自殺やうつ病による経済的な損失が09年で約2.7兆円に上るとの厚生労働省の発表について、自殺者の遺族からは「人の命をお金に換算しないと重大さが伝わらず、世の中が動かないのは悲しい」との嘆きが聞かれる。一方、うつ病で仕事を失ったり休職した人たちは、復職を支援する精神科医の下で懸命にリハビリを続ける。現場の医師は「この数字は決して大げさではない」と述べるとともに「復職に向けた企業側の協力が不十分だ」と問題点を指摘した。【奥山智己、堀智行】
東京都港区のオフィス街にある精神科診療所「メディカルケア虎ノ門」。午後8時の診察終了間際になっても待合室にはスーツ姿の男性患者が目立つ。
同院が治療に加え、復職支援に取り組み始めたのは05年。五十嵐良雄院長は「働き盛りの30代を中心に、うつで休職しなければならない人が増えてきたことがきっかけだった。症状が落ち着いて復職しても、すぐに休職する患者も多く、『なんとかしなければ』と思った」と言う。
早期の復職を焦る患者が多い一方、長期休職後の復職で出勤するだけで疲れてしまったり、同僚とうまくコミュニケーションがとれずに再び休職に追い込まれるケースも少なくない。患者はプログラマーや公務員、医師などあらゆる職種に及ぶ。「憂うつだけど早く治して出社したい」「今度は確実に復職したい」。その訴えは切実だ。
復職支援のプログラムはまず、心理療法やストレッチなどの簡単な運動をして体を慣らす。徐々に回復すると、職場の業務に近い作業をこなしながら職場復帰の準備を進める。
こうした医療機関は全国で増え始め、80カ所に上るという。五十嵐院長は「復職後、すぐに残業させられる患者もいる。企業側の職場復帰の取り組みは不十分。主治医が職場の労働環境を把握できるようにしたり、会社と連携して復職支援を進める必要がある」と話す。
働き盛りの夫を亡くした家族も、職場の支援の必要性を訴える。大阪市の女性(40)の夫は社員約100人の建設コンサルタント会社に勤め、01年に河川事業の仕事から未経験のダムの担当に換わった約2カ月後、34歳で自ら命を絶った。忙しさから健康診断を受診せず、精神科にも通院していなかったという。
女性は「お金に換算しないと重大さが伝わらないのは悲しい」と嘆きつつ、「うつ病の早期発見だけでなく、企業は発症させないための職場環境づくりにも力を入れ、行政はそれを支援してほしい」と話している。
毎日新聞 2010年9月7日 12時16分