チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14752] 【Muv-Luv】マブラヴオルタネイティブ if 『一刃の風』
Name: 折口 氷◆accfea10 ID:8a1d05e0
Date: 2010/09/04 02:24
はじめまして。折口 氷という者です。

色々なマブラヴ2次創作SSの作品に触発され、この度筆を取らせていただくことにしました。

このお話は、オルタネイティヴ本編をもう少しハッピーに、純夏以外のヒロインでもお話を纏められないかという思いつきを元にした、本編のif分岐と考えて下さると嬉しいと思います。ですので原作を未プレイの方には理解できない表現が含まれていることを先にお詫びしておきます。


こんなに長い文章を書くという事自体始めての事ですので、日本語が読みづらい、表現がおかしい等の意見ありましたら感想の方にいただけると有り難いです。

完結を目標にがんばっていきたいとおもいますのでよろしくお願いします。



大きな修正点・追加点(誤字脱字は含みません)
・2010/09/04 場所表記を変更、本編以降時刻を追加しました。





[14752] プロローグ『風の起こり』(上)
Name: 折口 氷◆accfea10 ID:8a1d05e0
Date: 2009/12/13 01:58
≪○ねん△がつ×にち ???≫


『そこ』には■■■だけが在った。

他には何ひとつなかった。

茫漠としていて、宇宙のように果てのない『そこ』は無限に、ただ激しく渦を巻いていた。

天も地も、前も後も左も右もない渦の中、あらゆるモノが飲み込まれ亡くなった。

カタチあるモノも、カタチのないモノもとうの昔に、余すところなく亡くなった。

光さえも亡くなって、色さえも亡くなった無色透明の渦には、もはや何も視えなかった。

どこまでも、どこまでも透き通っていた。

そんな、『そこ』に浮かんでいたもの――それはたったひとつの想いだけだった。

「タケルちゃんにあいたい」

無限の透明の中で聞こえてくるのは、そんなちいさな想いだけだった。

不純物を一切含まないその想いは、長い時をかけて祈りへと昇華され、やがて祈りは純然たるイノリになった。


あるとき、『そこ』に在るだけであったイノリはエネルギーを得た。

世界を渡り、ひとりの男の運命の歯車を、捻じ曲げる、そんな、奇跡のようなエネルギーを。

やがて幾度かの世界の流転を経て、ついにイノリは終わりの時を迎えることになった。

『そこ』そのものが亡くなるのだ。

そうして、イノリはその命を失い、仮初めのイノチを得たのだった。



《2001年12月25日 佐渡島》


『――この野郎ォォォッ!!』

執拗に振るわれる要塞級の衝角を反転全力噴射(ブーストリバース)でかわし、着地。と同時に前後左右から迫りくる要撃級の豪腕を巧みなステップワークと噴射跳躍(ブーストジャンプ)で避けながらトリガーを引き絞る。
20体以上の要塞級と50体近い要撃級、そして無数の戦車級他小型のBETA種に囲まれるという、あらゆる衛士達にとってどう贔屓目に見ても地獄と表現できるそこで、しかし主導権をにぎっていたのはたった一機の不知火だった。
3次元的な変則機動を続ける不知火の手腕に握られた87式突撃砲からは36mmチェーンガンの発射音が小気味よく響き渡り、絶え間なく吐き出される36mm劣化ウラン弾はBETAの身体をぐちゃぐちゃに引き裂いていく。降り注ぐミートシャワーの中を狂ったように飛び跳ねる不知火。時折思い出したかのように発射される120mm弾は確実に要塞級の急所に吸い込まれていった。

『は、速瀬中尉・・・・・・敵の損耗率が・・・・・・加速度的に・・・・・・ッ!』
『・・・・・・す・・・・・・凄い・・・・・・!!』

A-01部隊の面々は白銀機の圧倒的な戦いぶりに声を失っていた。
すでに、白銀武の操る不知火は弾切れをおこした突撃砲を投棄し、74式近接戦闘長刀でBETAの群れを引き裂いているところだ。
天才衛士と前評判のついた男の新人を部隊に受け入れたのがつい数日前。訓練等での彼の働きは、他の部隊員の信頼を勝ち取るには十分過ぎるものであったが、それでもここまでの戦いぶりを誰が予想しえたであろうか。

『――ぐうううッ!!まだまだぁーッ!!』

切り裂いたBETAの臓物と返り血で機体を赤紫色に染めながら、なおも不知火は跳び続けていた。
やがて、重光線級を守るように布陣していた要塞級の壁に穴が空いた。その隙を見逃さず他の中隊機が一丸となってそこに切り込んでいく。
速瀬機を先頭に鋭く尖った錐のような突撃。

『――白銀、よくやった!そろそろ重光線級狩りの時間だぞ!――続け!』
『――了解ッ!!』

危うくBETAの一撃を貰いそうになった白銀機を絶妙のタイミングで伊隅機がカバーし、白銀機は中隊にようやく合流を果たす。
BETAの壁を突き抜けた12機のヴァルキリー達は、獰猛に、執拗に重光線級に集中して襲い掛かっていった。


A-01部隊が死闘を繰り広げている間、侵攻ラインを緩やかな速度で浮遊する凄乃皇弐型の巨体の中で、鑑純夏はうっすらと上気した表情を浮かべていた。

(――やっぱり凄いよ・・・・・・タケルちゃんは・・・・・・)

00ユニットである自分にとって、戦域全てのデータリンクを並列処理し司令部にいる全てのオペレーターがこなす仕事を、それよりも数倍早く正確にこなすことは造作もないことだ。
そしてそれと同時に、常時武のリーディングを続けていた。

(――さっきまでのタケルちゃんはかっこ良かったなあ。必死に、命を懸けて私を守るって、その気持ちでいっぱいだった。ちょっと嬉しすぎて、泣いちゃいそう。
通信では部隊のほかの人たちは言葉もなかったみたいだけど、私だけは、タケルちゃんならあれくらいできちゃうって思ってたんだから。
司令部の偉い人だってわかってないなあ、天才衛士だからどうだとかじゃないんだよ。理由なんてタケルちゃんだから、で十分なんだよ。
タケルちゃん、私のためにがんばってくれてありがとう。次は私の番だから――)

すでに重光線級の数は半数以下に減っている。戦況の推移をシミュレートしてみると、自分が予定地点に到達するまでには少数の撃ち漏らしがでると結果がでた。
大丈夫、と思い直す。自分には凄乃皇弐型があるし、ラザフォード場の展開ステータスは正常どおりだ。何も、問題はないのだと。
やがて、凄乃皇弐型のカメラアイに醜悪で巨大なハイブのモニュメントが捉えられるようになってきた。自らの中に熾火のように残る憎悪の炎がふつふつと燃え上がり始めるのを、純夏は自覚していた。


凄乃皇弐型が攻撃予定地点に差し掛かった。と、唐突にモニターが白く塗りつぶされた。
A-01部隊が撃ち漏らした重光線級の放った何条ものレーザーが凄乃皇に照射されたのだ。

『純夏ァァァァァッッ!!!!』

無線から自分の名を呼ぶ武の叫び声が届いた。自分のことを心配している必死の叫びだった。

(――私は大丈夫だから、みてて、タケルちゃん)

向かってきたレーザー全てをラザフォード場によって明後日の方向へと捻じ曲げてやった。

(――どうだッ!!私にそんな攻撃なんか効かないんだよッ!!)

充填時間を置き、再度レーザーが放たれる。しかしそれらもことごとく捻じ曲げ逸らしてやる。損害は変わらず皆無であった。

(――だ~か~らぁ~、そんなへっぽこレーザー効かないって!!何度やっても無駄無駄なんだからッ!!)

あの、全人類を震え上がらせるBETAのレーザーが自分には無力だなんて、なんていい気味。さっきから凄乃皇弐型にとりつこうとしている有象無象のBETAなんてラザフォード場に触れた途端にぐちゃぐちゃにすり潰されていってる。次から次へと馬鹿みたいにきりが無い、ほんとにBETAなんてゴミみたいだ。

(――あれぇ、もう終わり?化物の癖に大したことないんだ?じゃあ、そろそろ・・・・・・)

『さあ、始めましょ』
「・・・・・・はい」
甲21号作戦旗艦である最上に搭乗している香月夕呼からの無線に短く答える。
静かな口調とは裏腹にうっとりと微笑を浮かべながら、凄乃皇弐型の胸部ハッチを開いた。雷光が走り砲口にいかずちが収束していく。

(――しんじゃえ)

周囲を飲み込む光とともに、荷電粒子砲から絶対の破壊のいかずちが発射された。
地響きを起こすほどの轟音と共に、大地は抉れ、いかずちに触れたBETAはことごとく、ただの一体も例外はなく蒸発し、吹き飛んだ。
彼方に見えていた甲21号ハイヴの、頑強であったはずのモニュメントの残骸からは黒煙が上がっている。

(――まだだよ。こんなんじゃ全然足りない。もっと、もっと、綺麗にしないとねッ!)

2発目の荷電粒子砲発射、再度大地が揺れ、すさまじい破壊音が響き渡る。
今度こそモニュメントは消し飛び、それをみた全ての人々の歓喜の声が通信回線を洪水のように埋め尽くした。

(――タケルちゃん、どうかな、私、がんばったよ・・・・・・、あ、タケルちゃんったら涙こらえて嬉しそうにしてるんだ。えへへ)

BETAのリーディングも一通り終え、白銀武の思考に繋がっていた純夏だった、が

(――え、なに、火山・・・・・・?あれ、その子は・・・・・・い、や、そんなの、いやあああああああアアアアアアアッッ!!)

ぷっつりと、唐突に意識は闇の中へと沈んでいった。


突然の機関停止を起こし、岩山に頓挫したまま再起動コードを受け付けない凄乃皇弐型に対して、香月夕呼は作戦プランGの発動を決意。
白銀武と伊隅みちるの2人に、凄乃皇弐型の機内へ乗り込み00ユニットである鑑純夏の回収、および手動による凄乃皇弐型の自律制御の起動とそれが不可能な場合は爆破処理を行うよう命令を下した。

『・・・・・・先程、副司令から説明があった手順に従って、私と白銀がメインコンピューターの起動とシステムの再起動を行う。その間、部隊の指揮は速瀬に一任する。いいか速瀬、どんなことがあってもA-02を死守すんだ』
『了解しました、大尉』

伊隅は手早くA-01部隊を凄乃皇弐型の周囲に展開、自らは武とともに戦術機を降りて凄乃皇弐型へと乗り込んでいった。


武が気絶した純夏を発見し、自らの不知火へと連れ出すため抱き上げようとしたその時、不吉な響きが無線に割り込んできた。
第一種BETA警報、通称コード991がけたたましく鳴り渡る。

『まじかよ、こんなときだってのに!』
『――大尉!師団規模の以上のBETA群が地下を移動中!前回の出現時と波形が一致しています!』
凄乃皇弐型の周囲で警戒を行っていた風間から通信が入った。
荷電粒子砲であれだけ叩かれたBETAに、まだそれほどの残存戦力が残っていたことに武も伊隅を驚きを隠し切れていない。

『――どこだ!?出現予測は?』
『作戦域の広範囲に渡っています!恐らく、ウィスキー、エコー部隊の回収艦隊に反応しているものと思われます!』
『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ!佐渡島全域にBETAの出現を確認!・・・・・・ッ!!大尉!そちらにも旅団規模のBETAが向かっています!』
間を置かず、最上にいるオペレーターの涼宮から報告が入る。

『旅団規模だと!?くそっ!速瀬!宗像!部隊を引き連れ前面に展開しろ。小さくまとまれ、いいか、BETAをA-02に近づけるな!』
『――了解!』
『――了解!』

伊隅が対応策を即決し命令を下すと、きびきびとした動きで2人を先頭にした8機の不知火が飛び立っていく。

『――御剣、柏木はそのまま待機!』
『――了解!』
『――了解!』
『白銀、急げっ!』

凄乃皇弐型の直援に2機を残し、武と伊隅の両名は純夏の回収を急いだ。


無事に純夏を自らの不知火へと収容し終え、戦域からの脱出ルートの指示を待っていたその時だった。
他の部隊員の様子を伺おうとした武の目にそれが飛び込んできたのは。

『――嘘、だろ?』
武はわが目を疑った。戦域マップを拡大表示し、何度も注意深く眺める。
しかし、ブツンと消えてしまった味方機を示すマーカーが再び点灯することは無かった。



[14752] プロローグ『風の起こり』(下)
Name: 折口 氷◆accfea10 ID:8a1d05e0
Date: 2009/12/13 02:00
消えていたのはヴァルキリー2とヴァルキリー12を示すマーカーだった。

『速瀬機、彩峰機の反応が消失!』
『速瀬中尉、彩峰少尉のバイタルモニターは・・・・・・全てフラットです!』
最上にいるオペレーターのピアティフと涼宮から衝撃的な報告がもたらされた。

『――なんですって?』
さすがにこれには香月夕呼も驚きの声をあげた。前触れもなにもなく、いきなり部隊の前衛2枚を抜かれたのだ。しかも二人とも、自分の子飼いである特殊部隊に所属する飛び切り優秀な衛士であったはずであるのにだ。

『どういうことか、詳しく報告なさい!』
『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ!状況を説明せよ!』
『――こちら宗像、両名とも大量のレーザーの同時照射を浴びた模様です!回避もままならない程一斉に・・・・・・ッ!!やつら、フォート級の中からいきなりでてきて・・・・・・!』
『レーザーですって!?・・・・・・まだ温存していたレーザー属種がいたということね・・・・・・ッ!』
悔しそうに唇を噛み締める夕呼。瞳には憤怒の色が宿ったが、それが表情にでる前に押さえ込んでいた。
部隊チャンネルには若い部隊員たちの悲鳴が響き渡っていた。特に正規兵にあがったばかりである元207部隊の面々は、始めての仲間の戦死に半狂乱になって叫んでいる。

『慧ちゃん、慧ちゃんッ!?』
『そんな、嘘でしょ?彩峰ぇぇ・・・・・・ッ!』
『慧さん!返事してよ!?慧さん!』
『――落ち着け、お前たち!!』
宗像がなんとか隊員達をなだめようとするが、とても動揺から立ち直れそうにはない。

『――ッ!!レーザー第2波、きますっ!!』
涼宮遙の叫びと同時に、再び多重のレーザー照射。戦域マップからマーカーがひとつ消えた。
ショックから立ち直る間もなくやられたのはヴァルキリー9、珠瀬機だった。

『珠瀬機の反応が消失!・・・重レーザー級の反応もレーダーから消失していってます!』
『――こちら風間です!重レーザー級は再びフォート級の体内に隠れていきました!他の奴より赤味がかった体色をしたフォート級がそれです!』

風間から送られてきたデータを下に、便宜上RF(=赤要塞級)としるされたマーカーがマップ上に表示される。その数5。
奇しくも残り5機になった不知火を等間隔に取り囲むような形で布陣している。
そしてそれらの赤要塞級を覆い、守るようにしながら前進してくる、他の要塞級、要撃級、突撃級他のBETA群による輪は徐々に狭まりつつあった。

『――美冴さん、どうしますか?』
いくらか強張った面持ちで風間は宗像に通信を送った。速瀬がやられた以上、この現場での指揮官は宗像ということになる。

『――大尉から言われたのはA-02にBETAを近づけるなということで、倒せということじゃない。我々が成すべきなのは可能な限りあの忌々しいレーザー種をひきつける事だろう』
限られた選択肢の中、宗像はそう結論した。

『――そうですね、やるだけやってみるとしましょう』
『――ああ、本音を言えば速瀬たちの仇を討ってやりたいが・・・・・・それには・・・・・・さっきの白銀があと10人は欲しいかな?』
緊張とも恐怖ともとれる張り詰めた風間の声に、宗像は軽口で答える。

『・・・・・・ふふっ、美冴さんったらこんなときにも冗談を・・・・・・私、貴女のそういう所、好きですよ』
『――そんなことは知っているよ。・・・・・・さて、行こうか』
二人だけに伝わる温度の会話。優しく笑いあって、通信は途切れた。


わずか20分程度の出来事だった。凄乃皇弐型を守るために前進したヴァルキリーズは最初の犠牲を皮切りに、連鎖的に撃墜されていった。
最後まで残った宗像機と風間機もたった2機で10分以上粘りに粘ったが、BETAの圧倒的な物量の津波にあえなく飲まれていった。

『・・・・・・』

純夏を運ぶ白銀機とそれを守るように飛行する御剣、柏木機だったが、三者の通信回線には重苦しい空気が居座り、口を開くものは誰一人としていなかった。
部隊の皆が命懸けでつくった時間でなんとか脱出ルートが決まり、伊隅の判断で、自爆装置を作動させるべく伊隅一人を凄乃皇弐型の中に残して出発したのがつい数分前。
御剣と柏木は伊隅一人を残していけないと進言したが、部隊がすでに壊滅しかけ援護が全く期待できないこと、最優先するべきは純夏の無傷での移送であって凄乃皇を自爆させることではないことだと強調し、白銀機の直援に2機ともつくよう命令で押し切った。

『――1時方向にBETA29ッ!』
『――迂回するか!?』
BETAの出現にそれまでの沈黙が破られた。索敵を行っていた柏木と冥夜がすばやく意見を交わす。
非制圧地域である上、味方から完全に孤立している以上無理な戦闘は可能な限り避けるべきであった。

『――ダメだ!モタモタしてたら第二戦隊がやられる!このまま突っ込むぞ!』
『――了解!』
『――了解!』
迷いも見せずそう決断した武に続いて、冥夜、柏木両名が続く。

『――ヴァルキリー6、バンデッドインレンジ!エンゲージオフェンシブ!!』
『――HQ了解!ヴァルキリー6、10、11!一撃離脱のみ許可する!』

進路を塞ぐBETAにのみ的を絞り、3機の不知火は連携して攻撃を仕掛けて行く。

『――ヴァルキリー6!フォックス3!!』
『――ヴァルキリー10!フォックス2!!』
『――ヴァルキリー11!フォックス3!!』

その苛烈な脱出行の最中、白銀機の管制ユニット内で眠っていた鑑純夏の意識が再び目覚めようとしていた。

「・・・・・・・・・・・・う・・・・・・」
『――邪魔だ!どけぇッ!』
「・・・・・・・・・・・タ・・・・・・ケ・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・」


BETAの屍を踏み砕き乗り越えながら、なおも3機の不知火は前進を続けていた。

『――白銀、速度が上がってないわね、どうしたの!?』
焦りを押し隠した声で夕呼が尋ねてくる。

『――ルートの所々にBETAがいるんですよ!・・・・・・さっきより数が増えています――どういうことですか!?』
『――佐渡島全域でBETAの出現数が急激に増加しているのよ、しかも更に悪い知らせがあるわ』
『――え?』

夕呼がはっきりと悪い知らせと言うからには余程のことだろうと身構えた白銀に、脱出ルートの頭を抑えるようにBETA郡が移動していることが告げられた。
しかもレーザー属種が含まれているため、状況はより一層厳しいものとなっている。

『――とにかくなんとかして速度を上げなさい、迂回はダメよ、推進剤が足りなくなるから』

しかも、凄乃皇弐型の中に一人残った伊隅のところにも大量のBETAの集団が迫っている。
そのことを案じた冥夜と柏木が口を開きかけた刹那、レーザー照射警報が響き渡った。それぞれ反射的に回避行動に入る。
機体の傍を掠める幾筋ものレーザーをやりすごす3人に向かって、繰り返し急ぐよう念を押し、夕呼からの通信は途切れた。

『――ぐおおおおおお!!』
なおも大量に照射されるレーザーを、自動回避だけでは対応しきれないと踏んだ武は、操縦をマニュアルに切り替えた。

『――タケルッ!自動回避を切るなどと・・・・・・無茶をするでないぞ!』
『――あはは、白銀ってば無茶しないと気が済まないみたいだね。さあ、ゆっくりしている暇はないよ!お二人さん!』

BETAの波状攻撃の前に余裕がなくなってきている冥夜とは対照的に、こんな状態でも余裕のある構えを崩さない柏木。
遮二無二突き進む白銀機を先頭に、どこか精神的にバランスが取れた3機の不知火は、レーザーの雨の中、海岸を目指して突き進んでいく。


『――もうすぐだ!二人ともついてきてるか!?』
『――てやぁぁぁッ!タケル、我らに構うでないぞ!』
『――はああああッ!そうだよ、私たちを信じて!』

海岸を視界に捕らえたところでレーダーが大規模な地揺れを感知した。先程から進路上にBETAが出現することは何度もあったが今回のは一際大きいものだった。
前方の地面が隆起、噴出し、進路を完全に塞ぐ形で地下から要塞級を含むBETAの大群が出現してきた。

『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ!前方に出現したBETAはフォート級10、グラップラー級32、デストロイヤー級・・・・・・』
『――こちらヴァルキリー11!その中に光線級は!?』
みなまで言わせず慌てて武が問いを投げかける。ここに光線級がいた場合、海上に逃れても追撃は厳しいものになると判断したためだ。
途端、再びレーザー照射警報が響き渡る。先ほどから武たちを追撃してくるBETA群からの照射だった。考えるより先に機体を操作し回避行動に入る。

『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ!レーダーには光線級の反応はない、がフォート級の中に赤味がかったやつがいた場合は警戒せよ!繰り返す、赤いフォート級がいた場合は警戒せよ!!体内に光線級を隠している可能性が高い!』
『――了解!!――ッ!!!!』

斜め後方と横からのレーザー照射の回避を続けながら、すばやく首を巡らす武の視界のなかに、腹部を開こうとする2体の要塞級の姿が飛び込んできた。
その赤い体躯の中から覗いているのは、今まさにレーザー照射をせんとする光線級の瞳であった。

『――冥夜!柏木!前だあぁぁぁぁぁぁッ!!!』
『――え?』
武が喉が張り裂けそうな声を上げた。
視界を埋め尽くす光芒、先に放たれたレーザー照射を回避した直後の、機体が制御を失った一瞬のことだった。
機体を自動回避に預けていたために、どうすることもできないまま御剣機、柏木機の両機は管制ユニットを貫かれ、爆散。
マニュアルで操作していた白銀機だけは直撃を避けたものの飛行ユニットと左脚部を吹き飛ばされ、そのまま墜落、地面に機体を激しく打ちつけた。


「・・・・・・う・・・・・・・」
頬に何かが触れた気がして、目が覚めた。
耳障りな警報音が煩わしい。
目に飛び込んできたのは赤い色。あたりはうっすらと一面赤く照らされている、非常灯だと胡乱な頭のどこかで理解した。
今度はヒューヒューと風の音が聞こえる、とても近くから。

(――近くから?)

耳元から聞こえるそれは風なんかじゃない。そこまで考え、はっと全意識が一気に覚醒した。そう、その音は・・・・・・彼の――

「タケルちゃんッッッ!!?」
『・・・・・・す・・・・・・みか・・・・・・、はは、おはよう、ごふっ、げほっ!げほっ!』

仰向けに倒れていた私の顔を覗き込むような形でタケルちゃんは座っていた。笑っていたが、重傷を負っていることは一目瞭然だった。
口からとめどなく血が流れてる。赤く照らされた中でもわかる、真っ赤で暖かい、彼の命そのものが彼の体からこぼれ出していってる。
慌てて起き上がり、膝枕をするようにしてタケルちゃんを横たわらせた。

「タケルちゃんッ!タケルちゃんッ!!なんで、こんな・・・・・・っ!!」
『・・・・・・へへっ、ドジったな、こんな、純夏に・・・・・・心配させる・・・・・・なんて・・・・・・』
そうやって本当に済まなそうに微笑みながらタケルちゃんは言った。タケルちゃんらしくない、しおらしい表情だった。そのしおらしさが物語ることが胸を抉る。
タケルちゃんの伸ばした手を両手で握り胸元へと抱きしめた。何よりも大切なタケルちゃんの温もりを逃がさないように。でも、どんなにきつく抱きしめても彼の手からはだんだんと温もりが失われていくのがわかってしまった。

『・・・・・・ごめんな、すみか、ごめんな、せっかく・・・お前に・・・会えたのに・・・』

タケルちゃんが、しんじゃう。そう考えた途端両目から涙が溢れて止まらなくなってしまった。
だめだ、あのタケルちゃんが謝ってくれているのに、泣いてちゃ、だめだ。ぼやける視界に力をこめて堪えようとする。
機械の身体で涙を流せるのはきっと夕呼先生のおかげなんだろうけど、今泣き叫んだら、きっとタケルちゃん困っちゃうよ。

「・・・・・・ううん、タケルちゃんは謝らなくていいんだよ。だって、タケルちゃんはがんばったもん、だから、ね・・・・・・?」
精一杯の作り笑顔が成功していたとはとても思えないけれど、私が答えると、タケルちゃんは苦しそうに笑って、目を、閉じた――

「――あ」

「――ああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
頭が、感情が爆発して抑えられなかった。身体に収まらない、抑えられない何かを吐き出そうと全身が引き裂かれんばかりに叫び声を上げた。量子電導脳の処理能力をもってしても御しきれないその何かは、私の神経を焼き、視界を焼き、全身を暴れまわる。それでも吐き出しきれない想いは、真っ赤な涙となって両の眼から溢れ出た。
その叫びは喉が裂け血がでたことでようやく途切れた。

「――よくも、・・・・・・よくもタケルちゃんを~~~~~~~ッッッ!!!!」
やがて、純夏の口から怨嗟を込めたかすれ声が聞こえた。
世界にひびが入る音を聞きながら、00ユニットである自分の能力を駆使し凄乃皇弐型にアクセス、操作指令系統を全て乗っ取り遠隔操作を開始する。
すでにML機関の暴走は始まっており、機内には逃げ場を失った伊隅が一人静かに佇むだけだった。突然の始動に驚く伊隅を尻目に、操作を続行。機体を今純夏たちのいる方向へと転回させる。
――爆発まで時間がない。凄乃皇弐型が自爆してもタケルちゃんを殺したこいつらを吹き飛ばせるけど、そんなんじゃ絶対に許せない。私の手で確実に、殺してやる。
一心不乱に操作を続け荷電粒子砲の発射シーケンスを全てクリアところで、最後に、道ずれにしてしまうであろう伊隅に謝っておくことにした。

『――伊隅大尉、こちら、鑑です。凄乃皇、突然動かしちゃってごめんなさい』
『・・・・・・どうした?今さら爆発をとめられても私には脱出手段はないぞ・・・・・・それよりも、通信を送れるということは無事最上に着いたのか?』

不機嫌なようでそうではなさそうな声。きっと勝手をした私を怒っているものだと思っていたから少し戸惑った。
お互いに戦術機を介さない音声通信だから、伊隅大尉の顔はみえない。

『――ううん、違うんです。私、今不知火のなかで、・・・・・・タケルちゃん、しんじゃって・・・・・・だから、ただの仕返し、ただ、荷電粒子砲使っちゃうと、もう凄乃皇の機体は保たないから・・・・・・』

ああ、私の顔もきっと酷いから、みられなくて良かった。

『・・・・・・そうか、わかった――私のことは気にせずにやってくれ。どうせもう自爆まですることもなかったしな』
静かに、穏やかに、大尉はそう言った。

『・・・・・・ごめんなさい、大尉、私のわがままにつきあってくれて、ありがとうございます』
『――ふふっ、ふふふっ』
『――大尉?』
『いや、失礼、00ユニットというからには装置のようなものかと思っていたんだが・・・・・・好きな男の仇をとろうだなんて、私たちと何も変わらないんだな。それがなぜか愉快で、つい、な』

タケルちゃん以外にも私のことを人間だと言ってくれる人がいて衝撃を受けた。そしてそんな大尉の声はどこまでも優しく、嬉しかった。

『――じゃあ、・・・・・・いきますね』
『――ああ』

純夏は静かに目を閉じて、荷電粒子砲を発射した。
破壊の化身たる雷が不知火のほうへとまっすぐ向かってくる。
音はもう、聞こえない。
光があたりを包み、もうなにも、見えない。
この光の中、私は、世界は無へとかえるのだろう。
すでに肉体は亡くなり、意識も薄れかかって、いた。

「――タケルちゃん――」
声にならない声でつぶやく。

次いで凄乃皇が爆発、G弾規模のエネルギーの波が崩れかかった世界に覆いかぶさり粉々に打ち砕いてゆく。
砕け散ってゆく世界の最後のかけらは

「――こんどは、もっと、ハッピーエンドになるといいね――」

そんな、イノリだった。

――そして世界は再び巡る。



[14752] 第1章『一陣の風』①
Name: 折口 氷◆accfea10 ID:8a1d05e0
Date: 2010/09/04 02:20
《2001年12月10日 1600 国連太平洋方面第11軍横浜基地・第2演習場》


斜陽が瓦礫の街を照らしている。かつて人類の繁栄を誇示するかのように存在していた都市は、BETAという外宇宙起源の化物達に粉砕されて久しい。
数十万、いや数百万人もの人間たちの墓標となったそれらの中で、新たに一人の巨人が眠りにつこうとしていた。巨人の名は吹雪と言う。
一面オレンジ色に染まった世界の中で、あらゆる箇所の装甲版がへこみ、全身の骨格が歪んだ吹雪にはまだらに陰がさしており、ぽっかりと穴の空いた胸部は一層暗い闇に包まれていた。
それはまるで、傍に佇む男の胸中を現しているかのように。

(・・・・・・ちくしょう・・・・・・ちくしょう・・・・・・!!)

なにもかもが上手くいっているハズだったのに、何なんだ、この無様な姿は・・・・・・!!
いきなりでてきたBETAにビビってパニクっちまって、後催眠暗示と興奮剤であんな風に・・・・・・!

「・・・・・・はぁぁぁ」
思わず、武の口から溜息がもれた。悔しさに身を震わせ地面を殴る気力も起きない。そう思う以上に自分が情けなく、体を動かすことも億劫だった。
座り込んだまま、何を見るということもなく、ただそこにあるものを映していただけの視線を少し上げる。その先には先程まで自分が乗っていた吹雪が物言わぬ姿で横たわっていた。
ここにきてから何度となく見て、痛ましさに目を逸らすことを繰り返してきた。
前のこの世界で色々とオレを助けてくれた機体であり、始めて乗った戦術機だけに思い入れは任官後に搭乗していた撃震よりも大きい。
だが、そんな吹雪もオレのせいで死なせてしまった。

(・・・・・・みっともねぇ・・・・・・!!)

何が新型OSだ!天才衛士が笑わせる!確信なんてものは思い上がりだった!!結局オレは・・・・・・ただの臆病者だった・・・・・・。
一人で舞い上がって戦って、あっさりやられて・・・・・・小便漏らして泣き叫んだんだ。なさけなく、子供みたいにギャアギャアと。
衛士として死ぬ勇気すら、・・・・・・なかった。死ぬことがあんなに怖いと思わなかった。

「・・・・・・白銀少尉」

まりもちゃんがオレを心配してくれているのはわかる。少し前からここに来て、色々と声をかけてくれていたが、情けないオレは彼女に向き合うことすらも出来なかった。
気を遣われるのがキツかった、普段の様に対応する事が重かった、こんなに無様なオレなんか放っておいてほしかった。

「・・・・・・それにしても・・・・・・派手にやられたわねぇ・・・・・・でも、これだけやられて生きてたんだから、大したものよ・・・・・・」

ずっとだんまりでいたオレに話しかけるまりもちゃんの口調が急に優しいものになった。どこか懐かしい優しさ、まるで姉のような、元の世界での教師だったまりもちゃんのそれに似ていた。
この世界でも前のこの世界でも、軍人然とした顔のまりもちゃんの表情しかみていなかったから、元の世界のまりもちゃんの印象なんかすっかり薄れてしまっていたけど、その優しい話し振りに、唐突に、脳裏に教師だったころのまりもちゃんの優しい笑顔が浮かんできた。
きっと今うしろに立っているまりもちゃんもそんな顔をしているのだろうと素直に思える。それでも、

「・・・・・・オレは・・・・・・何か・・・・・・すっかり勘違いしちまって・・・・・・人類を救うだとか・・・・・・色々・・・・・・舞い上がっちまってたんですよ」

そんな風に自嘲的なことを言うことしか出来なかった。まりもちゃんに慰められるほど、自分の惨めさや今までの思い上がりの馬鹿さ加減が浮き彫りになってくるようで、そんな自分が嫌で、自分を貶める言葉が口をついてでる。
しまいにはBETAにやられた後、死にたくない一心で、みっともなくちびりながら泣き喚いていたことまで告白していた。

「・・・・・・私は、臆病で良いと思うわ」

まりもちゃんは、オレが生き残ったという結果を恥じることはないと答えてくれた。死の8分というデッドラインを越えることができる衛士が如何に少ないか、それは以前に学んだし、確かに結果論で言えばそうなのだろう。
けどそれでも、オレは、自分が実は臆病者だったという結果が何より怖かった。オレには『立脚点』がないから、それに代わる『覚悟』の根拠になっていたもの、自分はやれるという思いが吹き飛んだことが・・・・・・怖かった。


いつしか、まりもちゃんは自分が衛士であった頃の話をし始めていた。
元々教師になりたかったのが、BETAの本土東進のせいで駄目になっちまって、兵役に志願したこと。
訓練生時代は優秀であったこと、卒業して任官早々中隊長であったこと、そして・・・・・・初陣で仲間を失ったこと。
死に物狂いで戦い続け、教導部隊へ異動、やがて横浜基地への転任が決まり、武たちのような訓練兵たちを数多く育ててきたこと。
まりもちゃんは、オレと境遇が似ているといった。BETAとの戦争を終わらせるという理想に燃え、衛士を志し、それを周りに納得させるだけの資質をもっていた。

(・・・・・・でも、やっぱり違うよ・・・・・・全然同じじゃない・・・・・・まりもちゃんは・・・・・・ちゃんとやってるじゃないか・・・・・・)

まりもちゃんはすごい、色んなものを失って、それでも立ち上がって、乗り越えて、こうしてここにいるのだ。
今までオレは、どこか自分でも意識していないところで、まりもちゃんのことを軽く見ていた部分があったのかもしれない。

「――だから今は、207小隊のみんなが・・・・・・私の教え子達が、2つの戦いで生き残ってくれた事をとても感謝しているのよ」

そう言ってくれるまりもちゃんの優しい笑顔が、地面にはっきり思い浮かんだ。

(・・・・・・まりもちゃん)

実際にまりもちゃんの顔がみたい、その思いが湧き上がってきた。ありがとうと伝えたい。
オレはこんなに情けなくてどうしようもないけど、彼女の今までの歩みを、想いをすごいと思えたのだから、それを伝えたい・・・・・。


そうして、武が顔を上げたその時――

一陣の風が吹いた。



《?年?月?日 ???》


――大地を、大気を激しく揺さぶる爆発の中、小さな祈りは殻を失いイノリになった。

崩れ去り行く世界の中、イノリは推進力を得て、世界を飛び出そうとする。

しかし世界と世界を分かつもの、質量のないその壁は途方もない程ぶ厚く、飛び立ったことでさえ奇跡であるはずのイノリは、徐々に推進力を失い、霧散して行く。

世界が廻り、その世界の中で数ヶ月がたった頃、誰も覚えていることのないイノリは、ようやく壁を突き抜け新たな世界に到達した。

消えて亡くなる寸前の、ぼろぼろの状態で。

やがて、ここまでくるのに全てのエネルギーを使い果たしたイノリは、何も成すこともなく、尽き果てる。

その最後の瞬間にゆらめきだけを残して・・・・・・

・・・・・そしてゆらめきが完全に消え、ややあって、ただ一度きりの風を起こしたが、イノリがそれを知ることはなかった、永遠に――



《2001年12月10日 1620 横浜基地・第2演習場》


――ざああああっと風が辺りを通り抜けた。

背後から吹きつけた風は顔を上げた武の髪を軽く巻き上げ、自分の正面に横たわる吹雪にぶつかり、空へと舞い上がっていく。
真後ろからの風であったため、目を瞑る必要はなかった。視界は相変わらずの綺麗なオレンジ一色。
しかし、風が運んできたものが武の顔を歪めさせた。それはかすかな異臭だった。どこかで嗅いだことのある臭い。生ゴミの腐ったような、腐臭。
それが何の臭いか、頭が理解するより先に体が強張っていってるのを自覚する。

(――まさか)

まるで油の切れたブリキのようなぎこちない動作で、ゆっくりと振り返った武が目にしたものは、

(――ソルジャー級・・・・・・ッ!!)

茸のような形状の頭部と人間のような腕、醜悪なフォルムの脚部をもった兵士級BETA――ヴェナトルだった。
BETAの中でも特に対人探知能力が高い兵士級は、他の人間たちから孤立した位置にいる武とまりもに目をつけていた。
先の戦闘でBETAは全て駆逐されていたはずであったが生き残りがいたのだ。そして不運にも武とまりもの背後から襲い掛かる形で二人に迫っていた。
口から涎とおぼしき体液をしたたらせながら、しかし移動音を殆ど発しないその動作にはどこか慎重さがあるように見えた。
二人との距離は既に20mもない。苦もなく人間の肉体を噛み千切るであろうその大きな顎をゆっくりと動かしたその時、風が吹いたのだった。


オレが兵士級に気付くと同時に、兵士級もそれを察知したのか、一気にまりもちゃんへと肉薄してきた。

「まりもちゃんッ!!ああああああああああ―――!」
兵士級の動きを認識していたのかしていないのか、既に頭は真っ白になっていた。跳ねるように起き上がり、叫びながら一気にまりもちゃんに駆け寄る。
力加減などまるで考えず、躊躇なく彼女を突き飛ばす。直後、身体に激しく電流が走った。

「――ぐあああああああああああああ・・・・・・ッ!」
仰け反りそうになるほどの衝撃が身体の中を駆け巡る。たまらず声を出す。数瞬おいてそれが痛みだと分かった。
左腕が燃えるように熱い、違う、これは、痛い、いたい、イタイイタイ――!

(――俺の、腕がッ!うでがあああ・・・・・・ッ!!!!)

腕が、ないのだ、二の腕の途中でばっさりと途切れている。銃弾程度なら防いでしまうはずの衛士強化装備で覆われた腕が、ウェハースの如く軽く喰い破られた。
余りの痛みと出血に、さっきまでの焼き切れそうなほどに白熱していた思考回路が急激に冷やされていく。

「――ぐううううううううう・・・・・・ッ!・・・・・・ッはあッ!」

衛士強化装備が自身の損傷具合を自動認識し、左腋にある動脈の止血点を締め付け薬剤を注射、止血処置が行われた。激しい圧迫感を感じながら背後に向き直る。
そこには、口から血を滴らせた兵士級がいた。向こうはすぐに襲い掛かってくる様子はなく武をゆっくりと見据えていた。
そうして、冷静になった頭で、改めてそいつの存在を認識した途端、ぞくりとしたのものが背筋を走るのを感じた。
まるで内臓をわし掴みにされているような不安感、奈落のように底の見えないその瞳を見たときから体の震えが止まらなくなってしまっていた。

「・・・・・・う・・・・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・」

拳を握り締め必死に睨み返そうとするが、ぶるぶると震えは増すばかりで力は入らない。それどころかさらに襲ってきた強烈な眩暈と吐き気を噛み殺すのに精一杯だった。
まるで木偶のように立ち尽くすことしかできず、声帯も麻痺したかのように、ぱくぱくと開く口からでるのも呻き声だけだった。
視界が涙で歪む中、BETAが自分の怯えきった様子を哂っているように見えた。ひどく緩慢な動作で腕を伸ばしてくる。
恐怖に圧されて、たまらず膝が折れた。必死にあとずさろうとして尻餅をついた。

(――い、いやだ、しにたくな――)

怖かった。ただ怖かった。心が折られた武に既に動く気力はない。それを見て取ったのか、兵士級は伸ばした腕を下ろし、さらに距離を詰め武の顔を覗き込むように体を折る。
間近に迫る兵士級の口から漏れた生臭い吐息が顔にかかる。ゆっくりと開かれる口、ぬらりと光る粘液が幾筋もの糸を引いている。そしてさらにその奥、先ほど食いちぎられた自分の腕が、見えた。

「――白銀ぇぇッ!!」

パンパンパンパンと乾いた音が数度響き渡る。膝をついた射撃体勢の神宮司まりもの手に握られたシグザウアーP226の銃口から微かに硝煙が昇っていた。
武に突き飛ばされた勢いで思いきり頭を地面に打ち付け、わずかの間気を失っていたまりもだったが、覚醒するとすぐさま状況を確認し拳銃を引き抜いたのだった。
まりもは両手を添えた綺麗な射撃体勢を維持したまま立ち上がり、駆け寄りながら更に銃弾を放つ。
――国連軍という名目上各官には拳銃が支給されていたが、BETAとの戦闘で9mm弾が効果的な威力を発揮することはないだろうと言う理由で、基地内でも憲兵を除いた兵士・衛士が銃を携行するということは稀であった。従って、この場でまりもが銃を持っていたのは、屋外へ出るときの用心を失わないベテラン衛士としての経験と彼女の几帳面な性格が成せたことであるといえるだろう。
案の定、命中はしているものの兵士級がダメージを負った様子はなかった。ただ、それでもまりもを五月蝿いと感じたのかこちらへと向き直り、その豪腕を振るってきた。

「――はぁぁぁ・・・・・ッ!」

まずは白銀を安全な場所に避難させなければいけない。そう考えたまりもは横なぎに振るわれる兵士級の腕を潜り込むようにかわしながら一目散に武の傍へダッシュする。
左腕を武の襟首に伸ばし、右腕でシグを扱う。弾幕というには心許ないがないよりはマシだ。
幸いというべきか、武は既に気を失っており抵抗もないまま一気に引きずることができた。そのまま兵士級との距離をとるように後退を続け、大破した吹雪の陰へと武を押し込んだ。

(――援軍は、まだか・・・・・・ッ!)

兵士級と再び対峙する。増援が来るまでは自分ひとりでこいつを引き付けなくてはならない。
管制室のレーダーでも既にこいつは捉えられているはずだが、・・・・・・ここに人間が2人いるとは思っていないのだろう。

「――こちら神宮司軍曹だ、第2演習場にてソルジャー級と交戦中、重傷者1名!そちらでも捕捉しているか?しているなら機械化歩兵と医療班をとっとと寄越せッ!!」
上着の中の通信機を引っつかみ一気にまくし立てた。ともかくこれで後数分の辛抱となったはずだ。
オペレーターが声を裏返らせながら何か言っているが悠長に通信を返している暇はなかった。兵士級が再び突進してきている。
横っ飛びにかわして横転しながら起き上がる。汗が額を伝っていくのを感じた。

(――掴まれたら一環の終わり、だな)

軍隊格闘技をマスターしているまりもだったが、相手がBETAである以上、接近しての打撃などは絶対に論外だと既に結論付けていた。
兵士級のスピードは早いとは言っても充分に目で捉えられる範囲のものであり、衛士時代に同じ位の速さをもった人間相手の格闘戦なら経験したことはある。
だが、そこには人間の数倍の膂力が込められており、さらにBETAは拳を握るなどという技術を持っていない。従って受けは通用しないし、攻撃そのものを避けたとしても指一本でもかかればそのまま掴まれてしまう。そうなれば逃れることもできず噛み殺されてしまうだろう。

(――残弾は、・・・・・・あと5発・・・・・・)

シグザウアーP226の装弾数は16発、記憶をたどると白銀を逃がすのに11発の銃弾を使っていた。予備のマガジンを持っていないのが悔やまれる。
この残弾数では遠くからけん制し続けることはできない。そして距離をとりすぎたままだと、標的を白銀に変更されかねない。
接近し過ぎることも危険なら、距離をとり過ぎることもまた危険、なんとか兵士級の間合のギリギリ外を維持するしかないと考えた。

(――せめてこの弾数で片腕だけでも無力化できれば・・・・・・ッ!)

狙いは余り動きのない付け根辺りに決め、銃口をあげる。よどみなく照星と照門を合わせた。
と、同時に獣のように全身を丸めた兵士級がまたしても突進してきた。狙いを外されたまりもの口から舌打ちが漏れる。
先ほどの突進よりも更に速度が上がっている。その体当たりを右へ飛んでかわし、起き上がりざま兵士級の左腕の付け根に一発撃ちこむ。命中したが効果は見られなかった。
兵士級は射撃を意に介さず、そのまま左腕を裏拳気味に薙いできた。バックステップでをそれをかわした。背中に冷たいものが流れる。

(――くそッ!)

兵士級の動きは止まらない、身体を捻った勢いをそのまま右腕に乗せて振り回してくる。
照準を定める暇もなく、バックステップを続けその攻撃を回避する。しかし、そこに横方向の攻撃から一転、まりもの頭上から兵士級の顎が迫った。

「――くうぅッ!!」

腕に注意を向けすぎた分、一瞬反応が遅れた。何とか後に転ぶことでそれを避け、更に転がりながら距離を取る。
死線をギリギリ脱したまりもの全身からどっと汗が吹き出る。そしてその目は大きく見開かれていた。

(――あれは・・・・・・)

ぎり、と歯を噛み締める。反応が遅れた分、見てしまった。大きく開かれた兵士級の口の中にあったものを。

(――白銀の、腕かぁ・・・・・・ッ!!)

まりもの目に憤怒の色が宿った。立ち上がり殺意を込めた視線を兵士級に突き刺す。

「・・・・・・それは・・・・・・貴様ごときが、奪っていいものじゃあ、ない・・・・・・ッ!!」
腕の無力化は――やめだ。それよりも絶対にあの化物の口をこじ開けてやる。飲み込まれる前に、一刻もはやく白銀の腕を取り戻す。――そのためには・・・・・・、

「・・・・・・はぁッ!!」
覚悟を固め、足の指に力をこめ、一気に間合を詰めた。迎え撃つ兵士級の両腕を潜りさらに前へでる。
懐に入り込んだまりもを排除しようと兵士級がまりもの胴を掴み、力を込めようとするが、それよりも一瞬早くシグの銃口が兵士級の眼を捉えていた。

「喰らえッ!!」
残弾4発全てを一気に吐き出した。外しようもない0距離射撃により銃弾は兵士級の左目を大きく穿つ。次の瞬間、

『~~~~~~~!』

声こそ発しないものの、兵士級が体液を撒き散らす眼を押さえ、口を空け大きく仰け反った。
まりもは即座に兵士級の身体を足場に駆け上った。開かれた口の中にある武の腕を探す。
先程掴まれた一瞬に肋骨を砕かれた脇腹がずきりと痛み、口の中に鉄の味が広がったが、一切を噛み殺し、飲み下した。
――見つけた。黒い衛士強化装備に包まれた左腕、白銀の腕だ。
右腕を伸ばし、それを掴み、一気に引き抜いた、かに見えた。ばつん、と不吉な音が響いた。

「――があああああ・・・・・・ッ!」

今度は兵士級の動きの方が早かった。まりもが腕を引く瞬間に開いていた顎を閉じたのだ。
足場にしていた兵士級の体を思い切り蹴って飛びのいたが、身体のバランスを失いたたらを踏む。眩暈がした。
右腕を、やられた。出血が酷すぎる、咄嗟にそう判断し、髪纏めを解いて止血処置を行う。左腕と口を使って右腕をぎちぎちに縛った。

「――はぁッ!――はぁッ!」

血を失い過ぎていた。視界が白んでくるのを、両目に力を込めることで何とか押さえ込んだ。
折れた肋骨が内臓を痛めているのか、口の端から血がながれているのを感じた。喉を逆流する不快感を、歯を食いしばることで堪えた。
一瞬の攻防で、絶望的な状況に追い込まれた。まりもに向き直った兵士級は、先程までのダメージが無かったかのようにその異形を示している。
左手に握られたシグの残弾は0になっている。攻撃手段を失い、全身に大きくダメージを負い、荒く息をするまりもだったが、それでもその瞳だけは鋭さを失ってはいなかった。

「――貴様、なんかに、奪わせはしない、・・・・・・白銀は、すごいやつなんだ、これからきっと、人類を救うはず、だから・・・・・・貴様、なんかに、私達の希望を、奪わせは、しないッ!!」
対峙したまま、兵士級をまっすぐに睨みつけ、吼えた。例え自分が死んでも、ここで白銀の衛士生命を、未来を守らなくてはならない。
未来のため命を懸けることこそが、自分がここまで生きてきた意味なのだから。死んでいった仲間達に報いるただひとつの方法なのだから。
まりもがシグを逆向きに持ち替え、銃床をハンマー代わりにしようとする。

『――神宮司軍曹!下がって下さい!!』

聞き覚えのある、声がした。視界の端に戦乙女のマーキングが入った一機の不知火が猛スピードで近づいてくるのが見えた。この声は――伊隅みちるだ。
油断無く36mmチェーンガンの照準を兵士級に合わせたまま、まりもの傍に降り立った。

『――軍曹、そこにいられると危険です!早く後退を!すぐに医療班が到着します』
「・・・・・・だめだ、絶対に撃つなアッ!」
まりもが声を荒げて言った。

『――ッ!?軍曹?何を言って・・・・・・ッ!?』
まさかのまりもの返答に、伊隅は耳を疑った。思わず叫び返す。

「――そんなモノ撃ったら、ソルジャー級ごとバラバラになってしまう、・・・・・・いいか、伊隅、あれの口の中にあるものを、取り返さないと、ダメなんだ、・・・・・・絶対にダメなんだ」
『――軍曹?』
「――白銀の腕が、食われたが、まだ、間に合うんだ。あれさえ取り戻せば、白銀は、また戦えるようになる。生体義肢じゃ、ダメなんだ。白銀は、すごいやつ、だから、きっと・・・・・・」
息も絶え絶えにまりもは言い募った。声は弱々しい上に脈絡もない。それでも、その声には強靭な意志が宿っていた。

『――し、しかし・・・・・・』
まりもの迫力に圧された伊隅が、思わずトリガーにかけた指の力を抜いたその時、突如として兵士級が動き出した。まりもに猛然と迫っていく。
慌てて、狙いを定める伊隅だったが、36mmチェーンガンを撃てばまりもをも巻き込みかねない、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
兵士級の攻撃は相変わらず単調であったが、痛んだ身体を引きずりながらそれをかわすまりもの口からは苦悶の呻きが漏れていた。
1動作毎に、痛みがまりもの神経を削り取っていく。それでも懸命に意識を繋ぎ止めながら、反撃のチャンスをうかがっていた。

(――ここだ・・・・・・ッ!)

兵士級の大振りからの噛み付き攻撃を、身体を捻って避ける、と同時に伸びきった兵士級の頭部めがけて左手に握ったシグを思い切り振り下ろした。
全体重をのせた踏み込みから、渾身の力を込めた一撃は先程傷を負わせた左目に見事に直撃した。突き刺さったシグから手を離し、兵士級の動きに備える。

(――駄目、かッ・・・・・・!?)

しかし、全力の一撃をもってしても兵士級を止めることは出来なかった。体液を滴らせながら。右腕を伸ばしてくる。
力を出し切った後の一瞬の硬直をつかれたまりもにはそれを避ける術はなく、左肩を掴まれてしまう。
万力のような凄まじい握力が込められ、ぎしぎしと骨が軋む音が聞こえた。

「――ッアアアアアア・・・・・・ッ!」
まりもの口から絶叫が漏れた。数秒後には肩が完全に粉砕されてしまうだろう。

「――ッ!?」

と、唐突に拘束が緩み、身体が地面に放り出された。たまらず座り込んだまりもの頭上に飛沫が上がる。それは、兵士級の体から噴き上がった体液の雨だった。
何が起きたのかわからず、辺りを見回したその先に、医療用装甲車といつのまに不知火から降りたのか、装甲車の天板の上に乗っている伊隅みちるの姿が見えた。
伊隅が構えているのは装甲車に備え付けられた重機関銃だった。黒光りする砲口が再度火を噴き、兵士級の肉片が飛ぶ。
その正確な射撃によって、まりもを掴んでいた右腕に続いて左腕も完全に吹き飛ばされた。

「神宮司軍曹を・・・・・・ッ!!」
伊隅が指示を飛ばすやいなや、強化外骨格に身を包んだ兵士が2名、まりもを庇うように兵士級との間に立ちふさがった。
そこまできて、まりもは待ちに待った機械化歩兵がようやく到着したのだと理解した。

「――伊隅、大尉・・・・・・」
友軍が来た安堵から落ち着きを取り戻したまりもの口調の変化に、伊隅も笑みを浮かべる。
3度目の精密射撃は兵士級の脚部をミンチに変え、4度目の射撃で茸のような頭部を綺麗に粉砕した。

「呼び捨てで良いですよ、軍曹。――私は今日、また貴女から大切なことを学びました。私は・・・・・・いつまでたっても軍曹の教え子なのですね。さあ、あとはお任せします」
「・・・・・・ありがとう」
まりもを助け起こした機械化歩兵が、敬礼とともにアサルトライフルを差し出してきた。装甲車に備え付けの、スタッフ護身用のシグSG551だ。
それを受け取り、もはや痙攣を続けるだけの兵士級の傍に歩み寄る。
銃口を歯と歯の間に突っ込み、口内を傷つけないよう注意を払って上顎だけを吹き飛ばした。

「――返してもらうぞ、人類の希望を・・・・・・」
自分の右手と、それに固く握られた武の左腕があった。ライフルを捨てそれを拾い上げる。片手で抱きしめるとまだ暖かかった。
駆け寄ってきた医療スタッフにそれを託す。

「白銀は?」
「収容し、応急処置をしています。大丈夫です、白銀少尉の傷は深いですが命に別状はありません」
「そう、か」

その答えを最後に、静かにまりもの意識は途切れていった。――伊隅が慌てて駆け寄ってくる声が聞こえた気がした。



[14752] 第1章『一陣の風』②
Name: 折口 氷◆accfea10 ID:8a1d05e0
Date: 2010/09/04 02:21
《2001年12月10日 1700 横浜基地・第3ブリーフィングルーム》


バタバタと慌しい足音が近づいてくるのを聞き取り顔を上げた。
真一文字に結ばれた自らの口元を支える筋肉が引きつり、心臓の鼓動が痛いほど早まるのを御剣冥夜は感じた。

「お、遅れてすみません!」
ドアが勢いよく開かれ、駆け込んできたのは珠瀬壬姫だった。それを認識した途端、全身の力が抜ける。肺の中に張りつめた空気を静かに吐き出した。
慌てて椅子にすわる彼女をひとしきり眼で追うと、視線を再び正面の壁へと戻した。

「まだ待機しているだけだから大丈夫よ」
普段ならば壬姫の慌しい態度を軽くたしなめるところなのだろうが、榊千鶴は無表情のままのに短く答えるだけだった。他に口を開く者はいない。
鎧衣美琴は両手で顔を覆ったまま微動だにせず、彩峰慧は何も映っていないディスプレイをぼんやりと眺めている。部屋の中を占めるのは重苦しい沈黙のみだ。
その沈黙に習うように、壬姫もまた口を閉ざした。

「――フゥ~・・・・・・」
壁の染みを睨みながら、冥夜は小さく息を吐きだした。じっとりと汗ばんだ手のひらをジャケットで拭う。
壬姫が入ってきたことで、部屋の中には元第207衛士訓練部隊のメンバーが揃ったことになる。ただ一人、白銀武だけを除いて。

(――タケル・・・・・・)

再び、物思いに耽る。
トライアル中突如として起こったBETAの襲撃、そして対BETAの初の実戦をからくも切り抜け、着替えを済まして部屋に戻ったのがつい先刻のことだった。
ベッドにぐったりと倒れこみ、初陣の疲れや精神的疲労を改めて実感していると緊急の召集が掛かった。
消耗した身体に喝を入れ起き上がり急ぎ足で部屋を出た。そうしてブリーフィングルームに冥夜が駆け込んだとき、部屋にいたのは白い99式衛士強化装備を着たままの千鶴だけだった。
千鶴の姿を見て、もしかして自分は準警戒態勢の指示を聞き逃してしまったのかと冥夜は焦ったが、聞くと彼女は先の戦闘終了後からずっと、着替えもせずにハンガーで吹雪をみていたのだと答えた。
思えば、演習場に武をおいて引き上げてから部屋に戻る最中、ずっと考え事をしていたため他のメンバーがどうしていたのかなんて全然意識していなかった。
それは千鶴も同様のようで、冥夜が問うた理由を話しても、ああ、と無愛想に納得しただけだった。お互いそれ以上の会話はなく、それきり黙ったままだった。

(――タケルが来たら、私は・・・・・・)

それから今まで、誰かが部屋に入ってくるたびに緊張と脱力を繰り返していた。
夕焼けに染まる廃墟の中、オレンジ色の光の中へと消え入りそうな武の小さな背中を思い浮かべる。
そんな武がどんな顔をしてここにやってくるのか、考えると不安に胸を締めつけられ、そんな武に普段通りの対応ができる自信もなかった。
先程から視界にあった壁の染みが、不意に何かとてつもなく不吉なモノにみえて目を瞑った。そうして視覚を閉ざして闇の中に漂う。
暫くして、冥夜の耳に、コツコツという靴音が聞こえてきた。

「揃っているようですね」
部屋に入ってきたのは香月夕呼博士の秘書役を努めているイリーナ・ピアティフ中尉だった。きびきびと部屋を見渡して言う。

「――しろ――」
「中尉!白銀少尉がまだです!」
冥夜が口を開き異を唱えかけようとすると、それよりも早く千鶴が声を張り上げた。
その声がどこか悲痛な響きに聞こえたのは・・・・・・自分の気のせいだろうと思い込むことにした。
神宮司軍曹ではなくピアティフ中尉がやってきたという事実に先程よりもいっそう凶暴さを増す胸騒ぎも、それに蓋をして押し殺したいだけの自分の無意識にも、冥夜は気付かない振りをした。が、

「――白銀中尉は来ません、皆さんに集まってもらったのはそのためです」
良く通る声で、ピアティフは続ける。その表情は勤めて感情を押し殺そうとしているように見えた。
「先程、掃討を逃れた残存のBETAの襲撃がありました。現場に居合わせた白銀少尉は重傷を負い現在第1緊急処置室にて手術を行っています。BETAに応戦した神宮司軍曹も同じく重傷を負い、第3緊急処置室で手術中です。以後暫くは、私が命令事項を伝達させて頂きます」

先程までの不安などとは比べ物にならない現実に、ガツンと、ハンマーで頭を殴られるような衝撃が走った。



《2001年12月10日 1840 横浜基地・医療ブロック廊下》


先の演習中に起こったBETA襲撃では多数の死傷者がでていた。
戦術機で鎧われていたとはいえ、実弾装備を持たず、丸腰で襲われた衛士達の殆どはBETAに蹂躙されその命を散らしていき、また運よく命を繋げた者達もそれぞれに決して軽くはない傷を負っていた。
それに加えて小型BETAの浸透を許したことで、被害は非戦闘員にまでも及んでいた。。
負傷者が殺到した基地内医療ブロックではスタッフ達が多勢に無勢を嘆く暇もなく動き回り、溜め込んだ薬品をすり減らしながら懸命の処置を続けていった。
そうして続いた医療ブロックでの喧噪ではあったが、今ではピークを越え、慌しく行き交った人々の熱気に満ちた廊下には再び冬の冷気が浸透し始めていた。
地下に設えられた廊下は薄暗く、処置中の文字が刻まれたランプの光がそこに佇む5人の少女たちのシルエットを微かに浮かび上がらせている。
床に投影された5つの影は一様に、波間に打ち上げられた板切れのように所在なく、捕食者に怯える小動物のように頼りなくあった。
静寂に支配されている中、珠瀬壬姫がすすり上げ、嗚咽する音だけが響いていた。
医療ブロックに向かっていた途中から5人のうちで最も取り乱していた壬姫は、ここに到着すると同時にせきを切ったように泣きじゃくっていたが、現在ではやや持ち直し真っ赤に泣き腫らした目を両手で覆い、廊下の隅に置かれたベンチに座りこんでいた。身体がしゃくりあげるのを抑えきれず小刻みに動く壬姫の背中に手を当てつつ、その隣に腰掛けているのは鎧衣美琴だった。

「――まだ、かな」
ぽつりと、弱々しく美琴が呟く。俯いた美琴の前髪に隠された目元は暗く、僅かに開かれた口元から表情を伺うことはできなかった。
美琴の言葉は誰に向けられたものでもなかったが、聞こえていたであろう他の少女たちの誰もがその問いに答えることはなかった。
彩峰慧は壁に背中を預け腕を組んだ姿勢のまま身じろぎもしない。普段の無表情とはどこか異質な、能面を思わせる表情を浮かべているだけだ。
榊千鶴は他の4人には背を向け処置室の扉の前で立ち尽くしていた。千鶴もまた視線をランプに向けたまま微動だにしない。

(――私の・・・・・・)

千鶴の横で立ちすくむ御剣冥夜もまた、美琴の呟きを聞き取ってはいたもののそれに答えることは出来なかった。
眉間にしわを寄せ目を閉じ、口元をきつく引き結んだまま自らの内面世界に埋没している。

(――私の、せいだ・・・・・・)

なぜ、あの時タケルだけを置いていってしまったのか。あの時はそれが正しい行いだと思っていたハズだった。
しかし今は、それを痛切に悔いる気持ちしか沸いて来ない。
タケルが己が強さで挫折を乗り越えられる男だと信じている気持ちに今も揺らぎはない。彼の才能も、努力も、使命感も、優しさも、強さもその全てを私は信じている。

(――それでも、きっと、私は・・・・・・私には・・・・・・)

本当のところ、私にはあの場に残るという選択肢もあったハズなのだ。タケルをひたすら見守り続けるという選択肢。
それは彼を決して一人にはしないというコト、彼の弱さを認め、包容するという選択肢。
それができない私は、タケルの挫折に打ちのめされた姿を見続けるのに耐えられなかっただけではないのか。何よりそれは自分のために、自分の精神的な弱さのためにできなかっただけではないのか。
事実、神宮司軍曹にはそれができた。タケルの傍らにいることを選べた軍曹だけが、タケルの命を救えたのだ。
自分さえあの場に留まれれば、もっと私が強ければ、また違った結果になったのではないだろうか。
そうすれば今の時分くらいにはきっと立ち直ったタケルが、心配かけてすまない、とか言いながら強がりの笑みを浮かべるのだ。それに私も笑顔でこたえ――

(――なんて、な・・・・・・)

これが結果論に過ぎないのも分かっている。後からは何とでも言えるし、何を言っても言い訳にもならない。
それでも、己の心を侵食する自責の念は決して消えないし、ループする思考を止める手立ては何も無かった。そうして冥夜が堂々巡りしていると、

「――私の、せいだわ」
唐突に、千鶴が口を開いた。相変わらず他の少女達には背を向けたままの体勢だったが、その言葉は、先の美琴の発言とは違い明らかに冥夜たち4人に向けられたものであると思わせる力が込められていた。

(――ッ!?)

自らの思考と全く同じ言葉を外から浴びせられた冥夜はビクリと肩を震わせ千鶴に驚きの視線を向けた。壬姫も美琴も同様に千鶴の背中を見上げている。

「それ、どういう意味?」
ただ一人、慧だけが明らかに怒気をはらんだ低い声で千鶴に答えた。腕を組んだ姿勢こそそれまでのままであったが、千鶴に向けた顔からは無表情が消え、激情に燃え上がる双眸で千鶴の背中を睨みつけていた。
そんな慧のあまりの豹変ぶりに冥夜は息を飲んだ。

「言葉通りの意味よ。・・・・・・白銀と神宮司軍曹がこうなったのは、私のせいだわ。私があのとき白銀をあそこに置いていこうと言ったから――」
慧のあからさまな怒りをどう受け止めたのか、千鶴は先程までよりもはっきりとした口調で言葉を繋いだ、が――

「榊ぃッ!!」
千鶴が言い終わるより早く慧が叫ぶ。地面を蹴って一息に千鶴の肩を掴むと、強引に振り向かせた。
椅子に座り込んでいた壬姫と美琴が驚いて立ち上がり、冥夜が慧を静止させようとした瞬間、鈍い音とともに千鶴の身体が床に倒れ込んだ。

「止めろッ!彩峰!!」
「黙ってろッ!御剣!!」
冥夜の静止もはねつけ、千鶴を殴りつけた姿勢のまま荒く肩で息をする慧。足元にはフレームが歪みレンズもひび割れた無残な姿のメガネが転がっている。

「――いいのよ、御剣。殴られても仕方ないわ、だって私のせいなんだもの・・・・・・、責任は・・・・・・」
赤くなった頬を庇おうともせず、千鶴は顔を上げた。負い目を感じたその瞳は暗さを宿しているものの視線を伏せようとはしなかった。

「――ッ!まだ言うか!」
怒りに身を震わせた慧が床に座り込んだ千鶴に掴みかかり、乱暴に引き寄せたその顔面に2撃目の拳を振り下ろそうとする。
そんな慧の乱暴を今度こそ止めるべく、背後に回りこんだ冥夜が慧の身体を羽交い絞めにした。

「いい加減にしろ!彩峰、一体どうしたというんだ!!」
「放せ、御剣!コイツは・・・・・・コイツは、言っちゃいけないことを言った!!」
彩峰が暴れるのを押さえ込みながら問い詰めた冥夜に返ってきたのはおもいがけない答えだった。

(――どういうコトだ?彩峰は榊の何に怒っているんだ?)

冥夜の頭の中にに疑問符が広がる。
あまりの急展開に頭がついていかなかったこともあるが、彩峰の怒りはタケルや神宮司軍曹のことが起因だと思いこんでしまっていた。
でも、冷静に考えて、それが原因で果たして彩峰が榊を殴り飛ばすだろうか。・・・・・・否、彩峰ならそこまで直情的な手段は取らないハズだ。
冷ややかな皮肉を浴びせるか無視するか、彩峰ならそうするハズだ。

「私、が・・・・・・?」
千鶴も冥夜と同様の困惑状態にあった。自分の責任で事が起こったのだから殴られるのも当然だと受け入れていただけに、慧の発言に戸惑いを隠せない。
うろたえつつ慧を見返す千鶴の目元は歪み、先程殴られた頬のジンジンとした熱さがようやく実感されているようだった。

「――慧さん・・・・・・」
「――彩峰さん・・・・・・」
突然の修羅場に棒立ちになってしまっていた美琴と壬姫が声をかける。特に壬姫の声は既に涙声となっていて、瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいた。

「――榊、アンタはズルい」
2人の弱々しい声で頭が冷えたのか、ようやく暴れるのを止めた慧が話し出す。
ただ、千鶴に向けられた眼差しは鋭さをそのままに、激情を押さえ込んだ声は低く小さく、だが確実に4人の耳に響いた。

「――白銀や神宮司軍曹がこうなったのは自分のせいだなんて、それだけは、言っちゃあ駄目なんだよ。・・・・・・私だって、私だってあの場に残れば良かったってずっと考えてた。
ずっと・・・・・・後悔して、自分を責めて、でも今更そんなこと言ってもどうしようもなくて・・・・・・」

(――彩峰、そなたも私と同じことを考えて・・・・・・?)

「――でも、そう考えてるのは私だけじゃない。榊、アンタも同じ事考えていたし、御剣や珠瀬や鎧衣もきっと同じ。皆、自分に責任を感じてるんだ。
なのにそれを口に出して言っちゃったら・・・・・・、それは、自分だけ責任を負おうとすることだよ?私たちは悪くないとでも言うつもりなの?
他の皆が苦しんでいることを認めないで、自分ひとりが責められようとして・・・・・・自分だけ許しを請おうとして!・・・・・・それが!許せないって言ってんだ!!」
言い終わると、慧は千鶴を掴んでいた手を放した。感情をぶちまけた反動でその身体は力を失い、背後の冥夜にもたれかかる。

「――彩峰・・・・・・」
「ちょっと、疲れた、ごめん」
受け止めた冥夜が呼びかけると、微かに慧が答える。伏せた顔は前髪で隠され、きつく結ばれた口元と肩がわなないているのを冥夜は感じとった。

「――わ、私・・・・・・」
2人を呆然と見つめていた千鶴の目は見開かれ、口からはそれ以上の言葉は出てこなかった。
そうして重苦しい沈黙が場を支配しようとしたその時、唐突にバン、と大きな音が響き処置室の扉が開かれた。
5人が一斉に振り返る、だが中から現れたのは薄青色の手術衣を着込んだままの、目を血走らせた看護士だった。

「――ッ!いい所にいました、この中に血液型がB型の人はいませんか!?」
「私、Bです」
冥夜に身体を支えてもらっていた慧が立ち上がり手を上げて答えた。看護士のせっぱつまった迫力を浴びせられたのが気つけになったのが、慧の動作は端然としたものになっていた。

「よかった。白銀少尉の追加手術で血液が不足しているんです。これまでの怪我人の処置に血液の在庫が足りなくなってしまって・・・・・・輸血に協力していただけませんか?」
「勿論です、こちらこそお願いします」
「それではこちらに!すぐにクロスマッチ検査をします!」
2つ返事で承諾し、慧は看護士と共に扉へと近寄る。無言で冥夜たちを一瞥するとそのまま処置室の中へと姿を消した。



《2001年12月10日 2010 横浜基地・白銀武臨時病室》


重傷者が大勢でたことで、施設内に設置されていた病室だけではベッドが不足しているという報告を受けて基地司令部では、普段使われていないブロックのうちいくつかを臨時病室として開放することを即座に決定し、既に処置の終わった重傷者達を運び出していた。
横浜基地はハイブを再利用している造りのため、地下深部にこそ機密ブロックが数多く存在しているものの、軍事基地という性格上、急な兵員の増加に対応できるように地上部の建物には余裕を持たせていたのだった。
そんな数ある臨時病室の中で、他のブロックからはやや隔離された2部屋に白銀武少尉と神宮司まりも軍曹の2名は収容されていた。
これは、207B分隊及び彼女たちの任官予定先であるA-01部隊の持つ特殊性と秘匿性を考慮した香月夕呼博士の根回しによるものであり、
普段一般兵士が殆ど寄り付かないそこには既に、念のためにと夕呼によってMP(憲兵隊)の中から選りすぐられた兵士達が警備としてさり気なく配置されていた。
勿論そんなことは、先程病室に武を運んでいった医師や看護士、関係者である207B分隊の少女たちの誰一人として知らされてはいない。

「――たけるさん、よく寝てますね」
ベットに横たわる武の傍らに座っていた珠瀬壬姫が武の顔を覗きこみながら言う。

「そうだね」
「うん」
同様に座っていた鎧衣美琴と御剣冥夜の2人も椅子から腰を浮かせると武の顔を見つめながら答える。
病室にいるのは武を除いてはこの3人だけだった。医師と看護士達は病室に到着し武をベッドへと移すと手際よく点滴やモニタリング機材などの管理体制を整え、
白銀少尉は麻酔が切れても数日は目が覚めない、とにかく安静にさせるようにと告げて出て行った。
そうして部屋に取り残された冥夜たちは武の様子をじっと見つめていたのだった。
武は麻酔がまだ効いているせいか昏々と眠っている。寝顔は凪のようで、そこだけを見るなら今日起こった事件が嘘だったようにすら思われてくる程の安らかさだった。
壬姫も美琴も、そんな武の表情をみて弱々しくも笑みを取り戻していた。

(――でも・・・・・・)

冥夜は視線を武の身体へと移す。肩から厳重に固定された左腕、そして今は布団で覆われている胸元が厚く包帯で巻かれているのをここに来る途中、浴衣の襟元からのぞいてしまっていた。
そうした全身に施された治療の跡がBETAに負わされた傷の深さを物々しく語っていて、ボロボロに痛んだ武の姿を幻視するたびに冥夜の胸の奥を刺すような痛みが走った。

(――ッ!)

無意識にベッドへと置いてしまっていた自分の手に気付いて、冥夜は慌ててそれを自分の胸元へと引き戻す。必死に平静を装うとする反面、心臓が騒ぎだすのを感じていた。

「――慧さん、大丈夫かな」
不意に飛び出した美琴の発言に、内面に沈みかけていた冥夜の意識が引きずり戻される。
彩峰はタケルが処置室から出てくる少し前に看護士に担がれる格好で姿を現した。看護士の話では、本人の強い希望でタケルのために限界まで血液を差し出したらしく、そのまま貧血で倒れて意識を失ってしまったということだった。
体格を考えて自分が部屋まで背負っていこうと申し出たが、榊にどうしてもとお願いされて、結局彼女に役目を譲った。
榊の目には有無を言わせぬモノがあったし、言葉や表情も卑屈になっていたわけでもなかった。だから、榊一人に任せることにした。

「大丈夫だ、榊がついているしな」
(――それに、彩峰は私よりもずっと強い)

そう続けようとしたが、後半は声にはならなかった。自分と同じように己を責め葛藤していた彩峰はしかし、自分には及ばない領域で皆のことも考えていたのだった。

(――ひょっとしたら殴られていたのは私になっていたのかもしれないな・・・・・・)

自嘲気味に口元が綻んだものの、そんな冥夜の表情を勘違いした美琴は好意的に返答を受け取った。

「そうだね・・・・・・あ」
壬姫も冥夜の答えに同意を示したその時、廊下から人の足音とストレッチャーの走る音が響いてきた。それを聞いて思い出したように声をあげ立ち上がる。

「神宮司軍曹の手術が終わったのかな?お医者さんの話だとたけるさんよりももう少し時間がかかるってことらしいけど、今の音はもしかしたら・・・・・・」
「かもしれない。行ってみようよ、壬姫さん」
壬姫の言葉に続いて美琴も立ち上がった。2人は椅子を畳むとそのままドアの方へと歩き出す。

「ま、待て。私も――」
冥夜も慌てて立ち上がり2人を追いかけようとするが、

「冥夜さんはそこにいてあげてよ」
「たけるさんも一人じゃ寂しいだろうから、ね。御剣さん、あとはお願い」
美琴と壬姫の2人にそう言われては、残るしかなかった。一人取り残された冥夜は、再び武の傍らに腰を下ろした。
ベッドの向こう、窓の外へと目を向けると黒々とした夜空には煌々と上弦の月が浮かんでいるのが見える。
再び視線を武へと向ける。武の寝顔は相変わらず穏やかで、胸の部分にかけられた布団が微かに上下していることに気付いた。

(――タケル、生きているのだな・・・)

タケルが生きていて、ただそこにいる。ただこれだけのことが途方もなく貴く感じられる。
可能ならば直接タケルに触れて、その温もりを感じたい。先程も無意識に手が伸びてしまっていた。
だがそう思っていても、駄目だった。タケルに触れることはその欲求以上に恐怖をもよおしてしまう。
ボロボロのタケルの姿が瞼の裏にどうしようもなく浮かんできて、今のタケルはひょっとしたらギリギリの状態でその温もりを宿しているだけのような気がして、
自分がうかつに触れてしまったら、それらが壊れてしまいそうな気がして、怖かった。

(――タケル・・・・・・)

出会ってから共にすごした期間は僅かなものかもしれないが、私にとっては誰よりも強く在る存在だった。
我らの傍にいて、我らをその逞しい腕で引っ張っていく存在だった。我らの目指す先に当たり前のように居る存在だった。
だから例え実戦に放り込まれたとしても、タケルが居なくなることなんて事は少しも考えもしなかった。
いつか別れが訪れるとしても、それは自分が先に死ぬときだろうと漠然と自覚していた。

(――嘘、だな。私は・・・・・・)

思い込んでいただけなのだと気付いてしまった。恐れる余り、必死に耳を塞ぎ、目を逸らし続けていたのだ。
タケルを信じるという言葉を隠れ蓑にして・・・・・・。あの黄昏時もそう、タケルを置いていった私は向き合うことから逃げたのだ。
タケルもまた、傷つき地に伏すのだ。当たり前に強くても、また当たり前に血を流し、弱りもするのだ。そうしてその傷が限界を超えればいつかは――『タケルがいなくなってしまう』
必死に向き合うことを拒み続けたその一事を意識するだけで、全身に震えがくる程怖くなった。

(――タケル、タケル、タケル・・・・・・)

駆け巡る悪寒を抑えようと思わず両手で自分の身体を抱きすくめ、タケルの名前を口の中で繰り返し呼んだ。
タケルの顔に向けた視線をけっして離さず、その存在を必死に自分に言い聞かせるように何度も。

そうしてどのくらいの時間がたったのか突然、がちゃりとドアの開く音がして冥夜は我に返った。没頭しすぎて足音にも気がつかなかった自分の迂闊さを呪いつつも、慌てて姿勢を戻す。
入ってきたのは榊千鶴だった。ジャケットとパンツに着替え予備のメガネに交換したのか、細い銀縁のついたオーバル(上下が短い楕円形のもの)フレームのメガネをかけている。

「あら、御剣ひとりだけなの?珠瀬と鎧衣は?」
室内を見渡しながら千鶴が言う。

「2人とも、神宮司軍曹の容態を見に行ったぞ、私はここで留守を任された」
懸命に平静を装いながら冥夜が答える。心なしか両頬が熱くなっているように感じたが、気のせいだと強行に判断を下した。

「そう、じゃあ2人とも自分の部屋に戻ったのかしらね、ここにくる途中軍曹の病室に寄ったけれど姿をみなかったもの」
千鶴がベッドに近づき、武の様子を伺おうと冥夜から視線を外す。武の寝顔をみて安心したのか、目元だけを優しく崩した千鶴の背後で、

「では、私もそろそろ引き上げさせてもらおう」
冥夜が気ぜわしく立ち上がり踵を返した。逃げるような早足でドアへと向かう。

「――場所、わかる?この部屋をでて左に進んで3つめのドアが軍曹の病室だから」
「分かった。ありがとう、・・・・・・では後はよろしく頼む」
背中に投げかけられた千鶴の言葉に、冥夜は肩越しに視線だけを向けて答えた。そのままドアを開け部屋を出ていく。
表情こそ伺えないものの、隠し切れていない冥夜の挙動不審さを見届けた千鶴は、

「――御剣、・・・・・・って人の心配してる場合じゃないわね、私も・・・・・・」
そう一人ごちると、ベットの傍らに腰を下ろした。



《2001年12月10日 2050 横浜基地・御剣冥夜自室》


「――はぁ」
後手にドアを閉め息を吐きだすと、真っ暗な部屋を手探りで進む。お世辞にも広いとは言えない部屋の隅に設えられたベッドに行き当たると、御剣冥夜はそのままベッドに倒れ込んだ。
そのまま足だけを使って、放り出すようにブーツを脱ぐ、冥夜のことを知る人間がみたら絶句するであろう程のずぼらな行動だった。暫くそのまま寝転がっていたが、

「――んん」
ごわごわとする不快感に顔をしかめると、もぞもぞとジャケットを脱ぎ去った。同様にパンツや靴下も脱ぐとそれらをまとめてベッドから放り出す。
そうしてタンクトップに下着だけというあられもない姿に落ち着くと、寝そべりながら膝をかかえ、まるで胎児のような姿勢で丸まった。視線を闇にさまよわせる。

(――シャワー、浴びないと・・・・・・)

考えてはみたが、今は立ち上がることさえたまらなく億劫に感じた。かろうじて手を伸ばすと、掴んだ枕を両手で抱き込んだ。
枕に顔を押し当て視界を塞ぐ、顔全体を沈めたため少し息苦しくなったが、その圧迫感が逆に心地よくもある。

(――もう、このまま・・・・・・)

身じろぎもせず眠ってしまえたらどんなに楽だろう。しかし、そんな願望とは裏腹に眠気は一向にやってこなかった。
やがて、活動を止めた身体に反発するかのように、鈍化していた思考が再び熱を帯びてくるのが分かった。

「――タケル・・・・・・」
口に出すと、途端にここに一人でいることが堪らなく心細く感じられる。

「――うぅ」
身体に震えが走る。病室の時とは違い、目の前にタケルの姿を確かめられないことで悪寒は更に激しさを増していた。
ともすればベッドの足がカタカタと音をたてかねないほどの嵐の中、思い切り力を込めた両腕できつく枕を抱きしめた。
爪を立てられた枕はいびつに歪み、食いしばった歯の根から呻き声が漏れる。視界を塞ぐ闇の中に、ベッドの上に寝そべるタケルの姿が浮かんできた。

(――タケルがいなくなってしまったら、私は・・・・・・)

どうなってしまうのか。怖かった、ただ怖かった。
抑えきれない情動はいつしか視界が滲ませ、頬を熱く濡らすものとなって溢れ出していた。

「――タケル、タケ、ルぅ・・・・・・」
真っ暗な部屋の中で、冥夜の嗚咽する声だけがか細く尾を引き続けた。



《2001年12月10日 2130 横浜基地・白銀武臨時病室》


コツコツと微かに響く音を聞きとると、榊千鶴は居住まいを正した。ドアのほうへと振り返り、近づいてくる訪問者を待ち受ける。
予想通り姿を現したのは彩峰慧だった。千鶴がいる事が予想外だったのか、大きな反応は見せないものの、眉が一瞬持ち上がったのを千鶴は見逃さなかった。
千鶴の視線から、そんな些細な表情の変化を見透かされたのを感じ取った慧は憮然として無言のまま歩を進める。

「起きたのね」
「・・・・・・」
千鶴の声にあえて無視を決め込む慧。そのまま白銀武の横たわるベッドの端に手を置くと、寝顔をじっと覗き込んだ。
千鶴としても返事が返ってくることを期待はしていない。慧の気が済むまでは放っておくことにした。
そうしてつかの間、武の様子を目で確かめた慧は顔をあげ、千鶴のほうへと振り返った。
無言の対峙、それでも慧の視線は、用があるなら早く済ませて、と語りかけてきているように千鶴には思えた。

「――その、さっきのこと・・・・・・彩峰の言っていたことは最もだったわ。今は自分がしでかしたことを反省しているし、本当の意味で殴られても当然だと思ってる」
「――うん」
千鶴が掛け値なしの本音を語りだしたのを察して、慧も短く応じた。

「そして誓うわ。もう二度とあんな馬鹿なことは言わないようにする。だから・・・・・・謝らないわ」
「――謝らないんだ?」
千鶴の発言に慧はやや挑発的な響きを乗せ言葉を返した。内心、千鶴がめそめそしながらごめんなさいとでも言おうものなら即刻無視して立ち去ろうと思っていたところだったが、
仮定をいい意味で裏切られたことで返答に感情がこもってしまったし、千鶴の言い分を最後までちゃんと聞いてやろうという気になっていた。

「そう、その代わり、なんだけど・・・・・・」
「何?」
千鶴が慧の目を見据える、2人の視線が交錯する。

「――気付かせてくれて、ありがとう」
まさかの千鶴の口からのド直球の感謝の言葉に、慧は言葉を失った。よりにもよってそう来るとは全く予想していなかった。表情には意地でも出すまいとしたが、きまりが悪そうに指先で毛先をいじっているのは無自覚だった。

「――礼もいらない。その代わり、さっき私を部屋まで運んでくれたんでしょ、あれ、ちゃらで」
ようやく慧の口から飛び出したのはそんな、いつも通りの人を食ったような返事だったが、らしくない慧の手の動きを見て取った千鶴には自分の気持ちがちゃんと伝えられたように思えた。

「あんたってさ・・・・・・、まぁ、いいわそれで」
慧の調子に合わせて、千鶴も敢えてぞんざいに答える。話はこれで終わりとばかりに椅子から立ち上がりドアの方へと歩き出した。ドアノブに手をかけて思い出したように振り返る。

「あとは任せるわ、白銀も一人きりは寂しいだろうしもう少しそこにいてあげて」
「言われなくてもそーする、・・・・・・榊」
「何?」
慧らしい無愛想な答えに満足げに頬を緩めた千鶴が外にでようとした瞬間、逆に呼び止められてしまった。

「そのメガネ、似合ってないよ。おやすみ」
「ありがと、変えたの気付いてくれたの彩峰だけよ。おやすみ」
そんなやり取りをかわし、今度こそ千鶴は引き上げていった。



《2001年12月10日 2140 横浜基地・神宮司まりも臨時病室》


榊千鶴が廊下を歩み去っていく音をききながら、香月夕呼は焼酎の入ったグラスを一息にあおっていた。
蛍光灯を消した暗い病室の中、神宮司まりもの傍らに腰掛ける夕呼の頬は艶っぽくピンク色に上気し、既にボタンの外されていた胸元は呼吸とともにおおらかに揺れていた。
ベッドテーブルに置かれた酒瓶が外からの月光を反射し、持ち込んだ際には一杯になっていたハズの中身は、その総量を3分の1程度に減らしていた。

「――あんたって、昔っからそうようね・・・・・・人には無茶するなとか言う癖に自分はどうだって・・・・・・」
点滴に繋がれ、深い眠りについたまりもから返事が返ることは無い。それでも夕呼は酒をあおっては語りかけることをやめなかった。
内容はもっぱら昔のこと、立場や考え方に共通点などまるでないのに、目の前で昏々と眠るまりもとは不思議と馬が合った。
下らない些細なエピソードを思い出しては語りかけ、一人でクスクスと笑う。
横浜基地にきてからは様々なしがらみから、本当に気安くまりもとしゃべりあうことなどめっきりなくなっていた。
だから、今、この時くらいいいじゃないかと思う。例え2人きりだろうと自分のいい加減な口調を真っ先に注意する張本人も目の前で眠っているのだから、と。

「あ~ん」
とうとう中身のなくなった瓶を、行儀悪く唇で咥え逆さまにひっくり返す。そうやって最後の一滴まで飲み干すと、夕呼は空になったグラスと瓶をテーブルの隅に押しやった。
空いたスペースに両肘をのせ、組んだ両腕の上に顎をのせ、じっとまりもを見つめる。
部屋に差し込む月光が夜空をたゆたう雲によって遮られ、闇の中に沈みこんだ一切の輪郭が再びその姿を取り戻すまで。
酔いに閉じかけていた夕呼の瞳の奥はいつしか鋭い輝きを帯びていた。

「――まりも、あんたが命張ってまで守ったんだものね、白銀には私が意地でもそれに見合う価値を実らせてみせるわ・・・・・・だから、
今はゆっくりお休みなさい、起きたらまた働いてもらわなくちゃいけないし、ね」
優しい口調とは裏腹に断固たる力強さを込めた声でそう言うと、夕呼は手を伸ばす。そしてこまやかな仕草でまりもの頬をなでた。



[14752] 第1章『一陣の風』③
Name: 折口 氷◆accfea10 ID:1227e550
Date: 2010/09/04 02:18
《2001年12月11日 0500 横浜基地・御剣冥夜自室》


肌に浸透する冷気から逃れるように寝返りをうつと、御剣冥夜はうっすらと瞼を開いた。

「――んん」
胡乱な頭のまま首だけを回して枕元の時計を確認すると、時刻は午前5時を回ったところだった。

(――まだこんな時間か・・・・・・)

毎日起床ラッパの鳴る5分前には起きている冥夜だったが、1時間前に目を覚ますというのはいささか早すぎた。
寝返りをもう一度うつと仰向けになった。視線を天井に向けたまま徐々に意識を立ち上げようとする。

(――私は、あのまま寝てしまったのか・・・・・・)

頭に走った鈍痛に眉をしかめると、冥夜は緩慢な動作で立ち上がった。自らの足元に転がる服を拾うと皺を伸ばしてベッドの縁にかけておく。
ブルッと身震いを一つすると、髪を纏めていた帯紐を解いた。よろよろと壁伝いに進む。
昨晩はロクに毛布もかけずに寝てしまったため身体が冷え切っていたし、とりあえずサッパリするためシャワーを浴びることにした。
途中、洗面台の前で足を止め鏡を見る。鏡の中の自分を見つめる顔は、泣き腫らした目元が真っ赤になっていた。

「――酷いな」
余りの変容に自嘲気味に呟く。こんな風な自分の顔を見るのはいつ以来だろう・・・・・・つかの間、幼少時代に思いを馳せる。
やがて、冥夜は息を一つ吐くと顔を上げた。そのまま下着とタンクトップを脱ぐと踵を返しシャワールームのドアを開いた。



《2001年12月11日 0720 横浜基地・PX》


騒動から一夜が明けたPXは、昨日まで以上に活気に満ちていた。
損傷した戦術機達に付きっきりだった徹夜作業明けの整備員達に加え、普段はバラバラに顔を出す衛士達も今朝は大勢詰め掛けていた。
だが、部隊毎に固まり食事を取る彼らの中には大声で談笑する者もいるものの、そんな笑い声でさえどこか上ずりピリピリとした緊張感をはらんでいる。
お互いに声を掛け合い、何かを確かめ合うようにしているその光景からは、昨日までの弛緩しきった空気は消え去っていた。

PXに到着した御剣冥夜が辺りを見回すと中央の一角に榊千鶴達元207B分隊の面々の姿を見つけた。どうやら自分が最後らしく、既に4人の前には食事が並んでいる。
冥夜は食事を受け取ると歩きながらポーカーフェイスを装った。

(――大丈夫、みたいだな)

あんなに酷い顔を晒してはとてもじゃないが仲間の前に出られなかった。先程鏡で見た自分の顔を反芻する。
ギリギリまで粘って濡れタオルで目元を冷やしていたため、食堂に来るのが遅れてはしまったが大分腫れは引いてくれた。
京塚のおばちゃんにも何も言われなかったことを考えると、傍目には気付かれない位にはなっているのだろう。
改めて早起きできなかったらと思うとはらはらするが、そんな内心の動揺を押し隠して皆のいる席へと近づいた。

「だから、それが非常識だって言ってるのよ!」
「今は非常事態だから問題ない」
千鶴の怒声を浴びた彩峰慧が悪びれずに答える、非常に見慣れた光景がそこには広がっていた。

「おはよう」
「おはよう、冥夜さん」
「おはよー、御剣さん」
「2人はどうしたのだ?」
とりあえず白熱している2人は置いておいて鎧衣美琴と珠瀬壬姫の2人と挨拶を交わすと冥夜は席に着いた。改めて目の前の状況を理解しようと訊ねる。
そもそも、と処置室前の一件を思い出す。榊も彩峰も昨日あんなことがあったのにまるで普段のように接していることが驚きだった。

「なんか慧さんがね、タケルの病室で寝てたんだって」
「それを今朝榊さんが見つけちゃったらしくて・・・・・・それでここに来たときからずっとあんな感じなんだよー」
美琴の発言に続いて壬姫が捕捉する。千鶴と慧の様子が昨日の殺伐としたものではないことに2人とも安堵しているのか、冥夜に説明するその口調はのんびりとしたものだった。

「――そうだったのか・・・・・・」
聞かされた事実に内心で羨ましさを感じつつ手を合わせると、箸を動かしながら改めて千鶴と慧を見やる。

「それに榊だって、私に任せると言ったよね」
「そうだけど・・・・・・一晩いて頂戴なんて言ってないわ!」
「そもそも榊だって非常識、私起こされたの5時半だったし・・・・・・あんな時間にお見舞い?」
「――ッ!あ、あれは、朝の散歩のついでに・・・・・・って、すりかえるな!彩峰ぇ~!」
形勢は今や大きく慧に傾いていた。攻めていた筈の千鶴はいつの間にか追い詰められ、顔を真っ赤にしながら反論している。

「そなた達、いい加減に落ち着け。周りの迷惑も考えよ」
このままでは場が収まらないと見かねた冥夜が仲裁に入ると、ようやく周囲からの視線に気付いた千鶴がしぶしぶと矛を収めた。
まだ何かいい足りないといった風情でぶつぶつ言う千鶴を尻目に、慧はもはや何事も無かった風に食事を続けている。
やがて、食事を終えた慧がポケットからピルケースを取り出した。

「――造血薬だって、昨日ドクターに貰った」
もの問いたげな冥夜の視線に気付くと、中のカプセルを取り出しながら慧が答える。
その一言にはっとした冥夜の頭の中に、輸血のし過ぎで倒れた慧の姿が思い出された。

(そうだ・・・・・・、彩峰はタケルに自分の血を差し出したのだ・・・・・・)

「――大丈夫、なのか?」
冥夜が気遣わしげな表情を浮かべ訊ねる。

「大丈夫、榊ほどは血の気多くないけどね」
「――あんたが、そうさせてるんでしょう!?」
カプセルを水で飲み下すと、フッと笑いながら慧が答えをそのまま皮肉へと転換させる。それに過剰反応する千鶴。
懲りもせず再加熱する2人をみて、冥夜はやれやれといわんばかりに肩をすくめた。

(――本当に大丈夫のようだな。彩峰も、榊も・・・・・・)

美琴と壬姫の方を視線を向けると、どうやらどちらも考えてることは同じようで、3人で顔を見合わせるとクスリと笑いあった。



《2001年12月11日 0900 横浜基地・第6ブリーフィングルーム》


「揃ったようだな」
部屋を一通り見渡した後、襟元に大尉の階級章をつけた女性がそう言った。

「貴様たちは本日0900時をもって私の隊に正式配属となった。私は部隊の指揮を執る伊隅みちるだ」
緊張した面持ちで席に座っていた御剣冥夜達元207B分隊の少女たちの前に立っているみちるが、腰に当てていた手を胸元に寄せながら続ける。

「既に知っている者もいるだろうが、我が隊は香月夕呼副司令直属の特殊任務部隊A-01連隊に属している」
連隊と言っても、部屋にいたのは冥夜達を含めても中隊規模の人数だけだった。
みちるの話によると連隊規模だったのは発足当時のことであって、欠員がでてもそれがまともに補充されることもなく現在に至り、今部屋に居るメンバーで全員らしい。
しかも先月のBETA新潟上陸から今日までで戦死4名、病院送り2名と言うのだ。冥夜は余りの人員損耗率の激しさに息を飲んだ。

「以上のように、この基地で我が部隊が最も損耗が激しい戦術機甲部隊であることが分かったと思う。
にもかかわらず、我が部隊に要求される任務は依然厳しい。・・・・・・・だが」
みちるは一旦言葉を区切ると、話をきいて顔を強張らせていた冥夜達を鋭い眼差しで射抜いた。
ベテラン衛士の放つ気迫にごくりと、珠瀬壬姫が喉を鳴らすのが聞こえる。

「我々と同じく神宮司軍曹の教え子である貴様らならと、奮闘に期待している。
今は療養中でおられる軍曹の、親の顔に泥を塗るような真似だけはするなよ?」
不敵な笑みを浮かべたみちるの放った言葉は冥夜たちの記憶を激しく揺さぶると、ベッドに横たわる神宮司まりもの姿を思い起こさせた。

(――ッ!そうだ、我らは・・・・・・)
大尉の言うとおりだ。我らはあの、BETAに素手で挑んでタケルを守り抜き生還した軍曹の教えを受けていたのだ。
如何に過酷な任務だろうとも・・・・・・絶対にやり遂げ、生き残ってみせる!!
冥夜の顔に強固な意志が宿る。横に座る榊千鶴達も同様に真っ直ぐにみちるの瞳を見返した。

「A-01部隊へようこそ。貴様らを歓迎する!」
そんな冥夜達の面構えに満足したのか、敬礼を持ってみちるが答えた。

「は!御剣冥夜少尉、只今をもって着任いたします!」
「は!榊千鶴少尉、只今をもって着任いたします!」
「は!彩峰慧少尉、只今をもって着任いたします!」
「は!珠瀬壬姫少尉、只今をもって着任いたします!」
「は!鎧衣美琴少尉、只今をもって着任いたします!」
一斉に立ち上がり、冥夜達が気合を込めて返礼する。しばし厳粛な雰囲気に包まれる室内だった・・・・・・が、

「貴様らに一つ言っておく、この隊内では堅っ苦しい言動をする必要は無い。副司令から、無意味なことはするな、との命令だからな」
「・・・・・・はぁ」
みちるが苦笑を浮かべると言った。それまでの空気を台無しにするような言葉に冥夜はきょとんとしつつもなんとか返答する。

「特に榊と御剣、お前たち2人は堅物と聞いているからな、心得ておけよ」
「「は!、大尉殿。・・・・・・はっ!?」」
みちるの忠告に反射的に敬礼してしまった千鶴と冥夜は自らの言動に気付くところまで完全にハモっていた。そんな2人を眺めていた美琴達がクスリと笑う。
顔を赤くする冥夜達を見て、みちるはやれやれといわんばかりに肩をすくめると部屋の後に控えていたメンバーを呼び寄せた。

「では、中隊のメンバーを紹介しておこう。右から、CP将校(コマンドポストオフィサー)の涼宮遙中尉・・・・・・」
先任の隊員達一人一人について紹介していくみちるに従って、冥夜達もそれぞれに挨拶を交わしていった。

「伊隅戦乙女(ヴァルキリーズ)へようこそ。歓迎するわよ」
そう言いながら速瀬水月がポニーテールを揺らしながら一歩前にでると、冥夜と慧の肩を抱き寄せて続けた。

「2人ともCQB(近接戦闘)の腕前は相当らしいじゃなーい?やっぱ前衛はそうじゃないとね、あとで手合わせお願いするわ」
「おいおい、新米をいきなり威嚇するんじゃないぞ」
片目を瞑ってニヤリと微笑む水月に対しなんと答えていいか冥夜が困惑していると、すかさずみちるがつっこみを入れる。

「ですが大尉、速瀬中尉の気持ちも分かりますよ。こちらの3名も極東一と噂のスナイパーに、サバイバルの名手、オールラウンダーの分隊長ときてる、
大した粒揃いですよ・・・・・・可愛がりたくなるのが当然というものです」
「――宗像が言うと全く『別の』意味に聞こえるんだがな」
宗像美冴が艶やかな声音で水月に同意を示すと、呆れたようにみちるが返した。
心なしか一部が強調された言葉の意味が飲み込めなかった千鶴だったが、暫くするとはっとして涼宮茜の方を向いた。苦笑いを浮かべた茜が「マジよ」と口パクで答える。
冷や汗を垂らしながら壬姫と美琴の方を見ると、2人は相変わらず理解していないようだったので――千鶴は敢えて黙っておくことにした。

「それに、粒揃いというならまだ一人残っているぞ。軍曹のとっておきがな」
みちるの言葉にぎくりと強張る冥夜の胸が、くすぶっていた自責の念でじくじくと痛んだ。

(――タケルがここに居ないのは・・・・・・)

「そうそう!でさあ、実際どうなのよ、噂の天才衛士クンは」
冥夜の波立つ気持ちをよそに水月が尋ねる。

「――白銀は・・・・・・凄いですよ。きっと、速瀬中尉の想像よりも」
答えたのは慧だった。まっすぐに水月を見据えている。

(――そうだな、彩峰。タケルは・・・・・・)

「ええ、タケルは、白銀少尉は噂に違わぬ男です」
「――ふーん」
冥夜も顔をあげると水月をじっと見つめて答えた。慧と冥夜の視線を受け止めて水月が頬を緩める。
そうして、いつの間にか自分を見つめていた壬姫や美琴、千鶴の3人にも視線をむけると、

「――まぁ、とりあえずは、モテるようねぇ」
水月は悪戯っぽく笑って、そんな爆弾発言を投下したのだった。



《2001年12月11日 1430 横浜基地・戦術機シミュレーションルーム》 


灰色に彩られた仮想空間、廃ビルの乱立するジャングルの中を1機の不知火が疾駆している。
02とマーキングされたその不知火はT字路に差し掛かると、左右どちらに方向を変えるでもなく地面を蹴ってジャンプした。
飛び上がった不知火の全身がビル群から露出する、とその瞬間、跳躍ユニットから吹き出る青白い炎が慣性とは別ベクトルの力を機体に与えた。
XM3によって新しく戦術機に与えられた不規則な3次元機動を最大限に駆使すると、頭上をすり抜けた36mm弾の群れには目もくれずビルの側面を蹴って着地し、不知火は再び疾走し始めた。

『――珠瀬ッ!そっちに04と05が向かってるわ、すぐに離脱して。私と鎧衣でカバーするわよッ!』
マップ上を動くマーカーを確認しながら榊千鶴が叫ぶ。狙撃失敗によって位置を特定された珠瀬機が現在地から真っ直ぐこちらに移動してくる。
彩峰と御剣は02――速瀬機を追跡して移動していた、恐らく速瀬機は陽動で、そのフォローに未だ姿を見せない03と06――宗像機と柏木機の2機がいるのだろう。
ならばこちらは珠瀬と合流、とりあえず3対2で近づく敵を殲滅してから彩峰達のフォローに向かおう。あの2人なら3機相手でも暫くは持ちこたえてくれるだろう。
しかし千鶴がそう結論付けた途端、隣を併走していた08――鎧衣機のマーカーが消えてしまった。

『鎧衣機、右腕破損、腰部被弾・・・・・・動力部に被弾致命的損傷、機能停止!』
抑揚を抑えた声で涼宮遙が告げる。

『――ッ!本命はこっち!?』
04と05――風間機と涼宮機は既にこちらへ転回し、10時方向から接近していた。
さらに、鎧衣機の損傷部位や具合からはじき出された弾道によって、別の敵がこちらを狙っているのを知る。
鎧衣機を狙撃したのは恐らく・・・・・・柏木機だろう。
珠瀬という狙撃手を真っ先に叩くふりをして、それを千鶴たちにカバーさせるべく誘導し且つ分断、各個撃破する――敵の狙いに気付いた時には既に手遅れだった。
1対3という苦境を逃れるべく急いで壬姫と合流しようとするが、うかつに飛び上がれば狙撃の格好の的となってしまう。
仕方なくビルとビルの陰をぬうように進んでいたが、ほどなくして距離を詰めてきた涼宮機に応戦しているうちに風間機の放った36mm弾が命中、千鶴の操る不知火も撃破されてしまった。

「――速瀬の奴は上手くやっているようだな」
モニター上に映し出された模擬戦闘の経過を確認しながら満足したように伊隅みちるが呟く。視線の先ではまたひとつマーカーが消失していた。
速瀬機と宗像機が、11と12――御剣機と彩峰機を引きつけている間に、残りの3機によって09――珠瀬機が撃破されたところだった。
そうして残った御剣機と彩峰機も4機の不知火の包囲の中必死に抵抗していたが、
距離を置いて伏せていた柏木機の狙撃によって片方が撃破されると、浮き足立ったもう一機を速瀬機の放った36mm弾が仕留めたのだった。

『状況終了、各自シミュレータから降機せよ』
遙が全員に告げると、停止した10機のシミュレータからヴァルキリーズの面々が下りてくる。
模擬戦闘を首尾よく終えた先任達とは対照的に千鶴達新任の表情は一様に暗く、その足取りは重かった。
実機がまだ搬入されていないため、顔合わせの後はシミュレータを使った模擬戦闘訓練となっていた。みちるの判断で新任5人でチームを組まされ、対するは先任から5人が選ばれる。

「よし、15分後にもう1戦だ、それまでは各自休憩しておけ。涼宮はフィールドの再設定を頼む」
「了解しました」
「――さて、と」
一通り指示を下すとみちるは散っていく隊員たちの様子をしげしげと眺めた。
やはり、新任たちには堪えているようだった。先のトライアルで好成績を修めていたことや実戦を切り抜けたことで自信はあったのだろう、XM3を育ててきた概念実証部隊という自負もどこかにあった筈だ。
それが蓋をあけてみれば、みちるを含めたフルメンバーで相手をした1戦目に続き、みちるを外した2戦目でもなすすべもなくやられてしまったのだ。
不知火の操縦が初めてであることや、相手もXM3搭載機であることが言い分けにもならないほど一方的な結果にショックを受ける気持ちも理解できる。
――だが、これで終わらせる気はみちるにはなかった。

「どうしたんですか、大尉」
「宗像、次は休みだ、いいな」
みちるの接近に気付いた美冴が声をかけると、みちるの口からそんな答えが返された。

「大尉が入られては・・・・・・1戦目と同じ結果になるだけでは?」
「違う、次はこちらは4機でやる。速瀬、要領は先程と同じだ。いいな?」
予想していなかった指示に面食らう美冴や水月に念を押すと、みちるは踵を返してモニタールームへと戻っていく。
敢えて新任達には声は掛けなかった。次の構成を知った時の彼女達の悔しさに歪む表情が思い浮かんだが、瞼を閉じそれを振り払うとドアを開いた。
――その後も何戦か模擬戦闘は続いたが、結局、千鶴達は1度も勝てないまま訓練を終えた。


「――伊隅大尉がこれほどのドSだったとは思いませんでしたよ」
模擬戦闘訓練の講評を行うためブリーフィングルームへ向かう途中、みちるの横に並んだ水月がにやりと笑いかけると声を潜めて言った。

「茶化すな。・・・・・・これは副司令の指示だ、新入りどもを徹底的に痛めつけてやれとのな」
足早に歩いていたみちるだったが、水月に合わせて速度を落とすと同じく音量を絞って返した。

「ふ、副司令の?」
「うむ、絶対に新任5人でチームを組ませろ、と。その上で奴らのとるであろう戦術予想も含めて指示された。これ程上手く嵌るとは思わなかったがな」
副司令と聞いて水月が小さく驚きの声をあげる。
先月のBETA生け捕りのような超の付く特殊任務の場合ならいざ知れず、こんな平凡な訓練にまで指示を出してくるとは予想外だった。
しかも戦術について指示を出すなど普段の副司令からは考えられない――そんな水月の驚きをなぞるようにみちるも今朝の出来事を思い出していた。

『――つまり、新任達は受身に回る可能性が極めて高い、と?』
『そうよ、207Bの連中はね、無意識で白銀を頼りすぎてる。ここ2ヶ月間白銀に引っ張られて育ってきたから無理も無いけどね。
トライアルみたいに3対3くらいまでの少数戦なら表面化しにくいんでしょうけど、数が増えれば増えるほど核の働きって重要になるのよね。
――だから絶対に5人で組ませなさい、そうすればペースを握るのはアンタたちだから』
みちるの問いかけに夕呼が答える。そんな今朝のやり取りを思い出しながら水月にそのままを聞かせた。

「――なるほど、それはなんとなく感じてましたけど・・・・・・」
「だから、速瀬には強引につっかけて敵を誘導・分断させるよう指示を出したんだ。・・・・・・まあ新任達には酷だろうが、これで一皮向けてくれるなら、な。
――副司令が言うには『良い実をつけるには土壌から』だそうだ」
「はぁ・・・・・・どういうことです?」
みちるの説明に一旦は理解の色を示した水月だったが、夕呼の言葉に再び疑問符を浮かべると首を傾げた。
眉を上げて思案に耽る水月を見てみちるは軽く笑みをのぞかせると正面に向き直る。

「さて、講評も厳しくいくぞ。速瀬、容赦はするなよ?」
「――大尉・・・・・・やっぱりドSです」
再び歩みを速めたみちるの背中が遠のいていくのを見つめながら、ポツリと水月が呟いた。



《2001年12月11日 1930 横浜基地・PX》


「――ふぅ」
合成緑茶の入ったコップを唇から放すと、御剣冥夜は小さく息を吐いた。
食事を終えたA-01の隊員達がひとりふたりと席を立っていき、既にPXに残っているのは元207Bのメンバー達だけになっていた。
騒がしかった食事中とは空気が一変し、テーブルは静けさに包まれている。

(何も、できなかった・・・・・・)

眉間に皺を寄せると冥夜は視線を落とした。胸の前で組んだ両手にぐっと力を込める。
部屋の片隅に置かれたTVからは先程からレポーターの喧しい声が流されていたが、冥夜の耳に届いてはいなかった。
ただ、己の不甲斐なさが歯がゆかった。
模擬戦闘訓練は本当に散々な結果で終わってしまった、己の持ち味である筈の近接戦闘でも何一つ良い所を出せなかった。

(いや・・・・・・出させて貰えなかったという方が正解か)

相手に斬りかかろうとしてもいなされ、距離をとられて翻弄されてしまった。
間合いを詰められないのは操縦技術が未熟だからだ。

(要は私は――)

「――ちょっと、勘違いしてたのかな」
両手で支えた合成緑茶をくゆらせながら鎧衣美琴が呟いた。思考を断ち切られた冥夜が顔を上げる。

「クーデターのときもトライアルも上手く出来たから今日も・・・・・・って」
「私も、全然当てられなくて・・・・・・XM3は相手にもあるってわかってたのに、それでもどこかでなんとかなるって思ってた・・・・・・」
美琴の独白に珠瀬壬姫が続く。壬姫の脳裏に浮かぶのは速瀬水月の不知火の機動だった。
今まで訓練で相対してきた白銀武の操る吹雪ほどの奇抜さはないものの、当たると思って放った弾丸をことごとく外されるところは一緒だった。
水月だけではない、先任たちはそれぞれに実戦の中でXM3をフル活用した操縦法を鍛え上げていたのだ。

「私もそうよ・・・・・・講評で伊隅大尉にバッサリと言われた通り、全ての対応が後手後手だった」
悔しさを滲ませながら千鶴が言う。講評の場で改めて自分たちの挙動を客観視して、如何に自分たちが相手の手の上で踊らされていたかを思い知らされた。
しかし、もっと自分たちでペースメイクしなければいけないと思えば思う程千鶴の頭をよぎるのは――

「戦術以前、私たちは・・・・・・弱い。結局、今までは白銀に頼りきりだったってこと」
彩峰慧の言葉に千鶴が唇を噛む。今まで戦闘の流れを作ってきたのはいつも武だったということを改めて思い知らされていた。
千鶴だけではない、冥夜や美琴や壬姫、言った張本人である慧も同じことを考えていたのか、悔しそうに歯がみしていた。 

「――彩峰の言う通りね、もしクーデターの時に白銀がいなかったら殿下を守りきれたかどうか・・・・・・、昨日だって白銀がいなかったら無事に後退できていたか・・・・・・」
自嘲気味に言うと、千鶴は背もたれに身体を預け目を細めた。

(――そうだ。私も弱い・・・・・・)

しじまの中、同様に椅子に身体を沈み込ませた冥夜は己の弱さに思いをめぐらせる。
武がいなくなることに怯え、子供のように泣きじゃくってしまった心の弱さ。
武に頼りっぱなしでいたことに気付かされた衛士としての実力不足。
そうした諸々を思い浮かべ、不甲斐ない自分自身に打ちのめされそうになる。

(――だが・・・・・・!)

仲間が皆同じような思いを抱いているからこそ、冥夜の持つ克己心が心に熱い思いを芽吹かせていた。

「――原因が明らかなら克服するしかあるまい。もう我らは以前とは違う、ただ落ちこんでいるだけでは・・・・・・」
冥夜が全員を見渡しながら言った。5ヶ月前、総合評価演習に落ちたときのことが頭によぎる。
思えばあの頃は、落第の原因が自分たちの不干渉主義からくるチームワーク不足によるものと分かってはいても、
その根本には腫れ物のように触れずに目を背けていただけだった。

(でも今はそうじゃない。タケルに出会って我らは変わったんだ。だから、私はもう決して目を逸らさない。・・・・・・私は、もっと強くなりたい!)

「――タケルが戻ってきたら笑われてしまうぞ・・・・・・俺がいないと駄目なのかと、な」
口元をほころばせながら冥夜が言う。その瞳は真っ直ぐ、己に芽生えた決意を映し出しているようだった。

「それは、すごくとてつもなくイヤ」
慧が冥夜に目が合わせて答える。心底嫌そうなその口調とは裏腹に、慧の顔にも不敵な笑みが浮かんでいた。

「私も、もうタケルに頼りっぱなしはイヤだ」
冥夜はそう言うと他の3人にも視線を向けた。
そう、嫌ならば強くなるしかない、もう悔しい思いや情けない思いをしないように、心も技も――

「――ボクも頑張らなきゃ」
「――私ももっと射撃の腕を上げます!」
「――そうね、自分たちで動いて、変えていかないとね」
顔をあげた美琴が照れながら言うと、それに釣られたように壬姫も背筋をぐっと伸ばして拳を固めながら叫んだ。
千鶴も明るい声で続くと、ぐっと合成緑茶を飲み干す。そうしてコップを勢いよく置くと立ち上がった。

「とりあえずは明日、こっちからバンバン仕掛けるわよ。まずはそこからね!」
「「「「うん!」」」」
千鶴の言葉に全員が力強く頷くと同様に立ち上がった。

(――私は、もっと強くなる!)

冥夜は己の内から沸々と闘志が湧き上がるを感じた。



《2001年12月11日 2000 横浜基地・伊隅みちる自室》


「白銀の操作ログ、だと?」
デスクから顔を上げた伊隅みちるは、来訪者に向き直ると訊ねた。

「はい、大尉。タケ・・・・・・白銀少尉の昨日の操作ログを見せて頂けないでしょうか」
みちるの部屋に入ってきたのは御剣冥夜だった。姿勢を正すと改めて用件を切り出す。

「ふむ、流石副司令だな・・・・・・」
「は?」
「いや、こちらの話だ。白銀のログだったな、ほらこれ」
みちるがボソリと一人ごちたのを聞きとがめた冥夜だったが、手を軽く振って流されてしまう。
そうして差し出された紙切れを冥夜が受け取ると、みちるが続ける。

「既に大破した白銀の吹雪から主機だけを取り出して保存してあってな、そこから抽出したログはシミュレータのデータベースに組み込んである。
その紙に書いてあるパスコードを入力すれば開けるようになってるから試してみろ」
「なんと・・・・・・、あ、ありがとうございます!」
思いがけない手回しの良さに冥夜は驚きの声をあげ、しげしげと紙を眺めていたが、我に返ると慌てて礼を述べた。

「それでは、失礼しました」
「頑張れよ・・・・・・それとな、御剣」
冥夜は軽く頭を下げると踵を返す。早速シミュレーションルームに向かおうと考えていると背中にみちるが声を掛けた。

「はい、なんでありましょう」
「任務時以外は無理に白銀少尉などと呼ばなくていいぞ」
みちるが笑いかけると、冥夜の頬がみるまに赤くなってゆく。
咄嗟に動揺を隠そうと「わかりました」などという返事が口をついてでたが、部屋を出たあとにそのことを後悔しても後の祭りだった。


――シミュレーションルームへと向かう途中、冥夜は少し寄り道をすることにした。
そっと病室のドアを開けると冥夜は中を覗き込む。暗闇の中、モニター機器の薄明かりに照らされて横たわる武は相変わらず昏々と眠っているようだ。
音を立てないように部屋に滑り込むと後手にドアを閉めその場にじっと佇む。

「――タケル」
昨夜あれほど怯え震えた心も、今は波立たせないように抑えることができた。

「――私は、強くなる」
タケルの姿をみて、一層強くそう思えた。冥夜の顔に控えめな笑みが浮かぶ。

「強くなって――そなたを待っているからな」
そう優しく語りかけると、病室を後にして力強く歩きだした。



《2001年12月11日 2140 横浜基地・戦術機シミュレーションルーム》


「――うぅ」
停止したシミュレーターからおぼつかない足取りで冥夜が姿を現した。
壁に手をつきよろよろとふら付く身体をなんとか支えると、揺れる視界から逃れるように目を瞑った。
とにかくまずはXM3を完全に使いこなすために、その第一人者であるタケルの機動制御を理解することが必要と考えた冥夜は、
昨日のBETA襲撃時の武の動きを不知火でトレースさせてみることにした、のだが――

「まるで・・・・・・あの時みたいだな」
戦術機操縦の適正判断と称してシミュレーターに初めて叩き込まれたときを思い出す。
想像以上の空間の動きについて行けず身体が悲鳴を上げたあの時のように、余りに凄まじい武の戦闘機動に酔ってしまったのだった。

(つまりあの時、戦術機操縦が全くできなかったのと同程度に、今の私はXM3について未熟であるということなのか・・・・・・)

そう自問自答すると、悔しげに拳を壁に叩きつけた。
実戦を乗り越えられたからといって、トライアルでベテランに勝つことができたからといって、己の戦術機機動に多少の自負を抱いていた自分が腹立たしかった。
しかもタケルは『丸腰』でBETAの群れの中を駆け回るという精神を磨り減らす緊張感の中でこれだけの動きをやってのけたのだ。

「――まだ、まだだ」
だが、それで落ち込んではいられないと冥夜は思い直す。己の弱さは身に染みて分かっていたことだ。
逆に考えれば、伸びシロはまだまだあるということ、その分強くなれるということだろう。

「――もう一度だ」
酔いの治まってきたところで歯を食いしばり身体を起こすと、冥夜は数回深呼吸して再びシミュレーターに乗り込んでいった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.5534389019 / キャッシュ効いてます^^