シンプル
2−1 約束
坂本くんから何度かメールをもらっていた。
あまり私が重いと思わないように、2・3日空けて短いメールがくる。
長く気持ちを内緒にするのは申し訳ないから、私はある日の夜思いきって電話をした。
「もしもし、中田さん?」
夜の9時ぐらいで、結構遅かったから彼がどういう状態にいるのか分からなかったけど、すぐに電話に出たから忙しい訳では無いみたいだ。
「こんばんは、突然ごめん」
「いいよ。どうしたの?」
多分次の約束をどうしようかっていう話を期待されてるんだろうな…と思うと、本当に心が苦しい。
でも、今の私は榎さんしかいない状態になってしまっている。
期待を持たせるような態度はいけない。
「あのね、その…色々誘ってもらってて。お返事にも曖昧な事しか書いてなくて…ごめん」
私の声のトーンで、何となく坂本くんもその先を推察しているようだ。
「何となくね、分かってた。最初に会った日も、時々全然別の事考えてる感じだったし」
「ごめんなさい!」
携帯を握ったままぺこんと頭を下げる。
上の空だったのも、やっぱりバレていたのだ。
「好きな人いるの?」
怒っているふうでもなく、普通に彼はそう聞いてきた。
「本当はね、坂本くんと会う直前までは誰もいなかったの。でも、唐突に意識しちゃう人が出来てしまって…ちゃんと自分の気持ちに気付くまで時間がかかってしまって」
どんな言い訳をしたって、坂本くんが嬉しい話ではない。
でも、坂本くんは別に私を責めたりするような事は言わなかった。
「そうかー。君に好かれてる人が羨ましいな…。俺って結局嫌われもしないけど好かれもしないっていうパターンなんだよ。これってキャラクターだから仕方ないのかな」
そんな事を言って、電話口で少し笑っているのが分かった。
切ないよ。
坂本くんの気持ちが分かるから、すごく私もつらいよ。
決して私の恋愛だってうまくいってるわけじゃないし、これから先どうなるのか見当もつかない。
雷に打たれたみたいな、突然の事だったから…。
「坂本くんは優しすぎるよ」
私を“お前なんか!”って言ってくれた方が楽なのに…彼は逆に自分の魅力が足りないせいだとでもいうような言葉を使う。
「ああ…恋愛に、こういう優しさってあんまり意味ないよね。結構乱暴なぐらいの性格の奴がモテてたりするし。まあ、要するに恋に理由は無いって事だよ。俺が中田さんをいいなって思ったのも、インスピレーションていうか…そういう単純な心の動きだったし」
坂本くんも、恋に対する考え方は私と一緒だった。
恋に理由はない。
相手がいいと思ってくれても、それに応えられない事もある。
なのに、私は榎さんには反応してしまった。
何年も同じ職場で過ごしてきた人なのに、まるでつい先日から知り合った人のように私の中で、彼は新鮮に輝いている。
「やっぱり俺、中田さん好きだな」
こんなにもお断りの言葉を並べたのに、坂本くんは改めて私にそう言った。
「どうして?私、すごく坂本くんに失礼な事言ってるんじゃないかなって思ってるんだけど」
驚いてそう言うと、彼はちょっと予想もしてなかった事を言った。
「直接俺に電話してくれたでしょ。佐々木さんを通して断ってくれてもよかったのに、ちゃんと気持ちを電話で伝えてくれた。すごく誠実な人じゃないとできないよ。だから、やっぱり俺は君を気に入った自分の目に間違いは無かったんだって思えて、少し嬉しいよ」
「……」
ものすごくいい人だ。
この人となら、きっと穏やかで幸せな未来が待っている感じがする。
だから、坂本くんは頑張らなくても、そのままできっと素敵な女性が近付いてくるに違いない。
こんな事私から言う言葉では無いから黙っていたけれど、心の底からそう思った。
*
坂本くんとの電話を切って、ため息をつく。
何だか…すごく榎さんの声が聞きたい気分だ。
一緒に飲んだ日以来、彼とは直接会ったり電話したりしていない。
一応携帯の番号だけは教えてもらっていたけど、私からかけなければ榎さんに私の携帯番号は伝わらない。
もう仕事は終わっただろうか。
食事は済ませただろうか。
メールで様子をうかがってもよかったけど、そういうまわりくどい事をするより電話してしまった方がいいような気がした。
心臓が跳ね上がっている中、私は記憶させてあった榎さんの携帯番号を表示した。
「迷惑な時間だと思われませんように」
そう祈りながら通話ボタンを押す。
数秒の静寂の後、とうとう呼び出しの音が鳴った。
トゥルルルル…、トゥルルルル…。
5回ほどコールしてから、留守番電話サービスに繋がってしまった。
どうやら携帯には出られない状態にあるらしい。
「つながらない。でもちょっとホッとしたかも」
私は通話を切って、ソファにドサッと倒れた。
クッションを頭にあてて、うつぶせになる。
坂本くんとの通話だけでも結構緊張したのに、私はさらに緊張する榎さんに電話をして何を話そうとしていたんだろうか。
何も考えてなかった。
ただ、声が聞きたい…それだけだった。
榎さん、私…職場であなたを見るだけで息が苦しくなるようになってるんです。
出張の日になると、姿が見えないことで胸が痛くなるし。
どうすればいいんでしょうか。
年下の私が生意気にもアプローチしていいんでしょうか。
榎さんといつも行動を供にしている飯塚さんを見るだけでも、軽い胸の痛みを感じる。
あの人は英語が堪能で、仕事だけでも一人で独立して生きて行ける能力がある。
女の私から見ても魅力的な体をしていて、くっきりした目鼻立ちはどこか異国の人を連想させるような美人だ。
もし飯塚さんが、本気で榎さんにアプローチをしたらどうなるんだろう。
榎さんは簡単に心が揺れる人ではないように見えるけど、私がこんなだから…いつ誰かに奪われてもおかしくない感じがする。
ぐずぐずと自分の情けなさを考えて反省していると、唐突に携帯の着信音が鳴った。
「榎さん!」
着信主の名前を見て、すぐに電話に出る。
「はい、中田です」
「あ…榎です。さっきコールしてくれたのって中田さんですか?」
そうだ、私の携帯番号は教えてなかったから、彼の携帯には未登録の番号が入っていたのだ。
それでも、私からの電話かもしれないと思ってかけてくれたみたいだ。
「はい、私です。夜遅くにすみません」
「こちらこそ、すぐに出られなくて。ちょうど今帰ったところなんです。カバンに携帯入れっぱなしだったので…コールしていたのに気付きませんでした」
2週間ぶりぐらいのプライベートな会話。
やっぱり、どこか照れが入っている感じだ。
「何か用事がありましたか?」
当然電話をかけるとなると、何か用事があったのかと思われるだろう。
でも、用事は無かった。
「すみません、用事は無かったんです」
「中田さん……?」
じれったくなって、私は本心をそのまま言った。
「声が…榎さんの声が聞きたかっただけなんです!」
こんな事言ってしまって。榎さんはどう捕えただろう。
私はドキドキして、心臓の脈が耳のあたりでドクンドクンいってるのが分かるぐらいだったんだけど、榎さんの声は落ち着いていた。
「それは嬉しいですね。ありがとう」
もうどっちが片思いしているのか分からない状態だ。
榎さんは気が長いし、恋愛が成就しなくても自分をしっかり保っていられる人みたいだから、正直今の段階では私の方が苦しい片思い状態なのかもしれない。
「携帯の番号を伝えておいて良かった。職場では親しく話せる機会が少ないですしね…、こうやって時々中田さんの声が聞けたら僕も嬉しいですよ」
どうやら電話をして大丈夫だったようだ。
とりあえずホッとする。
それでも相手の顔が見えないから、次の言葉をどうしようかと悩んでいるうちに、変な間が出来てしまう。
「中田さん」
静寂を破るように榎さんが私の名前を呼んだ。
「はい」
「もしよろしければ…今週の週末、土曜日か日曜日にどこかへ出かけませんか?」
デ…デートの誘いだろうか!?
海外出張が近くて、その準備で忙しそうなのに…私の為に時間を割いてくれるんですか?
私は一気に舞い上がり、即座にOKをした。
「土曜日でも日曜でも、どちらでも大丈夫です!」
「そうですか。では、土曜日のお昼ぐらいに中田さんのアパートにお誘いに行きます。行きたい場所とか…ありますか?」
私は、実は大好きな人が出来たら是非行きたいと思っていた場所があった。
「あの…夜景の綺麗なビルの屋上に行きたいです」
「夜景ですか」
「はい」
東京の夜景は昼のごちゃごちゃした景色を一変させる。
好きな人とあの夜景を見たら、きっとものすごくロマンチックだろうなあと思っていた。
場所はどこでもいいのだ、東京タワーでもいいいし、サンシャインシティでも都庁でも。
「分かりました。では場所を探しておきますね」
「はい、よろしくお願いします」
何だかムードの無い会話になってしまったけれど、とりあえず初デートらしき約束は出来た。
嬉しくて、一人で部屋にいるというのに、勝手に笑顔になってしまう。
さすがに夜景が見たいなんて言われたら、榎さんだって私が彼に好意を持っている事ぐらい察知してくれたに違いない。
でも、そうかと言って特に慣れなれしく甘い言葉を言うわけでもない彼が、何とも渋いなと思う。
一緒に夜景を見ても、もしかしたら手もつないで来ない可能性がある。
これは…私が積極的に動くべきなのかな。
いやいや、やっぱり年上の榎さんのリードを待った方が女の子らしいだろう。
もしかしていいムードになったら、抱き合ってしまったりして…!
「いや、それは無いよ。ナイナイ!!」
一人でデートの日の様子を想像して、何だか勝手に熱くなる私だった…。
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