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小沢総理か民主分裂か 決戦の行方(2/2)

文藝春秋 9月10日(金)12時12分配信

 ちょうど七年前の二〇〇三年夏、民主党代表だった菅と政調会長だった枝野は、小沢率いる自由党との合併をめぐって激しいやりとりを交わしている。

 枝野「小沢とは一緒にやっていけません。一緒になるなら私にも考えがあります」

 菅「お前の気持ちは分かるが、感情が政治的な判断を鈍らせる時もある」

 枝野「感情じゃない。政治観、政治論の問題です」

 菅「小沢さんの破壊力はとてつもないものがある。放っておけばこちらに向いてくるかもしれない。民主党がそれに耐えられるか分からない。一緒になって矛先を自民党に向かせておいた方がいい」

 自らの力では抵抗不可能な敵に対峙した際、恐怖感を解消するために、その敵側にまわって同じような振る舞いをとる「恐怖との同一化」と呼ばれる心理的な現象が起きることがある。一種の自己防衛本能で、子供が真夜中にトイレに行くときに幽霊のまねをするのが典型的な例だ。小沢と手を組もうとする菅の理屈は、一見、非常に現実的な戦術論に見えるが、実はこの「恐怖との同一化」の側面を併せ持っていた。

 自由党との合併以後、小沢の自宅で開かれる新年会に顔を出すなど、唯我独尊で知られる菅にしては神妙なほど、この七年間小沢に気を使い続けてきた。

 一方で、菅は小沢の政治とカネの問題や米軍普天間飛行場移設をめぐる迷走で鳩山の政権運営に行き詰まりが見えてきた今春、自らの登板を予期するかのように、親しい関係者にこう語っている。

「小沢さんから担がれた首相は、みな自分のしたいことが何もできないまま哀れな最期を遂げている」

 関係者は「自分が首相になったら小沢さんとは一線を画すつもりだな」と受け止めた。

 菅は「小沢と対峙することの恐怖」と「小沢に担がれることへの躊躇」の狭間で揺れ動いていた。だが、六月の首相就任時に「脱小沢」を鮮明にし、自ら小沢と対峙する道を選んだ。参院選の結果がどうであれ、いずれ恐れ続けた小沢との全面対決は避けられなかった。

■枝野は「俺が辞めてもいい」

 二十六日、小沢が出馬表明したとのニュースを聞いた菅は「やっぱり」とつぶやき、顔をこわばらせた。

 その日の夜、菅は恐怖心を乗り越えるかのように、あえて自分を戦闘モードに切り替えて、側近の二人の首相補佐官・阿久津幸彦、寺田学に宣言した。

「人事の要求を呑んで再選しても、二重権力構造になる。これで良かった。すっきりする」

 当初、菅陣営は小沢の出馬表明前、枝野を交代させれば小沢の出馬はないと踏んでいた。枝野自身、惨敗した参院選直後に辞任するつもりだったが、仙谷に引き留められた。小沢との全面対立を回避するには「最後は俺が辞めればいいんだろう」と周辺に公言していた。

 主戦論と代表選回避の両面作戦を取っていた仙谷も、幹事長交代で折り合いをつける腹だったが、問題は後任だった。小沢サイドは小沢自身もしくは山岡などの側近でなければ納得しないだろう。幹事長辞任までは譲れるが、その後の人事で折り合いがつく見通しはなかった。

 人事をめぐる調整は平野が担い、菅は平野に「小沢や側近が就かない」との条件で幹事長ポストを渡すところまで降りた。しかし小沢側は平野を通じ、官房長官や政調会長の交代まで要求をエスカレートさせた。事実上、人事権の委譲を求めたのだ。菅が決別を宣言した「二重権力」そのものだった。両陣営の軋轢(あつれき)は水面下で広がっていき、仙谷は鳩山グループ分断のために、鳩山グループ会長・大畠章宏に接触するなど画策を図った。

 もはや、菅も小沢も一歩も引けなくなっていた。

 小沢が最終的に代表選出馬を決断した背景には、十月にも判断を出すとされる検察審査会の存在もあった。四月に引き続き、二回目の議決でも起訴相当と判断されれば強制起訴される。だが憲法七十五条は「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」と規定している。

 小沢は問題となった東京・深沢の土地など、小沢の政治資金管理団体「陸山会」が所有する不動産を中立的な財団法人に寄付することも視野に入れている。検察審査会の心証をよくする目論みだ。

 起訴相当の議決を免れるのが最善で、そうでなければ首相、もしくは他の誰かを首相に担いで自身も入閣し、大臣の特権で訴追を免れたいのではないか――。

 小沢が師と仰ぐ元首相・田中角栄はロッキード事件で一線を退いた後、キングメーカーとして君臨した。だが、首相を目指さない領袖の求心力は次第に低下し、田中派の分裂を招くなど晩年は往時の栄華とは対照的だった。追いつめられた小沢にとって、田中と自分が二重写しになっていたとしてもおかしくはない。

 代表選は党所属国会議員、地方議員票に加え、一般党員やサポーターも参加する。党員・サポーター票は国会議員票の三割以上の影響力を持つ。小沢は報道各社の世論調査で菅に大きく水をあけられており、世間の視線は冷淡だ。

 国会議員票は最大勢力の小沢グループが約百五十人。首相サイドは菅、国交相・前原誠司、財務相・野田佳彦のグループを合わせて計約百二十人。鍵を握るのは約六十人の鳩山グループ。鳩山は小沢陣営の選対本部顧問に就いたが、グループがまとまる保証はない。実際、八月二十四日の鳩山グループの幹部会合では十四対一で菅支持が圧倒的だった。

 旧社会党系グループ(約三十人)、旧民社党系グループ(約三十人)、羽田グループ(約二十人)も表面上は小沢支持が多数を占めるものの、世論の逆風を受ける小沢への支持に心理的なブレーキがかかるとの見方は少なくない。

 民由合併から七年、菅と小沢の最終決戦はどんな決着を見るのか。小沢総理が誕生するのか、それとも敗れた小沢が党を割り民主党は分裂するのか――。

 賽は投げられた。 (文中敬称略))

(文藝春秋2010年10月号「赤坂太郎」より)

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最終更新:9月10日(金)12時12分

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