
祖父や祖母、そして父や母が生きた歳月。
人生の岐路に立ち決断を下し、幾多の試練を乗り越え、力強く生きた日々。
そんな家族の歴史を、私たちは知らないのではないでしょうか。家族の知られざる歴史を紐解くことは、今を生きる自らのアイデンティティや家族の絆を、改めて確認する作業でもあります。
『ファミリーヒストリー』は、毎回、各界の第一線で活躍する著名人に焦点を当て、「家族史」を掘り起こす番組です。徹底した取材に基づく家族の秘話をVTRで紹介。スタジオに招いた本人はそれを初めて見て、「何を感じ」「何を語るのか」。驚きあり、涙ありのドキュメントです。
一昨年以来、これまでに3人の方(「ルー大柴」「宮川大助」「市毛良枝」)の『ファミリーヒストリー』を放送してきました。多くの世代から好評を得て、今年は4回シリーズでお送りします。
自らのルーツを思い起こさせる、見応えのある番組を目指します。

再放送 [総合] 8月25日 0時15分〜
[BS2] 8月30日 11時〜
鹿児島県大隅半島、志布志市。綾小路きみまろ(本名・假屋美尋)は、父が農耕馬の種付けをする農家に生まれた。
父・千尋は、貧しい生活を苦にせず、いつも穏やか。人から頼まれれば、決して断ることのない優しい男だった。そして、何しろ動物好き。特に馬を愛した。
そんな父は、ある思いを胸に秘めていた。それを、明かすことなく亡くなった。
父は戦争中、中国戦線に行った。戦地で兵器や物資を運ぶ馬を扱う役割だった。そこで味わった極限の体験。かろうじて日本に戻ると、幼い一人息子、続けざまに妻も亡くした。生きる目標を失った中で、周囲の薦めで再婚したのが、きみまろの母だった。家族を大切にした父。亡くなった家族のこと、戦時中の厳しい体験を胸にしまい込み、常に陽気に振る舞うようになった。
きみまろは、長い間、気になっていた父の過去に、初めて触れる。
【ナレーション】余貴美子

再放送 [総合] 9月1日 0時15分〜 (※近畿地方・北海道は別番組)
[BS2] 9月6日 11時〜
1986年、当時18才の、歌手・マルシアは初めて来日した。ブラジルでのど自慢のチャンピオンになり、民放の歌番組収録に招かれた。付き添ったのは、祖父・佐登里、当時76才。1930年、静岡沼津から海を渡った移民1世だ。祖父は、マルシアを自分の故郷静岡に連れて行った。だが若かったマルシアは、あまり関心がなく、そのときの記憶はほとんどない。
歌手になり、日本で暮らすようになって20年。マルシアは、祖父に家族の歴史について聞いておけばと後悔しているという。
そして、今回、初めて明らかになる。
1930年神戸港。巨大な移民船「りおでじゃねろ丸」が千余名を乗せ出港した。その中に20歳の佐登里がいた。到着した入植地では、原野林・およそ3750ヘクタールを切り開き、珈琲を植えつけた。 しかし、次々と試練に襲われる。
時代に翻弄されながらも、たくましく生き抜いた祖父母、父母たち日系人の姿に迫る。
【ナレーション】山本耕史

再放送 [総合] 9月8日 0時15分〜
(※近畿地方・九州地方は別番組。北海道は9月18日午前10:30からの放送。)
[BS2] 9月13日 11時〜
1967年、女優・高橋惠子13才の時。家族3人で生まれ育った北海道を離れることになった。父が、恵子の教育を考えて東京に移り住むことを決意したのだ。この決断が、家族の運命を大きく変えることになった。
父・高橋廣治さんは、北海道標茶町熊牛原野に入植した開拓農家。しかし、厳しい大自然の前に挫折。夢をあきらめるしかなかった。
父はその後、保険の外交員の仕事に就いた。慣れない背広姿で、家族を支えるため、なりふり構わず働いた。
そして、中学校にあがる惠子の将来を考えて、北海道を離れる決意をする。北の大地に挑み、夢破れながらも、強く生きた家族の歳月を紹介する。
【ナレーション】山本耕史

再放送 [総合] 9月15日0時15分〜 (※近畿地方・北海道は別番組)
[BS2] 9月20日11時〜
DJで人気のジョン・カビラ(川平慈温)。実家の川平家は、もともと琉球王朝で日本語通訳を任された家柄だった。家族の歴史は、沖縄の激動と重なる。
父・川平朝清(ちょうせい)は、米軍政下の沖縄で初のアナウンサーになった人物。その後、沖縄放送協会の開局に関わり、放送を通じて沖縄の戦後復興に関わった人物である。
川平家の激動は、明治時代初めの琉球王朝の消滅から始まる。琉球王が東京での幽閉生活を強いられると共に移住。その後、沖縄の小さな島での生活、さらに、台湾に渡っての生活。そして、戦後の沖縄への帰郷。没落、流転、再起とめまぐるしい時代を過ごす。
琉球王族の血をひく川平家の宿命の歴史を紹介する。
【ナレーション】余貴美子