コラム詳細
<第117回>秋利美紀雄さん
(「マイド社/MAIDO CO., LTD.」代表)
縫製工場の良し悪しは
作業場に響くミシンの音でわかる
プロフィール
秋利美紀雄 あきとしみきお
1966年、山口県生まれ。大学卒業後、フランス語の翻訳業に就いていたが、1993年、休暇で訪れたベトナムに魅せられて留学することに。1998年より日系商社のホーチミン市事務所に通訳として勤務し、その後独立。日本の商社やアパレルメーカーから衣料品の注文を受け、ベトナムの縫製工場で生産する仕事に携わっている。
「そこが『良い工場』かどうか、中に入るだけでわかります。聞こえてくるミシンの音が違いますから」。
そう語るのは、日本のアパレルメーカーから受注した商品を、ベトナムの縫製工場で製品化する仕事を主な業務とする「マイド社」の代表、秋利美紀雄さん。日本の消費者のニーズに合うような、質の高い縫製が可能な工場のミシンは、軽快でリズミカルな音を絶え間なく奏でているのだという。
彼の仕事は、日本側からの発注に合わせて生産計画を立て、注文通りに完成させるためのベトナム語の仕様書を作成し、品質管理を徹底させたうえで、最終的に輸出まで行うこと。それにはまず、日本側の要請に応えられるだけの技術力を備えた縫製工場を見つける必要がある。彼はそういった工場を探し求めて、ベトナム全土を回っているのだ。
「一般的に大らかな性格の南部人に比べ、辛抱強さと集中力を求められる細かい手仕事が得意な北部の人びとは、縫製作業に向いています。とくに、フランス植民地時代に紡績工場があり、ベトナム繊維産業発祥の地であるナムディン(Nam Dinh)省には優秀な縫製工場が多く、周辺の省にも、能力の高い工場が点在します」。
しかし、そのような地域でも、縫製工場が乱立するようになれば質が落ちてしまう。最近では良い工場を求めて、ベトナム中部まで足を延ばすことも珍しくないとか。
「安心して仕事を任せられる工場かどうかの判断は、技術力の高さはもちろん、経営者の人柄が大きくものを言います。何度も会って話し合い、信頼できる人かどうかを見極める必要があるのです」。
そこで役に立つのが、秋利さんの語学力だ。元々彼は、フランス語の翻訳業に携わっていた。しかし、ベトナムに縁のある人が昔から周囲に多く、そういった環境に影響を受けてベトナムを訪れ、その魅力にはまってしまったそうだ。ホーチミン市での留学を経て、ベトナム語通訳として働くようになったのが、後に彼の独立を後押ししてくれることになる日系商社だ。今の仕事とも、そこで巡り合った。
「商社で最初に担当したのは、スキーウェアの生産でした。日本のスポーツ用品メーカーからの高レベルな品質要求に応えられる縫製工場を探すのにとても苦労するなど、困難続きでした。でも、最初から最後まですべてに関われたことは、貴重な経験を得るまたとない機会になりました」。
2000年代初めには、スーツの大量生産でも大きな成功を収めた。スーツの価格破壊を最初に実現したとして有名な、当時の取引相手である日本の紳士服量販店では、ベトナム製品の全体に占める割合が今でも高いという。
マイド社設立以降もスキーウェアやスーツの生産に関わっているが、現在では水着や作業着、カジュアルパンツなども扱っている。
「ライバルは中国でしたが、ここ数年はミャンマーなどの台頭も著しくなっています。ですから、注文数が少ないため採算が取りにくく、今まで扱ってこなかった女性向けアパレル製品なども、これからは工夫して取り組んでいきたいと考えています」。
縫製を通した日越の縁結び。そんな秋利さんの仕事は、今後さらに幅を広げていくにちがいない。