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きょうのコラム「時鐘」 2010年9月11日
検察は「塩」であるという。人間社会に必要不可欠なものだが、砂糖のように甘くはない。辛くて、嫌われることの多い存在である
ある日突然、国民を逮捕拘置できる権力ほど強烈な国家権力はない。権力行使には慎重なうえにも慎重であるべきで、検事という名の「料理人」は、塩の役割と塩加減を日々自問してほしい。それでも時折、自分の腕を過信し、塩加減を間違える者が出る 大阪地検特捜部が厚労省官僚を巻き込んだ冤罪事件を作り上げた疑いが濃厚となった。気になるのは、特捜部のエリートたちが功を焦った図式が浮かび上がったことである。社会の塩である検察が慎重さを欠き、甘い砂糖を求めては社会秩序が崩壊する 最近は、収賄が立件されて「検察と戦う」と息巻く政治家が目立つ。冤罪事件が続き検察批判が高まっていることが背景にある。が、悪乗りしてもらっては困る。悪乗りさせてもいけない。「巨悪と戦う」健全な検察は必要なのである 冤罪は最も検察不信を募らせ、検察不信は政治不信につながる。検察も時折、辛い塩をなめて役割の重さを自覚する必要があろう。 |