準天頂衛星「みちびき」が11日夜、宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターからH2Aロケット18号機で打ち上げられる。カーナビなどでおなじみの米のGPS(全地球測位システム)を補強し、測位の精度を高める狙いだが、官民共同開発の頓挫で2号機以降は未定のまま。防災などに活用するアイデアも、最低3基なければ、実現は難しい。【山田大輔】
■産業、防災に期待
「立山黒部アルペンルートの冬の風物詩である巨大な雪の壁を無人除雪車で作ることも簡単です」。企業約40社で作る「衛星測位利用推進センター」(東京都)の中島務・専務理事は、正確な測位の効用を語る。
例えば町中で、さまざまな場所の昔の写真や句碑・石碑の説明、周辺のグルメ情報などを、歩く人の携帯端末に次々と表示することもできる。歩いた軌跡の情報から、端末を持った人のその日の気分を推定し、合った音楽を自動作曲するソフトを開発した人もいる。
娯楽だけではない。海上のブイや地盤のわずかなずれをとらえ、津波や地震を予測したり、地滑り警報にも活用する。いずれも、誤差が10メートル前後ある現在のGPSでは不可能なことだ。「みちびき」の打ち上げが成功すれば、高精度の測位を活用する101社58件の実証実験が年末にも始まる。
■8の字飛行
「みちびき」本体は、縦横各約3メートル、長さ約6メートル、重さ約4トンの直方体。寿命は約12年で、高度3・3万~3・9万キロの西太平洋上空を「8の字」を描くように1周約24時間で飛ぶ。最低3基あれば、常に頭上(準天頂)に1基がある計算だ。これで、ビルの谷間などで、GPSの電波が受信できない時間帯が大幅に減る。これに加え、国内約1240カ所の電子基準点でGPSの電波を受信し、誤差の補正信号を作って準天頂衛星から配信することで、測位誤差を数センチ~1メートルに縮められるという。
■「官民共同」頓挫
計画はそもそも、測位と放送通信の機能を兼ねた衛星として、産業界の提案で始まり、費用は官民で折半する予定だった。しかし、地上の高速通信網普及を受けて産業界が06年に離脱。それでも政府は中止せず(1)機能を測位に絞る(2)まず1基を打ち上げて実験し、2号機以降は結果を評価した上で検討する、という中途半端な計画に変更した。他方、「民間も相応の資金負担を行う」とする08年の閣議決定も有効だ。他国が「国のインフラ(社会基盤)」として政府主体で整備するのとは異なる。
政府は8月27日、2号機以降について検討する8府省庁の政務官級チームの設置を決めた。「(計画を)進める前提があるからだ」。前原誠司宇宙開発担当相と川端達夫文部科学相は、会見で同じ言葉を口にした。これまでの開発費用は約735億円。3基体制にするには、さらに約700億円かかる見込みだが、両相とも推進の姿勢を強調している。
背景には、米GPS衛星の老朽化がある。米連邦議会行政監査局によると、昨年8月現在で34基中4基が稼働しておらず(後に1基打ち上げ)、9基は搭載した原子時計の一部が使用不能となり「要注意」。健全な衛星は21基で、運用基準(24基)を下回る。
今後、米国が日本などの利用国に費用負担を求める可能性もあるが、国産の準天頂衛星が3基あれば、仮にGPS衛星が15基に減っても影響はないと政府は見ている。
■安全保障の側面も
有事の際、米軍がGPSデータを遮断する可能性も指摘される。敵対勢力にGPS誘導兵器を使わせないようにするためだ。GPSには、測位の誤差を縮めるために、精密な原子時計が搭載されている。もしGPSデータが遮断されると、この時刻信号に依存する金融取引や情報通信などに混乱が生じるほか、航空管制など物流への影響も必至。欧州や中国が「米国頼み」を脱却して自前のシステム構築を急ぐ一因は、こうした危機感だ。
「測位衛星開発は、世界的に旬」と、開発責任者の寺田弘慈JAXAプロジェクトマネジャーは訴える。欧州委員会の試算では、測位システムによって2025年には4500億ユーロ(約50兆円)を超える規模の民間ビジネスが実現するという。各国のシステムが完成する今後10年のうちに、測位データを使う機器開発やサービスで国際競争が激化すると予想される。「準天頂衛星計画が遅れると『日本抜き』が定着する」と懸念する関係者も少なくない。
しかし、政府の姿勢は定まらない。前原、川端氏らの推進発言の一方、総務省は行政事業レビュー(各省版事業仕分け)で「目的があまりにも不明確」と準天頂衛星研究の抜本的見直しを求め、来年度予算の概算要求も前年度比4割減とするなど、対応が割れている。
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(開発段階から関与)文部科学省、経済産業省、国土交通省、総務省
(利用段階から関与)内閣府、農林水産省、防衛省、警察庁
米国 GPS 運用中
現在31基。老朽化で世代交代中
ロシア グロナス 運用中
現在21基。11年に30基体制目指す
中国 コンパス(北斗) 試験運用中
現在5基。20年までに35基体制に
欧州 ガリレオ 実験中
現在2基。16~19年に30基体制に
インド IRNSS 開発中
11年に1号機、14年に7基体制に
日本 みちびき 開発中
11年夏までに2、3号機の開発決定
※日本とインドは局地的、その他は全世界を網羅
毎日新聞 2010年9月7日 東京朝刊