喉の奥から血がせり上がり、口の端から零れていく。

即座に回避行動。
一か所になんて留まってはいたらそれこそ挽肉になってしまう。

その証拠に先程まで彼がいた場所には未確認種が傾れ込み、幾千の棘が降り注ぎ、同族である未確認種すらも串刺しにしていく。

ふぅ、と息を着きたい気分だったが、そんなことを考えるだけの思考能力は脳に残っていない。
酸素を失い、欠乏した脳細胞は今頃断末魔が次々と上げているのだろう。

どろり、と顔の右側に何か温かいものが伝う感触がした。
先程の衝撃でどこかに打ちつけて切ったのか、恐らく血が流れているのだろう。
だがまぁ関係ない。額からは景気よく吹き出して貴重な水分を浪費しているのだろうが、今は今の方が先決だ。

そうら、瞬き一つしない内に目の前は棘だらけだ。

火纏は逆噴射で一気に後退。
開始に引いた境界線ぎりぎりまで下がり、刹那ほどの余裕のできたところで再度吶喊する。

その火纏の機動。
それはどう見ても諌山緋呼の機動ではない。
それは白銀武の機動。
緋村一真が自身を延命させるためにずっと避けてきた白銀武の機動を今、彼は何の躊躇もなく使用していた。
彼の『動作の最適化』
その際に、彼は白銀武の機動を組み込むのを今までずっと避けてきたのだ。
白銀武の機動を彼が使うということは、彼に白銀武という存在を強く認識させてしまい彼の持つ白銀因子を活発させる原因になり、同位化現象を促進することに繋がってしまうのだ。
彼はそれを避ける為に、白銀武の三次元機動を取ることはなかった。
けれど、今それは解禁されている。

つまり、緋呼は現状、武の機動こそ最善だと判断したのだ。
たとえ刻限が刻一刻と迫ろうと、そうしなければここまで奮闘出来なかったのだ。

「             」

血が喉までせり上がり、吐き出す為に絶叫する。
一緒に吐き出された息で血液が泡立ち、ごぽごぽと嫌な音が体を伝い鼓膜に直接響く。

緋呼の身体は既に死に体。
今やただ未確認種を蹂躙する為に活動する機械に等しいとさえ思える。

しかし、彼は人形も機械でもない。

なぜなら、

――――生きる

絶望的な可能性だと知りながらも、願う。
その可能性がとても小さく遠いものだと知りながらも必死に手を伸ばす。

―――生きて、還る

今度こそ、生きて還る。
昔、私はその約束を破ってしまったことがある。
彼女がどれだけ悲しんだのか、苦しんだのか私は知っている。
あの時、真耶から渡された手紙にも書いてあった。
彼女は―――沙耶は、最後まで私が生きていると信じ、こんな私に恥ずかしくない様に最後まで胸を張り、強いられる運命に抗っていたのだ。
ああ、ならばそんな彼女に胸を張って逢えるように、私も精一杯生き抜かねば。
今度こそ生きて還らねば。

―――生きて、約束を守る。守りたいモノを、絶対に守り抜く

守り抜くと共に誓った友がいる。生きて戦い抜くと共に誓った友がいる。
その誓いは絶対に守り抜きたい。
私は約束破りはもうしたくないのだ。

だから、
私はこの異星起源種達を殺し尽くせるのなら、もう何もいらない。
生きて還り切ることが出来るのなら、守りたいモノが守りきれるのなら
ここに全て置いてゆこう。

無言に、血に塗れ、血反吐を撒き散らしながらも緋呼の頭に浮かぶのはそんなことばかりだったからだ。
それしか考えられない、とも言えるのかもしれないが、その心の内に溢れる温かな感情。
そんな感情を抱いているというのに誰が彼を機械だと揶揄できるのだろう。


何万回か白刃を振るった時、とうとう長刀が折れてしまった。
まずい、と思った時にはもう遅く無数の棘と黒い大爪が迫り、火纏の装甲は抉られ、左主腕が削げ落ちた。

「―――――――――――――」

その衝撃にまた吹っ飛んだ。
ぱたた、と血液が管制ユニット内に飛び散って、血痕を刻みこんでいく。

ああ、くそ。
動けよ、身体。
還るんだ、私は。
頼む、動いてくれ。

震える身体。
血が足りないのだと、そんなことはどうでもいい。とにかく動け。

緋呼が懸命に手足を動かそうとし、火纏は残った長刀を杖代わりにして立ち上がろうとする。
しかし、まだ九万以上残る未確認種がそんな隙を与えるわけもなく、立ち上がろうとする火纏に襲いかかる。

どうする、螢惑を使うか?
いや、まだ早い。それにまとまっていない奴らに打ち込んでも期待する程の敵を討ち取れはしない。
どうする、自爆スイッチを押すか?
問題外だ。こんな穴倉で死ぬ気は皆無だ。

ああ、ならどうする。
私は、オレは、俺はどうすればいい?

どれだけ問おうと打開策は閃かない。
けど絶望もしない、緋呼は最後まで心身を活性化させ続ける。




“ああ、そうか。 なら俺を呼べよ、親友。 取り敢えず、そこをどけ――――巻き込まれるぞ”


頭に響いた懐かしい声。
ついさっきまで聞いていた筈の声が酷く懐かしく感じられた。

「――――――――!」

けれど、その声を聞いた時何故か凄く楽になった。
塞き止められていた流れが、解放されて、元の流れを取り戻し回路を満たした様な、そんな感覚。
息を吹き返した緋呼の身体。
緋呼は即座に回避行動をとり、跳躍する。

なに、アイツが取る方法だ。
別に教えられなくとも解る。

つい一瞬前まで火纏がいた場所に未確認種が集まる。
そこは一真が引いた境界線ぎりぎりのところ。
崩落し、瓦礫が積み重なったところの目の前だ。
そこが、一気に吹き飛ぶ。
その爆発に巻き込まれ、未確認種は瓦礫共々ミンチへと化した。

巻き上がる粉塵。
その爆煙から姿を表したのは、傷だらけの純白の装甲を纏った戦術機。
凄乃皇『天狼』――――地上へと送りだした男がそこにいた。


「―――一真! たとえ世界中の誰もがお前を見捨てても、たとえこの世界の神様がお前を見捨てたとしても、俺がお前を見捨てねえ! 絶対に、俺達はぜってぇ生きて還るからな!!!!」

突然飛び込んできたそんな絶叫。
先程まで血と肉と剣戟の音しか聞こえなかった聴覚に飛び込んできた、誰かの声。

「く、はははははははっ。 なんだよ………最ッ高に心強いじゃないか、武」

漸く感じられた痛みに顔を歪ませながらも笑みを湛えて、一真は口を開き火纏は直刀を投擲し、長刀を構え未確認種に吶喊する。

「あったりまえよぉぉおおおおおっ!!」

武も笑みの混じった喊声張り上げ、未確認種に吶喊していく。
握られるのはラザフォード場を纏う長刀と直刀。
不可思議な重力場を纏うその斬戟は未確認種をミンチにして斬り裂いていく。

それでもまだ敵は残り九万弱。
二機の戦術機で相手をするにはまだ遠い。
不敵な笑みを湛えて、死地を翔る紅白の戦術機。

「神奈ぁああ!!」

『うんっ!』

ラザフォード場が変形し背に迫った未確認種へと見えざる手を伸ばす。
ラザフォード場に掴まれた未確認種は奇妙な断末魔を上げ、見る影もなく四散した。

「ァァああああアアァァああアアッ!!」

一真は残る右主腕で長刀を振り回し、武の参戦によって生まれた余裕で直刀に換装。その無骨な刃を投擲し、直線上にいた未確認種を串刺しにする。


肉を裂き、骨を断ち、血肉を四散させ、四肢を削ぎ、首を飛ばし、殺す、屠る、倒す、斃す、滅する、消す、討つ。
持てる全ての手段を投じる二機の戦術機。

腕を吹き飛ばされ、脚を引き千切れられ、装甲を弾き飛ばされ、顔面を抉られて。

無数に迫る脅威にボロボロになりながらも、三人は諦めず未確認種を倒していく。

「はぁ…は、………はぁ……はぁ………」

「ふ、はぁ……は、は………はぁ………」

ああ、けれど、元の戦力差があまりに絶望的過ぎたのか二人は力なく倒れ、荒く呼吸を刻む。

「―――――――――まだ、だ」

「――――――ああ、まだだな」

割れたコンソールの破片が身体に突き刺さり、吹き飛ばされた衝撃に身体の至るところを打ちつけて、体中から血を垂れ流しながらも二人は笑みを浮かべる。
二機が支え合う様にして無理矢理上半身を起こし、襲いかかる未確認種の群を睨む。
二機の手に持たれるのは一門の兵器。

凄乃皇『天狼』が照準を定め、火纏がトリガーを握る。

構えられた螢惑は今か今かとその瞬間を待ち続ける。

「これが最後の一発だ」

「思う存分喰らいやがれ………」

傷だらけの顔を歪めて、二人は不敵に笑う。
その時には既に未確認種は目の前にいた。


「「いっけぇぇぇぇええええぇぇえええっ」」



螢惑の砲口から光が溢れだす。


しかし、その色は螢火色ではなかった。



その色は純白によく似た、白銀。




眩いばかりのその閃光は未確認種だけではなく武たちすらも飲み込んでいく。





―――――――――――――――――た   け るち   ゃ  ん



















白銀の世界の向こう


どこか遠くで、誰かに呼ばれた気がした





























「  ん   ぁ――――あ、く」

まず、そんな呻き声を上げたのはどちらだったのだろうか。

酸素も血も足りていない脳は上手く思考を組み上げてはくれず、ぐわんぐわんと頭を揺らしていた。

「―――な、ぁ……一真ぁ………神奈ぁ…………生きてるかぁ?」

零れる酸素を必死に集めて、言葉を吐く。

『……う、ん。 大丈夫……みたい…………』

返ってきた可愛らしい声。
こちらを安堵させてくれるようなその声は神奈のモノだ。

「ああ、よかった………神奈」

安堵の色を隠さずにそのまま浮かびあがらせた。
けれど、もう一人から返事が返ってこない。

嫌な、予感が過る。

「おいっ、一真! おい、返事しろ!! まさかくたばってんじゃねえだろうなっ!!」

必死な形相で血の混じった汗を弾かせて武は何度も叫ぶ。
何度も叫ぶが返事は来ない。
しかし、一分も経った頃。

「誰に、言ってる……この阿呆」

なんて憎まれ口が返ってきた。

「なんだよ、死んだふりなんて趣味悪いことしてんなよ」

「ウルサイ」

「なんだ? その口のきき方はぁ?」

『もうっ! 二人とも喧嘩はダメェ!!』

周りを見れば、荒れ放題になっているハイヴの穴倉の中、何とも場違いな会話が繋がっていく。

しかし、何故あれだけ残っていた未確認種の姿が無くなっているのだろう。
あの白銀の閃光は何だったんだろう。

そんな疑問は不思議と三人の頭に浮かばない。

それから二人はほぼ大破した機体をお互いに支えながら、歩いていく。

跳躍ユニットはもう破壊され、機体に着いていないし、火纏の片足はない。

二機はゆっくり、ゆっくり、長い長いハイヴを歩いていく。

「なぁ………武……地上は………うまく………やってるかなァ………」

「ああ……やってるとも………この俺に、大丈夫だって言ったんだ………大丈夫じゃなかったら隊長命令で女の子全員隊長にご奉仕の刑み処す………」

「おいおい………奥さんに………ばらすぞ、コノ浮気者………」

一真が笑いながらそう言うと、霞を敬愛する神奈もそうだそうだと声を上げた。

「……うわっ、やめ、やめろって……冗談だから………おじさん、冗談言っただけだからっ」

「まったく………冗談でも言うな…………」

会話はそこで一端途切れ、暫くの間沈黙が流れる。

二人はただ黙々と、ハイヴの中を歩き続ける。

「………なぁ……武………」

「………なんだよ…?」

「…………俺達は……この世界を……救えたのか………?」

「……ああ…どうだろうなぁ………」

「………なんだよ………それ………」

「……とにかく………地上に出ない限り……わかんねぇだろ?」

「………まぁ、確かに…………」

「…………なら、今俺たちに出来るのは信じること、だけだ………なぁ、一真……」

「……なんだ」

一真は億劫そうに、顔を上げて、武の方を向いた。

「みんなを信じきれない程………俺たちがしてきたことは………ちいせえことだったか?」

「……………、いいや。 ああ、そうだった………俺たちは、世界を救うんだもんなァ」

「はっはっはっ。 そうだな、俺たち二人と、みんなが…世界が力を合わせれば、できないことなんてないもんなぁ」

二人は笑い合う。

「なぁ? 俺たち、たった二人で……十万以上のあんなつえぇBETAをぶっ斃しちまうんだもんなァ」

「ああ、俺たち二人揃えば、敵なんていない……絶対に無敵さ………そう思うだろ? お前も」

「…………………ああ」

どれだけ長い道程を歩いてきたのだろう。
漸く、地上に辿り着いた時、地上には月が昇っていた。
BETAが救う、忌むべき悲劇があった星ではあるけれど、こういう時に見上げるのは嫌いじゃあない。

神奈がデータリンクの出力を反転させてくれた結果わかったのはもう既に一日経って、二〇二三年一月一日の夜になっていたということ。

「………ちょっとばっか遅めだけど……明けましておめでとう、二人とも」

今言うべき事なのだろうかと疑問が浮かぶも、ただ言いたかった、それだけの理由で新年を祝う言葉を武は贈る。






生きて、還る

今、身体を動かしているのはたったそれだけ

届く言葉も、贈る言葉もどこか遠くて、どこか他人事のように進んでいく





星明かりに満ちた世界を、二人はまた歩き続ける。

地平の果てに見えるのは、星明かりじゃない、眩い光。

地上にも星はある。


天狼は夜空に一番明るく輝く星であるし、火は人が掴んだ初めての人工の光だ。

今、地平に見えるのはその人工の光。

ちょっと形は違うけれど、その光に濁りはない。


光に人が集まる様に、その光はより大きく輝く為に寄せ集まり、さらなる輝きを放つ。


ああ、あの光の向こうにみんながいる



ああ、還ってきた




約束の成就。


言い表せない、歓喜の情。


光の向こうに並ぶ、みんなの顔はどれも笑顔で


みんな笑って、泣いて、喜びながら、あちらからじゃ見えないのに力いっぱいこちらに向けて手を振っていた


なんと温かい、優しい情景か


ああ、もう十分だ





そこで、男の世界は白濁して、ありとあらゆる感覚が遠のいていく。


もう一度、意識が繋がった時、
私は懐かしい四月の桜の下に幹に背を向けて立っていた。
彼女と初めて逢った、九条の家に咲く桜の下。

こうして満開の桜を見上げるのはいつ以来だろうか。
ああ、満開なのはこの視界も同じか。
そんな下らないことをこんなにも落ち着いて考えれるのもいつ以来か。

まぁ、細かいことはどうでもいい。

私は桜に振り向いて、その向こうに立っているであろう彼女に、声をかける。


どうだろうか。これまで精一杯駆け抜けてきたんだけど、私達の描いた理想を気に入ってくれたかな?


ぎこちない笑顔になっていないか心配だけど、まぁいい。
元より不器用なことか出来なかった私だ。
今さら無理に取り繕う必要もないか。

声をかけた後、そんなことを考えていると……ああ、こういうところはあの男に似てしまったのかもしれないな……
桜の影からひょっこりと、彼女が姿を現した。


「それを決めるのは貴方だよ、緋呼。 貴方がこの景色を見て、どう感じたが……それが今の貴方にとって一番大切なことでしょう?」


懐かしい笑顔。
昔、どれだけこの笑顔に私は救われ、奔走したのだろう。
記憶の中でしか見ることしか出来なかった笑顔が今目の前にある。
それが、それも本当に嬉しかった。


「――――ああ、そうだな………最高の、気分だ…………」


彼女の問いに、素直な感想を答える。
優しい世界、彼女が描いた理想を追って、私が描いた理想。
光の向こうに広がる世界にはまさしく私達の理想が広がっているのだ。


「うん。 私も、そうだよ」


ああ、そうだね。
もう十分だ。
十分、頑張ったよな。


「じゃあ、いこうか……沙耶」


私は沙耶の小さな手を引いて歩き出す。
柔らかい、その手。
沙耶もこちらを見上げていて、いつだったか二人で街を歩いた時の様だ。


数歩進んで………少し、気になることがあることに気付いた。

どうしたのと沙耶に視線で尋ねられた。


「ううん、何でもないよ」


考えたのはあの男。
甘さの捨てきれない、ガキ臭い英雄。
私の救世主。
私がいなくなったあと、あの男がどう思うか。
やはり悲しみ、泣くのだろうか。
そんなことが気になっていた。


まぁ伝えたいことは色々あるけれど、お前なら大丈夫。
私はそう信じているよ。


私達はまた歩き始める。


さようなら、白銀武














がくん、と担いでいた火纏が態勢を崩して、大地に倒れ伏せた。

「………おい、どうした……?」

人工の光が目の前に広がっていて、もうすぐみんなの元に辿り着く寸前だと言うところで起きた異変。
光の下で待つ、彼女達も不審がり、どよめいている。

「おいっ……返事しろよ………!」

再度、声をかけるも何一つ返ってこない。
濃厚に■を雄弁に語る、静寂。
信じたくなかった、嘘だと言ってほしかった。

『―――――』

ざっとノイズが走る。

「―――一真っ!?」

『……………ひっ………ぅう、う………』

しかし、返ってきたのは男の声ではなく、少女の声。

「神奈っ!? どうした、どうしたんだよっ!?」

『一真が………一真がぁ………っ』

泣きじゃくる神奈の声。
武はいても経ってもいられず、管制ユニットを開き荒野へと勢いよく降り立つ。

「――――っ痛ぅ―――!!」

少しばかり勢いが付きすぎて、傷だらけの身体が悲鳴を上げるも気にせず、仰向けに横たわる火纏の元に走っていく。

まるで犬の様に無様になりふり構わず、走る。

火纏の管制ユニットに駆け登り、強制解放のコードを打ちこんで管制ユニットを開く。

「一真っ!!」

解放と同時に叫ぶ。

聞こえるのは、ぴちゃんぴちゃんと滴る、赤い液体の音。
シートに背を預ける形で体を弛緩させ、横たわっているのは、長年戦場をかけた戦友。

「…………ぁ、…ああ………っ」

あまりに濃厚に、雄弁に死を語る静寂。
緋村一真は………笑みを浮かべこと切れていた。

「あああぁあぁぁあああっ」

血溜まりに構わず、管制ユニット内に足を下ろして、武は一真に駆け寄り抱きしめて、泣いた。

ただ悔しくて、悲しかった。
あともう少し、もう少しだったんだ。
作戦も成功して、あともう少しでみんなと泣いて笑って肩を組んで喜びを分かち合おうって時に、何先に逝ってんだよ。

零れる涙も気にせず、武は泣き叫ぶ。

友達と呼び続けて、漸く友達だと呼んでくれた素直じゃない親友。
それを失った悲しみは大きく、心に空洞を開けて、すうすうと風が通って行くのがあまりに辛かった。

それでも、改めて一真の顔を見た時、何となく気付いてしまった。


一真の死に顔は、笑顔だ。

心底満足そうに浮かべられた笑み。

「…………満足、したのかよ……? 一真」

血に濡れた頬を撫で、問う。

答えは返ってこない。
それでも問うてみて、彼のその笑顔が答えてくれた気がした。


“ああ、満足だ”


そんな軽い返事が今にも返ってくるようだ。
けれど、答えは永遠に返ってこない。
それでも、この男がそんな返答をするのは解りきっている。


何故なら二人は――――


「友達だからな…………いいさ、お前が満足したのなら………ちゃんと笑って送ってやる」


溢れていた涙を腕で拭い、武は一真に笑いかける。


一真を抱きかかえ、武は火纏の管制ユニットから躍り出る。
迫ってくるのは何かあったのかと心配してかけてくる軍用車両。
ああ、まったく最後まで心配かけて………かっこつかねぇなぁ。

よっ、と軽い足取りで、武は荒野に足を下ろす。


まぁいいさ。
ちょっと遅いかもしれないけれど、堂々と胸を張ろう。


武は光に向かって歩き出す。
友と誓い合った光に向かって。



「………ただいま……みんな……」



こうして、二人の英雄は出逢い、別れ、世界を救ったのだ。



























あとがき
ここまで読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。
どうも狗子です。
不出来に不満な終わり方ですが、
本SS、第二章、これを以って完結です。
実は三章目もあるのですが、今のところそれを書くつもりはありません。

本当に、すみませんでした。
沢山のご感想、今まで大変励みになりました。
ああ、ちなみに私はユウヤアンチではありませんよ?
ユウヤは普通に好きですし、SS内で彼を死なせたのは
三章の伏線だったり、原作のラストの様な悲壮感を描きたかったから
なんですよね。
バルダートとかの件で解る様に私は好きなキャラを虐めてしまうような人間なので。


気分を害されたのならすみませんでした。

さてさて、かなり出来の悪い終わり方でしたがどうだったでしょう?
特にオリ主である緋村一真(諌山緋呼)についての感想をいただけたらな、と思っています。

それでは、みなさんまたどこかでお会いしましょう。

では、さようなら


すみませんでした。












[13811] 夕呼の落書き
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/19 20:27





薄暗い研究室。
本は乱雑に積み上げられ、研究用の資料はファイリングされた筈なのにバラけて床に散らばっている。
そんな薄汚い研究室の奥、一人の女性の姿があった。
作業の邪魔になっているのか、ボサついてしまう長い髪がうざったいのか
―――どちらにしても邪魔なのだろう、彼女は長い髪を後ろで一つにまとめていた。
眼鏡を通している眼は、切れ目で鋭いが下には隈が出来ていることから
ここ最近満足に寝ていないことがわかる。
彼女の顔には皺が無数に刻まれているも、昔は相当な美人だったことがわかる。

机に齧り付き、書類にペンを走らせ続けている女性―――香月夕呼。

彼女は自身の研究の為にこの部屋にこの数日間籠りっきりになっていた。

だからだろうか。

ふと、息抜きに、何か別のことを考えたくなった。

夕呼は今書きこんでいた資料の端に、つらつらとペンを走らせていく。




















“マシュハドハイヴを攻略してから今年で二十年が経つ。
 まぁ、世界と言えば……そんなに変わったところはないわね。
 特筆すべきこと、と言えば昨年、月ハイヴを昨年完全制覇したということくらいか。
 
 地球を救ったガキ臭い英雄様も、
 がんばったそうだがやはり歳には勝てなかったのだろう。
 月を攻略したのはアイツとやし――白銀霞の子供、大和だった。
 白銀武譲りの戦闘技術の才覚、
 白銀霞譲りの冷静さと頭脳を持った大和は見事月を堕としたのだ。
 ああ、それにしてもまさか大和すらも先生と呼ばれるとは思わなかったわね。
 あの子も白銀みたく能天気なところあるし、そろそろ落ち着けばいいものを。
 
 つい先日、終戦記念日一周年となって、式典には白銀一家も参加したようだ。
 
 
 
 あれから二十年、白銀がこの世界に来てから四十一年
 
 
 こんな風に感慨深く物事について思いに耽ってしまうくらい、私も歳をとり今ではおばあちゃんだ。
 
 
 だから、
 
 
 これから柄にもないことを考えてみようと思う。
 
 
 
 一世紀にも及ぶ長い間、人類の敵として相対してきたBETA。
 BETAの研究は今も続いてはいるものの真に迫れるものは何も得られていない。
 まぁそれは私の専門じゃないから割とどうでもいい事なのだけれど。
 
 最近、思うのだ。
 何故、BETAはこの広い宇宙を彷徨い、旅をしてきたのか、と。
 
 嘗て、重頭脳級は資源を回収し、母星へと送る為……だと言った。
 
 BETAはその為の道具であると。
 
 彼らにとって―――いや、彼らのいう創造主がいう道具というモノがどんなものかは知らないが
 
 ここは、人間らしく考えてみようと思う。
 
 道具なのだというのなら、
 
 何故BETAは、その頭脳を失いながらも活動し続けたのだろう。
 命令の残留、という現象の意味はどういったものだったのか。
 
 創造主とは、いったいどんな思惑でBETAを作ったのか。
 
 
 道具だというのなら、頭脳を失い機能が正常に作動しなくなった時点で
 その活動を停止させ、破棄させるのが自然だろう。
 それでも、BETAは活動し続けた。
 
 何故だ?
 
 そこまで創造主の命令を実行を遵守したかったのか。
 
 創造主というのも、どんな存在なのか。
 珪素系生物というがその生物は
 何万光年先から送られてくる様な資源を期待し、どんな計画を立てたのか。
 
 そんな気の遠くなる様な永い計画を、どうして立てなければならなかったのか。
 
 案外、創造主というモノも万能ではないのかもしれない。
 
 
 だとしたら、BETAへの見方も少し変わってくる。
 
 外宇宙に打ち上げられていたあのユニット
 
 母星に資源を打ち上げている―――と言っていたが、
 あれは実のところ他惑星へと向けられたオリジナルハイヴユニットなのではないのだろうか。
 
 そこから生まれてくる可能性。
 
 創造主も、BETAという存在が手に負えなくなっていたのではないのだろうか?
 
 だから、命令に忠実なBETAに創造主の使いという命令を刷り込ませ
 
 BETAを外宇宙へと追い出したのだ。
 
 BETAは資源を送っていると勘違いし、他惑星にオリジナルハイヴユニットを送り続け、
 
 その活動領域を広げていく。
 
 その結果、BETAは宇宙を旅し、宇宙を侵略する生命体となったのかもしれない。
 
 
 
 
 創造主はそうまでして、BETAを生かしたかったのか。
 
 創造主から見放された狂信者、それがBETAの正体なのかもしれない。
 
 
 詰まるところ、BETAは生き続けたかっただけなのかもしれない。
 
 他の星を、生物を蹂躙してまで
 
 どんな風に変わり果てようとも、
 
 生きたかったのかもしれない。
 
 
 ああ、駄目ね。
 
 
 本当に歳をとったものだわ。
 
 
 こんなことを考えていても仕方ないというのに。
 
 
 これが真実だったとして、どうなるというのだろう。
 
 
 BETAが人類に対する侵略者だということに変わりはなく
 
 絶望的なまでに解り合えないということに変わりはないのだ。
 
 
 人類は―――いや、人類も生きたいのだ
 
 この宇宙のどこかに息づく生命体と、きっと同じ様に。
 
 
 ん?
 この声は………白銀ね。
 まったく、あいつもいい歳してせんせい先生いうのはどうなのかしら。
 まぁ、ここだけの話
 私もそう呼ばれるのは気に入っているから別にいいのだけれど。
 
 
 さて、私が言いたかったことは、というと
 
 
 案外、地球で起きたこの戦争は
 広い宇宙の端で起こった
 悲しいすれ違いの果てに起きた悲劇なんじゃないか、ってこと。
 
 
 
 ホント、柄にもないわね。
 
 
 
 
 それじゃあ、呼ばれていることだし
 
 
 そろそろ、行くとしましょうか”
 
 
 
 
 
 
 ペンを置いた夕呼は重たげに腰を上げ、
 研究室の扉へと、向かっていく………
 
 その口元に浮かんだ皺は、
 
 
 重ねた歳ゆえか
 
 
 
 それともいま彼女が浮かべている笑みゆえなのか
 
 
 
 
 
 その答えは彼女しか知らない。













あとがき
夕呼を通して私が考えてみた
BETAの正体です。

創造主云々ではなく
実はこんな感じじゃないかなぁと。

生きたいだけ

ただ生きたかった

生命体間の争いなんて
案外こんなものかもしれませんよ?



[13811] 過去話『緋呼・其の一』
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/09/03 13:12





見渡す限り白銀色。
視界を埋め尽くすその純白は、未踏の雪原を一望したかのよう。
ただの景色と違うのは一切の不純物を含んでいないというところだろうか。
景色というものは、街並みや季節、時間など様々な要因が折り重なったものをいう。
同じ場所でも、時刻や見方を変えるだけで違ったものが見えてくるといった趣が人に様々な感動を与える。
だが、いま目の前に広がる景色は余す所なく白銀色だ。
足を着けた大地も、見上げた空も、遠望の先も、白銀一色。
それは今まで見たことのない景色で、通常ならば決してあり得ないものだ。
けれど、不思議と不安はない。
むしろ安堵したほどだ。
あたりを包む白銀色はとても温かく、やさしく感じられた。

だからだろうか。
私は何の迷いもなく、彼女の手を引いて先へと歩き始めたのだった。

視線を前から端に落とす。
目に映るは、緩やかに揺れる黒髪。
その長さは相変わらずで、腰をゆうに過ぎている。
肌の色も相変わらず白く、総じて彼女から受ける印象はおとなしいというもの。
しかし、その実、お転婆なところもあるのだから、なかなかどうして人というものは見た目じゃ判断がつかないものだ。
金色の眼は正面に向けられており、そこに不安の色はない。
着物の袖から伸びる細い腕はこちらに伸びていて、この手と結ばれている。

彼女の名前は九條沙耶。
そして私の名前は諌山緋呼。あるいは緋村一真。
二人はこの白銀色の世界において、唯一の不純物だった。

「――緋呼」
「うん?」

隣を歩く沙耶の窺うような声に私は視線を彼女へと移した。

「どうかしたのか?」
「ううん。 特に何かあるってわけじゃないよ。
 ただ、こうして二人で歩くのが嬉しくて、声をかけてみただけ」

金色の双眸が眩しそうに細められて、こちらへと向いた。
私も彼女に視線を向けていたため、必然的にその視線は交わった。
金と緋。日本人として、あまりに特異な色彩が空中で溶け合う。

「…そうか。 でも、沙耶。 前にも言ったろう? 私の前くらい無理はしないでくれ」

私は溜息交じりにそんなことを言った。
けれどそこには先の彼女の言葉に対する嬉しさが滲み出ていて、どうにも照れ隠しのようにも思えた。

「ふふっ。 そんなこと言われても困るよ。
 私のこれはもう癖のようなものだから、自然とそうなっちゃうの」

私の小言をさして気にした様子もなく、沙耶は楽しそうに言う。
沙耶の金色の眼は相変わらず私の眼を見ているけれど、実際に二人の視線が交わっているわけではない。
九條沙耶は生まれ持ったその金色の眼のせいか、生来の盲目だ。
そんな彼女は九条家の――父・秋久の期待に応えるべく、物心ついた頃から五歳の頃、
盲目であることが周りに知られるまでずっと眼が見えるふりをしていた。
その頃の癖は今も残っており、彼女と相対した者は本当に盲目なのかと首を傾げていたものだ。
ただ、私はその癖が気に入らなかった。

「それは知っている。 けれど、必要がないのならそんなことはするべきじゃない」
「あ。 …緋呼、忘れてるんだ。 少しショック」
「……忘れてる? 私が?」

わずかに眉間に皺を寄せた沙耶に、私はたじろぎながらも辛うじて言葉を返すことが出来た。
一度記憶を失った経験があるだけに、“忘れている”という言葉には敏感になってしまう。
それが彼女に関することなら、なおさら。

「前にも言ったよ。 私がまだこんなことをしてるのは確かに癖もあるけど、
 本当は人とちゃんと向き合って話したいからなんだ、って」

そう言う彼女はどこか寂しそうで、嬉しそうだった。

「ああ。 そういえばそんなことも言っていたか」

今の彼女の表情を見て、今となっては遠くなってしまった過去のことを思い出した。
確かこれを聞いたのは、二人で街を歩いた時だったはずだ。

「ちゃんと思い出せた?」
「ああ、思い出した。 というか前にも言ったと覚えていたのに失念してるとは…我ながら薄情なものだ」

そう言って私は肩を竦める。
彼女と手を繋いでいたため、片方の肩が上がりきらず少々不格好な仕草になってしまったが。
横ではそんな私の気配を察してか、沙耶がくすくすと笑みをこぼしていた。
む。何がそんなに楽しいのか。
大切な思い出を忘れていて申し訳ないと思っていたというのに。

「ふふ……緋呼、変ったね」
「…そうかい?」
「うん。 前より穏やかに、柔らかくなった」

沙耶は本当に嬉しそうに、我がことのように喜んでくれている。
それがなんだか、こそばゆくて、私は空いている方の手で頬をかいた。

「やっぱり…白銀武様のお陰?」
「あいつに様なんて付けなくていい。 武なんて、呼び捨てで十分だ。
 ……それに、あいつだけのお陰じゃないよ。
 私は本当に多くの人に助けられて、救われた。 多くの人に出逢い、君の言うとおり変れたのだと思うよ」

その言葉に嘘はない。素直にそう思える。
ああ、こう言ったところも変化と言えるか。
私の回答を聞いた沙耶はまた嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
こうして彼女が隣で笑っていてくれる。それがどうしようもなく嬉しい。

「ふふふ。 本当に変ったね。
 そういえば、こうして落ち着いて二人きりで話すのって何回目になるかな?」
「……先ほどその時のことを忘れていた私にそれを聞くか?
 私の記憶が正しければ…三回目、といったところだ」
「………そっか。 私たち……二回しか、こんなふうに話せなかったんだね」

恐らく“私たち”の言葉の後には“生前”という言葉が入る予定だったのだろう。
そして二人が生きていた時代に、“こんなふうに”お互いの地位や世界のことを
気にせず話せた回数が二回しかなかったということが、沙耶の表情に影を落としていた。
なにせ、彼女と話した話題はお家についてのことが殆どだったし、
私も自身の心の内をそう明かす方ではなかったし、
一応侍従として仕えていたのだから、そうそう地位を無視して話すことなど出来なかった。
今思えばなんと青臭いことをしていたのか。
いや、彼女の気持ちに勘付きながらも、自分の気持ちに気付けなかった私こそ青かったか。

「でも、今はこうして話せているだろう?」
「えっ?」

足を止めて彼女の前に立つ。
その困惑の声は急に解かれた手に対するものか、急に止められた歩みに対するものか。
私の言葉の意図を掴み切れずにあげられた声なのか。

「今、私たちはこうして三度目を話せている。
 たとえこの時間が泡沫の夢であったとしても、今の私にとってこれほど幸せなことなどないよ」

解いてしまった手の変りに沙耶の頬を撫でる。
彼女は目を閉じて、頬を撫でる私の手に自分の手を重ねた。

「うん、私もだよ。 また緋呼と話せて…嬉しい……」

重ねた手を握り、彼女はそう答えた。
それから暫く、私たちはそのままお互いに身を委ねていた。
そして、俯き気味だった顔を上げて、沙耶は思いついたように口を開いた。

「ねぇ、今まで緋呼はどんな人生を歩んできたの?」
「どんな…?」
「うん。 緋呼がどんなものを見て、どんな人と話して、どんなことを聞いて、何を思ったのか。
 貴方のこれまでを、私は知りたい」

頬を撫でていた手を取られ、握り締められた。
正直、知ってるんじゃ?――とも思ったが、それを言うのは無粋というもので、
彼女も私の口から聞いてみたいのだろう。

「ああ、わかった」
「やった!」

はっきり言って私の生涯なんて面白くもなんともない。
つまらない話だろうが、他ならぬ彼女の頼みだ。

「じゃあ、ほら。 ここに座りな」

先に白銀色の不可視の大地に腰を下ろして、ぽんぽんと大地を叩く。
しかし、よくよく考えてみると不思議な空間だ。
白銀一色に染め上げられて、何もないように見えるのに歩けるだけの足場がちゃんとあるのだから。
それでいてその足場が見えないものなのだから、
傍から見れば宙に腰かけたり、宙を歩いたりとなんとも奇怪に映ることだろう。

「…? 座るの?」
「ああ。 落ち着いて話したいんだろう? なら、歩きながらじゃ片手間になってしまうし……
 なにより、知りたいと言われたのだから、ちゃんと聞かせてやるのも筋というものだ」
「そっか……。 それじゃあ、お隣失礼します」

そう断ってから沙耶は私の隣に腰を下ろした。
まるで寄り添うように近い位置に座られたが…まぁ、沙耶だし気にはならない。

「それじゃあ、どこから話すとしようか―――」

そうして、私は遠い遠い過去を思い浮かべた。











未だ太陽が顔を覗かせない頃。
東の空は着々と白み始め、鳥や動物たちは一足先に今日という日を開始する――――

草木を掻き分けて、あるいは群生する木々の枝葉の間をすり抜けて。
鬱蒼と生い茂る木々たちや、生息する虫や動物たちを観察しながら、
何の迷いもなく少年は足を進める。
黙々と歩き続ける少年は、とんとんと軽い足取りで
土を踏みしめ、木の根から木の根へと飛び移ったり、
まるで一歩一歩を楽しむ様に、一歩一歩戯れる様に歩いていた。
軽い足取り――大人でも幾らか辛い悪路を、いや、道とも言えない山道を軽快に進んでいく。
そこは少年の家の裏手の方にある山の中――深く木々が生い茂る森の中だった。
大人でも堪える道とも言えない道をすいすいと進めるのは、
少年にとってこの山は物心ついた頃からの遊び場だったからだ。
他にも遊び場として制覇した山はあるが、今日はこの山だった。
森の中、山の中は少年にとって昔からの遊び場だ。
少年は野山や海岸などといった自然が好きだった。
好きという言葉はやや語弊があるかもしれないが、有体に言ってしまえばその言葉が一番最適だ。
人間にとって自然というものは切っても切れない関係である。
この星に住まう生命として共存しているのだから当たり前とも言えるが。
少年にとって自然に囲まれた山々や野原、海岸は遊び場であり、もうひとつの学校だった。
たとえば、遠くから見れば長い間さして変化のないこの山だが、
昨日と同じ道を通ったにも関わらず、見つけられるものは毎回違っていた。
それは芽から成長した草木だったり、縄張りを広めようと遠出してきた動物だったり。
見慣れない実をつけた木の発見だったり、始めてみる花の発見だったり。
目に映る自然。見るもの全てが新鮮で、新たな発見の連続だった。
だから少年にとって、こういった自然に囲まれた場所というのは、総じて遊び場であり学校だ。
ゆえに、こうした散歩は日課になっていった。
今もその日課の真っ最中。
少年は楽しくて楽しくて、笑みを浮かべながらどんどんと山を登っていく。
目に映る全てが楽しくて、疲れなど知らずにずんずんと進んでいく。
――少なくとも、昨日まではそうだった。

目的地である山頂に辿り着いた時には、空は白み切り既に東方は赤く燃えようとしていた。
濃紺から青へ。灰色から白色へ。白から黄金へ。
日の出とともに空に映し出されるコントラスト。
人の歴史が始まってからこの日まで、きっとこれからも、人の心を魅了し続ける色鮮やかな色彩。景色。
物心ついた頃から見てきたその景色。絶景。
少年は、じっと眺めながら、ぽつりと呟いた。

「―――ああ、やっぱり。 ……もう、つまらないや」

くだらないと吐き捨てるように、どうでもいいことのように、こぼした言葉通りつまらなそうに、
少年――諌山緋呼は、見慣れた景色に背を向けて、その場を後にした。



当時の私は、“とりあえず”家にあった本を読み漁り、
“暇さえあれば”野山を駆け回るというある意味極端な生活を送る子供だった。
興味を惹かれなかった惹かれた分け隔てなく、
何でも調べて学んで試して取り組んで、知って身につけ、修得することが遊びだった。
そう、“遊び”だ。
知らないものを知るのが楽しくて。
解らないものを理解するのが楽しくて。
身に付いていない術を身に付けるのが楽しくて。
なすことの過程を楽しむためだけに、どんなことにでも手を出していた。
だから“遊び”。
つまらなくなれば止めるし、飽きてしまえばそれまで。
私にとって、この行為はそれだけのものだった。
だから、この後、我が父・総士が剣を学ぶ気はあるかと聞いてきたことは、私にとって僥倖だった。



「―――緋呼。 そろそろ火を止めてくれる?」
「はい」

棚から食器を出す作業を中断して、緋呼は言われたとおりコンロのつまみを捻り、火を消した。
コンロに掛けてあった鍋。
その蓋を開けると、朝食の定番である味噌汁。
一度かき混ぜてから、掬いあげ小皿にとって味をみる。

「どう? 美味しい?」
「はい。 美味しいです」
「ふふふ。 よかった。
 じゃあ人数分お椀によそって運んでおいて」

トントンとリズミカルに小気味の良い音に紛れて、先程と同じ女性の声が届く。
再度、緋呼は「はい」としっかりと返事をし、良い匂いを漂わせる味噌汁をお椀によそっていく。

「お母さん。 他に手伝うことはありますか」

現段階で言われた作業を終え、緋呼はその女性――
纏った藤色の着物の裾を捲くり、手拭いで止めて、
肩のところで切りそろえられた黒髪の襟足を紐でまとめた――彼の母である、諌山椿姫に尋ねる。

椿姫は緋呼の声に自らの作業の手を僅かに緩めて、彼に顔を向けた。

「あら――随分、早く出来るようになったね」
「毎日手伝ってますので」

淡々と返された返事に椿姫は「そうだね」とはにかんだ様な笑みを零して思案顔になる。
恐らく次の手伝いの内容を考えているのだろうが――その時間も、緋呼とっては手持無沙汰だ。
緋呼は纏った着物の袖を弄りながら、落ち着きなくそわそわしていた。

「……ん。 緋呼は飲み込みが早いわねぇ。
 ふふ、教え甲斐がないなぁ」
「あ、えと…すみません…」
「ええ、謝ることじゃないのよ。 それはとても良いことなんだから。
 緋呼にはきっと、お料理の才能があるのね」

しゅんとしてしまった緋呼に、「お母さん嬉しい」と微笑んで、椿姫は次いで言葉を紡ぐ。

「そうね。 緋呼もただのお手伝いじゃ物足りないようだから、今晩からはお料理に挑戦してみましょうか?」
「――はいっ、やってみたいです」
「ん、よろしい。
 じゃあ、今は外のお花に水をやってきてくれるかしら?」
「はい、わかりました。
 あ、でも…お父さんは起こさなくていいんですか?」

暗い表情から、一転して明るい表情へ。
ころころ表情を変え、素直に喜怒哀楽を映し出すのは子供の美徳だ。
椿姫はほうっと溜息を吐いて、我が子を慈愛の目で見やる。

「総士さん――お父さんは、もうすぐ自分で起きるだろうから」

大丈夫よ――と告げると、こくんと頷いて緋呼はぱたぱたと玄関へと掛けていった。
その歳相応の様に、椿姫は再度溜息を吐く。
思い浮かべるのは今朝、いつものように家族の誰よりも早く起きた我が子。
毎日のように通っていた裏山から帰ってきた緋呼と鉢合わせになった時の緋呼の表情。
人形の様な、顔。
それは人形の様に整った顔、という意味合いではなく、
人形の様な、凍てついた無表情といったモノ。
無感情に、無感動。
そんなことを彷彿とさせる我が子の表情に、彼女はぞっとした。

「なんて……不甲斐無い……」

ぽつりと、椿姫は呟く。
それは自身に向けた言葉だった。
我が子に怯えるなんて、母親にあるまじきことをしてしまった自分への叱咤。
一瞬でも恐怖した自身に対する戒めだった。

「――おお、良い匂いだ。
 今日の朝飯も絶品なようだ」
「――――っ」

突然飛び込んできた声に、椿姫の肩が跳ねる。

「…総士さん、おはようございます」
「あい、おはよう」

返ってきた陽気な挨拶。
椿姫の立つ台所と廊下を繋ぐ襖の方を見てみれば、ぼりぼりと頭を掻き、欠伸をしている男の姿が。
非番だからかだらしなく伸びた無精髭をそのままに。クセの目立つ茶味の浮かぶ黒髪をした男。
緋呼の父であり、椿姫の夫――諌山家九代目当主総士がそこにいた。

「総士さん、どうかその様なだらしのない格好を緋呼に見せないであげてくださいね?
 あの子は貴方を尊敬しているのですから」
「むぅ。 朝から嫁に小言を言われるとは…」
「それは総士さんが相も変わらず、朝に弱いからでしょう?
 ……緋呼が花の水やりから戻ってくる前に、顔を洗っておいて下さい」
「あいあい。 それで…お前のその表情が暗いのは何でなのかな?」

だらしのない表情のまま――それでも眼光鋭く、総士の目が椿姫を射抜く。
切り替えたつもりだったけれど、気付かれてしまったか――と、椿姫はばつの悪そうな顔をするが、
総士は至って平然と、それも世間話とでもいうような気軽そうな様子のまま、さらに口を開く。

「…緋呼の、いつものアレか?」

平然としたまま、総士は当然の様に尋ねた。
そう、緋呼のあの表情は今に始まったことではないのだ。
物心つく前から、彼は物憂げに、無表情に、ぼうっとしていることが極稀にあった。
それは一人でいる時が大半で、自身以外の誰かの存在を知ると、途端に霧散してしまうけれど。
どうしようもなく、その表情は幼い子供が浮かべられるモノではなかったのだ。
それに合わせて、貪欲なまでの知識欲。
片手で余る歳の子にも拘らず、緋呼は既に親の蔵書にまで手を出していた。
異様に異質。
変わり者を多く輩出してきた変わった家柄の諌山家の中でも、彼は飛び抜けて変わり種に見えた。

「ええ、今日は少し…顕著に見えました」
「ふぅむ」

椿姫の歯切れの悪い返答に、総士は髭を撫でながら考え込むように唸る。

「ま、そう気に負うこともないさ。
 アレは追々判断することにでもしておこう。 ただ早熟なだけかもしれないしな」
「そう、ですね…。 わかりました」
「おいおい。 そんな顔をするな。
何はどうあれ、あれはすくすくと健康に育っているんだ。 親としてこれ以上なく喜ばしいことじゃないか」
「……ふふ、そうですね」

総士の言葉に椿姫は屈託のない笑みを零す。
そう。夫の言うとおり、気に負うことではないのだ。
息子に向ける愛情に、ただの一片の嘘はない。
ならば、手を貸し導き、その行く末をただ見守るのも親の務めなのだから。
椿姫は朝食の支度を終え、出来上がった料理を皿によそっていく。

「ああ。 そうそう――」

会話に一段落が付き、この話は終わりだとお互いに落着したと思った矢先。
総士は洗面台に向かっていた足を止めて、椿姫に向かい、振り返った。

「――そろそろ、緋呼に道を選ばそうと思うんだけど…どう思う?」
「随分、早いですね…。
 上からの指示でしょうか?」
「うん、それもあるにはある」

総士は振り返った顔を正面に戻して、そのまま言葉を繋げる。

「……時代が時代だしね、揺れている時間はそう無いかもしれない。
 ま、今回は道筋をある程度提示させるだけにするつもりなのだけれど、それがどう転ぶかは解らない」
「あの子はまだ四歳ですよ? 些か性急が過ぎると思いますが」
「うん。 でも、それだけの土台は、もう出来ていると思うんだよ、緋呼は」

不安と信用。
我が子に向ける感情は、二人としても同じだ。
いや、他の家ならば、生まれた時より役目を担う者もいるのだけれど。
とうとう諌山の家も、そういった枠組みに固められる時が来たのかもしれない。
総士の言うとおり、揺れている時間が――揺れていられる時間は、そうないのかもしれないのだから。
迫る脅威に対する為に、早急に地盤を固めようとするのも道理なのだろう。
総士は「何より――」と前置きをして――けれど、そんな思惑を一切感じさせない陽気な声で、

「お前みたいに、あいつに何かを教えたいんだよ、俺も」

なんて言って、洗面台のある個室へと姿を消して言った。
椿姫は、そんな夫の不器用な愛情に、くすりと笑みを零した。



朝食を終えた後、総士、椿姫、緋呼は家にある道場に来ていた。
穏やかな太陽の光が窓から差し込み、三人を照らすが、中は少し薄暗い。

「――緋呼。 最近、どうだ? 近所の子とは仲良くやっているか?」

暫くの沈黙。
破ったのは総士のそんな言葉だった。

「…? はい、良くして頂いてます」
「そうか」
「??」

緋呼は突然の問いに戸惑いながらも答えるが、あまりに短い返答に、さらに戸惑いを浮かべた。
道場に呼ばれて、三人座しての話というから
重大な話なのだろうと幼心に察していた彼にとっては拍子抜けといったものだった。

「総士さん?」
「ああうん。 ………ゴホン。
 なぁ、緋呼――――」
「はい」
「剣を取ってみないか?」

椿姫に促された総士の、率直な言葉。

「……剣?」

戸惑ったままの緋呼の幼い声。
別に剣が何なのかと問うたわけではない。
その言葉の意味を、その問いの意図を問うた、問い返したのだ。

「ああ。 今日よりお前に剣を教えようかと思う」
「ただ、それはあくまで選択肢のひとつとしてね。
 諌山のお家が、五摂家に長く仕えてきた武家だというのは…知ってた?」
「…はい」

五摂家――斑鳩、煌武院、崇司、九条、斉御司からなる日本帝国議会上位執政機関元枢府を構成する最上位の武家。
諌山家は、大政奉還より今の世までそれに仕えてきたお家の中の一つだ。
緋呼は今までの教育と、自らが開いた書物からそれを知っていた。

「昨年、煌武院と九条にそれぞれ――一人、ご息女が生まれた。
 それによって九条から侍従として仕者を迎えたいと打診を受けた。
ま、それ自体はどうとでもなるのだけれど……これを機会に、と思ってな」

ちょうどが良い――と付け足して、総士は言葉を区切った。

「別に今から侍従として道を定めろ、というわけじゃないのよ。
緋呼はいま色々勉強が楽しいみたいだし、道を一つに絞ることはないわ」
「はぁ…」
「総士さん――お父さんなんて、十五の頃に漸く今の道を選んだくらいなのよ」

うんうん――と総士は椿姫の言葉に頷いてみせる。
椿姫の言うとおり、総士が侍従として九条家につくべく修練を積み始めたのは十五の時だった。
それまでは一般家庭と同じ様に――とまではいかないが、好きに過ごしてきたわけだが、
それでも修行を修めるまでにかかった時間は、それに反比例するように短かった。
総士の父――緋呼から見れば祖父――は、武官ではなく武術を修めているわけではなかったため
殆ど独学で修めたのだから、その吸収力は折り紙付き、と言えるだろう。
自身の道は自身で定める。
それが諌山家の方針であり、習わしだ。

「なぁ、緋呼。 お前はどうしたい?」

剣を取ってみたくはないか、とは総士は続けなかった。
そう続けるのは、家の習わしに反していると思ったからだ。
四歳という幼い子に、道を提示するという時点で反しているわけだが
――子は手探りにでも、自らの手で世界というものを知り、道を選択すべきなのだから――
それでも最後の一線だけは、守りたかったのだ。
現状、日本は脅威に迫られている。対策を――迫られている。
その余波は、先ず武家に来ている、というわけだ。

「………あ、ぅ…」
「決めかねるか……ま、当然だな」

首を傾げる緋呼を見かね、総士は立ち上がり道場に掛けてあった日本刀を一振り、手に取った。
後に緋呼が知ることだが、諌山には家宝――伝家の宝刀とも言うべきか――象徴とも言える武具は無く、
この時総士が取った刀も無銘のものだった。

「判断材料だ。 今より剣というものがどういうものかを見せる。
 ま、それで後々決めていけばいいさ――」

剣を構え、総士は動作を開始する。
それは、構えては宙に向けて斬り抜く――という動作の連続。
ただ黙々と、総士は我が子の前で、己が剣技を披露する。
椿姫の隣に座る緋呼に、それはどう映ったのだろうか。
先ず緋呼は、それに目を奪われた。
総士の振るう剣は、流麗で淀みなく濁りなく、相応の楽曲に合わせれば、それはとても美しい剣舞にもなるだろう。
一振り一振りに集約されたその技術。
それがとても綺麗で、目を奪われた。奪われていた。
十分ほどだっただろうか。
総士は刀を鞘に納めて、緋呼に向き直る。

「――これが、三代目当主の指南書、第四節にあった技となるわけなのだが……。
 どうだった?」
「総士さんの格好の良い姿を久々に見れて、満足です」
「………………」
「……緋呼?」

緋呼はただ呆然と、剣舞を終えた総士を見つめたまま、何の反応も示そうとしなかった。

「緋呼」
「……っ」

総士が緋呼のまだ細い肩を叩くと、そこで漸く反応が返ってきた。

「どうかしたのか、緋呼?」
「あ、いえ……」
「大丈夫? どこか具合悪い?」

いきなり呆けてしまった息子を、二人は心配するが、
次の瞬間には息子は――緋呼は爛漫に顔を輝かして――

「お父さん。 どうか僕に剣を教えてください」

今まで見たこともないような、とてもとても楽しそうな笑顔で、二人に懇願した。
それはさながら、新しい玩具を買って欲しいとねだる子供の様に。



それから三年の月日が経った春。
諌山緋呼が七歳となった春。
緋呼は総士に連れられて、とある武家屋敷を訪れていた。
訪れた屋敷は、諌山の屋敷よりも大きかった。
いや、比べること自体おかしな話なのだけれど。
武芸を習い始めて三年経ち、初等科に入学したといっても
未だ子供である緋呼は、屋敷の荘厳さに圧倒されるばかりで、どうにも正常な判断が下させなかったようなのだ。
同じく、自分がこの屋敷を訪れるという意味も、彼はよく解ってはいなかった。
迫りくる脅威に対抗する為に、日本という国を守る為の地盤固めの一環だということも
――早々に役目を定め、それに対する責任感、自己意識、英才教育を確立。
教育機関方針改正が議論されている中、五摂家を含めた武家は、先んじた対策として
後々担う役目に子供を慣らしていこうと考えた。
つまりは限定的ながらも有事における人員確保の一端として、すでに目星をつけ始めていた――
この時の彼には、知る由もなかったのだ。
だから、緋呼は屋敷の門をくぐり抜けた先にある庭園に生えた、春爛漫と咲き誇る桜に、ただただ目を奪われるばかりだった。
四月も半ばを越えた現在。
桜は咲き誇り、その花弁を散らし始めているわけだが
風に舞い、宙を漂う桜色は、とても幻想的に見えて、印象的だった。

「――よく来てくれたね、諌山の」
「ご無沙汰ですね、秋久様。 今日は御邸にお招きいただき有難う御座います」

だから、

「倅の緋呼です。 どうか顔を覚えておいてやってください」
「ほぉ。 貴様には似てないね。
 どうやら奥方似の様だ。 いやいや、この子にしてみれば幸いか」

だから、私はこの時の出逢いを、きっといつまでも忘れることはないのだろう。
この時の景色が。
景色とそこに佇む少女が、とても絵になっていたから。
その姿が、とても幻想的で、印象的だったから。

「沙耶――こっちにきなさい」
「はい、父上」

そして、私達は対面する。

「――九条沙耶と申します。 貴方のお名前は?」

一九八八年四月一六日。午前十時四十四分。
諌山緋呼は青空の下、桜吹雪の中、萌える草木の上で。
九条沙耶との邂逅を果たす。











あ と が き
当時、緋呼七歳。沙耶四歳。
四歳相手に何を言っているのか、一真くん。

全五話くらいの短編です。
一気に上げようかと思いましたが
とりあえず、さわり程度に。



[13811] 二章打ち切りのお詫び【追記】
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/07/23 00:50
ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございます。
そしてごめんなさい。

本SS、『Muv-Luv Alternative Encounter in fairy tale.』は
先日投稿した三十話で打ち切りにすることを決めました。

理由はいくつかありますが、
その最たるものとして、私自身がやはりこの物語は一章で終わってしまったなと感じてしまった
ということが挙げられます。

今後、そんな気持ちでダラダラと更新を続けても
話が平坦なものになってしまい、私としても満足いくものではなくなってしまうと考えたからです。

勿論、二章でもやりたいことは沢山あったため
後悔も残ってしまいますが。

誠に勝手ながら、ここでこの物語は打ち止めです。
応援して下さった方々、本当にありがとうございました。

そして、すみませんでした。




この作品を消した方がいいというのなら、消しますので。



では、またどこかで。










追記分
さて、無様ながらにも
二章が終了しましたので
色々お話を。

このSSを書くに辺り
私がやりたかったこと
というのは
私が思う白銀武という
人物像というか
英雄となった武の英雄像や
社霞の成長や
オリ主である緋村一真が
白銀武と出会い
自分が抱えることを
どう飲み込んでいくかや
BETAの在り方
といったモノなんですよね。
(本編で入れ忘れましたが
クリスカに
「じゃんけん―――死ねェ!!」
と言わせる予定もあったり)


まず武について
終わりまで・Ⅰで書いたとおりのことが私の思う武像です。
武は本来利己的で我儘で楽天家で快楽主義者なところがあり
でも誰にでも優しく、情に溢れているといった人物。
しかし、世界の終りを見て世界の為に何かをしようと
努力し始めるわけですよね。

世界が救われることと武が世界を救うというのは
また別の意味ですがそこはご愛嬌という事で。

身に余る願いをもった男の子が
それでも、我儘に世界を救うんだ―って
頑張る姿を書きたかったわけです。

ある意味、永遠の男の子
それがこのSSでの白銀武像です。


霞の成長について
作中最早別人でしたよね(笑)
取り敢えずポニーは外せませんでした。
武と過ごして
霞は本当に女の子らしくなりました
とそんな感じに書いてみました。

ボーイミーツガールならぬガールミーツボーイ。

あとは母親というモノを知らない
霞が見せる母性というもの。
神奈の時の霞がそれです。
霞が成長したらそれはもう
何事も包みこんでしまう様な
包容力を身につけ、底抜けに優しい女性に
なるんだろうなぁ、と
妄想した結果があれだよ!
あとは一真の良き隣人みたいな?


緋村一真について
武と友達になれる様なキャラ
というのを完全に失念して構築したキャラ。

まぁ一真の役割は武をオルタ世界に
繋ぎとめるのが大半でしたので。
ちなみに彼の性格像や生涯のテーマソングは
『sprinter』だったりします。

二章ではエドガーさん関係のこと。
彼の根幹に関する話がありましたね。
序章からの伏線。
かなり最後の方で回収される予定でした。
あと最後、一真の一人称がオレから俺に変わったのは
同位化現象が完全に終わったってことだったり。
一真が地上に上がって光を見れるところまで
生きていたのはちょっとした奇跡だったというお話があったり。




それでは、打ち切り後も
感想を下さった方々ありがとうございました。
このSSを読んで下さった方ありがとうございました。


それではまたどこかで。



[13811] Last Encounter ~The world~
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/08/10 22:27









―――ずくん、ずくん

脈打つ心臓。体中を駆け廻る血液と並行して、体のあちこちで悲鳴が上がる。


―――痛い

それが水面下から浮き上がる意識で、最初に認識した事。
その次に思ったことが、自分は生きているということ。
痛みを感じるだけの生命と、それを認識できるだけの身体があるということだ。

身体を這い回る痛みは、鈍痛とも鋭痛とも取れない――ならば両方なのだろう。
ついさっきまでコンソールだの何だのに身体を打ちつけたり、その破片が突き刺さったり傷だらけになっていたのだ。
生きている――というのは大変嬉しいのだけれど、それを感じさせる鼓動がこうも痛覚を刺激するというのは何だか皮肉じみている。

「あ   く、 ………ん」

痛みが走る身体を動かすと、勝手に口から声が漏れた。
何だか酷く懐かしい声を聞いた様な気がしたが、鼓膜に届いた自分の声が完全に意識を浮上させ、そのことを頭の片隅に追いやってしまった。

「―――ッ!!」

勢いよく身体を跳ね起こす。
しかし上半身が跳ね起きたというのに曲げられた腰の角度はあまりに小さい。
ああそうだった。今自分が腰かけているのは戦術機の管制ユニット内のシートだ。
自分はいつの間にか気を失って、座席に身体を預けていた。

段々と明確になっていく記憶。

そうだ、そうだそうだそうだ。
おれは、俺は―――さっきまでハイヴ内で戦っていて、
アイツと共にBETAと戦って、最後に――――――

真っ白な、白銀色に……飲み込まれて―――――


「―――っくそ!」

気を失っていた、そのことの重大性に漸く気付いて、毒づきながら身に着けていたヘッドセットへと手を伸ばした。
手首辺りに鈍痛が走った―――操縦桿を握っていた時変な風に捻ったか―――いや、今はそんなことどうでもいい。

「―――一真っ! おいっ、返事をしろ、一真! 神奈もっ! 応答してくれ!!」

声には明らかに焦燥が浮かび上がっていた。
しかし、そんなことに構ってなんていられない。
焦る気持ちを制することは出来ていないが、身体に染みついた衛士としての記憶が同時に行動を起こしていた。
ヘッドセットに当てられた手とは反対の開いている方の手でコンソールを叩き、外部の映像を映し出そうとする。
視界の端に映り込む自身の腕には何本かの切り傷が走っていて、未だ血が滴っている。
よかった。気を失っていた時間はそう長くないらしい。

「―――おいっ、一真! 神奈! ……っ、こちらシリウス1! アレース1及びシリウス2、応答せよ! 繰り返す、応答せよっ!」

何度も声を張り上げ、指はコンソールを叩き続ける。
おかしい。何の反応もない。
そう、何の反応もないのだ。
返事が来ないのではない、映像が映し出されないのではない。
根本的な理由として、自分が乗っている戦術機のシステムが完全に落ちているのだ。

「―――神奈に、何か……あったのか!?」

この戦術機のシステムを制御している彼女と、“アレ”
システムが機動しないのは彼女達に何かがあった可能性が高い。
再度、確認の為に再起動のマニュアルに沿ってコンソールを叩く。
何の電子音も鳴らず、この戦術機は完全に沈黙している。

間違いなく、何かが起きた。
異変の確実性が高まるにつれて焦燥が身体を内から焦がしていく。
痛む身体に鞭を打って、管制ユニットの強制解放用のハンドルに手を掛ける。
徐々に力を込めていくと、まるで身体から異物を排除するかのように痛みが走り、傷口から血が零れる。

「ぐ、ぎぎぎ……」

ハンドルは大した固さでもない筈なのに痛みのせいで満足にハンドルを回すことが出来ない。
焦る自分に反して、頑なにそこから動きたくないかの様に、ハンドルはとても固く、重たい。

「――――っらぁぁああっ」

気合い一発。
頭の片隅に某テレビCMのアレが思い浮かんだが、そんなモノは場違いにも程があるし、邪魔が過ぎる。所謂邪念だ。
痛む身体の節々は内からかかる力に悲鳴を上げるが、今はそんなことに構ってなんていられない。
今の最優先事項は現状把握。友達と、妹の様な娘の様な彼女の無事の確認が最優先だ。
自分の身体がどうなってもいい、とまではいかないが、それが何よりも気になったのだ。

ぎ、ぎぎ、ぎぎぎ。
固かったハンドルが漸く回り出す。
痛みと焦りのせいで浮かびあがった汗と、それとは違う何かが身体を伝う感触がした。

管制ユニットが解放される。

解放されたことによって、管制ユニットはレールによって僅かに機械から吐き出され、外界に内臓を曝け出す。


「――――っ」

流れ込んできた、“新鮮な”空気。
飛び込んできた、“温かな”陽光。

眩み揺れ惑う、頭を引き摺って管制ユニットからその先に広がる景色へと足を踏み出した。


その瞬間、

「……………、」

言葉を失った。
ものの見事に、その光景に思考を奪われた。

自信を見下ろすのは何処までも広がる真っ青な空。浮かぶのは、白く透き通った雲。
太陽を頂点に広がったその景色。荒廃した街並み。

その壊れた街の中心で、彼――白銀武は、傷だらけの戦術機の上で、呆然と立ち尽くした。


どうして。

取り戻した思考でそんなことを呟こうとした。
しかし、喉は上手く動いてはくれず馬鹿みたいな呻き声だけが口から洩れる。
俺は今、ハイヴ坑内にいたのではなかったのか。
なのになんで、こんなところにいる?

この景色には見覚えがある。
自分の生まれ故郷である柊町の成れの果て。
“現在”になっても満足な復興がされていなかった、失われた土地。

ただただ雨風に晒されて廃壊するばかりの街並みを眺めて、少し違和感を覚えた。

「―――、そうだ、一真と神奈をっ」

そんな、今ある大地が崩落してしまうんじゃないかという不安にも似た焦りを改めて感じて、視界を左右に振った。
ただただ不安で、怖いとさえ思った。
視界に映るのは荒廃した街並みだけで―――それがとても懐かしく感じられることがとても怖かったのだ。

「火纏!」

だから、その廃壊した街の中に見慣れた赤い戦術機を見つけた時は正直安心した。
すぐ隣にいた、赤い戦術機の中にいる筈の友達。
近くに誰かがいてくれたことに対して安堵する、なんて女々しいと思わなくはない。
けれど、今頭の片隅に浮かんでいることが嘘だと、違うのだと、証明してほしかった。
だからそれを証明してくれる証人がいてくれたことに、心底安心したのだ。

武は横たわる傷だらけの白い戦術機から飛び降りる。

「――痛ぅ―――!」

まずい。負傷した身体にこれは酷だったか。
焦りと不安と安堵で自身の状態を失念していたと舌打ちすると、武は白い戦術機と同じく傷だらけで横たわる赤い戦術機へ駆けていく。

「はぁ、はぁ、はぁはぁ、は、はぁ」

戦闘と痛みと焦りで体力を消耗した身体。
どろり。ああくそ。いま完全に汗と違う感触が額を伝ったぞ。

目に入らないように腕で拭うと、少しは固まっていたのかパリと硬い音がしたが、次に感じたのは予想通りぬるっとした嫌な感触。
腕に付いたべったりとついた赤い液体を払うと、その鮮血は荒れたアスファルトに飛び散って、染み込んでいく。

彼が乗っている筈の赤い戦術機――火纏の管制ユニットの上に辿り着くと、武は声を掛けるよりも先に強制解放させた。

戦術機の胸に納まった管制ユニット。その強制解放の方法は二つ。
“箱”の扉側面に備え付けられたパネルにパスコードを打ちこんで開く方法。
先程の武と同じ様に機械的に開く方法がある。

武はもう一度ハンドルを握り、全身に力を込める。
今度は割と落ち着いていたのか身体全体を使ってハンドルを回す。
腕を一本真っ直ぐに伸ばして、力点を肩の真下に。

「―――ふっ」

体重と力を合わせたせいもあってか、今度は速やかに回った。
開かれた赤い扉。
その中を覗き込み、武はその向こうにいる友達へ呼びかける。

「一真っ!!」

火纏の暗い暗い、管制ユニット。恐らく武が乗っていた白い戦術機―――凄乃皇『天狼』と同じ様にシステムダウンしているのだろう。
薄暗い、穴の奥。底に白い髪と緋い眼を持ち、赤い強化装備を纏う友の姿はなく、荒れたコンソールと飛び散った血痕だけが残っていた。

友の名を呼んだ武の声は虚しく薄暗闇に溶けていき、消える。
何も返ってこず、何も得られなかった。

血に濡れた管制ユニット内を名残惜しそうに一瞥して、武は再び天狼に向けて走り出す。

自分の身に、友の身に、仲間の身に何が起きたのか。
そんなことばかり考える頭の片隅で、ぼんやりと仄かに不安の種が一つ芽生える。

天狼の管制ユニットより上部。
制御システムを担うもう一つの管制ユニットがそこにある。
そこに、彼女がいる。
親しみを持って俺を“たっくん”と呼ぶ少女がそこにいる筈だった。

「……」

けれどもそこには誰もいなかった。
何もなかった。
いや、文字通りブラックボックスが一つだけあったけれど、そこに人の姿はなかった。



武は、天狼の胸部を滑る様に降りると、その勢いのままその場に座り込んだ。

ちくしょう。心の底で毒づく。
自分が抱いた懸念を誰も嘘だと言ってくれなかった。
誰も自分の周りにいなかった。
自分の記憶にある“現在”の柊町よりも“新しい”荒れ果てた柊町の街並み。

くそ、くそ。本当に、そうなのか。
心の水面に浮かぶ、一つの懸念。

武はそれを掬い取って、視線を横にずらす。

そこにあるのは荒れ果てた二件の民家。
片方には大破した戦術機―――激震が倒れていて、全壊ともいえる状態。

酷く懐かしい、懐かしすぎるその光景。

武は傷だらけの身体を引き摺る様に、民家の玄関へ歩き始める。
ぱた、ぱた。傷は―――そう深いモノはなさそうだけど、完全に開いてしまった。
こんな状態で動きまわったせいか傷は熱を持ち始め、だんだんとその領域を増やし始める。

辿り着き、手を掛けた玄関のドアノブ。
きっとその扉の向こうに広がる“世界”は、ただの荒れ果てた屋内。

「……そうに、決まってる」

口に出して、自分にそうだと言い聞かせた。
世界に浸透するように、自分の願った世界が目の前に広がるのだと願って。

がちゃ。
ドアノブの内部に納まった機構が作動する音。
その音は壊れていた民家と不釣り合いな、真新しい音で。
扉を開く武の顔はどんどん険しくなっていく。


開かれた扉。
木製の扉から拡がる世界。
荒廃した街並みに似合わない、生活感、確かな気配。
今にも、誰かが来訪者を出迎える為に顔を見せそうな、普通の民家。

「……………なんで、だよ………」

俺の、家。

「…………なんでだよ……………っ!」

この世界で、白銀武が始まった場所。



「―――なんでだぁあああああっ!!」



もう一度、“ここ”に来てしまった。
涙と血を流す武の絶叫が廃墟と化した街に木霊する。


わかっていた。
僅かに高い懐かしい景色。
懐かしい自分の若い頃の声。


そう、白銀武は戻ってきてしまったのだ。
この場所に。武がいたこの世界の二〇二二年の柊町ではなく、過去の柊町に。
初めて、この世界に白銀武が降り立った、起点ともいうべきこの場所に。


仄かに香る木の臭い、埃の臭い。確かな生活の跡。
懐かしすぎる今の自分にとって過去でしかなかった自分の家。
けれど今は、それが、辛い。



「俺はっ、アイツらと戦い続けて! 戦い抜いて!」

あの時この世界に残って、もうこの世界の住人になったのだと思っていた。
やり直しは、利かない。それが普通。望む望まないに拘わらずもう二度と繰り返されない。
只人は只人らしく、一人の人間として、この世界で足掻こうと破滅に抗おうと決意した。

だから、俺は必死に駆け抜けて。仲間と、友達と精一杯駆け抜けて。
アイツと一緒になって。沢山の出逢いがあって。別れがあって。

嬉しいことも悲しいことも楽しいことも辛いことも、たくさんたくさん積み重ねて。

漸く辿り着いた、終わり。

厳密に言えば終わりじゃあないけれど、一つの節目。
人類が、俺が必死に懸命に手を伸ばして、漸く辿り着いた希望の果て。

「なのにっ、漸く辿り着いて、掴んだのに! 俺は……俺は………っ!」

最後のハイヴ攻略作戦。
友達と戦って、友達と仲間と人類を、全てを救う為に戦いに身を投じて、それで―――

「俺は………死んだのか…………っ!」

ここにいるということは、白銀武は死んだということだ。
過去の自分がそうだったように、例に漏れず今回もそうなのだろう。

だから、悔しい。
友と共に理想を追いかけて、一緒に駆け抜けて。
絶対に守るんだと、救うんだと、叫び続けて。
漸く掴んだのに、掴み切れなかった。

少なくとも、俺は、そうなのだ。
志半ばで、死んだ。

悔しい。

理想に手が届かなかったことが悔しい。

いや、それよりも―――

「………なんで! 俺はこんなところにいて……こんなにも嬉しいと思ってるんだよっ!!」

こうしてまた振り出しに戻ってしまった。
今度の自分には確信がある。
力も、知識も、知恵も、覚悟もある。
もっといえば、愛機である天狼もいる。
友達の愛機もある。
今ならば嘗て失ってしまった仲間も、眠っているであろう友達も救えるだろう。
それが、ひたすらに嬉しく感じられた。

友達と仲間と駆け抜けた結果、死んで、もう一度こんなチャンスが与えてもらって、やり直せることが嬉しい。

仲間たちと、人類と共に生き抜いた結果をかなぐり捨てて、その結果をなかったことにしてしまうのに、
嬉しいと思っている自分が情けなくて、卑しくて、悔しかった。


「俺は、ここに未練なんてない! 俺はアイツらが救った世界を、守るんだ! そう決めたのに! ちくしょう……ちくしょう………!」

嘘だ。未練はある。だからこんなにも嬉しい。
その過去の上にどれだけ未来を積み重ねようと、過去は消えない。
埋もれるけれど、確かにそこにあるのだ。

「俺は………俺、なくしたくねぇよ………否定したくなんかねぇよ…………なぁ、一真ぁっ!!」

自分の身体を抱いて、懐かしい場所で叫ぶ。
抱きしめたのは本当に肉体か、本当に大切な記憶か。両方か。
絶対に手放したくないものが、胸には沢山詰まっていて、それが嬉しさと悔しさで流した涙と一緒に零れてしまいそうで、悲しかった。


「俺は………どうすればいい…………」

コンクリで塗り固められた玄関の床に拳を叩きつけて、呟いた。


―――決めるのはお前だよ、武


自問に答える声。
いつだか、友達が自分に贈った言葉。
それでも自答でしかない。
でも十分。


―――泣き喚いてでも、無様に醜態を晒してでも前に進む。それがお前だろう?


憎たらしい皮肉気な笑みを浮かべてる。
アイツならこう言うだろう。
そんな妄想の中から生まれた言葉であっても、確信を持ってにそうだと言える。


―――決して諦めずその身がある限り前に進み続ける。オレ達に出来ることなんてそれぐらいなもんだ


ああ、クソ。そうだよなぁ。くそくそ、ちくしょう。きっついぜ。
問いかけておいて何だが、お前が生温い返答をくれるわけがないもんなぁ。
ちくしょう、わかってたのに。
たまんねぇ。たまんねぇよ、一真ぁ。

何せ、答えを出すのは俺任せ。
それでいて俺が出す答えをアイツは完全に理解している。
だから、一緒に行こうという風にアイツは言うのだ。


―――ほら、立てよ


ああ、わかってる。そうだよな。
泣いてたって、喚いてたって、仕方ない。何も始まらない。
そんな体たらくを許す程、友も、俺も、優しくなんかない。

「………ああ、そうだった。 くそっ、ホント…しまらねぇよなぁ……情けねぇなぁ」

我儘に、傲慢に。
子供の様な理想を振りかざして、餓鬼みたいに我武者羅に、前に進む。進み続ける。
それが俺の在り方だ。
だから、お前に先に行かれるなんてのは俺の意地が許さない。



「この世界に白銀武がいるのなら……やることなんて限られてんじゃねぇか。 俺は、この世界にいる限り何度だって、アイツらを、世界を救ってやる。 何度だって、あの場所に辿り着いてやるさ」



跪いていた身体を奮い立たせて、立ち上がる。

死力を尽くして任務にあたれ

俯いていた顔を上げて、前を向く。

生ある限り最善を尽くせ

暗い顔をするな、笑え。

決して犬死するな



再び顔を上げた武は、不敵に笑っていた。
そうだ、そうだった。
なんで迷っちまうんだろうなぁ。
今まで何度だって壁にぶち当たって、打ち砕いて、進んで来たじゃねぇか。

悪い、みんな。
俺は進むよ。どんなことになろうと、決して止まらない。


そうと決まれば、善は急げだ。

武は懐かしい家の敷居に足を掛ける。
迷いなく、よそ見をせず、一気に階段を上る。

勢い良く開いたのは嘗ての自分の部屋。
勉強机として変われたのにその本来の目的に使用されない机。
その上に置かれた携帯ゲーム機。
漫画の敷き詰められた本棚。
休日に専ら強制労働させられるベッド。
バルジャーノン。とあるアーケードゲームのロボットが乗ったポスター。

ああ、ホント―――因果な運命だ。

武はボロボロの強化装備を脱ぎ捨てる。
裸体になってみると改めて酷い身体だ。
身体は若返っているのに、ハイヴ攻略戦で負った傷はそのまま。
身体の至るところに生傷が刻まれている。

「………うへぇ、こりゃひどい」

それほど深い傷はない。けれど軽い傷ではない。
傷は開いて、今も血は滴っているし熱もある。
あ、やべ。自覚したら何だか眩暈が。

全くもって締まらない。
熱に浮かされた頭で武は箪笥からTシャツを何枚か引きずり出してびりびりと破いていく。
取り敢えずの応急処置。
家の中を捜せば救急箱とかあるだろうが、今となってはそんなもの忘却の彼方だ。
探す時間がもったいないし、一度この部屋から出てしまえばこの儚い夢の世界が消えてしまうのではないのかと思った。

「……まぁ、こんなもん……か?」

全身に不細工に巻かれた布を眺めて、苦い顔を浮かべる。
サバイバル技術は十分あるが、これだけの傷になるとこれじゃあ心許ない。
程度で見れば数日安静にしておいた方がいいレベル。

うん。まぁ着いたら治療してもらおう。

それまでに悪化してなければいいなぁ、と冷や汗をかきながら武はせっせと白凌学園の制服の袖に手を通していく。
なんというか、本当に懐かしい。
二十数年ぶりに袖を通した学生服を見下ろしてそんなことを思った。

“現在”の武からしてみれば最早これはコスプレだ。
四十間近のおっさんの学生服姿なぞ、見たくもない。まぁ自分のことだけど。

制服に身を包み、さて、と武は懐かしい部屋を後にしようとする。

「あ、そういや……あれも持ってくか……」

振り返って、机の方に向き直る。
その上にあるのはゲームガイと呼ばれる武の世界の携帯ゲーム機。
この世界にない技術で造られた娯楽機器。

「俺の存在の前提条件を伝えるには必要だしな」

ぼやきながらも制服のポケットにゲームガイを忍ばせる。
あ、今気付いた。
なんか口調が若返っている気がする。
まぁ元からそうそう畏まった口調なんてする柄じゃなかったけど。
精神は肉体に引き摺られるとか依存する、って夕呼先生も言ってたけど、これもそういうことか?

そんなことについて思いに耽りつつ、武は部屋を後にして階段を下りる。
階段に足を下ろす度に身体が悲鳴を上げる。
早く着いて、楽になりたいけど急いでも悪化するだけ。
なんとなくジレンマ。
階段から降り立ち、玄関へと足を進める。

玄関の扉にいよいよ手を掛けようとしたところで、ふと、その手を止めた。

振り返って見れば、本当に懐かしい―――自分にとってはただの知識でしかなかった白銀武の家。
嘗ての白銀武が過ごした生家。
その始まりの場所を、目に焼き付けておくのも悪くない。
この場所を通して、彼の世界の日常を思い見て、平和の大切さを改めて刻み込もう。

うし、と自分の頬を叩いて気合いを入れる。
力加減を間違えたのかぐわんぐわんする。

ドアノブを回し、外に出る為に足を前に出す。



「それじゃあ………行くぜ、白銀武!!」



傷だらけの少年
傷だらけなのは身体なのか心なのか
それでも自身が足と止めることを許さない
戦いの果てを掴み損ねた英雄は、止まることを知らず
もう一度この世界と邂逅し、再び歩き始めた














横浜基地 副司令執務室―――
そこの主たる香月夕呼は、いつも通り―――机に備えられたパソコンに向かい、キーボードを弄繰り回していた。
その表情は何とも詰まらなそうで、それでも手先の行動は高速で処理されて。
捌いても捌いても沸いてくる問題と雑事に、少なくない苛立ちを抱いて、彼女はここにいた。

「そう、あんたもアラスカにねぇ」

キーボードを叩く音が支配する部屋の中、夕呼がまるで独り言のように呟いた。
そう、まるで、だ。
ディスプレイから目を逸らさずにキーボードを弄る指先に淀みもなく。
他の物には無関心な様子で紡がれたその言葉は、確かに語りかけられたものだったのだから。

「ええ。 まぁそのお陰でここを離れることになりますが、ちゃんと私の副官を置いていきますので番犬は健在ですよ」

軽い口調で返された畏まった言葉。
この部屋には夕呼以外にもう一人いた。
ゆったりとソファに腰掛けて彼女が渡した書類に目を通す男。
先日この基地を訪れたばかりだというのにまた異動が決まったと話す彼に、夕呼は語りかけたのだ。

「そんなことは気にしてないわ。 別にあんたの隊が去ったとしてももう一つの部隊は健在なんだもの。 むしろいつでも噛みつく気がある分そっちの方が目障りだわ」

「………仕方ないでしょう。 こちらは最重要人物を間借り者に預けなければならなくなった身だ。 特にアレ自身はそれを望んでいなくてね、どうにかして戻ってもらいたいというのが本音でしょうよ」

間借り者。在日国連軍をそう揶揄しながら彼は薄く笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
まったくお堅い奴だ、なんて言葉を繋げている辺りその貶しの矛先がどこい向いているかは定かではないが。

「まぁなに、私の副官はそちらには寛大な方です。 無茶を仕出かさない限り、貴女の方針には口を挟みませんよ」

夕呼から見ればそんなことはどうでもいいこと。
元より居候の身分の言葉など耳を貸す気がない。
目の前にいる彼にしてもそうだと言えるが、彼は一応―――例外といったところだ。

「にしても、アンタも忙しい奴ねェ。 前は九州戦線にいたんだっけ。 それで漸く関東に戻ってきたと思ったら今度は隊に護衛任務、あんた個人には異動命令。 私が言うのもなんだけど、オーバーワークが過ぎるんじゃない」

加えて言うのなら彼は、九州の前は英国との外交に立ち合う為に遠征もしていたし、新潟戦線に参加し、帝都警護部隊にもいた。
今ここにいるのは重要人物の護衛と監視の為。その任務につく為に下調べと下準備を行っていたからだ。
目まぐるしく所属する隊が変わるのは人手の足りない今の世じゃ珍しくないが、彼の場合はそれを自ら進んでやっていたのだ。

「―――本当に、貴女が言うのかと言いたくなりますね。 なに、今の世の中やるべきこともやれることも事欠かない。 時間と身体が幾つあっても足らない程度には転がっているのが現状だ。 刻限が決まっているのなら打てる手は打っておくのが妥当でしょう」

相変わらず二人は視線も交えないまま、お互いに自分の作業に没頭する。

「嫌味な言い方ね」

本当に、嫌味な言葉だ。

「気に障りましたか、申し訳ない。 では、貴女の気分を害した贖罪の為にも例のモノはちゃんと持って帰ってくると約束でもしましょうか」

ク、とくぐもった笑いを零して、彼は更にページを捲る。
彼が目を通しているのはアラスカに行くにあたり、彼が同時にこなそうとしている標的のリスト。
確たるものがあるものからないものまでリストアップした資料を、彼は頭に叩き込んでいる真っ最中だった。


「あんた、たまには休んだ方がいいんじゃない?」

さらにさらに自ら仕事を積み重ねていく彼を鬱陶しく思ったのか、夕呼はとうとう視線をその男へと向けた。
日本男子としては些か長めの黒髪。切れ長の目に、僅かに茶味が浮かぶ黒い瞳。
彼はまるで自分の部屋とでも言う様に悠々とソファに腰掛け、作業に没頭していた。
その堂々とした態度に思わず溜息が出た。
神経が太いのか鈍いのか。肝が据わっているのか。
彼はそんな夕呼の言葉に動じた様子もなく、口を開く。

「不謹慎ではあるが……私にとって帝都にいる時がいつ何をしていようと休暇の様なものでね。 十分に休暇は頂いていますよ。 そういった意味で、帝都に残してきた部下が少々羨ましいが……」

貴女が気にする様なことじゃないだろう、雇い主。
そんな言葉を繋げて、彼はまた笑った。

彼と私は二年前からの付き合いだ。
その彼と私の間には一つの利害関係が構築されている。
彼は私の計画がうまく進むよう尽力し、私は彼が目的に近づくよう力を貸す。
彼は帝国の内情が安定するように動いたり、今回の様に何が起こるのかわかっていることに対して手を打ったり。
彼が動きやすいよう、私が微々たるものだけれど口添えしたりといった関係。

言ってしまえば私が得するものばかりで、決して利害関係と呼べるようなものじゃないけれど彼の目的と私の計画があるからこそその利害は一致する。


彼曰く、彼では私の計画の本質的な助けにはなれないそうだ。
曰く、ただの保険だという。

だから彼は私に協力することにしたのだ。
自分の目的を達成する為の協力を得る為に。

ほら、こうして見ると利害関係にも見えてくる。

「(まぁ使い勝手がいい分、如何せん性質の悪い奴だけど………ん?)」



呆れたように余分な思考に耽っていた夕呼だったが、再びパソコンのディスプレイに視線を戻していた。
戻していた、というのは急に黙ってしまった夕呼を不審に思い視線を向け、それに気付いたからだ。
見てみれば、彼女は狂気する様な気配を漂わせているものの、その表情は真剣そのものだった。

取り敢えず放っておこう、自分に関係することで必要なことならば後で伝えられるだろうと視線を書類に落とした時、


「あははははははははっ」

なんて甲高い声が、耳に届いた。
彼は訝しげに視線を細めてもう一度夕呼へと視線を投げかける。
それはもう五月蠅いと咎めるように鋭い視線で。

しかし、当の夕呼はそんなこと気にも留めず、

「やった! やったわ!」

なんて、狂喜している真っ最中。
はぁ、と溜息を大きく吐いて彼はソファから腰を上げ、彼女の元へと歩き出す。

「なぁ、香月―――」

「ああ、ダメ! 容量が足りないわ。 あ~もう、何でこういう時予備の外部記憶装置がこう手元にないのかしら!?」

声を掛けようとするが失敗。
夕呼は珍しく慌てながら紙の散乱した机を漁り始め、発掘した外部記憶装置をパソコンに片っ端から接続していく。
何をそんなに喜び、慌てているのか。
彼は夕呼がこんなにも豹変することについて考え始める。
いつでも冷静にスマートに、そんな彼女がこんなにも歓喜すること。
ああ、あった。未だ良い結果の得られていない彼女の研究の進展に関することだ。
だが、それは有り得ない。
少なくとも現時点で彼女の研究が進展することはそうそうあるわけがないのだ。


しかし、その考えは見事に裏切られる。
落ち着いた夕呼は彼にとあるデータを見せつけたのだ。
それは彼を驚愕させるのに十分でもあり、夕呼を狂喜させるのに十二分なものだった。


「―――ふふ。 他人の助けで確証を得るなんてのは気に入らないけれど………そう、これが言いたかったのよ! 私が求めていた答えが漸く手に入ったわ!」

データを見終わった夕呼はそう言って笑い、力強く拳を握りしめていた。
長きに渡り追い求めていた答えが手に入ったのだから仕方もないと思うが、取り敢えずもう落ち着いて欲しい。



「これでアンタのことも説明がつくようになったわね?」

未だ荒い息と乱れてしまった髪を整えながら夕呼は彼に向き直り、妖しく笑う。

「信用していなかったわけでもないだろうに…………まぁ、おめでとうございます、香月博士。 貴女の研究が大きく進展した事、大変喜ばしく思います」

「あら、随分淡白な物言いね。 あんただってもっと喜んでいいんじゃない? なんてったって―――」

喜ぶ自分と目の前の彼のテンションの落差を見て、空気読めよと言わんばかりに蔑みの目を向けて夕呼が口を開こうとした時、机に備え付けられた電話から電子音が鳴り響く。

「―――どうしたの?」

けたたましく鳴り響く電話の受信音が嫌いなのか、夕呼はすぐさま受話器を取り、短く簡潔に用件を尋ねる。
彼と言えばそんな夕呼から視線を外し、そろそろ発とうかと踵を返そうとしていた。

「え? なに………いいわ、取り敢えず医務室にでも放り込んどいて。 検査は―――そうね、治療後に一通りやっておいてちょうだい」

浮かぶ喜びに顔を歪めながらも僅かに険の色を映し、夕呼は受話器越しに指示を飛ばしていく。

「ええ、そうよ。 問題ないわ、彼は私の部下よ。 何か言いたいことでもあるのかしら、伍長?」

鋭く尖った声。
応対している者も可哀そうに。
彼がそんなことを思いつつ、置いたままだった資料を纏めて夕呼に返そうとした時、ちょうど夕呼が通話を終えこちらに顔を向けた。
その表情はとても楽しげで、なんとなく何が起こったのか理解してしまった。

「あら、もういいの? もう少しゆっくりしていけば? せっかく来た客人なんだし感動の再会ってのも乙じゃない」

「いやいや、そんな妖しい笑みを浮かべて言われてもとてもそう思っている様には聞こえないですよ」

苦笑を浮かべながら夕呼に応じて、彼は書類を机の上に放った。
内容はもう完全に覚えてしまったし、こういった資料は速やかに処分する方が安全だ。

「以前も言ったでしょう? 私は前に立っているのか後ろに立っているのかも判らない半端者でね。 それにもう次の予定が詰まっていてね、そろそろ帝都に向かわなければ間に合わない」

何処となく言い訳臭い気もしなくもないが、それは歴とした事実だった。
まぁ、感動の再会とやらは次に取っておこう。

「それじゃあ香月博士。 次に顔を合わせるのは晩夏の季節か、それまでせいぜいあの男を馬車馬の様に働かせておけ」

副司令執務室の扉の前に立った男は一度だけ、振り返りそんな捨て台詞を置いていった。





横浜基地を後にしようと、正門に一台の軍用車両が近づいていく。
その車両の横を通り過ぎていく、二人の門兵。
二人が抱えているのは一つの担架。
その上に横たわっているのは白い訓練生服を所々赤く染め上げて、気を失っている少年。

軍用車両を運転する彼は、すれ違いざまにその少年を見やる。
なるほど、あれが―――僅かに頷いて、不敵に笑う。


「まったく、二年と半年も待たせやがって。 遅刻した分、しっかり励めよ」


意地の悪そうに笑みを浮かべ、過ぎ去った少年に向かって言葉を吐く。


お前なら大丈夫
オレはそう信じているよ


言葉の裏に、いつか言ったそんな言葉を隠して――――――












[13811] 第一話
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/08/10 22:29

そういえば。
まだ俺が白陵大付属柊学園に通っていた頃、家から学校まで歩いてどれぐらいかかっていただろう。
よくは覚えてないけど、そう遠く感じるほどでもないしのんびり十分歩いて通えるぐらいの距離だったと思う。

ダラダラと遊んで過ごしていたあの頃の俺でさえそうなのだ。
二十年以上を軍で過ごし、そのあいだ研鑚を積み重ね続けた今の俺なら走って往復したとしても何ら問題ない。

まぁ、平常時ならば。

「あ~、くそ。 この坂、マジでキツい…」

ここにきてから何回目かの悪態。

横浜基地があるのは白銀武が通っていた白陵大付属柊学園があった場所と寸分違わないところにある。
あの登るのも億劫になるような長い坂道を進んだ先にある丘の上。

そこに俺の目的地である横浜基地がある。

嘗て幼馴染と友人たちと通った坂道を忌々しげに睨み、道端に設けられた手摺を支えに武はゆっくり歩いていく。

額には滝の様な汗を浮かべ伝わせ、身に纏う柊学園の白い制服を所々赤い染みを浮かべて。

負った傷は決して浅くない。
応急処置は施したけれど、どうにも不十分だったらしい。
開いた傷口からは血が溢れだして、火掻き棒でも当てられてるんじゃないかと疑ってしまうくらい熱を持っている。

「……はぁ……は、……はぁ………」

額を伝う汗を腕で拭う。
汗よりも僅かに重い感触を残して、武はそのまま歩き続ける。
拭った腕には汗と一緒に血液が付着していた。

傷口から侵食した熱は血液の不足した頭に届いており、今や視界も霞んで見える。

ほんと、だらしねぇな。

口の中でそう呟いて、瞼をきつく閉じ結ぶ。
目元に力を込めて深呼吸。
血の足りない身体はその代わりとでもいう様に酸素を貪る様に求めている。
兎に角、落ち着け、俺の頭。

こんなことなら強化装備は脱ぐんじゃなかったなぁ。
生命維持装置も付いているし、ああでも電源が心配だったか。

何より、強化装備着て突然現れた身元不明の男~なんて言ったらその場で打たれてもおかしくないし。
少しでも気を許してもらう為にもこっちの方が都合がよかったんだけどなぁ。

熱に浮かされた頭でぼんやりとそんなことを考えていると。


「―――おいっ、おいっ! お前どうしたんだ? 大丈夫かっ!?」


なんて切迫した声が耳に届いた。
気だるそうに顔を上げる。
ああん?なんて声が思わず漏れてしまったけれど、大丈夫だろうか?
これじゃあ、手負いの不良みたいだ。

上げられた顔。視線の先には一般兵軍装を着こんだ二人の男の姿。
防護ヘルメットを被って、軍装の上からプロテクターを着こんで、肩に銃を下げて。

見覚えのある二人。
横浜基地襲撃にて戦死した門兵が、そこにいた。
そう、いつの間にか俺は横浜基地の前まで辿り着いていたのだ。

「おいおい、どうしたんだよ!? くそっ、入校式前に訓練生がこんな怪我して返ってくるなんて前代未聞だぞ!」

ああ、やべ。
なんか声が遠く聞こえる。
いよいよヤバいかもしれないな。

辿り着いた喜びに浸るのも束の間に過ぎ去る。
白く明滅する視界と離れていく意識の糸を必死に繋ぎとめる。
しかし、既にそれだけの力が身体に残っていなかったのか。
武はとうとう辿り着いた横浜基地の前で膝を着き、崩れ落ちてしまう。
どさ、という身体が倒れた音に紛れて、びちゃっ、という音が聞こえたことには苦笑いを浮かべるしかないだろう。

「取り敢えず中に運ぶぞ! あー、その前にっ、制服のポケットかどこかに許可証と認識章がある筈だ、まずは確認を取ってからだ」

あー、こんくりつめたくてきもちぃー。
なんてぼんやりと思っていた武に焦りと動揺に塗れたそんな言葉が降りかかる。

それは拙い。
何しろそんなモノは今持ち合わせちゃいないし、あちらからそれに気付かれるのも上手くない。
こういうのは自ら明かすからこそ、疑念に付け入る隙間も出来るのだし、信憑性も出る。

「……あ~、ちょいストップ……」

重い手で、俺を抱え上げようとする門兵(黒)を制す。
いや、ホントにちょっと待て。
その持ち上げ方だと必然的にお姫様だっこになるじゃねぇか。
そんな趣味俺にはないし、そんな醜態を晒したくもない。
だからやめてくれ。いやむしろヤメロ。

「……よかった、意識があったか。 どうした、何があった?」

「いや、心配してくれてるとこ悪いんだけど、俺、この基地の人間じゃないんだよね」

そう言った瞬間、門兵(黒)と門兵(白)が一気に俺から距離を取った。
取り敢えず、お姫様だっこ回避成功。
いやでもまたこれはなんか悲しい。

再びアスファルトの上に放り出された武は仰向けに横になりながらそんなことを考える。

いや、対応は正しいんだけど。
傷だらけの少年を放って、銃突き付けるのはどうなのさ。人として。
ちょっと切ない気分になっちゃったじゃないか。

よっこらせ―――と横たわる身体を渾身の力で持ちあげて、武は銃を構える門兵二人に顔を向ける。

「貴様何者だ!?」

「………残念ながら、君たちにそれを教えることは出来ない。 ふざけているわけないが、そういう決まりでね」

何もかも精一杯に偽って、武は無理矢理笑みを浮かべる。
勿論そんなことで門兵の警戒が解かれるわけもないし、疑いも晴れるわけがない。
むしろ悪くなる一方だ。

「もう一度聞こう。 貴様は何者だ?」

こちらが怪我人ということもあるのか、怪我人でありながら銃を突き付けられながら余裕の笑みを浮かべる真意が測りかねないのか。
それとも、最終警告か―――これが濃厚だな。詰問する声には気迫と困惑が入り混じっている。
いくらなんでもまさか身元不明の人物に対してこんな温い対応しろなんて指導されてないだろうし。
ま、何であれさっさと話を進めることにしよう。

「怪しい者じゃないさ。 この基地の副司令である香月――博士に呼ばれてきたんだ……取り敢えず、連絡を取ってみてくれないか?」

「そんな報告は受けてないぞ!」

ですよねー。
まぁこの反応は正常であるし、俺は最前線でありながらのほほんと過ごしているこの基地の人間に起きた久々のイレギュラーだ。
鈍った危機感を奮い立たせて、警戒しようとするのも無理はない。

「……ま、そうだろうね。 詳細は教えられないが俺が受けているのは博士からの任務だ。 そんなモノについて教えるなんて、君たちには身に過ぎたことだろう。 ………取り敢えず、香月博士に……連絡取ってくれないかな……副司令に関することは、全て報告しろと厳命されているだろう?」

ああ、まずい。
喋るのも辛くなってきた。

口を開き吐き出された言葉と共に肺から零れていった酸素。
頭は酸素が足りない血が足りなりと警鐘をうるさく鳴らし続けていて。
あまりのうるささに眩暈がして、視界が白濁していく。

そんな武を余所に、門兵は銃を突き付けたまま顔を見合わせて、目の前に座り込む男の言葉について逡巡していた。

はっきり言って、この男の言うことは胡散臭い。
言葉といい分だけ受け取れば、いくらなんでも無茶が過ぎるというものだろう。
しかし、この基地の副司令も胡散臭いのだ。この男以上に。
そして無茶が過ぎる人だというのは基地内の専らの噂であり、滅茶苦茶な人柄であるというのは基地にいる人間すべての共通印象だった。
だから、あの人なら正規の手続きを済ませずに手駒を手元に呼び出すなんて暴挙をしてしまうんじゃないかと、思ってしまうのだ。

「………。 わかった。 香月副司令に確認を取ろう。 貴様はそのままそこを動くんじゃないぞ」

「ああ、手間を掛けさせて申し訳ない。 それと……博士に連絡する時、一緒にこれを伝えてくれ……『00』『脳』『欠陥品の理論』『またお世話になります』って」

「なんだそれは?」

「なに、ただの暗号、さ………」

最後のは挨拶の様なものだけれど。
まぁそういう茶目っ気もあっても構わないだろう。
いい加減、意識を保つのも限界だ。

そう言って、武は起こしていた上半身を再び寝かせた。


「おいっ、お前! ………ああ、ちくちょう。 おい、こいつ気ぃ失っちまったぞ!」

薄れゆく意識。
酷く遠いところで、門兵(黒)の焦りを孕んだ声が聞こえた。

「いま博士に繋いでもらっているところだ! 確認が取れるまでそのまま警戒を怠るんじゃないぞ」

「はいはい……ちっくしょ。 まったく、なんだってんだよ……」

その後に聞こえてきたのは、……恐らく先生と連絡が付いたのだろう。
困惑しながら言葉を返す門兵(白)の声。
ああ可哀そうに。
きっと最小限のテキトーな言葉で言いくるめられているんだろう。

何も変わっていない、過去の世界。

そんな異常で、普遍的な出来事に安堵していると、ふわりと身体が何かに乗せられた。
担架か何か。
背に感じる布の手触りからそんなことを思った。
適度に揺れるのが心地いい。


その時、低い駆動音が耳に届いた。

ああ、この臭いは……排気ガスか。

ディーゼル車特有の排気音と異臭から、武はそう結論付ける。
ディーゼルってことは軍用車両か機動車両か何かか。
何にしても、ちょっと臭い。

こっちはやっと寝れるってのに。

そうやって、武の意識は深く沈んでいく。


最後に………なんだか、誰かに語りかえられた気がした―――――――


それは誰が言って、はたして自分に向けられているのかも判らない、不遜な声。
何を言っているのかも、誰が言っているのかもわからないけれど、
自然と口が開いて、淀みなく言葉を紡いでいた。



―――わかってる。 お前こそ、ちゃんとやれよ















「…………………ん……」

意図せずに漏れたそんな声は、周囲の静寂に溶けていく。
目が覚めた――寝起きの頭はそう結論を下すことなく緩やかに回転し、身体が頭よりも先に動いてしまう。

目を開いてみれば視界に広がったのは暗い天井。
身体を起こして周囲に視線を向けると、周りは白いカーテンで囲われていて今どこにいるのか把握することは叶わなかった。

「――――ふあぁぁ……」

ぼりぼりと頭を掻きながら大きな欠伸。
なんていうか、眠い。
眠気眼を擦り、再度目を白いカーテンへと向ける。

うん、真っ白だ。
しかし何故俺はこんな真っ白いところにいるのだろう。
なんか変なにおいもするし―――これは、消毒液?

つんと鼻をつく独特のにおいに鼻をすんすんと鳴らす。

「あ、思い出した」

漸く回り始めた思考。
思い出した―――俺は、横浜基地に辿り着いて、そこで気を失って………。
最後はどこかに運ばれていた筈だから、ならここは基地の医務室か。はたまた極上の独房か。
きょろきょろと視線を動かして、取り敢えず状況確認。

ここは横浜基地地下のどこかの一室。
消灯しているということは今は夜だということがわかる。


「―――――……あら。 漸く目を覚まされましたね」

そこまで考えたところで、白いカーテンが揺れて一人の女性が顔を見せた。
衛生兵様の軍装を着こみ、緑色をした長い髪を編み込んで前に流している女性。

「ちょっと待っていてくださいね。 今、副司令をお呼びしますから」

どこかで見たことあると思うんだが、誰だろう?
なんか記憶の奥底に埋まっていて、掘り起こそうにもその手が躊躇する。
まるで全世界の俺が「触れるな! それには触れるな! ホントに怖いからやめてっ! お願いだから!!」なんて言って止めているかのように。
武ははて、と首を傾げて難しい顔をするが一向に思い出せない。

緑の衛生兵はそんな武を一瞥してクスクスと笑いながら去っていった。
去り際に「なんとなくあの人に似ているからなんだか変な気分になっちゃった。 うふふふふふ」なんて呟いていたけど

俺、大丈夫?

ちょっと背筋に悪寒が走ったので視線を自分の身体へ落とす。
そこは見事に肌色。
掛けられていたシーツは身体を起こした時に肌蹴て、今は辛うじて大事なところが隠れている程度になっていた。

これ即ち俺全裸。丸裸。まっぱ。

つまり自分は見知らぬ女の人に思い切り肌を晒していたということ。
しかも起きがけということもあって局地的な部位は臨戦態勢。
もうこれはエマージェーシーなんてレベルじゃない。
俺の尊厳がコード991だ。

「ぅおおおぉぉおおおっ! なんつー恥ずかしい痴態を晒してしまったんだ俺はっ!?」

頭を抱えてベッドの上に蹲る。
恥ずかしいというより気まずい。
緑の人も意地の悪い。
顔を見せてくれた時に顔でも赤らめて、教えてくれればよかったのに。
そうしたら「きゃあ! 衛生兵さんのエッチィ!!」なんて言って気まずさを紛らわせることもできたのに。

「うぅ……もうお婿にいけない……っ」

いやもういってるけどね。むしろ嫁を迎えちゃったけどね。
なんて自分で言ったことに自分でツッコミを入れちゃうぐらい俺は程良くテンパっていた。
なんかここにきてからというもの全くもって気が締まらないというか、らしくない気がする。
まぁ前も抜けていたところがあるのは自覚しているけど、ここまで酷くなかっただろう。きっと。

ああそういえば結構前に俺が篁大尉の着替えに遭遇してしまった時、一真が言ってたな。
「ふむ、お前のいい分は解った。 けれど、男というものはこういうとき如何に理不尽であろうと一発は殴られて然るべきだろう? その方が後腐れもなく済むぞ」
なんて言ってあのお義兄様ったら素晴らしくいい笑顔を浮かべながら有無を言わさない内に思い切り腰の入った一発をお見舞いしてくれたなあ。
思わずあの時打たれた頬に幻痛が走ったよ。

「なぁ、一真……教えてくれ……こう言う時、男はどうすればいいんだろう………?」

思わず長年共に闘ってきた友達に問うてしまう。
―――諦めたら?
自問に返ってきたのはそんな自答。
なんか凄いいい笑顔を幻視したんだけど。
こう爽やかに腹黒い笑みを浮かべて、にんまりと。
というかお前は俺を励まそうとして出てくるのか貶めようとして出てくるのかどっちなんだ?


「くそぅ、あの陰険白髪悪魔め……!」

「――――あんた、何ひとりでぶつぶつ言ってるの?」


ふと飛び込んできた、こっちの正気を問う様な声。
顔を上げて見ればそこにはさっきとは違う女性がいた。
最初に受けた印象は若い。声に出したら殺されそうだから言わないけど。

「――――夕呼先生!」

そこに立っていた女性に向かい、思わず歓喜の声を上げてしまう。

「先生? 私は―――」

「“教え子を持った覚えはないわよ?”」

俺にとっての先生との再会。彼女からしてみれば俺との邂逅。
初めて俺に先生と呼ばれた時の彼女の対応は、いつだって変わりなかった。
これから口に出そうとしたことを先に言われて先生は僅かに顔を歪めていた。

「へぇ? なかなか面白そうな奴じゃない………ああ、それよりも」

「はい?」

「いい加減、ソレしまったら?」

先生は顎で指しながらとてもぞんざいにそんなそんなことを言ってきた。
指されたところへ視線を落としてみれば、ぼろんと曝け出されたぷりちーまいさん。

その後、武の慟哭が医務室に轟いた。





「………もう落ち着いたかしら?」

「……はい……大変お見苦しいところをお見せしました……」

医務室で二度の痴態を晒してしまった武は夕呼に連れられて彼女の執務室に通されていた。
一先ず衣服を与えてもらったので一安心といったところだが、問題はこれからだ。
何せ、まだ俺と先生の再会はまだ始まったばっかりなのだから。

「気にしなくてもいいわよ。 私、年下になんて興味ないもの」

「ああ、知ってますよ」

半ば反射的にそんな言葉を返していた。
夕呼の言葉からそういったことを聞くのは何度目かになるし、応対も慣れてしまっていた。
というか世界単位で考えて俺以上に“香月夕呼”と長い付き合いを持った人間もそういないだろう。

「ふぅん………ああ、そういえば。 あんたの名前はシロガネタケルでいいんだっけ?」

「あれ? 自己紹介しましたっけ?」

「あんたが眠っている間に、色々調べさせてもらったのよ。 材質の違う訓練生服に似た服装、この世界にない技術で造られた携帯端末……中々興味深いものだったわ」

なるほど、俺が眠っている間にね。
先生が意味深な薄い笑みを浮かべているところをみると、ゲームガイでもいじったんだろうか。
確かソフトにはバルジャーノンが入っていたと思うんだが……ああそうか。
運動神経皆無の先生とアクションゲームは水と油。
興味はあるけど上手くプレイできなかったってことかな。

「まぁ、それで俺の異常性は理解してくれたと思いますが………ところで先生、俺はどれぐらい眠っていたんですかね?」

気を失っていたではなく、眠っていたと先生は言った。
ならば、俺がここにきてから時間帯んではなく日数単位で時間が経っているということだろう。

「あんたがここにきてから今日で七日目ね――ああでも、ついさっき0時回ったし日にちで見れば八日目かしら」

「な、七日ぁ!? 俺、そんな長い間寝てたんですか!?」

時間は有限だ。こと彼女の計画に関して言えばその刻限は目の前に迫っていると言っていい。
貴重な時間を無駄に浪費した、という事実に武は思わず声を上げてしまうが夕呼は涼しげな表情のままだった。

「こっちとしてはあんたの検査も恙無く済んだし、携帯端末の検分も出来たから言い気晴らしになった七日間だったけどね」

「………随分呑気なことをいいますね。 ああクソっ、先生、今日は何日なんですか?」

時間がない。あと二カ月程度で彼女の計画―――オルタネイティヴ4が頓挫し、予備計画である第五計画に移行してしまうという危機感が否が応にも武を焦らせ、その声を僅かに荒がせた。

「4月17日よ? ちなみにあんたがこの横浜基地に来たのは4月9日午前9時58分。 現時刻は17日の午前0時37分ね」

は?今、彼女はなんて言った?四月?

「え……今は10月のはずじゃ?」

「10月? なんでよ? 今は2001年の4月よ。 そしてこの横浜基地も稼働したばかりで、訓練生の入校式も先日済んだばっかりの春の季節」

執務室の自分の椅子に優雅に腰掛けて、夕呼は悠々と言い放つ。
武と言えば夕呼の言ったことが信じられないという様に呆然と固まってしまっていた。

「取り敢えず座ったら? あんたが何故、今が4月だということに驚いたのか。 そのことも含めてあんたの知っていること洗い浚い話してもらおうじゃない。 ねぇ、白銀武?」

妖艶な笑みを浮かべて、眼前に立つ少年を見定める様に言う。
その表情は本当に妖しげで、愉しげで。
ああ、そうだった。
彼女は―――いや、彼女こそ横浜の魔女なのだ。


「………そうですね」

はぁと溜息を吐いて、武は近くにあった椅子を引き寄せて腰を落とした。
何故2001年4月やってきてしまったのかは解らない。
けれどそれ自体は大した問題ではないし、むしろ好都合だろう。
ここにきて真っ先におかしてしまった失態が、まぁ無駄にしたことには変わりないけど大した浪費でもなかったと分かっただけでも一安心だ。

「今から俺が知っていること……俺自身について話します。 かなり突拍子もない話ですが、どうか最後まで聞いてください」

そうして白銀武は語り出す。
今まで積み重ねた生涯を。
“平和”に過ごしていた世界から一転し、戦いに塗れたこの世界にやってきたしまったこと。
この基地で香月夕呼と出会い、彼女の勧めで戦いに身を投じていったことを。
そこで元の世界での友人たちと再会し共に過ごしていった日々を。
そして、2001年12月24日。オルタネイティヴ4は破棄され、オルタネイティヴ5へ移行され、自分を含め地球に残された人々はそれでも諦めず、血と泥と誰かの死に塗れた戦いに全身全霊を掛けて挑み続けたことを。
その後、気付いたら自分は何故かまたこの世界の2001年10月22日に存在していたことを。


「なるほど、確かに俄かには信じ難い……突拍子もない夢物語ね」

「そうですね、俺も最初は何か悪い夢でも見てるんじゃないかって思ってました。 けど、これは事実で、俺の現実です」

ふう、と一息ついて武は前屈みになっていた身体を起こす。
目は覚めているが、長い時間寝ていたせいかどうにも身体の節々が痛み、落ち着かない。
傷はちゃんと塞がっておりそれに因る痛みがないのは幸いか。
あとでちゃんとあの緑の衛生兵さんにお礼を言おうと思うのだが皆さんどうでしょう?

「――話を続けます」

もう一度繰り返された世界。
世界の終末を見た武はそこで今度こそ世界を救うのだと立ち上がる。
鑑純夏という幼馴染との再会。
それはとても異質で悲しいものだったけれど、二人は気持ちを確かめ合い、愛し合うようになっていく。
2001年12月31日。
大切な仲間を含め、多くの犠牲を出しながらも成功したあ号標的――オリジナルハイヴ攻略を目的とした作戦、桜花作戦が決行。
鑑純夏という武を因果導体としていた存在が無くなったため白銀武はこの世界から文字通り消える筈だったが、仲間たちとの絆や緋村一真という自身の因果情報を取り込み、共有した存在によってこの世界にその存在を繋ぎとめることになった。

「―――それで、今から22年後の12月……人類は最後の一つとなったマシュハドハイヴ攻略作戦を決行。 俺の記憶はその途中までで途切れています」

漸く話し終えた頃には一時間ほど経ってしまっていた。
掻い摘んで説明したのだが、何しろ自分の二度に渡る生涯を語ったのだ。
むしろ一時間でよく説明できたと褒めてやりたい。

「ふぅん。 詰まるところ、あんたは異世界人で未来人なわけね。 ほんっと、荒唐無稽な話」

軽口を叩く夕呼であったがその表情は険しい。
彼女からしてみれば自分の計画に与えられた猶予と、成功した後の世界に起こった事件の数々を教えられたのだから穏やかでいられないのは仕方のないことだろう。
しかし、この違和感は何だろうか。

「先生の研究――因果律量子論なら説明がつくんでしょう?」

「あんたがいた前の世界までならね。 でも因果導体じゃなくなったあんたがまた過去にやってくる、なんていうのは説明がつかないわ」

「確かに……でも、俺が言っていることは真実です。 ああ、そうだ。 なんなら霞に言って――――」

俺をリーディングでもして下さいと繋げようとしたが、そこで言葉に詰まってしまった。

「そうね、未来からきたあんたなら社のこと知っていても可笑しくないか。 なら、そうしましょう」

「……………はい」

くそ、失念していた。
何で忘れてしまっていたのか。
一真や神奈、涼宮に知られたら烈火の如き勢いで叱られそうだ。

「……? どうかした? 何か不満でもあるのかしら。 あんたからしてみればこれ以上口上たれなくても自分の証言が正しいと証明できる手っ取り早い方法じゃない」

「いやぁ、その霞について思い出した、というかそんなことがありまして」

居心地悪そうに言っているがどこかはにかんでいるようで、なんかイラつく。
夕呼は怪訝そうな目を武に向け、視線で「話せ」と促した。

「ああ、霞は俺の未来の奥さんなんですよね」

「…………………………………………………………………………」

あ。先生が固まった。
何とも珍しいこともあるもんだ。
カメラが手元にないことが悔やまれるな、うん。

「はあっ!?」

これまた珍しい。
まさか、かの香月夕呼先生が時間差で叫声を上げるとは。
ビデオカメラが手元にないことが悔やまれるな、うん。
というか今までの話でこれに一番驚くってどういうことなの………。

「そんなに驚くことですか?」

「だってあの社をでしょ? そりゃ驚くわよ。 まさかあんたが〇△※☐だったとわね……」

なに人を性犯罪者を見る様な眼で見てやがるのかコンチクショウ。

「あー、結婚したのは今から10年後のことですよ。 別に彼女を女性として見るようになっても可笑しくないでしょう?」

少しだけムッとした顔で武は不服そうに反論する。
先生は相変わらずまるで珍種の生物を見るような目でこちらを見ているが、なんだろう……激しくイラつくな。
いいじゃない、〇△※☐だって。人間だもの。
というか〇△※☐じゃないですよ、俺。ホントに。

「へぇ、あの社がねぇ………」

夕呼は溜息混じりに呟いた。
その声は心底驚いたという感じなものだったが、その奥には優しげな感情も潜んでいた。
その後に「アイツ、このことわざと言わなかったわね。ほんと性質の悪い」と繋げていたが小さくぼやいた程度だったので武の耳に届くことはなった。

「霞は本当に変わりますよ。 表情も感情も豊かになりますし……強くて優しい、いい娘に育ちます」

そんなことを言ったらまた先生の顔が歪んだ。
何故にWHY?何か可笑しいこと言ったかな?
ついでに背も伸びて身体も女性らしくなりますようっひょいひょいと言わずに自重したんだけど、駄目だったのだろうか。

「………なるほどね。 それであんたはまるで道具の様にあの娘を扱うことを良しとしたくないわけね?」

「まぁ、そうですね」

霞は先生の助手としてだけではなく先生の研究を継ぐために自分の研究と掛け持ちで基地で働くようになっていたし、彼女の持つESP能力を行使する機会も激減していた。
そりゃあ無意識下で読み取ってしまうのはあるけれど、それでも意としてリーディングするということは少なくなっていた。
生まれ持った能力なのだし、それを含めて彼女は社霞なのだ。
それを否定する気もないし、そんな権利は誰も持っていない。
けれど、必要のない時にまで能力の使用を強制する気もない。
この世界の彼女にも、能力以外にも心の洞を埋める方法があるのだと知って欲しかった。

「そう。 じゃあ、あんたは社のリーディング以外でどうやって自分の言うことの真偽を証明するのかしら? あんたの言うことは確かに夢想というのは知りすぎているし、何よりそれが真実であると感じさせる覇気がある。 あの携帯端末のこともあるけど……私が信じるに足る物的証拠が足りないわね?」

夕呼はそう言うと椅子から立ち上がり、武に向かい歩きだす。

「そうですね……でも、信じてもらうしかないです。 ああ、そう言えば俺と一緒に二機の戦術機が来ています。 調べてもらえば分かると思いますが現在の技術では造り得ない技術で出来ていて―――!?」

中破した二機の戦術機のことを思い出し、そのことを伝えようとした武の口が止まる。
彼の表情は驚愕に満ちていて、目の前で起きていることが信じられないという様に目を見開いていた。

「そう…やっぱり、あの戦術機はあんたが持ちこんだものなの……」

穏やかな女性の声が、耳に届く。

「先生……いったいどういうつもりですか?」

「どういうつもりって、あんたに向けて銃を突きつけているんだから目的なんて限られてくるじゃない?」

くすくすと笑みを零して、夕呼は愉しげに口を開く。


そう、いま香月夕呼は白銀武に向けて銃を構えている。
彼女が護身用にという名目でたまに白衣のポケットに入れて携帯している拳銃。
彼我距離は8m程度で、彼女の腕ならこの距離でも当たることはない。
元々学者で、運動神経も高くない、しっかりとした訓練も受けていない彼女がまともに撃てるわけがない。


―――その筈だった。


今、香月夕呼はしっかりと拳銃を構えている。

両脚を肩幅により僅かに広く開き、
右足を半歩ほど前に出し、
脇を締め拳銃を突き出すように構え、
開いている左手はしっかりとグリップに添えられている。

基本的な拳銃の構え方。
けれどその基本をしっかりと押さえた完璧な構え。
夕呼が拳銃を取り出しても、まず当たらない。
その考えが完全に裏切られた。
間違いない。この構えで、この距離なら間違いなく当たる。

「まさか………先生が拳銃の撃ち方を習っているなんてね……驚きました」

「そんなことはどうでもいいことでしょう? ま、それよりも聞いてもいいかしら」

微塵も動じずに夕呼は武に応対する。

確かにこの構えならどんなに彼女が運動音痴でも身体のどこかには当たる。
けれどそれはこちらが回避行動を取らなかった場合だ。
いざとなれば彼女が瞬きする間に無力化することは容易い。
しかし、それでは駄目だ。
その瞬間に、夕呼先生との会談は破綻する。

「なんですかね……?」

上手い考えが浮かばない。
正直舌打ちの一つでも打ってやりたい気分だが、そんなことをしてこれ以上彼女の気を害すのは下策だ。
くそ、何がいけなかった!?

「………あんなトンデモナイ兵器を持ちこんで、あんたはいったいこれからどうしようって言うのかしら?」

「なるほど……天狼と火纏は既に回収済みってわけですか」

俺が眠っていた一週間。
確かに俺がやってきた経路を推定し、廃墟に転がる二機の戦術機を見つけるのには十分な時間だ。
しかし、何故だ。何故、先生はこんなことをする。

「質問をしているのはこっちよ―――!」

考える間もなく夕呼は拳銃を突き出し、回答を促す。
くそ、考えがまとまる前に。

「……そんなこと決まってますよ。 まずはアイツらやヴァルキリーズを鍛え直します。 00Unitも完成させてオルタネイティヴ4も成功させて、今度こそ誰も失わずに………純夏も、みんなも、世界も救う。 その為に俺は行動します。 その為に夕呼先生に協力したいんですよ」

考えは纏まらない。だから偽りのない気持ちを曝け出すことにした。
どこまでも真摯に。どこまでも切望し、追いかけて、過去に置いてきたと思っていた願いを口にした。

「愚かね……そんなものどこの未来にも転がっちゃいないわよ。 あんたが言っているのは夢幻、ただの理想論。 何がBETAを倒し、残りハイヴを一つまでに追い込んだ、よ。 それを導いた奴がこんな甘ちゃんだなんて、笑えない冗談だわ」

しかし、それを聞いてもなお夕呼の視線は鋭くされたまま、銃を下ろす気配はない。

「―――先生っ!」

「悪いけど、あんたと私の間に利害関係なんて構築できないわ。 今の私にあんたの協力は必要ない。 嘘か本当かも解らない夢物語を語る子供なんて、要らないのよ」

夕呼は狙いを定め、拳銃のトリガーに掛けた指に力を込めていく。

「………!?」

必要がない。
その言葉が武の胸に突き刺さる。
別に俺の願いを子供が抱いた夢想だと揶揄するのはいいさ。自覚はある。
でも願ってしまったのだからしょうがない。
だが、白銀武が必要ないというのはどういうことだ?
00Unitである純夏を調律するには白銀武という絆が必要だ。
それが必要なんてことは、まず―――

ちゃきり。
拳銃のトリガー。
撃鉄を下ろし切るまでの余白。
トリガーから撃鉄までの機構の間にあるクリアランスが埋まった音が、執務室内に響く。

「あんたとあの戦術機の存在は、危険分子以外には有り得ないわ。 だから………さようなら、白銀武……未来の英雄さん?」

「―――くっ!」

先生の考えていることがまるでわからない。
今の先生を説き伏せるだけの言葉が見つからない。

武の考えが纏まらない内に、

夕呼は構えた拳銃のトリガーを引き絞り、



パァン、と乾いた炸裂音が、魔女が凶弾を放つ銃声が副司令執務室に響いた――――――












[13811] 第二話
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/08/10 22:31

「さようなら、白銀武………未来の英雄さん?」

冷たい笑みを浮かべて、夕呼先生は拳銃のトリガーにかけた指に更に力を込めた。
俺の力は必要ないと、俺の協力は要らないと先生は言った。
それはおかしい。
鑑純夏が今までどおりBETAの捕虜としてあの姿になっているとしたら
彼女はこの下の階層に眠っている筈だ。
そして、さっき先生は霞がこの基地にいることを肯定した。
即ち、純夏がこの基地にいることを裏付けているんだ。
ならば霞は純夏の意識をリーディングしている筈だし、当然いきつくのは
“武ちゃんに会いたい”という純夏のたった一つの願いだ。
だからこそ今まで俺――白銀武は先生と出会う度にその価値を見出され
この基地に身を置くことを許されていた。
これが俺と先生の間に築かれる利害関係の根幹だ。

その根幹が、まさかこんなファーストコンタクトで崩れ去るなんて思いもしなかった。

「(――――くそっ。 どうする?)」

今より数瞬の時を刻めば、先生は引鉄を引き切る。
そうなれば銃口から弾丸が吐き出されるのは必然だ。
避けなければ、確実に身体のどこかに当たる。
避けなければ。
だが、避けてどうする。
先生は確かに基本に忠実な銃の構えをとっている。
しかし、初弾さえ避け切ってしまえば後はどうとでもなる。
あの夕呼先生が、様になった構えをしてるだけでも十分驚きだが
はっきり言って、先生がその後もその構えを取り続けられるとは考えづらい。
大した距離もなく、固定標的を狙い撃つだけならば、少し教わっただけでも割と何とかなる。
けれど移動標的で、しかも経験のない素人ならば話は別だ。
移動する標的に照準を合わせ続けると言うだけでも素人には難しい。
それが初弾を外し、次弾を備えることになるということになれば更に難易度は上がる。
少しでも焦りを孕んだ銃弾なんて、そうそう当たるものではないのだから。

しかし、それは先生も解っている筈だ。
第四計画責任者にしてその直轄部隊の指揮を執る彼女がそんなことを知らないわけない。
彼女の指揮能力――いや、先生のはある意味カリスマ性とも言っていいが――は
そこらの下手な指揮官より数段上だ。
先生は戦いというモノがどういうものかを知識の上でありながらもちゃんと理解している。
その基礎として、下手な鉄砲はどれだけ数を撃とうと当たりはしないし
そんな下手な弾なんて撃つだけ無駄になるということも解っている筈なのだ。
だからこそ、自分の銃の腕を誰よりも知っていた先生は威嚇として銃を構えたとしても
必要だと感じなければその引鉄を引き絞ることはない。
実際、俺は先生が誰かに向けて銃を撃ったところを見たことがない。
たまに憂さ晴らしと言って射撃場で模擬弾を撃ちまくっていたことならあるが
それはまた別だろう。それも先生が必要だと感じたからということに変わりはないのだが。

ならば、どうしてだ?
天狼と火纏という規格外の戦術機とそれに乗っていたという人物を排除する為か?
それにしてもどうにも納得がいかない。
天狼と火纏には先生が求めていた“答え”の複製品すら搭載されているのだ。
いくら解析を――いや、無理か。
天狼と火纏には特別なセキュリティもかけてあるのだから
俺か一真、神奈に先生と霞でなければ機動すらも不可能だし
たとえ90番ハンガーの整備班であろうと00Unit-Ghostに辿り着けるわけがない。
あの二機の真実に気付けるわけもない。
しかし、さっき先生は“トンデモナイ兵器”と比喩していた。
まさか解放できたというのか?
いや、それでも機体の詳細を自分たちで調査するにしろ
既にそれを知っている人物がいるのなら、その人物を排除するメリットは少ない。

総じて、夕呼先生が俺を排除するメリットは少ない。
むしろデメリットの方が多いほどだ。
危険人物への対処にしたって、先生ならもっと上手くやっている筈だ。
こんなあからさまに敵対し、排除する必要なんてない。
ならば――――

武は夕呼に向けた視線を鋭くし、彼女の全体を見渡す。
同時に膝の力を一気に抜き去り、自然な動作で膝をちょうどいい位置まで曲げる。
即座に移行された戦闘態勢。

相手の一部だけを注視するのではなく、相手の全体を。
その周囲の景色さえも捉えきり、僅かな隙も見逃さない。
長年の軍務で培われた観察眼。
膝を曲げたのは古武術の要領。
膝を抜くとも言われる一つの技術。
戦闘における初期動作としてこれ以上に最適なモノはない。
膝の禁を解いて、脱力した関節は自重に押し負け屈折する。
それは人体の構造として当たり前のことだ。
ゆえに極自然な動作であり、その分無駄もなく迅速に一つの動作を完成させることが出来る。
先生の構えと同じ様にこれも基本的なものだ。
しかしその基本を極めた者のこの動作ははっきり言って動いたことが殆どわからない程に速い。
いつだか紅蓮大将も言っていたとおり、極めた一つの基本は最大の奥義になる。
実際に一真もこれを得意としていて、アイツのこれは注意していても全くわからないほどだ。
相手の虚を突き、その隙に一気に間合いを詰める。
一真がそうだった様に俺も、本来ならばそうするところ。
けれど、俺は半身分横に身体を流すだけでその動作を終了させた。

同時に、乾いた炸裂音が部屋に響いた。








「……………」

一時の静寂。
硝煙とはまた違う独特な火薬の臭い。

「………まったく、予想はついていたってのに。 まさか、当たるなんて思ってませんでしたよ」

武は僅かに口を歪める。
本当に実弾を使用しているというもしものことを考えて
しっかりと銃弾の軌道を読み切ったのに、まさか当たるなんて夢にも思わなかった。
浮かべたのは自嘲気味な笑み。
予想は出来ていたが、これは呆気に取られてしまった。

「あら? にしてはあまり驚いた顔してないじゃない」

つまらない、という感情を隠さずに夕呼は短く溜息を吐いた。

「驚いてますよ。 ただ、先生の期待どおりの反応を示してやるのはどうにも癪なので」

本当に小癪な。
せめてもの抵抗に戦闘態勢に移行したまま、張り詰めさせた緊張も解かずに夕呼を見据える。
視線の先では夕呼が愉しそうに口の端を吊り上げていた。

「ふふん。 まぁちょっとした余興にはなったでしょ。 憂さも晴れたし」

そう言って彼女は構えを解いて、銃を下ろした。
下ろされる銃に引き摺られて、放たれた“銃弾”もスルリと音を立てて武の身体から落ちる。
鬱陶しく残った“銃弾”を手で払って、武はもう一度夕呼を見やった。

「…どういうつもりですか、先生? こんな玩具で脅かすなんて」

そう、夕呼の構えていた拳銃は精巧に造られた玩具だったのだ。
実弾にしろ模擬弾にしろ描く軌道にそう変わりないと踏んでいた武は
見事にその銃口から放射状に放たれたテープや紙吹雪に直撃したわけだ。
まさかこんな玩具を持ち出して、さも当然の様に銃を構えるなんて思わなかった。
ある意味夕呼らしいが、身元の分からない人物に対する態度としては微妙だろう。
仮にも危険人物とまで言った人物に対し、玩具を用意するなんて馬鹿な行為は香月夕呼らしくない。
もはや二十年以上も前になってしまうが、前の夕呼は第四計画を知り過ぎていた武に
何の躊躇もなく実銃を向けたのだから。
どうにも腑に落ちず、武は眉をハの字に顰めた。

「さっきも言ったでしょう? 余興よ余興。 ああでも、お説教と言ってもいいかしら」

「…………。 質問を変えましょう。
 夕呼先生、あなたは俺のことを知っているんですか?」

くすくすと静かに笑みを零す夕呼に、武は溜息混じりに尋ねる。
そこにはもう先程の剣呑とした気配はなく、最低限の注意だけが払われているだけだ。

先程夕呼は余興と言った。
その言葉に偽りはないのだろう。
しかし、実銃にしろ玩具にしろ、身元不明正体不明の危険人物に
銃口を向けるのは自殺行為にも等しい。
いくら武が生涯を語り、その人となりを理解したとしてもその行為自体の危険度に変わりはないのだ。
だから、夕呼がこんなことをしたのには意味があると武は判断した。
彼女には武が危害を加える気がないと確信があったのだと
白銀武という男がどの様な人物であるのかと、夕呼は知っていたのではないか。
不可思議なこと極まりないことだが、武は自身の存在の異常性を鑑みてそんな予測を立ててみたのだ。

「ええ、知ってるわ。 まぁ、人伝にだけどね」

「……人伝?」

不可思議な予想に返ってきた不可思議な返答。
そんなことは絶対に有り得ないのだ。
夕呼の知っている、という言葉にこの世界にいる本当の白銀武は含まれていない。
この世界の白銀武と今彼女の目の前にいる武は全くの別物だ。
この世界の白銀武をいくら知っていようと、
それが目の前にいる武に当てはまるなんて可能性は極めて低いと彼女なら考える。
ならば、その可能性を彼女は除外する。
ゆえに、香月夕呼が知っているのは、今ここにいる武ということになる。

しかし、それでも可笑しい。
武を知っているモノがこの世界にいるのなら、
それは因果導体かそれに準じるモノということになる。
けれど、その様な存在がいる筈もない。
それだけ因果導体だった白銀武という存在は稀有なのだ。

しかし、武の頭には一人の男の存在が浮かび上がっている。
もしかしたら彼がこの世界にいるのではないかと淡い期待を抱いてしまっていたのだ。

「それはどういう意味で―――」

「ストップ。 まず最初に聞きたいことがあるわ」

お互いに執務室に立ちつくしたままの姿勢。
夕呼は右手を掲げ、武の言葉を遮る。

「あんたは本当に“白銀武”なのかしら?」

「――? 当り前ですよ。 俺は正真正銘、白銀武という男です」

質問の意図が解らず、小首を傾げて武は返答するが
夕呼はそれに不満があったらしく目を細め、武を睨みつけた。

「そういう意味じゃないわ。 あんたも言ったでしょう。
 今のあんたは前の世界にやってきた“白銀武”の因果情報をコピーし、
 周囲の人間の認識によって再構成され、世界にその存在を許され定着した異邦人。
 つまり、あんたは本当の意味での白銀武じゃない。
 謂わば白銀武を騙る偽物。
 そんなあんたがこの世界で白銀武の役目を背負えるか、って聞いてるのよ」

ああ、そういう意味か。
武は納得したように頷いた。
夕呼の懸念は尤もだ。そして何より正論だ。
今の武は所詮白銀武の複製品でしかない。
白銀武がこの世界に残ることを望み、その自己への認識と
周囲の人間の白銀武への認識が生み出した模造品。
白銀武と仲間との絆、因果導体でなくなり異物を排除しようとする世界の秩序。
その二つがせめぎ合い、生まれた折衷案が今の白銀武だ。
それを大きく手助けしたのが緋村一真という存在なのだが、本質に変わりはない。

今の武は白銀武の記憶と思考を持ち、世界に“白銀武”というラベルを張られ
この世に降り立ったマガイモノに過ぎない。ゆえに複製品。
香月夕呼曰く、世界の落とし子。
それが今の武の正体だ。

「心配いらないですよ、先生。
 俺は何の疑いようなく間違いなく正真正銘“白銀武”です。
 それ以外の何者でもありませんよ」

けれど、そんなモノに臆する必要が何処にあるのか。
確かにこの身はマガイモノなのかもしれない。
だが、この身は仲間たちとの絆で創られた存在。
彼女達との絆を疑うなどどうして出来ようか。
そこに疑念の付け入る隙間など在りはしない。
何より、彼自身が胸を張って自分は白銀武だと言い切れる。
これ以上の証明など、この世界のどこにもないだろう。

「へぇ? 自分の正体を知ってなお、自分が白銀武だって言い切るんだ?」

「当り前ですよ。
 いくら白銀武の記憶を持とうと生まれた瞬間はロストナンバー。
 それ以外になれる可能性があるにも拘らず、俺は白銀武であることを選んだんです。
 自分のその選択を疑って何になるんですか?」

確信を抱き、揺るぎなく答える武を夕呼は真剣に、見定める様に数秒見つめたが、


「――――合格よ」


夕呼の真剣な面持ちはその言葉と共に破顔した。

「はぁ?」

意味不明な言葉に武は訝しげに目を細める。
何が合格なのか。
彼が何者なのかなんて誰かに許しを請わなければならない謂われなどありはしないし、
夕呼の言葉の意図が解らないと武は素っ頓狂な声を上げた。

「いやね、余興余興といっても今の問いかけまでが余興だったのよ。
 ああ、お説教といってもいいかしら?
 何にせよ、あんたは合格よ、白銀武」

「あの、夕呼先生。 先生の言っている意味が解らないのですが……それに余興って」

くつくつと笑みを零す夕呼を更に怪訝さを増した目で見やる。

「ああ、さっきのあんたの質問への回答ね。 答えはイエスよ。
 私はあんたという人物を知っているのよ」

そんな武の視線を気にもせず、夕呼は口を開く。
聞いちゃいねぇ、と武は愚痴を零したくなったが、
今の夕呼の言葉を聞き逃すことが出来るわけもなく耳を疑い、目を見開いた。

「どういう意味ですか? 誰から俺のことをっ?」

「がっつかないでよ。 あんたが何でここにいるのかも含めて話してあげるんだから……。
 ………誰に聞いたか。 そうねぇ……しいて言うのなら私から、かしら?」

押し黙った武を余所に、夕呼は自分の机まで足を動かす。
いちいち聞き流せない夕呼の意味不明な言葉に武は幾度となく口を開きたくなったが
そうそう話の腰を折るわけにもいかず、落ち着きを取り戻そうと自分に言い聞かせた。

「夕呼先生…自身から、ですか?」

「そう。 厳密に言えば違うんだけどね。
 百聞は一見に如かず。 取り敢えず見てみる方が早いわね」

夕呼はそう言って机の上にあるパソコンのキーボードをカタカタと叩き、
パソコンのディスプレイを武の方へと傾けた。


『―――はぁい、白銀。 再びループした感想はどうかしら?』


その声に武は耳を疑った。
ディスプレイに映る顔を見て目を疑った。
あまりの出来事に夕呼へと顔を向けるが彼女はくすくすと笑みを漏らすだけで、
この状況を楽しんでいるようだった。
武は現状の把握が出来ず、
わたわたと齧りつく様に画面を呆けた視線で眺めることしか出来なかった。

『まぁ、あんたにとってはそう良いモノじゃないんでしょうけどね』

もう一度聞こえてきた悪戯染みた声。

「夕、呼……先生……!?」

漸く動いてくれた唇。
その言葉は画面に映る、武の記憶にある香月夕呼に向けられていた。

わけがわからないと武は更に困惑する。
画面に映る香月夕呼は武の記憶にあるとおり、
今ここにいる夕呼よりも二回り程歳をとった姿をしている。
そんな彼女が、画面の向こうにいる。
あまりに不可思議な光景に武は驚いてばかりだが
その間にも画面に映る香月夕呼は言葉を紡いでいく。

『これを見ているってことはあんたがまたループしたことになる――って
 順序が逆になっちゃったわね』

「――ぷはっ、私ったら何を馬鹿なことやってるのかしら!」

画面に映る香月夕呼の言葉に夕呼が堪らず笑い声を上げる。

「(自分の言葉にツッコミを入れる夕呼先生を夕呼先生が笑う……。
 なんというカオスな状況―――じゃなくってぇ!)」

画面の中で小首を傾げる香月夕呼を笑いながら見る夕呼。
その異様な光景に再び戸惑いを浮かべていた武だが漸く正気を取り戻す。

「先生っ! 一体これはどういうことですか?
 なんで夕呼せん――俺がいた世界の夕呼先生が画面の中に!?」

聞き様によってはタイムスリップした昔の人がテレビを見た時の反応とも取れるが実際は間逆。
未来から来た人間がなぜ未来のモノがここにあるのかと困惑していた。

「ああもう、黙って聞いてなさいよ!
 この動画すごく“重い”から巻き戻して再生するのも一苦労なのよ。
 だから聞き逃さないようちゃんと聞いてなさい」

「はぁ……」

夕呼の一喝に武は渋々画面の中の夕呼に視線を戻す。
隣から
「未来の私ってこうなるのね……改めて見るとなんだか複雑だわ」
なんて呟きが聞こえてきたが、もう反応すまい。
とりあえず先生が一度これを見たことがあるということと、
この映像が未来のモノだということがわかった。


『――今日の日付は2019年、1月8日。 時刻は午前1時。
 差し詰め、未来からのビデオレターってところかしら』

香月夕呼はそう言って得意気な笑みを浮かべた。
先生、それまんまです。

『このビデオデータは00Unit-Ghostの最奥部に設けられた領域に保存されているわ。
 機体ごと転移するなんてわからないから、予防策ってことかしらね。
 まぁ、こうして日の目を見ることが出来たのだから良しとしましょ』

00Unit-Ghost――天狼と火纏に搭載されたML機関及びGR機関を制御する00Unit<純夏>の劣化複製品。

「こんな仕掛けを用意してたんだから、未来の私はこの結果を予測してたんでしょうね」

「…………」

確かに。
一度もこんな未来を予想していると言われたことはなかったが、
このビデオデータがあるということは香月夕呼は武のループを予見していたのだろう。
言ってくれてもよかったじゃないか、いつの間にこんな仕掛けを、とか
色々文句を言ってやりたいが届くわけもないので黙殺する。

『このデータは白銀がループし、機体が自動データリンクによって時刻修正が入り
 過去の時刻になったとき自律的に自動的に過去の私の居所に送信されるように設定されているわ。
 送信されたデータの中には00Unitの論文とXM3、
 天狼や火纏に関するデータや、未来の歴史が入ってる。
 あまり詰め込むと00Unit-Ghostの機能に支障をきたすからそんなには入っていないけど。
 まぁ、このビデオはおまけね』

香月夕呼は意地の悪い笑みを浮かべて説明を続ける。

「(なるほど。 先生が俺のことを要らないって言ったのは半分くらい的を射てたわけか。
 確かに先生の言うとおりのデータが送られてきたのなら、俺の手助けはあまりいらないな)」

こうなってしまえば出来ることは、未来を知る者として世界を動かすことと
純夏の調律、XM3基礎概念の講義、操縦の指導くらいなものだ。
あれ、あまり変わらない気がする。
ああでも、いくら00Unit-Ghostがあっても00Unitの設計理論は回収できないわけだから
理論回収の方法を齷齪考えなくてもよくなったのは大きい。

視線を横に動かせば夕呼が嬉々とした笑みを浮かべていた。
それは正しい理論を手に入れたという喜びの表れなのだと武は理解し、画面に視線を戻す。

『――このデータについてはいいかしら。
 じゃあ、何であんたがもう一度ループしたか…既に私から聞いているかもしれないけど
 一応説明しておくわね』

「送られてきたデータの中には手紙もあってね。
 その中には今回の転移についての考察も入ってた。
 私から言ってもよかったけど、あんたも昔馴染みから話を聞いた方が納得がいくでしょ」

「………そうですね」

武は視線を動かさず、短い言葉を返すだけに留めた。
正直、こうなってしまえば原因なんてどうでもいいとさえ思っているのだが
やはり本心では気になっているのか、耳と目は香月夕呼に釘付けになっていた。

『まず、00Unit-Ghostのことは嫌というほど理解してるわよね?
 Ghostは00Unit、活動停止した鑑の量子電導脳から情報をサルベージし
 新造した量子電導脳に移し替えた00Unit・鑑純夏の劣化複製品。
 その試みは成功。
 00Unit、量子電導脳としての最低限の機能をGhostは発揮することが可能になっている。
 しかし、鑑純夏としての人格を再現するには至らなかった』

香月夕呼の言葉は武の記憶にあるとおりのものだった。
00Unit-Ghostは量子電導脳を遺憾なく稼働させるただのスーパーコンピュータだ。
当然、鑑純夏としての人格もなく、リーディングやプロジェクションも使えない。
しかし、香月夕呼がループの原因を語る上で、これを持ち出してきたということは
この00Unit-Ghostが関係していると見て間違いない。

『けどね、鑑としての人格が復活する可能性はあったのよ。
 あんたがこの世界に定着した時、その可能性は浮上した。
 白銀、あんたがこの世界に定着した原因は覚えているでしょ?
 仲間たちとの絆――なんて非科学的な言葉はあまり好ましくはないけど』

話が進むにつれて表情に真剣味が増してきていた香月夕呼の顔に、笑みが灯った。
それは自嘲気味にとも受け取れたが、武にはどこか温かく感じられた。

『よく考えてみなさい。
 この世界で一番あんたを強く認識している存在はなんだったか。
 あんたがこの世界で一番強く認識していた存在はなんだったか。
 鑑でしょう? あんたがこの世界に定着した時、私は鑑の復活を予感したわ。
 だってそうでしょ。
 あんたがいる以上、鑑もこの世界にまだ存在している可能性があるんだから。
 00Unit-Ghost作製はね、鑑純夏――活動停止した00Unit再稼働の計画でもあったのよ』

「――この場合、死者の蘇生っていうのかしらねぇ?」

香月夕呼の言葉を聞き、夕呼は悪戯な笑みを浮かべて呟く。

「………どうでしょうね」

その呟きに武は本当に小さく答えた。
自分に向けられていたわけではないだろうが、自然と口を開いてしまっていた。

香月夕呼は、鑑純夏を――00Unitをどう捉えていたのだろうか。
彼女は科学者としてしっかりとその辺に線を引く人間だ。
せいぜい人格のある端末という認識だったのかもしれない。
ただ、それは理屈であって、彼女の感情ではない。
そもそも人格があると言っている時点で00Unit・鑑純夏を人間だと言っている様なものだ。
何を以って人を人に足らしめるのか。
香月夕呼は非道な手段を取っていたが、彼女は性根まで非情な人間ではなかった。

その解釈でいくと彼女の行為は死者の蘇生とも言える。
しかし00Unitの復活はあれからの戦争において人類が優位に立つためには必要だとも言えたのだから
彼女はあくまで有益な道具を修復するつもりでやっていたのかもしれない。

『ま、結果はさっきも言ったとおりなんだけどね。
 でも、それだけじゃなかったのよ。
 今現在、Ghostに構築された思考データは確実にその組成を変化させているわ。
 や――社や神奈もそれの観測に成功。
 00Unit-Ghostに移された鑑は段々と覚醒に近づいている。
 けれど、原因は何か。
 最初に変化を観測できた時、私たちはそれがわからなかった』

武の顔にはありありと驚愕の色が浮かんでいた。
鑑純夏が生き返ろうとしていた。
そのあまりに衝撃的な事実に、武の心は揺れに揺れていた。
何故教えてくれなかったのかとか色々言いたいことも浮かんできたが、
それはあくまで可能性だったのだろう。
下手な希望を持たせまいとした妻や、先生の心遣いを察し武は心の中で感謝した。

『原因や理由なんていくらでもある。
 幾度となく試された社のリーディングやプロジェクションのせいかもしれないし、
 天狼や火纏に搭載されあんたと戦場を駆けたせいかもしれない、
 神奈という同族が近くにいたかもしれない。
 …………でも、今一番濃厚なのは――――――』

「あんた、覚悟して聞いた方がいいわよ」

「………何でですか?」

夕呼の顔に険の色が現れ、言葉が投げかけられる。
突然の注意に武は疑問を抱くが、その答えはすぐにわかると思い直し
「いや」と短く言葉を切り、画面に注意を戻した。

『――――緋村一真が原因だということが考えられているわ。
 あいつがあんたの因果情報を取り込んだ人間だってのは教えたわね。
 でも、緋村についてあんたに言ってなかったことがあるのよ』

友人の名前が挙がったことに武は本日何度目かになる驚きを懐く。
確かに一真は武の因果情報を取り込みんだ存在だ。
それが何だというのか。
脳裏に自分と彼の関係性を知らされた時のことが、
自分と霞が二人を残して退室したことが思い出される。
武は何故か嫌な予感が止まらず、背に冷たい汗が伝うのをを感じ、喉を鳴らした。

『あんたには因果情報を共有したと言ったけど、実際は少し違うの。
 確かに共有している部分もあるだろうけど、それは酷く曖昧なのよ。
 ある意味、緋村は文字通りあんたの因果情報を取り込んだと言っていい。
 つまりあんたの半身は存在しているだけで、完全に大元から切り離されてる状態だったの、初めはね。
 桜花作戦直後にあんたから離れ、あいつに取り込まれた因果情報は
 あんたに会うまで緋村一真の一部として円滑に働いていた。
 けれど、あいつの能力ラーニングが……あんたとの間に一種のパスを繋いでしまった。
 その瞬間から、緋村に取り込まれた白銀の因果情報は現在の白銀武と同等になろうとし始めたのよ。
 同位化現象、それがこの現象の名前』

「…同位化、現象……」

聞き慣れない言葉を武は口で呟いて反芻する。
しかし、嫌な予感は未だ払拭されない。

『同位化現象が進むにつれ、白銀武という存在は完全なものになっていったのよ。
 大元から離れ、本来の活動から離れていた因果情報が大元と同じ存在になろうとする。
 この世界に白銀武という存在が確固たる形で定着していくにつれ、鑑の覚醒は進んでいっているの』

「まったく、他人の因果情報を取り込むなんて。 緋村ってのはどんな奴なのよ?」

「………俺の、友達ですよ」

まさか最も親しかった友がそんな役目も担っていたとは露とも思わず、武はその真実に驚いてばかりだった。
そんな驚愕に占められた頭で何とかして絞り出した言葉を、夕呼は「ふぅん」と生返事をした。
その目に妖しい光を宿している辺り、一真をいっぺん解剖してみたいなどと考えているのかもしれない。

『そして鑑が覚醒する時、あんたがループした時。 それは―――』

香月夕呼の表情に真剣味が宿る。
いや、それだけじゃない。
その表情には影が落ちている。

そうして、彼女は言葉を紡ぐ。


『――――緋村一真が死亡した時よ』


静かに告げられた言葉。
それはただの空気の振動である筈なのに。
武の心に確かな衝撃となって、打ちのめした。

今、彼女が何と言ったのか理解できない。
今、俺がいる世界がどこなのか把握できない。

今、彼女は何て言った。
今、俺はどこにいる。


「…………」

あまりの衝撃に武は言葉を失った。
あまりの衝撃にまともな思考を奪われた。

それでも、頭の奥ではその言葉を理解してしまっていた。

――俺がここにいるということは、

『同位化現象が進行するにつれ、緋村本来の因果情報は圧迫され侵されていく。
 結果としてあいつは存在を蝕まれ―――』

――親友と呼んでくれた友が、死んだから――

『確実に死ぬ。
 その瞬間、同位化現象が終わったということね。
 あいつの持つ白銀武の因果情報があんたと同価値になったということよ。
 それ以前でも緋村が死ねば、あんたの因果情報はあんたの元に返るわけだから同じことね。
 大元に返った半身は簡単にあんたと同化する。
 そしてトリガーは引かれ、鑑は覚醒する』

「…………そん、な……」

『あんたが自分のせいだと喚くのも勝手だけどね。
 少なくともそれが一番濃厚な仮定なのよ。
 最低限そうなのかもしれない程度に覚えておきなさい』

武の小さい呟きは、ただのデータである香月夕呼には届かない。
彼女は記録された通り、ただただ言葉を紡いでいく。

『結果としてどうなるかは私にはわからない。
 鑑が完全に覚醒するかも――――』

「―――ビデオを止めてください、先生」

画面から目を逸らし、武は静かに呟いた。
それを聞いた夕呼は溜息混じりにキーボードを弄り、動画を終了させる。

「………だから覚悟しておけって言ったでしょ。
 これからあんたの後顧の憂いを晴らすための説明もあったのよ?」

武への不満を隠しもせず、夕呼は叱る様に言葉を投げかける。
武はふらふらとソファまで歩いていき、腰を掛けた。
夕呼もそれを追う。

「…………」

しかし、武が押し黙り両手で顔を覆いながら俯いている。
それを見て夕呼は大きく溜息を吐いた。
先に読んだ香月夕呼からの手紙から武の人となりを知ってはいたが、
“これ”が世界を導いた男だとは、何とも世界が情けなく見えるものだ。
聞く限り、今まで相応の地獄を見てきただろうに、
友人一人の死にこうまで落ち込むとは。
あいつも甘いが、目の前にいるこの男も甘々だ。

「――これを見せたのは、あんたがこれに耐えられるだけのやつだって思ったからなんだけど。
 最初の余興も、未来の私がただ我武者羅に馬鹿な願いを口にするだろうから薬にでもってね。
 あんたはそれにも答えられないのかしら。
 ほんと、情けない男ね」

苛立ちを露わにして、夕呼は乱暴にソファの背凭れの頭に腰を掛けた。

「それで、あんたはこれからどうするの?
 友達の死で成り立った世界なんて辛いだけだからって降りる?」

お互いに背を向けたままの姿勢で、夕呼は武に問う。

「………はっ、まさか。
 そんなこと出来るわけがない」

返ってきたのは思いの他、力強い声。

「何を勘違いしているのかはわかりませんが、
俺がビデオを見なかったのは、これ以上見る必要がなかったからです」

その声は、決して二十歳前の少年が出せる様なものではなく、確かな覚悟が受け取れる。

「もう決めたんですよ、歩みを止めないって。
 それにアイツが死んで、それによって俺がここにいるのなら
 なおのこと俺はこの世界を救わなくちゃならない」

そう言って武は顔を、腰を上げ立ち上がった。
その表情は精悍で、とても屈強な戦士を思わせるものだった。

「情けないところなんて、アイツに見せるわけにいかないんですよ」

「ふぅん。 ついさっき私はあんたのこと情けないと思ったけど?」

夕呼も武に向き直り、意地の悪い笑みを浮かべる。

「うううるさいですよ! それは先生の気のせいですっ」

「ふふ。 じゃあ、そういうことにしておきましょう」

先程の様子とは打って変わって声を上ずらせ、うろたえる武を一笑し夕呼は自分の椅子へと戻っていく。
さっきの状態なら少しは見れたモノだったのに残念だ、と思ってしまったのは彼女にとって不覚だった。

夕呼は椅子に腰かけ、頬づえを付いて笑う。妖しく、愉しげに笑う。

「さて、未来の英雄さん。 手を貸してもらうわよ。
 私の計画の為に、人類の為に。
 きっかりしっかり働いてもらおうじゃない」

余興だと言って必要ない、要らないと散々罵った相手と組むのは些か不思議な感覚だったが、
それでもこの男と組むのは面白そうだ。
何より、目の前にいる男は真に世界を救うことを願い、必死に手を伸ばしている。
愚直ながらもここまでくればその姿勢を貫けるのなら本物だ。
ならば、この男は信用に値する。
いや、もしかしたら信頼に値するかもしれない。

夕呼はこれから刻んでいく未来を遠く想う。

「ええ、もちろんですとも」

そうして、今ここに再び英雄と魔女は契約を交わす。



さあ、新しく歴史を刻もう。
前よりも何よりも明るい未来を築こう。
それが遠く願い続け、足掻き、追いかけ、守り続けた久遠の約束なのだから。










おまけ
話の流れでカットされた未来の夕呼先生のセリフ


『……結果として鑑が完全に覚醒するかは、わからないけどね。
 そして、鑑が覚醒した時あんたは再び因果導体に戻るわ。
 元々因果導体であったは、そうでなくなったとしても、そうであった事実は残っている。
 けれど、あんたは白銀武であってない者。
 因果導体になったとしても一瞬がやっとじゃないかしら。
 あんたと同じ様に、鑑も原因を取り除かれたという事実は残っているから永くは持たないでしょうね。
 それと……覚えているかしら?
 あんたがこの世界にやってきたとしても、元の世界にはちゃんと白銀武がいたってことを。
 安心しなさい。
 あんたがループしたとしても、この世界に定着した白銀武は消えはしない。
 今回のループも恐らく、ループといっても転移――タイムスリップに近いモノだと思うわ。
 ………ああ、天狼や火纏が一緒に来た理由ね。
 色々小難しい説明になっちゃうし、あんたには理解できないでしょうから
 こうとだけ言っておくわ―――――鑑が、あんたから離れたいと思う?』



『ああ、Ghostとしての鑑は残るだろうけどパラドックスが起きる心配ないわ。
 今のあんたが過去にループした時点で、確実に世界は違うものになった。
 こっちの世界とは別物の筈だから』




[13811] 第三話
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/08/31 19:45

「――さて。 今後の方針…というか、あんたの取り扱いだけど、どうしましょうか?」

「取り扱いって……俺は物ですか」

香月夕呼との利害関係を正式に結んだ白銀武は今後の予定を話し合う為に改めて席に着いた。
時刻は既に午前一時を回っており、通常の業務ですからも多忙極める夕呼の負担になるのではと
危惧したが、夕呼曰く「私はまだ若い」らしい。
どうやら今より二十歳近く歳をとった自分を見たのは思いのほか地味にショックだったようだ。

未来の香月夕呼から齎されたデータは大きく分けて四つ。
00Unit製造の為の完成理論。
二〇〇一年からバージョンアップされ続けたXM3。
武たちの愛機、凄乃皇『天狼』と火纏に関するデータ。
ちなみにこれにはML機関とGR機関、人工ODL洗浄装置、00Unit-Ghost設計概念なども含まれる。
最後に、二〇〇一年から二〇一九年までの大まかな歴史だ。
歴史に関しては、それまでにあった事件のことも記されているようだが
なまじ数が多いせいかそれ程詳しくはないそうだ。
何より二〇一九年までに攻略されたハイヴの地下茎構造物状況や
作戦時のBETA出現分布図のデータの比重は大きい。
原因は夕呼曰く、香月夕呼が言っていた余分なものを詰め込める容量の限界とのこと。
その代わりにオルタネイティヴ計画に関することや、夕呼にとって有益になる情報などが
詳しく記載されており、彼女としては申し分ないようだ。
聡明な彼女からすれば大まかな出来事の連なりを見るだけで、それらの関係性にも気付けるし
詳細は追々突き詰めていけばいいのだろう。

しかし夕呼にとってこれらの情報が有益であったように
武にとってもこれらの情報は大変有難いものだった。

00Unitの理論回収などはその最たるもので、
香月夕呼のビデオを見るまで因果導体でなくなった武には
以前の様に元の世界から回収する術はないのだからどうすればいいのかと四苦八苦していた。
最悪、Ghostの理論を流用するというのも考えていたのだが
アレは同じ量子電導脳を使ったものだと言ってもその根幹が違う為あまり期待は出来そうもなかったのだ。
理由は武も科学者じゃないため詳しいことは解らないが、
簡単に言ってしまえば、人の意思を持つものと
予め設定され制限されたシステムとの差だとのことだ。

歴史にしても、今より二〇年以上の月日を重ねてきた武には
忘れていることも多々あるのでそれを捕捉してくれる情報は本当に有難かった。

「いちいちそんな小さいこと気にしてんじゃないわよ。
 それで? あんたはこれからどう立ち回りたいのかしら」

夕呼は腰掛けた椅子の背凭れに身体を預け、半ば雑な口調で話す。
やはり彼女にも疲れが窺える。
思えば、武の意識が回復する時など彼女に分かるわけもないのだし
武が起きるまで彼女はいつもどおり業務をこなしていたのだろう。

そう考えると相手の生活リズム――
ひいては夕呼のスケジュールを崩してしまったのではないかとなんだが罪悪感が芽生えてきた。
意識を失い、回復する時刻など武に定められるわけもないため仕方がないと言えば仕方ないのだが、
良心の呵責というものは厄介なもので、そういった理屈とは独立して自身の心を苛んでいた。

武は居心地悪そうに腰掛けた椅子の上で頬をかき、視線を横へと漂わせる。
ふと、目に入ったのはコーヒーモドキを淹れる為の似非コーヒーメーカー。
武は何かを思いついたように椅子から立ち上がり、足を進めながら口を開く。

「そうですね……まずはA-01部隊の教導ですかね。
 元より少数精鋭の部隊。
 なにより補充要員も十分に行き届かない部隊ですから衛士個人の戦力増強は急務でしょう。
 XM3の方ですけど、人数分準備するのにどれぐらいかかりますか?」

「OSデータは複製済み。
 CPUの方は技術転用が主だから四日前から製造開始して、
 A-01人数分出来上がるのはちょうど今日の昼ぐらいね。
 すぐに換装させるのなら今から整備班叩き起こして取りかかることも可能だけど
 それでも全機換装ともなれば出来ても明朝。教導に入れるのは早くてその後になるわね」

「(なるほど。
  少なくとも四日前には先生はデータに目を通していたわけか)」

この様な無用な推し量りは趣味じゃないと思っていたが自然と頭にそんなことが浮かぶ。
武はコーヒーカップを手に取り、コーヒーメーカーを弄り始める。

それにしても四月時点でXM3をヴァルキリーズに
行き渡らせることが出来るプラスは思いの外大きい。
今から始めば武にとっての史実どおり歴史を運ぶとして
十二月の佐渡島ハイヴ攻略作戦の頃にはかなりの戦力向上が期待できる。
00Unitのことも合わせればこれらによって生まれる時間的余裕は以前の比じゃない。
時間さえ注ぎ込めばヴァルキリーズは日本最強の中隊じゃなく
それこそアジア最強の中隊になることも夢じゃないだろう。

「なら作業は数日中で十分です。
 初めに換装させるのは、そうですね……吹雪一機で。
 ヴァルキリーズ全機換装させる前に俺が仮想敵として
 A-01の相手をします。 XM3の性能を直に感じてもらいたいので」

「なるほどね。 先ずは習うより慣れろってことかしら。
 実際にどれほどのものか体感してもらうってわけね……。
 それより白銀。 あんたさっきから何してるのよ?」

淡々と続けられていた会話が途切れる。
夕呼の怪訝そうな目の先にはいそいそとあれこれやっている武の姿があり、
武は夕呼の言葉にはたとコーヒーメーカーを弄る手を止め小首を傾げる。

「(………? ああ、そうか)」

考えること数秒。
夕呼が何に疑問を覚え、何故そんな疑問が生まれたのか理解できた。

「見てのとおりコーヒーを淹れてるんですよ。
 前はここに集まると必ず誰かがコーヒーを淹れていたので…これはクセみたいなもんです」

武の言うとおり前の世界ではこの執務室に集まる度に誰かがコーヒーを淹れていた。
集まるのは主に武や霞、一真といったワケ知りの者が殆ど。
他ではたまにイリーナ・ピアティフが参加するといったところだろうか。
淹れるのはたいてい霞か一真で、最終的にその比率は一真の方が多くなっていった。
彼は自分が淹れたコーヒーを好んで飲まないのだが何かこだわりがあったのか
進んでコーヒーを振舞っていた。
その度に夕呼の秘書官であるピアティフは複雑そうな顔をしていたが、
一真はそれに気付いていただろうにそれを完全にスルーしていた記憶がある。
彼女が諦める一歩手前の頃、その眼が潤んでいたように見えたのはきっと気のせいじゃない。
うん、今度はピアティフ中尉にコーヒーを淹れさせてあげよう。
武は心の中で静かに決意した。(※秘書官は給仕ではありません)

「――どうぞ、先生。
 あ、ちゃんと砂糖は入れてないので心配しなくても大丈夫です。
 先生、ブラックの方がお好みでしたよね」

そう断ってから武はカップを机に置いた。
その表情は別段得意気とでもいうわけじゃなく、さも当然のようにけろっとしている。
対して夕呼の表情と言えば、呆気に取られたような表情を浮かべており、
武がどうかしたのか、まさか間違っていたのかと首を傾げた。

夕呼はこのコーヒーモドキに砂糖を入れることを好まない。
普通のコーヒーならばミルクなり砂糖なり入れ、味の変化を楽しむこともあるそうだが
ことコーヒーモドキに関してそれはないとのこと。
彼女曰く、コーヒーモドキはコーヒー風味の泥水。
そこにコーヒー本来の味わいを楽しむ余地などなく、
その苦みとあるかどうかもわからないカフェインによって眠気をぶっ飛ばすのが
このコーヒーモドキの主な利用方法だそうな。
これはいつだったか香月夕呼本人が言っていたことだし、
当然目の前にいる夕呼もそうなのだろうと入れなかったのだが
間違っていたのだろうかと武は視線で夕呼の様子を窺って見るが、

「――――きもちわるっ」

返ってきたのは、身を捩りながらこちらから身体を引いた夕呼の、何とも心外な言葉だった。

「いきなりなんつー暴言を吐くんですか、先生はっ!?」

「だってピアティフならともかく、
 碌に話したこともないあんたにそんなこと言われたら誰だってそう思うでしょ。
 一方的に知られているなんてのは、ただ気色悪いだけよ?」

あまりのことに武は身を乗り出して叫ぶが、
机を挟んで相対している夕呼はコーヒーカップを手に取りながらさらに後ろに退いた。
ちゃっかりコーヒーを確保しているあたり、武の心遣い自体には感謝しているのだろう。

「はぁ……まぁ、それで? 何話してましたっけ?」

「初めに換装するのはあんたが乗る吹雪一機で、最初はA-01の仮想敵をやるってとこまでよ」

「ああ、そうでしたそうでした。
 模擬演習は吹雪のXM3換装が済み次第予定を合わせて、という形でお願いできますか?」

「ええ、問題ないわよ。 未来の私のお陰でかなり余裕が出来たしね」

夕呼は武の淹れたコーヒーモドキに唇をつけ、ゆっくりとその中身を喉へと流していく。
武はそんな彼女を満足そうな顔で眺めるが、飲み辛いと視線で咎められ慌てて視線を他へと移した。

「…そういえば、時間的余裕は先生から見てどれくらいなもんですかね?」

一つ話に区切りがついたと判断し、武は議題を次へと移す。
話し合いが円滑に進めるというのは、議会においての理想形だ。
他にもどっかの課長みたいに話をかき混ぜるというのも常套ではあるが、武もさすがにアレは好かない。

「そうね………はっきり言って、かなり余裕あるわよ。
 あんたの歴史どおりでいくのなら
 あの二機を佐渡島までには完全修復し、整備環境を整えるぐらいにはね。
 ただそれを人類の余裕ととってもらっちゃ困るけど」

滑らかな顎のラインに指を添え、
数瞬考えこんだ末に出した彼女の回答は武にとっても嬉しいことだった。
何しろ天狼は武の最高の機動を再現するには絶対に必要な相棒だ。
ハードとソフトの相乗効果を根幹に想定したあの二機の戦術機はXM3の性能を最大限に引き出し
武の思い描く最高の機動を取ることが出来る機体。
対BETA戦においてアレは要となり得る戦術兵器。
それが人類反抗の起点とも言える佐渡島ハイヴ攻略作戦にまでには使えるのなら申し分ない。

「ええ、重々承知しています」

ただ、決してそれが人類全てのアドバンテージになるわけではない。
こうしている間も人類は刻一刻と絶滅の瀬戸際に追いやられており、そんなことにぬか喜びしている場合じゃない。

「ああそういえば。 CPCの方はどうなってますか?」

天狼の修理にあたり一つ気がかりなことがあった。
それは前の世界での最後の戦いにおいて見事に大破し破棄してしまった荷電粒子砲の存在だった。
その場で破棄してしまったのだから、この世界にあれが来ているわけもなく
事実、武もここにきて天狼を一望したとき荷電粒子砲がないことを確認していた。

もしも荷電粒子砲が無事にここにあれば
凄乃皇・弐型、四型の装備充実の手助けになったかもしれない。
しかし、それは無い物強請りでしかなく、しかもその思考は全力を尽くして戦った自分への冒涜でもある。
武はかぶりを振ってそんな思考を追い出し、どうなのかと夕呼に返事を促した。

「天狼に装備されていたやつよね?
 データに目を通した時はよくもまぁ五年でやってのけたと驚いたわ。
 そうね………ぎりぎりだけど、佐渡島には間に合うわ。
 ただあれは“今”にとってオーバーテクノロジーでしかないから、製造中に何が起きるかわからない。
 最悪、製造中になにかしらの事故があった場合企業は委託を断るだろうし、製造断念も有り得るでしょうね」

あれだけの技術ならどこも喉から手が出るほど欲しがるだろうし、
頼まれなくても喜び勇んで製造を受け持ってくれるだろう。
資金にしても00Unit完成が確定した今、ここの予算にも余裕が生まれているだろうし
いざとなれば、第四計画成功に必要だとでもいって上から巻き上げればいい。

しかし、これだけの好条件でも手に余る技術を持て余して大きな被害を受けたとなれば、一企業として手を引くしかない。
あれだけのものを取り扱うとなれば、それ相応の被害も懸念されるし事故が起きたとなればそうなるのも必定だ。

「そうですか………。
 まぁ、間に合わなくても大丈夫ですよ。
 天狼なら、標準装備でも十分やれますから」

「そお? なんなら赤い方――火纏だっけ?
 あれに搭載されていた螢惑っての使えるようにしとくのも出来るけど」

「……いや、それは遠慮しときます。
 あれは火纏の武装ですし、俺には手に余りますから」

素直に言ってしまえば、それはただ誤魔化しただけだった。
他者との互換性のない兵器など、使いものにならないし兵器としては欠陥品だ。
もちろん、螢惑はその様な欠陥品ではないし、制御できる機構さえ持っていれば武にだって扱える。
しかし、武は天狼に乗り、戦友である一真は火纏に乗り戦場を長きに渡って駆け抜けてきたのだ。
否が応にも火纏が螢惑を放つ瞬間は目に焼き付いているし、
螢惑を一番上手く使えるのは一真だけだと積み重ねた経験から理解してしまっている。
そんな自分が下手なりに扱えば、螢惑にも一真にも申し訳ない気がしたのだ。
無論、使いこなす努力を積むのは一衛士として常識のことであり、
使えるのなら使うべく努力すべきところ。
けれど、凄乃皇シリーズにとってCPCが象徴の一つといえるように
火纏にとって螢惑は象徴ともいえる武装だ。
それを自分が使うのは、どうしても気が引けてしまう。
総じて、武は一真に遠慮しているのだ。
火纏に乗り、螢惑を扱うべきは緋村一真だけであると心の内断じているのだ。
それが戦術機運用概念に反していることは理解しているが、それとは別に感情が拒んでいた。

それが甘い考えだと自覚はしている。
ただ、あれに一真以外が乗ると、あれを一真以外が使うと考えるとどうにも釈然としない。

見れば、夕呼がそんな甘い感情を見透かしたように意地の悪い笑みを愉しそうに浮かべていた。

「そう。 なら、そういうことにしておきましょう」

挙句の果てにそんなことも言ってきた。

「(ええい! 俺だってわかってるんだからチクチクと突っつくのはやめてくれっ)」

などと、独り善がりな反論を心の中で叫びつつ、話し合いは再開される。

「じゃあ、あんたの階級についてだけど、大尉でどうかしら。
 今年で十八になる若輩が務めるのは異例だけど、教導するのならこれくらいは必要よ?」

「いえ、ちょっと待って下さい」

「何よ、大尉待遇じゃ不満なわけ?
 流石にいきなり佐官ってのはいくら私でも骨が折れるわよ」

武の制止に夕呼は不満げに言葉を返した。
特務部隊A-01を教導するのなら、隊を任されている者の以上の階級が求められる。
局地的な分野での教導ならば別だが、XM3慣熟訓練教導ならばそれは当てはまらない。
武もそれは理解している。
ゆえに、彼の制止はそれが原因ではない。

「違いますよ。 俺が頼みたいのは教導の日程についてと俺の立ち位置についてです」

それにいきなり佐官なんて武としても望むところではない。
中身じゃそれ相応の経験は積んではいるものの、見た目にしてみれば二十歳にも届かない若輩だ。
そんな少年がいきなり現れて佐官だなんて言えば嫌でも注目が集まるし、
権力は魅力的だが、現時点で言えばあまり必要はない。
一番に思い当たる佐官階級が必要になるのは、
クーデターが起きた際に現れるであろう米軍の指揮官、アルフレッド・ウォーケンに
対抗する発言権を得ようとした時に彼と同階級の“少佐”という肩書が必要だということぐらいだ。

「? そんなのこっちで適当に組めるけど」

「先生の権限で昼間は俺を訓練生として207B分隊に入れと命じてほしいんです。
 ヴァルキリーズの教導は訓練日程を終えてからということにしてもらえると有難いですね」

「別に構わないわよ。
 けど、あんたも知っているでしょ? あの娘には“任官できない理由”がある。
 前は事が上手く運んだおかげで任官出来たらしいけど、
 現段階じゃあんたが入り込むことによって鍛えることは可能だろうけど、任官は絶望的よ」

武の思惑を読み取った夕呼はすぐにその可能性が低いということを断じた。

武がやろうとしているのは、夕呼が言ったとおり
207B分隊の―いや正確には207小隊の成長の促進と、任官だ。
そして、その妨げになるものが彼女たち自身の出自。
彼女たちは各々特殊な肩書を背負っており、
それが原因で各方面からの圧力によって彼女たちがいくら望もうとも任官が出来ないという事実がある。
彼女たちがここで担っているのは、人質という役目。
以前は12・5事件を経て、その価値をなくしたと判断され任官出来たが
夏期総合評価演習にて任官することは難しいだろう。

「絶望的ってだけですよ。 最悪、歴史を前倒しにでもすればいい」

歴史を前倒しにするというのはある意味冗談だ。
そこに生まれる弊害や手段を考えれば、たかだか任官させるためだけに払う労力が大きすぎるし
何より、あんな悲しい出来事をまた彼女たちに向き合わせるというのは出来ればしたくない。

「そして何よりも、そこにやれることがあって、それをやらないのは卑怯ってもんでしょう?」

ニッと笑みを浮かべて、武は当然のように言った。
そう別に外法を用いなくてもやれることは多々あるのだ。
以前の世界でも彼女たちは任官出来た。
ならば、それが不可能だという道理などあるわけがない。
ただ難しいだけ、ただ絶望的に可能性が低いだけ。たったそれだけだ。
たったそれだけで諦めていては、白銀武という人間は人類を導くことなんて出来やしなかった。

「大切なのは諦めないことですよ、先生」

釈迦に説法な気もしなくない。
武の知る限り、香月夕呼という人物が
一番現実的に人類の未来を信じ、決して諦めずに手を尽くしてきた人物なのだから。
まぁ、本人に伝えれば認めはしないだろうし、
「そんな青臭いこと思っちゃいないわよ」
とでも言い返され鼻で笑われることだろう。

その言葉を聞いた夕呼といえば、何故かなにかを考え込んでいるようで、その様子はどこか楽しそうだった。

「ふふん、まぁいいでしょ。
 そういうのならやってみなさい」

考え込む仕草を解いた夕呼は先程の余韻か薄く笑みを浮かべ、武の頼みを了承した。
そんな夕呼の含みのある笑みを見た武は先程の言葉にどこかおかしいところでもあったのだろうかと
考えてみるが思い当たらず、きっと自分の理解を越えたものだろうと納得した。

「ありがとうございます」

「それじゃあ、あんたはA-01の戦技教導官と
 訓練生になり済ます任務を兼任するってことね。
 それに合わせた身分証は追って渡すわ。
 ………せいぜい、犬に噛まれないよう気をつけることね」

夕呼の冗談交じりのそんな言葉に武は苦笑いを浮かべ、答えた。
彼女が言っているのは、この基地に間借りしている帝国斯衛軍第19独立警護小隊のことだろう。

「あー、俺のというか白銀武はやはり既に死亡していることになっているのでしょうか?」

一真と同じく長く戦場を共にした女性を思い浮かべながら、武は片頬が引き攣った顔で尋ねる。
正直に言ってしまえば彼女に会えるのは嬉しいのだが、身体はさらに正直だった。
あれだけの美人が本気で睨めば、それこそ尻尾をまいて逃げたくなるほどの迫力があるのだ。
出来ることならあの形相で問い詰められるのはもうご遠慮願いたい。

「……それなら大丈夫よ。
 城内省のデータベースも含め、データの書き換えは既に済んでいるから」

「ありがとうございますっ」

先程よりも心――というか気迫のこもった武の礼。
もしも膝をついての話し合いであったのなら土下座でもしていたことだろう。
実際に今も、下げられた頭の角度は90度を軽く超えていた。

「なにあんた、月詠中尉のこと苦手なの?
 あんたの話じゃ結構長い間同じ部隊にいたんでしょ?」

「だからこそですっ!」

がばっと顔を上げた武はさらに気迫のこもった声で胸を張って答えた。

そう、長く共にいたからこそわかるのだ。
月詠真那という人が何を考えているのか、どれぐらい怒っているのか、これから何をしようとしているのか。
相手の出方がわからないというのも怖いものだが、ほぼ正確に相手を捉えてしまうのも怖いものなのだ。

あと、誤解のないよう断っておくが武は別に月詠真那を嫌っているわけではない。
ただ訪れる筈であろう出来事を思い、恐れ慄いているだけで真那個人には好意的だ。
しかし、そんなことを真那や夕呼に言ってしまえば
さらなる恐怖が襲ってくることは目に見えているので決して口に出すことはない。
あまり弱味を見せては付け入られるし、何より武に被虐趣味はない。

「ま、からまれたら適当に何とかしなさい。
 ………じゃあ、最後の議題ね」

「え?」

夕呼のそんな言葉に武は疑問符を浮かべる。
残りの議題。何かあっただろうか。
今話し合っていたのは全て香月夕呼からのデータについてのものであり
既にその殆どの議題を消化したと武は認識していたためその言葉は不意打ちだった。

残りとしてしいて挙げるのなら前の世界での歴史と人類の勝利目前まで生きた武の記憶についてだが
これは既に片付いていると判断してもいいだろう。
何せ、前回十月二十二日に現れた白銀武が四月九日に現れ、
彼はやれることをやり尽くすと断言し、仲間たちを夏の時点で任官させようとさえ考えている。
そして夕呼はこれを了承した。
つまりこの時点で二人は歴史どおりにことを進める気はないということが解る。
後に修正を加え軌道をある程度戻すことは可能だろうがそれでも元通りというわけにはいかない。
二人にとって、歴史と記憶は既にこれからの判断材料の一つとして捉えられているのだ。

ならば何だろうか。
武は首を傾げてみるが思い当たることはない。

そんな武を余所に、夕呼は静かに口を開く。
その表情は別に笑みが浮かんでいるわけでもない、
険しい顔をしているわけでもない。
ただ神妙に。
彼女は真剣に、まるで決断を迫るように話を切り出した。

「――――“鑑純夏”のことよ」











「……ふぅ」

夕呼の話を終え、武は執務室から出た。
時刻は既に朝の三時を回っており、あと数時間もすれば太陽も顔を見せる頃合いだ。
思えば三時間以上話をしていたわけなのだから、さすがに疲労も溜まっている。
怪我も回復してから間もない身体には中々きついものもある。

「ふあ…」

身体は休息を欲しており、頭に行き届かない酸素を貪ろうと勝手に欠伸させてきた。
一週間も寝ていたというのに何とも怠け者の身体なことだ。

武は気だるそうに首をコキコキと捻り、自分の手に視線を落とす。
手にあるのは90番ハンガーのある階層まで使えるセキュリティパス。
それより下の階層ともなれば反応炉があったりと
極秘中の極秘なものが眠っているためあまり出向きたいものでもないが。
このレベルのパスを与えられたということは
その階層までは呼び出される可能性があるということだ。
天狼や火纏の修理について尋ねたいときや
調整に協力するときにでも呼び出すつもりなのだろう。
その程度なら吝かじゃないし、何ら問題ない。

武はパスをポケットにしまい込み顔を上げる。
207小隊への潜り込みは今日からになったため少しでも寝ておきたい。
欲を言えば基地施設の建設状況を見て回りたいがそれは暇な時にでも追々やっていくことにしよう。

しかし、その前に――

武は地下階層のある部屋へ足を運ぶ。

部屋は薄暗く、部屋の中央には青白く薄く光るシリンダ。
その光は幻想的で、綺麗だとさえ感じれる。
そのシリンダに納まるシロモノと何に因るものかを抜きにすれば、の話だが。

開かれた扉から武は薄暗闇の中に足を踏み入れる。
暗がりの向こうには規模の大きい機械の上に立つシリンダと小さな少女。
どうやら話に聞いたとおり人工ODL洗浄装置は既に取り付けられているようだ。
話によれば今は横浜ハイヴの反応炉が稼働しており、BETAへの情報漏洩を防ぐだけなら
シリンダ、反応炉間に簡易的な洗浄装置を挟めばどうにかなるらしい。
一週間前より作業が開始され三日前には整ったようで、夕呼の迅速な対応にはつくづく頭が下がる。

それも、今はどうでもいいか。

武は部屋の中にいる少女に向かい歩いていく。

「や、こんばんは」

陽気な声を掛けながら近寄っていくが、

「…………」

少女から特に反応は返ってこない。
これは予想通り。以前のように避けられないだけでも良しとしよう。

「こんばんは」

腰を落として彼女の視線の高さに合わせて、笑いかける。
そういえばこの頃はこんなに小さかったなぁ、
ツインテール姿を見るのも久しぶりだなぁと考えると自然と笑みが零れてしまったのだ。

長い銀髪をウサギの耳の様にツインテールにした少女――社霞は
相変わらず無表情で――いや、これは戸惑った顔だ。
夕呼の話では霞にも武についての話は言っているとのことだ。
武の個人データは天狼の搭乗データや強化装備の識別章にも入っていたので
彼女がリーディングをする必要がなかったのは嬉しく思う。

何にせよ、知らされているのなら霞の戸惑いもそれに因るものなのだろう、と武は納得した。
夕呼も言っていたことだが、いきなり自分のことを一方的に熟知ししていて、
しかも好意的な感情を抱いているとなれば戸惑うのも仕方のないことだろう。

「こ・ん・ば・ん・は」

しかし最初の挨拶というものは重要だ。
意地でもここは引いてやらない。

「……………こんばんは」

「うん、こんばんは」

漸く返ってきた挨拶に武は満面の笑みで答える。

「俺は白銀武。 よろしく。 君の名前は?」

「……………知っているんじゃないんですか?」

「うん。 それでも俺が知っているのは君じゃない。
 だから君の口からちゃんと聞きたいんだ」

この娘はあの社霞とは違う。
武の傍に寄り添い、支え続けてくれた。妻となった社霞とは違うのだ。
だから、この娘はこの娘として、また始めたい。

「…………やしろ。 社霞です」

「おう。 よろしくな! ほら、握手」

武は霞の小さな手を取り、何回か手を振った。
笑顔の武に対して霞は握られた手をまじまじと見つめていた。
手を離せば握られていた手と武に視線を行ったり来たりさせて、手を握ったり開いたりしていた。

「それにしても、こんな時間までこんなところにいたのか?
 駄目だろ? ちゃんと寝なきゃ」

時刻は三時をゆうに過ぎており、十代半ばの少女が起きているには遅すぎる時間だ。
彼女は朝が弱い性質なのでなおのことよろしくない。
社霞にしても二人が結婚してから生まれた長男の大和が生まれて間もない頃は
夜泣きもひどく、彼女は寝不足から本当に辛そうだった。
しかしそれも今では幸せな思い出の一ページ。
今では届かぬ遠い思い出だ。

「(やばい。 ちょっとホームシックになってきた……)」

話によれば前の世界にも白銀武は残っているらしいので心配はいらないだろうが
愛する妻と我が子と離れ離れになっているというのは何とも寂しいものだ。

「香月博士が、あなたはここにくるからといっていたので」

武の質問に霞は静かに答えた。

「え。 それって俺に会うために起きてたってこと?」

よく見れば目もしぱしぱさせていて、かなり眠そうだ。
霞は眠そうな頭をこくりと下げて頷いた。
眠いことを悟った武にはそれが小舟を漕いでいるのか頷いたのか
上手く判別が付かず、なんだか可笑しく思えた。

「そっか。 ありがとな、霞」

「なんでお礼をいうんですか」

「そりゃあ、霞は俺のことをずっと待っていてくれたんだろ?
 それが嬉しく感じられたから。 だからありがとうって言ったんだよ」

その気持ちに偽りはない。
ただこんな遅くまで待たせてしまったのは申し訳なくあるが。

「そうですか……」

「うん、そうだよ。
 ま、何か話があったんだろうけどさ、今日はもう寝てくれ。
 あんまり無理しちゃダメだろ」

そう言って武は霞の頭をくしゃりと撫で、彼女は擽ったそうに目を細めた。

「(あ。 なんかやばい…なにこの胸の高鳴り……)」

今、霞は細められていた目をしゃんと開いており、
頭を撫でる武をじっと見上げている。つまりは上目遣い。
妻の幼い姿に欲情するなんてことはないだろう、きっとないだろうが否が応にも鼓動が加速した。

「ハハハ……」

武はそんな感情を笑って誤魔化す。
誤魔化すと言っても彼女には通用しないので、誤魔化したのは自分の感情だ。

さて。

武は視線を霞からシリンダへと映す。
頭を切り替えよう。

武はシリンダにガラスを添える。
目に映るのは青白く光る液体に浮かぶ、人間の脳髄。

武にはやっておかなければならないことがある。
“白銀武”として、“鑑純夏”に言わなければならないことがある。

「――――――」











『君は他人の思い出に縋る必要なんてない。
 何も持っていないなんて気のせいだ。
 君は君にしか持っていないものをたくさん持っている。
 だから君は君の手で思い出を作るべきなんだよ』

突然やってきたあの人。
あの人は私にこういってきた。
決して口には出さなかったけれど、
彼は私ならその言葉を読み取ってしまうと
確信した上で思い浮かべたのだから言ったも当然だ。

彼は私のことを知っていた。
人伝でしか私のことを知らないと言っても
彼にも思うことがあったのか正確に私の心を捉えていたのだ。

そのとき私は戸惑った。
初対面の人に全てを見透かされていたのは初めてで、
なによりこの能力を含め、私という存在をあんなにも肯定されたのも初めてだった。
人の心を読んでしまうのは慣れているけれど心を見透かされるというのは慣れていないのだ。

思えば私個人に対して、あんなにも真摯に言葉を向けてきたのは彼が初めてだった。

そんな彼に、興味をもってしまうのは当然だったのだろう。
純夏さんの思い出以外で言えば、これも初めてのことだった。
しかし、彼はそれも見透かしていたのだろう。
丁重に暗に私は近づくことを拒絶された。

曰く、彼は私の寄る辺にはなれないらしい。

そんなことを言ってきた彼は、今目の前にいるこの人と同じ様に優しく頭を撫でてきた。
強くも弱くもない、ちょうどいい優しい感触。なんだかちょっとくすぐったい。

彼も、この人も、なんでこんなにも温かい色をしているのだろうか。
この人たちの温かい色が私の心に浸透するように、胸がぽかぽかする。
彼はこんなことも言っていた。
『君と思い出を作ってくれる男はいずれ現れる。
 だからこれからは縋るのではなく、自分から行動してくれると嬉しい』
あの時はその言葉の意味が解らなかったが、この人が彼のいう男の人なのだろう。
うん、こんな気持ちになれるのなら悪くない。
この人といれば、私は私の思い出を手に入れることが出来る。

この人――白銀武という人を待っていたのは間違いじゃないようだ。

そう思った矢先、白銀さんは私の頭から手を離してしまった。
せっかく気持ちよかったのに、名残惜しい。

白銀さんは意識を私から話すと、シリンダ――純夏さんのもとに向かっていった。

そういえば彼も私の頭を撫でたあと、シリンダに手を添えていた。
どうにも白銀さんと彼は重なって見える。
背格好も全然違うのに
重ねてみているわけでもないのにそう見えてしまうのは何故なんだろう。

白銀さんは純夏さんの入ったシリンダに手を添える。
彼も、シリンダに手を添える。

『「――――――ごめん」』

そうして、二人は同じところで
異な感情を抱きながら同じ言葉を告げた。








[13811] 第四話
Name: 狗子◆1544fd3d ID:68a2ef0c
Date: 2010/08/31 20:00



「―――次、20㎞持久走!」

「「「「了解!」」」」

春特有の暖かな風が吹き、その風音を私の指示が掻き消す。
続いて、薄雲が泳ぐ晴れた青空に指示を受けた十名の訓練生の声が響いていった。

指示を受けた訓練生はすぐさま訓練場のトラックにつき、持久走にとりかかる。
先ほどまで100mスプリント何本もこなしていた訓練生たちの肌には大粒の汗が浮かんでおり
走り出せば、滴は肌から零れ落ちて乾いた土に染みを残していく。

はぁはぁと乱れた呼吸を整えながら走る者。
ぜぇぜぇと呼吸が乱れたまま、さらに不規則になっていく者。

スプリントの疲れも取らないうちの持久走のためか、
出だしから先頭との差が生まれてしまうものもまばらだ。

この横浜基地衛士訓練校に入校してからまだ一週間ということも考えれば
それまでの運動経験や、元々の体力の差がそのまま浮き彫りになるのも当然のこと。
しかし、私は教官としてその遅れを許容するわけにはいかない。

「築地ぃ、もうへばったのかっ! 何だその無様な走り方は!?
 貴様、朝飯はちゃんと食べてきたのかぁ!!」

私の張り上げた怒号に、「ひぇぇ」と間の抜けた声が返ってくる。
さらに私が吠えてみせると、半ベソをかきながらもその表情には真剣味が宿っていた。
さて、と息を吐いて時計の針を見てみれば、約束の時間に届こうとしているところだった。

「涼宮、榊っ。 私はこれより朝に言っていた人物を迎えに言ってくる!
 貴様らは私がいない間、他の隊員たちが決して手を抜かないよう率いておけっ!」
「「了解っ」」

走ったまま、決して意識を逸らさずに、懸命な声の返答を聞き、私は指定された場に足を運ぶ。

「(……がんばれ)」

心中で、微弱な応援の言葉を残して。




さて。
早朝からの訓練も既に始まっているという時間にも拘らず、教官たる私――神宮司まりもが
訓練場をどうして後にしなければならないのかというと。
それは、今朝方、未だ起床ラッパすらも鳴らない時刻に、副司令直々の伝達があったからだ。
内容は、新たに訓練生が入るということだったのだけれど、どうにも腑に落ちない。
今年の訓練生――特にB分隊の面々は、その後ろに大きな背景を抱えている。
ゆえにこの横浜基地衛士訓練学校に入校する際には、207小隊に配属される者全てに
入念な審査と検査がされることになっていたのだ。
因って、訓練カリキュラムや指導内容などのスケジュール――取り分け彼女たちの扱いについては
嫌というほど確認がされていたのだ。
そんな中、入校式も済み、一週間経った今日というこの日。
突然の新たな訓練生というものは奇妙以外の何モノでもない。
大方、夕――副司令が、無理矢理捻じ込んだのだろうけれど、その真意を私には推し量ることは出来ない。
いや、やめよう。
出来ないのではなく、するべきではない、してはならないのだ。
新たな訓練生も彼女たちと同じく“特別”だという旨も伺っている。
その詳細を知る――理解するというのは、一介の教官には過ぎたことだろう。
そして。
私が副司令に指定された個室に入ると、そこには訓練服を纏った少年が一人いた。
背は一七〇後半程、タンクトップ越しに見える身体は筋骨隆々というわけでもないが無駄なく鍛え抜かれている。
髪は短めに揃えられていて、色は僅かに茶味の混じった黒。
私の入室に気付くと、少年はすぐさま背を正し敬礼する。
その一連の動作はあまりに洗練されていて、これから入校する者として捉えていた私は度肝を抜かれた形になる。
私は答礼を返す。
その後、簡単な言葉を交わすのだが――少し、気にかかることがあった。
どうして――この男は、少しやつれ顔なんだ?





「―――――ふぅぅぅ……」

白銀武は、香月夕呼に指定された個室にて、深く――それでいて長く、息を吐いた。
その吐息には、これから対面することになる嘗ての仲間たちと、どんな顔で会おうかと、
変な顔になってしまわないかと憂う気持ちが含まれていたが。
大半は疲労の表れだった。
昨晩――例の部屋にて社霞との邂逅を果たした武なのだが、
その後、朝も早いのでと、さっさと与えられた部屋に行こうと踵を返したところで、霞に止められてしまったのだ。
武の着ていたシャツの裾を、こう両手でぎゅっと、彼女は掴んで離さなかったのだ。
それでいて、霞はそこから動かず、じっと武を見詰めたまま。
無言の圧力に武は困り果てるわけだが、彼女が朝に弱いということも知っているし、
いくら未来の奥様といえど、いたいけな少女と一晩過ごすのはいただけないわけで、
丁重にお断り願おうと思ったわけなのだが、彼女はどうにも諦めてくれず、
太陽が顔を見せる頃――霞がこっくりこっくり船を漕ぎ終わり寝てしまうまでずっと話し込むことになってしまったのだった。
その後、霞を部屋に届け(部屋が以前と変わりなくてよかっ)た頃には
既に太陽が御顔を完全に覗かせている時刻になってしまい、殆ど眠れずに今に至っているというわけだ。
衛士として二〇年間戦場を駆けた基礎体力に若い身体ともあれば、大丈夫かとも思ったが、
そこはどうにも病み上がりの身体。
昨夜の夕呼との会話も合わせて、
疲労は抜けておらず、肉体的にも精神的にも疲弊したままなのだった。

「失礼する」

思考を中断する女性の声。
顔を上げて見れば、部屋の扉のところに見知った女性の姿。
武はすぐに椅子から腰を上げ、敬礼の姿勢を取る。

「初めまして、軍曹! 今日より207小隊に配属されます、白銀武です!」
「207小隊を預かっている神宮司まりも軍曹だ」

毅然と答礼するまりもの姿。
凛々しい彼女の声。
自分の不甲斐無さゆえに死なせてしまった彼女との対面に、思わず目頭が熱くなってしまう。
武は熱くなる涙腺を無理矢理捩じ伏せる。

「はっ! よろしくお願いします、軍曹!」
「ふ。 はきはきとした良い返事だ。
 博士から貴様のことは伺っている。 特別とのことだ、その様子から見ても期待してよさそうだな?」
「はい! 一時でも早く、人類の先兵たる衛士となれるよう精進する所存です!」

よろしい――まりもは僅かに微笑む。
武はまりもに促され、訓練場に向けて歩き出す。

「随分、嬉しそうだな、白銀?」
「はっ」

道中、まりもがそんなことを言ってきた。
武は何のことかと思いつつ、手で顔の筋肉の動きを確認してみると、――本当だ。
確かに頬の筋肉が緩み、口角は僅かに上がっていた。
どうやら、まりもとの対面及び一緒に歩くことが思いの外嬉しすぎたようだ。
それに合わせて、これからの仲間との対面を思うとどうにも頬が緩んでしまうらしい。

「衛士となり、人類を救うことに尽力する――というのが自分の目標ですので。
 それの出発点たる訓練校に漸く入れたので、頬が緩んでしまったようです。 失礼しました」

付け加えるのなら、またもう一つ目標、目的があるのだけれど、
今口に出すことでもないと武は適当なところで区切りをつけた。

「いや、いい。
 そうか…良い目標だな。 訓練校に入る者は一様に希望や目標を抱いているものだ。
けれど、道半ばで挫けてしまうものもいる、いわば妥協だな。
 貴様もせっかく良い目標を持っているのだ。 自身の目標に押し潰されぬよう精進することだ」
「はっ、ありがとうございます!」

挫けてしまう――妥協。
謂ってしまえば、ある意味この横浜基地の緩みきった現状に相応しい言葉なのかもしれない。
それも、早々に片付けたい問題だ――と、武は頭の片隅で考える。
しかし、今は相対しているまりもへの気配りを優先し、一介の訓練生らしく元気よく返答した。

「まぁ、貴様は一週間、皆より遅れているのだ。
 今日より訓練に参加するわけだが……その、大丈夫なのか?」
「はっ…?」

いきなり気迫が減少したまりもに、武は思わず気の抜けた返事をしてしまった。
はて。自分の知る神宮司まりもという人物は、いきなりこんなことを言ってしまう人ではないのだが。

「衛士を目指すのなら体調管理は初歩の初歩となる――」

顔を僅かに険しくしながらのそんな言葉。
しまった。どうやら疲労が顔に出ていた様だ。

「今のうちから身につけておくことだ」
「はっ。 了解です!」

理由まで踏み込まれなかったのは幸いだが、
また不甲斐無いところを見せてしまったと武は内心で舌打ちの一つでも付きたかったのだが自制する。
詰まるところ、これから挽回していけばいいのだ。
そして、武は訓練場に訪れる。

「(………ああ)」

懐かしい、本当に懐かしい風景だ。
訓練場のトラックを掛ける九人の少女。
四人の仲間たち。
汗を滴らせながら懸命に走る、彼女たち。
生きている――生きて、走っている。
それが、この上なく嬉しい。
武はつい潤んでしまった目を腕で拭う。

「どうかしたか、白銀?」
「はっ、なんでもありません!」
「そうか。 今、207小隊は20km持久走の際中だ。
 貴様の紹介の為に呼び戻してもいいが?」
「いえ、その必要はありません。
 教官、自分も彼女たちと一緒に走ってもいいでしょうか?」

何も訓練を中断しなくていい、と武はまりもに提案する。

「ほぉ。 やるのなら、奴らと同じ20kmとなるわけだが?」
「構いません。
 自分はただでさえ、一週間彼女たちに遅れているので。 その分を挽回したいのです」

武と言葉にまりもは「ふむ」と思案顔で一度頷いた。

「いいだろう。 いってこい、白銀」
「はっ! ありがとうございます」
「威勢がいいのはいいんだがな…張り切り過ぎて、初日から怪我なんてするなよ。
 あと、奴らの速いのは、あと三十分もすれば終わるころだ。 あまり待たせるなよ?」
「はい、了解です、教官!」

まりもの許可を貰い、武はトラックの傍まで駆けていく。
その足取りは心なしか弾んでいた。
まぁ武からしてみれば、仕方のないことなのだが。
武は先ず、入念にストレッチをし
――まりもの言うとおり、こんなとこで怪我などしてしまえば救いようもない――
トラックの淵に立った。

「よろしくお願いしますっ!」

腹からの一声。
その大声は、トラックを走る彼女たちまで届き、驚きの視線が武に突き刺さる。
武は構わずトラックに入ると、一気に駆けだした。
――まずはこの身体の調子を確かめることが先決だ。
今までの経験通り若返った身体。
しかし、今回は前回の傷を負ったままというイレギュラーがあった。
今までの経験と断ったが、その記憶が曖昧の為、確かなことは言えないけれど、
こんなことは今まで無かった筈だ。
だから武は自身のスペックを再確認する必要があったのだ。
まさか傷だけ引き継いで、武の二十年の経験が引き継がれていないなんてことはないだろうが、
もしそうだったのなら笑い話にもならない。
引き継がれていないというのなら、この世界の白銀武か元の世界の白銀武のどっちのスペックになるのか疑問ではあるが。
とりあえず、武は訓練の時間と教導の時間の最初は自分のスペック確認も含めることにしていたのだ。
結果は――

「お、元気がいいねぇ、男の子」これは柏木か。この世界でもよろしく頼む。
「うわあ」この引いた様な声はたまか。もう少しリアクションをくれ。走るのでいっぱいいっぱいなのは分かるが。
まず二人追い抜いた。
たまと柏木。恐らく、柏木がたまに周回近い差をつけているのだろう。
「む」一文字か。涼宮、また色々世話をかけると思うけど…その狙いを済ました視線はやめてくれ、背中に刺さる。
――この様に、ぐんぐんと彼女たちを追い抜いていけるだけのスペックは持ち合わせているようだった。
さすがに追い抜く度にリアクションが返ってくるということはなかったけれど、
分隊長二人――取り分け、涼宮茜はとてもいい視線、競争相手を見つけた目をしていた。

「やるね」

と、突然後ろから声がかかる。
視線だけ横にずらしてみると、彩峰慧がそこにいた。
どうやら一回追い抜かれた後、ずっと追い駆けてきたようだ。
――その証拠に皆(先頭組)の中でも一際汗の量が多い、弾みも凄い――
少し目から汗が出そうになったのは内緒にしておく。

「おう、そっちこそ」
「あと400」
「あん?」
「私の残り距離」

あの彩峰が自分から声をかけてくることは意外だったのだが、
それだけいうと彼女はヒュッと風切り音を残して駆け出した。

「…勝負」

彩峰さん、そう言うのなら順番が逆なのでは、と野暮なことは言わない。
全力疾走――ラストスパートをかける彩峰の背を見ながら武は薄ら笑みを浮かべる。
訓練校に入って一週間。
どうやら彼女は体力も既にある程度は付いているらしく、その走りにはまだ余裕があった。

「はっ、いいぜぇ!」

武は彩峰の背を目掛け、加速する。
伊達に二十年の兵役を積んではいないのだ。
たかだか十八の小娘に負ける武ではない。
不意打ちによって開いた彼我距離はグングンと縮まっていき――

「!?」
「はっはー、俺の勝ちぃ!」

彩峰が走り抜ける前に、武は彼女を追い抜いた。
その時の彩峰はまさか負けるとは思っていなかったのか大きく目を見開いていた。
どうやら四月現在の彼女の速力は小隊内でも群を抜いていたのか、自信があったらしい。
ちょっと目立ちすぎか。
武がそんなことを考えていると――

「次、私っ。 あと600!」
「はい?」

なんて声が聞こえて再び横を誰かが通り過ぎた。
肩ほどで切りそろえられた橙色の髪――涼宮茜だった。

「あはー、茜も張り切ってるなぁ。
 じゃ、私も競うから、よろしくね、男の子くん?」

次いで柏木晴子が通り過ぎっていった。

「…………」

暫し呆然と通り過ぎていった二人の背を眺める武。
別に売られたからといって見境なく競う理由はないのだけれど。
そんなことをしていると、茜が恨めしそうな目を向けてきたため、武は仕方なく追いかけることに。
その後、A分隊の二人(麻倉、高原。武は二人と面識がない)、ノリでついてきた鎧衣美琴と
無意味な競争は繋がっていき、最終的に武はラスト5kmあまりを全力疾走することになった。



「(―――やはり)」

そんな中、まりもは武の様子をしっかり観察していた。
次々と挑戦者の現れ、ずっと全力疾走しっぱなしである彼。
その度に無駄口を叩き合っているのだから本来は注意するべきところではあるが、
彼女は今回に限り、それをしなかった。
教官としてあるまじきことなのだけれど、まりもは武に個人的興味を抱いていたのだ。
いや、興味というよりは疑念というべきかもしれない。

「(安定した速力――足腰の鍛錬が生半可なものじゃあないな、あれは)」

武の走り。
それは今日訓練に合流したものとは思えない程に、卓越していた。
他には初見での印象。
彼は多少やつれてはいたものの、敬礼までの流れは洗練されていて、慣れ切っていた様にも見えた。
身体も既に鍛え抜かれており、立った際、彼の体軸線はまるでぶれていなかったのだ。
ここにくるまでに何か武芸を嗜んでいたという可能性もあるが、
事前に渡された夕呼からの資料にはそんなことは書かれていなかった。
記されていたのは必要最低限のパーソナルデータに限られていたので、
それを含めて特別ということなのかもしれないが。
十七歳という幼さの残る歳でありながら、成熟した実力を思わせる少年。
それが、神宮司まりもが抱く、白銀武への印象だった。

「(夕呼ったら、また何か企んでるのかしら…?)」

物憂げな溜息を一つ吐いて、まりもは思考を切り替える。
白銀武についてはその辺りを留意しておくことにしよう。
彼は、先に走っていた彼女たちを何人か追い抜いて、持久走を走り終えた。



「―――小隊、集合!」

全体が走り終えた頃合いを見計らって、まりもの号令が訓練場に響く。
次いで、茜と千鶴が分隊に号令を出し、A、B分隊はそれぞれ纏まって教官の下に駆けていく。
武はまだどちらの所属とも言われていないため、一目散にまりものところへと走っていた。

「さて。 今朝伝えたが――」

まりもが全体を見渡しながら口を開く。
207小隊の面々はまりもに視線を集めながらも、気だけは武へと向けているようだ。
みんな興味津々といったところか。

「紹介する。 今日より第207衛士訓練部隊に配属となった白銀武訓練生だ」
「白銀武です、よろしくお願いします!」

まりもの紹介を受け、武は名乗り、一礼した。
こんな初々しい自己紹介をしたのはいつ以来か。
精神年齢四十歳、射手座のB型な武としてはむずかゆい気分だった。

「見てのとおり男だ。 とある理由により兵役免除を受けていた者だが…
 この年頃にもなれば男手は貴重だぞ? 上手く使い倒すことだ」

まりもはニッと意地の悪い笑みを浮かべて言葉を区切った。
武としては色々ツッコミたいところはあるのだけれど。
たとえば、兵役免除の内容とか、使い“倒さ”れるんですか、とか。
眼前では、207小隊の面々が「了解!」ととても良い返事をしていた。
別にいいけれども。

「なお、白銀はB分隊所属とする。
 小隊規模だと端数になってしまうが、ツーマンセルの際には私が相手をしよう。
 さて、色々勝手に困ることもあるだろうが…榊、分隊長である貴様が先頭に立って教えてやれ」
「はい、了解です!」
「貴様らも、分隊長にだけ任せきりにするなよ。
もし、白銀が不手際を起こした時は連帯責任だからな!」
「「「「了解っ!」」」」

小隊規模の斉唱。
A分隊――まぁ茜なのだけれど、何だか惜しそうな顔をしていた。
さて。何はともあれ、これが出発点だ。

「よろしく頼む、みんな」

一週間遅れだけれど、文字通りここが出発点。

「207B分隊、分隊長を任されている榊よ」
「御剣冥夜だ」
「……彩峰」
「た、珠瀬壬姫といいますっ」
「鎧衣美琴だよ」

ここから、また始めよう。
武は彼女たちと言葉を交わしながら、そう決意した。













あ と が き
???「ふふふっ、散々使い倒してぼろ雑巾の様に捨ててやるわっ」
さて、誰が言ったことでしょう?



[13811] 第五話
Name: 狗子◆754a3305 ID:68a2ef0c
Date: 2010/09/13 19:50



「ハァ――ッ!」

気迫のこもる声が上がり、横薙ぎに払われた模擬刀が目に映る。

「っと」

息を吐きながら身を屈めると、意図したわけでもなく声が漏れた。
遅れて頭のすぐ上からヒュッと風切り音。それと僅かに髪を持っていかれた感触。
紙一重――そんな言葉が相応しいタイミングで、武は迫る一閃を回避した。
身を屈め、模擬刀を回避。
武はその動作の流れに乗って、脚に力を込めて、爆発させる。
身を屈める為に曲げられた膝と、落とされた腰によって十分な瞬発力を発揮し、武の体躯は疾駆する。
相手の懐に向かい吶喊。
下方からの逆袈裟斬り。

「むっ」

しかし、流石というべきか。
武の一払は、手早く戻された相手の模擬刀によって防がれてしまった。
入校から訓練が始まって一週間と考えれば、今のタイミングの攻撃を防げたのは称賛されるべきだろう。
今日の訓練メニューを半ば消化し、20km持久走の後で疲労も溜まっている中で、という状況なのだから尚のことそれは際立った。
受け止められた一撃。
武は力任せに弾き返し、一跳び。
距離を取り、呼吸を整えさせる間を与えた。

「……今のを防がれるとは思ってなかったぞ、御剣」

構えを解かないまま武は口元に笑みを浮かべた。
意識したわけではなかったが、自然と表れてしまったのだ。
対する武に声をかけられた少女――御剣冥夜は表情に驚きの色を浮かべていた。
模擬刀を用いた剣技訓練中に声をかけてきたことに対して驚いているのかもしれないが。
彼女は二、三、深く呼吸をした後、口を開いた。

「いや、それはこちらの台詞というものだ。 まさかここまで迫られるとは思ってもいなかったぞ」
「そか。 そりゃどうも」

冥夜からの賛辞を武は短い言葉で返した。
話しかけといてなんだが、入隊早々神宮司軍曹に目をつけられるのは御免被りたい。
現在、207小隊は20km持久走を終え、模擬刀による剣技訓練の際中だ。
武も自己紹介を終えて、ここから正式に小隊員として訓練に参加したのだ。

「む。」

武の返答が気に入らなかったのか、冥夜は不満げに表情を歪めた。
思えば、訓練が始まって一週間――現時点において彼女の剣技は小隊の中でも抜きん出ているはずであり、その自分に対して肉薄した武への賛辞の言葉だったのだから、そっけない返事はあまり好ましくないのも道理か。
剣技において自身を持つ彼女にしてみれば、プライドを傷つけられた感じなのかもしれない。
しかし、武からしてみれば今より半年後から二十年間の兵役経験があり、しかもその間接近戦の鬼ともいえる斯衛軍出身者数名と過ごしてきたのだ。
いくら幼少より剣を習っていた彼女といえど敵わないのも当然だ。
同時に、彼女から褒められるのはとても嬉しいものなのだが。

「ああ。 ありがとう。 でも、御剣も相当なもんだぜ」
「ふぅ、む。 その言葉は素直に受け取っておくが、我らは修練の際中だ。 褒められる実力には程遠いというものだ」

全然素直に受け止めてなさそうだな――と、武は心の中で半笑いで呟いた。
同時に真面目な彼女らしいなとも思う。

「そなた……白銀といったか?」
「おう。 白銀武だ」
「わかった。 覚えておこう」
「………」

それは、つい今まで覚えておく気がなかったというか、眼中になかったということなのだろうか。
武はまたしても心の中で半笑いを浮かべた。
しかし、同時に何ともし難い嬉しさが胸に溢れた。
彼女の裏を返せば、それは見直したという意味もあり、自分を認めてくれたという意味もあるのだから。
その言葉だけで、過去二十年が報われた気分だった。
武はまたしても目に込み上げてきたモノを捻じ伏せるはめになったが、それすらも嬉しく感じられた。

「………ありがとう」

つい、そんな言葉が口から零れた。
本当に小さな声量だったため、彼女からしてみれば、ただ微かに口を動かしただけに見えただろう。
証拠に、冥夜に表情の変化は見られなかった。

「では、白銀。 そう言葉を交わしているわけにもいかんし――ゆくぞ?」
「ああ、かかってこい!」

武の思考を中断する冥夜の声。
返答を聞いた冥夜は、表情に真剣さを帯びさせて二跳び――間合いを詰める。
それは武も同じ。
互いに距離を詰めての一撃――衝突。
鍔迫り合いから幾度となく剣を振り、刃を交える。
二十年の時を隔てて、再び見えた彼女の太刀筋はやはり見事なものだった。
否、見事というよりは美事というべきかもしれない。
武は紅蓮醍三郎に師事を乞うた時があり、そう多くないにしろ剣を教えてもらった経験がある。
つまり冥夜が習った無現鬼道流の一端に触れたことがあるのだ。
勿論、紅蓮より教わったのは基礎の基礎に限られてはいたが。
謂わば武は冥夜と同じ門戸と叩いた仲――同門というわけだ。
だからこそ、改めて彼女の太刀筋の――凄さというよりも――良さが理解できた。
冥夜の太刀筋は、直向きさが――彼女の研ぎ澄まされた信念が表されている。
愚直とも謂える直向きさが彼女の剣の美徳。
ゆえに彼女の太刀筋には信念が乗っており、実力よりも一撃が重い。
軍隊剣技も取り込んだ彼女の腕は、武から見れば未だ拙いものだったが、心に響くものがあったのだ。
それに連られ、つい心が躍ってしまいそうになる。

「――ヤァアっ!」
「だりゃっ!」

けれど、それはあくまで太刀筋に映ったモノに過ぎない。
いくら剣に信念が乗っていようと、彼女の剣戟が未だ拙いことに変わりないのだ。
斯衛軍出身者――接近戦の鬼月詠真那、月詠真耶の太刀筋を何度も見せてもらい、緋村一真と何度も手合わせしてきた。
上の三人はそれぞれツン鬼、冷鬼、悪鬼と命名。
三匹の鬼は彼女リも当然熟練した強さを有しており、彼らを相手にしてきた武に冥夜が及ばないのは当たり前のことだ。
というよりも、ここで冥夜に遅れをとるようなら自分の歩んだ二十年の価値に疑問を持ってしまうし、何より十六年間も挑戦を受けて剣の相手をしてくれた一真に鼻で笑われることだろう。それは何としても避けたいし、許せないし、我慢がならない。
――武は冥夜の模擬刀の切っ先を払い、軌道をずらす。

「くっ。 ――ハァ!」

軌道をずらされ、虚しく空を切った模擬刀を見て驚くも、冥夜はすぐさま二撃目を繰り出した。
何度も模擬刀を振るい疲労が蓄積されていくにも拘らず、その一閃も美事。
武は難なくその一閃も受け止めたが、同時に思うこともあった。
確かに未だ冥夜の太刀筋は拙い。
剣の走りは遅いし、鈍い。技もまだ凝らしようがあり、戦術の組み立てが甘い。
けれども、それは十八という若さなら平均値を大きく上回っている。
やはり彼女には天性の才がある。
同じ年月、同じだけの努力を積めば自分を上回る確信が持てた。
それは各組離れて同じ訓練を受けている彼女たちも同じことだ。
榊千鶴ならば指揮能力。彩峰慧ならば近接格闘能力。珠瀬壬姫ならば射撃能力。鎧衣美琴ならば精密作業能力。
それぞれが突出した才能を有している。
未だ確認が取れていないが、恐らくは現時点では武を上回ることはないだろう。
しかし、それはあくまで“まだ”だ。
彼女たちは未完成――伸び代は十二分にある。
彼女たちはこれから強くなる。それこそ自分を上回る程に。
勘違いしてはいけない。現時点において白銀武のスペック、アビリティが反則なだけであって、彼女たちは真っ当なのだ。
だから、武は未来を知る者として――未来を生きた者としての責任と、自身の断固たる意思によって、彼女たちの成長を促し、強くすることを決意する。
反則<チート>は反則<チート>らしく。
周囲を巻き込んで、掻き乱してやろうじゃないか。
世界を巻き込んで、掻き乱して、良い方向に捩じ上げよう。

「――くぅっ」
「ほらほら、どうした御剣。 脚が止まってんぜ! 戦場で脚を止めた一瞬てのはそれだけで命取りなんだからよぉ!」
「なめるでない!」

まぁとりあえず、時間いっぱい冥夜の力を引き出してみよう。
自分は元々口下手なのだし、いくら腕が上であろうと教えるのはどうにも苦手だ。
それに、何にしても、実際にやってみることに越したことはないのだから。
幸い、冥夜は自分に喰らいついてきている。ならば安心。
諦めないことが、一番大切だ。
そうして、武は冥夜の剣戟を受け止め、あるいは避け切り、彼女が相打ち覚悟の手段を模索し始めた時には思考を改めさせ、宣誓どおり時間いっぱい相手をし続けた。



「それじゃあ改めて……白銀武です。 色々あって入校式には遅れちまったが、よろしく頼む」

午前のカリキュラムを終えて時刻は午後十二時を回り、207小隊は昼休憩となった。
一行は昼食を摂る為にPXに集まっており、現在はその席だ。
そこで武が先程は訓練の最中だったから落ち着いた場で改めて自己紹介をしたいと言い、口を開いたところ。
207小隊――B分隊の面々は武の言葉に頷き、「よろしく」という旨を十人十色に返した。

「じゃあ白銀もしたように、私達も改めて自己紹介をしようかしら」

各々話を始めようとしたところで、話の収拾を付けるためか千鶴がそう提案した。
香月夕呼から聞いたところ、両分隊――分隊長は一昨日選定されたばかりということで、彼女も分隊を取りまとめようと臨んでいるようだ。
いや、彼女にしてみれば根っからの委員長気質なのだから、この時は別段意識して言い出したわけでもないのだろうが。
実際、彼女がそう切り出すとB分隊の皆は――ついでにA分隊員も――頷いて、依存はないようだ。
まだぎこちなさは感じるものの、よくまとめられていると思う。
やはり委員長はいつの時代も委員長、いつの季節も委員長だった。
さすが委員長オブ委員長’S(白銀武認定)だ。

「まず私から――榊千鶴よ。 207衛士訓練部隊B分隊長を任されているわ。 よろしく」
「御剣冥夜だ。 よろしく頼む」
「彩峰慧………よろしく」
「た、珠瀬壬姫といいます、改めてよろしくお願いしますっ」
「鎧衣美琴だよ。 よろしくね、タケルー――」

B分隊員五名の自己紹介が終わる。
武は、今度こそはと意気込んでいたものの、やはり目頭が熱くなってしまい、涙腺に過剰の水分が蓄積されていくのを感じた。
目から汗が零れ落ちるのを防ぐために僅かに顔を上へ向ける。
彼女たちと交わしたい言葉があった。贈りたい言葉があった。
ありがとうとずっと言いたかった。
彼女たちが死んで、ずっと言えなかったこと。伝えられなかった想いがある。
それを吐き出したい衝動に駆られてしまう。
けれど、目の前にいる彼女たちは、武が共に闘い続けた彼女たちではない。
だから、彼女たちは言うべき相手ではないし、伝えるべき相手でもない。
よく似た双子程度に思えと、武は必死に自分に言い聞かせた。
自身を必死に抑える武の様はどこか悲しそうに見えたが、幸いなことにB分隊の面々は美琴がいきなり名前を呼び捨てにしたことについての話題に映っていて、注意が外れていた為に誰も気付くことはなかった。

「――千鶴。 私たち…A分隊の皆も自己紹介しようと思うんだけど、いいかな?」
「あ、ええ、もちろんいいわよ」
「ありがと。 じゃあ、白銀――でいいかな?」

千鶴の隣に腰掛けている涼宮茜が、こちらの話が一段落ついたと見て、千鶴にそう提案した。
ちなみに、武と207小隊との位置関係を表すと、右隣に美琴、慧。正面右側に千鶴、冥夜、壬姫。同じ配置で左側にA分隊となっており見事に囲まれた状態になっている。
左隣が柏木晴子、左正面が茜となっているのは気まずくなくていいが、それ以外のメンバーとは面識がないため自己紹介してくれるのは素直にありがたかった。

「ああ、いいよ。 というかむしろそう呼んでくれ」
「? まぁいいなら構わないけど……」
「ねぇタケル。 じゃあボクもシロガネって呼んだ方がいいのかな?」
「いや、お前“は”そのままでいい」

“は”のところを強調して言ったのだが、案の定美琴は聞いていないようで安堵し勝手に次の話題に移っていった。
対して茜は呼び方を指定するような武の言いように首を傾げていた。

「じゃあ私も“タケル”の方がいいのかなぁ?」

次いで言葉が飛んできたのは、左隣――柏木晴子から。

「あ、いや。 お前は普通に呼んでくれ」
「そっかぁ、じゃあ武でいいよね」
「…………」

――してやられた。
ぐっと言いたいことを飲み込んだ顔をする武に対し、晴子はしたり顔でにっこりと笑みを浮かべていた。
前回の世界と違い、今回はどうにかして自然に望んだ呼び方に誘導しようと密かに目論んでいたのだが、早々に瓦解してしまった。
今のは“普通に『白銀』と呼んでくれ”と言うべきだった。
しかも疑問形ではなく断定した形で返されたし、彼女の顔からしてたとえ“白銀と呼んでくれ”と改めて頼んだところで直すにはそれなりの手間だ。
武は人知れず打ちひしがれた。
――くそぅ、覚えていろ、このいいおっぱいめ!また会えて嬉しいよ!

「コホン……じゃ、私はA分隊長を任されてる涼宮茜。
 違う分隊だけど、総合評価演習までは訓練も大抵同じだし、よろしくね」
「私は柏木晴子っていうんだ。 よろしくね、“武”」

――いじめかっこわるい。
さて、次は武とは面識がない三人だ。
いや、おぼろげにどこかで見かけたことがある気がするから、恐らく元の世界――白陵学園の中で見かけたことがあるのだろう。
つまりは元同級だ。
“元”の意味が通常とは違うことが、ちょっと寂しいとも思えた。

「つ、築地多恵といいいますっ! よろしく、お、おねげぇいしますっ」

次いで高原、麻倉と進み紹介が終わった。
それにしても築地多恵という娘、噛みまくりだった。
一瞬、どこかの方言かと思ったが、自己紹介を告げたあと赤面し、午前の疲労もあるのかもしれなが、昼食もあまり食べない内に突っ伏したところを見ると噛んだと見た方がいいだろう。
現在、彼女は隣の茜に介抱されながらどうにか箸を進めている状態。
あとは高原と麻倉か。
髪が肩ほどの長さで口数の少なかった娘が麻倉。
ポニーテールで活発そうな娘が高原。
二人に至ってはちゃんと自己紹介を聞いていた筈なのに、何故か名前を聞いたという記憶が欠落したかのように思い出せなかった。
武は何度も首を傾げてついさっき聞いた二人の名前を思い出そうとするが、まるで大いなる意思がそれを妨げているように一行に思い出すことが出来なかった。
何にしても、よろしく頼もう。
この世界では彼女たちも死なせるつもりはない。



「それにしても――」
「あん?」

自己紹介も終わり、昼休みにも刻限があることからさっさと食べ終えようとなり武もサバ味噌定食を食べ終えようとした頃、千鶴が口を開いた。

「白銀は体力もあるし、剣も格闘も達者なのね」
「……そうか?」

千鶴の言葉に武は適当に言葉を返した。
午前のカリキュラムは標準装備での走り込みや剣技訓練、格闘訓練などフィジカルトレーニングが主だった為、武は自身のスペックを確認しながらこなしていた。
彼が参加し始めた剣技訓練――最初に模擬刀の握り方や型、振り方、注意点などの確認、実践があった――では、体格的に冥夜が選ばれたが、その後は彼の能力を鑑みて、引き続き冥夜が相手をとることになっていた。
それはまりもの判断だったが、千鶴も思うところがあったのだろうか。

「そうよ。 御剣は剣技訓練じゃ今のところ抜きん出てるのよ。 いくら男の子だからってそんな彼女と互角に渡り合えるなんて驚きよ」
「榊、それは違う。 互角ではない。 白銀は私と違い、まだ余裕があった。 つまりこの者は私より力量は上ということだ」

目を伏せて腕を組み、冥夜は深く息をつきながら千鶴の言葉を訂正した。
千鶴は「そうなの?」と少し眉を顰めながら冥夜から武へと視線を移す。

「あはは。 持久走の時のラストスパートも凄かったよねぇ、武は。 多恵なんか周回遅れになっちゃってたし」
「ははぁ~、ハルさん酷いのですぅ~」
「あ、でも、白銀さんはそれだけ足が速いってことですよねぇ!」

机に突っ伏し項垂れる多恵をフォローしようとしてか、壬姫が焦りながらも声を張り上げた。
分隊という隔たりに遠慮しがちな声色だったが、落ち込む多恵を見ていられなかったのだろう。相変わらず優しい娘だった。

「でも榊さん、よく冥夜さんとタケルの組み手見れたね。 千鶴さんの相手は彩峰だったのに」
「それは……ちょうど御剣達が視界に入る位置にいたからよ」
「…………組み手中に余所見……だから一本も取れない…………」
「何か言った? 彩峰」

こっちはこっちで相変わらずだった。

「…………集中力、欠如?」
「なんですってぇッ!?」
「俺じゃねぇよっ!!」

そして例によって隠れ蓑にされた、盾にされた。
真相としては、確かに千鶴は余所見をしていたのだろう。
しかし、それは遅れて入隊した武が大丈夫なのか注意を払い、気を配ってくれていたからだ。
彼女は面倒見のいい、いい奴なのだ。

「委い――榊、俺の腕が達者だってのは入校する前に自主的に鍛錬を積んでたからだよ」
「んん? 自主的に?」
「そう、自主的に。 そりゃ一人じゃ限界もあるし……知り合いに色々芸達者な人がいてさ、色々教えてもらったりして鍛錬を積んでたんだ。 あと…御剣、俺はお前が思ってるほど剣は強かねぇぞ」

武は嘘は言っていない。
桜花作戦から――昔から自主的な鍛錬は怠らなかったし、一人で試行錯誤して能力を伸ばそうとしても限界があった。
だから紅蓮をはじめとした達人に教えを乞うたし、転属先の仲間からも色々聞いたりもした。
あとは色々な芸に達者な人――これは一真のことだ。
剣も達者だし、拳も達者だし、料理も達者だし、炊事洗濯も達者だし、裁縫も達者だし、憎まれ口も達者だし。
紛う事無き芸達者なヤツだった。
現時点の武からすれば、前の世界における当時の一真は四十を過ぎており、歳上に対するみたく“人”と称するのは正しい。
そうでなくとも、本来彼は自分より三つ歳上なのだから間違ってはいないのだ。
剣については、冥夜の認識なんて武には測れないし、彼女の予想の程より上か下かは分からないが、どちらにしろ加減した状態で相手の実力を正確に推し測るなんてことは不可能なのだから間違っていることに変わりはない。

「なるほど、そなたは日頃の研鑚を欠かさなかったわけか。 見習いたいものだな」
「でも、あれだけの実力があってよく徴兵されなかったよね」
「ん? 言ったろ? 色々あったんだよ、色々と」

茜の言葉に武は明るい調子で返した。
様子としてはそれほど影がある様には見せなかったが、この場ではそれで十分。
まりもからA分隊に武の詳細が伝わっているかは定かではなかったが、武がB分隊に配属されたことから大凡予想がついてる筈なのだ。
B分隊は豪華なメンバーで構成されている。皆、特別なのだ。
そこにわざわざ何でもない只人が投入されるわけもなく、こうして入隊した武も例に漏れず特別なのだと、頭のいい彼女たちなら予想出来る筈だ。
まぁ認識としては間違っていないし、むしろ正解なわけだが。
何より、武は前の世界で茜から当時の人付き合いを聞き及んでいた。
彼女たちは、同じ部隊員としてそれなりに付き合ってはいたものの、やはり名字から素性に予想がついてしまい、それについて踏み入ったことを言うことはなかったそうだ。
それは親友という間柄である千鶴と茜も例に漏れないとのこと。
つまり、今ここにいる彼女たちが武に踏み入ったことを聞く可能性は皆無と言っていい。
あとは唯一名前から素性が見えない人として、好奇心で探られないことを祈るばかりだ。

「ふぅん。 じゃあ午後は座学がメインになるけど、そっちの方はどうなの? 問題ない?」

案の定、話はこれまでだというように千鶴は空いた食器が乗ったトレイを手に席を立った。

「おう! しっかり予習はやってきたんだぜ! 万全だ万全っ」
「そう。 そこまで言うのなら、期待してあげるわ」
「…………あたまでっかち……」

やや憮然とした笑みを浮かべて、千鶴はカウンターへ足を向けたのだが例によって武の後ろから聞こえた声に歩みを止めた。

「何かしら……?」
「…………しりすぼみ?」

以下、パターン。
二人の仲を早々に改善すると、武は魂に深く深く刻み込んだ。





午後の座学を終えて、日が沈み、夕食を済ませた後。
武は一人訓練場へと訪れていた。
格好は昼間の訓練服のまま、手には模擬刀一振り。

「…………ふぁああ………」

大きな欠伸をすると、まだ肌寒く、澄んだ夜の空気に間の抜けた声が浸透していった。
今、武は凄く眠い。途轍もなく眠い。
昨晩からまともに睡眠を取っていないことと、まだ身体の調子が完全には戻っていないことも原因の一つだったが、今彼の頭に浮かぶ最たる原因は午後の座学だった。
訓練カリキュラム開始から一週間。
七日間の日程を越えた現在の座学の内容は、基礎の基礎、基礎中の基礎というものだった。
小銃の構造とか部品名称とか、テキストを用いても巻頭側に近い方の内容の説明だった。
如何せん、身体を動かすということがないだけに退屈さに拍車がかかった。
教室内にはまりもの声と彼女たちが一生懸命ノートを取り鉛筆の削れていく音と、度々上がる彼女たちの質問の声が支配するのみだった。
緊迫した――というよりも真剣な空気という点においては、武が幾度となく参加した会議とは似ていたが、どうにも退屈過ぎた。
どうにか居眠りだけは避けたものの、いつまであんな感じになるのかを思うとやや憂欝になってしまう。
とりあえずは知識の劣化がないだけ、いいということで片付けるが。
――さて。
そんな要塞級睡魔に襲われている武が何故、訓練場に来ているのか。
言ってしまえば、午前の続きだ。
つまりはスペックの確認の為に、武は訓練場を訪れていた。無論、自主鍛錬も目的に含まれているが。

「よっ、ふっ、ほっ、―――んんんん……」

適当な掛け声と同時に、身体を捻り、畳み込み、ストレッチを開始する。
午前での持久走、剣技訓練、格闘訓練、短距離走などをこなしてみて、武は自身の限界を感じなかった。
それは冥夜と剣を交えていた際も同じ。
加減をして打ち合っていた最中、それ程近くに上限を感じなかったのだ。
つまりはスペックの劣化は殆どない可能性が濃厚になったということ。
少なくとも前の世界の開始時点よりは確実に身体は動く。
――武は模擬刀を中段に構えて、精神を集中させる。
しかし、まだ限界ではないということに安堵してはいけない。
あくまでまだ上があるということが確かになっただけで、はっきりとした上限が定かではないのだ。
自分は何が出来て、何が出来ないのか。
自分はどこまで出来て、どこから出来なのか。
それらを把握できていなければ、いざという時判断を誤る可能性がある。
――模擬刀を一閃、そのまま刃を返し振り抜く、以下同動作続行。
それは戦術機搭乗時にも言えることだが、戦術機に関してはいくらXM3が完成しようと、当時の全開機動をとるには天狼が必要になる。
吹雪や不知火ではそれを再現することは――たとえ制限を外したとしても――不可能だ。
無理矢理な機動をしてしまえば、機体が確実に破壊してしまうし、天狼が修復されるまで、確認をとることは出来ない。
その点で言えば、自身の肉体のスペックはすぐにでも把握出来るのだが――

「――――ん?」

ふと視線を感じて、武は模擬刀を振るう手を止めた。
視線の数は――五つ。
敵意は――有り。それでも見え隠れする程度には隠されている。
位置は――完全に囲まれている。
武は視線を上げる。その先は基地の屋上。そこには幽かにだが人影が二つ程見て取れた。
空には雲がかかっており、月明かりも星明かりも遮られ、良く見えはしなかったが、誰かがいたことは確かだった。

「…………………」

そのまま視線を投げかけていると、周りを囲んでいた気配が消えた。

「……………はぁ」

とりあえず、こっち<身体>の方も追々か。
武は口の中でそう呟くと、流す程度のトレーニングに移行した。





「…………あれが…白銀武か……」
「そうみたいだねェ。 いや、訓練参加初日から自主訓練なんて殊勝なことじゃないの」

暗がりの中、険しい声に続いて呑気な声が屋上に鳴った。
声量は然程大きくもなく、春の夜風が吹く屋上では掻き消されがちで、5m程間隔を開けている二人は、ちゃんと互いの声が聞こえているのか疑問が浮かぶ。
二人は双眼鏡越しに、訓練場に現れた少年を観察――監視していた。
少年は突然、彼らの前に現れた。
それは今この場に、という意味ではなく、今日横浜基地に――という意味で、だ。
本来、そんなことはあってはならないことだ。
事前通告もなくしかも――

「白銀武のプロフィールで、新しいことはわかりましたか?」
「いいや。 香月副司令から渡された書類以上のことは何も」

素性の知れない輩ともなれば尚更。
横浜基地副司令より与えられた少年の情報は、三年前までの情報と先週からの情報のみだった。
彼は書類上至って普通の少年なのだが、空白の三年が彼にはあったのだ。
大事な人をここに預ける者達にとって、それはあまりに許容し難いこと。
夜風にはためく外套が、その怒りを表しているかのように激しく暴れていた。

「それにしても、あれが訓練生の太刀筋かねェ……オレには熟練の将校が剣舞をやってるようにしか見えんよ」

そっちはどう思うよ?――と、男は隣に――というにはあまりに遠い距離に――立つ女に声をかけるが、女は齧りつく様に双眼鏡越しに少年を眺めるばかりだった。

「城内省へデータ照合の依頼は?」
「………はぁ。 今朝送った。 最優先でとも伝えたけど……どうかな。 遅くても一週間後には届くと思うよ」

こちらの質問が聞こえなかったのか、それとも意図的に無視したのか定かではないが――男は憮然とした態度のままの女に辟易とした様子で溜息混じりに答えた。
女はその返答に不満が募ったのか表情をさらに険しくして、双眼鏡を覗き込んだ。
見れば、そのまま姿勢で通信機を取り出し、部下と交信を取っているようだが――

「…………な、に……」
「どうかしたかい、月詠中尉?」

――白銀武を監視していた月詠真那の表情が驚愕のものに、変わった。

「気付かれ、ました……」
「あれま」

おどけた声を上げながらも、男も双眼鏡を覗き込むと――確かに少年は気配を探る様な仕草をしており、そしてついにこちらを真っ直ぐに目で捉えた。
さすがにこれには男も驚いた。隣でも真那の吃驚した声が上がっている。
監視しているメンバーは煙草や香水などは付けていないし、蛍光色の装飾品も付けていない。
しいて挙げるのなら、今二人が持っている双眼鏡の反射光だが、曇り空の下、微かな光を頼りに探すのは無理がある。
それに、ここから少年までの彼我距離は100m以上。
文字どおり百歩譲ってこちらの気配に気付くことがあっても、正確に場所を捉えるなんてことは常識はずれもいいところだ。

「くっ――」
「駄目だよ、月詠中尉。 対象への接触はまだ許されない」
「何故だ! 奴は確実に怪しい、何かが起きる前に確保するか正体を問いただすべきだ!」

フェンス側から弾かれる様に屋上の扉に駆けようとした真那を男が声で制した。
真那は焦りのせいか、人間離れした気配探知をみせた少年への恐れからか、激昂したが対する男は淡白なものだった。

「中尉達の任務はあくまで警護対象の監視と安全確保。 確かに彼に接触すれば正体は分かるかもしれないが、どちらにせよ彼を確保するには国連の認可が必要になる。 必要な手順を踏まえずに突っ走れば角が立つ」
「国連の認可を待っていて、手遅れになったらどうするつもりだ! あの方の安全こそが…我らにとって最重だろう!」
「落ち着きなよ。 何にせよ、確証がない限りどうしようもないだろ。 ……我々としては、このままあの少年の監視を続行を進言する」

男の言葉を聞き、真那は落ち着きを取り戻したのか、男に正対し、まっすぐに見据えた。

「期間は?」
「んー、一ヶ月でいいんじゃないかねェ。 どの道、こちらとしては一回は接触しないと示しがつかないし、どうにも出れないからね」
「…………了解した。 部下にも、そう伝えておく」
「ああ、あと、対象との接触も一ヶ月間なしだよ、中尉。 そこんとこ、判ってる?」
「……解っている…っ!」

真那は屋上にそんな捨て台詞を置いて、姿を消した。
男は一人、夜風に吹かれる。
真那に向かっていた為、少年には背を向けた形になっているが――

「武くん……なかなかどうして、面白そうな子じゃないの……」

背を向けたまま歩き出し、不可解な少年にそんな言葉を贈りながら姿を消した。












あ と が き
麻倉さんと高原さんのファーストネーム、大募集。
候補としては麻倉南とか、高原貴子とかありますけれども。

P.S. STEINS;GATEマジ感動しました。



[13811] 第六話
Name: 狗子◆754a3305 ID:68a2ef0c
Date: 2010/09/15 13:28



――――――夢。
青空の下。青く茂る芝。そこはよく知っている庭だった。
霞と結ばれて、父親になった際に立てた――――俺の家。
父親になるとか、家族になるなんて、家族が出来るなんて。
この世界に根付いた俺には漠然とし過ぎていて、あまりにも遠すぎて、上手く実感が抱けなかった。
それでも、時が進むにつれて、家族というものを――家族がどんなものだったかを思い出していった。
霞は家族というものを知らなかった。
俺が家族というものを教えてやらなければならなかったというのに、なんとも不甲斐無いことだ。
けれど、幸せだった。これだけは間違いない。
霞も、幸せだと言ってくれた。
嬉しかった。
前の世界での平凡かつ平和な生活から、一転して戦いに塗れた生活に身を投じた俺が家庭を持つなんて、心底心配だったけれど、その一言で全て吹っ飛んで言った。
家には神奈や一真、涼宮、月詠さん、真耶さん、ピアティフ秘書官、ヴァルキリーズやシグルスの皆、果ては悠陽まで、本当にたくさんの人が訪れてくれた。
楽しかった。とても楽しかった。本当に楽しかった。幸せだった。
そして今、俺の家の庭で、その幸せの結晶が一人――元気に遊びまわっていた。
歳の頃も十を過ぎて、俺の様に立派な人になりたいと目を輝かせて言ってくれたことをよく覚えている。
妙に恥ずかしく思えて、笑ってしまったので、むくれられてしまったけれど。
そんな我が子が――――大和が、快活な笑顔を浮かべて、俺のもとに走り寄ってきた。

「――おとうさんっ」

そう言って、大和は俺の胸に飛び込んできて――――――
――――そこで、武の意識は、途切れた。



 四月二十日 横浜基地兵舎

ユサユサと身体を揺さぶられる感覚に白銀武は、眠りに漂う意識を浮上させた。
瞼を開き、ぼんやりと視線を泳がせると自身を覆う小さな影が視界に入った。

「………ん、ぁ………かすみ……?」

未だまどろむ意識のまま、ついいつも通りの感覚で呟くと、影がビクリと跳ねた。
覚醒から間もない重い身体の隅々に、意識を巡らせて、ゆっくりと身体を起こす。
すると、起こされた身体に追わせて、するりと身体にかけてあった毛布がベッドから落ちていった。
武は眠気で重い頭を何度か振って、先程の影の方に顔を向ける。

「…………」
「……ああ、やっぱり、霞か。 おはよう」

顔を向けた先――そこには社霞が立っていた。
長い銀髪を今の武にとっては昔懐かしのツインテールに結えて、オルタネイティヴ4と刻まれたワッペンを肩に縫い付けれた特注のC軍装を着こんで。
未だ幼さの多く見える顔は、記憶にあるとおりの無表情。
いや、少しだけ不安そうにも見えるか。
両手に毛布を持ち、胸に抱いているところを見ると、どうやら落ちた毛布は自分の身体に合わせたのではなく、退いた霞に合わせてベッドから離れていったらしい。

「…………おはようございます」
「おう、おはよう。 ちゃんと挨拶が出来て、偉いなぁ、霞は」
「…………」

武の言葉に、霞の表情が不安そうなものから不満そうなものに変貌した。
変貌したといっても微弱なものだったけれど、長年の付き合いゆえに、武にはそれが理解できた。
幼いながらに、子供扱いされることに不満を覚えたのだろう。
彼女は確かに感情をのない表情を張り付けてはいるけれど、感情がないわけではない。
家族もなく、思い出もなかった彼女は、自分には何もなく、持っているモノは忌み嫌われる異能だけと思っているけれど、そうじゃない。
彼女は彼女だけの感情をちゃんと持っているし、歳相応の自己意識や、趣味だって好き嫌いだって持っているのだ。
ただ自覚がないだけで――そういった事の表し方を知らないだけで、確かにちゃんとあるのだ。
責があるとすれば、彼女にそういった事を教えなかった周囲の人間か――いや、やめよう。
そんな過ぎてしまったことを考えても仕方がない。
現実として、未来として。社霞はこれからがあるのだから。
武が再度頭を横に振ると、霞が表情を戻し、口を開く。

「起こしていたんですよね?」

それは、垣間見たこの世界の鑑純夏の思い出か、元の世界での鑑純夏との思い出か。
それとも武の記憶にあるこの世界の未来における社霞との思い出か。
どれにせよ、武の返事は決まっていた。

「ああ。 俺ってば、どうにも朝が弱くてさ……いや、低血圧ってわけじゃないんだけど、なんていうか自分で上手く起きられない――性分というか。 今まで周りの方々に迷惑をかけ続けてきちまったわけなんだ」

自分で言っていて、何とも情けない事この上なかった。

「まぁ、その、なんだ。 起こしてくれてありがとう」

ベッドから降りて、深々と頭を下げる武。

「…………かなしいですか?」
「うん?」
「お子さんと、離れてしまって……」

霞の言葉に、心臓が一度だけ大きく脈打った。
今度は武が沈黙する番となってしまった。
どうやら、霞は自分の夢を見てしまったらしい。

「悲しい、とはあまり思ってないよ。 先生の話しじゃ、あの世界には俺がちゃんと残っているって話だし、少なくとも大和とあの霞を置いていくことは避けられたみたいだから」

自分がここにいることが、死んだことが原因ではないと知った時、素直に安堵した。
過去に未練があり、ここにいることも喜んだ。
けれど、あの世界において、とても身近に、未練が残ってしまったのだ。
それが、長男である大和の存在。
武と霞の間に出来た子供である。

「でも……悲しくはないけど、寂しいかな」
「……さみしい」
「うん。 自分の子供だからさ、当然愛していたし、何よりあの子の成長を見届けたかった。 そうでなくとも我が子と離れ離れになってしまうってのは、どうしようもなく寂しいもんさ」

我が子から離れて、のうのうと過ごすというのは、父親として何よりも罪深いことだと武は思う。
だから、あの世界にも自分が残っていることに心底安堵したのだが。
けれど、今ここにいる白銀武はどうやっても大和には会えない。
自分勝手なことだとは思うけれど、それがとても寂しいと思えて仕方がなかった。
しかし、考えたって仕方ないと、武は深く息を吐く。
そして、俯き気味だった顔を上げて、霞へと視線をやった。

「でもま、考えたって仕方ないし、忘れることは出来ないけど、どうにかして付き合っていくさ。 霞も心配ありがとうな。 というか……霞が気にすることじゃないだろ?」
「………………いえ。 その……未来の私の子供のこと、なので……」

そういえば、ということでもないが。
霞は未来の自分と、自身を重ねて見てるらしい。

「大和は、“お前”の子供じゃあないよ」

あまり間を開けずに吐かれた武の言葉。
それは突き放すようにも聞こえたけれど、断っておかねばならないことでもあった。
ここにいる社霞という存在は、あの世界で武と結ばれた社霞ではないのだから。
その思い出にここに存在する社霞がなぞることを望み、縋ることは、許されない。

「お前はお前だ。 確かに、未来の社霞の子供ではあるけれど、今ここにいるお前の子供じゃないんだ」
「…………すみません、でした」
「いや、いいよ。 心配してくれたことは、父親として嬉しいからな」

否定的な言葉に霞は俯いてしまうが、武は優しくその頭を撫でた。

「もう一つ勘違いしてほしくないのは……かと言って、俺はお前を気にかけてないわけじゃないからな? 霞が、俺にとって大切な人であることは、変わらない」
「はい、ありがとうございます」
「おう! いっぱい思い出つくろうな」

気にすんな、という意を込めて、やや強めに頭を撫でると、霞は顔を上げて微笑んでくれた。
幼いけれど端正なその顔を見て、可愛いとも思うし愛おしくも思えるけれど、そこに恋愛的感情がないことを鑑みると、どうやら武自身の心でもちゃんと判断が付けられているようだ。
ここまで言っておいて、目の前の彼女に自分があの世界の霞と重ねてしまっては申し訳が立たんというものだ。

「そういえば。 今朝は起こしに来てくれただけなのか?」

時計を見ると、現時刻は起床ラッパより随分と早い時間だった。

「はい、香月博士が、吹雪のOS交換作業を終えたのでハンガーまで来るようにと」
「おおっ。 出来上がったのか。 よし、わかった、すぐに準備するよ」

武がそう言って霞から離れると、身支度を整えることを理解してくれたのか、霞は部屋を出ていってくれた。
武はとりあえず訓練生服に着替え、洗願と歯磨きをし、鏡を覗いて身支度をチェックする。
準備を終えた武が、部屋の外に出ると、ちょこんと霞が扉の隣に立っていた。

「お、霞も一緒に行くのか?」
「はい」
「よっしゃ、じゃあ、行くとすっか!」

歩き始める二人。
道中、武は思い出したように口を開いた。

「――今度、時間があいた時、お手玉やあやとりやってみるか」
「はい。 やってみたいです」

自身の出した提案に、霞が嬉しそうに承諾してくれたのを見て、武はニカッと笑みを浮かべながら「おうっ」と答えた。

「あの……」
「うん?」
「蠢くうささんというのは、私でも出来るでしょうか?」

『蠢くうささん』というのは未来の霞が作り上げた、あやとりにおける技の名称である。
結論。武にもどうやっているのか理解不能の技の為、教えることも不可能であった。



「―――ようやくきたわね」

ハンガーに到着した武を迎えたのは、香月夕呼のそんな言葉だった。
C軍装の上に白衣を纏っている姿はいつの世も相変わらず。
その表情は愉しげなもの。
今回、XM3は彼女自身が手掛けているわけではないので、その笑みは自信の表れというわけではなさそうだが、ハンガーにいる整備兵を見てみると皆一様にニヤニヤした顔をしていたので、多分整備兵の評価を聞いての反応、ということなのだろう。

「おはようございます、夕呼先生」
「ええ、およはよう。 あら、ちゃんと強化装備に着替えてきたのね」
「あー、ええ、まぁ」

つまらなそうに言う夕呼に、武はお茶を濁した様な煮え切らない返事をした。
前の世界において、強化装備に着替えて来なかったことを指摘されたので、今回は同じ轍を踏まんとちゃんと着替えてきたのだが。
あんなご不満そうな顔をされるとどうにも釈然としない。
どうやら彼女は、着替えて来ないことを期待していたらしい。

「ま、いいわ。 社から聞いているだろうけど、あの吹雪のXM3換装は完了」

ハンガーに立つ一機の吹雪を顎で指しながら、夕呼は言う。

「今回はあんたの意見を基に一からOSを作ったんじゃなく、元から完成したモノを複製して載っけただけだからバグはないハズよ」
「はい、わかりました」
「じゃ、今からあんたには着座調整に入ってもらうわ。 A-01との模擬戦だけど、今日あんたの訓練が終わった頃に組み込んであるから訓練が終わったらすぐに準備しときなさい」

夕呼から告げられた待ちに待ったヴァルキリーズの対面の予定。
武は自信の胸が熱くなるのを自覚した。

「了解です。 それじゃすぐにでも取り掛かりますね――」
「ああ、それはそうと。 あんたの方はどうなのよ?」

吹雪の管制ユニットへ向かおうとキャットウォークを駆け出した武であったが、夕呼にそんな言葉を投げかけられ足を止めた。
どうなのよ、と尋ねられたが、思い当たる事がなく、武ははてと首を傾げた。

「207小隊のことよ。 あんた、自分が強くするんだとか任官させるんだとか喚いてたじゃない。 部隊に潜り込んで今日で四日目。 首尾はどうなのってコト」
「ああ、そのことについてですか。 まー、あいつらまだ訓練初めて十日ですからね。 未熟も未熟ですよ。 でも、才能ありますから、神宮司軍曹の下でやっていけば、夏には十分に使いものになりますよ。 ですので、俺が主だってやることって言えば、あいつらの凝り固まった悩みとか解してやったり、人間関係を円滑にしてやることぐらいですかね」

神宮司まりもは優秀な教官だ。
武が生涯尊敬し、自身の思い描く教官の理想像である彼女の下ならば、彼女たちの成長を疑う余地がない。
そんな恵まれた環境でありながら、最たる問題が彼女たち自身の生い立ちや人間関係だということが、残念なことこの上ない。
ゆえに、武の役目は基本的に潤滑油だ。もしくは起爆剤。
彼女たちがより良く絆を深められるよう、努力するばかりだ。

「潤滑油に起爆剤ねぇ………あんた、脂っこいわよ?」
「字面の感覚で俺を乏しめないで下さい!」

がなる武だが、対する夕呼はしれっと澄ました顔のまま。
洗願済みのニキビが気になる年頃の少年を捕まえて、脂っこいとは失礼な。

「まぁそんなことはどうでもいいけど、あんた任官については考えてあるの?」
「ええ、一応は。 ですけど、あいつらの立ち位置を確認しておきたいので、詳細や帝国の状況を貰えますか」
「それくらいは構わないわよ。 今夜にでも取りに来なさい」
「ありがとうございます。 それじゃ、訓練もありますし、さっさと済ませますか――」

夕呼に頭を下げて、武はキャットウォークを軽快に駆けていった。
天狼というワンオフな異例の機体をずっと扱ってきただけに、通常の機体に乗るということが、彼は楽しみなようだ。
夕呼としても、世界を導いた救世主様がどの程度の実力なのか、少しだけ楽しみなようで、ハンガーから去る彼女の口許には薄らと笑みが浮かんでいた。

「―――ああして見ると、玩具を与えられた子供みたいで、歳相応以下に見えるんだけどねぇ……」





吹雪の着座調整を恙無く終えた武は、訓練に向けて朝食を済ませる為に、PXへと訪れていた。
着座調整が割と早く済んだせいか、いつもより早く着いてしまい、PXにいる人も少なかった。

「あれ? 白銀さん?」

武がトレイを持ってカウンターにて京塚志津江に朝食を注文し終えた(洗礼済み)頃、後ろから見知った声がかかった。

「ん? おお、たま――じゃなかった珠瀬か、おはよう」
「うん? おはよう、白銀さん。 今朝は早いんだね」

どもった武を不思議に感じたのか、珠瀬壬姫は首を傾げたが、すぐに彼女特有の朗らかな笑顔に戻り、明るく挨拶を返してくれた。
しかし、そんなことよりも、彼女に“白銀さん”と呼ばれるのはどうにも違和感を覚える。
柏木晴子に“武”と呼ばれるようになってしまい、違和感が強まった今、以前よりもスマートに呼称を指定するという目標は早々に破棄し、形振り構わずに、という形に移行した方がいいのかもしれない。

「ああ。 今日は目覚ましさんが稼働したからな」
「ふうん。 白銀さんの目覚ましって鳴る時と鳴らない時があるの? 壊れてるなら買い換えた方がいいよ」
「ああ、うん。 ソウデスネー」

壬姫の厚意による無垢な言葉に武は目を逸らしながら答えた。
目覚ましさんとは当然霞のことであり、人にそんな呼称を用いたことが、純粋無垢な笑顔を浮かべる彼女の前では非人道的行為の様に思えてしまう。

「そういや、珠瀬は訓練には慣れてきたか?」

京塚のおばちゃんより、朝食を受け取り、席へと着いた二人。
武は向かいに座る壬姫に、そう言って話を切り出した。

「ええ? うん、まあ、慣れてきたと言えば慣れてきたかなぁ。 でもやっぱりまだまだキツいよ……」

たはは、と困ったような笑みを浮かべて、壬姫は煮え切らない返事をした。
壬姫本人が言うとおり、彼女はこの三日間の訓練において、少々辛そうな表情を浮かべていた。
辛そうな表情、というのは主にスプリントや持久走のメニューの際であり、そこから分かるとおり、彼女は未だ体力が十分ではないのだ。
彼女はお世辞にも恵まれた体格ではない為に、そう言った直接的に体力が関わることが不得手であるのはある意味当然だとも言えるが。
返事を終えた壬姫の顔が曇る。
問題なのは、現時点における体力的なことではなく、精神的なことだった。
体力がない、というのは努力次第でどうにでもなるが、現在持ち合わせがないことは事実なのだ。
同じく体格が恵まれていない美琴はサバイバル――というか、言ってしまえば彼女よりも活発に過ごしてきたためか、御剣冥夜達に比べてやや劣るものの体力はあまり問題としていない。
対して、壬姫は周囲に比べ体力がないことを気にしており、訓練の際も、疲労が溜まってしまい、他の訓練に集中力を欠いてしまうとい、そこからミスが生まれ、自信を失ってしまうとう悪循環が起こり始めてしまっていた。

「ははは。 私って、何も取り得ないしね」
「? 珠瀬は射撃が得意じゃねえか」
「はえ?」

武の言葉に、壬姫は目を丸くして首を傾げた。
その反応を見て、武はしまったと内心で毒づく。
今はまだ、彼女は射撃の才能を自覚していないのだ。

「いや、ほら。 珠瀬、射撃訓練の時全然的外してないだろ? だから得意なのかなって」
「えーっ!? 全然そんなことないよ! そんなこと言ったら白銀さんだって、全然外してないよっ」
「うん? そうでもないぞ。 でも、ありがとう。 しかしそうだなぁ、いや、珠瀬には射撃の才能があると思うぞ、マジで」

壬姫は「まじで?」と意味不明な言葉を聞いてまた首を傾げたが――

「あら? あなたもそう思う?」

という、背後からの言葉に動作を中止し、振り返った。

「おう、いいん――榊、おはよう」
「榊さんおはよー」

声の主は、榊千鶴。
相変わらずでかい眼鏡の向こうでは、意外なモノを見たというように感嘆とした表情を浮かべていた。

「ええ、おはよう。 二人とも今朝は早いのね。 特に白銀なんて私より早く起きることが可能だとは思わなかったわ」
「なにおうッ!?」

武の反論を涼しく受け流して、千鶴は椅子に腰かけた。
御覧の通りではあるが、武はどうにか207B分隊の彼女たちに上手く溶け込めているようである。
中身が四十過ぎである為にいささか不安であったのだが、杞憂に終わってよかった。

「それで――さっきの話だけど。 白銀も珠瀬に射撃の才能があると思うのね?」
「あ? うん、十分あると思うぞ。 それもピカイチのな」
「ええー? え、そうなのかな………?」

千鶴は既に壬姫の才能に気付いているようだ。
それだけ周りをよく見ているという事実の表れであり、分隊長をよくこなしていること表れでもある。
壬姫はあわあわとした様子で、千鶴と武の言葉をうまく飲み込めていないようだが。

「そうよ。 珠瀬は最初の射撃訓練の時も一番上手く出来ていたし、教官だって褒めていたでしょ。 私も珠瀬の腕はいいと思うし、頼りになると思ってるもの」
「え……?」
「珠瀬自身が自分の腕をどう認識しているかは分からないけど。 白銀もそう思ってるようだし、少なくとも二票入ってるわ」
「そうだな。 おい、たま。 お前もっと自信持っていいんだぜ? 訓練が始まってまだ十日だし、努力の真っ最中ではあるがな、自分の才能と腕に自信を持つことは悪いことじゃねえ。 もっと肩の力抜け」

分隊長と何でも出来る超人訓練生(たま目線)からの称賛の嵐に壬姫はあたふたとし反応に困っているようだ。
顔は見事に赤く染まり切っており、その姿は落ち着きのない猫の様にも見える。
そんな状態が暫し続き、どうにか落ち着いたのか、彼女は深く息を吐いて。

「うん。 ありがとう、榊さん、白銀さん。 私、頑張ってみるね!」

先程の暗い顔とは打って変わって、明るい顔でそう告げた。
言葉どおり、彼女が伸びるのはこれからなわけだが、この分なら挫けずにやっていけることだろう。
武と千鶴は満足げに頷いて答えてみせた。

「ところで白銀さん」
「うん?」
「たまってなぁに?」
「…………あ」

壬姫に指摘され、武は漸くさっき彼女のことを“たま”と呼んでしまったことに気付いた。
ついうっかりではあるが、彼の目論んだスマートにという目標がどんどん崩壊していくのを、武は自覚した。

「ええ、あー、いやぁ。 なんていうか、珠瀬のニックネームかな。 俺としてはそっちの方が呼び易いのだが」
「へえ~、そうなんだぁ。 何だか猫みたいな呼び方だね」

壬姫はどこか納得した様な反応を見せているが、横では千鶴が「そう思っているのなら怒ってもいいのよ珠瀬」的な表情を浮かべていた。

「ん。 まぁそなんだが……たまって呼んじゃダメか?」
「ほえ? うん、全然いいよ」
「じゃあ代わりにたまは俺のことを“たけるさん”と呼んでくれ」
「ふえ?」

スマートに呼称を指定する目論見が、ここに破綻した瞬間であった。
壬姫は突然の出来事に目を白黒させているが、武の表情は至って真面目なものである。

「たけるさん……?」
「ああ、是非そう呼んでくれ! たまからはそう呼ばれた方がしっくりくるんだ! 俺がたまをたまと呼ぶ代わりにたまは俺をたけるさんと呼んでくれ!」

破れかぶれ。そんな言葉が武の頭を過ぎるが、形振り構わぬ男の子の意地を以って、それを跳ね飛ばした。

「代わりにって、あなたね……。 どっちもあなたの都合じゃない」
「はっはー、何を言っているのかね、“委員長”」
「はあ?」
「だから榊のニックネームだよ。 委員長――真面目な榊にはぴったりのにぃっくねぇーむだとは思わんかね?」
「思わないわよ、何よそれ!?」

不可解なやり取りが自分に飛び火したと、委員長こと千鶴は憤慨するが男の子の意地を見せる武は、どこ吹く風という様に腕を組み感慨深く何度も頷いていた。

「いやさー、榊って俺の知り合いにいる委員長にそっくりでさー。 なんていうの? 親愛の意を込めて委員長と呼びたいんだ」
「ならその人を委員長って呼びなさいよっ!」

もっともである。

「んーそうか、委員長じゃ不満か。 なら、他の候補として、眼鏡っ娘委員長、超・委員長、おさげにすと委員長、姐さん委員長、分隊長な委員長、ウルトラ委員長、ハイパー委員長、チャウラー委員長、シェリス委員長などがあるが――――」
「ああもうっ! 委員長でいいわよっ!!」

諦観に満ち満ちた千鶴の叫びに武は心の内で「勝ったっ!」と勝ち誇った笑みを花咲かせた。
千鶴は相変わらず不満そうな表情をしたままだが、そのうち慣れていく。
武は長年の経験から、そう結論付けて、難題をクリアしたことに満足げな笑みを湛えた。

「まったく……呼び方を指定して、押しつける人なんて始めよ……」
「にゃははは、そうだねぇ。 しろが――んん、た、たけるさんって変わってるねぇ~」

変わっているというのは今この場においては褒め言葉として受け取っておこう。
壬姫は慣れない呼び方に躓き気味ではあったのもの、律義に呼んでくれているようなので、とりあえずは安心だ。
本当にいい奴らだ。

「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

武は豪快に笑って、全てを誤魔化した。

「みんな、おはよー。 なんだか楽しそうだねぇ~」
「ん。 おはよう」
「皆、おはよう」

そんなところで、B分隊残り三人がPXに現れた。
三人一緒のところを見ると、ここにくるまでに合流したようだ。
その後、集合時間に間に合う程度まで談笑することになるのだが、話が弾んでいく最中、千鶴が静かに武に向けて口を開いた。

「白銀……」
「なんだ?」
「――ありがとう」
「ん? ああ、気にすんな」

その感謝の言葉は勿論、委員長というニックネームを付けられたことに対するものではない。
壬姫が落ち込んでいるのを見て、励ましてくれたことに対する感謝の言葉だ。
それに、入隊してまだ三日であるにも拘わらず、ちゃんと周りが見えている彼への感謝も含まれているが。
何しろ言外であった為、この男に伝わっているかは疑問である。
武はとても満足そうに、何度も頷く。
本当、いい奴らだ。





夕刻。太陽もその尊顔を山陰に隠し始め、月が薄らと青紫の空に浮かび始めた頃。
廃壊したビルが立ち並ぶ演習場に十一の鋼鉄の巨人の姿があった。
蒼穹色の配色は、夕焼け色を交えて夜空色に輝いており、その勇ましい鋼鉄の鎧をどこか幻想的に映し出していた。
鋼鉄の巨人――TSF-TYPE94・不知火。
日本帝国が誇る主力戦術機が十一機、開始の知らせを今か今かと待ち続けていた。

『――貴様ら! これより模擬戦演習が開始される。 各自機体チェック――不備はないな?』
『『『『了解。 問題ありません!』』』』

レシーバーに合唱が響く。
「よろしい」――と視界に映る十の回答を受けたのは、このA-01部隊――通称・伊隅ヴァルキリーズの隊長、伊隅みちるである。
みちるを含めて、十一人の表情は真面目そのもの、戦乙女と呼ぶに相応しい勇敢な顔をしていたのだが、この応答が終わるや否や、皆一斉に破顔した。

『――はぁ。 それにしても大尉ぃ、いきなり訓練スケジュール変更なんて珍しいですよねぇ』
『ああ、そうだな。 だが、香月副司令のご指示だ』
『いいや、文句はないんですけどねぇ――』
『大尉、どうやら速瀬中尉は日頃の大尉の鬼扱きがなくて淋しいようです』
『ぬぁんですってぇ!?』
『――と、大木中尉が』
『大木中尉っ!』
『はひゃえっ!? 何故か泉に矛先がっ!?』
『――むぅなかたっ!』

姦しい声がレシーバーに、睨みつける顔と涼しい顔と動揺した顔、その他困ったような顔と呆れたような顔が、みちるの視界に充満した。
いつもの事と言えばいつもの事だが――元気の有り余る戦乙女たちを纏め上げることが任務であるみちるにとっては、頭痛の種に成りかねん光景であると共に、温かく感じることができ、頼もしい仲間の光景でもある。

『はははは。 水月、あんまり大木中尉を怒鳴るなよ。 可愛そうだろ?』
『黙ってなさいっ! それに漢字に意図的な間違いがあるように思えるわ、このボンクラ!』
『ボンクラだとォ? このじゃじゃ馬娘が!』
『なぁによぉっ!』
『なぁんだよっ!』
『『また痴話喧嘩か(ですか)』』
『宗像ぁ!』『三鷹大尉!』

そうやって無暗矢鱈がなり突っ掛るからからかわれるのだ――と、みちるは感想を抱くが、まぁ二人の場合これこそがあるべきコミュニケーションなのだと、黙殺する。
同期の三鷹薫はただの感想として言っているから別として、二期後任である宗像美冴は意としてからかっているので調子が乗り過ぎれば注意しようとも思うが、彼女は中々にしたたかな者で、絶妙とも謂える加減で二人をイジクリ回していた。
何より――痴話喧嘩などと言っては、たまに後が恐ろしいことになるのを知っているだろうに。

『美冴ちゃんやー、あまりからかい過ぎると馬に蹴られて地獄に落ちちゃうんだぞー』
『そうだぞ。 美冴、男でも女でも構わないと言うのならこれを機会に今夜でも同衾を果たそう!』
『いや、東城。 私には祷子がいるため謹んでご遠慮する』
『あらあら美冴さんってば』

のほほんと美冴を諌めたのは彼女と同期の八坂誠。
いやらしさ全開で顔を紅潮させて興奮気味なのが同じく同期の東城莉那。
朗らかな顔で、ころころと笑ったのがみちるより三期後任の風間祷子である。
美冴と同期である誠と莉那は彼女とも仲が良く――特に同衾を迫ったことからも判るように、莉那に至っては必要以上に仲良くなろうと目論む程の仲である。

『あー。 ま、水月は、わざわざスケジュールを変更してまでして設けられた模擬戦相手が、ただの吹雪が一機、っていうのがほんの少し気に入らないんだよなぁ?』

話を切り替える――というよりも戻すと言うべきか。
十二人の伊隅ヴァルキリーズの中で唯一の男性である鳴海孝之が、口許にニヤリとした笑みを浮かべてそう言った。
美冴とはまた違うからかいの笑みであったが、彼自身もこの変更はあまり快く思ってはいないのかもしれない。
水月に向けた言葉は幾らか同調する様な声色であり、言外に含むところがある様にも受け取れた。

『む。 まぁ、当たってるけど……』
『おやおや。 さすが鳴海中尉と言ったところですか。 嫁の胸中は手に取るように分かるというわけですね』
『はっははー! 宗像中尉よ、いくら俺でも学習機能というものがあってだな、そう何度も食って掛かるわけもないのだよッ』
『ほほう? つまりはお認めになられたわけですね、わかります』
『あ……クソ。 怒るな…叫ぶな……俺……ツッコんだら負け、ツッコんだら負けだ………ツッコんだら負けなんだ!』

わなわなと震え、操縦桿を圧し折らんばかりに握り締める孝之であったが、対して水月は嫁という単語に過剰に反応したのか、程良く茹で上がっていた。
あからさま過ぎる――と、溜息を吐きたくなったのはきっとみちるだけではないだろう。
証拠として、それを見た美冴も、呆れた様な吐息を漏らしてそれ以上言葉を繋げなかった。

『…………たとえ相手が単機だろうと、戦闘は戦闘。 油断すれば負ける、気を引き締めて臨んでもイレギュラーは存在する。 総じて、注意して臨むことに越したことはない』

無感情に――それでいて静かな物言いでありながら強かに呟いたのはみちるより三期後任である望月凛。
その目は据わっていて、凍てついている印象を受けるが、これは彼女なりにこの模擬戦を真摯に受け止めている結果である。
ちなみに、戦闘時以外でこの目つきの時は大抵眠い時。

『ん……望月少尉の言うとおりだよ。 水月も、あまり気を抜いちゃ――ダメだよ? 皆も気を付けてくださいね?』

穏やかに、ほんわかした緩い声で――有無を言わせず是非を問わせない声で――レシーバーに届いたのは伊隅ヴァルキリーズのCPを務める涼宮遥。
温かく、緩い雰囲気を持つ彼女であるが、鉄の様に頑固であったりと、強い意志を持っている女性でもある。
ちなみに先の彼女の鉄が冷えていたか熱していたかは、ご想像にお任せしよう。
参考として、水月は冷や汗を浮かべ乾いた笑い声を垂れ流していた。

『言われなくても当然の事ですわ! この辻瑠璃子の辞書に油断の文字はなくってよっ!』
『………辻よ、その態度こそ油断の表れとも謂えるのだぞ?』

高飛車な笑みを交えて傲慢不遜に言い放ったのは祷子と同期の辻瑠璃子。
祷子はどこかの令嬢の如く淑やかだが、同じくこの娘もお嬢様系の人物である。方向性はまるで違うが。
ついでに言えば、祷子をライバル視しており、何かにつけて張り合おうとする習性がある。
無口でどこか掴めない凛が祷子に懐いているのも、何故だか不満に思う我儘っ娘だ。
そして彼女にツッコミを入れた薫だが、金色に染髪して、気だるそうでルーズな印象を持つが、みちると同程度の常識人であり、しっかりしている。
彼女がみちるを補佐をしてくれているお陰で、こう言った雑務による負担が軽減されているとも言っていい。
さて。

『――貴様ら、楽しいお喋りはそこまでだ。 そろそろ模擬戦開始予定時刻だ、気を引き締めろ』

談笑に一区切りついたところを見計らい、みちるは声を張り上げる。
彼女は会話に耳を傾けながらも、網膜に投射された100m先に立つ仮想敵――TSF-TYPE97・吹雪をじっと観察していた。
吹雪とは帝国軍主力機として配置された不知火の高等練習機であり、しかし練習機ながら装備を整えれば実戦にも耐えうる立派な戦力――帝国製の戦術機だ。
しかしながら、出力やその他諸々を不知火と比較してしまえば、当然スペックは下回ってしまい、不知火を十一機を相手に出来るかと問われれば通常ならば否という解答になる。
無論、みちるもその認識だと言って相違無い。
けれど、戦いにおいて彼女が油断や慢心を自身に許すわけもなく、胸の内では必勝が誓われる。

『はぁい』
『――副司令っ?』

突然回線に入ってきた夕呼の顔と声に、みちるだけではなくヴァルキリーズ全員が表情を正し、迎え入れた。

『あんた達、準備はいいようね?』
『はっ。 問題はありません、副司令!』
『ええ。 まぁ一応言っておくけど、あの吹雪は――全力で迎え撃ちなさい』
『は、ええ、そのつもりですが……』

夕呼の念を押すような言葉に違和感を覚えながらもみちるは淀みなく返答を済ます。
対する夕呼の表情はいつになく愉しげで、持ち前の妖しさを遺憾なく漂わせていた。

『そう。 ま、これは相手――あの吹雪に乗っている奴からの伝言なんだけどね、『全力で迎え撃ちに来てください、こちらもあまり手加減はしませんので』だそうよ』
『そうですか。 伝言、確かに承りました……』
『ふふん。 あとね。 十一人全員を相手にするってのも、相手からの提案だから。 せいぜい全力を尽くして相手してやんなさい』
『はっ! 了解しました!』

夕呼は「じゃあねぇ」と言い残して回線から退いた――が、みちるの心に、否、ヴァルキリーズの胸に闘争心の火をちゃんと焚き付けていった。
それが目的なのだろうとは、みちる自身も理解していたが。
いいだろう。そこまで舐められては、こちらも黙っているわけにはいかないと、その油を受け入れた。
その気がもっとも顕著なのは水月だろう。
彼女はギラついた瞳で、今から始まる模擬戦に血を沸かせているようだった。

『さて、貴様ら――副司令からの言葉……聞いていたな?』
『『『『はい!』』』』

気持ちいいくらいの快答。
みちるは不敵な笑みを大いに湛えて、彼女達に向けて言葉を繋げる。

『あちら様はどうやら目一杯、私たちの相手をしたいそうだ。 戦乙女の恐ろしさを、鱈腹お召し上がり頂いてもらおうとしようじゃないか』

みちるに同じく、戦乙女たちが不敵な笑みを咲かせ、頷いたのを見て、戦乙女の長が宣言する。

『ヴァルキリー1より各機! オルタネイティヴ計画直轄部隊の意地と名誉に賭けて、あの吹雪を打倒しろッ!!』
『『『『了解ッ!!』』』』

同時に、CP――遥より模擬戦開始が告げられ、十一の不知火は一斉に疾走を開始する。



その様を管制室より観賞する夕呼は、改めて部隊の錬度の高さを知った。
A-01部隊は帝国有数の――否、帝国一の錬度を誇る部隊なのだと、再認識出来た。
それぐらいでなければ、彼女の下では任務を全う不可能である為、当然と言えば当然ではあるが、その様は素直に頼もしいと思えた。
そして、同時に期待が心の内で膨らむのを彼女は自覚する。
夕呼が誇る戦乙女たちがあの未来より来訪した少年を打倒するも好し、世界を導いたあの救世主が最高の錬度を発揮する戦乙女を薙ぎ払うも好し。
どちらかが勝つにせよ、夕呼にとっては面白い見世物に違いはないかったのだから。
まぁ――せっかくXM3を搭載させたのだから、あの少年には勝ってもらわなければしょうもないことに終わってしまうので困るのだけれど。
そんな夕呼の思考と関係なく、双方は激突する。



『ヴァルキリー2、初手は貴様に任せる』
『ヴァルキリー2、了解! いくわよォ、ヴァルキリー5!』
『――了解っ!』

みちるの指示に、切り込み隊長である突撃前衛長・速瀬水月が勇ましく答える。
その水月に合わせた軌道――エレメントを組む鳴海孝之が、彼女が背部担架装置より長刀を解放したのとほぼ同時に長刀を引き抜いた。
普段何かにつけて口喧嘩が絶えない二人ではあるが、突撃前衛コンビとしての腕前は確かであり、息の合った連携は部隊の先頭を任せるのに十二分だ。

『ヴァルキリー8、両機のフォローに入ります!』

水月、孝之――B小隊にはもう一人、東城莉那が強襲前衛として小隊の後詰めの役目を担っている。
逆三角形を模るB小隊の陣形は、ツートップを飾る水月、孝之のエレメントの取りこぼしを莉那が排除する、或いは二人の突破力を彼女が補助するという形で、高い完成度を誇っている。
ゆえに、みちるは安心して部隊の先陣を三人に任すことが可能だった。
全隊より突出した逆三角形――さらに先尖一角を担う速瀬機が水平噴射跳躍――それに合わせて鳴海機が噴射地表面滑走で挟撃――して長刀を振り被る。
仮想敵たる吹雪はそれを見て、ナイフシースより短刀を一振り抜き取り、正面――つまりは速瀬機に向けて構えた。

『はんっ、短刀で私と斬り合おうっての!? じょぉとぉじゃないッ!!』

長刀に対してリーチで劣る短刀で相手をするという舐め切った態度に、水月は憤りを露わにして舌なめずりをする。
舐められている――というのは、あの吹雪を見れば一目瞭然だろう。
戦闘中、水月のストッパーを担っている孝之すらも、僅かに表情を普段より険しくしていた。
吹雪に斬りかかる速瀬機――それより僅かに遅らせて水平噴射跳躍。鳴海機が長刀を振り被る――全隊の陣形はその間に、吹雪を囲う様に配置を終える。
強襲掃討――東城機、後方で制圧支援――左翼・風間機、右翼・辻機が突撃砲の狙いを吹雪に合わせる。
速瀬機は上段からの会心の一閃を振り下ろす。
水平噴射跳躍の推進力、機体と長刀の重量も総合すれば、その速度と威力はまさに必殺と呼ぶに相応しいだろう。
驚速で振り下ろされる刃――吹雪はそれに構えた短刀の腹を合わせた。

『(――――馬鹿め)』

相手の応手を見た刹那、水月は内心でほくそ笑んだ。
水月の会心の一閃――それは模擬刀といえど確かな破壊力を有しており、長刀に比べて芯の細い短刀で受ければ容易く折れてしまい、そのまま致命傷になってしまう。
それが当然の帰結ゆえに、自殺行為としか思えない、気が狂っているとしか水月は思えなかった。
最終候補としてはド素人というものがあったが、それであれだけの大口を叩いたのであれば褒めてやりたいぐらいだ。
しかし――水月の思惑とは裏腹に――吹雪は合わせた短刀を握る手首を捻り、驚速で振り抜かれる長刀の刃を滑るようにしていなした。
思い描いた太刀筋から遠ざかっていく長刀――水月は瞬きより短い時間、目を見開いた――しかし、吹雪の行動はそれだけでは終わらなかった。
意に沿わぬ形で地表を目指す長刀を軸に、噴射跳躍――宙にて倒立反転。
都合、速瀬機の長刀の真上――速瀬機の頭部の正面に逆さまになった吹雪の頭部が並ぶ。
長刀がひび割れたアスファルトに叩きつけられる。
水月の目に映るのは吹雪のデュアルアイ――翻される短刀――その機動だった。

『――なっ、』

あまりにも一瞬、短い時間過ぎて、驚きすぎて。
ただでさえ短い時間にも拘わらず、上手く言葉が喉を上がらず、躓いてしまう。

『何よその三次元機動――ッ!?』
『――水月ィ!』

吹雪が速瀬機の背後に着地する。水月が驚愕の声を上げながら重たい長刀を持ち上げながら振り返る。
孝之が叫びながら振り被った長刀の狙いを改める。それ以外の戦乙女が目に映った驚くべき機動に息を飲む。
それは同時に起こった。
速瀬機の二撃目――鳴海機の一撃目。
初撃。速瀬機か鳴海機により敵の足を止める、または機動力を削ぐ――という目論見は、予想外の回避法により空振りに終わったが、間を置かずして二機が次動作に入った。
前後より迫る双撃が吹雪を襲う。
同時にみちるの下がれという指示と、僅かに遅れて莉那の警戒宣告――フォックス3――祷子、瑠璃子の警戒宣告――フォックス1――がレシーバーに響いた。
迫る双撃――吹雪は着地した流れに乗って、機体を捩り下げ、機体外縁が螺旋を描いて腰が落とす。
ガリリリッと吹雪の足先がアスファルトを削った音が轟き――速瀬機と鳴海機が、弾け飛んだ。
驚きの声が、間に合わない。あまりにも速過ぎて何をしたのか、理解が追いつかない。
吹雪は、落下速度と機体を捩ったことによる回転力を以って、短刀で双撃をまたしてもいなし、その隙に短刀と空いている左拳で二機を吹き飛ばした――ということが真相なのだが、それを知るには現状は切迫し過ぎていた。

『な、鳴海機機関部被弾、機能停止。 速瀬機、被害判定結果戦闘続行不能、機能停止――!』

遥の動揺に満ちた声による報告がレシーバーに届くのと、東城機、風間機、辻機が支援砲撃を放つのは同時だった。
水平に降り注ぐペイント弾の雨と上方より降り掛かる自律制御型多目的ミサイルペイント弾。
前衛二機の機能停止に驚く間もなく――残り九機となったヴァルキリーズは攻撃直後の隙を狙い撃たんと次射の狙いを定める。
速瀬機と鳴海機を吹き飛ばした姿勢の吹雪を覆う弾丸の豪雨。
相手が退けば追撃を。左右に回避すればそこを狙撃を。
誰もが思いつく限りの対応を瞬時に導きだし、備えようと――備え切ろうとした瞬間、吹雪が跳ね上がった。
弾丸より上へ。ミサイルより上へ。
迫る波を飛び越える様に、全ての弾丸を避け切っていた。
その信じ難い光景に、部隊の古参たるみちる、薫、泉も言葉を失い、思考と意識が絶望的なまでにすれ違った。
だが、身体は勝手に行動を起こす。
七の砲門、二の砲台が照準を泳がせる――吹雪が空中で弾かれた様に落下、それによって合いそうだった照星から敵影は姿を消した。
吹雪の落下先。垂直ではなく斜め前方に落ちた先には東城機が。
莉那は不慣れな頭上からの攻撃に戸惑う思考を置き去りにして、突撃砲のを放ちながら追撃する。
しかし、弾道は敵を捉えることなく、弾丸は深みを増す夜空へと消えていった。
吹雪の短刀の切っ先が突き出された東城機の両腕を摺り抜ける様にして胸部に辿り着く。
判定――管制ユニットに被弾。東城機機能停止。
吹雪はまたしても宙で逆立った様な姿勢から前転し――今度は着地することなく――水平噴射跳躍。
機動が不可解過ぎて、思考が追いつかない。感情が追いつかない。
あまりの速度に、応戦が追いつかない。
何もかもが相手に対して遅すぎる。

『ヴァルキリー全機、散開! 目標より距離を保て!』

指示が行き届かぬ内に三機倒されたことに、みちるは唇を噛み締める――ヴァルキリーズからの返答は皆無といえる程に短かった。それでいい返答する暇があるのなら行動を起こせ――そんなことに割くリソースすらも勿体ないか。
陣形を拡げるヴァルキリーズ。
しかし、吹雪はそんなことはどうでもいいのか、一番近くにいた宗像機に向けて飛翔した。
手当り次第――まるで通り魔だ。

『――ヴァルキリー6っ――』
『こ――――ッのォ!』
『――ヴァルキリー4、援護に入れッ!』
『り、了解っ!』

噴射地表面滑走しながら、宗像機が突撃砲――パターンの拡い120mm滑空砲――で飛び掛かってくる吹雪に応戦。
大木機がカバーに入る。

『このこのこのこのこのこの、このォ!!』
『何――故、当たらな――っ!?』

泉、美冴の困惑がレシーバーにて合唱される。
吹雪は縦横無尽に宙を跳ねて――否、翔けて、宗像機に襲いかかり、体軸を傾げ、機体を捩りあげ、宗像機の首筋に回し蹴りを叩きこんだ。
金属が強かにぶつかり合った衝撃音――宗像機の脚が地表から離別する――不知火の巨躯がビルの側面に叩きつけられた。

『みさちゃん――ぁうっ!』

鋼鉄の塊である戦術機が軽々吹っ飛んだこと――そこから想像可能な衝撃に、泉はビルに減り込んだ宗像機に身を乗り出して叫ぶが、その隙にいつの間にか地に脚を着けた吹雪に懐に這入られ、短刀を突き上げる様に腹部に叩き込まれた。
判定――大木機機関部被弾、機能停止。
遅れて宗像機、損害判定――機体に過剰負荷、続行可能だが戦力としては絶望的。
吹雪の淀みなく、流れるようで鋭い機動に、みちるは目を奪われた。
目を反してはいけないのは確かだが、それ以上に目が離せなかった。
意識が惹かれてしまったのだ。
あの天地なく縦横無尽に翔る吹雪は、本当に自分の知る吹雪なのだろうかと知らずの内に自問する。
解答は、恐らく否――機動があまりにも異なり過ぎている。
あの三次元機動は、既存の戦術機起動からかけ離れている。
恐らくは根本的な何かから違っている。
そして、アレを操縦している衛士も、凄腕という肩書が見劣りしてしまう程に、尋常ではない実力の持ち主であることが分かる。
アレに搭乗しているのは、本当に人間なのか本気で疑わしく思えた。
吹雪はビルの崖を易々と平然と飛び越えて、伊隅機に迫る。

『――伊隅大尉!』

エレメントを組んでいる辻から叫び声が上がる。
自分はアレに勝てるのか。みちるは自問する。

『――――は、あぁああッ!!』

否、勝つのだ。勝たねばならないのだ。
自分たちは、意地と責任と誇りに懸けて、勝ち続けなければ――作戦を成功させ続けなければ――博士のご期待に応えなければ、ならないのだ。
宙からこちらの攻撃を滑り込むように回避しながら這入り込んで来る吹雪に、伊隅機が逆に前進――潜り込む。
さすがの胆力というべきか、さすがの技量と称えるべきか。
驚異的とも言える操縦技術で、みちるは吹雪に肉薄した。
今までがそうだった様に――吹雪が伊隅機の上に逆立つ。
水平線対照に二機が重なり合い、伊隅機が吹雪を見上げ、吹雪が伊隅機を見下ろしている。
伊隅機が不知火の限界速度で、短刀を引き抜き、迫る刃に己が刃を合わせる――鉄塊が擦れ合う音に変わり、強靭な合成樹脂が軋む音が演習場に響く――互いの短刀が振り抜かれた。
短刀の一撃を防がれた吹雪が伊隅機の背後に降り立つ。

『――そこだッ!』

伊隅機は振り払った腕の流れに乗って――短刀を逆手に持ち替え――背後に立つ吹雪目掛け短刀を突き立てる。
が――その流れは、その一撃は。
吹雪の左腕に、短刀を持つ右腕が掴まれることによって、止められてしまった。
伊隅機と、吹雪は背中合わせ。
いくらサブカメラが伊隅機の一撃を捉えていようと、容易には反応できない一撃だった筈だ。
けれど、受け止められた。
完全に読まれていた。
それが現実だった。
みちるがその事実に辿り着くのと同時、伊隅機と同じく短刀を逆手に構えていた吹雪の一撃が、伊隅機を抉った。

『――――クッ』
『伊隅ィ!』

襲いかかる衝撃に苦しむみちるの声と、薫の声が被った。
伊隅機が機能停止と判定され、制限がかかる頃には既に吹雪は背後から離れていた。
悔しい――と、みちるは奥歯をきつく噛み締めた。
背後から一撃――衛士として、戦士としてこれほど屈辱的な致命傷はないだろう。
しかし、それだけの力量差が相手との間にあったというのは事実。
みちるは熱く溜まった息を肺から吐き出し、管制ユニットのシート、ヘッドレストに頭を預けた。
心底悔しい事この上ないが、認めよう。
自分は負けたのだ。清々しい程に。圧倒的なまでに。
みちるが討たれたことは、残存するヴァルキリーズに少なからず動揺を与えたが、それでも彼女達は寄せ集めの烏合の衆ではなく、鍛え抜かれた選りすぐりだ。
頭がなくとも、立派に役目を果たす。
けれど、それでも、相手が悪すぎた。
みちるが倒され残り五機となった彼女達は瞬く間にその数を減らしていき――終には全滅という形になった。
時間にしてみれば、五分かかったかどうかというところだろう。
管制室でも、目の前で繰り広げられた光景が、どう飲み込んでいいか分からず、沈黙に支配されていた。
それは夕呼も同じ。
まさかここまでやるとは思っていなかったのか、言葉を失っていた。
同時に、彼への認識を改めるという決定を胸の内で決意する。

『―――――――…………』

為す術なく倒された戦乙女たちのヘッドセットにノイズが走る。
敗戦に消沈する重い頭を引きずり、彼女達は何者からと意識をその声に傾けた。

『…………どうだったでしょうか、ヴァルキリーズの皆さん。 俺は、アナタ方の相手をちゃんと全う出来たでしょうか?』

届いたのは、そんなフザケた言葉だった。
全うも何も、こちらは為す術なくやられるがままだったのだ。
追い打ちをかけるような言葉に誰もが、心の底に暗い気持ちを泥の様に溜まらせた。

『………………沈黙はイエス、と受け取っておきましょう。 そうですか、よかったです。 では、俺からの評価を下しましょう――』

その声は見下すでもなく、淡々としていて。
事務的にすらも聞こえたけれど、これ以上不快にはならない――不思議な声色だった。
落ち着いた調子。
声から察するに――変声機を使っていないのならだが――歳の頃は、若い。
それも高く予想しても二十代前半の男だろう。
あれだけの驚異的な操縦を見せた衛士が、少年の様な声を発するとは、逆に怒りを通り越して、呆れ果て、肩の力が抜けてしまった。
そして、皆一様に、彼に純粋な興味が芽生えた。

『アナタ方は、まだ弱いです。 そんなことでは、香月副司令の下で任務を全うし続けるのは……難しい。 だから――』

淡々としていた声が、震えた。
感情らしい感情を掴ませなかった声色に、深い感情が見え隠れした。

『どうか強くなってください。 俺が、アナタ方を鍛え上げます』

その言葉は、宣誓するようで、強い意志と、決して折れない信念が感じられた。
声の印象と口調や、言外から受ける印象が、あまりにも不釣り合いで、とても不思議に感じられた。

『――――A-01部隊隊長の、伊隅大尉です。 模擬戦の相手、どうも有難う御座います』
『ええ。 こちらこそ。 今日よりアナタ方――A-01部隊の戦技教導官に就いた、武尊(ほたか)大尉であります。 よろしくどうぞ』

代表として応じたみちるへの返答。
声に、印象、それから階級までもが――いや、あれだけの実力を持っているのなら大尉という階級は妥当かもしれない。
みちるは、心の中で納得し、敬意を以って武尊と名乗った男に返す。

『はい、了解です。 大尉。 部隊長として、A-01部隊を代表し、感謝します』
『え、ああはい。 あ、それじゃあまず――』

みちるの言葉に武尊は何故かどもり、次いで歳相応の快活な声で言葉を紡いだ。

『――今日一日、俺の機動がどうやったら再現できるか、考えてみてください。 それと、どうせ機体の完全整備には三日ほどかかるでしょうし、明日からアナタ方に強くなる秘訣を伝授します。 座学で』

それぐらいかかるように叩きのめしましたから――と、武尊はからからと笑いながら言った。
そんな彼に対する、戦乙女たちの印象は――

『『『『(この男、底が知れん)』』』』

渋い顔、困った顔。
いずれも快いとは言えない表情が、十二。
レシーバに映し出される。
これが、武尊――白銀武と、この世界における伊隅ヴァルキリーズとのファーストコンタクトだった。













あ と が き
武『白銀武容赦せん!!』
武とヴァルキリーズ初対面。
初めて会う先任たちたくさん。オリキャラたくさん。
孝之生存。これからこの男をどう動かしていこうか悩みどころです。
戦闘描写としては、武が(吹雪で出来る限り)割と全力を出した結果、
それはとてもとても速攻勝負でしたというわけで。
そんな速さを表せているか、どうにも不安です。


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