2006年に世界が大恐慌に陥ると予言して"Dr. Doom"の異名をとった著者(ヌリエル・ルービニ)の、今回の金融危機についての総括。10月1日発売だが、アマゾンで予約できる。大部分は金融危機のおさらいだが、なぜ彼が危機を予測できたかの説明がポイントである。
それは彼が「経済は均衡に向かう」という主流派のマクロ経済学を信用せず、ケインズやハイマン・ミンスキーの「資本主義は本質的に不安定だ」という思想にもとづいて経済現象を見たからだ。ミンスキーの金融不安定性仮説は非常に素朴で、理論と呼べるようなものではないが、金融市場が(実物経済と違って)自動的に安定化するとは限らないことを説明している。彼によれば、ファイナンスには次の3種類がある:
世界の中央銀行が採用しているDSGEでは、経済が動学的な均衡に向かうという結論が最初から仮定されているので、金融不安は均衡からの一時的な乖離でしかなく、中銀は受動的なルールにもとづいてその乖離を事後的に補正すればよい。しかし金融市場が均衡から発散する不安定性を内在的にはらんでいるとすると、過剰なリスクテイクを事前に規制することが必要になる。
今回の欧米の新金融規制は、こうしたケインズ的な考え方でつくられたものだが、理論的基礎がないのでアドホックだ。DSGEのような均衡理論は「平時の経済学」で、金融危機のような有事には役に立たない。それとは別に、荒っぽくても実用的な「危機の経済学」(本書の原題)を用意したほうがいいのかもしれない。ケインズの「有効需要」理論は陳腐化したが、「マクロ経済には自動安定化メカニズムが欠けている」という彼の発想は、危機の経済学の出発点になろう。
- ヘッジ・ファイナンス
- 投機的ファイナンス
- ねずみ講ファイナンス
世界の中央銀行が採用しているDSGEでは、経済が動学的な均衡に向かうという結論が最初から仮定されているので、金融不安は均衡からの一時的な乖離でしかなく、中銀は受動的なルールにもとづいてその乖離を事後的に補正すればよい。しかし金融市場が均衡から発散する不安定性を内在的にはらんでいるとすると、過剰なリスクテイクを事前に規制することが必要になる。
今回の欧米の新金融規制は、こうしたケインズ的な考え方でつくられたものだが、理論的基礎がないのでアドホックだ。DSGEのような均衡理論は「平時の経済学」で、金融危機のような有事には役に立たない。それとは別に、荒っぽくても実用的な「危機の経済学」(本書の原題)を用意したほうがいいのかもしれない。ケインズの「有効需要」理論は陳腐化したが、「マクロ経済には自動安定化メカニズムが欠けている」という彼の発想は、危機の経済学の出発点になろう。
コメント一覧
自然科学とは違うとはいえ、「経済が均衡に向かう」という余りにナイーブな仮定なしでは成り立たない理論は、科学とはいえないんではないか。
そもそも「情報の不平等性」についてもっと検討が必要ではないか。単純な話で、「今円が高いから、明日僕の財布の中の円をドルに換える」という行動を誰が取っているか。誰も取っていない(円が高いのだから当たり前だが。)。僕も取らない。なぜか。今円が高くなっている本当の理由を知らないからだ。また、もしかしたらドルが明日さらに暴落するかもしれないが、そんな情報は一部の人間が握っており、もしくはその人たちに先に伝わる以上、円を維持しても、ドルに換えても、どちらに貼ってもマイナス期待値のゲームに放り込まれているから、動くだけ、マージン分を損するだけで無意味だからだ。
言い換えると、情報が不均一である限り、遠い未来まで、ネズミ講ビジネスで儲けることが出来る人間は常に存在する。そして僕がその立場ならネズミ講ビジネスを絶対にやめない。それ故経済が均衡に向かうはずがない。
そんな「情報強者」の前では、情報をシャットアウトし、取引を縮小するのが最も正しい選択なのだ。
池田先生が想定するあるべきマクロ経済モデルとは何でしょうか?以前から感じていたのですが、DSGEが世界の中央銀行の常識であると指摘しつつも、池田先生自身はDSGEにはあまり支持を置いていないようにも見えます。とはいえ、「どマクロ」で議論することは否定されています。先生の中ではどのようなモデル思考が組み立てられているのでしょうか?それとも、臨床的に「その場にあった部分均衡的な体系」で考えているということでしょうか。それであれば昔安富さんとあるべき経済学の位置について議論していた記事とは整合性がありますが・・。