きょうのコラム「時鐘」 2010年9月5日

 久々にいい文章に出会って、ちょっと涙ぐんでしまった。富田勝郎金大附属病院長が北國文華秋号の「わが人生忘れ得ぬこと」に登場したのである

失礼ながら、地方の秀才が著名医師になる一代記かと思って読み始めたがとんでもない。南砺市(旧福光町)の豆腐屋に生まれ、豆腐を売るため知恵を絞り、母の背中に人生と商売のコツを学んだ少年の姿があった

圧巻は売れ残った豆腐の場面である。夕餉のおかずは売れ残りの豆腐と決まっていた。が、完売した日はおかずがなく、水槽に漂う豆腐の切れ端をすくって食べた。それが惨めでなく、完売のうれしさで家族皆が笑顔だったというのだ

「ならぬ堪忍するが堪忍」。我慢の限界を超えて我慢するのが本当の我慢だと若くして夫を亡くした母から学んだ。小さな田舎町の豆腐屋の一場面から、戦後を必死に生きた日本が生き生きと広がる

貧しい中にも品格のある戦前から終戦直後にかけての北陸人の姿がにじんで見えた。その後の猛勉強ぶりは今の学生たちに熟読してほしい。「医学は理系でも文系でもない、人間系だ」とは、まさに至言である。