ローマ市内にあるバチカン市国。
その中心部に聖堂教会本部は佇んでいた。言わずと知れたカトリックの総本山である。
そこは、日々多くの信者が出入りし、神からの愛をこの身に受ける喜びと神への愛を祈っており、教会の司祭達はそんな敬虔な信者達に神への愛を説いている。
だがしかし、聖堂教会には一般の信者やほとんどの司祭が知ることのできない裏の顔が存在する。
それが埋葬機関。
教義との矛盾を、力によって修正する組織である。キリスト教は隣人愛を説く宗教であるので、力による修正など許されない。
故に秘匿。
そして、物語は埋葬機関の地下室において、一人の少女が蘇生したことから始まるのである。
周囲は薄暗く、誰もいない。
不気味なほどの静けさ。まるでこの空間だけが隔離されているかのよう。
目の前には鉄格子。もちろん扉は閉ざされている。
そこは、まさしく牢獄そのものだった。
ここに1人取り残された少女の名はエレイシア。
かつてアカシャの蛇ロアに取り憑かれ、生まれ故郷を死都に堕とし、その街に君臨したものである。
だが、天下は短かった。
復活した真祖の姫により、あっさりと心臓を貫かれその命を落とす。
だが、悲劇は終わらない。ロアは死んでいない。次の世代に移っただけである。
さらに、エレイシアの肉体が蘇生。その結果矛盾が生じ、エレイシアは死ねない体になった。
もちろん、教会は1度死徒に汚染された体など許しはしない。殺そうとした。
最初は心臓に剣のようなものを突き立てた。
体に刃が入ると、まず感じたのは、刃の冷たさだった。
そして激痛、血液が体内で弾け、蹂躙する。
まるで血液一滴一滴が爆発したみたいだ。
もちろん、実際に爆発したわけではない。後に本物の爆弾を埋め込まれて体が弾け飛んだときに身をもって実感することになる。
死ななかった。
次はギロチンで首を切り落とされた。
死ななかった・・・・・磁石のように首と体が引き合い、接着した。
重りに縛り付けられ、水の中に落とされた。
死ななかった・・・・・なぜか水の中で息ができるようになった。
数多の獣に頭から足先まで食われた。
死ななかった・・・・・獣に食われる先から肉体が復元した。獣の胃袋が限界になるほうがはるかに早かった。
殺されて、生き返る。終わりのないループ。
1ヶ月ほど経った時にはエレイシアの心は死んでいた。
始めは刃物、腕、牙、弾丸が体を貫き、火、氷、電気が体を撫でるだけで駆けめぐっていた痛みにも慣れてしまった。
そんななか、何度目かわからない復活。
エレイシアは両手両足を銀の手枷によって、拘束され床に転がされていた。
「痛・・・。」
右手の甲にやけどのような痛みが走り、意識を取り戻す。
そこには蛇の模様のような痣。
今度は呪いで殺すのだろうかと思ったが、何も起こらない。
この生き返った直後の時間が最も恐ろしい。
次に殺される方法を想像してしまうからだ。きっと、古代の犯罪人が拷問を受ける時を待つ心境はこのようなものなのだろう。
しばらくすると、カツ、カツと足音が聞こえ、1人の女がこの地下牢に入ってきた。
目の前に立っている女。
これまで会った人間、心臓にナイフを突き立てた者、銃で頭を撃ち抜いた者、素手で心臓を破壊した者等、よりも恐ろしかった。
今まで、対峙してきた者は皆、エレイシアに対して、恐れと嫌悪感が入り交じった表情をしてきた。
だが今回の女は違う。エレイシアをまるで路上に置かれている石のように見てきた。
一体この女は何なのか。エレイシアが色々と想像しているが、女は目の前に立つだけだ。
女は何もしていない。ただ、倒れているエレイシアを頭からつま先まで撫で回すように見ている。
そして一言・・・「死にたいか?」
その瞬間、エレイシアの心はただ、怒りに満ちていた。
死にたいか?・・・だと。この人は何を言っているのか。今まで自分にした仕打ちをわかっているのか。
そこからは衝動的だった。魂に刻まれていたロアの魔術。
怒りにまかせて発動、エレイシアの右手から炎が走る。
炎は轟音と熱をまき散らしながら、女へ向かう。直撃すれば人間など骨も残らない。
炎が女に迫る。だが、女は動かない。
もうあと数十センチのところまで炎くると、突然音も立てずに炎は消え去った。
「やはり、ロアの魔術は健在か。」
唇をわずかに歪め、笑う。
「ロア、いや確かエレイシアといったな。喜べ貴様の願いはもうすぐ叶う。
埋葬機関が長、ナルバレックの名において告げる。
エレイシアよ、冬木の聖杯戦争に参加し、自身の願いを勝ちとるがよい。」
「聖杯戦争?」
「そうだ。日本の冬木という都市には、定期的にどんな願いも叶うという聖杯が降臨する。
それを手に入れて、お前は自らの望みを叶えるのだ。」
エレイシアは懐疑の目でナルバレックを見つめる。
当然だ。今までの仕打ちは忘れない。
何度も言った。「やめて」と。
だが、繰り返される殺しのループの中、それはすぐに「死なせて」に変わった。
結局今この瞬間までエレイシアの叫びは聞き入れられることはなかった。
「まあ、お前が何を考えているかは大体想像がつく。
我々はお前を殺すことを諦めた。ロア・・・・・・お前に取り憑いた吸血鬼も完全に殺せなかったからな。
せいぜい、お前を利用しようというのが、我々の下した結論だ。」
「私が・・・・それを大人しく受け入れるとでも?」
睨み付けるが、元はただのパン屋の娘。ナルバレックには通用しない。
「ほう。身よりもない不死のその体でどうすると?
永遠にさまよい続けるか?
それとも娼館にでも行くか。成長しないその体なら、いつまでも稼げそうだな。」
「く・・・・」
悔しい。ガリガリと音が鳴るほど歯を食いしばる。だが、ナルバレックの言うことは間違ってはいない。
ロアの魔術の知識があっても、エレイシアはただの身寄りのない少女である。
「さて、そんなことはどうでもいい。
エレイシアよ。イエスかノーだ。私の提案に従うか?
私は忙しい。死に損ないの死徒もどきにいつまでも時間はかけれらん。」
「・・・・・・・・・イエスよ。」
フッとナルバレックは笑う。その答えは事前に予想していたようだ。
「そうか、なら上がって説明を受けろ。
なに、身分と召還の触媒くらいは用意してやる。」
言いたいことを全て伝え終えたのか、エレイシアの返事を聞く前にナルバレックは部屋から出て行った。
すると、小さな金属音が4回。
見ると、エレイシアの手足を繋いでいた枷は全て外れていた。
そこはどこにでもあるような、フランスにある片田舎。
人を強く引きつける観光名所や名産品などはない。ブドウ畑に囲まれた街。
春が来たら、次は夏になる。太陽は東から昇り、西に沈む。街の住民は変わり映えのない日々を、そのように当たり前のものだと思っていた。
そして、彼らの願いのとおり、時間は平穏に流れる・・・・・・・・・・・・・・はずだった。
一人の少女、いや、死徒が出現するまでは。
街は墜ちた。死徒により、住民は全て死者と化した。
裏社会が気づいたときには遅かった、遅すぎた。
街を地獄に堕とした死徒の名はロア。かつてアカシャの蛇と呼ばれた者であり、死徒27徒の一人である。
街は既に手遅れであるが、死徒は生かしておくわけにはいかない。
魔術協会と聖堂教会は異例にも手を組み、魔術師、代行者の混成部隊を派遣。
そして現在、深夜2時。討伐隊は街のメインストリートを歩いていた。
今の時間、本来ならば街は眠りにつき、住民はベッドの中で翌朝のための鋭気を養っているときである。
しかし、通りには人であふれていた。いや、人ではなく死者である。
老若男女問わず、目に生気はない。肉体が腐りかけているものもいる。
そして、立ちこめる独特の腐臭。血と肉で構成された人間の死体の臭いである。
「く・・・本当に住民全て死者と化してやがる」
代行者の一人が悪態をつき、ながら黒鍵を取り出す。
それに続いて、魔術師達が各々詠唱を始める。
死者が迫るが、彼らの攻撃のほうが早い。
黒鍵が死者の頭を貫き、魔術の炎が身を焦がし、氷柱が腹を貫き、なすすべもなく、駆逐されていく。
だがしかし、死者は現れる。通りの店から、役所から、マンホールの下から。際限なく現れる。
「くそ!らちがあかねえ」
魔術師の毒づきはそこにいる全員の心情を代弁したものだった。
死者の数はさらに増える。
巣穴から出てくる蟻のように、わき出してくる。
このままでは、数に押されて圧殺されてしまう。そんな不安がよぎった時だった。
突如、空気が凍った。
いや、物理的に凍ったわけではない。
ただ、死者を含めたその場にいる全員の背筋が冷たくなり、悪寒が走ったのだ。
その瞬間、赤い花吹雪が舞った。
いや、それは死者の臓物であり、血であり、肉であった。
弾け飛ぶ血と肉が、花吹雪のような光景になっただけである。
幾多の魔術、教会の秘技を持ってしても、足止めが精一杯であった死者の軍団が血の花を咲かせて全滅した。
死者のいたところには、その代わりに、一人の女がいる。
血の花が満開だったにもかかわらず、返り血一つなく流れる金髪。
一つの個体としての完璧な造形。
真祖の月姫、アルクエイド・ブリュンスタッドが自らの眷属ロアを滅ぼすために復活したのだ。
「・・・・・・・・い、・・・れい・・・綺礼」
肩を揺すられながら、呼びかけられ、言峰綺礼は目を覚ました。
目の前には父親である、言峰璃正の顔。
「綺礼よ、日本に着いたぞ。
ぐっすり眠っていたな。
やはり、これから戦いに赴くのじゃ。
その重圧もあるのじゃろう。疲れておるのじゃ。」
そう、綺礼はこれから冬木で聖杯戦争に参加する。
今は戦争に参加する前に、亡き妻の墓参りをしにイタリアへ行った帰りの飛行機の中である。
綺礼は窓から外を見てみると、すでに飛行機は空港の滑走路に止まっている。
周りではせっかちな客は既に荷物を棚から降ろそうとせっせと作業をしていた。
どうやら完全に眠っていたらしい。
やはり、璃正の言う通り目に見えない重圧を感じているのか。
しかし・・・・先ほど見た夢。
綺礼が代行者として最後の仕事かつ最大の任務であった、復活したロアの討伐。
この交通網や情報網が発達した現代において、街を丸ごと1つ死都に変えるというものは、冗談であってほしいという願いはむなしく現実であった。
苦戦していたところに、現れた真祖の姫。そして、あっけない決着。
ロアに取り憑かれた少女の亡骸は教会へと移送され・・・・・・・・・・・。
そこで綺礼の回想はとぎれた。
「綺礼、降りるぞ。何をボウッと座っておるか。」
璃正にせかされたからである。見ると、璃正は既に荷物を準備して立っていた。
綺礼は思考をやめた。そうだ、何であんな夢を見たかわからない。
だが、これから自分は命を奪い合う戦争に身を投じるのだ。雑念がある状態では生き残るのは難しいだろう。
「すいません、少し夢見が悪くて。どうかしていたみたいです。」
綺礼は立ち上がり、璃正から自分の荷物を受け取る。その目には既に聖杯戦争へと向けられ、一片の油断もない。
「ふむ・・・。気が抜けておるかと思ったが、いつもの調子に戻ったようじゃな。
今度の聖杯、お前なら必ず時臣氏に勝利を捧げることができるじゃろう。」
璃正はそんな息子の姿を見て、満足気にうなづく。
その後二人は滞りなく入国手続きを済ませ、時臣の手配したハイヤーに乗り込み、冬木市へと向かっていった。
後に綺礼は思い知る。
なぜ綺礼は飛行機の中で、過去の夢を見たのか。
そして、その時噴出した自分の内面に対峙することになることを。
冬木市内にある穂群原学園。
放課後、生徒は思い思いの行動をする。まっすぐ帰宅する者。図書館に残って受験勉強をする者。部活をする者。
そんな中、1人の少女が校門を出ようとした時だった。
「エレイシアちゃーん。」
砂埃をあげながら、まるでスプリントレースのスタートダッシュのような勢いで走りつつも叫ぶ一人の少女。
細身で背が高く、いかにもスポーツをしていますと主張するショートカット。
手に持っている手提げ鞄には、虎のストラップ。
つい最近冬木の虎というあだ名を付けられた、藤村大河である。
「タイ・・・・・、藤村さん、どうしたの?
部活は?大会終わったばかりでしょ。」
大河は1年生にして剣道部のエースだ。高校生ながらに三段の腕前である。
すると大河はうつむき、口をタコのようにとがらせ、両手の人差し指同士でつつきながら
「いやーーー。昨日の大会でさあ・・・。
ちょっと、やらかしちゃってーー。先生が、『しばらく部活にはこなくていいから頭を冷やせ!!』って」
顔をあげ、右手で後頭部をかきながらニャハハハと笑う。
「ああ。なるほど。」
大河が大会でやらかしたことなら、エレイシアは知っている。いや、既に全校生徒に知れ渡っている。
武道の試合の中でも、礼法を重んじる剣道。ガッツポーズなどしたら、ポイントが取り消しになる。
その剣道の試合に使う剣士の分身と言うべき竹刀。
あろうことか大河はその竹刀に虎のストラップをつけて出場したのだ。
当然竹刀について言及される。しかし、大河は「虎は私の命だーー!!」と叫び、取り合わない。
結局、大会には出てはいいが、公式な成績としては残らず、勝ち上がったとしても、上位大会の出場権は得られないことになった。
その結論を下した大会委員会は侮っていた。
ふざけた竹刀を持つ女なぞ、大した腕ではあるまいと。
だが、藤村大河は優勝。それも圧倒的な強さを発揮して。
冬木の虎伝説の始まりである。
「だから、エレイシアちゃん。せっかく部活が休みなんだし、遊びに行こうよ。
ほら、私の虎さん12号と13号をあげるからさあ。」
はいっと大河は鞄に連なってついている虎のストラップを2つ外し、エレイシアに渡す。
「あ、ありがとう。」
あまりに強引で、マイウェイな大河に少したじろぎながらも、虎のストラップを受け取る。
コミカルな外見のストラップは、2つとも同じ柄であった。果たして、どちらが12号でどちらが13号なのか。エレイシアにはさっぱりわからない。
「さ、さ。時間は有限なのだー。善は急げなのだー。行こう行こう。」
大河はエレイシアの手を強引に引き、走り出した。
エレイシアは心の中でため息をつく。
「あー楽しかった。」
冬木市を縦断する未遠川のほとり。最近開発が進んでいる新都と呼ばれる地区に作られた公園のベンチにエレイシアと大河は並んで座っていた。
「そりゃあ・・・あんだけ色々見て回ったら楽しいよね。」
それと、あれだけ食べてもね。とエレイシアは心の中でつぶやく。
「ブー、何よぉ。エレイシアちゃんだって楽しんだのに。」
否定はしない。大河といると楽しい。クラスに馴染めたのも、大河とこの場にいないもう1人のおかげである。
ただ、これからのことを考えるとどうしても気分は暗くなってしまう。
もう間もなく始まるのだ。望みをかけた戦いが。
「エレイシアちゃん、エレイシアちゃん。」
エレイシアが思いにふけっていると、突然大河がエレイシアの両肩をつかみ無理矢理向かい合わせにさせた。
「ちょっといきなり・・・・」
何をするの、と言おうとした。
だが、言えなかった。大河の目が先ほどとはうってかわって真剣なものだったから。
「大河・・・・。」
うっかりいつものように呼んでしまうも、大河は反応しない。
剣道の大会が原因で、今朝大河は「これから私のことをタイガーって呼んじゃ駄目!」と念を押されたばかりであったのに。
「ねえ、エレイシアちゃん。
もうそろそろ3ヶ月かな。エレイシアちゃんが日本に来て。
私ね、いつも思ってたんだ。
エレイシアちゃんは楽しそうにしている時もたまに何か思い詰めた顔をしているって。最近は特に。」
大河がエレイシアの両手のつかむ。
「私にはそれが何かわからない。でも私はいつでもエレイシアちゃんの力になるから・・・。」
「大河・・。ありがとう。でも、大河って見てないようで、人のことよく見てるよね。
面倒見もいいし。先生とか向いているんじゃない?」
「ええーー。そう見えるんだ。
じゃあ、またエレイシアちゃんのような留学生の役に立ちたいから、英語の先生とかいいかもね。」
実際、エレイシアが日本に来た当初色々とまどうことがあったが、その世話を一手に引き受けたのが大河であった。
大河には感謝していた。だからこそ、やるべきことがある。
「大河、こっちを向いて」
「え、なに・・・・・・・・・・・・。」
大河がエレイシアの目を見た瞬間、動きが止まり、目が虚ろになる。
「いい、大河。エレイシアなんて転校生は始めからいなかった。
あなたはこれからしばらくの間、夜は家から一歩もでない。
い・い・わ・ね。」
エレイシアが目に力を込めると、大河が人形のように首を縦に振る。
そして、夢遊病のような足取りで、公園を去っていった。
「そう、・・・・・・・・・ありがとう。」
偽りの3ヶ月。
ナルバレックから命じられた。「聖杯戦争が始まってからは好きにしろ。だがそれまではこちらの言うとおりにしろ」を。
そしてそれは、学生として過ごし、パン屋の手伝いとして住み込みで働くというもの。
おかげで、うまく身分を誤魔化して街に溶け込むことができ、聖杯戦争の活動資金も貯まった。
だが・・・・その環境はエレイシアが幸せだったころに似ていた、いや瓜二つといってもいい。
だから思い出す。自分が殺した両親、友人達を。
心配する親友をおもしろ半分に魔術をかけ、死ににくくしてから心が壊れるまで拷問する。
そんな夢を見てしまい、気がつけばそれが大河に変わってしまう。
結局、エレイシアは聖杯戦争に先立ち、冬木での人間関係をリセットしてしまった。
皮肉なことにロアの魔術がそれを可能にした。
ナルバレックからもらった資料によると、今回の聖杯戦争には魔術師殺しという手段を選ばない外道が参加するらしい。
大河を人質に取られたらおしまいである。
だから仕方なかった。そう自分に言い聞かせ、理屈の上では納得させるが、なぜかエレイシアの目からは涙が止まらなかった。
彼女はそのまま一晩ベンチに座り続けていた。手に虎のストラップを握りしめたまま・・・・。
この時エレイシアは間違いを1つ間違いを犯した。
神秘は隠蔽されなくてはならない。魔術を行使するときは周囲に対する警戒を怠ってはならない。
もちろん、エレイシアはそのことはわかっていたし、その義務を果たした。
だがしかし、どれほど警戒していても人間には気配を消した暗殺者のサーヴァントを見つけることはできないのだ。
聖堂教会の最も、奥にある一室。ナルバレックの執務室である。
15畳ほどの部屋の中央には、4~5人用の木製テーブル。その上にはワインが一本と空のグラスとが2つ。
部屋の奥にはワインセラーがあり、一級物のワインが丁寧に並べてある。テーブルのワインはここから出したようだ。
異彩を放つのは、部屋の壁に掛けられた巨大なスクリーン。それだけがこの部屋から浮いている。
そんな部屋で、ナルバレックとその部下がテーブルに向き合って座っていた。
「しかし、ロアの娘をなぜ聖杯戦争に?
それに、わざわざあのような処遇を?」
ナルバレックはそれには答えず、テーブルの上のワインを手に取り栓にコルク開けを突き刺し、クルクルと回す。
その手つきに迷いはない。開けることに慣れているようだ。
ポンという音がして、コルクが開けられ、部屋の中にブドウの香りが漂う。
「ふむ・・・・確かにそんなことをする合理的な理由はないな。
理由は2つだ。(本当は3つなのだがな。)」
そう一言告げると、無言でワインをグラスに注ぐ。
グラスを手に持つと、顔のすぐ前に持っていき、小さくグラスを水平に回しながら
「聖杯戦争に参加させたのは、採用試験のようなものだ。
奴を埋葬機関で働かせるのは構わんが、せっかく令呪が発現したのだ、実践経験を積むにはよかろう。
身分についてだが、合理的ではなくても理由はある。
わざわざ学校に通わせ、パン屋の娘としての身分を与えたのは、いたって個人的な理由だ。
ありきたりだが、このワインのようにな。」
ナルバレックはグラスの中身を一気に口に入れる。
そして、勢いよくグラスをテーブルに叩きつけ、指と指をこすり合わせ、甲高い音を鳴らす。
すると、部屋の中で存在感を放っていたスクリーンに映像が映し出される。
映像にはエレイシアの姿。魔法陣の前に立っている。
魔法陣の中央には、人差し指位の大きさで何やら茶色い金属の棘のようなものが置かれていた。
「ほう・・・・・・・ちょうどサーヴァントを召還するところか。
司祭よ。私はな。この3ヶ月、エレイシアの姿を酒の肴にしていたのだよ。
こういえばわかるだろう?」
ナルバレックは口元を歪め、グラスにワインを追加する。
司祭はその言葉を聞くと、スクリーンを見て不愉快そうに顔をしかめた。
「わざとロアに侵食される前の環境に近いようにしたわけですか。
そのことで、あの娘が苦悩する姿を愉しむために。
つまり、今後埋葬機関で役立つか見定めるというのと、あなたが個人的に愉しむため。」
「そう、正解だ。
学校の生徒全てに記憶操作をするとは、こちらも予想だにしなかったがな。
さて、こうして話している間にサーヴァントも無事召還できたようだ。
私が渡したあの触媒なら、呼び出される者は決まっている。
奴にはぴったりの英霊だな。
飲むか?」
ボトルを司祭の方に傾ける。だが、司祭はグラスをボトルから遠ざけて首を横に振った。
「いえ、私はこれから懺悔室に行かねばなりませんから。
酒臭い聖職者なぞに、懺悔する信者はおりませぬ。」
「そうか、ご苦労なことだ。
・・・・・・・!!映像が途切れたか。
さすがサーヴァントということか。あっさりと使い魔を見破りおった。」
スクリーンはもう何も映していない。
司祭はもう用がないとばかりに席を立ち、挨拶もせず部屋を出て行った。
「さあ、ロアの娘よ。精々あがくがよい。
願いが叶えばそれでよし。
願いが叶わずとも、働き次第で埋葬機関に迎え入れる準備をしようではないか。」
ナルバレックは真っ黒なスクリーンに向かって、ワイングラスを掲げ、ニヤリと笑った。
後書き
皆さんはじめまして、今回フェイトゼロの再構成ものを書かせてもらいました。
この話は、シエルが生き返った後、埋葬機関に入る前までの間に望みを叶えるために第四次聖杯戦争に参加したらというコンセプトで書かせてもらいました。
ですから、この話では名前はエレイシアとなります。
少々無茶設定ですが、なんとか完結させたいと思います。
下手くそな文章ですが、読んでいただき、ありがとうございます。感想などをいただけたら、さらに感謝です。
ステータス的なもの
エレイシア(シエル)
ロアとして覚醒し、アルクェイドに殺され、蘇生した後の状態。
ロアの魔術は使用できるが、黒鍵などの教会の術はまだ使用できない。
いくら殺されても蘇生し続け、殺されても令呪は失わない。
ただし、消費すれば令呪の数は減少する。