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☆
「くそっ、なんてことだ……」
一目散に駆ける彼の後ろには轟々と燃えさかる村が広がっている。
鎧羅地域の辺境に位置するこの村は、逡巡な地形に加えて中央都市から地方に派遣されてきた兵士達が数多く流れて来たこともあって、これまで幾度にもわたる皇魔の襲撃にも耐えてきた稀な村だった。
今ではこの村を中心として生き残った人間達が一種の砦みたいなものを形成して皇魔に対する人間の一大抵抗拠点となっており、噂を聞いた人たちが続々と集まってきていた。
だから、数時間前に正面から堂々と現れた数体の皇魔などすぐに返り討ちに出来るものだと楽観していた。
ところが、その皇魔たちは桁外れの強さを持っていた。
一匹の皇魔は背中から生えた八本の脚から高熱のレーザーを放って家屋をなぎ倒し、近づく兵士を体中に生えたフジツボ状の器官から放たれる火砲で蜂の巣にしていた。
もう一匹の皇魔は全身からドリル状のミサイルを撃って当たり構わず粉々にし、うろたえる兵士の懐に飛び込んでは右手のドリルで体に風穴を開けていた。
最後の一匹の皇魔は頭のあたりから伸びる触手で次々にあらゆるものを串刺しにし、逃げ惑う人間を笑いながら殺戮していた。
たった、たった三匹の皇魔の襲撃によってこの村は全滅の危機に瀕していた。
「先輩……」
彼の後ろには執拗な皇魔の虐殺から何とか逃れた部下が脅えた顔をして袖を掴んでいる。
彼女、アンタレスはまだ防衛隊に志願して一月も立っていない新米だった。筋は悪くないが経験が圧倒的に不足していたため今回はとても戦闘には参加出来ず、彼と一緒に逃げ惑うことしか出来なかった。
「もう…、この村はダメなんですね…」
アンタレスの声には脅えとともに諦観が含まれている。
ここまで逃げてくるまで何人もの同僚が殺され、何十人もの村人が殺戮されてきたのを見たのだ。
つい昨日まではなんの変哲も無い毎日を送ってきたアンタレスにとって、今の現実はあまりにも重過ぎた。
だが、だからこそ彼はアンタレスに冷たく言い放った。
「ああ、もうダメだ」
ここで変に彼女の心を慰めるようなことを言い繕ってもなにも彼女の役には立たない。
あえて現実を思い知らせることで、彼女が自分でこれからの未来を考えさせなければならないのだ。
「だから、俺たちはこのことをなんとしても周辺の村に知らせなければならない。
そして、また体勢の立て直しを図らなければならないんだ……」
この周辺の防衛体制が崩れたら、北部鎧羅地域は完全に皇魔族の版図に堕ちる。それだけは絶対に防がなければならない。
村が陥落する寸前、村長は彼ら数名にこのことを周辺の村に知らせるようにとの命令を下していた。
例え誰かが途中で斃れたとしても確実に行き渡るように出発時刻も道もバラバラに分けてという念の入れようだ。
そして、彼とアンタレスには幸いまだ皇魔が襲い掛かってくる気配は見られなかった。
(このまま逃げ切れれば……)
彼の心には淡い期待が湧いてきていた。
今は一敗地に塗れたが、相手の強さが分かれば次への対策も立てやすくなる。
そうすればまたここの体勢を立て直すことも不可能じゃない。
が、彼の期待は一瞬にして打ち砕かれた。
彼らの走る先に、空から風を切りながらサーモンピンクを基調にしたグロテスクな文様を描く触手が下りてきてガシン!と音を立てて地面に突き刺さった。
「!!」
それを見た瞬間、彼もアンタレスもぴたっと足を止めて腰の剣に手を伸ばした。
何故ならその触手は、さっきまで散々に村で暴れた皇魔のものだったからだ。
「クスクス……どこに行く気だい?逃がすわけないじゃないか」
触手に遅れてすとりと降りてきた皇魔が面白おかしそうに彼とアンタレスを睨んでいる。
彼らの前にいる皇魔は、頭の上に大きな巻き貝の殻を抱き、側面についた金色の目玉がギョロギョロと忙しなく周囲を眺めている。
後頭部と殻の間からは髪の毛の代わりに何十本もの触手が生え、うねうねと独立した生き物のように艶かしく蠢いている。
二の腕と膝下は触手と同じような模様になっており、生臭い粘液が滾々と染み出してしっとりと湿っている。
露出した肌は皇魔族特有の血の気を感じない青色で、金色の瞳は隠し切れない破壊衝動に輝いている。
「くそっ……。先回りされていたか……」
彼は接近に気づかなかった迂闊さを悔やみながらも、この皇魔がこちらに食いついてきたことにしてやったりの思いも浮かんでいた。
彼らが村を脱出する時に分かれたメンバーは五つ。
村を襲った皇魔は三匹以上はいなかったので、これなら少なくとも二グループは逃れることができることになっていた。
後は、自分がこの皇魔と出来る限り交戦して時間を稼げればいい。
だが、この小さな後輩を巻き添えにするのは忍びなかった。
「…アンタレス、これからオレが奴と戦って時間を稼ぐから、お前はその隙に逃げろ…」
「っ!先輩、私だって……」
アンタレスは心外だと剣を構えるが、どう考えても員数外なのは明白だ。
「はっきり言おう。お前が戦ってもただの足手まといだ。俺の足を引っ張って邪魔になるだけだ。
だからお前は逃げろ。闘うより逃げるほうが、お前はよっぽど時間稼ぎが出来る」
これはもちろん本音だが、彼にしてはここで二人とも無駄死にするよりはアンタレスだけでも逃げ延びて貰いたかった。
勿論その可能性は限りなく低いが、ここで戦ったとしてもアンタレスが生きのこる可能性は限りなくゼロに近い。
「………、わかりました」
先輩に冷たく言い放たれたアンタレスは少なからずショックを受けたようだが、彼の言いたいことを理解したのか剣を収めるとじりじりと後ろに下がり始めた。
「ん〜〜〜〜?なに?男一人残してお前逃げる気?
キャハハハハ!随分意気地なしだね。それとも、なにか意図があるのかな〜〜?」
皇魔は逃げ腰のアンタレスをバカにしたように睨むと、一本の触手を前に出してきた。
「それって、こいつらに関係があることなのかな?クククッ!」
「「!!」」
皇魔が差し出してきた触手の先を見て、彼もアンタレスも息を飲んだ。
そこには、一緒に村を脱出した同志の首が二つ、串刺しにされていたからだ。
「トロトロ逃げているものだからさ、簡単に追いついちゃったよ。それで後ろから一思いに串刺しって寸法さ。
あ、残りの三グループも今頃仕留められているはずだよ。バカだね、ボクたちから逃げられると本気で思っていたのかい?
今生き残っているのは、ボクの前にいるお前達だけさ、バァ〜〜〜カ」
皇魔は彼らの浅はかさを鼻で笑うと、ぶんと触手をふるって二つの首を彼らの元へと放った。
つい数時間前まで一緒にいた同僚が、恨めがましい顔をした生首となって足元に転がってくる。
「ヒ、ヒイィィッ!!」
「アンタレス、逃げろ!!」
緊張に耐えかねて金切り声を上げるアンタレスに逃走を促し、彼は剣を振りかざして目の前の皇魔に挑みかかっていった。
彼にしてみれば、己の人生の全てをかけた渾身の一撃だった、のだが待ち構えるの皇魔は余裕の笑みさえ浮かべている。
「ふぅん…、さっきの連中よりかは幾分つかえるみたいだけれど……
その程度の腕でこの潰塵(かいじん)獣ミラの相手になると思っているのかよ!」
皇魔…ミラは振り下ろされる彼の剣に片手を伸ばすと、そのままあっさりと受け止めてしまった。
「な!!」
自分の渾身の力を込めて振り下ろした剣を、自分の方ほどの背の高さしかない皇魔に止められてしまったことに彼は呆然としたが、その隙に周囲から襲ってきたミラの触腕に彼の四肢はあっという間に縛り上げられてしまった。
「し、しまった!!」
あっさりと捕らえてしまったことにミラは拍子抜けしたように肩を竦めると、悔しそうに歯噛みする彼に侮蔑の目を向けた。
「お前バカだろ?何の策もなしに真正面からボクに向ってくるなんて…
絶望で頭が狂った?時間稼ぎをするならもう少しましなことしろよ。そんなんじゃ彼女を逃がす暇さえ生まれないじゃないか。
ま、元々逃がす気はないんだけれどね」
彼の後ろでは、腰を抜かしたアンタレスがガクガクと体を震わせている。
「あ、あぁ……」
「ア、アンタレス……逃げ、ろ…」
だが逃げろといわれても策も無ければ手段も無く、おまけに肝心の意思すらない。
アンタレスは何をすることも出来ず、ただ彼とミラを呆然と見つめていた。
「ふふふ…無駄無駄。もうここから逃げることなんて出来はしないよ。
さあ、お前からはその体の精気を吸い取ってやるよ。他の連中に比べれば、少しはましそうだからね」
ミラは美味しいご馳走を前にしたようにペロリと舌なめずりをすると、彼を縛った触腕の先端をぶすりと彼に突き刺した。
「ぐっ!」
強烈な痛みに彼の顔が歪むが、それも一瞬のことだった。
「ぐ、ぐ!ぐわああぁっ!!」
触腕がぐびり、ぐびりと何かを吸い出すような動きを始めると彼の顔はあっという間に快楽に染まり、夢見ごこちのまま全身の精気を吸い出されていった。
呆けた彼の顔は上気した桜色からどんどん土気色に変わっていき、肌艶も急速に失ってまるで老人のようになっていく。
筋肉で引き締まった体は見る見るうちに枯れ木のように痩せ細り、ものの五分も立たないうちに『彼』は皮と骨ばかりのミイラとなって絶命してしまった。
「ふぅぅ……、ちょっと物足りないけどいい味だったよ。お前の彼氏は」
ミラは満足したのか一つ溜息をつくと、もう興味ないかのように『彼だったもの』をぽいと投げ捨てた。地面に落ちた『彼だったもの』はかさりと乾いた音を立てると落下した衝撃でグシャグシャに崩れてしまった。
「ひっ!!いやぁぁぁ!!」
目の前でミイラになって粉々に崩れた先輩を目の当たりにしてアンタレスは喉から血を吐き出しそうなほどの大きな悲鳴を上げ、その場で失禁して小さな水溜りを作ってしまった。
「おやおや、彼氏の前でお漏らしかい?いい年してそんなに下が緩かったら彼も幻滅しちゃうよ。ククク!」
彼を吸い尽くしてもまだ物足りないのか、ミラは触腕を広げながらじりじりとアンタレスに迫ってきた。
逃げなきゃ、逃げなきゃとアンタレスの心は訴えてはいるのだが完全に腰が抜けていることに加えて今まで自分を指導し守ってきてくれた先輩の無残な死のショックが、アンタレスの体を金縛りのように動けなくしていた。
「こ、こない、で…」
アンタレスは涙で赤く腫らした目をミラへ向け、いやいやと力なく首を振るくらいしかできず、もちろんミラはそんなことを聞くつもりは全くない。
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないか。これから君をすっごく気持ちよくしてやるんだからさ」
ミラは自分の口元に伸ばしてきた触腕をぺろりと舐めると、そのままアンタレスに覆い被さり抵抗しようとするアンタレスの両腕を掴み挙げた。
「や、やだぁぁ!!やめてぇ!」
このままだと自分もミイラにされてしまうと確信しているアンタレスは何とかミラを振りほどこうともがいたが、元々腰が抜けて碌に身動きが出来ない上に上からがっしり覆い被さっているのでびくとも動かない。
「うふふふ…」
アンタレスの視界いっぱいに広がったミラの顔の横から、一本、また一本と触腕が伸びてくるのが見える。
その鋭く尖った先端はアンタレスの埋められる孔を求めて口や耳、はては下のほうへと進み、耳たぶにぴとりと触腕の先があたった時、とうとうアンタレスの緊張の糸が切れた。
「ぎゃああああああああぁぁぁ!!!
やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだぁ〜〜〜〜〜っ!!
やめてぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
アンタレスは無茶苦茶に頭を振って肩先まである髪をゆらゆら揺らし、比較的自由に動く膝でミラの体をがんがんと叩きまくった。
「ふふ…生きのいい獲物はボクは好きだよ。
…嬲りがいがあるからねぇ!!」
だがミラはそんなことに構うことも無く、アンタレスの精気を吸い取ろうと触腕を各々の位置に定め、一気に押し込んだ。
「やめ…っんぐぐ〜〜〜〜〜ぅっ!」
悲鳴を上げる口に、ぽかりと空いた耳に
服に穴を開けて臍に、尻に、秘部に
次々に触腕はアンタレスの中へと潜り込んでいった。
(い……いたぁぁ……っ!)
まだ処女であったアンタレスに、全く前戯を済まされていない状態で全身の孔に異物を突っ込まれる行為は苦痛以外の何者でもない。
真っ白な服が破瓜によって赤く彩られていき、あまりの痛みで目の前がガンガンと赤く脈打っているように見える。
「うんうん、痛いよねぇ。痛くしちゃったから仕方が無いんだけれど、でもこの痛みに震える顔を見るのもまたたまらないよねぇ」
眼下で痛みに顔を歪ませるアンタレスを見て、ミラは被虐心と優越感で心満たされたかぞくぞくと背筋を震わせていた。
とはいえ、本番はこれからである。
人間を嬲る快感も捨て難いのだが、やはり精気を吸い取る快感には換え難いものがある。
「でも…痛みを感じるのもここまで。これからは物凄く気持ちよくなって、そんなこと思いもしなくなるよ!」
ニッと笑ったミラの金色の瞳と側面にある貝の単眼がギラッと輝き、それに伴って触腕の先端がボゥッと鈍く光り、ぐびぐびとアンタレスの体内から精気を搾り取り始めた。
「んぐっ!」
その瞬間、アンタレスの全身に痺れるような鋭い快感が走った。
その快感はそれまでアンタレスの心を占めていた恐怖、諦め、嫌悪、絶望といった負の感情を一気に押し流し、思考の全てを一瞬で快楽一色に染め上げてしまった。
(な、なにこれ…!気持ちいい!気持ち、よすぎるぅ!!)
この快楽が危険だというのは百も承知している。これは人に幸福をもたらす快感ではなく、破滅させ地獄に落す快感だ。
しかし、そうと知っていてなおこの快感は非常に抗い難いものがあった。
この快感をもたらす触腕が非常に魅力的なものへと見え、触腕を使って自分に快感を与えてくれるミラへ対する恐怖心も見る見るうちに消え去っていっている。
(ダ、ダメ……なのに……)
どろりと曇って光を失った瞳は破滅の快感に歓喜の声を上げ、純潔を散らされて赤い血で彩られていた秘部からは、それに倍する蜜がとろとろと溢れ出て穿った触腕を熱く濡らしていた。
「ほぉ〜ら、頭がバカになるくらい気持ちいいだろ?
たった今まで処女だったのに、もうボクの触腕をキュウキュウ締め付けちゃってさ…。いやらしい女だよキミは!」
「ん、んんんぅ〜〜〜〜!!」
そんなことはないとでも言いたいのだろうか、それともそうだと言いたいのか、口を触腕で封じられているのでくぐもった呻き声しか出せずどちらを言いたいのかは不明だが、ミラの詰り言葉にアンタレスの吐き出す蜜はさらにその量を増していた。
(あぁ…もう、なにも考えられな…い……)
ミラに精気を吸い取られるごとにアンタレスの思考力は失われていき、精気を吸い取られるほど体の中の快感を求める疼きは増していっている。
それによってアンタレスの心がミラにもっと精気を吸って貰いたいと囁き、アンタレスの体はミラにもっと効率よく精気を吸ってもらおうと触腕に肉全体で吸い付いて精気を捧げている。
「んっ……んっ……んぶぅぅ……」
とうとうアンタレスは体中を触腕に委ね、もたらされる快楽に身も心も溺れてしまっていった。
そんなアンタレスの痴態を見て、ミラはバカにしたように口元を歪ませた。
「ククク!もう堕ちたか!あれだけ来るな、来るなと喚いていても所詮は人間。皇魔が与える快感に逆らえるはずがないのさ!」
それは自分が一番よく知っている。
自分が皇魔に生まれ変わったあの日、まだ男を知らなかった自分の体は皇帝陛下の触手によって一瞬のうちに開発され尽くし、体の中に入ってきた触手を歓喜を持って受け入れ、気絶するほどの凄まじい快感の中で陛下の触手によって皇魔の心と体を与えられることになったのだ。
この前まで頑なに皇帝陛下を拒み続け、人間の側にたって戦い続けていた自分がなんと愚かだったのだろうと思う。
自分にこれほどの素晴らしい快感と肉体を与えてくれると分かっていたら、もっと早く皇帝陛下の下に赴いて誰に言われるまでもなく自ら体を開いて皇帝陛下を受け入れていただろう。
それをしなかった自分は本当に愚かだったと思えてならない。
だが、皇帝陛下はそんな愚かな自分を嫌な顔一つせずに皇魔の列席に加えて下さり、こうして地上侵略の尖兵として自分を使わされている。これほど喜ばしい事はない。
その恩を返すためにも、一刻も早くこの地上全てを皇魔族のものとせねばならず、陛下の為に精気を集め、力ある人間を捧げなければならないのだ。
「……んふふ、キミ…陛下に捧げるほどではないけれどなかなかいい精気を持っているね」
触腕から送り届けられるアンタレスの精気の量と質に、ミラはちろりと舌を舐めながら堪能していた。
このまま精気を吸い尽くしてもそれはそれで皇帝陛下にいいお土産が出来る。
だが、今この場で一気に吸い尽くすのも勿体無い気もしてきた。
彼女を精気のサーバーにして何度も何度も吸い取ることで、より多くの良質の精気を吸い出すことが出来るのではないだろうか。
「……うん、決めた」
そうと決めたら善は急げと、ミラはアンタレスの全身を挿していた触腕を全て抜き取った。
「ん……あぁ……!」
最早触腕の虜になっていたアンタレスは、自分から離れていく触腕を物欲しげに眺めていた。
「あ……もっと、もっと……してくださいぃ……。触手、もっと私に挿して……」
口から涎を垂らして懇願してくるアンタレスを、ミラはどん、と蹴り飛ばした。
「そうそうがっつくんじゃないよ。
お前には、精気を吸い取るよりもっと凄いことをしてやるんだから」
そう言いながらミラは口をもごもごと動かし、奇妙な球体を舌の先に乗せて出してきた。
半透明の薄い殻に覆われたその中には、まるで触手を生やした貝の幼生のようなグロテスクな生物が閉じ込められている。
「これはボクの卵。これをお前の頭に産み付ければあっという間に孵化して、お前の脳みそはこの子と同化しちゃうんだ。
そうなったら、お前はボクの操り人形。僕の命令で精気を集める働き蜂になるんだ」
「え………?」
アンタレスの快楽で茹った頭にミラの言っていることはよく分からなかったが、ただあの卵を入れられたら自分の身に恐ろしいことが起こるということは理解できた。
「さあ、動くなよ。すぐに終わるからさ……」
卵を先に包んだミラの舌がアンタレスの耳目掛けて伸びてくる。アンタレスは本能で危険を察したのだが精気を相当抜かれた体は鉛のように重くまともに動いてくれない。
「や、や、やめ……っ!」
耳の穴に走るにゅるんと滑った感触にアンタレスはゾワッと怖気を感じたが、次の瞬間『ブツゥッ!』と激しい音と痛みが頭に響いた。
「がっ!!」
鼓膜を強引に破られた痛みにアンタレスは一瞬白目を向いて気絶しかけたが、更なる強烈な刺激がアンタレスに意識を失うことを許さなかった。
ミラの舌はそのままアンタレスの脳へと向かい、ミラは柔らかい脳みそのさわり心地を堪能した後ずぶっと舌先を脳へと差し込んだ。
「うふふ…、これでキミはボクの働き蜂さ…」
ちゅるりと舌を引き抜いたミラの足元では、早くもアンタレスが顔を真っ青にしてガタガタと体を激しく震わせていた。
「あ…あ……あああああぁぁっっ!!」
アンタレスの脳に着床した卵はパチッと割れるとたちまち触手を伸ばしてアンタレスの脳にぷすぷすと挿さり、脳みそと一体化していく。
頭の中で自分の頭が弄られていくおぞましい感触にアンタレスは頭を抱えて激しくのたうち、どうにかして逃れようと髪を滅茶苦茶に掻き毟った。
が、行われているのは頭の中なので当然そんなことではどうにもならず、アンタレスの頭の中はあっという間に寄生した貝に侵食されていった。
「あう…うぁぁぁぁ………」
その侵食の度合いが進むにつれアンタレスの動きは緩慢になっていき、やがて頭を抱えていたアンタレスの両腕はだらりと垂れ下がり、金切り声を上げていた口からは吐息しか漏れなくなっていた。
虚ろに開いた瞳があ互いにあさっての方向に向き、まるで動きを確かめるようにぎょろぎょろと動き、虹彩はオウムガイのような瓢箪型へと変わっていったアンタレスは、ミラの姿が目に入ると口元を吊り上げてニタリと微笑んだ。
「クク……どうやら同化しきったようだね。
さあ、立つんだ」
立て、と促す命令に反応したアンタレスは、言われるままに緩慢に立ち上がった。
精気が抜かれて隈が浮かんでいる目はミラと同じく暗い金色に輝き、虚ろな笑みが顔に浮き出ている。
「アンタレス……だっけ?お前の名前。
お前はボクの子供でボクの言うことには絶対に服従しなければならない。わかるな」
「………はい。マザー」
アンタレスはミラに向ってぎくしゃくした動きでこくりと頷いた。
まだ体の動きが十分に掴みきれていないという感じの動きだ。
「うん、いい子だ。
これからお前は麓の村に行って、男女問わず人間の精気を吸って来るんだ。
お前が吸い終わる頃にボクたちが村に入り込んで人間を皆殺しにするから」
「……畏まりました。マザー」
先程よりは滑らかな動きで頷いたアンタレスの口からひょろりと長いものが零れてくる。
それは色といい形といい、ミラの触腕と全く同じものだった。
「……うふふ。精気を、精気を吸い取る……。吸い取ってやる…。いっぱい、いっぱい……」
人間の精気を吸えることがそんなに嬉しいのか、アンタレスの口からは一本、二本と次々に触腕が飛び出し、数十本にもなった触腕がうねうねと蠢いて人間に潜り込むのを待ちきれない様子でいる。
さらに触腕は耳からも鼻からも飛び出し、顔の大部分が触腕で覆われたアンタレスは顔をにやつかせながら麓の村へと続く道をふらふらと歩いていった。
「さて、これでよし。後はピグマリオン様たちが戻ってくるのを待って、この近隣の人間を全滅させるとするか」
この地域が皇魔族の手に堕ちれば、鎧羅地域一帯がほぼ全て皇魔族の版図になる。
他の三地域に比べればそのその侵攻速度は際立っており、マステリオンもテラスもその成果に大いに満足していた。
「楽しみだなぁ…。みんなで一緒になって狩りをするなんて滅多に無いことだし」
ミラは早く一緒に来たピグマリオンとディアナがここにやってこないか心待ちにしていた。
彼女達は元々の戦闘能力が際立っているために普段は一緒に活動するということは滅多にない。なにしろ一人いれば村の一つは余裕で潰せてしまうからだ。
ただ、この場所は他に比べても防備が固いので特別に三人総出で侵攻に来たという訳なのだ。
その結果は押して知るべし。
いくら防備が固いといっても人間としては突出した力を持っていた北斗七星の三人、しかもそれが皇魔になってさらに強力な力を持ったとあってはいくらなんでも防げるはずもない。
ミラたち三人は子供が無邪気に虫を潰すかのように嬉々として抵抗する人間、逃げ惑う人間、命乞いをする人間を狩り潰していった。
マステリオンが求めている力ある人間以外はゴミ同様であり、それらを潰すことには何の躊躇いも持ってはいない。
こんな弱い人間を、何で必死に守ろうとしてたのだろうかとミラはその手で人間を潰すたびに反芻していた。
そして、自分をそんな弱い人間の頚木から解き放ち、皇魔に生まれ変わらせてくれたマステリオンにその都度心の中で感謝をしていた。
「もっと、もっと人間を狩って、この体に精気を溜め込んで……」
そうすれば、中央都市宮殿に戻った時、皇帝陛下があの光の触手でボクの体をたっぷりと堪能してくれる。
あのぶっとい触手が、ボクの体をメチャクチャにしてくれる。
「あ……あはぁ……」
その時の熱い快楽を妄想し、ミラの手と触腕は自然と下腹部に伸びていった。
人気の無い森の中で、粘っこい水音が辺りに不自然に鳴り響いている。
結局、ミラはピグマリオンとディアナが集合場所に見当たらないミラを捜索し、発見される数十分間我を忘れて指遊びに戯れていた。
二人に呆れ顔で注意された時には、さすがにミラもばつが悪そうにうな垂れていた。
その憂さを晴らすかのように、その後ミラは麓の村で大暴れをして…
一夜あけた後、この山岳一帯に残っていた人間はただの一人もいなくなっていた。
終