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2010年8月25日
経済と財政の再建
日本金融財政研究所長 菊池英博氏に聞く(中)

激増する超低所得者層

公共・民間投資不足でデフレ体質に

 ――景気の現状をどう認識しているか。

 現在の日本のデフレ不況は、米国の大恐慌、昭和恐慌を凌ぐ長期デフレ不況に陥っている。しかも、国内総生産(GDP)デフレーターがマイナスに陥ってすでに12年にもなるのに、未だに出口が見えない暗黒の道筋にいる。デフレ不況のため、財政も税収が激減している。これはもはや「平成恐慌」と捉えるべきだ。社会の底辺ではその危機的状況が如実に表れている。

 ――具体的には。

 文科省の調査では今春の大学卒業者の5人に1人(約10万6000人)が「進路未定者」で、うち8万7000人が無職だ。私が若い頃だったら青年・学生の間で革命運動が起こっているところだ。厚労省の発表でも月収10万円のワーキングプアが2007年時点で641万人、現役世代の9・85%(男性)、13・2%(女性)にも上る。2002年の労働関連法の改悪によって年収が年齢に関係なく200万円しかない非正規労働者も激増し、08年末には雇用者全体の3分の1、1721万人に達した。35歳でみると正規社員の65%は結婚しているのに対し、非正規社員は30%しか結婚できていない。少子化の重要な原因だ。

 ――景気悪化の発端はどこにあるか。

 橋本龍太郎政権が打ち出した財政構造改革法だ。日本の経済は景気対策が功を奏して、1996年度にバブル崩壊不況から脱出しつつあった。しかし、橋本首相が粗債務の対GDP比率が欧米諸国より悪化したとして、翌97年度に消費税増税を含む総額11兆円ものデフレ財政を強行した。

 この結果、株価の暴落→大手銀行の株式含み益の激減→自己資本比率の低下→貸し渋り・貸しはがしの信用収縮が起きた。同時に緊縮財政によるデフレ不況に陥り、12年デフレ不況の発端になった。

 ところが、純債務でみると94年は米国の54%、ユーロ地域の43%よりもはるかに低い27%で、日本はまさに超健全財政だった。後年、橋本氏は大蔵省に騙されたと述懐、国民に謝っているのに、財務官僚は未だ過ちを認めていない。

 ――官僚は首相を“支配”してきたのではないか。日本がデフレ不況を克服できない原因は。

 小渕恵三政権が誕生して財政構造改革法を凍結し、積極財政に転じた。そして、大手銀行に資金を注入する金融機能安定化法を成立させて、平成金融不況を克服しかける。2000年度には景気が上昇局面に入り、税収は50兆円台に回復した。しかし、この景気回復を頓挫させたのが、再び財務省依存の小泉・竹中構造改革路線だった。

 この構造改革路線の柱は財政支出(一般歳出)を税収の範囲に抑えるという政策で、超緊縮財政と超金融緩和政策を採った。しかし、日本は貯蓄超過の国であり、日本の経済は民間で使われない預貯金を政府が国内に投資しないと発展しない仕組みになっている。それを、緊縮財政で投資項目を絞り、02年度から05年度までに補助金を含む地方交付税交付金を47兆円、公共投資も13兆円と合計60兆円も削減した。

 そのために、医療・教育・社会福祉といった国民の生活と国家の長期的な基盤形成に回る資金が枯渇して、デフレ不況が一段と進み、税収の上がらない経済になってしまった。財政を引き締め、金融を緩和すればデフレは解消するというマネタリスト的政策では、デフレは解消しないどころかかえって不況を深刻にすることが立証された。

 ――日銀が財務省に仕えて超金融緩和策を採ったため、国内の潤沢な預貯金は海外、特に米国に投機資金として流れ込んだとの批判もある。

 その通りだ。米国の住宅バブル当時、ニューヨーク市場で投機に回ったカネの3分の1は日本から来ていたというのが今や、定説になっている。

 ――財務省が偽装財政危機を煽ってまで一貫して財政再建原理主義とも言うべき、財政出動に否定的な反ケインズ政策を採るのは何故か。

 財務省の経済政策の背景にあるのは、マネタリズムに始まるネオ・リベラリズム(新自由主義)、市場原理主義という経済思想だ。市場メカニズムの調整能力を過度に信頼し、財政政策の無効性を主張するこの考えを唱えたのは、ミルトン・フリードマンという学者だ。「米国大恐慌を解決したのは金融緩和政策であって、財政政策による有効需要喚起策は有効ではない」などと主張した。

 ――リーマン・ショック後、市場原理主義には大きな批判が起こっている。

 市場原理主義は間違いだ。例えば第一に、大恐慌や昭和恐慌時には、ルーズベルト大統領や高橋是清蔵相が採った政策は財政出動で有効需要を喚起する方策であり、それが奏功してデフレが解消した。第二に、ネオ・リベラリズムを採用したレーガン大統領が米国に財政・貿易の双子の赤字をもたらし、世界最大の純債務国に転落させてしまった。

 第三に、クリントン大統領は政府投資で有効需要を喚起し、投資減税で民間投資を引き出す政策で、5年で財政赤字を解消した。第四に、日本の財務省は「均衡財政」と「小さい政府」を旗印にして、経済規模を縮め、格差社会にした。経済政策の正否はすべて結果であり、ネオ・リベラリズムがまやかしの「経済学」であることは立証されている。長期の恐慌型デフレは財政政策によらなければ解消しないという歴史の教訓を参考にすべきだ。

(聞き手=野村道彰編集委員)


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