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[20268] 【習作】リリカルポイント【TS転生 ×仮面ライダーディケイド】 再投稿 チラシの裏から
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/01 22:32
パスワードを控えていなかったのでチラシの裏に投稿後、手を加えることができなくなってしまい管理人様の対応を待っていたのですが、辛抱できなくて再投稿を始めました。

もしどなたかのご意見ご感想をいただけたら幸いです。今後の糧にしたいと思います。

話数が10を超えたのでチラシの裏からとらハ板に移動しました。



[20268] 現状
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/09/07 00:44
ハグッ、モグモグ……ゴクッ


 たまごサンドの最後の一切れを頬張り、良く噛んで飲み込む。

 僕が通う「私立聖祥大付属小学校」は給食がない。各々が持参した弁当などを仲の良い友達と思い思いの場所で食べるのだが、僕はひとり、人気のない中庭で昼食(ハムサンド&たまごサンド)を摂っていた。昼食を食べ終えると途端に手持無沙汰になる。昼休みの時間はまだまだあるが、何もすることがない。

 思えば、生まれてこの方友達ができた試しがない。その主な原因は2つある。

 まず1つは僕が人見知りするからだ。クラスメイトに話しかけられても委縮してしまい、素っ気ない返事しかできない。「はい」とか「うん」などたった一言で返すのが精々である。何か聞かれれば答えるが、それ以上会話が広がることはなかった。自分から話しかけるなどもってのほかだ。
 そしてもう1つ。これは誰にも明かせない僕の秘密。自分が生まれながらにして前世(?)の記憶を持ち合わせていたということだ。それがどうしてなのかは解らない。眠りに落ちる瞬間を覚えていないように、気付いたらそうなっていたとしか言いようがない。
 記憶の中の自分は平凡な大学生であり、トラックに撥ねられた覚えも神様(笑)に会った覚えもない。転生ktkr!などと浮かれていたのも最初だけ。赤ん坊の身で一週間も過ごせば冷めてしまった。
 そして精神的に20歳を超えている自分と年齢1桁の幼児が相手では話が合うはずもない。

 話は変わるが、僕の住んでいる街 「海鳴市」 現在通っている 「私立聖祥大付属小学校」 僕はこれらの名前を以前から知っている。もちろん生まれ育った土地だから、という意味ではない。前世において好きだったアニメ作品の舞台なのである。映画は5回観に行って5回とも泣いた。残念ながらリピート特典のフィルムコレクションはユーノ(人間体)だったがね。
 要するに、僕が今いるこの世界は彼の熱血魔法バトルアニメ『魔法少女リリカルなのは』の世界ではないだろうかということだ。『とらいあんぐるハート』の可能性もあったが、同じクラスのアリサがローウェル姓ではなくバニングス姓であることから判断した。

 ちなみに月村すずかと高町なのはも同じクラスだが、1度たりとも言葉を交わしていない。
 決して嫌いなわけではない。むしろアニメを見た限りでは好感が持てる。では何が問題なのかと言えば、三者三様に近寄りがたいのだ。

 アリサはやたらと偉ぶっていて他の生徒を見下している節がある。さながら女ジャイアンかセカンドチルドレンといったところか。

 すずかはいつも分厚い本を読んでばかりいて自分の世界にこもっている。本人にその気はないのかもしれないが常に壁を作っているように見える。

 そして将来の魔王、なのは。彼女には極度のシスコン兄貴がいるらしい。あいにくとらハは名前しか知らないので詳細は不明だが、多くの二次創作ではそのように描かれていた。その真偽は定かではないが、命の危険を冒してまでお近づきになりたいとは思わない。

 それらの要因がなかったとしても、僕はヘタレでチキンのあがり症なのだ。自分から話しかけるなどもってのほか。相手が女子ともなればなおさらである。

「そんなこんなで、誰とも話さず遊ばず関わらず、ボーっとしている間に独りぼっちになっていたというわけです」

 モノローグを口にしてみたが虚しさが募るばかりであった。
 まあ、今に始まったことじゃない。前の学校でも同じように独りだった。ただそれだけのこと。寂しくないと言えば嘘だが、耐えられないわけでもない。

 そういえば、前世の自分はどうなったのだろう?決してニートでも引きこもりでもなかったが、基本PC前が定位置で学校か買い物に行く他に外出することはほとんどなかった。
 無論サークルやアルバイトにも所属していなかった。1日の大半を占めていたのは二次創作サイトの更新チェック、動画鑑賞、素人知識の筋トレなどだ。

 あと姿見の前で毎日ポーズをとる練習してたね。主にライダーとウルトラ。

 向かいのアパートの住人に見られた時は恥ずかしかったなあ……その場から逃げ出したくなって反射的に右腰を叩いたけど、そこにあったのはスラップスイッチじゃなくてマキシマムスロットだったっけ。

 しかし、どれだけ記憶を探ってみても自分が転生した理由はわからない。あるいは忘れているだけか。
 もし死んだのであれば下宿していた部屋はどうなったのだろうか。漫画、ライトノベル、DVDの数々にDX変身ベルト、この辺は見られても構わない。問題はPCと押入れの奥、それに無断で天井をぶちぬいて作った収納スペース……

 あ、やめやめ。いくら考えたところで無駄なのだから。もう懐かしいあの頃に戻ることはできないのだから。
 今目の前の現実について考える方がよっぽど建設的だ。さしあたっての問題は……特にないなあ。小学生だし。

 強いて言えばやはり

「友達が欲しい、かな」

 戯れにバルカン300を作ったのは一生の秘密だ。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


 つらつらと益体もないことを考えつつ、歯磨きを済ませて中庭に戻った。するとそこには、さっきまではなかった人影が3つ。

 1人は意志の強そうな蒼い瞳と眩い金髪の少女。赤く染まった頬を手で押さえ、ひどく驚いた様子で固まっている。
 その対面には、色素の薄い茶色っぽい髪を頭の両脇で結った特徴的な上方の少女。赤い手のひらとそれを振りぬいたと思われる姿勢から、金髪の少女に平手を放ったであろうことが見て取れる。
 最後に、緩やかなウェーブの紫がかった黒髪の気弱そうな少女。目に涙を浮かべて2人の傍らでオロオロしている。

 間違いない。アリサ、なのは、すずかの3人だ。
 その時なのはが口を開き、僕にとっては懐かしいセリフを言い放った。


「痛い?でも大切なものをとられちゃった人の心はもっともっと痛いんだよ」
















処女作になります。

かねてより自分もSSを書いてみたい、投稿してみたいとは思っていたのですが、作文の類が苦手で踏み切ることができないでいました。

一応、数人の友人に読んでいただいて、最低限読めるものにはなったかと思い今回投稿することにしました。


字数が少ないのが気になりますが、気が向いた時にでも眺めていってください。

行間を詰めてみましたが、なんか前より読みにくくなったような?



[20268] 介入
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/18 22:50
「あれがあの3人のお友達イベントか」


 記念すべき最初のOHANASHIとも言う。すっかり忘れていた。これがきっかけで3人は友達になれたのだったか。正直、戦闘シーン以外はうろ覚えなんだよね。最後に観てから7年にはなるから仕方がない。

 偶然にも目撃してしまったわけだがどうするべきか?

①:仲裁に入る
②:先生を呼ぶ
③:見て見ぬふりをして立ち去る

 原作に沿うのであれば③、現実的に有効そうな②、原作介入という点で魅力的な①、といったところか。

 やはり③を採るべきだろうか。しかしこれはアニメじゃないのだから必ずしも自分の知っている通りになるとは限らない。そもそも自分が存在している時点で原作通りじゃないし。もしかしたら彼女達が怪我をするかもしれないし、友達どころか険悪な仲になるかもしれない。
 となると、ここは早期解決を見込める②が妥当だろうか?だがやはり①も捨てがたい。ある意味前世からの憧れだったのだから。自分が物語の登場人物になるということは。

 うんうん唸っていると、突然ひっぱたかれた混乱から立ち直ったアリサが怒りを露わにしてなのはに掴みかかった。

 それを見た瞬間答えが決まった。僕は前へ動き出す。①だ。

 何しろ幼い子供は加減やためらいというものを知らない。殴る蹴るにとどまらず、手近な石や刃物を持ち出して大怪我をすることもある。
 僕が前世において小学生だった頃、ケンカ相手に頭を鉛筆でメッタ刺しにされたことがある。幸い大事には至らなかったが、かように子供というのは容赦ないのである。

 まあ、大人でもヤる時はヤるかもしれないが……

 ともあれ、怪我をさせないに越したことはない。急ぎ取っ組み合いをする2人に駆けよる。大声で一喝してやろうかとも考えたが、できなかった。大声を出すのは苦手だし、第一アレだ、恥ずかしい。
 かといって無言で割って入るのは客観的に見て気持ち悪い。そう思い、申し訳程度に制止を呼びかける。

「ちょ、やめ、やめてくださ、ぃ……」

 どっちにしろ気持ち悪かった。我ながら情けない声量でしりすぼみになってしまった。傍に立つすずかにすら聞こえたかどうか。
 もみ合う2人を止めようとするが、ヒートアップしている彼女達の力は予想以上に強く、なかなか引き剥がすことができない。その時、なのはを叩こうとしたのか闖入者を振り払おうとしたのか、アリサの振るった腕が僕の顎をしたたかに打ち据えた。

「ふがっ」

 奇妙な浮遊感を味わった。意識が遠のき、間抜けな声をあげて尻もちをつく。すぐに立ち上がろうとするが

「あ…れ……?」

 うまく力が入らない。周りの景色がグニャグニャと歪み、まるで足元が揺れ動いているようだ。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です。すみません」

 ふらつく頭を押さえながらなんとか返事をする。こちらを気遣う声が聞こえるが、視界がぼやけてよく見えない。声と口調からしておそらくすずかだろう。
 何度も失敗してやっと立てたかと思うと、体が傾いて倒れそうになる。

「えっ?」

目の前いっぱいに地面が広がりそして─────僕と地球のキスシーンはすんでのところで両脇から抱える2人によって阻止された。

「どこが大丈夫なのよ。フラフラじゃない」

「無理しないで。ほら、掴まって?」

 引き起こされ、左右からさっきまで争っていたはずの2人の声が響く。未だに視界が安定しないが、なのはとアリサに支えられているようだ。

「すみません……」

 朦朧とする意識の中で女子の体に触れているとも気づかず、おぼつかない足取りで引きずられるように保健室に向かった。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×  × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「ありがとうございました」

 一礼して保健室を退出する。今はもう放課後だ。

 どうやら僕は軽い脳震盪を起こしていたらしく、午後は保健室のベッドで過ごすこととなった。
 保健室に着くころにはいくらか回復しており、自分は大丈夫だと主張したところ保健の先生に鏡を見るよう促された。言われたとおりに鏡を見ると、そこにはこれまでに見たこともないほど血色を失った自分の顔が映っていた。それを見て渋々ベッドに横になり、今まで昼寝していたというわけだ。

「………………」

 そして目の前には例の3人が揃って神妙な面持ちを並べている。

「あの、体の具合は大丈夫ですか?」

 1番に口を開いたのはすずかだった。……なにかデジャヴを感じるな。ついさっきも似たような言葉を聞いたような。

「どうも、もう大丈夫です」

 短く淡々と答える。無愛想に見えたかもしれない。心配してくれたのに悪いが噛まないように答えるだけで精一杯なのだ。女子と会話した経験など片手の指で足りるくらいしかない。
 視線を移すと、なのはが申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめんなさい……」

 謝られる理由が思い当たらない。首を傾げるとこちらの考えを察したらしく

「ケンカになっちゃったのは、私のせいだから」

 だそうだ。

「殴って悪かったわよ。けどアンタが余計なことしたからでもあるんだからね」

 仰る通りです。善人ぶって仲裁しようとして返り討ち、なんと無様なことか。

「ダメだよアリサちゃん、ちゃんと謝らないと。ごめんね、本当は反省してるから許してあげて?」

 こちらもまた申し訳なさそうな顔ですずかがフォローする。無事に和解できたようで何よりだ。

「いえ、自分はもう何ともありませんし、関係ないのにしゃしゃり出た自分の責任ですから気にしないでください」

 早口でまくしたてる。慣れない会話に言いようのない羞恥と緊張を感じながら言葉を絞り出す。

「どうもご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした」

 では自分はこれで失礼します、と話を切り上げ、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。 が

「あ、待って」

 突然手を取られてたたらを踏む。振り向くとなのはが僕の腕を掴んでいた。

「えっと、何でしょう?高町さん」

 手のひらから伝わる体温と柔らかい感触に頬が熱くなるのを感じつつ尋ねる。

「あのね、もう遅いしアリサちゃんが車で送ってくれるって。遊嶋(ユシマ)君も一緒に帰ろう?」

 なんですと?見ればアリサは照れたように顔を背け、すずかは穏やかな微笑みを浮かべている。
 視線をなのはに戻すと大きな瞳には期待がありありと見てとれる。なんだってそんなにうれしそうに……ああ、あれか。なんとなく思い出した。
 父親が入院して家族は家事や仕事で忙しくて寂しい思いをしたのだったか。詳細は覚えていないが、だいたいそんな感じだったはずだ。だから友達ができることに人一倍喜びを感じるのだろう。それを言うのならアリサとすずかも友達がいなかったわけだが。

 だが断る。

「いえ、自分の家はそんなに遠くないですし、いいですよ」

 実際徒歩で通学しているのでわざわざ車に乗せてもらうような距離ではない。何より、女子と車に乗るなんて恥ずかしいではないか。

「遠慮することないわよ。それにアンタのカバン、もう持って行って車に載せてあるし」

 ここはよく気が回ると誉めるべきか勝手なことしやがってと怒るべきか。別に怒っているわけではないが。

「ねっ、一緒に帰ろうよ。家に着くまでお話しよう?」

 なのはがなおも食い下がってくる。というか近いです。近いって!恥ずかしいってば!!
 つい強引に手を振りほどいて後ずさると、なのはは一瞬驚きに目を大きく開き、悲しそうに顔を歪めた。

「あ……いえ、その……」

 いけない。今ので彼女を傷つけてしまったようだ。
 気まずい沈黙が漂う。この状況を可及的速やかに脱するには……仕方ない、もともと自分は意志の強い人間じゃない。基本的に流れには逆らわない主義だ。

「あの、じゃあ、お世話になります」








[20268] 紹介
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/18 22:46
 生まれて初めて乗ったリムジン。しかしそれを楽しんでいられるような余裕は僕にはなかった。

 なぜならば

「遊嶋君なんか顔が赤くなってない?熱でもあるの?」

 隣に座っているすずかがこちらの顔を覗き込んでくる。

「え?あ、はい、いいえ大丈夫です」

 ですからもう少し距離をとってください。無理だとわかっていてもそう思わずにはいられない。どうやら自分の顔は西日に照らされていてもなお赤いらしい。
 僕達は今アリサの自家用車である黒いリムジンに乗っている。そして僕の右にアリサ、左にすすか、その向こうになのはという順番に座っている。
 まず好奇心に目を輝かせて乗り込んだなのは。自分が1番に降りるので、と次をすずかに譲り、さらに本心を言えば後ろの座席に1人で座りたかったのだがアリサに却下された。そんな仲間外れみたいな真似はできないらしい。せめて端っこにしてほしかったのだがこれも却下。僕は客人であり、招いた側として先に乗るわけにはいかないとのことだ。

 その結果自分はアリサとすずかの間に座ることとなり、できる限り体が触れないように縮こまっているというわけだ。
 顔から火が出ると言うが、今なら顔面ファイヤーどころかファイヤーブラスターが撃てるかもしれない。

「それにしてもアンタ髪長いわね、そんなに長くて邪魔じゃないの?」

 アリサがこちらの髪を指して言う。僕の髪は小学1年生にして腰に届く黒の長髪である。前髪も目が隠れるくらいには伸ばしている。あまり人に視線を知られたくないし、目を合わせたくないから。

「えと、手間はかかりますし、正直邪魔に思うときもありますけど…いろいろな髪型にできて面白いんですよ」

 といっても最近はそれにも飽きて下ろしていることがほとんどだが。せっかく伸ばしたのに切るのももったいないし。
 ふうん、と納得したのかしていないのか微妙な表情でアリサが頷く。すると反対からなのはが僕の頭の上を指差した。

「じゃあそれはなんなの?」

 向けられた指先は僕の頭の上で揺れる一房の髪を指している。

「はあ、その……なんなんでしょう?」

「なんか犬の尻尾みたいよね、時々動いてるし」

「私はアンテナみたいに見えるけどなあ」

 ……いやね、まさか僕自身もアホ毛を授かるとは夢にも思いませんでしたよ。しかもこれ、一体どんな構造をしているのか解らないが自由自在に動かせるのだ。時には無意識に動いていることもあるが。
 アリサがアホ毛に伸ばしてきた手をヒョロリとすり抜ける。ムッと悔しそうな表情を見せると再び掴みかかる。その手をくの字を描くようにかわし、さらに横なぎに振るわれた手をペタリと伏せてやり過ごす。

「もう!どうして避けるのよ!ていうかなんで髪の毛が動くわけ!?」

 あっさりキレた。彼女が短気で癇癪持ちだと実感した瞬間だった。
 ハッハッハ、遅い、遅いよアリサさん。速さが足りないよアリサさん。
 そうしてアリサをからかって悦に入っていると

「えいっ」

 不意に反対からアホ毛を掴まれた。

「わ、本当に動いてる。どうなってるんだろう?」

 すずかが捕まえたアホ毛をまじまじと観察している。予想外の事態に若干パニックに陥った。アホ毛は魚のように跳ね、のたうちまわっている。
 そして僕自身も、体は凍りついたように微動だにしないが内心のたうちまわりたい心境であった。アホ毛を捕まえるためにすずかが身を乗り出したからだ。

 ち、近い…近すぎる……!

「でかしたすずか!そのまま離すんじゃないわよ!」

 そんな僕の気も知らず迫るアリサ。アホ毛を逃がさないよう素早く慎重につまみ、いろんな方向に引いたり伸ばしたり、プルプル振り回して遊び始めた。

「う~…ねえ、私にもさせて~」

 置いてけぼりにされていたなのはが頬を膨らませる。夢中になって遊んでいたアリサは決まり悪そうにピコピコ跳ねるアホ毛を差し出す。

 いや、僕の髪の毛なんですが。めっちゃ頭引っ張られてるんですが。

 いい加減文句の一つでも言ってやりたい思うが、無邪気な笑顔を見ていると水を差すわけにもいかない。しばらくは好きにさせてあげるとしよう。
 僕は視線を下げ、されるがままでいることにした。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「あのぅ……もういいですか?」

 かれこれ10分はいじくり回されている。心なしかアホ毛も疲れたようにげんなりと萎れているようだ。

「うん、ありがとう」

 満足したようで、なのはは意外と素直に聞き入れてくれた。

「どういたしまして……」

 ようやく解放されてシートに座り直す。それにしても僕の家にはまだ着かないのだろうか?もう着いていてもいい頃だと思うのだが。

「そういえば聞きたかったんだけど、なんでその…私達のケンカに割り込んできたのよ?」

 突然アリサが真顔で尋ねてくる。急な変化に戸惑うも、答えを返すためにあの時を振り返る。少しだけ考え、浮かんだ言葉を口にする。

「目の前で誰かが傷つくのが嫌だったんです。それにもし怪我でもしたら互いの溝を深めるばかりだと、思ったん、です……」

 思ったままを口にした。言ってしまった後で自分の発言を省みて、悶絶する。激しく震える胸を押さえ、真赤に燃える顔を隠すように俯く。
 自分は何をくっさいセリフを吐いているんだ?恥ずかしい……恥ずかしすぎる。いくら人と会話した経験少ないからって今のはないよ。

 いやでも別におかしいこと言ってないよね?自分の知らないところで誰がケンカしようが大怪我しようが知ったこっちゃないけど、それが自分の目の前で知ってる人だったらどうにかしたいと思うよね?ね?

「遊嶋君は優しいんだね」

 その言葉に顔を上げると、なのはが柔らかい微笑みを湛えていた。……不覚にも小学1年生に見とれてしまった事実は墓まで持っていきたいと思う。

「ずっと思ってたけどなんでそんなに畏まった喋り方してるの?そういうの疲れない?」

 アリサの次なる質問にすずかとなのはもうんうんと同意を示すように頷いている。未だに熱を帯びている顔と脈打つ胸が早く鎮まるよう祈りつつ問いに答える。

「なんでと言われましても……これが地ですから」

 何しろ今までため口をきくどころかまともに会話をする相手がいなかったので常に敬語で話す癖がついてしまった。面接指導の時に「僕」は良くないと教えられ、以来「自分」と言うようになった。
 そしてそれは生まれ変わった今でも続いている。キチンと敬語を学んだわけではないのでどこか間違っているかもしれないが。

「そんな他人行儀なのやめて、もっと普通に話せないの?」

「そうだよ、私達友達でしょう?」

 友達?すずかの発言に耳を疑った。それは今まで自分が得られなかったもの。半ば諦めながらも淡い希望を持ち続けていたもの。

「自分が、ですか?本当に?」

 思わず聞き返してしまった。

「いまさら何言ってるのよ。アンタ今の今まで私達を見ず知らずの赤の他人だとでも思ってたの?」

 呆れと憤りが入り混じったような半眼を向けられた。

 友達……初めての、友達………

「ちょ、ちょっとどうしたの?」

「……いえ、なんでもありません」

 嗚咽をこらえ、掠れた声で言う。温かい滴がこぼれ落ち、慌てて手で拭うが次々とあふれ出る涙は止まらない。
 初めて友達ができた。自分のことを友達と認めてもらえた。たったそれだけのことなのに、堪らなく胸が熱くなり涙がこみ上げてくる。
 突然泣き出した僕に3人ばかりでなくドライバーの鮫島さんまでもが心配そうな視線を送ってくる。大丈夫、大丈夫ですからと繰り返してハンカチで顔を拭い、気持ちを鎮めようと努力する。深呼吸をして呼吸を整える。

 しばらく続けるうちに落ち着きを取り戻し、涙も止まった。しかし頬に残る熱っぽさと涙の跡はすぐには消えない。

「えっと、驚かせてすみませんでした。それで何の話でしたっけ?」

 謝罪しつつ話を戻そうとする。人前で泣いたことなど早く忘れてしまいたいし、忘れてほしい。
 3人は顔を合わせ、何やらアイコンタクトを交わすとこちらに向き直る。

「友達なんだから、もっと砕けた話し方はできないのかって話よ」

 ありがたいことに先程の件については不問にしてくれたようだ。

「いえ、すみませんがこればかりは長年染みついた癖なので。無理に口調を変えるのは嘘くさいと言いますか、気持ち悪いと言いますか」

 重ねてすみませんと頭を下げる。なんだか会ってから謝ってばかりいる気がする。

「じゃあねじゃあね、遊嶋君」

 声のした方を向けば、なのはが挙手して代替案を提示する。

「私達のこと下の名前で呼んで?私達も要(カナメ)君って呼ぶから!」

 名前を呼んでキター。さも名案とばかりに自信いっぱいの顔である。返答に窮し、黙り込んでしまったこちらを見て名前がわからないと思ったのか、3人が改めて自己紹介を始める。

「私、高町なのは。なのはだよ」

「アリサ・バニングスよ。アリサでいいわ」

「私は月村すずか。よろしくね」

 ……断れる雰囲気ではなくなってしまった。断れば彼女達を悲しませてしまうだろう。もしかしたら嫌われるかもしれない。それは自分の望むところではない。
 しかし、いざ彼女達の名前を口にしようとすると恥ずかしさのあまり尻込みしてしまう。名前を呼ぶ、たったそれだけのことがなぜこんなにも難儀なのだろうか。
 緊張に喉がカラカラに乾き、舌がうまく回らない。何度も口を開いては閉じる。端から見ればかなり滑稽に、あるいは不気味に見えていることだろう。現在進行形で見られているのだが。

 落ち着け……落ち着け……心を安らかに…平坦にするんだ。

 曇りの無い鏡の如く静かに湛えた水のごとき心…それが人に己を超えた力を持たせることができる!

 ………………見えた!水の一滴!!

 意を決して、今度こそ声を発する。

「ナッパさん」

「にゃっ!?なのはだよ!なーのーはー!」

「失礼、噛みました」

 ハイ次っ!

「魔理沙さん」

「アリサよ!」

「失礼、噛みました」

「いいえ、わざとね」

「噛m(ガリッ)……………ッ!!」

 次っ!ラスト!

「鈴鹿さん」

「ちょっとイントネーションが違うかな?」

「ていうかなんですずかだけ普通なのよ!?」

 いやホントすみません。恥ずかしくてつい照れ隠しにネタに走ってしまいました。ホントすみません。

「もう一度よ。今度間違えたら承知しないからね!」

 アリサが眉を吊り上げて威嚇する。はい、申し訳ございません、とまた頭を下げて仕切り直し。

 ひとりひとりとキチンと向き合い、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「遊嶋要と申します。なのはさん、アリサさん、すずかさん、よろしくお願いします」








 ネタは大好きなのですが挟んで良いタイミングがまだうまく掴めません。
 ありきたりな原作知識有転生主人公かもしれませんが、いくつか自分なりの展開を予定しています。




[20268] 初陣
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/18 22:48
「将来かあ……」

 なのはが憂いを帯びた声をこぼし、タコさんウインナーを口に運ぶ。
 昼休みの屋上。温かい日光が降り注ぎ、優しく穏やかな風が流れている。そこに4人で集まり弁当を広げているのは最早見慣れた光景だ。正面を向いて僕が右端、左になのは、アリサ、すずか、という順番に並んで座っている。

「アリサちゃんとすずかちゃんはもう結構決まってるんだよね」

「うちはお父さんもお母さんも会社経営だし、いっぱい勉強してちゃんと跡を継がなきゃ、くらいだけど?」

「私は、機械系が好きだから、工学系で専門職がいいなあ、と思ってるけど」

「そっか、2人とも凄いよねえ」

 うん、凄いっていうか、あなた方本当に小学生?僕が小学生の頃はもっと夢を持ってましたよ。改造人間とか地球防衛軍とか、恥ずかしいので詳しくは言えませんが。

「要君は?」

 唐揚げ弁当(430¥)を食べる手を止め、口に含んでいるご飯を飲み込んでから問いに答える。

「まだ考えていませんよ。特にやりたいこともありませんし、早いうちに決めておいた方が良いとは思いますけど」

 そっか、となのははどこか安心したように頷く。将来や進路で不安になるにはまだ早いと思うのだが。
 再び箸を進める。さすがに2年間付き合えば普通に会話くらいできるようになった。身体的接触はアウトだが。

「でも、なのはも喫茶翠屋の2代目じゃないの?」

「それも将来のビジョンのひとつではあるんだけど、やりたいことは何かあるような気がするんだけど…まだそれが何なのかハッキリしないんだ。私、特技も取り得もないし」

「このバカチン!」

 そこまで聞いた途端、アリサが立ち上がりレモンの輪切りをなのはに投げつけた。
 行儀が悪いですアリサさん。あと仮にも女の子が~チンとか言うのはいかがなものかと。

「自分からそんなこと言うんじゃないの!」

「そうだよ、なのはちゃんにしかできないこときっとあるよ」

 なのはは頬にレモンを張り付けたまま目を白黒させている。

「だいたいアンタ、理数の成績はこのアタシよりいいじゃないの!それで取り柄がないとは、どの口が言うわけ!?」

 このアタシよりって……また随分と上からな物言いだなあ。アリサの成績が常にトップクラスなのは事実だが。
 そんなことを考えていると、アリサがなのはの頬を左右に引っ張り始めた。おお、人間の頬にあれほどの伸縮性があったとは。

「ひゃっへひゃのはふんけいにひゃへはし、ひゃいいくにひゃへはし~!」

 何を言ってるのかさっぱりわからないがなかなかに痛そうだ。なのはの目には涙が浮かんでいる。

「アリサちゃんダメだよ…ねえ、要君も食べてないで止めてよ~」

 ふむ、子供同士のスキンシップだと思って傍観していたが些か度が過ぎるようだ。ならばここはひとつ、大人の対応というものを見せてやろうではないか。
 口先で相手をいかにうまく追い詰め、丸めこむのか、年季の違いを教えてくれようぞ。そして最後にはイエスマイロードと跪かせてやるさ、ふははははははははは!
 箸を置き、汚れを払い落とすようにパンパンと叩く。さあ、もやしばりのスーパー説教タイムだ。
 じゃれる2人に歩み寄り、アリサに制止を呼びかける。

「ほらアリサさん、もうそのくらいに「アンタもアンタよ。もう少し自分の将来くらい真面目に考えたら?」………」

 あれ、なんか飛び火した?

「アンタ勉強もパッとしないし、体が弱いからって体育はいつも見学してるし、アタシ達以外に友達いないし、よくひとりでブツブツ言ってるし、そんなので社会に出て大丈夫なの?」

 どう答えたものだろうか。

 成績は平均点辺りをキープしている。小学生のテストで全教科満点なんか取ったところで嬉しくもないし、別段メリットもない。寧ろ無駄に注目されるような要素は排除したい。
 体育については虚弱体質などというわけではないのだが……まあ個人的な事情があるのだ。先生には話を通してある。
 友達はいなくても問題ない。ひとりでもどうにかできることは身をもって知っている。
 独りごとは昔からの癖なので気にしないでほしい。今となっては止められないのだ。

「まあ、なんとかなりますよ」

 とだけ言っておこう。あれ、僕は何をしようとしていたんだっけ?
 …………まあいいか、それよりもだ。

「早く食べないと、もうあまり時間がありませんよ?」

 その言葉に皆一斉に時計を見ると、3人は速やかに残りの弁当を片づけにかかる。
 僕は余裕を持って最後に残しておいた唐揚げを口に放り込み、よく味わって嚥下する。恨めしげな視線を感じるが、それは彼女達の自業自得というもの。
 3人が食べ終わるまでもう少し待つとしようか。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 帰宅し、宿題という学生に課せられたノルマに勤しんでいた時、突如としてその声が頭に響いた。

── 助けて ──

「聞こえた聞こえちゃった聞こえてしまいましたよ。あの怪奇イタチ男の娘の電波を受信してしまいました」

 あの声が聞こえたということは自分に魔法の素養が、リンカーコアがあるということだ。
 今の心境?最高にハイ! ってやつ……ではなくて。いや、もちろん嬉しい。だが同時に不安でもある。魔法という未知の力、その神秘に対して否応なしに湧き上がる期待と憧れ。一方で何らかのトラブル&アクシデントに巻き込まれるかもしれないという漠然とした不安。

「少なくとも2期に入れば蒐集対象として狙われるのは確実だな」

 トリアーエズ、今はあのイタチ、もとい淫獣、もといユーノをどうするかだ。
 もちろん放っておいてもなのは達が拾って槙原動物病院に預けられることだろう。せっかくだから実物を見てみたいのは山々だが、ここは何もしない方が良い。
 では今晩は? 記憶の通りであれば今晩ジュエルシードの暴走体がユーノを襲い、駆けつけたなのはが魔法の力に目覚めるはずだ。しかし……

「なのはは本当にユーノと出会ったのかどうか?」

 まさかとは思うがこの世界のなのはにリンカーコアが無いなんてことはないよね?あ゛あ゛あ゛なんだか猛烈に心配になってきた。
 考えてみれば自分という原作にはいないはずの異物が存在しているのだ。何が起こるかわかったものではない。
 やはりユーノの声が聞こえた時すぐに行って確かめるべきだったろうか?もしもなのはが魔法を使えなかったとしたら、ジュエルシードの暴走を止めることができない。いずれフェイトが来るだろうが、それまでにいくつかは暴走を始めていたはずだ。フェイトがいつ現われるか、存在するかどうかも定かではない。

 もっと悪ければプレシアが次元断層を起こしたらどんな影響があるかわからないし、闇の書は暴走するし、スカリエッティがミッドチルダを……はいいか。さすがに見ず知らずのよその世界まで心配していては切りがない。

 閑話休題

「とにかく、今晩動物病院に行ってみるとしますかね」

 幸いにして父親は当直で家にいない。父の仕事は消防士だ。
 自転車で行けばなのはより先に着くことは確実。もしかしたら暴走体が現れるより先にユーノを確保できるかもしれない。よし、これだ。

 後はその時が来るのを待つばかりと僕は宿題を再開した。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


── 助けて ──

「やっと来ましたか」

 なんだかんだ言っておきながらやはり楽しみにしていた僕である。すぐさま立ち上がり、駆け出そうとする前に

「行ってきます、母さん」

 母の遺影に手を合わせる。母は生まれつき体が弱かったらしく、僕を産んだ時に亡くなった。薄情かもしれないが、それを悲しいと思ったことはない。当時の自分にとっては見ず知らずの人も同然だったのだから。
 しかし自分を産んでくれたことには素直に感謝して ── 聞こえますか…僕の声が ── はいはい、わかりましたよ。

 今なお繰り返すSOSに急かされるように家を飛び出し、愛用の自転車に跨る。
 さてさてそれでは……

「キバって、行くぜぇ!!」


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 ペダルを漕ぐこと約15分。深夜徘徊で補導されることもなく、無事に槙原動物病院に到着した。
 道の脇に自転車を停めて敷地内に侵入。建物の周りをグルリと回りひとつひとつ窓の中を覗いて行く。

「お、見ーつけた」

 首に赤い宝石を提げたフェレット。その胴体には包帯が巻かれており、ソワソワと落ち着かない様子でケージの中をうろついている。
 念話も聞こえていたことだし、おそらくは原作通りにジュエルシードが街に散らばり、なのはに拾われてここまで連れて来られたということだろうか。
 急いで連れ出そうと窓に手をかけるが

「鍵がかかってますか、まあ当然ですけど」

 だがこれくらいのことは予想済み。

「こんなこともあろうかと用意してきた……ガムテープ!」

 実は前々から一度やってみたかったんだ。 ベタベタと窓にまんべんなく貼っていき、これまた用意してきた金槌を振り上げ

「ふんっ」

 振り下ろした。2度3度と繰り返し叩きつけ、砕けたガラスをテープごと撤去する。ちょっとした爽快感を伴って屋内に侵入し、ユーノをケージから解放する。

「来て…くれたの?」

「話は後で、今はここを離れないと」

 右手に金槌を持ち、左腕でユーノを抱えて来た時と同じように窓を乗り越えて外へ。地面に降り立ち顔を上げたとき“それ”と目が合った。

 ……残念ながら間に合わなかったようだ。

 ブヨブヨドロドロとした不定形の黒い物体。その真ん中辺りから紅い双眸が夜闇に妖しい光を放ち、隣家の屋根の上からこちらを見下ろしていた。
 意識せず手に力がこもり、手が白くなるほどきつく金槌を握りしめる。相手から目を逸らさず、小声でユーノに尋ねる。

「あなたが何者かもアレが何なのかも後でいい。アレを撃退する手段は?」

 正体も何も知っているがそれを明かすわけにはいかない。

「これを」

 ユーノが赤い宝石=レイジングハートを口にくわえこちらに差し出す。僕はゆっくりと、至極緩慢な動作で金槌を左手に持ち替えてレイジングハートを受け取る。

「あなたには資質が「細かいことはいいから早く使い方を…!」……はい」

 上擦る声で静かにまくしたてる。正直怖くて堪らないのだ。今すぐにでもこの場から逃げ出したいが、化け物から目を離すことができない。今のところはこちらの様子を窺っているのか動きを見せないが……

「それを持って、僕の言うとおりに繰り返して。我、使命を受けし者なり」

「我、使命を受けし者なり」

 震える声で復唱する。全身が総毛立ち冷汗が止まらない。

「契約の下、その力を解き放て」

「契約の下、その力を解き放て」

 ひりつく喉から言葉を絞り出す。心臓が早鐘を打ち、やけにうるさく聞こえる。

「風は空に、星は天に」

「風は空に、星は…あっ」

 金槌が手の中から滑り落ちる。握っていた左手は汗にまみれ、疲労と緊張に震えていた。
 金槌が重力に引かれ地面にぶつかった瞬間、真っ黒な異形の怪物がこちらに目掛けて凄まじい勢いで突っ込んで来た。








主人公、残念ながらレイジングハート起動に失敗するの巻



[20268] 無力
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/17 18:26

 死んだと思った。僕は避けるどころか悲鳴を上げることすらできず、ただその場に立ち尽くしていた。視界が黒く塗りつぶされ、僕を呑み込まんと開かれた顎が降ってくる。黒い影が覆いかぶさった瞬間僕の上半身は消失し──しかし、そうはならなかった。
 突然緑色の魔法陣が出現し、暴走体の突進を受け止めたのだ。呆然とする僕の眼前で障壁と怪物の体が眩い閃光と激しい切削音を撒き散らして鎬を削る。

「こ…のぉっ!」

 ユーノが気を吐いた直後、相手もろとも障壁が爆ぜた。爆風に煽られ地面を転がるが、追撃が来ることを恐れ慌てて飛び起きる。

「痛っ」

 転んだ際にところどころ擦りむいてしまった。チリチリと痛むが、今はそんなことを気にしてはいられない。

「フェレットさん! どこですか!?」

 さっきまで抱えていたはずのユーノがいない。辺りを見回すが爆煙が立ち込めていて視界が悪く、彼の姿を見つけることができない。恐怖と焦燥に駆り立てられ自分の意思とは関係なしに足が震えそうになる。

(君の…後ろ)

 不意に弱々しい念話が頭に響いた。声に従い後ろを振り向くとユーノがぐったりと力無く横たわっていた。体が軽いから僕より大きく吹き飛ばされたのだろう。心細さもあり、急いで駆け寄り両手でしっかりと抱え直す。
 あらかた粉塵が晴れた視界に素早く視線を巡らせると、バラバラに砕け散った暴走体の破片が寄り集まり再生しようとしている。今のうちに距離を取ってそれから──

「要君!?」

 道に飛び出したところでなのはと鉢合わせした。よりにもよってこんな時に!

「走って! 逃げて下さい!」

 考える暇も説明している時間も無い。今は一刻も早くこの場を離れなければならない。左腕にユーノを抱え直し、空いた右手でなのはの手を引っ掴み全力で走りだす。

「ちょ、なになに? なんなの~!?」

 暗い夜道に困惑するなのはの叫びが木霊した。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「ハァ…ハァ…ハァ……」

 一応言っておくが、夜中に女の子と2人っきり(動物は人数に含まれません)だから興奮して息を荒げているのではない。全力疾走して来たので息が上がっているだけだ。自分で見ることはできないが、自慢の(?)アホ毛もぐったりと萎れているようだ。
 現在地は公園の遊具、名前は知らないが穴がいくつも開いているかまくらのような半球の中に身を潜めている。

「それで…何が…どうなってるの……?」

 ここまで引きずられるように走って来たなのはが荒い息で尋ねる。息も絶え絶え、文字通り疲労困憊と言った様子だ。街灯の光が細く射し込む中、額に浮かんだ汗が光って見える。不安なのか少し手を震わせて………………!?
 いつまで手を握っているんだ自分!! 気付いた瞬間弾かれたように手を離す。なのはは疲れ切っていてそれどころではないようだ。離れた手はダラリと垂れ下り、離れたことに気付いた様子もない。

「えっと、こちらのフェレットさんの声が聞こえて、来てみたら怪物に襲われて、ここまで逃げて来ました」

 冷静を装い何事もなかったかのように答えるが、顔に感じる火照りは誤魔化せない。自分のいる方が暗がりで助かった。

「怪物って、あの黒い変なの?」

「ええ、そうです」

 変なのと来ましたか。自分はちびりそうだったと言うのにずいぶん肝のすわった9歳ですね。次いでなのはの目がユーノに向けられる。

「それで、あの声はこのフェレットさんだったの?」

「ええ、そうなんです。フェレットさん、フェレットさん」

 軽く揺すると、ゆっくりとユーノの目が開く。目を覚ましたことを確認し地面に下ろすとこちらに向き直って頭を下げた。

「すみません……あなた方を巻き込んでしまいました」

「ふぇっ? ホントに喋った!?」

 半信半疑だったのだろう。なのはが驚きの声を上げて目を丸くする。
 それにしてもユーノのがどことなく沈んで見えるが危険に巻き込んだ負い目から落ち込んでいるだけではないような気がする。

「どこか怪我したんですか?」

「いえ、魔力を使い果たしてしまって」

 自分を危機から救ってくれた障壁、あれが彼に残されていた最後の力だったのか。助けに来たつもりが逆に助けられ、余計な負担を強いてしまった。余りにも情けなくて、みっともなくて…少し前までの粋がっていた自分を殴り飛ばしてやりたい。

「すみません…自分のせいで……自分を助けてくれたばかりに」

「いえ、元はと言えば僕の責任ですから……」

 ユーノの自責の念に満ちた声がこちらの胸を抉る。すみませんごめんなさい申し訳ありません、心の中で平身低頭する。
 僕が余計な手出しをしていなければ、原作通りになのはがユーノと出会い無事に暴走体を封印していたかもしれないのだ。
 本当に何をしに来たんだ自分。ただの足手まといでしかないではないか……

 そんな僕の胸中を知るべくもないユーノは大方の事情を話し始めた。自分の名前はユーノ・スクライアと言い、異世界の住人であるということ。スクライアの部族は遺跡の発掘を生業とし、ユーノが発掘した古代遺産=ジュエルシードが運搬中の事故でこの世界に散らばってしまったこと。さっき見た怪物はジュエルシードが暴走して生まれたものだということ。そしてそれを封印・回収するために魔法の資質がある人を探していたということ。
 聞いた限りでは原作そのもの、何ら変わりないようで少し安心した。

「僕の力ではジュエルシードを封印することはできませんでした……お願いです、力を貸して下さい。お礼は必ずしますから!」

 それにしてもお礼って一体どうするつもりなのだろう。必死になるあまり考え無しに口走っているのではないだろうか。
 まあそれはさておき

「もちろん、できる限り協力しますよ。そんな物騒なものを放っておくわけにはいきませんからね」

「私も、ユーノ君のお手伝いするよ。ううん、手伝わせて」

 もちろん好奇心が無いわけではないし、先刻の失態も忘れてはいない。しかし、ジュエルシードによる被害を未然に防げるのならばそれに越したことはない。家族や友人、生まれ育った街を守りたいという気持ちに嘘偽りはない。

「自分は遊嶋要と申します。よろしくお願いします、ユーノさん」

「私は高町なのは。これからよろしくね、ユーノ君」

「あ、ありがとう……」

 ひと段落ついて少し場が和が、不意にユーノが鼻をヒクつかせてキョロキョロと辺りを見回す。どうしたというのだろうか?

「あいつが、ジュエルシードの暴走体が近づいてくる」

 焦燥を帯びた声に、先刻の出来事が脳裏に蘇る。唸りを上げて迫る巨体。ギラギラと輝き、自分を見据える獰猛な瞳。押し寄せる黒い死のカタチ──

「要君、寒いの?」

「ええ…確かに、まだ春先ですからね、少し肌寒いかもしれません。それよりなのはさん、これを」

 なのはに待機状態のまま持っていたレイジングハートを渡す。自分の力がどれほどのものかはわからないが、彼女ならば確実に暴走体を封印してくれることだろう。何より、これ以上無駄に原作の流れを変えたくない。

「ユーノさん、早く起動パスワードを。きっとなのはさんの方がうまくやってくれます」

 突然の提案に1人と1匹は不思議そうに顔を見合わせる。暢気なものだ……

「迷っている暇はないのではありませんか?」

 若干の苛立ちを込めて低い声で言うと、ユーノは表情を引き締めなのはに向き直る。

「それを手に、目を閉じて僕の言う通りに繰り返して」

「う、うん」

 戸惑いながらもなのはは言われた通りに目を閉じ、次の言葉を待つ。

「我、使命を受けし者なり」

「我、使命を受けし者なり」

 力強く凛とした声で復唱する。普段の彼女からは想像できない張りつめた空気が漂う。

「契約の下、その力を解き放て」

「契約の下、その力を解き放て」

 彼女の体から少しづつ底知れない力が湧き上がるのを感じる。

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。レイジングハート、セットアップ!」

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に…レイジングハート、セーットアーップ!!」

 詠唱を完了し、漲る力が頂点に達した時──光が溢れた。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「あ゛~う゛~……」

「だ、大丈夫?要君」

 なのはがこちらを気遣う声が聞こえるがその姿を見ることはできない。至近距離で、加えてかまくらのような狭い空間で爆発した強烈な桜色の魔力光は反射的に閉じた瞼をものともせず僕の目を焼いた。その結果、僕は両目を押さえてうずくまっているのだった。

「────────────────────────────!!」

 暴走体の雄たけびが耳朶を打つ。かなり近くまで来ているようだ。

「要君はここに隠れてて。ユーノ君、私に戦い方を教えて!」

 言うや否や彼女の足音が遠ざかっていく。気付けばユーノの気配もなくなっていた。後を追って行ったか、肩にでも乗って行ったのだろう。
 目を開いてみるが、未だにチカチカして何も見えない。本当に何をしに来たんだか。今更ながら来なければ良かったと後悔した。

「はぁ……」

 独り取り残され、重い溜息をつく。勝手に盛り上がって出しゃばった挙句がこの体たらく。ははっ、なんて無様。
 断続的に聞こえる破砕音に耳をそばだてながら、膝に顔を埋めてさめざめと泣いた。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「要君、目は治ったー?」

 なのはが大きく手を振り、こちらに駆けて来る。肩の上にユーノの姿も見える。視力が回復した後、遊具の外に出てベンチで彼女達の帰りを待っていた。

「もう大丈夫です。なのはさんこそご無事で何よりでした」

 労いの言葉に「にゃはは」とはにかんだように笑う。なのはが走ってきた方を見やると、空にはうすぼんやりと赤い光が見え、おそらくは国の治安維持機構が利用する白黒モノトーンの車っぽいサイレンが聞こえる。
 やはり道路や電柱の破壊も器物破損の罪に問われるのだろうか。

「じゃあ、今日のところは帰りましょうか。お巡りさんに見つからないうちに」

「あ、うん、そうだね。ねえ、ユーノ君はどうしよっか?」

 ふむ、別に僕の家で預かっても構わないのだが、やはりなのはと行動を共にしてもらった方が良いだろう。特にメリットもないのに原作を改変する意味はない。

「自分の父さん、動物が苦手でして。もしもユーノさんが見つかったら大変なことになるかもしれません」

 嘘も方便とは良い言葉ですね。スラスラと淀みなく言葉が出て来る自分が少し悲しいけども。

「う~ん、それじゃあ仕方ないね。わかった、私の家で預かれないかお父さんとお母さんに相談してみるよ」

「すみません、僕のせいでご迷惑を……」

 ユーノがシュンと項垂れる。どうでもいいことだけど動物が落ち込む様って見ていてシュールだ。

「ううん、気にしないで。それじゃ私の家に行こうか」

「あ、家まで送りますよ」

 自分ごときが随伴したところで何の役にも立たないだろうが、防犯ブザーは常備している。何も無いよりはマシだろう。自転車は帰りにでも回収すればよい。

「うん、ありがとう要君」

 特に気にした様子もなくこちらの申し出を快諾してくれる。そうして彼女の初魔法戦の話を聞きながら高町家へと向かうのだった。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 

「恭ちゃんどうしたの?いつもならなのはに男の子が近づこうものなら暗い目で武器の手入れを始めたり『お前を殺す』とか言って殺気を飛ばしたりするのに」

「ああ、いや、なぜだろうな?女の子みたいな顔をしていたから、かな?」

「ふぅん、男の娘は攻撃対象外、と。でも油断してるとなのはのこと取られちゃうかもよ?仲良さそうだったし」

「むぅ……」

















 はい、主人公の容姿は女の娘です。敬遠する方もいらっしゃるかもしれませんが、自分なりの考えがありますので見限るのはしばらく待っていただきたい。
  





[20268] 捜索
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/17 18:35

「ふわ……ぁふ……」

 大きな欠伸をこぼす。席の近い数人の生徒がこちらを一瞥するが、すぐに何事もなかったかのように黒板に向き直る。
 昨夜は興奮していつまでたっても眠ることができなかった。原作本編が始まり、事件の当事者となったことに気持ちが昂り朝になっても収まらなかったのだ。
 そして厄介なことに、夜は音沙汰無かった睡魔が授業中に押し寄せてきたのである。髪が長いことが幸いして数瞬瞼が閉じていても咎められることはないが、ハッと目を覚ますと机が目の前にあるから安心できない。あー……また先生の声が遠く………………





「きりーつ、礼。さようなら」

『さよーならー』

 ……おや?何者かに時を吹っ飛ばされた?

「何寝ぼけてるのよ。もう下校時間よ?」

「要君、今日はずっとぼんやりしてたけどどこか体の具合でも悪いの?アンテナも元気ないみたいだし」

 いつの間にか目の前には怪訝な顔のアリサとすずか。その後ろでは事情を察しているからか、なのはが困ったような苦笑いを浮かべている。

「何を話しても上の空で虚ろな目をしてどこか遠くを眺めてるし、アホ毛も元気ないし、病院に行った方がいいんじゃないの?」

 アリサが不機嫌に言う。おそらく自分は彼女達の声に1日中気付かず、無視していたのだろう。わざとではないとはいえ、不快にさせてしまって申し訳ない。

「ええと、すみません。ちょっと昨夜は夜更かしをしてしまって、寝不足なだけです。体調は問題ないので気にしないでください」

「そう、ちゃんと寝ないと肌に悪いし肥満なんかの原因にもなるのよ。気をつけなさいね」

 ……つくづく子供らしくないお言葉をありがとうございますアリサさん。9歳のうちからそんなことを気にしているんですか。それとも僕が知らないだけで女の子とは皆そういうものなのかね?

「ほら、いつまでもボーっとしてないで帰るわよ」

「あ、はい。今行きます」

 急いでカバンに荷物を詰め込み後を追う。帰り道が途中まで同じなので、ごく短い間ではあるが4人で下校している。僕以外の3人は塾や習い事があるので4人が揃うのは週に3回くらいだ。また、学校から家までの距離が短く1番に抜けるのは自分だ。

「それでね、そのフェレットは今なのはちゃんの家で預かってるんだって」

 道すがら3人がユーノと出会った時の話を聞かされた。生憎僕は知っているのだがだからと言って無碍にはできない。

「へえ、そうなんですか。それでそのフェレットさんのお名前は?」

「ふぇ!? えっあ、うん、ユーノ君だよ。ユーノ君」

 素知らぬ顔でなのはに尋ねると慌てふためきながらも話を合わせてくれる。事前に口裏を合わせておくべきだったか。その後も3人はたわいない話(大半はユーノに関する話題)で盛り上がるが、僕の意識は別のところにあった。
 自分の記憶が正しければ、今日この後どこかの神社でジュエルシードが発動し2度目の戦闘が起こるはずだ。
 暴走を始める前に回収してしまおうか?しかし発動するとわかっていながら不用意に触れたりすれば、僕自身が巻き込まれて怪物と化してしまう可能性がある。
 というわけでこの案は却下。というより、戦闘場面には一切かかわらない方が良いだろう。原作の通りであればフェイト以外の相手になのはが敗れることはない。本当に原作通りに話が進むのか一抹の不安は残るが、戦いは彼女に任せる他ない。
 何しろ自分は非力な一般人なのだから、戦いの場に臨んだとしても何の役にも立ちはしない。それは昨夜この身を持って思い知った。

 そうだよ……アニメでもヒーローでも必ずいる『黙って見ていられない』とか『いてもたってもいられない』とか言って場を混乱させる奴らは昔から嫌いだったんだ。僕は僕にできることをするとしよう。

「要君、何か言った?」

 またボソボソと口に出していたらしく、すずかの耳に独り言が届いてしまったようだ。

「いえ、なんでもありません。それでは自分の家はこちらなので」

「また明日ね、要。夜更かしもほどほどにしなさいよ」

「バイバイ要君。また明日ね」

「またねー、要君」

 軽く手を振り彼女達と別れる。3人の背中が見えなくなってから心おきなく独り言を再開する。

「そういえばすずかさんは吸血鬼……だったかな?」

 身体能力が常人を遙かに上回るとか。とらハは知らないので二次創作から得たにわか知識でしかないが。あと、メイドロボ?ロケットパンチがあるとかないとか。まあ実際にロケットパンチを見られる機会はないだろう。
 名残惜しいが、横道に逸れていた思考を修正する。答えはすでに出ているが。

「暴走体はなのはさんに全てお任せして、そうでないものだけを探すとしましょう」

 暴走する分は彼女に丸投げ。発動していないジュエルシードは触れても問題なかった……はず。うろ覚えだが触れた瞬間BOMB! ではなかったと思う。
 それでは当面の方針はそんな感じで、自分にできることをしよう。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 とはいえ……

「町中を歩き回ってちっぽけな宝石を探し出すというのはかなり無理があるのではないだろうか?」

 我が家の庭に始まり、歩いた道は隅から隅まで目を光らせたが影も形も当たらない。日も沈みかけてだいぶ暗くなってきた。そろそろ帰らなければならないか。

「さすがに2時間そこらで見つかるほど都合良くはいきませんかね」

 ドラゴンレーダーみたいな機械があればいいんだけどなあ。初日のジュエルシード探しを切り上げて帰ろうとした、その時だった。

「あ」

 見つけた。閑静な民家が立ち並ぶ住宅地、その中の細く狭い路地の先に見えたのは菱形の青い宝石をくわえている1羽のカラス。

「っせぃ!」

 とっさの判断で足元の小石を投げ付ける。ジュエルシードを取り落してくれることを期待したのだが、投石も目論見も外れカラスはそのまま飛び立ってしまう。
 すぐに後を追って駆け出す。せっかく見つけたジュエルシードを逃してなるものか! 行く宛てもわからないまま飛び去って行くカラスを追いかける。しかし、どんなに頑張っても所詮は小学生の体。必死に追いすがるものの彼我の距離はどんどん引き離されていく。
 次第に顎が出て呼吸が苦しくなり、わき腹がキリキリと痛みだす。重くなった足をそれでも持ち上げて、小さくなっていくカラスから目を離さずひたすらに地面を蹴り続ける。
 路地を抜け、宅地を離れ、いつの間にか自分が知らない地域まで来てしまっていた。辺りに人気はなく、古びたアパートや空き地、廃屋などが目立つ。その中の廃ビルの中の1つに追っていたカラスが姿を消した。

 まずいなあ。

 そのビルを住処にしているのならば良いが、ただの通過点だったとしたら取り逃がしてしまう。
 そこに巣があることを祈りつつ、荒れ果てたビルの中へと踏み込んだ。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


「よくよく考えてみればここまでする必要はなかったのではなかろうか」

 もっと言えば無事に事件が解決することを望むのならば最初から何もしなければ良かったのではなかろうか。床を踏むたびに埃を巻き上げ、ジュエルシードを探しながらいつものように独り言を呟く。
 落ち着いて考えてみよう。こんなところまで追って来て今更過ぎるが、僕が放っておいてもジュエルシードは全部集まるし事件も解決する。
 そもそも僕が介入する必要はないのではないか。いやしかし……

「だとしても、原作通りにはいかないかもしれないし作中で語られなかった被害がどこかにあったかもしれない」

 建物が破壊されたり誰かが怪我をしていたかもしれない。そんな災いの元となるものを見つけておきながらそれを放置したとして、もしも誰かが傷ついたりしたらきっと後悔する。
 うん、そうだ。今自分がやってることは決して無駄ではない。自分に言い聞かせるようにうんうんと頷き、捜索を続ける。
 すでに日は沈み空は濃紺に染まっている。真っ暗でこそないものの探し物をするにはかなり厳しい。

「仕事は納豆のように粘り強くするものだ…っと」

 それでも辛抱強く階層ごとに見落としがないよう丁寧に探して歩き、5階にまで到達してようやく暗がりに青く輝くジュエルシードを見つけることができた。

 ……見つかったのだが、ことここに至って新たな問題が発生した。

「どうしたものかな……」

 自分の願いが通じたのか、このビルにカラスの巣があり、そこにジュエルシードもあった。ところが、その巣はビルの壁面に備え付けられたひさしの上にあったのだ。
 そろりと窓から顔を出してもう一度眼下のジュエルシードを確認する。その途端、激しい目眩に襲われる。世界が歪み、そのまま下に引っ張られていくような──

「……ぅあ…!」

 よろめきながら窓から離れ、その場に尻もちをつく。ズボンが汚れてしまうがそんなことを気にしている余裕はない。心臓がバクバクと高鳴り、全身が震え冷や汗が噴き出す。

 そう、僕は高所恐怖症なのだ。

 屋内の階段程度ならば何の支障もないのだが、高い所から下を見下ろすことは当然、傾斜の高い坂や下が見える階段もアウトだ。目眩、動悸、恐慌状態などを引き起こしてしまう。

「なんでかなあ……」

 前世の自分は高所恐怖症ではなかったし、高所恐怖症になるような出来事に心当たりはない。

「いや、階段を転げ落ちて病院送りになったことはあったっけ」

 それでも高所恐怖症になりはしなかった。この世界に生まれてからも特に高い所にトラウマなど無い。いくら考えても原因はわからず、代わりに何かをど忘れした時のような思い出せそうで思い出せないもどかしさを感じる。

「仕方がない。場所は突き止めたことだし、明日なのはさんにお願いしますか」

 自力での回収を諦め、僕はトボトボと家路に着くのであった。














 新情報、要君は高所恐怖症。オリ主の人物設定を考えた時に何かしらの欠点・弱点があった方が良いかと思って選んだのが高所恐怖症。
 もし魔法を使える時が来ても航空戦力にはなれません。

 それにしても本文が短い……

 





[20268] 体験
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/19 13:46
「というわけでお願いします、なのはさん」

「オッケー、任せてよ」

 張り切ってこちらにVサインをしてみせるなのは。時は放課後、ジュエルシードを発見したことを朝一で彼女に報告して昨日の廃ビルまで案内して来たのだ。幸い発動・暴走することもなく見つけた時の元の場所にあり、ホッと胸を撫で下ろした。なんとなくだが、そこにあるという存在感を確か感じられるのだ。
 自分にも魔法が使えたら、ジュエルシードを封印できたなら、昨日から今日にかけて心配に悶々とすることもなかったろうになあ。

「レイジングハート…セーットアーップ!」

 溌剌とした元気の良い掛け声と共に彼女の体が光に包まれ、瞬時に純白の防護服を身に纏う。
 こうして直に見るのは初めてだ。ちょっと……いや、かなり感動である。テレビの中にしか存在しなかった物語の主人公が自分の目の前でその力を行使するところを見られたのだから。
 その手にはメカメカしたデザインの魔導師の杖ことレイジングハート。『〇ルグル』とか『〇じゃ魔女』みたいな一昔前の“魔法の杖”や“魔法の杖”とはかけ離れた意匠である。だがそれが良い。

「えっと…そんなに見られるとちょっと恥ずかしいかな」

 なのはがモジモジと身をよじる。いけないいけない、つい無遠慮に凝視してしまった。

「すみませんでした。でも本当に可愛らしい衣装ですね。よくお似合いですよ」

「そ、そう?ありがとう……」

 なのはが薄く頬を染めてはにかむ。む、何だこの空気は。普通に誉めただけなのにやたらとこそばゆい。

「あー…あのっ、ジュエルシードはあそこです。あのひさしの上」

 気を取り直して再度ジュエルシードの位置を指し示す。

「うん、わかった。行くよレイジングハート」

 切り替え早いなあ。なのはの両足の外側に小さな桜色の羽が出現し、彼女の体が宙に浮かぶ。特徴的なツインテールが風を受けて揺れ動き、丈の長いスカートをはためかせて上昇して………………!!
 神速もかくやというスピードで顔を伏せた。ふぅ、危ない危ない。もう少しでスカートの中を目撃してしまうところだった。そんな嬉し恥ずかしラブコメ展開など求めていないし、変態、覗き、性犯罪者などの不名誉な称号も欲しくない。
 仮に見てしまったとしても、なのはならそんなことを言わないと思うが……もしもアリサに知られたらどうなることか。

 『この変態。駄犬どころかエロ犬だったなんて、“元”友人として嘆かわしいわ。でも安心なさい、今すぐその性根を叩き直してあげるから。そこに座って、この木刀の錆になりなさい』

 あ、声は同じだけどちょっと混ざってる。

「取ってきたよ~。何見てるの?」

「いえっ! ギリギリ見てませんよ!?」

 驚きのあまりアホ毛共々直立不動の姿勢を取る。いつの間にかすぐ側に降り立っていたなのはの問いに奇妙な応答をしてしまう。が、彼女は意味がわからず、頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる。

「それにしても、要君が高い所苦手だったなんて初めて聞いたよ」

「言わなければならない機会もありませんでしたし、わざわざ自分の短所を人に明かすこともないと思いまして。それで、どうします?今日はもう帰りますか?」

「うーん、荷物置いてから真っ直ぐここに来たからまだ明るいし、もうちょっと探そうかな」

 予想通りの回答である。聞くまでもなかっただろうか。

「でしたら自分もご一緒しましょう。せっかく秘密兵器も持って来たことですしね」

「秘密兵器って、もしかしてその棒のこと?」

 なのはの視線の先、僕が取りだしたのはL字型の金属棒が2本。秘密兵などと言ったが、兵器でもなければ工具でもない。

「はい、失せ物探しのお供です。いわゆるダウジングというものでして、探し物の他にも貴金属や鉱物、水脈なども見つけられる優れものです」

「それ……本当に使えるの?」

 失敬な。あなたこそ魔法というオカルト的なものに手を染めているというのに、なんですかその疑わしげな眼差しは。

「以前これで父さんの探し物を見つけた実績があります。信用してください」

 ちなみに、その探し物というのは厳重に保管したまま隠し場所を忘れてしまった秘蔵コレクションだったのだが、父の名誉のために

『ぼくちいさいからよくわかんない』

 風を装っておいた。あとでお菓子をたくさんもらったが。 まったく。おとなはまったく。
 なにはともあれ、僕は両手に金属棒を握りしめて歩きだした。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「そういえば、ユーノさんの具合はどうですか?」

「もう傷はほとんど治ったよ。魔力も戻ってきたから明日からはユーノ君も一緒にジュエルシード探せるって」

 そうですか、それは本当に良かった。自分のせいで回復を遅れさせたかと思うとまたじくじくと後悔が押し寄せてくる。本当に申し訳ない。

「でもびっくりしたよ。要君がもうジュエルシードを見つけてたなんて」

「いえいえ、運が良かっただけですよ。自分にも魔法が使えたらもっとお役に立てるかもしれないのですが」

 魔法を使うことができない自分は、こうして地道にジュエルシードを探して歩く他ないのだ。

「そうだ。ねえ、要君も魔法使ってみたくない?」

 なんですと? 衝撃に思考が停止してしまい体が石のように固くなる。そして思わず本音が漏れる。

「是非とも、使ってみたいです」

 なのはとレイジングハートが何やら相談を始めるがまるで耳に入ってこない。すっかり忘れていたが、自分にもリンカーコアがあり、魔法を使うことができるのだ。
 その事実だけが頭の中を埋め尽くし、胸の高鳴りが止まらない。

 この滾る気持ち……最早止める術なそありはしない!

 密かに心のどこかで待ち望んでいた熱血バトルな展開! 見よ、東方は赤く燃えている!

 師匠!今日こそは俺はアンタを超えてみせる! この魂の炎、極限まで高めれば、倒せない者などぉぉない!! 往くぞおおおお! 必ぃぃっ殺! スターライトォ…ブレイカァァァアアアアアア!!!




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「……! …め君! 要君ってば!」


 なのはが僕の両肩をガクガクと激しく揺さぶり、強制的に意識が引き戻される。

「…あ?はい、どうしました?師匠」

「にゃっ?師匠って誰のこと?それにどうしたかなんてこっちが聞きたいよ」

 呆れたと言うようになのはが深い溜息をつく。
 妄想が爆発していた。むしろ真っ赤に燃えて轟き叫んでいた。
 そしてまた気を取り直して、なのはが首にかけていた革紐を外してこちらに差し出す。

「これを持って。レイジングハート、お願いね」

 赤い宝石がチカチカと点滅する。僕は逸る気持ちを必死に抑えつけてレイジングハートを受け取り、まじまじと見つめる。

「ええと、初めまして……ではないですけど、よろしくお願いします」

《こちらこそ》

 また点滅し、電子音声が鼓膜の響く。発せられる言葉は英語なのに意味が直接伝わるから不思議だ。

「起動パスワード、覚えてる?あれを唱えてみて」

「はいっ!」

 喜んで! 我ながら良い返事をしたと思う。かつてないトキメキに胸を打ち震わせ、一気にパスワードを言い切る。

「我、使命を受けし者なり。契約の下、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を、レイジングハート…セッタァップ!」

《Device mode set up》

 次の瞬間、全身から光が溢れ出し、力が漲る。光の色は緑がかった青色、ターコイズブルーだ。光が収まると右手には杖の形を成したデバイスモードのレイジングハート。そして身に纏っていたはずの洋服は消え失せ、代わりに白いロングスカート、胸元には大きな赤いリボン………………って、ちょっ。

 ……そうですよね。この形状がデフォルトですよね。うん、忘れていた自分が悪いんだ。

「わぁ……要君、可愛い……」

「お誉めいただき恐悦至極、とでも言うべきなのでしょうか?」

 女物の衣服が似合うと言われても着ている僕の心はれっきとしたオトコノコなわけでして。頭に違和感があるので触れてみるとリボンで2つに括られていた。俗に言うツインテールである。

《何か問題でも?》

「問題……と言ってよいのかどう「何もおかしくなんかないよ!要君とっても似合ってるよ!」……」

 自分のバリアジャケットを客観的に見たのは初めてなのかもしれないがそんなに目をキラキラさせちゃってまあ……あなたのお脳味噌はおとろけになってお鼻からおこぼれになっておいででは?と言いたくもなりますよ。
 そんな今までに見たこともないような満面の笑顔で力説されてもこちらとしては気が滅入るばかりだ。

「レイジングハートさん、バリアジャケットのデザインって変更できますか?」

《可能です。その際マスターの承認とプログラムの修正、再構築などの行程が必要となりますが》

「あー、ならいいです」

 そこまで余計な手間を取らせるのは気が引ける。ほんの少しの間くらいこの格好で我慢しよう。それにしてもスカートってスースーして落ち着かないなあ。じゃあまずは……心の中で念じてみる。

(あーテステス。ただいまマイクのテスト中、ただいまマイクのテスト中)

(にゃはは、それが念話だよ。1度感覚が掴めたら次からはデバイスが無くてもできると思うよ)

 よし、念話による交信に成功。

「他には何ができますか?」

《現在登録されている魔法は魔力障壁、飛行魔法、封印術式の3つです》

 となると、飛行魔法は問答無用で却下。封印も対象物がない。残るはバリアだけか。

「では、障壁展開」

《Protection》

 目の前にミッドチルダ式の魔法陣が形成される。鮮やかに輝くそれはとても綺麗だった。ただ1点、釈然としなかったのは

(青緑か……バリバリ脳筋の赤緑ステロイドだったんだけどな)

 その後もひとしきり念話で話をしたりバリアを出したり消したりして魔法デビューを心行くまで堪能した。


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「ありがとうございました。なのはさん、レイジングハートさん」

 心地よい疲労感と若干の心残りを伴いながら待機状態に戻ったレイジングハートを差し出す。

「どういたしまして。でも本当に似合ってたね~」

 なのはは少し残念そうにレイジングハートを受け取る。そんなに僕の女装が良かったのか。

《礼には及びません。それから、私に敬称は必要ありません》

「ん、わかりました。レイジングハート」

 敬語で呼び捨てというのも妙な感じだが。
 ふと見上げると空は深い紫色に覆われ、いくつか星が瞬いて見えた。彼女の家の門限が何時かは知らないがそろそろ帰った方が良いだろう。

「だいぶ遅くなっちゃいましたね。なのはさんは先に帰ってください。自分はもう少し探しますから」

「そんな、要君だけに任せるなんて悪いよ」

 なのはが不満を露わにして食い下がる。その健気で誠実な人柄は好感が持てますが、良い子はもうお家に帰る時間ですよ?

「では自分も帰りますから、なのはさんもお帰り下さい。それならいいでしょう?ほら、自分が家まで送りますから」

 そう言ってダウジング用の棒をポケットに納めて見せる。

「…うん、それならいいよ。じゃあ帰ろっか」

 サラリと嘘をつける自分に軽く嫌気がさすね。消防士である父は隔日勤務で休みと当直を交互に繰り返す。そして今日は当直で家にはいない。
 ポケットの中の棒が使命を果たすまでは帰らないと心に決め、なのはと並んで歩きだした。













最近Gガンダムを全話見直したのでネタ多いです。大好きなんですGガン。
要セットアップの巻。ただそれだけの小話。





[20268] 煩悶
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/18 12:05
 なのはを送り届けた後も捜索を続けたが成果を上げることはできなかった。それ以来、父さんが当直の日は深夜までジュエルシードを捜し歩くようになった。補導されないよう人通りの少ない道を選び、両手にL字金属棒を携えて、だ。
 誰にも見つからなかったのは幸いだが、目標物が見つからないのでは意味がない。草の根を分けてでも、という言葉通りに草をかき分け石をひっくり返し、ダウジングが示した場所をとことん念を入れて探しているから見落としはないと思うが。

 そうしている間にもなのはとユーノは2個のジュエルシードを発見、封印に成功している。現在集まったジュエルシードはユーノが僕達と出会う前に持っていたのが1つ、なのはが暴走体を封印したものが2つ、暴走を始める前に発見、封印できたものが3つ、合計6個である。

 1週間のうちに6個、これはかなり順調なのではないだろうか。自分が見つけたものが1つだけというのは1つでも見つけたのだから誇っていいのか嘆くべきなのか。
 そうこうしている間に時は過ぎ、日曜日。今日はなのはの父、高町士郎さんがオーナー兼コーチを務めているサッカーチーム翠屋JFCの試合の日である。その選手の1人、確かキーパー?がジュエルシードの暴走に巻き込まれて巨木が出現するのだったか。今回の事件に介入すべきか否か、未だに決めかねていた。

 これを逃せば、街に大きな被害が出ることは間違いない。そしてこれをきっかけになのはが自分の意志でジュエルシードを集めることを決意し、探査と砲撃の魔法を習得する。その一連の流れを不用意に改変してしまって良いのだろうか。

「どうしたものかな……」

 考え込んではぼやくのが癖になりつつある気がする。
 誰も傷つくことがなければ、悲しい思いをしなければ、その方が良いに決まってる。しかし、軽々しく人の未来を変えてしまってよいのだろうか。自分が行動すれば、ことはいつの日か世界の命運にも関わるかもしれないのだ。
 答えを出せないままジュエルシードを求めて彷徨う。無論ダウジングは継続している。明るい間は気兼ねなく出歩けるうえ、子供がテレビやゲームの真似事をして遊んでいる風にしか見えないのでなんら問題ない。生温い視線が少々むずがゆいが、それもこれも皆の安全を願ってこその行為なのだ。捜索に集中するとしよう。


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 僕の足は自然とサッカーの試合が行われている河川敷へと向いていた。コート内でボールを取り合い、駆け回る選手達とそれを見守り声援を送る人々。その中になのは、アリサ、すずかの3人の姿も見える。
 キーパー……キーパー……あの子か。この時点でジュエルシードを持っていたのかどうか覚えていないが。選手達の荷物が集められている場所を見やる。試合は白熱し、選手も観衆も熱狂し試合に夢中になっている。こちらに気づいた者はいない。

 ………………僕は黙ってその場を離れた。

「果たして、これが正しい選択なのかどうか……」

 自分の行動が世界の未来を変えてしまうかもしれない。その責任を負うことに怖気づいてしまった。
 何のことはない。選択などと言ったが僕はただ逃げただけだ。形容しがたい後ろめたさをひきずりながらジュエルシード探しに没頭する。

 ダウジングは何も示さなかった。


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 そして原作通り街中に巨木が現れ、一部の道路や家屋、地面を抉った根が水道や電線を破断した。絶えずニュースに目を光らせていたが見た限りでは死者・重傷者は0名、軽傷者数名とのこと。翌日の朝刊でも目立った変化はなく、ようやく安堵の息をつく。
 それから数日が過ぎ、ある時アリサに呼び出された。

「最近なのはの様子がおかしいのよ。なんか元気ないみたいだし、すずかとも相談したけど何でなのかわからないし、要は何か知らない?」

 先の事件以来、街中が何の前触れもなく突然現れ、忽然と姿を消した巨木の話題で持ちきりだ。それは学校においても同様で、クラスメイトが談笑している傍ら、なのはの表情は陰りを帯びていた。それは「原作」として定められており、なるべくしてなった結果なのだ。そう何度も自分に言い聞かせたが胸のしこりは消えなかった。

「いいえ、自分は何も。なのはさんに何かあったのでしょうか」

 臆面もなくとぼけてみせる。後ろめたさが胸を締め付けるが致し方ない。一瞬、彼女達ならば真実を打ち明けてしまっても大丈夫なのではないか、という迂闊な考えが浮かぶがすぐに打ち消す。不必要に話をこじらせて原作を壊す意味はありはしない。

「それがわからないかわアンタに…はぁ、知らないならいいわ。それで、今度のお休みにすずかの家に集まってお茶をするつもりなんだけど、要も来るでしょ?」

 ……ということはつまりフェイト参入の時期か。きっとなのはと衝突することになるだろうが、そこに自分が居合わせたとて何もできることはない。

「ねえ、聞いてるの?また小声でブツブツ言い出して」

「ああ、はい。喜んでご相伴に預からせていただきます」

 断る理由はない。よそ見をしていた意識を引き戻し、申し出を受け入れる。
 ジュエルシードもフェイトも気にかかるが、それでなくとも月村低へ行けるのは嬉しい。月村さんのお宅といえば猫である。僕は犬猫という愛玩動物が大好きなのだ。何というか、見た目も好きだがあのモフモフ感がいいのだよ。
 毛とかノミとかトイレとかそれなりの手間はかかるそうだけど。

 期待と幾ばくかの不安を胸に募らせ、その日が来るのを待ちわびるのであった。


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「やー、何度見ても大きいなあ」

 やってきました月村低。聞くところによると、パッと目には分からないが至る所に多種多様な防犯設備が配置されており、許可なくうろつくと命の保証はできないとか。初めてこの屋敷に招待された時、月村すずかの姉、月村忍さんがおどけた調子でそのようにのたまったのだ。
 以前、試しにダウジングをして回ろうと金属棒を取り出し、数歩進んだところでいずこからか飛来した何かに棒を弾き飛ばされた。後で聞いたが侵入者撃退用のゴム弾だったそうで、怪我をしたくなかったら大人しくしているように、と念を押された。

 しみじみと回想に浸りながら玄関の前に立ち、インターフォンを鳴らす。間もなくドアが開き、メイド長ことノエルさんが出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいました、要様。どうぞこちらへ」

「こちらこそ、本日はお招きいただきありがとうございます」

 客人の招き入れる動作は洗練されており、熟練者の風格を感じさせる。挨拶を交わすと敷地の一角へと案内され、向かった先には見慣れた3人の姿があった。ユーのはなのはの肩に乗っている。彼女達は庭にしつらえた席で猫に囲まれ、優雅にお茶を嗜んでいた。
 ふむ、どうやら自分が最後だったようだ。約束の時間には間に合っているのだが、それでも最後に来るとそこはかとなく悪いような気がするのはなぜだろう。

「あ、やっと来たわね」

「いらっしゃい、要君」

「要君、こんにちは~」

 こちらに気づいて次々と挨拶の言葉が贈られる。その都度短く応対しながら席につくと、1匹の黒猫が膝の上に飛び乗ってきた。気持ち良さそうに体を摺り寄せてゴロゴロと丸くなる。

「今、要様のお茶をご用意しますね」

 ノエルさんが静かに下がり屋敷の中へと姿を消す。その間に膝の上の猫の頭をなで背中をなで、モフモフ感を満喫する。ほわぁ~……和む…………じゃない。いやもっと猫と戯れたいのは山々だけど、この庭……林?のどこかにジュエルシードがあるはずなのだ。

「お待たせしましたー」

 どこかほにゃっとした、間延びした声と共にやってきたのはメイドのファリンさん。手にしているお盆の上にはティーポットとカップ、小皿にはクッキーが盛られており美味しそうな香りを漂わせている。
 それにしてもだ、これほどまでに人間そっくりのメイドロボが存在すると世間に知れたら一体どうなるだろうか。特に大きなお友達。コアな人達が狂喜乱舞して上へ下への大騒ぎとなるか、あるいは「はいはい釣り乙」と鼻で笑われて終るか。

「要様?私の顔に何かついてますか?」

「いえ、何でもありません。失礼しました」

 彼女の目は前髪のスリットから覗く僕の瞳を正確に捉えていたようだ。茶器とお茶菓子を置き、一礼してファリンさんが下がる。
 アリサさんや、何か言いたそうなお顔ですね。何をニヤニヤしているんですか?すずかさんとなのはさんは何を深刻なお顔でひそひそ内緒話をしているのでしょうか?
 3人から生暖かい視線を浴びつつ膝の上の猫を愛でていると、何か大きなものが脈打つような気配を感じた。なのはとユーノも気づいたらしく、顔を見合せてアイコンタクト……ではなく念話を交わしているようだ。

 僕は仲間外れですかそうですか。そりゃあ僕は魔法も使えないしジュエルシードだって1つしか見つけてないし、お二人がひとつ屋根どころか同じ部屋で過ごして絆を深めたことでしょう。それでも、ちょぉっと、僕だけ距離が遠いというか、取り残されたような気分になる。

(ジュエルシードがすぐ近くにあるようですね)

 語りかけられて1人と1匹はようやくこちらに気づいたようだ。……いじけるぞ?泣いちゃうぞ?チキショー……

(うん、でもどうしよう?アリサちゃんとすずかちゃんが……)

(僕に任せて)

 おもむろにユーノが肩から飛び降り、そのまま林の中へと走っていく。

「あっ、ユーノ君!?」

 思わず声を上げるなのはだが、すぐにその意図を察して行動に移る。

「ユーノ君、何か見つけたのかも。ちょっと探してくるね!」

「ちょ、なのは!」

「なのはちゃん!?」

 アリサとすずかが止める間もなく、なのはは林の中へと姿を消してしまった。



[20268] 遭遇
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/19 14:16
 僕は小さくなっていくなのはの後姿を黙って見送った。彼女のことは心配しているし、フェイトに会ってみたいという気持ちもある。彼女の背中が見えなくなった今でも後を追って行きたい気持ちが疼いている。
 それでも、僕は行かなかった。2人の出会いを、想いを通じ合わせるためのぶつかり合いを邪魔してはいけないと思ったから。そして何より、自分がついていたところで何の役にも立つまい。むしろ足を引っ張るだけだろう。

 猫を撫でお茶をすすり、どうにか平静を保ってなのはとユーノの帰還ないし念話の知らせを待った。気をもんで待つこと約10分、ユーノから念話が届き、なのはが遭遇した魔導師と交戦、敗北し気を失っている。手を貸してほしいとのこと。
 僕はすぐにファリンさんを呼んでもらい、なのはさんがユーノを追って林の中へ入って行ったが帰りが遅い、心配なので探してもらえないか、という旨を伝えた。

 程なくして気絶して倒れているなのはと傍にいたユーノが発見された。アリサは血相を変えて駆け寄り、すずかは顔が真っ青になっていた。
 すぐになのはは客間のベッドに運び込まれた。一同が眠り続けるなのはの容体を見守り、重苦しい空気が満ちる中で僕はユーノに念話を繋ぐ。

(一体何があったんですか?)

(うん……ジュエルシードはすぐに見つかってなのはが封印しようとしたんだけど、魔導師の女の子…たぶん僕が元いた世界の魔導師が現れて、ジュエルシードを奪っていったんだ)

(その魔導師の特徴を教えてもらえますか?)

(長い金の髪に金の魔力光、それに黒い斧みたいなデバイスを持っていたよ)

 うん、その少女はフェイトで間違いない。

(その子は何か言っていましたか?ジュエルシードを集める目的なんかは?)

(わからない……なのはも何度か呼びかけたんだけど取りつく島もなくて)

 やはり、目的どころか名前すら聞き出せなかったらしい。戦闘経験がほとんどないに等しく、戦意も乏しかったなのはは終始一方的に攻め立てられ、最後は相手の放った魔法が直撃したそうだ。
 やがてなのはが目を覚ますと本人は転んで気を失ったと嘘の説明をし、その日は解散する運びとなった。アリサはリムジンで。なのはは付添で来ていた恭也さんにおぶわれて、そして僕は徒歩でそれぞれの家路に着いた。

 自転車?ああ、アレね。最初に出会った暴走体がユーノのバリアにぶつかって弾けた時、運悪くその破片に当たったらしくひしゃげた鉄屑と成り果てていましたよ。
 ブンブンと頭を振り、愛車を失った悲しみを振り払う。

「さあ、今日も今日とてジュエルシードを探しに行きますか」

 気合を入れていつものようにL字金属棒を両手に構えて歩き出した。


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「そしてこれまたいつものように見つからないなあ」

 テクテクと歩きながらひとりごちる。ダウジングが何の反応も見せないわけではない。むしろちょくちょく何かに反応を示してはその先々で何かしら見つかるのだ。それは地球⇔アンドロメダのパスだったり、中に赤い星が見えるオレンジの玉だったり、黄と黒のボーダーカラーの古臭いベストだったり、その他にも団長腕章、獅子の瞳、勝利の鍵、万能スイッチ、柔らかい石、サルマタケ、バトルナイザー、ダイモード鉱石、etc.etc……それと便座カバー。

 そんな風に反応があれば追跡し、そのたびにハズレを引いてばかり。いい加減あきらめて帰ろうかと思い始めたその時、ダウジングが新たな反応を示した。

「はぁ……どうせまた違うんでしょ?」

 あったとしても ねむけざまし か むしよけスプレー くらいに違いない。 金のたま でもあれば嬉しいんだけどね。そんなのダウジングなんかしなくてもその辺で簡単に手に入る、の、に──!

「ジュエルシード、ゲットだぜ!」

 度重なる失敗にうんざりしていた気分が一転して高揚し、握った拳を天に突き上げて激情のままに吠えた。一息ついて深呼吸し気持ちを鎮める。見つけたジュエルシードをポケットに収め、ホクホク顔で再び歩き出す。
 見つけてから思い出したのだが、なのははフェイトに敗れ自宅療養中である。即ち、これを封印する手立てがない。

「レイジングハートを貸してもらえれば僕にもできるのかな」

 それはとても興味深いが、今日はもう彼女の家を訪問するには遅い時間だ。それに人の役目を奪うような真似はしたくない。ジュエルシードを1つ見つけたことを区切りに、この日の捜索を終えて帰宅することにした。


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 なのはがフェイトに敗れ、僕が2個目のジュエルシードを見つけてから数日が過ぎた。これまでに封印、回収できたジュエルシードの数は9個。あれ以来なのはは1つも見つけていない。学校で会ってもその表情は暗く、いつも陰鬱と重いオーラを振りまいていた。
 対照的に運が向いてきたのか、僕は続けざまにもう1個のジュエルシードを発見し、暴走することもなかった。しかし、自分ばかり成果を上げるというのは素直に喜ぶことができない。何も悪いことをしているわけでもないのにどことなく申し訳なさを感じてしまう。そんな状況の為に未だ封印することを頼めないでいた。

 そんなギクシャクした関係が続いていたある日、

「温泉?」

「うん、アリサちゃんとすずかちゃんと、それに忍さん達も、みんなで一緒に行くの。要君も行こう?」

 久方ぶりに明るい顔を見せたと思ったらそういうことか。温泉といえばつまり、アルフと顔合わせ、フェイトと2度目の対決、そして敗北。記憶に残っている『リリカルなのは』の物語を回想していると

「あの、ダメ……だったかな?」

「いえ、そんなことはありません。是非自分もご一緒させて下さい」

 これについては特に打算はない。ただ皆と一緒に温泉に行きたいと思った、ただそれだけだ。戦いの役には立てないがせっかく元気を取り戻しかけている彼女を悲しませたくはなかった。
 だって、考えてる間に花が枯れていく様子を高速再生するようにみるみる落ち込んでいくんだもん。僕の良心回路がマッハでピンチだよ。これを見て断れる人がいたらそいつは鬼だよ。鬼畜だよ。ランスだよ。
 温泉に行く約束を取り付けてなのはと別れた後、一旦帰宅してから日課のジュエルシード探しに出かける。近場はあらかた探し尽くしたので最近は遠くまで足を運ばなければならないのが辛いが今日は父が当直の日。時間いっぱい捜索するとしよう。


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「見ーつけたっと」

 通算4個目のジュエルシード発見。これでなのはの持っている分と合わせて10個になる。発動する様子もなく、ヒョイとつまみ上げるが何も起こらない。

「よしよし、好調好調」

 さすがに「絶好調でああある!!」と叫ぶのは自重。要らないものも色々見つけたがそれについては何も語る必要はないだろう。ようやっと役に立てた実感を得られた気がするものの、この先もなのはには幾度も戦いが控えているというのにこのくらいのことしかできないのが無念でたまらない。

「戦闘力2のゴミ同然だな自分」

 むぅ、いけないな。せっかくちょっぴりいい気分だったのに。でもここまで運が良いと死亡フラグ……は言い過ぎかもしれないが、何らかのアクシデントに見舞われるんじゃないかと思うんだよね。人間万事塞翁が馬と言うことだし。
 それともアレか、俺……消えるのか?なんてね。死んだ世界で消える条件は自分が満足することだからまだまだのはずだ。

 まあくだらないひとり相撲はここまでにして、これからどうしようか?携帯を開いて時間を確認するとおおむね9時半を示している。まだ時間は残っているが今日はいつもより遠くまで足を伸ばした。家までの距離を考えると早めに切り上げるべきかもしれない。

「収穫もあったことだし、今日はもう帰るとしようか」

 というわけで来た道を引き返して自宅へ向かう。その間もダウジングは欠かさない。もしかしたら何か見つかるのではないかと淡い期待を抱いて金属棒を構えて歩く。

「それにしても、毎週休みのたびに事件が起きるとなのはさんの休む暇がないなあ」

 次の連休が温泉、その前がお茶会兼フェイト初登場、その前が巨大な樹木の形をした暴走体。3週間立て続けだ。ジュエルシードを探し歩いて、封印して、彼女の負担は計り知れないものだろう。
 それを遠く離れた所から無事を祈ることくらいしかできない自分が歯がゆくて仕方がない。リンカーコアがあるというだけで何の力にもなれていない。

「僕にも力があればな……」

 思い浮かべるのは幼い頃から憧れていたテレビの中の存在、力の象徴、幾多の危機をも乗り越えて邪悪な敵を打ち倒すヒーロー達の姿。

「定番でライダーもいいけど魔戒騎士とか強殖装甲とか、いっそ光の巨人でもいいなあ」

 ついさっきまで無力感に打ちひしがれていた自分はどこへやら。想像していたら楽しくなってきてしまった。他には何が良いだろうか。宇宙の騎士ブレードの方とか、超重甲なメタルヒーローもかっこよかったなあ。
 そんな風に過去の思い出にふけって妄想を巡らせていたせいで、闇の向こうから近付いて来る足音に気付けなかった。

 視界ににじみ出るようにフェードインして来た人物はにこやかに声をかける。

「ハァイ、こんばんはおチビちゃん」

 街頭の明かりの下で出くわしたのは、犬耳にオレンジの長い髪、鋭い目と八重歯を伴った美女。初対面だがよく知る人物は──フェイトの使い魔、アルフだった。





[20268] 接見
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/17 20:47

「どうも、こんばんは」

 軽く会釈してできる限り朗らかに挨拶を返してみた。涼しい顔をして見せてはいるが、予期せぬ邂逅に心中穏やかではない。

 そうですよねー。

 フェイトがこの世界に現れたのだから当然その目的はジュエルシード。こうしてかち合う可能性は十分にあったのだ。
 それに気づかなかった自分の迂闊さが恨めしい。

「突然で悪いけど、アンタこれくらいの青い宝石持ってるよね?それを渡してちょうだい」

 拾うところを目撃されたのか、あるいはつけられていたのか、僕がその宝石を持っていると確信している。そして有無を言わさぬ語気である。あくまでもにこやかでな態度で一見友好的だが、弓なりに細められた目は全然笑っているようには見えない。

 ゆっくりポケットの中をまさぐり、『青い宝石を』チラリと覗かせる。


「そうそう、それをお姉さんにちょうだい」

「その前に、いくつかこちらの質問に答えていただけませんか?」

「答える理由はないね。大人しく言うこと聞いた方が身のためだよ?」

 軽口のトーンが一気に急落してきた。口答えは許してもらえそうにない。

「では、これを渡せば見逃してくれますね?」

「ああ、約束するよ。アンタに用は無いからね」

 まあ、そうでしょうね。それ以上の問答を諦め、宝石を取り出し──明後日の方向へ力の限りぶん投げた。
 微かな青い光が夜闇に細い放物線を描き、すぐに消え失せた。

 舌打ちとキツい一睨みを残し、アルフは宝石を追って風のように走り去った。
 さすがは犬、いや狼。そして僕自身も自宅へ向けて全力疾走を開始する。「計画通り」などとネタを口にする暇もない。いつまたアルフが舞い戻って来るかも分からないのだ。

 何故ならば、さっき投げ捨てたのはジュエルシードに酷似した青い菱形の宝石だが全くの別物だったのだから。何が違うかと言うと中に数字は見えないしジュエルシードとは違ってカットに丸みがなかった。おそらくどこぞのふしぎの海の……まあロストロギアには違いない。


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 ということがあったわけだが、なのはとユーノには話していない。いずれ出会うのだから、急いで知らせる必要はないだろう。
 それに、なのはが温泉を楽しみにしているのに余計な気がかりを与えて水を差したくなかったのだ。

 そして迎えた連休、温泉の日。

「やっ…と着いた……」

 誠に長い道のりでありました。この旅館に到着するまでどれほどの時間が経ったのかも覚えていない。
 士郎さんの運転する車に乗り込み、いつも学校で弁当を食べる時のように右端に座ることはできたが左側はなのはと密着する形となった。
 息が詰まるほど緊張に体を強ばらせ、熱い顔を伏せてサナギのようにじっとしていたのだ。後で聞いたのだがアホ毛も針金のようにガチガチに固まっていたらしい。

「何を疲れた顔してるのよ。まだ来たばかりよ?ほら、シャキッとしなさい」

「要君一言も話さなかったね。もしかして乗り物苦手なの?」

 呆れたように言うアリサと気遣いを見せるすずか。
 うぅ…すずかさんは優しいなあ。アリサも多分素直じゃないからぶっきらぼうな態度しかできないだけで一応気にかけてくれてはいるのだろう。
 でもアホ毛をつんつく引っ張るのは止めてもらえません?

「まあ、そういうことにしておいて下さい」

 人の体に触れることにはまだまだ慣れそうにない。着いて早々に皆さん入浴に向かう流れになるが、自分は少し休みたいのでと言って客間に残った。
 温泉は後で人のいない時間に行くとしよう。広々とした部屋の畳に手足を投げ出して脱力する。
 ユーノが念話で助けを求めているが無視。だって、その方が面白いじゃない。
後々このネタを盾にすることもできるだろうし。

 とりあえずこの日のために温めてきたあのセリフを送っておこう。

(普通に入浴を楽しめ。普通にな)

 無理だろうけど。

 それはさておいて、この温泉旅館の近くを流れる川、そのどこかにジュエルシードがあるはずだ。一応、ダウジングの用意はして来ているが、手を出すべきではないだろう。今回も遠くから、せめて怪我などしないように祈るばかりだ。

「うん、今度も何もできることはないね」

 すっくと立ち上がり、ちょっと旅館の中を探検に出かける。この手の好奇心はいくら齢を重ねてもなかなか捨てられないものだ。
 アホ毛をパタパタ揺らしながら土産物屋、娯楽室、非常口に避難経路などを一通り見て回り、綺麗に手入れされた庭に面した廊下をぶらぶら歩いている時だった。
 角を曲がったところで、湯上がりらしく浴衣に身を包み、湿った髪を揺らして歩いて来たアルフと鉢合わせした。

「っ…アンタ、この前はよくも私を騙してくれたね!」

 今にも掴みかかって来そうなほどに敵意を露わにして噛みついて来る。その威圧感に気圧され、背中が縮みあがる思いである。
 だがしかし

「自分は何も騙してなんかいませんよ?言われた通り『青い宝石』をお渡ししたではありませんか」

 ぐっとアルフが喉を詰まらせる。やはり根が善い人なのだろう。いや、狼か。

「とにかく、今度こそジュエルシードをよこしな!」

 そうは言われましても持っていない物を渡すことはできませぬ。
 ジュエルシード?何それおいしいの?と知らぬ存ぜぬですっとぼけようかと一瞬考えたが、偽物をつかませたからにはしらを切ることはできまい。
 しかしアルフの気勢を削いだ僕は少し強気に出る。

「まずあなたはどこのどなたで、何の目的があってジュエルシードを集めようとしているのか、話はそれからです」

 とりあえず話を引き延ばし、交渉を持ち掛けてみる。彼女の人となりを考慮すれば無力かつ無抵抗な人間を攻撃することはないだろう。
 アルフは僅かに逡巡するが、やがて仏頂面をしながらも問いに答えてくれた。

「私の名はアルフ。私のご主人様がそれを必要として集めてる。その目的は知らないよ」

 嘘は言っていないね。母親=プレシアの指示でフェイトが動いているのだろうけどその目的までは知らされていないだろうし。
 それにしてもアレは自分が落とした物だから探している、くらいの嘘も言えないのだろうか。

「ですが、ジュエルシードは大変不安定で危険な物だと聞いています。それに自分達は落とし主に頼まれて回収に協力しています。あなた方にどのような事情があるか存じませんが、人の物を盗むのは犯罪ですよ?」

「そんなことは分かってるさ。でもフェイトが、私のご主人様が集めるって聞かないんだよ。全く何であんな奴の為に一生懸命になれるのかねえ。だいたい今までだって……」

 何やら疲れた様子で愚痴をこぼし始めた。快活なようで意外と苦労人なのかもしれない。

「とにかく、渡す気が無いなら力ずくで奪うから覚悟してな。フェイトが戦った白い子もお仲間なんだろう?伝えておいておくれよ。大人しく良い子にしていないとガブッ! といくよってね」

最後にもう一度、射抜くような鋭い眼光を残してその場から立ち去って行った。

「やっぱり説得は無理っぽいですかね」

 フェイトが母親、プレシアを信じて疑わないのでは何を言っても無駄だろう。アルフは主人たるフェイトを守る為に行動するだけだ。
 彼女達には悪いが、プレシアがジュエルシードを用いて次元震を起こそうとしているのであればジュエルシードを渡すわけにはいかない。その数が多い程に大きな影響を及ぼし、自分達が住むこの世界にどのような被害をもたらすのか計り知れない。

「ともあれ、後はなのはさんに任せましょう」

 自分にも戦う力があればもっと役に立てるのだが。
 その後客間に帰って来た皆を迎え、なのはとユーノに念話で今し方の会話と知り得た情報を伝えた。黒衣の魔導師の名をフェイトと言うこと、フェイトを主人と呼び付き従う女性が1人いること、彼女達にジュエルシードを集めるよう指示した人物がいることなどだ。

 言ってしまった後で軽率かと思ったが、この程度ならば大局に変化はないだろう。ないはずだ。…そうであってほしい……


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 結局、温泉旅館における戦闘は無事(?)に原作と同じ展開で終わった。

 これでなのはが持っていたジュエルシードが1つ奪われ、こちらの持つ数は九つ。フェイト達が持っている数は現地で封印したものとなのはから奪ったものを合わせて3つ。見つかっていないジュエルシードは残り9つ。内6つは海の中だから

「おろ?ということは陸の上にあるのはあと3個だけ」

 出かける用意をしながら独りごちる。
さらにその内の一つはフェイトが街中で強制発動させる。もう一つは樹木が暴走体となってクロノが登場。となると

「行方知れずのジュエルシードはあとたった一つだけか……」

 それはつまり、これ以上暴走体による被害は増えないということで、大変喜ばしいことである。
 記憶が正しければサウンドステージではどこかのプールで1個封印されたはずだが、原作との微妙な差異ということだろうか。ほんの些細な違いで良かったと思うが、これで完全に原作通りとは限らないということが判明した。

 ともあれ最後の一つを求めて、今日も元気に張り切ってジュエルシード探しに出発だ。最近では人の少ない道を選ぶ余裕もなくなってきたので、夜は人が寝静まった頃、少なくとも日付が変わる頃にならなければ外出しない。夕方、今のように学校から帰った後一、ニ時間は探せるが行き帰りに費やす時間を差し引くとあまりに短すぎるのだ。
 だからこそ、こうしてしゃかりきにダウジングをして歩いているわけなのだが

「広域探索の魔法?とかあったはずだから、先を越される可能性の方が大きいわけで」

 頑張ってはいるが、先を越されて当然、見つけることができればそれは僥倖であろう。
 それはさておき、この間の温泉の件以来、なのはがしょっちゅう何かを考え込んだり、思い悩むことが多くなった。アリサとすずかが話しかけても心ここにあらずといった様子で生返事をするばかりである。

 おかげで気まずいったらありゃしない。

 2人とも聡明なのでなのはが悩み事を抱えていることは察しているだろうけど、いずれひと悶着あるだろう。
 あまりに見るに堪えないので、ユーノと相談して今日はなのはにジュエルシード探しを休んでもらっている。ついでに、一通り街を探し歩いた後に僕が集めたままにしていたジュエルシードを封印してもらいに持って行く約束だ。
 ポケットの中では三個のジュエルシードが音を立てて揺れている。ぶっちゃけ、言い出せなかった時もあったが今の今まで忘れていたというのも事実だ。

「まあ、最後のジュエルシードが見つかることにはそれほど期待しちゃいないし、あとはこれを届けるまでフェイトやアルフに僕が見つからないことを祈るだけ、と」

 そう漏らした矢先だった。
 幾度か味わった全身を駆け巡るような悪寒。
 突然そこに現れ、爆発的に膨れ上がる存在感。

 天に向かって一条の青い光芒が走る。光が収まり、そこに顕現したモノは

 節のある八本の長い脚。
 黒い巨体と卵形の臀部はゴワゴワとした体毛に覆われ。
 血のように赤く、怪しく光る8つの目。

 見るもおぞましい異形の蜘蛛が姿を現した。











 “原作通り”は簡単に済ませます。



[20268] 暴走
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/17 21:09

 僕は虫が嫌いだ。その種類、大小に関わらず総じて嫌いだ。
 蜂や蛾が好きな人は少ないと思うが、僕は蟻やカブト虫ですら触れることができない。
 いつだったか、幼い頃飛んできた蝉が腕にとまったことがある。怖くて、気持ち悪くて、身じろぎひとつできずむせび泣いたのを覚えている。蜘蛛や百足は昆虫ではないが、そんなことは些細な違いでしかない。嫌悪の対象であることには変わりがないのだから。
 そして今、視線の先には頭と胴体だけで軽トラックほどはある巨大な蜘蛛。キチキチと禍々しい顎を鳴らし、その8つの目が僕を捉えた気がした。

「ヒッ………!」

 僕は踵を返して転がるように駆け出した。今までの経験が活きたのだろう。暴走体との遭遇を果たしていなければ恐怖に身を竦ませていたかもしれない。
 震えもつれそうなる足を叱咤し、一心不乱に地面を蹴り続ける。心臓が悲鳴を上げ爆発しそうなほど暴れ狂おうとも速度を緩めることも、振り向くこともできない。
 いくつもの角を曲がり、狭い路地を駆け抜け、自分に出来うる限りの全てを尽くして逃げ回った。その間に誰にも会うことなく、行き止まりにぶつかることもなかったのは不幸中の幸いか。
 何度目になるか分からない角を曲がろうとした時、勢い余って曲がりきれず盛大に転倒してしまった。

「うっ…く……!」

 手足を焼くような痛みも流れ出る血も無視して立ち上がる。しかし、自分が走って来た方向にも、左右を見渡しても、あの蜘蛛の姿が見当たらない。
 撒いたのか、と一息つこうとした時、自分を覆う影が微動していることに気づいた。
 振り仰ぐと、背後の家屋の上から巨大な蜘蛛がこちらを見下ろしていた。身を屈めたかと思うと、次の瞬間こちら目掛けて飛びかかって来た。
 初めて暴走体と対峙した時の出来事が脳裏に蘇る。あの時はユーノがいたが今回は自分一人だ。

 怪物の醜悪な顔が迫り、その牙が吸い込まれるように突き立てられる──

「やああああっ!!」

 間一髪、横殴りに飛んできたオレンジ色の光が轟音をたてて蜘蛛に衝突し、その巨体を10数メートルに及んでぶっ飛ばした。
 突如乱入し、僕を救ってくれたのは狼の姿をしたアルフだった。

 なるほど、誰もいないのは彼女が結界を張っていたからか。

「ほらほら、ボサッとしてないで邪魔だからどっか行っちまいな!」

 アルフの怒鳴り声にビクリと体が跳ねる。

「あ、ありがとうございます!」

 言われた通り、すぐにその場から離れる為再び走り出す。既に脚はガタガタで心臓も早鐘を打って止まないが、自分の命が懸かっているのだから走らないわけにはいかない。
 チラリと後方を窺うと、起き上がった蜘蛛がガサガサと蠢きアルフに這い寄るかと思うと、不意に空高く跳躍した。

 僕目掛けて。

 てっきり自分に向かって来ると思い待ち構えていたであろうアルフの頭上を悠々と飛び越え、8本の脚で衝撃を殺し軽やかに着地すると、僕に狙いを定め凄まじい速さで距離を詰めてくる。
 消耗した体にムチを入れなおも逃げようとするが、突然何かに躓き前へつんのめる。

 またも転倒し、何事かと自分の足を見ると蜘蛛が放った白い糸が絡みつき両脚の動きを封じていた。

 もがく間も無くグングン引き寄せられる。獲物を捕らえた捕食者の目が僕を射抜き顎を開く


 ─死にたくない─


 強く願う


 ─死にたくない─


 『死』が間近に迫る


 ─力が…欲しい─


 強く願う


 降りかかる危険を

 目の前の敵を

 沸き上がる恐怖を

 押し寄せる驚異を

 我が身を脅かす危機を

 立ちふさがる障害を

 襲い来る災厄を

  全てを


─力が欲しい─


 打ち倒す

 叩き潰す

 突き破る

 消し去る

 駆逐する

 排除する

 粉砕する

 滅殺する


全てを 破壊する


 ─力が欲しい!!─


 強い想いに呼応するように青い光が膨れ上がり、炸裂した。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「あのガキンチョ、ジュエルシードを持ってたのかい!」

 蜘蛛にばかり気を取られ、気づかなかったことに歯噛みする。そしてそれが強い想いに、おそらくは恐怖に感応して発動したのだろう。
 すると次の瞬間、突如として蜘蛛の巨体が跳ね上がった。

 いや、何者かが“かち上げた”

「何だい…ありゃ?」

 そこには先ほどの子供の姿はなく、長身の人影が佇んでいた。
 白と黒のモノトーンを基調にマゼンタをあしらったボディスーツに全身を包み込み、頭部はバーコードのような数本のラインが走る奇妙な仮面で覆われている。
 腰に巻かれたベルト、そのバックルの中央に赤い水晶体が煌めく。

 そして顔の大部分を占めている緑色の目は悪鬼の如くいびつに歪んでいた。

 そこへ先程の蜘蛛が落ちて来る。

「………………」

 何も言わないままそれを見上げ、わずかに身を屈め腕を引き絞ると、落下に合わせて拳を突き上げた。

 ぞぶり

 と身の毛がよだつような音を立てて腕が蜘蛛の胴体に文字通り突き刺さる。紫色の体液をこぼして蜘蛛が苦しそうに足をばたつかせる。そのまま謎の人物は腕を振るい、軽々とその巨体を投げ捨てた。
 ブロック塀を薙ぎ倒し、瓦礫を巻き込んで蜘蛛の体が地に沈む。

「何て奴だよ……」

 アルフも腕っぷしにはかなり自信があるのだが、仮面の人物とは比較にならない。
 白黒ピンクの人物は倒れ伏した蜘蛛にゆっくりと歩み寄る。その無機質な仮面からは感情を読み取ることはできない。
 蜘蛛の前に立つと脚を持ち上げ、荒々しく踏み抜いた。何度も何度も、蜘蛛の体を貫く度にビクビクと体が揺れ、穿たれた傷から体液が噴き出す。それはただ淡々とそうするのが当然とでも言うような機械的な動作だった。

「うっ……」

 余りに凄惨な光景に吐き気が込み上げる。既に蜘蛛に抗う力は無く、虫の息どころかピクリとも動かない。

「ちょ、ちょっとアンタ。そいつはもう……」

 声をかけようとするとストンピングを止め、首だけを動かし声のした方向へ振り向く。
 意志の疎通ができるのだろうか?
 ところが彼女がもう一度言葉を続けるより速く、ソレは風を切り、唸りを上げて突進してきた。振り上げた拳は固く握りしめられている。彼女の狼としての本能が激しく警鐘を打ち鳴らす。
 受け止めるのは危険と咄嗟に判断し、その場にバリアを残して大きく飛びすさった。

 しかして、その判断は正しかった。

 突進の勢いに乗せて発射された拳はアルフのバリアを易々と突き破り、霧散させた。その圧倒的な破壊力に目を見張るが、息つく間も無くさらなる攻撃を重ねようと猛追して来る。

「チッ!」

 悔しいが、アレを相手に得意の肉弾戦はできない。飛行魔法を行使して空に飛び上がり距離を取る。

「追って来ない…飛べないのかい?」

 仮面の人物は宙に浮かぶこちらを仰ぎ見て立ち尽くしている。
 ならばと一つ試みに魔力弾を数発放ってみるが、うるさそうに振るわれた片腕であっさりと弾かれてしまった。

 そこへ長い金髪を二つに括った黒衣の魔導師が駆けつけた。その手には黒い戦斧を携えている。

「アルフ、ジュエルシードは?」

「フェイト!」

 心強い味方、自慢の主人の到着に幾ばくかの余裕が生まれる。

「それなんだけど、あの蜘蛛と…避けてフェイト!」

 両者共にその場を弾かれたように飛び退くと、直前まで自分達がいた空間を何かが砲弾のような速度で通り抜けた。眼下の敵を睨みつけると新たなコンクリートブロックを掴み上げている。

「アレがジュエルシード?」

「ああ、子供が巻き込まれてあんなのになっちまったのさ。とんでもない馬鹿力でバリアが役に立たないんだよ」

 投石を避けながら大まかな事態を説明する。子供が巻き込まれたと聞き、フェイトが眉を顰める。

「そう…バルディッシュ」

《Photon lancer》

 フェイトの周囲にいくつもの光球が生成され雷光を放つ。

「ファイア!」

 号令と共にそれら光の槍が一斉に発射される。高速で突き進むその攻撃は、予想を裏切り全てかわされてしまう。敵はアスファルトを陥没させる程の脚力でもって大きく飛び退き、フェイトの魔法は地面を抉るだけに終わった。

「思ったより素早いね。アルフ、アレを止められる?」

「うーん、アレにはバインドも効かなそうだし……」

 どうすればアイツの動きを封じることができる?まず腕力が違いすぎる。近付くことは自殺行為に等しい。
 中・遠距離から射撃魔法で攻めるにしても生半可な攻撃では効果が無い。かといって大威力魔法は隙が大きく、容易くかわされてしまうだろう。

 だからこそフェイトが確実に封印するためにアレの動きを止める必要があるのだが。


 ………………


「ねえフェイト、ちょっと思いついたんだけどさ…」

 今なお続いている投石を回避しつつフェイトに作戦を伝える。

「うん、じゃあそれで行こうか。気を付けてね、アルフ」

「フェイトもね、じゃあ行くよっ」

 互いに頷き魔力を高める。飛んでくるつぶてをかわしつつ、フェイトは力を溜め、アルフが弾幕をバラまき注意を引きつける。敵は魔力弾をかわし、時には腕で防御することで攻撃の手を止める。

(準備できたよ、アルフ)

(りょーかい!)

 射撃を止めて地上に降り立つ。すると手の届く高さに達した瞬間、相手はこちらに向かって凄まじい速度で突っ込んで来た。
 しかし、それこそアルフの思惑通り。射撃魔法を放つ傍らで用意しておいた術式と保持していた魔力を発動させる。
 一直線に向かって来る相手を捉えることは造作もない。

「強制転送!」

 オレンジ色の魔力光が相手を飲み込み、その場から消失させる。そして再び姿を現した時、成す術もなく相手の体は上空に投げ出された。
 それを待ち構えていたのはフェイト。手にしたバルディッシュは槍の形を成し、柄から金の翼が伸びている。素早く正確に狙いを定め、溜めていた魔力を解放する。バルディッシュの先端から雷光が迸り、落下していく人影を狙いたがわず撃ち抜いた。

「ジュエルシード、封印!」

《Sealing》

 三つのジュエルシードが浮かび上がる。ジュエルシードとバルディッシュを繋ぐ光が一層輝きを増し、一際強く閃く。後には封印処理を完了したジュエルシードと長い黒髪が尾を引きながら真っ逆さまに落ちていく小さな人影。

「オーライオーライ…ょっと」

 落下地点には人に姿を変えたアルフが待機しており、子供の体を受け止めることで地面との激突は免れた。
 見れば所々衣服が裂け、手足の擦過傷から滲む血が痛々しい。

「フェイト、この子どうしようか?」

 このまま見捨てて行くのも寝覚めが悪いので主人に判断を仰ぐ。

「怪我、してるね。服もドロドロだし、手当てしてあげようか」

「あいよー。あ、あっちのジュエルシードも忘れずに持って帰らなきゃね」

 クイクイと親指で見るも無惨な巨大な蜘蛛だったものを指す。

「うん、アルフは先に行ってて。封印してすぐに行くから」

「はいはーい。よいしょっと…うわっ、こいつ漏らしてるじゃないか。ったく、世話が焼けるねえ」

 腕の中の矮躯を抱え直し、自分達の仮住まいに向けて足を踏み出した。









 恐怖のあまりちびってしまった主人公、DCD激情態に変身するの巻。ただし、明瞭な記憶としては残らない、残念無念。




[20268] 対話
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/17 21:56

「知らない天井だ……」

 とりあえずお約束に従ってみた。

 僕が目を覚ましたのは見知らぬ部屋。カーテンが閉じられ、暗い部屋の窓の外から電灯らしき灯りが指しているのを見ると今はもう夜か。自分の寝具は布団のはずれだが、今横たわっているのは柔らかくて高級そうなベッドである。
 夢を見ていた気がする。ひどくおぼろげで曖昧だが、何かどこぞの『世界の破壊者』になって暴虐の限りを尽くしていたような……冬映画みたく。

 すると部屋のドアが開いた。

「お、目が覚めたかい」

 声のした方向へ首を回すと部屋の照明に光が灯り、眩しさに目がくらむ。再び目を開いた時、目に映ったのはドッグフードを脇に抱えたアルフだった。

 ええと、どうしてこんなことに?確か蜘蛛に追い回されてアルフが現れて蜘蛛に食べられそうになって…それから…それから……?

「すみません、ここはどこで自分はなぜここに寝ているのでしょうか?」

 体を起こすとあちこちが痛い。目に見える擦り傷の他にも何か筋肉痛にも似た疼痛を感じるのだが。

「ここはこの世界のアタシ達の拠点。アンタはジュエルシードの暴走に巻き込まれて、それをアタシのご主人様が封印した。で、気を失ったアンタを連れて帰って手当てまでしてやったんだ。感謝しなよ」

 予想していた質問だったのかスラスラと淀みなく答える。
 しかしドッグフードをバリバリ食べながら喋るのはいただけない。行儀悪いし、カスが散ってるし……あーあー、もう。
 ネコ缶をパスタに絡めて食べた話は聞いたことがあるけどドッグフードはさすがに……。

「アルフ、あの子の具合は?」

 開け放していたドアの方から響いた声の主へ目を向けると、長い金のツインテールにルビーのような赤い瞳、黒いワンピースに白い肌が映える少女、フェイト=テスタロッサの姿があった。
 僕の目が開いていることを確認するとトコトコと近寄って来る。

「大丈夫?どこか痛いところとかない?」

「ええ、助けて下さってありがとうございました。自分は遊嶋要と申します」

 感謝の意を示して深々と頭を下げ、同時に名を名乗る。

「私は…フェイト=テスタロッサ。アルフのことは知ってるんだよね?前にも何回か会ったって」

 確かに。一度目は夜の道端で、二度めは温泉で、いずれもごく短い出来事だったが。

「はい、アルフさんとは以前にもお会いしましたね。それでその、自分はどれくらい寝ていたのでしょう?」

 ざっと見回したがこの部屋には時計がない。それどころか家財がほとんど見当たらない。短期の貸借のつもりだから多くは必要ないのだろう。間の悪いことに携帯電話はバッテリー切れにつき家で充電中だ。

「今はだいたい10時過ぎだから、5時間くらいかな」

 うぅむ、今日が当直の日で助かった。では次の質問。

「自分はジュエルシードに取り込まれた時どんな姿をしていました?」

 自分がどんな怪物と化したのか。実に興味深い。

「えっと、なんて言ったらいいのかな、アルフ?」

「う~ん、どう言ったもんかねえ」

 え、何?そんな口に出すのもはばかられるような姿形をしていたの?まさか幼い体に抑圧された元成人男性のドロドロした情欲が形を成して──

「バルディッシュ、映像記録は残ってる?」

 フェイトが取り出した金の三角形のプレート、その中心の凸部が輝くと、ヴンっと眼前に画像が浮かび上がる。そこに映し出されたものは、足下のブロックや瓦礫を拾い上げては投擲を繰り返す人影。

 それはとてもよく知る仮面とスーツを身に纏っていた。“10年”の名を冠するヒーロー、『仮面ライダーディケイド(激情態)』である。

 にわかに事件当時の記憶がフラッシュバックする。肉迫する蜘蛛の牙、氾濫する恐怖、圧倒的な力、湧き上がり制御できない破壊衝動。
 その間にも映像は進み、やがてアルフの転送魔法で空中に投げ出され封印魔法が直撃することで決着がついた。

 その後彼女達に保護されて今に至るわけだ。

「ありがとう…ございました」

 ディケイドかあ……
 確かに憧れてはいた。なんといっても全てのライダーの能力を持っているのだから。
 それにしても死に直面したというのに自分の変身願望を発露しなくても……あ、ジュエルシードは『願いを叶える石』だったか。
 その時、くぅ~、と小さく空腹を訴える音が鳴った。発生源は僕のお腹。

 それは蚊の鳴くようなごくかすかな音だったがアルフの耳は聞き逃さなかったらしく、犬耳がピコンと跳ねた。

「なんだ、腹が減ったのかい。ちょっと待ってなよ、何か持って来てやるから」

 そのお言葉は誠にありがたいのですが、口いっぱいにドッグフードを詰め込んだまま言われるとちょっと…ありがたみが薄れるといいますか。
 アルフが部屋を出て行くとフェイトと2人っきりになり、部屋の中に沈黙が降りる。まあ口数の多い人よりは少ない方が苦手では無いので特に気にならないが。

 落ち着いたら尿意がもよおしてきた。トイレを借りようとベッドから立ち上がりかけてようやく自分の格好に気付いた。めくった掛け布団の下から現れてのは明らかに女物の衣服。ちょうど今フェイトが着用しているワンピースに酷似している。

「………え…っと…自分は何故このような格好をしているのでしょうか?」

 動揺を押し殺し冷静な自分を装ってフェイトに尋ねる。

「あなたの着ていた服はドロドロに汚れてたから洗って、アルフが私に買ってきてくれた服を着せたんだけど、嫌だった?」

 いえ、嫌というか、それはつまり上も下も脱がされたということで……反射的に下を触ってみる。

 違う。

 これはいつもはいているブリーフじゃない。なんかこう、フワッとサラサラしたこの感触は──

「下着は…その、下着も汚れてたから……」

「ホントウニスミマセンデシタ……」

 羞恥と申し訳なさで死ねそうだ。今にも頭が茹で上がりそうだが、それよりも問題がひとつ生じた。

「フェイトさん、お願いがあるのですが…このことは秘密にしておいてもらえませんか?」

「下着のこと?」

 いやまあもちろんそれもですが……

「自分が“女”だということです」


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 生まれ変わって2度目に授かった肉体は女性のものだった。最初はそれほど気にしていなかった。
 何か大事なものを失ってしまったようなえもいわれぬ喪失感はあったが、生活することに何の支障もなかったのだ。
 そうして女性としての2度目の人生を謳歌していたのだ。

 しかし、成長するにつれ次第にその弊害が現れ、増えていった。

 例えば海、例えばプール、例えば公衆浴場。要するに、他の女性の裸体を多数目の当たりにしてしまったのだ。自慢じゃないが前世で女性と交友関係を持った経験は一度も無かったし、ともすれば満足に会話したことすらほとんど無い。故に異性に……いや、今は同姓か、女性に免疫が無い自分にとってこれは刺激が強すぎる。

 さらにもう一つ、むしろ決定的だったのはこちらの方だ。
 それ即ち、男に告白された。

 小学校に入る少し前のこと、幼稚園に通っていた頃の僕はいつもひとりで本を読んだり、絵を描いたりして静かに過ごしていた。時折遊びに誘ってくれる子や、ちょっかいを出す子もいたがそれら全てをことごとく拒絶した。ままごとに付き合う気は無いし悪ガキは徹底的に無視だ。ああいう手合いはいちいち相手にするからつけあがるのだ。

 それ以前に僕自身が人見知りすることも大きな要因だったのだが。やがて僕に声をかける子は次々といなくなったが、一人だけ、しつこくつきまとう男の子がいた。
 こちらがいくら無視していても後ろからつついたり、どこかから輪ゴムを飛ばしたり、絵描きをしている横から色鉛筆を持ち去って行ったりした。今思えば『好きな子に意地悪してしまう』というやつだったのだろうが、当時の僕にはそこまで人の心を推し量ることはできなかった。
 そしてある日、その子は教室で読書していた僕の腕を取り、強引に人気の無い階段の踊場まで連れて来ると、突然熱く愛の告白を始めたのだ。

 僕の手を握り締めたまま。正直気持ち悪かった。

 今も昔もホモにもゲイにもBLにも毛ほども興味が無い。故にその愛に応えることはできない。それでなくとも性質の悪い冗談だとしか思えなかった自分は悪し様に突っぱねた。
 しかし意外にも男の子は目に見えて落ち込んでしまい、すすり泣きながら去ってしまった。

 それらの経験から自分が女性であることを煩わしく思うようになり、日に日にストレスを溜めていった。
 他人の視線が無性に気になり心が落ち着かない。日を重ねるにつれやたらとイライラが収まらなくなり、不意に頭痛や耳鳴り、吐き気を催すようになった。

 ほどなくして病院で医師の診断を受けた時、心身ともに荒んでいた僕はそれまで堪えていた思いの丈を全てぶちまけた。
 自分の心はどうしようもなく男性のものであり、女性として生きるのが辛い、苦痛であると涙を流して訴えた。父との長い交渉の末、学校や病院とも相談し性同一性障害(仮)的な処遇を受けるることとなったのだった。

 ちなみに、小学校に同じ幼稚園出身の子はいませんでした。ご都合万歳。












 男の娘ではなく女の子でしたの巻。
 性同一性障害についてはいくらか調べましたが、正直良くわかりませんでした。まあ商業でもよく男装したり女装したりと性別を偽っている作品は少なからずあるので難しく考えなくてもいいかな、と諦めました。
 少しでも説得力を持たせられないかと思いストレス、心因性、精神疾患などのワードで調べてみて極わずかですが加筆修正致しました。かえって嘘くさく見えたりしないかと若干不安でもありますが。



[20268] 掌握
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:fbeb1afe
Date: 2010/08/19 17:31
 自分が女でありながら男として振る舞っている理由、その経緯を説明し、惣菜パンを持って戻って来たアルフにもこの件を秘密にしてもらいたいと懇願したところ意外とあっさり了承してくれた。重ねて礼を述べ、ようやっとトイレに行こうとしていたことを思い出した。急ぎトイレの場所を聞き、なんとか尿意が臨界点を突破する前に駆け込むことができた。

 パンツを日に2度も汚さずにすんで良かった……しかも今履いてるのは他人のもの。

 部屋に戻るとアルフからカレーパンを受け取り、空腹感に急かされ遠慮なく開封する。不意にフェイトが口を開いた。

「君は、なぜ魔導師でもないのにジュエルシードを集めているの?」

 偶然持っていたのではなく、集めていたということはアルフと以前交わした会話について聞いたのだろう。

「あれはとっても危険なもの、君もあの怪物を見たでしょう?」

 忘れるはずがない、危うく命を落としかけたのだから。……今思い出しても背筋が震える。

「危険は承知していますが、だからこそそんな危険なものを放ってはおけません。ですから自分となのはさん、あの白い魔導師の女の子はジュエルシードによる被害が出る前にできるだけ早く回収したいんです」

「でもそのせいでアンタは死にかけたじゃないか」

 うぐぅ……耳が痛い。

「では、それほど危険なものをあなた方はなぜ集めているのですか?」

「……母さんに母さんに集めて来るように言われたから」

 フェイトは若干言葉を詰まらせ、アルフは不機嫌そうに鼻を鳴らした。今の時点ではそれが何のためなのか、目的は知らされていないのだろう。
 まあいい。この話を続けて何がどうなるわけでもないし、自分に説得できるとも思えない。第一それはなのはが果たすべき役目だ。

 言葉を切り、もらったパンにかぶりつく。モシャモシャと咀嚼しているとフェイトとアルフが僕の頭上を注視していることに気が付いた。試しに右へ左へとアホ毛をくねらせると2人の目も釣られて動く。蛇腹を描きバネのように伸び縮みさせると2人の目も上下に跳ねる。螺旋を描き渦巻きのように回転させると2人とも目を回した。うーん、和む。

 ふらつく頭を押さえながらフェイトが尋ねる。

「それは……何?」

「見ての通り髪の毛ですが何か?」

「髪の毛って動かせるの?アルフ」

「少なくともアタシには真似できないね。シッポじゃあるまいし」

 自分にもなんでこんなことができるのかわからないが、どうせなら全ての髪の毛が動かせたらもっと面白いのにと何度思ったことか。ラブデラックスとかダンスマカブヘアー……みたいな。出典が同じだけど。
 その後、僕が元着ていた服をビニール袋に入れてもらいおいとますることにした。

「それでは、色々お世話になりました。」

「気にしないでいいよ、その服もあげるから。いつまでここにいるかわからないし」

「これに懲りたらもうジュエルシードに近づくんじゃないよ」

 アルフの忠告には答えず、深くお辞儀をしてその場を後にした。それにしても女装してると落ち着かないなー。早く帰って着替えよう。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


「要君!」

 翌朝、教室の戸をくぐると同時に鬼気迫る勢いでなのはが詰め寄ってきた。

「昨日どこで何してたの!? ずっと待ってたのに家にも来ないし念話も繋がらないし電話をかけても誰も出ないし……何かあったんじゃないかって…私……」

 まくしたてる言葉は尻すぼみになり、おしまいには喉をつまらせて涙ぐんでしまう。
 心配させて申し訳ないと思うし今すぐにでも謝罪と弁明を述べたいところなのだが

『………………………』

 クラス中から刺さる無言の視線が痛い。中でもとびきり強烈なプレッシャーを放っているのは言わずもがな、アリサである。
 うわぁ、人の目って逆三角形になるんだ。

「なのはさんなのはさん、お願いですから落ち着いてください。自分はこの通り無事ですから、ちゃんと説明しますから、ね?」

「……うん」

 衆人環視の中なんとか彼女をなだめ落ち着かせようとしているとホームルームの時間になり、チャイムが鳴ると皆自分の席につく。その後念話で昨日の出来事の一部始終を伝えた。

 彼女の家に向かう途中で暴走体に襲われたこと、自身も暴走に巻き込まれてしまい、駆け付けたフェイトに封印されたこと、介抱され、結果的に4個のジュエルシードを奪われてしまったこと。念話が通じなかったのは暴走体に襲われた時も彼女達の住まいにも、おそらくは結界が張ってあったのだろう。
 彼女達がジュエルシードを集めている目的については伏せておいた。そういう事情や理由は彼女自身が面と向き合って直接確かめるべきだ。

 ことのあらましを話し終えるとなのははどこか安心したように微笑みを浮かべた。

(そっか、フェイトちゃんやっぱり優しい子なんだね)

 そういうなのはの顔は嬉しそうだ。しかしまたすぐに不安そうに眉を寄せてしまう。

(また……戦いになっちゃうのかな、フェイトちゃんと)

 なのはは元来他人とのいさかいや争いを好まない(好む人はそうそういないと思うが)。憎んでもいない相手と争うことに心を痛めているのだろう。

 しかし

(それでいいんじゃないですか?戦って)

(え?)

(少々乱暴ですが、相手に交渉の意思がないのでは話し合いにもなりませんし、なのはさんがコテンパンにしてしまえば嫌でも話を聞いてもらえるでしょう。それからなのはさんの想いをぶつければいいんですよ)

 実際、向こうが聞く耳を持たないのだから他に方法はないだろう。「己の拳は己の魂を表現するもの」だと師匠も言っていた。気持ちを伝えたいのならば多少強引に行かなければ。

(そうかな……うん、そうかもね。でも要君がそんなこと言うなんて思わなかったよ。コテンパンなんて、ちょっとびっくりしちゃった)

 いえいえそれほどでも。自分はただなのはさん式OHANASHIをなぞっただけですから。
 これを機になのははいくらか吹っ切れたようで普段通りの明るさを取り戻した。アリサがなのはを怒鳴らなかった代わりに、僕に何事か問い詰めに来たこと以外は原作から乖離することもなく、穏やかに時が流れた。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 そして迎えた今日この日、今日は海に沈んでいる6つのジュエルシードをなのはとフェイトが力を合わせて封印する日だ。
 なぜ知っているのかと聞かれれば、それは毎日海鳴臨海公園に張り込んでその瞬間を見逃すまいと待ち構えていたからに他ならない。正確な時間がわからなかったので早朝と下校後の短い間でしかなかったが、幸運にもこうして現場を目撃することができた。

 視線の先、遠く離れた海上では長大な水柱が龍のように激しく暴れている。

 アースラが到着、クロノが現れた時、事件の当事者として1度は事情聴取にアースラ艦内へ招聘されたのだが、なのはとユーノは民間協力者として認められた。だが僕だけは、これ以上この件に関わるなときつく申し渡された。

「大切な人達と街を守ろうというその志は立派だけど、そのせいであなたが危険に晒されたのも事実。月並みな言葉だけど、勇気と無謀は全く別のものなのよ」

 以上、リンディ提督から厳しいお言葉を賜りました。

 当然と言えば当然のこと。天賦の才を持つなのは、いま一つ目立たないが優秀な魔導師のユーノ、そして非力な一般人小学3年生。ダメ元で魔法を教えてもらえないか聞いてみたが、事件が解決するまでそんな暇はないし、解決すればこの世界を去ると言われ涙を飲んで諦めた。僕は潔くそれ以上の干渉を止めて、後は管理局となのは達に任せることにした。

 しかし直接関わることはできずとも、魔法戦闘を生で観せ……ゲフンゲフン、もとい、せめて彼女達を遠くから見守っていたい気持ちを抑えきれず、こうして遠くから双眼鏡で眺めているわけだ。

「お、おぉー。かぁっこい~」

 緑とオレンジの光が水柱を拘束すると、金の稲妻が轟き桜色の光芒が炸裂した。光が収まると荒れ狂っていた海も穏やかに波打ち、水底から光り輝くジュエルシードが浮かび上がる。そのままなのはとフェイトがいくつか言葉を交わしていると間もなく雷雲が立ち込め、突然紫電が走りフェイトを襲った。直後にジュエルシードを確保しようと動いたアルフからクロノが3つをかすめ取り、アルフは魔力弾を海面に叩きつけて水を巻き上げ、目くらましの隙にフェイト共々姿を消した。

 なのは達が姿を消したことを確認し、状況終了を見届けると自分も家路に着いた。

 その後も概ね原作通りに進み、なのはVSフェイト空中大決戦(海上)を経て彼女達は時の庭園へと向かうのを黙って見送った。
 今度は早朝だとわかっていたので張り込みも幾分楽だった。それにしても、いつか観た動画のせいでガンダムのSEや冥王計画や明鏡止水なBGMが脳内再生されていま一つ緊張感が湧かなかった。いや燃えたけどさ。

 さて、これでもう自分にできることは何も残っていない。これで事件は終息に向かうことだろう。

 ……不謹慎だとはわかっているが、僕は少しばかりの物足りなさを感じていた。せっかく物語に介入を果たし、自分の中にリンカーコアの存在を確認し、ジュエルシード探しにも参加し、2度3度死にそうな目に遭ったというのに、別段得たものはなかった。
 いやまあ、TS転生に原作介入というかーなーり、貴重な体験ができたのに何を贅沢なことを、と言われるかもしれないが、やはり何か手元に確かな形として残るものが欲しかった。

「オリ主と言えば何かしらの能力なりアイテムなり持っててもいいでしょうに……はぁ……」

 魔法とか格闘術とかクロスとかギャグとかチートとか、色々。1度だけ、ディケイドになれたけど記憶が曖昧でよく覚えてないし。オリ主無双俺TUEEEEEEEEとか夢見てた頃が懐かしい。
 溜息をつきながらトボトボと自宅へ歩を進めていたその時、脈動するようなジュエルシードの気配を感じた。

「っ……!?」

 なぜだ。この時点ではジュエルシードは全部集まっていたはず。しかもついさっきなのは達はアースラと共に時の庭園に発って行った。今この街にジュエルシードを封印できる者はいないのだ。
 とにかく、神経を尖らせて気配を手繰るように走り出す。息を切らして辿り着いたのはとある河川敷だった。川沿いの道は普段から人通りはほとんどなく、稀に犬の散歩をする人やジョガーが通り過ぎるくらいだ。
 道の上から河川敷を見下ろすと何か灰色のタイヤのような奇怪なオブジェが鎮座していた。何だかわからずもっとよく目を凝らそうとすると、それは丸めていた体を開き、ワシャワシャと大量の足が飛び出した。

 それは巨大なダンゴムシだった。それも米軍のハマー程もある。

「うぇ……」

 軽い吐き気がこみ上げる。虫が苦手な自分はダンゴムシもアウトだ。
 モゾモゾと動きだしたダンゴムシはどこへ向かおうというのか、河川敷から道の上へ上がろうとしている。ダンゴムシの進路に目を向けるとその先には電動車イスに乗った少女が見えた。迫りよる怪物に慌てふためき乱暴にレバーをガチャつかせているが、そんなことでまともに動けるはずがない。

 というかあの見覚えのある顔とバッテンの髪留めは──八神はやてだ。

 それを認識した瞬間僕は駆け出した。

 正直に、しょーじきに言うとだ、発動していないのならともかく発動・暴走したジュエルシードを自分がどうすることもできないのは最初からわかっている。故に現場へ来たのは野次馬同様の興味本位でしかなかったのだ。
 しかし、もし家族や知り合いが事件に巻き込まれていたとしたらできる限りのことはしたい、どうにかして助けたいと思う。
 そして僕は彼女を知っている。後に訪れるであろう闇の書事件の中心人物だ。はやては異形の怪物に恐れ慄き身を竦めている。

 力の限り走る自分にふとどこからか冷めた声が問いかける。

 ─自分はなぜ走っている?─

 同時にリンディ提督から告げられた言葉が思い出される。

(その志は立派だけど)

 ─自分に何ができる?なぜ彼女を救おうなどと考えた?─

(そのせいであなたが危険に晒されたのも事実)

 ─自分はただ原作知識というアドバンテージを失いたくないだけなのではないか?─

(月並みな言葉だけど)

 ─翠屋FCの少年が持っていたジュエルシードも見て見ぬふりをしたではないか─

(勇気と無謀は全く別のものなのよ)

 ─今までだってそうして打算で行動してきただけなのではないか─


 ……だとしても! 目の前の少女を助けたいと思う気持ちは間違いなく本物だ!


 迷いを振り切るようにさらに強く地面を蹴る。怪物がはやてに迫る。

 不意に蜘蛛に喰われかけた時のことを思い出した。彼女はあの時の自分と同じ気持ちなのだろうか?

 次いで『世界の破壊者』と化した自分の姿を思い出す。

 ─あの力があれば─

 虚空に向かって手を伸ばした。そんなことをしてもはやてには届かないし怪物を止めることもできない。

 しかし、空気を切るだけかと思われた手はどこからともなく現れた“ソレ”をしっかりと掴んだ。

 ソレが何なのか、どのように使うのかは知っている。

 ためらいなくソレを腰に当てるとベルトが飛び出して胴体に固定される。

 走り続けながら両脇のつまみ=サイドハンドルを左右に引くと開閉ギミックが展開し、カード挿入口が上部に露出する。

 左腰に下がっているカードホルダー=ライドブッカーから1枚のカードを引き抜くと淀みない動作でバックル=ディケイドライバーに挿入し、閉じた。


《KAMEN RIDE DECADE》















 というわけでDCDクロス始めました。そもそもSSを書こうと思い立った時最初にやりたかったことが神様転生DCD能力おくれ、だったので。

 オリ主DCD無双などする気はありません。スペックを調べた限り仮面ライダーって思っていた以上にトンデモ設定(ソース:各ライダー公式サイト、仮面ライダー大研究、仮面ライダーフリークス)でしたけどそれでリリカル勢を蹂躙なんてことはしません。

 ちなみにドライバーを入手したのはもちろんジュエルシードが願いを叶えたから。主人公にはわからないのでこの場で補足しますがドライバーを扱う権利というか、資格というか、そのようなものを得たということで。語彙が乏しくてすみません。

 なお 力の限り~さらに強く地面を蹴る この自問自答?については省いても話の展開としては問題ないのでお見苦しいようであれば削除しても構いません。
 自分なりに粗末な脳味噌から絞り出したつもりですが、何か鼻につくようであれば遠慮なく仰ってください。

感想にて指摘を受け誤字修正しました。



[20268] 変身
Name: 昆虫採集◆c75fb22c ID:b16c2b6c
Date: 2010/08/18 12:23
 ~とあるおでん屋台における会話~

「奴が現れたというのか?おい、はんぺんをくれ」

「馬鹿な、門矢士が消息を絶ってからどれほどの時が過ぎたと思っている。こっちは酒とこんにゃくだ」

「全く、はた迷惑な奴なのだ。私は卵をもらおうか」

「いや……間違いない。やはり先日のアレも勘違いなどではなかったのだ。奴が……奴がまた現われた…………おのれディケイドォォーーーーー!!」


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 9つの影が自分に重なり、体がスーツと鎧に包まれ仮面が頭部を覆い隠す。顔面にガガガッ! と7枚のライドプレートが刺さり額のシグナルポインターに光が灯る。
 各部がマゼンタに彩られ変身を完了する。

 レイジングハートを起動した時とは違う、魔力とは異質の力が肉体に行き渡る。一気に速度を上げ、わずかに進路修正。そのままダンゴムシに体当たりをぶちかました。
 巨大なダンゴムシはスーパーボールのように弾き飛ばされ、河川敷を転がり落ちて行った。
 はやての無事を確認しようと顔を向けると、目があった瞬間ビクッと体を跳ねさせた。

 ……まあ、そりゃあ驚くよね。

 いきなりダンゴムシのバケモノとこんなマゼンタの怪人に出くわせば誰でもビビるだろう。見たところ怪我も無いようだし、ダンゴムシから目を離すわけにもいかないのでこのままお帰り願おう。

「怪我はありませんね?危険ですから、すぐにここから離れて下さい」

「は、はいっ、ありがとうございます」

 関西弁独特のイントネーションで短く礼を述べると車椅子を操作してその場から去って行った。

「なんとまあ短い出会いでした……」

 まあ、いいさ。僕は今まさしく『通りすがりの仮面ライダー』なのだから
 気を取り直してダンゴムシに視線を戻すと、ダンゴムシは体を丸めてジッとしている。

 防御態勢?

 とりあえず様子を見に自分も河川敷に下りる。するとダンゴムシの巨体が転がりだし、徐々に回転速度を上げるともの凄い勢いで突進して来た。

「うわっ!……っと」

 反射的に横に飛び退き衝突を避ける。ダンゴムシはこちらを敵と見なしたらしく、Uターンすると再び襲いかかる。

「カービィのウィリー思い出すな……」

 もしくはゲドラフのアインラッドか。どちらにせよタイヤなのだが。自分を轢き殺しに来るダンゴムシを余裕しゃくしゃくで回避する。派手に地面を削り土砂を撒き散らして爆走して来るが相手は直進しかしてこないのでかわすことは難しくない。
 だがそれを20も30も繰り返すといい加減面倒になってきた。かといって封印する手段もないし……

「よし、ひとつ試してみよう」

 向かって来るダンゴムシを正面から見据えて腰を落とし、しっかりと地面を踏みしめる。

「大丈夫、大丈夫、あれはタイヤ、あれはタイヤ、あれはタイヤ……!」

 凄まじい速度で迫るダンゴムシを今度は避けず、全身でそれを受け止めた。

「……っむん!」

 衝撃が走り、土を削ってジリジリと体が後退するが超人的な膂力でもって強引に押さえ込む。少しずつ回転の勢いを殺し、やがて完全に動きを止めることに成功した。自分が得た力に思わず感嘆するが

「で……これからどうしよう」

 捕らえたところでやはり封印できないことには変わらないし、かといって放置するわけにもいかない。
 この後の処理を考えていると突然ダンゴムシがタイヤ状態を解き、触角と無数の足が飛び出した。こちらが嫌悪感に後ずさるよりも速く触角が伸び、胴体を捕らえると地面から引っこ抜くように空中に放り投げた。

 ………………!?!?

 ゴウッ! と風を切る音が耳に響く。視界が目まぐるしく回転し、声も出せないまま宙を舞った後うつぶせに地面に激突した。うめき声を漏らし、立ち上がろうとするが手足が震え力が入らない。

「ハッ、ハッ、ハッ…っぅ…ハァッ、ハァ……」

 荒い呼吸を繰り返し、暴れ狂う心臓を押さえるように胸に手を当てる。高所恐怖症の症状が治まるより先に再び身を丸めたダンゴムシが体当たりを敢行して来た。立ち上がりかけていた僕は踏み潰され、またも無様に這いつくばる。
 僕の上を通り過ぎていったダンゴムシは弧を描いて反転すると何度も何度も僕を轢いた。
 ギャギャギャとうるさい音が鼓膜を揺さぶり、轢かれる度に体が地面に押し込まれ沈んでいくが、意外なことにほとんど痛くも苦しくもない。

 しばらくそのまま横になり、症状が治まるのを待つ。

 ………………………よし。

「……っせい!」

 次にダンゴムシが背中に乗り上げた瞬間を見計らい、思い切り体を跳ね上げた。ダンゴムシはその勢いのまま飛んでいき、その隙に立ち上がる。
 ダンゴムシは小さくバウンドすると速度を落とさないまま折り返して進路をこちらに向ける。
 濛々と土煙りを巻き上げてこちらに向かって来るダンゴムシを睨む。

「……よくもやってくれたな」

 怒気を漲らせて吐き捨てるように呟く。せっかく憧れのヒーローの力を得てすっっっっごくワクワクしてたのに、テンション上がってたのに盛り上がってたのに、なんかもうぶち壊しだよ。

 いろいろ試したかったけど、やめた。まずこのムシケラを叩き潰す。
 ドライバーを展開し、ライドブッカーから取り出したカードを挿入して閉じる。

《FINAL ATTACK RIDE》

 ディディディディケーイ

 電子音声が鳴り響き、目の前に畳程の面積がある、カードを模した金色に輝くホログラムが自分と敵を結ぶように幾重にも重なるように並び立つ。
 ブッカーを腰から外し、グリップを引いてガンモードへと移行する。
 狙うのは眼前に迫る黒い塊、異形の怪物。僕は躊躇なく引き金を引いた。
 銃口から放たれた光弾はホログラムを突き抜ける毎にその輝きを増し、ダンゴムシを飲み込みながらその射線上の地面を抉り、跡形もなく消し飛ばした。

 粉塵が晴れた後そこにダンゴムシの姿は無く、縦横無尽に走るタイヤ痕と怪物を消し去った破壊の跡だけが残されていた。
 辺りを見回し耳を澄ませ、その身に宿ったディケイドの力、超感覚で近くに人がいないことを確かめて変身を解く。

「ふぅ、スッキリした」

 一件落着。ざまあみろダンゴムシめ。
 目を閉じ、憧れのヒーローの力を揮った余韻に浸る。ほんの少しの間だったが、自分は確かに『仮面ライダーディケイド』となったのだ……
 なぜディケイドライバーが現れたのか?それは無論ジュエルシードが願いを叶えてくれたのだろう。暴走時は激情態でほとんど意識もなかったけど。

 それじゃ帰ろうか、と踏み出しかけて忘れものに気がついた。

「あ、ジュエルシード」

 急ぎダンゴムシのいた辺りに走って行き、丹念に焼け跡の周囲を探る。しかしいくら歩き回っても土を掘り返しても青い宝石は姿を見せない。

「ダンゴムシもろとも塵になったかな」

 だとしたらユーノに申し訳ないことをした。ジュエルシードは彼の発掘したものなのに。
 21個あるはずのジュエルシード、その1つでも欠けたとなれば価値が下落してしまうだろう。できることなら暴走の被害を防いだということで許してもらいたいが、そのためにはディケイドについても説明しなくてはなるまい。

「話す、か?うーん……」

 ジュエルシードの回収にはすでに管理局が出張って来ている。ユーノに説明と謝罪を表明しようとすれば管理局にも伝わるだろう。そうなるとまた事情聴取やら検査やら調査やらに乗り出してきて──

「面倒だね」

 どうしてそんな力を手に入れたかと聞かれればジュエルシードが願いを叶えたとしか言いようがないし、それ以上のこと、ドライバーの構造や出自などはわかるはずもない。
 知りたければDVDでも観て欲しい。
 ディケイドのスペックなら暗記しているが、その先管理局にどんな扱いを受けるかわからない。自分は前の世に言う管理局アンチではないが3脳やスカリエッティのことを考えると完全に信用することはできない。根拠のない被害妄想だが人体実験とか研究材料にはなりたくない。

「というわけでこのことは秘密にしておこう」

 1人でうんうんと頷くと消えたジュエルシードの捜索を諦め家路に着いた。


× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


 結局、ジュエルシード最後の一個はなのは達に加えてクロノら管理局勢が探査魔法の類を駆使しても見つけ出すことはできなかった。最終的にどこか違う世界に落ちたのではないかというかなり強引な結論に落ち着いた。

「それで、そのプレシアさんは娘さんの、アリシアさんの遺体と一緒に虚数空間という所に落っこちて行方不明というわけですか」

「ああ、行方不明とは言え、二度と戻って来られないだろうけどね」


 腕を組み、深い溜め息混じりに答えたのは大人びた風格の少年、時空管理局執務官のクロノ。
 海鳴臨海公園にてなのはとフェイトが互いの名前を呼ぶあの感動の名場面を眺めながら、僕はクロノから事の顛末を聞いていた。

 どうでもいいことだけどクロノって14歳なのに9歳の自分と身長ほとんど同じなんだよね。

 あ、2人が泣き出した。と思ったら隣に座ってるアルフも感極まって泣き出した。
 ユーノはフェレットの姿でアルフの肩に乗っている。なぜ今この時フェレットの姿でいる必要があるのか甚だ疑問だが。

 しばらく眺めているとクロノが立ち上がりなのは達に歩み寄る。そろそろ時間がどうとか2、3言葉を交わすとこちらを振り向き、何やら手招きをする。

(えっと…自分ですか?)

(そうだ。すまないが時間があまりない、急いでくれ)

 やれやれと肩を竦めてみせるクロノ。僕は軽く駆け足で3人のもとへと向かう。

「自分に何か御用でしょうか?」

 尋ねてみるとクロノが一歩下がり、フェイトが正面に立つ。横ではなのはが笑顔で見守っている。

 するとフェイトが恐る恐る口を開いた。

「かな、め?」

「はい?」

 呼ばれたのでとりあえず返事をする。

「要」

「はい」

「ありがとう」

 ???

 はて、何に対して感謝されているのか思い当たらない。むしろ暴走体に襲われたところを助けてもらったり、介抱してもらったうえに洋服をもらったり、下g……とにかく、どちらかと言えば感謝すべきはこちらだと思うのだが。

「自分、何かしましたっけ?」

「なのはに聞いたの、なのはが私と向き合うことができたのはキミのおかげだって……だから、ありがとう」

 ……え、なに?そのえへへって感じにはにかんだ笑顔は。ついさっきまで泣いてたから頬は赤いし目は潤んでるし…………イヤイヤイヤイヤ見とれてなんか見惚れてなんか僕はロリコンなんかじゃ──ありませんよ?

「ねっ、要君もフェイトちゃんと友達になってくれるよね?」

「……え?あ、ああ…はい、喜んで。コホン…よろしくお願いします、フェイトさん」

「うん。よろしくね、要」

 こうして僕はフェイトの友達になれたのであった。めでたしめでたし。

「そろそろいいか?少しばかり予定の時間を過ぎているんだが」

 クロノがしびれを切らしたようだ。空気読めないとか言われる、損な役回りだよ。

「あっ、フェイトちゃん…思い出にできるもの、こんなのしかないけど」

 髪を結わいていたリボンを解きフェイトに差し出す。

「うん…私も」

 フェイトも同じようにリボンを解き、互いのリボンを交換する。
 あ、余りの切なさにこっちまで涙が滲んできた。
 フェイトとアルフはクロノの側に立ち、ユーノはなのはの肩に乗り移る。フェイト達の足下が白く光り、いよいよお別れの時だ。

「またね、クロノ君、アルフさん、フェイトちゃん……」

 ポロポロと涙を流しながらなのはとフェイトが手を振る。僕もそれに倣い小さく手を振って見送る。
 やがて彼女達を白い光が包み込み、一瞬強く瞬く。光と共に3人の姿は消えていた。

「なのは……」

 ユーノが優しく慰めるように肩を叩く。なのはは涙を拭うとやや上擦った声で返事をする。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと寂しいけど…また会えるから」

 そうとも、必ずまた会える。まだ彼女達の物語は1つの節目を迎えただけなのだから。
 僕達はしばしその場で彼女達が消えた方向、その先の海を見つめていた。
















 ライダーファンならば冒頭でお分かりいただけると思いますが、冬映画終了後となっております。

 何かご意見ご感想ご質問などあれば仰ってください。次回以降追投稿する際、意図的に伏せている部分でなければ可能な限りお答え致します。

追記:なるべく多くの方の意見を求めておりますが、それだけでは何を言ってよいかわからないかと思い自分でも気になっている点をいくつか挙げてみます。

・感想でも指摘を受けましたが余白が多いとのこと。行間を詰めると読みにくいかと思ったのですが詰めた方がよろしいでしょうか?
・いまいち劇的な場面や盛り上がりに欠ける気がする。描写不足か話自体が地味なのか。
・他のキャラクターとの関わりが少ない、薄い?
・一人称個人視点のみ。
・ネタを挟む場面は合っているのか。

 他にも何かありましたらお教え下さい。



[20268] 日常
Name: 昆虫採集◆c75fb22c ID:b16c2b6c
Date: 2010/08/19 23:30
 午前5時、起床。
 重たい目をこすり、重たい髪を引いて布団から起き上がる。長い髪を邪魔っけだと思わないでもないがせっかく伸ばしたのに切ってしまうのは勿体ない。
 寝起きは良い方で、素早く目覚ましを止めると布団をたたみ押し入れにしまう。洗面所に行き顔を洗いうがいをしてさっぱりすると、ジャージに着替え腕時計を巻いて毎朝のジョギングに出かける。
 特に距離もルートも決めていない。気の向くまま足の向くままに探検気分で走るだけだ。おかげで近所の地理はすっかり覚えてしまった。

 午前7時、帰宅。
 帰りつくと父、遊嶋幹雄(42)が台所に立ち味噌汁を作っていた。
 短く刈り込んだ頭に薄い不精ひげ、糸目に柔和な笑みを絶やさない。作務衣の上からはわかりにくいがその肉体は消防士という職業柄なかなかの筋肉質である。加えて192cmの長身。一見穏やかな好漢だが、自分に何かあった時はPCを末梢してほしいと言われている。そこにどんな秘密があるのかはご想像にお任せする。
 前世の自分は162cmで成長を終えてしまったが、この父の遺伝子を受け継いでいると思うと将来に希望が持てる。

「ただいま戻りました、父さん」

 父にも敬語である。どうしても癖が抜けないのだが父は特に気にしたことはない。

「ああ、お帰り。もうすぐ朝ご飯ができるから、早く手を洗って着替えてきなさい」

 はい、と返事をして洗面所へ。手洗いうがいを済ませ、制服に着替え通学カバンを持ってリビングへと向かう。
 朝食は白ご飯に味噌汁に目玉焼きというシンプルなものばかり。我が家定番メニューである。たまに目玉焼きがアジの開きに代わるくらいか。

 父は料理のレパートリーが少ない。焼く、炒める、煮る、茹でるというような極めて基本的なことしかできないため、あまり凝った料理は作れないのだ。特にカレーや野菜炒め、お好み焼きや麺類が食卓に並ぶ頻度が高い。惣菜をおかずに加えることもしばしば。
 不満ではないが少々不経済なのでは?と思うこともしばしば。
 ともあれ、冷める前に食べるとしよう。

「いただきます」

 両手を合わせて一礼。
 まずは味噌汁を飲み、続いておかず、次にご飯と三角形に食べていく。急ぐ時はご飯を口に含んで味噌汁で流し込むのだが、今朝はその必要はないだろう。
 朝食を終えて食器を下げた後は最低5分かけて入念に歯を磨く。もちろんフロスも忘れない。

 身支度を整え時計を見ると7時40分を指している。学校まで徒歩で約15分、走れば余裕だがそろそろ家を出なければ。
 少し急ぎ足で座敷へ行き、母の遺影に線香をあげ黙祷を捧げる。

 母の名は遊嶋薫(享年23歳)。子の贔屓目かもしれないが、写真に映っている母はなかなかの美人だと思う。自分とは違い髪は短く、形の良い眉とすうっと通った綺麗な鼻、その表情は明るい笑みを湛えていた。
 両親の馴れ初めは火災現場の母を父が発見、救助して恋に落ちたという……どこかのドラマのような劇的な出会いから交際が始まったそうだ。
 父と亡き母に出立を告げて学校へ向かう。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 7時52分、いつもより少し遅れての登校である。
 いつもは50分前を目安にしているのだが、今朝はジョギングが長すぎたようだ。
教室に足を踏み入れると数人の生徒がこちらに気づき、視線を向けられる。軽く会釈しながらそそくさと自分の席に向かうと3人の女子が近寄って来た。

「おはよう要、今朝は少し遅かったのね。もっと時間に余裕を持って行動しなさい」

 腰に手を当ててまるで母親のように叱責するのはアリサ。強気でリーダー気質、面倒見の良い世話焼きさんだ。

「おはよう、要君。……アリサちゃん本当は心配してたんだよ?」

 ヒソヒソとアリサに聞こえないように付け加えるすずか。控えめでお淑やかな彼女は気配りが上手で何かとフォローに回ることが多い。

「要君おはよう。今日もいい天気だねっ」

 左右に結った髪を揺らして元気に挨拶するなのは。普段は平凡な小学3年生、しかしてその実態は、大規模破壊を可能とする凶悪なビーム砲をバカスカ垂れ流す超絶魔砲少女である。というのはあくまで一面だが、基本真面目で明るい優しい子である。
 何にせよ3人とも大事な友人である。

「アリサさん、すずかさん、なのはさん、おはようございます」

 軽く会釈をして挨拶を返し、2,3言葉を交わすと間もなく先生がやって来た。お喋りに興じていた生徒達はバタバタと慌ただしく自分の席に戻り、やがて朝のHRが始まる。日直が号令をかけて挨拶、先生の連絡を聞き、学級目標を唱えるなどして閉会。

 1時間、国語。
 教科書を読み、要所要所で著者の伝えたいことや人物の心情を読みとり、各自が導き出した答えを挙手制で発表。注目されることが恥ずかしいので手を挙げない。

 2時間目、算数。
 先生が公式や考え方を説明、板書するが退屈で仕方がない。ノートに落書きして時間を潰す。

 3時間目、体育。
 クラス全体で行われたドッジボールを見学。すずかの豪速球が猛威を振るう中、数人運動の得意な男子が闘志を燃やすがあえなく撃沈、外野へ送られる。

 4時間目、理科。
 電池の直列並列その他。退屈。

 お昼休み。4人で一緒に屋上で昼食。
 高い所は苦手だが下が見えない分には大丈夫だ。今日の昼ご飯はチキンカツサンドとツナ&たまごサンド。父は弁当を作らない。というか作れない。できたとして日の丸弁当くらいのものである。しかしコンビニのサンドイッチもこれはこれでおいしいので特に気にしたことはない。

 3人が楽しく談笑する横でサンドイッチをかじる。いつものことなので別に気まずいことはない。
 この時に限らず授業の合間の休み時間や下校時にもこういった場面は多いのだが、基本的に自分は聞き手に回る。元々口数が少ないことも理由のひとつだが、女の子の話題とテンションにはどうにもついていけない時がままあるのだ。
 彼女達の会話に耳を傾け、時折相槌を打つ。そうして昼食を終えると歯磨きを済ませて、残り時間も教室でお喋り。

 昼休みが終わると掃除。ここの生徒は皆真面目に掃除に取り組むのではかどるはかどる。昔というか、前の小学校では遊んだりさぼったりする子が多くて……
 ちなみに掃除場所は学期の始めに挙手制、希望者が多ければじゃんけんで決められるのだが、恥ずかしくて手を挙げなかった自分は人気のない教室の雑巾がけ。しかしこれはこれで嫌いではないので構わない。足腰のトレーニングと思えばむしろ特した気分だ。

 5時間目、道徳。
 授業内容そっちのけで教科書に載っている物語を端から読んでいるうちに授業終了をチャイムが告げる。

 帰りのHR、今日の反省、先生の連絡、みんなでさようならをして下校。
今日は3人が塾の日なのでひとりで家に帰る。

 14時半頃、帰宅。自宅は平凡な一軒家。バニングス家や月村家のような豪邸でもなければ高町家のように道場があるわけでもない。ごく一般的な二階建て住宅である。イメージとしてはクレヨンしんちゃんの野原家が妥当だろうか。

「ただいま帰りましたー」

 玄関に声が吸い込まれていくが返事はない。今日は非番のはずだから自室で昼寝か筋トレかヘッドホンをつけてPCに向かっているのだろう。
 まずは自分の部屋に行き通学カバンを机に置く。洗面所で手洗いうがいをすませると冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ、煎餅を数枚器に出してリビングでひとりおやつとする。

 食べ終えると自分の部屋で宿題に取り掛かる。主観的に三十路前の自分にとってはただ答案を埋めていくだけの作業でしかない。サッサとプリントに解答を書き込み、ドリルを解き、ノートに漢字の書き取りをする。
 ノルマを完遂し、時計を見るとちょうど16時を指していた。

 教材を片付けてPSPで〇ンガンNEXTに勤しむ。ゲームは1日1時間と定めている。持ちキャラは神だ。何と言っても神指がかっこいいし使っていて楽しい。
 もちろんCPU難易度は最大。2on2で機体は全て神を選択し神だらけの〇ンダムファイトを開始する。この乱闘が楽しいのだ。格闘・神指で追いつ追われつ、格闘コンボを決めている時に電影弾や天驚拳が飛んでくる緊張感が心地よい。
 稀に相方がコンボを決めた敵を神指で拾えると特に嬉しい。

 5時までみっちりファイトを堪能するとゲーム機をしまって筋トレを始める。ストレッチで十分に体をほぐした後、腹筋40、腕立て伏せ30、背筋とスクワットをそれぞれ40、ハンドグリップをニギニギ、庭で縄跳びを約5分。休憩を挟んで寝るまでに3セット。

 父の見様見真似で始めた筋トレだが、あちらは回数が違う。腹筋100とか腕立て伏せ50とか、それを1日に5セットとか10セットとか、とてもじゃないが真似できない。まあ少なからず命懸けな仕事なのだからそれぐらい日々の鍛錬が必要なのだろうが。

 空いた時間は父が集めている漫画や小説を読んで過ごす。とはいえ、ほとんど目を通してしまったので2度3度と読み返しているものも多い。
 漫画雑誌や小説の詰まった本棚が並び立つ1室から、とりあえず今日は「炎の〇校生」を選び自室へ持ち込む。読んでいると無性に体を動かしたくなってついつい余分に腹筋腕立てをしてしまった。

 8時頃に夕食、今晩はカレー。確かに好きなのだが我が家のカレーは1度作ると鍋が空になるまでカレーが続くのがネックだ。少なくともこれで明後日までは朝夕の献立がカレーになることは間違いない。ちなみにルーはいつも辛口だ。

 幼い自分の舌は刺激に弱く、カレーを食べる際多量の牛乳を消費する。タプタプに膨れたお腹を抱えながら自分は皿洗い、父は風呂掃除に取り掛かり、それが終わると交代で風呂に入る。

 髪を洗うのに時間がかかるので父が先、自分が後だ。頭からお湯をかぶって鏡を見るとホラー映画に出る悪霊か妖怪のような自分が映る。
 それにしてもお湯をかぶってもへこたれないこのアホ毛は一体どんな構造をしているのだろうか。

 風呂から上がるとまた自室に戻って思い思いの時間を過ごす。これまでを振り返ると父と接する機会が少ないように見えるかもしれないが決して不仲でも疎遠でもない。時折一緒に遊びに出かけたり外食したりもする。

 読書の合間に筋トレをこなして、今日は非番だったが父が当直の日は父のPCを覗いて、10時には就寝。

 僕の1日はだいたいこんな感じ。













 行間の空け方を変えてみましたがいかがでしょうか?読みにくいと感じたか否か、また疑問に思ったことなど改善すべき点があれば遠慮なくご指摘ください。

 次回からA'sに入ります。



[20268] 再現
Name: 昆虫採集◆c75fb22c ID:b16c2b6c
Date: 2010/08/17 23:22

 皆さんおはようございます。自分、遊嶋要はわりと最近まではごくごく平凡な小学3年生だったのですが、春先に起こったとある事件がきっかけで魔法使いになってしまいました。
 と、なのはのモノローグを真似してみました。

 総長の桜台登山道、海鳴を一望できる高台で僕となのはは人知れず魔法の練習に打ち込んでいた。カン、カンと軽い金属音が大気に響き渡り光球が空き缶を上へ上へと運んでいく。少々悔しいが自分にはあんな芸当はできない。

 ジュエルシードの事件以来なのはと、少し遅れて自分も、毎日魔法の練習をしている。とは言ってもその練度と成長度合いには大きな差がある。天と地ほど……というと大げさ過ぎるかもしれないが彼女の方が1歩も2歩も先を行っているのは紛れもない事実だ。
 なのはの誘導弾、その制御能力の精度は極めて高く、また彼女の得意とする砲撃魔法は並の魔導師とは比べものにならないほど強力無比らしいとはユーノ先生の談。こちらはこちらで初歩的な魔法「シュートバレット」を発動させるのだが……むぅ

 意識を集中して自分のコアから魔力を引き出す。青緑の光球が1つ2つと浮かび上がるがそこでストップ。3つ目は形を成さず、明滅すると間もなく崩れて霞のように消えてしまった。それと同時に集中が途切れ、他の2つも維持できなくなり消失する。その後も挑戦を続けるが結果は変わらず、先になのはがシュートコントロールの練習を終えてしまった。

「要君、そっちの調子はどう?」

その問いについ眉間にシワを寄せて渋い表情を形作ってしまう。

「頑張ってはいるんですけど……どうにも上達しなくて」

「うーん……そっかあ。でも、要君の魔法って1つ1つは強いんだよね。数は少ないけど」

 なのはさん……それでは誉めているのか貶めているのか、最後の一言がなければ……。まあ彼女が人を貶めるはずはないとわかっているから、これは単に自分がひがんでいるのだろう。みっともない。

 彼女と魔法の練習を始めてほぼ半年になる。その間にわかったことだが、総魔力量は遠く及ばないものの、なんと集束効率の面でなのはを上回ったのだ。その反面、広範囲に展開・放出することが苦手で、魔力弾の複数制御や砲撃が苦手だ。

 なのは達みたいなド派手な砲撃に憧れていたのに……

 代わりと言ってはなんだが、近接戦で直接叩き込むか、極少数の魔力弾で針のように圧縮した射撃ならばなかなかの威力が出せる。しかしこれ、集束って性格的なものに起因しているのではなかろうか?自分もなのはも内向的で塞いだ子供だったという点では共通している。

 まあ偶然だろうけど。

 一息ついて携帯を開くとディスプレイに表示された時間はAM6:38。そろそろ家に戻って学校に行く準備をしなければ。

「今朝はここまでですね、お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様。じゃあまた学校でね、要君」

 労いと別れの言葉を交わしそれぞれの家へ向けて歩き出す。早朝の冷たい空気にため息をつくと白いもやが浮かび上がった。

「さてさて、もう12月かあ」

 12月といえば2期である。A'sである。闇の書事件である。今日明日にでもなのはがヴィータに襲撃されリンカーコアの魔力を奪われる。その時自分はどう行動するべきか?
 この数ヶ月悩みに悩んで出した答えは不干渉。

「だって原作通りが1番ベストな結果ですからね、たぶん」

 少し残念だが今回は極力、むしろ徹底的な関与しないつもりだ。そう思って今まではやてともヴォルケンズとも接触を避け続けてきたのだ。ディケイドの姿で一度は会ったが、あれは問題ないだろう。問題は自分のコアが狙われた場合である。
 どうにかして逃げ切らなければ、闇の書の完成する時期が変わってしまう可能性がある。
 そうなると原作通りの結末を迎えることができなくなってしまうかもしれない。それだけは何としても避けたい。

 その想いもあってこれまで魔法の練習に励んできたのだ。大したことはできないが、何もないよりましだろう。それに加えて

「ダンゴムシの件から1度もドライバー出せないし……はぁ……」

 そう、あれ以来自分はディケイドに変身することができないでいた。てっきりジュエルシードが願いを聞き届けディケイドの力を授けてくれたものだと思っていたが、どうやら一過性のものだったようだ。

「あ゛~~~~……もっといろいろ試したかったのに」

 もう何度嘆いたかわからない。鬱々と悲しみと不安を背負いながらトボトボと自宅へ歩を進めるのであった。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 午後8時頃、腕立て伏せをしていた僕は何か空気が張りつめたものに変わったように感じた。何かに押し込められたような、覆いかぶさるような、そんな閉塞感。違和感を確かめるために父が居るはずの部屋を覗いてみたが、案の定父の姿はなかった。どうやら自分はヴィータの展開した結界の中に取り込まれたようだ。
 ということはつまりA'sの始まりだ。間もなくヴィータとなのはが戦闘を始めることだろう。
 シャマルを除く守護騎士とフェイト達も一堂に会するはずだが

「まあ、自分は家で大人しくしていましょう」

 呟くと自室に引き返す。前にも述べた通り、今回は一切関わる気は無いのだ。もし自分のコアを蒐集されて闇の書完成の時期が変わったりしたら困る。

「というわけでなのはさん達にお任せ………………おや?」

 カーテンを閉めていなかった窓の外、月明かりが照らす空を何かが横切ったような気がした。もう一度よく見るために窓に近づこうとした、その時だった。
 全身に叩きつけるような爆発音と共に何かが壁をぶち抜いて部屋の中に突入して来た。
 それそのものには当たらなかったものの衝撃に煽られ転倒する。驚きの余り悲鳴も出てこない。

「ケホッケホッ……一体何が?」

 せき込みながらながら立ち上がり、粉塵が立ちこめる中部屋に飛び込んで来た何かに目を向ける。

「……ヴィータが探していた者ではないようだが、貴様も魔力を持っているようだな」

 うすぼんやりとした視界の中、青い毛並みに額に輝く宝石を持つ大型の狼の姿が見える。そこに現れた者は、ヴォルケンリッター、盾の守護獣……ザフィーラだった。

 え?なぜなにどうして!? 1話に登場したのはヴィータ…………………

 思い出した。ヴィータがなのはを襲う少し前にザフィーラが同伴していた。その後二手に別れたのだった。
 それがどういう巡り合わせか僕の家に現れた?

「一緒に来てもらおうか。大人しくしていれば手荒な真似は──」

 相手が言い終わるより早く壁に開いた穴から外に飛び出し全力で走り出す。こういう場合は相手が言い終わらないうちに、選択を迫られる前に行動をしなければならないと考えている。
 素足に砂利が食い込み、刺すような痛みが走り顔をしかめる。
 空を見上げると彼方では桜色の光と赤い光が宙を舞い、両者の間では光弾や光線が飛び交っている。チラリと後方を窺うとザフィーラがもの凄い速さで追い上げて来ていた。

(あ、アレ!あそこに見えるのはお仲間じゃないんですか!?加勢に行かないでいいんですか!?)

 なぜわかるのかと不審に思われようがなりふり構っていられない。頼むからあっちへ行って下さいお願いします! と祈りを込めてザフィーラに念話を飛ばす。

(1対1ならばベルカの騎士に負けは無い。故に俺が手を貸す必要もない)

 作戦失敗。ザフィーラは目の前の目標に専念するようだ。しかしこちらも捕まるわけにはいかない。
 素早く角を曲がりジグザグに逃げ回る。特に狭い道を選んで走ればあの体躯では通れないはず────!?

「手間を取らせるな」

 いつの間に回り込まれたのか、路地を抜けた先にザフィーラが立ちふさがっているではないか。あ、さては飛んだな?汚いぞ!
 すぐさま回頭してさらに逃走──

「逃がさん」

 無数の光の柱が大地を突き破って出現し、壁となって逃げ道を封じる。

 だが、こちらだって伊達に半年の間魔法を練習していたわけではない。光の壁に向かって走りながら魔力を練り上げ、凝縮し、ユーノとなのはに教えを受けながら編み出した魔法を発動させる。

「俺のこの手が光って唸る!お前を倒せと輝き叫ぶぅ!必殺!シャァァイニングゥ…フィンガーァァアアア!!」

 青緑の魔力光を右手に集束し、行く手を阻む壁に渾身の力で掌底を叩きつける!すると意外にもさしたる抵抗もなく光の壁はガラス細工のように粉々に砕け散った。これまで逃げ続けていたことからか、もしくはこの世界に魔法文明が無いことからか、こちらが魔法を使うとは予想していなかったのだろう。障害を突破した僕は再び逃走を始める。

 魔法を使って自分が第一にやりたかったこと、それは自分が好きな技を模倣することだった。子供っぽいとは思うが、誰だって1度くらいは憧れの存在に「あんな風になりたい」と思ったはずだ。残念ながら半年の間に形作ることができたのはたったの3つだが。本当は爆熱ゴッドフィンガーの方が好きなんだけど色的にね。
 あと少し時間を稼げばフェイト、アルフ、ユーノがやって来てザフィーラも加勢に行かねばなるまい。それまでなんとか逃げ延びれば──!?

 またしても光の柱が、今度はこちらを囲うように伸びて円錐を形作り閉じ込めてしまった。

「逃がさんと言っただろう。少し大人しくしていてもらうぞ」

 ジャリジャリと地面を踏みしめてこちらに近づいて来る。

 マズいマズいマズい!

 焦燥に駆られながらも脱出を試みる。

「俺のこの手が光って唸る!お前を倒せと輝き叫ぶ!必殺!シャイニングフィンガー!!」

 早口に呪文を唱えて掌底をぶちかます。デバイスがあれば呪文を省略、さらに魔力運用の処理速度と効率が向上するらしいが無い物を頼ることはできない。
 2度目の攻撃はものの見事に弾かれた。先刻とは違いキッチリ魔力を注いでいるようだ。対して自分は1発目のシャイニングフィンガーにノリノリで無駄に魔力を浪費してしまったせいでこの檻を破るだけの威力を出すことができない。

 燃費悪かろうが関係ねえとばかり砲撃を連発して余りある魔力量を誇る白い悪魔とは違うのだ。

「……っぅ…ハァ…ハァ…」

 焦燥と疲労に呼吸を荒くしながら、脱出の手立てを考えるが頭の中がグチャグチャになって思考がまとまらない。それどころか悪い妄想ばかりが暴走する。

 自分が捕まったらどうなる?決まりきっている。魔力を蒐集されるのだ。

 その先はどうなる?僕1人の魔力程度ですぐにどうこうなるわけではないにしろ、自分の記憶にある原作より早く闇の書が完成してしまうかもしれない。

 それが後の展開にどのような影響を及ぼすことになるのか想像もつかない。

 もしかしたら自分が存在したせいで闇の書の暴走を止められなくなるかもしれない。

 自分のせいで世界が滅びてしまうかもしれない。

 自分のせいで大事な人達が死ぬかも、しれな、い……

 酷い吐き気が喉元までせり上がり目の前が真っ暗になる。

 絶対に捕まるわけにはいかない。今一度気持ちを固め自分を閉じ込めている檻を睨みつける。

 しかしながらこれを破れるだけの力は残っていない。

 藁にもすがる思いで、前回の事件においてわずかな間とはいえど確かに手に入れた力を想い描く。

 願わくば、あの力をもう一度この手に──



 気づいた時、強く願って虚空に掲げた手の中には白いバックルが収まっていた。












 今回シリアスな場面にネタを盛り込んでみましたが、やってる本人は大まじめでもやはり読む人は冷めてしまうものでしょうか。
 次回の投稿は有明から帰ってからになります。



[20268] 襲来
Name: 昆虫採集◆c75fb22c ID:b16c2b6c
Date: 2010/08/18 10:32
《KAMEN RIDE DECADE》

 瞬く間に自分の全身が仮面と鎧に覆われ、半年ぶりに仮面ライダーディケイドへと姿を変える。
 ギュッと握り拳を固めると脇を締め、腰の回転と連動して目の前の壁に目掛けて思い切り突き出した。

「せいっ!」

 拳は光り輝く檻を容易く破り、穴の空いた一点から蜘蛛の巣のようにヒビが走ると粉微塵に砕け、崩れ去った。
 いつの日かこんなこともあろうかと、いくつかの格闘指南書に目を通して最低限殴り方や蹴り方、護身術の練習はしてきたのだ。
 それでなくとも世の中いつ何が起こるかわからない。強盗や通り魔に遭う可能性だって無くはない。被害に遭う人の多くは自分がそんな目に遭うとは夢にも思っていない。そう考えると何か身を守る術を身につけずにはいられなかったのだ。それにほら、忘れそうになるけど自分女体だし、貞操の心配とかもないわけではない。
 とは言え所詮は素人仕込みのにわか技術でしかないが。ちなみに気に入りは少林寺拳法。

「貴様、その姿は!?」

 突如現れた謎の怪人にザフィーラが驚きの声を上げる。目を見張り、こちらの様子を窺うザフィーラに対して僕が採った行動は……逃げる!
 またしてもザフィーラに背中を向けて走り出した。ジャンプ力ひと跳び25m、100mを6秒で走破する強靭な脚力を遺憾なく発揮して 全力で逃走する。
 なんで戦わないのかって?戦ってどうするのさ。今回は原作準拠を貫くと誓ったのだから選択肢は逃げの一手しかありえない。第一4tのパンチや8tのキックを、そこらのナイフや銃なんかより遥かに危険な力を人間に向ける度胸はない。

 闇の書の守護騎士は厳密にはヒトではないが、それでも拳を振るうのはためらわれる。

 何はともあれ、ザフィーラの足がどれほど速いか知らないが追いつけやしないだろう。そう思って後ろを振り向くと……飛んで追って来てた。ズルい。

「ならば、これですね」

 内心ワクワクと弾む気持ちでライドブッカーからカードを引き抜き、ドライバーに装填する。

《KAMEN RIDE KABUTO》

 電子音声が鳴り響くと、バックルを中心に無数の六角形のパネルが現れ、その身は異なる世界のライダーのものへと姿を変える。変身を完了した時、その姿はカブトムシを模した真紅の鎧の戦士、地球外生命体「ワーム」に対抗するため開発されたマスクドライダーシステムのひとつ、『仮面ライダーカブト』へと変貌していた。

 続いて新たなカードを取り出し、その力を行使する。

《ATTACK RIDE CLOCKUP》

 次の瞬間、まるで自分以外、世界の全てが静止した。立ち止まってみると風も音も一切感じられない。
 振り向くとザフィーラが空中で金縛りにかかったかのように動きを止めている。
 これがクロックアップ。自身の体に流れるタキオン粒子を操り時間を操作することができる。その結果として超高速での活動ができる、ということらしい。異なる時間に身を置いて行動するので厳密には高速移動とは違うらしいが。

 高層ビルが建ち並ぶ市街地を見やると遠くの夜空に小柄な人影が見えた。赤いゴシック調のドレスにオレンジの長い三つ編みが2本、手には長柄の戦槌=グラーフアイゼンが握られていた。ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士、ヴィータである。一筋の光、ヴィータの振りかぶったグラーフアイゼンが文字通り火を噴いているのが見えた。

「ということは、もうすぐにでもフェイト達が来るわけでして」

 あとほんの少しの辛抱だと思い逃走を再開する。
 あちらからはこちらの姿が掻き消えたように見えたことだろう。カブトの走力は100mを5.8秒。生身で走る時とは違い、家屋や電柱、周りの景色が凄い速さで自分の後ろへ吹っ飛んで行くようだ。加えて明らかに疲労が少ない。

 凄いよこのライダーシステム!日本の科学力は世界一ィィィィ!なんて。

 いや、ネイティブの協力があったとはいえ開発したのはZECTだし、日本だし。まあ今の自分はディケイドの能力でその性能を模しているに過ぎないのだけれども。

 新しい玩具を得た子供のようにはしゃぎながらしばらく走っていると、何もない空間にぶつかった。突然の出来事にひるんだが痛くはない、ただひどく驚いた。その正体はすぐに見当がついた。つまりここが結界の端っこなのだろう。
 ならばと拳を振りかぶり……寸前で思いとどまる。結界を破壊した場合ヴォルケンズは退却してしまうだろう。一般人の前でおおっぴらに暴れることはできまい。
それは良いのだが、まだなのはの魔力が蒐集されていないはずだ。今彼らが退いてしまっては原作のシナリオに狂いが生じる。自分が存在し、狙われている時点で手遅れかもしれないが。

 仕方がない、かなり距離を稼ぐことができたし、ヴィータがなのはを撃墜後ものの数秒、数十秒でこちらの増援が来る。

「それまでどこかに隠れて……」

 都合良く目についたのはマンホール。まさしくおあつらえむきではないか。すぐさまマンホールに飛びつき蓋を開ける。ポッカリと路面に空いた穴、肉眼であれば底なしの奈落に見えたかもしれないが、カブトの目=コンパウンドアイは暗闇を鮮明に見通し、下水の底と下へ続くハシゴを正確に捉えていた。

 しかしこれには誤算があった。

「ふぐぅ……」

 高い所から下を見下ろしてしまった。目眩を起こした頭を押さえ膝をつく。
マンホールに隠れることを諦め、ヨタヨタと近くの民家の陰に身を隠して座り込む。念じてみると体がモザイクに包まれディケイドの姿に戻った。

 同時にクロックアップの効果も終わり、耳を澄ますと何か──きっとザフィーラだろう──が空気を切る音が聞こえたが一度止まったかと思うと間もなく引き返して行った。
 こちらを見失ったか、敵の増援に際しヴィータ達の戦闘に加勢しに行ったのだろう。

「はぁ~……」

 深く息をつき、緊張を解いて脱力する。後はなのはが結界を破ってヴォルケンズが退くのを待つだけだ。
 この機会を逃す手はない。ブッカーから手当たり次第にカードを引っ張り出して中身を確認する。以前変身した時はディケイドのカードしか使わなかったので他には何があるのか気になっていたのだ。あわよくば全部のカードを試してみたい。
 えっと…1号2号V3……昔こんな歌があったな……電王、キバ、W。おや、スカルとアクセルはないのか。アタックライドが新旧サイクロン、ハリケーン、ライダーマンマシン、クルーザー……わっ、ジェットスライガーとか使ってみたいな。怖くて飛べないけど。

 時を忘れてカードをめくっていると、不意に爆音が轟き桜色の光が辺りを照らした。空を見上げると一条の……と言うには巨大な光の柱が天を二分するかのように屹立していた。
 なのはのスターライトブレイカーに違いない。

 どうにか今回は乗り切れたようだ。安堵しつつカードをしまう。結界が破壊された今、誰かに見咎められる前に自分も退散しなければならない。非常に名残惜しいが変身を解かなければならないのだ。

 それにしても、なぜ今回はドライバーが現れたのだろう。

 必要に応じて?ピンチにならないと使えないとか?……だとしたら微妙に不便だなあ。
 心残りだが渋々変身を解除しようとバックルに指をかけた──その時だ。

 向かって正面、10mほど先の空間が波打つように揺らめき、グレーのオーロラが出現した。

 え?あれは確か昔テレビで……ディケイドで観た…………

 唖然と立ち尽くしているとオーロラが消え去り、入れ代わりに現れたのは長身の人影が2つ。そのシルエットは人間に酷似しているが、いずれの容貌もおよそ人間とはかけ離れていた。
 一方は人の形をした緑色のトカゲと言うとわかりやすいだろうか。ハ虫類特有のぬめるような皮膚。左足から肩にかけて巨大な白い蛇がまとわりつき、手足からはナイフのような爪が伸びている。だらしなく開いた口からは粘度の高そうな涎を垂らしている。
 もう一方は全身が白っぽいグレー一色に統一されており、格子模様に巻かれたベルトで身を包み、頭頂部まで楕円形の籠で覆われているかのようだ。上半身には胴体から両腕、頭に至るまで無数の針が生えている。

 前者は響鬼に登場した魔化魍、ヨブコ。後者は555に登場したサボテンの怪人、カクタスオルフェノクだ。

 この時点で僕の脳味噌は疑問符で埋め尽くされ、状況が理解できず混乱の極地にあった。

 え。だって仮面ライダーはフィクションでこの世界も元はと言えばフィクションでだけどこれは現実で……!?

 支離滅裂、しっちゃかめっちゃかという表現が当てはまりそうな思考に陥っていると2体の怪人が飛びかかって来た。

 殺気に満ちた目と視線が交錯した時、不意に巨大な蜘蛛に襲われた時の光景がフラッシュバックする。間近に迫る牙、明確な殺意、濃密な死の気配──

 唸りを上げて振るわれた腕にギリギリで反応し、転がるように無様にかわす。慌てて距離をとり改めて“敵”の姿を見据える。心臓が震えて背筋を冷たいものが走る。知らず知らずの内に呼吸が荒くなっていた。

 怖い 恐い コワい コワイ

 あの爪は自分の体を切り裂き心臓を抉る爪

 あのトゲは自分の体を貫き蜂の巣にしてしまうトゲ

 あの牙は自分の喉笛を食いちぎり息の根を止める牙。

 太い手足は自分の体を打ちのめし、グチャグチャになるまで殴打するだろう。

 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワコワイ

「ぅ……うぉおあああああああっっ!!」

 喉が張り裂けんばかりの大音声で吼えた。

 それは悲鳴だったのかもしれない。あるいは威嚇だったのかもしれない。もしかすると気合いの雄叫びだったのかもしれない。

 しかし、その真意は自分にもわからない。
 震える拳を、素手であれば爪が食い込むほどきつく握り締め、僕は駆け出した。

 恐怖の根源を──

 自分を脅かす敵を──

 災いをもたらす存在を──


 破壊するために















 というわけで次回、ちょっとパニックな主人公がDCDとして初戦闘。怖い、危ない→やられる前やってしまおう。死に直面したって明鏡止水の心境に至れるわけではなかった。少しばかり人より死や殺意に敏感になっただけ。
 うーん、こんなもので良かったのか。次回はどこまで戦闘描写できるか……。

 ところで、もしいつか魔導師と戦う場面が来たとして贔屓なしにDCDが無双する気がしてならない。上は6000から下は絶対零度まで、あらゆる衝撃を吸収し50tの衝撃にも耐えしのぶ。これが公式設定ですから……どうしたものかと。

 追記:テスラバンドによる浮遊能力やブームボイスと言った設定のみの能力は登場しません。初登場時にふわふわ浮いてましたけどその後は使ってませんし。



[20268] 実戦
Name: 昆虫採集◆de9a51bc ID:7929bd22
Date: 2010/09/08 12:45
 夜の住宅街。ビルが立ち並ぶきらびやかな大通りとは異なり、まばらな街灯の薄明かりだけが辺りを照らしている。
 薄闇の中、アスファルトを蹴り砕く勢いで吶喊する。強化された肉体は一瞬で相手との距離を詰めるとそのまま飛び込むように拳を繰り出す。
 冷静さを欠いたその攻撃は技術の片鱗もない、雑で稚拙なげんこつだった。しかし、力任せに放たれたげんこつは驚くほど精確にカクタスオルフェノクの顔面を捉えた。メキリと拳が肉にめり込む感触に続きカクタスオルフェノクを吹き飛ばした。
 とてつもない衝撃に宙を舞い、地面に叩きつけられたカクタスオルフェノクは倒れ伏して苦しそうに地面を掻く。

 あ……あれ?

 自分のげんこつがもたらした効果は予想を遥かに越えるものだった。戸惑い、呆けていると背後から風を切って迫る何かを感じ、反射的にその場に伏せた。するとその頭上をシュッと空気を切り裂く音と共に何かが横切り、素早く引き返して行った。
 慌てて跳ねるように距離をとりヨブコに向き直るとうねる舌が口の中に収まる瞬間を目にした。カクタスオルフェノクは地面に手をつき、よろめきながら起き上ろうとしている。

 効いてる?

 カクタスオルフェノクを殴り飛ばした時の感触が生々しく蘇る。ふと手を見るといつの間にか震えは止まっていた。

 戦える。

 もう一度拳を握り締める。そこに込められたものは恐怖ではなく、闘志。自分には力がある。目の前の敵と渡り合えるだけの力が。

 …………やれる。やってやる。

 決意を胸に敵を睨む。恐怖を押し殺し、怯えを振り払い、その眼に宿すのは紛れもない戦意。
 パンパン、と本物のディケイドにあやかり手をはたく。それは戦う覚悟を決めた自分なりの決意の表明。自分を鼓舞し、奮い立たせる行為。

 よし、往くぞ!!

 まずは明らかにグロッキーなカクタスオルフェノクに止めを刺す。ライドブッカーから1枚のカードを引き抜き、ドライバーに装填する。

《KAMEN RIDE FAIZ》

 バックルから血管のような赤い光のライン=フォトンストリームが伸びて四肢へと走る。一際強く輝くと、黒いスーツと銀の鎧に身を包み、頭部を覆うマスクはギリシャ文字の「Φ」を象ったものへと姿を変える。
 オルフェノクの王を守るため、オルフェノクを倒すために開発されたライダーズギアのひとつ、『ファイズ』の力を発現した。
 続いてもう1枚。

《ATTACK RIDE AUTOVAJIN》

 マゼンタのカードを模したホログラムから1台のモトクロスタイプのバイクが姿を現した。ファイズ専用のマシン、可変型バリアブルビークル『オートバジン』である。
 ハンドルグリップを引き抜くと赤く輝く光の剣=ファイズエッジが生成される。マシン上部のボタンを押すとバイク状態のビークルモードから人型の戦闘形態のバトルモードへと移行する。

「あなたはあっち。自分はこっちのサボテンを仕留めます。あ、くれぐれもバスターホイールは使わないでくださいね」

 バスターホイールとは、オートバジンの前輪に搭載されたシールド兼ガトリング砲である。16門のガトリングマズルから12mm弾を毎秒96発連射できる。それ自体は非常に魅力的なのだが、そんなものを使えばどれほどの騒ぎになるのか想像もつかない。警察が来ることは間違いないだろう。

 簡単に指示を告げると刃を掲げて走り出す。オートバジンはホバーを吹かすとヨブコに向けて滑走して行った。カクタスオルフェノクは未だにふらついて──!?
 不意に走った直感に従いその場から飛び退く。次の瞬間、自分が走っていた空間を無数の針が貫いた。カクタスオルフェノクがその体から生えている針を射出したのだ。続けて射出された針は思った以上に狙いが荒く、軽いステップでかわすことができた。
 強化された肉体と感覚は弾丸の如き針を見切り、イメージ通りに、軽快かつ力強く体を動かすことができる。今ならジャッキーばりのカンフーアクションだってできそうだ。
 飛来する針を避けつつ距離を縮めていき、ついに剣が届く間合いに踏み込んだ瞬間、居合抜きの要領で逆袈裟に切り上げた。

「ふっ!」

 短い呼気と共にファイズエッジを振りぬいた。赤光が閃き闇に弧を描く。高出力の流体エネルギー=フォトンブラッドで形成された刃はカクタスオルフェノクの皮膚を切り裂き、筋肉を溶断し、胴体を深く抉った。
 たまらず相手は傷を押さえ、呻き声をもらし膝を着く。その傷口からは青い炎が揺らめいていた。炎と共に全身が灰と化す、オルフェノクの死の予兆だ。
 ファイズエッジをその場に突き立て、手首をスナップ。ライドブッカーからファイズのシンボルが描かれた黄色のカードを引き抜いてドライバーに投げ入れる。

《FINAL ATTACK RIDE FAIZ》

 ドライバーがこちらの意思を反映し、右手に現れたのは銀色を基調とした箱形の電子機器、デジカメ型パンチングユニット=ファイズショット。バックルから伸びるフォトンストリームに光が走り、ファイズショットが装着された右手に到達すれば準備完了だ。裂帛の気合と同時に拳の射程内に踏み込み、ファイズの必殺パンチ=グランインパクトをカクタスオルフェノクの胸目掛け叩き込む。右拳から生まれた凄まじい破壊エネルギーが対象の体に伝播し、その背後に「Φ」の紋章が浮かび上がる。
 間もなくカクタスオルフェノクの体から青い炎が噴き上がり、灰となって粉々に崩れ去った。一息ついてすぐにもう一方の敵に思考を切り替える。

「さて、あちらさんはと」

 もう一方の立ち回りに視線を向ける。ヨブコとオートバジンの戦いは思いの外拮抗していた。オートバジンの豪腕をヨブコが俊敏な動きで跳びはねるようにかわし、爪や牙で反撃する。だが相手はロボット。いくら動き回っても機械仕掛けの体は疲れないし、いくら装甲に傷をつけたところで決定打になりはしない。
ならば、自分が加われば均衡は崩れるはず。敵が魔化魍ならば……これだ。
 新たなカードを取り出す。そこに描かれたシンボルは角ばった三つ巴。

《KAMEN RIDE HIBIKI》

 突如、ゴゥッ! と紫炎が燃え上がり全身を包み込む。炎の中で鎧は姿を消し、代わりに纏うのは鎧のように頑強な分厚い筋肉。マスクには歌舞伎のような赤い隈取と2本の鋭い角が目立つ。

「はぁっ!」

 炎を振り払い、顕現したその姿は勇ましくも猛々しい、まさしく「鬼」。それは古来より人間を襲い、食い物にする化物=魔化魍を退治するために、人間が過酷な修行の末に手にした力。音撃武器と称される武器を用いて清めの音を放ち魔化魍を倒す戦士。そのうちの1人、太鼓の音撃戦士『響鬼』へと変身を果たす。
平成ライダーの中でも随一の身体能力を誇るパワーファイターだ。
 拳を固めると両者の激闘に加わるべく疾駆する。見る間に視界の中で大きくなるヨブコに狙いを定めて拳を突き入れる。20tの威力を秘めた拳打は、しかし空振りに終わった。不意を突いたつもりの攻撃は察知されており、跳躍することで回避された。前のめりに体制を崩し、無防備に晒した背中を殴打される。

「ぅぐっ!?」

 衝撃が体を突き抜け息が詰まるがなんとか踏みとどまる。そして振り返ったところで視界に飛び込んで来たのは目前に迫る細い管。それがヨブコの舌だと気づいた時にはそれは僕の首に纏わりつき、きつく締めあげる。
 首が砕けるかと思う程の圧迫感と息苦しさから脱しようと躍起になる僕を見るヨブコの視線に気付く。その目には圧倒的優位に立つ者の余裕と嘲りが映っているように見えた。それを見た瞬間、焦りは憤りへと変わり、ヨブコへ続く舌を掴んで思いっきり引っ張った。手繰り寄せてその余裕の顔を拳で歪めてやる。
 だがそれはひどく軽率な判断だった。牽引されたヨブコは鋭い爪を前に構え槍のように突進して来たのだ。危うく胸が穿たれる寸前、横合いから割り込んだ銀色の腕がヨブコを殴り飛ばした。同時に舌が緩み束縛から解放され、蹲ってせき込む。
 立ち上がると拳を構えたオートバジンが傍に立っていた。そのボディは傷だらけだがそれ以上の損傷は見受けられない。
 獣のような雄叫びが轟き息つく間もなくヨブコが躍りかかる。振り下ろされた腕を咄嗟に掴んで防ぎ、続いて振るわれたもう一方の腕も同様に受け止める。

「っ……こ、のっ…」

 静かな、それでいて熾烈な力と力のせめぎ合い。筋肉が隆起し体がギシギシと軋み、視線が交錯し火花を散らす。
 互いに一歩も引かない膠着状態、それを破ったのはまたしてもオートバジンの豪快なパンチ。ヨブコは鋭く反応してかわそうとしたが僕が組み合ったまま逃がさなかった。命中したその拳は肉を叩く鈍い音を響かせてヨブコの体を軽々と吹き飛ばした。
 この隙に呼吸を整えつつブッカーからカードを取り出す。オートバジンがヨブコに追い打ちをかけるべく迫る。ヨブコは宙で身をひねり、まるで猫のように器用に着地すると瞬時に跳躍。オートバジンが向かってくるスピードも相まって、強烈な体当たりを敢行した。
 けたたましい激突音。はじき返されたオートバジンは地面を削って後退すると、忽然と姿を消してしまった。
 その様子に目を見張り、我に帰ると急いでカードをドライバーに挿し込む。

《ATTACK RIDE ONGEKIBOUREKKA》

 腰に携えた真紅のバチ=音撃棒烈火を取る。先端の鬼石に炎が灯り、徐々に輝きを増す。鬼石に満ちる力が臨界に達したとき、迫り来るヨブコ目掛け音撃棒を振りかぶり、燃え盛る火球を発射した。赤熱化した砲弾の如く放たれた火球は標的と接触した瞬間に大爆発を起こす。爆音が大気を震わせ紅蓮の炎が夜闇を赤く染める。

「あちゃ……これは、失敗」

 選択を誤った。今の爆発は辺り一帯に響き渡ったことだろう。一刻も早くこの場を離れなければ、いつ野次馬や警察が来るかも──!?
 わずかに気を緩めた刹那、燃え立つ劫火の中からヨブコが飛び出した。その姿は焦げ跡すらない全くの無傷。
 とっさに音撃棒を自分と相手を隔てるように掲げようとするが間に合わなかった。こちらを抱きしめるように両腕を抑え込まみ、その牙が右の肩に突き立てられる。

「ぎぃっ!?がああああああああああああああ!!」

 これまでに味わったことのない激痛が迸る。がむしゃらにもがき暴れるが拘束を振りほどくことは敵わず、そうしている間にも骨肉に牙が食い込み、鮮血が噴き出す。尋常でない苦痛から逃れようと押さえつけられた腕を強引にずり動かしカードを取り出して無我夢中でドライバーに押し込む。

《ATTACK RIDE ILLUSION》

 いつの間にかディケイドの姿に戻っていた。次の瞬間、自分と同じ姿の分身が出現する。その数は4体。1体はヨブコを後ろから羽交い締めに、2体は左右の腕を掴み、残りの1体が顎をこじ開け力を合わせて引きはがす。膝が折れそうになるのをこらえ分身に肩を借りて立つが、噛まれた傷からは血が溢れ出し、燃えるように熱い。
 今すぐにでも布団に飛び込んで眠りたいがまだ早い。分身が3体がかりでヨブコを取り押さえている、このチャンスを逃すわけにはいかない。肩の痛みに歯を食いしばり、震える指先を懸命に動かしながら必殺のカードをドライバーに挿す。

《FINAL ATTACK RIDE DECADE》

 金色に輝くホログラムが並び立つ。ブッカーガンを構えようとして……思い直す。有効射程と効果範囲がどれほどかわからないが、ヨブコだけでなく周りにも被害が出る可能性がある。ソードモードに移行し、ギミックから鋼の刃が飛び出す。 命の危険を察知したヨブコが奇声を上げて激しく抵抗する。よろめきながらも精一杯の力を振り絞り、ホログラムをくぐってヨブコへ駆け寄ると大きく振りかぶって脳天に剣を振り下ろした。
 ヨブコは縦一文字に分断され、ドチャリと2つの肉塊と化して崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……ふぅ………」

 荒い息を繰り返し、剣を杖がわりに立てて片ひざを着く。倦怠感が体中に満ち満ちているようだ。体が鉛のように重く、ひどくだるい。
 すると遠くからパトカーのものと思しきサイレンの音が聞こえてきた。急いで帰ろう。かといって変身を解いてしまっては家までの道のりは厳しい。ディケイドの姿では足は速いが人目につきやすいし…………あ、あれがあった。

《ATTACK RIDE INVISIBLE》

 電子音声が鳴り響くと文字通りその場から姿を消し、ヨタヨタと我ながら頼りない足取りで家へと歩きだした。














 以上、初のライダー戦闘描写でした。ノリノリでライダーごっこをするものや恐怖に突き動かされて暴走するパターンなどいくつか考えて、書いては消して書いては消して、今回のような展開に落ち着きました。
 実際はいろいろとやることがあって書く時間がとれなかったことの方が大きいのですが……こんなにも間が空くとは自分でも思いませんでした。

 戦闘描写がいま一つ盛り上がりに欠けるような気がしますが、物足りない、あるいはくどい、どこの描写を濃くするべきかなど、ご意見ご感想をお待ちしております。

 補足:ヨブコは音撃を無効化するバリアを持っている。

 余談:新番組仮面ライダーオーズ。意外と抵抗なく受け入れられました。OPかっこ良かった。


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