国際環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」のメンバー2人による鯨肉窃盗事件の判決公判。「横領を告発するための正当な行為」と無罪を主張した2被告に対し、青森地裁は「犯行手口は大胆で、強い非難を免れない」と懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を下した。被告らは判決後の会見で「市民が知る権利を侵す不当な判決」と抗議し、即日控訴した。【鈴木久美、三股智子】
法廷で各国のグリーンピース(GP)関係者が傍聴する中、メンバーの佐藤潤一(33)、鈴木徹(43)両被告に判決が言い渡された。判決後、GPは地裁前で「知る権利に不当判決」との幕を掲げて不満をあらわにした。
裁判では、鯨肉を自分のものにしようとする「不法領得」の意思があったか▽行為に正当性があるか▽憲法が保障する「表現の自由」に違反するか▽国際人権規約に違反するか--の4点が争われた。地裁はいずれも弁護側の主張を退けた。
不法領得の意思については「段ボールを開けて肉片を採取するなど、所有者でなければできない利用をしている」として、「あった」と認定。行為の正当性は「捜索・押収に類する行為で他人の財産権や管理権を侵害することは、法と社会が許さない」と認めず、憲法、国際人権規約にも違反しないとした。
判決後、GPは青森市内で会見を開いた。「調査捕鯨活動に一部不明朗な点があった鯨肉の取り扱いが見直された」と小川賢司裁判長が認めた点について、佐藤被告は「大きな成果」と評価した。しかし、有罪判決について「不正を指摘する人への萎縮(いしゅく)効果は計り知れない」と語った。
同席した日隅一雄弁護士は「隠されたものを暴くには捜索、押収に類する行為が必要」と批判。「(鯨肉を持ち出す以外の)代替手段があったかや証拠の重要性について、判決で具体的に検討されていない」とも指摘した。
クミ・ナイドゥGP事務局長は鯨肉横領疑惑について、「第三者機関にもう一度調査してもらいたい」と訴えた。有罪判決を受け、GPは今後、各国で抗議活動などを予定しているという。
一方、青森地検の新河隆志次席検事も会見を開き、「犯罪が成立するかの評価が争われた裁判。有罪判決で、検察の主張が認められた」と述べた。
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■解説
裁判の焦点となったのは、情報収集活動で違法な手段をとった時、目的が公共の利益を図るためなら手段が正当化(違法性が阻却)されるかだった。GPJメンバー2人に有罪を言い渡した青森地裁判決は「公益目的で正当であったとしても、調査活動として許容される限度を逸脱したものであり、非難を免れない」と指摘した。さらに「本件のように、捜索・押収に類する行為」と手段を具体的に挙げたうえで、「容認できない」とした。
情報収集活動の手段が問題となった裁判では、沖縄返還を巡る日米政府の密約に関する文書を外務省職員から入手した新聞記者が国家公務員法違反(そそのかし)の罪に問われた沖縄返還密約事件(72年)がある。
最高裁は有罪判決(78年)の際、「(情報収集の)手段・手法が相当なものとして社会観念上認められる限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為」と一定の理解も示した。地裁判決は、「社会通念に照らしても到底認められない」としてこの基準にならった内容だ。
一方、GPJが持ち出しの目的として訴えた「鯨肉横領」について、小川裁判長は「鯨肉は不正に入手したものとは断定できない」と述べた。船員らの業務上横領容疑を不起訴処分とした東京地検や東京第1検察審査会の判断に沿った形だ。GPJは「鯨肉の取り扱いに『一部不明朗な点があった』と裁判所が認めた」と評価したが、訴えが完全に認められたとは言えない。
今回の判決は、公益を目的とする情報収集活動でも、認められる違法な手段・手法は限定的であると、確認したと言えるだろう。【三股智子】
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■鯨肉窃盗事件の経過■
08年4月16日 国際環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(GPJ)のメンバーが運送会社青森支店に侵入。調査捕鯨船の船員が発送した鯨肉入り段ボール箱を持ち出す
5月15日 GPJが調査捕鯨船の船員らによる「鯨肉横領」を東京地検に告発
16日 運送会社が青森署に被害届を提出
20日 東京地検が告発状を受理
6月20日 青森県警と警視庁が、GPJメンバー2人を窃盗と建造物侵入容疑で逮捕。東京地検が「鯨肉横領」について船員らを不起訴(容疑無し)
7月11日 青森地検が窃盗罪などで2人を起訴
10年2月 8日 国連人権委員会の作業グループが「(2人の逮捕は)国際人権規約に違反する」との意見書を日本政府に送付
10日 「鯨肉横領」の不起訴処分について、GPJが東京第1検察審査会に審査申し立て
15日 青森地裁で初公判
4月22日 東京第1検察審査会が「鯨肉横領」について不起訴相当と議決
6月 8日 第7回公判で、検察側がGPJメンバー2人にそれぞれ懲役1年6月を求刑。GPJは無罪を主張
9月 6日 2人に懲役1年、執行猶予3年の判決
毎日新聞 2010年9月7日 地方版