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「弁護士法違反」で奈落の底へ

浜地道雄2005/12/07
小規模な債権回収は、弁護士業務として成り立ちにくく、問題解決が滞っている場合が多い。しかし、債権者複数が組合を作り、組合が債権回収にあたる方式は違法とされてしまった。それでよいのだろうか――。
日本 法律 NA
 西村真吾弁護士(衆議院議員)らが11月28日、弁護士法違反で逮捕された。これを聞いて筆者に1年前の悪夢がよみがえる。日本弁護士会による告発により、善良なアメリカ人ビジネスマンが奈落の底に落としこまれた。

 スティーブン・ポール・ギャン氏(右写真上)は、米国の会計士の資格をもっており、シカゴで債権回収業を行っている叔父の手伝いをしていた。そして、モトローラの社員として来日した時に、たまたま日本の企業からアメリカでの債権回収を頼まれ、やったところ成功した。日本における債権回収が米欧と違うことを発見し、これは日本がおかしい、と思い始め、独立後、組合方式での債権回収業を始めた(1994年)。

 しかし、昨年11月4日、長年営んできた債権回収業を、おもに「弁護士法違反」として、ギャン氏は突然逮捕された。手錠をかけられ、独房に拘留され、弁護士接見禁止という実質的な拷問状態で、検事からの執拗な「自白」強要を受けた。地獄であった。

 その「自白」に基づき、11月24日に起訴され、東京地方裁判所で裁判に。「社会に対する凶悪犯罪」と強気の告発であるにもかかわらず、求刑は「1年の禁固、100万円の罰金」。そして、今年3月8日、求刑通り(執行猶予3年)の判決がいい渡された。

 ギャン氏は弁護士費用などで数百万円がかかり、逮捕・拘留されたことで会社の経営も成り立たず、閉鎖することになった。まったく打ちひしがれて、精神的にも不安定になったギャン氏は、法廷で罪状認否を争う余力も、判決に対して「控訴」をする気力も財力もなく、傷心のまま帰国した、現在は故郷シカゴで愛する日本を懐かしんでいる。

 「悪法も法なり」としても、なお不当なことの経緯を概略下記し、この日本の隠れた野蛮性について論議の俎上に乗せたい。

 曖昧な法律に守られてきた弁護士の既得権

 まず、弁護士法第72条では「弁護士でないものが報酬を得ることを目的で法律事件を請け負ってはならない」とある。問題はこの「法律事件」の定義が明確でないことである。長年、弁護士会の中でも見解が分かれており、論議が続いている。1998年には経団連(当時)も「大胆な規制改革の断行を求める」とした代物なのである。

 参考:
 弁護士法第72条の見直し
 弁護士法72条を巡る問題点と二弁における議論の方向

 「債権回収ビジネス」は欧米では100年以上続く「正業」であるのに対し、日本では弁護士業務とされている。だが、上述のごとく定義がない以上、そう「解釈」されてるにすぎない。

 ただし、ギャン氏は日本の法律を遵守し、「組合方式」(=債権者が組合を作り、その組合として債権回収にあたる)にて業務を行っていた。この「組合方式による債権回収」が1977(昭和52)年に不起訴になった例があることを確認した上である。つまり「違法ではない」と当時、検察は認めたわけだ。

 ギャン氏は複数の弁護士と常に相談の上で業務を履行していた。かつ、日本弁護士会からの調査もすべて受け入れ、書類の開示も行い協力してきた。調査員の1人は「成る程、私もお願いしようか」とまで彼に言ったほどである。

 ギャン氏は債権回収について啓蒙活動も行っていた。それも時には弁護士とともに(参考:「企業再生の事例と企業再生の課題と展望」〜様々な事業再生手法の実例研究〜)。同氏の活動については『青い目の債権取り立て屋奮闘記』(右写真上)に詳しいが、その発刊は2001年2月である。「違法行為」なら、なぜ4年も放置したのか?

 2004年12月1日付の日本金融新聞は、ギャン氏の逮捕について、東京弁護士会での取材をベースに記事を掲載した。記事は、下記のようなことを指摘している。

・東弁では回収被害を確認しようとしたが、被害実態がつかめなかった。
・1500件ほどアンケートを集めたが、ギャン氏が社長を務める「A+A」社に関するものは2、3件しかなかった。
・債務者などへの実害はない。
・従い、既得権益を死守しようとする弁護士会の意図が透けて見える。
・逮捕について、日弁連の小野傑(債権回収会社に関する委員会)副委員長は個人的見解としてだが「(地検が)よく踏み切ったな」と述べた。

 実際問題として、費用の高い、数は少ない、忙しい弁護士による「債権回収」は機能しておらず、社会的な問題である。

 「自白強制」に基づく検事・裁判制度

 次に問題とすべきなのは、実態として「自白」に基づく日本の検事、裁判制度である。この事件では、検察が自らの法解釈を容疑者に強要した形になっており、問題は根深い。

 本来、検事事件調査の基本は「事実は何か?」「被疑者はどういう行為をしたか?」ということである。今回は「被告の行為」は4年以上も前から明らかになっており、それを被告は認めていたのだ。

 検事は被疑者が「その行為を『違法と知った上で』行ってきた」という調書(=自白)を書き、サインさせたいわけである。ところが、違法でないとされた前例があり、複数の弁護士も「違法ではない」といったのを信じ、ギャン氏は「違法だ」という意識は持っていなかった。しかし、このサイン入りの調書がないと裁判に持ち込めないので、検事も面子にかけて、強要する。そこで拷問同様の強制をするというわけである。

 「起訴状」と東京地裁での「勾留理由説明」(昨年11月20日)に対し、弁護士が弁論の中で、下記の矛盾を指摘した。

 1)すべての証拠(ダンボール25箱)を押収しておきながら(6月15日、つまり逮捕の5カ月強前)、まだ「証拠隠滅の可能性あり」と断定。
 2)それから半年近く、検察取調べにきちんと対応している被疑者に「証拠隠滅の可能性あり」と断定。
 3)その間、パスポートを取り上げておきながら「逃亡の可能性あり」と断定している。
 そして、その断定に基づき、手錠姿で身柄を拘留。独房(電気はつけっぱなし)に拘留。取調べには手錠、弁護士もつかず、接見禁止。いやはや、地獄。いわば「疑わしきは罰せず」ではなく「疑わしきは独房へ」。

 ハワイ大学のデイヴッド・T・ジョンソン氏は著書『アメリカ人のみた日本の検察制度』(右写真下)の中で日本の制度を褒めた上で、「自白強要」について国連人権委員会が非難してることをあげ、「有罪であろうとなかろうと、23日もの取り調べに耐えられるだけの精神力がある者はまずいない」と述べている。

 この点は上記顛末も含めて「ミランダの会」への弊投稿をご参照いただきたい。このミランダの会は不当な「強制自白」は裁判証拠とならないというアメリカの事例に倣った、心ある弁護士らのフォーラムである。米国では取り調べにあたり、被疑者に黙秘権があること等を明示、理解させる(右写真中)。

 以上、2つの問題点を提起した(本稿は西村真吾議員の理を説くものではない)。

 1つは「弁護士法」(1933・昭和8年)の不明さと、グローバル時代における「債権回収業」という弁護士の既得権益是非の問題。
 もう1つは事実上の「自白強制」という検事・裁判システムの「野蛮さ」。
「弁護士法違反」で奈落の底へ
まさか、4年後に地獄行きとはーー。
「弁護士法違反」で奈落の底へ
取調べにあたり「黙秘権」を明示するミランダ・カードを翻訳しておきます。
"Miranda Admonition"
(ミランダ警告)
You have the right to remain silent. あなたには黙秘 をする権利があります。
Anything you say can be used against you in court.
あなたが述べることは、法廷で不利に使われる可能性があります。
You have the right to a lawyer and to have the lawyer present both before and during any questioning.
あなたは弁護士を雇い、いかなる尋問の前でも最中にでも弁護士を立ち会わせる権利があります。
If you cannot afford to hire a lawyer, one will be provided free of charge,if you wish one.
もし弁護士を雇うゆとりがない場合、あなたが望めば、無料で1人の弁護士がつけられます。
Do you understand these rights?あなたはこれらの権利を理解しましたか?
「弁護士法違反」で奈落の底へ
日本の検察取調べの実態を問う
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