午前5時、起床。
重たい目をこすり、重たい髪を引いて布団から起き上がる。長い髪を邪魔っけだと思わないでもないがせっかく伸ばしたのに切ってしまうのは勿体ない。
寝起きは良い方で、素早く目覚ましを止めると布団をたたみ押し入れにしまう。洗面所に行き顔を洗いうがいをしてさっぱりすると、ジャージに着替え腕時計を巻いて毎朝のジョギングに出かける。
特に距離もルートも決めていない。気の向くまま足の向くままに探検気分で走るだけだ。おかげで近所の地理はすっかり覚えてしまった。
午前7時、帰宅。
帰りつくと父、遊嶋幹雄(42)が台所に立ち味噌汁を作っていた。
短く刈り込んだ頭に薄い不精ひげ、糸目に柔和な笑みを絶やさない。作務衣の上からはわかりにくいがその肉体は消防士という職業柄なかなかの筋肉質である。加えて192cmの長身。一見穏やかな好漢だが、自分に何かあった時はPCを末梢してほしいと言われている。そこにどんな秘密があるのかはご想像にお任せする。
前世の自分は162cmで成長を終えてしまったが、この父の遺伝子を受け継いでいると思うと将来に希望が持てる。
「ただいま戻りました、父さん」
父にも敬語である。どうしても癖が抜けないのだが父は特に気にしたことはない。
「ああ、お帰り。もうすぐ朝ご飯ができるから、早く手を洗って着替えてきなさい」
はい、と返事をして洗面所へ。手洗いうがいを済ませ、制服に着替え通学カバンを持ってリビングへと向かう。
朝食は白ご飯に味噌汁に目玉焼きというシンプルなものばかり。我が家定番メニューである。たまに目玉焼きがアジの開きに代わるくらいか。
父は料理のレパートリーが少ない。焼く、炒める、煮る、茹でるというような極めて基本的なことしかできないため、あまり凝った料理は作れないのだ。特にカレーや野菜炒め、お好み焼きや麺類が食卓に並ぶ頻度が高い。惣菜をおかずに加えることもしばしば。
不満ではないが少々不経済なのでは?と思うこともしばしば。
ともあれ、冷める前に食べるとしよう。
「いただきます」
両手を合わせて一礼。
まずは味噌汁を飲み、続いておかず、次にご飯と三角形に食べていく。急ぐ時はご飯を口に含んで味噌汁で流し込むのだが、今朝はその必要はないだろう。
朝食を終えて食器を下げた後は最低5分かけて入念に歯を磨く。もちろんフロスも忘れない。
身支度を整え時計を見ると7時40分を指している。学校まで徒歩で約15分、走れば余裕だがそろそろ家を出なければ。
少し急ぎ足で座敷へ行き、母の遺影に線香をあげ黙祷を捧げる。
母の名は遊嶋薫(享年23歳)。子の贔屓目かもしれないが、写真に映っている母はなかなかの美人だと思う。自分とは違い髪は短く、形の良い眉とすうっと通った綺麗な鼻、その表情は明るい笑みを湛えていた。
両親の馴れ初めは火災現場の母を父が発見、救助して恋に落ちたという……どこかのドラマのような劇的な出会いから交際が始まったそうだ。
父と亡き母に出立を告げて学校へ向かう。
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7時52分、いつもより少し遅れての登校である。
いつもは50分前を目安にしているのだが、今朝はジョギングが長すぎたようだ。
教室に足を踏み入れると数人の生徒がこちらに気づき、視線を向けられる。軽く会釈しながらそそくさと自分の席に向かうと3人の女子が近寄って来た。
「おはよう要、今朝は少し遅かったのね。もっと時間に余裕を持って行動しなさい」
腰に手を当ててまるで母親のように叱責するのはアリサ。強気でリーダー気質、面倒見の良い世話焼きさんだ。
「おはよう、要君。……アリサちゃん本当は心配してたんだよ?」
ヒソヒソとアリサに聞こえないように付け加えるすずか。控えめでお淑やかな彼女は気配りが上手で何かとフォローに回ることが多い。
「要君おはよう。今日もいい天気だねっ」
左右に結った髪を揺らして元気に挨拶するなのは。普段は平凡な小学3年生、しかしてその実態は、大規模破壊を可能とする凶悪なビーム砲をバカスカ垂れ流す超絶魔砲少女である。というのはあくまで一面だが、基本真面目で明るい優しい子である。
何にせよ3人とも大事な友人である。
「アリサさん、すずかさん、なのはさん、おはようございます」
軽く会釈をして挨拶を返し、2,3言葉を交わすと間もなく先生がやって来た。お喋りに興じていた生徒達はバタバタと慌ただしく自分の席に戻り、やがて朝のHRが始まる。日直が号令をかけて挨拶、先生の連絡を聞き、学級目標を唱えるなどして閉会。
1時間、国語。
教科書を読み、要所要所で著者の伝えたいことや人物の心情を読みとり、各自が導き出した答えを挙手制で発表。注目されることが恥ずかしいので手を挙げない。
2時間目、算数。
先生が公式や考え方を説明、板書するが退屈で仕方がない。ノートに落書きして時間を潰す。
3時間目、体育。
クラス全体で行われたドッジボールを見学。すずかの豪速球が猛威を振るう中、数人運動の得意な男子が闘志を燃やすがあえなく撃沈、外野へ送られる。
4時間目、理科。
電池の直列並列その他。退屈。
お昼休み。4人で一緒に屋上で昼食。
高い所は苦手だが下が見えない分には大丈夫だ。今日の昼ご飯はチキンカツサンドとツナ&たまごサンド。父は弁当を作らない。というか作れない。できたとして日の丸弁当くらいのものである。しかしコンビニのサンドイッチもこれはこれでおいしいので特に気にしたことはない。
3人が楽しく談笑する横でサンドイッチをかじる。いつものことなので別に気まずいことはない。
この時に限らず授業の合間の休み時間や下校時にもこういった場面は多いのだが、基本的に自分は聞き手に回る。元々口数が少ないことも理由のひとつだが、女の子の話題とテンションにはどうにもついていけない時がままあるのだ。
彼女達の会話に耳を傾け、時折相槌を打つ。そうして昼食を終えると歯磨きを済ませて、残り時間も教室でお喋り。
昼休みが終わると掃除。ここの生徒は皆真面目に掃除に取り組むのではかどるはかどる。昔というか、前の小学校では遊んだりさぼったりする子が多くて……
ちなみに掃除場所は学期の始めに挙手制、希望者が多ければじゃんけんで決められるのだが、恥ずかしくて手を挙げなかった自分は人気のない教室の雑巾がけ。しかしこれはこれで嫌いではないので構わない。足腰のトレーニングと思えばむしろ特した気分だ。
5時間目、道徳。
授業内容そっちのけで教科書に載っている物語を端から読んでいるうちに授業終了をチャイムが告げる。
帰りのHR、今日の反省、先生の連絡、みんなでさようならをして下校。
今日は3人が塾の日なのでひとりで家に帰る。
14時半頃、帰宅。自宅は平凡な一軒家。バニングス家や月村家のような豪邸でもなければ高町家のように道場があるわけでもない。ごく一般的な二階建て住宅である。イメージとしてはクレヨンしんちゃんの野原家が妥当だろうか。
「ただいま帰りましたー」
玄関に声が吸い込まれていくが返事はない。今日は非番のはずだから自室で昼寝か筋トレかヘッドホンをつけてPCに向かっているのだろう。
まずは自分の部屋に行き通学カバンを机に置く。洗面所で手洗いうがいをすませると冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ、煎餅を数枚器に出してリビングでひとりおやつとする。
食べ終えると自分の部屋で宿題に取り掛かる。主観的に三十路前の自分にとってはただ答案を埋めていくだけの作業でしかない。サッサとプリントに解答を書き込み、ドリルを解き、ノートに漢字の書き取りをする。
ノルマを完遂し、時計を見るとちょうど16時を指していた。
教材を片付けてPSPで〇ンガンNEXTに勤しむ。ゲームは1日1時間と定めている。持ちキャラは神だ。何と言っても神指がかっこいいし使っていて楽しい。
もちろんCPU難易度は最大。2on2で機体は全て神を選択し神だらけの〇ンダムファイトを開始する。この乱闘が楽しいのだ。格闘・神指で追いつ追われつ、格闘コンボを決めている時に電影弾や天驚拳が飛んでくる緊張感が心地よい。
稀に相方がコンボを決めた敵を神指で拾えると特に嬉しい。
5時までみっちりファイトを堪能するとゲーム機をしまって筋トレを始める。ストレッチで十分に体をほぐした後、腹筋40、腕立て伏せ30、背筋とスクワットをそれぞれ40、ハンドグリップをニギニギ、庭で縄跳びを約5分。休憩を挟んで寝るまでに3セット。
父の見様見真似で始めた筋トレだが、あちらは回数が違う。腹筋100とか腕立て伏せ50とか、それを1日に5セットとか10セットとか、とてもじゃないが真似できない。まあ少なからず命懸けな仕事なのだからそれぐらい日々の鍛錬が必要なのだろうが。
空いた時間は父が集めている漫画や小説を読んで過ごす。とはいえ、ほとんど目を通してしまったので2度3度と読み返しているものも多い。
漫画雑誌や小説の詰まった本棚が並び立つ1室から、とりあえず今日は「炎の〇校生」を選び自室へ持ち込む。読んでいると無性に体を動かしたくなってついつい余分に腹筋腕立てをしてしまった。
8時頃に夕食、今晩はカレー。確かに好きなのだが我が家のカレーは1度作ると鍋が空になるまでカレーが続くのがネックだ。少なくともこれで明後日までは朝夕の献立がカレーになることは間違いない。ちなみにルーはいつも辛口だ。
幼い自分の舌は刺激に弱く、カレーを食べる際多量の牛乳を消費する。タプタプに膨れたお腹を抱えながら自分は皿洗い、父は風呂掃除に取り掛かり、それが終わると交代で風呂に入る。
髪を洗うのに時間がかかるので父が先、自分が後だ。頭からお湯をかぶって鏡を見るとホラー映画に出る悪霊か妖怪のような自分が映る。
それにしてもお湯をかぶってもへこたれないこのアホ毛は一体どんな構造をしているのだろうか。
風呂から上がるとまた自室に戻って思い思いの時間を過ごす。これまでを振り返ると父と接する機会が少ないように見えるかもしれないが決して不仲でも疎遠でもない。時折一緒に遊びに出かけたり外食したりもする。
読書の合間に筋トレをこなして、今日は非番だったが父が当直の日は父のPCを覗いて、10時には就寝。
僕の1日はだいたいこんな感じ。
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次回からA'sに入ります。