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[20619] 【習作】星は夢を見る必要はない(クロノトリガー・キャラ崩壊)
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:b6d60857
Date: 2010/07/28 12:46
キャラ崩壊注意! クロノトリガーの正式なファンの方は避けて通るのが無難です。













夢を見た。


それはそれは酷い夢だった。


どれくらい酷いかというと幼馴染であるルッカの親父さんの頭を指差して
「黒光りしてるー!」
と大声で喚いた時の親父さんの顔を見た時に匹敵するくらいの寝汗をかいていたことから想像できよう。


さて、その夢の内容だが、さっき俺が名前を口に出した、ルッカが関わってくる。


夢の中で俺は磔にされているのだ。


辺りは暗い。右には大量のビンが置いてある棚があり、ビンの中には見たこともない生き物が詰め込まれていた。


左を見ればなにやら複雑そうな機械が多々あり、所々に赤い液体が付着している。
その液体が何かは深く考えないようにした。きっと鉄分が多く含まれているんだろうな、という思考は遥か彼方に葬った。


しばらくそのホラーな空間で磔られていると、暗闇の奥から高笑いが聞こえてくるのだ。


小さな頃は、その声を聞くと元気が出た。最も昔はそんな下品な高笑いなんかせず、いつも大人しそうにクスクスと笑うものだったが。


幼い子供ながらに、その声が悲しそうに響いていれば悲しむ理由を聞き出して、その原因を取り除こうと、その子の笑い声を取り戻そうと躍起になった。


その子が嬉しそうに喋りだすと、俺も嬉しくなって、その日はずっと笑顔になれた。転んでも、母さんのお使いが上手くできなくてやたらめったら怒られても、胸の中が暖かかった。


幼少期の俺にとって、ルッカは俺の全てだった。


しかし、そんな彼女と俺の甘酸っぱい関係はいつしかすっかり変わってしまった。


彼女が悲しそうにしていれば「大丈夫かよ?」と口にはするが心の中でガッツポーズを取るようになり。


彼女が嬉しそうにしていれば脇目も振らず逃げ出したり。


彼女と町の中で出会おうものなら俺は神を呪い、その日一日を後悔と絶望の感情で塗りたくられるのだ。


……話がずれたな。


とにかく、今ではキンキンと耳障りな笑い声を出しながら、ルッカは動けない俺に近づく。


手を伸ばせば届く、という距離まで近づくと、ルッカは急に笑うの止めて、嬉しそうに、本当に嬉しそうにこう呟くのだ。


「実験、しよ?」




「あ、ああああああああぁぁぁああぁぁ!!!」


思い出した瞬間、俺はベッドから飛び起きて、壁に立てかけてある木刀を掴み振り回した。


「殺せ! 殺せよ! おおお俺は実験動物じゃない! 俺にだって男としてのプライド、いや、人間としての矜持があるんだぁぁぁ!!」


いつまで暴れていただろうか?
俺の中では永遠とも思える時間を見えない敵と戦っていたのだが、母さんが俺にフライパンを投げつけて気づいたときには、二分と経っていなかった。
ていうか母さん、息子に鉄の塊をぶつけるのはどうかと思うのだよ。


「だったら毎朝奇声を上げるのは止めて頂戴。
いつ我を忘れて私の体を求めてくるか、分かったものじゃないわ」


「マジ、それ親子間で交わされる会話じゃないかんね。どう我を忘れたら四十前のおばさんに飛び掛るんだよ。とうが立ってるなんて問題じゃねえよ」


「今日のびっくりどっきりニュース! あんたの朝飯庭に生えてる雑草ね」


「はっは、それは豪勢だな。食べ放題なのか?」


「デザートは虫の活け作りね。ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと下に下りてきなさい」


「へいへい……ねえ、朝飯抜きってのは冗談かな?」


「ああ、リーネの鐘があんなに気持ちよさそうに歌ってる」


「いつ頃だったっけ? 俺と母さんの間で会話のキャッチボールが不自由になったの」


呟く俺を無視して母さんはスタスタと階段を降りていく。
仕方なく俺は溜息を吐きながら木刀を腰に差して、下に降りる。


台所に向かうと母さんは優雅にモーニングコーヒーを飲んでいた。
机の上にある空き皿と、バターの匂いが立ち込めていることから今日の朝ごはんがトーストだったことを悟る。俺の分が無いことも。


俺の腹がキュウキュウと鳴り出し、自分でも表情がひもじそうになっていくことを自覚する。
そんな俺を見て母さんが眉をひそめて、


「今日は建国千年のお祭りよ、屋台も出てるでしょうし、そこで何か食べてきなさい」


あくまで朝飯は作らない気だな、上等だこの野郎、今度あんたの寝室に大量のバッタを仕込んでやる。


「……分かったよ、じゃあ母さん」


俺は右手を母さんに向けて、掌を開いた。


「……何?」


さっさと用件を言え的な感情が半分。残りは急に何だよ気持ち悪いなこいつ的な感情が半分。そんな表情でした。


「いや……俺、お金ないからさ」


しかし俺は諦めない!
折角の、千年に一度の祭り。
軍資金無しで出かけるなど愚の骨頂!
そう、ココだ! 今日の祭りが楽しめるものになるか、それとも帰り道で「祭りなんて、結局カップルが公然とイチャイチャするだけのイベントなんだよ」と唾を吐くことになるか、その分岐点!
今日の肝なんだ、今、この瞬間こそが! 肝……!!


「……?あんたにお金がないのと私に何の関係があるの?」


やっべえ……母さんの守備力は三千以上だな……
しかもこれ多分素だな。とぼけてるとかじゃないや。


「ねえ母さん、俺、なんだかんだ悪口とか言っちゃうけど、やっぱり俺は母さんのこと尊敬してるんだよね……」


「何よ急に、どうしたの?」


さりげなくお金をねだるのは不可能、こうなれば三つある奥の手の内の一つ、情に訴えるコマンドだ。
デメリットとしてこっ恥ずかしいセリフを言わなければならないが、その効果はデメリットを補って余りあるものとなる!


「ほら、俺父親いないじゃんか。けどさ……けど俺辛いなんて思ったこと無かったよ、だって俺が寂しいと思ったとき母さんはいつも俺を慰めてくれたよね」


「あんたが何で父親がいないんだよ! お年玉が半分になるじゃんか! とか言いだした次の日にあたしゃパレポリの船で一週間くらい旅行に行ったけどね」


「毎朝俺を起こしてくれたり、布団を干してくれたり、少しは休みたいだろうに、いつもいつも俺のために体に鞭打って働いてくれてる……」


「あんた勝手に起きるじゃない。毎朝あんたの部屋に行くのは放っておくと延々頭のおかしな叫び声を撒き散らすからでしょ。布団だって昔私が間違ってあんたの布団を燃やしてから自分で干してるじゃない」


「……俺が、苛められてる時に助けたりとか……したことありますかね?」


「苛めって……ルッカちゃんにって事? うーん、あんたのケツに爆竹詰められてた時は爆笑したけど……助けたことあったかしら?」


「あんた、何で俺の母親やってんだくそばばああああぁぁぁ!!!」


「あんた、母親にむかってくそばばあって言った?ねえくそばばあって言った? ぶち撒けられてえか糞餓鬼ぃぃぃ!!!」


こうして、第百八十七次トルース大戦が幕を開けた……








「あ、これ絶対顎外れてる。うん、もう戻りそうに無い」


俺と母さんの運命の戦いはあっけなく幕を閉じた。
俺の振り下ろした木刀をスウェイで交わし俺の顎にネリチャギ。
俺は気を失って、気づけば家の前に大の字で寝ていた。


「くっ、まさか奥の手の内二つが破られるとはな……」


ちなみに、奥の手の二つ目は暴力による強奪だ。
結果は見ての通り。
ここまできたならば仕方ない。奥の手の三つ目を使わざるを得ないな……


体についた砂を払い、近くに転がっていた木刀をまた腰に差して、祭りが行われているリーネ広場に目を向ける。


「……諦めよう」


『クロノ奥の手が内の三つ目、妥協
あらゆる人生において最重要スキルともっぱらの噂である』


俺は母さんとの戦いの後遺症で痛む頭を無視して、リーネ広場に足を向けた。








「おお、わか者よ! 今日はわが王国の千年祭じゃ! ぞんぶんに楽しんでゆかれよ」


「ああ、はい。まあそれなりに……ところで」


「どうした、分からぬ事があるならば、この老いぼれが力になろう」


「無料で何か食べることができるお店ってありますか?」


「おお、わか者よ! 今日はわが王国の千年祭じゃ! ぞんぶんに楽しんでゆかれよ」


じいさんはまた新たにリーネ広場に入ってきた男に声をかけた。
祭りといえど、人は人に優しくなれるものではないのだろう、俺はこの年にして真理を垣間見たのかもしれない。


「しかし……やたらと賑わってるな、流石は千年に一度のお祭りってわけか」


屋台からは威勢のいい客引きの声、どんな所からも聞こえる楽しそうな笑い声、鼻をくすぐるなんとも良い匂い……


「ああ、あれは焼いた肉にタレを付けてもう一度焼いているのか。お、あれはパイにクリームと果物を挟んでる……んん、あれはジャガイモにバターとバジルを振りかけてサイコロステーキと一緒に売ってるんだな。いやー……腹減った……」


クルルクルルと俺の腹が「補給を要求する! でなければ動かん!」とストライキを起こしておられる。
このままでは楽しい祭りもブルーな気分で過ごさなくてはならない……


俺は意を決してじいさんにもう一度話しかける。


「あの……」


「おお、わか者よ! ……ってあんたか、なんじゃい、祭りに来る前に物の売り買いの常識を学んでくるとええぞ」


「いや、そこをなんとか……折角の祭りですし、俺も楽しみたいんですよ……」


そこまで言うと嫌味ったらしいじいさんも哀れに思ったのか、顎に手を着けて何か考え出した。


「そうじゃなあ……おお! 確かココをまっすぐ行った所、ほれ、もろこしを売っている店の前にある……そこでシルバーポイントを金に換えてくれるはずじゃ」


シルバーポイント? 何だそれ。


俺の疑問が分かったのかじいさんは引き続き話し始める。


「シルバーポイントとはこの祭りの中にあるゲームに成功すれば貰えるポイントでな。例えばそこ。四人の男たちがレースをしているじゃろう?」


じいさんの指差した方向を見れば確かになにやらレースらしきものが行われているのが分かる。
……ただ、じいさんは四人の男たちと言ったが、そのメンバーはまず鉄のよろいを装備した城の兵士。
次にお前レースとかする気ないだろと思う全身甲冑のフルアーマー状態の男? 鉄仮面をしているので性別の確認もできない。じいさんは男と言っていたし多分男なんだろう。
三人目は肌が緑色で、所々に黒い斑点がある化け物。こんなもんのどかなトルース町に現れたら大騒ぎだ。今は祭りだからか知らないが、皆その化け物を応援している。人間ってテンションによって馬鹿になるよね。
最後のメンバーは猫です。それ以外に説明できません。こいつに賭ける奴とかいるのか? いたとしたらそいつ頭大丈夫か?
……この三人プラス一匹で構成されている。


「……ええと……」


「この四人のうち誰が優勝するか賭けるんじゃよ」


「……まあいいです。突っ込んでたら祭りが終わるんじゃないかってくらい長くなりそうだし」


ここに着いた時には大分収まっていた頭痛がさらに酷くなってきた為、額を押さえる。じいさんはそんな俺を怪訝な目で見つめながらさらに話を続ける。


「じゃが、このレースに参加するのにシルバーポイントが五ポイント必要になる。あんたはシルバーポイントを一ポイントも持ってないんじゃろう?」


「そうですね、来たばかりですし」


「じゃから、お前さんはまず向こうにある飲み比べで勝負するか、ルッカの発明品と勝負して勝つかしてシルバーポイントを貯めることじゃな」


「ルッカの発明品?」


「ああ、なんでも自信作らしい。銃弾でも傷一つつかない! と豪語しておったわ」


「誰がそんなロボコップみたいなもんと勝負するか馬鹿が」


ありがとうございましたとじいさんに礼をして、俺は飲み比べの会場に走り出した。


そこには道の端で吐いたり、あー、あー、といいながら濡れタオルを顔に置いてベンチで寝ている人が大勢いた。
その中で一人の大男が「だらしねえなー! トルース町の連中はよお!」と大声で話していた。
どうやらトルースからではなく、橋を越えた先のパレポリから来た男のようだ。


俺はおっさんの肩に手を置き、
「勝負してくれよ、いいだろ?」
と声をかけた。


「はっ! ガキか。話にならねえな」


「どんな奴からの挑戦も受けるんだろ? そこの張り紙に書いてある」


「……はああ、分かったよ、そこの椅子に座りな」


言われたままに椅子に座る。するとその隣におっさんが座り、椅子の前にある机に缶ビールを十六缶置いた。
その内八缶、つまり半分をおっさんが自分のほうに持っていく。


「いいか? 先に自分の分、八缶の缶ビールを飲んだほうが勝ちだ。良いな?」


「オッケー、飲み比べっていうか、早飲みだな」


「まあな。……さて、用意はいいか? ……ヨーイ、ドン!」


合図とともに俺とおっさんが同時にビールを飲みだす。
アルコールと思うな炭酸と思うなビールと思うな水と思えいやそもそも何かを飲んでいるということすら忘れてただ喉を動かせっっ!!!


「うーい、まずは一杯……って何いっ!」


おっさんが一杯目を飲み干した時、俺はすでに三倍目のビールを飲み始めようとしていた……




「空は青いなあ」


空はいい。こんなにも快晴、そしてこんなにも俺たちに力をくれる。
空が明るいから俺たちは前を向ける。歩き出すことに不安を生み出させない。


「本当に……空は……良い………ううう……」


「お母さーん。なんであのお兄ちゃん泣いてるのー?」


「それはね、自分の力ではままならぬ大きな壁にぶつかってしまったからよ」


「へー、私とお母さんが実は血が繋がってないことと同じくらいままならないのかなー?」


「ユ、ユカちゃん!? 何処でそれを……!!」


なにやら遠くで聞こえる喧騒も、全ては空しい……


「あそこで……あそこでてっかめんランナーがスイートキャットを踏み潰して失格にならなければ……!」


飲み比べに勝った俺は初めて手にしたシルバーポイントをレースの賭けに使ったのだ。
なんでもシルバーポイントを金に換えるためには十ポイント必要らしく、飲み比べで得た五ポイントではどうしようもなかった。
そのためレースの勝敗に文字通り全てを賭けたのだが……


「くそお……やっぱりいざとなれば甲冑を脱ぎ捨てて真の力を発揮するはず! とか馬鹿なこと考えずに普通にほいほいソルジャーにすべきだった!」


ちなみにほいほいソルジャーは色物揃いのレーサーの中で比較的まともそうな城の兵士っぽい格好の男だ。


……こうなれば、最後の手段。


「ルッカの発明品を……叩き壊す!」


レース観戦の時近くにいた人の話ではルッカの発明品に勝てばシルバーポイントが十五ポイント貰えるらしい。
それだけあれば金に換えられる。液体ではなく固体を口に入れられる……!


正直俺は酒の飲み比べで腹はもう減っていなかった。だが……


「次こそ……次こそレースに買ってみせる!」
レースの魅力、いや、魔力に囚われてしまったのだ。


「ハッハッハッ! いいぜ、ルッカ。テメエの発明品なんぞ俺のクロノ流剣術で粉々にしてやる! アーッハッハッハ! おおっ!?」


酒を飲んですぐに興奮したからだろうか?
いつもならなんら問題は無いのだが、俺は急にふらついてこけそうになってしまった。
たたらを踏んで転倒は免れたのだが、後ろからなにやら必死そうな声が聞こえた。


「ちょちょちょちょ! どいてどいてー!!」


「え?」


振り向くと、金髪のポニーテールの女の子が、俺にダイビングしていた。


「うごえ!?」「きゃあ!」


どういうつもりか知らないが、女の子は膝を前に出し、その膝は俺のみぞおちにクリーンヒットしていた。


「おっ、おっ、おっ、おぼえええぇええ……」


盛大に胃の中のものを吐き出しながら、リーネ広場の鐘が楽しそうに鳴り出した……





星は夢を見る必要は無い
第一話 悔いの残る人生でした








ようやく吐き気もおさまり、辺りを見回すとさっき俺に飛び膝蹴りをくれた女の子は何かを落としたらしく近くの床をキョロキョロと探していた。
急に飛び出した俺も悪いけど、見知らぬ他人に膝いれといてなんにもないとか嘘やん。


思わず殺意の波動に目覚めそうだったが、俺の足元にペンダントが落ちていることに気づいた。


絶対教えてやんねーと思ったが、そのペンダント、妙に輝きが鈍かった。
あんまり良いペンダントじゃないのかな、と思ったが、良く見るとその訳が分かった。


「……臭っ」


俺の嘔吐物が付いているのだ。中々豪快に。


女の子が気づく前に俺はそれを拾いダッシュで水場に向かう。
念入りにペンダントを洗い、ついでに口もゆすぐと走って元の場所まで戻る。
よっぽど大切なものなのか、女の子はまだペンダントを捜していた。
俺はできるだけ自然を装い、笑顔で彼女に話しかけた。


「やあっ! 君が探しているのはこれかい!」


俺の声を聞き、女の子は俺を見る。そして俺が握っているペンダントを見ると満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとう! そのペンダント私のよ。古ぼけてるけどとっても大事なものなの。返してくれる?」


「勿論さ、困っている女の子を助けるのは当然だしね! それじゃあこれで!」


「待って!」


ペンダントを渡し、何かに気づかれる前に立ち去ろうとすると女の子は俺の服の袖を掴んできた。
え、バレた? バレてないよね? そうだといってよ顔も知らない父さん!


「私お祭り見に来たんだ。ねえ、あなたこの町の人でしょ? 一人じゃ面白くないもん。いっしょに回ろうよ! いいでしょ? ね? ね?」


君文法おかしくない?と言おうとしたが、ひとまずそれは置いといて……
え? 逆ナン? 逆ナンですかこれ?


えええー……嬉しいけどさー、嬉しいけどさぁ……
きっかけが相手の子の持ち物にゲロ吐いたから始まる出会いってどうよ?
何より後ろめたさが尋常じゃないし、ここは申し訳ないけど……


「あれ? なんかペンダントからすっぱい臭いが……」


「行こうか! 俺も一人でつまらないな、と思ってたところさ! 君みたいに可愛い女の子の誘いなら乗らない訳にはいかないね!」


バレちゃ駄目だバレちゃ駄目だバレちゃ駄目だ……!!


そういうと女の子は少し不安そうな顔だったのがまた嬉しそうな顔になり飛び跳ねて喜びを表現した。


「わーい、やったー!」


罪悪感からの了承だったとはいえ、ここまで喜んでくれると、なんだか俺も嬉しい。
ここまで大げさではなかったけれど、ルッカも昔はこんな風に可愛く正直に感情を見せてくれたんだよなー……


少し物思いに耽っていると、女の子の顔が目の前にあり、驚いて一歩後ろに下がってしまった。


「な、何?」


俺が少しかすれた声を出すと、


「私マールって言うの。あなたは?」


笑顔のまま彼女は自己紹介を行う。ここで俺が自己紹介をしない理由がない。お前に名乗る名などない! と一蹴する、という選択肢が出たが意味がないので普通に名乗る。


「クロノだ。よろしくなマール」


自己紹介をしただけなのに、マールはまた嬉しそうに笑って、飛び跳ねた。
なんか知らんが、えらく元気な子だな。
知らず俺の顔もまた笑顔になっていた。


それから、マールは俺を色んなところに連れまわした。
最初は俺に案内させるのかな、と思ったが何かしらの店を通るたびに


「あ! ねえねえクロノあれ何?」

「クロノクロノ! 凄いよあれ! ウネウネ動いてるー!」

「凄い凄い! 皆踊ってるよ、私も踊る! クロノも一緒に踊ろうよ! いいでしょ?」

「行けー! てっかめんランナー! 頑張れー!」

「クレープって言うんだこれ、美味しいよ! クロノ!」


とまあ、はしゃぎにはしゃいでくれて、落ち着く前に俺の手を引っ張って行った。


お金が無いのは男として辛すぎるので、まず最初にルッカの発明品、ゴンザレスをスクラップにして、ゴンザレスの持っているシルバーポイントを根こそぎいただいた。(本来はある程度戦えば降参して、十五ポイントをくれるらしい)
そのシルバーポイントをある程度お金に換えて、二人で祭りを満喫した。
途中、猫を探している女の子がいて、マールが「探してあげよう!」と言い出したので嫌々探しているとその猫が俺の顔に飛んできて、無事女の子の元に連れて行ってあげたり、置きっぱなしの他人の弁当を俺が食べようとするとびっくりするくらい冷たい目でマールが見てくるので断念したり、残ったシルバーポイントでレースを見たり、お化け屋敷みたいなテントでワーワー叫んだり興奮したりと、本当に楽しい時間だった。


「あー、楽しかったねクロノ!」


「ああ、こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ」


「私も! こんなに楽しかったのは生まれて初めてだよ!」


「ははは、大げさだな、おい」


それでも、随伴した俺としては男冥利に尽きる言葉だったので、なんだか嬉しかった。


……ただ、祭りを回っている途中に一組のカップルが話していた言葉をにマールが興味を持ったのは誤算だった。


「ねえプラス? なんでもルッカの発明品が完成したらしいわよ?」


「本当かいマイナス? それは是非とも見に行かなければ!」


「ええそうね、広場の奥で見られるらしいわよ」


「よーし、いっくぞー!」


「ああん、待ってよプラスー!」


と頭の悪い説明的な会話を聞いたマールが
「私たちも行こう!」
と言い出したのだ。


俺はごめん、盲腸が発狂して異がはしかにかかったんだ……と嘘をついて帰ろうとしたが、マールがほほを膨らまして、目に涙をためて俺の服の袖を掴んで離さなかったので断念した。


ルッカのいる所まで後少し、というところでマールがキャンディ買って行く! と言って店に走っていった。


……これは、逃げるチャンスなんじゃないか?


ここから俺とマールの距離は五メートル。
俺が全力で逃げ出せば元気の塊のマールでも俺に追いつけはしないだろう。


……ごめんマール。
俺、お前の悲しむ顔は見たくないけど、俺が辛い目にあうのはもっと嫌なんだ。


思い立ったが瞬間、俺は力いっぱい祭り会場の入り口に向かって走り出した。
後ろから「ああっ!」というマールの声が聞こえたが、華麗に無視して走り続ける。
何が悲しくて楽しい祭りの日に実験オタクのサディスト元根暗女に会わなければならんのだ。
そう、俺は自由の男、クロノのクは孔雀のク! (意味なんかない)


マールには悪いけどなー、と考えていると、耳のすぐそばでヒュン、と高い音が聞こえて、思わず立ち止まると目の前の床に鉄の矢が突き立っていた。


ぎぎぎ、と音が鳴りそうなくらいゆっくり振り向くと、マールがボーガンを構えて俺を見ていた。


「マアルサン、ソレハナンデスカ?」


思わず機械的な口調になるのは仕方ない。


「私ボーガンが得意で、いつも持ってるんだ。護身用ってやつかな」


笑顔のまま、それでもこめかみに青筋が浮かんでるのは恐怖を二倍にする。マール、倍プッシュだ! みたいな。
つか、護身用にボーガンはおかしい。防衛になってないもん、間違いなくちょっかいかけようとした奴を無力化させる物じゃないもん。悪・即・斬の構えじゃん。
世の中に信じられる奴なんかいないという境地に立たないとそんなもん護身用に持ちませんよ。


「ソ、ソウデスカ、ソレハステキデスネ」


想いとは裏腹なセリフを吐く僕、クロノ。悪い人間じゃないよ、優しくしてね。


「ありがと。……で、クロノは私を置いて何処に行こうとしたのかなぁ……」


ボーガンの側面をトントン叩きながら一歩ずつ近づいてくるマール。右手に見えるかわいらしい柄のキャンディが不似合いで怖いです。


「と……トイレ……もう、限界でしたので……」


「……ふーん」


ドンファンの愛のささやきくらい信じてませんよという顔で見るマール。
……まあそうだよねえ。


結局、俺はマールに襟首を掴まれながらルッカの発明を見るハメになった。
せめて腕を組むとかで拘束してくれよ……




「さあさあ、お時間と勇気のある方はお立会い! これこそ、せいきの大発明! 超次元物資転送マシン一号だ!」


ルッカの親父さん、タバンさんが大きな声でルッカの発明品の説明をしている。
そのルッカの発明だが、青い色の床の上に、傘みたいなものが付いて、その横にゴチャゴチャしたチューブやらレバーがくっついている。そんな機械が二つある、なんとも言いづらいデザインの機械だった。
まあ、あえて一言で表現するなら、非常に胡散臭い。


「早い話がこっちに乗っかると、」


タバンさんが左側の装置を指差す。


「こっちに転送するって夢のような装置だ!」


その後右側の装置を指差し、自慢げな顔をする。


……正直、その説明を聞いても何が言いたいのかさっぱりだった。


「こいつを発明したのが頭脳めいせきさいしょくけんびの、この俺の一人娘ルッカだ!」


頭がいいのは認めるが……才色兼備!? どこがやねん。
まあ、服装は研究大好きな為それ用の服を着ている。それはまあいい。紫がかった髪をショートカットにして、それも勝気そうな顔に良くあっているから文句は言わないし、顔の造詣も……まあ町の奴らから隠れてアイドル扱いされているから良いとしよう。ぶっちゃけ眼鏡は外したほうがいいと思うけど。
……まあ、可愛いのはまあ、良いとしても、性格鬼畜、有限不実行、天上天下唯我独尊女と付け加えなければ納得できない。


「へー……面白そうだね、クロノ!」


うん、一応面白そうだと言っているが、途中までのローテンションを見る限り、マールもイマイチ理解できなかったみたいだ。


「マール、多分想像よりもずっとつまらないものだから、戻ろう。あれだ、なんたらケバブー買ってやるから」


「やだ、何が入ってるか分からないから気持ち悪い」


「オオゥ、タカ派だな」


「クロノ!」


クソッ!マールの説得に手間取って悪魔に見つかるとは!


「待ってたわよ! だーれも、このテレポッドの転送にちょうせんしないんだもの」


そりゃあそうだろうさ。昔空を飛ぶ機械とやらで無理やり俺に実験させて、俺の両足が骨折した、なんて前科があればな。


「こうなったらあんたやってくれない?ていうかやれ」


「こ……! このメスぶ」


「面白そう! やってみなよ。私見ててあげる!」


あんまりにも理不尽な言葉に切れかけた俺がルッカに暴言を吐く前に、マールが本当に楽しみだという顔で笑いかける。
……頭の中身は少々残念な危険っ娘だが、こうしてみると確かに可愛いんだよな……


「左のポッドに乗るの」


俺の話を聞く前にルッカは装置の様々なボタンが付いているところに移動していた。
……やるしかないのか。


ゴルゴダの丘に登るような気分で俺はテレポッドだか超次元何とかだかの装置に乗る。


……やばい、泣きそうだ。


「スイッチ、オン!」


空気を読まないタバンさんがなんの躊躇いもなく装置を動かす。それと同時に空気を読む気がないルッカもエネルギーがどうとか言い出す。


「……え?」


ふと気づけば、俺の手が透けていく。
いや、手だけではない。足が、体が。どんどん透けて……いや、無くなっていく!?


「おい! やめ」


俺の声は最後まで口に出せず、俺の意識は消えた。







「「「「おおーッ! グレイト!」」」」


次に意識が戻ったときには、観客たちの歓声が聞こえた。
周りを見ると、どうやら無事、テレポッドは成功したらしい。左の装置の上にいたはずの俺は、右の装置の上に座り込んでいた。


「……良かった、良かったよぉ……」


不覚にも、俺はマジで泣いていた。
車椅子の女の子が友達にいくじなしと言われながらも立ち上がったときくらい泣いた。


生きて帰れたことに対する喜びに震えながら、俺は装置を降りた。
マールの所に戻る途中、ルッカが情けなっ! と言ってきたが小さく死ねっと返しておいた。


「帰ってきたよマール……俺、青ざめた顔してるだろ? ……生きてるんだぜ?」


「面白そうね、私もやる!」


俺の感動のセリフはガン無視して、興奮で少しほほが赤みがかった顔でとんでもないことを言う。


「へ? えええぇえぇ!?」


俺がマールに命とは何か? 人生とは何か? 存在価値とは何か? 漢とは何かをマールに教えようとする前にルッカが馬鹿でかい声を上げた。
と思ったら俺のほうを睨みつけて胸倉を掴んで首を締め出した。


「ちょ、ちょっとクロノ! あんたいつの間に、こんなカワイイ子口説いたのよ! ねえ!何処の子!? 私町の女の子には全員釘刺したはずなのに!」


女の子に釘を刺すなんて、俺の知らないところでバイオレンスなことやってんだなぁと思いながら、俺は今日何度目か分からないが、意識の消失が近づいているのを感じた。


「ね、いいでしょクロノ! ここで待ってて。どこにも行っちゃやだよ!」


俺の生命の危機が見えないのか意図的に無視しているのか、マールは楽しそうに声を上げる。
どこにも行っちゃやだよ! のあたりでルッカの首を絞める力が増す。メディーック! メディーック!


「さあさあ、ちょう戦するのは何とこんなにカワイらしい娘サンだ! ささ、どーぞこちらへ!」


今まで空気を読んだことなんて一度も無かったタバンさんが張り切った声を上げる。
それを聞いてルッカは一度大きく俺を持ち上げて床に叩きつけた。


「……後で話、聞くから」


ヤク丸さんみたいな声で呟くと、ルッカはさっきと同じように装置の操作盤に向かった。


「エヘヘ、ちょっと行ってくるね」


マールが可愛らしく笑いながら、俺に手を振る。
あ、ルッカ、操作盤の一部壊しやがった。


「だいじょうぶかい? やめるんだったら今のうちだぜ」


俺の中で脳の一部が麻痺しているに五千ガバスなタバンさんは娘の奇行に気づかずマールに話しかける。


「へっちゃらだよ! 全然こわくなんかないもん!」


そういいながらマールは装置の上に乗る。
最近の女の子は勇気があるなあ。
所詮俺なんか草食系男子さ。


「それでは、みなさん! このカワイイ娘サンが見事消えましたら、はくしゅかっさい」


その後は俺のときと同じように二人が装置を作動させる。


その時、マールを見てみると、マールのペンダントが光りだしていた。


「……何だ、あれ」


マールも気づき、ペンダントを触って不思議そうな顔をしていた。


……何故だろう。


俺は、何故かその顔を見ていると……


もう、彼女に会えないんじゃないか、と。


そう思ってしまったのだ。


「えっ!?」


ルッカなのか、タバンさんなのか。


どちらが叫んだのか分からないが、その声が聞こえた瞬間、装置から電気が洩れ始めた!


「うわあ!」
「きゃあ!」


二人は同時に倒れて、それを見て俺は「大丈夫か! ルッカ、タバンさん!」と駆け寄るべきなのだ。


それでも……俺は、いや、観客も含めて俺たちは……


マールの体が消えて、その粒子が黒く、ゆがんだ穴に吸い込まれていくのを、ただただぼーっと見ているだけだった。


……どれほど時間が経っただろう。
数秒か数腑十秒か数分かはたまた数十分か。
今は閉じられた、穴があった場所に視線を注いでいた。


「おい、ルッカ。出て来ねーぞ?」


一番最初にタバンさんが言葉を放った。


「ハ、ハイ! ごらんの通り影も形もありません! こ、これにてオシマイ!」


観客たちを散らせるために、半ば追い払うようにタバンさんは声を上げた。
俺以外の観客は何が起こったのかよく分からないまま広場を出て行った。


俺以外誰もいなくなったのを確認すると、タバンさんは座り込んでいるルッカに話しかけようとする。……でも。


「おいルッ」「おいルッカ!!」


タバンさんの声を遮り、俺は怒鳴りながらルッカの胸倉を掴んだ。
まるで、さっきの焼きまわし。ただキャストが代わっただけ。でも、その内容の重みはまるで違う。当然だ、人が一人消えているのだから。


「マールはどこに行った? どこに消えたんだ! おいルッカ!」


「わ……分からない」


本気で怒っている俺に怯えたような顔を見せるルッカ。
でもそれで遠慮できるほど俺は冷静じゃない。


「ふざけんな、人が一人消えてるんだぞ、分からないで済むか!」


「だって! あの子の消え方はテレポッドの消え方じゃなかった!」


俺に負けじとルッカも声を上げる。


「あの空間の歪み方、……ペンダントが反応していたように見えたけど……もっと、別の何かが……」


「だから、何かって何なんだよぉぉぉ!!」


「分かんないってば! ちょっと黙っててよ!!」


「っ!!」


ああくそ! 頭がおかしくなりそうだ……
ルッカから離れて少しでも頭を冷まそうと深呼吸する。


「……マール」


落ち着くと、マールと遊んだ今日一日を思い出す。
ゴンザレスと戦っているときに一生懸命応援してくれたマール。
猫を探しているときの真剣なマール。
クリームを顔につけながら幸せそうにクレープをほおばるマール。
レースに勝った時の嬉しそうな声を上げるマール。
……消える瞬間、辛そうな顔をしているように見えた、マール。


勿論、体が消えた後で黒い穴に吸い込まれたのだから、表情なんて分かるわけがない。
だけど、それでも……


「最後がそれなんて……あんまりだろ……生まれてきて、一番楽しい日だって言ったじゃねえかよ……」


地面に座り込んで頭を掻き毟る。
どうしようもない無力感。
地面に突っ伏して何もかも、今日のこと全てを忘れたいという思いに駆られる。


目の端にキラ、と光るものが見えた。それは……ペンダント?


「マールが消える瞬間に落としたのか」


近づいて拾おうとすると、ルッカが俺の腕を掴んでいた。
邪魔された上に、まだルッカのせいでマールが消えたんだという悪意が残っているので、反射的に睨みつけてしまった。
……睨みつけようとした。


「……ルッカ」


「クロノォ……」


ルッカは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたのだ。


ルッカは、正直控えめに言っても優しい人間じゃない。
見知らぬ女の子が消えても別にそれほど心を痛めはしない。
そう、自分の発明が原因でなければ。


「わ、私、またやっちゃったのかな? あ、あの子、おか、お母さんみたいに、私が、私が殺しちゃったのかなぁ……」


……ああ、なんて馬鹿だ、俺は。


知っていたはずだろうクロノ。
ルッカが発明ばかりしている理由。
まだまだ子供である時分から科学に全てを捧げた理由。
……彼女に母親がいない理由。


詳しい話を知っているわけじゃない。
知っているのは原因と結果。
単純な話だ。
ルッカが、発明を、科学を知らない頃のルッカが、自宅の機械を誤作動させた。
そして……その結果、ルッカの母さんは死んだ。


その日からルッカは発明に青春をかけた。科学に命を捧げた。
でもそれは決して機械が好きだからじゃない。
彼女は、世界で一番科学を嫌っている。
だからこそ誰よりも科学を知りたがる。機械に触れたがる。
そうしていれば、もう機械で誰かを傷つけることは無いから、機械に触れていれば、彼女は彼女の罪を忘れないから。



そうだ、だから俺は誓った。約束した。
昔々の話。
本当に、頭がおかしくなったんじゃないかという時期のルッカ。いや、あれはもうおかしくなっていたのかもしれない。研究、発明、実験。延々と繰り返し、もうルッカが外に出ることは一ヶ月に一度も無かった。
それはまだ良い。本当にルッカがおかしいのはその後。
ルッカは実験をすることができなかった。
自分自身は実験の結果を見なければならないから実験対象にはできない。かといって彼女の作るのは人間を対象にしたもの。
でも、彼女は自分の作った機械の実験で誰かを傷つけることはできない。どれだけ安全で、理論的には怪我の仕様が無くても、誰かに実験させるということが、自分で誰かに機械を触れさせるということができなかったのだ。


けれど、俺は例外。
俺のみがルッカのモルモット足りえる。
理由はなんのことはない。
俺が立候補したのだ。その時のセリフは……覚えているが、言いたくない。恥ずかしいどころではない。


でもその時誓った想いはいつでも言える。


俺は、ルッカを悲しませない。


「……約束は、守らないとな」


「……え? あ……」


ルッカの手を離させて、俺はテレポッドに近づく。その際にとても悲しそうな声をルッカが出すが、そこは我慢してもらう。だって、もうルッカが悲しむ理由はなくなるのだから。


「このペンダントが怪しいんだよな、ルッカ!」


テレポッドの上に立ち、俺は俯いているルッカに声をかける。
弾かれたように顔を上げたルッカは「え?」とビックリしていた。


「俺はさ、馬鹿だからマールが消えた理由は分かんねー。でもよ、ルッカがこのペンダントが理由でマールが消えたってんならさ、俺もこのペンダントを持ってれば……」


「そうか! 嬢ちゃんの後を追えるって訳か!」


いやあ、そこは俺に言い切らせてほしかったかな。
まあ、今まで口を挟まなかった分、タバンさんにしては空気を読んだほうか。


「クロノ……」


「大丈夫だルッカ。お前の発明品で誰も傷ついたりしねえ、マールは絶対俺が連れて帰る。だから、心配すんなよ」


「……あ」


もう一筋、ルッカの頬に涙が流れる。


「……っ! 分かった! あんたもしっかりね、私がいない間にマールとイチャイチャしてたら、頭に風穴開けてやるわよ!」


「え? マジで?」


「マジよ!」


はあ……まあ、これでこそルッカだよな。


「ルッカ! 準備は良いか!」


「ああ、ちょっと待って! ……ありがとね、クロノ」


「え?」


「スイッチオン!」



聞き返すも、タバンさんが装置を動かし始めて、続きは聞けなかった。


「エネルギーじゅうてん開始!」


二人は出力を限界まで上げていき……
マールが消えたときと同じように、装置から電気が飛び出してきた。


「ビンゴ! うまくいきそうよ!」


マールを吸い込んだ穴が現れ、体が分解した俺を吸い込んでいく。
完全に意識が途切れる前に、ルッカが何か叫んでいた。


「私も原因を究明したら後を追うわ! たのんだわよ、クロノ!」


……ああ、頼りにしてる。


それは言葉にはならず、目の前が完全に黒一色となった。











「さあて、クロノの奴上手くやるかね?」


クロノが消えて、父さんは心配そうな声を出した。
なんだかんだで、父さんはクロノを気に入ってるからね、心配するのも無理ないか……


「うちの婿候補なんだ、なんかあったら困るしなぁ……」


「おべっふ!」


口の中にある唾液という唾液が体外に放出。残弾ありません!


「むむむむ、婿って誰の!? 誰がどうしてアイツはコイツの世紀末!?」


「いやいや、うちの婿って言ってお前のじゃなけりゃあ俺の婿ってことになるぜ? いいのかよ」


「駄目、絶対許さない」


一瞬おかしくなったかなと思うくらい茹った頭は一瞬で冷め、私は父さんに改造済みのエアガンの銃口を向けていた。


「じょ、冗談だよ。怖いなあ……ああ、そういえば、さっきの女の子。心配だなあー」


あからさま過ぎる話題のそらし方だったが、一々突っ込んでまた冷やかされるのはごめんだったので乗っかっておくことにする。にしても、婿って、婿って……


「あの子…気のせいかもしれないけど、何処かで見た気がするのよね。町の中で、って訳じゃなくて」
何処だっただろう、町じゃないとするなら、もしかして……


「そうだよな、町の子がクロノをデートに誘うわけ無いよな。町の子にはルッカがクロノは私のだから、ちょっかい出さないで! って言い回ってるもんな」


「あきゃーーー!!!」
私の思考は父さんの発言で遠く向こうに飛んでいった。
いやいや、なんで父さんがそのこと知ってるのよ!?


















「……ええと、すいません。知り合いでしたっけ?」


リーネ広場から消えた俺は、何故か見知らぬ山奥で、見知らぬ背は小さいが顔は老けてるとっつぁんぼーやに絡まれていた。
……ルッカ、もしかして失敗した? 毎度のことだけどさ。











あとがき

今回SS初執筆ということで誤字脱字が半端ではないと思いますが、お許し下さると幸いです。

かの名作クロノトリガーをベースにしているのに完全なキャラ崩壊をしてしまい、ファンの方々には刺されるだろうな、という一種の諦観にも似た覚悟はしております。


後、所々漢字を使わないキャラのセリフは原作のセリフをなるべくそのまま使った結果であります。
ぶっちゃけ次からは普通に漢字を使おうと思います。
自分でも違和感を感じるので。

完全に不定期である本作ですが、末永く見守って頂ければ幸いです。



[20619] 星は夢を見る必要はない第二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 12:50
「はあっ、はあっ、はあっ!」


ありえへんありえへん! そりゃ確かに見知らぬ人間が急に現れたらビックリすると思うよ! でもいきなり襲い掛かりますかね普通!?
あと何で脛ばっかり蹴るんだ中学生の初めてのいじめみたいな事しやがって畜生!


あー、あー、ただ今アホのルッカのあほな実験に巻き込まれたマールを助けに阿呆のルッカの言うことを信じてマールを追いかけたらはい! とっつぁんぼーやに追いかけられてます!


……超展開過ぎるだろ!? なんだよそれ? たまたま拾った女の子が実は魔法の国からやってきたお姫様だったくらい超展開だよ! 俺自身がついていけませんよ! ちゅーかたまたま拾ったってなんじゃい! 女の子はたまたま拾うものじゃねぇ! 空から降ってくるんだ! 事件は現場で起きてるんだ!


「あだっ! なになになにさ!?」
あっ、ねるねるねるねみたいな言い方になった。どうでもいい。果てしなく。


後ろを見ると俺を「ヒャッハー! あいつは俺たちの晩飯だぜぇぇ!!」みたいな顔で見ているとっつぁんぼーや達の一人が野球投手の新浦みたいにきれいなフォームで石を投げていた。
凄いねそれ。走りながらよくそんなことできるね、何処の通信教育で教えてもらえますか?


「いたいよいたいよ! あかんわあれ絶対百三十キロは出てる! あいつら子供みたいな体格なんだからガキ大将剛田位の投球スピードにしとけよ!」


俺の文句が聞こえるたびに「エケケケケ!!」という笑い声が聞こえる。
多分訳すと「今夜の獲物は活きがいいな! 今から捌く時の悲鳴が楽しみだぜ!」みたいな感じなんですかね。狂ってる。


「はあ、はあ、痛いししんどいし疲れたし、もう走れねえ……」


途中の岩壁に体を預けて、深呼吸を繰り返す。当然俺を追いかけていたとっつぁんぼーや(一々そう呼ぶの面倒くさいし青色丸でいいな、肌青いし。ていうかあいつセルゲームの時に何匹かいなかったっけ?)は俺に追いつき周りを囲み始める。


「エケッ、エケケケ!!」


「あー、もう。俺ガチの戦闘嫌いなんだよ。見たら分かるだろ、腰に木刀ぶらつかせてる奴は自分に酔った可哀想な奴か、俺と喧嘩売れば容赦なくこれを使いますよって牽制してるんだから。どっちにしても喧嘩なんかしたくないビビリなんだよ」
ちなみに俺は二つのうち両方当てはまる。


言いながら俺は木刀を両手で持ち、青色丸達を見据える。数はそれほど多くない、一人一撃で倒せば特に怪我も無いだろう。きっと、多分。恐らくは。


青色丸たちは「お、俺達とやろうってのか?」と言わんばかりに顔を見合わせて笑っている。
そりゃあ、今まで泣き言を叫びながら逃げ回っていた奴が急にカッコつけても笑えるだけだろうさ。


「笑え、笑え。何にもできないただのアホと思ってればその分俺の勝率は上がる」
ついでに俺も休憩できる、と心の中で呟き一瞬、ほんの一瞬だけ俺も気を抜いた。


……それがいけなかった。


顔を見合わせていた青色丸たちは打ち合わせでもしてたんですかというタイミングで同時に俺のほうを向き、閃光の如きスピードで俺に襲い掛かった!


「う、うわあっ!!」


とっさに木刀を右になぎ払って俺にダメージは無かったが……それ以上に最悪な事態となってしまった。


「おおおお折れたぁぁ!!!」


そう、青色丸三人分の蹴りとパンチに耐え切れず木刀が半ばから叩き折られたのだ。一人一撃で倒す? 夢見てんじゃねえ!


呆然としている俺に、青色丸の一人が実にいやらしそうな顔で近づいてくる。
途中で地面に落ちている折れた木刀をバキッと踏み潰しながら。


「エケケケケ……」


無駄に訳してみると「小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミで以下略」ってなところかな。なんともアメリカンな野郎だ。


「……フッ」


ニヒルな笑みを浮かべ、背中に手を伸ばす。その動作に青色丸たちは怪訝な顔をして、すぐにまた警戒態勢へと戻り、俺から少しずつ離れていった。
どうやら、奥の手のさらに上位に位置する奥義を使わねばならんようだ。
驚くなよ? 俺はこの手でルッカの追撃を五回も振り切ったんだからな! (捕縛回数千前後)


「おらあああああああぁぁぁぁぁ………」


俺は全力で青色丸たちに走り出す、と見せかけて明後日の方向に力の限り走る。
奥義、「ハッタリ」である。


いやいや、背中になんかなんも隠してないし、木刀が折られた時点でまともに戦うなんて選択肢存在しねえんだよ。誰だって好き好んでタイガー道場になんか行きたくねえよ!


クロノ、心の俳句、と締めた後に数秒遅れて青色丸たちが走り出すがもう遅い。俺の逃げ足は弾丸より速いとと学校のホームルームで俺自身が宣言したのだから。


青色丸たちの声がエケケという笑い声からゴガッゴガガッ! という怒声に変わる頃には俺は風と一体化していた。気分はボルト。








青色丸たちから無事逃走を果たした俺は、山の途中から見えた町に向かうこととした。
山を降りる間にもう無駄に色々あった。
宝箱があったのでパネえ! パネえ! と喜びながら空けてみると二週間くらい洗ってなかった靴下みたいな臭いのする手袋。崖下の滝に宝箱ごと叩き落した。
気を取り直して歩き出すとまた宝箱があったのでもう騙されるかと中身を見ずに崖下に蹴り落とした。落ちていく途中で蓋が開き、中からポーションが出てきたことを覚えている。(ポーションとは体力回復の薬である。勿論あって困るものではない)
買ってきたプラモを帰り道で落として壊してしまった時のような感覚に襲われていると、下からグギャア!! という鳴き声が聞こえた。
え、なに? どういうイベント? と戸惑っているとなにやらバサバサと大きな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
大鷹でもいるのかね、と思っていると下から俺と同じくらいの大きさの鳥が二匹現れた。
片方は頭から血を流しており、なるほど、俺の落とした宝箱が当たったのかと推理する。どうかねワトソン君!
まあ、その鳥だけでもまずいのだが、もっとまずいのは鳥ではない。
その鳥の足を掴んで一緒に現れたのが……そう、青色丸である。
俺の顔を見るなりグゲエエッ! と叫んだところを見るとさっきまで俺を追いかけていた奴らに違いない。
ふざけんなよ! 鳥の足を掴んでやってくるとかガッシュかよ! と悪態をつきながらリアル鬼ごっこが再開された。
喘息の発作なみに息を乱していると、なんだか急にテンションが上がってきた。ランナーズハイというやつだろうか?
少しランラン気分で歩いているとなんだろう、青色丸二人が人間の胴体くらいありそうなアルマジロでサッカーをしている。
控えめに言っても冷静ではなかった俺はその光景を見て「よーしーてー!」と声をかけてしまったのだ。
こうして、俺は他人とは適度な距離を持って接するべき、と学んだ。


「とにかく……たいへんだったんですよぉ……分かります?」


「分かるよ兄ちゃん。とにかく飲みねえ飲みねえ!」


無事下山することができた俺は喉の渇きを潤すため町の宿屋に入り、現在酒をバカスカ飲んでいるところである。


「はい……幼馴染の女の子はなにかっちゃあつっかかってくるし、折角のお祭りで知らない女の子に飛び膝蹴りかまされるし、あげくその女の子はスカタンの幼馴染の実験に巻き込まれて消えちゃうし、後を追ったらあの山の中にいるし……もう散々です……」


隣に座っている気の良い親父に愚痴を聞いてもらい、放しているうちに両目から涙が溢れてきた。
俺の人生にいつ幸福期が来るのだろうか?


「うん、裏山? そこは確かリーネ王妃が見つかったところじゃねえか」


「え、女の子がいたの!?」


どっぷり漬かった酒気が覚め、親父さんに話を促す。


「こらこら、王妃様に女の子ってのは無礼だぜ? ……まあ確かに久しぶりに王妃様の顔を見たが、確かに女の子って言えるほど若々しい人だったな。前に見たときよりさらに若返って見えた」


「王妃? ……まあいいや。あのさ、その子の特徴教えてくれない!?」


「だから……もういい。ええと、王妃様は美しい金色の髪の髪を後ろでくくってらっしゃった、服装は見つかったときはラフな白い服だったな。そして、これは見間違いかもしれねえが、背中にボーガンをつけてた気がするな」


「……ビンゴだ! サンキュ、親父さん! 最後にもう一つ。その王妃様には何処で会えるんだ?」


そう問うた俺に親父さんは眉をひそめて、


「はあ? 王妃様に会うなら、城に行くしかないだろうが」


……なるほど、道理だ。ところで……


「あの、お城って民間人でも入れますかね?」


親父さんの答えは何言ってんだ? お前大丈夫か? だった。



星は夢を見る必要は無い
第二話 急展開ってなんだかんだで必要な要素なんだよね








「着いた……ここがガルディア城か……」


宿屋からここに来るまで、まあ無難に色々あった。
肌が緑色というだけで、青色丸と姿形が全く同じの緑色丸が城にいく道筋の途中にある森で闊歩してたり。
草むらで何かガサガサ動いてるから何かなー?と思って除いてみると中から化けもんたちがウジャウジャ出てきたり。
草むらで何か光ってるからお金かなー? と思って近づくとモンスターがアメフトなみのタックルをかまして逃げて行ったり。
単行本にして三分の一は描写できそうな冒険だった。
まあ基本俺はワーワーキャーキャー言ってただけなので大層つまらない本になるのは間違いない。


「……しかし、こっからが問題なんだよな」


途中の立て札に用の無い者は来るな! 乗らないのなら帰れ! とにべもない言葉が書かれていた。乗るって何に?


まさかいきなり「すいませーん? 王妃様います? それ多分俺の友達なんで返してくれません? まじ、迷惑なんですけどー」
と言ったところで返してくれるわけが無い。
多分「そいつは悪かったねー。よいしょい!」
と言いながら槍を突き出してくるだろう。
そして俺はバッドエンド~宿命はいつまでも~とかロゴが出てきて終わる。何か良い案は無いだろうか……?


「……奥義を使うべきだな」
またの名をはったり。


俺は威風堂々と城の門を開けた。






「どうも、天下一品です。ご注文の品を持ってまいりました」


「待て! 何者だ!」


まあ、何食わぬ顔で入っても城の門番が許すわけが無い。普通に俺の肩を掴み尋問する。


「いや、ですから天下一品です。ご注文の品を……」


「……そのご注文の品はお前の懐の中に入ってるのか?」


懐疑的な目で見てくる兵士。にしても訳の分からんことを言う。天下一品といえばラーメンか餃子かチャーハンか。とにかく懐に入るような物でないと何故分からないのだろう。


「懐になんか入るわけ無いじゃないですか。頭働いてます?」


「じゃあ何でお前手ぶらなんだよ! 注文の品って何だよ!」


……なるほどね、それは盲点だったぜ。確かに両手に何も持っていないのにラーメン屋の出前のフリをするのは難しかったか……


「じゃあ税務署の方からです」


「いやあ……もう無理だよお前……修正効かないよ」


「……やっぱり駄目ですかねえ?」


俺が聞くと二人の兵士は同時にこくりと頷き、俺の腰に蹴りをいれてきた。とても痛い。


「ほら、とっとと帰れ! あんまりウロチョロするようならひっ捕らえるぞ!」


「蹴りを挟んだ理由は何だ!」


涙目になりながら講義する俺。暴行罪で訴えてやろうか、なおかつ勝ってやろうか。


「おやめなさい!」


騒々しい城の入り口に響き渡る凛とした声。
それは醜い争いをしていた俺達の動きを止めるには十分すぎる力を持っていた。


「リ、リーネ王妃様!」


兵士達が動作を再開し、跪く。
俺は何がなんだか分からないという顔で声の聞こえた方向を見る。


そこには、荘厳なドレスを纏った、マールがいた。
触れれば折れるのではないかという細身の女の子に、無骨な兵士達が傅いている。
本で何度も見たことのある光景。それがこんなに神々しく見えるのは、マールの力なのか、城という舞台に影響されてなのか。


「その方は私がお世話になった方。客人としてもてなしなさい」


「しかし、こんな怪しい者を……」


兵士の一人が、抗議ともいえない意見を放つ。
もう一人も口にはしないが、同じことを思っているようだ。


それを感じたマール……いやリーネ王妃は二人を交互に見て、口を開いた。


「私の命が聞けないと?」


ゾクリとした。
声を荒げているわけではない。
刃物を突きつけられているでもない。
ただ、その声の平坦さ、感情の不透明さが怖かった。
まるで、見えない手に心臓を軽く握られたような……


「め、滅相もありません! どうぞお通りを!」


急いで言葉を繋ぎ、視線を下に戻す。
俺が言われた訳じゃないのに、あれほどの恐怖が生まれたんだ。
言われた本人達の心情は押して知るべし、ってやつだ。


リーネ王妃は「フフ……」と妖艶に笑い、城の奥に戻って行った。


妖艶、恐怖、荘厳。
俺の知っているマールとかけ離れた印象を持つリーネ王妃。
……本当に、本当に、リーネ王妃は……


「マール、なのか?」


俺の小さな呟きは、城の大広間に響くことは無く、俺自身に向ける疑問として残った。


















おまけ



それは今から六年ほど前のこと。


「ルッカ! もうちょっと優しい実験にしよう? でないと俺若い身空でこの身を散らすことになってしまう……」


「駄目よ、この実験が成功すれば私の理論は飛躍的に進むんだから。そう、時を越えることもできる……かもね」


「嫌だぁぁぁ!! 時を越えるのにどうして俺が十万ボルトの電撃を浴びなきゃなんないんだよぉぉぉ!! ただの拷問じゃん!!」


「うるさいわね! 私だって結構この実験の必要性に疑問を持ってるんだから! 覚悟を決めなさい!」


「うわあああ本末転倒の支離滅裂だぁぁぁぁ!!!」


―――――春のことである。





「ルッカよお、まぁたクロノを苛めたのか?」


「苛めてない。実験よ実験。科学の進化に犠牲はつきものなのよ」


「実験ねえ……」


それから二人の間に会話が途絶える。
二人とも、別に気まずいとは思わない。互いが互いに研究をしているときには会話なんてもっての外だし、会話が無くても相手が何を考えているのか分かる。
ルッカとタバンは普通の親子よりも強い絆で結ばれているのだ。


「やっぱあれか。普通に遊ぼうって言うのが恥ずかしいんだろ? やっかいな娘に惚れられたなクロノは」


「っっ!! あいたあ!!」


急なタバンの発言に驚き、ルッカは手に持ったトンカチを足の指に落としてしまった。
顔が赤いのは羞恥か、はたまた痛みの為か。


「ととと父さん! ぜっ、全然そういうんじゃないし! クロノとか、クロノとかもうそういう風に見る対象としてありえないっていうか、いやむしろクロノって誰? みたいな! そんな奴いたかなぁ……? って悩むくらいの存在よ私の中では!!」


一息で言い放つ娘に「ほーほー」と聞き流すタバン。今も昔もルッカは父親には勝てないのだろうか。


また、先ほどと同じような沈黙が降りる。
ルッカも気を取り直し、作業に戻る。
タバンは何やらトンテンカンテンハンマーで何かを叩いているようだ。
それは然程時間のいる作業ではなかったらしく、二分程度で手を休める。
ルッカは電線と電線を繋ぎ合わせ溶接するという極めて集中力の要る作業を行っていた。
当然、そんな時に話しかけるなど言語道断、初めてのアルバイトにメモを持ってこないくらいの暴挙だった。


が、残念ながら、タバンに空気を読むというスキルは備わっていなかった。


「クロノ目覚ましの調子はどうだ? ほら、数百種類のクロノの声が録音されてるやつ。あれのおかげでお前朝起きるたびにニヤニヤしてるもんな」


「ななななんで知って! ってあつううううぅぅぅ!!」


タバン家は、トルース町の名物一家として町に様々な話題を提供している。



[20619] 星は夢を見る必要はない第三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 12:56
城に着いた俺は王様に謁見し、「疲れただろう、地下の騎士団の部屋で休みなさい。後風呂にも入りなさい。とても臭い」とありがたい言葉を頂いたので柔らかいベッドで熟睡する。勿論風呂にも入る。食堂で飯も食べる。無料だったし。


「うーん、お城ってもっと煌びやかな所かと思ってたんだが、なんか置いてあるもの全部が古臭いな。レトロブームなのか?」



そもそも、この国はガルディアではないのだろうか? トルース町の雰囲気から見るに、俺が今まで住んでいた所と違うのは一目瞭然。まずリーネ広場があった所に山が鎮座している時点でおかしい。
あと、この国なんか臭い。変な靄が立ち込めてて前が見辛い。
しかし、元の世界(俺が生まれ育った場所)とこの世界(ルッカの機械で飛んできた今いる場所)で類似点が多々存在する。


まず、町や城の位置。
海沿いに町が並んでいる点や、森を抜けたら城があるのも元の世界とまったく同じ、遠くから見ただけなので詳しくは分からないが、城の南西に橋があるのも確認済みだ。
次に地名。
城に来る前に立ち寄った宿屋から、ここはトルース村だと聞いた。
村か町かの違いはあれど、『トルース』という共通点は見逃せない。
それだけならば偶然で済むかもしれないが、どうやらこの城の名前も元の世界にあった城と同じ名前、『ガルディア』城らしいのだ。


疲れて碌に頭が回っていなかったとはいえ、ここがどういう所なのか考えていなかった俺は中々大物のようだ。


「うん、何事もプラス思考で生きていくべきだ。決して自分を卑下してはいけない」


独り言を呟きながら何度も頷いている俺を見て兵士達が
「医者呼ぶ?」「手遅れでしょ」
と失礼極まりない会話をしている。
これだから田舎者は困る。セレブリティな俺を見習うが良い。セレブリティって何だっけ?


ちなみに俺がここに着いたのは六時間前。
風呂に入って飯食って寝たらまあそれくらい時間が経つよな。
最初の一時間はリーネ王妃がチラチラとこの部屋を覗いてきたが、まずは寝かせてほしかったので無視していた。
いやあ、あれがマールじゃなかったら今までの苦労無駄だなー……と考えると確認するのに多大な勇気が必要だったので、まあぶっちゃけ後回しという名の現実逃避である。


「……そろそろ行くか? でもなあ……」


それも度を越えれば後悔に早代わり。
人を待たせといて風呂入って寝るってどうなの?やばいなあ、あれがマールでもリーネ王妃でもやばい。
マールなら「待たせすぎだよクロノ、息絶えろ」とか言いながらボーガン乱射しそうだし、リーネ王妃なら「私をこれだけ待たせるとは、不敬罪です。裁判などいらぬ、斬って捨てよ」とか言われそうだし。


「いや、マールは優しい子だ。きっと『焦らせ過ぎだよクロノ! そんな貴方にフォーリンラブ!』とか言い出したり……しますかね?」


「知らねえよ気持ち悪い」


隣のベッドで横になっている兵士に声をかけると冷たい言葉を返された。
これだから田舎者は。コミュニケーション力が足りない。コミニュケーションだったっけ?
てか、よく見ると貴方ほいほいソルジャーにそっくりですね。家族の方ですか?


「……行くしかないよな。これで帰ったら馬鹿だもんな」


そもそもルッカが迎えに来てくれない限り帰る方法なんてない。
やだやだ、なんだろこの怒られるが分かってて学校に行く気分みたいなの。


ベッドから降りて城の大広間に向かう。そこから王妃の部屋まで行くらしい。
溜息をつきながら階段を上がり、大広間に出るとなにやらメイドやら兵士やらが騒いでいた。
少しでも怒られるのを先延ばしにしたい俺は右往左往しているメイドの一人に話しを聞いてみることにした。


「あの、どうしたんですか? おなか痛いんですか?」


「リーネ様がいなくなったのよ!」


なるほど、リーネ王妃がいなくなった、と。
そういえばちょっと前まで姿を消していたらしい。なんともお転婆なことだ……って!


「お転婆とか古っ! じゃなくてリーネ王妃がいない!?」


え?どうするの? いやいやリーネ王妃がマールだとしたら俺の目的が消えたって事ですか?
俺が悪いのか!? 俺がグータラして中々会いに行かなかったのが悪いのか!?


「誰か怪しい人間はいなかったのか!」


「王妃様の部屋には誰も入ってません!」


「何? 客人が来ると仰っていなかったか!?」


「それが、その客人の方が中々現れなかったので度々部屋から出ておりましたが……」


「……となると、怪しいのは……」


……何で俺のほうを見ているのだろう。
あれだろうか、無料だからといって食堂で肉ばかり食べたからだろうか?栄養バランスを考えろ!みたいな。


「貴様ぁ、よくも王妃様を!」


違うね、俺の健康を心配してる感じじゃないね、これ。剣抜いてるもん。ツンデレにしてもおかしい。


「ちょちょ、違うって!俺は騎士団の部屋で寝てただけですよ!? 証人! 証人を呼んで下さい!」


「確かにお前が騎士団の部屋にいたことは確認されている。だが、お前がここに来てからずっとお前を見張っていた人間はおらん。我々はずっと部屋で休んでいる訳ではないのでな」


つまり騎士団の部屋は入れ替わりが激しいので俺のアリバイを完璧に証明してくれる奴はいないと。
何だよその疑わしきは罰する構え。


「は、話し合おう! 話せば分かる! 何事も!」


「そういうセリフは悪役が言うものだ。尻尾を出したな貴様!」


「だああ! ゲームのやり過ぎだあんた!」


どうやらリーネ王妃は随分慕われていたようだ、兵士達は王妃の危機に冷静さを失っている。外部の犯行という可能性の前に俺という不審人物の存在に目が奪われ短絡的な発想に帰結する。浅はかな!!
……いや、確かに急に城に現れた奴を疑わない訳はないか。しかも現れてすぐ王妃が消えたらそりゃあもう。
おまけに俺はリーネ王妃に客人としてもてなせ、と言われたのだ。犯行は容易、そう考えるのに何の不思議があろうか。


「……詰んだな」


「さあ極悪人! 王妃様を何処に……」


ドガァ!!!!


「ぐふっ!」


もう言い訳できませんねこれ、と諦め、両手を上に上げた瞬間、城の扉が爆発し近くの兵士が吹き飛んだ。


「クロノ! いる!?」


その犯人はタイミングが悪いか良いかで言えば悪いに三万ペソのルッカだった。


「あ、ああ、います」


「ああいた! もう何回叩いても扉を開けてくれないから思わず吹き飛ばしちゃったじゃない! 門番の奴ちゃんと仕事しろって感じよね!」


思わず吹き飛ばすなんて行動ができるのは古今東西ルッカだけだと思う。
しかし、今回ばかりは助かった!


「とりあえず、無事でよかったわ! それよりあの子は?」


「それどころじゃねえ! 逃げるぞルッカ!」


「ちょ、ちょっと!」


ルッカの手を握り吹き飛んだドアから逃げ出す。我に返った兵士達が追えー! と叫んでいる。
普通の服しか着てない俺達に、鉄製の重たそうな鎧を着込んだ兵士達が追いつけるわけはなかった。
一つ怖かったのが逃げている最中ルッカが何も言わなかったこと。
口には出せないけど、ルッカの手汗が気持ち悪かった。びっしょびしょなんだけどこいつの手。


森から抜け、今分かることは、俺はマール救出に失敗したということだけだった。






星は夢を見る必要はない
第三話 爬虫類は実験対象








「で、どういう訳か説明してくれる?」


全力で走ったせいか顔の赤いルッカがそう切り出したのはトルース村の宿屋だった。
兵士達に追われているので長居はできないが、ルッカ曰く「森の途中で振り切ったからね、多分今は森の捜索中。村にまで捜索がかかるのはまだ先よ」の言葉を信じて、ここで休憩することになった。


二人で水を二杯ずつ飲み、俺はルッカに何があったのか説明した。
俺がグータラしたことは言わなかったが。


「何ですって、リーネ王妃がいなくなった!?」


驚いて大声を出したルッカの口を慌てて塞ぐ。
まだ村の人たちはいなくなったことを知らないのだ。ここで騒がれたら兵士達が来るかもしれない。


俺の考えていることが分かったのだろう、ルッカは一つ頷き、俺は手を離す。
何でちょっと残念そうなんだよ。


「……やっぱりね」


何事かを考えていたルッカは何か自己完結していた。


「おい、何が分かったんだ? 俺にも説明してくれ」


身を乗り出す俺を手で制して、ルッカは話し出す。


「あの子が消えるとき、どこかで見た顔だと思ったのよ」


ふんふん、と何度も頷いて先を促す。
ルッカは人に何かを教えるとき焦らす傾向がある。教師には向かない性分だ。


「ここは王国は王国でも随分と昔の王国みたいね」


辺りを見回して電波な事を言い出す。
……あれ?妙な方向に話しが向かってませんか? ルッカさん。


「あの子は昔のご先祖様に間違えられたって訳よ。あの子は私たちの時代でもお姫様、そう……」


ルッカは一度言葉を区切り、立ち上がってさあ驚けといわんばかりに両手を掲げて話し出した。


「マールディア王女なのよ!」


「……ああ、そう」


やばいぞ、頼りにしていたルッカがおかしくなった。
あれか、この前二人で見に行った紙芝居に影響を受けたのだろうか?
時を駆ける幼女だかなんだか。


俺の薄いリアクションを見て恥ずかしくなったのかルッカはしずしずと椅子に座りなおし、俺を睨みつけた。


「で、マールは何処に行ったんだ? さっさと結論を言えよ」


「……いなくなった、というのは間違いじゃないけど、正確じゃないわね。いなくなったんじゃなくて、『消えた』のよ」


メーデー! メーデー!
電波領域急速に拡大していきます!


「つまりマールディア王女はこの時代の王妃の子孫なの」


やばいぞ、黄色い救急車を呼ばなくてはならない。


「そして、この時代の王妃がさらわれた……本当はその後、誰かが助けてくれるはずだった。でもね、歴史は変わってしまった。マールがこの時代に現れて、王妃に間違えられてしまい、捜索が打ち切られたのよ。……もし、この時代の王妃が殺されてしまったら……」


真剣な顔で俺を見るルッカ……
これほどにマジなら、過去に来たとかいう話も本当なのか?
……ああ、こいつお菓子の当たりを確かめるときもこんな顔してるわ、結論、信じられるか。


「その子孫であるマールの存在が消えてしまう……でもまだ間に合うわ! 今からでも王妃を助け出すことができれば、歴史も元に戻るはず!」


熱弁しているルッカの横で俺はマスターにチョリソーを注文する。
この辛さがたまらない。


「おそらく、この時代の王妃に何かあったんだわ。だから、子孫であるあの子の存在そのものが……」


「あっマスター、香辛料ドバドバいれて。味が濃ければ濃いほど好きだからさ、俺」


「とにかく、本物の王妃の行方を捜さなきゃって聞いてるのクロノォォォ!!」


「あっつい! 鉄板に俺の顔を押し付けるのは駄目ぇぇぇ!!」


こうして、二度目のマール捜索改め、王妃捜索が始まった。







何の手掛かりもなしに王妃を探すのは無理だ。城の兵士達が探しても見つからなかったんだ。
俺達二人で無闇に探しても見つかるわけがない。
兵士達に追われている俺達は急いで行動を開始した。早く手掛かりを見つけないと牢屋に入れられる過程を飛ばして死刑かもしれない。
ルッカは宿屋を出てグッズマーケットや家の外に出ている人たちから聞き込みを開始するらしい。
俺はまた走り回るのは嫌なので、宿屋で酒を飲んでいる酔っ払いたちに話を聞くことにした。

「王妃様? もう見つかったんだろう?」

「うーん、兵士達が探しても見つからないような場所? そんな所この国にあるかねえ? 強いて言えば魔王城かな?ハハハ!」

「そりゃあもう、うちの母ちゃんは王妃様に勝るとも劣らない美女よ、ガハハ!」

「何だ? 色んな人に聞き込みをしてる? ルサンチマン気取りか!」


とまあ多様な話を聞いたがこれといって重要そうなものは何一つなかった。はっきり言って時間の無駄だった。


「おい」


「え?」


肩を叩かれ、振り返ると頭にバンダナをつけた男が立っていた。


「王妃様のいる所だろ? 一杯奢ってくれれば教えてやるぜ?」


男がそう切り出すと、近くにいた酔っ払いが口を挟んだ。


「おいおい、王妃様はもう見つかったんだぜ? 裏山でな」


「何? そうだったのか」


ちぇ、酒代が浮くと思ったんだけどな……とこぼしながら椅子に座る。
俺はそいつの隣に座り、マスターに酒を注文し、それを男に渡す。


「おいおい、いいのかい? 俺の情報はもう無駄になっちまったんだぜ?」


「いや、俺にはそれが重要なんだ。あんたはどこに王妃様がいると思ったんだ?」


男は眉をひそめながら、酒を口に含み、飲み下してから口を開いた。


「俺は城の西に立てられた修道院が絶対に怪しいと思ってたんだ。まあ、的外れだったみたいだがな……」


……修道院か、そこに賭けるしかないな。
村の中なら村人が気づくだろうし、裏山は捜索隊が探した。城の中なんて馬鹿なことはないだろう。
探せるところなんて追われる身の俺たちには限られてるんだ。


席を立ち、ありがとうと男に言い残して、店を出ようとする。
すると、後ろから情報を教えてくれた男が俺に声を掛ける。


「俺の名前はトマ! 世界一の冒険者さ! 坊主、お前の名前は?」


世界一の冒険者とは大きく出る。
それに触発された俺は、振り向いて、親指を自分に向けて高らかに宣言した。


「俺の名前はクロノ! 世界一の色男だ!」


店を出るときに聞こえた声は、宿屋にいる人間の爆笑だった。
二度と来るもんかこんな宿屋。


グッズマーケットで店主を締め上げていたルッカを見つけて、二人で修道院に向かう。
店主を締めていた理由は「商品が割高だったから」だそうだ。割高くらいなら勘弁してやれよ……
とはいえ、俺の折れた木刀の代わりに青銅の刀を買ってくれていたのは嬉しかった。
ありがとうと久しぶりに本音で言ったら「これであんたに借りてた借金はチャラね」だった。
……これ、四百ゴールドもするんだ。









「これが修道院か。俺、初めて来たよ」


「私もよ。私達の時代に修道院は……あるのかもしれないけど。船でも使わないと行けない所にあるからね。トルースに住んでる人達は見たこともないんじゃないかしら」


中に入ると、石製の床に赤く長い絨毯が入り口から奥まで敷かれてあり、六つの長椅子が置いてあった。
そこに三人の修道女が座って何かしら祈りを捧げていた。
はっきりと言うのは失礼かもしれないが、とても口が臭かった。何食ったらあんな口臭になるんだろう。


「さあ、貴方達もかわいそうな自分達のために祈りを捧げてはいかがですか? ククク……」


「友達いないからってそういうことばっかり言うのやめたほうがいいですよ、性根まで悪く思われますから」


「……どうかこの愚かな者に裁きの雷を……」


これだ。
口が臭いだけに飽きたらず、口が悪い。
ここに来てから思ったんだが、この世界はとことんまともな奴が少ない。
トマくらいのもんじゃなかろうか?
あと俺に無料で飯をくれた料理長。テンションは大変うざったかったが。


「結局手掛かり無しか」


「あんたね、これだけ怪しいところも早々ないってくらい怪しいじゃない、この修道院。ここにいる人たち絶対何か悪どいことしてるわよ」


「こらこら。人を言動と口臭で差別するもんじゃないぞ、犬みたいな臭いのする人がいてもいいじゃないか」


「犬、っていうか下水臭いのよねここの人たち。修道女なんだったら歯くらい磨きなさいよ」


俺達の会話が聞こえるたびに修道女の皆さんの口が大きく横に裂かれていくのは気のせいだろうか?


「なあルッカ……あれ?」


「どうしたの、何か見つけた?」


床に何か光っているものがあったのでそれを拾い上げてみた。


「……それって」


後ろからぎぎっ、と音が聞こえる。
修道女たちが椅子から立ち上がったのだろう。


「これ、ガルディア王国の紋章じゃない!」


「え?」


俺が聞き返すと、修道女が素早い動きで俺達を囲む。
……なんかデジャヴだな、これ。


「よくも気づきましたね、この場所の秘密に」


修道女Aがサスペンスの犯人みたいな雰囲気を出す。


「まあ、あれだけ罵詈雑言を重ねてくれた貴方達を帰す気はさらさらありませんでしたが……」


修道女Bが憤怒の表情で脅す。


「とにかく、貴方達二人は私たちの美味しいディナーに……」


修道女Cが舌なめずりをしながら俺とルッカを見る。


「スパイスは……貴方たちの悲鳴よ!!」


修道女Dが叫ぶと、四人の体から青い炎が噴出してくる!
数秒の間に炎は彼女らの全身を燃やし、急速に炎が消えると、そこに立っていたのは下半身が蛇の、舌の長い化け物だった。


「! モンスターよクロノ、気をつけて!」


ああ、ルッカがシリアスな顔になってる。
じゃあ言っちゃ駄目なんだよな。
戦隊物の悪役みたいだって。
心にしこりを残しつつ、俺は青銅の刀を抜いた。


ルッカは右側の蛇女に改造エアガンを撃ち、蛇女はそれを右手で叩き落す。その隙に俺とルッカは囲まれた状態から脱出して、壁を背にして向かい合う。
ルッカはここからどう動くかシュミレートしているが、その前に重大な問題をルッカに告げなくてはならない。
これは、俺達の生死にかかわる問題だ。


「なあ、ルッカ。大変だ」


「何よクロノ! 大事なことなんでしょうね!」


「ああ、実はこの青銅の刀なんだが。重くて振り回せない、どうしよう」


「………」


ルッカがあまりに冷酷な目で俺を見るが、仕方ないじゃないか。
今まで木刀しか振り回してなかった俺が青銅なんて物を扱えると思うほうが間違いだ。
鞘に入れて腰につけてた時から辛くてしょうがなかった。


「今言う? ねえクロノ。それ今言わなきゃ駄目? もうすこし前に言ってくれたら私も対処できたんじゃないの?」


「だって……格好悪いから」


「あんたのその変なプライド、帰ったら実験で粉々にしてやるからね」


帰りたくないなあ。
いっそここで蛇女に投降してルッカを叩きのめすというのはどうだろうか。
淡い希望を持って近づいてみると右手で一閃された。駄目ですか。


「ああもう! 肩に乗せて叩き切るならできるでしょ! 一撃必殺の気持ちで挑みなさい!」


「はいはい、……ああ、重たいし肩が痛い」


これ以上文句を言うとルッカがぶち切れそうなのでやめておく。
今もチラチラ銃口が俺の方を向くのだから。


「シャアアアア!!」


「「うわあああ!!」」


俺とルッカが同時に右に転がり避ける。
転がりながらも蛇女に何発か銃を撃つ根性はすばらしい。っていうか良いな飛び道具。俺も弓とかにすれば良かった。木刀なんか持ち歩かないで。


「クロノ! あんたが前に出ないと私にも攻撃が来て照準が合わせられないでしょ! とっととつっこみなさい!」


「だから青銅の刀が重たすぎて振れないんだって! 俺今肩に乗っけてるけどこっから振り下ろすのやっぱり無理だわ! もう腕が痺れてきてるもん!」


「役立たず! ……ああ、仕方ないなぁ…これ凄いレアなのに……」


ルッカはポケットを探ると、中から小指の第一関節程の大きさのカプセルを取り出した。


「なにそ、んぐっ!!」


取り出すや否やルッカはそのカプセルを俺の口に突っ込んだ。
凄いイガイガする。喉が痛い。これ口の中に入れていいのか?


「げほっ、げほっ!! ……何するんだよルッカ! 殺す気か!」


右手に刀を持って切っ先をルッカに向ける。ああ、これをルッカの頭に振り下ろせたらなんと快感だろうか。


「もう重くないでしょ? その刀」


「え?」


言われてみると確かに軽い。
さっきまで引きずりたいくらい重たかった青銅の刀が今では木刀と同じくらい、下手をすればそれよりも軽いように感じた。


「パワーカプセル。古代文明の遺産とされるもので、飲めばその人の力を上げてくれるって代物よ。……言っとくけど、とんでもなく珍しいんだからね? 感謝しなさいよ」


「なるほど、これなら……」


「シャアアア!!」


再び襲い掛かってきた蛇女の腕を左に避けて、後ろ首に思い切り刀を叩きつける。
嫌な音が響いて、一匹目の蛇女が崩れ落ちた。


バンバンと銃声が鳴り、俺を後ろから襲おうとした蛇女の腕から血が流れていた。


「「闘える!」」


夜の修道院に、俺とルッカの声が調和した。








「ふー、ビックリした」


俺が戦えるようになると戦いはあっけなく勝負がついた。
決め手は俺が昔開発した技、深く息を吸い、息を吐きながら相手に回転しながら何度も切りかかる回転切りだった。
たまたま近くにいた蛇女二匹を葬り去った俺はもう神と言えよう。
残りの一匹はルッカが持ち歩いている小型の火炎放射器でケリがついた。
何で火炎放射器なんか持ち歩いてるの?とかそれ最初に使えば俺が戦う必要なかったんじゃ? とかは言えない。
燃えながら絶命していく蛇女を見てニヤ……と笑ったルッカは人外の者と契約していると言われても納得できた。凄い怖かった。


「まあ、思ったより手強くはなかったな、むしろ楽勝?」


「あんた、最初の体たらくを忘れてよくそんな……」


「シャアアアッ!!」


「!?」


「ルッカ! 危ない!」


呆れたように俺を見ていたルッカは急に後ろから現れたモンスターに気づくのが遅れてしまった!


俺は刀に手をかけて走るが……間に合わない!!


モンスターの右腕がゆっくりとルッカに迫り………


「やめろ、やめろ! ぶっ殺すぞてめええぇぇぇぇ!!!」


無情にも、その腕は止まらず、ルッカの体を引き裂……かなかった。


「ギシャアアアァァァ!!!」


修道院の天井から現れた俺より少し背の高い……かえる? 男がモンスターを切り伏せ、ルッカに怪我はなかった。……かえる?


「最後まで気を抜くな、勝利に酔いしれた時こそ隙が生じる」


何か言ってる。かえるのくせに。
かっこいいこと言ってる。かえるなのに。


「お前達も王妃様を助けに来たのか?この先は奴らの巣みたいだな。どうだ? 一緒に行かないか?」


「あなたは……!?」


ルッカは俺の後ろに回り、顔だけ出してかえる男を見る。


「クロノ、知ってるでしょ。私カエルは苦手なのよ……」


「俺はお前が俺の後ろにいる今の状況が怖い。何をされるか分からんからな」


「……」


無言で俺の首を絞める。
ほら、こういうことをするからお前に背中は見せられない。


「まあ、こんなナリをしてて信用しろといっても無理か……いいだろう、好きにしろ、だが、王妃様は俺が助けに行かなければならないんだ……」


言い終わるとかえる男は俺達の前から離れていく。
……なんでかえるなんだろう?


「ま、待って!」


立ち去ろうとするかえる男にルッカが声をかける。


「わ、悪いカエ……人ではなさそうね……うーん……ねえ、どうするクロノ?」


「何が? 実験用に捕獲するかどうかって事?」


「ほ、捕獲?」


俺の発言に動揺するかえる男。
心持ち頬がひくついている。


「……そうか、そういうのもありよね、考えてみれば間違いなく新種の生き物なんだし」


「おい! 人を珍しい生き物扱いするんじゃねえ!」


「よし、クロノ。捕獲よ」


「ええー、触ったら粘つきそうだし、嫌だよ」


「こいつら助けてもらった恩も忘れて……!」


剣に手をかけるなよ、最近の奴は脅せばなんでも済むと思いやがって。


「じゃああれよ、このかえるを捕まえたら、帰ってもあんたを使って実験しないわ。どう?」


「抜け、爬虫類。テメエは俺を怒らせた……」


「怒るのはこっちだろうがドアホ!」


いくら喚こうと無駄だ。ルッカの実験から逃れられるなら俺は鬼になる。俺自身が笑えるなら、俺は悪にでもなる。


「今、俺の脳内でかかっているBGMは~エミヤ~だ。何人たりとも俺を止めることはできない……」


「……あー、なるほど。ちょっと痛い目を見ないと礼儀と常識が分からんらしいな、お前ら!」


戦いの結果はあえて語らない。
ただ、三合ももたなかったことだけは記しておこう。
……いけると思ったんだよなあ。







結局、目的が同じもの同士で戦って馬鹿じゃないの?という理不尽という言葉では図りきれない暴言を吐いたルッカの言葉で、かえる男が仲間になった。


かえる男の名前はカエルというそのまんまな名前だった。
それを聞いたルッカはやっぱりカエルなんじゃないと発言し、カエルとルッカの間で言い争いが起こったというのはしごくどうでもいい事だ。


場が落ち着いて、カエルのこの部屋のどこかに隠し通路があり、そこから奥に行けるはずだとの言葉から、部屋の中を調べてみることにした。


「ねえ、クロノ?」


「なんだよルッカ、急に後ろに立つなよ。怖いだろうが」


「あんた、何でちょっと不機嫌なの?」


絶対に殴られるだろうと覚悟して言ったのだが、ルッカは心配そうに俺を見つめて、疑問を口にした。


「……別に。気のせいだって」


そう、気のせいだ。
ルッカが危険な目にあって、そして助かった。
不機嫌になる理由なんてない。
あるはずがない。
カエルにも感謝すべきなのだ。


……ルッカを守るのは俺の役目なのに、という独占欲にも似た嫉妬に、俺は気づかない振りをした。


立ち上がり、ルッカから離れて別の場所を調べる。
その間、背中に感じるルッカの心配そうな視線は、今日起こったどんな出来事よりも痛みを感じた。



[20619] 星は夢を見る必要はない第四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 13:02
俺とルッカとカエルで部屋の捜索を続けたが、隠し部屋の入り口が一向に見つからない。
この爬虫類ホラ吹きやがったなとルッカが切れて俺もそれに便乗しようとしたところ、ルッカは軽く流して俺はカエルのワンパンで吹き飛ばされた。男女差別反対。俺はジェンダーに生きる男。
俺が吹き飛ばされた先にパイプオルガンがあり、盛大に、めちゃくちゃな音が響く。
音が収まると、部屋の奥の壁がズズズズ……と下がり中から扉が現れた。
ルッカとカエルはついさっきまで喧嘩してたのにハイタッチをしていた。ぶっちゃけカエルは嫌々やってる雰囲気だったが。
ルッカさんカエル嫌いなんじゃないんですか?と言いたくなったが、俺の服で手を拭きやがった。ふざけろ。


「広いな……」


隠し扉をくぐると、そこは外観からは想像できないような広さで、カエルが少し呆れたような声を出す。
もう一つ付け加えるなら、モンスターが跋扈していて、見つからずに進むのは困難に見える。


「っていうか、見回りのモンスター多すぎるだろ」


「でもこいつら全員を倒すのは無理よ。どうしても倒さなきゃいけない敵は倒して、後は見つからないように進むのが一番だわ」


ここからは隠密作戦という訳だ。
……にしても、何で見回りのこうもり男みたいなモンスターはすり足で移動してるんだろう?鉄骨渡りの練習でもしているのだろうか?まともに定職についてお金を貰ったほうがいいですよと忠告してやりたい。


「俺もルッカの意見に賛成だ。王妃様を救うためにも雑魚相手に時間はかけたくないしな」


言葉が終わるとカエルは足音を立てずに死角から死角へ移動する。
ルッカもそれに倣いモンスターから身を隠しながら移動を開始する。
俺はそれについて行こうとして締め付けの緩かった青銅の刀が廊下に落ちてモンスターに見つかる。
結果モンスターと戦うことになったが、カエルもルッカもモンスターと戦う前に俺の頭と腹に拳をめり込ませていった。
あんまり人を殴らないでほしいものだ、可愛く言うならもうクロノはプンプンなんだからね! という感じだ。


次はねえからな……というカエルの脅しをはいはいと投げやりに返す。かえるの顔で凄まれても怖いより気持ち悪いが先に立つ。
ただその後ルッカが後頭部に鞄から取り出したハンマーを振り下ろすのはいただけない。ここ最近ルッカのDVは目を見張るものがある。怒りとか怖さとかを超えてなんだかワクワクするくらいだ。パネえ。


気を取り直して進んでいくと階段の上にアナコンダみたいなどでかい蛇が数匹いた。
俺の本能があれは駄目だと叫んでいた。先ほどの戦いでもほとんど一人で敵を倒したカエルも蛇には勝てまい。生物とは食物連鎖には勝てないのだ。


さっきのような失態は犯すまいと慎重に動いたら俺の後ろからグワンゴン! という音が鳴る。
すぐさま何があったのか確認すると、ルッカがてへへ、と舌を出しながら自分の頭を叩いていた。どうやらハンマーを床に落としたようだ。
それからの展開はご想像の通り。とりあえずカエルでも蛇に勝つことは可能なのだという奇跡を見ることが出来た。
蛇足だが、何故かカエルはルッカを強くしからず、気をつけろよの一言だけだった。そうか! これが殺意なんだ!


その後もこれ隠密じゃなくて殲滅じゃねえの?という勢いでモンスター達をバッタバッタと倒していく。
途中、モンスターたちとの戦いで俺が腕に傷を負いもう帰ろうと進言したら「お疲れ」とのことだった。疎外感は人を殺すのだと何故分からない。


あんまりにも俺が煩くしたのでカエルが回復してやると言いながらやたらと長い舌を出して俺の傷口を舐めだした。
いきなりのことで俺は硬直しされるがままになってしまった。気分は陵辱ゲームのヒロイン。その光景を見ていたルッカはドン引きだった。


ちゃんと話を聞いてみると、カエルの唾液には微量ながら治癒効果があるそうなので、他意は無いとの事。あってたまるか人外め、俺からすればお前もここのモンスターも大差はないんだ。


どうにも納得のいかない俺にルッカが「怪我したまま戦闘をするわけにはいかないでしょうが」と背中を蹴られしぶしぶ了承する。


……まてよ? 怪我をすればカエルの舌に舐められるのか。
名案の浮かんだ俺はモンスターとの戦いでわざとルッカに攻撃が向くように仕向けた。
しかし、その度にカエルがフォローして難無きを得る。何故だ! 何故分からないカエル! 見ているだけの俺よりもむしろお前の方が喜ばしいことだというのに!!
正直、今ほどカエルになりたいと思うことは無いというくらいお前が羨ましいんだぞ畜生! なのに!
薄々俺の企みに気づいたルッカは俺に火炎放射器を向け、俺は地獄の業火に身を包まれた。その後きっちりカエルに全身を舐められた。なにこれ、癖になりそう。カエルはものすんごく嫌そうだったけど。


ある程度進むと、部屋の中に兵士が一人と王妃様と王を見つけてやったぜ! とルッカと二人で喜んでいたらカエルが違う! こいつは王妃様じゃない! と言い出す。
「何を根拠に言ってるの?」とルッカが問うと「全てが違う!あえてその理由を一つに絞るなら、そう、匂いが違う!」と断言した。俺はドン引きした。ルッカもドン引きした。本当にモンスターの変装だったのだが、モンスター達もドン引きしていた。


偽王妃がいた部屋で隠し部屋を見つけ、入ってみると大きな銅像の前でサバトが行われていた。カエルはそれを見てチッ! と舌打ちをする。反悪魔崇拝主義なのだろうか? 上手くやれば教祖になれそうな外見の癖に。
その部屋の中には宝箱があったが大量のモンスターがいる部屋からそれを回収する気にはなれなかった。


宝箱といえば、これまでにも色々と拾った。まず俺の武器が青銅の刀から鋼鉄の刀になった。パワーカプセルを飲んでいなければ持つこともできなかっただろうが、青銅に比べれば重いというだけで、戦闘に支障はなさそうだった。これでようやく叩く武器から切る武器に変わったわけだ。
さらに女性用の防具、レディースーツも手に入れ、防具としては中々優秀そうだったのでルッカが着替えたのだが、哀れなことに胸がぶかぶかで着ることが出来なかった。
あれほど悲哀の表情を浮かべたルッカは久しぶりだった。俺とカエルは一度ルッカから離れて声の聞こえないところまで来ると腹の中から笑った。
地獄耳でそれをルッカが聞きつけたときは、カエルの舌がからからになってしまった。
もう先行きの不安で頭の中の警鐘が金属バットでガンガン打ち鳴らされていた。もしかして、偏頭痛なのかもしれない。



星は夢を見る必要はない
第四話 蛙って両生類であってますよね?











「はあ、本当思ってたよりも全然広いんだな、ここ」


モンスターとの連戦で疲れきった俺たちはモンスターの見回りが来なさそうな場所を見つけ、少し休むことにした。


「休憩は五分だけだぞ、あまり休むと王妃様に危険が及ぶ」


「まあまあカエル、貴方が一番戦ってるんだから少しは体を休ませないともたないわよ?」


「……そうだな、まだ余力があるとはいえ無理は禁物か……」


だからなんでカエルはルッカの意見には素直なんだ、タラシが。爬虫類の癖に。


「クロノ、勘違いしているようだから言っておくがかえるは爬虫類じゃなく両生類だ」


「あ、そうなんだ」


お約束のように俺はカエルに肘を叩き込まれた。こんだけ殴られて記憶が飛んだらどうしてくれる。ああ、もう平方根の定理を忘れてしまった。元から覚えてたかどうか怪しいけれど。


「にしても、広いだけじゃなくモンスターの数も並じゃないわね。流石王妃を監禁するだけあって警備が厳重だわ」


「これでも少ない方だ。ここの連中は度々人間に化けて城に侵入しているからな」


「ええ!? それってかなりヤバイんじゃないのか? 例えば王様に化けたりしたらもうこの国終わるじゃん!」


驚いて大声を出してしまった。幸いこの近くにモンスターはうろついていなかったのか、あたりには俺たち以外の気配は無かった。
カエルが気をつけろ、と一睨みして、話を続ける。


「大概の変装には門番達が気づくさ。余程高位のモンスターじゃない限り、城の人間全員を騙すなんてことはできやしない。身分の高い人間には厳重なチェックがあるしな」


「? 身分の高い人間の方がチェックが厳しいって……理由は分かるけど、よくそんなことが出来るわね」


ルッカの言葉にカエルは肩を落として、


「こんなご時勢だ。王も王妃様も納得してるさ」


「……なあ、ずっと気になってたんだけど、この国では戦争でも起きてるのか?カエルの話では随分物騒に聞こえるんだが……」


俺が質問すると、カエルは目を見開き(それはそれは気味が悪い)声は抑えているが、驚いた声を出した。


「お前、ガルディアと魔王軍が戦っていることも知らないのか!?」


「「魔王軍?」」


え、そのファンタジーな設定は何? 剣と魔法! みたいな。


それからカエルは十年以上前に現れた魔王率いる魔王軍と、それに対抗する人間との戦いを教えてくれた。
九割以上どうでも良かったが、この世界では常識らしいのでまあ覚えておくこととする。


「しかし、随分変わった奴らだ。魔王軍の存在を知らんとは」


「いや、私達はこの時代の……」


「待て、モンスターに気づかれた!」


カエルが剣を抜き、飛び出してきたこうもり男を横なぎに切り払い両断した。見慣れたとはいえ、凄まじい剣速だな。
俺も鋼鉄の刀で大蛇を斜めから切り、残ったでか蝙蝠をルッカが打ち落とす。ここにくるまでの連戦は三人のチームワークを高めるという意味では無駄ではなかったようだ。


「少し休みすぎたな。そろそろ進もう」


俺とルッカは一つ頷いて、先に歩き出したカエルの後を追う。
ああ、もう戦闘は御免なんだけどな……


それからの探索は順調だった。
無駄に多いモンスター達はカエルの脅威ではなかったし、モンスターの攻撃パターンも大体読めてきた。
例えば大蛇は噛み付くことしかしないので不用意に近づかなければいいとか、蝙蝠男は飛び込んできて蹴るのがほとんどなのでタイミングを計ってカウンター。ふっふっ、所詮人間様の頭脳には敵わんのだよ。
探索の最中に床で寝ているモンスターがいて、「んあっ!」というでかい声に驚いたルッカがまともに戦闘をせず頭を打ち抜いたというハプニングがあったが、特別問題は無かった。
また隠し扉のギミックがあったが、一番最初の部屋でやったとおりパイプオルガンを弾けば扉が現れた。今度は俺もハイタッチに参加した。いいね、この仲間との連帯感! 俺へのハイタッチは一回だけでルッカとカエルは数回やってたけど関係ないぜ!


隠し扉を抜けると、長い渡り通路があり、手すりの下を見ると五、六階分はありそうなくらい深かった。……あと五、六階も下に行かなきゃ駄目、なんてことはないよなぁ……


「それはないな。……この先から王妃様の匂いがする、近いぞ!」


かっこつけてるつもりか知らんが本当に気持ち悪いなこのかえる、勘弁してくれ。ルッカも王妃様のことを言わなければカエルを頼りにしているのに、カエルの王妃様フェチが出る度に俺の背中に隠れるんだから。


カエルが走って渡り通路を駆け抜ける。微妙に気が削がれたが、俺とルッカも一拍遅れて走る。モンスターの姿も見えないし、このままいけるか……? と思っていれば、後ろからモンスターが二匹現れ、俺たちを追ってくる!
立ち止まって相手をしようと構えるが、俺たちの走っていた方向からもモンスターが現れて、挟み撃ちされてしまった。


「敵は六匹か……挟まれた状態じゃ迂闊には動けないな……」


冷静に状況を観察するカエルだが、俺からすればどどどどないするの!? である。タマランチ会長も大騒ぎだ。
ルッカもエアガンを構えるが、その目は不安そうに揺れている。せめて、俺たちの内誰か一人でも敵の後ろをつければいいのだが……


「……仕方ねえ、舌が痛むんであんまりやりたくないんだが……」


策がありそうなカエルにどうするのか聞こうとすると、カエルは目いっぱい舌を出していた。
あ、ボケたねこりゃ。


「ちょ! なんでこの状況で舌出してるのよ!? 舌自慢でもしたいの? ○ロリンガとでもやってればいいじゃない! あれ? でもベ○リンガって長い舌を自慢したいのかしら? もしかしたら長い舌にコンプレックスを抱いてるかも……そしたらベロ○ンガは舌自慢に乗ってくれないわ! ああ、どうしようクロノ!」


ルッカもルッカで冷静さを欠いて頭の弱い突っ込みをしている。というか突っ込みなのか?


俺とルッカがテンパっていると、カエルは天井の梁に下を伸ばして絡ませて……跳んだ!?


「遠くの物に舌を絡ませて、自分を引き付けて跳ぶ……スパイ○ーマンみたいな奴だな……」
うん、自分でも言い得て妙だと思う。


天井に跳んだカエルはそのまま落下し、前にいたモンスター二匹を切り倒した。これで、挟み撃ちの状態から抜け出し、残るモンスターは四匹となる。
舌を使ってあちこちに飛び回るカエルのトリッキーな動きに戸惑っているモンスター達は、俺たちの敵ではなかった。






「本来はこの舌に敵を絡ませて、引き付けた後切る技なんだがな、こういう使い方も出来るって訳だ。難点は舌が汚れることと負担が強いから、多用できないって訳じゃないが、好んで使いたくはないのさ」


カッコいい。カッコいいし、危機から抜け出せたことは嬉しいのだが、縦横無尽に人間の大きさのカエルが飛び回る様はトラウマものだった。
現にルッカは戦いが終わると表面上はなんともないような顔をしてるが、俺の袖を掴んだまま離してくれない。小刻みに震えているのが分かる。
俺は夢に出るのは確定だな、と半ば諦めてさえいる。


俺たちの変化に気づいていないのか、カエルは気合十分に渡り廊下の先にある扉を開こうとしている。
……やはり、人間と他種族は相容れないのだろうか?
どこかに、もっと全てを包容してくれる世界があるんじゃないのか?
哲学的なことを考えてしまう僕クロノであった。














おまけ

一年前の、茹だるほどに暑い夏のことである。



「母さん。暑いね」


「そう? でも我慢できないほどじゃないでしょ? 夜になればきっと涼しいわよ」


「うん。でも夜まで我慢できそうにないや」


「まあ、それだけ聞くと卑猥ね、このエロ息子」


「だからなんで母さんは俺が母さんの肉体を狙ってると過信するの? 頭おかしいの?」


「向こう三日間あんたのご飯素麺だからね、文句言ったら飛ばすわよ」


「そんな事言ったって、ここ二週間ずっと素麺じゃんか。飽きたとかもう見たくもないとかじゃなくてむしろ中毒になりそうだよ」


「食事の度に白いの、白いの下さいいぃぃぃ!! って言えばいいわ」


「それは結局、牛乳ってオチにしてよ。素麺じゃ無理があるよ」


「それはそれは」


口に手を当てオッホッホと笑うクロノの母。四捨五入で四十歳。低血圧で最近慢性的に肩こりがするらしい。それでも町の男からの人気は上々という魔性の女である。


「……だからさ、もう毎食素麺でも俺文句言わないからさ、お願いだからそれ返してよ」


「嫌よ、私はもうこれが無いと生きていけない体になってしまったの」


「だから何で一々そっち系の言葉を選ぶんだよ! 言葉を選ぶならそういうことを言う相手も選べよ! 俺息子だよ!?」


「んふふ、あんたもこういうの好きなくせに……」


「くそ、これだから自分の年も考えないおばさんは嫌いなんだ」


「あんたの素麺、つゆ無しね」


「味のしない素麺って食事としてどうなの?」


クロノの言は無視する母。体脂肪率16%。息子には「あんたは知らないでしょうけど、グラビアアイドルの女の子と同じぐらいのスリムボディなのよ」と嘯く策士である。


「あああ! だからそれ返してよ! 俺のウォータープール!」


「あんた今いくつよ? その年でオォータープールとか恥ずかしくないの?」


「俺の年齢で入るのが恥ずかしいならあんたの年齢で入るのはもう処罰の対象になるよ!」


「クロノ、この夏家に入るの禁止ね」


「軽い死刑宣告じゃねえか!」


クロノの母、ジナ。
かつて「お金がないなら盗ってくればいいじゃない」とクロノの貸した金返せ発言をを跳ね除けた剛の者である。
この時ばかりはルッカもクロノで実験するのをやめて家で紅茶を淹れてあげたという。
これが後に語られる格言『鬼に情はあるが母に情は無い』の元になる出来事である。近々この格言をタイトルにしたCDが出るとか出ないとか。


「もうこの暑いのにグダグダ煩い。ちょっとクロノ、あんた山篭りかなんかしてきなさいよ。折角の夏なんだし。直球で言うなら夏中は消えて」


「……俺は女子供に加え母親に手を出すのは決してしないと心に決めていた」


「今時フェミニスト気取り? マザコン世代が」


「……が、今日この日はその誓いを破る! そのたるんだ体を屍として晒せくそばばあああぁぁぁ!!!!」


「誰の体がたるんでるんじゃこらあああぁぁぁぁ!! 極彩と散れ馬鹿息子おおおぉぉぉぉ!!」


結局クロノは一度も自分の拳を当てることが出来ずに町の広場に放り出されたのだった。
クロノの母ジナ。その昔彼女は遥か遠くの国で、格闘技大会のチャンピオンとして二百人抜きをしたとされる、霊長類最強の女である。






余談だが、町の広場に落ちているクロノを見て「これ拾ってもいいの!? これ貰ってもいいの!?」と鼻息を荒くしたルッカが確認されたとかどうとか。



[20619] 星は夢を見る必要はない第五話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 13:07
この先に王妃様が……という緊張感を持って、カエルが開けた扉の先を覗いてみると、大臣らしき男が疲れた顔でリーネ王妃に話しかけていた。


「覚悟はいいかなリーネ王妃? この世にさよならを次げる時間だ……って、リーネ王妃? 今大事なところだからこっち向いて? そのお菓子ならあげるから、ね?」


「よろしいのですか? では私としては心苦しいのですが、こちらのアーモンドチョコレートも所望したいのです」


「分かった、なんなら袋ごとあげるから、今だけ、今だけこっちむいてー……よし。では覚悟はいいかなリーネ王妃……リーネ王妃? お願いだから話を聞いてリーネ王妃、ちょっと、聞いてるのかリーネ王妃!! ああ、ぐずらないでぐずらないで、大臣が悪かった。確かにこんな所に連れて来られて怒鳴られたら怖いだろうな、うん。ヤクラ反省。……うん、分かったよそのマカデミアナッツのチョコもあげるから、ちょっとだけでいいから話を聞いて? ヤクラこういうのムードを大切にしたい奴だから」


「わーい、これほどの菓子は城では食べさせてくれませんでした。皆とうにょうびょうがどうとか言って止めるのです。その点最近の大臣は優しいですね、何を食べても怒らないのですから」


「わーいて。王妃がわーいて。あとリーネ王妃、そなた糖尿病の気があるのか? ならば与えるお菓子も控えねば……ああしないしない! だから泣くのはやめろ! ああ、私は駄目な親になってしまうのだろうな……」


カオスだった。
和訳すれば混沌だった。
俺はこのほのぼの空間についていけず、ルッカに助けを求めて視線を向けた。
ルッカは首を振って目の前の現実から目を背けるな、これが全てだ、という顔をした。
カエルは王妃様の姿を見たときから鼻血が止まらない。


「なあ、俺達いつ飛び込んだら良いんだ? いっそこれ俺達が帰っても良いんじゃないか? 王妃としても城に帰るよりここで大臣と暮らすほうが幸せなんじゃないか?」


「状況はさっぱりだけど、このまま放っておくと大臣のストレスが溜まって胃潰瘍になるかもしれないわ」


おいおい、それを理由に飛び込んだら俺達は王妃様を探すためじゃなく、大臣の胃を救うべくモンスターたちと戦ったってことになる。
どうやってテンション上げればいいんだ。
俺達が悩んでいる間にカエルは鼻血を出しすぎて貧血になりそうだった。もう俺はこいつに何も期待しない。


「!! お前達は! よくここまで潜り込んだな!? さては王妃を助ける為に来たんだろうそうだろう! やったぜ!」


大臣が驚いたような喜んでいるような、俺の気のせいではなければその割合は2対8位のようだが、そんな様子で俺達に気づいた。とりあえず顔のニヤニヤを止めてくれないか?ずんずん俺達のやる気が落ちていく。


「カエル! 一緒にお菓子を食べませんか? 大臣を誘ってもワシは甘いものが苦手で……と断るのです。一人で食べるより皆で食べたほうが美味しいのに……」


先ほどの王妃様と大臣の会話からすれば、多分大臣が王妃様をさらった張本人なのだろう。なんで一緒にお菓子を食べるなんて選択ができるのか? これが王族というものなのか? ローヤルセレブリティの欠片も見つからない。


「お、おおう……王妃様、御下がり下さい! 今からこいつをかたづけちまいますので」


王妃様に声を掛けられて悶えたのは丸分かりなんだからな? モンスターもどきが。


気だるそうに俺とルッカが前に出て大臣を囲む。今の気分は犯人の知っている推理映画を見るような気分に近いな。
カエルは剣を抜き、俺とルッカも各々武器を構える。準備は十全いつでも来いという状態なのだが、どうやら大臣と王妃様がなにやら言い争っている。


「ほら王妃、あいつらの言う通りこの部屋から出ていなさい」


「嫌です! ここから出れば私はまたお菓子を我慢しなくてはならない地獄のような生活に戻らなくてはなります!」


王妃様の中では地獄はえらく寛容的な所の様だ。
想像すると黒々とした金棒を持った鬼達が「お菓子が食べたいか……? ふん、ならばまずその食生活を改めるがいいわ! ハッハッハッ!!」とか言いながら緑黄色野菜を勧めるのだろうか? 頭が腐ってる。


「カエル! そしてその他のお二方!」


誰がその他だ。


「恐らくですが、私をここから連れ出そうというのでしょう! そんなことはさせません! もしどうしてもと言うのなら……私も、大臣とともに貴方達と戦います!」


「お、おおお王妃いいいぃぃい!?」


カエルが濁流のような涙を流し、膝から崩れ落ちる。
俺とルッカはその光景を見てやっとれんわと部屋から出ようとする。
なんだっけこの展開、バハムートラグー〇で見た気がするよ。


「待てええぇぇぇい!!」


扉に手を掛けようとすると、その前に大臣が息を切らしながら扉の前に立ちふさがる。老年ながらにそのスピードは素晴らしいんじゃないでしょうかね。


「お前達がいなくなればわしはこの空間に取り残されてしまう! あんな王妃マニアと頭のネジが飛び散った王妃をわし一人で相手しろというのか!?」


「私たち疲れてるの。そんな理由で立ちふさがらないでよ。ガチでダルイ」


「じゃあ分かった! そこのソファーで座ってて良いから! コーヒーも淹れるから! 大臣の淹れるコーヒー凄く美味しいから!」


「大臣がコーヒー淹れるの上手いってどうなのよそこのところ」


ルッカと大臣が言い争いを始めて一人残された俺はソファーで寛ぐことにした。あ、この煎餅旨い。


「とにかく! 私は断固ここに残る決意を崩しません! 大臣、変身です! 早くモンスターの姿になって下さい!」


あの王妃大臣がモンスターと気づいていてもお菓子やらなんやらを要求してたのか。ああいう人間が王妃なんてやってるからフランス革命が起きるんだ。「パンがなくてもお菓子は食べなければなりません!」みたいな。「お菓子だけで十分ですよ」みたいな。後者は関係ないか。


「……ねえ、王妃もああ言ってることだし、変身して私たちと戦ったら?」


「た、戦ってくれるのか!?」


「そうでもしないと収集つかないでしょ。戦ってもつくかどうか分からないけどね」


「そ、そうか! 恩に着るぞ娘!」


大臣は扉から離れ、カエル、ルッカ、俺の三人を見据える位置まで走っていった。


「キャハハ! 無駄無駄! ここからは誰一人として帰さぬぞ!!」


ほっとした顔からやおら凶悪そうな表情に変わり、俺達に宣戦布告の言葉を吐いた。


「そうです! 今日から皆でこの修道院で遊んで暮らすのです!」


「違うのです!!」


王妃の言葉遣いがうつりながら大臣が否定する。やめてくれないかな、ここまできてグダグダな感じを出すのは。


「ねえクロノ、これ本当に王妃様とも戦うのかしら?」


「多分。まあ怪我させないように適当に気絶させればいいんじゃないか? 不敬罪とかそんなん知ったこっちゃねえよ」


ソファーから立ち上がり刀を抜きながら大臣達に近づいていく。


「王妃いいいぃぃぃいぃいぃぃ!! リーネたああぁぁぁん!!!」


この生ごみ何曜日に捨てればいいんだっけ?臭い上に煩いとか工業廃棄物もんだよ。


「ハッ! カエルふぜい……ええと、お前の名前を教えてくれ」


「あ、クロノです。はい」


「そうか! クロノふぜいが! きさまらから血祭りにあげてくれるわ!」


カエルと会話するのは無理と判断した大臣は俺とルッカを相手にする事を決めたようだ。不憫な。


「大臣チェンジ!!」


大臣は手に持った杖を高く掲げ、朗々とした声を張り上げる。
すると、大臣の背中が盛り上がり、肌の色がどんどん黄色になっていく。
爪は鋭くとがり、皮膚という皮膚がデロデロと溶けていく……もう、お好み焼きは食べられない。


「ヤクーラ! デロデローン!」


その言葉はギャグなのか切ないくらいにセンスがないのか、とにかく大臣の変身は終わった。
背中が盛り上がって、四足歩行で、全体的に楕円形の体格で……亀とモグラを足したみたいだ。
そして、なによりでかい。
今までのモンスターは大概俺達と同じくらいか、少し大きいくらいだったが、この亀モグラ、俺達の二倍はある。人間時の印象で弱いと思ってたのだが……これやばくないか? 勝てる気がしない。
俺とルッカが戦慄していると、カエルはまだ「リーネたまぁぁぁ!! ……ハァハァ」とか言ってたのでルッカがハンマーを投げてこっちの世界に呼び戻した。
近づいてきたカエルの言葉は「王妃に当たったらどうする!」だった。お前が俺の仲間だったときなんて、一度もなかった。なかったんだ。
俺の沈痛な表情に気づかず、リーネ王妃捜索隊と、大臣・リーネ王妃タッグとの戦いが始まった。何か矛盾してるよね、絶対。





星は夢を見る必要はない
第五話 プライドは安ければ安いほど良い。けれど、決して無くしてはならない。











「行くぞ貴様ら!」


「ええ! 私たちの未来の為に!」


王妃が大臣の言葉を引き継ぐと、とても悲しそうな顔をしたが、大臣は大きく跳躍しルッカに圧し掛かろうとした。
すぐにルッカは今いる場所から右に転がり避けたが、大臣の圧し掛かりは石製の床を砕き、破片を辺りに散らばらせる。


「こ、こんなの当たったら即死ね……」


ルッカは喉を鳴らし、隙を作らないように大臣の一挙一動に注視した。


さて、俺とカエルはどうしているかというと……


「はっ! てや! せえい!」


王妃の格闘に手一杯だった。


「おいカエル! これ本当に王妃か!? どう考えても今まで戦ってきたモンスターより強いぞ!?」


「本物だ! 言っておくが王妃はガルディア城の中で騎士団長とタメを張るほどの戦闘力を持っているんだ! 特に対人戦においてはガルディア一と言われる……」


「そんなもんを王妃に据え置くなっちゅーんだ!!」


相手は王妃。流石に殺すわけにはいかないと武器は鞘に入れて戦っているが、それを差し引いても強い!ルッカの援護どころか、二人掛かりでも勝てるかどうか……
なにより、カエルの奴が今一つ本気じゃない。こいつの王妃第一主義は分かっているが、このままではあの化け物大臣にルッカがやられてしまう……こうなったら。


「カエル! お前はルッカと協力して大臣を倒せ! でないと全員この修道院で暮らすことになっちまう!」


「……王妃様と一つ屋根の下……ハアハア」


「この戦いが終われば次は貴様の命の灯火を消し去ってくれるからな」


俺の説得が通じて、渋々隙を見てカエルがルッカの加勢に回る。
さて、ここからが問題だ。俺と王妃では覆しがたい力量の差がある。
ここは勝つことではなく凌ぐ事を第一に考えて、カエル達が大臣を倒すことを期待しよう。


「遅いですよその他の方!」


「あんべらっ!! ……げほ、げほっ!」


掌底一発、俺は一メートル程吹っ飛び咳き込んだ。


「スピード、経験、予測、腕力。その全てが勝っている私に武器を持っていようと貴方が勝てる道理はありません。諦めてこの修道院で暮らしましょう。ちょうどトランプをする相手が欲しかったのです。あ、私ばば抜きしかルールを知らないので教えて下さいね」


「……残念だけど、俺はセブンブリッジしかルールを知らねえんだよ!」


出来るだけ低姿勢からの突き。飛んで逃げても左右に避けても後ろに飛んでも追い討ちは可能! さあどう出る!
王妃は俺の考えを読んだのか、少し失望した顔を浮かべた。


「左側面に隙、続けて右下半身にも隙」


「がっ!!」


俺の突きを左右上後どの方向にも避けず、左前に飛び込んで避け、俺の左目に虎爪、右膝にキック。それをほぼ同時にこなしていた。
ちっ、左目はしばらく見えないな……右足は動けないほどじゃないが、走るのは無理か……つまり距離を稼ぐのは不可。


「次で決めますね、その他の方」


「……クロノだ、いつまでもエクストラ扱いは凹む」


「はい、その他の方」


どこまでも苛々させる王妃様だ。
ちら、とカエル達のほうを見ると、劣勢ではないが、優勢でもない。勝負はまだ決まりそうにないか……


王妃が腰を落とし、左手を腰に、右手を前に出す。……拳法の型、か?


「案ずることはありません。ただの縦拳です。崩拳や、散拳といった高等技術ではありませんよ、ただの基礎です。ですが……」


そこで一度区切り、ずっと笑顔のままだった王妃の顔が、真剣に、相手を倒すものへと変わった。


「私はこれだけなら、縦拳だけならば、あらゆる世界で私が、私こそが極めたと豪語出来ます。加減はしますが、当たり所が悪ければ内臓が弾けますので、頑張って下さいね」


頑張って下さいね、の部分だけ笑顔になられてもこちらとしては反応に困る。
しかしこの王妃、本当に化け物だ。この腕前なら今まで俺達が戦ってきた修道院のモンスターを蹴散らし、一人で楽々と帰ってこれるだろう程に。
……帰らなかった理由がお菓子食べ放題とは、頭がおかしくなりそうだが。


「……俺も一つ、必殺技ってやつを見せようかな」


俺の得意中の得意技、回転切り。
遠心力と斬撃の速さで、今まで戦ったモンスターに反撃を許さなかった自慢の技だ。万一、これが破られたなら……


「……万一なんて考えてる場合じゃねえな」


「覚悟は決まりましたか?」


「ああ、……かますぞ、王妃ぃぃ!!」


深く息を吸い込み、右薙ぎに剣を払う。
初速は完璧、足の置く位置も、腰の使い方も、肩の力の入り具合も全てが上手くいった。


……しかし、それら全てを上回る、拳速。
気づけば俺は、部屋の壁に叩きつけられていた。
最初痛みは何も感じなかった。ただ、立ち上がろうと体に力を入れた途端、激痛という言葉ではあまりに優しすぎる痛みが俺を襲う。


「あ……あ、あ……」


吐きたい。頭がそう命令しているのに、体は言うことを聞いてくれない。
そもそも俺に体が付いているのか? 腕も足も、胴体ごと吹っ飛んだんじゃないのか? その前に、俺は生きているのか? 生きているなら何故俺の思うように動かないのか?
自身問答を繰り返していると、王妃が上から俺を見下ろしていた。
その目は冷たく、弱者に向けるそれそのものだった。


「カエルが連れてきたことだけはありますね。よく頑張りましたよその他の方。ですが……貴方は戦いを知らない。幾度モンスターと戦っても、何度となく生死をかけた戦いを繰り返そうとも、貴方は、戦うという行為を知らないのです……貴方は今この戦いに何を賭けていますか?」


何を? ……確か、マールを助ける為に……


「マール? ……その子のことは知りませんが、そうですか。マールという子の為にですか。でもそれはこの戦い限定の目的ではないでしょう?」


何言ってるんだ? 分かりづらいんだよ。王妃様ならもっと分かりやすく言えよ……


「貴方がこの戦いに負ければどうなりますか? ……そうですね、マールという子を助けられなくなりますね。……でもそこには他人の為の理由しか存在しない。貴方自身、それのみの目的、理由がない。もう一度考えてみて下さい。貴方はこの戦いに何を賭けていますか?」


マールの為、それ以外の理由? ……ルッカを守る為? それは『誰か』の為であって、俺『だけ』の理由じゃない。カエルははなから除外。
……なら、それは……


「このまま戦いが続けば、大臣はカエルたちに負けて、私も戦う理由がなくなり降参するでしょう……そうすると、負けたのは誰でしょう? 大臣は負けた。でもそれは二対一というハンデを背負ったものです。……フフ、人間とモンスターという種族間の優劣を無視してますけどね」


なんだよ、何が言いたいんだテメェ……


「貴方は私と『一対一』で負けた。互いに『人間同士』で。……貴方は私に負けたまま、マールという子を『助ける』ことになるのですね」


…………ああ、そうか


「ごめんなさい。もうお菓子食べ放題の夢が閉ざされるからと、意地悪を言ってしまいました。それでも貴方はその年齢にしては頑張りました。そこでゆっくり休んでいて下さい」


「………待てよ、王妃」


かすれた、弱弱しい声をカエルたちの方へ歩いていく王妃に飛ばした。
あまりにか細い声は四メートルという果てしない距離を泳ぎきって、王妃の耳に届く。
王妃はまだ喋れるのですか、と少しだけ驚いた顔を見せた。


覆しがたい力量の差?
凌いで時間稼ぎ?
カエルたちが大臣を倒すのを待てば良い?
……無様だ。ダサ過ぎる。


「王妃……俺がこの戦いに賭ける物……それは」


刀を支えにして立ち上がる。
右手が痛くても問題ない。
足ががくがく震えていても問題ない。
視界は揺れるし、今更になって喉の奥から血が溢れ出てくるけど、一切問題ない。
刀の鞘の切っ先を王妃に向けて、俺『だけ』の答えを進呈してやる。


「俺だけが持つ、俺だけのプライドだ」


「……そうこなくては。楽しくなりそうですよ、クロノ」


さあ、これからが『戦い』だ。
今からこそが『戦い』なんだ。



[20619] 星は夢を見る必要はない第六話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/29 04:27
体中に響く痛みを無視して動けるのは一度だけ、あと一回の攻防で勝負が決まらなければ、俺は負ける。
俺たちが勝っても、俺が負けては、俺の中では意味がない。
そんな形でマールを助けられたとしても、どうやって顔を合わせればいいか分からない。……どう戦うか……
思考を重ね、一つ、策ともいえない策を思いつく。悪ガキの発想に毛が生えたような策。それでも無手で挑むよりはマシだ。


「ルッカ! あれを返してくれ!」


戦闘中のルッカに声を掛ける。
ルッカは戦闘の最中でありながら、すぐに背中に付けてあった物を投げ渡してくれた。


「……刀ですか」


王妃が確認するように言う。
俺がルッカに渡してもらったのは鋼鉄の刀を手に入れたときから、後援のルッカに預けておいた青銅の刀だ。
身軽でないといけないスピードタイプの俺は前衛の俺たちよりも比較的安全な位置にいるルッカに持たせておいたのである。


「二刀流だ。問題ないだろ?」


「構いませんよ。二刀でも私に当てることは無理でしょうし」


「分かってねえな。俺は宮本武蔵ファンクラブに入ってる位なんだぜ?」


無駄口を叩きながら、後ろ手に青銅の刀に細工をする。
油断しきっている王妃は俺のやっている事に気づきはしない。


「もう、始めましょうクロノ。時間はそう残されていないようです」


王妃が大臣とカエル達の戦いを横目で伺い戦いの再開を催促する。
見れば大臣の右腕にカエルの剣が突き刺さっているところだった。暴れまわった大臣はトドメを刺されることは無かったが、倒れるのはそう遠くなさそうだった。
……モンスターとはいえ、人間時に会話をしたこともあり、その凄惨な光景に目を背ける。
視線を逸らした先に見えた王妃の手は、何かを堪えるように強く拳を握り、酷く震えていた。表情が変わらないのは、王妃としての意地だろうか?


「優しいのですね? クロノは。……敵であり、モンスターでもある大臣がやられている様を嫌がるとは」


「……これが普通の反応だろ? 敵だろうが……なんだろうが、関わった事がある奴がやられるのは、嫌なもんだ。甘いと言われても、さ」


あえてモンスターという単語は避けた。
その口振りから、きっと王妃にとって大臣がモンスターであったことはどうでもいいことで、俺たちがモンスターという理由だけで大臣を倒すのは、目を背けたい事実なのだと分かったから。


「さあクロノ、貴方の体力ではこれが最後なのでしょう? 全ての力を込めてかかって来なさい」


王妃があの縦拳の構えを取る。
俺の細工も完成した。
王妃に向けて合掌し頭を下げる。戦いに礼儀なんていらないんだろうけど、この人にはそれを見せておきたかった。


「……行くぞ、リーネ王妃」


言い終わると同時に右足を蹴りだし、俺に出せる最高の速度で距離を縮めていく。
距離、五メートル。
まだまだ、加速は乗り切ってない。残り四メートル。
……そろそろ良いか? 残り三メートル。


俺は走るスピードを乗せて左手の青銅の刀を振る。当然当たるはずもない距離で刀を振った俺に王妃は怪訝そうな顔をして、次の瞬間硬直する。
まあそうだろうさ、飛んできたのだから。青銅の刀の鞘が。


一瞬の硬直から抜け出した王妃は、それでも冷静に飛んできた鞘を叩き落す。


「少し驚きましたが、ただの子供だま……!!」


次に王妃が見えたものは、青銅の刀の刀身だった。
これが、俺の細工の意味!
あらかじめ二刀流だと宣言しておくことで、王妃の経験から作られるシュミレートにこのような使い方をするという想像を作らせない。
あくまで相手の虚を突くだけの、嘘とハッタリの作戦。俺にしては上出来だ。


「……くっ!」


鞘が飛んできたときには崩さなかった縦拳の構えを、刀身を叩き落すために右足で蹴った為、崩さざるを得なくなった。
その大きな隙に回転切りをねじ込んでやろうと残り僅かな距離を詰める……それでも。


「言ったでしょう? 私は縦拳を極めた、と。構えを再構築するのに、私は瞬きする時間すらかけません!」


王妃という壁は、なお高い。


俺の予想を遥かに上回るスピードで縦拳の構えを取る王妃。
俺は回転切りを中断して、王妃に突きを繰り出す。


「遅すぎる!」


王妃の体に届く前に拳が前に突き出され……俺の刀の切っ先に当たった。


「な!?」


はなから王妃に当てようなんて考えてはいない突き。これは王妃の縦拳を防ぐためだけの攻撃だった。
青銅の刀の鞘、刀身、それらの策は成功すればそれまで、もし防がれても次に繋がる布石として活用される。


鋼鉄の鞘は砕け、剥き出しの刀身が姿を現す。
手が痺れて、刀を投げ出したい衝動に駆られるが、歯を食いしばり、そのまま王妃の右側に左足を置いた。


「回転切り……!!」


元々、この回転切りという技は先制に使うものではなく、相手の攻撃をいなした後に使うよう作った技だ。
本当なら側面から膝裏、背中、後頭部に一撃ずつ入れていくのだが、俺にその体力は無い、だから、一撃。この一撃に全ての力を乗せて……!!


「くたばれ! リーネ王妃ぃぃぃ!!」


刀の峰を王妃の後頭部に当てた後、なんだか悪役みたいだなあ、とぼんやり思った。





星は夢を見る必要は無い
第六話 プライドとは、口にすれば容易く崩れさるだとかなんとか











「良いですか王妃様? そいつは貴方を、つまりガルディア城王妃を攫ったんですよ? 今ここで切り殺すのが道理であって」


「駄目です! 大臣は、大臣は優しい人です! コーヒーだけでなく紅茶も淹れるのが上手いのです! ですからどうか許してあげて下さい! お願いしますカエル!」


「しかしですなあ……」


厳格な人物を演出したいのかどうか知らんが、王妃様に懇願されるのが嬉しくてたまらないという顔をしているカエル。
ストーカー気質の上サドとは、救えねえ、砕けろ。


王妃を気絶させ、俺も役には立たないかもしれないが、それでも……! と足を引きずりながらカエルたちの加勢に向かおうとすると、その前にカエルたちと戦っていた大臣が「うううおおおお王妃いいいぃぃぃぃ!!」と叫びながら走りより、人間時の姿に戻って倒れた王妃を揺さぶっていた。
頭を打った人間を動かすのは止めたほうが良いですよと声を掛ける暇も無かった。
ちなみにカエルは「出遅れただと! この俺がか!? リーネたんでムハムハしたい委員会名誉会長の俺がか!?」と慟哭の叫びを放っていた。俺は言っても分かる奴なら言うが、そうでない奴には何も言わないと決めているスパルタなので、何も言わないことにした。カエルが何か叫ぶたびにルッカが火炎放射器の燃料をチェックしていた。とりあえずウェルダムでお願いしますルッカさん。


「もういいじゃないカエル。さっきの反応を見た限り大臣は王妃様を傷つけようとか、危害を加えることは絶対にしないはずよ。それに私としては大臣よりあんたを処罰したいわ腐れかえる」


「ルッカの言うとおり、自分が戦ってるのに王妃の心配をして駆けつけるなんて、中々出来ることじゃないだろ。俺としても大臣は憎めない奴だって分かってるしさ。後いつお前珍生物捕獲研究所とかに捕まるの?電話番号教えてくれたら今すぐ連絡するんだけど、この下種両生類。略してげっ歯類。」


「誰がねずみ科か!」


「おお、流石はクロノとお嬢さん! この緑の化け物ゲコロウと比べてなんと大きな心でしょう!」


「げ、ゲコロウ……」


王妃の言葉に落ち込みソファーの上で丸まってしまったカエル。妙なサドっ気を出すからだ。それはそれとして王妃様、ゲコロウって何? どこからの引用?


「わ、ワシを助けてくれるのか!?」


縄で縛られた大臣が驚きの声を出す。
だって、あんたを助けないとまた王妃様とのバトルが始まるんだもん。無理だよ。
俺と戦ったときはずっと加減してくれてたみたいだし、本気で戦ったら一発で意識消失、縦拳にいたったら確実に内臓破裂、まあ間違いなく死ぬだろうな。俺薄々感づいてたけど、生物学的に男より女のほうが強いんだね。ルッカとか母さんとか王妃とか。


その後、大臣は城から去ることになり、王妃は泣いて嫌がったが、過程はどうあれ王妃を攫ったのは事実。大臣が城に戻れば極刑は免れないというルッカの説得が通じてしゃくりあげながら王妃も納得した。
ちなみに、この作業で二時間使った。ルッカのストレスは横で萌え萌え言ってたカエルにぶつけられた。理不尽にも俺にもぶつけられた。なんでやねん。


長い長い戦いを終えて、王妃捜索に決着がついたのだった……








「心配したぞ、リーネ」


「うあっ、大臣が、大臣が何処かに行ってしまったのですー!!」


「リーネ様! わしはここにいますぞ!」


城に帰り、王と対面してもリーネ王妃は泣きっぱなしだった。森に現れるモンスターや、まだ俺たちがリーネ王妃を攫ったと勘違いして捕まえようとする兵士達を殴り倒しながらの帰還だった。凄い楽なのに凄い疲れるという矛と盾の関係。
至極どうでもいいのだが、本物の大臣はリーネ王妃が捕らえられていた(捕らえられていた?)部屋の宝箱の中に押し込まれていて、それを救出した。驚いたルッカがエアガンをぶっ放したことは可愛いお茶目である。とはルッカの言だ。大臣の服は赤く染まっている。カエルの舌も疲れている。


「しかしあれですな、あのヤクラの奴、大臣であるワシになりすましリーネ様を攫うなど、ああいう輩を厳しく罰するためにもこのガルディア王国にも裁判所や刑務所を作らねばっそい!」


腰に手を当てて偉そうなことを言っている大臣にリーネ王妃のドロップキックが炸裂した。擬音はさしずめメメタァ!! だった。
吹き飛ばされた大臣の二次災害で高そうな壺が二、三割れて、王様がしょぼくれた顔をした。マルチーズみたいな顔になるんですね。


「大臣の悪口は許しませんこの偽大臣! 大臣(仮)!」


「リーネ様!? 偽大臣はともかく大臣(仮)とはこれいかに!?」


大臣(仮)が論点の違う抗議をする。
正直あのヤクラって奴のほうが俺は好感が持てたな。帰る前に淹れてくれたコーヒーはえらく美味かった。一緒に出してくれたバームクーヘンも美味だった。リーネ王妃が言うにはお菓子の類は全部ヤクラの手作りだったそうな。お前が真の大臣だ、ヤクラ。


「リーネ様を守りきれず、面目次第もございません」


喧々囂々としている王の間にカエルの声が通る。
王妃に馬乗りになられて頬を引っ張られている大臣を羨ましそうな、殺したいようなという目で見ながら。
謝ってる時くらい真面目になろうよ、面接で落ちるよ?そういう所プロの人は見抜いちゃうんだから。


そのままカエルは王の間を立ち去り、城を出ようとする。……のだが、ちらちらこちらを見てうっとうしい。去り際に王妃様から何か言われるのを期待しているのが見え見えだ。最初から最後までうざいなこいつ。


「あっ、カエル!」


ようやく声を掛けられてパアッと花開くような明るい顔で振り向くカエル。しかし、王妃の顔は無表情で、


「恨みます」


の一言だった。花の命は短い。


俺たちは王様達に頭を下げて、カエルの後を追う。まあ、心の底から嫌いでも、一応仲間だったかもしれないような夢を見たのだから、別れの挨拶くらいしてもいいだろう。


俺たちの足音が聞こえたカエルは立ち止まり、声を掛ける前に先に話し出した。


「俺が近くにいたため王妃様を危機にさらしたのだ……俺は旅に出る」


何でやの?と聞けるムードではなかったのでここは静かに聞いておくことにする。
ていうかお前王妃様のことしか喋れないのか?


そのまま歩いて、城の扉に手を掛けた時、カエルが振り返った。
その顔は敵と戦っているときの精悍なものではなく、王妃様にデレデレしている時の顔でもない。優しく微笑んで、ほんの少し嬉しそうでもあった。


「クロノ!お前の太刀筋は中々見込みがあったぞ」


そのままカエルは城の外に姿を消した。
……一瞬、カエルの横に髪の長い人間が見えたのは、気のせいだろうか?


「……かえるも悪くないもんね」


カエルの後ろ姿を見送ったルッカは、ぽつりと俺にだけ聞こえる程の呟きを漏らした。


「……本当にそう思ってるか?」


「…………」


最後だけ決めたからって今までの失態は覆い隠せない。
どれだけ伸ばしても、風呂敷で家を包めはしないのだ。


「………そうだわ! すっかりマールディア姫の事を忘れてた!」


誤魔化し方が下手なのは御愛嬌。ここで突っ込んだらハンマーが飛んでくるので何も言わない、俺は今まで生きてきた人生で何も学ばなかったわけではないのだよ。


「ねえクロノ! マールディア様はどこで消えた? もしかしたらそこに……」


いるかもしれないと……だが、俺はそもそもマールの消えた場所を知らない。
騎士団の部屋でグータラしてたら消えたということしか知らないのだから。
が、ここでそれを暴露すれば間違いなくルッカは俺を殴る。それはもう、大きく振りかぶって殴る。
やっべ、今日一番のピンチじゃね?
……一か八かだ。


「王妃様の部屋だ。そこでマールが消えた。うん、そうに違いない」


王妃様が部屋でお待ちですと寝ている俺にしつこいくらいメイドが話しかけてきたので覚えている。
おそらく王妃様の部屋で延々俺を待っている間にマールが消えたのだろう。でなきゃ俺は滅入る。


「……? まあいいわ、急ぐわよクロノ!」


突っ立っている兵士に王妃様の部屋の場所を聞き出し、二人でそこに向かう。王妃様の部屋に行くには階段を上らなくては行けないようで、その階段が長すぎて発狂しそうだった。
あと行く道行く道に落ちている宝箱の中身を回収するルッカはこいつの子供は盗賊になるんじゃないかと心配するほどだった。










「「………」」


王妃の部屋に着いた。これは良い。
中にマールがいた。これも良い。
マールが椅子に座って机に足を投げていた。良くない良くない良くないよー。女の子のマナーは男のマナーより重視される時代だからね。


「……ああ、クロノ。何か用? すっごく待たされたけど、今更私に何か用? 私のことなんて忘れてたんじゃないの?」


おお、グレてらっしゃる。
この待たせたというのは最初に待たせた六時間前後のことなのか、王妃様を助けた後の王妃様説得にかけた二時間なのか。後者は俺の責任じゃないんだが……


しどろもどろになっている俺に小さく溜息を吐いたマールは「もういいよ」と答えて、俺に近づいてきた。


「……怖かった」


「……ごめんな、本当に悪かった」


いきなり知らない場所に飛ばされて、いきなり他人に間違えられて、いきなり城に連れてこられて、怖くないはずは無いよな……六時間はやり過ぎた……


「意識が無いのに、冷たい所にいるのが分かるの。……死ぬってあんな感じなのかしら?」


……答えづらい。そうだ! というのもおかしいし、違う、死とは完全な無なのさ! と思春期みたいなことを言う気はしない。そもそもマールの問いは答えを求めたものじゃないんだろうけど。


「マールディア王女様、ご機嫌麗しゅう……」


ルッカが跪いて、マールになにやら御大層な言葉をかける。キャラおかしくねえ? お前。


「貴方も来てくれたの! ……マールディアって……え!?」


深刻な顔をしているところ申し訳ないのだが、俺の後ろにいたルッカに今気付くってのはおかしくないだろうか? ルッカもルッカで小さく「二人の世界になんて入れないんだから……」とかブツブツ言ってるし。


「バレちゃったみたいね……」


マールは悪戯がばれたみたいにあーあ、と両腕を前に伸ばして、ベッドに座る。


「ゴメンね、クロノ。騙すつもりはなかったの」


ここからはマールの独白。
そう感づいた俺たちは、俺もルッカも口を挟むことはなかった。


「私はマールディア。父はガルディア王33世……」


悲しげに顔を伏せて、マールの右手はズボンの裾を掴んでいた。


「けど、私だってお祭りを男の子と見て回りたかったんだもん。私が王女様だって分かったら……分かったらさ……」


最後は涙声が混じり、次の言葉を紡ぐのに少しの時間を要した。
俺たちからすれば僅かな時間でも、マールにとっては酷く長い時間に感じただろう。大事なことを言う時、時間はその流れを止める。


「ク……クロノは、一緒にお祭り見てくれなかったでしょ?」


マールは顔を上げて、出来うる限りの笑顔を浮かべていた。
別にそれでいいんだよ、それが普通なんだからと、自分に言い聞かせるように。
俺が肯定を示しても、泣き出して俺を困らせないように、精一杯の笑顔を虚勢で固めて。


……俺はどうだろう?
口先だけではいというのは簡単だ。それで女の子の涙が止められるなら言うことはない。
けれど、良いのか?
そんな簡単に答えを出しても良いのか?
涙って、そんな理由で止めて良いのか?
マールは本心を俺に曝け出してくれてる。なら俺も本音で返すべきだ。
だから、俺の答えは……


「……分からない」


「ちょっと! クロノ……」


そこは嘘でも違うと言え、とルッカが俺を責める声を出す。
でも、駄目だ。それじゃあどこかで綻びが生まれる。
俺がマールを助けた理由。それははっきり言えば義務感、さらに言えばルッカの為。マールが、『マール』だから助けた訳じゃない。
勿論一緒にお祭りを回れて楽しかったし、可愛いと思ったし、深く突っ込んだら守ってあげたい女の子だとも思ったけど……
そもそもそれ以前に、お祭りを一緒に見てない初対面の時に「私はこの国の王女です、私と一緒にお祭りに行きましょう」なんて言われて了承するか、と言われればいいえとしか言えない。
だから、『分からない』は俺が最大限に譲歩できる答え。


「そっか……ありがとう、クロノ。ごめんね、急に変なこと言っちゃって」


「……いや、別にいいよ」


「………さて! 本物の王妃様も戻ったことだし、そろそろ私たちの時代に帰りましょう!」


ルッカがなんとも言えない顔で俺たちを眺めていたが、この空気に耐えられなかったのか手を叩いて大声で場を仕切った。


「うん、そうだね! 行こうクロノ!」


笑顔で俺を促すマールに悲しみの色は見えない。でも、それは奥深くに取り込んだだけで、決して消えたわけではない。


城を出て、森に入ろうとする前に俺はふと夢想した。
今まで同年代の友達も作れず、遊びらしい遊びも経験してこなかったこの少女に、嘘でもあの時王女でも関係ない、俺たちは友達だろう? と言った場合の未来を。
きっとこの天真爛漫で、無垢で、純粋な少女は思いっきり両手を上げて飛び跳ねるのだろう。そして、彼女は言うのだ。


「さっすがクロノ! 私たち友達よね!」


私たち友達よね。
この言葉を言える時を、マールはどれほど心待ちにしているのだろうか?
それを考えると、じくじくと胸が痛み出し、それを無視するように森に落ちている木の葉を強く踏みながら歩行を再開した。











「……? どこから帰るの?」


裏山に着き、俺が最初にこの世界にやってきた場所まで歩くと、先導していたルッカが立ち止まり、マールが疑問の声をあげた。ルッカよ、何か聞かれるたびにフッフッフッ、って笑うのやめてくれないか。怖いったら無いんだ。
ああ、凄い今更なんだけど、本当にマールってお姫様だったのね。この分だとこの世界が昔のガルディア王国だってのも本当なのかもしれないね。自分でも遅すぎる
真実の発覚だと思うけど、無理だろ、いきなり過去に来たんですよとか言われてもさ。なんせルッカの言うことだし。


「恐れながらマールディア王女……いやさ!ここまでくればもうマールと」
「マールでいいってば!」


「………」


あ、こいつら言いたいことが被ったな。
ルッカに至ってはちょっとウケを狙ったのが裏目に出てすっごい恥ずかしそうだ。


「「………」」


二人とも何かしら気まずくなって黙り込んでしまった。
こういう場合一番気まずいのは第三者なんだから早く切り替えてくれないと困るよ。いつだってワリをくうのは無辜の民なんだ。


「……で、ではマール。これをご覧下さい。そおい!」


その掛け声は婦女子としてどうなのかねコロンボ君。


「きゃっ!」


ルッカが妙ちくりんな機械を掲げると、空中に大きな黒い穴が出現した。確か、マールが吸い込まれた時に出た穴と同じように見えるが……


「ルッカ、すごーい!」


純粋なマールはよく考えずルッカを持ち上げる。そこから叩き落してくれんかね。
いや、普通に凄いんだけどさ、なんかルッカの機械が上手くいけば大概後から嫌なことが起こるんだよ。


それから先はルッカが調子に乗って、それを恥じて、マールが気にしないでいいよ! と可愛らしい抗議を上げて……と、大変男子のいづらい空間を形成された。
先生、クロノ君が仲間外れにされてます!


「私は、この歪みをゲートって名づけたんだけど……」


ルッカが黒い穴を指差して説明を始める。
歪み? 穴でいいじゃないか、なんでちょっと難解な言葉を使うんだ、俺の学力を舐めてるのか? 俺は体育の成績以外全部がんばろうだったんだからな。
本来数字の1~5で判定するのだが、俺の成績表だけなぜか手書きでよくできましたとかがんばろうだった。いじめかな?と思う反面俺だけ特別なんだ、とちょっとした優越感を感じた。


「ゲートは違う時代の同じ場所に繋がっている門のようなものなのよ」


……あ、マールが髪を弄りだした。


「出たり消えたりするのはゲート自体が不安定だからなの。そこでテレポッドの原理を応用してこの……あれ? どこだったっけ? ……あ、あった」


ハムスターのグルーミングのように体中をまさぐるルッカ。マールや、一人○×ゲームは止めなさい。見てて痛々しいから。


「ゲートホルダーを使ってゲートを安定させてるってわけ、分かった?」


「「はーい」」


俺とマールは二人揃って返事をして、ルッカはよろしいと頷く。そういう専門的なことは貴方に一任しますよドドリアもとい、ルッカさん。


「けど何で、このゲートがあの時突然開いたの?」


あれだけ一人遊びに夢中だったのに、きっちり話を聞いていたのか?恐ろしい娘っ!


「テレポッドの影響か、あるいはもっと別の何か……」


腕を組んで思案するルッカをみて、マールがそれを真似して腕を組み、難しい顔をする。可愛いね、おじさん興奮してしまうよ。


「何だかムヅカシイんだね……とにかく帰ろうよ! 私たちの時代に!」


「うん、そうね! 帰りましょうクロノ!」


おう! という前に二人はゲートの中に入って行った。
肩落ちしながら、俺もゲートの中に入ろうとする。しかし、その前にある事実に気付いてしまった。


「俺、城からここまであいつらと一切面と向かって会話のキャッチボールしてねえ」


マールとは気まずい空気になったからしょうがないとしてもルッカさん、俺を構ってあげようよ。知ってるだろ?クロノ族は一定時間人とのコミュニケーションが無いと孤独死するんだって。そのくせ自分から話しかけられないシャイ野郎なんだって。


この世界から出るときに浮かんでいる感情は、寂しいだった。
……両生類でも、近くにいれば話し相手にはなるもんだな。
目をつぶり、思い浮かんだカエルの姿は王妃様を見て鼻血を垂らしている所だった。あいつのことは忘れよう、二度と会うこともあるまい。


ゲートが閉じて、俺たちの意識は急速に薄れていった……











「それでは被告人を連れてきます!」


俺は両手を前に縛られたまま、暗い廊下を歩く。
明かりのある部屋にでて、大勢の人間が見ている中、証言台の前に立った。


「この男をどうしましょう……火あぶり? くすぐりの刑? 逆さ吊り? ……それとも、ギロチンで首を……」


「オーディエンスを使います」


「駄目じゃ、潔く死ね」


……俺が一体、何をしたというのだ。


私クロノは、裁判にかけられ、若い命を散らすかもしれない瀬戸際に立たされています。
……あれえ?



[20619] 星は夢を見る必要はない第七話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/30 09:22
事の成り行きはこうだ。
現代(俺たちの住んでいた時代)に帰ってきた俺たちは、各々行動を開始した。
ルッカはゲートの発生した原因を調べるべく自宅に帰り、研究。
俺はマールを城までエスコートをすることになり(そう決まった時何故かルッカは清水の舞台どころか、エッフェル塔から飛び降りようとしているような、断腸の思いで決意する、という顔だった)、俺としてもそう反対する理由もないので了承した。
中世(カエルと出会った時代)の時から微妙に続くギクシャクした空気を背負いながら、俺はマールをガルディア城に連れて行った。途中の森に生息するモンスター達は俺が戦うまでも無く、どこかボンヤリとした表情のマールが次々に打ち抜いていった。だから、男の俺に花を持たせてみようという気概はないのか。最近、男よりも女の方が活動的で頼りがいがあるという風潮があるが、それは決して間違いじゃないのかもしれない。火の無い所に煙は立たぬのだ。


「マ、マール様! ご無事でしたか? 一体今まで何処に!?」


城に入るなり大臣らしき男が(過去も現代も大臣の服は同じのようだ)俺の存在を無視して、口から唾を飛ばしながら走ってくる。言葉にする気はないけど、馬糞の次に嫌いな匂いが老人の口臭である俺なのでそういう嫌がらせは止めて頂きたい。


「何者かに攫われたという情報もあり、兵士達に国中を探させていたですぞ! ……ん? そこのムサイ奴! そうかお前だなっ!? マールディア様を攫ったのは!」


誰がムサイんじゃシティボーイクロノに向かって。


「違うよ! クロノは……」


「えーい! ひっ捕らえろ! マールディア様をかどわかせ王家転覆を企てるテロリストめっ!!」


マールが誤解を解こうとすると、意図的に無視したかのように大臣が大声を被せる。王家転覆を企てるだって? 困るなあ、こんな日の高いうちからお酒なんて飲んじゃあ。そんな奴が大臣になんてなるから内閣支持率が低下するんだ。何だよ非実在少年って。俺は断固としてジャン○を応援するぞ、購読してないけど。


「や、やめてー!」


マールが悲鳴を上げて、俺に近づく兵士を押し留める。事ここに至っても俺は自分の身に起きてる危機に現実感を抱けずにいた。あれでしょ? ヤラセでしょ?


「やめなさーい!」


分かってますよ、俺は騙されませんよとニヒルな笑顔で口端を持ち上げているとマールが城中に響き渡るのではないかという声で一喝した。
……ドッキリなんですよね? マールは演技派だなぁ……ドッキリですよね? ね?
マールの声に驚いた兵士達は膝を床に付けて跪いた。演技指導が行き届いてる、素晴らしい。


「な、何をしておる!」


「しかしマールディア様が……」


俺を捕まえようとしない兵士達に動揺した大臣は額から汗を流しながら兵士に詰め寄った。兵士も大臣と王女の命令、どちらを優先すべきかと悩んでいる。俺としては王女優先に一票。はらたいらさんに三千点。


「かまわーん! ひっ捕らえーい!」


大臣の言葉のごり押しに負けた兵士達は俺を取り押さえた。いつだって勢いのある人間が場を動かすのだ。勢いのある奴が間違ったことを言っているケースの方が高いのだけれども。
俺を床に押し付けながら兵士達が小声で
「貴様、マールディア様と何をしていた!」

「どこまでいった? どこまでいったんだ!」

「あの陶器のような白い柔肌に貴様の穢れた手が触れたというのか? どうなんだハリネズミ頭ぁぁぁ!!」

「何色? 何色だった?」


と語りかけてくるのはたまらなかった。


「クロノーッ!!」


マールの叫び声を聞いて、あ、これマジなんだ。ガチンコなんだ、と気づいた。









星は夢を見る必要は無い
第七話 彼の犯した唯一の罪とは











「この男をどうしましょう……火あぶり? くすぐりの刑? 逆さ吊り? ……それとも、ギロチンで首を……」


「オーディエンスを使います」


「駄目じゃ、潔く死ね」


そしてここに戻る。


大臣は俺に死ねとこの場においては冗談になっていない言葉を残して俺から離れていく。


そう、今俺がいるのは裁判場。そして俺が立たされている場所は証言台。俺のポジションは被告。俺はレフトしか任された事はないのに、こんな奇抜な位置に置かれるとは中々ヨーロピアンじゃないか。


「さて、私が検事の大臣じゃ!」


「私が弁護士のピエールです」


傍聴席の人間に聞こえるよう、裁判場に響き渡る声を出す大臣。それに比べてのほほんとした雰囲気の弁護士。あんた言う時は言うんだろうな? ちゃんと相手を指差して意義有り! って言うんだろうな?


「それでは被告人クロノ! 証言台につきなさい」


髭をもふぁもふぁ生やした裁判長の言われるまま証言台に近づく。
……なんだこれ? 現実なのか? 俺の理解を遥かに超えた現状にもう漏らしそうです。頭が熱暴走を起こしてますよ、医者を呼んでくれ。
俺の右脳が真っ赤に燃える! 理解が出来ぬと轟き叫ぶ!


「まず私からいきましょう。クロノに本当に誘拐の意思があったのか? ……いや無い。検事側は被告が計画的に王女を攫ったと言いますがそうでしょうか? ……いや違う。二人は偶然出会ったのであって決して故意ではありません」


何度も何度も弁護士に話したことを繰り返させられる。計画的に犯行しといて祭りを一緒に回るってどういう思考回路なんだよそれ。


「果たしてそうでしょうか? どっちがきっかけを作りましたか?」


大臣が俺の隣まで偉そうに足音を鳴らしながら歩いてきて問いかけてくる。


「……いや、どっちって言われても。説明すると酔ってふらついた俺にマールが跳び膝蹴りを」


「よろしい! 聞いての通り偶然を装って被告は王女に近づきました!」


「どの通りだよ! 人の話し聞けよ! このファシストが!」


「被告人、許可無く喋らないこと」


裁判長が俺を睨んで注意する。碌に生徒の言うことを聞かず一方的に悪者にする教師みたいな奴だ。時代遅れなんだよ、モンスターペアレンツ舐めんな、給食費出さねえぞコノヤロー。


「そして王女は誘われるままルッカ親子のショーへ足を運びます。その姿は何人もの人が目撃しています。そして二人は姿を消した……これが誘拐じゃなくして一体何でしょう?」


待て待て俺が誘ったんじゃねえぞ、俺は嫌だと何度も言ったんだ!
そう叫ぼうとすると裁判長がギヌロ、と俺を見る。くそっ! 何処が目か分からねえ顔の癖に!


「被告の人間性が疑われる事実も私はいくつか掴んでいます」


大臣はそんな俺をみて薄笑いを浮かべながら饒舌に話を続ける。弁護士、お前さっきから何にも役に立ってねえぞ? お前もカエルと同じがっかり属性持ちか?


「意義有り!」


怨念の篭った眼差しを送っていると弁護士が真上に顔を向けながら勢い良く右手の人差し指と左手の人差し指をそれぞれ上下に向けてポーズを決めた。何それカッコいい。今度俺も使っていい?


「それは今回の検証に関係あるのでしょうか? ……いや無い」


弁護士の話を聞いて裁判長がゆったりと顔を動かして大臣を見る。


「関係あるのかね? 大臣」



「はい。証言の正しさを示す為にも被告の人間性を知らせておく必要があります」


「……いいでしょう」


弁護士は両手で三角を作り喉の奥鳴らし、悪そうな顔になった。何そのポーズ、あんたネタの宝庫だね。
コツコツと裁判場の中央まで歩き、おもむろに体を回転させながら裁判場の扉を指差した。カッコいい! もしあんたが戦隊物のヒーローに抜擢されたら毎週欠かさず見るようにするよ!


「では証人を連れて来ましょう。被告の誠実さを証明する実に私好みの可愛い証人を!」


体を曲げた状態でキープしながら宣言する弁護士。あんたがホテルを取るなら、俺、構わないぜ……


扉を開いて裁判場に入ってきたのは俺が祭りの時に猫を探してあげた四、五歳の女の子だった。
あ、弁護士さん定位置に戻るときに僕の近くを通らないでくださいますか? ペドフィリアがうつるので。このアリスコンプレックスが。


あの時は助けてくれてありがとうね、お兄ちゃんとお礼を言いながら女の子は帰っていった。


「どうです? この若者の行動は? 勲章物ですよ」


両腕をばたつかせながら周りを見渡す弁護士。……くっ! 悔しいが、今はお前の方がカッコいい!
宙に浮けると信じて疑わないきらきらした顔で俺に近づいてくる弁護士。近いよ近い。あと抹香臭い。



「くくっ。きいてるみたいよんっ」


よんっ!? ええ年しててよんっ!?



「弁護士、よんっ。は気持ち悪い、やめたまえ。裁判長昨日鼻風邪が治ったばかりなのに寒気がした」


コンコン、と木槌を叩いて注意する裁判長。ここのシステム良く分からないけどさ、そういう事の為に使うものなのその木槌。
弁護士は一言すいません。ちょけましたと謝罪し、また傍聴席を向く。


「問題は動機です。この一市民にマールディア王女を誘拐する動機が何処にありましょう?……いや無い」



「お言葉を返すようで悪いが、財産目当てというのはどうかなクロノ君? 王女の財産に目が眩んだのだね?」


「違います」


「ほうら! 裁判長聞きましたか? この者は」


「違うっつってんだろーがあああぁぁ!!!」


「はみゅううぅぅぅ!!」


人の話を曲解し過ぎる大臣に俺は思わず後ろ回し蹴りをみぞおちに叩き込んだ。妙に萌えな声を出すなこの大臣。


またコンコン、と木槌を叩く裁判長。まずい、やり過ぎたか……?


「被告、裁判長は暴力が嫌いだ。何故なら怖いからだ。やめて下さい」


えらく低姿勢な裁判長だ。こいつのポジション、別にその辺を歩いてるおっさんでも十分できるんじゃね?


ともあれ、裁判の雰囲気は無罪に持っていけそうな空気になっている。弁護士も俺にサムズアップしているし、俺は胃のキリキリ感が収まっていくのが分かった。


「げほげほ……待ってくれたまえ、被告人。最後に聞きたいことがある」


腹を押さえながら俺を恨みがましそうに見ながら話しかけてくる大臣。ぼとぼと唾を落とすなよ、ボケが始まったのか?


「……君はマールディア王女のペンダントを奪って逃げたね?」


「はあ? 俺はマールにちゃんとペンダントを……!!」


しまった、やられた。
こいつは……あの時の俺の行動を言っているのか!?


「思い出したようじゃな……お前はマールディア様の落としたペンダントを先に拾い、すぐさま何処かに走り出した! マールディア王女が探しているのを見たくせに! これはつまりマールディア王女のペンダントを狙ったと解釈するしかない! どうです皆さん!? こんな男の言うことを信じられますか? 間違いなくこいつは王家転覆を狙うテロリストなのです!」


やばいやばいやばい! 確かにこいつの言っていることは真実! 祭りの中だ、証人も大勢いるだろう! なにより、俺はコイツの言うことを否定できない! もし否定してその根拠を問われれば、俺はマールのペンダントをゲロ塗れにしたことを暴露しなくてはならない!
背中から嫌な汗がブワッと溢れ出る。その様子を見て弁護士のピエールもどういうことだとこちらを見る。
……誤魔化せ……られない!!
……いや、いっそ正直に言ってしまおう。このまま王女誘拐を目論んだ男として罰せられるよりも、王女の持ち物を嘔吐物の海に叩き込んだ男として罰せられる方が幾分減刑できるだろう。


「違う! 俺があのペンダントを持って逃げ出したのは……」



「待って!」


え? この声は……


「お、王女様……」
まままマールさああぁぁぁん!! 一番来てほしくない時にいいいぃぃぃぃ!!
俺は言いかけたことを言葉に出来ず、放心してしまった。


「いい加減にしなさい! マールディア!」


「父上! 聞いて下さい!」


赤いマントを纏い、金色の冠を頭に載せて、威風堂々たる佇まいで裁判場に現れたのはマールの父、つまり国王ガルディア33世だった。
そのオーラは見る者を圧倒し、王たる風格を見せつけていた。


「私はお前に王女らしく城でおとなしくしていてほしいだけだ。国のルールには例え王や王女でも従わなくてはな……後のことは大臣に任せておきなさい。マールディアも町での事は忘れるのだな」


いつのまにか両隣に立っていた兵士が俺の腕を掴み、歩き出す。
俺は抵抗する気力は無く、だらりと体を動かした。


「待って! クロノを、クロノをどうする気なの!?」


必死に王に取りすがり俺の安否を気にするマール。……止めてくれ、俺のことをマールが気にする必要は無い。そう思う理由がまた酷い。


「決まっておるだろう、王女誘拐の罪ともなれば、終身刑以外にはあるまい」


「そんな!?」


国王を説得するのは無理と判断したマールは兵士の腕に掴まれだらしなく崩れている俺に話しかける。


「ねえクロノ? 一度私のペンダントを持っていったのには理由があるんだよね? だからそれを言って! そうすればクロノは無罪になるかも……だから!」


駄目なんだよマール……それは、それだけは君の前で言うことはできない。
マールの声に反応しないマールは、少しずつ顔色が冷めていき、一歩ずつ俺から離れていく。
きっとこの距離は、肉体的だけの意味じゃない。


「そんな、そんな、なんで答えてくれないの? ……本当にクロノは、私を誘拐しようとしたの? ねえ、何とか言ってよ!!」


最後の叫びは涙交じりで、怒りよりも悲しみが強くて。彼女の笑顔がどんなものだったかまで忘れてしまいそうな、悲しい顔だった。


何を言っても無反応である俺を見ているのも辛かったのか、マールは走って裁判場から出て行ってしまった。
バタバタと走る足音と、泣きながらの言葉だったので、大半の人間には去り際の言葉は聞き取れなかったに違いない。けれど、俺には分かる。だって、マールがこれ以上俺にかける言葉なんて一つしかないのだから。





「だいっきらい」





これほど腹に重たく響く鈍痛は、生まれて初めてだった。















俺は城から直接繋がっている刑務所まで長い渡り通路を後ろから兵士に押されて歩かされ、刑務所の管理人に会い、衛兵に気絶させられて、目が覚めるとそこは牢屋の中だった。
牢屋の中は正方形型で、部屋の隅から隅まで三メートル弱という広さだった。
微かに開いた穴から外の光が洩れて、そこから吹く風が体を縛る。床にコケが生えていない場所は珍しいくらいで、ベッドの布団から見たこともない虫がチロチロと生息していた。天井にはくもの巣が張り巡らされており、壁は黒ずんで、血のような染みが点々とついていた。俺の為のご飯はカビの生えたパンが一欠けら。用意されている水はコップの中に泥が入っていた。衛生面なんてまるで考えられていない環境。……こんなところに一週間もいれば発狂するか、病気になって死んでしまうだろうな。


鉄格子の向こうに衛兵が二人立っている。衛兵たちが立っている先に俺の武器とポーション等の道具が無造作に置かれている。恐らく後で正式な場所に保管するのだろう。


……当然、俺はここで生涯を終えるつもりは無い。
若い間に遊んでおけと町の老人に言われたが、青春の途中で人生を退場するなんて有り得ない。
俺は、必ずここから出る。そして自由を手にする。こんな汚ねえ牢屋で一生を終えてたまるか。


体の痺れが取れた俺はすぐに行動を開始した。
まず窓。老朽化しているので頑張って壊せば外に出れるんじゃないかと空のコップで叩いてみた。結論、壊せるわけが無い。あほか。
次に床。何かの本で床下に穴を掘り脱獄するという話があった気がする。空のコップで試してみた。結論、掘れるわけが無い。ばかか。
残るは……


「ねえねえ衛兵さん。背中がかゆいんだけど、手が届かないの、かいて下さる?」


「気持ち悪いの時空を超えてお前が魔の眷族に見える。やめろ」


衛兵さんを誘惑しよう作戦失敗。


「お、お腹が! お腹が痛い! 医者を呼んでくれぇ!」


「そこで漏らせ」


仮病で衛兵さんを騙そう作戦失敗。


「神が、神の声が聞こえる! 貴方はまさか! ヴィシュヌ様ではありませんか!?」


「おーい、後で麻雀やろうぜー」


「おー、三時間後に交代だからその時になー」


神の声が聞こえる御子を牢屋に入れておくなんてとんでもない作戦はよその担当の衛兵に俺の見張り担当の衛兵が声をかけられて失敗に終わる。
……万策尽きたか。
一日目終了。明日こそはきっと、お天道様が俺の味方をしてくれるはずだ。





「ハッハッ! こいつは驚きだ! 俺はなんてご機嫌な踊りを編み出しちまったんだ! おいあんたもどうだい!? こいつは神父の説教を聴くより何倍もノリノリになれるぜ!」


「ふぁっきん」


フレンドリィにダンスに誘う作戦失敗。後から考えれば成功したとしてどうする。


「……そうして彼の名前が決まりました。それはとてもとても長い名前で、全部話すと……」


「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけだ。寝ろ」


お腹の底から笑わせてみよう作戦も衛兵が落ちを知っていたので断念。もうなんでも良くなってきた。


「見てくださいこの輝き。落として傷ついたコップもまるで新品のようです。勿論コップにしか効果が無い訳ではありません。布に多めに付けてサッと一拭きするだけで壁の汚れもほら、簡単に落ちちゃうんです。今ならこのクロノ印の唾液を一リットル二十ゴールドで提供させて頂きます。おっ得ー! ほらほら先着順ですよ? そこのカッコいい衛兵さん! 貴方もお一つお求めになっては?」


「カッコいい衛兵さん以外は妄言として扱うことにする」


俺の唾を服に付けてその洗浄力を売り込む作戦も水泡と帰したか……こうしてみるとここの生活も様々なアイディアが溢れてきて悪くないかもしれない。
二日目終了。明日はどうしようかな、口笛でクロノソロライブを決行してみようか。今の内に作詞作曲しておかないと。





「あーけーてー! あけてー! あけてよー! あければあけるし開かざる時!」


「ああもううるせえ! 黙ってろ馬鹿!」


段々頭が弱ってきていると自覚した俺は散々牢の中で騒いで衛兵のストレスを溜めることにした。上手くいけばこれで脱出が可能かもしれない。


「馬鹿? 馬鹿って言った? 腹立つなーその言い方。はらたつのり。なんちゃって」


自分で言ったギャグで爆笑していると衛兵の一人が「おい牢を開けろ! 黙らせてやる!」と鼻息荒く命令した。カルシウムが足りてないね、君。


ゴゴゴゴ……と鉄格子が上がり衛兵が俺に近づいてくる。俺の間近に来た衛兵は剣を抜き、峰で俺の頭をぶん殴った。痛い、痛いがルッカのハンマーには遠く及ばない。


倒れた俺を見て気を失ったと勘違いした衛兵が牢から出ようと俺に背を向けた。……さあて、脱獄劇の始まりだ。


飛び起きて衛兵の剣を後ろから奪った俺は剣を鞘に入れたまま衛兵の喉に突きを入れる。悶絶して倒れた衛兵は無視して牢の中から出てもう一人の衛兵に剣を振りかぶる。初撃で兜を落とし、相手の攻撃をいなしてから相手の側面に飛び込む。王妃を倒したときの要領だ。その時に比べて迫力、難易度ともに比べるべくもないほど低いものだったが。
後は回転切りできっちり膝裏、背中、後頭部に一撃を入れて昏倒させる。
人間を殺すわけにはいかないので二人とも牢屋の中にあった鉄鎖で縛り、牢の中に入れて鉄格子を降ろした。これで俺が脱獄したことはしばらくバレないだろう。






「……これで俺の装備は全部か」


鋼鉄の刀を腰に差してから、廊下を走り出す。
牢屋の中ほどではないにしろ決して清潔ではない廊下は下を向く度に黒い虫が這いずり回っている。……俺ゴキブリが出ただけで悲鳴を上げるのに、昆虫図鑑でしか見たことが無い虫がうじゃうじゃいる所を走り回るなんて拷問だ。


すぐにでも日の光を浴びたい、その一心で俺は脚に力を入れて前へと進んでいった。


















おまけ





ヤクラと王妃




「大臣、チョコレートです。私はチョコレートが食べたいのです。チョコレートがあれば私は城に帰らず修道院の中にいますから、急ぎチョコレートを持ってきて下さい」


「いや王妃、わしはお前を殺すために連れてきて……ああ、分かった! チョコレートだな! 待っておれ今すぐこのわしが作ってやろう! だから泣くのはやめて? お前の泣き声でわしの部下の鼓膜が破れて三人戦闘不能に陥ったのじゃから」


大臣は優しい。
この大臣が本当は本物ではなくモンスターだと分かっているが、それでも私にとっての大臣は目の前で私の我侭に四苦八苦している大臣なのだ。
この前はクッキーが食べたいという私の要望に応えようとお菓子の作り方という本を読んでいたのを覚えている。きっと今回も本を見ながら美味しいチョコレートを作ってくれるに違いない。
私はそれを想像するだけで、はしたなくも唾が溢れてくるのだ。


「大臣、それが終われば遊びましょう。前みたいにモンスターに変身して私を乗せて下さい。修道院内を走り回るのです」


「いやいや王妃、わしはここのモンスターを取り仕切っておるのだぞ? そんなわしが情けない姿を部下達に見せては示しが……うぬ! 全てこのヤクラに任せるがいいぞ!」


チョコレートを作りに部屋を出る大臣は少し落ち込んでいたが、私はワクワクしていた。大臣の背中に乗って走ってもらうと建物の中なのに風を感じてとても気持ちが良いからだ。


こんなに遊んだり好きなものを食べたりという生活は今までにしたことがない。城の中の生活は別段苦しくはないし、むしろ快適であったが、こんなに毎日が楽しくて、高揚感溢れる日々は無かった。


それに、こんな風に年上の男の人に甘えることなんて今まで一度も無かった。
私の父上は厳しくて、娘の私よりも国の方が大事という御方だった。
それは為政者としては立派だし、私自身そんな父上を誇りに思っている。……けれど、私も誰かに甘えてみたいと思うのは傲慢だろうか?
私はいつも誰かに思いっきり我侭を言って、誰かに思いっきり甘えたいと常々思っていた。それは、決して叶わぬ夢だと諦めていたのだけれど……


だから私はあの本物ではないけれど、私にとっては本物以上の大臣は私の夢を叶えてくれる為に私に会いに来てくれたのではないかと思う。
都合の良い想像だとしても、私がそう思うなら、私にとってそれは真実なのだ。


出来るならば、少しでも長くこの生活が続くよう、それが今の私の願いである。
ソファーの上に置いてある、この前大臣が私の為に買ってきてくれたぬいぐるみを抱きしめながら、私の未来を想像した。



[20619] 星は夢を見る必要はない第八話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/01 02:53
牢屋を出た俺は右往左往しながら迷路のような刑務所を歩き回る。所々に突っ立っている衛兵は暗闇に紛れて近づき後ろからクロノ式ブレイバーを叩き込むとあっさりと昏倒していく。気分は伝説の傭兵。大佐! 現在の状況は!?
倒れた衛兵が必ず一つは持っているミドルポーション(ポーションの高級品)を懐に入れてホクホク顔で歩く。悪くないかもね、獄門生活。
ちょっと探検気分で楽しくなっていると明るい部屋に出て、奥に刺付きの棍棒を誰もいないのに振り回している変態を見つけた。萎えた。早く出たいこんな所。
Uターンしてまたカビ臭い通路を歩いていると今度はギロチン台に首を乗せて縛られている青年を見つけた。足掻こうとしているのは分かるのだがケツをふりふりするのはやめろ、妙な想像をしてしまう。
無視して先に進もうとすると俺を見つけた青年が大声で「ヘルプ! 助けて! ボーノボーノ!」とやかましく、このままでは衛兵がやって来てやらなくていい戦闘をしなければならなくなりそうなので縄を解きギロチン台から開放してやった。


「もっと早く助けてくれればいいじゃないか」


信じられないがこれが助けてやった後の第一声である。唇を尖らしてぶーぶー、と聞こえてきそうな顔は肘鉄をめり込ませても許されそうだった。というか、めり込ませた。


「本当は言いたくないけど、これ以上前歯を不安定にしたくないから言うよ。助けてくれてどうも。ケッ!」


これ以上ないくらい癪に障る謝られ方だったが、これ以上こいつをどついていると衛兵に気づかれそうだったので抑えることとした。だってこいつ殴られたときの声でかいんだもん。
女の子座りになって「殴ったね!? 父さんにも殴られたこと無いのに! いやあるけど!」
と叫んだときは反射的に刀を抜いていた。衛兵は殺しちゃ駄目だけどこいつなら許されるのではないか?


あっかんべー! と舌を出しながら去っていく青年を見てあいつまた捕まるんじゃないいか? むしろそうあれと願う今日この頃。俺は間違ってない。
気を取り直してまた刑務所内を探索していく。牢屋の中の骨が動いたりした気がしたが、俺は非科学的なことは信じないリアリストなのだ。これから俺のことをバンコランと呼んでも構わない。


階段を見つけたので登ろうとすると、上から黒い泥団子みたいなものを投げられた。ぺっ! ぺっ! 口の中に入った!
何があったのかと階段を駆け上がると俺の身長と同じくらいの大きさの盾が二つ置いてあった。
随分でかいな、暴徒鎮圧用かな? としずしず見ていると、その盾が動き出し裏から人間が顔を出した。俺より頭一つ分小さいその人間は俺の顔を見るなり「ひっ!」と悲鳴を上げて盾の後ろに隠れてしまった。失礼にも程がある。俺の顔を見て悲鳴を上げるなんて二日前以来だ。その時悲鳴を上げたのは俺と同年齢のカヨちゃんである。母さんを通して理由を聞くと、「クロノ君に近づくと、ルッカちゃんにお仕置きされるの……」だそうだ。何故ルッカは俺を孤立させようとする。女子は皆俺を避けるし、男子は男子で半端に人気のあるルッカとよく一緒にいるという理由から俺を毛嫌いしている。ルッカという存在はどこまでも俺の人生を捻じ曲げていくのだ。悪魔め。


「……ああ、また明かりだ」


階段を上がってすぐの扉から人工的な明かりが漏れている。電球のある生活がどれほど贅沢か骨身に染みるよ。
しかし、油断は出来ない。中を見ればまた変態が我が物顔で棍棒の素振りをしているかもしれない。ああいう輩がいる所を見ると、もしかしたらここは元々アルコール中毒者の隔離施設だったのかもしれないな。酒は飲んでも飲まれてはいけない。


恐る恐る扉に張り付き、中を覗いてみる……おや?なにやら靴の裏がこちらに近づいて、


「クロノーッ!!」


蹴り開けられた扉で鼻を強打した俺は、その反動で階段から転げ落ちて気を失った。

















初めは、偶然私にぶつかり、ペンダントを拾ってくれたから。ただそれだけだった。あとまあ、同い年の男の子と遊ぶという、女の子らしい遊びがしたかったからというのもある。
お祭りを巡って、初めて見るお菓子や食べ物を奢ってくれた。いくら世間知らずに育てられた私でも、そういう商品を買うにはお金がいるということくらい分かっていた。会ってから全然たってないのにお金を出してくれるなんて、良い人なんだなあと思ったことを覚えている。
一緒にはしゃいでみて、気を使わないで良いことも分かった。クロノは女の子の私に気を使って楽しんでいるのではなく、心の底から夢中になったり興奮しているのが手に取るように分かったから。
だって、私が凄いよ凄いよと興奮しているのに、クロノはそうかあ?どこにでもあるトリックだよ、と全然乗り気になってくれなかったり、逆に私が怖いからやめようというサーカスのテントに聞く耳持たず入ったりした。
でも、それは稀なケースで、大概私もクロノも周りの人の迷惑も気にせず(これはちょっと反省)二人して騒いでいた。
本当に楽しかった。こんなに興奮したのも、笑ったのも、また同じ人に笑顔を見せ続けていたのも初めてだった。
そうして、今度は私がルッカの実験に挑戦して、ゲートに入った時。迎えに来るのは遅かったけど、ちゃんとクロノは私を助けに来てくれた。
……なんだろう?私がクロノに抱いている……抱いていた感情は。
男女間の愛?クロノのことは素敵な男の子だと思うけれど、それは違う気がする。だって、時々訳の分からないことを言うし、私が本で読んだような恋愛ができそうには思えない。……ちょっぴり情けないし、ね。
けれど、私はクロノと一緒にまたお祭りを巡りたいと思った。
出来ることなら、クロノと一緒に色んなところを巡りたいとも思った。
……もしかしなくても、私は、クロノと……


「友達に、なりたかったんだ」


私は自室の天蓋付きベッドに仰向けで寝転がりながら、一人でぼうっと呟いた。




マールがクロノに抱いていた感情。
それは恋慕といった甘酸っぱいものではなく、また興味があるという程度の軽いものではない。
マールと同じ年齢ならば誰もが持つであろう、友愛であった。




「……なら、私がすべきことは……」


私は壁に立て掛けたボーガンを手に取り、比較的丈夫なロープのようなものを探して部屋を飛び出した。








星は夢を見る必要は無い
第八話 プリズンブレイクをそのまま訳したら牢獄破壊って、なんかアクション映画っぽいよね







「まあまあ俺も男の子だし、あんまりネチネチ言いたくないけどさ、俺を助けに来てくれたのは嬉しいよ? 純粋に。でもね、その結果俺の頭を割ってたら目的がおかしいよね? 手段と目的が入れ替わってるなんてのは良く聞くけどさ。ルッカのやったことはあれだよ、電車の中で若者が騒いでるのを止めようとして大声で歌いだす蛮行と同じだからね? なんで被害拡大に一役買うのかが俺には理解できないなあ、最先端過ぎて俺がついていけないよ。これは俺が時代に取り残されてるのかルッカが時代をぶっちぎってるのか、その辺を重点的に説明してほしい」


「もういいじゃない。幸い怪我もたいしたことなかったんだし、さらっと流しなさいよ」


ルッカが言う流すのは水的なものなのかもしれないけれど、俺の中ではその液体重油的な何かだからさ、どろっとしてからみつくぜ?


「……まあ俺の手助けをしようと善意に行動したんだから忘れてあげないでもないけどさ。一体どうやってここまで来たんだ?兵士達だってわんさかいただろうに」


俺が抱いたごく当たり前の疑問にルッカは得意気な顔をして肩から下げている鞄から茶色いダンボールを取り出した。ルッカの鞄って何でも入ってるのね、魔法の鞄みたい。


「これぞ伝説のスニーキングアイテム、ダンボールよ」


「あ、そのネタもう俺やった」


ちきしょう……とおよそ一般的な女の子の悔しがり方ではない反応を示すと、ルッカはその場で体育座りになり指で床を弄りだした。爆砕点穴の練習ですか? ルッカがそういう可愛らしいと見られがちな行動をするとどうも破壊に繋がるのではないかと邪推してしまう。


「でもこれはそう馬鹿にできるアイテムじゃないわよ? 私だってこれで何回あんたのお風呂を覗いたか……私は何も言ってないわ」


「……そうか」


分かる。どうせここで俺が追求すればルッカがハンマーを振り下ろすんだろう? さながら大海賊時代のバイキングの持つ戦斧のように。
俺の名前はクロノ、テンプレートを回避する男。……でもきっちり言い切ってから誤魔化せると思えるルッカには良い病院を紹介すべきだろうか?俺の家から二件隣に住んでいるバイアン・ジャーニーさんが経営する病院なんか良いんじゃないか?略称BJとしてトルース町の皆さんに好評の。顔に縫い後があるのと料金が割高なのが玉に傷ではあるが。


とりあえず階段で休憩してても始まらない。俺が突き飛ばされた扉をくぐり、中に入る。そこは俺が衛兵に気絶させられた所長室だった。最初はマールのだいっきらい宣言とこれからの俺の将来を考えてどん底に落ち込んでいたからよく見てなかったけど、中々良い部屋じゃないか。適当に罪人を牢屋まで案内しているだけでこんな良い部屋を割り当てられるのか。これだから公務員は。
ここにいない所長に毒づきながら軽く部屋を見て回ると、机の下に青い服を着た、所長殿が倒れていた。


「おううううわああぁぁ!!! 人が……人が死んでる!?」
ごめんなさい! よく知りもしないで楽そうだとか簡単に金を稼げるとか言っちゃって! きっと俺たち国民の与り知らぬ所で膨大なストレスを溜め込んでたんですね! まさか死んでしまうほどの心労だったとは! ……もしくは俺と同じ想像に達した人間による犯行なのか!?
ガルディア刑務所殺人事件~夜風が目に染みやがる。
じっちゃんはこの中にいる!


「色々混ざってるけど、犯人は私よ。動機はあんたを助ける為で、ついでに殺してないわ。この使い捨て人体破壊専用ドッカンばくはつピストルを使ったから。勿論のこと非殺傷設定よ」


ついでにで命の有無を扱うのかという突っ込みの前に、何かえらく禍々しい単語が聞こえたのだが。
流石巷では『黄昏よりも暗き者』または『血の流れより赤き者』と呼ばれるだけのことはある。名付け親は俺だ。


「お前が犯罪を犯して俺が涙を流しながら『あんなことする子じゃなかったんです……』と言う光景が目に浮かぶよ。少女人体実験による精神破壊とかの罪状で」


「今罪人なのはあんたよ。ほら、いいからさっさとここからオサラバしましょ、ここ臭いのよ。ついでにあんたも臭いのよ」


「お前は女子が男子に言う臭いはどれだけ鋭利な刃物になって胸に突き刺さるか分かってないんだ」


刑務所に風呂なんてなかったんだから仕方ないじゃないか。俺だって頭が痒くてしょうがないんだ。後、頭を掻く度に毛が抜けるんだけど俺この年にして若はげ確定なんだろうか? 消費税アップとかより衝撃の事実なんだけど。


俺の結構マジな注意を無視して部屋を出た。あいつとは何処かで真剣に決着をつけないと、俺は先に進めないのかもしれないな。例えばしゃべり場とかで。


「……あれ、なんだこれ」


ルッカの自称非殺傷兵器で気絶している男(顔面が識別できないほど潰れているのは置いといて)の近くに数枚の紙が綴じてあるファイルが落ちていた。
中を見ると達筆な字で

ガルディア王国刑務所所長殿へ ドラゴン戦車の設計図 ドラゴン戦車の頭には、本体が

ここまで読んだ時に、ファイルから一枚の写真が落ちた。
拾って見ると、そこにはバニースーツを着た女の子がこちらにピースサインを送っている写真だった。裏側を見ると、
『今日のわしのお気に 大臣』
と書かれていた。仕事しろよとは言わんがこういう形で性癖を暴露するのは大臣からしてもどうなんだろうか?
ファイルをもっと調べてみると他にも大量に写真が綴じられていた。むしろちゃんとした書類よりも量が多かった。この国は一度滅びなければならない。


とはいえ、何か脱獄の手がかりが書いてあるとも知れないので全てチェックすることにする。ほら、万が一ってあるじゃない? 変な意味は別にないんだよ? 青い好奇心みたいな感情は全然。俺ってば解脱するかしないかみたいな領域に来てる聖人君子だからね。


俺の精一杯の自己弁護をさらりと無視して戻ってきたルッカが写真ごと火炎放射器で俺を焼き払った。お前躊躇いなく人の事燃やすけど、全身の三分の一を火傷したら死ぬんだからね? その辺のこと分かってやってんの?
俺が衛兵達から回収したミドルポーションはここで使い切ってしまった。
……あのチャイナ服の女の子、名前はユイちゃんか。今度お店に行って指名しよう。


部屋を出ると手すりもついていない渡り通路。下を見れば地面まで数十メートルはありそうだ。ここから飛び降りて逃げる、というのは無理そうだな。
激しい風に晒されて、年中半袖の俺には辛い、ルッカを見ると寒そうに身を縮めている。一番重要なのは後ろから見ればルッカの上の服が風で持ち上がり腰の上部分が見えていることだ。フッ、とはいえ、悪いが俺はその程度で興奮する時期なぞとうに越えている。俺を興奮させたければその六倍のエロさを見せてみろというのだ。


いやあ、にしてもびゅんびゅかびゅんびゅかと風の音がやかましい。
おかげで前でルッカが持ち上がっていく服を抑えながら顔を赤くして何事か叫んでいるが聞こえやしない。いやあもう全く。
……しかし、何故ルッカはスカートの下にズボンを履いているのだ、見られるかもしれないという緊張感から女の子は気を使い安定した姿勢を得られるというのに、ズボンとは全くけしからん、最悪スパッツならば色々妄想もできように。
ここは一つ、一家言物申さなくてはならない。


「おいルッカ、パンツ見せろ」


「こっち見るなって言葉を無視してる挙句何言ってんのよおぉぉ!!!」


西部劇のガンマンみたいにパカスカ俺を撃つルッカ。甘い、現在進行形で賢者の域に片足を突っ込んでいる俺に銃弾の軌道を読むことなど造作もないのだ。さっさと全部脱げ。……あ、妄想してたら足に当たった。
こうして俺は中世で拾ったポーションを全て使い切ることになった。
ただいまの持ち物、鋼鉄の刀、青銅の刀鞘なし(青銅の刀の鞘は鋼鉄の刀を納めるために使っている)のみ。


この後上の服をズボンにインするという暴挙を犯したルッカと俺の壮絶なバトルが展開されたのだが、ここは端折ることにしよう。
ただ、痴漢と言われようが何をされようが……それでも俺は、見たかった。


「はあ、はあ、はあ……何であんたはいつどんな時でもエロいことしか考えられないのよ!」


「知らなかったのか? 男の性の欲望からは逃げられない……」


「完全に性犯罪者の台詞よね、それ……時と場所を考えれば私はいつでも……なのに」


「? おいルッカ今度はマジで聞こえない。何て言ったん……おい、ルッカ」


「分かってる。何この音? まるで大きな歯車が回るような……それが近づいてくるような……」


渡り通路の先から聞こえてくる奇怪な音に、俺とルッカは軽口を止めてその正体を探るべく目を凝らす。
……何だ? あの不細工な乗り物は?


「ハーッハッハッハー!!! 脱獄犯めが! このガルディア王国刑務所から逃げ出そうなど、そうは問屋がおろさぬわ!! ゆけいドラゴン戦車! ……寒い、この場所服がバタバタ揺れて凄い風が入り込む」


愉快な笑い声をBGMに大臣がドラゴンを模倣したというよりは妊娠中のコモドオオトカゲに似せましたというような戦車に乗りながら登場してきた。
顔の部分はラグビーボールを半分に切ってまたくっ付けたような造詣で、胴体部分はなすび型。今時おもちゃでももう少し精巧に作れそうな尻尾。動くたびに不穏な音が鳴る車輪。……まさか、こいつを俺たちに戦わせる気じゃないだろうな?適当に作った機械に過度な期待はやめてください。成長に著しい悪影響を及ぼします。


「ルッカ、俺、お前の作る機械って大概駄作だと思ってたけど、お前やっぱり天才なんだな」


「認めてくれるのは嬉しいけど、今この状況で言われるのは物凄く不快だわ」


俺もルッカも武器を取り出しさえせずに大臣御自慢のドラゴン戦車を眺める。ああ、背中の鉄板が一枚外れましたよ?


「さあ! お前達にこのドラゴン戦車を倒せるかな? さっさとかかってこい! できるだけ早く掛かって来い! 長期の稼動は想定しておらんのでいつ止まるとも知れんのじゃ!」


知ってるか? あんたみたいな奴がいっぱいいる病院の名前。そこで友達百人目指せばいいじゃない。


「な、何をしておる! さっさと来んか腰抜けめ! さてはこのドラゴン戦車に圧倒されて足が竦んでおるな? ……ああもう本当寒い。鼻水出てきた。今夜はトルース町のガールズバーで豪遊する予定なのに困った」


あんたみたいな奴ばかりだと、きっと戦争なんて起こらないに違いない。十中八九滅びるけど。


「いかんぞ、鼻水を垂らしたままじゃとユイちゃんに嫌われる。今日こそわしはあの子とアフターを決めるんじゃから」


「貴様ァァ!! そこに直れ、今すぐこの場で切って捨ててくれるわぁぁぁ!!」


「ちょっと!」


ルッカの制止を振り切り俺は走りながら刀に手をかける。
ごめん、ルッカ。でも俺は男だから、命を賭けなきゃいけない時がある。倒さなきゃいけない敵がいる。……例え、それがどんなに強大な敵だとしても!


「ユイちゃんとのアフターは譲れねええぇぇぇ!!」


前方のみを直視していた俺は、後ろから飛来するハンマーの存在に気づかず頭をドヤされる。アイテー。
足幅大きく俺に近づき、ルッカは俺の首元を掴んでがくがく揺らす。少し前のことなのに懐かしいこの感覚。



「ユイちゃんって誰?」


「え……いや、別に」


「ユイちゃんって誰?」


「だからね、ルッカさんちょっと聞いて?」


「ユイちゃんって誰?」


「……」


「ユイチャンッテダレ?」


いよいよ言葉の発音すらおかしくなってしまった。
前方の竜後門の悪鬼状態だ。竜ははりぼてだし悪鬼はすでに俺の命を握っているけれど。


「あっ! わしの服が! ああっ、下も!?」


なにやら一人芝居を続ける大臣を目だけ動かして窺うと、大臣の服が全部飛ばされ、風から大臣を守るものがふんどしだけとなっていた。
誰がお前のお色気シーンを期待したのか。乳首を隠すなゲテモノ。
……しかし良い事を知った。


「ルッカ。お怒りのところ申し訳ないが、さっきの大臣の服と同じ服を着てまたここに来てくれないか? ああ、下着は着けなくてもいい。むしろ着けるな」


「本当に申し訳ないわねそのお願い!」


俺の首を絞める強さが増した。ふむ、あと数秒で俺の頚動脈が破裂すると知っての行動なのだろうね?


溜息をついたルッカは俺を解放し、瀬戸際で俺の頭が破裂する事態にはならなかった。
敵前で味方の首を絞めるとは、ルッカの頭の中を見てみたいものだ。そしてそれ以上に服の中身を見てみたいものだ。


「もういいわよ……クロノの浮気性。今度ユイとかいうあばずれ、実験と称してこの世から消し去ってやるわ……」


ルッカが怖い顔をしているので俺はそっぽを向く。情けなくない。こういう時のルッカの顔は下手なホラーゲームよりよっぽど怖いのだから。


「いにゃああぁぁぁぁ!!」


叫び声が聞こえて、ドラゴン戦車を見ると背中に乗っていた大臣の姿が見えない。……そうか、大臣は星になったのか。汚いものを見せてくれたが、今後の楽しみとして大臣ルックという引き出しを増やしてくれた恩義は忘れない。来世で幸せになってくれ。そして末期の時の言葉すら萌え声なんだな。


運転する者がいなくなったので、俺たちはドラゴン戦車を素通りしようとする。……が。
そもそも、戦車を運転するのに背中に乗っているわけは無い。
中に誰かが乗って操縦するか、もしくは……


「る、ルッカ! 動いてるぞこのぽんこつ!」


「……そうか、外見の構造上、中に誰かが乗るスペースは無い……つまりこのドラゴン戦車、へっぽこな見た目の癖に……」


無人で作動する、自動型かのどちらかだった。



「ドラゴンセンシャ、ミサイルハッシャイタシマス」


「「ミサイル?」」


俺たちが同時にハテナマークを頭の上に浮かべると、ドラゴン戦車の背中が開き、中から八発のミサイルが……俺たちに向かってくる!?


「ううう撃ち落せルッカ! お前なら出来る! 君に決めた!」


「無茶言わないでよ! こんな改造エアガンなんかでなんとかなる訳……キャアアアアア!!」


俺たちは二人して全力で後方に走る。……背中からボカンボカンと聞こえる音は爆発音だろうか? くそ、なんであんな間抜けな見た目なのにミサイルなんて高性能なもんを打ち出せるんだ! テロリスト対策ったって限度があるだろ! あああ耳元を破片が掠めたぁぁ! 助けておばあちゃーん!


「こ、こうなったら仕方ない、奥の手ルッカスペシャル三号、テロ行動時専用反逆丸を使うときが来たようね……」


「何か秘密兵器的な物があるのか!? テロ行動時専用ってそういうことしようと考えてたのかとか無粋なことは言わん! 早く使ってくれ!」


含み笑いをしながら取り寄せバッグに手を入れるルッカ。その手に握られていたのは拳大程の大きさで、形状はピンの付いたパイナップルのような形だった。……うーん、ジェド○士?


「これは万が一クロノが死刑になり殺されていた時に王族諸共吹き飛ばそうと考えて作った最終兵器よ。まさかこういう形で使うとは夢にも思わなかったけどね」


なんでお前は南米の傭兵達みたいな方法を取ろうとするのかが不思議で仕方が無い。


「さあ! 火薬を入れすぎて広めの空き地で使っても周りに被害が及ぶであろうこの反逆丸の爆発を受けてなお原型を留めることができるかしら!?」


「ねえルッカ。俺凄い嫌な予感がする。外れないんだ俺の嫌な予感。良い予感は当たった試しがないんだけどさ」


スルー上等、ピンを抜きドラゴン戦車の足元に反逆丸を投げつける…………何も起こらないぞ?


床に伏せて耳を塞いでいるルッカに不発か? と聞こうとした矢先に、脳天を突き抜ける轟音が辺りを支配する。こっ、鼓膜が! 鼓膜がああぁぁ!!


「ふう、予想通りの威力ね」


「時間差で爆発するならそう言えよ! 耳の中でアラ○ちゃんが走り回ってるじゃねえか!」
キーン、キーンとね。


火薬の煙と、爆発で舞い上がった砂埃が晴れると、そこにドラゴン戦車の姿は無かった。なるほど、ルッカが納得するだけのことはある。素晴らしい破壊力だ。うん。本当に凄い破壊力でしたよ。


「で、どうするんだ」


「何よ? 謝れば許してくれるのかしら?」


渡り通路の三分の一が吹き飛び、助走をつけて飛んだところで消えた通路の半分にも届かない距離で地面に叩きつけられるだろう。悪いと思ってるならその尊大な態度を改めて申し訳なさそうな顔をするのが筋だと思うよ。僕の人生経験からすれば、さ。言っても無駄なのは分かってるけど。後額からどばどば出てる汗は拭いとけ、唇が真っ青になって震えてるのは寒さのせいだけじゃないよな?


どうするべきか、この刑務所を出るルートが他にあると期待して引き返すか? ……いや、出口がいくつもある刑務所なんて存在するのか? 俺はこの刑務所の中をかなり歩き回ったが、他に出口らしきところは無かったぞ?
いっそ運よく生き残れることを信じてここから飛び降りるか……? いや、自殺行為でしかない。奇跡的に生き残っても大怪我をしたままじゃまた兵士達に捕まってしまう。……どうする?


光明の見えない状況で、俺は女の子の声が聞こえた気がした。
気のせいかと思ったが、ルッカも辺りを見回していることから聞き間違いや幻聴の類ではないと確信する。
今この場に現れる可能性がある女の子といえば……まさか。


カツンという音がして、足元を見ると向こう側の通路からロープが括り付けられたボーガンの矢が落ちていた。
ボーガンの矢……もうこれは間違いないな。あのお人好しの王女様め……


ロープを近くの柱に縛り、何度か引っ張ってみる。これなら途中で縄が切れることも無いだろう、限界突破に怖いが、俺たちは縄を伝って向こう側に辿り着くことが出来た。


「おかえり、クロノ」


「ああ……ただいま、マール」


きらきらと輝く金髪をポニーテールにした、純白の服を着る少女、マールが俺たちを見てニッコリと微笑む。
牢獄に入れられた時の虚無感も、衛兵の為すがままに気絶させられ、物のように扱われた屈辱。一生外には出られないのかという絶望、それら全てを消し去ってくれるその笑顔を俺は忘れないだろう。
そうだな、もしも彼女を何かに例えるなら……それは決まっている。
俺は、念願の日の光を見つけることが出来たのだ。


俺とルッカだけでは脱出不可能な状況から脱して、その場に座り込みほっと一息つく。


「ほらクロノ、こんな所で座り込んでないでさっさと逃げるわよ。ここはまだガルディア城の中なんだから」


ルッカが俺の背中を膝で押してくる。
確かにそうなんだけどさ、気が抜けたんだよ。
そう言いかけた時、俺は声を出せなかった。
その時のルッカの顔は、一瞬だけど憎憎しげにマールを睨んでいたから。


俺とマールを置いて走り出したルッカを見て、俺に手を差し伸べるマール。
その手を取って勢いをつけ立ち上がる。「行こう、クロノ!」と笑いかけてくれるマールに分かった、と返す。
……ルッカ、お前はマールに対して何を思ってる?
足が前に動かない俺を、扉から吹く風が背中を押してくれた。




「だ、脱獄だー!!」


階段を降りて城の玄関まで辿り着くと、外に出るまで後少し、という所で兵士達に見つかった。
一度餌をあげた鳩みたくわらわらと俺たちに掴みかかる兵士達。……心なしか俺の体を掴む奴が少ないのは気のせいか?


「や、やめなさーい!!」


「ま、マールディア様でしたか!」


さっきまで二の腕やら足やらを触っていた癖にマールが声を張り上げた途端わざとらしく「気づきませんでしたなー」とか「やっちゃったぜ!」とか「超ふわふわ。極すべすべ」とか抜かし出す。特に三番目、俺の前にその首を出せ。


「この方たちは私がお世話になったのよ! 客人として、もてなしなさい!」


「し、しかし……」


それは正に中世でマールと出会った時の再現だった。
マールの言葉に納得のいかない兵士はなおも抵抗しようとするが……きっとこの先の展開もあの時と同じ。


「私の言うことが聞けないの?」


「いえ! 滅相もございません!」


兵士達からは見えない角度で俺にチロ、と舌を出すマール。即興の悪戯心で作った演出にしては洒落が利いてるじゃないか。


「そこまでじゃー!」


このまま城から逃げられるかと思いきや、城の奥からちゃんと服を着た現代のストリーキング、大臣が走って姿を現した。あれだけの高さから落ちて、俺たちより早く城に戻り服を着替え、なおかつ走れるのかよ、お前人間じゃないなオイ。


アメーバ並みの再生力を持つ大臣が控えい控えい、控えおろーうと時代劇みたいな口調で兵士の頭を下げさせる。本当やりたい放題だな、聞きたくないけどあのドラゴン戦車とかどれだけ予算を使って作ったんだよ、国民の血税をほとばしるほど無駄にしやがる。


「ガルディアーーーー、三世のぉーーー、あ! おーーーなぁああーーー!」


「父上……」


「いい加減にしろマールディア。お前は一人の個人である前に、一国の王女なのだぞ」


大臣が時代劇から歌舞伎にシフトチェンジすると痺れを切らした王が大臣を後ろから蹴り倒して前に出る。大臣は階段から落ちて頭から床に叩きつけられた。死んだかな? と期待していると「いったー、絶対赤くなってるぞいこれ。後でムヒ塗っとこう」だそうだ。頭蓋を完全に粉砕しないと死なない類の生き物なんだな、多分。


「違うもん! 私は王女である前に一人の女の子なの!」


「城下などに出るから悪い影響を受けおって!」


「おいそこの犯罪者兼脱獄者と、貧乳眼鏡女。どうじゃったわしの登場の仕方? 自分で言うのもなんじゃがイケとったじゃろ?」


「影響じゃない! 私が決めたことだもん!」


「マールディア!」


「痛いぞ娘、何故わしの頭を撃ち抜くのじゃ……ああ、そういえば胸の大きさと度量の広さは比例するという。然りじゃな」


「こんな所もうい居たくない! 私城出するわ!」


「待たんかマールディア!」


「何? 私はCカップよだと? ふむ、確かにCカップじゃな、そのカップを着けたままならば、の。ほっほっほっ」


ああ、大臣がでかい声でアホな会話するからマールと王様の大切な話が逆に浮いてしまう。お前の登場シーンなんぞどうでも……ええっ! ルッカ胸のサイズ誤魔化してたの!? え? じゃあ本当は何カップなの? B? まさかAは無いよね? 俺巨乳好きなんだけど! ところで大臣なんで見抜けるの? その技術俺にも教えてくれない? 経験の差とかならぶち殺す。


「早く行こう二人とも! もう一秒だってこんな所に居たくないの!」


「ほら、マールもそう言ってるから行くぞルッカ。俺だって大臣に聞きたいことは沢山あるけど我慢するんだから、耳の穴にハンマーの柄をねじ込むのはやめなさい。若干その大臣喜んでるから」


親の仇いや世界の仇といわんような顔で大臣に拷問をかましているルッカ。鼻をすんすん鳴らしながら涙を流している姿に兵士達数人が「俺も踏まれたい……」とか寝ぼけてる。嫌だもうこの城。碌な奴がいない。今さっきまで喧嘩してたマールには悪いけどまともな奴王様だけだ。この中で一緒に酒を飲むなら誰と問われれば断ットツで王様だわ。


ルッカを羽交い絞めにしながら扉から外に出る。
逃亡する側の俺だけど、今なら簡単に俺たちを捕まえられますけど、いいんですか、見送って。


「待てー!」


「マールディア様がいなくなれば誰がこの城の萌えを担当してくれるのだ!」


「せめて、せめて何色だったか教えてくれー!」


「豚と、豚と呼んでください! 出来たら踏んでください! 器具や衣装その他諸々は僕の家に揃ってますから!」


ルッカが涙を拭い自分の足で走るようになると急に兵士達が走って追いかけてきた。つまりあれだね、こいつらルッカの泣き顔を堪能したかっただけなんだね。
中世も酷かったけど、現代は輪をかけて酷いな、そこで生きてる人間の頭。
俺たちのようなまともな人間が住みやすいユートピアはないものか。


町に出る道は兵士達で封鎖されており、仕方なく今まで通ったことの無い道をひた走る。マールのボーガンやルッカの威嚇射撃のおかげで距離はひらいていく。
このままなんとか森を抜け、リーネ広場に着けばほとぼりが冷める迄中世に潜んでいる、これが最良の選択だと思う。本当は船で違う大陸に行くのが一番なんだろうけど、そこまで本格的な高飛びはちょっと決心がつかないし、無事逃げ切れるとも思えない。港はガルディア領なのだ、俺たちが森を出るとすぐさま封鎖するに違いない。
そうだな、まず中世に着くと城に行こう。仮にも王妃を救い出した国の恩人なんだ、何年住もうが追い出したりはしないだろう。魔王討伐やらに力を貸してくれとか言われたらまた逃げれば良い。俺たちは放浪者になるのさ!


「行き止まり!?」


俺がある程度逃亡計画を練っていると、ルッカが絶望したような声で絶望的な事を言う。ほらね、地に足をつけて生きていこうとしない人間はこうして天罰をくらう羽目になるのさ。


「……いや、待って。ゲートがあるわ!」


ゲート? こんな所になんとまあ都合よく。
……が、これは安易に飛び込んでいいのか? ゲートの先が魑魅魍魎がそこら辺を歩いてないとも言い切れない。


「行こう! どんな所でも、私の為にクロノが捕まっちゃう世界よりはよっぽどいいもん!」


俺の迷いを断ち切るように、マールがそうしよう! と体を動かし全身でアピールする。
なんとまあ、思い切りがいいというか、考えなしというか……でもまあしかし。


後ろを見るとすぐそこまで追ってきている兵士の群れ。その中に大臣も混じっているが、背の低い大臣は兵士の足にぶつかりよろよろになっている。やはり位が高かろうと無能な人間には敬意を払わないらしい。


「行くしかなさそうだな、ルッカ!」


「……ああもう、こうなりゃどうにでもなれね。行くわよ!」


ルッカがゲートホルダーを掲げると、ゲートが俺たちを包み、その場所からワープするのと走りこんできた兵士達とはタッチの差だった。
最後に大臣の呆然とした声が聞こえた気がした。










……長い。
ゲートの移動も三回目になり慣れたのか、体は動かずとも意識だけは残るようになった。
この場合の長いは、現代から遠く離れた過去、もしくは未来に繋がっているという解釈でいいのだろうか? 中世との行き来では意識が無かったのでその度合いは分からないが……
無意味に考察していると、少しづつ目の前が明るくなってきた気がする。
そうか……着いたのか。
俺は薄ぼんやりと目蓋を開いた。




ゲートは心持ち高い場所から俺たちを吐き出した。
まずは俺。思い切り背中から落ちた俺は肺の中の空気を吐き出し、新たに酸素を補給しようとすると腹の上にマールが落ちてきた。それだけでは飽き足らず、ルッカは俺の顔面に膝を叩きつけていく。こういうのラブコメ漫画とかで見たことある。見てるときは羨ましかったけど、いざ体験してみるとかなりの悶絶物なんですね。この鼻からでる血液はやったぜ! エロハプニングゲットォ! 風味な血液なのだろうか? 必死になって否定するのも馬鹿らしいので一言言っておくが、俺は痛みで興奮するようなマゾじゃない。どちらかとSっ子である。


「いったー……ちょっとクロノ、もうすこし柔らかい顔になりなさいよ、痛いじゃない」


「俺の顔の惨状を見てそういうことを言いますか貴様」


手で押さえようと指の隙間から絶え間なく血が溢れ出る。気の弱い子なら卒倒するレベルだぜこれ。


どれだけ顔が痛かろうとまずは周囲の確認をする。周りを見ると、壁の所々に穴が空いており、その隙間から精密機械らしき物が埋め込まれ、隙間を覗き込んでみれば底の方になにやら酸えた臭いのする液体が充溢している。空気は視認出来るほどの塵?が浮遊しており息を吸うだけで咳き込みそうになる。床、壁、天井全てが鉄製という、現代ではごく稀な建物のようだ。もしかしたら今回は未来に来たのかもしれない。ゲートの後ろには顔のような模様のついた扉があり、蹴ってみたがビクともしなかった。
……現状確認短いが終了。とにかく紙かなんか無いか?この勢いで鼻血が出続けたら貧血で意識を失うかもしれない。


「ほらクロノ、こっち向いて」


マールが俺の肩を叩き自分の方に向かせる。何ですか? 顔面血だらけの人の顔なんて珍しいからしっかり見ておきたいんですか? ……マール、君だけは綺麗なままでいてほしかった。


被害妄想に囚われていると、マールが俺の鼻に手をかざし、優しく触れた。すると、信じられないことに俺の鼻血が急速に止まっていく。
十秒もしないうちに血液は凝固して、固まった血がポロポロと落ちていく。


驚いている俺をマールは心配そうな顔で見つめてくる。ちょっと、瞳を揺らすのは駄目だよ、おいちゃん彼女いない暦イコール年齢なんだから、勘違いしちゃうよ。


「もう痛くない? 私の力はお母様みたいに強くないから、ちゃんと治らなかったらごめんね」


「い、いや、大丈夫だよ。もう全然痛くないから……す、凄いなマール。こんな力を持ってたのか!」


どもりながら必死に言葉を探してマールと会話する。うわ、絶対今の俺顔真っ赤だわ。ところでなんでルッカも顔真っ赤なんですか? マールに見惚れて、とかなら俺嫌だな、幼馴染がレズビアンとか。


「ガルディア王家の人間は、時々私みたいに軽い治癒能力を持つ人間が生まれるらしいの。昔はそれで次代の王を決めたとかって話もあるんだよ、まあ今は廃れた因習だけどね」


顔が赤いことをバレないようにする為の話題だったのだが、上手く隠せて良かった。俺はクールがウリなんだから、そんな無様な姿は見せられない。今年の夏はクールな男がモテるっ! て何かの週刊誌で書いてあったから、俺はそれを日々実践している努力の男。


「私が乗っちゃったお腹は痛くないよね、私は軽いから」


「……ちょっと、それはどういうことなのかしらマールディア王女」


「気づいてないと思ったの? お城であったときからルッカ、ずっと私のこと睨んでるよね、これ位の意趣返しはあって然るべきだよ」


……あれ? さっきまでの青春空間は何処? なんかギスギスしてる。何だろ、売れ込みの仕方が似通ってるアイドルが二人で会ってるときみたいなこの空気。


ルッカはチッ、と舌打ちをして壁際のマールに近づき、顔のすぐ右側の壁を力強く叩いた。バン! という音がこの小さな空間を支配する。もう怖いよやめようよ折角三人で違う時代に来たんだからもっと楽しくしようよ、遠足気分でさ。ほら、ウノやろうウノ! 俺強いんだぜウノ。来る手札によっては。


「じゃあ言わせて貰いますけどねマールディア王女。貴方は何でクロノが刑務所に入れられたのを止めなかったの? 貴方ならできたはずよね、なんせ王女なんですから」


「それは……最初、クロノのことを信じ切れなかったから……でも、今は違う。だってクロノは私の友達だもん! だから私はクロノを助ける、そう決めた。だから私はここにいるの! 違う!?」


うん、マールが俺を信じられなかったのも無理は無い。俺はペンダントの件を話してないんだから。……正直、今となってはうやむやにしといたまま終わりたいのだが。あれだけシリアスやっといて原因はゲロとか。俺どういう顔で話せばいいんだよ。


「だからクロノ。今はまだ、貴方が何でペンダントを持って行こうとしたのかは聞かない……でも、いつか、いつか話してもいいと思えたら私に話して……約束」


そんなはかない願いですら叶うことはない。
それを教えてくれたのは、笑顔の可愛い女の子でした。
小指を俺に差し出すマール。俺も小指を突き出し指きりをした。ああ、ちゃんと歌も歌うの? ……ごめん、俺それは歌えないわ。


「まだ話は終わってないの! 勝手にイチャイチャしないでよ! 鬱陶しいのよ!」


壁を蹴ってマールの指切りを中断させるルッカ。そうかな、俺はほっこりできたけどな、恥ずかしかったのは否めんが。
マールは最後まで歌いきりたかったのか、むっとした顔でルッカに向き直る。口挟んでいいのかどうか分からないけど、顔近くない? マジでキスする五秒前みたいな距離なんだけど。ここで百合展開とかもう……してもいいけど俺、覗くよ?


「まだ不満があるの? しつこいよルッカ」


「しつっ!?」


ありゃあ、ルッカさんこめかみに青筋が浮かんでますね、これは非常に危険な兆候です。私はこの状態のルッカに昔背中にゲジゲジを入れられたことがあります。絶叫なんてものでは優しすぎるものでした。凄い腫れたしね、背中。


「……二日、二日よ」


「?」


急に何を言い出したのか、と困惑するマール。それがあんたの残りの命よ! とか言い出したらちょっと面白いけどこれから俺はルッカの行動を逐一チェックしないといけなくなる。単純に言えば外れろ、この予想。


ルッカは何を言ってるのか分からないという様子のマールをせせら笑い、そんなことも分からないのかという顔をする。結果、面白いはずが無いマールの機嫌も直滑降。富士急のジェットコースターの如く。


「クロノが捕まってた日数よ……貴方はその間何をしてたの? ねえ、貴方のために危険を顧みずゲートに飛び込んでくれたクロノが牢屋で苦しんでいる時! 貴方は何をしてたのよマールディア王女!」


「そ、それは……」


「クロノを信じられるようになるまでの準備期間? 随分ゆったりしてたのね、その間クロノはずっと辛かった! 貴方が豪華な朝食を食べている時クロノはおよそ人が食べるようなものではないものを口に入れてた! 貴方が優雅に読書を楽しんでる時もクロノは衛兵の苛めに歯を食いしばって耐えてた! 貴方が当たり前のように浴びていたシャワーにも入れず虫が蠢く汚い牢屋で苦しんでたのよ!」


「そんな……私は、私だって沢山悩んで、沢山苦しんで……」


「私はね、そういう精神的な曖昧なものの話をしてるんじゃないのよ、貴方が苦しんだ? それは誰が証明できるの? 貴方しかいないでしょう? ……ああ、貴方の大好きなお父さんに相談してたかしら? だったらここに呼んでみなさいよそしたら少しは信じてあげるから!」


「もうやめてよぅ!!」


えええもう怖いよもう女子の喧嘩って本当怖い。なまじ喧嘩の理由が俺なものだから肩身が狭いし耳を塞ぐわけにもいかないし。あとさ、ルッカ俺のこと凄い良いように言ってくれてるけど、俺は助けに行く前に爆睡したり、牢屋の生活もルッカが思ってるより苦しいものでもなかったよ? 確かに食事は酷かったけど水は言えばくれたし汚いベッドも慣れたら気にならなくなるし、衛兵の苛めってどっちかというと苛めたの俺っぽいし、最後にシャワー云々って言ってるけどお前俺のこと普通に臭いって言ったじゃん。いや、今口挟んだら絶対ややこしくなるから黙ってるけどさ。


「私はクロノが捕まったのを知ったのは二日後のことだった。それから私は二時間で全ての準備を整えてすぐに助けに向かった。……この差が分かる? 私はただの平民、貴方は王族。貴方なら比較的容易にクロノを助け出せれた貴方はクロノを救えるのに最後の最後でしか助けに来なかった! 私が貴方ならすぐに助けた! どうして!? 何故クロノを助けてあげなかったの!?」


気のせいだろうか? ひぐらしの鳴き声が聞こえる……そして何故か一人っ子のルッカが双子の妹に見える……それも実は姉みたいなややこしい設定で。


「貴方には分からない! 王族である苦しみは! どれだけ重いものを背負わされているかも! 私だって……私だって貴方の立場ならすぐに助けに向かったもん! それも最後の最後でポカなんてしない! ルッカはクロノを助けたっていうけど、結局出口を壊しただけじゃない!」


それを言っちゃあお終いだよマールさん。まあ、ドラゴン戦車が本当に放っておいたら勝てる代物だったなら、牢屋からは脱出してたルッカのやったことはマイナスでしかないけども、そういうのはやっぱり心意気じゃない?


「……よくも言ったわね! もう王女だからって遠慮なんかしないんだから!」


「よく言うよ! 最初だけじゃない遠慮なんかしてたの!」


そうしてここに始まるキャットファイト……あかんあかん! 手は出したらあかんでえ! 昔から喧嘩は手え出した方の負けと言うでなぁ! ここ、ここはおっちゃんの顔に免じてええぇぇぇ!!!


二人のガチバトルは互いのクロスカウンターが俺の顔に爆誕して一先ずの終結を迎えた。燃え尽きたぜ……真っ白にな……








「ごめんねクロノ……ごめん」


鼻を鳴らしながら俺の顔を治療してくれるマール。いや、凄い有難いし痛みも消えていくんだけど、顔近くね? 君のATフィールド狭いね、もしくは無いよね。
……いや、正確には今さっき築かれたんだよな、心の壁。
ルッカはもうマールの存在を完璧に無視している。一方マールもルッカを無視しようとしているのだが、やっぱり自分を無視するルッカに苛立ってしまう。第一回戦はルッカに軍配が上がりそうだ。勝負の決め手はあれか、ルッカの性格の悪さ……もとい…………うん、ルッカの性格の悪さが功を奏す結果となったようだ。
しかし、これは俺も意図してのことではない……つもりなのだが、やられっ放しのマールに心持ち優しくしてしまうのがルッカの機嫌を損ねている。このように両者互いに拮抗して、そのせいで二人の仲はグングン悪くなっていく。かといって俺がマールの味方をせずにいるとマールがやられっ放しで壊れてしまうかもしれない。……まあ、心情的にルッカの言うことも俺のことを思ってのことだし、理解したく無い訳ではないのだが、やはり俺はマールの言い分で良いと思う。結果的に俺たちを助けてくれたんだし、マールのことだから俺が牢屋の中にいた二日間、本当に悩んでくれたのだろう。多分俺自身よりも辛かっただろうし。
が、だ。ここで俺がマールの言い分を完全無欠に認めてルッカに謝れ! と言えばどうなる? 本心から自分のことを助けようと発言した友達の頭をしばいてごめんなさいしろ! と言うのと同義じゃないか。優柔不断と言われようが、俺にはどうすることもできない。


……まあ長々と心境を綴ったが、本音を言えば勘弁してくれ、だ。
あれからゲートのあった建物を出た俺たちは当ても無く歩き続けた。
それだけならば良い。しかしルッカは完全にマールを無視しているから俺にだけ話しかける。変に対抗心を燃やすマールは負けじと俺に話しかける。二人が二人とも相手の声に負けないような声量で話しかけるので最後には言葉なのかどうかも分からない叫び声を響かせる。もう俺頭痛いよ泣きたいよ。
それで息切れするまで叫んだ二人は深く息を吸いげほげほ咳き込むのだ。先述した通り、この未来(ルッカが俺にだけ向かって文明が発達した世界だと話してくれたので、確たる証拠が見つかるまでそう呼称する)は非常に空気が悪い。その上外は風が強く、赤茶けたサビが混ざった砂が舞っているのでそりゃあ咳き込むさ。
すると二人は咳き込みながらどちらの心配をするのかと俺を睨む。最初は二人とも近くにいたので右手でルッカの背中を、左手でマールの背中を擦ってやったのだが、どうしても勝負をしたい二人は咳き込むと互いに離れるようになった。どちらかの背中しか擦れない距離に。
俺が出した答えはどっちの背中も擦らないだった。こういう時になんで選ぶ側がどちらかを見捨てるというリスクを背負わなくてはならないんだ。だったら俺はどっちも見捨てる。外道じゃない、これが正解なんだ。


未来に着いてまだ三十分と経っていない。
俺たちは、いやさ俺はこの時代を無事に生き抜けるのだろうか?



[20619] 星は夢を見る必要はない第九話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/03 00:20
空に太陽の姿は無く、黒雲が立ち込めた光景はこの世界に生ける者など無いと通告されるような世界で、俺たちは廃墟と言っても差し支えなさそうな半球型の建物を見つけて、その中で俺たち以外の人間と出会うことが出来た。
彼らは一様に項垂れて、その姿は薄汚れ、体からは腐臭がする。目は何も映してはいないような光の無い目つきで、話しかけても大半が「ああ」とか「うう」と、正しく死人のような反応だった。
一人、こんな荒廃した世界でも物の売買を行っている人間がいたが、俺たちが金を持ってないと知るや否やまた汚い床に座り込んだ。……何かごめんなさい。
さらに、聞き取りづらい声で男が人間が二人ほど入れそうな機械を指差し、聞いてもいないのにどういうものなのか説明してくれた。恐らく、話し相手が欲しかったのだろう、ここにいる人間達は満足に会話をできる状態には見えないし。


「この機械はエナ・ボックス。中に入って数秒で体力、怪我を治してくれる優れものだ……だが、空腹感だけは治しちゃくれねえ……ここにいる奴らはこれで体力を回復させて生きながらえてるが、常に頭が狂いそうな空腹感に責められて、生きる気力を失ってるのさ……」


こんな空気の汚れた世界では作物も育たないのだろう。それ以前にここまで疲れきった表情の人間達に何かを育てられるとも思えないが。
ともあれ、疲れている俺たちはエナ・ボックスで体を休めようとまず俺が一人で入ろうとしたが、それを男が止めた。いつバッテリーが止まるか分からないので、入るなら三人一緒に入ってくれだそうだ。
まあ、中が二人程度の広さしかないエナ・ボックスでも、詰めればなんとかなりそうだ。しかし、ここでトラブルが起こった。
俺が一番奥に入ると、二番目に誰が来るかでマールとルッカが騒ぎ出す。正確には、騒いでるのはマールだけで、ルッカはいち早く中に入り込んだのだが。
ルッカの服を掴んで外に引きずり出そうとするマールだがルッカは微動だにしない。その様子を見て呆れた男は「しゃあねえ、バッテリーがもったいないが、お嬢ちゃんは後な」と言いながらマールを一度外に連れ出してから、エナ・ボックスを作動させた。体の到る所に機械が装着されて、体の痛みや疲れがグングン消えていくのが分かる。……同時進行で空腹感が促進していくのも分かるが。


「多分、体力の回復や傷の治療の為に体の再生速度を上げている分、カロリーなんかを消費させてるんじゃないかしら?」


状況を分析するルッカ。あのさ、二人しか入ってないんだからそんなに体をくっつけなくていいよ? 満員電車で痴漢されてる女子高生の気持ちになる。


外に出ると目を赤くしたマールが俺を睨んでくる。ルッカの見下すようなどや顔を見て頬が限界まで膨らんでいく。こんな魚いるよね、ハリセンボンだかなんだか。


さて、後はマールがエナ・ボックスに入れば良いだけなのだが……何故に俺を引っ張るマールさん? 後マールのすることに我関せずだったルッカさんも俺を引っ張るのは止めて頂きたい。「彼は私のよ!」みたいな構図だけどそんな可愛い力じゃないからね、二人とも。肩からごりごり音がしているのを感じる。やめて、ちょっと冗談じゃすまないからこれ。
結局俺の両肩が脱臼してまたマールとエナ・ボックスに入ることになった。ああ、平安時代の都の平民はこんな空腹感を耐えていたのか。
後さ、外から鬼のような形相で睨むのは勘弁してくださいルッカさん。マールも煽らないで、向かい合わせになって抱きつかないで。っていうかこんなことされたら普通に勘違いするですよ俺? 若いんだから俺。


体の疲れは癒えても、心の疲れ及び空腹感に俺の生きる気力はドリルで削り取られるようだった。天元突破しんどい。


数少ない会話の出来る人間の話だと、東の16号廃墟という所を抜けると、もっと人がいるアリスドームという建物があるらしい。ここにいても何も始まらないし、そこに食える物があるかもしれない、まずはそこに向かった。


さて、問題の16号廃墟だが、暴走した機械だかミュータントだかモンスターだかが有名な歌手でも来てるんですかという程集まっていた。
踊り狂いながら襲い掛かってくるキチ○イみたいなモンスターもいれば「ななななんですか!? 僕何も悪いことしてないよ!」みたいな顔で太腿くらいの大きさの鼠がそこらを駆け回ってたり、なおかつその鼠ときたら人のポケットからここで拾ったエーテル(精神力を回復させる高価なお薬。売れば宿屋を百回くらい利用できる大変高価な代物)をスリやがる。なんでそんなに驚いた顔をしながら人の物を平然と取れるんだよ、何だよその二面性。ペルソナか。
他に装備類以外一切アイテムを持ってない俺たちから(流石に刀やエアガンやボーガンのような重いものは取れないらしい)鼠はとんでもないものを盗んでいきました。マールのブラジャーです。どうやって盗ったのか分からんが、気づけば鼠がしてやったぜ見たいな顔でブラジャーを口に咥えていた。
マールが絶叫をあげる頃には俺はフガフガ言いながらその鼠を追いかけていた。途中でモンスター達が何匹か俺の前に立ち塞がったが刀を一閃して薙ぎ払う。俺の前に立つ者は、何人たりとも切り捨てる!
爆走中の鼠が、一度だけ俺を見る。
――――ついてこれるか?
――――馬鹿言え、テメエが俺に
俺と鼠の熱い視線の交わしあいは鼠に銃弾、俺のケツに矢が当たり終わった。
ルッカよ、今まで喧嘩していたマールの手助けをするのはおかしいじゃないか。
聞いてみるとあの子のためじゃなくて、あの子の下着に執着する俺に腹が立っただそうな。
マールよ、俺は君の下着を取り戻すべく鼠を追ったのに何故このような仕打ちをするのだ?
聞いてみると俺は走りながら「そのブラジャーをクンカクンカするのは俺だああぁぁぁぁ!!」と叫んでいたそうな。
マールの機嫌が直り、治療してくれるまで俺はケツから血を流しながら歩くことになった。
16号廃墟を歩いていると、鼠に盗られたエーテルの他に日本刀のような形の白銀の剣と、同じく白銀で出来た弓矢を見つけた。弓矢を使える人間は他にいないのだし、俺が持って近距離中距離を戦える万能戦士になろうとしたら、マールが弓の心得を得ているらしく、ボーガンを捨て白銀の弓を持つことになった。ちぇっ、レゴラスって呼ばれたかったのにな、指輪物語の。
最後に妙な指輪を拾った。英語表記でバーサクと彫られたそのデザインを気に入ったマールが指につけた途端はっちゃけだすという出来事があった。「何で!? 何でクロノは半ズボンを履かないの!? どうして背の高い精悍な男の人と抱き合ったりしないの!? 妄想出来ないじゃない!」と詰め寄られたときには間違いなく俺とマールの間にベルリンの壁が出来た。俺はもう、笑えない。
後さ、マールの話に心持ち頷くのは止めろルッカ。お前はそういうんじゃないと信じていたのに。お前らもう仲直りすればいいじゃん、趣味合うじゃん。俺を肉体ともに精神的に苛めるっていう。それから下品なことは言いたくないけど、俺は突っ込まれる側じゃねえ。



そうこうしている内に、俺たちは無事(俺のケツ以外)16号廃墟を突破した。
……しかし、三人で戦っていると、ルッカとマールの連携に不安が残る。
なんだかんだでルッカが危ないときにはマールはルッカの援護をする。しかし、ルッカは一切無視。マールの後ろに敵がいても声をかけたりすらしないのだ、そのため俺はマールの近くに敵がいないか細心の注意をしなければならず、そのことに気づいたルッカは「えこ贔屓よ!」と怒る。
その上、マールに助けてもらってもありがとうどころか目も合わせない。
……これは流石に怒るべきだとルッカを怒鳴れば、それをマールが止める……いいのか、マール。


「いいよ、ルッカなんかと話したくないし、お礼なんか言われても嬉しくないもん」


そういいながらも、マールの声は暗く、笑顔が見えることは無い。
きっと、マールは口では悪く言いながらもルッカと仲直りがしたいのだろう。マールにとって初めて出来たと、そう思えた女友達なのだからそう簡単に気持ちを切り替えられる訳が無い。
……俺は、これ程健気なマールを無視し続けるルッカに、強い憤りを感じた。ルッカ、お前、本当にこのままで心が痛まないのかよ……







星は夢を見る必要は無い
第九話 男同士の喧嘩は見てて笑えるけど、女の子同士の喧嘩は見てて辛い








荒野を歩き続けていると、遠くにまたドームを見つけた。多分、あれがアリスドームだろう。俺たちは早足で近づいていく。口にはしないが、腹減り度がもうえらいことになってるのだ。ダンジョンRPGなんかだと今すぐリレミトを唱えないと死んでしまうくらいに。
しかしこのアリスドーム。近づいてみると最初に着いたドームと大差ないほど崩壊している。食料の自給自足なんて到底できるとは思えない。……いや夢を信じよう。俺たちは、俺たちだけはここに食べ物の類があると信じなければならないのだ。でないとやってらんない。


「あ、あんた達どっから来なさった……そして食べ物の類はどこにある? もし持っているならわし達に分けるがいい……いやさ、わしじゃ、わしが貰うんじゃ! わし以外の愚民に米粒一つとて分けるわけにいくものかあぁぁぁ!!」


「ドンじいさん! てめえ自分だけ抜け駆けしようってのか!?」


「うるさいわい! この御時勢、人のことを思いやること程愚劣極まるものはないわ! さあ旅人さん、わしに食べ物を! ……そうか渡さん気じゃな! よろしい、ならばその身で知るがいい! 我がドン流拳法鷹の舞を!」


食べ物を分けて貰うという事は、どれ程辛いことなのか、俺は思い知った。ゆーか、あんたら元気じゃん。あのドンとかいう爺さんめがっさ元気じゃん。デンプシーロールが中々様になっている。左右に上体を揺らすって結構体力使うのに……あ、近くのおばさんに蹴り倒された。側面からの攻撃には滅法弱いのがデンプシーロールの弱点だよね。


アリスドームに着いて俺たちの最初の行動は食欲に全てを捧げた暴徒の鎮圧兼説得だった。








「なんじゃ、食べ物は何も持っておらんのか……しけておるの、変に期待させおってからに」


全員をど突き倒してから、俺たちは食べ物を持っていない、西の廃墟からここまで食料を求めてやってきたと説明すれば、ドンは忌々しそうに俺たちを見回し、痛烈な舌打ちをかました。
最近は迷惑をかけても謝らない、というのが流行っているのだろうか? ギロチンにかけられた青年といい、このじいさんといい、人間がいかに汚く醜い生き物なのか痛感させられる。人生の先達として俺たちにもっと誇れる行動をして欲しい。


「食料ならほれ、そこの梯子から地下に行けば大型コンピューターに食料保存庫があるぞい。しかし、警備ロボットが動いていて近づけん……皮肉なもんじゃよ、わしら人間が作り出したロボットに遮られるとはな……そこの警備ロボットを倒せば食料を分けてやるわ。まあ、お前らみたいな若造ではまず無理じゃろうがな」


けっけっけっ、と人間らしからぬ笑い声を嫌味に響かせるドン。気づいていないのか? ルッカの指が引き金に掛かっていることを。


俺やルッカが無言でドンたちアリスドームの人間を睨んでいると、マールが一人地下に繋がる梯子に手を掛けて、下ろうとする。
それを見て慌てたドンがマールに近づいていく。


「おまえさん、地下に行く気なのか!?」


「もっちろん!」


「血肉に飢えた私らが何度挑んでも地下には行けなかったのだぞ?」


その言い方はリアルで嫌だな、もっと言い方は無かったのか?血肉とか言われたら危ない想像しかできないよ。


「そんなの、やってみなきゃ分からないもん!」


梯子を下りながら睨みつけるマールと上から見下ろすドン。何だこの構図、もしかしてちょっと良いシーンなのか?


「……お前さんのような生き生きした若者を見るのは久しぶりじゃ。気をつけてな、そして生きて戻って来いよ」


力強く頷き、マールの姿は地下に姿を消した。
それを追おうと俺も梯子に近づき、ルッカもそれに倣う。
俺たちが梯子に手を掛けた時、ドンが放った言葉は「わしらの分の食料もきっちり持って来いよ」だった。頼みごとをするならもう少し低姿勢であるのが自然の摂理だと思う。この世界ではそれが一般的だとか抜かすなら仕方もあるまいが。


梯子を下ると、奥に二つのドアがあり、そのうち一つは途中で道が無く、もう片方にしか行けないようになっていた。それぞれのドアの間に複雑そうに絡み合った機械が鎮座されており、機会に貼り付けられた紙にはパスワードを入力してくださいと書かれていた。


「多分、ここにパスワードを入力すればもう片方のドアに続く道が出来るんでしょうね……パスワードの解読かあ……実家の機械があれば出来ないこともないんだけど、工具しかないこの状況じゃあお手上げかしら」


進むことの出来るドアの上にはプレートが付けられてあって、そこには食料保存庫と書かれていた。良かった。大型コンピューターとやらには全く興味はないが、食料保存庫への道がないのならアリスドームに来た意味は無い。うっとうしいじいさん達を殴るためだけに来たという途方も無い馬鹿をやりに来ただけとなってしまう。危ない危ない。


食料保存庫へ続くドアを開けると、いきなり鉄骨の上を渡らなければ食料保存庫には辿り着けない構造になっていた。鉄骨の下はアリスドームの最下層まで続いており、落ちれば即死、死神がスワッ、と現れる仕組みだ。
恐る恐る四方に繋がった鉄骨を渡っていると後ろにいるルッカが「押さない……私は、押さないわ」と呟いている。当たり前だ。早く渡ったからってチケットを貰えるようなもんじゃないのだから。お前の考えだとこの先にいるであろう警備ロボットとの対決方法はEカードになってしまう。


鉄骨の上にあの下着泥棒鼠が座っているのを発見したマールは先頭のポジションを俺に譲る。俺だって下着が取られたら困るんだけどな。
しかし近づいても反応しない鼠を見て不思議に思い、触ってみても感触は本物だがやはり逃げようとも物を盗もうともしない……置物のようだな。


死の鉄骨渡りを終えて、俺達は次の扉を開き、中に入るとビーッ! ビーッ! とけたたましいアラーム音が聞こえる。何々? 煩いよ、今何時だと思ってるのさ? 俺も分からんけど。


「警備ロボットが近くにいるみたいね。戦闘準備よ、気を抜かないで」


「この近くに!?」


ルッカの言葉に反応してしまったマールは思わずあっ、と口を押さえる。それも、ルッカは完全にシカト……これから戦いが始まるってのに、こんなので良いのか?


「おいルッカ、お前さ、いい加減に……!?」


俺の言葉を遮り、天井からとてつもない大きさのロボットが落ちてくる。
その大きさはあのヤクラの三倍はありそうな巨体。中央には目玉のような機械が俺達を見据え、遅れて左右に球型の機械が浮遊しながら下りてくる。その光沢は俺達を威嚇して、中央の機械上部から吐き出される蒸気は攻撃準備態勢に入ったという狼煙のようだ。表面に張り巡らされる電気の線は幾筋にも重なり、中央の目玉に集まって、どこからか機械的な声が聞こえる。


「ヨテイプログラムヲ ジッコウセヨ」


「く、クロノ! 何が起こったの!?」


「これがドンの言ってた警備ロボットなんだろ! くそ、なんてでかさだよ、予想外だ!」


こんな規格外の大きさ、黒人のお兄さんじゃなくても予想外デス!


「行くわよクロノ、ドラゴン戦車の時とは違って、真面目に作られた警備ロボットだからね、気を抜いちゃ駄目よ!」


「あんなもんと比べるかよ、これとあれじゃあ月とすっぽん、岡崎に誠だ!」


マールの岡崎とか誠って誰? という質問には答えず、俺は刀を抜き払った。
……こんな奴に刀が通るのか?








「よさこおい!」


中央の巨大マシンに俺の振り下ろしは思ってた通り刃が通らず、代わりに左右の小さなマシン(これからはビットと呼称する)から同時にビームが俺目掛けて放たれた。直撃は避けたものの、やべっ、俺の髪が蒸発した音がした。これは当たれば死ぬな……
その隙を狙いルッカが右のビットを、マールが左のビットに攻撃する。マールの弓矢はビットに突き刺さり、かなりのダメージがあったと思われるが、ルッカのエアガンはビットの装甲に弾かれて、ものともされなかった。


「ちっ! おいルッカ、お前あの反逆丸とかいう物騒な爆弾まだ持ってないのか!?」


「あれは自爆テロ用なんだから、何発も持ってるわけ無いでしょ! あれっきりよ!」


こういう時のルッカの秘密兵器には期待してたんだが……今更嘆いても仕方ないか!
俺は白銀剣を鞘に収め、巨大ロボットを使い三角飛びの要領で右ビットに切りかかるが、刃先が掠めただけで、切り壊すには及ばなかった。
すると右ビットが俺目掛けてレーザーを放とうとする。俺の顔が青白く光り、危うく脳天に風穴を空けられるというところでマールの弓矢が右ビットを貫き、完全に破壊する。


「助かった、サンキューなマール!」


マールは俺の感謝に親指をぐっ、と上げて応え、今度は右ビットに狙いを付ける。
右ビットにはルッカがエアガンを撃ち引き付けているが、一向にダメージを与えられる気がしない。当たった銃弾は反射して辺り飛びかっている始末だ。


「ルッカ! お前のエアガンじゃダメージは与えられない! 跳弾が危ないし、攻撃は止めて後ろに下がれ!」


「嫌……嫌よ」


「ルッカ!」


俺の制止を聞かずエアガンを撃ち続けるルッカ。何意固地になってんだよ! お前が悪いわけじゃ無えんだから、後ろに下がれよ馬鹿!


「だって、マールばっかり役に立って、私何にもしてないじゃない! 私だって、こんな奴一人で倒せるんだから!」


「ルッカ……お前……」


白銀の弓という強力な武器を手に入れたマールと違い、今も改造のエアガンを使っているルッカは確かに、今に限らず16号廃墟においても決め手に欠けていた。
どんどんルッカの苛々が溜まっていったのにはそういう理由があったのか。
……劣等感。
ルッカは昔から、同年代の女性よりも、群を抜いてプライドが高かった。それは自分がどんな人間よりも努力していると自負しているから。
実際、町に繰り出して彼氏を作ったり、美味しいケーキ屋巡りをしている女の子達に比べ(それが悪いなどと言うつもりは毛頭無いが)ルッカは常に研究に力を注いでいた。お洒落に身を投じてみたいときもあっただろう。カッコいい彼氏とデートに行ってみたいと思っただろう。それらを全て母の死という呪いに阻まれて、ただ一つ、科学という魔物に囚われ努力を惜しまなかったルッカ。
そんなルッカが生き死にの危険がある旅に同行する、マールというある意味自分にとってライバルとなった少女に対抗心を持ったのは、決しておかしなことでは無かったのか。
戦いという科学が関係ない土俵においても、ルッカはマールには、マールだけには負けたくなかったのだろう。……そして今、その感情が爆発して、マールが倒せたのならば、自分に倒せないわけが無いという強迫観念に突き動かされている。
……普通ならば、俺はルッカの考えを尊重してやりたい。しかし、これは戦いだ、生死の危険がある戦いなんだ。そこで冷静さを失うということがどれだけ危険なことか、分からないではないだろう!


「ルッカ、お前の気持ちは分かるけど、今はそんな時じゃないんだ、早く後ろに下がって援護を……」


「じゃあ、いつがその時なのよ!」


「……!」


そりゃあ、俺の言葉も止まる。
……何度見ても、女の子の、それもルッカの泣き顔は慣れるもんじゃない。
ルッカは涙も鼻水も溢れさせて俺を見ていた……


「これから先がある? 今は仕方ない? そんな台詞はね、弱者が使う言い訳よ! 私はルッカ、科学は勿論、全てに置いて誰にも負けるわけにはいかないの! それは戦闘だってそうよ! 何より……」


「危ない、ルッカぁ!」


遠くでマールが、ルッカの身を案じる叫びが聞こえた。


「クロノがいる所で、他の女の子に負けるわけにはいかないのよ!」


バシュ、という音とともに、ルッカが巨大マシンの放ったレーザーに打ち抜かれた。


「……ルッカ?」


ゆっくりと、床に体を打ちつけるルッカ。
俺の目はその様子をしっかりと捉えて離さない。
体から赤い何かを撒き散らして、その目は何も映していない。ルッカの涙がきらきらと宙に広がって、その水滴が床に着くよりも早く、赤い染みが床を濡らしていく。ルッカの体から円形に広がるそれは……もしかして……


「……血?」


一歩一歩ルッカに近づく。その行為すら認めぬというように巨大マシンが俺にレーザーを放つ。肩を掠める。焼けた肌から血があふれ出す。痛くない。


ビットが俺に直接体当たりを繰り出す。俺は回し蹴りを当てて、壁に叩き付けた。邪魔をするな、俺が彼女に近づくのに邪魔をするな、今も彼女は苦しんでいる。声は出していないけれど彼女はきっと痛がってる。
小さな頃からそうだった、ルッカはどんなに悲しそうにしていても、どんなに苦しい思いをしていても、俺が近くにいれば笑っていた。笑ってくれた。その度俺は救われた。
そう、ルッカが俺を救ってくれたんだ。俺に人を守るという事を教えてくれたんだ。きっとルッカは今回も笑ってくれる。クロノがいれば痛くないよって笑ってくれるんだ。きっとそうなんだそうでないとおかしいだって辻褄が合わない今までそうだったんなら今回もそうであって然るべきでそこに嘘は無いはずいやそうに違いないそこに疑いは無い疑いはいらないほらもうすぐルッカの体に触れることができるもうすぐルッカの顔が見えるもしかしたら今彼女は笑顔なんだろうかそうだったら嬉しいないやきっと笑ってくれている俺が心配してしまうから彼女はきっと笑ってるだってルッカが笑っている様子が思い浮かぶんだそんな未来が見えるんだだったらこれは勘違いなんかじゃなくて真実であれあれルッカもうお前の顔が見えちゃうよ早く笑ってよ目を瞑ったままじゃ笑ってるなんていえないよほら早く早く口を結んで目を開けていつもみたいに世界で一番綺麗な声で笑ってくれよ大きな声で誰の耳にも聞こえるくらいにそうすれば俺は自慢するんだあの気持ちのいい声で笑うのが俺の幼馴染なんだってだからほら早く


「……笑って……くれよ……なあ」


腕の中にいるルッカが少しづつ冷たくなっていく。
俺の幼馴染のルッカが、俺のルッカが冷たくなっていく。彼女の体温はとても高いのに。彼女近くにいれば俺は笑えるのに。どうして俺は今笑ってないんだろう?


「クロノ……」


マールが心配そうに声をかけてくれる。その顔はルッカのことだけを考えていることが分かる。
そうだ、彼女を守れない俺の事なんか一切考えなくて良い。そんな俺に存在意義は無い。


「マール、ルッカを外に連れ出して治療してくれないか?」


「分かった、必ず助けるよ」


ルッカの体をマールに預けて、マールが部屋から出るのを阻止させまいと巨大マシン達に向かい合う。こちらの様子を窺っているのか、攻撃は無かった。


「マール、弓矢を一本貸してくれ」


「え? ……分かった。頑張って、そいつを叩き壊して。原型も残らないくらいに」


「言われるまでもないさ、ルッカをよろしく」


マールが投げた弓矢を後ろ手に受け取り、刀を抜く。
マールたちが部屋から出た後、理解が出来るか知らないが、俺は巨大マシンどもに宣言する。


「お前達が傷つけたのは、俺の幼馴染だ」


一歩踏み出す。こいつらはまだ攻撃してこない。分かる、これは直感ではなく、確信。


「ルッカは俺にとって何か?」


もう一歩踏み出す。まだまだ、ここはまだあいつらにとっての防衛ラインじゃない。


「俺の全て、そんな簡単な答えじゃない。それでも複雑なものでもない」


さらに一歩。ここが、境界線。あいつらが俺に攻撃を開始する、最後の。


「ルッカという存在は、俺を内包する世界程度で収まる人間じゃないんだ、分かるか? つまり、ルッカを傷つけたお前達は……」


右足を強く蹴り出して、同時に俺のいた場所に閃光が走る。


「俺のいる世界、俺のいない世界、俺が生きているこの瞬間、俺が死んでいるその瞬間で、その姿を現すべきじゃねえんだよ!!」


切り壊す。お前がいることは、俺が作る世界で有り得ることじゃない。存在、意味、意義。その全てを破壊する。お前の罪はそれでも飽きたらねえ。無機物風情が、俺の世界を侵した事を後悔させてやるぞ……!











「ルッカ、ルッカぁ!」


幸い、ルッカの傷は肩を貫いただけで命に別状はなさそうだ。……ただ、それは現代のように薬が揃う時代においての話。
この荒廃した世界では満足に治療もできないだろう。私の治癒能力で助けることが出来ないなら、ルッカは……


「考えるな、助けるんだ私が。クロノに頼まれた、私がクロノにルッカを助けてくれと言われたんだ!」


……本当にそれだけが理由? ……いや、それはきっと違う。
有り得ないことだけど、もしクロノがルッカを助けてくれと言われなければ私はルッカを見捨てていたのか? この憎たらしい、自慢好きで説明が分かりにくいこの女の子を。
……それこそ有り得ない。だって、ルッカは、多分私を嫌ってるこの女の子は……


「私の、初めての女友達だもん……」


誓おう。私はルッカを治療する。この約束が破れた時、なんて仮定の話はしない。そんな可能性は存在しない。
私が治すと決めたのだ、マールディア王女である私ではなく、マールである私が。


「ごく普通の女の子が決めたんだから、それが破られるはず、ないもんね」


私は、目を閉じて、精神を集中させた。
思い浮かぶはルッカの嫌味そうな顔でも、私を無視している冷たい顔でもなく、私に笑いかけてくれた綺麗な笑顔。














レーザーが来るだろうと予測した場所に注意を重点的に置いて、その予想は的中し、高熱の線が俺の脚を掠めて後ろの壁に焦げ後を作る。次にビットが俺の頭を吹き飛ばそうとミサイルを至近距離でぶっ放す。俺は刀の横腹で軌道を逸らし、返す刀でビットに切りかかるが、ビットは空中に逃げた。……埒が明かない。このままじゃジリ貧だ。せめてビットを壊さないと、巨大マシンを相手に出来ない。
ビットがもう一度体当たりをしてきたのを見計らい、俺は壁にマールから貰った弓矢を突き立てた。これだけ深く刺せば、抜けることは無いだろう。
ビットの体当たりを刀の鞘で受け止めると、また空中に逃げようとする。……させるか、このイタチごっこにはもう飽きたんだ。
壁に突き立った弓矢に足をかけて、高く跳躍する。そのまま上段の構えで逃げるビットの真正面まで飛んだ。これなら、テメエは避けられねえだろうが!
間違いなく両断できるタイミング、俺が渾身の力で刀を振り下ろすと、巨大マシンが俺にルッカを貫いたレーザーを放ち、それを右腕に食らった俺は体制を崩され、ビットを取り逃がしてしまう。


「くそ、うざってえんだよ一々!」


ここからはまた無策。王妃のときのような心理戦は機械のコイツには無意味。体力の消耗を狙うなど愚の骨頂。


「まあ、それでも俺が勝つけどな……」


こいつはルッカを傷つけた、そんな奴に俺が負けるわけにはいかない。誰が負けても、俺だけは負けられない。
もう一度刀を構えて巨大マシンとビットを見据える。
巨大マシンの目が光り、またレーザーを俺に放つ。初期動作から見ていれば、避けることは出来ないことじゃない。俺は横っ飛びでレーザーを交わす……が。


「追尾!?」


レーザーの軌道が途中で変わり、転がった俺を狙って追ってくる。不味い、この体勢じゃあ避けれない!
刀を構えて、どうなるとも知れずレーザーの軌道上に刀を置く。しかし、レーザーを刀なんかで防げるのか?
不安な気持ちを抑えて、レーザーが迫るのを待つ。すると、予想に反して、刀に当たったレーザーがあさっての方向に反射した。すかさず刀の向きを変えて、ビットに当たるよう調整する。レーザーの当たったビットは煙を上げて地上に転がる。まだ、俺はついている。これならなんとかなる!


「さあ、これで一対一だぜデカブツ!」


転がった体勢から立ち上がり、巨大マシンに走って近づいていく。タイマンなら、俺一人でも勝てるはずだ!
……そう思ったのだが、右から俺の体に猛烈な勢いで何かが当たり、俺の体は壁に叩きつけられた。口からごぼ、と嫌な音を出しながら血を吐く。肋骨が折れたか……? 息を吸うたびに猛烈な痛みを感じる。もしかしたら内臓もやられたかもしれない。
俺は何にやられたのか、と俺に体当たりをした物体を見ると、それはマールが倒したはずのビットだった。そうか、一定の時間が経過すると、ビットは復活するのか……となれば、時間がたてば俺が倒したビットも復活する、と。だったら、大本を叩くしかないわけだな……


ビットが満足に体を動かせない俺にミサイルを撃ち込んでくる。立つ力はまだ回復していない俺は床を転がって直撃を避けるが、爆風に体を持っていかれ、床に叩きつけられる。大丈夫、まだ立てる。痛むけど、まだ息が吸える。俺はまだ戦える!


「そろそろ最後にしようか、俺ももう疲れたし、ルッカのことが心配なんだ」


刀を両手で持ち、顔の横に持ってくる。狙うは一点、突きのみの構え。失敗すれば即死確定の分の悪い賭け。しかし、それはあくまで表向きの話だ。だって……


「今の俺が負けるわけ無いんだ」


ルッカを苛めた奴らと五対一の喧嘩をした時だって俺は勝ったんだ。三対一くらいのハンデで、俺が負けるわけ、ない。


ビットが再び俺に向かって飛来する。もうその攻撃は慣れた。いつどのタイミングで動けば避けられるかは身に染みて分かっている。
……まだだ、まだ動けない、今走っても早過ぎる。
ビットが近づいてきた事を風が教えてくれる。回避行動をとらなければ当たる、というところまで近づいた時、巨大マシンがレーザーを放つ為、目玉部分が光り、電力がそこに集中する。それを視認した瞬間、俺は自分に取れるギリギリの低姿勢になり、地を這うように走り抜ける。これにより、ビットの体当たりは俺の頭の上を通過した。
目玉に十分な電力が集まって、一際強い光が暗い室内を照らす。


「ドンピシャだ……がらくたマシン!」


俺の白銀剣が電力をレーザーに変換している目玉に深く突き刺さった……電力が溜まってレーザーを放つ前というタイミングは成功したが、白銀剣がこいつを貫けるかという不安はあったのだが……最初こいつに傷をつけられなかったことから考えると、ビットの再生を行っていたのは巨大マシンで、復活直後、または復活させようとしている間は防御力が落ちるのか? ビットを復活させる前には表面に薄いバリアが張ってあったとか……


「まあ、難しいことはいいか」


剣を巨大マシンに突き刺したまま、俺は歩いて部屋の隅まで遠ざかる。目玉部分に溜め込んだ電力は暴走し、変換されたレーザーは内部に入り込んだ白銀剣によって乱反射し、巨大マシンを中から破壊していく。
壁に背を預け、その様子を眺める。ビットと巨大マシンは連動していたようで、巨大マシンから火が上がるようになると勝手に地面に落ちて機能を停止させる。
巨大マシンは騒々しくアラームを鳴らしながら、体の中心から爆散した。圧巻されるほどの爆発でも、俺は眼を閉じることはしなかった。俺を怒らせたんだ、その結末を見るのは当然だろう。


「……はあ、はあ……くそ、喉の奥からぐいぐい血が溢れてくる……」


目の前にぼんやりとしてきた。痛みのせいか血が減りすぎたのか……あばらを抑えながら、俺は部屋の扉を開けた。……もしルッカが死んでいたら、俺も後を追う形になるのかな、それも良いかもしれないな……








「もういいってば! これ以上惨めにさせないでよ! 気持ち悪いの!」


人の一大決心を気持ち悪いで終わらせるなよ、ルッカ。
俺の悲壮な決意を目を覚ましていたルッカが切り捨てた。あれ? 目の前がはっきり見えるようになったけど、今度は涙が止まらない。


「まだ完全には傷は塞がってないんだから、ちゃんと治療させてよ! そのまま歩いたら……何だっけ? バイキンが傷から入って……とっても痛いんだから! ルッカ泣いちゃうよ!?」


「泣くわけないでしょ! それにもしかして破傷風って言いたいの!? 何でそんなことも知らないのよ馬鹿王女!」


「ば……馬鹿ってそれは言い過ぎだよ! アホとかならなんとなく許せるけど!」


関西地方ではそういう意識を持っている人が多数存在するらしいな、マール。
どうやらルッカは俺に対して気持ち悪いと発言したのではなく、マールの治療を拒否してのことだったようだ。本当に良かった。流石にあれだけ格好つけて落ちがそれでは立ち直れない。二週間は家に引き篭もるレベルですから。


「とにかく、もう私のことは放っておいて! 私のドジが招いた傷なんだから、あんたなんかに治して欲しくないのよ!」


「……分かった。そこまで言うなら、仕方ないね」


ようやく分かったかとルッカが傷の痛みに顔をしかめながら立ち上がろうとすると、マールが服を掴んでもう一度無理やり座らせる。ルッカがマールを怒鳴ろうとすると、マールはルッカの肩の傷を思い切りひっ叩いた。やば、見てるだけで痛い。


「っ! ……何するのよ!」


「ごめんね、ルッカ」


「はあ?」


人のことを叩いてすぐさま謝るマールにルッカは眉をしかめ、意図が分からぬという声を出していた。棒読みの謝罪を終えたマールは引き続きルッカの傷を治療しようと手を肩にかざす。ルッカは慌てて「止めろって言ってるでしょ!」とがなるが、マールは首を横に振り治療を続ける。


「あの機械にやられた傷を治すんじゃないよ、私がルッカを叩いて痛くなった所を治すの」


「……何よ、それ。馬鹿みたい」


虚を突かれた顔でルッカが力なくうなだれて座り込む。それから、ルッカはマールの治療を素直に受け続けた。


「馬鹿でもいいもん……友達を助けるのが馬鹿なら、私はずうっと馬鹿でいい」


「……あんた、その治癒能力を使うのに、かなり精神力を使うんでしょ? 私なんかの為にさ……あんたの顔、真っ青じゃない」


えへへ、と誤魔化し笑いを見せながらもルッカの治療を止めようとはしない。ルッカは床に視線を向けながら小さく「ごめんなさい……」と呟いた。離れた俺でも聞こえたんだ、マールが聞こえないはずは無い。
友達思いの優しい女の子は、はにかみながら「いいよ」と許す事を告げた。
……良いんだ、とても良いシーンなんだけど……俺の治療は出来ますかね? そろそろお迎えっていうか、二人に流れる優しい空気と綺麗な女の子二人が寄り添っている様がルーベンスの絵に見えて仕方ない。僕は今とっても幸せなんだよ……





その後俺がボロボロで倒れているのを見つけた二人は悲鳴を上げて俺の治療に専念してくれた。マールは残り少ない精神力で俺の体に治癒を試み、ルッカは梯子を昇りドンたちに助けを求めた。
もし薬の類があれば、私の仲間を助けてくださいと懇願したルッカにドンたちはあまりに辛い一言をルッカに告げる。


「そこのエナ・ボックスを使えばいいじゃろうに」


ここにもあったんかい! じゃあさっきの私とマールのやり取りはなんだったのよ! という突っ込みは置いといて、ルッカは俺の体を持ち上げて地下を抜け、エナ・ボックスに放り込んだ。骨とか折れたり内臓を痛めてたりで重症なんですよ、俺。
傷の深さに比例して空腹感が上がるシステムからさっきの体中が痛い状況と今とならどっちが辛いのか吟味しながら俺は五体満足わっしょいしょいという状態でエナ・ボックスから出た。そしてほんのり後悔した。


「……ええと、その」


「な、なあに? ルッカ」


「あの……なんでもないわ……」


「そ、そう……」


何やら妖しい会話というか雰囲気を作り出している俺の仲間達。あれだ、中学生のときに初めて彼氏彼女との初デートみたいな感じ。手を握ってもいいのか、まだ早いんじゃないのか? という葛藤がよく滲み出てますねえ。
こういうこと言うのもあれだけど、俺も頑張ったんだよ? マールもよく頑張ったのは分かるけど、もう少し俺にも何かあっていいんじゃないかな? 心配そうに駆け寄るとかさ、瀕死だったんだぜ俺。エナ・ボックスの方を見ることもしないというのは何か違うんじゃないかな?


「……あ、クロノ」


何だよ何なんだよその昔の同級生に会った時みたいな反応。正直今お前と話したくは無いって空気が漂ってるよ。絶対もうちょっと優しくされても良いと思うんだよな、俺。再度言うが、頑張ったんですよ?


「あ、私の傷ならその……マールが治してくれたから、心配しないでいいわよ」


「ルッカ、今マールって……名前で呼んでくれた……」


そうか、俺はお前の心配をするけどお前は俺の心配はしてくれないんだな? 覚えてろよ、今度お前がダンプカーに引かれても俺は運転手の人と和気藹々とした会話をこなしてやるからな。マールさんお願いだから頬を赤く染めないで。冷たかった人が急に名前を呼んでくれたからって好感度がぐいぐい上がるそのシステムは何だよ、少女マンガの典型じゃないか、ヒロインがマールでルッカが主人公か。さしずめ俺がモブなんだな。三話くらい出しゃばって外国に夢を追って飛び出してそれから一切出てこないようなキャラなんだな? くっくっくっ、なんだか興奮してきちまったぜ……ジャイアン現象なんて大嫌いだ。


「おいお前さんたち……ここに戻ってきたということは、まさかあの警備ロボットを倒したのか?」


「あ? ああ。満身創痍ながらなんとか、な」


ドンが一人ぼっちの俺に話しかけてくる。ていうか本当に大丈夫? とか聞かれないんですね、俺。


「ということは、食料保存庫に入れる、と……食いもんはわしが独り占めじゃああぁぁぁ!!」


豹のように機敏な動きで地下に飛び降りるドン。「出し抜かれたあぁぁ!!」と叫びながら地下の梯子に押しかける住民達。しまった、俺だけの俺だけによる酒池肉林の夢が! (肉林はいやらしい意味合いで非ず)
住民達を剣の鞘で殴りながら地下に降りる寸前に見えた光景は、この阿鼻叫喚の中でもピンクな空気を放ちながら座って手を繋いでいるマールとルッカの赤い顔だった。悲しくなんか、ない。泣いてなんか、ない。


俺たち(ルッカとマール除く、俺とアリスドームの愉快な仲間達)が食料保存庫に着くと、そこには腐った食べ物を必死に胃に放り込んでは吐くを繰り返しているドンと見知らぬ男の姿があった。この世で見たくないものベスト3には入るはずだ。ベストハウス図鑑に載せましょう。
見知らぬ男の正体は昔警備ロボットの隙を突いて食料保存庫に辿り着いたという運の良いアリスドームの住人だった。何故帰らなかったのか? 例え腐っていても他人に食べ物を渡したくなかったらしい。聞けばこの男妻子持ちだそうだ、人として軸が腐ってる。
その男を締め上げていると、男は俺たちに何かの種を差し出し、途中の鉄骨にあった鼠は置物ではなく、大型コンピューターへの道を進めために必要なパスワードを知っていると教えた。
んなことはどうでもいいから食い物はどこだと詰め寄れば、大型コンピューターを使えば食べ物の場所が分かるかもしれないと答えた。
そしてここに、俺をリーダー、ドンを副リーダーとするアリスドーム勢全員を含む鼠捕獲本部が爆・誕! した。
何度か鼠を捕まえようと突撃したが、思ったよりもかなり早い鼠に翻弄され幾度も取り逃してしまった。俺たちは様々なフォーメーションを作り上げ、各々ポジションを定めて鼠を追い詰めるようになった。


「そこだフォワード! 突撃だ!」

「サイドバックに穴が開いているぞ、ディフェンスフォローに回れ!」

「4-4-3から3-3-2-3に切り替え! グズグズするな! 敵は待ってくれないぞ!」

「西側! 人幕薄いよ、何やってんの!」


最終的にドン曰く「わしらなら、ベトナムのゲリラ部隊に匹敵するやもしれん」と言わしめるほどの連帯力を得た俺たちは、ついに鼠からパスワードを手に入れることが出来た。終盤の山場は追いかけてるうちに愛着がわいたという理由で鼠の捕獲を妨害しだした白虎部隊の裏切りだろうか? おかげで守備重視の朱雀部隊が壊滅、突撃重視の青龍部隊が半数まで減らされた。残るは俺をリーダーとする遊撃隊の玄武部隊と、連携に不安の残るドン率いる大和部隊だけだった。
感動シーンは士気に陰りの見えてきた大和部隊をドンが「諦めるな! 元ラバウル搭乗員のわしらの底力を見せ付けてやるのじゃ!」という一括で目覚しい活躍を見せだしたときだ。不覚にも俺は涙した。ドン、あんたこそ永遠の0の名を受け継ぐにふさわしい……!


生傷を体中にこさえながら俺たちは女子供の待つ地上に這い出てきた。
最初、食料を持っていない俺たちを見て落胆した顔だったが、男達の久しぶりに見る明るい顔を見て子供と妻も微笑んだ。
男達は自分の武勇伝を自慢げに話し、俺の指揮能力とドンの勇気を褒め称えた。子供はそれからそれから? とわくわくしながら話を促し、妻は男達の自信に満ち溢れた姿に感涙する者さえ現れた。
たかが鼠狩りと馬鹿にするものはいない。俺たちは本気で戦った。生きるために、その本能に自分を埋没させ、仲間との連帯感を十二分に味わった。
ドンは周りからの感謝や尊敬に「いやいや、わしのような老兵はなにもしておらんよ」と謙遜していたが、そんなことはないと俺たち男勢は全員分かっている。
この歓声はあんたに向けられるべきものだ。
そう、あんたはこの陰気で生きる希望の無かった町に活気を作り上げたんだ。救ったよ、ドン。お前が救ったよ。


「え? 鼠狩りで遊んでたの?」


皆が肩を抱き合い喜んでいる中、場を盛り下げることこの上ない発言をしたのはマールだった。


「こういう状況で手放しに喜べるなんて……結構おめでたいのね」


痛烈な皮肉を口にするのはルッカ。
まあつまらないことと言われればそうかもしれないが、さっきまで女同士でイチャイチャしてた奴らに言われるのは我慢ならない。
今日は皆も俺も疲れたので就寝することになったが、アリスドームの仲間達はマールとルッカをよそ者を見る目で冷たく当たることにした。俺は名誉国民としてアリスドームの第二番権利者となったので俺の仲間と楽しく会話することにした。マール達は仲間じゃないのか? 少なくとも今ここにいる仲間はドンや一緒に戦った男達に守るべきアリスドームの女子供だけだ。今日一日はマールとルッカなんて名前の人間と会話する気にはならん。


次の日目を覚ますと、昨日一日無視していた二人が目蓋を腫らして俺に土下座をしていた。
まあ、反省するなら別にいいさ。ただお前達がやったのはライブハウスで盛り上がっているファン達に「このバンド全体的にしょぼいよね」と言って回ること、それと同義だと知れ。


起床した俺は俺たちも連れて行ってくれ! と頼み込む住人達を抑えてマールとルッカを連れ、大型コンピューターの場所まで行くことにした。「危険な場所に行くのに戦闘経験の無い皆を連れて行くわけにはいかない。俺を信じて待ってくれ! 皆が信じてくれたなら、俺はどんな所からも生還する!」と説得したときはクロノコールが鳴り止まなかった。マールとルッカにはお疲れの一言だった。俺の服を掴むなよルッカ、この場所において俺はお前達を擁護する気は全く無いから。


梯子を降りて、地下に入ると皆の声が聞こえなくなる。
……大丈夫、皆の声は聞こえなくても、皆の心は俺に届いてる。この繋がりは解けることは無い!
疲れた顔をしたマールとルッカを従わせて、俺は大型コンピューターまでの道を出現させる機械に手を触れた。
そう、俺たちの物語はまだ始まったばかりだ!



[20619] 星は夢を見る必要は無い第十話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/05 03:00
鼠から得たパスワードを入力し、大型コンピューターまでの道を作る。最初はルッカに頼んだのだが、少し前まで冷たい反応を返していたせいかむくれて俺の言うことを聞かなかった。さっき土下座したのにその掌の返しようは何ですか。驚いて噴出しましたよ。
扉を開けた先にはまた鼠が徘徊しており、四本足の蜘蛛のような形をした機械や脚部に車輪のついた一つ目の機械が我が物顔で歩いていた。思ったんだけど、この鼠たちは何を食べて生きてるんだろうか? 実は他に食料保存庫があってそこから食べ物を調達してるんじゃないか?
俺たちは見つからないようにこそこそと移動を開始した。止むを得ず戦闘になった時、ルッカとマールの連携が炸裂した。ルッカの銃で敵の気を逸らし、後ろからマールが撃つ。またはマールが持ち前の運動量で辺りを跳ね回りルッカの脅威のハンマー捌きが敵を葬る。俺はといえば後ろのほうで女の子怖え……と恐怖しているだけだった。
今更だけど、あのリーネ王妃の血を継いでいるだけあってマールの体の動かし方は素人のそれではない。素手の勝負なら前衛の俺でも敵わないかもしれない。ここに男女の力の差など存在しないのだ。いや、俺が情けないんじゃないよ? ここに集う女の子二名が異端なんだよ。今なんか蜘蛛型メカの足をマールが蹴りでふっ飛ばしましたよ? 鉄の機械を生身の足で壊すってどういうことだよ、元気いっぱいの可愛い女の子かと思えばその正体はオランウータンか何かの変化だったとはな、全く騙された。場末のメイド喫茶くらい騙された。
大方スムーズに戦闘が進むが、途中一つ目メカの撃ちだすマシンガンに俺の足が撃たれるという事件があった。
半ば以上本気で泣いた俺にマールが子供をあやすように治癒をかけてくれたが、完治した後ルッカに怖い顔で睨まれて「あんまりマールを疲れさせないでよ、何度も治癒を使えばマールが疲れて動けなくなるでしょ!」と怒られた。おかしいからね、銃で撃たれた人間に説教とか。特に役に立ってない俺だから言い返すことは出来ないけどさ。


「……思ったんだけど、私がクロノに近づくと、ルッカ怒るよね。もしかしてクロノのこと好きなの?」


その様子を不思議そうに見ていたマールさんが核弾頭を落としてくれた。俺からすれば「え? それマジ話?」である。


「ちちち違うですたいよマール! わた、私どっちかって言うとクロノのこと嫌いだし! ランク付けするとスイカの皮の次くらいの好感度だから!」


ルッカよ、お前幼馴染よりもクワガタの餌の方が好きなのか……知りたくなかったその事実に俺は膝を抱えたくなった。


「え? え? 何でそう思ったの? そんなに分かり易いの私?」

「分かり易い? ってルッカ、それ認めちゃってるよ。それとあれで分からないのはクロノくらいだよ」

「そ、そっか。クロノにはバレてないんだ。良かった……待って、そんなこと聞くって事は、マールも……?」

「ん? 私はちょっと違うなあ。異性の対象として見るとかよく分からないし、考えたこと無いや」

「そ、そう。なら良いんだけど……それと、私別にクロノのことなんて好きじゃないわよ! 勘違いしたら駄目だからね!」


何やら二人で俺に聞こえないように内緒話を始める。あれだろ? どうせ「クロノってウコンみたいな臭いがするのよねー」とか「飲み物で例えればタ○マン」とか言ってるんだろ? タフ○ン舐めるな! 意外と美味いんだからな! ○フマン!


無駄すぎるやり取りを経て、俺たちはドンたちの言っていた大型コンピューターのある部屋に辿り着いたのだった。


「凄い、こんな設備が揃ってるなんて、昔ここは相当重要な施設だったのね……」


ルッカが部屋中に転がっている機械を見て周り感嘆の声を出した。
俺とマールには何が凄いのかよく分からず、部屋の中央でルッカの行動を目で追うことしかできなかった。ふむ、確かにルッカの家の中よりも凄い機械設備があるというのは分かる。部屋の奥にあるモニターなんかヤクラくらいの大きさがあるんじゃないか?
ちょっと触ってみたいという欲求から機械に手を置こうとした瞬間ルッカの銃弾が頬を掠めた。やりませんよやりません、下手に素人が触ったら大変ですもんね、持ち主に非があったら保険ききませんしね。でもマールが触ろうとしたら親切に説明してるのは何でなんですか? 俺の中でルッカ×マール説がどんどん濃厚になってきてるんですけど。


「……食料の場所は検索できなかったけど、この世界には私達が来たところ以外にもゲートがあることを確認できたわ。モニター画面を見て」


ルッカの言うとおり画面を見ると、そこには俺たちの通ってきた廃墟やアリスドームが映っていた。


「ここが私達のいるアリスドームね。ここからこの廃墟を抜けて……」


画面が東に移動して、ルッカの言う廃墟を越えた先にあるアリスドームに似た形の建物を映し出すと、そこで画面移動が終わった。


「ここ。このプロメテドームにゲートがあるわ」


「凄いね! そんなことも分かっちゃうんだ! ……じゃあ、このボタンを押せばどうなるのかな?」


「あ、こらマール勝手にいじっちゃ……」


マールが丸い大きなボタンを押すと、画面にノイズが走り、もう一度映像が戻ると、廃墟は無く、ドームも崩れていない、太陽の光に当てられた景色が見えた。


「A.D.1999?『ラヴォスの日』記録……? どういうことよこれ?」


画面は何度もノイズが混じり、俺たちは画面から目を離さなかった。
……何だ? 地面が赤く染まり、ひび割れていく……


「……ねえ、ルッカ……あれ、なに?」


マールの問いにルッカは答えられない。そりゃあそうだ、あれは、この世に存在しない、存在して良いものじゃない。
大きく裂けた大地が高く浮かび上がり、地面の下から赤い、きっとこの世界のどんなものより赤い、巨大な化け物が姿を現していた。そいつは地上に顔を出した途端、背中から無数の針のような物を空に向け発射する。
その針の雨は地上に降り注ぎ、爆発する。大地は砕け、人間の建造物を粉々に粉砕し、森林を消滅させ、大量の砂埃を空中に巻き上げる。
砂埃は高く舞い上がり、太陽を覆い隠し、世界は暗闇に包まれた。
……この惨状で、生きている者などいるのだろうか? 海も空も大地も赤く染まり死んでいく光景に、俺たちは息を呑み、画面がぶつりと消えた後もしばらく声を出せなかった。


「な……何、これ」


マールの、誰に向けたとも分からない疑問の声を、ルッカがかろうじて拾う。


「ラヴォスって……これが私達の世界をこんなにした大災害のこと!?」


「……らしいな。正直、こういう風に見せられても、本当にあったことなのか、信じ難いけど……」


「じゃあ、やっぱり……やっぱりここが私達の未来なの!? 酷い、酷いよ! こんなのってない! これが……私達の未来だなんて……」


長い髪を振り乱し、頭を抱えて狂ったように泣き叫ぶマール。その姿は痛々しく、この世界の悲しみを一身に背負っているかのようだった。


「クロノ……そ、そうだよ! 変えちゃおう! クロノが私を助けてくれたみたいに! ね、ルッカ。ね、クロノ!」


未来を変える……? ……うん、それは良い考えだな、マール。でもな……


「ルッカ、俺たちの時代って、何年だっけ?」


「? リーネ広場のお祭りが建国千年記念のお祭りだって知ってるでしょ? つまり、A.D.1000年よ」


だよな。それってつまり、少なくとも俺の生きている間はこんなことに巻き込まれるって事は無いんだろ? だったら可哀想とは思うけど、別に良いんじゃないか?


「……クロノ、あんたまさか」


俺の考えていることが分かったのか、ルッカが俺を驚いた目で見る。……え? 俺の考えてることおかしいか? どう考えてもあんな化け物に俺たちが勝てるわけ無いだろ?


「……クロノ? どうしたの?」


不安げに俺を見つめながら俺の手を握るマール。……え? 俺がマイノリティなのか? 俺の意見が間違ってるのか? たかだか警備ロボット相手に手こずる俺たちに何ができるって言うんだよ。


「冷静になろうぜ、お前ら。俺たちだけが未来を知った。それだけでちょっと英雄気分になってるだけなんだって。ほら、今でも増えすぎた人間の数が問題視されてるんだぜ? 多分こうして滅びるのも仕方ないと言わざるを得ない感じでして……あのマールさん? 何故に拳を引いて俺に照準を付けて……えぶうっ!!」


数百キロのメカをもぶっ壊すマールの拳が俺の顔に突き刺さる。痛いなんてもんじゃねえ、もっと恐ろしい激痛の片鱗を感じたぜ……


「クロノ……それ、本気で言ってるの? 自分には関係ないから、だから世界がこんなになっちゃって良いの? おかしいよ! ドンや皆はクロノの事をあんなに慕ってたじゃない! そんな彼らを見捨てることができるの!? ねえ!」


いや……正直見捨てられるけどさ、それ今言ったら第二弾が来るんでしょ? 衝撃のぉぉぉ! セカンドブリットォォォ! が。


「ルッカ! ルッカは違うよね! こんな未来は嫌だよね!」


「え? ……あ、うん。勿論よマール」


嘘だっ! あいつ絶対俺の意見に賛成派だ! 今マールに逆らうと痛くされちゃうから従っただけだ! 何が他の女の子に負けるわけにはいかないだ! 戦う前から降参してるじゃねえか! そういう風にころころ自分の意見を変える奴が一番男に嫌われるんだ! ……まあ女の子内のコミュニティはそういうルールが暗黙の了解としてあるらしいけど。


「わ、分かったよマール。うん、よしやろう! 俺たちの手で人造人間を倒すんだ!」


「分かってくれたのね! ……人造人間って?」


ロマンチックを貰いに玉を捜してインフレする漫画を知らないとは、流石お姫様。君にZ戦士の資格は無い。
ルッカの目が「何で止めないのよ!」と語っている。自分に出来ないことを相手に押し付けるとは、バブル世代で碌に仕事が出来なくても昇進していった上司みたいな奴だ。まあそういう人たちはリストラの対象に入れられるので可哀想ともいえる。


「はああ……まあ、私達はゲートを使って時代を超えられるんだから、まあ、ちょっとは頑張ってみても良いのかもしれない事も無いのかもしれないわね。それじゃ早いトコ現代に戻ってラヴォスについて調べないと。行くわよ! プロメテドーム!」


「おー!」


小さな手を握り締めて頭上に掲げるマール。俺はおざなりに手を上げながら、苦笑をもらした。苦手なんだよな、こういう皆で何かやるぜ的な雰囲気。文化祭のノリは特に嫌いなんだ。男女の仲が悪くなるから。






「おお、クロノ! どうじゃった? 何か成果は?」


地上に戻ってきた俺たちをドン達が俺の名前のみ呼んで近づいてくる。ほらマール、お前が救いたいと言ってるこの世界の住人はお前のことが嫌いっぽいぞ? それでもいいのか?


「ここは……私達の未来なの!」


「「「「「はあ?」」」」」


アリスドームの住人一同は怪訝そうに首を傾げて、俺の前に出たマールを見つめる。マールさん、いきなり過ぎる発言に皆引いてるから、ちょっと落ち着こうぜ、ジャスミンティーでも飲んでさ。そんな洒落たもんねーけど。


「それより、食料は? 他に見つからなかったのか?」


「……地下の大型コンピューターで調べてみたけど、無かったわ……そこにあるエナ・ボックスもいつまで動くか分からない。その食料保存庫にいた男が持っている種子、その種子を育ててみてください」


「とにかく生きて! 頑張って! 私達もやってみるから!」


なんだかなあ、後ろからルッカやマールの姿を見てると、分かるんだよな、勢いで元気付けて昨日の自分達の失言や鼠狩りを手伝わなかったことをうやむやにしようって魂胆が。この世の善意と見られる行動は全て私欲で構成されているのか。




それからドン達にプロメテドームに行きたいと伝えれば、32号廃墟に置いてあるバイクのキーを貸してくれた。若い頃に乗り回していたらしい。……? バイクって何だ?
他には……そうだな、マールの元気という言葉をドンが気に入ったらしく、アリスドーム内で流行した。今年の流行語大賞は元気になりそうだ。
「元気? 聞いたことの無い言葉じゃな」というドンの台詞には驚いた。あんたくらい元気な老人は現代にはいな……大臣くらいしかいないのに。
未来に来てすぐの頃は、人々は暗いし、マールとルッカは喧嘩するしで良い事なんか全く無かったが、このアリスドームに着いてからドラバタして疲れたし、体中ボロボロになったりしたが……うん、楽しかった。ここの人たちにはまた会いに来たいな。
後ろ髪引かれる思いでアリスドームを出ようとすれば、ドン達が何やら騒いでいる。耳を傾けてみるとドンが大声で「この種子が早く育つように、女は皆祈祷を捧げるのじゃ! 男はこのような日のために暖めていたとっておきの創作ダンスを披露するのじゃ!」と住人達に命令していた。……うん、元気なことは良いことだよね。全然気持ち悪いとか思ってないよ。
さよならアリスドーム、また50年くらいしたら来るよ……
俺たちは清清しい顔でアリスドームを出た。








「見た感じ、これがドンの言ってたバイクなのかしら?」


「そうみたいだね、他に何にもないし。大きいな、私達三人とも乗れそうで良かったよ!」


アリスドームから東北に歩いていくと、遠目から見ても16号廃墟とは比べられないほどに大きな、32号廃墟の入り口に着いた。これは乗り物でもないと越えられそうにないな、助かるぜドン。しばらくは会いたくないけども。
入ってすぐの場所に置かれていた鉄で出来た機械。見た目は自転車のタイヤを大きくして、前方部分にガラスの付いたような代物だった。これがバイクで間違いはないんだろうが……ふうむ。


「んー、しかし動かし方が分からんな、この鍵どこで使えばいいんだ?」


バイクの周りを一周すると、前方部分のメーターやらなんやらがごちゃごちゃついている部分に鍵穴を見つけた。……多分、ここに差し込むのが正解なんだよな? 自爆装置関連とかじゃないよな? そんなB級な展開は待ってないよな?


鍵穴にキーを入れた途端、バイクが振動を始めて、辺りからアラームの音、音、音! あ、これマジで自爆します的な? 今シルベスタスタローンの気持ちがよく分かるよ。


「クロノ敵よ! 気をつけて!」


「敵か!? 本当に良かった!」


俺の言に首を傾げるルッカはこの際放置! だって説明したら一人で想像して一人で怖がったなんて馬鹿を知らさなければならないし。そんなの誰が得するんだ。


アラームを鳴らしながらアリスドームで見た一つ目メカが四体現れ、俺たちの周囲を囲む。俺は刀を抜き払い、ルッカがエアガンの引き金に指をかけて、マールが背中から弓を取り出す。
一つ目メカの瞳がギラッ、と光り、俺たちにダッシュをかけてくる……その時だった。


「待チナ!」


「ア、アニキ! ウホッ!」


一陣の風がメカと俺たちの周囲を駆け抜けて、たまらず目を閉じる。……目を開けるとそこには今までに見たことが無かった三輪車みたいな形のロボットが妙に格好つけて俺たちを見据えていた。ウホッてなにさ。
二の足にホイールの付いた形から驚くような速さで人型になり立ち上がったそいつは頭髪を逆立てて、シャープなサングラスを掛け、腰の部分に煙の出る筒をつけた男……筒とそこから出る煙を無視すれば、人間だと言われても信じそうな外見のロボットに無骨な一つ目メカが敬意を払っていた。


「俺ノ名ハジョニー。コイツラノ頭ダ。テメエラムコウノ大陸ニ行キタイノカ? ソレナラコノ先ノハイウェイ跡デ勝負シナ……俺ニ勝テタラトオシテヤルヨ……ソコノ『ジェットバイク』ヲ使ワセテヤル」


使ワセテヤルも何もこれお前らのものじゃないだろーが、ドンの所有物なんだよ。何で不良って拾ったものは自分のものだと思うのか。道徳の時間寝てたからか。俺もだ。
しかし、勝負だと? あれか? レース勝負ってことか? 面倒くさいなあ、ここで戦ったほうが話が早いんじゃないか? ……駄目だ、こいつらの頭ってことは強いに決まってる。俺は怪我をせずに生きていきたい平和主義者なんだ。


「勝負? いいわよかかってらっしゃい!」


出たよルッカの勝負好き。こいつ幼稚園くらいの女の子とドッチボールしてもおもくそ顔面にボール投げるからね。なんでこいつが町で人気があるのか分からん。そして何で俺が嫌われるのか分からん。不条理こそ抗えぬ現実だ。


楽しそー! とマールが喜んでいる中、俺はジョニーにバイクの運転の仕方を教えてもらった。「これな……こうすんねん」と教えてくれるジョニーには感謝ではなく、お前普通に喋れるんかいという想い、素だと結構おとなしい声なんだというちょっとした失望だった。






「ゴールラインハズット先ニアル青イテープガ目印ダ! 一緒ニ風ニナロウゼベイベー!」
スタートラインでスタンバイし、ジョニーの合図でグリップを廻し、加速した。スタートはやや俺が遅れたか。練習無しにしてはよく出来たほうだな。
テクニックは圧倒的に俺が劣るが、期待の性能は俺のジェットバイクに分がある。しかし、直線の多いこのレース場で勝負を仕掛けたということは、ジョニーは自分の足に相当の自信があるようだ。
直線で差を縮めていくが、レース中にあるコーナーで一気に離される。こちらが三人乗りというハンデを無視しても、そのコーナーリングは素晴らしい。あんた鈴鹿にでも行けばいいじゃない。参加できるかどうかは別としても。


「ク、ク、クロノ! もうちょっとスピード落として! マールもはしゃいで動かないで!」


「いや無理だって、ここでスピード落としたら絶対追いつけないぜ?」


「わー涼しい! 楽しーい! 風の上に乗ってるみたいだね!」


ちなみに運転しているのが俺、俺に捕まってるのがマール。最後尾にルッカという乗り方である。俺が運転するのは決定だったが、俺に捕まるのが誰かで二人が揉めていた。マールが後ろだと前の景色が見えないから嫌だと言っていたのでそういう理由だろう。
あれだけ勝負に乗り気だったくせに、ルッカは何気にスピード恐怖症だったのか、自分が捕まってるマールがふらふら動いたり立ったりを繰り返すからか、恐怖で声が震えていた。マールはスピード狂、と。とはいえ、俺も同じ部類かもしれない、この風を切って走るこの感覚はやみつきになるかも……いやもうなってるな。下手したら今まで生きてきて一番楽しいかもしれない。
バイクかー、現代に帰ったらルッカ作ってくれないかな? そんな風に、俺は初めての体験に浮かれていた……そして悲劇は起こったのだ。


ジョニーと俺のレースも中盤に入った頃だろう、ジョニーが俺の方を見てヤバイですよみたいな顔をしていた。何だ? ガソリンでも切れたのか? お前が燃料で動いてるとは思えないが。


「ね、ねえ、クロノ……」


「ああ!? 風の音でよく聞こえないよ! もうちょっと大きな声で喋ってくれマール!」


何事かを伝えようとマールが俺に話しかけるが、声が小さすぎて何も聞こえない。怒鳴るくらいじゃないと風の音が邪魔をして届かないのだ。


「……ルッカが……落ちた。ぽてっ、て」


「………………全然聞こえないや、風の奴、今度叱ってやらないと」


「へ、ヘイブラザー。ユーノオ仲間ノハニー、遠ク後ロデ転ガッテ……」


「聞こえねー! 今俺が何か音を拾うとしたら世界破滅のラッパくらいのもんだぜはっはー! あー、バイク楽しいなっ!」


無理やりテンションを上げて叫ぶ。良いね! このハングオンがまた良いぜ! もう本当に! ハングオンとかよく分からんけどっ!


「ク、クロノのせいだよね、私悪くないよね、うん。クロノが悪いで判決完了」


「いやいやマールがぶんすか動くからじゃんか! 何責任転嫁してんだよ!」


「全然聞こえてるじゃん! それに私ぶんすか動いてないよ! ぴょんぴょん跳ねただけだもん!」


バイクの運転中に跳ねるな! そりゃあルッカも落ちるわ!


「……ヘイブラザー、ユーノオ仲間ノハニー……何カ凄イスピードデ走ッテキテナイカ……?」


……え? ちょっと待って、ジョニーお前何言って……


「「追いかけてきてるー!!!」」


体中砂だらけで服が所々破れているルッカが背中にブースターのようなものを背負いそこからロケットみたいに火を噴きながら前傾姿勢で走ってくる。もうお前なんでもありだな。そしてお前の鞄なんでも入ってるんだな。どうみてもそのブースター鞄に入る大きさじゃないけど、それはどこの狸に貰ったのか。
青いハリネズミみたいな速さで俺たちとの距離を詰めてくるルッカ。正に音速(ソニック)。


「謝れ! ルッカに謝れマール! もしくはバイクから飛び降りてルッカの足止めをしろ!」


「私悪くないもん! ていうか私が悪いとしても私が悪いと認めたら私が殺されるから私のために私は逃げることをお勧めするわっ!」


「私私って我が強過ぎるだろ! どんだけ自己アピールしたいんだよ! 最近の中高生か! そして自己防衛本能旺盛過ぎる! 人に迷惑が掛かる前にちゃんと謝ることはしろ! 誰に迷惑が掛かるって間違いなく俺なんだから!」


「…………ヘイブラザー、ユーノオ仲間ノバケモノ……俺ノ見間違イカモシレナイガ……何カ飛ンデナイカ?」


おいおいジョニー。人は翼を持ちたいと願うけれど、何故願うか知ってるか? 人は飛べないから翼を望むのであって……


バックミラーで背後を伺うと、ルッカが両手を腰に当てて頭を前に突き出しながら飛んでいた。


「「舞空術だーっ!!!」」


さっきといい今といい、俺とマールの奇跡のシンクロ。シンクロ率が高いのは俺とマールなのに暴走してるのはルッカという皮肉。


「マール、後ろの、後ろの悪鬼をその弓で撃て! そして討て!」


「嫌だよそうしたら完全に標的が『マール』になるもん! それなら今の見敵必殺モードの方がまだマシだよ!」


くそっ! 騙された! 今まで元気いっぱいで天然の入ってる可愛く優しい女の子だと思ってたが違った! マールの奴は筋肉たっぷり空気の読めない根性が醜い汚い女だった! この売女が!


「お前は女だから顔面陥没くらいで許される! 俺は男だから冥府の奥底に叩き込まれるのは間違いないんだ! さながらキャンサーとピスケスのように!」


「顔面陥没なら大丈夫とか、女の子に言う言葉じゃないよ! クロノなら冥府からでも生き返られるでしょ! さながらフェニックスのように!」


俺たちが言い合っている間にもルッカはぐんぐん近づいてくる。もうマールと話している余裕は無い……ただ、前を向いてアクセルを握り締めるのみ!
ジェットバイクの最高速度を出してルッカからの逃亡を試みる。死ねぬ、俺はまだ、生きていたいんだ!
冷静になれ、冷静になれ、と頭の中で念じていると後ろから「ひっ!」というマールの短い悲鳴が聞こえた。「どうした?」と問おうとすると、世にも恐ろしい笑顔でルッカがマールの肩を掴んでいた。……冷静? なれるかどあほう!


「うおぉぉぉおおぉぉお!!!」


ジョニーに教えてもらったジェットバイクの機能、ターボを使い、ルッカとの距離を離す。体が引きちぎられるほどの風圧を耐えて、空気の壁を越えて、音の壁を追い抜く。
何も言わずにターボを行ったのでマールが途中で後ろに飛ばされたが、大丈夫、無問題。むしろ軽くなって有難い限りだ。今度線香でも上げてやるさ。


「ハーッハッハッハ!! マールという重りを捨て、俺は風となった! 俺を捕まえることは例え神とて不可能! 何故? 俺は今生きている! ああ、ああ、生きているということは何故こんなに嬉しいんだ! どうして大地は暖かいんだ!? ハレルヤ! グローリー! デウス! ハレルヤアンドマリア!」


「……テンションノ上ガッテイルトコロ悪イガ……ソレデ良イノカ? ブラザー……」


「ジョニーよ、メカのお前には分からないかもしれないが俺たち人間は生存本能というものがあってな? 俺はそれに従っただけだ。そしてルッカという俺の命を脅かすものから逃げるために俺は最善の行動を行った! 誰にも、それこそ神にも俺を罰する権利など無い!」


「ソ、ソウカ。シカシマア、コレデヨウヤクマトモナレースガデキルナ! 何処マデモ走リヌケヨウゼベイベー!」


「ああ! 俺とお前で地平線の果てまで……」


ジョニーの顔を見ようと左を向いた時、低く飛びながらマールを肩車しているルッカの姿。上に乗ったマールは今までに無い程冷たい顔で俺に弓の照準を合わせていた。


「「フュージョンなさったー!!!」」


俺とジョニーの叫びは遠く、アリスドームの人々にも届き、今年の流行語大賞は『元気』か『フュージョン』で揉めに揉めたそうな……










星は夢を見る必要は無い
第十話 永劫の闇の中から世界を救えと神から啓示を賜った彼の名前は












ジョニーとのレースはどっちが勝ったかという枠を越えて、ゴールラインを過ぎ去り32号廃墟を出たところで、俺が捕まりその幕を閉じた。
俺は有難いことにロープでジェットバイクと結び引き回しされながらマールの弓を避けるという優しい罰ですんだ。勿論終わってもマールの治療はされない。おや? もしかして俺の右腕折れてない? 動かそうとすると凄い痛むんだけど、これ気のせい?


「生キテレバイイコトガアル、ソウ思ッテレバ願イハ叶ウサ……頑張リナ、ブラザー」


別れ際のジョニーの言葉を胸に、俺は二人の鬼の後ろを歩いている。後ろから首を跳ね飛ばしたら俺はこの先幸せに生きることが出来るんじゃないか? ……落ち着けよ俺、勝てるもんか勝てないもんか、心でなく魂が知ってるじゃないか……



それから特に問題も無く無事プロメテドームに到着した俺たちは中にいたロボットを鼻歌交じりにぶっ壊す。鼻歌を歌っていたのは、マールだ。最近この子のキャラが分からない。
中で見つけたエナ・ボックスに入り(何処にでもあるのな、この便利マシン)右腕を治療する。治療中、敵にやられるダメージよりも仲間にやられるダメージの方がでかいんじゃないかなと黄昏てしまう。
そこから先に進むと、奥に扉があり、通せんぼするみたいに扉の前でやけに大きなロボットが座り込んでいるのを発見する。刀を抜いて警戒しながら近づくも、そのロボットは沈黙したままだった。


「な、何これ?」


「壊れてるみたい……けど凄い、完全な人型のロボット…………これ、直せるかもしれないわ」


まじまじと見つめていたルッカが、急に頭の悪いことを言い出した。いやいや、意味無いし、さっさとゲートを探そうぜ? お前はどうか知らんが、俺の胃はさっきのエナ・ボックスの治療で暴れだしてんだよ、お腹と背中がくっつくを越えて重なりそうな気分なんだよ。


「え? ……直すって、また他のロボットたちみたいに襲ってきちゃうよ!」


「勘弁してくれよ、こんな所でも自分の能力を自慢しようとするの。そういうルッカの自慢癖にはもう食傷気味なんだから」


次の瞬間俺の顔が凹む。何故俺だけ殴られる。


「そうしないように直すの。ロボットたちは自分の意思で襲ってきてるんじゃないのよ……人間がそういう風に作ったの。ロボットたちの心をね……」


「……ルッカにはロボットの心が分かるんだね……」


ルッカの言葉に心なしか感動しているマール。
……でも、ルッカは機械が嫌いなはずだろ? なんで一々直してやったりするんだよ。
俺の目を見て、ルッカが首を振って否定を示す。流石幼馴染、言いたいことは目を見れば分かるってか。


「私は確かに機械は嫌い。でも、その私が機械を使って誰かの役に立たせることが出来るなら、それは贖罪になるんじゃないかなって思うの」


「……ルッカがそう思うなら、俺は反対しないよ、そのロボットを直すことに、さ」


マールが何の話か分からず目を丸くして俺たちを見ている。わざわざ聞かせるような話じゃないし、これでこの場は終わりだ。俺はその場で座り込み、ルッカは鞄や服の裏から修理用の工具を取り出し壊れたロボットの近くに座った。


「じゃあ、とりかかるわ」





二時間程経って、ルッカは額から汗を流しながらまだ修理に集中している。ルッカが決めたことに口を挟む気は無かったが、ロボットの状態よりも俺の腹具合を気にして欲しい。もうそろそろひもじさで泣きそうなんだ。というか数回泣いた。その度にマールが頭を撫でてくれた。その度にルッカの手元から破壊音が聞こえた。お前確かそのロボットを直すんだよな?


「扉、開かないみたい」


暇をもてあましたマールがぽつりとこぼして、ルッカの修理音しか聞こえなくなる。ごめんなマール、相手してやりたいけど、俺もう動けないし喋れないや。今はカロリーを一切消費したくない。


「うーん、おかしいわね……」


「? どうしたのルッカ?」


難しそうに唸るルッカに、マールが話しかける。珍しいな、ルッカが何かの修理中に行き詰るなんて。ルッカと言えど、流石に未来の技術は理解できないか?


「このロボットなんだけど、中央部分に溶接された鉄で囲まれた部分があるの。どうしてもその中が覗けなくて……まるでこの形状、中に人が入るためのような……それをこの外側の機械で保護しているみたいな……」


「うーん、よく分からないけど、直せないの?」


「動かすことは出来ると思うけど、うーん……」


「とりあえずやるだけやってみたら? 分からないことは後回しにしちゃって」


楽天的なマールの言葉に頷き、ルッカは六角レンチを握り再度修理を再開する。未来でも六角レンチは使うのか、知らなくても良かったけど、ちょっとしたトリビアにはなった。
……早くしてくれよルッカ、俺、もうその六角レンチが食べ物に見えてきた。フランクフルトに見えてきた。もう六角レンチでもいいからそれ食べちゃ駄目かな? 駄目だろうな……
幻覚が見え始めた俺の限界は、もうすぐそこだった。




「……これでよし! 動かすわよ!」


それからさらに一時間、ルッカが汗を拭いながら修理完了を教えてくれる。マールはワクワクして見ているが、正直俺はどうでもいい。いっその事息もしたくないくらいダルイ。


ルッカが背中のボタンを押すと、ロボットが痙攣を始めて、体から電流が走り、目の部分に光が点った。
座った上体から勢い良く立ち上がり、両手を上げてぐるぐる回りながら部屋の中をうろつき始める。……本当に直ったのかそのぽんこつ。
しばらくロボットの様子を見ていると、脈絡無く奇怪な動きが止まり、その場に立ち尽くす。


「お……おはよう!」


ロボットにおはようって、別に良いんだけど、やっぱりずれてるよなマールって。
ビビッ! と目玉が光り、マールの方を向いておじぎをするロボット。


「お……おはようゴザイマス、ご主人様、ご命令を」


「私はご主人様じゃなくて、マール! それにクロノと、貴方を直したルッカよ!」


俺とルッカを手を伸ばして紹介するマール。にしても凄いなルッカ、本当に未来の技術で作られたロボットを碌な道具も無く修理したのか。 現代の大臣とはえらい差だな。


「了解シマシタ。ワタシを直して下さったのはルッカ様ですね?」


そう言ってルッカにも頭を下げるロボット。おいそこのぽんこつ、俺には挨拶も無しかい。


「ルッカでいいのよ」


「そんな失礼なことはデキマセン」


「様付けで呼ぶ方が失礼な時もあるのよ。ねえマール?」


えへへ、と照れくさそうに笑うマール。いやだからさ、俺のことは無視なのかよ?


「了解シマシタ、ルッカ」


以外に素直なんだな、俺をシカトする所以外はまともそうな奴に見える。本当に、俺を無視する以外は。いい加減にしないと、起きたばかりでまた眠ってもらうことになるぞこの野郎。


「よーし、で、貴方の名前は?」


「名前? 開発コードの事デスネ。R66-Yデス」


「R66-Yか……イカスじゃない!」


「えー? ダメよそんな可愛くないの! ね、クロノ。もっといい名前、つけてあげようよ! 何がいいかしら?」


「スクラップでいいんじゃないか? もしくはげろしゃぶとか」


俺の目を見ようともしない失礼な奴にまともな名前なんかつけてやるもんか。捨てちまえそんな動く粗大ごみ。
吐き捨てるように呟いた言葉を聞いたそのロボットは右腕を俺に向けて、その右腕から火花をとばし俺にパンチを発射した。すこぶる痛いっ!


「申し訳アリマセン、そこのお方から敵性を感知シマシタ」


感知シマシタじゃねえ、ちょっとカッコいい能力なのに、無駄に俺を標的にするなくそが! あ、目を光らせて俺に腕を向けないでください。ちゃんと考えますから、ね?


「……ロボットだからロボ、なんてどうかな? ……あああ安易ですよね! ちゃんと考えるからその物騒な右腕を俺に向けないで……」


「ロボ……ロボか! 悪くないね!」


「エエ、ワタシも大変気に入りマシタ」


いいか、お前が俺に対して注意を外したときがお前の最後だ鉄クズ……!!
俺が必殺の誓いを立てていると、今まで黙っていたルッカが、組んでいた腕を外してくそったれメカに話しかける。


「ねえロボ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


「……コレは、どうしたのデショウ? このプロメテドームには多くの人間やワタシの仲間がいたはずデスガ……」


ルッカの質問には答えず、ロボは周囲を見渡して呆然とした声を出す。まあ機械的な声だから呆然としてるかどうかはっきりとは分からないけど。


「言いにくいんだけど……ロボ、貴方が倒れている間に、ここにいた人たちは、もう……」


「……ソウデスカ……では、アナタ方は何故ここに?」


それから、マールとルッカが交代しながら今までの経緯を話した。喋りたくないから別にいいんだけど、俺にも話す機会を与えてもいいんじゃないか? ロボとのコミュニケーションが殴られただけって、バイオレンスな関係にも程がある。とりあえず仲間としてカテゴリーはされない。


「ふむ、現代に帰りたいけれど、この扉が動かないので立ち往生していると……」


言いながらロボは扉の前に立ち、扉を押したり引いたり叩いたり蹴ったり爆発させたり(爆発?)したが、一向に開く気配は無かった。


「どうやら、ココの電源は完全に死んでしまっているようデスネ。北にある工場に行けばここに連動する非常電源がありマス。ワタシなら工場のセキュリティを解除できマス」


「ホントー?」


「修理して下さったのデス。今度はワタシがお役に立ちマショウ。しかし、いつまで非常電源が持つかワカリマセンので、ドナタかここに残って、電源が入ったらすぐにドアを開けないと……」


胸を叩いて頼もしさアピールをするマメなロボット。いやに人間臭いな、本当にロボットか?
……にしても誰が残るかだと? 今の全員の状態を見ろ、俺が残るしか選択肢が無えだろうがボケ。


「じゃあ私かマールが残るわ。どっちが残るべきか決めてクロノ」


「何でだよ!? どう考えても俺が残るべきだろーが! もう一歩も動きたくねえんだよ!」


「何言ってんのよ、工場にはきっと暴走したロボットもいるでしょうし、男のあんたが行かないでどうすんの」


「ふざけろ! ルッカもマールもゴリラ並に、いやそれ以上に強いんだから女とか、いやメスだからとかが理由になるかこの筋肉おん」


結局もう一度エナ・ボックスを使った後俺とルッカとロボが工場に行くこととなった。ねえねえ、脳みそ耳から出てない? マールのこめかみパンチではみ出した気がするんだ、後俺の名前クロノで合ってる? 微妙に自信ないんだが。


ルッカを選んだ理由として、機械関連に強いルッカがいた方が工場でも役に立つかな? という理由だった。俺が行く理由はあれだよ、か弱い女の子だけを危険に晒す訳にはいかないからだよ。そう言わないと俺が死ぬからとかそういうワイルドな理由じゃないんだよ。








「へえ、これが工場跡……人間がいなくなっても作動しているなんて、ここはまだ電源が生きてるってことね」


工場跡の中は電気が付いていて明るかった。空気も空気清浄作用が働いているためか、清清しく、久しぶりに深呼吸ができる。床の色は淡い肌色、天井にはクレーンが置かれ、忙しなく動きコンテナ等を運んでいる。少し奥に入っていけば、前や後ろに動く床があり、ルッカがそれを見て「ベルトコンベアって言うのよ」と説明してくれた。これの用途は主に荷物や機材を運ぶために使われるらしい。未来とは俺の予測も付かない程進んだ技術が開発されてるんだな。


「何言ってるのよ、ベルトコンベアなんて私の家にも実装されてるわよ?」


「……お前の家ってやっぱり22世紀のロボットが住んでるだろ? でなきゃ説明つかねえぞ、それとも俺の想像以上にお前とタバンさんは凄い奴なのか?」


「私と父さんが凄いのよ、あんたじゃ想像もできないくらいにね……あれ、赤外線バリアがある。ロボ、これ解除出来る?」


「お任せ下さい。この機械にパスコードを入力スレバ、バリアは解除できマス」


アリスドームの地下にあったような機械を動かして、目の前の画面に見たこともない文字が並んでいく。少しの時間でロボは赤外線バリアとやらを消すことに成功した。


「セキュリティシステム00アンロックシマシタ」


中々やるじゃねえか、とロボに声を掛けようとすると、頭上から何か見たこともないゲル状の生き物が落ちてきた。頭の上に落ちてきたそれを振り払い、刀で切りかかるが、硬すぎて刀にヒビが入った。嘘だろ、巨大ロボですら切り裂ける切れ味なのに!


「コイツらはアシッド! 並の武器では歯が立ちマセン! ワタシに任せて下さい!」


前に出るロボの背中がひどく頼もしく見える! 頼むぜロボ! さっきまで腐り落ちろとか思ってたけど、それについては謝るぜ!


「行きマスヨ! 回転レーザー!!」


ロボの体から全方位に向けたレーザーが放たれて、周りの床、壁、天井に一筋の線を作り出す! ……ていうか、これ俺たちも危なくね?


「「うわわわわあぁぁ!!!」」


俺とルッカが転がって、または跳んでそのレーザーの束を避ける。なんかこれバイオハ○ードの映画でこんなのあったぞ! てか止めろこのスクラップ以下の鉄屑そして役立たず! アシッドとやらには全然当たってねえじゃねえか! ずっとニヤニヤ笑ってこっちを見てるぞ! 見世物扱いだ!


ルッカが鎮静用のハンマーを投げてロボを止めた後、苦戦したが俺とルッカの長期戦でアシッドを倒した。やばいな、白銀剣の刃こぼれが凄い、後何回戦闘に耐えれるか……
にしても、問題はロボだ。ここまで戦闘に使えないとは……
それからバリアを越えて先に進むと、エレベーターという階を移動する機械があり、それを使って工場の中にあるだろう非常電源を付ける場所を探した。
それからもロボの馬鹿は色々とやってくれた。レーザーが当たらないだけでなく、近づいてパンチするもそれがミスるミスる。酷いときなんか戦闘中俺にパンチをかました時もあった。何で俺にはパンチが当たるんだよ。
他にもマールのように治癒効果がある光を出せる、と胸を張って言うので、俺に使用させると光に当たった右手を火傷した。途中の宝箱でミドルポーションを見つけていたから良かったものの、こいつに何かやらせると悪いことしか起こらないというのは明確になった。
しかし、ここに来て悪いことばかりではなかった。モンスターとの戦闘で今まで使っていた白銀剣が折れてしまったのだが、新しく雷鳴剣という刃に電流がほとばしる剣を手に入れたのだ。さらにルッカの使えそうなプラズマガンという強力な銃を見つけたことで、ルッカの攻撃力が跳ね上がった。今まで敵の気を逸らす程度のことしか出来なかったルッカが一撃必殺の活躍を見せることになり、ルッカが喜んでいた。
ああ、ロボも新しい武器を手に入れたんだが、その凶悪な攻撃は俺にしか当たらなかったので俺の判断で捨てた。常時メダパニのかかったお前に武器を持たせては駄目なんだ。馬鹿に刃物を持たせてはいけない。
マールの使えそうな武器もあったのだが、ロボに「戦闘が不得意なら、荷物持ちくらいやれ」と俺が持たせて十歩も歩かないうちに落として壊しやがった。なあなあお前何が出来るの? どんなことなら人並にこなせるの? ロボットの癖にその不器用さはなんなのさ?
ロボが役に立ったのは道を遮る防護システムを解除するだけだった。いつも中途半端に失敗してモンスターを出現させるのはもういい。お前ならそんなもんだろ。







「はあ、はあ、はあ……」


「オオ! ココです! ココで非常電源を付ける事が出来マス!」


「な、長かったわね……特に戦闘が中々上手くいかなくて、随分苦戦したわ……」


「ルッカ、お前本当にちゃんと直したのか? あいつ、役に立たないどころか俺たちの足、むしろ体全体を引っ張ってたぞ……」


自信無いかも……と少し意気消沈しているルッカ。可哀想だが、少しくらい当たらせてくれ、一番被害を被ったのは俺なんだから。ああ、まだあいつに後ろから殴られた背中が痛む。あいつ実は俺を殺そうとしてるんじゃないかと思ったことは一度や二度ではない。戦闘の度に感じたものだ。工場を制覇する頃には俺は敵よりもロボに注意を向けていた。何がムカつくってロボは敵の攻撃は避けないくせに俺がキレて切りかかったら素晴らしいカウンターを見せるところだ。
ロボが大きな柱に組み込まれたパスコード入力装置を操作している間、俺とルッカは後ろに立って肩で息をしていた。ルッカの奴、自分で直したから怒ってないが、ロボが人間だったら銃を乱射してるぞ、絶対。


壁にもたれて座っていると、壁から点灯ランプが飛び出してきて、赤い光が点りサイレンが鳴り始める。……おいおいまさか、こんな最後の場面でも失敗するなんてことは……


「非常事態デス! セキュリティが暴走してマス! 早く脱出しなくテハ!」


あ、やっぱり? もう驚かないよ俺。期待して無いと腹も立たないや。ただ、お前と話すのはもう嫌だ、知ってるか? 好きの反対は嫌いじゃなくて無関心なんだぜ。


ロボを置いて俺とルッカは来た道を走って入り口を目指す。ロボの奴逃げ遅れてくれないかな、そしたら俺家に帰った時とっておきのシャンパンを開けるぜ。


逃げている間も隔壁が閉まっていき俺たちの退路を防ごうとする。
俺とルッカが最後の隔壁を閉まる前に抜けて、ほっと一息。ルッカはまだ逃げ切れていないロボを急かしているが、俺はもう来なくていいよアイツ、閉じ込められるか壁に潰されればいいんだ、と暗い念を送る。
すると、願いが通じてロボが最後の隔壁に挟まれて心の中でソーラン節を踊っていると、ロボが奇妙な動きで脱出する。こいつ俺を攻撃する時と自分を助ける時には良い動きするね。よくいるんだ、こういう人を陥れる時や保身のためなら火事場のくそ力を発揮する奴。


「サア、早くココから脱出しましょう!」


「ええ! 急ぐわよクロノ!」


「ああ……ちっ」


誰にも聞こえないように舌打ちをかまして、ルッカたちの後ろを走る。この流れだとこれから先もロボと旅するんだろうな……嫌だなあ、ポンコツと旅するの。俺のたんこぶがどれだけ増えるか分かったもんじゃない。


赤い光に包まれた廊下を走りぬけ、エレベーターが使えないので非常用の梯子を使い脱出を目指す。もう大分入り口に近づいたな、モンスターも暴走したロボットもいないし、無事逃げられるか? と気を抜いていたときだった。
床下から点滅した光を放つ廊下を走っているとき、左の壁にあるダストシュートに似た形の穴から、ロボの全身がカーキ色というのに対し、全身青い色という相違点はあれど、他はロボとそっくりのロボットが六体落ちてきた。……うわ、こいつと同類の機械? じゃあ全部馬鹿なんだろうな。


「オ…………オオ。皆ワタシの仲間デス! R-64Y,R-67Y,R-69Y! 生きていたのか、良かった!」


近づいて握手を求め右手を差し出すロボ。エセロボたちは自分からは近づかずに、差し出されて手を見つめて、次の瞬間鉄の腕を振りかぶりロボの頭部を殴りつけた。隣でルッカが悲鳴を上げてるけど、エセロボA!展開は分からんがよくやった! 感動した!


「な……何を……」


殴られて倒れたロボは困惑した声を上げて、エセロボAを見る。きっとお前は友達だと思ってか知らんが相手はそうじゃなかったんだよ。よくあることさ、もう一回殴られて俺の溜飲を下げろ。


「ケッカンヒンメ、オマエナドナカマデハナイ」


「……!? ケッカンヒン……」


エセロボが実に正しいことをロボに言い放つ。ロボ、驚いてるけどさ、俺も全く同じ意見だ。あれだけドジこかれたらフォローできんよ。


「ソウダ、ケッカンヒンダ」


「ケッカンヒン……ワタシは……ケッカンヒン……」


ロボが頭を押さえて苦悩している。欠陥品って、あいつらそれでも大分優しい言い方してると思うぜ? だってお前を形容する的確な言葉っつーか悪口、もう俺の頭では思いつかないもん。


「ワレワレノ、ニンムヲワスレタノカ? コノコウジョウニフホウシンニュウスルモノハマッサツスルノダ!」


「!! ワタシはそんな事をする為に作られたと?」


「キエロ、ワレワレノツラヨゴシメ!」


エセロボが言い終わると、全員のエセロボたちがロボにリンチを始める。殴る、蹴る、体当たり、ジャイアントスイング、パイルドライバー、みちのくドライバー。バリエーション豊かだな、こいつらプロレス好きか?


「あ、あんた達ー!!」


その光景を見てルッカがキレてプラズマガンをエセロボたちに向ける。
だが、その引き金が引かれる前に、ロボ自身からの制止の言葉が飛ぶ。


「やめて下さい……このロボット、私の仲間デス……」


……おい、何で助けを求めないんだよお前。あれだけ戦闘ができないくせに、これだけボコボコにされてるくせに……
バキバキと部品が飛ばされ、鉄の体に傷やへこみ、さらには腕や足が飛んでも、ロボは自分の仲間へ攻撃することを許さなかった。その仲間たちから壊されようとしているのに。
頭部の右半分はひしゃげて、右目の部分から赤い眼球が床に転げ落ちた。胴体の部品もぼろぼろ床に飛び散り、飛ばされていない左足もなんとかくっついているが、それも時間の問題に見えた。
……確かに……確かにロボにはムカついてるし、二、三発殴り飛ばされるなら良い薬とも思ってたが……


「これは、やり過ぎだろうが……!」


仲間と言えるほどロボが活躍したわけじゃない。足を引っ張ったし、ロボのせいでモンスターに見つかったのは数え切れない。
腹が立つし、右腕を焼かれたりしたけれど、かつての仲間達にここまでやられる程か? これだけ仲間を思ってるのに、その仲間達に体を破壊されるのは、一体どういう気分なんだろうか……?


「クロノ……私、もう我慢できない……出来ないよ……ロボが、ロボが壊されちゃうよぉ……」


「……俺もだルッカ、これはお仕置きにしても度が過ぎる、行くぞルッカ! 後でロボに恨まれようが関係無え! 全部ぶっ壊してやる!」


俺は雷鳴剣を鞘から抜き、ルッカはプラズマガンの狙いをつける。
一太刀目でまず一体、そのままの勢いで二体、それから先は……そのとき考える!!


腰を落として走り出すために後ろ足に力を込めて、目標をエセロボの一人につける。まずは……テメエからだ!


ドカッ!!!


……え? 俺、まだ何もしてないよ?


ロボを袋にしていたエセロボたちが四方に飛ばされて、壁に叩きつけられる。ルッカが何かしたのかと振り返れば、ルッカは目を見開いてロボが倒れている場所に視線を注いでいる。
――そう、ロボが倒れている筈の空間に。


「どうやら、少し調子に乗ったみたいだね、君たち……それも、、僕が永劫の闇の中から神の啓示を賜った闇と光の力を併せ持つ選ばれたエデンの戦士とは知らなかったからだろうけど……」


ロボの体から、小学生くらいの、銀の髪をたなびかせ、右手で左目を隠した男の子が立っていた。






―――このロボットなんだけど、中央部分に溶接された鉄で囲まれた部分があるの。どうしてもその中が覗けなくて……まるでこの形状、中に人が入るためのような……それをこの外側の機械で保護しているみたいな……―――





「……まさか、本当に人が入ってたのか? 人間がいた頃から、ずっとロボの体の中に……?」


俺の声を聞いて、ロボの体から出てきた男の子は首を曲げて俺の方を向く。
瞳の色は深い青色、顔の造詣は女と間違えそうな、美少年を体現したルックスだった。


「違うよ、僕は人間じゃない。デウス・エクス・マキナに選ばれたアンドロイドだよ、このボロボロになった機械は僕の強すぎる力を抑えるための、枷のようなものさ。……こうでもしないと、僕の力は世界に与える影響が強すぎる……全く、自分の力ながらに恐怖するよ、流石神に選ばれた、いや、選ばれてしまっただけのことはあるね……ふふ、悲しい宿命だよ……」


……やばいぞ、こいつの力量もロボの体に入っていた経緯も話し方や雰囲気が違う理由もさっぱり分からないが……一つ分かったことがある。隣で口を開けたまま動かないルッカもきっと共通の意識を持っている筈だ、証拠に、俺と同じようにいきなり出てきた少年を指差している。


「ちなみに、僕の左目には邪気が封印されている。正式な名称は邪気眼って言うんだけどね……」


もう間違いない。おかしな単語の用い方、頭の悪いその台詞……こいつは、このガキは……


「「中二病だーっ!!」」


俺とルッカの渾身の叫びは遥か遠くプロメテドームまで届き、ドアを開けた後寝ぼけて船を漕いでいたマールを起こし「たっ! 食べてないよ! ちゃんとクロノの分も残してあるよっ!?」という微笑ましい寝言を呟かせたという……



[20619] 星は夢を見る必要はない第十一話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/08 14:59
「エターナリティー・エンシェントレクイエムブラスター!!」


ロボの体から出てきた中二の少年が『ぼくのかんがえたひっさつわざ』を叫び、右手と左手を交差させながら青いレーザーを縦横無尽に走らせる。その光線は倒れていたエセロボ三体をバラバラの鉄屑に変えて、左手で前髪を掴み、「辛いね……僕の力に耐え得る存在が神以外にいないというのは……僕の本気が発揮できるのは、幾億年経とうと無いというわけか……あの最終戦争、ラグナロクが懐かしいよ、まああの頃は僕もエインヘリャルの尖兵でしかなかったんだけど……」とか戯言を口にしながら自分に酔っていた。未成年の飲酒は禁止されています。


「アンドロイドダト、バカナ、イママデソノヨウナソブリハミセテイナカッタ!」


「当然さ、その為にあの鉄の枷を体に纏っていたんだから。つまり君たちが壊してくれたあのボディは僕の力を封じ込めるだけでなく、偽装としての意味もあったんだね。僕くらいの洞察力がないと見破れないから、恥じることは無いよ」


一々ムカつく言動の少年の言っていることはさっぱり分からない。あくまでムカつくということしか。
残る三体のエセロボが少年を軸に三対に並び、同時に襲い掛かる。しかし、少年が「俊雷・ソメイヨシノ!」とまた頭の悪い技名を声に出すと、コンマ一秒以下で逆さに天井から立っていた。……よく分からんが、その技名なのかなんなのかは一々言わなければならんのか? ぶっちゃけ聞いてるこっちも恥ずかしいんだが。


「釈迦に会ったら言っておきなよ、僕を殺すつもりなら運命程度では覆せない大いなる災厄を持って来いってね。ティータイムがてらに相手してやるからさ」


カッコいいと思ってるんだろうなあ、俺はお前をカッコいいと思うくらいなら弁護士のピエールのファンになる。いや、絶対。
痛々しい台詞とは裏腹に、地上に降りる瞬間、少年は真下に立つエセロボたちの一人を踵落としで沈黙させて、次いで右側に立つエセロボに闘牛の如き勢いで肩からぶつかり、廊下の奥にすっ飛ばす。残る一体に後ろから殴りかかられるが、その場でしゃがみこんだ後そのまま逆立ちの要領で空中に飛ばし、ソバットを叩き込む。
この少年、頭はとことん悪そうだが……強い! この格闘技能、技の破壊力、加速機能に状況判断の的確さ。もしかしたら、中世の王妃以上の戦闘力かもしれない。……最初っからお前が出てたらこの工場楽に突破できたんじゃねえのかよ?


「あれよ、流石私が修理しただけのことはあるわね。納得の戦いぶりだわ」


「じゃああのウザイ性格もお前譲りという風に帰結するが、いいんだな? 吐いた唾は飲み込めないんだぞ」


「……保留にしとくわ」


ルッカでもあの性格は嫌なんだな、分かるよ。ていうかああいう意味も無くでかい事言う奴が一番嫌いなはずなんだけどな、ルッカは。自分が直したってだけでそれほど愛されるのか、俺もロボットとして生まれてくれば良かった。そうすればもう少し優しく応対してくれるだろうに。


「ふふっ、これで終わりか……虚しいね、戦いは虚しい。強すぎる力はこういった弊害を生む。僕が心から高揚感を得る日は来るのかな? この純然たる魂を開放する日、それが世界を混沌の渦中に飲み込まれる時だと分かっていても、そう望んでしまうのは僕のような選ばれた者故のエゴなのか……」


尋常じゃなくうっとうしいな、いいからさっさとこっちに来て事の説明をしろよこのなんちゃってボーカロイド。


「ああマスター。紹介が遅れたね。僕の名前は……いや、ロボで良いよ、遠い昔に僕は自分の名前を捨てた、そう、あの日の罪を掻き消すために……」


こういうミステリアスな過去が人の厚みを増させるのさ、とか演技掛かった台詞を続かせて、ロボが遠くを見る眼でこちらを見る。あれだな、お前は前形態でも現形態でも俺に絡もうとしないな。


説明を聞く前に一発どついたろ、と前に歩き出す。俺の拳がロボ(で良いんだよな?) に届く前に後ろからエセロボの腕が飛んで来てロボの頭にごづ、と嫌な音を立てて当たる。廊下の奥から仕留め損なったエセロボが腕を飛ばし攻撃したようだ。
だが、それは脅威にはなりえない。先ほど拝見させてもらったロボの活躍を見た後では当然、何よりかろうじて起動しているだけのエセロボに何が出来るというのか? この糞ガキの戦闘力は53万です……やー、流石に地球破壊はできないだろうけどさ。


「…………ふ、」


「あん?」


「ふえええぇええぇえ!! 痛いよおー!!!」


「うぞぐふうっ!」


振り向いてまた似合いもしないことを言いながら超スピードで走り出すかと思いきや、この糞ガキ俺の腹に猛スピードで飛び込んできやがった。これは凄い、お前アメフトにでも転向すれば? 俺の腹が受けた衝撃はルッカのボディーブローを超えるぜ? んで、その超加速無駄なことに使うなよ、お前のその技は誰がなんと言おうと皮肉を込めてロボタックルと命名してやる。


「ちょっと、どうしたのよロボ! ……クロノ、これどういうこと?」


「お、れ、が、きき、たい……!!」


俺の腹に顔をうずめてごりごり押し込んでくるロボを少しでも遠ざけようと頭を両手で押さえて力を込めるが一向に離れる気配が無い。機械の力は世界一を実践するな、俺の腹相手に。


「痛いのやだあ!! 怖いよおおぉぉお!!」


「痛みに過度の恐怖を持っている、と解釈すればいいかしら?」


役に立たない分析ありがとうルッカ。とりあえずこのガキの頭にプラズマガン撃ちこんでくれない? クロノのライフポイントはとっくに0だよ。


「くそ……ルッカ、とりあえず前にいるエセロボを倒すぞ……いや、悪い倒してくれ」


俺に纏わり付くショタっ子が邪魔で何も出来そうにない。アンドロイドってもっとカッコいいものだと思っていたよ、映画の見過ぎだと言われようと、こんなキャラでそんなセンセーショナルな存在だなんて納得出来るか!


各関節から火花を散らしながらもエセロボは果敢に戦ったが、ルッカの必殺技『近づいてハンマー』で完全に沈黙した。必殺技の名前なんぞこれくらいシンプルなのが良いんだよ。


戦いが終わっても泣き喚くロボをルッカの頼みで俺が背中に背負って、さらには元ロボの残骸も持たされて、プロメテドームまで運ぶ。元ロボの残骸は当然のこと、このしゃっくりを繰り返してるガキだって体格が小さくても重たいんだぞ。ドラ○もんだって確か100キロくらいあったんだからな。いや、流石にロボが100キロの体重だったら俺に持ち上げることなんてできないけどさ。
……でもこいつは何で近くにいたルッカじゃなく俺に抱きついたんだ? いやルッカに抱きついてたら一刀両断の刑に処してたけどさ。俺に対して好印象は絶対持ってなかった筈なんだが……あれか? ツンデレという奴か?
俺という超絶美男子に惚れたのなら、もしかしたらこいつはショタではなくロリなのかもしらんと背中を動かして胸を捜したが、やっぱり無い。男確定。……俺はロリコンでは無いが、ショタ好きの要素なんぞ毛ほども無いからな、そういった告白をかましてきたらこいつの首をねじ切ってくれる。


これはまあ余談だが、後になってロボ本人に聞いてみると「僕が泣く? ははは、貴方は奴らのモルガナティックファオルダー。通称幻惑の堅牢により幻覚を見たんですよ、ああ、奴らについては聞かないでください。これはあくまで僕が背負うべき業で一般人の貴方には」
ここで羞恥心の無い十代にすかさず水平チョップ。
「あ、あのね……僕男の子だから、女の人に頼ったらね、は、恥ずかしいからね、だ、だから……ふああん!! 痛いよお!!」
まあ、見た目にふさわしい可愛い理由だった。ただその後俺の頭をスリーパーホールドをかけているかのように抱きかかえて泣くのは勘弁。それを見たマールが兄が死んでその亡骸を持ち嘆いている少年の絵に見えたと教えてくれた。悪くない興行収入が得られそうだな、その設定なら。






プロメテドームまでの道中で血を吐き、ルッカはその心配をせずにスイスイ先を歩くというショッキングな出来事があったが、生きてマールの笑顔を見ることが出来た。血を吐いた理由はロボタックルにより肋骨が折れ肺に刺さったことが原因だった。工場内で負った怪我の類は全てロボによるものだった。仲間ってなんですか? 共闘するってどういう事ですか? 家に帰ったら辞書を引いてみよう、きっとこの謎が解けるはずなんだから。
俺の背中にいるロボを見て驚いたマールが「まさか……クロノが攻めなの!? ……うん、まあ贅沢は言えないよね。良いよ、クロノ」と苦渋の顔で何かしらを許可してくれたが、やっぱり俺に仲間はいない気がする。だってこいつら俺の心に黒髭危機一髪のようにナイフをドスドス刺してくるんだよ? 弱っている時なんかハイエナの如く。


「……それで、さっさと説明しろよ。何でお前はこのロボットに入ってたんだ?」


「良いよ、まあ少し難解ではあるけれどね。まずは僕の過去から話そうか、そもそも僕はとある領主の子供だったんだ。けれどある日大帝ルシフェルが闇の深淵から屈強なヘルビジニア、通称霧の驟雨大隊を引き連れて」


「知ってるか? 俺子供の耳を引きちぎるのが得意なんだ」


「……僕はこの世界でも希少な人間とほぼ同じ感情を持つアンドロイドというロボットなんだ。僕を含めて二体しか現存しない。だから盗賊なんかから僕自身を隠し、守るためにそのボディに入ってたんだよ、だからちぎらないで?」


「なるほどね、まあその辺は工場でも聞いたわ。それで、その機械から出てきた途端貴方の言動や能力が一変したのにはどんな理由があるのかしら?」


「マスター、僕の能力が増加した理由。それはもう知ってるはずだよ? 僕という器に秘められた大いなる力を抑えるため、とね。僕の性格が変わったことについては僕の創造主たるデウス・エクス・マキナが僕の存在を恐れ破動の力を用いて僕という個を消し去ろうと」


「知ってるか? 俺子供の腹に蹴りをかますのが趣味なんだ」


「……僕の能力が増したのはあくまでそのボディは防御用で、速度や攻撃面はあまり重要視されてなかったからなんだ。その点僕は攻撃面速度面を重視された型だから、それを脱ぎ捨てれば防御力は下がるけど、他の面では跳ね上がる。性格が変わるのは僕を作った人が『お前の性格がウザイ』って言って、そのボディに性格矯正機能をつけてたからなんだよ、結構無茶な機能だから、状況把握能力なんかが極端に下がっちゃうのが難点なんだ。だからお腹叩かないで、ポンポン痛いのやだ……」


常にそういう風に臆病なら俺としても優しくしてやらんではないのに、なんですぐ調子に乗るかなこいつは。それと、言うまでもないが俺にそんな特技や趣味は無い。だから引かないで下さいルッカ。そしてしおらしいロボを見て萌え萌え言うのは止めて下さいマール、どこぞのカエルを思い出すので。


戦闘中以外は比較的まともだった前ロボに戻すため、ルッカはロボが着ていた(この表現が正しいかは分からないが)壊れたボディを現代に持って帰ることにした。今は道具が足りず修理するには心許ないので、実家に帰り本格的に取り掛かるらしい。


さて現代に帰るかと仕度を終えて開けたドアの中にあるゲートに入ろうとすると、ロボが俺のズボンを掴んでいた。……やめて、何度も言うけど、俺にその気は無いから、上目遣い止めて、お前見た目だけは凄い可愛く見えるんだから。


「僕は……どうすればいいでしょうか……?」


「……お前の好きなように生きろよ、やりたいこととか無いのか? あればそれに向かって突き進めばいいさ」


「……僕は、できれば皆さんと一緒に行きたいです。皆さんのやることが人間、この星の生命を何処に導いていくのか見届けたい……後一人でいるのはつまらないし、寂しいです……」


嫌だ御免だ勘弁だいいから離せテメエはこの世界のロボットなんだからこれ以上俺に関わるなぶっちゃけお前と話してると腹が立つし時に危機感を覚えるほらさっさと離せ!
俺の長い長い罵声を聞いてロボが何か言う前にマールが俺の背中に肘鉄、左頬に裏拳、それは見事なミドルキックという三連動作を流して「一人は寂しいもんね! 一緒に行こう!」とさわやかに言い切ってました。ああそうだよな、念願の半ズボンが似合いそうな男の子だもんな。ホモが嫌いな女の子なんていません! ってどこかの教科書に書かれてるもんな。釘刺しとくけどな、クロノ×ロボなんて永久にこないからなクソが。


マールの誘いを聞いて物凄く嬉しそうに顔を輝かせた後「僕という世界に抑止力をもたらす存在が時を越える、か。この顛末がいかなる結果を歴史に刻むのか。皆さん安心して下さい、僕達に敵意を向ける生物は全て物言わぬ屍となり自然に還ることでしょう……」とこき出したロボが果てしなくウザイ。どうなのかねこういう自分の空気しか生産しない奴って。


様々な障害や喜劇に悲劇、まっっったく仲間と思いたくないアンドロイドを連れて、俺たちは未来と別れを告げた。中世といい未来といい、なんでもっと良い気分で別れられないのか、そう思うのは俺だけなのか?










星は夢を見る必要は無い
第十一話 魔法特性は自分で選びたかった














ゲートの闇を抜けて、目を開けばそこは俺たちの予想していた太陽の光はなく、かといって未来のように空気が荒れてはいないし、耳を不快にさせる風切り音も無い。石畳の上に寝ていた体を起こして体に付いた微小な砂を払って立ち上がる。俺たちが倒れていた近くに細長い柱があり、その上に電球がついていて、そこから心許ない光が灯っているが、辺りを見回すにはあまりに弱い光源。近くの暗がりに何か恐ろしい魔物が潜んでいるのではと思い、メンバーに緊張を強いさせる。部屋の中央には幾筋の淡い光の柱が床から伸び、その存在感を知らしめている。光が出ている原理はルッカやロボでも解析できず、またこの場所がどういう場所なのかも分からずじまいだった。


「ここは……まさか、エインギルモアの」


「ロボ黙れ、これ以上喋るならパソコンにインストールするぞ」


自分でも意味の分からない脅しだったが、ロボの妄言を黙らせることに成功した。ただでさえ状況が分からず混乱してるんだ、そこに訳の分からん具材を入れてさらに引っ掻き回すのはやめろ。


「ねえクロノ、あっちにも道があるよ? ……それに、人の気配も」


マールの指差した方向に暗くて分かりづらいが細長い道があることを確認した。人の気配? 俺には分からんが……半分王女半分野獣のマールが言うなら間違いないだろう。ホント、常識人が俺しかいない。


細長い道を進み、西部劇に出てきそうなボロボロのドアを開けると、街灯にもたれながら鼻ちょうちんを出している老人の姿があった。全身黒一色、ダッフルコートに身を包み帽子を顔の上半分を隠すほどに深く被った姿はまあ、控えめに見ても変質者だった。


「スルーしようか、あれは多分近づいたらコートを脱いで恥部を見せ付けるタイプの変態だ。露出狂ってやつだな。気をつけろよマール、お前なんか狙われそうな外見なんだから。ロボも気をつけたほうが良い、むしろ男の娘の方が良いなんて奇特な奴もいるんだから。ルッカはやられたら滅殺のカウンター魂がデフォルトだからあえて注意もしない」


「おーい」


今まで寝ていた老人が俺の的確なアドバイスを聞いて左手を俺に伸ばして手首を曲げた、分かりやすい突っ込みの構えを取っていた。なんか、シュール。


「お前さんたち、というかそこの赤毛の御仁は大層な言い方をなさるのお……」


しょうがないだろう、根が正直なんだ。俺の長所は嘘をつかない、短所は嘘をつけない。


「あの……ここは?」


おずおずと後ろからルッカが老人に話しかける。こらこら、あんまり近づくと襲い掛かってきますよ? 猿山の猿みたいに。


「ここは時の最果て……時間の迷い子が行き着く所さ……お前さんたち、どっから来なすった?」


「私たち……こっちの赤毛と金髪の女の子、そして私が王国暦1000年から来たんです」


「僕はA.D.2300年の世界からゲートで顕在したという訳さ」


ルッカとロボが老人の質問に答え、老人はそれを聞いて小さく首を縦に振り得心をえたという顔を見せる。いや、よく見えないけれども。


「違う時間を生きるものが、4人以上で時空の歪みに入ると、時限の力場が捻れてしまう……しかし、この所、時空の歪みが多くてな。お前さんたちのようにフラリとここへ現れる者もいる……何かが時間全体に影響を及ぼしているのかも知れんな……」


「って事は、誰か一人ここに残ったほうが安全ってことね」


ルッカが老人の話を引き継ぐが、俺は何が『って事は』なのか分からん。量子力学は苦手だ。シュレディンガーの猫だとかなんとかさっぱりだ。


「ええ、こんな所で置いてけぼりなのー?」


「こんな所は酷いな……何、心配いらんよ。ここは全ての時に通じている……お前さんがたが願えばいつでも仲間を呼び出せる。だが時の旅は不安定じゃ。常に三人で行動することじゃ」


じいさん、多分マールはこの場所が薄気味悪いから嫌がってるんじゃなくて、あんたみたいな得体の知れない人間と二人きりになるのが嫌なんだと思う。ちゅーか、自己紹介してもいいんじゃないか? そこまで親切に色々教えてくれるんならさ。


「じゃあ、誰か残らないと駄目だね」


「誰が残る? クロノ。私を残すつもりなら別に良いわよ? それはそれであんたの意思だしまあこんな所に私を残す気ならまあ特に思う事は無いけれどそうなるとマールやロボみたいな過ちを犯しやすそうなメンバーで行くことになるからまあねー私としてもそういった危険を無くすためにもあんたの×××を潰すのはやぶさかではないというか……で、どうするの?」


「よーし、ルッカは連れて行こうか。頼りになるし、俺の相棒だからね」


「……ルッカずるい、クロノの臆病者……」


なんと言われようが一向に構わん。俺は俺の道を行くのだ。俺の大切な肉体を潰させるわけにはいかん。TSとやらが流行っていようと俺自身でそれを体現したくないし、そんな乱暴な性転換聞いたことねえ。


まあ順当に行って残りの一人はマールを仲間に入れるべきかと発言したらロボがまたぐずりだした。おまえもうどっちかのキャラにしてくれないか? 苛々が百倍になってパーティーの主役になれそうだ。
結局とりあえずは俺、ルッカ、ロボのパーティーメンバーになり、マールがすねるという事態になった。仕方ないだろう、ロボが万力の握力で俺の手首を握りつぶそうとするんだから。
まあ、現代に帰った後早急にコイツのボディを直して装着させるためにもこのメンバーは妥当といえるかもしれない。


「決まったか。Yボタンでわしを呼び出せばいつでもここに残った仲間とメンバーチェンジが」


「じじい、Yボタンって何だよ」


「……仕方ないのお、こいつを持っておくが良い」


じいさんは小さなマイクのような機械を手渡し、そこに喋りかければわしと繋がっているのでメンバーチェンジをさせてやろうとのことだった。
……まだ理解できない。何処の時代のどんな場所でも仲間を送り届けてくれるのか? そう聞いてみると「いつでもというわけではない。そう度々メンバーの入れ替えをされるとわしの魔力が尽きてしまう。戦闘中も止めておいたほうがいい。激しく動かれている状態では時代間の転送は不可能じゃし、転送された側も一定の時間帯硬直状態になってしまう。安全が確保された状況のみ活用することじゃ……」との事。……魔力?


「私たちの時代に戻るにはどうすればいいの?」


俺が質問する前にマールがじいさんに話しかけた。まあ、老人の戯言だろうから別にいいんだけどさ。


「お前さんたちがやってきた場所に光の柱があるじゃろう? あれはあちこちの次元の歪みとここ、時の最果てを繋ぐものじゃ。一度通った事のあるゲートからはいつでもここに来られるじゃろう。光に重なり念じればゲートに戻れる……じゃが、そこのバケツから繋がるゲートには気をつけるんじゃな……」


じいさんが指差す方向には奇妙な光を底から溢れさせている古ぼけたバケツがぽつ、と置かれていた。


「そこはA.D.1999……『ラヴォスの日』と言われる時へ繋がっとる……世界の滅ぶ姿が見たいなら行ってみるのもいいが……お前さんたちまで滅びちまうかもしんぞ」


そんな悪趣味なもん誰が見たいか! 自傷癖どころの騒ぎではない。M? Mというのは自分を傷つける存在が同じ人間であるから生まれる特殊な……どうでもいい。


じいさんの話を聞いた後に光の柱に向かおうとすればまたじいさんが俺たちを呼び戻す。一回で言いたいことは言えよ。二度手間三度手間をかけさせる人間は職場で嫌われるんだぞ。
そう急がずに奥の扉に入ってはどうだとじいさんが勧めてきたが、「面倒くさえ」の一言でまた光の柱に戻ろうとする。すると今まで動かずを貫いていたじいさんが恐ろしい瞬発力で俺に飛び掛りジャーマンスープレックスをかまして定位置に戻った。頚骨が折れたら歩けなくなるんだぞ? その危険性を知った上での行為というならば俺も刃物を出さざるを得ない。
顔を真っ赤にして怒る俺を抑えてルッカとロボが俺を奥の扉まで引っ張っていく。これでつまらなかったらどうなるか覚えてろ。
中に入ると白い毛むくじゃらの生き物が「なんだおめーら? 俺か? 俺はスペッキオ。獣の神! こっから色んな時代の戦見てる!」と聞いてもいないことを朗々と語りだす。その上自分のことを強そうに見えるか? と聞いてきたので「鼻くそレベル」と返してやれば「そうか、俺の強さお前の強さ。つまりお前鼻くそレベル。ダサイ」と答えてきた。どうですかねこの会話。おかしいよね。
スペッキオとしばらく口げんかをしていると、スペッキオが「ん、お前らも心の力を持ってる」とか言い出した。あれ、こいつロボと同じ病気? ああ変なものに絡まれたなあと溜息をついた。
それから魔法が使いたいと念じながらこの部屋を三周走れとかスポーツのコーチみたいな命令を俺たちに下し、やる気無しにその命令をこなした。俺だけ三回やり直せと言われた。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。ストレートでぶっ飛ばす……


「よーし! そっちのツンツンの鳥頭は微妙だけど、お前ら良く出来た! よくやった!」


……腹へって機嫌が悪いときに、この毛むくじゃらの狸が……言うに事欠いて鳥頭? ふざけんな! これは別にワックスとか使って髪が尖ってるんじゃねえ! 天然なんだよ畜生!


「ハニャハラヘッタミターイ!」


それが魔法なら俺でもホグワーツで主席を取れそうなしょうもない魔法? の言葉を高らかに叫びスペッキオがいい顔をしていた。何もやりきってねえよ、と馬鹿にしていたのだが……


「……!? 体から、電流が流れてくる!!」


「わ、私も、右手から炎が……!」


「……僕は?」


俺とルッカに異変が起こる。俺の体の周りに電撃が走り、俺の意思で自由自在に動き出す。その電撃は俺の体に触れても一切俺を蝕まず、戯れるように宙を舞う。
ルッカは左手から轟々とした火が溢れ出し、部屋の中に熱気を作り出していた。勿論、服や体を燃やすことなく、神話の炎の神のように左手を動かし炎を操っていた。
ロボはきょとんとして自分の体を眺めていた。


「魔法は天、冥、火、水の四つの力で成り立ってる。ツンツン頭は天。こっちのメガネのねーちゃんは見たとおりの火の力。てな具合に魔法だけでなく全てのバランスはこの四つで成り立ってる」


それからスペッキオの話が始まり、それによるとずっと昔、魔法が栄えた国があり、そこでは全ての人々が魔法を使えたそうだ。しかし、魔法に溺れ滅びた今では、魔族以外に魔法を使える者はいなくなったそうだ。最後に、魔法は心の強さ、それをスペッキオは念入りに教えてくれた。
ちなみに人間ではないロボは魔法の力を使えなかった。悔しいだろうな、ロボみたいな中二が魔法を一人だけ使えないなんて。むしろ自分だけは使えるはずなんて思ってたに違いない。その幻想をぶっ壊す。
「まあ、僕だけ使えないというのもまた選ばれた素質ゆえの物ですからね、きっと天地魔界の創立者達が僕の力に妬んだんですよ」と口では強がっていたが、ずっと肩が震えていた。ほんのり可哀想だと思った。
とはいえ、ロボのエンシェント……回転レーザーは冥に似た力を持つとの事で、決して悲観したものではないとスペッキオにフォローを告げられる。まあ、俺がロボに何か言えることがあるとしたら、ざまあ。


その後マールを連れて来てみると、マールは水、それも氷寄りの力を持っていた。ほらほらロボ、後でチョコレートあげるから俺の背中にすがりつくのは止めなさい。
一度俺、ルッカ、マールでスペッキオと戦ってみたが結果はボロ負け。まだ自分の能力を操りきれない俺たちでは自在に全ての属性を操るスペッキオに歯が立たなかった。悔しいのは悔しいが、新しい自分の力を得たことに対する喜びが勝り、怪我の痛みも忘れるほどだった。ただ、俺の力、天だが、天は雷を操る力が主らしく、相手に雷を落とすというのが最も簡単な技だと分かったのだが、どうにも敵に落ちず俺に当たることが多い。別にダメージは無いんだが、かっこ悪いことこの上ない。何度隣でスペッキオと戦うマールやルッカに笑われたことか。スペッキオには指を指されて爆笑された。唯一俺を慰めて「格好良かったですよ」と言ってくれたのはロボだけだった。ごめん、お前の事ウザイとか言って。時の最果てでロボが俺のフラグを立てた。後好感度150以上で俺とロボの濡れ場が発生する。


部屋を出る際にスペッキオがまた新しい仲間が出来れば連れて来いと告げる。出来れば、ね。
外に出た俺たちにじいさんが「ほれ、わしの言うことに間違いは無い」と自慢げに言う。そういうことを言わなければ普通に感謝できるのにな、そんな性格だよあんた。
じいさんはとりあえず自分たちの時代に帰ってみては? という助言と何か分からんことがあれば力になると頼もしいのかどうか境界線なじいさんに言われてしまった。まあ、たまには寄ってみてもいいか。


短い間ではあったが、俺たちは時の最果てを後にすることにした。
光の柱に触れると、頭の中でA.D.1000年『メディーナ村』と浮かぶ。自分の思考以外が浮かぶって、妙な感覚だな。
他の光の柱にも触れるが、現代に帰れそうな所はこのメディーナ村という所しかない。聞いたことが無い場所だが、時代が同じならなんとかなるだろうと光の中に飛び込むことにした。




次に眼を覚ませば、目の前で懐かしの青色丸と緑色丸が驚愕の表情を浮かべて俺たちを見ていた。
後ろを見て、俺たちが出てきたところを確認すると、どうやら俺たちはこのモンスター達の家の中、それもタンスの中から出てきたようだ。そんな状況で驚かないわけは無いわな……おや? この嗅覚を甘く刺激する匂いは……?


「たたた食べ物だぁああぁあ!!」


モンスター二匹が囲んでいるテーブルの上に果物ケーキ何より肉! が所狭しと並んでいる。パーティーでもするつもりだったのか知らんが、とにかく食べる、後でこのモンスターたちに襲い掛かられようが知ったことか。今俺が捉えるは己が体を動かすエネルギーの塊のみ!


「ルッカ! それは俺の狙っていたバナナだ! 汚え手で触れるんじゃねえ!」


「あんたはそこのキウイを食べれば良いでしょうが! 私だってあんたを助けようとした日から朝ごはんも食べてないのよ!」


俺が食事を始めて数瞬後、ルッカが俺の食卓に入り込み俺の食べ物を蹂躙してくる。止めろ! 俺は愛しているんだ、その果物を! その野菜を! そして肉を!
このまま二人で食べていればどちらも満腹になれないのは必至。俺はルッカに勝負を挑むことにした。


「ルッカ、今すぐ俺と決闘しろ! 俺が勝てばお前はこの食事に手を出さずひもじそうに外で指を咥えていろ!」


俺の発言に食事を止め、レモンソースを口端に付けたままニヤリと笑みを浮かべた。いいね、そこで乗らない奴はルッカじゃねえ。


「いいわよ、私が勝てば私以外のメスに近づかず話しかけずを一生貫いてもらうわ。そして貴方は私と一緒の墓に……」


「重たいな、一生かよ。それに一緒の墓? 心中しようってことか? やっぱり重たいな。つくづくお前の発想は怖い」


覚えたての魔法を俺に使うのは良くないぞー? と思っている俺はただいま絶賛炎上中。気分は原作オペラ座の怪人。




正気を取り戻した俺たちはモンスターたちに警戒態勢をとるが、青色丸の「お腹が空いてるなら、まだたくさんありますし、一緒に食事でもどうですか」の一言で世界は分かり合えると知った。
蛇足だが、黒焦げの俺を治療してくれたのはロボのエンジェルストラブト……もうケアルビームでいいや、であった。この胸に飛来するときめきはもしかしなくとも恋だろうか?


青色丸と緑色丸の話を聞くに、ここメディーナ村は400年前、つまり中世の時代人間との戦いに敗れたモンスターたちの末裔が集まる小さな村だとのこと。いきなり襲い掛かったりあからさまな蔑視の眼で見てくる者がほとんどだろうとも教えてくれた。西の山の洞窟の近くに住む変わり者の爺さんを訪ねれば良い、きっと力になってくれると最後を締めて俺たちを送り出してくれた。いきなり現れていきなり食事を平らげたのにここまで親切にしてくれるとは、人間なんかよりよっぽど人が出来てる。いつかこの旅が終わればここに住まわせてくれないだろうか? ……どうせルッカが追いかけてきて終わりか。まいったねどうも。


「教えてくれたのは嬉しいけど、何で私達にそんなことを……?」


ルッカが不思議そうに、そして訝しげに眉を歪めて二人に問う。当然か、俺もここまで丁寧に教えてくれればなにがしかの罠があると見てしまう。すると緑色丸が肩をすくめて一言「信用されないのは当然だろうが……」と前置きする。


「人間と魔族が戦ったのは400年も昔の事だ。いつまでも過去にとらわれていても仕方が無い。まあ、私達のような考えを持った魔族はほとんどいないが……それでも、我々魔族全てが人間を殺そうと考えているわけではない。どこかで禍根を断たねば、憎しみは消えないのだよ」


緑色丸の言葉には、言外に人間への憎しみは消えたわけではないと告げている。ただ、いつかは拳固にされたその拳を解かねば終わらないのだと考えている。それはただ許すということよりも辛く、誇りあるものなのではないだろうか。
ちょっと含蓄のあることを思っていると横でロボが「言ってみたいな……ロボ台詞集に入れておこう」とメモとペンを取り出しペンの先を舐めていた。取り上げるしかあるまい。
ちょっとした騒動が起こったが、俺たちはその家を後にして二人の言う爺さんの家に向かった。最近爺さんに縁があるよなあ。ヤクラといい大臣といいドンといい最果てのじじいといい。





「おお! 訪ねてきおったか。ワシの自慢のコレクションでも見て行くと良い」


青色丸たちの家を出て西の山の麓にある家に入ると、どこかで見たような顔の爺さんが馴れ馴れしく声をかけてくる。ごめんなさい、俺初対面とか凄い苦手なんで。合コンとかでも女の子達にトイレで「右端に座ってる赤毛の男、なんか暗いよね」とか言われるくらいなんで、いきなり手とか握らないで、男とフラグが立っても嬉しくないし。ロボ? あいつは男の娘だから良いんだよ。


「おや? わしの顔を覚えとらんか? ほれ、リーネの祭りで会ったじゃろうが」


「……ああ! マールのペンダントを見せてくれとか言いながら胸の谷間を覗き込んでた爺さんかあんた。確か名前はボッシュだったか?」


「うわ、最低ねこのジジイ……」


俺の発言にルッカが胸を両手で押さえて後ずさる。おいおいお前は谷間が出来るほど無いだろう? パット入れてるくせに、と茶化したら壁に掛けてあった大剣を振り回して俺を二分割しようとしてきた。それ、ドラゴン殺しって銘が彫られてるんだけどさ、良く振り回せんね。ガチでお前剣士に転向しろよ。


「全く下らんことを覚えておるのう……そこのお嬢ちゃんもその辺で止めときなさい。あんたもあのポニーテールのお嬢さんには負けるが良い尻をしとる。安産型じゃな。胸はみそっかすじゃが」


俺とボッシュが最後に聞いた言葉は「斬刑に処す」だった。その後はご存知ロボ君大活躍。やっぱりヒロインはお前のようだ。今度モロッコに連れて行ってやろう。


「そうじゃ、ワシの作った武器でも買ってゆかんか? 安くしとくぞ」


頭からだくだくとピナツボ火山みたく血を吹き出させながら笑顔を崩さないボッシュは男っちゃあ男である。ただルッカの20ゴールドで全部売りなさいという恐喝には汗を流していたが。
商売人の意地なのか、顎にナイフをぺたぺた擦り付けられても値下げはしなかった。あのさあルッカ、ロボが怖がってるから。マスターであるお前にレーザー撃とうとしてるから。その辺にしたげて? それ以上すると俺はお前を警察に突き出さなくちゃならんくなる。
結局武器の類は買わずポーションを五つほど購入することにした。ボッシュの作った武器とやらは手にすることが出来なかったが、一つの生命には変えられない。「武器はな……生命をうばうための物ではないぞ。生かすための物であるべきじゃ」と言うボッシュの言が命乞いにしか聞こえず哀れだった。
家を出る前に「そうじゃ、おぬし達。トルース町に帰りたいのであれば、この家の北にある山の洞窟を抜けて行くが良い」と教えてくれたのには感謝だ。俺なら絶対教えないね、家の中を滅茶苦茶にしたあげく脅してくるような奴らに。


驚いたのは西の山に向かう途中でルッカが急に座り込み「胸、小さくないもん……平均だもん」と泣き出したこと。どうやら現代の大臣といい今回といいかなり気にしていたらしい。俺がマジ泣きだと気づかず「いや、平均以下だと思うぜ? それでパット入れてるならさ」と突き放したことも相まって号泣してしまった。後ろから睨みつけるロボの視線が痛いわ怖いわレーザーの稼動音が聞こえてくるわで俺も泣きたくなった。
俺が「胸なんかでルッカの魅力は変わらないよ、むしろそんなことを気にする男の方が器が小さいんだから。少なくとも俺は気にしない」と出来るだけ優しく諭してあげる。まあ、本音は巨乳が好きなんですけども。大概の奴は巨乳の方が良いと思うけども。
ルッカが赤い目で「ほんとに?」と聞いてきたときには思わず「全てはフェイク!」と言い放ちたかったがロボの右手が赤く光っているので「勿論さ!」と答えておいた。言いたいことも言えないこんな世の中。
機嫌が直ったルッカは山道にもかかわらずスキップで先を進みだした。俺を追い抜く折にロボが俺の肩を叩いて「男は女の涙を止めるために生きている……分かってるじゃないですか、クロノさん」としたり顔でサムズアップを見せてきたのにはちょっとイラりと来た。今までお世話になったのでまあ、今回は目を瞑ろうか。


しばらく歩くと山道に看板が立ち、その後ろに雑草が生い茂っていて中を覗きこみ辛い洞窟がひっそりと存在していた。看板にはヘケランの巣と記されていた。これがボッシュの言っていた洞窟で間違いないだろう。


「ヘケラン? 僕の内臓コンピューターで登録されている名前には該当するものはありませんね」


「そりゃあロボは未来のアンドロイドだし、現代ではその機能あまり役に立たないかもよ? 現代のみに生息した生き物、もしくは地名ならお手上げでしょう?」


「確かに……まあどんな障害であれ、僕の前では塵芥程の困難にも成り得ませんが」


「おーい、馬鹿なことやってないで先に行こうぜ? あんまり長い間家を留守にしてるから母さんが心配してると思うんだ。早く帰って顔を見せてやりたい」


「大丈夫よ、ジナさんならあんたが刑務所に入れられたって聞いたときにも笑ってビールを吹き出してたから」


「? ジナさんとは?」


「覚えとけよロボ。ジナという名前の人間はお前の最優先抹殺対象だ」


心温まる会話を経て俺たちはヘケランの巣に足を踏み入れた。あのババア、マジで脳天叩き割ってやる……






洞窟内部は水源か海に繋がる場所があるのか、水の流れる音が遠くから聞こえる。その為空気が湿って、床にはコケやキノコが生えて、天井から水滴が滴り落ちてくる。全体的に青みがかった石の壁は清涼感というよりも冷たい印象を与える。床に流れる数センチ程度の水の流れ付近には小さな水草が点在し、その形は苦痛から逃れるように捩れて、見る者に不安をもたらせる。


「なんだか居心地の悪い場所だな……」


「それに肌寒いわ、外の気温とは大違いね」


俺もそうだが、半袖のルッカが二の腕を擦り体を震わせる。何も言わずに俺は青い上着を脱いでルッカに手渡した。フェミニストクロノ、此処に在り。


「ありがとうクロノ、でもごめんあんたの服汗臭い」


「人の優しさ及び純情をボロ布のようにしてくれてどうもありがとう。とっとと返せ!」


こいつは人の心を何のためらいも無く傷つける。それを悪いことと思ってない辺りが凄いよ、ちょっと尊敬するよ。むしろ畏怖の念に到達するね。
ルッカの握る服を取り返そうと腕を伸ばせばルッカが「良いの、クロノの汗が付いてるなら、それはそれでいいの……」と拒否する。なんだ? 道中臭い臭いと言って俺をさらに傷つける魂胆か。こいつのサドっぷりには頭が上がらないよ。
そのまま俺は白い肌着一枚で薄ら寒い洞窟を練り歩くこととなった。ロボが暖めてあげましょうか? と服を脱ごうとしたので慌てて止めさせる。今の傷心状態でそんなことされたら本格的に落ちてしまう。そして堕ちてしまう。あくまでプラトニックにいこう。


ヘケランの巣を歩いていると、物陰から突然現れたモンスターたちが「魔族の敵に死を!」と叫びながら襲い掛かってくる事がよくよくあった。最初は焦った俺たちだが、進化系ロボの格闘能力に強力なレーザー。俺とルッカの新しく得た魔法という力の前では特に苦戦することも無く先に進むことが出来た。特に、ルッカの新しい技、ファイアはこの洞窟内で恐ろしいほどの力を発揮した。数匹のモンスターもその業火に為す術も無く倒れて炭となる。俺の天の力、相手の頭上に雷を落とすサンダーは全く当たらないが、雷鳴剣に電撃を流し込みさらに電力を増させるという試みが成功してその切れ味は今までの剣とは比較にならないものとなった。カブト虫のような外見の甲殻虫はロボの回転レーザーで硬い外殻ごと焼き切って一掃する。……もしかしたら、俺たち最強なんじゃないか? この洞窟に入ってからそれなりに戦闘をこなしたが、誰一人怪我をすることなく先に進んでいる。
戦闘をある程度続けていたら気づいたのだが、魔法の力、つまり心の力は使えば使うほど強力になるようだ。その変化は一度の使用では微々たる物だが、俺もルッカも使い続けていくうちに炎や電撃の量が増えたり、変化のバリエーションが増えたりなど、確かな進化を遂げていた。これはマールも積極的に戦闘に参加させたほうが良いかもしれない。難点は魔法を使うたびにロボが俺やルッカを睨むことか。


「魔法ね……覚えるまでは半信半疑な能力だったけど、使いこなせれば役に立つどころじゃないわね……これなら本当に私達が未来を救えるかも……」


「流石ですねマスター。本当、気持ちいいんでしょうねそういう不思議な力が使えるって。ケッ!」


「もうすねないでよロボ、あんただって十分凄い力を持ってるんだから」


この通りだ。ちょっと悪いなーとは思うが、戦闘の度にへそを曲げられてはスムーズに行く旅も鈍重なものとなる。やっぱりある程度役に立たないとは言ってもロボボディは必須だな、なんなら戦闘中だけあのボディを脱ぐという方法を取ってもいいんだし。


旅を続ける上での問題点や変化を確認しているうちに、俺たちは今までに無い広い空間に出た。先を見るにどうも行き止まりのようだが、今までの道のりで他に奥に進める道は無かった。まさかボッシュの爺さん、耄碌して勘違いした情報を俺たちに流したんじゃないだろうな……


「……奥の湖に飛び込めば水流に乗って海に出られるようですね……多分あそこに入るのが正解なんじゃないですか?」


ロボが目玉を光らせてこの部屋の構造を解析する。こいつの利便性は計り知れない、次はこいつとマールで旅に出ることにしよう。穏やかで快適な旅が出来そうだ。


「湖に入って海に出る? ……ロボを疑うわけじゃないけど、何か信じられないわね……」


「でも他に行くところもないんだ、腹を括るしかないだろ?」


立ち止まるルッカの背を押して、ロボの言う湖とやらに近づいてみる。覗き込んでみると小さな渦が水面に浮かび上がり、波がかんなで削れて行くように重なり合って流れている。海に通じているというのは間違いなさそうだ。
俺は後ろを向いてルッカたちに先に飛び込むぞと声を掛ける……が、二人は青い顔をして少しずつ俺から離れていく。何だよ、レディファーストも守れないのかっていうタイプの引きか? 別にいいじゃねえか誰が先でもさ。


「クロノ……後ろ」


「志村なんかいねえよ」


「違くて! 水! 水の中からほら!」


必死な形相で俺の後ろに指を向けるルッカと、何で気づかないのこの人という顔で戦闘準備に入るロボ。何だよ俺一人分かってないのか? 身内ネタで盛り上がってるところ知らない名前の子の話題だからついていけず愛想笑いを浮かべている状況に酷似している。


「あー……しくった、今日はボウズだわ。魚一匹も捕まえられねえ……」


「え?」


後ろから野太い声が聞こえたので振り向くと、今俺が飛び込もうとしていた海に繋がる湖から体中に刺が付いた大きな青色のモンスターが這い出てきた。


「……え? 人間? ……ちょ! ちょっと待ってこういう時のために台詞を用意してあるんだ!」


モンスターは両手を前に出して何事かブツブツ言いながら頭をポンポン叩いていた。凄いビビったけど、なんだかほんわかさせるモンスターだなあ。
俺たちはモンスターから距離をとり、各々の得物を取り出す。魔力はまだ残ってる、ルッカもまだまだ戦えそうだし、ロボのエネルギーも充分。どうもこの洞窟の主のようだが、今の俺たちなら負けることは無いだろう。


「あ、そうだ。魔族の敵に死を!」


……思い出すほどの台詞かよ。




先手はモンスター。口から大きな泡を吐き出し俺たちに向けて放つ。そのスピードの遅さに気を抜いた俺が無視してモンスターに攻撃を仕掛けようと走り出す。その瞬間ロボが「危ない!」と俺の飛び出しを阻止して岩陰に引っ張る。走り出していればちょうど俺が近くにいただろうという位置で泡が弾けとんだ。空気の表面を囲っていた水が飛び散り、その水滴はまさに弾丸。地面に転がる石や岩を穿ち、散弾銃のような破壊力を見せ付けた。


「あ、危ねえ! 助かったぜロボ」


「泡の内部に高密度の空気が確認できましたから、流石魔族ですね、並の威力の魔法じゃないです」


ロボが戦闘中なのにおかしな言動をしない。これはつまり、相当やばい敵だということか? 俺以上に力量のあるロボだからこそ分かる青トカゲの力……爬虫類恐るべしっ! ……あ、もしかしなくてもあいつがヘケランなのか? ……多分そうだろ、ていうかアイツ以外にこの洞窟の主がいるとは思いたくない。


俺とロボが隠れている間にルッカがヘケランの側面からファイアを唱える。これまでの敵を触れただけで燃やし尽くしたファイアをヘケランは雄たけび一つで掻き消し、目に映ったルッカにその鋭く尖った爪を迫らせる。
その腕に向けてロボがレーザーを収束して打ち出し軌道を変えてルッカがその隙にヘケランの背後に回りもう一度ファイア。背中に直撃を貰ったヘケランは一瞬その巨体をぐらつかせたが、すぐに体勢を戻し離れた場所にいるルッカに掌を向けた。


「ネレイダスサイクロン!」


ヘケランが魔法を唱えると、ルッカの立つ地面から水が噴出して意思を持っているかのように水が体を締め付ける。ルッカはその体を捻らされて体から血飛沫が舞い上がる。傷ついていくルッカの姿に目の前が赤くなるが、ロボが俺に目配せをした後先に飛び出してルッカにケアルビームを当てる。優しい光に照らされてルッカの傷は癒えていく。
その隙を狙いヘケランが右腕を振りかぶり二人を引き裂こうとするが、ロボに少し遅れて飛び出した俺の刀が巨椀を止める。これ以上やらせるかっ!
雷鳴剣に迸る電流を嫌がりヘケランは俺の刀を力任せに弾いて後ろに飛ぶ。ルッカの治療も終わり、立ち上がってプラズマガンをヘケランに構えている。ロボがいて助かった。ルッカが倒れて俺の頭に血が上った状態で勝てる相手じゃない。戦闘において治療役は重要なキーパーソンだと理解した。


「厳しいな……俺たちの魔法は効かないわけじゃねえんだろうけど、あいつの魔法は一度食らえばロボの治療が無ければ戦闘不能。バランス悪いぜ」


「僕のエネルギーも無限じゃありません……そう何度も治療は出来ませんよ……?」


「あの大きな泡はともかく、ネレイダスサイクロンとやらは出も早いし、見切るのは厳しいわね、とにかく動き回るのが正しい避け方かしら」


俺たちが攻略法を探ろうと相談していると、ヘケランが顔の半分を占める大きな口を真横に広げてその場に座り込んだ。……なんだ? どういう作戦だ?


「攻撃してみろ! そうしたら……」


「「「………」」」


アホだな。間違いない。アホだ。
呆れながらヘケランの頭を剣で貫いてやろうと近づくが、ルッカがそれを止めて、素晴らしい案を提案する。ロボにそれで良いかと確認を取れば一も無く頷いて賛同する。


俺とルッカが右側、ロボが左側からヘケランの後ろに回りこみ、それを見ながらヘケランが不敵な笑みを凶悪な顔に張り付かせて俺たちの動向を探る。座り込みながらもその何者をも切り裂く鋭い爪を擦り合わせ、ヌラリと唾液で光る牙がかちかちと音を立て、俺たちの体を引き裂き噛み千切ることを楽しみにしている。背中に生えた突起は心なしか天井に向かって伸びているように見えて、俺たちが近づくその時をただ静かに待ち続けている。


「……じゃあ、お邪魔しました」


俺たちはヘケランの後ろに位置していた湖に飛び込み、ヘケランの巣から脱出を果たした。やっとれんよ、あんなバケモノの相手なんぞ。


水流に飲み込まれる前に後ろから「ええ!? 嘘ちょっと待てええと確か……そうだラヴォス神を生んだ魔王様が400年前に人間共を滅ぼしておいて下されば今ごろこの世界は我ら魔族の時代になっていたものをクソーッ! っていうかマジで逃げるのお前らーっ!?」と早口で悔しそうに怒鳴っていた。やられた時もしくは逃亡されたときの台詞まで用意していたとは頭が下がるね。そういう人間は出世するよ、いや本当に。




ヘケランの巣から抜けて俺たちはトルース町近海に顔を出すことになった。水流に飲まれて体力が残り少ない状態でも泳いで陸に着ける距離だったことに安心して大地に足を着ける。驚いたのはロボがアンドロイドのくせに一番スイスイ泳げたことだろうか? おぼっち○ん君くらい万能なんだな。


「ヘケランの口ぶりからすると、中世の魔王がこの星の未来をメチャクチャにしたラヴォスを生んだのね……」


陸地に着いた後膝に手をつけて呼吸を整え、そのまま大の字になり寝転んでいるとルッカが深刻そうな顔で去り際にヘケランがこぼした言葉を解釈する。


「僕達の手で中世の魔王に猛き制裁を下せば、未来を救うことが出来るのでしょうか? 


それに便乗してロボが微妙になりきれてない中二発言を繰り出すが、今の俺は疲れている。突っ込みはセルフでお願いしたい。


「千年祭広場のゲートを使えば中世に行ける筈……ほらクロノ、いつまでも息を乱してないでさっさと行くわよ! 目指すは打倒魔王! ……柄じゃないけど、なんだか王道な展開に燃えてきたわ!」


「ええ、世界に崩壊の種を撒き散らさんとする魔族の王、奴に振り下ろすべき鉄槌を握りまたその権利を持つ僕達が、世界終焉の鍵を砕き世に輝きと安穏を齎せましょう!」


ロボはスルーとして、俺の幼馴染殿はどうもとんとん拍子に謎が解明していくのが楽しくなってきたようだ。あれか、ドラク○4でトルネコの章まできたらノンストップになる性質だな。
……駄目なんだろうな、ここで「え? お前らマジで世界救うとか言ってんの? 臭っ!」とか言ったら。ルッカもマールの言葉になんだかんだで流されちゃったのか……ロボはそういう話の流れは大好物だろうし、俺と同じ気だるく生きようとする奴はいないのか……


ルッカの催促を耳にしながら、俺は仰向けで空を見上げた。青く澄んだ空に太陽の光が合わさりその色彩は自然界独特のものとなって俺たちを包む。時間はゆっくりと進んでいくものなのに、何で俺たちだけせかせか時空を移動して戦いに明け暮れなければならないんだろう……
太陽に手をかざして、俺は肺の奥に溜まった暗い息を外に吐き出した。たまらんね、こんな人生。


ずぶ濡れの体を起こして、手を振り回すルッカとロボに追いつくべく強めに地面を蹴り上げた。


















おまけ







「お前が大電撃部隊隊長サカヅルか、ふっ、まあ俺の敵ではないが、かかってこい!」


サカヅルはとてつもない動きで閃光の覇者並びにボルケーノまたは天より舞い降りた闇の宿業を背負うものの二つ名を持つ、俺、テンペストリア目掛けて走り出した。
俺は全力の100000000分の1の力で動いて攻撃をかわした。凄まじい威力だった。しかし俺のさらに1000000倍の力で粉砕した。


「なんて強いんだ! ぜひ私を連れて行ってくれ!」


サカヅルの仮面の下から美しい女性の顔が現れた。


「俺という究極の力を持つ戦士にして選別者の俺に仲間などいらんが、ついてくると言うなら止めはせん」


「な、なんて男らしい! 惚れた!」


また俺の力に魅せられた女が増えたか……だが俺の行く道は修羅、女に構っている暇は無い。


俺は次の城に向かい、城の扉を開いた。


「お前が超絶火炎部隊隊長イマドケか、ふっ、まあ俺の敵ではないが、かかってこい!」


イマドケはあり得ない動きでラグナロクの再来並びにモノデボルトまたは地獄の底からやってきた正義の使者の二つ名を持つ、俺、テンペストリア目掛けて走り出した。
俺は全力の10000000分の1の力で動いて攻撃をかわした。えげつない威力だった。しかし俺のさらに1000000倍の力で粉砕した。



「素晴らしい力ですわ! 私を連れて行って下さいまし!」


イマドケのマスクの下から例えようもない可憐な顔の美少女が現れた。


「俺というアルティメイトな力を持つ剣士にして武闘家の俺に仲間などいらんが、ついてくると言うなら止めはせん」


「な、なんてたくましい御方! 惚れましたわ!」


また俺の力に魅せられた女が増えたか……だが俺の行く道は修羅、女に構っている暇は無い。


俺は次の城に向かい、城の扉を開いた。


「お前が超級大銀河天絶無限大魔王のルインガーか。ふっ、まあ俺の敵ではないが、かかってこい!」


ルインガーは愉快な動きでジェダイの騎士並びに黄金聖闘士または結構気配り上手の二つ名を持つ、俺、テンペストリア目掛けて走り出した。
俺は全力には程遠い力で動いて攻撃をかわした。お下劣な威力だった。しかし俺はさらにお下劣なので倒した。


「わ、私が黒幕ではないただの三下だという事実があったとしても、パーフェクトな力である! 私を連れて行け!」


魔王と思っていた人物の被っていた兜が外れ、中から文字に出来ない煌びやかな美しい女性の顔が視線に晒された。


「俺という完全無欠な力を持つサラリーマンにして営業部長の俺に仲間などいらんが、ついてくると言うなら止めはせん」


「な、なんて広い心を持った人間なのだ! ハグして欲しい!」


また俺の力に魅せられた女が増えたか……だが俺の行く道は修羅、女に構っている暇は無い。














「どうですかクロノさん、僕の書いた小説は。不死身ファンタジアの新人賞に投稿しようと思うのですが」


「え? こんなのが60ページ以上あるの?」



[20619] 星は夢を見る必要はない第十二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/08 21:44
トルース町に帰ってきた俺たちはリーネ広場に行く前にルッカの家に寄り、ロボのボディを修理することにした。家に入った途端タバンさんがタバコを咥えながら豪快に笑い迎えてくれた。研究者とは思えない太い腕で何度も背中を叩かれて咳き込んでしまったのは笑える話だ。
俺が刑務所に入れられたことについては何も聞かずにいてくれたのは有難い。兵士を呼ばないだけでも嬉しいことなのに、歓迎してくれるとは……思わず涙腺がゆるんでしまった。俺もタバンさんみたいな父親が欲しかった、外道な母親はもういらないから。
タバンさんにロボの壊れたボディを見せると「むはっ!」と妙な声を出した。奪い取るように家の奥に持っていき、俺たちのところに戻ってきた後「安心しな! 俺が責任を持って直してやるぜ!」と答えてくれる。本当はルッカが直す予定だったのだが、タバンさんが俺たちが旅をしている間一人で直してくれるならそれは喜ばしい。ボディの修理中ルッカの戦力は失くすのは惜しいものがある。
タバンさんは純粋に研究欲に火がついたようだ、未来の技術は見る人が見れば垂涎ものらしい。こういう変わったところがないと何かを作り出すなんて出来ないのかもな。
ロボが人間でなくアンドロイドであると教えれば服を剥ぎ取りにかかって診察しようとしたのでルッカがハンマーで撃沈させる。父親が幼い少年を襲っている姿なんぞ見たかないんだろう。禁忌過ぎるわな、そんな場面。


ルッカとタバンさんで積もる話もあるだろうが、俺たちはこの国の兵士に追われている、見つからないうちに広場に行こうと話を切り上げて外に出る。しかし、家を出て数分としないうちにタバンさんが追いかけてきて装飾の激しい赤い派手なベストを持って来た。曰く、これはルッカ専用の装備で並大抵のことじゃ傷もつかない防具なのだそうだ。
ルッカは趣味の悪い赤一色のベストを喜んで貰っていた。まあ趣味云々は良い。ただ、ここで言う気は無いが、なんでタバンさんは娘の服のサイズを知ってるんだ? 物陰に隠れて着替えたルッカが私にピッタリと話していた事であっちゃいけない犯罪の臭いが漂ってきた。うん、俺父親はいらないや。
すこしぎこちない別れの言葉を交わして再度広場に向かうと、タバンさんが俺の肩を掴み耳元に口を寄せて内緒話を俺に持ちかけてきた。
内容は「クロノ……避妊はしてるんだろうな? ほら、コレをやるから娘の体にも気を使ってくれよ?」との事。その真意を尋ねる前に地獄耳のルッカがプラズマガンでタバンさんを痙攣させてしまった。タバンさんが握っていたカップルのお供をポケットにねじ込みながら。なんで貰うんだよそんなもん。年頃の女の子が持ってると印象悪いぞ。


ようやく中世に行けるはずだったのだが、途中で運の悪いことに母さんが買い物に出かけていて、ばったりと出くわしてしまった。母さんは驚いた顔で「クロノ……あんた、刑務所にいるはずじゃ……良かった、出てこれたのね」と笑っていうものだから、「母さーん!」と泣きながらその胸に飛び込もうとしてしまった。まあ、「あんた臭い、海中で死んでいった生き物たちの臭いがする。有り体に言って潮臭い、近づかないで」の言葉に冷めたが。いや、ここは覚めたというべきか。
この母親、雷を落としてくれようかと殺気を放てば感づいた母さんが躊躇なく長渕キックを連発、俺の抱いた反抗心などでは何も成し遂げられぬのだと教えてくれた。確か家族間での暴力ってこんなに簡単に起こるものじゃないと思うんだけどな、良いけどさ別に。


ゲートについてようやく現代から出ることになる。もしかして俺現代にいるときが一番辛い境遇なんじゃないか? 詮無いことを思いつつ、二度目の中世来訪となったのだ。……中世でも良い事無かったし、どうせ今回も無いんだろうな。人生苦もありゃ死もあるさ。楽なんか一回だって訪れやしねえ。
ゲートに入る前に楽しそうな祭りの喧騒を耳にして、頭を掻きながらゲートに足を入れる。今回の旅は長くなりそうだ、と覚悟を決めて。









星は夢を見る必要は無い
第十二話 ゼナン橋防衛戦(前)










中世に着き、時の最果ての爺さんにメンバーチェンジを頼むことにした。まずは城の王妃様たちに挨拶をしようと考え、中世時のメンバーで会いに行こうと思ったからだ。ロボは育児放棄したくなるほど駄々をこねたが、こういう時の我侭を聞いてしまっては、我侭を言えば何でもしてもらえると認識するのが子供の原理だ、断固として譲らん。
時の最果てに行くことを嫌がっているロボを見たルッカが「なら父さんの所でボディの修復を手伝ってくれない? ロボが装着するボディなんだから、ロボが近くにいた方が色々都合がいいでしょ?」と妥協案を出した。
まあそれにも嫌がったが、とりあえずどついて大人しくさせた後ロボをゲートに放り込んだ。後は勝手にルッカの家に行くだろう。修理が終わるまではロボとメンバーチェンジが出来ないのは痛いが、ボディは早急に修理してほしい。俺の精神安静のため。





「ふわー、ようやくあそこから出られた。これからは私も頑張るね!」


伸びをして体を解すマールに癒された後、ルッカの提案で山に生息するモンスターたち相手にマールの修行をすることにした。魔法を持ってからの実践はマールはまだ体験していないので、本格的な戦闘を迎える前にある程度慣れておくべきだというのだ。
マールの魔法は氷寄りの水。アイスというシンプルな魔法で、効果は敵対象を氷付けにして、砕けさせる、彼女の性格に似つかわしくない凶悪な魔法だった。アイスは山の雑魚モンスターたちを悉く氷塊に変えて砕け散らせた。……こうして見ると、俺の魔法の力が一番弱いんじゃないかと思う。天なんてご大層な名前の属性だから凄いのかな、とか思っていた時が懐かしい。
攻撃としても優秀なマールの力だが、その真価は治療にこそあった。山の中腹にある釣り橋の板が外れて崖から落ちた俺をマールは魔法の力を用いた回復呪文で、瞬きするほどの間に完治させたのだ。今までマールが使っていた治癒やロボのケアルビームと比較してもその回復速度には驚かされた。恐らく折れていた右腕までも直っていたのだから。
これなら充分に、むしろ俺よりも魔物たちと戦えるとルッカのお墨付きが貰えた時のマールの顔ときたら嬉しそうだったな……で、ルッカさん、俺はいつ貴方に認めてもらえますかね。あんたは雷鳴剣が無ければ役立たず同然じゃない? なるほど素晴らしい評価ですね、よく俺を見ていらっしゃる。


山を降りると、どうも村の様子がおかしい。てんやわんやと慌てている村人に事情を聞いてみることにした。すると、


「魔王軍が攻めてきたんだ! ゼナン橋まで攻め込まれてるらしい!」

「なあに、心配することはないさ! なんせ勇者バッチを持った勇者様が現れたんだからな!」

「勇者様なら魔王軍何ざ一捻りにしてくれるぜ!」

「ちょっちゅね!」


「勇者? なんだか分からないけど、絵本なんかでよく見る救世主様みたいな人のこと?」


マールが村人の話を聞いて出した感想はまあ間違いではないだろう。おおよそ似たようなものだから。


「うーん……ゼナン橋って言えばトルースの西、ガルディア城の南にあって、パレポリ村がある大陸に繋がる大きな橋のことよね? ……国王軍の踏ん張り所ね……もしここを魔王軍に取られれば相手は何処からでも攻め放題になるわ」


「……嫌だぜ俺、そんな激戦地を潜り抜けるなんて……」


戦々恐々としながらもう少し村人達から情報を集めているとどうやら勇者とやらは今城に向かっているようだ。勇者なんてものがいるなら俺たちはもう帰ろうぜ、魔王はそいつが倒してくれるさと進言してゲートのある山に足を向けるとマールとルッカが俺の腕を片方ずつ掴んで城に向かう。俺この星の人間だからさ、グレイみたいな扱い止めてくれる?


森を抜けて、ガルディア城の中に入ると中は不安と期待に溢れた火薬庫の雰囲気に満ち満ちていた。なにかきっかけがあれば爆発し、霧散する、そんな緊張感に包まれながら、兵士は武器を磨き、次々と城の扉から出て行く。給仕の人間はそんな戦場に向かう兵士達を心配そうに、辛そうに見送り何か出来ることは無いかとしきりに声を掛けている。出て行った人間と比例して俺たちの後ろから怪我人が運ばれて、騎士団の部屋に運ばれていく。血の臭いが大広間を覆い、その場にいる人間の鼓動が早鐘を打つように早く強く鳴っている。……これが戦争ってやつなのか?


「クロノ、私……」


「ああ、王妃様たちには俺たち二人だけで会ってくる。マールはやりたいことをやれ。ここを出る前に声を掛けるから」


俺が許可すると、マールは走って騎士団の部屋に向かった。回復魔法が使えるマールなら幾人かの人たちを救えるはずだ。頑張りすぎて倒れないかが心配だが、マールの性格を考えると止める事は出来ないし、俺も何もせず見捨てろなんてわざわざ口に出しては言いたくない。
……放っておいても文句は言われないんだぞ、という言葉は飲み込んでおこうか。


「……行きましょうクロノ。早く王妃様たちに話を聞いて勇者様とやらに会わなきゃ」


新たに運ばれてきた腕を失った兵士から顔を背けてルッカは階段を上がる。……この魔王軍との戦いで何人死んだんだろう、いや、考えたくも無いな……


「おお、クロノたちか、もしや、勇者の話を聞いて来たのか?」


玉座に座る王様が疲れた顔をして立ち上がり俺たちを迎えた。歓迎してやりたいが、今は切羽詰った状況でな、あまり構うことができぬ。と前置きして王様は言葉を並べていく。


「勇者は今ゼナン橋に向かい魔王軍と戦おうとしておる……行き違いじゃったな」


王様の話を聞いて、残念ではあるがここでモタモタされていても腹が立つだろうし、仕方ないかと自分を説得してルッカにどうするか目で訊ねる。ルッカは「勿論後を追いかけるわよ!」と気合を入れて王の間を飛び出して行った。熱血だなぁ……兵士たちが死んでいく今に焦燥感を感じているのだろうか? 俺だって思うところが無いではないが、それよりも恐怖が勝り関わりたくないというのが本音である。
鈍く前に歩き出す足で俺も退室しようとすれば、王妃様が俺に「クロノ!」と場にそぐわない陽気な声を出した。


「もうすぐヤクラが城に帰りチョコレートを作ってくれるのです。一緒に食べませんか?」


「や、流石にデザートを頬張るほど明るい気分でもないですし」


残念です……と言いながら項垂れるリーネ王妃。あんた凄いよ、戦争の最中でもヤクラの作るお菓子優先とは、いつかクーデターが起きると俺は睨むね。そもそも魔物との戦いが激戦化してい今この時にモンスターのヤクラを城に招くって……なんつーか、天然って怖い。
王様は了承したのかな、と視線を送ると首が思いっきり左を向いていた。ふむ、中世の王様は根性無しで妻に逆らえない、と。おおかた王妃様に泣いて頼まれて(ついでに暴れられて)押し通されたんだろうな……まあ、ヤクラなら心配は要らないか。


王の間から出る扉に手を掛けると王様が「ゼナンの橋に行くのなら、兵士達の補給が遅れておるので、料理長から食料を貰って持って行ってはくれないか?」と頼まれた。そういう結構重要な仕事を部外者に頼むなよと正直に言えればどれだけ人生楽しいか。


ルッカもマールも怪我人の治療を手伝っているようで、料理長の所には俺一人で行くことにした。まあ、俺は初対面じゃないから良いけどさ、一対一で会うのも。
大広間から騎士団の部屋とは反対に歩き、階段を下りるとそこが大食堂。大きな机が並べられて、主に兵士たちが食事を取るところなのだが、今は机に誰も向かっておらず、最初に俺が訪れた時に聞こえた兵士たちの楽しい笑い声は静寂に移り変わっていた。
料理長に会うため、厨房に向かうとようやく声が聞こえてきた。あの料理長、根は悪い奴でもないんだが、テンションが気持ち悪いのが難点だ。



「うえっさああぁっぁ!! 餃・子! 干し・肉! に、ぎ、り、め、しいいぃぃぃい!! お待ちいいいぃいぃ!!」


誰に話しかけているのか分からんが常に血管を浮かび上がらせて料理を作る料理長。この人料理が出来なかったらバーサーカーとして人間社会に溶け込めなかったんじゃないかと思ったのはそう遠くない過去のこと。


「あの、前線の兵士達に食料をですねー」


「おい! しい! パン!! おい! しい! パンを作るぜぇぇぇ!! そう! 俺はあの光り輝く十字星に誓いを立てた! 俺はこの両腕が動く限り食事を作る作り続けるとおおおぉぉ!!」


「いやですから王様に頼まれてですねー?」


「今俺の右手には神が宿っている! 左手が俺に叫んでいる! 俺の包丁は! 肉を切る刃物だああぁぁぁぁ!!」


ミッション失敗。魂のステージが低いと相手にしてくれないようだ、もっとコミュ力を上げてから出直すことにしよう。
厨房に背を向けて食堂から出て行こうとすると、後ろから雄たけびと石の床を踏みしめる荒々しい足音。「へあ?」と間抜けに声を上げて振り向けば俺よりも大きな布の包みが飛んで来た。……え? 何コレどういう事?
包みに押しつぶされるというより押し倒された俺は腰に手を当てて目から火を出している料理長を見た。


「これを! 持ってきなっ! それから、こいつはお前にだ。持ってけ! ……それから、俺の兄貴の騎士団長、あのバカに伝えといてくれ。生きて帰って来ねえと承知しねえってな! べらんめぇ!!」


このでかい包みを俺に向けて投合したらしい料理長が俺の顔に以前ルッカが俺に飲ませたパワーカプセルをへち当てて、何やら言いたいことを言い切った後、がに股で厨房に引っ込んでいった。


……現代ではルッカに苛められて裁判にかけられておまけに母親は俺に愛情を全く注いでなくて、未来では女の子の喧嘩の原因にされて妙ちきりんなロボットに頭をどやされるわ肋骨折られるわ懐かれるわ、あげく中世では両生類と魔物退治をして助けに来た王妃にボコボコにされて、今は王様の頼みを聞けば会話の出来ない料理長に数十キロの荷物を投げられて下敷きにされる。俺は前世で何かとんでもない悪事をしでかしたのだろうか? 出て来いよ前世の俺、他の誰でもない俺がその罪を罰してやる。


「……もう嫌だ、限界だ……」


中世について早々、俺の精神は崩壊しようとしています。助けてゴッド。


城を出るときにマールとルッカを呼びに行くと、魔力切れを起こしたマールを背負ってルッカが騎士団の部屋から出てきた。二人に感謝した兵士たちがエーテルをくれたのでそれを飲ませて少しだけ休憩する。まだ体がふらつくが時間がたてば治るというマールの言葉を信じてゼナン橋に向かった。あんまり行きたくないなあ、今俺過去に類を見ないくらいナーバスだからさ。


「戦場に行く、か。はあ……なんでこんな事になってるんだろ、今すぐ帰ってまたお祭りでも楽しみたいよな」


俺の愚痴は二人には届かず、ふと俺だけがなあなあでこの旅を続けてるんだなあと自分を省みた。






ゼナン橋に着くと、まさにそこは戦場だった。
橋の中央で骸骨の魔物たちと兵士が切り結び、鎧が砕けさびた鉄の槍が肉体を貫き、動きを止めれば四方から迫る槍に串刺しにされる。死体はそのまま槍に突き刺された状態で魔物たちが楽しげに振り回している。その異常な行動を目にした兵士の一人が喉から悲鳴を吐き出し逃げ惑う。悲鳴を上げて走り回る兵士にかたかたと骨ごと剥き出しの歯を鳴らし骸骨の群れが飛び掛る。命乞いなど、耳の無い奴らには無意味だと分かっていても、自分の体が少しづつ喰われていく様を見て行わない者等いるだろうか? そんな状況は橋のそこかしこで起こっている。……が、それを助ける者などいない。一人それを見た近くで戦っていた兵士が助けようとして骸骨の群れを追い払おうと剣を振り回し近づくが、そこを後ろから貫かれて絶命する。これが一度や二度でなく確実に繰り返されたなら、誰が他人を助けようとするだろう? 優しさや人間性の問題ではない、ただただ無駄なのだ、この魔物たちとの戦いで他人を気遣うというその行為が。
さらに気づいたこと、それはこの戦場を少しでも見ていれば分かる。魔物たちの攻撃は正確に兵士の命を奪い取ることに対し、兵士達の攻撃はほとんど役に立っていない。力を溜めて、剣の大振りを当てれば骸骨の魔物を砕くことは出来る、だが小さな隙を突いた攻撃程度では傷を与えることしか出来ない。加えて骸骨のモンスターに痛覚などあるわけが無いし、その体力は無限。これは戦いではなくもはや虐殺へとその容貌を変えていた。


「うう、血の臭いが凄い……」


ルッカが座って、手を口元に当てその臭気に耐えていた。この光景を見て気を失ったり吐かないだけ凄い精神力だよ、俺なんか足が震えて動けそうも無い。
マールは目を大きく開いて戦場を眺めていた。唇からは強く噛み過ぎて血が流れ、ふー、ふー、と息を荒くしていた。……怒り、なのか?


「! もしや王妃様を救ったクロノ殿ですか?」


「あ、ああ、そうです。あの、これ食料の補給を頼まれて持ってきました……」


金色の甲冑を纏った兵士……その風貌から恐らく騎士を束ねる階級、騎士団長だろう、に声を掛けられて俺の竦んだ体が動き始めた。
俺のまだ震えている手で渡した食料の入った包みを見て、騎士団長が「こ、これは!?」と驚きの声を上げた。


「そうですか、あいつが……クロノ殿、もし私がここで死んだならば、弟に……何事だ!!」


俺に何かを伝えようとした騎士団長が、息を乱しながら走りこんできた兵士に大声を出した。血相を変えたその兵士は呼吸を整えることも忘れて現在の戦況を報告し始める。


「はあ、はあ、ま、魔王軍が、と、突撃を始めました! もう支えきれません!」


「弱音を吐くな! ガルディア王国騎士団の名誉にかけ、魔王軍を撃退するのだ!」


騎士団長の激励にも兵士の士気は上がらず、涙と鼻水でまみれた顔で首を振る。


「し、しかし、もう兵の数が……騎士団長! もう、もう終わりです! 第一騎士団も第二騎士団も皆死んでしまいました! 残っているのは第三騎士団が半分以下、第四騎士団も瓦解するのは目に見えています!」


兵士は逃げさせてくれ、もうこんな狂った場所から解放してくれと叫んでいるように見えた。
騎士団長も戦列の立て直しは不可能だと悟り、苦々しい表情で歯軋りを鳴らす。


「ここが最後の防衛線なのだ。もう一頑張りしてくれ!」


騎士団長はきっと分かっている。自分は兵士たちに死ねと命じているということに。
兵士もまた分かっている。自分は死ねと言われていることに。
枯らした声で、足も震えて、鎧も兜も剣もボロボロで、戦いに耐え切れそうも無い装備で、ぐしゃぐしゃになった顔を振り、兵士は「分かりました」と応えた。
……何でだ? 逃げればいいじゃねえか、今戦いに行っても勝てるわけねえのに……


よたよたと死地に向かう兵士を見送り、騎士団長は俺たちを見回して、兜を脱いだ。……なんだ? まさかあんた……


「クロノ殿、そして御仲間の皆様。どうか、どうか我々に力を貸してくださいませんか? どうか私の部下を助けてくださらんか?」


「言われなくてもそのつもりよ! クロノ行こう!」


「武器の類は効かなくても、私達には魔法があるしね。それでも油断はしちゃ駄目よ二人とも!」


騎士団長の頼みに二人は自分を鼓舞させて戦いに挑もうとする。
……お前ら、本気なのか? それ、冗談とかじゃないんだよな?
俺がいつまでたっても動かないことに二人が不思議そうな顔をする。不思議なのはお前らだよ、ふざけるな。


「クロノ殿……? あの、どうか」


「……冗談じゃねえ」


「……? あの、今なんと?」


「冗談じゃねえって言ってるんだよ!」


俺の出した大声に騎士団長はたじろぎ、ルッカとマールはどうしたのかと驚いて俺を見る。だから、俺からすればお前らの行動に驚いてるんだよ。


「俺たちにはここの橋がどうなろうと関係ない! そりゃあ可哀想だと思うし同情もするけどさ、騎士団長さんの部下がどうなろうと俺たちには関係ないんだよ! それに、ここに食料を持ってくる時も思ったけど、俺たちは一般人なんだよ! 本当、いい加減にしろよな、俺たちを巻き込むなよ! 俺たちはこんな戦争なんかで死にたくないんだよ!」


そりゃあ、今までだって死ぬ危険がある時はいくらでもあった。王妃捜索の時だって、刑務所内での戦いでも、未来で巨大マシンと戦ったときも死ぬかもしれないと思ったさ。でも……今回は間近で見せられた。死ねばどうなるのかをじっくりと見てしまった。こんなの戦えるわけがない、俺たちに魔法の力があるからって他は普通の人間なんだ、まだ子供なんだ、あいつらの槍に刺されたら死んじまうんだ! だから……


パァン! と音が響き、俺の頭が強制的に捻られる。頬が火傷したみたいに熱い。思わず掌を当ててみれば、痛みが顔中に広がり、そこでようやく俺は叩かれたのだと気づいた。


「俺たち俺たちって、勝手に私を入れないでよクロノ。少なくとも私は関係ないとは思わないし、巻き込まれて迷惑とも思わない。私たちだってこの橋が魔王軍に占領されたら、この旅が終わっちゃうんだよ?」


マールが俺を睨んでいる。その顔は、現代で城を飛び出したときに国王に向けていた敵意の顔。今までマールには色んな顔を見せられた。笑顔にむくれた顔、悲しい顔に裁判のとき見せた泣き顔。でも、こんな風に敵意を見せたことがあったっけ?


「クロノはこの戦いを見て何とも思わないの? 私たちに力が無いなら、それでいいかもしれない。でも私たちには時の最果てで得た力がある! 私たちなら戦えるの、ううん、私たちだからこそ戦えるの! あの人たちを殺させないですむんだよ!? クロノは……クロノはそんな自分勝手なことを言って、恥ずかしいとは思わない!?」


……段々腹が立ってきた。何でそんなに責められなきゃいけないんだ、俺は間違ったことなんて一つも言ってない。別に俺は力なんて欲しいと思っちゃいなかった。そもそも、この旅の目的にだって俺は納得してないんだ、それを……!


「この旅が終わる? 清々するね、最初から未来を救うなんて大言壮語には嫌気が差してたんだ。元々マールの我侭で始まった旅なんだ、この辺で止めてもいいんじゃないか? どうせ王女様の遠足感覚で切り出しただけなんだろうが!」


マールの顔が蒼白になり息を呑む。ルッカもおどおどと俺とマールを見比べてどうしようと悩んでいる。マールに叩かれて口が切れたので、口内の血を地面に吐き出す。その唾液交じりの血液が地面にへばりついた途端、マールが突然目を怒らせて俺の襟首を掴んだ。


「遠い未来のことだから自分には関係ない? 未来のことは未来? 賢いんだねクロノ、保身第一な考えって楽だもんね! 遠足感覚? 馬鹿にしないでよ、私はちゃんと考えてる! 頭が悪いからあんまり意味無いって思うかもしれないし、関係ない人たちも助けようとする馬鹿って言われてもいいよ! だったらクロノは助けられる力を持っていても使わない、場の雰囲気に怖がっちゃったただの臆病者じゃない!」


「……! お前なんか……」


場の雰囲気に怖がった? ああ確かにそうだよ、そこらに死体が転がってる今のこの状況が怖くて仕方ないよ、だからってわざわざ指摘するか普通? ふざけるなふざけるなよこの女!!


―――どこかで冷静な自分が止めろと叫んでいる。


マールに襟首を掴まれたまま俺は右手の拳を握り持ち上げる。


―――俺は何をしようとしている? 俺は何を口にしようとしている? それは駄目だ、それは決定的になってしまう。たとえどちらを彼女に放っても。


俺が何を言おうとしたか分かったルッカが俺の言葉を遮ろうと言うな、と大声で叫ぶ。
俺が何をしようとしたか分かった騎士団長が俺の右腕を抑えようと両手を伸ばす。
でも、それらは全て間に合わなかった。


「助けるんじゃなかった!!」


俺が振りぬいた拳はマールの綺麗な顔に当たり、彼女はその大きすぎる心とは正反対の軽い体を地面に横たえた。


―――もう、戻れないや。


「マール!」


絹を裂くようなルッカの悲鳴で、俺は我に返った。マールは信じられないような顔で俺を見上げて、騎士団長がその体を起こして立たせる。……違う、俺は、こうなりたくて今まで戦ってた訳じゃない。だからそんな目で見るな。


「クロノ殿、貴方の助けはもう必要ありません。勿論恨みもしませんので、どうぞお引取り下さい」


言葉は礼儀を形作っていたが、俺を見る視線には軽蔑という悪意しか見られなかった。騎士団長の言葉に何も言えないでいると、今度は立ち上がったマールが俺を通り過ぎて橋の入り口に立つ。走り出す直前、聞かせるつもりはなかったのかもしれない小さな声が、風に乗って俺に届いた。


「……もう、クロノの友達になんか、なりたくないよ」


走り去るマールの背中はもう震えていない。足もしっかりと前に動き出せているし、手を大きく振って少しでも早く兵士達の下に向かおうとしている。
……ただ、彼女が俺に聞かせた最後の声は、震えていて、聞く者の胸を締め付けるものだった。
続いて立ったまま動き出さない俺を一瞥して騎士団長がマールの後を追う。
最後に、両腕を胸の真ん中に置いたままルッカが俺に歩を進める。どうせ呆れてるんだろ? 罵声の一つも浴びせればいいじゃないか。
俺の考える、いや、望む反応をルッカはせず、俺と同じようにただ俺の前で立っているだけだった。
何をやってるんだよ、と怒鳴ろうと顔を上げれば、ルッカは泣くでもなく、怒るでもなく、ただ微笑んでいた。それは……いつ頃以来だっけ? そんなに優しい顔をしたのは。
俺が何か喋ろうと口を動かせば、ルッカはいつも通り、いやそれ以上に感情の見えない顔で俺を見据えていた。


「もしかしたら、これがあんたに見せる最後の笑顔になるかもしれないから……でも本当は……待ってる」


それはこれから先俺に笑顔を見せるつもりなど無いという意味か、この戦いで死ぬかもしれないという暗喩なのか……両方なのか。最後の言葉の意味は? 俺が聞きだす前に、ルッカもまた俺が逃げた戦場の中に走っていった。


「……俺は……間違ってない、はずだ」


誰だって死ぬのは怖い。歴戦の戦士だとか、何かの悟りの境地に至ったとかなら分かるさ。でも俺はつい最近まで命のやり取りなんかしたことなかったんだぜ? 今まで潰れなかっただけ俺は凄いじゃないか、偉いじゃないか。マールもルッカも褒めろよ、俺を褒めてくれよ。
……あれ、俺ってマールとルッカを褒めたことあったっけ?
助かったとか、サンキューとか、凄いなお前とか、戦闘で活躍したときとかに感謝したり褒めたりしたことは何回かあったと思う。でも、命を賭けて戦うなんて凄いなあなんて言ったか? 言うわけないよな、俺だってそうだったんだから。でもそれなら逆説的に言って、


「……あいつらが俺を褒めてくれるわけ、ないよな」


一人思考に没頭していると、いつも曇り空だった中世の空が泣き出して、俺の体を責め立てる。いいぞ、そうして俺を責めてくれるなら俺は俺の罪悪感を薄れさせることができるんだから。
ああ、でもこの雨はあいつらの体にも降り注いでいるはず。なら結局あいつらは俺を褒めてくれない、慰めてくれない。どうすればあいつらは俺を認めてくれるだろうか?


「……もうマールは、俺と友達になってくれないのかな?」


あんなに明るく楽しそうに笑う子なんて、俺の周りにはいなかったなあ……
雨が降ってぐずぐずになった地面に寝転がる。気持ち悪い感覚だけど、これはこれでいい。
俺は目を閉じて、マールが俺に笑いかけてくれた記憶を思い返すことにした……








「騎士団長! ボスクが、俺の部下が!」


「落ち着け! 冷静さを失うことが戦場では命取りだと教えただろう!」


騎士団長さんが恐慌状態の兵士の皆に声を掛けるけど、効果は薄い。多分だけど、今回みたいに本格的に魔王軍と戦うのは初めてなんだと思う。小競り合いは頻繁に、けれど総力戦は極力避けていたのかな。
私は息のある人たちに回復魔法、ケアルをかけて戦場に復帰させる。本当は後方に待機させたいんだけど、皆自分からまた剣を取り戦おうとする。ルッカは先頭に立って炎で骸骨達を焼き払う。あいつらは魔法の力に極端に弱く、裏山のモンスターたちと変わらないくらいにあっさりと倒していった。
私も治療の合間に攻撃魔法アイスを骸骨の群れに叩き込むけれど、ルッカ程の威力が無い私の魔力を攻撃に回すよりも回復に専念しなさいとルッカが炎を撒き散らしながら言う。あいつらに手を下せないのは悔しいけれど、私は私の出来ることをする!
……ただ、何でだろうか? 兵士の皆が前衛として戦ってくれてるのに、今までに無い数の仲間がいるのに、どうしても前衛の壁が薄く感じてしまう。
その疑問の答えを私は捨てた。その度また心許なさを全身で感じてしまう。
口ではなんと言おうと、彼は強かった。彼自身は「俺ってこのメンバーに必要?」と皆に聞いてしまうくらいだから強いとは思ってなかったんだろうけど、彼がいればどんな敵にも勝てる気がした。
未来では途中で抜けた私だけど、大きなミュータントや暴走した機械たちが私たちを狙って大勢現れても、視線の先に彼がいるだけで、彼が刀を抜くだけで負けるわけがないと無意識に感じていたのだ。
巨大マシンとの戦いでもそう、彼一人を残してルッカの治療に専念したのは、彼ならどんな相手でも勝ってしまうと思っていたからだ。
……私自身が気づかないうちに、私は彼のことを……


「ヒーローみたいに……思ってたんだなぁ……」


治療中の私を守る声が辺り一帯に聞こえる。でも、どれだけ声が重なろうと、私の背中の寂しさを消すことはできない。








モンスターたちが兵士をターゲットから外し、私に狙いを集中して襲い掛かってくる。骸骨たちの持つその槍が私やマール、兵士達全員に届く前に燃やしてればまあ、当然かしらね。
結構な数の魔物を焼いたとはいえ、まだまだ敵の戦力は残っている。私はメンバーの中でも一番魔力量が多いため、まだ戦っていられるが、このペースでは尽きるのも時間の問題。しかし、怪我人は増える一方の状況でマールに回復と攻撃を両立して行えというのは酷過ぎる。


「ちっ! ロボがいれば一発で消せたかもね!」


―――本当に? 本当に私が望むのはロボなの?
……一々うるさい、分かってるわよ自分の考えなんだから。
ふと浮かんだ思考に一人で噛み付く。ああ、疲れが溜まっておかしくなったのかしら? そう思いながらも私は手を休めず詠唱を続けてファイアを唱える。急いで唱えた呪文に、私の魔法の威力じゃ一度に四匹くらいが限度か……それ以上は巻き込んでもダメージはそれほど与えられずにまた襲い掛かってくる。
……あいつがいれば、単身敵陣に切り込んで場を引っ掻き回したりするんでしょうね。
そうすれば私は落ち着いて練った魔法を唱えられるし、兵士達に攻撃も行き辛いでしょうからマールも攻撃に参加できる。なんならあいつの武器に電撃を纏わせる技を兵士達の武器にかければかなり戦局は動くはず……


「……いない人間を当てにするとは、ルッカ様も落ちたわね!」


炎を走らせている内に、目に見えて力が弱まっているのが分かる。短い間隔での連続魔法詠唱、精神集中だってモンスターたちの攻撃を避けながらじゃ落ち着いて出来るわけがない。
……だから? それがどうした、私はルッカだ。相手がモンスターの軍勢であろうが魔王であろうがロボ風に言えばそれこそ運命をつかさどる神様だったって私を負かすことは出来ない、私が負けるのはこの数ある時代の数ある世界の中で唯一人。


「さっさと立ち上がれってのよ……あの鈍感ツンツン頭が……!」


戦局は劣勢、攻撃も回復も追いつかないこのゼナン橋防衛戦。人間達は思い思いの感情を抱くが、統括すればそれは絶望と呼べるものだった。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/09 05:48
しとしとと雨が降り続く中、ルッカとマールが戦闘に参加して一時間が過ぎ、ゼナン橋では今だ剣戟の音が遠く彼方まで鳴り響いていた。


「はあ、はあ、はあ……フ、ファイア!」


魔法の力は心の力、なるほど、今の磨耗した精神力ではまともな魔法など出るわけがないか、と掌から微かに生まれた炎を見てルッカは自嘲する。倒しても倒しても現れる骸骨の群れ、対してこちらは兵士達の武器が大半破壊され、中には手甲を武器に殴りかかる者までいる。ルッカと同様にマールの魔力も底を尽き、回復呪文の詠唱を口にしても魔法が顕在することは無い。


(ボッシュから買ったポーションも無くなったし、兵士たちが携帯しているエーテルやポーションのような回復薬なんてとっくに無くなった……厳しいわね、ちょっと楽しいくらいよ!)


魔力が残っていないのならばとルッカは魔法を使うことを止めて今まで敵に向けていた掌にプラズマガンを握らせて連射する。僅かなりにも属性効果のあるプラズマガンだが、兵士たちの攻撃よりは効いているという程度のダメージ。それだけの攻撃で魔物の行進は止まらない。ましてやルッカ以外の人間は騎士団長以外腰が引けて打ち合うということすら避けている状況、王手詰みは近い。


「まだだ! まだ逃げるな! 我々の本分を思い出せ! 我々の名を思い出せ! ガルディア騎士団とは名ばかりの臆病者たちか貴様ら!」


騎士団長が部下たち全員に発破をかけるが、皆反応は同じ。一様に項垂れて、挑発染みた言葉に何も言い返すことは無い。
彼らは思考する。俺たちは頑張った、だからもう逃げていいんじゃないか? 今まで魔王軍なんてバケモノたちと戦ってきたんだから、城に帰還してもいいんじゃないか? その結果村が襲われ民が殺されても誰が俺たちを責められる、俺たちは褒められるべきだ、称えられるべきだ、と。奇しくもそれは、対岸で目から光をなくしているクロノとよく似た考えだった。


「はっ、はっ……もう……魔力は使えない……なら!」


眩暈を気力で我慢して、マールは未来で拾った白銀の弓を手に取り魔物の軍勢に矢を放つ。ルッカのプラズマガンとは違い、マールの弓に属性付与は無い。骸骨たちの骨を折ることはできるが、全身をバラバラにさせるには到底至らない。足を狙い速射するが、一、二匹倒れこんだところで行進スピードに影響は無い。マールは自分の無力さを恨めしく思いながら、それでも愚直に弓矢を打ち続けた。


一人、また一人と兵士達が血の海に沈む。騎士団長の近くにいる兵士が「これで第三騎士団は全滅だ……もう駄目です! 逃げましょう団長!」と逃亡を求めたことを皮切りに、兵士達が団長の制止も聞かず各々うろたえて騒ぎ出した。その声は「逃げないならいっそのこと投降しよう!」「馬鹿、モンスター相手に何言ってるんだ! 笑って殺されるのが目に見えてる!」「もう嫌だ! 勝てる訳無かったんだこんな戦い!」と言葉の形に違いはあれど、思いは一つ、もう戦いたくないということだった。残った第四騎士団の中には少年兵も数名在籍していたようで、今は遠い父や母の名前を叫ぶ者もいた。


それらの嘆く声に騎士団長は笑う。楽しいからではない、悲しいからでもない。もう悟ったからだ、これ以上戦い続けるのは無意味、そして無理だと。


(確かに、部下たちはよくやった。私は団長として、サイラスの代わりとして逃げるわけにはいかんが、こいつらはもう逃亡させるも、そして両親の元に帰らせるも自由にさせてやるべきか……)


腹を決めた団長が退却を宣言しようと息を吸う。もう充分だ、これ以上何が出来る? これはもう戦いではない、蹂躙だ。我々がこれ以上命を賭けようと、散らそうと何の意味も無い。ならば短い間とはいえ生を選ぶのが当然ではないか……


「違うよ」


騎士団長の、呼吸が止まる。


「全然違うよ、そんなの私たちガルディア王家の者が選ぶ道じゃない」


「マール殿? 貴方は一体何を?」


「控えろ!」


その号令を耳にした途端、敵がすぐ傍まで近づいて来ているのに、今まで逃げろ逃げろと騒いでいた兵士達ですら反射的に膝をつき頭を垂れた。


(……何故? 何故我々はマール殿に、いや、このような小娘に気圧されて膝をついているのだ?)


理解が出来ない。事実上壊滅してしまった今では体裁も整えられないが、仮にも自分達は誇りあるガルディア騎士団。何故先ほどまで名も知らなかった娘に騎士にとって最大限の礼を捧げているのか?


「……リーネ王妃」


さっきまで騎士たちの筆頭となって喚いていた兵の一人が思わず口にしてしまったという顔でマールを見上げていた。その言葉につられて周りの兵士も伝染するように顔を上げて「リーネ王妃?」「リーネ王妃だ!」「リーネ様なのか? ただ似ているだけじゃなくて?」「でも……あの威圧感、堂々たる振る舞いはどう見ても……」と口々に疑惑の声を上げる。それらの声を全て断ち切るようにマールは橋の木板に強く足を叩きつけて場を静寂とさせる。その覇気、その迫力に物言わぬモンスターたちですら立ち止まりマールに圧倒されていた。


(マール……貴方)


動きを止めていたのは兵士やモンスターだけではない。マールの友人であるルッカもまた彼女の豹変に気を取られ、銃口を下げていた。ルッカは感じる、背中に何か熱いものがぞくぞくとこみ上げてくるのを。何かがこの場で起きることを確信していた。


「私の名はマール。ごく普通の女の子であるただのマール。でも、今だけは違う!」


右手を広げて演説をするように兵士達を見渡す。その数20弱。マールたちには知る由も無いが、残るモンスターたちの三分の一程度の数だった。
マールの眼には光が溢れ、見る者に力を与える。もしかしたら、自分は立てるのではないか? と思わせる。もしかしたら自分はまだ剣を握れるのではないか? と思考させる。もしかしたらまだこの戦いに…………と希望を見せてくれる。


「聞けガルディアの誇りある騎士たち! 私の名はガルディア家34代目王女、マールディア! 私の後ろで逃げ惑い生を謳歌するならばそれも良い! 私を置いて各々の思い人の元に走りたければ止めはしない! だが……」


一拍置いて、マールはもう一度兵士達の顔を、目を見る。もしかしたら…………自分達は最強の騎士団なのだと思わせる何かが、その大きな瞳に灯っていた。
兵士達は幻視する。目の前の少女が美しい純白のドレスを纏っている姿を。その姿は見るものを昂揚させ、自分達が騎士である事を思い出させた。


(……なんと勇ましく、そしてなんと神々しいのだ、この少女は)


騎士団長の口からもれる音は言葉ではない。戦場において無駄な口を叩く騎士などいないのだから。
騎士団長の目から溢れるものは涙ではない。戦場において涙を流すことほど無様な事はないのだから。
騎士に必要なものは敵を圧砕する力と技、何者にも負けぬ強い心。残るは一つ、入団試験のときから胸に留めている基本にして最も重要なもの。


「私の隣で戦うならば! 私の前で敵を切り裂く刃と化すならば! そなたらは誇れ! 自分はあらゆる歴史において比べることの出来ぬ天下無双の騎士であると!」


「うおおおおおおおおおお!!!!!」


国に使える、忠義のみ。







星は夢を見る必要は無い
第十三話 ゼナン橋防衛戦(後)










「ギガガガガガッ!!」


「砕けろバケモノどもがっ!!」


醜い悲鳴を上げる魔物を一刀のもと切り伏せて、兵士たちは前進する。訓練もせず、ただ魔物の身体能力だけに頼った攻撃など受ける理由が無い。敵の伸ばした長い槍を掴み振り回して橋の下に叩き落す。武器が砕けてしまった兵士は敵の槍を拾い、奪い、果敢な動きで敵陣に突撃を続ける。
止まるなかれ、止まれば王女様に追いつかれてしまう。彼女の隣に立ってともに戦う、それが悪いこととは思わない。ただそれでは騎士とは言えぬ。彼女の後ろで敵に背中を見せて逃亡するなど男とすら言えぬ。目の前で奇怪な音を鳴らすバケモノどもは怖くない。怖いのは後ろで自分達を追いかけて、王女の身でありながら魔物と戦おうとする彼女の存在。
追いつかれるな、彼女が触れる前に魔物を切り、砕き、叩き落せ、彼女に魔物の汚い手が触れることなど言語道断、彼女の美しい手が魔物に触れることなどあってはならない。


「足を止めるな! 我々が恐れる事は死ではない! 我々の恐れるものは何か!? 自分で思い出せ!」


「おおおおおっっ!!!」


騎士団長の激励が兵士達の前進速度を上げる。魔物の群れはあまりの早さに対処が遅れて後手に回り、反応する前に骨の破片となって海に落ちていく。
ゼナン橋防衛戦、この終盤で人間達の猛反撃が始まった。








雨足が緩み、騎士団の叫びが橋の外まで響き渡ってきた。それほどまでにマールの言葉が胸を打ったのか。
……完全に部外者となった俺でも胸が熱くなったんだ、騎士団の奴らが燃えない訳はねえよな。
いつのまにか俺は立ち上がってマールたちの戦いに見入っていた。騎士団は猪突猛進、自分達の命をマールに捧げるという勢いで剣を振るい槍を払って体を弾に変えて雪崩れ込んでいる。あいつらは普通の人間なのに、魔法も使えないのに、戦いを生き抜き誰かを守っている。


「……俺は、一体何なんだよ?」


人とは違う魔法という力を持っている。あいつらが魔法に弱いのは実証済み、その上俺の仲間があそこで戦っている。
なのに……俺は何もしていない。俺がやったことはマールを傷つけて殴り飛ばしただけだ。一つだって役に立ってない、むしろあいつらの戦気を削いだだけじゃねえか。
マールやルッカが危なかったことは両手じゃ数え切れないほどあった。その度俺は走り出そうとするが、近くに転がる兵士の死体が俺を金縛りにさせる。問いかけてくるんだ、「お前は死にたくないだろう?」って。体が動かない間に危機は去って、安堵する。また敵の凶刃が迫り動き出そうとするが、足が根を張ったように動かない。俺は……あいつらみたいに死ぬという恐怖から抜け出せない。
俺はどうやって戦ってきた? 王妃や巨大マシンという強敵を相手に俺はどういうことを考えていた? 今や俺にプライドは無い。仲間のいない今の俺では誰かにすがる理由も無い。俺は何を思ってあの死地に赴けばいいんだ?


「誰か……誰か教えてくれ」


返事は返ってこない。本当に誰でも良いんだ、誰か俺の背中を押すだけで良いんだ、そうしたら俺の足や体を縛る縄が解けるんだ。胸を張ってまたあいつらと仲間でいられるんだ。
俺がこの旅に納得していないのは変わっていない。未来なんかどうでもいいし、魔王がラヴォスとかいうバケモノを召還したって全然構わない。ただ……ただ、あいつらと離れるのは嫌なんだ。
いつも近くで俺を守り俺が守ってきたルッカと離れるのが嫌だ。
太陽みたいに笑っておっちょこちょいで時にとんでもない芯の強さを見せ付けるマールに嫌われるのは嫌だ。
いつも変な妄想ばかりしてるけど優しくて泣き虫なロボと笑い合えないのは嫌だ。


「何だよ、俺、嫌だ嫌だ言ってるだけで何にも出来ねえのかよ?」


近くに転がる兵士が俺を睨んでいる気がする。何でお前が生きてるんだ、俺みたいに勇敢な人間が死んで何でお前みたいな臆病者が生きてるんだ、この恥さらし、としつこく責めてくる。
……もういいや、別に何言われてもその通りなんだから、反論のしようがねえよ。


溜息を吐いて、今度こそ立ち上がれないくらいに深く座り込む。半端にやろうなんて思うから駄目なんだ、もう見捨てよう、あいつらならきっと勝てるさ、そうしたら一人でゲートを使って家に帰るんだ。母さんと一緒に暮らして、つまらない職業に就いてぼんやりした毎日を送る。幸せなことだろ?


「……死にたい」


「それは困ったの、人数分作ったというのに余ってしまうわい。じゃから止めとけ」


「……え?」


俺の独り言を拾い上げたその人物は、にっと笑って橋の上を歩いていった。






「よし、この勢いなら橋の外まで魔物を追い出せそうね!」


これだけ喧騒としている中で、誰かに聞こえるとは思わず私は言葉を口にした。
マールは本当に凄い、あれだけ意気消沈していた兵士達をここまで高ぶらせて戦局をひっくり返せるのだから。……彼女、現代みたいな平和な時代じゃなくて、中世とか戦争のよく起きる時代に生まれてたら世に名を轟かせたんじゃないかしら? 言葉は拙くとも、あの迫力はそん所そこらの兵士には出せないわよ?
魔法を使わずプラズマガンだけで応戦していたお陰で魔力が少しづつ回復していった。ぶつ切りに私は敵のど真ん中目掛けてファイアを打ち込み敵の混乱を誘う。その隙を兵士達がかかさず突撃で活用していく。いや、マジでこれだけ勢いのある騎士団はガルディアだけじゃないのかしら?
兵士達は致命傷は避けて、小さな怪我をものともせず突き進むのでマールも治療に魔力を裂かずにすみ、私と交代しながらアイスを放つ。俗っぽく言うなら、パターンにハマッたわねこれは。


「ぬーん、人間風情が生意気じゃー!!」


「え?」


がらがらのだみ声が聞こえたと思えば、私たちが来る前に死体となった兵士達が立ち上がり、私に剣を振りかぶってきた。


「ルッカ殿!!」


危うく脳天を割られるところで騎士団長が兵士の剣を手甲で遮り事なきを得た。でも何で? 相手側に死体を操る魔物がいたってこと!?


騎士団の皆がいきなり立ち上がってきた戦友たちに戸惑っていると、骸骨たちが端に移動して、列が出来る。その中から随分と高級そうな服を着た緑色の鯰みたいな魔物が下品な笑い声を上げて現れた。……全く、高笑いのなんたるかを分かってないわね。


「ワシは、魔王様第一の部下魔王三大将軍の、ビネガー。偉大なる魔王様の敵に、死を! ワシのかわいい息子達よ! こやつらに死を与えるのだ!」
 

ビネガー? なんかそんな名前の調味料だかなんだかがあったわね。
下らないことを考えていると、ビネガーが腕を振るい、また死体だった兵士達が立ち上がり私たちに攻撃してくる。
マズい、騎士団の皆は死んで敵の傀儡となったとはいえ、自分の仲間を攻撃するのに躊躇い士気が下がってきている! しかも乱戦になれば誰が生きている兵士で誰が死んでいる兵士か区別できない! ビネガー、腹の立つ笑い方だけど結構いやらしい効果的な方法を使うじゃない……!


「んふふふふ、わしの魔力に恐れ入ったか人間どもめ! さあ、大人しく死ぬがいいわー!」


くそう、性格的に残念そうな奴が一人加わっただけでまた劣勢に塗り替えられたわ!
騎士団もさっきまでの勢いがまるで消えうせて、疲労が溜まってきてる。……無理も無いかしらね、さっきまでの勢いが奇跡だったんだもの。


「……ルッカ」


マールが難しい顔をして私の近くに立つ。やっぱりマールにも分かるみたいね、騎士団の状態も、今の状況がどれだけ悪いかも。
ビネガーの魔法がどんなものかは分からないけど、多分この橋の上に倒れている騎士団全員の死体を操れると思って間違いなさそう……今すぐ全員の死体を操ってこないところを見る限り、ある程度の距離内にある死体しか操れないみたいだけど……仮に今から引いたとしても、ビネガーが追いかけてきて後ろにある死体を動かせば退路が塞がれる。……考えろルッカ、私は天才なのよ、どんな状況でも突破口を見つけ出せるはずなんだから……!


「何、簡単じゃよルッカ。わしがこやつらを全員蹴散らせば良いんじゃ」


どこかで聞いた老人の言葉に振り向こうとしたその時、後ろから巨大な針が飛んで高笑いしているビネガーの眉間に突き刺さる。うわ、あれで死なないんだ。


ビネガーに攻撃が当たり魔法が解けたのか、騎士団の死体は動くことを止めてその場で倒れ始める。続けて人間の力で飛ばしたとは思えない槍の投合が始まり、骸骨たちを槍一本に突き三匹ほど巻き込んで骨塊を作り出していく。


「ふむ、ちいと物足りないが、さっさと終わらせんと王妃が拗ねるでな、早めに決着をつけようぞ」


右手を異形の形に変えて、他の部位を人間の老人に変化して、杖をつきながら悠然と魔物の群れと対峙する。
私たちの後ろから現れたのは過去、王妃を巡って戦った偽大臣、ヤクラだった。


「チョコレートが雨で溶けてしまう。時間は掛けたくない、行くぞ娘っ子。騎士団は下がっとれ、ここから先は魔法の使えん人間には厳しいものとなる」


言うが早いがヤクラは老人に変化している脚力とは思えない速さで骸骨の群れに突っ込み、その中ほどで真の姿を現した。その巨体を生かした強力な突進で魔物をバラバラに、凶悪な腕力で骸骨を橋の外に叩き飛ばす。ヤクラめ、私たちと戦ったときは手加減してたわね? あの時の比じゃないわよその強さ!


まだ戦おうとする騎士団の説得はマールに任せて私はヤクラと一緒に魔物の掃討を手伝う。正直何もしなくても片付きそうだけど、最後に出てきて美味しいところを掻っ攫おうなんてずるいのよ!
私は自分の口が持ち上がっていくことを知りながら、今日一番の炎を出すべく精神を集中させた。








「ヤクラ……お前まで戦うのかよ?」


あいつはここに一人でいる俺を責めず、ただ生きていろと言ってくれた。あの様子ではその後に行うだろう王妃要望のお茶会ならぬお菓子会にも俺を招待する気だろう。
ああ、あいつの作るお菓子は美味かったっけなあ。きっと今みたいなどん底の気分で食べても美味いと思うんだろう。
―――今更と言われるかもしれない。安全が確保できてから現れる屑と言われるかもしれない。だけど、前は敵だった奴ですら、魔物のヤクラですら人間たちのために戦っているのだ。……ああそうだ、俺が戦う理由が今見つかった。というか今決めた。ヤクラの登場が俺の背中を押してくれるなんて、なんだか癪だけど、感謝しよう。戦う理由もヤクラに関連することだけど、恥なんて思わない。俺の戦う理由なんて俗っぽいもので充分だ。


「精一杯動いた後で食べるお菓子の方が、美味いもんな」


俺は雷鳴剣の柄に手を置き、風のように走り出した。








「くう~、なかなかやるな」


私とヤクラのコンビに全ての骸骨が倒されたビネガーは後ろを向いて私たちに背中を向けて走り出した。こいつを生かしておけばまた戦いが続く、こいつの魔法は面倒くさいし、敵に残しておきたくないわ!
ヤクラと一緒に逃走を始めたビネガーを追う。後ろからも騎士団を説得したマールが後を追いかけて走ってくる。マールったら、あれだけやる気溢れる騎士団を説得できるなんて、流石は私の友達ね!


「残るのはあの鯰じいさんだけ? へへっ、私たちの勝ちが見えてきたね!」


「安心するのはまだ早いわよ、あの緑鯰、見かけ通りにうっとうしい魔法を使うからね!」


「お主等、もう少し言い方というものを考えるべきではないか?」


額から汗を流すヤクラ。いいじゃない、事実なんだし、あいつも自覚はしてると思うわよ? さっきから文句を言おうと振り返るけどモゴモゴ口を動かすだけで結局逃げてるし。


「あーんもう! 待ちなさいったら!」


「逃げ足だけは早いわね」


いい加減覚悟を決めて欲しい。というか逃げるなら逃げるで一気に空間移動とかしてほしいものだ、中途半端に走って逃げるから私たちも本気で追わなくてはならない。いや、逃がすつもりは全く無いけどね。


「少々、お前達を甘く見過ぎていたようだ。しかし、今度はそうはいかんぞ。殺っちまえ! ……え?」


振り返りざまにまた兵士の死体を動かし私たちを襲わせようとさせるが、死体が動き出した瞬間ヤクラがそれを弾き飛ばし海に放り込んだ。……可哀想だとは思うけど、ビネガーなんかに操られるくらいなら良いのかしらね……?


「下らんのう、これがわしの仕えていた魔王軍の幹部とは。これならこの金髪のお嬢さんに仕えていた方がずっと誇りを持てるわい」


「ち、ちくしょー! こ、今度こそお前達もお終いだぞ! ホントだぞ!」


まさか瞬殺されるとは思っていなかった大臣が頭からカッカッと湯気を出してヤクラの挑発に腹を立てる。まあ、私もこいつが自分の上司なら仕事先を変えるわね、go○gleとかに。


「ふん、負けおしみね。顔に赤みが差して気持ち悪い色になってるわよあんたの肌。ナメック星人でももうちょっと分を弁えた色をしてるわよ」


「お前なら良いトコ最長老かの? ああ、勿論肌の色だけじゃが」


「二人が何言ってるか分からない……」


今度貸してあげるわマール。中盤の展開は本当に燃えるわよ、尻下がりスロースターターの投手ゴクウが右投げ左打ちに変えようとする所なんか泣かせどころね。


「ぬううん! 行け、ジャンクドラガー! 魔王様の敵を叩きのめせ!」


「えっ!?」


ビネガーが体中から魔力を放出すると、私たちの後ろに積み重なってあった骸骨モンスターの破片が動き出し、私たちの前で合体していく……その隙にビネガーはこの場を離れていった。


「あくまで自分は戦わずか……大した幹部じゃ、尊敬するわい」


明らかな嘘をついて大臣は合体して人の形を造っていく魔物を凝視する。その大きさは私たちを越えて、ヤクラさえも越えて……背高五メートル程で合体が終わり、巨大な骸骨、ビネガーの言うジャンクドラガーが降臨した。
上半身は人間のそれに酷似していて、時々肋骨の部分が開き呼吸をしているように見える。頭蓋の部分には一つ一つは小さいが数の多い歯がずらりと並び、目の部分には水晶のようなものが付いている。下半身にも眼球が存在し、腰骨の部分から牙のようなものが生えてあり、骨の癖にぐじゅると唾液のようなものを垂らしている。なにより理解しがたいのは下半身と上半身が連結されておらず、上半身のパーツが少し浮遊しているところか。重力の法則を無視するのは機械だけで充分なのよ!


「これは……モンスターのわしが言うのもなんじゃが、薄気味悪いバケモノじゃな……」


「どうしようルッカ、対策法は?」


「まだ戦ってないから分かんないけど……とにかく私とマールで全力の魔法を唱える、ヤクラはその間時間稼ぎをお願い!」


心得た、とヤクラがジャンクドラガーに向かって突進を実行する。私とマールはすぐに魔法の詠唱を行い精神集中……するはずだったのだが。


「グガアッ!!」


「ヤクラ!?」


迫ってきたヤクラにジャンクドラガーは伸ばした肋骨を突き刺し、そのまま天高くまで持ち上げた。その後何度か地面に叩きつけてこちらに投げ飛ばす。不味い、あの出血量は命に関わる!


「マール! ヤクラの治療をお願い! 私はなんとかこいつを抑えてるから!」


私が言うまでもなくマールは体中から血を流しているヤクラに近づき、今まで唱えていた詠唱を破棄、すぐに回復呪文の詠唱へと切り替えた。
私はジャンクドラガーに視線を移し、あの伸びる肋骨に注意する。とはいえ、私の瞬発力であのスピードを見切れるか? 小さな骸骨だった時に効果の薄かったプラズマガンがこいつに効くとは思えないし……


敵の攻撃、私がすべき攻撃を分析する。少しの間睨みあって、長い連戦で切れかけていた集中力が途切れたのか、自分でも気づかない知覚の空白を縫ってジャンクドラガーが私に肋骨を猛スピードで伸ばしていた。
……駄目だ、この速さは私じゃ対処できない。例え細心の注意を向けていても、避けきるのは無理だろう。
そのまま目を閉じてしまおうとする目蓋を意地で開きつつ、私は誰かが走る足音を聞いた。








走りながら途中で落ちていた一際長い槍を拾う。長さは二メートル半。その光沢からモンスターたちの持っていた槍ではなく騎士団の誰かが持っていたものだと考える。


(……ここだな)


近づいてくる俺の姿にマールが小さく驚きの声を出す。悪いな、いつまでもねちねち怖がっててさ、でも、今戻ったから。まだ怖いけれど、もう逃げたりしないから。
手に持った槍を棒高跳びの要領で床に刺し、しならせながら反動で高く飛び上がる。視点はちょうどでかい骸骨のバケモノと同じ。随分高いところから人を見落としてるんだなお前、俺がお座りを教えてやるよ。


「だああああっらああぁぁぁぁ!!!」


槍を手放した後すぐに雷鳴剣を抜き空中兜割りを叩き込む。真っ二つとは言わないが、ルッカに伸びる骨は止まり、地面に倒れさせることに成功した。俺の仲間に触骨プレイしようなんて性質が悪いんだよ。


「ク……クロノ?」


呆然としながら俺に問いかけるルッカ。まあ、色々と言いたい事はあるがまずこれだけは言わせて貰う。


「ルッカ、チョコレートケーキは俺のだからな」


「え?」


分からないだろうな、まあヤクラも気を失ってるみたいだし、この場で俺の台詞の意味が分かる奴なんていないだろうさ。
でも良いんだ、俺の登場台詞はこれくらいがちょうど良い。決め台詞なんて用意出来るほど余裕のある人生送っちゃいねえんだから。さあ、ヤクラのお菓子会が待ってるんだ、王妃様が拗ねない内に終わらせちまおう。


「ルッカ! お前の出来る最っ高のファイアをぶつけてやれ! 俺が時間を稼ぐ、むしろ遅かったら俺一人で倒す!」


「な……! あ、あんたこそやられるんじゃないわよ! 後で治療するにもマールの精神力は限界近いんだから、あんたなんて回復してやらないから!」


それ良いな、一発でも食らえば応急処置もしてくれねえのか、面白すぎるだろ。
会話中に骸骨親分が肋骨を伸ばして俺を刺し殺そうとするが、俺は右側に避けて肉薄する。もうちょっと楽しませろよ、俺からすれば久しぶりの会話に感じるんだから!
側面に立って下半身部分に回転切り。何処が急所だか分からねえんだ、とにかく滅多切りを敢行してダメージを与えてやる!


「ガアアアアッ!」


ダメージを受けて、というよりうっとうくて吼えた様子だな、やっぱり雷鳴剣単独じゃあ効果が薄いか……? だったら。


「サンダー!」


相手の頭上に雷を落とすタイプではなく、俺自身の体から電流を放出させる形で魔法を発動する。俺の体を伝って雷鳴剣に流れる電力がさらに増す。……今まで、これで切れなかった敵はいないんだ。お前にも効くだろうぜ!
ザリッ! と嫌な音を立てて雷鳴剣が骸骨親分の左足を切り取る。本当は両足とも切り落とすつもりだったんだが……文句は言ってられねえか。


「ギグアアアア!!」


骨でも痛覚があったのか、人間にやられて悔しいという感情があったのか、骸骨親分は耳を塞ぎたくなる奇声を発し、下半身が上半身から分離して治療中のマールに近づく。マズイ! 俺を無視してそっちに行くとは思ってなかった!
焦って走り出そうとするが、骸骨親分の下半身はルッカの万全のファイアに焼かれて三歩と歩けず地面に炭を残した。俺に満面の笑顔でサムズアップをするルッカに俺は苦笑いを返す。
お前、そんなトンデモな威力のファイアを俺に当ててたのかよ?


「なにはともあれ……残るは上半身だけだな、イリュージョン骸骨!」


俺の近くに浮遊する上半身。しかしどうしたものか、俺の刀じゃ浮遊しているこいつには届かないし、相手に浴びせるタイプのサンダーも命中率は悲しいほど低い。ここはルッカのファイアを待つしかないか?
ほぼ真下にいる俺に骸骨親分は口から火炎を吐きだして距離を取った。こいつ、火炎魔法が使えるのかよ!? 万能じゃねえか!


「クロノ! 距離を取られたらまた肋骨を伸ばして攻撃してくるわよ!」


「分かってるけどさ! 間近で火炎魔法ってのは辛いぜ!? どっちが厄介かって言えばまだ肋骨の方が避けれる分始末が良い!」


火炎に服や腕を軽く炙られながら俺は転がって火を消す。ああ、一発も食らうつもりがなかったんだけどな……まあ、これくらいならマールの回復魔法じゃなくてもポーションで治るだろ。
ルッカの言うとおり離れた位置まで移動した骸骨親分は肋骨を伸ばして俺とルッカに攻撃を仕掛ける。俺はともかくルッカにこれを避けるのは厳しいだろうと、雷鳴剣で肋骨を弾き飛ばす。……? 弾き飛ばす?


「おいルッカ! 多分この上半身には俺の魔法が効かねえ、切り飛ばすつもりで弾いてるのに傷一つつきゃあしねえんだ! お前の魔法が頼りだぜ!」


「……分かったわ、と、今完成したわ、があんたに言う言葉ね! さっきよりでかいの行くわよ! ファイア!」


ルッカが呪文を唱えた瞬間、地面に生えている雑草が枯れて、俺も呼吸が苦しくなる。あの馬鹿、辺りの水素を蒸発するくらいの炎を出しやがった! 離れててくらい言えっつーの!
その炎は形容するに業火球。上に掲げたルッカの掌の先でちろちろと炎の舌をちらつかせているそれは、業火球そのものよりもそれを作り出しにや、と笑っているルッカの方が恐ろしかった。赤く染まった大地の上で顔を歪めたお前って、正に魔王だよな。


「吹き飛びなさい! この三下アアアァァァ!!」


骸骨親分に着弾した途端炎の竜巻がその場で生まれ、小さなきのこ雲を空中に浮かび上がらせた。飛び散った火の粉の一つ一つが骸骨親分の吐き出した火炎と同じレベルって……魔族を圧倒する魔力を持つ女。次代の魔王は決定したかもしらん。


「……クロノ、私たち、失敗した、かも」


「ああ? 何言ってんだよ。あんだけ凄い火炎だぜ? バラバラに吹き飛んだかドロドロに溶けたか、とにかくこれで俺たちの……」


着弾地点を見ると、全魔力をつぎ込んだルッカのファイアを受けて、骸骨親分は無傷のまま浮遊していた。……おいおい、こいつ、俺の天の属性だけじゃなく、火の属性まで耐性があるのかよ!?
完全に決まったと思ったんだけどな……とこぼしながら刀を構えると「私だって全力を出したのにこれなんだから、結構へこんでるわよ」と文句というか、愚痴を言われた。
しかし天の属性、つまり雷関連の攻撃が効かないとなれば俺の雷鳴剣は勿論、ルッカのプラズマガンだって効くとは思えない。残るはマールの氷魔法だけだが、マールはヤクラの治療にかかって手が離せない。
いっそ、そこらに落ちている普通の武器で切りかかるかなと思っていれば、マールの制止を聞かず傷だらけのヤクラが背中を起こしていた。


「マ、マール。わしのことは今は良い、まず先にあいつを倒すことを考えい……」


「駄目だよ! 貴方凄い傷なんだよ!? 私の回復魔法でもまだ完全には治せてないの! 早く寝て治療を続けさせて!」


「はあ、はあ……今ここでジャンクドラガーを倒さねば、どの道全員死ぬのじゃ、ならば、わしの治療よりも先に奴を倒すことを優先せんか……」


何度も拒否をするマールだったが、ヤクラの説得に根負けして、俺たちの近くに走ってきた。……あいつ、ジャンクドラガーっていうのか。途中参戦だからその辺の情報全然知らないんだよな。


「……あの……クロノ」


「話は後だ、今はあいつにアイスを唱えてくれ。魔力はまだ残ってるか?」


「う、うん。あの人にかけるケアルの魔力を残しても、あと三発は撃てるよ」


「充分だ、頼んだぜ」


詠唱に入ったマールを守るのが俺の仕事だ。とにかく動き回ってジャンクドラガーを俺に注目させる!
地面を蹴り、時には石を投げたり雷鳴剣の鞘を投げたりととにかく俺だけに注意を集中させる。さっきの火炎で足をやられてなくて良かった。俺から移動力を取れば何も残りはしないんだから。俺にとって数少ない自慢の足で引っ掛き回せ!


「……!?」


まだまだ体力が残っているはずなのに、体が重く感じる。意識も混迷としてきて、頭に血が入ってこない。まるで貧血のような眩暈が起きる。
よく目を凝らしてみれば、俺の体から赤い光が漏れて、その光がジャンクドラガーの口の中に入っていくのが見える。これも魔法なのか? くそ、足に力が入らねえ……


今が好機とジャンクドラガーが口を開き俺に迫る。肋骨を伸ばす遠距離攻撃じゃなく確実を期して直接噛み砕くつもりか!
体を横に飛ばそうと左に飛ぶが、力が入らずに地面に倒れるだけとなる。あいつめ……最後まで切り札を隠してたのか……
俺の体がジャンクドラガーの口に砕かれる寸前、マールと目が合った。その顔は頼もしそうに笑っていて、こんな状況でも俺は笑ってしまった。だって、これで俺たちの勝利が確定したんだから。


「アイス!」


悲鳴を上げる暇も無く全身が凍りついたジャンクドラガー。氷塊となりながらもまだ氷の中で動いている生命力には感心するよ。
俺は倒れたまま最後の力を振り絞り近くに刺さってあった槍を抜き、下から突き出して粉々に砕く。……これで、ゼナン橋の戦いは終わりだ……。


「やったわねクロノ!」


「ああ……あとは大臣を治療して……! マール避けろぉ!」


「ふぇ?」


飛び上がって喜んでいたマールに体を砕かれながらも頭だけで動くジャンクドラガーが歯を伸ばして迫る!マールはまだ自分の身に何が起こっているか分かっておらず、ルッカの速度じゃ間に合うはずも無い! 俺は体の力が抜けて立ち上がることさえ……


そこから世界がスローモーションとなる。
御都合的に俺だけが動くなんて奇跡は働かない。
ゆっくりと、ゆっくりと、マールの体にジャンクドラガーの鋭い歯が近づいて……


「どかんかリーネー!!!」


そこで世界はクリアとなる。


「……え?」


後ろからマールを押しのけたヤクラが、ジャンクドラガーに串刺しにされている光景を鮮明に見せるために。
数十はあるジャンクドラガーの歯が、ヤクラの体を貫き、地面に咲く草花を赤く彩っていた。ヤクラから流れる血は止まるはずも無く、ジャンクドラガーが死んで塵と消えた後でもヤクラの傷だけは消えないまま、ドシンと地面を揺らしてヤクラが倒れた。


「ヤクラーっ!!」


ルッカがすぐに駆け寄り、俺も力の入らない足腰を𠮟りながら這ってヤクラに近づく。マールは回復魔法を使うことも忘れて呆然と自分の顔に付いた血を手で拭い、倒れているヤクラを見つめていた。


「マール! 早く回復呪文を!」


ルッカの声が耳に届き、マールはヤクラにケアルを使う。確かに傷は塞がっていくが、全ての傷穴が塞がるのには長い時間がかかると予想できた。ヤクラがそれまで生きていられるとは思えない。ただでさえ血を失っていたのだ、さっき動けたのも気力のみで自分の体を立たせたのだろう。


「な、何で……? 何で私を助けたの……? 貴方は、貴方はこの時代の王妃様を愛してるんじゃなかったの?」


瞳から大粒の涙をこぼしながら、マールが何で、何で、とカラクリのように繰り返す。目を瞑っていたヤクラが、その大きな手でマールの涙を拭おうとするが、顔まで手を持ち上げることすら叶わず、残念そうに笑った。


「何で、じゃろうなあ……あんたがリーネ王妃にダブって見えた。そうすれば、体が勝手に動いてしまったんじゃなあ…………ううむ……困るのお、いや……全く困ったわい……腕が、上がらん……」


「ヤクラ!」
「ヤクラさん!」


ルッカとマールが消え行くヤクラの存在を繋ぎとめようと必死に声を掛ける。戦いが終わったことを知り、足を引きずりながら到着した騎士団も、今の状況が分かったのか、痛ましそうに顔をゆがめる。それはそうだ、ヤクラはモンスターだけど、彼ら騎士団のために戦った。正確には王妃の為なんだろうけど、それは彼らにとっては同じこと。王妃を守るというのは、彼ら騎士団の目的でもあるのだから。


うっすらと開いた眼で、ヤクラは小さく、本当に困ったように笑った。


「これでは……チョコレートが……作れ……ん……わ……」


「……ヤクラ?」








ゼナン橋防衛戦にて。
死者98名。
重傷者12名。
軽傷者23名。
生き残った兵士達が、皆口を揃えて言う事がある。
我々は、本当の意味で稀代の英雄を見た、と。
後の世でモンスターであるヤクラの名を知るものは少ないが、ガルディア王家に代々伝わる宝物庫の中に彼を描いた絵画があると言われている…………














少し遠ざかっていた雨が、また強くその存在を強調し始めた。
誰もその雨を防ごうとは思わない。誰も城に帰還しようと言い出さない。誰もがまだ帰るべき人数が揃っていないと感じているのだ。王妃様が心待ちにしている者がいないのだ。


「あんたがいないなら、誰が王妃様を笑顔にしてやれんだよ……」


俺の言葉に答えを返すものはおらず、ヤクラの体は塵となり、海の向こうに流れていっても、誰もその場を動けなかった……






























王妃とヤクラ








王妃の部屋を出て修道院の台所に向かう。まさか、怖がらせるだけ怖がらせて殺すつもりだった王妃の我侭を聞くためにお菓子を作るハメになるとは……これが終われば王妃を背に乗せてお馬さんごっこ……悲しいを通り越してなんだか笑えてしまう。


「大臣ー、早くしないと私はお腹が鳴って泣き出してしまいそうです……」


「泣いては駄目じゃ! 泣く子は鬼に攫われてしまうぞ!? すぐに作って持って行くからちょっとだけ待つのじゃ!」


いかんいかん、早く調理して王妃がぐずるのを防がなくては! わしは駆け足で台所に向かった。


「しかしヤクラ様はいつあの王妃を喰らっちまうのかね?」


その途中わしの部下のモンスターが何か話しているのを聞き、物陰に隠れて会話を聞く。


「さあな、自分で食べる気がないなら、俺たちに譲ってくれないもんかね? あんな美味そうな人間はそうそういねえぜ?」


やれやれ、わしが捕まえた人間が美味かろうが不味かろうが関係ないじゃろうに……
おっと、こんなことをしていて王妃が泣き出してはいかん。早く厨房に向かわねば……


「なんなら、俺たちで勝手に食っちまうか?」


走り出そうとした足が止まる。


「良いねえ、どの道殺すつもりなんだし、俺たちでヤッちまうのも悪くない」


……気にするな、あの王妃がこの程度のモンスターにやられるわけはないし、仮にやられたとしてもわしにすれば万々歳じゃ。むしろわしはこの部下どもにエールを送って……


「どうせあの王妃はお頭がイッちまってるんだ、適当に騙せばサクッと殺せるさ」


「そうだな、あいつの好きなお菓子に毒でも混ぜるか? 簡単に食っちまいそうだぜ」


耳障りな笑い声が頭に響く。それが何故か、今とてつもなくわしの機嫌を損ねる声に聞こえて、腹の底にマグマが溜まっているような錯覚を覚える。


「ん? ヤ、ヤクラ様!? ど、どうなさいました?」


「…………消えろ」




ふう、これでまた部下を補充せねばならなくなった。全く面倒なことじゃ。それもこれもあの王妃が悪い。全くどういう教育をうけたらあんな我侭な娘になるのか。


「うむ、後は形を作るだけじゃの」


エプロンを腰につけてお菓子を作る姿、これはわしの子供達には見せられんのお。そもそもお菓子などという嗜好品をモンスターは好まんからな。人間とはつくづく不思議じゃ、こんなチョコレートとやらであれほど満面の笑みを浮かべられるのじゃからな。
昔一度、わしも口にしてみたことがあるが、どうやらモンスター全体に合わないのか、わしの種族に合わぬのか、食べて飲み込んだ途端吐き気が収まらんようになった。よく王妃が一緒に食べようと誘ってくるが、わしはすぐに断るようにした。
……ただ、最近王妃の誘いを断るのが辛くなってきた。あいつめ、わしがいらぬと断れば酷く悲しそうな顔をするのじゃ。理解できん……理解できんが、何故かそれを見ると悲しい気持ちになる。
……悲しい気持ち? 自分で言ったがよく分からんな、そもそもわしらモンスターに感情などあるのか? いや、決して無い訳ではない。人間を食べるときに嬉しいと感じ、人間を殺すとき楽しいと感じ、人間に抵抗されると怒りを感じる。うむ、無感情というわけではない。
話は戻るが、何故王妃はあのようによく笑うのだろうか? わしがお菓子を作るたびにあいつは笑う。一緒に遊ぶたびに声を上げて笑う。夜寝るときに本を読んでやると、やっぱり笑う。分からん。
……わしの子供たちを、わしは何度笑わせてやったじゃろうか? 魔族ならこんなことを考える必要は無い。家族間とはいえ、基本的に不干渉が基本。礼儀はあれど、そこに愛情など無いのだから。


「……愛情……」


わしが王妃に感じるものがそれだとしたら? 王妃が笑うたびにこの胸が温かくなる理由がそれだとしたら?


「ふん、馬鹿馬鹿しいわ」


だが、時々考えることがある。もしわしが人間で、リーネの父親だったら、と。
きっと厳格な父親になろうと躍起になるが、結局今と同じでリーネの我侭を聞いてしまうのだろう。その光景が容易に目に浮かぶ。
お菓子も沢山買ってやるし、終いには今のように好きなお菓子を自宅で作るようになるだろう。
おもちゃを沢山買い与えて、終いには今のようにぬいぐるみを作ったりするのだろう。
そしてリーネは笑うのだ。初めて作った苦いチョコレートでも口いっぱいに頬張って美味しいと言って笑うのだ。
そしてリーネは笑うのだ。初めて縫い物に挑戦したわしの不恰好なぬいぐるみを抱きしめて、ありがとうと言って笑うのだ。


わしは本物の父親ではないけれど、あの本物以上に手の掛かる王妃はわしの想像を育てるためにわしに攫われたのではないかと思う。
都合の良い想像だとしても、わしがそう思う分には問題あるまい。それはわしにとっての真実になる。


出来るならば少しでも長くこの想像が続くように、そんなことをわしは願ってしまう。
今わしがつけている、この前王妃がわしにプレゼントしてくれた手作りのエプロンを握り締めながら、自分の未来を想像した。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/12 03:25
 雨の中、騎士団長が「この戦いの結果報告は私たちが行います。貴方たちは勇者様を追うのでしょう? 勇者様は伝説の剣、グランドリオンを手にするためデナトロ山に向かいました。今ならまだ追いつけるでしょう」とまだヤクラの死を悼んでいるマールの肩を叩いて言う。
 ……王妃様の泣き顔を見ずに済むのは有難い。俺たちは騎士団長の言う通りそのデナトロ山に向かったほうが良いだろう。ただ、一つ気になることがある。


「騎士団長さん、その勇者様とやらはここで戦わなかったのか? 騎士団の皆が必死に戦ってるのに」


 騎士団長は気まずそうに視線を逸らして「勇者様は我々が盾となり、道を切り開いてこの橋を渡らせました。勇者様とはいえ子供でしたので、近くの人間が倒れていくのは辛かったのでしょう、戦闘には参加できる様子ではありませんでした」


 ? 勇者なのに戦闘に参加できなかった? 馬鹿な、魔王軍を倒そうとする勇者がそんなんでいいのか? 聞いた限りじゃ俺と同じように怖がって騎士団を見捨てて逃げたようにしか聞こえない。とりあえず橋は渡ったようだが。うーむ……


「……デナトロ山、か。マール行きましょう、ここで泣いてばかりじゃ、ヤクラも悲しむだけよ」


 ルッカの都合の良い台詞に、マールは返事をしないまま立ち上がる。俺たちがいくら言っても、ヤクラに庇われたマールの傷は深い。恩を返すことも出来なくなったのだから。


 騎士団と別れる前に、騎士団長が俺に走り寄り、自分の兜を手渡してくれた。これは、俺にくれるってことか?


「クロノ殿、最初は勇気を持たぬ人だと思っておりましたが、それは間違いでした。貴方は挫折しても、そこから這い上がる真の騎士の心を持っています。このゴールドヘルムはそんな貴方にこそふさわしい。どうぞ受け取って下さい」


 尊敬の眼差しで俺に兜を譲る騎士団長に、俺は頭を下げて礼を言う。その兜はずっしりと重く、彼の今まで戦ってきた歴史が詰め込まれているようだった。


 ゼナンの橋を去る俺たちに騎士団全員が、肩を借りたり剣で自分を支えながらも立ち上がって敬礼をしてくれた。少し照れくさいので、後ろを見ずに右手を振り、彼らの応援を胸に歩き出す。


 ……騎士団から俺たちの姿が見えなくなった所まで歩くと、俺はごっつい重たい兜を海に放り込んだ。あの人、善意でくれたんだろうけどさ、今まで被ってたから汗臭いわ色は金色で派手だわ血が付いてるわで使いたいとは全く思えない兜だった。まあ、今度会ったときには魔物との戦いで壊れたと言っておこう。


 このままデナトロ山に行ったところでボロボロのマールとルッカが戦闘をできる訳がない。雨の中戦い続けたおかげで体力の消耗も激しく、特にマールはヤクラの一件で精神的にも憔悴している、俺たちは砂漠のような砂の海の中央に、数本の木が近くに立つ一軒家を見つけ、中に入らせてもらう。
 中にはマールと同じ金色の髪の綺麗な女性、フィオナという女性が一人で住んでいた。彼女は魔王軍との戦いで行方不明となった夫、マルコを待ちながら、一人でこの辺り一帯の荒れ果てた大地に緑を植えようとしているらしい。
急に家に入ってきた俺たちに怪我の治療と布団を貸してくれた優しい女性だ。これで夫がいなければ夜には俺のフィーバータイムが始まったのに。


 その日の夜、夜中になんとなく目が覚めた俺はベッドで寝ているはずのマールの姿が見えないことに気づく。ルッカを起こそうとして肩を揺さぶれば寝ぼけたまま俺にハンマーを投げてきた。天才バスケット高校生みたいなことをするなこいつは。
 ルッカはそのまま起こさずに雨の止んだ外に雷鳴剣を持って飛び出した。あいつ、まさか妙なことを考えてるんじゃないだろうな……えらく落ち込んでたみたいだし……
 

 別に俺もルッカも気にしていない訳じゃない。何度か会話もしたし、ヤクラが良い奴だということも知っている。きっと今も王妃様が泣いていることも想像できる。だからこそ、俺たちは俺たちでできることをしなければいけないんだ。落ち込みっぱなしではこれから先の激戦を耐え抜けるわけがないのだから。


「くそ、何処に行ったんだよマール……まだちゃんと仲直りしてねえんだぞ!」


 外は建物の類は一切ない砂漠、視界を遮るものは無い。ここから見えなければ、マールは随分遠くに行ったことになる。


「とりあえず、家の周りを一周してみるか……」


 ざくざくと砂を鳴らしながら、家を中心にぐるりと周る。すると、雲の隙間から漏れる月明かりの下、穏やかな光に照らされながら、マールが木にもたれて座りながら小さく囲まれた星空を見上げていた。月光に当たる金色の髪は風になびいてその美しさを一層際立たせる。薄い色素の白い肌は透明感を増して今にも消えそうな儚さを演出している。ただ一つ、不満があるとすれば、頬を伝う一筋の涙。


「……マール」


 俺の呼びかけに首を動かして、俺を見る。その眼には初めて出会った時のような輝きが、無い。


「クロノ……ごめん、心配させちゃった?」


「……いや、まあいきなりいなくなればさ」


「ごめんね、ちょっと一人で、静かに考えたくて」


「そうか。ルッカの寝言は煩いからな、静かに考え事をするなら外に出るのは正解だ」


 たはは……と細く笑いながら涙を拭うマールが、酷く無理をしているように見えて、俺はマールの隣であぐらをかいた。せっかく水洗いしたのに、また汚れちまったな。まあ、マールの服も汚れちまってるんだし、別にいいか。


「私ね……ヤクラさんとちゃんと会話したこと無いの」


 二人で夜空を見上げていると、マールが俺に聞かせているのか曖昧な声で話を始める。俺は目線を空に向けたまま、耳を傾けた。


「助けてもらったのに、こんなこと言ったらあれだけど、ずるいよね。ヤクラさんにどういう気持ちを持てばいいのか分からないの。だって、私たちを助けてくれたけど、どういう人なのか知らないんだもん。名前だってルッカがヤクラって呼んでたから分かっただけ。あの人から直接聞いたわけでもないの。……なのに、いきなり私を庇って、死んじゃった」


 堪えようとしている涙がマールの眼から溢れて、自分の服を濡らしていく。今度はそれを拭うことはしなかった。


「ねえ、私のために命を捨ててくれた人がいた。私はどうすればいいの? どうやって笑えばいいの? もう私は笑っちゃいけないのかな? クロノ、教えてよ」


 俺に問いながら、上を見続けるマール。涙を流さないようにするためだろうか? 例え手遅れだとしても、それがマールの意地なのか。俺の手を握りながら縋るマールは、それでも自分のプライドを捨てない。


「……忘れろとは言わない。それが出来れば一番かもしれないけど、そんなことはマール本人が許さないだろ? だから……ずっと覚えていればいい」


 俺に触れている手がピクリと震える。本当に正しい言葉なんか知らないし、俺を守って誰かが死んだなんて経験が無い俺にそんなものを期待されても困る。でも、俺の想像で出した答えなら、マールに伝えることが出来る。


「ヤクラっていう魔物がいて、そいつは俺たちのために戦ってくれた仲間だったって、ずうっと覚えてればいいんだ。多分、それだけでヤクラは笑ってくれるから」


 あいつは、王妃が泣こうとすると困った顔をしていた。だったら、王妃と間違われるくらいに似てるマールが泣いてたら、あいつは喜ばない。だから……


「笑おうマール。今すぐじゃなくて良い、明日からいつもみたいに見る人全員を元気にしてくれる笑顔で、胸を張って生きよう。俺もルッカも勿論ヤクラも、そうすれば一緒に笑えるから」


 時間は丁夜を過ぎる頃。月まで響く大声でマールは号哭し、俺の体を抱きしめた。


 マールの体温を感じながら、俺は口に出せば必ず殴られるだろうな、という考えを頭の中で浮かべていた。
 ……これ、フラグ立ったんじゃねえ?


 地平線より太陽が覗くまで、俺たちは一本の木の下で影を重ならせていた。







 星は夢を見る必要は無い
 第十四話 恐怖のグランドリオン回収









「御世話になりました」


「いえ、こんなところで一人住んでいると誰かの声が聞きたくなるものなんです。またいつでも来て下さい」


 朝になり、眠たい眼を擦りながらフィオナさんにお礼を言って家を出る。俺たちが向かうのはデナトロ山、ではなく、山村のパレポリ村となった。フェイオナさんが昨日の夜近くのサンドリア村に買い物に行った際、勇者は一度実家のあるパレポリ村に戻ったと聞いたのだ。あいつの出身地ってサマルトリアじゃなかったんだ。こんだけ色々連れまわしておいて。


「……クロノ? 随分眠たそうじゃない?」


 パレポリに向かい、森林が見え始めた頃ルッカが口端をひくつかせながら俺の肩にぶつかってきた。何だよ、龍が○くならバトルところだぞ。


「なんかね、マールも眠たそうなのよねー……あんたら昨日の夜何してたの? フィオナさんから聞いたんだけど、二人して外に出てたらしいじゃない? ……それもなんか泣いてるマールを? あんたが? 優しく抱きしめてたーみたいな話をね? 聞いたのよねー」


 ちょいちょい疑問挟んで間を空けるなよ、あと歯軋りしながら顔を近づけるな、大変怖い。教師の顔に馬糞を投げつけて捕まった時も教師がそんな顔をしてた。そっくりだよお前、50間近の男の教師に。


「何か勘違いしているようだから言っておくが」


「……何よ? どんな弁明をするのかしら?」


「……マールルートに入っただけだ」


「濡れ場経験をしたのか貴様ァァァァァ!!!」


 今日のファイア
 三連発、追加としてプラズマガン五発、ハンマーで殴打、速過ぎて計測不能。
 右腕が動きません。左足が焦げてちょっと良い匂いがします。上手に焼けましたー!


「……ケアルで治るのかな? あれ……」


 俺のハートを一番傷つけたのは、昨日あれだけ良い感じだった俺をあれ扱いしたマールの言葉だったという。真の敵は思わぬところにいるのだよ。
 ルッカの誤解は俺の股間に業火球を投げようとしたところでマールが解いてくれた。もう無理だこのパーティー。俺が生存できる可能性が著しく低い。ていうかもうルッカおかしいよルッカ。人をハンマーで殴るとか鬼畜の所業だもん。むしろその域を超越してる。


「ねえ、クロノ?」


「何だよマール。もう貴方の右腕は動かないとか言われたら俺は復讐の悪鬼と化すから言葉には気をつけろよ」


 俺にケアルをかけながら、妙にそわそわしているマール。買ってもらったおもちゃの袋を開封する時のように眼が輝いている。


「私たち、友達よね!」


「……今更だろ、そんなの」


 曇り空は深く、太陽はその姿を隠しているけれど、想像よりも風が湿気を帯びず、軽やかに舞う。
 うん、今日は悪くない天気だ。




 パレポリ村に着いた俺たちは、勇者の家を探し中に入る。村人達は躁状態でこの村から勇者が、勇者がとやかましい。お前達が勇者って訳でもないんだ。便乗してテンションを上げるなうざったい。
 家の中には勇者の父親しかおらず、本人はもうデナトロ山に向かったとのこと。言わないようにしてたけど言うわ。勇者とかもうよくない? 必死こいて子供の勇者を探してる俺らって多分馬鹿だぜ? 別にそいつがロトの血を引いてるわけでもあるまいし。
 二人もそう思っていたようで、気分直しに一杯引っ掛けようぜと酒場に向かう。マールが「大人にならないとお酒は飲んじゃいけないんだよ!」と委員長みたいなことを言うので「子供は大人になる前の通過儀礼として何度か酒を飲まないといけないんだぜ? もしかして知らなかった?」と馬鹿にしたように言うと「しし、知ってるもん!」と少しどもりながら返す。良いね、騙されやすい子は大好きさ!


 酒場に着くと嫌な噂、というか話を聞いた。


「この前この酒場に大きな蛙がここに来て酒を注文してきたんだ、ぶつぶつと王妃様萌え……と呟きながらな。まったく気持ち悪いったら」


 絶対あいつだ。もう二度と関わらずにいようと思っていたのに……こんなところでその存在を知らされようとは、つくづく運が悪い。
 酒を飲まずに出ようとすれば、ルッカが「カエルか……ねえクロノ、久しぶりに会ってみない?」と言い出した。ルッカ、もしかして熱でもあるのか? 座薬入れてあげようか?



「マニアック過ぎるわよど変態。これから辛い戦いがあるんだから、カエルみたいに凄腕の剣士がいればこの先楽になるんじゃないかと思うのよ」


 嫌だなあ、あいつスペックは高くても基本屑だぜ? 本当に嫌だなあ、公衆便所で財布を落とすくらい嫌だなあ。
 マールは「私を助けてくれた人でしょ? 会いたい!」とわくわくしてるし。断れないよなあ、何で勇者を探すためにここまで来たのに大きな蛙なんか見ないといけないんだよ。
 ぶつぶつ文句を言う俺を引きずってルッカは酒場を出る。歩くから手を離せ、お前握力エグイから痛いんだ。


「その蛙お化けに会いたいなら南のお化けカエルの森に住んでるみたいだ、モンスターがいるから気をつけるんだな」


 酒場から出る前に俺たちに余計な情報を提供してくれたおっさんが声を掛ける。どこまで俺を不快にさせるんだこの男は、臭い口臭を撒き散らしやがって。
 マールがありがとー! と手を振れば、汚い髭面をゆるめて手を振り返す。マール、お前水商売的な仕事とか向いてるんじゃないか?




「うわ暗っ! 前見づらっ! クロノ、あんた先頭に立ちなさいよ、それで虫とかを追い払って、もしくは体につけて離さないで。私虫とか嫌いなんだから、こういう薄暗い森は嫌いなのよ」


「お前の理不尽さにはほとほと愛想が尽きた。残るは殺意唯一つ」


 ルッカの人間の底が見える発言には思わず刀を抜きかけたがその前にルッカの抜き打ちが早かった。そういう星の元に生まれたのさ俺は。諦めるのには慣れている。


 お化けカエルの森はガルディアの森ほど広くは無いが、それ以上に道が荒く、森の木々が邪魔をして光が入ってこない。カエル以外の人間が通らないので木の伐採はおろか、舗装さえされていないのだろう。かろうじて人が通った形跡のある道を進んで奥に向かう。流石は人外。住んでいる所からして違う。
 
 俺たちの前に現れたモンスターだが、ルッカが目に付いた瞬間焼き払うので大変楽だったと言っておこう。俺たちと一緒に戦ったカエルほど大きくは無いが、蛙型のモンスターが大半だったのでルッカが悲鳴を上げながら魔法を唱えるのは痛快だった。いいぞ、もっとルッカを怖がらせろモンスターども。
 
 マールもルッカの傍若無人ぶりに思うことがあったのか、俺と一緒にルッカが慌てる様を見て笑っていた。この子は本当に良い子だ、今度またキャンディを買ってあげよう。
 ただ、蛇のモンスターがその蛙モンスターを食べだした時は思わず凍ってしまった。うわ、カマキリが他の虫を捕食するところは見たことあるけど、これだけでかいと迫力あるなあ。ルッカを見るとジャンクドラガーにぶつけた時ほどでかいファイアを作り出していた。
 そうして傷ついた心を癒していると、半泣きになったあたりでルッカが笑っている俺とマールに気づき、炎を仕掛けてきた。真顔で逃げる俺たちを炎が追いかける、まさか追尾型? どんどんレベルアップするなあルッカの魔法は。
 
 俺たちの逃走劇はマールに「ごめんクロノ……貴方のことは忘れない!」という言葉と同時にかけられた足払いで終了となった。うわ、炎ってこんなに赤いんだ。とりあえずマールは俺の呪うリストのトップを飾ることになった。あのビッチまじありえん。




「……さあて、ここに来るよう言ったのは誰だ? 俺は終始反対してたよな? じゃあ俺を丸焼けにしたルッカか? それとも俺を裏切った挙句逃げ切ったマールか?」


 二人は俺の言葉に顔を逸らして汗をたらりと流していた。こら人の話を聞く時はちゃんと相手の顔を見なさい、そんなんじゃ内申書に傷が付くぞ? 俺は全然怒ってないんだから、いや叩っ斬りたい衝動が生まれつつあるけど、全然怒ってないよー?


 草むらに隠れた梯子を見つけ、恐らくカエルの住む所だろうと梯子を下ると、下にはベッドやタンス、食料や水など誰かが住める環境があり、間違いなくカエルの住処なのだろうが……テーブルの上に一枚のメモが。


『留守です。勝手に物を取ったりしないように。王妃様は可』


 間違いなく留守だった。
 俺たちは中の食料を丸ごと頂き、持ちきれない分はぐしゃぐしゃに潰した。水は飲めるだけ飲んで、残った分は水の入っているタルに穴を開けて地面に浸透させた。服の類はルッカの裁縫技術を駆使して腕や足が入らないようアレンジした。お洒落過ぎてもう町が歩けなくなれば良い。
 全ての悪戯を終えた後、悪いのはカエルではないと思い至ったが、もう今更だよな、と三人で笑いお化けカエルの森を後にした。ちょっと、スッキリしていた。




 森を抜けてデナトロ山に向かう。村で聞いた話では、フィオナさんの家から北に山の入り口があるとのこと。一度フィオナさんに会おうかと家に着くが、ちょうど買出しの時間だったようで留守だった。仕方なく俺たちはまたデナトロ山に進路を向ける。最近歩いてばっかりだ。無駄足も多い、お百度参りかっつの。


「ねえクロノ!」


「何だマール、もといビッチ」


 全力全開なパワーで俺に膝蹴り。諦めるなよ! もっと頑張れよお! と自分に言い聞かせて胃の中のものを吐きながら立ち上がる。こいつが王女だなんて認めねえ、何が何でも認めねえ……!


「あのね、勇者様ってどんなのかなあ?」


「お前みたいな悪人以外を救う優しい人のことだよ」


 ファンタスティックな肘鉄が脳天を貫く。幸せを掴め夢を語れ! 未来への切符はいつも白紙なんだ! と自己暗示を完成させて鼻から脳みそが出そうな気分を抑えて両足で立つ。


「まだ子供なんだって! 凄いなあ、どんな子なんだろ!」


「お前の薄汚れた性格じゃあ想像もできない立派な子なんだろうな」


 天はざわめき地は恐れる、世界よ謡え! これが武というものだ! なモンゴリアンチョップ降臨。もう……ゴールしていいよね? と儚げに笑いながら倒れる俺。両肩脱臼は免れない。


「楽しみだなあー」


 鼻歌まじりにスキップスキップ。もし世が幕末ならば、お前なんか問答無用に切り捨てていたものを……
 理不尽な世界を呪い、俺は両腕をだらりとぶら下げながらデナトロ山を目指して歩き出した。




「うっひゃ~ッ!」


「誰だよこの御時勢でそんな古い叫び声をあげるのは? ルッカか?」


 俺は寝言でもう食べられないよとか言う奴が大嫌いなんだ。そういうよくあるネタみたいなことをされると股裂きをしてやりたくなる。小学校の時カーテンに巻きついて遊ぶ? 誰もしねえよそんな馬鹿なこと!


「クロノ、上、上」


 ルッカが人差し指を上に向ける。何だろうかと顔を上げると小さな、ロボくらいの子供が半べそをかいて何かから逃げていた。まあ逃げるのは良い。だが逃げながら子供は手を振り回している。それもいいだろう。ただ一つ問題があるのは、振り回した手が木や岩にぶつかるたび粉々に砕き、その残骸が俺たちに向かって落ちてきているということだ。……落ちてきているぅ!?


「うっひゃ~ッ!」


 思わず子供と同じ叫び声を出しながら逃げ回る。いや、小学校でカーテンに巻きつく、確かにあったわそんなこと、うん。
 逃げ回って岩や木が俺にぶつかっているのを横目にルッカは落下物をファイアで焼き払い、マールはアイスで氷柱を作り防御壁としていた。おまえら良いなあ、俺もそんな風に色々応用の効く魔法が良かったなあ。


「な、なんだよあのガキ、人間じゃねえだろあの力!」


 上から何も落ちてこなくなると、俺は体中に痣を作って文句を言う。あ、左の二の腕紫色になってる。


「もしかして、あれが勇者なのかしら?」


「あの逃げ回ってた小僧が!? 確かに規格外の腕力を持ってることは認めるが、ふざけんな! 勇者ってのは勇ましい者と書いて勇者なんだよ! クロノと書いて美しいと読むように!」


「キショイねクロノ。でも、あれが勇者様なんて、ちょっと複雑だなぁ……」


 流れるように溢したその言葉、俺は忘れんからなマール。


 勇者? が逃げた方向を見ていると、また勇者が走って現れる。次、俺たちに危害を加えるようなことがあれば仮に勇者だとしても制裁を与えてやる。斬殺凍死火あぶりのどれかは選ばせてやるが。


「こ、ここは、とんでもないトコだ! あ、あんちゃん達も、アブナイぜ とっとと、ズラかんねーと」


 小物臭満載な台詞を残して、子供はまた走り去っていく。……勇者ェ……
 そのまま何も考えることが出来ず立ち尽くしていると、山の道、その奥からモンスターが三匹現れた。正直、今の気分は戦うようなもんじゃないんだけどさ、そういうことを言っても戦わなきゃいけないんでしょ? そういう空気が読めない所を改善できたらもっと愛されるようになると思うよモンスター君。


 モンスターはオレンジの髪を揺らし、二メートル以上ある巨体で地面を揺らして俺たちに近づいてくる。弓形に曲がった口から先の尖った牙が見え隠れして、腕と足は丸太のように太く、岩でも砕きそうな力がありそうだった。
 三匹の内真ん中のモンスターは身長と同じくらいの長く大きな木槌を持ち、ぶんぶんと振って落ちている木の葉を舞い上げていた。なんていうか、もっと穏やかにいこうぜ、な。


 モンスターたちは俺たちが武器を取り出すと立ち止まり、その笑みを深くした。木槌をもつモンスターはその巨大な武器を回転させて、地面に叩き付けた。瞬間小さな石は一斉に飛び上がり跳ねた。モンスターのくせに力をアピールするとは、さては目立ちたがりだな?


「グオオオオオオオ!!」


 リーダーらしい木槌を持つモンスターが吼えると、残りの素手のモンスターが飛び掛る。マールがアイスを使い凍らせようとするが、その巨体から想像できない機敏な動きでかわし、俺に自慢の腕をぶつける。咄嗟に雷鳴剣を抜いて受けるが、モンスターの皮膚が硬く、切り飛ばすどころか少しづつ押されてしまう結果となった。


「くっ! こいつら強いぞ、マール、ルッカ! 早く魔法で援護を!」


 後ろに飛んで膠着状態から抜け、助走を加えた切り込みを当てようとするが、残る一匹が俺にタックルを仕掛けてきたので中断、回避する。
 硬い、速い、強い、全体的に強いモンスターってのは初めてだな……俺の魔法を使って切れ味を増せば切れるかもしれないが、どうにもそんな隙は無さそうだ。詠唱を唱えた途端またさっきのタックルを当ててくるに違いない。


「まだ充分な詠唱はできてないけど……ファイア!」


 ルッカのファイアは自分で言った通りまだ完全では無かったのか、少し火力が弱いように見えるが仕方が無い。このままなら俺が倒されその勢いで後衛の二匹もやられてしまうだろう。
 炎は素手の二匹の頭上を越えて、リーダー格のモンスターに襲い掛かる。なるほど、上を倒せばこいつら二匹は無力化できると踏んだのか!
 いきなり自分を狙うとは思っていなかったのだろう、木槌を持つモンスターは襲い来る炎に驚いて武器を手放してしまった……しかし。


「あ、ああ!」


 ルッカが短く叫んだ理由、それはファイアが木製の木槌を標的にして、モンスターには当たらなかったこと。ルッカでさえ、まだ使いこなせてないってのか、魔法ってやつは!


 俺たちが後ろずさり、ここは一度引くべきか? と考えているとリーダー格のモンスターの様子がおかしい。燃え尽きた木槌を見てなにやら泣いているように見える……あれ?


 モンスターたちは三匹集まり、木槌を燃やされたモンスターを他の二匹が慰めている。


「え? これってあっちゃんが徹夜で作った奴やろ?」

「うん……お母さんも手伝ってくれて、お父さんも良くできたなって言うてくれてん……」

「嘘やん、もう跡形もないで……どうする?」


 子供だったの? とかお前ら人間の言葉喋れるのかよ、とは言わない。今それを言うと無粋な気がしたし。てかなんだろ、友達とふざけてたらおもちゃを壊して静かになったようなこの空気。ミニ四○とかで遊んでるとよくあったよね。


「ルッカ……酷いよ」


「え! 私が悪いの!?」


マールが眼を細めてルッカを睨み、非難する。正直俺はルッカが悪いのかなあ? と思うが、ルッカを堂々と責める機会なんて早々ないからここは乗らせてもらおう。


「ああ、いくらモンスターとはいえ誰かのものを燃やすとはまともな人間のやることじゃないな」


「クロノまで! だってあいつの木槌って、どう考えても武器だったじゃない!? 燃やして何が悪いのよ!」


 あくまで自分の非を認めない(非?)ルッカがモンスターたちに指を向けるとすすり泣くような声が大きくなった。 


「武器ちゃうもん、これ、折角作ったからいっくんとゆうちゃんに見せたかっただけやもん……」

「あっちゃんの木槌持ってる姿、格好良かったで? また作ろ? 僕らも手伝うから、な?」

「うん、一緒に作って、出来たらまた遊ぼ、今度はもっと大きいん作ったるやんか」


 これ何ていうタイトルの友情ドラマ? 『木槌・オークハンマー~貴方は、今まで泣いた事がありますか?~』みたいな感じ? 売れる気がしねえ。


「ルッカ、あっちゃんに謝ったほうがいいよ」


 マールよ、あっちゃんて。


「マール、お願いだから眼を覚まして。あいつらはモンスターなのよ!」


「ルッカが人だのモンスターだので差別するような奴とは思わなかったよ。幻滅だぜ」


「ううう……あ、あっちゃんごめんなさい……」


 僕らも悪かったから……いきなり遊ぼうとしてごめんなさい……と胸の痛むような言葉を残してトボトボと去っていくモンスターたち。あれって戦いを挑んだんじゃなくて、じゃれてただけなんだ? 
 すっごい後味悪い戦闘だったな、ルッカの奴は目が死んでるし、マールはまだルッカに怒ってるし。俺はいつ笑えばいいのか分からない。怖いところだぜ、デナトロ山……!


 俺とマールの言葉の集中砲火をくらって意気消沈しているルッカを見て、戦闘は無理かもなと考え時の最果てのじいさんに連絡し、タバンさんの手で修理を終えたロボを呼び寄せることにした。いつものルッカなら絶対に反対しただろう決定に今のルッカはただ頷き交代に賛成した。……いつもあんななら俺が平和なんだけどなあ。


「デハ、これからはワタシが皆サンをサポートします」


「ああ待てロボ、これからは戦闘が続くだろうから、そのボディは脱げ。デナトロ山を出ればすぐ着せるけどな」


 俺の言葉に頷いて、ロボはボディを脱ぎ、ルッカの元に転送させる。いいねこの機能、あの時の最果てのじいさん結構役に立つじゃねえか。


「とうとう僕の出番ですか……それで、僕の力でこの山を薙ぎ払えば良いんですか? 僕としてもこの山の生物を蒸発させるのは辛いですが、正義という大いなる大儀のためには価値のある死、王業を背負う僕だからこそ下せる決断かもしれませんがね……」


「お前の発言には一々うんざりする。これから先無駄口は叩くな。そこら辺に生えてる草でも咥えてろ」


 しゅんとなりながら素直に雑草を抜き取りその葉っぱだけを咥えるロボはとても滑稽だった。でもなんだかマールが怖いから止めなさい。あの子基本的にお前に甘いから。あの子お前みたいな可愛い系の男の子が好きなアレな子だから。


 俺、ロボ、マールの三人パーティーは何気に初めてだったが、中々上手く回るパーティー構成だった。マールが飛び出してくる魔物を氷で足止め、立ち止まった敵をロボのレーザーで消して取り逃しを俺が片付ける。いまいち俺が活躍してないけど、俺の役目も大事なはず。ロボが取り逃したことないから、俺何もしてないけど。

 デナトロ山の宝箱はアイテムが豊富に入っていた。ミドルポーションにエーテル、エーテルの高級品ミドルエーテルにどれだけ深い傷を負っても意識を取り戻せるアテナの水まで手に入れた。アテナの水という名称を聞いてテンションの上がったロボがまた病気な言葉を使いだしたが無視、無視。
 他にはロボの新しい武器が落ちていたり、銀色のピアスやイヤリングを手に入れたが、マールは耳に何かを付けるのは嫌だということでイヤリングは捨てて、俺はピアスを付けたが二人が「似合わない」と言うのでポケットに入れた。俺だってアングラな男になりたいと思う時だってあるのに……
 山を登っていく中分かれ道に出くわした。右側に進めば行き止まりだが、宝箱が置いてあり、左側はまだまだ先に続く道が見える。先に宝箱を回収しようと右側に進めば草むらの中にデナトロ山入り口で出会った木槌三人組がせっせと太い丸太を削っている姿が見えたので見つかる前に戻る。宝箱を取るためにあんな気まずい思いをするのはごめんだ。どうせしょうもないアイテムしかない、そう心に言い聞かせて。


「なあマール。ここまで登ってから言うのもなんだけどさ」


 俺はさっきから、正確にはデナトロ山を登りだした時から感じていた疑問をマールにぶつけてみようと声をかける。


「何? クロノ」


「勇者らしきガキがここから逃げ出したのに、俺たちは何をやってるんだ?」


「……そういえばそうだね。どうしよう? ここまで山道を歩いてきたのに無駄足なの? 私足に豆が出来て痛いのに……」


「僕が治療しましょうか? このエンジェルビクタードットコムビームで」


 お前のケアルビームは色んな名称に変わるなあ。最初に聞いた名前と随分違って聞こえるんだが。どうせその場で思いついたカッコいい言葉を言ってるだけなんだろう。


 勇者云々は置いといて、この山にあるグランドリオンという剣を持っていこうという話になった。伝説の剣というなら凄い切れ味なんだろう、俺が使わせてもらえば良いさ。ロボが「伝説の剣!? 僕が持つ僕が持つ!」と煩いのは腿キックで黙らせて歩行再開。……あのね、蹴った本人に抱きつくのはおかしいと自分で思わないのかロボよ。


 それからもモンスターは懲りずに現れたがさらりと撃退。下らん下らん、これならロボ一人で倒せそうだ。実際そうだったけどさ。俺のパーティー内におけるレゾンテートルが見つからない、家に帰ってシロップでも聞こうかしら?


 俺の持病であるヘルニアが猛威を振るう中、ようやく頂上に辿り着いた。右も左も谷底、滝の流れる音が嫌に耳に付き、見回せばいかにも妖しい『ここが目的地だよ!』みたいな洞窟があった。もうちょっと分かり辛い場所にあるかと思ってたよ、マスターソードみたいにさ。


 洞窟の中に入ると思わず眼を閉じてしまう。外よりも風が強い、天井に大穴が空いてあり、そこから強風が入り込んでいるようだ。あああ、強い風は腰に響くかららめえ。
 腰を手で押さえながら少し屈む。……なにやら二人の子供が遊ぶ声が聞こえてくる。あれか、あの子供勇者(笑)がここにいるのか? と心なしか顔が怒りに歪むが、俺の予想は外れてロボよりも小さな子供が無邪気に跳ね回り、キャッキャッと遊んでいた。……何か怖いな、こんなところに子供だけで遊んでるだなんて。都市伝説にありそうなシチュエーションじゃないか。


「あははあははー!」

「楽しいね、楽しいねー!」


 イカレとる、右脳も左脳もイカレとるこの子供たち。ここは一つロボの回転レーザーで除霊してもらおうとロボに頼むが青い顔で「何考えてるんですか!」と怒られた。ちっ、何常識人気取ってんだよ。これはあくまで必要悪であって……


「クロノ! あれってもしかして……」


 マールが興奮しながら俺の論理展開を邪魔する。彼女の視線を追うと、そこには大仰な剣が地面に刺さっていた。あれがグランドリオン? あんなでかい剣振り回せる気がしねえ。どっちかって言うとカエルのような本職の剣士が持てそうな……やめよう、思えばそれは形になってしまう。


「とにかくあれは持って帰ろう。最悪城に持って帰れば大金をせびれるはずだ」


 俺のアイデアを聞いて二人が引き気味だが関係ない。偉大な思考を持つ者に世間は冷たいものなんだから。


「ダメッ!!」


 今さっきまでラリっていた子供の一人が剣に近づくと石を握った手で殴ってきた。この子達の親何処ですかー? 礼儀とか云々が足りないどころじゃないですよー? これ殺人容疑ですよー? だから少年法なんか無くせって口を酸っぱくして言ってるじゃないか!


「お兄ちゃん達も、取りに来たの? グランドリオン」


「先にお前の質問に答えるならイエスだ。そしてお前らは兄ちゃんの頭から出る赤いものを見て何か言うことはないか? 無いなら裁判だ裁判。訴訟の準備は出来ている」


「うーん、そーか。ちょっと待っててね……。おーい、グラン兄ちゃ~ん!」

「どーした、リオン? やれやれ、またか……グランドリオンを手に入れて勇者としての名声がほしいんだろ? くだらないよ……」


 俺の! 俺の! 俺の話を聞けえ!


「人間って、バッカだねー。手にした力をどう使うかが大事なのに……」

「そんな当たり前の事も分からないから人間やってんだよ」


 打ち合わせでもしてたのか、テンポ良く会話を続ける二人組み。無視されて落ち込む俺に半笑いで肩を叩いてくれるマール。もうお前のルートなんて行かない。六週位してもお前のルートなんて選ばない。フラグが立ったような気がしてたけど気のせいだったぜ!


「どーする、兄ちゃん?」

「決まってるだろ、試すのさ。少しばかり、遊んでやろう!」

「うん! 行くぞー!! ぴゅぴゅ~ん!」


 ガンジャでも使ってるのか? と心配するような奇声をあげて糞ガキ二人がその場で回りだす。やばいやばいこれ末期症状だ。サナトリウムにぶち込むだけじゃ駄目臭い。やっぱりロボにレーザー発射を命令するが、今度は無視される。俺の仲間は何処にもいないのか。


「ウ、ウ、ウウウウ!!」


「クロノ! この子たちモンスターだよ!」


 二人の姿が小さな子供から豹変していく。耳は尖り、肌は黄土色へ、目蓋が広がり眼は横長に。身長は俺とロボの中間程に伸びて服装も垢抜けない汚れたものから白く胸の部分に十字架のマークが付いた神官服に変わっていく。強い風をバックに俺たちを見る姿は確かに、人間のものではなかった。
 ……だからレーザーを撃っとけば良かったんだ。半端な道徳心は時に己を滅する銃となる。


 戦闘は二人の糞ガキ、グランとリオンのペースだった。一発一発の打撃はそれほどではないが、そのスピードはロボの照準でも捕らえきれない程で、正に風と化していた。
 俺の刀は掠りもせず、ロボの加速付きタックルですら軽くいなされる。マールの弓は巻き起こる突風に煽られてまともに飛ぶことすらできない。一度俺の腕に弓矢が当たってからマールは魔法に切り替えた。まず俺の腕を治療しろ!
 俺は自分の腕に手持ちのミドルポーションを乱暴にぶちまけて、がむしゃらに剣を振り回す。眼で追えないんだ、とりあえず攻撃を食らわないように、と考えた結果だが、常に背後から殴られて意味を為さない。腰は! 腰はやめんか!


「ジリ貧じゃねえか……」


 ついに膝を突いて肩で息をする俺に糞ガキは殴るわ蹴るわのやりたい放題。楽しいか、お前ら。そうかそうか。絶対斬る!
 痛む体を無視して立ち上がり二人の体を面でなく線で捉える。俺の動体視力はメンバー1なんだ、必ず当ててみせる!
 気合を入れて鞘に入れた剣を居合いで抜き、左から刀を払う。俺に近づいていたリオンに雷鳴剣が甲高い唸りを上げて迫る。


「遅いよ、お兄ちゃん」


 捉えた気になっていたのも束の間、リオンの誘いだった隙に斬り込んだ俺はあっさりと避けられて顎を膝で持ち上げられて宙を飛ぶ。一度バウンドして倒れこんだ俺に踏みつけの追撃。くそ、速さに特化した敵がここまで厄介とは……


「アイス!」


 マールの魔法でリオンは飛び上がり俺から離れる。さらにダメージを負う事は無かったが、さっきの流れで大分体力を削られた。刀を握っているのが精一杯だ、とてもじゃないがあいつらに当てられるほどの斬撃を放てるとは思えない。
 ロボもなんとかくらいつこうと懸命にグランとリオンに迫るが、タックルは当たらず、レーザーも出すだけ無駄になってきた。……あ、あいつ頭を蹴られて泣き出しやがった。勘弁しろよ結構やばい状況なんだから……!


「うわあああんグロノざあんー!!」


「グロノって誰じゃい! っおい馬鹿引っ付くなって!」


 ロボに足を掴まれた俺は格好の的。俺の上半身を眼に見えないパンチやキックで揺らしていくグランとリオン。だるまさんはこんな気持ちで子供達に殴られてたのか、今度街中で見かけたら拝むことにしよう。


「ぐええ、ろ、ロボ! とにかくレーザー、レーザーを出来るだけ全方位に撃て! 避ける空間も無ければあいつらにも当てられるだろ!」


「い、一度にぞんなにいっぱいレーザーは使えません、え、エネルギーが、ぐすっ、足りないですよぉ」


「ええい泣くなうっとおしい! そういえば……お前のエネルギーって、電気だよな? えぐふっ!」


 話している最中も容赦なく、間断なく拳の嵐が俺の体を通り過ぎる。こいつら……動きを止めた後のことを覚えてろよ、児童相談所に駆け込むことも出来ないような体にしてやる……!


「うえ、僕のエネルギーですか? そりゃあ、電気ですけど……」


「だ、だったら俺の魔法で電気を供給してやる! だからそれで特大のんぐっ! れ、レーザーを作れ……」


 俺の顔が膨れ上がり服の下から血が滲み出していく姿を見てロボは唇をかんで涙を堪え、力強く頷き俺に背中を預けた。いいか、眼にモノ見せてやるんだぜ!


「ぐ……サンダー、全開だ!」


 詠唱なんて悠長なことは言ってられない。だからその分俺の少ない魔力を全部消費して体から最大の電流をロボに流し込む。ロボの顔が苦痛に歪むが、今だけは我慢してくれ、痛いのが大の苦手なのは分かってる。後ろ手に俺の手を握っている力が強まっていく度に罪悪感が広がるが、もうお前のレーザーに頼るしか無いんだ……


 なおも魔法で俺たちの援護をしてくれているマールに目線で離れろと合図を送る。何をしようとしているかは分からずともマールは走って岩陰に隠れた。出来れば洞窟から出て欲しかったが、そこまでするとグランとリオンも避難するかもしれない、そこが妥協点か……


「ク……ク、ロノさん……そろそろ、限界です」


「そうか……ならぶちかませ、なるだけ派手にな!」


「は、い!」


 俺の許可を得たロボから、青白い閃光が四方八方に線となり飛び出していく。その光線は合計十六本、岩石を吹き飛ばし壁を穿ち天井の石錐を落として洞窟内の自然物を破壊する。グランとリオンは上下左右から迫る熱線から身を捩り避けようとするが徐々に増えていくレーザーの嵐に体を焦がし地に伏せることとなった。


「はあ……はあ、魔力消費が早すぎるが、出たとこ勝負で編み出したにしては悪くない戦法だったな、頑張ったぞロボ」


「うう……ま、まあ僕の力はアカシックレコードですら計測できない永劫の記号ですから、ただ飛び回るしか能が無い輩に僕が敗北の一途を辿るなど、釈迦如来ですら想像できませんよ……痛い……」


 ロボの意味不明な言語も今は聞き流して頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてやる。ちょっとした痛みでも心が折れるロボが電流の痛みに耐えて頑張ったんだ、今はとことん労ってやろう。


 マールも俺たちに近寄ってロボを思い切り持ち上げて抱き締める。ロボの奴顔を真っ赤にしやがって、初心なことだな、俺と代われ。


「くっ……兄ちゃん、コイツら、やるね」

「ここまで手こずったのはサイラス以来だ」


「何いっ!? まだ立てるのかよお前ら!」


 三人でロボを持ち上げて胴上げしていると、さっきまで曙みたく倒れていた二人が立ち上がり、よく分からない奴と比較をしていた。どっかで聞いたことがあるような無いような……いや、やっぱり無いな。


「どーする、兄ちゃん?」

「決まってるだろ。本気でいくんだよ!」

「よーし! 今度は……」

「遊びじゃないぞ!」


 一々交互に話すなよ、どこまで台詞を決めてるのか知らんが、実に面倒くさい。もうどっちがリオンでどっちがグランかさっぱり分からん。マナ○ナよりもそっくりなんだから見分けが付かねえ。


「勇気のグランと……」


 あ、お前がグランね、どうせすぐ忘れるけどさ。


「知恵のリオン!! コンフュ~ジョ~ン!!」


 二人が片手を天に掲げて大仰な台詞を回しあい、互いの体をくっつけて気持ち悪い色を発光させる。あれか? もしかして合体とかいうやつか? ふざけんなもう戦えるような状態じゃねえんだ特に俺は!


「おら」


 合体中の二人に大き目の石を投げる。片方の顔に当たり合体が中断して、二人で俺を睨む。何だよ、合体とか名乗りの最中は攻撃しちゃいけないなんて法律は特撮物だけなんだよ。俺たちはショッカーじゃねえんだ。


「コンフュ~ジョ~ン!!」


「てい」


 今度はマールが弓矢を撃つ。片方の額に直撃、顔から血をだくだくと流しておられる。効果はばつぐんだ!
 真っ赤な顔で俺たちを睨むのは血のせいか怒りゆえか。謎は深まるばかりである。


「コンフュ~」


「いけー」


 言い終わる前にロボがすかさずロケットパンチ。今首120°は曲がったよな? エクソシストみたいだ、アンコールアンコール。
 両手を使って戻らない首を無理にごきりと矯正して血の涙を流しながら俺たちに負のオーラを流し込む二人。何その顔? なんか文句あるの? だったら口に出せばいいじゃない。言葉にしないと届かないことってあるよ? この現代社会の風潮なら尚更ね。


「コンフ」


「消え去れえええっ!」


 三人で突撃蹂躙撲殺上等。鞘に入れた雷鳴剣を麺棒でうどんを叩く時と同じようにひたすら打ち付けてロボは連続ロケットパンチ、マールは倒れた二人に叩き込むヤクザキックが堂に入っている。ずっと俺たちのターン!


「やられちゃったね、兄ちゃん。これ以上ないくらいしこりが残るけど」

「中々楽しかったな。あくまで途中までは」

「この人達なら、ボクらを直してくれるかな? ちゃんと持ち主を見つけてくれるかな? 期待はしないしそうなっても感謝はしないけど」

「ああ、大丈夫さ。ていうかそれくらいしないと祟る。むしろぶっ殺」


 人聞きの悪い、純粋に正々堂々と戦いその結果負け犬となったくせして俺たちに文句でもあるのか? だから子供は嫌いなんだ、ゆとり教育反対! 俺もその中の一人ではあるが。まったく、お前らみたいなガキがよく聴きもせずに邦楽は死んだとか抜かすんだ。オリコン外のランキングも注視しろ。


 アンパンを無理やり食わせる外道ヒーローみたいな顔になった二人が折れた歯を吐き出しながらグランドリオンに近づいていく。……おいまさかそれを持って持ち逃げするんじゃないだろうな? もしそんなことを決行する気ならフクロタイムが再発動することになる。 


「……あれ、二人とも消えちゃいましたよ?」


「馬鹿言うなよロボ、隠れるスペースも無いのに消える訳が……」


 グランドリオンに近づいて見るとロボの言う通り二人の姿が見えない。あれえ? もしかして、これもしかするの?


「クロノ……やっぱり、あの二人って……まさか」


 歯をかちかち鳴らしながらマールが怯えた声で語りかける。待て、それを言うな。頭で思っているだけと、耳にするのでは全然違うんだから。抑えろ、マールは出来る子なんだから、足が震えてるのは俺も同じなんだから。


「おおお化け怖いよぉー!!!」


 禁句を口走りながらロボが加速装置全開で洞窟から逃げ出す。続いてマールも「祟るならクロノを人柱にしますー!!」とかスイーツこら。俺はグランドリオンを引っ掴み(半ばで折れていることには気付いたが今はとことんどうでもいい)足を前へ前へと進めて二人の後を追う。ふざけんな、まだ彼女も出来てないのに死ねるもんか、まだ○けてないのに死ねるもんかああぁぁぁ!!


 後ろから麓まで送ってあげる……と遠くから響いてくる声が聞こえて恐怖心さらにアップ。ここに来てまさかのアタックチャーンス! 恐怖のレートを上げようぜ!
 とにかく前に見えるマールの背中に空のミドルポーションの瓶を投げつけて転ばせる。立ち上がろうとするマールの頭を芸術的な俺のジャンプ&着地が成功し距離を広げる。はははこれで生贄は確定! 後はロボと二人でバカンスにでも出かけよう! マールは俺たちの思い出の中で爽やかに笑ってくれればいいさ! 俺はクロノ、誰よりも命の尊さを知る男!


 計ったなクロノォー!! というマールの絶叫を卓越したスルースキルで無視! 吠えろ吠えろ脱落者! 誰かを思いやりゃ仇になり自分の胸に突き刺さる、これ常識! 来世ではもう少し頭を働かせるがいいさ!


「逃がすか、アイス!」


 マールの魔法は俺の左足を凍らせて逃亡を阻止させる。あああこうしている間にも怨霊が迫っているかもしれないのに!


「おのれマール、貴様そこまで腐っていたのか!?」


「私は自分が生きるためなら他を蹴落として生きろ、そう貴方に教えてもらった。ありがとうね、また教えてもらったよ。人は誰かを見捨てなければ生きていけないってさ!」


 立ち止まっている俺を笑いながらマールが爆走、逃走。唯一残っているミドルポーションを足に掛けて氷を溶かす。これで回復アイテムは無い。これからマールのアイスは意地でも避けなければ……!


「待て女! 今なら左足を切り落とすだけで許してやる、だからこれから始まるクロノ王国の礎となれ!」


「秒単位で破滅していく王国なんか建国しなくていいよ! 安心してクロノ、私は未来を生きて貴方の銅像を作るから! 二百年後ぐらいに!」


「絶対お前死んでるじゃねえか! 誰が作るんだ誰が!」


 くそ、このままでは俺がこの山の自縛霊となり悠久の時を彷徨うこととなってしまう……こうなったら……!


「じいさん! 今すぐ俺とルッカを交代させろ! 今すぐだ!」


 立ち止まり時の最果てに送られるのを待つ。前でマールが「まさか……そのようなああ!!」と驚愕している。この勝負、始まる前から俺の勝利は約束されていた……! 貴様は俺の掌で踊っていたに過ぎんのだ!


 俺の体が急速に消えていく。悪いなルッカ、お前と過ごした時間、悪くなかったぜ……
 俺たちの代わりに呪われるであろうルッカにさよならを告げる。どれだけ虐げられたとしても、案外寂しいもんなんだな、別れというものは……今度お前が好きだった沢庵を墓標に置いてやるからな……








「……あれ? ここ、何処なの?」


 デナトロ山に現れ辺りを見回す。前を見るとオリンピック選手のようなフォームで手を振り走っているマール。私には状況が全く把握できず途方に暮れてしまう。


「ルッカ、短い間だったけど、私たち友達だからね! いつかお参りしてあげるからね! お化けに食べられてもクロノを恨んでね!」


 気の置けない女友達であるマールがえらく不吉なことを言う。お化け? そんな存在を彼女は信じているというのか? やはり彼女の純粋さは貴重だと思いくすっ、と笑いがこぼれる。後ろから送らなくてもいいの……? という言葉を聞くまでは。


「……え、誰かいるの? ロボなの? それともクロノ?」


 後ろを見ても誰もいない。声は今も響いている。送らなくてもいいの? 送らなくてもいいの? と延々続いている声は段々薄気味悪く聞こえ、声の年齢からすると子供のようなのがたまらない。
 不安になった私はマールの姿を目で追うが、彼女は既に山道を下り視界から消えてしまっていた。今や足音すら耳に入ってこない。……お化け? 


「……クロノ? 何処にいるの、近くにいるんでしょ? 私はお化けとか幽霊とか、そんなリアリティの無いものは信じたりしないわよ、だからそろそろ出てきなさいよ。怖がらせたいんでしょ、全くあんたはいつまでも子供みたいなことをするんだから……」


 声が聞こえる。声が聞こえる。送る? 何処へ送るというのか。具体的には現世のどこかなのか……はたまた別の何処かなのか……


「……クロノ。充分、分かったから、こんな声まで用意して準備が良いのも分かったから、早く出てきなさいよ。……出てきてよ……」


 数分後、置き去りにされたルッカが手で顔を覆って山を降りて来たことに驚いたマールとロボが平謝りをして、「クロノが悪い」と宣言するのはそう遠い未来の話ではない。
 ただ追記するならば、時の最果てから呼び出されたクロノにルッカが起こした行動は悲惨という言葉がよく似合うものとなった、ということはお約束ではある。
 ただ、心細さや目に見えない恐怖からえぐえぐ嗚咽を漏らしながらハンマー無双を開始した後ボロ雑巾のようになったクロノに抱きつきながら至近距離でファイアをぶつける彼女の姿はマール曰く「微笑ましくはあるよね」とのこと。
 星の未来は、存外に明るいのかもしれない。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十五話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:32692395
Date: 2010/09/04 04:26
 デナトロ山を下山してルッカに半死半生の身にされながらも、とりあえずグランドリオンを手に入れることが出来た。腕とか足とか顔とか頭とか全身が満遍なく痛いけど。
 時間はすでに深夜。デナトロ山に入る頃はまだ夕刻だったというのに、トルース町の裏山に比べて随分と大きい山だったから仕方は無いが。消費した時間の十分の一はルッカの制裁だったのは公然の秘密。
 マールの気乗りしない治療を受けて立ち上がれるようになった俺は開口一番、


「あのどっひゃー勇者を殴りに行こうぜ」


 と、殺気を露に口に出した。
 時の最果てに帰ったルッカを除き、ロボ、マールは深く頷いた。戦闘はともあれお化けの恐怖は忘れられるものではない。あのくそったれ勇者が真面目に勇者してればわざわざ俺たちが災難に巻き込まれることは無かったのだと考えると、肛門に火付け棒を突っ込むくらいでは許せない程の怒りを感じる。「らめえ!」とか言わせてやるからな。


「ルッカの私刑中にらめえ! って言ってたのはクロノだけどね」


「忘れろマール。後冗談でも女の子がらめえとか言うな。それも感情込めて」


 チームワークに定評無しの俺たちは心持ち早歩きでデナトロ山を離れ、パレポリ村へと歩き出した。




 未明にパレポリ村に着いた俺たちは真っ直ぐ勇者の家に向かい鍵のかかったドアを蹴倒して中に進入した。
 家主のじじいが驚きながらフライパンを片手に現れたがマールのハイキックで沈む。俺たちの行動にロボはおろおろしていたが、お前も俺たちのパーティーの一員なんだからこういうことにも慣れてくれ。


「お、親父!?」

「じいちゃん!?」


 じいさんが壺やら机やらを巻き込みながら倒れた音で二階から勇者とその父親らしき男がばたばたと降りてきた。ナイトキャップを付けている辺りがとても気に入らない。


「あれ? 兄ちゃんたちは山で見かけた……」


「おう、オフザケ勇者。貴様はここで朽ちろ」


 迷わずサンダーの詠唱を始める俺の頭にロボのパンチが飛ぶ。だから、いつ俺が「ご自由にお殴りください」と言った。


「落ち着いてくださいクロノさん。そりゃあ最初は僕も怒りという名の記号に惑わされましたが、まずは彼がどのような境遇にしてかの行動に出たか、そしてその信念を聞き出さねば僕たちの取る道に光明というコンパスは舞い降りはしないんで」


「ごめんねロボ、大事な話の時はちょっと静かにしててね」


 ロボの体を反転させて部屋の奥に追いやるマール。流石、俺なんかミドルキックを入れようと構えていたところなのに。


「ねえ勇者さん、貴方は魔王軍を倒すためにグランドリオンを取りに行ったんだよね? ならなんで逃げたの? モンスターが怖いのは分かるけど、貴方は勇者なんでしょ、皆に希望を挙げるんでしょ?」


 勇者の小さな肩に手を置いてこんこんと語るマール。ここだけ切り取れば優しい少女キャラに見えるが、彼女は今さっき老人を蹴り倒し昏倒させている。俺に彼女を理解出来るときは来るのだろうか。


 マールの一言一言に肩を震わせて、下を向いている勇者。思うことがあるのか、それとも自分の祖父を気絶させた不審者に怯えているのか。後者臭いなあ。


「おいタータ! こいつら何言ってるんだ? お前が逃げ出したって……嘘だろ、こいつらがデマカセ抜かしてるだけなんだよな!?」


 そのまま根気強く語りかけるマールに無反応のまま黙っている子供に痺れを切らしたのか、父親がマールの手を振り払って勇者……タータに脅すように話しかける。
 その声から、そうであろうがなかろうが、勇者であることを強要させるような、脅しめいたものを感じた。
 父親の言葉に一層強く体を震わせたタータは、暗い目で俺たちを見て、小さく呟いた。


「そうだよ、この兄ちゃんたちが嘘ついてるんだ。グランドリオンは明日取りに行くんだよ」


「てめえ、ガキだからって俺たちは優しくねえぞ!」


「クロノ!」


 言うに事欠いて俺たちを嘘つき呼ばわりするタータに腹を立てた俺をマールが体で止める。
 

「何で止めるんだよ! 何発か入れねえとこういう奴は反省しねえんだよ!」


 俺の言葉を無視して、マールは尚もタータに口を開く。


「勇者……いえ、タータ君。君は勇者なの? それとも、そうでありたいの? もしくは……そうでなければいけないの?」


「!?」


「なんだあ小娘! お前何が言いてえんだよ!」


 ずっと俯いていたタータががば、とマールを見る。するとタータとマールの間に割り込んで父親が焦った様に怒鳴り始めた。彼の目を見てマールは、一つため息をつき、父親をいないもののように後ろのタータを見た。


「タータ君、周りが勇者であれと願ったのかな。勇者じゃないと……許されなかったのかな」


「お、オイラは……」


「もしそうだったんなら……」


 一呼吸分会話に空白を混ぜて、父親の罵声をBGMに、マールの哀れむような、悲しむような、澄んだ声が生まれた。


「……辛かったね」


「……あ」


 もうだめだ、と零して、タータの目から涙がつう、と落ちた。きっとそれには、悔恨と後悔を含まれていて。
 その姿を見た父親が戸惑いながら「認めるなタータ!」と叱るが、今まで黙っていたロボが父親の腕を取って外に連れ出した。騒ぐ父親に数発文字通りの鉄拳を加えて。


 それから、タータは一頻り泣いた後、勇者になった経緯とその後を話し出した。
 タータの持つ勇者バッジは酒場で酔いつぶれていたカエルが落としていたのを見て、高く売れるかと思って町に出れば、町の皆が勇者様だとチヤホヤしてくれるから引っ込みがつかなくなった、という子供らしい理由だった。
 町の住人も子供ではあるが並外れた怪力を持つタータならば……と考えたのだろう。実際俺だって最初にあの石や木を拳で割るタータを見ていれば勇者だと納得していただろう。
 しかし、事が大きくなり怖くなったタータは正直に成り行きを父親に話してみたのだという。が、


「馬鹿が! それが本当だってばれりゃあこんな裕福な生活は出来なくなるんだ、いいかタータ! 誰にもその事は言うなよ、お前は勇者なんだ、俺の為に勇者じゃなきゃいけねえんだ!」


 父親の毎日聞かされる言葉に、後ろめたさを隠しながらタータは勇者『ごっこ』を続けなければならなくなった。それは父親だけでなく祖父も同じだったようで、父祖父共にタータを勇者として担ぎ上げた。
 結果、今まで遊んでいた友達は勇者であるという理由で離れていき、ほのかに恋心を抱いていた女の子と話すことさえ出来なくなったという。


 今まで辛かった、と泣きながらマールに自分に起こった出来事を伝えるタータに、マールは優しく抱きしめてあげた。
 それはとても綺麗な光景なんだろうし、世間一般では落とし所というやつなんだろうが……


「……気にくわねえ」


「え?」


「何でもないよマール。そいつが落ち着いたらその勇者バッチとやらを貰っておいてくれ」


 二人に背中を向けて家を出ようとする俺をマールが慌てて引き止める。
 止まる気はなかったが、タータの「何でオイラがこんな目にあうんだ!?」という叫びが俺の臨界点を越えさせた。
 俺はずかずかとタータに近づき、マールから引き離して思い切り殴りつけた。小さな体は勢い良く飛んで台所の壁に叩きつけられた。強く体を打ったタータは悶絶しながら地べたを這いずるが、俺はその背中を踏みつける。マールの制止も、今はうっとうしい。


「……俺が言える義理じゃねえよ」


「ぐええ……」


「そうだよ、俺が今から言うことは全部自分のことを棚に上げた下種の意見だ。でもな、俺とアイツは……多分友達だったから、友達になれたから、言わせて貰うわ」


「クロノ! 何してるの、タータ君は……」


「被害者、とか言うならマール。お前も殴る」


 無機質な声でマールを牽制する。彼女は手を胸に当て一歩、俺から離れた。視線はタータに、心配そうな目を向ける。見れば背中を強く打ちすぎて呼吸がままならないようなので、俺はタータから少し離れて、マールに治療を促す。


「確かにお前が全部悪いわけじゃない。まだ子供のお前に親の強制を振り切れってのも酷かもしれない……でも、お前が、自分は勇者じゃないと言わなかったせいで、何人死んだと思う? その上自分は悪くないみたいな言い方しやがって……」


「し、死んだ?」


 マールのケアルを受けて、立ち上がれはせずとも話すだけの力が戻ったタータが呆然とした声を出す。


「ゼナン橋の事だ。お前が正直に打ち明けてれば誰も死ななかった……そうは言わない。どっちにしろ魔王軍は侵攻してきただろうからな。けれど騎士団長から聞いたぜ、お前に橋を渡らせるために多くの兵士が失われたって」


 ひっ、と区切られた悲鳴。まだ小さいタータでも、戦場を歩いたんだ、不幸にも人が死ぬってのはどういうことか分かっているはず。自分のために人が死んだという事実に正面から向き合ってはいなかったのだろう、今俺に言われてやっとタータはその事に気づかされた。
 マールもゼナン橋で死んだ兵士たちを思い出したのか、沈んだ表情を見せる。


「お前が真実を言っていれば、死なないですんだ人間が何人いたか……」


 こと戦いでは味方の人数で大きく変わる。タータの為に散った兵士たちが何人いたかは知らないが、数人ということはないだろう、壊滅的なダメージとまで言っていたのだから。
 その兵士たちが突破ではなく防衛に徹していれば、死傷者はかなり変わっていただろう。ジャンクドラガーさえ出なければ、俺たちが戦線に加わらずとも退けることは出来たかもしれない。……何よりも。


「ヤクラが……死ななかったかも知れねえんだ!」


「止めてよクロノ!」


 話しているうちにまた我慢が出来なくなった俺がタータを殴る前にマールが抑える。
 ……ヤクラが死んで一番辛いのは、庇われたマールだったはずなのに……


「……悪い、もう俺、外に出てるよ」


 今度は、マールも止めない。俺は早足で荒れた室内を歩きドアを開ける。
 その時、タータが小さな声で「オイラは……どうすればいい?」と聞いてきたので、半開きのままドアを開ける手を止める。


「さあな、無理やりでも、偽者でも、勇者だったんだろ? 自分の道は自分で切り開けよ」


 それが勇者だ、と心の中で締めて外に体を出した。


 後ろ手にドアを閉めて、家の壁に体を預け座ると、視線の先にひたすら殴られて気絶したタータの父親と、その近くに立っているロボが見えた。
 中の会話を聞いていたのだろう、ロボはなんと言っていいか分からないという顔で俺に近づいてきた。


「……あの、クロノさん。大丈夫ですか?」


「……大丈夫だ、ただ腹が立って仕方ねえだけさ」


「やっぱり、タータ君を許せませんか?」


 ロボのか細い、オドオドした言葉に俺は笑って、手で顔を覆う。


「最初は逃げ出してた癖に子供に八つ当たる、卑怯者にだよ」


 自己嫌悪から流れる涙は、弟分のロボには見せたくないから。
 今が夜で良かった、指から漏れるものに気づく人はいない。
 頭上の月が生む光が、無言で俺を責めるのが、とてもとても辛かった。





 星は夢を見る必要は無い
 第十五話 勇者≠勇気ある者





 パレポリ村を出て俺たちはお化けガエルの森に入り、カエルの住処に向かうことにした。
 タータの話で出た酔いつぶれたカエルというのは俺たちの仲間だったカエルで間違いないだろう。あいつの剣の腕前は確かに俺や騎士たちとは比べようも無いほどのものだった、勇者と言われてもまあしっくりこないでもない。王妃マニアの駄目野郎だけど。


 が、ここでまたしても問題浮上。これにはクールダウンしてきた俺が再びボルケノン! となってしまった。


「あの両生類の根本的存在屑ガエル……いつ家に帰ってるんだよ!」


 勇者バッチをタータから貰い、グランドリオンも折れてはいるが柄の部分を手に入れてさあ魔王との御対面ももうすぐだぜえ! とテンションゲージが上がってきた所でこのパターン。ぐちゃぐちゃにした室内が整えられているところを見るにあの後一度は帰ってきたようだが……
 とりあえず苛立ちが募った俺たちはまた家を荒らすことにした。前回は破壊というほどの破壊はしていなかったからな、今度は応用を利かせて殺傷性の高い罠を仕掛けるというのはどうだろう? フォールアウトみたいに。


「むしろ爆発物とかを設置して……よし、ルッカを呼んでここをベトナム地帯に改造してもら……あれ?」


「どうしたのクロノ? 何かあった?」


 タンスを氷付けにする作業に埋没していたマールが俺の声に反応して振り返る。ていうかあれだね、顔を合わせたこともない人の家でよくそこまで好き勝手できるねマール。尊敬するわ。


「いや、写真があったからさ、ちょっと見てただけ。カエルの若い頃かな……?」


「へえ……ねえ、私にも見せてよ!」


「僕も見たいです、僕に勝るとも劣らぬというフォウスを宿しているのですから、魔の根源たる者に姿を変幻させられる前の姿を見ておきたいです」


「まあ待てよ、まず俺が先だ。あとロボは勝手に設定を作るな、何だよフォウスって」


 一々突っ込みを必要とする会話をするなあロボは。ある意味介護が必要だと思うぞ。


 気を取り直して写真を見る。ガルディア騎士団のごつごつとした甲冑を装備して、兜を外したえらくハンサムな男が写っている、これがカエル? ……ちっ、勇者って奴はわざわざ顔が良いんだな、古今東西不細工な勇者ってのは見たことが無いからそうじゃないかとは思ってたが……


「よし、燃やそうかこれ」


「いやいや意味分かんないよクロノ。大丈夫? 結婚する? の流れくらい分かんない」


「理由はカエルが無駄にイケメンだからだ」


「なるほど、そうなるとカエルさんがパーティーに入れば実質男で顔が良くないのはクロノさんだけになりますもんね。そりゃあ不機嫌にもなりますか」


 今小さな命が星に還ろうとしている最中、俺が落とした写真を見てマールが「違うよ、クロノ」とマウントポジションの俺に話しかける。何だよ、今こいつの顔をホンコンみたいにぶくぶくにさせるところなのに。
 渋々ロボの上から退く。「うわああ、本当のことなのにぃぃ!」と泣き出すロボに俺は告げる。来世では幸せになれ、と。


 雷鳴剣を抜き黄忠が夏侯淵にしたように真っ二つにしようと大上段に構えるが、マールの次の発言に俺の動きが止まった。


「この鎧を着た人、カエルさんじゃないよ。下にサイラスって書かれてるもん」


「……そうか。良かったなロボ、カエルがイケメンでない限り、お前の命は保障してやらんでもない」


 剣を収めた俺に安心したロボはどういう原理かそれともパブロフの犬なのか、また俺の腰に抱きつく。だからお前おかしくない? ジャ○アンに苛められたのび○がジャイ○ンに泣きつくようなもんだぜ?「ジャイアー○! また○ャイアンに苛められたよー!」って。弱すぎる、頭が。


 ロボの頭を撫でて宥め、「え、じゃあこの人が?」と戦慄したような声を出すマールを一時無視して藁葺きのベッドに倒れこむ。腰の刀はサイドテーブルに乱暴に立てかけて、一緒に布団に入ろうとするロボは床に蹴落とした。デナトロ山に入って今まで徹夜だったんだ、そろそろ睡眠を取らないと倒れる、とまでは言わないが、十全に戦闘をこなせるとは思えない。
 藁に包まる俺に尚も「ねえクロノ……」とマールが話しかけるので俺は隣のベッドを指差しお前も寝ろ、と示す。汗をかいたので水浴びをしたいところだが、そう贅沢は言えない。


 一向に話を聞く気がない俺に根負けしてマールは静かにベッドに潜り込んだ。ベッドは二つしかないのでロボは床で静かに泣いている。機械の癖に床では不満なのか、生意気な。
 結局、十分後に俺はロボにベッドを譲ってやったのだが。せつせつと泣くし、ロボの奴本当に悲しそうに嗚咽を漏らすもんだから俺の少ない罪悪感がいびられてたまらなかった。


 ロボの体をベッドに置いて床に寝そべると、ロボが驚いた後「クロノさん、一緒に寝ませんか?」と聞いてきたのには発狂するかと思った。色々言いたいことはあるが、とりあえずはにかむな! 終いにゃ襲うぞテメエ!
 ここ最近の願望というか、俺は実はロボが女だった、という展開を心待ちにしているのだが……止めよう、あまりに虚しい。
 

 寝つきの良い二人と違い、下らない妄想をしていた俺は部屋に日の光が降ってくるまで意識を失うことはなかった。






「……おい、…ロノ、クロノ! 起きろ!」


 ああ、母さん、朝飯? どうせその前にトイレ掃除でもしろって言うんだろ? 分かってるんだ、でも今日という今日ばかりは断固朝食優先の構えを取らせてもらう……


「トイレ掃除は良いとして、今はもう昼過ぎだ、朝食なんか用意してない」


 朝飯も無いのに働けだって? はっ、面白くない冗談だなうんこババア。


「おいおい母親に向かって酷い言い草じゃないか、もう少し労わってやれ」


 んん、世の中には尊敬すべき母と唾棄すべき母がいることを貴方で知ったよ、いいからカロリーを摂取させろ。


「自分で金を稼いだことも無い奴が大きな口を叩くな、母は大層悲しいぞ」


 うるさいなあ、大体お前は母親じゃないだろう、水辺に生息する卵産型の分際で偉そうに……


「起きてるんじゃないか!」


 右手を払って布団代わりの藁を飛ばすカエル。中途半端に乗ってもらって悪いが、俺の母さんはお前みたいに枯れた声じゃない。母さんはトルース町美声大会で優勝したことがあるんだ、間違えるわけが無い。母さんの歌う椎名○檎の曲なんか鳥肌ものなんだぜ?


 目を擦りながら腹の減り具合で、七時間前後は寝ていたのだろうと予想する。時計という概念が無い中世では正確な時間は分からないので、あくまでおおよその見当だが。


「起きたなクロノ、じゃあ早速こっちに来い」


 大きなあくびをしている中、カエルは万力のような握力で俺の手首を掴み部屋の中央に連れて行く。なんだよ、そういう強引なアプローチは嫌われるぜ?


 もみくちゃに丸められた絨毯の近くまで移動させられて、カエルは俺の手を離す。顎で指した方向を見ると、まあ、部屋の中が荒れに荒れていた。


 まず生活用具という生活用具はマールの手によって氷付けにされているか、ロボのロケットパンチによって拳大の穴が無数に空いている。壺や額縁のガラスといった割れ物は床で無残に粉々となっている。壁や天井は俺のサンダーによって大きな焼け跡が残り、食料は俺たちが食べ散らかした後そこらに投げ捨てていたので蟻がたかりだし悲惨なものとなっている。しまった、起きた後俺たちが食べる分は残しておくべきだった。


「さて、これはどういうことなんだ、まさかと思うが……お前たちがやったのか?」


「いや知らないな、王妃様が来たんじゃないか?」


「やっぱりそうか! いや、前にも似たように荒らされたことがあったんだが……いやな、置きメモに王妃様は自由に使ってくれていいと書いておいたんだ、そうかそうか、いやはや王妃様はお茶目だな! しかし短い間にこうも訪れてくるとは……くそ、なんで俺がいない時に限って……いや、これはある種の焦らし効果になるか、次に会う時はきっと飛び掛ってくるだろう!」


 飛び蹴り的な意味でな、とは言わないでおく。
 しかし、こいつは王妃様が実は世界の創造主だ、と言われてもやっぱりそうか! と言うんじゃなかろうか。久しぶりに会うのだが、こいつの変態性はなんら変わってはいないんだな。


 今度王妃様と会う時のシミュレーションを俺という第三者がいる前で恥ずかしげも無く披露しているカエルの後ろ頭をはたいてこちらを向かせる。


「いつ俺がご自由にお殴りくださいと言った」


「黙れゲテモノ、理科室のカビたタワシみたいな肌色しやがって気持ち悪い。後俺と思考回路が似ているところがむかつくんだよ」


 一悶着起こってから、人のベッドでよだれを滝の如く垂らしながら寝ているマールと、指を猫のように曲げて枕にしがみついているロボを起こしてカエルと対面させる。
 奇天烈な生き物が好きなマールは好奇心を前に、カエルを見てきゃあきゃあと喜んだ。ロボはロボで人という種が別個の生物に変わることでアルクサスの定理を覆す……とか良く分からんことを寝起きながらに呟いていた。どっちも頭が悪い。


「ほお、あんたがリーネ王妃様に間違えられたという……確かに似ているな、素人なら区別ができんとしてもおかしくはない」


 値踏みするようにマールの全身を観察するカエル。おいそこの性犯罪者予備軍、マールさんの口端がひくついてますよ? 折角さっきまで好印象だったのに。それから素人とか玄人とかあるのか? ああ、そういやリーネ王妃をムハムハしたいだかなんだかの会長なんだっけ、こいつ。


「ロボ……からくりらしいが、信じられんな……随分と技術の進んだものだというのは分かるが。それと、失礼だが性別を伺っても構わないか?」


「僕は当然の如く男ですよ! 未来では第二のシュワちゃんと言われていたんですよ!? その僕になんて失礼な質問を!」


 いや、お前はネバーエンディングストーリーの主人公だ。もしくはターミネーター2の主人公。パッと見男とは思えない、見た目というか、オーラが。


 挨拶を終えて軽く互いに今までどうしていたのか、という話をする。カエルは城を出た後何度かサンドリアやパレポリに出向き時々モンスターを狩ったりして剣の腕を鍛えていたそうだ。もしかしたら何度かニアミスしたかもしれないな。
 俺たちが時空を超えて旅をしているという話を半信半疑ながら頷いてくれた。そこまではカエルも口を挟んだり時々笑顔になったりしていたのだが、ガルディアに魔王軍が侵攻してきたと話し出した辺りから暗い顔になっていった。
 特に、勇者バッチとグランドリオンを見せてから一つも俺たちの話に口を出すことはなくなり、次第に無言の間が生まれることとなった。


「そうか……あのチビに会ったのか……しかし、もう魔王には手も足も出ない。魔王と戦うのに必要なグランドリオンはもう……それに、それを持つ資格は俺には無い」


 空白の時間を動かしたのはカエルだった。なにやら事情のあるような事を呟くが、こっちとしてはそんな急にシリアスな顔をされても……と俺たち三人が顔を見合わせる。すると、カエルが凍った棚の一つを指差した。なんだ、解凍しろってのか?


 魔法で作られた氷は日の光程度では中々解けず、時間の経過と共に少しは凍らされた面積が無くなってはいるが、人力で暖めるのは面倒だとロボと二人掛かりで棚ごと派手に壊す。後ろでカエルが「ちょっ!?」と叫んでいるが今の今まで真剣な顔をしていたのにコメディな事を口走るな、と思いながら無視した。


「これは……折れた剣、グランドリオンの一部か!」


 壊れた棚から出てきたのは太く美しい剣先、今持っているグランドリオンの一部と合わせれば確かな剣として蘇るだろう形状。
 ロボが拾い上げて、その切っ先から何までじっくりと凝視する。


「古代文字で何か書いてありますね、解析します!」


 ビビイ、と機械の駆動音が鳴りロボの両目が赤く光り、剣先を照らしていく。こういう時になって初めてロボがアンドロイドだって気づけるんだよなあ……カエル、後ろで「目が、目がぁ!」と一々驚くなようるさいなあ、人型のロボットなんか見たこと無いんだろうから無理ないんだろうけど。


「ボ……ッ……シ……ュ。ボッシュと書かれています」


「ボッシュ? それってメディーナ村の? ど、どーゆー事クロノ?」


「いや、ただ単に同じ名前ってだけの話だろ」


 俺の至極当然の発言に二人が空気読めてねえなあという呆れ顔を向ける。俺がおかしいのか、俺が悪いのか?


「グランドリオンを直せる者は、もうこの世にはいないのだ……」


 カエルの独白は誰も聞いておらず、俺たち三人は「いや、空気読めとかそういうこと言い出す奴が一番読めてねえんだって!」と延々と言い争いをして、結果メディーナのボッシュに会えば分かるだろうという結論が出るまでカエルを存在ごと忘れていたという。
 蛇足だが、気づけば無視されていたカエルがベッドの上で体育座りをしていたのはかなりキモかった。






 結果から言えばおかしいのは俺だったようで、現代に戻ってボッシュに会いに行けば、ボッシュは俺たちの持つグランドリオンを見るなり驚いた顔で近づき「この剣はグランドリオン!? どこでこれを!」とむさい顔を近づけてきた。なんつーか、都合良いよなあ世の中。
 マールがどうしてこの剣に貴方の名前が彫ってあるの? と疑問を口に出せば、「話せば長くなるから言わん。何より、お主らが聞きたいことはそんなことではなかろ?」と腹の立つ顔で問うてきたのでまあイライラした。何でちょっと上から目線なんだよ。


「これを復元することは可能なんですか?」


 ロボの問いかけにボッシュは修復の仕方を教えてくれた。かいつまんで言うなら、遥か昔に存在した赤い石、ドリストーンというグランドリオンの原料があれば可能だという。万一入手することが出来れば自分がなおしてやろうとも。
 どうせ手に入れることはできないだろうが、まあそれまで剣はお前たちが持っておけと余計な一言のせいでプッツンしたマールがもし持ってきたら無料で修復してもらうわよ! と啖呵を切った、というのはどうでもいいことかもしれない。
 ただ、問題はその後。


「それは別にええが、もし持って来れなければどうするのじゃ?」


「そうね、もし一週間、いいえ、三日以内に持って来れなければクロノを好きにしていいわ!」


 この会話がよろしくない。王家では民を勝手に約束の報酬として扱っていいと教育されているのだろうか? ルッカにテロ用の道具を借りる時が来たのだろうか。


「マール、お前の意思だけで俺を賞品にするな、あまりの身勝手さに興奮するわ」


「ええー?」


 不満たらたらの表情で俺を見るマールは実に不細工だった。心の醜さが表に出ているかのように。
 咄嗟の暴力衝動を抑えつつ、俺は右にいたロボを捕まえてボッシュに渡す。何々? とキョロキョロしているロボに笑いかけて、清々しく一言。


「じいさん、賞品はこいつで決まり。期限内にドリストーンを持ってこなければロボを好きにしていい」


「ほえええええ!? ななななんで僕がこのお爺さんに渡されるんですか!?」


 当たり前だが驚いて言葉を噛みまくるロボに俺は満面の笑みで頭を撫でてやる。大丈夫、今時そういう倒錯した世界を経験しておくのは悪いことじゃないから。
 マールが「ロボは駄目だよー!」と悲しげに訴えてくるが、ロボはってなんだよこんちくしょー。俺のヒエラルキーは限りなく底辺だと再認識出来た瞬間だった。


 まあ、人間の男よりアンドロイドを好き勝手に弄れる方がええしのお、というボッシュの言葉により賭けは成立した。マールは膨れるしロボは泣き喚くがこれがきっと正しい選択だったと俺は理解する。理解させろ。


 グロノざぁーん!! というロボの悲鳴をバックに俺とマールは時の最果てに向かうべくボッシュの家を離れた。ドナドナが聞こえてきそうな気分だな、悪くない。ロボの俺への懐き具合が尋常ではなかったのでこれは良い機会だったのかもな。ていうか、マールの奴ロボのことをあれだけ気に入ってたくせに自分が賞品になるとは全く言い出さなかったな、俺としてはロボよりもマールが離れるほうが良かったといえば良かったのだが。このアクージョめ。


 もう慣れたと言いたげなゲートのある家の家主が冷たい視線を送るが、見ない振りをして時の最果てに旅立つ。さよならロボ、三日以内とか多分無理だけど、強く生きろよ……!






「それでロボを置いてきたの? マールもトンデモなことを言い出したものね……」


「違うよ、最初はクロノを置いていこうとしたの!」


「マール、いつから俺のことが嫌いになったのか聞いていい?」


 時の最果てでルッカと再会した俺たちはグランドリオンの修復方法と馬鹿のせいでロボがパーティーを一時離脱することをルッカに告げた。それから後で聞いた話だが、マールが俺を置いていこうとしたのは自分やロボがあのお爺さんと二人きりになるのは可哀想でしょう? とのことだった。超ど級外道だった。


「しかし、遥か昔ねぇ……ねえお爺さん、光の柱から古代に行くことは可能なの?」


 時の最果てに住む(住む?)爺さんは帽子のつばを指先でつまみ深く被りなおした後、数秒考え込んだ後、小さく口を開いた。


「ああ、確か行けた筈だよ……ドリストーン……そういえば、光の柱から行ける時代で取れた気もするな……」


 ビンゴ! と指を鳴らして早速行きましょう! と急かすルッカ。俺とマールも頷き、立ち上がって光の柱まで駆けていく。正直ここから行けないのならロボとは永久にさようならとなってしまうので、九死に一生ってやつだ。


 幾筋も立つ光の柱に手をかざしていき、その中でB.C.65000000年、原始、不思議山という場所に向かう柱を見つけた。……これだ!


「二人とも、この柱で間違いなさそうだ、行こうぜ!」


「ナイスよクロノ。早く行きましょ」


「遥か昔の世界かぁ、なんだかワクワクするね!」


 想像も出来ない、まだ見ぬ世界に興奮して俺たちは勢い良く光の中に飛び込んだ。
 ゲートに入ると、息苦しいほどのスピードで次元を越えているのが分かる。暗い空間に投げ込まれた俺たちは少し不安になり何も言わず三人とも手を繋ぎ離れることがないように強く力を込めた。


「……長いわね、遥か昔とは言ったけれど、どれくらい過去のことなのかしら? 中世よりも前の時代ってのは分かるんだけど……」


「光の柱から流れ込んだ知識では、B.C.65000000年って出たよな? 分かるかルッカ?」


「え? 碌に調べずに飛び込んだから分からなかったわ。ていうかB.C.65000000年!? 原始の世界ってこと!?」


「ああ、そういや原始とも出たな、場所は確か……不思議山だったか」


「何でもいいよ、それより早く着かないかな……こうもゲートの中に長くいると怖くなってきちゃったよ」


 驚いているルッカを尻目にマールが肩を震わせていると、遠く先に光が見えて、俺たちの体が投げ出された。時空移動もこれで終わりか、今までとは比べ物にならない程の移動時間だったな。


「さあ、ここがっ!?」


 俺が驚いたのも無理はないだろう。なんせ、ゲートから出た俺たちがいる場所は空中。これは空に浮かぶ島とかそんなラピュ○みたいな場所にいたという比喩ではなく、ほんとうに宙に投げ出されたのだ。
 下を向いても地面が無い。つまり、重力の法則にしたがって、俺たちは、落ちていった。


「くくくクロノ! とにかく私の下敷きになりなさい!」


「ふざけろルッカ! 女は男に敷かれる側だ! というわけでお前が俺の下になれ!」


「うわ、クロノってば大胆……」


「エロい意味で言ったんじゃねえ! それなら俺は寧ろ上にいって頂きたい……とか行ってる場合じゃねえ!」


 急な展開に慌てふためきながら、ルッカが下にファイアを放ち、それによって生まれた上昇気流で落下速度を落とすことに成功した。マールは近くの岸壁にアイスを使って落下を止めて難を避ける。問題は俺だ。サンダーをどう活用すれば助かるのか? 本気で役にたたねえな俺の能力!


「うわあああファイトォォォー! いっぱああつ!」


 地面に激突する前にかろうじて岸壁から生えた木の枝を掴み落下を止める。掴んだ右手に落下と体重の付加がかかりびきっ、といやな音を立てるが脱臼は免れたようだ。後でマールに治療してもらえば治るだろう……


「クロノ! どかないでそこにいて!」


「え?」


 比較的緩やかに落ちてきたルッカが俺に当たってそのままぽてくり落ちる。まあ、お約束だよね、俺がルッカの下敷きになるのは世界の理なんだろうね。


「良かった、私が怪我をせずにすんで」


「ねえねえルッカ、俺の右足に刺さった石が見えますか? お前が俺に向かって落ちてこなきゃ無傷だったかもしれない俺の足、真っ赤だよね」


 俺の嫌味を無視して「マール、降りれるー?」と指を丸めて手を拡声器代わりに使いマールに呼びかけるルッカの行動は俺の殺害動機になるには申し分なかった。
 マールは時間をかければ降りれるよ、と答えたので、俺の治療にはしばらくかかることが決定した。仕方なくルッカからポーションを貰い足の怪我と肩を癒す。そろそろパーティー全員の回復薬も底を尽いてきたな……


 足の痛みが治まってきたので立ち上がり今自分がいる場所を確認する。
 辺りは木々が無造作に生い茂り舗装などとは程遠い野道が広がっていた。遠くの太陽が森の緑と赤のグラデーションを作りモザイク模様を照らし出す。後ろの崖は二十メートル程の高さで、ゲートは頂上付近に作られていた。もう少し考えた場所に設置してくれないかね、全く。
 道の至る所に子供くらいの大きさの石が転がり人間が近くにはいないことが分かる。緑の中から聞いたことが無い動物の鳴き声や、山を下る道からも人間ではない何かが走り回る音が聞こえる。
 空を見ると大きな翼をもつモンスターが優雅に旋回していた。その大きさは鷲よりも二まわりは大きく、人が乗ることも出来そうな巨体だった。


「ここが原始か、現代や中世、未来とは全く違うな。今までとは全く勝手の違う冒険になりそうだ」


「まあ、未来はともかく中世はそう大きく現代と違った点は無かったからね、そもそもこの世界に人間がいるのかどうかすら怪しいわ」


 ルッカもこの景色を見て似たような結論に達したようだ。現代との時代が千年単位の差ではないのだから、当然か。
 しかし、人の手が全く掛かっていない場所というのは中々見えるものではないと、俺たちはマールが降りてくるまでぼー、と座り込んでいた。鳴き声がうるさいが、自然に囲まれた場所で落ち着くというのは悪くない。
 目の前を緑のウロコを付けた黒い斑点を体に浮かばせている化け物が右往左往していても、落ち着いているのは悪いことじゃない。


「……クロノ、団体さんのお出ましみたいよ」


「言うなよルッカ。さっきのイベントで大分疲れたから気づかずにいたかったのに……」


 現実逃避を推奨していたのだが、まあ大げさに足音を立ててモンスターが現れては仕方が無い。のたのたと立ち上がり剣を抜き払う……が、その数は計八匹。今まで俺たちのパーティーだけで向かい合う敵の数では一番の大人数だった。


「……多くね?」


「……多いわね、マールも今は戦闘に参加できないし」


「おおーいマール! そんな崖とっとと降りて来い! 戦闘なんだよ、二人じゃ厳しいんだよ!」


「も、もうちょっと待ってー!」


 待てるものなら待っとるわい、と毒づいて、太陽に反射して白光を放つ剣を敵に向ける。崖を背にして挟み撃ちになることは避けられるが、単純計算で俺が四匹ルッカが四匹。分が悪すぎる。俺にしても一人に切りかかったところを側面から攻撃されれば終わり、ルッカも魔法詠唱の最中に攻撃されれば終わり、俺一人でルッカの詠唱時間を稼ぐのは厳しすぎる。


「八対二は酷いだろ……マールの野郎、さっさと戦闘に加われっつの!」


「……クロノ、どうでもいいことなんだけど、ちょっといいかしら?」


「なんだよルッカ、つまらんことならどつき倒すぞ」


「……あいつら、リーネ祭りに出てるうっちゃれダイナに似てない?」


「テンパッてるのは分かるが、もう少し建設的な発言を頼む」


 焦ってるときでも冷静な顔でいられるのはルッカの長所でもあり短所でもある。一言で言うなら紛らわしい。


 意味の無さ過ぎる会話をしていると、俺の近くにいたモンスター二匹が予備動作も無く飛び掛ってくる。剣を横薙ぎに払って遠ざけるが、追ってさらに一匹が後ろから突撃してくる。切った反動そのままに回し蹴りを放つが、俺の蹴りにビクともせず俺の腹に飛び込みの頭突きを当ててきた。


「ぐえ!」


「クロノ!?」


 ルッカの方にも三体のモンスターが飛び掛っており、声を掛けるも援護は到底、といった様相だった。


 追撃をさせないように後転して距離を空け、すぐさま右足を蹴りだして振り下ろし。油断していたモンスターの一体を両断すべく脳天に切りかかったのだが……


「か、硬え!」


 両断どころか剣の刃が通ることすらなく、モンスターの頭に弾かれてしまった。デナトロ山のモンスターの比じゃねえぞ、何食ったらそんな頭になるんだよ!


 よろついた体では反撃も出来ず、左右からの攻撃に俺は吹き飛ばされる。その後すぐにルッカが俺の近くに飛ばされて呻き声を出した。
 ……勝てない、か?


「ゲギャギャギャギャ!!」


 モンスターたちの揃った笑い声を聞いて、もう一度立ち上がろうとした時、金色の風が俺たちの前を通り過ぎていった。
 一つ風が吹く度に一体のモンスターがきりもみしながら飛ばされる。二つ風が通り過ぎれば二体のモンスターが地に伏せて、三度通り過ぎれば三体のモンスターの首があらぬ方向に曲がって絶命した。
 自分の目がおかしくなったのかと目をごしごしと擦って再度目を凝らすと、俺とルッカを守るように一人の女が立っていた。
 彼女はカールした長い金髪を膝裏まで伸ばし、腰巻のような服で下半身を隠し、豊満な胸を動物の毛皮で纏った、太陽に照らされたその姿は戦女神と呼称すべきものだった。
 ちらりとこちらを伺った横顔は彫りの深い美しい造詣で、目は野生を秘めたままぎらぎらと輝き、すらりと伸びた睫毛は自信に溢れたもののように見えた。


「ウウウ……」


 狼のように低く唸りながらモンスターを威嚇する。突然現れた女性に戸惑いながらも、残ったモンスター二匹は左右から同時に飛び掛り、爪を伸ばして彼女の喉と心臓目掛けて右手を突き出す。その速さは俺たちを相手取った時とは違い、風の如くと形容できるスピードだった。
 ただ、彼女は戦女神。その速さは音を超えて後ろに位置取る。
 相手の姿を視認出来なかったモンスターは一瞬呆けた後、彼女に頭を掴まれて互いの頭を叩きつけられた。俺の攻撃では傷もつかなかったモンスターたちの頭が割れて、派手に血を散らしながら沈む。


「凄い……」


 戦いが終わり、ルッカの感嘆の呟きが俺に届く。凄いというしかない、彼女の動きはそんな陳腐なもので終わらせていいのか分からないが、それ以外に言葉が出ないのだ。
 モンスターたちの屍の集まりに佇む光景は凄惨であるはずなのに、一枚の絵画を眺めているような、現実感の無い美しさを醸し出していた。


「ア……」


「「っ!」」


 ようやく俺たちを見た彼女が、ゆっくりと口を開いて何かを言おうとしている。ただそれだけのことなのに、何故か俺もルッカも緊張して体が固まってしまった。
 その様子を見た彼女は少し躊躇った素振りを見せた後、小さな声で話しかけた。


「あ、あたい、エ、エイラ……言う。お前たち……あの……」


「……ああ、俺はクロノ。で、こっちはルッカ、上の崖にへばりついてるのはマール」


 俺が話しかけると可哀想になるくらい驚いて背筋を伸ばした後、手で顔を隠しながらもじもじと会話を続ける。


「その……クロたち、どっから来た?」


「あーっと、何て言えばいいんだろうな……」


「明日の明日の、ずーっと明日から来たのよ」


 ルッカの言葉を咀嚼するようにじっくりと考えるが、目の前の女性……エイラというらしい、は悲しげに眉をひそめて申し訳なさそうな声をあげる。


「エイラ……あまり賢い、違う。ごめん……」


「いやいや! ちゃんと説明できないこっちが悪いから! 気にしなくていいから!」


「……うん……」


 さっきの勇猛な戦いぶりと一転したおどおどした態度にこちらもしどろもどろになってしまう。どう接するべきか計りかねていると、エイラがパッと顔をあげた後、やっぱり顔を隠して聞き取りづらい声でボソボソと何かを伝えてくる。


「新しい人間、仲間なると良い、キーノなら、そう言う。だから、村、案内する……」


 途切れ途切れに喋るため要領を得辛いが、恐らく自分の村に来ないか? という誘いだと思う。
 村の場所を教えてくれるのは有難いのだが、その前に一つ聞いておくべきことがあるので先にその確認をしようと俺が口を開く。


「あのさ、ドリストーンって石を探してるんだけど、エイラ……さんの村にあるのかな?」


 またもや驚いて縮こまるエイラに戸惑うが、辛抱強く質問に答えてくれるのを待つ。若干面倒くさいなあとは思うけれど、そこは恩人だからと我慢する。


「石、イオカの村にたくさんある……キーノ聞けば、分かるかもしれない……」


「あのさ、キーノって誰?」


 今度は質問に答えることなく山道を降りていくエイラ。思わず「ええっ!?」と叫ぶとびゅんびゅん走るエイラが硬直して前のめりに転んでしまった。コントみたいだな。


「エ、エイラ……先、行く!」


 脱兎のように走り出したエイラに呆然としながら俺とルッカは急いで追いかけることにする。ここにきてようやくマールも地面に降り立つことができたので、「待ってよー!」と言いながら走り出した。


 ルッカと並行しながら走る俺は、ルッカに確認として質問を投げた。


「なあルッカ?」


「何よ、口を動かすより足を動かしなさい。エイラって人もう見えなくなっちゃったわよ?」


「エイラってさ……かなりの恥ずかしがりって事でいいのか?」


「……の割りには戦闘はワイルドだったけどね、そういう解釈で間違いじゃないと思うわ」


「そうか……パネエな、原始」


 ある程度のドタバタは覚悟していたが、これは予想外だったな……


 太陽の沈む方角に向けて走り続けながら、戦女神のようだと思っていたエイラの事を思い出す。
 常人とは一線を画す動きと腕力を兼ね備えながら、対人の会話は満足に行えない気の弱い女性……アンバランスとはこのことだ、と体現するかのような在り方は、その、なんというか……


「うん、可愛いな、エイラ」


「……ああ? なんか言ったクロノ?」


「いや別に。……怖い顔するなよ、般若みたいになってるぞルッカ」


 エイラとは短く無い付き合いになりそうだな、と独り言を呟いて、俺は蹴りだす足の力を上げた。太陽の光が目にしみるが、悪くない気分だ。


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