意外といえば意外、そうでないといえばそうでもない。
教えられるまでもなく、俺は知識を得ることができた。この時代の知識を。最初は歴史書を出せばいいと思いつき、それをだらだら読んでいるうちに、闇使いの少女・ルーミアが興味を覚えたのか本を見せてとねだり、歴史書を渡して別の歴史書に手を出すと、今度は読めないから文字を教えろという。
教えながら、思う。「この時代の知識があればいいのに」と。
それは願望だ。諦めに近いぼやきでも、願いは『そう思うだけ』で叶えられていたことに気づく。
俺の頭に存在しなかった、母さんに教えられてすらいないこの時代の知識が、既に存在した。
もしやと思い、「ルーミアが言語を知っていればいいのに」と願う。
「え? あれ?」
解読不能なほどにヘタクソだった文字が、同じヘタクソでもひらがなになる。
『書き』は多分問題ない。
「ルーミア。これ、読んでみろ」
文字の並べられた紙切れを渡す。
「Viel schwarze Vögel ziehen
Hoch über Land und Meer,
Und wo sie erscheinen, da fliehen
Die Feinde vor ihnen her.
Sie lassen jäh sich fallen
Vom Himmel tiefbodenwärts.
Sie schlagen die ehernen Krallen
Dem Gegner mitten ins Herz.
Wir sind die schwarzen Husaren der Luft,
Die Stukas, die Stukas, die Stukas……」
「もういい。パーフェクトだ」
まさか冗談で渡したドイツ語の歌詞を完璧に読むとは。
「ねぇ、シュトゥーカって何?」
「遥か未来の、人が乗る鉄の鳥だ。恐ろしい鳴き声をあげて、垂直に突っ込んできて、巨大な石を正確に落としてくる」
「妖怪?」
「人間の乗り物だ。運がよければ、見れるかもな。じゃあ、次はこれ」
別の紙切れを渡す。
「ゆうゆうたるかなてんじょう、
りょうりょうたるかなここん、
ごしゃくのしょうくをもってひだいをはからんとす、
ほれーしょのてつがくついになんらのおーそりちぃーをあたいするものぞ、
ばんゆうのしんそうはただひとことにしてつくす、いわくふかかい。……なにこれ」
「意味の判らない文章の代表だ。自殺する人間の書いたもんだからやたらと有名だが」
日本語も完璧。
「それよりも……はぁ」
「何よ、ため息なんかついて」
まさか、いや、やろうとしなかっただけで何でもできたんだろう、俺の能力は。
知りたくないことまで知る。厄介な能力だ。
まさか、月ロケットのはずが、月をスルーして火星に行くとは。しかも異位相空間に移動して大都市を築いてる。恐らくは、残地球勢力を恐れたのだろう。
しかも地球に巨大隕石衝突、一度死の星になって、進化の過程をやり直している。地下シェルターが無事だったのは、俺が願ったから。何があっても大丈夫、と。だからあの一帯が丘になっていた。何千何万じゃなかった、何億だった。
そして頭の痛くなる事実。神々がいる。天地開闢ってのは新世界がまっとうな生物の住める状態になったことをいうらしい。母さん、まさか役に立たんと思っていた神話がこんなところで役に立つとは思いませんでした。
ということは、俺は神々より年上ということになるのだが……深く考えないことにしよう。
最初の神どもは既にどこかに行った後で、イザナギとイザナミはもう死んだらしい。天岩戸も終わり、。恐竜の時代より前にヒトガタの存在がいることがおかしいが、神だから問題ない。ということにする。何故か人もいるし。
それより、だ。ルーミア……願ってすらいないのに、ここまで無節操に叶えられるとは。
彼女は、俺の記憶の、断片から創り出された存在。
知りたくなかった。孤独を感じたから、誰か傍にいて欲しくて、そんな心の奥底の願いが叶った。叶ってしまった。
意思ある存在を創り出してしまう、それがどんなことか。あの時、汚染された地球を浄化しようと思った、それが隕石による地殻津波という結果になったのではないか。
「夜っ!!」
窓から入り込む光が消え、部屋が闇に包まれる。光と闇が反転していた。
「元に戻れ!!」
正しい時間帯に戻る。日が照っている。
「吹雪っ!!」
ごうごうと、春なのに吹雪が吹き荒れる。思った通り、超限定的な範囲にだけ。
「槍!! 生物は避けろ!」
本当に槍が降った。
「地震! 震度4!! 震源地そこの森!!」
大地が揺れる。
「雷!! 」
閃光と轟音が同時に起こる。目の前に落ちていた。
「世界的に雨!!」
雨が降っている。世界中で。陸も海も山も、雲の上に突き出た高山にすら。
「濃霧!」
全ての愛と罪が集まる街に、世界が変貌した。
「過ごしやすい晴天……本日限定……」
元はカンカン晴れだったが、若干の風と適度な湿度の空気を送り、日差しは若干弱く、酸素濃度を少し上げてやった。妙な天気にしたお詫びだ。
「何、今の」
「気にするな」
「気にするわよ。突然叫んだと思ったら、夜になったり天変地異が起きたり……」
「己の力の非常識加減を確認していたところだ」
「そんなこと、確認しなくても充分非常識なことは判ってるわよ。こんなところにこんな家を作るんだから」
家。
新たに居を構えた場所は、崖の中。いわゆる地下空間だ。質量保存則や強度などの理を一切無視した空間。
「そんなレベルじゃなかった、そういう話だ」
「どんなレベルなのよ」
「俺にも判らん。ただ、この世界で俺にできんことはない」
「あ、だからさっき突然文字が書けたのね。どんな理不尽よ」
「全くだ。俺の身に余る……」
過ぎた力は、身を滅ぼす。では、その身が滅ぶことのないものならば、いかなる力でも破滅はしないのだろうか。答えは否。
精神的に死ねる。
「昼飯にするか」
「え? もうこんな時間?」
飯の時間になると眼を輝かせるルーミア。かわいいが、少しだけ罪悪感を感じる。
とりあえず、能力には頼らず自分で料理を作ることから始めるか。
「…………」
「どうしたのよ? こんなに美味しいのに」
「初めての料理が、かくもうまくなる訳がないんだ……」
「いいじゃない、美味しいんだから」
ルーミアが、食後のデザートをその小さな口に運びながら俺を諭す。諦めろと。
この能力は、非常に俺が大好きなようだ。
料理をやったことがないからレシピを検索すると、ノウハウや技術が勝手にインストールされる。プロ級の腕が、勝手に手に入るのだ。
「くそ、制御する方法はないのか?」
「拒絶するからいけないんじゃないの?」
「……能力を受け入れる、か。どういった能力かは未だ不明なんだが……」
「『願いを叶える程度の能力』なんじゃない」
「それは確かにそうなんだが、どうも違う気がしてな。なんというか、願いが叶うという感覚とはなんか違う……ん?」
『願いが叶うという感覚』と違う。おかしい、俺はその感覚を知っていることになるが……どういうことだ?
自分で言って理解できん。あまりに自然に出たものだから流しそうになったが。
「そういえば、私に『言語の知識』を教えてくれたじゃない。あれの応用であなたの能力を知ることってできないの?」
「……その発想はなかった。やってみるか」
さっきの感覚は保留にしておこう。今はこの便利にすぎる能力を知ることが優先だ。
「俺の能力の詳細!」
「叫ぶ必要はあるのかしら?」
そういえば、願うだけでいいのだから口頭で宣言する必要はない。
だが、それを気にする余裕はない。
「俺は神を超えた」
「え?」
「『ありとあらゆる理を操る程度の能力』。世界創造から滅亡まで、俺の意のまま。あり得ん」
全てが吹っ切れた。俺はもう人間じゃない、人間であってはいけない。俺は世界と繋がっている、いや、世界そのものといっていい。ありとあらゆる世界を構成する全ての理であり、その理の管理者でもある。
泣きたかった。だが泣けない。余計悲しくなる悪循環。
あの時知っていれば、今のように吹っ切れていれば。過去を変える、ifを実現できることを理解して、それは絶対にしない。彼らの選択、意思を全て否定することになるだろうから。
「すごいわね。やっぱりただものじゃなかったってことね」
「夢が終えたよ」
「夢?」
「人間じゃない。母さんが語ってくれた、あの憧れた破壊神には、もう、届かない。同じステージに立てないんだから」
人間であるのか疑わしい、恐らく永き人類の歴史の中で最も強かったと謳われる伝説の英雄。物語の、架空の英雄などより遥かに誇り高く、信念を曲げず、そしてそれをなせる不死身の躯を持っていた。
「不死身くらいなら、まだ、人間だったんだがな……」
「いいじゃない、人間じゃなくても。いつまでも後ろ向きじゃ何もできないわよ?」
「そうだな。とりあえず、当面の目標は決まったな」
「目標?」
「この能力を制御する。ただの願望まで勝手に叶うんじゃ、な」