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論客の勘違い(1)情報学ブログ(上)
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2010/ 9/ 7 22:33 [ No.3742 / 3747 ] |
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ブログなどでニセ科学批判にうっかりかかわり、変てこな認識を世間にばらまく論客を紹介していきます。まずは良くない意味で人気急上昇中の「情報学ブログ」。世の中の実態を学ばないまま、頭の中で固定観念を育てるタイプなのかもしれません。私とのやり取りをメーンに抜き書きしました。
科学が論理ではないけど正しい理由 | 2010/08/10 http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-7e44.html?cid=53533836#comment-53533836 ┌〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 (略) 科学の重要なお作法(科学的手法)の一つに、新しい説を提唱する側が立証責任を持つというルールがあります。このルールそのものは何らかの科学理論から生み出された物では無いです。 (既存の「科学理論」が全く無い0の状態からでも、何らかの説を唱える人に立証責任を持たせる事はできますよね?)
この新しい説を提唱する側が立証責任を持つと言うのは、「科学」にとって非常に重要なルールなのです。再現性とか検証可能性とか言う話がありますが、検証と言うのは本質的に、ありとあらゆる条件を同一にした検証というのがあり得ないため、立証したい側がその立証したい説の前提に基づき、コントロールすべき条件を明らかにし、検証を行うものなのです。 (略) 投稿: 門前の小僧 | 2010/08/11 2:22:36 └〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ブログ主の投稿本文に関連して、科学史にも科学哲学にもない珍奇な「新しい説を提唱する側が立証責任を持つ」という概念をふりかざす投稿者が現れました。で、私が注意喚起のコメントをつけました。ちょうどそのころ、kikulogに投稿したブログ主は、心ない常連たちによって揶揄されていたことを合わせて様子見。
┌〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 科学とニセ科学(疑似科学)のグレーゾーンについて関心を持ち、マイナスイオンを中心にいろいろと調べているSSFSと申します。
>科学には「新しい説を提唱する側が立証責任を持つ」というルールが存在するのです
これはハインズあたりが言いだしっぺのようですが、二重の意味で間違った言い分です。科学にはそんなルールはありません。
1つは「立証責任」という言葉は法律(裁判)用語であり、訴えた側と訴えられた側の双方が最善を尽くして争ってなお、裁判官がどちらが正しいか確証を持てない場合に、当事者の一方がこうむる不利益を指します。有限の時間で決着をつけなければいけない裁判の便法であり、長い時間をかけて真理を追究する科学にはなじまない概念です。もちろん、科学用語としては定義されていません。
2つめは仮に「立証責任」を「立証すべき責任」と置き換えても間違っています。科学の長い歴史では、提唱者が立証できなかったことが後の世で証明されて定説となったケースがあまたあります。典型的なのはウェゲナーの大陸移動説。高温超電導も提唱者はメカニズムを説明できなかったのに、ノーベル賞を受賞しています。
「新しい説を提唱する側が立証責任を持つ」とは、ニセ科学を撃退するために、ニセ科学批判者が声高に唱えますが、以上のように根拠のない流言に過ぎません。ニセ科学を撃退したければ、自分たちで証拠を集めて丁寧に説明すべきですが、残念ながらニセ科学批判者は怠惰なうえ、居丈高な発言を繰り返すだけです。これは情報学ブログさんご自身がつい最近経験されたことだと思います。
投稿: SSFS | 2010/08/11 22:32:43 └〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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