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■「内定辞退のウラに何があったのか」 2010/09/01 放送

 特集です。

 この春、大学を卒業した人の就職率は60.8パーセントと深刻な就職難が続いています。

 そうしたなか、この春入社直前の研修中に内定辞退者が相次いだ外食チェーンがあります。

 「内定を辞退するよう会社に強要された」という当事者と「そんなことは一切ない」と主張する企業側。

 いったい何があったのでしょうか。




 1通の「内定辞退届」。

 「内定を頂いていましたが、一身上の都合により辞退致します」(内定辞退届)

 自発的に書いたものなのか。

 それとも誰かに書かされたのか。

 <鈴木さん(仮名)>
 「僕は自分の意思で書いていなくて書かされたという意識でいる」

 この就職内定の辞退をめぐる企業側との対立はついに裁判となった・・・


 今年3月下旬。

 山田さん(24歳・仮名)は、琵琶湖に近いJRの駅に降り立った。

 飲食店で長くアルバイトをした経験を持つ山田さんは、ファミリー向けの回転寿司に
魅力を感じ、大手外食チェーン「くらコーポレーション」の内定を手にした。

 そんな山田さんをはじめ内定者たちが研修施設に集められた。

 4月1日の入社式まで残り1週間、2泊3日の入社前合宿では学生気分を抜くためにと案内状に「ある課題」が出されていた。

 「くら社員三誓暗唱、35秒以内で暗唱出来ていない場合は帰宅してもらいます。(略)合宿中の課題を合格出来ない場合は入社する意思がないものと判断し帰宅してもらいます」(案内状)

 合宿の初日、その課題に一人ずつ挑戦することになった。

 <山田さん(仮名)>
 「まず(部屋の)入り方からダメって。言った通り出来てないだろう、もっと早く走ってこい、と怒られて。とりあえず極限のプレッシャーを与えて、くら社員三誓というのを言わそうとしていると感じました」

 山田さんら参加者の証言に基づいて再現した。

 <内定者・再現>
 「失礼します!(一礼、走って試験官の前へ)」
 「くら社員三誓の審査よろしくお願いします」
 <試験官・再現>
 「どうぞ」
 <内定者・再現>
 「一つ、私は人と会話することが大好きな社員になります。そのため人に好意を持ちます。一つ、私は社会人としての基本を身につける社員になります。そのため早寝早起きをします。交通ルールやエチケットを守り、健全な社会生活を送ります。以上」
 <試験官・再現>
 「60秒!」
 <内定者・再現>
 「ありがとうございます」

 当日は40秒以内で暗唱できれば合格とされたというが、それでも落第する人が相次いだと参加者は語る。

 そして、講師役の社員は不合格者に「早く家へ帰れ」と促したという。

 入社の準備までしていたのに、案内状通り「入社する意思がない」と見なされたのか。

 合宿に参加した鈴木さん(22歳・仮名)は、そもそも案内状の文章に違和感を感じていた。

 <鈴木さん(仮名)>
 「(案内状を)みた瞬間、これはおかしいなと疑問を感じました。試験を合格した上での内定が出たと思うんですけど、その後にさらに試験がある。ちょっと異常だな、おかしいなと思った」


 ちなみに、この社訓、本当に35秒で読めるのか。

 MBSのアナウンサーが挑んだ。

 <MBS 田丸アナウンサー>
 「ひとつ私は人と会話することが大好きな社員になります。(中略)エチケットを守り、健全な社会生活を送ります。以上」

 58秒。

 <田丸アナウンサー>
 「1分ぐらい、これだけあったら1分でしょう」

 <MBS 近藤アナウンサー>
 「あいうえお、かきくけこ…(早口トレーニング)」

 早口が得意なスポーツアナウンサーも挑む。

 タイムを計ってみた。

 <近藤アナウンサー>
 「(早口で読み)・・・以上!」

 34秒91。

 <近藤アナウンサー>
 「いやあ本当に疲れますよ、これは。精根尽き果てますよ、アナウンサーでも」

 この文字数を35秒で読み切るというのはアナウンサーでも難しい。


 入社前の合宿2日目。

 研修では初日に引き続き、暗唱の猛特訓が続けられたという。

 <山田さん(仮名)>
 「もう合格できない人は帰ってもらうしかないという発言がずっとされた。1時間ぐらいそういう説教があって」
 (Q.翌朝から?)
 <山田さん(仮名)>
 「そうですね。朝の6時すぎから」

 そして、この2日目の夜、山田さんは人事担当者に呼び出された。

 個人面談で不合格をなじられ、ある発言をしてしまったことをきっかけに、担当者が怒り出したという。

 <山田さん(仮名)>
 「やめさせようという方向にしかもっていってないとなったので、僕は『いいです』と言った。僕の『いいです』の発言に対して『お前の発言はなんなんだよ』と発言があって、ひたすら怒り続けたので、僕はこの怒りをとりあえず収めないとダメだと思って土下座をして謝ったんです」

 すると、一旦、人事担当者は怒りを収めた。

 しかし、担当者とのやりとりはこれだけでは終わらなかった。


 「一つ、私は社会人としての基本を身につける社員になります」(暗唱)

 35秒以内で暗唱という、社員三誓試験に挑んだ山田さん。

 合宿2日目の夜、会議室に呼び出された。

 人事担当者は「君は現場で働けない」と言い放ったという。

 そして・・・

 <山田さん(仮名)>
 「白い紙とペンを出してきて『本当にいいのか』みたいな確認もなくて、『今から言う言葉を一言一句間違いなくしっかり書きなさい』と言われたんですよ。ふつうにスラスラと言う中で損害賠償請求しませんという言葉が出てきましたね」

 山田さんは内定辞退届を書くよう求められ、最後に、損害賠償は一切しないという一文を書かされたと証言する。

 もう一人、鈴木さんも2日目の夜の出来事をこう語る。

 <鈴木さん(仮名)>
 「ゆっくりと白い紙とペンを渡されて、そのとき僕も頭が真っ白だったんですけど、のぞきこんで指でこう、紙をなぞるように『こう書いて』と一字一句指示されました。精神的に追い詰めるような言葉の雰囲気というか、言葉の重さだったので」

 後に、鈴木さんが通っていた大学が「くら」側から入手した鈴木さんの内定辞退届。

 文字は乱れ、漢字も書き損じている。

 「貴社に対して何らの権利や請求権を持っていないことを確認致します」(「くら」側から入手した内定辞退届)

 最後の文章は山田さんの証言とも一致する。

 その後、鈴木さんの両親が直接抗議したのに対し、「くら」側は「自発的に書いたもの」と反論したという。


 合宿3日目の朝6時すぎ、一人ずつ最寄り駅まで送り届けられた。

 鈴木さんは途方にくれて、その足で母校の大学に向かった。

 詳細に事情を聞いた大学の就職支援センターは・・・

 <関西大学キャリアセンター 吉原健ニ事務局長>
 「これは、昨今問題になっている新卒切りに等しい、まさしく内定取り消しと同等のものだと判断したということです」

 そもそも就職内定は、正式な通知が届いた段階で法律上の雇用契約の成立を意味する。

 内定取り消しは、一方的な契約の解除にあたるのだ。

 大学側はさっそく「くら」に抗議した。

 これに対して大学に説明に訪れた人事担当者は「内定辞退は20人を超えるが、内定辞退届を書いたのはあくまで本人であり、辞退は自発的なもの」と主張したという。

 <関西大学キャリアセンター 吉原健ニ事務局長>
 「本人たちの自署による入社辞退願いが出ている。それを伝家の宝刀のように企業側の論理をふりかざしている。入社前、数日まえに20名を超える方が辞退をする会社の研修をやっているということを(人事担当者は)胸をはっておっしゃる。もう辞めないといけないという気持ちにもっていくような入社前の研修って一体何なんでしょう」

 鈴木さんや山田さんだけではない。

 VOICEの取材で他にも、中四国地方の私立大学は「一連の行為は大変悪質で内定取り消しと同等だ」とコメント。

 さらに別の私立大学も「辞退届を無理やり書かされたと聞いている。実質的な内定取り消しであると考えている」とコメントしている。

 少なくとも4つの大学の卒業者から同じような報告があがっていることがわかった。

 内定辞退届は本当に自発的に書かれたものといえるのか。

 自発的に書かれたとしても、入社1週間前にほぼ同じ内容で書くということは考えにくい。

 「くら」に取材を申し込むとこんな回答が返ってきた。

 「労働局から、これは内定取り消しや辞退の強要ではないと評価をいただいたんです。取材はお断りします」(「くら」からの回答)

 確かに労働局は「くら」を指導していない。

 しかし、担当部長は「くら」側を聴取したことを認めた上でこう答えた。

 <堺公共職業安定所 田ノ岡業務部長>
 「(調査に)限界あるのは私どもも認めるが、だからといってやり方、内容、また結果に対して『問題ないですよ』という対応は一般論として考えにくい」

 とはいえ、企業側と当事者の言い分が食い違う限り、事実の認定、判断は出来ないと
いうのだ。

 相次ぐ内定切りの問題を受けて、国は現在内定を取り消した企業名を公表している。

 だが、本人が自発的に内定を辞退したのであれば手の打ちようがない。

 取材班は合宿を取り仕切った人事担当者を直接取材したが、その場では何の回答も得られなかった。

 そしてその後、「くら」側から正式な回答が届いた。

 「当社として内定辞退を強要したという事実などは一切なく、ご本人の意志により辞退されることになったものです」(「くら」側の回答)

 入社式の直前に就職先を失った鈴木さんと山田さんは、なかなか立ち直れないでいる。

 <鈴木さん(仮名)>
 「すべてのことを奪われてしまって本当にいま路頭にまよっているところ。社会に出ようという気持ちをくじかれるとどうしてもやっぱり」
 <山田さん(仮名)>
 「1週間後から本当は社会人だったのに、ああ、一週間後から無職になってしまうんだなあと。そんなひどいことをするんだったら、なぜ僕らをとったんだろう」

 山田さんは、給与の補償と精神的な慰謝料を求めて裁判に踏み切った。

 しかし、おとといの初弁論で「くら」側は、事実関係を調査中として書面も出さなかった。

 内定辞退に至った真実は、今後の裁判で明らかにされるのだろうか。




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