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[21309] 第四次聖杯戦争 in シエル(Fate Zero再構成)
Name: エイト◆f86ef1c7 ID:d48f36bd
Date: 2010/08/22 11:54
















ローマ市内にあるバチカン市国。

その中心部に聖堂教会本部は佇んでいた。言わずと知れたカトリックの総本山である。

そこは、日々多くの信者が出入りし、神からの愛をこの身に受ける喜びと神への愛を祈っており、教会の司祭達はそんな敬虔な信者達に神への愛を説いている。

だがしかし、聖堂教会には一般の信者やほとんどの司祭が知ることのできない裏の顔が存在する。

それが埋葬機関。

教義との矛盾を、力によって修正する組織である。キリスト教は隣人愛を説く宗教であるので、力による修正など許されない。

故に秘匿。

そして、物語は埋葬機関の地下室において、一人の少女が蘇生したことから始まるのである。

周囲は薄暗く、誰もいない。

不気味なほどの静けさ。まるでこの空間だけが隔離されているかのよう。

目の前には鉄格子。もちろん扉は閉ざされている。

そこは、まさしく牢獄そのものだった。

ここに1人取り残された少女の名はエレイシア。

かつてアカシャの蛇ロアに取り憑かれ、生まれ故郷を死都に堕とし、その街に君臨したものである。

だが、天下は短かった。

復活した真祖の姫により、あっさりと心臓を貫かれその命を落とす。

だが、悲劇は終わらない。ロアは死んでいない。次の世代に移っただけである。

さらに、エレイシアの肉体が蘇生。その結果矛盾が生じ、エレイシアは死ねない体になった。

もちろん、教会は1度死徒に汚染された体など許しはしない。殺そうとした。

最初は心臓に剣のようなものを突き立てた。

体に刃が入ると、まず感じたのは、刃の冷たさだった。

そして激痛、血液が体内で弾け、蹂躙する。

まるで血液一滴一滴が爆発したみたいだ。

もちろん、実際に爆発したわけではない。後に本物の爆弾を埋め込まれて体が弾け飛んだときに身をもって実感することになる。

死ななかった。

次はギロチンで首を切り落とされた。

死ななかった・・・・・磁石のように首と体が引き合い、接着した。

重りに縛り付けられ、水の中に落とされた。

死ななかった・・・・・なぜか水の中で息ができるようになった。

数多の獣に頭から足先まで食われた。

死ななかった・・・・・獣に食われる先から肉体が復元した。獣の胃袋が限界になるほうがはるかに早かった。

殺されて、生き返る。終わりのないループ。

1ヶ月ほど経った時にはエレイシアの心は死んでいた。

始めは刃物、腕、牙、弾丸が体を貫き、火、氷、電気が体を撫でるだけで駆けめぐっていた痛みにも慣れてしまった。

そんななか、何度目かわからない復活。

エレイシアは両手両足を銀の手枷によって、拘束され床に転がされていた。

「痛・・・。」

右手の甲にやけどのような痛みが走り、意識を取り戻す。

そこには蛇の模様のような痣。

今度は呪いで殺すのだろうかと思ったが、何も起こらない。

この生き返った直後の時間が最も恐ろしい。

次に殺される方法を想像してしまうからだ。きっと、古代の犯罪人が拷問を受ける時を待つ心境はこのようなものなのだろう。

しばらくすると、カツ、カツと足音が聞こえ、1人の女がこの地下牢に入ってきた。

目の前に立っている女。

これまで会った人間、心臓にナイフを突き立てた者、銃で頭を撃ち抜いた者、素手で心臓を破壊した者等、よりも恐ろしかった。

今まで、対峙してきた者は皆、エレイシアに対して、恐れと嫌悪感が入り交じった表情をしてきた。

だが今回の女は違う。エレイシアをまるで路上に置かれている石のように見てきた。

一体この女は何なのか。エレイシアが色々と想像しているが、女は目の前に立つだけだ。

女は何もしていない。ただ、倒れているエレイシアを頭からつま先まで撫で回すように見ている。

そして一言・・・「死にたいか?」

その瞬間、エレイシアの心はただ、怒りに満ちていた。

死にたいか?・・・だと。この人は何を言っているのか。今まで自分にした仕打ちをわかっているのか。

そこからは衝動的だった。魂に刻まれていたロアの魔術。

怒りにまかせて発動、エレイシアの右手から炎が走る。

炎は轟音と熱をまき散らしながら、女へ向かう。直撃すれば人間など骨も残らない。

炎が女に迫る。だが、女は動かない。

もうあと数十センチのところまで炎くると、突然音も立てずに炎は消え去った。

「やはり、ロアの魔術は健在か。」

唇をわずかに歪め、笑う。

「ロア、いや確かエレイシアといったな。喜べ貴様の願いはもうすぐ叶う。
 埋葬機関が長、ナルバレックの名において告げる。
 エレイシアよ、冬木の聖杯戦争に参加し、自身の願いを勝ちとるがよい。」

「聖杯戦争?」

「そうだ。日本の冬木という都市には、定期的にどんな願いも叶うという聖杯が降臨する。
 それを手に入れて、お前は自らの望みを叶えるのだ。」

エレイシアは懐疑の目でナルバレックを見つめる。

当然だ。今までの仕打ちは忘れない。

何度も言った。「やめて」と。

だが、繰り返される殺しのループの中、それはすぐに「死なせて」に変わった。

結局今この瞬間までエレイシアの叫びは聞き入れられることはなかった。

「まあ、お前が何を考えているかは大体想像がつく。
 我々はお前を殺すことを諦めた。ロア・・・・・・お前に取り憑いた吸血鬼も完全に殺せなかったからな。
 せいぜい、お前を利用しようというのが、我々の下した結論だ。」

「私が・・・・それを大人しく受け入れるとでも?」

睨み付けるが、元はただのパン屋の娘。ナルバレックには通用しない。

「ほう。身よりもない不死のその体でどうすると?
 永遠にさまよい続けるか?
 それとも娼館にでも行くか。成長しないその体なら、いつまでも稼げそうだな。」

「く・・・・」

悔しい。ガリガリと音が鳴るほど歯を食いしばる。だが、ナルバレックの言うことは間違ってはいない。

ロアの魔術の知識があっても、エレイシアはただの身寄りのない少女である。

「さて、そんなことはどうでもいい。
 エレイシアよ。イエスかノーだ。私の提案に従うか?
 私は忙しい。死に損ないの死徒もどきにいつまでも時間はかけれらん。」

「・・・・・・・・・イエスよ。」

フッとナルバレックは笑う。その答えは事前に予想していたようだ。

「そうか、なら上がって説明を受けろ。
 なに、身分と召還の触媒くらいは用意してやる。」

言いたいことを全て伝え終えたのか、エレイシアの返事を聞く前にナルバレックは部屋から出て行った。

すると、小さな金属音が4回。

見ると、エレイシアの手足を繋いでいた枷は全て外れていた。

























そこはどこにでもあるような、フランスにある片田舎。

人を強く引きつける観光名所や名産品などはない。ブドウ畑に囲まれた街。

春が来たら、次は夏になる。太陽は東から昇り、西に沈む。街の住民は変わり映えのない日々を、そのように当たり前のものだと思っていた。

そして、彼らの願いのとおり、時間は平穏に流れる・・・・・・・・・・・・・・はずだった。

一人の少女、いや、死徒が出現するまでは。

街は墜ちた。死徒により、住民は全て死者と化した。

裏社会が気づいたときには遅かった、遅すぎた。

街を地獄に堕とした死徒の名はロア。かつてアカシャの蛇と呼ばれた者であり、死徒27徒の一人である。

街は既に手遅れであるが、死徒は生かしておくわけにはいかない。

魔術協会と聖堂教会は異例にも手を組み、魔術師、代行者の混成部隊を派遣。

そして現在、深夜2時。討伐隊は街のメインストリートを歩いていた。

今の時間、本来ならば街は眠りにつき、住民はベッドの中で翌朝のための鋭気を養っているときである。

しかし、通りには人であふれていた。いや、人ではなく死者である。

老若男女問わず、目に生気はない。肉体が腐りかけているものもいる。

そして、立ちこめる独特の腐臭。血と肉で構成された人間の死体の臭いである。

「く・・・本当に住民全て死者と化してやがる」

代行者の一人が悪態をつき、ながら黒鍵を取り出す。

それに続いて、魔術師達が各々詠唱を始める。

死者が迫るが、彼らの攻撃のほうが早い。

黒鍵が死者の頭を貫き、魔術の炎が身を焦がし、氷柱が腹を貫き、なすすべもなく、駆逐されていく。

だがしかし、死者は現れる。通りの店から、役所から、マンホールの下から。際限なく現れる。

「くそ!らちがあかねえ」

魔術師の毒づきはそこにいる全員の心情を代弁したものだった。

死者の数はさらに増える。

巣穴から出てくる蟻のように、わき出してくる。

このままでは、数に押されて圧殺されてしまう。そんな不安がよぎった時だった。

突如、空気が凍った。

いや、物理的に凍ったわけではない。

ただ、死者を含めたその場にいる全員の背筋が冷たくなり、悪寒が走ったのだ。

その瞬間、赤い花吹雪が舞った。

いや、それは死者の臓物であり、血であり、肉であった。

弾け飛ぶ血と肉が、花吹雪のような光景になっただけである。

幾多の魔術、教会の秘技を持ってしても、足止めが精一杯であった死者の軍団が血の花を咲かせて全滅した。

死者のいたところには、その代わりに、一人の女がいる。

血の花が満開だったにもかかわらず、返り血一つなく流れる金髪。

一つの個体としての完璧な造形。

真祖の月姫、アルクエイド・ブリュンスタッドが自らの眷属ロアを滅ぼすために復活したのだ。












「・・・・・・・・い、・・・れい・・・綺礼」

肩を揺すられながら、呼びかけられ、言峰綺礼は目を覚ました。

目の前には父親である、言峰璃正の顔。

「綺礼よ、日本に着いたぞ。
 ぐっすり眠っていたな。
 やはり、これから戦いに赴くのじゃ。
 その重圧もあるのじゃろう。疲れておるのじゃ。」

そう、綺礼はこれから冬木で聖杯戦争に参加する。

今は戦争に参加する前に、亡き妻の墓参りをしにイタリアへ行った帰りの飛行機の中である。

綺礼は窓から外を見てみると、すでに飛行機は空港の滑走路に止まっている。

周りではせっかちな客は既に荷物を棚から降ろそうとせっせと作業をしていた。

どうやら完全に眠っていたらしい。

やはり、璃正の言う通り目に見えない重圧を感じているのか。

しかし・・・・先ほど見た夢。

綺礼が代行者として最後の仕事かつ最大の任務であった、復活したロアの討伐。

この交通網や情報網が発達した現代において、街を丸ごと1つ死都に変えるというものは、冗談であってほしいという願いはむなしく現実であった。

苦戦していたところに、現れた真祖の姫。そして、あっけない決着。

ロアに取り憑かれた少女の亡骸は教会へと移送され・・・・・・・・・・・。

そこで綺礼の回想はとぎれた。

「綺礼、降りるぞ。何をボウッと座っておるか。」

璃正にせかされたからである。見ると、璃正は既に荷物を準備して立っていた。

綺礼は思考をやめた。そうだ、何であんな夢を見たかわからない。

だが、これから自分は命を奪い合う戦争に身を投じるのだ。雑念がある状態では生き残るのは難しいだろう。

「すいません、少し夢見が悪くて。どうかしていたみたいです。」

綺礼は立ち上がり、璃正から自分の荷物を受け取る。その目には既に聖杯戦争へと向けられ、一片の油断もない。

「ふむ・・・。気が抜けておるかと思ったが、いつもの調子に戻ったようじゃな。
 今度の聖杯、お前なら必ず時臣氏に勝利を捧げることができるじゃろう。」

璃正はそんな息子の姿を見て、満足気にうなづく。

その後二人は滞りなく入国手続きを済ませ、時臣の手配したハイヤーに乗り込み、冬木市へと向かっていった。

後に綺礼は思い知る。

なぜ綺礼は飛行機の中で、過去の夢を見たのか。

そして、その時噴出した自分の内面に対峙することになることを。













冬木市内にある穂群原学園。

放課後、生徒は思い思いの行動をする。まっすぐ帰宅する者。図書館に残って受験勉強をする者。部活をする者。

そんな中、1人の少女が校門を出ようとした時だった。

「エレイシアちゃーん。」

砂埃をあげながら、まるでスプリントレースのスタートダッシュのような勢いで走りつつも叫ぶ一人の少女。

細身で背が高く、いかにもスポーツをしていますと主張するショートカット。

手に持っている手提げ鞄には、虎のストラップ。

つい最近冬木の虎というあだ名を付けられた、藤村大河である。

「タイ・・・・・、藤村さん、どうしたの?
 部活は?大会終わったばかりでしょ。」

大河は1年生にして剣道部のエースだ。高校生ながらに三段の腕前である。

すると大河はうつむき、口をタコのようにとがらせ、両手の人差し指同士でつつきながら

「いやーーー。昨日の大会でさあ・・・。
 ちょっと、やらかしちゃってーー。先生が、『しばらく部活にはこなくていいから頭を冷やせ!!』って」

顔をあげ、右手で後頭部をかきながらニャハハハと笑う。

「ああ。なるほど。」

大河が大会でやらかしたことなら、エレイシアは知っている。いや、既に全校生徒に知れ渡っている。

武道の試合の中でも、礼法を重んじる剣道。ガッツポーズなどしたら、ポイントが取り消しになる。

その剣道の試合に使う剣士の分身と言うべき竹刀。

あろうことか大河はその竹刀に虎のストラップをつけて出場したのだ。

当然竹刀について言及される。しかし、大河は「虎は私の命だーー!!」と叫び、取り合わない。

結局、大会には出てはいいが、公式な成績としては残らず、勝ち上がったとしても、上位大会の出場権は得られないことになった。

その結論を下した大会委員会は侮っていた。

ふざけた竹刀を持つ女なぞ、大した腕ではあるまいと。

だが、藤村大河は優勝。それも圧倒的な強さを発揮して。

冬木の虎伝説の始まりである。

「だから、エレイシアちゃん。せっかく部活が休みなんだし、遊びに行こうよ。
 ほら、私の虎さん12号と13号をあげるからさあ。」

はいっと大河は鞄に連なってついている虎のストラップを2つ外し、エレイシアに渡す。

「あ、ありがとう。」

あまりに強引で、マイウェイな大河に少したじろぎながらも、虎のストラップを受け取る。

コミカルな外見のストラップは、2つとも同じ柄であった。果たして、どちらが12号でどちらが13号なのか。エレイシアにはさっぱりわからない。

「さ、さ。時間は有限なのだー。善は急げなのだー。行こう行こう。」

大河はエレイシアの手を強引に引き、走り出した。

エレイシアは心の中でため息をつく。













「あー楽しかった。」

冬木市を縦断する未遠川のほとり。最近開発が進んでいる新都と呼ばれる地区に作られた公園のベンチにエレイシアと大河は並んで座っていた。

「そりゃあ・・・あんだけ色々見て回ったら楽しいよね。」

それと、あれだけ食べてもね。とエレイシアは心の中でつぶやく。

「ブー、何よぉ。エレイシアちゃんだって楽しんだのに。」

否定はしない。大河といると楽しい。クラスに馴染めたのも、大河とこの場にいないもう1人のおかげである。

ただ、これからのことを考えるとどうしても気分は暗くなってしまう。

もう間もなく始まるのだ。望みをかけた戦いが。

「エレイシアちゃん、エレイシアちゃん。」

エレイシアが思いにふけっていると、突然大河がエレイシアの両肩をつかみ無理矢理向かい合わせにさせた。

「ちょっといきなり・・・・」

何をするの、と言おうとした。

だが、言えなかった。大河の目が先ほどとはうってかわって真剣なものだったから。

「大河・・・・。」

うっかりいつものように呼んでしまうも、大河は反応しない。

剣道の大会が原因で、今朝大河は「これから私のことをタイガーって呼んじゃ駄目!」と念を押されたばかりであったのに。

「ねえ、エレイシアちゃん。
 もうそろそろ3ヶ月かな。エレイシアちゃんが日本に来て。
 私ね、いつも思ってたんだ。
 エレイシアちゃんは楽しそうにしている時もたまに何か思い詰めた顔をしているって。最近は特に。」

大河がエレイシアの両手のつかむ。

「私にはそれが何かわからない。でも私はいつでもエレイシアちゃんの力になるから・・・。」

「大河・・。ありがとう。でも、大河って見てないようで、人のことよく見てるよね。
 面倒見もいいし。先生とか向いているんじゃない?」

「ええーー。そう見えるんだ。
 じゃあ、またエレイシアちゃんのような留学生の役に立ちたいから、英語の先生とかいいかもね。」

実際、エレイシアが日本に来た当初色々とまどうことがあったが、その世話を一手に引き受けたのが大河であった。

大河には感謝していた。だからこそ、やるべきことがある。

「大河、こっちを向いて」

「え、なに・・・・・・・・・・・・。」

大河がエレイシアの目を見た瞬間、動きが止まり、目が虚ろになる。

「いい、大河。エレイシアなんて転校生は始めからいなかった。
 あなたはこれからしばらくの間、夜は家から一歩もでない。
 い・い・わ・ね。」

エレイシアが目に力を込めると、大河が人形のように首を縦に振る。

そして、夢遊病のような足取りで、公園を去っていった。

「そう、・・・・・・・・・ありがとう。」

偽りの3ヶ月。

ナルバレックから命じられた。「聖杯戦争が始まってからは好きにしろ。だがそれまではこちらの言うとおりにしろ」を。

そしてそれは、学生として過ごし、パン屋の手伝いとして住み込みで働くというもの。

おかげで、うまく身分を誤魔化して街に溶け込むことができ、聖杯戦争の活動資金も貯まった。

だが・・・・その環境はエレイシアが幸せだったころに似ていた、いや瓜二つといってもいい。

だから思い出す。自分が殺した両親、友人達を。

心配する親友をおもしろ半分に魔術をかけ、死ににくくしてから心が壊れるまで拷問する。

そんな夢を見てしまい、気がつけばそれが大河に変わってしまう。

結局、エレイシアは聖杯戦争に先立ち、冬木での人間関係をリセットしてしまった。

皮肉なことにロアの魔術がそれを可能にした。

ナルバレックからもらった資料によると、今回の聖杯戦争には魔術師殺しという手段を選ばない外道が参加するらしい。

大河を人質に取られたらおしまいである。

だから仕方なかった。そう自分に言い聞かせ、理屈の上では納得させるが、なぜかエレイシアの目からは涙が止まらなかった。

彼女はそのまま一晩ベンチに座り続けていた。手に虎のストラップを握りしめたまま・・・・。

この時エレイシアは間違いを1つ間違いを犯した。

神秘は隠蔽されなくてはならない。魔術を行使するときは周囲に対する警戒を怠ってはならない。

もちろん、エレイシアはそのことはわかっていたし、その義務を果たした。

だがしかし、どれほど警戒していても人間には気配を消した暗殺者のサーヴァントを見つけることはできないのだ。



















聖堂教会の最も、奥にある一室。ナルバレックの執務室である。

15畳ほどの部屋の中央には、4~5人用の木製テーブル。その上にはワインが一本と空のグラスとが2つ。

部屋の奥にはワインセラーがあり、一級物のワインが丁寧に並べてある。テーブルのワインはここから出したようだ。

異彩を放つのは、部屋の壁に掛けられた巨大なスクリーン。それだけがこの部屋から浮いている。

そんな部屋で、ナルバレックとその部下がテーブルに向き合って座っていた。

「しかし、ロアの娘をなぜ聖杯戦争に?
 それに、わざわざあのような処遇を?」

ナルバレックはそれには答えず、テーブルの上のワインを手に取り栓にコルク開けを突き刺し、クルクルと回す。

その手つきに迷いはない。開けることに慣れているようだ。

ポンという音がして、コルクが開けられ、部屋の中にブドウの香りが漂う。

「ふむ・・・・確かにそんなことをする合理的な理由はないな。
 理由は2つだ。(本当は3つなのだがな。)」

そう一言告げると、無言でワインをグラスに注ぐ。

グラスを手に持つと、顔のすぐ前に持っていき、小さくグラスを水平に回しながら

「聖杯戦争に参加させたのは、採用試験のようなものだ。
 奴を埋葬機関で働かせるのは構わんが、せっかく令呪が発現したのだ、実践経験を積むにはよかろう。
 身分についてだが、合理的ではなくても理由はある。
 わざわざ学校に通わせ、パン屋の娘としての身分を与えたのは、いたって個人的な理由だ。
 ありきたりだが、このワインのようにな。」

ナルバレックはグラスの中身を一気に口に入れる。

そして、勢いよくグラスをテーブルに叩きつけ、指と指をこすり合わせ、甲高い音を鳴らす。

すると、部屋の中で存在感を放っていたスクリーンに映像が映し出される。

映像にはエレイシアの姿。魔法陣の前に立っている。

魔法陣の中央には、人差し指位の大きさで何やら茶色い金属の棘のようなものが置かれていた。

「ほう・・・・・・・ちょうどサーヴァントを召還するところか。
 司祭よ。私はな。この3ヶ月、エレイシアの姿を酒の肴にしていたのだよ。
 こういえばわかるだろう?」

ナルバレックは口元を歪め、グラスにワインを追加する。

司祭はその言葉を聞くと、スクリーンを見て不愉快そうに顔をしかめた。

「わざとロアに侵食される前の環境に近いようにしたわけですか。
 そのことで、あの娘が苦悩する姿を愉しむために。
 つまり、今後埋葬機関で役立つか見定めるというのと、あなたが個人的に愉しむため。」

「そう、正解だ。
 学校の生徒全てに記憶操作をするとは、こちらも予想だにしなかったがな。
 さて、こうして話している間にサーヴァントも無事召還できたようだ。
 私が渡したあの触媒なら、呼び出される者は決まっている。
 奴にはぴったりの英霊だな。
 飲むか?」

ボトルを司祭の方に傾ける。だが、司祭はグラスをボトルから遠ざけて首を横に振った。

「いえ、私はこれから懺悔室に行かねばなりませんから。
 酒臭い聖職者なぞに、懺悔する信者はおりませぬ。」

「そうか、ご苦労なことだ。
 ・・・・・・・!!映像が途切れたか。
 さすがサーヴァントということか。あっさりと使い魔を見破りおった。」

スクリーンはもう何も映していない。

司祭はもう用がないとばかりに席を立ち、挨拶もせず部屋を出て行った。

「さあ、ロアの娘よ。精々あがくがよい。
 願いが叶えばそれでよし。
 願いが叶わずとも、働き次第で埋葬機関に迎え入れる準備をしようではないか。」

ナルバレックは真っ黒なスクリーンに向かって、ワイングラスを掲げ、ニヤリと笑った。










後書き

皆さんはじめまして、今回フェイトゼロの再構成ものを書かせてもらいました。

この話は、シエルが生き返った後、埋葬機関に入る前までの間に望みを叶えるために第四次聖杯戦争に参加したらというコンセプトで書かせてもらいました。

ですから、この話では名前はエレイシアとなります。

少々無茶設定ですが、なんとか完結させたいと思います。

下手くそな文章ですが、読んでいただき、ありがとうございます。感想などをいただけたら、さらに感謝です。




ステータス的なもの

エレイシア(シエル)

ロアとして覚醒し、アルクェイドに殺され、蘇生した後の状態。

ロアの魔術は使用できるが、黒鍵などの教会の術はまだ使用できない。

いくら殺されても蘇生し続け、殺されても令呪は失わない。

ただし、消費すれば令呪の数は減少する。




[21309] 第四次聖杯戦争 in シエル(Fate Zero再構成) 第1話
Name: エイト◆e74ee967 ID:7d9f1d5a
Date: 2010/08/26 22:34




言峰教会。

聖堂教会から派遣された監督役が駐在する場所であり、戦いに敗れたマスターの避難所でもある。

言峰綺礼は開始早々、偽りの敗走劇を演じ、まんまと監督役の保護という名目で教会に滞在していた。

そこの地下室、綺礼は宝石がはめ込まれた基板の上にラッパのような部品がついた形をしている魔道具に向かって話しかけていた。

相手は同じ魔道具が設置している遠坂邸の主、遠坂時臣である。

「ほう。それは何とも幸運だな。」

「ええ、偶然街を巡回中のアサシンが一般人に暗示をかけている人物を発見し、尾行したところ、サーヴァントを召還したとのことです。
 マスターの容姿は10代半ばくらいの女性。日本人ではないようですが、白人というわけでもありません。
 おそらく、東洋系の血が混じったハーフかクォーターだろうと思います。
 すさまじいまでの魔力を放っており、失礼ですが導師を超えているのは間違いないかと。」

綺礼が報告すると、部屋はしばらく静まりかえる。

弟子から師匠より力量が上だと報告され、気分を害したのか返事がない。魔道具の宝石から発せられるの鈍い光が時折、点滅するのみである。

「ふむ・・・・・。君の性格は分かっているつもりだ。
 決して侮らず、卑屈にもならない。
 まして君は百戦錬磨の元代行者。その辺りの力量と経験は私を遥かに超えるだろう。
 だが、私も時計塔から離れて久しいが、それほどの特徴なら噂にすら聞いたことがないのはおかしい。
 ホムンクルスという可能性もある。監視を強化してくれたまえ。
 では、サーヴァントの方はどうであった?」

ようやく、時臣からの返事である。怒っている様子はない。

「クラスはキャスターです。
 その者自身もキャスターと名乗っていたようですし、他のサーヴァントのクラスの状況から間違いありません。
 外見は、30代前後の金髪の女性でした。どこかの貴族の淑女といった雰囲気でした。
 ただ、姿を見せたのは召還された時のみです。
 詳しいことは判明していません。監視を継続することとします。」

「そうか、ご苦労。よくやってくれた。
 また一歩、遠坂の悲願に近づいた。誇りたまえ。」

すると、魔道具に取り付けられた宝石の光が消える。

どうやら遠坂邸で機能を停止させたようだ。

まだ見ぬマスターの把握。

誰がどう見ても朗報。なのに綺礼の顔は曇っていた。

原因はわかっている。キャスターのマスターである。

綺礼は彼女をどこかで見たことがあるような気がしてならないのだが、どうしてもそれが思い出せない。

ここ3年は時臣に魔術を師事していたので、時臣が知らない人物ならそれ以前ということになる。

綺礼が記憶をたぐり寄せていると、背後からカツカツと足音が聞こえてくる。

「ほう・・・・・そのような顔もするのだな。」

現れたのは時臣のサーヴァントであるギルガメッシュである。

「アーチャーか。既に全てのサーヴァントは召還されている。
 だが、そのような格好で何をしているのだ。」

ギルガメッシュは現世の服装をしていた。ファー付きのエナメルのジャケットにレザーパンツ。さらに金色の首飾りとブレスレットをしていた。

極めて派手な服装のはずが、ギルガメッシュが着ると違和感がない。

「我が戦うのはふさわしいものだけ。雑種は雑種同士せいぜい食い合っていればよい。
 それまでは、見定めだ。我の退屈はまだしばらく続きそうだがな。
 それより、綺礼よ。貴様、何をそんなにキャスターのマスターに執着しているのだ?」

「私がこだわっているというのか?
 私はただ、どこかで見たことがある気がするから思い出そうとしているだけだ。」

ギルガメッシュからの指摘に、顔をしかめる。

すると何がおかしいのか、ギルガメッシュは声を押し殺しながら笑った。

「そうか。貴様に自覚はないか。
 ところで聞くが、貴様はマスターとなるような人物と会ったことすら忘れてしまう白痴か?
 そうではあるまい。無駄だ。今いくら考えても思い出すことはできん。」

そう告げると、身を翻して地下室を出て行こうとする。

綺礼は珍しく、少し慌ててギルガメッシュを引き留めようとした。今の言葉の真意を確かめるために

「まて、ギルガメッシュ。貴様、それはどういう意味だ。」

既に1階へと通じる階段を半ばまで登っていたギルガメッシュは、一瞬だけ足を止める。

だが、何も言わず綺礼の言葉を無視して地下室から出て行った。

綺礼はギルガメッシュの言葉の真意を考えるが、わからない。

綺礼の側には、機能を停止させた魔道具が静かに佇んでいた。もちろん、ラッパ型の口から答えがはき出されることはない。



















エレイシアは先日大河と別れた公園のベンチに座っていた。時刻はちょうど午後1時。今までの生活なら学校に行っている時間だが、もうその必要はない。

「はぁ・・・・。」

ベンチに座っている間、ため息しか出てこない。

彼女は今、極めて不機嫌であった。

昨夜無事にキャスターを召還できたのは僥倖である。本来キャスターは聖杯戦争では最弱サーヴァントと呼ばれる。それは他のサーヴァントが耐魔力を持つからだろう。

故に、他のマスターは皆バランスのいい3騎士、セイバー、アーチャー、ランサーを求める。

だが、エレイシアの場合は違う。

彼女にとっての鬼門は優れた戦闘能力を持ち正々堂々真っ向から敵を撃破するサーヴァントではなく、搦め手や特殊能力を持つキャスターのサーヴァントである。

単なる暴力なら問題ない。この身はそれを嫌と言うほど証明してきた。

だが、特殊能力を持つサーヴァントはやっかいだ。

いくら不死の体であり、身に纏う魔力が絶大で、失われた中世の魔術を使えても、本質的にはただの少女なのだ。

彼女はそれをよく自覚していた。

よって召還したサーヴァントがキャスターというのは幸先のよいスタートと言える。

ではなぜ彼女は不機嫌なのか。

「はぁ・・・・・・。キャスターを召還できたのはよかったけど。
 よりによって、何で吸血鬼なのよ・・・。
 しかも『昼間は外に出掛けられないから。よろしく』よ。
 まあ・・・・あんな臭いところに1日中いるよりましだけど。」

そう、エレイシアが召還したキャスターは吸血鬼だった。触媒を用意したナルバレックからの嫌がらせだろうとエレイシアは考えている。

吸血鬼故に、日の光の下にはいられないという弱点があった。おかげで、エレイシアは1日中、キャスターの使い走りである。

この公園も単に休憩のためだけではなく、目的があって来たのだ。

持っている黒いリュックサックから2リットルのペットボトルを取り出す。

その中には赤くて粘性のある液体が詰まっていた。

蓋を開け、公園の広場に垂らす。

地面にこぼされた液体は、数秒経つと蒸発して跡形もなくなった。

「これでよし。ここで40カ所目か。夕方までにあと60カ所もまわらないと。
 まったく、人使いの荒いサーヴァントね。」

ペットボトルをリュックにしまう。中には同じペットボトルがもう2本入れられていた。













「まったく、とんでもないマスターと契約しちゃったわ。」

キャスターは拠点で椅子に座り、ティーカップを持っている。

ただし、ティーカップに満たされているのは、黄金色の紅茶ではなく、紅の血であった。

ティーカップに波々そそがれた血を、ここが宮廷の舞踏会のごとく優雅な仕草で飲み干した。

「うーん。やっぱり血の相性は最高か。まあ彼女と私となら、当たり前なんだけど。」

周囲はひっきりなしに、水の流れる音がし、コンクリートの壁。

どうやら、キャスターの拠点は下水道の中継地点の広場のようだ。

広場の真ん中に1000リットルほどの大きな貯水槽が置かれている。下水を一時的にストックするものであろう。

そして、その横に貯水槽と同じ大きさのタンクが置かれていた。そのタンク下端には蛇口と栓がついている。

キャスターはタンクの蛇口の側に置かれていた空の2リットルのペットボトルを手に取ると、その口を蛇口に合わせ、栓を捻る。

すると、蛇口からペットボトルに血が注がれていく。

ペットボトルに血が一杯に注がれると、栓を閉じ、キャップを閉める。同じ作業をもう2回繰り返し、血入りのペットボトルが3本できあがった。

「そろそろかしら。」

キャスターがそう呟くのと、ほぼ同時だった。エレイシアが不機嫌そうな顔で拠点に入ってきた。

「相変わらず臭いわね。何とかならないかしら。
 言われたとおり、血を全部まいたわよ。」

その証拠とばかりに、空になったペットボトルをキャスターに渡す。キャスターはそれと交換に、先程血を入れたものを渡した。

「そう、ご苦労様。じゃあ、ちょっと待って・・・・・・。」

キャスターは詠唱を始めた。エレイシアは黙ってそれを見ている。

「・・・・・・・・・・・・・・・、うん、初日にしてはまあまあかな。
 この調子で続けていけば、街の様子はほぼ完全に把握できるようになるわ。」

「はあ、まだあんな面倒くさいことをするのですか。」

エレイシアはため息をつくが、キャスターはそれに対して、さらに大きなため息を返した。

「何言ってるの。こういうのは、本来死者にやらせるべきものよ。
 数を増やせば、あっという間に終わるのに。
 早々に『私以外から血を採取するのを禁ずる』なんて令呪を使ったのはどこの誰だったかしら?」

「わかってるわ。ちょっと文句を言ってみただけよ。
 それより、私の血では不満かしら?」

「いいえ。それは嫌みかしら?あなた、本当にでたらめね。普通人間は2リットル程度の出血で死ぬわよ。
 それが何?一晩であのタンク半分も抽出するなんて。」

そこで一端話を途切れさせる。

そして、言いにくそうにキャスターは話した。

「で・・・・・・・・、帰って早々悪いんだけど。
 この前話した私の宝具、威力と範囲が血の量次第なのよ。
 まだ日が落ちるまで時間もあるし、だから・・・・。」

その先の言葉をキャスター言い淀んだ。だが、エレイシアは言いたいことを察し、頷く。

そして、着ているものを下着から全て脱ぐ。下水に濡れないよう、どこからかキャスターが用意した籠の中に服を入れる。

躊躇無く行動するエレイシアを見ると、キャスターは胸が痛む。なぜこの子はあの時死ねなかったのだろうか。生き返っても、また苦しみを受けねばならぬのかと。

エレイシアの体は10代の少女らしく、肌は皺1つなく、張りと潤いに満ちている。また、スタイルも成熟した女性にまったく引けを取るものではなく、美しい。

そして、今から行うのは、そんなエレイシアの体と心に対する冒涜以外の何者ではない。

「キャスター、やって。」

エレイシアの顔から表情が消える。教会で殺され続けていた時のものだ。

「・・・・・・・・・・わかったわ。
 鉄の処女(ヴォァシュ・ビルトコシュセメィーツイェル・スェーズ)!!」

キャスターが宝具の真名を解放する。

銅でできた金属の棺桶が立った状態で出現する。表面には女性の意匠がほどこされ、芸術作品とみても逸品であろう。

だが、これの真価は中身。その内部には無数の棘。中に入れられた者が即死せず、長い間苦しむように、絶妙な位置に設置してある。

果たして、その棘の位置を開発するまでに何人犠牲になっただろうか。

中世ヨーロッパで活躍した拷問具。これがキャスターの宝具の1つである。

そして、キャスターのそれは単なる拷問具ではない。

エレイシアが中に入り、蓋が閉まる。同時に中から押し殺したような悲鳴が聞こえてくる。

鉄の処女の表面に意匠された女性の目が光る。さらに、その口から紫色の触手が伸び、うねりながら血の入っているタンクに巻き付いていく。まるで、植物の蔓が添え棒に沿って成長していくように。

触手はタンクの頂上に達すると、器用にタンクの蓋を開ける。

すると先端が変形し、意匠された女性の頭部になる。表情のない不気味な女性の口が開き、そこから赤い液体、つまりエレイシアの血がタンクに注ぎ込まれた。

そう、キャスターの宝具は中に閉じこめた者の魔力を始めとするエネルギーを「血」という形でロスなく取り出すものである。

世のなかには、魔力を転移する方法は数多くある。宝石魔術、ルーン、ポーション等の魔法薬、広く見れば吸血行為もそれに該当する。

だがいつの時代も、その研究対象となるのが、エネルギー効率である。

キャスターの鉄の処女は、古今東西のどの方法よりも効率のよく魔力を吸い出す。

加えてエレイシアの不死の体である。実質血の量は無限といってもよいだろう。

だが、代償がないわけではない。

今も聞こえる、エレイシアの悲鳴。エレイシアは今地獄にいる。

キャスターは召還の触媒を手に取り、じっと見つめる。それは、鉄の処女の棘の1本であった。

「こんなので、体中を刺されてるのね・・・。
 エレイシア、約束するわ。私は必ず勝ち残る。あなたの苦しみを無駄にはしない。」

その言葉に応える者はいない。拠点にはただ、エレイシアの悲鳴が響くだけであった。





















冬木市海浜公園の東側にある倉庫街。

そこは巨大な竜巻が通り過ぎたかのように荒れ果てていた。

だが、それを成し遂げたのはたった2人のサーヴァント。剣の騎士セイバー、槍の騎士ランサーである。

2槍使いのランサーは、赤槍の宝具を解放。破魔の槍は、魔力で編まれたセイバーの武装を丸裸にしていく。

そして、セイバーは鎧を破棄、全ての魔力を一撃必殺にかける。

「ほう、防御を捨てるかセイバー。果たしてそれが、最良の選択かな?」

「ふ、なめてもらってはこまるぞランサー。我が必殺の一撃、受けられるか?」

2人の間の空気が張りつめていく。

ランサーが一瞬足を止めた瞬間、セイバーは爆ぜ、2人はぶつかった。

そしてそれを遠くから見つめる7対の目。

衛宮切嗣、久宇舞弥、アサシン、ウェイバー、ライダー、そしてエレイシアとキャスターである。

切嗣と舞弥はアイリスフィールの援護、マスターへの奇襲を、アサシンは情報収集を、ウェイバーとライダーはサーヴァントの見定めをしていた。

各々が自らの役割を全うするために、その場に留まっている。

最後のペア。エレイシアとキャスターは、建設中の冬木センタービルの最上階から戦いを見ていた。

この時点で2人はどの傍観者よりも積極的だっただろう。

なぜなら、倉庫街にいる者を根こそぎ仕留めるつもりだったのだから。

「セイバーが勝負に出るわ。おそらく今度はお互いに何らかの傷を負うはず。
 キャスター、いける?」

「ええ、ただ、セイバーとランサーだけなら何ら代償なく宝具を使えるけど、あの一帯全員を対象となると、ちょっと厳しいわ。」

キャスターの視線がエレイシアの右手の甲に移る。そこには、既に一画使われた蛇の模様の令呪。

エレイシアはその視線の意味することに気がついたのか、首を1回縦に振ってうなずく。

「構わないわ。初戦でここまで関係者がそろっているなら、まだお互い何も知らないうちに一気に攻めるべきよ。
 !!!、セイバーが仕掛けたわ。キャスターのマスターが令呪を以て告げる!!『キャスター、あそこにいる者全員を宝具で蹴散らしなさい!!』」

















「何だと!!」

それは誰の言葉だったか。その場にいた誰しも、同じようなことを思っただろう。

セイバーとランサーが斬り合い、お互いに傷を負わせて仕切り直そうとした瞬間、戦場一帯が赤いドームに覆われた。

さらに地面のある一点、そこはエレイシアが昼間血のマーキングをした箇所から赤い噴水が湧き出て、霧状になり、死臭が周囲に漂う。

吹き出した液体は、もちろんエレイシアの血である。マーキングの座標を目印に、キャスターがタンクから召還したのである。

そして血の霧はたまたま近くにいたアサシンに襲いかかった。凝固して血の刃として、圧縮して打ち出してウォーターカッターとして、さらに内包する魔力を爆発させて。

アサシンは霊体化して逃げようとするができない。結界がそれを阻んでいる。

だがアサシンとてサーヴァント。血の霧をかわし続ける。

アサシンにとって幸運だったのは、血の霧が自動探敵、自動操縦であったこと。気配遮断というアサシンの固有スキルのおかげで、その動きが鈍くなったことである。

だが、血の霧は単なるキャスターの攻撃手段の1つ。

この結界の真価は別にある。そして、それはセイバーとランサーに対して発揮されていた。

「セイバー!!」

アイリスフィールの悲痛な叫びが響く。

ただでさえ、ランサーに治療不可能な傷を負わされたのに、キャスターからの攻撃である。

セイバーは剣を杖にして、かろうじて立っている。ランサーに負わされた左手の傷から、あふれんばかりの魔力が流れていた。

幸いなのはランサーも似たような状況であることだろう。傷自体はセイバーより深いが、本来ならケイネスの治癒魔術により一瞬で完治する。

だが、結界が遠距離からの魔術行使を妨害し、傷の治りが非常に遅い。セイバー以上に、流れ出る傷口から魔力が流れていた。

さらにランサーは傷を負った左腕に必滅の黄薔薇を持ち、自らの喉を串刺しにしようとしている。それをかろうじて自由な右手で必死になって止めていた。

これがキャスターの結界宝具。「血の牢獄(ヴィール・ビルトコシュセメィーツイェル・フォグハーズ)」である。

この結界内で血を流した者は、魔力を略奪されるばかりか、術者の操り人形になる。

さらに、結界内でのステータスはワンランク下がり、魔術を行使しようとすると、通常より大きく威力が削がれるものである。

そして、その効力は結界を覆う血のドームの血液の量に比例する。キャスターがエレイシアから血を多く集めていた理由である。

結局、セイバーとランサーの耐魔力のせいで、操ることはできなかったが。

「ぐ・・・・アイリスフィール。私はなんとかもちこたえてます。大丈夫、これほどの結界です。そう長くは続きません。」

セイバーは額に汗を流しながら、アイリスフィールを安心させるためか、笑みを浮かべる。

「ええ、わかったわ。セイバー、信頼しているわよ。」

アイリスフィールは力強く頷いた。

だが彼女は気づかない。その背後。透明化の魔術を使用し、忍び寄るエレイシアに。

結界で魔力の流れがかき回されている中、魔術の気配に気づかないのは無理もなかった。

エレイシアは忍び寄る。

アイリスフィールまであと4歩。既に体は魔術で強化済みである。

あと3歩。ナイフを取り出す。小さな傷を付けるだけでいい。血を流せば結界の餌食である。

あと2歩。どこを切ろうか。コートを着ていて肌の露出がほとんどない。

あと1歩。的は小さいが、透き通った白い手が確実か。ナイフを強化する。

エレイシアがナイフを振り切ろうとした、その瞬間であった。

銃声。

ステアー突撃銃でのフルオート射撃。毎秒8発のペースで放たれる弾丸がエレイシアを直撃した。撃ったのは舞弥である。

エレイシアは横からの奇襲に対応できず、もんどり打って倒れる。

体を強化していたおかげか、死ぬことはなかったが、決して軽傷でもない。

痛みで起きあがる動作が大きく鈍る。この辺りが生粋の戦う者との違いである。

そして、そのロスは致命的であった。

切嗣の放ったワルサー暗視狙撃銃のマグナム弾がエレイシアの頭部に直撃。頭蓋骨を喰い破り、脳漿をまき散らして貫通したのだ。

「ふぅ・・・。今回はギリギリだった。」

切嗣は呟いた。

魔術師は魔術以外の手段に脆い。まさに典型的なものだった。結界を発動し、混乱させている最中に、透明化の魔術を使い背後から奇襲。

魔術師としての観点から見ると、完璧だっただろう。

だが、いくら魔術的に姿を隠しても、サーモグラフィの熱反応からは逃れられない。

まさに魔術師殺し必殺の型にはまった結果となる。

血の霧がアサシンを攻撃してくれた偶然もある。

結界の維持をしながらでは、細かい制御ができないのだろう。おそらく、一番近くにいる敵を自動で攻撃するというものだろうと推測した。

おかげで、血の霧は未だにアサシンを追いかけている。

だが、切嗣もまたギリギリだった。

血の霧のこともあるが、結界のせいでセイバーから奪われる魔力の一部は、レイラインを通じて切嗣からも魔力を奪っていったのだ。

もうしばらく結界が長く持続していれば、切嗣は魔力不足で倒れていただろう。

だが、さすがの魔術師殺しも予想外であった。これで終わりではないことを。













アイリスフィールはいきなり背後で人間が弾け飛び、驚いたがどうやらキャスターのマスターだったようだ。

そして、一番近くにいたことから誰よりも早く異常に気がついた。

エレイシアの服がはねる。まるで、服の中に虫がいて、ジャンプしているかのよう。さらに、マグナム弾に食い破られた頭部が再生していく。

「な・・・・そんな。」

その場にいる者全員が呆気にとられる中、エレイシアは静かに立ち上がった。

すると、カラカラカラと地面で音がなる。先程、体内から排出され、服の中に入っていた弾丸が地面に落ちた音である。

「アイリスフィール!!私の側に」

セイバーの近くにいれば、魔術での攻撃は受けない。

エレイシアはアイリスフィールを攻撃することを諦め、距離をとる。

「もう少しだったのに。まさか狙撃されるなんて。(キャスター、場所はわかる?)」

「(ええ、最初の狙撃をした者は2時の方向、2回目の狙撃は5時の方向)」

キャスターからの念話を通じて、位置を知る。まずは切嗣の方に手をかざした。

ほとばしる魔力。

「(まずい!!)固有時制御、2倍速!!」

切嗣は自身の時間を倍化させ、その場を一気に離脱した。同時に舞弥の援護射撃。

しかし、エレイシアの展開した魔力障壁によって、阻まれる。

「く・・・、あれほどの魔術を行使しながら、障壁まで展開するだと!!
 あいつは人間か!」

先程まで切嗣がいた地点は爆発、黒煙が立ち上り、視界が悪くなる。

だが、キャスターの結界の中である限り、エレイシアは切嗣の位置を正確に掴むことができる。

切嗣はキャスターの結界から出ることはできない。

起源弾を使うには、距離が離れすぎている。距離を詰めれば、魔術を完全にはかわしきれない。

それに、先程の謎の再生能力を見ると起源弾といえども通用するかわからない。

そして一番の問題点は、結界のせいで魔力が底を尽きかけている。固有時制御もいつまでできるかわからない。

・・・・・完全に詰みであった。

だからこそ、この状況を打破するということは、思いもよらない外部からの干渉がある時なのである。

















冬木大橋の上で、あまりの高さと寒さに震えながら戦闘を見ていたウェイバー。

対照的に、どっしりと座り悠然と戦場を眺め、サーヴァントの見定めをするライダー。

だが、突如戦場が赤いドームに覆われた。

「な、なんだあれ!まさか、結界か?
 そ、それにしてもでかすぎる!!」

ウェイバーは大声で叫びながら、ライダーの方を見る。

するとライダーは既に目から殺気をまき散らしながら立ち上がっていた。

「英雄同士の戦いに水を差すとは、いい度胸をしとるのう。
 おそらく、キャスターじゃろうて。
 いくぞ小僧!!」

腰から剣を抜き放ち、神威の車輪を召還。

1秒でもおしいのか、断りもなくウェイバーの後襟を掴み、まるで猫をつまみ上げるように持ち上げる。

当然、地上高50メートルの地点でそんなことをされればウェイバーは悲鳴を上げるが無視。

ウェイバーを神威の車輪に放り込むと同時に、ライダーも乗り込み発進させる。

目指すは当然、赤の結界。

「おおおおお、おおい、おい。どうするんだよ!!」

混乱が抜けきっていないのか、どもりながら叫ぶウェイバー。

「もちろん、決まっとる。
 あのちょこざいな結界をぶち破る!」

「お前、結界の解呪なんかできるのかよ!!」

「はっはっは。我は征服王。その道のりはただ蹂躙するのみよ!!
 結界だろうが何だろうが、この神威の車輪と共に突き破るのみ!!」

「なんじゃそりゃー!!メチャクチャだー!!」

主従が会話をしている内に、結界は目前に迫っていた。

もう、目の前には赤く澱む壁しか見えない。

「いくぞ小僧。Alalaaaaaaaaaaaai!!」

ここまで来たら覚悟を決めるしかない。ウェイバーは御者台に必死に捕まる。

衝撃!!

神威の車輪を包むフィールドと結界が接触。さらに神の雄牛から生じる雷がスパークする。

ウェイバーの目の前は一瞬真っ白になった。

そして、次の瞬間視界は上下反転、さらに左右に捻れる。

「!!!!!!」

叫ばなかったのは、幸運だった。声を発していたら、間違いなく舌を噛んでいただろう。

何回転したかわからないほど、激しくきりもみし、ようやく空中で停止する。

赤の結界は、健在であった。

「あたたたた。あれだけ大口垂れて、駄目だったじゃないか。
 どうすんだよ、ライダー。」

「ふん・・・・。中々頑丈よの。
 今度は全力でいく。ゼウスの仔よ、ちょっと無理をしてもらうぞ。
 小僧、少し揺れるからしっかり捕まっておけ。」

じゃあさっきのは一体何だ。とウェイバーは心の中で呟く。

神威の車輪はちょうど結界の頂点の真上に移動し、そこから車体を真下に向けて傾けた。

「お前、まさか」

「おう!!わかっとるじゃないか。
 今から落ちながら突撃じゃ。
 いくぞ、ゼウスの仔よ。彼方にこそ栄在りーーーーーいざ征かん、遥かなる蹂躙制覇!!」

神威の車輪は真名を解放し、さらに落下のエネルギーを足しながら突き進む。

さらに、フィールドを楕円形から円錐形へと変化させ、一点の突破力を高める。

「ああ、もうどうにでもなれ!!」

ウェイバーはやけくそになって叫んだ。先程とは比較にならないスピードで目の前に、赤色が迫る。

この時、ウェイバーは目をつぶらなかった。

それは、マスターとしての最後の意地だったのかもしれない。そして見た。神威の車輪が結界を突き破る瞬間を。












エレイシアが切嗣に向けて3発目の魔術を発しようとした時にそれは起こった。

結界全体が激しく揺さぶられる。

そして、結界の頂上に穴が空き、周囲に血の雨を降らせる。

そして、血の雨に打たれながらライダーの神威の車輪が現れた。

結界を構成するのが、大量の血であると真っ先に気がついたウェイバーは顔をしかめた。

そして、ウェイバーの隣にいるライダーは、迷うことなくエレイシアへ狙いをつける。

「お主か!!一騎打ちに横やりを入れた不埒者は!!
 覚悟しろキャスターのサーヴァント。征服王イスカンダルに名において、成敗してくれるわ!!」

神威の車輪がエレイシアに向かって突撃、かろうじてかわす。

エレイシアにとって僥倖だったのは、結界を破ったために神威の車輪の速度が大きく落ちていたことである。

「む・・・。かわされたか。
 なかなかやりよる。」

一方、エレイシアは焦る。まさか外部から結界が破壊されるとは。

セイバーとランサーを見ると、既に結界の影響から脱し、こちらを睨みながら得物を構えていた。

そして、ライダーは神威の車輪をUターンさせている。またこちらに突っ込むつもりだろうか。

ライダーが結界を破壊して、形勢は一気に逆転した。

正に四面楚歌といったところか。目の前には3騎のサーヴァント。さらに、姿を見せぬ狙撃手が2人。

アサシンは結界が解除されると同時に、霊体化して逃走している。血の霧は結界が破られると同時に効力を失った。

「(キャスター)」

念話で呼びかけるが、返事がない。

その代わり、目の前に実体化し、エレイシアの呼びかけに応えた。

突然、目の前に現れたキャスターにセイバー、ランサー、ライダーは警戒を強める。

セイバーはアイリスフィールの盾になるべく、一歩前に出て聖剣を構える。

ランサーは破魔の槍を前に突き出して、迎撃の姿勢を取る。いかなる魔術が来ようとも、破魔の槍で無効化するつもりである。

ライダーは神威の車輪に乗ったまま思案顔をする。先程、エレイシアをキャスターと勘違いしたのを考えているかもしれない。

血の雨が降る倉庫街で、4騎のサーヴァントは睨み合っていた。

やがて、血の雨の量が段々少なくなっていき・・・、最初に動いたのはキャスターだった。

地面に落ちた結界のなれの果てである血の雨。それがキャスターの周りに集結し、巨大な血の水球と化す。

水球は、3本の巨大な触手と化し、残りのサーヴァントに襲いかかった。

セイバーに襲いかかる血の触手。

セイバーは動じない。自身の直感が告げる。大した脅威ではないと。そして聖剣を一振り。それだけで、触手は真っ二つに切り裂かれた動かなくなった。

ランサーに襲いかかる血の触手。

ランサーは動じない。いかなる魔術だろうが、破魔の槍の前では児戯に等しい。事実、一刺しするだけで触手は弾け飛び、ただの血となった。

ライダーに襲いかかる血の触手。

ウェイバーは動揺したが、ライダーはまったく動じない。神威の車輪のフィールドを突破できない。そしてライダーが気合い一閃。神の雄牛の雷が触手を蒸発させた。

キャスターの攻撃は通用しなかった。だが、キャスターにとってはそれで十分。

「(エレイシア、逃げるわよ)」

退却の時間さえ稼げば十分であった。

左手でエレイシアを抱えこみ、右手からその場から集めた残りの血をジェット噴射のごとく一気に噴出。

お世辞にもまともな飛翔魔術とは言い難い方法で、その場を一気に離脱した。

結局1人として仕留めることはできず、手の内をさらし、他のマスター達に嫌悪と警戒の感情を植え付ける結果となってしまった。

エレイシアのキャスターの初戦はこうして終わったのである。












後書き

戦闘シーンって難しいです。

キャスターですが、宝具や魔術は作者設定のオリジナルです。

ただ、モデルは歴史上の人物です。

ヒントは宝具の名前です。











おまけ

ステータス的なもの


キャスター

マスター :エレイシア

真名   :*********

性別   :女性

身長・体重:155cm、49kg

属性   :混沌、悪

筋力   :E  魔力   :A++

耐久   :E  幸運   :D

敏捷   :D  宝具   :A





固有スキルはまた次回に。それではまた。









[21309] 第四次聖杯戦争 in シエル(Fate Zero再構成) 第2話
Name: エイト◆e74ee967 ID:7d9f1d5a
Date: 2010/08/26 22:33







彼女と初めて会った時のことは、今でもケイネスの記憶の中に強く刻まれている。

時計塔で3年連続の主席が確定した日、ケイネスは降霊科の学部長から、家のパーティーに招待された。

招待の理由の1つとして、「君に娘を紹介したい。」と言われケイネスは満更でもない気持ちだった。

学部長の娘がどんな子かわからないが、ソフィアリ家との婚姻が成立すれば自身の地位はますます盤石となる。

将来アーチボルト家創立以来の名当主として、内外に名をはせるに違いない。

学部長からの提案を受けたとき、ケイネスの心はそんな打算に満ちていた。

そしてパーティー当日。

ケイネスは辟易としていた。

彼を取り囲む女達。

時計塔に所属する魔術師の中で、今最も勢いがあるのはケイネスを優良物件だと思っているのだろう。

自己の欲望を隠そうともせず、近づいてくる女。ひどい者は魅了の魔術までかけてくる。

ケイネスには、そいつらが腐った食虫植物に見えた。

と、そこに学部長がやって来て、女達に一睨みすると、彼女らはばつが悪そうに散り散りになった。

「遅くなってすまない。親族の女達がうるさかっただろう?
 君はそれだけの価値があるのだよ。」

価値があるのはいいが、目障りなのは変わりはなかった。

そこで、学部長の後ろに控えている女がいるのに気がつく。どうやら、彼女が学部長の娘だろう。

「ああ、約束通り紹介するよ。
 ソラウ。」

学部長が横に動き、後ろに控えていた女が前に出る。

そして、ケイネスが今まで描いていた打算は粉々に打ち砕かれた。

ショートヘアの赤髪。それとは対照的な青いドレスを身に纏った可憐な少女。

ケイネスは一目で心を奪われた。

何よりも、全てに絶望しきった冷たいまなざし。

魔道の名門出身であるケイネスは、そのまなざしの意味を一目で看破した。

あれは、次期に優秀な跡継ぎを産むためだけに道具として育てられた女の目である。

そして、まだ完璧に道具になっていない。なぜなら、道具なら「神童」と言われたケイネスに対して、もっとふさわしい対応をしていたはず。

「ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリです。お会いできて光栄ですわ、ロードエルメロイ。」

彼女は、淑女として完璧な挨拶をすると、そのままケイネスの返事も聞くことなく、壁際まで行きもたれかかって、会場の人間に冷たいまなざしを送っていた。

ケイネスは自身を「神童」と周囲から評価されていることを知っている。また、それにふさわしいだけの結果を出してきた。

ゆくゆくは時計台の頂点に立つことも不可能ではないと自負している。

だがその日、ケイネスは自身にもう1つの目標が生まれた。

将来妻となるソラウ・ヌァゼレ・ソフィアリの心を融かすというものである。

そして現在。キャスターとの戦いの後、乱入したライダーの挑発によりアーチャーが姿を見せ、さらにバーサーカーが出現。

事態は混沌としたものの、一応の終息に向かった後、拠点であるの冬木ハイアットホテル最上階に戻ってきてみると、いつもはランサーに労いをかけにくるソラウが現れない。

不審に思って、悪いと思いながらソラウの寝室を訪ねると、彼女は床に倒れていた。

「ソラウ!!」

周囲から常に冷静沈着と評価されているケイネスにあるまじき慌てようで、駆け寄り呼びかけるが意識が全くない。

彼女の首筋に触る。常々触りたいと思っていたうなじに初めて触れた、と場違いな考えを起こしながら、鼓動を探る。

鼓動は・・・・・ない。

口元に耳を寄せるが、呼吸音は聞こえなかった。

ケイネスの魔術師としての聡明さにより、症状を一目で看破した。

魔力切れによる生気の極端な欠乏である。

そして、その原因は・・・

「ランサー!!」

声に応えてランサーが実体化する。表情は動揺している。

ケイネスは今すぐこの男を殴りつけたい衝動に駆られる。

ソラウがこのようになった原因は明らかだ。サーヴァントによって過度の魔力を吸い取られたのだろう。

ランサーのマスターはケイネスだが、彼は魔術師としての才気を十二分に発揮し、レイラインを分割することに成功。

マスター権はケイネス、魔力供給をソラウが受け持つことにした。

それが裏目に出た。もしケイネスが魔力供給をしていれば、このような事態にはならなかったのに。

ケイネスは衝動を堪える。ケイネスの拳は強く握りすぎて、血が滴っていた。

「ランサー、私の部屋から治癒魔術の道具を取ってこい!!」

今はランサーに怒りをぶつける時ではない。必要なのは、適切な処置である。

ソラウに治療を施しながら、ケイネスは思考した。

魔術を行使する時、一番冷静になることができる。

キャスターの結界のせいだということには気づいている。

そして、もしあの時自分が姿を見せてランサーの傷をすぐに完治させていれば、ソラウは無事だったからもしれない。

だが、既に遅し。

いくら魔力を注いでも、ソラウの意識は戻らない。

「くそ、許さん。許さんぞキャスター!!
 貴様だけは、この手で葬ってくれる。
 どんな手を使っても必ずな!!」

もはやケイネスには、聖杯戦争に勝利することによる名誉も、魔術師としての誇りもどうでもよかった。

この異国の地、冬木で成し遂げること。

キャスターをこの手で討ち取り、聖杯を手に入れ、愛しい婚約者を取り返すことのみだった。


















「舞弥。監視の準備はできてるか。」

切嗣は携帯電話で、舞弥と話している。

「はい、問題ありません。ホテルの正面玄関、裏口、最上階全て見渡せる位置につけています。」

舞弥はケイネスが滞在する冬木ハイアットホテルの側にある、建設中の冬木センタービルにいた。

セイバーがランサーに不治の傷を負わされたため、一刻も早くランサーを始末ために行う策。

それは、ホテルを爆破し、マスターであるケイネスをコンクリートの瓦礫の藻くずと化すという極めて悪質なものだった。

切嗣は現在、関係のない人を避難させるためにホテルの各所に時限発火装置を設置している。

以前の切嗣なら、そんなまどろっこしいことはせず、いきなりホテルを爆破しただろう。彼自身もそのことを自覚していた。

「ふ・・・。まだ平和ボケしているな。」

タバコを吸いたい気分だったが、あいにくホテル内のほぼ全てのフロアは禁煙である。

と、そこに胸ポケットにしまっていた携帯電話が震える。この電話の番号を知っている者は2人。

アイリスフィールと舞弥である。もちろん、このタイミングでかけてくるのは舞弥であろう。

「どうした。何かあったか?」

「ええ、ランサーのマスターが今正面玄関から出て行きました。
 どうしますか?」

予想外の展開だ。まさか、あれだけの連戦をしたランサーが今夜また動き出すとは。

マスターの意志だろうか。初戦での行動からは考えられない積極的さである。

どうするか。正直言って、自分たちも消耗しきっている。明日からの行動に支障が出ることは避けたい。

「使い魔を尾けておけ。
 こっちは一応仕掛けは作っておく。
 そのまま2時間待機だ。それでも戻らなければ今夜の作戦は中止だ。」

「わかりました。使い魔は既に放っています。」

舞弥の無機質な返事が耳に響いた。



















右手、右足を前にして半身に構える。重心は中心よりやや後ろ。膝を軽く曲げてやや腰を落とす。呼吸は静かに、ゆっくりと悟られないように。

全身に気が巡るのを感じながら、一気に加速。右拳で中段を突く代表的な技「崩拳」を放つ。

放った右拳から、空気とぶつかる乾いた音が響いた。

「ふう・・・。」

綺礼は毎日の八極拳の鍛錬を欠かしたことがない。日々の鍛錬で培われた拳技は、人間を一撃で物言わぬ骸へと変える威力を秘めている。

さらに連続で突き、蹴りを中空へと放つ。そのたびに、風切り音がする。

綺礼の目の前には何もない。ただ、教会の地下室の壁があるのみ。

だが綺礼には衛宮切嗣が映し出されている。

仮想敵。それは格闘技の訓練をする上で、基本的な事柄の1つ。常にイメージをしながら、体を動かすことで、本番を想定した訓練になる。

衛宮切嗣に向かって突きを放つも避けられる。切嗣は銃を発砲、綺礼は弾道を見極めて紙一重で避ける。

切嗣に突進して、みぞうちに蹴り。しかし、右手の銃で受け止められ、左手でナイフを一閃される。

ナイフを手で弾いた後、バックステップ。想像上の黒鍵を投げる。

黒鍵はエレイシアの眉間貫いた。

「!!またか。」

さっきから同じである。訓練をしていると、いつのまにか切嗣がエレイシアに変わってしまうのだ。

原因は分かっている。先程の、初戦でのエレイシアを見たからである。

銃で頭を撃ち抜かれても、蘇生するエレイシア。

四肢を拘束されている中、鍛え上げられた拳を打ち付けられ、心臓を破壊されても蘇生するエレイシア。

「もうやめて。」と涙と鼻水で濡れた顔で必死になって懇願する顔を足で蹴られ、頸椎を砕かれても蘇生するエレイシア。

そう・・・・。間違いない。綺礼は思い出した。キャスターのマスターはロアの娘。

そして自分は彼女に対して・・・・・。

「(マスター。)」

そこへアサシンから呼びかけがある。

「(何だ、アサシン。)」

「(1つ報告することがあります。)」

アサシンの報告を聞く綺礼。

そして数秒考えた後、通信の魔道具を起動させる。

「導師、由々しき事態が発生しました。」

綺礼は気づかない。自らの顔が醜く歪んでいることに。



















翌日の昼。

言峰璃正は、教会の礼拝堂で聴衆に向かって演説をしていた。

そう、まさしく聴衆である。なぜなら、その場に集まったのは、言葉を発することができない使い魔達なのだから。

「まずは、突然の招集に対して、こうも迅速に対応してくれたことを感謝する。
 前口上はこれくらいにして、用件を端的に説明する。
 諸君らは聖杯を得るがために、英知を結集して戦いに赴いているであろう。
 だがしかし、諸君らの聖戦というべきものの存続を危ぶむ事態が発生している。」

ここで一息つく。聴衆からの反応はない。礼拝堂は不気味なまでに静寂であった。

「サーヴァントキャスター。禍々しい血による魔術を行使する者だ。
 昨夜彼女は、次々と一般人を襲い血を集めていることが判明した。
 キャスターが構築した結界の規模を見れば明らかだが、犠牲者はこれからも増えると予想される。
 そこで、私は監督役としても権限を用いて、一時的に聖杯戦争のルールを変更することとした。」

璃正は聴衆によく見えるように、右腕を高く掲げた。

そして、右袖をめくると、老齢ながら鍛え上げられている右腕には、幾何学模様の痣が広範囲に渡って刻まれていた。

「これはこれまでの聖杯戦争で、回収された未使用の令呪である。
 監督役の権限において、聖杯戦争の存続を危ぶむキャスターを討伐せよ。
 功績があるマスターは令呪を一画、報償として与える。」

聴衆は何も声を発しない代わりに、璃正の持つ令呪に視線が注がれている。

令呪はサーヴァントを律する鎖であると同時に、強化する起爆剤にもなりうる。一画追加になることで、戦術的な有利さは計り知れない。

「話は以上である。
 何か質問は・・・・・・ないようだな。
 では、引き続き各自の英知を結集して闘争に臨みたまえ」

右手を降ろしながら璃正が告げると、物言わぬ使い魔達は、一斉にその場を後にする。

礼拝堂には再び静寂が戻った。














マッケンジー家の2階、ウェイバーにあてがわれている自室。

彼は使い魔へ送っていた意識を元に戻した。

「おう、小僧。どうじゃった?」

ライダーがベットの上で寝っころがって煎餅を食べながら尋ねる。

Tシャツとズボンを履いたその姿は、とてもサーヴァントには思えない。Tシャツは勝手に通信販売で購入し、ズボンはウェイバーに買いに行かせた。

その間に、ちゃっかりとウェイバーの仮の祖父母と仲良くなっているものだから、大した物である。

何となく、その堕落した姿に苛ついたのか、ウェイバーは無言で煎餅を1枚取って食べる。

塩味と香ばしい匂いに固い歯ごたえ。どんな材料だろうか。袋に「海老せん」と書かれているが、生憎ウェイバーは日本語が読めなかった。

くやしいが、旨い。わずか100円で買えるなんて、現代社会はどうかしていると思う。

パリ、パリともう2枚煎餅を平らげて、ロンドンから持ってきた荷物を漁りながらウェイバーは応える。

「昨日の戦いのあと、キャスターが一般人を襲って血を集めてるんだって。
 それで、監督役からキャスターの討伐命令が出た。」

荷物から、錬金術の実験器具を取り出してライダーの方を見ると、いつのまにかベットから起きあがっており、煎餅の袋も消えていた。

「そうか。それで、どうする?
 キャスターを討つのか?じゃが、居場所も分からんのう。」

ウェイバーとしては、キャスターを討って是非追加の令呪を獲得したい。この豪放なサーヴァントを律するための鎖は多く持ちすぎて困ることはない。

だが、それをライダーには言うわけにいかず、強引に話を変える。

「そういえばライダー。お前昨日何でマスターとサーヴァントを間違えたんだ?
 確かに、キャスターのマスターは半端ない魔力量だったけど。」

問われると、ライダーはこめかみを右手の人差し指でかきながら、そっぽを向く。

「小僧、なかなか痛いところを突くよのう。
 まあ、キャスターのマスターはこの時代の魔術師としては規格外もいいとこじゃな。」

ウェイバーは自分で話を振っておいて、キャスターのマスターの規格外の魔力を思い出し、背筋が寒くなった。

ライダーは間違いなく、サーヴァントの中でも上位に値する。キャスターと一対一になっても負けはしないだろう。

だがもし、自分とキャスターのマスターが相対したら?

間違いなく殺される。憎くてたまらないが、実力は認めるロードエルメロイでさえ、勝てるかどうか・・・。

「じゃがな、わしは魔力の大きさに惑わされて間違えたのではないぞ。
 お主に言って、分かるかどうか定かではないがのう。
 なんというか、キャスターのマスターは・・・・・・・大きいのだ。」

その言葉の意味を考えるウェイバー。

大きい。何が大きい?背丈かだろうか?それとも魔力量か?いや、それはない。

では何だ。他に何があるだろうか。キャスターのマスターは・・・・・女性だ。

胸・・・、か?いや、ならセイバーのマスターの方が・・・・・ゴン!!

ウェイバーの馬鹿な思考はライダーのデコピンによって、中断された。

「たわけ、何を考え取る。小僧、戦を覚えた次は、女でも覚えるべきだな。
 それはともかく、わしが言いたいのは、あやつの『格』よ。
 人にはのう、それぞれにあった『格』がある。
 英霊なんぞになる者は皆、大きな『格』を持っておるものだ。
 わしが見た限り、あやつの『格』はなかなかのものだった。
 あやつは、過去か未来か、何か大きな出来事の当事者の1人になるだろうな。」

「ふーん。それで間違えたっていうのかよ。」

デコをさすりながらどこか納得がいかない表情をするウェイバー。もちろん、デコピンをされたことに対してではなく、ライダーの答えに対してだ。

「お主にもいずれ分かる時がくる。
 わしはこの感覚に従い朋友を集い、世界征服をしたのじゃよ。
 だから、一目見て英霊だと勘違いして、サーヴァントの気配を探るのを忘れてしまったわい。」

照れ隠しに豪快に笑うライダー。

ウェイバーはため息をつく。勘だけで軍隊を形成し、世界征服されたらたまったものではない。

改めて、自分のサーヴァントはとんでもない奴だと、認識した。

「なんと言うか・・・。それで征服された世界にも気の毒だな。
 それはともかく、ライダー頼みがある。」

ライダーにデコピンされながら思いついた方法を実行するために、ウェイバーは冬木市地図を広げ、ペンで川沿いに印を付けていく。

さらに、紙にメモをし、地図と一緒にライダーに渡す。

「この地図に印を付けたところの川の水を取ってきてくれ。
 あと、その紙に書いたものを買ってきてくれないか。」

「ほう・・・。何か策でもあるのか。」

何か文句の1つでも言うのかと思いきや、ライダーは意外と素直に地図と紙を受け取る。

「まあね・・・。魔術師としては、くだらない初歩の初歩だけどさ。
 あと、サンプルの水はこの試験官に入れてくれ。」

地図の印と同じ印を書いた紙を貼り付けた試験管をライダーに渡した。

「そうか、成果を期待しておるぞマスターよ。」

ライダーは意気揚々と部屋を出て行った。

下から、この家に住むマーサ夫人の声がする。

「あら、アレクセイさん。お出かけですか?」

「うむ。ウェイバーにお使いを頼まれましてな。なかなか人使いの荒いものでして。」

「じゃあ、ついでに卵と牛乳をお願いしていいかしら?」

「ははは。奥さんもお上手ですな。うむ、任された。」

何やら楽しそうである。一体何やってるんだと突っ込みたくなるが、相手がいない。

ライダーがいなくなると、急に部屋が広くなったような気がした。

「『格』・・・か。
 あいつには僕はどう見えているんだろうな。」

ウェイバーの呟きに答える者は誰もいない。

10年後、時計塔において聖杯戦争の勝者と出会った時、ウェイバーはこの時のライダーとの会話を思い出すことになる。










後書き

今回、エレイシアの出番はなしです。幕間といったところでしょうか。

ソラウファンには、石を投げつけられそうな予感です。











おまけ

キャスターのステータスの続き


クラス別能力

陣地作成:B

魔術師として、自らに有利な陣地を作成することができる。

ただし、日の当たる場所に陣地を作成することができない。

道具作成:C

様々な機能を持つ道具を作成することができる。

あまり、高度な物は作成できない。



保有スキル

吸血:A

吸血行為により、対象から魔力を簒奪する。

死者作成:A

吸血行為の際、自らの血を送ることによってその者を死者とすることができる。まれに適正の低いものは、死者になれずに死亡する。

血液操作:A

自分の支配下においた血を自由自在に操る。結界の触媒に用いたり、凍結させて刃にすることもできる。

ただし、血は使用するたびに消費される。

自らの血を操ることはできない。





[21309] 第四次聖杯戦争 in シエル(Fate Zero再構成) 第3話
Name: エイト◆e74ee967 ID:7d9f1d5a
Date: 2010/08/29 19:32



彼女は幸せだった。

若くして、貴族である夫のところに嫁いだが生活に不満はない。

見知らぬ土地、見知らぬ使用人。次々と訪れる見知らぬ客人。

全てが新しい世界だったが、自分のことを大切にしてくれる夫がいるから、何も怖くなかった。

それが破綻してきたのは、いつからだろうか。

戦争があった。そして、夫は軍人だった。それもとびきり優秀な。

そうなると当然夫は帰らない。従える兵士の生死と、この国の運命を掛けて戦っているのだ。

城で夫の無事を祈りながら日々を過ごす。

嫁ぐときに、実家から一緒についてきてくれた唯一の召使いが必死になって励ましてくれる。

彼女は生まれたときから自分の世話をしてくれた。

立場は召使いだが、実質は年の離れた姉である。

父親から激しく叱られたとき、ペットが死んでしまったとき、他の貴族に激しく罵られたとき、彼女はいつも優しく抱きしめ、励まし、慰めてくれた。

夫がいなくて不安な日々を送っていたときも、彼女だけが頼りだった。

当然ながら彼女はいつものように励まし、勇気づけてくれた。

だがいつからだろうか。そんな彼女の打算のない愛情を感じているとき、不意にその首を捻り切りたくなる。

目玉に指を突っ込んで掻き回したくなる。

衝動は続いた。

別の召使いが出した紅茶。少し熱いと感じた。

その召使いに、煮えたぎった油を飲ませて苦しむ様を見たくなる。

衝動はなおも続く。

強烈な乾き。乾き。喉が渇く。

そして、恐れていたことが現実となる。

夫の訃報が届いたのだ。

泣き崩れる。夫との日々が回想する。

厳格な軍人だったが、自分には優しかった夫。他国の軍隊、自国の派閥争いとの内外の敵と戦いながらも、常に自分を優先してくれた夫。

愛する夫はいない。

自室で泣き崩れているのをみて、彼女が抱きしめてくれた。

たまらず、首にすがりつく。彼女は悲しく、寂しいのだろうと思い、なお強く抱きしめた。

だが・・・・・・今の自分の意識にあるのは悲しみではない。

乾き。乾き。乾き。満たす。満たす。飲む。飲む。

そして、一気に彼女の首に鋭く尖った八重歯を差し込んだ。

流れる血。

血は喉へ流れる。

渇きは潤う。

潤いは歓喜へ。

歓喜は快感へ。

快感は絶頂へと導かれた。

今までにはない絶頂感。

夫が戦さでいない日々を1人で慰めるときよりも。戦場から帰った夫に、その昂ぶりをぶつけるがごとく激しくされたときよりも。

比較にならない絶頂、絶頂、絶頂。

脳が爆発した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・気がつけば、彼女は干からびていた。

口の中が生臭い。

手の平をあてると、濡れていた。

拭って見ると、紅い。赤い。朱い。

手は彼女の血で染まっていた。

「あ・・・・・、あ・・・・・。あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

絶叫。魂が反転する。

その瞬間から、この城は地獄と化していく。



















「あああああああああああ。!!」

エレイシアは弾けるように飛び起きた。

胃の中から物がせり上がってくる。

周りを気にする余裕なんてない。そのまま、勢いに任せて嘔吐した。

嘔吐は続く。吐くものがなくなっても止まらない。内臓が無理矢理裏返しにされたような感覚。

口の中に酸味がする。胃液が出ている。なおも止まらない。

血が混じる。吐きすぎて、喉を痛めたらしい。

このまま永遠に吐き続けるのかと思ったとき、不意に嘔吐が止まる。

顔を上げるとキャスターが手をかざしていた。

「大丈夫?」

魔術を行使し、エレイシアの嘔吐感を無くしているようだ。

キャスターの顔は慈愛に満ちている。

エレイシアはその顔を見ると、嫌悪感を抱いて体ごと後ろを向いた。

「どうしたの?」

エレイシアは応えない。キャスターの方も向かない。

今キャスターの顔を見ると、また嘔吐してしまいそうだった。

「キャスター・・・・・・・・・・・・あれからどうなったの?」

必要最低限の言葉だけ、台本を棒読みするように、感情の起伏を極力平坦にして喋る。

キャスターは突然のエレイシアの態度に戸惑いながらも、尋ねられたことには応える。

「ライダーが乱入した後、隙を見て逃走したわ。
 逃走に成功したら、あなたは気を失ったの。
 多分、極度の緊張と急激な魔術行使で精神的に疲労したんでしょうね。
 いきなり、サーヴァントが入り乱れる戦場なんか出たら、普通の女の子ならそうなるわよ。」

「そう・・・・。」

ようやく、周囲を見渡してみるとキャスターの拠点だとわかる。

だが、エレイシアが座っているのはベッド。また、昨日まで漂っていた下水の悪臭がない。

キャスターが気を利かせて環境を整えたのだろう。

キャスターはエレイシアの肩に手を置く。

エレイシアは初めての戦闘で精神的にまいっているのだと思ったからである。

「やめて、触らないで!!」

だが、明確な拒絶。体を捻って、キャスターの手を振りほどく。

「ねえ、どうして。」

エレイシアには分からない。

生前の記憶がエレイシアに流れ、先程見た夢に出てきたキャスター。

そして、目の前にいるキャスター。

姉同然の召使いの血を吸い、城を狂気の宴の会場と化したキャスター。

態度の節々から、エレイシアへの気づかいと奉仕が見え隠れするキャスター。

2つのキャスター像。一体どちらが本当のキャスターなのか。

「私・・・・・・あなたがよくわからない。
 ねぇ、あなたはどうして召還に応じたの?」

エレイシアはキャスターの方に振り向き、目を射抜くように見つめて問いかけた。

その問いに、キャスターは禍々しい笑みを浮かべながら答える。

「何?また聞くの?
 最初に言ったでしょう。私はね。もっと愉しみたかったのよ。
 聖杯から、若々しい体になってもっと愉しむ第2の生をもらうために、召還されたのよ。」

その問いに納得がいかない表情をするエレイシア。

「でも・・・・・」

「どうせ、私の伝承とのギャップを感じてるのでしょう?
 そりゃ、私はね。味方には甘いわよ。
 じゃないと、聖杯が手に入れられなくなるじゃない。」

「そう・・・。」

もう何を言っても、キャスターから本音を聞き出すことはできない。エレイシアは諦めた。

夢でキャスターの過去を見てしまい、エレイシアから違和感がまとわりつく。

キャスターはまだ何か隠している。

そんな疑念がエレイシアの中に残っていた。


















ライダーがウェイバーの部屋に戻ったとき、彼は椅子に座り、自分の目の前に試験管を掲げ、振りながら目を細めてそれを凝視していた。

机にはさらに液体の入った試験管が数本、試験管の数が足りなかったのか、湯飲みも数個置かれていた。

「お帰り。意外と時間がかかったんだな。」

ライダーの気配を察し、ウェイバーは作業を止めずに言う。

「うむ。卵のタイムサービスがあってな。その時間まで待っていたのだ。」

征服王が卵のタイムサービスのために、スーパーで待つ。そして、主婦達とそれを奪い合う。

まさか主婦達も、隣でタイムサービスの卵を取ろうとしているのが、征服王であるとは夢にも思うまい。

征服王イスカンダルは、征服した先での文化に並々ならぬ興味を示し、部下を辟易させることもよくあったとされるが、ウェイバーは何となく部下の気持ちが理解できた。

「ところで、何をしておるのだ?」

ライダーがウェイバーの手元をのぞき込む。

ウェイバーは紙片を水の入った試験管に入れ、撹拌している最中であった。

机の上には、紙片の元となったものが数枚置かれている。

「ぬ。これは・・・・・この国の紙幣ではないか。
 もったいないのう。」

「ああ。僕もそう思うよ。
 ランサーが槍で効力を失わせた血の触手があっただろ?
 あのとき、こっそりそれを採取したんだ。
 あと、空から降ってくる血の雨も。
 ただ、使えるものがなかったから、しょうがなくこれに染みこませたんだよ。
 紙幣っていうのは、とても上質な紙だし、紙から血液を分離するのも楽だからな。」

ライダーはウェイバーに感心した。

ただ、横で震えているだけではなく、自分でできることをやっていたのだ。

「ほう。それで、今は何をしているんだ?」

ライダーは、ウェイバーの行為に対する期待と好奇心に満ちている。

ただ、ウェイバー自身はライダーに背を向けて作業に没頭していたので、そのことに気づいていない。

「血液ってのは、魔術において重要なファクターだろ?
 さっきまでは、血液そのものの魔力波長を調べてたんだ。
 時間が経っているから、キャスターの魔力は抜けていると思う。
 それでちょっと気になることがあって、今は血液型を調べている。」

ライダーはウェイバーのすぐ隣に来て、作業を眺めながら質問する。

「血液型?何じゃそれは。」

「ああ・・・・ライダーは知らないのか。
 人間の血液は、それ自身の中にある遺伝子の配列によって、A型、B型、AB型、O型の4種類に区別されるんだ。
 大出血をしたとき、他人の血を補充する輸血という技術があるのだけど、このとき違う血液型を入れてしまうと、血が固まって死ぬんだよ。
 なぜだかこの国では血液型は占いによく使うらしいけど。
 本当はDNA鑑定をしたかったけど、僕の持っている機材じゃとても無理だからな。」

さらにライダーはDNA等、知らないことについて矢継ぎ早に質問していき、面倒くさく、面白くなさそうにウェイバーは説明する。だが、気づいていない。

ウェイバーの説明を聞いているライダーの顔が、少年のように好奇心で輝いているのを。

「ほう・・。余の時代にそれがわかっておれば、多くの朋友の命を救えたかもしれんのう。」

ウェイバーが撹拌していた試験管を机に置く。

どうやら作業は全て終了したらしい。

だが、その表情は険しい。眉間にしわを寄せて何か考えこんでいる。

「どうしたんだ。そんな難しい表情をして?」

「うん・・・・・・。
 ちょっと、おかしな結果になっているんだ。
 どういうことかと言うと・・・・・・まあいいや。見てもらう方が早いから。」

そう言うと、一センチ四方の青色にそまった小さな紙片を5枚、ライダーの前に並べる。

「ほら。簡易中の簡易だけど、魔力波長の検査の結果。
 全て同じ色だろ?」

ライダーが無言で頷く。

なんだか、講義をしているようだ。とウェイバーは思った。

むろん、見習い魔術師である彼は時計塔で講義をしたことなんかない。せいぜいケイネスの講義の雑用くらいだった。

ライダーは興味深そうに聞いていることに、ふと気がつく。

「さらに、血液型だけど、全てO型だった。」

そこでウェイバーはため息をつく。

もともと、血液型の検査なんてするつもりはなかった。魔術師が医者の真似事などして、みっともないだけだ。

だが、魔力波長の検査の結果で、ある仮説がウェイバーの頭の中に浮かぶ。それを確かめるための血液型の検査だ。

そして、それはウェイバーの仮説を裏付けるものとなってしまった。

「うーむ。マスターよ。どういうことだ?
 何がおかしいのだ?」

ライダーは腕を組み、首を捻ってうなる。

「ライダー。
 採取した血液は同じ魔力波長で同じ血液型だった。
 ここまではわかるよな?」

ライダーは無言で首を縦に振る。ウェイバーの一言一言を聞き漏らすまいと言う態度が現れていた。

「だからおかしいんだよ。
 僕が『別々の』場所から採取した血液の魔力波長が同じ。
 簡易検査だし、誤差もあるから念のために血液型を調べてみるとそれも全て同じ。
 このことと、監督役の言ったことを考えてみろよ。」

買い物に行く前にウェイバーから聞いた内容を思い出す。

かつてのライダーが家庭教師から教わった思考方法を試してみる。

三段論法。大前提、小前提、結論。

監督役が示した事実を大前提として、ウェイバーの検査の結果を小前提として照らし合わせてみる・・・・。

「!!」

「ライダーも気づいたみたいだな。」













深山町にある武家屋敷。

切嗣の陣営は目立たないように、ひっそりとここに拠点を構えていた。

居間。陣営に属する全ての者が集結している。

カモフラージュのため、家具一式は既に配置してあった。

居間の中央に置かれているテーブルの周りに、アイリスフィール、舞弥、セイバーが座っている。

テーブルの前にテレビがあり、その脇にはホワイトボードがあった。

そこには冬木市の地図が貼り付けてあり、その脇には切嗣が立ち、現状を説明していた。

「つまり、キャスターは冤罪ということだ。
 監督役がのたまっていた一般人に対する魔力簒奪。あれは、ランサー達の仕業だ。」

アイリスフィールは監督役がそのような嘘をついたことに驚愕する。

舞弥は既に知っているので、そのことについては今更何も感じることはない。

そしてセイバー。

彼女は切嗣の言葉を違う意味で受け取っていた。

「な・・・。ランサーは高潔な騎士だ。
 そんなことはするはずがない!!」

右手でテーブルを激しい音を鳴らして立ち上がるセイバー。左手はまだ傷が癒えていないので、強く握りしめただけだ。だが、切嗣は一瞥さえせず、説明を続けていく。

「おそらく、昨夜のキャスターの結界だ。
 あれでマスターの魔力は底をついているのだろう。
 戦術としては、まあ平凡だな。」

「マスター!!仮にランサーの仕業だとしても、令呪で無理矢理使役しているはずです!
 ランサーのマスターは初戦で1度令呪を使用してますから、1度しか命令できないはず。」

セイバーが訴えるが、切嗣は反応しない。そこへ見かねたアイリスフィールが手を差し伸べる。

「ねえ切嗣。本当にそれはランサーがやったの?」

すると切嗣はテレビの電源をつける。そこには、ランサーとケイネスの凶行がまざまざと映し出されていた。

ケイネスの手には2画の令呪。つまり、ランサーは自分の意志で行ったことになる。

「昨日、ランサー達を尾行した舞弥の使い魔に付いているCCDカメラが撮影した映像だ。
 これで満足かい?アイリ。」

「え、ええ。」

アイリスフィールは素直に引き下がる。元々セイバーのために尋ねたので、そのことに対してこだわりはない。

だが、問題はセイバーだ。

先程まで立ち上がっていたセイバーは、動かぬ証拠を突きつけられては何も言えず大人しく座った。

だが、右手は血がにじむほど強く握りしめ、震えていた。

「ランサー、どうして・・・・。」

それっきり、セイバーは何も言うことはなかった。

切嗣は1通りの説明を終えると、今後の行動について指示を出す。

「今日はこの屋敷にいてくれ。セイバーも万全ではないから、外に出る必要はない。
 もし何かある時はこちらから連絡する。
 携帯電話の使い方は大丈夫かい?」

「ええ。昨日散々からかわれたから大丈夫よ。」

アイリスフィールは、何とかこの場の空気を柔らかいものにしようとするが、うまくはいかなかった。

「じゃあ、今日はこのくらいで。
 僕と舞弥は調べ物があるから出かけるよ。」

切嗣は舞弥に目配せをすると、彼女は頷き、立ち上がる。

「あ・・・・、切嗣。」

切嗣が外に出ようとしたところに、アイリスフィールが呼び止める。

すると彼は手に持っていた車のキーを舞弥に投げ渡して、目配せ。

アイリスフィールと話している間に、車を玄関に横付させるつもりで、舞弥も意図に気づいている。この辺りの切嗣と舞弥の意思疎通は、完璧であった。

「何だいアイリ。」

切嗣は優しく微笑む。かつてアインツベリン城でアイリに向けられている物と同じである。

思い過ごしだろうか。切嗣の様子がおかしいと感じたのは。

「いえ・・・何でもないわ。気をつけてね。」

「ああ、わかってる。」

変わらぬ微笑みを返して、切嗣は玄関のドアを開けた。

そして、先程とは真逆の表情で、横付けされた車に乗り込んだ。

車は冬木の街を迷い無くまっすぐ進み、舞弥から装備品を受領した時に使ったビジネスホテルに止まった。

部屋はあの時から継続して借りている。

ドアを開け、中に入る。

ルームサービスの類は一切断っているので、あの時と全く変わらぬ部屋だった。

聖杯戦争開始時より変わらない部屋。まだ1騎も脱落していないサーヴァント達。

そして情勢は・・・・・・明らかに切嗣達が不利である。

未だ癒えぬセイバーの左腕。封じられた宝具。

「舞弥。そろそろ教えてくれないか。
 僕にだけ報告したいこととは・・・。」

言葉は中断させられた。舞弥の手によって。

切嗣の背後から不意を突いて足払い。

バランスを崩した切嗣をベッドに押し倒し、そのまま上に覆い被さる。

混乱している切嗣の唇を奪い、舌を侵入させる。

以前この場所で同じ事をした時よりも、タバコの味が濃かった。

やがて切嗣の舌も舞弥の舌と調和した動きになっていき、2人はお互いの舌を絡ませていった。

長い口づけが終わる。

舞弥が頭を上げ、切嗣の唇を解放する。すると、蜘蛛の糸のような透明の唾液の線がお互いの唇を橋渡ししていた。

「どうして、こんなことをする。」

切嗣が静かに、冷たく、舞弥に言った。

だが、舞弥の答えはさらに冷たい。

「どうしてですって?わかっているでしょう?」

舞弥の言葉に切嗣は苦い表情をする。

「気づいていたのか。僕の魔力が限界を迎えようとしていたのを。」

そう、切嗣の魔力は今下限ギリギリの状態である。

昨日のキャスターの結界、ランサーにつけられた不治の傷、さらに霊体化ができないセイバー。

悪条件が重なってしまった結果である。

「ええ。それなら、これから私が何をするかもわかっているでしょう?」

舞弥の視線は切嗣の目を真っ直ぐに射抜く。

それに対して切嗣の視線は、右往左往していた。

「切嗣、今からする行為はただのパスを通す儀式。
 輸血と一緒よ。」

そしてもう一度、口づけ。

しかし今回は先程の全てを吸い尽くすようなものではなく、優しく唇同士が触れるだけのもの。

10秒ほど口づけをかわした後、舞弥は離れた。

「切嗣、あなたは何のために戦ってるの?
 甘さを捨てて、昔に戻らないと・・・・・・・・・・・・・・・死ぬわよ。」

舞弥のその言葉に切嗣はハッとする。

そして、何か憑きものが落ちたかのような表情になると、今度は切嗣が舞弥の唇を奪う。

さらに、口づけをしながら舞弥との上下の位置をひっくり返す。

その拍子にベッドの掛け布団が床に落ち、埃が舞った。

舞う埃に、窓から差し込む光が当たり、白色に輝く粒子が吹き上がった。

切嗣は輝く粒子の中、舞弥をじっと見つめる。

舞弥はそんな切嗣を眺める。その顔つきが変わったように見えるのは、光の粒子で照らされているからではない。

他の誰もが分からなくても、舞弥には分かる。

「やっと、戻りましたね。昔のあなたの顔に。」

「そうか・・・・・。」

そして、2つの人影は1つになるべく重なった。



















ライダーは、一連のウェイバー説明を受けて、とても満足気である。

顔は今までにないほど、破顔している。

「監督役の言っていることが、デタラメであることはわかった。
 それで、次は何をするのだ?余に様々な雑用をさせたからには、無策ではあるまい。」

ウェイバーはなぜライダーはこんなにも嬉しそうなのかわからぬまま、ライダーが汲んできた川の水を取り出す。
 
まずは、試験管の水の半分を別の試験管に移す。

あらかじめ調合しておいた薬品を一方の試験管に順番に垂らしていった。

「マスターよ。それは何をしているのだ。」

どうやらライダーはウェイバーに説明を受けたがっているようだ。

先程の説明がよほど気に入ったのだろう。

ウェイバーとしては、無視したかったが、多分無理だろうと思い、渋々説明する。

「術式残留物の検出だよ。
 魔術を使った痕跡を調べているんだ。」

「ほう・・・。ではなぜ川の水を調べるんだ?」

「そりゃあ、街のど真ん中を川が横切っているじゃないか。
 それにな、水は常に高所から低所へ流れるという絶対の法則がある。
 結果から場所を推測するのが容易なんだ。
 これが地脈だったら流れを読むのは、僕じゃあ無理だ。もっと大がかりな設備がいる。」

ウェイバーは手元に集中している。

薬品を垂らした試験管を撹拌し、さらに別の薬品を垂らして反応を見るが、何も起きない。

「駄目だ・・・・・・。やっぱり、キャスターのサーヴァントだけあって、隠蔽は完璧みたいだ。」

「では、お手上げか?」

「いや、もう1つ手段はある。ライダー、悪いけど、部屋のカーテンを全部閉めてくれないか。」

ライダーに買いに行かせた薬品と持参した薬品を、2つにわけたもう1つのグループの試験管に滴下する。

さらに、閉めたカーテンの上から遮光の魔術を施していく。

すると、試験管に入った川の水が青白く光っているのが、鮮明にわかる。

「ほーう。マスター、これは何だ?」

「ルミノール反応。血液そのものに反応する薬品さ。
 キャスターは血を魔術の媒介として使っていただろ?
 魔術的な隠蔽はしていても、魔術以外なら見つけられるかなと思って。」

奇しくも魔術師殺しの発想と同じであった。

試験管はAからTまでの20本あり、AからPの川の水は反応があるが、Q以降は反応がない。

ウェイバーは試験管と地図を交互に見て、PとQの地点を指し示す。

「ライダー、この『P』と『Q』の間に何かあったか?
 排水溝とか用水路とか、そういうものが。」

「おう、一際でかいのがあったぞ。」

「それだ。そこを遡った先がキャスターの工房の場所だ。」

断言するウェイバー。

彼に対する認識を改めたライダー。ただの小僧ではない。思わぬ逸材に巡り会ったものだと自身の幸運を感謝した。

「マスター・・・。お主、もの凄く優秀な魔術師ではないか。
 お主が評価されないとは、時計塔とかいうところは目が腐っているのか?」

ライダーが本心から言っていることがよくわかる。だからこそ、ウェイバーは辛かった。

「何言っているんだ。
 こんなの魔術じゃない。警察の鑑識と同じだよ。
 魔術師としては論外だ。」

吐き捨てるようにウェイバーは言う。

意気揚々と冬木に来たが、待っていたのは残酷なまでの現実。

サーヴァントはまさに人外で、手に負える物ではなかった。

さらに同じマスター同士で比べても、自分は何と矮小なことか。師であったケイネスでさえ、並に見えてしまうほどである。

ウェイバーは自分の成果を肯定できない。それを察知したライダーが諭すように言う。

「なあ、マスター。別にいいではないか。魔術師は足りないところは他から補うのだろう?
 お主は成果を上げたのだ。まずはそれを誇るがいい。
 そうだな・・・。わしは、まだ王になる前にアリストテレスに師事していた。それは知っておるだろう?」

まだ納得ができていないウェイバーだが、尋ねられたことには頷く。

イスカンダルの家庭教師は史実でも有名である。

アリストテレス。

問答法を生み出したソクラテスの弟子であるプラトンを師匠に持つ、「万学の祖」と呼ばれる人物。

哲学を始め、多大な貢献をした人物だ。

「先生は偉大な人物だった。
 あの方には様々な知識を授けてもらった。もちろん、魔術師としても優秀な方だった。
 そして何よりも、未知の物に対する好奇心を授けてくれたのは先生だ。
 あの方がいなければ、征服王イスカンダルはいなかった。」

ライダーは遠い目で懐かしそうに語る。

だが、ウェイバーはいきなりライダーがそんなことを言い出したかわからず、逆にイライラしてきた。

「だから、それがどうしたんだよ。
 いきなり、何の話をしているんだ。」

「先程のわしとお主との門答。素晴らしく興味深いものであった。
 あの時わしは、お主に先生の影を見た。
 確かにお主は戦う術を持っておらん。魔術師としての格もいまいちかもしれん。
 だが、お主の洞察力と講義力の素養は大した物だ。
 お主も魔術師なんていう枠から自分を外せば、先生のようになれるであろう。」

「な、な・・・。」

一体目の前の人物は何を言っているのか。よりによって、何という人物と自分を比べているのか。

そして何よりも、その人物ようになれるなどと言うのか。

「馬、馬、馬鹿!!何言っているだ、お前。」

首元から耳の先まで顔を真っ赤にさせて、そっぽを向く。

そこへ、ライダーの掌がウェイバーの頭を乱暴に撫でる。

「さあて、キャスターの居所も知れたところだし、殴り込みにでもいくか!!」

「いや、ちょっと待てよ。監督役の言うことはデタラメなんだぞ。
 それなのに行くのか?」

「おうよ。余のマスターがせっかく突き止めたのだ。行かぬ訳にはいくまい。
 それに、まだキャスターに我が軍門に下るスカウトをしてなかったしな。」

ウェイバーは一気に脱力する。

「お前、結局はそれか。まあいい、どうせぶち当たってみれば何とかなるとか思っているのだろ?」

「はっはっは。マスターも余のことがよくわかってきたではないか。」

そこに先程までのギクシャクしたものはなかった。

後に時計塔一の名物講師と呼ばれるウェイバーは語る。

自分の原点はあの時の会話であると。



















ギチギチギチギチギチ。

虫の音がする。

濁った左目を映す物はなく、体中が壊れたゼンマイ仕掛けの人形のようである。

ギチギチギチギチ

虫の音がする。

間桐家の地下室。虫の苗床。

間桐雁夜は壁に背をもたれて座ったいた。

腐っても間桐の魔術師。体を休めるには、虫の音がうるさい地下室が一番都合がよい。

聖杯戦争が始まってからは、この地下室は使われていない。

つまり、桜の教育は行われていない。

それだけが、救いだった。

「ははははは。たった1回サーヴァントを行使しただけで、この様か・・・。」

手を開いて見つめる雁夜。まるで蝋人形のように生気のない、手のひらは細かく震えていた。

カツカツカツ。

誰かが地下室に降りて来て、雁夜の方に向かってくる。

「雁夜・・・無様だな。」

それは雁夜の兄、間桐鶴野だった。

千鳥足で、顔が赤い。明らかに泥酔状態だった。

酒の匂いはしない。雁夜の嗅覚はとっくに機能しなくなっていたからだ。

「兄貴か・・・。何のようだ。」

雁夜と鶴野の間には、肉親の情などない。

間桐家の人間にあるのは、ただただ影の当主である間桐臓硯への恐怖である。

鶴野は桜に対して教育という名の陵辱を行ってきた。雁夜はそのことを知っている。

だが、それを憎むことはできない。臓硯に命じられたことを拒否することは、生きたまま虫の餌になることと同義だからだ。

そして、鶴野は聖杯戦争が開始され、桜に対する教育もなくなりやることがなくなると、おびえるように酒を浴び始めたのだ。

鶴野の足下がふらつく。立っているのも辛いほど飲んだのだろう。雁夜のすぐ横に座り込んだ。

「雁夜・・・・。お前・・・・馬鹿・・だろ。」

今にも意識を失いそうなのか、途切れ途切れ言葉を放っていく鶴野。

「あん・・・な、小娘の・・・・ために、間・・・桐に戻って・・・・・虫の餌になる・・・・なんて・・な。
 葵・・・・に・・罪悪感を感じ・・・・・てるなら・・。」

そのまま鶴野の意識はなくなり、いびきをかいて眠った。

結局何が言いたかったのか、雁夜にはわからなかった。

そこに、再び足音。

「なんじゃ・・・・。鶴野もいたのか。」

皺だらけの顔、杖をつき、腰の曲がった矮躯。手足はゴボウののように細く、頭髪のない丸い頭だけがやけに大きく見える。

そして、その瞳の奥に潜む眼光は、未だ衰えることなく狂気を宿している。

一体何年生きているのかわからない。少なくとも、雁夜が物心ついたときから、姿は全く変わっていない。

間桐家の影の支配者、間桐臓硯である。

「何のようだ、じじい。この無様な姿を笑いにきたか。」

「いきなりじゃのう。
 何、苦戦しておるお主に助言を授けにきたのじゃ。」

臓硯からの言葉に雁夜は眉を顰める。ただし、右半分だけの。

苦戦している雁夜を見て助言。そんな好々爺なわけがない。

何か裏がある。

「雁夜よ。願いを叶えたければ、キャスターとの同盟を組むのじゃ。」

「キャスターと・・・・・・だと。
 じじい。何言っている。
 キャスターの立場をわかっていてそれをいっているのか」

現在キャスターは監督役から討伐命令が出ている。それと同盟を組むというとは、他のサーヴァント全てを敵に回すことになる。

「だからこそ、キャスターなら同盟を組める余地があるじゃろう?
 他の誰が死にかけのマスターとバーサーカーに対して同盟を組むというのじゃ。
 それに、キャスターの正体がわしの思うとおりなら、間桐の魔術とも極めて相性がよい。
 バーサーカーとキャスターが組めば、アーチャーとて倒し得るだろう。
 マスターも優秀な魔術師だ。お主の状態も多少ましになるじゃろう。」

「・・・・・・・」

正論。筋が通っている。間違いはない。

臓硯の主張は戦術上、問題はなさそうだ。本当に雁夜の身を案じているのだろうか。

いや、それは絶対にない。

おそらく、臓硯の目当てはキャスターだろう。

雁夜が推測したとおりの正体なら、若さを保つという伝承があった。

この腐った虫けらの塊は、朽ちていく魂と肉体を若返らせるためなら、手段は選ばない。

「わかった。確かに間違った戦術ではなさそうだな。」

雁夜の応えを聞くと、臓硯の顔の皺が不気味に流動する。

本人は笑っているつもりのようだ。

「ほっほっほ。そうか、わしの助言も役には立つものじゃのう。」

もちろん、言ってみただけである。臓硯がやれと言えば、拒否権などない。

「これは、前激励じゃ。ほれっ。」

すると、臓硯の足下から、一匹の虫が跳ね上がり、雁夜の口の中に入る。

完全に不意打ちだったため、雁夜はその鈍くなった反射神経を発揮する間もなかった。

虫が雁夜の喉、食道を通り、胃の中に入り、溶けていく。

すると、虫に内包している濃密な魔力が雁夜の体中を駆けめぐった。

雁夜の顔色が生気のない白色からピンク色へと変わる。手の震えが止まる。

だが、急激な変化は雁夜に痛みという形で負荷を与えていた。

「どうじゃ、いい気分じゃろう。
 今の虫はな、桜の純潔を破った特製のものじゃ。
 桜の若くてみずみずしい精気。お主にはもったいないのう。」

表情のない桜の顔が、悲しみに暮れた葵の顔が、冷徹な時臣の顔が雁夜の頭の中をよぎる。

雁夜の手が再び震える。だが、それは怒りからの震えだった。

「では、雁夜よ。キャスターとの同盟、任せたぞ。
 何なら、マキリの工房を使わせても構わん。」

臓硯は雁夜の返事を聞くことなく、地下室から出て行った。















後書き

物語が進行しません。余計なことをたくさん書いているせいですね。

そして、なぜだかアダルティーな話になってしまいました。

次回は戦闘がメインになります。












おまけ



構想の時点でエレイシアのサーヴァントにする予定だった英雄達 その1



・ジャンヌ=ダルク

 オルレアンの聖少女。シエルと同じフランス出身であることから、最終候補の1人。

 宝具
 
 聖少女の祈り:味方のステータスを強制的に1~2ランク上昇させる。

 聖少女の予言:未来予知能力。ただし、その能力の発露はランダム。

 真名看破  :王の変装を見破った逸話から。一目見ただけでサーヴァントの真名を看破することができる。

 ボツの理由
 
 空いたクラスであるキャスターのクラスに収まらない。オリジナルのクラスが考えつかなかった。 

 能力を考えると、どうしてもエレイシアが前面に立つ構成になってしまう。

 やっぱ、今のキャスターのほうが面白そうだ・・・。




  




・遠野志貴
 
 言わずと知れた、月姫の主人公。もし触媒なしで召還したら、彼が召還されたでしょう。

 宝具
 
 直死の魔眼:物の死を見ることができる目。何であろうと殺すことができる。

 ボツの理由

 同じネタの小説を読んだことがある。
 
 志貴だと間違いなくアサシンになってしまい、物語の大幅な改訂が必要になり、そこまでの筆力はない。






それでは、また次話で・・・





[21309] 第四次聖杯戦争 in シエル(Fate Zero再構成) 第4話
Name: エイト◆e74ee967 ID:7d9f1d5a
Date: 2010/09/02 19:45





ライダーとウェイバーは、神威の車輪に乗って、下水路を遡っている。

「なあ、マスターよ。もしかして間違えたんじゃないか?」

ライダーがそう言うのも無理はない。

どんな超絶な魔術を凝らした罠が待ち構えるのか。と身構えながら用水路に入ったにもかかわらず、何もない。

神威の車輪は、まるで国賓が通るために封鎖された街道を走る馬車のように、悠々と進んでいる。

「いや、そんなはずは・・・・・・!!ライダー。」

ウェイバーが自分の推理に小さな疑いを持ち始めた時、彼らの前に立ちはだかる人影。

慌てて神威の車輪を停止させる。

人影はエレイシアだった。

エレイシアは無言でライダー達に向けて左手の平をかざす。

手からは視認できるほど濃密な魔力が渦巻いている。

「(なあ、ライダー。この戦車のフィールド、あの魔術に耐えられそうか?)」

「(ふむ・・。せいぜい2、3発だな。)」

レイラインを通じて2人は会話をしている中、エレイシアが口を開いた。

「ここがどこだか承知で来ているの?」

話しかけてきたということは、いきなり魔術を打ち込まれることはない。そう考え、ウェイバーは何とかこちらのペースに持って行こうとする。

「ああ、この先はキャスターの工房だろ?
 1つ聞きたいことがある。
 監督役がキャスターの討伐命令を出した。あんたらは、夜な夜な一般人を襲って血を集めているんだろ?」

もちろん、ウェイバーはキャスターの仕業ではないことを知っている。あえて、そのことを知らないように言ったのは、揺さぶりのため。

そして、その言葉はウェイバーが思っている以上に効果を発した。

「え・・・・。そんな・・・。」

ウェイバー達にとって、僥倖だったのは、ちょうどエレイシアがキャスターに対して不審感を抱いていたことだ。

エレイシアは左手の平をウェイバー達に向けたまま、自身の右手の甲を凝視する。いや、正確には右手の甲に刻まれた蛇の模様の令呪である。

魔術師として一流の彼女である。令呪の効果はよく理解している。

だが、魔術師として一流であるが故、キャスターのクラスなら何か令呪を覆い尽くす手段があるのではないかと疑ってしまうのだ。

「(キャスター、聞いてたんでしょう?)」

「(ええ。もちろん、私は何もしていないわ。誓ってもいい。
  何なら、彼らをここに連れてくる?)」

レイラインを通じて聞こえるキャスターの声に不審な点はない。だが、エレイシアは長年腹芸をしてきた経験があるわけでもないので、その真偽はよくわからない。

エレイシアは左手を降ろし、発動準備をしていた魔術を霧散させる。

空中にキャンセルさせた魔力が散った。

それを見て、「あの魔力は僕の内在魔力の何倍に相当するだろうか。」とウェイバーは自分が情けなく思うが表情に出さないようにした。

「・・・いいわ。話を聞くことにする。案内するから。
 でも、忘れないで。ここはキャスターの工房。たとえ不意打ちしても、私たちを討ち取ることはできないわ。」

「ふん、そんなせこいことを余がすると思うか?」

そんなことを言われても、エレイシアにはライダーの人となりは分からない。返事をすることなく、下水路の奥へと歩き、拠点へと到着した。

「ようこそ、キャスターのサーヴァントと申します。あいにく、真名は明かせませんが、征服王イスカンダルにお会いできて光栄ですわ。」

貴族の淑女として、完璧で美しい礼でライダー達を出迎えるキャスター。

「ほう。これはこれは。
 いかにも、余が征服王イスカンダルである。」

ライダーもキャスターに対して、王の威厳を以て応える。

「さて・・・。あなた方は私たちに何のようかしら?
 先程、何やら気になることもおっしゃってたみたいですし。
 もしかして、わざわざそれを伝えるために来て下さったの?」

皮肉めいた口調で言うキャスター。その態度に余裕がありありと見える。

そんなキャスターの姿に、少しイラつきながら、エレイシアはウェイバーに尋ねる。

「ライダーのマスター。
 先程の言ったことは本当ですか?」

エレイシアの体から、感情に呼応しているかのように、魔力が鳴動している。

改めて近くにいることで、よく分かる。この魔力量、とても自分に手に負えるものではない。ウェイバーは戦慄した。

だが、飲まれるわけにはいかない。ウェイバーは1回やや大げさに咳払いをし、気を取り直して発言する。

「ああ。監督役がそのようにキャスター以外のマスター達に宣言したのは間違いないことだ。」

一端そこで言葉を区切る。

エレイシアはキャスターの方を探るような目で見ているが、キャスターは何ら動じた様子はない。

すると、突然ウェイバーの頭が揺れた。原因はライダーの拳骨である。

頭を押さえてうずくまるウェイバー。

「こら、キャスター達の主従関係を乱すつもりか。そんなせこい手をしに来たのではなかろう。」

いきなりの展開に、ライダーの方を目が点になって見つめるエレイシアとキャスター。

「安心せい。キャスターのマスターよ。
 お主達が何もやましいことをしていないことは、我がマスターの功績により明らかになっている。
 だが、監督役が宣言したことは、まっこと事実である。」

うずくまりつつ、ライダーの言葉に照れつつ、発言の機会を失ったウェイバーを無視して、戸惑いながらキャスターは問う。

「はぁ、それはそれはご丁寧に。
 まさか、親切にもそれを言いに来ただけかしら?」

だが、さらにキャスターは混乱することになる。

「何を言うか。そんなわけなかろう。
 キャスターよ。お主は生粋の貴族であろう。ならば、貴族の役割は言うまでもあるまい。
 今一度、この征服王イスカンダルを新しい王として、仕えてみる気はないか?」

あまりに堂々と、聖杯戦争のセオリーからはかけ離れたとんでもないことを言い放つライダー。

「・・・・・・・・・はぁ?」

このときばかりは、キャスターは開いた口がふさがらず、貴族の振る舞いを忘れてしまった。














教会の綺礼の自室。

6畳ほどの質素な空間。飾り気が全くない。機能を優先させた家具の配置。

唯一の例外は、部屋の奥にある棚に陳列している数々の酒くらいである。綺礼は高価な酒を収集する趣味を持っていた。

その部屋には、主である綺礼とその部屋の雰囲気とよく調和しているアサシンがいた。

「綺礼殿。なぜキャスターの仕業として報告したのですか?」

ライダーがキャスターの工房に入ったことを報告にしに来たアサシンが綺礼に尋ねる。

そう、綺礼はランサーの凶行をキャスターの仕業として時臣に虚偽の報告をしていた。

そして、事態は綺礼の予測通り、監督役によるキャスター討伐命令が宣言された。

綺礼としては、アサシンの問いに答える義務はない。

だが、アサシンとて聖杯を求めて現界した身。綺礼が時臣と組んでいても、最終的には聖杯を手に入れたいと考えているはず。

ここでお互いの関係に余計な亀裂を生みたくない。

「理由は単純だ。キャスターが一番の脅威だからだ。
 考えてみるがいい。ランサーが現界していれば、セイバーは不完全な状態のままだ。
 そして、アサシン。お前はキャスターのマスターを殺せるか?」

綺礼の問いにアサシンは沈黙する。

そう、エレイシアの魔術。あれをまともに食らえば、サーヴァントとて無事ではすまない。そして、群体に分裂しているアサシンであれば、致命傷となるだろう。

さらに不死の能力。そのからくりは、綺礼がエレイシアのことを思い出したため判明している。

世界からの矛盾の修正。

それを殺し得るのは、魂それ自体を消滅させる宝具を持つギルガメッシュ。

もしくは、世界からの修正力を無効化するような能力。

アサシンはどちらの手段も備えていない。

ゆえにエレイシアは、マスター殺しを得手とするアサシンが殺せない唯一のマスターである。

「では・・・・我らの天敵であるキャスターを他のマスターに討伐させるためなのですね。
 さらに、アーチャーのマスターに対して情報を隠すということは・・」

そのとき、近づいてくるサーヴァントの気配を察知するアサシン。すぐさま霊体化し、気配を遮断してこの場を去った。

アサシンと入れ替わりに現れたのはギルガメッシュ。

「ほう・・・・少し見ぬ間に中々面白い顔をしているではないか。」

綺礼を見るなり、そう評価するギルガメッシュ。相変わらず、派手な格好である。

アサシンとの会話は聞こえてはいないようだ。

「アーチャーよ。キャスターを討ちに行かないのか。」

「ふん。なぜ我が猟犬の真似事なぞしないとならんのだ。」

ギルガメッシュは勢いよく綺礼の対面にある、安物の人口革のソファーに座る。それだけで、ソファーはまるで一級の王座のような印象になる。

これがカリスマというものか。と綺礼は思った。

「ところで、何のようだ。」

「ふん。以前来たときに、現世にしては中々の酒が揃っていると思ってな。
 喜べ、貴様の所持する酒が王である我の口に入るのだ。」

何とも傲慢な台詞であるが、違和感を感じさせないところがギルガメッシュがギルガメッシュたる所以だろう。

綺礼は心の中でため息をつきながらも、棚から最も高価な酒瓶を取り出す。

「特別だ。貴様も我と同じ酒を飲むことを許す。」

そんなことを言われなくても、元々綺礼はそのつもりだった。

酒に溺れられるものなら、そうなってしまいたい。と一時は本気で思ったもの。この棚に並んでいるのはそれなりに苦労と金をかけて集めたのだ。

酒と比べれば数10分の1という値段のグラスを2つ用意し、酒を注ぐ。

ギルガメッシュはそれを一口。そして、興味をなくしたかのようにテーブルの上においた。

「ところで綺礼。貴様、影で暗躍しているようだな。」

綺礼の内心が冷える。

まさかランサーの件がばれているとは思いもよらなかった。

綺礼は知らない。この時点で綺礼の策はある意味破綻している。

自分たちの陣営と当事者以外のライダー、セイバー、バーサーカーのうち、前者2組はキャスターの仕業でないことに気がついている。

唯一騙すことができたバーサーカーは、キャスターと同盟を組むつもりなのだ。

皮肉なことである。

「別に貴様が何しようと構わん。何、あの退屈すぎる時臣に比べればはるかにましだ。」

ギルガメッシュは綺礼の策については、何も思うところはないらしい。

「・・・キャスターのマスターについては思い出したようだな。」

「ああ。彼女はロアという吸血鬼に汚染された娘だ。」

綺礼はエレイシアの状況について説明する。

それを聞くとギルガメッシュは声を上げて笑った。声が部屋に響く。

「くくくく。それは面白い。
 死にたくても死ねない娘か・・・・。
 だがな、綺礼。肝心なのはそこではないだろう?
 貴様は、その娘と過去に出会ったはずだ。その時の感情はどうだったのだ?」

綺礼の顔が強ばる。そして、両手の平を広げ、自分の顔の前に掲げた。

綺礼が時臣に弟子入りしていた最中、報告のために教会へ赴いたときのこと。

そこで偶然出会くわした神学学校の同期でもあったナルバレックに連れられまま、向かった先は埋葬機関の地下室。

地下室にいるのは、四肢を鎖で繋がれたあどけない少女。

ナルバレック曰く、ロアの娘。死ねない体。現在、あらゆる殺し方を試行錯誤している最中とのこと。

そして、まだ試していないのが、魔術の類を一切使用しない素手での殺害。

そこに偶然、八極拳の絶技を極めた綺礼という適役が目に入ったから、連れてきたのである。

手回しのいいことに、綺礼の上司の許可は取っていると言うナルバレック。

綺礼は、ナルバレックに言われるがまま、エレイシアに厳しい修練の結果をぶつけていく。

拳が、足が、エレイシアの肉、骨、臓器を蹂躙していった。

だが、エレイシアは殺せなかった。

「私は、あの娘に・・・・」

綺礼は両手を握ったり開いたりを繰り返しながら自答する。

「綺礼よ。なぜ否定する。その時生じた感情はお前のものだろう。
 貴様は自らを知りたいのだろう。
 それをする覚悟がないのなら、さっさとアサシンを令呪で自害させて、引きこもっているんだな。」

ギルガメッシュは立ち上がり、綺礼に一瞥すらせず、部屋を出て行った。

すると、部屋の中は途端に陰気なものへと変貌する。ほとんど手をつけていない酒だけが、ギルガメッシュがいた唯一の痕跡だった。























どうしてこうなった。

ウェイバーの心境を表すなら、この一言が一番的確だった。

下水路の中継点の広間。

その中央に置かれたテーブルを中心に、キャスター、ライダー、エレイシア、ウェイバーの4人が座っている。

ライダーのスカウト。当然成功するはずもなく、あっさりと一蹴される。

だが、ただでは帰ろうとしないのが征服王。なんとウェイバーが気づかないうちに、日本酒を持ってきており、酒盛りをしようというのだ。

どうやら、卵と一緒にこっそり買ったらしい。

キャスターはキャスターで、何とその申し出を受ける始末。

エレイシアと目が合うウェイバー。

お互いに、「どうすればいいのか」と目で会話をしてしまった。

サーヴァント同士、勝手にやってくれ。と諦めに入った時、キャスターからとんでもない提案が入る。

「あら、私たちだけなんて、そんな無粋なことはないわよね、征服王。」

キャスターはウェイバーの方を見て微笑む。

「うむ・・・サーヴァント同士、聖杯を求める問答をする予定じゃったが、マスターがいてもよかろう。
 それに、わしもそこのお嬢さんには、少し興味があるからな。」

ライダーに探るような目で見られると、思わずエレイシアは一歩引いて、胸を抱く仕草をしてしまう。

あとは、その流れであっという間に、サーヴァントとマスターを囲む酒宴が開かれることとなってしまった。

「どうしてこうなった・・・。」

ウェイバーは大きなため息をついた。

ちなみにウェイバー、酒を飲むのはこれが人生初である。おそらく2度とないような濃い面子であった。

「さて、キャスターとそのマスターよ。
 聖杯はその主にふさわしいものに降臨するという。
 ならば、英霊同士が剣を交えずとも、その『格』が分かればよいのではないか。」

厳かな雰囲気でライダーは問いかける。このときのライダーはどこから見ても王の威厳が漂っていた。

「それで、酒盛りねえ。あなたに仕えた貴族はさぞかし苦労したのでしょうね。」

ライダーの問いかけに苦笑しながら、キャスターは酒を器に注ぐ。

あいにく、キャスター愛用のティーカップしかなかったので、ティーカップに日本酒という妙な組み合わせだった。

「キャスターよ。お主は聖杯に何を望む?」

ライダーの問い。同時にエレイシアがキャスターの方に目をやる。

「・・・・受肉よ。私はね、もっと愉しい人生を続けたいの。
 征服王、あなたはどうなの。一体何を目指してこの聖杯戦争に参加したのかしら。」

キャスターの答えに眉をひそめるライダー。

「キャスターよ、本当にお主は・・・・・まあよい。
 わしの望みも受肉。
 わしはな。世界を相手にこの肉体ひとつで征服をしたいのだ。
 そのための第一歩。肉体を手に入れるために参加したのが、この聖杯戦争だ。
 そして、その暁には西へ向かって征服だ。マケドニアに我が復活を宣言し、凱旋するのだ。
 キャスターよ。共に受肉をしたならば、我が軍門に下り、征服の喜びを分かち合おうではないか。」

話しているうちに、力が入っていくライダー。

最後は半ば叫び声のようになり、話し終えると一気に酒を飲み干す。

そんなライダーの姿を冷ややかに見つめるキャスター。

「そう・・。まさに征服王ね。
 しかし、昔のマケドニアの王は、宮廷マナーも知らないのかしら。
 私、征服とか、戦いが好きな野蛮で下品な男が嫌いなのよ。
 私は1人で城にこもって過ごすのが好きなの。」

野蛮で下品。それを聞いてウェイバーは笑いそうになったが、堪える。

「ふむ。そうもはっきりと断られると、余としてもどうしようもないのう。
 ところでキャスターのマスターよ。
 お主は聖杯に何を望む?」

ライダーからの問いに黙り込むエレイシア。

エレイシアの望み。それは己を否定すること。ライダーとは真反対である。

下を向いて、ティーカップに注がれた日本酒を見つめる。

間をつなげるために、一度口につける。・・・まずい。

エレイシアには酒はまだ早いようだ。

いつまでも黙っているわけにはいかない。ようやく重い口を開く。

「私は、死ぬために聖杯戦争に参加しました。
 死んで、私がこれまで犯した罪を償うために。私のせいで死んでしまった故郷の皆に対する罰として。」

場の空気が一気に重くなる。

さすがのライダーも目を見開いて驚く。

「私は世界の修正という物で死ねない体になりました。
 だから、聖杯の奇跡を以てそれを打ち破りたい。」

ウェイバーには想像が付かなかった。死ぬために殺し合いに参加するなんて。

だが、ここに来て自分の考えが及ぶ範囲の矮小さを十分自覚している。

「ところで、ライダーのマスターは聖杯に何を望むの?」

来た。ウェイバーにとって、最も忌避すべき質問が。

「時計塔の奴らを見返すために、今はランサーのマスターをしている師から聖遺物を盗んで参加したんだ。」

ウェイバーは話していて、何とも情けなくなった。

キャスターとエレイシアからの視線が痛い。

「へえ。こんな変わったマスターもいるのね。」

キャスターは面白そうに笑う。

その後、たわいのない話が続く。主に話していたのは、ライダーとキャスターであるが。

「さて、日も暮れてきたし、そろそろ帰るか。
 マスターよ、先に乗っていてくれ。」

ライダーは神威の車輪の方に視線を移して、ウェイバーに言った。どうやら、何かウェイバーには聞かせたくはない話のようだ。

「さて、キャスターのマスターよ。」

先程とは違い、厳格な雰囲気で言う。エレイシアは答えない。

「お主の過去に何があったかはわしには分からん。
 だが、今のお主を見ていると、そのことに悔いておるのはよくわかる。
 1つ教えてやろう。王というのはな。清濁を合わせ飲むもの。
 臣下の過去にどんなことがあろうとも、その全てを受け入れるもの。
 余はお主の王にはなれんじゃろう。だが、お主の全てを受け入れる者は必ず出てくる。
 そのことを忘れるな。」

ライダーの言葉にエレイシアはどう答えていいかわからない。

彼女は自分自身を受け入れたことなど、一度もなかった。死んで罰せられることだけが救いだと信じているからだ。

「え・・・・、その・・・・」

言葉に詰まっていると、キャスターがエレイシアの頭に手のひらを置く。

「ここは素直に頷いておきなさい。
 ありがとう征服王。お礼に1つ教えてあげる。
 アサシンは健在よ。マスターが狙われないように気をつけなさい。」

キャスターがエレイシアの代わりに応える。一体何に対する礼か。ライダーはあえてそれを聞かなかった。

ライダーは言いたいことを全て発したのか、ライダーはきびすを返して神威の車輪に乗り込む。

「うむ。次に会うときは、お互い聖杯をかけて戦うとき。覚悟しておれ。」

そして、ライダーはもと来た下水道を下っていった。

キャスターの拠点はその住民だけになる。先程までの騒がしさはない。

「キャスター、ごめんなさい。
 あなたを疑ってたわ。」

エレイシアが頭を下げる。だが、キャスターは首を振った。

「いいのよ。
 今日はもう休みなさい。まだ疲労が抜けきってないわ。」

エレイシアの肩を優しく叩いた。だが、次の瞬間、キャスターは同じ人物が発したとは思えない冷酷な声色をあげる。

「私は、ちょっと外に出るわ。
 私たちを陥れようとした輩に、お仕置きをしないといけないからね。」
















1日の終わり。今日を平和に過ごせたことへの感謝と、明日への祈り。

教会の礼拝堂に設置しているマリア像に向かって跪き、手を十字に切ってから合わせる。

言峰璃生にとって、もう何十万回目となる動作だった。

聖杯戦争は順調だ。

まだ脱落者はいないものの、綺礼はうまくアサシンを行使し、他のマスター達の情報を効率よく集めている。

キャスターは他のサーヴァントに囲まれ、まもなく脱落するだろう。

そうすれば、璃正の悩みの種である一般人への被害もなくなるに違いない。

敬虔なクリスチャンの璃正としては珍しく、神への祈りの最中に、そんな雑念が入ってしまった。

そして、璃正の一生でも2度とないであろう。祈りを突如中断し、後ろを振り向く。

年老いたが、璃正の元代行者としての勘か。彼は、礼拝堂に侵入した者の気配に気がついた。

いつのまにか、礼拝堂の中央に縦に走る通り道に、立っている者。

ドレスを着た、金髪の女。璃正は直接見たことはないが、特徴から明らか。

キャスターのサーヴァントである。彼女はうっすらを笑みを浮かべて立っていた。

「あら、気配に気がつくなんて。ただの老いぼれではないようね。」

キャスターは悠然と歩いてくる。

璃正は古くなった脳細胞をこのときばかりはフルに回転させる。

目の前の存在を打倒することは、自分にはできない。ならば、できる存在が到着するまでの時間稼ぎしか道はない。

代行者としての昔の習慣が幸いし、司祭服に隠していた黒鍵を瞬時に取り出し、投げる。

全盛期と比べて衰えきった投擲。だが、一般人なら到底避けられない速度で飛ぶ黒鍵。

だが、対象は一般人ではない。人外のサーヴァントである。

キャスターは右手を掲げ、目の前に血の魔法陣を発動させる。

黒鍵が魔法陣に突き刺さり、不快な金属音がする。その衝撃で、キャスターが一歩下がった。

「へぇ・・・。その年でここまで鉄甲作用を効かすなんて、大したものね。」

キャスターは悪いながら、璃正の投げた黒鍵をもてあそぶ。

璃正は恐怖で背中を冷たくさせながらも、かすかに希望の光も感じていた。

もう少し・・・。璃正が最も頼りにしている最愛の息子。綺礼が来るまでに、持たせてみせる。

だが、璃正の希望は早くも摘まれようとしていた。

キャスターが黒鍵を投擲。璃正は横に転がるようにしてかろうじてかわす。

璃正を貫けなかった黒鍵は、彼の後ろにあったマリア像の腹に突き刺さり、貫通した。

そして皮肉にも、同じ箇所をキャスターの血刀が貫いたのだ。

璃正は間違っていた。時間を稼ぐなんてとんでもない。

目の前の存在は、いつでも自分を殺せたのだ。人が蟻を踏みつぶすように。

口から、腹から溢れ出す血液。璃正は最後の力を振り絞って、息子へのメッセージを血で床に描いた。

そんな、今にも絶命しようとする璃正の姿を冷ややかな目で見つめるキャスター。

次は何をしようか。頭から輪切りにしようか。それとも、磔にして内蔵を引きずりだそうか。

キャスターの思考が不意に停止した。礼拝堂の奥に繋がるドアを見ると1人の男。

遅すぎた援軍である。異常に気づいた綺礼が到着したのだ。

キャスターと、血に沈んだ璃正を見て、状況を瞬時に判断する綺礼。

初手は何の因果か、璃正と同じ黒鍵の投擲であった。

そして、それに対するキャスターの対応も先程と同じ。

だが、結果は全くことなるものとなる。

キャスターは礼拝堂の端まで吹き飛ばされた。

今が代行者としてのピークを迎え、歴代の中でもトップクラスの綺礼の黒鍵の威力は、璃正のものとは比べものにならなかった。

キャスターは内心、感心する。よくここまで鍛えたものだと。

しかし、所詮はそれだけである。キャスターには、勝てない。

そこに、さらなる誤算が生じた。

実体化するアサシン、アサシン、さらにアサシン。

綺礼の周りに守るように次々と実体化していくアサシン達。

「く・・・、まさかアサシンのマスターだったなんて。」

不利を悟り、霊体化してキャスターは撤退した。

残された綺礼達。

虫の息の璃正に治癒を施そうとするも、既に手遅れだ。

「き・・・・れ・・・・・。」

璃正が最後の声を上げ、息子に遺志を伝えようとするが、及ばずに力尽きた。

綺礼は黙ってそれを見ている。そして、おもむろに十字を切り、死者への黙祷を捧げた。

「・・・・・」

綺礼の胸に去来するもの。この感情はなんだろうか。

目の前で父を無惨に殺された。しかし、普通の者に生じる感情が生じない。

最後の力を振り絞って、綺礼に何かを伝えようとした父。だが、足をつぶされた昆虫のようにもがくも、何もできなかった父。

それを見せられ、なぜ自分はこうも落ち着き、笑みさえ浮かべかねない心境になるのだろうか。

綺礼の記憶にあるのは、妻を亡くした時の感情。あの時も同じような心境だった気がする。

そして、これを肯定してしまった時、清廉で敬虔な信仰者である言峰綺礼は生まれ変わってしまうと自覚しつつあった・・・。

















ナルバレックは自室でワインを飲んでいる。

自慢の巨大モニターには何も映ってはいない。

彼女は、モニターの代わりにテーブルの上に置かれた写真立てに入れられた1枚の写真を眺めていた。

聖イグナチオ神学校卒業式という看板を背景に、1組の男女が写っていた。

ナルバレックが神学の徒であったころ。

ある年の新学期を迎えた日、1つの噂が立ち上った。

常に主席を勝ち取り、飛び級で進級した者がいる。

彼の評価は一貫していた。曰く、信仰の体現者。将来の枢機卿。等々。

その名は言峰綺礼。家柄としても何か秀でたものなく、新星のように現れた男であった。

そして、噂の優等生に会ってナルバレックは衝撃を受ける。

この男は、壊れている。私と同じ匂いがする。

噂にあるような信仰の塊ではない。何かを求めて、必死になっているだけだ。

ナルバレックの家系は代々埋葬機関の長を務めている名門である。

だが、あまりの任務の苛烈さと容赦のなさに加えて、人間的に破綻した性格のためか、周囲から蛇蝎のごとく嫌われていた。

ナルバレック自身も神への信仰はあるにはあるが、性格が破綻していた。

だからこそ気づいた。綺礼の異常性に。

だが、彼自身は気づいていない。

綺礼がが苦悩する様を、ナルバレックは愉しんでみていた。

意外なことに、ナルバレックと綺礼はウマがあった。

周囲の人間は、どうしても綺礼に対して将来を約束された者として、意識せずとも見てしまう。

だが、ナルバレックからすれば、綺礼が出世街道を走る前に、答えを見つけ出せずに路線を転換することは分かっていたし、彼女は綺礼以上に将来を約束させられた身である。

綺礼に何ら気を使い理由もなく、それが綺礼には心地がよかったのだろう。

卒業式の日、ナルバレックは早々に埋葬機関へと内定していた。

今生の別れになるかもしれないから、柄にもなく取った写真が、今彼女が見ているものである。

「言峰よ。お前はまだ答えを見つけていないようだな。
 あの日、ロアの娘をいたぶっていたお前の表情は、今思い出しても、そそるものだったぞ。
 あの時のお前なら、いつでも抱かせてやるよ。」

写真に向けて語るナルバレック。

「ロアの娘よ。お前が言峰の起爆剤となるか否か、楽しみだな。」

そう、ナルバレックがエレイシアを聖杯戦争に参加させた最後の理由。

それがきっかけで、言峰に何らかの変化を起こすことを期待していたのだ。

ナルバレックからの、いささか偏狭な綺礼への親切心であった。

聖杯戦争の監督役の手足となる人員に潜り込ませたナルバレックの部下からは、綺礼は早々と脱落し、監督役の保護下にあるという。

だが、そんなことは露程に信じていない。

ナルバレックが知る言峰綺礼は、とびきり頑強で、残忍で、頭の切れる男であった。

彼女の愉しみは、まだまだ続いていくのである。












あとがき

前話のあとがきで、次は戦闘シーンメインと言ったのに、全くでした・・・。ウェイバーじゃないけど、どうしてこうなったのでしょう。

そろそろ死人が出てきた第四次聖杯戦争。物語は加速していきます。

次回こそ、聖杯戦争らしい、戦闘シーンになるようにしていきたいです。










おまけ

構想の時点でエレイシアのサーヴァントにする予定だった英雄達 その2

・メディア
 
 言うまでもなく、第五次聖杯戦争のキャスター。

 ボツの理由

 目新しさがない。


・ナポレオン
 
 フランスの英雄。構想の時点では、エレイシアの出身であるフランスをかなり意識していた。

 ボツの理由
 
 イスカンダルとキャラがかぶる・・・。











それでは、また次話で・・・・・・










[21309] 第四次聖杯戦争 in シエル(Fate Zero再構成) 第5話
Name: エイト◆e74ee967 ID:7d9f1d5a
Date: 2010/09/07 01:54





ライダー達との酒盛りから一夜明け、太陽が調度真上に昇ったころ、エレイシアは冬木市深山町の住宅街を1人で歩いていた。

住宅街の大通りをまっすぐ歩き、この先にある脇道に入ればあとは一本道。

目的地はもうすぐである。リュックに背負った重い荷物とも、そこでお別れだ。

昨日キャスターと交わした会話を思い出す。

聖杯戦争は聖杯降霊の儀式。最終的には儀式にふさわしい場所で聖杯を降ろさないといけないわ。

だから、その場所を制したものが有利になるのよ。

この冬木で聖杯を降臨するに足りる霊地は4箇所。だけど、4箇所も同時に陣地を取ることはできないわ。

だから・・・。

と、そこにエレイシアの下半身に何かがぶつかった。調度、脇道を曲がったところである。

視線を下げると、小さな男の子が尻餅をついている。出会い頭にエレイシアと衝突したようだ。

10歳にも満たないくらいの、珍しい赤毛の子だった。

転けた拍子に、どこか打ったのだろうか。男の子は目に涙を貯め、今にも泣き出しそうだ。

エレイシアは慌てて、しゃがみ込み、男の子と同じ目線になり、頭を撫でてやる。

「大丈夫?」

そうは言ってみたものの、明らかに大丈夫そうではない。

どうしたものかと考え、ふとしゃがんだときに背中から降ろしたリュックが目にとまった。正確には、リュックについている虎のストラップがである。

同じものが2つ付いていたので、心の中で大河に謝罪をしながら、1つ外す。

それを、目の前の男の子の前で、振ってみせる。

「ほら、これあげる。」

男の子が虎のストラップに気を取られている隙に、素早く治癒魔術を発動。痛みを取り除いてやる。

すると、男の子は突然痛みがなくなり、不思議そうにお尻のほうを見ながら、手で撫でる。

活発な子なのだろう。よく見ると、右膝にも最近転んだと見られる擦り傷があった。

エレイシアは苦笑しつつ、ついでとばかりに、虎のストラップに軽く念をこめてから、それを男の子に渡した。

「わー、ありがとう。お姉ちゃん。」

先程転んだ痛みはすっかり忘れきった笑顔を見せ、男の子は走っていった。

エレイシアが渡した虎のストラップ。わずかに防御の魔術をこめておいた。

だが、所詮プラスティック製の大量生産品。魔術的な相性はよいはずもなく、「お守り」程度の役割がせいぜいである。

そんな物でも、少年が転けたり、車に跳ねられた時に衝撃の軽減くらいの役には立つだろう。

大河達には、記憶の改竄や暗示をしたのに、らしくないことをしている。と思いながら、エレイシアは歩いていった。













柳洞寺。冬木市におけるもっとも強力な霊地である円蔵山の上に立てられた、巨大で由緒ある寺である。

そう、山の上に立てられた寺。ならば、その山を登らねばならない。

一直線にのびる階段を見て、エレイシアは大きなため息をついた。

背負っているリュックが重さを主張してくるような気がした。

「おや、参拝ですか?」

すると、後ろから声を掛けられた。

振り向いて声を上げなかったのは、偶々としか言いようがない。

「え・・・、あの。」

そこには、穂群原学園の制服を着た、エレイシアと同年齢くらいの体格のよい男と、彼に手を繋がれた、先程ぶつかった子と同じくらいの男の子がいた。

エレイシアが声を上げなかったのを、戸惑いだと感じたのだろう。

「これは失礼しました。私、この寺の住職の息子の柳洞零観と申します。こちらは、弟の一成です。」

2人は礼儀正しく挨拶する。

知っている。ついこの前、クラスメートだったのだ。

それも、大河に次いで、仲のよい。

彼はエレイシアの内心を知るはずもなく、自然と初対面のごとく話しかけてくる。

「重そうな荷物ですね。よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「いえいえ、気にしないでください。大した重さじゃありません。」

反射的にやや冷たく応えてしまった。そうでなければ、何か不自然になりそうだったから。

「そうですか。ゆっくり参拝して下さい。」

最後にもう一度、きれいな礼をして、2人は階段を登っていった。その歩調に澱みはない。やはり、毎日往復しているだけのことはある。

2人の姿が見えなくなって、エレイシアは座り込んだ。

辛い。この前まで、あれだけ親しくしていた人間に他人を見る目で見られるのは。

でも仕方ない。覚悟はあの時、大河と別れた時に決めたはず。

1つになった虎のストラップを握りしめた。

気を取り直して、階段を登る。

強化の魔術を使えば、羽が生えたように登れるはずだが、魔力の無駄遣いになるから使わなかった。

2回の休憩を入れ、ようやく階段を登り終えた。

木製の立派な山門をくぐり、境内に入る。そういえば、零観とは友人だったが、ここを訪れるのは初めてだと今更ながら気づいた。

もちろん、エレイシアの目的は参拝ではない。

目をつぶり、地面の奥に意識を向け、そこに流れる魔力の流れを読み取っていく。

霊脈の流れは、水のように一定ではない。

魔力の大小、場所の高低、地上に立てられた建築物からの干渉などが複雑に絡み合う。

その何重にも、絡まった糸をほどいていくかのように、エレイシアは霊脈の流れをゆっくりだが、正確に把握していった。

目をつぶってから5分、ようやく目的を果たすために適した場所を見つけ出した。

柳洞寺本堂の裏山、墓地のある場所からさらに山頂へと登った先にある広場。

そこが目的地だった。

エレイシアはようやく、重たいリュックサックを降ろす。

中には、血が満載のペットボトルが5本。合計10kgの重さである。

全てのペットボトルの蓋を開け、中身を地面にぶちまける。

血は地面に落ちると、跡形もなく、溶けて見えなくなっていった。

エレイシアは、地面に手をかざし、魔術の詠唱を始める。

これから彼女が行う魔術は、霊脈の流れを一時的に乱すもの。

キャスターが取った戦術は聖杯降臨の候補地の霊脈を乱し、候補地から外すことである。

4箇所ある候補地を全て確保することはできない。

特に、この円蔵山は、山全体に特殊な結界があるせいで、確保した側が圧倒的有利になってしまう。

ならば、候補地でなくせばいい。

これがキャスターが円蔵山を選んだ理由である。

そして、もう1つの理由。

エレイシアの理由。それは、先程偶然会ってしまった。零観である。

零観が住む柳洞寺が、戦いの余波に巻き込まれないようにするためであった。

術式を刻み、霊脈の流れを乱していく。

すると、何か奇妙な霊脈の流れを捉える。

霊脈の支流が何本か、山の中心部に向かっているのだ。そこだけ、人為的な措置が見受けられる。

エレイシアの意識がつい、そのおかしな霊脈に向かう。それによって、周囲に対する警戒が薄れてしまったのだ。

















それは、切嗣にとって、思いがけない偶然だった。

舞弥と共にビジネスホテルを一泊し、情報収集に外へ出掛けているときのことである。

キャスターのマスターがサーヴァントも連れずに、住宅街を歩いていたのである。

彼女が歩く方向から推察するに、目的地は円蔵山。

車を近くに路上駐車し、階段を駆け上がり、脇の樹海に入る。

大量の装備品を背負って駆け上がったため、息が乱れていた。

切嗣の息が整ってきたころ、何も気づいていない顔で階段を登ってくるキャスターのマスター。

切嗣はほくそ笑む。

既に境内に入っている舞弥と連携を取りながら、尾行する。

魔術師としては超一流のくせに、戦う者としては年相応の少女でしかない。

アンバランスな人間とエレイシアを評価していると、柳洞寺の裏山についた。

何やら魔術儀式を行っている。

それに集中して、こちらの気配には一切気づいていない。

距離500メートル。充分な距離だ。

「(舞弥。今どこにいる。)」

昨日の行為により、パスの繋がった舞弥と念話で会話をする。

「(私は、逃走された時のため、下の樹海で待機しています。)」

「(そうか。)」

鞄からライフルを取り出し組み立てながら、お互いの状況を確認し合う。

切嗣が暗殺者として訓練を受けた際、まずやらされたのが、銃器の分解、整備であった。

このライフルも、幾度となく組み立てた。目をつぶっても淀みなくできる自信がある。

きっちり2分ほどで全てを組み上げ、スコープ越しに標的を見つめた。

切嗣の脳裏に、先日の戦いの記憶が蘇る。

間違いなく、マグナム弾は頭に直撃、頭蓋骨と脳みそをまき散らして倒れた。

だが、何事もなかったかのように蘇生。魔術的な反応は全くなし。

幻覚ではない。切嗣が騎士王の鞘を装備していたとしても、あのような再生は不可能だ。

不吉な予感を押し殺すように、切嗣は引き金を引いた。

サイレンサーつきの銃口から、プシュッと軽い音がする。

命中。同時に、キャスターのマスターが倒れる。

ここからが時間との勝負である。

「固有時制御、2倍速!!」

いくら再生しても、銃弾が効かないわけではない。

再生するまでのわずかな時間。それが切嗣に与えられたわずかなチャンス。

時間の倍化した肉体を疾走させ、わずか20秒ほどで500メートルの距離を一気に詰めた。

そして、対魔術師用の拘束具である魔術封印の呪が刻まれた手錠をエレイシアの手足に掛ける。

これで、あの人間離れした魔術は封じたはず。

今回切嗣が発射した弾丸は、麻酔弾。幸いなことに、まだ意識は失ったままだ。

これで、エレイシアは無力化された。切嗣の勝利であるが、「勝って兜の緒を締めよ」、「残心」という言葉がある。

切嗣も長年暗殺者として活動してきた中、それら言葉の重要性は身に染みて経験してきた。

それを守ったからこそ、背後から迫り来る脅威に反応することができた。

殺気を感じ、横に飛ぶ。

切嗣がいた位置には、銀色の触手が薙ぎ払われていた。

触手の発生源には、1人の男。

舞弥から渡された資料で見た。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトであった。

「どこの犬かは知らんが、その女は私の獲物、今すぐ尻尾を巻いて立ち去るのなら見逃してやる。」

その言葉と同時に、ケイネスの面前に漂っている銀色の球体から何本もの触手が伸び、彼の周りを漂う。

さらに、ランサーが実体化。エレイシアのところにまで、瞬時に移動。

ゲイボウを振りかざし、手足をなぞるように切り裂いていった。

「う・・・はぁ・・」

そのショックで目が覚めたのだろう。エレイシアはもがこうとするも、手足を拘束され、死にかけの蓑虫のように体を動かすことしかできなかった。

切嗣は己の不利を悟る。出し惜しみができる相手ではなかった。

右手の令呪に意識を向ける。

「令呪に告げる。来い、セイバー!!」

サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントのみ。剣の騎士セイバーを呼び寄せた。

深山町の屋敷から、突如としてこの地に呼び出されたにもかかわらず、召還が完了したときには既にセイバーは戦闘態勢になっていた。

「な!!ランサー。」

セイバーとしては信じられない。ランサーは血が滴るゲイボウを持って、拘束され、出血しているエレイシアの側にいる。

つまり、ランサーはゲイボウで人間を斬ったのだ。

そんなセイバーの感情を読み取ったのか、ランサーは自嘲気味に笑いながら、大きく一歩飛び退いた。

それは単純に、足元に障害物があれば不利になると考えてのこと。

「マスター。私はセイバーを。」

「ああ、必ずや仕留めろ。
 私は、そこの魔術師の風上におけぬゴミを始末する。」

ケイネスは思い出した。初戦の時、狙撃をした人物がいたことを。そして、目の前の男がその張本人に違いない。

「まさか貴様がセイバーのマスターだったとはな。
 アインツベリンも堕落したものだ。」

切嗣に言葉はない。応えは、懐に差していたキャレコ短機関銃の銃声によってもたらされ、これが戦いの合図となったのである。














「場所を変えるぞ、キャスターのマスターが気になって、お前の剣が鈍るわけにもいかん。」

無言で、頷くセイバー。エレイシアが視界から見えない広場に辿り着いた。

「ここなら、いいだろう。久しいな、セイバーよ。」

セイバーとランサー。実に2日ぶりの再会であるが、セイバーの表情にそれを喜ぶ色はない。

「ランサーよ。あなたが何故・・・」

「その様子だと、全てを知っているようだな。」

ランサーの様子に戸惑いはない。

対して、セイバーは明らかに困惑していた。

「何故だ!!
 無垢の民を犠牲にするような非道をして、心が痛まないのか、ランサー!!」

「言ったはずだぞ。セイバー。
 俺は今世の君主に身を捧げたと。」

「君主の言うことなら、全て従うというのか。
 間違ったことを正すことも、騎士の務めだろう!!」

セイバーは自身の言葉に対する揺らぎはない。

ランサーは苦笑する。なるほど、理想に殉じたアーサー王というのはこういうものか。

だからこそ、部下の気持ちはわからないのだろう。

「セイバー、間違いとは何だ?
 所詮我々は泡沫の幻。我らの基準で判断してはいかんのだ。
 今、生きる者。その者達の意志を曲げられん。
 俺は、マスターの行為を止められん、止めることはできん。」

ランサーは左手で持つゲイボウを回転させた後、セイバーに向かって突きつける。

今を生きる者の意志。その言葉にセイバーの胸が鼓動する。

過去のやり直し。それがセイバーの望みだからである。

「騎士道にこだわっていては、聖杯を手に入れられん。
 初戦で思い知らされた。」
 
「だが・・・それでも、他を犠牲にしていい理由にはならん。」

セイバーとて、何の犠牲もなく戦果をあげたわけではない。

ある村を捨て石して、戦争に勝利した。だが、それは国と村とを比べて、より大勢を救うことを選択したまで。

ランサーのように、たった1人のために多数の無関係な人間を犠牲にするなど、到底許容できない。

「わかっているさ。地獄に堕ちるのは承知の上。
 マスターの望みを叶えるためならば、多少の犠牲はやむを得ん。
 セイバーよ。お前の望みは何なのだ。この気持ちが理解できないというのなら、1つ言わせてもらう。
 お前の望みは、果たして自身にとって大切なものなのか?」

その言葉は決定的だった。

セイバーの脳裏に広がる光景。

最も信頼していた忠臣に、妻を寝取られた。

彼を断罪できなかった。彼を失ったときの損失を頭の中で無意識に計算していた。

それは寛大な措置と言うのだろうか。妻からしてみれば、自らの価値を否定されたことと同様ではないか。

理想に殉じた。誰もが理想とする統治。それなのに、返ってきた答えは「アーサー王は人の気持ちが分からない。」

部下の裏切り。内乱。カムランの丘での死・・・。

その結末をないものにする。それは断じて軽薄な望みなどではない。

「だ、だ、黙れーーー!!」

足元から爆発する魔力噴射。

セイバーの身体は加速し、不可視の剣を叩きつける。

だが、ランサーは揺るがない。2槍を十字にして下がることなく受け止める。

剣と槍の衝突、さらに破魔の槍に触れて瓦解した風王結界による風により、砂埃が舞う。

力ずくでランサーを両断しようとするが、鍔迫り合いのまま全くに動かない。

そこに、ランサーの前蹴りがセイバーの腕に突き刺さり、セイバーは跳ねとばされた。

「お前とて、虚偽のマスターを使うとは思い切った真似をしてくれる。
 いや、今更何も言うことはあるまい。
 言葉は不要、そうだろ?」

「ああ。もはや語ることはない。この剣を以て、あなたの凶行を止めてみせる。」

セイバーは、力のこもらない左手をできる限り握りしめながら、ランサーを睨み付けた。





















切嗣はキャレコを発砲後、一気に離脱。

ケイネスは自身の持つ最高傑作の礼装、「月霊髄液」により、自動的に弾丸を防いだ。

月霊髄液は巨大な水銀の塊を、流体操作の魔術により、盾、刃、触手、銛など様々な用途に変形する。

その最も優れた点は、術者本人が意識せずとも、自動的に防御をすることだ。

つまり、切嗣や舞弥がいかに死角をついて狙撃しようとも、無駄なのである。

切嗣は裏山の崖を垂直に走り、樹海に身を隠した。

ケイネスは月霊髄液を巨大な足場と化して、悠々と樹海に降りていく。

樹海に辿り着いた時、両者が頭に思い描いた言葉は、奇しくも同じ物であった。

「ここなら、こちらが有利だ。」

切嗣の本質は魔術師ではない。対魔術師のスペシャリストにて、近代兵器の使い手である。

戦場は樹海。ベトナムや南米でのゲリラ戦を嫌と言うほど味わった切嗣からすれば、樹海は罠を隠す場所が山のようにある天然の狩り場である。

さらに、優秀な右腕が潜んでおり、レイラインで会話が可能なのである。

切嗣は自身が負ける要素はどこにも見つからないと確信した。

一方、ケイネス。

彼は魔術師であり、魔術師の本分は研究である。元々戦うものではない。

もちろん、現代兵器やゲリラ戦の知識など備えていない。

魔術師なのだから当然だ。いや、正確には神童と呼ばれるほど優秀な魔術師であり、その魔術特性が故に、この場所が彼の味方をしているのだ。

それは樹海だからではなく、柳洞寺という冬木市でも最大規模の寺院が隣接して存在することである。

寺には当然として、墓地がある。さらに、柳洞寺は無縁仏の供養所もあるのだ。

無縁仏とは、主に自殺者等で身元が分からない死体を葬る墓のことである。

当然、往生して亡くなったものより、怨念が強い。

そして、ケイネスは降霊科の筆頭講師である。

死者の未練、怨念を引き寄せる呪文を紡ぐ。

案の定、一般の墓地とは比べものにならないほどの霊が集まってきた。

なぜ死ななければならなかったのか。自分を自殺に追いやった者への悪意。死後、浮気相手と再婚し、遺産を食いつぶす妻への怨嗟。

ケイネスの周囲に怨霊たちが渦巻き、内に溜め込んだ怨念を吐きだしていくが、ロードエルメロイにはそんなものには一切動じない。

即座に怨霊を制圧、調教すると、月霊髄液を構成する水銀から小さな球がいくつも飛び出した。

怨霊は水銀球の中に吸い込まれていき、それは、蝙蝠と昆虫を合わせたような、奇妙な生物の形となっていく。

ギャギャギャと昆虫のように鳴きながら、怨霊達は散開していった。

その様子を監視していた舞弥ごしに知覚していた切嗣。

「さすがに、神童と呼ばれるだけはあるな。」

口では愚痴を言いながらも、頭の中でケイネスを効率よく葬る手段を構築していく。

あの小さな標的が多数襲ってくる状況は恐ろしい。

過去、切嗣の相棒であり保護者でもあった者も、魔蜂使いという大量の虫を使役するものに敗れていた。

そのことを思い出し、胸が切なくなりそうになるが、一瞬で魔術師殺しとしての顔に切り替える。

木々の間を縫い、樹海の中を我が物顔で、怨霊が迫ってくる。

そして、彼らは爆音とともに、一瞬で物言わぬ水銀へと化した。

クレイモア対人地雷。

切嗣と舞弥が仕掛けたトラップであり、発動すれば、数百個の鉄球が音速で周囲にまき散らされる。

月霊髄液ならともかく、怨霊程度しか憑依していない水銀には、ひとたまりもない。

クレイモアによって、破壊された木々に、銀色の染みが広がった。

第一陣はあっさりと撃破したが、切嗣は楽観視していない。

こちらの装備には限りがある。持久戦では、不利か。

「(舞弥、一度合流する。)」














近代兵器というものは、意外と侮れない。怨霊の群れがクレイモア地雷でほぼ全滅したのを目の当たりにし、笑う。

古代、魔術と科学の区別などなかった。歴史を刻むにつれ、魔術と科学が分けられるようになり、ケイネスは魔術に生きるもの。

いくら優れた科学兵器を以てしても、超一流の魔道の前にはひれふす運命にあるという自負がある。

草をかき分け、落ち葉を踏み、それに紛れているワイヤーを引っかけ、手榴弾が爆発しても、全くの無傷で庭を散歩するかの歩調で進む。

地面の中に月霊髄液の触手が埋まっていた。

「探査・・・・・・なるほど、こちらか。」

月霊髄液の触手は、地面の振動を捉え、切嗣がいる方向を感知した。

標的は止まっている。どうやら、決着をつけるらしい。

「望むところだ。私はここで終わるわけにはいかん。」

森の中にある10畳ほどの広場。周りには、幹周りが太い木が乱立している。

広場の中央に、切嗣は立っていた。左手にはキャレコ。右手には、礼装である起源弾を装填したコンテンダー。

「どうやら逃げ回るのは終わりらしいな。
 貴様はここで死ね!」

ケイネスの周囲に漂う第二陣の怨霊が切嗣に襲いかかる。肌の露出した手、顔、首筋を食いちぎろうと殺到する。

「固有時制御、2倍速!!」

切嗣は体内速度を倍加させ、増大された反射神経によって怨霊たちの動きを見切り、最小限の動きでかわす。いくつかは、食い付いてくるが、気にしない。

大きく態勢を崩そうものなら、月霊髄液の触手の一撃によって、上半身と下半身が2つに別れてしまうからだ。

「く・・・ネズミめ、こしゃくな真似を」

ケイネスは突然速度を増した切嗣が虫を避け続けるのにしびれを切らし、自身の最も信頼する攻撃手段に訴えることにした。

「斬!!」

月霊髄液が両断せんと迫るも、切嗣は紙一重でかわし、キャレコで反撃。

自立防御により、ケイネスの目の前に円形の膜が張られる。乾いた金属音が周囲に響き、銃弾は跳弾と化して方々の木々を傷つけた。

反撃をしようと、防御膜が元に戻った瞬間、ケイネスの目の前に投下させる物体。

その刹那、閃光と轟音の奔流が周囲を埋め尽くし、空を飛んでいる鳥、木々に寄り添っている昆虫が上から次々と落下してきた。

いくら月霊髄液の自立防御が優れていても、光の速度に先じ、音を消し去ることは不可能であった。

光と音の原因は、木の上に潜んでいた舞弥が放り投げたスタングレネード。

本来は人質立てこもり事件などで、犯人を光と音の洪水により無力化する手榴弾であるが、今回放ったのは魔術的なジャミングを兼ねた特別製である。

視覚、聴覚、そして魔術師としての第六感を封じられ、うずくまるケイネスに向かって、固有時制御を解除した切嗣はコンテンダーを構えて狙いをつける。

切嗣とて、事前に分かっていたとはいえ、月霊髄液の触手の必殺の一撃がいつ放たれるか分からない中、目をつぶるわけにもいかず、スタングレネードの直中に晒された身。

ケイネスとの距離はおよそ10メートル。普段の切嗣なら、どう雑に狙っても外すことのない射撃だが、この時ばかりは銃を初めて握った新兵のように集中して狙いを定めなければならなかった。

だからこそ、切嗣は気づかない。己の背後の地面から生える銀色の死の一刺しに。

この場で唯一、スタングレネードが爆裂する事前に目と耳を塞げた舞弥のみが、それを察知することができた。

木の上から、飛び降るも舞弥に防ぐ手だてはない。ただできることは、この身を盾にして切嗣を守ることだけだった。

銃声。コンテンダーから放たれた起源弾が、月霊髄液の防御膜を直撃。切嗣の起源が具現化し、ケイネスの魔術回路を破壊すると同時に、月霊髄液の触手が舞弥を貫いた。

ケイネスは視覚、聴覚、第六感を封じられたが、触覚と嗅覚だけは生きていた。

触覚を使い、月霊髄液から地面の振動を察知し、切嗣の位置を特定したのだった。

惜しくは、切嗣に舞弥という右腕がいたことだろう。彼女が察知しなければ、切嗣を討ち取れたのだから。

スタングレネードの直撃を受け、意識が半ば朦朧とする中、地面の振動を感知しながら、切嗣を攻撃し、さらに自立防御まで行う。

時計塔で神童の名を冠するにふさわしい魔術行使であり、最後まで魔術師として冷静に戦ったケイネスであるが、魔術回路を破壊された今、キャレコから放たれた銃弾に対しては無力であった。

「ごぁぁ・・・・。ソラウ、済まない。」

銃弾が無慈悲にケイネスの身体を蹂躙し、彼は激痛と後悔の中、息を引き取った。

「舞弥!!」

切嗣は魔術回路を破壊されたケイネスをキャレコの銃弾で仕留めた後、自らの血と魔力を失った水銀に没している舞弥に駆け寄る。

本来の手はずなら、起源弾が命中したの直後に、木の上にいる舞弥との十字射撃の手はずだった。

猶予を与えると、ランサーを令呪で召還され、逃げられるおそれがあったし、致命的なまでに魔術回路を励起させることは、怨霊を召還された状況から、極めて危険であった。

突如として視覚、聴覚、第六感を奪ったにもかかわらず、残った触覚によって切嗣の位置を特定し、地中からの奇襲攻撃まで仕掛けられるとは思わなかった。

いくら悔やんでも、遅い。既に結果は起こってしまった。

舞弥はもう助からない。皮肉にも、切嗣の長年の経験により、死神が舞弥を連れ去る直前であることをいち早く悟ってしまった。

本人もわかっているのだろう。胸を貫かれた激痛があるにもかかわらず、気丈にも笑ってみせている。

「切・・・嗣。・・・むかしに・・・もどっ・た・・・あなたなら・・・だい・・じょう・・ぶ。か・・・っ・・て。」

駄目だ。泣いてはいけない。舞弥の言う、魔術師殺しの殺人マシーンにならなければ。

必死に自己暗示をかけようとするが、切嗣の手は震え、しばらくその場から動くことができなかった。


















強い。いや、私が弱くなったのか。セイバーは自嘲する。

お互いに手の内を知り尽くした再戦。

力の入らない左手を念頭においても、セイバーの動きは精細を欠いていた。

一流になればなるほど、些細な違いが勝負の明暗を分ける結果となる。

不完全な左手に加え、心の状態が不安定な状態なセイバーと、気力が充実しているランサー。

どちらに軍配が上がろうとしているか、比べるまでもない。

聖剣には既に風王結界を纏っていない。ゲイ・ジャルクで切り裂かれると荒れ狂い、片手の状態ではその反動を押さえつけることができず、太刀筋を乱してしまうからだ。

ランサーは左右の槍を身体から大きく離して、構えている。

身体の正中線ががら空きであるが、空間的に空いているからといって、それが隙になるわけでもない。

その空間に一太刀浴びせることができれば・・・・。

セイバーは唇を噛み、赤く染まった眉を顰めた。彼女には、所々ゲイ・ボウによる傷が刻まれており、その1つに額に真横に走った浅い傷がある。

その傷から滴り落ちた血が、彼女の整った金色の眉を赤く染めているのだ。

流れる速度は遅くとも、血が止まらない。今は眉を染めているだけだが、いずれは眉を突破し、目に入ってくるだろう。

そうなってしまっては、もはやセイバーに勝ち目はない。

「はああああぁぁぁ!!」

自身の魔力炉心を爆発させるかのような気合いをあげ、斬りかかる。

斜めから袈裟懸けに走った刃は、左手のゲイジャルクによって阻まれ、次の瞬間、右からゲイボウが襲いかかる。

いつもなら、ここでゲイボウを防ぐところだが、あえてそれをしない。

ゲイボウ自体、恐ろしい不治の呪いを備えているが、瞬間的に見ればただの短い槍。攻撃力はゲイ・ジャルクの方が格段に上である。

受け方さえ間違えなければ、致命傷とはならない。

セイバーはゲイジャルクを押さえたまま、風王結界を再装填。即座に爆発させる。

「何!」

セイバーの右頬から耳たぶを切り裂くゲイ・ボウ。

まさかゲイボウに対する防御をほとんど捨てるとは、思ってもいなかったランサー。その魔貌が驚きに染まる。

その瞬間、セイバーは1つのミサイルと化し、ランサーの正中線にぶつかった。

はじき飛ばされ、尻餅をつくランサー。目の前には誰もいない。

面前の地面に映る影が徐々に大きくなっていくことから、即座に上を向くと、落ちてくるセイバー。

間一髪のタイミングで横に転がって避ける。落下の位置エネルギーと魔力放出で推進した渾身の一撃は、受けていたら槍ごと両断されていただろう。

隕石でも落ちたかのような、轟音とともに、地面がえぐれ、土煙と砂利が爆散した。

「今のは危なかったぞ、まさか捨て身で来るとはな。」

距離を取り、再び同じ構えをとるランサー。息は乱れず、顔には余裕がある。

一方セイバー。捨て身の一撃は当てることはできず、顔に新たな傷を負ってしまった。

頬を深く切り裂かれ、血が止めどなく流れる。

セイバーは、勢いよく血を地面に向かって吐き出した。先程の傷から流れる血の一部が喉を通って、呼吸の邪魔をするのだ。

「ふん・・・。綺麗な顔が台無しだな。
 それに、はしたないぞ。王にあるまじき行為だな。」

嘲笑を浮かべながらのランサーの言葉は挑発だ。それはわかっているのだが、セイバーは激昂を押さえることができない。

感情の赴くまま、ランサーに斬りかかろうとした瞬間、セイバーの動きが止まる。

聖剣に写った己の顔。血に染まり、醜い。何よりも、普段とかけ離れてた表情である。

アーサー王とは。10の年月、12の会戦にして不敗ではなかったか。それを成し遂げたのは、常に理想の王で在り続けた自分。

ランサーの言葉に憤慨したが、醜いのは事実。

しかし、在り方すら己に相応しくなくなってしまえば、もはや自分ではないのではないか。

再び剣を構え直す。その瞳は万軍を指揮し、百戦錬磨の戦士の顔。感情で揺らぐことはない。

その雰囲気の変化を読み取るランサー。警戒心が増す。

だが、次の瞬間ランサーの体内から、マスターとのつながりを示す鼓動が消えた。

槍を降ろす。身体から闘志がなくなる。

それに困惑するセイバー。

「どうしたランサー。構えろ。」

セイバーが促しても、ランサーはただ首を振るのみ。

「いや、マスターが敗れた。
 もう魔力供給はない。
 斬れ、セイバー。」

両手を広げるランサー。嘘は言っていないようだ。いや、言う必要はない。

このまま順当に戦いが続けば、勝つのはランサーであったのだから。

剣を構えるセイバー、だが唐突に構えを解く。

「どうした、セイバー。斬れと言っているのだ。」

首を横に振るセイバー。頬の血が当たりに飛び散る。

「いや・・・。今更だが、斬れん。
 騎士の誇りを汚したあなたを騎士らしく戦いの中で死なす気分ではなくなった。
 教えろ、ランサー。あなたは、何故主の言うことに素直に従ったのだ?」

「厳しいな・・・さすが騎士王といったところか。
 俺はな、聖杯なんてどうでもよかったんだ。
 騎士として君主に仕えることを全うする。生前できなかった、そんな些細なことが望みだったのさ。」

セイバーは目を見開いて驚く。聖杯戦争で聖杯を必要としないサーヴァントがいるのかと。

そして、何て望みだろうとも思う。そんな望みのために、世界と契約し死後も拘束され続けるのかとも

「結局叶わなかった。俺のせいでマスターの最も大事な人を奪ってしまったんだ。
 うぬぼれではないが、俺のマスターは天才だ。聖杯戦争のマスターとサーヴァントの契約システム。
 これを改善し、マスター権をそのままにし、魔力供給を別の人間に割り当てたんだ。」

奇跡を具現化する聖杯。それを構築したシステムに他者が介入する。確かに、うぬぼれでもなく天才の所行である。セイバーは頷いた。

「それがあだになった。初戦でのキャスターの結界宝具。あれのせいで、魔力供給をする人間は、生命力のない抜け殻になったのさ。
 彼女を助ける手段は聖杯のみ。マスターは彼女の生命維持のため、日々大量の魔力を消費する。
 俺にできることは、どんな手を使ってもマスターに聖杯を献上することだけだ。
 騎士の誇りか。そんなものは、いつの間にか考えられなくなった。」

セイバーは何も言うことができない。言うべき言葉が見つからない。

ランサーは地面にひざまづき、左手でゲイ・ボウを持つ。

「あの時、こうなっていればよかったのか。
 それであれば、2人とも死なずには済んだ。」

笑うことで泣き顔を隠すような表情で呟くと同時に、何の躊躇もなく自らの喉をゲイ・ボウで貫いた。

それは、もし初戦でキャスターの結界宝具で操られていたら迎えるであろう、ランサーの末路そのものだった。

「ケイネス様、ソラウ様。申し訳ありません。」

ランサーは一言だけ空に向い、潰れた喉にも関わらずはっきりとした言葉で言うと、そのまま地面に突っ伏し、消え去った。

エーテルの残照が周囲に散らばった。













あとがき

最初の脱落者はランサーでした。しかし、主人公がこれだけやられ放題な小説って一体・・・











おまけ



入れようと思ったけど、結局ボツになったNGシーン その1

第1話から:エレイシアが務めるパン屋にて、常連の赤毛の少年がパンを買いに来るシーン



「あ、お姉ちゃん。」

週に1回ほど、母親とパン一緒に来る赤毛の少年が店に来た。

前に一度、店のパンをこけた拍子にひっくり返してしまい、大泣きしてしまった時があり、その時慰めたこときっかけでエレイシアのことを慕うようになったのだ。

「いらっしゃい。今日は1人?」

「うん。お母さんは別の買い物に行ってるよ。」

店内に他の客はいない。少年とエレイシアは楽しそうに喋っていた。

少年は迷いなくパンを選び、レジに持って行く。

「いつもありがとう。・・・そうだ、ちょっと待ってて。」

レジ精算を済ませたエレイシアは、一旦店の奥に入り、自分の荷物から虎のストラップを取り出した。

それに簡易の防御魔術を掛けてから少年に渡す。

「はい、これあげる。
 あと、これからは夜遅く出歩いたら駄目だからね。」

「うん、僕はいい子だからそんなことしないよ。
 お姉ちゃん。ありがとう。」

少年は上機嫌で店を出て行った。





ボツの理由

パン屋の描写は全面カットしたため。

学校の者は記憶を改竄しているのに、店の客は何もしないというのは不自然なため。

本編では、描写はないですが、パン屋関係者も記憶を改竄しています。










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