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[21785] (ネタ)【後悔は】エルテさんが色々な世界で原作破壊行為を行うようです【していない】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:0fc6b69f
Date: 2010/09/09 19:45
 タイトルの通りです。
 この小説群はとらハ板で連載している

 破壊少女デストロえるて

のオリ主を他の世界に叩き込んでみたものです。
 フリーダムです。大統領が如くやりたい放題します。



 筆が進まなくてムシャクシャしてやった。後悔はしていない。



[21785] 破壊先生エルて!01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:0fc6b69f
Date: 2010/09/09 18:31
 この世界に関与する、それはかなり長い歴史において影響を与えることを認識せねばならない。
 ある程度の区切りで私は何度か姿を消し、人々の記憶から消え去る。これは一種の実験だ。世界における、我が身の振り方の。

「まったく。雑魚が徒党を組もうと掃滅されるのは知っているだろうに」

 倒れ伏す軍勢。その数600。多少は立っているが、端から数えられる程度には少ない。それなりに強いということなのだろうが、そもそも私がいるという時点でこの程度をよこすのがおかしい。

「俺らでさえ手こずる相手をまとめてフッ飛ばすねーちゃんが異常なんだよ!」

 残った敵を相手にしているナギがいらだたしげに言う。初撃を終えて、私はゆっくりと紅茶を飲み干す。
 さすがに敵も知っているのか、私には手を出してこない。触らぬ神に祟りなし。自分で言うべきではないだろうが、この状況はまさにそうだ。

「あの程度で手こずるとは。魔力も気も使えなかった閣下にすら劣る」

「ねーちゃんのその『閣下』ってのはどんなバケモンなんだよ! 人間かオイ!」

「閣下は人類史上最強の漢であり、全盛期は魔王と謳われ、死後は破壊神に叙された、私のオリジナルだ」

「ふざけんな、破壊神のオリジナルな時点で人外じゃねーか!」

 ああ、今のは少しカチンときた。

「私は閣下を過大解釈して造られた兵器にすぎんが、閣下は間違いなく人類だ。祖国を護るために、鋼の意思を以て地上に破壊を降り注いだのだ。ジャックに通ずるものがあるとは思うが、その発言は気に食わん」

「ちょ、待てよ! 今はねーちゃんと遊んでる暇は」

 出力を上げ、文字通り硝煙弾雨を残りに浴びせかける。硝煙はなく、弾は魔力の塊だが、亜光速でばらまかれる非常に堅いそれは、障壁や装甲などを紙のように貫く。先ほどの掃射に耐えた者は、例外なくこれに倒れた。

「遊んでいる暇ができたな。さて、説教とレッツパァァリィィィィィィ、どっちがいい」

「どっちも勘弁だ!」

 全速力で逃げ始めるナギ。脚が速いのはいいが、無駄だ。

「よろしい。ではオハナシしよう。バーブドワイヤーバインド」

「うお!? ちょ、これは……」

 有刺鉄線がナギを縛る。

「アイアンメイデン」

「いってぇぇえええええ!!」

 四方八方から太さがまちまちな針が現れ、ナギを串刺しにする。

「リグレットカノン」

 黒い砲撃がナギを包む。

「…………」

 あるのは痛覚だけ、一切の殺傷を行わない究極の残酷魔法連撃、オハナシ。冥王が編み出した拘束砲撃SLBをPTSDクラスに昇華したもの。元の拘束砲撃も充分トラウマものだが、リグレットカノンという痛覚増幅砲撃がえげつない痛みを対象に与える。

「死んだふりはやめておけ。次は新しい砲撃を試す」

「し、死ぬかと思ったぜ……」

 ここで発狂されては困る。せいぜいかなりの手だれとの戦闘で受ける痛み程度に抑えた。

「さて、帰ったら説教の後に練習だ」

「え゙!? これで終わりじゃ」

「不満か。ならば、もう少しオハナシするか」

「イエ、ナンデモアリマセン」

「では帰って飯だ。腹が減っては何もできん」



 残された襲撃者達。
 無論、誰一人として死んでいない。そして、そのほとんどが意識を失ってはいない。
 ナギに倒された4人を除外し、砲撃を受けた者はすべて、躯が動かなかった。

「なあ、災厄のあれ受けて無事でいられると思うか?」

「間違いなく死ぬだろ、常識的に考えて……」

「なんでナギ・スプリングフィールドは生きてんだ?」

「さあ……でも奴が死ぬかと思ったなんて言うとは思わなかったな……」

「つか、ナギ・スプリングフィールドのとばっちりであいつらあんな目に?」

「俺らが食らったのよりも遙かにヤバそうだったぞ」

 バケモノぞろいの赤き翼、そのメンバーで最強と謳われていたナギ・スプリングフィールドより、遥かに恐れられている存在があった。
 エルテ・ルーデル。自称、破壊神の器、あるいは戦略兵器。
 ナギは今でも間違いなく赤き翼『最強』の魔法使いである。彼より強い、エルテがいるにもかかわらず。
 何故か。エルテ・ルーデルは『最悪の災厄』だからだ。気まぐれで、味方が危機に陥っても動かない、むしろ味方を窮地に追いやることすらあり、時には仲間もろとも攻撃し、怒りに触れれば何人たりとも問答無用で殲滅させられる。こんな不安定で破滅的に強大な戦力、天災や災厄以外の何物でもない。そうありながら、敵も味方も、滅多なことでは誰も殺さない。

「破壊神め……また手加減しやがって……」

「あのバケモノの本気を見ようなんざ、神様でも無理だろうよ」

「知ったことか……いつか地面這いつくばらせてやる……」

 まるで我が子を谷底へ突き落とし、這い上がってくるのを待つ獅子のように、強い相手を振るい分け、さらに強くなって戻ってくるのを待つかのように。

「なかなかの気概だな。いつでも相手をしてやる。精進しろ」

「クソっ……貴様……」

「舐めやがって……」

 ナギとともに去ったはずの存在が、すぐそこに浮いて、見えない椅子に座り、ずずーっと緑茶を飲んでいた。

「ただ、悪いことをしたら楽しい楽しい永遠の拷問だ。狂うことも許さん」

 動けない者達の声が、一斉に途切れた。
 彼女を視界に捉えられる者は心底恐怖した。老若男女種族を問わず、魔族ですら背筋を凍りつかせ、震えあがった。
 彼女を見ることが叶わなかった者は、液体窒素の雨でも降ったかと錯覚した。

「30分もすれば、麻痺も治る。では諸君、縁があればまた会おう」

 その場の殆どの者はこう思った。「二度と会いたくない」と。



 エルテ・ルーデルという存在は、少なくとも2600年前には確認されていた。
 ゼクトが義姉上閣下と呼び慕い、エルテはゼクトを坊や扱いする。エルテの膝枕で眠るゼクトが稀に見られる。
 ナギは破壊神あるいはねーちゃんと呼び、いたずらしてはよく逃げ回り、息子か弟のように扱われる。逃げ回るときはガチで命がけで必死かつ全力なのだが、エルテは本気を出したことはない。それをわかっているからナギも懲りずにいたずらをするのだが。
 近衛詠春とは互いに師匠と呼び合う仲で、エルテは『この世界の退魔剣』を学び、詠春は戦術や『異界の某戦闘民族の剣』などを教わる。エルテは死のうにも死ねないし、詠春は虫の息までボロボロになっても回復させられるのでかなり物騒な訓練風景がほぼ毎日演じられる。
 ジャック・ラカンはエルテの年齢を知らないだけに完全に子供扱いだ。規模・桁・格・威力が違うとはいえ、お互いリアルチートなので気が合うらしく、エルテの出すドイツワインを二人で飲んでいる姿がよく見られる。下品でナギと同様、あるいは徒党を組んでエルテにいたずらを仕掛けるので毎回死にかけては次の日には回復する。ある意味、最もエルテと仲がいいのはこいつではないのだろうか。
 ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグには普通にエルテと呼ばれ、エルテも同様だ。時折、二人並んで、ガトウは煙草を、エルテは葉巻をふかしていることがある。
 タカミチやクルトには、幼い姿と大人の姿のエルテは別人と思われ、幼いエルテそのままエルテと呼び、大人の姿のエルテはエル姉さんと呼んでいた。後に同一人物だと発覚してもこれは変わらなかった。よき遊び相手であり、よき姉であったことは確かだ。
 『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルには魔王と呼ばれ恐れられ、エルテはこれを娘のように溺愛する。恐れられてはいるが、それは戦闘に限った場合で、日常ではそういった感情は滅多に見られない。彼女が吸血鬼になる前からの知り合いだというが、おかげで賞金首になってからも比較的平穏に過ごすことができていた。世界を滅ぼせるほどの恐ろしく強く巨大な台風の目で、優雅にお茶をしている獲物を狩ろうと台風に突撃する無謀な馬鹿はそうそういないということだ。
 そう――――この世界でエルテ・ルーデルはその『個の力』を一切隠さず生きていた。まるで抑圧された反動のように。戦争に介入しては気に食わないという理由で国を滅ぼし、偉そうな自称:立派な魔法使いを何人も再起不能に陥れたり。一時期は賞金首となるが、その時代最強レベルの猛者を束にして送りつけても、ボコボコに伸した後わざわざ治療して自ら馬車で連れてくるから如何に馬鹿にしているかがわかる。賞金は片対数グラフで緩やかな曲線を描き、ハイパーインフレもかくやと言わんばかりに増え続け、しかし当の本人は平然と街の喫茶店でパフェに眼を輝かせているから、如何にそれが無駄かわかる。賞金が当時の各国の合計国家予算の1/3を突破したことで頭打ちになり、最終的に各国が『エルテ・ルーデル災害認定宣言』を出すことで賞金は消失した。下手につつくとちょっとしたことで爆発するのだ、放置した方が最も被害が少なかったとは皮肉な話だ。



 これは、異界で破壊神として暗躍していた彼女が、別の世界でタガを外してしまった話。こそこそせずに、大暴れすることを自らに許した話。何人もの自分を秘め世界に沈めながら孤独に生きた彼女が、たった一人で生きていこうとした話。



[21785] 破壊先生エルて!02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 03:43
 結局、私が大暴れしようと世界は変わらない。世界のシナリオは、私を封ずる道を選び――――ゼクトは消え、護りたかった国は墜ち、ナギとアリカは死んだことになった。元の世界から一個体を召喚したが、結局間に合わなかった。私が封印されたせいで、その並行世界への目印を見失った。この世界を見つけるまでに、どれほどの時間がかかったか。噂によれば、私はナギに封印されたり、寿命で死んだり、いもしない本当の敵と相打ちになっていたり、赤き翼が総力を挙げて殺されたり、ある日を境にいなくなったこと以外は曖昧だった。私とて、あの時何があったか知らない。この世界のどこに、私が封じられているなど。唯一普通に連絡が取れるジャックに訊けば、見たこともない超大規模魔法陣に私は飲み込まれたらしい。
 いずれにせよ、私はあの広域魔力消失には関与する気はなかった。幾千幾万の人類より、ネギが生まれる可能性を取るつもりだった。村襲撃も、被害とナギの負担を軽くするつもり程度でしかなかった。
 結局、再臨できたのは全てが終わるギリギリ前。もう腹が立って仕方がないから、ナギもろとも広域誘導弾幕で敵軍勢を昇華させた。VLSミサイルよろしく打ち上げられ、下界の愚者どもに降り注ぐ。空を飛んでいようと、脚が速かろうと、そんなものは一切関係ない。この世界の理に縛られている限り、誰も光と時を超えて落ちてくる存在を避けることなどできない。あいにく上級悪魔でも、超音速誘導弾すら避けることができるのはいなかったが。絶対に目標以外を殺傷しない、無差別ではない飽和攻撃は、馬鹿みたいな速度で飛び、馬鹿みたいな角度・半径で曲がり、周囲360度前後左右上下全方位の逃げ道をふさぐ。よくえげつないといわれたものだ。

「よー、ねーちゃん。久しぶりの挨拶にゃちょっと過激じゃねーか?」

「手加減はしておいた」

 昔は泣きながら逃げ回って、当たったら瀕死か気絶していたのだが、今では立派に軽口を叩き合うことができるまで成長している。

「あれでかよ……久々に死ぬかと思ったぜ」

「修業が足りん、と言いたいが、時間もないだろう。合格をやろう。私が復活したからには、もはや後顧の憂いは無いも同然だ。存分に成就しろ、おまえの答えを」

「お見通しかよ。またあん時みたいに、一番肝心なときに消えるなよ?」

「今度は大丈夫だ。世界が敵に回ろうとも、理が私を殺そうとも、私は何度でも甦る」

 この世界にプラントを建造する。この世界に常時パスを繋げる。私が何人殺されようが封じられようが、その倍は送り込んでやる。この世界の私の敵は理、つまりレイだ。おそらく、どこまで私が抵抗するかを楽しんでいやがる。一定のルールがあるようだが、知ったことではない。

「……頼んだぜ、ねーちゃん」

「任せろ。男がそんな顔をするな。気楽に笑っていろ」

 久々の葉巻をくわえ、吸い口を噛みちぎり、火をつける。なかば無意識の行動だった。

「餞別だ。絶対に肌身離さず持っていろ。死にそうになればいつでもどこでも助けてやる」

 30mm弾頭のペンダント。エイダのいるアヴェンジャー。カートリッジを増設し満載にし、自律で魔法を使えるようにしてある。ピンチのときはリジェネやメタトロンなどを勝手に使ってくれるだろう。今も、頭からの出血が青い光で癒されている。

「悪ィ……」

「言うべき言葉が違う」

「ありがとな、ねーちゃん」

「フフフ……もう行け。時間は有限だ」

「おう! またな、ねーちゃん!」

 颯爽と、笑いながら去っていくナギ。私はそれを、煙を吐きながら見送る。
 成長した息子を見送る気分だ。一体何をするつもりなのか、私はまだ知らない。知ったところで、それを改変するには、それこそセンチュリア規模の犠牲が必要だろう。私は、この世界そのものと敵対しているのだから。

「さて」

 ナギの息子、ネギ・スプリングフィールドに向き合う。その小さな躯に不釣り合いな杖を持って、私の眼をしっかりと見ていた。その表情は困惑していたが。

「こんばんは、少年。私はエルテ・ルーデル。あなたの名前は?」

 ニコリとは笑えない私は、できうる限りの優しい表情を作り上げる。それができているかどうかは疑問だが、ネギが怯えていないところを見ると微笑んでいられているのだろう。

「ネギ……ネギ・スプリングフィールド」

「Gut。困ったことがあれば何でも私に言え。気に食わんことでない限り、力を貸そう」

「え? どうして……」

「あなたの父親にあなたを任された。まだ理由が必要か?」

「ええええ!?」

「驚かずともよかろうに……ああ、ネカネもだ。起きたら伝えておけ」

 久々のゼロシフトを使い、村から少し離れた場所に移動。小さな小屋と中規模の地下施設を建造することにした。私の家、拠点である。
 この世界の理ではないとはいえ、魔法は便利だ。某青狸の、一瞬で広大な地下施設を建造する秘密道具がごとく地下施設ができるのだから。時間操作、空間操作、圧縮空間技術の賜物だ。

 今日この日、『最悪の災厄』はこの世界に再臨した。



 あの日のことはよく覚えている。
 釣りに湖に行って、帰ってきたら、村が燃えていた。
 村のみんなはほとんどが石にされていて――――スタンさんも僕をかばって石になった。ネカネお姉ちゃんも、脚が、石に……
 僕のせいだと思った。僕が、ピンチになればお父さんが助けに来てくれる、そう思ったからこんなことになった。後でエルテさんにそれを言ったら、思い上がるなと説教されたけど。でも、それまではそう思っていた。
 お姉ちゃんのそばで、泣いてばかりだった。悪魔が僕を襲おうとしているのにも気づかず、でも僕は助かった。本当に、お父さんが助けに来てくれて――――空からいくつもの光の流星群が降ってきて、お父さんもろとも悪魔を全滅させてくれたから。

「――――し、死ぬかと思った……あちゃー、ねーちゃん若干キレてんな、ありゃ」

 お父さんが何か呟いてたけど、それは僕の耳には聞こえなくて。それどころか、その人がお父さんだとはわからなくて、ネカネお姉ちゃんを護ろうとして、でもそれが叶わないことは理解できていた。
 怖くて動けなくて震えている僕を、お父さんは乱暴に撫でてくれて――――

「俺の形見だ。元気に育て」

 その言葉と杖を残して、去っていった。追いかけても、絶対に届かない。
 こけてお父さんを見失って、叫んで、お姉ちゃんのところまで戻ると、黒いコートの葉巻をくわえた女の人が歩いてきた。

「こんばんは、少年。私はエルテ・ルーデル。あなたの名前は?」

 その声と微笑みはこの場所がどうなっているのかを忘れそうなほどに綺麗で穏やかで、でも、なぜか怖くて、うまく自分の名前を言えたかもわからない。
 それから覚えているのは、この人が僕を助けてくれるらしいことと、一瞬で消えたことだけ。
 その日から、僕の周りどころか世界が慌ただしくなっていたのを知るのは、エルテさんの正体を知ったときだった。



 その日、すぐに私の復活は旧世界・新世界問わずに伝わり、歴戦の猛者が手合わせを願いに来たりメガロメセンブリアをはじめとする各国のはやとちり組が軍を編成して討伐に来たり、それらを適当に蹴散らして、今度は各国から和平の使者が来たりと、なかなか慌ただしい一週間が過ぎた。今もちらほらと手合わせ目的の連中が来るが、雑魚ばかりで面白くない。私の家は見つかっていないみたいだが、村や一般人に迷惑をかけないような場所で待っているために、そして続々と来るために帰る暇がなかった。時折、「修正が必要だ」「必ず死なす」「あなたには、ここで果てていただきます」などという連中がいたが、気にしない方がいいだろう。
 結局、家で休息をとれたのは二週間目の半ばだった。
 それから数日後、ネギが私の伝説を聞いたらしく、魔法の弟子入りを希望するも即拒否。私はこの世界の魔法は使えない、その旨を話すと、それでもいいから弟子入りさせろという。まだ早いと拒否。こんなやりとりがほぼ毎日続いた。
 面倒だから、絶対私の出す課題に疑問を持たないことを条件に了承した。

「…………」

 そして今。

「うう……パスです」

 白に染まりつつある盤面。

「…………」

「またパスです……」

「終わったな」

 オセロの盤面には、まだ空白が存在する。盤面が埋まる前に決着がついた。白も黒も、置き場は存在しない。
 センチュリアの余剰処理能力を使うまでもない。一個体の処理能力で充分だ。オセロもチェスも、特定のロジックに従うだけで勝てるのだから。

「なに、気にするな。オセロは全てのパターンの先を知ればいい。戦術も戦略もない。コンピュータにすら勝てん」

「じゃあチェスは……」

「それも人類はコンピュータに勝てん」

「だったら、人間はコンピュータに勝てないんですか?」

「残念。将棋は人間の方が強い。成るという、兵士が強くなるという概念。倒した駒を手に入れる、捕虜を自分の手駒として使う思考は、コンピュータには難しいらしい」

 量子コンピュータやエイダのような高度なAIは違うが。
 人間の思考はアルゴリズミックではない、理不尽であったり非論理的であったり、だからこその柔軟性がある。将棋はこの柔軟性を競うものだ。経験と先読み、戦争の縮図とも言える9×9の盤面は、現実の戦闘を考えても学ぶべきことは多い。個人同士の戦闘であっても、戦術・戦略が頭の片隅にあるとないとでは勝率・効率が違う。

「それにな、新しいものをつくる、発想や閃きなどといったものは、コンピュータには存在しない。所詮は計算機、量子でも使わない限り、与えられた条件や状況で100%未満の結果を出すのが限界だ。100%を超えるのは、人間やそれに類するものではないとできない。たとえばだ……」

 中空に映像を出す。聞きなれた『Whats up!! Whats up!!』の声。プロローグの始まり。

「怒首領蜂大往生デスレーベル二週目。理論的には攻略が可能だと判断され出荷されたが、しかし――――」

「やった! あれ?」

 黄流第一形態が撃破され、第二形態に移行する。まだプロローグだ。

「大半がここにたどり着けずに撃破されてしまった。そしてこの最終鬼畜兵器 黄流に阻まれ、涙する者も多い。だが――――」

「やった! 今度は――――え?」

 やっとプロローグが終わった。画面に現れるのは、先程の巨大な蜂に比べれば小さく、素人が何も知らずに見れば『弱そう』と判断するだろう、燃え盛る弐匹の蜂。

「また道中ですか? ――――えええええ!?」

 弐葬式洗濯機と名付けられたその美しい最悪の弾幕。隙間はあれど隙は存在しない、究極の殺意。それを果敢に避ける自機。

「理解できたか」

 ボムを一切使わず、ただ避けるのみ。そして、ついに――――

「今度こそ!!」

「ああ、彼は成し遂げた。人類をやめたとまで褒め称えられたよ。だが、それは才能を努力で磨き上げた結果だ。彼は魔法も、神経を加速させるような技術も一切ない世界でこれを達成した。これを見て、何か思うことはないか?」

「ハイ! 僕もこんなふうにデスレーベル二週目をクリアしてみたいです!」

 無言で手刀をその頭に振りおろす。

「――――!?」

「一つのものに集中しすぎるのは長所であり欠点だ。それ以外に視界が存在しない。何かに打ち込むにはこれ以上ない才能だが、時と場合によっては致命的だ。切り替える癖をつけておけ。集中しすぎてもいい状況と、そうでない状況で切り替える癖を」

「うう……わかりました……」

 頭を押さえ涙目になりながら了解するネギ。アーニャがこれを見たら、またうるさくなるだろうが、幸いにして今日はいない。

「頭は冷えたか。ではもう一度訊く。何か思うことはないか」

「……訓練次第で人は人間を超えることができる、ということですか?」

「その通り。だが、ただ魔法の使い方や躯の動かし方を鍛えるのではなく、どう使うか、どう立ち回るか。ネギは単純馬鹿だから、結局はゴリ押しになるだろうが、ゴリ押しでもフェイントをかけたり、フェイクで本命を隠したり、ミスリードさせたり、簡単ながら自分を有利にする方法がある」

「なるほど~」

 今、馬鹿にされたの、気づいてないな。

「今日はここまでだ。明日までに本将棋のルールを覚えて来い。いいな」

「ハイ! ありがとうございました!」



 正直、ネギにCAVEシューを、斑鳩を、東方を、イディナロークを与えたのは失敗かもしれない。
 あの日から一心不乱に魔法を勉強し、練習し、1年も経たずしてそれなりの魔法が使えるようになっていた。あまりに根を詰めてやるので、息抜きと動体視力の鍛錬にと渡したが、若干染まってきている。
 たとえば、私が怒首領蜂をしているときなど、希代の名台詞『よ ろ し く。』の全文を見て真剣に悩んでいた。

「ボクは……仲間を……」

 真面目なのは長所だが、すぎると欠点だ。STGなど鬱エンドが基本なのに、これでは問題がある。いや、そういう問題ではない。のめりこみすぎているだけでなく、感情移入が半端ではない。魔法使いでなく、どこか別のところに行ってしまうのではないか。

「さて、今日が最後だ」

「ええ!? そんな!」

「明日以降、来ても何も教えない。困ったことがあれば力を貸すと言ったが、それほど困ってはいまい」

「そう、ですけど……」

「強くなりたいと思うのはいい、だが、力を得るにはまだまだ幼い。『力は正しいことに使うべきだ、少なくとも、自分がそう信じられることに』という言葉がある。だが、まだネギは世界を知らず、何が正しいか、何が正しくないか、そもそも正しいことなど存在するのか、ということを理解できるとは思えない。正しくないと知って、あえて行動する強さも、力を持つ者には必要だ。ネギはメルディアナで魔法という力を得るが、その力の使い道は、よく考えておけ。目的の無い、指向性の無い力は爆弾だ、周囲に被害をまき散らして、何もかも無差別に傷つける」

「…………」

「最終試験。今まで教えてやったことはなんだ? 今日が終わるまでに答えを出せ。正解なら、またいつか、今度は戦い方を教えてやる。不正解なら、馬鹿に力を与えるなどできない」

「え……ハイ!」

 元気のいい返事だが、子供はやはり現金だ。素直なのだろう。
 すでに準備完了していた将棋盤を囲み、パチペチと対局を始める。

「将棋にてプレイヤーはこの駒、王将になる。そして、自分も含め駒として考える。時には己を囮にして、いかなる犠牲をいとわず、自分が生き残り相手の王将を討つ。戦場の縮図だ」

「これが、戦争……」

「問題。戦争に勝つにはどうすればいいか。次の手で表現してみろ。いいか、ここは戦場だ」

「戦場……う~ん……こうですか?」

 音もなく、駒が置かれる。その位置は、将棋盤の外。私の王将の背後。

「そう。それも正解の一つだ。だが、よく気づいた。そう、戦場にはルールは無用。勝てばいいのだ、WWⅡも、先の大戦も、誰も手段を選ばなかった。堅物なネギにしては考えた方だと言える」

 他の正解は、プレーヤー自身を殺す、将棋盤をひっくり返すなど。戦争にルールなどないのだから。
 かといって、ネギが出した以外の答えを私は求めない。そこまで汚れる必要はない。今は、まだ。

「今日はこれで終わりだ。もう少しかかると思ったが、なかなか早かった。あとは、最終試験だけだ」

「がんばります!」

「答えは頑張って出すものではない、悩んで出すものだ」

「はい!」



 ネギの背中を見て、思い出す。
 ナギもあんな頃があった。最も、教えろと言われたのは戦い方だったが。
 正直、教えることもなかった。あれはほとんど本能で戦っていた。戦って、経験を得て、それからフィードバックする。
 私が教えたのは、『どんなにずるくてもいい、勝った方が、生き残った方が正義だ』の言葉だけ。
 そのせいでエヴァは悲惨な目に遭ったようだが。時期を見て呪いは解こう。

「……災害をまき散らしに行くか」

 届けられたそれを見て、多少腹が立った。ネギといる時には取り繕っていたが、若干不機嫌だ。
 メガロメセンブリアへの出頭命令。ずらずらと並び立てられた罪状が、余計に死にたいのかと思わせる。
 超自然災害に喧嘩を売ったドン・キホーテどもめ、己の愚かさをその魂に刻むがよい。

「エルテ先生! 答えを聞いてもらえますか!」

「ああ。聞かせてくれ」

 ネギがノックもせずに入ってくるが、それを咎めるつもりはない。それほど自信があるのだろう。
 早かった、と思ったら、かなりの時間が経っていた。もう夜だ。

「心構えだったんですね?」

「そのとおり。力を持つ者の心構え。これで卒業試験は終わり。また、いつか成長したら、教えてやる。今日はもう帰れ」

「は、はい!」

 本当に嬉しそうだ。
 その背を見送った後、私はメガロメセンブリアに次元跳躍戦略砲撃をブッ放した。
 少し、手加減して。



 魔法世界では、テレビでどのチャンネルを回しても緊急放送が流れていた。

『現場の上空です! ご覧ください、見事に消え去っています! 以前『大災厄』エルテ・ルーデルが復活したことをお伝えしましたが、その力未だ衰えていないことを如実に示しています! 幸い攻撃前に避難勧告が『大災厄』より伝えられていたので死傷者は皆無ですが――――あ、新しい情報が入ってきました! 今回の件はメガロメセンブリア元老院がエルテ・ルーデルを挑発したことによるものと――――』



[21785] 破壊先生エルて!03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/11 05:24
 ネギの卒業、ついでにメガロメセンブリア元老院の一時壊滅から数年、ネギがメルディアナを卒業することになった。
 それまでネギはほとんど私のところに来ることはなかった。魔法を学ぶに当たって、私はかけらほどの助言すらできない。精霊など使わず、己の持つ破滅級の馬鹿魔力を運用する、俗にいう『ガイア式魔法』の使い手は、操ろうとした精霊を馬鹿魔力で飽和させ魔力に還元してしまうからだ。ネカネは茶を飲みに来るが、アーニャはメガロメセンブリアの件で私を恐れて来なくなった。

「アーニャが来なくなったのは悲しいな」

「時々誘ってはいるんですけど」

「こうなるなら、もっと手加減しておくべきだった」

「そういう問題じゃないと思いますよ?」

「というか、ここにいてもいいのか? もうすぐネギとアーニャの卒業式だろう」

「エルテさんがいますから」

 私を足に使う気か。

「まあ、いいか。ほら掴まれ」

「はい♪」

 一瞬でその場から消え去り、もうすぐ卒業式が始まらんとするホールに現れる。

「だ、大災厄……」
「地上の災厄だ……」
「何をしに……」

 一部がざわざわとうるさいが、そちらに視線をやるとぴたりと声が止んだ。
 そのまま私だけホールを出た。妙な緊張感があるよりは遥かにマシだろう。



「……ふん」

 魔力を超高圧で圧縮。魔力を追加して圧縮。雪玉を転がして手で押し潰すように。

「こんなものか」

 できたのは、中心が紅の黒い宝石。親指程度の大きさで、その実、普通の魔法使いが無限とも言えるほどの魔砲を撃てるものだ。

「ふう。お守りは物騒なくらいがちょうどいいか」

 ジュエルシード勢ぞろい状態での次元震を数度は起こせるエネルギーを内包。ラディオアクティヴ・デトネイターの略、RADと名付ける。無論、そんな物騒な名前だと受け取ってもらえないだろうからいつも通りブラッディシードとして渡すつもりだ。
 背後で無駄に大きな扉が開く。終わったようだ。

「ネギ、アーニャ、卒業おめでとう。ほれ」

 ピンと、親指でRADを弾く。それは寸分違わずネギの手元に落ちる。

「え? わわっ! こ、これは?」

「ブラッディシード。純粋魔力の結晶だ。見につけているだけで魔力が上がる。ついでに、魔力枯渇の際に願えばチャージしてくれる。やろうとおもえば、私と同じような魔法が使える」

「なんかマガマガシイんだけど!?」

「私の魔力の塊だ、黒く紅くなるのは当然だろう。アーニャにはこれをやろう」

 幾つもの溝が掘られた白い指輪。一定周期で、青い光が溝を流れていく。

「なによこれ……なんかぷにぷにしてるけど」

「メタトロンの指輪。試しにオークションに出してみろ、アメリカの国家予算の半分くらいの値はつくと思うぞ」

「そ、そんなものもらえないわよ!」

「せっかく木星まで行って作ったのに……私の努力を無碍にするのか、アーニャ……」

「し、白々しいわね……いいわ、もらってあげる!」

「ちなみに魔法発動体でアーティファクト。効果は自動防御。肌身離さず持っておくこと。時々水を与えること」

「凄まじいわね……ウンディーネの加護でもついてるの?」

「いや、核融合だ」

 びしり、とアーニャが石化する。

「ちぇちぇちぇちぇチェルノヴイリ!?」

「違う。まあ、言ってもわからんだろうが、安全だよ。少なくともこの2200年、一度も事故を起こしたことはない」

 メタトロン技術が存在していなかったからな。とは言わない。嘘は言っていない。

「な、ならいいわ――――あ、ありがと」

「なに。旅立つ者への些細な餞別だ。じゃあ、また会う日まで、Goodluck」

 ネギとアーニャに背を向け、その場を去る。私が歩く道先は、十戒の如く人が左右に分かれる。史上最悪最凶最上の災厄、メガロメセンブリアの件で私は密かにランクアップしていた。私の真実を知れば余計に箔がつきかねないが、もう知ったことではない。

「元少年。久しぶり」

「おお、破壊神殿。何年ぶりですかな。ネギ君の晴れ姿でも見に来たのですか?」

 声をかけたのはメルディアナの校長。遥か昔から少年と呼び、その結果名前を知る機会が一切なく、結局元少年と呼ぶことになってしまった。無論、今更呼び方を改める気もないし、名前を覚える気もない。向うも、私の名前を知ってはいるものの、未だ私が戯れに名乗った破壊神という呼び名を使っているのだ。お互い様だ。

「ああ。餞別も渡した。あと、今日を限りにこの地を去ろうと思う」

「それはそれは、一部が狂喜乱舞しそうですな」

「仕方あるまいよ。私は今まで自由に生きてきた。それを誰がなんと思おうと、気にする権利はもうない」

「相変わらずですな」

「さて、変わったのか変われなかったのか。ま、それはどうでもいい。餞別だ」

 ワインの瓶を渡す。リースリンク、トロッケンベーレンアウスレーゼ50年物。

「日本酒以外でいい酒など、これとアクアビットくらいしか知らんのでね」

「ほう、これは……ありがたく頂きましょう。して、次は、どこに行くつもりかね?」

「私が行くとすれば、面白いことがあるところか静かな場所だよ。それをいうと、サイレントヒルなんかはなかなか最適かも知れないな。全ての愛と罪の集まる街――――素敵だと思わないか」

「なるほど、破壊神殿ほど愛と罪にまみれたものはおらんでしょうな」

「まあ、気まぐれにふらふらするさ。ではな。生きてたらまた会おう」

「お達者で」

 恐らく、彼には私の行き先がわかっただろう。それを知って知らんフリをする、相変わらず狸だ。
 しかし上には上がいるもので、彼以上の狸に私はこれから会わなければならない。
 窓から飛び出し、空を駆け上がり、目標を東へ。

《ゼロシフト、Ready》



 麻帆良学園という閉鎖空間は、極めて排他的である。そもそも閉鎖されているのだから排他的なのは当たり前だが。
 学園という形態をしていることから、完全閉鎖ではないにしても、許可のない者や物を簡単に通すほどお人よしではない。

「面倒だ……」

 囲まれてる。敵意がこれでもかと。魔力の隠蔽など久しくしていなかった故に、しっかり失念していた。隠蔽していたらしていたで、後々厄介なことになりそうだが。考えてみれば、今の私は国籍とか戸籍とかの一切が存在しない。普通の手続きなど絶対にできない。ならば、これが最善かと、結果オーライと考える。
 時差により闇夜な日本は、私が潜むには/動くには最適な時間帯だ。向うは私が見えない、こちらは離れていようが全て見えている。

「涙ーの雨ー黄昏は微笑みー……違うな」

 この詠唱は相手が死んでしまう。

「おとなしくサイレン・ヒルで怖がってもらおう」

《まさに外道》

「結界を」

《了解》

 バージョンアップしたリアルホラーワールドへようこそ。
 対象がより恐ろしく感じる世界がどれかを判断し、自動的に振り分ける。最近は世界のバリエーションも増え、生物災害や時計塔、恐竜危機などにも送ることができる。あくまで今いる世界をベースにしたホラー世界を構築するので、場所と世界の組み合わせによってはまったく怖くない場合もあるが、その場合はしばらくして別の世界に送られることになる。

「やはりあなたでしたか、エルテ・ルーデル」

「他人行儀は嫌だよ。それにしても、あれほど怖がっていたタカミチがここにたどり着けるとは。人は成長するものだ」

「死ぬほど怖いですよ。ですが、この世界より怖いものを知っていますから」

「そう」

 会話を中断し、結界を解除する。しばらくして、飛来する銃弾や魔法の矢。

「リカバリが早い。判断も悪くない。よく訓練されている。あるいは、よく訓練しているのかな」

 エイダの張ったプライマルアーマーモドキはエネルギーにも効果を発揮する。魔力結晶粒子故に人体への害は少ない。ただ何故か水に弱い。

「じゃあ、やられたフリでもして寝るから、後は頼んだ」

 そこらの樹に寄りかかって寝る。面倒ごとは若者に任せる。
 私も老いた気分になる……――――



 起きたら牢獄だ。正史でネギが封じられていた、魔法の使えない部屋。

「無粋か」

 ならば、痛快アクションがごとく脱出してやろう。

「……アンジェがごとく――――」

 レーザーブレードで隔壁をぶった斬る。が如く、手刀に魔力をまとわせ、結晶になるまで圧縮、単分子の刃を構成する。

「――――フ――――」

 狂気の鋭利な刃と御神の剣と破壊神、その全てが合わさった時、私は理だって斬り裂ける。らしい。理使い曰く。
 一閃、それだけ保てばいい刃は、振り切った際に砕けた。一部にはまだ単分子構造が残っているから、触れただけで指が落ちてしまう。エネルギー結晶体なのだから、いっそのこととこれを使ってライオンハートを作ってみる。エイダを奪われている今、武器は自前で作るしかない。狙撃に対する自動防御もない、ならば常時護っていればいい。魔力結晶の粒子を周囲にまとわせ、エイダのPAモドキを再現してみる。元来頑丈な、今やそう簡単に死ねなくなったこの躯。たとえエイダの張るPAモドキより遥かに濃いPAモドキを突破できたとしても、私の存在を蒸発させない限り一切の攻撃は無駄。たとえこの躯を滅したとしても、予備はいくらでもいる。
 扉を蹴る。分子間力でくっつきあっていた扉はあっさり崩れ落ち、PAモドキの闇は牢獄の外へゆっくり漏れていく。
 闇はどんどん広がっていき、どんな小さな隙間へも潜り込み世界を侵食していく。

「痛快アクションじゃあないな」

 これはホラーだ。つくづく、己の本性が人への恐怖だと思い知る。根が暗いんだ。エイダがいないと寂しい。いつもなら、こんな状況、馬鹿みたいに茶化してふっ飛ばしてクリアするのに。別の個体のそばにはエイダがいるけど、この個体のそばにはいない。私はエイダといるけど、今エイダは独り。

「エイダ……」

 アサルトアーマーがごとく、PAモドキをまき散らす。粒子の扱いに慣れ、粒子の一粒一粒が多目的ビットとなる。
 エイダを探して、どこまでも闇を広げていく――――

『なんだこれは!』
『近寄るな! どんな危険があるか――――』

 ここにもない――――

『まさかあいつの仕業!?』
『撤退しろ!』

 ここにもない――――

『やっぱり災厄じゃない!』
『だから俺は処理しろと――――うわ!』

 ここにもない――――

『フォ!? これは……』
『学園長!』

 エイリアンを発見――――

「フフフ――――」

 転移。

「フォ!? エルテ殿……」

「エイダはどこ?」

「エルテ! 落ち着け!」

 タカミチが私をはがいじめにする。しようとする。

「黙れ……タカミチ」

 PAモドキでその躯を縛る。

「ねエ、エイダ、カエシテ?」

 ああ、この個体、暴走している。個体だけじゃない、エルテ・ルーデルはこの暴走を許容している。

「カエ……シテ?」

 闇が、近右衛門をゆっくりと絞め上げる。その首筋にゆっくりガンブレードを押し当てる。

「そ、そこの密閉金庫の中じゃ!」

 近右衛門の指す先に、人を閉じ込めることができそうな大きな金庫があった。なるほど、密閉されていれば見つかりにくい。
 とりあえず殴る。蹴る。斬る。壊す。開ける。いた。30mm弾頭のペンダント。

「エイダ……」

《他人に任せるからこうなるのです》

「ああ、まったくだ」

 アヴェンジャーを胸の前で祈るように握りしめる。
 何よりも愛おしい戦友。アルトと同じ頃から一緒にいて、アルト以上に一緒にいる。
 消耗品の私の身を案じ、何よりも支えだった。
 いつの間にかこんなにも依存していたとは思わなかった。

「さて……近右衛門。交渉と行こうか」

 一度壊れてしまったら、後はもうわからない。恐らく私は、今までにないほどにっこりと笑えていることだろう。



 麻帆良中に突如噴き出した黒い霧。それは恐るべき速度で学園を闇に飲み込んだ。
 学園長室も例外ではない。それが無害だと知っているのは、ここにいる二人と、闇の福音だけだっただろう。

「フォ!? これは……」

「学園長!? エルテですね……まずいですよ、これは」

 誰もエルテが本気で怒ったところを見たことはない。それは赤き翼メンバーも同じで、怒ったとしても手加減されていた。しかし、この黒い霧には、明確な殺意が存在した。
 タカミチは知っていた。この霧は、昔エルテが使っていたPAモドキというものだと。あの時はあんなに頼もしかったのに。こんなに恐ろしいものだったとは。

「フォ!? エルテ殿……」

 近右衛門の声で、初めてタカミチはエルテがここにいることに気づいた。と同時に、己の未熟さを感じ、この存在に対する認識の甘さを後悔した。

「エイダはどこ?」

 その声にいつもの凛々しさはない。無くした物を探す幽鬼のようだ。

「エルテ! 落ち着け!」

 このままでは近右衛門の命に関わると判断したタカミチはその華奢な躯を押さえつけようとするが、逆に見えない何か、いや、黒い霧に躯を縛られてしまった。

「黙れ……タカミチ」

 今のエルテの言葉に逆らえるはずもなく。拘束に対しろくな抵抗もできなかった。この霧はエルテの世界、彼女に抗うことは許されない。

「ねエ、エイダ、カエシテ?」

 その手の刃がゆっくり動き出す。

「カエ……シテ?」

 闇が近右衛門の座っている椅子に老体を縛りつける。ゆっくり、ゆっくりと、しかし断頭台の刃のようにガンブレードはその首に当てられる。

「そ、そこの密閉金庫の中じゃ!」

 ここまでの冷たい殺意に晒されたのは、彼の長い人生でも初めてだったのではないだろうか。耐え切れなくなったのか諦めたのか、エイダ――――アヴェンジャーの在りかを遂に自白した。
 剣が跳ね上がり、金庫が殴られ凹み、蹴られ歪み、斬られ、引き裂かれ、壊れた。
 中に収められていたあまりに大きな銃弾のペンダントを祈るように握りしめ、何かを語りかけていた。
 どれほどの時間そうしていたのか。ペンダントを首にかけ振り返る。あれほどの殺意にまみれた霧は、いつの間にか消えていた。

「さて……近右衛門。交渉といこうか」

 いつもの薄い微笑みではない、誰も見たことのないであろうその笑顔に先ほどよりも強い恐怖を感じた二人は、彼女の出す条件を全て飲まざるを得なかった。



[21785] ゼロの破壊魔01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:19
 それを一言で言うならば、平民。だが、ただの平民でないことは、召喚した少女が一番理解していた。
 ルイズが平民を召喚したことをからかう声。そんなものは、雑音でしかない。
 その存在は、精巧な人形のように、いや、そんなものとは比べるのも愚かしいほどに美しく、作りものじみていた。
 殆ど無表情に等しい、唇の端をわずかに挙げる微笑みで、その表情に相応しいのか否か、自嘲的な溜息を漏らす。

「……なるほど、理使いの悪戯としてはなかなか面白いことをする」

 その平民は、その場を見渡して呆れたように呟く。
 銀髪、黒衣、黒眼。いや、左眼がわずかに紅い。歳の頃は10歳といったところか。しかし、その雰囲気は少女の姿を遥かに裏切っていた。

「あ、アンタ、誰?」

 ルイズは、その雰囲気に気圧されながらも、使い魔に舐められないように、いつもの風を装った。それが、なんらの意味を成さないとも知らず。

「フフフ、人の名を問うならなんとやら。あ、いや、ルイズ、わざわざ名乗る必要はない。私はエルテ・ルーデル、破壊神だ。よろしく」

 少女は、異世界で『黒銀の破壊神』と謳われ恐れられていた少女は、変わらない微かな笑みと共に名乗った。



 レイと名乗る理使い。私の複数個体の運命を変えた少女。
 いっそセンチュリアをこっちによこせば、完全に物語の制御・統制ができたというのに。
 数は力だ。リリカルなのはの世界で、私はそれを理解し、私が正しいと思えることにその力を使った。それは今も変わらない。
 センチュリアとのリンクは切れてはいないし、ルーデル機関で行っている旧ガイアの技術の復旧・新技術の開発・既存技術の発展は未だ止まることを知らない。そう遠くないうちに、増援が来るか私が戻るかすることになるだろう。あるいは、私が一人のままこの世界に残るか。その時の気分次第だ。

「ふむ。ガンダールヴのルーンは同一存在には適用できないか。世界が違うからか、私単体を『個』とし、私全体を『個』として見ていないからか……」

「なにブツブツ言ってんのよ!」

 契約も終わり、原作通りコルベールがルーンをスケッチしたあと、残された私とルイズは、歩きながら話していた。
 飛んでもよかったが、力はあまり見せつけるべきではない。少なくとも、ギーシュとの決闘までは、おとなしくしていようか。

「そうカッカするなアリサ……でなくてルイズ。せっかくの美少女が台無しだ」

「誰よそれ! それにご主人様と呼びなさい!」

「断じて認めん。私を従えたくば、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下くらいに強く、気高く、誇り高くなってからだ」

「ハンス? だから誰なのよ! 強く誇り高く? 私は貴族よ!」

「なら、示してみるといい。そう喚いている時点で気高くはないと思うが」

「なっ!?」

 どうも、ルイズは私を『使い魔だから』『平民だから』という理由で屈服させたいらしい。
 多少見慣れずとも、マントではなくロングコートを羽織り、そして杖を持たない私は、ルイズから見れば平民で、貴族に反抗することを許されない存在なのだろう。私の知ったことではないし、権力に屈する気は一切ない。そして権力は私に対して何らの圧力にもなりえない。私を法で縛ることはできない。別の世界では災害とまで謳われたのだから。
 ――――考えてみれば、閣下ほど貴族に向いている人類はいない気がする。偏見か。

「まあ、対外的には、一応使い魔として振舞ってやらんこともない」

「なんでそんなに偉そうなのよ!?」

「気づいてないのか? 決定権はこちらにある。私はルイズに依存せずとも生きていけるし、使い魔になる義務もない。私の一存で、ルイズは使い魔を失い、二度と使い魔を召喚できないということになる。その場合、進学できるのかな?」

「アンタを殺して、新しい使い魔を……」

「無理だとは思うが」

「ファイアボール!」

 案の定、挑発したら燃え上がる。私の外見年齢など、恐らく頭にない。
 使えもしない攻撃魔法、いや、ルイズにとっては失敗ではあるが、確かにそれは攻撃魔法だ。
 不可避の爆発。普通なら、私は頭を吹き飛ばされて終わりだろう。

「やれやれ。私が短気でなくてよかったと言うべきか」

 呪文を唱え終わる瞬間に狙われた場所から離れて、シールドを張る。一切の衝撃はなく、私はススにすら穢されない。
 不条理ともいえる、どんな固定化のかけられた物体すら破壊し得るその爆発は、しかし系統魔法でない私のシールドに傷一つつけられない。シールドそのものに魔法をかけられればアウトだが、魔法で発生した現象は防ぐことができる。
 爆煙が晴れる前にシールドを消し、ほんの少し湧いた殺気を押し隠しながら。ルイズに微笑む。笑えているかはわからないが。

「そ、そんな……」

「破壊神が壊される、そんな皮肉はあり得ない。そしてルイズ、殺すことに躊躇しなかったのは評価に値するが、さっきの行動のどこに、ルイズの誇りはあったのか? あのとき、ルイズは貴族でいられたか?」

「あ……う……」

 ルイズは、それ以上言葉を発しなかった。微かなうめきのような声を上げて、時々頭を左右に振りながら、そしてそれは学院に着くまで続いた。



「契約の再確認?」

 ルイズは疲れきった顔で訊き返してくる。肉体的疲労ではなく、精神的なもの。私の言葉は、よほどルイズの心をかき乱したらしい。
 自室のベッドに座って、頭を抱えている。まるで真っ白に燃え尽きたボクサーのようだ。

「ああ。衣食住の保証や生命の保証・労働条件など、私とルイズの間でよく決めておかないと。お互いの幸せのために」

「お互いって、私ももう充分に不幸よ……」

 ベッドにだらしなく身を投げぐったりするが、力のあるツンデレのしつけは最初が肝心だ。少なくとも、こちらと対等以上の関係であることを教え込まなくてはならない。

「視覚の共有はできるか?」

「……できないわ」

「秘薬は私が作るとして」

「は? 秘薬を? アンタが?」

 勢いよく上半身が跳ね上がる。ただのケミカルな話なのだが、説明するのが面倒だ。

「薬は水の秘薬ほど速効性はないがな。爆薬、毒薬、毒ガス、麻薬、媚薬、自白剤、その他諸々。作れというのなら、場所さえ提供してくれるなら機材や材料は私が調達するが」

 さすがに麻薬や媚薬は合成しないが。毒薬や毒ガスは非致死性のものだけとかにしよう。麻痺系や睡眠系か。

「そ、そう。場所を提供すればいいのね」

「オスマンに許可を得る手もあるがな。最後、護衛。これは問題ない。悪意あるものは何人たりともルイズに触れることを許さん」

「ふう、そうは言うけど……それは期待してないわ。いくらアンタが頑丈でも、平民がメイジに勝てるはずがないもの」

 どうもルイズは、私が爆死しなかった理由を『やたら頑丈だから』と思ったらしい。『ゼロ』の自分は手も足も出ないが、熟練のメイジには私を殺せる、と。
 その固定観念が、明日には崩壊するとも知らずに。

「普段は掃除洗濯などの雑務をしよう」

「それくらいしか役に立ちそうにないわね」

 秘薬、化学合成技術も信じてないようだ。やれやれ。

「私の義務は決まったな。報酬の話に移ろう」

「何よ、給料よこせとか言うんじゃないでしょうね?」

「衣食住の保証。特に食に関しては一切の妥協を許さん。あまりにも粗末なものを提供したりメシヌキなどにしたりすれば、判っているな?」

 ルイズが震えているのは気のせいだろう。

「生命の保証。私を殺そうとしない、危害を加えない。多少の、戯れ程度は許すが、度が過ぎれば許さない。あと、義務行動外の自由の保証」

「なにその『義務行動外の自由』って」

「呼んで字の如く、仕事がない時は勝手に行動させてもらう。色々と、私にも用事があるからな」

「平民に用事? どうせ大したことじゃ……」

「最後に、ときどき数日の暇をもらうことがある。概ね秘薬の材料探しだと思ってくれればいい」

「……なら構わないわ」

 許可は得た。これでタバサの任務に同行できる。

「後は……もうないな。これだけだ」

「そう。私はもう寝るわ。アンタみたいなのの相手で疲れたわ」

 そう言って服を脱ぎだし、下着をポイポイこちらに投げるルイズ。素早く着替えて、布団に潜り込んだ。

「それ、洗濯しといて。あと、アンタは床……は可哀想ね。特別にベッドを使うことを許すわ」

 意外だったな。あれだけ生意気に振舞ったと言うのに、私は床ではない。
 女というのが最大の差なのだろうか。

「まあ、当然か」

「まったく、いちいち偉そうね」

「いや、ありがたく添い寝させてもらうとしよう」

「ふん」

 コートを脱ぎ、服を脱ぎ、下着だけとなってルイズのいるベッドに入る。
 明日の朝、どう起こそうか考えながら。



[21785] ゼロの破壊魔02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:15
 エルテ・ルーデルの朝は早い。

「Die Stuka! Die Stuka! Die Stuka!」

 シュトゥーカ・リートを歌いながら、学院外壁の内側をスプリンターもかくやと言わんばかりの速度で文字通り走り回っている。
 しかも、片霧ヴォイスで音程も外れておらず、雄々しく歌っているので格好いいことこの上ない。
 白銀の長い髪がなびくその姿は、まるで軍神が舞い降りたかのように美しい。
 そして、彼女の足は止まり、爪先までピンと伸ばされた状態で固定される。爪先は大地をこすり、芝生をレール状に耕す。そう、二足飛行である。
 未だ、平民の使用人すら起きていない日の出前の時間。己の魔法と体力がどの程度変化したかが知りたかったのだ。

『魔力変換効率の上昇を確認』

「ふーむ。とりあえずガンダールヴ補正は魔法にもかかるようだ」

 エルテのデバイス、アヴェンジャー。普通はその名が示す通り巨大な30mmガトリング砲なのだが、今は化物デザートイーグル、ヴュステファルケモードで起動している。デバイスを武器兵器として認識するのは確認済み、そして、本来サブアームであるそれを左手で握った瞬間。

「うおっ? やはり右手より左手の方が増幅効果が高いか。まるでVOBだ」

『時間差はほぼゼロです。この急激な変動に慣れる必要があると思われます』

「ゼロシフトよかマシだ」

『確かに。ですがゼロシフトは完全に制御されています』

 急加速に驚き、既に爪先は大地を離れ、ただの飛行になっている。

「破壊神ハイスペック×ガンダールヴブースト=閣下×A-10といったところか」

『何億人殺すつもりですか』

 戦車519輌×戦車兵3~4人=1,557~2,076人(記録のみ)。
 装甲車・トラック800輌以上×10人=8,000人以上。
 その他諸々=計測不能。
 A-10補正×1000=9,557,000~10,076,000人(最低数)。
 そんな計算がエイダの中ではそんな計算がされたに違いない。
 閣下なら後一桁いけるとか思っているのは間違いなさそうだ。

「殺しはしないさ。死なせて下さいと懇願されるくらいに痛めつけるだけで」

『え、えげつない……』

 キュッと、女子寮の前で急停止。同時にアヴェンジャーを待機状態に戻す。

《それに、この世界にそんなに人口はない。皆殺しにしても数千万はいくまい》

[[数の問題ではありませんが]]

《この世界は治安が悪いうえに命が安い。貴族はまるで銀河英雄伝だ。宮廷貴族の気分次第で戦争ができるくらいに。ん? 違ったか。アメリカ人並みに戦争が好きだったか。どうも思い出せん》

[[……いずれにせよ、この世界ほど、ランナーが活躍できる世界はないように思えてきました]]

《大暴れするか?》

[[ご自由に]]

《まあ、この世界は大筋に従えば問題ない。前みたいにシナリオに振り回されることはないさ》
「んっ――――」

 ルイズの部屋の前で、エルテは伸びをする。

[[暴れる気、ですか]]

《さあ、どうだろう》



 とりあえず、洗濯場へ。学院内周をぐるぐる回って、その場所は把握している。

「おはよう」

「え? あ、おはようございます」

 途中合流した洗濯物を入れた籠を持つメイドに、あまり爽やかとはいえない挨拶を告げる。

「あ、あの……」

「?」

「もしかして、ミス・ヴァリエールの使い魔の方ですか?」

「一応な」

「やっぱり。あの、どうか気を落とさず……」

「いや、心配するな。どんな暴君であれ、弱さという種に、暴力という水をまいて、ゆっくりと、花を愛でるように更生させてやれば、立派な貴族になる」

「え?」

「私を召喚した責任、とってもらう。上に立つ者としての心構えを、あの傲慢な小娘に知ってもらわんとな」

 エイダにはああ言ったが、暴れるどころか暴走する気満々だ。私の堪忍袋の緒が切れれば、国家解体戦争すら辞さない覚悟だ。

「も、もしかして、貴族の方……」

「いや、私は貴族ではないよ。私は彼らのようには生きられんからな」

 誇りを失い、力を楯に搾取するだけしか能のない愚か者ども。誇りとは名ばかりの自尊心にしがみつき、形だけの名誉にばかり執着するものがはびこる世界。汚染されたまま放置されていたガイアの方が、遥かに楽園であると断言できる。今は綺麗なものだが。

「さて。とっとと洗濯物を片づけよう。君も、そう時間があるわけでもないだろう」

「あ、はい」

「ついでに言うと……洗濯の仕方を教えてほしい」

「え? 知らないんですか?」

「こんなシルクやらを手荒くやるわけにはいくまい」

「ああ、なるほど!」

 納得してくれて何よりだ。

「とりあえず、師匠と崇め奉るために名前をお教え願いたい。私はエルテ・ルーデル」

「そ、そんな! 師匠なんて!」

「冗談だ。それで、教えてはくれないのかな?」

「あ、いえ! シエスタと申します。よろしくお願いします」

「こちらこそ」



 シエスタに教えてもらって洗濯を終わらせると、寮から生徒がちらほら出てきた。そろそろか。

「では、また」

「あ、はい」

 シエスタと別れ、ルイズの部屋に戻る。窓を開け、布団をゆっくり剥ぎとる。
 そして――――

「!?」

 跳ね起きるルイズ。その顔は蒼白を通り越してチアノーゼに近く、汗が吹き出ている。

「おはよう」

「あ、あ、あ、あんた! だれよ!?」

「私を忘れるとは。無責任にも程がある」

「あ、そ、そうだったわ、使い魔……」

「おはよう、ルイズ」

「ねえ、アンタ――――」

「お・は・よ・う?」

「ひっ!」

 少し笑いながら可能な限り怒りを込めて挨拶。いったいルイズは私に何を見たのか。
 しつけは最初が肝心と言うし、挨拶くらいはできないと。

「おはよう」

「お……おはよう」

「さて、時間はいいのか?」

「え? 余裕はそんなにないけど充分間に合うわ」

「そうか」

 確認ができたのなら問題ない。私は義務を果たす。
 たらいに汲んできた水で顔を洗わせ、服と下着を取り出し、ぱっぱと着せていく。

「文句言ってた割にはちゃんと仕事できるんじゃない」

「妹や娘達の世話をしていればな。それに、文句は一つも言った覚えはないぞ」

「娘? その歳で――――」

 馬鹿にされたことには気づかない。

「気にするな。さて、朝飯に行こう」

 ルイズの疑問に答える気はない。今は、まだ。
 先んじて部屋を出ると、隣の部屋から、文字通りの赤毛の少女が出てきた。おそらくは、キュルケ。

「あら? あなたは……」

「あ、キュルケ」

 遅れて部屋から出てきたルイズが、私と言葉を交わしていたキュルケに気付く。

「もしかして、ルイズの使い魔? こんな小さな子が?」

「一応、そういうことにはなっている。エルテ・ルーデルだ」

「あっははは、やるじゃないルイズ! あなた変わってるとは思ってたけど、平民を召喚するなんて!」

「ぐぬぬ……」

「? サラマンダーか」

 キュルケの後ろからついてきた動物、これが確かフレイム、だったか。

「ええ、そうよ。やっぱり使い魔はこういうのがいいわよね~」

 ……かわいいな。
 ひょいと前足の付け根から持ち上げて、その愛敬のある顔をじっくりと眺める。

「え?」
「え?」

「む? すまない、かわいい動物を見かけると、つい、な」

 フレイムをゆっくり床に降ろす。

「ルイズ、余裕が無いといったのはあなただ。行くぞ」

「っちょ、待ちなさいよ!」

 食堂の場所は覚えている。シエスタに、口頭であらかたの配置は教えてもらっていた。



 残されたキュルケは、傍らに控えるフレイムを持ち上げようとする。

「んんんんん、しょっと!」

 かなり力を込めて、やっと持ち上がった。

「レビテーション? いや、魔法じゃないわ……」

 ルイズの使い魔の少女は、いとも簡単に持ち上げて見せた。キュルケのように、力んだ様子は見られなかったし、魔法を使った気配もなかった。純粋に馬鹿力でないかぎり、フレイムをあんなに軽々と持ち上げられるはずがない。しかし、エルテは歳の頃は10前後といったところ。

「本人に訊けばいっか」

 答えの出そうにない疑問を早々に切り上げ、キュルケも食堂へ向かう。エルテが言った通り、そんなに時間に余裕はないのだ。



 アルヴィーズの食堂は、私の趣味ではなかった。原作小説では判らなかった細部まで、装飾が施してある。
 私は実用性に重きを置くので、こういった華美なものは好きではない。ルーデル屋敷も、可能な限りストイックな内装だ。
 そして――――

「アンタは床よ」

 質素を通り越して粗末。原作通りのそれが、床に存在した。

「感謝することね。アンタみたいな平民は、一生ここには入れないんだから」

「期待した私が馬鹿だったか」

「何か言った?」

「契約不履行」

 アヴェンジャーをセットアップしかねない怒りを抑え、私は厨房に向かう。途中、偶然にも手の空いたシエスタと遭遇し、つつがなくマルトーから賄いを頂けることとなった。

「貴族に召喚されるなんざ、災難だったな、嬢ちゃん」

「そうでもない。これから変えていけばいいのだからな。むう、このシチューはうまいな。素晴らしい」

 サイトが絶賛するのも理解できた。私の完璧な計算によるシチューにかなり近い。そして、味は劣るわけではない。うまく言う術が見つからないが、感覚で言うならば、方向が別なのだ。

「嬉しいこと言ってくれるな! はっはっは、気に入ったぜ嬢ちゃん!」

「私も、マルトーは好きだよ」

「ぬむっ!? 大人をからかうんじゃねえ」

「いや、からかったつもりはないのだが……」

 躯は幼子のまま。年齢相応の姿、といえば、私はどうなるのだろうか。数千の年月を超えたミイラか、前世+現世の年齢を足した老女なのか、現世に目覚めたときからカウントした若い女か、それとも、永遠に幼子のままか。
 考え事をしていたせいか、シチューの無くなった皿の中にスプーンを突っ込んでいた。

「ありがとう、マルトー、シエスタ。暇ができたら何か手伝おう。一宿一飯の恩ならぬ一飯の恩だが、返さないのは我が流儀に反する」

「いえ、そんな、お礼を言われる程のことでは……」

「おお、だったらいつでも歓迎だ。いつも目が回るほど忙しくてな」

「とりあえず、昼にまた来る。この後、ルイズについて授業を受けなければならん」

「そうですか……頑張って下さい」

 厨房を出て、食堂前へ。ルイズに一切忠誠は誓ってないし敬意は払っていないが、一応契約はしているので、使い魔として待ってやる。さっそく契約不履行しやがったが。

「あ、アンタ! 何勝手に」

「契約。忘れたとは言わせん」

「贅沢が癖になったらいけないでしょ! 使い魔のしつけは主の義務よ!」

「貴様にしつけられるほど、私は堕ちた覚えはない。淑女が往来で叫ぶな、はしたないぞ」

 逆にしつけてやる。

「生意気ね!」

「契約は約束だ。相手の立場や身分がどうであれ、約束を安易に破ると信用を失う。どんな社会においても、信用や信頼は絶対になくすべきものではない」

 軽く睨みつけてやる。

「っく……」

「さて、Lieber Meister。時間もない」

 未だ何も知らない子供に、世界の闇、汚濁、どうしようもないもの、二律背反、そんなものを見せつけて、それでなお正しく在れるように。彼女は『この世界』の貴族なのだから。
 今はまだ、優しい世界でちょっとの理不尽から。

「あーっ! もうこんな時間! ついてきなさい!」

 ゆっくり、花を愛でるように。



 ルイズが教室に入り、一瞬の沈黙。しかし、すぐに空間はざわめきを取り戻す。そのほとんどが、ルイズと私の話題だった。
 頭の悪い子供の言うことだ、そう気にできるほど私は暇ではない。
 常にエイダに周辺の探査を行わせている。私はヘルゼリッシュで周辺地理を覚える。

「アンタは……後ろにでも立ってなさい」

「了解」

 特に何もすることはない。足を肩幅に開いて、背筋を伸ばし、眼を閉じただひたすら待ち続けるのみ。

「練金!」

 待っていた、そのワード。

「Schild」

 馬鹿魔力によるその楯は、衝撃波・破片・爆風・爆圧・熱風・爆炎・爆音、爆発にまつわる現象その全てを、小さな立方体に押し込める。質量全てが気体になったとおぼしきガスの量、そしてそれによる超高圧は高熱を発し、プラズマとなる。
 内部を冷却しつつ減圧していくと、そこには何も残らなかった。いや、くぐもった小さな粉塵爆発のような音だけは聞こえた。
 時は元の流れに戻ったというのに、そこにあるのは沈黙。
 やがて一人、また一人と机のしたから這い出る。

「爆発が……」

 あるべき一切の被害がそこにはない。
 爆発はあった。しかしそれはできそこないの花火のような音だけ。
 一瞬の不可視の魔法による減衰は、ルイズを大いに困惑させただろう。

「あら、失敗ですか? ですが諦めないでください。努力すれば、いつかきっと成功するはずですから」

 その奇跡を一切理解できないシュヴルーズはルイズを励まし、その後何事もなく授業は進み、終わった。



「いったい……どうして」

 食堂までの道中、ルイズは悩んでいるようだった。

「しかし、見事だった。何もしなければ教室が吹き飛ぶ威力だ。実に恐ろしい」

「何を言ってんのよ!」

「せっかく被害を最小限に抑えたというのに」

「は? アンタが何かやったっていうの? 冗談も程々にしなさいよ」

「そうだな、ルイズ。一つヒントをやろう。皆が失敗魔法というそれは、本当に失敗なのか? 固定化を破れなかったことは? 壊せなかったものは?」

「はぁ?」

「固定観念は捨てろ。ついでに言うと、魔法の良し悪しが、統治者の優劣ではない。貴族とは魔法の有無ではない。生まれたときの立場と、その立場による民の信頼で、貴族は貴族でいられる。民の信頼を失えば、それは貴族ではない。ただの暴君だ」

「アンタ、何も知らないくせに! 魔法が使えなきゃ――――」

「だからルイズは無能なのだ。いや、ルイズだけではない。この世界の貴族、その殆どが無能と呼ぶに相応しい」

「なっ――――」

 食堂の前、数多の生徒でひしめくその場の発言は、馬鹿を釣るには充分な声量を持っていた。

「貴様、平民の子供ごときが貴族を愚弄するなど……」

「貴族……技術でしかない魔法が使える、ただそれだけの人間。今、魔法以外に何ができる?」

「はん、ルイズの使い魔か。成程、魔法の偉大さを知らない訳だ。ゼロの使い魔は頭がゼロらしい」

 下らん挑発に乗ってやるか。手袋を異次元ポケットから取り出し、そのいけすかない顔に叩きつける。
 べしーんと、なかなかいい音がした。

「よろしい、ならば決闘だ。何人で来てもいい。場所は貴様が決めろ。食後、出向いてやる」

「貴様ァ! 貴族に歯向かったこと、後悔させてやる! ヴェストリの広場だ!」

「上等だ。逃げるなよ」

 名も知らぬ貴族の少年は、肩を怒らせながら食堂へ入ってゆく。
 次第にざわめく周囲を無視して、私は厨房に向かう。

「なに勝手に決闘なんか申し込んでるのよ!」

 どうもルイズは怒っているらしい。

「奴は、閣下の器たる私の躯を侮辱した。ならば、理解できる形でその愚かさを思い知らせてやるべきだとは思わないか?」

「アンタ、平民じゃない! いい? 平民は貴族に勝てないのよ?」

「さて、どうだろう。賭けがあれば、私に賭けておけ。なに、私が死ねばルイズはまた使い魔を召喚できる。悪い話ではない」

「それは……」

「時間がない。この後、厨房の手伝いを約束していた」

「待っ――――」

 もう話すことはない。早く昼食を貰い、手伝いを終わらせ、くそ生意気なガキあるいはガキどもを粛清する。
 不覚にも原作に沿うべき状況である現段階で、ギーシュではない馬鹿に喧嘩を売られてしまった。決闘はこっちから挑んだが、結果は変わらなかっただろう。

「マルトー。昼飯を頼めるか?」

「おお嬢ちゃん、すぐ準備するぜ!」

 その言葉に偽りはなく、ほんの数十秒で食事が出された。
 それを数分で平らげ、すぐに手伝いを申し出る。原作通り、ケーキの配膳の手伝いだった。
 これは必然なのか。シエスタが香水の瓶を拾い、ギーシュの二股が発覚。シエスタに奴当たりするものだから、

「二股の罪を他人に転嫁する、か。薔薇とは思えん醜さだ」

 実際、金髪を血で染め、ワインでドロドロのギーシュは醜かった。ケティはドロップキックをかまして逃げ、モンモランシーはワイン瓶をギーシュの頭で叩き割り、とどめにスープレックスを叩きつけ、去っていった。必死にやせ我慢をしているのか、あるいは見た目以上にタフなのか。

「なんだって?」

「漢なら、幾人と付き合っていようが、堂々としているべきだ。本当に愛しているのなら。それが原因で刺されたとしても。すべては漢の責任だ。しかしだ、貴様は己のプライドのために、しかも女に責任をなすりつけた。これを醜いという以外に何という? 軟弱者か?」

「ぶ、無礼だぞ平民!」

「ほう。ならば決闘でもするか? 丁度、幾人かと決闘の約束をしている。その下らんプライドを守りたいなら来るがよい」

「ああ決闘だ! 逃げるんじゃないぞ平民!」

 ギーシュはカツカツと靴を鳴らせて去っていく。

「時間的に……無理か。仕方ない。シエスタ、少しばかり心苦しいが、また手伝うから許してくれるとうれしい」

「エルテさん……殺されちゃうわ……」

「あ」

 シエスタもどこかへ逃げていく。
 ルイズはもはや言うべき言葉を無くしたらしい。
 やれやれ。



[21785] ゼロの破壊魔03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:06
「諸君! 決闘だ!」

 ヴェストリの広場にて、何故かギーシュが仕切っている。天性の仕切り屋だな。
 その後ろにばらばらと、今回の処刑の参加者達がいる。
 周囲を見渡すと、よほど娯楽に飢えているのか、生徒たちが遠巻きに私たちを囲んでいた。
 ギーシュの口上が始まる。

「僕達は貴族だ、故に魔法を使う。異存はないな?」

「上等だ。こちらは、さすがに多数を相手にするのにこの躯は難しいからな」

 コートや服の袖や裾を留めていた糸を切り、抜き取る。折りたたまれた袖裾が伸びてだぼだぼになるが、そこに魔法をかける。
 やがて長すぎたコートは私にぴったりになる。年齢設定は二十歳弱といったところか。

「なぁっ!?」

「フフフ……いつでもかかってくるがよい」

「どうせ虚仮脅しだ! やるぞ!」

「青銅のギーシュ! 参る!」

「猛毒の」
「白閃の」
「黄流の」
「射突の」
「鉄条の」
「鉄板の」
「甲核の」

 ギーシュの名乗り口上と共に、他の有像無像が一斉に名乗りを挙げるものだから、うるさい。聞き流す。
 そしてこれまた一斉に魔法を詠唱しだす。
 火・水・風・土、全ての系統の遠距離攻撃。それが一斉に、私へ集中する。



 爆炎と土煙、その時点でその場にいたほぼ全員は平民は死んだと判断した。

「結構な口を叩く割にはあっけなかったわね」

 キュルケは大多数と同様、エルテが何もできず殺されたと思っていた。
 アルヴィーズの食堂の前での出来事を、割と近くで一部始終を見ており、少しだけ期待していたのだが。

「……? タバサ?」

「まだ」

「え?」

 親友の小さな少女は、いまだ晴れない煙の中を見ていた。



「僕らの勝ちだ!」

 貴族の少年たちは勝鬨を挙げる。

「残念。それは負けフラグだ」

 がしゃり、と。土煙の中から妙な音がした。

「目には目を、歯には歯を。通常掃射、用意」

『Ready』

 奇妙なものが、土煙の中からぬっと顔を出した。7つの筒を束ねた、恐らくは鉄。
 ゆっくりとそれは長くなっていき、土煙がやっと薄くなる。
 そこには、彼らからすれば『変なもの』としか言いようのない、しかしあり得ないほどに巨大なものがあった。
 それを、彼女は手に持って歩いていた。

「名乗り忘れていた。私はエルテ・ルーデル。破壊神だ」

 その堂々とした振舞い。
 その姿は力強く美しく、そう、ルイズが召喚の際に紡いだ呪文そのものだった。神聖? 破壊神そのものだ。

「ぐ、偶然だ!」

 そう言って自分を鼓舞する一人。それにつられるようにして、一人、また一人と呪文を唱える。

「無駄だ」

 その手にある、巨大な『何か』――――アヴェンジャーが回転を始める。

「Feuer」

 黒い光が文字通り数え切れないほどの数、眼で追えないほどの速さで、杖を降ろうとした少年たちに降りかかる。エルテはアヴェンジャーを横に薙ぎ、少年たちを文字通り一瞬で一掃した。

「さて。ギーシュ君。君は遠距離攻撃が苦手なようだから、アヴェンジャーを以て決闘に臨むのは公平ではないと私は思う。よって、私は剣を使うが、よろしいか?」

「へ? あ、ああ、かまわないよ?」

 まさか味方がみんなして一斉攻撃をかけるとは思わず、最後方でゴーレムを作るだけに終わった彼は、エルテの気まぐれにより残されていた。ここで降参しないのは、家訓のせいかプライドのせいか。

「では、焔薙」

 巨大なアヴェンジャーが消え、細い片刃の剣、日本刀に集束する。

「ワルキューレ!!」

 ギーシュの杖の花弁が、すべて散り、地面に落ちる。
 そして、計7体の青銅のゴーレムとなる。剣と楯を持ったのが3体、槍を持ったのが4体。

「いつでもいい。かかってくるがよい」

「う、うおおおおおおおお!」

 ワルキューレの一斉突撃。密かに速度を調整して、囲むように走ってくるのは悪くない策だ。しかし、エルテは『何をしてくるか判らない』ので、この場合は防御を固めて一人を牽制に出すのがよりベターだ。ただ、戦場にベストはない。ちょっとしためぐり合わせ、カオスの悪戯で、ギーシュの行動がよりベターになるかもしれない。

「――――フッ!」

 エルテは最初に突き出された槍の柄を腕で受け止め、跳ね上げる。ギーシュはワルキューレでエルテを囲んだはいいが、攻撃タイミングがバラバラだ。エルテはそのままコロコロと転がり、最初のワルキューレの斜め後ろに立ち、その脚を薙いだ。遅れた槍の攻撃は、転がっていた間に上をすり抜けていった。

「ワルキューレがヴァルハラに送られるとはな。縁起が悪い」

 ギーシュの動きが止まったのを見て、エルテが挑発する。

「何をしている。そこで止まっていなければ、私を討てたかも知れないというのに」

「! ワルキューレ!」

 思いだしかのように、弾かれたかのように。ワルキューレがエルテに殺到する。ワルキューレが1体倒され、すでに囲みは破られている。だが、扇状に襲いかかってくるのをエルテは何もせず、ギリギリまで何もせずにただ立っていた。

「もらっ――――」

 剣士ワルキューレの後方から、槍ワルキューレが間から槍を突き出す。剣士ワルキューレを楯にしていた。
 それを――――

「はっ」

 跳び、かわし――――

「よっ」

 槍ワルキューレの1体に肩車されるかのように跳び乗り――――

「フン!」

 その勢いそのままに、フランケンシュタイナーをかけた。
 太股に挟まれた頭を地面に叩きつけられ、砕け散り潰れるワルキューレ。
 そして立ち上がりざまに残りの槍ワルキューレを薙ぎ斬り倒した。
 ギーシュは慌てて剣士ワルキューレを振り向かせるが、トドメと来るかと思ったらエルテは距離をとった。

「ど、どういうつもりだね!?」

「なに、本気で戦っている男に最後に本気を見せてやらねば、礼に失すると思ってな」

 ずっと、ただぶら下げていた腕を、刀を、逆手に持ち換え、構えた。

「死ぬ気で避けろ」

 エルテの姿が消え、

「ワルキューレェェェェェェェェ!!」

 叫びも虚しく、ギーシュの背後に現れた。
 ギーシュの背に背を向け、何の構えもしていない。それでも、何か行動を起こせばその瞬間にやられる、それくらいはギーシュも理解できた。

「チェックメイト」

 残ったワルキューレの姿も、同時に消えていた。

「僕の、負け……だ……」



「いやはや、まさか勝ってしまうとは」

 正史通り、決闘の現場を覗いていた2人。
 オールド・オスマンとコルベールである。

「意外そうに言うが、君はこの結果を予想していたように見えるがの?」

「そうですな……ガンダールヴ以前に、彼女は、その、なんというか、恐ろしいのです。まるで、影の部隊にいたような……」

「それは君の経験からかね?」

「……そう、ですな。」

「君のことじゃから、喜び勇んでアカデミーに報告しようなぞと言うかと思ったがの」

「ガンダールヴが彼女でなければ、そう言ったやもしれません。彼女はあまりに……破壊と血の匂いが濃すぎる」

 遠見の鏡の中で、エルテは気絶した貴族たちを引きずって並べていた。



 少年達の『死体』を並べる。ほぼ一瞬で意識を叩き潰したために、己の負けを認めないかも知れないが、その時はその時だ。

「ふう」

「殺した……の?」

「たかが喧嘩で殺すものか。しばらくすれば起きる。さて……」

 ギーシュは迷惑をかけた女子全員に謝るよう言っておいた。二股するなら刺される覚悟をしろ、とも。今ごろ誰かに殴られているかもしれない。

「ねえ、色々聞きたいことがあるんだけど」

「言っただろう。私は破壊神だ。人間が多少群れようが、それに負けるなどあり得てはならない」

 くしゃくしゃと、ルイズの頭を撫でる。成長した私の身長は、ルイズを追い抜いてキュルケよりわずかに高い。撫でるにはちょうどいい位置にルイズの頭があった。

「こ、子供扱いするな!」

「フフフ……授業に遅れるぞ。まあ、私のことは気にするな。なに、ルイズの不利益になるようなことはしないさ。今回だって、ルイズの格を示すための茶番だしな」

「どういうことよ」

「……メイジの実力を見るならば使い魔を見よ、だったか。まあ、気に食わんかったのも理由ではあるが」

 むしろ、後者の理由が大半を占めるが。
 貴族は否定しない、しかし、権力の腐敗は力づくでも解決する。管理局との静かな戦いでも、この世界でも、それは変わらない。
 ルイズはその後なにやらぶつぶつ言っていたが、結局授業を受けにいった。

「すごいじゃない! ドットやラインばかりとはいえあれだけの数に勝っちゃうなんて!」

 さーて、帰ろう。そう思った矢先にこれだ。



 彼女は、平民ではない。だからといってメイジでもない。亜人かといえばそれも違う。今までに読んだ書物の中に、彼女に該当する存在は見当たらなかった。エルフや吸血鬼、翼人なども、先住魔法を使うには基本的に口頭による詠唱が必要だ。
 あれは魔法ではない? それともマジックアイテム?
 何度も頭の中で戦うが、詠唱すらできずにあの巨大な――――おそらくは銃に撃ち抜かれてしまう。たとえ魔法を放てたとしても、それが効くのか。

「まったく。あなたが挑んだ決闘とはいえ、情けないわね。あんなに数がいて、かすり傷一つ負わせられないなんて。トリステインはこれだから」

「いや、国家の枠組みなど意味はない。たとえゲルマニアが総力を挙げて、いや、亜人を含めハルケギニアが一つになろうと、私には負ける要素がない」

 あの銃の不思議な弾。相手を気絶させるだけの、黒く輝く弾の雨。それが一体どれだけあるのかわからないが、あってもこの学院を制圧するくらいしかないだろう。だが、やりようによってはハルケギニアのあらゆる国家を滅ぼすことができるだろう。彼女の武器は銃だけではない。その運動能力、そして、戦い慣れている様子。まだ、力を隠していることは確かだ。

「へぇ、大きく出たわね。でも、無理でしょ?」

「さあ、どうだろう。世界は存外、こんなことじゃなかったことばかりだ」

 彼女は自嘲的に微笑みながら、私に視線を送る。まるで、『そうだろう?』と問いかけるように。こんなことじゃなかったことばかり――――まったく、その通りだ。

「それにしても、あの変なマジックアイテム? 凄いわね。見せてもらえないかしら?」

 見せてもらう。その言葉の裏は隠しているつもりなのだろうが、その魂胆は見え見えだ。
 しかし、彼女はそれに応じた。

「アヴェンジャーか。フフフ……いいぞ。使えるなら、あげてもいい」

 譲渡まで宣言した。その言葉は、キュルケにはそれが使えないと宣言していた。
 そしてそれは現れた。
 2~3メイルほどの筒だらけの形。それから伸びるリボンのように自由に曲がりくねった鱗のような箱のようなものは、私の身長ほどもある樽に繋がっている。

「へぇ、意外と綺麗なのね……あら?」

 無骨だが、その形は規則性があり、統一性があり、あらゆる直線・曲線に歪みがなく、表面は見たことがないほど滑らかで、そのまま抽象彫刻として飾っても違和感がない。ただ、問題があるとすれば、スクエアメイジの彫刻家でもこれは造れないということだ。

「んっ……ふっ……あっ……」

 キュルケがそれを持ち上げようとして、妙な声を漏らす。

「本体だけで重量は281kg。そこのドラムマガジンを含むシステム全体の総重量が1830kgだ。ああ、こっちが598リーブル、あれを含めて3894リーブルだ」

 ひょいと、598リーブルの鉄の塊が持ち上げられた。
 おかしい。彼女は魔法を使ってないし、マジックアイテムも使った気配がない。ただ純粋に『力だけ』で598リーブルを持ち上げているのだ。残りの3296リーブルもその背に背負われる。

「この世界の人類がこれを正しく使うには、未熟にも程がある。軍神の魂より創られし鳥に積み込まれ、天より復讐の低き咆哮と共に死の息吹、鉄の暴雨を降らし、タイタンに護られしその騎士は恐れることなく敵に雷電の洗礼をしていく。フネに積むには遅すぎる、竜に積むには重すぎる」

 レビテーションをかけて使おうにも、これは重すぎる。メイジ数人がかりでないと運搬も難しいだろう。竜に積んで飛ぶのは無理だ。シルフィードなど論外だ。

「これは私にしか使えない。そういうことだ」

 一瞬で消滅するそれ。
 疑念は確信に変わる。
 彼女は平民でもメイジでも、ましてや亜人ですらない。もっと別の何か。オーク鬼を遥かに超えるであろうあり得ない怪力。風竜より速く、比類なく機敏なその動き。ラインスペルですら通さない鉄壁の防御力。そして、最初に見せた成長……
 彼女がなんなのか、まったくわからない。しかし、一つだけわかることがある。

 私は、彼女――――エルテ・ルーデルに勝てない。



 それより少し時は戻り――――

 アンリエッタ・ド・トリステインはそこに現れた使い魔を見て、驚いた。
 小さな体躯、流れる白銀の髪、白くしかし病的ではない美しい肌、見たこともない黒衣。
 彼女はゆっくりまぶたを開き、その髪の色に反する漆黒の眼、いや、僅かに左眼の虹彩に紅みがかかっている眼でアンリエッタを一瞥すると、口を開いた。

「グーテンターク、フロイライン。貴女も私のマスターか」


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