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『されど、ガン完治への旅』…。
2010-09-09
和歌山から札幌の自宅に戻り、早くも3週間になろうとしています。
気がついたらもう9月9日…。
札幌は暑かった夏も過ぎ、今朝はとてもさわやかな秋の朝明けです。
和歌山では思いがけない47日間の「ミステリー・ツアー」を体験し、
いまは介護ベッドとクルマ椅子生活を余儀なくされていますが、
それにしても今回は、改めて「ガン呪縛」のすごさを体験させられました。
まず、骨折して救急車で病院に運ばれて、それがガン性骨折と分かったとき、
医師からは「手術だけでなく放射線とのセットが不可欠」と強く言われました。
手術後の放射線治療を受け入れなければ手術はできないとされたのです。
どうやらこれがいまの病院の原則のようで、
ガン性骨折なのだから、ガン治療を基本とした対処(手術)ということでしょう。
ただ、ぼくが遠い札幌の人ということもあって、
「まずは緊急手術を! ガン治療は札幌に帰ってから」というお願いに、
なんとか緊急対応していただいたというようなしだいです。
もしもこれが札幌での骨折であったとしたら、かなり難航したと思います。
というのも、
「まずは緊急手術をしていただいて、とにかく札幌に帰りたい。
ガン治療は札幌に帰って札幌の病院でしたい」といった理屈が通らないからです。
その意味では、元々放射線治療をするつもりのないぼくにとって、
遠い和歌山で骨折して、本当に良かったと思っています〈笑〉。
手術のあと、少しリハビリをしましたが、右足はほとんど動きません。
呼吸がやや困難で血圧が低く、座っていると腰が痛くなることもあって、
この状態で新宮市から札幌にまで移動するのは、本当に大変でした。
いろんな方法を考えてみた結果、結局は、以下のように移動しました
8月17日朝9時 病院から新宮駅までは介護タクシー。
新宮駅から関西空港まではJRの特急。(10;35発→15:30着)
乗り換えが必要で5時間かかるため、駅員のサポートを依頼してグリーン車。
関西空港の隣接ホテルで一泊して疲れを癒す。
(関空のホテルには5人の方が訪問してくださって歓談しました)
そして翌日(18日)の夕刻、関空から千歳空港へ。
千歳空港から札幌市内のホテルまでは友人に依頼してクルマ移動。
その夜は札幌のホテルに宿泊して、その間、妻が介護ベッドとクルマ椅子を手配。
翌19日、自宅にぼくのための生活環境を準備した上で、ようやく帰宅。
要するに、新宮市を出発したのが17日、帰宅は19日と、
なんと「三日がかり」で、なんとか札幌の自宅に帰ってきたのです〈笑〉。
しかし、これも実は異例の「退院許可」だったのでした。
というのも、本当は「転院」でなければならず、転院してガン治療を受ける。
それがいまの病院の基本になっているようでした。
ところが、放射線治療をしないぼくを受け入れてくれる病院は札幌に1つもなく、
これでは「転院」が不可能です。
さりとて、ガン治療を受けずにいつまでも新宮の病院にいることができないため、
仕方なく、退院して自宅に帰ることを認めてくれたのでした。
自宅に帰れることになったのは良かったものの、これでは足のリハビリができません。
リハビリをしなければ歩くことができず、困ってしまいます。
もっとも、介護保険を使えば自宅でのリハビリも可能になりますが、
介護保険が使えるのは、65歳以上です。
幸か不幸か、まだその歳になっていないぼくにその資格はありません。
ところが、ここでまた「ガン呪縛」がものを言い、
ぼくは医師から転移によるガン性骨折の「末期ガン」と認定されていましたから、
以外とすんなり、特別に介護保険が適用されることになりました〈笑〉。
もちろん介護ベッドやクルマ椅子なども、その認定を前提にして借りています。
これだと1割負担で利用できますから、ありがたい話です。
先週の金曜日には、2ヶ月以上ぶりで「出張入浴サービス」を受けました〈笑〉。
正式の認定はまだですので、自宅リハビリはまだできませんが、
それでもたまに妻に、近くの喫茶店や書店などに連れて行ってもらったりしています。
運転も車椅子もすべて妻の介助に頼るしかなく、自分ではほとんど何もできませんが、
それでも、ようやく自宅に戻って落ち着いた暮らしを取り戻しつつあります。
さて、問題はこれからです。
なんとか介護ベッドでパソコンが使えるようになりましたので、
これからゆっくりと次の本でも書こうかと思っています。
で、そのタイトルは、『されど、ガン完治への旅』…。
本当は『ガン完治宣言』を書くつもりでしたが〈笑〉、こうなった以上は、
「されど…」という言葉を使って再出発する以外にありません。
これは「後退」のように見えて、「されど」とても深い意味を感じています。
それを裏付けるものとして、和歌山でのスピリチュアルな出来事もあります。
ますます、
「すべてが起こるべくして起こっている」ことを実感させられています。
稲田芳弘
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