2010年8月26日
経済と財政の再建
日本金融財政研究所長 菊池英博氏に聞く(下)
3年間で100兆円の財政出動を
政府短期証券など活用
――平成恐慌から脱出するためにはこれまでの経済政策を抜本転換する必要があるのではないか。
自公前政権は2009年3月に消費税増税・法人税減税を閣議決定した。菅政権は財務官僚に乗せられて踏襲しようとしている。消費税増税を持ち出すとき、政府は決まって社会保障のためにという。しかし、消費税が導入された1998年度から2009年度までの22年間で消費税収の累計は224兆円であり、法人税収の累計はマイナス208兆円であって、消費税は法人税の減収分を補うために使われている。それでは、法人税を減税すると国内経済が活性化するかというと、そうはならない。
――法人税減税が声高に叫ばれているが、無益だという理由は。
まず、中小企業の8割は赤字だから、法人税減税で恩恵を受けるのは大企業だけだ。また、国内はデフレ不況で投資機会がないため、法人税減税で余った資金は海外に投資されるだけで、日本国民の雇用増加、経済成長への効果はゼロと言って良い。果実は大企業の株主配当、役員報酬となるだけで、所得格差を広げてしまう。小泉・竹中構造改革を行った01年度から06年度までの間に一部上場製造業の配当金と内部留保はそれぞれ5兆円、20兆円増加しているが、この傾向が強く助長されるだけだ。また、法人税を減税しても製品コストの低下にはつながらないし、特に輸出企業は製品を輸出すれば消費税を全額還付してもらえる(年間5兆円規模)という他の先進諸国にはない特典を受けている。それに、日本は資本があり余っているから、アジア諸国のように法人税率を低くしてまで外資を呼び込む必要はない。そもそも、日本の実効税率(国税分と地方税分を調整したネットの税率)は米国の45・95%より低い40・09%であり、ドイツの39・9%と遜色ない水準だ。法人税減税は日本経団連の主張であり、その背後には米国を始めとした外資がいることを認識しておく必要がある。
――そうすると、法人税減税と消費税増税のネットの効果は景気にマイナスになるのか。
日米経済モデル研究所長の宍戸駿太郎氏が開発し、国際レオンチェフ大賞を受賞したケインズ・レオンチェフ型の経済モデルDEMIOSによれば、消費税率を5%から10%に引き上げると、5年後には名目国内総生産(GDP)は420兆円まで落ち込む。GDPが毎年、10兆円ずつ減少するという、日本経済破壊の驚くべきシミュレーション結果が出ている。財務官僚が作成に関わっている内閣府モデルは、DEMIOSとパフォーマンスを公開比較すべきだ。
――財政再建の前提として、長期デフレ不況を克服、経済成長を実現して、税収が増加する強力な経済を実現しなければならないが、その政策体系は。
まず国家理念が問われるが、輸出大国から共生共栄の社会大国を目指すべきだ。そのために、内需産業を強力に育成する。具体的には、脱石油・新エネルギー開発、医療システムの再構築、先端産業育成のための高等教育・天才教育への予算集中、環境整備のための低炭素社会への移行、農業自立などを図って行かなければならない。海外の大型プロジェクトにも積極的に参加していくべきだ。
――財源確保のため、財政構造を抜本改革しなければならないと思うが。
偽装「財政危機」の呪縛から解放されれば、財源はいくらでもある。第一に、特別会計の埋蔵金50兆円を一般会計に移し、政府投資の原資にする。同時に財政投融資特別会計を廃止して、特殊法人の全面的な見直し、廃止を進める。第二に、国内の富裕層向けに、相続税の税額控除や満期報奨金などの特典を付けた無利息国債をまず20兆円発行する。
第三に、50兆円規模の救国建設国債を発行する。その方法としてまず、外貨準備になっている国民の預貯金を建設国債の発行の原資にして、日本経済再建のために取り戻す。具体的には、政府が建設国債を新規に発行すると同時に、財務省がドル買い介入資金調達のため国内資本市場で発行した政府短期証券(110兆円規模)を、日銀が買い取る。こうすれば米国債を売却せず、しかも、長期金利の上昇を招くことなく建設国債を発行できる。また、年間10兆−15兆円に上る海外投融資活動からの配当金・利息に国民の新規貯蓄(貯蓄率を3−4%として毎年10兆円)を合わせた20兆−25兆円もすぐに使える、国債発行の原資になる。
併せて、税収弾性値を引き上げるため、所得税の累進税率と法人税率を引き上げる税制の抜本改革を行う。ただし、中小企業を対象に投資減税を行う必要がある。
――どの程度の政策効果が見込めるのか。
宍戸氏のDEMIOSでシミュレーションした。救国緊急補正予算(3年間で100兆円)を投資項目に重点的に投資すると、消費税率を引き上げることなく、(1)3年後の名目GDP550兆円、税収55兆円を実現でき、40兆円のデフレギャップもかなり解消できる(2)2−3年後に純債務の名目GDP比率が低下し始め、財政規律の確立に確実に役立ってくる−といった結果が得られている。
(聞き手=野村道彰編集委員)