狙われる城内実(きうちみのる)
Post by 新三
ネットは基本的に支持を示すよりも批判を繰り返したほうが、一般的にはうけるようです。
様々なブロガーと呼ばれる方々が、城内実(きうちみのる)さんにたいして様々な意見をお持ちのようです。冒頭にも書いたように、支持するより批判するほうがネットでは盛り上がります。城内さんのサイトのアクセスは一日1万アクセスだそうで、リンクを張ってもらったりTBを送るだけで、アクセス数が飛躍的に伸びます。
当然、城内さんのサイトに来ている皆さん方は、城内さんの動向に興味があるわけで、非難されている事についても興味があるわけです。
さらに、城内さん自身が反論した場合、アクセス数は飛躍的に伸びる事が予想されます。城内さんを非難したことで、アクセス数が伸びるのであれば非難される方はこれからも増えるのではないでしょうか。
多分、このようなことを書くと私は違うと仰る方が出てくると思います。確かにそうかもしれません。城内さんと考えを異にされる方が城内さんの考えを否定されることは自由だと思います。しかし、誹謗や中傷、事実と異なることを書くことは本当に正しいのかと思う事があります。実際、全く会った事も無い人を非難されるというのは何処か無理があるように思います。
国のために働くということは、本当に大変だと思います。城内さんは24万票の有権者から13万票近くの支持を集めて当選しました。投票率も静岡7区は全国平均より数ポイント高かったそうです。それだけ注目されるのであれば、非難される方が多くいても不思議ではないのだと思います。
しかし、その意見に屈してはこの国の未来は益々暗いものになるでしょう。
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14 Responses, Comment or Ping
■ Comment
喜八
>ネットは基本的に支持を示すよりも批判を繰り返したほうが、一般的にはうけるようです。
「まったく、その通り」だと思います。
ブログでも、批判記事を書いたほうが、アクセス数・ランキング順位ともに上昇する傾向があります。
これは私(喜八)自身がブログを運営していて、強く感じてきたことです。
しかし、ここに「ブログの罠」があるんですね。
アクセス数・ランキング順位を気にするあまり、毎日のように他者への批判記事を書くことになりかねないのです。
これをするとネット上での「見かけの人気」は高まりますが・・・。
リアル(現実生活)で新たな友人知人をつくるためには、「批判記事の羅列」はけっしてプラスにはならない。
それどころか、大きなマイナスになりかねない、と思っています。
そりゃあ、そうですね。
誰だって「毎日毎日、他人の悪口を書き連ねているような人」とは、お近づきになりたくないでしょうから。
私の個人ブログなどは、ぜんぜん大したことがないマイナーな存在ですが、リアルで新しい知人を得るためには(少しは)役立っているようです。
アクセス数・ランキング順位などより、「人間関係・信頼関係の構築」を重視したいと常々思っています・・・。
2009 / 09 / 13
喜八
付け加えておきます。
城内さんを熱心に(?)批判しているブロガーさんたちは、虚偽や誤解に基づいた批判を無節操に行なうことが多いと感じています。
「虚偽や誤解に基づいた批判」とは、すなわち「誹謗中傷」ということですね。
2009 / 09 / 13
井和代
ネット上の批判の99%はほんとうにつまらないものが多い。
その多くがいわゆる「レッテル張り」という安易で単純で盲目的なものだ。
だれかが少しでも国を憂うような発言をすれば、すぐになんらかの陣営に腑分けする。中身を見ないで、弁別に忙しい方々ばかりだ。
とくにいわゆる「市民運動」的な活動や発言をなされている方に多くみられる。
こういう人たちを論駁するのはかんたんだが、自分たちは正義を遂行しているつもりだから、他人のことばを聴こうとしない。
グリーンピースに代表されるように、かれら「正義の人」たちには一種、宗教的な思い込みが強い。
城内さんが愛国的な心情を吐露されるとすぐに「レイシスト」などという誹謗中傷が書かれる。
かれらに論戦を挑んで、その蒙昧を払拭するのは容易ではない。そういう意味では城内さんを批判する人たちの多くは「宗教」「信仰」の人たちである。
ただ、では城内さんがその手の人たちとかかわりがないかというとそうでもない。たとえば植草さんを一方的に無罪と断定し、かれの事件を権力の陰謀と決め付ける「宗教的」な蒙昧のかたがたともかかわっている。
こういう人たちとの関わりはいずれ自身に世論の風がふりかかってくる。
気をつけてもらいたいと願う。
2009 / 09 / 13
レッドクリフ
皆様・・・何かと『○●批判』がやたらと多いブログを経営してる管理人です(汗)。
こんな私が云っても何なんだが、近頃の風潮としては『消極的な姿勢を正当化する為に、積極的に行動する人を批判するのが賢い』と言うのがありますからね。
要するに『誰それを信用するよりは、誰それを疑う事』が優先で、そのためには『誰それを支持するより疑って批判、非難するほうが正しい』と言う風潮。
これと言うのも小泉カイカクによって『共生共存』と言う農耕民族の価値観が崩壊して『自己責任、自助努力』という狩猟民族の価値観を受け入れた成果ですからね。
これがどのように”おぞましい”かと言えば『他者を尊重する事よりは、足を引っ張ってまで自分自身が正しい』とまでにならざるを得ない危険性があると言う事です。具体的に云えばマスゴミ報道などが一番いい例です。
『誰それを批判せねば、その人は堕落する、だから云わねばならない』と言うのは一理はあるけど、「批判のための批判」で他者の言い分の長所であったり、自らが糺さなければならない部分まで見えなくなり、堕落する事もあります。
そう言う事では喜八氏の云う様に『毎日毎日、他人の悪口を云う人間とは関わりたくない』と思うのは当然です。
2009 / 09 / 14
井和代
ちょっと話が脱線してしまったようなので、あえて問題点をご指摘をしておきますね。
わたしたちのように、直接、大臣や議員や偉い学者先生方に意見を伝える機会のない庶民にとって、ブログ上でそういった「偉い」方々を批判、非難、批評するとことは、一般人にとって唯一の「権力・権威」へ「物申す」機会です。
名もなき庶民大衆の唯一の発言の場であり機会であるブログからの意見や主張の発信については、これに聖域をもうけて、だれにも抑圧をさせないように気をつけなければならないと思います。
喜八氏は「毎日人の悪口を言っている人とは関わりたくない」というが、それは語りの次元がまるで違います。
批評や批判と「友達つくり」とは次元の違う話です。それをショートさせてはいけない。非常に誤った考え方です。
大事なことは「批判ばかりするな」ということではなく「正確な批判をせよ」です。正確な批判ならどんなに苛烈でも過激でもわたしは大歓迎です。
もし喜八氏のように「悪口ばかりいっているやつとは関わるな」というような風潮が世間に満ちてくると、自由闊達な言論の場が失われます。
批判や批評をする人は権威あるだれかを批判・批評するときに「友達が減るだろうか」だの「仲間外れされるだろうか」だの、そんな次元の違うつまらないことは考えていないでしょう。
また、そんなことを考えてはいけないです。
仲間つくりをしたいのならそういう仲間の輪のブログは他にいくらでもあります。
政治ブログというのはある意味、たえざる闘争です。友達つくりをしたいのなら政治に関わるなとは申しません。が、喜八氏の発言はどこかピントがずれているとしか思えません。
2009 / 09 / 14
喜八
レッドクリフさん、こんにちは。
> 喜八氏の云う様に『毎日毎日、他人の悪口を云う人間とは関わりたくない』と思うのは当然です。
私自身がこの「ブログの罠」に一時は嵌っていたと思うんですよ。
いくら相手が「小泉・竹中」とはいえ(笑)、ブログが批判記事で埋まってしまうと、自分の精神まで汚染されてくるような感覚がありました。
「ブログの罠」の危険性はかなり高い、と私は思います。
いくら自分で「正しい」と信じたことであっても、「批判ばっかり」の言説は自分を駄目にする危険性が高いのです。
2009 / 09 / 14
レッドクリフ
喜八様、どうも有り難うございます。
>「ブログの罠」の危険性はかなり高い、と私は思います。
>いくら自分で「正しい」と信じたことであっても、「批判ばっかり」の言説は自分を駄目にする危険性が高いのです。
基本的には「批判ばかりしている自分が正しい」では『事の本質』を見抜けない。つまり「知らぬがうちに『私怨』そのもので社会や政治を論じている」と言う事になります。
それに怖いのは『自分自身も批判してる側と同じ事になってはいないか』と言う事に気付くかどうかもあります。
気付かなければ、それは自らの『腐敗』『堕落』そのものですからね。
簡単に云えば『ブログで批判記事を書きたいあまりに、何もかも批判的に物事を見る』と言うものです。
ブログに関わらず、ネットに関しても同じ事は云えます。
井和代殿、お久しぶりです。
>政治ブログというのはある意味、たえざる闘争です。
>直接、大臣や議員や偉い学者先生方に意見を伝える機会のない庶民にとって、ブログ上でそういった「偉い」方々を批判、非難、批評するとことは、一般人にとって唯一の「権力・権威」へ「物申す」機会です。
確かにその通りです。しかし、喜八氏の云っているのは「誰とも仲良く」とかそんなのでは無く、自分自身がそれに耐えられる位の精神や器量があるかと言うのもあります。
耐えきれなくなって『自分自身の不甲斐無さを社会の責任にする』と言うのもあるし、『独善的正義』や『私怨』を正当化する為=「批判の為の批判」をするものですからね。
『批判している自分が正しい』事で独善的正義に陥っているのは市民運動家やマスコミなどがそれです。
そうともなるのは、自らが政治や社会に関われば関わるほど、自分自身がどのような存在であるのか?と言うのが忘れがちになりますし、それでネットの万能性に過信する事もありますから、その危険性について言っただと思います。
2009 / 09 / 14
井和代
あのねー、喜八さん。(笑)
>いくら相手が「小泉・竹中」とはいえ(笑)、ブログが批判記事で埋まってしまうと、自分の精神まで汚染されてくるような感覚がありました。
それはですね、喜八さん。あなたが自分に不真面目だったからですよ。
ほんとうは小泉・竹中の撒き散らす害毒についてそれほど危機感がなかったからです。小泉政権によって職を失ったり、自殺したり、病気になったり、ホームレスになったりして方々への深刻なまなざしが、あなたにもともとあまりなかったからですよ。
それがいけないというのじゃないのです。そうなら、そもそも小泉・竹中批判など最初からしなければいいのです。
人はそれほどの必然性も、深い問題意識もないのにだれかを批判をしておきながら、もともとのモチベーションの希薄さゆえに自己嫌悪を覚えることはよくあることです。
しかしその自己嫌悪の原因を「批判すること自体」に求めることは本末転倒ですよ。
>「批判ばっかり」の言説は自分を駄目にする危険性が高いのです。
人がブログ上であろうと、居酒屋であろうと、国会であろうと、なんらんかの主張をすることそれ自体が、じつはなんらかの物事への反論になっているのです。
特定のだれかを批判しているわけでなくても、たとえ日常を綴った日記であろうと、ブログ上でのなんらかの主張であろうと、発言をすること自体、すべて意識的であろうとなかろうと何らかの「批判」「反論」になっています。
つまり、人間は反論や批判がなければ、何も言葉を発する必要などないわけです。たとえばですよ、上のあなたのレッドクリフさんへのコメント、あなたはお気づきじゃないかもしれないけど、「批判することは結構なことだ」への「反論」になっています。
もっと極論をいえば、だれかがブログ上で「味噌ラーメンはうまい!」と書いたとしますよね。一見、ここにはなんら批判的な要素はなさそうですが、よく見るとそのれは「味噌ラーメンはまずい」への反論になっているわけです。
批評や批判それ自体にはなんら善悪良否正誤といった価値判断の入る余地はありません。
問題なのはやはりそれを行う人間なのですよ。
2009 / 09 / 14
喜八
あのねー、井和代さん(笑)。
私(喜八)はあなた(井和代)と語り合いたいとはまったく思っていません。
悪しからず。
2009 / 09 / 14
レッドクリフ
井和代さん、どうもつたないブログへのご来訪ありがとうございます。
>「批判することは結構なことだ」への「反論」になっています。
>もっと極論をいえば、だれかがブログ上で「味噌ラーメンはうまい!」と書いたとしますよね。一見、ここにはなんら批判的な要素はなさそうですが、よく見るとそのれは「味噌ラーメンはまずい」への反論になっているわけです。
はい、批判するのも批評するのも自由ですよ、それはそれで相手の考えと言うものがあるから、どんどんやって下さい。
ブログだろうが掲示板だろうが、誰それを評価する、批判する、批評するとあるのは当然ですけど、それで『自分自身は何様でしょうか?』と相手に批評でもされたらどうされるのでしょうか。
誰だかに反論する、批評する、批判する事は正しい、それは当然だとまでにお思いですが、相手に自分自身の問題点や矛盾点を突かれ、それによる非難や批評が来た時に、持論をぶちまけて『反論する事が正しい』とまでにするのですが、それが残念な事に『批判のため批判』であり、『自己弁護に徹する』と言うものです。
お礼と言ってなんだけど、貴方の様なモチベーション維持に優れた人士のブログを紹介します。
http://knnjapan.exblog.jp/
ここの管理人様は貴殿と同じ考え方やモチベーションをお持ちですので、是非ともご来訪ください。
では、これからのご活躍と武運をお祈り致します。
2009 / 09 / 15
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