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「新しい公共」はどこへ

(右)「新しい公共」の実現に情熱を燃やす鳩山由紀夫前首相=長野県軽井沢町で8月19日(左)政権運営に苦しむ菅直人首相=首相官邸で8月24日
(右)「新しい公共」の実現に情熱を燃やす鳩山由紀夫前首相=長野県軽井沢町で8月19日(左)政権運営に苦しむ菅直人首相=首相官邸で8月24日

 ◇暗雲漂うNPO法人寄付税制

 ◇冷ややかな菅内閣

 歴史的な政権交代を果たしながらも短命に終わった鳩山由紀夫前内閣が、日本の将来の社会構造の在り方を問う「新しい公共」の本格的な議論を開始したことは、もう少し評価されてもいいだろう。鳩山氏が立ち上げた「新しい公共」円卓会議は、首相の私的懇談会という緩やかな位置づけではあったが、地域社会の担い手としての特定非営利活動法人(NPO法人)や企業、行政の役割などについて先鋭的な議論を集中的に行い「『新しい公共』宣言」をまとめた。鳩山氏の主導でNPO法人への寄付税制改革の具体案も提示された。しかし後継会議を「この夏にも設置」と明記したにもかかわらず、引き継いだ菅直人内閣は参院選後の求心力の低下と混乱の中で体制づくりに着手していない。菅首相の腰の重さに鳩山氏周辺は不満を募らせ同党代表選挙に絡む政局に少なからず影響が出たとの見方もある。NPO関係者からも落胆の声が出ている。

 ◇フォローアップ体制が手つかず

 民主党代表選(9月14日)を前に鳩山前首相のグループが8月19日、長野県軽井沢町で開いた研修会には、菅首相との対決色を強める小沢一郎前幹事長が姿を見せ政局一色の雰囲気に包まれた。

 鳩山氏は自らの別荘の庭で催した懇親会でにこにこしながら小沢氏を迎え「注目の人、小沢一郎先生までお出ましいただきました。仲間の皆さんと一緒に、行動していかなければならない大変大事な時を迎えた」と、菅首相の脱小沢路線をけん制するかのような挨拶をしたシーンは新聞やテレビで何度も報道された。

 しかし、鳩山氏が「原点に返れ」「初心を思い起こすことが大切」と民主党らしさを強調するくだりで「新しい公共も国民の皆さんにもっと親しんでいただけるよう広めていかなくてはならない」と、自身が円卓会議を立ち上げた「新しい公共」に触れたことはあまり注目されなかった。鳩山氏に親しい議員は「それほど鳩山さんの新しい公共への思いが強いということを示したのだ。後継の菅さんにやる気が見えないから、あえて触れたのではないか。代表選の一つのイシューになってもいいテーマだったから」と、党内政局も見据えた発言だったと解説する。

 国民にはなじみがなかった「新しい公共」。これまでは地域活性化対策や農村振興などの国の補助事業政策などで散見されてはいたが、政権の主要課題に引き上げたのは鳩山内閣が初めてだった。税金で公共サービスを提供してきたこれまでの政府や自治体、独立行政法人を「古い公共」としたら、NPO法人をはじめ市民活動団体がこれからの社会を担う「新しい公共」というイメージだ。

 09年10月26日の所信表明で「私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う『新しい公共』の概念だ」とぶち上げ、今年1月29日の施政方針演説では「寄付税制の拡充を含め、これまで『官』が独占してきた領域を『公(おおやけ)』に開き、『新しい公共』の担い手を拡大する社会制度の在り方」の検討を約束した。

 円卓会議はすでにその2日前の1月27日に初会合を開き、鳩山氏の米スタンフォード大学留学時からの友人である金子郁容慶応大大学院教授が座長に就いた。国会の予算審議や迷走を極めていた普天間飛行場移設問題の取り扱いなどで超多忙な時期にもかかわらず、鳩山氏は計8回開かれた会議に必ず顔を出した。

 官僚の手を借りずに金子座長らによって議論の成果を盛り込んだ「『新しい公共』宣言」がまとまめられた最終回は、奇しくも6月4日午前、鳩山氏の首相辞任閣議の直前だった。

 ◇民主党政策の1丁目2番地

 政府側の実務責任者だった松井孝治官房副長官(当時)の発案で、宣言書には有識者メンバーと首相をはじめ菅副総理、担当閣僚の仙谷由人国家戦略相ら当時の政府責任者がそれぞれ署名するという異例の形をとった。その日午後の民主党代表選挙で党代表に選出された菅氏の手には、鳩山氏から後を託された政策課題の用紙が握られていた。それには(1)地域主権(2)新しい公共(3)東アジア共同体(4)地球温暖化問題--が書かれており、「新しい公共は1丁目2番地の政策」(政府関係者)だった。

 宣言とともに確認された「政府の対応」で、首相主催の後継会議を「この夏にも設置し、12月末までに、政府の対応についてフォローアップを行い、その結果を踏まえた提言を行う」と明記されている。しかし夏の参院選敗北とその後の党内のごたごたで、鳩山氏が辞任時に「5年、10年、20年先の姿を申し上げているから、何を言っているのか分からんよ、と国民の皆さんに映る」と述べたような「新しい公共」に取り組む余裕はないのかもしれない。

 担当閣僚は民主党政調会長も兼ねる玄葉光一郎公務員制度改革担当相だが、後継会議の設置に着手している様子はない。鳩山氏周辺からは「菅さんは副総理の時から『新しい公共』には冷淡だった。市民運動出身というが市民活動に関心がないのではないか」(鳩山氏側近)と不満の声が漏れ出している。軽井沢研修会に講師として呼ばれた円卓会議メンバーだった寺脇研京都芸術大教授(元文部科学官僚)は「NPO活動の現場のほうが政治の議論よりどんどん進んでいる。議論の失速は残念だ」と危ぐしている。

 ◇NPO寄付の50%税額控除へ

 ◇対象NPOはわずか173

 円卓会議は、具体的な政策の審議会や諮問会議ではなかったが、公益性が高いと認められた認定NPO法人への寄付控除を拡充する改革案を打ち出したことは大きな成果だった。鳩山氏の「税額控除の在り方をぜひ追求してほしい」との強い意向で、政府税制調査会市民公益税制プロジェクトチームが中間報告をまとめ、寄付金の50%(所得税額の25%上限)を税額控除することが事実上決まったのだ。寄付した金額の半分が還付される仕組みだ。数千万円以上の高額所得者には有利な所得控除も選択できるとした。政府税調は年末までに具体的な制度設計を進め、11年1月から適用する、とした。

 現行で寄付の税額控除が認められているのは政治資金団体への政治献金だけだ。しかも限度額が寄付金の30%だから、NPO関係者は「画期的な前進」と大歓迎している。

 子育てや自立支援など行政の目と手が届ききれない分野で、NPO法人の活動への期待が大きくなっている。しかし多くのNPO法人は運営資金が乏しく活動の継続に苦労しているのが現状だ。1998年のNPO法施行後、国や都道府県の認証を得ている法人数は4万313団体(10年6月現在)に上るが、専従職員1人を雇える目安といわれる年間予算規模3000万円以上の団体はその15%ほどしかないという。

 円卓会議メンバーで、ホームレスの人たちが雑誌を売って生活資金を稼ぐ自立支援活動をしている「ビッグイシュー」日本代表の佐野章二氏は会議の中で、「4万という組織、ボディーはできたが、お金という血液が流れていない。血液なき肉体だ」と語った。

 実は現行でも寄付金額(所得の40%限度)を所得から控除できる制度はある。その恩恵にあずかれるのは認定NPO法人だけで、約4万のうちわずか173団体(10年8月現在)に限られているのだ。国税庁の認定要件の一つにパブリック・サポート・テスト(PST)があり、経常収支に占める寄付金や会費、国の補助金などの割合が20%以上という基準がネックになっているのだ。現実には公益性が認定される以前の段階で寄付金を多く募るのは難しく、独自に事業収入を増やすとその分だけ寄付金の占める割合が低くなり基準を満たせなくなるという、矛盾が指摘されていた。

 そこで円卓会議に示された政府の対応では、PST基準の緩和や、満たさなくても寄付控除を受けられる仮認定制度などの検討が明記された。これは税制には珍しい“性善説”に立った仕組みを導入することで、NPO法人のスタートアップを支援する狙いがある。

 「新しい公共」の担い手としてのNPO法人が、公益性の高いサービス分野で削減傾向の行政からの補助金や受託費への依存から脱却するためには、市民からの寄付が重要な財源になる。だが、日本の寄付文化の後進性が指摘されて久しい。

 大阪大学NPO研究情報センターの「NPO白書2010」によると、個人の寄付額は約2032億円(09年)。法人は2倍以上の4785億円(07年)で、おおむね日本の寄付総額は6000億円程度という。米国は円換算で約31・4兆円とケタ違いだが、GDPが日本の半分ほどの英国でも1・08兆円と多く、いずれも9割以上が個人による寄付だ。寄付文化の違いも背景にあるが、米英とも寄付を促す税制が整備されていることが影響しているとみている。

新しいチャリティー活動が注目されている。ホノルルトライアスロンにチャレンジして寄付を募った古田敦也氏=5月16日、一般財団法人ジャスト・ギビング・ジャパン
新しいチャリティー活動が注目されている。ホノルルトライアスロンにチャレンジして寄付を募った古田敦也氏=5月16日、一般財団法人ジャスト・ギビング・ジャパン

 一方、税制改正を待たずにNPO法人への寄付の促進を目指して活動している団体がある。円卓会議作業チームに加わった、NPO法人チャリティ・プラットフォーム代表理事、佐藤大吾氏が業務執行理事になっている一般財団法人「ジャスト・ギビング・ジャパン」だ。自分が支援する団体にお金を集めるために、あることにチャレンジし、サポーターはそのチャレンジを応援する気持ちで寄付をするという新規のチャリティーの試みだ。英国で生まれた寄付サイトの仕組みを日本に初めて導入した。

 具体的にはチャレンジで集まった募金から、ジャスト・ギビング・ジャパンが運営費と手数料10%を差し引き、残りすべてをチャレンジャーが指定する団体に寄付される。寄付先の信頼性はチャリティ・プラットフォームが調査しお墨付きを与える。すでに元プロ野球選手の古田敦也氏がチャレンジャー代表になり、今年5月にハワイのホノルルトライアスロンにチャレンジ。3カ月の練習を経て見事完走し、集まった45万円は、古田氏が応援する長野県上田市の自立支援施設の運営団体に寄付された。6月末現在でチャレンジ参加者は310人、寄付金470万円が集まったという。NPO法人への寄付の輪を広げる新しいプロジェクトとして注目されている。

松井孝治前官房副長官
松井孝治前官房副長官

 政権交代で「新しい公共」の議論が本格化し、NPO法人関係者の寄付税制改革の期待が高まっている。だが、政治の動向次第では年末にかけての政府税調の議論と税法改正の行方は不透明だ。菅内閣への視線が厳しくなっている。

■松井孝治前官房副長官に聞く

 ◇「新しい公共」議論を失速させるな

 鳩山前内閣の「新しい公共」円卓会議で政府側の中核的な役割を務めた松井孝治前官房副長官(参院議員)に成果と今後の課題について聞いた。

 --「新しい公共」を政権の主要テーマとして取り上げたことの背景と意義は。

 松井氏 鳩山さんが民主党代表に選ばれた昨年5月の代表選のころから、日本の統治構造そのものを変える必要があるのではないかという話をしてきた。鳩山さんのキャッチフレーズは「友愛」だったが、国民にはイメージがいま一つはっきりしなかった。あるいは恵まれた境遇の人が「慈善」を施す理想主義とうがって見る人もいた。私は、かねてより地域課題を地域の力で解決するコミュニティー・ソリューションが重要だと考えていた。

 明治以降の中央集権体制の下での近代化では、「公」は「官」が担い効率的な仕組みを作ってきた。その歴史的な必然性と功績は否定しないが、社会や経済が成熟するにつれて、官や行政と国民の生活の現場が遠くなり、次第に政府はやるべきことをやらずにやらなくていいことをやっていることが問題になってきた。実は公共的な仕事は、昔から町衆の組織や町内会など地域組織が担ってきた部分が多い。その原点に返って考え直してみようではないかという発想だ。

 --前政権は短期に終わり円卓会議も慌ただしかったが、成果は。

 松井氏 最後の会議は、鳩山さんが辞任した6月4日の閣議直前だったが、座長の金子郁容慶応大教授がよくまとめていただき「『新しい公共』宣言」を出すことができた。社会の新しい担い手として、各地域でNPO法人への期待が大きくなり、多くの若者が集まっている。しかし、そこにはお金が集まらず、運営資金に困り活動が継続できなくなるところも多い。行政は税金で賄われているが、同じような公共的な仕事をしているNPO法人に、これまでのような補助金に頼らなくてすむようにお金が回る仕組みが必要ではないかと考えた。

 ぜひやりたかったのは寄付税制の改革だ。NPO法人の活動に理解を示し寄付した人が、その分を税額控除してもらえる仕組だ。鳩山さんの強いリーダーシップと政府税制調査会の市民公益税制プロジェクトチームの協力で寄付額の50%まで、税額控除か所得控除かの選択制で還付できるようにした。いまのところ税額控除が認められているのは政治献金(献金額の30%)だけだった。

 --国民的な運動が必要との声も。

 松井氏 これまでは公共のことは公務員にやってもらう、公務員はそれにあぐらをかいて、お上がしてあげるような意識があった。市民も当事者意識を高める必要がある。新たな担い手はNPO法人ばかりでなく、既存の社会福祉法人や医療法人、学校法人、さらに防災ボランティアのような組織もある。企業やその社員の社会貢献活動も重要だ。もっと幅広い当事者が集まり、「新しい公共」でどのように変わるかを議論する必要があるだろう。

 --菅内閣のやる気が見えない。

 松井氏 「宣言」では首相主催の後継会議を夏までに立ち上げることをうたったが、いまのところ動きがないのは残念だ。円卓会議では「宣言」に当時副総理だった菅首相や担当閣僚だった仙谷官房長官も署名しているので、今後の取り組みの責務を負っていると思う。だれの内閣かというのではなく、民主党政権としてコミットし続けていかなくてはならないテーマであり、決して議論を失速させてはならないと思う。

2010年9月10日

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