今年3月3日、奈良県桜井市のアパート。布団の上で、5歳の吉田智樹ちゃんは瀕死(ひんし)の状態にあった。極度の栄養失調で、身長は2歳並みの85センチ、紙オムツを着けていた。同じ部屋で母親が「子どもが可愛くない。ぐったりしているが放っている」と児童相談所(児相)に電話していた。
通報を受けて、桜井市役所の職員2人が駆け付けると、布団から骨と皮になった子どもの腕がのぞいていた。すぐ119番したが、救急隊が搬送した病院で智樹ちゃんは息を引き取った。
両親の博(35)、真朱(まみ)(27)両被告が同日、奈良県警に保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。現在、奈良地裁で公判前整理手続きが進む。
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智樹ちゃんが死亡する3年ほど前から夫婦仲が悪くなり、真朱被告は「夫とダブって見える」と、智樹ちゃんをたたいたりつねったりするようになった。2畳のロフトに上げられた智樹ちゃんは、物を落として親の気を引こうとしたが、それにも真朱被告は手を上げた。さらに、博被告が保証人になった借金返済で、共働きしても家計で使えるのは月10万円程度になった。智樹ちゃんへの虐待もエスカレートし、食事は1日1回に。保育園や幼稚園にも行かせず、昼間は家に放置した。
昨年9月ごろ、博被告は、トイレの世話をした智樹ちゃんのお尻が老人のようにしわだらけなのに驚いた。しかし、見て見ぬふりを決め、以来、智樹ちゃんには触らなかった。
経済的に困窮しながら公営住宅に入居を検討したふしもない。真朱被告は両親が近くにいるが、助けを求めてもいない。2人の弁護人らは「最後まで優柔不断に問題を先送りした」「誰かに相談していたら絶対に起きない事件」と、行動力のなさに首をかしげる。「こんなに貧困と孤立がセットになっている国はない」
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「内面はパニックなのに外にはSOSを発信しない。基本的な行政サービスも知らず、孤立する未熟な親が増えている」と指摘するのは、児童虐待に詳しい峯本耕治弁護士(大阪弁護士会)。経済的な格差の拡大を背景に、こうした親は今後、増えるとみる。
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昨年8月3日、名古屋市中央児童相談所に愛知県警中署から連絡があった。同市中区のマンション廊下で2歳の女児が保護され、警察は「将来的に育児放棄に発展する可能性がある」と判断した。母親はキャバクラで働くシングルマザー。住民票もなく、乳児健診や児童扶養手当の記録もない。児相職員は母親の携帯電話にかけた。「何か困っていることはないですか」「今はありません」。その後、何度電話しても応答せず、自宅は生活の気配が消えていた。
保護された女児は1年後、1歳の弟とともに大阪市西区のマンションで変わり果てた姿で見つかった。子どもを放置して逮捕された母親、下村早苗容疑者(23)=鑑定留置中=が、自治体の相談窓口を訪れた形跡は全くない。【児童虐待取材班】=つづく
毎日新聞 2010年9月4日 東京朝刊