余録

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余録:耐性菌の“俊足”

 「もっといそいで、いそいで!」。鏡の国に入り込んだアリスの手を引っ張って走り出したのは赤の女王だ。息が切れて、目が回るまで走ったアリスは、ついにへなへなと座り込んだ。だがあたりを見回すと、もといた場所ではないか▲赤の女王は言った。「いいこと、ここでは同じ場所に止まっているだけでも、せいいっぱい駆けてなくちゃならないんですよ。他へ行こうなんて思ったら、少なくとも2倍の速さで駆けなくちゃだめ」(鏡の国のアリス)▲それで「赤の女王仮説」と名づけられた。生物は絶えず走り……いや、進化し続けないと絶滅するという進化生物学の仮説のことだ。捕食者が獲物を捕らえる能力と、獲物がそれを逃れる能力が、まるで軍拡競争のように進化し続けるのはその分かりやすい例という▲では細菌の世界でも赤の女王が「もっといそいで!」とせっついているのだろうか。抗生物質の効かない多剤耐性菌による大規模な院内感染が帝京大病院で明るみに出たのに驚いたら、今度は国際的に監視が呼びかけられていた新タイプの耐性菌が国内でも見つかった▲帝京大病院の場合は対策が後手に回り46人の院内感染者を出しながら、国などへの報告を怠った。そのうち9人は感染と死亡の因果関係が否定できないともいう。高度医療を掲げる大学病院としては何とも情けない限りだ▲抗生物質開発と細菌の耐性獲得とのこの果てしない競走、細菌の俊足ゆえにどうも人類は分が悪い。感染症との戦いで新たな知恵と情報を求めながら走り続ける人類なのに、医療機関が足を引っ張るようでは赤の女王の高笑いが聞こえてこよう。

毎日新聞 2010年9月7日 0時00分

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