1987年に大分県でみつかり「九州最後のツキノワグマ」と言われた個体が、遺伝子解析の結果、本州産であることが分かった。解析した森林総合研究所東北支所の大西尚樹主任研究員(動物生態学)らのチームは「本州から運ばれたか、その子孫」と結論づけている。このクマは九州での絶滅宣言のきっかけとなったが、最後の生息情報が30年さかのぼることになる。学術誌「哺乳(ほにゅう)類科学」12月号に発表する。【足立旬子】
ツキノワグマは大陸から日本に渡った後、定住した地域で独自の進化をとげたとされる。大西さんらは09年、全国のツキノワグマの遺伝子を解析し▽東日本▽西日本▽南日本の3系統に分類できることを発見した。
今回、遺伝子解析したのは、87年11月に大分県豊後大野市緒方町の祖母(そぼ)・傾(かたむき)山系で狩猟者に見つかり、射殺された推定4歳の雄のツキノワグマ(体長約1.4メートル)。北九州市立自然史・歴史博物館に冷凍保存していた横隔膜の組織を使い、ミトコンドリアDNAの塩基配列を解析した。その結果、3系統のうち東日本グループの福井-岐阜県に分布する個体群と分かった。
ミトコンドリアDNAは母親のみから受け継ぐ遺伝情報で、雌は生息地から移動しない。雄もこれほどの長距離は移動できないことから、チームは「本州から人の手によって持ち込まれたか、その子孫」と結論づけた。このクマは捕獲時、飼育されたクマの特徴が犬歯にあった半面、人工の餌に特徴的な菌が腸内から見つからず、どこから来たのかをめぐって議論が起きた。
「本州で捕獲され、九州の観光施設で飼育中に逃げ出した」といううわさもあったが、真偽は不明なままだ。
九州のツキノワグマは大分、宮崎、熊本の3県に生息していたが、宮崎、熊本は「県内絶滅」を宣言。大分県も87年のこのクマ以降、確実な生息情報がないことから01年に絶滅を宣言し、九州のツキノワグマは絶滅したとされる。
大西さんは「九州のツキノワグマの確実な生息情報は、30年さかのぼって57年が最後。四国や中国地方でも絶滅の危機にあり、手遅れにならないよう生息環境保全に取り組むべきだ」と指摘する。
全身が黒い毛に覆われ、首元にある白い三日月形の模様が名前の由来。成獣の体長は120~150センチ。本州以南の山間部に生息する。全国の生息数は推定2万~3万頭。四国では多くても数十頭まで減少、九州は絶滅したとされる。宮崎県で複数の目撃情報があるが、公式に確認されていない。落葉広葉樹林を好み、ブナやミズナラなどの実を食べる。森の生態系の頂点に立ち、豊かで多様な植物がないと生息できない。近年は餌を探して人里に下りるケースが増え、共存が問題となっている。北海道にいるのはヒグマ。
毎日新聞 2010年9月6日 15時00分(最終更新 9月6日 18時39分)