大阪地裁で10日、厚生労働省元局長の村木厚子被告(54)に言い渡された無罪判決の要旨は次の通り。
◆倉沢被告から石井議員への口添え依頼の有無
検察側は04年2月下旬ごろ、倉沢邦夫被告が有力国会議員である石井一参院議員に対し、「凜(りん)の会」への公的証明書発行に関し口添えを依頼した事実があったと主張する。倉沢被告の手帳には「13:00 石井一(中略)木村氏」との記載がある。これは倉沢被告の公判供述のうち、倉沢被告が河野克史被告の要請を受けて、石井議員への口利き依頼の目的で石井議員の事務所に2月25日午後1時のアポイントメントを取った--とする内容を裏付けているといえる。しかし、石井議員は当日、午前7時57分から午後2時ごろまで千葉県内のゴルフ場にいたことはゴルフ場への照会結果から明らかで、面会は不可能だった。結局、手帳の記載は、面談の事実を認定する証拠にはならない。
一方で、予定を変更して倉沢被告が2月25日以前に石井議員と面談した可能性は完全には否定できないものの、倉沢被告の手帳にそのような記載もなく証拠上、疑わしい。
◆塩田元部長から村木元局長への証明書発行の指示
厚労省障害保健福祉部の塩田幸雄元部長の検察官調書には、村木元局長に対し「議員案件」の重要性を告げたうえで公的証明書を発行する方向で処理するよう告げ、部長室で村木元局長に連れられた倉沢被告と会った、という趣旨の記載がある。しかし、倉沢被告の自宅などから他の関係者の名刺は見つかったのに塩田元部長の名刺はなく、倉沢被告も塩田部長とあいさつしたことはないと公判で供述した。また当時の部内の状況をみても、石井議員の機嫌をとるため、公的証明書を発行する方向で処理しなければならなかった事情はなく、信用性に疑問が残る。
これらの点を総合すると、倉沢被告から石井議員への口利き依頼▽石井議員から塩田元部長に対する電話による要請▽それに応じた塩田元部長の村木元局長に対する指示--などについては、あった可能性は認められるものの、供述だけで認定することはできない。
◆村木元局長は上村被告に証明書の発行を指示したのか
倉沢被告は「厚労省で村木元局長から公的証明書を受け取った」と公判供述した。上村勉被告のフロッピーディスクのデータからは、公的証明書は前夜から6月1日早朝までかかって作成されたとみられ、早期の発行を「凜の会」側から求められていた証明書を翌日以降に交付したとみるのは不自然。しかし倉沢被告の手帳によれば同日、午前6時50分東京発の「のぞみ」で大阪に行き、関西に滞在しており、交付は不可能だった。
(係長だった)上村被告が(課長だった)村木元局長から指示を受けず、独断で公的証明書を発行することは一般人から見ると不自然であるが、稟議(りんぎ)書の独断発行など、上村被告の行動傾向に照らすと不自然とはいえない。その一方で、実体自体が怪しい団体に対し、資料提出や決裁もないままに公的証明書を発行するという、さらに問題性の強い行為を村木元局長がすることは不自然。こうした状況に照らすと、倉沢被告の公判供述が上村被告の公判供述以上に信用性が高いとはいえない。
◆偽証明書の受け渡し
また、公的証明書が厚労省から「凜の会」に渡った経緯について、「凜の会」の発起人である河野被告は極めてあいまいな供述をしている。公的証明書の取得に関し、「凜の会」内部で中心的に活動していた河野被告が、「凜の会」側に公的証明書が渡った経緯について全く知らないということは考えにくく、河野被告の供述は不自然。河野被告の検察官調書供述および公判供述はいずれも信用性に疑問があり、上村被告の供述を否定するほどの信用性は認められない。
◆偽証明書の作成を指示する動機
検察側の主張の中核は、「村木元局長は凜の会が障害者団体としての実体がないと知っていたが、石井議員から塩田元部長に依頼があった『議員案件』だったため、上村被告に命じて日付をさかのぼらせた公的証明書を発行させた」というもの。しかし、石井議員から塩田元部長への電話での口利きに関しては、客観的証拠と整合しない面があるうえ、塩田元部長の検察官調書全体の信用性に疑問が生じ、認定できない。また、村木元局長が、今回の公的証明書の発行が「議員案件」だとの認識を持ったきっかけだったと検察側が主張する根拠は塩田元部長が「証明書を発行する方向で処理するよう告げた」とする供述だが、これも不自然だ。また6月上旬ごろ、倉沢被告が村木元局長に対し日付をさかのぼらせて「凜の会」に対する公的証明書を発行するよう要請し、村木元局長が了承した、との事実も証拠上、認めることはできない。
以上のことからすると、検察側が主張したように「凜の会」の案件が、公的証明書を発行することが課内で決まっている「議員案件」であったことにつながり得る事案はいずれも認定できない。結局、村木元局長が本件犯行を行う動機があったとは認められない。加えて、上村被告が虚偽の稟議書などを独断で作成していることなどの事情もみられることからすると、上村被告による公的証明書の作成が村木元局長の指示によるものだったとする事実も認められない。
そのほか、本件証拠上認められる事実を総合しても、村木元局長が上村被告、倉沢被告、河野被告と虚偽の公的証明書を作成し、凜の会側に交付するとの共謀があったと認定することはできない。
よって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言い渡しをする。
毎日新聞 2010年9月11日 東京朝刊