拙著、「防衛破綻」では水上戦闘艦の推進システムとして、統合電気推進システム(IEP、 Integrated Electric Propulsion )システムを紹介したかったのですが、紙面の都合で割愛しました。そこでIESに関してここでご紹介をしようと思います。 現在米海軍を含めて先進国を中心に、水上戦闘艦艇の推進システムとして低燃費で、ライフ・サイクル・コストが低いなど多くのメリットがある統合電気推進システム導入のトレンドに加速がついています。 ところが伝統墨守というか、海自はこのIEPの導入に消極的です。 海自の戦闘艦艇はステルス化でも大きく諸外国に遅れをとりましたが、推進機関でも大きな遅れをとっています。しかも未だにIEPを導入する気配もありません。 海自は現在3自衛隊でもっとも多くの燃料を消費してるにもかかわらず、です。 このブログでも何度も紹介していますが、燃料費の高騰は人件費、装備の維持修理費などと共に、装備調達費を圧迫してます。燃料費の低減は海自に海自にとっては焦眉の急のはずです。 例えば燃料費が3自衛隊で1000億円として、その2割が削減できれば、200億円、3割が削減できれば300億円が浮きます。逆に省エネをしないならば、それだけのカネを捨てているにの等しいことになります。 諸外国では燃費を重視する艦隊補給艦などにはディーゼル・エンジンを搭載する例が多いのですが、海自はこれにまでガスタービンを採用しています。このため「ましゅう」などでは自艦の燃料消費が大きく、他の艦に補給する燃料が減ってしまっています。 そこまでしてガスタータービン・エンジンにこだわらなければならない「大人の事情」でもあるのでしょうか。 海自の水上戦闘艦が主流となっているCOGAGは複数のガスタービン・エンジンを組み合わせ、ギアボックスを通じて可変ピッチプロペラを駆動させます。また艦内への電力供給は専用の発電機が使用されます。 対してIEPはガスタービンやディーゼルを発電機として使用し、推進用モーターを駆動させます。 このためギアボックスが不要となります。ゆえに騒音の発生が大きく減少するし、耐久性、信頼性が向上します。 ガスタービンとディーゼルを混合することも容易です。従来のシステムだとガスタービン・エンジンとディーゼル・エンジンを組み合わせると個別にギアボックスが必要でしたが、IEPではその必要がありません。 ですから高速に適したガスタービン発電機と、燃費に優れたディーゼル発電機を容易に組み合わせることができます。 また高価で複雑な可変ピッチプロペラも必要ありません。ですから前後進の切替も簡単かつ迅速に行えます。更には艦内に電力を供給する専用の発電機も必要ありません。 IEPは推進用のモーターとシャフトラインだけを艦底部に配置すればよいので、発電機、コンバーター、スイッチボードなどは艦底部におく必要がありません。 例えばタービン発電機を上甲板に配置すれば、艦底部まで吸排気装置を引き込む必要がなくなるので、煙突などに必要なスペースが大きく削減できるだけではなく、発電機の取り外しや交換が極め容易かつ低コストで可能となります。 つまり、船体がコンパクトでき、また設計の自由度があがります。また運用コストと整備にかかる時間が低減できます。 速力に応じて必要な電力を供給すればいいので、低・中速時には1基のエンジンを動かせばいいわけで、エンジンを定格に近い状態で運転することによって燃費の向上が期待できます。 水上戦闘艦艇が年間を通じて高速で航行する時間は極めて少ないわけで、大多数の時間は低速・中速で航行します。ですから低速・中速での燃費が向上すれば艦の燃費の向上は劇的に改善します。 更に必要に応じて年次検査などをは無関係にエンジンを換装できるので、艦艇の稼働率が大きく向上します。 また艦内への電力供給に専用の発電機も必要ありません。 更に、高度な自動化による省力化、省人化可能であり、乗組員を減らすことができます。これは特に人手不足の海自にとっては大きなメリットのはずです。 つまりIEP にはライフ・サイクル・コストの低減できるというメリットがあります。 英海軍のケースだと旧式のタイプ42(5000トン級)に対して、IEPを採用したタイプ45(7000トン級)では、船体が1.5倍になっているにもかかわらず、燃料消費は半分以下となっており、単純比較でも45パーセントの燃料の節約となっています。 仮に1日の30キロリットルの燃料が削減でき、年120日に航行するのであれば年間2億5千万円の燃料費が削減できます。 問題は導入コストですが、例えばタイプ45と同様なIEPを導入する場合、価格は75億円(1ポンド140円換算)、ライセンス生産の場合、1.5倍として100億円程度でしょう。 対してCOGAGを採用した19DDはタービン・エンジンと減速器、発電機などで概ね50億円です。 輸入IEPのコストが約2倍。輸入ならば1.5倍程度です。燃料費や整備コストの低減、人員削減などの要素を加味すれば3〜7年で初期投資の差は解消します。先の英海軍のケースだと約5年で価格差分を解消しています。 また燃費の向上は燃料の中東依存を減らすことになります。さらに天然ガスやバイオマス、石炭からでも燃料が作れるFT法による合成燃料を税導入すれば、さらに劇的に燃料の中東依存が減り安全保障上メリットが大きい。 米国防総省はすでにFT燃料の導入し、使用燃料の削減を精力的に推進しています。これは経費削減もさることながら、燃料の中東依存を減らして安全保障上のリスクを低減するためでもあります。 また二酸化炭素の低減にもなります。 現在国を挙げて二酸化炭素の削減に取り組んでいるわけです。経済的な価値を生み出さず、消費するだけの自衛隊が発生させる二酸化炭素を削減する意義は小さくないと思います。 海自で導入が進まない理由の一つとしては艦艇用エンジンメーカーの抵抗があるいわれています。いままで、必要だった減速機や可変ピッチ・プロペラが必要なくなります。 その分の仕事減ってしまいます。またエンジンもCOGAGに比べてより小さなもので、済んでしまいます。また保守・修理の仕事も減ります。 つまりエンジンメーカーとしては売り上げが大きく減り、商売の旨味が減ります。 ですが、それは電気機関車やディーゼル機関車が導入される時代に、SLを作っている車輌メーカーが、自分の仕事が減るから電気機関車やディーゼル機関車の導入を妨害するようなものです。 こういう利権で喰っていこうという会社は、生存競争から脱落します。この手の会社は他の分野でも同様なネイチャーで商売をやっている想像されます。それが世に言う「企業文化」です。 米国の自動車メーカーのビッグスリーはハイブリッド車や電気自動車の開発に乗り遅れました。自動車は石油燃料のエンジンで走るもの。自動車の労組は細かく職能ごとに区切られていますから、新しいハイブリッド車や電気自動車を開発しても現場で生産ができない。労組が反対します。 現在ビッグスリーがどうなっているか、いまさら述べる必要もないでしょう。 さて、株安の昨今、このような体質の企業の株を投資家が買うでしょうか。 米国における船舶のクリーン推進システム開発プロジェクトに関する調査 http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2002/00258/contents/015.htm 艦艇電気の技術動向について http://www.jema-net.or.jp/Japanese/denki/2005/de-0501/p38-41.pdf 防衛生産・技術基盤について http://japan.xiaofeiblog.com/jp/singi/ampobouei2/dai6/gijisidai.pdf 財務省資料 「平成22年度日本の財政と防衛力整備」 を読む その1 http://kiyotani.at.webry.info/201008/article_10.html?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+at%2Fwebry%2Finfo+(*.at.webry.info+Feed) 防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備 (中公新書ラクレ) 中央公論新社 清谷 信一 ユーザレビュー: この本の内容は信頼出 ... 自衛隊の調達と装備に ... 防衛費へのわかりやす ... Amazonアソシエイト by 専守防衛──日本を支配する幻想 (祥伝社新書195) (祥伝社新書 195) 祥伝社 清谷 信一 ユーザレビュー: 〈専守防衛〉を支えた ... 「専守防衛」について ... 「専守防衛」というの ... Amazonアソシエイト by |
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タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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内 容 | ニックネーム/日時 |
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現状、自衛隊には予算が足りていないので、 |
遅れるのは仕方がない 2010/08/30 17:05 |
IESを採用している配備艦はイギリス海軍の45型駆逐艦だけです。搭載予定としてはクイーン・エリザベス級、ズムウォルト級があります。しかし空母においては電磁カタパルトを開発せねばならず開発失敗の際は蒸気カタパルト用のボイラーを別に搭載するとの事でコスト上昇が危惧されています。ズムウォルト級は非常にコストが高いです。アーレイバーグ級の4倍以上!コスト上昇の結果、2隻の建造しか認められていません。清谷氏、上記3種以外の搭載艦もしくは計画艦を教えて下さればありがたいです。 |
ぐすたふ 2010/08/30 18:52 |
IESが複数箇所でIEPになっています。読み手に誤解を与える可能性があります。訂正を希望します。所で45型駆逐艦は2009年7月就役です。 |
ぐすたふ 2010/08/30 19:32 |
はじめまして、いつも参考にさせていただいてます。 |
DEn 2010/08/30 19:47 |
まぁ、海自は良い意味でも悪い意味でも「伝統墨守」ですからねぇ。おまけに空自と同等か、それ以上にアメリカ信仰が強いですし。それに予算が減る一方なのにフネの数を増やせ(そういえば、「世界の艦船」増刊号にて、海自が練習艦に種別変更した元護衛艦を1隻、現役復帰させるとか)、なんて無理も良いところです。いっそのこと、47隻どころか、4個護衛隊群(32隻)まで削減した方が良いのでは、などと思ってしまいます。それから欧米は殆んど、CODAG方式を採用していますよね。速力も軒並み30ノットを2~3ノット下回っているのが普通です。民間は燃費にうるさいのに、自衛隊だけが突出するのは、ちょっといただけませんね。あと、川崎重工でしたか。RRから新型ガスタービン・エンジンを購入してテストしていたはずですよね。あれは、どうなったのでしょうか。 |
かつかつ 2010/08/30 19:51 |
オールエレクトリックは昔の戦艦ノースカロライナで一度米国は試していたと思いますが、その後採用が途絶えていたんじゃなかったでしょうか。 |
とん 2010/08/30 21:34 |
今後も海自がCOGAG執着するのであれば、燃料費を削らざるを得ない。とならば、訓練が減るわけです。フネがいくらあっても訓練ができなければ張り子の虎です。 |
キヨタニ 2010/08/30 21:40 |
やっぱり業界団体なんて、どこもそんな感じなんですかねぇ。自分達の立場が危うくなったら、天下りとして受け入れたOBを使って現役を脅迫ですか。こんな事をしていたら、どんなに予算を注ぎ込んでも意味がないですね。しかし、海幕の中にもOBやら業界団体やらの圧力に屈せずに地道に仕事をこなす人材がいることを切に願いたいと思います。そうでもなければ、本当に我が国はおしまいですよ。ところで話は変わりますが、「世界の艦船」の来月号にて何やら「19DD」の特集記事が出るそうです。あれも最初の頃はステルス性をかなり意識したデザインでしたね(想像図の中にはRAMを装備したCGも)。段々、年を経るにしたがいステルス性がかなり落ちた何とも平凡な、少なくとも10年くらい前には実用化出来たであろうデザインになってしまいましたが。建造予算が削られまくった結果なのでしょうか。それならそれで、既存の艦の数を減らすなりなんなりと方策は幾らでもあったでしょうにね。 |
かつかつ 2010/08/30 21:57 |
企業が軒並み防衛産業から撤退したがってる昨今で「企業が〜」「既得権益が〜」とテンプレな批判を言われてみたところで、俄かには信じられません。そもそも防衛費削減でこうした新装備の研究予算さえまともに付いてないでしょう。塔型マスト、エンクローズドマストですら後手後手に回っています。キヨタニ先生は批判の矛先を間違っています。 |
吃驚!! 2010/08/30 22:51 |
失礼します。上記の投稿ですが訂正したい箇所が二つあります。 |
とん 2010/08/30 22:59 |
「統合電気推進システム」 |
ぽこぺん 2010/08/30 23:59 |
電気推進と聞いて少し思い当たることがあったので… |
ゆう 2010/08/31 00:28 |
ひとつだけ根本的な指摘を。 |
568 2010/08/31 01:02 |
空自で開発中で価格の高騰が予想されるF35やモンキーF22の導入を望み、海自で新しい技術の導入を提案すると新しいから懐疑的な態度をとると言う不思議なコメントが多いですなあ。 |
774 2010/08/31 01:19 |
>774さま |
みづせ@黒書刊行会 2010/08/31 01:37 |
>774さん |
774ダッシュ 2010/08/31 09:01 |
二度目の指摘です。 |
ぐすたふ 2010/08/31 11:14 |
IES といえば、世界最高水準の砕氷艦 しらせ は、ディーゼルエレクトリックですよね。 |
pika1 2010/08/31 11:41 |
>ぐすたふさん |
ぽこぺん 2010/08/31 12:25 |
>ぽこぺん |
ぐすたふ 2010/08/31 13:16 |
IEPの意味は統合電気推進?IESの統合電気推進システムとあまり変わらない。訂正の必要は無くなりました、すみませんでした。 |
ぐすたふ 2010/08/31 13:48 |
>774ダッシュ様 |
ズムウォルト 2010/08/31 14:58 |
後、キヨタニ先生がポッド推進システムをどう認識してるかだけど………さてw |
ズムウォルト 2010/08/31 15:15 |
19DDや16DDHに複数つんでるガスタービン発電機を並列で回して電気推進動力にすれば、それだけで巡航は十分可能なんだよね。 |
AK 2010/09/01 00:03 |
自衛隊に限らず、日本では「実績」が大きくものを言いますのでまだ実績が少ないIEPが導入されるのは仕方ないところでしょう。 |
Null_Devices 2010/09/01 00:25 |
>高価な外国のガスタービン |
通りすがり 2010/09/01 00:26 |
>我が国には護衛艦用ガスタービンを開発する |
AK 2010/09/01 08:34 |
>今後も海自がCOGAG執着するのであれば、燃料費を削らざるを得ない。とならば、訓練が減るわけです。フネがいくらあっても訓練ができなければ張り子の虎です。 |
BSフジプライムニュース制作スタッフ 2010/09/01 09:31 |
> BSフジプライムニュース制作スタッフ |
Null_Devices 2010/09/01 10:31 |
>BSフジプライムニュース制作スタッフ |
君なあ…… 2010/09/01 13:04 |
アーレイバーク級の追加建造では、シャフト |
名無しk 2010/09/01 19:52 |
開発する方としては、今試験船でも用意できれば国内の造船とモーター、エンジンの部分で評価されるのでチャンスでも有るんですがね。 |
開発者 2010/09/02 15:16 |
試験船も近年はないですね。 |
キヨタニ 2010/09/02 15:46 |
既に指摘されているように、現在就役している水上戦闘艦で統合電気推進(IEP)を採用しているのは45型駆逐艦だけであること。 |
みづせ@黒書刊行会 2010/09/02 15:59 |
>45型 |
キヨタニ 2010/09/02 19:12 |
匿名に隠た恥すらずの馬鹿者の無礼なコメント |
キヨタニ 2010/09/02 19:13 |
つまり45型は現時点では赤字だという事ですか。あと4年すれば黒字になるとの希望的観測と。途中で座礁したり沈んだり機関に致命的な欠陥が見つかったりしたら赤字のままだったり?45型が高騰したのはIEPを採用したからでしょうか?いずれにしろ現時点ではイギリス海軍はガラパゴスと化しているのでしょうね。なんせ世界規準からは孤立してますから。これが次世代機関の主流になるか、ただの寄り道かを今後とも注意深く見守っていきます。 |
ぐすたふ 2010/09/02 19:30 |
エンジンもCOGAGに比べてより小さなもので、済んでしまいます |
あばば 2010/09/02 20:00 |
キヨタニさん |
568 2010/09/02 21:35 |
あばばさん |
568 2010/09/02 21:42 |
技本の研究開発は手堅いと思いますがね。人の面で衰退気味なのが気になりますが。 |
ぱふ 2010/09/04 00:11 |
ぱふさん |
568 2010/09/04 01:03 |
統合電気推進の略がIESとIEPと混合されています。どちらが正しいのでしょうか。 |
通りすがり 2010/09/08 13:39 |
どうもIEPが正しいようです。週刊オブイェクトで調度、記事にされています。そちらを参照したら分かりやすいと思われます。 |
ぐすたふ 2010/09/08 14:32 |
しっかりと訂正してほしいです。お願いします。 |
仰 2010/09/08 16:01 |
>IEP |
キヨタニ 2010/09/08 16:41 |
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