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人権と外交:赤十字の試練/1 中立認めぬ世論

 ◇捕虜虐待の非公表に批判

 イラク・アブグレイブ刑務所とキューバ・グアンタナモ米軍基地で起きた米兵による捕虜虐待を巡る赤十字国際委員会(ICRC)の対応は、その中立を認めない厳しい世論の暴風にさらされた。

 アブグレイブの虐待は04年4月、米メディアが米軍の内部告発を基に報じたが、赤十字は以前から把握し米政府に是正勧告する極秘報告書を渡していた。

 01年に「対テロ戦争」が始まって翌年1月、赤十字はグアンタナモ訪問を始めていた。報道で米政権内の情報が流出するにつれ、赤十字の報告書も明るみに出た。「グアンタナモの囚人の人権は法的な保護を受けていない」「アブグレイブなどイラク国内14カ所の米軍収容所は、捕虜の待遇が悪すぎる。一部は拷問に等しい」

 報告書は、中立人道主義を実践するには、拘束する側の信頼をつなぎとめるため、罪状の秘匿という点で、一時的な「共犯関係」にならざるを得ないジレンマを教えている。

 「違法な戦闘員に国際人道法は当てはまらない」とする米国を、赤十字は「国内法で人権保護を」と説得。ICRCのケレンバーガー総裁は、当時のブッシュ大統領、パウエル国務長官らと交渉を重ねた。ここまでは「外には沈黙し、相手を非難せず、極秘に改善を促す」赤十字の伝統的手法の枠内だったが、報道を機に世論が沸騰すると赤十字の中立は激しく揺さぶられた。

 「赤十字はテロリストの味方をする裏切り者だ」という反発が広がり、他方で「赤十字が指摘していたのに、なぜ放置した」と政権批判の援軍にされた。そこに「赤十字は外に向かって沈黙しているべきだったのか」という攻撃も加わった。

 「当時は米国が世界中に我々の敵か味方か、と迫り、反対する側も含め中立を否定する空気があった。道徳的権威としてどちらかにつけという国際的圧力はものすごく、暴風雨の中にいるようだった」(赤十字幹部)

 赤十字にいら立った米政府高官の匿名コメントが米紙に出た。「赤十字は中立ではない。アムネスティなど左派NGOと同じだ」。ICRCは英紙で反論。「テロとの戦いであろうと、法を免れることはできない」

 赤十字本部内でも意見が割れた。「法の順守を呼びかけるのではもはや生ぬるい。はっきり米国を非難すべきだ」と声が上がった。

 混乱の中、グアンタナモ訪問を重ねていたICRCワシントン代表のジロー氏が突然、退職。同氏は03年10月時点で早々と米紙に「グアンタナモの現状を続けさせるわけにはいかない」とコメント。米政権とのあつれきが高まり、「沈黙のおきて」を逸脱していたとして、事実上の引責辞任に追い込まれたとの見方が根強く語られる。

 ICRCは予算の大半を各国の寄付で賄う。米国は最大の出資国で、緊急資金でも頼らざるを得ない。

 「秘密を守るからこそ非人道的な待遇の捕虜にも会える。見たものを非難はしない。(捕虜の待遇改善などについて)いくら言っても聞いてくれないといった交渉の質を非難する」

 嵐が収まった今、赤十字本部の担当者たちは、伝統的沈黙こそ人道主義を実行する最も現実的で有効な手法だと改めて強調する。

 赤十字は現在も、オバマ政権が閉鎖できていないグアンタナモ収容所への訪問を続け、米国はそれを受け入れている。【ジュネーブ伊藤智永】=つづく

毎日新聞 2010年8月15日 東京朝刊

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