産経新聞はここ十数年、複数の企業・官庁から「研修生」を受け入れ、1年間、産経の記者として仕事をしてもらっています。まあ、実際は下働きのような雑務をお願いすることが多く、われわれとしても心苦しいのですが、それでも先方が続けて派遣してくれるのですから、「社会勉強」として何らかの意味はあると認識してくれているのだと…。まあ、とにかく人手不足の産経にとってはこの上もなくありがたい貴重な戦力となっています。
で、現在、政治部には二人の「研修生」がいるのですが、そのうちの一人、石井映四郎記者がきょう午前、東京・丸ノ内オアゾ前で行われた自殺予防週間の街頭キャンペーンに参加した菅直人首相や閣僚らの様子をルポしてくれたので、それを紹介します。メールで取材メモを読み、鋭い観察眼に基づき菅内閣の現在を浮かび上がらせたその感性と伸びやかな筆致に魅せられたからです。以下、石井記者のメモです。
《午前7時33分 一番乗りで荒井聡国家戦略担当相が登場。蛍光オレンジのキャンペーンジャンパーを着て、ますますぱっとしない。秘書からの「まだ早いです」という忠告も聞かず、「いいじゃないか」といってティッシュを配り出す。笑顔でティッシュを差し出すが、もらってもらえない。やっと3人目でもらってくれたが大臣だとは全く気づいてない様子。挙げ句の果てには、くわえタバコのおっさんも素通りする始末。(大臣なんだからくわえタバコを注意する勇気も欲しかった)
午前7時38分 荒井大臣の顔から完全に笑顔がなくなった。ティッシュ配りの成功率は2割弱といったところ。
午前7時40分 長妻昭厚生労働相到着。もちろん、蛍光オレンジのジャンパー。荒井大臣に笑顔が戻る。長妻大臣も笑顔でティッシュ配り。しかし、大臣と気づく人もなく、6人目でやっともらってもらえた。すでに笑顔が曇っている。
午前7時43分 福山哲郎官房副長官到着。蛍光オレンジのジャンパーを着るも「お前ら(長妻、荒井)とは違うぞ」というような空気が漂う。長妻大臣は仲間が増えてよほどうれしかったのか、満面の笑みで福山副長官と堅い握手。そのころ荒井大臣は福山副長官には目もくれず、ティッシュを配る。やや上気気味のおでこに乱れた前髪がたれるが、気にするそぶりはない。
午前7時44分 中井洽国家公安委員長到着。蛍光オレンジのジャンパーが妙に似合って、ちょっとしたテキ屋のよう。「アホくさ」と言わんばかりに仁王立ちで動かない。各大臣が手さげ鞄にティッシュを入れて配っているのに、中井大臣は秘書に鞄を持たせ、自らは6、7個のティッシュをわしづかみにして配っている。笑顔もなくティッシュを差し出すが、1人目からヒット。次々とヒットを連発。よく見れば、中井大臣は自らのいかつい顔を通行人の前に出し、「ティッシュをとらないと通さねえ」と言わんばかりに迫る。大臣クラスの中では抜群のヒット力を見せつけた。
午前7時47分 総理到着。菅直人首相の登場に、メディアのカメラは一斉に移動。荒井大臣を初め各大臣を照らすライトはなくなった。ティッシュ配りに天性の才能を示し、夢中になってきた中井大臣と、一心不乱でティッシュを配る荒井大臣の横を通り過ぎ、菅首相が福山副長官、長妻大臣の方へ。当然カメラも彼等の方へ。
テレビに映っている福山副長官、長妻大臣をうらやましそうに一瞥しながらも、荒井大臣はティッシュ配りの手をゆるめない。菅首相はお世辞にもかっこいいと言えない蛍光オレンジのジャンパーを着る気配はない。「そんなダサイの着れるか」と言わんばかりに胸にバッジを付けて済ませる。ティッシュすら配らない。
(※菅首相は「今日は自殺のキャンペーンということで、それぞれの閣僚が、ボランティアの皆さんと一緒に紙を配っていただいているので、私も朝に時間ちょっと激励にやってきました。やはり自殺の予防というのは国民的にみんなが、こう助け合おうという、そういう動きが広がることが一番重要だと思っております。こういうキャンペーンも大変な力になると思います」などとあいさつ)
午前7時54分 菅首相が帰る。荒井大臣も菅首相がいなくなったのを確認して蛍光オレンジのジャンパーを脱ぐ。「疲れた」と言いたげに自らティッシュを配った左手をさする。気づけば福山副長官はもういない。荒井大臣も帰る。
そのころ、中井大臣は天職を見つけたがごとく、ティッシュを配りまくる。目的は自殺防止ではなく、明らかにティッシュ配りになっている。自らの才能に酔っているのか笑顔すら見えてきた。
午前8時00分 菅直人首相もいなくなり、マスコミもほとんどいない中、中井大臣はヒートアップしていた。通行人が減ると、マスコミにまで「お願いします」といってティッシュを配る。冷たいと評判のマスコミに対してでも中井大臣のヒット率は6割以上を出した。…半ば暴走に近いほどヒートアップした中井大臣が帰った。と言うよりは退場に近いかもしれない。
午前8時05分 明らかに帰りそびれていた長妻大臣も帰った。
午前8時25分 首相官邸で開催された経済関係閣僚委員会。菅首相、福山副長官などティッシュ配りに参加した人たちがいる中、荒井大臣も乱れた髪をセットし直し、オフィシャルモード。しかし、胸には自殺予防キャンペーンのバッジが。そのバッジはあまりに大きく、前原誠司国土交通相などが付けているピンズとは違い、少しもおしゃれではない。だから菅首相も福山副長官も付けていない。ただ、荒井大臣は愚直に誰も気づいてくれないバッジを胸に、誇らしそうに座っていた。荒井聡64歳、双子座、今日の運勢ランキングは7位。》
…いかがでしたでしょうか。まるで状況が目に浮かぶようです。石井記者は、本業をやめて我が社に来てもらいたいぐらいの観察力、洞察力、表現力を発揮してくれました。〆も見事です。ありがとうございました。
政治部では、とても一人では政界の動きのすべてをカバーし、俯瞰することはできないので、互いに取材メモを共有(一部を除き)し、全体像を把握するようにしています。そのメモには、誰がこういった、ああいったというものもあれば、必要に応じて(今回必要だったかどうかは別として)このように、「現場雑感」をその人の感性と注意力で描き出すものもあります。この手のものは、一般原稿ではあまり使いませんが、連載企画などで場面描写が要求される場合には重要です。
今回は、もう取材するのも、原稿を書くのも飽き飽きしてきた民主党代表選とは関係のない話題でした。といいつつ、さあて、明日の紙面用の原稿にとりかからなくては…。
by yula22
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