今月の主題●座談会
どうする? 内科エマージェンシー
「飛行機の中で急患が発生したときに,きちんと対応できるような医師を育ててほしい」,2004年に新医師臨床研修制度が創設された際に,強調された視点の1つである。社会は,すべての医師に内科エマージェンシーへの対応を期待しているが,そのような能力を備えた医師の育成にしても,各施設における診療体制にしても十分とは言いがたいのが現実だ。 本特集のエディターである田中和豊氏の司会のもと,内科エマージェンシーの診療・教育に携わる気鋭の医師にお集まりいただき,内科エマージェンシー診療・教育の現状と今後の展望についてお話いただいた。 ■内科エマージェンシーの問題点田中 いま,日本では,内科エマージェンシーが充実しているとはいえない状況にあります。臓器専門科の内科医は,専門外の臓器を診ることができず,いわゆるプライマリケア的な内科ができません。一方,救急医はといいますと,三次救急をされてきた先生方は外傷・中毒・熱傷を主に診ていて,内科系の救急はほとんど内科に“まる投げ”しているという状況にあり,その内科エマージェンシーについては,各施設によって診療方法もまったく異なりますし,教育体制も充実していないという状況にあると思います。そこで,本日は「どうする? 内科エマージェンシー」と題し,内科,総合診療,救急の各領域でご活躍の先生方にお集まりいただきました。初めに,各施設の状況とそれぞれの問題点をお話しいただきながら,今後の内科エマージェンシーにおける診療・教育のあり方について,議論を深めていきたいと思います。 ■内科エマージェンシーの診療体制井村 私が勤める飯塚病院の診療人口圏はほぼ40万人,病床数は950前後です。医師数は210~220名,研修医は,初期研修医が30名,後期研修医が30人くらいという体制です。救急部もありますし,総合診療部もあります。田中 総合診療外来はありますか。 井村 日勤はあります。総合診療宛の紹介状を持った患者さんが約2~3割あり,それ以外の内科系の新患の方は,いったん患者さんの訴えを優先して,各臓器別の内科へ行っていただきますが,内科全体の看護師長が,「これは総合診療科へ」などのトリアージをしています。 田中 すると,例えば純粋に呼吸器に問題のある人は呼吸器内科へ直接行かれるのですね。 井村 患者さんが,「呼吸器にかかりたい」と言われるか,呼吸器に紹介がある場合,あるいは,どうみても呼吸器内科だろうと考えられる人,「喘息です」というような人は,新患でも最初から呼吸器内科にかかっているというのが現状です。そして,それは仕組みでそのようになっているわけではなく,総合診療科のマンパワーの問題です。いま,新患担当が常時2人,外来に出られるようになったところですが,総合診療科の新患が,1日にだいたい15人ぐらい,それを含めた内科の新患が30人を超えますので,その両方をとても2人ではこなせません。それで,敢えて,曖昧なかたちをとっているというのが現状です。 ■内科急性期入院の受け皿井村 総合診療科の病棟は,十数年前に始めたときからずっと「救急外来からの都合のよい内科系の受け皿」,「内科の急性期入院の融通のきく受け皿」というキャッチフレーズでやってきまして,1年に900人くらい,常時35~50人の入院を引き受けています。90%以上は,救急外来を通しての入院です。内科外来を通してとか,直接の予約入院というのは,ごく一部です。脳卒中やMI(myocardial infarction:心筋梗塞),呼吸不全などは,専門各科にお願いしています。しかし,1日目では状況がわからないものについては,当面,当科に入院していただいて,8割5分から9割ぐらいは当科で入院を続けて,そのまま退院されます。その間,他科の併診というかたちで付き合っていただいて,カテーテルや内視鏡をやってもらったりします。もっとも,そこにもマンパワーの問題があります。夜間救急外来で入院となった症例は,内科系の当直医が,そのひと晩は頑張って担当し,次の日に各科に振り分けますが,そのときに,各科それぞれの忙しさがありまして,呼吸器がすごくたいへんなときには,明らかに呼吸器科だというケースも総合診療科が担当しますし,消化器科に余裕がない場合には,イレウスであったり,消化管出血で止まっているような方は,総合診療科で担当する場合もあります。病気で科を決めるということは,厳密な意味ではしていません。緩やかにしておいて,それぞれが少ないマンパワーをカバーしあっています。 救急センターは非常に大型で,救急部は救急車だけに対応しています。救急車は,年間7000台くらいだと思います。日勤でも,1時間に1台ずつぐらい来ていまして,救急部の教育担当の先生とローテーションしている後期研修医,および専属の後期研修医が中心になって診ています。 ■研修医が年間を通して当直に当たる井村 夜になると,救急車は3~5年目の救急部の後期研修医か,内科系の後期研修医が当直で入り,深夜になると,主に救急部のスタッフが夜勤だけのかたちで入っています。当院の特徴は,救急車とウォークインとを分けている点です。夜間のウォークインは初期研修医の重要な研修の場となっており,年間を通して継続的に当直にあたります。そこには,内科系の3~5年目の医師が必ず1人は入ります。田中 深夜は違いますか。 井村 深夜のウォークインは1年目の研修医はやりません。2年目の研修医だけという状況です。入院後の分担のあり方に関しては,夜間は内科系であれば内科系の当直と,脳卒中であれば神経内科の脳卒中センター当直,MIであれば循環器センターの当直という形で,入院を担当します。循環器と神経内科以外の内科系は,内科ということで入院していただいて,次の日の朝に,いろいろな科で分担を考えます。 田中 内科当直というのは,専門内科の先生が診るのですか。 井村 いまのところ各専門内科の先生がたに診ていただいています。 田中 総合診療の人も? 井村 います。ただ,必ずいるわけではありません。総合診療科の医師は,私を入れて5人なので,スタッフだけでは無理ですし,後期の総合内科の研修医は,まだウォークインの救急外来の研修医のフォローに入っていたり,救急車のほうに入ったりするため,マンパワーが不足しており,臓器内科の先生たちに,かなり頑張ってもらっているところです。特に土日はそうですね。 ■一次から三次まですべて受け入れる田中 大野先生のところはいかがでしょうか。大野 私の勤めている音羽病院は,京都の山科という地域の一次から三次救急をすべて扱っています。地域の中核病院として,基本的にはどなたでも受け入れます。他の病院が満床でだったり,手におえなかった場合でも,すべて受け入れています。唯一熱傷だけは,診きれないので,かなり広範囲な熱傷はしかるべき施設へ送るという対応です。 病院としては,急性期ベッドは410床で,長期療養型の病床も200床ぐらいあります。医師の数は研修医を含めて160~180人くらい。初期研修医に関しては,2005年度まで16人とっていたのですが,ローテーションがうまく組めないということで2006年度から8人に減らしました。できるだけ濃密な研修が受けられるようにという考えからです。 救急外来の日勤帯に関しては救急,ER担当の医師がいまして,そこが救急車すべてと,救急外来のウォークインをすべて診る形です。2006年11月までの体制で説明すれば,外来部門としてクリニックが病院とは別個の組織としてありました(12月から若干変更)ので,音羽病院としては,救急外来のウォークインと救急車のかたちでしか入って来れない仕組みになっており,基本的に救急部の対応でした。 ■夜間帯は内科系および外科系の医師が対応大野 一方,当直帯に関しましては,救急部ではなくて,各診療科の内科系の医師が内科系を回し,外科系は外科系の医師がまわすという感じです。その下に,研修医1,2年目がつくという体制ですが,1年目,2年目に関しては,準夜と深夜で交替します。その上の内科系と外科系の医師は,夕方から翌朝までの診療となります。救急車とウォークインの夜間帯に関しましては,飯塚病院と違いまして,両方まとめて内科系か,外科系かの医師が診ます。特にウォークインに関しましては,研修医が最初に診ることになっています。田中 総合診療科という科はあるのですか。 大野 はい。クリニックのほうに,各専門科のなかの1つとして,外来をもっています。初診の方で,どこか場所がはっきりしない方や,どこの科というのがわからない方はすべて総合診療科が診ます。 田中 総合診療部は,病棟もあるのですか。 大野 はい。入院患者で臓器別の各科に属さなかったり,まだ診断がつかないときは,とりあえず総合診療科で診ることになります。 ■「三次」から「ER」へ田中 救急部は,日勤帯のウォークインも診ているのですね。大野 そうです。 田中 ということは,一次から三次まですべて診るというスタイルですから,救急としては米国のERに近いような幅広い診療能力が求められるわけですね。日本ではめずらしいのではないでしょうか。ちなみに,三次救急を主体にやってきた救急医は,あまり外来を診たがらないし,「診れない」って言われてしまうことが多いと聞きますが,冨岡先生,いかがでしょうか? 冨岡 確かに,田中先生がおっしゃったとおり,以前から一般論として「三次の人」は外来を診たがらない,などと言われてきましたけれども,実際には必ずしもそうではありません。 三次救急医療というのは確かにエキサイティングで楽しいんだけど,長くやっていると,重症の患者さんだけでなく,もっと幅広い患者さんと話をし,診察をして診断を考えていくというプロセスを踏みたい,という欲求が出てくるのも確かで,そういった希望をかなえるために,三次から一次・二次へ転向する医師は昔からいましたし,最近は三次からERへ転向する医師が増えているのも確かです。 ただ,私自身も含め,三次からERへ移ってきた医師の多くは,自分自身が一次,二次の診かたのトレーニングを受けておらず,田中先生が言われたように,十分に「診られない」まま診療を行い,さらに研修医や学生に教えなければならない,という現状もあって,これは今後の課題だとは思います。 (つづきは本誌をご覧ください)
|