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[20808] [習作]真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~ 第十二話、更新。
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/12 12:04
◆[習作]真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~



はじめまして。槇村と申します。



これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーした話を思いついたので書いてみた。

簡単にいうと、愛紗・雛里・恋・華雄の四人が外史に跳ばされてさぁ大変、というストーリー。
ちなみに作中の彼女たちは偽名を使って世を忍んでいます。漢字の間違いじゃないのでよろしく。(七話参照のこと)


上記原作をベースとしていますが、原作の雰囲気、キャラクターの性格などを損ねる場合があるかもしれません。
物語そのものも、槇村の解釈で改変される予定です。
そんなことは我慢ならん、という方は「回れ右」を推奨いたします。

感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。
取り入れると面白そうなところは、貪欲に噛み砕いてモノにしていく所存。叩いて叩いて強くなる。
でも中傷はご勘弁を。悪口はなにも生み出しません。
気に入らないものは無視が一番いいと思う。お互い平和でいられますし。



読むに堪えられるモノを書けるよう精進していきます。
少しでも楽しんでいただければコレ幸い。
よろしくお願いします。

あと、同内容のものを「TINAMI」にも投稿しております。




100802:タイトルを修正。いや、本当にすいませんでした。ご指摘感謝。



[20808] 01:新たな邂逅。
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/02 21:22
ガタゴトと、荷馬車が揺れる。
彼ら商隊の旅路も終わりが近づいていた。
拠点としている町・遼西に到着するまであと少しとなっている。
ここまでこれといった問題もなく、食い詰めた賊が襲い掛かってくることもなかった。
今回の道中は、驚くほど平穏に進めることが出来ている。
非常に珍しく、恵まれたものだったといっていい。
おまけに出先での商談や仕入れに関しても、想像以上の結果を出すことが出来ている。
ここまで順調だと却っておっかないぜ、などと口にしてしまうほどだ。それゆえに、商隊の面々の顔は一様に明るい。
いいことがあれば気分が良くなる。それが続けばなおさらのことだ。

そんな彼らの道中でひとつだけ、想像しなかったことがある。生き倒れを拾ったことだ。
意識を失った女性が、4人。それぞれがかなりいい身形をしており、3人は武器を携えていた。
規模の大きな商隊か、はたまた旅するお偉い面々を護衛していた輩なのか。倒れていた理由は分からない。
見て見ぬフリをしてもよかった。訳の分からないものを拾って、余計な面倒を抱え込むことは極力避けたい。そう思うのは当たり前のことだ。
ましてや商人である。利に聡い彼らは殊更そういった考えを強く持っている。
とはいえ、拠点である遼西を治める太守の気風に影響されたのか、彼らもまた他人に対する情が深い。
お人好しといってもいいかもしれないそれは、世知辛く乱れた世の中において枷となりかねないものだろう。
それでも遼西の商人たちは、情という横糸と、損得という縦糸をもって、強かに生きている。
情も損得も一緒に編み込んだ商売は、長く長持ちするものだ。そう信じて疑わない。
そんな気質の彼らである。おまけに今の彼らは非常に気分がよかった。損得よりも情の方が、より太い糸となったのだろう。
そしてなにより、彼女らを助けたいと強く願い出た青年がいた。
彼はこの商隊の護衛役のひとりであり、頼りになる仲間であり、一番の世話焼きであった。
お前がそういうなら仕方がない。笑いながらすべてを任される程度に、彼は商隊の中で信用を得ていた。
そんな流れで、彼女らはその場で野垂れ死ぬことを免れたのだ。



保護された女性たちは、その青年が御する荷馬車の中で横たわっている。
その中のひとり、黒髪の美しい女性が薄く目を開ける。

……身体が揺れているのはどうしてだろう。

目の覚めきらないまま、辺りを見回した。

……ここは何処だ。

途端に彼女の頭から眠気が消え去った。

ここは何処だ。

まるで戦場に投げ込まれたかのように、彼女の気持ちが切り替わる。
久しく平穏な日々を過ごしていた彼女にとって、身のうちに張られた緊張感は久方ぶりのものだった。
意識をはっきりと取り戻した上で、改めて周囲を見る。
自分の周囲を囲む、何某かのものが入った木箱や甕。
そして、日や雨を遮るためなのだろう、天幕のごとく覆われた中にいることが分かる。
絶え間なく揺れていることから、荷を運ぶ荷車の中、と判断する。
自分たちが横になっていてもまだ余裕があるのだから、荷を運ぶ集団としては大きなものなのだろう。
自分のすぐ隣には、その知に信頼を置く友と、その雄に一目を置く戦友が横になっている。
衣服に乱れはない。呼吸もしっかりとしているようだ。単に眠っているだけなのだろう。
そう安心してすぐ、慌てて自らの衣服を改める。これといっておかしなところはないようだ。心から安堵した。
しかし、まて。彼女は疑念を持つ。
目を覚ます前のことを思い出す。
自分はいつもの通り、寝台に入り眠っていたはずだ。ひとりきりで。

ならば、拐かされたか。

そう考えて、すぐ否定する。
自分がいたのは、政庁および将たちが寝起きする屋敷が立ち並ぶ一角。どこよりも警備の厚い場所だ。誰にも気づかれず誘拐など不可能に近い。
ましてや自分が、なにも気づくことも出来ずにいられるとは思えない。そもそも理由が分からない。
いったいどういうことなのか。今、自分は何処に向かっているのか。

「……愛紗、起きた?」

延々と、詮ない考えに耽りそうになったところで、目の前の幌が大きく開かれた。

「恋」

彼女に声をかけた女性。普段からあまり感情を大きく表さない表情で、いつもの通り言葉少なに話しかけてくる。
愛紗と呼ばれた女性は、見知った女性の存在を得て、知らず安堵する。
恋、と呼んだ彼女の、いつもと変わらぬ風が気持ちを落ちつかせてくれた。

それにしても、分からない。
なぜ自分はこんなところに居るのか。
恋と、自分、そしてまだ横たわったままの友がふたり。この4人が荷馬車に揺られているのはなぜか。
その経緯がまったく見えない。覚えがない。

「恋、私たちはいったい……」
「目が覚めましたか?」

恋が開いた幌の向こう側、愛紗からは隠れて見えないところから声がかかる。

「貴女たちは、道端で倒れていたんですよ。
揃って意識のない状態で、そのまま放って置くのも気分が悪かったので保護させてもらいました。
あともう少しで遼西に着きます。
事情は知りませんが、ひとまず落ち着いて、考え込むのは到着してからの方がよろしいかと」

こちらを気遣うような口調。柔らかい、優しげな声。

「私たちは遼西を拠点とする商隊です。私はその護衛役を務める者でして」

聞いただけで分かる。
それは彼女にとって、普段から耳にする、そして誰よりも耳に心地よく響く声。
なのに。

「名前は、北郷。北郷一刀といいます。字はありません。好きなように呼んでください」

彼の言葉は、拭い難い違和感を彼女に感じさせていた。

「ご主人様」

感情を抑えようともせず、愛車は御者台の方へと身を乗り出した。
仕切りとなっている幌、そして恋の肩を掴んで、声の主が自分の求める男性なのかを確かめるべく。
ある意味、彼女の想像した通りだった。
そこにいた男性は、彼女にとって、普段から傍らにいることを望み、そして誰よりも愛しさを募らせる男性。
突然顔を見せた彼女の勢いに押されたのか、驚いたような顔。
そして彼女の身を案じていたためか、どこかほっとしたような空気をまとわせる。それは優しい、幾度となく彼女に向けられてきた、彼特有のもの。
愛紗を気遣う彼の笑顔は、とても優しかった。
だが。
その表情は、愛しい人を見つめるものではなかった。



「えーと、起きて早々で申し訳ないんだけど、名前を教えてもらえないかな。いつまでもキミアナタじゃ話もできないし」

そっちの彼女は喋るの苦手みたいだし。

そんな彼の言葉に促され、愛紗は恋をうかがい見る。
恋の、表情そのものは変わらない。
だが彼女の目には、悲しいというのか、理解できないゆえの混乱というのか、感情を表に出せない薄い膜のようなものを感じさせている。

「いやー、びっくりしたよ。
彼女が目を覚ましたと思ったらいきなり抱きついてくるし。おまけに俺の名前知ってるし。真名を呼ばせようとするしさ」

俺も男だから悪い気はしないけどね。

ははは、と、軽く笑って見せる。
そんな風に、あえて軽く流そうとしているのだろう。
理由は分からなくとも、彼は、恋や愛紗が現状に戸惑っていることを感じ取っていた。
自分が、彼女たちの知る誰かに似ているのかもしれない。彼はそれくらいの想像しかしていなかった。
だが、彼女らの戸惑いと混乱はそれどころではない。
当然といえば当然だ。
自分の愛した、愛してくれたかけがえのない男性。
姿形、その気性、名前まですべて同じなのに、自分たちに対して初対面のごとく言葉をかけてくるのだから。

「混乱しているみたいだから、無理に考えなくてもいいよ。いきなり訳の分からないところに放り出されたら、そりゃ戸惑いもする」

そういう彼の笑い方は、どこか苦いものを感じさせる。そのような状況に、まるで心当たりがあるかのように。

「とりあえず、名前だけでも教えてくれない?」

愛紗は、彼が口にするその言葉にいい様のない絶望感を感じた。
知っているはずなのだ。名前どころか真名も、仕える主として自らの武も捧げた。身も心もすべて捧げていた。
なのに。それなのに。目の前の青年は「名前を教えろ」という。
いったいこれはどういうことなのか。あまりに残酷、残酷に過ぎる仕打ちだ。
唇を噛み、その手に力がこもる。
そんな愛紗の手に、恋の手が重なった。
愛紗は初めて気づく。自分の指が、露になった恋の肩に食い込み、血を流させていたことに。

「す、すまん」
「……」

恋は黙って首を振る。その姿をみて、愛紗は幾ばくか、冷静さを取り戻す。
愛紗よりも早く目を覚ました彼女は、一足早く、彼女なりに似たような気持ちを得ていたのかもしれない。
そんなことを考え、恋の心境を思いやる。

自分以外を、思いやる心。彼女の知る主はそれに満ちていた。
この胸の絶望を感じているのは、自分だけではない。愛紗は遅まきながらそれに思い至る。
そしてまだ目を覚まさないふたりもまた、同じような気持ちに陥ることだろう。
片方は自分よりも直情的な分、どんな反応を見せるか分かったものではない。
もう片方は気の細やかな分、取り乱し泣いてしまうに違いない。
ならば取り乱さないためにも、現状の把握は必須であろう。そう考え、

「私たちの、名前だったな」

少なくとも表面上は落ち着いたように、青年の言葉に応える。

「私は関羽。こちらの彼女は呂布という。後ろでまだ寝ているのは、鳳統、華雄だ。
 今更ではあるが、我ら四人を助けていただき、感謝する」

愛紗は深く頭を下げる。
他人行儀な所作をしている自分に、彼女はいいようのない不自然さを感じ、戸惑わずにはいられなかった。












・あとがき
荷馬車がでかすぎる気がします。えぇ、私もそう思います。

槇村です。御機嫌如何。




えー、『萌将伝』に関する一部の騒動(?)にインスパイアされまして。話をでっち上げてみた。
平たくいうと、四人は他の外史に飛ばされてしまったのさー、
なんだってー、
そりゃあ当人がいないんだからイベントなんて起きないよねー、みたいな感じ?(なぜ疑問形)

さて。
簡単なプロットは出来ていますが、果たしてそこまで再構築できるかどうかは一切不明。
やってみなけりゃ分からないので、やれるところまでやってみます。
よろしければお付き合いください。



100802:凄いミスを修正。素で履き違えていた。ごめんなさい。



[20808] 02:彼の立つ場所。
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/07 18:30
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

02:彼の立つ場所。





幽州遼西郡。
この地域は、商人の活動が非常に活発である。
商人という身分は、他の地方ではいささか低く見られる傾向がある。
そんな中で、幽州遼西郡の太守である公孫瓚にはそういった偏見があまりない。

「遼西を活性化してくれるのなら、ありがたいことじゃないか」

などと、いったとかいわなかったとか。
言葉の真偽はともかくとして。遼西郡は商人にとって仕事のやり易い地だ、と認識されている。

商売がやりやすいとなると、必然的に商人が集まってくる。
商人が集まれば物の流れが活発になり、その恩恵が地域を潤す。
地域が潤えばそこに住む人々の生活にも影響し、生活が豊かになれば余裕が生まれる。
そんなありようが風評となり、その地を治める太守の評判が上がる。
その評判を聞き更に人が集まり、人の集まるところを求めてまた商人がやってくる。
派手ではないが、しっかりとした好循環。ここ遼西の地には豊かさが根付き始めていた。
なかでもここ、陽楽は、太守が執務を振るう城があることもあり、その賑やかさは顕著だった。



そんな恩恵を生む一端に携わる青年。

北郷一刀。

ある商隊の護衛役として、短くない旅から戻ってきたばかりであるが、彼の本分は武にあるわけではない。

彼は、料理人である。

陽楽にある、それなりに大きな酒家。
彼はそこで日々包丁を握り、鍋を振るい、店を訪れる人たちの舌を満足させることに生きがいを感じていた。
その力量と独創的な料理の数々は町の評判になっており、店を訪れる客足は引きも切らない。
ちなみに、遼西郡太守である公孫瓚も彼の料理をいたく気に入っており、その店に足を運ぶことが少なくなかった。

彼の本分は料理人であるが、多少は武にも心得がある。
そのため、町の様々な商隊の護衛役を買って出ることがある。
食材その他の仕入れや買い出しが必要になると、彼は商隊の護衛役兼食事係として便乗させてもらうのだ。
実際に、護衛としても食事係としても重宝されており、彼の参加は歓迎されている。
持ちつ持たれつ。商売人であればこその意識が、働いているともいえるだろう。

そんな仕入れの道中に、彼が護衛をしていた商隊は彼女たちを保護した、ということになる。
困ったときはお互い様、ということになるのかもしれない。





さて。
一刀たちが遼西郡・陽楽に戻ってきた、その日の夜。
営業を終えた酒家の中で、一刀は保護した四人の女性と対面していた。
そして、頭を抱えていた。
彼はなにに頭を抱えているのか。その原因は、保護した彼女たちの名前である。



荷馬車の中で目を覚ましたふたり。

長く美しい黒髪、切れ長な瞳が一刀を睨みつけている。そのせいか一見とっつきにくい雰囲気を持つ彼女。
名を関雲長。あの関羽である。

もうひとりは、赤毛の短髪、まっすぐ相手を見つめるつぶらな瞳が印象的。小動物系というのだろうか。
名を呂奉先。つまり呂布。

そして後から目を覚ましたふたり。

なぜか魔法使いな帽子をかぶる、小ちゃい女の子。保護欲に駆られるのは父性ゆえと信じたい。
名を鳳士元。かの鳳雛(ほうすう)だ。

最後は、短い銀髪、目つきは鋭いがヘソ出しなお召し物。横暴なお姉さんという印象を持ったのは口にしてはいけない。
名を華雄。ふたつ名のようなものはちょっと思い出せない。



ちなみに、後のふたりが目を覚ました時にも、ひと悶着あった。
鳳統は目を覚ますなり、顔を赤くしながらあわわあわわと取り乱し。
華雄は鳳統以上に顔を赤くさせ、「寝起き早々襲う気か!」と拳を見舞う。
一刀は青あざを作りながらもなんとかふたりを落ち着かせ、改めて自己紹介をと、名前を尋ねたのだが。
鳳統はこの世の終わりが来たかのように泣き崩れ。
華雄は涙を浮かべながらも烈火のごとく怒りを見せた。

胸を裂くような哀しみと、これまでにないほどの命の危険を感じはしても、
彼女らがそんな感情を自分に向けるその理由が一刀にはまったく分からない。
悲痛な表情を浮かべつつ、仲間ふたりをなだめようとする関羽を見つめることしか出来なかった。



そんな騒動を経て、なんとか自己紹介を終えると。

……ありえねぇ。

一刀は再び頭を抱えた。

いわゆる有名な人が女性っていうのはもういいよ、公孫瓚様と趙雲さんを見た時点で覚悟はしておいたから。
でも鳳雛があんなちっこい女の子ってどういうことなの?
呂布もあんな細い身体で天下無双なの? ありえなくない?
というか関羽と華雄が一緒にいるってどういうことよ、確か華雄って関羽にやられる役だよね?

そんな声には出さない疑問が、彼の頭の中を駆け巡っていた。

今この時代に生まれ生きている者であれば、このような疑問はなにひとつ生じることはなかっただろう。
例えば、その名を持つ者たちが"女性"であることは当たり前のこととして認識されている。
しかし彼の知る知識では、関羽にせよ呂布にせよ、これまでに知った主要人物はすべて男性のはずだ。
ならばその知識はいったい何処から来るものなのか。



北郷一刀は、今この時代この世界に生まれ育った人間ではない。
彼は、現在から1800年以上未来の世界で生まれ育った人間なのだ。

今から3年ほど前のこと。目を覚ますと、彼は砂と岩ばかりの荒地に独り、放り出されていた。
目を覚ます前までは、自分の通う学校の寮で眠っていたはずだった。
学校に通い、勉強をし、部活動で剣道に励み、時には両親と祖父の下に里帰りをする。
そんな普通の学生だった。
それなのに。
ある朝目覚めてみると、目の前には荒地が広がり、人の姿どころか建物すら見えない場所に置き去りにされていた。
これはいったいどういうことか。たとえ叫んでも誰も応えない。彼はひたすら混乱した。
移動しようにも目印になるものがない。その場から動くだけでも、恐怖が募った。
途方に暮れたまま数日を過ごし、疲労と空腹で意識を失っていたところを、一刀は遼西の商人たちに拾われた。
久しぶりの人との対話。なんとか精神を落ち着かせた一刀は、彼らとのやり取りの中で、今自分がいるのは古代の中国、しかも三国志の時代だということを知る。
到底、信じられることではない。しかし信じざるを得ない。
感じていた疲労と空腹、そして混乱。癒された疲労と空腹、そして取り戻した精神はなによりも現実のものだった。
そして思い至る。この世界に拠るべきものがなにもないということに。
自分以外のことがなにひとつ分からぬまま、野垂れ死にしようとしていた自分。そこから脱したとはいえ、相変わらず独りのままだという事実に身を震わせる。
そんな時に、彼は救いの手を差し伸べられた。
「行く処がないのなら、しばらく面倒を見てやってもいい」
胸のうちに広がる暖かいもの、喜びはいかほどのものであったか。彼は一も二もなく飛びついた。
一刀は彼らに恩を返そうと躍起になった。
今となって考えてみれば、商人たちも自分のことを信用していたわけではないだろうと、彼は思う。
それでも、生きるべき拠り所を得るために、自ら動き、がむしゃらに働き、信用を得るよう務めた。
幸いにも、ひとのいい商人たちの伝で働き口を得ることも出来た。用心棒のようなこともやった。賊退治という名の下に、人も殺した。
彼は、他人の死と縁遠い"現代人"だ。ましてや自らの手で、など想像だにしなかった。
思い悩むことがなかったわけではない。だがそんな余裕はなかった。
迷っていれば隙が出来、隙が出来ればこちらがやられる。そして自分の周囲が危険に晒される。
人間の命に順列をつけることを覚えた。
だが、それで守れるものがあった。
恩人である商人たち。同じ町に生活する人たち。
彼ら彼女らのおかげで、割り切ることが出来るようになった。といっても、思い悩む時間が短くなった程度だったが。

一刀は思う。
もう元の世界には戻れないだろう。物理的にも、そして精神的にも。
未練がないわけではない。
しかし今の彼は、かつての世界にいた頃よりも、"生きている"という充足を感じていた。
料理を出し、会話を交わし、笑顔になる。
そんな些細なことを積み重ねるために、これから先を生きていこうと決めた。
自分の出来ることは高が知れている。歴史に名を残すようなことなんて出来やしない。
それならば。
目の届く、手の届く人たちに、喜ばれることをしたい。
出来ないことは、出来なくていい。出来ることをしっかりと、やっていこう。

一刀はこの世界に投げ出され、思い悩んだ末に、この地で生きていく覚悟をした。



そんな自分の体験を振り返ってみると、彼女たちにも、あの頃の自分と同じものを感じる。
一刀はそう考え、彼女たちの話を熱心に聞く。

目を覚ます前の行動。
目を覚ます前の自分。
目を覚ます前の環境。
そして、目を覚ます前の世界。

そうして、彼が出した結論は、「彼女らもまた、別の世界から此処へやって来た」ということ。
此処と似た未来の世界。その内容を更に聞き出していく。

弱き民を想い戦い続けていたこと。
群雄割拠の世を終えた世界。
諸侯が手を取り合い平和を目指していること。
そして、その中心にいるのは彼女らの主、"北郷一刀"。

みたび、一刀は頭を抱え、今まで以上に重たい息を吐く。

「なんてことだ……」

違う世界に立つ自分。その姿のなんと立派なことか。
あまりの眩しさに、同じ自分とは思えない。羨望も嫉妬も抱けないまま、ただただ溜め息だけ。
同時に、彼は、彼女たちを不憫に感じずにはいられない。
4人ともがそれぞれに、北郷一刀という男を主として仰いでいる。さぞかし尊敬に値する男だったのだろう。
しかし、今、目の前にいる男は違う。彼女たちが求める、主と仰ぐ"北郷一刀"ではないのだ。
名前が同じ、顔が同じ、声が同じ、あらゆるものが同じだが、まったく違う男。
そんな輩を目の前にするその心境たるや、いかほどのものだろうか。彼には想像もつかない。
知らなかったこととはいえ、自分が名前を尋ねたことに絶望感を感じたのも無理はない。
彼女らが泣くのも怒るのも、当然だ。

それでも、彼は北郷一刀である。彼女たちの中にいる"北郷一刀"ではない。
同情はするが、それだけだ。
手は差し伸べよう。手助けするのもやぶさかではない。
だがその手を不要と払うならば、それならそれでいい。去るに任せるだけだ。
手の届かない人まで助けられるとは、ここの北郷一刀は思わない。



「まず、受け入れてもらわなければならないことがある」

すっかり冷めてしまったお茶をひと口含み、喉を湿らす。

「君たちのいた世界に、北郷一刀という男がいた。そしてこの世界にも、北郷一刀という男がいる」

一刀は改めて、彼女たち四人に向かい合う。

「ならば他の人たちも、同様にこの世界に存在するだろう。
つまり君たちの他に、関羽がいて、鳳統がいて、呂布がいて、華雄がいる。
本物とか偽者とか、そういうことじゃない。
ただ彼女たちは、この世界で生まれ育ち、それぞれに自分がいるべき場所を培っている。
それに比べて、今の君たちは居場所がない。この世界で培ったものがないからだ。
その上で、君たちがこの世界で、どう生きていくかを考えて欲しい」

四人に向かい、手を差し伸べる。
新しい、それぞれの居場所を作ってもらうために。










・あとがき
一発目から痛恨のミス。寿命が300年縮みました。

槇村です。御機嫌如何。




今回は一刀のターン。
一先ず、一刀の立ち位置をはっきりさせとかないと、彼女らの身の振り方が決まらないなー。とか。
そう考えた上での展開なのですが、どうなんだろう。変かな。まぁいいか。(いいの?)
変なところがあったら、後から直せばいいのさ。前向き志向っていい言葉だよね。
次は4人のターン。どうなるかは槇村もまだ分かりません。

華雄をどう納得させりゃいいんだ……。



[20808] 03:揺れる想い
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/07 18:43
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

03:揺れる想い





「今の君たちは、想像以上に不安定な場所に立っていると思って欲しい」

一刀は重々しく、真剣に、四人に語りかける。

「君たちが知る北郷一刀は、天の世界からやって来たという。それは君たちがいたところとはまったく別の世界だ」

飯台(テーブル)に木簡をふたつ並べ、ひとつを「天の世界」、もうひとつを「君たちのいた世界」、と、指を差し示す。
次いで、木簡を折って作った小さな駒をひとつつまみ、「天の世界」に置き、「君たちのいた世界」へと動かした。

「君たちは天の世界からやって来た北郷一刀と出会い、様々な戦を経て、平穏の足がかりを得た。
そして、理由は分からないが」

更に駒を四つ、「君たちのいた世界」に置く。そしてもうひとつ木簡を置き、そこに四つの駒を動かす。

「君たちは、まったく違う世界へと来てしまった」

それが「今いる世界」だ。一刀はそう告げる。

「君たちには見覚えのある世界かもしれない。しかし、まったく別物だと思って欲しい。
君たちの世界で起こった出来事が、ことごとく起きていないんだ。
黄巾党の動きはまだ本格的になっていない。
反董卓連合は結成されていない。
魏という国はまだない。
蜀という国もない。
赤壁の戦いも起きていない。
つまり、君たちが経験してきた戦いが、まだ起きていない世界。
今君たちがいる世界は、そういう世界だ」

そして俺もまた、"北郷一刀"とは別の世界から飛ばされた男だ。と、軽く流すように、自分のことを告げる。
彼はもう一枚木簡を取り出し、飯台に置いてみせた。そこにひとつ駒を置き、「今いる世界」へと駒を移動させる。

一刀は、その時の自分の境遇を話す。
この世界に来る前の自分のこと。
3年前に、前触れもなく放り出されたこと。
寄る辺とするものがなにひとつなかったこと。
自分の居場所を作るべく必死に働いたこと。
その甲斐あってか、なんとかこの町に受け入れられていること。

自分もまた、"北郷一刀"と同じく"天の知識"を持っていること。
そして。彼女たち4人の持つ知識も、この世界では"天の知識"と呼ばれるに値するものだということを。

「まだ起きていない出来事。その突端も内容も、どうように収まったかも知っている。
むしろ君たちの方がよく知っているだろう。その渦中にいたんだから。
それらは、もちろん、これから起こるんだろう。
君たちがかつて経験した戦いが、この世界でもおそらく起こる。
その中を、君たちはどうやって生きるのか」

君たちには、それを決めてもらわなければいけない。と、一刀はいう。

「"北郷一刀"も、俺も、別の世界からこぼれ落ちて来た。そのせいか、"天の知識"なんてものを持っている。
だがこの世界にいる俺は、天の御遣いなんてものじゃない。ただの料理人だ。
大陸の平和のために役立とう、なんて大仰なことは考えていない。
せいぜい、遼西が危なくなったら名もない義勇軍のひとりとして参加するくらいだろう。
君たちの知る"北郷一刀"に比べれば、器の小さいものだと思う。
でも俺は、今この生活に幸せと充実を感じている。今の生活を壊したくない。
俺はただの民草として生きていくことを決めている。君たちのような将を目指すことはない」

自分が生きようとしている道を、同じ"世界からこぼれた者"として示す。
そして同じ"こぼれた者"だからこそ、彼は、自ら進む道をそう簡単に決められるものではないと分かっている。

「もちろん、今すぐ決める必要はない。
自分に納得のいく答えが出せるまでは面倒を見よう。
正直なところ、混乱していると思う。俺がなにをいっているのか分からないとも思う。
不安に感じること、分からないこと、気になること。俺に答えられることならなんでも答えよう。
自分が持つ"天の知識"を踏まえた上で、これからどう生きていくのか。考えてくれ
その上で、行くべき場所を得たなら止めはしない。
だが、出て行くなら、よく考えてから出て行け」



まるで畳み掛けるかのように、現状をいって聞かせた一刀。
突然のことに精神が揺らいでいる、そんな状態での説明が理解できるものかと思ったが、変に間を開けて混乱を助長するのもよろしくないと考えていた。
結果、傍から聞けば優しくない一方的な物言いになったことは否めない。彼もそれは自覚している。

もっと取り乱すかとも思ったが、そこは一時代を駆け抜けた将というべきなのだろう。想像以上に平静に見える。
歴史に名を残す勇将たちなんだ、ただの学生だった自分と比べる方がおこがましいな。と一刀は自嘲する。



「……私たちは、戻れるんでしょうか」

「正直なところ、分からない」

鳳統のつぶやきに、一刀は遠慮なく応える。

「俺もこの世界に来て3年経ってる。だけど今のところ、元の世界に戻れる気配はないな。
君たちの世界の北郷一刀は、天の世界に戻る気配はあったかい?」

さりげなく、おどけたように尋ねた言葉。

かつて、北郷一刀が天の世界に帰ってしまうかもしれない、と考えなかったわけではない。しかし彼女らの主たる彼からは、そんな気配を感じられることはなかった。元いた世界であったなら、それは彼女にとって喜ばしいことだったろう。
だがそれを、今の彼女たちに当てはめるとどうなるか。
彼が天の世界に帰らなかったということは、すなわち、今の彼女たちが元の世界に帰れないということに他ならない。

そのことに思い至ったのだろうか。鳳統は伏せがちだった目を更に下へと向け、被っている帽子を目深に引いて見せた。
彼女は軍師。一を知って十を知り、百の道さえ時に示さなければならない者。
その頭脳の非凡さゆえに、想像を超えた内容と現状に絶望を感じたのかもしれない。



「……あなたは、今ある貧困や飢え、民草、世界を、なんとかしたいとは思わないのですか」

「俺の見える世界は狭いんだ」

関羽が一刀を睨みつける。けれども彼は、自分の考えを淡々と返してみせる。

「目に見えないところの飢餓に心を痛めることはできるけど、そこまで足を伸ばして料理の腕を振るおうとは思わない。そういう依頼があったのなら、条件次第で引き受けはするだろうけどね」

「人の命よりも、お金の方が大事なのですか!」

「場合によっては。
それに、戦で身を立てる武将にそんなことをいわれたくない。
軍資金がなければ、君たちが立つ戦場は成り立たない。
食料、武具、その他もろもろ。それらを生み出すのは多く民草で、それを世に回しているのは商人。間にあるのは金銭だ。
情が不要だとは思わない。むしろ情のない世の中は味気ないだろう。だが、情だけで回るほど世の中は甘くない」

身に覚えがあるのだろうか。彼の言葉に関羽は口を噤む。
剣呑な目はそのままに、視線だけを外してしまう。理解は出来る、だが納得は出来ない、とばかりに。
なによりも彼女は、自分の主と同じ顔で、自分の知るものとは違う言動を取られることに苛立ちを感じていた。



「難しいことは分からんが」

目を伏せていた華雄が、ゆっくりと目を開き一刀に問う。

「つまり、わが主とお前は、別人だということなんだな?」

「うん、そう思った方がいい」

「ならば、今の我々は主を失った状態で、なおかつ主の下へ帰る術も分からない。
武を振るおうにも、旗印となるべきものがないのだから振るいようがない」

「そういうことだね」

「必要なのは、当面、どういった旗印の下で自分が動いていくのかということだな?」

彼女の答えに、彼はなにもいうことはなかった。
想像以上に冷静に、目の前の問題を考えようとしている。
その場その場で事象に対処する、という姿勢が、かえって頭を冷静にさせているのかもしれない。

さすがは歴史に名を残す武将、と、一刀は素直に感心していた。



同じ境遇にいたあの頃の自分を思い返す。
現実を受け入れることが出来ず、ただひたすらに過去を振り返るだけだった。思い出すだけで赤面してしまう。
仮に今、元の世界に戻ったとしたら。それはそれで困ったことになりそうだ、と、一刀は思う。
3年も経ってしまえば、周囲も大きく様変わりしているはず。どうなっているかなんて想像も出来ない。
それでも案外、なにも変わっていないのかもしれないな。などと、友人、家族、いろいろと思いを巡らした。

一刀は、随分と久しぶりに元の世界のことを考えたような気がしていた。
ゆっくり省みる余裕もなかったし、そうしても仕方がないことと割り切っていたせいでもある。
だからこそ不意に思い返す機会を得て、案外素直に思い返すことが出来る自分に気付き、心強かったり、薄情だなと感じたりもした。
したのだが。

「おい、どうした」

華雄が、保っていた冷静さを崩して声をかける。
自分でも気づかない間に、一刀は、涙を流していた。

この世界に降り立ってから3年。その間はただひたすらに、この世界に馴染むように生きていた。
かつていた世界を忘れることはなかったが、必要以上に思い出そうともしなかった。
そもそもこんな話を誰かにしたところで、荒唐無稽と眉をしかめられるのが関の山だったろう。
妙な妄言を口にするやつ、と、せっかく築き上げた人間関係が崩れるとも限らない。
そう考えて、前の世界のことなど今まで口にしたことはなかった。
それを初めて、自分の意志で口にした。彼の中のなにかを、刺激したのかもしれない。
吹っ切ったつもりだった。覚悟をしたつもりだった。
しかし、郷愁のようなものは拭いきれていなかったようだ。

「済まない。ちょっと、いろいろ思い出しちゃったみたいだ」

慌てて目元をこする一刀。
先ほどまでは、やや重たい雰囲気で満たされていた場。それがほんの少し軽くなる。
戻る場所をなくしたと思え、と、いい募っていた青年。
その彼もまた、戻る場所をなくし、翻弄されていたひとりなのだ。
彼の涙を見て、彼女たちはそのことに気付かされる。



「……恋は、ここにいる」

今までひと言も喋らなかった呂布が、初めて声を出す。

「……ご主人様とちょっと違う。けど」

じっと、彼女は一刀をまっすぐに見つめて、つぶやいた。

「……一刀は、一刀。だと思う」

その小さな声を聞いて、彼は思わず笑みを浮かべる。
呂布が、なにを考えていたのかは分からない。
本能、というべきか、感性というべきか。そういった根幹のところで判断したというのだろうか。
確かに彼女のいう通り、進んだ道は大きく違っていても、共に北郷一刀であることには違いないのかもしれない。

それにしても、と彼は思う。ここまでの信頼を得ていた、もう一人の自分が羨ましい、と。

「あの呂布に、こうまで信用してもらえるっていうのは、どうにもこそばゆいね」

「恋……」

「ん?」

「……恋、って呼んで」

「いいのかい? 俺に真名を呼ばせても」

「……」

恋は静かにうなずく。

「分かった。その真名、あずかるよ」

ありがとう、恋。
礼をいいながら、一刀は彼女に手を差し出す。
彼は握手のつもりだったのだが、差し出されたその手を、恋はじっと見つめ。
両手で握り締めたと思ったら、そのまま自分の頭へと持っていった。
突然のことに、一瞬思考が停止する。はた、とそこから回復すると同時に、身じろぎ、その動きが腕にまで伝わり。
手のひらが恋の頭を撫でるような動きを取る。
その感触に、恋は、心なしか強張っていた表情を僅かに緩ませ、目じりを少しばかり下げさせた。

頭に乗ったままの手のひら。髪の感触。押さえつけられた手の甲。その陰で見せた、僅かな変化。
そのひとつひとつが、一刀の心の柔らかいところに、凶悪なほどストレートに突き刺さった。

……いかん、悶え死ぬ。

波立つ心を必死に押し止めたのは、空気を読んだと褒めるべきか、素直じゃないと責めるべきか。



「難しい話はこれくらいにしておこう。とりあえず、自分の考えをそれなりにまとめておいてくれ、ということで」

腹も減っているだろうし、ちょっと遅いが食事にしよう。
なにかをごまかすかのように、彼はことさら明るい声で四人に告げる。

「ちょっと待っててくれ。簡単になにか作ってくるから」

そういって、厨房へと小走りに去っていく一刀。
それを追いかけるように、恋がちょこちょこと後を付いて行く。

残された三人は、それぞれに色の違う複雑さを表情を浮かべ、互いの顔を見合った。












・あとがき
「ラブひなコイバナ伝」、なんて素晴らしき誤読。そのネタいただきます。

槇村です。御機嫌如何。




今回も一刀のターン。
……あれ? どうしてこうなった。
四人に関しては、混乱もしているだろうし。
いきなり決めることも出来ないだろうから。少しずつ気持ちを詰めさせていこう。

次は、公孫瓚及び趙雲のおふたり登場予定。どう転がっていくかはまだ分からない。
それにしてもいい加減にもうちょっと、話に動きを入れなければ。



[20808] 04:仕上げを御覧じろ
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/11 23:53
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

04:仕上げを御覧じろ





関羽、鳳統、呂布、そして華雄。四人は当面、一刀の世話になることを決めた。
彼はそれを歓迎し、力になれることがあれば出来る限り協力する、と、約束を交わす。
そうなると、彼女たちの処遇もどうにかしなければならない。
いろいろと思い悩むことを抱えていたとしても、その身を遊ばせておくわけにはいかない。
悩んではいても、腹は減る。
そして、働かざる者、食うべからず。
というわけで。彼女たちは、一刀と共に酒家で揃って働くことになった。

働き口もそうだが、彼女たちを何処で寝起きさせるのか、という問題がある。
一刀は当面、今自分の寝起きしているところを彼女らに提供し、自分は酒家の中で寝起きしようと考えていた。
自分を拾った恩人でもあり、酒家の主人でもある商人の旦那。彼のところへ、その旨を相談に行ったのだが。
「そんなら、ひと部屋用意してやろう」
という太っ腹なひと言。四人で寝泊りするのに充分な平屋をひとつ、新しく用意してくれた。
恐縮する一刀だったが、商人の旦那はそんな彼を笑い飛ばし。
「代わりに、俺たちが遠出する時にまた護衛と食事を頼む」
お前がいるだけで、食事も身の安全も格段に良くなるからな。あの部屋を使っている間は、こき使わせてもらうことにする。と。
それぐらいでいいのなら喜んで、と、一刀はその好意と温情に心から感謝した。

こうした経緯もあり、現在、彼女たちは宛がわれた平屋から酒家へと通勤する形になっている。
その待遇を見た一刀が、ふと自分の現状と照らし合わせてしまい、少しばかり気落ちしたのはまぁ別の話。
とはいえ。
そんな好待遇を後から納得させられてしまうほど、彼女たちは大いに働いた。



愛紗は給仕係を請け負っている。
武官として鍛え上げられているからだろう、彼女は立つ姿も歩く姿も非常に様になる。
店の中をあちらへこちらへと動き回り、注文を聞き料理を運ぶ。そのひとつひとつが非常に格好良い、とは、一刀の評。
彼が「笑顔を忘れるな」と口を酸っぱくしていっても、どうにも引きつった笑みになりがちなのが悩みの種。
もうひとついえば、一度にこなすことが多くなってくると、気が急くために走り出す。
そのたびに「走るな!」と、彼女が注意されてしまうのは、まぁご愛嬌というべきか。
その分、愛紗が時折浮かべる渾身の笑顔は、見た客を男女問わずリピーターにさせる力を秘めていた。恐るべし関雲長。

ちなみに給仕に立つ面々は、それぞれに異なる給仕服(ウエイトレスなユニフォーム)を身に着けている。
集客を狙ってというのはもちろんだが、ひとえに一刀の趣味からなるものだったりする。
しかしこれが導入してみると大反響。その姿をひと目見ようと、客足が増える増える。
賑わう店内とあわただしく働く彼女たちを見て、一刀は満足げな商人の旦那とがっしり腕を組む。
煩悩とは偉大であるなぁ、と、しみじみ思ったのだった。

さて、愛紗の給仕服(ウエイトレスなユニフォーム)姿なのだが。
濃紺を基調としたロングスカート。
白いブラウスに、濃紺のベストを身に着け、首元には黒のリボンタイ。
腰から下正面を覆う白いエプロンが、服の濃淡にメリハリをつけている。
そして足元は、黒い靴とストッキング。
全体的にシックな装いになっている。

そんな服装を、一刀は、愛紗を仕立て屋に強引に連れ出しオーダーメイド。
出来上がりを見て満足し、彼女が身体を捻った際に膨らみ流れたスカート、そして美しい黒髪との組み合わせを見て更に満足を深めた。
素晴らしい、と思わずサムズアップである。
ちなみにサイズを計ったりなんなりといった作業は、仕立て屋のお姉さんがやっている。問題ない。



雛里も給仕係だ。軍師ということで計算なんかもいけるだろう、という安易な発想から会計の一部も任されている。
とはいえ、店内での給仕係が主な仕事になるのだが。これまた愛紗とはまた違った意味で、非常に絵になる。
愛くるしい、というのがしっくりくるだろうか。
小さい身体があちらこちらにヒョコヒョコ動き回るさまは、見ていて非常に和む。
はじめこそ、注文聞きひとつするにも涙目状態だった彼女。
もともと人見知りをする性格なのだが、そんな彼女に、一刀はひとつ意識改革を行った。
曰く。
軍師にとって、自分の言葉を他人に正確に伝えることは必須。
また他人の言葉をしっかりと聞き取らないことには、軍師は策を立てることなど出来ないだろう。
雛里は軍師として、兵に意志を伝え言葉を聞き取ることは出来る。
ならば、客に注文を聞き厨房に伝達する程度のことが出来ないわけがない。
つまり、状況は違っていてもやっていることは大して変わらん、ということを示唆してみたのだ。
なにか思うところがあったのか、それからの雛里はそれほど物怖じせずに、給仕や注文受けをすることが出来ている。
時折忙しさのあまりパニックに陥ったりすると、「ご主人しゃま~~~」などと涙声で厨房に駆け寄ることもあったりする。
いわゆるご主人様と一刀が混合してしまったり、雛里のその台詞を聞いた一部の客の目が怖くなったりすることも、まぁご愛嬌ということで。
そんな駆け寄る姿も非常に愛らしいので問題なし、と、一刀は判断した。

雛里の給仕服(ウエイトレスなユニフォーム)姿は、以下の通り。
明るい青のスカート、白いブラウス。青いリボンタイ。
白地に同じ青の格子を施したエプロンは、腰から胸の下までを覆い、肩紐が背中に回り交差した形で身体を引き締める。
必然、胸の上下左右を青色に囲まれ強調したような形となるが。
だが例え胸がなくとも、そこに生まれるなだらかなラインは目にして美しいものだ。一刀は大いに満足した。

平たくいえば。
彼は雛里に給仕を手伝って貰うと考えた際に、"神戸屋○ッチン"のイメージが降りてきたのだ。
そこから派生して、愛紗たちにも服を新調しよう、という流れになった次第。
もちろん彼女も、仕立て屋に連行され、店のお姉さんにアレコレ計られたりしている。
終始「あわわあわわ」と取り乱していたのは想像に難くない。



恋もまた給仕係。をして貰おうと彼は考えていたのだが。

彼女が初めて酒家の手伝いに立った日、店の中で喧嘩が始まった。
止めようと一刀が動くより前に、恋がその喧嘩の間に立ち、男ふたりを問答無用で組み伏してしまった。
とんでもない、圧倒的な速さと力。さすがは天下無双の飛将軍と呼ばれるだけある。一刀は素直に驚嘆した。
そんな当の本人、恋は、取り押さえた輩を横目に、床に飛び散ってしまった料理を料理を集める。

「喧嘩、よくない。ご飯がおいしくなくなる」

そうつぶやいて、料理を集めた皿を彼らの前に置いた。
いたたまれなくなった男ふたりは、代金を置いてそのまま逃げ帰る。
残された恋の元に一刀は駆け寄り、ひとしきり彼女の頭を撫でた後、店内のお客に謝罪をしたのだが。
店内は拍手に包まれた。
その後は、店内のあちこちに恋は引き入れられ、あれこれとご馳走をされていた。
恋、大人気。
大立ち回りを見て気に入って、更に彼女の食べっぷりにほんのり癒されるというダブルコンボを喰らった客たちは、大いに気分を良くして帰っていった。
それからというもの、恋は店に来たお客さんに対しマスコットのような立ち位置を得ることに。
常連客からの誘いがあればテーブルを巡りご馳走され、時に厨房の中を覗き込み一刀の仕事振りを観察し、料理を運んでみたかと思うとその席でなにやらご馳走になっていたりする。
また時には店の前に立つ木の陰で昼寝をしてみたり、その周囲にいつの間にか犬猫など動物たちが集まってきたり、それがまた評判になって新しいお客が集まってきたりと。まさにフリーダム。
恋の存在は、知らない間に広告塔のようなものになっていた。あとは用心棒みたいなもの。
彼女にも給仕服を着せてみたかった一刀だったが、今の状態なら別に良いか、とも考えていた。
どんな服を着せれば似合うか、というイメージがうまく浮かばなかったというものあるのだが。



一刀にとって、店に対する一番の戦力と認識したのは、華雄である。
彼女は、彼と一緒に厨房に立っている。その腕前は感嘆に値するものだった。
いや、戦力などという簡単なものではない。師匠といってしまってもいいだろう。

かつて華雄は諸地方を放浪していた時期があり、必要に駆られ料理の腕前を上げざるを得ない状況だったという。

「だからといって、質素で野性的な食事ばかりだったわけではないぞ」

もちろん、野宿などした場合は自分から狩りに出向き、食料を調達して調理し、食べていた。
その一方で、町や村などに世話になった場合は、調理場を拝借しそれなりの料理を作り上げ、借りた家の面々にも振舞ったりしていたらしい。その評判は概ね良好だったという。
ちなみにもといた世界で、彼女は放浪の末に三国同盟を知り、呂布(恋)を頼って蜀の面々と合流したらしい。苦労人なんだね。
そのせいか、"北郷一刀"とは主従の関係ではあっても、それ以上の感情は特になかったらしい。
この世界の北郷一刀と会っても冷静でいられたのは、そんな理由もあったのだろう。

それはさておき。
華雄は、様々な地方の、様々な食材の調理方法に長けている。
そのオールマイティさに惹かれた一刀は、料理に関する会話を彼女と重ねた。
これまで一刀は、いわゆる"天の世界"の料理をこの世界で再現し、酒家に出す品目に数多く付け加えていた。
しかし、それにも限界はある。彼自身が持っている知識もそうだが、なによりこの世界で可能な料理法というものに幅がなかった。
そこに、華雄が現れる。
一刀が持つ"天の世界"の料理のイメージ。そしてそれを形にする足がかりとなり得る、華雄の技術。
彼は興奮した。興奮するなという方が無理だ。
一刀は自分の持つ知識を総動員し、作ることが可能かを華雄に問う。
その熱意に応えるように、自分の知る料理の技術を指南する華雄。
そんな精進の日々が、一刀に足りなかった技術の幅を厚くしていき、同様に、華雄は持ち得なかった知識を吸収することによって腕を振るう幅を拡げていった。
毎日のように行われる、実技を交えたディスカッション。さながら腕と言葉と食材が飛び交う戦場のごとく。
もともと持つ才というものもあるのだろうが、幸い試食係には事欠かないこともあり、ふたりの料理の実力は短期間のうちにメキメキ上がっていった。



今日も今日とて、一刀と華雄の料理講座。
出す皿出す皿に、一刀と華雄は自分なりの工夫と課題を乗せていく。それらひとつひとつを、彼女らは平らげていく。

満足げにひたすら食べ続ける恋。
出される料理の多彩さに目を回す雛里。
そして、厨房という名の戦場に立つ一刀に目を見張る愛紗。

そう、まさに戦場だと、愛紗の目には映った。
彼女が戦場だと思い至った理由は、彼の求めるものが自分のものと重なるのではないかと思い至ったからだ。
料理という場で、怒号が飛び交うのを初めて見たというのもある。
それだけ、料理というものに本気なのだ、ともいえるだろう。
食べてくれた人が優しい気持ちになって欲しい。彼は料理を作りながらそう願っている。
見知らぬ誰かを笑顔にする。
そう考えると、自分が武を振るった理由となんら変わらないのではないか。そう思えたのだ。

かつていた世界の“北郷一刀”と、今此処にいる北郷一刀とでは、生き方がまったく違う。
しかし、こちらの一刀も、彼なりに本気で生きているということはよく理解出来た。
そして恋がいった通り、自分の主でなかったとしても、一刀は一刀なのだろうとも。
愛紗は、彼が作る料理を通じて、彼と自分たちの間にあった垣根のようなものが、少しずつ低くなっていることも感じていた。



ちなみに、一刀に真名を許したのは恋だけである。
彼もそれなりの期間をこの世界で過ごしている。真名というものの重要性は理解していた。
恋はすっかり懐いてくれたとはいえ、これは例外ではないのかと彼は思う。
いくら世話になっているからといって、そう簡単にあずけるものではないということは分かっている。
華雄はもともと真名を持たないらしいが、厨房でのやり取りから察するに、悪くは思われていないという感触を一刀は感じていた。

一方で愛紗と雛里は、うまく言葉にできないわだかまりが胸の内にあった。

「いえ、北郷さんを信用していないとか、そういうわけではないのですが……」

雛里などは、見ている側が恐縮してしまうほどに、申し訳なさそうな顔をする。
そんな彼女を見て、気にするな、と、一刀は頭を撫でてやったり。
なんとなくそうしたかった、というだけだったが。
彼女は嬉しそうな、そしてどこか複雑な気持ちを抱えたような、微妙に色の違う笑みを交互に浮かべた。
とはいっても、パニックを起こすと「ご主人様」などと口にしてしまうのだ。
彼女を初めとして、皆から本気で嫌われているわけではないと考えることにする。
打ち解けるられるまで、気長に待とう。
そう思い、今日も包丁を振るう一刀だった。












・あとがき
シリアスチックなノリに、気持ちを戻すのが大変でした。(シリアス?)

槇村です。御機嫌如何。




あれ? 趙雲も公孫瓚も出てこなかったな。
いや、出す気は満々だったのですが。そこまで行く前に切り良くなっちゃったのでぶった切った。まて次号。

もうひとつ、『愛雛恋華伝』のスピンアウト作品(スピンアウト?)を勢いだけで投稿してしまいました。
『ラヴひなコイバナ伝』ご覧いただけたでしょうか。よろしければそちらも読んでみていただけると嬉しいです。

『愛雛恋華伝』は一応、反董卓連合くらいまではアウトラインが出来ているので。
間が開き過ぎない程度に書き進めようとは思っております。
毎日更新とかは出来ませんが、よろしければお付き合いください。



[20808] 05:この世の定め
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/15 20:53
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

05:この世の定め





酒家の手伝いに奔走する、愛紗、雛里、恋、華雄の四人。
その姿は非常に絵になり、かつ愛らしいものだと、一刀は思う。

だが。
彼女たちは本来、知将かつ武将だ。
なんの因果か、群雄割拠の時代を終えた時代から、黄巾党の乱が本格的になっていない時代へとやって来た
つまり彼女たちは、いち時代を駆け抜け生き抜いた、生え抜きの猛者たちなのだ。
経験と実践に裏打ちされたその武力や知力は、相当なものであろう。
この時代の関羽、鳳統、呂布、華雄と比べても、かなりの開きがあるだろうことは想像に難くない。
一刀は基本的に、自分やその周りに危害が及ばないのであれば争いなどしたくない、という姿勢を持っている。
そんな彼でも、彼女たちが一地方の酒家で働いているだけというのは、もったいない、と考えてしまう。
とはいえ、彼女たちは一度すべての戦いを終わらせているのだ。その上で、また同じ戦いを繰り返すという選択も酷だと思う。
結局のところ、彼女たち自身が、道を決め、場所を決め、進み方を決める他ないという結論に落ち着く。
いまのこの生活に満足を感じるなら、それでもいい。
やはり己の武を発揮できる場を求めるというのなら、それもいいだろう。
結局、必要だと思ったときに、例え気休めでも自分なりに手を差し伸べることくらいしか出来そうにない。

一刀がそんなことを考えていたころ。ひとりの女性が、関羽たちに興味を示す。
彼女の名は、趙子龍。
一刀が住む陽楽を治める公孫瓉の元で、客将を務めている人物である。
分かる人には、やはり分かってしまうのだろう。武人同士が惹き合う、とでもいうのだろうか。
普通の民草には分からないような、達人同士にしか分からないようななにかが、あるに違いない。



ことの起こりは、一刀の勤める酒家へ、趙雲が久方ぶりに顔を出したこと。
関羽たち四人が働きだしてからは初めての来店、ということになる。

「ほぉ……」

店の中をのぞくなり、つい声を漏らした趙雲。
彼女の視線は、給仕に奔走する関羽の姿を捉えていた。
佇まいや立ち居振る舞い、そして雰囲気を見れば、その人となりや本質は把握できる。
かねてから趙雲は考えていたし、実際にそれが間違っていたことはまずなかった。
ゆえに、彼女は疑わない。関羽の持つ武力の程を感じ取った、自分の目と直感を。

「おや、趙雲さん。お久しぶりです」
「北郷殿、ご無沙汰しております」

一刀は久しく見なかった客の姿をを目にし、声をかけた。趙雲も同じように挨拶を返す。

「随分長いこと見なかった気がしますね。烏丸対策あたりで、遠出でもされてましたか」
「遠出をしていたの事実ですが、むしろ不在にしていたのは貴方の方でしょう?」

何度無駄足を踏まされたことか。自分のせいにされているようで心外だ、と、彼女はわざとらしく溜め息をついた。
確かにそうだ。そのの返しに、彼は思わず苦笑いをする。

「そうですね。仕入れやら護衛やらで、店を空けていたのは俺の方だ」
「貴殿の料理は不思議とクセになりますからな。下手に店を不在にされると苦しくて苦しくて」

知らないだろうが不在の間に、同じように中毒で苦しむ輩が何人も店の前に転がっていた。などといわれては、さすがに大げさに過ぎる。どうせホラを吹いているだけだと、一刀は本気にしたりはしない。もっとも、似たようなことは実際に起こっていたのは彼のあずかり知らないところである。

「クセになるといっても、貴女はメンマさえあれば満足なんでしょう? 持ち歩き用に、小瓶に入れて用意してあげたじゃないですか」
「そんなものはとうに平らげております」
「いやそんな風に威張られても」
「それだけ美味だった、ということですよ」

そういわれれば、料理人として悪い気はしない。

「そういわれると悪い気はしませんね。大人しくおだてられておくことにしましょう」
「割と本心なのですが」
「それなら尚更ですよ」

ありがとうございます、と素直に頭を下げる一刀。
それを受けて、趙雲は少しばかり相好を崩す。料理ばかりではなく、彼のそんな素直なところも好んでいた。

「なので、新しくメンマを調達したいのですが」
「ちなみに、メンマ以外にきちんと食べているんですか?」
「それはもちろん。メンマがなければ、他のものを食べざるを得ないでないか」
「……そうですか」

そんな得意げにいわれても。
彼はもうそれ以上追及することをやめた。

「……なにかいいたげな顔ですな」
「気にしないでください。裏でメンマジャンキーとかいったりはしていませんから」
「じゃんきー?」
「狂おしいほど愛している人、って意味でしょうかね」
「……まぁ、よろしいでしょう」

一刀のセリフに思うところはあるようだが、趙雲は追求するのをやめておく。



「それよりも、新しく人が入ったようですな」
「えぇ。おかげさまで大分ラクになりましたし、お客さんの数も増えましたよ」
「彼女たち目当て、ですかな」
「まぁそうですね」

否定はしません、と、彼はおどけてみせる。
事実、彼女たちがやってきてから客足は格段に伸びている。
可愛い女の子や綺麗な女性が給仕をしてくれる、それを目当てに客が店を訪れる。
そんな心理を彼は否定はしないが、これほどの効果があるとは、と、正直なところ驚きを禁じ得ない。
前にいた世界でも、制服の可愛いレストランやらメイド喫茶やらが持て囃されていた。その理由がよく分かる。
まさか経営者サイドからその理由を噛み締めることになるとは思わなかったが。
そんな一刀であった。

「どうですか。趙雲さんから見て、こういうのは」
「いいですな。眼福とはこのことをいうのでしょう」
「おぉ、分かってもらえますか」
「えぇ。見目麗しい女性の働く姿、そしてそれは誰でも良いというわけではなく、洗練されていなければいけない。北郷殿こだわりのが見て取れます」

随分と過大な評価。しかし狙っていた部分は分かってもらえたようで、一刀はその同志の言葉に心強さを感じた。ふたりは互いに腕を取り合い、想い(趣味)のほどを共有する。

「しかし。料理を作る者として、そういった客は気に入らないのでは?」
「別に。構いませんよ」

趙雲の、からかうような言葉。それを聞いても、一刀は気にした風もなく受け流す。

「最初は女の子目当てでも、その後、俺の料理の味で引き止めて見せればいいんです。問題ありません」
「ふ、いいますな」
「現にこうして、通ってくださる方が目の前にいますからね」

メンマだけですけど。
そんな言葉に、彼女はおどけて、メンマだけではないというのに、と嘆いてみせる。

「まったく心外ですな、足繁く、わざわざ貴方に会いに来ているというのに」
「そんなことをいっても、メンマの量は変わりませんよ」
「……割と本心なのですが?」
「名もない民草相手に、太守のいち将軍がそこまでいいますか?」
「なに、武将といってもひとりの人間ですからな」

腹も減れば恋もする。そういって趙雲は笑う。
光栄なことで、と、それに合わせて一刀もまた笑ってみせる。

一刀と趙雲。
真名こそ交わしていないが、ふたりの仲は非常に良好だ。
もともと客将として、公孫瓉の元に身を寄せた彼女。それから程なくして、太守自らお勧めの場所だと連れてこられたのが、一刀のいる酒家である。
そこで出された付け合せ料理のひとつ、メンマ。それに趙雲は激しく反応した。
周囲も省みず、いかにこのメンマが素晴らしいかを力説し出したときは、一刀もどう反応したものか困ったものだ。
公孫瓉もそんな彼女に対し呆然としていたが、やがてその熱弁に一刀も加わってしまう。
あまりのメンマ賛歌に、彼女は他の料理を蔑ろにしている、と、彼はその熱弁を受け取ったのだ。
その後は数刻に渡り、公孫瓉が頭を抱えるのも意に解さず。互いに熱弁を繰り広げた。
長きに渡った料理トークは、その場はひとまず痛み分け、ということで収められた。
それからというもの、一度腹を割ったこのふたりは、なにかとふざけあったり軽口を叩き合ったりするようになった。
精神的な嗜好が似ている、というのが、ふたりを引き合わせたのかもしれない。
相手が武将だというのに、その態度が変わらないという一刀を、趙雲が気に入ったというのもある。
そしてなにより、彼の作る料理(メンマ)に絆された。これが大きい。
相手を胃袋で釣る、という手法を実演されたといってもいいだろう。



「まぁそれはいいとして」

趙雲はおもむろに話を変えてみせる。

「あの給仕の女性は、どういった御仁で?」

店の中を立ち回る関羽に視線を定めながら、彼女は尋ねる。
本題に来たな、と、一刀。
彼は素直に答える。
商隊の護衛で方々を巡っていた際、行き倒れていた彼女を保護したこと。
記憶が混乱しているようで、どうしてそんな境遇になったのか分からないこと。
この先どうするかは分からないが、どうするかを決めるまで働いてもらうことになったこと。
いろいろと鋭い趙雲を前にして、そんなことを口にしてみせる。
嘘はいっていない。本当のことすべてを口にしていないだけ。

ちなみに今日働いている面子は、関羽、鳳統、華雄。
呂布は今日はお休み。家かどこかで転寝をしているのかもしれない。
客席の間を駆け回るのは、関羽と鳳統。華雄は厨房に引っ込んでいるので姿は見えない。

「ほほう、難儀な境遇ですな」
「まったくです。俺も似たようなもんだったから、他人事だと思えなかったんですよね」

趙雲も、彼がこの地にやって来た経緯は知っている。それを思えば、そんな彼の気持ちもさもありなん、と、彼女は納得することが出来た。

「なにものなのかは、具体的には分からない、と?」
「えぇ。少なくとも今のところは」

少し、嘘を混ぜる。
分からないこともあるが、分かっていることもある。けれどそれはあまりに荒唐無稽過ぎて、説明の仕様がない。
もっとも、説明しようにも理解できるものか。
だから、一刀は強引に話を切った。趙雲も一先ず、それに乗ってみせた。

「では、彼女の武に関しては、どうなのです?」
「……分かるもんなんですか?」
「ある一定以上の力量を持つ者であれば、相手を見るだけでそれなりに推し量れるものですよ」
「一度、手合わせをお願いしたことがあります」

手加減をしてもらった状態でも、三合も持たなかった。
そのときのことを思い出したのか、彼はそういってうなだれてみせる。

「ほう、北郷殿を相手に瞬殺とは。少なくともそんじょそこらの輩というわけではなさそうで」
「ただの料理人を基準にして、なにが見えるっていうんです?」
「そのただの料理人が、武将である私を相手に十合持つのです。自信を持って良いですぞ?」
「そもそも料理人に手合わせを願い出る武将ってのが有り得ないでしょう」
「まぁあのときは確かに、伯珪殿も苦笑していましたな」

性分なのだから仕方がない。そういって彼女は悪びれない。
その点はよく分かっているので、彼もそれ以上はなにもいわない。

「いずれは手合わせをお願いしたいですな。北郷殿も来なさるといい」
「随分と入れ込んで見えますよ?」
「なに。私の目には、彼女は相当の使い手に見える。ひょっとすると私も敵わないかも知れないほどに」
「それなのに、いや、だからこそ、気になる?」
「そういうことです。武人としての性、でしょうな」

そういって、趙雲は食事もせずに店を後にした。
関羽の武人としての雰囲気を察して、食事どころではなくなったのかもしれない。
武人っていうのは、厄介な人種だよなぁ。
一刀は思う。
それでもメンマの催促だけは忘れなかったのには苦笑せざるを得なかったが。



四人にも揃って、このことをこれからのことを少し考えてもらわなきゃいけないかな。
前の世界でも知り合いだろうし、間違って真名とか呼んだら厄介だしな。
趙雲の態度を見て、そう考えざるを得ない。
まったく関わらずに過ごすことはもう無理、ということは、痛いほど理解できた一刀だった。













・あとがき
気が付いたら、「趙雲」を「しょううん」って読んでいました。駄目だろオレ。

槇村です。御機嫌如何。




熱くて頭イタイ。誤字じゃないよ。頭熱い。なんとかしてくれ。

まぁそれは置いておいて(え?)
趙雲(ちょううん)さん登場。
でも一刀との世間話で終わってしまった。でも軽口を叩き合える仲っていいよね。

さーて、この先どうするかな。



[20808] 06:求めよ、さらば与えられん
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/18 18:43
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

06:求めよ、さらば与えられん





「とまぁ、そんな話をしたわけだ」

趙雲とやりとりをしたその日の夜。仕事のなかった呂布を呼び出して、揃ったところで軽く晩の食事を振舞う一刀。
食事をしながらするにはふさわしくないかもしれないが、彼は趙雲との内容を四人に話し、その先にあるであろうことを予想し合う。
武人として、関羽が興味を持たれたこと。
そこから他の三人にも、興味の目は広がっていくだろうということ。
この場をごまかしたとしても、良い目はなにもないだろうということ。
特に関羽と鳳統は、以前にいた世界では共に仲間として長く戦っていた間柄だ。趙雲の人となりは良く分かっている。
興味を持ったものに対して、そう簡単なごまかしでやり過ごせるとは思えない。彼女らもそう考えるに到った。

それはつまり、群雄割拠の世で武を振るうという方向で、巻き込まれる可能性が大きくなったということ。
彼女たちがどのような道を進むにしても、それを決めるまでの時間はそう長く残されていない。



かつていた世界の時系列を思い起こせば、これからなにが起こるのかが分かる。
それは"天の知識"を持つ者ゆえのアドバンテージ。
もっとも、それを生かすも殺すも、持つ者の使い方次第ではある。

「前にいた世界でも、趙雲さんは公孫瓉様のところにいたの?」
「はい。桃香さまと共に私たちが白蓮殿を頼った際には、すでに客将として仕えていました」
「関羽の顔を見て反応がなかったってことは、まだ劉備勢は遼西に来ていないってことだよね」
「……なるほど。この世界にも"私"がいるのなら、そういうことになりますね」
「となると、黄巾党が本格的に暴れ出すまで少し間があるってことか」

一刀は彼女たちから、以前の世界で起こった出来事を聞き出していた。
今この時代がどんな状況にあるのか逆算して考えてみようと思ったのだが、関羽の辿った話が、現状に一番近いものだと知る。
彼女たちの話を聞きながら、一刀は自分の三国志に関する知識とも照らし合わせる
。時代の流れを大まかに把握して、その上で、彼は四人の今後を考える。
もし彼女たちが群雄割拠や乱世とは関係なく、ただの民草として生きるのならそれはそれで構わない。
だが武人として頭角を現そうというのなら、今はまさに好機といっていいだろう。
事実、彼女たちのいた世界では、劉備たちはこの後の黄巾党の乱における活躍をもって頭角を現したのだから。

「いっそのこと、この四人で勢力を立ち上げちゃえば?」

冗談交じりの軽口。それでも、やろうと思えば無理ではないだろうと彼は考える。
以前の世界で、関羽が劉備と共に勢力を立ち上げ大きくしていった経緯を聞いた後では尚更だ。
だが彼の軽口に対して、鳳統は想像以上に重い口調でその可能性を否定してみせる。

「おそらく、それは無理です」
「……どうして? 前の世界の劉備と、今の鳳統たちは似たようなものじゃないの?」

敢えて自分も含めていいますが、と、鳳統が口を開く。

「皆さんは確かに、個人の才は相当なものです。
恋さんも愛紗さんも華雄さんも、単純な戦力という意味では大陸随一といってもいいかもしれません。
ですが、この世界で身を立てるとなると、今の私たちには思想的な部分で支柱とすべきものが足りないんです」
「なんのために勢力を立ち上げるのか、っていう部分が、薄い?」
「はい」

彼の合いの手に、鳳統はうなずく。
それを補うように、関羽はかつての自分を思い出しつつ、語る。

「以前の私たちは、賊から弱き民を守りたいという気持ちのもと旗揚げをしました。
動乱の渦を駆けて行く中で、雛里や朱里……諸葛亮といった同志が加わっています。
私を始め彼女たちが桃香さまに従ったのは、乱世における桃香さまの想いに理想を見たからです。
自らが御旗となり群雄として起つ。今の私には、その御旗となって立っている自分が、想像できない。
武を誇りたい気持ちはある。民が虐げられているなら、それを助けたいという気持ちももちろんある。
……かといって、自ら立つ、というほどの大きな理想、いい換えるのなら熱さのようなものが、自分の中に感じられない。
悔しいですが、これも事実です」
「いうなれば、私たちが持つ"強さ"というものは、あくまで将としてのもの。群雄の主が持つ"強さ"とは、また違うんです」

なにか苦いものを噛み締めるように吐露する関羽。その一方で鳳統は、空虚さを噛み締めるように言葉を紡ぐ。
彼女たちが胸の中に感じているものは、なんなのか。

強いていうならば、苛立ち。
やるべきことを一度成してしまったある種の満足感、だからこそ感じられる損なわれた積極性、そんな自分を良しとしない感情。
そんなものが、彼女らふたりの中で渦巻いている。
そのせいだろうか。酒家での給仕で駆け回るという、今まで触れたこともないことに懸命になり没頭していた彼女ら。
その間の彼女らは、不必要に思い悩むこともなく、武や知を極め世に役立てんとしていた頃とはまた違った充実感を感じていた。
初めて知った、そんな自分たちの一面。悪くはないと思いはしても、どこかで"違う"と声を上げる自分がいるのもまた事実。
そんな二律背反が、彼女経ちを苛立たせている。

「……燃え尽き症候群、って奴なのかな」

一刀がなにげなくつぶやく。聞いたことのない言葉に、関羽と鳳統は首をかしげた。

「あー、俺のいた世界の言葉だよ。
えーと……。<なんらかの理想や目的に向かってがむしゃらだった人が、果たした結果が自分の労力に見合ったものではなかったと感じてしまった。それによって感じる徒労感や不満感なんかに囚われた状態のこと>、だったかな」

なんとなく、分かるような気はする。
だが、そんな簡単な言葉で同意を示していいものか。一刀は言葉を返せずにいた。
仲間と共に理想を追いかけ、ようやくその基盤を整えたと思った最中に、自分たちだけが理由も分からぬまま外されてしまった。
一時代の真っ只中を駆け抜けてきた者だからこそ抱える葛藤だといえる。
この世界でも以前にいた世界でも、ただの一般人でしかない彼が、たやすく同意することが許されるのだろうか。察することは出来ても、その深さを推し量ることは出来ないのだから。

「難儀だな」

だから彼は、一線以上は踏み込まない。

「自分たちが懸命に戦った、その末に訪れた平和な世界。それを充分に甘受することもなく、振り出しに戻されたんだ。
おまけに主と慕っていた男は頼りなくなってる。気落ちしたって無理はない」

少しだけおどけて見せて、しかしすぐに真面目な顔に切り替える。

「それでも、いつまでも落ち込んでもいられないだろう?
いくら嘆いても、俺は君たちの知る"北郷一刀"にはならない。元の世界に戻る術は分からない。
かつて自分がいた場所には既に誰かが立っている。
理不尽だと感じていると思う。でもその理不尽の中をどう生きていくか、それを決めるのは、他ならぬ君たちだ。
選択肢が必要なら一緒に考えてあげることも出来る。気になることがあるなら、出来る範囲で応えよう。
でも、何度もいうが、俺に出来るのはそれだけだ。
俺の生き方は、俺が自分で決めている。同じように、自分の生き方は、自分で考えて、決めろ」

何度となく繰り返した言葉。一刀は言葉だけをかけて、後は勝手にしろと突き放す。
女性とはいえ、彼女たちは歴史に名を残した英雄たちと同一人物。しかもすでに群雄割拠の時代を経験している。
ただの民草である彼にしてみれば、本当ならあまりにも遠い存在。
フィジカルであろうとメンタルであろうと、自分などより遥かに出来上がった人間に違いない、と。
それならば、自分に出来ることはひとつ。世界と時代を飛び越えた先達としての、経験と考えを伝えるのみ。そう考えていた。
それらは確かに事実でもあった。だが、一刀は思い違いもしている。
彼は決め付けていた。英雄という括りでしか、彼女たちを見ていなかった。ひとりの女性、女の子としての彼女たちを、考えの外に置いていた。
一刀はこのとき、まだそのことに気が付いていない。



「ならば、私は先に決めてしまうか」

関羽と鳳統が口をつぐみ、考えにふける。そこに割り込む声。
それまでは黙って、聞くにまかせていた華雄。気負った様子もなく言葉を挟んでくる。

「私は、武人としての道を進もうと思う」
「……料理人の俺としては、その腕が離れていくのは物凄く惜しいなぁ」

淡々とした華雄の言葉。それを混ぜ返すように、一刀はあえて軽い口調で返す。
自分で決めろといっておいて勝手な奴だ。彼女は嗜めるように、お姉さん然とした笑みを浮かべる。

「確かに、料理は楽しい。充実したものを感じる。
自分の料理を食べてもらうことで、人が笑顔になる。満たされていく。それも分かる。
だが、私はそれでは足りないんだよ。
充足出来ない。血が滾らないのだ」

静かに、拳を握る。

「武を振るい、より強い者と対峙し立ち向かう感覚。それを乗り越えたときの達成感。
それに似たものを、料理では感じることが出来ない。
ならば感じられる術はなんだ? 私は、それを武の道以外に知らん。
考えるまでもない。私が進むべき道は、そういうことになるのだろう」

彼はなにも、言葉を挟まない。
華雄の、静かな、そして揺るがない言葉が紡がれる。

「一刀、お前の生き方を否定するわけではない。
しかし、"これ"は、やはり私の生きる道ではなさそうだ」

一刀が出した料理をつまみながら、華雄はいった。

彼女は思う。
口にこそ出さないが、料理人として一刀と働くのは楽しかった。
武と同様に、自分の料理の腕が上がっていく様が分かるのは嬉しかった。
自分の言葉と技術を受けて、彼が料理の腕を上げていくのを見るのも、弟子が逞しくなる様を見るようで満足感も得られた。
それでも、やはり物足りなかった。言葉どおりの充実や満足の先にある、愉悦ともいえるもの。それがない。
かつて歩んでいた武の道では、その愉悦に満ちていた。生きているという喜びを感じられた。
ならば、この先、進むべき道は決まっている。ためらいなど、ない。

「うん。残念だけど、華雄がそう決めたんなら。それでいいと思うよ」
「すまんな」
「あやまらないで。もっと引き止めればよかったとか思っちゃうから」
「まぁ、気が向いたらここまで出向いて、また料理の腕を指南してやろう」
「それはありがたい。よろしくお願いします、師匠」

ふたりは笑う。さも当たり前のように。



「……華雄、どこかいっちゃうの?」
「……あぁ。もっと鍛えないことには。まだまだお前に勝てないしな」

優しい笑みを浮かべながら、華雄は、呂布の頭を撫でる。
その手を素直に受けたままで、呂布は長く共に戦い続けて来た友人を見る。

「お前はどうするんだ? その力は、必要とされる場は山のようにあるだろう。お前自身は、どうしたいんだ?」
「……一刀と、一緒にいる」
「……そうか」

頭に乗せられたままの手が、やさしく動く。
この面子の中では、華雄は呂布との付き合いが一番古い。彼女が武を振るう理由もよく知っている。
それは、自らの日々の糧を得るためであり、セキトら家族を養うためであり、董卓の身を守るためだった。
呂布が以前の世界と"北郷一刀"をどう捉えているかは分からない。
だが今、この世界にはセキトらはおらず、守るべき董卓もいない。食事に関しては、一刀に保護されればひとまず心配はない。
そう考えると、呂布は、強いて武を振るう理由がなくなってしまう。
あれだけの武の才、このまま腐らせるにはあまりに惜しい。
しかも華雄は、まだ彼女の才に手が届いていないのだから、彼女の腕を惜しむ気持ちは人一倍ある。
だが。彼女がそれで良いと考えるならば、武を捨てることもまた、ひとつの道だろうとも、思う。

「だが鍛錬は怠るんじゃないぞ。お前は私の目標なんだ。弱くなったりしてみろ、許さんぞ」
「……分かった。負けない」

優しくも、物騒な言葉。だがそれでなにかは通じているのだろう。ふたりは自然と笑顔を浮かべる。
そんなやり取りを見て、一刀は声を挿んでくる。

「それじゃあ、恋は俺のお手伝い?」
「……うん、手伝う」
「それで、恋は本当にいいの?」
「? うん」

コクリとうなずく呂布。
そんな彼女の仕草は可愛いし嬉しいのだがいやしかし、などと、なにか悶え出す一刀。

「一刀、とりあえず一緒にいてやってくれ」
「でも華雄、いいのかな本当に。いや、俺は嬉しいよ? 嬉しいけどさ、かの天下無双を給仕扱いって。世の中に喧嘩売ってるような気がするよ」
「諦めろ。変にお前がゴネると恋が泣くぞ。
それに、この世界にはもうひとり呂布がいるのだろう? 天下無双の名はそちらに任せておけばいい」
「そういう問題?」
「そういうことにしておけ」

頭を抱える一刀。それをみて笑う華雄。よく意味も分からないまま、目の前にある一刀の頭を撫で回す呂布。
妙にほんわかした空気の流れる一角だったが。
反対の一角は、対照的に思いつめたような重たい空気が漂っている。



「私は……」
「雛里、待て」

華雄と呂布が、進む道を決めてすぐ。次は自分が決めなければいけないとでも思ったのだろう。
そんな鳳統が口を開くよりも前に、華雄が彼女の言葉を止める。

「そう急いても碌な答えは出ないぞ雛里。愛紗、貴様もだ」

華雄は、関羽と鳳統の方へと身体ごと向き直す。
暗い雰囲気を漂わせるふたりを見て、彼女は溜め息をつきながら話しかける。

「ふたりは、考え過ぎだな」
「考えすぎ?」
「頭で理解しようとし過ぎている、といい換えてもいい。だが一刀、お前は考えさせ過ぎだ」

華雄がたしなめる。関羽と鳳統に向けるだけでなく、一刀にも自重しろと。

「私が問いを出す。ふたりとも、その問いに五つ数える間に答えろ」

関羽と鳳統。ふたりに反論を許さない、一方的な問い掛け。

「今、お前たちがやりたいと願うことはなんだ?」

単純な問い。ゆえに、本当に望んでいるものが、胸のうちからこぼれ出てくる。
短いようで、長い時間が経ち。
先に口を開いたのは、鳳統だった。

「私は、自分の策で人が死んでいくのを、見たくありません……」
「……」
「たくさんの策を献じてきました。何百人何千人何万人が動くという策を。
自分の頭で組み立て、その策でどのような結果が現れるのか。頭の中で考え続けてきました。戦いを展開し続けてきました。
多くは、私の考えた通りになりました。策から外れたとしても、想像しようと思えば出来る程度のものがほとんどでした。
作戦通りに戦が動く。それはつまり、私の想像したとおりに、何百、何千、何万の人たちが、傷つき、死んでいったということです。
笑顔で過ごせる、平和な世の中を作るため。私はそう自分にいい聞かせて、策を練り続けてきました。
戦が終わり、国同士が手を取り合って、これからは平和を目指すことが出来る。
戦いがなくなるわけではないだろうけど、その数は格段に減るに違いない。そう思いました。
でも」

鳳統は静かに、しかし一気に捲くし立てる。だんだんと、声が荒々しくなっていき。

「でも、今の私は、また群雄蔓延る世界に立っている。
私たちがこれまでやってきた戦いはいったいなんだったのでしょうか。
また、何万人と殺さなければいけないのでしょうか。どれだけ殺せば平和になるのでしょうか。
もう既に、私の頭の中は死人でいっぱいなんです。

……私は本当に、平和に浴することが出来るのでしょうか」

涙声になった。
嗚咽を止めるでもなく、湧き出る感情をそのままに任せて、ただ、泣く。
そして、しばし。感情を形にした言葉を、出し切ったのか。鳳統は意識を闇に落とす。
倒れこむ彼女の身体を咄嗟に抱え込み、華雄はその小さな身体を抱きしめる。
一刀もまた、鳳統の髪を梳き、目元の涙をそっと拭ってやる。

「難儀だな……」
「まったくだ……」

一刀のつぶやきに、華雄が応えた。

彼は内心憤っている。
すでに鳳統は彼にとって身内だ。
可愛い彼女が心を痛めている原因。それは乱世。
その乱世を呼んだ大元となるのが、元朝廷の、世の乱れを正す力のなさだ。
ふざけんじゃねぇぞ漢王朝ぶっとばすぞ。
口にこそしないが、そんなことを考えてしまうのは元"現代人"ゆえなのかもしれない。



意識を失った鳳統を一刀に託し、華雄は関羽へと向き合う。

「愛紗、お前はどうだ」
「……私は、桃香さまに会いたい」

少し意外な言葉だったのか。華雄はその答えを聞いて少しばかり目を見開く。

「では劉備軍に加わって、再び武を振るいたいということか」
「いや、違う。そうではないんだ」

関羽は首を振る。

「あの、私たちがいた世界で結ばれた三国同盟。
あれは桃香さまや私たちが夢見て望んできた、争いのない国を実現する足がかりとなるものだった。
その目標を私に与えてくださったのは、桃香さまだ。
今の私には、あのときに感じた熱さのようなものが湧き上がらない。
それがただ、燻っているだけなのか。それとも燃え尽きてしまったのか。
私は、それを確かめたい」

このままでは、我が偃月刀はくもったままだ。彼女はそういって、唇を噛む。
その姿を見て、一刀は思う。
確かに彼女自身が持つ力は、他を圧倒するかのような強いものなのだろう。
だがその力を振るうべき理由、方向性を、自分の中から導き出すことが出来なくなっているのではないか。
彼女が持つ本来の性格ゆえか、それとも、劉備または天の御遣いという御旗のまばゆさから見失っているだけなのか。

腕の中で眠る鳳統と同じくらいに、彼は、今目の前にいる関羽という女性の在り方に不安を覚えた。



四人の今後を示唆する夜が明け。まだ数日もしないうちに、新たな分岐点が示される。

「北郷殿、彼女らを少々お借りできないか」

遼西郡太守・公孫瓉の使いとして、趙雲が一刀の元を訪れた。
彼女はいう。客将のひとりとして、なにより趙子龍個人として、彼女の実力を量りたい、と。
その上で、彼女を公孫瓉の客将として迎えたい、と。

彼女のその入れ込みように、一刀は人知れず溜め息をついた。













・あとがき
設定はちょっとばかり派手かもしれないけど、話がとんでもなく地味じゃね?

槇村です。御機嫌如何。




もっと細かいところを積み重ねたい!
すっごい些細なところの繰り返しで厚みをつけたい!

でもそんなの読んでも皆さん楽しいのだろうか。
私? 私はむっちゃ楽しいよ!!

そんな葛藤は置いておくとして。
少し話が動きます。やっと。
ひとまず、書きたいと思ったシーンに向けて続けていく所存。
でもどれくらい掛かるか分かりませんが、よろしければお付き合いください。
また、いろいろと書き込みをしていただきありがとうございます。励みさせていただいております。



それにしても、作中の華雄がすごい「みんなのお姉さん」化してるのはなぜだろう。



[20808] 07:進む一歩も 逃げる一歩も
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/03 07:52
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

07:進む一歩も 逃げる一歩も





確かに、遠からずやってくることは予想できた。
それでも早過ぎるんじゃないか趙雲さん?
心中でそんな悪態をつきながら、一刀はついつい溜め息をつく。

「? どうかされましたかな北郷殿」
「いえいえ、なんでもありませんよ」

悪態はついたが、なにも彼女を攻めようというわけじゃない。落ち着け。クールにいこうぜクールに。
そんな風に、彼は気持ちを落ち着かせようとする。無理やりに。
慣れないところに連れてこられたせいで、少しばかり気が動転しているんだろうきっとそうだ。

場違いなところにいる自覚はあった。ただの料理人でしかない一刀にとって、あまりに縁のない場所。
遼西郡・陽楽にある、公孫瓉が太守として勤める城。彼は、その中にある謁見用の広間にいた。
ことの経緯を簡単にいうならば。
趙雲が関羽の武才を嗅ぎ付け、それを公孫瓉に報告。
それほどのものならぜひ客将として招きたい、という風に話は流れ。
ならば早速顔合わせを、と。関羽、鳳統、呂布、華雄の四人は城に出向くことになり。
そんな四人を保護している立場として、一刀は四人に付き添ってここまでやってきたのだった。



「よーう、久しぶりだな北郷」
「はい。ご無沙汰しています、公孫瓉様」

地域一帯を束ねる太守。そんな身分を考えると、あまりにフランクな言葉をかける公孫瓉。
それでも、自分はただの一市民、という立場をわきまえて、一刀は恭しく礼を交わす。

この世界にいる一刀は、ただの料理人。単なる民草のひとりである。
関羽たちがいた元の世界の"北郷一刀"のような、天の御遣いといった特別な存在でもなんでもない。
ではあるのだが、彼は公孫瓉にたいそう気に入られている。料理の腕ももちろんだが、その人柄と気質を彼女は好んでいた。
いかにもお偉いひと、といった態度を普段から取らない御仁ではある。
それを差し引いたとしても、彼女は随分と砕けた接し方をしている。
人懐っこい笑み。太守という高い立ち位置にありながらも、あまり裏表を感じさせない気性。
それらはこの乱世において、美点となりえるのか疑問ではある。
とはいえ、治められる民としては好ましいもの。一刀もまたこの"らしくない"太守に好感を持っている。
寄らば怒鳴りつけるような太守よりは、常に笑顔な太守の方が親しみやすいというものだ。

「で、後ろにいるのが、趙雲のいっていた人かい?」
「はい。行き倒れになっていたところを商隊が保護し、現在は私が身を引き受けております」
「関雨、と申します」
「鳳灯、です」
「……呂扶」
「華祐と申す」

関羽、鳳統、呂布、華雄。四人それぞれが名を名乗った。

表舞台に出るにあたり、彼女たちは名を変えている。
原因の分からぬまま、この世界へと跳ばされた彼女たち。
跳ばされてしまったこの世界は、彼女たちにとって経験済みな、既に通り過ぎた世界であった。
ならば、そこにはかつての自分がいるに違いない。
顔はもう仕方がないとして、名前が被るのは問題が生じるのではないか。
そう思い至り、一刀は彼女たちに名前を変えることを提案したのだ。
といっても、姓、字、真名は同じまま。名を変えるといっても文字を変えただけである。
まるまる偽名に変えてしまっても、当人たちが反応しきれないのでは、という思惑もあった。

「彼女たちは記憶が混乱しているようでして。
行き倒れた前後のことや、なぜあの場所にいたのか、といったことがさっぱり分からないらしいのです。
それ以前のこともあやふやになっているようですが、日々の生活に困るほどのことはありませんでした。
もっとも。仕官というお話も、過去が怪しいという理由で拒否されるのであらばどうしようもありませんけども」

うまく説明できない彼女たちの現状を、一刀はこういってあらかじめ釘を刺しておく。
だが公孫瓉は、そんな彼のフォローも些細なことだと一蹴する。

「あぁ、構わないよ。
正直なところ、出自が多少怪しくたって、有能ならそれでいいと思ってるし。人材不足は本当に深刻だからな」
「……あの、本当にいいんですか?」
「使える人材なら問題ない。使い物にならなきゃ話は別だけどな。まぁ、趙雲の推薦ならハズレじゃないだろうし」

仮にも一地方のボスに仕えよう、っていう話がこんなに簡単でいいのか?
そんな一刀の葛藤などどこ吹く風。話はどんどん先へと進んでいく。

「で、四人ともウチに仕官してくれるのか?」
「いえ、申し訳ないのですが。
今回仕官を願っているのは、関雨と華祐のふたりです。鳳灯と呂扶は、今回は見送らせていただきたく」
「ふーん。まぁ、いいさ。ふたりも新しい将候補が来てくれたんだ。それでよしとするさ。
……まぁ、呂扶、に関しては、もっと必死に引き止めるべきなんだろうけどな」

ほう、と、趙雲が感心したような声を上げる。

「伯珪殿でも分かりますが。あの者の凄さが」
「私でもってなんだよ、気分悪いな趙雲。
いやでも、まぁ、私なんかじゃ羽毛のごとくあしらわれるんじゃないかなー、ってくらいのなにかは感じる」
「正解ですな」
「なんだよ、本当に気分悪いぞ」
「いえいえ、褒めているつもりなのですよ。
実際、私でも敵わないでしょう、おそらくは。そういった意味では、伯珪殿も私も、大差はありません」

そこまでなのか、と、趙雲の言葉に息を呑む。
これまで公孫瓉が目にしてきた武才というもの。その中で、趙雲の持つそれは随一といっていいものだった。
その彼女が敵わないという。その武才の高さに想像が及ばない。
見た限りの印象では、ぼおっとした小動物系なのに。

「仕官はしないとして、それじゃあ呂扶はこれからどうするんだ?」

無理やり仕官をさせる、というのは性に合わない。かといって、他のところに仕えられてもそれはそれで嬉しくない。
そんな不安感をありありとさせながら、公孫瓉は問いかける。

「ひとまず、俺の店のお手伝い、というのが彼女の仕事になりますね」
「……は?」
「ですから、店の給仕係とか」
「趙雲すら凌ぐだろう武才を持つ者が、給仕?」
「当人がそれでいいっていうんです。
私もそれはどうかと思いますけど、無理に武器を持たせるのもなにか違う気がしますし」

あとは、店の用心棒? みたいな。そんなところでしょうか。
などとのたまう一刀に、少しばかり頭を抱える公孫瓉。
だがまぁ、他の勢力のところに流れないと分かっただけでもよしとするか。そう思うことにして、彼女は納得することにした。

「北郷。鳳灯はどうするつもりなんだ」

仕官を見送ったもうひとり。
見た印象からは、武官とは思えない。ならば文官・軍師の類か。
趙雲が目をつける者たちと同行しているのだから、その才はやはり相当なものなのだろう。公孫瓉はそう当たりをつける。
そんな考えを、一刀は肯定する。

「彼女、鳳灯は、軍師文官としてその才を発揮していたらしいのですが、故あって少々病んでしまいまして。
少なくとも軍師としての働きは、しばらく無理だろうと。
そんな理由から、今回は見送らせていただきたいと判断した次第です。
ちなみに彼女も、店の手伝いをしてもらうつもりです」
「なるほど」

しばし、考える。その後、彼女は鳳灯に話しかける。

「鳳灯。仕官を受けない理由は分かった。詳しいことも聞かないでおく。
だが。その知、戦場ではなく、遼西の内政に活かすつもりはないか?」

戦が嫌なら、それ以外で本領を発揮すれば良い。そんな言葉に、鳳灯は思わず公孫瓉を見つめ返す。
答えは急がない、考えておいてくれ。そういって、彼女は返事も待たずにこの話を切り上げた。



そのふたりについては分かった、と、話が進められる。
次は、関雨そして華祐についてだ。

「関雨と、華祐。ふたりとも、こちらの願いを聞き入れてくれて感謝する。ありがとう。
だが。趙雲と北郷から聞いたが、あくまで客将として扱ってもらいたいらしいな。
よければ理由を教えてもらえないか?」

その言葉に、まず華祐が口を開く。

「取り立てていただく公孫瓉殿には、心より感謝いたす。
ですが、私が歩もうとしているのは武の道。己の武を研ぎ澄まし、より高みへと進むことを目的としている。
ここで貴殿に仕えても、己の武をより高めてくれるであろう場があるのならば、そちらの方へと参るつもりです。
仕える以上、やるべきことはやり、それ以上のものを残すつもりではいる。
だが、私がなにを第一としているのか、それを踏まえた上で受け入れていただきたい」

いうなれば、腕には自信があるけども、いつこの地を離れるか分からない、それでもよければ使え、といっているのだ。
なんという、不遜な物言い。事実、これを聞いた一刀は顔を覆ってしまう。公孫瓉も、思わず素直に感心してしまった。

「華祐。ものすごい自信だな」
「矜持だけは人一倍あると自負している。
だがそれでも、ここにいる関雨と呂扶に私の武は及ばないのだから。お恥ずかしい限りだ」
「いやー、でもその矜持は大切だと思うぞ?」

私も弱っちいのを自覚させられてるからな、趙雲のおかげで。そんな言葉を、半笑いで返してみせる。
太守という地位にはいるが、公孫瓚もまた武将のひとりである。武を突き詰めたいという気持ちはよく分かる。
だが、今の自分には立場がある。武の鍛錬ばかりにかまけているわけにはいかない。それを自覚していた。
ゆえに、華祐のまっすぐさが、眩しくも羨ましいと感じる。
なんとかしてやりたいと思う。出来得る範囲で融通を利かせてあげようと思った。
それを甘さだと断じてしまえば、確かにその通り。
だけど、まぁいいんじゃないか? と、通してしまうところが、彼女の美点といえなくもない。

「分かった。次に行きたい場所が出来たら遠慮せずにいってくれ。遼西から離れられるように手はずを取ろう。
だがそれまでは、遠慮せずにこき使わせてもらおう」

一時とはいえ、新しい主を得た。お心遣いに感謝する、と、華祐は頭を下げる。



「私は、武を振るう理由が揺らいでいるのです」

関雨はつぶやくように、口を開いた。
自らの武を誇る気持ち。それを振るいたい衝動。
しかし、なぜ自分が武を振るうのか、というところで躊躇してしまう自分。
そんな内心を、言葉少なに彼女は口にする。それでもいいのであれば、せめて客将として使って欲しいと。彼女は願い出た。
かつて共に乱世の中を駆けた盟友、公孫瓉。だが目の前にいる彼女は、関雨の知る彼女とは別の人間である。それは分かっている。
分かってはいるが、知己の者に自分の不甲斐なさを吐露しているようで、関雨の心中は穏やかではなかった。

「ふむ。いかに優れた武といえども、錆付いていては役立たずですな」
「え、おい趙雲」

そんな気持ちの不鮮明さは、以前の世界では背中を託した武将、趙雲に、まさに不甲斐なさを感じさせていた。
彼女にとって目の前にいる関雨という人物は、なるほど、確かに初対面でもあり正確な武のほどを知るわけでもない。
だがそれでも、気に入らない。気に入らないのだから、仕方がない。
だから、彼女は煽る。

「確かに、私の目は確かだった。だが関雨殿の武に気付けはしたが、その気質にまで到ることは出来なかったようだ。
そのような中途半端な気持ちでいられては、客将として招き入れても却ってこちらは迷惑するかもしれぬ」
「……確かに、貴殿のいうことはもっともだ」

関雨の言葉を聞きながら、趙雲の声音が剣呑なものになっていく。
辛辣な言葉。だが戦場に立つ武将として、その言葉の正しさも分かる関雨はなにも返すことが出来ずにいる。

「ならば私が、その武にこびり付いた錆を削ぎとって差し上げましょう。
なに、実はその錆の塊を己の武の重さと取り違えていたのなら、身軽になって却って目も覚めるというもの。
その際は、いち雑兵として使わせていただこう」

趙雲は、城の中庭にて関雨との仕合を望んだ。
理由は分からないが、彼女なりになにか思惑があるのだろう。そう判断した公孫瓉はその申し出を許可する。

「関雨殿も、よろしいかな? もちろん、逃げていただいても一向に構いませぬが」
「……構わない。お心遣い、感謝する」

挑発でしかない、趙雲の言葉。関雨はそれに激昂することもなく、その申し出を淡々と受け入れる。
広間にいた、ふたりと四人。それぞれが中庭へと移動する。



「随分とまぁ、安直な展開をこしらえたもんですね」
「なに。妙に考えすぎる御仁には、却って単純な方法の方が合点がいく、ということもあるのですよ」

率先して先を歩く趙雲に、早足で追いついて見せた一刀。
先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。微塵も浮かべていない彼女に、彼は普段どおりの調子で話しかける。
ちなみに、呂扶は一刀を追いかけるように付いて来た。
関雨と鳳灯は、公孫瓉となにやら話をしながらゆっくり後を付いてきている。

「初対面なのに、よくそんな性格云々まで見て取れましたね」
「ふふ。人を見る目はそれなり以上にあると自負していますからな。
やろうと思えば、武才向きだろうと内政向きだろうと誰でも引っ張ってみせますぞ?」
「ある意味、非常におっかない能力ですよそれは」

武官なのに、外交官顔負けのやり取りが出来、内向けの細かい思慮にも長けている。
万能なひとだよなぁ、と、一刀は感嘆する。

「それにしても。公孫瓚様もそうですが、趙雲さんも硬軟なんでもこなす人ですよね。便利な人だ」
「ふ。まぁなににおいても、そこらの者よりはやってのける自信はあります。便利屋扱いされるのは業腹ですがな。
しかし私などよりも、伯珪殿の方がよほど万能ですよ。器用貧乏といった方が的確かもしれませぬが」
「……仮にも自分の主に対して、ひどい言い種だ」
「これでも伯珪殿のことは認めているのですよ?
個人の武においては、あの方よりも私の方が上です。これは間違いない。
しかしいい方を変えるのなら、私が勝てるものとなるとそれ以外に見当たらないのですよ。
武以外のものは、伯珪殿の方が勝っていると思います。
仮に私が伯珪殿の代わりに太守をやれといわれても、出来ませんからな」

所詮、私は武官なのです。と、思いの外真面目に、公孫瓉を賛美する趙雲。

「なにをやってもそこそここなす。そんな万能さが、なにかに突出した者を前にすると"普通"に見えてしまう。
伯珪殿はそれを気にしているようですがな」
「普通、ね。結構じゃないですか。民草が一番求めているのは、その普通な日々ですよ?
それに、実際には相当の実力があるのに、それでも自分は未熟だと仰る。しかもそれで陰に篭るわけでもないでしょう。
心強いじゃないですか」
「そうですな。まぁ、群雄と呼ぶには今ひとつ足りない感は否めませぬが」
「……それ、俺がうなずいたら相当問題あるよね」
「誰も聞いておりませんぞ?」
「誰よりもいい触らしそうな人が、目の前にいるので。仕方ありません」
「まったく、貴殿は私のことをどう見ておられるのか」
「鏡、持ってきましょうか?」

真面目な雰囲気で終わらせてなるものか、とばかりに、最後におどけてみせる趙雲。
一刀はもちろん、それに乗ってみせる。

「そうそう、女としての器量も私の方が勝っておりますぞ。これも間違いありませぬ。
ふむ。このような大切なことを失念していたとは、不覚」
「……その点はノーコメントでお願いします」
「のーこめんと?」
「我が身が可愛いから答えたくない、といっているんですよ」
「ほほう。北郷殿は、伯珪殿のような女性がお好みか」
「もちろん、趙雲殿のことも忘れていませんよ?」

一度話が外れ出すと、ふたりのやり取りはなかなか終わりを見せなかった。

ちなみに。
そんなヒソヒソ話を小声で交わす趙雲と一刀を見て、公孫瓉は渋い顔を見せていた。
曰く。

「あの顔を浮かべてしている話は、近づくと怪我をする内容だ。主に精神面で。聞き取れないけど絶対ヤバい」

関雨と鳳灯も、内心その言葉にうなずいていた。





場所は変わり、城内の奥にある中庭。
多人数が軽く運動が出来るほどの広さがあり、周囲を囲む樹々は見目良く整えられている。
城に詰める武官が鍛錬を行うこともあり、文官が仕事に一息つく姿もよく見られる。人の行き来もそれなりに多い、そんな場所である。
その中心をなす広場。そこにふたりの武将が対峙する。

「さて。心の準備はよろしいかな?」
「うむ。こちらはいつでも構わない」

片や、「常山の昇り龍」という二つ名を成し、舞い踊る槍を「神槍」と呼ばれるまでの武才を誇る、趙子龍。
片や、「美髪公」と誉れ高い髪を靡かせながら築くその武功に、後年「関帝」とまで神格化された関雲長こと、関雨。

ふたりは自らの片腕とする武器を手に、互いにその姿を睨め付ける。静かに、高まっていく。
公孫瓉が、一歩、前に出る。そして、始まりの声を上げた。

「はじめっ!」

と、同時に。
趙雲と、関雨。ふたりは駆け、躍り懸かる。己の信じる武をぶつけ合うために。













・あとがき
相変わらず地味だなオイ。

槇村です。御機嫌如何。




仕合まで持っていくつもりが、その前のやり取りで妙に長くなってしまいました。
まぁいいでしょう。(いいのか?)

関羽、鳳統、呂布、華雄の改名とか、客将になることを決めた経緯とか、いろいろ理由はちゃんとあるのですが。
本文にうまく絡ませられなかったかも。
後から細かいところを直すかもしれません。

やっと、派手な展開になりますよ。なるでしょう。なると思います。なるといいなぁ。
乞うご期待。(弱腰だな)



[20808] 08:胸のうちを支えるもの
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/27 05:13
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

08:胸のうちを支えるもの





対峙したふたりは始まりの合図と共に駆け出す。

「っふ!」

先に武器を繰り出したのは、趙雲。
己の相棒たる直刀槍・龍牙の間合い、そして向かって来る関雨の速さを見越して、一閃。薙ぐ。
足の速さを僅かに殺し、関雨は襲い掛かるその槍をすぐ目の前でやり過ごす。
すぐさま、彼女はもう一歩踏み込もうとするもそれは叶わない。
それよりも先に趙雲が一歩踏み込んだ。振りぬかれたはずの槍が、恐ろしい速さで切り返される。
関雨はそれでも慌てることなく、青龍偃月刀の鋒先を僅かに合わせるだけで往なしてみせた。
それでも、趙雲の身体が流されることはなく。まだ自分の番だとばかりに彼女は槍を振るい、突き続ける。
関雨はそれをただひたすら受け続けた。

一合、三合、五合、十合と、ふたりは連撃を重ね合いその数を更に増していく。
無言のまま成される仕合。耳を打つのは、ふたりの武器が弾き合う金属音と微かな呼吸音のみ。
静かに、しかし激しく、幾合もの連撃を交わしながら互いに一線を越えていない。届いていない。
趙雲の手がことごとく、往なされ、かわされ、弾かれ、やり過ごされるがゆえに。
関雨に至っては、受けに徹してまったく手を出していないがゆえに。
傍目には激しい攻防に見えなくもない。
だが実際には、趙雲の攻撃すべてがしのがれ続けているに過ぎなかった。



「……貴殿はなんのつもりか。武の劣る私をからかうのはそれほど楽しいか?」

ことごとく届かない自分の攻撃に、趙雲は苦々しい表情を隠そうとしない。
己の武が、この関雨という女性に届かないことは分かった。悔しいが、彼女は理解した。
実力差のある者に対して手加減をするのはいい。余裕から自分があしらわれるのならば仕方がない。
だがやる気の見えない輩に、どうでもいいような対応をされるのはどうにも我慢がならない。

「確かに、実力の差があるのだろう。だが面倒であるなら、さっさと私を叩きのめせばよいではないか。
仮にも同じ武人として、その態度は私に対する侮辱ではないのか?」
「……」
「手加減と手抜きは別物だぞ」

趙雲は再び、愛槍たる龍牙を構え直す。

「参る」

言葉と同時に彼女は跳んだ。

「つッ……」

より速さの増した一撃。
その薙ぎを受け止める関雨。ただ先ほどよりも余裕の欠けた表情で。

「けしかけたのは私だが、仕合を受けたからにはしっかりと相手になってもらわねば困る」

まだ行くぞ。
というや否や、趙雲は更に槍の速さを上げていく。
己が槍の間合いに立ち、右から下から上から左から、薙ぎ、払い。
その最中にもう一歩もう半歩踏み込み、ひとつふたつみっつと神速のごとき突きを見舞う。
関雨はまたも、ただ愚直に受けるのみ。だが、ひとつひとつ捌いていく様が少しばかり強張って見える。

「なるほど。これだけしてもまだ届かぬか」

ひたすら攻める趙雲。止まることなく繰り出していた連続攻撃に、彼女の息もさすがに上がり出す。汗も流れる。

「たいした武才だ」

つぶやきながらも、その手が治まることはない。

「だが」

また一歩踏み込む。幾度となく繰り出された突きが、関雨の正中線に沿い襲い掛かる。
ひとつ、ふたつ。身を捻ることで辛うじて凌いだ速く鋭い突き。その二突き目が戻らぬうちに、下から上へと逆袈裟懸けが疾る。

「っ、つ」

初めて見せる表情。だがそれさえ避けてみせた関雨。
まだ終わらない。趙雲が更なる一手。振り上げた直刀槍・龍牙の勢いに乗り身を起こし、そのまま関雨の鳩尾に渾身の蹴り。

「ぐ、は」

辛うじて腕を挟みこんだもののその衝撃は受けきることが出来ず、身中の息を吐き出される。
刹那、関雨の動きが止まる。だがその瞬きほどの間であっても、達人にとっては大きな隙。
身を縮めた相手の傍らで、舞うがごとき趙雲の槍は止まらない。
立つ姿を崩すこともなく、美しい円を描いた槍は関雨の頸を奪うべく頤(おとがい)を解き襲い掛かり。
直前に、動きを止めた。

「……あるのが武才だけならば、さほど怖くもない」

速く、大きな身の運び、槍を手に踊る、舞のごとき武。
その姿は天に挑み舞い上がるかのごとく激しく、美しいもの。まさに、昇り竜のごとし。
趙雲の手にした直刀槍・龍牙が、関雨の首筋に当たった状態で、時が止まる。

この仕合は、趙雲の勝利で幕を閉じた。




趙雲は思う。
これだけの武。生半可なことで得られるものではない。
見通しの通り、彼女の実力は相当なもの。本来ならば、今の自分では敵いはしないだろう。
ならばなぜ、勝つことが出来たのか。
武が錆付いたという言葉も、彼女は煽り文句として使ったに過ぎない。
思うに、関雨の中のなにかが、武を振るう腕を鈍らせているのではないか。
それゆえに、彼女は武を振るうことに迷いを見せている。そう見えたのだ。
もちろん、それがなにかなど趙雲には分からない。
理由は知らぬが彼女は迷っている。いや、持て余しているというべきなのか。

「なにを迷っている」

趙雲は、彼女がその身になにを抱えているのかは分からない。
だが、相応の武才を持つ者ならば、そこにまだ至らぬ者のために毅然としているべきだ。
少なくとも、趙雲はそう考える。
まだそこまで至らぬはずの自分に負けるなど、あってはならないのだから。

「貴殿は。その武において何某かを成し、それで満足してしまったのかもしれん。
だがそれゆえに、なんでも出来ると思い上がっていないか?」

彼女の武才を培った想い。関雨はそれを見失っているのか、それともただ慢心しているだけなのか。
後者ならば、もういい。その程度の武であるなら、今は及ばずともすぐに手を掛けてみせる。事実、勝利を収めているのだから、そこまでの道は容易かろう。
だが前者ならば。

「確かに、武才には秀でているのかもしれん。だが、今の貴殿に背中を預けようとは思わんな」

趙雲は、あえて棘のある言葉で突き放した。



「貴殿がそこまでの武才を積み重ねた想いは、その身からもう尽きているのか?」

趙雲のその言葉に、関雨は思う。
かつて、自分の背を託しかつ自分に背を預けてくれた武将、趙子龍。
自分の知る彼女・星と比べれば、同一人物とはいえ、目の前の彼女はあまりに未熟に見える。
それでも、今、地に足を付いているのは自分であった。
慢心していたつもりはない。手を抜いたつもりもなかったが、身体が萎縮していたのは自分でも分かる。
ならば、何故?

「貴殿は、武を振るう理由とやらに依存し過ぎなのではないか?」

狙ったかのような、趙雲の鋭い言葉が関雨を刺す。

「志が高い者ほど、他を蔑ろにし易いのかも知れぬな。
遠くを見過ぎて、それを見失い、足元がおぼつかなくなったというところか」

ひとつ、苦笑いを浮かべる。少し喋りすぎたな、と。
趙雲はそのまま踵を返し、関雨を気にすることなくその場を離れ、公孫瓉たちの下へと歩み寄った。

その後姿を見送ることなく、関雨は思考の渦へとはまり込む。
自分が、依存している? 足元が見えていない?
いわれてみれば、まさにその通りだった。
北郷一刀と劉備。想いを寄せる主人と、敬愛する義姉。ふたりの側で武を振るうことこそが、これまでの自分のすべてだった。
それがこの過去の世界へと流されたことで、なによりも愛しいふたりを失った。
寄る辺をなくした彼女は、胸のうちにあった確かなものがポッカリと空いてしまったような、虚脱感を得る。

あぁ、そうなのか。

関雨はここでやっと気付く。
自分は、あのふたりがいないから、武を振るう理由が見出せないのだ、と。
だから、劉備に、桃香に会いたいと思ったのだ、と。

この世界にいるであろう劉備は、おそらく関雨の知る劉備とは異なるのだろう。
そしてかつて自分がいた、義姉の隣という場所には、自分とは違う関羽が立っているのだろう。
そう、この世界の北郷一刀が散々指摘していたこと。
そこに自分の、関雨の居場所はないということを。だからこそ、自分の立ち位置を自分で決めろと。
そして、自分がなにをしたいのかを考えろ、と。

"こちらのご主人様"は、気質は同じかもしれないが、随分と人が悪いのではないか?

それでも自分を導こうとしてくれている北郷一刀という存在に、関雨は少しばかり笑みがこぼれる。



静寂。声が出ない。出せない。
長くはない仕合だったが、その内容の質は実に濃いものとなった。

「……いやこれは、凄いものを見たな」
「……趙雲さんが強いのは分かってたつもりだけど、これほどとは」

強いとかのレベルが違う。一刀は心底そう思っていた。
そして、"武"というものに対する認識を改めた。
こんなものを見てしまったら、「多少は武に自信が」などといえない。いえたものじゃない。そう思わずにはいられない。
自分の隣に立つ公孫瓉様でも驚くほどなのだ。今目の前で繰り広げられた攻防は、さぞ凄いものだったのだろう。

「実際のところ、今の仕合はどの程度のものなの?」

これまた隣に立つ華祐に、一刀は小声で尋ねる。

「あれだけの立会いは、そうそう見ることは出来ん。素直に喜んでおけ」

華祐は続けて、関雨についても触れる。

「関雨の武は私よりも上だ。
だが今のあいつは、いろいろと囚われすぎて本領を発揮できていない。
そこを趙雲に突かれてしまい、あの結果となった。
趙雲の武才も、今はまだ未熟ではあるが相当のもの。
でなければ、鈍った関雨だとてそう簡単に勝つことは叶わん」
「悩みは深いのかねぇ」
「なに、周りが見えていない猪なだけだ」

かつての彼女を知る者なら「お前がいうのか」と突っ込むような台詞を口にしたところで。
彼と彼女らのところに趙雲がやってくる。

「伯珪殿」

公孫瓉の前に立ち、彼女は進言する。

「このような結果にはなりましたが、あの者の武は本物です。仕官そのものは私も歓迎いたす。
ですが、一将として立たせるには多少不安がある。ゆえに、私の下に副官として付けていただけないだろうか」

お願いする。
と、自分がいうべきことだけをいい、彼女はその場を離れていった。
少々疲れました、と、呟きつつ。疲れたから食事を振舞えと、片手に一刀の腕を掴みながら。

なにかを喚く一刀が、趙雲と共に城の中へと消えていく。
その場には、公孫瓉と華祐、鳳灯、そして関雨だけが残される。ちなみに呂扶は一刀についていった。




相変わらず、開かれた中庭の中心で蹲る関雨。
彼女に近づくでもなく、残された三人は立ち尽くしていた。

「……なんとなく、愛紗さんの雰囲気が柔らかくなった気がするのは、気のせいでしょうか」
「吹っ切った、というわけではないだろうがな。あやつなりに、腑に落ちたものがあったのだろう。
同じように眉間にシワを寄せていても、暗さが少しばかり取れている気はするな」

鳳灯のつぶやきに、華祐が応える。ふたりの声は少しばかり明るいものだった。

「趙雲殿の進言には、私も賛成です。今の関雨は少々危ういところがある。
あやつ個人の悩みで、兵を危険に晒すことはない。かといって一兵としては使いきれぬ。副官程度の扱いが妥当かと」

華祐は趙雲の進言を支持してみせ、改めて公孫瓉に上申する。

「私にはそうは見えないんだが。でも長く付き合ってる華祐がいうなら、そうなんだろうな。
分かった。そうしよう。
でも本来なら、将としての才も充分なんだろ?」
「それはもちろんです」
「なら精神的に復活してから、本格的に働いてもらうことにするさ」

公孫瓉はそういってまとめてみせ。

「多分、趙雲に引きずられたまま北郷が料理を作らされてるだろうから。
関雨も誘って腹ごなしといこう」

落ち込んでいるのを盛り立てようとしているのか、それとも空気を読んでいないのか。
微妙な誘いをかけ、この場を引き上げるようとするのだった。





「……正直なところ、死ぬかと思いましたぞ」

ひとまず自分秘蔵のメンマを貪りながら、先ほどまでの立会いを一刀に語る趙雲。
張り詰めていた空気はどこへやら。まさに憔悴しきったというような表情を浮かべて見せる。
ここまで素っぽい彼女も珍しい。いや、彼は初めて見たかもしれない。
ちなみに呂扶はなんとか彼女が追い出した。武人には聞かれたくないという、せめてもの矜持だろうか。
とりあえず、メンマ増量を約束させて、いいたいことを全部吐き出させてやろうと考える一刀だった。













・あとがき
「趙雲」と打つ際に、時折「張遼」と打っていた自分が油断なりません。

槇村です。御機嫌如何。




話の流れで趙雲趙雲いっている中で、一箇所二箇所「張遼」が混ざってたりするとか。
終いには頭の中で、関雨の相手をしているのがいつの間にか張遼になっていたり。
いやいやおかしいでしょ。
おかげで名前以外にもところどころ文章変える羽目になったりね。
恐るべし張遼。(明らかに槇村のせいです)


それにしても、戦闘シーンが難しい。
一対一でこれだよ。合戦シーンなんてどうするんだよ。くっ。
……精進します。

あと、愛紗の扱いがひどいと思われるかもしれませんが。
あれですよ、高く飛ぶためには一度大きく屈まないといけないのです。
そんな感じで。はい。



・追記
この話の中で関雨関雨と連呼しているのを誤字だと思われた方もいらっしゃいましたので、補足。
現在作中にいる関羽・鳳統・呂布・華雄は、自ら偽名を名乗っています。

四人が外史の過去世界に跳ばされた。
 → そこには同じ自分がいるはず。
  → じゃあ同じ名前だとまずいよね。
   → 偽名を名乗ることにしよう。

性・字・真名は同じ、名を漢字だけ変えて読みは一緒にした、という設定になっています。
そのうち、関羽同士バッティングするシーンも出します。はい。



[20808] 09:それさえも おそらくは平穏な日々
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/03 17:04
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

09:それさえも おそらくは平穏な日々





関羽、鳳統、呂布、華雄。彼女たちが外史に跳ばされ、ひとまずそこで生きていくしかないことを理解してしばらく。
四人はそれぞれ、関雨、鳳灯、呂扶、華祐と名を変え、それなりに平穏な日々を過ごしていた。



関雨と華祐は、遼西郡太守・公孫瓉の元に客将として身を寄せた。公孫軍に属する兵たちをビシバシ鍛える毎日である。
もとより公孫軍の兵力は騎馬主体だったこともあり、歩兵となるとその練度にやや不安があった。
そこに現れた、ふたりの英傑。彼女たちの行う訓練は容赦なく厳しいものだったが、着実にその質を上げていった。
ことに、関雨のシゴキ振りは相当なものだった。
彼女は、ある一定の目標を設定した上で、そこに向けてひたすら訓練を重ねる。無理をする。無茶もする。
それでも、へたばる者は出るがなんとか脱落者を出さずに目標を達成させているのだから、いろいろと見極めた上でシゴいているのかもしれない。

反面、同じ訓練であっても、華祐が担当する方が分かりやすいと兵たちには評判だ。
どれだけ丁寧に指導したとしても、関雨は、天武の才でこなしてしまう部分が伝えきれない。兵は理解しきれない。
逆にそれが華祐になるとやや異なる。
彼女は、才能よりも努力によって自分を高めた者である。そのために、ここはこうしろ、と、具体的に噛み砕いて伝えることが出来るのだ。
結果、華祐の方がウケがいい、ということになる。
その事実には関雨も気づいていたし、理解もしている。努めて噛み砕いて伝えようとはするのだが、どうしても通じきらない部分が出ることにもどかしさを感じている。ままならないものだ。

逆にそういった部分を汲み取ることが出来るのであれば、関雨を相手にした方が効率がいい。
意を汲めるほどの実力者。その筆頭が、趙雲だ。
近しいものを持ってはいるものの、彼女と関雨の間には力の差がはっきりと存在している。
彼女もそれは自覚しているのだろう。殊勝なんだか尊大なんだか分からない態度を見せながら、関雨が行う訓練を大人しくこなす。
それが終わると、趙雲は、個別に関雨に挑みかかる。力が及ばないなりに、一手一手工夫をし考えを巡らせながら仕合ってみせる。
趙雲のその様は、必死ではあるものの、どこか楽しげでさえある。なにかを得ているという手応えを感じているのだろう。
同様に、相手をする関雨もまた、趙雲の相手をするときはどこか楽しげだ。
幾ばくかの斬り返しの手は出している。だが、関雨から斬りかかることはなかった。その点は、先だっての仕合と同じである。
だがそうしている動きに、受けきってみせようという意思が感じられた。
いうなれば、余裕。
関雨の見せるその余裕が、趙雲は癪に障って仕方がない。
とはいえ、その余裕はこちらを侮ってのものではないことは感じられたので、気分が悪くなるということはない。
趙雲は胸を借りるつもりで、力の限り強く、速く、槍を振るうのだった。

ちなみに。趙雲は、華祐とも幾度となく仕合っていた。しかし彼女にもまた、一度も勝てないままでいる。
関雨とはまた質の違った強さ。手が届きそうで、届かない。歯痒いことこの上ない。
また呂扶とも仕合っている。一度立ち会ってみただけで分かるその武才に、世の中の広さと、武の世界の奥深さを痛感させられた。
ここまでまったく歯が立たないとなると、却って清々しく感じるほどだった。
しかしこのままでいられるほど、趙雲の性格も大人しいものではない。いずれ追いつき追い抜いてみせる、と、捲土重来を誓うのだった。

このような訓練は、一般兵たちも一堂に会して行われる。趙雲をはじめとした将扱いの者はもちろん、公孫瓉まで一緒に混ざる。
最初に、基礎を固めるための走りこみや体力づくりといった内容をこなす。その後、模擬刀や模擬槍を使っての組み合いや型の展開。そして集団での陣形態などを教え込む。
これまで公孫軍でもやっていなかったわけではない。しかしその質のほどは、いまひとつ突き抜けきれないような物足りなさがあった。
それが関雨と華祐という指導役を得たことで、地味にしかし着実に、その実力が底上げされていく。
公孫瓉は非常にご満悦だった。心身共に疲労する兵たちに関しては、この際目をつぶろうと棚上げされてはいたが。

全体的な訓練を終えた後は、より小規模な陣形での、もしくは個々での鍛錬に入る。より身近に、関雨や華祐に扱かれるということだ。
先にも触れた通り、多くの一般兵に華祐は大人気である。となると自然に、将扱いの者は関雨が相手をすることが多くなってくる。
もとより根がまっすぐで真面目な関雨。
この地の中核を成す人たちが教えを乞うているのだから、しっかりとしなければ。
などと意気込んだりするわけなのだが。変に力が入りすぎることも多々あり。
時折手加減を間違えて、趙雲以外は打たれ過ぎて死屍累々といった事態になったりもする。
趙雲もひとりまだ立っているのをいいことに、
伯珪殿はもう少しもたせることは出来ないのかとか、
関雨殿は仮にも太守殿に対してずいぶんと思い切りますなぁとか、
あれこれイジりながら煽る煽る。
そんなやり取りに発奮したりやせ我慢をしてみたりと、なんやかやで日々中身の濃い鍛錬は続けられている。



鳳灯は陽楽の町をよく出歩くようになった。
はじめこそ、なにか用事の際に一刀について行く程度ではあったが、いつからかひとりで町中を歩く回るようになる。
彼女は考えていた。三国同盟以後の町並みと、今ここの町とはなにが違うのかを。
以前にいた世界を思い出す。
今と同じころにいた町と比べてみると、陽楽という町は賑やかで平穏な、しっかりと統治されている印象を受ける。
それでも、かつてご主人様や自分たちが治めていた町並みには及んでいない、と、鳳灯は考える。
ならば、かつて自分たちが執っていた内政策を適用したらどうなるか。
それはこの陽楽でも通用するのか。
……自分の知が、人を不幸にせずとも役立てることが出来るのか。
彼女は思考を巡らす。

かつて彼女の主たる"北郷一刀"は、すでに知っている知識をこの世界に当て嵌めてみただけだといっていた。
今の鳳灯には、この時代にはない知識と具体策が頭の中に入っている。
つまり、それは"天の知識"に等しいもの。
一刀がいっていたことはこういうことだったのだろう、と彼女は実感していた。
なるほど。知っているからこそ、対処出来るものに対して具体策を立てられる。
避けられるものは避け、抗えるものには抗う。そんなことが出来たのだろう。
自分が同じような境遇になって、かつて主が抱えていたであろう気持ちに、初めて気づく。

それなら、私はどうする? 鳳灯は自問する。
かつてご主人様がしたように、"天の知識"を駆使して、少しでも過ごしやすい世の中を目指すべきではないのか。
そして白蓮、いやさ公孫瓉さんのいう通り、知を振るうのは戦場に限らなくてもいいのではないか。
彼女は思う。
戦を治めるために知恵を絞るのではなく、戦を起こさぬような治世のために知恵を絞ればいいのではないか?
鳳灯は、自らの在り方の、活路を見出し始めていた。

「最近、表情が明るくなってきたね」
「……そう、でしょうか」

"天の知識"について、知っている内容のすり合わせなどを一刀とするようになった鳳灯。
なにを考えているのかまでは分からなかったが、自分からなにか動き出した彼女に対して、彼は喜んでそれに付き合う。
そんな話し合いを何回も重ねているうちに、彼女の表情が随分と明るく柔らかくなって来ていた。
彼女に自覚はなかったが、これまでどこか影を指したような表情を浮かべ続けていた。
彼を始めとして、関雨、呂扶、華祐、事情を知る皆が揃って彼女の心身を心配していたのだが。
最近の鳳灯の様子を見て、ホッと一安心といったところである。

鳳統は、かつて自分たちが行っていた治世・内政策をまとめ上げていた。
それを一刀の"天の知識"と照らし合わせ、今現在実行可能かを突き詰める。いわば勉強会のようなものを重ねている。
もっとも、以前にいた世界ではさほど問題は起きなかったのだ。こちらの世界で同じことことをしたとしても、問題が起こるとは思えない。
それでも、よりよく洗練させようという気持ちが、一刀との勉強会を続けさせている。
そんな鳳灯を見て、一刀は暖かく見守るばかりである。

ある程度の具体案がまとまったところで、彼女は公孫瓉に面会を求めた。
自分の知識と陽楽の現状を合わせ見て、治世案及び内政案をまとめてみたので目を通してみて欲しい、と、上申したのだ。
突然のことにさすがに驚いた公孫瓉だったが、その上申案に目を通すや否や、彼女の表情は太守のそれへと変わる。
ひと通り目を通し終えたと同時に、公孫瓉は内政担当の文官数名をすぐさま呼び出し、鳳灯の上申案を検討させる。
そのままあれよあれよと話は進み、数日のうちに、上申案のいくつかは実行に移されることとなった。
発案者として鳳灯は、文官たちのアドバイザーのような位置に立つことになる。
他の案件に対しても、遼西郡全般に適用するにはどうすればいいか、といったやり取りが城内で重ねられることになり。いつの間にか彼女は、文官の間に指示を出す重要位に立つことを求められるようになる。

相変わらず、話すときは噛み噛みになることが多い。
だが逆にいうなら、勢いで噛んでしまうほどに、伝えたい形にしたいというものが彼女の中に再び沸き起こったのだといえる。
鳳灯の立ち居振る舞いに、これまで差していた陰は見られなくなった。
生きる指針を失っていた鳳灯が、もう一度その知を生かす場を見出した。喜ばしいことに違いない。



呂扶の生活の中で、この世界にやって来て一番変わったことといえばなにか。
それは、食事の量が減ったということだろう。もちろんそれでもものすごい量ではあるのだが。
一刀に保護されたおかげで食と住の不安がなくなった。
自ら戦場に出ることがなくなり、それだけのエネルギーを消費する場をなくした彼女には、必死に力を溜め込む必要がなくなったのだ。
とはいえ、天下無双とまでよばれる武の持ち主だ。そう腐らせておくのももったいない、と、彼女を知る者は思ってしまう。
ゆえに、彼女は城に呼び出され、訓練の相手をさせられることが度々あった。
呂扶としても、身体を動かしたくなるのだろう。
特にその呼び出しに逆らうこともなく訓練に参加し、向かってくる兵や将たちを吹き飛ばしている。もちろん手加減して。
また関雨や華祐、そして趙雲や公孫瓉などを相手に仕合ったりもしている。
やはりというか、呂扶のひとり勝ち状態。趙雲はあっという間に叩きのめされ、公孫瓉もいわずもがな。
関雨、華祐との立会いも、人はどこまで強くなれるのかと思わせるような鬩ぎ合いを見せてくれる。
またそのふたりをまとめて相手に仕合が行われた際は、まさに圧巻。公孫軍の誰も敵わないふたりが掛かっても、呂扶はひとりで凌ぎきってしまうのだから。
その仕合を見た兵たちは、まさに雲上ともいえる武の程をつぶさに見て興奮を隠さない。以降の修練に発破をかけるのに大いに一役買ったという。

ちなみに、一番の成長株は公孫瓉。
始めは剣を構えるだけで吹き飛ばされていたのが、気が付けば五合程度は切り結ぶことができるようになっていた。

また趙雲の提案で、対武将を想定した一般兵の対処法を練習したりしている。
実力の勝る敵武将に対して多対一で囲い込むなどして、無駄死にをしない方法を見出そうというものだ。
その練習相手は、無手の呂扶。例え無手であっても、やはり天下無双。
「ぎゃわー」とか「どわー」とかいう悲鳴と共に、かかって行く兵たちが吹き飛ぶ様は見るも無残ではあったが。

「なに。あれだけの相手に慣れておけば、そんじょそこらの将相手に怯むこともあるまい」

とは、趙雲の言葉。確かに一理ある、とはいえる。

城に出向かないときは、一刀の勤める店でお手伝い。というか、看板娘役。
給仕役らしいことは、そう多くはしない。
ほとんどの時間を、どこかのテーブルに招かれてなにかしら奢ってもらっている状態だった。
人気者だ、といえば確かにその通りなのだが。
なにか違うような気がするも、儲かってるんだから気にしたら負けかもしれないな、と、思い込む一刀だった。
店に顔を出していなければ、周辺の木陰で昼寝をしている可能性大。気侭に日向ぼっこの日々である。
おかげで、呂扶がどこからか呼び込んだ、犬や鳥をはじめとした動物たちが一緒に転寝をしていく。それがまた話題となって、一刀の店に客がやって来て、呂扶の存在に癒されていく。そんな人たちが増えていった。

ある意味、四人の中で一番平穏な時間を満喫しているのかもしれない。
それでも時折、店の屋根の上に登って、なにか考え込んでいるように、どこか遠くを眺めている姿が見られる。
彼女もまた彼女なりに、なにかを感じ、なにかを考えているのだろう。
一刀はそう思っている。



一刀は本来、外史を超えてきた彼女ら四人に対してなんの関係もない男だ。
ただ、行き倒れていた彼女たちを見殺しにするのは気分がよろしくなかった。だから助けた。
事情を聞くと、自分と同じように、こことは違う世界から訳も分からず跳ばされて来たという。だから親身になって話を聞いた。
いってしまえば、それだけなのだ。

一刀は思う。
彼女らから見てみれば、"北郷一刀"という存在は特別なものだった。それは分かる。彼自身も理解は出来た。
じゃあ自分がその"北郷一刀"のように、彼女らと一緒に行動を共にするのか。そう問われれば、答えは否、だ。
なぜなら、俺は彼女らの知る"北郷一刀"じゃないから。これに尽きる。
自分には自分の生活がある。文字通り裸一貫から、曲がりなりにも自分で築いた居場所がある。それを捨ててまで、彼女らに付き合う義理はない。
だから、彼女たちが自分なりに進むべき道を決めたのならば、それを止めない。そしてそれに付いて行き陽楽を離れることもない。少なくとも、今の自分はそう考えている。
そもそも、彼女らは歴史に名を残す英雄たちなのだ。自分ごときなど足手まといにしかなるまい。
そう考えることに、なんらためらいはない。かつていた世界でも、この世界でも、自分はただの民草のひとりなのだから。
こうして知り合ったこともなにかの縁なのだろう。自分ごときでなにか役に立つのであれば、出来る範囲で働いてみせる気概はある。
だが、一刀は彼女らの保護者になるつもりはない。自分には自分の、進むと決めた道があるから。

確かに、この世界は荒れている。もうすぐ乱世と呼ばれる時代がやってくるだろう。
泣いて過ごすよりは、笑って過ごせた方がいい。
将来を笑顔で過ごすために、今を泣いて過ごす必要が出て来るのかもしれない。
だけど自分は、今、笑顔になることを望む。
この世界で一刀が選んだ手段は、料理。この三年間で、陽楽の町に少なからぬ笑顔を生んできた自負がある。
例え小さいといわれても、それは自分が出来る範囲で選んだ道。自分の選んだ道は、否定させない。
最近では太守である公孫瓉とも知己を得て、城勤めの料理人との交流も増えた。自分の選んだ道が、少しずつ広がって来ている。
一刀は少なからず、そう実感していた。



武に秀でた者、そして知に秀でた者の働きかけが、少しずつ少しずつ実を結んでいく。
そんな毎日の積み重ねによって、公孫瓉の治める遼西郡は、軍部においても内政においても、質の高い充実したものを保持するようになる。
まさに、平穏な日々。だれもが、このまま穏やかに時が過ぎればいいと思っていた。
だが世の中の流れはそれを許そうとはしなかった。
遼西郡に限っていえば、さほど目立った諍いは起きていない。
だがそれ以外の地域となると、必ずしもそうとは限らない。
商人たちの行き来に伴い、他地方の動向に関する情報も陽楽に流れてくる。実感は沸かないが、民草が徒党を組み方々で狼藉を働いているという。
後に、黄巾党と名乗る集団。その規模は非常に大きく、数千数万にも及ぶものが各地で頻発しているらしい。
その黄巾党を鎮圧するべく立ち上がったひとつの義勇軍が、あるとき、陽楽の町を訪れた。
義勇軍を取りまとめる長が、遼西郡太守・公孫瓉に面会を求める。
その長の名を、劉玄徳。
ここではない世界で関雨と鳳灯が仕えた、かの劉備その人であった。













・あとがき
まだまだ(地味に)行くよー?

槇村です。御機嫌如何。




すこし間が空きました。
しばらくネットが出来ない状況にいたりしたのですが、やっとこさ続きをでっち上げましたよ。
で、その内容は相変わらず地味。これはもうどうしようもないね。えぇ。
さてさて。次回、劉備さんご一行登場。愛紗と雛里がこの世界の自分とご対面です。

続き、どうすっかなぁ。
震えて待て。



[20808] 10:劉備来たる
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/07 21:18
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

10:劉備来たる





「白蓮ちゃん久しぶりー!」
「おー! 久しぶりだな、桃香」

時間にして三年ぶりとなる、友との再会。挨拶もそこそこに、互いに手を取り合う劉備と公孫瓉だったのだが。

「愛紗ちゃん?」
「関雨?」

互いの後ろに控える人物を見て、なによりも先にその名前が出て来る。誰何する口調のままに。

「え? なんで愛紗ちゃんがもうひとりいるの?」
「すごいそっくりなのだ。愛紗なのに、愛紗じゃないのかー?」
「はわわ、瓜二つでしゅ!」
「あわわ、びっくりでしゅ!」

思いもよらぬサプライズに、劉備一行は大騒ぎ。
それはもちろん、劉備の後ろに控えていた関羽当人にとっても予期せぬ出来事。
自分と瓜二つの人物が目の前に現れたのだから、慌てるのも当たり前だ。

「貴様何者だ! 妖の類か!」

などと、今にも飛び掛らんというくらいに身構えてみせる。その性格ゆえに、すわ一大事と、思い込んだら一直線なのだろう。
ちなみに彼女たちの武器は、城の中に通された時点で預かられている。いきなり切りかかるということはない。
もっとも彼女の勢いから察するに、武器を持っていれば切りかかっていたかもしれないが。
いや。僅かに腰が引けて見えたのは、実は少し怖がっていたのかもしれない。

反面、関雨の方は、かつての自分の姿を見ても平静でいられた。
もうひとりの自分の存在をいい含められていたから、というのもある。一刀さまさまだ。
とはいえ、理屈としては理解できても、やはり実際に目の当たりにしてみると。やはり驚かずにはいられない。
過去の自分と対面するなど、普通なら思いもよらないことなのだから。
それと同時に彼女は思い知らされる。この世界に、自分の居場所は本当にないのだということを。
その事実がことさら、関雨を冷静にさせていた。

「確かにここまで瓜二つだと、妖かと思いもするな。その気持ちはよく分かる」

ゆえに、関雨は落ち着いた声を返してみせる。

「しかし、身を寄せ頼った先の太守の前で、その方に仕える者に掴みかかろうとするのはいかがだろうか。
自分の仕える主の名を貶めることになるとは思わないのか?」
「ふむ。確かに関雨殿のおっしゃるとおりですな」

関雨の言葉を受けて、趙雲が話の続きを引き受ける。

「関雨殿。本当に貴殿は妖や化生の類ではないのか?」
「生まれてこの方、この姿のままだ」
「では、生まれてこの方ずっと化生として生きて来たとか」
「私は人間だ」

引き受けたはいいが、返してくる言葉は面白半分に茶化したもの。
関雨も律儀に言葉を返すものだから、趙雲もまた調子に乗って来る。

「おい趙雲、そのくらいにしとけ。話が進まないだろ」
「おお、これは失礼を。ついつい、いつものように関雨殿をイジってしまいました」

そんなやりとりがあり。互いに満足な自己紹介もしないうちから、関雨と関羽の名前と顔だけは周知となる。

「お姉ちゃん、顔だけじゃなくて名前も愛紗といっしょなのかー?」
「どうやらそのようだ。君の口にした名前が彼女の真名ならば、真名まで同じということになる」

張飛の言葉に、関雨がサラリと答えてみせる。
さり気ない応対だったが、関羽を始め劉備一行はもちろん、公孫瓉や趙雲まで、その彼女の言葉に驚かされた。
関雨にしてみれば既に分かりきっていたこと。なにしろ当の本人。同じで当然なのだから。
更にいえば、当人ではないとはいえ顔も名前もよく知った面々なのだから、真名を知られることにも抵抗がない。

「世の中には少なくとも三人、自分と同じ姿かたちをした者がいると聞いたことがある。
そのほとんどは互いに顔を合わせることもなく生涯を終えるらしいが……。
こうして自分と同じ顔を目の当たりにすると、その話もまんざら戯言とはいい切れないようだな」

関雨はそういい、同じ顔同じ姿、同じ名を持つ存在を肯定してみせた。
ちなみにこの言い訳を彼女に吹き込んだのは一刀である。
自分のいた世界ではこんないわれ方がある、と、当人同士が顔を合わせたときのために用意しておいたのだ。

「名前や姿が同じでも、逆にいえばそれだけだろう。私がこれまで辿って来た道まで、関羽殿と同じではあるまい。
私は私。関羽殿は関羽殿。それでいいのではないか?
いかがか、関羽殿」
「ふん、当たり前だ」
「関雨殿の言葉に、関羽殿がソッポを向く、か。言葉にすると実に紛らわしいですな」
「趙雲、お願いだからお前もう黙れ」

趙雲は、本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。公孫瓉のいうところの、"近づくと精神的に怪我をする"笑顔を。
紛らわしいのは事実だったが、ややこしくしているしている当人が楽しそうにいう。それを公孫瓉がうんざりした顔で諌める。

「趙雲殿の戯言は捨て置くとして、だ」

関雨は、そんな趙雲の悪乗りを華麗にスルーして見せて、

「我が名は、関雨。関(せき)に雨(あめ)、で、関雨という。よろしく頼む」

早々に自己紹介。

「姓は関、名は羽、字は雲長。関(せき)に羽(はね)で、関羽だ」

まだなにか気に入らないような、威嚇するかのような視線を向けつつ、関羽もまた名を名乗る。
そのまま他の面子の紹介を、というところで。関雨がしばし考える。

「公孫瓉殿。彼女も紹介しておいた方がよろしいのでは」
「……あー、そうだな。あとあと混乱するかもしれないしな」
「それならば、私が連れて来ましょう」
「頼む、関雨」

王座の間から出て行く関雨の背中を見送りながら、劉備が首をかしげる。

「まだ紹介する人がいるの? 白蓮ちゃん」
「あぁ。もうひとり、その青い帽子の彼女にそっくりな者がいる。一緒に紹介しておいた方がいいだろう?」

その言葉に、何度目か分からない驚きの表情を、劉備一行は浮かべるのだった。



「鳳灯、といいます。鳳(おおとり)に灯(ともしび)で、鳳灯、です。公孫瓉様の下で内政に携わっています」

鳳灯が名乗り、一礼する。
そんな彼女の姿に、劉備一行はまたも興奮を見せる。ことに、はわわ軍師とあわわ軍師のふたりが著しい。

「本当に雛里ちゃんにそっくりだよ!」
「自分のそっくりさんだなんて、なんだか変な気分です……」

互いの手を取り合って、まるで有名人を目の前にしたかのような盛り上がりをみせる。
まるきり見世物状態の鳳灯は、やはりかつての自分と比べて冷静な状態でいられた。

関雨と同じく、彼女もまた心中は複雑だった。
本当に、自分は違う世界に来てしまったのだな、という、新たな諦めの気持ち。
自分の傍に親友の朱里がいないことに、改めて感じてしまう寂しさ。
目の前にいる過去の自分に対する、わずかなうらやましさも。

かつて主と仰いだ桃香、劉備を目の前にして、自分はどんな気持ちになるのだろうと、鳳灯は考えていた。
実際に対面してみて、懐かしいとは思う。けれど、それだけだった。
改めて主と仰いでどうこう、と、考えもした。
しかし、自分が今の劉備勢に参加しても居場所がないだろう、そう認識しただけだった。彼女たちを目の前にして、その思いを新たにする。
こちらの世界の劉備さんは、こちらの自分に任せよう。
彼女は、そう決めた。



改めて、劉備が主だった仲間を紹介する。
武将のふたり、関雲長と張益徳。軍師のふたり、諸葛孔明と鳳士元。
彼女たちがいかに頼れる仲間なのか、劉備は熱い口調をもって説く。そして彼女たちの武勇も披露していく。

劉備曰く。
自分の村が賊に襲われ、それを追い払う際に関羽と張飛に出会った。
義姉妹の契りを交わし、民が笑顔で過ごせる世の中を目指して義勇軍を結成。
各地を放浪している間に、諸葛亮と鳳統を得た。
軍師ふたりの意見を取り入れつつ、賊の規模を考えながら確実に鎮圧を続け、各地を転戦していたという。
事実、拠点を持たない数百の勢力ながら、劉備たち義勇軍の名はそれなりに名の通ったものになっていた。

「おいおい、桃香ほどのやつがずっと放浪? 慮植先生のところを卒業してからどこにも仕えずに?」
「うん、そうだよ」
「桃香だったら、どこかの県の尉くらいは簡単になれただろうに」
「でも、それはイヤだったの」

確かにその道も劉備は考えた。
しかし、それでは思うように動くことが出来ない。
どこかの県に所属したとしても、助けることが出来るのはその周辺の人たちだけになってしまう。
なら他の地域で困っている人たちはどうすればいいのか。
自分がどこにも所属しないで、助けを求めているところに直接行ける自由な立場でいればいいのではないか。

「私は、みんなが笑って過ごせるような、そんな平和な世の中になって欲しいの」

そのためなら、地位なんて欲しいとは思わない、と、彼女はいう。
大きく手を広げ、なんの迷いもなく、ただ理想のみを一心に追い求めるまぶしさをもって。



桃香様の掲げる理想像は、世界は違えど相変わらずまぶしい。関雨は心からそう思った。
しかし今の関雨の中には、かつての自分が感じていた胸の高鳴りが生じない。自分でも驚くほどに。

良くいえば、劉備は純粋なのだ。
まるで子供のようなまっすぐさをもって、欲しいものに向けて手を伸ばす。その気性はとても好ましい。
だが反面、その理想に対する具体的なものが見えないために、彼女の言葉は子供の駄々に聞こえなくもない。
なにかが違う。今の関雨は、うまく言葉に出来ない違和感を感じていた。

良くも悪くも、今の関雨は現実の姿を知っている。悔しいが、出来ることと出来ないことがあることを、身をもって体感している。
その事実を鑑みると。公孫瓉の手堅い治世の方が地に足が付いている。着実に民を救っている。彼女はそう思わずにはいられない。
自分の持つ力の程を弁え、それの及ぶ限りで全力を尽くしている。少しでも民の生活がよくなるように努力している。
そんな人たちの前で、己が理想を唱えるのは不遜なことなのではないだろうか。
ふと、そんな疑念が沸き起こった。

関雨たちは、かつて同じ理想を追い求めて戦い続けた。
その理想が実現する、もうすぐ手が届く、そんなところで、取り上げられた。
彼女たちは一度、理想に裏切られている。
劉備の掲げる理想の後を追うのが、怖いのだろうか。同じ道をもう一度歩むことに、躊躇せずにはいられない。



公孫瓉と劉備たちの会話が盛り上がっているのを傍目に。関雨と鳳灯は小さく囁き合う。

「どうですか、愛紗さん。こちらの世界の劉備勢は」
「……いろいろ思うところはあるが、今の自分が直接関わることはない、と思ったな」
「劉備さんについて行くことはない、と?」
「あぁ。あの中に、私の居場所はない」

雛里も、そう思ったんじゃないのか? 傍らに立つ仲間に問いかける関雨。
鳳灯は、自分と同じ気持ちを持っていた仲間に、ついつい笑みを浮かべてしまう。
同様に、過去を懐かしむかのような、感傷的な気持ちにもなってしまう。
あの、理想に向けて愚直なほどの姿勢であるからこそ、劉備は大陸に名を馳せる存在になりえたんだろうと思う。
この世界の彼女も、かの世界の桃香のようになるかもしれない。
だが。そのどちらでも自分たちは、劉備の傍らに立つことはない。立つことが出来ない。

「我々が関わらずとも、経験をつんで行くうちに自分たち程度までは成長するのだろう? 同じ自分なのだから」
「……それは、どうでしょうか」

鳳灯の言葉に、関雨はなにか引っかかるものを感じる。

「どういうことだ?」
「私たちと同じ道を辿るかというと、そうともいいきれません。
この世界の劉備さんには、"ご主人様"がいませんから」

以前にいた世界において、関雨たちの行動の指針となっていたのは、桃香の理想。
だがそれに沿った行動の舵を執っていたのは、ご主人様こと北郷一刀だった。
その舵取り役が、この世界の劉備勢にはいない。
抑えるべきところで抑え、諌めるべきところを諌める、そして押すべきところで押す、そんな支柱となる存在がいないのだ。
その時点で、かつての関雨たちとはかなり異なる。

「なるほど。この世界でいうなら、私と、軍師ふたりがその役目を担うのだろうか」

その場面を想像してみる。だが、この当時の自分にそんなことが出来るかどうか。
過去の自分を卑下するようだが、正直なところ不安が残る。

「今の面子では、そうなりますね。ただ皆さん、劉備さんには甘いですから」

かつての自分たちを思い出し、鳳灯は笑みを浮かべる。
関雨もまた、違いない、と、自嘲気味に笑う。

「それでも、助けてやろうという気持ちが意外なほど出てこないのは、どういうことだろうな」
「"自分"のことだから、じゃないですか?」
「……自分のことは、自分で決めろ、ということか?」
「はい」

これも、老婆心っていうものなんでしょうか。そういって、鳳灯が笑う。

「ならば私たちも、これからのことは自分で決めて行かないとな」
「そうですね」

結局、自分たちは劉備勢の下に行くことはなく。
その上で、これからどうするのか、どう生きて行くのかを決めて行かなければならない。

といってもなんのことはない。一刀が散々口にしていた通りにするしかないのだ。



世界が変わっても自分たちは、一刀に行く先の舵を取ってもらっている。そう実感してしまう。
まったくいくら感謝してもし足りない、と、彼女らは思わずにはいられなかった。













・あとがき
「関(せき)に雨(あめ)で関雨」って自己紹介は、中国じゃ無理ないかな?

槇村です。御機嫌如何。




音読み訓読みの区別ってないはずだよなぁ。
まぁいいか。(いいのか?)

さて。関雨と関羽、鳳灯と鳳統の出会いです。
といっても、まったくドラマチックじゃありませんが。これといった騒動もありません。
関雨さんも鳳灯さんも、クールに対応します。年の功ってやつですかね。(悪気はありませんよ?)

馴れ合いをさせるつもりはなかったし、
「俺は劉備にはついていかねぇ」ってのがいいたかっただけなんだけど。
なにか物足りない気がするのは気のせいだろうか。



[20808] 11:世界は終わってなかった
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/09 21:26
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

11:世界は終わってなかった





「つまり、当面の路銀が底を尽きそうだから主の知り合いを頼ろうぜ、ってことなわけだ」
「平たくいってしまえば、そういうことですね」

どの地域に属することもなく、放浪する義勇軍として転戦を続けていた劉備一行。
行動の自由さを売りにしているはずの彼女たちが、遼西郡に入り公孫瓉を頼って来たのはなぜか。

もともと遼西郡には争いごとそのものは少ない。だがまったくないかといえば、そういうわけでもない。
治める太守・公孫瓉が商人を優遇する傾向から、遼西郡はよく栄えている。
その繁栄にあやかろうと、商人だけではなく、盗賊の類までが寄ってくる。公孫瓉にとっても、これは悩みの種だった。
もちろんこれまでも、そういった賊の類に対する対処はしていた。ことに最近は、鳳灯が提案した警備案によって周辺防備が充実している。
それでもやはり、労せず利を掠め取ろうとする輩は絶えることがない。つい先だっても、華祐を筆頭として盗賊の征伐に出向いたばかりである。
また同時に北方の烏丸の動向にも気を配り、防衛に努めなければならない。周囲の脅威というのは、数限りないというのが現状だ。
諍いが起こっていないといっても、起こりうる火種は無数にある。それらに対する備えを怠らないからこそ、平穏を得ることが出来ているといっていい。

そんな遼西郡の事情と、盗賊の征伐に出ていた公孫軍の噂を聞きつけた劉備。
豊かな地域であるがゆえに、賊に狙われる頻度は高い。噂に聞いた出征も、一度や二度ではないらしい。
友人が困っている、ならば自分たちの力が助けにならないだろうか。彼女はそう考えた。

彼女自身は、純粋な好意から手を貸そうとしていた。
だが劉備を支えるふたりの軍師は、そんな好意ばかりでは動かない。名と実、その両方を欲する。乱世に生きる者としては当然の考えだ。
劉備の率いる義勇軍は、拠点を持たない流浪の軍隊である。
兵の数は数百と、決して多いとはいい切れない。だがそれほどの勢力であっても、維持していくには元手がかかる。
戦えば腹が減る。喉も渇く。例え戦わずとも、移動するだけで食料も水も減って行く。消費したそれらを手に入れるには金が必要だ。
これまでの彼女たちは、転戦してきた各地方の有力者が寄せる好意に頼って、金や食料、飲み水などを補ってきた。
そろそろ蓄えが危なくなってくると、賊の集団が暴れている噂を聞きつける。それを鎮圧することで、新たな糧食を得る。その繰り返し。
幸か不幸か、彼女たちはそれでなんとかやっていけた。
幸運なのは、そんな彼女たちの行動が感謝され笑顔を生んだこと。
不幸なのは、民の不幸を求めることで自分たちの糊口をしのいでいる事実である。
その事実を、彼女たちがどれくらい理解しているのかは分からない。
だが今回もまた、義勇軍を維持するための戦場を見つけ出すことが出来た。
様々な蓄えが危うくなってきたところで、義勇軍は遼西郡付近を通りがかった。
この地を治めるのは、かつて共に学んだ友人だ。賊の討伐に出征しているという噂も聞いた。困っているなら助けたい。
そんな劉備の提案に、軍師たちは現実的な思惑を載せて、公孫瓉の下を訪れたのだった。



劉備一行との対面を果たしたその日の夜。
関雨、鳳灯、呂扶、華祐の四人は、一刀に晩御飯をご馳走になっていた。
献立の主役は、麻婆豆腐の試作品。一刀渾身の作である。
三国志のこの時代、麻婆の元となるものはあっても、豆腐がない。
大豆はあるんだから、豆腐を作ることが出来れば料理のバリエーションが増えるじゃないか、と思い続けて幾星霜。
関連資料の流し読み程度の知識を振り絞りつつ、あれこれと作り方を試行錯誤し続けた末にそれらしいものを形にすることに成功。
さらに調整と試作を繰り返した末に、他人に出してもいいんじゃないかというモノを作ることが出来た。
そんな経緯を経て、麻婆豆腐の初試食と相成ったわけである。
味に対する、彼女たちの反応は上々。少しばかり辛味が強かったようだが、柔らかい豆腐の感触に不思議がるやら驚くやら。
特に関雨と華祐は、炊いた米と合わせて食べる味の広がりが大層気に入ったようだ。
呂扶はいわずもがな。落ち着けと思わずいいたくなるほどの勢いで掻き込んでいく。
鳳灯がひとりだけ、思わぬ辛さに舌を刺され「ひゃわわー」と悶えていた。その刺激が引いた後は、辛い暑い辛い暑いと繰り返しながらレンゲを動かし続けている。
彼女らの食べっぷりを見て、これはイケる、と。一刀は新メニューの誕生にひとりガッツポーズを取るのだった。
ちなみに次なる野望は味噌。絶賛試行錯誤中である。



さて。
食事を終えて、少しばかりの酒を振舞う。一息ついた後には、あれこれと会話が交わされた。
その内容は、とうとう出会ったこの世界の自分たちについて。
関雨と関羽、鳳灯と鳳統、それぞれの話。そして劉備たちが公孫瓉の下にやってきた理由にも話は及んだ。
そんな中で交わされたのが、冒頭の内容である。

「確かに、兵たちの食事を確保することは重要だ。流浪の身となると、その苦労もさぞ大きいだろうな」
「華祐さんは、ずっと月さんのところにいたんですよね」
「あぁ。部下を率いていたのは、月様の下で武を振るっていたときだけだ。
汜水関で関雨に敗れた後も、一時は部下を連れていたが、結局は身ひとつになっていたがな」

私のしていたことは、部下を養うというよりもひたすら鍛えていただけだ。華祐はそんなことを応える。
らしいといえばらしい、そんな彼女の言葉についつい笑ってしまう。

「部下を養うという意味では、あぁ見えて恋の方が、私などよりよっぽど優れていたぞ。
あの面倒見のよさが、言葉は少なくとも意が通じる一団を作ったのだろうな」
「確かに。恋直属の兵たちの以心伝心は、真似しようと思っても出来るものではなかったな」
「恋が中央で相手を蹴散らし、その周囲を兵たちが補うことで討ち漏らしをなくす。
芸がないといわれるかもしれないが、恋ほどの武になると、あれこれ工夫を凝らすのは却って無意味に感じるな」
「本当にそうです」

関雨と鳳灯は、心の底から同意する。
華祐のいった通り、策を弄しても力技で強引に突き破ってくる。かつて呂扶を相手にしたことがあるふたりには、その怖さが充分に理解出来た。
思わず呂扶の方に顔を向けてしまう。麻婆豆腐を平らげ、今度は肉まんを頬張っている彼女。今のその姿からは、かつて反董卓連合を相手に暴れまわった天下無双の面影はまったく見られない。三人の視線を受けても、なんのことか分からずに、呂扶はただ首を傾げるばかりである。

「それはいいとしてさ。これまではなんとか劉備たちも遣り繰りしてこれたんだろ? どうして公孫瓉様を頼ってきたんだ?」
「一番の理由は単純に、蓄えがなくなって頼るところがなくなったから、ですね」

これまで劉備らの義勇軍は、遼西郡周辺で活動をしたことがなかった。
理由は簡単。彼女らが出向くような諍いは、それよりも前に公孫軍が対処していたからだ。
ゆえに、この地域周辺で彼女らが頼るような有力者が存在しない。補給を担う拠点を作れないため、更に足が遠くなっていった。
ところがここ最近は、盗賊が跋扈する数がかなり増えている。これまでは自前の軍勢ですべて対処し切れていたものが、手に余るようになってきた。
そんな噂を聞きつけて、劉備一行はやってきた。だが拠点とする場所がない。今からこれまでに頼ったことのある地方に身を寄せようとすれば、到着するまで蓄えが足りるかどうか。不安を覚えたのだろう。

「糧食という"実"もそうですが、義勇軍の"名"を上げるためにも有効だと考えたんでしょう」

鳳灯は流れるように言葉を連ねる。

「確かに、劉備さんの義勇軍もそれなりに知られている存在です。
ですがその以上に、遼西郡における諍いの少なさは、他地域によく知られています」
「それだけ公孫瓉様の治世の良さが知られている、ってことだよね」
「はい」
「そんな平穏な地域に出入りする、現在売り出し中の義勇軍。
……地域の平穏は、義勇軍によってなされていると思われちゃう?」
「その可能性は、大いにありますね」
「嫌な感じだな」

一刀の素直な感想に、鳳灯は、くすり、と、笑みをこぼす。

「もっとも、劉備さんはそんなことまで考えてはいないと思いますけれど」
「純粋に、友人の手助けに来たつもりなんだな」
「おそらくは」

一刀の言葉に、かつての軍師はうなずく。

「ただ軍師のふたりは、そういった風評による自分たちの損得まで、ある程度は考えていると思うんです」
「自分だったらそうするから?」
「はい」

少なくとも、公孫軍の盗賊討伐に実際に参加することによって、遼西郡の平穏にひと役買っているという印象を与えることは出来る。
彼女たちにとって、損になることはなにもない。

「なんだかそう考えると、公孫瓉様がいいように利用されているみたいで腹が立つな。苦労して治めているのに」
「すみません」
「……どうして鳳灯が謝るのさ」
「一度、自分が取った行動ですから」
「……あぁそうか。なるほど」

確かに、この行動を練り上げた片割れは、鳳統。目の前にいる彼女の、過去の姿なのだ。

「言い訳にしかなりませんが、あのときは自分たちのことだけで必死でした。
桃香様には申し訳ないと思いつつも、充分に利用させてもらおうと思っていましたから」

白蓮さんも、ある程度は承知の上だったと思いますけれど。
そういいながら鳳灯は、かつて自分の取った行動をなぞる鳳統と諸葛亮のことを考える。
改めて外側から自分の行動を見ると、いろいろ考えさせられる。鳳灯はつくづくそう思った。



過去の自分の姿を見て、いろいろ思うところがあるのは鳳灯ばかりではない。

「なんといいますか、かつての自分の姿を見るというのは、かなり辛いものがありますね」
「そうなの?」
「はい……」
「なに、若気の至りってやつ?」
「……はい」

公孫瓉を始め、これから世話になる面々を前にして、胸を張っての自己紹介。関雨はその場面を思い出す。

「桃香様の第一の矛にして幽州の青龍刀、と」
「自己紹介でそういったの?」
「はい……」
「外側から自分の言動を見てみたら、随分大きなこといってんなオイ、みたいな感じ?」
「その、通りです」

的確な、あまりに的確な一刀の突っ込みに、関雨は口元を噛み締める。顔を赤くしながらソッポを向いて。

「若さ、なのかね。経験の量という意味で」
「正直にいえば、ものすごく恥ずかしいです」

顔には出さなかった、あのときの自分を褒めてあげたい。彼女はそこまでいい放つ。

「でもそういえるくらいの実力はあるんでしょ? ねぇ鳳灯。関羽以上に、幽州関連で名高い人っていたっけ?」
「いない、と思いますよ?」
「おまけに青龍刀に限定していますから。一概に間違いだとはいえないのですが、それでもやはり」

愛紗さんが一番ですよ、という慰めなのか止めなのか分からない鳳灯の言葉を受けつつも、関雨は気持ちを落ち着かせる。
だがやはりそんな二つ名を口にしてしまうこと自体が、今の彼女の目には恥ずかしく映ったのだ。
かつての自分の姿を脳裏に映し出し、関雨は頭を抱えひたすら悶えている。

「でも趙雲さんも、自分のことを昇り龍とかいってるよ?」
「アレはそういったことも楽しんでいるんです」
「あー、楽しんでそうだなぁあの人」
「その言葉に相当する力を持っているのが、また性質が悪いのです」
「敢えて口にして、ハクをつけているようなもんなのかな」
「そういうところもあるでしょう」
「でも関羽は、それを真面目にいっていた、と」
「うぅ……」

赤い顔はそのままに、関雨が沈み込む。

「まぁ、正論でも実際に口にすると恥ずかしい言葉、ってのはあるよなぁ」
「あの、自分から持ち出しておいてなんなのですが、この話題はもうやめませんか?」

お願いだから。
酔いも回って来ているのかもしれない。関雨が半分涙目で頭を下げるという、想像しづらい姿を最後にこの話題は終了となった。



「それにしても。想像はしていたが、相当に変な気持ちだぞ?」
「なにが?」
「自分と同じ人間がもうひとりいる、ということだ」

劉備たちと公孫瓉が顔を合わせた際には、華祐もまた立ち会っていた。自分の名も名乗っている。
自分ではないが、仲間と同じ人物が目の前に立つ。経験の分だけ若さは感じたが、姿かたち名前まですべて一緒なのだ。奇妙なことこの上ない。

「関羽と鳳統がいたのだ。だとしたらやはり、私と恋もいるのだろうな」
「多分、いると思うよ?」
「私も、過去の自分を見ると恥ずかしくなるのだろうか」
「……華祐、頼むからその話題は」

つぶやく華祐。その言葉を拾う一刀。なんとか話を終わらせようとする関雨。
何気ないその一言一言が、酔いも手伝ってだんだん妙な方向に膨らんで行く。

「だが、華祐がふたりか。といっても、共に猪武将では怖くもなんともないな」
「……愛紗。あれだけ沈み込んでいた奴が随分と吠えるものだな」
「ふん、事実なのだから仕方あるまい?」
「猪なのは貴様の方ではないのか? おまけに過去の関羽は、貴様を化生かなにかと腰が引けていたようだが。猪の方がマシかもしれんな」
「くっ、いわせておけば」
「華祐さんと、恋さんがふたり……」

剣呑な雰囲気で睨み合うふたりを放置したまま、鳳灯がなにかを思いついたかのようにつぶやく。

「あわ……。敵側に恋さんがふたりなんて、軍師からしてみれば絶対に相手にしたくないです」
「……さすがに私もそれは太刀打ちできん」
「……悔しいが、勝てる気がしないな」

天下無双×2。想像を巡らした三人は身を震わせる。
もし戦場で出会ったなら、なにも考えずに撤退をすべきだろう。どれだけ将兵が削られるか、分かったものじゃない。
戦々恐々、くわばらくわばら。などと漏らしたところで。

「……恋、いらない?」

微かに聞こえたその声に、関雨、鳳灯、華祐の動きが止まる。
見れば、そこには哀しそうな表情を浮かべる呂扶。
ズザァッッ!! という幻聴。そして幻痛。どんな戟や槍よりも鋭いものが、三人の胸に突き刺さった。

「あわっ! 恋しゃん決してそんにゃ意味では!」
「いや違うぞ恋! お前が悪いわけじゃない、戦場に立つものとしてその実力の差というものをだな!!」
「それは思い違いだ恋! 確かにお前の武は脅威かもしれないがお前の気質そのものがどうこうとは!!」

「俺は、恋のことが大好きだぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

慌てふためく三人。哀しそうな顔をする呂扶に胸ときめき、思わず抱きつく一刀。力いっぱい頭を撫でまくる彼にされるがままの呂扶。
いつの間にか大騒ぎ。気づけば相当量の酒が目減りしている。
どいつもこいつも酔っ払っていた。

それでも。
彼と彼女たちは皆、笑顔を浮かべている。



自分のことを曝け出せない。本当のことを口に出せない。他人には到底信じてもらえないものを抱えている、彼女たち。
心から、真名と真名に等しい名を呼び合える。気兼ねなく、気になることを口に出来る。
そんな仲間が傍にいるからこそ、救われているのかもしれない。
そしてなにより、北郷一刀という存在。
理由も分からないまま外史という異世界に跳ばされ、かつていた世界に存在から否定された自分たちを、理解し認め肯定してくれた。
それがどれだけ、彼女たちの救いになっていることか。

それは、彼にとっても同じことがいえた。
一刀がこの世界に落ちてきて、三年。
誰に対しても日々真摯ではいたが、心を通わせ誰かと同じ時を過ごす、ということに無縁のままだった。
独りでいることが当然だった。
だが今の彼は、彼女たちのおかげで、誰かが傍にいるという感覚を思い出していた。

この世界において、彼が誰かと心から笑いあったのは、この夜が初めてだったかもしれない。












・あとがき
地味で動きがないのは承知の上だぜ!

槇村です。御機嫌如何。




開き直りはよくないよね。うん、よくない。



異世界から跳んできた、という荒唐無稽な事情。
そんなものを抱えているがゆえに、他の人たちとどこか一線を引かざるを得ない彼と彼女たち。
相通じる境遇であるがゆえに互いを察することが出来る、知らず知らず素の自分で接することが出来る仲間。そのやり取り。
今回は、そんなものを書いておきたかった。思惑通りいったかは別にして。

四人を動かすために、どうしても彼女たちの素地を固めておきたかったのです。間延びした感じがするのはそのためかと。
でもこれからです、これからですよ奥さん。(誰だ)

ちなみに、槇村の中でこの話の主役は一刀じゃありません。
一刀にはぜひとも名脇役になっていただきたい。目指すは、得点王よりアシスト王。(?)

でも、此処まで間延びするとは思わなかった。
おかしいな。黄巾の乱さえまだなんだぜ?



[20808] 12:理想と実利 狭間の思惑
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/12 12:03
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

12:理想と実利 狭間の思惑





劉備たち義勇軍が、公孫軍の下に参入した。彼女たちはしばらく、遼西郡陽楽を拠点として活動することになる。
公孫瓉としても、力のある者が増えることは渡りに船。現状では人手が多くて困ることはない。

実際に公孫瓉が治めている地域は、なにかの際には公孫軍が出張ってみせる。または各地域に自警団を結成させ、防衛策を指南する。
そこがいい具合に収まってくると、そこよりももう一回り外側で騒動が起こる。またそこにも出向いて行き、鎮圧した後に防衛策を取る。
問題に対して着実に対処して行く、そんな公孫瓉の治世は一帯で噂になっていた。

当面の脅威を凌いだ村の噂を、もう少し遠い村が聞く。そこにまた匪賊の類が出没する。
公孫軍がやって来て匪賊を鎮圧し、あの噂は本当だったんだと村人が感謝する。
それがまた噂になり、もう少し遠い村がそれを聞きつける……。

それを繰り返されていくうちに、公孫軍の評判と、遼西郡の治まり具合が、外へ外へと伝わって行く。
風評は根付いて行き、公孫瓉様に守ってもらいたい、といった村や集落が増えて行った。

公孫瓉としても、そういって慕ってくれるのは嬉しいことなのだが。実際には、そうそう遠くの村々にまで手を回すことが出来ない。
よって目の届かないところには、周辺の他郡や県とやり取りを繰り返し、人々の平穏を少しでも守れるようにあれこれと心を砕いて行く。
そんな太守の民を思う心に、民草は感謝の念を送る。各地方に出向く公孫軍は、多く歓迎をもって受け入れられていた。

だが。
方々に出征する公孫軍の中で、受け入れられ方が少しばかり異なる部隊があった。
劉備率いる一行である。

匪賊は鎮圧できた、
当面は安心だろう、
でもあなたたち以外にも苦しんでいる人たちがたくさんいる、
そんな人たちのために私たちは頑張らなきゃいけない、
みんなが力を合わせれば平和な世界が出来るはずだ、
でもまだ力が足りない、
だから力を貸して欲しい。

彼女は争いのない世界を夢見て、民と同じ目線に立ち語りかける。
関羽や張飛といった突出した武勇の持ち主を擁しながら、理想の世界を説く劉備。
不思議と惹きつけられる存在感と親しみ易さもあって、彼女の言葉に、今以上の豊かな暮らしを夢想する人たちが多く現れる。
民草の目に、太守の苦労など映るわけもない。それはそれで仕方のないことでもあるし、当然のことでもある。
それゆえに。
今以上の暮らしが得られるのならば従ってもいい、そう思い劉備になびいていく者が後を絶たなかった。
どうやってそれを成すのか。具体的な方法に想像を働かせないままに。
民たちの暮らしの現状を考えれば、それも仕方のないことではあるし、理解出来ることでもあった。



「進言したいことがありましゅ」

鳳灯が努めて静かに、それでも少し噛んでしまいながら、公孫瓉に上申する。

「どうした、改まって」
「劉備しゃんたちのことです」

自分が噛んでしまっても流されていることに気づき、顔を赤くしながら数回深呼吸。
目を瞑り大きく息を吐いて。
改めて鳳灯は口を開いた。

「劉備さんたちの処遇について、進言したいことがあります」
「ん、聞こう」

曰く。陽楽を始め遼西郡における彼女たちの影響力を考えて、遠くないうちに公孫軍から離れてもらうべきだ、とのこと。

「劉備さんが掲げる理想は、聞く者にとって心地いい響きを持っています。彼女たちの甘い言葉が、これ以上、民の間に浸透するのは危険です。その言葉にほだされた民の心が、公孫瓉様から離れる恐れがあります。
この遼西郡で執られている内政は、しっかり根付いて初めて結果が現れるものです。せっかく形になりかけているところを、具体的な形が見えない理想論に掻き乱されては堪りません。これまで頑張ってきた、文官内政官たち皆さんの努力を無にすることに等しいといえます」

鳳灯も、劉備の理想が分からないわけではない。
むしろ、かつてはその理想を共に追いかけ、実現させるべく尽力していたのだ。そしてその実現は不可能ではないことも分かっている。
それでも、今、この遼西郡の安定を考えるならば。彼女たちの理想論は要らぬ不和を生みかねない。
同じ"平穏"を求めていながら、片方の理想のために、もう片方の程よく治まっている現実を乱されるのはどこか違うと考える。

「今しっかりと受け止めている民の生活を、保証も定かでない理想を手に入れるための担保にさせるわけにはいきません」

不満があるならまだしも、公孫瓉の治める遼西郡に住む民からは大きな不平不満は起きていない。
もちろん、太守という地位よりも上、州を治める刺史であるとか、更にその上に対してであるとか、それらに対しての不満はあろう。
とはいえ、いわゆる朝廷からの様々な要求を、なんとか誤魔化しながら遣り繰りしているのが現状なのだ。むしろ公孫瓉たちが不満を持っているくらいだ。その分、民に直接かかる負担は極力減らせているという自負がある。

「桃香たちの、救国の志はよく分かるんだけどな」

私だって、それがないわけじゃないしな。
公孫瓉は溜息をつく。
それは、遠く理想を見て止まない劉備に対してか。それとも、目の前の現実にあくせく対処しているに過ぎない自らに対してか。

「公孫瓉さまは、民のことをよく考えて、治世を行われています。
なにをもって立つのか、その違いです。どちらの方が優れている、ということではありません」

鳳灯のそんな庇うような言葉を聞き、公孫瓉が苦笑する。ありがとう、と、礼を述べながら。

「地位なんていらない、と、理想をいうのは構わないんだが。その地位を持つ友人を目の前にしていうことじゃないよなぁ」

私が地位に感けて民をないがしろにしているみたいじゃないか。
公孫瓉は、友人の言葉を思い出して笑い飛ばす。やや顔を引き攣らせながら。
ちなみに。友人と再会した場のすぐ後に、彼女が少しばかり落ち込んでいたのは誰にも内緒だ。
悪気がなければなにをいってもいい、というわけではない。そのいい例だろう。
趙雲と鳳灯はそれを察していたが、わざわざ触れることでもないので黙ったままである。

「確かに、鳳灯のいう通りだな。自分たちの中に、勢力を分裂させかねないモノを置いておくのはよくない」

いい機会だから、独立を促してみよう。
その言葉で、ひとまず劉備たちのことは置いておき。
文官武官問わず集められた会議の内容はより重要な用件、漢王朝からの"地方反乱鎮圧の命"について移って行く。



遼西郡から遠く離れた地方で起きた、民の武装蜂起。民間宗教の祖が世を憂い、悪政を働く太守に対して暴動を起こす。
いい方は悪いが、この時代においてはよく聞く話のひとつだった。しかし、今回はやや結果が異なった。
鎮圧のために派遣された官軍が、暴徒の手によって全滅させられたのだ。
これに朝廷の面々は当惑し、やがて恐慌する。暴徒のその勢いは次々と周囲に飛び火し、多くの町や村を巻き込みながら広がって行った。
後に黄巾党と呼ばれる一大勢力。その勢いはとどまることなく、大陸の三分の一までを呑み込まんとしていた。
手に負えないと慌てふためく朝廷は、それら暴徒の鎮圧を地方軍閥に命じた。つまりは押し付けたのである。
もはや漢王朝に、世を統べる力なし。
その事実を、周知のものとするに足る行い。刺史、太守、尉といった役人はおろか、ただの民草にさえも、朝廷の衰弱振りを知らしめるに充分だった。

そして、世に己の勇名を轟かさんと考えるものにとって、これほど都合のいいこともなかった。



遼西郡を治める面々の間でそんな会議が行われていたことは、もちろん劉備一行はまったく知らない。
そして採られた、穏やかに独立を促して遼西郡から離れてもらおう、という決定は、公孫瓉の口から何気ない会話の中で劉備に伝えられる。

「桃香、これは好機だと思わないか?」

より多く広く民を救って行くためにも、ここで手柄を立てて、地位と拠点を手に入れろ、と。
劉備の心根を理解した上での、好意からの思いが大半を占めている。しかし同時に、太守としての思惑も混じる。
それを自覚しながら、公孫瓉は言葉をつむぐ。出来る限りの笑顔を浮かべながら。



それから数日の後。劉備たち義勇軍は公孫瓉の下を後にした。
劉備たちが遼西郡に腰を据えていたのは、僅か数ヶ月。
志は同じにしながらも、彼女たちはその思惑の違いによって異なる道を歩むことになる。

遼西郡を離れるにあたり、劉備たちは手勢を集める許可をもらっている。
繰り返された賊の征伐ごとに成された勇名、合わせて説き続けた理想。それらに惹かれ集まった義勇兵は、およそ二千。
二千も連れて行かれたというべきか、二千で済んだというべきか。
判断は難しいところだが、友人の門出だ、と割り切ることで、公孫瓉は複雑な心中を切り替えた。

ちなみに。劉備たちはこの地を離れるにあたって、趙雲に対して引抜を行っている。
生憎まだ公孫瓉の下を離れるつもりはない、と、趙雲はやんわりと断っていた。
それを耳にした公孫瓉は、心の底から安堵したという。













・あとがき
原作にない部分を書くのは楽しいなぁ。

槇村です。御機嫌如何。




ゲームにもありました、蜀ルートで、白蓮が桃香の独立を促す場面。
一刀がモノローグでいっていた通り、彼女なりに思惑もあっただろうな、と。
で、その裏側に触れてみたいと思ったのさ。

ゲームと同じ台詞や場面なら、わざわざ書かなくてもいいだろう。
そんなことを考えていた。
おかげでやっぱり進展が遅い。これはもう槇村のクセだと思って諦めてもらうしかないかもしれない。


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