其れは、いつもどおりの楽な仕事のはずだった。
其れは、いつもどおりにすぐに終わるはずだった。
其れは、いつもどおりに何の問題も無いはずだった。
こっちに来ての平穏で、僕は忘れて居たんだ。
僕のいつもどおりは、『非日常』である事を。
魔法少女リリカルなのは。
始まり…ま、す?
第四話 彼の災難と彼女の遭遇
(「どうして疑問系なの?」「や、まだ一話前だし」「……えー」)
Side:Sou
轟音、振動。感じた魔力は尋常じゃない……と、言うほどには感じられないけれど、僕が乗っている次元航行船を落とすには十分すぎるもの。
あぁあ、ったく、今まで航行中に行き成り攻撃を受けた事なんてなかったから気を抜いていた。そうだ、その選択は当然だ、だって無防備に腹をさらしているようなモンなんだから、気を張っていなきゃいけなかったんだよ、今畜生!
前の世界じゃ其れが当たり前だったじゃないか。たった数ヶ月、たった数ヶ月で鈍ったのか、僕は!自分に吐き気がする。けれど、自己への憤慨は此処までだ。吸気一つ、呼気一つ。
船のコンソールに手を走らせる。初めてコレに乗ったときに一通り以上の捜査は教え込まれた、被害状況を先ずは確認。……格納庫に直撃、狙いは運んでる品か!
この船が何処を通るかをどうやって知ったのか、とか、どうやって次元航行中の船を狙撃?とか思うところはある。だが、其れを突き詰めている暇は今はないし、今じゃなくても構わないだろう、だから疑問を抱いた事を忘れないように脳に刻みながら格納庫へと走る。あの攻撃なんだ、恐らく行き成り乗り込む計画の筈……水際で止められなければなすがままに奪われるだけ。
其れを安穏と見てるわけには行かない。商品を持っていかれて黙ってられるほど僕はお人好しじゃないんだ。
「ツヴァイ!」
走りながら名を呼ぶ。応え、右腕の腕輪が変化し機械式の四足獣へ。その背に飛び乗れば、四足獣は翼を展開して一気に加速する。飛行状態時は伊達に機動箒と呼ばれていない、このほうが僕が走るより相当早い。もう振動は無いとは言え、通路を飛びぬけるのは正直かなり怖いんだが……
うん、ツヴァイにはこの船の船内MAPを登録しておいたしきっとその辺は何とかしてくれる。
「……壁にぶつかったりしないよな、ツヴァイ?」
『……』
「こう言う時くらい喋れよ!?」
相変わらず無口な相棒その1に思わず突っ込んだ僕を責めることができようか?いや、できまい!……なんか状況とノリがあってないように感じるがこれは大事なことなのだ。軽いノリとテンションを維持することでたとえどんな状況であっても深刻にならず、言葉を絶やさず、重圧を受けない事。これによりたとえ絶望的であっても、前を向いて歩みだせる意思を維持できると言うもの。いや、ほんとに。
人に不安を与えるような態度とは裏腹にツヴァイは加速しながらも丁寧に一つ一つの通路を抜けていく。かなり距離がある時点で扉を開かせ、閉める指示は行わない。そんな余裕があれば次の扉を開ける。
そうして幾つの扉を潜ったろう。貨物室に文字通り飛び込んだ僕が目にしたのは、壁にあいた穴と、吸い出されそうになっている壁に括りつけられたボックスと。
穴の向うから飛び込んでくる、一人の少女。
「何とか、間に合ったか!」
「……っ!?」
ツヴァイを腕輪に戻しながらの僕の声に反応し、咄嗟に此方へ顔を向ける少女。頭の後ろ側で二つに纏められたツーテールの金髪がゆれ、白い面に赤い瞳を持つその顔がはっきりと見える。
十人中十人が美少女と言うだろう見た目を持つ綺麗な娘に、僕はつい……
「とりあえず引いてくれたら追う気は無いんだ、大人しく下がってくれないかな」
見惚れない。……いや、こー……僕が追ってる『彼女』とか、時々会うことがある鉄子とか、東方のお馬鹿とか、魔王って美少女・美女多いんよね。お陰で美少女とか美女を見たら先ず警戒しろと言う反射行動が刷り込まれてしまっている。
……そうそう、知らない人のために一応。鉄子……てつこ、ってのは鉄道オタクの女性の事をさす。鉄道オタクの男性は鉄夫で、てつおだっけ。漢字当てないんだっけ?
「く……バルディッシュ!」
『Yes, Sir』
さて、冗談はお終い。少女が後ろを気にしながらも長柄の武器を構えたところで思考をスイッチ。
ユーノは言っていた、こちらの世界において戦闘力を持つと言うことはほぼ魔導士であるということ。其れは魔法を扱うものであると言うこと。魔法は主にデバイスを用いて使うと言うこと。ユーノはインテリジェントデバイスを持っていたらしいが、意思を持つアイテムだけに使いこなせなかったとか。……じゃぁ、デバイスなしで平気で人を縛るレベルの魔法使ってたあいつの魔力と言うか魔法構築能力はどんだけー、って話し――
思考脱線、途中放棄、再思考。
魔導士はデバイスを武器とする事が多いと言っていたことから、今音を発したあの長柄の武器が彼女のデバイスだろう。見た目はポールアクスかハルバードか……バルディッシュの名から斧と推測。……いや、刃を持つ武器としては鋭さがない。非殺傷にしても物理的な意味じゃなかったはず、魔力刃形成機と想定。柄の長さも純粋な射程、其処から伸びる刃の長さを最大射程の槍の形状で想定。
「申し訳ないですけれど、私には必要な物なんです。……だから頂いていきます」
「申し訳ないんなら遠慮してほしいかな。はいそうですか、って渡せないしさ」
射程計測完了。……しかし、ここまで考えて思うけど彼女は襲撃者だが、攻撃者なのだろうか?もし彼女が持っている武器がそのまま武器として扱うものなのであれば、どちらかといえば白兵が得意であるという予測になる。もちろんそれがフェイントだったって言う経験もこなしているけれど……
「……御免なさい。バルディッシュ、フォトンランサー」
『Photon Lancer』
僕自身のほんの僅かの逡巡、その隙に構築され発動される魔法。武器形状はやっぱりブラフなのか、打ち出される金の光弾を……けれど、僕はそれを余裕を持って回避する。
大した魔力もこめられてないし、速くはあるけど僕らが普段から相手している連中と同じ程度。対応するだけならそんなに難しいことじゃない。
「危ないな。謝りながら攻撃って何!?」
「……バルディッシュ、サイズフォーム」
僕の言葉に反応せずに、手に持つデバイスに何かを告げる少女。いや、応じないと言うよりは応じる余裕が無い、か。……なんだろう。一杯一杯な感じがして、どうにも敵だと認識しきれない。したくない事をさせられてる。自分の意思だけど、自分の意思じゃないような……
そういう人に特有の表情と、硬質の声。追い詰められた硬さじゃなくて、罪悪感の硬さ。経験から来る勘でしかないんだけれど……
と、余裕を持っていられる場合でもない。僕の目の前で、バルディッシュと呼ばれたデバイスがその形状を変更し、向きを変えた先端部から金色の光の刃を発生させる。
それはまるで、死神の鎌の様で。なるほど、サイズフォームとは言いえて妙だと思った。思ったん、だけど。
「いくよ、バルディ…」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」
「……!?」
僕の声に思わず、と言う感じに突進してこようとした少女が動きを止める。鎌による至近戦か、やはり彼女は射撃ではなく白兵タイプなんだろう。や、そんな考察より今は。
どうしても、突っ込まずにはいられないことを、突っ込む!
「バルディッシュって三日月斧だろ!?何で鎌!?せめて長柄の斧にしようよ!」
いや、僕も槍の形状の可能性考えたりしたけどさ、確かに。
「……え……え?え、あの、バルディッシュ?」
『I'm not so(私はその「バルディッシュ」ではありません)』
……混乱している少女の変わりかデバイスが返答。端的な答えをどうも。
「解るけどさ……何となく納得いかない」
「……その、御免なさい……?」
『It doesn't apologize, Sir(謝ることはありません、主)』
なんだろう、流れに飲まれたのかパニック状態だからか、敵意が薄れて素直になっている。頭を下げる少女と、そんな事する必要はないと声をかける従者に僕は思わず小さく笑った。
……うん、この子、きっと良い子だ。困った…こうなったら僕はもうこの子を敵だと思えない。妨害は出来ても、本当の意味での攻撃が出来ない。
「まぁ、良いけどさ……。それよりも、何でこんなの欲しいのさ」
一応、ユーノから説明は受けている。ジュエルシード、その内包する魔力で望みを、願いを叶えると言われる特殊なアイテム。その売り文句だけを見るのなら確かに皆が欲しがるのかも知れない、願いが叶う、望みが叶うという言葉はそれだけ魅力的なものなのだろうから。
けれど、所詮それは魔法でできることを代行するという程度でしかないだろう。願いが叶うと言った所で、本当に奇跡のように願いを叶えて貰えるものの筈がない。
もしそうなのなら、このアイテムは遺跡の中に眠っているはずがないのだから。
「願いが叶う、望みが叶うって言われてるけど、奇跡は起こせないよ、コレ」
「……あなたに言ってもわからないと思う。でも、それが必要だから」
冷たい態度と何処か硬質の声。解らないか解るかは言って貰わなければ解らないのだが…きっと突いても説明してくれることはないだろう。やれやれと溜息一つ、再びデバイスを構える少女の前へ、片手をのばす。待て、と。
「誰も絶対君に渡さない、なんて言ってないよ」
「……?」
「そもそもだ。僕の記憶だとコレ、まだ売り先が決まってないはずなんだ。時空管理局に運んで確認後どうせ売ることになると思うから…できればそうやって合法的に手に入れてくれると嬉しい」
「ぇ、っと……?」
「つまり、やっぱり一旦此処は退いてくれ、と。で、管理局に一旦引き渡した後でどうせ売りに出すから、そのときに口添えするよ」
それじゃ駄目かな?と首かしげて問うと、初めて少女の表情が揺らいだ。
安堵と、困惑と、逡巡。…思うに、手に入るという安堵と、襲撃したのに譲られるという困惑と、信じていいのかという逡巡、かな。
こうなると僕に出来ることはもうない。結局強奪に傾いたときのことを考えて、戦闘になっても問題がないように待機するぐらい。……っても此処で悩んじゃうような子なんだ、できれば戦闘とか避けたいんだけどなぁ。
僅かな、間。念話でデバイスと相談でもしているんだろうか?……そもそも、デバイスってどの程度の知能を持っているんだろうか?ツヴァイとか並の知能があるのだとしたら、相談役としても十分なんだけど……ん?
彼女が侵入してきた穴。その向こう。輝く光。
体は、ごく自然に動いた。
「……っ!?」
少女を横に突き飛ばすくらいは、間に合った。
「バルディ……」
「護れよ、従者」
『Defenser』
一声掛けることもできた。けれど、そこまでが限界。
再度の高威力魔力砲撃が、そこに居た僕を貫通する。後ろから聞こえる弾けるような音は、ジュエルシードを入れた箱が放ったのだろうか。
声など出ない、出せない。幸い一撃で瀕死となる程のダメージを受けはしなかったものの半端なく体力を持っていかれてる。意味のない音が呼気として放たれ、けれど吸気が肺に送られない。……うん、久々に思いっきりダメージ受けた。今回の攻撃、さっきの攻撃より威力高いんじゃねぇか?手を抜けよ畜生。
ぐらりと僕の体が傾く。腕輪からツヴァイを戻そうとして、けれど余力なく体が泳ぐ。不味い、止められない。
視界の端に、直射線上から外れた為か無事な少女の姿が映る。良かった、無事で。
僕より軽いからか、背に何かが当たる気配がする。あぁ、しまった、護りきれなかったか。
意識が流れる。酷く驚いたような少女。魔力が込められた宝石。船の穴。漆黒。……漆黒?
次元航行船。現在は何処かの次元?外は漆黒、輝く色。星?宇宙?思考が流れる。走る。外に吸い出される。人の住めない場所、人の生きられない場所。月衣。発動不可。流れる。外に出る。死。死?
――それだけは受け入れられない。『彼女』を放置は出来ない。
「…………死ね、るかぁ!」
落ちて行く世界の中、堕ちて行く意識の中。僕の周囲にあるソレへと手を伸ばす。そこにあるのは魔力の結晶、そこにあるのは大きな力。
ソレを手に、僕は僕の意識を拡散させる。想定するのは世界。望むのは世界。僕の為の、僕が在る為の、僕の生きる為の。
世界の常識全てを覆す、世界。
船から吐き出され意識が途切れる寸前。確かに僕は、その月匣の存在を感じ取った。
Side out
Side:???(girl)
光が散るようにジュエルシードが船から吐き出されていく様を、私は見ていることしか出来なかった。
もしソレがジュエルシードだけだったのなら私も動けた…と、思う。尤も…私が動けなくなった原因である彼が居なければ、母さんの攻撃は私に当たっていて、結局回収なんて出来なかったのだろうけれど。
「……バルディッシュ。あの人…私を、助けてくれた……?」
『I also think so, Sir(そう思います)』
……どうしてだろう。私は、あの人に攻撃したのに。襲い掛かったのに。
―誰も君に絶対渡さない、なんて言ってないよ―
蒼い瞳で何処か困ったように、けれど何かを見透かすかのように。攻撃を返すことなく、私の為に何かをしようとしてくれた。事情の説明も、何もしていないのに。
そして今さっき突き飛ばされたのが攻撃かと思った私に……違う、あれは私に投げた言葉じゃない。バルディッシュに投げられた言葉と、そのバルディッシュの反応。
魔法に打ち抜かれ体勢を崩していく彼の眼が意識に焼きついている。私を見て、安堵するように細められたその蒼い色が。
「……バルディッシュ。あの人……死んじゃった、の?」
『……』
「私が……死なせたの?」
『No, Sir』
「……、……」
突き飛ばされ、座り込んでいた体を起こし、外を見る。もうジュエルシードは見当たらず彼の姿もどこにも見つけられなかった。
「……戻ろう、バルディッシュ。アルフが心配するし、母さんにこれから如何すればいいのか、聞きに行かないと」
『Yes, Sir』
解らない。解らないから私は願うしかない。どうか、死なないでください。どうか、生きていてください。どうか、無事で居てください。
どうか、どうか。お礼を言わせてください。謝らせてください。
Side out