Part 2

2010年09月07日 01:10
経済

大いなる不安定

2006年に世界が大恐慌に陥ると予言して"Dr. Doom"の異名をとった著者(ヌリエル・ルービニ)の、今回の金融危機についての総括。10月1日発売だが、アマゾンで予約できる。大部分は金融危機のおさらいだが、なぜ彼が危機を予測できたかの説明がポイントである。

それは彼が「経済は均衡に向かう」という主流派のマクロ経済学を信用せず、ケインズやハイマン・ミンスキーの「資本主義は本質的に不安定だ」という思想にもとづいて経済現象を見たからだ。ミンスキーの金融不安定性仮説は非常に素朴で、理論と呼べるようなものではないが、金融市場が(実物経済と違って)自動的に安定化するとは限らないことを説明している。彼によれば、ファイナンスには次の3種類がある:
  1. ヘッジ・ファイナンス
  2. 投機的ファイナンス
  3. ねずみ講ファイナンス
1は効率的市場仮説が想定している取引で、2も効率的な投機であれば安定化する(愚かな投資家は淘汰される)が、市場全体が一つの方向に動くと不安定化する。3は資産価格が維持できないことを承知の上で他人に損を押しつけて売り抜けるもので、金融市場が発達するにつれて2や3の取引が増え、資産市場は不安定化する。

世界の中央銀行が採用しているDSGEでは、経済が動学的な均衡に向かうという結論が最初から仮定されているので、金融不安は均衡からの一時的な乖離でしかなく、中銀は受動的なルールにもとづいてその乖離を事後的に補正すればよい。しかし金融市場が均衡から発散する不安定性を内在的にはらんでいるとすると、過剰なリスクテイクを事前に規制することが必要になる。

今回の欧米の新金融規制は、こうしたケインズ的な考え方でつくられたものだが、理論的基礎がないのでアドホックだ。DSGEのような均衡理論は「平時の経済学」で、金融危機のような有事には役に立たない。それとは別に、荒っぽくても実用的な「危機の経済学」(本書の原題)を用意したほうがいいのかもしれない。ケインズの「有効需要」理論は陳腐化したが、「マクロ経済には自動安定化メカニズムが欠けている」という彼の発想は、危機の経済学の出発点になろう。

トラックバックURL

コメント一覧

  1. 1.
    • みねちゃん
    • 2010年09月07日 22:52

    自然科学とは違うとはいえ、「経済が均衡に向かう」という余りにナイーブな仮定なしでは成り立たない理論は、科学とはいえないんではないか。
    そもそも「情報の不平等性」についてもっと検討が必要ではないか。単純な話で、「今円が高いから、明日僕の財布の中の円をドルに換える」という行動を誰が取っているか。誰も取っていない(円が高いのだから当たり前だが。)。僕も取らない。なぜか。今円が高くなっている本当の理由を知らないからだ。また、もしかしたらドルが明日さらに暴落するかもしれないが、そんな情報は一部の人間が握っており、もしくはその人たちに先に伝わる以上、円を維持しても、ドルに換えても、どちらに貼ってもマイナス期待値のゲームに放り込まれているから、動くだけ、マージン分を損するだけで無意味だからだ。
    言い換えると、情報が不均一である限り、遠い未来まで、ネズミ講ビジネスで儲けることが出来る人間は常に存在する。そして僕がその立場ならネズミ講ビジネスを絶対にやめない。それ故経済が均衡に向かうはずがない。
    そんな「情報強者」の前では、情報をシャットアウトし、取引を縮小するのが最も正しい選択なのだ。

  2. 2.
    • sincosintan
    • 2010年09月08日 11:30

    池田先生が想定するあるべきマクロ経済モデルとは何でしょうか?以前から感じていたのですが、DSGEが世界の中央銀行の常識であると指摘しつつも、池田先生自身はDSGEにはあまり支持を置いていないようにも見えます。とはいえ、「どマクロ」で議論することは否定されています。先生の中ではどのようなモデル思考が組み立てられているのでしょうか?それとも、臨床的に「その場にあった部分均衡的な体系」で考えているということでしょうか。それであれば昔安富さんとあるべき経済学の位置について議論していた記事とは整合性がありますが・・。

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。               



連絡先
記事検索
アゴラ 最新記事




メルマガ配信中


書評した本


自我の源泉 −近代的アイデンティティの形成−自我の源泉
★★★★☆


The Microtheory of Innovative Entrepreneurship (The Kauffman Foundation Series on Innovation and Entrepreneurship)The Microtheory of Innovative Entrepreneurship
★★★★☆


日本の幸福度  格差・労働・家族日本の幸福度
★★★★☆


リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上) 追いつめられた金融エリートたちリーマン・ショック・コンフィデンシャル
★★★★☆


田中角栄の昭和 (朝日新書)田中角栄の昭和
★★★★☆


Lords of Finance: 1929, The Great Depression, and the Bankers who Broke the WorldLords of Finance
★★★★☆


ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男ゲームの父・横井軍平伝
★★★☆☆


社会保障の「不都合な真実」社会保障の「不都合な真実」
★★★★☆




再分配の厚生分析再分配の厚生分析
★★★★☆




日本の税をどう見直すか (シリーズ・現代経済研究)日本の税をどう見直すか
★★★★☆
書評




人間らしさとはなにか?人間らしさとはなにか?
★★★★☆
書評




Fault Lines: How Hidden Fractures Still Threaten the World EconomyFault Lines
★★★★★
書評




ドル漂流ドル漂流
★★★★☆
書評




仮面の解釈学仮面の解釈学
★★★★★
書評




これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学これからの「正義」の話をしよう
★★★★☆
書評




ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書)ソーシャルブレインズ入門
★★★★☆
書評




政権交代の経済学政権交代の経済学
★★★★☆
書評




ゲーム理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)ビンモア:ゲーム理論
★★★★☆
書評




丸山眞男セレクション (平凡社ライブラリー ま 18-1)丸山眞男セレクション
★★★★☆
書評





〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書) (岩波新書 新赤版 1240)〈私〉時代のデモクラシー
★★★★☆
書評


マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)マクロ経済学
★★★★☆
書評


企業 契約 金融構造
★★★★★
書評


バーナンキは正しかったか? FRBの真相バーナンキは正しかったか?
★★★★☆
書評


競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書)競争と公平感
★★★★☆
書評


フーコー 生権力と統治性フーコー 生権力と統治性
★★★★☆
書評


iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)iPad VS. キンドル
★★★★☆
書評


行動ゲーム理論入門行動ゲーム理論入門
★★★★☆
書評


行動経済学―感情に揺れる経済心理 (中公新書)行動経済学
★★★★☆
書評


現代の金融入門現代の金融入門
★★★★☆
書評


ナビゲート!日本経済 (ちくま新書)ナビゲート!日本経済
★★★★☆
書評


ミクロ経済学〈2〉効率化と格差是正 (プログレッシブ経済学シリーズ)ミクロ経済学Ⅱ
★★★★☆
書評


Too Big to Fail: The Inside Story of How Wall Street and Washington Fought to Save the FinancialSystem---and ThemselvesToo Big to Fail
★★★★☆
書評


世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)世論の曲解
★★★☆☆
書評


Macroeconomics
★★★★★
書評


マネーの進化史
★★★★☆
書評


歴史入門 (中公文庫)歴史入門
★★★★☆
書評


比較歴史制度分析 (叢書〈制度を考える〉)比較歴史制度分析
★★★★★
書評


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー:〈無料〉からお金を生みだす新戦略
★★★★☆
書評


労働市場改革の経済学労働市場改革の経済学
★★★★☆
書評


「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)「亡国農政」の終焉
★★★★☆
書評


生命保険のカラクリ生命保険のカラクリ
★★★★☆
書評


チャイナ・アズ・ナンバーワン
★★★★☆
書評


ネット評判社会
★★★★☆
書評



----------------------

★★★★★



アニマル・スピリット
書評


ブラック・スワン
書評


市場の変相
書評


Against Intellectual Monopoly
書評


財投改革の経済学
書評


著作権法
書評


The Theory of Corporate FinanceThe Theory of Corporate Finance
書評



★★★★☆



つぎはぎだらけの脳と心
書評


倒壊する巨塔
書評


傲慢な援助
書評


In FED We Trust
書評


思考する言語
書評


The Venturesome Economy
書評


CIA秘録
書評


生政治の誕生
書評


Gridlock Economy
書評


禁断の市場
書評


暴走する資本主義
書評


市場リスク:暴落は必然か
書評


現代の金融政策
書評


テロと救済の原理主義
書評


秘密の国 オフショア市場
書評

QRコード
QRコード
Creative Commons
  • ライブドアブログ