「私は家族から鬼と呼ばれても仕方ないことをしていました」
大きな黒縁眼鏡をかけ柔和な表情の男性(52)=大阪府豊中市=は、外見からは想像できないDV(ドメスティックバイオレンス)の加害者だった。2年半前、妻(54)と長女(21)は家を出た。長男(22)は家族と離れ外国で暮らしている。
男性は学生時代から「酒に強い」と言われるのがうれしかった。就職して取引先と一緒に繁華街に繰り出し、給料1カ月分を一晩で使わせたことも。脱サラして自営業になってからは自宅にウイスキーを並べ、毎晩がぶ飲みした。
酔うと暴力を振るうようになったのは、結婚後まもなく。育児を巡って妻を殴り、子どもが小学生になると「宿題をしない」などと殴った。「子どもはしつけのつもり。妻には『女は男に従うもの』という気持ちがあった。酔うと強くなった」
長女は高校で不登校になり、部屋にこもってインターネットにふけった。学校に行かせようと部屋から引きずり出した。突き飛ばされた長女が頭をぶつけた壁には、大きな穴が開いた。体を切り付け自殺未遂を繰り返した長女。「あの部屋は娘の唯一の逃げ場だったのに。ひどいことをした」
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酒と暴力で家庭崩壊を招くのは男性だけではない。アルバイトの女性(55)=兵庫県西宮市=は、42歳で7歳年下の男性と結婚し、46歳で娘を授かった。しかし、育児のまっただ中でアルコール依存症になり、娘を虐待。6年前、夫が娘を引き取り別居した。今、8歳の娘とは月2回の面会交流で会うだけだ。
「高齢出産で子育てにへとへとだった。飲まなきゃやってられない気持ちになり、昼間から飲んだ」と言う。娘がコップを落としただけで手を上げ、人前もはばからず怒鳴った。ある時、テレビで児童虐待のニュースを見て、自分が怖くなり児童相談所に連絡した。
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児童虐待やDVの「加害者の更生」は立ち遅れている。更生プログラムを実施する「メンタルサービスセンター」(東京都豊島区)の草柳和之代表(54)は「加害者更生は『治療しても治るわけがない』と世間から理解されにくく、取り組む専門家も少ない。回復するのは一部だが、自ら暴力をやめたいと願う人は支援すべきだ」と話す。
内閣府男女共同参画局は「加害者更生に国の取り組みは不十分だが、現状では制度化は難しい」と話す。加害者に更生プログラムの受講を義務付ける国もあるが、効果は個人差がある。被害者側から「加害者にかける金があるなら被害者に使うべきだ」という反発も大きいという。
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豊中市の男性は、2年前から更生プログラムを受ける。酒は飲んでいない。別居中の妻と時々、一緒に食事をするようになった。長女はまだ電話の着信拒否が続く。「娘はまだ許してくれない。過去は消せないが、少しずつ前に進んでいきたい」【児童虐待取材班】=つづく
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■ことば
暴力に頼らないしつけやコミュニケーション、感情をコントロールする方法を学ぶプログラム。固定した少人数グループで、加害体験を語り合い自分を見つめ直す作業が中心。カウンセリングを受けながら進める。一部の児童相談所や自治体、民間団体で実施されている。
毎日新聞 2010年9月3日 東京朝刊