管理職モーレツ研修














今管理職たちの地位が危うい。
年功序列の崩壊で中高社員の生産性の低さがヤリ玉にあがっている。
まず、管理職の平均月給を見てみると、
部長 72万1,925円
部次長 66万2,275円
課長 59万4,037円
係長 43万1,437円
(従業員100人以上の企業を対象にした調査より/2000年人事院調べ)

と、なかなかに高い給料をもらっているようだ。
しかし、彼らは実際にこれにみあった働きをしているのだろうか。
下の表は、企業の中高年雇用に関するアンケート調査で、なぜ求人に年齢制限を設けるかについて聞いたものだ。
年輩者は体力的に対応できない 33.8%
年輩者は賃金が高く人件費がかかる 26.9%
年輩者は職業能力的に対応できない 24.9%
年輩者は使いにくい 12.9%
年輩者はやる気や意欲のない人が多い 6.7%
(1999年労働省職業安定局調べ)

中高年者に対する人事担当者の本音がうかがえる。これまで、能力とは関係なく長年勤めていれば管理職になれてしまった
中高年たちが、ここにきてリストラや能力主義という時代の波に直面している。
そんな中、生き残りを賭けた管理職たちが
自らを鍛え直すためプライドを捨てて研修に挑んでいた。

「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」
東京都内某所。
殺風景な建物の中では、作業服姿の男女が腹の底から声を出していた。
彼らは皆、会社で部下を指導する立場にある「管理職」。
これは、管理職を対象にした「鬼の研修合宿」だ。

いい年をした中年サラリーマンたちが、「大きな声で返事をする」「きびきびと動く」など
社会人としての基本的な姿勢を叩き直されていく。
そのやり方は、まるで軍事教練だ。
ともすれば、時代錯誤に見えるこの研修を企画したのは東京の研修代行会社「アイウィル」染谷社長。
「昔の日本人は犠牲的精神を持っていた。
国のため会社のため家族のため、自分を犠牲にした」

染谷社長は、不況の今こそ、中年管理職がモーレツ社員とならねばならないと力説する。
「今の時代こそ、日本の貧しい時代のものの考え方、『モーレツに働かなければならないんだ』という考え方に戻らなければならない。
私が言っていることは5年10年先には当たり前になるはず」

「私は今まで時間にルーズで同僚やお客様に迷惑をかけてきました!」2泊3日の合宿。受講者たちはまず、己の弱点を直視することから始める。
「私は大きな声で返事ができません!」
と、運送会社部長代理の片岡さん。将来の幹部候補生だ。受講生は他に、自動車販売会社の店長牛越さん(53)や、ホカ弁チェーンの北陸本部長、岡本さん。
他にも、たくさんの部下を抱える管理職が参加している。それぞれが自分の欠点をみなの前で発表しなければならない。そして、お互いをほめ合うのも訓練のうちだ。

かくして始まった初日の研修。
ようやく昼ごはんだ。
(岡本さん)「部下はパート・アルバイト含め200名。ゼロから出発するつもりで参加した」
(牛越さん)「昔のやり方から脱却できないベテラン社員が多い。まず私が変わらなければ」

受講者が寝泊りする部屋。タバコと携帯電話を没収される。
合宿中はアルコールも厳禁。テレビを見たり、雑誌を読んだりすることもできない。

午後はいきなり漢字と計算のテスト。
中学生レベルの漢字の読み書きだというが・・なかなか答えられない。
50問中、一問も正解できない受講生すらいる。
続いて小学生レベルの算数。4桁の計算が・・できない。
これでも人の上に立つ管理職なのか?受講生は己のふがいなさを思い知る。
「キツイです。うまくできませんでした・・・」

日が暮れても研修は続く。
カリキュラムにはなんと歌唱の時間まである。歌うのは、自己犠牲の精神を身に付けるための「防人が行く」という歌。染谷社長が作詞作曲したものだ。

夜11時半。ようやく初日の研修が終わった。しかし、
「もうすこし暗記をやります。不安でいっぱいです・・・」

翌朝は6時起床。
すがすがしい朝の空気を吸いながら、体を動かす。
ラジオ体操をよりハードにした「アイウィル体操」だ。

はたして2泊3日で、管理職たちは変わることができるのか?
「今は強制されていやいややっているけど、やってるうちに違和感はなくなってくる。
3日間に見たらで別人のようになっているよ」と染谷社長は確信する。

最終日、再び合宿所を訪ねてみた。
声を出す受講者たち。こころなしか、その表情には余裕も見える。

最終日はスピーチテスト。自らの欠点を克服し、信頼される上司としての新しい決意を誓う最終試験だ。
試験本番。まずは初日から気合が入っていた片岡さん。
「一日も早く経営状態を安定させ、年間経常利益1億円突破を1年で成し遂げます!!」
将来の会社を担う、幹部候補生としての自覚を誓う。
素晴らしい出来で合格。皆で祝福する。

続いて、岡本さん。
「自分が変わり、模範を示すことによって、ぐいぐいと部下を引っ張り売り上げ、利益ともに全国一の本部にして見せます!!」
岡本さんは全国一の本部を目指すと誓った。
「好きな晩酌を週5回にします。今までは6回でした」
牛越さん、まずは健康の誓いから。そして
「営業の原点に戻り、守りではなく攻めの姿勢でシェア10.2%を確保します!!」
牛越さんも無事合格。

かくして全員が合格し、合宿は終了。
受講者たちはスーツに着替え、元の職場へ帰っていく。
いや、帰るのではなく、会社員人生の新たな出発だ。
「行って参ります!」

この3日間は意義がありましたか?と聞いてみた。
「ありました。普段できなかったような勉強も出来た。力いっぱい勉強しましたよ」
「常に前へ前へ進もうと。でもまだ本物じゃないんで、今後もコツコツやっていきます」

(取材後記)
大きな声で返事、挨拶の練習、集団行動・・・。私の嫌いなことばかりです。
2泊3日の管理職研修は、1時間その場に居ただけでもう逃げ出したくなりました
(もっとも私は取材者なので見ていただけなんですが)。
ところが受講者の方々は、50代の人もいるというのに一生懸命に取り組んでおられました。
皆さん会社に帰れば、それなりの地位の人ばかり。なのに、こっちが気恥ずかしくなるほどの真面目さで声を出していました。
「時代錯誤でバカバカしい」と言ってしまえばそれまでの研修です。
しかし、真剣に取り組めば得るものは大きいし、自分を変えることもできるのでしょう。
逆に真剣に取り組まないのであれば、これほど意味のないことはありません。
重要なのは、「効果がある」とか「ない」とかそんな次元のことではなく、「自分を変えるため、業績を上げるためなら何でもやるんだ!」という強い意志なのです。
私は年代的に分からないのですが、高度成長期にはそんなサラリーマンが日本中に沢山いたのではないでしょうか。そして彼らも”モーレツ”という言葉が死語となるとともに消えていった。そんな気がします。

担当ディレクター 東野 欣

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